鑢七実「ここは………どこかしら?」布束砥信「学園都市よ」(953)

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私は明日、死ぬだろう。

ヒトとして生かされるが、人間として殺され、最終的には焼却処分されてしまうだろう。

これは私の意志とは全く関係なしで実行されるだろうし、誰も罪とは思わない。

そればかりはいくらなんでも変わる事のない決定事項。

私が2万ものとある中学生の超能力者のクローンの思考回路を創造したと同じで、彼ら私を解剖して研究しる者たちも、それと同じ心境だろうに違いない。


そう、これは学園都市の闇の日常なのだ。


だから誰にも止められないし、誰も止めようともしない。まぁ、とある無能力者の高校生なら憤慨して突っ込んできそうだが、あてにするような事項ではないなと一笑した。

そういえばその高校生は第一位の超能力者を拳一つで殴り倒したらしい。全く、世の中は何があるのかわからないものだ。

さて結局、いくつ度か考えても状況は全く進行しない。ましてや処刑台へ登る日が段々と近づいてくるように思えた。

そう、私は明日死ぬのだ。この事実は微動だにせずそこにある。


ところで、もう私が腰を落ち着かせているこの空間に嫌気がさしてきた。白い椅子、白い机、白いベッド、白い壁紙、白い天井、白い蛍光灯、白いトイレ、そして白い服を纏った私…。

何もかもが白で埋め尽くされたこの部屋は防音で外の音は全く聞こえないし、中の音も全く響かない構造になっている。

もう頭がおかしくなってきそうだった。

そもそも、この部屋は人の人格を歪ませる効果があるから当然の事か。

ああ、いっそ死んでしまいたい。2、3mもない距離にあるトイレの陶器を割って、その欠片で喉元か手首を掻っ切ってやりたいが、残念な事にあの便器は割れにくいプラスチック製だった。

上の服を脱いでそれをドアノブに掛けて首を吊ろうとも考えたが、ドアノブと言う物は無かった。ついでに自分の手が届く所にはドアノブの代わりに作用点になる突起物は無い。首を吊るにも吊る物が無ければ首は吊れないのは不幸だった。

その他にも自殺する方法は考えた。でもパッと考え出した案はどれも不可能か未遂に終わるものばかりであった。

結局、私は人として殺されるままで、自分でこの命を絶つ事は許されないのであった。

なんと悲しい事なのだろうか。

しかしそれほど私は罪を犯した。人の頭を弄繰り回して実験動物として殺させたのだ、十分すぎる報いじゃないか。


でも、この死に方は空しすぎる。


ただ、無残に殺されるその前に“ヒーロー”と呼ばれる人間が助けに来てくれたら……。

いや、ヒーローじゃなくてもいい。神様か仏様か天使か天女かが………ああいや、私はそんな胡散臭い宗教なんか信じる人間じゃなかった。でも人間、どんな無宗教の者でも生命の危機に陥れば神を信じるものだ。しょうがないか。

とにかくヒーローか、それとも小さな子供の頃に読んだお伽噺の様に王子様が白馬に乗って助けに来るのを願ってみようか、とボーっと考えて、なんとなく適当に口に出してみた。

そして、その時だった。


本当に助けがやって来た。

だが、ヒーローとも神様でも仏様でも天使か天女でも王子様でもなく――――――――







―――――――――爆発と白い煙共に、髪の長い美人な尼さんが現れた。






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とある魔術の禁書目録×刀語 第参弾

~あらすじ~

麦野沈利が『ゼロ次元の極点』で遊んでいたら偶然にも鑢七花を召喚してしまった事から物語は始まる。

七花は麦野を倒し(殺してはいない)脱走→VS絹旗最愛→VS白井黒子→VS御坂美琴と連戦に続く連戦でついに力尽き、警備員に捕まってしまい、木原数多に人体実験の実験台にされるかと思ったが、麦野が七花を救出された。

麦野は七花を元の世界に返そうとするが失敗。その代り『毒刀 鍍』を召喚してしまって四季崎に憑依されしまい、四季崎によって学園都市に完成形変体刀十二本と七花がかつて戦った敵…そして奇策士とがめを、『ゼロ次元の極点』で召喚される。 そして刀の毒で麦野は意識不明の重体に陥ってしまう。

七花はとがめと再度契約し、絹旗らアイテムと共に変体刀十二本を蒐集することを決定し、結標淡希が持つ『千刀 鎩』を蒐集。(前々スレ)

そしてとがめは『斬刀 鈍』を有する無能力者狩り組織を、お得意の奇策によって潰し、『斬刀 鈍』を無事に蒐集し、『賊刀 鎧』の所有者、駒場利徳がリーダーを務める武装無能力者集団と同盟を結んだ。

さて、完成形変体刀十二本を個人的に集めようと、そして学園都市の者でない人物を排除しようとしている土御門元春は、巨大なマナを察知し、否定姫を単独で排除しようとするが返り討ちにあい、義妹である舞夏を人質に取られてしまって否定姫の軍門を下される。

さてさて、無能力者狩りに拉致された吹寄制理と佐天涙子は、助けてくれた恩人である敦賀迷彩に弟子入りし、一方禁書サイドの主人公上条当麻が無能力者狩りとの戦いで深手を負った結標淡希とキスしている所を、御坂美琴に目撃されたのであった。

その翌日、鑢七花と奇策士とがめが潜伏するアイテムの、その一人である絹旗最愛の自宅に『闇組織限定運動会』の参加状が送られた。

当然奇策士とがめはそれに参加しない訳はない。なぜなら―――――景品は『微刀 釵』だからだ。



そして、牢屋に囚われた布束砥信の目の前に、鑢七花の実の姉、鑢七実が現れる―――――。



果たして七実は一体どうなるのか!? 布束の運命はどうなるのか!? 上条と結標と美琴との三角関係は!? 七花へ恋心を抱く絹旗の今後は!? 今回の奇策士とがめの華麗なる奇策とは!? つーか闇組織限定運動会ってなんだ!?



適当な作者が気分気儘にお送りする、ハチャメチャハイテンションバトルラブコメディ!!

まさかまさかの禁書×刀語クロスSS第参弾!! はじまりはじまり~♪





――――――――登場人物紹介――――――――

上条SIDE

上条当麻:主人公の一人。相変わらずの不幸の人。ただし、原作と違うのは結標淡希にキスされたと言うリア充になってしまった事。

結標淡希:木原くンに捕まる所を上やんに助けられ、その後に説教を喰らって重度の上やん病に罹った人。元『千刀 鎩』の所有であるが、今は『鎩』の元になった一本を持っていて、能力を使っている。

御坂美琴:未だに上条への恋心をわからぬ女の子。原作通りの強さとツンデレです。

インデックス:一応ヒロインの筈。同居人の否定姫に魔術を教えたばっかりに無自覚に操られ、利用される。

土御門元春:皆が知っての通りの上条のクラスメイト必要悪の教会の一人として否定姫と対峙するが返り討ちに合い、強制的に奴隷にされる。



否定姫SIDE

否定姫:現『王刀 鋸』の所有者。インデックスの記憶を読取り、その毒は全て『王刀 鋸』の特殊効果『解毒』で打消して魔神となった。禁書目録と土御門元春を操りる。現在は上条家に居候になっている。

左右田右衛門左衛門:否定姫の忠実なる僕。スペックは刀語原作の通り。否定姫の為、潜入捜査や暗殺から炊事洗濯まで何でも完璧にこなす凄い人。当然否定姫もいるから上条家で寝泊まりしている。(つーか上条さんちは一体何畳だ?)



彼我木SIDE

彼我木輪廻:第十九学区で敦賀迷彩と共に住む仙人。四季崎には鑢七花の敵を強くする為に送り込まれたらしいが、個人的には学園都市内の争いのベクトルを変換させる為に動く。学園都市のあちこち周っているとか。

敦賀迷彩:第十九学区で彼我木輪廻と共に静かに住む(住みたい)巫女。スペックは刀語原作通り。最強の護身術である千刀流の達人である。

吹寄制理:上条のクラスメイト。無能力者狩り事件の被害者の一人。自分の無力さを思い知り、それを克服する為、敦賀迷彩から千刀流を学ぼうとする。因みに彼我木輪廻の存在は知らない。

佐天涙子:美琴の友人。初春のクラスメイト。吹寄に助けられてたばかりで自分を恥じ、敦賀迷彩に弟子入りする。因みに彼我木輪廻は知らない。




七花・アイテムSIDE

鑢七花:主人公の一人。スペックは刀語原作の通り。超能力者<レベル5>並みの戦闘力を持つ。奇策士とがめと共に世界に散らばった完成形変体刀十二本を集める。絹旗最愛と毎日稽古をつけているが、虚刀流を教えている訳ではない。

奇策士とがめ:知っての通り『虚刀 鑢』の所有者である。性格・スペックは刀語原作以下略。完成形変体刀が世界に影響を与えない為、十二本全てを集めようと奇策を練る。

絹旗最愛:知っての通りアイテムの一人。原作と違和感がある人は、原作の毒が少し抜けた感じがするだろう。七花と毎日稽古をつけて貰っている。

麦野沈利:『毒刀 鍍』の毒によって重体だったが、目覚めたらしい。無論、原作とスペックは変わりない。

滝壺理后:アイテムのメンバー。

フレンダ=セイヴェルン:アイテムのメンバー。


真庭忍軍SIDE

真庭蝙蝠:真庭忍軍の一人。武器が全く無い状況ながら、前スレでナイフや拳銃などを大量に手に入れた。

真庭川獺:真庭忍軍の一人。

真庭人鳥:真庭忍軍の一人。無能力者狩り事件で佐天と初春と面識がある。

真庭狂犬真庭忍軍の一人。過去に憑りついた戦士、全員二千人が召喚された。一人一人が狂犬で、それぞれ意志が疎通している。




雲川SIDE

雲川芹亜:学園都市統括理事会の一人、貝積継敏のブレーン。完成形変体刀十二本を蒐集しようと企む。

貝積継敏:学園都市統括理事会の数少ない人格者。

八馬光平:オリキャラ。前スレの無能力者狩りの元メンバーで生き残りの一人。大能力者で野球選手が付けるグラサンがトレードマーク。仲間の為に雲川の部下になった。好きな物はカロリーメイト。嫌いな物はふしだらな女。

笹斑瑛理:オリキャラ。雲川の部下であるが、同時にアイテムの下っ端工作員である強能力者。嫌いな物は黒いG。好きなタイプは実父実母実兄実弟実姉実妹実息実娘実祖父実祖母義父義母義兄義弟義姉義妹義息義娘義祖父義祖母双子未亡人やもめ先輩後輩同級生女教師男教師幼なじみお嬢様お坊ちゃん金髪黒髪茶髪銀髪ウルフヘア長髪男子五厘刈りスキンアフロドレッドショートドレッドロングドレッド辮髪丁髷ロングヘアセミロングショートヘアボブ縦ロールストレートツインテールポニーテールお下げ三つ編み二つ縛りウェーブくせっ毛アホ毛学ラン長ラン短ラン応援団服特攻服はっぴ和服洋服中華服スカート女装ランニングシャツジャージセーラーブレザー体操服ブルマ柔道着弓道着コーチ執事料理長見習いバイト下っ端歌手ダンサーマジシャンオタク保母さん看護婦さんメイドさん婦警さん巫女さんシスターさん軍人さん秘書さんロリショタツンデレチアガールスチュワーデスウェイトレス白ゴス黒ゴスチャイナドレス病弱アルビノ電波系妄想癖二重人格王様王子様女王様お姫様ニーソックスガーターベルト男装の麗人女装の怪人メガネ目隠し眼帯包帯競泳水着ロングロングスパッツスパッツブーメランスクール水着ワンピース水着ビキニ水着スリングショット水着バカ水着人外幽霊宇宙人獣耳娘男の娘という究極の変態である。(前スレ>>768より)


以上。今後次々と出して行きます。まぁオリキャラはもう殆ど出ないでしょうね。あとは禁書と刀語のキャラで頑張ります。つーかオリキャラって使いやすいけど処理が難しいのが厄介です。そして………どーしてこーなった……って、後悔してます。

こんばんは。しばらくサイトにアクセスできなかったので心配かけたかと思いますす。

さて、書き溜めたのを投稿します。

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布束を助けに来たのはヒーローでも神様でも仏様でも天使か天女でも王子様でもなく、尼さんだった。

神様か仏様のように落ち着いた、天使か天女のような美貌を持った尼さんが、ヒーローか王子様のように助けに来たのだ。………いや、今の状況からしてヒーローか王子様のように格好よくとじゃないが、今は別にどうでもいい。

虚刀流

それは何なのかはわからないが、ともかく鑢七実という人間は途轍もなく強い人間だということが分かった。

あの能力は何なのだろうか? 指先を鋭利な刃物にする能力だろう。パッと思いつくのは念動力。しかも強度は大能力者以上のクラスだと考えられる。

しかしこの監獄には『AIMジャマー』が張り巡らされている。AIMジャマーとは能力者が発生させる特殊磁場『AIM拡散力場』を乱反射させ、能力を阻害する代物だ。よって鑢七実という人物は超能力は使っていない。

ともかく、布束砥信の前に現れたのは曲がりなりにもヒーローでもあり神様であり仏様であり天使か天女でもあり王子様であるのだ。これを利用しない訳はない。すぐにでも彼女と共にこの牢獄を出よう。

布束は座っていた椅子から立ち上がり、七実が開けた大穴へと足を向かわせる。


「さて、ここからでましょうか」

「あら、先程言ってた事と違うのでは? ここから出たら、ここがどこだか教えると仰ってたじゃありませんか」

「be different,『この監獄から出たら』よ」

「ああ、これは失礼しました」


と、七実は暢気にペコリと頭を下げる。 そう、暢気に。

その頭を下げた七実の頭上ギリギリを、銃弾が一発通り過ぎたのだ。弾は壁の断面を砕く。

のんびりと七実は振り返る。20mほど向こうの曲がり角に2,3人、武装した看守たちが銃をこちらに向けて立っていた。看守と言っても映画で見るような軍服もどきではない。本物の軍隊と変わらない装備を整えた兵だった。

恐らく、壁を七実が壊したのを監視カメラで目撃した彼ら(もしくは見張り)が慌てて武装してやってきたのだろう。因みに、彼らも教育者もしくは研究者のの端くれである。
「まぁ、“ここから生きて出られたら”だけどね?」

「………もしかして、ここから出たらいけなかったのでは?」


と七実は悪い事をした子供を咎める顔をした。布束は肩をすくめて答える。


「まぁね。でも、あのままじゃあ私、毒ガスで死んでいたんだもの。もちろんあなたもね」


実際は毒ガスではないが、説明をするのが面倒だったのでちょっと改竄した。


「そうですか、だったら致し方ないですね」


と七実はため息を一つ。

それと同時に銃弾がもう一発飛んできた。今度は七実の頬を掠めた。白い肌に紅い線が敷かれる。


『そこの不審者。直ちに両手を上げて投降しろ! さもないと頭がザクロにしちまうぞ!』


下品な笑い声が拡声器を使って投げかけられた。

七実は『なんだろう?』と振り返る。

そこには一丁のライフルを右肩に担ぎ、左手で拡声器を持った30~40代の男が立っていた。不細工な顔でこちらを見てる。

「彼は?」


七実は布束に訊いた。しかし気が付いた時から牢屋の中にいた布束は知る由もない。


「さぁ、わからないわ」

「そうですか、だったら訊きましょうか。本人に」

「聞いてくれるかしら」


また暢気なことを……。きっと彼らは布束を拘束し、七実を抹殺しようとやって来たのだろう。


「申し訳ありませんが、あなた達はいったいどちら様でしょうか………。あ、申し遅れました、私は鑢七実と申します」


とぺこりと頭を下げた。礼儀正しいのは良いが、今の状況ではあまりにも場違いな態度だった。

その場違いな七実の足元、指先数cm前の地面に弾丸が叩き込まれる。


『頭に手ぇ上げてこっち来いっつっただろうがボケナス。さっさとしねぇと鉛玉ぶち込むぞ!』

「…………なぜ彼は私に対して怒っているのでしょうか?」

「That said, あなたの態度は明らかにおちょくっているとしか思えないわね」

「…そうでしょうか……失礼の無い様にしているつもりだったのですが……。残念です。どうも無人島暮らしだったので他人との接し方と言う物が苦手で……。どうしたら良いのでしょうか」


七実は残念そうに、困った顔で溜息をつく。


「(なるほど、無人島暮らしか。通りで何かずれていると思ったら常識が欠如しているのか。)とにかくここから出ない事には何も始まらないわよ?」

「あの方たち、通してくれるでしょうか」

「…………それは無理だと思うけど…」

「………時に布束さん」


そう七実は布束の方を向くと、拡声器を持った男がライフルを構えた。赤い点が七実の後頭部で止まる。


『おいお前、俺の話聞いてんのかぁ!?』


男はそう言った。七実は彼の言っている事を聞こうかなと考えたが、布束への質問を言う事を優先させた。


「一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか」


すると、いい加減に苛立ちが限界を突破した男は、ライフルの引き金を迷わず引いた。

それでも、七実は布束の方を向いたまま彼女に質問を投げる。

コンクリートでできた壁を砕き、人間の頭を簡単にザクロで出来るたった一つの鉛の塊が、一直線に七実の頭部へ走った――――――。


「さっきからあの方たちが飛ばしてくる鉄のような玉が―――――」



―――――――――――が、七実は首を曲げて回避した。




「―――――もしものこと私に当たったらどうなるんでしょうか」


髪の毛が一本、七実の足元に落ちた。七実はそれを見る。その後に前を見て、弾丸が当たった壁を見た。

そして布束は七実の質問に答えた。


「of course,紅い血を撒き散らして無残に死ぬわ。だって彼ら、私たちを殺しに来たんですもの」


その言葉を聞いた七実は、


「ああ、なるほど。通りで躊躇がないと思いました。殺気がなかったので気づきませんでした。そうですか、私を殺しに来たのですか」


納得したように口に手を当てていた。

まぁ彼らは七実や布束の事を的当ての空き缶程度にしか思わずに、ただ平然と引き金を引いているのだろうから殺気がないかもしれない。

モルモットに劇薬毒薬を大量に投与する研究者らしいと言えばらしい。生き物を生き物と呼ばない思わないのだろう。

布束はそう思った。七実もそう考えているのだろう。

そして、



「だったら致し方ありませんね、――――――――――――じゃあ殺すしかありませんか」



七実は消えた。



いや、そう感じたのは一瞬であった。

気づいたら彼女は七実を殺そうとした男の首を刎ねていたところだった。


「…………………え?」


布束は息を詰まらせた。

首のない死体の向こうにいた兵二人もそうだった。まだ固まっている。

そして躊躇なく、七実はその二人を手刀で、右の兵は右手で、左の兵は左手で斬殺した。


「な………」


布束ようやく、現状を把握した。

七実は、一瞬であの男まで移動したのだ。ただ、移動したのだ。そして空手家の大山倍達が手刀でビール瓶を割るように、虚刀流の鑢七実は男の首を刎ねたのだ。

見ていれば、簡単な作業だった。

これが、虚刀流。まるで日本刀じゃないか。
七実は、返り血を一滴も浴びずに振り返る。


「どうしたのですか?布束さん。来ないのですか?」

「え? え、ええ、行くわ」


布束は駆け足で七実の向かう。真っ赤に染まった床を裸足で進むのはネチャネチャしてて非常に気持ち悪い。

そんな布束をよそに、七実は男が持っていたライフルを手に取った。それを宙に向かって構える。


「なるほど、こう構えるのね。そして引き金を引く事によって中に入っている鉛玉が勢いよく出てくる。、興味深い武器ね」


七実は試しに一発、引き金を引いてみる。パシュッ!とライレンサー付きの銃口から銃弾が発射された。


「っんと、結構反動がくるわね。面白いわね………けどまぁ、いらなけど」

七実はそう呟いてライフルをポイッ死体の上に放り投げて、殺伐とした廊下の向こうへ足を進める。


「さて、さっさとここから出ましょうか」

「…………とりあえず、ここがどこで出口がどこなのか知ることが第一ね。それがなかったら迷走して捕まって銃殺よ」



とりあえずどこかの部屋に立て籠もって、隙を見てコソコソと移動しながら脱出を図るしかない。

布束は七実にそう言うと、そんなことなど知ったことじゃないかのように、こう口にした。







「面倒ね、だったらいっそ殲滅させて占拠しましょうか」








それは、短絡的かつ簡単かつ効率的で、最も最悪な方法だった。









「それで良いですわよね? いえ、悪いのかしら?」






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短いですが、以上です。ありがとうございました。執筆が久々だからなんだがぎこちないです。

こんばんは、書き溜めた物を投稿します。

自転車を全力で漕いでたら、チェーンがぶっ壊れました。ケツを強打した上、コンビニで買った杏仁豆腐を地面にぶちまけました。298円でした。

あと、布束さんの台詞、超ハイパーウルトラメガテガスペシャル面倒臭いです。そうです、ワタクシ高校の時の英語の点数、平均30点いってません。英語なんて消えてなくなればいいんだ。

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ぞくっ。

布束は背中に氷の塊を突っ込まされたような感触を感じた。

彼女の目の前にいる七実は、

――――――――――ニヤリ。

不気味に両目と口が細くなっていく。悪そうな、いや悪いネットリとした笑みを浮かべた。これが布束が戦慄した理由だった。

一瞬で動けなくなる。両足が床に絡まれて微動だに出来ない。手足が空気に捕まえられ、頭を天井に押さえつけられている錯覚に陥った。



その瞬間である。


「おい!―――――――」


遠くから声が聞こえた。


「――――――そこで何をやっている!?…………って、ぎゃあああああああああああああああ!!」

そして悲鳴が聞こえた。

目の前にいた筈の七実は、もういない。


「……………あら? 布束さん。布束砥信さん?」


悲鳴が聞こえてきた場所から、七実が自分を呼ぶ声がした。

しかし、相変わらず固まって布束は動けなかった。そこに、


「布束さん? ついて来ないと置いて行ってしまいますよ?…………あら?」


七実が一瞬でやってきた。


「どうしたのですか? 汗びっしょりじゃあございませんか」


七実はそう慌てて裾から手拭いを取り出し、布束の額の汗を拭いた。関係ないが、七実と布束の身長差は20cm以上離れているので、七実は少し背伸びしている。

その時、布束は気づいた。七実の頬から首にに、紅い返り血がベットリとついていたことに。


「――――――――――――ッッ!!」


布束は目を見張る。その表情を取ってからか七実は頬に手を触れた。


「なんでしょうか布束さん、私の顔に何かついているので………ああ、申し訳ございません。見っとも無い物を見せてしまいました」


と恥ずかしそうに手拭いで自分の顔を上品に拭き取る七実。

返り血を拭き取り、肌を綺麗な雪の白色に戻した七実は、代わりに真っ赤に染まってしまった手拭いを畳んで袖に仕舞おうとしたが、血の汚れは洗濯しても落ちないと思いだし、残念そうな顔をした。


「ああ、この手拭い結構気に入ってたのに……」


七実は『まぁ雑巾にすればいいわよね』と呟いて袖にしまった。


「さて、さくさくと進みましょうか。布束さん」


ぽんっと七実は布束の肩を掴んだ。その時、やっと布束を縛っていた呪縛が解き放たれた。


「………ハッ、あ、ええ」

「でもまぁ、……もう遅いようですね、囲まれたようです」


ガシャガシャガシャ………と何人かの兵たちが集まっているだろう音が、自分たちがいる廊下の双方から聞こえた。

もう、逃げ場わない。


「どうするの?」


布束は一応、聞いてみる。だが、帰ってくるだろう回答は一つしかない。

七実は当然のように、こう返した。


「もちろん、皆殺しです」




七実はきっと無双状態だろう。そう布束は予測した。


予測は全くその通り的中する。


七実は、


「布束さん、しばらくそこにいてくださいな。なるべく弾が当たらないよう、頭を低くして……。大丈夫、すぐに終わらせてきます」


と言い残し、まずは距離的に近い廊下の左側の方向の敵へ駆けて行った。いや、『駆ける』と言うより『飛ぶ』の方がいいか。それくらい七実の移動速度は速かった。一瞬で銃口を構える15人前後の敵たちの目前に顕現する。

その戦場は布束から25m~30mほどの距離だった為、よく見れた。


「ぎゃあああああああああああああああああ!!!」


まず一人、人が斬り殺された。あまりにも速すぎる七実に虚を突かれた兵だった。顎から額を下からの手刀で両断された。血潮が銃声と弾丸の暴風の開幕の合図となった。


七実がいる場所から数々の音が聞こえた。銃声と弾丸が飛ぶ音とそれが壁と味方に当たる音、そして野太い悲鳴の合唱。

そして布束の目には飛ぶ銃弾を何ともなく避け、軽々と兵という兵を情け容赦など微塵も無く、手刀と足刀で叩き斬っている光景が映し出された。

七実と対峙する兵は、始めは闘志と対抗心と仲間を斬り殺された復讐心でに燃えたような顔で銃の引き金を引いていたが、あっという間のその表情は恐怖に塗り替えられ、その表情のまま、七実に斬り殺されていった。


「おい、どうした!? 何が起こっている!?」

「ダメです! A班との通信、とれません!」

「ちぃ、始まったか!」


反対の右方向の兵が騒ぎ始めた。開幕の合図に出遅れたのか、まだ戦闘が始まったのにわかりきっていなかったようだ。

しかし、彼らはもう戦闘が始まっているのに気づいてしまった。


「戦闘開始! 直ちに殲滅せよ!!」


その隊の隊長だろう中年らしい声の兵が、他の兵たちに命令した。

まずい。今は七実が片方の敵と戦闘中なのに、別方向から銃撃されたら布束は文字通り蜂の巣か穴開きチーズになってしまう。

―――――――――ここまでか。

布束は目を閉じた。

しかし――――トンッ、と誰かが胸を押すのを感じた。


「―――え?」

「お待たせしました。時間を取らせて申し訳ございません―――」


七実だった。

七実は、“両の手が血で真っ赤っかになった状態”で布束を曲がり角へ押し込んだのだ。

そのまま彼女は、銃口をこちらに向ける敵へ飛んだ。


「――――――ひぃっ!」

「――――虚刀流『牡丹』」

「ぐぼぉっ!」


さっそく一人斬った。短い悲鳴を遺言とした兵だった。声が甲高かったから、女たろう。

七実の腰の回転を乗せた後方回し蹴りを彼女の胴に入れる。口と鼻から血を吹き出して倒れた。そのまま横にいた敵に、全身を使った逆方向への胴回し回転蹴りを叩き込む。


「―――虚刀流『百合』」

「げほっ!!」

「ひぃ!」


今度は臆病風を吹かせて逃げようとした兵だった。背中からバッサリと袈裟斬りをした。

と、何かが目の隅で動いた。手榴弾だった。

それは一人の兵が手榴弾のピンを引いて投げたものだった。が、すっぽ抜けて見当違いな所に飛んでしまい、不発に終わった。


「ああっ!」

「うわっバk……ぎゃあッ!!」


手榴弾は爆発し、それで何人かが破片と衝撃はの餌食となった。その手榴弾の攻撃範囲は広くなく、七実は人の影にいたので無事だった。

勿論その兵は七実によって、影になった兵諸共斬り殺される。

もし手榴弾がすっぽ抜けなかったら仕留められた筈だろう。いや、こんなところで手榴弾のピンを抜く馬鹿はいない。味方諸共餌食になるからだ。それだけ彼はパニックを起こしていたのだろう。


「へぇ、その丸いのは引き金を引くと爆発するのですか」


七実は、近くにいた兵をまた斬った後、腰に携帯されていた手榴弾を取り出し、ピンを抜いて少し離れた場所にいた兵の顔に投げた。ポイッと放る程度の動きだったが、手榴弾は不気味なことにプロ野球の投手の剛速球のような速度で兵の鼻っ面をグシャリと音を立てて潰した。

その直後、ドカンッと爆発した。悲鳴が三つ聞こえたから、彼の隣には3人仲間がいたのだろう。



「ぅあああああああああああああああああああああ!!」


怯えた声が布束の耳に突き刺さった。


「く、来るなぁあああああああああ」

「じゃあその……なんていうのかしら、その武器……」

「一応、広い意味では『銃』と呼ばれるものよ」


布束はそう助言した。彼女は七実の数mの所まで歩いてきたのだ。


「そうですか、ありがとうございます。…って、布束さん危ないじゃありませんか。その、『銃』という物で殺されますよ?」


七実は怯えまくる兵の頭を膝蹴りで潰した。



「大丈夫よ。だって、敵はもうあなたが殲滅したじゃない」



そう、七実の周りには真っ赤な15体の死体と真っ赤な死体しかなかった。

「あら、本当。うっかりしてたわ、いけないいけない」


七実はニヤリと悪く笑った。それで布束はまたもゾクリと背中を振るわせる。


布束は七実に対して恐怖と畏れの感情しか覚えなかった。

こんなことを言ったらおかしいのだが。七実は『惨い女』だと思った。いや、おかしくはない。これが正常な考え方なのだ。

自分を生きたまま解剖し、紙屑のように焼却処分しようとした彼らを、つい哀れんでしまうほどに。


(…………really stupid,何を言ってるやら……。2万人の“人間”をモルモットのようにしか思ってなかった人間が何を言ってるの、ばかばかしい。彼らも私も、同類じゃない)


布束は自分が持つ咎を見て、自分の憐みの心を嘲笑した。

さて、七実はふと、あることを考え出した。


「そういえば『銃』って『完成形変体刀十二本』の中にあったわね……。でも、こんなの刀じゃないし………」


指を小さな紅色の唇に当てて、う~んと考えていた。

すると、隙あり、と一人の兵がどこからか躍り出た。マシンガンを乱射する。


「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


錯乱した兵(声が若いから20代前半だろう)は、マシンガンに装填された銃弾が空になるまで撃ち続け、カカカッと音が鳴るまで引き金を引いた。

銃弾が床を砕き続けたせいか、砂埃が兵の前の視界を遮る。

煙から何も音はしない。やったか。


「どうだぁッ!! 参ったかバケモノめぇ!! あはははははははは」


と、鬼でも狩ったかのように高らかに笑いだす若い兵。

そうしていると徐々に砂埃は晴れていき、段々と視界が晴れてゆく。

そういえば敵はどんな人間だったのだろう。女のように見えたが、さてどんな風に転がっているだろう。これは予想だが、紅い血と肉片を周囲に撒き散らして転がっているだろう。

兵はマシンガンについていたマガジンを取り外し、予備のマガジンを装填した。弾切れしたら付け替えろと訓練時代に叩き込まれた癖だった。

ついでにこれも癖で、マシンガンの銃口を死体が転がっているだろう場所を向ける。

ちょうど、砂煙が晴れた。





そこには、死体があった。――――――――――仲間の死体のみだったが。



「―――――――――――――――………………………ッッッッッ!?!?!?!?」



七実も布束の姿はいなかった。


(―――――――――どこだ!? どこに消えた!? どこだどこだどこだどこだ!?)


小さな…いや大きな錯乱状態だった。蒼白な顔でキョロキョロと上下左右を見渡す。しかしターゲットの姿の『す』の字もない。






「――――――何を探しているのですか?」




ふと、鈴を鳴らしたような、澄んだ綺麗な声が聞こえた。





「――――――あ、もしかして私たちですか? もしそうだったなら、そんなに探さなくても結構ですよ」




なぜなら、




「――――――あなたのすぐ後ろにいますから」




後ろにいたからだ。


兵は振り返る。


その瞬間、七実は兵の首を左の腕で押さえ、左側の壁に叩きつけて押し付けた。


「……んガハッア!!」


男は口から血を吐き出し、七実の袖を汚す。

七実はそんなこと気にしないようで、ただ淡々と貫手で胴を貫こうとした。

と、彼女は思い出したように、


「あ、いけない。ここはどこだか吐き出させるのを忘れていたわ。いけないいけない」


慌てて兵の頭の高さを自分の顔の位置と同じにした。


「と、言うわけであなたを少々拷問したいと思います。黙って死ぬか喋って死ぬか、どちらかを選んでくださいね」

「…………ッ!!」


兵は怯え、目は涙で濡れていた。許してください。ごめんなさい、許してください。ごめんなさい。ごめんなさい………と、必死になって目で訴えている。

そんなもの、声を上げて話せばいいのだろうと布束は思ったが、なるほど、口をパクパクとしているからに喉がイカレてしまったか。

それを七実も気づいていた。


「あら、喉が潰れてしまっているのですか。だったらしょうがないですね、あなたに生きている価値はありません。お詫びに、楽に殺してあげましょう」

「……………………ッッ!!」


七実は左手を首から首根っこの布の部分を掴み、右手の貫手で兵の左の胸を突き刺した。


「―――虚刀流『蒲公英』」


兵は、ビクビクッ!と痙攣を起こした後、動かなくなった。



「………さて、布束さん」


七実は、兵から右手を抜き血で紅くなった手を斜め下に軽く振って布束へ歩み寄った。時代劇が人を斬った後、刀の血を払う時を連想させた動きだった。それと同じように、床に血が払われる。


「何かしら」

「次、いきましょうか」

「そうね、今度こそここがどこだがわかるといいわね。その前に服が欲しいわ。私の服は囚人服だし、あなたの服はいささか目立つし血で汚れているもの」


布束はそう言って、近くにあった部屋を開けた。誰もいない部屋だったが、何着が服があった。

その一着に、奇跡的にも長点上機学園の制服があった。


「………………。」


他にも、『常盤台中学』『霧ヶ丘女学院』『繚乱家政女学校』………等々。数々の(女子用のみの)制服がハンガーに無数に掛けられていた。

ここはいったい何なのだろう。捕まえた女学生たちの制服を保管しているのだろうか。

布束はそう一瞬考えを巡らせるが、答えはそうではなかった。

部屋の隅に大量の布と大きなミシンがドスンと置いてあった。そしてミシンには制作途中の制服が一着、いつになっても帰ってこぬ作り手を待っていた。


「…………I see, 逆ね」


ここは監獄から出ていく人たちに着させる制服を作る場所か。

しかし、なぜこんなものがある?

と、布束は考えていると、七実が部屋に入ってきた。


「あら、ここはなんてお部屋なのですか? あらあら、変わっている服ですね……。でも可愛い」

「一般的な女子の制服よ?」


そう布束は来ている白い囚人服を脱ぎ、制服を着始めた。

因みに囚人服の下は裸だ。素肌の直に着ると違和感がある。



しかし、鑢七実という人間はいったい何者なのだろう。

殺される直前、爆発とともに姿を現した彼女。今は自分を助ける代わりに現在位置の情報を教えるという条件で助けてもらっている。

しかし、彼女は異常だった。異常すぎるくらい異常だった。

向かってくる兵たちを尽く叩き伏せ、斬り伏せ、捻り伏せたのだった。その兵たちを完膚なきまで退けさせ、そして斬り殺し、殲滅させていったのである。淡々と、ただ淡々と。

虚刀流とは、一体なんだったのだろうか?

あたかも剣士が敵を刀で華麗に斬り倒しているようにしか見えない。

が、彼女は生憎と日本刀は持っていない。素手である。なのにマンガのようにバッタバッタと死体の山を築き続けている。

何かの超能力の一種か?ここは何が起こっても可笑しくはない学園都市だ。

しかしAIMジャマーがある。いや、AIMジャマーがたまたま故障して停止中だったという線はないか?

いやそれはあり得ない。

警備員をはじめとする超能力を持つ大人たちが一番恐れているのは、超能力を持った子供たちが、自分が持つ能力を使っての暴力。簡単に言うなら授業崩壊。拡大するならクーデターともかく、彼らが最も怖いのは子供なのだ。

だから大人たち、警備員は対能力者用のハイテク兵器を持ち、日ごろ警備をしているのだ。この学園都市で一番臆病なのはそんな大人だというのも、過言ではない。

よってAIMジャマーも、一つが故障で使えなくなった時の為に予備の機器もあるずだ。たとえばAIMジャマーがもう一機だとか、(布束はまだ外の世界にいる時は制作途中だった)キャパシティダウンだとか。

ともかく、彼女は能力者じゃない事は確かだった。

じゃあ彼女は一体………?


もういい、考えるのは後にしよう。今はここから出るのが先決だ。……まぁ七実はここにいる人間を殲滅して占拠しようと考えているが。


「布束さん? 準備は良いですか?」

「year, 早速」


二人はそうして部屋を出た。

そして、また地獄のような殺戮が始まるのである。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今日はここまでです。ありがとうございました。

『蒲公英の詰め合わせ』は、ゆうつべにある奴を勝手ながらお借りしました。

さて、今後の展開に頭を悶々させつつ、今日は終わりです。

こんにちわ。今日も書いて行きます。

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「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!」

「ああ、またここも全滅させてしまったわ。まったく、これでよくもまぁ今日まで警備が務まったものね」


結局、布束砥信を助けに来たのは、ヒーローでも神様でも仏様でも天使か天女でも王子様でも、尼さんでもなかった。

確かに神様か仏様のように落ち着いていて、天使か天女のように美しく、ヒーローか王子様のようにカッコ良くても、彼女はそんな甘っちょろい物じゃなかった。


「…………あ……が……」

「あら、そこの雑草、なぜ私の足首を掴んでいるのです?」

「…ひぃっ」

「話しなさい。草が」


布束は、だんだんと鑢七実という人間を理解してきた。

伊達に人の記憶と精神を研究してきた“天才”科学者兼高校生じゃない。

まったく、なんて人間なんだろうと、今更ながら思う。



「草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が」



彼女はくどいが、ヒーローでも神様でも仏様でも天使か天女でも王子様でも尼さんでもない。



魔王だ。悪魔だ。死神だ。鬼だ。




淡々と、ただ淡々と人の命をその手で狩ってゆく。まるで庭に生えた雑掌を毟っているかのように、人を斬り刻んでゆく。

証拠に今、すでに死した兵の背中を文字通り『お腹と背中がくっ付く』まで踏みつけていた。

奇しくも比喩とかぶっているのは、襲ってくる人が雑草のように無尽蔵になってやってくることだ。

七実はそれも淡々と狩る。狩る。狩る。


鑢七実は、魔王のように冷淡で、悪魔のように残忍で、死神の鎌のような手と足で、鬼のように命を狩る。まさにそれだ。


これらを連想させると、魔王が死神の鎌で淡々と悪魔か鬼のように雑草を刈るというシュールな絵になるが、実際は地獄絵となんと変わりはない。

彼女が通る道は紅く染まる。死体の山が築かれる。

この紅い道はどこぞの豪邸の廊下の赤絨毯のようだった。

ああ、将来そんな豪邸に一度は住んでみたいものだ。そこで白いサモエド犬を飼い、一人でひっそりと平和に暮らしてみたい。

布束はそんな『赤ばかりの景色』にいい加減嫌気がさしてきて、そんなどうでもいい事を間に挟まないと頭がおかしくなりそうだった。もう、紅い物なんて見たくなくなるくらいに。



そういえば、結局彼女は法衣を身に纏ったままだった。

彼女曰く、


「だってまた血で濡れる訳だし、折角作っていた人に申し訳立たないじゃありませんか。それに、もう三十路間近の私がそんなもの着れませんよ」

「…………ああ、そうですか」


意外だった。そうか、七実は布束より一回り年上の人だったのか。若く見えたのと低い身長のせいか、自分と同年かと思っていた。

布束は長幼の序をわきまえる人間だ。すぐに敬語に切り替える。


「あら、なんですか? いきなり改まって」

「sorry,年上と思わなくて」

「私はそんなの気にしませんよ。時に布束さんはおいくつで?」

「今年で17になりました。高校2年生です」

「そうですか、じゃあちょうど10歳差ですね」


と、七実は布束と楽しそうにお喋りをする。むろん、布束を背にして“人を斬りながらだ”。彼女はもう面倒くさくなったのか、両手をただ振り回していただけであった。だが、それだけで面白い様に兵が血を出しながら斃れてゆく。

と、まるでタクシーの運転手と客のように笑いながら会話をしている二人。


「やっぱり変ですね。何かこっちが申し訳ないような気分になってきました」


七実は逃げる兵の肩を掴み、背中を貫く。


「やっぱり敬語はやめてくださいませんか? なんだか調子が狂いますので……」

「…Once it was,条件があります」


布束の提案、いったい何なのだろう。七実は“誰もいなくなった”廊下で、振り返った。


「なんでしょうか?」

「『あなたもそのかしこまった話し方をやめたら』です。こっちも10も歳が上の人に下手に出られるのは、あまりすぎじゃないので」

「そう、だったら呑むわ。これで良いでしょう?いえ、悪いのかしらね。それともどっちでも良いのかしら、いいえ、悪いのかしら」


ふふふ、と笑う七実。


「じゃあさっそく行きましょうか」


と、七実は前に体を向き戻し、足を進めた。

あの牢屋から結構歩いた。その分、死体の山脈を築いてきたのだが、さっきから白い廊下、鉄の扉という同じような形の空間がず――――ッと続いている。

一体ここはどこなのだろう。そろそろ何か大きな部屋についてもいいころではないだろうか。

そもそも、この鑢七実は本当にどこへ向かっているのだろうか?

それと、いい加減に殲滅し終わらないだろうか。もうかれこれ100人以上は斬ったと思う。

七実の手も足も紅くなり、布束もあの衣裳部屋で拝借した革靴も床の血でべっとりだった。

そう布束はウンザリしていると、七実はふと呟いた。


「あ、いけないわ」

「どうしたの」

「布束さん、こればっかりは御免なさい」

「?」

「私、忘れていたわ」


布束は首を傾げる。


「私、極度の方向音痴だってこと」

「」


目の前には、最初に七実が首を落とした兵の死体が転がっていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今日はここまでです。でもまた書くかも。ありがとうございました。

夜分遅くにこんばんわ。書き留めできたので投稿します。

「『脳内記憶操作研究計画』よ」


「……………なぁに?それ」



七実と布束は大きな機械がある部屋にいた。先程までいた部屋はこの空間全体を見渡せる位置にあった。


「通称『MO計画』。人の記憶を操作する実験よ。成功すれば、記憶の改竄と精神操作が出来ることになる。例えば今日食べた昼ご飯はカツ丼だとして、その記憶を丸々消したり、カレーにすることが出来きるの。これらを応用すれば、他人に自分の、自分に他人の記憶を移植することが出来たりすることが出来たりできる」

「便利なのね、学園都市って場所も」






彼女は、鑢七実は『学園都市』を知らなかった。場所や住所どころじゃない。彼女は学園都市そのものを知らなかった。

それどころか、この世界の『常識』と言う物もいくつか欠落していた。

言葉や行儀と言う物ではない。たとえば『江戸幕府13代目将軍は誰だ?』とか『日本にある世界遺産はいくつあるか』などの知識ではなく、『今は西暦何年か?』とか『今の年号は?』とか、まったく持ってわからないのだ。

そして驚くべき事実を彼女は言った。


『私は、弟に殺された』


と。いや、彼女が言うには『殺してくれた』だそうだ。詳しくは訊かなかった彼女には殺してほしい理由があったのだろう。

とにかく、彼女は何者かがわからないが、学園都市と言うものを説明した。

少年少女が超能力開発に勤しんでいる事。能力を使えるためには学校である程度の時間割り(カリキュラム)をこなさなければならない事。そして能力者の犯罪、外部からの侵入者などを取り締まる二つの組織、『風紀委員(ジャッジメント)』と『警備員(アンチスキル)』がいる事。

細かい事は抜きにしたが、簡潔にして伝えた。

そして、230万人の学生の中で七人の最高レベルの超能力者<レベル5>がいて、軍隊一師団とまともに勝負できる戦闘力がある事。






「で、それがこの大きな機械ってことかしら?」

「ええ、そうよ」


その巨大な機械は、図太い円錐に人間が1人入れる『学習装置(テスタメント)』によく似たベッドがグルリと囲むように張り付いている。

そして円錐の隅に小さく、この機械の銘があった。


『-MENTAL OUT-』



「実験の原点になったのは、学園都市最強の七人の超能力者の一人、食蜂操祈の能力『心理掌握(メンタルアウト) 』。『心理掌握』とは記憶の読心・人格の洗脳・念話・想いの消去・意志の増幅・思考の再現・感情の移植などの、精神に関する事ならなんでもござれの十徳ナイフのような能力で、それを持つ食蜂は七人の内でもっとも厄介な能力者の一人よ」


食蜂操祈は常盤台中学の超能力者の片割れで、何十人もの女子生徒を引き連れているとか。彼女たちには女王様』と呼ばせているから、ロクでもない悪女なのだろうと、布束は容易に想像できる。。

この奇怪な機械はそんな女のように作られているようだ。ロクでもないと言ったらありゃしない。


「なるほど、この装置が完成したから私の意味記憶だけを抜き取って、別の誰かに植え付けようとしたのね。なるほど、あくどいわね。人を人と思わなければやっていけない実験よ」

「へぇ、そうなの」

「………どうも興味が無い風に見えるわね」

「だって実際、どこの誰だか知らない人の得意技を聞かされても、そうとしかわからないわ。で、ここはどこなの? どうも、私が知る『死後の世界』ではないようだけど」

「unfortunately,ここは列記とした此岸よ。ここは死後の世界じゃないわ。よかったわね、死ななくて」

と布束は紙コップの紅茶を啜る。実はこの研究室に入る前、給仕室にあったものだった。因みに七実は緑茶だ。

彼女らは『-MENTAL OUT-』に腰かけている。


「さて、私はここまで、細かい所は長くなるから抜きだったけど懇切丁寧に説明したわ。今度はそちらの事を教えてもらいましょうか。鑢七実さん」


彼女たちの周りには、紅い血を咲かせた死体が5、6個転がっていた。


「まずは虚刀流と言うものを詳しく。それとあなたのその強さと残忍さの秘密もね」

「私ってそんなに残忍かしら」

「ええ、とっても。残忍じゃなかったら、ここまで淡々と人は殺せないわ」


そう、七実はそう言って天井を見上げた。高い天井だった。


「私、父に言われたのよ。確か6歳か7歳のころだったかしら、『例外的に強い』って」

「例外的?」

「そう例外的」


布束は首を傾げた。例外的にとはどういう意味だろうか。

その前に、七実は虚刀流について説明し始めた。


「虚刀流とは、戦国時代に開祖の鑢一根が開いた、無刀の剣術の事にして、最強の剣術」

「strange,剣術は剣があってこその剣術じゃないの?」

「そうなんだけど、初代は剣術を使えなかったそうで、しかし当時は戦国の世、刀無しでは生きてはいけない。因みにその才能の無さは代々受け継がれているわ。………そこで初代は開き直って無刀の剣術を創り、やがて英雄になった。因みに歴史に名を残した虚刀流の剣士は二人。その初代と私の父である六代目の六枝のみ。父は幕府が統治した世で起こった内乱を沈めた英雄だったのよ」

「stop!ちょっと待って」

「何かしら」


七実は話をいきなり中断されてムッとした。

布束は黙って考え込む。


どうも話が見えない。

大体、自分が知っている限り、戦国時代の英雄の名には『鑢一根』という名はない。

そもそも、戦国時代が七代前、自分の父が幕府の内乱を沈めたというのは、あまりにも時代背景が古すぎる。まるで彼女は時代劇の設定を喋っているようだ。

普通なら15代目とか20代目とかならだ。たとえば某フィギアスケーターはあの第六天魔王から数えて17代目である。

そのことから、もしかして………


「タイムスリップしてきた……?」

「なんですか? 布束さん『たいむすりっぷ』というのは」


それと、『無刀で英雄となった』というのは聞いたことがない。もしもだが、時の統治者が以前の歴史を否定し、歴史の改竄を働かせたというシナリオなら考えられるが、今までの日本史からはそんなことは考えにくい。

では、もしかすると………。


「But suddenly,質問いいかしら。 七実さん、七実さんが生きていたころの幕府はどこにあるの?」


布束は一つ、聞いてみた。

七実は当然が如く、当たり前のようにハッキリとこう言った。




「なにを言っているの? “幕府は尾張にあるに決まってるじゃない”」




これですべての謎は解けた。

なるほど、そういう事か。強引な仮説だが、これなら筋は通る。

布束はまるで、化石を見ているようだった。

「七実さん。仮説だけど、あなた、この世界の人じゃないわ。 of course,文字通りの意味でね」

「?」


七実は首を傾げる。

布束は足を組んで質問した。


「時にあなたはこの世界の……Aa…七実さん『パラレルワールド』って知ってるかしら」

「いいえ、聞いたことも見たことも」

「別名『並行世界』。たまに『並行宇宙』や『並行時空』とも呼ばれる、別世界の事を言うの。まぁ架空の世界の話なんだけどね。たとえば、あなたは今、お茶を飲んで私の話を聞いている。それが今の世界。でも、もしもお茶を飲んでいなかったらの世界があるとするなら? いえ、もしかしてあなたはさっきの戦闘で死んで、私も死んでいる世界があるとするなら? そもそもあの牢屋であなたは私と一緒に毒ガスで死んでいたら? そして、あなたが私の前に現れなかったら? それだけ未来は変わっていたはず。そしてあそこで死んでいる彼らも、今頃なら私をあの機械にかけて記憶を抜き取っているかもしれないし、私たちが飲んでいるお茶だって、別の誰かが飲んでいるかもしれない。それだけ無限大に世界が横に広がってこと」

「それがその、パラレラ……並行世界というのかしら?」


七実はぬるくなった緑茶を飲み干して、要約する。


「たとえば、二択の内一つを選べば二つの世界が、三択の内一つを選べば三つ。それがまた各々が二択の内一つ選べば四つ。三択なら六つ。このように、確立した別々の世界があり、それがネズミ算式で増えるから別世界が無数に広がる………と言いたいのかしら?」

「That's right,あたまの回転が速くて助かるわ」

「どうも…。しかし興味深いわね。で、どうして私がそんなところに?」

「それはわからないわ。ただ言えるのは、あなたがその別世界の“過去”の人だという事」

「………またわからないわね。過去の人っていうのはどういう意味?」

「これも仮説なんだけど、よく聞いて。―――――私が住んでいるこの世界の戦国時代は“500年くらい前の話”なんだもの」

「…………………え?」


七実は驚く表情を見せた。手に握られた紙コップが落ち、コロコロ…と布束の爪先に当たる、

驚愕の七実の顔を見て、布束はニヤリと笑った。


「やっと面白い顔になったわね」

「………それは一体どういうことかしら、布束さん。 なんで500年も未来になるの?」


七実は声を低くして睨む。


「それは私に聞かれても答えようがないわ。natural,そちらの世界では戦国時代がもう500年も続いていたらそうではないけど」


と布束は肩をすくめる。

「well,次へ話を進めましょう。歴史の中の斜め上の世界の人」


布束は紅茶を飲み干し、七実の紙コップを拾った。


「さて、さっそく質問なんだけど。あなたはなぜこうも強いの? どうしてここまでして人を殺せるの? 因みにこれが私の最後の質問ね」


七実は布束にそう聞かれ、深く溜息ををついた。この世界の説明の事は諦めたか。


「なんでこうなるのかしらね、頭が痛くなるわ。あなた、楽しそうね、歴史上の斜め下の世界の人」

「それは、研究者故の性ね。研究心が私の心を熱くするのよ」


精神科の専門家である布束はそう語る。


「じゃあ詳しく教えてちょうだい」


七実はため息をついて、どれから話を始めようか顎に手を当てて考えた後、口を開いた。


「さっきも言ったけど、私、例外的に強いの」

「さっきも気になったけど、私、例外的に強いって意味が分からないの。それ、教えてくれる?」

「……………六歳か七歳の時、ちょうど父が島流しにあって家族諸共無人島に住み始めた頃。父が『お前は例外的に強いから、虚刀流は継がせられない』と言ったの。その時の父の眼は、私を娘とではなく“化物”のように見ていたの」


七実は遠い目で言った。

布束は先の虐殺を思い出す。


―――――――バ、バケモノめぇ!!


