兵士「魔王軍を倒す」(905)

へいし「俺はやる。」

兵士B「ムリだって、だって俺たち兵士だぜ?魔法もロクに使えないのに。そういうのは勇者に任せときゃいいんだよ。
俺たちは勇者が魔王を倒すのを信じて国を魔物から守るのが役目だぜ。」

へいし「他力本願で平和を願うなんて間違いだ、俺は魔王を倒す旅に出る。」

兵士B「そっかー、がんばれ。」(どうせすぐ戻ってくる。)




どう?





じゃあ俺が書いてみてもいい?
とりあえず行けるところまで

じゃあ3時まで待ってみる
酉とかつけるべきかねぇ


はじめは、人の役に立つ魔法使いになりたかった。
修業を始めてすぐ、魔法の才能がないことを思い知らされた。

次は、盗賊になって色々なスキルを覚えようと思った。
手先の不器用な俺には難しい職業だとわかった。

その次は、吟遊詩人にでもなろうかと考えた。
音楽的才能のない俺に楽器の演奏などできるものかと、すぐに考え直した。
 

 
何度も転職を繰り返して、いつまでも落ち着かない奴だと思ったんだろう。
親父とお袋は工場の工員になれと言った。
二人とも、国営の製鉄工場の工員だから、それがいいと言っていた。

確かに、それならとりあえず生活することはできるだろう。
国営工場は賃金がいい。仕事はきついが、困窮することはないはずだ。

けれど、俺はそうやって生きている自分をイメージすることができなかった。
 

 
工場に入れ替わり立ち替わり出入りするうちの一人になって、
汗と煤と油にまみれて一日を終え、仕事帰りの一杯や、たまの贅沢を宝にする。

そんな生活はまっぴらごめんだと思った。

しかし、他にどんな道があるのだろうと客観視する自分も、確かにいる。
自分の天職を見つけようなんて発想自体、子供じみた、思春期の妄想にすぎないと
冷静な目を向ける自分も、確かにいたのだ。
 

 
色々な職業の修行をして手に入れたものといえば、
使いこなせもしない下級呪文がいくつか。それと旅に役立つ多少の特技。
とどのつまり、何も身についていないし、何も起きちゃいない。

自分の将来が次第に絞り込まれていくことに、俺は息苦しさを覚えていた。

そうしてモヤモヤした気持ちを持て余していたある日。
兵士の募集の張り紙を見つけた俺は、半ば自暴自棄の心持ちで王宮に足を運んでいた。
 

 
見返りのない鍛練の日々に価値を与えるもの。
それは自分自身を仮託するに足る尊厳だと俺は思った。

お国への挺身ってやつが、それを与えてくれると思って、俺は兵士になった。

「国家の防人たれ」と異口同音に疑いなく喋る教官達にしごかれながら、
いつか訪れる戦いの日に備え、厳しい訓練を重ねる日々を過ごし。

一人、また一人と同期が逃げ出していく中、俺は居残り続けた。

いつの間にか、2年の月日が経っていた。

首都から離れた港街に配属された俺は、今日も見張り台の上で突っ立っている。
 

 
兵士「……今日も異常なし、っと」

兵士「んん~っ……立ちっぱなしは疲れるな。もう慣れたけど」

兵士「……」

兵士「……昼飯、何にしようなぁ」

兵士「……」

兵士「……」

兵士「……」コックリコックリ

兵士「……ハッ」

兵士「やべ、寝るとこだった。立ったまま寝るスキルとか身につけるもんじゃないな……」

??「ほう、寝るところだったのか」
 

 
兵士「た、隊長!? いえ、寝ていません。大丈夫です」

隊長「まったく……何をボーっとしている! シャキッとせんか!」

兵士「は、はい! 隊長!」

隊長「……貴様は最近、どうもぼんやりしておるな」

兵士「はい、すみません……」

隊長「たかが見張りと思っているなら、早急に認識を改めることだ」

兵士「いえ、そんなことは」
 

 
隊長「今が戦時下だということを忘れるなよ。聞けば、西の王国が魔王軍の襲撃を受けたという」

兵士「はい。それを受けて首都から勇者が派遣されたとか……」

隊長「だが、この街も例外では有り得ん。いつ魔王軍の襲撃を受けるかわからんのだ」

隊長「国家の防人たれ。王国の武人ならばこの訓示を忘れてはならん」

兵士「はぁ……」

隊長「もうすぐ交代の時間だ。気を抜くなよ」

兵士「了解!」
  

 
兵士「隊長、こんな見張り台の上まで見回りに来なくたっていいのに……」

兵士「……」

兵士「……それにしても、勇者かぁ」

兵士「ガキの頃は憧れてたなぁ。俺も勇者になりたいって」

兵士「どんな奴なんだろ。才能の塊みたいな奴なのかな……」

兵士「……」

兵士「……」

兵士「……ん?」
 

 
ボーっと海を見ていた俺は、沖合を進む客船を視界の端に捉えた。
この港と西の王国とを往来する定期船だ。

ひょっとしたら件の勇者も乗っているかもしれない。
そう思ったら、なんだか目が離せなくなった。
交代の時間が来るまで船を眺めているのも悪くはない。

そう思った、その時だった。

突然、船が洋上で大きく揺れ、停止した。
 

 
兵士「……? なんだ?」

錨を下ろした様子はない。
あの一帯の深度が何メートルなのかは知らないが、あんな何もない沖合で
座礁するなどという冗談もない。

何かがおかしい。

そう思って軍用の双眼鏡を取り出そうとしているうちに、
船の両舷からせり出してくるものを俺は見た。
 

 
泡立つ海面を割り、海水を引き裂き、船体を挟み込んだそれは
甲殻類のそれを思わせる巨大な爪だった。

舷側に食い込み、甲板に突き刺さる光景を目の当たりにした俺は、
取り出しかけた双眼鏡を放り出して見張り台の警鐘を力一杯に打ち鳴らした。

潮騒を蹴散らして鳴り響くその音は、数ヶ月前の防災訓練以来だった。
忍び寄る惨禍の予感に、背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。

兵士「魔物だ! 定期船にバカでかい魔物が取りついて……」

鐘の音に負けじと、俺は声の限りに叫んだ。

にわかに騒がしくなった真昼の港街を後目に、
巨大な爪は定期船の船体をまるで紙のように引き裂き、
船を丸ごと引きちぎるようにして真っ二つにしてしまった。
 

 
隊長「班をふたつに分けろ。第一班は町民の避難を最優先! 第二班は魔物を迎撃しろ!」

「「「了解!!」」」

命令への応答が唱和され、各自が持ち場につく。
俺は第一班に参加し、町民の避難誘導を開始する。

そうしている間にも、船を真っ二つにした魔物は街へ迫っていた。
大洋を往来する定期船を破壊し、この港街をも……

論じるまでもない。あれは魔王軍だ。

今が戦時下だということを忘れるな、という隊長の声が頭の中で反響する。
 

 
やがて一対の巨大な爪が埠頭に振り下ろされ、近くにあった木箱が薙ぎ倒される。
鋭い切っ先が岸壁にめりこみ、小山のような巨体から海水を滝のように降り注がせ、
海面下にあった魔物の姿が露わになる。

巨大なカニの化け物。
わかりやすく言えばそんな姿の魔物だ。しかし、サイズが規格外すぎる。

どれほどの重さを持つのか、カニの魔物は埠頭を踏み砕きながら
ずるずると陸上に這い上がって行く。
巨体がどよもす地響きと、人々の叫び声が港街の空気を震わせた。
 

 
巨大ガニが威嚇するように爪を振り回すと、港の倉庫があっさり粉砕され、
中にしまわれていた木箱が揉み潰されていく。

魔物の迎撃に向かった連中のことが心配だが、今は任務を果たさなければ。

国家の防人たれ。
仮にも、その言葉で自分を規定している者の一人なら、
死ぬ覚悟は決めなきゃならない。

そんなの、今更だ。
そう思いはしたものの、「死」がすぐそこにあると思うと、
知らず足が震えるのを止められないでいた。
 

 
兵士「魔物……いや、ありゃ怪獣だ。こんなんアリかよ!」

叫ばずにはいられない。
避難を開始した人々にとっても、それを誘導する俺達にとっても、
あの魔物が生起させる恐怖とパニックはなまじのものではない。

その巨体が動くたびに地面が揺れ、家が倒壊する。
逃げ惑う人々の上に粉塵の津波が降り注ぎ、吹っ飛ばされた台車が商店に突っ込む。

奴が這いずったあとには瓦礫の道が続き、火事が起きているのか、
街のあちこちから黒煙が噴きあがっている。
 

  
街の外へ避難民を誘導し終え、街の方を振り返り、思わず息を呑む。

配属されてすぐ、同僚達と共にあちこち見て歩いた街並みの面影はどこにもない。
あの魔物が、進路上にある全てを踏みしだいて、破壊してしまったのだ。

同僚A「被害を最小限にしようって配慮はないのかよ」

同僚B「……魔王軍め、無茶苦茶しやがる」

同僚達が、皆一様に青ざめた顔で呟く。おそらく、俺も同じ顔色だったろう。
その場にいる全員、圧倒されて言葉もないといった風情だった。
 

 
兵士「……まだ逃げ遅れた人がいるかもしれません。街へ戻る許可を」

考えるより先に上官に進言していた。
上官はしばし逡巡してから、決断し指示を出した。

上官「……よし。第二班を更に3つに分け、A班は避難民の護衛、B班は第一班の援護」

上官「C班は生存者を見つけ次第保護しろ」

兵士「了解!」

合計して20名に満たないB・C班は、粉塵と噴煙で塗りつぶされた通りへ戻って行った。
折り重なる家の向こうに、巨大なカニの姿が垣間見えた。
 

 
進路上の建物を押し崩し、じりじりと前進する魔物を視界の端に映しながら、
俺は無人の市街を走り回った。

兵士「逃げ遅れた者はいないか! いたら返事をしろ!」

とにかく、大声を張り上げる。
動悸が収まらない。いや、こんな事態に冷静でなんていられるものか。

兵士(冗談じゃない。こんなの間違いだろ。誰が予想した?)

兵士(そもそも生存者なんかいるのか? いや、一人でも助けなきゃ嘘だ)
 

 
その時、かすかに耳朶を打った誰かの声が、物思いの時間を終わりにした。
 
兵士「誰かいるのか!?」

呼びながら、声のする方へ駆けだす。
ほどなくして、崩れかけた商店の軒下に一人の女の子が倒れているのを見つけた。

脹脛に裂傷を負っていて、血が流れている。この傷では立てないだろう。
俺は女の子のところに駆け寄ると、水筒を取り出して傷口を洗った。

少女「たす……けて……」

兵士「ああ、助けるとも。大丈夫だ」

救急セットの小箱から包帯を取り出し、巻きつけながら、俺は女の子を励まし続けた。
 

   
兵士「行くぞ。街の外へ出るんだ。ほら、掴まって」

少女「は、はい……」

女の子に肩を貸して歩き出そうとしたその時だった。
通りを挟んで向かい側にある集合住宅が粉砕され、瓦礫と粉塵の瀑布が降り注いだ。

悲鳴を上げる暇さえ惜しく、俺は女の子に覆いかぶさった。
兜や鎧越しに、爆散した瓦礫が全身にぶつかるのがわかる。

粉塵の靄がわずかに晴れ、顔を上げたその先には、魔物の巨体がすぐそこまで迫っていた。
 

 
兵士(畜生……!)

全身、どこが痛いのかも判然としない。身体が丸ごと心臓になったような感覚だった。
頭蓋まで突き抜ける痛みを堪え、瓦礫を押しのけてなんとか立ち上がる。

国家の防人たれ。

かくも自分を規定する言葉を支えにして、両足を地面に押し付ける。

兵士(女の子一人助けられないで何が国家の防人だ、バカ野郎!)

恐怖に震える女の子と目を合わせたのも一瞬、俺は彼女の腕を肩に回し、立ち上がらせた。

少しでも早く、遠くへ。
思考をそれ一色に染め上げた刹那、俺は魔物がその爪を振り上げる光景を見た。
 

 
瞬間、閃光の乱舞が視界を塗り潰した。

兵士「ッ!?」

灼熱する光の豪雨。
突如魔物に降り注いだものを形容するなら、まさしくそれだった。

直撃の苦痛に身をよじらせ、魔物の巨体がぐらりと傾ぐ。
振り上げた爪は明後日の方向に振り下ろされ、粉塵が巻き上げられる。

呆然と立ち尽くす俺達の前に、外套を羽織った何者かが降り立った。
右手に構えた剣を振りかざし、壁にならんとする意思を示す。

左手からは魔力が漏出し、蜃気楼さながら周囲を歪ませて見せる。

魔物が体勢を立て直す前に、そいつはさらなる行動を開始した。
 

 
そいつは魔物へ向かって駆け出した。

魔物が爪を振り回して牽制するが、それをなんなくかわすと、大きく跳躍した。
手近な宿屋の屋根を蹴って魔物の背に飛び移ると、手にした剣が青白い光を発する。

迷わず、光刃を魔物の甲羅に突き立てる。魔物の口から甲高い奇声が発せられた。

??「必殺……」

剣の柄を握り締め、凝縮された魔力が刀身から迸る。
それは魔物の胴体を貫き、背中から腹にかけてを一直線に突き抜けた。
 

  
内部から圧倒的な魔力で焼き尽くされた魔物は、甲殻の隙間という隙間から黒煙を噴き出し、
ゾウのような太さの足からガクリと力が抜けた。

再び振り上げかけた爪が断末魔のように強張り、胴体が路面に崩れ落ちる。
港街を惨禍に陥れた魔物は息絶え、粉塵と黒煙の立ち昇る廃墟の中にその骸を晒した。

魔物の背から飛び降りた人物は、いまだ青い燐光を吹き散らす剣を鞘に収め、こう呟いた。

??「必殺、勇者ストライク……ってのはどうかな?」

ニヤリと笑うその姿に肌を粟立たせる感覚を覚え、俺は骸の前に立つ人物を見据えた。
 

次回からはちゃんと書き溜めます。正直すまんかった

今後は酉とかつけるべきかな?
執筆中のスレもあるし、進行はゆっくりになると思うけど

酉つけてくれたほうが読みやすい
執筆中のスレってどこ?

>>43

ここです

「執筆中スレがあるのに他スレ乗っ取りたぁいい御身分だな」との誹りを受けそうな気がしてきた

すでに常駐してるスレだった
あなただったのか

>>45

常駐ありがとうございます

あちらは台本形式、こちらは地の文アリで進行していきます
「片や初スレ、片や乗っ取りとはとんだマザーファッカーだぜ」という具合に生温かく見守ってくださると幸いです

 
翌日、港街は曇り空の空模様だった。

街全体に被災地特有の陰鬱な空気が漂っていて、撤去の目途の立たない瓦礫が散乱している。
加えて、噴煙の薄墨が空に蓋をしているせいで、太陽光が遮られている。

崩れ残った建物の向こうにそびえる巨大な塊が目に留まった。

昨日、たった一匹でこの港街を壊滅状態に追い込んだ巨大なカニの魔物。

胴体だけで高さにして四階建ての宿屋に匹敵するほどの巨体は野晒しになったまま、
その骸を住宅街の只中に各坐させていた。

魔物の通った道はすべからく滅茶苦茶に破壊されている。
そこでどのような暴力が吹き荒れればこのような惨状を呈するのか、筆舌に尽くしがたい。
 

 
現在、港街に駐留している軍と、首都から派遣された救援部隊とが協力し、
瓦礫に埋もれた遺体の捜索とライフラインの復旧が同時進行で進められている。

臨時で設置された食料や水の配給所には被災民の長蛇の列ができ、
その一方では、王宮に仕える賢者や僧侶達が怪我人に回復呪文をかけている。

兵士「……なんだよ、これ」

路面に散らばった木屑やガラス片を踏みしだき、ぽつりと呟く。

昨日、俺もその惨禍の当事者の一人として駆けずり回ったとはいえ、
その非日常的な事件現場の空気には、やはり馴染めようもなかった。
 

  
認めたくない、という思いなのかもしれない。
はいそうですかと認めて呑みこむには、あまりに理不尽だ。

傷の手当てをしてやったあの女の子は、今どうしているだろうか。
ちゃんと家族と会えたのならいいんだが、生きている保証はない。

しかし、それは俺だって同様だった。
爆散する瓦礫で全身を強かに打たれ、ズタボロだったのだから。
こうして五体満足で生きていられること自体、奇跡のようなことに思える。

ぐっ、と右の掌を握って、開いてみる。
ただそれだけのことがありがたく思えるのだから、まったく現金なものだ。
  

  
……俺を救ったのは、奇跡でもなければ神の御業でもない。

それは、俺達の窮地に颯爽と現れ、あの魔物を一撃で倒した人物――

すなわち、勇者のおかげだった。
  

  
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Z__________

 
 
あの後、あまりに突然のことにしばし呆然としていた俺と女の子だが、

神経が興奮状態から覚めていくにつれ、全身の激痛が思い出された。
その場にくずおれた俺を、すかさず支えたのは、魔物を倒した人物だった。

至近距離に迫った、見知らぬ横顔。
俺とそれほど年も離れていないであろう、少女のそれだった。

鮮烈なエメラルド色の光を湛える瞳は、まっすぐに俺を見据えていて、
何故か濡れて額に張り付いているショートの赤い髪からは、潮の匂いがした。
   

  
??「動かないで」

兵士「え……?」

少女の左手から、今度は金色の燐光が迸る。
全身を魔力が突き抜けるような感覚の後、痛覚を苛んでいた痛みが
嘘のように引いていくのを感じた。

打撲も裂傷も骨折も、全部ひっくるめて瞬時に治してしまったのだ。
しかも傷跡も後遺症も残さずとなれば、そんな術者はそうはいない。

それを、目の前の少女はいともたやすくやってのけたのだ。
   
俺の傷が完治したと見るや、今度は女の子の足を治し始めた。
女の子の脹脛に巻かれた包帯をほどくと、やはり傷跡ひとつ残っていない。
 

 
女の子の頭に手を乗せて、やや不器用な手つきで髪を撫でる後ろ姿は、
年頃の少女のそれに相違なかった。

兵士「……何者なんだ、君は」

??「あたし? 勇者だけど」

知らず、疑問を口にした俺に対して、勇者を名乗る少女は
いっそ冷淡なくらいに落ち着き払った声で応じた。
   
兵士「勇者って……まさか、あの勇者?」

勇者「他にどの勇者がいるってのよ。そうよ、そのまさか」

磨き抜かれた宝石のような瞳が、生々しい熱を孕んでこちらを見据えている。
その鮮烈な光が自分に注がれているのを自覚すると、何故だか心臓が大きく跳ねた。

その時の勇者にはもう、あの肌が粟立つような感覚を覚えることはなかった。
  

 
女の子を街の外に連れて行ったあと、勇者は俺に道案内を求めた。
この街の駐留部隊の責任者に会いたいらしい。それはつまり、隊長のことだ。

勇者は国王陛下から勅命を与えられて行動している。
よって、任務完了の旨を首都に戻って報告する義務がある。
本来なら辻馬車を拾って首都まで向かうつもりが、予定が滅茶苦茶だと愚痴っていた。
 
勇者「あーあ。それにしてもホント最悪。船を沈められるとか、もうね」

兵士「船に乗ってたのか? あの真っ二つにされた定期船に?」

勇者「そうよ。乗客も船員も、脱出する間もなく海の藻屑だったわね」

兵士「そんな」

勇者「で、仕方ないから泳いできたの。邪魔だから鎧も兜も捨てちゃった」
 
じわり、と冷たい汗が背筋を伝う。
客観的事実として描写し表現するなら、それはおそらく適切だ。
しかし、目の前の勇者は一般人の犠牲に心を痛めてさえいないのがひどく不可解だった。
 

 
勇者「まあ、魔物はこのバケガニ一匹だけだったから、ラッキーだったわね」

兵士「……ラッキーだった?」

気がついた時には、口が勝手に動いていた。
勇者の顔を見据え、小さな肩を掴んで詰め寄る。

たった数時間の間に、どれだけの人が理不尽に命を奪われたのか。
こんな誰も望まないような形で生を断たれることを容認するような物言いは許せなかった。

兵士「この惨状を見て、よくそんなことが言えるな!」

兵士「何人死んだと思ってる。どれだけの犠牲が出たと思ってる! それを……」

勇者「西の王国じゃ、バケガニが3匹投入されてたわよ」

瞳に苛立ちを募らせたのも一瞬、勇者はピシャリと言い放った。

予想していない現実に、思わず言葉に詰まってしまう。
こいつは何を言ってる? この魔物が3匹だって?
 

 
勇者「西の王国では王都攻略にバケガニが3匹。それに様々な種類の魔物が約1万匹」

勇者「王都に侵入する寸前のタイミングで接敵して、そのまま泥沼の戦いの幕開け」

勇者「ま、全体の戦力の1/3くらいを失った辺りで連中は撤退したけどね」

勇者「死者53721人。軍も戦力の大部分を喪失。加えて王都のシンボルである王宮も半壊」

勇者「それに比べりゃまだ全然被害は軽いわよ、ここ」

断定する口調と表情は、この世の何もかもを事物の構成単位として相対化し
あくまでもただの数値として扱う女のものだった。

ふと、俺を見据えるエメラルドの瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えた。
地の底の底まで通じるような深い穴。深淵を覗き込むような空恐ろしさ。

思わず身震いし、肩を掴む手の力が束の間弛む。
 

 
確かに、それはそれで理屈だ。
一方ではそう認めながら、それでも感情的な反発は抑えられない。
いや、この女の考え方だけは受け入れられない。俺は半ば確信めいたものを感じていた。

兵士「そ……そういう問題じゃないだろう! 大体、どんな……」

勇者「勘違いしてるようだから言ってあげる」

勇者「ぶっちゃけどうでもいいのよ。そんな情緒的なことは、あたしにとっては」

勇者「市民の犠牲がどれくらいか、何匹の魔物を屠ったか、そしてその総和と割合」

勇者「ただ、スコアとしての数値の多寡があるだけよ。あたしにはそれで十分だもの」

兵士「スコアだと……? ゲームでもやってるつもりか!?」

勇者「そうよ。決して負けることの許されないゲーム。それが勇者の戦いなの」

兵士「……!」

勇者「さしずめ、プレイヤーは国王陛下と魔王かしらね」
 

 
息を呑み、絶句し、そして理解した。
こいつは人倫を無視しているとか、頭がイカレてるとか、そんな次元にはいない。
考え方の根本からして俺と位相を異にしている。

勇者「ま、あたしが死んでも代わりは補充されるわよ。神様という名のゲームマスターにね」

一方的に押しかぶせるような声に突き飛ばされ、体がよろめくのを感じた。

もし、こいつが来る前に、俺が魔物に殺されていたらどうだったか。
こいつは何とも感じないだろう。当然だ。
俺や街の人々など、単一の尊重されるべき個ではなく、大多数を構成する一でしかない。
一人二人死んだところで心も痛まない。
路地に折り重なって倒れている死体に対し、一瞥をくれすらしたかどうか。

そしてそれは、おそらくこいつ自身でさえも例外ではない。

冷たい納得が胸に落ち、膝から力が抜けていくのが感じられた。
 

 
俺は兵士だ。殺しても殺されても文句は言えない立場の人間だ。
だけど、市井に生きる多くの人はそうじゃない。
そんな人々までも、そういう捉え方のできる人間ってのはなんなんだ。
  
こいつは、なんなんだ?

身体も頭も働かなくなり、何か考えようとすればするほど空回りしていく。
細い肩を掴んでいた手が無造作に払いのけられ、俺は混濁した思考のまま
踏み止まることができず、何歩か後ずさった。

勇者「ボーっとしてないで、さっさと案内して。勇者って忙しいもんなのよ」

冷たく硬化したように動かない俺の手に、勇者のものとわかる細く小さな指が触れ、
手首を掴まれたかと思うと強引に引っ張られた。
凍結した頭に電流が走り、もつれるように動いた足が、その場を離れる第一歩を踏み出した。

 
 
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄Z__________

 

  
あの後、勇者を臨時で設置された仮設司令本部に送り届けてからのことは、
正直よく覚えていない。

青ざめた顔をした同僚達がひっきりなしに出入りし、更なる魔物の攻撃を警戒しつつ
瓦礫の撤去や生存者の捜索を開始していた。
勇者と別れた後は俺もそのうちの一人になって、
あちこちを駆け回っていると、いつの間にか朝を迎えていた。

そして今日の朝早くから、歩哨に立ってすっかり様変わりした街を見回っている。
 
可能な限り人の出入りを制限したい軍関係者の思いとは裏腹に、
被災者の家族や首都の新聞屋は誰もが現地に入りたがっている。
街の入り口付近では、たむろする被災民の家族や記者団の喧噪で常ならぬ騒がしさだ。
時々、そこここで武装した兵士と口論を繰り広げているのが見える。

街の復興にはどのくらいの時間がかかるのだろう。
とても想像のできないくらい途方もない時間がかかるような気がして、目眩がした。
 
……あの勇者も、こんな光景を見てきたのだろうか。
 

  
勇者「あ、見つけた。あんたこんなところにいたのね」

ひどく軽々しい声音に横槍を入れられ、思考を中断させられた。
振り返ると、あの時見たエメラルド色の瞳を再び視界の内に収めることになった。

昨日は着けていなかったはずの鎧は、軍の支給品を貰い受けたのだろう。
俺が着こんでいるのと同じもののはずだが、勇者自身が小柄なせいか
パッと見の印象はかなり違う。

勇者は俺の姿を認めると、早足でこちらに歩み寄る。
彼女が歩くのに合わせて、赤みがかった髪が、ふわりと波打った。
 

 
一方、俺は正直こいつには会いたくなかった。
できれば、さっさと街を去って欲しいとさえ思っていたくらいだ。
理由は説明するまでもない。

兵士「……何の用だ。首都に行くんじゃないのかよ」

もう既に出発したと思っていたから、再びこいつの顔を見た時は
虚を突かれた思いだった。

勇者「当たり前じゃない。だからあんたを探してたのよ」

兵士「はぁ?」

勇者「はい、これ持って」

無遠慮な所作で渡されたのは、重い道具袋だった。
ずしりと両腕にかかった重みにたたらを踏み、慌てて踏ん張ってバランスを取り、
平静を装って訊く。
 

  
兵士「何だよこれ。何でこんなもん持たせられるんだ」

勇者「あんた、荷物持ちね」

兵士「何の冗談だ」

勇者「昨日の事件のせいで、営業中の辻馬車なんかないのよ」

勇者「だからこれから徒歩で首都まで行くの。あんた、あたしに付き合いなさい」

兵士「ふざけんな」

道具袋を放り出してやろうとすると、すっと伸びてきた勇者の腕に胸倉を掴まれる。
見た目からは想像もできない膂力でもって、一瞬よろけた身体が瞬時に引きずり上げられた。
 

 
勇者「隊長には言っておいたわよ。首都まで同道させるから、兵士を一人借りるって」

兵士「そういうことじゃなくて……何で俺なんだよ」

勇者「あんたとあたしが顔見知りだから。以上」

いきなり突き放され、俺は尻餅をついた。
硬い地面の感触が尻から頭の芯まで突き通り、喉まで出かかった文句が声にならなかった。

勇者「さっさと支度しなさい。あんたみたいな木っ端軍人の言い分は聞いてられないから」

それだけ言うと、勇者は立ち去る足を踏み出した。
勇者の背中を見送ったのも束の間、急いで立ち上がる。

一体なんの魂胆があって、そんな無茶苦茶を言いやがる。

一発怒鳴りつけてやろうと踏み出した足が路面の瓦礫に躓いて、無様につんのめる羽目になった。
 

ちょっとやる夫のAAを貼ろうと思ったけど目当てのものが見つからない件

このSSの方向性をハードボイルドファンタジー(笑)にするかハーレムもののラブコメにするか
それが問題だ……

ぶっちゃけ向こうのスレもハードボイルドファンタジー(笑)のつもりでいるので、
こっちのスレをどうするかというのを悩んでました。
やはりハードボイルド(笑)ですかね。

主人公の兵士もまあ大概に若造なので、ヘタレというか情けない奴になる可能性はなくはないです。

 
港街を出て数時間。

被災地の港街では立ち昇る噴煙が空に滲み、太陽光を遮っていたが、
大陸の中心へ向かって歩いていくにつれ、快晴の空がどこまでも広がっていく。

首都まではそれなりの距離があるが、海岸沿いに歩けば平坦な行程だ。
魔物が出るとしても大した奴はいない。

しかし、俺の心中は決して穏やかではなかった。

この小旅行程度の道程を殊更面白くない気分にさせるのは、わざわざ説明するまでもない。
俺の目の前を歩く勇者様がその元凶である。
 

 
生きる世界の違う人間だ、と思う。

今思い返せば、勇者が自分の戦いは負けることの許されないゲームであると言う際、
その口調には道理のわからない子供に言って聞かせるような、無知への呆れを含んでいた。
内心バカな奴だと思っていたのだろう。
俺からすればお前の垂れた講釈こそクソくらえだ。

けれどその声音には断定を真実と聞かせてしまう、いっそ魔法じみたものがあった。

言うは易しの話ではあっても、その冷静でありすぎるくらいに淡々とした声は
何者を前にしても揺らぐことのないように思えた。
 

 
情実に動かされることなく、常に結論と対処だけを求め、
過程に横たわるものは全て切り捨てる。

そういう類の人間なのだろうと理解してみると、
多少はあった下心や感傷的な気分はすっかり溶けて流れてしまった。
我ながら卑しい考えだと思うが、腹立たしいことに、
こいつは見てくれだけはそこそこ以上に可愛い。

勇者「なにジロジロ見てんの。ひょっとしてあたしに見惚れちゃった?」
 

 
前を向いたまま投げつけられた声音に、思わず身を硬くしたのも束の間、
こいつにはナメられたくないという妙な意地が働いて、憮然として言い返した。

兵士「誰がお前の後ろ姿なんか注視するもんか。景色を見てたんだよ」

勇者「ふーん」

さして興味もないようで、勇者はそれ以上その話題に言及することはなかった。

勇者の背中から視線を逸らすと、思い思いに枝を伸ばす沿道の木々が見えた。
温暖な気候と緩やかに流れる川に育まれ、瑞々しい花々や緑が
陽光の下でさんざめいていた。
 

 
     ※

「そんな技で俺がやられ「必殺、勇者ブレイザー!」クマー」

襲いかかって来たグリズリーを一撃のもとに斬り倒し、剣を鞘に納める。
勇者にかかれば、魔物を斃すことなど赤子の手を捻るように容易く、呆気ない。
港街を蹂躙しつくしたバケガニでさえ、一撃で斃す。

人知を超えた力だ。目の当たりにすれば、そう結論せざるを得ない。

兵士「……神の加護ってやつか」

勇者「そうよ。神様から与えられた力を振るい、戦乱の世を鎮護する。それが勇者なの」

そして、彼女という人間を規定する事柄でもあるというわけだ。
国家の防人たれ。
俺がこの言葉で、自己の在り様を規定しているのと同じように。
 

 
兵士「だけど、妙な話だ」

勇者「何がー?」

兵士「神様ってのは全知全能の存在なんだろ。教会でもそう言ってる」

勇者「ふんふん、それで?」

兵士「じゃあ、全知全能であるところの神様は、どうして勇者なんかこの世に生み出すんだ」

勇者「何それ。あたしの存在そのものが気に食わないってこと?」

兵士「違う。いや、合ってるけど」
 

 
全てを知り、全てを成す。
神がそんな存在ならば、自分の手で魔物を始末すればいいのだ。
何も勇者など生み出して戦わせる必要などないはず。

魔物の跳梁を許し、人々の嘆きを看過するなら、それは全知全能でも何でもない。

なんのことはない。正直に言って、俺は神を疑っているのだ。

勇者「あんたみたいな凡人は大体そういう考えに至るのよねー」

兵士「何だと」

勇者「褒めてんのよ」

兵士「そうは聞こえなかったぞ」

勇者「そういうニュアンスだったの」

兵士「嘘つけ」
 

 
勇者「あんたの考えもわからないではないわ。実際、その通りだもの」

兵士「神は全知全能ではない、ってことか」

勇者「というより、魔王の方が神の力を上回りつつあるって感じ」

兵士「それって、ヤバいんじゃないのか」

勇者「そうよ。だから、神の持つ力が人間に与えられる」

人間は可能性によって育まれる未知の力を内包している。
その上限は計り知れない。ゆえに、神をも超える力を備え得る。
だから人間という種において勇者は生まれ出でる。
いずれ秘めたる可能性の力が開花し、魔王を凌駕することを神は知っている。

勇者の話をまとめると、そんな感じだ。
 

 
勇者「で、あたしがある一定のレベルまで力をつければ、神の力が段階的に解放されてくの」

兵士「どうしてそんな回りくどいことをする必要があるんだ?」

勇者「学校の算術の授業もキチンと順を追ってやってたでしょ? つまりそういうこと」

どんな強い力でも、その適切な使い方や効率的な運用方法を
覚えていかなければ使いこなせないということか。

勇者「あんた、意外とバカじゃないのね。助かるわ」

つまりバカだと思っていたらしい勇者の声音が胸に突き立つ。
余計な御世話だと内心で毒づくが、勇者は俺の顔色を無視して話を続けた。

勇者「あんたの言う通り、力を段階的に解放するのは勇者の身を守るためよ」
 

 
勇者「レベル1のあたしがさっきの技なんか使ったら、魔力が暴走して黒コゲになってるわよ」

炭の柱の一丁上がりね、と唇の端を吊り上げながら勇者は言った。
冗談にしても性質が悪く、そしてこいつは冗談のつもりで言っていない。

しかし、魔法使いの修行をしたことのある身にはわかる話だった。

バケガニを倒した技といい、治癒というより再生に近い回復呪文といい、
魔力制御を誤れば痛い目を見るでは済まないのは明白だ。
ただ力があるだけでなく、それを使いこなすだけの技量も勇者は確かに備えている。

今日何度目かわからない溜め息が漏れ、改めて勇者の立ち位置の遠さを再確認する。

畢竟、彼女の言う通り、勇者というのは俺の理解を超越した存在だというわけだ。
 

 
荷物袋の重さに凝った首に手をやりつつ、エメラルド色の双眸から視線を逸らし
勇者の背後に横たわるグリズリーの死骸を見やった。

こいつも不運な奴だ。
自分が衝動のままに襲いかかった相手が、人類最強の女だと知る由もないまま、
一撃のもとに斬り伏せられたのだから。
とはいえ、相手は魔物だ。同情的な気分にもならず、結局は自業自得だと結論する。

兵士「……ん?」

しかし、その刹那。
グリズリーの丸太のような腕がぴくりと動いたと思うと、グリズリーは息を吹き返し
2メートルになんなんとする巨体を立ち上がらせた。
 

 
思う間もなく、俺は荷物袋を放り出して地面を蹴る。
勇者の小柄な体を押しのけ、くぐもった雄叫びと共に襲いかかる巨体の前に
我が身を割り込ませると、グリズリーの灰色の毛皮が視界の全部を埋めた。

腰に帯びた鋼の剣を引き抜き、そのまま上段へ斬り上げる。
鈍色の刀身がグリズリーの喉元へと吸い込まれ、
俺の剣とすれ違いざまに振り下ろされた爪が肩口から脇腹までを切り裂いた。

傷口がぱっくりと裂け、冷たい、と知覚したのも一瞬、鮮血が迸り足元がぐらついた。
踏ん張ろうとした足がずるりと地面を滑り、次いで訪れた衝撃も遠い木霊となって拡散する。
倒れたのだという感覚さえ呼び起こすことはなかった。

視界が急速に薄暗くなってゆき、暗闇の凝集するままに俺は意識を遠のかせていった。
 

 
     ※

ぱちぱちと火の爆ぜる音が聞こえた。
身体に当たる熱を感じ、ゆっくりと目を開ける。

満天の星が天蓋のように空を埋め尽くしている。
横たわったまま首だけ動かしてみると、傍らでは地面に座り込んだ勇者が
火を焚いていて、地面に伸びる影がゆらゆらと揺れていた。

夢うつつの気分でいると、いつからかこちらを見ていた勇者と目が合った。

咄嗟に身を起こそうとして、毛布が掛けられていたことに気づく。
硬い地べたに寝かされていたせいかは全身の筋肉が強張りきっていたが、
身体の傷は跡形もない。まるで悪い夢でも見ていたかのように。
 

 
勇者「前言撤回。あんた、やっぱりバカね」

開口一番の台詞は、やはり可愛げのかけらもない。
しかし、俺を治療したのも、道具袋から毛布を出してかけてくれたのも
目の前で座り込んでいるこいつだ。

俺は昨日と今日の二度にわたって、二日連続で命を助けられたというわけだ。

兵士「……回復呪文で治してくれたんだな。ありがとう」

勇者「あんたはあたしの荷物持ち。それ以上のことは期待してないわよ。このバカ」
 

 
突き刺すような声音を耳にするたび、痛みを伴うような錯覚を覚える。

確かにバカな行動だった。
こいつなら魔物の不意打ちくらい自分でなんとかしただろうに、
自分でも判然としない衝動に押されて、ただ闇雲に剣を抜いた。

挙句、刺し違えるような形になって深手を負った。

勇者がいなければ死んでいたかもしれない。
そこまで思い至ると、今更立ち上ってきた悪寒に身を震わせた。
 

  
勇者「ホント有り得ないバカね。余計な御世話の挙句に死にかけるとか」

兵士「……悪い」

勇者「まあ、別にあんたが死んでも大した損失じゃないんだけど?」

そう付け加え、勇者はごろんと横になった。
不意に吹き抜ける風が、周囲の木々と背の低い草を揺らした。

勇者「死んでも構わないけど、死ねとは言ってないのよ。気分悪いじゃない」

俺の顔を見ることなく、勇者は言った。不機嫌そうな眼差しを空の星々に注いだまま。
何か言うべきだと感じはしたが、言葉が胸につかえて、声にならなかった。

そうこうしているうちに疲労と睡魔が襲いかかってきて、俺は再び眠りの底に落ちていった。
 

勇者
破壊力:A(A) スピード:A    射程距離:C
持続力:A    精密動作性:A   成長性:A
生活力:E

 
 
兵士

破壊力:C    スピード:C    射程距離:D
持続力:C    精密動作性:D   成長性:B
男らしさ:未知数

 
 

   ∩___∩
   | ノ      ヽ
  /  ●   ● |   RPGのレベル制にもっともらしい理屈をつけるのを面白がってるとか

  |    ( _●_)  ミ  救い難い厨二病作者だクマー
 彡、   |∪|  、`\
/ __  ヽノ /´>  )
(___)   / (_/
 |       /
 |  /\ \

 | /    )  )
 ∪    (  \
       \_)

     ∩___∩
     | ノ      ヽ
    /⌒) ●   ● |   断続的に続く余震に作者もビビってるクマー
   / /   ( _●_)  ミ   地震酔いで気分が悪くて眠れないとか言ってるクマー
  .(  ヽ  |∪|  、\

   \    ヽノ /´>  )   できれば土曜日のうちにまた投下したいと思っています
    /      / (_/    あまり期待せずにお待ちください
   / /⌒ヽ  ⌒ヽ

   (     )    )
( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄)
 ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| 地震情報:http://ex14.vip2ch.com/earthquake/

 
数時間の間俺が気を失っていたせいで当初の予定はだいぶずれ込んでいて、
結局、首都に到着したのは翌日の夕方になってからだった。

朝を迎えてからこっち、俺と勇者は必要最低限の会話以外は殆んど口を聞いていない。
あちらからすれば積極的に俺に話しかける理由というのもなく、
俺はといえば、勇者に無用の世話をかけたという負い目があるため
なんとはなしに気まずい思いがあったからだ。

勇者は振り返らず、一定のペースで黙々と歩き続けている。
荷物袋を背負った身体を若干前のめりにしながら、俺も無言で足を動かす。

その間、こいつはなんなんだろう、という幾度目かの問いを繰り返していた。
 

 
死んでも構わない。けれど死ねとは言わない。
そう言った彼女に対する認識を、多少は改めるべきだと思った。

明確な指向性を保ちながら、ただ冷徹なだけの人間ではない。
でなければわざわざ俺を助ける理由がない。
気分が悪い、とも言ったが、それは目の前で人が死ぬのを嫌だと感じる
当たり前の感性が、勇者の中に根付いていることに他ならない。

しかし、単にポーズとして偽悪的に振る舞っているわけでもない。
あいつはあいつなりのロジックがあって、それに従って生きている。

何をどう判断したらいいのかわからず、迂闊に勇者に立ち入ることが
ただ躊躇われ、俺は沈黙せざるを得なかった。
 

 
     ※
 
付かず離れずの背中を視界に捉え続けて数時間。

白熱する太陽がいつしかみかん色に色づき、山の向こうに半ば姿を隠す刻限、
目の前に首都をぐるりと囲む防壁が見えてきた。

東西南北の街の出入り口には、王国軍の制式装備である鎧と兜、それに鋼の剣、
加えて折り畳み式のバリケードで武装した衛兵が立っている。
元々は俺も首都に住んでいたのでわかるのだが、確かに出入り口や街の要所に
衛兵が配置されてはいたものの、これほど物々しくはなかった。
魔王軍による西の王国への攻撃、そして先日の港街への侵攻を受けて
警備が強化されているのだろう。

元々首都に住んでいたこともあり、首都に訪れたことにさほどの感慨もない。
それは勇者も同様で、検問を受けている間も表情の変化は見て取れなかった。
 

 
首都は王城を中心に、チェス盤のようにキッチリと区画整備されている。
更に言えば王城より背の高い建築物は首都には存在しない。
だから、街の中心にそびえ立つ王城は遠くからでもよく目立つ。

夕陽を浴びて赤く輝く王城の頂は、周囲の建物とは色も質感も異なる。
横に長い六階建ての城は周囲を四つの尖塔で取り囲まれ、それぞれが
城壁を兼ねた廊下で繋がっている構造になっている。
選りすぐられた職人によって設計された王城全体を、魔法によって強化することで、
壮麗な国家の象徴と堅牢な要塞という二つの顔を持たせているのだ。

世界に遍くばら撒かれた魔王の魔力によって一部の動植物が魔物と化したことで、
それに伴う生態系の変化と環境破壊が取り沙汰されて久しい。
評議会は首都の遷都を国王陛下に提案しており、首都機能の移転に何年かかるのか、
どれほどの財源が必要なのかという試算を現在行っているところだという。
  

 
西の王国の王都が戦火に巻き込まれ、壊滅にまで追い込まれたとあっては
陛下も元老院の提言を無碍にはできまい。
遷都の話も実体のない噂話から現実のものになるかもしれない。

しかし、首都にあるのは王城とそれに付随する軍関係の施設だけでは当然ない。

高級ホテルがあれば、軍に卸す武器や防具を取り扱う業者もあり、
通りを埋め尽くす歓楽街もある。国営工場が集められた区画も存在する。
首都に住む人々がいるのだから住宅地もあるし、学校や病院も必要になる。

政治経済の中枢機能が集積しているからこその首都であり、それをどこか
別の場所に移そうというのは一朝一夕にできる話ではない。
 

 
首都入りしてからまたしばらく歩く。
目抜き通りを通りすぎると、武器や防具の店、高級ホテル、小洒落たカフェなどの
商店は後方に遠ざかり、武骨で堅牢そうな庁舎や軍の施設が目につくようになる。

そして、広大な敷地に建つ差し渡し200メートルはありそうな王城の前で、
勇者は立ち止まってこっちを振り返った。
しばらくぶりに注視するエメラルド色の瞳は、相変わらず宝石のような煌きを内包している。

勇者「ここでいいわ。それ、返して」

兵士「あ、ああ」

促され、背負った荷物袋を勇者に渡す。
 

 
勇者「あたしはこれから陛下に謁見してくるわ。港街の件も含めて報告してくる」

兵士「……そうか」

勇者「あんたは帰っていいわよ。ここから先には必要ないし」

必要ない、という言葉が予想外の痛みを伴って胸に刺さる。
居た堪れない視線を逸らす俺に構わず、勇者は続けた。

勇者「いつまでも気にするのはやめなさいよ。鬱陶しいから」
 

 
兵士「な……」

勇者「あたしは別に気にしてないから、あんたもそうしなさい」

見透かされている。そう思ったのも束の間、すかさず勇者が遮る口を開く。
何を言われたのか一瞬把握しきれず、綺麗に掃き清められた石畳に視線を落とす。
そしてもう一度、何もかもを見通しているような目と共に鋭い声が向けられる。

勇者「長生きしたかったらこれからは自重することね」

自重も何もない、と思う。あれは選択でも判断でもなかったのだから。
ただ勇者を、目の前の女を守ろうとする衝動があっただけで、あの瞬間に
理性的な判断を働かせる余地などなかった。

そう、ただ守ろうと思っただけなのだ。
 

 
勇者「……ふーん。あんた、やっぱりバカなのね」

兵士「ああ、どうせ俺はバカだよ」

勇者「行動がバカなのもさることながら、そうやって考えを止めるのがバカなのよ」

勇者は荷物袋に手を入れ、何か小さなものを取りだした。
それは銀製の腕輪だった。表面には複雑に絡み合う植物の蔦のレリーフが施され、
それらの収斂する先には一輪の花を象った飾りがついている。

勇者は俺の左手を掴むと、有無を言わさず手首にその腕輪を装着した。

腕輪は美麗な装飾が施された見かけに反して甚だ硬質で、不朽の剛性を感じさせる。
よく見ると、銀の花弁に囲まれた、雌蕊にあたる飾りの中心部には、
神聖な輝きを宿す宝玉が嵌め込まれていた。
 

 
兵士「おい、なんだよこれ」

勇者「それあげるわ。大事にしなさいよ」

兵士「マジックアイテムか? どういう代物なんだ」

勇者「いいから。黙って着けときなさい」

押しかぶせるように言った勇者は、「でないと死ぬわよ」と小さく付け加えた。
何を暗喩するでもない、言ったままの意味だ。淡々と事実を告げる声に、
俺はそうなのだろうと受け取った。
 

 
勇者「じゃあね。もう会うこともないだろうけど、元気で」

物も言葉も、押しつけるだけ押しつけたら、あとはこちらを意識の外にして
勇者は王城へ歩いて行ってしまった。
俺は引きとめるべきだという直感したが、この場に相応しい言葉を
乏しいボキャブラリーの中から適切に選び取ることができず、
結局そのまま彼女の背中を見送るだけになった。

その場に取り残された俺は、半分夜になりかけた藍青色の空を振り仰ぎ、
左手首に巻かれた腕輪のやけに冷たい金属の感触を確かめていた。
 

 
     ※
 
どこかで犬が鳴き、吹き抜ける風の音がそれをかき消した。
目抜き通りを突っ切って、俺が目指すのは辻馬車の営業所だった。

首都の夜は遅い。午後6時を過ぎても、まだまだ街は賑わっている。
あちこちに設置された街灯のおかげで明りも確保され、街の様相は明るいものだ。
大衆向きの食堂からは食器の擦れる音と客の談笑する声が漏れ、
通りの中ほどにある劇場では流行りの歌劇の公演時間が迫っていた。

俺はどこか捨て鉢な気分で、歓楽街を黙々と歩いていた。
もう会うこともない。
確かに、俺と勇者は顔見知りというだけで、決して仲良しじゃない。
わざわざ会いに来たりもしないだろうし、俺もあいつを探したりしないだろう。
 

 
それを寂しいと思うのは、こんな短い期間であいつに情が湧いたからか。
我ながら単純だと自嘲しながら踏み出す足は止まらず、煉瓦造りの家並みが
視界を流れて行きすぎるのをぼんやりと知覚していた。

そうしていると、不意に俺の脇を黒衣の人物がすれ違った。

闇色の外套を着込み、フードを目深に下ろしていた。
背は高くない。唯一晒されている口元とフードの脇から伸びる長い銀色の髪から、
どうやら女性であるらしいと知れた。
黒衣の人物は俺と逆方向、つまり王城へ向かってまっすぐ歩いていた。
俺は思わず立ち止り、遠ざかる後ろ姿を注視する。

ふと、彼女の姿に違和感を感じた。
 

 
彼女の着込んでいる闇色の衣の表面には、見覚えのある文字――
魔法のルーンが刻まれていたのだ。

魔法使いの修行をしたことのある俺にはわかった。
あのルーンは己の姿を闇に紛れさせる暗殺者のためのルーンだ。
強力な魔法耐性をも付与するものだが、その性質上、一般には流通しない。
現存数も少ないはずの魔法の黒衣を、何故身につけている?

