ワアァァァァァァァァァァァッ!!!
冬馬「皆、今日は来てくれてありがとう!!」
翔太「これからも僕達ジュピターをよろしくねー!」
北斗「チャオ☆」
キャアァァァァァァァァァ-…!!
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~ライブ会場 楽屋~
黒井「フン……せめてこの程度は働いてもらわんとな」
冬馬「大仕事を終えた自分トコのアイドルに対する第一声がそれかよ」
翔太「僕達、結構頑張ったと思うけどなぁ」
黒井「当然だ。どれだけの金と時間を貴様らにかけてきたと思っている」
北斗「結果を出さなければ話にならない……という事ですね」
翔太「でも、僕達と同期くらいの人達を見れば、比べ物にならないほど結果は出してると思うけど」
翔太「例えば、この間オーディションで一緒だった765プロとかだって…」
黒井「下を見て喜ぶな」ギロッ
翔太「うっ……!」
黒井「高木……いや、765プロの連中と我が961プロを同列で扱う事は許さん」
黒井「万が一、765に後れをとるようなことがあれば……」グッ…
ギリッ…!
冬馬「……おい、おっさん」
黒井「何だ」
冬馬「コーヒー……こぼれてっけど」
黒井「!」
冬馬「何ボーッとしてんだよ。ほら、ハンカチ」スッ
黒井「余計な事をするな。自分で持っている」
冬馬「へっ、そうかよ」
北斗「それじゃあ、俺達はここで失礼します」
翔太「クロちゃん、今度はもっと大きいステージで歌わせてねー」フリフリ
翔太「じゃあ、今日も反省会しよっか。冬馬君の御用達の店で」
冬馬「はぁ? 俺の御用達?」
翔太「メイド喫茶」
冬馬「なっ!?」
北斗「おいおい、この間も行ったばかりだろう」
冬馬「行ってねーよ! 北斗も乗ってくるんじゃねぇ!」
「やいのやいの!」
テクテク…
黒井「…………フン」
コツ…
高木「なかなか良い子達じゃないか」
黒井「……!」
高木「素晴らしいステージだったよ」
黒井「呼んだ覚えは無いんだがな」
高木「個人的にチケットを購入させてもらった。私一人でね」
黒井「何のつもりだ?」
高木「……敵情視察だと言えば、キミは納得するのか?」
黒井「…………」
高木「純粋に、961プロのライブを楽しみに来た。それ以上でもそれ以下でもないよ」
黒井「……信じてやる理由など無い」
高木「ハハハ。勝手にしてくれ」
高木「しかし、大したものだな。
あれだけ大勢の観客達を前に、何とも堂々たるステージだった」
高木「私の子達では、デビューしたての状態でこんな所に放られては、
緊張して声などとても出ないだろう」
黒井「我が961プロは、貴様らのような弱小事務所とは違うのだよ」
黒井「アイドルとの信頼関係など、所詮、仲良しこよしをしたい未熟者の戯言にすぎん。
高木……貴様には分からないだろうがな」
高木「あぁ。確かに……私はまだ、甘い事を言っているのかも知れんな」
高木「だが、私の所にもようやく、救世主となりそうな者が入ってくれることになってね」
黒井「救世主だと?」
高木「あぁ。プロデューサーが誕生するのだ」
黒井「これまでにもプロデューサーはいただろう。確か、眼鏡をかけた女の。
新しく入るということか?」
高木「ウム。今度は男だがね」
黒井「……どちらにせよ、我が961プロにはどうでも良い事だ。
せいぜい無駄なあがきを続けるんだな」
高木「そうさせてもらうよ」
高木「では、失礼する。お互い、体調には気をつけて」スッ
黒井「大きなお世話だ」
コツコツ…
黒井「……救世主だと? 馬鹿馬鹿しい」
黒井「どこまでも夢見がちな事を……」
~三日後、961プロ~
秘書「社長。本日は午前にジュピターのオーディションとフヅテレビ局株主らとの会食、午後は…」
黒井「今日のスケジュールは把握している。
オーディションは、フヅテレビ系列の音楽番組だろう」
黒井「そんなものに、この私がわざわざ出向く必要などない。小僧共の好きにさせておけ」
秘書「はっ」
ズズ…
黒井「……少し苦いな。豆の炒り方を変えたか?」
秘書「はっ。以前、もう少し苦味のあるコーヒーを、というご要望があったかと…」
黒井「香りは良い。だが、これ以上炒る事が無いように」
秘書「かしこまりました。係りの者に伝えておきます」
黒井「会食前に、フヅテレビの幹部連中と話がある。出るぞ」ガタッ
秘書「はっ」
コツコツ…
黒井「…………ん?」
受付嬢「お生憎ですが、本日は社長にそのような予定はございませんので…」
男「いや、だからですね……あぁもう、困ったな、何と言えば良いのか……」
黒井「……何者だ、あの男は」
秘書「分かりかねます」
黒井「目障りだ。つまみ出せ」
秘書「かしこまりました」パチン
ザザッ!
男「うおっ!? な、何だこの黒服達は?」
黒服「どうかお引き取り願います」ガシッ!
男「わっ、ちょ、ちょちょちょまっ!!」ジタバタ!
男「ちょ、ちょっと待って! 俺は確かに高木社長と約束をしているんだー!!」ジタバタ!
黒井「……!?」ピクッ
受付嬢「高木社長……ですか?」
男「そうですって! だから、社長に話をしてみて下さい!」
黒井「高木に用があるのなら、ここにはいないぞ」
男「えっ? あ、あなたは?」
黒井「この事務所の代表を務めている者だ」
男「えっ!? じゃ、じゃああなたが高木……!」
黒井「違うと言っているだろう! あの男と一緒にするんじゃあない!!」
男「ひっ!?」ビクッ!
黒井「ここは961プロ。高木のいる765プロは別の事務所だ」
男「え、えぇぇぇっ!?」
黒井「この業界に入って、まだ日が浅いと見えるな。私の事を知らんとは……」
男「し、失礼しました!! 俺、じゃない、私うっかり勘違いを…!」
黒井「いいからさっさとここを立ち去るがいい」
男「は、はいっ!! すみませんでしたぁ!!」ダッ!
タタタ…
黒井「……やれやれ、無駄な時間を過ごした。行くぞ」
秘書「はっ」
コツコツ…
ブロロロロロ…
黒井(……765プロ……男?)
黒井「…………あの男か。高木が言っていたのは」
秘書「何か?」
黒井「独り言だ。黙って前を見て運転しろ」
秘書「はっ。失礼致しました」
黒井(………………)
~フヅテレビ局~
局幹部「いやいや、961さんが大変質の高いエンターテイメントを
弊社にご提供下さるおかげで、我々は本当に笑いが止まりませんでして」
黒井「我々の顧客は、あくまでアイドルを応援して下さるファンの方々です」
黒井「それに応える方法の一つとして、フヅテレビさんにご協力いただくまでのこと。
御社の隆盛とは別にある私の真意を、どうかご理解いただきたい」
局幹部「えぇ、そ、それはもう分かっております!
誤解をされるような事を申したようで、えぇ、お気を悪くしないで下さい、ハハハ、ハ…」ペコペコ
黒井「………………」
株主A「黒井さんの意識の高さには、毎度驚かされますな。
あなたがいてくれれば、この業界も、引いてはこの市場も安泰でしょう」
黒井「この業界は、個人の実力が全てです。
ボーカルやダンス、ビジュアルで人々の心を掴み、その輪を拡げていく……」
黒井「無駄に人と馴れ合おうなどとせずとも、今の私に対する皆さんのように、
懇意にしようとする者は後からついてくるものです」
株主B「ホホホ、これは手厳しい。事実ですがね」
黒井「逆に言えば、人との馴れ合いばかりを重視し、個人の実力を軽視する者は、
この業界のトップには立てない」
黒井「いや、立ってはならない。
どこぞの弱小事務所をご覧いただければ、皆さんにもそれがお分かりになるかと」
株主C「どこぞの弱小事務所……あなたが言うのは、765プロの事ですかな」
局幹部「そう言えば、本日弊社の中でオーディションが行われてまして、えぇ。
ひょっとしたらエントリーしているかも知れませんねぇ」
黒井「エントリーしています。竜宮小町というユニットがね」
株主D「おや? 弱小と罵る割には、765プロの動向にお詳しいですな」
黒井「……ウチのジュピターも本日エントリーしておりますものでね。それだけです」
株主E「おぉ~、それはそれは。私の家内が熱狂的なファンでして、ハハハ」
株主F「おっ、Eさんもですか?
実は私も娘がジュピターのチケット買ってこいってもううるさくて……」
ハハハハハハ…
局幹部「ではでは、961さんとは今後とも末永いお付き合いのほど、
どうかよろしくお願いします」ペコペコ
黒井「こちらこそ」
株主A「期待しておりますよ」
黒井「どうかご贔屓に」
コツコツ…
秘書「お疲れ様でございました」
黒井「下賤な連中は、話す内容も馬鹿馬鹿しい。退屈で余計に疲れる」
秘書「左様で」
テクテク…
冬馬「おっ?」
翔太「クロちゃーん!」フリフリ
黒井「……貴様らか」
北斗「社長も来ていたんですか。もしかして、俺達のオーディションを見に?」
黒井「分かり切った質問にわざわざ答えろと言うのか? この私に」
北斗「……すみません」
冬馬「何だよ。オーディションに勝ったってのに、相変わらず冷てぇな」
黒井「それこそ分かり切ったことだ。当然の仕事をした者にかける言葉などない」
冬馬「はいはい」
黒井「……ん?」
冬馬「あん?」クルッ
伊織「………!」キッ!
あずさ「い、伊織ちゃん、ほら。早く帰りましょう、ねっ? ……」
黒井「……竜宮小町、か」
冬馬「雑魚共にしては、まぁ良くやってた方だと思うぜ」
黒井「765プロのアイドル……取るに足らんユニットと評価する理由は、それだけで十分だ」
冬馬「何にせよ、アイツらに突っかかられちゃたまんねぇし、ずらかろうぜ」
翔太「そうだね」
コツ…
翔太「あれ、クロちゃん帰りそっち?」
黒井「セレブな私には、車があるのでな」
秘書「…………」ペコリ
北斗「な、なるほど……」
黒井「天狗になって足元をすくわれることが無いよう、せいぜい精進するがいい」
冬馬「ならねーよ」
北斗「どうもお疲れ様でした」
翔太「クロちゃん、いつか焼肉おごってね」
黒井「フン……」ピッ
秘書「…………」コクリ
冬馬「あん?」
秘書「オーディション、お疲れ様でした。これを貴方方に、と」スッ
冬馬「……う、うおっ!? 何だこれ、すげぇ入ってるぞ!」
秘書「では、これで」ペコリ
黒井「行くぞ、遅れるな」
秘書「はっ」
コツコツ…
翔太「ほえぇ~……クロちゃんも結構いいとこあるじゃん」
北斗「せっかくだから、このお金で焼肉にでも行くか」
冬馬「グレードの高いヤツな」
翔太「やっりぃ~!!」ピョン!
翔太「それにしてもさぁ……」
北斗「どうした、翔太?」
翔太「クロちゃんって、やたらと765プロにはキツイよね。
弱小弱小、って馬鹿にしてるクセに、妙に対抗意識燃やしてるっていうか」
冬馬「今に始まった話じゃねぇけどな」
北斗「しかし、確かに異常ではあるな」
翔太「名前が似てて、間違われるのが嫌だとか?」
冬馬「あぁー、ぽいぽい」
北斗「そういえば今日のオーディション、765プロに知らない人が来ていたな」
翔太「あぁ、アレって社長でしょ? 765プロの」
冬馬「ちげーよ、もう一人来てただろ」
翔太「そうだったっけ? まぁいいじゃん、早く焼肉行こうよ!」
テクテク…
~夜、とあるパーティー会場~
ガヤガヤ…
五十嵐「おぉ、黒井社長。ようこそお越し下さいました」
黒井「どんなサプライズが待っているパーティーかと、期待しておりました。
『アイドル・クラシック・トーナメント』とは、中々良い試みですな」
五十嵐「アイドル業界の未来を憂いているのは、私も同じです。
あっと、良い所に……おーい、武田君!」フリフリ
武田「五十嵐局長、どうもお世話様です。あっ、黒井社長も」ペコリ
黒井「『オールド・ホイッスル』の視聴率は、相変わらず好調のようで」
武田「年々下火になりつつある音楽業界ですが、その権威を守るのが僕の使命だと思っています。
その意味では、『オールド・ホイッスル』の反響には手応えを感じているんです」
黒井(思い上がった事を……)
五十嵐「その中にあって、961プロは業界を支える要と言えますな。
特に、ジュピターの活躍振りは、目を見張るものがある」
黒井「彼らには、「王者でなければ生きている価値がない」と常に言い聞かせております。
あの程度で満足されてもらっては困るのでね」
武田「それは頼もしい」
五十嵐「最近は、「自分が業界を変えてやるんだ」という気概を持った者が現れない。
そういう意味でも、あなたの指導方針は正しいのかも知れません」
黒井「正しい事を世に知らしめることこそ、我々の使命では?」
武田「あははは、おっしゃる通りですね」
ザッ…
高木「おーっ! これはどうも皆さんお揃いで」
五十嵐「あぁ、765プロの高木社長!」
黒井「!?」
武田「お元気そうで何よりです。
膝を痛めたとおっしゃっていましたが、調子はいかがですか?」
高木「いやいや、まだ階段の昇り降りがキツくて。ハハハハ」
黒井「五十嵐局長……このパーティーは、
ランクC以上のアイドルを有する事務所の代表が招待されているはずでは?」
五十嵐「高木社長には、予てより懇意にさせていただいているのでね。
特別にお越しいただいたのです」
高木「懇意にさせてもらっているのはこちらですよ、ハハハハ」
黒井「…………」
武田「それで、そちらの方々は?」
高木「おぉ、そうだ! 我が765プロのプロデューサー陣です。
ささっ、キミ達自己紹介したまえ」ポンッ
律子「は、はいっ!!」ビクッ!
律子「あ、あのっ! 私、秋月律子、と申しゅます!
このようなパ、パーティーにおお招きいただきまして、えと、あの、ご、ご機嫌麗しゅう…」
P(律子落ち着け。何言ってるか分からないぞ……)コソコソ…
律子(ぷ、プロデューサーこそ、もっと前に出て下さいよ!)コソコソ…
黒井「ムッ?」
P「あっ!!」
P「こ、これは黒井社長! 今朝はその、大変な失礼を致しまして、誠に……!」ペコペコ
高木「おや、既に顔見知りかね?」
黒井「あぁ、我が社に間違えて来ていた」
高木「あぁ、そうか。そういえばそんな事を話していたねぇ、ハハハ」
P「お恥ずかしい限りです。改めて、本当に申し訳ございませんでした」ペコリ
律子「うわぁ……第一印象最悪ですね、プロデューサー」
P「言うなよ」
五十嵐「おぉ、この青年が高木社長のおっしゃっていた新しいプロデューサーですか。
なるほど、良い顔をしていますな」
高木「とあるイベント会場で彼を見かけた時に、ティンと来るものがありましてねぇ」
武田「高木さんに声を掛けられる前は、どんな仕事を?」
P「いえ、威張れるほどの職には就いておりません。地方のしがないサラリーマンです」
高木「確か、銀行員だったと言っていたかな?」
五十嵐「ほー、優秀ですねぇ」
P「いやいや全然、給料少ないですよ。世知辛いもんです」
黒井「高木よりも、私なら少しはマシな待遇で迎えてやれただろうがな」
P「おっ? 本当ですか?」
律子「ちょ、ちょっとプロデューサー! 失礼ですよ、高木社長の前でお金の話なんて!」
P「律子だって、人の事言えないだろ。
高木社長がタクシー使いたいって言ってたのに、経費の無駄ですって怒ってさ」
律子「なっ!? あ、あれは……!」
武田「あははは、高木社長も形無しですね」
高木「まったくですよ」
ハハハハハハ…
律子「とにかく! 私は事務所の経営状況を憂慮して常日頃から経費削減の…!」
ヴィー…! ヴィー…!
P「おっと携帯が」サッ
律子「プロデューサー! 偉い人達の前で携帯を弄るなんて!」
P「まぁまぁ……あっ、やべっ! そうだ忘れてた」
高木「どうかしたのかね?」
P「今日ここに来る前に、やよいと約束していたんです。
美味しいものを食べに行くから、折詰にしていっぱい持って帰ってくるぞ、って」
黒井(何と、下賤な……)
律子「……あのですね、プロデューサー」ハァ…
P「あ、あれ? ……やよい、で合ってたよな? あの子の名前」
律子「合ってますけど、そういうのをこの場で言うのって、デリカシーが…!」
P「合ってるならいいや。社長、すみませんが少し失礼します」
高木「ウム、構わんよ」
律子「ちょっとー!!」
P「おっ、あれ超ウマそう! 律子、あそこのテーブル頼むな」
ギャーギャー…!