「…………」


あの時の兵の内の何人か、七実を『バケモノ』と罵っていた。彼らの眼、七実の父もその眼だったのだろうか。それとも……。




「あ、ちょっと話を折っていい?」

「なんでしょうか? 布束さん」


と、布束は重大な事を思い出した。



「…………忘れていたことが一つ」

「?」


布束は立ち上がった。


「look,こんな、人間を人間としてみない研究所なんだから、私と同じ境遇の子もいる筈よね。because,その子たちを助けに行きましょう」


性ではないが、たまにはボランティアもいい。確か、精神科ではボランティアは人間の自律神経に変化を与え、健康になれるという研究データがある。折角だ、たまにはいいだろう。


「あなたの強さの訳は、歩きながら聞きましょう」


と、布束は歩きだし、


「わかったわ。疲れるけど、まぁそれなら良いでしょう。面白い事も聞けたし」


七実も後を追った。


鑢七実の強さの正体。それは一体何のだろうか。あれほどの戦闘力は学園都市最強の超能力者に匹敵するかもしれない。

布束砥信はそう、隣に並ぶ怪物に少しの期待感と緊張感、それと冷や汗交じりの危機感を感じながら牢屋があるはずのフロアを目指し、ドアを潜った。

と、その時――――――――





「―――――――――待ちな」



「ッ!」


男の声が聞こえた。若い、まだ十代か。

布束の体に緊張が走る。この感覚は、覚えがある。

そうだあの時、MNWを使って妹達に『恐怖の感情』を入力しようとした時だった。『アイテム』のメンバーの一人に捕えられた時の感覚に、良く酷似していた。


「なんなの?」


布束は静かに訊く。


暗い。なぜか蛍光灯の電気が全て消えて、前と後が何も見えない真っ暗な闇。

この闇の中に、若い男の声がしたように聞こえた。



「誰かしら、姿を現さないってことは、かなり容姿に自信がないのね」


布束は挑発した。すると……、


「ムカついた」


またさっきの男の声が聞こえた。研究室の向かいの部屋だった。


「そこね」


七実はドアを押す。ゴバァッ!とドアが吹き飛び、破片がそこにいるだろう若い男に襲いかかった。そして七実は追撃に手刀を一つ繰り出し、男を斬る。


「おっと、そう身構えなくてもいいぜ? 俺はお前と闘く気はないからな」


しかし、七実の手刀は男に避けられてしまった。


「なんつったって、俺はお前らの敵じゃないからな」


また、声が聞こえた。上からだった。

天井には外から打ち破られたかのような大穴が開けられていて、丸い太陽が神々しい光を室内に浴びせている。


その太陽光が、その男を照らす。天使のように。





いや、天使だった。六枚の白い翼を生やした天使が、太陽の光を背にして舞い降りてくる。






「むしろ俺の仕事を代わりにやってくれたからよ。ありがとうと言っておくぜ、尼さんよ」


口の悪い天使は、周囲に天使の羽を撒き、翼を羽ばたかせ、ふわりと華麗に、布束の横に着地した。



尼さんの次は天使か。布束はそう、ツッコんだが腹の中に飲み込む。ツッコんだら瞬殺される相手だからだ。なぜなら、彼は学園都市最強の超能力者であり、未知の物質を操る『二番目の最強』を誇る男であるからだ。

天使のような男と、魔王のような女に挟まれる位置に立ってしまった布束は、深い溜息を静かにした。


「さて、布束砥信だな?」

「yes,そうよ。何か用かしら?」

「お前を迎えにきた」

「あなたのような色男に言われるとついコロリと言ってしまいそうになる台詞だけど、登場がベタね。and,名前は知っているけど、初対面の人にはまず名乗りを上げるのが礼儀でしょ?」

「ムカついた。けどまぁ正論だわな」


男の背中から生えていた羽毛はすぅっと消え、布束と七実に名乗った。




「垣根帝督だ。名前は知っているだろう? よろしくな」




垣根帝督。明るい茶髪に赤系のカーディガンの上に白いシャツと緑の上着とズボンを着た、まるでチンピラとホストを足して二で割りましたらこうなりました的な男だった。

その垣根は布束に手を差し伸べた。握手のつもりか。布束は、どこぞの夢の国のアトラクションの如く登場した彼にまた溜息をつき、手を取った。


「布束砥信よ。どうぞよろしく」


布束との握手をし、彼女に素朴な問いを投げた。


「時によ、お前を助けた奴らはどーした? パッと見て二人であの警備のヤツらをぶっ殺しまくったってオチとは思えねぇが」


どうも垣根はここの研究所の警備が七実だということは知らないようだ。それに七実が一人で皆殺しにしたとは慮外の事だろう。無理もない、布束は戦闘力ほぼ無しの頭脳労働専門。実行犯である七実は体型が小柄で手足が枝のように細い。第三者がいて当然と考えるのが筋か。

まぁ、いいか。垣根は布束の後ろに隠れている(七実自身は隠れているつもりではない)尼にヒョコッと顔を出した。


「こんにちわ、と挨拶しておくべきか。それともありがとうか。どうやって布束を救出したかはわからねぇが、こちらの仕事がラクできた。一応名前聞いとこう…か……な………」


垣根は、固まった。

しかし暢気な七実は


「こんにちわ。私は鑢七実と申します。以後、お見知りおきを――――」


なぜか?

恐怖感、緊張感、危機感、絶望感、焦燥感………ではない。


「鑢…七実さんって言ったな」

「はい。どうかいたしましたか?」


(小柄な体躯、白くきめ細かい肌、整った顔立ち、長くて綺麗な髪、そして奥ゆかしい落ち着いたその姿勢。ざっと19~24歳と適年齢。しかも!和服の下だがカップはDと見た!! ド真ん中の150㎞/hストレートォッ!!)


垣根帝督は、背後に主審が『ットラィークッ!』と右手を突き出してコールするのを確かに聞いた。



「あんた……綺麗だな」

「……………はぁ」

「なぁ今日この後、ヒマ? お茶でもしない?」

「え、あの………」

「いいじゃん別に。ヒマなんだろ? 俺、お姉さんの話、聞きたいな」


いきなり口説き始めた垣根。流石はチンピラだなと布束は今日何度目かの溜息を吐く。当人の七実は少々困惑の色を出すが、


「興味ないので、ご遠慮させていただきます。またの機会があれば誘ってくださいな」


と断る。

が、そこで引き下がるほど垣根帝督は甘くない。


「えぇ。いいじゃん、別に。ささ、行こう行こう」

「えっ、ちょっと………」


垣根は七実の手を握った。

布束は『eventually,私はいないモノ扱いか……』とちょっと落ち込むが、別に垣根に気がある訳じゃない。蚊帳の外に出されてちょっとヘコんでいるだけだ。

垣根という男はそういう人間なのだ。七実を強引に連れて行って、押して押して最後には落とす気か。人間観察を得意分野としている布束はそういう人間をいやほど見てきた。

垣根はそのまま、そそくさと七実をエスコートするように歩き出す。

「じゃあ七実さん、実は第四学区で美味しいカフェがあるんだけど、そこのケーキ美味しいんだ。きっと気に入ると思うぜ。外に車待たせてあるから、さっそく行こうか」

「ちょ…垣根さん……っ!!」


全く七実の話を聞かない垣根は、なんと七実にボディタッチを実行。腰のあたりに手を添える。


そこで、七実の堪忍袋の緒が切れた。


「……………垣根さん、その手を放してくださいって言ったでしょう」

「………ん?」


布束はその瞬間、


『………終わったな(・ー・)』


直感した。そうか、学園都市第二位の超能力者は、女をナンパして死ぬのか。なんて下らない死に方なんだろう。


七実の右手は幸いにも自由だった。そこで七実は。

体を垣根に向け、左足を垣根の体の前にして爪先を前に、右足を後ろにして右に開き、腰を落とす。虚刀流一の構え『鈴蘭』である。

そこから繰り出されるのは、虚刀流の七つの奥義の一つ。『鏡花水月』。

七実は、それを躊躇なく繰り出す。







―――――――――――――――――――その前に、垣根の足と足の間にぶら下がっているモツが、ハイヒールによって蹴り上げられた。






「――――――――――ふぐぅッ!!」



七実は右手を瞬時に止めた。

垣根の背後を見る。そこには一人の少女が立っていた。片足を垣根の背中を蹴り飛ばす。



「なーにタカってんのよバカ」



2mほど転がって、垣根は悶絶して叫んだ。


「…………ッテーな馬鹿野郎!!」

「私は女よ」

「いや、そうじゃなくて! 俺のタマ蹴るんじゃねーよッ!一生使い物にならなくなったらどーすんだッ!!」

「いいじゃない、地球が平和になるわ」

「俺は悪の怪人かッ!!」

「あ、ごめんなさいね、この“バカ”が迷惑かけてしまって」

「無視かよッ!! つーかバカってなんだ!! なんでそこだけ強調すんの!?」

少女は七実に頭を下げた。 七実は、


「ああ、いえいえ。お構いなく」


と何もなかったかのように言った。が、七実は少女の服装を珍しそうに眺める。

現代風に言うと、少女はドレスを着ていた。肩甲骨が全て見えるほどに背中があけられているタイプのもので、古風な七実からすると露出が多い恰好だというのが感想だった。

他は、髪は金髪。軽くカールしていて、旋毛の少し後ろの所で束ねられている。

歳は14、5と若く見える。そのくせ化粧をしていて、紅い口紅が色気を出していた。


「ならありがとうね。失礼だけど、名前を伺ってもいいかしら?」

「鑢七実と申します。ところで、あなたは………?」

「ああ、私は―――」


少女は七実に自己紹介しようとするが、


「ウォォォォオオイイ!! 無視すんなやゴラァ!!」


と叫ぶ男が一匹。


「あ、失礼……」


少女は七実に断りを言って、タマを元の場所に戻そうとトントンとジャンプしている垣根に近づき……。


「うるさい」


と一蹴。それどころか耳をつまんで引き寄せた。


「イデデデデデッ!」

「男でしょ。我慢しなさい」

「ちょ、理不尽!」


垣根が叫ぶ。『えぇい』と少女は口を彼の耳に寄せ、







「―――――――――――――あなた、私が来なかったら死んでたのよ?」





小さな声で神妙に告げた。垣根も顔が仕事の顔になる。


「わーってるよ、そんなの。とんでもねぇ殺気だった」


条件反射だったのか、それとも故意なのか。垣根の背中には小さな翼が生えていた。無論その翼には十分すぎるほど殺傷能力がある。

垣根の翼。七実の『鏡花水月』。どっちが相手の体を速く貫いただろう。



「さっき監視カメラのビデオ見たんだけど、ここの警備、全部あの人が殺ったのよ」

「…………だ、ろうな。アイツから俺たちの同じ匂いがプンプンしやがる」


垣根はハッと笑った。


「まったくトンデモねぇ女だ。尼さんが寺から遥々やってきて葬式でもしてくれるってか? 仕事熱心だなぁオイ」

「で? なんでその尼さんを口説こうとしたの。彼女にでもする気だったのかしら?」

「いや? あれは男として見過ごせないなと思って」

「………………バカ。あんたには常識ってモノがないの?」


「この俺に、そんな常識は通用しねえ」


「……………なにカッコつけてんのよ。バカみたいよ。つーかバカ」

「いいだろう? 俺が昨日考えた決め台詞だ。カッコイイだろ?」

「せいぜいぶっ放されて、冷蔵庫にでも入ってなさい」

「ムカついた」


そう垣根は鼻で笑って、少女の頭をポンポンと叩きながら七実に振り返った。


「いやぁごめんな、七実さん。さっきのは謝るよ。許してくれるかい?」


少女は『まったく謝っているようには思わないわね』と呆れた。

忘れられていた布束もそうだった。布束は『七実に斬られるかな』と思った。

がしかし。


「ええ、いいですよ。特別に許してあげましょう」


意外にも、許された。

少女と布束は驚き、垣根はニコニコと笑って、



「それは本当か?」


と訊いた。

七実は笑ってこう答える。




「―――――――――ええ、とっても面白い物を見せてもらえましたし」



と、三人からすれば意味が分からなかったが、布束は違った。


(――――あの笑みは………!)


一方垣根は、


「そうか、なら良かった良かった。――――じゃあ外に車があるから、外に出ようか」


そう言って流し、七実と布束を外へと案内した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
迷路のような廊下を歩ききり、大きくもなく小さくもない、研究所らしい大きさの玄関を潜ると、日の光が照らす、布束からすれば何か月ぶりのお天道様だろう。

眩しくて目を開けられない。


少しして目が慣れて来たのか、周りの景色が見えてきた。

まず、ここは街の郊外だった。研究所を囲んでいる塀の向こうには、大きな建物がいくつか見える。

しかしその街並みは凛とした透明感のある造りで清潔感があった。しかしそれは教育者が言えばの話で、子供にすれば生活感が薄く、道路や建設物のデザインはほぼ一定と言った面白みのない、つまらない空間であった。

布束砥信はこの風景を知っている。

ここは第十八学区である。布束が所属している長点上機学園がこの学区にある。

と言っても布束の場合は、もう戸籍上この世にいない存在となっているかもしれないので、『所属していた』と言った方が正しいのかもしれない。奇跡的にもまだ在籍中ならラッキーなのだが。


四人は研究所の外にある駐車場へ足を運び、そこの隅にある一台の白色のワゴン車を見つけた。

垣根はドアを開けて颯爽と中に入る。と、彼の後ろにいた七実はふと立ち止まった。


「……………」

「Say,どうしたの?」


布束は不思議そうに車を見つめる七実に訊いた。


「いえ、本当に未来に来たのだなと思って」


と七実は切実に答え、さっさと車に乗り込む。


「………」


布束は彼女を、遠い所へ来てしまった彼女を思った。

と、布束の後ろでドレスの少女が痺れを切らした。


「ちょっと、後ろが閊えてるんだけど」

「sorry,今乗るわ」


布束はそう短く言って乗り込み、ドレスの少女もそれに続いた。

ワゴン車の席は3列。2-3-3と計8人が乗れるタイプのものだった。後部座席の6席は向かい合うようにされていて、4人は広々と使った。

席順はこうだ。前の席には垣根、ドレスの少女。後の席は七実、布束となっている。

前の運転席と助手席は席が埋まっており、助手席には頭にクグリと土星の輪のようなゴーグルをかけている少年がいて居眠りをしていた。

運転席には下っ端組織のごつい男が車のキーを回していた。

環境に優しい電気自動車なので、エンジン音は一切ない。そのままスーッと車は動きだし、道路に出て走り出した。

タイムスリップ(?)してきた七実にとっては車に乗るのは初体験である。よってその感想は、


「………不思議な感覚ね」


七実はそう呟いた。


「そうかい? 普通の車なんだけど」


垣根は言った。そこで布束は口を挟んだ。


「well,私になんの様かしか? わざわざ学園都市最強の超能力者様が直々にくるなんて」

「いや、それはこっちの事情じゃなくて、依頼があったからよ」


少女が答えた。


「あそこの研究所所長、名前はなんていったかしら…まあいいわ。『何を血迷ったか、学園都市に有益な人材を殺してその脳の情報を他者に写そうなんて』って思った人間が依頼を出してきたのよ」

「それはどこの誰?」

「それは―――――――――よ。よかったわね、立派な研究者の道が出来て」

「なるほど、それはありがたいわね」


と布束は溜息をつく。これは安堵の溜息だった………。


「訊いてもいいかしら」

「どうぞ」

「私の身柄の引き渡しは今日なのかしら?」

「いや、いつでもいいそうよ。どうしたの?」

「一つだけお願いがいいかしら」

「どうぞ」



「少しだけ、ほんの少しだけ、鑢七実の事を観察したいの」



「…………理由は?」

「simplify,ただ、彼女が知りたいのよ。研究者としてね。………勝手な話だけど、いいかしら?」


布束は七実に訊く。

七実は、


「ええ、別にどうということはないわ。けど、観察って言い方は酷いわね」


と快諾した。

「なるほど、どうする垣根」


少女はとなりの垣根に訊く。


「俺は別にどうでもいいさ。ただし条件がある」

「どうぞ」


「その観察。俺も参加していいか?」

「…………理由は?」

「至極単純。七実さんの事をもっと知りたくてね。そこんところの心理はお前と同じだよ布束さんヨ」

「そう。………あなたはどう思う?」


布束は七実に再度訊いた。


「ええ、別にどうということは……………いえ、やめておきましょうか」


「え、なんで?」


垣根はズルッと肩を傾ける。


「そうね……と、時に垣根さん、これはなんでしょうか?」


七実はドアのポケットに入っていた一枚の封筒を手にした。

封筒には差出人はいない。ただ、あて先は『垣根帝督様』と書かれていた。そうか、『カキネテイトク』とはこう書くのか。

封筒の中には紙が一枚三つ折りにして入っていた。


「読んでもよろしくて?」

「ああ、お好きに」


その封筒の中身の紙を取り出した。そこに書かれていたのは――――――――――――――――。



七実は一通り目を通し、そして笑った。



「垣根さん。突然なのですが―――――――――――――――――――――はあなたが?」

「ああ、苦労したんだぜ? なんつったって―――――――――――――――――――――――――――だからよ」

「そうですか…………。いいでしょう、先程の件、許可します」

「本当か?」

「ええ、ただし、条件があります」

「…………なんだ?」

「はい、それは――――――――――――――――――――――――――――――――――――です」

「………………………………いいのか、それで」

「ええ、私、この街がとても気に入りましたので………。ここはとても良い街ですね。それとも悪い街でしょうか」



七実は、そう言ってまた笑った。悪そうな、いや悪い笑みだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今夜はここまでです。メルヘン野郎とその嫁一号が半ばキャラ崩壊してますけど、今更どういわれてもしょうがないですね。キャラ崩壊のオンパレードなんですもの、この話。

さて、まさかの七実が『スクール』の仲間になるとは思いませんでしたけど、これでやっと七実が話のレールの上に乗ってくれます。


次回から、やっと前回の続き。絹旗ちゃんとやっと会える事が救いです。

ああ、布束の喋り方メンド臭かった。辞書を繰りながらの作業はつらいです。メンドクサイです。

よって間違えている所があったら脳内補正は前々回からのお約束で御座います。


P,S

メルヘンの嫁は初春と心理定規。それ以外は認めない。

時に、ショタになった垣根が初春の部屋に居候するってスレがあったはず。

それと、十年後の話で麦野が帝蔵庫になった垣根の冷凍精子で子供を産んで、それが学園都市に誘拐されて助けに行って、その子を佐天さんに預けるという話があったなぁなんて。

前者は今でもやってます。後者は、今は二話目に入ってます。面白かったのですが、途中で断念しました。PCの見過ぎで目が痛くって痛くって。


オリキャラが生息するこのスレならヘットギアも登場しますよね?
しゃべり方は香焼くんみたいな「~ス」見たいな感じで。

       ミ\                       /彡
       ミ  \                   ../  彡
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            \  ミ         彡  /
              \ミ         彡/

ふと思い出したけど鑢一根の声優って熱膨張と同じだよな

>97渋いよね、なんというか喋る度に哀愁が漂って来る
刀語の声優全員好きやけどトップは銀閣
>98あの後原作見て逆に感動したわ

>97渋いよね、なんというか喋る度に哀愁が漂って来る
刀語の声優全員好きやけどトップは銀閣
>98あの後原作見て逆に感動したわ

まっとうな感覚からしたらファッションが編☆隊やな

魔術師は刀使うんすか?

すいません。ちょっと手直しをしていたら遅くました。投稿します。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今日の天気は晴れだと、朝のニュースでやっていた。

今日は絶好の運動会日和…否、大覇星祭日和と言った方が正しいか。フレンダ=セイヴェルンはそう、ふと思った。

ただし、自分たちにはその天候というものは関係ない。

なぜなら、周りは真っ暗な室内空間を天井の無数のライトが明るく照らしているのだ、雨だろうが飴玉だろうが槍だろうが降ってきても問題ない。

ただ、フレンダは少々、いや多々後悔していた。

今、別室に案内された。別室というか、別の建物というべきか。廃ビルだった。

フレンダは今、玄関に立っていた。フレンダの他にも多くの男たちが息を荒くして手首を鳴らしている。


『みなさん準備はよろしいでしょうか』


スターターだろう女の声が廃ビル内にあるスピーカーから聞こえる。


『それでは、位置について~。よ~い、ドーンッ!』


一斉に男たちが走り出した。

確か、この廃ビルの屋上にある宝石を一番早く獲った奴が優勝だとかどうとか。

しかし、フレンダは走らなかった。走れなかった。

なぜなら―――――――



「ぎゃあああああああああ!!」「うわあああああああああああああ!!」「ぎぇぇえええええええええええ!!」


目の前で、先程走り出した男たちが、突如壁から突き出た巨大な刀剣によって真っ二つにされたからだ。


「…………………。」


フレンダは固まる。

ああ、なんでこんな目に合っているのだろう。つーか、ここは………




「一体、どこのデッドマンワンダーランドって訳よ」




フレンダは、そう弱々しくツッコんだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

時は随分と遡る。

昨日の事だ。フレンダが所属している学園都市の暗部組織『アイテム』のメンバーは第七学区のとある病院にいた。ここに入院している『アイテム』のリーダー麦野沈利は意識不明の重体である。しかし昨日の夜、目覚めたという連絡を受け、彼女のお見舞いにやってきたのだ。

それと、もう一つ理由がある。とある人間と待ち合わせしているのであった。

武装無能力者集団(スキルアウト)のリーダー駒場利徳。

実は彼と昨日の無能力者狩りの事件の件で同盟を組んだのだった。

その彼を、とある事情でこの世界にいある奇策士とがめは待っていた。

お互いを攻撃しないという不可侵条約とも呼べるその同盟の条件として、とがめ側は『駒場たちの目的が達成できたら彼らが所有する四季崎記紀が造りし完成形変体刀の内の二本をこちらに渡すこと』、駒場側は『とがめが知っている完成形変体刀の情報を余すことなく話すこと』だった。

今日はその駒場らの条件を実行する日である。

待ち合わせ場所はこの病院の中庭にあるベンチだ。自動販売機の前につけられた、二つ並んだベンチ。木製のそれはお年寄りや障害者の人でも座りやすい様に設計されていて、昼になると杖を突いた爺さんがここで日向ぼっこしているのをとがめは良く知っている。

そこにとがめは座っていた。

時刻は午後1時を回ったところ。

とがめが所有している刀である鑢七花はいない。『アイテム』のメンバーである絹旗最愛と一緒に地下で組手をしている。もう一週間を過ぎた。彼女はメキメキと強くなっているのをとがめは勿論、七花は直に感じていた。

七花曰く、『もう俺の動きに着いて行けるようになってきた。まじですげぇよ』との事。

とがめの奇策は思った以上に早く花を咲かせそうだ。さて、彼女についてはもう一段階踏ませようかな。

七花にはもう一つ強さの度合いを上げさせ、絹旗には少し面白い事をさえてみよう。………いや、彼女自身がすでにやっているかもしれないな。


と、とがめは腕を組んで今後について考えていると………。



「………待たせたな」



背後から声が聞こえた。この陰気な声の持ち主を、とがめは一人しか知らない。


「まったくだ。一体どれだけ待たされた事やらと言いたいところだが、今日は私が呼んだのだ、あまり気にしてはいないと言っておこう」


とがめは振り返りざまにそう言った。悪態にもほどがある言い回しだが、声の主は気にはしなかった。

ゴリラのような巨大な体躯、黒いジャケットを着た大男、駒場利徳。第七学区の武装無能力者集団のリーダーを務めている男だ。


「と、連れがおったか」


とがめは立ち上がる。駒場の後ろには一つ、影があった。その帽子を被った男の名は……。


「たしか……そうそう、半蔵とか言ったな」

「あんときはどーも」


半蔵は手を差し伸べる。とがめはその手を取って握手をした。駒場もそれに倣い、手を差し伸べた。


そのあと、第一声を放ったのは性格が軽い半蔵だった。


「しかしまぁ、あんた、すっげぇカッコウしてんな」

「んなっ!?」

「恥ずかしいと思わねえのか?」


とがめの恰好とは、いつも通りの豪華絢爛の十二単もどきである。現代人からすれば目立つったらありゃしない。


「これはだな、私なりの女子のお洒落心と言う物だ」


とがめは言い返すが、


「お前、内心ちょっと変だと思っているだろう」


半蔵に先手を打たれた。


「ちょ、ま………っ!」


確かに、自分がいた時代なら、周りが似たような服だからあまり気にはならなかった。むしろポリシーが変形したようなものだったから当たり前だったし、何より裕福の証であるため、自慢の一部である。

だが、今は平成の時代である。

和服を着て往来する者は殆どいないどころか存在自体が天然記念物になり、自分の時代では珍しかった洋服がこの時代ではごく当たり前の服装となっていた。

そんな世の中で、いまどき和服、しかも十二単。目立つったら目立つ。いやでも目立つ。

そういえば一昨日、潜入するために現代の服を買ったときもこの目立ちすぎる衣服が原因であった。まぁ自分で買った服は高いわ目立つわ悪趣味だわと絹旗に散々ケチ付けられて、最終的には絹旗がチョイスした安物ブランドの地味な服になってしまった。


もう、長年愛用してきた愛着のあるこの十二単を、脱ぐときなのだろうか。


いや、それ以前に自分のお洒落の感覚を馬鹿にされた。


「…ズゥー………………ン」


暗い顔でとがめは俯く。と、


「………こら半蔵、失礼だろう」


駒場は半蔵をいさめる。


「………失礼した。とりあえず話を聞こうか」


と、彼はそう言い、とがめは表情をすぐに仕事の顔に戻し、


「そうだな、立ち話もなんだから座ろうか」


目の前のベンチを指さした。


「教えよう、私が知る四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本の全てをな――――――――――――――――――」





「―――――――――――――――とまぁ、これが私が知る四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本の全てだ」


読者諸君は言わずともご存じだろうから省略したのは悪しからず。

とがめはこの世界の住人である駒場と半蔵に『四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本の全ての情報』の、刀一本一本の特性とその刀を四季崎はどうやって打ったかを教えた。

温くなった、自動販売機で買った緑茶を啜ったとがめに駒場は難しい顔で唸る。とがめは当然のようにそれに応える。


「………なるほど、それは奇妙な話だ」

「だろうな、いきなりこんな夢物語を聞かされても現実味が湧かんだろう」

「でもよ、あり得るのか? 未来からの情報を逆輸入して刀を造るってのは」

「私もその話を聞いた時は、そなたと同じような気持ちだったよ。だがしかし、当時はそうとしか筋が通らなかったからな。そうとしか思えなかった。それに四季崎の家は代々占い師の家系だ、未来を占いで見ていても不思議と言う事ではない」

「………予知能力者…と言う事か。この学園都市で言うならば」

「そういえば四季崎は刀を打つ際に陰陽道や錬金術も使っていたという話があったなぁ。……まぁ今は関係ないが、それも未来の技術だったという事だ」


とがめはそう一人でぼやいているが、一方の巨大な体躯の駒場は顎に手を当てていた。


「………『絶刀 鉋』『斬刀 鈍』『千刀 鎩』『薄刀 針』『賊刀 鎧』『双刀 鎚』『悪刀 鐚』『微刀 釵』『王刀 鋸』『誠刀 銓』『毒刀 鍍』『炎刀 銃』か…。そのうち、所在が分かっているのは幾つだ?」

「六本だ。『絶刀』と『賊刀』は言われずともわかるだろう。こちらとしては『斬刀』と『千刀』は所持しており、『毒刀』は木原数多とかいう男が持っておる。そして―――」


と、とがめは袖から一枚の用紙を取り出した。


「『微刀 釵』。今回の標的だ」



それは、一冊の冊子だった。連想させるのは何かの競技大会で配られるプログラムで、何枚もの用紙を挟んでいる黄色い厚紙に書いてある文字は、こう読めた。



『闇大覇星祭』



「ちょうど明日からだな、大覇星祭とやらは。これも同時進行で行われる」


大覇星祭。それは学園都市中の小中高の学校が合同で行う体育祭である。年に二回行われる大きなお祭りの片割れで、学園都市の外からの観光客が大勢やってくる。

その中には当然、VIPと呼ばれる人物たちも多々いるそうだ。


「ちょうど景品もあるし、今年は国内外の政治家や企業家などがやってくるそうだ。当然、大きな声では言えない連中もな」


因みにこれは絹旗曰くの話だ。


「それに景品が景品だ。研究材料には持って来いの品だから参加者が湧くわ湧くわ」


とがめは冊子のとあるページを開いた。そこには………


「これが、『微刀 釵』か?」


半蔵が訊いた。とがめは間髪入れず答える。


「そうだ」

「これのどこが刀だってんだよ。フツーの人形じゃねーか」



とがめの開いたページにはカラーの写真が載っていてた。黒い足、細い腕がそれぞれ四本ある、木製の昔ながらのただの日本人形だ。不審な点があるとするならば、黒い布で目隠しされている点ただ一つ。

半蔵は…駒場もだが、とがめの話に聞く『人間を見た瞬間に斬りかかってくる刀』から想像したものとは随分とかけ離れている。

もっとゴッツイ険しい表情の鎧武者かと思ったが、これは小柄な若く美しい女性の人形が丈の高い下駄を履いて立っている風にしか見えない。


「見た目などどうでもいい。いや、よくないか。この造形は四季崎がただ一人愛した女を模して造られている。先程も言ったが、この刀の特徴は『人間らしさ』。ただの人形に見えても致し方あるまい」


先程も言ったとは言ったが、それは省略中での話だ。


「これは太陽の光を燃料として動く殺人機械だ。しかも四季崎の手によって制作されてから数百年以上一時も止まることなく動き続けたと聞く。いくらこの学園都市が未知なる文明文化を有しているとしても、ここまで働き者の機械を造るのは不可能だろう」


簡単に言えば、『微刀 釵』とは『太陽光発電で動きで、しかも体中に刀剣を忍ばせていて、ヘリコプター並のパワーで空を飛ぶ事もできる、半永久的に人間のみを把握して無差別に斬り殺すロボット』なのだ。

普通のロボットなら…いや、現代の学園都市の最新鋭のロボットでは太陽光発電は出来るロボットもいれば、所々に武器を装備しているロボットもいるし、ヘリコプターのように空を飛べロボットも、人間のみを察知するロボットもいる。

しかし、それらの機能を全て完璧に搭載した、半永久的に人間のみを把握して殺人をするPCを持つロボットは流石に作れないだろう。第一、『釵』は『テールローター』や『テールファン』の機能が無くて、どうやって飛べるのだろうか。

機械というのは使い続けたら壊れるのが世の常だ。

実際、年中無休で動き続ける自動車や電車だって、十何年、何十年と使い続けたらポンコツになってしまう。

しかし、『微刀 釵』という完成形変体刀は数世紀以上、不良も故障も一切せずに動き続けた。もっとも、故障したら自分で部品を見つけて修復するという機能があるというのはあり得るが、それを造る事それこそ現代の工業科学では無理難題の極みというべきか。

読者諸君は知っていると思うが、刀語本編での微刀の動きは生身の剣士そのものであった。(……口から剣が出てくるのは剣士には出来ないが。メイド忍者なら出来るけど)

四季崎記紀という刀鍛冶は一体、いつの時代の技術を逆輸入してきたのだろう。


「そんな機械人形、学園都市の研究者なら『研究したい人はいるか』と訊けば、必死にこぞって手を挙げるだろうな。勿論、闇組織なら敵アジトに放り込めば勝手に掃除してくれるという便利な道具な訳だ。その手の組織も欲しい所だろう」


そんな訳だ。ととがめは言って冊子を閉じた。そして駒場に渡す。


「そんな景品欲しさと賞金で参加者は過去最高人数だそうだ(絹旗談)。もっとも、私たちも出場する。誰にも渡すつもりはないさ」

「賞金?」

「その冊子のルール説明を読め」

「――――――――――――………なるほど、そういう事か。時に今わかっている出場者数は幾らだ?」

「今わかっているので、4000人。大小合わせて200組だ。学園都市の組織は勿論だが、外からの出場者もおる」

「………そうか」


駒場は半笑いして冊子を閉じる。

そこで、とがめは提案した。


「どうだ? そなた達、これに出たいと――――」

「………断る」

「――――思わんか……って、私は何も言っておらんぞっ!」

「………貴様は、俺たちと協力して『微刀 釵』と大金を獲ろうと言いたいんだろ?」


どんぴしゃりだった。とがめは少し言葉を詰まらせたが、持ち直してこう言った。


「だったら話は早い。そしてそれ相当の対価として賞金は山分けで払おう。それに微刀も頼めば貸そう。どうだ? 悪い話ではないだろう。敵の殿としても役に立つし、敵の殲滅にも大助かりだ」

「………確かに良い話だ」


駒場は立ち上がる。


「………だがしかし、俺たちには俺たちの事情と言う物があるし、状況と言う物がある。しょうがないのだ」


それと、と駒場はもう一つ、


「………俺たちはただ、この街の無能力者を不幸な日常から守りたいだけだ。そして、無能力者に仇名す奴らを一人残らず、“この手でぶん殴らなければ、俺たちがここまでしている意味はない”。―――――もっとも、どこぞの上位能力者団体のように『力を手に入れすぎたから滅ぼされた』などのヘマはしたくないからな」


上位能力者団体とは、先の無能力者狩りの事だろう。


「調べておったのか」

「………諸葛孔明も言っていただろう。『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』とな。ぶん殴る敵を知らずに特攻かましてどうする。と言っても、あいつらの過去の事実を知ったのは全てが終わった後のだがな」


行くぞ、と駒場は半蔵の肩を叩いて去って言った。そして去り際に、


「………ともかく、この件は申し訳ないが下させてもらう。俺たちはあまり『闇』とは関わりたくない。それと、情報の提供には感謝する。面白い話を聞かせてもらった。そして最後に、今回の件については協力できないのは残念だ。また声をかけてくれ」


そう言って病院の中庭から姿を消した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「おい、いいのかよ駒場のリーダー」


半蔵は、奇策士とがめの案はあながち悪くないと思っていた。しかし、リーダーの駒場はそれを蹴ってしまった。


「俺たちには金が必要だ。何せあんな兵器を手に入れちまったからな。それの修理費と維持費、それと弾代もに金がかかる。保管するにしたっても金が要る! いい儲け話じゃねぇか」


駒場たちが持っている兵器とは、駆動鎧をはじめ、大型戦車や装甲車などの軍隊並みの兵器たちである。

それを持ってしまったせいで学園都市の闇からは目をつけられっぱなしで、大きな行動は起こせなくなった。大きな金稼ぎが出来ない状況に、彼らは陥ってしまったのだ。


「なんで蹴ったんだ!?」

「………いいか半蔵」


溜息をついた駒場は立ち止まって空を見た。空き抜けるような晴天であった。


「………今後、大きな行動を慎むことにする」

「ッ!? ………どういうことだよ」


半蔵は問いただした。


「やり方によっちゃあアイツらを利用できるはずだ。今なら遅くない。なんなら、俺がアイツらの完成形変体刀を奪ってこようか?」

「………やめておけ、最強の番犬に斬られることになるのがオチだ」


その番犬とは、ご存じのとおり虚刀流七代目当主鑢七花その人である。


「………それに、俺たちにはあの兵器がある。あれ以上力はいらない。そもそも、あれらは俺たちにすれば荷が勝ちすぎる程だ。あれ以上荷を重くしたら俺たちは潰れてしまう」

「力はあればあるほどいいと思うが」

「………俺たちは無能力者だ。確かに力はあればあるほどいい。だがしかし、それは俺たちが攻められる理由にもなるんだ。それが、昨日学んだ教訓だ」


俺たちも、あんなふうに死にたくないからな。と駒場は呟く。

「………それはそれで、俺たちにはやるべきことが山積している」


半蔵は首を傾げた。

そんな半蔵を見て、駒場は胸ポケットから一枚の写真を取り出した。


「………こいつらだ」

「だれだ?」

「…………俺もわからん。だが一つだけいえることはある」


その写真には、変わった形の忍び装束を着た集団の写真だった。路地裏での写真で、そこには4人が写っている。

一人は黒い忍び装束を纏った大きな黒めの男。一人は犬のような被り物の忍び装束を着た男。一人は全身に青い刺青を入れた人相の悪い、露出の多い忍び装束を着た美女。一人はペンギンのような忍び装束を着た小柄な少年。


「………正確にはわからん。しかしこの学園都市にいると聞いた。アイツらは異世界からやってきた異物。当然変体刀もだ。その他にも、どこかにそれらがいる」


駒場は足を前に進めた。


「………実は、数日前から学園都市の各地に色々と不審者の目撃情報がある。『忍び装束を着こんだ集団』に『巫女装束を着た女』それと『法衣を着た女』だそうだ」


駒場と半蔵は知らないと思うが、真庭獣組と敦賀迷彩と鑢七実は読者諸君は重々ご存じだろう。

しかしわかっておられると思うが、二人は彼らを知らない。が、彼らがどこから来た人間かは予測できた。


「………奴らと奇策士はお互いによく知っている仲だ」

「なぜそう言い切れる? 赤の他人かもしれねえんだぜ?」

「………匂いだよ」

「においぃ?」


素っ頓狂な返答をした半蔵。駒場はふんと笑ってそれに応じる。


「………服装。あと雰囲気や第一印象が奇策士や虚刀流と近い感覚がする。もっとも、赤の他人、というのも可能性としてはあるんだがな」


駒場はそう笑って写真をポケットにしまった。


「………時に半蔵」


話の流れを代える。


「………やりたいことが、あるんだ。半蔵にぜひとも作戦を考えてもらいたい」

「なんだ」

「………なに、俺たちの存在意義の証と、これまでの集大成を示すのにな」


それは、至極簡単な事だった。


「………―――――――――――――」

「――――――なるほど、そーいう事か。あいわかった。考えてみよう」

「…………ついでに、この者たちの事も調べておこうか」


この者たちとは駒場が持っている写真に載っている者たちである。


「それは各学区のスキルアウトの連絡網で調べさせみよう」

「………任せる。悪いな、仕事押し付けてしまって」

「いいよ、これが俺の得意分野で何より仕事だ」

「………さぁ、馬鹿共をぶん殴るための準備をしなければだな」


駒場は、無能力者への差別に異議を唱える者の先頭者は、野望と野心に燃える目で、前を見据える。

昼過ぎの太陽はそんな彼を明るく照らし、秋風は大きな背中を強く押し進めようとしているように感じだ。

そうだ、俺たちの戦いはこれからだ。まだ、始まってすらいない。











「――――――――――つーかよ、その写真の奴ら、奇策士に直接訊いた方が早いんじゃね?」

「………あ、」

「………あ?」

「………………」

「………………」


一間。


「………………おい、忘れてただろ」

「………面目ない」

「お前ホンット決まらねぇな! バカだろ、お前バカだろ!!」


半蔵がそうツッコんだのは、彼らが回れ右して元来た道を戻る三秒前の事だった。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「………ダメだったか…」


奇策士とがめはそう、溜息をついていた。


「頭数が多ければ多いほど賞金が手に入る可能性があったのになぁ……。まぁしょうがない、少数精鋭で行こうとするか」


と、年寄臭く独り言を吐き散らしながら立ち上がり背伸びをする。


「あ~、にしても絹旗の奴のせいで昨日は散々な目にあった。おかげで全身フニャフニャのヘニャヘニャだ」


そう悪態をつくとがめに、二つの影がやってきた。

絹旗最愛とフレンダ=セイヴェルンである。


「とがめさん、私が超何をしたって言うんですか?」

「どうだった? 結局ダメだったって訳?」

「その通りだフレンダ。こちらにはこちらの事情があるのだと」


ま、危険人物は暴れるより大人しく黙ってる方が安全か。暴れまくって挙句に力尽きて倒れるよりも、力を蓄えて一気に行動を起こすのが得策か。


「それよりどうしたのだ。麦野とかいう、お前らの頭の見舞いは済んだのか?」


とがめはそう訊くと、フレンダは残念そうな顔で花束をとがめに見せた。色とりどりの花々が香りを放っている。


「こちらも超ダメだったです。面会謝絶の文字がドアにありました」

「そうか。だったら致し方あるまい。時に絹旗、七花はどうした? それよりそなた、七花と組手をしているんじゃなかったのか?」

「それだったんですけど、七花さん、急に先生に呼び出されて一旦超休憩ってことになっているんです」

「そうか。時に絹旗よ、今日はどこまで行った?」


どこまでか。それは『七花の動きに着いて行けたか』『七花に一本でもダメージを与えたか』と言う事である。

確か、一昨日は七花に蹴りを入れたかどうかだった気がする。だが、その直後に七花に蹴り返され、KOされてしまったんだとか。


「それがですねッ!!」


絹旗の眼が一瞬で輝いた。とがめはいきなりの事で面喰う。


「七花さんに膝を付かせたんですよッ! スゴイでしょ、超スゴイでしょう!?」


なんと、この小娘は七花に膝を付かせたか。なんという成長ぶりだ。まぁ、本人は喜んでいるが七花が本気でぶつかっていた訳ではないだろう。七花の悔しそうな顔が目に浮かぶが、油断した方が悪い。

「凄いな。お前の怪力なら七花と同等前後の力だと踏んでいたが、正直こんな短期間でここまでやるとは思わなかった。さすが大能力者だな」

「エヘヘ、超どうもです」


とがめはそう褒めると、横からフレンダが思い出したように頼まれたことを話した。


「ああそうそう、先生がとがめを探していたよ。今すぐじゃないけど今日には言っておきたい事があるんだって」

「そうか、了解した」


とがめはそういうと、絹旗の尻を叩く様にこう言った。


「ほれ、もう七花の用事が済んだころじゃないか? そろそろ地下に行った方がよいぞ」

「あ、そうですね。じゃあとがめさん、この超花束差をし上げます」

「え、ちょっと待て………」


絹旗は大きな花束をとがめに押し付け、颯爽と駆け出した。


「これをどうすればいいのだ!?」


とがめは叫ぶ。が、もう彼女はいなかった。


「しょうがない。フレンダ、お前がも………って、もういない」


煙か、あいつは。そもそも存在をたまに忘れる時があるのは私だけだろうか。作者もだろうか。

とがめは溜息を一つつき、ベンチに座る。


「それにしても、今日はいい天気だな。猫も散歩しておる」


とがめの視線の先には、一匹の黒猫が茂みから顔を出してこっちを見ていた。

にゃーと鳴くその小動物は、後ろ足で首の後ろをクイクイッと掻いている。前々から思っていたのだが、猫のこの動きはいったい何なのだろう。

まったく、そんなことを考えてしまっているのか私は。すべてはこの陽気のせいだ。


「……………しかしまぁ、今日はいい天気だ。そうは思わんか―――――――――左右田右衛門左衛門殿よ」


とがめは、独り言のようにそう、確かに訊いた。

ただの独り言だ。聞いていたなら誰もがそう思っただろう。だがしかし。



『いつから気付いていた、奇策士殿』



猫が、ハッキリと男の声で喋った。

しかし、猫は太古の昔から知っての通り人の言葉を解さない。だが確かに、低音のハッキリとしたその口調で日本語を口にした。そしてその声と口調に、奇策士とがめは確かに聞き覚えがあった。


