食蜂「今日は卵が安いわねえ……」美琴「何してんのアイツ」(545)


 ※※ 諸注意 ※※

・気まぐれ更新になると思うので、遅筆になる可能性があります。

・自己理論全開でお送りします。

・キャラ崩壊する可能性があります。

・時系列は大覇星祭の後辺りですが、多少前後するかもしれません。

以上の点をご承知いただけると幸いです。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1369913654


その場面を偶然にも見つけてしまった原因はなんだろう?
たしか、いつも立ち読みをしに行くコンビニに、マンガが売り切れていたことが切っ掛け。
その後は、1つ遠くのコンビニへ向かったのだが、そこにもお目当ての雑誌はなかった。
そんなことが度重なり、なかなか足を運ばないような場所まで来てしまった。
あのバカとのエンカウント率が高い公園の近くまで来てしまったため、会えないかなーと少しだけ思ったのは仕方のないことだと思う。
しかし―――


美琴「…………」


御坂美琴は、自分の見ている景色が理解できず、その場に呆然と佇むことしかできなかった。
夏も終わろうかとしている9月。
過ごしやすい日々が増えてきたはずなのだが、彼女は幻覚としか思えない光景を目の当たりにしている。


食蜂「ふっふふ~ん。やっぱり秋は、どれも食材が旬でいいわねえ」


天敵ともいえる常盤台中学の第5位食蜂操祈が、スーパーで買い物かご片手にショッピング中だったのだ。
学舎の園内部の店舗で洋服を選んでいるのであれば、顔をしかめてその場を立ち去っただけであっただろう。
しかし、ここは学舎の園の外部。
あの少女は、学舎の園内部の学生寮に住んでいたはずだ。
それがなぜこんなところに?
しかも、あの女王と呼ばれているお嬢様がいていいようなクラスのスーパーではない。
一般的な学生の使うスーパーよりさらに格下。
大量仕入れをすることで原価を下げ、大量に安い商品を提供するような店だ。
店内には、外から見た限り女性客の姿は見えず、男性客ばかり。
そんな中で、目立っている様子が見られないのを考えると、能力を使用している可能性が高い。
目の前の情報が整理できていない美琴を置いて、食蜂操祈は品定めを続けていく。


食蜂「む、今日は卵が安いわねえ……」

美琴「何してんのアイツ」


周りにいる人が、自分のことに気を払っていないと思い込んでいるのか、結構な声のボリュームでひとり言を言っている。
それにしても、何がどう間違ったら、あの傲慢ちきな女がこの場所にいるのだろうか?
ついつい気になった御坂美琴は、今後のために彼女を監視することに決めた。


気づかれない程度に離れた位置から観察すると、買い物かごに商品はあまり入っていない。
これから本格的に買い物を開始するものと美琴は当たりをつけ、気づかれないように店内へと体を滑り込ませた。
商品の隙間から様子を窺うと、食蜂は口元に手を当て、悩む仕草をしていた。


美琴(というか、本当にアイツはここんなところで何してんの?)


美琴には、こんな店と食蜂操祈という組み合わせは想像したことすらなかった。
そのため、スーパーにいるという状況にも関わらず、カゴを片手に買い物をしているということが信じられなかった。
何か裏があるのではないかという疑念が、美琴の頭を渦巻く。
食蜂は、卵10個入り100円という手書き感溢れるポップを前に立っている。
この店には、学園都市内で味を調整された試作品という触れ込みで、格安な商品も置いてあるようだ。
ポップの下には、「君にあふれる気味を!」というツッコミどころ満載の文字がうたわれているが、そのことで悩んでいる訳ではない様子だ。
相変わらず、大きめなひとり言がブツブツと美琴の耳まで届く。


食蜂「一番賞味期限が長いのが、一週間。卵のサイズがMでも、10個入りじゃ食べきれないわねえ……」

美琴(まあ、1日1個食べれば十分だから、余ったのを捨てるっていうのも……)

食蜂「7個食べられるとして、1個あたり14円。8個食べられたとしても、6個入り70円の方がお得かしらあ?」

美琴(って、セコい!? 何円単位の計算してんの!?)


食蜂は1円単位の計算を終えると、納得したように6個入りの卵パックを買い物かごに入れた。
実際には、研究目的に生産されている鶏卵なので、廃棄率は想像以上に高いものとなる。
美琴のもったいないという一般的な考え方も、この店では通用しないのだ。
しかし、今の一連の流れを見ると、食蜂は本当にこの店に買い物をしにきているということで間違いないようだ。
そうなると、なぜこんな店にという新たな疑問点が湧いて出てくる。
そんな美琴の疑問を余所に、食蜂はポップの下部分にあったQRコードを読み取り、次のコーナーへと歩みを進めていった。
曲がり角を右に曲がったことを確認し、美琴がポップのところまで近づくと、そこには“感想をメールで送ると、抽選で卵1年分プレゼント!”と書かれていた。


美琴「1週間分食べきれないって言ってんのに、1年分ももらってどうするんだか……」


ポツリとつぶやいた美琴は、視線を移すとその隣には賞味期限1年という卵が10個150円で陳列されていた。
美琴はその商品に戦慄を覚えつつ、消えていった食蜂を追跡した。


角まで近づくと、そこから先は生鮮食品コーナーだった。
食蜂は、野菜をじっくりと選択しているところのようだ。
今、彼女の目の前には、レタスが置かれている。
職人のような鋭い眼光を、そのレタスに―――ではなく、値札に注いでいた。
あまりの真剣さに、周りの様子は気にならないようだ。
もちろん、能力を使っているという安心感もあるのだろうが、美琴にとっては、そのほうが都合が良いのは間違いない。


食蜂「…………高いわねえ。ついこの前まで150円だったのに、300円超えるなんてだれかの陰謀力でも働いてるのかしらあ?」

美琴(ないから! レタスに陰謀論とかないから!)


食蜂は、何やら手提げバックの中から1枚の紙を出すと、軽くため息をついた。
値段と折り合いがつかなかったのか、近くにあったもやしとナスの袋を2つずつカゴに入れ、更に先へと進んでいく。
何を見ていたのかは、美琴の位置からでは確認できない。
買うものをまとめたリストでも見ていたのだろうか?
謎は解決されないまま、美琴が1つ20円のもやしの前を通過し、次の角を再び右に曲がると、続いては鮮魚コーナー。
ここでは、溢れんばかりに「広告の品」という文字が表示されていた。
彼女の顔が輝いているように見えるのは気のせいか。


食蜂「これとこれは冷凍するとしてぇ」


さきほどまでの熟慮が嘘のように、次々とパック詰めされた切り身をカゴへと放り込んでいく。
いつの間にとってきたのか、ちょうどいい大きさの透明のビニールに1つずつ入れてからだ。
その行動に、美琴は頭の中でクエスチョンマークを浮かべながら、観察を続けた。
幸い(?)なことに、その謎の行動の意味は食蜂が自ら解説をしてくれた。


食蜂「こうすると、魚の生臭さが移りにくいのよねえ」

美琴(……なんか妙に生活感にあふれてない?)


食蜂は、少し鼻歌交じりに買い物を続けている。
よくは聞き取れないのだが、どうもこのコーナーで流れている音楽のようだ。
やけに魚を食べようと強調している歌を聞いていると、洗脳されている気分になってくる。
うんざりとした気分で、美琴が視線を向け続けていると、鮭が5つ、タラとブリが2つずつとカゴに入れたところで、スムーズに動いていた食蜂の手が止まる。
人差し指を下唇の辺りに当て、いかにも考え事をしてますという仕草をみせる。
てっきり、あのキャラ作りは学校内だけのものだと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。


食蜂「今日のメインはぁー、えーとお」

美琴(その鮭とかはメインじゃないんだ……)


それにしても、行動の意図が不明だ。
購入している量を考えると、いつぞやの寮監のようにチャイルドエラーの子供たちに奉仕活動をしているという訳でもなさそうだ。
というか、そんなことをしているあの女の姿など想像もできない。
逆に、子供達を操って奉仕させている姿の方がしっくりくる。
それに加え、商品の質の方も理解できない。
こんな店の食材を学舎の園の中の食堂で使用したら、訴えられかねないレベルなのだ。
そんな食材を、あんなにも嬉々として購入しているのには何か理由が―――


美琴(なるほど。これが次の嫌がらせネタってことね)


つまりは、ここの食材で調理した料理を誰かに食べさせ、その人の味覚を測ろうというところだろう。
気づかなかったら大笑い、気づいてもそんなレベルの食材を口にした女子の反応を楽しめるという2段構えの寸法。
以前、テレビで芸能人がそんなことをしているのを見たことがある。
美琴は、実にいやらしい、あの女のやりそうな手だなと思った。
頷きながら観察を続けていると、レシピが決まったのか、食蜂はポンと手を打ち、


食蜂「さっきのナスを使って、ニシンの煮物がいいかしらあ☆」

美琴(渋っ!! というか、そんなの食べる生徒がいるとは思え―――)

食蜂「みりんと醤油はあったから、あとは生姜を」


ニシンをカゴに入れ、彼女が美琴の方へUターンしてきた。
美琴は慌てて、卵の陳列されていた通路へと身を翻した。


元いた通路に体をすべり込ませると、別の客と一瞬目が合ったが、すぐさま高く積まれている商品の間に身を隠す。
ちらっと、隙間から食蜂の様子を窺うも、気づかれた様子はなさそうだ。
ということは、能力は意識を彼女に向けないという縛りだけで、監視の効果まではないと見て間違いない。
つまり、多少派手に動いても、食蜂本人にさえ気づかれなければオッケーということだ。


美琴(けど、ニシンの煮物(?)なんてメニュー出す店あったかな?)


周囲を気にせず、思考の海へと沈んで行く。
学舎の園の内部は、ヨーロッパを基調としたレリックな雰囲気の街だが、もちろん和食のお店もある。
ただし、ここでいう和食とは、懐石料理やお寿司を意味するものであり、定食屋的な店は聞いたことがない。
一度、学舎の園のレストランを全て調べたこともあり、この件に関しては間違いない。
しかし、そうなると美琴の頭の中の疑問符は益々大きなものになっていく。
メニューは知っていても、レシピを知っているというのは、あの女のイメージではない。
レシピ内容から材料の用意までを取り巻きの女の子を操って準備する、くらいのことは余裕でやってのける。
にも関わらず、それを自ら行っているということに違和感を感じる。


食蜂「よし、これで一通りオッケーね。って、あら?」

美琴(マズッ、気づかれた!?)

食蜂「これは、値段の割に良さそうねえ」


そうつぶやきながら、食蜂は棚に向かって手を伸ばす。
美琴は、見つかった訳ではないと分かり、ホッと胸を撫で下ろした。
今、あまり考え事に没頭しすぎるのはまずい。
見つかってしまったら、食蜂の行動理由がわからなくなってしまう可能性が高い。
好奇心からの行動だが、それだけは避けたかった。
夜に眠れなくなってしまう。


食蜂「~♪」


食蜂が手にとったのは、タワシみたいな茶色のボールのようなもの。
フルーツコーナーから取り出したみたいだが、見たことのない果物だ。
どんな味がするのか、想像もできない。
食蜂は、軽く握って柔らかさを確かめている。


食蜂「結構好きなのよねえ。キウイってビタミンC豊富で、お肌にいいそうだしい」

美琴(は? キウイって緑色のやつでしょ?)


基本的に、美琴も立派なお嬢様であり、知らない一般常識は多い。


食蜂は、キウイを1つだけカゴに入れるとフルーツコーナーの前を離れた。
その後を、気づかれないように注意を払いながら追いかける美琴。
とはいえ、このスーパーはそれほどの広さはない。
コンビニより少し広いか、という程度の大きさ。
その大きさの所為か、置いてある商品も、今のところ食材以外を見た記憶がない。
食材だけに特化してトコトンまで安さを追求し、固定客の確保に努めている可能性が考えられる。
そんな風に美琴が考えをまとめていると、食蜂は500g500円の冷凍された豚肉の前を素通りし、次の角を曲がっていく。
店の構造的には、次が最後となるはずだ。
美琴が小走りに近づくと、そこからは飲料のコーナーで、商品を選んでいる食蜂が見えた。


美琴(なっ!? くさやコーヒーとか、高菜コーラってありえない組み合わせよね!?)


その商品棚に置かれている納豆青汁は、極端に健康を意識している人には売れそうではあったが。
しかし、彼女はそんなキワモノの雰囲気が漂う飲み物を選んでいる訳ではなさそうだ。
彼女の目の前に積まれているのは、様々な種類の牛乳。
「低脂肪の極み」とか「体のことで悩んでいる方に」とか「お腹を壊す方はコレ↓」とか、そんなポップが所狭しと掲げられている。
キワモノコーナーに近いところに、牛乳サワーなるものがあるのは、見なかったことにしておこう。


食蜂「むむむ……」

美琴(それにしても、随分真剣に悩んでるわね……)


どうやら、彼女が目をつけたのは、「もはやこの濃さはヨーグルト!」と銘打たれている牛乳。
そして、そのうちの1本を手に取ったかと思うと、元の場所に戻してしまう。
違う牛乳にする気になったのかと思えば、同じ種類の別のパックを取り出し、元に戻す。
そんな行動を何度か繰り返す。
同じ種類の牛乳でも、サイズの違いはあるのだが、出したり戻したりしているのは、どうやらサイズまで一緒のようだ。
行動の意味を理解できず、思わず頭をかしげてしまう。
そして、6つ目くらいの牛乳パックを手に取ったところで諦めたのか、近くにいた店員に声を掛けた。


食蜂「この商品で一番賞味期限が長いやつ持ってきてもらえるかしらあ?」


その手には、テレビのリモコンがしっかりと握られていた。


その後、店員から牛乳を受け取った食蜂は、嬉々とした表情で、レジへと向かっていった。
おそらく、今までの人生の中で最もしょうもない能力の使用方を見た美琴は、ゲンナリとした表情で、その後ろ姿を見送る。
まだ、店内に入ってから5分程度しか経っていない。
にも関わらず、この疲れ具合。


店員「816円になりまーっす」

食蜂「ふっふふ~ん♪」


一方でご機嫌な食蜂は、サイフから小銭を直接店員に手渡している。
会計では能力は使わないんだなと考えて、店内にいくつもの監視カメラがあることを思い出す。
本来的には万引き防止用なのだろうが、電子関係の能力を持たない食蜂に対しては能力制限を掛けているのと同じ効果があるということだ。


美琴(私の場合なら、逆に人的なセキュリティの方が厄介なんだけどね)


もちろん、実際に実行はしないけどと誰かに言い訳するように呟く。
力を持ちすぎて変なことを考えることはあっても、それを実行したことで得られるメリットとデメリットにはあまりにも差がありすぎる場合が多い。
たまに我を忘れることもあるが、美琴は、レベル5の中では比較的常識人の部類なのだ。
そんなことを考えているうちに、もう1人のレベル5は会計を済ませ、つり銭をサイフに入れ―――、


美琴「ん?」


というか、今更気づいたがサイフはそこそこのブランド物のようだ。
常盤台の生徒が持つサイフとしては、一般的なレベルだが、金額的には数十万で買えればお得というクラスのもの。
てっきり、レベル5の第5位は貧乏学生だった、というオチかとも思ったが、話はそう単純なことではないらしい。
テキパキと慣れた動作で、商品をビニール袋の中に詰めていく。
買い物カゴを空にすると、流れるような動作で、普段持ち歩いている手提げ袋の方から紙を1枚取り出し、ゴミ箱へと投下した。


食蜂「今日はおしまーい。悪くならないうちに冷凍しなくちゃねえ☆」


とそれだけ言い残すと、そのまま彼女は後ろを振り返らずに店を後にしていった。



美琴「よし……。行ったわね?」


食蜂が完全に立ち去ったことを確認した美琴は、ゆっくりと物陰から体を出した。
しかし、その顔は浮かない表情をしている。
正直なところ、分からないことだらけで、頭が良く回っていないというのが正直な心境だ。
常盤台の生徒であれば、視界にも入らないような店になぜ来ているのか?
それに、妙に生活感の溢れる行動。
実は金銭的に苦しいのかと思えば、使っているサイフはブランドもの。
それに、いつも持ち歩いている手提げのバックも同じブランドのものだったはずだ。
にも関わらず、1円単位の計算までしている。
行動のところどころに矛盾を感じる。


美琴「そういえば……」


最後に、食蜂が捨てていった紙。
そこに何かヒントがあるかもしれないと思った美琴は、ゴミ箱からその紙を回収する。
結論から言うと、その紙からは更なる混乱しか生まれなかった。
安っぽい印刷がされたその紙には、今日のお買い得商品一覧が並んでいたのだ。
今では電子広告にそのお株を奪われ、ひと時代前のものとなってしまったチラシという広告媒体。
学園都市ではあまり見かけないが、新聞の間によく挟まっているのを見たことがある。
というか、まさにそれだ。
そこには、鮭の切り身や特濃牛乳といった食蜂が購入していった商品のところに、赤のマジックで丸印がつけられていた。


美琴「本当になんなのよ、アイツ……」


思わずこぼれた呟きは、店内に響くポップな音楽に飲み込まれていく。
誰もその問いに答えてくれる人はいなかった。


という訳で、今回はこんな感じのゆるーいSSを書いてみようと思ってます。

書いている人間がドSなので、多少食蜂さんが酷い境遇になるかもしれませんが、原作でもありえるかも?というラインで書いてみるつもりです。

なるべく更新はしたいと思っていますが、遅くなっても怒らないでいただけると嬉しいです。


続きを更新


スーパーで食蜂を見かけた翌日。
その日も平日であり、御坂美琴はいつものように登校していた。
同じような顔ぶれ、昨日と同じように雲ひとつない天気、変わり映えのない通学路。
そんな日常の中で、いつもと違ったのは頭の中だけ。


美琴(結局、昨日のは何だのかしら? 白昼夢だって言われた方がまだ納得できそうだけど)


学舎の園の中に入り、常盤台中学校に向かう途中、昨日からずっと答えの出ていない謎が頭の中をぐるぐる回っていた。
おかげで、昨日は快眠できたとは言い難い。
食蜂には興味がそれほどない美琴であったが、あそこまで理解できない行動をされてしまっては気にするなという方が無理だ。
常盤台の女王があんな店で買い物をしていた。
そのニュースが学内に広まれば、もしかしたら大騒ぎになる可能性は高い。
そんなことを考えていると、いつの間に近寄って来たのか件の第5位がすぐ目の前にいた。


食蜂「ご機嫌よお、御坂さぁん」

美琴「……どーも」

食蜂「同級生なのに、相変わらず冷たい態度ねえ」


あからさまに視線を逸らす美琴。
不眠の原因を当の本人に聞ければ話しは早いのだろうが、すんなりと答えてくれるなどという展開はありえない。
ならば、原因の根本を見つけるまでは、こちらの動きを知られるのはあまり好ましいとは言えない。
下手に知られて監視を付けられたりでもしたら、今後、真相を知る機会は一生無いだろう。
顔を逸らしたまま、チラリと食蜂を窺い見る。
制服はいつも通り。
手提げのバックも、星のマークがデコられているいつものものだ。
髪の手入れもしっかりされているし、靴下や手袋に穴があいているなんてこともない。
つまり、完璧にいつも通りの食蜂操祈だ。
―――にも関わらず、今日に限ってどこか違和感を感じる。
昨日、あんな場面を見てしまったからだろうか?


食蜂「それじゃあ、お先にい」


悶々とする美琴に対し、食蜂はそう言い残して、小走りに学校へと向かって行ってしまった。
普段挨拶するような仲でもないのに、なぜ今日に限って挨拶してきたのか?
結局、分からないことだらけのままだ。


その日の放課後、美琴は大きなため息をつくと校門を後にした。
結局、授業にもあまり集中できなかった。
今日学んだことがどの程度頭の中に入ったか怪しいところだ。
それも、あの食蜂のことで頭を悩ませているという状況が余計腹立たしい。


美琴「ったく……。なんだかなーって感じよね」


モヤモヤとした気持ちとは裏腹に、秋の空は雲一つない快晴。
心の曇天は回復する兆しを見せはしない。
手段の1つとして、今日も食蜂の尾行をするという方法もあるが、結論から言うと手遅れだった。
彼女の教室に行った時には、彼女は既に下校してしまった後だったのだ。
とはいえ、監視カメラを使えば、食蜂の足取りを掴むことは難しくないだろう。
しかし、そこまでするもの躊躇われる。
そこまで執着しているという訳でもないのだから。


美琴「でも、それはそれとして気にはなるのよねー」


食蜂の能力を考えると、誰かに相談するというのはマズイ。
頭の中をのぞき見れる彼女に対し、隠し事ができる人物でなければこちらの目論見がバレかねない。
となると、動けるのは自分1人。
しかし、今日は見失ってしまったし、わざわざ能力を使う気もない。
となれば、あとは帰宅するだけ。


美琴「はぁー……。うまくいかないものね」


黒子は今日も風紀委員の仕事があり、支部の方に向かっているとのことで、今日もツレはなし。
それぞれの学校が終わり、混雑し始めている学舎の園内部でショッピングをする気にもなれず、仕方なくまっすぐ帰ることに決めた。
トボトボと歩いていると、外部へと繋がっているゲートに近づくにつれ、少しずつ生徒の数も増えてくる。
中には挨拶してくれる人もいるのだが、あまり顔と名前が一致しない。


生徒A「寒くなってきましたね」

美琴「そ、そうねー」


一方的に顔が知られているというのも考えものだ。


そんな日常の一コマを大きく変える現象が美琴に襲いかかったのは突然だった。
これ以上話しかけられる前に帰ってしまおうと、苦笑いを浮かべて挨拶を返したときだっただろうか?
何の前触れもなく、バチィッと頭の前で火花が飛んだ。
殴られたかのような強い衝撃が美琴の頭部にかかり、思わず首が大きくのけ反る。


美琴「痛―――ッ!!」


思わず頭を押さえるが、外傷はない。
もちろん、突然襲いかかってくるような人間がいれば、真っ先に気づいたはずだ。
となると、さきほどの衝撃は自動で電磁バリアが働いて身を守った反動か、とすばやく考えをまとめる。
しかし、なぜ? 誰が? どうやって?
状況把握をするために辺りを見回すと、周囲の生徒は何事もなかったかのように他愛もない話しを続けている。
美琴が大きな声を出したにも関わらず、だ。


美琴(これは―――)


心当たりならある。
この感覚には覚えがあった。
美琴は周りの視線もお構いなしに、ゲートを目指し走り出す。
普通であれば、突然走りだした美琴に奇異の視線が投げかけられるはずだが、その様子は感じられない。
不思議に思っていないというよりは、美琴が走っていることに気づいていないという感じだ。
すでにゲートの近くまで来ていたこともあり、距離的にはあと数十メートル。
小走りで生徒の間をすり抜け、ゲートが見える位置までたどり着くと、そこには美琴の視界に予想通りの人物がいた。


食蜂「それではみなさん、ご機嫌よお」

美琴(―――ビンゴッ!!)