武田「なかなか面白い青年ですね」
五十嵐「彼、今日が765プロに入って初日のはずでは?」
武田「えっ、本当ですか? そうは見えなかったなぁ。
同僚である彼女をはじめ、事務所の子らとも仲良く話をしていたようだし」
五十嵐「人とすぐに打ち解けることが出来る男なのかも知れんな」
高木「そう、そこなのです。
私が着目したのは、まさに彼の持つ不思議な魅力……」
高木「彼には、人を惹きつける何かがある。
必ずや、我が765プロの理念を体現する指導者となってくれることでしょう」
黒井「また得意の精神論か。貴様は何も分かっていない」
高木「あぁ、そうかも知れないな」
高木「ただ、若い人達を信じて、自由にやらせてみるのも良いと思うがねぇ」
黒井「自立を促す事と、好き勝手にやらせる事は違う。手綱は常に掴んでおくものだ」
黒井「そんな事だから、お前のアイドルはいつまで経っても低レベルなのだよ。
馴れ合いで成功するのなら、誰も苦労などしない」
高木「キミは相変わらず手厳しいなぁ」
黒井「私は、貴様の経営方針だけは認めん。断じてな」スッ
武田「あっ、黒井社長」
黒井「他局の重役もお見えのようだ。手招きをしているのが見えたので、失礼する」
五十嵐「えぇ、今後ともよろしくどうぞ」
黒井「オーディションの成功を祈念します。では」
スタスタ…
武田「何やら……ただならぬ因縁がおありのようですね」
高木「思いが強すぎて、表現方法を間違ってしまう……そんな不器用なヤツなんです」
五十嵐「黒井社長は以前にも、高木さんにだけは負けたくないとおっしゃっていましたね」
高木「ハハハ、しょっちゅう言われていますよ」
高木「個人の実力に重きを置く彼としては、信頼と団結を良しとする私が大成するのは、
我慢ならんのでしょう」
P「高木社長、すごく美味しいデザートがありました。皆さんもお一つずつどうぞ」ヒョコッ
高木「おぉ、すまないね」
律子「大人として、もっと節度ある行動をですね…」
武田「秋月さん、口元に生クリームついてるよ」
律子「えっ、ウソ!?」
………………
………………
黒井「765プロと共演だと?」
秘書「先日のオーディションは複数名を合格させるものであり、結果として、
ジュピターと765プロの星井美希が共に合格したようです」
黒井「……その星井美希とやらの資料を」
秘書「はっ、こちらです」スッ
黒井「………………」ペラッ…
黒井(……そういえば、確かな才能がありながら燻っていた者がいたな。
このアイドルがそうか……)
黒井(我が961プロと一緒の舞台に立つなどと、生意気になったものだな、高木め)
黒井「今日の収録、誰か空いている者に同行させろ」
黒井「それから小僧共に伝えておけ。くれぐれも抜かることの無いように、とな」
秘書「かしこまりました。失礼致します」スッ
ガチャッ バタン
黒井(………………)
~某テレビ局~
ツカツカ…
スタッフ「ジュピターさんスタジオ入られまーす!」
スタッフ達「お願いしまーす!!」
北斗「どうも、今回もよろしくお願いします」
翔太「お疲れ様でーす」
冬馬「……あん?」
P「……あ、ジュピターの皆さん」
P「765プロのプロデューサーです。本日は、ウチの星井美希がお世話になります」
P「至らぬ所もありますが、ご指導のほど、どうかひとつよろしくお願いします」ペコリ
美希「プロデューサーさん、何やってるの?」
P「お前も頭下げろよ、美希」
美希「えー?」
冬馬「な、何だ……やけに腰が低いな」
北斗「あの……顔を上げて下さい。あまり俺達に気を遣う必要無いですよ」
P「しかし、不慣れな所でご迷惑をお掛けすることと思いますので…」
冬馬「やめろってんだよ、ムズムズする。
アンタの方が年上だし、そもそも敵同士なんだからタメ口でいいだろ」
P「それじゃあ……お言葉に甘えて」
美希「ミキは、星井美希なの! よろしくね!」ニコッ
翔太(へぇ……かわいい)
冬馬「まぁ、今日はせいぜい俺達の引き立て役になれるよう頑張るこったな」
P「あぁ、そうだな。よろしく頼む」
冬馬「! えっ……」
ディレクター「やぁ、765さん。今日はよろしくちゃーん」
P「あぁ、どうも。お世話になります」ペコリ
美希「プロデューサーさん、あの人と知り合いなの?」
P「事前に挨拶してたからな。ほら、他の出演者さん達にも挨拶行くぞ」
テクテク…
冬馬「……何だ、あいつ」
スタッフ達「お疲れ様でしたー!!」
ディレクター「いやぁ、良かったよー765さん。美希ちゃん面白いねぇ」
AD「本当っすよ。歌も上手いしかわいいし」
P「ありがとうございます。ぜひどうか次の機会にも……」
P「ってあれ、美希はどこ行った?」
美希「あははは、冬馬のアホ毛面白いのー!」ツンツン
冬馬「う、うるせぇ! てめぇも生えてるだろうが、触んなっ!」
美希「ミキのはアホじゃないもーん♪」
翔太「美希ちゃん、その辺で勘弁してあげてよ。あまり触ると、冬馬君興奮しちゃうからさ」
北斗「そう、興奮するとますます立つからな」
美希「触りすぎてコーフンすると、冬馬のは立つの?」
冬馬「だぁーっ、何か誤解を招く言い方すんじゃねぇ!!」
P「おいこら、美希! 何してんだ」
美希「あっ、プロデューサーさん! あのね、冬馬のがね?」
冬馬「やめろってば!」
P「何にせよ、すごく勉強になったよ。美希にも仲良くしてくれて嬉しい」
北斗「いえ、こんなかわいいエンジェルちゃんとご一緒できるなら喜んで」
翔太「美希ちゃんがおいしいトークをパスしてくれて、僕達も楽しかったよ」
美希「ミキ、そんなに面白い事言ったかなぁ? あふぅ……」
冬馬「俺を散々弄り倒しておいて、何寝ぼけてやがんだコイツ」
美希「プロデューサーさん、早く車ー」
P「あぁはいはい、おネムの時間だな」
P「それじゃあ、今日は本当にありがとう。黒井社長にもよろしく伝えといてくれ」
冬馬「お、おう」
スタッフ「765さん、このお菓子美味しいっすねー!」
P「あぁ、ありがとうございます! 親戚が好きなヤツなんですよ、それ」
タレント「いやいや、こんな気配りをしていただいて……」
ハハハハハハ…
~翌日、961プロ~
黒井「もう一度言ってみろ」
冬馬「な、何だよ……」
黒井「765プロと仲良くなって帰ってきただと?」
秘書「昨日の収録に同行させた者から、詳しい状況を報告させましたが……」
秘書「765プロの連中は、共演者や番組スタッフの皆に愛想を振りまき、親しい間柄を築いたようです。
誰もが皆、765プロの星井美希、そしてマネージャーと目される男に好感を持っていたとか」
黒井「マネージャー?」
秘書「いえ……失礼、正確にはプロデューサーの男かと思われます。
初対面のスタッフの中には、彼の事を誤解する者も多かったのでしょう」
黒井「あの男か……」
北斗「彼の事を単体で見た時は、そこまで嫌悪すべき人だとは思いませんでした。
もちろん、ライバルである765プロの人間という意味では、決して相容れてはならない人だとは思いますが」
黒井「当然だ。そして、765プロは決して我が961プロのライバルなどではない。
履き違えるな」
翔太「わ、分かってるってクロちゃん」
黒井「いいか。いくらスタッフと仲良くなろうが、そんなものはテレビの画面に表れん」
黒井「ファンが見るのは、ステージの上に立つアイドルの姿のみ。要求されるのは実力だ」
黒井「765プロの連中が行っていることは、無駄な努力にすぎん。惑わされるなよ」
冬馬「何をムキになってんだよ、おっさん」
黒井「……ムキになっているだと? この私が」
冬馬「765プロに一番ビビッてんのは、おっさんのような気がするけどな」
黒井「言うようになったものだな、小僧が」
北斗「お、おい待てって冬馬……失礼しました」ペコリ
翔太「ま、まぁまぁ! とりあえず僕達は僕達の仕事をしてればいいってことで。
ねっ? そうでしょ、クロちゃん?」
黒井「…………フン」
北斗「それじゃあ、俺達はこれで」
黒井「もし、今後765プロと一緒のオーディションに出た時は…」
冬馬「格の違いを見せつけろ、だろ? 言われなくても分かってるよ」
翔太「まっ、楽勝だって! レッスン行ってきまーす」
ガチャッ バタン
黒井「…………フ~ム……」ギシッ…
秘書「……社長」
黒井「何だ」
秘書「未編集ですが、昨日収録したバラエティ番組の映像がこちらにございます。
スタッフに口利きをして、入手致しました」スチャッ
秘書「番組の途中と最後に、出演アイドルがそれぞれ一曲ずつ披露するシーンがあり、
中盤に星井美希が、最後はジュピターがその役を務めています」
スッ
黒井「…………」
秘書「よろしければ、ご覧いただければと思います。では」ペコリ
ガチャッ バタン
黒井「………………」
カチャッ カチッ… ポチッ
『ワハハハハハハハ…』
『それでねー、ミキちょっと疲れてたから、ベンチでお昼寝してたの。
そしたら、春香と雪歩がミキのお財布をずっと探してくれてて、もう泥だらけ』
『それって、美希ちゃんが知らない間に自分の財布落としてたってこと?』
『そうなの、怖いよね。
でも、あんまり泥んこだったから、二人の顔見たらミキもうおかしくって』
『おい、それひどくねぇか!?』
『ワハハハハハハハ…!』
『じゃあねなんて いーわないーでー またねーていーってー♪』
『ワァァァァァァ…! パチパチパチパチ』
黒井(これだけの逸材を残していたとはな……)
黒井(新しく765プロに入ったプロデューサー……あの男、どうにも気になる)
黒井(念のため潰すか)
~一週間後、961プロ~
響「はいさーい! 自分、我那覇響! よろしくね、社長!」
貴音「四条貴音と申します。お見知りおきを」
黒井「ウム。良くぞ我が961プロに入った」
黒井「キミ達には、トリオで活動をしてもらおうと考えている」
響「へっ、トリオ? 自分達、今二人しかいないぞ?」
貴音「……もう一人、ここに来る者がいると?」
黒井「ウィ、その通りだ。そろそろ来る頃だが……」
コンコン…
黒井「来たか。入りたまえ」
ガチャッ
美希「あふぅ……こんにちはなのー」
響「あーっ! 765プロの星井美希だ!」
貴音「黒井殿、これは一体……?」
黒井「765プロの実情を見るに見兼ねた私が彼女を救い出し、
我が961プロに入ってもらった、という訳なのだよ」
黒井「星井美希ちゃんは、765プロで担当プロデューサーから日常的にセクハラを受けていてね」
響「な、な、なんだってーっ!!」
響「765プロって、そんなキケンな事務所だったのか!?」
美希「えっと……ミキ的には、そんなセクハラさんってカンジしなかったけどね」
黒井「洗脳されていたのだよ、美希ちゃんは」
黒井「肩に手が触れたり、急に抱き着いたり抱き着かれたりするなど、
年頃の娘と大人の男が日常的に行って良いスキンシップではない」
美希「えー、そうかなぁ」
響「そうだぞ、星井美希! 危うくキケンがピンチだったさー!」
美希「ミキって呼んでいいよ?」
響「あ、うん。
とにかく、自分達765プロに入らなくて良かったなー、貴音」
貴音「えぇ、しかし……」
貴音「先日、公園で765プロのプロデューサーを名乗る殿方にお会いしたのですが、
とてもそのような悪人には見えませんでした」
響「人は見かけによらないってことだぞ。
いやー、あの時は自分も騙されて765プロに入る所だったさー」
美希「プロデューサーさんはイイ人なの。
確かに、胸を触られた時は何回かあるけど、それはチカンを退治する練習…」
響「うぎゃーっ!! それ完全にセクハラじゃん!
でももう安心だぞ、美希! 自分と貴音が守ってあげるさー!」
貴音「共に高みを目指しましょう」
美希「うん! よろしくね、響、貴音!」
黒井「さて……我が961プロに、プロデューサーなどいない」
黒井「金と曲、少しばかりの時間はくれてやる。
自らが必要だと考えるレッスンを各自行い、実力を高めるがいい」
黒井「一ヶ月後、ドームでの単独ライブを行ってもらう。
そこで超満員の観客を沸かせることが出来なければ、クビだ」
響「うえぇっ!? い、いきなりかー!」
貴音「ジュピターと同じ試練を私達に与える、という事でしょうか」
黒井「ウィ」
美希「アハッ! すごーい、もうキラキラのステージに立てちゃうの?」
黒井「我が961プロの事業力を、弱小の765プロと一緒にしてもらっては困る」
響「み、美希はすごいな……緊張とかしないのか?」
美希「響はしてるの、緊張?」
響「そ、そんな事ないぞ! 自分完璧だから、単独ライブだってなんくるないさー!」
美希「でしょ? きっと、すっごく楽しいって思うな!」
貴音「ふふっ。貴女は真、愉快な人ですね、星井美希」
美希「ムー……だから、ミキの事はミキでいいの!」
貴音「えぇ。分かりました、美希」ニコッ
黒井(………………)
美希「それじゃあ、さっそくレッスンやるのー!
ねぇねぇ秘書さん、どこかレッスンできる所ってこの辺にある?」
秘書「このビルの3階から5階に、我が社のアイドル専用のレッスンスタジオがございます」
美希「うわっ、すごい! 事務所の中にあるんだね」
響「何にせよすぐに特訓さー! 完璧な自分が、皆にダンスを教えてあげるぞ!」
貴音「えぇ、参りましょう。それでは黒井殿、これにて」ペコリ
美希「じゃーねー黒井社長」フリフリ
響「早く、早く!」
ガチャッ バタン
黒井「…………」
秘書「なかなか気持ちの良い子達ですね。相性も良いようです」
秘書「特に、765プロから来た星井美希が他の二人を上手く巻き込み、引っ張っている。
リーダーとして適任なのかも知れません」
黒井「………………」
秘書「……いかがされましたか、社長?」
黒井「結局、あの娘も765プロの端くれというわけか」
秘書「は?」
黒井「貴様、我が社の社訓を言ってみろ」
秘書「はっ。『孤独こそが人を強くする』でございます」
黒井「その通りだ。だから我が社はプロデューサー制を執っていない」
黒井「必要なレッスンを行う事も、仕事を取りに行く事も、
自分で考え、実行できなければ、この業界で生き残ることなどできん」
黒井「しかし、星井美希はあのトリオの中にあって、
早くも他の二人との信頼関係を築きつつある」
秘書「それは喜ばしい事なのでは?」
黒井「765プロのやり方を我が社に持ってきていることに腹を立てているのだよ、私は」
黒井「先ほどの彼女に、あの忌々しい高木、そして765のプロデューサーの姿がチラつく……」
黒井「仲間に頼る事に慣れていては、それがいない時に何も出来ない人間になってしまう」
黒井「絆や信頼などという不確かなものは、確実に人を弱くする」
黒井「だから、私は自分のアイドル達に孤独を強いて、会社をここまで大きくしてきたのだ」
黒井「今の星井美希が行おうとしている事は、我が社の理念を真っ向から否定するもの……
貴様が考えている以上に危険な思想なのだ。分かるか」
秘書「はっ、申し訳ございません」ペコリ
黒井「765プロを潰すことの一環として、その逸材である彼女を引き込んだが……
いずれにせよ、扱いには注意を払わねばなるまい」
黒井「ところで、手筈はどうなっている?」
秘書「関係各社には、既に根回しをしております。
極悪非道な765プロに決して騙されることなく、真摯な姿勢で臨むように、と」
黒井「ウム……『プロジェクト・フェアリー』がデビューする頃には、
奴らもこの業界から姿を消していることだろう」
秘書「プロジェクト・フェアリー……彼女達のユニット名でしょうか?」
黒井「ウィ。彼女達には、業界連中に私の正しさを広く知れ渡らせる妖精となってもらう」
秘書「左様で」
~一週間後、某スタジオ前~
響「うぎゃー!! また現れたな、765の変態プロデューサー!」
P「グヘヘヘヘヘ、ほーれ貴音、お前の大好きなラーメンサンドだぞー」
貴音「あぁ……あぁ……!」フラフラ…
響「やめろ、貴音ぇー!! あんなのに釣られちゃダメさー!!」ガシッ! ググ…!
美希「じゃあミキが食べるのー! いただきまーす」パクンチョ
貴音「ああぁぁぁぁぁ……!!」ホロホロ…
春香「そ、そんな悲しそうな顔をしないで下さい、貴音さん。
ほらっ! 私が焼いてきたクッキーもありますよ!」ササッ
貴音「毎度ありがとうございます、天海春香」モシャモシャ
真「はい、響! この間話してた少女漫画だよ」
響「うわーい、ありがとう真!
あ、そうだ! 自分もこれ、やよいにプレゼントだぞ! 長介達にもよろしくね!」
やよい「わぁー、サーターアンダギー! こんなにたくさん、ありがとうございますー!!」ガルーン
黒井「ノォォォォォンッ!!」ズザーッ!
P「うわっ、黒井社長!?」
黒井「貴様ら、あれほど765プロと馴れ合うなと言ったはずだろう!!
何をしているのだ!!」
響「自分、騙されてないぞ!
765のプロデューサーは、いつも自分にイジワルをする変態さー!!」
P「ホッホッホ、そんな生意気な事を言う子には……」
P「ムンッ!! お仕置きのアイアンクロー!!」グワシィッ!
響「うぎゃああぁぁぁぁっ!! 痛い痛い痛いッ!!!」ジタバタ!
亜美「そしてすかさず亜美達も加勢っ!!」
真美「脇腹コチョコチョ→!」コチョコチョ
響「やはああぁぁぁぁっ、止めろぉー!!! 痛い痛いくすぐったいいたいぃー!!!」ジタバタ!
あずさ「あらあら、今日も響ちゃんは楽しそうねぇ、うふふ」ニコニコ
貴音「黒井殿、案ずる事はありません。
私達が敵視すべき765のプロデューサーには、決して心を許さぬつもりです」
黒井「口の周りがクッキーでベチョベチョなのを何とかしろ」
雪歩「し、四条さん、お茶を。あと、お手拭きですぅ」スッ
貴音「ありがとうございます、萩原雪歩」
黒井「あのな……」
律子「で、どうなのよ。961プロさんに迷惑掛けていないでしょうね」
美希「うん! ミキ、ちゃんとお行儀よくやってるよ?
響や貴音もすっごくイイ子だし、黒井社長も面白いしね」
黒井「何だと?」
千早「あなたが事務所を去った時はどうなる事かと心配したけれど、元気そうで良かったわ」
美希「急にいなくなって、ごめんなさいなの。
でもでも、プロデューサーさんがいけないんだよ? ミキにセクハラするなんて!」
P「ヒッヒッヒ、次は春香ぁ、お前にイタズラしてやるぅ~!」ダダッ!
春香「うわぁぁぁ、こっちに来たぁー!!」
真「どっせい!!」ドムッ!
P「おほぅっ!?」ドサッ
伊織「何考えてんのよ、この変態! ド変態!!」
貴音「大丈夫ですか、天海春香? さぁ、私達の後ろへ下がって」
春香「は、はい……!」
響「自分も加勢するぞ、真! くらえ、琉球空手パンチ!!」ポカポカ!
小鳥「モンゴリアンチョップ!!」メゴシッ!
P「お、おぱぁーーっ!!!」
律子「さて、社会のゴミを片付けたところで……
黒井社長は、今日はなぜこちらへお越しに?」
やよい「あっ、そういえばそうですね。何でですかー?」
黒井「……会食に出席した後、たまたま通りがかったのでな。
最近妙にウチの連中が765プロの話題を出すから、まさかとは思ったが……」
響「黒井社長、いっつも会食だなー。栄養偏っちゃうぞ」
あずさ「そうですよ~。あら、そうだわ!
今度、私達の事務所で鍋パーティーをやるんですけれど、よろしければ黒井社長もいかがですか?」
春香「響ちゃんや貴音さんも来てくれるんですよ!」
美希「ミキももちろん行くの!」
黒井「出る訳が無いだろう。
765プロの低俗なパーティーになど、誘われただけでも心外極まりない」
雪歩「えっ?」
黒井「響ちゃんに貴音ちゃん、美希ちゃんも帰るぞ。
こんな連中と一緒の空気を吸っていては、君達も毒されてしまう」
響「そ、それはダメだぞ!」
黒井「?」
貴音「765プロのプロデューサーは、アイドルに不埒な行いをする不心得者です。
彼奴を野放しにすることは、業界存亡の危機に関わります」
美希「クズでエッチなプロデューサーさんを懲らしめなきゃ、皆が危ないの!」
黒井「い、いや、私は何もそこまで…」
P「な、ちょっと待て、いつ俺がそんなひどい男になった」クイッ
律子「あずささんのスカートを掴みながらトボける気ですか、このスケベ!!」
あずさ「あら~?」ヒラッ
雪歩「あわわっ! あ、あずささん見えちゃいますぅ!!」
響「この変態め! あずささんに手を出すなー!!」ポカポカ!
P「オウフッ!!」Yes!
真美「ダメだ、何か知らないけど喜んでるYO!」
真「ふんっ!!」ごきっ!
P「ッ …………………………」ドサッ
春香「あっ、死んだ」
千早「今のは死んだ」
やよい「耳からドス黒い血が出てますー」
亜美「なむ亜美だぶつ」
伊織「それじゃあ新堂、病院までソイツを連れてって」
新堂「かしこまりました」
ブロロロロロロ…
美希「ねっ、黒井社長見たでしょ? あんな人がいると、765プロの皆がかわいそうなの」
黒井「う、ウィ……しかし、765は765。我々が関わる必要は…」
響「自分や貴音がイジメられてたの見てなかったのか、社長!?
放っておいたら、いつか自分達にも絶対飛び火してくるぞ!」
貴音「それ故、今は765プロとも結託し、速やかに彼の態度を改めさせる必要があります」
貴音「無論、ステージに立てば、765プロとは敵同士です。
いくら私が天海春香のくっきぃが好きであろうと、関係の無いこと」
貴音「皆も、それは努々忘れることの無きよう。よしなに」
雪歩「四条さん……」
春香「分かってますって。あっ、次はどんなクッキーが良いですか?」
貴音「ちょこと、おれんじのまぁまれぇどが入ったものを所望します」
響「あっ、マーマレード味のは自分も好きだぞ! 多めに焼いてきてね、春香!」
春香「響ちゃんも、今度美味しいゴーヤチャンプルーの作り方教えて!
この間家で作ってみたんだけど、上手くいかなくって」
やよい「あっ、私も教えてほしいかなーって!」
響「ふふん、いいぞー! 自分、料理も完璧だからな!」
美希「ミキも参加するのー! 食べる専門で!」
亜美「あーっ、ミキミキずるいYO!」
真美「どうせ余るだろうし、しょうがないからこの伊織ちゃんも一緒に行ってあげるわよ、にひひっ♪」
伊織「何で私の真似したのよ、真美!」
貴音「しかし、水瀬伊織も共に行きたいのでしょう?」
伊織「なっ……!」
あずさ「はいはい、それじゃあ皆で響ちゃんのお家に行きましょうね~」
響「そ、そんなにウチ入れないぞ!」
アハハハハハハハ…
黒井「…………ウーム」
~961プロ~
秘書「プロジェクト・フェアリーと765プロとの結束が深まっていると?」
黒井「765プロのプロデューサーを悪役に仕立て上げ、
彼女達を引き合わせないようにするのが狙いだった」
黒井「だが、私が思っていた以上に765のプロデューサーがクズであり、
765プロのアイドル達も、結構本気で彼の事を嫌っているようだ」
黒井「それ故に、彼女達の間に妙な連帯感が生まれ、共通の敵を排除……
あるいは更生させようと奮起している」
秘書「この短期間で、そこまで……ですか」
黒井「おのれ……なぜこうも裏目裏目に物事が動いてしまうのだ」
黒井「まったくもって、不愉快極まりない」
秘書「そういえば、ジュピターも先日、泣きながら彼に相談を持ち掛けられたとか。
所属アイドルにイジメられていると…」
黒井「自分のせいだろうが! そんな者に構うな、放っておけと伝えろ!」
秘書「はっ」
黒井「…………~~ッ!」イライラ…
~翌日、765プロ~
高木「そんなに気にする事でもないんじゃないかな」
黒井「お前ならそう言うと思ったよ。だが、こっちは迷惑しているんだ」
高木「迷惑? ……そうは見えないけどなぁ。
だって見てごらん、あんなに楽しそうにしているじゃないか」
貴音「如月千早。食事はきちんと摂らなければ体に良くありませんよ、さぁ」ズイッ
千早「い、いえ四条さん、私そんなコッテリしたカップラーメンは……モガモガ」
響「うぎゃああぁぁっ!! か、辛いぃ~~!!」
亜美「やったぁー! ひびきん大当たりー!」
真美「ハバネロを入れておいたのだよん!」
響「うわーん! 律子ー、亜美達がイジメるさー!!」
律子「だーもう、静かにしなさーい!!」
黒井「……あまり穏やかでないようだが」
高木「あれで彼女達も楽しいのさ」
黒井「そうか……いや、そうではなくてだな」
黒井「今すぐにでも、この付き合いは止めさせてもらう。
我が社の経営方針から逸脱しており、著しい悪影響を与えかねない」
高木「ウーム、悪影響?
キミの考えを理解していない訳ではないが、仲が良い分には何も悪くないと思うがねぇ」
黒井「言うだけ無駄か……だったら、あのプロデューサーをしっかり指導しておけ。
アイツは私のかわいいアイドル達に迷惑を掛けているのだぞ」
高木「あぁ、彼ね……業界の人達からの評判はすこぶる良いのだが……」
高木「確かに、彼の事を少し買い被りすぎていた私の監督責任だろう。
その点については、私から改めて厳重に注意しておこう」
黒井「あの男が更生すれば、プロジェクト・フェアリーが765プロと協力関係を結ぶ必要も無くなる。
これ以上、こんな汚らしい事務所と関わり合いを持つのはまっぴら御免なのだよ」
高木「すまないねぇ。
おーい音無君、これからは掃除をいつもより念入りにやっておいてくれたまえ」
小鳥「わ、私のせいですか!?」
高木「ハハハ、大丈夫。私も手伝うよ」
小鳥「社長はまず、自分の机の上を整理して下さい」
高木「音無君も手厳しいなぁ」
黒井「……失礼する」スクッ
小鳥「あっ、もっとゆっくりされていきませんか? あともう少しでコーヒーが…」
黒井「コーヒーは我が社で淹れるものが一番だ。それ以外は受け付けんよ」
ガチャッ バタン
小鳥「……あーあ、帰っちゃった」
高木「彼の思い込みの強さにも、困ったものだ」
響「あれっ? 黒井社長、来てたのか?」
律子「知らなかったの? 先ほどお帰りになられたみたいだったけど」
亜美「なんだー。だったらクロスケもこっち来て一緒にひびきんで遊べば良かったのに」
真美「クロスケはいつでも961プロでひびきんと遊べるじゃん」
響「クロスケって呼ぶなー! 自分達を拾ってくれた恩人だぞ、黒井社長は!」
千早「我那覇さんで遊ぶ、っていう所にまず怒るべきだと思うけれど」
貴音「響もアレで楽しいのですよ」
響「ハバネロ食べさせられて楽しいワケないさー!!」ヒリヒリ
P「はい、はい……いやぁ、いつもすみません、こちらの不手際でしたのに……」
P「いえぇ、とんでもない! はい、ありがとうございますー、失礼しますー、はい」
ガチャッ
律子「また先方さんにご迷惑お掛けしちゃったんですか?」
P「最近妙に冷たくなった人もいるが……それでも応援してくれる人もいてさ。
本当、助かるよ」
律子「もう、しっかりして下さいよ? あまり憎まれない性格とはいえ」
P「憎まれない、ねぇ……彼女達にも好かれれば良いんだが……」
亜美「兄ちゃん兄ちゃん!」
P「ん?」クルッ
べちょっ
P「!? うわあぁぁ、な、何だこれ!? ケーキ!?」
真美「んっふっふ~。兄ちゃんもそろそろ誕生日が近いんじゃないかなーってね?」
P「全然まだ先だよ! あーもう、何てことしてくれるんだよー」ベチョベチョ
響「自分達は変態プロデューサーにもっとひどいことされてるんだ。
これくらいの仕打ちは当然だぞ!」
貴音「不逞な輩は、寂滅すべし」
P「ひ、ひどい……」グスン
小鳥「あぁ、プロデューサーさん、ちょうど良かった」
P「えっ?」
小鳥「コーヒー余っちゃったので、良ければデザートの後のお口直しにでもどうぞ」コトッ
P「予期せぬデザートでしたけどね。でも、ありがとうございます」
高木「黒井のヤツが、自分の会社で淹れたコーヒーしか飲まないと言うものでねぇ」
P「はぁ……自分の会社で淹れたコーヒー、ですか……」
高木「あぁ、そうそう。キミ、大人の男としてもう少し節度ある行動を……」クドクド…
P「うへえ……」
小鳥「さて、お掃除しないと。貴音ちゃん、そっちにある雑巾取ってくれる?」
貴音「これでよろしいですか?」
響「それはテーブルを拭く時の布巾でしょ?