違和感はまだある。

彼女は王城へと向かっているが、こんな時間に王城に行く用事がある人物には見えない。
時刻は午後6時をとうに回っており、王への謁見の時間は既に終わっている。
城門の前に立哨する衛兵に門前払いを喰らうのがオチだ。
 

 
兵士(勇者は別だ。あいつはこの王国で唯一、そういう特例を認められる存在だろう)

もちろん、勇者にも軍関係者にも見えないし、宮仕えの人間はあんな格好はしない。

背中越しの視線に気づいたのか、10メートル近く離れたところで
黒衣の人物はちらと俺の方を振り向き、にやりと口元を歪めてみせた。

言い知れぬ殺気を漂わす笑みを目にした途端、ぞくりと悪寒が走った。
心臓を鷲掴みにされたような思いで、フードの下の薄闇に隠れた顔を見つめる。

数秒か、数十秒か、それとも数分か?
幾許かの時を、目の前の人物を注視することに費やした後、黒衣の人物は
悠然とその場を立ち去った。

人波にまぎれて見えなくなった黒衣の人物を追うべく足を踏み出したのは、
たっぷり十秒は経ってからだった。
 

      ∩___∩
    / ノ `──''ヽ マジかよ

    /      /   |         ∩___∩ 作者的にはラブコメにもシフトできるように書いてるんだって
   /      (・)   |       /       ヽ
__|        ヽ(_●       | ●   ●   |
   \        |Д|       | ( _●_)     ミ
     彡'-,,,,___ヽノ   ,,-''"彡 |∪| __/`''--、
  )     |@      |ヽ/     ヽノ ̄       ヽ
  |      |     ノ / ⊂)            メ  ヽ_,,,---
  |     .|@    | |_ノ  ,へ        / ヽ    ヽノ ̄
  |     |_   / /  | /  |        |  ヽ_,,-''"
__|_    \\,,-'"\__/  /     ,────''''''''''''''"""""""

    ~フ⌒ ̄ ̄  ~ヽ ヽ   ̄ ̄"""'''''''--、""''''---,,,,,,__
    /       ̄''、|ノ           )ヽ
___/       ̄ ̄)           / |___




兵士が思ってたより理屈っぽいというかめんどくさい奴になりつつありますね
主人公なのに……

 
     ※

夕陽が遠い山々の稜線に隠れると、あっという間に夜闇の帳が下りた。

しかし被害状況の確認や救援物資の投下作業の指示などで、夜が訪れても
王城の中にいる人々は慌ただしく動いている。

兵士の推察した通り、勇者は既に国王への謁見と任務完了の報告を済ませていた。
今夜は王城の一室を借り受け、一泊した後に別の任務に当たる予定だ。
今、勇者の華奢な身体を包むのは、王国軍の制式装備である武骨な鉄の鎧ではなく
絹糸で織られた上品なローブである。

勇者は国王からの勅命を与えられて行動する存在である。
それゆえ、王城へはほぼ顔パスで通れるし、現場の判断で必要と感じるなら
勇者の要請には最大限の便宜が図られる。
個人に与えられる裁量権限の大きさとしては異例であるが、魔王軍との戦争によって
王国の軍機構が疲弊しているからこそ容認されているという側面がある。
 

 
戦乱の世だからこそ生きていられる。
勇者というのはそういう存在なのだ。

神から遣わされた救世主と言えば聞こえはいいが、所詮は火消しにすぎないし、
戦乱の世を鎮護し平和が訪れれば、遠からず人々から疎まれ排斥される。
あるいは、この王城で生きた外交カードとして飼い殺しにされるか。
魔王を斃した後の展望があるとすれば、そのような未来予測があるくらいだ。

それも無理からぬことではある。
魔王を斃して、はいご苦労様と市井に放り出すには、勇者という一個人の持つ力は
あまりにも桁外れだ。その事実は勇者自身がよく承知している。

畢竟、人間の可能性に託された力は、人間の手には余る代物だったということだ。

しかし、と、勇者は思考を継続する。

勇者「きっと、これは全て善意から発したこと。人の世を憂う神の善意が」
 

 
自らを凌駕する力を身につけつつある魔王に、敢えて立ち向かおうとするのも、
神が地上に生きる人々を守ろうとする善意から発した行動だろう。
そして自分の力を人間に分け与え、勇者を生み出すのも善意。

翻って、勇者の強すぎる力を恐れ疎み、排斥しようとするのも、
自分や周囲の人々を危険から遠ざけようとするからだろう。
それも、この地上で生きる人間なら誰しもが持つ善意に違いない。

自分達の国を豊かにし、子供達によりよい未来を譲り渡そうとするのも善意だ。
勇者という、魔王に匹敵する武力を囲い込んでおこうというのも、
様々な思惑の上にある行動ではあるだろうが、根底にあるのは同じく善意。

そして、自分の命を顧みず、見も知らぬ他人を救おうとするのも、また善意なのだ。
 

 
そう理解した時、勇者の中で、人々の善意というものがどこかうそ寒く感じられた。

全ては他者を思いやり、慈しみ、尽くそうとする心から発した。
結果、その世界中の善意を全て背負いこんだような存在である自分は、
苦悩も逡巡も呵責も、何もかもを彼岸に追いやって、予定された破滅に向かっている。

ひどく歪んだ存在だ。そんな知覚が首をもたげて、勇者は自嘲した。

勇者「実際、どこか歪なのよね。勇者って」

勇者にとって善意とはエゴと同義であり、純粋な善意ほど全体を顧みないものだ。
誰もそれを正そうとしない。正す必要があるとすら思わない。

勇者「どこかで折り合いをつけていかないと、やってられないわよね」

理解と諦念のうちにそれをした勇者は、自身も当たり前に持っているはずの
善意というものを、一歩引いた目線から見つめていた。
 

 
ふう、と息を吐き、勇者は部屋の窓を開け放った。
冷たい夜気が流れ込んできて、熱っぽくなった頭を冷やしてくれるのを期待したが、
思ったほどの効果は得られなかった。

もういい。さっさと寝てしまおうと思い、窓を閉めようとした時だった。

勇者「――!」

勇者の全身から血の気が引いた。
小さな肩がぴくりと強張り、エメラルド色の瞳がわずかに見開かれる。

夜の風に混じる気配――感じたことのある、鮮烈な悪意。

まさか。いや、しかし、間違いない。

一瞬のうちに確信を得た勇者は、その身を包むローブを脱ぎ捨て、
ベッドの脇に置かれている自分の装備一式に手を伸ばした。
 

   ∩____∩

   | ノ ノ   \ヽ
   /  ●   ● |   短いけど今回はここまでだクマー
   ミ   ( _●_) ミ
  -(___.)─(__)─   基本は兵士視点だけど、たまに勇者とか別キャラ視点で描写するクマー
 

 
     ※
 
歩き去った黒衣の人物を探しながら、人波に割り込みながら走った。

目抜き通りを抜けると、眼前に広大な空間が現れた。
先刻勇者と別れた城門前広場だ。

広場の中央に鎮座する大きな噴水、そこここに配置されたベンチ、
ぼんやりとした明りを振りまく街灯、店仕舞いを始めた露天商などを視界に入れつつ、
広場全体をぐるりと見渡す。

いた。

俺からは噴水を挟んで対面に当たる位置、城門に続く石段をゆっくりと登る黒衣の人物。
夜の帳が下り、薄闇が首都全体を包み込む中、そこだけ闇が濃くなっているように見えた。

兵士「待て!」
 

 
ありったけの声で、叫ぶ。黒衣の人物は立ち止まり、ゆったりと振り返った。
ふわりとフードが風を孕んで膨らみ、隠されていた目元が束の間垣間見える。
ぞくりとするほど紅い、血の色をした瞳が、不気味な光を放っていた。

兵士然とした男が大声を張り上げたので、周囲の通行人が何事かとざわついているが、
俺は構わず、そのまま早足で歩いていく。

兵士「貴様、こんな時間に王城に何の用だ。所属と姓名を名乗れ」

仕事用の硬い声音で高圧的に問う。軍に入隊すると、こういうのも自然と身についてくる。

一方、黒衣の人物は身じろぎひとつせず、ただその場に立っている。
その姿には作り物めいた違和感を禁じえなかった。
露わになっている口元の透き通るような肌の白さも、薄紅色の唇も、長い銀色の髪も。
 

 
兵士「聞こえないのか。貴様の所属と姓名を……」

??「去ね」

肌が音を立てて粟立つ。ざわりと背中を撫でた悪寒に目を見開いた。
我知らず盾を構えるように左腕を前面に突き出した刹那、凶暴な光が爆ぜるのを見た。

視界を埋め尽くす真っ白な光の乱舞が全身を照らす。
爆風にも似た衝撃波に押しひしげられた身体がふわと浮き上がり、後方へ弾き飛ばされた。

吹き飛ばされた、と知覚した時、凄まじい衝撃が背中に走り、全身を冷たいものに
まとわりつかれるのを感じた。噴水に落ちたのだ。
広場の中央に位置する石造りの泉は決して深くはないため、衝撃を完全に
吸収してくれるものではなかったが、石畳に直接叩きつけられるよりはマシだったろう。
 

 
ずぶ濡れの身体をなんとか引き起こし、事態を把握しきれぬまま噴水から這い出す。

視線を左右に動かすと、左手首に装備した腕輪に異変が起きていた。
銀の花の中心に嵌め込まれた宝玉が淡い輝きを放ち、薄紫色の半透明の花弁が広がって、
直径40センチに及ぶ巨大な光の花を咲かせているのだ。

兵士(……花? いや、違う。これは盾だ)

瞬時に理解した。
勇者に押しつけられた腕輪は、魔力を圧縮状態に保持して花弁の形に形成し、
魔法攻撃を偏向させるバリアを作り出すマジックアイテムだったのだ。

??「ん……? おかしいなぁ。塵も残さぬつもりだったが、生きているではないか」
 

 
黒衣の人物の手には、未だ魔力が滞留し渦を巻いている。
あれだけの高密度の魔力でもって放たれた魔法が直撃していたら、奴の言葉通り
俺は塵も残さずに消えていただろう。

噴水に落ちた寒さだけではなく、またしても間近に迫った死の感覚に膝が笑い出す。
落ち着け。感情を発露している場合じゃない。速やかに状況を把握して行動しろ。

周囲では黒衣の人物の凶行を目撃した市民が誰ともなく悲鳴を上げて、
蜘蛛の子を散らすように逃げていき、騒ぎを聞きつけて王城と城下町の両方から
警備兵達が駆けつけてきていた。
しかし、黒衣の人物は泰然として構えている。

??「その腕輪……花の盾か。我が眷属に貸し与えたはずだが、何故貴様が持っている」

どうやら花の盾という名前らしい腕輪を一瞥し、黒衣の人物が呟く。
 

 
兵士「俺が知るかよ。そんなことは勇者に聞いてくれ」

??「勇者か。我が未来視に誤りなくば王城にいるはずだが……ふむ」

殆んど間をおかず、黒衣の人物が言う。思っていたより甘く、幼い声音だった。

身じろぎもせずにこちらに視線を注いでいた黒衣の人物は、不意に顔を伏せ、
肩を揺すって笑い始めた。
笑いの波は次第に大きくなり、ついには夜空を仰いでの哄笑が広場に響き渡った。
駆けつけてきた兵士達の間に戸惑いが伝播する中、黒衣の人物はさも愉快そうに言った。

??「期待通りの性根の持ち主だ。つくづく済度しがたき女よ」

血の色をした瞳の奥に、仄暗い殺気を孕んだ光が閃く。
その目はもう笑っていない。内奥に宿る光に黒衣の人物の本質を垣間見たような気がした。
 

 
俺は盾の左腕を前面に突き出し、鋼の剣を引き抜いた。
魔法攻撃を防げるなら無闇に動き回る必要はない。相手の動きをよく見て対応すればいい。
見たところ奴は魔法使いタイプだ。接近戦ならこちらに分があるはず。

そうしている間にも、武装した兵士達が黒衣の人物を包囲していく。
兵士達は皆、剣技と魔法の両方に習熟した魔法戦士だ。

首都の防衛は国家の中枢を守ることであり、王国の威信をかけた仕事だ。
そして、国中から選りすぐられたエリートがその任に就く。
魔法の才能に乏しかった俺とは違い、どいつもこいつも優秀な奴ばかりだ。

しかし、目の前の黒衣の人物はそれ以上に普通じゃない。
 

 
兵士「気をつけろ! そいつは只者じゃ……」

声を張り上げた刹那、黒衣の人物の周囲に金赤色の炎が噴き上がった。
黒衣の人物を取り囲む内の誰かが攻撃呪文を使ったのだ。
それをきっかけにして次々と攻撃呪文が炸裂していく。

黒衣の人物に向けて、首都を守護する魔法戦士達は狂ったように魔法を撃ち込み続ける。
火球、閃光、爆発、凍風、暴風、電撃――攻撃呪文の見本市のような光景に、
思わず呆気に取られてしまう。

だが――

??「……手品は終わりか?」

十数回にも及んで炸裂した魔法がようやく収まり、爆煙が風に吹き散らされると、
ボロボロに焦げ付いた黒衣を身体に纏わりつかせながらも、黒衣の人物は
顔色ひとつ変えずに全員の視線の交差する先に立っていた。
 

 
兵士達のどよめきが折り重なり、動揺の波紋が広がっていく。
ぞっとした心中を押し隠そうとしながらも、仲間同士で顔を見合わせて
じりじりと後ずさりしていく。

眼前で屹立する黒衣の人物は、襤褸布同然になった魔法の黒衣を無造作に脱ぎ去った。
黒衣の下から露わになったのは、腰まで届く銀髪を風になびかせ、紅い瞳に
ぬらりと閃く光を湛えさせた少女だった。

すらりと均整のとれた体躯は華奢でありながら堂々としており、それを包み込むのは
夜闇を凝集してもなお暗いと思えるような黒光りする金属で造られた鎧だった。
あれだけの攻撃呪文を受けて、魔法攻撃に耐性を持つ黒衣が焼け焦げて
ボロボロになったにも関わらず、漆黒の装甲には傷一つない。

少女はどこか高貴な印象を与えもする一方で、ただそこにあるだけで、
周囲の空気を振動させるような禍々しさを放っていた。
 

 
??「我が身に掠り傷ひとつ負わすことすらままならぬか……所詮はヒトの業よ」

??「もうよい。貴様らでは余興にもならん」

傲岸で無慈悲な宣告。ゆらりと持ち上げられた右腕から不可視の波動が放出され、
その場にいる全員が目を瞠った。

細身の少女の足元の影から、少女の身の丈よりも長い剣が、赤黒い妖気を放ちつつ
右手の動きに合わせてゆっくりと引き抜かれたのだ。

白銀の刀身には紅色に光る水晶がいくつも嵌め込まれ、夜闇に赤い光の筋を描く。
褐色の布が巻かれた柄は刀身ほどではないが相当に長く、全体のシルエットは
剣というより槍を想起させられる。
 

 
少女は長大な剣を重さなどないかのように軽々と振りかざす。

刀身に嵌め込まれた水晶が輝き、刀身から猛烈な冷気が吹き出した。
踏ん張っていなければ吹き飛ばされてしまいそうな、それほど強烈な冷たい風が
俺を含めた全員に襲いかかった。

花の盾の宝玉が鳴動し、再び光の花弁が広がっていく。
瞬時に展開されたバリアは凍てつく突風を弾き、俺と俺の近くにいた数名の兵士を
直撃から守るが、それでもなお服や鎧の端が凍っていく。

冷気を刀身に纏わせ、赤い燐光の尾を引きながら、少女が斬りかかってくる。
冷風で動きが鈍っている。かわせない、と判断し、振り下ろされた剣を盾で受け止める。
斬撃は予想以上に重く鋭く、俺の身体は振り抜いた勢いのまま弾き飛ばされた。
凍りついた地面に靴底を滑らせながら、なんとか転倒を避けて姿勢を立て直す。

痺れた腕に力を込め、俺は目の前の少女を硬く強張った顔で睨み据えた。
 

    ∩___∩   /)
    | ノ      ヽ  ( i )))
   /  ●   ● | / /    地の文をつけたことによって厨二度が加速していくのがわかるクマ

   |    ( _●_)  |ノ /
  彡、   |∪|    ,/    まあ作者は楽しがってるからそれでいいクマー
  /    ヽノ   /´

 
     ※
 
澄んだ金属音が響き、少女の剣と切り結んだ鋼の剣が根元から折れ砕ける。
返す刀で振り上げられた刀身に対し、咄嗟に『花』を前面に押し出して防御を試みる。
半透明の『花』が薄紫色の燐光を振りまきながら咲き誇り、白銀の刃を押し留める。

剣を防いでも、そこから吹き出す氷点下の暴風は荒れ狂うまま収まる気配を見せない。
見ると、刀身に接触している部分の花弁から放射状に凍りついていく。
全身を凍傷で震わせながら、なんとか斬撃を受け流す。
そのまま数メートル後方に身体を流し、凍って白く染まった石畳を辛うじて踏みしめる。
 

 
空気中の塵さえ凍りつき、細かな氷が街灯の僅かな光を浴びて煌めいている。

城門前広場は、たった数分の間に氷河時代の様相を呈していた。
冷風の直撃を受けた奴は物言わぬ氷柱と化し、直撃を避けた数名も危機的状況に変わりはない。

高貴さと可憐さ、そして残酷さを同居させた少女の相貌は、向き合う側に立ってみれば
心身を竦み上がらせる威容を誇っている。
ひどく一方的で、異質なもの。
見えない手に身体を丸ごと鷲掴みにされるような圧迫感。
少女と接触するたびに、そんな感覚が心身の奥に押し入ってくるのがわかった。

それは多分、恐怖というものと同義だった。
 

 
金色の燐光が膨れ上がり、俺の身体を包み込む。
柔らかな光が冷え切った身体に染み込んでいくにつれ、熱が戻っていくのがわかる。
痺れた左腕にも感覚が蘇った。
周囲で援護をしてくれている兵士の誰かが、回復呪文を使ってくれたのだろう。

少女の攻撃を防ぎきれるのは花の盾を持っている俺だけだ。
無言のうちに盾役を買って出た俺に、周囲もそれを察して、俺の援護や
最初の一撃でやられた連中の助けに回ってくれている。

彼らにも魔法金属を加工し魔法防御力を高めた魔法の盾が支給されているが、
残念ながら守備力不足だ。
下手な防具では腕ごと持っていかれかねない。
 

 
しかし、俺にできるのは防ぐことだけで、倒すことなど到底不可能だ。
唯一の武器だった鋼の剣は、飴細工さながらいとも簡単に砕かれてしまった。
かといって、俺は下級呪文さえろくに使いこなせず、よしんば使えたとしても
戦力のうちに数えられないのは言うまでもない。

赤い燐光が冷風と共に渦を巻き、少女が冷気の残滓を引き裂いて仕掛けてくる。

??「そこを動くな!」

たび重なる斬撃でボロボロになっていた『花』がついに破砕した。
 

 
正確には圧縮された魔力を花弁状に展開したバリアが破られたのだが、
体感としてはそう表現する他にない。
薄紫色の花弁がいっぺんに散って、虚空に溶け去っていく。

すぐさまバリアの再展開を試みるが、瞬時にその判断を捨てた。

速やかに次の攻撃に繰り出した少女を見据え、突き出された刃を視界に捉えた。

兵士「――ッ!」

瞬間、身を縮めて刃をかいくぐった俺は、一気に少女に密着した。
 

 
少女の剣は長大で、間合いが広い分、懐に入られれば弱いはず。
『花』を破られた以上、選択肢はそれ以外にない。これは賭けだった。

息を止めて少女の間合いの内側に滑り込むと、吹きかかる冷気がまつ毛を、
耳たぶを、髪を凍てつかせる。飛ばされそうな身体を必死に縮こまらせ、
しかし瞼を押し開けて、少女の血の色をした瞳と視線を交差させた。
その双眸には初めて、驚愕の色が浮かんでいた。

俺は少女の透き通るように白い頬に向けて、右の拳を振り抜いた。
 

 
渾身の右ストレートがぶち当たるが、想定外の重い感触に全身を強張らせる。
少女の小さな身体は微動だにしない。

兵士(こいつ……ッ!?)

が、少女は小さな体を鉛のように硬直させている。
紅い瞳を見開き、驚愕の表情を張りつけ、剣を両手使いに構えたまま。
集中が途切れたのか、刀身の紅い水晶からは光が失せ、吹き荒れる凍風は収まり、
極寒の世界に急速に熱が戻ってきたような錯覚さえ生まれる。

拳を引き戻し、もう一発、と拳を握りしめた刹那、不意に目がくらむほどの
金赤色の光芒に視界を潰された。
 

 
きつく瞼を閉じ、左手を突き出して『花』を展開する。
次の瞬間、眼前に膨れ上がった轟音と衝撃波が全身を包んだ。

吹き飛ばされる直前、金色の炎が少女を包み込むのを見たと思ったが、
それも一瞬の印象でしかなかった。
灼熱した空気が顔に吹きかかり、髪の焼ける匂いが鼻をついた。

それからの2、3秒はひどく長く感じられた。
どこかに打ちつけた背中に痛みが走り、夢中で手を動かして周囲の地面を触る。
吸い込んだ空気が熱い。
今までの冷気に支配された世界から一転し、熱波が唸りを上げて吹き荒れる。
 

 
聴覚が次第に戻り、聞こえる音が大きくなっていく。
ゆっくりと瞼を開けると、まず石畳を撫でる自分の手が見えた。
次いで視線を上げると、煌々と燃えさかる炎が夜の広場を照らしているのが見えた。

蜃気楼の被膜越しに揺らめく炎を呆然と眺めていると、

「あんたがまたバカなことやったおかげで、こっちの段取り滅茶苦茶じゃない」

と、呆れたような声が横合いから投げつけられた。
 

 
鼓膜に突き立ったのは、聞き知った声だった。
顔を上げて声の主を探すと、こちらに歩いてくる小柄な鎧姿がすぐに見つかった。

兵士「……悪かったな。だけど、俺にも何か言うことがあるんじゃないのか」

半身を起こし、文句を言ってやる。
見知ったエメラルド色の瞳が、赤く照らされた顔の中で浮き立って見えた。

勇者「そうね。危うく蒸発させちゃうところだったし、謝っとく」

兵士「そいつはどうも。こんなのは二度と御免だ」

差しのべられた手を迷いなく掴み、俺は立ちあがって勇者と視線を合わせた。
 

 
悪びれた風もない勇者を睨みながら、煤まみれの身体を叩く。きっと顔も真っ黒だろう。
勇者は俺の顔を見ながら、珍しい動物でも見るかのように言う。

勇者「それにしても悪運が強いわね」

兵士「おかげさまでな。花の盾がなかったら、多分死んでる」

勇者「……あんた、ホント悪運強いわよ。嫌になるくらいね」

と、勇者が何かに気づいたように視線を逸らす。
それにつられて、俺も勇者の視線の先を追う。その先はいまだ燃えさかっている魔法の炎だ。

勇者「何しろ、魔王とやり合って生きてられるんだからね……!」

俺も勇者も、息を詰めて揺らめく炎の先を凝視した。
その先には、まったく変わらぬ様子で炎の中に屹立する少女――勇者曰く、魔王の姿があったのだ。
 

   ∩___∩         |
   | ノ\     ヽ        |
  /  ●゛  ● |        |    向こうのスレの魔王があんなんだから、その反動で
  | ∪  ( _●_) ミ       j    カリスマ性バリバリの魔王を書こうと思ったら
 彡、   |∪|   |        J    ロングヘアでアルビノの貧乳少女が出来上がった……
/     ∩ノ ⊃  ヽ
(  \ / _ノ |  |              何を言ってるかわからないと思うが作者もわかってないクマー
.\ “  /__|  |
  \ /___ /


 
それはまるで悪夢の中の光景だった。
広場の一角は勇者の攻撃呪文によって超高熱に晒され、爆心地は粘土のように
抉り飛ばされ、どす黒い焦げ跡が放射状に広がっている。
無残に焼け焦げめくれ上がった石畳は今なお余熱を燻らせ、真っ赤に染まっている。

物理法則を無視してターゲットを塵も残さず焼き尽くさんと燃え続ける
炎の被膜の向こうには、漆黒の鎧を纏った魔王が何事もなく佇む光景があった。

兵士「化け物……」

勇者「流石は魔王ってところね……そう簡単には斃されちゃくれないか」

悄然と呟き、不意に重ねられた声に緊張と苦渋が滲んでいる。
肌を焼く炎の熱さを遠くに感じながら、勇者の横顔を見やると、
彼女が顔色を変えているのがハッキリと見て取れた。
 

 
勇者がこれほどあからさまに感情を示すのを見るのは、多分これが初めてのことだった。

魔王が一歩ずつ足を踏み出す。
熱波のカーテンをくぐり、炎の壁を踏みしだきながら、こちらに向かって歩いてくる。
夜闇を赤く照らして吠えたける猛火を背にしてなお鮮明に浮き立つ紅い瞳を、
俺は幻でも見るような思いで眺めた。

胸がざわめき、鼓動が早鐘を打つのがわかる。
魔王の瞳には、肌を粟立たせ、神経を高ぶらせる魔性の光が宿っているように思えた。

魔王「我ともあろう者が、些か油断をした」
 

 
魔王は薄笑いを浮かべながら、淡々と言う。
俺に殴られた頬に厭わしげに指を這わせるその姿には、ぞっとするほどの艶がある。

魔王「やはり転生して間もない肉体では、以前と同じだけの力は出せぬか」

勇者「転生……?」

魔王の呟きに、ぴくりと勇者の顔が強張った。
眉をひそめた勇者に、対する魔王は嗜虐的な笑みを深め、ぬらりと光る目を斬り込ませる。

魔王「勇者一人斃すことなど容易かろうと高を括っていたが、とんだ邪魔が入ったものだ」

勇者を経由して俺に注がれた視線には、興味以上の激情が渦巻いているように見えた。
 

 
勇者「……それにしても、あたしを狙ってわざわざ首都まで乗り込んでくるなんてね」

いつものような調子で、しかし警戒を解くことなく、勇者は魔王のみを見つめ続ける。
二、三秒の沈黙を挟み、魔王は静かに答えた。

魔王「確かに上等な作戦ではなかったな。しかし意義はあった」

勇者「意義?」

魔王「貴様をこの首都に釘づけにしたことだ」

言いながら、魔王がすっ、と手を掲げる。
つられて天を振り仰いだ俺と勇者は、薄い光のベールが夜空を閉ざし、
オーロラのようにたゆたうのを見た。
やがて様々な色の光が入り混じって明滅する光の膜が空全体に広がっていき、
薄ぼんやりとした、ここではないどこかの光景が映し出された。
 

  
それは見覚えのある、しかし記憶にはない阿鼻叫喚の絵図だった。

巨大な蟹の魔物が埠頭を踏み砕き、振り上げた鋏で倉庫を揉み潰し、
夜の街を蹂躙していく。そこかしこで発生した火災が夜空を赤く照らし、
立ち上る噴煙と粉塵が空に茶褐色の蓋をする。

空に投影された映像は次々と移り変わるが、そのどれも似たようなものだ。
目も眩むような既視感が脳裏を駆け巡り、言葉をなくした心身がよろめくのを感じた。

魔王「王国の主要な港は全て潰した。貴様が我の存在に気を取られている間にな」

勇者「……成程ね。やってくれるじゃない」
 

 
魔王「貴様が転移呪文を使えぬのは知っている。移動手段を船に頼っていたのはそれが理由だ」

そういえば、と脳裏に閃くものがあった。
港街が襲撃を受けたあの日も、勇者は定期船に乗っていた。
転移呪文を使えば、直接首都に戻れるはずなのに。
忘れていた視点であり、気にも留めていなかった事実だった。

再び覗き込んだ勇者の細面には、未だに焦燥が滞留しているのが見て取れた。

魔王「仮に使えたとしても手遅れだがな。既に各地の港湾機能は破壊し尽くした後だ」

魔王の断定の声音は、言外に自らの勝利を確信するものだった。
 

 
魔王自ら首都に打って出、勇者と戦う。
その存在は格好の囮となり、同時進行していた主要港湾への攻撃の対応を遅れさせる。
仮に勇者を斃せるのならそれでよし、退けられたとしても王国へのダメージは大きい。
そして何より、今後の勇者の行動を大きく制限する結果をもたらす。

勇者「自信過剰な作戦ね。あんたにしかできないわよ、まったく」

魔王「貴様が望むのなら続きをしてやってもよいが……生憎、我も急ぐ身だ」

魔王の足元に白い光の線が浮かぶ。線は瞬く間に魔法円を描き、青白い光を発し始める。
転移呪文だ。魔王が展開し始めた魔法に対し、勇者が剣を引き抜いて飛び出した。

魔王「次は南の帝国だ」
 

 
勇者の剣が魔王に向けて迫るが、それよりも早く、魔王の姿が薄れ始める。

魔王「戦いの決着を望むのならば、我を追え。相手をしてやる」

魔王めがけて振り下ろされた広刃の長剣は、しかし虚しく空を薙いだ。
勇者は舌打ちし、剣の柄を強く握りしめる。
既に魔王の姿はそこにはなく、ただ彼女の声だけが広場に響き渡った。

魔王「人間風情が我に手向かった愚かしさ、貴様を死の虚に堕とすことで教えてやろう」

声に乗せて放射される敵意と悪意が、物理的な硬さを持って身体の芯を震わせたような気がした。
血の気の失せた身体が今度こそ動かなくなり、俺はただ立ち尽くすだけだった。
 


 
     ※
 
勇者「あいつ、次は南の帝国を襲うって言ってたわね」

石畳に残る黒々とした焦げ跡から顔を上げ、剣を鞘に収めた勇者の声が、
忘我の地平にあった俺の意識を現実に引き戻した。

広場を焦熱地獄に変えた魔法の炎は、現れた時と同じくらいの唐突さで消え去った。
勇者の魔法によって一時的に表れたものなのだから、彼女が念じればすぐに消える。
熱波の余韻と滅茶苦茶になった石畳がその激しさを物語るが、
それも翌日以降に行われるだろう、広場の修繕が終わるまでのことだ。

勇者はこちらと目を合わせた途端、悔しげな表情を吹き消した。
俺もよほど気分が顔に出ていたらしい。互いに心理を剥き出しにした気まずさを
押し隠し、示し合わせたように視線を逸らす。
 

 
兵士「これからどうするんだ?」

勇者「そりゃあ、魔王を追うわよ。ゲームを終わらせるチャンスだものね」

兵士「……そうかい。そりゃ結構なことだ」

おおよそ平常通りであろうと思える勇者の口ぶりに、こちらの口元も緩んだ。
ほっと安堵の表情を浮かべる俺を後目に、勇者は「やれやれ」と肩をすくめる。

終始魔王の威容にビビってばかりで、内心には忸怩たる思いがあったが、
勇者のふてぶてしい態度に今は感謝の気持ちさえあった。
左手首の腕輪に手をやり、それが殊の外熱を持っていることに驚いた。
 

 
勇者「ちょっとこっち向きなさい」

兵士「なんだよ、まだ何か用――」

呼びかけられ、勇者の方を振り返った俺は、そこで口を閉じることになった。
雑多なアイテムを満載した道具袋を投げて寄越され、慌てて受け止める羽目になったからだ。
両手と胸全体で受け止め、数十分ぶりの道具袋の重さに押されて尻餅をつく。

兵士「何しやがる!」

勇者「あんた、荷物持ち継続ね」

兵士「はぁ?」

にっ、と笑って言う勇者のエメラルド色の瞳は、相も変わらず一方的だった。
 

 
勇者「あんたもわかってるでしょ? 魔王の最後の台詞、アレはあんたに向けられたのよ」

確認する声音が胸に突き立ち、少し息ができなくなった。
心身を震わせる魔王の言葉が蘇り、掌の中でじわりと汗が滲む。

勇者「よかったわね。魔王に認められるなんてそうそうないわよ?」

兵士「これっぽっちも嬉しくなんかないけどな」

勇者「どうせ二人して命を狙われるのなら、一緒にいた方が面倒がなくていいわ」

勇者の思いのほか真摯な眼差しに、俺は喉まで出かけた反論を呑み込んだ。
こいつは俺のことを心配してるのか?
いきなりの荷物持ち継続といい、どうにも突拍子のないことのように思えて、俺は頭を振った。
 

 
勇者「正式な辞令が欲しいなら、後で国王陛下でも将軍でも好きなところから取り寄せてあげる」

兵士「ご丁寧にどうも。お気遣い痛み入るぜ」

勇者が要請すれば、その日のうちに配置変更の辞令が下るだろう。
人事部から「この者、本日付で勇者の荷物持ちに任命する」と書かれた書類を手渡されるのを
想像し、俺は辟易した顔を勇者に向け直した。

勇者「西の王国を潰して、今度はここ。そして南の帝国……」

勇者「魔王は本気で地上を掌握しに来てる。ここらが勝負の分かれ目ってとこね」

勇者「あいつとやり合って生きていられるあんたなら、連れて行っても大丈夫そうだし……」

それはまた随分と信用されたものだ。俺はただ、攻撃を防ぐので必死なだけだったというのに。
 

 
兵士「だけど、どうやって南の帝国まで行くんだ? 港は全部やられてるんだぞ」

勇者「ま、当てがないってわけでもないんだけど……とりあえず、陛下に報告ね」

踵を返して王城へ歩き去る勇者の背中を、慌てて荷物袋を抱え直して追いかけた。

歩きながら空を見上げると、遠く離れたどこかの惨劇を投影したオーロラの被膜は
既になく、ただ星々が瞬く宵の空があるばかりだった。

柔らかく、茫洋として掴みどころのない星明りは、どこか勇者の瞳と重なって見えた。
 

   ∩___∩
   | ノ      ヽ
  /  ●   ● |    勇者も魔王も元々攻略ヒロインとしても設計したキャラだけど

  |    ( _●_)  ミ
 彡、   |∪|  、`\   作者に女の子を可愛くデレさせる手腕を求めちゃいけないクマー
/ __  ヽノ /´>  )
(___)   / (_/
 |       /
 |  /\ \

 | /    )  )
 ∪    (  \
       \_)

 
     ※
 
広大な空間に置かれた豪奢な玉座。
その玉座に、座るというより、乗るといった風情で身を沈めた魔王は、
こめかみに指を這わすように頬杖をつきながら、ほっそりとした脚を組み直した。

二階分の高さはあるだろう高い天井、左右の壁面に飾られた対になる二枚の油絵、
支柱には優美な装飾を施した円柱が並び、玉座の後方の壁には魔王軍の紋章が
描かれた真紅の旗が飾られている。
魔王の玉座の正面にはアーチ状の巨大な扉が控えており、外では扉の両脇に
門番が立っているはずであった。

玉座に近い位置には、魔王軍でも特に高い地位にいる者達が佇んでいる。
彼らは皆一様に跪いて首を垂れ、幅5メートルの真紅の絨毯を挟んで列を作っていた。
 

 
平伏する眷属達に「面を上げよ」と無表情に言うと、彼らはすぐさま姿勢を正し
ゆっくりと顔を上げた。

ある者は爬虫類じみた顔が露わになり、鰐のように突き出した口に白い牙が光った。
ある者は猛々しい獅子の面容を緊張に強張らせ、またある者は灰緑色の蛙に似た顔を
恐る恐るといった様子で己が主へ向けている。

魔王「此度の戦、諸君らの働きは見事であった」

玉座に座して語るその姿には、優美さと酷薄さの絶妙な調和が見られた。
整った目鼻立ちと、染みひとつない白い肌は、常ならぬ美貌を作り出していたが、
天使のような、と形容するには、真紅の双眸から放たれる眼光は鋭く激しく、
そして禍々しすぎた。
 

 
魔王「次なる目標は南の帝国……目指すは帝都制圧である」

魔王「獣陸兵団、海魔兵団、竜空兵団の三軍は、今後も協同して事に当たれ」

静かな声音が、その場に集う眷属達の身体を一瞬硬直させた。

ついにこの時がきた、というのが一同の共通の意思だった。西の王国を滅ぼし、
東の王国の主要港湾を軒並み破壊して、次の標的が南の帝国となるのは自明の理であるが、
魔王軍の全軍を上げての一大侵攻作戦は、次のステップへ移行したのだという
実感が、列中に佇む眷属達の居住まいを無意識のうちに正させた。

しかし、己が眷属達を見下ろす魔王は、作戦の成否を殊更重要視していない。
 

 
実のところ魔王にとって、地上制圧作戦は大した重要性を持たない。
魔王にとって最も優先されるべきは、勇者を斃すことなのだ。

勇者は魔王に匹敵しうる地上唯一の存在であり、この世界でたった一人対等な存在である。
自分を殺せる者がいるとすれば、神の加護を一身に受けた勇者を置いて他にはいない。
その勇者を斃すことこそ、魔王の真に目的とするところであった。

魔王(だが、今の我にとっては、勇者でさえも恐るるに足るものではない)

畢竟、地上を手に入れることは事のついでに過ぎず、一種の予防措置でしかない。
失敗したとしても失地回復の余地はいくらでもある。
やっておいて損はない、という程度の事業でしかないが、かといって、
その程度の価値しか認めていないものであっても、手を抜くつもりもなかった。
 

 
それに、と、魔王はすかさず思考の継ぎ穂を繋ぎ合わせた。
こめかみから下りた白魚のような指が厭わしげに頬を撫で、唇をなぞり、
記憶に新しいあの夜の出来事を思い出させる。

魔王(ただの人間風情が、ああも我に肉薄するとはな)

魔王の未来視を裏切り、死線をくぐり抜けたあの人間。

存外に魔力の消耗の激しいこの身体に不慣れだったとはいえ、この魔王と戦い、
命を保っていられたとは、面白い人間がいたものだ。

あるいは、神が用意した運命があの人間を引き寄せたのか?
 

 
どちらにせよ、この天地魔界を賭けたゲームの結末は、完全試合以外に有り得ない。
地上を全て掌握し、勇者を斃し、世界を遍く絶望で満たす。
その暁には神さえも我が前にひれ伏すだろうと考えると、薄紅色の唇は
邪悪な笑みに歪んだ。

玉座の間を見回し、魔王は玉座から立ち上がって居並ぶ眷属達に命じた。

魔王「帝都攻略作戦発動! 南の帝国へ出撃せよ!」

再び平伏してから、眷属達は立ち上がり、短い精神集中の後に転移呪文を解き放った。
玉座の間からたちまち消え失せた眷属達にそれ以上の興味を示さず、
魔王は虚空へ視線を彷徨わせる。魔王の持つ超常の感覚が勇者の発する気を探し当て、
いまだ東の王国へ留まっていることを知らせた。

魔王「ヒトの持つ可能性……神が望みを託したその力、我に示してみせろ」

魔王の呟きを聞き咎めた者はおらず、凛とした声音は広大な空間に溶けて流れた。
 

|:::::::::::::::::::::::::::::::
|" ̄ ゙゙̄`∩::::::::::::::::         魔王に関する没ネタ
|,ノ  ヽ, ヽ:::::::::::::::::::::::::   ・とりあえず十傑集走りさせてみる
|●   ● i'゙ ゙゙゙̄`''、::::::::::::::::   ・ドSに見えて実はドM

| (_●_)  ミノ  ヽ ヾつ::::::::::     ・貧乳にコンプレックス
| ヽノ  ノ●   ● i::::::::::
{ヽ,__   )´(_●_) `,ミ:::::::      今にして思えば没にして正解だったクマー……
| ヽ   /  ヽノ  ,ノ::::::         今回は魔王パートということで短くて申し訳ないクマー


     ※
 
若者よ、国家の防人たれ。
諸君らは矛であると同時に盾であり、前衛であると同時に殿である。
祖国を脅かす敵を迎え撃つ一方、自らの身命を擲ち民を守らなければならない。
若者よ、国家の防人たれ――

それは王国軍に入隊してから2年間の間、教官達が飽きもせず迷いもなく、
俺達ヒヨッコどもに言い続けてきた言葉だった。
人並みの青春を犠牲にして、一介の兵として己を研鑽し洗練させることは
祖国の有事に備えると同時に自らの魂をも気高く鋭く鍛え上げるものである、
とかなんとか。

確かに、その挺身と自己犠牲の精神がもたらす鈍い陶酔感は、
自分自身を持て余していた若造にとって、己を規定する言葉になり得た。
 

 
しかし、今はどうだろう。
実際に戦場での生死を分けたのはただの運であって、あとは意地だけだった。
ろくに実戦を知らなかったことも手伝って、港街での一件が胸中に影を落としている。

「死にたくない」という、卑近で生々しい、極めてプリミティブな感情と、
息遣いが聞こえる距離で助けを求める女の子を放り出していけるものかという
意地が錯綜するのみで、義に拠って立つ陶酔などこれっぽっちも感じはしなかった。

高邁な精神性の介在する余地はなく、うかうかしてたら魔物に殺されるだけだ。
そんな乱暴で、取り付く島のない恐怖こそ、兵士ってものの現実だったんだろう。

俺は静かに、しかし確実に、自分の足場が崩れていく感覚を覚えていた。
 

  
勇者「どしたの、変な顔して」

兵士「あ、いや……」

エメラルド色の瞳が上目遣いに俺の顔を覗き込んでいるのに気づき、ぎょっとした。
勇者は俺よりも頭ひとつ分くらい小さいので、近距離の会話はどうしてもこうなる。

首都を出発した俺と勇者は、海岸沿いの街道を南下しているところだった。
王城の内外を行き来する伝令の言葉を盗み聞きした限りでは、王国の交易を支える
主要な港はもちろん、漁業だけで成り立っているような小さな村落まで残らず
襲撃を受け、港湾機能は破壊されボートの一艘さえ残っていないらしい。

工業が盛んな南の帝国では飛行機とかいう空飛ぶ機械が開発されたらしいが、
こっちの王国では、そんな便利そうなものは実用化どころか研究さえされていない。
 

 
そして魔王が看破したように、勇者は転移呪文を使えなかった。
転移呪文は基本的に一人用だから、仮に使えたとしても俺は置いていかれるのだが。

いよいよこの大陸から出る手段がないように思えたが、しかし勇者にとっては
そうではないらしく、懸念を口にした俺に対して船を手に入れる当てがあると
あっさりと言ってのけたのだ。

かくして、軍の正式な辞令の下で名実ともに勇者の荷物持ちとなった俺は、
船を提供してくれる勇者の知り合いの元へ同道しているというわけだった。

勇者「ま、どうせまた何かつまんないこと考えてるんでしょうけどね」
 

 
あり合わせの知識の中からこの場を取り繕う言葉を探していると、
勇者はさしたる興味もなさそうにすぐ視線を外してくれた。

思えば直接的にしろ間接的にしろ、俺はこの短期間で三回もこいつに命を救われている。

俺の行動のいくつかは腹の底から突き上げる衝動に従うだけのものであって、
深慮遠謀とはまるで無縁のものだったから、勇者がいてくれてよかったと思う一方、
人の世に身を置いていないような突き放した考え方には同調できないとも感じている。

こいつも俺のことを路傍の石よりマシな程度にしか意識していないようでいて、
そのくせ今後魔王に命を狙われるであろう俺を自分の近くに置こうとしたりして、
どうにも距離を測りかねているのが実際だった。
 

 
兵士(結局、変わってないってことか)

内心で結論付け、荷物袋の重みを担った肩をすくめる。

今はそれでいい。下手に距離を詰めても痛い目を見るだけだろうと思う。
勇者のことを理解できる日が来るとも思えないが、理解とまではいかなくても、
多少わかった気になるくらいにはなれるかもしれないと考え直し、
2メートル先を行く背中を見据える。
赤いショートヘアが、ふわふわと規則正しいリズムで上下していた。

そっと左手首に手をやると、輪に咲く銀の花がじわりと熱を持ったような気がした。
 

 
     ※
 
首都を出発して海岸沿いに南下し、歩き続けること半日。
かつて奴隷貿易で栄えたとされる島々を望む南西の岬に、その小さな館はあった。

??「よう、勇者! やっと俺の女になる決心がついたか?」

館に訪れた俺達を出迎えたのは、引き締まった長身を粋な意匠の服で包み込んだ
偉丈夫だった。赤い羽根を飾り付けた海賊帽をかぶり、黒い上着に金の飾りボタンを
映えさせる姿はまさに絵に描いたような海賊のそれだ。

男は両腕を広げ、大股で勇者に歩み寄った。
 

 
勇者「海賊。あたしは暑苦しい男は好みじゃないんだけど」

海賊「だが俺はお前みたいな女が好みでな。それと、キャプテンと呼べ」

勇者「はいはい。キャプテン、船を出してくれない? 南の帝国に行きたいの」

海賊「あん? また勇者のお仕事って奴か」

勇者「そういうこと。やってくれる?」

海賊「お前の頼みを断る俺じゃねぇってわかってるだろ?」

鋭い眼光を湛えた切れ長の目を細め、海賊と呼ばれた男は快活に笑って見せる。
 

 
顔立ちは端正であっても海賊の名の通り、人食い鮫を思わせる危険な印象を受ける男だ。
身に着けている海賊の服も手伝って、舞台役者のような華やかな印象を与える一方、
その身に漂わす雰囲気は暗黒街を闊歩する侠客そのものだった。

海賊「で、そこの冴えねぇガキは何だ?」

よく日焼けした浅黒い肌に閃く、一対のギラリとした目がこちらに向けられた。
何と答えればいいものかと少し考えたが、俺が返答を口にする前に勇者が言う。

勇者「あたしの荷物持ち。悪運だけは人一倍の、使い減りしない便利な奴よ」

兵士「おい。もっと他に言い方ってもんはないのかよ」
 

 
勇者の物言いに、どこかほっとするものを感じる胸中に当惑したのも一瞬、
俺はすかさず反駁の口を開いた。

勇者「別に間違っちゃいないわよ。書類上もあんたはあたしの荷物持ちなの」

俺の講義を風と受け流す勇者に、海賊が再び破顔する。

海賊「なんだなんだ、勇者の男かと思ってちょいと驚いちまったぜ」

兵士「そんなわけないだろ。あんたらと違って、俺は一介の兵士に過ぎないんだから」

腰に帯びた剣や武骨な鎧を差し引けば、繊細な面差しの美少女と言って差し支えない勇者。
海の男とか海賊という言葉が作る野卑なイメージとはかけ離れた美丈夫である海賊。
この二人が並ぶと、まるで首都で流行っている冒険ものの歌劇の舞台上にいるようだ。
それと同時の俺の平凡さが際立つが、別にわざわざ異彩を放ちたいとも思っていない。
 

 
海賊「それはともかく、南の帝国まで行くんだな?」

勇者「可及的速やかに、ね。魔王が南の帝国を襲うって宣言したのよ」

勇者の言葉に、海賊は陽気な口笛を短く吹いた。繁華街の不良少年のような反応だ。
いや、少年というにはかなり年かさだが、不良には違いないか。
海賊はニヤッと笑うと、コートハンガーから真紅の外套を掴んで翻した。
そのまま玄関まで歩いて、扉を開ける前にこちらを振り向いて一言。

海賊「ちょっと待ってな。船の準備をしてくるからよ」

悔しいほど様になっているその姿には、気障ったらしいと思うことさえ負け惜しみだった。
 

                    .∩___∩
                   /       \|      作者の中では各ヒロインの魅力は
                   | ●   ●  丶    勇者:唇
                  ミ  (_●_ )    |     魔王:脚

     ハハハ          /´、  |∪|   、彡    らしいクマ
  ∩_∩  ∬        (  <`\ ヽ/  __ 丶
 ( ´∀`) ∩    ∬   \_)  |  ▽(___)   画才もなければ語彙も乏しい作者には
 (つ= つ▽  ,,,。,;;;。,,,//   /  /    |    そんなもん表現しきれないクマー

  と_)_) ▼ ( ̄ ̄ ̄ ̄)  (__(____)

問題だ! 書こうとしているシーンまでまだまだ先が長いこの状態でどうやって投下するか?