「お宅のお姫様はご機嫌如何かな? あの女の事だ、この世界が肩身狭くて苛々しておるのだろう?」

『不及。そのような気使いには及ばんよ奇策士殿。不本意だが、腹の立つ小童の部屋に居候として過ごしている。なに、毎日日頃常に日常を楽しんでおられる』

「だろうな。しかし残念だ。あの女の退屈そうな顔を想像していたのだがな」

『それは残念だったな。 時に奇策士殿、最初に訊いた質問に答えてもらおう。いつから私の存在に気づいていた?』

「初めからだよ。あの勇敢なる少年らが登場する前からな。誰かの視線があると思い誰だろうと記憶を手繰っておったら、こんな芸当をできる心当たりがあるとするなら一人しかおらんよ」


とがめは猫、改め、右衛門左衛門に近づき、抱っこする。

「『相生忍法・声帯移し』」

『………なぜそれを知っている? 奇策士殿に見せた事は無いと記憶しているが』

「無論、私は初めてだ。ただし、私の刀は違うがな。七花に教えてもらったよ」


なるほど、右衛門左衛門は唸る。

とがめは右衛門左衛門(猫)をベンチの上に乗せた。


「時に右衛門左衛門殿は何の御用だ? 否定姫の命令か?」

『不当。当たってはいないぞ、その答えは。私は貴様に対して用は無いが、ただ見かけたからふと見に来ただけだ』

「そうか。だったらいい。時に右衛門左衛門殿」

『なんだ奇策士殿』

「少々あの女に言伝を願いたいのだが」

『不断。断らんよ。別に断る理由がないからな。言ってみろ』

「今はそなたに敵対する意思と意義はないと言ってくれ。それだけだ」

『承知した』

「ああそれと、この花束はあの女への気持ちだ。貰い物だが別に構わんだろう」


とがめは持っていた花束を上に掲げる。三秒後にパッと煙のように消えた。


『もう行っていいか?』

「ああいいぞ。というか行ってくれ。このままでは猫と会話をしている異常者として見られてしまうではないか」

『それは失敬した―――――』


ふぅっ!と突風が吹く。とがめの白い髪はサラサラと、目の前の木の葉と同じように揺れた。

そして、それ以降右衛門左衛門の声は聞こえなくなった。

代わりに、猫の可愛らしい鳴き声が耳に届き、とがめが見下ろすとただの黒猫が太腿に顔を寄り添っている。



「まったく、どいつもこいつもこの病院になんの様なのだ………私もそうだけど」


とがめは背もたれに全体重を預けて背を反らす。と、そのまま後を見た時。


「なにをやっているの? とがめ」


世界が逆さまになった光景の中に、滝壺理后が両手に果物を沢山詰めた紙袋を持って立っていた。


「ああ、滝壺か。どうした」

「きぬたはとやすりさんの様子を見に来た」

「ああそうか。で、その大荷物は?」

「餞別。一つどうぞ」


と、滝壺はとがめに林檎を一つ手渡す。なかなかの色合いと甘い香りが漂うその林檎は熟していてさぞかし美味だろう。


「じゃあとがめ、私、地下に行くから」


滝壺はそう言って手を振って歩き出した。


「ああ、二人を応援しておいてくれ」

「わかった」


とがめは滝壺が見えなくなるまでボケーと座っていた。が、このままでは本当に年寄りの様だ。どこかに行こう。

そう自分の老いに嫌気がさした。立ち上がり、背伸びをする。

と、またとがめに来客がきた。

再び駒場と半蔵だった。


「………なんだ。」

「いや、言い忘れてたことがあってよ」


半蔵が応えた。

駒場は胸のポケットから一枚の写真を取り出してとがめに見せる。


「………この者たちを知らないか?」


とがめはその写真を一目見た後すぐに駒場に返した。


「知っているも何も、私たちと同類だ。この世界には居てはならない異物だよ」


その写真の者たちは………。


「この者たちは真庭忍軍十二棟梁。私の世界の“忍”だ」


忍。その単語に半蔵の顔が一瞬だけ揺らいだ。


「そしてこいつらは、真庭獣組。十二人のうちの3人だ。……と、もう一人いたか。黒いのは真庭蝙蝠。緑のは真庭川獺。青いのは真庭狂犬。そして一人のちっこいのは真庭人鳥。どいつもこいつも面倒な奴らばかりだ。獣組は蝙蝠、川獺、狂犬の三人で、人鳥だけは鳥組の一人だったと記憶しておる」

「こいつらは強いのか?」


半蔵は真剣な目付きで質問を投げる。


「こいつらの特徴は? どんな技を使う? それと………」

「ちょっと待て半蔵。一気にそう一気に質問攻めするな。びっくりするではないか」

「…すまん」

「なんだ? そなた忍者に興味があるのか?」

「いや、そういう事でなくて」

「まあいい、その質問に順々に教えてやろう」


私の親切心に感謝するのだな。ととがめは咳払いを一つ。


「まず、真庭忍軍は文字通り忍者の軍隊だ。その中でも最強と謳われる者たちが十二棟梁で、それぞれ強力な忍術を使用する。あまりにも強い力を有する故、奴らは絶対に集団では戦闘をしないのが全体としての特徴だ」


じゃあ次に一人ずつ特徴と忍法を教えよう。とがめは腕を組んだ。


「奴らの忍法は異常だ。普通ではない事は承知してくれ。まずは真庭蝙蝠だが――――――」



ここからは皆が知っている事なのでカット。面倒なのでご了承ください。



「―――――――これで全員だ。どうだ?奴らの能力は大体理解できたと思うが」


駒場は顎に手を当てて考える。


「………奇妙な話だ。そして面白い話でもある。奴らの能力が若干、超能力に被っている者がいる」

「そうだな、蝙蝠の『忍法骨肉細工』川獺の『忍法記録辿り』蝶々の『忍法足軽』どれも超能力として存在していそうな忍法ばかりだな。きっと、真庭の里は現代の学園都市だったのかもな」


ととがめの弁。


「真庭忍法とはこちらの世界の超能力だったというならば筋は通る。真庭の里がやっていたのは超能力開発だったのかもしれん」

「となると、それなりの戦闘力を持つんだな?」

「となるもなにも、戦闘能力なら折り紙つきだ。決して半端な喧嘩ではない。『本物の暗殺・殺人専門の最強の忍者集団』だ。変体刀を持っているお前らだとしても敗れるかもしれん」

「お前の自慢の相方とどっちが上だ?」


半蔵は質問する。


「当然、七花の方が強いに決まっておる…………と、言いたいところだが、わからん。七花が倒した真庭忍軍は二人しかおらんからな」


その二人とは真庭蝙蝠と真庭狂犬の二人。毒刀を持った真庭鳳凰とは対峙していたが、あれは鳳凰ではなく鳳凰に憑りついた四季崎だった(かもしれない)のでノーカウントだ。



「………ともあれ、情報感謝する。奇策士」

「ああ、今後いつでもどこでも何度でも声をかけてくれても構わんよ」


とがめは駒場にそう言った。一方半蔵は考え込む表情だった。

そんな半蔵の顔をとがめは覗き込む。


「どうしたのだ半蔵」

「……へ、あ、いや、なんでもないなんでもない。どうしたんだ突然に」

「?……何か考え込んでいる風に見えたからな。………お、そうだ」


と、とがめは手に持っていた林檎を半蔵に手渡した。


「お、林檎じゃねえか。結構高そうだがどうしたんだ?」

「もらい物だ。丸齧りというのは性に合わんからな。どう食べるのか困っていたところだ。お前にやる」

「そうか、じゃあありがたく貰っておくよ。………じゃあ駒場のリーダー、行くか」

「ああ」


半蔵は駒場と林檎を手にしたまま、去って行った。










「――――――あ、いっけね忘れてた。」

「………どうした?」

「俺、虫歯だった。…………まぁいいや、浜面にあげよう」







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「おせぇ」


路上駐車してる乗用車のボンネットに、上半身だけ寝っ転がった浜面仕上はそう呟いた。見上げる大空は青天である。高い青空と心地よいそよ風と暖かい日光で、ついウトウトしてしまう。

いけないいけない。今はあの二人に車番をさせられているんだ。居眠りしていて車上荒らしにあって中の荷物を盗られましたなんて言ったら即座に切腹ものだ。

もっとも、車に乗っているブツがブツだ。これを盗られたら組織の致命傷にもなる。

しかし、秋のこの陽気は流石に眠い。まだ秋の中ごろ、残暑が厳しいはずなのに、なぜか今日は心地よい気温だった。

ああ、眠い。

浜面は大きな口を開けてあくびをかます。


「たっく、いつまで話し込んでんだよ。駒場のリーダーも半蔵も。」


確か、昨日同盟とやらを組んだ『奇策士とがめ』とかいう人物に、この車の中にある”完成形変体刀十二本の内の二本の他の十本”とやらの情報を聞きこんでるそうだ。

しかしいつまでかかっているのやら………。

浜面はもう一つあくびをした。

駒場たちが来たら運転しなければならない。それを眠いのを我慢して頑張るのは、情けないが危ない気がした。

もういいか、二人が来るまで車の中で一眠りしようか。

浜面はボンネットから降り、ドアを開けて運転席に座った。そのまま席をぐぐぅっと下げた。

さぁ今から浜面グッドスリープタイムだ。このまま誰にも邪魔されず、眠りの谷の底までゆっくり落ちてゆく――――――はずだった。


「おいおい姉ちゃん可愛いねぇ。ちょっくらお茶でもしねぇか?」

「そんな大荷物持ってねぇでよぉ。なぁいーだろう?」



男の声が聞こえた。一人、いや三人か。


「あぁ?」


その異様に腹が立つ声で折角の浜面グッドスリープタイムが中断された。眠りの谷が掻き消された。

そよ風が入りやすい様に窓を少しだけ開けていたのが失敗だった。


「ほら、いいじゃん。ほら、荷物おいてさ」

「ほら、こっちきなよ」


と男二人の声が窓から入ってきやがる。おかげで眠りの淵から叩き起こされた。一回起きてしまったらもう寝れない。どうしてくれるんだ。どう落とし前付けてくれるんだ。

「どこのどいつだよ、一体」


浜面は状態を起こしてキョロキョロとあたりを見渡す。

と、さほど遠くない所で、男二人が壁と会話していた。


「ほ~。あいつらか」


いや、違う。男二人と壁の間に一人、女の子が挟まれていた。 ――――――ナンパだった。


「ほら行こうぜ」

「やめて………困まる………」

「何言ってんの。ほらほら」

「あ、」


男の一人が女の子の手を掴む。

と、女の子が腕で抱えていた紙袋から一個だけ、真っ赤な林檎が落ちて転がった。


「おいおい、こんな真昼間から何やってんだ? 発情期のサルかよオメーらは」


浜面は眠たそうな顔でそう言った。彼の手には先程転がった林檎が握られていた。


「ああ? なんだテメーは」

「人がセッカクお茶のお誘いをしているのに、他人は引っ込んでろ」


男は振り返る。

金髪にガングロにピアスと、まぁ漫画やテレビによく出てきそうな模範的な不良Aと不良Bだ。

だが、マジモノの不良、否、武装無能力集団のNO,2である浜面からすれば。しょーもないガキンチョに見える。


「黙れよキーキーキーキーと。お前らは小学一年生ですかコノヤロー」

「なんだとッ!?」

「舐めやがって」


模範的な不良たちは模範的なリアクションで模範的に近づいてきた。


「やんのかコォラ」

「ああさっさとかかって来いよこのガングロニホンザル」

「テメェッ!!」


さぁ、今ですよお嬢さん。俺がこの猿どもの相手をしている間に、あなたはお逃げなさい。と、浜面は目で女の子に逃げろとアイコンタクトを送る。

が、


「―――――――ッ!?」


浜面は思考を停止し、逆方向へフル回転させる。


(な、ちょ、なにこの子、スッゲェ可愛い。サラサラショートヘアに小さい顔、小柄な体型なのに結構グラマーだ! ジャージを着ているのは少し残念だけど、だがそれが丁度いい!! しかも第一印象からするにこの子は奥ゆかしい口数少なくてけなげなヒロインタイプだ!! なにこのど真ん中のストレート的な運命的感動的芸術的シチュエーションはぁぁぁあ!!?)


前言撤回予定変更軌道修正。今、このとき、この猿どもをカッコよく、尚且つカレイに倒し、この子を俺のものにする。

脳内議会所。議員の皆様、採決をどうぞ。…………満場一致。っつ―わけでレッツファイティング!!

「さぁ来いよサルヤマヤロー。この浜面仕上様が綺麗に簡単にパパッと手堅くやっつけてあげるかやよぉ………お………ぉー………」


思考、停止。


(え、ちょっと待って、ストップ、ストップ・ザ・マイブレーン。なにこの人たち、なんでこうも格闘技やってました的な構えで立っているの? ちょっと待って。まさか御仁二人とも格闘技経験者? ウソ、左の方はボクシングスタイル……しかもファイタータイプの構えじゃないですか。どこの幕之内先輩?つーか今にでもデンプシーかましにきそうなんですけど………。ってか右の方はムエタイッ!?世界最強の格闘技じゃねーですかいッ!!なんで!?いかにも不良を始めて一年もたってませ~ん的な雰囲気だしてたじゃん!!なんでこうも今更強いぞオーラ醸し出してんだ。お前らはどこのベジータだ!!このままじゃあ意気揚揚と勝負に挑んだ挙句ボロクソにやられたキュイになっちまうじゃねぇか。汚い花火になるじゃねぇかゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオイ!!)


「いい度胸だなテメー。俺たちにそこまで言うんだったら、お前もなかなか強ぇんだろ?」

「だったらよぉ…………」

(ひぃ……超逃げたい………)

「「覚悟は出来てるだろぉおなぁぁぁぁああああああああああああああ!!」

「ナムさぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああんッ!!!!」


ナミさんでもラムさんでもなく、南無三。可憐な少女がいる前での敵前逃亡は漢のプライドが許さなかった浜面仕上という勇敢なる漢(笑)は涙目になりながらも、不良Aと不良Bに拳を握って駆けて行った―――――。





ゴンガンドンバンガンギンドンガングシャ!!!!!! と。

直後に、原始的な暴力の音が連続した。(新約とある魔術の禁書目録3より)





「たっく、弱いくせに調子乗ってんじゃねぇっつーの。消えろカス。サルはオメーだ」

「サルっつーか馬だけどな」

「ハハッ、言えてる」


インファイターの不良Aと、キックボクサーの不良Bは、そう浜面の顔に唾をして笑って立ち去って行った。


「ふ……ご…………」


浜面は蛸のように真っ赤に腫れた顔を日光で熱くなった地面にべったりとくっつけていた。


ああ、これが母なる地球を抱いている感覚か………。


浜面は心の中で泣いた。

ああ、カッコ悪ぃ………。

このまま、地球ママの胸の中で泣かせてくれ。浜面の切実なる願いだった。

だが、その願いは叶う事は無かった。

ナンパ男から助けた少女が浜面の頭を持ち上げ、自分の膝の上に乗せたからである。


「だいじょうぶ?」


いわゆる。膝枕である。


(俺……頑張って良かったよ………)


浜面の心の中の涙腺は崩壊した。

と、大事な事を忘れていた。


「あ、これ、林檎」


浜面は拾った林檎を少女に渡す。


「あ、ありがとう」


少女はにっこりと笑って浜面の額に手を当てた。

ああ、幸せだ。幸せすぎる。男の夢。男の浪漫。男の野望。膝枕。

なんて柔らかい太腿だろう。なんて暖かい体温だろう。なんて甘い香りだろう。

男が一度は見る夢を、男が一度は憧れる浪漫を、男が一度は抱く野望を、膝枕を、浜面仕上はついにやり遂げたのである。


この太腿は、エベレストよりも高かった。


しかし、ここは世間民衆の眼がある歩道のど真ん中。幸運にもここは人気の少ない病院の前の道路で人の眼はあまりないが、彼女が変な目に見られるのは避けたい。いや、避けなければならない。これが自分に大いなる頂に頭を乗せさせてくれた恩人に対する礼儀であり感謝の現れである。

浜面は体を起こす。


「ありがとう……もういいよ」

「本当に大丈夫? 結構腫れているけど………。ここ、病院だからすぐに診てもらう?」

「いや大丈夫。俺、こういう怪我慣れているから」


よっと、と痛む全身に鞭を打って立ち上がる。

ふらつく彼の体を少女は支えてあげた。ああ、本当に健気だなぁ。てか、脇に柔らかいのが当たっているのがラッキーすぎる。


「じゃあ、私は用事があるから。本当に大丈夫?」

「ああ、大丈夫大丈夫。これでも丈夫なんだぜ?」


浜面は笑って見せる。少女もそれにつられて笑う。笑い合う時間がしばらく続き、少女は近くにあった時計を見た。


「あ、こんな時間。じゃあ私はここで」

「ああ、じゃあな。ナンパされたら俺を呼べよ。すぐに駆けつけてやっから」


ああ、もうお別れか。浜面は内心残念そうに感じだ。

そんな浜面の思わず出してしまった表情を取ってか、それとも思い出してか、気まぐれか、少女は浜面に、


「はい、これ上げる」


林檎を手渡した。浜面が拾ったものだろう。


「ありがとう」


そう言って少女は去ろうと走り出した。


「あ、ちょっと待って」


浜面は呼び止める。そしてこう呼びかけた。少女は立ち止まる。その距離は約3メートル。


「名前! 名前、教えてくれないかな」

「え?」


少女は、にっこりと笑って、


「私、たきつぼりこう。あなたは?」

「俺、浜面仕上!」

「うん。今日はありがとうね。はまづら」


滝壺理后は、綺麗な笑みで手を振りながら去って行った。

浜面仕上はそんな彼女を小さく手を振りながら見送っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「…………滝壺理后か……」


気持ち悪い。半蔵は直座にそう思った。

ウッフフフフ………とご満悦な表情でハンドルを回すその馬面男に舌打ちをする。

こいつ、ハンドルを回しながら頭の中でワルツでも踊っているのだろう。いや盆踊りか阿波踊りかそのあたりだ。こいつがワルツを踊っているのは流石に吐き気がする。


一方浜面はと言うと………。


ああ、滝壺って子、可愛かったなぁ。うっへへへへ。


とのご様子。

そんな様子で、信号待ちの時は、滝壺からもらった林檎を取り出して匂いを嗅ぐ。

そしてこう言い放つのだ。


「ああ、滝壺の香りがする………」


いや誰だよ。つーかキモッ。


「あ、そうだ。林檎と言えば………」


半蔵は思い出したように


「そうだ浜面。お前に土産があったんだ」

「んあ?」


浜面はバカな声で半蔵に返事する。


「おい馬面。テメー浮かれてねぇで前見やがれ。青になってんだよ運転しろよ」

「おっとソーリー」

「いっちょ前に英語使うなよ鹿面」

「ちょっと待って!? 何さっきから馬面だの鹿面だの。何言ってんの!? 馬とか鹿みたいな面って意味!?」

「そうだよ。馬鹿面」

「合わせての意味だった!!」

「いいから運転してくれ。事故ったらマジでシャレにならん」


半蔵はそう言い捨てると、持っていた林檎を浜面に見せる。


「林檎?」

「そうだよ。バラ科の落葉高木で、ヨーロッパで古くから果樹として栽培され、日本には明治初期に導入された林檎だよ。お前がさっきから信号待ちの時に匂いを犬みて―に嗅ぎまくっているのと同じのな」

「………詳しいんだな」


浜面はハンドルを持つ手の内、左手を放してその林檎を受け取った。


「なんで林檎?」

「貰ったんだよ。今日の話し相手にな」

「へぇ~」


浜面はそう言いつつ。その林檎を齧る。


「~~~~~~~~~~ッッ超ぉぉぉぉぉ甘ぇ~~~~~っ!! そしてウメェ!! なにこのジューシーな果汁は!! 超絶ウメェ!!」


「あまり美味い美味い言うな。虫歯であることを恨みたくなる」

「………」

「あ、駒場のリーダーは林檎嫌いだったな」


さっきから後部座席で会話に入ってこない駒場は、ちゃんとこの車内に存在する。

そんな駒場は置いといて、半蔵は質問を投げかけた。


「で、なんでお前も林檎持ってんだ?」

「貰ったんだよ。天使にな」

「………はぁ?」


素っ頓狂な素直な反応。半蔵は、


「そうか、とうとう性欲のリミッターが壊れて幻想でも見たか」

「幻想じゃねーよ!!」

「その幻想、誰かにぶち殺してもらえ」

「いやだよそんなの!!」

「………その林檎、喰わないのか?」

「喰わねぇ。真空パックに入れて永久保存する」

「キモッ!!」

「………さすがにキモイな」

「つーか何気にリーダーも会話に参加してんじゃねーか!!」

「………その林檎、ブレーキペダルの裏に入って行ったぞ」

「へ?」


キキッと浜面は赤信号の前でブレーキを踏む。と

グシャッッ!!と、何かが砕ける音がした。


「あ、」

「あ。」

「………あ」


「リコウぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「うるせぇっ!!つーか名前つけてたんかい!! てか林檎か名前かわからねぇややこしい名前つけるな!!」

「るっせぇええ!! 俺のガラスのギザギザハートにさらに傷をつけるなぁ!!」

「………馬鹿だ」


ギャーギャーワーワーと、そのあとも一台の乗用車はうるさく公道を突っ走って行った。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今日はここまでです。ありがとうございました。


浜面は書くのが楽しいです。なにせ馬鹿面ですから。今日はそこのところを書いているとこんな時間になってしまいました。また少しの色直しもあり、大変遅くなりました。ごめんなさい。



>>113
それはまた別のお話です。お楽しみに。

>>87
職人さんどーもですwww

>>86
名無しの土星君は、皆様が気にしなければ考えます。超電磁砲本編で出て来たら即座に参考にしますから、それを見てから決めますね。

>>93
第壱弾で同じような事を言ってた人がいましたww

>>99>>100
俺のトップはぶっちぎり七実姉ちゃんです。アルビノ美少女。最高じゃないですか。え? 27?………ハテ…?

>>106
wwwww誰うまwwww


明日か明後日かそれ以降か………また溜まったら投稿します。いや、今回のように一週間も開けるようなことはしないと思います。はい。出来なかったらごめんなさいですけど。

今日はありがとうございました。

そういえばねーちゃんの病気はどうなってるの
原作では虫組と戦ったせいで体が限界にだったから
実のように腐り落ちる前に七花にどうのこうのとか
そんな感じだったような気がしなくもないが

こんばんは、一週間過ぎる前に投降で来てよかったです。

自分の弱さに落ち込みつつ、今日も投稿したいと思います。


>>143
姉ちゃんの病気は初めて聴きました。なにせアニメのみで考えてますから………。
でもいずれにせよ今のところは問題ないと思います。何故かと言うと言えませんが。



さよなら絶望先生を見ていたら遅くなりました。
それのオマケ朗読コーナーをパロっていた勢いをそのままにして今日は書き上げました。

しかしなかなか上手く出来ないものですね。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いやぁ鑢くん、急にすまなかったね?」


カエル顔の医者はすまなそうに笑った。


「なんだよ、あんたのせいで絹旗に膝付かされちまったじゃねえか」

「いや実は、君に教えてもらいたいことがあってだね?」


カエル顔の医者、本名は知らないが、ある人はリアルゲコ太と呼び、ある人はオッサンと呼び、ある人は先生と呼ぶ人物であるが、本当の意味での彼を知る人物の多くは彼をこう呼ぶだろう。

――――冥土返し(ヘヴンキャンセラー)と。

例え仏様になる五秒前の患者を生き返らせるというこの男。そう、彼は冥土の淵にいる人間をこの世に引き戻させるただ一人の人間。いや、もう彼は人間というよりは神様に近い人間なのだろう。しかし彼はそれを笑って否定する人間である。

そんな彼は虚刀流七代目当主鑢七花に、とある用があってここに七花を呼んだ。

午後の部を控えた、冥土返しの診察室である。ナースセンターで休憩を取っている看護婦たちの黄色と緑色が混じった声が聞こえる。


「実はね? 君がかつて蒐集した、十二本の刀について、もう少し詳しい事を聞きたくてね?」

「? それならとがめに聞いただろう。一から十まで。それはもう詳しく細々と」

「いや、あれは彼女が彼女の視点からの変体刀の話で、今度は君から訊きたいし、聞きたい。君、虚刀流七代目当主から見て、四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本はどう映った?」

「どう……って? つーか聞いてどうすんだよ」


七花は逆に訊いた。難しい顔で。そんな彼にカエル顔の冥土返しは笑って答えるのだ。

今朝の事である。


「僕が君たちが集めた変体刀の『千刀 鎩』と『斬刀 鈍』を一応色々と調べたんだけどね? 紛れもなく、『鎩』は全てが全くの同じ刀で一本たりとも違った刀は無かったし、『鈍』は“何でも斬れる構造を持っていた”」


まぁ、これは君が一番知っている事なんだけれどね? 冥土返しはそう付け加えた。


「いずれも学園都市には『不可能』な技術が使われていた。いや、理屈はわかるし、どうやって出来たかはわかるよ? でも、“出来ないんだ”」

「出来ない、というと?」

「そのままの意味さ。たとえ設計図が出来ていても、それを造る技術が解らない。理解できないんだよ?」


わかるだろうか。一次方程式を習ったばかりの中学生が、高校で習う三次方程式を解いてみろと言われる気持ちが。『ああ、これは方程式なんだな』と理解できるが解き方がわからない。

確かに学園都市は未知なるハイテク技術に特化した街だ。

しかし、形も性質も何もかもが100%全く同じ製品を千も作れるはずもないし、刀身によって物質の分子結合を破壊する製品なんて物は巨大な精密機械になるはずだ。

奇策士とがめの話に聞く『完成形変体刀十二本』は紛れもなく、否応なく、この学園都市でも無理無体不可能不可思議な物体なのだ。

この世に絶対折れない刀は無いし、この世に向こうが透けて見える刀は無いし、この世にどんな攻撃も利かない刀は無いし、この世に誰も持ち上げることの出来ない刀は無いし、この世に自己再生を強要する刀は無いし、この世に人間のみを勝手に殺す刀は無いし、人間の性格を善にも悪にも曲げる刀はない。

理屈は理解できる。折れなければダイヤやカーボンナノチューブで造ればいいし、透けさせるのには薄いガラスで造ればいいし、重たい物質を圧縮して造ればいいし、刀に高圧電流を発電させればいいし、そういうロボットを造ればいいし、精神に何らかのアクションを入れる仕組みで造ればいい。

だが、その仕方が解らないのだ。しかし、方程式の解の二通りはこちらにある。ぜひとも、この完成形変体刀の秘密を暴きたい。


「たしか君は、変体刀の存在は一目見ればわかるんだよね?」

「ああ、なんとなくわかる」

「どんな感じ?」

「どんなって訊かれても、言葉では現せられねえよ。なんかこう………もわ~とつーかぴかーつーか」

「うん、わからないね」

「そうだろうと思った」

「まぁそうだろうと思ってたけどね?」

と、冥土返しは笑って、


「じゃあ話題を少し変えよう。なんで、君は変体刀の存在がわかるんだい?」

「それも言葉では現せられないなぁ」


七花は困り顔でそう言った。だがしかし、


「でも、正解とか思えないけど強いて言うなら………」

「うん?」

「俺と変体刀は兄弟みたいなものだからかな? それとも親? 家族? いや、でも家族は親父と姉ちゃんだけだし………」

「ようは同族、ってことなのかい?」

「そんなもんかな。そもそも虚刀流の開祖は虚刀流を四季崎と一緒に編み出したって話だからな。『虚刀 鑢』という完全無欠地上最強の刀は紛れもなく四季崎記紀が打った刀だよ」

「なるほど」


外国に行ったとしよう。例えばフランス。白人だらけの街の中で一人だけアジア系の人間がいて、いつも無意味に笑っていて、しかも前を通るときは右手をチョイチョイと出しながら通る。あ、この人は自分と同じ日本人なんだな。と感じる。

鑢七花も変体刀を見るとそう感じるのだろうか。いや、違うのか。結局、彼が感じている直感は彼にしかわからない。

ただ一つ確かなのは、四季崎記が造りし完了形変体刀『虚刀 鑢』は、同じく四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本の末弟にあたるのだ。


「そうか。じゃあ今度は話題を大きく変えてみよう。君にはお姉さんがいるそうだね?」

「ああ、いるよ」

「とがめさん曰くの話だが、彼女。数多くの不治の病を幼少の時から患っていて、しかも君と闘うまでの27年間、平然と暮らしていたそうだね?」

「平然とじゃねえよ」


七花はムッとした。感情はあるが無意志な彼にも、家族を大事にする気はあった。


「姉ちゃんはいつも病気に苦しんでた。体を壊す日だって数え切れねえほどある。それを平然とだなんて………姉ちゃんを馬鹿にするな」

「それはすまなかったね? ごめんよ、とがめさんに聞いた話だったからね。ついそういう言葉になってしまった」


冥土返しは頭を下げる。


「いいよ。で、姉ちゃんがどうしたって?」

「いやいや、別に大したことじゃないよ?」


冥土返しの口がそう確かに言った。


「一つ。君に頼みたいことがあるんだ。」


それは、医者である彼にとっての心からの願いだった。



「鑢七花くん。是非とも君のお姉さんを、この僕に紹介させてもらえないだろうか?」



完全無欠地上最強の医者は頭を下げる。




「―――――――――――――彼女は、日本の、いや世界の医療の希望になる」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「――――――ってな訳で、そんなことがあった」

「なるほどな」


鑢七花は主である奇策士とがめに、昼の事を説明した。

当然、今朝の冥土返しの頼みは彼一人では無理難題の事だ。しかし、とがめとならそれは可能になるはずだ。

彼女には奇策がある。


「そうか、なら都合がいいかもな。私たちも奴とまた敵対するのは正直、いや絶対に嫌だ。絶対に避けねばならぬ。二度とあのような卑怯な手は通用せん。戦う羽目になったら即座に回れ右して逃げるのが得策。だから逸早く七実を味方に取り入れなければならない」


とがめならやってくれる。――――そう、思っていた。


「しかし、その頼みは無理かもしれん」


そう、奇策士とがめは我が刀にそう言った。


「だってそうだろう。どこにいるかわからんあの七実を、あの地上最強最悪最恐の怪物鑢七実を説得して連れてこいだのと、無理難題を言ってくれるものだ」

「確か、世界の医療の希望がどうとか言ってたぞ」

「だろうな。七実は幼少の頃から不治の病に侵されていながら何不自由なく…まぁ不治の病に罹っている者から見たらだが、何不自由なく生活していた。しかも病は一つや二つではなく無数にだ」


その異常な回復力と生命力、なるほど、彼女の体を調べ、医療として転換させれば表彰物…いやノーベル賞も軽く超える偉業と言えよう。

冥土返しは、神になろうとしている。すでに神の如き両手を持っているのにだ。しかし彼はそれを手に入れたとしても神であることを否定するだろうが。 強欲か? いや、願望だろう。彼は一人でも多くの人間の願いを叶えたいだけなのだ。


「だが、例えそうだとしても、見つかったとしても、あの七実が聞くだろうか。あやつの性格だ。断る。絶対にだ」


あれは縛られることが嫌いだろう。縛ることは好きだろうが。


「それに、戦闘になったら絹旗と滝壺とフレンダの命が危ない。いくら七花だからだと言っても七実に勝てる可能性は低いかもしれん。だから、この話はあいつらには言わないでくれ。特に絹旗には顔を合わせたくない相手だ」


いや、七実には弱点がある。体力だ。だがしかし、そんな大きすぎる弱点を七実は補っていない訳がない。その弱点は無いと見た方が丁度いい。


「しかしまぁ、運が極上に良く、あやつの機嫌が良ければ奇跡的にすんなりと成功するだろうが。結局は七実を発見できなければ始まらん」

「さっきから思ってたんだけどとがめよ。人の姉ちゃんをあたかも珍獣みたいに言わないでくれよ」

「七実は珍獣ではない。猛獣だ。しかも質の悪い、凶暴で尚且つ小癪な頭脳と鋭い牙と爪を持った獣よ。いや、獣というよりは魔王と呼んだ方がいいな。そなたも、生爪を剥がされたのだろう?」

「………ッッ!! …………言わないでくれ。俺、やっと最近忘れかけてたトラウマなんだ」


七花の背筋が震える。その振動が彼の腹から背中に伝わる。



「ははは。七花にも怖い物があったか。………しかし七花よ、また体格が良くなったのではないか? どれどれ」


とがめは七花の脇に手を当てて………。


「うっわとがめ、こしょがしい………あはははははっ」

「こしょこしょこしょこしょ」

「こらとがめ……いい加減にしてくれ。さもないと……」

「あ、七花……あんっ!」

「こしょこしょこしょこしょ」

「あはははははあははははははっ やめろ七花。悪かった、私が悪かったから」

「こしょこしょこしょ」

「あはははははははははは」




――――――――――――――――――――バンッ!!




「ッ!」「ッ!?」


「超何やってるんですか。二人とも」




風呂場の浴槽の中で、七花ととがめが裸でじゃれ合っているのを、絹旗は冷めた目で見ていた。



夜である。

今日は冥土返しがいる病院へ、麦野の見舞いに行ったのだが面会謝絶だったので、そのまま地下で七花と組手をし、夕方前になって帰った。

明日は大覇星祭であるため、とがめは大事を取って早めに切り上げたのだ。今日はそのまま明日に備えて休む。

そして夕餉時である午後6時半。絹旗最愛は怒っていた。


「まったく、大の大人が超思春期真っ只中の中学生の家で超イチャイチャしないでください」


顔を真っ赤にした絹旗は今日のおかずのトンカツにソースを中濃ソースを掛ける。

なぜ今日はトンカツにしたかというとたまたまトンカツ用の豚肉の特売日だったのだ。決して『明日は勝つ』という古臭い願掛けもどきのダジャレだからじゃない。

絹旗は『よし今日は揚げ物に挑戦してみよう』と、横でもくもくと千切りキャベツを頬張る滝壺理后と一緒に揚げた。


「それはすまなかったと言っておろう」


とがめは両手を合わせる。

しかし絹旗は追撃を加えた。


「そもそも、未婚の男女が一緒に風呂に入るってのが、超おかしいです。超狂ってます」

「………う……言い返せん」


とがめは歯を食いしばる。

そう、時間は小一時間ほど遡る。絹旗が滝壺とトンカツ揚げている間、七花は絹旗に勧められて一番風呂を頂いた時だ。

ちょうど七花が風呂に入っている時、とがめはしばしおトイレに入っていた為そのことは知らず、そのまま『一番風呂貰うぞ』と風呂場に入って行った。

そのことを絹旗は料理の中で一番目の離せない揚げ物に集中していた為、気付けなかった。

そして、風呂に入るため一糸纏わぬ恰好になったとがめは浴槽に浸かる七花と鉢合わせしたのである。


普通なら。『キャーッ! 変態!!』と女の方が大声で叫ぶ。逆は無い。

だがしかし、いつも毎度どんな時も、七花ととがめは風呂に入る時は殆ど混浴だった。(史実でも江戸時代は、禁止と解放を繰り返していたが基本混浴だった。)

そのせいでお互いに羞恥心と言う物は毛頭無い為。『お、入っておったのか』『お、とがめ』『入っていいか?』『狭いけど良いぞ』『なら遠慮なく』と言った具合で、普通の浴槽に大男が入っている中に女がくっ付く形で入浴するという状況になった。

そのあと上の会話が発生し、絹旗が登場する。というのが流れ。

そして今、くどくどぐちぐちと絹旗は文句を垂らしていた。

そこに、擂ったゴマとソースを合わせたタレを垂らしたトンカツを齧る滝壺が口を挟む。


「きぬはた、その辺にしたら? 二人とも反省してるし」

「………滝壺さん。でも……」

「そうよ、いいじゃない。どうせあなたも二三年したら男と裸でベッドインするんだし。………しかしこのトンカツ美味しいわね。何か工夫した?」


笹斑瑛理がマヨネーズを掛けたトンカツをサクッと食べ、ウットリと頬に手を添えた。


「ああ、このトンカツは揚げ方にコツがあるんです。中温と高温の二つの鍋を使ったんです。中温はじっくりと、高温は仕上げに揚げて、油切れを良くしたんです。鍋は一つでも良かったんですけど、量が量でしたから二つ使いました。あと、胡椒と塩もいいの使ってい…る………って、えぇ? 笹斑さん!?」

「お邪魔してます。 そして全国の男子高校生ファンのみなさ~んこんばんわ~☆」

「なんで笹斑さんがいるんですか!?」

「チャオー☆」

「チャオーじゃなくて」

「チャワーワー☆」

「チャワーワーでもなくてッ!!」

絹旗はキレのよいツッコみを入れ、再三問うた。

彼女の名前は笹斑瑛理。闇組織『アイテム』の下っ端組織の一人で、彼女らの仕事仲間の人物の一人である。

日本人なのに金色に染めたセミロングの髪。豊満な胸、綺麗なクビレ、天然物の整った顔立ち。言われもなく誰が見てもどう見ても認めるしかない美少女だ。だが、ところがどっこい。彼女の正体はイケメンからブサメンまでショタからジジィまで男も女もSもMも分け隔てなく愛する多重性欲者なのだ。簡単に言うと変態である。

そんな笹斑が絹旗の隣で一緒に食卓を囲んでいた。

しかもちゃっかり自分用の茶碗を持ち込み白米を盛り、明日カツ丼にしようかと思っていたカツを平皿に乗せている。


「笹斑さん、なんでここにいるんですか!?」


そう指をさされた笹斑は周りを見る。

絹旗だけではない。とがめも七花も、隣にいた滝壺も両目を見開いていた。

さっきまでいなかったのに、どうしてそこにいるのだと。いつの間にそこにいるのだと。

笹斑はそうした視線の中、箸を置き、


「そうね、いきなり上がらせてもらってご飯を食べているってのも、おかしいわよね」


静かに、そして厳かに、笹斑は肘を机に乗せ、手を顎にあてる。




「今日は……――――――ちょっとした用事で来たの………」




笹斑が珍しく真剣な目をした。

砥がれた刃物のような鋭い双眼が絹旗の両眼とぶつかる。


「とても、重要な用事よ。―――――全く、大変なことになってね」

「……………な、なんですか?」


絹旗は箸を置く。滝壺もとがめも七花も、皆、思い詰めた表情の笹斑を真面目な顔で見る。

とても困ったように溜息をつく笹斑。

そこに絹旗は、


「どうしたんですか? まさか、大きな組織に狙われたとか?」

「いえ、それじゃないわ。―――――もっと重大な事よ」


シリアスな雰囲気が、暖かい食卓を冷たい空気に変える。

一同、生唾を飲み込んだ。一体、笹斑の身に起こった出来事とはなんだろうか。

シン…とした部屋の中はピリピリとして、肌が痛い。

そして、笹斑は口を開いた。










「――――――――お腹がぺこぺこで、晩ご飯食べに来ました☆」



ズゴー

一同一斉にズッコケる。


「いやぁ実は今日一日何にも食べてなくってぇ♪ ホントに貧血で倒れそうになったわ………ギャンッ!!」

「あンたって人はッ!!」


絹旗は笹斑に鉄拳の拳骨を叩きつけた。


「~~~~~~~~~~ったぁい!! 何すんのよ!!」

「じゃかしいわ阿婆擦れがァ!! ただウチにただ飯超かッ喰らいに来ただけかよォッ!!」

「ボケがボケなきゃ場が盛り上がらないじゃない!! つーか思いっきりぶったでしょッ!!」

「ィよォしわかったァ! 今度はそのパツキン頭を真ッ赤なザクロにしてやッから覚悟しろォ!!」

「絹旗、ちょと待て! それはちょっと待て。それは流石にやばいかと思うぞ」


マジギレモードの絹旗を七花は羽交い絞めして止める。


「どうどう」

「しちかさん。きぬはたは馬じゃない」


鼻息を荒くして怪力自慢の七花の腕を何ともせずにジタバタするのは、レース前の気性の荒い競走馬の如くだが。

一方笹斑はドデカイたんこぶを拵えて、箸で白米をつまむ。


「折角沈みっぱなしだったムードを盛り上げようとやってきたのに………酷い仕打ちよ」


と、涙目でボヤく。


「放してください七花さんッ!! ホントにこのアバズレクソヤローを超ブチ殺したいんですッ!!」

「絹旗、俺がつっこむのは変だが女の子がそんなこと言うもんじゃねえぞ。そして笹斑は女だ!」


ぐるるるるるッ! 獣のように唸る。滝壺よ、あいつは馬じゃない。猛獣だ。とがめはそう感想を後に溢したという。

仲裁役の七花はほぼ持ち上げる形で、絹旗の暴挙を必死に止めていた。



「まぁまぁ絹旗。そこら辺にしような? ほら、笹斑だって反省しているし。なぁ笹斑?」

「してますよ。イタイの、嫌いですから。最愛ちゃん、さっきは御免なさい。流石にふざけ過ぎたわ」

「な? そう言ってるだろ? なぁ、いい加減機嫌直してくれよ。絹旗」

「――――――――ッ!! ………………………」


と、七花の必死の説得が耳に届いたのか絹旗は動きを止め、大人しくなった。

そして静かにこう、七花だけに聞こえるように小さく呟いた。


「…………………………七花さんだって………謝ってください…………。」


フルフルと体を震えさせて絞り出したように呟いた12文字の言葉。しかし、その言葉は七花の耳には届いたが、よく聞き取れなかった。


「え?」

「~~~~~~ッ…………もういいです。」


絹旗は七花の腕から抜け出し、自分の席に着く。自分の茶碗の中の白米と平皿の上の料理を一気に飲み込むようにして平らげた。


「じゃあ、食べ終えたら流しに置いておいてください」


と、本人は体の内から溢れる感情を必死に堪えて静かに言ったつもりで立ち上がった。

ガシャンッ!!

だがしかし立ち上がる時、思わず卓袱台に強く手をついてしまったせいで食器が大きく鳴ってしまった。

冬でもないのに冷たい風が吹いたような、切ない気持ち。しかしそれのせいでどうも恥ずかしくなり逆に熱くなってしまった。

絹旗は急かされたように食器をまとめ、台所の流し台に食器を置き、少し水を流して茶碗に水が溜まったのを見て止める。


「…………ちょっと、外で頭冷やしてきます」


と急ぎ足で玄関へと向かった。俯いた彼女の表情は見えない。必死に何かを隠しているように見える。

そして、扉の前で立ち止まり、絹旗は両手を握りしめ、悪意と妬みを込めてボソリとこう言った。





「………………………………七花さんの………バカ………」





ボソリと、そう言った。

思いっきりの悪意と妬みを持って放たれたその言葉は、今度は七花の耳にしっかりと届いた。


「……な、ちょ、おい! 絹旗!!」


しかしこの状況を全く、七花は訳も分からずだった。七花は叫ぶ。が、絹旗は彼の呼ぶ声を聞かず、扉を乱暴に開けて走り去っていった。


ドンッ! ガチャッ! バンッ!


大きな音を出しながら扉の開け閉めされたせいで、室内の空気がさらに冷め切ってしまった。

それから約十秒。だれも動くことはしなかった。

十秒経って、いまだに佇む七花の背中。


「…………あーあ、泣かしたな」


そこに第一声を放ったは奇策士とがめだった。ジト目で七花を睨みながら白米を口に運ぶ。


「泣かしましたね」


次に第二声は笹斑瑛理だった。呆れた声で千切りキャベツにマヨネーズを掛ける。


「きぬはた、可哀そう」


続けて第三声は滝壺理后だった。無表情の中の微かに、七花を責めるような視線を送る。


「待て待て、俺が何をしたんだ?」


最後の第四声は鑢七花だった。困惑した表情で女子三人に現状の説明を求める。


「うっわ、わかってないようですよとがめさん」

「とがめ、教育不足」

「うるさいわ。自覚はある。まさか、こうなるとは思いもしなかったからな」

「どうなってんだよ」

「今でも遅くはないですよ。私に童貞を奪わせるというのが近道です」

「逆にトラウマになるからやめてくれ。あいつにトラウマは一つで十分だ」

「しちかさん、トラウマあったんだ」

「幼少の頃、実の姉に爪を噛む癖を止めさせるために、生爪を無理やりすべて剥がされたんだと」

「イタイイタイイタイイタイ!! 想像しただけでも痛い!! ……………でも、イイカモ」

「しちかさんのお姉さん、怖い」

「おい、無視すんなよお前ら」


七花は怒った表情で三人を睨む。

と、笹斑は行儀悪く箸で玄関を指した。


「追いかけた方がいいですよ。いえ、追いかけなさい。まったく、これだから恋する乙女の心情を知らない男は………」

「は? …………あ、ああ。わかった、追いかければいいんだな?」


七花はそう、恋愛経験豊富(?)な笹斑の言葉に従って、絹旗が走って行った玄関に向かう。が、


「やめておけ。今行ったらさらに話がややこしくなる」


しかし、それをとがめは止めた。


「今は夕餉の時間だ。礼儀正しく席に座って飯を食べろ。折角の料理が冷めてしまう」

「でも、きぬはたは?」


滝壺が訊いた。


「放っておけ。たまには女も一人でいたい時もあるものなのだよ。 あやつは私が話を付けておく。原因は私だからな」

「そう。だったら問題ない」


とがめの弁を聞いて、トンカツの最後の一切れを口に運ぶ滝壺。


「そういうことだ。七花もさっさと喰え。命令だ」

「……………了解した」


とがめの命令なら致し方ない。七花は渋々と席に戻り、箸を手に取り、白米にそれを刺す。


(………………絹旗、どうしたんだろうなぁ…)


と、心配そうにベランダへの窓を見た。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



夜である。ここに時計は無いが、腹時計が示すならば7時を回ったところだろう。

少し欠けた月と街の明かり、それとまだ僅かに残る夕日の名残りで出来た西の空の紺色の光が、とあるマンションの屋上を明るく照らしていた。

絹旗最愛は手摺りに腕を乗せてそこに口を埋めていた。目下の街明かりは綺麗に見える。そこからは夜だというのに明るすぎる街並みが望めた。

しかし、その光景を彼女は全く見ていなかった。


「………七花さんの……バカ………」


グズン……垂れる鼻水を啜り、袖の布を握りしめる。


(………超鈍感なのはわかってます。ずっと無人島育ちだったのは超知ってます。男と女を全く知らないのは超理解していました。…………でも、超ひどすぎます)


腕に顔を埋めてみる。が、この沈みきった心情と悲しい気持ちは全く変わりはしないし明るくならない。

全てはあの男は悪い。無神経にも程がある。


「なんですか、あのイチャイチャっぶりは。私の気持ちに超気付かないで」


まるで、あの二人はあたかも夫婦の仲のようにお互いを思い、毎日を過ごしている。………と、いう風に見える。

それを傍から見ている自分のことなんて、恋心を抱いている自分のことなんて、ミジンコほどにも考えていないんだ。


あまりにも、妬ましい。


それと、あの女、奇策士とがめも悪い。そもそも何を考えているのだ。


―――――昨日の深夜『私と七花は結ばれぬ』と超言っていたくせに堂々とイチャ付きやがって。 毎日毎日七花さんにベッタベッタベッタベッタ………。


七花は無人島暮らしで他人とのコミニュケーション能力を全く持ち合わせていない。そもそも他人の心理状態を把握する事どころか予想する事も全く出来ないのを、確かに絹旗は知っている。重々と知っている。

しかし、自分の気持ちに全く気付かず、知りもせず、見向きもしない。そんな馬鹿野郎の事が、とても腹立たしく思えたのだ。ハラワタが煮え返るくらいに。

そして、なぜかそれに激怒して涙を必死に堪えている自分にそれ同等かそれ以上、腹が立った。頭が熱くなりすぎて脳細胞が焼き死ぬほどに。

まるで自分は我が儘に駄々を捏ねているガキンチョの様だったのだ。いっそ、七花に自分の腹の内を全部ぶち撒けばいいのに。そうすれば自分が抱え込むジェラシーが軽くなるのに。


――――――でも、もしもそうすれば、なんちゃって師弟関係が崩れるかもしれない。


毎日が楽しかった。それは心の中から腹の底から骨の髄までそう言える。楽しかった。毎日、自分の目標にして想い人である彼と一緒に過ごし、追いつこうと強くなろうと必死にもがいて、苦しみながら修行を重ねてきた。実際に前とは段違いに強くなった気がする。いや、強くなった。

その関係が、なくなってしまうのはあまりにも嫌だ。嫌だ。嫌だ。彼が自分との関係に気まずくなって構ってくれなくなってしまったらどうしよう。

いや、そもそも彼の事だ。自分が言っている事を理解できないだろう。ふ~ん、そうなんだ。としか思っていないに違いない。

でも、少しの可能性だがそうでもない事もあり得ない事はない。いやあり得る。

だったら………。


「だったら、私はどうすればいいんですか」



このまま、身が焦がれるような嫉妬心と共に彼と一つ屋根の下で暮らすのか? それともその心の重みを脱ぐ為だけに全てを伝えるのか?