ぴよ子は床とか棚の上を掃除しようとしてるから、こっちの雑巾の方がいいさー」
律子「さすが、いつも来てるだけあって慣れてるわね。ついでに手伝ってちょうだい」
響「うん! ……って、何で961プロの自分が手伝わなきゃいけないんさー!」
貴音「響、なんくるないですよ」ニコッ
響「使い方おかしいよ!!」
………………
………………
テクテク…
美希「あふぅ……今日のイベント、大変だったなぁ。あんなに人がいっぱい来るなんて」
美希「早く帰って、事務所の休憩スペースで寝るの。響や貴音にも会いたいし」
テクテク…
ガチャッ バタン
美希「運転手さん、お待たせなのー。それじゃ、事務所までよろしくね?」
運転手「ウッ……ゴホ、ゴホッ…!」
美希「? 大丈夫、風邪? 無理しないでね」
運転手「い、いえ、大丈夫……では、発車……」スッ カチャッ
ブキキキキキ ブオン……!!
ドゴォンッ!!
美希「きゃあぁっ!?」
メラメラ… パチッ パチパチ…
美希「あ、あれ……?」
ゴォォォォォォ…!
美希「ちょ、ちょっと……車が、燃え、て……」
美希「ヤ……何で!? は、早くここから出…!」ガッ!
ガチャッ!
美希「!? ちょ、えっ……何で、何でドアが開かないの!?」ガチャガチャッ!
美希「運転手さん! ちょっと、鍵壊れて開かないの!! 開けて、ねぇ!!」
運転手「………………」グッタリ…
美希「う、運転手さん……!?」
美希「ね、ねぇ!? ちょっと、聞いてるの!? ねぇっ!!!」ユサユサ…!
ゴォォォォォォ…!!
テクテク…
真「あーあ、今日のスタジオは何か使いにくかったなぁ」
P「うぅ……わ、悪かったなぁ、しょぼいスタジオしか取れなくて」
伊織「本っ当、あんたってセクハラはするわ仕事は要領を得ないわ、どうしようもないわね」
春香「ま、まぁまぁ二人とも。プロデューサーさんも反省してる事だし、その辺で、ねっ?」
P「春香ぁ~~! ありがとう、お前は本当に優しいなぁ!!」ダキッ
春香「ぎゃあぁーーっ!!!」
伊織「何抱き着いてんのよ、この変態! ド変態!」
真「おうらっ!!」ドガッ!
P「あろっ!」
春香「真、やめて! 帰り車を運転する人がいなくなっちゃうよ!」
伊織「あんたも地味にひどい事を言うわね」
モクモク…
真「ん?」スンスン…
春香「何か……焦げ臭くない?」スンスン…
伊織「確かに、そうね……」
一同「!?」
ゴオォォォォッ…!!
真「あ、あれは……車が燃えてる!!」
伊織「ウチの隣の車じゃない!?」
春香「ちょ、ちょっと待って! あそこ……!!」
美希「た、助けて……誰かっ!! ここから出してぇ!!」バンッ! バンッ!
運転手「………………」グッタリ…
春香「中に人が……美希が乗ってるよ!!」
真「えぇぇっ、うそ!?」
P「お、おいどうした?」フラフラ…
伊織「いつまで寝てんのよ! あ、あれを!!」
P「ウ~ム………ッ!!?」
P「なっ……!」
真「ぷ、プロデューサー!」
P「真、消火器持って来い!!
伊織は消防に連絡して! 春香は誰でもいいから他の大人を呼べ!!」ダッ!
ガシッ!
春香「プロデューサーさん!? 無茶です、危ないですよ!!」
ガチャッ! ガチャッ!
P「く、クソッ……開かない!
おい、運転手さん! おい、聞こえるか、おいっ!!」バン バン!
運転手「………………」
P「気を失ってる! ……ならこっちか!!」
ガタン…!
美希「た、助けて……!!」
P「こ、この野郎……このぉっ!!」ガンッ! ガンッ!
春香「フロントガラスを、蹴破ろうと……!?」
伊織「何ボケッとしてんのよ! アイツが言った通り、早く応援を呼んできなさい!!」
春香「う、うん!!」ダッ!
真「消火器あったよ!!」
伊織「もしもし!? 駅ビルの駐車場で火事が……
そうよ、車が燃えてるの!! 早く消防車を! 場所は品川駅ビルの……!」
ゴオォォォォッ…!!
P「くそっ!! くそぉっ!!!」ガンッ! ガンッ!
伊織「早く! 早く消火器を!!」
真「急かさないでよ、今使い方読んでるから!」
伊織「そんなの黄色いヤツを早く引っこ抜いて、バァーッてやりなさいよ!!」
真「だーもううるさいなぁっ!!」
伊織「何よっ!!」
真「何だよっ!!」
バキャッ!!
P「!! わ、割れた! よしっ!!」
ゴソゴソ…
春香「プロデューサーさん! 大人の人を呼んで……あ、あれ!?」
伊織「アイツはあの車の中に!」
春香「そ、そんな……!」
男性「お、おいおい、これはどういう事だ……!?」
ゴオォォォォッ…!!
真「よし、使い方分かったぞ! どいてっ!!」ダッ!
真「えいっ!!」カチッ
ボシュシュゥゥゥゥゥゥゥゥ…!!
ゴオォォォ… パチ パチ…
真「こ、これで……どうだ!?」
伊織「幸い、火は食い止められたみたいだけれど……」
ガタッ…
春香「あっ! プロデューサーさん!!」
P「よっこいせ……」ズルッ…
美希「うぅ………グスッ……ひっく…」ボロボロ…
P「もう大丈夫だ。問題は、この運転手さんの意識が戻らない事だが……」
伊織「消防には連絡しておいたわ。救急車も来ると思う」
P「よし。とりあえず、一旦こっちのスペースに運転手さんを寝かせよう。
あ、すみません、この人の足を持ってもらっても良いですか?」
男性「あ、は、はい」
真「それにしても……助かって良かった。はぁ……」ヘトヘト…
P「お前も消火器ありがとうな、真」ナデナデ
真「わわっ!? い、いきなり何するんですか」
P「春香、タオル持ってるよな? 濡らしてきてくれないか。
少し熱がある、この運転手さん」
春香「わ、分かりました」
タタタ…
P「伊織、救急車は何分で来れるって?」
伊織「し、知らないわよ。そこまで聞いてなくて……ごめんなさい」
P「いや、いい。真は外に出て、救急車が来たらここへ誘導してくれ」
真「は、はいっ!」ダッ!
P「伊織は美希についてやれ」
伊織「え、えぇ……怪我はない、美希?」
美希「ひっく………ひっく……」コクッ
伊織「そう……大丈夫よ、ね?」
美希「うん……」
~961プロ~
黒井「ウチの車が燃えただと……!?」
秘書「はっ。先ほど入った情報なのですが……」
秘書「本日の午後3時頃、品川駅ビルの駐車場に停めていた社有車が突如炎上。
運転手と星井美希が車内に取り残される事態が起きました」
秘書「幸い、同じ現場に偶然居合わせた765プロの者達により救助され、
星井美希は無事でしたが、運転手は救急車で病院へ運ばれて以後も意識が戻っていないとのこと」
秘書「運転手だけでなく、星井美希も軽度の一酸化炭素中毒の可能性があるため、
明日も大事を取って病院へ行くよう、担当医師より指示を受けております」
秘書「火災の詳しい原因は依然として調査中ですが、車両の整備不良……
具体的には配線の絶縁劣化、あるいはオイル漏れ等が考えられます」
黒井「ロクに整備もしていないものを社有車として乗り回していたというのか。
私が乗る車も、適当な整備で済ませているのではあるまいな」
秘書「はっ、それは抜かりありません。
しかし、社内に本件を周知し、より着実なチェック体制を布いて再発防止に臨みます」
黒井「当たり前だ」
黒井「それで……救出したのが765プロの連中だと?」
秘書「はっ」
黒井「星井美希は、確か駅ビル内で新作CDの販売イベントに出ていたはずだな」
秘書「先日の初ライブ以後、プロジェクト・フェアリーの人気も急上昇しており、
今回のイベントも大盛況だったようで…」
黒井「そんな事はどうでも良い!
私は、なぜ765プロの連中が同じ場所に来ていたのかを聞いているのだ」
秘書「警察が彼らに対し行った事情聴取の内容によれば、今日彼らは
ダンスレッスンのためにここに来ていたのだと」
秘書「普段は別のスタジオを利用するのですが、たまたま今日は予約がいっぱいで取れなかったため、
やむを得ず品川駅ビルの駐車場に車を停め、近くのスタジオに行っていたとのことです」
黒井「……そこで、たまたま起きた我が社の車の火災現場に出くわしたと」
秘書「偶然にも、燃えた社有車の隣に停まっていた車が彼らのものだったそうです」
黒井「何? …………」
黒井「………………」
~翌日、765プロ~
ガチャッ
P「おはようございます」
響「あっ、来た!」
P「うわっ、響!? 貴音まで、今日はどうした。ハバネロ食うか?」
響「何でだよ!」
あずさ「響ちゃんと貴音ちゃんが、お礼を言いに来たんです。
昨日、プロデューサーさんが美希ちゃんを助けてくれたから、って」
貴音「話は皆から聞きました。
美希は、大事を取って今日は病院へ行っているのですが……」
貴音「己の身の危険を顧みず、私達の仲間を助けてくれたこと、真、感謝致します。
同時に、これまで私達が貴方へぶつけてしまった失礼な振る舞いの数々、どうかお許し下さい」ペコリ
響「自分達、765のプロデューサーの事を誤解してたさー。いざって時はすごいんだな」
P「お、おう……えっ、本当にどうしたんだお前達。頭おかしくなったのか?」
響「人が素直に感謝してるのに、そりゃないぞ!」
貴音「よしなさい、響。
私達が作ってしまった溝は、これから埋めていけば良いのですから」
響「う、うん……まぁアレだ! これからは仲良くしようね!」
P「俺は最初からそのつもりだよ」
伊織「とてもそうは思えない言動ばかりだったけれど」
真「あの時のプロデューサー、カッコ良かったなぁ!」
春香「私達にビシビシーッ! って的確に指示しててね!」
亜美「えー、うそー?」
千早「にわかには信じ難いわね」
P「本当しんどかったですよ。あの後、警察にずっと同じ事何回も説明させられて……」
小鳥「帰ってくるの遅かったですものね、昨日」
雪歩「ぷ、プロデューサー! あの……今まですみませんでした。これを……」コトッ
P「おぉ! お茶ありがとう、雪歩。助かるよ」
ガチャッ
高木「おーい、キミィ。ちょっと社長室まで良いかね?」
P「あっ、社長! おはようございます。何か?」
高木「いや、黒井がキミと話がしたいそうだ」
P「えっ、いらしてたんですか?」
コポコポコポ…
秘書「…………」カチャッ
P「す、すごいですね……自分用のコーヒーセットを常に持っていらっしゃるんですか?」
黒井「貴様らにくれてやるつもりは無い」ズズ…
P「い、いえ、そのようなつもりは……」
高木「まぁまぁ、そう言わずに頼むよ。今回のお礼の一つだと思って」
黒井「…………フン」クイッ
秘書「…………」コクリ
コポコポコポ…
秘書「……どうぞ」カチャッ
P「あ、ありがとうございます」ペコリ
ズズ…
P「……! うおぉ……美味い」
高木「あ″あ″~~~」
黒井「やめろ、その声。コーヒーが不味くなる」
黒井「先日は、我が961プロの星井美希が世話になったようだな」
P「え、えぇ……元は彼女も765プロでしたし、助けない訳にもまいりません」
黒井「フム……なるほど」
黒井「つまり、貴様は765プロに関わりのある人間でなければ助けなかった、と」
P「えっ!? えっ、と、それは……そういう訳でも無いですが……はぁ」
高木「おいおい、意地悪な質問をするなぁ」
黒井「フン……」
スッ
P「? ……あの、これは?」
黒井「近々、961プロが主催するパーティーがある。これはその招待券だ」
黒井「星井美希を助けた礼に、その招待券を貴様にくれてやる」
P「え、えぇっ!?」
黒井「底辺プロデューサーが逆立ちしてもありつけないような美味い酒を用意しよう。
せいぜい楽しみにしているがいい」スクッ
高木「あ、あれ? ……おーい、私の分は無いのかい?」
黒井「失礼する」コツコツ…
ガチャッ バタン
ブロロロロロ…
秘書「……よろしかったのですか?」
黒井「何がだ」
秘書「765プロの人間を……それも、最も社長が嫌悪していたあの男をパーティーに誘うとは……」
黒井「あの男は、まだ私に……いや、他の誰にも見せていない何かがある」
黒井「必ずあるはずだ。それをあばく必要が私にはある」
黒井「得体の知れない者ほど危険な存在は無い」
秘書「左様で」
コポコポコポ…
黒井「………………」ズズ…
~数日後、パーティー会場~
黒井「それでは、我々961グループの益々の発展を祈念して……」
黒井「乾杯!」
一同「かんぱ~い!」
パチパチパチパチ…!
ガヤガヤ…
黒井「ウム、来ていたか」
P「お、お世話になります、黒井社長。あの、皆知らない人ばかりで、どうすれば……」オドオド…
黒井「私の横について、適当に相槌を打っていれば良い。行くぞ」スッ
P「は、はいっ!」タタタッ
ハハハハハ…
黒井「縁があって、たまたま今回特別に招待したのです」
大物A「ほぅー、なかなか良い面構えをしているじゃないですか。さっ、どうぞ」
P「あ、いただきます。いやぁ、お酒も食べ物も皆美味しくって……」グイッ
大物B「おー、良い飲みっぷりですなぁ」
ホホホホホ…
大物C「あら、割とかわいい顔をしているじゃない?」
P「いやぁー、それほどでも、ハハハ」
黒井「ほら、このラベルを見たことが無いかね?」
P「うわっ! 正直見たこと無いですけど高そうなお酒ですねー」
大物D「ほらほら、溢れちゃうわよ、もったいない」トクトクトク…
P「うひょーっ!」グイッ!
ワハハハハハ…!
P「いやー本当たまんないっす! 美味しいっす!」
大物E「キミ面白いねぇ。それ、もう一杯」
P「あざまっす!!」グイッ!
P「ヒック……ウィー、えぇへへへへ……」グデーン
黒井(……頃合いだな)
黒井「どうだ、楽しんでいるか?」
P「ああぁ黒井さぁん、どうもすいませんありがとうございますこんなパーティー…」
黒井「あぁ分かった、酔い覚ましに少し夜風に当たろう。こっちへ来い」スッ
P「はぁぁぁい……」フラフラ…
黒井(飲ませすぎたか……?)
ガチャッ
P「はぁぁぁ……きもちいい……」
黒井「晩酌のビール以外はあまり飲まないと言っていたが、洋酒も悪くないだろう?」
P「いやぁホント、そっす。ホント誤解してました、ありがとうございます……」
黒井「今日来た業界人の中には、貴様の事を知っている者が何人かいたな」
P「えぇぇ、まぁ……片っ端から挨拶周りして、ハイ、この業界入った当初は……」
黒井「元は銀行員だと言っていたな……なぜ、この業界に足を踏み入れた?」
P「なぜって……ヒック……」
P「高木社長にスカウトされたから、ですけど…………まぁ……」
P「正直、すっげぇやりがいのある仕事だなぁ、っていうか……まさに、理想……?」
黒井「理想……?」
P「ゲップ……」
P「うん、りそう……いやぁ、良い気持ち……」
P「へへへ……黒井社長……笑っちゃうかもしんないですけど……ねぇ……」
P「俺……ガキの頃は、王様になるのが、夢だったんですよ………」
黒井「王様……」
P「ははは、いやそりゃあね?
そりゃあ、王冠被ってマント着てなんていう、絵に描いたような王様になるのは小4で諦めましたよ」
P「小4まで諦めてなかったのかよ、って問題もありますけど、はははは、でもまぁ……」
P「上に立って、自分の思い通りに、人を動かすのって、気持ちいいのかなぁ、って……」
P「“理想の王国”っていうのかなぁ」
黒井「………………」
P「前の職場なんて最悪ですよ。
言われた通りの仕事しかできないし、クレームも受けるし、同僚同士の付き合いも薄いし……」
P「俺じゃなくてもいいじゃん、これやるの、みたいなね」
P「それが……高木社長に、拾ってもらえて……」
P「アイドルって、すごいですよね」
黒井「ムッ?」
P「数えきれないくらい大勢の人達に、活力を与える……
人の心を動かすことができる」
P「逆に言えば、アイドルが右と言えば右、あぁ言えばこうってな具合に、
ファンを容易に操る事のできる危険な力も併せ持っている」
P「そのアイドルを、俺が育てろ、ですって……ははっ……!」
P「経験も無い俺が、人の心を動かすアイドルを、俺の好きなように、育てるだって!」
P「王様、とはいかないけど……女王か何かの、摂政? っていうのかな……」
P「ガキの頃夢見た、ある意味“自分にとっての理想の王国”を作れるチャンスが、
来たのかもな、って……」
P「別に変な事しようってわけじゃないですけど……へへ……」
黒井「つまり……貴様が目指すのは、アイドルによる人心の支配、という事か?」
P「人心の支配、はははは……! ……いや、すみません」
P「そんな大それた事じゃないですよ、ただ……」
P「俺が世の中のブームを作ってんだぜぇ~、最先端だぜぇ~、みたいなカンジで……
こう、何て言うかな、あの……」
P「俺の育てたアイドルが、大勢の人を動かすんだ、っていう、優越感、というか……」
P「……あ、まぁ、人心の支配ですね、ははは! いや、もっと良い言い方ありそうですけど」
黒井(………俗な男だな)
黒井「……それで、貴様は業界内で立ち回りやすくなるよう、コネクションを増やしていった、と」
P「経験値ゼロですし、敵は作らない方が良いでしょう」
P「もちろん、所属アイドルの子達にも、そりゃあもうすげぇ媚び売って媚び売って」
P「美希が961プロさんに引き抜かれちゃったのは、ちょっと予想外でしたけどね」
黒井「それだけじゃない。業界関係者は、誰もが貴様を毛嫌いしていったはずだ」
P「あー、毛嫌いというか……何か、微妙に距離を置くようになりましたね、全体的に」
P「黒井さんの差し金だったりして! なんつって、あははは」
黒井「………………」
P「まぁ、何にせよ……美希が961さんところに行く事で、一番心配だったのは……」
P「美希と765プロの皆との仲が、悪くなったりしないかなぁ、って……」
P「できれば、961プロとも……皆が仲良く仕事できる環境が一番でしょう?」
P「だから、変に敵対するような事になるのは、どうしても避けたいと思って」
黒井「やはり……そのために、貴様は道化を演じていたということか」
黒井「自分一人が底辺の悪役になって、我那覇響や四条貴音も含め、
皆が団結するよう仕向けたと?」
P「予想外に皆のイジメがひどくて、正直死にたくなりましたけどね」
黒井「そして、ここ一番で男を上げる……
先日の車両火災は、貴様にとっては渡りに船だったという訳か」
P「いやいや、それはちょっと誤解ですよ。
信頼は、少しずつ取り戻していければ良いと思ってました」
P「まぁ、何か上手く行ったし、運転手さんの事は心配ですがまぁ、それはそれというか……」
黒井「……結果として、貴様はまた、誰からも愛されるプロデューサーになったのだな」
黒井「“理想の王国”のための立ち回り……なかなか狡猾じゃないか」
P「狡猾、って……別に悪い事してないじゃないっすか」
P「逆に、夢のために手段を選ぶ必要があるんですかっつー話、じゃないですかねぇ」
黒井「…………フフッ」
黒井「なるほど………腹黒いヤツめ」
P「へへへ……自分の思い通りにさえなりゃそれで良いんす」
ブロロロロロ… キキィッ
P「いやぁ、本当すみません、家まで送ってもらっちゃって」
P「あ、コーヒーも美味しかったです。すごいですね、車の中にまで豆が置いてあるなんて」
黒井「今回で最後だ。次は無いものと思え」
P「うわー、手厳しい。はははは」
ガチャッ バタン
黒井「出せ」
秘書「はっ」
ブロロロロロ…
P「ありがとうございましたー!!」ペコッ
黒井(結局、アイツも野心を抱えたただの男だったという事だ)
黒井(何という事は無い。程度が知れたな)
P「………………ヒック……」
~一週間後、961プロ~
コツコツ…
黒井「…………ムッ?」
P「……あっ、黒井社長!」
やよい「おはようございますー!」ガルーン
伊織「御機嫌よう、黒井社長」ペコリ
P「おはようございます。先日はどうも、ご馳走様でした」ペコリ
黒井「何の用だ」
P「あぁ、いえ……この前、大変楽しいパーティーにご招待いただいたお礼と…」
P「あと、すっかり酔って、ご迷惑をお掛けしてしまったものですから……
感謝とお詫びの印として、これをどうかお受取り下さい」スッ
黒井「? …………これは……」
P「今日までご挨拶が遅れてしまって、申し訳ございません」
P「この間のパーティーに、コーヒーに詳しい方がいらしていたんです。
その方にご教示いただいて、評判の豆を手に入れてまいりました」
P「黒井社長、コーヒーが大変お好きのようでしたから、
きっと気に入っていただけると思いまして」
伊織「私も家の者に確認させましたけど、これは相当に上等な代物でしてよ」
やよい「へえぇー、そうなんだー。私んち、コーヒー飲まないからわかんないなー」
黒井「…………フム」
P「お気に召しましたでしょうか?」
黒井「実際に飲んでみないことには、何とも言えんな」
P「ぜひお召し上がり下さい。お受取りいただき、ありがとうございます」ペコリ
黒井「フン……」
伊織「ねぇ、そろそろ……」
P「あぁ、そうだな……
すみませんが、彼女達の仕事の時間が迫っているので、ここで失礼致します」
黒井「勝手にするがいい」
やよい「イベントなので、黒井社長も良かったら見に来てください! うっうー!」ダダーッ!
伊織「あぁ、ちょっとこら、やよい! 待ちなさーい!!」ダッ!