3択――ひとつだけ選びなさい
 答え①ハンサムの作者は突如執筆スピードが100倍になる
 答え②ロングヘアアルビノ貧乳ドS少女の魔王に罵ってもらってやる気が出る
 答え③ハンサムでもないし罵ってももらえない。現実は非情である。

勇者「あんたってホントダメ人間ね。予告しといて投下分書きあがってないとか誰様?」

魔王「我の与り知らぬところでハンサムの定義が変わったと見える。新しい辞書でも作ったのか? ん?」

勇者「耳かき一杯ぶんでも申し訳なく思うなら書きなさいよ? 書けない豚はただの豚。わかる?」

魔王「勇者と意見の一致を見るとは珍しいこともあるものよな。さあコピー&ペーストだ。今こそ投下の時である」



ヒャア我慢できねぇ投下だ!
途中から書きながら投下になりますのでご了承ください

 
     ※
 
船の準備を整えたという海賊が俺達を案内したのは、岬の近くにある入り江だった。

兵士(……綺麗だな)

思わず息を呑み、眼前に広がる風景を見渡す。

潮風が穏やかにそよぐ中で規則正しい波音だけが虚ろに響き、降り注ぐ陽光の下で
複数の青が入り混じって神秘的な光彩を放つ水面は、まるで夢か幻かと思えるような
美景を演出していた。
俺は芸術には詳しくないが、何かの絵画の題材になっていてもおかしくない場所だった。
 

 
しかし、俺達は船を借りに来たのであって、観光をしに来たのではない。

兵士「船なんてどこにあるんだよ。あるのは帆布と食料だけじゃないか」

岸辺に積まれた保存のきく食料の入った木箱と、水の入った樽。その上に置かれた
継ぎ接ぎだらけの帆布に視線を注ぎながら俺は言った。
海賊はニヤッと笑うと、大仰に肩を竦めて見せる。

海賊「ま、焦りなさんな。今いいもん見せてやるからよ」

悪童の笑みを浮かべた海賊は、すぐに視線の向かう方向を俺から勇者に転じた。
それは気になる女の子にいいところを見せようとするような、ひどく子供じみた仕草に見えた。
 

 
海賊は腰帯に挟んでいたナイフを左手で抜く。
銀色の刃が陽光に閃き、その切っ先を右手の親指の腹に触れさせた。
ぐっ、と力を入れると、先端が指の腹に僅かに食い込み、血の玉が膨らんでいく。

ナイフを鞘に収めた海賊は、親指から流れる血を海面に一滴落とした。
紺碧に輝く水面に投じられた一滴の紅は、すぐに霧散して見えなくなる。

すると穏やかに波打っていた水面がにわかに色を変え、ざわめき出した。
水底から湧き上がる青光が複雑に入り混じる青を押しのけ、海面を一色に染め上げる。
  

 
潮風が急に温度を下げたように感じられ、冷風が張りつめた肌に突き立った。

それは魔王と対峙した時に感じた温度。この世の理を曲げ、他を圧する意思の感触。
海面に視線を落とすと、渦を巻く光から凝集された魔力が放散していた。

それは魔王の振りかざす剣から放たれた凍える吹雪と同種のもの、つまり氷の魔法だった。

そして青く輝く海面が隆起し、水飛沫を撒き散らしながら、巨大な氷塊が浮上した。
白い氷塊は厚く堅く、しかしちゃんと浮力を得て海面に浮かんでいる。

中心に帆柱を屹立させるそれは、紛れもなく小型の帆船だった。
 

 
呆気に取られていると、今度は氷の船体から階が伸び岸と船とを結びつけた。
勇者と海賊は階を上ってさっさと船に乗り込んでいく。
俺もそれを追って氷の船に乗り込み、甲板に立ってみる。

甲板を何度か蹴ってみると、厚い氷で出来た船体は殊の外頑丈で、これなら
南の大陸への航海にも十分耐えうるだろう。
海賊は得意げな顔で、「どうだ、イカしてるだろ?」と口元に笑みを浮かべる。
感想を求められたらしい勇者は海賊の視線を風と受け流し、

勇者「見事ね。首都にもあんたほどの氷の魔法の使い手はいないわ」

海賊「そりゃあ、未来の海賊王だからな。才能からして違うってもんよ」
 

 
海賊「将来性ってやつで言えば俺以上の男はいないぜ。だから……」

勇者「俺の女になれ、って? バカのひとつ覚えみたいにそれしか言わないわね」

すげなく言われた海賊は再び肩をすくめ、しかしそれほどがっかりした風でもない。
その端正な横顔はむしろ、ここで了承された方が興醒めだ、とでも言いたげだ。

実際横で見ている俺としても、勇者がそんな反応を寄越したりしたら、
違和感を通り越して気味が悪いとさえ思うだろう。
こいつはそんな殊勝な女じゃない。まだまだ短い付き合いだがそれだけは断言出来る。
 

 
荷物の積み込みを終えると、海賊は岸に船を係留する氷の階を砕いた。

海賊は帆柱のてっぺんまで登って滑車に縄をかけ、それを終えるとするすると危なげなく
甲板まで降りる。この辺りの作業の手際は流石に海の男と言ったところだろうか。

海賊の氷の魔法の見事なところは、外観のみならず船の内部構造までも完璧に
再現してしまっているところだ。船室のドアの蝶番や、操舵輪に合わせて動く船尾の舵まで、
構造材が氷であるという以外は普通の帆船と変わるところはない。
見たところ、ある程度重量や摩擦までも再現出来ているようだった。

流石に氷で出来ているから、そのまま甲板に寝そべるというのも気が引けるので、
夜は荷物袋の中に入っている毛布や寝袋に包まって寝る必要がありそうだが。
 

 
入り江を滑り出た氷の帆船は、継ぎ接ぎだらけの帆に風を孕んで海を走り始めた。
空は快晴、波は穏やか。船は順調に海を渡っていた。

海賊「ここから南の大陸までは大体二日ってところだな」

舵を握る海賊が、海図とコンパスを片手に航路の確認をしながら言う。

見渡す限りの大海原は陽光を乱反射してぎらぎらと輝いている。
しばらくすれば日が傾き、赤みを帯びた太陽と水平線が互いに距離を縮め始めるだろう。
かつて港街で眺めた、沖合を黄金色に染める夕刻の太陽を思い出し、復興の途上であろう
被災地の光景が脳裏を行き過ぎる。
 

 
勇者「水と食料もたっぷりあるし、余裕で行けそうね」

兵士「だけど、こうしてる間にも魔王軍が南の帝国に向かってるんだろ? 急がないと」

勇者「船で行くんだから、どうしても移動に時間がかかるわ。焦らない焦らない」

そう言うと勇者は、予備の帆に包まり、食料を詰めた木箱に背を預けて目を閉じる。
快晴の空の下、勇者はすぐさま寝息を立て始めた。

随分と寝付きのいい奴だと感心する一方、平素とは打って変わって、ひどく小さく
か弱く見える寝姿に、こいつも年若い女の子のはずなんだよな、とぼんやり知覚した。

しかしにわかに湧き上がったその思いも、傍らに置かれた勇者の剣を見るまでのことだった。
 

 
     ※

冴え冴えとした月明かりと星座を頼りに、静かな海を氷の帆船が進んでいく。

日中はいいのだが、やはり氷で出来ている船に乗っているせいで夜は冷える。
水平線の向こうに太陽が隠れそうになってくると、勇者は一旦起き出して寝ぼけ眼で
荷物袋から厚手の上着を取り出して着込み、再び帆布に包まって眠っていた。

海賊の操舵に誤りがなければ、この船の舳先の遥か向こう側には南の大陸がある。
勇者が魔王を斃すため、次に向かう目的地が。
 

 
魔王が直々に次のターゲットを予告したというのに、焦る様子もなく
船上ですうすうと寝息を立てる勇者を横目に見ながら船縁に腰かけていると、
不意に海賊が口を開いた。

海賊「しかし、信じらんねぇよなぁ」

舵を握ったままなので、海賊の視線は船の舳先と同じ方向を向いている。
ともすれば独り言だが、張りのあるよく通る声がその判断をさせなかった。

兵士「……何がだ?」
 

 
海賊「お前だよ。勇者の言うことにゃ、お前さん魔王とやり合って生きてたんだと?」

探る声を重ねる海賊に、俺は「……必死だっただけだ」と言う他に応じようがなかった。

実際、花の盾なしでは最初の一撃でこの世から消滅していたに違いないし、
直撃だけは食らうまいと防御に徹していただけだ。

閃光と共に吹っ飛ばされ、凍てつく風に嬲られる心身。
根元から折れ砕けた鋼の剣。破砕する『花』。どれを取ってもギリギリの状況だ。
挙句に勇者の魔法で蒸発させられかけたというのだから笑えない。
 

 
腰に帯びた鋼の剣の柄に手を置く。首都を出る前に新たに支給品の剣を受領したが、
勇者や魔王にとってこんなものはひのきの棒や竹槍と大差ない玩具だろう。

大量生産品とはいえ、軍に納品するために国営工場で職人達が仕上げる剣だ。
実戦に耐えない粗悪品はそもそも品質チェックから弾かれる。これも、あの砕けた剣も。
しかし、それを魔王はいとも容易く砕いて見せた。
勇者だって同じくらいの芸当はやってのけるだろう。
つまるところ武器の質と、使う者の力量だ。その両方が備わっていたということだ。

俺とあいつらの間にどれだけの力量差が横たわっているのか、想像さえ出来ない。
 

 
頭を振り、思考を振り払う。

そもそも生きていられたこと自体、何かの間違いのようなものだ。
あまり深く考えすぎても仕方がない。兵士なら状況を呑み込んで、冷静に対処すべきだ。

兵士「それより、お前こそ」

海賊「キャプテンと呼べ」

意趣返しのように海賊に話題を振ろうとして、逆に機先を制される。
僅かの間だけ目を合わせ、所在なげな視線を夜の海に投じる。
 

 
兵士「……キャプテンこそ、どうして勇者なんか好きになってんだよ」

海賊「あぁ?」

兵士「だってそうだろ。俺の女になれとかなんとか……」

海賊「別に恋愛感情があるわけじゃねぇよ。だが、俺は勇者が欲しいんだ」

舵から手を離し、真紅の外套を翻しながら振り向く。
海賊は表情を拭い去った顔で、眠り続ける勇者に視線を注いだ。
 

 
胸元から取り出した葉巻をナイフでカットして吸い口を作り、マッチで火をつける。
月明かりを背に佇む伊達な風貌の美丈夫とは、また嫌味なほど絵になる。

兵士「勇者が欲しいって……それは」

海賊「俺はな。大事なモンは飾ったり身につけたりしないで仕舞っておく性質なんだよ」

俺の問いに海賊は、独白とも応えたともつかない声音を押し重ね、深々と紫煙を吐き出した。

海賊「俺は西の王国の出身でな。今からちょうど20年前、西の王国から勇者が旅立ったんだ」

海賊「……そう、こいつの前任さ」
 

 
真紅の外套を纏った長身を立たせ、海賊はなんの高揚もなく言う。
一方俺は、動揺を噛み殺した顔を海賊に向け、話の続きを待っていた。

海賊「確か、魔王を斃すために神に選ばれた人間が勇者になるんだろ?」

兵士「そうらしいってことは聞いたことがあるけど」

海賊「20年前、それは西の王国に住む一人の女だった。これがバカみてぇなお人好しでよ」

海賊「世界平和とかそういうのはよくわかんねぇけど、皆の笑顔を守りたいって言ってたよ」

海賊「……当時の勇者は、こいつと同じくらいの歳の、俺の姉貴だった」
 

 
兵士「じ……じゃあ、キャプテンは当時の勇者の弟……なのか?」

海賊「おうよ。勇者の血縁だからか、ガキの頃から魔法の才能には恵まれてたな」

海賊「姉貴の旅立ちの日にゃ、町中総出でお祭り騒ぎでよ。盛大に見送ったもんさ」

とんとん、と葉巻で船縁を叩くと、先端から灰がぽろぽろと落ちる。
勇者の寝顔に注ぐ海賊の視線は、どこか奇妙な熱を帯び始めていた。

海賊「……で、それから半年もした頃かな」

海賊「王宮の奴らが俺達家族を呼び出してこっそり教えた。姉貴が死んだってな」
 

 
押し黙る以外に応じようのない独白だった。同時に、それは予想できた言葉でもある。

20年前に魔王が斃されたのなら、今ここにいる勇者は必要ないはずだ。
今の世の中に勇者がいるということは、前任の勇者の最後は。

海賊「魔王をあと一歩というところまで追い詰めたものの、仲間を庇って直撃を喰らった」

海賊「逃げ帰ってきた姉貴の仲間は、綺麗な死に顔だったって言ってたが……」

海賊「結局遺体の回収も出来ず、葬儀も行ってない。公式には名も知れぬ無縁仏扱いさ」

語る海賊の語調がわずかに厳しくなり、表情も険しくなる。
吸いさしの葉巻を甲板に落とし、憤懣をぶつけるかのようにぐしゃぐしゃと踏みにじった。
 

 
海賊「姉貴に俺や親父やお袋がいたように、勇者にも家族はいるはずだ。ダチだって」

海賊「だが残された人間に出来ることはない。勇者が死のうが生きようがな」

海賊「だから俺は待つことを、残される側に立つことをやめることにしたのさ」

胸に滲み出る澱を吐き出すように海賊は言った。
決然とした、しかし傲慢で理屈に合わない感情の揺らぎ。

今、海賊という人間の根幹を成す何かの一端を目の当たりにしてる。
そんな認識が俺に声を上げさせた。
 

 
兵士「それって、どういうことだよ。お前は何をしたいんだ」

汗で湿った掌を握りしめ、俺は問う。
海賊は口角を吊り上げ、人喰い鮫を想起させる危険な笑みを浮かべた。
一瞬前の揺らぎを吹き消し、冷徹に告げる。

海賊「俺は海賊だ。欲しいモンは手に入れるし、気に入らねぇ奴はブッ潰す」

海賊「差し当たっては勇者を俺の女にして戦いから遠ざける。そして俺が魔王を殺る」

海賊「わけのわからねぇ使命なんぞで人生棒に振るより、面白おかしい人生を送らせてやる」

海賊「……そうよ。俺はもう、待っているだけのガキじゃねぇんだ」
 

 
危うげな光を湛えた黒い瞳と目が合い、ふと深淵を覗き込むような悪寒を覚えた。
2メートルになんなんとする長身が月光の下に浮き立ち、幽鬼のように揺らいで見える。

絶句しつつも、互いの眼の底を覗き込む数秒間の後。
海賊は息を吐き、踵を返して舵に向き直り、舵輪を握り直した。

海賊「手前勝手な理屈だって思うかよ」

背中越しに投げかけられた声が突き立ち、俺は返答する言葉を探した。
確かに、これは海賊のエゴだ。勇者からすれば余計なお世話もここに極まれり、
有難迷惑もいいところだろう。

だが、それを真っ向から否定してしまうには、覗き込んだ瞳の奥は純粋すぎた。
 

どうでもいいが葉巻は紙巻きとちがってなるべく灰を落とさないように吸うもんだぜ

 
結局、否定も肯定も出来ない。
俺にはそれをするだけの資格を持ち合わせていないように思えて、黙って視線を外す。

一連の会話の間もずっと目を閉じている勇者に向き直る。
規則的な寝息を立て、呼吸に合わせてかすかに上下する小さな身体を見やる。
ひょっとしたらこれは狸寝入りで、今の話を聞いていたかもしれない。
しかしあいつは海賊の身の上話を聞いて、気持ちを宙に浮かせるようなタマだろうか。

兵士(……例えそうだとしても、勇者は海賊に守られてなんてやらない)

神から与えられた特別な力を持ち、王国に認められた特権を持ち、魔王と戦う使命を持つ。
全てを放り出してしまうには、勇者の持っているものは多すぎるのだ。
それは権利であり、義務であり、責任と呼ぶべきものであり、勇者ではない誰かの意思の集積。
勇者の言葉は本当に、あいつ自身の言葉なのだろうか。

不意に腹の底が冷たくなったように感じられ、俺は甲板に腰を下ろして道具袋から取り出した
毛布を被り、無為な思考に蓋をした。
 

              -― ̄ ̄ ` ―--  _
          , ´         ,    ~  ̄、"ー 、
        _/          / ,r    _   ヽ ノ
       , ´           / /    ●   i"      投下日時を予告することで自分を追い込み
    ,/   ,|           / / _i⌒ l| i  |       完成を早める作戦も失敗に終わったクマー
   と,-‐ ´ ̄          / / (⊂ ● j'__   |
  (´__   、       / /    ̄!,__,u●   |      >>253
       ̄ ̄`ヾ_     し       u l| i /ヽ、     そこはまあ海賊のマナーの悪さだと思って欲しいクマー
          ,_  \           ノ(`'__ノ
        (__  ̄~" __ , --‐一~⊂  ⊃_

           ̄ ̄ ̄      ⊂ ̄    __⊃
                   ⊂_____⊃

ショップに行ったらガンウォーのウィナーズスターターがバンダイのミスで未入荷とか……
流石の俺もこれは許せないので激情のままに番外編を適当に一本書きながら投下する

短いから寝落ちの心配はないと信じて――

そして安定の酉忘れである

 
海賊の目算通りならば、氷の帆船での行程はおよそ二日ほど。

飲み水も食料も十分な量を積み込んであるし、今のところは海図に記された通りの
航路を順調に進んでいる。
このまま何もなければ、予定通り明日の昼頃には南の大陸が見えてくるだろう。

海賊「ここから先、潮の流れのヤバそうな箇所はねぇし……案外早く着くかもな」

舵を取る海賊が片手に持っている使いこまれた海図を覗き込むと、潮流の方向や
海底の深浅、暗礁の位置や起点となるアジトの岬からの距離・時間などが事細かに
書き込まれていた。
以前は港街にいたから漁師や客船の船長と話をする機会もあり、彼らがこうして海図に
書き込んでおくべき情報はとても多いと言っていたのを思い出す。
 

 
勇者「んんっ……ふあぁ……」

出し抜けに、小さな欠伸が聞こえた。
声のした方を見やると、勇者が帆布を取り払って小さな手を口に当てていた。
眠い目をこすって外界を映そうとしながらも、エメラルド色の瞳はなかなか焦点を定めない。

勇者の寝起きの姿などそうそう見れたものではないと思うと、何故だか頬が緩んだ。
昨晩の海賊の話を聞いて強張った胸が少しほぐれるのを感じながら、俺は苦笑した
顔を勇者に向けた。

兵士「よく眠れたかよ?」

勇者「……まあね。ねぇキャプテン、あたしお腹が空いたんだけど」
 

 
座り込んだまま、上目遣いに言う姿は、まるで餌をねだる子猫のようだ。
海賊は一も二もなく了承し、勇者は木箱の蓋をあけて中身を漁り始める。
今度は猫は猫でも、縄張りの餌場を闊歩する野良猫のボスを思わせる横柄さだ。

よくもまあこうコロコロと印象の変わるものだと、俺は再び苦笑する。

兵士(腹が減ったから起きるってのも、可愛げのないもんだけどな)

こいつの場合、他人に媚びる方法を心得ているというより、ただ単に度を越した
マイペースなだけだな、と結論し、俺は空を振り仰いだ。
快晴の空から降り注ぐ日差しが、午後の翳りを帯び始めている。

確かに、俺もそろそろ腹が減ってきている。少し遅い昼食にするのもいいだろう。
 

 
勇者「あ」

兵士「どうした? 嫌いなものでも入ってたか」

勇者「違うわよ。むしろその逆」

木箱に半身を突っ込んでいた勇者が取り出したのは、菓子店でよく見かける小袋だった。
中には香ばしく焼きしめたスティック型のプレッツェルが十数本か入っている。
国中の菓子店で売られているものだが、手軽に購入できて日持ちもするので、海賊が
保存食のひとつとして用意したのだろう。

勇者「あたし、これが好きなのよ。子供の頃はよく学校の帰りに買って食べたわ」
 

 
そう言うと勇者は、エメラルド色の瞳を無邪気に輝かせながら、袋を開けて
プレッツェルを一本口にくわえる。

普段の隙のない物腰、勇者として微塵も揺らがない立ち姿とはかけ離れた、
年相応の少女らしいと思える姿に、そういえばこいつの歳を聞いていないと思い至る。
俺とそう離れてはいまいと思うが、直接聞こうにもどう言ったらいいのかわからない。

海賊の姉が勇者になった時、ちょうど勇者と同じくらいの年頃だったというが、
こちらも具体的な年齢を聞いていないため推測の域を出ていない。
おそらくは16、7だろうか。
まあ、そこまでして積極的に知りたい情報でもないが……。
 

 
そんな益体もないことをぼんやり考えていると、ずい、と菓子の小袋が差し出された。
勇者の瑞々しい唇が紡いだ言葉が、思索の薄皮を破る。

勇者「あんたも食べたい?」
 
キツネ色のプレッツェルを齧りながら、勇者は俺に袋の口を向ける。
案外殊勝なところもあるじゃないかと思った俺は、「くれるなら遠慮なく貰うぜ」と
まだたくさん残っているプレッツェルに手を伸ばす。

すると、ひょい、と勇者の袋を持つ手が下げられ、プレッツェルをつまもうとした
親指と人差し指が空を切る。
顔を上げると、悪戯な笑みを浮かべる勇者と目があった。

俺は妙に腹立たしい思いに動かされ、詰問の口を開いた。
 

 
兵士「こりゃまたずいぶんと可愛い冗談じゃないか。お前らしくもない」

勇者「焦るんじゃないわよ。ちゃんとあげるから」

目と目を見交わし、勇者の瞳の奥に新しい悪戯を考えついた悪童のような光を見出した
俺は、「俺も腹は減ってるんだから、さっさと寄越せよ」と慎重に返した。

勇者はニヤリと笑い、袋から新たに一本のプレッツェルを抜き出すと、端をくわえて
こちらの方を向いた。
細い喉を反らして、ぽってりとした唇にプレッツェルを挟んだ勇者は、「ん」と
短い呻きを発する。

兵士「……おい。なんだよ、それは」

勇者は無言を返事とした。
 

 
お前もそっち側の端をくわえろ。要するにそう言っているらしい。

俺が睨む目を向けて抗議を行っても、勇者は唇を笑みの形に歪めるだけで応じない。
奇妙に艶やかな笑みを浮かべる勇者は、まっすぐに眼差しを注ぎながら俺の反応を見ている。

勇者「んっ」

再び唇から漏れた呻き声に、どくんと心臓が跳ねるのを自覚した。
逸らさない目を据える勇者に、俺も視線を外すことができない。

勇者の笑みが掌中に握った魂を覗き込む悪魔のように見え、頬がにわかに熱くなるのを感じる。

兵士「……~~っ」

俺は意を決して伸ばした手で、勇者がくわえているプレッツェルを半ばから折ってもぎ取った。
 

 
半分ほどの長さのプレッツェルをガリガリと齧ると、今度は勇者が抗議の声を上げる。

勇者「何すんのよ」

兵士「あんまり人をからかうな。うっかり本気にされちまったらどうするつもりだよ」

勇者「そう? あんたって案外、こういうの本気にしそうだからやったんだけど」

余計に性質の悪いことを言う勇者から視線を逸らしながら、咀嚼する口を休めない。
口にした分を嚥下すると、俺は木箱の中から未開封の袋を取り出し、食べ始める。
お前の持ってる分はいらない、という俺の無言の意思表示を受けた勇者は口元を緩め、
「あんたってつまんない奴よね」と言い捨てると、残りのプレッツェルを齧るのに没頭し始めた。

つまんなくて結構、と呑み込んだ言葉を胸中に抱き、俺は穏やかな海に目を落とした。
 

    ∩___∩   /)
    | ノ      ヽ  ( i )))
   /  ●   ● | / /   即興で書いてみたはいいけど、唇を魅力的に表現するための語彙が
   |    ( _●_)  |ノ /   絶望的に足りていないことを晒しただけな気がするクマー
  彡、   |∪|    ,/

  /    ヽノ   /´     もういい加減眠いから寝るクマー

    /::::/:::::/:::::`ーラ:::::::::::,.ィ:、\ヽ.

    ,'::::;':::::/:::::::/:::::::{:_;.ィ:´ヽ._::::):::';:ハ
   ;:::::;::::::;':::::::/:::::/:i::::i::l::ヽ::::l::::::::i:::',  
 .  i:::::i::::::i::::::::l:::/l::::::l::::l:::l::::::i::::l:::::::l::::i  オレは
 .. l::::::l::::::l:::::::::i':::l::::::l::::l:::i::::::l::::l::::::i::::;i  『書きたい』と

 .  !:::::l::::::l:::::::::l::::l::::::i::::l:::l:::::l:::リ:::::i:ノil  思ったから このスレを乗っ取ったんだ
 .  l:::::!l::::::!:::::::::ト=‐_-_⊥⊥ --‐ スィi::!
    l::::l:l:::::l:::::::::::ヒォ::ァ‐ミヽノ ,ィtチ_ノl::l   後悔はない…エターにするつもりもない
   l::::l::i:::::l:::::::::::lヽー'´/  l`¨  i::l
    `ヽ\:::l::::::::::::',      ,. 、!   /::リ
    |.\::::';:::、:::::ハ      ソ /::/l   しかし4月に入って大学も始まるから

   /.i. h丶、:::ヽ::::',     ヽイ ,':::/    更新頻度が今以上に落ちるかもしれない
 /  ', ヽh ` <:::::゙、 ‐ "¨ ノ/-V
   / \ \ト.、 `マ^、 `¨´./ヽ      どうか許してほしい…

  /.    丶、ヽ- ニ/`゙ ー ' ./i
    r‐ ¨ ̄  ̄ ̄//ヽ |  / l
 .    i  i'⌒¨ ‐一'、  l i  l l
  \ \ \     ', .//  l l

 
勇者「そういえば、今日はエイプリルフールね」

兵士「エイプリルフール?」

聞き慣れない言葉だった。
思わずオウム返しにした俺に、勇者は「そう。エイプリルフール」と繰り返す。

大陸を縦貫する街道を南下して海賊の岬に行く途中のことだった。
抜けるような午前の青空は、太陽がまだ天頂に登り切っていない朝と昼の中間の様相で、
ひょっとしたら一日の中で一番過ごしやすい時刻かも知れない。

各地の被害状況の把握と救援物資の投下作業に追われる王国軍には、下っ端兵士を一人
勇者の荷物持ちとしてつける程度の余裕しかなく、オレ自身も複雑な胸中を抱えながらの
旅路だが、勇者には無縁のことであるらしかった。

勇者は俺の2メートル先を歩きながら、件のエイプリルフールに関しての説明の口を開く。
  

 
勇者「毎年4月1日は嘘を吐いてもいいっていう、西の王国の風習のことよ」

兵士「ふぅん……知らなかったな。よその国にはそんな風習があるのか」

勇者「地方によっては、正午までに限るってところもあるわね」

兵士「てことは、これから俺に嘘を吐くのか?」

振り向きざまに笑みの形に歪められた唇は、そのまま無言の肯定だった。

勇者「ちょうどお昼前だし、嘘を吐くにはいい日だと思わない?」

眉を顰めたのも一瞬、そういうことなら俺も全力で嘘を看破してやると決意し、
「いいぜ。俺だってお前を騙してやるからな」と挑発的に言ってやった。
 

 
それから数十分、散発的な当たり障りない会話をしながらも、お互いに嘘を吐く
タイミングを計りあう時間が続いた。

お互いに色々なことを聞いて、喋った。

事務的な内容に終始しがちな普段の会話とは打って変わって、その内容は多岐に渡った。
天気の話から始まり、勇者がこれまでに旅した国々のこと、倒してきた魔物のこと、
旅先で目にした珍しいもののことなど……いつになく会話が弾んだ。

時間単位で見て、量の面でも質の面でもこれほど楽しい会話をしたことはない。
そもそも楽しくおしゃべりをするような間柄ではないのだ。
しかし、折角のそれがお互いを騙すための腹の探り合いというのだから悲しいものだ。
 

 
ここまでの会話の中で、勇者は嘘らしい嘘を織り交ぜてはこなかった。
俺も今はまだその時ではないと感じていたし、勇者としてもそうなのだろう。

互いに嘘を吐くと宣言した以上、そうそう見え透いた嘘に引っかかるわけがない。
それぞれ相手の警戒心の弛んだ瞬間を狙い撃とうとしているだろうし、隙あらば
嘘を吐こうとその時を虎視眈々と窺っている。

兵士(長期戦になると不利……というか勇者が飽きてうやむやになる可能性もある)

兵士(となれば先手必勝、短期決戦に持ち込むべきだが……闇雲に突っ込んでもダメだ)

兵士(どんな嘘なら勇者を騙せる……? その時はいつ来るんだ……?)

しかし、勇者相手ではどんな嘘を吐いてもお見通しのように思えてくる。
頭を振り、今は勇者の一挙手一投足に注目すべきと結論する。
 

 
物思いに取りつかれたこちらの顔に、勇者も何やら神妙な目を向けていた。
底深い瞳に覗かれて突き上げる動揺を押し隠し、目を逸らさないように努める。
勇者もこっちの方を向きながら後ろ向きに歩いて、じっと睨み合いの時間は続いた。

やがて、俺と勇者の間の2メートルに沈黙と緊張を滞留させ続けることに耐えきれず、
俺は破れかぶれの心持ちで口を開いていた。

兵士「あ……あのさ」

勇者「なに?」

兵士「お……俺達も、考えてみりゃ妙な関係だよな」

兵士「一介の兵士にとって勇者なんて雲の上の存在だし、本当なら出会うはずもなかったのに」

兵士「俺も、その……偶然知り合ったとはいえ、お前の旅に着いていくことになってよ」
 

 
途切れ途切れに言う俺の言葉に、勇者は表情を拭い去った。

ピタリと足を止めてその場に立ち止まった勇者は、歩いている間ずっと保たれていた距離を
一気に詰め、顔を寄せた。

勇者「あたしと知り合ったの、嫌だった?」

どくん、と心臓が鼓動を激しくした。
磨き抜かれた宝石のような眼がすぐそこにあり、生身の存在感が全身に迫ってくる。
僅かに見開かれた目に、エメラルド色の瞳が揺れて、長い睫毛が細い影を落としていた。

勇者「あたしと一緒にいるの、嫌だった?」

俺よりも頭ひとつ分ほど小さな勇者の華奢な体躯が、棒立ちの俺の胸に預けられた。
勇者の身体を受け止めると、細いうなじから香水混じりの柔らかな体臭が立ち上り、
鼻孔をくすぐった。
 

 
ろくに働かない頭を持て余しながら、俺はただ「知らない」と感じた。
こんな勇者の顔は初めて見る。まるで自分とさして年の変わらない少女が、
押し寄せる不安に心身を震わせているような、そんな知らない顔を見下ろす。

兵士「ゆ……勇者?」

勇者「やっぱり迷惑よね。当然だわ。あんたにしてみれば、何もかも突然で……」

悄然と呟いた声が、胸の奥に突き刺さった。

ふと、とんでもないことをやらかした、という実感が這い上がってきて、俺は慌てて
勇者の細い肩を掴んで向き直り、お互いに目を見交わした。
初めて会った時から網膜に焼きついて離れない鮮烈なエメラルド色が、視神経を刺激する。
 

 
兵士「迷惑なもんかよ。そりゃあ確かに巻きこんだのはお前かも知れないけど」

兵士「俺だって深く考えもせずに首を突っ込んだんだ。お互い様だろ」

肩に触れている指の端から、勇者が息を呑む気配が伝わった。

顎を引き、視線を落とした勇者は、そのまま額を俺の胸に押し当てるようにして顔を隠す。
激しく打つ心臓の鼓動を聞かれたかも知れないと思うと、掌にじわりと汗が滲む。

押し黙ったままの勇者に、俺は何か伝えるべきことがあるという確信にも似た思いだけで、
しどろもどろになりながらなおも言い募ろうとした。

兵士「お前は……なんていうか、よくわかんない奴だし、合わないとは感じるけど」

兵士「俺は、お前と一緒にいるのは……その、別に嫌ってわけじゃなくて……」

言いたいことがあるはずなのに、言葉だけが空転していく。
ひどくもどかしい思いが堆積し、俺は歯噛みした。
 

 
勇者「……ぷっ」

顔を伏せたままの勇者の口から、空気が漏れ出るような声が紡がれる。

「え?」と俺が戸惑いの声を上げかける間も、勇者は小さな肩を震わせ始め、
ついには腹を抱えて笑い始めた。

勇者「あははははははっ! あんた最高っ! いいリアクションしてるわ」

勇者の忍び笑いは空を仰いでの大爆笑にまでなり、平原に勇者の笑い声が響き渡る。
俺はしばし呆然としていたが、事ここに至ってやっと理解した。

はめられた。
 

 
兵士「おっ……お前! 騙しやがったな!」

勇者「言ったでしょ、今日はエイプリルフールだって。あー、お腹痛い」

兵士「それにしたって……ず、ずるいぞ! 嘘泣きなんて」

勇者「泣いてないわよ。あんたってやっぱ単純、もっと言うとバカね」

笑いのあまりか、目尻に涙さえ浮かべた勇者のにやにや顔に、頬がどんどん熱くなる。

先程とは打って変わって、心底愉快そうに笑う勇者から視線を引き剝がし、
俺は明後日の方向に赤くなった顔を背けた。
 

 
勇者「あんた如き雑兵を騙すくらい、あたしにはワケないわよ」

一点の曇りも残らず拭い去ったエメラルド色の瞳が、生身の温度を伴って俺を見上げる。
俺は顔を背けたまま、磨き抜かれた宝石の輝きを横目で見返した。
それは紛れもなく、強い意志と吸い込まれそうになる力を感じさせる、勇者の瞳だった。

勇者「あたしの勝ちね。悔しかったらまた来年出直して来なさい」

言うだけ言って、振り返りもせず歩き出す。
しばらくその場に立ちつくしていた俺は、肩をすくめ、荷物袋を背負い直して
勇者の背中を追いかけた。

しかし、実に機嫌のよさそうな後ろ姿を見ながら「……まあ、いいか」と思えたのは、
その時の俺にとっては何ら不自然なことではなかった。
 

              \   ∩─ー、

                \/ ● 、_ `ヽ
                / \( ●  ● |つ
                |   X_入__ノ   ミ   俺は釣られないクマ……
                 、 (_/   ノ
                 \___ノ゙      しかし女の笑顔と涙に釣られてしまうのが
                 / 丶' ⌒ヽ:::     男の弱さってもんだクマ……
                / ヽ    / /:::
               / /へ ヘ/ /:::

               / \ ヾミ  /|:::
              (__/| \___ノ/:::

 
     ※
 
南の大陸への到着予定日の朝は、絵に描いたような曇天となった。
昨晩から今日の朝にかけて大陸近海へ押し寄せ流れ込んだ厚い雲は、空を覆い隠して
太陽の光を完全に遮っていた。頬に当たる風は予想以上に冷たい。

もっとも、寒さを感じさせるのは気温のせいだけではない。
南の大陸に近づくにつれ、魔王軍との戦いの時が刻一刻と迫っているその事実は、
胸中に寒々とした空気を滞留させてやまない。
臆病なのかもしれないが、魔王と再びやり合うかもしれないことを思えば、
どれだけ臆病になっても足りないくらいだろう。

ひと雨くるかもしれないな、という海賊の呟きに、それが今後に吉と出るか凶と出るか、
考えるともなく考え、すぐにわかることだと結論した俺は、装備の確認に取りかかった。
 

 
勇者「近いわね」

水平線の彼方にようやく南の大陸の地形が見え始めた時、勇者の唇からこぼれ落ちた
言葉を聞き咎めた俺と海賊は、木箱に背を預ける勇者の方を振り向いた。
明らかに答えを期待していない独り言だったが、あいつの口から意味のない言葉が
出てきたためしがない。海賊もそう思ったらしく、肩をすくめて言う。

海賊「何が近いって? 主語が抜けてるぜ」

勇者「この海域に入ってから魔物の気配が濃くなったわ。待ち伏せされてるわよ」

水平線の向こうを見つめる横顔から発せられた言葉は、半ば以上想定の内ではあった。

魔王は自分を追って来いと言っただけで正々堂々の一騎打ちを所望したわけではなく、
また魔王軍の連中も目的遂行の障害になる勇者を看過したりしないはずだ。
罠のひとつやふたつ張られていても、何もおかしくはない。
 

 
舵を握る海賊が、おどけた調子の短い口笛を吹く。
甲板に立ち上がった勇者は、腰に帯びた剣を抜いて周囲を見渡した。
俺もつられて腰を上げ、左手に軍の支給品である鉄の盾を握った。

兵士「勇者。魔王はいると思うか?」

勇者「今のところは、あいつの気配は感じないわ。近づいてきたらすぐわかるわよ」

予測を訊いたつもりだったのだが、どうやら勇者には魔王の気配がわかるらしかった。
確かにあの強烈な存在感は忘れ難いが、その存在自体を感じ取ることは俺にはできない。
勇者と魔王。互いに対等な存在であるだけに、何か惹かれあうものがあるのかもしれない。

と、その時。
天候の影響で徐々に荒れてきた海面がより一層激しく波打ち、氷の帆船を震わせた。
 

 
勇者「来るわよ!」

船に押し寄せる揺れが一際大きくなったその時、水音が連続し、海中から甲板上へ
飛び出してくるものがあった。

水飛沫を撒き散らしながら甲板に降り立ったのは、銛と盾を携え、骨板で覆われた身体に
更に金属製の鎧を纏った三匹の魔物だった。

馬のような頭部は口が筒状に伸びていて、頭には鶏冠にも似た角が生えている。
下半身は長い尾に向かって収斂していき、尾の先はくるりと巻かれている。
昔に何かの本で見た、タツノオトシゴに腕を生やしたような姿の魔物だった。

一見すると滑稽な姿にも見えるが、その体躯は俺達の中で一番大きい海賊よりも
なお一回りも大きいという巨体だった。
 

 
しかし、相対する勇者と海賊は怯まない。

勇者「こいつはシーホースね……ま、大したことない相手だわ」

海賊「海の底で小魚でもつついてりゃいいものを、ノコノコと出てきやがって」

それぞれ橙色、青色、紫色の外皮を持つタツノオトシゴの魔物――シーホースに、
勇者と海賊が斬りかかった。俺も一瞬遅れて、青色のシーホースに挑みかかる。
シーホースの銛のひと突きを、勇者と海賊は素早くかわし、俺は左手に構えた鉄の盾で
受け流しながら、各々の武器を手に肉薄する。

勇者が瞳を閃かせて念じ、剣に金赤色の燐光が纏わりついたかと思うと、
白銀の刀身は瞬時に紅蓮の炎を纏い、刃と炎は溶けあうように渾然一体となって
橙色のシーホースに向けて振り下ろされる。
灼熱の刀身がシーホースの細長い体躯を切り裂き、吹き出した炎が灰さえ残さず
両断された魔物の身体を焼き尽くす。
 

 
会心の笑みを浮かべる勇者は、港街の時のようにぽつりと呟いた。

勇者「必殺、勇者剣・ファイヤーサンダー」

兵士「ファイヤーかサンダーかハッキリしろ!」

勇者「そんな文句はレッドフラッシュに言ってちょうだい」

攻撃を受け流すことに徹しながら隙を窺っていた俺は、シーホースが振りかざした
銛を下方から斬り上げた剣で弾き、返す刀で柄を握り直して一気に振り下ろした。
流石に俺には勇者ほどの攻撃力はない。だが、倒れないまでも敵が怯んだところへ
目標をこちらのシーホースに替えた勇者が斬りかかる。

今度は青白い燐光が刀身から発し、激しい稲光を伴う神速の斬撃を受けて、
青色のシーホースは耐えきれずくずおれた。
 

 
海賊「オラァッ!」

裂帛の気合と共に、派手な破砕音が船上に響き渡る。

海賊の氷の魔法によって一瞬にして物言わぬ氷柱となった紫色のシーホースが
続いて繰り出された海賊の蹴りで粉砕され、氷漬けの四肢がバラバラになって散らばった。
強力な氷の魔法を使いこなす海賊は、徒手空拳ながらも勇者に引けを取らない。

勇者「まだ来るわよ!」

海賊「上等だ! いくらでも来やがれ!」

シーホースが倒されたと見るや、続々と海中から後続の魔物が乗り込んでくる。
聞き苦しい奇声を上げながら舷側を伝い甲板によじ登ってくるのは、右腕に長大な鋏を備え、
丸っこい体の蟹を無理矢理直立させ二足歩行にしたような魔物だった。
 

 
小柄な蟹の魔物――兵隊ガニの群れは、鈍重そうな外見と裏腹に素早い動きで
甲板上に飛び移り、鋭い鋏を繰り出して襲いかかってくる。

海賊「ヘッ! こんな雑魚どもを差し向けるたぁ、ナメられたもんだな!」

兵士「だけど、いつまでもこいつらの相手をしてるわけにもいかないだろ!」

言いながら、巨大な鋏が目の前で勢いよく閉じられる。
前髪の先端がぱらりと落ち、俺は咄嗟に鉄の盾を前面に突き出して兵隊ガニを押しやると、
鋼の剣を一閃した。仰け反った体制で持ち上げられたままの鋏を腕ごと斬り飛ばし、
醜い呻きを漏らす兵隊ガニを蹴りつけた。

勇者「確かに、こいつらの目的はあたし達の足止めね。このまま相手をしててもしょうがないわ」
 

 
勇者の剣が炎を帯び、硬い甲殻に覆われた兵隊ガニの胴体を飴のように引き裂く。
魔物の群れがじりじりと後退すると見るや、剣を鞘に収めた勇者の左手が持ちあがり、
五指を押し開いた掌から白光が迸る。
瞬時に掌の内に圧縮された魔力が全開放され、攻撃魔法の光条を噴き出させた。

兵隊ガニの群れはそのずんぐりとした体に直撃を浴び、瞬時に全身を蒸散させる。

海賊「どうする? 全滅させるのはそう難しくはないだろうが、時間はかかるぜ」

前方から迫る兵隊ガニに対し、海賊は氷の甲板を勢いよく踏み鳴らすことで応えた。

船体を構成する氷が海賊の念を受けて微震し、甲板から鋭く尖った氷柱が突き出した。
氷柱はモズのはやにえさながらに数体の兵隊ガニを串刺しにした後、すぐさま
溶け崩れるように霧散した。青黒い体液を撒き散らしながら、魔物は斃れていく。
 

 
勇者と海賊の強さに動揺の波紋を押し広げていた敵の一群へ、勇者が煌めく魔光を
唸らせた左手がかざされたその時だった。

????「おまんら、何をチンタラやりゆうか!」

兵士「ッ!?」

どこからともなく響いた低い濁声が響くと、大きな破砕音と共に地震のような揺れが
氷の帆船を揺さぶった。

無論、海の上で地震などという冗談はない。
何かが砕け散る音の正体を見極めるべく視線を走らせると、船尾が食いちぎられたように
砕かれていた。
一目見ただけで舵を破壊されたとわかる。
 

 
破砕し引き裂かれた船尾から、巨大な影がのっそりと船上へと登ってくる。

????「勇者ごとき、さっさと始末せんでどうする! たるんどるぜよ」

ぬらりと光る柔らかな皮膚は灰緑色で、つるりとした腹は白。横に膨れた滑稽な顔は
カエルに酷似しており、顔の一部はナマズの髭のように細く収斂し横に伸びている。
一見した印象は、二足歩行の太っちょのカエルだ。

ふざけたことに真紅の布を外套のように羽織って、美麗な装飾の施された杖を手にしている。
恰幅のいい体躯を揺らしながら船上に立つ魔物に、勇者は呆れたような声を上げる。