食蜂操祈は、ちょうどゲートをくぐり、外へと行こうとしているところだった。
やはり、さきほどのバリアは、食蜂の能力に対し、自動的に発動したもののようだ。
操作している内容は、『違和感のある行動が視界に入らない』といったところか?
であれば、食蜂を追跡したい美琴にしてみれば好都合だ。
彼女に気づかれないように、速度を落として、下校しようとする生徒の波に紛れる。
幸い、美琴に気づいている様子はなさそうだ。
彼女の泊まっているはずの寮は、学舎の園の内部にあるはずなのだが、どこへ帰ろうというのか?
それを今日は確かめられるはずだ。
今日はぐっすりと眠ることができそうだな、と美琴は思った。


学舎の園を出ると、食蜂は迷いのない足取りで歩みを進めていく。
その後を、細心の注意を払い追っていく美琴。
具体的には、ビルの上から見下ろす形で、だ。
こういう能力の使い方はセーフ、と美琴は心の中で誰かに言い訳をする。
食蜂が向かっているのは、昨日彼女を発見したスーパーの方角とも少し違う。


美琴(今日はどこに行くつもり?)


この先には、お世辞にも綺麗とは言えない学生寮がごった返しているだけの地区のはず。
常盤台中学を始め、学舎の園の中にある学校が寮を置いているという話も聞いたことがない。
10分も後を追っていると、まさにそんな雰囲気の雑多な学生寮があちらこちらに乱立している景色となっていた。
ここに女子1人でくるのは勇気がいる、という雰囲気の場所だ。
そんな場所であるということに食蜂は気を止めることなく、悠然と目的地へと目指す。
その目的地というのが―――


美琴「……え? 何これ?」


美琴の目の前に突然現れたのは、商店街だった。
学生寮の屋上から見ると、長方形の形に商店が存在しており、その周りをぐるりとが学生寮が囲んでいる。
まるで立ち退きを反対して、この場所に取り残されてしまったという感じだ。
というか実際そうなのかもしれない。
それなりに近くに住んでいる美琴ですら、こんな場所に商店街があるという話を聞いたことがない。
しかも、周囲はスラム街のような治安の悪そうな場所。
はっきり言って、立地条件は最悪に近い。
しかし、そんな最悪の状況の中でも、その商店街にはそこそこの活気があるようだった。
学生寮の屋上から地面に降り立ち、食蜂の死角となる場所まで移動すると、こんなやり取りが耳に入る。


魚屋「そこの可愛いお嬢ちゃん! 今日は秋刀魚のいいのが入ってるよ!」

食蜂「ごめんなさい。お魚は昨日買ってしまったのぉ」

魚屋「そういわずに! 今日はオマケでもう1匹サービスするから!」

食蜂「…………はぁ」


そんな必死とも言える呼び込みに対し、ため息をつく食蜂。
尚も食ってかかる魚屋をよそに、手提げバックからリモコンを取り出しボタンを1つ押す。
それだけで、活気のあった商店街は寂れた商店街へと変貌した。


まるで主電源を落としたかのような変わりぶりだった。
活気で溢れていた商店街からは、客引きをする人間はいなくなり、それぞれ自分の店へと引き返していく。
そんな景色を見つつ、食蜂の方はうんうんと頷いていた。


食蜂「これで少しは静かになったわぁ」

美琴(酷いことするわね……)

食蜂「そんなありきたりな客引きじゃ、集客力がイマイチなのも納得よねえ。大体、私は買い物しに来たわけじゃないしい」

美琴(え? 買い物しに来た訳じゃない?)


美琴には、商店街には買い物をしに来る以外の理由が思い浮かばない。
こんなマイナーな商店街たからこそ、お得な商品が眠っているという理由でここまで来たものだと思い込んでいた。
しかし、それは違うと目の前のレベル5は言っている。
となると、やはり食蜂は何か企んでいて、昨日の1件もその下準備に過ぎないということなのか?
そう考えると、この場所の人気の少なさは、そんな後ろめたい行動の準備をする人間にとってはうってつけの場所と言えるだろう。
突如湧いて出たその考えに、美琴は緊張の糸が張り詰めるのを感じる。
一挙手一投足を見逃すまいと、食蜂の監視を続けると、彼女は1軒の店に近づいていった。
その店の外装からは、普通の惣菜屋に見える。
思わず美琴の握る手に力が入る。


食蜂「この店の自慢の商品は何かしら?」

惣菜屋「はあ、コロッケには自信がありますけど」


怪訝な表情を浮かべながら答える店員。
たしかに、その惣菜屋の看板にはコロッケが一番大きく広告されており、“絶品”の2文字で強調されている。
その店の目玉商品はコロッケであることは疑いようもない。
暗号か合言葉かと思考を巡らせる美琴が見つめる中、食蜂はそんな店員の回答に笑みを浮かべ、店員に向けてこう命令した。


食蜂「じゃあ、そのレシピ頂けるかしらあ?」

惣菜屋「はい! 喜んでー!」


店員の元気のいい返事と相反するように、美琴の緊張感は急降下した。



美琴「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


思いきり深いため息をつく。
結局、あの後もいくつかの店を周り、料理のレシピを書いたメモを受け取っただけで買い物はしなかった。
受け取ったレシピは、コロッケ、ポテトサラダ、カレイの竜田揚げ等々。
確かに言葉にしていた通りだったのだが、美琴の疲労度は相当のものだった。
無駄に気を張りすぎたせいだろう。
もう無駄な寄り道をせずにまっすぐ帰ってもらいたい、という本音を飲み込み、追跡を続ける。
ついさきほどまでは来た道を引き返していたのだが、途中で道を逸れて以降、あまり地理感のない場所へと足を踏み入れている。
雑多な雰囲気はそのままだが、さきほどまでの治安が悪いという雰囲気はなくなっている。
壁の落書きだったり、道端に落ちているゴミの量だったりということが、そういう印象を変化させているのかもしれない。


食蜂「ふっふふ~ん」


そんな美琴の気苦労もしらず、鼻歌を交え始める食蜂。
そろそろ、次の目的地も近いと見て間違いなさそうだ。
しかし、さきほどの商店街と違い、この辺りには特段の施設・店舗はなさげだ。
学生寮の割合が徐々に減少し、アパート・マンションといった建物がちらほら見え始める。
見分けるポイントは、その建物に学校の校章があるか、ないかというところ。
場合によっては、寮を上から見ると校章の形になっているところもあるそうだ。
と、急に、そこまでよどみなく歩いていた食蜂が歩みを止めた。


食蜂「ま、一応、注意力だけは払って」


彼女は周囲を警戒するように見回すと、カバンの中からリモコンを取り出す。
また、誰かを操って何かをするのかと思ったのだが、違った。
リモコンのボタンを押した瞬間、再び美琴の頭部を衝撃が襲う。
バチンという電撃音とともに、大きく頭が揺らぐが、目をつぶって歯を食いしばり、声に出さないように必死で耐える。
電気の弾ける音は聞こえない距離のはずだが、大きな声を出してしまっては美琴が近くにいることがバレてしまう。
なんとか痛みを耐えきり、ゆっくりと目を開くと、明らかに異質な光景が目の前で展開されていた。
大人、子供を問わず全速力で食蜂の前に集まってくると、次々と整列していく。
さきほど、食蜂が使った命令の内容と見て間違いない。
彼女の能力圏内にいた人間を、目の前に呼び寄せるという絶対遵守の命令だ。
それから数分経過し、不信な人物がいないことを確認したところで、彼女は満足そうな顔をする。
そして、


食蜂「はい、それじゃあここ数分の記憶を失って帰ってもらって結構よお」


とだけ言い残し、食蜂は再び歩き始めた。


食蜂が向かった先は、そこから数分歩いたところにある1軒のアパートだった。
いや、アパートと言ってしまうと聞こえが良すぎるかもしれない。
超ボロい2階建ての掘っ立て小屋という表現がいいところだろう。
見た目からでは、次に大きい地震があったら確実にアウトという感じ。
いつごろから建っているのか、非常に気になるところだ。


食蜂「ふふ~ん♪」


そんな小汚いアパートの階段を、食蜂は一段、一段と登っていく。
何が上機嫌なのか、美琴のところまで鼻歌が聞こえる。


美琴(こんなところに何の用があるっていうのよ?)


一瞬、美琴の頭をよぎったのは、男のところに通う食蜂という姿。
しかし、そんな想像を頭を振って追い出す。
あの性格破綻者にそれだけはありえないはずだ、と。
だが、よくよく考えてみれば、その可能性は低くないのではないかと疑念が再浮上する。
外見だけは、女の美琴から見てもカワイイと言うレベル。
そして、あの能力を使えば、欠点である破綻した性格も問題にさせないという可能性もありえる。
まだ、それだけではない。
昨日今日だけでも、複数の違和感。
食蜂に見合わないレベルの食材、強奪した料理のレシピ、犬小屋のようなボロいアパート。
そして、あの謎の上機嫌と来たものだ。
学校での食蜂操祈のイメージとは、明らかにかけ離れている。
となれば、その隔たりを埋めるのは―――


美琴(ま、まさか、本当に?)


さきほどまでとは、種類の異なる緊張感が美琴に走る。
食蜂は、通路に置かれている洗濯機を避けて奥に進んでいくと、奥から2番目の部屋の前で立ち止まった。
そして、手提げバックに手を入れると、1つの銀色の物体を取り出す。
というか、どこからどう見ても部屋のカギだ。
そのカギをドアノブについたロックに差し込むと、ガチャリという音と共に開錠される。
そんな光景をじっと見つめていた美琴が、本当に驚いたのは次の食蜂の一言だった。











食蜂「今月はなんとかやりくりできたわぁ。ふふっ、この調子で来月も頑張っちゃうゾ☆」










美琴(なん……ですって……?)










というわけで、2回目の更新はこの辺で。

みさきちの境遇の謎を引っ張るといつから錯覚していた? というわけで、やっぱり貧乏だったみさきちのストーリーをお楽しみください。。

ちなみに、上条さんは登場しない予定です。



















―――次回最終回予定の序章では。


続きを更新


予想だにしていない展開だった。
確かに、激安スーパーで見かけた時、1円単位の計算をしていた。
それに加えて、懸賞をチェックし、考えられない料理のチョイスをし、見慣れないチラシを持っていた。
今日も、美琴さえ知らない商店街に足を運んでレシピだけを吸収し、このボロアパートに足を運んだ。
これだけの状況証拠がそろっていて、それでも美琴は自身の耳を疑った。


美琴(……やりくりできた? “やりくり”って他に意味があったっけ?)


目を白黒させる美琴の存在に気づいていない食蜂は、開けたドアに入っていく。
そして中に入ると、ガチャリというロック音が辺りに響いた。
やはり、間違いなく、その場所は食蜂の家ということになるのだろう。
呆然と眺めていただけの美琴が、その現実を理解するのに10秒は要した。
それだけは、―――食蜂操祈が貧しいということだけはないだろうと、心のどこかで思っていた。
しかし、現実は目の前で起こったことが全て物語っている。
―――あの常盤台の女王と呼ばれる、誰よりもお嬢様な少女は、実はこんなボロいアパートに住んでいた。


美琴「……けど、まだ分からない部分もある」


それでも、納得できない部分がいくつかある。
第5位とはいえ、レベル5ともなれば、学園都市からの研究協力費は相当な金額となる。
第3位の美琴で年2億程度の収入であることを考えると、食蜂は最低でも年1億がラインとなってくるはずだ。
しかし、あのアパートはどう見ても年収が100万を切っている人を対象にしているような代物にしか見えない。
何がどうあったら、食蜂があんなアパートに住むことを許容できたのだろうか。
それに、もし本当に貧乏であったならば、常盤台の学費はどうしている?
あまり問題になった噂は聞かないが、年間で1000万円という学費も、常盤台に入学するにあたっての壁の1つなのだ。
実際、能力面で常盤台に合格した生徒も、学費がネックとなってしまい、別の学校に行かざるを得なかったという話も耳にしたことがある。
疑問はまだある。
彼女がいつも持ち歩いている手提げのカバンは、たしか学舎の園内部でも人気の高い“First Star”というブランドのものだ。
美琴にはあまり興味はなかったが、あの独特の星のマークを入れた商品は、最低でも数十万するという話は聞いたことがあった。
少なくとも、普通の子供のお小遣い程度で買えるものではない。
結局のところ、食蜂が金銭面でどのような事態に陥っているのか見えてこない。


美琴(ここでぼんやり考えてても仕方ない、か)


拘泥しかかっていた頭を2、3回振って思考をクリアにすると、美琴は食蜂の消えていったアパートの屋根へと飛んだ。


美琴は音もなく屋根に着地すると、部屋の様子を見るために少しだけ顔を覗かせてみた。
屋根から身を乗り出す形になり、不審者以外の何者でもないが、幸い周囲に人通りは少なく、あまりその点に関しては気にしなくても良さそうだった。
能力を使用して体を固定しているため、見た目ほど危険というわけでもない。


美琴(どれどれ……)


部屋の中は、意外というか想像通りというか質素なものだった。
タタミが敷かれた6畳程度の広さの部屋に、ちゃぶ台が1つと、本棚が1つ程度しか物がない。
本棚には本がいくつか詰められているが、それ以外には特筆すべきものがなかった。
洋服箪笥がないのも、奥の押入れを使っているのだろう。
食蜂は見られているとは露知らず、ちゃぶ台の前にちょこんと座り、携帯電話をいじっていた。
多少気なる点は、家に帰ったというにも関わらず制服のままというところくらい。
美琴の存在に気づいている様子はまったくない。


美琴(携帯使ってるなら好都合)


このままでも見つかる心配はなさそうではあったが、万が一の可能性も考慮し、安全策を取ることにした。
美琴は、屋根から身を乗り出すようにしていた体を元に戻すと、自分の携帯電話を操作し始める。
ビリっと頭の前から紫電が走ると同時に目まぐるしいほどの情報が携帯に表示され、次々とウィンドウが現れたり、消えたりしていった。
そんなことを数秒続けていたことだろうか?
美琴の携帯にある変化が現れた。


食蜂『ふっふふ~ん♪』

美琴「よし!」


突然、美琴の携帯電話から食蜂の鼻歌が流れだしたのだ。
種を明かせば、実に簡単なこと。
能力を使って、リアルタイムで食蜂の携帯から音を転送しているに過ぎない。
つまり、食蜂の携帯を、無理やり通話状態にさせたのだ。


美琴(ま、ただの通話状態ってわけでもないけどね)


ただ通話状態にしただけでは、画面表示が変更され、美琴が近くにいるということがバレてしまう。
しかし、食蜂が見ている画面は、彼女が操作している通り映し出され、美琴の携帯からの受信は行われていない。
要するに、美琴が一方的に音声を受信している状態となっていた。
美琴の携帯のイヤホンからは、食蜂の鼻歌が聞こえてくる。


美琴(ま、もっとも、このくらい近づかないと、発信元の携帯電話を特定できないから、寮から観察することはできないんだけどね)


具体的に言うと、自分と対象の携帯の間に複数台の携帯が存在する場所では、混線してしまって訳がわからなくなってしまう。
また、機種によって得手不得手があるため、一概に使いやすい能力とは言えない。
だが、このような場面では大いに役にたつ。
このアパートの周囲は人気も少ないため、比較的容易に通信ができる環境は整っている。
ちなみに、食蜂が携帯で何をしているのかもボタン1つで分かるようになっている。
食蜂がボタン1つで人を操るのと同様に、美琴もちょっと能力を使うだけで、電気製品を操ることができるのだ。


美琴(んー、やっぱり自室じゃそうそうひとり言は言わないか)


今までは、視覚による情報と聴覚による情報を得られていたため、情報の収集も捗っていた。
けれど、この鼻歌だけ聞こえてくる状態では、あまり有益な情報は得られそうにない。
ならば更に情報量を増やそう。
そう方向性をまとめると、美琴は携帯の操作を続けた。


美琴(こいつの使ってる機種は、インカメラが付いてたはず……)


音声以外にも、携帯のインカメラから映像を受け取ろうというわけだ。
やることは、さきほどの手順とそう変わりない。
数秒も続けると、画面には食蜂の顔がでかでかと映し出された。
唇が若干釣り上がっており、満面の笑みと言って差し支えないだろう。


美琴(……? やっぱり、なんか違和感があるような?)


携帯の画面に映し出されているのは、いつも通りの食蜂操祈のはずだ。
けれど、何か足りないような違和感を感じる。
インカメラの解像度が低いせいで、所々ぼやけているせいだろうか?


違和感を感じつつも、具体的にどういった点ということが分からない。
そんな美琴の心境を知ってか知らずか、食蜂はニヤニヤした顔を浮かべている。


美琴(なんかイラっとするわね……。見透かされてる訳じゃないんだろうけど)


そんなことを思いながら、食蜂が携帯で何をしているのか確認するために、美琴はボタンを1つ押す。
すると、食蜂の顔が映し出されていた画面が切り替わり、文字と画像が浮かび上がる。
映像の送信元を、カメラから携帯の画面に切り替えたのだ。
食蜂は、どこかのウェブサイトを見ているようだ。


美琴(掲示板……?)


画面には、大手検索エンジンに付随している掲示板が表示されている。
というか、美琴もたまに使ったことのある掲示板だ。
その中でも、彼女が見ているのは、料理掲示板だろうか。
様々な人が自分のレシピを公開し、実際に作ってみた人から感想が返ってくるという形式になっている。
食蜂は、掲示板に文字を打ち込んでいるところらしい。


食蜂『“惣菜屋のコロッケの味をそのままに”っとお』

美琴(さっきの商店街巡りはこのためか! というか、やり口がゲスい!)


どうやら、“参考になりました”というボタンが押されると、自分のアカウントにポイントが貯まるシステムのようだ。
1ポイント10円ということになっており、100回押されれば、1,000円分のポイントがアカウントに加算される。
それを、同サイト内のショッピングページで使用可能ということだそうだ。


食蜂『そろそろポイントも貯まってきたしぃ、そろそろ使いどきかしらあ?』

美琴(……なんか涙でそう)


営業妨害紛いのことまでやって、生活の足しにしているレベル5がそこにいた。



御坂(しかし、なんでそんなことまで……)


と、そこまで考えて美琴はあることを思いついた。
書庫(バンク)に何かしらのヒントがあるかもしれない、と。
能力を始め、様々な学生のデータが書庫には記録されている。
その中に、もしかしたら、この不可解な状況に対する解答があるのではないかと考えたのだ。
美琴は携帯の画面を切り替え、食蜂の鼻歌をBGMに検索をかけていく。
今まで他校の生徒名簿は見たことはあっても、母校のリストは見たことがなかった。
というよりも、わざわざ調べる必要性がなかったというのが正しい。
常盤台中学で問題を起こすような生徒はいなかったからだ。


美琴「食蜂、食蜂……っと」


しかし、この食蜂は別だ。
常盤台中学にいる生徒の中で、もっとも知らないことが多く、今まで知ろうとも思っていなかった。
バレたときのリスクを考えると、それに対する身入りが少なすぎる。
そういう意味でも、書庫へクラッキングを仕掛けてまで情報を得ようとはしていなかった。
しかし、今回はそのリスクに十分見合うほどの情報が書庫に眠っている可能性が高い。
また、常盤台の学生の中で、食蜂が問題を起こす確率は、他の学生と比較してもダントツで高い。
後で調べる可能性が高いならば、ついでに今のうちに調べてしまおうというわけだ。
手馴れているせいもあってか、さきほどよりもずっと短時間でことは済んだ。
能力の行使により高速で変化していく画面表示に、“食蜂操祈”の項目を見つける。
なんの躊躇もなく、該当項目を選択すると、閲覧者ID及び20桁のパスワードを要求された。
レベル5のデータに関しては特に厳しいセキュリティが敷かれているようだが、この程度であれば美琴に突破できないはずはない。
わずか数秒後には、食蜂操祈の個人情報を引き出すことに成功した。
名前、生年月日、所属学校という項目に続いて、様々な情報が羅列されていく。


美琴「……アイツ本当に同い年だったのね」


書庫のデータが改竄されていない限りは、であるが。
美琴は発育の差に暗い気持ちになりながら、データを読み進めていく。
能力名、能力詳細、出身地、入院履歴といった項目を見ていくが、特段不審な点は見当たらない。
そんな風に読み進め、最後のその他特記事項の項目の欄にたどり着いた瞬間、美琴は本日何度目かの衝撃に襲われた。
いつの間にか食蜂の鼻歌が止まっていたのだが、それすら美琴は気付けなかった。


食蜂『はぁ……。未だに悔やまれるわあ』


―――その特記事項の項目にはこう書かれていた。








食蜂『あんな契約さえしなければねぇ……』







―――G機関による独占的研究契約:4年間5000万円、と。







美琴は我が目を疑った。
レベル5の研究協力費が4年でたったの5000万円?
この金額では、レベル4の協力費に毛が生えた程度のものでしかない。
こんなことがありえるのだろうか?
その特記項目には、契約書の電子データもリンクされていた。
学園都市内部では、書面による契約書を電子データに変換し、書庫に保管する制度がある。
書面による契約書の原本と書庫に記録された電子データのどちらにも、その契約の有効性は認められている。
主に契約書の紛失及び強奪等を防ぐための措置なのだが、この場合は食蜂の能力に対抗するためと考えた方が正解だろう。
美琴は、その契約書の文面を表示する。
すると、非常に簡潔な内容がそこには記されていた。
主な事項としては5つ。

1つ、食蜂操祈はG機関の研究活動に協力しなければならない。

2つ、契約期間は、小学6年生の4月から中学3年生の3月までの4年間。

3つ、契約金額は、西暦20〇〇年度のレベル4の平均補助金額の4年分に1000万円を加えた額とする。

4つ、他の研究機関との研究契約を禁ずる。当該事項を違反した場合、契約金額の倍額に相当する違約金を支払う。

5つ、学園都市規約第152条に則った研究活動のみを行う。

そして、その後にG機関の代表者と、食蜂操祈及びその両親の署名、捺印が押されていた。
この契約書から読み取れることは2つ。


美琴(当時のレベル4の補助金額が1000万円だったってことと、小学5年生のころの食蜂はレベル4だった、ってことね……)


たしかに、レベル4であったのならば、この契約は非常に有利なものとなる。
平均補助金に加え、1000万円も多くお金をもらえるのだから。
しかし、食蜂の場合は、それが大きく裏目にでていた。
常盤台中学に入学するときには、レベル5となっていたのだろうから、この契約による損失はかなりの額になるだろう。
ちなみに、学園都市規約152条というのは、学園都市の生徒を保護するための条文だ。
研究内容であったり、研究する日時などが細かに設定され、生徒の人権を保障している。


食蜂『あんまり時間取られないのはいいけど、割にあってないわよねえ……』


確かに、この2日で授業時間以外の研究がなかったのは美琴が確認済みである。



美琴(いろいろと苦労してんのね……)


学費が年1000万ということを考えると、余剰のお金は4年で1000万円前後。
常盤台の制服代、修学旅行費、生活費などなどを考えれば、あまり余裕のある金額とは言えない。
学生寮に入るにも相当のお金が掛かることを考えれば、安いアパートでやりくりをするというのもありえるのだろう。
もっとも、だからといって1円単位まで計算する必要性があるのかと聞かれれば、甚だ疑問ではあるが。


食蜂『ま、あんまりウダウダ言ってても仕方ないしい。今日できることをやっておきましょう』


そんな言葉が聞こえ、美琴は自分の携帯の画面を切り替えると、食蜂がちょうど席を立つところだった。
カメラ機能を鏡変わりに髪を後ろで1つにまとめると、携帯をちゃぶ台の上に置いた。
食蜂の携帯からは、天井の映像を受信している。
今度は何をと思っていると、トントントンという一定のリズムを刻む音が聞こえてきた。
夕食の準備を始めたようだ。
スピーカーからは、ブルーな気分を変えるかのように明るい曲調の鼻歌が聞こえてくる。
同時ににんにくを炒めているのか、屋根にいる美琴の元にも食欲を掻き立てられる匂いが漂ってきた。


食蜂『ふ~ん、ふふふん~♪』

美琴「……私もお腹空いたし、帰ろ」


強制的に繋いでいた通話機能をOFFにする。
昨日今日で、食蜂操祈の意外すぎる一面を見てしまった。
相変わらず頭の中は混乱しっぱなしではあるが、少しずつ謎は解けてきた。
ぐっすり快眠とは行かないまでも、今日は普通に眠れそうだ。
そう思い、美琴は食蜂のアパートを後にした。
相変わらず、周囲には人気がない。
確かに、ここはあの目立つ女王が隠れ住むにはうってつけの場所なのだろう。


美琴「はぁ……、今日も疲れた……」


果たして、明日食蜂操祈に会っても、いつも通りに接することができるだろうか?
それだけがちょっと不安だった。


僕と契約して、4年間5千万円で研究させてよ! というわけで今回はここまで!