P「お、おーい! 駐車場あっちだぞー!」
P「すみません、それじゃあ」ペコッ
タタタ…
ガチャッ バタン
秘書「お待たせ致しました」
コポコポコポ…
秘書「どうぞ」カチャッ
黒井「ウム」
ズズ……
黒井「…………少し、変わった味だが……」
黒井「……悪くはない。クセになりそうな味わいだな」
秘書「明日からは、どうなさいますか?」
黒井「これで良い」
秘書「かしこまりました」
黒井「…………フン、マメな奴め……」ギシ…
………………
………………
小鳥「それでは、乾杯のご発声を……えーと、高木社長、で良いですか?」
高木「あぁ、別に構わないが……良いかね?」
黒井「早くしろ」
高木「えー、ウォッホン!
それでは、ジュピターの全国ツアーの成功と、あー、プロジェクト・フェアリーの…」
黒井「大成功と言え」
冬馬「余計な茶々入れんなよ、おっさん」
高木「えー、ジュピターの大成功と、プロジェクト・フェアリーのシングル6曲連続首位獲得…」
美希「6曲じゃなくて8曲なの!」
高木「えー、フェアリーの8曲連続首位…」
P「あれ、まだフェアリーって7曲しか出してないよな?」
貴音「自分のソロ曲を間違えて数えているのでしょう」
高木「もういいや、かんぱ~い!!」
一同「かんぱ~い!!」
春香「ちょ、ちょっと待って下さい! 私のランクB昇格のお祝いはー!?」
真美「はるるーん、こっち来て一緒に食べようよー」
春香「グスン……いいですよーだ。自分で作って来たフルーツケーキ、一人で食べよっと」
貴音「ふ、ふるぅつけぇき……!?」ソワソワ…
亜美「お姫ちーん、鍋のお肉もうなくなっちゃうYO?」
あずさ「お鍋はまだお代わりありますからね~」
やよい「もやし炒めも、いーっぱい作りましたー! はい、黒井社長どうぞー!」アーン
黒井「私は別に……フガフガ」
千早「た、高槻さん! 私にも早く! さぁ!!」
高木「こうして、我が765プロの事務所でパーティーを開くのは何度目かな」
黒井「私は初めて来たが」
高木「悪くないだろう? 今日は良く来てくれた、ゆっくりしていきたまえ」
黒井「フン……」ズズ…
高木「しかし、なぜ急に?」
黒井「別に深い理由など無い」
黒井「強いて言うなら……あのプロデューサーの男が原因とも言えるか」
高木「彼がかい?」
美希「ち、千早さん、目が怖いの……あ、雪歩! そのゴーヤチャンプルー取って!」
雪歩「うん。これ、すっごく美味しい。響ちゃん、お料理上手だね」
響「ふふーん! まだサーターアンダギーもあるぞ、楽しみにしててね!」
冬馬(や、やべぇ……さっき見つけて全部食っちまった……)
伊織「何か、冬馬の顔色が悪いんだけど、大丈夫かしら」
翔太「具合が悪いなら、無理しない方がいいよ? あっ、高木社長、お酒お待ち」サッ
高木「お、すまないね。北斗君も、遠慮なく好きなものを食べたまえ」
北斗「いえ、俺はもう、このエンジェルちゃんの事で頭がいっぱいですから」ダキッ
P「おい、北斗、止めておけ。真の鉄拳は本当に痛…」
マコッ!
北斗「ポォゥッ!!」ドサッ
律子「あちゃー、遅かったか」
小鳥「ほくまこ……アリだわっ!」
真「まったく……あぁいうナンパな男、ハッキリ言ってボク嫌いです!」
P「俺は? 俺は?」
真「プロデューサーは……まぁ、ナンパな部分は、好きじゃないですけど……」
亜美「あー、まこちん顔赤い→!」
真「だああぁぁぁぁっ!!!」ブンブン!
冬馬「うおぉ、危ねぇっ!」サッ
春香「いや、私だってもう子供じゃないんだから、頭では分かってますよ?
我慢しなきゃいけない事だってあるって。でも、今日は私も主役のパーティーなのに……」
貴音「えぇ、分かります、天海春香。ところで、けぇきのお替わりはどこに……」モシャモシャ…
黒井「奴の事は、得体が知れなかったがために、迂闊に近づく事は避けていた」
高木「あんなに人当たりが良いのに」
黒井「それが危険だと言うのだ。孤独を是とする私の信念とは相容れぬものだからな」
黒井「だが……アイドルによる理想の王国などと。フンッ!
そんな事を本気で考える馬鹿が、今時この業界にいようとはな」
黒井「結局はヤツも、ただの野心を持った男に過ぎなかった……
底の浅い、たかが知れた男だったという訳だ」ズズ…
高木「注意すべき人間ではないと、キミにも分かってもらえたようで何よりだ」
高木「彼には本当に助かっているよ。
既に業界内のあらゆる方面から、彼は大変厚い人望を得ている」
高木「誰に対しても、気配りのできる男だ……私の目に狂いは無かった」
黒井「言っておくが、ジュピターとプロジェクト・フェアリーはまだまだ貴様らより格上だ。
今後も、765プロなどに負けるつもりはサラサラ無いからな」
高木「あぁ、そうだろうとも。無論、私も同感だがね」
P「まったく、美希のヤツ……
あっ、ちょっと黒井社長聞いて下さいよ、美希が俺のワイシャツに……」
美希「ハニーへのラブサインなの! 反対側の襟にも付けてあげるね?」チュッ
P「うわぁ、やめろぉ! どうすんだよコレ、洗濯しても落ちないぞ、あーあ……」
黒井「言っておくが、クリーニング代は出さないからな」
P「えーっ? 961プロ所属のアイドルにシャツ汚されて、そりゃ無いですよー」
黒井「元は765プロのアイドルだったではないか」
美希「もうっ! ハニーったらひどいの! 素直に喜んでくれないなんて!」ポカポカ!
P「あいたたたた!」
高木「ハッハッハッハ」
P「あれっ? そういえば、黒井社長はお酒飲んでないんですか?」
黒井「明日は早いのでな」ズズ…
P「あぁ、それでコーヒーを……」
黒井「ストックが切れてきている。追加の豆を三日以内に私によこせ」
P「あぁ、すみません。了解しました」
高木「黒井のヤツ、キミがあげたコーヒーがえらく気に入ったみたいだねぇ。
ところで、ウチの事務所には置かないのかい?」
P「社長は俺と一緒で、あまり味の違い分からないでしょ?」
小鳥「社長にはインスタントで十分です」
律子「無駄な経費は一切認めませんから」
黒井「所詮、貴様はその程度のレヴェルの男なのだよ」ズズ…
高木「トホホ……」
………………
………………
スタッフ「どうもお疲れ様でしたー!!」
スタッフ一同「ありがとうございましたー!!」
あずさ「ありがとうございました~」ペコリ
響「あずささん、早く早くー!」
あずさ「うふふ、はいはい」
貴音「急がずとも、もんじゃ焼きは逃げませんよ、響。
さぁ、鬼ヶ島羅刹も一緒に」
冬馬「いい加減名前覚えろよ!
ていうか楽屋違うから、待ち合わせ場所決めとこうぜ」
美希「ミキは何回か食べた事あるけど、そこまで好きでもないかなー。
でも、ハニーが一緒ならどこでもいいの!」
翔太「あれ、プロデューサーさんは?」キョロキョロ
P「おーい、おいて行くなよー」
スタッフ「いつもありがとうございます。スタッフで分けておきます」
P「いえ、こちらこそいつも同じ差し入ればかりですみません。
では、またよろしくお願いします」ペコリ
北斗「また差し入れしてたんですか? そんなに気を遣う事ないと思いますけど」
P「いいんだよ。ああして媚び売っておけば、次も気持ちよくウチらを使ってくれるだろ?」
P「で、何時にどこで待ち合わせることになったんだ?」
冬馬「今19時だから、15分後に地下1階のエレベーター前で集合だ。
ていうか、俺達も一緒に乗せてもらって良いのかよ」
P「俺、あずささん、美希、響、貴音で5人。
で、お前ら入れて8人だから、定員ギリギリ大丈夫だよ」
翔太「本当に、今日行くもんじゃ焼き屋さん美味しいの?」
P「馬鹿にすんなよ。この間一緒に仕事したディレクターさんが教えてくれたんだ。
一度行ってみたけど、本当にうまかったぞ」
北斗「へぇ……じゃあ、期待しようかな。臭いが気になるけど」
P「まぁそれはしょうがないさ。じゃあ、またな」
テクテク…
翔太「さてと! それじゃあ僕達もササッと準備しようね」
冬馬「どうせ女なんて準備に時間かかって遅れんだろ? ゆっくりしてこうぜ」
北斗「まぁまぁ、レディーを待たせちゃいけないぞ、冬馬」
冬馬「うるせぇな、分かってるよ」
テクテク…
テクテク…
冬馬「おっ?」
北斗「黒井社長、こんばんは。今日はどうしたんです?」
黒井「用事が早く終わったので、たまには貴様らの仕事の様子でも見てやろうと思ってな」
翔太「へぇー、珍しい! いつもは放任してるのに」
黒井「765プロの連中と一緒の仕事だと聞いていたが……奴はどこだ」
冬馬「プロデューサーなら、この後俺達と一緒にもんじゃ焼き食いに行くぜ。
今なら、765プロの楽屋にいると思うけど」
北斗「コーヒーなら、俺が受け取っておきましょうか?」
黒井「そうしておけ」
翔太「最近、コーヒーばっかりだね、クロちゃん」
冬馬「で、俺達には飲ませてくれねぇんだよな」
ガチャッ
翔太「うわぁ、今日もすごいファンレターの数だなぁ……」
北斗「今からこの全てに目を通さなければならないと思うと、気が重いよ」
冬馬「お前、そういう所はマメだよな」
黒井「フン…………?」
黒井「…………?」
ガサゴソ…
【 765プロ プロデューサーへ 】
黒井(………………)
冬馬「おっさん、どうした?」
黒井「! ……いや、何でもない」スッ…
翔太「何なら、クロちゃんも一緒に行く? もんじゃ焼き」
北斗「プロデューサーの車の定員がオーバーするだろう」
翔太「あっ……そうだった、ごめん」ペコリ
黒井「いや……元々そんな下賤な食事に興味などない」
冬馬「はいはい、どうせ俺らはゲセンですよ。おら、行こうぜ」
翔太「ちょっ、えっ、もう!? 冬馬君、準備早っ!」
北斗「やっぱり、何だかんだでお前楽しみにしてたんだな」
冬馬「ばっ……ちげーよ! レディーを待たせるのは、あの、アレだろうが!」
翔太「そうだねー(棒)」ニヤニヤ
翔太「それじゃ、クロちゃんじゃーねー」フリフリ
北斗「ほら、行くぞ冬馬」
冬馬「あのな! 俺はただお前らみたいに無駄な動作が無かったから準備が早くてだな…!」
テクテク…
黒井「………………」
カサッ…
黒井(この手紙……おそらく、間違ってジュピターのファンレターに紛れていたと考えられるが……)
黒井(体裁からして、明らかにファンレターではない……)
黒井(しかも、アイドルではなく、プロデューサー宛てだと……?)
黒井(………………)
コツコツ…
~961プロ~
ガチャッ バタン
秘書「どうぞ」カチャッ
黒井「………………」ズズ…
カサッ…
黒井「……少し、席を外せ」
秘書「はっ。失礼致します」
ガチャッ バタン
黒井「………………」
ビリッ
黒井「………………」ピラッ
黒井「…………!?」
オ レ は お 前 を 許 さ な い
オ レ の 人 生 を 壊 し た お 前 を 許 さ な い
地 獄 に 落 ち ろ 人 殺 し
黒井「これは…………!?」
黒井(あの男に宛てた手紙……それはおそらく間違いない……)
黒井(このカミソリレターは、何を意味するのだ……)
~翌日、某テレビ局~
千早「それでは、行ってきます」
P「千早なら大丈夫さ。練習通り、しっかりな」
千早「はいっ」
テクテク…
P「ふぅ……さてと……」
コツコツ…
P「? ……あぁ、黒井社長」
P「どうもお世話様です。昨日はもんじゃ焼きにお連れできなくて、すみませんでした」ペコリ
黒井「そんな事はどうだって良い……少し、話があるんだが」
P「話、ですか? いいですけど」
黒井「昨日、ジュピターの楽屋のファンレターボックスに、これが入っていた」スッ
P「? ……俺宛て、ですか?」
黒井「勝手に中身を見てしまった事は、謝っておく」
P「…………?」スッ
P「…………あぁ~、なるほど」
黒井「心当たりがあるのか?」
P「いや……たぶん、前の仕事の関係でしょうね」
P「ほら、以前お話したかも知れませんけど、俺の前の職場って、クレーマーが多くて……
しかも、お金を扱う仕事だから、結構シビアな苦情を言いに来るお客さんも多いんですよ」
P「『お前のせいで俺の人生真っ暗だ!』とか、『俺が死んだら責任取れんのか!』とか……
もっと酷いと、『死んじまえ!』とか『地獄に落ちろ!』とかしょっちゅうでしたよ」
黒井「そんな職場だったのか、銀行員というのは」
P「客商売ですからね。まぁ、コレもそういう類の一つなんでしょう、きっと。
わざわざ俺の転職先を追いかけてまで送ってくるあたり、かなりタチ悪いですけど」
P「まぁ、ありがたく受け取っておきます。すみません、お騒がせしてしまって」
黒井「いや、私には関係の無い事だから別に構わん」
P「ははは、それはそうですね。それじゃあ、次の仕事があるもので、これで」ペコリ
黒井「あぁ」
P「……あぁ、そうだ。最近妙にコーヒーの注文頻度が多いですけど、どうしたんですか?」
黒井「どうもしない。早く無くなりすぎるだけだ」
P「他の人に振舞ってたり?」
黒井「飲むのは私だけだ。他の者になど与えるか」
P「ははは、そうでしたね。すみません、では」ペコリ
テクテク…
黒井(…………気にする事でもないか)
~数日後、961プロ~
コンコン
黒井「入れ」ズズ…
ガチャッ
秘書「失礼致します」
黒井「何の用だ」
秘書「社長……実は、先ほどプロジェクト・フェアリーの面々から寄せられたのですが……」
秘書「これらが、今日の仕事先のファンレターボックスに……」ガサッ…
黒井「…………!」
【 765プロのプロデューサーへ 】
【 765プロ プロデューサー 【必読サレタシ!】 】
秘書「いかが致しましょう。このまま、765プロへお送り…」
黒井「いや……今度、高木と会う用事があるので、その時に渡すことにしよう。
これは私が預かっておく」
秘書「かしこまりました」
秘書「では、失礼致します」
黒井「あぁ、それと」
秘書「お替わりでございますね? かしこまりました」ペコリ
ガチャッ バタン
黒井「………………」ズズ…
黒井(少し文体は違うが……内容はどれも同じだな)
黒井(人殺し……)
黒井(人生を滅茶苦茶にされた、という意味、か……)
黒井(ただの銀行勤めが、そのような苛烈な非難を受けるものなのか……?)
黒井「………………」ズズ…
~翌日、961プロ~
黒井「……奴はまだ来ていないのか」トントン…
秘書「はっ。もう間もなく約束のお時間ですので、そろそろ来るかと……」
黒井「メインエントランスのモニターを」
秘書「はっ」ポチッ
ヴィン…
黒井「…………?」
秘書「これは……プロデューサーが、我が社の社員達と、何やら話を……?」
黒井「………………」
ガタッ
秘書「あっ、社長」
コツコツ…
黒井「…………!」
P「あははは、あぁそうなんですか。確かにあの日、帰り遅かったですもんね」
社員A「そうなんですよ。プロデューサーさんがもう一軒とか言うから」
P「いやいや、Aさんもノリノリでカラオケ歌ってたじゃないですか」
部長B「おーっす。おう、おたくか」
P「あっ、広報部長さん。この間第二子が生まれたんですよね、おめでとうございます」
部長B「そうなんですよ~、もうかわいくてかわいくて。でも長男が拗ねるんだよなぁ」
課長C「ご家庭が円満なだけ良いじゃないですか。私の所なんて嫁がもう口うるさくて」
P「管理課長さんも家族サービスしてあげれば良いんですよ。
お休みもらえるように、俺が黒井社長に口利きしておきましょうか?」
受付譲D「アハハハ、止めといた方が良いですって。余計に仕事回されますよ」
コーチE「事務方は大変ですよねぇ。とは言え、こっちもいつ切り捨てられるか……」
P「大丈夫ですって。あの人そんな悪い人じゃないですし、話せば分かりますよ」
非正規F「プロデューサーさんがいてこそですよ。黒井社長との交渉はお願いしますね」
P「いやいや、だから俺会社違いますってば」
ハハハハハハ…
黒井「おい」
P「あははは、へっ? あぁ、黒井社長!」
社員一同「!? …………」ペコリ
黒井「何をこんな所で油を売っている。さっさと私の部屋へ来い」スッ
コツコツ…
P「す、すみません、すぐ行きます!」
P「あ、それじゃあそう言う事で。失礼します」ペコリ
社員A「お疲れ様です」ペコリ
タタタ…
課長C「……やれやれ、今の見られたのは少しヤバかったかな」
部長B「当たり前だろ。ただでさえ765プロが嫌いな人なんだから」
受付嬢D「でも、あのプロデューサーさん良い人ですよねぇ」
社員A「社長、あの人のことだけは肩を持ってるみたいですしね」
コーチE「何事も無ければ良いのですが……」
ガチャッ
P「へぇー……確か、黒井社長の仕事場に入るのは初めてですよね」
黒井「そうだったか。まぁいい、そこにかけろ」ギシッ
P「あ、はい。失礼します……」ギシッ
黒井「貴様を呼んだのは、他でもない」
黒井「コレが、またウチのアイドルのファンレターボックスに入っていた」ガサッ
スッ
P「えぇ、また?」
黒井「体裁を見るに、この間の脅迫状の送り主とは、どちらともおそらく別人に思える」
黒井「このような脅迫状が、一度ならず何通も届くとはな」
黒井「例えば、こっちの脅迫状……」
P「ん?」
あ な た の 売 り 込 み の せ い で
私 の 一 家 は 離 散 し ま し た
死 ん で 償 え
P「………………」
黒井「売り込み、とは、営業の事だろうか……
私には良く分からないが、銀行員というのは、営業のような事も行うものなのか?」
P「えっ? ……えぇ、まぁ、そうですね」
P「支店での窓口応対とは別に、融資できる案件を探して回る営業っていうのも、
銀行は行うんですよ」
P「銀行の主な収入源は、お金を貸し付けた際の利息なのですから、
時には数十件も案件を抱えて、お金を貸すための営業に行く訳なんです」
P「で、まぁ……行員の中には、結果を出そうと遮二無二貸し付けて、問題を起こす人もいるんですね。
かく言う俺も、少なからずそういう貸付先とのトラブルを引き起こした事もありました」
P「たぶん、これはそういう類のクレームなんじゃないかなぁ。
まぁ、こんなのをいちいち気にしてたら行員なんて務まりませんけどね」
黒井「…………なるほどな」
黒井「ところで……貴様、銀行員としては何年勤めていた?」
P「えっ? えーと……そうですね、3年くらい、ですかね」
黒井「その間、窓口応対と営業のどちらとも、継続して行っていたと」
P「えぇ、そうです。大変でしたよ、そういう意味では、えぇ」
黒井「そうか……分かった」
黒井「また、こういう脅迫状が誤ってこちらに届くような事があれば、連絡する。
貴様も気をつけておくがいい」
P「あ、はい……珍しいですね、黒井社長が俺の事を気遣ってくれるなんて」
黒井「コーヒーの取引先が潰れてしまっては困るのでな」
P「俺はそういう扱いですか、ははは」
黒井「フン」ズズ…
黒井「話は以上だ。帰れ」
P「どうもありがとうございました。追加のコーヒーは、明後日までにはお届けしますね」
黒井「明日までだ。それ以上は待たん」
P「うへぇ……了解です。それでは」ペコリ
ガチャッ バタン
黒井「………………」ポチッ ピピピ…
ガチャッ バタン
秘書「お呼びでしょうか、社長」
黒井「即刻、あのプロデューサーの経歴を洗いざらい調べ上げろ。二日以内でだ」
秘書「は、はっ……と言いますと?」
黒井「奴にカマをかけて分かった……奴は私にまだ隠している事がある」
秘書「カマをかけた……?」
黒井「今日奴に見せた脅迫状は、私が作ったものなのだよ」
黒井「銀行員の業務が、大きく窓口応対と営業に分かれるのは、あの男の言うとおりだ」
黒井「しかし、その場合は職種が異なる。
営業業務は総合職、支店での窓口応対は一般職だ」
黒井「研修の一環として、総合職採用の新人が窓口応対を行う事はあるだろうが、
3年間も窓口応対と営業を平行して行う事はほとんど無いはずだ」
黒井「よほどの事情が無い限り、な……
それか、元々そんな事を……銀行員を行っていた事すらも怪しくなる」
秘書「えぇ」
黒井「となると、なぜ、奴が私を騙す必要があるのか……
それを直ちに明らかにしなければならない」
秘書「左様で」
黒井「いいか、途中経過でも良い。遅くとも二日後には、実のある報告を私にするのだ」
秘書「かしこまりました。腕利きの探偵をすぐさま手配致します」ペコリ
ガチャッ バタン
黒井(…………あの男……胸騒ぎがする)
~二日後、某テレビ局~
司会者「はい、それではこのクイズの正解はこちら、ドンッ!」ジャン!
司会者「『お前も政治家なら、【税金】をバンバン使っちまえ』が正解でしたー。
天海春香さんのみ、大正解ー!」
春香「やったぁー!」バンザーイ!
司会者「いやいや、さすがですねー。こういう黒いクイズには滅法強いのが春閣下さん」
タレント「いやいや、敵わんなー」
芸人A「アレやで、実際そういう人とお付き合いあるんとちゃうの?」
貴音「真、抜け目の無い人ですね、天海春香」
春香「そ、そんな事ないですよ! 貴音さんは知ってるでしょう、私の懐事情!」
司会者「ほう、どんな事があったんですか?」
春香「私と千早ちゃんと雪歩、961プロの響ちゃんと貴音さんでマックに行ったんです。
それで、皆で出し合ったんですけど、お会計でお金が足りなくなって……」
貴音「皆の手持ちが足りなかったばかりに、私は“はんばぁがぁ”を三つほど
我慢せざるを得なくなり……」スッ
つ【愛 LIKE ハンバーガー】
芸人B「新曲紹介の仕方ムリヤリすぎでしょ!」
司会者「ていうか、その流れだと貴音ちゃんが皆に奢らせてんじゃねぇか! ブハハハハ!」
ワハハハハハハ…!