勇者「久しぶりね、魔海提督。たるんでるのはあんたの腹じゃないの?」

魔海提督「ぐははははは! よく言われるぜよ」

締まりのない喉元を反らし、魔海提督と呼ばれた魔物は呵々大笑した。
 

 
海賊「魔海提督……ってこたぁ、てめぇがこの雑魚どものボスってわけか」

魔海提督「おうよ。しかし、勇者以外にもここまで元気のある奴がいたとはのう」

勇者「獣陸将軍と竜空元帥は元気? いい機会だから一緒に叩いておこうと思うんだけど」

魔海提督「残念だがそれは無理ぜよ。何故なら、おまんらはここで死ぬんじゃからのう!」

魔海提督の号令の下、生き残りの手下達が集結し前衛に立つ。更に海中から数匹の
魔物が飛び出し、増援として戦列に加わる。
部下の後ろで指揮を取る魔海提督が杖を振り上げると、橙色の光が杖の先端に配された
宝玉から漏れ出し、魔物達に降り注いだ。

それを受けて、新たに現れた、全身を鱗で覆われ毒々しい色の長い爪と鋭い鰭を備えた
半人半魚の魔物がこちらに向かって飛びかかり、爪を振り上げる。
 

 
振り下ろされた爪が一歩前に踏み出して持ち上げた鉄の盾にぶつかり、硬い音を上げる。
だが魚人の爪はそれに留まらず、鉄の盾に深く食い込んだ。
予想外の硬度と切れ味を持つ爪は、盾を腕ごと引き裂こうと迫る。

兵士「ッ!」

そのまま左腕を落とされるかと思ったが、咄嗟の判断で『花』を展開する。
鉄の盾の下から薄紫色の花弁が広がり、半ばまで引き裂かれた鉄の盾を内側から弾き飛ばしながら
一気に花開いた。
鉄片が散弾のように飛び散り、上半身にそれを浴びた魚人は泡を食って飛びずさった。

魔海提督「ほう、そりゃあ花の盾か。なかなかいいもん持っちょるのう」

にやにやとカエルのような顔を歪める魔海提督に嫌悪感を抱く暇もない。
先程の光はおそらく、肉体を強化して攻撃力を増強する類の呪文だ。普通なら防げただろう
攻撃によって、危うく左腕を失うところだったのだ。その危険は計り知れない。

雑多な海の魔物達は、俺達三人を取り囲んでじりじりと距離を詰めていく。
  

 
先程とは打って変わって統率の取れた動きを見せる魔物達によって、俺達は完全に
包囲された形となった。

兵士「どうする……? このままじゃヤバいぞ」

海賊「ああ、面白くなってきやがった。ここからがハイライトだぜ」

獰猛な人喰い鮫の笑みを浮かべ、海賊が懐から刀身のない短剣の柄を取りだす。
その柄飾りには青い輝きを閉じ込めた宝玉が嵌め込まれており、海賊が柄を逆手に構えると
同時に空気中の水分が凝結し、それは大きく反り返った刃となって顕現した。

そんな海賊を後目に、勇者は剣を構えながら呑気に言う。

勇者「ここで魔海提督を潰しておけば後々楽になるけど、どうしようかしら」
 

 
どうもこうもない。

このまま戦い続けても、いつまでこの船がまともに浮かんでいられるかわからないし、
魔物達はどんどん船上に押し寄せてくる。ジリ貧なのは間違いない。
だがここは海の上で、海中にも敵は大勢いるだろう。逃げ場所などないに等しい。
畢竟、戦い続けるより他に選択肢は用意されていない。

勇者「ふ~ん、あんたはそう思うんだ?」

海賊「ま、逆に考えりゃ今はチャンスだ。魔王軍の偉そうな奴をブッ潰す、千載一遇のな」

そうしている間にも、空を覆う雲は厚く低く垂れこめていき、風も強くなってきた。
時化た海の上で、船尾を破壊され舵を失った船体が大きく傾ぐ。
 

 
海賊「チャンスを最大限に活かすのが海賊ってもんだ。なら、やることはひとつしかねぇ」

勇者「あたしもそのつもりだったけどね。そっちの方が効率的だもの」

兵士「そうなるよな……覚悟はしてるつもりだ」

だがそうは言いつつも、剣の柄を握る掌に汗が滲んでいたし、震えを自覚してもいた。
落ち着け。こんな時こそ冷静に対処しなければ。
内奥から這い上がってくる震えを押し留めるため、俺はひとつ深呼吸をした。

思考の時間はわずか数秒。それに終わりを告げたのは、聞き苦しい濁声だった。

魔海提督「相談は終わったか? それじゃあ戦闘再開と行くぜよ」

魔海提督は重厚な体を揺らし、ナマズのような口を笑みの形に歪ませた。
それを合図に、手下の魔物達が一斉に爪牙を剥き出して飛びかかってきた。
 


       //

     /  /   パカ
     //⌒)∩__∩
    /.| .| ノ     ヽ

    / | |  ●   ● |   お気づきの読者さんもいらっしゃるかもわかりませんが
   /  | 彡  ( _●_) ミ   魔海提督は>>181の蛙に似た顔の奴だクマー
   /  | ヽ  |∪|  /_
  // │   ヽノ  \/  なんかボスキャラのフットワークが異様に軽くなってる気がするクマー
  " ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄(..ノ

 

魔海提督「田舎訛りのおなごと思うたか……? 俺ぜよ!」

 
 
 
色気づいて髪を染めたら「マジ先輩ただのDQNにしか見えねぇっすわ」とか言われて

ちょっと凹んだので本編と全く関係のない番外編を書きます

 
勇者「勇者とー」

魔王「魔王の」

勇者・魔王『子供電話相談室ー』

コーデュロイ地のオーバーオールに、頭に対してやや大きすぎるきらいのある
キャスケットを被った、ペアルックの二人の美少女がいた。というか勇者と魔王だった。

勇者はいかにもやる気がなさそうで、明後日の方向を向いて爪の手入れをしている。
魔王にしたってモチベーションの程はどっこいどっこいで、用意されたソファに寝そべって、
雑誌を広げて小難しい内容のコラムに目を落としている。

兵士「……テンション低いなぁ、お前ら」

このコーナーの主役は勇者と魔王だが、俺はアシスタントとして電話番を任されている。
それにしても、子供達を相手にしているとは思えないこの態度には思わず溜め息が出る。

勇者「このコーナーは、子供達が普段疑問に思っていることに、このあたし勇者お姉さんと」

魔王「この我、魔王お姉さんが答えていくというものだ」

ただやる気がないだけの勇者はともかく、魔王お前はダメだ。
どこの世界に、子供達に養豚場のブタを見るような目を向けるお姉さんがいる。

勇者「じゃあ早速だけど、番組の留守番電話に入ったメッセージを再生していくわよ」

魔王「さあ、再生ボタンを押せ。愚かな子らを救ってやろうと言うのだ」

兵士「視線も目線も徹底的に上からかよ」

というわけでスイッチオン。ガチャリ、という音と共に音声メッセージが再生される。
  

 
 
 
  
   
子供『もしもし。お姉さん、どうして世の中にはおっぱいの大きい人と小さい人がいるんですか?』

  
 
 
 
 

 
勇者の瞳孔がぴくりと動き、口元から営業スマイル未満のいい加減な笑みが消えた。

勇者「……へぇー、そういう質問かぁ。まったくおませさんねー」

底堅い血の色の双眸がわずかに見開かれ、魔王の纏う空気が剣呑なものとなる。

魔王「……ふむ、質問の意図は把握した。救済の道を示そうではないか」

空気が鉛のように重くなり、急速に息苦しくなるのがわかった。
ここにいたら息ができない。帰ろう。このままじゃヤバいことになる。
そう思う端から、この場を逃げ出そうとする頭が働くが、残念ながらスタジオの出入り口は
固く閉ざされ、収録の間俺達は外界と隔絶されている。

バカな音響スタッフが気を利かせたつもりなのか、BGMを止めてくれたおかげで、
スタジオの空気はいよいよ取り繕う余地のないものになっていた。

勇者「まあ個人差って言うか、貧富の差って言うか? 仕方のないものよね」

魔王「然り、勇者の言う通りだ。だが我が勇者を斃し世界を手に入れれば意味のないものになる」

勇者「あ、それ魅力かも。でもあんたにあたしを殺させる口実与えるのもねー」

魔王「元より口実など必要ではない。このコーナーが終われば我らは敵同士であろう?」

兵士(……どうしてこうなった)

多少の齟齬を孕みながらも問題なく回ってきた歯車が、たかだか子供の疑問ひとつで
軋み始め、今や完全に狂ってしまったという苦い実感が広がっていく。

見ると、ADやカメラマンが「なんとかしろ」と言わんばかりの険しい視線を向けてくる。
番組的にもこのまま気まずい時間を継続するわけにもいかず、俺は人食い虎の檻の前に
いるような心持ちで二人に声をかける。
 

 
兵士「え、えっとだな……お姉さん達はどう思うんだ? この質問……」

最後まで言い切らないうちに、俺は魔王に襟首を掴まれて床に引き倒されていた。

銀色の前髪の合間から、ぬらと光った双眸が俺を見下ろす。
馬乗りになった細身の肢体を払い除ける術はなく、喉元に右の親指の爪を押しあてながら
魔王は冷たい声音を吐き出した。

魔王「吐け」

兵士「な……何をだよ」

魔王「この豚……もとい質問者の住所と氏名だ。我が直々に質問の答えをくれてやろう」

とうとう子供達を豚呼ばわりだ。無論、質問者の個人情報など教えられるわけがない。

兵士「子供電話相談室なんだから、お姉さんも電話口の応対でいいだろうが」

魔王「……ならば聞け、愚かなヒトの子らよ。魔王お姉さんの回答である」

カメラに顔を向けた魔王は、平伏する眷属達に対するような尊大な口調で続ける。
魔力を空気のように身に纏っていると感じさせる威容は、テレビのモニター越しにも
衰えることがないと評判である。今はただただ恐ろしいだけだが。

魔王「ヒトがそのような枝葉末節に拘泥するのは、魂を肉体の獄に囚われているからだ」

魔王「悪しき肉体より脱し、その無垢なる魂を解放せよ。さすればそのような疑問も消えよう」

魔王「望むのなら、ハガキに番組に住所・氏名・年齢・電話番号を書いて以下の宛先へ送るがいい」

魔王「国籍・人種・身分の貴賎を問わず、平等に踏んで縛って叩いて蹴って焦らして吊るして
    斬って殴って嬲って刺して垂らして晒して泣いて抱かれて閉じ込めて泣いて笑って殺してやる」

兵士「おいスタッフ! 宛先のテロップとか出すなよ!? 絶対だぞ、フリじゃないからな!?」
 

 
勇者「まったく、あんたはホント野蛮で傲慢ね」

呆れたような声を上げながらも、勇者の顔には一抹の親近感がある。
それはもちろん俺ではなく魔王に対してだろうが、それでも勇者ならなんとかしてくれると
信じたい気持ちだった。

魔王「ならば勇者よ。貴様はどのような回答をテレビの前の豚どもに示すのだ?」

魔王はとうとう豚呼ばわりを隠す気すらなくなっていた。

兵士「……頼むぞ勇者、お前だけが頼りなんだ」

勇者「そうね……教会の教義に『巨乳女は悪である』という一文を加えれば万事解決じゃない?」

兵士「お前の私怨に教会を巻き込むんじゃない! 魔女狩りでもやる気か!?」

俺は再び周囲を見渡し、リアルタイムでこの危機感を共有するスタッフ達の顔を窺った。
誰もが事態の収束を望みながら、しかし誰もが何の行動も起こそうとしない。

誰一人目を合わせず、口を開こうともせず、ある者は机に肘をついて顔を俯け、
ある者はやり場のない視線を虚空に彷徨わせている。
気持ちはわかる。俺だって、この二人に話しかけるのには不断の勇気が必要だったのだ。、

勇者「ねぇ? どうせあんたも大きい方が好きなんでしょ」

兵士「あ、はい、どっちかと言うと大きい方がまあ色々……」

反射的に答えつつ、消え入るような語尾になったのは己の失言を自覚してのことだった。
しかし、玉虫色の答弁でこの場を切り抜ける自信はなかったし、勇者のエメラルド色の瞳も、
魔王の血の色の瞳も、一切の言い訳を許さない硬さを宿していた。
 

 
魔王「正直に言ったのは評価に値する。だが、我の好む答えではなかったな」

勇者「そうね。ホント、なんで男って、あんな肉と脂肪の塊を重宝がるのかしら」

魔王「まあよい。勇者、貴様にも我らの為すべきことが見えたはずだ」

勇者「ええ。世界を救う勇者様としては、この歪んだ世界を正しく導いてあげなくちゃ」

魔王「『貧乳はステータスだ、希少価値だ』計画発動! これより作戦行動に入る!」

勇者「なんだかあたし、ワクワクしてきちゃったわ。もう何も怖くない!」

しんと冷えた空気の中で、勇者と魔王の狂ったような高笑いが熱狂の波紋を押し広げる。

ゆらりと持ち上がった勇者の左手から溢れ出した魔力が、スタジオの壁を爆砕する。
魔王の全身から発した青い炎が、膝の部分に番組のマスコットのアップリケを縫い付けた
オーバーオールを瞬時に燃やし、その下から本編で着用している漆黒の鎧が現れる。

スタッフは皆、歩き去る二人の後ろ姿を呆然と見送っている。
巨乳と貧乳。
対立するふたつの概念の軋轢から削り出された二人の女をなだめるための言葉など、
その場にいる誰一人として持ち合わせてはいなかった。

だが、俺は違う。違うはずだ。
同じ物語の登場人物として、男として、何か伝えるべきことがある。
本編と何ら関わりのないコーナーで、世界の命運を定めてしまっていいわけがない。

兵士(……なんで俺がこんな面倒を背負いこんでるんだよ!)

俺は震える足を叩き、爆発音と悲鳴の交錯するスタジオの外へ駆けだしていった。
 

      ∩___∩              
      | ノ  _,    ヽ   魔王は貧乳だけどそんなことを気にするキャラではない
     /   ─   ─ |  
     | ////( _●_)//ミ  勇者は貧乳とか巨乳とかビジュアル設定していない
    彡、   |∪|  ノヽ   
     /ヽ /⌒つ⊂⌒ヽ |  本編設定との矛盾が酷いことに気付いたのは
     |  /  / k  l  | l  書き上がってからだったクマー……
     ヽ、_ノ    ヽ,,ノ 正直すまんかったクマー

× 魔王「望むのなら、ハガキに番組に住所・氏名・年齢・電話番号を書いて以下の宛先へ送るがいい」

○ 魔王「望むのなら、ハガキに番組の感想と住所・氏名・年齢・電話番号を書いて以下の宛先へ送るがいい」

 
海賊「伏せてろ!」
 
空気がひび割れるような音がしたかと思うと、海賊が掲げた掌の上で空気中の水分が
瞬時に凝結し、凍てつく風が吹きつけると同時に無数の氷刃を四散させた。
 
咄嗟に姿勢を低くした俺と勇者の頭上を、ひとつひとつが大ぶりのナイフほどもある
氷塊が行き過ぎ、俺達を包囲する魔物達に降り注ぐ。
 
魔物達が怯んだ隙に、俺と勇者が甲板を蹴って手下の後ろに立つ魔海提督へ向けて走る。
左手首の腕輪の宝玉が淡い輝きを放ち、再び花を象った魔力のシールドを押し広げる。
 
魔海提督を護衛する魔物達が立ちはだかり、『花』を前面に押し出した俺は
そのまま『花』の物理防御力を頼りに突進した。
 
俺が突き出した『花』と、二体のシーホースが突き出した盾とが無音のうちにぶつかり合う。
 

 
しかし相手もさるもので、単純な膂力で言えば魔物達に分がある。
事実、押し飛ばされないよう踏ん張るのが精一杯で、魔物を押しのけることはできそうにない。
 
だが、これでいい。俺の目的は魔物と真っ向からやり合うことではない。
 
兵士「勇者!」
 
勇者「OK、そのまま突っ立ってなさい」
 
振り向きもしないままに叫び、次いで涼やかな声が耳朶を打つ。
背中、そして肩と、連続した衝撃が鎧の装甲板越しに伝わり、俺はすぐさま飛びずさった。
 
勇者「一気に行くわよ!」
  
斜め上方を振り仰ぐと、俺を踏み台にして飛び上がった勇者が曇天を背に宙を舞っていた。
 

 
勇者「必殺……」
 
空中で振りかぶった剣が赤熱し、炎を纏う。

白銀の刀身は燃えさかる炎と一体となって煮えたぎる灼熱そのものと化し、飽和した
魔力の光彩を舞い散らせながら、赤から金へと、そして金から青白へと色を変えていく。
 
勇者「――勇者ダイナマイト!」
 
勇者の剣から青い炎が放たれる。
ひと抱えはある灼熱の塊が刀身から分離し、魔物達がひしめき合う甲板上へ着弾した。
俺は左腕を前面に押し出し、最大出力で『花』を咲かせる。
 
花弁の形をした薄紫の魔力の被膜越しに、魔物達が炎に包まれた。
 

 
空気を吸い込んで色を赤に戻しながら、炎は何十倍にも膨張し、巨大な円筒形の渦となって
魔物達を燃やし尽くし、蒸散させていく。
 
天変地異のような勇者の必殺技は、敵も味方もなく、情け容赦のない灼熱の暴威を
押し広げる。帆柱が根元から蒸発し、上部に畳まれた帆布が引火して瞬時に燃え尽きた。
 
輻射熱を伴う衝撃波が押し寄せ、俺には最大限に花弁を広げた『花』が、後方の海賊には
氷でできた高く分厚い壁が、それぞれ熱風と火炎を遮る防波堤となって横たわった。
ぎゅっと首を縮こまらせながら、俺は内心で毒づいた。
 
兵士(いちいち人の予測を裏切らないと気が済まないのか、こいつは!)
 
思う間にも炎の渦は急速に鎮火し、熱波の余韻は吹きつける潮風と共にすぐさま行き過ぎた。
氷の甲板には直径3~4メートルはあろうかという破孔が穿たれ、鼻をつく悪臭と
煙を燻らせ、もはや原形の判然としない消し炭がそこここに転がっている。
 

 
炎の塊は甲板上で炸裂したため、被害は船底にまでは及ばなかったようだが、
どちらにせよ、勇者の技は威力がありすぎるのだ。
 
勢い余って船を爆沈してしまわないだけマシだが、どうも俺とあいつの間では、
その辺りの考えの尺度にも大きな食い違いがあるらしいと実感する。
 
こんなバカみたいな威力の魔法を使えば、周りにいる俺と海賊もただでは済まないと
わからないのか。
それとも、花の盾や氷の魔法がある分を計算に入れてやっているのか。
 
兵士(どっちにしろ、迷惑千万な女だ……!)
 
魔海提督の目の前に降り立った勇者は、白刃を翻して下からすくい上げた。
短い足を蠢かせて剣を回避した魔海提督は、杖を構えながら距離を取る。
 

 
魔海提督「チィッ……! 相も変わらずデタラメな威力じゃのう!」
 
勇者「あんたが蘇生呪文を使えるとわかってるから、わざわざ高威力の魔法を選んでるのよ」
 
至近距離までの接近が叶ったのなら、呪文詠唱の隙を与えず一気に勝負を決める。
追いすがる勇者は最初からそう考えているようで、事実それは有効な手立てだと言えた。
 
身を滑らせ、素早く流麗な剣捌きで、連続して魔海提督へ斬り込んでいく。
狙い過たず締まりのない首筋に食い込んだ勇者の剣は、しかし弾力と防刃性に優れた
滑りを帯びた皮膚を上滑りしていくだけで、傷ひとつつけるにも至らない。
 
勇者「以前、西の王国で戦った時は、斃した魔物を蘇らせてくれて面倒だったもの」
 
皮膚に接触したままの刀身が、轟、と音を立てて炎に包まれた。
燃えさかる刃が粘性の表皮を焼き、そのまま焦がし斬っていく。
 

 
勇者「バケガニクラスの魔物も蘇生できるのには驚いたけど……」
 
戦闘開始から初めて負った手傷に、魔海提督は少し怯んだ様子を見せるが、
傷はすぐに泡を立てて塞がっていく。
 
勇者「流石のあんたでも、消し炭を元の姿に戻すことはできないわよね?」
 
ニヤリと笑いながら、みたび剣を振り上げる。
魔海提督は振り下ろされた剣を杖で受け、激しい鍔迫り合いを演じた。
 
魔海提督「確かに不可能じゃが……手下をいくら失おうと、おまんさえ倒せば魔王様の勝ちぜよ」
 
勇者「奇遇ね。それはあたしにとっても同じことなのよ」
 
魔海提督「じゃが手駒の数で言えば、有利なのはこっちぜよ!」
 

 
激しく斬り結ぶ両者を見やり、縮こまった首を振って顔じゅうの汗を拭う。
 
戦いの模様もさることながら、話している内容もまた俺の理解の範疇を超えている。
蘇生呪文の原理原則や、それを使いこなすことがいかに難しいかは知っているつもりだが、
あのでかいカエルはバケガニをも蘇生させるほどの魔法の使い手だというのだ。
 
兵士(レベルの差、ってことか)
 
勇者、それに魔王。海賊。魔王軍の幹部。
 
俺を取り巻く状況の中で、俺とそいつらとの力量差はどこまでも付いて回るものだ。
勇者のようにはなれないと思う一方、力不足を痛感させられる気持ちもあって、
俺の内心は忸怩たるものだった。
 
海賊「ボーっとしてんじゃねぇぞ!」
 
氷の床を踏みしだく軽快な靴音が、遊離した意識を現実に引き戻した。
ふと横合いに目をやると、ほんの一瞬だけ海賊の黒い瞳と視線が絡み合った。
 

  
海賊は船上に穿たれた破孔を避けて船縁の上を走り、勇者と魔海提督が相対する
船尾方向へ向かっていた。
 
海賊「そろそろ混ぜてもらおうか!」
 
跳躍し、疾風のように勇者と魔海提督の戦いに割って入った海賊は、氷の刃を一閃した。
 
青く冴える刃が魔海提督の皮膚を上滑りし、一見何の痛痒も与えていないかに見える。
だが、刃が行き過ぎるのに沿って、つるりとした腹に幾筋も白い線が描かれている。
体表を覆う粘性の分泌液が、氷の刃の纏う冷気で凍結しているのだ。
 
魔海提督「ぐ、ぬぅぅっ!?」
 
弧を描いた切っ先が横殴りに魔海提督の巨体に襲いかかり、遅滞なく翻した刃が
二撃、三撃と連続して白い腹を捕える。
弾力と柔軟性のある皮膚が凍結して硬化し、やがて受け流すことができなくなり、
巨大なカエルの魔物は魔法を使う暇もなく斬り裂かれていく。
  

 
海賊「今だ、勇者!」
 
ふらつく巨体の前を跳び離れ、海賊が叫ぶ。
海賊の声を受け、勇者が弾かれるように床を蹴って突っ込んだ。
 
勇者「必殺……」
 
よろめきながらも杖を振り上げる魔海提督に、勇者は渾身の一撃を叩きこむ。
 
勇者「勇者ダイナミック!」
 
振りかざした剣に、虚空から雷が落下する。
目映い金赤色の炎と青白い雷光が交錯し、交わり合って渾然一体となる。
やがて刀身に宿った神聖な輝きが露わになり、曇天の空を照らした。
勇者の想念を具現化したと思える無慈悲な光刃が、魔海提督へ振り下ろされる。
 
膨れ上がった閃光が視界を塗り潰し、数瞬後に巻き起こった爆発が氷の船を揺るがした。
 

 
視野を圧倒する光が収まり、滞留する爆煙を海風が吹き払うと、剣を振り下ろした
体勢のままでその場に立ち尽くす勇者の姿が露わになった。
 
魔海提督の姿は影も形もない。
原型どころか破片さえ残らず消滅したのか、と理解し、思わず息を呑んだ。
 
海賊「やったな。あのカエル野郎、煙みてぇに消えちまったぜ」
 
軽口を叩きながら、海賊が勇者に駆け寄る。俺も破孔を迂回して船尾へ向かう。
 
兵士「……これで、もう大丈夫なのか?」
 
海賊「だろうな。魔物なんてのは所詮は烏合の衆、頭さえ叩けば……」
 
話していると、床から僅かな振動音が伝わり、いまだ手の震えを止められない体を
わずかに震わせた。
 

 
反射的に強張った身体を自覚し、音のした方を振り向くと、勇者がその小さな身体を
氷の上に横たえていた。
 
海賊「……勇者!? おい、どうした!」
  
勇者「……やられたわ。あいつ、こんなところにまで……!」
 
海賊に抱きあげられた勇者は、青ざめた顔で悔しげに呟く。
 
見ると、勇者の左腕に飾り気のない武骨なナイフが突き刺さっていた。
震える手で柄を握り、勇者はそれを引き抜いて床に落とす。
 
傷口から血が溢れ出すが、左手から金色の燐光が漏れ出すと同時に出血が収まっていく。
ナイフでつけられた傷は瞬時に癒えるが、勇者の顔色は優れないままだ。
 

 
ナイフを拾い上げると、血に混じって切っ先から青黒い液体が分泌されているのがわかった。
ごつごつとした質感を持つそれは、何かの動物の骨……いや、牙だ。
 
海賊「そいつは牙のナイフだな……似たようなもんを見たことがある」
 
兵士「牙? 魔物の牙ってことか?」
 
海賊「ああ。内部に毒腺が残ってて、相手に麻痺毒を流し込む仕組みになってるんだ」
 
兵士「大丈夫か、勇者? 待ってろ、今毒消し草を……」
 
勇者「いらない……解毒呪文があるから」
 
痺れたように痙攣する左手を胸元に持っていくと、透明な光が勇者の全身に浸透するように
広がっていく。徐々に顔色がよくなり、呼吸も安定していった。
 

 
??「苦戦していたようだな、提督?」
 
その刹那、冷たい声が頭蓋骨を揺らし、突風のような殺気が船上を吹き抜けた。
 
脊髄反射で声のする方を振り向き、『花』を展開させた直後、拡散する光の嵐が
目の前で荒れ狂い、偏向された魔力が俺達三人を逸れて後方へ行き過ぎた。
 
何十発という光弾が火線を錯綜させるのを見た俺は、慄然と目の前の人物を見た。
 
??「やはり、この程度で斃れる勇者でもなかったか。我の予測通りだな」
 
そいつは、全身を焼け焦げさせて足元に倒れている魔海提督に一瞥もくれず、
禍々しい『気』を放ちながら船上に屹立していた。
 
血の色の瞳がこちらを見やると、俺は身体中の熱が奪われていくような錯覚に囚われた。
 
吹きつける海風に黒衣をはためかせ、魔王は傲然たる姿を俺達に晒していた。
 

      ∩___∩
    / ノ `──''ヽ マジかよ                 ・勇者ストライク
    /      /   |         ∩___∩      ・勇者ブレイザー
   /      (・)   |       /       ヽ      ・勇者剣ファイヤーサンダー
__|        ヽ(_●       | ●   ●   |      ・勇者ダイナマイト
   \        |Д|       | ( _●_)     ミ     ・勇者ダイナミック
     彡'-,,,,___ヽノ   ,,-''"彡 |∪| __/`''--、
  )     |@      |ヽ/     ヽノ ̄       ヽ   勇者の必殺技はまだまだ増えるんだってよ
  |      |     ノ / ⊂)            メ  ヽ_,,,---
  |     .|@    | |_ノ  ,へ        / ヽ    ヽノ ̄
  |     |_   / /  | /  |        |  ヽ_,,-''"
__|_    \\,,-'"\__/  /     ,────''''''''''''''"""""""

    ~フ⌒ ̄ ̄  ~ヽ ヽ   ̄ ̄"""'''''''--、""''''---,,,,,,__
    /       ̄''、|ノ           )ヽ
___/       ̄ ̄)           / |___


勇者や魔王の鎧は、作者の中では上半身だけを覆う軽鎧のつもりです。少々描写不足でしたね。
それから当初の構想では、勇者は兵士と以下のようなやりとりをする考えもありました。
当時はまだラブコメをやるつもりがあったんです。

 
 
 
兵士「そういえば、いつも持たされてるこの荷物袋、何が入ってるんだ?」


兵士「剣だの盾だの取り出してるけど、どこに収まってるんだ……四次元ポケットか、これ?」

兵士「アイテムの整理とか取り出しはいつも勇者がやるからな。ちょっと見てみるか」

ゴソゴソ……

やくそう
どくけしそう
まほうのせいすい
よせてあげるブラ

バシッ!

兵士「……!?」ジンジン

勇者「……」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…

兵士「……」ドサッ…

勇者「……」チャキッ

兵士「……いやぁ、今日は天気が悪いな。荷物袋の中が全然見えない。困ったなぁ……ハハ……」

勇者「ええ、今日は天気が悪いの。どんよりとした曇り空で、昼だけど夜みたいに暗いのよ」

兵士「ああ、それにしてもひどい曇天だ。明日は晴れるといいよなぁー……」
  

立て逃げの立てたスレを面白く活用してくれるのはいいけど自分で立てたほうもちゃんと書いてほしいな・・・

>>370
あっちのスレも見ていてくださりありがとうございます
しばらくこっちのスレに注力するか、隔週で交互に書いていく感じにするか考え中です

あと、今後出るキャラの属性について意見もらいたいです

1.ショタ
2.年上のお姉さん
3.お嬢様
4.その他

大体設定は出来上がってるので要望があったどれかで書いていきます

 
     ※
 
魔王の身体に、金色の輝きが宿った。

天に差し上げた左手から遊離したそれは、まっすぐに魔海提督の体の上に光の線を描き、
胸のあたりで直角に交わって十字形を成す。
量を増した金色の燐光が、丸々とした巨体に染み渡っていく。

魔王「我が眷属よ。死の淵より再び立て」

勇者の必殺技を受けた魔海提督は全身を焼け焦げさせ、細かな痙攣を繰り返していたが、
体の表面から焼け焦げた皮膚が剥がれ落ち始め、その体に力が取り戻されていった。

やがて、魔海提督は呻きと共にゆっくりと起き上がる。
 

 
魔王が使ったのは、死に瀕した者を蘇生させる蘇生呪文だ。
数ある呪文の中でも非常に高度な呪文で、王宮の賢者や教会の僧侶の中でも
使いこなせる者はわずかに数人しかいないし、成功の確率も半々程度とされている。

魔海提督の主である魔王が蘇生呪文を使えない道理もなかったが、
こうも奇跡じみた魔法を平然と見せつけられると、やはり魔王の力は計り知れないと
思い知らされる。

魔王「提督。気分はどうだ?」

魔海提督「ま……魔王様!? 何故ここに……」

蘇ると共に己が主の姿を認め、魔海提督は青ざめた。

慌てて首を垂れる魔海提督を見下ろす魔王の表情は黒衣のフードに隠れて見えなかったが、
それでも満足げな笑みの形に歪められた口元から、その感情を読み取ることができた。
 

 
魔王「本来はこちらに出向くつもりはなかったが……面白いものが視えたのでな」

勇者「へぇ……ちょっと興味あるわね。あたしにも教えてくれない?」

滔々と語る魔王に、勇者はふらつきながら立ち上がり鋭い目を注ぐ。
魔法で解毒はできたようだが、身体のダメージは残っているようだ。
俺は思わず、足を踏み出そうとする勇者の肩を掴んで、小さな身体を踏みとどまらせる。

兵士「やめろ。ダメージが残ってるなら……」

勇者「どいて」

ひどく硬い声が、続くはずの言葉を遮った。
肩を掴む手の力が緩み、すげなく振り払われた手が行き場を失って宙を切る。
 

 
しかし、勇者が剣を構える前に、海賊が飛び出していた。
一気に距離を詰め、逆手に構えた氷の刃が迷いなく魔王の頸動脈を狙って振り下ろされる。

澄んだ金属音を響かせながらそれを受け止めたのは、ゆっくりと持ち上げられた
魔王の左腕に装着されていた円形の盾だった。
盾の表面に刻まれた悪魔の顔のレリーフが、にたりと笑う。

海賊「なかなかいい趣味だな、魔王さんよ」

軽口を叩きながらも油断なく飛びずさり、氷の刃を振りかざす。

海賊の全身から青い燐光が漏れ出し、猛烈な凍風が巻き起こる。
それは氷の船を中心に拡散していき、船を揺らし荒巻く海までも凍てつかせていく。

海賊「いきなりで悪いが、死んでもらうぜ! 魔王!」
 

 
荒れ狂う極北の風に黒髪を躍らせながら、海賊が叫ぶ。

舷側にぶつかる波しぶきが凍りつき、無数の氷の刃と化して魔王へと殺到する。
上下左右、立体的に交差する刃の雨が魔法の黒衣を切り裂いていくが、しかし
魔王は微動だにしない。

魔王「面白い手品だ。やはり貴様……」

海賊「まだまだ行くぜ!」

次いで魔王の足元の床が隆起し無数の氷柱が突き出す。
胴体を貫かんと伸びる氷の杭は、しかし魔王の黒衣に穴を開けるに留まった。

氷柱の一本が魔王の顔へと伸び、魔王はすっと頭を後方に引いてそれを避ける。
黒衣のフードが大きく裂け、透き通るように白い肌と、ぞっとするほど鮮烈な
紅色の瞳が束の間露わになる。
 

 
魔王「なかなかの腕だ。しかし、この程度では、我が命を脅かすことはできぬ」

魔王が腕を一振りすると、その手から放出された見えない波動が衝撃波となって
氷柱の原と化した船上を吹き荒れ、数十本の鋭利な氷柱を砕き散らした。

激しい破砕音が響き渡り、微細な氷が氷点下の怒涛となって押し寄せ、
俺達は受け身を取る間もなく揃って船縁に叩きつけられた。

海賊「チィッ……!」

小さく舌打ちし、海賊は外套の裏に吊ったホルスターから短銃を抜いた。
美麗な装飾の施された短銃の筒先を魔王に向け、発砲の閃光と轟音が膨れ上がる。

刹那、金属と金属が激しくぶつかり合う甲高い音が響く。
いつ抜いたのか、魔王の手にはあの夜に見た槍を想起させる長大な剣が握られており、
剣の一振りで銃弾を弾き飛ばしたのだ。
 

 
魔王「無駄だというのがわからぬか?」

海賊「……まあ、魔王っていうからにはこうでなくちゃな」

言いながら、海賊は氷の刃と短銃を持ち換えて構え直す。
俺は相対する海賊と魔王を注視しつつ、勇者に肩を貸して一緒に立ちあがった。

あれだけ派手な魔法を使いながらも海賊はまだ余力を残している。
氷の魔法は、水と風のふたつを同時に操作する複雑な術式を構築し、行使するものだ。
それを使いこなす海賊の魔力と精神力は無尽蔵と思えた。

一方、魔王も魔法の黒衣がボロボロになっただけで何の痛痒も受けた様子はない。
骨身を凍えさせる冷風も、連続して降り注ぐ氷刃も、ダメージを与えるには至らなかった。
3対2とはいえ、彼我の戦力差はどの程度なのか? 俺には想像がつきかねる。

魔王「……貴様、海賊と言ったな」
 

 
海賊「あん?」

魔王「この力、ただの人間では有り得ぬ……やはり勇者の血筋に連なる者か」

海賊が僅かに目を見開き、勇者が身じろぎする気配が伝わってきた。
勇者には伝えていなかったのか、と気づき、即座にそれも当然と理解する頭が働く。

海賊「……御名答。その通りさ」

静かな怒りを滲ませながら、海賊は呟くように答える。

海賊「俺の姉貴はてめぇに殺されたんだ……覚えてるかよ、魔王さんよ?」

魔王「先代の勇者に弟がいたとはな……ならば」

魔王は、黒衣に手をかけて無造作に脱ぎ捨てた。
黒衣は海風に攫われて飛んで行き、銀色の長い髪と血の色の瞳が灰色の空の下に浮き立つ。
上半身を覆う漆黒の鎧には傷ひとつついておらず、左腕の盾がケタケタと笑っていた。
 

 
魔王「どうだ、我の顔に見覚えはないか?」

海賊「……!?」

嗜虐的な笑みと共に向けられた声に、海賊が息を呑んだのがわかった。
硬く押し固められた緊張が背中越しに見て取れ、海賊は一歩後ずさる。

兵士「……海賊?」

海賊「バカな……有り得ねぇ、そんな」

目鼻立ちの整った顔を強張らせる海賊に、俺の声は届いていなかった。
右手から滑り落ちた短銃が床に落ち、乾いた音を立てる。
動揺の呻きを漏らす海賊を見やり、反応を確かめた魔王は更に笑みを深くした。

魔王「この姿ではわかりづらかったか? ならば、これなら……」
 

 
直後、魔王の腰まで届く長い髪が根元から黒く染まり、透き通るような銀を塗り込めていく。
血の色をしていた瞳も徐々に違う色が混じり、最終的には海賊と同じ黒い瞳になった。

魔王「覚えているか……? いや、もう20年も前だからなぁ?」

心底愉快そうに嘲弄の声音を投げかける魔王は、鴉の濡れ羽色の髪を風になびかせる。
海賊は呑み込んだ息を喉に詰まらせ、何も言えないでいる。
事の推移を見守る俺の横で、勇者はため息交じりに「……やっぱりね」と漏らした。

そして、断続的に吹きつける海風の音ともども、海賊の呟きが俺の耳に届いた。



海賊「……姉貴」
 

    ∧  ∧

    / ヽ‐‐ ヽ
    彡      ヽ マジかよ
   彡   ●  ●            ∩___∩      作者はアルビノも好きだけど
   彡 (      l          /       ヽ      黒髪も好きなんだってさ
__彡  ヽ     |_         | ●   ●   |
  彡ヽ__ヽ    l  \       | ( _●_)     ミ      でもISで一番好きなのはセシリアさんだと言ってたクマー
         ( o o)  \   ,,-''"彡 |∪| __/`''--、
  )     |@ ̄     |ヽ/     ヽノ ̄       ヽ
  |      |     ノ / ⊂)            メ  ヽ_,,,---
  |     .|@    | |_ノ  ,へ        / ヽ    ヽノ ̄
  |     |_   / /  | /  |        |  ヽ_,,-''"
__|_    \\,,-'"\__/  /     ,────''''''''''''''"""""""

    ~フ⌒ ̄ ̄  ~ヽ ヽ   ̄ ̄"""'''''''--、""''''---,,,,,,__
    /       ̄''、|ノ           )ヽ
___/       ̄ ̄)           / |___


 
     ※
 
海賊「嘘だ……姉貴がここにいるはずがねぇ!」

沈黙のしじまを揺らしたのは、戸惑いをまとわせた海賊の叫びだった。

海賊「姉貴は死んだんだ……魔王に殺された。なのに、あの頃のままの姿で……」

魔王「しかし、ここにいる。貴様の知る最後の姿のまま……何故だろうなぁ」

くすくすと嗤いながら一歩足を踏み出してくる魔王に、困惑と、多少の怒りを
滲ませた顔をした海賊は、自分に言い聞かせるように叫び声を上げる。

海賊「……見せかけだ。何かの魔法で姉貴に化けてるに違いねぇ!」

荒げられた声音が、吹きつける海風に負けないほどに船上の空気を振動させる。
爪先が触れ合うほどに近寄り、魔王は顔を寄せて薄暗い声で囁く。

魔王「忘れたのか? 姉の声、姉の息遣い、姉の匂い……くくっ」
 

 
海賊「……ッ!」

半ば意識の外から反射的に振り上げられた氷の刃を、しかし魔王は悠然とかわす。
薄笑いを浮かべた表情はそのままに、余裕たっぷりの態度だ。

海賊の顔には、なにがなんだかわからないと書いてあるようだった。
見知った魔王の姿が海賊の姉のそれで、しかもそれは先代の勇者だったという。
先代の勇者は死んだはずで、しかしその存在しない人間は目の前に厳然と屹立している。

まるでわけがわからず、そしてそれがわけもなく恐ろしい。
そう、わからないということが一番怖いのだと、ふと教官の一人が言っていたことを思い出す。

戦場で大事なのは現況を正確に把握するための情報だ。
それさえわかれば、たとえ敵陣の中で孤立しても戦いようはある。
どんな絶望的な状況でも、覚悟のひとつも決められるというものだと、教官は言っていた。

俺は救いを乞うような気分で、すぐそばの勇者の横顔に視線をやる。
 

   
勇者「あんた、その身体に転生したのね?」

常にない強い声を発した勇者に、その場にいる全員の視線が注がれる。
困惑を黒い瞳に宿らせた海賊はどこか縋るような目を向けている。
俺だって、海賊ほどではないにせよ、魔王の変化と勇者の言葉に理解が追いつかない。

兵士「転生……? おい。なんだよ、それ。どういうことだ?」

俺の問いかけに勇者は答えない。
魔王は口元に笑みを湛え、しばらく無言の時間を漂った後、返答の口を開いた。

魔王「気づいたか、勇者」

勇者「前にそう言ってたもの。誰の身体を奪ったのか疑問だったけど……」

顔を上げ、魔王と視線を重ね合わせた勇者は、肩を貸して支える俺から離れて、
「まさか勇者の身体に転生するなんてね」と張り詰めた声で言った。

勇者「でも、そう考えると説明がつくのよ。あんたは人間に似すぎてる」
  

 
長い銀髪を黒く染め上げた魔王は、まるでひと塊の暗闇のように見える。
やがてその闇が身じろぎをし、魔王の存在を仄かに浮き立たせる。

俺の知っているあの血の色の瞳とは違う、闇色の目が僅かに細められた。
多分、あの瞳を一番よく知っているのは海賊のはずだ。
しかし目の前にいる少女は海賊の姉ではない。姿形がどうであれ。

勇者「おまけに、勇者のみに与えられるはずの雷と光の魔法を使ってみせたしね」

勇者「ひょっとしたら、全ての属性の魔法を扱えるんじゃない?」

肩をすくめてみせる勇者に追従して笑える者はいなかった。
重苦しい沈黙の中で、勇者と魔王だけが言葉を交わし合っている。

魔王「貴様の想像の通りだ。我は転生の秘儀を会得し永劫不滅の存在となった」

勇者「そして、先代勇者の身体を修復してそれに転生した……」

魔王「然り。少々時間はかかったが、これ以上ない転生の器が手に入った」
 

  
勇者「魔族の身体を捨ててまで勇者の身体が欲しかったの?」

魔王「今の我にとって肉体とは仮初めの器でしかない。こちらの方が何かと都合がいいからな」

魔王「神が造りし勇者の力でもって、この世界を蹂躙する……喜劇ではないか」

魔王「……それに、ヒトは、ヒトの死は厳かであるべきと思っているらしいではないか?」

魔王「であるなら、これは救済だ」

魔王「力尽き、無残に朽ち果てた骸を晒す無様を、他人に見られなくて済むではないか……?」

まるで歌うような朗々たる声に、俺は全身が総毛立つのを自覚した。

違う。あんな理屈は口先だけのものだ。
魔王は死者に対して悼むことも悲しむこともしない。
殺した相手の身体を乗っ取って利用するのが救いだなんて、俺には絶対に認められない。

やはりこいつは倒すべき敵なのだという認識が、静かに頭の中に浸透していく。
  

 
その時、耳をつんざく破裂音が膨れ上がり、魔王の鎧の胸当てに火花が散った。

銃声の発生源は言うまでもない。音のした方を見やると、いつの間に拾い上げたのか、
海賊の手には筒先に硝煙の白い筋をくゆらせる短銃が握られていた。

魔王の後方に控える魔海提督に前に出る隙を与えず、銃口を魔王に向け直した海賊は
人喰い鮫の眼をひたと据え、低い声で怒鳴った。

海賊「姉貴の声でそれ以上喋るんじゃねぇ」

魔王「……なるほど。それが結論というわけか?」

上辺の笑みさえかき消し、魔王は無表情に言う。乾いた銃声がそれに答え、同時に魔王の
左腕の盾がすっと掲げられて銃弾を弾く。
連続して着弾の火花を爆ぜさせるが、表面の悪魔の顔は嘲笑を絶やさなかった。
 

 
魔王「我は斃れぬ。我は滅びぬ。たとえこの身が朽ちようと、我が魂までも消し去ることはできぬ」

言いながら、魔王の黒い瞳が見る間に紅く透き通り、血の色を露わにした。

魔王「我を殺すということは、貴様自身の手で姉を葬ることと同義なのだぞ?」

海賊「黙れって言ってんだよ!」

風になびく黒髪から色素が失われ、根元から毛先へ鮮やかな銀色を押し広げていく。
鮮やかにその姿を変異させた魔王は素早く剣を振り上げ、切っ先をこちらに向ける。

魔王「あくまでも我に弓引くか、『弟』よ」

白銀の刀身に嵌め込まれた紅色の水晶から同色の光が滲みだし、瞬く間に刀身を赤黒く
染め上げたかと思うと、次の瞬間、凝集された光の奔流が撃ち出された。

光の瀑布が視界を埋め尽くす前に、俺は海賊の前に飛び出して『花』を展開した。
 

 
だが、魔法攻撃を偏向させる花の盾を持ってしても、その全てを受け止めきれない。
腕輪の中心に据えられた宝玉と、その周りに飾られた銀の花弁が悲鳴にも似た軋みを上げる。

膨大な熱と衝撃波、飛散した魔力の余波が足元の氷を連続して打ち据える。
氷の船体に大きな亀裂が走り、禍々しい光に晒された船は断末魔の叫びを上げて
ついに崩壊を始めた。

兵士「おい、ヤバいぞ。船が崩れる!」

海賊「畜生……!」

熱波が氷を蒸発させ、もうもうと立ち上る水蒸気が滞留する中、魔王は紅い残光を引く
刀身を床に振り下ろし、自らの足元の床に剣を突き立てる。彼女の身の丈よりも長大な剣は
音もなく影の中に潜り込んで、その姿を消した。

勇者「逃がさないわよ!」

剣を収めた魔王に向けて鋭い怒声を撃発させ、勇者は左手を持ち上げる。
 

 
開いた掌から青白い燐光が噴き出し、勇者の五指から発した電光がばちばちとスパークの
火花を散らしながら集束して槍の形を成す。

勇者「必殺――勇者ライトニングッ!」

勇者は大きく振りかぶって雷の槍を投じた。
大出力の雷が一条の光刃となって一直線に伸び、魔王が前面に突き出した盾に突き刺さる。
直撃を受けた盾の表面が溶解していき、悪魔の顔は三分の二ほどをごっそりと抉り取られ、
断末魔の叫び声を上げた後、喋らなくなった。

魔王「逸るな、勇者よ。今はまだ決着の時ではない」

勇者「悪いけどあんたの都合なんて構ってられないのよ」

盾を外して投げ捨てた魔王の足元に光の線が浮かび、光の軌跡が魔法陣を描いていく。
首都での戦いの光景が俺の脳裏を行き過ぎ、それが転移呪文の魔法円であることが思い出された。
 

 
魔王「急くな。我らが戦にはそれに相応しい舞台がある……提督」

魔海提督「! な……なんでしょう、魔王様」

魔王「生き返って早々だが、貴様に最後の任務を与える」

冷たく言い放たれた魔王の言葉に、魔海提督は顔を青ざめさせ、その巨体を震わせる。
魔王の顔を注視しながらも、圧倒されて言葉もないといった風情だ。
無感動に自分の部下を見据える魔王に、魔海提督は辛うじて意味のあるセンテンスを絞り出した。

魔海提督「ま、魔王様……何故……」

魔王「勇者を仕損じたばかりか、多くの手駒を失い、加えて我の手を煩わせたこの失態……」

魔王「その身命をもって贖うより他に、道があると思うか?」

その刹那、魔王の肉体に流れる血の色を引き移した一対の目が、嗤うように揺れた。
 

 
強烈な魔力が魔海提督の巨体を透過したかと思うと、すぐさま変化が訪れた。

でっぷりと肥え太った巨体が強張り、痙攣を始めたかと思うと、その身体から途方もない
邪気が放出されていく。魔海提督は元々2メートルになんなんとする大きな魔物だったが、
その体が見る間に膨れ上がり、不自然に肥大化していく。
かすれて聞きとりづらくなった声が、上下左右へ押し広げられていく口から漏れ出す。

魔海提督「い、嫌じゃあ! お……俺は……」

俺も勇者も海賊も、皆、声もなく見上げることしかできない。
ふと気付いた時にはもう、船上に魔王の姿はなかった。

魔海提督「俺は……俺で……いた……い……」

不規則な膨張と収縮を繰り返す体に翻弄され、バランスを取ろうと踏み出す足のよろめくまま
魔海提督は崩れかけた船縁から荒巻く海へと転落する。
波濤の中に呑み込まれたと思った次の瞬間、足元から這い上がる振動が一気に船を突き上げ、
舷外から急速に浮上してきた何かが視界を埋め尽くした。
 

 
泡立つ海面を割って急浮上し、全身から瀑布のごとく海水を降り注がせるそれは――

兵士「魔海提督……!?」

現れたのは、あまりにも巨大な魔海提督の姿だった。

視界に映る上半身だけでも常人の十倍近く、しかし下半身が海面の下に隠れているため
全高となると容易には見当もつかない。バケガニと同じか、それ以上かもしれない。
俺達の中では最も長身の海賊でさえ、今の魔海提督を前にしては巨象と子犬ほどの差がある。
巨大化した魔海提督は眼下の俺達を睥睨し、巨岩のような握り拳を振り上げた。

思わず身構えた瞬間、ぐい、と襟首を掴まれて、腕白な子供が玩具の人形にそうするように
俺は海へ放り投げられた。直後、振り下ろされた拳が半壊していた氷の船を粉砕するのが見え、
船から飛び降りる勇者と海賊の姿が視界の端に映った。

兵士「――ッ!」

数瞬後に俺は海面へ叩きつけられ、海上に不気味に響き渡る魔海提督の鳴き声を最後に、
俺の記憶は途切れている。
 

       ,..-──- 、  
     /. : : : : : : : : :: \
    /.: : : : : : : : : : : : : : ヽ
   ,!::: : : : : :,-…-…-ミ: : :',
   {:: : : : :: : :i '⌒' '⌒'i: : :} マジかよ
   {:: : : : : : |   ェェ ェェ | : :}      ∩___∩  魔海提督を巨大化させたのはいいけど
   { : : : : : :|    ,.、  |: :;!     /       ヽ  巨大なカエルっていうのもビジュアル的にアレじゃない?
__ヾ: : : :: :i  r‐-ニ-┐| :ノ     | ●   ●   |
    ゞ : :イ! ヽ 二゙ノイ‐′     | ( _●_)     ミ
        ` ー一'´ヽ \  ,,-''"彡 |∪| __/`''--、
  )     |@      |ヽ/     ヽノ ̄       ヽ
  |      |     ノ / ⊂)            メ  ヽ_,,,---
  |     .|@    | |_ノ  ,へ        / ヽ    ヽノ ̄
  |     |_   / /  | /  |        |  ヽ_,,-''"
__|_    \\,,-'"\__/  /     ,────''''''''''''''"""""""

    ~フ⌒ ̄ ̄  ~ヽ ヽ   ̄ ̄"""'''''''--、""''''---,,,,,,__
    /       ̄''、|ノ           )ヽ
___/       ̄ ̄)           / |___


>>433
そりゃあお前・・・
何日も女一人で孤独な旅路
いつ何時魔物に襲われるか分からない中、無防備に水浴びなどそう頻繁に出来ようはずもない。
食事は干し肉やビスケット、黒パンなどで歯につかずさっぱりしているとは言いがたい中、歯磨きも然りだ
着替えも町にたどり着いた時に買い換えるのみで、洗濯をする余裕などあるはずもあるまい
ドラクエ的世界観の中世~近代ヨーロッパなら頭を頻繁に洗わないのも普通のことで
まして魔王城にたどり着いた時の勇者は近くに街などあろうはずもないので
髪をすくことも油で整えることもできなかったろうし、魔物に感づかれても拙いので香水もつけられない
生理が来ても股の布切れを代えるくらいで、服や鎧に染み付いた臭気までは誤魔化せんだろう
つまり・・・

・・・ッ!