みなさんも、契約書の内容はよく検討しましょう。……って、ちょっと内容が固かっただろうか?

まだ謎の部分は残ってますが、それは次回以降ということで。

序章最終回と言ったな。あれは嘘だ! というわけで、今度こそ次回が序章最終回の予定です。

別のトコと契約して意訳機払って貰えばいいのに

契約破棄してあたらしくお小遣い貰い直す方向に進むやもしれないのことよ

>>129 >>131
補足をブログに公開。
今後の展開に関係ないので、無理に読む必要はありません。
http://sssaliman.blog.fc2.com/blog-entry-271.html#more


続きを更新



美琴「ふぁ……」


ひときわ大きなあくびをすると、美琴は常盤台中学の校門をくぐって学舎へと足を進めた。
昨夜はぐっすり快眠―――というわけにはいかなかった。
食蜂操祈が節約生活を強いられていた、という事実の裏付けを取れたものの、これからのことを思うとゲンナリしてしまう。
もちろん、美琴に人の秘密を言いふらす趣味はない。
もし言ったところで信じてもらえる内容でもないし、食蜂の能力を考えても噂の消去は何の問題もない。
問題なのは、これから彼女にどうやって接すればいいのか、という一点に尽きていた。
知ってしまった以上、いままで通りに接するのは難しい。
見下したりするわけではないのだが、とっさの場面で変な気遣いをしそうだ。
たまたま自販機で一緒になったときにジュースを奢ったり、とか。


美琴(かといってなぁ……)


できるだけ、食蜂から身を遠ざけるという方法もあるにはある。
今までの出会ってから避ける方法ではなく、そもそも出会わないように食蜂を避けてしまうのだ。
けれど、そんなことを長く続けると、逆に彼女に何らかの疑念を持たせてしまう。
クラスが違うとはいえ、同じ学年で同じフロアを使用しているのだ。
目立つ美琴と長期間接触がないということで、違和感を食蜂に悟られるのはありえない話ではない。
そんな些細なことで、逆にこちらが監視されることになったらもっと面白くない。
となれば―――


食蜂「あら、御坂さん。2日連続でなんて奇遇ねぇ」

美琴「んにゃあっ!?」


突然声をかけられたことで、ビクゥッと美琴の体が反応する。
考えごとをしている最中に、その考え事を張本人から声をかけられるとは予想していなかった。
思わず美琴の口から変な声がでてしまうのも仕方ない。
美琴の急な反応に驚いたのか、食蜂も釣られてビクッと反応する。


食蜂「……な、なんなのぉ?」

美琴「い、いや、なんでも」


ごまかせていないのは、誰の目から見ても明らかだった。



美琴「はぁ……」


時間は経過し、昼休み。
昼食をとるため、美琴は食堂へと歩みを進めていた。
そして、再び今日何度目かになる大きなため息をつく。
結局、あの後は誤魔化すようにその場を去ってしまった。
思いっきり訝しまれたのは間違いないだろう。
面倒なことにならなければいいけど、と肩を落としたまま廊下を進んでいく。
すると、正面からその食蜂操祈とその派閥のメンバーが、おしゃべりをしながら近づいてくるのが見えた。
意識しているつもりはないのだが、つい肩に力が入ってしまう。
特に立ち止まって会話するほどの仲ではないので、挨拶だけしてそのまま通り過ぎようと思った時だった。


美琴「あれ?」


と、思わず声が出てしまった。
しまった、と思ったときにはもう遅い。
明らかに聞こえる音量で言ってしまっている。
食蜂とその派閥メンバーの足がピタリと止まり、視線が美琴に集まる。
うまく言葉を繋げない。
すれ違った全員がある物を持っていたからだ。
それに気を取られ、思わず言葉が漏れてしまった。
美琴はゴホンとひと呼吸おくと、こう続けた。


美琴「今日はお弁当なのね」


彼女らが持っていた物というのは、お弁当箱。
出来合いの既製品という雰囲気は感じない。
お嬢様の彼女たちが自分で作ったのだろうか?
取り巻きのひとりがにっこりと笑みを作ると、律儀に返答してくれる。


取り巻きA「はい。ただ、“今日は”というよりも、“いつも”といった方が正しいかもしれませんけどね」

食蜂「まあ、御坂さんは女子力とか気にしないんだろうけどぉ」


食堂に向かっているのに、なぜ彼女らとすれ違うのか疑問に思っていたのだが、そういうことらしい。
美琴は毎日お弁当である他の理由にも心当たりがあり、はははと苦笑いせざるを得なかった。


けれど、予想外だったのはここからだ。
それじゃあ、と言って別れようかと思った時だった。


取り巻きB「よろしければ、御坂さんもご一緒にどうですか?」

美琴「え……?」


まさか、お昼に誘われるとは思っていなかった。
美琴と食蜂がお互いにあまり好いていないことは、あまり公にされていないからだろうか?
美琴が苦笑いを浮かべる一方で、もう一人の当事者である食蜂には、その提案を止めようという素振りは見られない。
美琴の狼狽ぶりを楽しむように、ニヤニヤとした表情を浮かべている。
こんな女の派閥に囲まれてお昼を食べるとか、どんな罰ゲームだというのだ。
向かっている方向からして、外で食べようというつもりなのだろう。
なんとか断る口実を見つけなければ。


美琴「ほ、ほら! 私、お弁当とか持ってきてないし!」

取り巻きC「あら、それはちょうどいいですわ~」

取り巻きD「私たち作り過ぎてしまうようで、いつも余ってしまいますの」


だったら作る量をもっと減らせ、とは言えない。
あまり好いていない相手とはいえ、他人に悪印象をもたれたくないという自制心が働いたからだ。
しかし、どうも風向きが悪い。
どんどん外堀が埋まってきている気がする。
食蜂の顔色は特に変わってはいない。


取り巻きE「私たちの腕では、お口に合わないですものね……」

美琴「そ、そんなことないわよ!」


しまったと思った時にはもう遅い。
みんなが一斉にぱあっと顔を綻ばせる。
今の美琴の回答を、OKと受け取ったのだろう。
視線をひとり顔が笑っていない食蜂に向け、助け舟を求める。


食蜂「ま、たまにはいいかもねえ」


そんな救援要請は、食蜂の黒い笑顔とともに沈められた。


なし崩し的に外に連れ出されると、それぞれが適当な芝生にレジャーシートを広げ、お弁当を広げ始めた。
人数は10人前後ということもあり、そこそこの広さを占領する形になっているが、それを気に留める人もいない。
というのも、美琴もあまり足を踏み入れたことのないような場所で、周りに人気が少なかったからだ。
夏も終わり、ぽつぽつと長袖を着始めた人もでてきたが、今日はポカポカした陽気で、空には雲ひとつない。
そんな絶好の天気とは裏腹に、美琴の気持ちは暗く沈みかけていた。


取り巻きA「さあ、どうぞ。御坂さん」

美琴「あ、ありがと」


てっきり、自分で用意した弁当を自分で食べるのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
後から来た食蜂の派閥メンバーが、どこから持ってきたのか小皿を配り始め、各自が自分のお弁当をそこに分配していく。
それぞれのお弁当箱には料理が1品、おおくても2品程度しか入っていない。
自分のお弁当を他の人とシェアすることが前提の用意の仕方だ。
確かにこの形式であれば、1人2人増えようが大した影響はないかもしれない。
そんなことを考えていると、美琴の前に次々と料理が運ばれてくる。
サンドイッチ、唐揚げ、卵焼きという定番のものから、ローストビーフ、エビチリといった変わり種まであった。
見栄えがあまりよくないものもあったが、そこは手料理ゆえのご愛嬌といったところ。
正直、食べきれるか分からないほどの量が、美琴の前に並べられていた。


取り巻きB「お口に合わないかもしれませんが……」

美琴「いやいや、十分すごいじゃない」


今のは心からの感想だ。
美琴自身、料理はできなくないが、ここまで熱心に作ろうという気にはなれないのだ。
誰かに食べてもらうという張り合いがないせいかもしれない。


食蜂「ぜひ、御坂さんの忌憚のない意見を聞かせて欲しいところだわぁ」


派閥のメンバーだけで食べ合っても、なかなか美味しい以外の感想も出しにくい部分があるのだろう。
部外者の美琴とともに食事をすることで、自分の料理の評価を第三者から聞けるという訳だ。
かいって、美琴が正直に答えられるかといえば、限りなくNOに近いことは間違いない。
どうしようかと思っていると、そこであることに気づいた。
未だ、食蜂の弁当箱だけ開封されていないということに。



美琴「あれ? アンタのはまだ開けてないの?」


他のメンバーと比較して少し大きめの弁当箱は、蓋がされたままになっている。
この赤貧女王は、一体何を作ってきたのだろうか?
実は空箱で、夕飯のために詰めて帰るという展開だけはなんとしても避けて欲しい。


食蜂「フフッ。トリは最後に、って相場が決まってるじゃない」


食蜂が自分の弁当箱に手を伸ばし、蓋を開封するとそこにはツートンカラーの物体が入っていた。
―――“おにぎり”だ。
杞憂は杞憂のまま終わったようだ。
美琴は、ホッと安堵のため息をこぼす。


食蜂「残したら許さないんだゾ☆」


そういいながら、銃の形を作った指で美琴を指す。
男であれば卒倒もののポーズとセリフだが、同性の美琴にはあまり効果がなかったようだ。
というよりも、美琴はそのおにぎりの方に注意を取られていた。
若干の大きさの違いはあるものの、綺麗な形をしている。
そのおにぎりを、食蜂は何人かに配り、美琴もそのうちの1つを受け取る。
そして、包まれていたラップを取り外し、そのまま口に入れた。


美琴(う……。悔しいけど、美味しい)


ふっくらと炊かれたご飯が、強すぎず、弱すぎず握られている。
噛めば噛むほど、お米本来の甘みが口の中を広がっていった。
美味しいけれど素直に言うのも悔しいと考えていたことが表情に出ていたのか、食蜂は美琴の顔を見て、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
ハッとして、美琴は顔を逸らすがあまりにも遅すぎた。
バツの悪い美琴は、もう一口おにぎりにカブリつく。
美味しい。
やはり美味しいのだが、


美琴(……なかなか具が出てこないわね)


食べても食べても、白米しか出てこない。
―――結局、最後まで具がでてくることはなかった。



食蜂「どうしたの、御坂さん? 浮かない顔してぇ」


食蜂は、きょとんとした顔で、美琴に問いかけてくる。
いやらしい含みを持った笑顔でないことを鑑みると、本気でなんのことか分かっていないようだ。


美琴「おにぎりに具が入ってないんだけど……」

食蜂「え? 別に普通じゃない?」


確かに具なしのおにぎりというのも、なくはない。
けれど、普通かと言われたらどうだろう?
ドレッシングのかかっていないサラダのように、あまり一般的ではないように思えるが。
不思議な表情を浮かべていると、派閥のメンバーの1人が美琴に近づいてくる。


取り巻きD(女王は、いつも白米だけのおにぎりですのよ)


そうこっそりと耳打ちをしてくる。
たしかに、食蜂の財政事情を考えると、コスト面での不具合はあるのだろう。
そこまで節約しなくても、と思うのだが、取り巻きの彼女らは毎度のことであまり不思議に思っていないらしい。
食蜂の能力でそう洗脳されている可能性もありえるが、わざわざそんなことまではしていないと信じたい。


美琴「そこまで苦労してんのね……」

食蜂「え?」


心の中でつぶやいたつもりだったのだが、思わず声に出してしまっていた。
しかも、それが食蜂の耳に届いてしまったようだ。
美琴の手には、おにぎりが包まれていたビニールが握られている。
さきほどの言葉が何を意味しているかは明白。
―――だったはずなのだが。


食蜂「んんっ? 一体、何の話かしらあ?」


食蜂から返ってきたのは、本当になんのことか分かっていないといった反応だった。


放課後。
美琴は、再び大きく頭を悩ませていた。
罰ゲームのような昼食は、なんとかやり過ごした。
やり過ごしたのだが、食蜂との1件がどうしても頭から離れない。
状況を考えれば、あの時のセリフがどういう意味なのか理解できないはずがない。
もし、あの反応が演技だったというならば、彼女は舞台役者にでもなったほうがいい。
けれど、ここ数日で観察した限りでは、到底そうとは思えない。


美琴(家計のやりくりできたくらいで、鼻歌がでるくらいだしねぇ……)


そもそも、自分の感情を隠せるような人間ではないはず。
能力的にも、性格的にもそういったことは考え難い。
だからこそ余計に美琴の頭の中に引っかかり、大きく悩みを育てていた。
双子の姉妹、いや、5位の軍用クローンか、と考えもしたが、先日使用していた能力はどう見てもレベル5級のものだった。
そっくりさんという話で通用するレベルではない。
そもそも、書庫のデータにしっかりと記載されていたデータは間違いないのだ。
そう考えると、やはり食蜂がやりくり生活を強いられているのは疑いようのない事実のはず。
ここまでくると、夢でも見ていたと思ったほうがまだ納得できる。
それほどに、学校での食蜂操祈と学校外での食蜂操祈にはギャップがあった。


美琴「はぁ……。って、もうこんな時間か」


ふと気づくと、クラスからは誰もいなくなっており、オレンジ色に染まった空も暗くなりつつあった。
少し長い時間考え事をしてしまっていたようだ。
これ以上考えても、埒があかないと勢いよく席を立つ。
すると、視界が変わったことで、窓の外に校門の方へと歩いていく食蜂が目に入った。
彼女の派閥のメンバーとともに、楽しくおしゃべりをしている。


美琴「ははっ……。結局、今日もこうなるわけね」


やることはひとつだ。
美琴は昇降口に向かって走り出す。
あまり成果は得られないだろうけど、とだけつぶやいて。


上履きから靴に履き替えると、美琴はある場所へ向かって一直線に走る。
食蜂がほぼ間違いなく能力を使うだろう場所は2つある。
1つは、外部へと繋がるゲート前。
これは昨日の段階で能力の使用を確認している。
彼女自身が外部に出ていくのを、他の人たちに不思議に思わせないための措置だ。
そして、美琴が向かっているのは、もう1つのポイント。
ゲート方面と学生寮方面へと分かれる交差点だ。


美琴(よし。まだ来てないわね)


食蜂がまだ来ていないことを確認すると、見通しの良い場所に設置されている監視カメラに、美琴のPDAを接続する。
監視カメラの画像を、直接PDAに送信するためだ。
昨日は2回も食蜂の能力圏内に入ってしまい、痛い思いをしている。
今日はその反省を活かそうという訳だ。
音声通信がないのは痛いが、見つかってしまうともっと痛いことになる。
いくつか操作を行い、ケーブルを外しても問題なく画像が受信できていることを確認すると、美琴は少し遠のいた場所へと着地した。
食蜂は、それから数分もしないうちに現れた。
学校から直接こちらに向かっているにしては、かなりゆっくりとしたスピードだ。
取り巻きとの会話が盛り上がっているせいかもしれない。
監視カメラは、その様子を正面から捉えている。


美琴(今のところ、能力を使った形跡はないわね)


一挙手一投足を見逃すまいと、画面を食い入るように見つめる。
変化があったのは、その交差点に差し掛かったときだった。
画面で見ていた食蜂の体がピクンと揺れたように見えた。
そして、そのまま目をつぶり、手袋をした右手を額にあてる。
ブツブツと何かつぶやいているようだが、音声なしのため聞き取ることはできなかった。
何を言ったのか気にはなったが、食蜂が目を開けた瞬間、強烈な違和感がそんな思いを吹き飛ばしていた。


美琴「……あ、あれ?」


思わず自分の目をこすってみるが、やはり映像に変化はない。
今まであったはずのものが、一瞬で喪失してしまった。


―――食蜂操祈のチャームポイントである目のキラキラが消えた。


それが、一昨日から感じていた違和感の正体だったのだ。


そこから先の食蜂の動きは、想定通りだった。
心配する取り巻きに対し、リモコンで能力を発動させ、学生寮へと帰宅させると、食蜂はゲートへ向かって歩き出した。
そして、そのままアパートへと向かって一直線に向かっていった。
その食蜂の後を、美琴はぼーっとした頭で追いかけていく。
あの目は生まれつきそうだったという話を聞いたはずなのだが、現在その身体的特徴は失われている。
食蜂に近づきすぎていたのだが、そんなことにも気づいていない。
そんな混乱する美琴に全く気づいていない食蜂が、ひとり言をつぶやく。


食蜂「まずいわねぇ……。御坂さんに何か感づかれてるかも」

美琴(……え?)


お昼を一緒に食べたときは、そんな素振りはまったくなかった。
が、今のセリフを聞くとあれは演技だったのかという疑問が頭に浮かぶ。
顔色をひとつも変えずに、あそこまでシラを切ったというのか?
けれど、真実は違った。




食蜂「自分に能力かけてなかったら、ボロがでてたかもしれないわねぇ」




美琴「な……」


思わず絶句してしまう。
まさかと思う反面、なるほどと納得する部分もある。
自分自身に能力をかけて、節制生活をしているという記憶自体を封印。
そして、おそらく記憶が封印されている間は、無駄使いを避けるように暗示してあるはずだ。
でないと、学舎の園の中にいる限り、いくらお金があっても足りなくなってしまう。
そして、最終的にさきほどの交差路のところに来ると、自動的に能力解除という設定にしているのだろう。
そうすることで、学校生活において事実が露見する可能性を排除しているに違いない。
―――そんな風に考え込んでいたから、バックに手を突っ込んでいた食蜂から気が逸れてしまっていた。


食蜂「一応、用心力は高めておかないとネ☆」

美琴「痛ったぁ―――!!」

食蜂「…………え?」


完全に不意打ちだった。
考え事をしている最中に、頭に強い衝撃がかかる。
つい、声がでてしまったのは仕方ない。
けれど、まずかったのは、あまりにも食蜂に近づきすぎていたという点だった。
美琴と食蜂の視線がバッチリ合う。


食蜂「な、なななななななな」


よく見ると、すでに食蜂のアパートの目の前まで来ていたようだ。
美琴がアパートに目を向けた後、食蜂に視線を戻すと、彼女は思いっきり狼狽していた。
食蜂も、美琴にならい、一旦背後にあるアパートに目を向け、美琴の方に視線を戻す。
戻ったときの食蜂は、顔を真っ赤にしたり、真っ青にしたり、口をパクパクとしたりしていた。
視線を一度アパートに向けたのは良くなかった。
あれでは、全部知ってますと言っているようなものだ。
どう言い訳しようかと悩んだ美琴は、







美琴「ぐ、偶然ね!」







食蜂「そんな訳ないでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」







あまりにも白々しい言い訳をかき消すかのように、甲高い食蜂の声が美琴の頭を貫いた。



食蜂「……どこまで知ってるのよぉ?」


半泣き状態になってしまった食蜂をなだめていると、急にそんな言葉をかけられた。
鼻声になって、スンスンと鼻をすすっている音もたまに聞こえる。
いたたまれなくなった美琴は、ここ2日間のことを食蜂に伝えた。
スーパーで見かけたこと、商店街でレシピを集めていたことなどなど。
あくまで、主観は交えずに、客観的な事実だけを述べていく。
全てを伝え終えると、食蜂はペタリと地面に座りこんでしまった。
スカートが汚れるのが気にならないほど、ショックを受けているのだろう。


美琴「ど、ドンマイ!」

食蜂「……ハハハハ」


なんとか励ましてみるも、彼女からは乾いた笑い声しか聞こえてこない。
どうしたものかと美琴が悩んでいると、いつも間にか食蜂に変化が現れていた。
ハハハという乾いた笑いが、フフフという含みを帯びた笑いに。
はっきり言って、気味が悪い。


美琴「だいじょうぶ?」


おかしくなってしまったのかと思い、ゆっくりと手を伸ばす。
だが、その手が届くよりも先に食蜂が動いた。
バックに手を伸ばし、リモコンのボタンを押す。


美琴「あ痛ッ!!?」


バチンという音とともに頭が弾かれるが、一度で終わりではなかった。
ポチポチポチと食蜂がボタンを押すたびに、美琴の頭からはバチンバチンと紫電が飛ぶ。
クラクラとする頭を押さえながら、美琴は衝撃に耐える。
そんな様子を見て、食蜂は暗い笑みを浮かべる。


食蜂「フフフフフフフフッ。あなたが全部忘れれば、問題解決よねぇ?」


その言葉を聞いた瞬間、美琴の背中を冷たいものが走った。


据わった目をしている食蜂に対し、一歩後ずさる。


美琴「ほ、ほら。ちょっと落ち着いて―――」

食蜂「そんなに怖がらなくてもいいのよ、御坂さぁん」


甘ったるい声を出して、ジリジリと美琴に近寄ってくる。
1体1であれば負けるはずがないのだが、それ以上の何かを今の彼女からは感じる。
このまま、食蜂とバトルになってしまうのは避けろと本能が叫んでいる。