スタッフ「お疲れ様でしたー!」
春香「ありがとうございましたー!」ペコリ
P「お疲れ様。相変わらず良い調子だったぞ、色んな意味で」
春香「はいっ! ありが……って、どういう意味ですかそれ?」
司会者「春香ちゃん、お疲れ様ー。またよろしくね」
芸人A「マックくらいなら俺がいくらでも奢ったるで」
春香「あ、お疲れ様です! って、私じゃなくて貴音さんに言って下さい!」
P「どうもありがとうございました。またよろしくお願い致します」ペコリ
芸人B「相変わらず礼儀正しいっすねぇ。お疲れっしたー」
テクテク…
貴音「どうもお世話様でございました、天海春香。そしてプロデューサー」
春香「あ、貴音さん! 貴音さんのせいで変なイメージ付いちゃいましたよ~」
貴音「貴女の魅力は、存分に皆に伝わっておりましたよ」ニコッ
春香「そ、そうかなぁ?」
P「貴音もナイスパスだったぞ、ははは」
春香「何で笑うんですか、おかしいでしょ」
P「さてと……悪いが、今日は自力で帰ってもらえるか?」
春香「えっ? あっ、別に送ってもらわなくても大丈夫ですけど……?」
貴音「今日は、何かあるのですか?」
P「ん、まぁな。事務所に帰る前に、ちょっと寄る所があって」
春香「ふぅ~ん……?」
貴音「春香はともかく、私は元々961プロの者なのですから、お気遣いは無用です」
春香「私も、別に電車で帰るだけなので大丈夫ですよ」
P「悪いな、いつもだったら送ってやれるんだが」
春香「大丈夫ですって、気にしないで下さい。それじゃあ」
P「あぁ、お疲れさん」
貴音「お目にかかれるまたの日を楽しみに」ペコリ
P「おう」
テクテク…
春香「んー、何でしょうね、用事って? まぁいいか、帰りましょう貴音さん」
貴音「……いえ、実は私にも用事が……」
春香「えっ、あ、そ……そうですか」シュン…
~961プロ~
秘書「……では、報告をさせていただきます」
黒井「ウム」ズズ…
秘書「まず、765プロの履歴にあったという銀行に問い合わせましたが……
彼が勤めていたという事実はございませんでした」
黒井「やはりな。それで」
秘書「彼が何者なのかを、生い立ちから振り返りますと……」
秘書「実家は京都にあり、両親は町医者を経営していたとのことです」
黒井「医者か……“経営していた”と言うと、つまり……」
秘書「今は潰れています。10年ほど前に、両親が死亡した事により」
黒井「…………」
秘書「薬物の服用による、自殺とのことです」
秘書「両親の自殺の動機は、明らかにされておりません。
あまりに突然の出来事で、近所の住民も驚きを隠せなかったようです」
秘書「その後、彼は農業を営む近所の叔父の家へ引き取られ、高校卒業まで暮らします」
秘書「そして、京都大の薬学部へストレートで進学」
秘書「しかし、わずか1ヶ月で退学し……
アメリカ、メリーランド州のジョンズ・ホプキンス大学へ進学しました」
黒井「何だと?」
秘書「ご案内の通り、ハーバードやペンシルベニア大と並ぶ、アメリカ東部を代表する医学校の一つです。
そこで、同じく薬学を専攻しています」
黒井「………………」
秘書「大学卒業後は、アメリカの大手投資銀行、モルゲンシュテルン社に就職」
秘書「優秀なトレーダーとして、その才覚を発揮したようです」
秘書「ですが、そこも2年余りで退職……」
秘書「その後、日本に戻り、ふらりとアイドルのイベント会場へ足を踏み入れたところを、
765プロの高木社長の目に留まります」
秘書「そして、畑違いのプロデューサーとなり、現在に至る……」
秘書「以上が、彼の経歴になります」
黒井「……地方のしがない銀行員だと? よくもいけしゃあしゃあと……」
黒井「肝心の、『なぜ奴が私に嘘をついたのか』は分からないのか?」
秘書「なぜ彼が、アメリカの大手銀行を離れ、日本に戻ったのか……
その点も含め、目下調査中でございます」
秘書「しかし、彼について、気になる点が……」
黒井「もったいぶらずにさっさと話せ」
秘書「彼の引っ越しや転学、転職の前には……必ず、周囲で人が死んでいるようなのです」
秘書「彼の両親然り、学生時代の友人や職場の人間に至るまで、です」
黒井「人が死んでいる……だと?」
秘書「パラコート、という薬物をご存知でしょうか?」
黒井「……確か、昔ニュースか何かで…」
秘書「かつては除草剤として使用されていましたが、そのあまりに強い毒性から、
世界的に使用が規制されてきている薬物です」
秘書「社長がおっしゃる通り、我が国でも、かつてこのパラコートによる自殺、
他殺が続発し、社会問題となったこともあります」
黒井「…………それで」
秘書「パラコートの服用による中毒症状は、主に肺、肝臓、腎臓の機能障害。
致死率も極めて高く、大量に服用すればショック死するケースもあります」
秘書「神経系統は正常に保たれるため、中毒者は1週間前後意識を保ったまま、
苦しみ抜いて死んでしまうことがほとんどという、悲惨なものです」
秘書「彼の身の回りで、同様の症状を経て死亡する者が続出しています」
黒井「! …………」
秘書「さらに付け加えますと、先日、車両火災を起こした我が社の車の運転手ですが……」
秘書「昨日、死亡が確認されました」
黒井「なっ!?」
秘書「当初、火災時の不完全燃焼による一酸化炭素中毒と見られていましたが……
死因は、肺繊維症と呼ばれる肺疾患による呼吸不全でした」
秘書「なお、自殺した彼の両親の死因も呼吸不全……
急性の肺水腫で、ほぼショック死に近い状態であったと」
秘書「いずれの症例も、パラコートの服用による中毒症状と酷似しています」
黒井「! 何だと……!!」
黒井「一連の死亡例と、奴との関連性は?」
秘書「これまでの警察等の調査では、その都度、無関係とされてきています。
職場での事例は、人間関係のトラブルによる他殺として、別の逮捕者が出ています」
黒井「……無関係、だと?」
秘書「彼を知る者の、彼に対する評価はいずれも非常に高いものです」
秘書「学業において非常に優秀な成績を収めている事もさることながら、
彼の天性の明るさ、人懐こさ、明朗で快活なさまが、周囲の関心を得るのでしょう」
秘書「彼の悲劇的な過去や苦労を知るほどに、学歴を裏打ちする彼の非常な努力や、
それらを感じさせない心根の優しさに胸を打たれる、と語る知人もいたようです」
秘書「しかし……」
黒井「………………」
黒井「……とても無視する事は出来ない男のようだな」
秘書「左様で」
黒井「なぜ、奴は経歴を偽っていたのか」
黒井「なぜ、奴はアメリカの大手会社での仕事を蹴って日本に帰ってきたのか」
黒井「何より、奴の周辺人物が同じような症状で死んでいくのは、偶然か否か」
黒井「以上の事を直ちに明らかにしろ、いいな」
黒井「それと、運転手の葬儀には私と星井美希も行く」
秘書「はっ、かしこまりました。失礼致します」
ガチャッ バタン
黒井「………………」スッ
黒井「! …………」
カチャッ…
黒井(このコーヒーに、パラコートが……?)
黒井(いや、それは無い……入っていればとっくに私は死んでいる)
コツコツ…
秘書「………………」
秘書「!?」ピタッ
P「……おっ」
P「あぁどうも、お待ちしておりました。765プロのプロデューサーです」ペコリ
秘書「存じております。いつもお世話になっております」ペコリ
P「あぁ、いえ。えへへ」
秘書「待っていた、とは……弊社の社長と、何かお約束を?」
P「いえ、黒井社長ではありません」
P「秘書である貴方と、少しお話をさせていただきたいなぁと思いまして……
今、お時間よろしいですか?」
秘書「私に、ですか? ……えぇ、構いませんが」
P「良かった。それじゃあ、そこの喫茶店にでも」
~喫茶店~
P「すみません、突然お引止めしてしまって」
秘書「いえ」
P「ジュピターとプロジェクト・フェアリーが、どちらも今度開催される
『アイドル・クラシック・トーナメント』にエントリーするんですよね」
P「やはり、961プロさんは勢いがあって羨ましいです。
私達は、せいぜい1ユニットでエントリーするのが精一杯でして、ハハハ」
秘書「話というのは、何でしょうか?」
P「あぁ、そうですね……実は、折り入ってお願いがあるんです」
秘書「お願い?」
P「今、弊社には9人のアイドルがおります」
P「天海春香、水瀬伊織、三浦あずさ、如月千早、高槻やよい、菊地真、萩原雪歩、双海亜美、双海真美……」
P「皆、明るく前向きで、トップアイドルという夢に向かって一生懸命な良い子達です」
P「どうか……彼女達を、961プロさんの所で預かっていただけないでしょうか」
秘書「!!? えっ……!?」
P「ご存知の通り、765プロには事業力が無い」
P「レッスンはともかく、各メディアで仕事をもらってくるにしても、
広報活動に充てる資金も満足に用意できない弊社では、会社としての底力に限界があるのです」
P「その点、961プロさんは業界でも顔が広いし、資金力では比べるまでも無いでしょう」
P「彼女達の今後を考えれば、場末の765プロに籍を置くよりも、
961プロでバンバン仕事を得て実力を磨かせることが、彼女達のためになるはずです」
P「そう……961プロでキラキラに輝く、生き生きとした美希を見て、私はそう確信しました」
秘書「……し、しかし、765プロはどうなるのですか」
P「当然、解体は免れないでしょうが……
あわよくば、961プロにて吸収合併していただくことを考えております」
秘書「!」
P「そのための相談なのです。
高木には私が話をつけるので、貴方には黒井社長にその旨をお伝えいただきたい」
P「必要とあれば、私も高木を連れて同席致します」
秘書「な、なぜそこまで……ご自分の会社でしょう?
第一、高木社長達が納得するとは思えない」
P「納得させます。そのために、種を撒いてきたのです」
秘書「? 種……?」
P「私は予てより、高木社長と黒井社長が袂を分けている事に疑問を抱いていました」
P「無論、主義主張は異なるでしょうが……
それでも、アイドル業界の未来を憂いているのは二人とも一緒のはずです」
P「なのに、大人達のつまらない意地の張り合いにアイドル達は振り回され、疲弊する……
私だけでなく、高木本人もその矛盾は感じておりました」
P「主役は決して裏方である我々ではなく、あくまであの子達なんです」
P「せっかく、お互いにここまで仲良くなれたんです。
高木もきっと、黒井社長になら自分のアイドルを任せられると言ってくれるでしょう」
P「弊社のアイドル達だって、今では美希や響、貴音だけでなく、
ジュピターの3人とも仲良くやっています」
P「あの子達の未来を考えるのなら、皆一緒の環境で刺激し合い、実力を高めていく方が良い」
秘書「…………」
秘書「貴方が足しげく弊社を訪れ、黒井社長のみならず、
他の社員達とも親密になっていたのは、この時のためだったのですか?」
秘書「いずれ世話になるであろう961プロの者達に、少しでも良い印象を残しておこうと」
P「私は不器用ですから、こんな事くらいしかできませんが」
秘書「………………」
秘書「……分かりました。黒井には、明後日そのように伝えておきます。
明日は、一日外出のため不在ですので」
P「どうかよろしくお願い致します」ペコリ
秘書「しかし、貴方はどうするのですか?
765プロのアイドルだけでなく、弊社の者も皆、貴方の事を慕っているのは事実です」
P「いえ……私は、身を引こうと思っています」
秘書「えっ……?」
P「調べてましたよね…………私の経歴」
秘書「!!」
P「あぁいえ、気にしないでください。疑惑を持たれるような事をしたのは私ですし…」
P「故があるとは言え、私に、償いきれないような後ろ暗い過去があるのは事実ですから」
P「だから……私は、ここまでにしておきます」
P「これ以上は、皆さんに迷惑を掛ける事になるでしょうから」
秘書「………………」
P「一つ、お願いをさせていただけるのだとしたら……」
P「どうか、私の過去については、他言しないでいただきたいのです」
P「過去の罪は悔いている……それを、今の仕事で償っていきたかっただけなんです」
秘書「……私共の、星井美希の運転手を務めていた者が、先日亡くなりました」
秘書「それにも……まさか、貴方が関与していたと?」
P「えっ? あの、燃えていた車の中にいた方ですか?」
秘書「? ……それはご存知無いのですか?」
P「一酸化炭素中毒で病院に運ばれたことは知っています。
その場に居合わせていたのですから」
P「まさか、亡くなられたとは……ご冥福をお祈りします」
秘書「……貴方の言う、後ろ暗い過去とは?」
P「………………」
P「……学生時代に、臨床実験で友人を死なせた事が………」
P「末期の大腸がんでした。彼を救いたいと、新薬を開発し投与していたのですが……」
P「快方に向かわず……気づいた時には、彼は私の目を盗み、薬物を飲んで自殺を……」
秘書「!」
P「パラコート、という薬をご存知でしょうか」
P「薬物の知識が薄い彼は、昔自殺によく使われていたパラコートの存在を知り、
私の研究室のキャビネットから盗んだのでしょう」
P「苦しまずに死にたかったのなら、せめてそれを叶えてやることだってできたのに……
私は、彼の苦しみを理解してやることができなかった」
P「現実から逃れたくて、就職後は昼も夜も無い生活を送り、忘れようとしましたが……」
P「今度は、その会社の役員が、同じくパラコートによる他殺で死にました」
秘書「…………」
P「上層部内での陰謀だったようです。面識もない役員でしたが……
同じパラコートで亡くなった彼の姿が、どうしてもちらついてしまうのですね」
P「これ以上、あの国にいるのが耐え切れなくなり、
こうしておめおめと、日本に逃げ戻ってきた訳でして……」
秘書「………………」
P「ふふっ、だからまぁ、せめて今後は誰かのためになる事をしたいだけなんです」
秘書「……辛い事をお話させてしまい、申し訳ございません」
P「いえ……」
P「私の事は、気にしないでください」
P「その代わり、彼女達の未来のために、どうか貴方にもひと肌脱いでいただきたい」
P「よろしくお願い致します」ペコリ
秘書「………………」
秘書「…………………………」
ガタッ
秘書「これは私の独り言ですが……」
秘書「黒井社長は、実力のあるアイドルであれば誰でも分け隔てなく受け入れ、
必ずトップへと導いてくれることでしょう」
秘書「そして……ゆくゆくは、961の6人と765の9人、
総勢15人による混成ユニットでドームを沸かせる日が来るのかも知れませんね」
P「……ありがとうございます………本当に、ありがとうございます」ペコリ
秘書「では、失礼」ペコリ
コツコツ…
P「……………………」
渋澤「………………」ニヤリ…
コツコツ…
秘書「…………」
秘書(まさか、そのような事情を抱えていたとはな)
秘書(なるべく、彼の意を汲んでやりたいが……)
秘書「………? あ、あれ……?」ゴソゴソ…
秘書「な、無い……車の鍵が………社長の車の……」
秘書(うわぁ……マジかよ、しまったなぁ……)
秘書(盗難届を出しておくとして……さて、黒井社長に何て報告しようか……)
コツコツ…
スッ…
貴音「……………………」
~二日後、961プロ~
コンコン…
黒井「入れ」
ガチャッ
秘書「失礼致します。社長、本日のスケジュールですが…」
黒井「貴様は誰だ」
秘書「えっ」
黒井「私は貴様のような男は知らないのだが」
秘書「はっ……えっ、何を……?」
コンコン…
黒井「入れ」
ガチャッ
新秘書「失礼致します。コーヒーをお持ち致しました」カチャッ
黒井「ウム、ご苦労」
秘書「!? なっ……!?」
新秘書「僭越ながら、社長に代わりご説明申し上げますと……」
新秘書「貴方は、今日限りで961プロをクビになりました」
秘書「!!?」
ガサッ
新秘書「今朝の週刊誌をご覧になって?」
秘書「いや……な、何を……?」
新秘書「【765と961 プロデューサーと秘書との密会現場に密着!】と」
秘書「!?」
新秘書「この記事によれば、貴方は度々765プロのプロデューサーと密会を重ね、
お互いに社の内部情報を交換していたようですね」
新秘書「そして、金銭の授受を行い、私腹を肥やしていた」
秘書「ば、馬鹿な事を言うな! 金銭の授受などと、私達は何も……!」
新秘書「記者によれば、貴方が去り際に961と765の混成ユニットを汲もうとしている、
という事を匂わせる発言をしたとも書かれています」
秘書「そ、それはその場の、言葉のあやで……!!」
新秘書「言った事は認めるのですね」
秘書「ぐっ!?」
新秘書「たとえゴシップであろうと無かろうと、黒井社長に無断で
他社の人間と密会することは、許されざる行為です」
新秘書「挙句、このような下賤な週刊誌に取り上げられ、社の印象を著しく下げる始末」
秘書「ちょっと待って下さい!
私も彼も、私利私欲のためになる話をしていた訳では決して無いっ!!」
黒井「貴様、さっきから誰の許しを得てそこに突っ立っている」
秘書「!? ……く、黒井社長……!」
黒井「目障りだ、つまみ出せ」
新秘書「かしこまりました」パチン
ザザッ!
秘書「うおっ!? こ、この黒服達は!」
黒服「どうかお引き取り願います」ガシッ!
秘書「わっ、ちょ、ちょちょちょまっ!!」ジタバタ!
秘書「待って下さい!! 私は、いつだって961プロのために……!!」
黒井「不愉快だ、早く出ていけ」
秘書「息子が……俺のせがれが、今度小学校に上がるんだよぉ!!」
秘書「いつだって俺は、家族水入らずの時間を潰してまで、貴方に尽くしてきて……!!」
秘書「待ってくれよ!! こんな所で切られたら、俺の家庭はどうなるんだ!!」
秘書「待って!! 聞いてっ!! 聞いてくれぇっ……!!!」
バタン…
新秘書「では社長、そろそろお時間ですので」
黒井「ウム」ズズ…
ガタッ
黒井「前の秘書は、良いと言うのに毎日スケジュールを確認してきたものだ。
鬱陶しくて敵わん」
新秘書「はっ、左様で」
コツコツ…
黒井「どうも私も、気づかぬ内に765プロに毒されてきていたようだ」
黒井「あんな弱小事務所に少しでも心を許すとは、どうかしていた」
黒井「765プロとの交友は、金輪際禁止とする。ジュピターとフェアリーにもそう伝えろ」
新秘書「はっ」
黒井「『孤独こそが人を強くする』……」
黒井「この理念こそが、我が961プロが強者たる所以」
黒井「甘ったるい人間関係を築いていては、やがて自らの身を滅ぼす」
黒井「正しい事を知らしめるのだ……この私がな!」
~765プロ~
伊織「ちょっとコレ、どういう事なのよ!!」
小鳥「こんなデタラメな事が週刊誌に書かれるだなんて……」
律子「どうしよう……プロデューサー、全然携帯に出てくれないわ」
真「そんなっ!」
高木「詳細を確認しようと、961プロにも電話してみたが、ロクに取り合ってもらえん」
高木「しつこく電話して、やっと繋がったと思ったら黒井のヤツ……
「もう貴様らとは縁を切る、二度と話しかけるな」だそうだ」
あずさ「ど、どうしてこんな事になったのでしょう……?」
千早「それに、プロデューサーが961プロの秘書と密会を交わして、
私腹を肥やしていただなんて……」
春香「千早ちゃん……そんな事、あるわけないよ!!」
千早「!? は、春香……」
春香「プロデューサーさんは、いつだって私達の事、考えてくれてたよ!」
春香「ううん、私達だけじゃないよ! 美希や響ちゃん、貴音さん!
それに、ジュピターの皆だって!」
春香「少しでも私達が楽しくお仕事ができるように、いつも忙しく動き回って、
色々な人に頭下げて、明るく振舞っていたの、皆だって見てたでしょ!?」
雪歩「は、春香ちゃん……」
やよい「う……うっうー! そうですよ、プロデューサーはいい人ですー!」
亜美「そりゃそうっしょ! 兄ちゃんがそんな悪い事できるワケないよ!」
千早「春香……ごめんなさい、私、あの人の事を疑うなんて…」
春香「ううん、いいの。私も、偉そうな事言っちゃってごめんね」
真美「で、でも、肝心の兄ちゃん、どこ……?」
律子「………………」ガラッ
律子「!? ……こ、コレって……!」
小鳥「律子さん、どうしたんですか!?」
高木「“退職願”………見せてみたまえ」
カサッ…
高木「………………」
高木「……彼は、ここにはもう帰って来ないそうだ」
一同「ええぇぇぇっ!?」
高木「既に、マスコミから厳しい追及があったそうだ……
このままでは、きっと皆にも迷惑を掛けてしまうだろうから、と……」
律子「えっ……?」
高木「京都の、かつて実家があった場所の近くで、静かに暮らしたいと……」
高木「お騒がせして、ご迷惑を掛けて申し訳無い、と……
皆一人一人に宛てたコメントや、当面のレッスンメニューが示されているな」
高木「何と、何故、こんな事を……」
律子「貸して下さい!」バッ!
律子「…………ッ!!」
律子「……あの人、961プロとの合併を考えていたみたい。
社長達には俺から説得するつもりだったが、それも出来なくなって本当にすまない、って……!」
小鳥「まさか、このままじゃウチの経営が長く持たない事を、知ってて……?」
高木「何という事だ……せっかく彼が流してきた汗が、無駄になったというのか……」
伊織「こんなの、何で……お金くらい、私がどうにかするんだから……!」
真「……伊織が実家に頭を下げるのが、どんなに我慢ならない事か、分かってるだろ。
伊織も、ボク達も、プロデューサーだって!」
伊織「でも、アイツがいなくなるくらいなら、お父様やお兄様にお願いする事くらい!!」ボロボロ…
真「それじゃ意味が無いだろ! 水瀬家を見返してやるんじゃなかったのかよ!!」
伊織「何よっ!!」
真「何だよっ!!」
雪歩「あ、あの、二人とも……!」
伊織・真「雪歩は黙ってて!!」
雪歩「……ううん、黙っていられないよ!」
一同「!?」
雪歩「あの……こんな所で、プロデューサーが今まで頑張ってきたことを、無駄にしたくないよ」
雪歩「今、私達にできる事……一生懸命、やろう」
雪歩「『アイドル・クラシック・トーナメント』って……
ジュピターさんや、美希ちゃん達フェアリーが出てきて、すごく大変だし……」
雪歩「できる事なら……961プロの皆とも、仲良く一番を取りたいけど、それができないなら……!」
雪歩「せめて、プロデューサーが指示した通りにレッスンをして、オーディションに受かろう!」
雪歩「あの人は間違ってなかったんだ、って、皆で頑張ってオーディションで伝える事が、
せめてもの恩返しだって……!」
雪歩「そ、そう、思います……ご、ごめんなさい……」
一同「………………」
スッ…
雪歩「ふぇっ?」
あずさ「雪歩ちゃん……良く言ったわ」ニコッ
真美「いよーし、いっちょやるっきゃないっしょ→!!」
春香「えへへ、春香さんは最初からそのつもりですよー!!」
真「雪歩、ありがとう! ダンスならボクも皆に教えられるからさ、一緒に頑張ろうね!」
律子「レッスンメニューを見ると、皆一人一人の長所を伸ばす事を考えているようね」
伊織「誰かの弱点くらい、私達皆でカバーできるもの。まっ、アイツにしては妥当な判断ね」
千早「とはいえ、迷惑は掛けられないわ。真、今度私のダンスレッスンに付き合って」
亜美「またまたぁ、千早お姉ちゃん考えが固いってば。そう、この胸板のように」ペタペタ
千早「んあぁ?」ゴゴゴ…
真美「あっ、亜美死んだ」
律子「そうね……せめてプロデューサーの期待に応えられるよう、頑張らないとね!」
小鳥「私、本番まで空いてるレッスンスタジオを片っ端から確保しておきます!」
高木「ウム」
高木(黒井と再び袂を分かったのは残念だが……こうなった以上、負ける訳にはいくまい)
高木(黒井……このオーディションを通し、
キミにも私達の考えを理解してもらえると良いのだが……)
………………
………………
響「……くっ!」タンッ タタン…
コーチ「我那覇さん、また同じ所! 焦りすぎてテンポがめちゃくちゃよ!」パン! パン!