・・・ふぅ


キリのいいところいくまでは勇者のほう書かないん?

>>434
   ___l___   /、`二//-‐''"´::l|::l       l! ';!u ';/:::l ', ';::::::l ';:::::i:::::
   ノ l Jヽ   レ/::/ /:イ:\/l:l l::l   u   !. l / ';:::l ', ';:::::l. ';::::l:::::

    ノヌ     レ  /:l l:::::lヽ|l l:l し      !/  ';:l,、-‐、::::l ';::::l::::
    / ヽ、_      /::l l:::::l  l\l      ヽ-'  / ';!-ー 、';::ト、';::::l:::
   ム ヒ       /::::l/l::::lニ‐-、``        / /;;;;;;;;;;;;;ヽ!   i::::l:::
   月 ヒ      /i::/  l::l;;;;;ヽ \             i;;;;;;;;;;;;;;;;;;;l   l::l:::
   ノ l ヽヽノ    /:::l/:l /;;l:!;;;;;;;;;',               ';;;;;;;;;;;;;;;;;ノ    l:l::
      ̄ ̄    /::::;ィ::l. l;;;;!;;;;;;;;;;;l            `‐--‐'´.....:::::::::!l
   __|_ ヽヽ   /イ//l::l ヽ、;;;;;;;ノ....      し   :::::::::::::::::::::ヽ /!リ l
    | ー      /::::l';!::::::::::::::::::::  u               ', i ノ l
    | ヽー     /イ';::l          ’         し u.  i l  l
     |       /';:';:!,.イ   し    入               l l U
     |      /,、-'´/ し      /  ヽ、   u    し ,' ,'  l
     |        /l し     _,.ノ     `フ"       ,' ,'  ,ィ::/:
     |       /::::::ヽ       ヽ    /     し ,' ,' / l::
     |      /::::::::::::`‐、 し      ',  /    u   ,、-'´  l,、-
     |      ``‐-、._::::::::::` ‐ 、     ',/       , -'´`'´ ,-'´
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   | | | |    \ l::/ l::::::/リ ';:::::lリ:::::l';:::l l:l:::::l\  u /
   | | | |



>>437
そろそろあっちの方も書かないと、とは思ってるので、今度はこっちの更新が滞る番ですかねぇ……
こっちはしばらくの間はクロススレに晒して放置かもわかりません

 
勇者「どーも。勇者&魔王の可愛い方、勇者でーす」

魔王「魔王&勇者の美しい方、魔王である」

広いスタジオの中心に据えられた、大きな革張りのソファに座る二人は、
いくつかの点で好対照を成していた。

普段に比べればいくらか可愛げのある営業スマイルの勇者に、
平素と変わらぬ上から目線と不敵な微笑で泰然と構えている魔王。
勇者がソファにちょこんと浅く座っているのに対し、魔王は玉座に座すように
深々と身体を預けているし、カジュアルなワンピースを着ている勇者と
黒を基調としたクラシカルなデザインのドレスを身に纏う魔王は、
ファッションの方向性が違いすぎて一見しただけではどういう関係の二人なのか
よくわからないだろう。

そんな一見さんお断りの、見てくれだけは悔しいくらいに美少女な二人の「可愛い方」は、
露骨にむすっとした顔を「美しい方」に向けた。
 

 
勇者「……ちょっと、コンビ名間違わないでよ。あたしが前でしょ」

魔王「この我が、貴様の後塵を拝するなど有り得ぬ。我が先になって然るべきではないか」

勇者「そんなのプロデューサーに言いなさいよ。とにかく、あたしが前。あんたは後ろ」

魔王「我が貴様の言うことに従うとでも?」

どっちが前か後ろかと、勇者も案外細かいことを気にするもんだ。
それが女のプライドってやつなのかはわからないが、女のワガママは小出しにするから
可愛げがあるのであって、普段からああなら単なる人格破綻者だとわからないのか。

それに魔王も大概なものだ。いくらクールなドSの女王様キャラが売りの女とはいえ、
番組の進行を大きく遅延する振る舞いは正直いかがなものなのか。

兵士「……お前ら、少しは仲良くできないのかよ」

俺はため息交じりに、しみじみと実感した。つくづく見てくれ以外に美点のない連中だ。
 

 
海賊「そうだぜ? 今日は二人のトークショーだろ」

俺と同じスタッフ用のジャンパーを着た海賊がメガホン片手に声を上げる。
オレンジの難燃繊維に背中には番組のロゴマークが浮き立って見える、傍目にも
野暮ったい代物だが、残念ながら海賊は長身の美丈夫だ。
男前は何を着ても似合うというのは真実であるらしく、不可思議なほど絵になっている。

兵士「ていうか、この二人にトークをさせるとか誰が出した企画なんだ?」

海賊「さあな。少なくとも俺じゃねぇよ」

役作りの一環とかそういうのでは全くなく、プライベートでも犬猿の仲のこいつらだぞ。
まともに番組が進行できるとは到底思えない。

海賊「収録はたかだか30分じゃねぇか。ちょっと我慢してりゃあすぐだ」

ついでに言っておくと、今回の不安材料は勇者と魔王だけではなく、海賊もだ。
海賊は勇者に首ったけだし、姉の身体を人質に取られているような状況のせいもあって
魔王にも少々甘いところがある。
とどのつまり俺がしっかりしないといけないわけだが、正直言って自信はない。
 

 
勇者「冗談言わないでくれる? こんな厨二病女と話すことなんてないんだけど」

低く吐き捨て、勇者はテーブルの上に置かれたミネラルウォーターのボトルを手に取った。

ラベルに一切の日本語が書かれていないそれは、少し前に勇者が雑誌の特集ページを開いて
「この銘柄でなければ飲まない」と言ったため、急遽専門店から取り寄せたものだ。
勇者のそういう言動は「買ってこい」というサインなのである。

魔王「是非もあるまい。所詮、口の聞き方も知らぬ愚昧な女だ」

言外に自分が格上だと言い含めた魔王の言葉に触発されて、勇者がじろりと視線を寄越す。
厭わしげな視線が虚空で絡み合い、すぐさま離される。

兵士「頼むからちゃんとやってくれ。仕事なんだから」

通り一遍の台詞と自覚しながらも、こいつらに必要なのは通り一遍の常識だと思い直し、
俺はため息交じりに言う。

兵士「……勇者。ちょっとこっち来い」
 

 
スタジオの隅に勇者を連れてきた俺は、少し拗ねたような表情の勇者に対する
会話の切り出し方を決めあぐねていた。
あまり頭ごなしに叱ってもへそを曲げるだけだが、かと言って甘やかしてもこいつのために
ならない。道理のわからない奴ではないが、常に自分優先なところは治さねばなるまい。

兵士「……あー、勇者。なんというか、もう少し周りに合わせるってことをだな」

勇者「いつも概ねうまくやれてるんだから別にいいでしょ」

兵士「そりゃ周りの方がお前に合わせてる結果だ。いつまでもそうはいかない」

勇者「じゃあ何? あたしがあの女に合わせろっていうこと?」

兵士「仕事なんだからそれも必要だ。魔王にも言っておくから、ここはお互い譲り合いの精神をだな」

勇者「やだ」

勇者が頬を膨らませて顔を背ける。年頃の少女のワガママだといっても
言う側にも言われる側にも時と場合というものがある。今は許容するわけにはいかない。
 

 
兵士「プライベートでならいくらでも喧嘩しろ。でも今は仕事なんだ」

勇者「そんなのわかってるわよ」

兵士「いいや、わかってない。わかっているとしても理解が浅い」

仏頂面でそっぽを向く勇者の肩を掴み、やや語調を荒げて言う。
どうしても納得はできかねるといった風情の勇者は、こちらと目を合わそうとしなかった。

それにしても、どうしてこいつはこんなに頑ななんだ。
いくら魔王のことが嫌いでも、30分かそこらの間だけ普通に接して、カメラに向かって
愛嬌を振りまくだけじゃないか。
俺の知る限り、それくらいのことも承服できないほど頑迷な奴ではなかったはずだ。

兵士「……何が不満なんだ。言ってみろ。どうして魔王と一緒にやれないんだ?」

勇者はしばしの沈黙の後、硬い表情をそよとも動かさずに言う。
 

 
勇者「……あいつ、あんたを引き抜くとか言ったの」

兵士「……魔王が? 俺を?」

勇者「そ。付き人にするとかなんとか言ってた」

それ以上言葉を費やす気はないらしく、勇者は視線を合わせようとしないまま押し黙る。

まるっきり初耳だった。
冴えないTVスタッフの一人でしかない俺が、まさか魔王の目に留まっていたとは意外な話だ。
魔王なら雑用か下働きなんていくらでも用意できるだろうに、わざわざ引き抜きまで
しようというのは突拍子もなく思えて、それも魔王らしいといえば魔王らしい。

しかしそうなると、勇者が頑なになる理由について、こう結論することになる。
そしてそれも、俺にとってはとても意外なものだった。

兵士「まさか、魔王がそう言ったから、あいつと仕事したくないのか?」

なおも無言を押し通す勇者の姿は、肯定と解釈しても問題ないように思えた。
 

 
俺がそう理解した時どんな顔をしていたのかはわからないが、おそらく呆れ顔を浮かべて
目の前の少女を見ていただろう。

しかし、眉根を寄せる勇者の横顔に、バカバカしいとか呆れたという思いは溶けて流れた。
そう思う代わりに、俺は肩を掴む手を離し、代わりに勇者の頭に手を置いた。
赤みがかった髪を撫でると、勇者はくすぐったそうに目を細める。

兵士「大丈夫だ。俺は誰のところにも行かないし、そんな状況にもならないさ」

勇者「……あいつは冗談であんなこと言わないわよ」

兵士「じゃあちゃんと断っておく。それでいいだろ? それでその話はおしまいだ」

勇者も魔王も、程度の差こそあれ相手を屈服させないと気が済まないタイプだ。
本質的に同類と言えるのだろうが、どこかで互いに折り合える妥協点を見つけなければならない。

この勇者を人との付き合い方を知らないアホにして社会に出荷するのは憚られる。
せっかく見てくれだけは可愛いのだから、思いきり皆に愛されればいい。俺はそう思う。
 

 
兵士「じゃあ、魔王にも話をしてくる。ちゃんと仕事できるよな?」

勇者「……うん」

兵士「よし」

正面に顔を戻した勇者と視線が交差する。
俺はここにきてようやく、勇者のエメラルド色の瞳を注視した。
薄暗いスタジオの隅でもなお輝いて見えるその瞳は、喜びと恥じらいと戸惑いに揺れていて、
俺はつい、「綺麗だな」と言ってしまっていた。

勇者「……バカじゃないの」

見つめ合っていると、なんとなく気恥ずかしい気分に襲われ、今度は俺がそっぽを向く番だった。
 

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 番外編は本編とはあんまり関係ないクマ

 でも本編ではまだツン期にある勇者をデレさせるのは楽しいわけだクマー

 
     ※
 
南の帝国の政治の中枢である大宮殿は、たとえ曇天の下にあってもその壮麗な姿が
損なわれることはなかった。

地上7階、地下5階の皇帝の居城を中心に、互いに連結され整然と連なった大小の建築物、
植林によって作られた人工の森と広大な薔薇園、周囲に配置された官庁群などの
際限ない連なりによって構成されるこの大宮殿は、建造物としての規模は世界最大級とも
言われており、有事の際にはこれ自体が巨大な要塞としても機能しうるよう設計されている。

大宮殿ではゆうに3000人を越える侍従や次女が働いており、調理、清掃、客人の案内、
庭園の管理など、それぞれに与えられた仕事を丁寧にこなしている。

当然ながら、大宮殿は南の帝国で最も高い建物であり、帝都はもちろん大陸のどこにも
これ以上の高層建築はない。臣民が高い位置から皇帝の居城を眺めおろすなど許しがたい
不敬であり、ある時代には、帝都に帝国の戦勝を記念する塔を建てる計画があったが、
その塔の全長ががわずか数メートルながら大宮殿よりも高かったという理由で責任者である
建築家が逮捕されたという記録さえある。

大宮殿にはいくつかの謁見の間があり、勇者が通されたのもそのうちのひとつだった。
 

 
巨獣と化した魔海提督に船を潰された勇者と海賊はなんとか南の大陸まで辿り着いたが、
帝国の領海に近い海域にて魔王軍の待ち伏せがあったとすると、彼女らに残された
時間的余裕は少ない。

海上ではぐれて行方のわからない兵士のことは気がかりだったが、それ以上に重要なのは
南の帝国に現れるであろう魔王を倒すことだと結論付けた勇者は、兵士の捜索は諦めて
帝都へ向かう旨を海賊に伝えた。
ここで海賊が、兵士の捜索をせずに先を急ぐことを渋ったのは、勇者の予想の外のことだった。

海賊「お前の荷物持ちとくりゃ、俺の手下も同然。船長が手下の面倒を見るのは当たり前だ」

いつの間にか兵士を手下扱いにしている海賊の物言いを、勇者は内心おかしがった。
自分の姉の身体に魔王が転生しいいように使われているとわかったのに、存外元気そうだと
感心もしたが、あくまでも内心にのみ留めそれを表に出すことはしなかった。

勇者「でもあたしの本来の仕事はそっちなの。大体、装備もアイテムもないのにどうするのよ」

海賊「そりゃあ……」

勇者「あんたは海賊らしく略奪でもすればいいかもだけど、生憎あたしは勇者だから」

きっぱりと言われ、これには海賊も苦笑いを返すのみだった。
 

 
南の大陸に泳ぎ着くまでに勇者は剣と鎧を、海賊は短銃と外套を捨てていたため、
失った装備の補充も急務だった。

加えて海賊の持っている氷の刃も冷気を制御する宝玉に傷がついてしまい、しばらくは
使えそうになかったのもそれを後押しした。マジックアイテムの中には自己修復機能を
備え少しの損傷なら自然に修復されるものもあり、海賊の氷の刃もそれに類するものだが、
今は一刻を争う事態である。
自己修復を待っている時間はないし、直すにしても帝都で宝玉の傷を直せる刀工を探す
必要がある。どのみち帝都に向かう以外の選択肢はないのだった。

海賊「こいつの修理なら当てがある。帝都に腕のいい刀工がいてな、知り合いなんだ」

勇者「じゃあ、あんたは装備品の調達をお願い。あたしは皇帝に謁見するわ」

海賊「あいよ。まあ、指名手配犯の俺が皇帝の前に出て行くのもアレだしな」

海賊を指名手配しているのは西の王国であったが、西の王国は既に魔王軍の侵攻によって
滅ぼされており、彼を捕まえたところで賞金を払ってくれる者はいない。
しかし広く手配書が出回ったため、先方に自分の顔を知っている者がいるかもしれず、
そんな奴を連れて行って勇者に妙な嫌疑がかかっては申し訳ないと海賊は語る。
 

 
勇者を尚おかしがらせたのは、殊更に自分の心配をする海賊の姿だ。
あるいは海の藻屑になったかもしれない兵士を偲んでのことという可能性もあったが、
それを突き止める気にはならず、その後は黙したまま辻馬車を拾って帝都へ向かった。

勇者「ま、わかる気もするわ。あいつは荷物持ちとしてはこれ以上ないんだもん」

そして大宮殿を訪れた勇者は、『蒼玉の間』と名づけられた謁見の間に通され皇帝の入来を
待っていたが、自らの肺活量を誇示するかのような式部官の声に姿勢を正した。

式部官「皇帝陛下、ご入来!」

玉座の前で深々と頭を垂れ、数十秒の時をその姿勢ですごした後、ゆっくりと顔を上げる。
帝国の至尊の冠を頂くその人物は、黄金張りの豪奢な椅子に深々と座っていた。

二十九代目の皇帝は、まだあどけなさの払拭しきれない12歳の少年だった。
最上級の白磁で作られた人形のような白皙の肌と、豊かな蜂蜜色の髪は、乱脈を極めた生活の
果てに昨年急死した先帝から受け継がれたものである。
国政は彼の後見人である国務大臣が取り仕切っているが、彼自身、政治には殆ど関心がない。
幼い皇帝はむしろ軍事の方面に積極的な興味を示し、帝国軍の軍師を自分の家庭教師にする
ように元帥に命じて困らせていた。

勇者(まさに国宝級の操り人形ね。操る糸は一本や二本で済むかしら)
 

 
恭しく片膝をつく勇者は、その姿勢のまま皇帝の発言を待った。
皇帝に先に話しかけることは、たとえ勇者であっても許されていないのだ。

皇帝「そなたが勇者か。遠方よりよくぞ参った」

勇者「お初にお目にかかります。勇者と申します」

皇帝「我が帝都に魔王軍が攻め入ろうとしていると聞く。まことか?」

事前に大臣か高級軍人の誰かから聞いていたのか、皇帝はすぐに問うた。
変声期前の少女のようなボーイソプラノは、重々しい口調と不釣合いだった。

勇者「はい。東の王国の首都で魔王と戦い、その際に魔王本人がそう宣言したのです」

勇者「加えて、帝国の領海に程近い海域で待ち伏せを受けました」

皇帝「ふむ……であるなら、既にこの大陸のどこかに潜んでいる可能性もあるのか」

皇帝「他ならぬ魔王が帝国を標的と定めたというのなら、勇者の言は無視できぬし……」
 

 
しばし腕組みをして考え込み、皇帝は傍に控える国務大臣と相談した後、衛兵に指示を下し
元帥府へと走らせた。
勇者に向き直った皇帝は、口元に微笑を湛えて言う。

皇帝「余は常々より、そなたの勇名を聞き及んでおる。勇者の警告ならば聞き入れようと思う」

勇者に向ける敬意と憧憬とが入り混じった視線には、年齢相応の純粋さが感じられた。

彼の目には、自分はどのように映っているのだろうか。勇者はふとそんなことを思う。
魔王軍と戦う格好のいい英雄か? それとも、自由を謳歌する一人の女性?
どちらにせよ虚像に過ぎない。戦いが格好のいいものであったことはないし、自分が
生まれた瞬間から自由とは最も遠いところに置かれていることを、勇者は自覚している。

皇帝「警備隊を編成し、沿岸地域に配置する。周辺の村々にも警戒を呼びかけよう」

皇帝「聞けば、数日前に東の王国は魔王軍の強襲を受け、甚大な被害を被ったという」

皇帝「我が南の帝国もその轍を踏むことはあるまい。油断大敵ともいうからな」

幼い皇帝に支配者たるに相応しい聡明さがあることを勇者は知ったが、同時に失望も覚えた。
国政の実権を握る国務大臣は、皇帝の持つ聡明さが発揮されることを必ずしも望まないからだ。

皇帝が賢君として成長するよりも、操り人形に甘んじることを望む者は多いはずであり、
彼もまた、勇者と同様に閉ざされた未来へ向けて歩いている。
 

 
皇帝「そうだ、国務大臣」

何かを思いついたらしい皇帝は、再び国務大臣の方を向いた。

国務大臣「なんでしょう、陛下」

皇帝「軍務大臣にも伝令せよ。機巧兵団の実践投入を急がせるのだ」

勇者「機巧兵団……?」

聞き覚えのある単語に、勇者は眉をひそめた。
帝国軍の研究しているらしい新兵器に、確かそのような名前がつけられていたはず。
曰く、身長2メートルになんなんとする人型のからくりで、機械仕掛けで動く兵隊であるとか。

国務大臣「わかりました。軍務大臣へ伝えておきましょう」

国務大臣がすんなりと承ったのも、その機巧兵団とやらが国防の要になり得ると知っているからか。
勇者はそう当たりをつけた。

皇帝「これある限り、我が帝国は常勝不敗。魔王軍にも遅れを取ることはない」

豪語する皇帝の顔を見て、やはり子供だ、と勇者は感じた。
この、どこか子犬のような落ち着きのなさは少年のそれだ。あるいは男ならばいつまで経っても
払拭できないものなのかもしれない。

そう考える勇者の脳裏には、ある情景が浮かんでいた。
それは勇者の2メートル後ろを荷物袋を背負って忠犬のようについて歩く兵士が、事あるごとに
不平を漏らしていて、勇者がそれを涼風のように聞き流している、いつかの光景だった。
 

  . ∩___∩ ;
  ; | ノ|||||||  ヽ `
 , / ●   ● |    向こうのスレも佳境なので更新が滞って申し訳ないクマー……
 ;, | \( _●_) / ミ
; 彡、 | |∪|  |、\ ,   落ちない程度にこっちも頑張っていくのでどうかご容赦くだしあ
./    ヽノ/´> ) :
(_ニニ>  / (/ ;
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' \ ヽ/ / :
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; し’ ' `| | ;
      ⌒

 
     ※
 
海賊が訪れたのは、帝都郊外にある鍛治町だった。
鍛冶屋の多く住むこの区画は十代前の皇帝によって国中の鍛冶屋が集められてできたもので、
戦時の帝国軍の注文にすぐさま応じられるように作られたのである。
代々腕利きの刀工や鉄砲職人がここで生まれ育ち、次代に技術を伝えていくのだ。

彼がまっすぐに向かったのは、鍛治町の更に外れにある小さな工房だった。
今はどこの鍛冶屋もフル回転で剣や斧を作っており、海賊の目的地であるところの工房も
例外ではなかったが、海賊はそんなことなど意に介さず、勢いよくドアを開けた。

海賊「刀工! いるか!?」

海賊の張り上げた声が、工房の中に響き渡る。
それから数秒後、奥の部屋から作業服を着た男が海賊とは対照的に静かに現れた。

刀工「……これは、思いもかけぬ来客ですね」

三十代前半と思しいその男は海賊ほどではないにせよかなりの長身で、若白髪の多い黒髪に
焦げ茶色の瞳をしている。穏やかな物腰で応対する姿は、職人というより教師か執事あたりに
似つかわしく思える。
 

 
海賊「久しぶりだな、刀工。早速だが仕事を頼みたい」

刀工「おやおや……相変わらずですね」

微笑を浮かべ、刀工と呼ばれた男が言う。

刀工「あなたがせっかちな性格なのは承知していますが、まずは工房の中を御覧なさい」

刀工に促され、海賊は周囲を見回してみる。

工房の中には直方体の木箱が積み上げられおり、ただでさえそう広くない空間は余計に狭苦しく
感じられる。木箱には『注文の品』というラベルが貼られており、おそらくは、帝国軍から発注を
受けた武器などが収められているのだろう。

刀工「見ての通り、軍から大口の発注が来ていまして、私も私の弟子達も大忙しなんです」

海賊「らしいな」

刀工「仕事なら別に構いませんが、先約がありますのでどうしても後回しになってしまいますよ」
 

 
海賊「そいつは困るぜ。こっちは急いでんだ」

刀工「急を要するのなら他所に行きなさい。もっとも、どこの鍛冶屋もこんな具合ですが」

海賊「そこを曲げて頼む。もうすぐ帝都に魔王軍が攻め込んでくるんだ」

刀工「魔王軍が?」

一瞬鼻白んだ刀工は、静かに海賊の顔を見返した。

刀工(確かに、今回の発注が魔王軍との戦いに備えたものであることは誰の目にも明らかですが)

冷静に考えれば話が急すぎるというものだ。そんな泥棒を捕らえてから縄を綯うようなことは
ありえないし、それならばもっと早くから発注が来るはずである。

しかし嘘を言っている風には見えないし、海賊がそんなつまらない嘘をついてまで自分の都合を
押し通そうなどというような男ではないことを刀工は知っていた。
それに、そのような嘘を広めて万一帝都に混乱を招くようなことがあれば、皇帝陛下の御心を
騒がせ奉る逆賊との汚名を着せられ、南の帝国でも指名手配される羽目になるだろう。

海賊という男は、少なくとも利口な男であるということくらいは、刀工も承知していた。
 

 
数分の沈思黙考の末、刀工は結論を下した。

刀工「わかりました。あなたが魔王軍が帝都に攻め入ると言うのなら、それは真実なのでしょう」

海賊「……ずいぶんすんなり信じるな。自分で言うのもなんだが、もう少し疑わねぇか? 普通」

刀工「いいえ。私はあなたという人間を、多少なりとも理解しているつもりです」

海賊「嬉しいこと言ってくれるな。持つべきものはダチってわけだ」

刀工「それで、あなたはどうするつもりですか。まさか一人で魔王軍を撃退するとでも?」

海賊「俺がそんな勇気ある男に見えるか?」

刀工「とんでもない。あなたは勇気と無謀の違いを知っている男だ」

海賊「ついでに言えば、そんな英雄的行為とは無縁な男さ。なんと言っても海賊だからな」

海賊は、今の自分が勇者と行動を共にしていること、勇者から魔王が南の帝国を狙っているのを
聞いたこと、海上で待ち伏せしていた魔王軍と戦ったこと、船を放棄して海岸まで泳ぎ着いた
ことなどを刀工に話して聞かせた。
 

 
その際に装備品を失い、しかも自分の氷の刃が損傷したことを伝え終わると、刀工は静かに
頷いて了解の意を示した。

刀工「話はわかりました。これは直しておきましょう」

海賊「助かるぜ、恩に着る。だが軍の注文の方はどうするんだ?」

刀工「弟子達に任せます。宝玉の修理となると彼らの手に余るでしょうから」

海賊の氷の刃や、兵士の花の盾に使われている魔法の宝玉の修復技術を有するのは南の帝国の
鍛冶屋にも数名しかいない。刀工はその数少ない一人なのだ。

刀工「それから私の工房にある武器ですが、必要なら持って行っても構いませんよ」

海賊「いいのか?」

海賊は壁に飾られている流麗な細身の剣や、刀身に真紅の宝玉が嵌め込まれた広刃の長剣に
視線を投じた。他にも数本の剣や、槍、斧などが飾られおり、一見しただけで相当な業物とわかる。
それら全てが刀工の作なのである。
  

 
刀工「使いこなせる者もなく、買い手もつかなかった売れ残りです。どうぞご自由に」

海賊「帝国にゃよっぽど人材がないと見えるな。お前の作る武器は最高じゃねぇか」

刀工「褒めても仕事は速くなりませんよ。出来上がったら届けに行きます。宿泊先は?」

宿泊先のホテルの名を挙げる海賊に頷き返しながらも、刀工の目は既に氷の刃の柄飾りに
嵌め込まれた蒼氷色の宝玉に釘付けになっていた。
刀身のない氷の刃をしばしためつすがめつし、やがてこのように結論した。

刀工「なかなかの逸品ですね。どこから奪ったものですか?」

海賊「魔王軍の補給路に網を張って、輸送船を襲ってな。そこから拝借したのよ」

刀工「並みの鍛冶屋なら三日かかるでしょうが、私なら二日で仕上げて見せます」

海賊「心強いこって。じゃあ頼んだぜ」

互いに席を立ち、刀工はすぐさま工房の奥へ向かい、海賊は飾られている剣を何本か検分した。
持ち主であるところの刀工が「どうぞご自由に」と言ったからにはここにあるものを全て
持って行ってもいいくらいだし、実際海賊もそうしたいとは思ったが、どうせ勇者に贈るものなら
最も彼女に相応しいものを選ぶべきと判断していた。

勇者への土産としては最上のものを持ち帰れそうだと、窓から差し込む陽光を受けて輝く剣を
眺めながら海賊は内心でほくそ笑んでいた。
 

海賊のお友達紹介編。
今しばらくは兵士以外のキャラの視点から書いていきます。

 
     ※
 
南の大陸沖の海溝の奥底に、巨大な影が蠢いていた。
魔王軍・海魔兵団の誇る生物兵器のひとつ、巨大潜水鯨である。

深海1万メートルの水圧にも耐えうるよう改造された鯨の体内には獣陸兵団と竜空兵団の
地上戦力が格納されており、南の大陸への上陸の時を待っている。
大陸沿岸部の洞窟には既にバケガニが偽装して待機中であり、魔王の命令ひとつですぐにでも
帝都攻略に乗り出せる状態にあった。

魔王軍幹部の列席する司令部のしんと冷えた空気が肌を張りつめさせるのを、居並ぶ幹部達の
全員が感じていた。間もなくこの司令部に魔王が来る予定である。

本拠の玉座の間ほどではないにせよ、潜水鯨内に設えられた司令部もまた、ある種の復古調の
趣をもって宮殿のような装飾を施されていた。
全ての家具が富裕を基盤とする洗練された調和を示し、その中心に座す魔王もそれに劣らぬ
存在感を示す。すべては魔王のために誂えられたものだ。
 

 
居住ブロック、特に総司令官である魔王の滞在する区画にこのような装飾を施したのは
海魔兵団を率いる魔海提督であった。

魔王が東西南の三国の征服を実行に移す意志を明らかにした際、命じられもしないのに
このような司令部を作り上げたのである。他の二軍を率いる獣陸将軍と竜空元帥に対する
牽制であり、魔王に取り入って己の地歩を固めようという意思があったのは明白であるが、
魔王の品位を損なう過剰な貴族趣味であると獣陸将軍と竜空元帥は痛烈に批判していた。

三軍の首脳は必ずしも仲がいいわけではなく、むしろ互いが互いの陰口を叩きあうような
関係にある。三軍の長が戦功を競い合うことで実力以上の成果を挙げる効果もあったが、
魔王という絶対的な支配者がいなければすぐさま魔王軍は瓦解するであろうとする見解は、
人間・魔族の両方の陣営に共通するものであった。

しかし今、その陰口を叩きあっていたうちの一人が司令部に姿を現さない。
その代わりに提督の席に座っているのは、彼の副官、海龍人シードラゴンであった。
シードラゴンの手には海魔兵団の長たる証である豪奢な杖が握られており、現在の彼の
肩書きをシードラゴン自身に代わり語っていた。
獣陸将軍と竜空元帥の二人は、その理由を既に知っている。
 

 
作戦失敗の咎により魔王の魔力によって醜い巨獣に変異させられた魔海提督は、現在は
別の海域に身を潜めているはずだった。
自我と理性を失い、魔王の命ずるままに動く操り人形と化して。

獣陸将軍(我が獣陸兵団に死を恐れる輩はただの一兵とて存在せぬ。だが)

竜空元帥(魔王様はいとも容易く、我々に死よりも恐ろしい罰をお与えになる……)

新たな魔海提督に就任したシードラゴンの肩がかすかに震えているのを、二人の兵団長は見た。
それが兵団長の職責を担ったことや、魔王軍幹部が列席する会議に出席していることへの
緊張だけではないことは明らかであった。

おそらく彼は、魔王の命令を果たせなかった魔海提督の末路を知ったのだろう。
誰が語ったのか、ひょっとしたら魔王自身が警句として話して聞かせたのかもしれないが、
作戦の失敗は死ではなく、自分が自分でなくなることだと言われては平静ではいられまい。

竜空元帥(魔海提督は何ら美点のない下衆だったが、その後釜に据えられるとは哀れな)

柄にもなく同情的な気分になっていると、音もなく司令部の扉が開いた。
 

 
司令部の空気がざわと揺らめき、鮮烈な色が一同の視界に宿った。
殺伐とした司令部に緊張のさざ波が広がり、列席する幹部達は身を硬くした。
一同の視線の先には、彼らの主君たる魔王の姿があった。

帝都攻略に向けて新調された鎧は暗い紫色に光り輝く魔界の鉱石で造られたもので、
堅牢でありながら軽量で、以前の鎧と比べて身体を覆う面積が増えているにも関わらず
その重量は半分以下に抑えられている。

高貴さを具現した戦装束の上から、膝までかかるワインレッドのマントを羽織っており、
透き通るような白い肌や美しい銀色の髪が映えていた。
魔界の人形師が作る生き人形のようで、それでいて作り物めいた印象を受けないのは、
その奥底に凄烈な光を湛える深紅の双眸が生身の温度を感じさせるからだろう。
三軍の長は、揃って息を呑んだ。

獣陸将軍(俺は芸術を好むような風流さは持たぬが、しかし、魔王様の美しさはどうだ)

竜空元帥(これが我々の主君。神の創りし世界を支配されるお方……)

一同の注目を風と受け流し、親衛隊員に伴われた華奢な身体が静かに総司令官の座に降りる。
 

 
魔王へ先の勇者一味との戦闘における海魔兵団の損害報告を行うシードラゴンは、
半ば夢現の心地であろう。あの血の色の眼光を浴びながら自軍の敗北を報告しなければ
ならないのだから、生きた心地はしないはずだ。


魔海提督の後任として任命されたのだから前任者の失態によって処罰されるはずもないが、
理屈ではなく、より根源的な畏怖がシードラゴンの身体を震えさせるのだ。

海龍人「……そ、損害報告は、以上であります」

魔王「そうか……なに、蟹男やシーホース程度ならいくらでも補充できよう」

海龍人「さ、左様なれば、私はこれにて……」

魔王「待て」

素早く遮った魔王の声に、シードラゴンの身体が一際大きく震えた。
心臓がみしりと鳴る音を聞きながら、シードラゴンは恐る恐る魔王を見返した。
 

 
魔王「シードラゴンよ。貴様は先の戦闘において、捕虜を一人捕らえたはずだな?」

斬り込む光を宿した魔王の目は、少なくともその肉体が勇者であった時代とは別物の
酷薄さを持っていた。シードラゴンには、魔族にとっては忌むべくあるはずの肉体に宿る
自分達の王の魂の本質を、わずかながらも垣間見る思いだった。

海龍人「は、はい……人間の兵士のようです。勇者一味の一人と思われますが」

魔王「その者の処遇、我に一任せよ」

海龍人「は? で、ですが、たかが人間が一人。魔王様のお手を煩わせるまでも……」

シードラゴンの声を、再び魔王が遮る。

魔王「その者はただの人間では有り得ぬ。我が軍にとって危険な存在になるかも知れぬのだ」

無論、魔王自身がこうまで言うのなら、シードラゴンにそれを拒否できるわけもない。
シードラゴンは「……はっ」と小さく応答し、静かに着席した。
 

 
眷属達の報告を聞きながら、しかし魔王の意識は別のところにあった。

神の加護なくして魔王と戦い、生き残った人間。
人間の身でありながら、勇者と共に魔王に歯向かった人間。
それが今、自らの手の中にあるのだ。

圧倒的な力で弱者を思うままにあしらう快感。
他者の生殺与奪を握り、その生命を己が掌のうちで弄ぶ法悦。
すべて力ある者に許された特権であり、魔王が最も好むものだった。

魔王(……心が躍る。あの人間の運命は我が掌中にあるのだ)

にやりと歪んだ口元が邪悪な笑みを形作る。
それは、魔王の表情を覗き込んだ眷属達を恐れさせるには十分すぎるものだった。
 

勇者→海賊→魔王軍→兵士
というわけで次は兵士視点です。

文芸部に入ってみたはいいものの、原稿を落とし早くもクビにリーチがかかりました。
部内でヴァンガードが流行ってるせいで遊びすぎましたサーセン

 
     ※

自傷防止のためか、牢屋の天井や床は動物の皮にも似た柔らかい素材の敷物に覆われている。
魔族のサイズに合わせてあるらしく俺には大きすぎるくらいの簡易ベッドと、用を足すための
便器が設置されており、窓はひとつもなく、大きな鉄格子が牢の内と外とを隔てていた。

捕虜をぶち込んでおく場所は、殺風景という意味では王国軍も魔王軍もそう違いはない。
違う点があるとすれば、ここは時たま不気味な鳴動が聞こえてきて、なにか大きな生物の腹の中に
収まっているような妙な気分にさせてくれるということくらいか。
捕虜を不安がらせるための趣向か、何か別の理由があるのか、どちらにせよいい趣味ではない。

あの海上での一戦の後、海に投げ出された俺は意識を失ったまま魔王軍に捕まっていたらしい。
武器や鎧は全て没収され、簡素な布の服を着せられているだけで靴さえ履いていない。

当然、左手首に巻かれていた腕輪――花の盾も、今はない。
 

  
たった数日間とはいえ、花の盾には幾度も命を救われた。
思えばあれは、勇者が俺に施した現状唯一のものだったろう。
絆の証、などと自惚れたことは考えないにしても、あるべきものがあるべき場所にない違和感があった。

違和感といえば、自分の身体に何一つ重荷を負っていないのもそうだ。
王国の兵士になった証である鋼鉄の鎧も。
祖国を守る誇りの象徴と教え込まれた鋼の剣も。
なにより、勇者に背負わされたあの大きな荷物袋も。

身体が軽かった。
しかし、少なくともいい気分ではない。むしろ違和感が先行してひどく落ち着かない。
大袈裟かもしれないが、自分が世界と切り離されてしまったような気さえする。

何も背負っていないことがこんなにも不安を煽るものだったとは、俺は知らなかった。
  

 
勿体つけるのはよそう。
実のところ、俺は自分の心が揺れている理由を知っている。

敵に捕まっているという緊張感より、一切の武装を取り上げられたという危機感より。
勇者がそばにいないという喪失感が、俺を何よりも不安にさせていた。

馬鹿げた話に聞こえるかもしれない。

俺みたいな雑兵が勇者のそばにいて当たり前だなどと、まったく思い上がりも甚だしい。
勇者が俺如きを助けに来ないなんて当然の話だし、見捨てられたと考える方が自然だ。
そう考える理性が働きはするものの、しかし、俺を不安にさせるのは、常識や理性とは
かけ離れた部分の話だ。

すぐ近くに勇者がいて俺をからかったり、俺が文句を言ってスルーされたり、
ふと俺を心配するような素振りを見せたり、そういう反応に振り回されたり。

何のことはない。俺は、勇者と一緒にいるのが楽しかったんだ。
勇者が俺の近くで色んな表情を見せてくれるのを、内心で嬉しく思っていたんだ。
そして、もしかしたらそれが永遠に失われてしまうかもしれないことを、何より恐れているんだ。
  

 
兵士「……なんだそりゃ。バカじゃねぇのか、俺って奴は」

そう呟いて、俺は自分が必要以上に感傷的になっていることを自覚した。
いや、それも無理からぬことかもしれない。何しろここは敵地だ。
魔王軍の虜囚となって無事に帰れると思うのは楽観的に過ぎるというものだろう。
ナーバスになるのも仕方がない話だ。

それはともかくとして、俺が一番悲観しているのがよりにもよって、あの勇者と今生の別れに
なるかもしれないというところだ。
これじゃまるで――俺があいつのことを好きになってるみたいじゃないか。

――いや。
誤魔化したって仕方がない。素直に認めよう。認めなくちゃならない。
事ここに至って、最後かもしれないと思えば、見栄や意地は無意味なものだと言わざるを得ない。

兵士「……そうだよな。多分、俺は……あいつのことが好きになったんだろうな」
 

 
思い返してみれば、それこそ第一印象は最悪に近いものだったろう。
長所の見つけようもないような女だと思ったし、勇者ってのはこんな奴なのかと失望もした。
人の命をゲームのスコアに例えてしてしまうような考え方に反発もした。

大体、戦い方だって滅茶苦茶だ。
自分の持ってる力を、当たるを幸いに後先考えず振り回しているみたいで、
それでいて緻密な計算があるようにも感じられる。捉えどころがないとはこのことだ。
下手したら勇者の攻撃の巻き添えを食って死んでいたかもしれないことも何回かあったし、
それこそ花の盾がなかったらどうなっていたか。

だけど、あいつはそれだけの女じゃないことだって、多少なりともわかった。

あの冷徹な一面は、あくまでも一面に過ぎない。あいつの全てなんかじゃない。今はそう思う。

むしろあれは、勇者って役目を果たすために必要な仮面じゃないだろうか?
魔王と戦うってことは、あの桁外れの才能と力を持って生まれてきたってことは、
少なくとも俺の想像の埒外にあるのは間違いないけど。
それでもあいつは、目の前で人が死ぬことに対して、本当に何も感じていないわけじゃない。
 

  
ガン、と鉄格子を叩く。無機質な打撃音ががらんとした空間に拡散し、反響していく。

結局、俺はどうしたい? 

どうすべきか、なんてのは後回しでいい。そんなことは状況を整理していくうちにわかることだ。
今は、俺自身が望んでいることを明確にすることが大事なんだ。

生きて勇者に会いたい? 勿論それもあるけど、それが全てじゃない。
魔王を倒す? そりゃあ勇者についていこうと思えば、自然と旅の目的はそれになるだろう。
この世界に平和を取り戻す? 違う。そんなご大層なお題目は俺には必要ない。

兵士(……俺は、勇者と一緒にいたい。とどのつまりそれだけだ。それだけなんだ)

兵士(あいつを支えるとか、そんな大したことは言えない。俺なんか足手まといだろうよ。けど)

兵士(俺は……生きるにしろ死ぬにしろ、最後まであいつと一緒にいたいんだ)
  

 
最後まで勇者を見届けたい。

俺が求めてるのは、つまりそういうことだ。
およそ考え得る限り一番簡単で、一番過酷で、一番自分勝手で。
それでも、俺が人生で初めて、心からやりたいと思えること。命を賭けるに値すると思えることだった。

兵士(……海賊も、こんな気持ちだったのか?)