一体、どうすればいいのだ?


――――麦野………。


一瞬、鬼のようだが頼りになる姐御肌の麦野沈利の顔が浮かんだ。目覚めたとの報告があったが未だに再開していないリーダーはどう答えるのだろう?




「――――――簡単だ。 お前が七花を振り返させればよい」



ふと、後ろから声が聞こえた。しかし麦野の声ではない。

奇策士とがめであった。


「どんな手段でも使っても、どんな困難があっても、どんな競争相手がいても、意地でも自分に惚れさせる。……私ならそうするな」


「………とがめさん。――――――あ、」


そうだ。そういえばあの時、麦野も同じ事を言っていたような気がする。

その時は、自分が見たC級映画の話をしていた―――――


『麦野。映画の話なんだけど、例えば自分の男の師匠の事が超好きになってしまったんだけど、その人はとても超無神経で超鈍感。だからいっそその師匠に思いを超ぶつけようとするんだけど関係が壊れてしまう超危険性がある……って内容の映画だったんだけど、麦野だったらどうする?』

『だけどが多いわよ。………そうね。私だったらどんな手でも思いつく奴なら全部使ってあっちから好きになって貰うわね。それで私無しじゃあ生きられなくすれば100満点』

『………うっわ超エゲツナイですね』


因みにその映画のオチは師匠が女だった。なぜ、制作監督は麦野が言ったストーリーにしなかったんだろうと笑っていたから鮮明に記憶に残っている。

麦野が言っていた事を、ほぼ同じようにとがめは言ったのだ。


「すまなかったな。七花が無神経な事を言ってしまって」

「全くです。おかげで超傷つきやすい少女のガラスのハートに傷がつきました」

「それはすまなかったな。あの二人がこってり奴を絞っておる。お前が帰ってきたらあいつは土下座でもして待っているだろうな」

「でも、それが何でなのか超わからなそうですね」

「それはご最もだ」


そんな冗談で二人は吹きだした。

すっかり夜の帳が下された夜空とその下で真昼のように光る街灯ども。それの中で二人は笑い合う。


「あやつの鈍感ぶりには呆れきったものだ。それと、それを治すのを諦めたのは随分前だったなぁ」

「それを諦めてなければ今頃私は泣いていなかったのに」

「そう言ってくれるな。これから頑張るさ」

「私も手伝います。今日はこれで超痛い目に合いましたから」

「それはありがたい」

「いえいえ。これは超自分の為です」


絹旗は意地悪にそう笑った。


「すまなんだな」

「いいです。超どうでもよくなりました」

「言い訳ぐらいはさせてくれ。あれは文化の違いというやつだ。以後、あのような事は無いと誓おう」

「わかりました。以後、気を付けてくださいね」

「………思っていたよりも素直だな。どうかしたのか?」

「いいえ? ただ超吹っ切れたって感じですね」

絹旗は夜風が微かに吹く。

この屋上には誰もいない。いるのは絹旗ととがめのみ。

もういいかと思って絹旗はつぶやいた。


「…………私…」

「なんだ?」

「私、初めてなんです」


少女は夜空に浮かぶ一番星を見つけた。秋の空の一番星は木星だとかどこかで聞いたことがある。

そんなどうでもいいことをボーと考えながらそう言った。


「誰かを超好きになるの。初めてなんです」

「………」

「私は超捨て子なんですよね。そのせいで大きな声で言えない研究所に売りさばかれて脳を超改造されました。そんな場所です。普通の小学校みたいに初恋だの何だのと言っている場合では超ありませんでした」


改造とは、自分の脳に学園都市第一位の超能力者一方通行の思考パターンを無理やり移植するというものだった。絹旗は生まれながらにして13年間、人として扱われていなかったのだ。


「研究所にはTVやパソコンはありませんでしたが、研究が終わって私が表の世界にやっと出た時期、超思ったんです。『恋』ってどんな気持ちなんだろうって。そこでマンガとか小説とか超読んだんですよ。超恥ずかしながら」


一体、『恋』とはどんな気持ちなのだろう。


「小説の物語では、『恋』とは超心地よくてこしょがしいものだ。心が超痛むがなぜか超気持ちが良い。と主人公たちはそう言っていました」


しかし、


「でも、今の私………超ツラいです。超苦しいです。超痛いです。 小説とかマンガとかは嘘っぱちです。あんまりですよ。恋愛小説は嘘ばっかりです」


そう口にすると、心の中で溜まっていたものが溢れだし、目からどっと涙が流れた。

出したくもない嗚咽が出てしまう。止めろと命令しても涙は止まらない。


「どうして、こんなに超辛いのでしょうか。どうしてこんなに苦しいのでしょうか。どうしてこんなに痛いのでしょうか」


自分でも、変な事を聞いていると思っている。馬鹿馬鹿しくて恥ずかしくてやれない。今にでもこの屋上から飛び降り自殺を図りたい。

しかしとがめは変なの事とは思っていなかった。馬鹿馬鹿しくて恥ずかしい事だとは考えていなかった。もしも絹旗が手すりに足を掛けようとしたら微弱な力でも必死に止めるだろう。

とがめは一言、


「阿呆」


と笑った。そして踵を返した。


「そんなのみんな同じだ馬鹿もん。私だって若いころはそんな心境になった日は幾千何万とあった。だがしかし、それはこの世で生を受けた女たちの宿命なんだよ。………だから、たかがそんな痛みに負けるな」

「とがめさん……」

「ほら、もう良いだろう。そろそろ戻らんと七花が可哀想だ」

「あ、はいっ」


とがめはそういいながら足を進める。絹旗もそれを追うようにして駆けていった。


………ギィ……バタンッ





夜である。月明かりは街明かりに掻き消され、申し訳ないように少し欠けた月が天空に昇っている。

その下のとあるマンションの屋上には誰もいない。人っ子一人もいない。寂しく風が吹く。

そしてそこに、一羽の鴉が手すりに舞い降りた。



明日は大覇星祭である。

学園都市中の少年少女たちが待ちにも待った学園都市一大イベントの一つ。各々が戦いという戦いを一週間繰り広げる戦場。



そして、二つの大きな戦いが暗躍することになる。









―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


おまけ


とがめ「時に絹旗よ。お前が読んでいた恋愛小説とやらはどんなのだ?」

絹旗 「あ、それはですね。これです」

とがめ「なになに? 『あなたと私のコルボーネ』………なんだこれは」

絹旗 「それは鎖骨を骨折した男女が病院での恋愛劇を描いたものです」

とがめ「…………………(なぜ鎖骨?)」

絹旗 「他にも『譲二』『先生の看板』『わっちが・ポイした・オナ』『愛と蓮根のカーニバル』『恋愛チューバット』とかあります」

とがめ 「……………………………うん。まぁ、そうだな」


コルボーネとはcollarbone(鎖骨)をモジったものだそうです。

因みにこれらは絹旗が古本屋でやすかったものを買ったものだそうです。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今日はここまでです。ワタクシ、恋愛物は苦手で御座います。

こんばんわ。いや、もうおはようございますの方がいいでしょうか。

>>1で御座います。長らくお待たせしました、投下します。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

なんてことだろうか。

敦賀迷彩は頭をどつかれたような衝撃に襲われた。そして項垂れる


「すまない。本当にすまないが、さっき言った概要をもう少し砕いて言ってくれないか?」

「なに、簡単な事だよ。物凄く簡単だ」


彼我木輪廻という老人は笑って応えた。


「大覇星祭とか言う祭りに一緒に行こうと聞いているのだ。それ以上でもそれ以下でもない」


老人は飄々とそうした態度で徳利の中の酒を煽る。

溜息をついた迷彩は自分の徳利に肘をついて俯いた。

敦賀迷彩はあの鑢七花と同類の人間で、異世界から学園都市に召喚された。一つ違うのは死人という面である。因みに彼女を殺したのは誰でもない。鑢七花その人だ。

彼女は千刀流と呼ばれる護身術の達人で十二代目当主だった。そして四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本が一本『千刀 鎩』の所有者であった。しかし虚刀流に敗れて散る。

そして気が付いたらこの世界にいた。というのはあらすじだ。

そのため、迷彩の服装は現代の者とはいささか違う方向にある。

巫女装束のような着物に身を包み、足には足袋と草鞋が吐かれている。

だが腰の長さまである長い髪に、10人が言えば美人だと10人が言うだろう整った顔立ち。それの眼尻には赤い化粧が施されている。美人はどんな格好をしても許されるのだ。

付け加えるなら彼女は大の酒飲みで、いつも酒の入った徳利を手に持っている。

自分と一緒に酒を飲めばその人はみんな友達というほどの飲んだくれだが、彼女を知る者たちは迷彩はベロベロになるのを見たことがないとかどうとか。


そんな彼女の横にいる酒飲み爺は彼我木輪廻。職業は仙人と、なんとも今頃の小さい子供が口にしたら将来が危ぶまれる職業だが、正真正銘彼は仙人である。

証拠に彼の姿は普通は見えない……筈だ。筈だというのは迷彩は見えているようだが、今日の夕方やってきた弟子二人が姿を現すと交代するように彼我木は姿を消す。

姿を消すとは、逃げるの比喩だという意味ではない。隠れるのでもない。消えるのだ。雲か霧か霞か靄が如く。

そしてもう一つ理由がある。

それは彼の姿は本当の姿ではないのだ。

今の彼の姿は、迷彩が苦手意識を抱いている人間が集まった姿だ。

彼我木曰く、この姿はかつて迷彩が殺めた人間の…盗賊仲間と先代の敦賀迷彩の姿をしているそうだ。

関係ない話だが自分を殺した鑢七花とその主の奇策士とがめから見た彼我木輪廻は、今とは全く違う姿となるらしい。

外面的特徴は七花が苦手意識を持つ凍空こなゆきと鑢七実。年端のいかぬ少女と実の姉だとは聞かされて大変驚いた。

立ち振る舞いは同じく七花が苦手意識を持つ汽口慚愧と敦賀迷彩。自分が入っているというのは、少しだけ嬉しかったのは秘密だ。

そして内面的特徴はとがめが苦手意識を持つ飛騨鷹比等だそうだ。飛騨鷹比等は奇策士とがめの実の父とは一番の驚きだった。なるほど、彼女が刀を探すのは国家安寧という大層な事ではない。復讐だったのだ。とその時、納得した。

少し反れたが、彼我木本人が言うには自分の姿を簡単に言うと、自分の苦手な者を映す鏡だそうだ。全くその通りだ。ありがた迷惑極まりない。

そんな人間(?)が普通に一般人に見える筈がない。そもそもこの仙人は齢三百という長寿。

迷彩はこの男を物の怪か妖怪としか見ないようにしていた。


ああそうそう、先程のさらりと出てきたが迷彩には今、弟子が二人いる。とある二人の少女たちだ。名を、吹寄制理と佐天涙子と呼ぶ。吹寄の方は高校生。佐天は中学生だそうだ。

迷彩も彼我木もこの世界の教育の仕組みを全く知らなかったので、その単語が全く分からなかったが不思議がった本人から不思議そうに教えられた。

彼女たちはひょんな事から千刀流に弟子入りした。

しかしそんなことは今はどうでもいい。

ここより先は、長くなる為また後ほど………。


以上、説明終わり。ああめんどくさかった。

さて話は戻る。

迷彩は今、物凄く何を言おうか考えていた。はてさて、どう応えようか。


「彼我木……。お前が言ったことだと私の記憶がこう言っているのだが、たしか『この街に私たちを捕まえようと自警団が動いている』とかどうとか」

「ああ、確かに言ったな。正式には風紀委員と警備員と呼ばれる、子供たちと教師たちの同人たちじゃ。おもに街で起こった犯罪事件事故などの調査と防止と犯人の逮捕を生業としている」

「ああ、それは知っている。なにせお前から聞かされた事だからな。それと同時にさっきの事も聞かされた」

「ああ、確かに言ったな。鑢七花がこの街に来たとき、随分と派手に暴れてくれたらしいからな。奴を捕まえようと敏感に動いているだろうし、同類の儂たちの存在も掴んでいると思った方が良い」

「ああ、そうだったな。こういう事も言っていたな。私たちは彼らから見れば異物だ。異常な力を持った人間で、異端で異様で奇異な存在だ。完成形変体刀も含めて。それらが外から子供を預かっている形で成り立っている学園都市からすると危険なんだろうと」

「ああ、確かに言ったな。それらすべてを丸々嘘をつかずに。ああそうだ、明日からの祭りには警備員が街中で警備の任を任されているそうだ。常に街中で警備員がうろうろしておるじゃろう」


彼我木は徳利を傾ける。が、中身がなくなったのか少々残念な表情を見せた。


「例えば鑢七花が堂々と街を歩いて行けば、警備員に肩を叩かれてお縄にしょっ引かれることになるじゃろう」

「じゃあ、改めて訊く。なんでそんなわざわざ捕まりに行くような行動をしなくてはならないんだ? 虎の子なんていらないのに虎穴に入るようなもの。乗る理由がない。断る。行くなら自分一人で行けばいい」

「冷たいな。儂とて美人なおなごと遊びたいのじゃよ」

「それでよくも仙人になれたな。それに私はもう『おなご』と呼ばれる歳じゃない」

「冗談だ」


だと思った。


「とにかくこの話は蹴る。当然、警備員とやらに捕まりたくないし、そもそもお前と一緒に街を歩きたくないからな。じゃあ私はもう寝ることにする」

「それは残念だったな。じゃあしょうがなく儂は一人淋しくトボトボと祭りの見学とでも行くわい」

「ああ一人でどうか楽しくやってくれよ。私は私で一人で楽しく酒でも飲んでる」




――――――――と、二人で会話していたのは昨日の晩のことである。


今は次の日の夕方。

とある廃ビルの屋上で、暮れる夕日を背に汗だくになって息を整える弟子二人。

吹寄制理と佐天涙子は自分を磨くために今日から千刀流の門下生になった二人である。


先程も言ったが吹寄と佐天はひょんな事から弟子になった。

ひょんな事とは昨日の無能力者狩り事件である。上位能力者による女性無能力者誘拐事件であるが、二人はその被害者であった。

被害者の中でも無能力者狩りたちにつけられた傷は二人とも浅い。掠り傷のようなものだ。だがしかし、その掠り傷の痛みと恐怖の記憶は一生忘れないだろう。

そこでもう二度とそんなことにならないように。またもしも目の前であんな風にされている人たちがいたら助けられるように。二人は敦賀迷彩に頭を下げたのだ。

快諾した迷彩は早速翌日である今日の朝から稽古を命じた。しかし、佐天はともかく吹寄は大覇星祭の実行委員の一人である。吹寄は昼からの稽古だった。

まずは基本的な体力から見た。二人ともそれなりにはあったが、吹寄はともかく佐天は体力的に少々心配な面がある。が、千刀流を完全に教える事でもないので除外してもいい項目だ。

そのあとはざっと、簡単な“型”を教えた。

千刀流も虚刀流も、いやこの世に存在する全ての剣術柔術拳法などの武術にはそれぞれ型がある。

その型を基本としている。型とは一番効率的に人間を倒す為の構えであると言った方が簡単か。野球の素人と玄人のボールの投げ方を例に挙げるといいだろう。

これらは、先代たちが考えに考え抜いた技の最も大きい業績であると言っても過言ではない。………まぁ、最強の鑢七実はそれを真っ向から否定したのだが。

とにかく。

型は何度も反復して練習する。

不意に敵が攻撃してきてもとっさに自然と構えを取って相手を倒す為だ。卑怯な奇襲で死んじゃいましたじゃあ元も子もない。

今日はここまでだ。

明日からも稽古を付けようと思ったが、一週間の祭りがある。次回は一週間後ということになった。

そうだな。一週間後は何を教えようか。


と、迷彩が思いに耽っていたその時だ。

帰り支度を済まし、ジャージから私服に着替えた佐天涙子が飛びっきりの笑顔で迷彩に話しかけてきた。


「あ、師匠」

「師匠じゃなくて迷彩でいいよ。 なんだい?」

「はい師匠。明日ってヒマですか?」

「…………まぁ、ヒマだね」

「良かった! じゃあ明日の大覇星祭見に来てくださいね!」

「え?」

「あ、佐天さん、もうこんな時間。完全下校時刻すぎちゃう!」

「え゛ッ!? マジですか!? マジだ!! じゃあ師匠今日はありがとうございました!!」

「では先生。今日はここで失礼致します」

「……………あ、ああ。また来週な」

「じゃあ師匠!! 明日は絶対来てくださいねぇーー…………」


走り去る弟子。彼女が走りながら後ろに振り返って手を振り、颯爽と帰ってゆくにつれ、声が小さくなってゆく。


「……………どうしようか」


断れなかった。

あの佐天の穢れの無い真っ白な笑顔に押されてしまった。

もしも、もしもこの場面を彼我木に見られていたら…………。きっとニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら陰に隠れているだろう。

それが非常に腹が立つ。

しかし佐天の頼みをそのままにして放っておくと、何か嫌な予感がする。


「………どうしたものかね」


叶えてあげたいけど、ちょっと遠慮したい気持ちだ。

と、思ったその時。




「行けばいいじゃないか?」



「ッ!?」


声が聞こえた。後ろからだ。この声は彼我木のものだった。

迷彩はバッと先程弟子に教えたばかりの構えで振り返る。

が、誰もいなかった。


「………気のせいか」


いかんいかん。あまりにも参りすぎてを幻聴を聞くようになったか。

ふぅ。迷彩は息を強く吐く。やれやれ。額の汗を腕で拭く。

まあいいか。しょうがない。


「………頑張ってみようかね」


無論、警備員に捕まらないようにだが。

それにあの二人の身体能力を見る為に行くだけだ。一瞬だけ見て少し会話を交わしてから帰ろう。


そう東の空から月が出ていた。

今日も昨日に引き続き、良い月だな。迷彩は今日も月見酒でもしようかと考え、屋内へと入って行った。

すたすたと階段を下って行く音が、屋上で小さく響く。




と、隅で何か人影が動いた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


昼の事である。上条当麻は一人の少女の病室にいた。


「なぁ結標……」

「なぁに、当麻くん」


結標淡希はベッドの上で、上条が剥いた林檎を齧った。甘い果汁が口いっぱいに広がる。


「お前、これからどうするんだ?」

「どうするって?」

「どこに住むんだよ。今日退院だろ?」

「さあ、どこに行こうかしらね……。私が通っていた霧ヶ丘女学院も退学扱いしたって聞くから、学生寮使えないでしょうし」

「この病院もボランティア施設じゃねぇ。何日かしたら出て行かなくちゃならない。一応先生に頼んでみたけど、ダメだった」

「そう。ありがとうね、色々と駆け回ってくれて」

「いいんだよ。助け合いの精神だ」


上条は机に置いてあった林檎に手を伸ばし、100円均一のショップで買った果物ナイフで皮を剥く。

そういえばこの前ニュースであったが、今の日本人は上条のようにクルクルと林檎を回して剥く人が少なくなってきたらしい。まぁ、今はどうでもいいが。


「皿貸してくれ」

「はい」


上条は結標からさらを受け取り、その上に小分けした林檎を乗せる。


「はい」

「当麻くんも食べればいいのに」

「いいよ。お前の為に買ってきたんだから。それに、喰っちまったらウチの居候が噛み付く」

「居候? 当麻くんの部屋って二人部屋なの?」


結標は首を傾げる。


「あれ? お前………あ、いや、やっぱいいわ」

どうやら結標はインデックスや否定姫と顔を合わせていないんだ。そういえば、昨日インデックスが


『むすじめいなくなった! 修道女としてあるまじき過ちなんだよ!!』


って顔を青くしてウロウロしていた。

彼女には結標はこの病院にいるという事を伝えたら。


『あぁあ!!また当麻、変なことに巻き込まれたんでしょ!!』


と見事的中の回答を一発で当てられた。

『正解者ニハ拍手』という電子音がその時頭に響いた。

どうして学園都市でカリキュラムを受けてないのに超能力が使えるんだよと本当に考えさせられる。

これが俗にいう『女の勘』という物なのか。だとしたら染色体がXXの生命体はみーんな原石の超能力者だ。

しかし、そんなことなどどうでもいい。


「因みに、今の所持金は?」

「私のお財布の中身には一応1万円。それとキャッシュがあるけど、使えるかどうかはわからないわ」

「そうか………」


一万円か。そういえば今月の仕送りはもう一万円を切っていたな。たしかあと10日で仕送りが来るし、否定姫の懐にもまだ幾らかあるそうだ。頼み込んで出してもらおう。

そして、こんなことはどうでもいいのだ。

なぜこうも先程からどうでもいい余所事ばかりを考えてしまうのだろうか。

なぜこうも心がときめくのか。男の自分が言ってて気持ちの悪い表現だったのは自負している。だがしかし、この心がドクンドクンと唸ってしょうがない。

これが、恋と言う物なのか。

上条当麻は知っての通り記憶消失である。7月の27日以降の記憶が全くない。毛ほどもない。

昔、自分はこんな心情に囚われたかもしれない。しかし、この記憶消失の自分にとって、これは初恋なのか。

ではなぜ、結標淡希に恋をしたのだ?

昨日、初めて………きっと初めて、唇を交わした相手だからか?

それともこんな惨めで無力な自分に、こんなに愛してくれると言っているからか?

なんでだ? どうしてだ?

どうしてこんなに頭がクラクラする?


「………当麻くん? 上条当麻くん?」

「へ? あ?」

「聞いてる?」

「あ、ごめん。聞いてなかった」

「もう、当麻くんったら」


結標は笑う。上条も笑った。


「とにかく、私は財布の一万円でどこかの安ホテルに泊まるわ」

「おい、それは無理だろう。明日から大覇星祭だ。どこのホテルも満席だぞ?」

「あ……そっか…………」


今の上条の部屋には上条含め4人が生活している。(一人は姿を現さないが)。この現状でもう一人を住まわせるのはいささか問題がある。

スペースの問題もあるが、管理人の眼が怖い。一応学生寮は登録してある人物以外を住まわせるのは原則禁止。それに男子寮である。女人禁制は当たり前。一人でもご法度なのに3人も入れるわけがない。

しかし、今は結標が困っている。

ここまで慕ってくれる女の子に、手を伸ばさずに路頭を彷徨わせるのか?

出来るものか。

―――――――例え俺が何と言われようとも、コイツは守って見せる。



「よしわかった。結標、お前明日かr



「お困りの様だなッ!!」



a……………あ?」


ガラリッ! 病室のドアが勢いよく開けられた。それとほぼ同時に元気のよい声。少し掠れたようなこの声は………。


「―――つ、土御門!? なんでここに!?」

「ようお二人さんオッスオッス」

「あらあなたは」

「ぇえ!? 知り合いなの!?」

「上やんには関係ないにゃー」


土御門元春は上条当麻の同じ高校のクラスメイトである。金髪にグラサン。秋だというのにアロハシャツという180cm前後の長身の男である。

ニヤニヤと口元を吊りあげて歩いてくる土御門は、上条の横にあった椅子にどっかりと座った。


「お、いい林檎だな。1個貰い」

「あっ」


土御門の不意な横取りで、結標は膝の上に乗せていた皿の林檎の一切れをさっと奪われた。


「んほ~♡うめ~♡ 頬っぺたが落ちるに…」


にゃー、と言おうとした。が、それは阻まれる事になった。

なぜなら、


キンッ! と、小切れのいい小さな金属音が原因である。


「それは、上条くんが私の為に剥いてくれた林檎よ。勝手に食べないで頂戴。それと、人から物を貰う時は一言断ってからってお母さんに言われなかった?」


そしてもう一つ。結標が抜き身の日本刀を手にして剣先を土御門の喉仏に当てているからだ。

鋭い刃が、窓から入る太陽の光を怪しく反射する。

剣先が刺さっている喉仏の先頭からツーっと、紅い線が首元へ伸びた。


「謝りなさい。さもないと―――――――――――首、落すわよ?」


ぞくっ。 土御門は寒気を覚えた。上条もそうだった。結標の眼は『本気』だった。完全に人を殺す眼だった。

しかしこんな殺気などいくつも感じてきた多重スパイである土御門は笑っておどけてみせる。


「“上条くん”ねぇ……。随分と俺がいる時と上やんに対する態度が違うじゃないかにゃー」

「黙りなさい。首を落とす前にその耳障りな薄汚い雑音を出す喉、突き刺すわよ。よかったわね、ここが病院で。すぐに人口声帯の手術ができるわ♪ 一生雑音奏でてろ」

「安心しろ。学園都市の人口声帯はテノール歌手並の声域を出せるらしい。良かったよ、俺は明日からカラオケが苦痛にならなくなる。感謝感激だにゃー」


両者の双眼が衝突する。

平気で人間の首を飛ばす人殺しの結標の眼。

無数の修羅場を潜り抜いてきた土御門の眼。

一方は剣を持って。

一方はサングラス越しで。

火花を散らす……いや、両者、どうやってコイツを殺そうか本気で考えているだ。

間で固まっていた上条は土御門の右手には一本の拳銃が握られているのに気づいて、そう思い知らされた。


「ちょ、ちょっとストップ! 待て二人とも!! ここは病院だぞ」


と、ドラマでよくある台詞が自然と出てきたことに少し笑ってしまいそうになったがそんなことがどうでもいい。0,0005秒でイスカンダルまで遠投する。


「お前ら、一体どうしたんだよ。知り合いみたいだけど、ここでそんな物騒なモンだすな」


上条は右手で結標の日本刀を、左手で土御門の拳銃が握られている方の手を押さえる。

まったく、ちょうど今結標の同室の人達がみんな外に出かけていたから良かったものの、誰かに見られたら絶対にアブナイ人に見られただろう。……実際にそうなのだが。


「お前らいきなり誰かが部屋に入ってきたらどうすんだよ。結標はとにかく刀を収めろ」

「…………上条くんがそういうなら…」


と、結標は渋々刀を土御門の喉仏から引き、掛布団の中に隠してあった鞘の中に収めた。

「ほら、土御門もその拳銃どっかやってくれ」

「あ、上やん。これエアガンぜよ」

「なぬ!?」


土御門はそう馬鹿にしたような顔で拳銃のマガジンを取りだす。マガジンの中は白いBB弾が詰め込まれていた。


「なんだよ、脅かすなよ。 てっきり任侠映画みたいな修羅場が始まるのかと思った」

「と、思わせて暗殺用の改造エアガンだったりして」

「へ?」


上条は間抜けな声を上げる。


「まぁそんなどうでもいいことは置いておいて」


土御門は、ネジとエアーの出力を改造して破壊力を人間の皮膚を突き破る程までに跳ね上げさせ、BB弾の代わりにブドウ糖と毒素を一緒に固めて硬化させた弾を発砲し人を殺める暗殺エアガンの銃身を腰に入れた。


「結標よ。長い仲だ、お前に助け舟を出してやろうと思ってだ」

「確かに長い仲だけど、仲と呼べるほど付き合いないわよ。 だって喋ったのなんて一回か二回じゃない」

「まぁ聞け。お前がそんな大怪我負ったのは元を辿れば俺が上やんを巻き込んだのが原因ですたい。だからお前の身の安全は俺が保証する義務がある」

「馬鹿言ってる場合ですか。まさかあなたと一つ屋根の下で住めとか言ってんじゃないでしょうね。そもそも貴方と上条くんの関係って何? 上条くんはさっきこの男と私が知り合いだってことが意外そうだったけど、私も上条くんとこの男と関係があったなんて意外を通り越して衝撃よ」


衝撃よ。もう一度結標はそう強く言った。

それほどまで土御門と上条との関係を否定したいのか。いや、上条と学園都市の闇との関係か。


「まぁこれまた質問を続けて投げつけてきやがって。いいだろう、答えてやる」


土御門は太腿を叩いた。

一つ目。『まさかあなたと一緒な部屋に住めとか言ってんじゃないでしょうね』の答え。


「近い意味でそうだな」

「嫌よ。絶対に嫌。貴方と同じ家に住むなんて。たとえハムナプトラ2の虫の巣が君の家よと言われても、貴方と住むんだったら喜んで虫の巣に入るわ」

「あと、二つ目の質問の上やんと俺の関係は高校のクラスメイトで学生寮のお隣さんだぜぃ」

「話なら聞いてもいいかもね」


結標の眼の色が変わった。

上条は間髪入れずにツッコむ。


「ちょっと待てコラ」


しかし土御門はそれを完全に無視して続けた。


「そう来なくっちゃな」




「――――――――俺に提案がある」



土御門はにやりと笑って、グラサンを中指で叩いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「―――――――――これで良いのか?」

『ええ上出来上出来♪』


土御門はとある病院の病棟の休憩室にいた。テーブルに着き、ぐでーって窓からの日差しの暖かさの恩恵を授かっていた。

片手の携帯電話は耳元に当てられている。

相手は………。


「しかしまぁ、あれが完成形変体刀って奴か……意外と普通だな。―――――――否定姫」

『その名は出来るだけ出さないでね。そこには私と変体刀の存在を良く知っている奴らがいるから』

「了解。」

『後の事はわかっているでしょうね?』

「わかってる。とりあえず貴様の命令には絶対服従の身だからな、断りたくても断れない。そうしたら今度は兄妹の命の綱が断たれるからな」


言葉の声色では普段通りにしているが、彼の表情は心の底から軽蔑して罵っている表情だった。

それほどまでに、否定姫が憎い。恨めしい。今すぐにでも殴り殺したい。

しかし、叶わなくて歯がゆい。


「とりあえず、上やんと結標はちゃんと送り届ける」

『わかっているならよろしい』

「結標の診察は午後からだからしばらく待ってくれ。そうだな、2時にはそっちに着くだろう。それまでこっちで自由行動にとらせてもらう。………それと、結標が持っている『鎩』の事なんだが」

『なぁに? 私今日は機嫌がいいから何でも訊いて良いわよ?』

「あれがお前が最強最悪と豪語する完成形変体刀十二本が一本って奴なのか? 普通の日本刀じゃないか」

『「千刀 鎩」は例外よ。「鎩」の特徴は物量。刀は基本的に消耗品だからね。例えよく斬れても血と油で汚れるし骨で刃毀れする。そう言う風に扱っていくと当然斬れなくなるし折れてしまう』

「それで代用品千本造ったか…………なんとも単純な話だ」

『単純ね。でも、その刀の凄みはその千本中千本、まったく違う刀がないのよ』

「あり得るかよそんな話。今日の朝お前に聞かされた夢物語のような空想話信じるか」

『でも、そんな夢物語でもちゃんとした現実よ? あんた、目の前に見たら喉から手が伸びるほど欲しい代物があるかもしれないのよ? ねぇ~陰陽博士さま?」

「………………」

『いいわよ~♪ 完成形変体刀がどんなものか見学に行っても。ただ、泥棒とかと勘違いされて七花君に斬られないようにね~♪』


ブツンッ―――………ツーツーツー


パチンッ。土御門は携帯電話を閉じる。

前にあるTVはつけっぱなぢだった。そして昼の報道番組で『今日の貴方の運勢は最高のラッキーデ―♪ 会いたいと思った人と会えるかもよ?』と流れていた。もう昼時だっていうのに、何をほざく。そもそも占いとか無縁のこの学園都市で占いなど、本職の人間からして呆れさせられる。

まぁそんなことはどうでもいい。土御門は立ち上がった。

日向ぼっこはここまでだ。ここからは暗部としての土御門の出番だ。


(…………一応、俺はアレイスターに大見え切ったからな)


しかし現実は残酷で、彼は今は苦汁をどっぷりと飲まされている。

昨日の晩の事である。

隣に住む上条家の部屋から異様なマナを感知し、それを辿って屋上に行ったら怪しい人物が魔術結界を張っているではないかと必要悪の教会の一員として銃を持って討伐しようとしたが、怪しい人物こと否定姫に返り討ちにあったというのが前回のあらすじだ。

その否定姫という女、その女はまさに“化物”と呼んでもおかしくない化物だった。

いや、彼女は化物ではないか。

化物だと言ってくれた方がまだ安心できただろう。


否定姫は“魔神”だった。


この魔術世界の古今東西すべての魔術を理解し扱う。そしてそれを応用して新たな術式を作り上げる者。まさに神の領域に一歩踏み出した人間だ。

彼女に土御門元春は敗北し、しかも義妹を人質に取られた挙句、否定姫の洗脳魔術によって嫌々でも働かされる羽目になった。

嫌だ。動きたくないと思っても、頭が勝手に思考を巡らし、体が勝手に動く。

しかし今は嫌だ嫌だと駄々を捏ねている暇はない。

奴を出し抜くためにはどうするべきか。

今回は上条当麻は使えない。これ以上は彼を危険な領域に踏み込ませる訳にはいかない。

しかし、どうすればいいのだ? 相手は魔神だ。常に自分と妹の安全を顧みなくてはならない。今日でもいきなり妹の首がシャンパンの栓みたいに飛んでしまってもおかしくはない。

だからと言ってこのままあの女狐にヘイコラ従っているほど土御門という男は安い男ではない。

だから、自分と妹の命のデッドラインギリギリまで、否定姫を出し抜く方法を探る事にした。

まぁ、そのことは彼女も見込んでいるだろうが、それは先の電話でそれは確信に変わった。

とりあえず、この病院にあるだろう完成形変体刀とやらを見つけなけよう。出来れば盗むが、無理なら深追いはしない手で行こう。


「(全く、冥土返しも困ったもんだ)」


そう心の中で吐き捨てて土御門は歩き出した。


「(こんな面倒な奴らを匿ってるんだからな。奴も何か案があるかもしれないが………)――――――…………と、」


土御門は背後に何かを感じた。


「(……視線? ………いや、これは)」


殺気か。


後ろを振り帰ってみる。しかし、そこには誰もいない。


「……………。」


土御門はそのまま行こうとした方向へ向きを戻し、足を進めた。

が、その足は一歩で止まった。

背後に左右田右衛門左衛門が現れたからである。


「どこへ行く。」

「そんなこと、貴様が知っても面白くないだろう」

「不面白。面白くないな、何せ姫様の障害になる行動を起こそうと貴様は動いているのだからな」

「わかっているなら訊くなよ。耳障りだ」


殺気が増す。右衛門左衛門は袖から一本の苦無を取り出し、土御門の背中越しにある心臓めがけて突き刺す。


「やめておけ。貴様でもここで面倒事を起こしたらそれこそあの女狐の障害になる」

「不成。成らない。貴様のような塵一つ、暗殺しても私を見る事も見つける事も出来んだろう。即ち、姫様の障害には決して成らない」

「それはどうかな? この俺が本気を出せば……まぁ貴様と同等には及ばないかもしれないが、傷物を付けさせることが出来るぞ?」


右衛門左衛門は下を、土御門の右の手を見てみる。

腰に回った右手には一丁の拳銃が握られている。それが右衛門左衛門の腹に当てられていた。


「不付。付けられはせんよ。その玩具の銃ではな」

「この時代を舐めるな爺が。例えモデルガンでも改造すればコンクリにめり込む程の威力はでるし、弾も仕込めば毒で人を殺せる程になる。――――――折角だ。お前で試してやろうか?」


一つの間。

三秒もないその間だが、一時間に感じるほど長かった。それほど緊張感と殺気が蠢く間。魔の間。

しかし二人とも汗一滴も流さない。

と、動きがあった。

土御門は笑って口を開いたのだ。


「やめようぜ。ここじゃあ人の目がある」


そう言って顎で曲がり角を指した。


「―――麦野、面会謝絶とは超ついてないですね」

「ホント、結局会えるのはまた今度って訳ね」

「明日は大覇星祭ですから超ムリだとして、明後日か明々後日ですね」


若い女子二人の声だった。段々とこちらに近づいてくる。

土御門はニヤリと笑う。


「さぁどうする」

「……………………。」


返事はなかった。その代り、右衛門左衛門は苦無を袖に戻し、殺気と共に消えて行った。


「………………ふぅ」


土御門は溜息を一つ。


「一難去ったか。全く心臓に悪い」

どっと堰が切られた様に汗が溢れ出る。正直、あんなバケモノとモデルガン一丁で立ち向かうほど土御門は勇者じゃない。


「(ハッタリが効いたのか、奴の気まぐれか。それとも考えがあっての事か。いずれにせよ、儲けものだぜい)」


目の前に女子が二人、白のニットのワンピースを着た茶髪の女の子と青い帽子を被った金髪の女の子が通り過ぎる。


「(そういえば第4位の『原子崩し』もこの病院で入院中か)」


土御門は頭の中であった情報を思い出した。

まぁどうでもいいか。

土御門は歩き出す。そうだな、まずは地下から探そうか。その完成形変体刀とやらを。

と、これからの隠密行動の計画を練っていたその時、


「―――さぁて、これから七花さんと超稽古の続きですか」

「よく続けられるね、あんなの。星一徹かっての。…………星一徹と鑢七花って名前似てない?」

「超似てないです」


先程通り過ぎた二人組からの一言だった。


「(――――――――鑢七花だとッ?)」


今日、ある程度否定姫から話は聞いていたが、その中に『鑢七花』というワードも入っていた。

虚刀流七代目当主鑢七花。またの名を、完了形変体刀『虚刀 鑢』―――――。







「――――――――――――…………………………なるほど、そういう事か」


土御門元春は呟いた。

彼は今、病院の地下にいた。誰もいないこの大きなこの部屋で、ただ一人だけそこにいた。

目の前には、無数の日本刀が頓挫していた。

本数は千本と一本。


これが、四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本の内の二本。『千刀 鎩』と『斬刀 鈍』である。


確かに、滑稽な刀だ。本当に千本ありやがる。

土御門はそのうちの一本を手に取って抜く。見事な刃だ。

陰陽師は儀式などで時折刀を使うことがある。何度も言うが土御門は陰陽師。しかも陰陽博士という座にいた。

そのため、色々と刀を見てきた。ある時は儀式。ある時は妖刀。ある時は憑物払い。ある時は聖剣。ある時は鑑定。

余談だが、陰陽道と刀というのはそれなりに関わりがある。

よく漫画などで出てくる『臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前』は『九字護身法』という密教の呪術から来ている。『九字を切る』とも言うが、それは『早九字護身法』と呼び、人差し指と中指を立てて親指と薬指と小指を畳む刀印と呼ばれる印で行う。

刀印のモデルは字の通り刀。陰陽師は千年前から妖や悪霊などをそれで斬るように払ってきた。

余談が過ぎた。

要は土御門元春はある程度、刀を見る目があるのだ。

『千刀 鎩』

一本のみでも歴史に残る程の名刀。万物を叩き斬る事が可能だろう刃と憑りつかれそうになる程の妖しい気をこの刀は孕んでいる。

手に持った『鎩』を収め、別の『鎩』を取って抜いた。先程の『鎩』と一寸狂いなく同じ物だった。


「これと同等…いや全く同じ物が千本。全く化物だな」


土御門は四季崎記紀をそう尊敬と憂慮を込めて吐き捨てた。

『斬刀 鈍』も同等な物だった。刃の表面に三角形のような模様があると思えば、それは斬れ味を格段に増すように、斬る対象を削り取るような構造になっていた。

そう言えば肉食恐竜の歯の化石にもこんな風な刃になっていた。

四季崎記紀。生きていたならば一回は見ておきたかった。こんな芸当、一人の人間が作れる訳がない。

先も言ったが否定姫から完成形変体刀十二本と完了形変体刀の事はある程度聞いている。が、それは本当に『ある程度』で、刀の形と特徴のみしか聞けなかった。それ以降は『自分で調べなさい』の一点張り。だから土御門は信じきれなかったのだ。こんな漫画の世界のような刀がある訳がない。

漫画の世界だろう刀はここにある。無数の刀と万物を斬り裂く刀。

もしもこれと同じ日本刀を打てるとならば、それは魔導書を繰らなければ作れないかもしれない。学園都市の最新鋭の技術など一本に付き一大プロジェクトが立ち上がる。

まるで聖剣エクスカリバーか機動戦士ガンダムでも造ろうというようなものだ。

いよいよ漫画の世界になった。

だがしかし、土御門元春にはそんなことなど興味はなかった。


「ま、俺は陰陽師であって剣士じゃないぜよ。無用の長物だにゃー」


『鈍』を収める。

そう、彼は魔術師であり陰陽師。魔術師の中でも神裂火織など刀剣を扱う物もいるが、土御門元春という魔術師はその類の人間ではなかった。

そのおかげか、刀の『毒』には当てられなかったようだ。

幾ら価値ある刀でも、土御門からすれば骨董品。まぁ魔術の術式には使えそうだが、普通に模造刀でも十分だ。あまり重大視しなかったし重要視もしなかった。

呪われた骨董品で身を固めて身を滅ぼした人間を沢山見てきている。医者の不養生と言う風に刀に呪われたくない。

「さてさて、もうそろそろオイトマさせていただきますかにゃー」


そそくさと部屋の出口へ素早く移動し、物音一切立てずに部屋を脱出し、そ~とドアを閉める。

が、


タタタタタタタタタタタタタタ………誰が駆け下りる音がした。目の前にある、一階へと登る階段からだ。


「っ!?」




「全く、先生も人扱い荒いって訳よ!」


フレンダ=セイヴェルンは慌てて鍵をカードキーを手に階段を駆け下りる。

実は先程カエル顔の医者から『すまないけど、武器庫の部屋の鍵閉め忘れたから閉めてきてくれないかい?』と言われ、急いで閉めに来たのである。


「早くしないと『そこまで言って委員ですかい』が始まるぅぅぅう!!」


フレンダはドアに付いている薄い溝にカードキーを差し込み、傍にある1~9の番号があるタッチパネルに指名された番号を並ばせた。

ピーピーッ! 音が鳴る。


『暗証番号確認いたしました』

「ヨッシャア!」


何にヨッシャアかわからないが、フレンダは足ふみをしながらカードキーを抜き取り、回れ右して颯爽と戻って行った。

タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタ…………フレンダは階段を駆け上る。

登った先の頂上部には一つのドアがあり、フレンダはそれを半ば体当たりのようにして抉じ開け、廊下を駆けて行った。


「ゥォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


待ってろたかじ~ん………。

フレンダの声がこだまする。駆けた彼女を見かけたナースは「廊下は走らな~い」と一応注意はした。

そのナースはフレンダが飛び出してきたドアを通り過ぎる。

その10秒後。

誰もいない事を確認して、土御門元春は姿を現した。


「いや~危なかったにゃー」


久しぶりに隠密行動のヒヤヒヤ感を満喫できた。

さて、土御門は実は物陰にヒッソリと身を隠していたのだが。そこが階段の影。ちょうど収納スペースとして使われるはずだったのだろう。人が4人ほど入る空間があった。そこに土御門は隠れていたのだ。

さて、アクシデントはともかく時間は有意義に使えた。

さてさて、これからも面白そうなのが色々とありそうだ。

否定姫が言っていた事は信じよう。

そう言えば、先程のあの少女は鑢七花と顔見知りだった。そして麦野沈利とその少女は知り合いらしい。まぁ別の麦野さんという事もあり得るが。それと麦野の主治医は冥土返しだったか。最後に麦野の知り合いの茶髪は『七花さんと稽古』とか言っていた。

鑢七花と麦野沈利と冥土返し。

この三つが何らかの関係性があるはずだ。土御門は脳内で色々とあり得る可能性を示唆しては消して行く。そして残った者を仮説として立ち上げる。

今のところは何にも言えない。だが、言えるのは麦野沈利は冥土返しが治療し、麦野の知り合いを鑢七花が鍛え、その場を冥土返しが提供している。

そうだ、もう一つあった。昨日の無能力者狩りの事件。吹寄制理が巻き込まれてしまったので、気になって経緯を調べた。そこで被害者の一人の証言の話を裏から手に入れた。

その証言者曰く、無能力者狩りのリーダーは『なんでも斬れる日本刀』を所持していたそうな。しかも鞘と鍔と柄は黒。『斬刀 鈍』と見ていいだろう。被害者は気絶してそれ以降は覚えていなかったそうだが、恐らく『斬刀 鈍』を鑢七花が奪取したと推測される。

鑢七花。一体どんな人物だろうか。


「見てみたいもんだな」


土御門は呟いて曲がり角を曲がった。

と、いきなり壁にぶつかった。


「おっとすまねぇ」


壁ではない。人だった。2m以上あるだろうか、髪の長い大男だった。


「ああ、こっちこそ、考え事してて呆けていたにゃー」

「にゃー?」

「いや、気に留める事じゃないぜぃ。口癖ぜよ」


と、腹を頭突きしてしまった男を見る。この時代に和服と奇怪な恰好をした男だった。しかも女物を色々とアレンジしている。変わり種と名高いロンドンの必要悪の教会にもこんな恰好をする奴はいない。

しかも、その男は全身傷跡だらけであった。頬に十文字と一文字、腹にも十文字。他に銃創が幾つもあった。

一体、この男の半生はどんな壮絶なものだったのだろうと半ば気になった。体つきからしてかなりの強者だということがわかる。


「こっちは急いでるもんで。すまなかったにゃー」

「ああ、こちらこそにゃー……じゃなかった、こちらこそな」


土御門は男と別れて足を進める。男もさっさと去っていった。

数歩あるく。と、白いニットのワンピースを着た女の子とすれ違った。

誰かを探しているようで、キョロキョロと辺りを見渡している。

そんな彼女が土御門が通った曲がり角を曲がった。

と、


「―――――あ、いたいた。七花さーん!」

「あ、絹旗。そんなところにいたのか」


聞こえた。確かに聞こえた。

七花と。


「―――――ッ!!」


土御門はとっさに振り返って曲がり角から様子を伺う。

そうだ、さっきの女の子はあの青い帽子の子と一緒にいた子ではないか。

彼女は鑢七花に半ば抱きつく感じで腕を取り、あの地下室へ繋がるドアへ入って行った。



『今日の運勢はラッキーデー♪ 会いたいと思った人に会えるかもよ?』


「…………学園都市の占いも捨てたものじゃないな」


は。

笑えたものじゃない。いや笑うしかない。陰陽師が科学の占いを褒めるなど。

ともかく。

あの雰囲気、どこかで嗅いだことのあると思ったら左右田右衛門左衛門と殆ど同じ匂いがした。―――――人殺しの匂いだ。


『泥棒とかと勘違いされて七花君に斬られないようにね~♪』


否定姫の言葉が頭で木霊する。


『泥棒とかと勘違いされて七花君に斬られないようにね~♪』

『泥棒とかと勘違いされて七花君に斬られないようにね~♪』

『泥棒とかと勘違いされて七花君に斬られないようにね~♪』


相手にすれば、一刀両断。と、あの女狐は思っているだろう。だが、伊達に陰陽博士の地位に立っていた訳ではない。

いつかは、アイツも否定姫も、出し抜いて見せる。

土御門はそう心に再度誓い、踵を返した。


「そろそろ、上やん達も終わっている頃だろうな」


病院は今から午後の診断が始まる為か人が増えてきた。

その中に、土御門はまぎれて見えなくなった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


この世界の夜というのは、気持ち悪い。

気持ち悪いというのは、まずは明るいということだ。街中が異様に光る。どこもかしこも明かりが大きすぎて月明りが全く無く、夜空にあるはずだった星々も殆どない。目を凝らして北斗七星が見えるぐらいだ。