響「うがーっ!! 分かってるぞ、もううるさいなぁ!!」
貴音「響」
響「うっ! ……ご、ごめんなさい……」ペコリ
コーチ「ううん、いいのよ」
コーチ「……765プロの皆と会えなくなって、寂しいのね?」
響「………………」
響「……自分、東京に来てから、貴音くらいしか友達いなくて……」
響「それが、美希や765プロの皆……ジュピターの冬馬達とも仲良くなれて、
本当に嬉しくて……!」ジワァ…
美希「響、泣いてもしょうがないの。黒井社長が決めたんだし」
美希「ミキ達プロなんだから、やらなきゃいけない事はちゃんとやらなきゃ!」
響「わ、分かってるよぉっ! でもさー……皆と、レッスンしたいさー……」ポロポロ…
貴音「響……」ギュゥ…
響「うええぇぇぇぇぇ……!」ボロボロ…
貴音「貴女は、寂しくないのですか、美希」
貴音「765プロと最も親交があったのは、貴女でしょう?」
美希「……寂しくないワケないの」
美希「でも、ここで挫けちゃったら、ハニーに笑われちゃうし……」
美希「頑張って、もっとテレビとかに出れたら、きっとハニーにも見てもらえるから!」
美希「だから……今は、ミキ的にはガマン! ガマンの時なんだって思うな」
貴音「……貴女は強い人ですね、美希。さすがは私達のりぃだぁです」
美希「アハッ! それじゃあ先生、さっさとレッスン再開しよ?」
コーチ「えぇ……そうね。ほら、我那覇さん! 辛いけど位置について」
響「えっぐ、ぐすっ…………うん!」ゴシゴシ!
コーチ「はい、それじゃあ同じ所からサン、ハイ!
1、2、3、4、1、2……」パン パン…
シャアアァァァァ…! キュッ
ガチャッ
響「ふぃ~、今日も疲れたぞー」フキフキ…
貴音「いよいよ特訓も大詰めですね」
美希「それじゃあミキ、先に帰るね。お疲れ様なのー!」フリフリ
貴音「あ、美希。よろしければこの後食事に……」
響「うん、バイバーイ!」フリフリ
貴音「ひ、響……?」
美希「じゃあねー!」フリフリ
ガチャッ バタン
響「……自分、知ってるんさー。美希がレッスンの帰り道、途中の公園でいつも泣いてるの」
貴音「…………」
響「美希が一番寂しいんさー。765のプロデューサーと一番仲良かったの、美希だもん」
響「でも、自分達には絶対弱音は吐かなくて……それなのに、自分、子供だよね。
美希より二つも年上なのに……」
貴音「……私も、精進しなければなりませんね」
響「貴音は大丈夫さー」
貴音「いいえ……」
貴音「ですが……響、良く聞いて下さい」
響「ん、どうしたんだ?」
貴音「765のプロデューサー……彼の動向には、くれぐれも注意して下さい」
貴音「このまま、あの方が引き下がるとは思えません。
いずれまた、私達の前に姿を現す時が、きっと来るでしょう」
響「そうだなー。早く戻ってきてくれると良いけど……」
響「あ、あれ、そういう意味じゃなかった?
……どうしたんさー貴音、何か目が怖いぞ……」
貴音「………………」
~翌日、961プロ~
テクテク…
響「はいさーい! お姉さん、はいさい!」
受付嬢G「あっ、我那覇響さんですね。おはようございます」ペコリ
響「あ、あれ? いつもの人じゃないぞ」
受付嬢G「私は、今日からこちらに新しく入ることになりまして……」
響「ふぅーん……」
バァンッ!
響「ひっ!?」ビクッ!
社員A「お願いです! どうか、どうかクビだけは勘弁して下さいこの通りですっ!!」ガバッ!
課長C「しょうがないだろう、社の方針なんだから! 私に付きまとわないでくれ!」
社員A「俺もう行く所無いんですよ!
それに、やっとおふくろにも孫の顔を見せられるって、そんな時にこんな……!!」
課長C「すまないな……君の事をもっと評価してくれる会社に行きたまえ」
社員A「課長、そんな!! 待って下さい、課長、課長ぉーっ!!!」
響「……あっちでも、リストラか………」
コーチ「最近、多いのよ。急に社長の方針が変わったみたいで」
響「あっ、コーチ、はいさい。社長、どうしちゃったんだ?」
コーチ「私にも分からないわ。
でも、ちょっとでも他社と仲良くしてきた人は、即コレみたいね」チョキン
コーチ「他社に媚びを売ったり売られたりして、社の品格を落とすものは許さない、ってさ」
響「品格って、そんな大事なモノなのか?
皆で仲良く仕事できた方が、よっぽど楽しいのに……」
コーチ「あっ、我那覇さん。今の、間違っても社長の前で言わないようにね。ほら来た」
響「うぇっ!?」ハッ!
コツコツ…
黒井「ブツブツ……ブツブツ……!」
秘書「社長……お体が優れないようですが、大丈夫でしょうか? ご無理はしない方が…」
黒井「くどい! 貴様などに言われずとも、自分で体調管理くらいできる!!」
秘書「は、はっ! 申し訳ございません!」ペコッ
黒井「それより、新しいコーヒーはどうした!?」
秘書「はっ。先日同じものを調達し、本日の朝に淹れたものが、それだったのですが……」
黒井「……何だとぉ~?」クルッ
黒井「するとアレかね?
キミは今朝、私が以前いつも飲んでいたコーヒーの味に気づかなかったとでも?」
黒井「いつもと同じ豆で淹れたにも関わらず、
それに気づかずに新しい豆を催促した私を鼻で笑う気だな?」
秘書「えっ!? い、いえ、そんなっ! そのような事は決して!!」
黒井「誰かこの女をつまみ出せ。あぁ、そこの貴様」
部長B「は、はっ!」ビクッ!
黒井「貴様の秘書を私によこせ。コーヒーを持たせてな」
部長B「えっ?」
秘書「しゃ、社長! 社長っ!!」
黒服「どうかお引き取り願います」ガシッ!
秘書「い、いや!! そんな、待ってぇ!!」ジタバタ!
黒井「ブツブツ……ブツブツ……!」
響「め、目がヤバいぞ、社長……」ガタガタ…
響「どうなっちゃうんだ、この事務所……」
~某スタジオ~
やよい「ふえぇぇ、つ、つかれましたー……」ヘタッ…
あずさ「ちょ、ちょっと……はぁ、はぁ、休憩……しましょう、ね?」
律子「そうですね。本番も近いから、オーバーワークして体を壊してはいけないし」
春香「あ、私飲み物買ってきます!」ダッ!
真「ボクも行くよ!」ダッ!
ガチャッ バタン
雪歩「春香ちゃんと真ちゃん、元気ですぅ……」
伊織「あっちにはもっと元気な連中がいるけどね」
亜美「ぢーがーれーだー!」ジタバタ
真美「もううごぎだぐないー!」スイム スイム
千早「ふ……くっ……!」タンッ タン…!
律子「千早、あなたも休みなさい」
千早「でも、今の感覚を忘れないうちに…」
律子「いいから」
千早「……えぇ、そうね」
テクテク…
春香「あずささん、本当におしるこで良かったのかな?」
真「「運動の合間には、甘いものが良いと思うから~」って言ってたけど、
さすがにおしるこは……うーん」
春香「ま、まぁ一応言われた通り買ってはみたものの……」
真「あっ」ピタッ
春香「えっ」ピタッ
冬馬「……おう、久しぶりじゃねぇか」
春香「と、冬馬君! どうしたの、こんな所で?」
冬馬「いつもは961プロのスタジオ使うんだが……少し、足を伸ばしてみようと思ってな」
真「そうなんだ……何で今日は961プロのスタジオじゃなくて、こっちへ?」
冬馬「いや、何つーか……最近あそこ、雰囲気悪くてよ」
春香・真「えっ?」
テクテク…
翔太「あ、冬馬君ここにいたの?」
北斗「そろそろ練習再開するぞ、冬馬」
冬馬「おう、今行く」
北斗「あれ……おい冬馬、彼女達と話をしていたのか?」
冬馬「うるせーな、ちょっとだけだよ」
翔太「気をつけなよ。いくら僕達でも、いつ標的になるか分からないんだからね」
冬馬「チッ、めんどくせぇな」
春香「あ、あのー……標的、って、何の話?」
冬馬「悪いがこっちの話だ。それに、お前らとこうして話すのも本当はタブーなんだよ」
北斗「そういう事。本当に残念だけど、エンジェルちゃんまたね。チャオ☆」
翔太「ごめんねー」フリフリ
テクテク…
真「……本当に、どうしちゃったんだろう」
春香「北斗さん、真がいたのに全然話しかけてこなかったね」
真「いや、それは別にいいんだけどさ」
テクテク…
律子「どうも、961プロの中で大規模なリストラが起きているみたいね」
春香「あっ、律子さん」
真「大規模なリストラ、って、どうして……えぇと、経営不振、なの?」
律子「それがねぇ……私にも良く分からないわ」
律子「いいえ、噂に聞くと、961プロの社員達自身も良く分かっていないみたいなのよ。
どうやら、社長の機嫌を損ねた瞬間にアウトになるケースが大半らしいけどね」
春香・真「えぇっ!?」
春香「厳しそうな人だなぁとは思ってましたけど、そんな怖い人だったなんて……」
律子「アイツは決して感情的に物事を推し進めることはしない、って……
高木社長はそうおっしゃっていて、私もそう思うのだけれど…」
真「……元気かな、響」
春香「うん……美希や貴音さんも、今頃どうしてるんだろう……」
~路頭~
元秘書「うぅ、くそぉ……!」フラフラ…
元秘書「女房も、息子も……皆、無くなっちまった……」
元秘書「どうして……どうしてこんな事に……!」ガクッ
元秘書「ぐっ、う……うぅぅ……!!」ボロボロ…
スッ…
男「………………」
元秘書「……!? だ、誰だ!」
男「お困りのようですね」
男「あなたを苦しめているのは、黒井社長……そして、765プロ、でしょう?」
元秘書「えっ……!?」
男「よろしければ、相談に乗ります」
~961プロ~
黒井「はぁ……はぁ………」
黒井「うぐっ……!」ズズ…
黒井「くそ……何だ、頭が痛む……」
ガチャッ プルルルルルル…
黒井「おい、依頼していた例の件、まだ分からないのか!?」
黒井「……全く進んでいないだとぉ!? ふざけるんじゃあないっ!!」
黒井「明日の朝までには上げてこい、いいなっ!!」
ガチャン!
黒井「はぁ、はぁ………!」
黒井「あの男……結局何者だったのだ……」
ガタッ
黒井「ぐ、くっ……もっと、コーヒーを………!」フラフラ…
黒井「くそ、おいっ! 誰かいないのか!!」
黒井「おいっ!! ……ちっ、秘書め、逃げたな……」フラフラ…
~数日後、オーディション会場~
五十嵐「すなわち!
この『アイドル・クラシック・トーナメント』の覇者となった者こそが!」
五十嵐「真のトップアイドルを決める歌番組、『アイドルアルティメイト』への
出場権を得るのであります!」
五十嵐「そして、ここに揃ったアイドルはいずれも今をときめくスターばかり!」
五十嵐「それでもなお、合格できるのはただ1ユニットのみ!
よって、私から皆さんにお願いしたい事は……!」
五十嵐「どうかベストを尽くして下さい!!
そして、会場にお集まりの皆様方も、彼らに精一杯の合いの手を入れて下さいますよう!!」
五十嵐「どうか、よろしくお願いしますっ!!」
ワアァァァァァァァァァァァァッ…!! パチパチパチ…!!
高木「ウーム、さすがに大きな会場だねぇ」
春香「お、大きすぎて、心臓飛び出しそう……」
雪歩「はは、は、ははは春香ちゃん、おおおお茶をを……」ドバドバ…
真「雪歩、落ち着いて! めちゃくちゃこぼしてるよ!」
小鳥「あっつ! お茶あっつ!!」
テクテク…
響「……あぁ~~っ!!」ダッ!
やよい「あっ、響さぁーん!」フリフリ
響「やよいぃ~~!! 会いたかったぞぉ~~!!」ガシィッ! スリスリ…
やよい「はわっ! ひ、響さんくるひぃ、苦しいですー!」
美希「亜美と真美もおはようなのー! あっ、でーこちゃん!」ヒョコッ
貴音「765プロの皆、ご無沙汰しております。伊織も、元気そうで何よりです」ニコッ
伊織「ふん! そりゃそうよ。こっちはそっちと違って、練習も楽しくやってるもの」
美希「……それもそうだね、アハッ!」
あずさ「辛かったでしょうね……でも、今日は私達、負けてあげられないの」
響「あれっ? ひょっとして、皆でエントリーしたのか!?」
亜美「んっふっふ~、そうだよん!」
真美「名付けて、『765 ALL ST@RS』!
めちゃパワーアップした真美達を見せちゃうからね→!」
貴音「ゆにっと名は普通ですね」
千早(わ、私が考えたのに……!)ガーン!
春香(いや、途中『ゴンザレス』とか色々変なのあったからね?)
ザッ…
冬馬「よぉ」
春香「あっ、冬馬君! 北斗さんと翔太君も」
北斗「チャオ☆ エンジェルちゃん達」
翔太「皆も揃ってここに来たんだね」
北斗「やぁ、愛しのエンジェルちゃん。この間はロクに話ができなくてごめんよ」ナデナデ
真「うわっ、来た! やめてよ、いいから触るなってば!」ブンブン!
小鳥(ウホッ、久々のほくまこ……眼福ピヨッ!)グッ!
真「ていうか、いいの? ボク達と不用意に話すのは、危ないんじゃ……」
千早「そうね。美希達も、私達に普通に話しかけてくれたけれど、良かったのかしら?」
美希「うん……どうせ、もう関係無いの」
冬馬「このオーディションに落ちたら、俺達どのみちクビにさせられるしな」
律子「……何ですって?」
コツッ…
黒井「…………ゲホッ、ゲェホ! ……」
高木「黒井……」
春香「く、黒井社長……顔色がすごく悪いですよ、大丈夫…」
黒井「触るなっ!!」バシッ!
春香「きゃあっ!」ドテッ
響「春香っ!!」
黒井「フ、フフフ……いいか、貴様ら765プロなどというじゃくしょ……弱小事務所が……!」
黒井「私の961プロに歯向かおうなど、笑止せ、千万なのだよ……ククッ……!」
黒井「所詮、巨象はアリに踏み潰される運命……あ、違う、アリは巨象に……」
黒井「……まぁいいか、どのみち貴様らは今日で終わりだ、ハハッ!」
やよい「は、はわわわ……!」ガタガタ…
伊織「この男……どうしちゃったのよ、これまでと別人じゃない……」
律子(この変わりよう……最近の961プロの変な噂と、明らかに関係あるわね)
高木「……黒井」
黒井「? ……アァ~~、高木か? 相変わらずしょぼけた顔をしているなぁ?」
高木「……キミの身に何が起きたのかは、敢えて聞かん」
高木「だが、キミに負ける訳にはいかない……今日のキミを見て、改めて確信したよ」
黒井「……何だとこの野郎ぉっ!!」ガシィッ!
雪歩「きゃああっ!!」
冬馬「お、おいおっさん何してんだ! 止めろ!!」
高木「…………」ユサユサ…
北斗「冬馬! 黒井社長を引き離せ!!」ガシッ!
黒井「はぁ、はぁ、はぁ……!!」
高木「……今、キミが独りで苦しんでいるのを、私は友の一人として見過ごすことができない」
高木「そして、宿敵であるキミの思想に、私は今日打ち勝たなくてはならない」
高木「キミの友であり、宿敵として、今日はその責任を果たそう」
高木「彼が我々に説いたように……皆が手を取り合い、協力し合う事の大切さを、
このオーディション終了後には、キミにも分かってもらえることを願っているよ」
黒井「はぁ………はぁ………」
高木「お互い、体調には気をつけて。では、失礼する」スッ
コツコツ…
小鳥「あっ、社長」タタタ…
春香「じゃ、じゃあ……私達もこれで、ね?」
美希「うん! 今日は、皆で頑張るの!」
真「よーし負けないぞ、響!」
響「ふふん、自分もさー!」
貴音「三浦あずさ。貴女が手に持っている、その面妖な飲み物は一体……?」
あずさ「うふふ、おしるこよ。
このオーディション終わったら、貴音ちゃんにも買ってあげるわね」
千早(おしるこを飲んでいれば、いつか私もあずささんのように…?)
律子「ならないわよ」
千早「な、何よいきなり……」
テクテク…
北斗「それじゃあ、お互い悔いは残さないようにね。チャオ☆」
雪歩「あ、ありがとうございますぅ」ペコリ
亜美「あまとう、今日はたぶんミスるんじゃないかな→」
真美「ここ一番って時にお腹壊しそうだよね→、あまとう」
冬馬「壊さねぇよ! ていうかあまとうって呼ぶな!」
やよい「翔太君も、バック転ばかりしてケガしないように注意しなきゃダメだよ」
翔太「ヘーキヘーキ! 伊織ちゃんもしっかり見ててね、僕のダンス!」
伊織「そっちこそ、この伊織ちゃんのステージが見られることに感謝しなさいよね!」
ハハハハハハ…!
テクテク…
黒井「………………」
黒井「フン……別にどうでも良い事よ……」
黒井「961プロの理念が正しい事が、証明されればなぁ……フ、フフフ……!」
黒井「グ……ウェホ、ゲホッ! ウ、フ……」
フラフラ…
キャアアァァァァァァァァ…!!
「こ! え! のー! とどかないめいろを こーえーてぇー!」
「てーをーのばせたぁーらぁー」
ワアアァァァァァァァァァ…!!
「スーリルのない あいなんーてー」
「きょーうみ あーるわけ なーいじゃーなーいー!」
「わーかんーなーいーかーなー」
ウオォァァァァァァァァァ…!!
「アーユレディー! アイムレイディー! うたーを うったっおー!」
「ひとつ ひとつー! えがおと なみーだはー ゆめにーなーるー エンタテイメーン!」
審査員「さぁ、いよいよ運命の合格発表だ」
ドゥルルルルルルルルルル…
審査員「ドキドキするだろ? 審査結果は……」
ドゥルルルルルルルルルルルルルル… デデンッ!
審査員「エントリーナンバー5番、『765 ALL ST@RS』の合格だ! おめでとう!」
ワアアァァァァァァァァァァァァァァァ…!!! パチパチパチパチ…!
春香「う、そ………か、勝っちゃった……!」
一同「やったああぁぁぁぁぁぁーー!!!」バンザーイ!!
春香「律子さぁん! 私達……私達っ!!」ボロボロ…
律子「えぇ、良く頑張ったわ。最高のパフォーマンスだったわよ」
伊織「当然じゃない! この伊織ちゃんが、どれだけ……えぐ、うぅ……!」ボロボロ…
あずさ「あらあら、伊織ちゃんが人前で泣くなんて……よしよし」ギューッ
やよい「うっうー! みんなでつかんだ勝利ですー!!」
美希「……やっぱり、敵わなかったの」パチパチ
響「うん、すごかったぞ! 自分達よりも完璧だったさー!」パチパチ
貴音「真、素晴らしいすてぇじでした」パチパチ
千早「えぇ……ありがとう、皆」
冬馬「案の定、こうなっちまったか」
翔太「まぁしょうがないんじゃない? 正直、聞いててすごくワクワクしたもん」
北斗「そうだな、皆の連帯感が伝わってきたよ。君達こそ王者にふさわしい」パチパチ
雪歩「ジュピターの皆さんも、お客さんすごく喜んでました……すごかったですぅ」
真「へへーん! でも、次にやる時だって負けないからね!」
黒井「そ、そんな馬鹿なっ……!!」
黒井「こんなオーディションはインチキだ! 今すぐやり直せ!!」
高木「…………」
黒井「……あぁそうか、分かったぞ。高木、貴様さては関係者に金を……!!