ふと、月明かりの照らす船上で見た、長身の伊達男の眼差しが思い出された。
海賊が、自分は待つことを、残される側に立つことをやめたと語ったあの夜。

思い返してみると、「勇者を自分の女にして戦いから遠ざける」とはなんとも無茶苦茶な発想だが、
海賊にしてみれば当然の帰結だったのだろう。
大事な人が、失うべからざる人が、誰かに押しつけられた使命で戦いに行ってしまって、
その挙句に命を落として二度と会うことが出来なくなった。
そして今また、新しい勇者が同じように戦っている。誰かから与えられた使命の下に。

自分のような人間をこれ以上増やさせないと思うからこそ、海賊は勇者を繋ぎ止めておきたいんだ。
 

 
あの時は、海賊の言っていることだって大概押しつけがましい、ただのエゴだと判断する理性が
働いたが、その一方で、それは海賊が自由な心を持った当たり前の人間であるというだけのことだと、
そんな風に感じる気持ちもあった。

俺には海賊を否定も肯定もできなかったし、今でもその資格を持っているとは思わない。
けれど、勇者の代わりに魔王と戦うとまで言ってのける海賊の決意が、今なら理解できる。

兵士(そうだよな。理屈とか正しさじゃない。やらずにはいられないんだ)

例えば俺が、息を吹き返して襲いかかってきたグリズリーから勇者を守ろうとした時のように。
ひとかけらの恐怖も反省も、あの瞬間にはなかった。それを感じるのはいつも終わった後だ。
ただ、やらなければならないと思った。やらずにはいられなかった。
海賊だってそうなんだろう。
自分自身の心からの想いに従っているだけに過ぎない。今俺がそうしようと思っているように。

どうやったって魚は泳ぐのをやめないし、鳥は飛ぶのをやめない。
勇者だって、誰に何と言われようが、魔王と戦うのをやめないかもしれない。
けれど、それでも海賊は勇者を守りたいと思ったんだろう。
使命なんかよりも、よりよい人生を与えてやりたいと思ったんだろう。
 

 
鉄格子を背に座り込み、目を閉じて深呼吸をひとつする。

兵士(ああ、そうだ。やってやる。絶対ここから生きて出てやろうじゃないか)

虜囚の身とはいえ、必ずチャンスは巡ってくるはずだ。ここを脱出するチャンスが。
ここから生きて脱出し、もう一度勇者に会うために、今は冷静に状況を判断しなくてはいけない。

決意をするのはいい。覚悟を決めることだって大事だ。
だけど感情に流されて状況判断を誤ることは避けなくてはいけない。
ここが敵地だというなら尚更だ。こんな状況だからこそ平静を保つ必要がある。

兵士(まずは落ち着け。今はまだ、焦る必要も慌てる必要もない。ただ考えろ)

兵士(脱出のための方策。それと)

兵士(――俺を生かしたままにしている、魔王の意図を)

なんにせよ、解せないことは多い。俺にどれだけの時間が与えられているのかはわからないが、
今できることはこれしかなさそうだ。

じわりと汗ばんだ拳を握りしめながら、俺はその時、地震にも似たかすかな揺れを感じていた。
 

    ∩___∩   /)
    | ノ      ヽ  ( i )))
   /  ●   ● | / /

   |    ( _●_)  |ノ /
  彡、   |∪|    ,/   主人公というのは常に身体を張るものクマ
  /    ヽノ   /´    つまり兵士は勇者にデレる時でさえ命がけってことだクマ-

 
     ※
 
牢獄に響く硬質な靴音が、意識の戸を叩く。
この足音は看守じゃない。そう直感し、俺はベッドに横たえていた身体を跳ね起こした。

捕虜になってから何日経ったのかはわからないが、この牢獄で目覚めて以降に出された粗末な
食事の回数から考えると、まだ五日と経ってはいないはずだ。

しかし不可解なのは、この数日間、取り調べや拷問の類を受けることがなかったということだ。

何しろ向こうは国際条約や戦時法などとは無縁の連中だ。
捕虜になったとはいえ、俺達の常識で規定されているところの捕虜としての待遇が保証されると
考えるのは希望的観測に過ぎるというものだろう。
この殺風景な牢獄にぶち込まれるまでもなく、その場で殺されていても不思議はないのだ。
どんな非人道的な扱いを受けるものかと覚悟を決めていたが、しかし、看守は機械的に
臭い飯を俺のところへ届けてくるばかりで、罵声や嘲弄のひとつも飛ばしてはこなかった。
 

  
何かがおかしい。
そう、『何もなさすぎる』のが何よりおかしいのだ。

ゆっくりと迫ってくる靴音を聞きながら俺は考える。
牢に収監されているのは俺一人だから、ここを訪れる者は必然的に俺に用があることになる。
それは誰なのか。俺に何の用があるのか?

兵士(そして、そいつは脱出のために利用できるのかどうか、だな……)

実際問題、ここから脱出する具体的な方策を思いついているわけではない。
武器もなく、ろくな魔法も使えないとなれば、この鉄格子を越えることさえままならない。
仮に牢獄の外に出られたとしても、すぐに取り押さえられるか始末されるかだ。
俺の生殺与奪は相も変わらず魔王軍に握られていて、どうにもならない状況は継続中というわけだ。

畢竟、あの決意は半ば開き直りに近い代物だったが――しかし、無意味ではなかったと確信している。
勇者に会いたいという願いが確たるものになったことで『覚悟』を決められた。
そんな気がするからだ。
  

  
そうして待つこと数秒の後。
俺の前に現れたのは、想像もしていない人物だった。

兵士「っ……!?」

鉄格子の向こうに立つ靴音の主。
そいつの顔を見て俺は、呑み込んだ息を吐き出せなくなるのを感じた。

俺より頭一つほど小さい、すらりと均整の取れた、華奢でありながらも強靭な肉体。
およそ色素というものをまるで内包していない、腰まで届く美しい銀色の髪。
見る者を威圧し、同時に圧倒する鮮烈な光を湛えた真紅の双眸。
何者を前にしても揺るがぬ、堂々として傲然とした佇まい。

それら全てが見事に調和していながら、それでも、それらはただの借り物であり偽物だった。

兵士「魔王……!」

多くの人の生命を奪い、先代勇者の肉体を奪い、そしてこの世界を奪おうとしている邪悪が、
俺の目の前に現れたのだ。
 

 
魔王「ふむ……虜囚の身ゆえ、もう少し憔悴していると思っていたがな」

魔王は口元を緩め、端正な面差しに酷薄な微笑を形作る。

彼女の――魔王が先代勇者の肉体に転生する前の元々の性別がわからないので、こう呼ぶのが
適切かどうかはわからないが――細い手足や胴体を覆う闇色の鎧に映り込んだ俺の顔は
強張りきっていた。

魔王「どこまでも我の予測を裏切ってくれる。貴様は面白いな……」

血の色の瞳が俺を射抜く。
魔王の眼差しには、抵抗の意思を挫き、隷属の安寧を選択させる魔力がある。俺はそんな風に思った。
事実、俺は金縛りにあったように指一本さえ動かせない。

かつてあの瞳は、人々を希望へと導く勇者のそれであったはずなのに。

魔王「くくっ……どうした? 我がそれほど恐ろしいか」

ガチャリ、と音がしたと思ったのは、魔王が牢獄に入ってきてからだった。
解錠呪文で牢の鍵を開けた魔王は、合わせた目を逸らさず牢の中に踏み入ってくる。
 

 
兵士(落ち着けっ……! 待ってたんだろ、こういうシチュエーションを……!)

兵士(こいつはピンチかもしれないけど、同時にチャンスかもしれないんだ……!)

歯を食いしばり、拳をきつく握りしめる。
掌に食い込んだ爪が血を滲ませても気にならなかった。

決意を忘れるな。
覚悟を嘘にするな。
勇者のそばにいたいという望みを踏みにじらせるな。

誰が相手だろうと、何が起ころうと、この意志だけは挫けちゃいけない。
じわじわと沸騰する頭と、それとは対照的にどんどん冷たくなっていく身体の狭間で、
魔王を睨み据えることだけはやめまいという意地が働いた。

気づけば、魔王は俺のすぐ目の前にまで迫っている。

こちらに歩み寄ってきた銀髪がさらりと音を立て、無機質な芳香を立ち上らせる。
それは生身の体温の伴わない、ただの香水の香りだった。
おぞましささえ感じさせる、生命のない香りだった。

魔王「……気に入らんな? 貴様のその目は」

鼻先がぶつかりそうなくらいに顔を近づけ、魔王が囁く。
  

  
魔王「折れず、曲がらず……そう、貴様の魂は今、一本の剣の如く研磨されている」

上辺の微笑から一転して、冷たく尖った声が胸を突き刺す。
ぞっとするほど冷たい魔王の手が頬を撫でてきて、俺は全身を粟立たせた。

魔王「我を恐れながら、貴様の意志は挫けていない。心は折れていない」

魔王「それは大義や欲望ではなく、エゴによって立つ者の目だ」

魔王「何が貴様をそうさせているにせよ……その目は我が最も好み、そして忌むモノのひとつだ……!」

兵士「っ……!」

俺の顔の半分に右の掌を覆いかぶせ、魔王は静かに言う。
その見えない圧力に押されて後ずさり、俺はすぐさま牢獄の壁に追いやられた。
やがてどういう術を受けたのか、足腰から力が抜け、床にへたり込んでしまった。
魔王は俺を見下ろしながらも、ぬらりと光る目を逸らすことはしない。
動揺に俺も、上目遣いに魔王を見上げたまま、視線を逸らさないように努めた。

魔王の手はただ俺の顔にふわりと触れているだけだったが、頭をザクロのようにかち割られるかも
しれないという恐怖を振り払い、無視するのに、相当な精神力を要した。
   

 
もしかすると、ここで魔王に屈して命乞いでもすれば楽だったのかもしれない。 
だけど、それだけはできない。


先代勇者から肉体を奪い自分のいいように利用し、残された海賊の無念な気持ちを踏みにじって
嘲笑うような奴の意のままにさせることだけは、絶対にさせたくない。
たとえ、魔王に屈服したくないというエゴが、俺自身を殺すのだとしても。

魔王はついに左手をも伸ばしてきて、氷のように冷たい手が俺の両頬を覆う形になった。
人形じみた顔に陰惨な影が差し、魔王は小さな口を歪めて低く呟く。

魔王「貴様……名前は何という?」

質問というより詰問そのものの語尾には、ひやりとした敵意が滲んでいた。
自分ともあろう者が、たかだか人間風情の名を聞く日が来ようとは――魔王の口元だけの
薄笑いには、そんな自嘲めいた翳りを感じさせた。

薄暗い牢獄の闇の中で光る魔王の瞳に射竦められ、それでも、一度だって視線を逸らすことなく、
俺は自分の名前を名乗った。
 

  
兵士「兵士……俺は、兵士だ」

牢獄の床に敷かれた柔らかい敷物を、強張りきった指が引っ掻いた。
身じろぎひとつできない中で、それが唯一の行動だったと言っていい。

その時、瞬きすらも忘れて、俺と魔王は互いを見据えていた。
まるで薄闇の中に持ち込まれた、ひと塊の影のようで。
お互いがお互いを見据え、その姿を網膜に焼きつけるだけの時間が過ぎていく。

やがて、魔王の冷たく静かな声が頭蓋を揺らした。

魔王「兵士、か……」

咀嚼するように、呑み込むようにして、魔王は俺の名前を繰り返した。

魔王のその、硬く押し固められたような声音は、初めて耳にするものだった。
一切の楽観も軽視も侮蔑も、そこにはない。

目の前の存在を敵として――あるいは、対等な存在として見ているような、そんな声で。

魔王は、こう告げた。
 

 
 
 
魔王「……貴様の名。二度と忘れぬ」

 
 
 

   
魔王は俺の頭に手をかけ、さするように上を向かせた。

そして、間近まで迫った真紅の瞳が、視界いっぱいに近づいて。



それが、俺の最後の視界だった。
  

   
     ※
 
魔王は考える。

自分と戦って生き残ったばかりか、自分と正面から向き合ってなお心揺るがぬあの人間を、
考え得る限り最も残酷な方法で壊すにはどうすればいいのか。

その時、兵士という器に注がれた意志は、死を凌駕するエゴは、いかなる形を示すのか。

その時、自分の小さな胸の中には、いかなる喜悦がもたらされるものなのか。

ただそればかりを、魔王は考えていた。
  

  
ぞくぞくと湧いてくる思考に身を委ねながら、魔王は細い指を唇に這わせる。
兵士の収監された牢獄を辞する魔王は、目に焼きついた兵士の瞳の鳶色を思い返している。

手は打った。
後は、あの男がどう動くか。それだけだ。

何せ、一度ならず魔王の未来視を覆した人間だ。帝都攻略作戦にどのような影響が出るのか
わからないが、いっそのこと、作戦が失敗しても問題はない。
そもそも魔王軍などというものを組織したことさえ、魔王にとっては余興にすぎないのだ。
むしろ、兵団のひとつも壊滅させてくれなくては面白くない。

魔王「くくっ……ふはは……」

笑いが自然と漏れ出してくる。
久々に弄び甲斐のある玩具を見つけたとばかりに、魔王の心は踊っていた。

兵士のすべては今、自らの掌中にある。

それを思うだけで、昏い快感が魔王の心身を震わせるのだった。
 

           ,:::-、       __
      ,,r::::::::::::〈:::::::::)、______,ィ::::::ヽ
      〃::::::::::::;r‐''´:::::::::::::::::::::ヽ::ノ
    ,'::;'::::::::::::::/::::::::::::::::::::::::::::::::::::
     l::::::::::::::::::l::::::::::●::::::::::::::●:::::ji   実はこれからテスト期間なんだクマ
    |::::::::::::::::::、::::::::::::::( _●_)::::::,j:l   続き投下が遅れるのは勘弁してほしいクマー
    }::::::::::::::::::::ゝ、::::::::::|∪|_ノ::;!
.    {::::::::::::::::::::::::::::`='=::ヽノ:::::/
    ';::::::::::::ト、::::::::::::::i^i::::::::::::/
      `ー--' ヽ:::::::::::l l;;;;::::ノ
          ヽ::;;;」

※この番外編は本編とは一切関係ありません。
 パラレルワールドとか違う世界線のお話と割り切ってくだしあ。

 
     ※
 
魔王「そういえば」

閉じていた目を開け、魔王がぽつりと呟いた。
ギターのチューニングをしていた俺の頭越しに部屋の壁に貼られたカレンダーを見やり、
今日の日付を確かめてから、魔王は俺に真紅の瞳を向けてきた。

肉体年齢は御年永遠の17歳、精神年齢・実年齢は一切不明であるところの魔王は、
何が面白いのか知らないが時たまこうして俺の部屋に乗り込んでくる。
そう、俺の部屋。一人暮らしの男の部屋だ。片付いていないだけで物はそう多くないし、
女が見て楽しいものがあるわけでもない。むしろ見られたら気まずいものばかりだろう。

まったく、地上征服はどうしたのやら。魔王軍を組織したのも地上征服を企てたのも、
魔王にとっては戯れにしか過ぎないらしいが、こっちはその戯れを阻止するために命を賭けてる立場だ。
その戯れの発案者にして当事者は暇を見つけては俺の部屋に踏み込んできて、何をするでもなく
本を読んだり音楽を聴いたりして過ごしているので、魔王軍の地上侵略なんていうのは、魔王による
人類に向けた壮大なドッキリ企画なんじゃないかとさえ思えてくる。
 

 
いや、実際のところ、本当にドッキリなのかもしれない。最近は自然とそう思えてきた。

なにしろここは「俺と魔王が良好な関係を築いた」ルートの話だ。
言わばパラレルワールド。本編ではない。いいとこ番外編、特典映像がせいぜいだ。
どういう選択肢を選んでどういうフラグを立てればこんなことになるのか、説明しろと言われても
無理な相談だ。自分でも理解などできていないし、攻略本も攻略wikiもありはしない。

苛烈にして残忍、凄惨にして陰惨、老練にして老獪の魔族の王は目下のところ、楽な姿勢で
座椅子に座って、俺に対して本編に比べれば別人と見える穏やかな目を向けている。
少し前まではこんな光景、およそ想像の埒外にあるものだ。

多くの将兵や戦禍に巻き込まれた民間人には実に申し訳なく思うが、今の俺が彼らのために
何かできるとすれば、こいつが地上侵略に飽きてその事業を放り出す日が一日でも早く訪れるのを
祈ることだけである。

それはそうと、だ。
魔王は美しい銀髪をさらりと流し、染みひとつない白皙の肌を太陽の光に浮き立たせながら、
まさしくたった今思い出したようにこう言った。
  

 
魔王「今日は我の誕生日だ」

兵士「は? 誕生日? ……お前の?」

思わず聞き返してしまった。
魔族に誕生日などという概念があったのか? いやそれ以前にお前は何歳なんだ?
多すぎるツッコミどころを頭の中で整理していると、魔王は俺の反射的な問いに回答した。

魔王「そう、誕生日だ。この肉体の、という意味だがな」

この肉体の誕生日。
つまり、魔王が転生した先代勇者――海賊の姉の誕生日ということだ。

兵士「……って、そりゃお前の誕生日じゃないだろ。あくまで先代勇者の誕生日だ」

魔王「だが今は我の肉体だ。ならばその誕生日も、我のモノになるべきではないか?」

その理屈はおかしい。いやむしろ、その発想はなかった。
相手を殺してその肉体を乗っ取れば誕生日も自分のモノって。
流石に世界を股にかけるジャイアニストだ。記念日の感覚さえ不羈奔放、唯我独尊である。
 

  
魔王「故に兵士よ。我を祝え」

兵士「いや、まあ、別にお前の誕生日に祝辞を述べるのも祝電を送るのもやぶさかじゃないけど」

悪いが、誕生日を祝う前にまずは海賊に頭を下げるべきではないかという常識的感覚を
忘却できるほど、俺は人間的に逸脱していないと自認している。
だがそんな俺の反応に、魔王はやれやれとばかりに肩をすくめる。

魔王「何を躊躇うことがある? ヒトの分際で我の誕生日を祝うことのできる者など貴様くらいだぞ?」

兵士「実は友達がいないだけじゃないだろうな」

魔王「トモダチ? そんなもの、見たことも聞いたこともないな」

魔王はどこまで行っても『祝わせてやる』というスタンスを崩さない。
そして友達がいないという事実を――まあ魔王だから仕方ないとも言えるが――なんとも思って
いない辺り、実に魔王らしい。畢竟、人間の常識が通用する相手ではないのだ。

しかし、だ。
俺は魔王の誕生日を祝うということを、決して嫌だとは感じていない。
勇者や海賊もなんだかんだで無碍にはしないはずだ。特に海賊にとっては姉の誕生日でもある。
人間として生まれ人間としての常識の中で育った身としては、誕生日補正という奴は無視できないのだ。
 

  
ひょっとしたら魔王もそれを狙っているのかもしれない。
誕生日補正が、病み上がり補正や夏休み明け補正などを上回る威力を持っていることを考えれば……
……いや、流石に考えすぎか。

とにかくも、抱えていたギターを置いて、俺は現実的な話を始めた。

兵士「だけど、そんな急に言われたって困る。プレゼントの用意だってできないだろ」

魔王「不要だ。そもそも、貴様に用意できるプレゼントなどたかが知れていよう」

誕生日の話がいきなり俺の生活水準や年収の話になりかけた。思わぬ飛び火である。

魔王「それに我の欲するものは常にひとつだ。金で買えるようなものではない」

兵士「地上征服か? それとも勇者の命かよ」

魔王「確かに、それらは我の目的とするものだ。だがそれゆえに己が手で奪わねばならぬ」

兵士「じゃあ何が欲しいんだ? お前なら大概のモノは手に入るだろうに」

魔王「わからぬか?」
 

 
無言のまま、しかし執拗に俺を見つめる魔王の瞳には、長い睫毛が影を落としていた。
そんな魔王を見ると、素直に綺麗だと思う。傾国の美女どころか、傾世の美女と言っても過言ではない。

その肉体の元の持ち主であるところの海賊の姉も、相当な美人だったことは想像に難くない。
中の人、魂が違うだけでここまでになるのだから、磨けば光るとかいうレベルじゃなかったはずだ。
きっと魔王とは違って、素朴で温かな女性だったに違いない。弟曰く、優しい人だったらしいし。
まあ、迂闊なことを考えると俺が海賊に殺されかねないのでここらでやめておこう。
それにあまりに魔王の外見について言及するのもアレだと思われるかもしれない。

しかしだ。
外見で人を判断してはいけないというが、外見というのは人を判断するためにあるんじゃないだろうか。
もしも魔王が斯様な容姿ではなく、いかにもモンスターという感じだったり、いっそのこと醜い
オッサンだったりしたならば、海賊も魔王を葬ることに一片の躊躇も感じはしなかったろう。
海賊が一瞬でも戸惑い、取り乱したのは、ひとえに魔王の外見が姉のそれと同じだったからだ。
俺だって、魔王が勇者と同じ顔をしていたら、少しは迷ったり悩んだりもするだろう。

それに、なんというか。なんと言えばいいのか。

魔王の姿は、邪悪の根源たる存在と言うにはあまりにも美しすぎはしないかと、そう思ってしまうのだ。

こんなことを勇者に言ったら、「バッカじゃないの」と切って捨てられるだろうけど。
 

 
兵士「……まあ、とりあえず言ってみろよ。そこまで以心伝心じゃないだろ、俺達は」

言葉にしてみなければわからない。それは当たり前のことで、人間と魔族じゃ尚更だ。
人間同士でさえわからないことだらけなのは勇者とのことで実証済みだ。

魔王「くくっ……そうか、わからぬか。まあよかろう」

艶やかな口元を笑みの形に歪めて、魔王は傲然と言う。
完全に俺を見下して、いつもよりも偉そうにした上で――どこか、楽しそうに。

魔王「我が欲するものは……貴様だ」

兵士「っ……」

魔王「そう。我が望むプレゼントは貴様の心、貴様の現在、貴様の未来だ」

兵士「……ひとつじゃねぇだろ、それ」

魔王「いいや、ひとつだ。貴様を我がモノとすれば一度にすべて手に入るではないか?」

……まったく、こいつはいつからこんな情緒豊かなキャラになったんだか。
我ながら厄介な奴に好かれたもんだ。悪い気がしないのは、確かなんだけど。

ふとしたことからとんでもない誕生日プレゼントを要求されたもんだと内心で嘆息しながら、
「こいつの誘い受けはわかりづらいな」とほんの少しだけ微笑ましく思っていた。
 

                    .∩___∩
                   /       \|   別に作者が誕生日とかいうわけじゃないけど、
                   | ●   ●  丶
                  ミ  (_●_ )    |     3年後自分が何してるかとか考えて鬱になったから書いたクマ

     ハハハ          /´、  |∪|   、彡
  ∩_∩  ∬        (  <`\ ヽ/  __ 丶    まあ後悔はしてるけど反省はしてないクマー
 ( ´∀`) ∩    ∬   \_)  |  ▽(___)
 (つ= つ▽  ,,,。,;;;。,,,//   /  /    |

  と_)_) ▼ ( ̄ ̄ ̄ ̄)  (__(____)

 
     ※

当然のことだが、勇者から魔王軍の帝都攻略作戦の情報がもたらされる以前より、帝国領内の
警戒の度合いは日に日に高まっていた。
西の王国が滅ぼされ、東の王国も魔王軍の襲撃により主要港湾の機能を喪失したという報は
既に南の帝国にも届いており、魔王軍の次の標的が南の帝国であろうことは想像に難くない。

魔王軍がいずれ南の帝国を滅ぼそうとするのは当然のことだが、南の大陸において帝国軍は
本格的な戦闘を行わなかったこともあり、兵士達に十分な訓練を行い、新兵器の開発を進める
時間的余裕を得ることができていた。
実戦らしい実戦の経験が少ないからこそ、新兵達を一端の兵士として養成できたのだが、
しかしそれは兵士達が一人前に仕上がったというだけのことであって、最低限のことに過ぎない。

中隊長(所詮は急ごしらえの兵隊。よく言っても張り子の虎に過ぎんのは誰の目にも明らかだ)

勇者の情報を受け急遽編成された沿岸警備隊本部の司令室で、警備隊の指揮権を任されている
中隊長は頭を悩ませていた。

東西の王国に与えられた壊滅的打撃、そして勇者からもたらされた情報によって、帝国では
魔王軍との開戦の機運が高まる一方だった。
しかし、中隊長からすれば、この状況に憂慮すべき兆候を認めざるを得なかったのである。
 

 
兵員養成のための時間的余裕を得られたとはいえ、それでも本来の予定をかなり前倒しにしている。
それは小隊長クラスの指揮官を育てるという点においてはマイナスに作用してしまっていた。
今となっては中隊長自身も失敗を認めざるを得ないのは、短期間で個々の力量を伸ばすことに
注力するあまり、戦術の基礎やチームプレイの重要さを教え込むことを疎かにしたことだった。
  
確かに、右も左もわからない新兵をとにかく一日も早く一人前にしなければならなかった。
それは事実だ。
だから個人プレイの競争を奨励し、互いに切磋琢磨する環境を用意して鍛えさせた。
帝国軍では門閥貴族が軍上層部で権勢を振るう一方、一介の兵士から腕一本で将軍にまで登りつめる
豪傑もいる。そして誰もが彼らのようになりたいと夢想し、腕を磨く。それは兵の士気を高めると
同時に、功を焦るあまりにチームプレイを軽視させるという側面も否定できなかったが、その時は
それを利用しない手はなかったのだ。

しかし、兵隊と指揮官に求められる資質は、本来まったく別のものだ。
指揮官だけでは戦争ができないように、兵隊だけでも戦争はできない。
これは広く人材不足というより、指揮官として育てられた人材が不足しているという状態だった。

更に言えば、このような指揮官不足は沿岸警備隊だけに限ったことではないと中隊長は感じている。
チームで戦闘を行うより、個人の腕前を競いたがるのは帝国軍全体の傾向と言うべきだろう。
 

  
中隊長(ここ数年の急激な軍備増強と兵員の増加。魔王軍への備えの、これがツケというわけか)

中隊長は、内心の嘆息を持ち前の鉄面皮で押し隠した。
とにかくも、昨今の軍内部における指揮官不足は中隊長の密かな悩みの種のひとつだった。

中隊長(勇者から我が国へもたらされた情報によれば、近く魔王軍が帝都へ攻撃を仕掛けるらしいが)

中隊長(いかに個々の力量が高くとも、有事の際に統率が取れぬのでは烏合の衆に等しい)

中隊長(いざとなれば私が全隊の指揮を取ることになるが、取れる戦術が限定されすぎてしまう……)
 
魔王軍との戦いは間近に迫っているというのに、この程度のことで悩まなければならないとは。
この懸念は中隊長だけではなく、帝国軍の指揮官には共通のものであったことも、中隊長の眉間の皺を
深くする一因だった。
  
だが、中隊長が悩んでいられる時間もそう長くは続かなかった。
仏頂面で無精髭の生えた顎を撫でさすりながら、幕僚とともに沿岸各地へ配置された部隊からの報告を
まとめていると、本部の司令室へ伝令役の兵士が飛び込んできたのだ。
 

 
伝令「中隊長ッ! 魔王軍が現れましたッ!」

血相を変えた伝令に対し、中隊長はすかさず怒鳴り返す。

中隊長「馬鹿者! そんな抽象的な伝令があるかッ! 敵兵力はどれくらいで、どう展開している!?」

伝令「す、すみません!」

中隊長「謝る暇があったらさっさと報告をせんかッ!」

厳しく叱り飛ばされ身を縮こまらせた伝令は、それでもすぐさま姿勢を正し報告を行う。

伝令「東海岸沖、およそ20kmに魔王軍の『鯨』が8隻確認されました!」

『鯨』とは、帝国軍においては海魔兵団の擁する巨大潜水鯨を指す。
一般に知られる鯨は、魔王軍が潜水鯨に改造するため乱獲を繰り返したため絶滅寸前だと言われている。

伝令「『鯨』の積載量からの推定敵戦力は15000! 随伴する大型の中にはバケガニもいますッ!」

伝令「まっすぐに大陸に向けて進軍しており、間もなく上陸するものと思われます!」

中隊長「……!」
 

 
予想を上回る大兵力である。
西の王国が滅ぼされた時にはバケガニを含む大小様々な魔物が1万匹投入されたと聞くが、
帝都攻略に際し、魔王は更にその上を行く大戦力を用意してきたというわけだ。
沿岸警備隊だけで抑えられるものではないのは火を見るより明らかだ。

中隊長「急いで帝都へ連絡を取れ! 周辺の部隊は奴らが上陸に利用できる河口や入り江を抑えろ!」

幕僚「しかし中隊長。『鯨』は海魔兵団の戦力です。奴らに港湾は必要ないのでは……」

中隊長「馬鹿者ッ! 『鯨』の中には獣陸兵団の陸上戦力が格納されているのだぞ!」

中隊長(敵の上陸を防ぐには、水際で徹底的に叩くしかないが……敵の数が多すぎるのだ)

中隊長(竜空兵団の航空戦力も無視できん……現状では防ぎきるのは到底不可能だッ!)

――果たして、その後の趨勢は中隊長の予期した通りのものとなった。

海上を進む8隻の潜水鯨から無数のドラゴンが飛び立ち、潜水鯨に随伴していた海の魔物達は
場所を選ばず南の大陸への上陸を果たした。沿岸警備隊も上陸阻止に善戦したものの、圧倒的な
数に押されて上陸を許してしまう。

そして各地の港湾を占領した後、潜水鯨の中に格納されていた獣陸兵団の魔物達が大陸の地を踏み、
魔王の軍勢は帝都へと向けて侵攻を開始した。
 

 
     ※
 
その頃、勇者は幼き皇帝に招かれ帝国軍の工廠を訪れていた。

数日前に大宮殿を訪れてから皇帝の客人として遇されていた勇者は、愛想を振りまいた覚えもないのに
ひどく皇帝に懐かれてしまい、ここ数日で何度もこれまでの旅の話を聞かせるようせがまれたり、軍の
施設の視察に付き合わされたりしていた。
今回の工廠の視察もそのひとつで、皇帝は自慢げにこう言うのだ。

皇帝「勇者よ、そなたに帝国の新兵器を見せてやろう。帝国が誇る無敵の機巧兵団を」

正直に言って皇帝自慢の新兵器に対する興味などティースプーン一杯分も持ち合わせていなかったが、
相手は帝国の二十九代目皇帝である。そこらの子どもに対するようなあしらい方などしようものなら
よくて国外追放、悪ければその場で処刑されるだろう。無論、黙って処される勇者でもないのだが。

子犬のように自分に懐いてくる皇帝の姿を見れば、特に嫌とは思わない。
あるいは先代勇者と海賊の関係を思い起こし、自分に小さな弟がいればこんな感じだろうかと、
そんな風に考えたりもした。
これは、君主としての重責を担った少年の、年相応の姿なのだ。
そう思えば、微笑ましいが、疎ましくは思わない。

ただ、面倒なだけなのだ。
 

  
勇者(ヒーローみたいに見られても困るのよね。そりゃまあ、ヒーローみたいなもんなんだけど)
  
絶対悪の象徴のような魔王と戦い、それを打倒する。戦乱の世を鎮護し、平和へと導く。
それが勇者に与えられた役割だ。

なるほど確かに、これまでの魔王軍の悪魔のような所業を見れば、神に遣わされた勇者の正義を
疑うことは難しいだろう。

勇者自身も、安全な場所で、武勇の誉れ高い勇者の活躍を伝え聞くだけの立場であったなら、
そのように思っていたに違いない。しかし、そうではない。彼女は勇者であり、常に魔王軍との
熾烈な戦いに身を投じ勝ち続けてきた。
幾多の敵と死闘を演じ、数え切れない死線を潜り抜けてきたからこそ、自分が神というプレイヤーが
配置した駒のひとつでしかないことを知っていたのだ。
先代勇者の存在を鑑みるまでもなく、神が必要だと判断すれば自分の代わりなどすぐ補充される。

そもそも、一般市民がヒーローとみなすところの勇者は、市民に歓迎され、寡婦を励まし、子供達に
笑顔を与える心優しき好人物、などというイメージが一般的であろうが、そのイメージを背負った
勇者は、魔王軍との戦闘に際し民間人の被害を最小限に食い止めようなどという気はまったくないのだ。
それどころか、戦いには犠牲は付き物とさえ考えている。
 

 
この世に唾棄すべき絶対的な悪があるとすれば、それは魔王だろう。
勇者はこの点に関して異論を差し挟むつもりはないが、同時にこのようにも思っている。
この世に絶対的な悪はあるかもしれないが、絶対的な善はない、と。

人の世を救おうとする神の善意が、いずれは勇者を殺す。
勇者としての使命を自覚して間もなくの頃は、神の意志と勇者自身の認識にひどく噛み合わないものを
感じていた時期もあったが、今は半ば受け入れ、半ばは諦めている。
全面的に肯定する気にはなれないが、否定してしまうこともできない。
必要悪とでも言い換えればいいのだろうか。

戦いに犠牲は付き物だが、誰も死なないならそれでいい。当たり前のことだ。
自分にしか為し得ない使命ならば戦うが、閉ざされた未来へ向かう道程を変えたいとも願う。誰だって
己の行く末が破滅の未来しかないなどと信じたくない。
強い力を持つことで恐れ疎まれ排除されるのなら捨ててしまいたいと思うが、実際に捨て去ってしまう
ことはできやしない。自分という存在が、なくなってしまうような気がするから。

勇者(……羨ましいわ。あたしを正義のヒーローだって信じられる連中が)

わかっているはず、自覚しているはずなのに、勇者にはそう思えてしまう。
折り合いをつけていかなければ、と、自分に言い聞かせているのに。
 

 
そう、今は余計なことを考えるべきではない。

全ては魔王を倒してから始まり、そして終わる。そう何度も結論づけたではないか。

泥濘の泡のように浮かんでは消える思考を振り払おうと努めていると、勇者を先導するように歩いて
いた皇帝が勇者に呼びかける。

皇帝「どうだ、勇者よ。我が機巧兵団の威容は?」

野山で美しい蝶を追う少年さながら、皇帝の声には純粋な情熱が込められていた。

勇者「えっ? ……あぁ、はい。まあ、すごいと思いますけど」

生返事を返す勇者に、皇帝の警護を担当する衛兵がじろりと視線を向ける。
だが勇者は衛兵の視線を涼風のように受け流し、皇帝も気にした風もなく続ける。

皇帝「そうか、そなたもそう思うか! 勇者のお墨付きとは心強い限りだ。余は嬉しいぞ」

別にあんたを褒めてるわけじゃないんだけど、と内心で呟き、勇者は皇帝から視線を逸らす。

工廠の中を見渡せば、広大な空間に一定の感覚で、重鎧を着込んだ人間が寝かされているように見える。
しかしそれらはすべて、魔王軍の機械仕掛けのモンスターを捕獲し解析した結果得られた技術を用いて
建造された、機械の兵隊なのである。
南の帝国の先進的な工業技術と伝統的な魔法技術の融合であり、魔王軍打倒を目指し、先帝の時代から
研究開発が行われていたという。
  

  
皇帝「機巧兵は機械仕掛けのからくりだ。決して死ぬことはなく、破壊されても修理すればまた動く」

皇帝「……そして、彼らが実戦投入されれば、余の臣民達が血を流すこともなくなるのだ」

臣民を案じる皇帝の声に苦い翳りが差した。――ああ、なるほど、と、勇者は得心する。

やはりこの皇帝は、まだ幼いし、優しすぎるのだろう。即位以降、機巧兵団の建造に注力したのも
それが理由だ。敵対する者をひたむきに憎悪し、守るべき者を命がけで守ろうとする、素直で、
少年的な感性がそうさせるのだろう。
勇者にしてみれば軍事的に強いということが何の自慢になるものか、と冷笑的な評価をしている部分も
あったのだが、今はそれを改めざるを得ない。

勇者(……世間知らずのお人好しほど手に負えないものはないわね)

そう、内心で吐き捨てた。

今、仮に機巧兵団を擁する帝国軍が魔王軍を倒したとして、次に機巧兵団の標的になるのは何者か。
考えるまでもない。東西の両王国だ。
魔王という共通の敵を見失った時、戦いの矛先は人間同士へと移っていくだろう。
帝国が強大な軍事力を持って疲弊した東西の国を侵略しないと、誰が保証できるというのか。
彼の無邪気な甘さがより多くの人間に血を流させるかもしれないし、彼はそれをまだ自覚していない。

勇者は、謁見の時に感じた皇帝との共感が急に薄れていくのを自覚せずにはいられなかった。
 

 
勇者(認めたくないけど、人間同士が協調できるとすればそれは魔王のおかげってことになるのかもね)

ふとそう考えた勇者はその時、ある種の無力感に襲われてさえいた。
個人としては人間の視野の狭さ、尺度の小ささを認めながら、勇者という立場はそれを認めることを
決して許さない。勇者が勇者として在り続けるためには、まず自分自身を騙さなければならない。

先代の勇者――海賊の姉で、今は魔王の肉体であるらしい女も、こんな風に思っていたのだろうか。

勇者(帝国が戦後世界の覇権を握るにしろ、魔王に滅ぼされるにしろ……)

勇者(このブリキ人形達がその鍵を握っている……ってことかしらね)

皇帝自慢の機巧兵団とやらがどこまで戦力になるのか、今はまだ、勇者には計りかねた。

そして、皇帝と勇者が物言わぬ機巧兵の大群が横たわる工廠をぐるりと一周する頃。
大宮殿へ、魔王軍の上陸と、沿岸警備隊の全滅の報がもたらされたのである。
 

     ∩___∩
     | ノ      ヽ
    /⌒) ●   ● |  気づけば向こうのスレ共々開始から1年経ってたクマ
   / /   ( _●_)  ミ
  .(  ヽ  |∪|  、\ これからも気長に付き合ってくださるとありがたいクマ-

   \    ヽノ /´>  )
    /      / (_/
   / /⌒ヽ  ⌒ヽ

   (     )    )
( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄)
 ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄| ̄|

 
     ※
 
魔王軍、上陸――。

その情報が帝都へもたらされて数時間の後。
避難命令が発令された帝都の街並みは、ゴーストタウンさながらであった。
多くの一般市民は帝都の地下に建設された避難用の地下壕に潜り、街を歩いているのは武装した
兵士ばかり。その兵士達も、皆一様に緊張や不安の表情を貼り付けている。

昼過ぎのこの時間帯ならば、老若男女が入り乱れ活気にあふれているはずの目抜き通りも、
今ではひっそりと静まり返っている。
まるで別世界に迷い込んだかのような違和感は、日常とは位相の異なる戦場の空気というものだろう。

――この帝都が、戦場になるのか?

帝国軍の兵士達は、その最悪の想定を捨て去ることができずにいた。
何しろ相手は、西の王国を滅亡させ、東の王国に大打撃を与えた魔王軍なのだ。
いかに帝国軍に新兵器あり、大宮殿に勇者ありと言っても、確実に勝てる保証など誰がしてくれるのか。

どんよりと曇った空が、そんな不穏な空気に包まれた帝都の街を更に息苦しく思わせていた。
 

 
刀工(……嫌な空ですね)

海賊の依頼で修復した武器を収めた木箱を抱え、曇天の空を見上げた刀工は、裏路地から大通りに
出たところでしばし足を止めた。
厳戒態勢の街を出歩くのはそう容易いことではない。現に、彼の弟子達は全員地下壕へ避難している。
刀工は避難を勧める弟子や兵士に対し、「やり残した仕事がある」と強硬に突っぱねたのだが、
その仕事が海賊からの依頼でなければ、彼もさっさと避難していたことだろう。

刀工が向かっているのは、大通りにあるホテルだ。
観光客向けの、宿賃の割にセキュリティがしっかりしているところで、海賊が帝都での滞在先として
選んだ場所でもある。
彼の武器をそこに届けると約束した以上、約束の日時に届けに行かねばプロの名折れというものだ。
本来なら弟子に届けさせるつもりだったがこの状況では刀工自身が出向くことも致し方ない。

それに、海賊はまだあのホテルにいると、刀工には確信があった。

刀工(……そう。彼はおそらく、魔王軍の侵攻がこの帝都にまで至ると踏んでいる)
 

 
刀工がこの結論に至ったのは、彼自身も同様の予測を立てていたからだ。
ここ半年で急激に増えた軍からの受注や帝都近郊で繰り返される軍事演習、徴兵年齢の引き下げ、
急激な新兵器開発推進などの噂から、帝国軍に人的資源なく兵の錬度も低いと知れる。

翻って魔王軍を見れば、西の王国を一気呵成に滅亡せしめる圧倒的物量を備え、魔王という強力な
指導者に率いられる統率の取れた軍勢である。
彼らに比べれば、閑散とした帝都を青い顔をして哨戒する帝国軍など、良く言って張り子の虎、
悪く言えば烏合の衆に等しい弱兵であろう。

魔王軍がこの大陸へ上陸したということは、沿岸部に配置された部隊が食い止めきれなかったと
いうことに他ならない。
上陸戦はその性格上、攻める側は圧倒的に不利な条件の下で戦うことを強いられるものだ。
だが少なくとも、それを覆すほどの物量が魔王軍にはある。それは噂に聞く西の王国での戦いを
鑑みれば明白なことだ。

刀工(どうせ魔王が帝都まで来るなら、探す手間が省けるとでも考えているのでしょうが……)

実に彼らしいと、刀工は内心で苦笑した。
 

 
カサッ、と乾いた音がして、刀工は足元に視線を落とす。落ちていた新聞紙を踏みつけたようだった。
読む者のいなくなった新聞の一面には、二週間後に予定されていた皇帝の生誕祭の中止を報じる
記事が大きく載っていた。

確かに、この情勢下にあっては生誕祭どころではあるまい。
事ここに至っては、二週間後まで皇帝陛下の首と胴体がちゃんとくっついているのかどうかさえ
誰にもわからないのだ。無論、このような考えを口にすれば不敬罪に問われるだろうが。

元より世情にさして興味のない刀工は、新聞から目を離して再び歩き出した。

一介の鍛冶屋として彼が最も興味を注ぐのは、ただ、強い武器を作ること。ただその一点のみ。
そして優れた武器は優れた使い手に捧げられるべきものだ。

刀工(今の帝国に真の使い手などいない。私の武器を捧げるに足る者は一人も……)

刀工(しかし、噂に聞く勇者ならば。勇者が、海賊の語る通りの人物ならば、あるいは……)

刀工(……おっと、いけないいけない。これでは彼に怒られてしまいますね)
 

 
この考えは、自分の心の中だけに留めておくべきだろう。
何しろこれから会いに行く友人は、恐らく世界で誰よりも、勇者を戦いから遠ざけたがっているのだ。

うまく帝国軍の哨戒の目を掻い潜り、目的のホテルまで辿り着く。
開け放たれたままの戸口をくぐり、最初に目に入ったのは無人のロビーだった。見渡せる範囲に
人の気配はなく、猫の子一匹さえ見えない。

普段なら愛想のいいフロント係が応対してくれるところだし、もっと多くの人が宿泊しているだろうが、
さて、現在唯一の宿泊客はどこにいるのやら。刀工は肩をすくめて奥の階段を下りていく。

かつて友人に誘われた経験から、このホテルの地下に落ち着いた内装のバーがあることは知っている。
その時はつい飲みすぎてしまって次の日の仕事に差し支えたのだが、今となってはいい経験だ。
カウンター席に見覚えのある背中を認めると、刀工は声をかけた。

刀工「昼間から飲むにしては、少々量が多すぎやしませんか?」

アルコールの入った頭を穏やかな声音に小突かれた海賊は、琥珀色の液体の注がれたグラスを
カウンターに置いて振り返った。よく日焼けした顔に闊達な笑みを浮かべ、海賊は言う。
 

 
海賊「せっかくタダ酒を楽しんでるんだ。野暮なことは言うんじゃねぇよ」

刀工「失礼。しかし、しばらく会わないうちに酒量が増えましたね」

苦笑しつつ隣の席に腰かける。
カウンターに並んだ空のボトルの本数の割には、口調はハッキリしているし表情も引き締まっている。
酒に強いのは相変わらずだ。無人のバーで堂々とタダ酒を嗜む図々しさも。

海賊「今は『待ち』の時間だ。こいつを飲る以外にすることもねぇしな」

海賊「どうだ? お前も一杯行くか」

差し出されたグラスに「結構です」と応じる平静そのものの態度は、相手のペースに呑まれない
術を知っている人間のそれだった。ニッ、と口元に笑みを浮かべ、海賊はグラスを傾けた。

刀工「魔王軍がこの帝都に侵攻してくるまで、このホテルに?」

海賊「ああ。で、どうだ? 約束の時間にはまだちょいとばかり早いけどよ」

刀工「武器の修復は無事完了しました。確認を」
 

 
隣の席に置いておいた木箱を開け、緩衝材として詰められた木屑を払い、カーキ色の布に包まれた
氷の刃を取り出す。

布を取り去ってみると、柄飾りに嵌め込まれた宝玉には傷ひとつなく、清冽な輝きを取り戻している。
刀工の工房に持ち込んだ時には宝玉には大きく亀裂が走り、輝きも弱々しいものだったが、問題なく
修復されたようだ。

柄は切り詰められて若干短くなっている。試しに柄を握ってみると、まるで喰いつくように手に馴染む。
海賊の手に合わせて緩やかに削り込まれ、また滑り止めのために細かい溝が彫られているのだ。
元々魔王軍の船から奪ったものであるが、あたかも海賊のために鍛えられた一振りのようだ。

刀工「あなたに合わせて少々手を加えてあります。だいぶ軽くなっているはずですよ」

海賊「大したもんだ。お前に任せて正解だったぜ」

刀工「氷刃の長さや厚さも任意に調節できるようにしました。無論、限度はありますが……」

海賊「充分だ。代金は? 金は言い値で払うぜ」
 

 
海賊が懐から取りだした金貨袋を、しかし刀工はそっと手で制した。
訝しげな顔をする海賊に、「支払いは事が終わってからで構いません」とだけ言う。

海賊「いいのかよ? 途中で俺の気が変わって、代金を踏み倒すかもしれないぜ」

刀工「帝国が滅びてしまえば同じことです。支払いのためにも、頑張って魔王を倒してください」

海賊「この野郎、言うじゃねぇかよ」

刀工は薄く笑んで答えず、海賊に据えた視線を逸らさずに、そろそろ頃合いかと判じた。
カウンターに置かれたグラスにこちらの目を覗き込む海賊の顔がうっすら反射していた。

刀工「……そういえば、何故ふたつ持って行ったんです?」

海賊「何の話だ?」

刀工「私の工房にある武器を持って行っていいと言ったでしょう? 何故ふたつ持ち出したんです」
 

 
アルコールで上気していても油断なく引き締まっていた海賊の表情に、動揺の亀裂が差し込む。
氷の刃を手元に置いて「ああ……」とくぐもった声を漏らす海賊に、刀工は畳みかける。