美琴「用事思い出したから帰るわね!」

食蜂「まあ、待って。逃げ出したりしたら、許さないんだゾ☆」


振り向いたところを、被せ気味に止められた。
美琴の背中に走る冷たいものが、次々と数を増していく。
あまりにも嫌な予感しかしない。
そんな張り詰めた空気に我慢しきれなくなった美琴は、ついに走り出した。


美琴「それじゃ、また明日ッ!!」






食蜂「待ちなさいっているでしょうが止まれやこらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」






美琴「待てと言われて待つやつがいるか!」


捨てゼリフとともに逃走を図る御坂美琴とそれをすごい形相で追いかける食蜂操祈。
アパート周辺には、2人の少女の叫び声が響いた。


みさきちの目は、本当に洗脳の印(チャームポイント)だったというオチ。なお、美琴は余裕でみさきちをブッちぎった模様。

こんな感じで序章終了です。残った伏線は次回以降に持ち越しということで。

ちなみに、次回からは、がらっと方向性が変わりますのでどうぞよろしく。

具体的に言うと、美琴が出てこなくなり、みさきち目線で話を展開させる予定です。

次の更新までもうちょっと時間かかりそうなので、過去作品を宣伝。


1作目★
神裂「と、問おう。あなたが私のマスターか?」上条「」
http://kinnsyo.seesaa.net/article/186423906.html
2作目★★★
佐天「レベル5シミュレーター?」
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=244313
3作目★★
姫神「彼氏ゲット」 絹旗「超大作戦!!」
http://kogetsuitauso.blog79.fc2.com/blog-entry-33.html
4作目★★★
上条「もっと落ち着いた年上の人が好みなんだ」 美琴「」
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=243931
5作目★★
麦野「浜面の浮気性をチェック!」 絹旗・フレンダ「おー!」
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=244603
6作目★★★★★
番外個体「責任とってよね」 一方「」
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=245314
7作目★★★
上条「救われぬ者に救いの手を」
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=247292
8作目★★★★
佐天「ベクトルを操る能力?」
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=297686

★の数は自己評価ですので、参考程度に。


続きを更新


第7学区のとあるアパート。
その6畳間の部屋にピピピピという電子音がこだまする。
時刻は午前6時。
まだ日が昇り始めたばかりの時間に、食蜂操祈の一日は始まる。


食蜂「……んぁ」


半分眠ったままの頭を回転させ、枕元に置いてある目覚まし時計を止めようと手を伸ばす。
が、腕を宙をパタパタとするばかりで、一向に電子音の止まる気配は無い。
幾度か空振りをした後に、ようやく目覚まし時計にヒットした。
体を起こし、口元に手を当て小さくあくびをすると、腕を上へ向け、大きく伸びをする。


食蜂「んんーっ」


ゆっくりと体をほぐしていると、徐々に頭の働きも活性化してくる。
これからすべきことを、順番に頭の中に思い浮かべていく。
まずは布団を片付け、着替えからだ。
畳の上に敷かれた布団を三つ折にして押し入れにしまうと、綺麗にたたまれた常盤台中学の制服を取り出す。
自作のパジャマを脱ぎ、Yシャツに袖を通す。
すると、時間を見計らったかのように、隣の台所からピーと炊飯ジャーの電子音が聞こえてくる。
朝の時間を有効活用するために、夜のうちから予約するようにしているのだ。
スカートを手早く履き、朝食の準備をするために台所へと移動。
冷蔵庫の中身をさっと確認すると、卵を1つ取り出すと、手馴れた動きでフライパンを用意して油を広げた。
そこにさきほどの卵を落とし、水を少々入れ、蓋をする。


食蜂「次は、っとぉ」


出来上がりを待つまでの間に、洗濯物をまとめ、外の廊下に設置されている洗濯機に放り込んでスイッチを入れる。
これで食事が終わる頃に洗濯も完了しているはずだ。
台所に戻り蓋を開けると、ちょうど良さそうな半熟具合の目玉焼きが出来上がっていた。
それを鼻歌交じりにお皿に盛り付けると、小さなお茶碗にご飯をよそう。
ほとんど減っていない炊飯器の蓋を閉めると、冷蔵庫の牛乳をコップに注ぎ、ちゃぶ台に朝食を運ぶ。
腰を下ろし、一緒に持ってきた塩を目玉焼きの上に振りかけると、


食蜂「いただきまぁす」


と律儀にあいさつをして食事を開始した。


食事を終えると、食器類を流しに運ぶ。
時計を確認すると、洗濯が終わるまでにはもう少し時間がありそうだ。
お茶碗を軽く洗うと、再び炊飯器からご飯をよそる。
そして、両手に塩をつけ、おにぎりを握り始めた。


食蜂「慣れるまでは、お米を潰さないようにする加減力が難しいのよねぇ」


ぎゅっぎゅっと絶妙な力加減で握ること、わずか3分。
そこには10個ほどのおにぎりが並べられていた。
朝ごはんとおにぎり合わせて5合ほどのお米であることを考えれば、女の子にとっては普通サイズと言えるだろう。
食器を片付け、おにぎりをラップに包んでいると、洗濯が完了する時間になっていた。
手早く洗濯機から衣類を回収し、室内に次々と洗濯ものを干していく。


食蜂「晴れてるからって外には干しづらいわよねえ。年頃の女のコとしては」


クセになっているのか、ブツブツとひとり言をいいながら家事を済ませていく。
そうしておおよその家事を終えると、今度は身支度を始める。
サッと歯を磨いて顔を洗うと、ちゃぶ台の上に鏡をおいてブラシで髪を整える。
朝の日課の中では、ここの時間が一番長いだろう。
10分ほど掛けて丁寧に髪を整えると、レース入りの手袋とハイソックスを着用し、首元にリボンを結ぶ。


食蜂「これでオッケーかしら?」


ブレザーを羽織って軽く身の回りをチェックする。
鏡に映っている自分はいつも通り。
問題は見当たらなさそうだ。
ほどほどに冷めたおにぎりをお弁当箱に詰めると、時計は7時30分を指していた。
そろそろ家を出る頃合だ。
リモコンの入ったバックにお弁当箱を入れ、


食蜂「いってきまぁす」


とボロアパートをあとにし、学校へと向かった。


学校へと向かう道中。
食蜂操祈は非常にブルーな気持ちを抱えていた。
というのも、あまり思い出したくもないことを思い出したからだ。


食蜂「はぁ……」


本当に昨日のことはあまり思い出したくない。
ちょっとしたミスであれば、周りの記憶ごと操作してなかったことにもできる。
だが、そんな記憶の操作が通用しない相手が、学園都市内部には数人だけ存在する。
もっとも、そのような特殊人物は普段めったに遭遇しないため、ある1人の人物にだけ気をつければ問題ないはずだったのだ。
しかし、よりにもよって、その最も気をつけなければならないはずの人物。
レベル5の第3位御坂美琴に自分の秘密を知られてしまったのだ。


食蜂「どうしたらいいのかしらぁ……」


御坂との関係性で言えば、お互いにあまり好いているとは言えない。
むしろ、険悪といった方がいいのかもしれない。
けれど、内容が内容だけに、もし言いふらされたとしても、信じられるものでもないし、食蜂の改竄力があれば問題はない。
そういった意味での心配はあまりしていない。
根幹の問題は、自分の能力の通用しない相手に自分の秘密を握られているということなのだ。
これは精神上もあまりよろしくない。
かといって、力づくでどうこうしようというのは無理だ。
自分の力では3秒もしないうちに返り討ちにあってしまう。
昨日の追いかけっこにしても、100mもしないうちに御坂の姿が見えなくなってしまったのだ。


食蜂「洗脳力を駆使して力づくって手段もあるけどお」


さすがに相手もレベル5。
レベル4の能力者を複数人けしかけても、あまり好ましい結果が出るとは思えない。
八方塞がりな状態だ。


食蜂「はぁ……」


2度目の深いため息をつくと、学舎の園へと入るゲートが見えてくる。
いつもであればこの辺りで自分に能力を使うのだが、御坂にバレてしまった今となっては、特に記憶を操作してしまうメリットが思いあたらなかった。


憂鬱な気持ちのまま校門をくぐると、前方に派閥のメンバーが歩っているのが見える。
こちらに気づいている様子はなく、ワイワイと何かを話しているようだ。
暗い気分を飛ばしたかった彼女は、悠然とその輪の中へ入っていく。


食蜂「ごきげんよう、みなさん」

取り巻きA「おはようございます、女王」

食蜂「何の話をしてたのかしらあ?」

取り巻きB「あ、えっと……」


モゴモゴを尻つぼみに言葉が小さくなってしまい、最後まで聞き取れない。
他のメンバーに視線を向けるも、気まずそうな顔をすると、サッと顔を逸らしてしまう。
思わず眉がつり上がってしまう。
自分に話しづらい話だということを察すると迷わずバックに手を差し入れた。
そして、同じ質問を再度投げかける。


食蜂「それで、何の話をしてたのかしらあ?」

取り巻きC「はい。今朝、通学中に犬に吠えられていたところを、殿方に助けていただきまして」

取り巻きD「彼女があまりに嬉々として話されるので、深く話を聞いていたところですわ」

食蜂「ふぅん?」


実にありきたりな話だ。
異性の話は、この女子ばかりの学舎の園の中でも珍しくない。
といっても、外の学生寮から通っている生徒が、この箱庭で育っているお嬢様に話すという流れが主流だ。
男性への免疫のないお嬢様たちは、その程度の接触で色めきだてるのだろう。
昨日からブルーになりっぱなしな食蜂にとっては、羨ましいところだ。
そんな心中をまったく表面上に出さず、ふと笑みを作る。


食蜂「ふふっ。また、その方に会えるといいわねぇ」

取り巻きC「は、はい!」


食蜂は洗脳状態を解除したものの、その手には未だリモコンが握られていた。


そんな一連の流れを、集団の外から見ているものがいた。


御坂「アンタは一体何やってんのよ」


食蜂の横から声をかけてきたのは、常盤台に通うもうひとりのレベル5御坂美琴。
昨日の1件以来、もっとも顔を合わせたくない相手NO.1だ。
突然声をかけられたにも関わらず、驚くそぶりも出さずにバックから右手を引き抜くと、銃口を向けるようにリモコンを御坂につきつける。
あまりの流れのスムーズさに、声をかけた御坂の方が驚かされたくらいだ。
食蜂は、敵意溢れる視線を御坂に向ける。


御坂「ちょちょ、ちょっと待ったぁ!!」

食蜂「御坂さん奇遇ねえ。3日連続で朝から合うなんて」

御坂「できれば、そのリモコンを降ろして欲しいんだけど」


降ろしたところで射程は対して変わりはしないが、気持ちの問題。
少しの時間、シンとした時間が流れ、緊張の糸が張り詰めていく。
先に根を上げたのは御坂の方だった。
ヤレヤレといった具合に、両手を軽く上げる。


御坂「心配しなくても、昨日のことは誰にも言いふらしたりしないわよ」


御坂に声をかけられた瞬間から、食蜂の派閥のメンバーは操作下においている。
無論それだけでなく、少なくとも声が届く範囲の生徒は意識がない状態となっていた。
それを見越しての御坂の発言だ。
対する食蜂は、警戒の態勢を崩さない。


食蜂「そんな言葉、この私が信じるとでもお?」


一生破られない約束はない。
どこにだって例外は存在する。
人の心の中が読み取れる食蜂にとって、それは絶対の真実だった。
仲のいいクラスメイト、ラブラブなカップル、聖職者と呼ばれる教師ですらそうだったのだ。
こんな虫の好かない女が、約束を守ることなど信じられるはずがなかった。


―――けれど、御坂の言葉は予想していないものだった。




御坂「それなら、私と取引しない?」




食蜂「取引?」


怪訝な顔を隠さずに御坂に向ける。
取引とは対等な条件を提示できなければ、決して成立しない。
食蜂が提供でき、御坂にメリットのある条件などあるのだろうか?
それも、食蜂が納得でき、取引内容を信頼できるような内容でなければ成立しないことは、御坂も重々承知だろう。
鼻で笑うような仕草をすると、リモコンをそのままに御坂に質問を投げかける。


食蜂「それで? 私を召使いにでもするつもりい?」

御坂「そんなことには興味ないわよ」

食蜂「それなら―――」

御坂「何もしなくていい」


御坂に言葉を被せられる。
一瞬、食蜂は何を言われたかのかがわからなかった。
それもそうだろう。
“何もしなくていい”なんて取引でもなんでもないような内容だ。
自分をおちょくっているとしか思えない発言だ。
眉毛を釣り上げ、左手で髪をかきあげると、御坂にもより敵意が増したことが伝わったようだった。


御坂「“しなくていい”じゃなくて、“するな”って言葉のが正確かな?」

食蜂「余計なことをするな、って?」

御坂「そ。私とその周囲の人たちに能力を使ったり、余計な邪魔を入れたりするな、ってこと」


御坂は以前のことを槍玉に挙げているのだろう。
思い返すだけでも、いくつか心当たりがある。
図書館の件だったり、大覇星祭の件だったり、他にも色々と。
ともかく、そういったことを今後させないように、予防線を張っておこうという狙いなのだろう。
それならば、取引ないようにも納得はできるし、お互いにメリットはある。


食蜂「内容はそれだけ?」

御坂「そ。悪くない話だと思うけど」

食蜂「…………」


確かに悪くはない。
だが、この取引で御坂が得られるメリットは何だろうか。
表面的には、食蜂の能力から仲間を守れるというものが挙げられる。
そして、裏の意味では、これ以上食蜂に目をつけられずに済むというメリットがある。
昨日今日は会っただけで敵意むき出しの視線を浴びせられたのだ。
今のところ、食蜂本人だけで済んでいるが、能力を使って多人数で攻められては面倒なことになるのは間違いない。
では、自分にとってのデメリットは?
それこそ微々たるものだ。
からかいついでに御坂の友人に手を出してはいたものの、それを止めたところでなんのデメリットもない。
御坂が派閥を作ろうとでもいうのであれば、確かに厄介なことになる可能性はある。
けれど、その可能性は低い。
御坂の周囲に手を出さなければいいのであって、それ以外の人間に事前に仕込みをしておけばいいだけの話だ。
それに、現在の常盤台中学の中での趨勢は、ほぼ決まっているようなもの。
この状況から、御坂が巻き返しを図るのは不可能だ。


御坂「で、返事は?」

食蜂「……御坂さんの交渉力も侮れないわねえ。断るメリットもなさそうだしい」


更に一瞬だけ考えるフリをすると、応諾の返事を返す。
表面上に笑みを作ると、リモコンをバックの中にしまう。
御坂はあからさまにホッとした表情を浮かべていた。
そう、この取引を断るメリットはなにもない。
―――取引違反をしたところで、記憶を消す手間が増えるだけなのだから。


そんなやり取りがあったのが今朝の話。
それ以外に学校で特筆するような出来事は起こらなかった。
記憶をそのままに授業を受けるということに違和感があったがその程度だ。


食蜂「御坂さんの監視力は強化してるし、問題はもうないかしらあ?」


最後の授業が終わると、派閥メンバーの1人を御坂の監視役として張り付けさせた。
御坂との取引は、あくまで彼女の周囲に横槍を入れなければいいという内容だったはずだ。
だから、自分の手駒を操って監視する分には何も問題はない。
また、気づかれないうちにマークされているという事態だけは避けたい。
それに加えて、彼女が不審な動きをした際にすぐに対応できる状況にしておきたかった。
監視役からの報告は、目をつぶるだけで事足りる。
テレパスの応用で、監視役の視覚を自分につなげるように能力を使用しているのだ。
完全支配状態にするのも1つの手ではあるのだが、問題が1つある。
それは、距離の問題。
完全支配状態におくことは容易いが、距離の離れた相手をその状態でキープし続けることは難しい。
距離に比例して、能力を使い続けられる時間は短くなっていく。
学舎の園の外を根としている食蜂にとっては、あまりにも痛手だ。
その点、一定の距離を確保して自動追尾する暗示と、短時間で済む視覚拡張ならば、色々な面で都合が良い。


食蜂「保険に高いお金をかけるのも馬鹿らしいしねえ」


そんなセリフをつぶやくも、食蜂の顔は笑っていない。
なぜ、こんな余分な手間を取られなくてはならないのかと心中は穏やかではなかった。
それもこれもあの電磁バリアがなければ、と思考を巡らせるが、全ては意味のない妄想。
大きなため息をつくと、とぼとぼと足を動かし始めた。
食蜂はとあるスーパーへと向かっていた。
目的は、夕食の材料と洗剤を購入するため。
というのも、今日限定で特売をやるという情報を聞きつけたのだ。
店の見える位置までくると、同じような情報を得た学生で店が賑わっているのが見える。
あまりの盛況っぷりに狭そうな店舗の外にまではじき出されている学生までいた。
……というか、その学生には見覚えがあるような気がする。


上条「畜生! 買い物できるってレベルじゃねえぞ!」


御坂美琴と同じく、食蜂の能力が効かない稀有な人間の1人。
上条当麻がその戦場からはじき出されていた。


というわけで本編が開始しました。登場しないとか言ってた美琴が登場した上に、若干展開が早いのは気にしない方向で。

ちょっと迷いましたが、最初に考えていた上食の流れで進めてみたいと思います。

なお、上条さんと食蜂が以前に接触していたような描写が新訳7巻にありましたが、あれは無視してみます。

後々齟齬が発生するかもしれませんが、そこはご愛嬌ということで。

そんなふわっとした感じで今後とも続けていきますのでぜひともよろしくお願いします。


続きを更新



食蜂「―――っ!」


決断は一瞬。
ピタリと店に向かっていた足を止め、来た道を引き返す。
目の前に特価セール中の宝の山がある。
人だかりはあるものの、自分の能力を使えばそれは無いに等しい。
―――だが、あの少年にだけは能力は効かない。
レベル5である食蜂操祈が、そんな低価格商品しか置いていない店に訪れる理由が説明できない。
彼にとってみれば、食蜂は常盤台中学に通うお嬢様。
それこそ、御坂美琴クラスの羽振りの良さがあるものと思っていることだろう。
上条の手に唯一握られている1パック10円のモヤシなど、縁のない存在と思われているに違いない。
けれど、そんなのはデタラメも甚だしい。
実際には、食費に1円単位の計算をし、できるだけ節電・節水を心がけている貧乏学生なのだ。


食蜂(あーもぉ、計画が狂ったっ! ここから挽回するには―――)


大覇星祭のときに少し顔を合わせただけだから、顔を覚えていない可能性もありえる。
ほんのひとことふたこと言葉を交わしただけであったし。
御坂をからかう意味で、多少インパクトに残ることはしたが顔までは覚えていまい。
それが食蜂の見立てだった。
もっとも、それでも危険は犯せない。
昨日の御坂との1件で学習したのだ。
能力の効かない相手に、自分の秘密が知られることがどんなに面倒なのかを。
それを理解していたからこそ、足早にその場を立ち去ろうとした。
ちょうどその時、


上条「あれ?」


という上条の声に思わずビクリと反応してしまう。
距離はそこそこあるし、向こうからはこちらの背中しか見えていないはずだ。
自分のことではないかもしれない。
そんな楽観的な考えも一瞬浮かんだ。


上条「たしか、食蜂……だっけ?」


しかし、そんな甘い考えは一蹴されてしまった。
どうやら幸運の女神は、食蜂に味方してくれなかったらしい。



食蜂「ん?」


誰か呼びましたかー、という雰囲気を出しつつ、上条のいる方向へと視線を向ける。
今の今まで上条の存在に気づいていなかった体を取る作戦だ。
それにしても、厄介なことになってしまった。
記憶操作の効かない上条に対し、対応を失敗するわけにはいかない。
当の上条といえば、“やっぱりか”などと言いながら接近してくる。
後ろ姿だけで確信がなかったのならば、他人のふりをして逃げ出してしまえば良かったと思うも後の祭り。


上条「よお、久しぶりだな」

食蜂「すみません。どちらさまでしたっけえ?」

上条「覚えられてないのかー……」


うっすらと涙を浮かべながら遠くを見ている上条を前に、思考をフル回転させる。
ともかく、今は時間を稼ぐことに専念する。
そして、その間にレベル5の頭脳でこの窮地を脱出するための言い訳を考えなければならない。
走って逃げ出しても絶対に逃げきれないし。


上条「ほ、ほら! 大覇星祭で」

食蜂「ああ、ナンパしてきた人?」

上条「違う!」


ブンブンと首を横に振る上条。
オーバーリアクションのような気がしないでもないが、これが素なのだろう。
言い訳としては、無難に用事があるので、といって立ち去るのがベターだろうか?