正々堂々と勝負しないとは、そうまでしてこの私を…!」
冬馬「その辺にしとけよ、おっさん」
黒井「何だ! あぁ、役に立たん負け犬共め、まだいたのか」
美希「…………」
黒井「何だその目は。慰めの言葉でも待っているのか?」
黒井「泣きたいのはこっちの方だ! ハンッ!」
黒井「今すぐにでも貴様らにかけた金と時間を返してほしいものだが、
貴様らが視界に映ることの不愉快さに比べれば、もはやそれすらどうでも良い!」
黒井「さっさと去れ! 二度と私にその顔を見せるな!!」
響「だってさ。行こう、貴音、美希」スッ
貴音「えぇ」スッ
黒井「……何っ!?」
美希「ミキ達、765プロに行くから。ジュピターもね。バイバイ」
冬馬「もう、潮時ってヤツだな」
翔太「クロちゃんには悪いけど、ここまでこじれちゃあね」
北斗「正直、ついて行けないですよ」
黒井「な、何だと……」
高木「……という訳だ、黒井」
高木「指導者とアイドル……
その信頼を欠いたユニットが、満足なパフォーマンスを発揮できる事は無い」
高木「彼らはそれに気づいた……次は、キミの番だ、黒井」
黒井「……………………」
黒井「…………」
黒井「ククク……そうか、そうまでして私を蹴落としたいというのか、高木……」
黒井「つまらん甘言を使って私のアイドルを引き抜こうなどと……ゲホッ、ゲェホ!」
黒井「グッ……フフ、良いだろう、貴様ら覚えておけよ」
黒井「絶対に許さん……今に見ていろ」
黒井「いつか必ず、この私に盾突いた事を後悔させてやるからな!!」
高木「黒井……!」
黒井「首を洗って、待っていろ、高木……! グッ、ウ、ゴホッ!」
黒井「はぁ……はぁ……!」クルッ
フラフラ…
小鳥「行っちゃいましたね……大丈夫かしら。すごく具合が悪そうだったけれど……」
真「うーん、せっかく勝ったのに、何か後味悪いなぁ」
真美「ま、まぁまぁ! 過ぎた事はしょうがないんじゃない!?」
亜美「そうそう、なーやんでも ちーかたない! 心技一体、頑張るっきゃないっしょ→!」
貴音「双海亜美、それを言うなら“心機一転”では?」
亜美「そうともゆう」
コツッ…
武田「高木さん」
高木「おぉ、武田プロデューサーに、五十嵐局長。今日はどうもお世話様でした」
五十嵐「先ほどの黒井社長、どうにもいつもと様子が違いましたな。
あんな声を荒げるような人ではなかったのに」
高木「ハハハ、見られていましたか。いや、お恥ずかしい」
武田「すみません。盗み見するつもりは無かったのですが、つい……
しかし、ともあれ合格おめでとうございます」
高木「ありがとう。彼女達の努力の賜物ですよ」
響「さーて、今日から自分達も念願の765プロの仲間入りさー! よろしくね、春香!」
春香「うん! まさか、本当に一緒に活動できるなんて!」
北斗「やれやれ、765プロに入った途端に元気だな、君は」
響「気取るなよー! 翔太達だって嬉しいだろー!?」ウリウリ
翔太「そりゃそうだけど……あいたたた、肘が痛いって響ちゃん」
美希「あふぅ、何だか疲れちゃったの。ミキ、ちょっとトイレに行ってくるね」テクテク…
亜美「あっ、待ってミキミキ、亜美も行く→!」タタタ…
高木「よし! 今日はキミ達を良い所へ招待しよう」
真美「ホント、社長!?」
冬馬「おいおい、手持ちがねぇぞ」
高木「ハハハ、私がおごるに決まっているだろう。余計な気を遣わなくて良いよ」
真「やっりぃ~! すごいね雪歩、何をご馳走してくれるんだろう!?」
雪歩「や、やっぱり焼肉かなぁ。えへへ」ニコニコ
貴音「一度で良いから、ジォジォ苑なるお店の焼肉を味わってみたいと思っておりました」
小鳥「ちょ、ちょっと貴音ちゃん、世の中には全品100円というありがたい居酒屋も…」
伊織「いいからさっさと行きましょう。ずっとここにいてもしょうがないし」
春香「それもそうだね。それじゃあ社長……って、あれ?」
高木「どうしたんだね?」
春香「あ、いえ、美希と亜美がいないなーって」
真美「亜美とミキミキはトイレだYO。もう少ししたら戻ってくるんじゃないかなー」
あずさ「あら~。それじゃあ私もお手洗いに行ってこようかしら~」
貴音「三浦あずさ。それよりも、私はおしるこに興味があるのですが」
あずさ「あぁ、オーディション始まる前に話していたものね。
良く覚えていたわねぇ貴音ちゃん、うふふ」
律子「後でおしるこよりも美味しいものを食べるんだから、今日は我慢しなさい」
貴音「秋月律子、貴女はいけずです……」シュン…
あずさ「まぁまぁ、律子さんの言う通り、しばらくここで待っていましょう、ねっ?」ニコッ
~トイレ~
ジャアァァァァァ… ガチャッ
美希「あふぅ……あれ、亜美ー、まだー?」
亜美「ふんぬぬぬぬ……!」
美希「えっ? もしかして、大きい方?」
亜美「ミキミキ、そいつは言っちゃあイケナイぜ。
ふんぐぅぅ~、燃え上がれ亜美のコスモぉ~~……!」
美希「そ、そう……じゃあ、先に行ってるの」
ジャ-… フキフキ…
ガチャッ
美希「えぇと、確かこっちだったよね? 広いから迷子になりそ……」
ガバッ!
美希「!? きゃっ……うぐっ!?」
美希「!! ……! ~~~~~ッ!!!」ジタバタ…!
亜美「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……」
チクタク… チクタク…
やよい「うぅ~~ん……」
千早「遅いわね……」
冬馬「迷子になってんじゃねぇのか?」
真美「ちょっと、亜美の携帯にかけてみるね」
ダダダ…
真美「あっ、亜美帰ってきた」
亜美「あれっ、ミキミキは!?」
響「まだ帰ってきてないぞ?」
亜美「うあうあー! どこ行っちゃったんだろう!?」
伊織「えっ、本当に迷子になっちゃったの?」
真「……ダメだ。電源が切れてるか電波が届かない所にいる、って」
あずさ「で、電池が切れてしまったのかしら~?」オロオロ…
律子「ちょっと心配ね……手分けして探してみましょう」
冬馬「で、どこにもいない、と……」
亜美「も、もしかして……誘拐、だったりして……」
伊織「縁起でもないこと言ってんじゃないわよ」
響「でも、いくらマイペースな美希でも、
いきなり携帯の電源切ってどこか行くなんて事しないと思うぞ」
雪歩「それはそうだけど……じゃあ、どうしてかなぁ……」
高木「……すまない、キミ達。先ほどの話は無しにしよう」
高木「今日はもう家に帰りたまえ。
私と音無君、律子君で事務所に待機し、美希君の帰りを待ってみることにしよう」
春香「あっ! それじゃあ私も残りますよ!」
真「ボクも!」
貴音「私達も残りましょう。同じゆにっとの仲間なのですから」
響「うん! なんくるないさー!」
北斗「女性を危ない目に遭わせる訳にはいかないですから、俺達も事務所に行きます」
高木「……すまないね、キミ達」
高木(嬉しい事だ……彼が説いた団結力が、こういう面でも生きている)
~961プロ~
ガチャッ!
黒井「はぁ、はぁ……はぁ……!」
黒井「うぐ……!」ズズ…
黒井「くそ、何も味がしない……何てひどいコーヒーだ……!」
黒井「……ん?」
黒井「これは……私の机に、何だこの手紙は……」
ペラッ…
黒井「!!?」
写 真 の 男 は 某 国 を 国 外 追 放 さ れ た
テ ロ リ ス ト だ
決 し て 野 放 し に し て は な ら な い
俺 達 コ イ ツ に ハ メ ら れ た
黒井「ぷ、プロデューサー……765プロの、プロデューサーの写真が……!」
黒井「だ、誰がこの手紙を!? いや、そんな事はどうでも良い!」
黒井「あの男が、アメリカから国外追放されたテロリスト、だと……!?」
プルルルルルル…!
黒井「!!」ビクッ!
ガチャッ
黒井「もしもし」
黒井「……もしもし、誰だ」
『……見てくれました? 俺のラブレター……』
黒井「!? き、貴様、誰だ!」
『ひどいなぁ、黒井社長』
『せっかく、あなたから仰せつかった調査の最終報告をしたってのに……』
『まっ、俺をクビにした今では、もはやどうでも良くなった事なのかも知れませんけど』
黒井「! ……貴様、元秘書の……」
『書いてあることは事実ですよ』
『俺達、騙されていたようですね。あの男に』
『いや、アイツに出会った全ての人間が、騙されている可能性もありますが……
それももうどうでも良いや』
『おかげで俺は職を失い、女房にも愛想をつかされ、息子を連れて家を出ていかれ……』
『なんにもねぇよ。もう、俺には何も失うものがない』
『だからね、社長……せめて、俺の人生をめちゃくちゃにした奴らだけは、
同じくらいめちゃくちゃな目に合わせてやらなきゃと思ってさぁ』
黒井「さっきから何を言っている」
『でもね、当のあの男の居場所は、全く掴めない……となると……』
『当面の標的は、765プロと、黒井社長……あなたになるんですよ』
黒井「!」
『さて……分かります? これから、俺、何をしようとしているのか……』
『ヒントはねぇ……』
『今、俺のそばには、星井美希ちゃんがいます』
黒井「!? な、何をする気だ……」
黒井「彼女にひどい事をしようと言うのなら、アテが外れているぞ。
星井美希はもう、961プロとは無関係だ」
『ハハハハ、この子を庇う気ですか?』
『変な所で優しいのは、昔と変わりませんね』
『だが……別に誰だって良いんですよ。961プロに少しでも関わりのある人間ならね』
黒井「何だと……!」
『例えばの話……
ある日、元961プロ所属のアイドルと秘書の遺体がどこかで見つかったとしてね?』
『その秘書の遺体から、961プロの凄惨な職場の実態や、
黒井社長への恨みつらみが書かれた遺書が見つかったとしたら……』
黒井「!?」
『どうですかね……ちょっとした、スキャンダルになると思いませんか?』
『色々と勘ぐられちゃいますよねぇ……ヒヒヒ…』
黒井「ふざけた事を……貴様、今どこにいる!!」
『簡単に教えると思ってんですか? ククク…』
『まぁ……あんたの目の前で死んでやるのも、面白そうですねぇ』
『品川ふ頭の南に、誰にも使われていない廃倉庫があります』
『美女と野獣の死体があるかも、ね……ヒヒヒ……!』
『あぁ、それと……警察には連絡しても無駄ですよ。連絡した所で、どうせ警察は動きません』
『最近、同じ場所で「誘拐が起きた」っていう嘘の通報が続発してますからねぇ。
もう警察もまともに取り合ってくれないでしょう』
『まっ、オオカミ少年は何を隠そう、この俺なんですけどね。はははは!』
ブツッ!
黒井「あっ! ……し、品川ふ頭……!」
黒井「おいっ! 車を出せ!! ……って、誰もいないんだったな」
黒井「ちぃっ……冗談ではないっ!!」
ダッ!
~夜、廃倉庫~
美希「ひっく……ひっく……」
元秘書「へへへ……怖い思いをさせてすまないねぇ、美希ちゃん」
元秘書「でも、もう少しで解放してやるよ……恐怖からね、ヒヒヒ……」
美希「ヤ……やだ、助けて……放してよう……!」ガタガタ…
元秘書「恨むんなら、あの男と黒井社長を恨むんだなぁ? 君もかわいそうに」
美希「あ、あの男……?」
バァン…!
元秘書「! ……来たか」
美希「えっ?」
元秘書「……!? いや、違う……黒井社長じゃない!?」
P「はぁ……はぁ………!」
美希「は、ハニー!!」
元秘書「なっ……どうして、貴様がここに!?」
P「美希、今日のオーディション良かったぞ。全部見ていた」
美希「えっ……?」
P「仰々しい退職願を765プロに残しといてアレだが、やっぱ皆の出来が気になってな」
P「765プロに帰ってくれることになったようだな。ジュピターや響と貴音も」
P「すっかり安心したので、帰ろうと思ったら……
グッタリしたお前を連れたそこの男が、会場の裏口から出てくるのが目に入ったんだ」
P「遠目で見たから気のせいかと思って、さっきまで放っておいてしまった……すまない」
美希「は、ハニー……ハニー……!!」ボロボロ…
元秘書「けっ、こんな時にまでよくも心にもねぇ事をいけしゃあしゃあと言えるもんだぜ」
P「何だと?」
元秘書「美希ちゃん、教えてやるよ。
この男はな、数々の隣人を薬物でその手にかけてきたサイコキラーだ」
美希「え、えっ……!?」
P「何を言っているんだ、お前」
元秘書「すっとぼけてんじゃねぇよ! 俺には全て分かってんだ!」
元秘書「アメリカでテロリスト名簿に載せられて、国外追放されたのだって知ってんだからな!
大方、パラコートでも使って気に食わない奴らを殺していったんだろ!」
美希「えっ……あ……?」
P「…………精神がイッてるな。美希、心配するな、大丈夫だ」
美希「う、うん……! ミキ、ハニーを信じてるの!」
元秘書「ふん! 信じられないんならそれでいい。
てめぇらは、どのみちここで死ぬ運命なんだからな」
美希「や、ヤ! 助けて、ハニー!!」
P「あぁ。心配するなって」
ゴソゴソ… スッ…
元秘書「あん……何だそれ、注射器?」
P「これが何だか分かるか?」
P「プロポフォールという麻酔薬だ。
最近だと、キング・オブ・ポップが致死量を服用して亡くなった事でも有名になった」
P「昔のトラウマを抑えるための、個人的な抗不安剤として持ち合わせてるんだが……
まさか、護身用で使う事になるとはな」
元秘書「それを俺に打とうって気かい?」
P「通常はもっと希釈して服用するんだが……
まぁ、一本まるまる打っても意識を失う程度で、致死量にはならないはずだ」
チャプッ… スッ…
P「これで良し、と」
元秘書「ははは、コイツはいいや。
業界からの人望厚い好青年が、まさか薬中だったとはなぁ!」
P「放っといてくれ。行くぞっ!」ダッ!
P「うおぉっ!!」グアッ!
バシッ!
P「ぐっ……!!」ギリギリ…!
元秘書「甘ぇんだよ、クソが。俺は黒井社長の元秘書だぜ?」
元秘書「いざって時は、その身で社長を守る役目も仰せつかってる。
てめぇのようなヤワな男の相手なんぞ、造作もねぇんだよ」
元秘書「おらっ!」ゴキッ!
P「がぁっ!!」ドサッ!
美希「ハニー!!」
P「う、ぐっ……!」
元秘書「寝てんじゃねぇよ、起きろコラァ!!」ドガッ! ドガッ!
P「ぐっ! はがっ……!」
美希「ヤ、やめてっ!! ハニーにひどい事しないで!!」
コロッ…
元秘書「? ん~~、ほう……」スッ
元秘書「……プロポフォール、って言ったか?」チャプッ…
元秘書「確か、1本じゃ致死量じゃないって言ってたな?」
元秘書「何本か持ち合わせているようだが……2本打てばどうかな?」スッ
P「!?」
元秘書「ははは、心配するな。おたくには打たねぇよ」
元秘書「だが……」クルッ
テクテク…
美希「……えっ?」
元秘書「大好きな“ハニー”が使ってるクスリでイケるんなら、お前も本望だろ?」
P「!! や、やめろ……!」
元秘書「はははは、そうかそうか。やっぱり危険な量なんだな?」スチャッ
美希「ヤ……ヤ、来ないで……やめてぇ!!」
プスッ
美希「うっ……!」
P「み、美希っ!!」
元秘書「まずは一本」ポイッ
元秘書「それじゃあ、とどめのもう一本を……」スッ
P「や、やめろ!! やめろぉーー!!!」
美希「は……はに……はにぃ………たす……け……」
プスッ
美希「あ………ぁ…………」
P「うおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」ダッ!
元秘書「あっははははははは!!」ゴッ!
P「ぐぁっ!!」ドサッ!
P「み、美希ぃ……!!」
美希「ぁ…………ぃ………っ……………」フラッ…
ガクン…
P「……ッ!!」
P「お、お前……よくもお前ぇ!!!」
元秘書「あーあ、おたくが変なクスリ持ってくるから。やっぱ殺人鬼じゃねぇか」
P「ぐ、ううぅぅぅぅ!!!」
ダダダ…!
黒井「はぁ、はぁ………こ、ここか!?」
P「く、黒井社長っ!!」
黒井「き、貴様は……なぜ貴様がこんな所にいる!?」
元秘書「おーう、ようやくお出ましか」
元秘書「だが残念だったな。星井美希はたった今死んだよ、コイツのクスリで」
黒井「なっ、何だとぉ!?」
P「ちっ、違う、俺じゃない!! アイツが殺したんです!!
アイツがプロポフォールを!!!」
元秘書「まぁ細かい事はこの際どうでも良いじゃないっすか」
元秘書「ちょうどいいから、やっぱ黒井社長もここで仲良く一緒に死にましょうや。
どのみちお前らもここで終わりだしよ」
元秘書「……あっ、そうだ言うの忘れてた」
P「な、何だ……」
元秘書「おたくの経歴を調べていくうちに、パラコートってどんなものなのか気になってねぇ」
元秘書「たまたまツテがあったので、ちょいといただいた事があったのよ。
なるほど、確かにありゃあ危険な香りがした」
元秘書「で、どうせだから、お世話になった連中にもお裾分けしてやろうと思ってな……」
黒井「な、何を言っているのだ……もったいぶらずに話せ!」
元秘書「いや、別に……」
元秘書「確か、765プロの高木社長……
以前、黒井社長が飲んでらしたコーヒーをしきりに飲みたがっていましたねぇ」
元秘書「だから、送ってやったんですよ……“香り高い”コーヒーの豆を」
黒井・P「!!!」
元秘書「今日あたり、事務所に届いてるんじゃないかなぁ」
元秘書「もう飲んでるかも……ヒヒヒ…」
黒井「ふ、ふざけた事を……!」ダッ!
元秘書「おぉっと、逃がさねぇよ。あんたもここで死ぬんだから」ザッ
元秘書「それに、765プロを一番嫌っていたのは黒井社長、アンタだろ。
何で止めに行こうとしてんだよ」
黒井「貴様……私は、私のやり方で高木を倒さなくては気が済まないのだ!」
黒井「薬を飲んで死ぬなどと、万が一にもそのような結末で
私と高木の戦いを終わらせてなるものか!!」
元秘書「ふん! 知らねぇよ、おら、さっさとあんたもあの世へ……」
ガシッ!
元秘書「ムッ!?」
P「黒井社長! 765プロへ行って下さい、早く!!」ググッ…!
黒井「なっ、貴様……!?」
P「これ以上、犠牲を増やしちゃダメなんです!
早く!! 手遅れになる前にっ!!」
黒井「……フン! 偉そうに指図するな」ダッ!
タタタ…
元秘書「放せ!」ガッ!
P「うっ!」ドサッ
元秘書「ちっ……まぁいい、どうせ手遅れだ」
元秘書「それに、送り主は黒井社長にしといたから、何かあればアイツが罪を被ることになるのさ」
P「………………」
元秘書「ははは、ざまぁみろ!!」
元秘書「俺をコケにしやがった奴は、皆まとめてあの世へ行けばいいのさ!!」
元秘書「この星井美希もかわいそうになぁ!?
大人同士のつまらん諍いに巻き込まれちまって!」
元秘書「結構好きだったんだぜ? まさかこんな事で死ぬとは。
やれやれ、愛しの“ハニー”のクスリはひでぇモンだなぁ」
P「俺の薬が、どうしたって?」
元秘書「あん?」
元秘書「……いや、だからお前のクスリのせいでこの子が死んでかわいそう、って…」
P「心配はいらない。美希は寝ているだけだ」
元秘書「…………は?」
美希「スゥ………スゥ………」
P「さっきあんたが美希に打ったのは、ただの弱い睡眠薬だよ」
元秘書「なっ………あ……?」
ドスッ
元秘書「うぐっ!?」
P「そして、これがパラコートだ」
P「おたくに一部をあげた、ね」
元秘書「!? ……! がっ!! か……あっ……!!」ガクガク…
P「あぁ、それと……」ゴソゴソ…
P「黒井社長の車のスペアキー……借りてたから返すよ」チャリッ
元秘書「かぁ……あ……ば………ぎぁ………!」ガクガク…
ピクピク…
P「………………」
P「……………………」
P「………………」スッ…
つ レンガ
P「………………」
P「…………ッ」グアァ…!
ガンッ!!
P「!! ぐっ……」フラッ…
ポタポタ…
P「うっ、ぐ……ふっ……ふ………」ポタポタ…
P「ふ…………ふふ……うふふ………」
バタッ…
~765プロ~
高木「……遅いな」
小鳥「律子さんが皆を連れて品川ふ頭に行ってから、大分経ちますね」
小鳥「プロデューサーさんから、急に連絡が入ったと思ったら、
そんな恐ろしい事が起きていただなんて……」
高木「無事だといいのだが……美希君も、彼も」
小鳥「えぇ……」
高木「……ところで、音無君。こんな時になんだが……」
小鳥「はい?」
高木「そこに置いてある小包は、一体何だね?」
小鳥「あぁ、これですか?」
小鳥「今日、オーディション会場から帰ってたら、届いていたんです」
小鳥「黒井社長から、コーヒーのお裾分けのようで……
今使っているものが無くなってから、このコーヒーで淹れようかなぁって思っていたのですが」
高木「そうか……黒井のヤツ、憎らしいのか仲良くしたいのか分からんな」
小鳥「あの人、素直じゃないですよね……昔から」
高木「あぁ、全くだよ」
ブロロロロロ… キキィッ!
高木「ムッ?」
小鳥「車の音? 荒い運転ねぇ、誰かしら」
ガチャッ!
黒井「高木っ!!」
小鳥「きゃあっ! ……く、黒井社長!?」
高木「黒井……一体どうしたんだね?」
黒井「高木、ここにコーヒーが届けられていなかったか!?」
高木「あぁ、キミが送ってくれたというコーヒーならあるよ、ありがとう。
どうしても飲みたくてウズウズしているのが、キミにも分かってもらえ…」
黒井「即刻捨てろ、それは私が送ったものではない。これは毒物だ」
高木「はっ?」
黒井「ウッ……ゴホッ、ゴホッ! ゲェホ!!」
小鳥「く、黒井社長大丈夫ですか!? 落ち着いて……」
高木「…………まさか、そのような事が……」
小鳥「そ、それじゃあ美希ちゃんはもう……それに、プロデューサーさんもっ!!」
黒井「現場には誰が行っているのだ」
高木「ここにいたアイドル達は、皆向かったよ。
危険だと言ったのに、律子君の車で足りない分は皆でタクシーを捕まえてね」
黒井「さすがの団結力だな。だが、今はそんな事はどうでも良い。
警察への連絡は?」
小鳥「何度も連絡したんですが……どうせお前もイタズラなんだろう、って
まともに話を聞いてくれなくて……!」
黒井「チッ……そうか。なら仕方が無いな」
黒井「おい、高木。一緒に警察に行くぞ」
高木「ウム……直接行って話をしなければ、警察も動いてくれまい」
小鳥「わ、私も行きます!」
高木「音無君、君はここに残ってくれたまえ。連絡係が一人ここにいた方が良い」
小鳥「……分かりました。社長をよろしくお願いします、黒井社長」ペコリ
黒井「フン……」
ガチャッ
黒井「乗れ」
高木「ありがとう」
バタン
高木「……キミの車に乗るのも、久しぶりだな」
黒井「………………」
高木「できれば、もっと楽しいシチュエーションで乗りたかったものだが……」
ブロロロロロロ…
黒井「警察署までは、20分ほどかかるだろう」
高木「そうか……」
高木「おっ?」
コポコポ…
高木「そういえば、コーヒーセットが車内に置いてあると聞いていたが、これがそれかね?」
高木「どれどれ……おぉ~」
黒井「何をしている」
高木「いや、何、コーヒーセットがあるのが羨ましいなぁと思ってねぇ」
高木「それに、このコーヒーは今日765プロに送られてきたものと同じ銘柄じゃないかね?