刀工「あなたが選んだ二振りは長さも重量も異なる。かといって二刀流に適しているわけでもない」

刀工「わざわざ氷の刃の修復を依頼してきたのだから、あなたの分でもない」

刀工「売って金に換えようというなら、あなたならふたつと言わず全て持って行くでしょう」

刀工「しかし、あなたの話では、同行してきた仲間は勇者ただ一人……」

刀工「……というわけで、余計に持って行ったのは何故なのか、聞きたかったんですよ」

海賊「……」

胸の亀裂から滲みだす澱を封じる術はなく、海賊はひとつ息を吐くとグラスに残っていた酒を煽った。

死んだと考える方が自然だ。しかし、死んだとはどうしても思えない。
いや、そう思いたくないだけかもしれないが……。
 

 
海賊「……俺の子分さ。今は別行動だがな」

刀工「珍しいですね。あなたが部下を従えるとは」

海賊「くたばっちゃいねぇ。俺はそう思ってる。悪運だけは人一倍みてぇだからな」

自分で掘った落とし穴の存在を忘れていたような、妙な気分だった。
刀工の工房で海賊は殆ど無意識に、兵士に持たせるべき剣を選んでいたのだ。

虚空へ泳がせた目が勇者と兵士の姿を幻視する。

あんなヘタレ野郎がなんだってああも勇者に懐かれてるのか、荷物持ちがせいぜいの冴えない奴と
思っていたが、いざ戦いになればなかなかタフな奴だった。
戦場での戦いの最中、見所があると思ったのは海賊の素直な気持ちだ。
どこでどのような境遇に身を委ねていようと、決して魔王に背を向けることはあるまい。

付き合いは短いが、今は、それだけわかれば充分だ。
それはきっと、勇者が彼を荷物持ちに選んだ理由のひとつであろうから。

海賊(……ま、勇者が目をつけるだけのこたぁあるってこったな)

――あるいは、それは似た者同士の共感だったのかもしれなかった。
 

ゼミのレポートその他でだいぶ強いられました。お待たせして申し訳ありません。
なるべく続き投下は急ぎたいですが、期待せずにお待ちください。


     ※

それは、偶然俺と勇者が楽屋で二人きりになっている時のこと。
各々出番待ちのエアポケットのような時間を持て余している時のことだった。
 
勇者「ねぇ、両想いごっこしない?」

兵士「……はぁ?」

あまりに脈絡のない展開だった。

ここで念のために断っておくが、俺と勇者は別にプライベートでも仲良しというわけではない。

例えばこれが勇者と魔王であるならば、仕事でもプライベートでもまさしく犬猿の仲であり、
不倶戴天の敵同士と言って過言ではない。仲が悪いとはこいつらを差して言う言葉だと断言できる。
その険悪さが芝居の緊張感にも繋がっていて大変よろしいと、監督からは高評価なのだが……。

他には、勇者と海賊というのなら、海賊が勇者を一方的に甘やかしている印象を受けはするが、
概ね仲がいいと言って差し支えはない。
海賊と刀工なら、よくお互いの家に飲みに行ったり買い物をしたりする。というか、そういう
集まりには大抵の場合俺も参加するため、典型的な男同士の友達づきあいといった感じだ。

翻って俺と勇者はどうかというと、険悪ではないにせよ、そこまで親密であるというわけでもない。
わざわざ両想いごっこなるお遊びをするような仲ではないのは確かなのだ。
   

  
兵士「何が両想いごっこだよ。また妙なこと思いついたな」

勇者「いいじゃない、暇なんだもん。どうせあんたも暇でしょ」

なかなか痛いところを突かれた。出番待ちだから絶対的に暇でもないが、かといってこの程度の
遊びを断る程度に忙しいというとそれも違う。というかまあ、暇なのはお互い様だ。
勇者だって、よほど退屈しているからこそあんな発言をするに至ったのだろうから。

兵士「しかし暇潰しにしたって他に何かあるだろ。ゲームとか……」

勇者「嫌よ。あんた弱いもん」

兵士「……し、しりとりとか」

勇者「そこでしりとりが出てくるあんたの貧相貧弱な発想力とボキャブラリーで勝負になるのかしら?」

お互いの実力差が出づらいナイスチョイスだと思ったのだが、やはり分が悪いらしかった。
因みにしりとりに限らず、トランプだろうが花札だろうが、ゲームというジャンルの勝負において
俺は勇者に勝ったことがない。
その点、対魔王なら、魔王がルールをよく知らないというゲームに限ってのみ五分で勝負できる。
魔王のルール理解度に反比例する形で、俺の勝率はどんどん目減りしていくのだが。
  

 
何はともあれ。
勇者がこういう突拍子もない悪ふざけに走るのは今に始まったことではない。
どうせ俺をからかう目的だろう。こいつときたら、その手の悪知恵は年相応以上に働くのだ。

しかし、まあ。そうは言っても、付き合ってやるのが年上の余裕というものだろう。

勇者が17歳でオレが19歳だ。つまり、俺がふたつほど年上。
卑近な例えをすれば女子高生と大学生。あるいは高卒の社会人だ。
度が過ぎなければ多少の悪戯は笑って許してやるし、こういう遊びにも付き合ってやろうと思う。
事程左様に、この生意気な女の前で余裕かましたい見栄が俺にもあるのである。
役者のキャリアというものに年齢は関係ないのだが。

両想いごっこだか何だか知らないが、適当にやってりゃこいつもそのうち飽きるだろう。
大体、定義も内容もわからんような遊びがいつまでも続けられるわけもないし。

兵士「……わかったよ。で? どういう風にやるんだよ。その両想いごっこって」

勇者「とりあえずそれっぽい台詞とか言ってみればいいじゃない。いかにも両想いって感じの」

兵士「いかにも両想いって……ちょっと待てよ、えぇと」

勇者「早くしなさいよ。さーん、にーい、いーち、ハイ言って」
 

 
兵士「……その髪型、可愛いな」

勇者「わかるー? 今朝頑張ってセットしてきたの」

早速小芝居が始まった。
実際には髪形など変わっていないし、頑張ってセットするのはメイク係だ。
それに特別可愛いと思ったこともない。

兵士「あ、ああ。お前のことだったら、何でもな」

我ながら歯の浮くような台詞だ。こいつに関しては知らないことの方が多いというのに。
しかし、こういう台詞を絞り出すのは殊の外難しい。
台詞はアドリブと勝手なイメージで思いつくまま喋っているが、世間の両想いのカップルがみんな
こんな風ではないと信じたいところだ。

勇者「……でも、髪型だけ?」

兵士「へ?」

勇者「だーかーら、可愛いのは髪形だけ?」

兵士「バ、バカ。そういう意味じゃねぇよ」

拗ねたように言う勇者から目を背けつつ、じゃあどういう意味なのかと自問自答。
それっぽい返答が出来なければ両想いごっこは終了するが、あまり呆気なく終わってもアレなので
一応真面目に考えることにする。
 

 
要するに台本を読み込むのと似たようなものだ。
役の心理の動きを把握して、理屈で芝居を組み立てるのはそうおかしいことじゃない。
そういうタイプの役者はいくらでもいる。
 
勇者の発言から考えるに、髪型の話は単なる会話のとっかかりでしかないだろう。
髪形、つまり外見の話から更に一歩踏み込んだ話題への展開が求められているのは間違いない。
当の俺としては、何気なく口をついて出てきただけなのだが。

では外見以外のどこに言及されるべきかと言うと、それは内面の魅力。
それも、可能な限りの全面的肯定を求めるはずだ。

現在の俺と勇者はとりあえず恋人同士という設定だ。今決めた。だって両想いごっこだし。
別に恋愛に限った話ではなく人間関係にはインタラクティブなコミュニケーションが重要だが、
恋愛には排他的な独占欲や相手への依存欲求が少なからず介在する。
そうした精神的依存が、愛するより愛されたいという意識を醸成すると何かの本に書いてあった。

その論に則るならば、つまり、勇者の態度はある種の誘い受けだと判じることができる。
この女にも、愛するより愛されたいという受け身の心理があるならば。
ここで俺が押し返してやれば……要するに、これはカウンターパンチのチャンスなのだ。
 
勇者「むー。ちゃんと言ってくれないとわかんないじゃない」

兵士「……全部可愛いよ! お前がナンバーワンでオンリーワンだよ!」

半ばヤケクソ気味に、俺は声を張り上げた。
 

 
急に大声を出されて驚いたのか、勇者は目をパチクリさせながら、

勇者「っ……そ、そう? あたし可愛い?」

なんて、わかりきったことを聞き返していた。
こいつの顔がいいなんてはわかりきったことだ。こいつの厄介なところは頭蓋骨の外側だけではなく
内側にこそあるので、今更外見の美醜など俺にはどうでもいいことだが。
 
兵士「当たり前だろ。お前は可愛いよ、世界一可愛い」

勇者「え……あ、ありがと……」

おっと、なかなか好感触。序盤の勇者のジャブに対するカウンターは成功したようだ。
だが油断は禁物だ。
ここは反撃の機会を与えず、一気に押し切ってしまおう。

兵士「おいおい、何照れてんだよ。俺とお前の仲だろ」

そんな軽薄な台詞を吐きつつ、勇者の横に座って肩なんか抱いてみたり。
栗色の髪がふわりと揺れ、甘やかな香水の匂いが鼻孔をくすぐる。マザーグースの歌詞のように、
こいつはきっと砂糖と香辛料と、何か得体の知れないものでできていると思わせる香りだった。
 

 
ハードなアクションをこなすために鍛えているのか、俺の腕の中にすっぽりと収まった勇者の身体は
華奢なようでいてしなやかで、こうして密着してみると女性的な柔らかさも程良く感じられる。

思い返せば、勇者の身体を見たり触れたりする機会など、そう何度もあったものではなかった。
どちらかというと魔王の方と密着することが多かった気もする。
それも、互いの吐息がかかるくらい間近にだ。

魔王は御年17歳、勇者と同い年ではあるが、あの暴君のステレオタイプを極めんとするような
キャラクターを見事に演じている。
きっとあの『魔王』は自分以外の何者の力も必要とはしていまい。
多くの部下に傅かれながらも、その実、超然とたった独りの玉座に座している。
ある意味では『勇者』とよく似ていると思う。

あの苛烈な光を宿した瞳を間近で見ていると、芝居だとわかっていてもビビってしまう。
魔王の演技には凄みがある。それをあんな近くで見られるのは役得というものだろう。

しかし、どうして勇者と魔王は役柄上もプライベートも不倶戴天の間柄なのか。
別に意識して距離を置いているわけではなく、普通に仲が悪いのがよくわからん……

兵士「いだッ!?」

勇者の肩を抱いて寄りかかりながらぼんやり考えていたら、思いきり手の甲を抓られた。
ヤバい、流石に調子に乗りすぎたか。
 

 
どうフォローするかと内心慌てふためいていると、勇者はふくれっ面で低い声を出す。

勇者「今、あたし以外の女のこと考えてたでしょ」

兵士「べ、別にそんなことはねぇよ」

図星を突かれた気まずさから、つい視線を泳がせてしまう。
こんな茶番を演じていても勘の鋭さは変わらないらしい。こいつの亭主は浮気なんかできないな。

勇者「嘘。嘘ね。あんた、あたしのこと見てなかったもん。誰のこと考えてたの」

俺の手首を強く握り、唇を尖らせながら上目遣いに睨んでくる。
無論、正直に言ったらタダでは済むまい。先述の通り勇者と魔王は犬猿の仲だ。
たとえごっこ遊びの最中であろうと、魔王の名が出れば怒ってへそを曲げるのは想像に難くない。
ここは穏便に事を収めたいところではある。オプーナ購入権辺りで引き下がってはくれないだろうか。

兵士「お前のことで頭がいっぱいだったんだよ。ごめんな」

そう囁いて、勇者の頭を撫でる。サラサラの髪の毛が指に掌に心地いい。
勇者はくすぐったそうに顔を俯け、俺にされるがままになっている。なんというか実にちょろい。
あの勇者が俺のされるがままというのは、これはこれで男冥利に尽きる光景だ。
まあ、それもごっこ遊びの設定の範疇なのだろうけど。
 

 
勇者「……んっ」

兵士「ん?」

勇者は目を伏せ、俯けていた顔をこちらの方に向けてきた。
ほのかに桜色に色づいた頬と、瑞々しい唇に思わず目を奪われる。
おい、どうした。今はアヒルの真似でウケを狙うシチュエーションじゃないぞ。

勇者「……キ、キス。キスしてみなさいよ。できるでしょ、ホラ。両想いなんだから」

――果たして、ウケ狙いの方がまだマシな回答だ。何もそこまでやらなくても。

勇者「あ、あたしのことだけ考えてたんならできるでしょ。ねえ。できないの? この童貞野郎」

兵士「口の聞き方に気をつけろ」

どどど童貞じゃないですしおすし。
ひょっとしたらその非童貞であるところの俺が無意味に狼狽しているように見えるかもしれないが、
急速に湧き上がってきた両想いごっこという名のチキンレースの予感にオラワクワクしてきただけだ。
今まで勇者に対し散々歯が浮くような台詞を吐いておいて恐縮だが。
 

 
まあ俺だってキスシーンの経験くらいある。今更戸惑うこともない。向こうもそのつもりだろう。
両想いごっこという名目上これくらいやって当然だという牽制のつもりだろうが、甘いぞ勇者。
既にイニシアティブは俺が握っているのだ。

兵士「……キスすればいいのか?」

勇者「う……うん」

俺は勇者の身体をそっと抱き寄せ、顎に指をかけて上を向かせる。

兵士「目、閉じるなよ。あと目を逸らさないでくれ」

頬を赤く染めた勇者は視線を泳がせながら問う。

勇者「……恥ずかしいからやだ。なんで?」

兵士「好きなんだよ、お前の瞳が。すごく綺麗でさ。ずっと見ていたい」

嘘とデタラメだらけのごっこ遊びの中で、唯一と言っていいくらいの偽らざる本心だった。
このエメラルド色の瞳を見ていると、比喩ではなく吸い込まれそうになる。身体ではなく、心を。
それは役者として得難い素質だ。笑顔を見せた時の一点の曇りもない煌めきも、苦悩の中に垣間見える
押し殺した感情の揺らめきも、強烈に人を惹きつける吸引力を持っている。
 

 
勇者は色々な顔を見せてくれる。
役柄、シナリオ、場所を問わず、たくさんの表情を持っている。
だから、彼女の本質は非常に見えにくいのかもしれない。
事実、俺だって勇者のことをどれだけ理解できているか怪しいものだ。

でも、それでも、勇者が見せてくれる演技は、表情は、俺に『熱』を与えてくれる。
それは称賛であったり、憧憬であったり、親愛であったり、束縛であったり。

何にしろ、勇者のことを無視できない自分がいる。
こいつがくれる『熱』を絶やしたくない自分がいる。
共感も軋轢も吸収して、より良くしていける。そう確信できるから。
仲良しじゃなかろうが、両想いじゃなかろうが、それだけは真実のはずだから。

目を伏せ、両の掌をぎゅっと握りしめていた勇者は、やがてエメラルドの瞳を俺に据えた。

勇者「……ねぇ、兵士。あたし――」
 

  
魔王「何をしている」

不意に差し挟まれた冷たい声が、思考を凍結させ先の言葉を封じた。

揃って全身を硬直させた俺と勇者は、揃って楽屋の戸口に目をやった。撮影用の新しい衣装を着た
魔王が立っているのが見え、俺達は揃って言葉を失う。

魔王「……何をしているのだ、と聞いている」

魔王が再度刺すような声を放つと、バキッ、と何かが割れるような音がした。
戸口の縁を握りしめた魔王の手が、それを握り壊した音だった。当然、答えようにも言葉が出ない。
そんな中で俺は「握力まで役柄に合わせる必要はないんだぞ」と見当違いな感想を抱いていた。

部屋の温度が何度か下がったような気がして、同時に急速に現実感が戻ってきた。
何やってんだ俺は? なんで勇者と見つめ合いながらキスしようとしてたんだ。正気の沙汰じゃない。
俺達は弾かれたように互いの身体から手を離し、距離を取る。

兵士「あ、いや……あれ? お、おい、勇者。俺達、何がどうなって何しようとしてたんだ」

勇者「え……そ、それは、その……あ、あたしにだってわかんないわよ!」

兵士「ちょっと待て、そりゃないだろ。元はと言えばお前が最初に」

勇者「あ、あんただってノリノリだったくせに。あんな気障なの似合わないわよ、あんたには」

兵士「なんだよ、お前だって満更でもなさそうだったろうが」

勇者「あんなの演技ですー。童貞野郎が勘違いしちゃって、これだから」

兵士「……ッ上等だオイ、カメラ回せ」
 

  
……とまあ、なんというか。

その後のことはあまり詳しくは語りたくないので、ダイジェストで。

勇者と魔王と俺の三つ巴と見せかけて実際は二対一の、本編でやれと言いたくなるようなラスト
バトルが繰り広げられた。
戻ってきた海賊や刀工、皇帝なども面白半分に介入し事態は泥沼化、もはやこれまでかと思われたが
最終的に勇者が魔王にある講和条件を提示することで解決を見た。
この二人が話し合いで物事を解決するのは珍しいケースだが、まあ平和的解決に越したことはない。

それで、その問題の講和条件なのだが……。



魔王「兵士よ」

兵士「ん? ああ、何だ?」

魔王「両想いごっこをするぞ。今から貴様は我の婿だ」

兵士「またかよ!? いい加減あの遊びはやめにしてだな」

勇者「二時間だけよー。次あたしだから」

兵士「……」



――どうしてこうなったのか、あるいはしっかり休養を取って、食事をして、頭がハッキリしたら
おぼろげながらも理解しえたかもしれないが。

ともかくも、休憩時間における俺の身柄と引き替えに、俺達キャスト陣は平穏を勝ち得たのだった。
 

番外編は並行世界だったり暇を持て余したキャストの遊びだったりと
作者側で色々遊んでますが、どういう形でやるのが一番いいんでしょうね。
まあ番外編なので特に本編に影響はないんですけども。

 
     ※
 
瞬間、紅蓮の爆炎が連続して膨れ上がり、ひとつの村が折り重なる火球となって燃え尽きた。

真下から突き上げる衝撃波が地震のように村を揺らし、幾条もの亀裂が地面を走る。
地下で沸き起こった閃光が地面の割れ目から漏れ出し、それは一秒後には紅蓮の炎を滲み出させ、
膨大な熱エネルギーが人も動物も建物も焼き尽くし、干渉しあう衝撃波が更なる破壊を生む。

熱波と轟音が行き過ぎた後に残されたのは草木の生えぬ不毛の焦土であり、さらには毒の魔力で
汚染された土壌はそこで育った動植物に強い毒性を与え、この一帯は向こう十数年の間再利用の
目途が立たなくなるだろう。
紫色に濁った煙が空を穢し、大気を汚染し、さらなる二次被害が広がっていく。

村の地下に埋設された自爆装置が作動し、大規模な魔法爆発を引き起こしたのだ。

これを村に仕掛けたのは帝国軍であり、撤退に際し補給物資や建物・施設を残さないために
村を焦土に変えたのだ。魔力に指向性を与え特定の地域だけを汚染する技術は、先帝の時代に
確立されたものである。

一部の帝国軍人が村人の避難も終わらぬうちから爆破を強行したため、民間人は勿論のこと、
帝国軍・魔王軍の双方に多大な犠牲を強いた。もっともそれは絶対数においてであり、この爆発に
よって失われた魔王軍側の戦力は、獣陸兵団のわずか数%でしかなかったが。
 

 
爆発の光景を前線で目の当たりにした獣陸将軍は、獅子の面容を苦々しげに歪ませた。
彼は今次作戦において、このような武人として恥ずべき愚行を見せつけられるとは思っていなかった。
 
獣陸将軍「人間どもが……切羽詰まったとはいえ、無様な」

吐き捨てるように呟き、獣陸将軍は重鎧に包まれた巨体を翻した。
生粋の武人であり、魔王軍最古参の幹部の一人である彼は、獣陸兵団の長でありながらも常に
前線に立ち、兵達を鼓舞し魔王への忠を尽くすべく戦う。
その彼であればこそ、帝国軍の取った、民間人を巻き添えにしてでも時間稼ぎをしようなどという
愚かな選択を許せないのだ。

武人ならば、戦士ならば、最後の一兵までも戦い、自らの主へ勝利を捧ぐべきだ。
そう愚直なまでに信ずるからこそ、そしてそれを実行できる意志があるからこそ、彼は将軍の地位に
就いているのである。

西の王国の戦いでは、獣陸兵団は勇者によって大きな損害を被った。
しかし、結果として王都は崩壊し西の王国は滅びた。所詮、勇者一人では大勢に影響はない。
更に帝国軍には魔王軍の脅威となり得る戦力は存在しない。
まして、苦し紛れの焦土作戦を恃むような輩が相手となれば、獣陸将軍に敗北の未来像はない。

獣陸将軍「……む?」
 

 
獣陸将軍が空を見上げると、飛竜が一頭、自軍の陣地を横切って飛んでいくのが見えた。
飛竜の背には誰かが乗っている。一人、いや二人。背格好を見るに、男と女の二人組。見慣れぬ顔だ。

あの飛竜は魔王軍の所属に相違ないだろうが、竜空兵団のものではない。
目も耳もなく大きな口だけを備えた蛭のような頭部、翼状に発達した前足。後ろ足には猛毒の鉤爪。
体表には鱗がなく、つるっとした皮膚は柔軟で伸縮性と魔法防御力に優れている。
この異形のモンスターは、ワイバーンとジャイアントワームの合成によって生み出された、飛竜蟲
ワイアームだ。このような戦闘用キマイラは魔術実験によって造り出される生物兵器である。

鞍や腹帯に施された装飾に垣間見える紋章の形からして、魔王親衛隊のものと知れる。
そもそも、戦闘用キマイラは三兵団に配備される前に親衛隊の手で評価試験が行われるため、
このような見慣れぬモンスターの多くは親衛隊のものなのだ。

獣陸将軍(親衛隊だと……何故奴らが? 帝都への進軍は滞りなく行われているはずだが)

親衛隊は魔王を護衛する少数精鋭の特務部隊だ。時に陸・海・空の三軍に出向してくることもあり、
魔王直属の査察官として兵団の監視を行う。

しかし、今は帝都攻略作戦の最中だ。
現在のところ全ては予定通りに進行しており、失った兵も想定の範囲内に収まっている。
少なくとも親衛隊に尻を叩かれなければならないようなことはない。
 

 
獣陸将軍(あのままの進路なら、我らに先んじて帝都に着くはずだが……)

百戦錬磨、常勝不敗の誉れ高く、魔王軍三兵団最強の呼び声高い獣陸兵団の頭上を素通りしようとは
無礼千万だが、親衛隊ごときに兵団の指揮に口を挟まれてはかなわない。

今この時に限っては、かのごとき厄介者共には関わらないに限る。
帝都攻略を前にして兵達の士気にも影響しようというものだ。獣陸将軍は内心でそう結論した。

獣陸将軍(まあよい……親衛隊の動向など大事の前の小事。捨て置いて問題あるまい)

どちらにせよ、彼と、彼の率いる獣陸兵団のすべきことは決まっている。

ただ、魔王への忠を尽くすこと。
魔王を信じ疑わぬことも、魔王のために勝利を捧ぐことも、根底にはその信念がある。
兵団長たる獣陸将軍にとって戦はそのための手段に過ぎない。竜空元帥も、魔海提督も、それは同じだ。

指向性の毒煙が特定の地域のみに留まり、たゆたうように燻っている。
やがては帝国全土がこの紫の霧の立ちこめる地獄と化す。
魔王軍の将兵が主君への忠義に生きる限り、それは約束された未来であるはずであった。
 

 
     ※
 
それは、獣陸将軍が自陣を横切って飛行するワイアームを目撃する数十分前のことであった。



海龍人「侵入者だと?」

思わずオウム返しにしてから、シードラゴンは部下の無機質な表情を見返した。
シードラゴンへ報告を行ったのは酒樽のような体型をした海鳥の魔物で、全身を厚い脂肪と艶のある
黒い体毛に覆われている。北方に生息する海烏が魔王の魔力で魔物と化し知性を得て生まれたものだ。
オオウミガラスはヒレ状の翼をばたつかせながら、新たな魔海提督の声に応じた。

海烏「本艦に何者かが侵入した形跡が確認されました。我が軍の者ではありません」

海龍人「何故断言できる?」

海烏「外縁部のハッチに損傷が見られました。明らかに人為的なものです。それと、これをご覧下さい」

そう言って海烏が取り出したのは、薄いガラス板のような薄黄色の小さな欠片だった。
通路灯の光を透過して輝く様はさながら宝飾品の優美さと思えたが、この欠片そのものは宝玉などの
物質に由来するものではない。
 

 
海烏「第5ブロックの出入り口付近で発見されたものです」

海龍人「……ただの欠片ではなさそうだな? 樹脂や金属でもない」

海烏「これは魔力を羽根状に圧縮成形したもので、原理的には我が軍で研究されていた花の盾と同じです」

海烏「これ自体はほんの小さな欠片ですが、本来の大きさでなら、疑似的な反重力を発生させられる」

海烏「飛翔呪文の上位版と言えます。そしてこの術を使うのは天界の者に限られる。つまり……」

海龍人「……天使、か?」

海烏「信じがたいことですが、今のところそのように結論せざるを得ません」

天使。
シードラゴンは自ら口にした言葉を信じられなかった。

何故、今この時に、天界の使いが海魔兵団の旗艦に侵入してくるのだ?
 

 
海龍人(天界の者どもが、勇者を生まれさせる以外の方法で地上の戦乱に介入するとは……)

振り返ってみれば今更の話ではあった。
そもそも、脆弱な人間達の中に勇者を生み出してその成長を待ち、魔王を討たせるなど回りくどい話だ。
言うは易しの話ではあるが、いかに才能に恵まれていようと所詮人間にすぎない勇者が地上に生まれ、
魔王を討つに足るほど育つのを待つよりは、現実的なプランであるのは間違いない。

しかし、ここ数百年の間、天界と魔王軍が直接武力によって相争うことはなかった。

まだ神と魔王が対等の力関係にあった時代、大勢の天使を擁する天界の軍勢は当時の魔王軍に勝るとも
劣らぬ一大勢力であったと聞く。天空世界の高度なテクノロジーを持った神の兵達は、少なくとも
技術力という点において魔王軍を圧倒していたという。

彼らの魂は肉体の軛を逃れており、死しても新たな肉体を得て蘇り、迷うことなく殉教の途を往く。
魔王の会得した転生の秘儀と似ているが、決定的に異なるのは肉体の質や相性を問う必要がない点だ。
天使の魂は既に概念的存在へと昇華されている。本来的には肉体を持つ必要さえない。

死を恐れず、滅びることのない者達。それはいかに魔王軍の兵達といえど苦戦を強いられよう。

だが、何故彼らは直接魔王軍と矛を交えようとしないのか?
神と魔王の軍勢が相争えば双方共に甚大な被害が出ることは避けられまいが、神が地上を征服せんとする
魔王を危険視しているなら、勇者を差し向ける以外の方法で介入しようとは考えないのか?
  

  
海龍人「……魔王様へは私からご報告差し上げる。警備部隊は侵入者の捜索に当たれ」

海烏「了解しました」

シードラゴンの気分を察した風もなく、オオウミガラスは敬礼の後に踵を返しその場を辞した。

しかし、表情こそ硬く引き締めてはいるが、シードラゴンは内心の動揺を無視することはできなかった。
海魔兵団を率いる者の証である杖を握りしめ、忌々しげに吐き捨てる。

海龍人「まったく……私が魔海提督に任ぜられたそばから、こんなトラブルなど……!」

前任者の――尊厳や自我の、という意味での――死によって、後任として権力の座に身を置いたのはいい。
しかし、そのタイミングは最悪と言ってよかった。
帝都攻略作戦を目前に控えたこの時に、前任者は魔王軍にとって最大の懸案事項である勇者を取り逃がし、
それに加えて帝国軍には必勝を期した秘密兵器ありと聞く。

陸海空の三軍は決して仲良しとはいかず、また海魔兵団さえ一枚岩では有り得ない。
参謀に過ぎなかった自分が提督の地位を得たことを快く思わない一派もあり、表面的にはシードラゴンへ
恭順の構えを見せてはいるが、いつ何時牙を剥くか知れたものではない。
状況は自らの地歩を固める時間さえ与えてくれず、シードラゴンの権力の地盤は不安定極まるものだった。
 

 
海龍人「戦時であるからこその地位とはいえ……いや、しかし、まだわからん」

海龍人「海魔兵団は私のものになったのだぞ。我が兵団が勇者を討ち果たせば、私の地位は盤石だ……」

半ば以上、自分自身に言い聞かせるような独白であった。

この状況は確かに、自分にとって不利かもしれない。
だが、この危機を好機に転じてこそ、己が尊崇すべき主君の覚えもよくなるというものではないか。
荒くれ者ばかりの獣陸兵団や、お高く留まった自惚れ屋の竜空兵団とはモノが違うということを、
今こそ魔王に示さなくてはならない。前任者はそれを果たせなかったが、果たしてそれは、自分にも
実現不可能であることを意味するだろうか? 否。断じて否である。

だが、シードラゴンが思いこもうとする端から、迷いは震えとなって身体の末端部分を揺らした。
武者震いの類でないことは誰よりも彼自身が知るところであった。

海龍人「冗談ではない……私は、必ず生き延びてやるんだ……」

杖を持つ手をより一層強く握りしめ、シードラゴンは巡り合わせの悪さを恨まずにいられなかった。
 

 
     ※
 
その女は潜水鯨の最外縁部のハッチから侵入し、荷揚げ用の昇降機に忍び込んで上層区へ移動した後、
工廠ブロックに到達すると同時に遅滞なく所定の行動を開始した。

全身をバトルドレスと呼ばれる戦闘用スーツで纏い、顔はフェイスマスクで鼻まですっぽりと
覆っている。バトルドレスの上からはハーネスでナイフの鞘やコンパクトなポーチを固定しており、
ポーチから工具を取り出して手慣れた様子で各種セキュリティ装置の解析と無力化に取りかかった女は、
無駄な動きを一切見せなかった。
怜悧な光を湛えるコバルトブルーの瞳は、迷いや戸惑いの色とは無縁であった。

後ろで一本にまとめたブロンドの長い髪とスーツ越しに強調されている豊満な身体のラインが
現在の彼女を女と知らせる材料であったが、今はそれは意味を為さない。

彼女が――そう、天使が『天使』である以上は、それぞれの個体の持つ個性は無視されるべきだからだ。
個を排除した姿こそが、天界の使者たる『天使』という総体を表す個性になる。
今の彼女は『天使』という総体を構成する精緻な部品。
彼女の目は潜入工作員という役割を持った部品の目。
彼女の手は、諜報、暗殺、拉致……どんな汚れ仕事もこなしてみせる『天使』の手だった。

天使(『巡礼者』達の情報通り……艦内の警備も手薄。好都合ですわ)
  

  
ここに来るまでにも各ブロックの出入り口付近に守衛が立哨していたものの、警備はそれほど厳重では
なかった。天使はそれを難なくやり過ごし、あるいは無力化し、目的地である工廠ブロックまで
辿り着いたのだ。

天使は床の整備用ハッチを開け、脈動する筋肉や血管、幾筋も走っている神経系に紛れて配置された
魔力回路を見つけ出した。巨大な鯨を改造した生物兵器である潜水鯨は、各種セキュリティ装置は勿論、
動力も自らの生物的なエネルギー機関で賄っている。鯨の神経系に改造を加えて魔力回路を生成し、
機械的な部分の動作をコントロールしているのだ。

そういう事情もあって、保守点検のために各ブロックの至るところに整備用のハッチが配され、また
排熱を考慮して各ハッチの間に設けられた神経溝には一定の隙間が設けられている。
いざという場合にはここに隠れることも必要になるかもしれないと、天使は事前に説明されていた。

天使が回路の要所を針金程度の細さの工具で切断すると、セキュリティ装置の機能が停止した。
この程度の小さな傷なら自動的に修復されてしまうが、十数分の間だけセキュリティを無力化できれば
充分だ。その間に任務を達成すればいいのだから。

天使(センサー類や緊急通報装置……天界なら50年は前に生産終了していますわ)

天使(博物館資料も同然の代物ですわね。まったく、これだから地上は……)
 

  
セキュリティ解除のついでに通用口のロックを解除し、戸口の向こうに続く各部屋の扉を順に開放し
終えると、天使は素早くドアをくぐって工廠ブロックへ侵入した。
工廠ブロックはその名の通り広大な兵器工場であり、ここにおいて魔王や、魔王軍幹部のための各種
マジックアイテムの研究・開発が行われている。

天界を発した時間を起点にして、海魔兵団の船団に程近い地点に現界し潜水鯨に潜入、工廠ブロックの
セキュリティを解除するまでの作戦経過時間は102分。今のところスケジュールに寸分の遅れもない。
後はこれから、迅速かつ確実に今次作戦の目的を果たすだけだ。

第一に、この工廠ブロックのどこかに捕らえられていると目される、ある人物の救出。
そして第二に――魔王の暗殺。

また、これらの任務には『極秘裏に、かつ手段を選ばず』という暗黙の前提がある。

これは何もこの作戦に限った話ではない。
天界に害為す者を滅ぼす『粛清者』の位階にある天使達にとって、敵陣への潜入も、神の名において
天界への敵対者を誅殺することもありふれた作業でしかない。

今の天使が必要としているのは、神が「救え」と命じられた虜囚の身柄であり、魔王の死だ。

それ以外の魔物も人間も全て潜在的な障害と判断されるものでしかなく、どんな犠牲を払ったとしても
天使達の所業は容認され、称賛の対象となる。
どんな後ろ暗い任務であっても、『粛清者』達には常に神の承認があり、許しがある。
彼女達にとっては、それで充分な話だった。
 

 
物陰に身を隠して歩哨をやり過ごしながら、天使はフェイスマスクを顎まで下ろし、深呼吸する。
口元が外気に晒され、整った面貌が露わになる。化粧気のない顔はまだどこか幼く見え、バトルドレスを
着用しているのでなければまた違った印象を受けるだろうことは間違いない。

天使(――しかしこのスーツ、少々通気性が悪いのが難点ですわね。撥水性は高いのですけれど)

額に滲んだ汗を自覚し、嘆息を漏らす。

長身の身体を包むバトルドレスは魔力を込めた糸で織られた布を積層化し、特殊な加工を施した素材で
作られており、構造上、着込むというより締め付けるといった風である。
これは内臓の保護と機能保持、止血等を目的として、胴体、特に腹部をコルセットのように圧迫する
設計になっているためで、素材の特性上防刃・防弾・対魔力性能も非常に高い。

お世辞にも着心地がいいとは言えない代物だが、下手な鎧よりも信頼の置ける装備には違いなく、
『粛清者』達が地上での単独任務に赴く際はこのバトルドレスが選択されることが多い。

彼女個人としては、もう少し派手な装飾を施してもいいのではないか、と思ってはいるのだが。

天使(夜会服のように華やかなものでもあれば、天界の威光を知らしめるいい広告塔になりますのに)

我ながら埒もない考えだと、束の間浮かんだ笑みをすぐさま吹き消し、天使は柱の陰から魔物達の会話に
聞き耳を立てた。
 

  
兵隊蟹「……アレの様子は?」

海馬「なに、今は静かにオネンネ中だ。催眠呪文がよく効いてる。しばらくは起きないさ」

兵隊蟹「特別な魔法的素養などもなかったんだろう? 普通の人間なら当然だな」

海馬「そう、万一にもこの部屋から逃げ出すなんてことはない。楽な仕事だ」

ちらと様子を窺って見ると、兵隊ガニとシーホースの二人組が通用口の前で見張りに立っていた。
当然彼らも武装している。艦内での戦闘を想定してか、取り回しのいい短剣と小型の円盾を装備し、
防御力より機動力を重視した軽鎧を着込んでいる。

彼らはまだセキュリティ装置の異常には気づいていないらしく、兵隊ガニは愚痴っぽい呟きを漏らした。

兵隊蟹「しかし、何故魔王様は、ただの人間ごときにあのような処置を……」

天使(処置……?)

処置、という言葉にひっかかるものを感じながら、天使はただ沈黙を守った。
魔王の真意を計りかねるという話しぶりからして始末されたとは考えにくいが、救出対象の身体、
あるいは精神に手が加えられたということか?
外科的な処置か、あるいは薬物か……幻惑呪文による洗脳という可能性も考えられる。
 

  
兵隊ガニの不満げな表情を見て取ったシーホースは、なだめるように言う。
  
海馬「何故ってそりゃあ、ただの人間だからだろう。魔王様はアレを気に入られたのだろうさ」

兵隊蟹「では提督の腰巾着が俺達のボスの座に収まったのも、魔王様に気に入られたからか?」

海馬「よせ。声が高いぞ」

たしなめはしたが、発言の内容に関してシーホースは突っ込んだ意見を示しはしなかった。
兵隊ガニよりは楽観的と見えるシーホースも、それについて多少なりと思うところがあると見えた。
魔王に対する不満や陰口などという不敬千万の言葉が彼らから発せられるとは思えず、恐らくは
『巡礼者』達の情報にあった新たな魔海提督に向けられたものであろう。

情報収集と地上に降りた『天使』の支援が役割である『巡礼者』は、この地上に相当数が潜伏している。

今次作戦に際し天使に提供された情報の数々も魔王軍内に入り込んだ『巡礼者』達がもたらしたもので、
『巡礼者』には天界の住人だけではなく、人間や魔物の中から神への信仰に目覚めた者も含まれている。
であるからこそ、このような魔王軍内部の情報もある程度得られるのだ。

天使(新海魔提督、シードラゴン……『巡礼者』達は取るに足らぬ小人物と評していましたけれど)
 

 
天使は後ろ腰に固定されたポーチから、小指ほどのサイズの小瓶を取り出す。
無色透明の薬液で満たされた瓶の蓋を半回転ほど捻り、上に引き上げて液体を空気に触れさせると、
透明の薬液が見る見るうちに白濁していく。

薬液が変色しきったのを確認してから、天使は小瓶を見張りの魔物達の足元へ投擲した。

小瓶が床に落ちて乾いた音を響かせ、手前に立っていたシーホースがそれに気付いた刹那、活性状態の
薬液が衝撃によって一気に反応し、急速に気化して白い煙となって噴出する。
麻酔ガスを吸い込んだ兵隊ガニとシーホースはたちまち意識を失い、その場に倒れ伏した。

下ろしていたフェイスマスクを上げて再び鼻まで覆ってから、天使は呪文を詠唱し風の魔法を使った。
訓練で何百回と繰り返したものだ。呪文詠唱にも精神統一にも淀みはなく、すぐさま効果が表れ、
天使の全身を気流の被膜が覆った。これによって有毒なガスや煙の吸引を防ぎ、気休め程度ではあるが
バトルドレスの防御力も向上する。

物陰から躍り出た天使は麻酔ガスの滞留する通路を駆け抜け、魔物達の立っていた通用口をくぐった。
この麻酔ガスは導入も早いが覚醒も早い。見張りの魔物達は短ければ二十分で起きてしまうだろう。
可及的速やかに、目的の人物を保護し脱出させなければならない。
 

  
入りこんだ部屋は照明が落とされており、がらんとした室内には寒々とした空気が滞留している。
見張りの会話から、目的の人物がここにいることは明らかだ。

天使(確か……その人の名前は、何と言ったかしら)

作戦前のブリーフィングで説明された限りにおいて、彼女が救うべきとされた人物は平凡な名前だったし、
平凡な生まれだったし、どこまで行っても平凡な人間だった。
王族の生まれでもなく、特殊な才能を持って生まれたわけでもない。ただ、人よりも少しだけ幸運だった。

だが天使が地上へ遣わされた以上、神も魔王も彼を重要視しているということだ。
そうでなければ救う価値はない。天界の者達が地上への介入を行う時、そこには神の意志が介在している。
他ならぬ神が彼を選んだからこそ、天使はここにいる。

敢えて言うなら、運命が彼と勇者を惹き合わせたとでも言うべきなのだろうか?
それとも……

天使(……いえ、やめましょう。一人だからといって余計なことを考えるのは悪い癖ですわね)

別の可能性を示唆する頭を切り替え、天使は薄闇のヴェールに包まれた室内を凝視した。
 

      /゙ミヽ、,,___,,/゙ヽ   
      i ノ   川 `ヽ'  
      / ` ・  . ・ i、   「新キャラはお姉さんキャラ」と決めた安価は
     彡,   ミ(_,人_)彡ミ  果たして何ヶ月前のものだったか……
 ∩,  / ヽ、,      ノ  
 丶ニ|    '"''''''''"´ ノ     決してエターにはしないという決心はあるが
    ∪⌒∪" ̄ ̄∪    書くペースは速くはないのを自覚せずにはいられないな

              