上条「御坂と一緒にいたんだけど、覚えてない?」


ハハハと乾いた笑いをこぼしながら、頭をかいている。
そろそろ許してあげてもいいかな、と思うくらいにはかわいそうな姿だった。
というか、その手に持っているもやしの会計は済ませてあるのだろうか?
ついそんなことが気になってしまうくらいには、余裕を取り戻していた。



食蜂「なぁーんちゃって☆ 本当は覚えてますよお」

上条「え?」


うつむきかけていた上条が顔を上げるのと合わせて、ウィンクを飛ばす。
もちろん、笑顔を作ることも忘れない。
これで疎遠な態度をとっていた自分に対して悪い印象は与えまい。
やっと、からかわれていたことがわかったのか、上条はホッとした表情をみせる。
からかわれていたことに、ムッとするよりもホッとするあたり人がよすぎるんじゃないかと食蜂は思った。


食蜂「そこまで記憶力は悪くないんだゾ☆」

上条「よ、良かった。上条さんすごく落ち込むところでしたよ」

食蜂「そのツンツン頭はそうそう忘れられないわあ」

上条「さいですか……」


ウニみたいで、という一言は言わずに置いておく。
これ以上落ち込まれても面倒なだけ。
できれば、彼がここから立ち去って、セールの品をゲットできるのが最高の結果なのだが、そうもうまくいかないだろう。
なにせ彼もそのタイムセールの品が目的なのだから。
かといって、ここで見つかってしまった以上、理由もなく立ち去ることには利点が薄い。
ならば、次善の策にうまく誘導する方針に変更するだけだ。


上条「それで、食蜂はなんでこんなところに?」


いいタイミングで話を振ってくれたと、心の中でニヤリと笑う。
実際には狙って誘導していたわけだが。
もっとも、ここで話の方向性を決められれば、うまく転がってくれるはず。


上条「この辺りに用事でもあるのか? 特に何の施設もないと思うんだけど?」

食蜂「強いて言うなら、“買い物”かしらあ?」

上条「……買い物?」


目的地は、上条に怪しまれずにセールの品をゲットすることだ。


上条は訝しむ表情を浮かべているが、それも計算の内。
彼が不思議に思っている理由も、十分すぎるほどにわかっている。


上条「このあたりには庶民スーパーしかないんですが?」


という原因からくるものだ。
姿を発見された時点で、このような話が出てくるのは不可避だと悟った。
だから、それをうまく利用する方向へと梶を切り直したのだ。
しかし、庶民スーパーとは随分マイルドな表現だと食蜂は思う。
ここの周囲にあるスーパーは、貧乏学生向けの激安店しかない。
“体育会系のために!!”という直球な店を始め、価格破壊されているとしか言い様のない店が辺りに密集している。
より正確に表現するならば、貧民スーパーというのが的確だ。


食蜂「へえ……」


もしかしたら、この辺りのことは上条よりも詳しいかもしれない。
中学1年の夏頃に、この辺りを発掘し、利用し続けているのだ。
週3くらいで通っている自分も、上条の姿を見かけたことはなかった。
ということは、今までがたまたま時間がずれていただけか、新参者かという2択になる訳だ。
けれど、さきほどの店からはじき出されていた様子を見ると、ニュービーとしかいいようがない。
慣れている者であれば、かき分けてでも割って入っていくはずなのだ。
それに、知り合いを見つけたからといって、店を離れる点も減点だ。
以上の状況証拠から、彼は最近この付近の店を知ったと考えるのが妥当だろう。


食蜂(ナルホドナルホド)


が、そこに気づいてなお、表情にはまったく出さない。
能力を使わずとも、この程度の感情制御は容易い。
相手から話を促すように少し間を開けると、想像通りの質問が飛んでくる。


上条「ちなみに、何を買いに?」

食蜂「夕食の材料?」

上条「なぜ疑問形……。というか、常盤台のお嬢サマが口にできるような食材はこのあたりにないぞ?」

食蜂「それが、授業の一環で自炊のレポートを提出しなくちゃならないのよねえ。予算500円で」

上条「500円!?」


当然、そんなレポートなど存在しない。
夕飯の材料を買いに来たという部分以外は全てウソだ。
作る気になれば、1食100円を下回ることもできるが、それではリアリティが失われてしまう。
さすがの常盤台中学も、そこまで酷な課題は出さない。
だが、500円という金額ならば、ありえない話ではないだろう。
庶民の感覚を知るためにという名目で、実際に取り上げられかねない。


上条「常盤台のお嬢様に可能な課題なのか?」

食蜂「ま、無理でしょうね。例年だと満足なレポートが提出できるのは、10%にも満たないって話よお」

上条「合格率数パーセントかよ。難解な数式の問題よりもよっぽど簡単だろうに」

食蜂「それこそ、生活環境の差でしょうねえ」

上条「これが格差社会ってやつですか……」


食蜂も金銭的な事情を考えれば下流に位置付けされる。
今日一日、能力で記憶を封印せずに過ごしただけでも、その金銭感覚の違いにドキッとしたものだ。
正直なところ、節制の制限をかけていなければ、数日で貯金残高もゼロに近しい数字になっていただろう。
豪華な食事、立派な施設、充実した教育、洗練された街並み。
そのどれもが学舎の園の内部には揃っている。
お金は、あるところにはあるということらしい。
もっとも、だからといって食蜂が難解な問題が解けないかといわれればそんなことはないのだが。


食蜂「どうがんばっても1万円切れないから、調査力を駆使してここに来たってわけ」


胸を張って、そう言い切る。
ウソをついているとは微塵も思われていまい。
けれど、問題はこの先の展開。
ベストな流れは、このまま別れ単独で買い物をすること。
悪い展開だと、


上条「そういうことなら、上条さんがアドバイスしますことよ? 500円あれば2人前はいけるからな」


とドヤ顔で語る上条の相手をしなければならない流れ。
想定はしていたものの、もしかしたら余計にお金を使うハメになるかもしれない。


ついていかざるを得ない状況に陥った訳だが、よく考えると自分で招いたことなので誰に当たることもできない。
仮面のように顔に貼り付けた笑顔で、無難に上条と会話を進める。


上条「にしても、そこまで難易度高いなら、無理してやらなくてもいいんじゃないのか?」

食蜂「とはいってもねえ」

上条「ああ、常盤台はそのへん厳格そうだしなぁ」

食蜂「ほかの子にできて、私ができないって屈辱的じゃなぁい?」

上条「…………ソウデスネ」


今のところ、特に不審がられている様子はない。
ミスのできない一発勝負としては、上々の立ち回りを演じられている。
このままミスをせずに彼と別れられれば、修羅場は乗り切れる。
少しだけ立ち話をすると、さきほど上条がはじき出されたスーパーの前まで戻ってくる。
けれど、相変わらず人だかりはすごいままだ。


上条「買い物するのはいいけど、これにチャレンジするガッツある?」

食蜂「ガッツはどうかわからないけど、力ならあるわよお」


無造作にバックに手を入れると、能力を発動する媒体であるリモコンを取り出す。
そしてボタンを押すと、人ごみの中に一筋の通路が出来上がった。
上条はその様子をポカンと見つめている。


上条「すげえ便利な能力だな」

食蜂「能力の無駄遣いな気もするけどねえ」


無駄遣いどころか、普段は惜しげも無く連発している。
実際、それで格安の商品が手に入っているのだから、有益な能力の使い方だ。
ちなみに、店内の客を操るのと同時に上条に対しても能力行使してみたのだが、この様子だと効果はなさそうだ。
手っ取り早い方法では解決できないとわかっただけでも、一歩前進。
大きなため息を吐き出すと、嬉々として店に入っていく上条に続いた。



上条「献立は?」

食蜂「最低限、前菜、メイン、デザートは欲しいところねえ」

上条「何も決まってないのかよ」


うーんと頭をひねる上条に、少しだけ興味を引かれる。
この少年はどんなメニューを提示してくるのだろうか、と。
何事も無ければ、今日特売の大根を使ったフルコース料理が食卓に並ぶ予定だった。
大根の浅漬けから始まり、豚肉・大根・ニンジンの煮物、味噌汁、そしてデザートは大根と豆腐で作るみたらし団子という具合だ。
1食300円程度という価格は、食蜂のお財布にも優しい内容となっている。
男の彼の考える500円以内の食事とは、一体どういったものとなるのか想像もできない。
事前の調査によると、目玉である大根を筆頭に、玉ねぎ、ニンジン、キャベツあたりがお買い得商品だったはず。
混雑する店の中、不自然に空いた空間で考えをまとめていた上条は、何かを思いついたのか顔を上げてニヤリと笑みを作る。


上条「この店の食材で考えるなら、焼きそばだな」

食蜂「やきそば?」


確かに、大根を除くお買い得商品のラインナップ的には焼きそばはアリかもしれない。
豚肉を少々付け加えれば、栄養価の面でも問題なさそう。
米をメインに考えている食蜂とは、少し違った方向からの提案だった。


食蜂「悪くないけど、メイン一品だけというのもねえ」

上条「麺を少し変化させるだけで、量も味も簡単に変わるんだぞ。それに手間も少ない」

食蜂「ふぅん?」


軽く計算しても、充分500円以内には収まりそうだ。
手間の多い少ないで料理を考えたことはあまりなかったのだが、そういう考え方もあるらしい。
上条は、もう決まったと思っているのか、回答する前に次々と食材をカゴの中へと投下していく。
見た目や新鮮さなどの良し悪しを考慮せず、純粋に大きさだけで食材を選択しているのは一貫していた。
あまり味の方は気にしないタイプなのかもしれない。
そんなところは、少し男の子っぽい考え方だなと思った。


食材を買い終え、会計へと進む。
お会計は433円と、なんとか許容範囲内で済んだ。
端数で大根を買いたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢する。
レジ袋に食材を詰め込むと、悠々と店の外に出て能力を解除した。
店の中で苛烈な争いが再開され、店に喧騒が戻る。
少し遅れてきた上条が隣に立つと、にっこりと笑顔を作り、彼に対し向き直る。


食蜂「今日は助かったわあ」

上条「こっちも、こんなにスムーズに買い物できたのは始めてだよ」


ガサリと彼の掲げる袋には、食蜂の下げる袋よりもずいぶん重みがありそうだ。
成長期の高校生ともなれば、そのくらいの食事量が必要になるのかもしれない。


食蜂「お礼に今度何かご馳走しちゃうゾ☆」

上条「ははは、気持ちだけ受け取っておくよ。こっちも助けられたんだし」


ビシッと指差しを決めて言ったものの、断られるのは想定内。
というか、逆に断られないと余計な出費が発生してしまう。
形式だけのやり取りだ。


上条「それじゃ、俺はこれで」

食蜂「ええ。ごきげんよう」

上条「ああ、またな」


片手にビニール袋を下げて去っていく上条を少しだけ目で追う。
戻ってくる様子はなさそうだが、今日はさっさと帰ってしまおう。
万が一戻ってきて、洗剤を買っている場面でも見られたならば、今度こそアウトだ。
しかし、思い返してみると、最初は嫌々だったがなかなかどうして退屈しなかった。


食蜂「ま、たまにこんな日があっても悪くないかもねえ」


そうつぶやいて、6畳一間のボロアパートへと向けて歩き始めた。


ここまでが、上条さんとの絡みのあった初日の話でしたとさ。

PCを新調する予定なので、次の更新まではまた少し時間が空くかもしれませんのでご了承を。

なお、このみさきちの女子力は高めに設定されています。


続きを更新


上条と買い物をした翌日。
食蜂操祈はうんざりとした表情を浮かべていた。
より正確には、うんざりとしている表情を隠しているが、隠しきれず顔に出ているといったところか。
しかし、食蜂と会話している相手は不快に思うどころか、そんな表情を浮かべていることにすら気づいていない様子だ。


上条「で、そこんところのコツが―――」


話し相手は上条当麻。
食蜂の能力による干渉力が及ばない人間の1人。
ボロを出してしまわないように、気を使う必要のある相手だ。
特に、自分があのボロアパートに住むような苦学生というイメージを与えてはならない。
学年どころか学校まで違うとなると、噂が広まった場合の対処に大きな労力を割かなければならない。
そんな面倒なことをしていたのでは、ただでさえあまり自由の少ない食蜂の時間がさらに削られてしまう。
それだけはなんとしても避けたかった。


食蜂(たしかに、昨日は悪くないとは思ったけど―――)


昨日の上条との時間は無駄な時間ではなかった。
違う視点からの物の見方を考えさせられたし、料理のレパートリーも1つ増えた。
それに厄介な相手への対処方法の経験も積んだのだから、有意義だったといってもいいだろう。


上条「それでな」


永遠としゃべり続ける上条に、内心イライラをつのらせる。
しゃべり続ける上条もそうだが、その内容についても同様だ。
かゆいところに手が届いていない感じで非常にムズムズする。
突っ込みたいのに突っ込めないというジレンマに耐えつつ、表面上はなんとか笑顔をキープしていた。
それにしても、なぜ2日連続なのか。


食蜂(“たまには”って言ったわよねえ!?)


そんな内心をいざ知らず、上条は自分の話を続けている。
こんな状況に陥ってしまった経緯を説明するためには、時間をさかのぼらなければならない。


今日の食蜂は行かねばならないところがあった。
というのも、研究協力のためにG機関へと赴かなければならなかったのだ。
あの忌々しい契約では金銭面の待遇は最悪だったが、その分、研究協力する時間が短くて済むという利点があった。
時給という側面から考慮すれば、悪くないレベルの水準。
とはいえレベル5であることを考慮すれば、やはり低い待遇なのは間違いないだろう。
学校でさっとシャワーを浴びて身を清めると、仕方なしといった心持ちで学舎の園を後にする。


食蜂「はぁ……」


あまりの気の進まなさに思わずため息もこぼれてしまう。
実験の内容とすれば、目の前の人間に能力を使用するという非常に単純なもの。
それなら普段からやっていることだし、特段抵抗もない。
むしろ、それでお金がもらえるのであれば、非常に楽な仕事ともいえる。
それだけのことからどんな研究をしているのかといえば、被対象者の能力使用による脳波の変化を観測することに尽きる。
“脳のどの部分にどのような刺激を与えるとどのように精神に干渉するのか”ということを計測するのが主目的だ。
脳をマッピングしていくことで、精神構造を解読しようということらしい。
最終的には、精神不安定になった人間の治療や、やる気を出させる薬というものを開発するのが目的だそうだ。


食蜂「ま、それも“表向きは”だけど」


コインに裏表があるように、こんな綺麗なお題目の裏にはドロドロとしたものが蠢いている。
その黒さの端的な例が兵器開発。
この研究により、精神構造の一部でも解明されれば、それだけで戦場の局面は大きく変わる。
特定の感情を引き出したり、痛みを鈍化させることや相手に幻覚を見せることすらも可能になるかもしれない。
それは相手への戦力を削ぐことだけでなく、味方の士気を鼓舞することにも利用できる。
実に多様な利用手段があり、そこから得られる利益はかなりの額になるのは間違いない。
食蜂が記憶を読み取った情報はそんなところだ。
もちろん、そんな研究が成功を収めてしまえば、自分の立場も危ういものとなる。
希少だから価値があるのであって、量産されてしえば用済みとなってしまう。
そんな事態を招かないためにも、すでに先手は打ってある。
実験により得られたデータを基にサンプルを作成しても、芳しい成果は得られていないのが現状だ。
その理由を、研究者たちは“能力”と“化学物質”で脳に与える影響に差異が発生しているのではないかと考えているようだ。
そこで食蜂に能力を使わせて、さらなるデータを収集・分析し差異を必至で探している途中なのだ。
そのため、研究者たちは目の前のデータに囚われすぎるあまり、その根本からすべて間違っていることに気づかない。


食蜂「そもそも、実験結果がデタラメなんだから、違いなんて見つかるはずないわよねえ」


基本的に被検体となる人物は、常に洗脳状態に置いている。
それを演技させることで、能力のON・OFFの状態へと変化させているように見せているのだ。
もちろん、間違った方向へと研究が進むように。
つまり、現状の能力使用前と使用後でどのような変化があるかという実験方法では永遠に成果は得られない。
自分の手のひらの上で研究者たちが右往左往しているのを眺めることで、自分の低い待遇への鬱憤も解消させているという訳だ。
自分がちゃんと研究に協力しているのかどうかは、誰にも確かめるすべはない。
想定外の結果が出てくることで研究者たちが慌てふためく様を想像するだけで、沈みかけていた気持ちも少しまぎれるというものだ。
くすくすと笑いをこぼしながら、食蜂はG機関へと向かっていった。


比較的上機嫌だったのは、そのあたりまでだった。
というのも、いつも通り適当に能力を使って科学者たちの頭を混乱させたのはよかったのだが、予想以上に時間がかかってしまったからだ。
ちょっとばかり変な数値を出しすぎたせいで、そこ対する実験を繰り返しさせられてしまったのが原因。
あまり調子に乗らなければよかったと思うも、気づいたときには後の祭りだった。
1時間だけの実験の予定が、軽く倍の時間は研究協力に充てられた。
能力を使ってさっさと帰宅してもよかったのだが、さすがに監視カメラまではごまかせない。
契約で定められた時間もオーバーしていなかったので、黙って従うほかない状況だったのだ。
結局、何の成果もないまま実験は終了し、建物を出られたのは午後7時を回ってからだった。


食蜂「はぁぁぁぁっ…………。ホント余計なことしなきゃよかった」


深いため気をつきながら、トボトボと帰路を歩む。
余計な労力を使ったことで、いつもよりもさらに疲れている気がする。
無駄になった時間があれば、いろいろなことができたはずだった。
水回りを軽く掃除したり、服のほつれを直したり、髪の手入れもできただろう。
お風呂という単語がでてこないのは、アパートにバスルームと呼べるものはないので、近所の銭湯までいかねばならないからだ。
銭湯に行くとお金がかかるのだが、意外とこれも結構バカにならない。
近くの銭湯は一回の入浴で150円であり、1ヵ月単位で考えると月4500円。
帰宅前に学校内のシャワーで済ませてしまうのがほとんどなのだが、それでも月1500円は入浴代に消えていく。
必要最低限と割り切って考えないようにはしているが、それでも気になるものは気になる。
なので、数少ないお湯につかれる時間を少しでも長くするために、銭湯には割と長い時間居座ったりする。
バスルームなしのアパートが絶滅しかけているこのご時世のおかげで、長い時間貸し切り状態でお湯を楽しめるのだ。


食蜂「広いお風呂って、足を伸ばせるのが最高よねえ」


うっとりとした表情を浮かべるが、今日はすでにシャワーを浴びてしまっている。
最近は涼しくなってきたこともあり、汗もあまりかいていない。
イライラした気分を銭湯で吹き飛ばしたいのは山々なのだが、ここはぐっと我慢する。
それよりも、長い時間を研究にとられたせいで夕食にありつけていない。
おかげですっかりおなかがすいてしまっている。
向こうが用意するのが当然だとも思うのだが、あいにくそこまであちら側も用意してはいなかった。
お腹がすいたので帰りますと言い出さなければ、完全下校時刻まで付き合わされていたのは間違いない。
次回の実験のときに永遠と研究に付き合わされる可能性があるのは怖いが、次の実験の予定は来週となっている。
それまでに、なんとか早々に帰宅できる作戦を考えておかねばならない。


食蜂「とりあえず、夕食は昨日あまった食材で野菜炒めにでもしようかしらあ?」


昨日の食材は半分ほど余っている。
あまった麺でそばめしにするのもいいだろう。
とそんなことを考えていた時、何の前触れもなく視界の端に上条当麻の姿を捉えた。


距離的には20mほどで、目の前を右から左へと向かって歩いている。
どこかに向かう途中なのか、どこからか帰宅している途中なのかは判断できない。
ただ、幸いなことにツンツン頭の少年に気づかれた様子はなさそうだった。
昨日のこともあるので、さっさと立ち去ってしまうのがベターだ。


食蜂(見つかったら、また面倒なことになりそうだしい)


あんないつボロが出てもおかしくないような状況はもうこりごりだ。
その場から立ち去ろうとしたとき、歩き続けていた上条が交差点に達した。
どうやら、道路を渡った先に目的地があるらしい。
そのまま道路を渡るのは危険なので、当然、上条は左右を確認する。
右側の確認は問題ない。
だが、左側に目線を向けた際に、バッチリ目が合ってしまった。


上条「あれ?」


しまったと思った時にはもう遅い。
いくら暗くなってきたとはいえ、この距離で見間違えるはずがない。
今日の実験のときに後悔先に立たずということを学んだはずだったのだが、その経験を活かせなかったは痛い。
けれど、見つかってしまったのであれば仕方ないと、一瞬で思考を切り替える。
庶民の考えから、お嬢様の思考へと頭のスイッチを入れ替えるのだ。
上条がこちらに近づいてくるまでには、顔にいつもの建前スマイルが浮かんでいた。


食蜂「こんばんわあ、上条さぁん」

上条「やっぱり食蜂か」


うすうす見つかってしまう予感はしていた。
しかし、どうして上条当麻という男は、自分をこうまで察知できるのか。
やはり、金髪が目立つからだろうか?
色を黒に戻せば、気づかれないでやり過ごせるかもしれない。


食蜂「こんな時間まで出歩いてるなんでイケないんだゾ☆」

上条「いや、それはむしろこっちのセリフなんですが……」


確かに高校生男子が出歩いている時間としては、まだ早いくらいの時間。
けれど言いたいことはそういうことではない。
さっさと帰れというサインのつもりだったのだが、上条がそれに気づいた様子はまったくなかった。



上条「そいうえば、昨日の宿題はどうだった?」

食蜂「あぁ、あれはなんとかオッケーをもらえたわあ」


どこかに向かっていたはずの上条は足を止め、世間話を始めてしまった。
その話す口調はどこかテンションが高いような気もする。
このパターンだと、長話になる可能性が高い。
無理やりにでも話を切り替えて、立ち去ってしまわなければまずい展開になりそうだ。


上条「食材自体が安物だから、あんまり口には合わなかっただろうけど」

食蜂「それはシェフの腕前力の見せどころなんだゾ」

上条「へえ。食蜂って料理うまいのか」

食蜂「まぁねえ☆ ところで、あなたはどこかに向かってるんじゃなかったのお?」

上条「え?」


上条はキョトンとした視線を向けてくる。
少しあからさまに話題を変えすぎただろうか?
ともかく、料理の話はそこまでを言わんばかりに、道路の向こう側を指さす。
それで上条は食蜂が何を言いたいのか理解したようだ。


上条「ああ、違う違う。補修が終わって、家に帰るところだったんだよ」

食蜂「補修?」

上条「あれ? お前もそうじゃないのか?」

食蜂「私は能力研究で外部機関に行ってたのよお」


補修に行っていたということは、食事は済ませていない可能性が高い。
お世辞にも、毎日外食する食生活を送っているようには見えない。
昨日の件もあり、自分と同じような節約生活を送っているんだなと感じていた。
しかし、それは半分正解で半分違っていた。


上条「じゃあ飯はまだだろ? 今日は上条さんが奢りますよ」



上条「さ、好きなものを頼んでくれ!」

食蜂「え、ええ……」


あの後、やや無理やり気味に夕食を一緒させられることとなってしまった。
奢られる理由がないと断ったのだが、妙に上機嫌な上条に押し切られてしまった形だ。
お腹がすいていたのも原因の1つかもしれない。
入ったのは、どこにでもあるようなファミレス。
この男は、ファミレスの料理が常盤台のお嬢様の口にかなうと思っているのだろうか?
まあ、実際には純粋なお嬢様ではないのではあるが。


食蜂「それで一体どういう風の吹き回しなのかしらあ?」

上条「聞いて驚け! 臨時収入があったんだ!」

食蜂「臨時収入ぅ?」

上条「この間の大覇星祭の『来場者数ナンバーズ』でイタリア旅行のチケットが当たってな」

食蜂(ああ、結構大きく宣伝されてたあれね)


大覇星祭の来場者数を当てたら豪華旅行チケットプレゼントという企画が、毎年霧が丘女学院でやっていたことは覚えている。
有料であったため、正答率を考えて応募したことはない。
あれに当たったということは、この少年が不幸だという話も噂だったのかもしれない。
しかし、例年の慣わしだと振り替え休日期間中に旅行の日程は組まれているはずだ。
つまり、本当であれば彼はイタリア旅行の真っただ中ということになる。


上条「で、そのチケットが知り合いに高く売れたんだよ」

食蜂「え? 売った?」

上条「ああ。ペアチケットだったんだけど、同居人とどうしても行きたいってやつがいてな」

食蜂「それで臨時収入って話につながるわけねえ」

上条「そういうこと。学校休みがちで進級もやばかったから、補修してもらってたんだよ」


振り替え休日を無視して授業を行っている常盤台中学はともかく、彼が学校に行っていたのはそういった理由だそうだ。


で、そこからがまた長かった。
聞いてもいないのに、いかに安く食事を済ませるかのコツを話始めたのだ。
大覇星祭が終わったばかりだというのに、そこに触れることはなぜかしなかった。
料理がきて食べ終わった後も、節約のコツだとかを話続けている。


上条「たまにスーパーで特売とかやるんだけど、ネットだと安い商品を一部しか載せてないんだよなー」

食蜂「なるほどお」


顔では笑顔を浮かべているが、内心は憔悴しきっていた。
お嬢様にとっては興味なし&自分にとっては知っていることばかりという話題チョイスの最悪さ。
ごくたまに目新しい話もあるのだが、それもほんの些細なことばかり。
さきほどの食事に誘ったのも、空気を読んだからではないのだろうなと感じていた。
さまざまな英雄譚を持つ彼も、結局は普通の人間のようだ。


上条「だから実際には店に行ってみるまで何が安いかは―――」

食蜂(数日前にほとんどの店で配布されるチラシなら、全特売品を網羅してるんだけどねえ)


突っ込みを入れたい気分をぐっと我慢する。
デジタル広告の普及は多くの人の目に触れられるようになった半面で、目玉商品が弱いと実際に店に来てもらえる確率が極端に低下してしまうデメリットがあった。
販売する店側としては、目的の商品のほかについでに何品か買ってもらいたいという裏事情があるのだが、店に来てもらえないのでは売上も下がってしまう。
そこで考え出されたのが、デジタル広告へは一部目玉商品しか広告しないという方法だった。
頻繁に店に足を運んでもらうために、紙媒体で事前に広告して全特売品を宣伝するのだ。
そうすることで、固定客の確保につなげようと必死な努力をしているそうだ。


食蜂(それでも私は広告の品しか買わないけど。節約力の違いってやつかしらあ?)