まだ気持ち悪い事がある。それは人がごった返していることだ。

夜だというのに、若者がごちゃごちゃと練りまわっている。

ちらちらと男女二人組が仲睦まじく腕か手を組んでいるのがいる。

まだまだ気持ち悪い物がある。それはその男女の格好だ。男も女も髪を反物のように金か茶色に染め、獅子のような髪型をしている。それも、皆決まっているように殆どの男女がほぼ同じ格好だった。

その吐き気を真庭狂犬は煙管を吸って我慢していたが、どうも好きには慣れない。

何より自分が大好きで大好きでたまらなく愛していた月が、寂しそうに巨大な『びる』なる建造物たちの間に居座っている。いや、居座っていただいてますの方が表現として良いのか。

ともかく、真庭狂犬は怒っていた。

そこへ、同じ真庭の里出身で同じ真庭忍軍獣組の真庭忍軍十二棟梁が一人、真庭蝙蝠が大きな『びにーるぶくろ』なる透明な袋を持ってやってきた。隣に同じく真庭忍軍以下略、真庭川獺が蝙蝠と同じようにしてやってくる。


「よう狂犬。どうしたそんなに不貞腐れちゃってよ」

「いや、どうもこの世界が好きになれなくってね」

「そうか? 俺に取っちゃあ結構好きな方なんだがな」


川獺が言った。


「何せこの時代の子供は『占い』ってのを良く信じる。特に女だ。良く身に着けているものを渡させて俺の『忍法記録辿り』でそいつの人生をあてりゃあ金が入る。楽な商売だ」


しかし、蝙蝠は違った。


「いや、俺は嫌いだね。大っ嫌いだ。何せ殺しが出来ねぇ。しても岡っ引きが追っかけてくるからな。それに得物の調達もなかなかしにくい。こんなにも肩身の狭いのは嫌だな」

「私は夜が夜っぽくない所だね」


狂犬は……一応どの狂犬か言っておこう。髪が青く、胸が大きく尻も大きい狂犬である。狂犬が死してからひとつ前の体の狂犬という、読者にはおなじみの狂犬ちゃんである。

狂犬は先程思った事を言った。


「なんだそりゃ」


蝙蝠に笑われた。


「まぁお前はそうだわな。お前はそういう奴だ」


川獺には可哀そうな目で言われた。


「……うぅ…」

「まぁ唸ってもしょうがないぜ。とりあえず弁当だ」



川獺は袋の中から『こんびに』なる昼でも夜でも営業している店で売っている弁当を手渡した。

透明な蓋の表記には『唐揚げ弁当450円』と書いてある。


「しかしこの世界は不思議なもんだね。何もかもが摩訶不思議の空想絵巻だ」


狂犬はぼやく。


「まぁ俺たちがこうやって生きている、ってのがそもそも摩訶不思議の空想絵巻なんだがな?」

「きゃはきゃは、違いねぇや。まぁいいじゃねぇか、こうしてまたお前らと飯が食える」

「それはそうだね」


三人は割り箸を割って弁当の白米に箸を入れる。


「そういえば、人鳥はどうしたんだい?」


人鳥とは真庭人鳥の事である。真庭忍軍十二棟梁の中でも最年少で小さいから見つけにくい。いつもだったら三歩後ろについて来ているのだが、珍しく今はいない。

狂犬は心配そうな目でそう買い出し係の二人に訊いた。人鳥は彼らと一緒について行ったのだ。

真庭忍軍の至宝(現代風に言うとマスコット的な意味)である人鳥を、特に仲間の命を第一に考える狂犬は憂う気持ちで思っていた。

が、蝙蝠はそんなことなどどうでもよいと弁当をかっ喰らう。


「別にいいんだろうがよ。あいつももう自立心と言う物を持たせた方がいい」

「そうだぜ? 別にあのどもる言い回しが面倒だから書くの面倒くさいからじゃないから心配するな。 無事に帰ってくるよ」

「…………だといいんだが…」


さて、その頃の真庭人鳥は………。


「キャ―――!! 人鳥ちゃんにまた会えたぁ!!」

「うわっ!? や、やめてくださ………あああああああ!!」


偶然帰宅途中だった佐天涙子に、彼女の学生寮前で捕まって散々モフモフされた挙句、


「丁度良かった。ウチでご飯食べない? ほら初春も呼んでさ」

「ぇえ!? ちょ、や、やめてくださ………」

「じゃあ決まった事だしレッツラゴー!」

「ひ、人の話聞いて………く、くださ―――………」


決して拉致ではない。…………が、無事に戻ってくるのだろうか。

さて、話は戻る。



「時に狂犬よ」

「なんだい川獺」

「例の件。ちゃんと進めているだろうな」

「ああばっちりだよ。300人分きちんとばらけてある」

「ならいいぜ」

「ああ、そうだ二人ともよ」

「なんだ蝙蝠。下らない駄洒落だったらお断りだぜ?」

「今日、ひとっ殺し言ってきたんだけどよ」

「ひとっ風呂浴びてきたみたいに言うな」

「確かに返り血は浴びたけどな」

「飯中にそんなこと言うんじゃないよ」

「おっと失敬。 その組織がこんなもんを持っていてな?」

「なんだこりゃあ…―――――――――おい、これって」

「そ、そういう事」

「これは一大事だ。 黙っちゃあいられねぇ。なあ狂犬」

「そうだね。私も出ていいと思うよ?」

「決まりだな」

「ああ」

「いいぜ?」


蝙蝠はニヤリと気味の悪い笑みを作った。


「さてさて、明日の予定も決まった事だし、明日に備えるか」


夜は更ける。狂犬が嫌いと言ったこの明るすぎる夜も、だんだんと街灯は消え失せる。

そして、彼女が愛してやまない月明りが街を照らすのだ。


真庭獣組。

彼らの真意とは―――




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




ぱんっぱんっ




蒼天は果てしない天井が如く高かった。そこに花火が二発上がる、

鑢七花はうーんと伸びをした。

ああ、昨日は酷い目に合った。

急に絹旗は不機嫌になるは、とがめ達には怒られるはで、昨日の晩は何かがおかしかった。

いやはや、昔から感じていたんだが、本土の人間は、いや女という生き物は全く持って意味不明の謎だらけだ。

もしもとがめにこのことを言ったら彼女は『まだ昨日の事がこりとらんのか!』と罵られるのでやめておく。

昨日はやれ女心だやれ『じぇらしー』だでうるさくてたまらなかった。この時代の男たちは皆、女心とかいう物を知っているのだろう。自分の無知さが少々嫌になってきた。

だがその実、いつの世の男子はその意味不明摩訶不思議な『女心』とか『乙女心』というあるのかないのか全く分からない謎の物質に悶々鬱々しているのである。

よかったな七花、君一人だけじゃないよ? だが現実、ほとんどの男は七花やどこぞの第一級フラグ建築士のようににモテモテではないが。(リア充なんてタヒねば良いんだとか言ったらダメ)

さて今は下らない事を書いている場合ではない。

今日は大覇星祭の初日である。

この学園都市中の少年少女たちが各々で戦う日なのだ。

それは絹旗最愛も例外ではない。少年少女ではないが鑢七花もその中には入る。

朝の暖かい日差しの中、絹旗はマンションの玄関から姿を現した。


「おう、準備は良いか? 絹旗」

「ええ、超準備万端です。とがめさんとあとのみんなは?」

「滝壺とフレンダとで一緒に別行動とるってさ」

「そうですか。(………………とがめさん超ナイスです)」


絹旗は七花に見えないようにしてニヤリと笑う。よし、昨日の計画通りだ。


「今日は何時からだったっけ?」

「昼の2時からです。それまで私たちはブラブラとしましょうか。屋台が超出てるんですよ?」

「ふ~ん。まぁ細かい所はわからねぇから任せる」

「超ガッテン承知です。じゃあ行きますか」


絹旗は七花の手を掴んで歩き出す。

おっとと、七花は急に引っ張られるものだからつい転びかける。なんとか体勢を立て直し、一緒に並んで歩き出した。

そうだ、今日は大覇星祭。学園都市の少年少女が各々で戦う日なのだ。

そして絹旗も例外ではない。

彼女の今の戦いは、鑢七花をものにする。第一にそれだ。

そして今、彼女の戦い(ラブコメ)は始まったのだ。




(………しかし、昨日までぷんぷんだったのに、今日になるともう機嫌が直ってやがる。女ってもんは皆こうなのか?)



その戦いは、難局極まる戦いになるだろう。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


オマケ

NGシーン

曲がり角、もしも土御門が七花ではなく、全力疾走で走ってきた絹旗とぶつかったら。


土御門「~♪」スタスタスタスタスタ

絹旗「わー!」ダダダダダ

土御門「~♪」スタスタスタ

絹旗「わー!」ダダダ

土御門「~♪」スタスタ

絹旗「わー!」ダダ

土御門「~♪」スタ

絹旗「わー!」ダ


ドンッ☆


絹旗「あ、ごめんなさい!」タックル!

土御門「ふごぉっ!?」メコォ!


ヒュンッ!

ぐぉっ!

ドガンッ!!


スロー再生※BGM『Brave Song』♪


絹旗「あぁぁ、ぅぐぉぉぉぉめぇぇえんぬぁぁぁぁすゎぁぁぁぃい」い~つもひと~り~であ~るいて~

メコォォォッ!

土御門「ぅぅぅぅふぅぅぅぅぅうごぉぉぉぉぉっ!?」こ~ど~くさ~え~あいし~わらってら~れるよ~に

ヒュン!

ドガン!!




七花「なぁ絹旗。この壁に開いた人型の穴は何なんだ?」

絹旗「ぅえ!? …………あ、えーと………知りません……」

七花「…?」



上条「………何やってんだ? 土御門」

土御門「………ずばんがびあん(すまん上やん)。びょうびんびばぼんべぐで(病院に運んでくれ)」

上条「…?」

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今日はここまでです。ありがとうございました。

エアガン云々の元ネタはスパイラル~推理の絆~って言うサスペンス漫画が元ネタです。一番好きなキャラはカノンです。知らないですよね、ごめんなさい。

さて、今回は土御門がその地位に立っている陰陽博士についてウィキで調べてみました所、禁書公式設定では『陰陽博士は最高位』と書かれていますけど、ちょっと違うみたいです。

元々陰陽師というのは奈良時代から明治時代にあった陰陽寮の職員さんみたいな人達の事を差します。

陰陽寮には大きく分けて四つの部署があり、それぞれ一人ずつ博士がいます。

陰陽師を養成する陰陽博士。土御門元春はこれに当たります。

天文観測に基づく占星術を行使・教授する天文博士。

暦の編纂・作成を教授する暦博士。

漏刻(水時計)を管理して時報を司る漏刻博士。

陰陽博士・天文博士・暦博士にはそれぞれでは学生と得業生が各自の博士の下で学びます。大学の研究室みたいなものですね。

これでも十分に博士の地位は高いですが、実は最高位ではないようです。

四博士の上には陰陽頭という寮の責任者がいて、幹部職です。他にも

帝から構わる官位も、陰陽頭は従五位下。一方陰陽博士は正七位下と差はあります。まぁ当時の民衆からすればどっちもいいんですけどね。

そんな陰陽寮。明治3年、一年前に死去した土御門晴雄の嫡男晴栄が幼い事を理由に、近代化を目指す政府に解体されました。

禁書の土御門は実は、解体された陰陽寮の残党の生まれだったんじゃないかな~と考えていたり。

それに土御門元春って言う名も、実は土御門元晴から転じたものだったりして。



さて、空が白んできました。

今日はもう寝ます。ああ、春休みっていいわ。

禁書4大黒歴史のコピペは笑ったが、
そもそも、二十二巻発売以前から東が右じゃないことを知ってた奴なんかいるのか。

以下コピペ


◆禁書4大黒歴史のひとつ ~世界の歪み編~


大人気ライトノベル『禁書シリーズ』を手がける鎌池和馬さん。
あるとき彼は重大なミスを犯してしまった。
それはなんと方角のミス。

「前巻で登場させた大天使たちの出現位置は
伏線も絡めた凝りに凝った設定だったのに!
なんだよ右って東じゃないのかよ!?
マズい……このままでは後の展開にまで悪影響を及ぼしてしまう……」

前巻はもう出版されていてやり直しが効かない。作家として絶体絶命のピンチである。
そんな彼の取った行動は、『最初から世界が歪んでいたから方角もおかしい』という後付け設定だった。

結局その巻は、

敵A「どうやら世界が歪んでいたようだな」
   ↓
敵B「そのようだな」
   ↓
黒幕「世界が歪んでいましたね」

こんな感じで進行し、黒幕直々に世界の歪みを修正という大幅な進路変更を余儀なくされた。

この事件は信者たちに「あの矛盾は世界の歪み!」という
免罪符的な言動を許してしまうことに。最も罪深い黒歴史と言えよう。

結構書留ました。

もうすぐでキリが良い所で切れますので、少し我慢してください。

………って思ってたけど、3/19って……もう投稿しようかしら。って思って占いサイトを見ました。結構よかったので投稿します。


禁書のアニメを見ながら書いたので、アニメを見てからか読むか、先にこっちを読んでからアニメを見ればいいと思います。


では、久々に投稿します。

そう言えば投稿って打つと登校って出ます。

久し振りの投稿は、なんだか久し振りに学校行くような感じでなんだが変です。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ぱんっぱんっと花火が青空で弾ける。

今日はまさに大覇星祭日和そのもの。清々しいほどに晴れた今日この日には、たくさんの学生たちの父兄や観光客が街にごった返していた。

その中で、


『あと数十分で大覇星祭の開会式が始まります。ここ学園都市では父兄や見学者でいっぱいです』


とショッピングモールの巨大TVの中のアナウンサーがにこやかにそう言った。

言われなくてもわかっている。鬱陶しいほどゴチャゴチャしていている。360度、人、人である。

そんな人間の海の中、荒波を掛け分けるように掃除ロボの上に乗ったメイドが、


「あ~メイド弁当~。学園都市名物メイド弁当はいらんかね~」


と妙に言葉に波を立てながら売り子をやっていた。


「繚乱家政女学校のメイド弁当。より正確には見習いメイド弁当はいらんかね~」


メイドが首にかけている大きな箱には、『めし』と書かれた弁当箱と缶のお茶が幾つか入っていた。そこそこ売れているようである。

偶然それが目に入った上条当麻は彼女に声を掛けた。


「よう舞夏」

「お、上条当麻ー」


土御門舞夏はどうやってか掃除ロボを操って、10m離れた上条の元に飛んできた。


「精が出てるな」

「じゃあ精が付く物をやろうかー。有料で」


舞夏はそうやってスタミナ弁当を差し出した。


「いやいらねぇよ。どんだけだよお前」

「買ってよー。おにいちゃん」

「ヤメロ。マジデ揺ライデシマウ」


舞夏はハハハと苦笑い。


「冗談冗談」


と、彼女はあることに気が付いた。


「あれー? そっちの御仁はどなただー?」

「あ、すまねぇな。紹介が遅れた」


上条は謝る。上条の両の手は取っ手を握っており、それは車椅子の取っ手であった。


タイヤがハの字になっている、障害者テニス用の様な車椅子に座っているのは一人の女子生徒。彼女は上条が紹介する前に自分から名乗った。


「結標淡希よ」

「土御門舞夏だー」


舞夏は元気よく挨拶する。

と、結標はあるワードが頭に引っかかって首を傾げた。


「ん? 土御門?」


上条は彼女の疑問に気が付いてか、すぐにその解を出した。


「ほら、土御門元春の妹だよ」

「ああ」

「兄貴がお世話になってようだなー」


結標はニッコリと笑って舞夏に手を差し伸べた。


「しっかりした子ね。これからもよろしくね?」

「ああ、こちらこそよろしくなー」


舞夏は差し出された手を握り、笑い返す。

そのあと一言二言喋った後、


「……じゃあ、私は仕事があるからここでー。じゃーなー」


と手を大きく振るながら去って行った。

上条はそれを見送ると、『んじゃ俺たちも行こうか』と結標の車椅子を押す。


「しかし、あの金髪にも妹がいたなんてね。しっかりした子じゃない。どうやったらあんな兄が出来上がるのかしらね」

「義理の妹だってよ」

「どうりで似てない訳だわ。まさかあの男、妹に毎日ハァハァしていたりして」

「正解者には拍手」

「え? マジ?」


結標は驚き顔で振り返る。

今日の彼女はいつものサラシにブレザー姿だが、なぜ車椅子に乗っているかというと一昨日のダメージがまだ抜けきっていないからだ。

そして彼女は一本の日本刀を、『千刀 鎩』の最初の一本を持っていた。さすがに生身で持っていると銃刀法違反になるので、剣道部が竹刀を入れるあの袋に入れてある。

しかし、『鎩』以外を見てみればそこら辺にいる普通の女の子なんだなぁと上条はマジマジと見つめる。


こんな女の子が、ついこの間は自分を本気で殺しに来たのが今でも信じがたい。


まぁ今現在はそんな気など毛頭も無いようである。むしろ好感度がMAXなのだ。上条はそれに気づいていないほど馬鹿ではない。

彼女は一昨日、上条当麻という人間を『自分に生きる意味をくれた人』と言った。

しかし、上条にとって今はその彼女の気持ちをどう取っていいのかわからない。上条はこれからどうすればいいのだろうか。どう彼女の心に応えればいいのかがわからない。

上条は目を細めた。

と、結標が……。


「とととと、当麻くん/// そ、そんなに見つめられるとちょっと恥ずかしい……///」

「わ、わりぃ………///」


顔を赤らめてモジモジしていた。なんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。


「…………//////」

「…………//////」


そのまま二人は黙ってしまった。

しまった。黙ってしまったら段々気まずくなる。


「……………//////」

「……………//////」


ヤバい。気まずい。重い。話し辛い。

ええい、こうなったら適当に何か言ってやる!!


「結標!」

「ふぇ!? ………な、なにかしら?」


結標も話しづらかったろう。どもっていた。

しかし、ノープランの見切り発車でアクセルを踏んでしまった上条は、何の話題をしようか戸惑っていた。

と、ちょうど奇跡的にも前方右45度20m向こうにあるクレープの屋台を発見。


「(しめたっ!)あ、あのな結標。あそこの………



「いよぉッス! 上やんご機嫌麗しゅう!!」



いきなり、後ろから抱きつかれた。


「ぶぉっ!?」


この掠れた声。背中に当たるがっちりした筋肉。180前後の体躯。

上条はこの男を知っている。


「つ、土御門ッ!?」

「正解正解大正解~パフパフ~」

「今までどこ行ってたんだ!?」

「野暮用だにゃー。いやいやすまなかったぜぃ上やん、あわきん」

「あ、あわきん!?」


結標淡希→淡希→あわき→あわきん

あわきんこと結標淡希は素っ頓狂な声を発した。


「お、クレープかにゃー。いいぜぃいいぜぃ、腹が減っては戦は出来ぬっていうからにゃー。てことで上やん。俺と結標はバナナクレープだぜぃ」

「なっ! 俺が買いに行くのかよ!!」

「いいからいいから」

「ちょっと、勝手に決めない…むぐぅっ!」


土御門は車椅子の後ろの上条のポジションを取り、結標の口を封じる。


「ほら、あわきんは俺が見てやるから」

「………しゃーねーな。テメェの分はちゃんと返せよ」


上条は渋々、土御門のパシリに使わされ、何十人くらいの行列に並んだ。
土御門はそれを見て、結標の口に当てていた手を放した。


「さ~てあわきん。上やんとの仲は進展あったかにゃー」

「あわきん言うな!」

「言ってくれるなよあわきん。作者だっていちいちメモ帳から貼り付るの面倒なんですよー? 確かに禁書の中で一番好きなキャラはあわきんでも、普通に『むすじめあわき』で出てこない名前なんて面倒臭いの一言他ならないぜぃ? だから読者一同馴染みのある相性で呼んだんですたい。ねぇあわきん」

「だからあわきん呼ぶなっ! そして色々と意味の解らない言葉を並べるなっ!!」

「ツッコミが神がかっているにゃー。さすがあわきん」

「だからあわきんと呼ぶな!」


あわきんは怒鳴るが、土御門は


「あーあーきこえなーいにゃー」(∩゚д゚)

「こらぁ! ってか地の文も何気にあわきんって呼ぶなぁ!!」


ぜぃぜぃぜぃ………いくらあわきんも流石に大声を出し続ければ息切れもする。

項垂れて力なく、


「………もう良いわよ、あわきんで。好きに呼びなさい」


諦めた。



「諦めてくれたならそれでいい。時に、『千刀 鎩』は持ってきてるか?」


………急に、遊びが抜けた喋り方になった。真面目な話か。


「ええ、ここに。…と言っても一本だけだけどね」


結標は手に持っている、袋の中に入っている『鎩』を土御門に見せた。

土御門はそれを確認すると、


「いい情報だ。実は、『鎩』の残り九百九十九本の所在が判明した」

「……………へぇ。一応聞くけど、どこかしら?」

「第七学区の、冥土返しがいる病院だ。昨日いただろ?」

「……………………あそこ? なんであそこにあるのよ」


結標は信じられないと声を荒げる。


「あるんだよ。 実のところ、鑢七花って男が絡んでいる。その男は……」

「知ってるわよ。鑢七花。虚刀流七代目当主鑢七花でしょ」

「知ってたのか」

「知ってるも何も。私の残骸を組み立てて新たな樹形図の設計者を造る計画をぶち壊してくれたのはあの男でもあるもの。忘れるものですか」

まぁ彼が虚刀流七代目当主だという事は、昨日耳にした。



昨日の夜の事である。

後ろの土御門元春に自分が寝泊まりできる案があると言われてついて行ったのが、上条当麻の寮だった。


『ちょっと待て土御門、ここで流石に5人はキツイ!!』


上条は慌ててツッコむと、土御門は笑って、


『上やんと仮面野郎はしばらく俺の部屋にくるにゃー。そうすればあっちは3人。こっちも3人ギリギリ行ける行ける』


その時は左右田右衛門左衛門はいなかったのが幸いだったと、上条は後にこぼす。

そのまま結標は上条の同居人であるインデックスという少女と否定姫という妙齢の女性とで泊まった。

どうやら否定姫は自分をものの見事に打ち砕いてくれた鑢七花と随分前からの知り合いらしい。



「で、その他にはなんていってた?」

「なんにも。訊いてみたけど軽々と流されたわ」

「そうか。 で、『千刀 鎩』はどうするんだ?」

「あれは私のよ。勿論取り返すわ」

「どうやって? あの否定姫曰く最強の番犬がいるんだぞ?」

「今は考えていない。 けど、いつかは必ず」

「で、樹形図の設計者を組み立てるのか?」

「当たり前よ。それが私の夢なんだから。…………と、一つ昔の私は言ってたけどね。今は違うの」

「と、言うと?」

「私はこの前の事件で色々な教訓を得たわ。その一つが『超能力はどこまで言っても超能力』だって事。私が弱かったから自分の能力も制御できなかったし仲間も助けられなかった。…………だから、私は『千刀 鎩』でやりたい事は別にあるの」


結標淡希がやりたい事。どうしても達成させなければならない願望―――――――


「私のせいで少年院に捕まった子たちを、この手で助けたい。これが今の私の願いよ」


彼女のその目は、強い決意を含んだ鋭い眼差しをしていたのだった。

土御門はその目を見て、ふと笑った。


「そうか………。お前も守るべきものがあるって事だな。 あわきん」

「最後のその一言で何もかもが台無しよ」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「くっそ、結構混んでやがるなぁ」


上条当麻はぼやく。ざっと20人か、男女がずらりと並んでいた。因みにほとんどがイチャイチャと腕を組んでいるカップル共である。ちっとも進まぬ順番待ちのイライラはそのせいでどんどん悪化してゆく。

どうして親子連れが多いくせに、このクレープ屋だけがこうもカップルが多いのだろうが。みんなそれぞれ体操服を着ている事から、大覇星祭に出場する学生だ。上条だかが、独りだった。


「…………。」


上条は20m向こうにいる土御門と結標の姿を見る。二人とも何か会話をしていた。内容はわからないが、どうもマジメな話らしい。

まぁ、上条には関係ない話なのだが。

しかし昨日は本当にヒヤヒヤした。まさか否定姫と土御門は知り合いだったとは……。しかも何かあるらしい。まさか魔術師じゃないだろうな。どうか廊下でバッタリ会って知り合いましたと言う展開を強く所望したい。

と、グルグル考えている内にやっと順番が回ってきた。


「お待たせしました。ご注文をどうぞ」


にこやかな若い女性の店員だった。まぁ大体の店員はにこやかなんだが。


「バナナクレープ3つください」

「2400円になりまーす」

「はいはい2400円っと……と……と?」


上条のただ今の所持金。ジャスト2399円。


「………………………………いちえん」


今日この頃の切羽詰まった生活により節約に節約の毎日をクラス上条は1円に笑った事はなかった。なのに、なぜ1円に泣く羽目になるのか。


「………すいません、やっぱり2つで」

「はい、1400円になりまーす!」

「………不幸だ…」


上条は出て来ようよする涙を必死に堪え、千円札と百円玉三つに五十円玉と十円玉五つを店員に渡す。

なぜ、結標はともかく土御門にまで一個700円もするクレープを奢る羽目になるのだ。

こっちは相変わらずの極貧学生生活に対し、あちらはどうもそんな風には見えない。むしろカワイイ妹に飯を作らせてウマウマしているのだ。ゴチになるのはこっちだぞ。


「はーい、お待たせ致しましたー。バナナクレープ二つでーす」


家の台所事情など微塵も知らない店員はゼロ円のスマイルを提供しながら紙に包まれたクレープを手渡す。


「どーもでーす」


上条は泣く泣く、結標と土御門がいる場所へ歩く。と、急に携帯が鳴った。

電話である。液晶画面には土御門元春の名前があった。


「もしもし」

『あー上やん』

「なんだ今から行こうと……」

『すまないんだが、俺も結標もちーと用事が出来ちまったにゃー。ってことで開会式はボイコットするから小萌先生に言っといてくれぜよ。そしてくれぐれも吹寄には言わないでくれにゃー』

「はぁ!? テメー人がすくねぇ軍資金すり減らして買ってやったのにそれはねぇんじゃねぇか!?」

『だからすまないって言ってるにゃー。ちゃんと後で返すから』

「いったな? じゃあ利子付けてちゃんと返せよ!! さもないとテメーのベッドの下にあるメイド物のエロ本を舞夏に提出すっからな!!」

『んなッ!? ちょっと待て上や――――』


上条は土御門の悲鳴を聞かずに電話を切った。
もう我慢の限界である。堪忍袋の緒が切れた。先日から土御門が自分に対する態度とかが酷すぎるのだ。

遅刻ギリギリで走っている時に一人タクシーで先に走って行くし、何か都合が悪くなったらすぐにナイフ突き刺してくるし、勝手にそっちから提案してきたのに急にドタキャンするし。

もう嫌だ。ああ嫌だ。今度あの金髪シスコン野郎に仕返ししよう。そうだそうしよう。

そうだ、土御門のエロメイドコレクションを最愛の妹に見せびらかしてはどうだろうか? いやいや、こっそりサングラスの淵に接着剤を仕込ませて耳から取れなくしようか? それともサングラスのレンズを度ありにしてやろうか?


「…………ふふ、ふふふふふふふふふふ………」


上条…いやゲス条は怪しく、周りから変な目で見られているのには全く気付かずに盛大なる(しょーもない)嫌がらせの数々を脳の中で考えていた。

さて、そんな未来の事はさておき、結局食べる者がいなくなったクレープをどうしようか……。

普通のよりも少し大きめのサイズだ。


「………もしかしてカップルが一緒に食べる用に作られたもんじゃないよな」


少し向こうに一組のカップルがクレープを一緒に持ってそれぞれ両端から食べているのを、上条は知らない。

そんなことはどうでもいい。リア充なんて爆発すればいいんだ。

一人で食べるのもいいが、残念ながら今日は開会式の後すぐに棒倒しが始まる。あまり腹に物を入れたくない。


「んー。どーすっかなぁ」


上条が困っていると…。


「あれ、どうしたのよアンタ」

「あ、ビリビリ」

「ビリビリ言うな」


後ろから御坂美琴が現れた。やはり今日はいつもの常盤台中学の制服でなく体操服。あ、常盤台って体操服はフツーなんだ。と上条が感想を述べると…。


「アンタ、一体ウチの体操着どんなの期待してたの?」

「いやぁメッチャ有名ブランドが制作してて、超有名なデザイナーがデザインした、最高級の生地を使用した超高級品かなぁと」

「………。」

「だよな、んな訳ねぇよな。タハハハハ」

「正解者には拍手」

「って、そうなんかい!」


パチパチパチと目を丸くして拍手する美琴は、上条の両手に持っているクレープに目を留めた。


「あら、どうしたのよそれ」

「ああ、連れに買わされたんだけど用事で消えちまったんだよ。 でも一人で食べるのには多いから困ってたんだ」

「じゃあ買ってあげようか?」

「マジで!?」

「うわっ、どうしたのよ急に。まさかクレープ買うのに所持金ほとんど叩いちゃったとか?」

「………。」

「まさかね、そんな訳ないじゃない。アハハハハ」

「………正解者には拍手」

「って、そうなんかい!」


美琴は溜息を一つついてポケットからカエルのサイフを取り出した。


「ったく、しょうがないわね。いくら?」

「一つ700円です…………あ、いや、む、無料です」

「……なによ」

「中学生に金欲しさに集るほど、ワタクシ上条当麻は乏しくありません」

「いいのよ。そんなの私気にしてないんだから」


美琴は五百円玉と百円玉二枚を上条に突出し、ヒョイッとクレープを取り上げて一口齧った。


「あ、おいしい」


パクパクと食べて、あっという間に平らげてしまった。


「私実は今日の朝食べそこねて、何も食べてなかったのよ。いや~助かったわ~。ありがとう」

「……………そらどうも」


上条もクレープを齧る。うん。結構おいしい。

行儀悪いが、上条は食べながら足を進めた。もうすぐ開会式が始まる。さっさと会場に行かなければ吹寄制理に頭突きされる。


「んじゃあ俺はここで、もうすぐ開会式始まるからさ」

「わかったわ。じゃあ私も行くわね」


美琴もそう言って二人は別れた。


上条は歩く。スタスタスタ………。

美琴も歩く。スタスタスタ………。

上条は横を見る。

美琴も横を見る。

二人とも、一緒な方向を歩いていた。


「………って歩く方向同じかい!」


上条はツッコんだ。

尻ポケットから会場であるグラウンドへの道のりを地図を取り出す。


「会場どこよ」

「えっと……あ、ここよ」

「俺行くとこのすぐ近くじゃねーか。だったら一緒に行こうぜ」


何なんだこの茶番は。上条はぐったりとそう思った。

歩く間、会話も無しと言うのはいささか気まずい物で、上条はふと頭に出て来た話題を出した。


「…………でビリビリ、足は大丈夫かよ」

「足って? それとビリビリ言うな」

「一昨日の捻挫」

「ああ、あんなもの怪我の内には入らないわよ。一日ご飯食べて寝たら治るわ」

「何その男勝りな治療法」


確かに今の美琴は昨日は殆ど歩けなかった右足を何ともせずにしっかりと地面に足を踏みしめていた。一体どんな手を使ったのだろう。

それほどにも大覇星祭に力を入れているのかこいつは。

実際には右足首に電気ショックを与えて強制的に細胞を活性化させたのだ。学校の代表が道でコケて捻挫しましたテヘッじゃあ名門常盤台のメンツに関わる。全く学園都市に7人しかいない超能力者と言うのも面倒なものだ。


「お前どんだけ大覇星祭出たかったんだよ」

「良いじゃない私にも事情と言う物があるのよ」

「ん? そう言うって事は、私は嫌々大覇星祭に出ていますって事か? そうかだったら今年の常盤台は大したコトないな」

「…………なんですって?」


その上条の一言が、美琴の闘争心に火打石を鳴らす。


「いやだってそうだろ。 常盤台のエースがここまでヤル気無いって事はさぞかし下々はダルッダルなんだろうなって」


続けて繰り出したその言葉によって、美琴は完全に火がついた。


「いいわ。だったら勝負よ!!」


へ? と上条はストロングスピリットで熱く燃え盛った美琴の反応に、しばし戸惑う。


「負けたらタダじゃおかないわよ。罰ゲームよ罰ゲーム」

「ちょっと待て、そっちは全員強能力者の名門常盤台。こっちは大体のみんなが無能力者の平凡高校。絶対に敵いっこないだろ!?」


決して上条は『ウチの高校より順位が悪いだろう』ではなく『名門校同士だったら悪いだろう』の意味で言ったのだ。

しかし、美琴は前者の方と勘違いしてしまったのだ。それでも一回火をつけてしまったモノは燃え尽きるまで止まらない。

思いっきり嫌味をぶつけて、美琴は上条を煽った。


「あらあら? やっぱり私のように名門校とは違って普通で並の高校はやっぱりダメダメなのかしら?」



ぶちん。上条の額からそんな音が聞こえた。

上条は右手を握り締めた。売り言葉に買い言葉。こうなったら受けてやる。ああ受けてやるさ。


「あーいいぜ。もしお前に敗ける事があったら罰ゲーム喰らってもいいし。なんでもゆーこと聞いてやるよ」

「よーし乗った。何でもね何でも」

「その代り、お前も敗けたらちゃんと罰ゲームだからな」

「え、ちょ、そ、それってつまり……た、な、なんでも言う事を………」

「あれあれ~? ここで今放った大口には、それくらいの自信しかなかったのかな~?」

「いいわよ、やってやろうじゃない! あとで泣き見るんじゃないわよアンタァ!!」



二人はそう大声で言い合いながら一緒に並んで歩いてゆく。

そして人ごみの中へと入って、消えて行った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


当然。吹寄制理から頭突きを喰らった。理由は二つ。御坂美琴と言い合ってたら遅刻してしまい、しかも土御門のボイコットを述べたからだ。

なので頭突きは二発。一つはわかるけど、もう一つは理不尽だよ。上条は心の声を腹の中に仕舞った。

理不尽は続く。

開会式はサッカースタジアムだった。そこで校長先生のお言葉15連発とお喜びの電報50連発のコンボが待っていた。ずーっと立ちっぱなしだったので、何人かが貧血で倒れたそうな。

さて、すぐに始まる棒倒しに出る為、時間が余ったのでインデックスと一緒に出店を回り歩いた後、会場に向かうと不審な人物を見かけた。

真っ黒な忍び装束を着た男が、何かコソコソと路地裏に入って行ったのだ。


「…妖しいなぁ。ま、俺には関係ないか」


忍者のコスプレでもして街を歩いているんだろう。


「…? どうしたのとうま」

「いや、なんでもない」


上条はインデックスを連れて足を進めた。


「それよりおなかへった」

「はいはい、棒倒しが終わったらな」


何分か歩いて行くと、何とか無事に競技会場に到着した。無事にとあるが、実際にはガムを踏んづけたり空き缶を振んですっ転んだりと不幸な目に合っているが、それは日常茶飯事であるからスルーだ。


「じゃあインデックス、俺は選手入場ゲートに行くから、スタンドに行ってくれ」

「うん、わかった。すぐに終わらせてきてよ」

「へいへい」


上条はひらひらと手を背中にいるインデックスに振りながら去って行った。


「うぅ………おなかへったんだよ」


インデックスはトボトボとスタンドへ登る階段を歩く。空腹の体にはもの凄く長く感じる階段だった。歩くたびにテンションと気力が削ぎ落とされる気分だ。

それでもインデックスは階段を登り切り、フラフラと貧血気味の体を鞭打ってどこかのベンチに座った。

可哀そうな表現だが、この少女は朝食で茶碗に持った白飯を5杯もおかわりしている。上条家は農家ではない。米など100%学園都市製で1キロ2800円で購入しているため、下手すれば一週間で米袋を消費させられる上条にとってはいい迷惑である。

上条は自習の時間にぐちぐちと苦笑いの小萌にこぼしていたという。

小萌は『成長期ですからしょうがないじゃありませんか』と言っていたが、成長期真っ盛りの上条でもあんな食生活は異常である。無論小萌自身もあのブラックホール並の胃袋を危険視していた。

さて、インデックスの食事情など置いておいて、彼女は今すぐにでも腹に何かを入れなくては本当に餓死してしまいそうなほどに弱っていた。

上条から貰ったプログラムを見てみる。確かこの競技は『棒倒し』。競技開始は10時45分。ざっと競技が終わるのは11時だろう。これが終われば、これに耐えれば、インデックスはあの誘惑漂うジャパニーズフードにありつける。

しかし、インデックスの細やかで小さくも大きな希望は、壮絶に崩れ去ることになった。



インデックスの近くの時計によると、現在時刻は10時15分だからだ。あと、45分もこの空腹の状態でいなければならない。



インデックスは絶望し、崩れ去るようにベンチに倒れ伏せた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

御坂美琴はモヤモヤした気持ちでスタンドへの階段を登っていた。

一昨日の夜の、上条当麻と結標淡希が会話している映像がグルグルと記憶を巡っている。

上条と結標が唇を重ねて、顔を紅らめさせている二人。まるで、まるで二人は恋人のような―――――――――。


「いやいやいやいやッ! 違う! 絶対に違うんだから!!」


美琴はブンブンと頭を振る。しかしあの光景は頭から振るい落ちてはくれない。


「………………………なんなのよ。まったく」


結局それのせいで昨日も一昨日も眠れなかった。今日の朝食を食べ損ねたのはそのせいであった。

あの時生まれた針にチクチクと刺されるような心の痛みは、頭を痒くさせる苦しみは、いまだに癒えずにいる。

昨日、上条を一日尾行していた。そうしたら何と結標が入院している病院に行ったのだった、いや、怪我の当事者である自分も上条もお見舞いなんて当たり前なのだが。

その中で上条と結標の会話をずっと聞いていた。コッソリと壁に耳を当てて聞いていた。彼女のベットは壁に近くて本当に助かったが何人かの看護婦や患者にはヘンな目で見られたのは正直痛かった。その中には上条の知り合いの金髪グラサンもいたが、彼は『上やんには黙ってあげるにゃー。だから険しい恋路だけど頑張れ』を病室に入る間際に小さい声で言われ、逃げられた。電撃など叩き込む隙もなかった。

上条と結標の会話はなぜか腹が立つものだった。

上条が結標に林檎を剥いてあげて、それを美味しい美味しいとあたかも病人らしく(正真正銘病人なのだが)食べていた。

その光景を想像してしまうと、イチャイチャイチャイチャイチャイチャとラブラブな光景しか浮かばない。想像したくもないがなぜかこんな光景しか想像できない。

ビリビリと額から電撃を漏らしながらも怒りを鎮めるのが精いっぱいだった。

怒りの感情でいっぱいだった。あのサラシ女、何あの馬鹿を垂らしこんでいるのだ………。

しかし今思うと、当時はその感情のみではなかった気がする。むしろそれはごく一部で殆どはもっと別の感情だった。


悲しみと艶羨感である。


何かはわからない。何故だかわからない。ただ、心臓をナイフで酷く抉られるような痛みと悲しみと、抉った痕が燃えるように熱くなる感情が美琴の感情を塗り潰した。

乱入していって邪魔してやろうかと考えた。

しかし、上条の幸せそうな声を聴くと、その考えを押し留めるしかなかった。出来なかった。

その時ちょうど金髪グラサンがやってきて、美琴は寮に戻る決心がついたのだ。

帰宅する時は、ただただ心の中は文鎮に抑えられたように重く、誰にも小衝き回されていないのに打ちのめされた様にボロボロになっていた。

そのまま帰って、ルームメイトの黒子は入院中の為一人しかいない部屋でぼーっとし、夜になったら寝た。しかしあのキスシーンの光景がフラッシュバックし、結局は眠れなかった。

そして今日である。寝不足で思い頭を何とか叩き起こして街の中を歩いた。

誰かを、ましてや上条を探していた訳ではないが、どうしてか上条の顔を探していた。

偶然か奇跡か神の気まぐれか、上条を発見した。

彼女は自覚していなかったが、その時の彼女の顔を第三者が見ていれば、まるでずっと会いたかった恋人を見つけたようにパァァア!と弾けたような笑顔に見えただろう。

しかし、その笑顔は一瞬で、すぐにすーっと消えることになる。車椅子に乗っている結標淡希が上条と共に、恋人のように楽しく会話していたのだ。


ズキン


また、心臓にナイフが刺さった。

美琴は少し佇んだ。眉を寄せ、唇を噛み、拳を握りしめる。

また、か。

また、あの女か。

また、あの女と楽しそうに会話している。

また、また、また………。



いや、イカンイカン。な、なんで私はあの馬鹿は彼女とイチャついているのを欲望の眼差しでみなならないのよ。別にあの馬鹿が誰と付き合ったって私と関係ないし。


美琴は頬を叩いて正気に戻り、上条達と離れて歩こうと追い抜くようにせっせと歩き始めた。

が、それでも、美琴は上条の方をずっと目で追っていた。

途中で上条は舞夏に出会って話していた。なんだ、舞夏とも知り合いなんだ。どうもあの男は女の方の顔が広い。一方で舞夏は結標とは初対面の様で、お互いに自己紹介していた。

舞夏はすぐに二人と離れた。

と思ったら今度はこっちに近づいてきた。

『おお、美琴。弁当いるかー。繚乱家政女学校のメイド弁当。より正確にはメイド見習い弁当はいらんかねー』

朝食抜いた美琴にとって助け舟とはこのこと。すぐに買った。1200円のサンドイッチセット。お手頃価格で本当に助かった助かった。行儀が悪かったが舞夏と喋りながら立ち食いした。

サンドイッチを喰い終わるちょうどその時、舞夏は突然上条と結標の話題を持ちかけた。

チラチラと上条の方を向いているからだったのか。それより、どうして舞夏は美琴は上条と知り合いだという事を知っている?

舞夏はニヤニヤとこう言い放った。

『そう言えばさっき上条当麻を見かけたぞー。連れ添いの美少女を連れてなー』

ズキン

また心臓が痛む。

へ、へぇ、そうだったの。い、意外ね、あの馬鹿。

そう、言うしかなかった。

しかし舞夏は当然のようにこう言った。

『いや、私には普通だな。それよりもやっとかと思う』

え?

『いや、あの男は女と色々とフラグ立ててたからなぁ。いつかは彼女作るだろうと思ってたんだ』

ズキン!

今までで一番大きな痛みが心臓を突き刺す。

そ、そうとは限らないんじゃない? 瞳孔が開いていたかもしれないその目で美琴は言った。

『いやいや、あれを見ろよ。どう見ても付き合い始めた初々しいカップルみたいじゃないか?』

ッッ!!

その声を聴いて、自然と顔が機械のように速く上条を向いた。きっと怖い目をしていたのだろう、間にいた子供がびくっ!と怯えていた。

結構離れた位置に彼はいた。―――――――舞夏が言うように恋人同士のように、結標と顔を紅く染めながら見つめ合う上条を……。

ズキン!!

先程とは比べ物にならないほどの痛みが、ナイフが心臓を突き破ったような痛みが頭から全身に駆け上がる。雷が旋毛に叩きつけられたような衝撃だった。

目眩のようなふら付きを感じたが、一歩で踏みとどまった。

『御坂?』

いや、なんでもないの。なんでもないのよ。へぇ、あの馬鹿、彼女できたんだ。はははは。

美琴は自分でも不自然な笑い方だったと思っている。けど、その時はそう誤魔化すしかなかった。

………誤魔化す? 何を? 知らない。ただ、その時はただ何かを誤魔化した。

どうやら何とか誤魔化せたようだ。舞夏は『仕事あるからじゃーなー』と去ってくれた。

…………何やってんだ? 私。

自分でも嫌気がさしてくる。


美琴は上条の方を再度向いた。……いなかった。まぁしょうがないか、移動中だったしね。

しかし数十歩歩くと、上条を再度見つけた。クレープ屋の前だった。その向こうで結標は、なんとあの金髪グラサンに連れられてどこかに行ってしまったではないか。

上条は店員からクレープを受け取るが、電話で一緒に食べる人間がいない事を知り、困り果ててしまった。どうやら二つも食べきれないのだろう。

―――――――これは、チャンスだ。

結標はいない。上条一人。よし、しょうがないからクレープを食べてやろう。サンドイッチじゃあ腹は満たされなかったようだったからだ。それ以外の理由はない。


そうして美琴は上条と接触し、大覇星祭の順位がどっちが高いか勝負することが決定した。

勝った方は負けた方の言う事を何でも聞くと言う物。絶対に勝たなければ。いや、デートに付き合ってもらうとかそんなのではない。単に負けたくないからだ。

それでだ、この勝負は絶対に負けられない。

美琴は闘争心で心を燃やし、階段を駆け上った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


さて、こちらは少し離れた選手入場ゲートの近く。上条は項垂れていた。


「…………不幸だ」


上条の周りは死屍累々。クラスメイト達はだら~んと地面に寝そべっていた。

上条のすぐそばで寝ている青髪ピアス曰く、どうやって弱小校である自分たちが他の学校に勝てるかを争いに争ったら少ない体力をゼロになるまですり減らしたらしい。

棒倒しの対戦校は強能力者がゴロゴロいる中堅高校。一方我が軍は多くが無能力者と少数の異能力者。

よってクエストし始めたばっかりでレベルが1かそれくらいなのに、いきなりボス級の敵と戦う並に始めから無謀な挑戦。しかも強能力者集団にHP1/100の状態で戦わなければならない羽目になった。

エクスカリバーでもギュランダルでもない。ヒノキの棒か青銅の剣で立ち向かうのだ。しかもHP僅か1の状態で。勝てたらまさに大金星。横浜の二軍とソフトバングの一軍を戦わせるようなものである。

不幸である。まことに不幸である。公開処刑かこれは。勝てない勝負をボロボロになりながら挑むのか、俺たちは。

そこへ一人の女子がその場に到着した。

絶望的な光景を吹寄制理は目にする。


「なんなのこの無気力感は!」


彼女は運営委員の仕事で遅くなったのだ。もしも彼女がもう少し早く着いていれば、HPが真っ赤にならなくてもよかったのに。


「まさか上条、貴様が無暗にだらけるからそれが伝染して……」

「俺だって今やってきたとこなんだって」

「つまり貴様が遅刻したからみんなのヤル気がなくなったということね?」

「吹寄だって俺より遅れてきたじゃん!」

「私は運営委員の仕事よ! ばか!!」


吹寄は羽織っているジャージにある『運営委員会』の文字かある腕章を引っ張って見せた。


「もう放っといてくれ。不幸な現実に直面した上条さんはちょっと立ち上がれない状態なの!」

『不幸』その言葉に吹寄の眉が動いた。

一昨日の事件。自分より不幸な目に直面している子たちがいた。そんな彼女らに比べて、自分も上条も全然不幸じゃないのにこの男は!!