  
魔王「メインパーソナリティの魔王である」

兵士「はいどうも、アシスタントの兵士です……というわけで」

兵士「まあ……おかしいよな」

魔王「何がだ?」

兵士「お前がメインパーソナリティの番組なのはわかるんだけど、なんで俺がアシスタントなんだ」

魔王「愚問だな。我が指名したからに決まっていよう」

兵士「……ああ、そうだな。まあそれは置いとこう。お前の直々の指名ならな」

兵士「で、だ。この……構成台本なんだけどさ」

魔王「ふむふむ」

兵士「これ……ほら、俺の名前も書かれてるよな? つまり最初から呼ぶ予定だったってことだよな」

魔王「然り。企画会議の段階から我がアシスタントに指名していたのだからな」

兵士「でも当の俺はさ、昨日の夜12時くらいにお前から電話来て、『明日は空いているか?』って」

魔王「うむ」

兵士「何故昨日の夜12時に電話した? しかもゲストじゃなくてアシスタントだよな俺」

魔王「そうだ。これから我と一緒にこの番組を盛り上げようぞ?」

兵士「いやだから、収録前日に番組レギュラーのオファーが来るとか有り得ないだろ!?」
 

 
魔王「……ふむ。まあ貴様の疑問も尤もだ。よかろう、説明してやる」

兵士「いつも思ってたんだけどなんで上から目線なのお前」

魔王「実を言うと、貴様のスケジュールは三週間ほど前からすべて把握していた」

兵士「ウソだろっ!? ちょっと待て、それ事務所に確認取ってたのか!?」

魔王「当然であろう?」

兵士「おいそのキョトンとした顔やめろ! 『何言ってんのこいつ』みたいな顔やめろ!」

魔王「無論、事前に貴様にも連絡を入れる予定だったが、スタッフの怠慢で遅れに遅れたのだ」

兵士「だからレギュラーに前日にオファーを出した、と……ホントに前代未聞だな」

魔王「殊の外ざっくばらんな番組であったからな。まあ許せ」

兵士「だからなんで上から目線なのお前……」

魔王「というわけで、我の右腕としてこれからよろしく頼むぞ」

兵士「……まあ、いいか。こっちこそよろしく」

兵士「で、この番組って何をやってく番組なんだ? 俺は何も聞いてないんだけど」

魔王「何を言う。これから決めるのだから当然ではないか」

兵士「あー、はいはい。これから……これから!?」
 

  
『最近なんかありました?』

兵士「何だよこのざっくりとしたテーマ……」

魔王「こういう番組だ。早く慣れることだな」

兵士「むしろお前はよくこの番組に順応できてるよな……で、最近あったことか」

兵士「魔王はなんかあったか? 最近は」

魔王「ふむ……そういえば最近、貴様の部屋に行ったな」

兵士「別に取り立てて言うほどのこっちゃないだろ。お前いつも俺の部屋に遊びにくるじゃねぇか」

魔王「恥じることはないぞ。あの狭苦しい部屋で、我と共に遊興に耽るのも悪くはなかろう?」

兵士「ゲームして遊んでるだけだろ。こないだは……確かマリオパーティやったな」

魔王「あの類のゲームを二人でやるというのも斬新ではあったな」

兵士「そうそう、CPUがやたらと強くてさ」

兵士「……あ、そうだ。それで思い出したんだけど」

魔王「なんだ? 申せ」

兵士「お前さ、俺んちの冷蔵庫にシールとかプリクラとか貼ってくのやめろよな」

魔王「不服か?」

兵士「プリクラなんてお前んちの冷蔵庫に貼っとけよ」

魔王「よいではないか。写真を飾るのとどう違う?」

兵士「恥ずかしいからやめろって。しかもアレ、こないだ一緒に撮ったやつじゃねぇか」
 

 
『一緒に撮った?』

兵士「ああ。この前、俺の誕生日で」

魔王「暇そうにしていたからな。その日の収録が終わった後、我が街へと連れ出したのだ」

兵士「誕生日パーティ自体は2~3日前に済ませてたんだよな。みんなスケジュールが合わなかったし」

兵士「いや、でもまさかなぁ……そのパーティを勇者が企画したって聞いた時は驚いたけど」

魔王「あの女も随分と張り切っていたな……奴にしては珍しいことに」

兵士「なんだかんだ言っても嬉しかったな。で、当日は収録が終わったらすぐ帰るつもりだったんだけど」

魔王「我が手ずから誕生日を祝ってやったというわけだ」

兵士「いや、俺的にはあんまり祝われた気はしてない。ヤマダ電機でゲーム買ったりしただけだろ」

魔王「その時買ったドラクエⅩはほぼ毎日一緒にやっているな」

兵士「ついでにSkype用のヘッドセットとWebカメラまで買ってな。誕生日なのに全額自費とか……」

魔王「その後、街を適当に歩いて食事などしてな」

兵士「その時にゲーセン寄ってあのプリクラ撮ったんだよな。お前が撮りたいって言い出して」

魔王「撮ったことがなかったのだ。記念写真ならば専門のスタジオに依頼するからな」

兵士「で、アレが撮れたと……」

魔王「うむ、コレだな」

兵士「あっ、お前スマホにも貼ってんのかよ……ていうか、なんで二人ともどや顔なんだろうな」

魔王「というわけで、この余ったプリクラを視聴者プレゼントに」

兵士「しないからな!?」
  

  
『相変わらず仲良しですね』
 
兵士「いや、だってこいつアレだぜ? 一時期は週四で俺の部屋に入り浸ってたぜ」

魔王「貴様の部屋が撮影所に近いのが悪い」

兵士「だからっつって週四はないだろー。ちょうど晩飯の時間とか狙って来やがるし」

魔王「食事の用意なら我も手伝ったではないか。文句を言うな」

兵士「何にでもチーズやケチャップをトッピングしようとしてた子供舌が何を言いやがる」

魔王「貴様こそ、ウニやカキの味がわからぬ子供舌のくせに」

兵士「じゃあお前、好きな食べ物は? 大体知ってるけど」

魔王「ペスカトーレとチーズバーガーとアイスクリームの天ぷら」

兵士「じゃあから揚げにレモンは?」

魔王「一滴でもかけようものなら即刻女将を呼ぶ」

兵士「ピーマン食べられる?」

魔王「肉詰めにするか細かく刻めばなんとかいける」

兵士「……やっぱ子供だな」

魔王「貴様、言っていいことと悪いことがあるぞ」

兵士「まあ落ち着けって。せっかくだし、この収録終わったらホルモンでも食いに行くか」

魔王「駅前のか? うん、あの店の上ガツの煮込みは至高の逸品だな」

兵士「今日の気分としちゃ俺はハラミが食いたいな……おい、さっきからなんか腹減る話題だな」
 

  
『そういえばお二人の間でマイブームがあるとか』

兵士「マイブーム? ……アレのことか?」

魔王「まあ、アレであろう。まさかドラクエⅩのことではあるまい」

兵士「両想いごっこか……」

『両想いごっこ?』

兵士「そう、両想いごっこ。元々やりだしたのが勇者なんだけど」

魔王「今では楽屋にいる時などに、どちらからともなくフラッと始まるようになったな」

兵士「というか俺とお前と勇者の三人の間でしか成り立ってない遊びだろ」

『具体的にはどういうことをするんですか?』

兵士「えー? ……まあ、なんか自然と始まる感じで」

魔王「多いのはお互いに暇を持て余したと感じた時だな」

兵士「『お前今日の髪形可愛いな』みたいなところから始まって」

『結構身近なところから始まるんですね』

兵士「まあそんなのはきっかけに過ぎなくて」

魔王「やがて『永劫の月日を我と共に生きると誓うか』という風に発展し」

兵士「『その役は誰にも譲らねぇし渡さねぇよ。俺は、お前の……』みたいな運びになる」

魔王「シチュエーション等の設定はその時々の気分によって変わるな」

兵士「勇者はなんか恋人設定でやりたがるんだよなー。あんなのラブプラスでしか見ねーよってレベルの」
 

 
『ずいぶん楽しそうですね』

兵士「でもなぁ。ちょっと過激なことをやるとこいつらがすぐ喧嘩するから」

魔王「約定を違える方が悪い。己が分を弁えぬ愚昧を自覚するがいい」

兵士「だからっつってSkypeのグループチャットに『勇者滅びろ』とか書かれる身にもなれよ」

魔王「勇者とて『魔王死ね』などと書き込むであろう」

兵士「だからそういうのを控えろって言ってんだよ。お互いに」

兵士「……ていうかさ。今更だけど、トークはこんなんでよかったのか?」

魔王「気にするな。この番組は我と貴様があんな話題やこんな話題でキャッキャウフフするのが趣旨だ」

兵士「それ俺んちでもできるよな? わざわざ番組にする必要ねーよな?」

魔王「さて。そろそろ新コーナーの時間だ」

兵士「え、新番組なのに? いくらなんでも唐突すぎだろ」

魔王「さあスタッフよ。例のものを持て」

『では、お二人とも。これを持ってください』

兵士「はぁ? ……ペンとフリップ? なんかクイズ番組みたいなアレだけど、何すんのコレ」

魔王「……うむっ」

兵士「あ、編集点作ったな今」

魔王「では説明するぞ。このコーナーでは、毎回出されるお題に沿ってフリップに回答を書くのだ」

兵士「あー、そういう……で、今回のお題は?」
 

 
『お互いの好きなところ』

兵士「お互いの好きなところぉ? ……えー、マジかよ」

魔王「どうした? 遠慮なく我を褒め讃えても構わぬぞ」

兵士「いや、なんていうかさ……こういうの普段わざわざ言ったりしないだろ」

魔王「心配することはない。貴様がツンデレなのは百も承知だぞ?」

兵士「いつ俺がお前にツンツンして然る後にデレデレしたよ」

魔王「そういうところがツンデレだというのだ……ん、できたぞ」

兵士「早っ!? ……ちょっと待ってくれよ、えーと、どうしよう」

『では、発表してください』

魔王「いいだろう。我から発表してやる」

兵士「ああ、そうしてくれ。俺はもうちょっと考えるから」

魔王「我の思う、兵士の好きなところは……これだ」

『ひたむきなところ』

兵士「……結構まともな回答だな」

魔王「兵士はこと演技に関しては誰よりも真摯に努力する男だ」

魔王「聞いた話によれば、今回の役作りのために身体を鍛えて10キロ減量したそうではないか?」

兵士「ああ、確かどっかのインタビューでそれ言ったな」

魔王「誇るがいい。その愚かしいまでの実直さ、我は高く評価しているぞ」
 

 
兵士「……あー、これヤバいってマジで。すげぇ恥ずかしいんだけど」

魔王「さあ、貴様の回答を聞こうではないか。我のどういうところを好むのだ?」

兵士「じゃあ、俺はこれ」
 
『カッコいいところ』

魔王「ほう? 我がカッコいいと申すか」

兵士「ああ。楽屋で暇な時とか、たまに俺と魔王で中二病トークをするんだけどさ」

魔王「……おい貴様、何故今その話をする」

兵士「親父が魔族とか前世が神とか、あと必殺技を100%のパワーで撃つと右手が使えなくなるとか」

兵士「でもなんかこいつならその中二病トークが全部ガチでもそんな違和感ないかな、って」

兵士「そのくらい存在感があるというか、堂々としてるっていうか。一言で言ってカッコいいかな、ってさ」

魔王「……」ゲシッ

兵士「痛っ!? なんで蹴った!?」

魔王「知らんな」

兵士「……ったく、なんなんだよ」

魔王「このコーナーは今回限りで終了する。次回から新しいのを考えるぞ」

兵士「えっ、マジ? コーナー終わらせるの早くない?」

魔王「早くない。むしろ遅すぎたほどだ。ではエンディングトークに行くぞ」

兵士「……この番組、オンエア観んの怖いな」
 

 
『というわけでエンディングです』

兵士「まあ……なんというか、全体的にアバウトな感じだったけど」

魔王「今だから言ってしまうが、うっかり企画が通ってしまった番組なのだから仕方あるまい」

兵士「うっかり? うっかりで会議通っちゃったのかこの番組」

魔王「そんなわけであるからして、これから二人で企画会議だ。さあ夜の街に繰り出すぞ」

兵士「とりあえずホルモン食いに行くか。予約は……しなくても大丈夫だろ。多分」

魔王「その後はどうする」

兵士「ゲーセン行ってストⅣでもやるか? EXVSでもいいけど」

魔王「GEOでDVDを借りるのはどうだ。今ならば旧作全品50円だぞ?」

兵士「それいいな。コマンドー借りようぜコマンドー。プレデターとか」

魔王「よいぞ。80年代のシュワルツェネッガーは米国最強だからな」
 


………
……

 
 

 
数週間後


 
兵士「お前さ、例の番組のオンエア観た?」

魔王「当然観たに決まっているであろう。録画もしてあるぞ」

兵士「で、どう思うアレ? アレを観て誰が楽しいと思ってるんだろうな」

魔王「少なくとも我は愉しいがな。どうしたのだ?」

兵士「いやさ……あの番組の評判ネットで調べたら、俺めちゃくちゃ叩かれてんだけど」

魔王「解せぬな。下馬評は如何なものであったのだ」

兵士「なんか『魔王とイチャイチャすんな』とか『爆発しろ』とか書かれまくってた」

魔王「……くくっ」

兵士「? なんだよ、笑うこたねーだろ」

魔王「まあ、気にするな。我と貴様はいつもああではないか。だが――」

兵士「だが?」

 
 
 
魔王「――貴様が望むなら、我は貴様とイチャイチャしてやることも吝かではないぞ?」

 

勇者とイチャイチャさせたら今度は魔王とイチャイチャさせて戦力の均衡を図る作戦です。

天使とイチャイチャさせたり海賊とホモォな展開になったりする予定は今のところありません。

 
     ※
 
気づけば、春の柔らかな陽光の降り注ぐ街並みの中、俺は一人で立ち尽くしていた。
視線を落とすと、王国軍兵士に支給される鎧を身に着けていることに気づく。細かい傷の目立つそれは
歴戦の兵のもののようだが、実のところ、単に修復と補強を繰り返された古鎧でしかない。

顔を上げると、何棟となく立ち並ぶ3階建のアパートの群れが目の前いっぱいに広がっている。
さして広くもない道路を行き交う人々は棒立ちの俺を見てもいなかった。

俺はここを知っている。
いや、知っているなんてもんじゃなかった。

俺は、ここで生まれ育ったんだ。

兵士(ここは……首都?)

あまりにも見慣れた眼前の光景とは裏腹に、ひどく意識がぼんやりとして現実感が感じられない。

これは、夢なのだろうか?

問いかける思考に急き立てられるまま、俺は夢遊病者のように歩きだした。
 

 
ただ歩いているだけなのに、ひっきりなしに感じる既視感と懐旧で目眩がするほどだった。
思えば何ヶ月の間、実家に帰らなかったのだろうか。

東の王国の首都は、王城を中心に整然と区画整理された近代的な都市で、国中からヒトやモノが集まる
東の王国のまさに中枢となる都市だ。

国にしろ街にしろ、人が集まれば階層が生じ、住み分けがなされるのは当然の成り行きで、王城や王国軍
統合作戦本部、軍学校などが集まった軍事中枢地区と、娯楽施設や多数の商店が立ち並ぶダウンタウン、
首都外縁部の集合住宅が集中している住宅地、そして国営の各種工業施設が集積した工場地区と、俺達の
爺さん達の世代が推し進めた都市整備計画に沿ってそのような区分けがされていた。

俺が生まれた頃には、首都は現在のような繁栄を謳歌する近代都市であり、俺の生まれ育った住宅街は
工場労働者とその家族が住むアパートが並んでいた。

国営製鉄工場の勤務時間は朝8時から夜6時まで。
朝起きて朝食を食べて学校へ行き、授業を終えて帰ってきて、共働きの両親が帰ってくるのを待つ。
それが子供の頃の俺の日常だった。
 

  
その地区に住んでいるのは工場労働者とその家族が殆んどで、俺と同年代のガキどもも、将来は親と
同じように国営工場の工員になって働くものと思っている。
ひょっとしたら魔王軍と戦争になって、徴兵されて戦争に行くかもしれない。
だけど、きっと自分達は、両親と同じような仕事に就いて、同じように働いて、同じように死ぬだろう。

漠然としながら、どこか鋳型に嵌め込まれたような未来設計図だった。

勿論、まったく違う進路を選ぶ奴も結構な数いる。
かく言う俺もその一人で、15歳の頃、首都に工房を構えていた魔法使いへ弟子入りして魔法を学んだ。

国営製鉄工場の工員。なるほど、考えてみれば十二分に上等な将来だ。
仕事はきついがちゃんと休みだって取れる。何より賃金がいい。雇用も安定しているし、よっぽどの
ことがなければクビにだってなりはすまい。王国の繁栄を下支えする立派な仕事と言えるだろう。

他の連中と同様に、親や教師が言うのに従って、流れに乗ればいい。そんな風に感じる自分が確かにいた。
だけど、所詮は与えられた将来にすぎない。俺の、俺だけの人生なんかじゃない。
そういって反抗する自分も俺の中にあって、俺が耳を貸したのは後者の主張だった。
  

  
その頃の俺は、自分の可能性と未来を鋳型に嵌め込んでしまう行為に、生理的な嫌悪と恐怖を覚えていた。
だからこそ安定した進路を選べという親や教師に反発もしたし、手当たり次第と思われるほどに様々な
職業を選んでいた。

だが、俺はそのいずれでも挫折した。

魔法使い、盗賊、吟遊詩人、それから魔物専門の狩人や船乗りなんかも経験した。
師匠には「才能がない」と一蹴され、親方には「お前よりも稼いでこれる奴はいくらでもいる」と言われ、
先生には「君には他に相応しい道があるはずだ」と下手な気遣いと共に丁重に破門を言い渡された。

才能がないならないなりにそのまま続けていれば、あるいは違った展開があったかもしれない。
しかし、自分よりも才能に恵まれていて、自分よりも熱意もある奴らに揉まれながら、現実を思い知らされ
続ける息苦しさから俺は目を背けた。

意気地がないと言われても仕方がないと思う。事実、俺はそういう奴だったと結論せざるを得ない。

俺が兵士募集の張り紙を目にしたのは、そうして失意と焦りとがない交ぜになっている矢先のことだった。
 

 
王国軍の兵士になることを決意してからは、俺はそういう焦りも不安も感じずに済んだ。

鬼のような教官達にしごかれている間も、与えられた課題を一心不乱にこなしている間も。
こうやって国のために自分自身を鍛えて、いつかその成果を発揮する時が来れば、俺が俺の人生を生きて
いることを誰よりも俺自身が実感できる。
そんな風に、心のどこかで思い続けていた。

「国家の防人たれ」。

故国への挺身。
教官達が口にする愛国心をくすぐる題目は、足元の定まらない若造を酔わせるには充分な美酒だった。

そうして一年が経ち、二年が経ち、首都から離れた港街へ配属され、実家にもずっと帰らずにいた頃。

魔王軍による港街襲撃のあの日、俺は、勇者と出会った。
 

 
ゆっくりとした足取りに合わせて後方に流れていく景色はやがて、脈絡なく切り替わっていった。

暖かな陽の光は急に消え失せ、方々から立ち昇る黒煙が空に染み渡ってゆく。
整然と立ち並ぶアパートや商店は瞬きの間に瓦礫の山と化し、道を行き交う人々は皆、何を言うこともなく
街を覆い隠す薄墨のような闇の中に溶けていく。

気づけば、俺はたった一人、瓦礫の街に立ちつくしていた。

急変した世界の光景に戸惑い、肝が冷える気分を味わった俺は、慌てて腰の剣に手をかけた。
だが何が起きるわけでも、何が変わるわけでもない。
荒れ果てた街はただ静まり返っていて、早鐘を打つ心臓の音だけがやけに大きく聞こえた。

その時だった。
闇の中、空を覆う黒雲の切れ間からうっすらと差し込む光が、前方に積み上げられた瓦礫の山を浮き立たせ
その頂に立っている人物を仄かに照らし出した。

俺の立っている場所から見えたのは後ろ姿だったが、それでも見間違えようのない後ろ姿だった。

寸法の合っていない鎧をまとった背中に何か言おうとして、しかし何も言えない。

勇者の背中はあまりにも小さくて頼りなくて、それでもそこに凛と立っていたから。
 

 
そうだ。俺が何を言えるというんだ? 

しんと冷え切った廃墟の街で立ち尽くすだけの俺が、倒れても傷ついても前へ進まなければならない勇者に
何を言ってやれるというのだろう?
あの小さな身体を寄りかからせるものさえ、あいつにはないというのに。
勇者は煩悶する俺を一顧だにすることもなく、無言のままに歩きだそうとする。

兵士(このまま行かせていいのか?)

確かに俺には、何も偉そうに言えることはない。勇者を守るとか支えるとか、そんなことはできない。

兵士(だけど、あいつをこのまま一人ぼっちにしてもいい道理だってない)

俺は、最後まで勇者を見届けると誓ったはずだろう。
生きるにしろ死ぬにしろ、世界が滅びようがどうなろうが、最後まであいつの隣にいるのだと。

それが、俺の選択だ。

兵士(――勇者!)
 

  
と、勇者を追おうとする足首が何者かに掴まれ、俺は膝を突いてしまった。

兵士(……!)

驚いて振り返ると、青白い手が俺の足首を掴んでいた。蝋のように白い手はぞっとするほど冷たく、
その先にある顔は――青ざめて死人のようになった、俺の顔だった。
地面に倒れ伏し血まみれになった『俺』が、物言わぬ『俺』自身が、俺を掴んで離さない。

必死にその手から逃れようとするが、がっちりと握られた手はどうやっても離れない。
勇者はどんどん先へと行ってしまい、こちらを振り返ろうともしてくれない。
夢中になって叫び、勇者の背中へ手を伸ばすが、やがて腕に何かがまとわりついてくるのを感じた。

見ると、ひび割れて砕けた石畳の隙間から、赤黒い泥が染み出してきていた。
それはどんどん嵩を増し、俺の手足にまとわりついて身体の自由を奪っていく。
足首を掴んで放さない『俺』は、半ば泥に塗れ溶け崩れたようになり、地面と一緒くたになってゆき、
そうするうちに俺自身も首元まで迫った泥に呑み込まれて沈んでいく。

泥の海の中でもがきながら、俺は叫び続けた。
一目だけでもいい。勇者の顔が見たかった。だが、結局勇者は、一度も振り返らずに見えなくなった。

そして、沈む俺の視界は泥の色に染まっていき――
 

 
     ※
 
しわがれた絶叫を喉の奥から絞り出しながら、俺は目を開けた。

最初に視界に飛び込んできたのは、赤黒い泥の色ではなく、常夏の海のように清冽なコバルトブルーだった。

??「大丈夫ですか? だいぶうなされていたみたいですけれど」

勇者のエメラルド色の瞳とも魔王の真紅の瞳とも違う、深く澄み切った蒼。
見知らぬ色を前にして、それが俺の眼前に立っている人物の瞳の色だと理解した頭がゆるゆると動きだす。
俺は仰向けのまま、寝台の傍らに立つ女を凝視した。

兵士(誰、だ……?)

一言で言って、大層な美人だ。
金糸のように煌めくブロンドの髪。細い輪郭にすっきりとした顎。熟れきらぬ苺のように瑞々しい唇。
首都で大人気だった劇団にだってこれほどの美女はいやしない。
俺が街を見回っていたとして、彼女が街を歩いていたら、十中八九振り返ってしまうだろう。
まるで「かのごとく美しくあれ」という夢か理想が、そのまま抜けだしてきたかのようだ。
寝台と簡易テーブル、それにラベルも貼っていない薬瓶がずらりと並んだ薬品棚くらいしか見るものもない
部屋の中で、彼女という存在はひどく華やかに見えた。

しかし、彼女の身に着けているものに目をやれば、そんな印象もいくらか和らいだ。
全身を覆うのは黒い生地の戦闘服めいた装束だ。身体を締め付けるように着用されたそれは、彼女の
豊満な肢体を殊更に際立たせていた。
その上から肩、胴、腿にかけてベルトが通されていて、胸元や腰には各種のポーチやナイフの鞘が
固定されている。左胸のベルトには翼を象っているらしい紋章が嵌め込んであるが、それが何を示す
ものかまではわからなかった。
 

 
兵士「あんたは……?」

??「動かないで」

咄嗟に身を起こそうとすると、すかさず寝台に抑えつけられた。
左胸と右手首にそっと手を添え、女は俺の眼前に顔を突きだし、俺の目を覗き込む。
深い蒼を湛えた瞳が目の前で瞬き、その美しさに思わず息を呑んだ。

数秒間の後、女はすっと身を引き、表情ひとつ変えずに言う。

??「呼吸、脈拍、心拍数、共に異常はなし。ずいぶんうなされていましたが……」

??「身体の調子はいかがですか?」

兵士「えっ? ……調子って言っても」

??「どこか痛むところは?」

兵士「いや、特には……それより、頭がグラグラする。どうにも気分が優れない」

??「催眠呪文で強制的に眠らされていたせいですわね……少しすれば意識もハッキリします」
 

 
寝台に横たえられた身体を起こすと、仄かな消毒薬の臭いが鼻を突いた。
神経の巡りきらない頭を振り、周囲を見渡してみて、自分が医療用の貫頭衣を着ていることに気づく。
牢屋で着ていた布の服とはまた別のものだ。

おかしい。何故連中は俺の服を替えさせたんだ? 
俺が意識を失っている間に何があった? 何をされた?
それにここはどう見ても牢屋には見えない。どうやら医務室か何からしいが、俺がここに移されている
という事実は、一体何を意味するものなのか……

??「立てますか?」

兵士「ああ、大丈夫……あんた、誰なんだ? 医者や看護婦には見えないし、魔王軍でもなさそうだが」

??「詳しいお話は後ほど。まずはあなたを脱出させないといけませんので」

兵士「脱出? あんた、俺を助けに来たってのか? どうして」

??「それも後でお話ししますわ。さあ、早く」

急かす言葉を押し被せ、その手が俺の手首を掴んだかと思うと、有無を言わせぬ力で寝台から引きずり
下ろされていた。寝台から転げ落ちた俺を顧みることなく、戸口へ向かって問答無用で引っ張ってゆく。
 

 
兵士「おい、やめ……わかった、放してくれ、自分で歩くから!」

半ば引きずられるような形で扉の前まで引っ立てられ、ようやく女の腕から解放される。
尋常ならざるこの膂力、やはりこの女は只者じゃない。戦闘訓練を受けているのは間違いなさそうだ。

だが、彼女が身に着けている装備は東の王国では見たことがない。王国軍の特殊部隊員という可能性はなく、
かといってどこか余所の国が俺如きを救いに来る道理もない。
ここを脱出させてくれるというのならそれは願ってもないことだし望むところなのだが、この美女は
誰の差し金で、何の目的で俺を救う?

胸に灯った疑念の種火が徐々に大きく育ってゆくのを自覚せずにはいられなかったが、そんな俺の
心の内を気にする風もなく、女は俺に向き直って右足に固定されたナイフの鞘を外し、俺に手渡した。

??「丸腰では心許ないでしょう? これをお貸ししますわ」

受け取ったそれを鞘から引き抜いてみると、外見の刃渡りや厚みから予想されるよりずっと軽い。
黒光りする厚い刃は表面がざらついた見たこともない素材で出来ていて、少なくとも金属ではない。
柄には滑り止めのためか柔らかい帯のようなものが巻かれているが、どうやらナイフ自体は削り出しで
刃と柄は一体成型らしい。握り心地もよく、非常に軽くて取り回しもいい。
 

 
兵士「ありがたい。ナイフ一本だけでも、あるとないとじゃ大違いだ」

??「先に言っておきますけれど、後で返して頂きますからね」

微笑みと共に釘を刺され、不覚にもドキッとする。海賊の時も思ったことだが、美人というのは
どんな表情をしていても絵になるし、それが笑顔なら尚更だ。
ここが夜の繁華街で、渡されたのが花束か何かなら、ひょっとしたら一目惚れしてしまったかもしれない。
だが残念ながらここは魔王軍の施設だし、俺が手に持っているのも花ではなく剣呑な刃物だ。

ifを考えるのはナンセンスかもしれないが、俺と勇者だって、出会い方が違えば今のようにはなっていない。
海賊とだって一生他人のままだったに違いないし、俺はあの港街で一生涯過ごしたかもしれない。

兵士(奇妙な巡り合わせだな、まったく)

始まりも終わりも、出会いも別れも、今更変える術はない。
それらはすべて身の一部として受け止めるしかない。だがこれからどう進んでゆくかは自分次第だ。
今は、俺自身が為すべきと思ったことを為す他にない。
自分を取り残して事態が進んでゆくなら、それに追いついて行くまでだ。

この女の腹の内もわからないが、どうせこのまま留まっていても、来る当てのない救援を待ち続けるか、
自分の足で脱出するかのふたつにひとつ。チャンスがあるなら迷わず乗っかってやろうじゃないか。
 

 
??「さあ、行きましょう。あまり時間の余裕はありませんわ」

兵士「……あんた、名前は?」

??「名前?」

兵士「せっかくの機会だ、名前くらい聞いてもいいだろ。俺は……」

天使「私の名前は天使ですわ。兵士さん」

女――天使はふっと微笑を浮かべ、その名を名乗った。
老成したとも見える怜悧な瞳に、子供っぽい光が差して、俺はまた生唾を飲み込んだ。
身に着けた戦闘服や装備に不釣り合いな、聖女のような微笑み。胸の内にくすぶる疑念を霧散させる
ような、無防備にも思える暖かな笑顔だった。

兵士(……なるほど、天使か。こりゃ冗談にしても出来すぎだ)

内心で苦笑しつつも、俺は少し気圧されるような思いで天使の面差しを見つめた。

戸口から差し込む逆光にブロンドの髪を輝かせる女の姿は、それこそ不可思議なほどに神々しく――
まるで、天使のようだった。
 

        \   r'´ ̄ ̄ ̄    ̄ ̄ ̄`、::.   ___
   l} 、::       \ヘ,___,_ ______/::.__|    .|___________
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   |l'-,、イ\:   | |    ∧,,,∧ .   |::..   ヘ ̄ ̄,/:::(__)::
   |l  ´ヽ,ノ:   | |   (´・ω・`)    ,l、:::     ̄ ̄::::::::::::::::
   |l    | :|    | |,r'",´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ヽ、l:::::
   |l.,\\| :|    | ,'        :::::...  ..::ll::::    そうだ
   |l    | :|    | |         :::::::... . .:::|l::::   これは夢なんだ
   |l__,,| :|    | |         ::::....  ..:::|l::::    ぼくは今、夢を見ているんだ
   |l ̄`~~| :|    | |             |l::::   目が覚めたとき、
   |l    | :|    | |             |l::::   ぼくはリア充で
   |l    | :|    | |   ''"´         |l::::   天使さんに起こしてもらって
   |l \\[]:|    | |              |l::::   魔王さんと朝ご飯を食べて、午前中は一緒にゲームして遊んで
   |l   ィ'´~ヽ  | |           ``'   |l::::   午後から勇者とデートして過ごすんだ……
   |l-''´ヽ,/::   | |   ''"´         |l::::   
   |l  /::      | \,'´____..:::::::::::::::_`l__,イ::::



などと供述しており当局は精神鑑定も含めて>>1の余罪を追及する方針です

 
     ※
 
潜水鯨内部に用意された自室のベッドに横たわる魔王の姿は、童話の眠り姫もかくやと思わせるような
静謐な美貌を湛えていた。
漆黒の闇を吸い込んだような鎧を外して、華奢な身体を飾り気のない寝間着に包んでいるせいか、
それとも魔王の鮮烈な自我と悪意を引き移した血の色の瞳が見えないせいか、本来の幼い顔立ちが
際立って見える。

仰向けで寝返りひとつ打たない寝姿は彫像めいているが、かすかな息遣いと呼吸に合わせて上下する
胸元が、彼女が深い眠りのうちにあることを示していた。
魔王軍による帝都攻略作戦が開始されて80時間。その間も魔王は一睡もしていなかったが、、
今は「主治医」である眷属の進言により5時間ほどの睡眠を取っている。

魔王は転生の法によって勇者の肉体へと転生を果たし、その身体を我がものとした。
しかし人間の肉体を得るということは、同時に人間の肉体の制約に縛られることでもあった。
今の魔王は、魂そのもの不滅ではあろう。
しかしかつてのように不老不死では有り得ない。魂を人間の肉体の内に宿す限り、
その肉体は緩やかに老い、衰える運命からは逃れられない。
数千年を生きた魔王の魂に比して、勇者の肉体のなんと未熟で矮小で脆弱なことだろうか。
 

 
定期的に食事や睡眠を取らなければ、瞬く間に心身は衰弱し力を失っていく。
さらに、精神は常に肉体の影響を受け続ける。
人間の肉体に転生した魔族の魂は、緩やかに変質し、やがてまったく別の存在になるのかもしれない。

しかし、それを受け入れることは、魔王にとって恐怖の対象にはなりえない。
それは新たな肉体と力を手に入れた代償でもあり、勇者の肉体を手に入れることに比べれば
取るに足らぬデメリットだった。

魔王にはそれほどまでに、「勇者」という、神の造りしヒトの最も優れた肉体を手に入れる理由があった。

その時、眠りの虚空を漂う魔王の精神は、部屋に備え付けられたベルの音で現実へと引き戻された。
魔王の覚醒と同時に部屋の照明が灯り、頭上に揺らめく橙色の淡い光が魔王の白磁の肌を照らす。
ゆっくりと瞼を開けた魔王は、緩慢な動きでベッドから起き上がると、すっと床に手をかざした。
音もなくせり上がってきた円柱状の操作盤をひと撫ですると、ベルの音が止み、その代わりに
聞き知った声が響く。

??『魔王様。お休みのところ申し訳ありません。急ぎご報告したいことが』
 

 
魔王(……親衛隊の者か)

元々海魔兵団の保有戦力である潜水鯨だが、今は帝都攻略の旗艦として魔王が乗艦している。
そのため、今は魔王の護衛のために数名の親衛隊員も同乗している。
魔王は親衛隊員の顔と名前、そして声は全て把握している。張り詰めていながらもどこか絡みつくような
艶めかしさを含んだこの声は、親衛隊のサキュバスのものである。

魔王「構わぬ。申せ」

夢魔『ハッ。例の捕虜の件なのですが……』

サキュバスの底堅い声に、魔王は先回りの言葉を押し被せた。

魔王「脱走か?」

静かに無線に吹き込んだ言葉に、サキュバスが反射的に息を呑んだのが通信越しにも伝わった。
虚をつかれた思いのサキュバスは動揺しながらも、

夢魔『……はい。処置室の前に配置していた見張りが無力化されていました』

魔王「あの男には強力な催眠呪文をかけていた。意識を取り戻すはずがないではないか?」
 

 
失態を責めるでもなく、魔王の声音はただ淡々としている。
まるで、あの男――兵士の脱走がまったくの想定通りであるとでも言いたげなほどに。

夢魔『記録を調べたところ、セキュリティが十数分の間停止していたことが判明しました』

魔王「破壊されたのか?」

夢魔『いえ、ただわずかな時間だけ機能を止められただけです。現在は自動修復され復旧しています』

夢魔『おそらくは何者かの工作によってシステムが攪乱されたかと……』

そしてそれはおそらく兵士自身の手によってなされたことではない。
当然の帰結として、セキュリティを無力化して生じた十数分の空白の間に兵士を脱走させた者がいる。
しかし、兵士の関係者で彼を救いに来そうな者はごく限られている。

いかに勇者の同行者といえど、所詮はただの一兵卒でしかない。失ってもいかようにも補充は効く。
魔王としては兵士をただの人間と見るべきでないと感じてはいるが、それは魔王の個人的感情の話で、
東の王国における彼の命の価値などたかが知れている。

兵士がこの潜水鯨の内部に捕らえられていると知れば、ひょっとしたら勇者や海賊なら、個人的感情の
ゆえに兵士を救いに来るかもしれないが、洋上で兵士とはぐれた勇者達に兵士の所在がわかろうはずもない。
 

  
魔王(……だとすれば。あの男を救う必然性があるのは)

勇者を利するために動く、しかし勇者自身ではない者達。
あるいは、ヒトでさえない者達。

魔王はその者達の正体を知っている。

魔王「外縁部の搬入用ハッチと上層部の格納庫を押さえろ。脱出するとすればそこだ」

夢魔『ハッ、直ちに』

魔王「奴は……兵士は殺すな。必ず生かして捕らえよ。よいな?」

夢魔『了解しました』

その応答を最後に、通信は終了した。魔王が捕虜の脱走を許したことに関する叱責を口にしないのを
寛容さと受け取ったのか、賢明な親衛隊員は必要以上の詮索をしようとはしなかった。

実際には、半ば以上魔王がそう仕向けたようなものだ。
牢獄で意識を失わせた兵士にある処置を施した後、部下に命じて催眠呪文で昏睡させたが、その際かけた
呪文の強度はかなり下げさせていた。
処置室の前に見張りを二人しか配置しなかったのも魔王の指示である。
 

 
現在午前3時。
予定では一時間後に覚醒するはずだったが、侵入者が催眠呪文を解呪したことで予定が早まってしまった。

魔王(だが、まあよい。どちらにせよ為すべきことは変わらぬ)

魔王は寝間着の帯を解き、するりと床に落とした。
一糸たりとも纏わぬ肢体が、薄ぼんやりとした明かりの中に束の間晒され、すぐさま足元の影から
「闇」が這い上がってくる。爪先から順に「闇」が纏わりつき、首元まで上ってくるとすぐさま凝集し
形を成していく。
魔王の身体を覆い隠す「闇」は漆黒の鎧へと変わり、肩口から尾のように延びた「闇」はワインレッドの
マントに変じる。

これは高位の魔族、特に魔王が扱うことのできる闇の魔法のほんの初歩の技術だ。
影を通じて亜空間へ仕舞った物品を取り出したり、その応用で物質を実体のない「闇」へと変換して
亜空間へ保存しておく術である。長大な剣も全身を覆う鎧も、すべて自身の影の中に格納しているのだ。

魔王「あの男は叩けば叩くほど、追い詰められれば追い詰められるほど成長する。さながら勇者のように」

魔王「可能性の力を秘めたヒトよ……我を失望させるな」

誰にともなく独りごち、魔王は形のいい唇をにやと歪めた。
 

 
     ※
 
蛇腹状のシャッターが上がり、金属のぶつかり合うけたたましい音が響き渡る。
開けた視界の先は、左右の壁面に騎乗用と思しき飛竜の檻が並ぶ広大な格納庫だった。

工廠ブロックを出た俺と天使は、隣接する格納庫に移動した。
道中の見張りは天使があらかじめ無力化していたらしく、脱走を悟られることなくここまで来れた。
彼女の話では、格納庫に魔王軍のものに偽装して運び込まれた脱出用のモンスターがいるらしい。

天使「『巡礼者』達からの情報によれば、奥の檻にいるモンスターが私達のために用意されたものです」

兵士「『巡礼者』?」

天使「私達の協力者ですわ。あなたの救出のために色々手を尽くして下さいましたの」

天使の口振りから察するに、どうやら魔王軍に天使側に通じる内通者がいるらしいと知れる。
第一、戦闘用キマイラを製造する技術は地上のどの国にもないはずだし、もしあったとしても
魔王軍のそれ未満の代物であるのは間違いないところだ。
内通者の存在を許してしまっていることを考えると、案外魔王軍も一枚岩ではないのかもしれない。
あるいは、彼女の言うところの『巡礼者』達の情報工作がよほど高度なものなのか。

脱出用に用意されたキマイラ――ワイアームの檻の前で、俺はそんなことを考えていた。
 

 
壁面に嵌め込まれた正方形の檻のひとつがせり出して、床のレールに沿って運ばれていく。
格納庫の中央まで運ばれると、天使は慣れた手つきで檻の鍵を開け、首輪の鎖を取り外す。
見たところ、天使や俺に対して、ワイアームは敵意や警戒心を見せてない。
つるりとした表皮や目や耳のない頭など見た目は奇妙だが、かなり人に慣れているようだ。
どうやら噛みつかれる心配はないらしい。

ワイアームを檻から出した天使は、すぐ近くに配置された操作盤まで駆けより、操作盤に手をかざした。
盤前の天使を認識した操作盤に光が灯り、起動を確認した天使は淀みない所作でハッチの開放を指示する。

天使「今からハッチを開けますから、あなたはこの子に乗って脱出を」

兵士「こいつに……? どこに向かえばいいかわからないのに?」

天使「ご心配なく。ちゃんとこの子は指定された場所に向かうよう教えられています」

兵士「あんたはどうするんだ?」

天使「ここでお別れですわね。やらなければいけない仕事が残っていますので」
 

 
落ち着き払った調子で天使が最後の操作を終えると、各部に設置された赤色灯が格納庫の中を赤く染め、
警報が鳴り響いた。
重々しい鉄の扉が徐々にスライドし、いまだ薄暗い帝国近海の夜明け前の空を覗かせた。
  
ひやりとした夜気が流れ込んできて、じっとりと汗の滲む身体を冷やしていく。
流れ込む潮風を感じたのか、扉の開いた檻からワイアームがのそのそと這い出してきた。

兵士「行き先はこのモンスターに任せていいんだな?」

天使「ええ。とてもお利口さんですから」

兵士「お利口さん、ね……」

天使「視力は極度に弱いですが、その代わり鼻の利く子ですわ。ちゃんと飛び方も覚えています」

そう言われ、俺はワイアームのミミズかヒルのような顔を見やった。

暗所で暮らすうち退化した視覚を補うため、聴覚や嗅覚を発達させた動物というのも珍しいものじゃない。
それに見ず知らずの俺に対して吠えたりしないところを見ると、よく躾けられているのはわかる。
とはいえ、この不気味な飛竜型の魔物に身体を預けることへの抵抗感はなかなか拭い去れないものだ。
 

  
このような魔物が魔王軍の技術で造られているという事実を考えると、俺達人間との技術力の差、
ひいては魔王軍の軍事的優位性に思いを馳せずにはいられない。
魔王軍には生命を改造し合成し、作り上げる技術があるということなのだから。
 
戦闘用キマイラの製造技術は魔王軍技術者の研究によって確立されたものか?
それとも、魔王はこれらの技術に関わる魔法をも扱うことができたのか?
もしそうなら、魔王は現在の魔王軍を一から作り上げることも容易だっただろうという推測も成り立つ。

かつて魔王は魔海提督を理性を持たない巨大なモンスターに変貌させた。
魔王は一個人としても強大な魔力と膨大な技術の蓄積がある。
あるいはそれは、先代勇者の肉体を奪ったように、転生によって得られたものなのかもしれないが……。

兵士「天使。あんた一人だけここに残って大丈夫なのか?」

ワイアームの手綱を握りながら、俺は天使に言った。 
天使は茶化すような笑みを浮かべて、からかうように言う。

天使「あら、心配してくださるの? 意外と紳士的な方ですわね」
 

 
俺達の出会い方が違ったなら、この名前の通りの天使のような微笑みにはぐらかされてしまうだろうが、
残念ながらそうはいかない。俺は救われた虜囚で、彼女はどこかの誰かのエージェントだ。
今のところ俺は彼女に頼るしかないが、俺自身も生き残るために最大限の情報は欲しい。
できるなら道中の協力者にもいて欲しいのが本音だ。

何しろ敵地の只中にいながら、囚人用の布の服と天使から借り受けたナイフ一本しかないのだ。
花の盾も取り上げられている以上、敵の魔法攻撃を防ぐ手立てもない。
ここで天使と別れて脱出したとして、無事に勇者がいるであろう帝都へ向かうことができるのか?

第一、そうまでして完遂しなければならない任務とは何だ?

兵士「聞いておきたいんだ。あんたの任務が俺を逃がすだけじゃないっていうなら、一体何を……」

天使「……伏せて!」

瞬間、天使は床を蹴って俺に覆い被さってきた。
次いで視界の端に閃いた火弾が床に着弾し、膨れ上がる爆光が格納庫を照らした。
直後、衝撃波と共に抉り飛ばされた鉄片が四方へ飛散する。
 
驚いたワイアームは甲高い咆哮を上げ、すぐそばにいる俺達の鼓膜をビリビリと震わせた。
咄嗟に耳を塞いだが、脳天まで突き抜ける雄叫びを近くで聞かされたせいか頭がくらくらする。
だが復調を待っている時間はない。俺と天使は急いで立ち上がり、火弾の飛んできた方向を見た。
 

 
開け放たれたシャッターから、十体以上の魔物が雪崩れ込んで来ていた。
全身を深緑の鱗に覆われ、身体の至るところに刃物のような鋭利なヒレを持つ魚人が、統率の取れた
俊敏な動きで格納庫内へ殺到するのが目についた。

誰ともなく「殺さなければいい! 生け捕りにしろ!」と怒声を発し、魚人達はそれを受けて
刃のようなヒレを煌めかせて走ってくる。

咄嗟にナイフを抜く俺を制し、天使が叫ぶ。

天使「お喋りしている暇はありませんわ。急いで脱出を!」

そう言うと天使は腰のポーチから、黄色い液体で満たされた細長い試験管のようなものを取り出し、放る。
天使が投じたそれが地面に落ちて砕けると同時に、黄色がかった煙が爆発的に広がり、追手の視界を遮った。
煙幕に出鼻を挫かれた魚人の誰かが「ハッチを閉じろ! 逃がすな!」と声を張り上げる。

天使に促され、煙幕に追い立てられるようにワイアームの背に這い上った俺は、

兵士「頼むぞ。お前が頼りなんだ」

と、祈るような気持ちで手綱を握った。
 

 
壁の赤色灯が作動し、再び警報が鳴り響く。
反応し、顔を上げた俺は、先程開いたハッチが徐々に閉じられていくのを見た。

兵士(間に合うか……!?)

俺を背にしたワイアームは翼を広げて走りだし、大きく羽ばたいてその巨体を宙に浮かべた。
200メートルほど先に口を開けるハッチを見据え、まっすぐに飛んでいく。

脱出への焦燥感と、閉鎖しつつあるハッチの圧迫感に息を呑む。
ちらと後ろを振り向けば、追いすがる魚人達の姿と、ワイアームの檻を盾にしながら応戦する天使の
姿が視界の端に映り込んだ。

兵士「突っ切るしかない! 急げ!」

俺が叫ぶや、呼応してワイアームがさらに加速し、閉じかけたハッチへ向けて一直線に飛ぶ。

このまま行けば、ギリギリ間に合う。あと100メートルの距離を駆け抜ければ――
 

 
だが。

今にも閉鎖しようとするハッチを潜り抜けようとした刹那。
背後に異様な殺気を感じ、俺は全身の総毛立つ音を聞いた。
強張った手に力を込め、力いっぱいにワイアームの手綱を引っ張る。ハッチをくぐる寸前でワイアームは
進路を変更し、右斜め上へに大きく逸れて天井の近くまで飛び上がる。

次の瞬間。
俺の見下ろす先で分厚い鉄の扉が閉じ切る寸前、轟々と燃えさかる火弾が行き過ぎる。
そして火弾のいくつかが閉鎖されたハッチに連続して着弾し、爆風と衝撃波を四方へ押し広げた。

俺は手綱を引き、ワイアームを急降下させる。
床すれすれの高度でワイアームの背から飛び降りた俺は、数メートルに渡って床を転がった後、
近くの柱の陰に身を隠した。ゴウッ! と火弾が鉄の柱にぶつかる音が頭上で弾け、咄嗟に身を伏せる。

兵士(俺を狙い撃ってる奴がいる……どこから……!?)

相手は俺の位置を正確に把握しているが、一方の俺は火弾を撃ち出している者がどこにいるかわからない。
しかも飛び道具を持たず、魔法もろくに使えないとなれば応射は不可能だ。避けるか逃げるかしかない。
火弾の飛んできた方向からおおまかな位置はわかるかもしれないが、スナイパーがご丁寧にも一箇所に
留まっていてくれる保証はない。
 

  
まずは十数メートル先で応戦している天使と合流しなければ。
その後になんとかハッチを再開放し、格納庫の天井に近い高度を旋回するワイアームを呼び戻して脱出。
それが理想だが、それにはまず追手の魚人達を排除しなければならない。

かてて加えて、俺達が格納庫にいるってことはもう他の場所にいる敵兵にも伝わってしまっただろう。
今でさえ俺と天使の手に余る事態だというのに、増援に来られたら勝ち目はなく、ひいては俺の脱出の
可能性も潰えることになる。
連中の口ぶりからするに、俺を殺すなと指示されているようだが、殺されないまでも牢屋に逆戻りなのは
間違いない。それも、以前よりさらに厳重な。

再び着弾の火の子が鉄柱を叩き、考えている時間はないと決断した俺は、意を決して立ち上がった。
遠距離からの狙撃を意識しながら走り出した途端、十数メートル向こうに起爆の閃光と轟音が響く。
天使がまた爆弾か何かを投げたのか。そう思う間もなく足元の床が爆ぜ、冷水を浴びせられたような
心持ちで俺はひたすら走った。

格納庫の中央に放置されたままのワイアームの檻の影に転がるように身を隠し、爆弾と魔法による応射で
応戦を続ける天使に向かって叫んだ。

兵士「もう一度ハッチを開けられないか!? このままじゃ脱出不可能だ!」
  

  
天使「簡単に言ってくれますわね! どうしてあのまま脱出しなかったのですか!?」

兵士「見てなかったのか!? スナイパーがいる! 遠くから俺だけを狙い撃ってる奴が!」

互いに怒声を張り上げながら目を合わせたのも一瞬、天使は檻の影から身を乗り出し、大きく広げた
左の掌に蒼い燐光を纏わせながら小さな氷塊を次々と撃ち出して牽制の弾幕を張る。
しかしそれに倍する応射の弾幕が檻を叩き、天使はさっと身を引っ込めた。

凶暴なモンスターを閉じ込めておくための檻だけあってかなり頑丈に造られているが、それも限界はある。
左右を行き過ぎる光弾の間隙を縫って操作盤まで辿り着き、ハッチの再開放を指示するのは容易ではない。
だがこのまま待っていても増援の到着によって事態は悪化するばかりだろう。

兵士(どうする……どうすればいい?)

装備が足りなさすぎる。
武器も防具もアイテムも圧倒的に不足している現状、この窮地を切り抜けるにはどうすればいい?

着弾と破裂の音が耳を聾する中で必死に考え、俺は轟音に負けない声で叫ぶ。
  

 
兵士「天使! そっちの装備は!? 何か役に立ちそうなものはないのか!」

天使「残念ながら、煙幕もグレネードもそろそろ品切れですわ」

兵士「武器は!?」

天使「貴方にお貸ししたナイフと同じものが一本だけですわね」

兵士「畜生、絶望的だな! せめて花の盾があれば……」

花の盾、あるいはそれに類する対魔法用の防具があれば、なんとか攻撃を凌ぐことは可能だ。
無いものねだりをしても仕方ないが、あれがあったからこそ生き延びてきたことを考えれば、俺にとって
いかに重要なアイテムだったかを再認識させられる。

遠距離から放たれた火弾が檻の角をかすめ、俺達の目の前に着弾の火柱を立てる。

――迷っていられる時間は残されていない。

ちらと天使の横顔を見やると、彼女の澄み渡るコバルトブルーの瞳にも決然とした光が宿っていた。
 

 
天使「――兵士さん。よろしくて?」

兵士「ああ。こうなったらやるしかない」

主語を欠いたやり取りだったが、お互いの言わんとしている趣旨は概ね伝わった。
ポーチから黄色の薬液の詰まったガラスの容器――残り少ない煙幕弾を全て取り出して言う。

天使「私が煙幕を投げたら、すぐにワイアームを呼び戻してください」

上方を旋回しながら攻撃を回避し続けているワイアームを見やり、頷く。
視覚が退化していながらもあれほど鋭敏な感覚を持っているなら、ちゃんと俺の声も届くだろう。

兵士「敵が怯んだ隙に、俺はあいつに乗り込み、あんたは操作盤まで走る。そうだな?」

天使「今度は脇目も振らずに脱出を。スナイパーに背中から撃たれないよう、ジグザグに飛んで」

兵士「いいのか? あんたは――」

天使「何度も言わせないで。私のことはご心配なく。何とかしてみせますわ」

先の言葉を制し、天使もまた頷く。

ピシィッ、と、盾にしていた檻の壁に亀裂が生じる音がハッキリと聞こえた。
どうやら限界のようだと悟った目を見交わし、俺と天使は同時に立ち上がった。
 

3日も遅れた件については>>1をケジメさせましたのでどうかご容赦を。

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