ちらりと時計に目を向けると時刻は午後9時。
無駄に笑顔を浮かべているせいで、話が終わらないのだろうか?
さすがに2日連続で失敗できないやりとりを続けると疲れる。
実験の後ということもあり、そろそろボロがでてもおかしくない。



上条「っと、もうこんな時間か」


そんな食蜂の事情を察してくれたのか、上条が話を切り上げる素振りを見せる。
この流れに乗って、今日は帰宅するとしよう。


食蜂「確かにい。そろそろ帰らないと」

上条「遅くまで付き合わせて悪いな」


まったくだといいたい気持ちを抑えて、首を横に振りながら席を立つ。
上条は伝票をとると、会計を済ませて先に外へと出ていった。
どうやら、おごってくれるという話は本当だったようだ。
こういうところで節約できないから家計が苦しくなっているんじゃなかろうかとも思う。
ファミレスの自動ドアをくぐり、外へと出る。


食蜂「……寒っ」


店を出ると、秋も深まってきたことを感じさせられた。
9月も今日で終わり、明日からは10月が始まる。
そろそろ冬物を準備する季節になってきたのかもしれない。
あのボロアパートは、残念な意味で風通しがいいので防寒対策は必須なのだ。
そんなことを考えていたら、上条の視線が食蜂の方に向けられていることに気づく。
奢ってくれたのは事実なので、感謝の意を示さねばならない。


食蜂「今日はごちそうさま。味は……あと一歩ってところかしらあ?」

上条「へいへい。お嬢サマをこんな店に連れてきて悪うございましたねえ」

食蜂「まあ、あなたの経済力ならギリギリのラインでしょうけどお」


冗談のように言う。
実際に、自分で作った方がおいしいのは間違いない。
けれど、そこまで求めるのは酷というものだ。
そんな風に冗談を言って油断していたからこそ、次の一言に固まってしまった。


上条「それじゃ、暗くなってきたし送ってきますよ、お嬢様」


さきほどまでくすくすと笑っていた顔が急にこわばる。
その可能性までは考慮していなかった。
確かに、こんな夜道を女子一人で帰らせるのは危ないというのは一般的な意見だろう。
しかし、このままあのぼろアパートまで送って行ってもらったのでは、昨日今日の努力が無意味なものになってしまう。


食蜂「だ、大丈夫よお。すぐそこなんだしい」

上条「あれ? 学舎の園まではそこそこ歩くんじゃないのか?」


まずい。
疲れのせいかボロが出始めている。
確かに、自分のアパートは歩っても数分程度の距離なのだが、学舎の園までは徒歩だと15分くらいかかる。
すぐそこというには少々距離があるというものだ。
なんとか上条を振り切るにはどうするのが一番いいか?
ここは単純に襲われても心配ないことをアピールするべきだろう。


食蜂「これでもレベル5だし大丈夫よお」

上条「え? レベル5? ってことは御坂と同じ?」

食蜂「そうよお。御坂さんと同じってところはちょっと引っかかるけど」

上条「へえ。でも、それはそれとして―――」

食蜂「それではごきげんよう」


送っていくという上条の一言がでる前にその場を立ちさる。
彼は若干戸惑いを見せたようだが、追ってくるようなことはしなかった。
その程度の気づかいはあるようだった。
彼は多少気になったからといって御坂のようにコソコソと付け回すようなこともするまい。
そう頭では思っているのだが、少しだけ回り道をするように帰路につく。
誰の姿もない細い路地にコツコツと地面を蹴る足音が響く。


食蜂「結局、能力の効かない相手の考えていることなんて、分かるはずがないものねえ」


それは、あの少年とて例外ではない。


今回はこの辺で。更新遅くなってすみません。

女王艦隊については、インデックスさんとステイルさんが解決してくれたようです。

インデックスが上条さんの安否を気にするスタートから、ステイルのツンデレ発動の流れは想像できますね。

ちなみに、今回の更新は9/30の話だったりしますが、女王艦隊を上条さんが潰した訳ではないので前方のヴェントさんは行動してません。

この後シリアスに行くべきか、コメディに走るべきか悩むぜ。

なお、同居人という話のところで、上条視点では(上条さんの)同居人であり、食蜂視点では(チケットを譲った人の)同居人というすれ違いが発生してたりします。


続きを更新


月が明け、10月となった学園都市に徐々に冬の寒さが近づいてきた。
厚手の服を箪笥から引っ張り出すのはまだ先だが、温かいものを食べるにはちょうどいい季節。
太陽が昇り始め、少しづつ街を温め始めたころ、食蜂操祈は家を出た。


食蜂「ちょっと早すぎたかしらねえ?」


時刻は7時を少し回ったころ。
犬の散歩をするおじさんや散歩をするおばさんたちが街を行きかう。
しかし、そこに大人の姿はあっても学生らしき人の姿はほとんど見えない。
それもそのはずで、大覇星祭の振り替え休日は昨日まで。
今日から学校が始めるため、今頃学校へと向かう準備をしているところなのだろう。
とはいえ、ほとんどの学校は祭りの片づけを今日行うため、半日程度で終わることとなっている。
実質的には、今日まで振り替え休日があるというのが正しいだろう。
食蜂の属する常盤台中学では、すでに業者の手で片づけが完了しているため、午前中だけの通常授業が行われる。


食蜂「片づけがないんだから、一日休みにしてくれてもいいのにい」


ぶつぶつと文句を言いながら、いつ崩れてもおかしくなさそうな階段を降りる。
こんな早い時間に家を出るのには理由がある。
余計な人に余計な場面を目撃されないためだ。
このアパートもそうだが、左手に握られたごみ袋もアウト。
学舎の園の外から通学しているということに感づかれても、あまりよろしくない。
特に注意すべきは、ここ数日連続で遭遇しているあのツンツン頭の少年。
普通の通学時間に登校したのでは、見つかってしまう気がする。
根拠はないのだが、そんな予感がする。


食蜂「本当、能力が効かない相手って厄介よねえ」


実際、食蜂にとってみれば、そこが基準となる。
相手を洗脳できれば、100%勝てる。
そんな能力を持っているからか、人をそんな基準で区別するようになってしまっていた。
もっとも、相手を直接洗脳できずとも、近くに能力が効く人間がいれば、代わりに戦わせることで勝機が生まれる。
能力が効かない相手は“厄介”ではあるが、勝てない相手ではない。
数人の例外を除けば、ではあるが。


アパートのすぐ近くのごみステーションでごみを捨てると、キョロキョロと辺りを確認する。
こんな時間にこんな場所で知り合いに遭遇するとは思えないが、ここ数日はちょっとした油断で痛い目にあっている。
用心しすぎて、しすぎることはないだろう。
そんな風に注意していたにも関わらず、このときの食蜂は後ろから近づいてくる人影に気づけなかった。


???「……あ!」

食蜂「―――ッ!?」


自分以外の声を耳にしたことで、ビクッと反応してしまう。
後ろから声が聞こえた。
恐る恐るといった感じで後ろをゆっくり振り向く。
すると、そこにいたのは、自分の境遇を知っている見知った顔だった。


食蜂「……なぁんだ。先生でしたかあ」

小萌「おはようございます、食蜂ちゃん」


思わずホッと胸をなでおろす。
声をかけてきたのは、隣に住んでいるミニ教師だった。
相も変わらず見た目は小学生にしか見えないのだが、中身は年相応の経験を積んでいる。
見た目通りの小学生女子でないことは、すでにリサーチ済みだ。
さすがに食蜂の2倍以上生きているだけのことはある。


小萌「どうかしましたですか? 困りごとでしたら、相談に乗りますけど」


それに人の面倒見もいい。
当時小学生の食蜂にこの格安アパートを紹介してくれたのも、この先生だった。
その時もいろいろと一筋縄ではいかなかったのだが、それはここでは割愛させていただく。
ともかく、いろいろとお世話になっており、この人には頭が上がらない。
また、人徳者でもあるため、能力を使わずとも信頼できる唯一の人といってもいいだろう。


食蜂「実はちょっとだけ厄介力の高い問題が……」

小萌「食蜂ちゃんは有名人ですからね~」

食蜂「絶対に秘密にしてほしいんですけど―――」


この人は秘密にしほしいといえば、能力を使わずとも必ず守ってくれる。
―――それはアパートに入居するときの実験で立証済みだ。



小萌「能力の効かない相手にどう接すればいいのか、ですか?」


相談内容を伝えたところ、いきなりキョトンとした顔をされた。
そんなに変なことを相談したつもりはないのだが、どうしてそんな反応になるのかが分からない。
記憶を操作できない相手に対して下手な行動はできない。
それはここ数日で如実に感じていることだ。
御坂美琴しかり、上条当麻しかり。
だが、普段察しのいいロリ先生も、質問の意味をよく理解できていないようだった。
お互いに首をひねっていてもらちが明かないので、補足を加える。


食蜂「知られたくないことを知られたりしたら、後々面倒ですよねえ?」

小萌「ですねー」

食蜂「つまり、そういった相手にはどういう対処をすればいいのかがよくわからないというか―――」


御坂に対しては冷たく接しているにも関わらず、上条に対しては同調するようにしてうまく立ち回っている。
やさしく接するべきなのか、冷たく接するべきなのか、はたまた接すること事態を避けるべきなのか。
その辺りの整理がうまくついていない感じなのだ。
こういうことを相談できそうな相手もいないので、その点を考慮するとこの人はちょうどいい。
返答を待っていると、小萌先生はうーんと悩む素振りを見せた後、ポンと手のひらを叩いた。


小萌「でも、それって他の人も同じですよね?」

食蜂「まあ、記憶を操作できないって点では」

小萌「つまり、その悩みは食蜂ちゃんだけじゃなくて、それぞれの人が抱えている問題でもある訳です」


だから悩めと言われても困ってしまう。
他の人は、自分以外の全員に対して同様の悩みを抱えているため、経験値をそれなりに積んでいることだろう。
数々の成功例もあれば、それを超える失敗例を持つ人も多いはずだ。
しかし、こと食蜂に関しては、そんな経験はほぼ皆無に等しい。
自分がどう思われようと構わない環境で生きてきた人間が、いきなりそんな難題を目の前にしてすぐに対応できるはずもない。


小萌「それでも、経験は積まないと人は成長しないのです」



食蜂「成長……ねぇ」


誰とも遭遇せずに済んだ食蜂は、学校にたどり着くと自分の席に座りこんだ。
朝早く出てきたためか、自分以外にはまだ誰もいない。
つい先ほど、小萌先生に言われた言葉が頭の中で反芻する。
特に自分は成長を望んでいるわけではない。
能力さえあれば、どんな対人関係も問題はないのだ。
その中でも特例的に、数名の人物だけ能力が効かない。
なのであれば、その彼らへの対処方法さえ知っておけば、自分に隙は生まれない。
他人に付け込まれる余地を与えない。


食蜂「御坂さんは思考力が単純だから読みやすいけどぉ、上条さんは何考えてるのか分からないのよねえ」


分かりそうなことといえば、家計のやりくりの辛さくらいだろうか?
異性というのも、レベル0というのも、考えが分かりにくい要因でもありそうだ。
そもそも、なぜ昨日に限ってファミレスに誘われたのか、未だに理由が分からない。
それこそ、ただ単に目についたからという理由も考えられそうだ。


取り巻きA「おはようございます、女王。今日はお早いのですね」

食蜂「ちょっと考え事をしたくてねえ」

取り巻きA「考え事……ですか?」

食蜂「そんなに意外?」

取り巻きA「い、いえ!」


マズいことを聞いたと思ったのか、彼女はとっさに視線を外す。
その分かりやすさに思わず失笑が漏れる。
あの少年もこれくらい分かりやすければ、非常にやりやすいのだが。
ふぅとため息を漏らすと、食蜂はバックへと手を伸ばす。


食蜂「それじゃ、貴女の経験を覗かせて貰おうかしらあ?」

取り巻きA[え?」


自分に経験値がないのであれば、他人の経験を手っ取り早く吸収するに限る。


結論から言えば、彼女の経験は普通のお嬢様の枠から外れることはなかった。
むしろ、食蜂や御坂な特異な性格をしている方がイレギュラー。
それもレベル5の宿命と言われれば、反撃のしようもないが。


食蜂「けどねえ……」


改めて記憶をのぞいてみて分かったことといえば、対人経験からの面で見ると、彼女もまた自分と大差ないということだった。
どちらかといえば、ご機嫌を取るより、取られることの方が多い人種。
生まれてからこの方、ちやほやされるばかりで、苦労というものをしたことがない。
常盤台中学に苦労なく入学できる人のアベレージは、こういうものなのだろう。
実家に金銭的余裕もあれば、学業他の能力も高い。
生まれながらの優等生というのが妥当なところか。
この中学に入ってからも、同水準の生活レベルの人間が集まるためかそれほど苦労はしていないようだ。


食蜂「小萌先生的に言えば、経験力が不足してるってことかしらあ?」


少なくとも、今しがた得られた経験値といえば、せいぜい同レベルの人への対応の仕方くらい。
とはいえ、こんなお嬢様の対応が、御坂や上条に対して有効とも思えない。
サンプリングする人選を間違えたかな、と思っているところに徐々に生徒が登校してくる。
朝のホームルームが始まるまでに数人の頭をのぞいてみたが、結局のところ似たようなものだった。


食蜂(なかなかうまくいかないものねえ……)


逆の観点から考えれば、上流階級の人々はそういった経験値が総じて低いもなのだろうか?
けれど、そういったことは思い当たらない。
実際、常盤台の卒業生の中には外に行った人もいるが、あまり対人関係で問題になっているということは聞かない。
それどころか、高い評価を受けて常盤台のブランド力が向上しているくらいだ。


食蜂「ってことはぁ、少ない経験値でも十分やっていけるってこと?」


常盤台に入学できるようなレベルの人間は、少ない失敗からも多くのことを学べるということなのかもしれない。
確かにそういう事情であれば、納得できる面もある。
しかし、ほかの人はそれでもいいかもしれないが、食蜂の場合はそうもいかない。
そもそも、能力の効かないという分母が小さい人間関係を考えると、1度の失敗が取り返しのつかない状況に陥りかけない。
たとえば、御坂に失態をつかまれた日には、ネットでどこまでも噂を広げられるというリスクが付きまとう。
そういう意味では、早めにあの約束を取り付けられてよかったのかもしれない。
今更ながら、食蜂はそう思った。


放課後。
といっても、午前中だけの授業であるため、12時ちょっとになるのだが、食蜂はすでに学舎の園を離れていた。
今日はお弁当を持ち寄っての昼食会は中止ということにした。
朝早く出ることを優先したため、お弁当を作っている時間がなかったのだ。
彼女が向かっているのは、7学区内にある地下街。
どこかで昼食をとってから、冬物の服を買おうとしているためだ。


食蜂「よし!」


地下街に入っていく下り階段の前で小さく気合いを入れる。
今日の午前中のうちに、今後の方向性は決めた。
数少ない能力の効かない人間にビクビクして暮らすのは性に合わない。
小萌先生のいう経験値を稼ぐためにも、今まで通りの生活を心がけ、万が一遭遇した時には、アドリブで乗りきるという作戦だ。
それこそ、あのボロアパートに入っていくところさえ目撃されなければ、いくらでも言い訳のしようはある。
遭遇して別れた後は、少しの間監視をつけ、自分を追っていないことが確認できてから帰宅すればオッケー。


食蜂「って、それじゃ作戦でもなんでもないわよねえ」


思わず苦笑する。
会ってから行動を考えるというのは、到底作戦とはいえない。
ビクビク暮らすのも自分らしくないが、こうやって行き当たりばったりなのも自分らしくない。
かといって、どうしようもない。
相手の動向が予想できず、能力での誘導も効かないのでは手の打ちようがないのだから。


食蜂「ん?」


けれど、そこで頭に何か引っかかった。
果たして本当にそうだろうか?
まだ打てる手はあるのではないか?
そんな思考が頭をよぎる。
たとえば、能力以外で相手の思考を誘導するという方法。


食蜂「会話の中で特定の感情を引き出す、っていうのは悪くないかもしれないわねえ」


自分が相手に合わせるのではなく、相手の思考を自分の土俵に引きずり込む。
完全に操作することはできずとも、一定の方向性を持たせることくらいは可能なはずだ。
単純な御坂はいいとして、問題はそういった機微に鈍感な上条な方なのかもしれない。


思い返せば、前回もそうだ。
早く帰りたいオーラを出していたにも関わらず、それを察していなかった。
確かに押しとしてはちょっと弱かったかもしれないが、だからといって中学生女子をあんな時間まで引き留めておくのはどうかと思う。
しかも、会話のチョイスも微妙の一言に尽きたし。


食蜂「なんか思い出したら腹立ってきちゃったわあ」


一昨日もそうだ。
見つかりたくなかったところで見つかってしまい、非常に面倒なことになってしまった。
そのうえ、狙っていた洗剤も買えなかったのは痛かった。
あれで余計な出費がかさんでしまったのは言うまでもない。
もっとも、昨日の夕食が一食分浮いたことを考えればトントンかもしれない。


食蜂「でも、だからといって納得はいかないわよねえ」


独り言をいいながら階段を降り切ると、地下街の店が左右に開けた。
食蜂が降りてきたのは、レストラン街の一角。
常盤台から向かうもっと手前から地下街は入ることができるのだが、どうも地下に入ってしまうと方向感覚が分からなくなってしまう。
そのため、地上で目的地にできるだけ近づいてから階段を降りるようにしている。
左右を見渡すと、さすがにこの時間はどこも混んでいるようで、数人以上並んでいるレストランがほとんどだった。
けれど、食蜂にとっては、店の選択基準はそこにない。


食蜂「あまり無駄遣いはできないしぃ」


高級そうに見えるサイフの中には千円札が一枚だけ。
普段はあまりお金を持ち歩かないようにしている。
あればあるだけ使ってしまうのが、人間というものの性なのだ。
どうしても緊急で必要になってしまったときのために、カードの携行は忘れない。
ただし、中学に入ってから使ったのは1度か2度くらいだ。
ちなみに、サイフやバックは高水準なコピーブランドものを安値で買った。
面と向かって食蜂をだまそうとしてきた人間を返り討ちにしただけの話。
2つ合わせても3千円程度の出費で十分ごまかせているのだから、お買い得だったのは間違いない。


食蜂「よぉし、ここに決ぃめた」


多くの店の中から1つを選ぶと、『学食レストラン』という名前の店へと入っていった。


昼食を取り終えると、食蜂は微妙な表情でレストランを後にした。
それもそのはずで、300円のそぼろご飯を注文したのが、味は残念の一言に尽きる。
これなら、まだ昨日のファミレスの方が何倍もましだった。
より言えば、自分でつくった方が良かったかもしれない。
けれど、食蜂が狙っている冬物はとある事情があり、一度帰っている余裕はなかった。
というのも、販売店が服をタイムセールするという商法にでたからだ。
その店は常時人の絶えない人気店であり、レジ待ちが30分という事態が頻繁に起こっていた。
そこで店側が考え出したのが、どうしても客足の遠のく昼に時間限定のセールを持ってくるという荒技だ。
しかも、商品は去年売れ残った冬服であるため、在庫処分も兼ねて一石二鳥ということらしい。


食蜂「別に流行りものの服には興味ないしぃ。ふふふっ、張り切っちゃうんだゾ☆」


微妙だった昼食のことは忘れ、次の買い物に期待を寄せる。
流行りものには興味はないが、去年から狙っていた服はある。
事前情報だと、それらの値段が従来価格の1/3程度まで値引きされるということらしい。
と、そこでやっとサイフの中に700円しか入っていないことを思い出す。
商品の平均定価が6千円であるため、どう頑張っても足りない計算になる。
タイムセールまでは、あと15分。
ATMでお金をおろしても、十分間に合う時間だ。


食蜂「1、2着買うとして、5千円あれば十分」


去年までの服も十分に着れる状態にしてある。
きちんと保存しているため、色あせも虫食いも問題ない。
だから、1、2着もあれば十分冬を乗り切れるはずだ。
携帯で最寄りのATMをすばやく検索すると、迷いなく一直線に歩き始める。
しかし、順調に滑り出した足は、すぐに止まってしまった。
もちろん、それには理由がある。
差し迫った時間を忘れ去るほどの光景が目の前にあった。



上条「御坂こっち来い! こうしてやるーっ!!」


御坂「え、なに? きゃあ!!」



悩みの種であるイレギュラーなふたり組が、人目もはばからず抱き寄せあっていたのだ。


今回はこの辺で。またまた更新に時間がかかってすみません。

いろいろと事情があり、このSSの美琴の罰ゲームは一日ずれ込んだようです。

そろそろ、徐々にラブコメ的な雰囲気を醸し出せたらなーとか思っております。


続きを更新


ある意味で衝撃的な場面を目撃してから数時間後。
食蜂の前には、1組の男女が座らされていた。
場所は、食蜂のアパートからほんの少しだけ離れた公園。
夕方になりつつある空が、徐々にオレンジの色を濃くし始める時間帯だった。


食蜂「それで―――」


どう切り出したものかと、一度言葉を切る。
目の前にいる男女とは、例の悩みの種である上条と御坂―――ではモチロンない。
あの場面を目撃した後、近くにいたカップルを洗脳して2人の後を追わせ、自分はセールの品をゲットしに行った。
余計な雑念が浮かばないように、その記憶を一時的に消して、だ。
セールで目的のものを入手し、きっかり1時間後に記憶を取り戻すと、ゆっくりと状況分析を始めた。
あのうっとおしい2人があそこまで親密であるとは思いもしなかった、というのが素直な感想。
御坂が一方的に好意を抱いている程度で、上条の方はまったく意識をしているとは思っていなかったのだ。
しかし、あの場面だけを見る限り、抱き寄せたのは上条当麻の方から。
あの時の白黒させていた御坂の表情を見れば、それは明らかだった。
そのあと何があったのかは、今、目の前にいる2人の記憶を確認すれば確認できる。
男には上条を、女には御坂を追跡するようにさせたため、いつまで一緒にいて、いつ別れたのかまで分かるはずだ。
さすがに空を飛び回られでもしたら追跡が難しいため、100%分かるとは断言できないが。