吹寄はむんずっと上条の首根っこを掴みあげ、男である上条を軽々と持ち上げて立たせた。


「それは軽い貧血状態よ。ほらスポーツドリンクで補給しろ」


吹寄は持っていたスポーツドリンク(学園都市のスポーツ科学専門の大学で作られた体の細胞に最も吸収されやすいとかどうとかTVで宣伝していたドリンク)をいれたプラスチックの容器を押し付けるように上条へ渡した。


「私はね、不幸とか不運とかを理由につけて人生に手を抜いている輩が大っ嫌いなの。貴様一人がだらけると皆のヤル気がなくなる。だからシャキッとしなさいシャキッと」


それを合図に吹寄はクドクドと上条に説教を始め、ズンズンと詰め寄る。上条は吹寄が一歩一歩詰め寄ってくるに合わせるように遠ざかった。


すると―――――いきなり、吹寄の頭上から水が降ってきた。

バシャンと水をモロに被り、全身びしょ濡れになってしまった。


「あ、あの………吹寄…」

「…………………………………………………………………………。」


どうやら、上条は無自覚に向こうで植木に水をやっているオジサンのホースを踏んでしまったらしく、近くにあったその蛇口が爆発して水が飛んできたようだ。

おかげで今日の黄色と緑のブラジャーが透けてまるみえになってしまった。


「…………………………………………………………………………。」


それでも、表情を変えない。態度も体勢も変えない。キャーの一言も言わない。こんな事でこんな奴に醜態を晒すのはプライドが傷つく。

申し訳なさそうに、透けた胸を凝視する上条に、吹寄は一言。


「何か文句が?」

「ありませんですッ! ハイ!!」


頭を深く下げる上条。

ああ、殴りたい。ボコボコになるまでこの顔を殴りたい。

………イカンイカン。ここで無駄に体力を減らしてどうする。それこそ周りのダラダラ星人どもの二の舞だ。

イライラを解消するには牛乳だ。カルシウムだ。

上条の顔を見ると本当にぶん殴りたくなるので直ぐに後ろを向き、念の為に持っていたムサシノ牛乳を取り出し、刺さったストローから牛乳を吸った。

ってか、もう向こうでクラスメイト達が水遊びしているし………。なんでこうもヤル気のない奴らばっかりなんだウチのクラスは。

そう吹寄はもう本気で一喝入れてやろうかと考えたところに、クラスメイトの姫神秋紗がやってきた。


「ねぇ」

「あら姫神さん」

「服。大丈夫? ビショビショのヌレヌレのスケスケだけど」

「ええ、これじゃあいけないわね」

「代えの体操着ある?」

「無論。今は5着ほど」


そう言って吹寄は羽織っていたジャージを着、チャックを閉めた。と、その時向こうで声が聞こえた。担任の月詠小萌だった。棒倒しで我が校と対戦する某高校。渡り廊下の下で口論…と言うか相手の高校の担任に小馬鹿にされていた。上条はそれを影から見ている。


吹寄もその声に耳を傾けてみる。


「生徒の質が低いから、統括理事会から追加資金が下りないのでしょう? フッ、失敗作を多く抱え込むと色々と苦労しますね」


「………~~~~~ッ!!」


ぶちんっ。頭の血管がブチ切れる音が確かに聞こえた。その台詞はまるで無能力者を馬鹿に…いやまるで商品価値のないゴミとしか見ていない台詞だった。

一昨日のあの事件のあの不細工な中年男を思い出す。無能力者である自分を、性欲を満たすだけのオモチャとしか見ていなかったあの男と!!


「~~~~~~~…………みんな、ちょっと来て」


吹寄は向こうで遊んでいたクラスメイトを手招く。

怖い顔で見るものだから、つい大人しく来たクラスメイト達。彼らに吹寄は小萌と某高校の教師の会話を見せた。


その教師の放った一言で酷く傷ついた小萌の表情を。


「生徒さんには成功も失敗も無いのです。あるのはそれぞれの個性だけなのですよ」


聞いてくれないだろう、無能力者と言う『失敗作』である自分たちを庇う言葉を。


「なかなか夢のあるご意見ですな。これから始まる棒倒し、お宅の落ちこぼれ達を完膚なきまでに撃破して差し上げますよ。フフ、フハハハハハハッ」

「…………………。」


何もかもを耳に貸してもらえず、途方に暮れる背中を。

そして…………。


「違いますよね。みんなは落ちこぼれなんかじゃ、ありませんよね………」


その目に浮かべて光る、一粒の涙を。

怒りに燃える吹寄の背中には、同様の気持ちで燃えているクラスメイトの盛る熱気が感じられた。


「おいみんな、もう一度だけ聞く」


目の前の上条が振り返り、一つ息を吐いてこう言った。


「本当にヤル気がねぇのか。」


上条の一言に、後ろで眉を吊り上げていたクラスメイト達は、


「んなわけあるかァ!!」

「そうだそうだ!!」

「舐めやがって! 無能力者根性思い知らせてやる!!」


青髪ピアスは剽軽な関西弁ながらも、珍しく怒りに燃えていた。


「そして何より、ウチらの小萌先生を泣かせた罪は重いで!!」

「そうだにゃー! ぜってぇ勝ってあのクソ担任教師に問い詰めてやるぜぃ!!」


土御門も真剣な眼差しだった。

最後に上条は、


「よしみんな、あのクソヤロウを叩きのめすぞ!!」

「「「「「「「「「「ゥおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」」」」」」」」


雄叫びを挙げるクラスメイト一同。

と、その声にビックリして小萌が飛び出してきた。


「ちょ、どうしちゃったんですかみんなぁ!」

「先生! 俺たち絶対に勝ちますからね!!」

「え!! どういうことですか上条ちゃん!?」

「絶対に勝ちます! 先生を悪く言う奴は、この手でケチョンケチョンにしてやります!!」

「フルボッコやで~」

「ぎゃふんといわせてやるぜぃ!」

「ちょっとみんな、暴力沙汰は……」

「だから俺たちがこの棒倒し! 絶対に勝って無能力者が落ちこぼれじゃないって事を見せてやるんです! なぁみんな!!」

「そうだそうだ!!」「小萌先生を泣かす奴は十倍にして泣かす!!」「あの糞リーゼント!! 見てやがれ!!」「いい年してリーゼントなんざキメやがって!!」

「って事です!! 先生、先生は救急箱でも持って俺たちの勝利を待っててください!!」


その上条の一言で小萌の眼からぶわぁっと涙があふれてきた。


「せ、せんせいはぁ……せんせいはぁ………」


嗚咽と鼻水が邪魔して上手くしゃべれない小萌、そんな彼女を微笑ましく上条は見て、


「じゃあお前ら! 作戦会議だァ!!!」

「「「「「「「「「「ぉっしゃああああああああああああああああ!!!」」」」」」」」」」

「あのリーゼント野郎ブッコロス!」「勝ったらぜってぇあのリーゼントをモーセの如く逆モヒカンにしてやる!!」「いやあえてモヒカンで行こう! トールギスかサンドロックみたいな頭にしてPTA総会と授業参観には出れなくしてやる!!」


クラスメイトを引き連れて広い場所まで去って行った。


「け、怪我は厳禁ですよー! 無茶はダメなのですよー!」


小萌は叫ぶ。しかし、一向に聞こうとしなかった。少年たちは少女たちは誰の為でもない。我らが担任である月詠小萌の為に戦うのだ。彼女の為ならこの命、捨てても構わない。

その熱気と覚悟は、小萌にひしひしと伝わった。そこに横から吹寄が声をかける。


「先生。月詠先生」

「はいです。ど、どうしたんですか吹寄ちゃん。みんな、どうしてあんなになるまで頑張ろうとするのですか?」

「そりゃあ、ムカついたからですよ。私たち無能力者を馬鹿にされた事に。何より小萌先生を泣かしたことに」

「み、見てたんですか!?」

「ええ、ばっちりと。 じゃあ小萌先生。私たちの応援頑張ってくださいね」


その言葉を残して、吹寄はクラスメイトが言った道を進み始めた。


「ちょっと待ってください吹寄ちゃん! 無茶は禁物なのですよー!!」

「出来るだけ怪我しないように頑張りますので――――………」


そう笑って吹寄は道を曲がった。最後の言葉は聞こえなかったが、何を言ったのだろうか?


「う…ぅうっ………どうして………どうして……………どうしてみんな私の為に………」


溢れる涙を、小萌は拭く。拭いても拭いても止まらない。

ああ、もしもあの子たちが無理が元で大怪我をしてしまったらどうしよう。………考えただけでも涙が出てしまう。


と、そこに、


「そこのお嬢ちゃん」

「あ、はい。お嬢ちゃんと言われる歳じゃないけどなんでしょうか」


後ろから声を掛けられた。小萌はとっさに涙を拭き、溢れようとする涙を必死に堪えて振り返った。


「あら、それは失礼したね。……と、泣いているようだけどどうしたんだい?」

「えっとこれはですね~……。そう、目にゴミが入ったんですよ!! で、なんですか?」

「……………えっと、棒倒しって競技の会場はここでいいかね」

「ええ、そうですよ。あそこへ行くとスタンドがありますから、そこから観戦できますよ?」

「そいうかい。ありがとう。泣かないでねお嬢ちゃん」

「だからお嬢ちゃんじゃないんですってば! 私の名前は月詠小萌ですっ! 列記とした高校の先生なんですよっ!!」

「じゃあ小萌先生。教えてくれてどうもありがとう」


と、道を訊いた人物はスタスタと去って行った。

しかし、あの人はとても不思議な人物だった。


「…………………なんで、巫女さんのようなカッコウをしているのでしょうか?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『第一種目 棒倒し 各校の入場です』


アナウンスが響き渡る。

御坂美琴は適当な場所に座るべくベンチが並ぶ階段を下っていた。


「よくやるわよね。勝てる訳ないのに………」


と、ふと横を見た。


「…………………………………………お腹へった」

「…………………。」


もしかして熱中症? 確かにちょっと熱くなってきたしその可能性はある。美琴は水を差しだすと………。


「ンッグンッグンッグンッグンッグ………………ぷっはぁ!!」


空間移動能力者なのかと勘違いする程のスピードで美琴の手にあったペットボトルを奪い取り、500mlあったいろはすを二秒足らずで飲みきってしまった。

しかしそれでも、


ぐぅ~~~。


「あんた、ホントにお腹が減っているわけね」


呆れた。


「短髪はここで何してるの?」


またそんな変な呼び名をする。私には御坂美琴と言う立派な名前が……って、これは100万回言い続けてきたきたから正直鬱陶しくなった。言うのをやめる。


「とうまの応援?」

「な、なんで私があんな奴の応援なんかしなくちゃいけない訳? 大体、どっちの学校が勝つか掛けしてるのよ?どうせ私が勝つに決まってるんだから」


意地っ張りな事をいう美琴。と、ある事に気が付いた。


「………あれ、もしアイツが勝っちゃったらどうしよう。なんでも言う事聞く…………」


悶々。

無駄に悶々しているとインデックスは上条当麻の姿を見つけた。


「あ、とうまだ!!」

「ッ」


その声に吊られるように美琴も顔を上げた。ちょうど入場した時だった。上条は集団の先頭に立っていた。そして、その姿は―――――――


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「………おい。お前ら。覚悟は良いな?」


暗い影の中に、一つの集団が集まっていた。その中で一人の男はが闘志闘魂を燃やしている如き目で、集団を見据える。

男の問いに、一同は頷く。


「作戦は頭に入っているか? 自分の配置はわかっているか? 思い残す事は無いか?」


無言である。無しと男は解釈した。

そして最後に――――


「お前ら―――――――小萌先生の為に戦えるか?」


「「「「「「「「当たり前だァァァアアアアア!!!!!」」」」」」」」


「小萌先生を泣かせた奴を許せるか!?」


「「「「「「「「許せねぇェェェェエエエエエエ!!!!」」」」」」」」


「俺たちの小萌先生を傷つけた奴を放っておいていいかッ!?」


「「「「「「「「言い訳あるかァァァァァアアア!!!!」」」」」」」」


「小萌先生の為に命を捨てられるかッッッ!?」


「「「「「「「「上等だァァァァァァァアアア!!!!!」」」」」」」」


「強能力者が襲ってきても逃げねぇかッッッッ!!?」


「「「「「「「「かかってこいやァァァァァァアアアア!!!!!!」」」」」」」」









「テメェらいくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」





「「「「「「「「ゥぉおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」














円陣を組んだ40人の男女たちは、戦場へ行くスパルタの如く雄叫びを上げた。足を踏み鳴らした。地響きで空間が揺れる。




俺たちは戦いに来たんじゃない。勝ちに来たんじゃない。








そうだ、俺たちはあいつらを―――――――――――ぶっ潰しに来たのだ。









地響きで地面が大きく揺れる中、男は、上条当麻はすぅ――――と息を吸い、円陣の中央に向かって叫んだ。












「ぶっ潰すッッッ!!!!!!」


「「「「「「「「YAAAAAAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」









円陣の中心で拳を叩きあうクラスメイト総勢40名。

男女なんて関係ない。仲のいい奴悪い奴なんて知らない。無能力者と異能力者の柵なんてゴミの日に捨ててしまえ。

俺たちは、小萌を泣かせた奴をぶっ潰しに来たんだ。


「いくぞッ!!!」


「「「「「「応ッッッ!!!!!!」」」」」」」」



上条は振り返る。そこには明るい太陽の光が差し込む入場口。そこへ上条達は、戦士たちは戦場へと向かっていったのだった。





わぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ………………



歓声が会場を包む。それと壮大なBGMがさらに盛り上げを掻き立てる。

上条は仲間たちを引き連れ、芝生の大地を踏みしめた。

燃え盛る怒りと闘志と覚悟の炎。もう誰も逃げない。誰も臆さない。何が強能力者だ。何が無能力者だ。何が落ちこぼれだ。


――――誰だ。俺たちの小萌先生を泣かせた奴は……。


「………あいつらか」


上条は敵陣営を睨む。

厳密には彼らの担任の先生なのだが、そんなことは関係ない。あの戦争に勝てば、小萌先生を泣かせたクソヤロウに赤っ恥をかかせることができる。それだけで十分だ。

彼らの燃える魂を見たのか、観客はさらに盛り上がった。歓声のヴォリュームが3つ上がる。


「お前ら、準備は良いか?」

「良いわよ」


隣の吹寄が応えた。その他の仲間たちも頷く。


「じゃあ、とっとと始めるぞ!!」


上条は叫ぶのが合図となり、各地配置についた。





「……………な、なんだアイツら!?」


一方相手の某高校の陣営。一人の男子生徒が呟いた。


「あ、アイツら本気で俺たちを倒そうと……?」

「馬鹿言うなよ。俺たちは強能力者でアイツらは落ちこぼれのザコ集団。俺たちの圧勝に決まってるじゃないか」

「で、でもアイツら、本気で俺たちを潰しにかかってくるみたいで…」

「例えそうだとしても無理だよ。なにぜ前線には防御部隊が配置させてある。例え数が多くても蹴散らすだろうよ。奴らは烏合の衆。ただツッコんでくるだけだ。それを俺たちは待ち構えて、あたかも長篠の戦のよろしく落ちこぼれ共を一体一体潰していけばいい」

「だ、だな……」

「それに、こちとらもしも負けたらあのリーゼントに罰則食らわせられるハメになるんだ」

「わかってるよ」


男子生徒はハァと息を吐き、自陣が守る棒の周りにいるクラスメイト達を見る。

そうだ、俺たちは強能力者。無能力者如きに負けるはずがない。

と、思ってた。その時までは。










『それでは棒倒し。始めます』


審判だろうジャージを着た教師はスタート用のピストルを掲げる。



上条はそれを見て身構えた。


「……さすがに緊張するな」

「そうね、でも私たちならできるわよ」

「ああ」


吹寄は武者震いかそれとも怖がっているのか、フルフルと震えていた。それでも不敵に笑う。


「一番槍は任せなさい」

「……え?」




「よぉい、始め!」



パァンッ!


乾いた音が合図だった。堰を切ったように上条達は走り出した。


上条達がとった作戦は、40人を『敵の棒を倒す組』『自軍の棒を支える組』『土煙を上げて弾幕を展開する組』『念話能力で指示や号令を掛ける組』『敵の飛び道具を迎撃し攻撃する組』『吹き飛んだ味方を保護する組』に分かれさせて電撃戦を仕掛けると言う事。

先陣を『敵の棒を倒す組』。上条と土御門と青ピ。そして吹寄など、総勢20名。自軍の半分を使わせたのは強能力者に防御を取ってもすぐに破られる。そこで敵に攻撃の隙を与えず、こちらが数で押し切る為だ。その中には『土煙を上げて弾幕を展開する組』が存在する。彼らは念動力で砂の槍を作って弾幕を張り、グランドの土ごと捲り上げて煙幕にするのだ。

その後方に『敵の飛び道具を追撃し攻撃する組』がいて、彼らは飛んでくる敵の攻撃を各々の能力で対抗する。その後ろに『念話能力で指示や号令を掛ける組』『吹き飛んだ味方を保護する組』『自軍の棒を支える組』が続く。

土煙は両軍がぶつかる寸前に上げる物だった。狙いを定めずに撃つ攻撃など、狙われる事と比べれば怖くは無い。

だが、一つアクシデントが発生した。



吹寄制理が、上条らを差し置いて敵陣に突っ込んだからである。



「………え?」


スタートラインから敵陣までは大体50m。その間を7秒か6秒台で突っ切って行った。


油断して慌てたのだろうか。それとも能力で弾を撃つのが少し遅れたのだろうか。敵が撃った砲弾は吹寄のすぐ後ろに着弾した。

そしてあっという間に一人の男子生徒の懐に潜り込んだ。



「………ねぇ…知ってる? 私たちのような無能力者が有能力者に勝つたった一つの方法………」


男子生徒の答えを聞かずに、吹寄は右の肘で彼の顎を跳ね上げた。


「――――――それはね……能力を使う前に叩きのめせばいいのよ」


愕然。

吹寄の侵入を簡単に許してしまった。

今すぐ排除しなければ。

吹寄の両端にいた生徒たちは我に返って、慌てた。両者は右手を翳す。右の彼は風の砲弾を撃ちだそうと。左の彼女は真空の棍棒で殴ろうと。だがしかし、吹寄はそれよりも早く行動を起こした。右の彼の右手首を持って左の彼女の方へ引っ張った。ちょうど撃ちだすその瞬間だった為、謝って発射してしまった。


「きゃっ!」

「あ!」


声を上げてももう遅い。左の彼女は吹っ飛び、後ろにいた友人だろう女子生徒を巻き込んで倒れた。


「ダメでしょ、女の子に手を挙げちゃ」

「ぎぇ!」


首を左腕で巻き取り、鳩尾に膝を叩き込む。その彼を放り投げた。


「こ、このぉ!!」


数m先で男子生徒が炎を纏った右手で襲い掛かってくる。吹寄は昨日覚えたばかりの型を構えて待ち構えた。来るなら来いと吹寄は睨むと炎の生徒は襲い掛かって来る。


「ぅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


が、彼は右手の炎ごと上条の右拳で殴り飛ばされることになった。


「大丈夫か吹寄。無茶するな!」

「私は大丈夫よ。それより棒!!」

「わーってる!!」


上条は後方に続く味方に鼓舞した。


「吹寄に続けぇぇええええ!!!」

「「「「「ゥワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」」」」」


20人の軍勢が土煙を焚き上げて襲い掛かる。目の前が全く見えない敵陣営。それを背後に回って味方達は2対1で潰し、隙あらば棒を倒そうと押し寄せて行った。


「ぐあぁ!?」

「あぁぐ!!」


一人。また一人敵を潰し、また一人、敵の首筋に肘を入れた土御門が叫んだ。


「上やん!! 右の棒の方が手薄だにゃー!!」

「OK!!」


上条は早速大乱闘となっている敵陣営を掻き分ける様に進む。

戦争映画にある塹壕の中の戦いだ。銃なんて物は使えない。味方に当たるからだ。撃てたとしても味方に当たる危険性があって躊躇してしまう。狭い空間の中、自身の拳と肉体で勝負する大乱闘。確かに能力有るも無しもクソの関係もない。

その中で喧嘩慣れしていて有利にある上条は立ちはだかる一人を殴り飛ばして棒の根本までやってきた。


「ここは通させねぇぞ!!」

「ッ!」


いかにも格闘系のスポーツをやっていますよ的な大男だった。これは不味い。上条の戦闘能力は所詮喧嘩崩れでサシなら勝て、二人なら危うく、三人だったら絶対に逃げる。そしてマジモノの格闘技経験者は無理だ。

どうする? ここは格闘技に強い土御門に応援を要請するか?

手間と時間がかかるが、パッと見た限り敵の棒にいるのは目の前の男抜きで4、5人。少ない。もしかして混乱のせいか乱闘に巻き込まれたかで戦闘に参加したか。

だったら敵が戻ってくる前に棒を倒すのが得策。土御門を呼ぶしかない。だが、それでは他の棒を攻めている仲間に負担がかかる危険性がある。

全く不幸だ。

しょうがない。ここは腹を決めてこの男を倒す。

上条は少し怖気づきながらも、構える。

そんな彼の心を読んでか、男は得意げにこう言い放った。


「俺のレベル3の筋肉増幅(マッスルボディー)がある限り! 俺は倒れない!! いいか? 俺がこの能力に目覚めたおかげでヒョロヒョロだった体が一時的だけどムッキムキになるんだ!!」

「……………へぇ」


上条はニヤ~と笑った。

数秒後、上条の幻想殺しの前に倒れ伏せるヒョロヒョロの大もやしが一人出来上がった。

それでも4、5人棒の根本にへばりついている。一人一人倒している時間は無い。しかし仲間を呼んでいる遑はない。

ならばやるべきことは一つ。


「ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


全力で走れ! 全力で駆けろ! 全力で飛べぇえええええええええええ!!!


上条は大地を蹴り、棒にへばりついている人たちの一人の肩を足場にして飛び越え、棒へタックルするように背中をぶつけた。へばりついていた人たちは悲鳴を上げながら傾く棒を支えようとする。

ダガァアン!!

派手な音と共にさらに土煙を巻き上げさせた。



「いちちちちちち………っ」


背中に棒が強打し、ひどく傷む。しかし、


「まずは一本!」


棒は大地に横たわる。

敵の棒を一本倒して見せたのだ。


「ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


立ち上がり、拳を振るう。


「く、くそ! 無能力者に一本獲られた!!」

「この野郎ぉ!!」


すぐそばで一緒に倒れた敵が襲ってきた。手には氷でできたナイフ。


「なめんじゃねぇ!!」


それを幻想殺しで払って砕き、クロスカウンターを合わせる形で敵の顔面に拳をぶつける!


「ぐぉ!」

「まだだぁ!!」


今度は右方だった。電気系の能力者なのだろう砂鉄を固めた棍棒を武器に上条の頭を狙ってきた。

しかしそれも幻想殺しに食い尽くされることになる。


「ど、どどどっどどどどうしてだッ!? なんでこいつに能力が効かないn…ぎゃ!」

「寝てろ!!」


上条がそう叫ぶと同時に、敵陣営の棒がまた一本倒れて行った。

バタァン!!

味方の雄叫びが上がる。さて、もう一本だ。


「上やん!!」


青髪ピアスが泥だらけスリ傷だらけで上条を睨んでいた敵を蹴飛ばしながら寄ってきた。


「どうした!?」

「やばいわ。棒はあと一本になったけど、味方がもう10人もおらん!!」

「マジかよ!!」

「つっちーと吹寄はいるけど、さすがにこれ以上はしんどいわ!!」

「だったらすぐに片を付けるぞ!! こっちの陣営の棒が危ない!!」

そう言ったときはもう遅かった。


わぁああああああああ!! 後方50mにある我が校の陣営の棒が二本。ほぼ同時に倒れた。

下の『自軍の棒を支える組』が敵の能力の砲弾で吹き飛ばされたのだ。仲間たちが吹っ飛ぶのが見える。残りは一本。一番右端の棒だ。そこには姫神がいる。


「上条!!」


吹寄が敵のもう一人を背負い投げしてから怒鳴り込んできた。


「私に考えがあるの!!」

「吹寄!?」

「――――――――――――――――ッ。」

「…………それで行くしかない!!」


上条は近くにいた土御門に声を掛け、吹寄提案の作戦を伝えた。


「よしわかったにゃー」

「そうと決まれば………」


上条は仲間たちに叫んだ。


「全軍撤退!! すぐに自軍の棒を守ってくれ!!」

「ちょっと待てよ上条!! あと一本なんだぞ!?」


一人が反論してきた。


「俺たちで十分だ!!」


上条はそう言い返す。
そして横にいた『三バカデルタフォース』でトリオを組んでいる土御門と青髪ピアスを率いる様に走り出した。


「土御門! 青髪! 行くぞッ!!」

「おう!!」

「よっしゃ!!」


上条の掛け声で土御門と青髪ピアスは残り一本となった敵の棒へ全力疾走。

上条、土御門、青髪ピアスの順番に縦に整列するように並ぶこの陣形は………。



「「「ジェットストリームアタァァァァァァァァァアアアアアアック!!!!!!!」」」


奇跡的にも敵は自軍に向かって攻めていた。周りは殆ど敵はいない。しかし裏を返すと姫神がいる自軍の棒には敵が押し寄せているという事だ。

だから、この勝負にすべてがかかる。すべてをかける。失敗すれば即負けが決まる。いや、成功すれば即勝ちが決まるとしか考えるな!!

上条は雄叫びを挙げながら特攻をかました。



「わぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


だが敵も馬鹿ではない。戦闘の上条に向かって掌から繰り出す空弾魔弾真空弾など摩訶不思議な攻撃を一斉放射した。


「だァアッ!!」


それを上条は右手を翳し、能力を殺してゆく。威力は重かった。ビリビリと上条の背中に衝撃が突き抜ける。だが上条は足を止めなかった。

上条は走り続ける。ここで止まる訳にはいかない!! ここで立ち止まったら死ぬッ!!!


「ぅあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


上条はとうとう棒の根本にまで押し詰めた。前にいた敵に寄り掛かるように体を押し付ける。


「未だ土御門!! 青髪!!」

「ラジャ!!」「ナイスだ上やん!!」


土御門は駆けあがるように上条の肩に飛び、棒にへばり付いた。同じように青髪ピアスも上条の肩に乗って棒へと飛んだ。


「なにぃ!? 前のヤツを踏み台にしただと!?」


敵が叫ぶ。

だがしかし、


「甘いのだよ!!」

「がぁ!!」

「土御門!!」


土御門は敵の空弾に弾き飛ばされた。

そのまま地面へと落ちて行った。


「つ、土御門ぉぉぉぉおおおおおお!!!!」

「か、上やん!! ボクたちの棒が!!」

「ッッ!!?」


上条は後ろを見る。自軍の棒がもうすでに45度くらいか傾いていた。ゆっくりと傾いてゆく。今にでもバタンと倒れそうだ。


「や、ヤマズイ!!!」


ここまでか!? 上条はそう思ったその時!!



「上条ぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


「吹寄ッ!!」



上条の後ろから吹寄の叫び声が轟く。


「上条!! レシーブ!!!」


「よし来た!!」


上条は敵に背中を預ける様にして振り返って屈み掌を重ねる。猛ダッシュで駆け抜けてくる吹寄はさらに速度を上げた!!


「こぉぉい!! 吹寄ぇぇえええええええ!!」

「ぅぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああ!!」


駆け抜ける吹寄は上条の掌に右足を掛けた。その刹那なタイミングで上条は彼女を、全ての奥歯が砕け散るほどに歯を食いしばって腕を引っこ抜くように後ろへ持ち上げる。


「ふぅんぎッッ!!」


弾丸のように棒へ飛ぶ吹寄。青髪ピアスの頭上の遥か高くを飛び、棒の先端部分に脇に挟んだ。

そのまま飛んだ速度と威力を殺さずに落下させる!!


バカァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!


二つの棒がほぼ同時に倒れた。

今までで一番派手な棒が倒れる音だった。


砂煙が二つの位置から立ち上がる。



「ど、どっちだッ!?」



上条は真ん中のラインにいた審判の教員を見た。

教員は少し迷った表情だった。四方にいる副審判の顔を見ていた。

呼吸が5つした時だった。ようやく決心がついたのか審判は赤と白の旗をギュッと握った。どちらかが挙がれば、挙がった方は勝利ということになる。赤は我が校。白は敵。挙がったのは―――――――










――――――――赤だった。











わぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!





歓声が今日最高のヴォリュームでグランドを轟かせた。


「ぅおぉおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「よっしゃぁあああああああああ!!!」

「やったぜ上やぁあん!!」


上条は雄叫びを上げた。土御門と青髪ピアスは上条に飛び込むようにして抱きついてきた。


「ぅあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「信じらんねぇよ土御門!!」

「俺も信じらんねぇにゃー」

「奇跡やでぇ!!奇跡!! GReeeeNが頭ん中で流れとる!!」

「「「ィエエエエエエエエエエエエエエ!!」」」


三人はお互いの肩を抱き合い、グルグルと回る。

と、途中で吹寄が駆けてきた。


「上条!!」

「吹寄!!」


吹寄はいっぱいの笑顔で上条に抱き着く。


「ちょ、吹寄!?」

「やったやった! やったぞ上条当麻!! 貴様のおかげだ!! あはははははは」


ちょ、お、大きいお胸が胸に当たってらっしゃるのですが!?

と顔真っ赤になって吹寄に目で訴えるが、本人は全く気付いていない。

すぐそばで見ていた土御門は微笑みながら、


(上やん。これは一番頑張った上やんへのご褒美ぜよ。心行くまで堪能しろよ?)

(つ、土御門………。お前って奴は………)

(そうやで上やん。あとで吹寄はんのオチチの感触。感想教えておくれや?)

(青髪……)


上条b

土御門b

青髪b


こうして、上条の高校の大覇星祭は好調な滑り出しで始まったのである。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



そんな壮絶な戦いの一部始終をただ見守る事しかできなかった小萌先生こと月詠小萌は、涙目になりながら救急箱を抱えて可愛い生徒たちを迎えた。

嬉し涙ではない。心配で心配で、とにかく心配だったから出た涙であった。

未だに立つ砂煙から肩を支え合って出てくる生徒たちに舌足らずの声で訴える。


「どうしてみんな、そんなになるまで頑張っちゃうのですか? いくら勝っても、そんなにボロボロになっちゃったみんなを見るのは、先生は…先生は………」


彼女の言葉を素通りし、生徒たちはゲートへ足を進める。決して彼女の言葉を聞いていない訳ではない。むしろありがたくて涙が出てきそうだ。

だがしかし、今はそれどころではない。



まだ、俺たちのやるべきことは残っているからだ。



上条は後方にいた姫神に声を掛けた。

因みにあの棒倒しの真の勝利の切っ掛けは彼女にある。味方の棒が倒れる時、姫神が倒れる棒を下敷きになるように数秒受け止めてくれたのであった。彼女がいなければ自分たちは敗者で、反対側のゲートでどんよりムードの某高校とは真逆の形になっていただろう。


「姫神、小萌先生を頼む」

「わかった。」


上条ら39人は歩く。

さぁ、あいつはどこへいる?



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「くそ、なんてざまだ!!」


まさかあの落ちこぼれ共に負けるとは、我が校の恥だ。赤っ恥だ。永遠の黒歴史だ。

負けが決まった瞬間。グランドの隅で頭が真っ白になった事を思い出す。明日か明後日、同僚の教師に笑われてしまう。それを考えただけで顔が真っ青になってしまった。

トレードマークのリーゼントをくしゃりと握る。

帰ったらグランド100周だな。リーゼントは生徒たちへの体罰を考えつつ、あの憎き落ちこぼれ共をどうしようか考えていた。

こうなったらどんな手でも使ってでも一矢報いたい。いや、もうあの教師も生徒もめちゃくちゃになるほどになる事を……。


「ふふ、ふははははははは………」


と緑色の淵の眼鏡を中指で上げて不気味に笑っていると、


「あの~すいませ~ん」


肩を叩かれた。

リーゼントは振り返る。そこにあったのは、泥だらけの体操服を着たツンツン頭の……………。


先程我が校と戦っていた高校の生徒のツンツン頭の少年が、クラスメイトを引き連れて詰め寄っていた。


鬼の形相で。


「ヒッ!」


「いやぁ~。さっきの棒倒しありがとうございました。そちらの生徒さんによろしく伝えておいてください」


ツンツン頭の少年は、柔和な口調でそう言ったが、顔は1㎜も笑っていなかった。


「そして――――――」


目の前の生徒たちが、強能力者の軍団に勝った無能力者の集団が、一斉に口を開いた。




「「「「「「「「―――――――よくも、俺たちの小萌先生を泣かせたな………。」」」」」」」」





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「だっはははははは!!」


笑い声が響く。

クラスメイト達がワイワイと騒いでいた。


「最っ高傑作だったな!! あのリーゼント『ヒィイイ! ごめんなさいごめんなさい!!』っていい年こいて涙目になってたぜ!?」

「ああ、小萌先生を泣かせた罰だよ」

「天誅だ天誅」

「でも凄かったよね~。まさかあの強能力者の高校にあたしたちが勝てたんだよ?」

「10回やって1回の確率ね。もう勝てないわよ」

「バァカ。俺たちの実力だよ。次の大玉転がしも勝つぞ!!」

「「「「オー!!」」」」


もう胴上げでもしようという風な雰囲気だ。

優勝にはまだ遥かに遠いし早いが、まぁ良しとしよう。

運営委員会である吹寄制理は、ふと自分の恰好を見て苦い顔をした。


「さすがにこんな泥だらけの恰好じゃあ人の前は歩けないわね………」


と一人の友人に学校へ戻って着替えに行くと伝えて走って去って行った。


「しかしまぁあの吹寄がにゃー。よっぽど嬉しかったんだろうぜぃ」

「そうやね。あのカミジョー属性完全ガードの鉄壁があんな風になってたんやさかい。そう遠くない日にコロッといったりして~」

「いや、逆だにゃー。まったく気が無いからこそ、あそこまでスキンシップできるんですたい」

「ん? なんだ二人とも」

「いやぁ? 上やんの事なんて全く関係ない話だにゃー。なー青髪ー♪」

「ね~つっちー。僕たちは上条クンの事なんてこれっぽっちも知りません~」

「……………まぁいいや。そんな事より俺、これからインデックスの所に戻るから。みんなに伝えといてくれ」

「ああわかったぜぃ」

「ええなぁええなぁ。何人ものオンナノコとイチャイチャイベントが建って~。俺も一回でいいから上やんと入れ替わりたいわ~」

「入れ替わるのはサイフの中でいいよ。じゃあな」


と、上条も一人去って行った。

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「お~い。インデックス~」


上条当麻は会場のスタンドにいた。連れの銀髪碧眼の少女インデックスを探してだ。だがしかし、彼女は見当たらない。競技の途中でチラリと姿を発見した彼女が座っていた場所に行ってみても見当たらない。(普通の人ならわからなかったが、あんなカッコウの人間は目立つからすぐに見つけることが出来たのだ)


「ったっく。しゃーねーなぁ」


上条は今朝渡した携帯電話に電話を掛けようとポケットに手を突っ込むが、携帯がない。


「あ、携帯………カバンか…」


携帯のカバンの中。流石に競技中は貴重品を持ち歩けないので学校、教室に置いて行ったのだ。

インデックスはここの近くにいるだろうが、探すのは手間がかかる。だが携帯を取りに学校へ行って戻るのはいささか面倒だ。


「………ま、インデックスがこの会場にいるとも限らないしな」


天秤にかけた結果、後者を選んだ。

上条はスタンドから出て、学校へ向かった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


さて、学校へランニングペースで駆ける吹寄はとある人物と出会った。

つい先日出会い、弟子入りを頼み込んだ、吹寄が師と仰ぐ人物。


「先生! 敦賀先生!!」

「ああ、こんなところにいたのか」


こんな時代なのに巫女装束と、現代離れした服装と雰囲気を漂わせている敦賀迷彩は、笑顔で吹寄に手を振る。


「見たよ。棒倒しだっけ? なかなか楽しそうだったね」

「いやいや、見ている方は楽しく見えてもやっている方は半ば命がけですから」


なにせ攻撃性を持つ能力者が本気で砲弾を無能力者に撃ち込んできますし。吹寄はそう付け加えておく。


「そうかな? そう言っているかもしれないけど、なかなか生き生きしていたように見えたけど」

「あははは。そう見えましたか」

「周りの声を聞いていたところ、大番狂わせだったそうだね」

「ええ、実は競技が始まる直前にウチのクラスの担任の先生が馬鹿にされて、それで全員に火が付いちゃって……」

「そうか、その先生は幸せ者だね」

「いえ、当たり前のことを下までです」


吹寄は笑ってそう言うと、自分がさっきまで走っていた目的を思い出した。


「あ、もう私行きます。応援ありがとうございました先生。次もよかったら見に来てください」

「ああ、そうさせてもらうよ」


吹寄は笑顔で走りながら手を振る。迷彩も手を振り返す。彼女が見えなくなると、迷彩はふと呟いた。



「…………誰も死なない戦争か……いいものだな」


誰も死なない戦争。

敦賀迷彩。彼女の人生を決定的に決めつけたのはやはり飛騨鷹比等が起こした反乱だろう。あの戦で彼女は家と家族と普通の人として生きる人生を失った。だから迷彩は思う。

戦は罪悪だ。人を殺しても正当化され、参加した者、巻き込まれた者は否応なく命の危機に貶められ、殺されてゆく。

そして勝った方は英雄として崇められ、敗者は永遠に敗者として人々に蔑まれる宿命を押さえつけられる。どっちも人殺しなのにだ。

ある人は戦という名の大量虐殺を正当防衛と正当化するだろう。ある人は自身が攻めなければこっちが滅ぼされると言い張るだろう。ある人は我が国を守るためと自国の民に伝えるのだろう。

だが、戦と言う物はどんな理由であれ、どんな正当防衛を謳うであっても、誇りを守るためと胸を張っていようが、人殺しは人殺し。戦の大義名分は虚言か戯言か狂言しかないのだ。

だから迷彩は心の底から思う。戦は下らないと。

だがしかし、この『誰も死なない戦争』は善い。1対1という、戦に似た方法で戦っているが誰も死なない。誰も悲しまない。いやこれは『演習』と言ったら正しいかもしれない。戦だけだろう、“『本番』の無い『演習』”ほど望ましいものはない。この世のどこにも。

そう考えを綴って、迷彩は自嘲したように笑った。『いやいや、もう良いのだ。この世界には戦争は無い』と。

迷彩は踵を返した。

さて、次は佐天の方か。

『実行委員』と書かれた腕章を付けた少年から『ぱんふれっと』とかいう紙を貰ったが、それによると佐天が出場する競技は少し歩かなければならない距離にあった。

まぁ、ものすごく歩かなければならないほどでもない。『でんしゃ』とか『ばす』とか言う奇怪な機械の乗り物を乗らなくてもよいのだ。

いや、別に金がないからという訳ではない。この世界の通貨を、どこから入手したかわからないが彼我木輪廻から受け取った。ただ今の敦賀迷彩の全財産壱萬五千円也。

ただ迷彩は、この世の『乗り物』はあまり好きじゃないのだ。なんというか、怖いというか気持ち悪いというか。

まぁバスの中に一人巫女さんがいれば十人見て十人は怪しく思うだろう。この街では目立ちたくはないのだ。警備員に職務質問されなくない。逮捕なんてもってのほかだ。

だから迷彩は(この時代的には)健康的にも徒歩で佐天がいる会場まで行く。これでも昔から足腰は強い健脚だったのだ。剣客だけに。


「えっと、ここを……『えー』だっけか?」


迷彩は彼我木から一応この世界の基礎知識をほんの少しだけ教わった。日本語は何とか読める。英語ならアルファベットをようやく掴んできた頃だ。

しかし今代の文章は読みやすくて良い。昔ながらの『~~候』的な文字ではなく、しゃべり言葉をそのまま文字にしたものだ。実に簡単で実用的。考案した者はきっと大層な偉人だろう。

迷彩は明治時代の小説家であった二葉亭四迷という、文学に理解を示さなかった父親に『くたばってしまえ』の罵られたのが筆名の理由である人物を褒めた。

どうでもいい。先へ進もう。


「この『えーげーと』を右に曲がって……そのまま真っ直ぐか………ざっと四半刻ほどだろう」


さて、さっさと行くか。

と、迷彩は二三歩歩くと、少し見覚えがある少年の顔を見つけた。

ツンツン頭の少年だった。弟子のひとりである吹寄が走って行った方向へ走って行って、そのまま見えなくなった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ガラリと戸を開ける。

吹寄制理は教室に入って、戸を閉めた。そして自分の席に行き、置いてあるバックを漁った。無論自分の所有物である。


「あ、あったあった」


そこから体操着の上下一式を取り出した。キッチリした性格なのでキッチリと畳まれている。

昨日の夜キチンとアイロンを掛けて来たのだ。人の価値は衣服で決まるとどこかの偉人が言っていたが、果たしてどうだろうかと疑問詞を浮かべたが何でかアイロンを掛けてしまった。全くな奴だと思ってしまう。

さて、吹寄はその真っ白でシワ一つない体操着を自分の机の上に置いた。


「……………しかし、今思うと物凄く恥ずかしい事をしてしまったな…」


恥ずかしい事とは、今から数十分前の棒倒しの勝利した時の事である。

大番狂わせで強豪校に勝利した時、あまりにも嬉しくて感極まって、思わず上条に抱き着いてしまった。わざとではない。サッカー選手がゴールを決めたときに抱き合うのと同じ原理だ。わかっていると思うが彼らは決してホモでもゲイでもない。

上条は物凄く嫌がってたのではないだろうか。苦しかったのではないだろうか? 今思えば顔を真っ赤にしていた。


「そもそも、なんでクールでしっかり者のキャラで通ってたのに、あれじゃあイメージ総崩れよ。キャラ崩壊も甚だしいわ」


いやいや、そんなことないですよ。むしろ可愛かったですよ?


「うるさい」


吹寄は頭を抱えて大きくため息をついてみるが悩みは消えない。

しょうがない。しょうがない。こうなったらしょうがない。イメージ総崩れがなんだ。キャラ崩壊がなんだ。原作設定無視がなんだ。


「忘れよう。こうなったら意地でも忘れてやる。どうせアイツも明日になったらケロリと忘れている」

吹寄は紅い顔をしながらヤケクソ気味になって上の体操服の裾を捲り上げる。


「―――ッ!!」


だがしかし、へそを過ぎて胸のあたりで急に手を止めた。

綺麗なへそだった。変に浅くもなく深くもない。綺麗に引き締まったウエストに備え付けられるような、そんな小さなへそだった。

綺麗好きな彼女である。へその手入れも欠かさないのだろう。ゴマ一つない。例え舌を入れて舐めても清潔だろう。そして何より日ごろ鍛えてあるため、無駄な脂肪は無く、細い。しかしそれであってバストとヒップは大きい。あえて言おう。ハナヂが出てきそうだ。

ただへそを見せただけなのにこの破壊力。いったいその体操服を脱いだらどうなるのだろうか。都市区画ごと破壊されるのではないか?

焦らさないでくれ。早くその続きを、早く裾を上げてくれ。

―――――――――――と、もしも幽霊か亡霊がいたら机をドラムのように叩いて訴えているだろう。

そんな非現実的、この学園都市には関係ない。

吹寄はある重要な点を考えてしまい、とっさに手を止めてしまったのだ。


「――――――…………まさか、上条がいきなり入ってこないわよね…」


ジト目で横の戸を睨む。が、とうとう本当に心配になって戸を開けて左右を見て姿がないか耳を澄ませて足音が聞こえないか確認する。

―――――――オールグリーン。大丈夫だ。心配ない。さぁさっさと続きをやってくれ。

そんな幽霊の言葉など全く聞こえていないが、吹寄は頷いた。


「…………よし」


吹寄は戸をピシャリと閉め、速足で元のポジションに着いた。

裾を捲り上げ、がばっと体操服を一気に脱いだ。

豊満な二つの乳房が柔らかく、上下に揺れた。大きい。その二つがたぷんたぷんと跳ねる。

―――――――ヤバい。本当にハナヂが出てきそうだった。

大きな桃かメロンの如き豊潤さ。100点満点だ。よくもまぁここまで育ってくれたものだ。

幽霊は涙を流しながらハナヂを堪える。

だがしかし、吹寄はそれだけでは終わらなかった。

吹寄は両手を、ズボンに掛けた。

―――――――ッッ!? 上下共に脱ぐだと!? いや、普通に考えて先に脱いだ方に服を着るモンだろう!! 上を脱いでから別の上を着てそれから下を脱ぐだろ!! それなのに一気に二つ脱いだだと!? 核弾頭二つ見せられつけた後にパンツだと!? コロニー落としか!! ふざけるな!! こっちの身が持たぬわ!!

女子のパンツとは、男子にとって永遠の夢なのだ。それを拝める人間は、幸運の女神が微笑んだどころかギュッと抱き寄せてもらったレベルの幸運なのだ。

パンツは、それとパイオツ(下乳でも可)は男の夢と浪漫なのだ。それさえ見られれば、この目でちゃんと見られれば、男として、一人の漢として死ねる。

神に会ったというべきか。そう言うレベルの感動なのだ。衝撃なのだ。破壊力なのだ。

その分、衝撃は脳細胞を消し飛ばすほどの威力となる。いくら幽霊だとて誰もいない教室で堅物委員長キャラだった美少女が勝手にストリップしてくれるまさにこの状況は、下手すれば頭と別の場所がパーンする危険性がある。


しかしこの世に幽霊など存在しない。

吹寄はお構いなしにズボンを下ろした。

水色のズボンから頭を出したのは純白のフリル付きのパンツ。可愛らしいリボンが下腹部に付いてあった。

股の小さな膨らみまで見えるようになると、吹寄は行儀悪かったが自分の机に腰を掛け、左足からズボンに足を抜き始めた。

白く程よく柔らかく膨らんだ太腿から、同じように柔らかそうな尻が正面から覗ける。パンツがチラリと見えた。スベスベとしたその太腿と尻。白いパンツ。

いや、それはそれでいいが、それよりももっと凄いモノがあった。もはや禁忌と言っていい。

二つのふわふわな太腿の間にある、逆三角形の頂点。白い膨らみ。

運動した後であろう。少し汗をかいた後だっただろう。

その白い膨らみが汗で湿っていて、その湿った部分のちょうど真ん中に微かに見える――――――――――………一筋の、線。

―――――――ゴッファッッ!! あ…あっぶねぇ………あ、頭がパーンしちまうところだった。もうパンパンだ。いや、頭だけじゃねぇ、下ももうパンパンだ。全く何をしてくれるんだ、俺を殺す気か!!