私がずっと飲みたいと言っていた」
黒井「そうだったらどうする」
高木「キミも意地が悪いなぁ。この際なんだし、飲ませてくれたって良いじゃないか」
黒井「この非常時にコーヒーか……どこまでもおめでたい男だ」
黒井「…………勝手にしろ」
高木「ハハハ、ありがとう」
高木「キミも飲むかい?」
黒井「運転が終わってからな」
高木「そうか。それじゃあ、私だけ遠慮なくお先に」
コポコポコポ…
高木「うーん、この香り」
黒井「ゴホッ! う、グッ……ゲェホ、ウェホッ!!」
高木「大丈夫かい? キミも、そろそろ病院に行った方が…」
黒井「大きなお世話だ」
黒井「……高木」
高木「ん?」ズズ…
黒井「私は、貴様の唱える、信頼関係だの絆だのという精神論が大嫌いだ」
黒井「だから、私は私に従う者達に甘えを許さなかった」
黒井「部下達を次々に解雇していったのは……
半分は、765プロに心を許していた当時の自分への戒めでもあったのだが……」
黒井「それでも、私はその判断を間違っていたとは思っていない」
黒井「今回のような事件に、貴様ら765プロを巻き込んだ事は、すまなかったと思う」
黒井「しかし、高木……常に貴様より優位に立つという、自分の決意を曲げる事はできん」
黒井「恐怖政治が上手く行った試しは無い、とでも言いたいのだろうが……
私は、私のやり方でもう一度トップに立ってみせる」
黒井「だから、どんなに不器用だろうと…………高木?」
黒井「………おい、高木、聞いているのか」
黒井「…………高木!」クルッ
ガシャ-ン!
高木「がっ……あが、か! ………うっ……ぶ……!!」ガクガク…
黒井「!? た、高木、どうした!!」
キキィッ! ガチャッ!
高木「あっ、ば……がぁ! ……かふっ………う……ぁ………!」ガクガク…
黒井「こ、これは……!」
黒井「!! ま、まさか……!!」
黒井「このコーヒーに、何か……!?」
ヴィー!… ヴィー!…
黒井「!!」ビクッ!
黒井「た、高木の携帯……!?」
ピッ
黒井「も、もしもし……」
『もしもし、音無……あ、あれ? 黒井社長、ですか?』
黒井「あぁ……どうした?」
『今、律子さん達が現場に到着して……
美希ちゃんも、プロデューサーさんも何とか無事だって……』
黒井「そ、そうか……」
『と、ところで……高木社長、いますか? どうして、黒井社長が高木社長の携帯を……?』
黒井「!!」ギクッ!
ピッ!
小鳥「あ、あれ? ……切れ、ちゃった………?」
黒井「はぁ、はぁ……はぁっ……!!」
黒井「…………ッ」チラッ
高木「…………………………」ブクブク…
黒井「!! は、はぁ……はぁっ……!!」ガタガタ…
黒井「く、クソッ!!」バタン!
ブキキキキキ…!
黒井「何で、この私が、逃げようとしているのだ……!!」
黒井「私じゃない……私が、高木を殺したんじゃあない!!!」
ブキキキキキ…!
黒井「クソッ!! このポンコツが、動け!! さっさとエンジンを付けろ!!」
ブキキキキキ ブオン……!!
ドゴォンッ!!
黒井「うおっ!?」
メラメラ… パチッ パチパチ…
黒井「な、何だ、これは……?」
ゴォォォォォォ…!
黒井「車が、発火だと……まさか、整備不良……」
黒井「!! ……星井美希が乗っていた車も、発火……!」
黒井「馬鹿な……関連があると言うのか!?」
ゴォォォォォォ…!!
黒井「クソッ! 開け、開けぇ!!」ガチャガチャッ!
黒井「ふざけるな……こんな事があってたま……ウグッ!」
黒井「ゴホッ! ゲェホッ! ゲボッ!!」
黒井「はぁ……はぁ……!!」
黒井「う、うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
………………
………………………………
………………
「あの子は危険だ……警察に事情を相談して、施設に引き取ってもらわなくては……」
「そんな……イヤよ! だって、私達の子供なのよ?」
「それを言わないでくれ、俺だって辛いんだ」
「でも……今のまま、あの子が社会に出れば、間違いなく不幸な目に遭う人が増える」
「イヤ、そんな……あの子はまだ子供なの。何も責任は無いはずよ?」
「私達があの子の味方をしないで、誰があの子を支えてあげられると言うの!?」
「し、しかしっ!」
ガチャッ…
「あっ…………」
プスッ
「うぐっ!? …………がはっ!!」バタッ
「あ、あなたっ!!」
「や、止めて……お願い、いい子だから……!」
………………
………………
「おい兄弟、悪かったって!」
「お前の女にツバつけたのは謝るよ。だから、俺を放してくれないか」
「あっ? ……おいちょっと待て、何だその薬は」
「……ぱ、パラコート………おい、パラコートって言ったのか!?」
「ヘイ、ヘイヘイヘイヘイヘイ!! 冗談だろ、おいっ! 近寄るんじゃねぇ!!」
プスッ
「ぐぁ……!」
「……? ……あ、あれ、何ともない……」
「何だ、ジョークかよ……まったく、最近のジャパニーズジョークはキツイぜ」
「……えっ………時間差で発症? ……遅効性の新型パラコート、の実験………?」
「お、俺は、死ぬのか? ……おい、ちょっと待てよ、待っ……!!」
………………
………………
「当局に、君の名前をリストに加えてもらうよう手配した」
「即刻、この国を去りたまえ。アメリカは、君のようなテロリストの存在を許さない」
「ん? ……何だねその顔は。言いたい事があるなら聞こう」
「……私が死んで喜ぶ人間が、社内には大勢いるだと? フッ……」
「確かに、誰が吹き込んだかは知らないが、
この会社には、私の地位を狙って良からぬ企みをしている者はいるな」
「だが、それが何だというのだ。まさか、この私まで手にかけようと?」
「無駄だよ。君の手口は知っている。
君と一緒に食事をする機会でも無い限り、毒物を私に飲ませようなどと…」
「!? グッ………グアァ……!?」ガクッ
「な、何だ……馬鹿な……が、はっ!! ………一体、い……つ………!」
………………
………………
「あー、そこでこっちを見ているキミ!
そうキミだよ、キミ! まあ、こっちへ来なさい」
「ほう、何といい面構えだ。ティンと来た!
君のような人材を求めていたんだ!」
「我が社は今、所属アイドル達をトップアイドルに導く、プロデューサーを募集中だ」
「ほう? まさにプロデューサーを志望して、
スカウトされるチャンスを期待してこのイベント会場に来たというのだね」
「これは何と得難い出会いだろうか。
ささっ、それじゃあさっそく我が765プロへ招待しよう」
「……っとそうだ、私はこれから友人の主催するライブを見に行かなくてはならないのだった」
「何のライブかって? あぁ、961プロというライバル事務所だよ。
口を開けば金のことばかりな、ロクでもない男が社長でね」
「いくらキミが実力主義だとしても、黒井のようにはならないように。という事で……」
「それじゃあ、三日後はどうかね? ……大丈夫、あぁ良かった。
では、三日後に我が765プロの事務所へ来てくれたまえ」
「いやぁ、実に良い目をしている……人との絆を大切にすることができる、優しい目だ」
………………
………………
「はぁ……この喫茶店で待っておけば、スクープが撮れるってのか?」
「その情報は確かなんだろうな。骨折り損のくたびれ儲けじゃかなわねぇぜ」
「……なるほど、765プロと961プロの関係者同士の密会、か」
「アイドル本人の特ダネじゃねぇのがちと残念だが、まぁ喜ぶ奴はいるだろうな」
「分かった、じゃあその日時にこの喫茶店に行くことにしよう。
で、情報料はいくらだ?」
「……あっ? 金は要らない?
何を言ってんだアンタ。やっぱ俺を騙す気か?」
「961プロを潰してくれさえすれば良い、だと……?」
「あっ、おい待てよ」
………………
………………
「はい、お疲れさんでしたー」
「まったく、最近ここの会社って人使い荒いよなぁー。
愚痴ってるの社長に知られたら即クビだし」
「……あれ、誰ですかあなた?」
チャリッ
「おっ、それ社長の車の鍵……あぁ、新しく入った人ですね、あなたも」
「いやぁ、最近この会社ってローテが激しくてねぇ。
どんどん新しい人が入っては消えていくんですよ」
「って、そんな事を愚痴ってもしょうがないっすよね、ハハハ」
「あっ、社長の車はあっちの奥の方にあるんで、整備よろしくです」
「……えっ? 一度、別の車の整備でここに来た事があるって?」
「なんだ、出戻りだったんですか。へぇー、珍しいですね」
「じゃあ、勝手は分かってるんですよね? よろしくお願いしまーす」
………………
………………
「うぅ、くそぉ……!」
「女房も、息子も……皆、無くなっちまった……」
「どうして……どうしてこんな事に……!」
「ぐっ、う……うぅぅ……!!」ボロボロ…
「……!? だ、誰だ!」
「えっ……!? ど、どうしてそれを……」
「……これが、パラコート………な、何でこんなものを俺に……?」
「! ……フフフ、そうかなるほど……コイツを使えば、社会に復讐を……」
「まずは黒井社長……それから、俺をハメやがった765のプロデューサーか……!」
「えっ? ……あぁ、確かに、765プロの奴らをヤるのも楽しそうだなぁ」
「ははは、なるほど。差出人を黒井社長に、コーヒーをね……アンタ、面白い人だねぇ」
………………
………………
後の始末は、警察とマスコミに任せよう。
より迅速に事件を処理するために、都合の良いストーリーを考えるのは警察の仕事。
より多くの人に売れるよう、情報をスキャンダラスに脚色するのはマスコミの仕事だ。
絆というものは、時として思いもよらないほど大きな力を生む。
より絆が深まり強固なものになった時も、その絆が壊れた時も。
彼の不幸は、ひとえにその絆が生み出す力の偉大さ、恐ろしさを知らなかった事だろう。
それはさておき、今後は果たしてどうなるかな。
まぁ、上手くいかないかも知れないが、その時はまた次の手を講じていけば良い。
いやぁしかし、黒井社長が偽物の脅迫状を作って見せてきた時は驚いたなぁ。
俺にハッタリをかまそうとは、なかなか面白いおっさんだった。
それに、あの優秀な元秘書さん、だいぶキレてたよな。
やっぱ、アイツも社長の目を盗んで俺があげたコーヒー飲んでたんじゃねぇの?
う、ふふ―――
………………
………………
『東京都大田区矢口二丁目付近で起きた、961プロ社有車の暴走死亡事件について、続報です』
『池上警察署は昨日、同事件について記者会見を開き、司法解剖の結果、
車の運転者及び同乗者の遺体から、致死性の高い薬物が検出されたと発表しました』
『……えー、車を運転していました961プロダクション社長、黒井祟男氏からは、
違法の麻薬物と思われる薬物』
『そして、えー、同乗者である765プロダクション社長、
高木順二朗氏からは致死性の高い薬物、パラコートが検出されております』
『黒井氏が服用していた麻薬物につきましては、現況の規制薬物のいずれにも該当せず、
現在も調査を進めておる段階でございます』
『なお、考えられる事故、もとい事件の動機としまして、黒井氏は度々高木氏に対し、
挑発的な言動を繰り返しており、同業の敵対者として捉えていたようであります』
『961プロが業績不振に陥り、一方で業績を伸ばした765プロを妬ましく思い、
その結果の犯行という可能性が高いと考えられております』
『品川ふ頭の廃工場で、元961プロの星井美希と765プロのプロデューサーが、
961プロの元秘書に襲われた事件がありましたが、関連性はあるんでしょうか!?』
『その点につきましても目下調査中でございますが、被疑者の着衣から、
黒井氏への恨みが込められたと見られる遺書が見つかっており、社の内部からも反発を……』
『……黒井のおっさんは、こんなつまらねぇ真似はしねぇ』
『俺はこんなの、到底信じられねぇよ。何だってこんな事を……』
『冬馬君、でも……最近のクロちゃん、明らかに様子がおかしかったし…』
『うるせぇ! 分かってるよ……信じたく、ねぇんだよ……!』
『……すみません、もうインタビュー良いですか?
俺達、とてもそんな気分じゃなくて……すみません』
『えぐっ、ひっぐ……うえぇぇぇ……たかねぇぇ………!』
『……見ての通り、私達はまともに証言できる状態ではありません。
どうかお引き取りを』
『黒井社長がぁ……黒井が高木社長をぉ……!』
『こんなの、ひどいよ……ひどすぎるよぉ………!!』
『え、うえぇ!? き、記者さんですか!?』
『わわ、ちょっと待って、追いかけて来ないで! ってうわぁっ!!』
ドンガラガッシャーン!
『あいたたた……うわっ、ちょ、ちょっと! 急にコメントを求められても……』
『やめて下さい! いい加減にしないと、ボク達怒りますよ!』
『は、春香ちゃん大丈夫? て、手を……』
『黒井社長は、数ヶ月くらい前までは普通に私達と接していたんですが、
ある時急に様子が変わったんです』
『その日から、961プロの様子もおかしくなっちゃった、ってひびきん達も……』
『私達が前の事で知ってるのは、それくらいかなーって……』
『あの……もう行っても良いですか?』
『ハニ……プロデューサーが、血だらけになって倒れていた、って皆から聞いて……』
『プロデューサーは、秘書さんからミキを助けるために、ひどいケガをしたの……』
『あの人……黒井社長は、厳しい人だったけど、頑張って結果を出せば認めてくれた人なの』
『だから、こんなひどい……高木社長と一緒に死ぬだなんて……!』
『でも、黒井社長、いつの間にか人が変わっちゃって……』
『それに、この間のオーディション終わって、765プロに負けた時……』
『ミキ、聞いたの……黒井社長、すっごく怖い事、言ってたの……』
『覚えておけ、って……』
『絶対に許さない……』
『いつか必ず、後悔させてやる、って……!!』
~961プロ~
部長B「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。
臨時で961プロの社長代理をしております、広報部長のBと申します」
あずさ「あ、あの……三浦あずさと申します。765プロで、一応アイドルを…」
部長B「存じております。先日はオーディション合格、おめでとうございます」
あずさ「い、いえ、そんな……すみません」ペコリ
貴音「四条貴音です。三浦あずさの付き添いで参りました」
部長B「ご無沙汰しております」
部長B「今日は、三浦さんが765プロの代表という事で……?」
あずさ「え、えぇ……本当は、私達のプロデューサーである律子さん、
あと小鳥さんに来ていただけたら良かったのですが……」
あずさ「その……社長が亡くなられてから、ショックで二人とも体調を崩してしまって……
一応、年長者である私が行かなきゃ、って」
部長B「そうですか、無理も無い……
高木社長と一番親しくされていたのは、スタッフであるそのお二方でしょうから」
あずさ「はい……」
部長B「用件は、事前にお伝えした通りです」
部長B「今のままでは、961と765、双方とも経営が立ち行かず、
共にこの業界から消えてしまいます」
部長B「大きな事務所が同時に二つも消えれば、この業界そのものの未来も危うくなる……
五十嵐局長と、『オールド・ホイッスル』の武田氏もそれを危惧されています」
部長B「あなた方にとっても、事務所の存続は決して無視できない緊急の課題でしょう」
あずさ「仰る通りです……でも、今の私達には、とても事務所を引っ張れる人がいなくて、
もうどうしたら良いのか……」
貴音「あずさ……貴女一人が責任を感じる必要は無いのですよ」
あずさ「でも、貴音ちゃん……皆、疲れ切ってしまって、だから私だけでも何とか……」
部長B「我が社も同じです。表向きに代表を立てなければならないことから、
今は私がその役を臨時で務めておりますが……」
部長B「いずれにしろ、そう長続きするものではありません。
我々も、次なる指導者を必要としているのです」
あずさ「そうですか……961プロさんは人が多いでしょうから、羨ましいわ…」
部長B「いえ……前社長の独裁により、有能な者も含め大勢の社員が切り捨てられました。
人材不足は、我々も一緒です」
部長B「それに、我々にとって……いや、きっとあなた方にとっても、
とある人物についてぜひ擁立すべきという声が、社の内部で挙がっているのです」
あずさ「えっ……?」
部長B「彼は765プロだけでなく、961プロ内部でも絶大な人望があります」
部長B「今日は、その人物について、765プロさんと相談をしたかったのです。
どうか、ご協力いただきたい」
………………
………………
P「相談こそされましたが、私は961プロの代表になるのはお断り致しました」
P「ですが、何かあった時の相談役として、
今後も度々961プロに顔を出させていただく事になろうかと思います」
P「惜しくも亡くなられた高木前社長は、人の絆の大切さを重んじておられました」
P「黒井社長にもそれを理解してもらいたく、私も何度も961プロを訪れましたが……
力及ばずに関係がこじれ、悲しい出来事が起きてしまった事は誠に無念でなりません」
P「ですが、悲しみを知った私達は、違う道を選択することができます」
P「765プロと961プロ、双方の事務所が互いに手を取り合い、同じ道を歩む……
今の私達になら、過去に出来てしまった溝を埋めることができるはずです」
P「本日、この場にご来席の皆様方に申し上げたい」
P「私は、アイドル業界の用語とか、専門的な知識はほとんどありません」
P「ただ、楽しく人付き合いをする趣味があるだけの、甲斐性の無い男です」
P「ですが、人という要素が絡まない出来事は、この人間社会において有り得ない」
P「聖人のような事を言うつもりはありませんが……
どうか、今後の全ての出会いを、そして、その人達を大切にして下さい」
P「信頼と絆、団結をモットーに、新たな765プロを、引いてはアイドル業界の未来を
その手で紡いでいく事をここに誓いまして、新社長の挨拶と代えさせていただきます」
ワアァァァァァァァ…!! パチパチパチパチ…!
P「えーではでは、しばしご歓談を」
小鳥「ぷ、プロデューサーさん! 乾杯のご発声がまだですよ!」
P「えっ? あっ、そっかやべっ!」
P「ていうか俺もうプロデューサーじゃないですって! 何度言えば分かるんですか!」
小鳥「ピヨッ!? ご、ごめんなさい!」
ワハハハハハハハ…!
部長B「という訳で、765プロと961プロの前途を祝して、乾杯!」
一同「かんぱ~い!」
パチパチパチパチ…!
伊織「まったく! アンタって男は社長になっても全っ然しゃんとしないわね」
春香「ま、まぁまぁ! そういうのもプロデューサーさんの良い所って事で、ねっ?」
雪歩「そ、そうですよ! プロデューサー、一緒に頑張りましょう!」
P「う、うん……慰めてくれるのは嬉しいけど、さっきも言った通り俺もう社長…」
やよい「うっうー! プロデューサー何だか元気ないですよー!
一緒にスマイル体操しましょー!!」ピョン!
P「あーそうだなやよいスマイル体操しような、うん」
五十嵐「新社長就任、おめでとうございます。
若いうちから大変でしょうが、高木さんとの恩義に誓って、私もできる限り協力しましょう」
武田「如月千早さん、いますか? ぜひ、彼女と話をさせていただきたい」
P「どうもありがとうございます。おーい千早、武田さんが話をしたいそうだ」
千早「は、はいっ! た、武田プロデューサーとお話ができるなんて、その…」ドキドキ…
P「ははは、表情が固いぞ千早。そう、この胸板のように」ペタペタ
千早「んあぁ?」ゴゴゴ…
北斗「だ、大丈夫ですか……?」
P「大丈夫だ、慣れてる」ボロッ…
亜美「兄ちゃん、久しぶりだからっていきなりセクハラはまずいっしょ→」
真美「いりょくぎょーむぼーがいだYO、兄ちゃん? んっふっふ~」
あずさ「でも、プロデューサーさんが帰って来てくれて、本当に良かったわ~」
律子「えぇ。そうでなきゃ、今頃私達もどうなっていたか……」
P「俺は、こんなにすごいアイドル達を埋もれさせたくないって思っただけです」
響「アッハッハ、そりゃそうだぞ! 何たって自分、完璧だもんなー!」
冬馬「この間、ゲーセンのダンスゲームで翔太に負けてたじゃねぇか」
響「うがー!! うるさいなぁ、あれはたまたま靴紐が解けたからだぞ!」
翔太「とにかく、クロちゃんがひどい事しちゃった分、僕達も償うからさ」
真「気負う必要は無いよ、翔太。その代わり、今度はボクとダンスで勝負してね!」
翔太「へぇー、面白そうじゃん!」
美希「ハニー! ハニーは社長さんになってもミキのそばにいてくれるよね?」
P「仕事に余裕ができればな」
美希「ムー……そういうツレない事言わないでほしいの!」
美希「一緒に買い物とか、お昼寝したりしてくれなきゃ、ヤ!」ムギュッ!
P「こらこら、離れろってば」
貴音「美希」
美希「ん、なぁに貴音?」
貴音「961プロの者が、あそこで貴女を探しておりました。
この機会に、ぜひ本物の星井美希と話をしてみたいと」
美希「えー? 961プロの人達なら、前にもミキ、それなりにお話してたよ?」
美希「まぁいいや、売れっ子になるとファンの皆の相手をするのも大変なの。
それじゃあハニー、またね!」フリフリ
P「おう」
タタタ…
貴音「……プロデューサー」
P「ははは、貴音もやっぱそう呼ぶんだな。別に良いけどさ」
貴音「ふふっ、これは失礼しました」
貴音「あなた様」
P「ん?」
貴音「人心の支配……」
貴音「すなわち、人の上に立ち、ファンのみならず、大勢の人々を己の意のままに動かす」
貴音「例えばの話、そのような“理想の王国”を本当に作れたとして……」
貴音「しかし、その王国の中に、唯の一人だけ意のままに動かせない、
得体の知れない異端者がいる……」
貴音「その方が、より趣深いとは思いませんか?」
P「………………………………」
P「………ははは……へぇ」
P「貴音は面白い事を言うなぁ」
~おしまい~
スレタイと話の大まかな内容の元ネタは、洋画『隣人は静かに笑う』です。
一方で、Pのキャラ設定は、貴志祐介の『悪の教典』より一部引用しております。
バッドエンドって何が面白いんだろうと、苦手なりに悩みながら書いたためか、
色々と稚拙で読みにくいところがあるかと思います。すみません。
元ネタは、ラストの大どんでん返しが話題となったサスペンス映画の傑作ですが、
レンタルビデオ屋さんに置いておらず、かつ廃盤となっているため、入手は非常に困難です。
運良く手に入れる事のできる方は、ぜひこの駄文を読んだ後のお口直しに見てみて下さい。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、失礼致します。
乙、面白かった。
他にアイマスSS書いてないの?
>>275
これの一つ前は、美希・雪歩「レディー!」という地の文長編SSを書きました。
洋画クロスという括りだと、ホームアローンやターミネーター2のパロディを書いています。
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