食蜂「ま、考えすぎかしらねえ」


テレビのリモコンを持つ手に力を入れる。
ボタン1つで2人の他人に知られたくない秘密がわかるかもしれない。
そうなれば、能力の効かない2人が相手であっても、非常に交渉の幅は広がる。
そう思うと、思わず頬の端が吊り上がる。
弱点を握られたままの御坂に、反撃の一手ができるかもしれないのだ。
そういった材料は多いことに越したことはない。


食蜂「どんな報告が聞けるのかワクワクするわねえ」


と一言だけ言うと、目の前のカップル二人に向けてリモコンを向ける。
そうして、録画したビデオでも見るような気軽さで再生ボタンを押した。


数分後。
記憶を覗き終わった食蜂は、フッと息を吐き出した。


食蜂「なるほどねえ」


右手の人差指をあごの辺りに添えると、ポツリと一言つぶやいた。
2人の記憶を共有すること自体は、ほんの一瞬で終わった。
そこから、その記憶を思い出すのに数分を要したという訳だ。
おかげで、あの後に2人が別れるまでどんなことがあったのか、おおよそのことは分かった。


食蜂「ケータイのストラップねえ……」


2人が騒いでいたのは、ペア契約の際にもらえるケータイのストラップが原因だったようだ。
どうやら、その契約の際にペアと認められるために写真が必要だったらしい。
どうしてそんな事態になったのかはわからないままではあったが、特別な関係という訳ではなさそうだ。
それはそれでつまらないのだが、想像通りといえば想像通り。
白井黒子が乱入してきた後の上条と御坂の反応を見れば、2人がお互いにどんな感情を抱いているのか理解できる。
その程度であれば、わざわざ能力を使わずとも、相手の考えをくみ取るのも楽なものだ。
御坂から上条への片思いはほぼ間違いない。
対する上条の反応はといえば、非常に適当なものだった。
とても脈のある人間への反応とは思えない。
表情、仕草、視線、呼吸などなど。
上条のあれが演技だとしたら、ハリウッド俳優ものだ。


食蜂「けど、それが対面すると分からなくなるのよねえ。客観力が足りてないのかしらあ?」


他人から他人へ向けての思考などであれば、分析が容易なのだが、自分が当事者になった途端、そのセンサーが鈍ってしまう。
やはり、自分には場数が足りていないということなのかもしれない。
写真を撮り終わった2人は一度別れ、御坂は携帯ショップへ。
一方の上条は、近くのベンチで休んでいたところを、妹達の1人に見つかったようだ。
その後、御坂が合流してひと悶着あったようだが、そこで分かったことが1つある。
表情には乏しいものの、素直な分、あのクローンの方が上条に好感をもたれているかもしれない。
というか、御坂から好感をもたれているとは夢にも思っていないだろう。


食蜂「まあ、それもあの人らしいっていえばらしいかもしれないけどお」


クスリと少しだけ笑うと、その続きのシーンを思い返した。


打ち止めと呼ばれる少女と御坂妹が立ち去ると、上条は美琴と2人で取り残された形となってしまった。
あからさまに機嫌を悪くしている美琴が怖いのでさっさと立ち去りたいのだが、そんなことを言ったら間違いなくビリビリが飛んでくる。
けれど、いつまでもそうしているわけにもいかないので、恐る恐る美琴に声をかける。


上条「あ、あの~、御坂さん?」

御坂「……ねえ」


背中からなんかどす黒いオーラのようなものが見えるが、それは気のせいだと信じたい。
というかなぜここまで不機嫌なのか理由が分からない。
少し前に御坂妹からちょっとくっつかれたが、その程度のことで怒られるようなはずもないだろう。
そんなフラグは立てた覚えがない。
美琴は怒りを抑えていたのか、振り向くとその怒りを爆発させた。


御坂「ねえちょっと、今日は誰の罰ゲームとしてここにいると思ってんのよ!! 私のために1日働くんじゃなかった訳!?」

上条「え? お前の目的はゲコ太だけなんだろ?」


思わず、素直に返してしまった。
それとも、やはり恐ろしい罰ゲーム地獄がこれから始まろうというのか?
背筋にぶるっときたが、表情には出さないように精一杯のポーカーフェイスを保つ。
といっても、思いっきり顔はひきつっていたため、客観的な視点から見ている食蜂からしてみれば、その心情はまる分かりだった。
しかし、美琴はそうではなかったらしい。
顔を真っ赤にして口をパクパクとさせると、


御坂「……ッ! な、あ、う、違うわよ! あんだけ必死になった分、アンタにはきっちり罰ゲーム受けてもらうんだから!」

上条「必死に?」

御坂「そ、そりゃそうでしょ! アンタからの罰ゲームなんて何をさせられるか分かったもんじゃないし!」

上条「ば、バカ! 声がでかいって」


さすがにその大声で、周りの視線が上条に集まっていることに気づいた。
さきほどの発言を耳にした通行人の上条に対する評価は、常盤台の女子中学生に妙なことをしようとした男子学生。
高校生という多感な時期に、この悪目立ちは精神的にきついものがある。
突き刺さるような周りの視線に耐えきれなくなった上条は、美琴の手を引くと一直線に走り出した。


時間は午後3時を少し過ぎたころだろうか?
地上に降り注ぐ太陽の光はまだ強さを維持しており、周囲は明るい。
そんななかで、どんよりと暗い影を背負った人物が1人。


上条「……不幸だ。知り合いに見られたりしてないだろうな?」

御坂「…………」


上条がとっさに美琴の手を引いて向かったのは地上だった。
店の多く並んでいる地下街に対し、周囲にオフィスが立ち並ぶ地上は比較的人通りが少なかったというのが理由だ。
食蜂の操作しているカップルの男の方が2人を追跡していた。
広い屋外に出たことで、美琴のセンサーでも追跡者を確認できているとは考えにくい。
というよりも、2人ともテンパっていたおかげで、そこまで気が回っていないようだった。
上条は上条で余裕がなかったが、美琴は美琴でいっぱいいっぱいだったのだ。
気が付けば、手を引かれて走っている状況。
基本的に周りを引っ張っていくタイプなので、“突発的”とか“主導権を握られて”といったシチュエーションには弱かった。
引っ掻き回すタイプの人間であれば身近にたくさんいるが、美琴を引っ張っていけるタイプの人間はまず周りにいない。
ましてや、上条が美琴を引っ張っていくケースは想定外だ。
どうなるのかという期待感と、どうすればいいのかという不安感が入りまじり、美琴は思考がフリーズしていた。
そんな借りてきた猫のようにおとなしい美琴の様子に、さすがにおかしいと思ったのか、上条が声をかける。


上条「み、御坂さん?」

御坂「んにゃっ!?」

上条「にゃ?」


御坂の口から思わず声がこぼれる。
おかげでフリーズ状態は解除されたものの、相変わらず対応策は分かっていないようだった。
少し離れてみている人の目から見ても、明らかに美琴は動揺していた。
徐々に寒さが近づいてくるこの季節に、顔を真っ赤にしたりして非常に体温が高そうだ。


上条「本当に大丈夫か、御坂?」

御坂「だ、大丈夫よ! それより罰ゲームの続きするわよ、罰ゲームの!」


やけっぱち気味の美琴の叫びが、また人の目を集めることとなった。



上条「それでこれからどうするんだよ?」


注目を集めてしまった場所から、ひとっ走りし、近くの公園で足を止めるとそう切り出した。
普段から不幸なことに追いかけられ慣れている上条にしてみれば、この程度のダッシュはなんということはない。
それは追いかける側である美琴も同じであったようで、軽く息を整えると、


御坂「んー……」

上条「『んー』ってお前……。なんも考えてなかっただろ?」

御坂「きゅ、急に走り出したりするから忘れただけよ! ちょ、ちょっと待って! 思い出すから!」

上条「どう考えても、今考えてるようにしか見えないんですが……」

御坂「ちょっと黙ってなさい! それが2つめの罰ゲーム!」


まったく、といいたそうな顔を美琴に見せないように、近くにあったベンチに腰を下ろす。
そんな顔を見られでもしたら、罰ゲームの内容がまたハードなってしまう可能性がある。
それだけは避けたかった。
『今から川原で超電磁砲のキャッチボール』とでも言われたら、それこそ明日の朝日は望めまい。
しかし、幸いなことに、美琴はそこまで鬼ではなかったらしい。


御坂「とりあえず、喉乾いちゃったからジュース買ってきて」

上条「なんだ、そのくらいなら……」

御坂「はーい。あと60秒」

上条「短すぎませんか!?」

御坂「長かったら罰ゲームにならないでしょうが。58、57……」

上条「ち、ちくしょう! 一番近い自販機はどこだ!?」


罰ゲームに失敗したからまた今度罰ゲームね、といわれるのが一番怖い。
美琴が上条と入れ違いにベンチに座ってPDAを操作するのを尻目に、上条は近くにあった自販機の場所を思い出しながら全力で走り出す。


上条「ふ、不幸だー!!」


と叫びながら。



上条「ん?」


そんな上条が異変に気づいたのは、美琴の視界からちょうど見えなくなる辺り。
身長を超えるような生垣を曲がったところだった。
あまり人通りの多くない公園の一角で、男女が言い争いをしているようだった。
茶髪で長髪の女性に、ガラの悪そうな雰囲気の男が絡んでいるように見える。
遠くて分かりにくいが、年齢は上条とそう変わらないだろう。


上条(まあ、ただの痴話げんかなら―――)


そう思い、足を止めずにトップスピードのまま生垣を曲がる。
制限時間は残り40秒を切っているはずだ。
記憶の通り、前方には自販機が見えた。
10秒で自販機まで行って、適当なジュースを買い、全力疾走で戻る。
タイム的にはかなりギリギリ。
余計なことに費やしている時間はない。


上条「あと37秒ッ!!」


そんな時間がない状況であるにも関わらず、上条の足がふと止まる。
視界の端に、さきほどの男が女性に今にも飛びかかりそうにみえたのだ。
首の向きを変えて2人の姿を正面に捉えると、男はその女性へと手を伸ばしているのが見える。
その光景を見た瞬間、上条は方向をいきなり変えた。


上条「くそっ! たいしたことじゃないとは思うんだが」


毒づきながらも、全力疾走する。
距離的には50m程度。
ここまま走れば、6,7秒で駆けつけられる。
そんな猛然と走ってくる上条に、2人が気づいたのかギクリと身を固まらせる。
男は一瞬だけ苦い表情を作ると、そのまま上条と反対の方向へと走り去って行ってしまった。
上条がその女性のところに着くころには、男は追いつけないくらいの距離をあけられていた。
そして、そのまま男は細い路地に入っていってしまい、完全に視界から消え去っていった。



上条「だ、大丈夫ですか?」


若干息が切れてはいたものの、呼吸を整えながら絡まれていた女性に声をかける。
その女性はにっこりと笑うと、


茶髪の女性「ん、ちょっとしつこいのにつかまっててね。助かったわ」


と上条に返した。
改めて彼女を見ると、茶髪に綺麗な長髪。
それにかなり整った顔立ちをしている。
年は上条より少し上くらいだろうか?
確かにこの外見であれば、言い寄ってくる男は多いだろうと思うくらいの人だった。


上条「はは。それじゃあ、自分はこれで」

茶髪の女性「あ、ちょっと待ちなよ」

上条「はい?」


足早に立ち去ろうとする上条に声がかかる。
すでに60秒は経過しているはずだ。
となれば、もう慌てる必要はない。
そう思い、上条は足を止め振り返る。


茶髪の女性「キミ、名前は?」

上条「え? 上条当麻ですけど?」

茶髪の女性「へえ~、上条当麻クンかぁ」


その顔には、上条を品定めでもしているかのような表情が浮かんでいる。
正直なところ、あまり気分のいいものではない。
しかし、そんな雰囲気をニコッと笑って消し飛ばすと、


茶髪の女性「うん。じゃあまた機会があればお茶でも奢ってあげるよん」


そういって、上条にくるりと背中を向けて歩いて行ってしまった。
手をひらひらと振る女性を見ながら、『どうやって言い訳をしようかなー……』と心の中で涙した。



御坂「で、言い訳は?」

上条「いや~、実は―――」

御坂「ウソね」

上条「まだ何も言ってないんですけど!?」


結局、ジュースを買って美琴の元に戻ったのは、それから更に300秒経過してからだった。
急ぐ必要もないから、ゆっくり言い訳でも考えながら戻ろうということにしたのだが、やはりうまくいかなかった。
想像通り、御坂美琴のご機嫌は斜めに傾いていたのだ。
ここから先の罰ゲームがまた厳しくなるんだろうなーと思いつつ、上条は美琴の隣に腰掛ける。


御坂「それで、どんな言い訳を考えてたの?」

上条「えーっと、実は近くの自販機が故障してて」

御坂「なんなら、その自販機を確かめに行ってもいいケド?」


そもそも、この学園都市では機械の故障率は相当に低い。
それに多少小細工をしたとしても、発電系の能力のトップに君臨する美琴をごまかせるとは思えない。


上条「えーと、じゃあ……」

御坂「また、女の子助けてたんでしょ?」

上条「えーと……」


背中から流れる汗が止まらない。
つい先ほども、御坂妹の相手をしていたというだけで、かなりひどい目にあった。
ここで質問にYesと答えようものならば、リアル雷の1発や2発落ちてもおかしくない。
ふと、上条が美琴の表情をうかがうと、そこには笑顔が浮かんでいた。


御坂「別に知ってるからごまかさなくていいわよ? ずっとそこの監視カメラで見てたんだし」


目の笑っていない美琴の手の中には、公園の監視カメラの映像が映し出されたPDAがおさまっていた。


そのあとは、腕を振り回しながら電撃を飛ばす御坂に対し、上条が逃亡をするという流れで終わっていた。
いつもの通りの2人といえば、その通りともいえる結末だった。
そんな結果に、思わず食蜂の口から笑いが漏れる。


食蜂「くすくすくす」


特にびっくりするような内容ではなかったが、これはこれで面白い。
なんらかの罰ゲームで、上条が無理やり御坂に付き合わされていたのだろう。
なんの罰ゲームでということは気になるが、それ以上に御坂の空回りっぷりが見ていて面白い。
気を引きたいのに、あまりあからさまになって行動をとれない。
それでいて、向こうから行動されるとテンパって思考が回らない。
少し考えをまとめようと、時間を作ったのはいいものの、そこでまた上条が別の女性に出会う。
そして、結局怒ってしまい、せっかくのチャンスを無駄にする。


食蜂「まあ、ツンデレキャラの典型パターンという意味なら正解かしらねえ」


まだ、くすくすという笑いが止まらない。
それほどまでに、御坂の醜態には楽しませてもらった。
操っていた2人の記憶を消すと、帰路につかせる。
失っている間の記憶は、すごく楽しかったという記憶で埋め尽くした。
これは面白い記憶を持って帰ってきてくれたことに対するサービス。


食蜂「さて……」


これであの衝撃的な行動の理由はある程度把握できた。
そして、そのあとの御坂の空回りっぷりにも楽しませてもらった。
けれど、食蜂の“実は貧乏”というウィークポイントに対抗できるような弱点はつかめなかった。
さすがに、あの2人もそうそう弱点となるようなことはするまい。
そう思ったのだが、ふとあることに思い当たる。


食蜂「んんっ? いやいや、弱点はあるじゃなぁい」


最初から最後まで一貫して、御坂のある弱点は提示され続けていたではないか。
夕日が沈みかかった公園の中で、彼女は頬を大きく吊り上げる。
そして、ぽつりと一言だけこういった。















食蜂「とっちゃお☆」














今回はここまで。毎回毎回時間かかってすみません。

徐々にラブコメ風味がでてきている感じですが、いかがでしょうか?

当初の予定では、ここまで美琴が出てくるはずじゃなかったんだけどなー。


続きを更新



上条「不幸だ……」


思わず口からもれてしまったのは、もはや口癖のようになってしまったセリフ。
そんな不本意な言葉がついこぼれてしまうほど、最近はいいことがない。
それもこれも一昨日からだ。
一昨日の夕方にインデックスが、旅行から帰ってきたときはまだよかった。
ローマ正教と一戦交えたという不穏ワードがあったものの、光り輝かんばかりに幸せオーラが溢れていた。
よほどイタリアで食いこんできたに違いない。
しかし、そんな平和な時間はわずか数刻。
イタリアで肥えた舌と満たされ続けた胃袋は、上条家の食費に大ダメージを与えることとなった。
その日の夕飯、そして翌日の食事はあまり思い出したくない。
上条自身も、ステイルからの臨時収入があったことで油断していた部分があったかもしれない。
だが、そんな臨時収入はわずか2日で泡と消えた。
それに加え、昨日は御坂の罰ゲームに付き合わされた。
あっちこっちで騒がれた挙句、最後は電撃を放ちながら追いかけられる始末。
身も心もサイフの中身もダメージを負っていた。
それに追い打ちをかけるように、目の前には特売品であった卵や肉の商品棚に掲げられた完売という札。
まだ、夕日が暮れるような時間でもないにも関わらず、だ。
思わず膝が折れそうになる。


上条「不幸だ……」


意識はしていないのだが、口癖が再び口からすべり落ちる。
周囲を見回すが、他の商品は通常価格のままのようだ。
当然、今の上条のサイフにそんな余裕はない。
次の仕送りまでには、まだ10日以上日がある。
とりあえず、多量に余っているそうめんで当面の間はやりくりするしかない。
肩をがっくりと落としながら店を後にする。
この辺りでは、他に特売をやっている店はなかったはずだ。
これ以上不幸な目に遭う前に、さっさと帰宅してしまうべきだろう。
そう思い、とぼとぼと歩みを進めた。
そんなとき上条に突然声をかける人物がいた。


茶髪の女性「あれ? 上条じゃん」

上条「え?」


昨日、男に絡まれていた茶髪の女性だった。



茶髪の女性「で、どうしたの? なんか元気ないけど?」


近くにあった喫茶店に入り、注文を終えて席に座るとそう切り出された。
昨日話していた“奢る”という話は本気だったようだ。
上条もまさかすぐ次の日にとは思ってもいなかった。
だが、それは相手も同じはず。
妙な縁を感じながらも、彼女と向き合った。


上条「実は……」


多少距離感が近いのが気になるが、上条としては逆に話しやすい。
周囲には距離感をあまり感じさせない連中ばかりが集まっているせいもあるかもしれない。
上条は落ち込んでいる理由を簡単に説明した。
最初のうちはきょとんとした雰囲気で聞いていた彼女も、話が後半になるにつれて笑いが漏れるようになってきた。
ついに笑いがこらえ切れなくなったのは、御坂に追いかけまわされた話をした後だった。


茶髪の女性「ぷっ、くくくっ。あ、ご、ゴメンね?」

上条「いえ、お気になさらず……」

茶髪の女性「いやぁ、まさかそんなことになっていたとはねえ。くくくっ」


笑いすぎで涙目になっている彼女に対し、上条も別の意味で涙目になりつつある。
ちょうど話が終わったところに、注文していた品が運ばれてくる。
上条はブレンドコーヒー、彼女はエスプレッソだ。
挽きたての豆の匂いを鼻で感じながら一口飲むと、少しだけ心が落ち着いた気がする。


茶髪の女性「でもそんな事情なら、他にもっと頼んでも構わなかったのに」

上条「いえ、そういう訳にも……」

茶髪の女性「そんなに気を使わなくていいから。それにその敬語もやめない?」

上条「ん。まあ、そういうことなら。ええと……」


茶髪の女性「ああ、そういえばまだ名乗ってなかったか。私は―――麦野沈利、よろしくね」


麦野と名乗る女性は、上条の想像通り年上だった。
大学生かとも思ったが、高校3年生らしい。
推薦で大学が決まっているため、高校3年のこの時期でも時間を持て余しているということだそうだ。
高校1年生の上条にとって大学受験というものは、大変そうだなという漠然としたイメージしかない。


麦野「でも、上条って意外とモテるんだ?」

上条「えぇっ!? どこからそういう話に!?」


麦野の話を聞き終わり、再び上条の不幸話に戻ってきたとき、いきなりそんなことを言われた。
そんな素敵ワードにつながりそうな話は皆無だったはずだ。
麦野の一言は、上条の心を大きく揺さぶっていた。
彼女いない歴=年齢である上条にとって、どこかの誰かが自分に好意を抱いているという話には興味がないわけがない。


麦野「ちょーっと考えてみなよ。いい? なんでその御坂ちゃんはそんなに怒ったのかにゃ~ん?」

上条「それはナンパをしてるとでも思われて―――」

麦野「はい、ダウト。アンタは御坂ちゃんに『女の子を助けてた』って怒られたんじゃなかった?」


女の子って感じでもないけどさ、と麦野は言う。
たしかにそんなことを言われた記憶はある。
でも、善意で人助けをすることは悪いことではない。
それは御坂も分かっているはず。
にも関わらず、人助けをして怒られた理由?