核爆弾二発とコロニー落としを何とか、幽霊は死に絶えた。血反吐を吐きながら耐えた。

我ながら良く正気が保ってられる。生前ならもう賢者モードだ。いやもう襲っているかもしれない。俺も幽霊なのに成長したんだなぁ。

幽霊は一人息を吐く。

だがしかし、くどいようだがこの世に幽霊などいない。

吹寄は存在しないものなど全く微塵も興味も確認も認知も頭から一切全然に完全にせず、自身の豊満な胸を見た。

その特大級の胸から何か違和感を感じ、吹寄は顔をしかめて黄色のブラジャーに下から手を当てた。重量感ありそうなそれだが、ふっくらとモチのように手に乗っかる。


「うっわ、ブラがびしょびしょ………。あの時か…」


あの時とは、上条に水を掛けられた時である。流石に濡れたブラでは気持ち悪いし、何より湿って白い体操服が透ける。


「しょうがない。こっちも代えるか……」


確か、ブラの代えもいくつか持ってきたような……。と、代えの純白のブラジャーを取り出すした。

脱いだ泥だらけの体操服は後ろの席、吹寄が向いている方向では前の席に置いた。

そして、両手を背中に回す。

カチャカチャ……と金具を外すような音がした。

―――――――………………ちょっと待て、待て待て待て待て。ちょっと待て。オイコラ、何をする気だ? まさかブラまで脱ぐつもりじゃないだろうな!? 待て待て待て!!

美少女が人前でブラを外した時。それは銭湯か恋人の前でしかない。

一方男が“生”でパイオツを拝めるのは、オギャーと生れてから乳児の時のお母さんの時か結婚した後の妻のみ!!

PCの画面の中のパイオツなど、幾千幾万と見てきた。だがしかし、この目で直に見るのは嫁さん以外では人生で一回あるか無いか。しかも美少女のものとすると彗星が現れる程の確率なのだ。奇跡なのだ!

目からパイという名の太陽の光に照らされて溶けた彗星の氷の水のように、涙を流す。

それほどまでに、着ている物は無い。着ている物があるならば、汗付パンツと白い靴下。ただそれのみ。

爆発する。己の頭が、体が、何もかもが熱く爆発する。

これはもう核爆弾とかコロニー落としとかいうしょっぱいモノではない。

これはアクシズだ。アクシズ落としだ。小惑星との激突によって大爆発が起こって、灼熱地獄に放り込まれるようなものだ。

―――――――絶対に生きては残れぬ。

やめろッ! 俺はもう十分だ! 俺はもう幸せなんだ! 下着姿で俺は満足なんだァアア!!!

本当にすまないが、何度も言うようにこの世には幽霊などいない。幽霊とか言うのは東洋人だけで、西洋人は幽霊を否定する。だからさっきから何か変なバカげた下らない地の文もとい厨二病患者の妄想怪文書は、幽霊と同じで無いことなのだ。

幽霊などこの世にはいない。よって生おっぱいパンツマン筋ひゃっほい云々論議が書かれた文章はこの世には無い。あったとしても気のせいだったと思ってスルーすればいい。

だから、吹寄制理は一切の躊躇も迷いもなくブラのホックをはずし、豊満で芳醇な二つの乳房をさらけ出した。

―――――――何かが、昇天する気がした。……………のは気のせいだろう。



「ふぅ……」


吹寄は一つ息を吐く。

窓の外ではワーワーと小さくだが遠くからの歓声が聞こえた。

すっきりとした感覚だ。身に着けているのはパンツと靴下だけ。

前を見る。いつもはクラスメイト達が座っている机と椅子たちが並んでいるが、クラスメイト達は全くいない。まるで自分一人が別次元の世界にいるような感覚だった。それにそれとは別の風が吹く。

いつも真面目に勉強しているこの教室で、クラスメイト達と一緒に過ごしているこの教室という空間で、自分がほぼ全裸だという事実。


ぞくっ………と背中に風が当たる。


恐怖ではない。快感だった。いや恐怖の中の快感。

自分の中の、開いてはいけない扉がその風によって抉じ開けられる。

それは禁忌。禁断の果実。風は蛇で、彼から果実を受け取って齧ってしまったらもう後には戻れない。

ああ、その果実を、甘い芳醇な果実を齧ってみたい。


「……………と、思うかっての、私は」


はんっ。鼻で笑う。

しかし背中に風が当たったのは事実だ。だが、それは些細な事だ。気に留める事ではない。

さてさっさと着替えて運営委員会の仕事に戻らなくては。

吹寄は傍に畳んでおいた新しい水色のズボンを手に取った。



ガラリッ



それは、教室の戸が開けられたのと同着の事だった。

びくぅっとはしない。したのは心の中だけで留めた。だが固まる。

一体誰だ。誰が入ってきた。姫神さんか? 小萌先生か? それ以外ならだれでもいい。女子であってくれ!! 男子だったら死んでも死にきれん!!

だがしかし、吹寄の願いは打ち砕かれるのであった。

そこにいたのは、上条当麻だったからだ。


「………………。」


ああ、なんだ上条か。上条なら別にいいか。

だって上条は襲わないし、そんな奴じゃない。何より“一度生で胸を揉まれたし、恥部を思いっきり目撃された”。

別に恥ずかしくない。


「………こ、これは迷子と合流するために携帯電話を取ってこようとやったことで、決して邪なあった訳では……」


別に恥ずかしくない………筈だった。でもやっぱり恥ずかしい。

表情を変えないように心拍数と怒りのボルテージを抑えつつ、汗ダラダラになりながら必死に脳内の辞書を繰って謝罪と弁解の文章を作成している上条の顔面に、傍にあった自分のバックを叩きつけた。



「…………いいからッ戸を閉めなさい!」


上条に見られるのは恥ずかしいが、何より通りすがりの人に見られるのが一番恥ずかしい。


「………ご、ごめんなさい」


上条は涙目になりながら、戸を閉めた。

吹寄のカバンを持ち、教室の中へ入って。


「――――――――どうして、そうなるのよ」

「へ? だって吹寄が戸を閉めろって」

「出てけッ!!」

「ひぃ!! そうでございましたか!! ごめんなさいぃいい!!」

と、上条は逃げるように戸を開けようとした。

が、非常事態が発生した。


「―――――――――ッ!! ちょっと待って上条当麻!!」

「へっ?」


吹寄は半裸のまま上条へ走ってゆき、彼の手を引いて教室の一番後ろにある掃除用具が入っているロッカーへ駈け込んだ。


「なっ、ちょ吹寄さん!?」

「しッ! 黙って」

「と言われましても!?」

「ええぃ黙れったら黙れって言ってるでしょ!?」


と、上条を黙らせるために自分の胸に押し込む。


「……………へ? ちょちょちょちょちょちょちょちょっと!? 吹寄女史!?」

「誰か来たから静かにして」

「ッ!」


上条はその言葉で一気に黙る。

それもそうだ。こんな場面を誰かに見られたら、それこそ人間の存在の危機だ。


――――何せ、上条の口のそばには、吹寄の豊満な胸の頂点にある突起………。


「(ふ、吹寄ッ!?)」

「(………ん/// ちょっと何やってるのよ、上条当麻)」


と小さな声でコショコショと話し合う。だがその吐息のせいで吹寄の体は敏感に反応してしまう。


「(あ、あんまりしゃべらないで…/// 鼻息だけでもこしょばいのに…/// あぁん///)」

「(じゃああんまり甘い声だすな。こっちまで変になっちまう。つーかなんでこんな体勢を選んだ?)」

「(これしかなかったのよ。貴様を黙らせるには声を籠らせるのには一番かなって/// でもこんなのは予想の範囲外よ)」

「(だったらこの体勢を解除しやがれ)」

「(狭くて無理っ。あ、誰か来た。 あ/// ………もう、黙って……/// ん///)」


ガラッ


扉が開いた。

廊下から姿を現したのは三つの影。


「いや~小萌先生はやっぱかわぇえなぁ~」

「そんなお世辞を言ったってなにも出ませんよ?」

「いやいや、そんな事ありませんって~。ボクが保証します。小萌先生は世界で一番カワイイです~」

「んもうっ、青髪ちゃんったら~」

「時に小萌。なんで今日はチアガール?」

「それはクラスのみんなを応援する為ですよ?姫神ちゃん」

「小萌先生に応援されるんやったらボク、もう死んでもええわぁ~」

「青髪ちゃん。そんな物騒なこと言わないでください」

「で、姫神ちゃんは探し物見つかった?」

「うん。大事なものだから。」


青髪ピアスと月詠小萌と姫神秋紗。三人は仲良く並んで教室にやってきた。



「(…………なんでこんな時に…)」


上条はボヤく。しかしそれ毎に吹寄の中にある何かのボルテージは上がってゆく。いや鼻息吐息でもう上がって行ってるのだ、加速してゆくが正しい。

頭がボーッとしていく。頭が真っ白になってゆく。下腹部が燃えるように熱い。


「(かぁ……上条当麻ぁ……/// しゃべ………んっ///)」

「(す、スマン吹寄……///)」


それは上条にとっても同じこと。柔らかい胸に顔を押し付けられて正常な奴が男である訳がない。

上条の中に流れる男という名の獣の血が騒いでゆく。


「(ハァ…ハァ…ハァ…///)」

「(か、上条/// だから息をそんなに/// ぅあん!)」


バカ!声が大きい! と上条が言いかける時だった。


「あれ? 何か声聞こえへんかった?」


青髪が感づいた。


「へ? そうですか? 私には何も聞こえなかったですけど……」

「私も。」

「いやぁ、どっかで聞いたことがある声が、喘ぐ声が………」


「「((ドキッ!!))」」


上条と吹寄の心臓は跳ね上がる。

どうか、ばれないでくれ。

上条は必死に天に仰いだ。顔は吹寄の胸の中だが。

だがしかし、上条当麻の代名詞は不幸。幸運の女神は微笑むどころか足蹴りし、不幸の神様はケタケタと笑う。


「あれ? こんなところに服が…」

「これは………吹寄ちゃんのですね?」

「……なんでこんなところに?」


しまった。吹寄は火照る頭で悔しんだ。

とっさに服は片すべきだった。それかすぐにブラなしで体操服を着るべきだった。ああ、なんでこんな風になっちゃたのだろう。

真っ赤に燃える顔の中の瞳にある涙は後悔の涙か、それとも火照った為か。

まぁ不幸の死神である上条と運命を共にしている時点で彼の不幸は彼女の不幸になるから、それはあきらめろ。

そして神は追い打ちをかける様に、


「おかしくあらへん? なんであのキッチリした性格の吹寄さんがこんな、脱いだ服をそのままにしてほったらかしにするか?」

「確かに…」

「そうですね」


三人が出した結論は………。


「「「何かに巻き込まれた?」」」


とんでもないものになった。なってしまった。


「まさかさっきの声は、この教室のどこかにいる吹寄さんがどっかに閉じ込められているとか?」


まさか暴漢に襲われていたり……と青髪はどこぞのマニアックなコミックの妄想ネタを引っ張り出した。


「こうしちゃおれん! この教室のどこかに吹寄さんは捕まって、あんなことやそんなことをされているのに間違いあらへん!!」


おいおい、事態はとんでもない方向へ行っているどころじゃなくなってきた。


このままじゃあ――――――――十中八九………見つかって人としての存在が死ぬ!


いや、その前に人としての尊厳と理性が弾け飛びそうだった。


「(………上条…とうまぁ/// 私、もうダメ…イっちゃう///)」

「(おい、待て………俺だってもう限界なんだぞ? もうちっとだけ我慢してくれ……///)」


吹寄の理性という名の堰はもう限界である。上条も然り。

そんな状況下で、こんな状況を青髪ピアスや姫神。ましてや担任の小萌に目撃されたら………。


『か、上条ちゃん!?/// そ、そこで何をやっているのですか!?///』

『こ、これは……』

『か、上やんと吹寄さんがS○Xしとる!!』

『……………二人ってそんな関係だったんだ。へー』


という事に。そして、口の軽い青髪ピアスの噂感染度はインフルエンザ並。学校中が大覇星祭中に教室プレイ。もう学校に行けない。そしてインデックスには『とうまって結局ケダモノだったんだね』と冷たい目で見られ、結標には『そう、あなたを心の底から軽蔑するわ。結局私ってあなたのなんだったんでしょうね』って言われるに違いない。


…………いや、これならまだ生ぬるい。もしも上の会話で吹寄が、


『か、上条当麻が私を犯そうとしました………』


つい先日、強姦されそうになったのに、鬼畜にも程がある。と学校中どころか学園都市中に批難を浴びる時の人に。御坂には『死ね』御坂妹には『その足と足の間にぶら下がっている物はいりませんね? とミサカは約1万人で押し寄せて見せます』白井には『古代中国には「宮刑」というものがあったのですよ? 罪名はケダモノの癖にお姉さまに近づいた罰ですの』と本気で襲ってきそうだ。

考えただけでも、寒気と絶望感で背中が震える。が、相変わらず体は熱い。いずれちょん切られるかもしれない箇所が硬くなっているのがわかる。


それを阻止する為、策を打って出た。



チャンスは一度きり。来るか来ないかの一回限りのチャンス。


青髪の妄想(少しあたり)がきっかけで、彼と小萌と姫神の三人は教室中を探し回った。そんな消しゴムを探すのではない。人間一人を探すのだ。机と机の間を探すバカはいない。

よって一番最初に彼らが突き当たるのは………。


「このロッカー。怪しい」


姫神は掃除用のロッカーの前にたった。

しめた。バカの青髪でも幼い小萌でもなく、常識人であり少しの話は乗ってくれる姫神だ。

上条の目線上にある横線のようなのぞき穴から、彼女の顔が臨めた。


「じゃあ、開けるよ?」


姫神は青髪と小萌にそう言って、ロッカーに手を掛けた。

その瞬間。上条は姫神にしか聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で……。


「(………ひ、姫神……聞こえるか?)」

「……………。」


姫神は黙った。その代り、ロッカーに掛ける手の力を緩めた。それが肯定と確認した理由だった。


「(青髪や先生には言わないでくれよ? いま、俺と吹寄が陥っている状況は、お前らには見せられないものだから、この教室から出て行ってくれないかな? 早くここから出たいんだ)」

「……………。」


姫神はまたも黙った。その代りに踵を返す。それが了解の合図った。


「小萌先生。このロッカー、誰もいないみたい。だから別の場所に行こう。」

「………そうですか? 全く確認していないみたいですけど……」

「そうやで? そこ中に吹寄さんがいるかもしれんのやで?」

「いいの。もう確認済み。」

「ちょ、ちょっと姫神ちゃん」

「姫神ちゃんどうしたんや?」

「いいからいいから。」


と姫神は二人の背中を押して、教室から出て行ってしまった。

それから、10秒が過ぎた頃だった。

ギィィィ……

上条はロッカーの扉をゆっくりを開け、誰もいないことを確認してから顔を出した。


「………………っぷはぁッ!!」


上条は倒れこむようにして飛び出した。

吹寄も腰が砕けて、倒れるようにロッカー地獄から抜け出した。


「……………ハァ…/// ハァ…///」


吹寄は顔を紅く染め、火照った体を冷ますように激しく呼吸をした。

もちろん上半身は裸である。大きな乳が呼吸するたびに揺れた。上条は目を背ける。それを見てしまうと、本当に理性が保たれなくなるからだ。

二三回深呼吸して、上条は吹寄の机にあった運営委員会のジャージを持ってきて、彼女に掛けた。

そして誤魔化すように笑って


「いやぁ、ひどい目にあったぁ」


ははは、と。

その一言は、吹寄を完全にキレさせる事になる。

キッ! と吹寄は上条を睨み。上条の顔面をぶん殴った。


「ごはっ!?」


何が起こったのかわからなかった上条は、殴り倒されてから殴られたことに気づいた。


「何がひどい目に合ったよ!! ひどい目に合ったのは私よ!!」

「っ………すまん。言葉の選び方を間違えた」

「…………私…穢された………もうお嫁にいけないわよ…」

「………すまん」


何言ってんだか。あんなところへ上条を引っ張って行ったのは、私なのに。吹寄はそう思ったが、今は頭の中がぐちゃぐちゃでどうなっているのか全く分からない。何を考えているのか、何をどうしたらいいのか、彼にどんな言葉を掛け、どんな風に謝ればいいのか、まったく思考が働かない。

ただ、暴言と罵声の文字が頭に浮かんできただけのことを音声ソフトのように口に出しているだけだった。

ああ、彼に謝ろう。私が悪いのだと。すべての原因はこの吹寄制理にあるのだと。そうだ、着替えなんか教室でなくトイレでやっていればよかったんだ。

そう言うつもりだった。が、その考えはあっけなく取り払われた。


「……………なに、ズボンにテント張っているのよ」

「あ…///」

「こんの…………バカッ!!」


吹寄はサッカーシュートで上条の股間めがけて蹴りを一ついれた。


「ごっふ!?」

「バカ不潔ケダモノ!!」



ズンズンと足を進めて、自分の席にある純白のブラジャーを取ってさっさと手際よく装着し、綺麗な体操服をさっと着て服の中に入った後ろ髪をバサッと外へ出した。

そして運営委員会のジャージを着て、カバンからムサシノ牛乳を二つ取り出し、一つは上条に投げ渡した。


「……………この事は忘れる事。ここでは何もなかった。私はトイレで着替えていていて、あなたは携帯を取りに来た。それだけ。わかった?」

「……………りょーかい」

「それ、あげるから。 暴力働いたこと許して」

「いいよ、俺が悪いんだし」

「……………いえ、これは私がすべて悪いの。私が勝手に貴様を振り回した罰ね………。じゃあ大玉転がしで」


と、吹寄は飛び出すようにして走って行った。いや、逃げて行ったの方が正しいか。

上条はゴロンと床の上で大の字になってみる。股間に痛みはない。彼女の優しさか偶然か、軌道がずれて腹に当たった。それに威力はそんなに強くはなかった。痛かったが。


「…………でも、あいつ泣いてたなぁ」


確かに見た。走って行く時、彼女の眼のあたりが光っていたのを。

あとで何かしてやらないと。

まったくなんて不幸だ。クラスメイトを、しかも女の子を泣かせるなんて男として最悪だ。

数十秒経って、上条のケダモノの血が収まった。さて、危機も去った事だし、さっさとインデックスを探しに行こうか。と、思った矢先。


「ねぇ。」

「よう姫神。さっきはありがとう」


事実上上条の救世主となった姫神秋紗は上条の顔を垂直に見下ろすようにしゃがんだ。つーかどこから現れた。………まさかずっと見ていたなんてオチはないだろうな。


「あまり詳しい事は聞かないけど。あんまり女の子を泣かせると痛い目合うわよ?」

「もうあってるよ。 あんな顔されたら嫌でも痛い」

「そう。懲りたなら気を付けてね?」

「心からそうするよ」


その言葉を聞いて姫神は立ち上がった。


「じゃあ私は私で吹寄さんにフォロー入れておくから。何か伝えたい事ある?」

「何か奢るよ。飯でも健康食品でも健康グッズでもな」

「そう。じゃあ伝えておく。薬膳料理フルコースにマッサージチェアに温泉旅行三泊二日の女子二人旅をプレゼント。」

「オイコラ。勝手に改造するな。っつーか温泉旅行はお前が行きたいだけじゃねーか」

「冗談。じゃあ伝えておくから、私はこれで………。」


姫神はそう言って去ってゆく。と、上条はあることを思いだし、彼女を止めた。


「あ、そうだ姫神。インデックスどこいったか知ってるか?」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


姫神の情報によると、インデックスは棒倒しの会場にいるらしい。上条は会場のスタンドの階段を登った。

そしてそこに、インデックスはいた。


「いたいた、とうま!」


呑気にもニコニコと穢れない笑顔で上条へ駆けてくる。

と、インデックスは上条の異変を察知した。


「あれ? とうまなんで涙目なの?」

「……………お前、携帯は?」

「持ってるよ?」

「じゃあなんで出ないんだよッ!? ………ん? ………バッテリー切れ………」

「そんな事よりおなかへったよ。何か食べさせてよとうま」


人が大変な目に合ったのは、何を隠そう元を辿ればこの娘なのせいだが、上条は怒れなかった。

こうなるんだったら、あらかじめ集合場所を決めておけばよかった。

そこに見知った顔が現れた。


「あ、いたいた。当麻……上条くん!」


結標淡希だった。車椅子のタイヤを回しながらこちらへやってくる。

わざわざ呼び名を言い換えたのは、なぜだろうか。別にそんなことなど気にしなくてもいいのに。上条はやってくる結標にそう思った。

インデックスが彼女を見て、上条にこう言った。


「さっきまでむすじめといたんだよ。でもとうまがなかなか来ないから二人で探していたの」

「そうか、それはすまなかったな。集合場所を決めておくべきだった」


と上条は結標に笑った。


「それと、インデックスの子守ありがとな」

「ちょっととうま! まるで私が小っちゃい子供みたいに言わないでよ!!」


インデックスはそう不貞腐れた。と言っても、これだけお腹減ったお腹減った駄々こねるのは小学生のガキそのものだ。

そう言えば開会式の前、結標は土御門と消えたな。あれは何だったのだろう。


「えッ? あ、ああちょっと別用で………」


歯切れが悪い。何かあったのか?


「まぁ俺が口を出すのは違うか。でも何か困ったら言ってくれよ?」

「ありがとう。上条くんはやっぱり優しいのね」


そう言う結標も優しく笑う。その笑顔に、思わずキュンと来てしまった。


「あ、ああ、別に褒められたモンじゃねぇよ………」


上条は左下斜めに俯く。

そんな初々しい二人の様子を見て、インデックスはむぅっとして上条の服を掴んで引っ張った。


「とうま! 早く食べ物食べたい!!」

「おっ!?」


いきなりの事で少しびっくりする上条。そして苦笑いして、


「屋台エリアまで行きゃあ食べ物なんて山ほどあるだろう?」

「山ほど!?」


インデックスの目の中に星を輝かせてのリアクション。

そして自ら先頭に立って階段を駆け下りてゆく。


「じゃあすぐ行こ!! すぐにただちに迅速に!!」



と、希望に満ちていたのは数分前。

空腹の少女の目の前には看板が立ちはだかった。

『通行止め』

通行止め。ここから先は通行禁止。別に一方通行×打ち止めでも、一方通行×禁書目録×打ち止めでもない。

この看板の向こうにある道路には渡れないのだ。その道路を渡れば、屋台エリアは目と鼻の先。看板を立てた『警備員』黄泉川愛穂曰く、今からパレードが始まるらしく、しばらくは通行止めだ。と、言う事らしい。今すぐ向こうへ渡りたければ西2㎞ある地下街から行けば一番近いとのこと。

インデックスは今日二度目の絶望を味わった。


「手を伸ばせばすぐそこにあるのに………?」


涙声で呟く。

この道路はまるでサバンナの谷だった。向こう側にあるのは草が生い茂る草原。この何もない不毛の大地からあの天国に行く為には橋が必要だった。そしてそれはあったのだ。だが、たった今、それは黄泉川の手で無残にも打ち壊されたのだ。


「ぁぁああ………」


しおしおと萎れていくインデックス。黄泉川は申し訳ない様に手を拝みながら去っていく。


「まぁ仕事だからしょうがないじゃんよ。じゃあ私はこれで。次の大玉転がしも頑張れじゃんよー」

「どうもー」


手を振る黄泉川に上条は手を振り返す。


「しょうがない。次の大玉転がしまで我慢な」


後頭部を抑えながらそう言った。無理なものは無理。駄目なものは駄目。その言葉で、空腹で構築された少女の怒りと悲しみは一気に少年へと向かう。


「とぉぅううがぁぅううううううううう………」


それは人のものではない。もはや人の形をした獣。獣のような目で上条の頭蓋骨に狙いを定めている。


「………噛むなよ」


上条はそれを恐れて一歩下がった。まるで野犬を相手取った気分だ。インデックスロケットの発射準備は万端。あとは上条当麻の頭に噛み噛みロケットを打ち込むだけ。

ああ、もう遅いか。恐怖を受け入れ、覚悟を決めた。


と、そこに女神が現れた。


「ちょっと待って、インデックスちゃん」


結標淡希だった。あれ? さっき黄泉川に出会った時は座標移動でどこかへ移動したけど、すぐに飛んできた。


「こんな時こそ、私の出番よ?」

「へ?」


と、インデックスはロケット発射を中止して首を傾げた。

その瞬間、インデックスの姿が消えた。


「インデックス!?」

「ほえっ!?」


上条が叫ぶと同時に消えた筈のインデックスの声が道路の向こうの歩道から聞こえた。

結標が座標移動でインデックスを移動させたのだ。上条に彼女は誇らしげに微笑む。


「ね?」

「おぉ!! むすじめ凄いんだよ!! ただのヘンタイかと思ったけど見直すんだよ!!」

「え? 変態?」

「なっ! なにもないのよ!? なにも!!」


道路の向こうのインデックスは以前、夢の中で上条と何かをやっている結標が上条のベッドの上で布団を抱いて腰を振っているのを目の当たりにしたのだ。

結標はそれを昨日知り、食い物で釣って口止めしたのだが、こうも簡単にボロが出るとは。


「(あのチビ………)………さ、上条くんも……」


一緒に渡りましょ? と言う前だった。だが上条は申し訳なく、


「あ、俺は無理なんだ。この右手があるから座標移動は出来ない」


上条は約二か月前、白井黒子に空間移動をされたが、まったく反応がなかった。幻想殺しの能力の範囲内だったのだ。恐らく座標移動もそれと同じ道をたどる。


「あ、そうか………」

「俺は西3㎞にある地下街から行くから、結標はインデックスと一緒に屋台を回ってくれ」

「…………うん。………わかった」

「じゃあ、すぐに行くから」


上条は走り出そうと一歩足を進ませた。が、結標は静かな声で止めた。


「と、当麻くんっ」

「ん?」


結標は上条の手を取ろうとした。別に手を繋ぐ必要はない。ただ、繋ぎたかっただけだ。

今、この人と離れたくない。上条は大切な人で、大好きな人なんだから。



「すぐに……来てね……?」

「………結標…。」


潤んだ瞳でそう見上げられると、ついつい照れてしまう。ああくそ、なんだこの気持ちは。

上条は胸の動悸に困惑しつつ、結標が差し伸べた手を取ろうとした。





が、その手は虚空を切る事になった。





何者かが、上条の襟首を掴んで猛ダッシュで突っ走って行った。


「―――――――――――――――――――――……………………はい?」


結標は唖然と虚空を掴む。道路の向こうのインデックスも唖然と攫われた上条を見送った。

そこに、聞いたことのある女の声を耳が捉えた。






「っしゅあぁッッ!! 捕まえたわよ私の勝利条件!! あはははははははははっ!!」




この声は、この声は知っている。


「…………御坂、美琴………ッッ!!」


結標は曲がり角へ消えた美琴を鬼か般若のような顔で睨む。が、それは美琴には届かない。代わりに一部始終を目撃した全く関係ない女子生徒をビビらせ、腰を抜かせてしまった。

そんなことなど関係ない。あの女は私と当麻くんの時間を邪魔した。

脳内に血液が殺到する感覚がした気がした。フルフルと肩が震え、カタカタと物凄い握力で握られた車椅子のタイヤが揺れる。



「あぁんのぉ………泥棒猫がぁぁぁああああ!!!!!」



その咆哮を最後に、結標淡希は座標移動を駆使して上条当麻を攫った泥棒猫もとい御坂美琴を殺しに……失礼、追いかけて行った。

あまりの騒動に周辺は、一人の少年を争う美少女二人の攻防にあっけを取られ、ざわめいていた。

そして、


「…………………………………………へ?」


文字通りに置いてけぼりを喰らったインデックスは、今の状況が飲み込めなかった。

あれ? これから屋台に行くんだよね? それでご飯をいっぱい食べるんだよね? なんで、とうまとむすじめがどっかいくの?

因みにインデックスの所持金、零円也。

一文無し。

唯一この手に持っているのは子猫一匹。それ以外は全くの手ぶら。

そして、金ずる二人はもういない。

イコール………―――――――



「―――――――――――ご飯が食べられないんだよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」



慟哭の修道女。

いや修道少女というべきか。というか何の映画のタイトルだ。

インデックスは涙を流し、崩れ落ちる。

空腹でもう歩けない。空腹で目が回る。

この空腹を治めるには食うしかない。焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、りんご飴、まるまる焼き、広島焼き、カキ氷、焼き鳥、じゃがバター、そしてイカ焼き………それらが食べられる屋台は、すぐ目の前のそこ。

しかし、食うためならば金を払わなければならぬ。焼きそばもたこ焼きも焼き鳥も。

だが、インデックスは金がない。所持金ゼロ。一文無し。

屋台からソースの香りが漂う。ああ、カゴメの香ばしい香りがさらに空腹を誘う。ああ、頭が回る。目がワルツを踊る。もう立てない。


そして、インデックスは完全に意識を断ち切られた。




「ん? なんじゃん? あの白い毛布…………―――――ッ!? おい上条の連れの……なんつったっけか!? どうした!? おい!? ああもう!!」


ピポパピポ


「あ、もしもし? 月詠先生ですか? それが―――――――」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




―――――――――また、アイツはあの女と一緒にいた。


御坂美琴はまた、心臓にナイフが針が刺さる痛みに見舞われた。

またか。

またなのか。

アイツは、あの馬鹿はまた、あの女と一緒にいる。あの女と、結標淡希と一緒にいる。


怒りか悲しみか、良くわからない感情が、美琴の背中を押した。


そして今……――――――


『―――――――――――――借り物競争。一位は常盤台中学御坂美琴選手です!』


あの馬鹿こと上条当麻の襟首を西部劇でよくやっている、首をロープに掛けて馬で引っ張り回す拷問のような恰好でゴールテームを切っていた。

御坂美琴は今、借り物競争の競技をしていた。因みに二位とは大層差を付けたらしい。上条は芝生の上で座っていた。


「………借り物競争」

「そ。第一種目で競技を行った高校生。アンタでも一応当てはまるでしょ?」

「………はぁ、そんな条件に合う奴なんて、そこらへんにいくらでも……」


…………なに、まさかあの女と一緒にいた方が良かったの?

イラッと美琴は腹の中で黒い火が灯った。八つ当たり気味に上条の顔にタオルを押し当てる。


「…ぅんぁっ!! 何すんだよいきなり!! ………………っ、ゲホゲホッ!! ゲホッゲホゲホッ!!」


上条は突然咳き込む。

あ、しまった。やりすぎたか。美琴は顔を青くさせた。

いや、実際はそうじゃない。美琴の速すぎる走りに付いてこれず、無理やり引っ張りまわされたので咽ているだけだ。結局は美琴のせいなのだが。

とりあえず、手に持っているスポーツドリンクを飲ませよう。

美琴は“さっき口に付けたばっかりのストロー付のボトル”を差し出そうとした。

………あ、これってもしかして関節キスになるんじゃね?

美琴は押しとどまる。

どうするか? 今も咳き込む上条に関節キスさせるか、それとも放置か。

苦汁の決断だったが、背に腹は返せぬ。

美琴は前者を選んだ。


「し、仕方ないから上げるわよ!!」


ボトルを上条の顔に押し当てる。


「ふんごっ!?」

「ふんっ!!」


そして顔を真っ赤にさせて立ち去った。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今日はここまでです。ありがとうございました。 書き始めると時が経つのが速いです。もう午前の4時で御座います。
不摂生極まりない生活が始まってもうじき二月で御座います。もうヤバいです。でも止められないのはなぜでしょう。

あと壮大なBGMを出すタイミングをミスりました。ごめんなさい。

キリのいいとこって、メチャメチャ書いてんじゃんとか言わないでください。ワタクシも今気付きました。

実のところもう少し書いておきたかったんですが、まぁわがまま言ってもしょうがないですよね。

まさか40以上も書き上げていたとは思いませんでしたし。

殆どは深夜のテンションで書いてます。あの幽霊も思いつきで『どうでもいいけど書いちゃえ』と思ってオールナイトハイテンションで突っ走っちゃいました。

存在しない幽霊視点なんて、結構珍しいかも。とか言って、実のところ自分の趣味全開だったり。つーかあの幽霊はぶっちゃけワタクシです。さらにぶっちゃけて言うと前スレなんてワタクシの趣味丸出しなんですけどね。

性犯罪は2次元の中だけの特権です。

さらにさらにぶっちゃけて言うとワタクシは巨乳よりも貧乳寄りです。大体CかDあたりがど真ん中。時々エロマンガで見るHカップは気持ち悪いです。

そうです。ワタクシは変態です。男なんてみんな元を辿れば変態なんですよ。偉い人にはわからんのです。

こんなことを言うのも、オールナイトハイテンションの仕業です。ごめんなさい。

つーか男子率90%オーバーでしかもただ少ない女子は彼氏持ちかジュラシックパークみたいなのばっかですから、飢えるのもしょうがないです。

さて大学と言えば、昼夜逆転生活ももう終わりです。11日から授業が始まります。

ああ、もう二年生か。一年前が懐かしいようなこの前の様な。

そんな春です。

春は良いですよね、暖かいし。つい気が緩んじゃいます。

桜の木の下で桜餅とか食べたいですね。そしてフラフラと桜並木を歩くんです。

もちろん一人で。

え? 彼女? なにそれ美味しいの?



P,S

鏡を見ると何故かオッサンが映っています。これって心霊現象なんでしょうか?

クレープの計算が……
脳内補完できるからいいけど

>>286
あ、やっべ恥ずかしwwwww
一つ800円×3つで2400円ですwwwwwだから二つ注文で1600円の支払いとなりますwwww

きっとそこでいったん切っちゃったんでしょう。我ながら恥ずかしいです。小学生かヨwwww


よって訂正。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「バナナクレープ3つください」

「2400円になりまーす」

「はいはい2400円っと……と……と?」


上条のただ今の所持金。ジャスト2399円。


「………………………………いちえん」


今日この頃の切羽詰まった生活により節約に節約の毎日をクラス上条は1円に笑った事はなかった。なのに、なぜ1円に泣く羽目になるのか。


「………すいません、やっぱり2つで」

「はい、1600円になりまーす!」

「………不幸だ…」


上条は出て来ようよする涙を必死に堪え、千円札二枚を店員に渡す。

そして返ってきたお釣り400円を財布に入れた。財布の小銭入れがパンパンになり、その無様な形を見てさらに悲しくなった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


超おもしろいですね!

目指せ!アニメ化!!

長らくすいませんでしたです。

>>290
いえいえ、絵師さんが適当に書いてくれただけでも五体投地しますよw

あまり突っ込んでやるな・・・禁書はキャラと雰囲気だけを楽しむものだと思っている

こんばんは。書留め終えたので、投稿します。

最近、オリアナとオルソラを書き間違えないかハラハラしています。

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ちょうどその頃、御坂美琴のルームメイトである白井黒子は車椅子に乗って街を回っていた。車椅子を押しているのは風紀委員の同僚である初春飾利である。

黒子は病み上がりであった。実は一昨日、お姉様こと御坂美琴にスキンシップ(という名のセクハラ)をしたところ美琴の強烈な抵抗(という名の怒りの鉄槌)に会い、電撃を受けたのである。よって退院したばかりなのに入院に逆戻り。そして今日、退院なのだ。

病院には美琴お姉様ではなく、文字通りの意味で頭がお花畑の初春がやってきた。文字通りというのは、色取り取りの花が咲き乱れるカチューシャをしているからだが、本物の花ではない。すべて造花ということらしい。だが、以前に黒子が触った時は“本物の感触”がしたのだが……。そこは学園都市の技術なのだろうか。ホンモノに限りなく近い造花。

さて、彼女を説明及び紹介するにあたって最も重要な点がある。

彼女は地上最弱の人間であることだ。地上最弱と言っても、それは運動能力的な面である。腕立ても腹筋も一回もできないし、400mのトラックを2週しただけで志村けんのコントの如くフラフラになる。

ただし、天は情け深い方で、初春にも人より秀でる才能を与えた。

それはコンピュータや電気回路一般について常人より深い技術的知識と情報収集と処理能力。要はハッキング能力の才能。

彼女が属する風紀委員の支部のPCが学園都市の『書庫』よりも頑固に作り(噂であるが)、それに挑んだハッカー達は次々と彼女の前に屍となって倒れ伏せた。もとい警備員に逮捕された。

ついでに、それに加えて根性と腹の黒さには黒子も呆れるほどのものを持つ。

まぁそこのところは前スレを、それより前に原作かアニメを知っているから説明不必要だろう。

さて、初春は大覇星祭の合間を縫って風紀委員として風紀委員の仕事をしているのであった。只今の任務はパトロールである。

しかし一人で歩くのは些か癪だった。一人、大覇星祭に参加せずにいる暇人がいるからだ。彼女は今、風紀委員の仕事を休んでいる。

白井黒子だ。彼女は自業自得にも大覇星祭に参加できない。

初春は病院から退院する彼女を半ば強制的に仕事に巻き込んだ。



「いや~私達が炎天下の最中に白井さんが休養をとっている姿を想像していると居ても立ってもいられなくなっちゃって。お仕事、手伝って欲しくなったんですよ」



初春は…黒春はニッコリと笑う。


「ふふふ」


そんな彼女を黒子は障害者テニスの選手が使う車椅子に……奇しくも結標淡希と全く同じ車椅子の肘掛けに肘を置き、手を顎に乗せて呆れて浅い溜め息を付いた。


「素敵過ぎる友情をありがとうですわ」


全く、可愛い顔をして腹が黒い。


「で? なにか問題でも起きてますの?」

「今のところは」


だったら連れてくるなよ。

黒子は心の中でツッコんだ。

ああ、ヤル気がない。美琴お姉様となら例え火の中水の中どころかマグマの海の中だろうが強酸の泉の中だろうが針の山の中だろうが蟲の大群の中だろうが、どこまでも笑顔でついて行くのに。


「なんで初春なんですのよ」

「え? なにか言いました?」

「なんでもないですわ~」


黒春の視線が刺さったので誤魔化す。


「(さて、確かお姉様は今頃、借り物競争の真っ最中でしたわね)」


と心から敬愛し仁愛し深愛し渇愛する美琴のスケジュールを頭の中の記憶で確認する。ちなみに今日の美琴が出場する種目はすべて網羅している。何時何分何処で何を何種目目かをすべて。


そう、これが愛。


だがしかし、その中の一つである借り物競争は初春によって潰された。

まあいい。どうせ一位はお姉様だ。

黒子は心の底から美琴の勝利を疑ってはない。


と、その時―――――――――――――


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「クソ、ここにもいないッ」


さすがに座標移動を連続しての移動は危険なため、車椅子を必死に漕いで追っていた結標淡希だったが、ついに御坂美琴を完全に見失った

どこに行っても人、人、人。ええい邪魔だ。いっそ座標移動で全員をどこかへ飛ばしてやろうか。

人の海の中を掻き分けて行く。人ごみの中で人探しとは、見つかるものも見つからない。それに付け加えて車椅子に乗車中のため人よりも視界が低い。それが更に捜索の邪魔をした。


「一体どこに行ったのよあの泥棒猫」


次あったら八つ裂きにして首を常盤台の校門前に供えてやる。

と残酷なことを考えながら車椅子のタイヤを回しているとちょうど――――――――――――――







「―――――――――…………なんで、あなたがいるのよ」


「―――――――――…………それはこっちのセリフですわ」








―――――――――――――結標は、白井黒子とバッタリ、再会してしまった。



上条でもなく、泥棒猫でもなく、よりにもよってこの女とは。

神様もひどいことをしてくれる。


「まさか、貴女に会うとは思わなかったわ」

「それもわたくしのセリフですの」


ピリッと空気が張る。が、黒子の後ろに立ってお花畑を栽培している少女、初春は呑気なもので、


「あれ? 結標淡希さんじゃありませんか」


ほわ~と笑う。

第一印象は『甘そう』。砂糖より蜂蜜より飴玉よりも甘い雰囲気を漂わせているイメージ。


「………だれ?」

「初春飾利です。白井さんとは風紀委員で一緒にさせて貰ってます」

「あらそう。なかなか可愛いカチューシャね」

「ありがとうございます。へへ、ありがとうございます」

「初春。世界はそれをお世辞と呼ぶの言うのですのよ」

黒子は冷めた目で結標を睨む。


「それより、なんですの? そのナリは。車椅子でご登場とは。一体どんなドジを働いてそうなったのですの?」

「それは貴女も同じじゃない。しかも、私と全く同じ車椅子とか………。同じ車椅子。同じ能力。同じツインテール………どこまで被らせれば気がすむのよ。このパクリ魔」

「あらあら。1つだけ一致しないものがありますわよ? わたくしには初春という連れがいますが、あなたはたったの一人。寂しいですわねぇ、寂れてますわねぇ」

「…………。」

「あら? うんともすんとも言わないのですの? いえ、言えないのでしょうねぇ。時に知ってますの? あなたのような人を今日の日常では『ボッチ』とか呼ぶらしいですわよ? 『独りぼっち』って意味なんですけど、まさにあなたのために作られた言葉ですわね」

「人のことを言えるのかしら? そういえばさんざん御坂美琴のことを付け回しているようだけど、貴女のような人間をこの世の中の人たちは大昔から『ストーカー』って呼ぶのよ? 知っているかしら?」

「…………。」

「あら全く応答ないのだけど、それって肯定って認識でいいのかしら」

「………喧嘩、売ってるのでしょうか?」

「そうよ? 絶賛発売中だけど何か?」


バチバチバチ……。結標と黒子の双方の眉間の間に火花が散る。


黒子は太腿からダーツを、結標は持っている竹刀袋の『鎩』を、それぞれ同時に手を触れた。


――――――――と、ちょうどその直後だ。ショッピングモールにある巨大なTV画面から声が聞こえたのは。

若いキャスターが大覇星祭の速報を伝えていた。



『一位を獲得した御坂美琴選手はゴール後訂正を崩すことはなく、まだまだ余力を感じさせる姿を見せてくれました!』



「「ッッ!!?」」


御坂美琴。たしかにそう言った。


二人は同時に、そのTV画面に顔を向ける。


途端に二人は顔を変える。

黒子はアイドルを見つけた追っかけの恍惚な表情。結標は獲物を見つけた鬼の形相。


全くの真逆をした表情の二人。そんな彼女らのリアクションに、


「あははは………」


と苦笑いの初春。

白井黒子は美琴を敬愛し仁愛し深愛し渇愛する一人の女。

そんな彼女は、画面の向こうで、カメラに向かって笑顔で手を降っている美琴の姿を見ただけで脳みそがとろけてしまいそうになる。


「お姉様! ああ麗しきお姉様!!」


美琴の姿を星が輝く目で見上げた。

一方、鬼の顔のままの結標は、


「………あの泥棒猫……ッ。一体あそこはどこなのよッ!!」


画面に映る風景をクワッ! と見て、その情報のみでどこの競技場かを考えながら手に持った携帯電話の地図を見る。


しかしその直後、二人の表情はまた切り替わることになる。


まず、黒子の表情は素っ気ないものになった。予想外の物体が姿を現したからである。


「へ?」


『一緒に走ってもらった協力者さんを労るところも、好印象でした!』


カメラは、しかとその姿を捉えていた。

協力者とは、男だった。それもツンツン頭の高校生。その頭を、黒子は嫌なほど知っている。


上条当麻だった。


そしてアナウンサー曰くの『労る』とは、美琴が上条に自分の首に巻いていたタオルを顔に押し付け、自分が飲んだジュースのボトルを手渡しするという行為のことなのだろうか。

黒子の表情が驚きに変わってゆく。

逆に結標は行方不明になった恋人の生存を見たかのように、喜びと感動でパァァと表情が明るくなった。思わず口と鼻を手で覆い隠してしまう。

いた。あんな所にいた。嗚呼、私の愛しき人。私が恋した人。彼の人があんな所に……。


「あははは………」


もう空気になってしまった初春もコロコロと変わる彼女らの表情にまた苦笑い。



だがしかし、結標の表情は何かを思い出したかのように曇ってきた。黒子も然り。

しかも曇ってきたのは雨雲ではない。雷雲だ。

コロコロとか可愛いものではない。

重く暗い。腹の底に響くような低音。それは虎の呻き声のような恐怖を孕む。



ゴロゴロゴロゴロォォォ………――――――――。



「………というか、なんであの泥棒猫は当麻くんと一緒に……しかもあんなにイチャイチャしているわけ?」

「………お姉様が……あの類人猿なんかに……首にお巻きになられたタオルを類人猿の顔に。それどころか間接キスという暴挙を……」

「………くっつかないでよ。厭らしい。当麻くんは私のものなんだから」

「………あの類人猿……いえ、もう猿で十二分。あの猿、お姉様の香りがするタオルを頬ズリしながら匂いを嗅ぎ、お姉様の唇を奪った」

「………あのアバズレから、当麻くんを守らなくちゃ」

「………あのエロザルから、お姉様を守らなくては」


ピッシャァアッ!! ゴロゴロゴロッ!!


2つの巨大な怒りの雷が鳴ると同時に、二人は宣言し。


黒子は上条当麻を。

結標は御坂美琴を。




「「殺すッッ!!」」




黒子は十指の間にダーツを嵌めて、結標は『鎩』を竹刀袋の中から取り出して、

お互いの能力で姿を虚空へと消した。


「ほぇっ?!」


置いてけぼりを食らった初春はポカン…と呆気に取られて、そのまま動けなくなってしまった。

おそらく彼女らはお互いの愛する人を守るため、邪魔者を排除しようと歪んだ愛情のままに動いて去っていったのだろう。

溜め息一つついて、初春は結局一人で歩く。

このまま殺人事件とかに発展しなければいいのだが……。

少しの不安を覚えつつ、


「ま、いいか」


初春は一人、中断していたパトロールを再開した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



上条は、やっと美琴に『インデックスと結標を待たせている』と言って、インデックスと結標と離れた場所へやってきた。

そういえばあの時、御坂はなんで寂しそうな顔をしたのかなぁとボンヤリ考えていた。

そんなことはどうでもいい。すぐにでもインデックスに飯をやらないと本気で噛み付いてくる。それか食い逃げか万引きとかの犯罪を犯しかねない。

しかし、その場所には銀髪シスターの姿は見えなかった。サラシブレザーもいない。

陽気な音楽が大音量で流れている。黄泉川の言う通りパレードが始まっているのだろう。だがしかし道路両脇にある人の壁で全く見ることはできない。

少し横へ走ってみる。

インデックスはどこだ? せめて結標だけでも再開したい。

…………もしも結標しか見つけられなかったら……。彼女と二人っきり………。

イヤイヤイヤイヤ。ともかくインデックス。インデックスを放置したら後で偉いことになる。


「すっかりはぐれちまったけど、大丈夫か? インデックス」


犯罪ならまだいい所だ。行き倒れだったらどうしようもない。


「………ん?」

と、上条はとある人物を発見した。

インデックスでも結標でもない。まさかの姫神でもない。まして女ではない


「………あいつは…」


ステイル=マグヌス

咥えタバコに燃えるような赤髪に耳にはピアス。極めつけは右目の下にバーコードのような刺青を掘っている。凶悪そうな相貌だが、服装は神父服。

そう、彼は神父なのだ。本場イギリスの列記とした神父。

そしてイギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』。あの禁書目録の同僚であり、『魔術師』である。


この科学の城である学園都市に最も対極した世界の住人であるのだ。彼は。


そんな彼がどうしてここにいるのだろう?

ステイルは、同じく『必要悪の教会』の同僚で学園都市のスパイである土御門元春と何か会話している。

ふと気になった。

もしかして学園都市に魔術絡みの事件が起こっているのか?