麦野「つまり、嫉妬してんだよ」

上条「嫉妬?」

麦野「そ。もしくは、助けた女の子からフラグを立てられるのを回避したかったかのどっちかでしょ」

上条「でもそれは―――」

麦野「じゃなきゃ、そこまで怒ったりしないんじゃない?」


あまりにもストレートすぎる言い分に、思わず息をのんでしまった。


確かに状況的にそういった可能性も考えられなくはない。
しかし―――


上条「あの御坂が俺に惚れてるってのは、ちょっと考えられないぞ」


出会いがしらの電撃は挨拶がわり。
難癖をつけられて勝負を挑まれること複数回。
それに加え、いつも不機嫌そうにしている姿を見れば、好意などあるとは考えられない。
けれど、そんな上条の考えに麦野はハッと軽く嘲笑を浴びせる。


麦野「こーれだから鈍感クンは」

上条「まあ、あんまり敏感な方じゃないとは思うけどさ」

麦野「いいか? “また”女の子を助けてってことは、アンタは御坂ちゃんを1回は助けてたりするんだろ?」


上条は首を縦に振って肯定する。
完全能力進化計画では、妹達を助けたことがある。
部外者である麦野には詳しく説明できないが、麦野は細かい話を聞くつもりはないらしい。


麦野「つまり、御坂ちゃんは他の女が自分と同じようにされたくない訳よ」

上条「他の人を助けてほしくないってことか?」

麦野「他の『女』をだよ。アンタが他の女を助けてたんじゃ、『Only One』だったのが『One of Them』になっちまうからねえ」


上条が御坂だけを助けていたのであれば、相対的にその印象は強いものとなる。
しかし、他の女の人に対しても同じことをしているのであれば、助ければ助けるほど御坂の印象は埋もれてしまう。
生徒にとっての担任教諭は1人だが、先生にとっての生徒は多いといったところ。
人数が多くなればなるほど、1人当たりに目のいく時間は限られてしまうという訳だ。
麦野はできの悪い生徒見るような目で話を続ける。


麦野「要するに『ライバルを増やさないようにしたい』ってところかね? 増えれば増えるほど競争率は上がっていくんだし」


それこそ受験戦争のように。


上条としては、完全に納得のいく話という訳ではなかったが、ある程度説得力があったのを感じていた。
次から、まともに御坂の目をみて話せるか怪しい。


麦野「別に気にしなくていいじゃない? 上条にその気があるって言うなら別だけど」

上条「う、う~ん……」


今までまったく意識していなかったが、たしかに御坂は美少女という部類に入るだろう。
あの性格のせいであまり意識したことはなかったが。
あまりあり得る可能性ではないが、万が一御坂が上条に好意を抱いていたと仮定する。
そうした仮定の中で、御坂がアリかナシかで言えば―――


上条「……ないな」

麦野「へえ? どうして?」

上条「やっぱり今までのイメージが強すぎる」


仮定を思い浮かべても、中身が思い浮かばない。
それこそ、今まで通りというイメージしか浮かばなかったのだ。


上条「今のところはって感じだけどな」

麦野「ふぅん? じゃあ、上条のタイプってどんな感じ?」

上条「む、年上のお姉さん……かな?」


あまり意識していなかったが、つい好みが口からポロリと零れ落ちてしまった。
土御門たちと話しているような感覚で話てしまったが、相手はほぼ初対面の女性だ。
ここまで砕けた会話をしてもよかったのかと後悔するも後の祭り。
麦野は面食らったような顔をした後、ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべる。


麦野「それは私を口説いてるって考えていいのかにゃ~ん?」

上条「んなっ!?」


からかわれているというのはわかっているが、それでも上条の心臓は早鐘を打った。



上条「今日はすみませんでした」

麦野「いいって、私も楽しかったし」


麦野が上条の狼狽っぷりとじっくりと観賞すると、2人は店を後にした。
時間的には、店に入ってから30分程度。
確かに、最初から最後まで麦野は楽しそうだった。
というか、今でもニコニコしているのは気のせいではないだろう。


麦野「今度お茶するときもまた奢ってあげちゃうゾ☆」

上条「ぐっ。今度はこっちが―――」

麦野「いいって、いいって無理しなくて」

上条「す、すみません」

麦野「ま、今日はいろいろ言ったけど、結局は上条がどう考えるかだから」

上条「ハハハ……」

麦野「それじゃあね」


麦野は片目でウィンクすると、上条に背中を向けて雑踏の中に消えていった。
いろいろと固定観念がひっくり返った30分だった気がする。
心の整理をするのにも時間がかかりそうだ。


上条「麦野さん、か」


年上で頼れる感じの女性という意味では、上条のストライクゾーンの真ん中だった。
けれど、あのあしらわれ方では望み薄といったところか。
今の自分を鏡で見れば、当たり前だという気持ち半分と残念という気持ち半分で微妙な表情をしていることだろう。


上条「目のキラキラが印象的な人だったな」


昨日は気づかなかったが、少女マンガのようでとてもチャーミングだった。


麦野と別れた上条は、自宅へと向けて歩いていた。
しかし、そのスピードはかなりゆっくりとしたものだった。
というのも、先ほど麦野に言われたことを、頭の中で反芻していたからだ。
もしかしたら、御坂は自分のことが好きなのかもしれない。
つまり、いつものビリビリは構ってほしいという気持ちの表れなのだろうか?
つい、好きな女子をイジメてしまう小学生男子のように。


上条「いや、違うのか?」


さすがにそれでは子供っぽ過ぎる。
上条の視点からすれば、御坂はそれなりに頭が切れ、大人でも舌を巻く判断のできるやつだ。
だからそういうことは考えられないと、頭の中からその可能性を排除する。
実際には、1年と数か月前までは小学生であり、子供っぽいファッションを好んでいるという事実を上条は知らない。
そのため、かすりかけた真実はするりと上条の手の中から滑り落ちていった。


上条「それにしても、これからどんな顔して御坂に会えばいいんだ……」


今のところ、上条から御坂に対する感情は、友人程度のものであり、それ以上でもそれ以下でもない。
助けを求められれば助けるが、恋仲になるかといえばはなはだ疑問だ。
そもそも、それ以前に御坂が上条のことを好いているという情報が正しいものかがわからない。
麦野は実際に御坂に会っているわけではないため、麦野の予想が外れている可能性も高いのではないかと思う。
というかきっとそうだ。


上条「デスヨネー。そんなことあり得ないですよねー」


何を意識しすぎていたのか、と思う。
今は、肩から重いものが取り除かれたような気分だ。
気づけば、もう家の近くまで来ている。
あと10分も歩けば着くような距離だ。
どれだけ意識を集中して考え込んでいたのかと失笑する。
それだけ集中していたため、勘違いをしてしまった。


???「―――返しなさいよぉ!」


聞こえてきた声が、自分にかけられたものであると。


上条は周囲を見回すが、近くには誰の姿もない。
声は少女のものだったはず。
恐る恐る上方も確認するが、当然誰かが落ちてくるという気配もない。
ではどこから、と耳を澄ませたところで声が再び聞こえてくる。


???「いい加減にっ!」


聞こえてきたのは、わきにある細い路地の先からだった。
誰かがそこでもめ事をおこしているようだ。
あまり進んで関わり合いにはなりたくないが、ちらっと様子をのぞいてみる。
すると、さきほどの声の主を取り囲むように、男が3~4人立っているのが見えた。
男の姿が邪魔で声の主を確認することはできない。
その中のリーダー格の男が、どう考えても趣味ではなさそうな可愛い感じのバックを頭上に掲げていた。


リーダー「そんなにこいつが大事かよ?」

???「くっ……」

不良A「オイオイ、さっきまでの威勢はどうしたんだ? オイ」


あまり和やかな雰囲気ではないと判断した上条は、その細い路地へと歩みを進めていく。
今の流れを考えると、女の子がバックを取り上げられ、不良たちに絡まれている状況判断で間違いなさそうだ。
小走りでその集団の近くまで接近すると、背中を向けている不良に声をかける。


上条「お前ら何やってんだ!」

不良B「あぁ!?」


少女を取り囲んでいた不良たちの視線が一気に上条に集まる。
人数は4人。
ケンカで対抗するには、少し人数が多い。
かといって、ここで逃げるような選択肢は上条になかった。


リーダー「お前には関係―――」

食蜂「上条さん、助けて!」


かぶせるように張り上げられた声が聞こえると同時に、知り合いである少女の顔が上条の視界に入ってきた。



不良A「ッチ! コイツの知り合いか!」


悪いことをしていたという自覚があるのか、不良2人が上条へと相対する。
こうなったら、お前も逃がさないぞという意思表示だ。
1対2の上、食蜂が人質になっていたのでは状況が不利なのは明らか。
レベル5であるはずの食蜂がこの程度の不良に絡まれているのを考えると、能力が使えなくなっているのか、あるいは戦闘系の能力ではないのかのどちらか。
とりあえず、彼女をあてにすることはできない。
そんなことを考えている間にも、2人の不良がジリジリと上条との間合いを詰めてくる。
一か八かこの2人を突破して食蜂を保護して逃げるという方法を実行しようかと思案したところで、食蜂から声がかけられた。


食蜂「上条さん、携帯ちょうだい!」


その声に反応する。
上条はバックステップで後退すると、ポケットから携帯を取り出し、食蜂の後方へと大きく投げた。
不良に途中でキャッチされるかもしれないと心配もしたが、当の本人たちはニヤニヤとしながら、食蜂が慌てて携帯を拾う様を眺めている。
携帯を手に入れたところで、電話させさせなければ問題ないという腹積もりだろう。
上条の携帯がガラケーである点を考えれば、電話をかけ始めてから相手がでるまでに少なくとも5秒以上はかかる。
それまでわざといたぶって、楽しもうという魂胆が見え透けていた。
とっさに投げたはいいものの、この状況を打開できるとは思えない。
―――だが、上条も不良たちも勘違いしていたことがある。
携帯を拾い上げると、食蜂はガラケーを不良たちに向けた。


不良C「ギャハハハッ! んだよ、そりゃ! そんなので戦おうってかァ!?」

食蜂「お生憎だけど、そういう能力なのよお」


その後、上条が見たのは信じられないような光景だった。
食蜂がにっこりと笑顔を作り、適当なボタンを押したかと思うと、不良たちが固まったように動かなくなってしまったのだ。
不良がピクリとも身じろぎしないその光景は、まるで時が止まってしまったかのようだった。
ほっと息をついた食蜂は、まるで不良たちを意に介していないかのようにスルスルと間を抜けると、上条の元まで近づいてきた。
すぐ隣を通っていたにも関わらず、不良たちはまったく反応する素振りを見せない。


食蜂「上条さん、あのバックとってもらえるかしらあ?」

上条「あ、ああ」


何が起こっているのか理解できない上条は、食蜂の身長では届かない位置にあるバックをいとも簡単に取り戻してみせた。


それからのことは、また信じられないことの連続だった。
取り戻したバックから食蜂が取り出したのは、何の変哲もないテレビのリモコン。
それを不良たちに向け『7』のチャンネルを押すと、固まっていた不良たちが一斉に動き出し、食蜂へと視線を向けた。
上条は食蜂を下がらせ、臨戦態勢をとるが彼らの目はどこかうつろだった。


上条「何が―――」

食蜂「上条さん、もう大丈夫よお」


続いてまたチャンネルのボタンを押すと、彼らは上条たちに背を向けてその場を後にしていった。
その足取りは、まるで何かに操られているかのようだった。
とりあえず、理由はわからないが脅威は去ったとみていいだろう。
何が起こったのかは、食蜂が分かっているはずだ。


上条「食ほ―――」


後ろに下がらせた食蜂に事情を聞こうと思った瞬間、背中に何かぶつかるような感触があった。
何だかやわらかいなと思っていると、脇の下から伸びてきた腕に上条の体は掴まっていた。
端的に言えば、後ろから抱き着かれていた。


上条「なっ、なん!?」

食蜂「―――っく」


背中に顔をうずめた食蜂から、すすり泣くような声が聞こえてくる。
その瞬間、上条は察した。
さきほどまでは気丈にふるまっていたため気づかなかったが、実は食蜂も怖かったのではないか。
脅威が去った今、安堵感でつい涙がでてきてしまったのだろう、と。
ふぅと上条は軽く息をつくと、落ち着いてもらおうと食蜂を慰め始めた。


上条「もう大丈夫だ」

食蜂「ううううっ……」


背中に押し付けられている胸のやわらかさを感じながら、これもフラグなんだろうかと益体もないことを考えていた。
実は、後ろで食蜂が小悪魔のような笑みを浮かべているということも知らずに。


女って怖いわー、というところで今回は終わりです。

それなりに筆が進んだので、調子よくかけました。

次もなるべく早く更新できるように頑張ります!

ごぶさたしております。SSSです。

ここのところモチベーションを維持できず、続きがかけていない状況ですorz

なんとか今月中に1回&年末~年始にかけて1回更新できるように頑張りますので、今しばらくお待ちを・・・。


続きを更新


日付は1日だけ遡る。


食蜂「さてと」


食蜂は一言だけつぶやくと、すぐさま今後の方針を考えることにした。
日の傾いた公園で、食蜂がカップルからの報告を覗き終わった後のことだ。
上条を奪ってしまおうということは、何も御坂に対する嫌がらせだけが目的ではない。
前から考えていた能力の効かない2人の対策方法。
思考に特定の方向性を持たることで考えを読みやすくしようというものだ。
つまり、御坂から上条という片思いの相手を奪うことで、御坂には怒りと嫉妬を。
そして、上条からは好意の目を向けさせるようということだ。
そういう風に誘導さえしまえば、多少のミスをしてしまっても感情が真実を曇らせる。


食蜂「そうなると……」


挙げるべき問題点は、数え切れないほど多い。
軽く頭のなかで考えただけでも、両手で足りないほどだ。
特に最重要項目となってくるのは、食蜂が質素な生活をしているという事実を知られないこと。
そのために、こんな面倒なことをしなくてはならなくなってしまったのだから、そこでボロを出してしまっては元も子もない。
となると、好意の目を向けられた後もあまり接触の機会がないほうが望ましい。
その辺は、生活圏が違うことからもあまり気にしなくてもいいだろう。


食蜂「不意の接触させなければ、無視できるレベルよねえ」


そのあたりに気を配らなくていいとなると、どうやって上条を堕とすかということになる。
そもそも、食蜂が上条についてしっていることは非常に少ない。
貧乏学生でトラブルに巻き込まれる体質があり、困っている人を助けずにはいられないということくらいだろうか。
普段の行動を知っているわけでもなければ、趣味もあるのかどうか知らない。
今のところ、食蜂操祈と上条当麻を繋げているのは御坂美琴という人間関係のみだ。
それだけではアプローチするにも弱いし、御坂の話を出さなければ会話がないというのも問題となってしまう。


食蜂「まずは情報収集からしらねえ?」


現時点では、何も知らないに等しい。
御坂に聞いても素直に教えてもらえるとは思えないし、変に勘繰られるのも面白くない。
手当たり次第に他人の記憶を覗いていって、上条当麻の知り合いを探し回るのも方法ではあるが手間がかかりすぎる。
であれば、能力を使って適当な人物を操り、上条本人から聞き出すのがもっとも安全な方法だろう。
聞き出す人間を完全支配下におけば、あの右手に注意することも容易いはずだ。



食蜂(問題は誰を使って情報を聞き出すか、よねえ……)


他人を使って聞き出すといえば、簡単なように聞こえるかもしれない。
しかしながら、それもなかなか難しい。
何が難しいのかというと、その聞き出す人間の人選だ。
近い人間であれば、知っているはずの情報を再度聞き出すというのは、どうしても不自然さが発生する。
そういう意味では、食蜂自身がある程度聞きやすい立場の人間なのだが、あまり変な先入観を与えたくはない。
いい意味でも、悪い意味でも知らない間に琴線に触れる行動はとっていたという状況は避けたいのだ。
でないと、上条の好感度がどの程度の程度上がっているのかが読みづらくなってしまう。


食蜂「んんーっとぉ……」


そうなってくると、聞き出す候補者は『どう思われようとも気にしない他人』が望ましい。
中途半端に身近な知り合いレベルだと、距離感がわからない部分もあるからだ。
そういった微妙な立ち位置の人との関わり合い方が、食蜂にはよくわからない。
相手の考えていることが100%正確な形で分かってしまうため、そういった機微については疎いのだ。
能力ばかり使っている弊害とでもいうべきか。
小萌先生的にいう経験値が低い状態ということなのだろう。
そういった中で、情報の取捨選択をして最も適切な人物を考えると―――さきほど公園で上条が遭遇した女が頭の中に浮上する。
知り合ったばかりの他人であるため、いろいろと性格に差異がでても問題がない点はメリットだ。


食蜂「わざわざ他の候補者を探すっていうのも手間だしぃ」


それに綺麗な女性というのもポイント。
キャッチセールスでも、美人を使うことでエサを釣り上げる確率は格段に跳ね上がる。
それこそ、気を引きたいがためにベラベラしゃべってくれるかもしれない。
そうなれば願ったりかなったりだ。


食蜂「ふふふっ。まだ近くにいてくれるといいわねえ」


そう一言だけつぶやくと、食蜂は夕暮れの公園を後にした。


結論からいうと、その女性はすぐにみつかった。


食蜂「ふぅん。ずいぶんいいところに住んでるのねえ」


7学区の学生寮が並ぶ一角にあるそのマンションは、平均レベルから見れば多少上という程度の物件。
つまり、少なくとも食蜂のアパートよりは上質なものだ。
人目をひく顔立ちということもあり、記憶を覗いていくと彼女だけに限らずいろいろなことが分かった。
名前は前木想華。
大学1年生で心理学を専攻。
能力は読心能力(サイコメトリー)で、レベル2程度。
昼間のいざこざの原因は、彼氏の浮気を能力で知ってしまったことからだったようだ。


食蜂「くっだらないわあ……」


他人事なので、ぽつりと吐き捨てる。
大きな事件かと思えば、日常的にどこでも起こっているありふれた事象だった。
あのトラブルメーカーが巻き込まれた時点で、何か大きな事件なのではないかという期待も肩すかしだ。
とはいえ、食蜂は派手な事件の情報ばかりであまり知らなかったが、上条の日常はこのような普通のトラブルに巻き込まれることの方が圧倒的に多い。
そんな事情を知らない食蜂は、ブツブツと不満をつぶやいていた。
しかし、それ以上先に考えなければならないことがあったため、頭を振って思考を切り替える。


食蜂「むぅ、思ったよりも家が近いわねえ」


彼女の家と食蜂の家とが、ではない。
上条の家と前木想華の家が近すぎるのだ。
彼女の家を探索する過程で、上条のクラスメイトに当たったのは偶然だった。
上条当麻の性格の上層部分をある程度把握もできたし、それなりに収穫はあったと考えるべきだ。


食蜂「とはいえまだ情報力としては弱い」


となれば、彼女を使って話を聞き出すのがベターだ。
普通に歩いても2~3分圏内の場所にそれぞれの家がある。
こんな近距離では、いくら大学生と高校生の生活感が異なるといっても、すぐに鉢合わせする可能性は十分にある。
というか、あの上条当麻であればその可能性は限りなく高い。
何しろストーキングしていたのかと思うほど食蜂を見つけているのだから。


食蜂「ふふっ、何かいい方法はないかしらねえ?」


そういって笑う顔は、誰の目から見ても悪い顔に見えただろう。


そして翌日にはさっそく作戦を実行した。
といっても、タネとしては実に単純。
操っている彼女を“麦野沈利”という全くの別人として作り上げた。
そうすることで、万が一、上条と彼女とが鉢合わせをした場合にも、他人の空似で済ますことができる。
何しろ、彼女には麦野沈利として行動している間の記憶はすべてなくなってしまうのだから。
なぜ、あのレベル5の名前をかたっているのかと問われれば、前木の見た目と麦野の性格がマッチしていたからだ。
ある程度、元ネタとなる人物がいたほうが食蜂にとっても操作しやすい。


食蜂「それにしてもすごいわぁ」


食蜂は今、とある公園のベンチでコーヒーを飲んでいる。
挽かれたばかりの豆のいい香りが鼻孔を通るたびに、コンビニのコーヒーのレベルの高さを感じる。
そんなある種優雅なひと時を過ごしている間も、彼女の頭の中には全く別の視覚情報が映っていた。
上条当麻を尾行させている少女からの視覚情報だ。
どうやら、休日の午前中から食材の買い出しに向かっているらしいのだが、スーパーに向かう道中でも不幸なことが立て続けて起こっている。
空きっぱなしになっていた側溝に落ち、犬にかまれ、飛んでくるサッカーボールは頭に当たる。
あまり気にしていないことを考えると、器が大きいのか単に慣れているだけなのか疑問に思えてくる。


食蜂「まるでコントみたいねえ」


これでタライでも降ってきたら完璧だ。
誰かを操ってそうする光景を思い浮かべるだけで、くすりと笑えてくる。
そんな不幸な少年が特に目立つ特売商品もない店の中に入っていくのを眺めながら、食蜂は次なる手をうつ。
帰りに通るであろうポイントに前木想華を配置する。
もちろん、家を突き止めた時点で、能力の楔は打ち込んである。
あとはリモコンの再生ボタンを押すだけで、完全支配下の人形のできあがりだ。
ちなみに、そのリモコンは直接彼女に向ける必要はない。
1度能力で条件をセットしておけば、同じ学区内程度の距離はないも同然だ。


食蜂「さすがに初めて能力を使うときには、射程内にいないと難しいけどお」


鼻歌を歌いながら温かいコーヒーを口に含むと、主人に見捨てられた犬のようにしょんぼりとしている上条が店からでてくる。
昨日の特売商品が今日もあるかもしれないと思ったのだろうか?
あいにくと学生寮ひしめく7学区はそこまで甘くない。
そんなしょぼくれた姿を見ていると、ニヤニヤとした笑みを浮かべてしまう。
とぼとぼと上条が歩き始めると、食蜂は手に握ったリモコンの再生ボタンを押した。



食蜂「ふふふっ。御坂さんかわいそぉにい☆」


結果は上々。
好みのタイプを確認できたうえ、御坂に女性としての興味がないことも確認できた。
これで彼女から作戦中に横からかっさらわれるような危険性はなくなった。
密かに女の子に興味がないという可能性もあるのではないかと考えていたが、どうやら杞憂で済んだようだ。


食蜂「そうとわかれば、ある程度作戦は立てやすいわあ」


あの少年の周りには、好意を寄せているであろう女が複数いることはリサーチ済み。
にも拘らず、思春期真っ只中の上条が彼女たちに食いつかないのには、周りに理由があると考えるのが妥当だろう。
高校生ともなれば、“彼女”という言葉に強く惹きつけられる年頃だ。
ちょっと優しくしたくらいで、こちらの行為を好意に捉えてしまう。
自意識過剰ともいえるくらいにだ。
それはあの少年とて例外ではないだろう。
しかし、上条当麻という少年に彼女らしき存在がいるという噂は聞いたこともない。
それは、上条が彼女らの好意にまったく気づいていないことに起因する。
彼の鈍感な頭の中では、何がどう変換されるのか好意が、友情や恩返しというフレーズに変わってしまう。
あるいは、雰囲気だけでは好意を向けられることを信じられず、自分がそんな風に思われているとは考えないという防衛本能が働いているのかもしれない。


食蜂「起承転結の“起”がないんじゃあ、恋も始まらないわよねえ」


そうやって曖昧なままの関係が続くことによって、いつの間にか上条の頭の中で友人フォルダに区分されているのだ。
そこからはよっぽどのことがない限り脱出することができない。
それこそ、何らかの外的要因でもないと難しいだろう。


食蜂「まずは、私はあなたのことが好きですーってアピール力を発揮するところから始めるのがよさそうねえ」


それだけで、他の女が立ててすらいなかったスタートラインに立てる。
そこからは相手の心を読みつつ、うまく自分のことを追いかけさせるのがベスト。
ある程度釣り針が深く食いついたら、あとは煮るなり焼くなりお好きにどうぞという訳だ。
そこで時計を見ると、情報を聞き出してからまだ5分もたっていない。


食蜂「さぁて、サクッと終わらせちゃうゾ☆」


そういって、空になった紙コップをごみ箱に向かって投げた。


なお、入らなかった模様。

またまた長い間お待たせしたうえに、少し短めですみません。

書ききるつもりではいますので、最後までお付き合いいただけると幸いです。

毎度お待たせして申し訳ありません。

続きはかけてませんが、生存報告を。

仕事がある程度落ち着くまでお待ちいただけると幸いです。 orz

まさかの生存報告2回目です……。

完結させる意欲はあるのですが、なかなかかける環境にないのが現状でして……。

なんとか早くかけるようにしたいと思いますorz

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