上条は彼らがいる方へ、足を向けた。



そこから、上条当麻が非日常へと誘われる物語が始まる――――――――――――――――――。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



オリアナ=トムソンは、学園都市のとあるホテルの一室にいた。

全裸である。

誰もいない密室の中で背徳感と羞恥心からの開放という快感を感じながらオリアナは歩く。

さっきまでシャワーを浴びていたので、濡れた髪や白人特有の白い肌を柔らかいタオルで拭いているのだ。

ベッドの上には着替えを…作業着と一枚の紐パンツ。身長が高い彼女では些か小さいサイズの物だったが、彼女は何も疑問に思わず手に取る。

パンツに白くて長い、妖艶な足を通す。と、同時に着替えの横に置いてある単語帳から破かれた、英単語が書かれた紙切れが光った。


『調子はどうでしょうか?』


オリアナはふっと笑う。


「調子? 好調よ、絶好調。このままベッドインしても夜まで腰が振れるわ」

『卑猥な表現を慎みなさい』

「あらヤダ。私、そんな意味で言ってないわよ? もしかしたらベッドの上でエアロビックスかもしれないわよ。リドヴァイア?」

『………今は構いませんが、外では本名で呼ぶのをやめてください』

「あらそうですか………と、できた」


着替え完了のオリアナは横の姿見鏡で服装を確認する。

作業着のズボンは腰の所でベルトもファスナーもせずに開き、今にもズレ落ちそうな位置にあった。そしてブラジャーも付けずに肌の上から直接に作業着の上着を着て、第二ボタン“のみ”を締めている。大きな胸が弾けてそうだ。いつ、ついボタンが飛んでいってしまってもおかしくない。


「どう? 似合うかしら」

『この通信は映像ではありませんから、全くわかりません。 ただ、あまり露出の多い格好は止してください』

「あら? どうして? これも作戦に支障がきたすのかしら?」

『単に風俗の問題です。みっともないですよ』

「“風俗”? まさかリドヴァイアというお人が、そんな……」

『“娼館”の意味の風俗ではありませんよ?』

「……………。」

『……………。』

「リドヴァイアのえっちぃ」


ビキッ……リドヴァイアの額に青筋が出来る音が聞こえた気がした。


『………………で、そちらの役割はわかっていますか?』

「わかっているわよ。肝に銘じて重々承知よ。学園都市の連中を引っ掛け回せばいいんでしょ? 得意分野よ」


オリアナはすぅ~…と息を吸って。


「私の今日の荷物は『刺突杭剣(スタブソード)』って言う剣で、これはどんな強力な力を持つ聖人でも剣先を向ければ一撃で刺殺することができる霊装。これを受取人に渡すのが今日の私のお仕事………ってことになっているけど、ネタバレすると実は荷物は『刺突杭剣』じゃない…っていうか『刺突杭剣』という霊装はこの世に存在しなくって、本当の霊装の名は『使徒十字(クローチェディピエトロ)』っていう霊装。それはどんな所でも、例えペンギンと白熊が住んでいる南極でも、世界で一番高いエベレストの頂上でも、その地に刺してしまえば完全にローマ正教の支配下になってしまうトンデモない効果を発生させる代物で、私はリドヴァイアが使徒十字を刺す時までの時間稼ぎが今日の仕事。ヤッコさんはてっきり、こちらが『使徒十字』…というか『刺突杭剣』を持っていると思っているから本当に仕事がやりやすくていいわ。リドヴァイアの情報操作のおかげよ」


『……………………わかっているならよろしいのです………。では、予定通りに…』


と、通信は、リドヴィア=ロレンツェッティとの通話は途切れた。


オリアナは、


「お嬢さんね、まったく」


そうリドバイアを笑う。


「修道女様ってみんなこうなのかしら?」


リドヴァイア=ロレンツェッティ

確かローマ正教の修道女であった。二つ名は『告解の火曜(マルディグラ) 』。どんな困難でもどんな無理難題でも好んで引き受け、完璧に乗り越える。

たとえ遥か彼方の異宗教が盛んの地でも、彼女は布教活動に明け暮れ、あっという間に『ローマ正教式のキリスト教』を広めて信者を増やす。しかも善人でも悪人でも問わずだ。―――――――いや、悪人が殆どだったか。

オリアナはそんな彼女の仕事を見学したことがある。だからわかる。

リドヴァイア=ロレンツェッティは仕事を愉しんでいる。

『楽しむ』じゃない。決して“楽(ラク)”じゃない。どんな苦痛でも、どんな屈辱でも、どんな絶望的状況でも彼女は“愉しんでいる”。

『俺、仕事大好きなんだよね。そん時さえイェー』みたいな仕事バカの清々しい感じなど毛ほどもない。


どんな苦痛も、どんな屈辱も、どんな絶望的状況も、自分のこの手で、この両の手で引っくり返して成功と平和を掴む。

時に、とある精神学者が言った。『幸せとは、身分の位や金や名誉の数ではない。過去と現在。現在と未来の、状況の向上の差である』と。

まるで登山だ。地表から最大8848mの高さへ登った時と同じだ。

だから彼女も、登山家が山の頂に登った時の感覚と似ているモノを感じ取っているのだろう。

リドヴァイアという女は、地の底で絶望の苦汁と辛酸と煮え湯を“好んで”飲み、苦味と辛さと熱さに“好んで”悶え苦しんだ後の、絶望から頂点に君臨する瞬間に駆け巡る『達成感』に伴う快楽…“麻薬”に溺れたジャッキー<麻薬中毒者>なのだ。


“狂気”


彼女を表す言葉は、この二文字に尽きる。

ケタケタと笑い、ニヤニヤと口の両端を吊り上げながら仕事をする女。


―――――――――ああ、早くあの瞬間が来ないか。あの感覚を味わいたい。


リドヴァイアとはそういう女。

そういう、魔術師――――。


オリアナは流石に、そういうイカれた女と組むのには抵抗を覚えていた。失敗すれば大きな大無返しがやってくる。

だがしかし、それだからこそ成功率は高い。あの女は失敗を許さない。



オリアナは念入りに何処か不備はないか服をチェックする。

よし。今日も完璧だ。


「………よし。じゃあ行きますか」



オリアナはベッドの上に置いてある単語帳を手にとって胸の谷間に忍ばせた。

それとベッドに雑把に置かれた2つのブツ。それを腰のベルト…ではなくズボンの中へと、曲がった所が頭を出すようにして入れる。

これはアメリカで発掘された重要文化財……の様な物らしい。彼らが言うには厄災の象徴というか全ての元凶の象徴というか。

発掘した、アメリカのとある魔術結社から物資の受け取りの時に代金代わりだと受け取った物で、彼らは『高値の代物だけど、俺達が持っても持ち腐れだから姉チャンにやる』と言って押し付けられた。

彼らがこれの事を『筒』と呼んでいた。彼らにとって『筒』は忌み嫌う存在だったのだろう。だからといってオリアナも持っていても持ち腐れには変わりない。

そして金じゃないのかとオリアナは残念がり、渋々それを持って帰っていったのは数日前。

それを今“もしも”の時の最後のカードとして持ち歩くことにした。


「………よし。じゃあ行きますか」


オリアナはカードキーを手に部屋を出た。


オリアナ=トムソン。魔術名『Basis104(礎を担いし者)』


彼女もまた、魔術師である。

そしてローマ正教から『運び屋』として雇われたのであった。

別名『追跡封じ(ルートディスターブ) 』。絶対に追手の追跡から逃げると言う事から付けられた、運び屋の中の運び屋。


彼女の魔術は仕掛けとしては非常に簡単なものだが、それとは打って変わって大きな力を有する。

あの単語帳の正体は『速記原典』。オリアナが書いた簡略版魔導書である。

これは魔道書の持つ魔法陣としての側面に特化したもので、語帳のページ一つ一つが全て速記原典であり、それぞれに別の魔術が書き込まれている。

要は、単語帳のページの数ほど使う魔術があるという事だ。


そんな彼女は、最強の運び屋は美しい花のように廊下を歩く。甘い蜜に誘われて、ほいほいと蜜蜂はこぞって寄ってきてしまう。





「さぁ、仕事の時間よ。時間内までキッチリ楽しみましょ♫」




日本語ではない。イタリア語だった。それでも日本語しかわからない日本人の男を惑わす魔力がある。すれ違ったホテルマンは思わずドキッ!と顔を熱したヤカンののように紅く染めてしまった。

すぐにロビーへ行ってチェックアウトをすませる。そして、一枚の巨大なボードを受け取った。

ダミー『使徒十字』である。正体はただのアイスクリームの文字か書かれているだけのボード。これに釣られる魚の事を考えるとゾクゾクしてくる。

美しく、そして妖しく、オリアナは笑いながらホテルを後にした。



















―――――――――――――――――――――――――と、格好良く決まっていたはずだった。


「もしもし? こちらオリアナ=トムソン。聞こえてる?」

『本名は慎みなさい。あなたの肉声そのものは周囲に聞こえているのでしょう?』

「それより、ちょっとトラブルがあってね。お姉さんが使っていたあの術式、破られちゃったみたいなの」


あのツンツン頭の高校生と握手した時、ガラスを打ち破られるような感覚と同時に追跡阻止の術式を破られた。


『原因は?』

「わからないわ。―――――――――――――でも、なんか興奮しちゃう」


自分の体を、服の中に手を入れて触れられるような…そんな感覚と快感。ああ、ぞくぞくしてきた。

オリアナはつい舌で唇を舐めてしまう。


『卑猥な表現は慎むように!』


先ほどと同じようなセリフをはくリドヴァイア。しかしあの時と比べて威圧的だ。


『対応策は?』

「そうね…。まずは、後ろにいる坊やを撒かないといけないわね…」


そうオリアナが目だけで後ろを振り向いた時、ツンツン頭の高校生―――――――オリアナの術式を壊した少年がチラリとこちらを見た。


しばらく歩く。今まで歩いていた人が多くて狭い道から、広々とした道に出た。両端にはガラス(?)の壁。上にはモノレールか電車か何かのレールが走っている。デザイン的なこの地面はこの風景と絶妙に一致していた。

わかる。彼の、追跡してくるあの坊やの視線が背中にあたっているのを。

そんなぞくぞくとした感覚を感じ、オリアナはタイミングを図っている。

無論、逃げるタイミングだ。逃げ道などさっきからいくらでもある。


と、坊やがポケットから何かを取り出した。


携帯電話だ。



―――――――――――……仲間を呼ぶ気ね。


「………~~~~~~………~~~~~~~っ」


坊やは何かを誰かと話している。

―――――――――――全く、お姉さんのいない場所でお姉さんの事を言わないで。聞きたいけど、周りの人の声と実況放送しているのかな、そのTVの音で全く聞こえないわ。

オリアナは坊やの会話を盗み聞きするのを諦めた。

―――――――――――……いいじゃない。お姉さんにも教えてほしいわ。

心のなかで肩をすくめてみる。


―――――――――――あ、坊やに動きがあった。携帯を耳から話して何か操作している。電話の相手にこの場所を教える気か。


増援が来る前に逃げなくては。

すぐそこの曲がり道。

そこへ走る。

……………と、そんな内容の幻術を掛けることにした。


オリアナは胸の谷間から単語帳を取り出し、口で千切る。そこから文字が浮かび上がった。そして曲がり角を曲がるふりをして、その紙切れを曲がり道へポイッと捨てる。


すると、同時にオリアナが二人に分身した。

いや、分身してはいない。一人は幻術で構成された偽物で、それが曲がり角を曲がる。本物である自分はまっすぐ走る。

タネは、蜃気楼のように、空間を歪ませて光の反射を変える。そうするとまっすぐ走っている筈のオリアナは、まるで曲がり角に曲がって走っているように見えるのだ。

ちなみにあのツンツン頭の坊やがオリアナの後を追いかけると空間を歪ませる魔術は消えてしまうだろう。

しかし心配することはない。たとえ姿が消えてしまっても彼はそのまま突っ走っていくだろう。

まぁ、彼に『魔術を打ち消す何らかの力』があるとするならばだが。

もしもその力がなく自分の姿が彼の目に映しだされていたら、そのまま彼は幻像をずっと追い続けるだろう。

どの道、詰みだ。



それでも、もしもの為を考えてオリアナは70mほど向こうにあった階段を降って、洋風の店が立ち並ぶ開放感溢れる場所についた。


「―――――――………っと、危ない危ない」


オリアナは立ち止まって、とっさに建物の影に隠れる。

金髪でグラサンを掛けている少年と共に走っている大男の姿を捉えたのだ。知り合いではない。ただ、わかるのは宗教関係の人物だということ。彼は神父服を着ていたのだった。


「ま、普通に考えると、イギリス清教の『必要悪の教会』でしょうね………」


もしかしたらあの坊やの仲間なのかもしれない。

だったら早くここから立ち去るのがベスト。

彼らは立ち去ると、オリアナは物陰から脱出し、再度走りだした。

一応、学園都市の地理は頭に叩き込んでいる。小さな道の行く先から電車の各路線や各駅の時刻表まで。

しかし、そこで珍しいことにオリアナは凡ミスをしてしまった。

視界の隅で、あのツンツン頭の少年を発見したのである。右方60m。あ、彼に見つかってしまった。


「―――――――――………ぅ…我ながら赤点ものね」


そう悪態をついてしまってもしょうがない。


先程あの坊やは金髪グラサンの少年と神父と接触した。

やっぱり仲間だったか。

オリアナは曲がり角を曲がる。

走る。走る。どんどん走る。追手が諦めるまで走る。

が、そうは行かせてもらえないようだ。

オリアナは後ろを振り返る。


(…………あの二人、プロね)


あの神父どころか、あの金髪少年もだったか。


(街なかじゃあ手は出せないって話だったけど、甘くはできてないわね)


まったく世の中は甘くない。前にTVの取材か何かのロケでできた野次馬たちが立ちはだかったのだ。

阻まれたオリアナはどうしようか左右を見る。その隙にも追跡者は迫ってくる。


(………あそこね)


オリアナはニヤリと笑って左手にあるとある建物へ向かった。




――――――――――いいわ、かかってきなさい。楽しい楽しい鬼ごっこの始まりよ。 もしも捕まえることができたなら、お姉さんがちょっと過激なご褒美をプレゼントをしてあげる♫



その建物とは――――――――――――バスの整備場であった。



中へ入る。何十台ものバスが右にも左にも並ぶ。

そこに幾つものトラップを仕掛ける。

オリアナは単語帳から一枚、紙を唇で千切った。英単語が浮かび上がる。

英単語が浮かび上がった面とは反対の面を、切手を貼る時のようにぺろりと舐めた。………こんな何気ない一動作なのに、なぜか色気が感じられる。それを切手のようにどこかしこに貼る。

それを何回も繰り返し、その数だけ別々の場所にトラップを仕掛けた。

さて、ここでトラップ達を紹介しよう。

追手が侵入してきた時に、追手を焼き殺す青白い光線。

それでもその攻撃を回避したとして、追手を蜂の巣にする豪速球の針の球。

それでも回避し侵入したとして、今度は業火の炎球。と、同時に炎球の着弾点の左右から発射するように設置した冷凍肉が簡単に真っ二つになる風の刃。

そして侵入者を脳天から潰すように、天井から落下してくる四つの尖った巨大な氷の塊。

トラップの設置を素早く済ませた後、逃げるように外に出る。


「あと、これはオマケね?」


もしも無事にあのトラップ地帯を抜け出せたとして、追い打ちを掛けるようにもう一枚紙切れを千切って舐め、バスを洗浄する機会の柱に貼りつけた。

と、そこにツンツン頭の坊やと金髪の少年が整備場から出てきた。


――――――――――へぇ、あのトラップを潜り抜けたの。なかなかやるじゃない。


まぁ、あの坊やのおかげかもね。と、オリアナは考え、脱兎のごとく逃げる。兎にすればあまりにも色っぽいが、バニーがよく似合いそうだ。―――――そんなことはどうでもいい。



「じゃ、最後のオマエをプレゼント♫」


途端。二人の少年に向かって、砂でできた中くらいのビルなど飲み込んでしまいそうな大きさの巨大な大波が襲いかかる。

それなど見向きもせずに走った。そして少し離れた所にある廃墟の窓を割っていき、マンホールを開け、建物内へ続くドアを開けて、その廃墟とは全く関係ない方向へと去っていった。


「――――――――――――――――これで、いっちょ上がりっと♫」


余裕綽々。オリアナは鼻歌交じりで流して走り、心拍数が60になったところで足の動きを走るから歩くに切り替えた。

後ろを振り返る。

よし、誰もいない。とりあえずは撒いたようだ。

と、その時、腹に衝撃が走った。


「…………ぁあっとっ?!」


短い悲鳴を色っぽく上げてしまった。

二三歩下がる。


「す、すいません」


どうやら『玉入れ』とか言う日本の運動会の定番の競技の一つだとか。

オリアナはその籠の柱にぶつかってしまったのだ。

籠の方を持っている男子生徒が謝った。イケメンでもないしブサイクでもない。まぁ普通のモブキャラである。


「大丈夫ですか………あ、」


日本人は『性』については慎重な方だと見ていたが、どうやらこの国の男も野生はあるようだ。男子生徒はオリアナの胸を見て紅くなって口を開けている。


(これは好機……ね。ついでに悪戯でもしてあげましょうか。お体が燃えるように火照ってしまうような。すぐにイッてしまいそうなくらい強力なものを)


案を一つ閃かせ、オリアナは男子生徒に柔らかい笑顔を送る。


「いいえ? こちらこそごめんなさいね」


オリアナは単語帳を胸の谷間からから取り出し、一枚、唇で千切って舐めた。

と、オリアナは大きな胸に熱い視線を送っている男子性徒の頬を両手で包み込み、


「あらあらヨダレが出ていますよ? 拭いてあげましょう」

「へ?」


キスするほどの距離まで顔を近づけた。掌から男子性徒の顔が熱いのがわかる。彼の口から垂れていたヨダレを、彼女は親指で拭いてあげる。


「…お詫びにこんなことしか出来なかったけど……………キスのほうが良かったかしら?」

「ッッ!!???」


男子性徒はビックリしたように見開き、


「ハイ!! キスのほうがいいです!!」


そういえばあのツンツン頭の坊やも同じ事言ってたなぁなんて数分前のことを思い出した。


ニコリと笑い、オリアナは男子性徒の唇に自分の唇を近づかせた。そして、


「じゃあ………」

「ほ…ほほぉぅっ……」


鼻息の荒い男子性徒の唇……ではなく、右頬にチュッと唇を沿えた。


「ディープキスのやり方はまた今度あったらね♫」

「ほ、ほい……」


男子性徒は真っ赤になって固まってしまった。そんな彼を非難する声が上がる。

籠の足の方を持っていた男子性徒二号である。


「て、てめー羨ましいぞコノヤロー!」

「じゃあ、君も」

「ほぇ?」


彼には左の頬へキスをした。先ほどの彼と違い、唇から近い場所にした。


「………っ!」

「じゃ、お姉さんはここで」

「「…………はい…」」


イ、イイ体験ヲシタナ。 ア、アア……。 マタ、出会エルトイイナ。 ……アア。


オリアナは立ち去る。

二人の男子性徒、それと一本の籠付きの棒と……それに貼り付けられた一枚の英単語が書かれた紙切れを残して………。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今日はここまでです。ありがとうございました。

ワタクシには嫌いなものが幾つかあります。

それは五月蝿いアパートの隣の住人とか、人のことをバカにしているだけのヤツとか、ネタバレしてくるアホとか。

高校時代によくいました。

ワタクシはジャンプを土日に読む人で、毎週毎週楽しみにしているのに、月曜日の教室で大声でネタバレしてくる大馬鹿野郎。

ナルトとかBLEACHとかONE PIECEとかの山場をしゃべる奴なんて死ねばいいんだと思いながら月曜日の朝を耳を押さえながら耐えてました。

ああそうそう、エースの死に様なんて登校直後に知らされましたからね。感動もくそもありませんよHAHAHAHAHAHAHA!!

だからこの世で一番嫌いな人間は誰ですか? ってTVの取材を受けたとき、絶対にこういいますね。

『ジャンプのネタバレをするヤツ』

って。

とっても悲しくなるから。

もう叫びたくなるくらい。


世界の中心で哀を叫ぶ。

世界はそれを哀と呼ぶんだぜ。

哀 戦士―――。

乙 オリアナとオルソラはよく間違えるわ
そしてとりあえずこのコピペを読めばあのシーンの感動がかなり薄まるから安心しろ!



エース「俺の部下である黒ひげが仲間を殺したんだァ!
隊長の俺が責任を持ってぶっ[ピーーー]!」
周り「やめろ!」「黒ひげは追わなくていい!」「早まるな!」
エース「黙れ黙れ、俺が責任を取って黒ひげを倒すんだー!」

エース「ゆくぞ!黒ひげー!」
黒ひげ「ヤミヤミフルパワー全快!!」
エース「ぐぎゃー、やられたー!」

エース「みんな止めたのにこんなことになってゴメン」
白ひげ「俺は行けって言ったはずだぞ」
周り「そうだそうだ!エースに手を出すな海軍どもめー」
エース「ううう...」

白ひげ「エースを助けにいくぞー!」周り「おー!」
周り「うぎゃー」「痛ぇ!」「死ぬー!」「いやだ、しにたくな…」
ドッカンバッキン
エース「皆……すまん!!」

ルフィ「やった!!ついにエースを助け出したぞ!!」
周り「ばんざーい!ばんざーい!」
赤犬「お前の父ちゃんバーカ」
エース「んだとコラァ、もっぺん言ってみろ焼き[ピーーー]ぞ!!」
赤犬「はいはい、マグマパンチ!」
エース「ぐぎゃああああああああ!!」


ホントカス・D・エース焼死

こんばんわ。今日も難産でした。ごめんなさい。

昨晩はAAをどうやったらできるのだろうかと思い、書きました。

てか、AAってどうやって書くんだよ………。

さて、書留た分を書いていきます。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



さて、あちらも魔術師ならば、追跡術式の一つや二つ用意しているだろう。


リドヴィア=ロレンツェッティ はホテルのロビーのソファーの上で天井を眺めていた。豪華な作りである。こんな自分には不釣り合いな隠れ家だが、今は建物の豪華か貧相かは関係ない。

リドヴィアは今、学園都市の外部にいる。

外部からオリアナ=トムソンと魔術で定期的に通信を行いながら指示を送っていた。

まぁ彼女は一流の魔術師であり一流の運び屋である。殆ど…というか丸々彼女の自由にしてある。

訂正しよう。リドヴィア=ロレンツェッティはオリアナ=トムソンのサポート役とも言っていい。

彼女に情報と資金を提供したもの彼女だし、何よりこの作戦を考えたのは誰でもなくリドヴィアだ。

オリアナの行動が作戦通りに進んでいれば何も問題ない。時が来るまで…『午後6時30分』――この夜の帳が降ろされるその時、リドヴィアはあの茶番劇の舞台に一人昇り、終止符を打つべく『使徒十字』を壇上へ突き刺す。同時に長年繰り返されてきた茶番劇は閉幕(カーテンフォール)を迎え、入れ替わるように、科学の街に賛美歌を歌う天使の奇跡の物語が始まる。

ああ、早く、早く時は立たぬのか。こうして首を長くして待っていると、本当に長くなってしまう。日本の『Youkai』のろくろ首の用になってしまうではないか。

しかし焦ってはならない。

焦りは順調な物事を崩壊させ、失敗を招き寄せる。

ここは我慢我慢…辛い時こそ我慢だ。

今までそう耐えてきた。耐えて耐えて、耐えのいて勝者の冠を頭に着けてきた。いつもどおり、いつもどおりの事をすればいい。

さて、疑問は最初の一文に戻ろう。


魔術師…それも必要悪の教会の魔術師なら追跡術式も使ってくる。当然、オリアナも運び屋ならその対策など片手でできるだろう。

だが、果たしてどうだろうか?


「まぁ、私は彼女を信じで待っているしか出来ないのですから………考えても無駄ですわね」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ちょうど、オリアナは天空から視線を感じた。魔術的な視線だった。まるで雲の上から見られているかのような感覚………。

恐らく、あの追手の三人の内の誰かが追跡術式を発動させたのだろう。

そのために使われたのはきっと、オリアナが使用した『速記原典』の1枚。それしか考えられない。

何を手がかりに掴んだのか?

それは、すぐに分かった。


 IITIAW  H A I I C T T P I O A
「風を伝い、しかし空気ではなく場に意思を伝える―――――――……ねぇ」


周囲から見ると、ただ『綺麗なお姉さんがひとりごとをつぶやいているだけ』だろう。だが、オリアナは追跡術式を使用した魔術師個人の魔力に反応して自動的に術者に“燃えるような痛みと苦しみ”を与える迎撃術式を発動した。

焼死とは、人間が一番苦しむ死に方である。まぁ本当に殺すわけではない。が、ショック死でもしてしまったらしょうがない。

そういえば魔術を使ったのに『速記原典』を使わなかった。

いや、とうの昔に使っている。

あの男子性徒たちと(オリアナが)遊んでいる時。

オリアナは『速記原典』から一枚紙切れを唇で千切り。

その二人が持っていた玉入れの籠の柱に―――貼りつけたのだ。

あのツンツン頭の坊やがいるなら、もうその苦痛からは解放されているだろうが、その魔術師は、


「『生身一つで生命力の探知、解析、逆算に応用、迎撃までやってのけるとは……さすが「追跡封じ」……』とか言って、悔しがってたりして。 お姉さんを視姦するなんて、十年早いぞ☆少年たち♫」


と、男っぽい声でモノマネしながら笑い、大きなボードを片手に街を歩く。

もしももう一度さっきの追跡術式を使おうとしても…ないしは別の追跡術式を使おうとしても、個人の魔力を辿ってダメージを与える為、再度焼き殺される苦しみを味わうこととなる。

そして、それなら別の人間が追跡術式を代わりにやればいいじゃん。なんて甘い考えをさせるほどオリアナは手緩くない。

きっちり三人分。三人分の魔力を記憶するようにした。三人使えば三人とも苦しむことになる。すなわち全滅。

それをわかっていてかわからずか、ヤッコさんは追跡術式の使用をやめたらしい。一向にそれの気配はない。

今頃、彼らはどこにあるかわからない魔術の根源である『速記原典』を探して、右往左往しているのだろう。

そのぶん、オリアナとしては動きやすくなった。


しかし、このダミーの『使徒十字』……じゃなかった『刺突杭剣』を持っての鬼ごっことは、リドヴィアもウケない茶番劇を考えるものだ。でもこれが学園都市に、この世界に自分の理想郷を作ることができる一番早い道なのだ。

オリアナは歩く。少しでも追手から逃げるために。理想郷を創るために。

と、その前にとある事に気がついた。

ああ、そういえば結構『速記原典』を使ってしまったな。

Un pezzo…Due pezzi…Tre pezzi…
.

頭の中で使った魔術の回数を数えてみる。まだ枚数はあったが、暇な内に書き足しておこうか。

オリアナはキョロキョロとあたりを見渡す。

人気はあまりない。

この通りを歩いているのは見える範囲で一人か二人。いや、結構離れた所にもう一人。目撃者は少ないと考えてもいい。

そしてすぐ近くには路地裏がある。


(………あそこで『速記原典』を書きますか。―――――――ふふっ、まるでこっそり自慰行為するような心境ね)


近くの喫茶店のテラスで優雅に書くのもいいが、通りすがった追手にバッタリ見つかるというカッコ悪すぎるドジを防止するため、オリアナは裏路地に入った。

さっき目に入ったのだが、ここの両隣の建物は『格闘レストラン-鉄軒-』と『KITCHEN & CLEANING 石崎』と書かれた看板がある限り、きっと飲食店だろう。………きっと。




さて、今まで使った『速記原典』は6枚前後。

あまり大きな数ではないが、弾切れを考えると暇なうちに補充をしたほうがいい。

オリアナは入った路地裏をひと通り見渡した。

路地裏は意外と結構な広さだった。車が一台は楽に通れる。だが、飲食店に挟まれた場所なので、丸く青いゴミ箱と膨らんだビニール袋がいくつか転がっている。横たわったゴミ箱からは生ゴミがこぼれていた。生ゴミ特有の嫌な匂いがし、顔を歪ませる。

倒れたのはついさっきだろう。オリアナはそう推理した。

学園都市には随時、路上の清掃を命じられた全自動掃除ロボが徘徊しているらしい。現にこの街にはそれがゴロゴロいた。こんな路地裏も例外ではない。こんなゴミなど、ロボにすぐに見つかって吸い取られていくだろう。

と、そんな事を考えていると掃除ロボがやってきた。ドラム缶のようなフォルムで、底にはモップが回転しながらゴミを吸い取る。そうしながら前進する姿は、小さい頃に見たアニメの映画に出てきた巨大な蟲を思い出させた。世界中で大ヒットだったからよく覚えている。あの王蟲の群れは気味が悪かった。

ものの見事に清掃を終え、ロボは去ってゆく。地面のタイルはまるで張り替えたかのように新品同様輝いて見えた。


(科学の技術も悪いところばかりじゃない。このように人々に恩恵を与える存在になる……。魔術も同じ。科学も魔術も、どっちも人間の幸せを願って作られたのに………)


オリアナは学園都市を憎むリドヴィアを思い出した。

なぜ彼女は学園都市を攻めこむのだろう。いや、彼女だけではない。この地球にいる魔術師の多くは学園都市を憎んでいる節がある。魔術と同じ、幸福を願った同士なのに。


(………………ま、お互いやりすぎて無関係の人を不幸にさせるんだけどね)


―――――――――――私はそれが、憎い。


オリアナはダミーのボードを立て掛けた。そして何も書かれていない真っ白な単語帳を10枚ほどと5本の蛍光ペンをポケットから取り出し、壁を机代わりにして当てる。ゴツゴツとして机としてはあまり好ましくない壁だが、書くのは厚い紙とマジックだ。問題ない。

スラスラと色とりどりのペンを使い分けて英単語を書いてゆく。

記入した英単語は五つ。

炎の象徴『Fire Symbol』。水の象徴『Walter Symbol』。土の象徴『Soil Symbol』。風の象徴『Wind Symbol』。空の象徴『Void Symbol』の五つ。

色は『Fire Symbol』は赤。『Walter Symbol』は青。『Soil Symbol』は緑。『Wind Symbol』は黄。『Void Symbol』は黒。

色と文字の象徴を掛け算と唇で千切る時の角度で発動させる魔術を発動させるこの術式。一枚一枚で使える魔術は強力だが一瞬で朽ちる。だがそれと引き換えに術の数は多く、このように補充すれば術の数は無限大にある。オリアナはその性質故に“一度使った術は二度と使わない”というポリシーを掲げていた。

さて、今度はどんな術を作ろうか。あの黒赤黄の三人をどうやって引っ掛け回してやろうか。自分の足が地面を踏み締める度に地面が水田の泥になってしまう術なんてどうだろうか。もう二度と追いつけまい。そんな悪戯心を擽らせながら青のペンを『Void Symbol』と滑らせる。



その直後だった。

いきなり突風がオリアナの金色の髪を靡かさせた。同時に、オリアナが肌に来ていた作業着の裾がパタパタと音を出す。その時、腰に刺していた『筒』が姿を現した。


「……痛っ…」


飛んできた砂か自分の長い髪かが目に入った。とっさに風上に背を向ける。


と――――――――――――――。



「かいいとっょち。んゃち姉」



いきなり、背後から怪奇文章を口から出す青年が声をかけてきた。


「………?」


オリアナは振り返る。

そこには口にした怪奇文章よりもますます奇怪奇抜な怪しい男が立っていた。フラミンゴよろしく片足立ちで立っていた。


「…………」

「かのんていつかんなに顔のれおのこ。よなんす顔な変」


服装は全て白。上から下まで真っ白。しかも髪の色までも白という極め付き。唯一日本人らしい肌の色と意外と一致していた。まぁその黄色人種である日本人からしても肌白なのだが。

彼の双眸の瞳は黄色は、オリアナを見つめている。――――――――やっぱり日本人ではないかもしれない。日本人の瞳の色は全員黒だ。

さすがに歩く18禁ことオリアナも、こんな不審者には身構える。


「よえねゃじもんいし怪はれお。よなるえ構身うそ。ふっふっふ」

「…………見るからに、その喋り方は怪しいでしょ」

「んゃち姉よなう言うそ」


逆さ喋りの白の変質者は自己紹介を始めた。


「だ鷺白庭真、人一が領頭二十軍忍庭真は名のれお」


――――――――真庭白鷺。

逆さ喋りの白の変質者はそう名乗った。

白鷺―――――――確か日本にいる鳥で、サギの一種だ。なるほど、白鷺のような白い格好をしている。白い服装はその鳥をモチーフにしたのか。

その服装をよく見ると、イタリアやイギリスやロシアとかで日本の二次元から変に影響された『ジャパニーズニンジャ! I'ts CoooooooooooL!!』と叫ぶ痛い大人たちが着ていた服装に似ている。

彼は、もしかして『忍者』と呼ばれる人間なのだろうか? その答えは白鷺本人から聞かされた。


「るいてっやを事えねきで真似はに鬼餓うもはれそ。よていてしを者忍はれお、うそ隠を何」

「忍者?」

「者忍、うそ」


本当に忍者だった。何をほざいているのだ、この不審者は。


逆さ喋りの白の不審者…もとい、真庭白鷺は両手を広げ、


「ぜるか助てくないが敵売商分のそとるえ考に逆もで。えねがうょしてくし寂あゃちしとれお。ないしらたし滅絶は『び忍』はに在現代現のこ今」


忍びが着る装束……忍び装束は首から口を覆い隠していて、口がどんな動きをしているのかがわからなかったが、やけに嘘を言っているようには聞こえなかった。

だがしかし、オリアナの耳には『痛い夢見がちな大人の戯言』としか聞こえなかった。


「私、あなたのお遊戯に付き合っている暇はないの。ま、今すぐホテルへ行こうって言うなら考えてあげるけど」

「け行てい聴は話あま。だんえなは暇なんそ憎生、がだんいたき行へ宿でん喜らなるけ抱をんさ嬪別ないたみたんあもれお」


鷺は右手を、制するようにオリアナに向けた。


「ぜるなに為は話の時ういうこ。だ話おるわ終にぐす、にな」

「そ、すぐに終わらせてね? お姉さんだって忙しい身なんだから」

「知承点合」


ああ、なんだろうイライラする。ほらこう、全く要らない商品を永遠と語るセールスマン的な感じを連想させる。

そもそもなんでいちいち逆さ喋りで会話するのか理解しがたい。しかし、最も理解しがたいのはなぜ逆さ言葉をオリアナが理解できるのかだが、それは今はどうでもいい。

白鷺は3つ呼吸を開けた。



「るあが名つ二いしろそっおはにれお、に後最の介紹己自てさ」

「へぇ、じゃあどんな二つ名なのかしら。 お姉さんどんなのか気になっちゃう」

「――――は名つ二のれお。なく驚てい聞?かいい。よなる焦になんそ、いおいお」


目が微かに笑う。そんなに自信満々に名乗る物なら、さぞかし立派な二つ名だろう、とオリアナは思った。白鷺は不敵な口調で高らかに誇らしげに二つ名を名乗る。




「だんーつっ鷺白のり喋さ逆」


「そのまんまじゃない」




思わず冷静にツッコむリアナ。そしてとうとう我慢の限界を迎えた。


「まったく、なんなのよさっきから。お姉さんを馬鹿にするのもいい加減にして」

「よなる努になんそ」


白鷺は嬉しそうに両手でオリアナをとまぁまぁ制す。

なにをそんなに嬉しがっているのだ? もしかして本当に馬鹿にしてきただけか?


「…………いくら心が広いお姉さんでも、コケにされるのは嫌いなの。勝手にイかれる事よりも嫌い」

「なるすりかりかうそ」

「………誰のせいでこんなにイライラしていると思っているのかしら?さっきも言ったわよね、お姉さん今、忙しいって言ってるでしょ」


オリアナは壁に立て掛けたボードを持ち、怒りを込めた口調で踵を返した。ああ、もう嫌だ。要らない時間を割いてしまった。もうそろそろ追手が術式を解く頃だろう。


「だからもう私、あなたのつまらない漫談には付き合うつもりわないわ。じゃあね逆さ喋りの白鷺さん。もう二度と会いたくないわ」


逃げるように彼から離れていくと……。

白鷺がオリアナの前に行き、通せんぼした。


「……………なにかしら?」

「てさ―――るやてせ見をのもい白面?ろだたっ言。よナアリオ、なるげ逃うそ」


白鷺は嬉しそうに。本当に嬉しそうに溜息をついて、たった一言を呟いた。



「――――――――もう、そろそろだな」





逆さ喋りの白鷺こと真庭白鷺は、なんと急に逆さ喋りを止め、普通の日本語を使い始めた。

まるで今までアラビア語をしゃべっていた外国人がいきなりイタリア語を喋ってきたように思えた。(オリアナ=トムソンはイタリア国籍のイギリス人である)

くそ、本当にこの男は馬鹿にしてきただけか。

ああ、もう嫌だ。もう頭にきた。


「…………あなたッ普通に喋れるじゃ……な……い…………――――――――――え?」


オリアナは怒りの声を飛ばそうとするが、その前にあることに気がついた。


――――――――――――あれ? そういえば、白鷺が普通に言語を口にする直前、自分の名前を言わなかったか………?


それに気づいた時には遅かった。


刹那、オリアナの世界が“歪んだ”。


カランカラン………持っていたボードが腕から滑り落ちる。

いや、『歪んだ』…という表現が正しいのかは微妙だった。

なにせ、オリアナの目に映っている世界は“殆ど変わらない”。しかし、何かが違う。

いや、別にどこかが痛いとか苦しいとかではない。身体には何も異常はない。ただ、一つの違和感を除けば。

なんだろう。この感覚は初めて覚える。

まるで、体の中心にある芯を別のものに変えられた感じだ。体のバランスが取りづらい。感覚としては本当に気持ちが悪い。毎日乗っている愛用の自転車ではなく、全く乗ったことのない別の自転車を乗っている感覚に近いかもしれない。

体の操作が追いつかない?

そしてついに、バランスが完全に崩れ、思わず片膝を付いてしまった。


「………何をしたの?」

「なに、おれの話を聞いてくれたお礼におもしれえことをしてやったのさ」


面白いこと? くそ…こんなことに時間を食っている遑はないのに。オリアナは歯を食いしばってフラ付く足を抑えながら立ち上がる。が、謎の攻撃?でバランスを崩され、ペタンと尻餅をつかされる。


「………く…」

「大丈夫か? 姉ちゃんよ」

「何をした」

「ふっふっふ」


白鷺は嬉しそうに笑う。


「しゃあねえ。特別に姉ちゃんにおれの忍法と名前を教えてやろう。その名も――――――」





―――――――――真庭忍法『逆鱗探し』





「げきりん…さがし?」

「そう、逆鱗探し」


目が笑う。まるで久しぶりに成功したぜヤッホイと喜ぶように。


「あ? なんでこんなに嬉しそうなんだってか? そりゃあそうだろ。この忍法は『おれの逆さ喋りをきっちり400文字聴かせること』が発動条件なんだぜ? ぴったし原稿用紙一枚分の文章を読み聴かせるのがどんなに大変かお前にはわかるか?」


立ち上がろうと壁に手を付くオリアナを余所に歓喜喝采と天を仰ぐ白鷺。


「“生前”、宇練銀閣に斬られた時はたった262文字で一刀両断されちまったからなあ。久しぶりに成功してやったぜこの野郎」


と白鷺はふっふっふ……と笑って、


「それに、原作者に『めんどくさい』の一言で切り捨てられたこの忍法がやっとお披露目できるってのが、そして何よりおれがただのお膳立ての噛ませ犬じゃないかっこいい活躍を読者諸君に知ってもらうって言うのが一番嬉しい!!」


一体何をペラペラと喋っているのだろうこの男は。それよりもこの術は鬱陶しい。頭がクラクラする。


「………お、お姉さんに対するイタズラにも限度があるわよ……早く解きなさい」

「へっ、やなこった」

「………く……なんでお姉さんにこんなイタズラを………? ――――――ッ! ………まさか」


なぜこのような状況に陥るかわからなかったオリアナは一つだけ当てはまる項目にたどり着いた。


「学園都市が暗殺部隊を出したって言うの?」


馬鹿な。魔術師を学園都市の人間が殺したら戦争になってしまう。科学サイドも魔術サイドもそれを良しとしない筈。


「…………ばーか。おれはそんな学園都市とかローマ正教とかのくだらねえ喧嘩なんざ知らねえよ。おれたちは個人で好き勝手に動いてんだ………っと、つい嬉しくて口が滑っちまった」


――――――私がリドヴィア…ローマ正教の依頼で動いている事を知っている? それにこの白鷺って男の他にも仲間がいるの? あと、科学サイドじゃないってことは白鷺は魔術サイドの人間か?


「……そう、じゃあ訊くけど、お姉さんを襲う理由は?」

「あなた“達”がお姉さんを襲うのにはちゃんとした理由がある筈よね? ちゃんと聴いてあげるから言ってごらん?」

「いや、単にそうだな。おれたちの目的はただ一つ。“お前がもっているぶつをよこせ”」


オリアナは傍に落ちてある布に包まったボードを見た。

そうか、彼らの狙いは『刺突杭剣』か。オリアナが持っているのはダミーで、しかもこれは『使徒十字』で『刺突杭剣』はこの世に存在しない。だがもしも現存するとならば『刺突杭剣』は考古学的に価値が高い代物だ。欲しい人間はごまんといるだろう。

―――――バレてしまう可能性があるけど、ここはひとまずダミーを出そうか。白鷺が中身を確認する隙に逃げる。……どうせあの追手三人組に後で見つかっても『くそ「刺突杭剣」はもう取引されたのか!』となるから問題ない。



「『刺突杭剣』? いいわよ。この布の中に……」

「それじゃねえよ。――――――――お前がもう一つ持っている“重要なぶつ”だよ」

「―――――――――ッ!!」


その一言で喉が一気に干やがった。

――――――――マズイ。これはマズイ。非常にマズイ。“これ”を持ってかれると物凄くマズイ。

それともう一つマズイことがある。もしも“これ”の受け渡しを拒否すれば戦闘になる可能性がある。もしも白鷺がオリアナと同等かそれ以上のやり手ならば戦闘が派手になかもしれない。そうなると追手にここの居場所を知らせる羽目になる。それ以前に敵の正体不明の術に掛かった状態で戦うことになる。敗れでもしたら作戦は水の泡。自分もリドヴィアもイギリス清教の処刑塔に投獄されることになる。

背中に汗が一筋とおるのを感じた。しかしそれを顔には全く出さないのはオリアナのプロ意識なのかもしれない。


「……………なんの、ことかしら」

「惚けるなよ。―――――――まあ、しょうがねえ」


白鷺は強く口調で押したが、言っても無駄かと思ったのか肩をすくめて、




「―――――――――実力行使といくか」



「………くっ!」


やっぱりそうなるか。

オリアナ壁に手をつきながら立ち上がり、フラフラする足を何とか留めさせ、二本の足で立つことが出来た。

白鷺は忍者らしく、袖から苦無を取り出した。

オリアナも武器である『速記原典』を胸の谷間から取り出す為、右手を挙げた――――――つもりだった。



右手を挙げたつもりだった。そう、確かに右手だった。それなのに――――――――――――なぜか左手が挙がった。



「―――――――――――ッッッ!!!??」


目を見開くオリアナ。白鷺はそんな彼女の驚き様を見てニヤニヤと目を細める。


「なッ――――――――」


慌てて左手を挙げる。が、意思に反して右手が挙がってしまった。

その手を左右に振ってみる。しかし左から右ではなく右から左に振ってしまった。

その時、右手で右頬を触れる。しかし、感覚は左頬に感じた。

首を右に曲げて右方を見る。だが、風景は左方へと移動していった。

右足を右横に移動させる。だがしかし、左足が左横に動いてしまった。


「キャッ!」


そして体のバランスが崩れてまた倒れてしまった。



「………な、なに? なにこれ?」


頭がぐちゃぐちゃになる。今、今何が起こっている?

と、その時、オリアナはある光景を目にした。絶対にありえない光景だった。それは白鷺の背後にある飲食店の看板だった。


『格闘レストラン-鉄軒-』と『KITCHEN & CLEANING 石崎』と書かれていた筈なのに『崎石 GNINAELC & NEHCTIK』『-軒鉄-ンラトスレ闘格』と書かれてあった。




左と右が全く逆だった。





「――――――こ、これは、まさかッ!?」

「ふっふっふ。ようやく気が付いたか。おれの真庭忍法『逆鱗探し』!!」


右手を挙げようとすれば左手が挙がり。左足を動かそうとすれば右足が動く。看板の文字が全くの逆文字になる。右が左に。左が右に。まさに――――『左右逆』



「そう、おれの真庭忍法『逆鱗探し』は簡単に言えば、『自分の逆さ喋りを400文字聴かせることによって、相手の感覚と相手の見る世界を逆にさせる』ことができる」



まるで鏡の中の世界だ。

読者諸君はあるだろうか。毎日の日常の些細な事だ。

いつもの見慣れた自分の部屋の中で鏡を見たとき、その鏡の中に映った自分の部屋が“自分が知っている部屋とは全く違う、別の部屋のように感じる”ことが―――。

オリアナはそう感じた。『初めて鏡の中の世界に入った気分だ』と。

良く耳を澄ませるとそれがよくわかった。

例えば、路地裏の外にいる通行人の会話が『けっだんな技競の次、えね』『よだ争競物害障の年3とっえ』『ようろボサあゃじ』『よだメダ』『んーゃじいい?ええ』と聞こえた。

しかも、その通行人の後ろから抜き去る自転車のベルが『ンーリャチンリャチ』。空を飛ぶカラスの鳴き声が『ッーカーカ』。彼女の肌を撫でる風の音は『ーュビーュビ』。


この世のすべての『音』が逆に聞こえる。


ありえない。オリアナは文字通り耳を疑った。


「因みにおれを除いて他の人間にはお前の声は逆さ喋りに聞こえているぜ?」

「聴覚からの幻術か。厄介な魔術ね……」

「魔術じゃねえ。忍法だ。」

「………くっ」


白鷺がカッコよく言った台詞をすらりと流し、オリアナは混乱する脳内を落ち着かせ、現状を整理する。

今の私の世界は『左右逆』。ならばその左右逆の鏡の世界と同じルールで行動すればいいだけ事。

――――要は右手を動かしたければ左手を動かせばいい。

オリアナは左手を挙げるつもりで右手を挙げ、外に払うつもりで内にある胸の谷間に手を突っ込んで『速記原典』を掴みとった。



「ほお、結構器用なことするじゃねえか」

「お姉さんはベッドの上のテクもだけど、こんなテクも上手なのよ?」


と言ってもこれは想像以上に難しい。自分の手を使えばいいのに、わざわざロボットを操作して食事をするようなものだ。


「そらご苦労なこった」


白鷺はへへっと笑う。

きっとそのことについて笑っているのだろう。オリアナはカチンときて強がる。


「笑ってられるのは余裕があるからかしら? お姉さん、もうその真庭忍法『逆鱗探し』ってしょうもない技、克服しちゃったわよ? 次に会うときはお姉さんをもっとイかせてくれる術を用意しておいてね?」


オリアナは『速記原典』を唇で(もちろん逆の動作で)千切ろうとした。しかし直前、白鷺が余裕をもって、

























































白鷺のその一言で、垂直の向きで口に添えようとした手が“勝手に下へと口から離れていった”。


「―――――――――――――ッ!!?」


オリアナは思わず下を見る……が、なぜか“上を向いてしまった”。

当然、白鷺の忍法である。


「上下も逆だ!!」


白鷺はそう叫びながら低い位置にあるオリアナの頭に目がけて爪先を蹴り上げた。

運び屋という戦闘をバリバリする職業についているオリアナは条件反射でその襲い掛かる黄色いカーブがかかったデザインの爪先を両腕をクロスさせてガードする。

が、『上下逆』のルールも存在する世界の中では、オリアナの両腕は“顔の前ではなく、へその前をガードする事になる”。


「顔面がら空き!!」

「げふっ!」


爪先が顎を捕える。細い脚をしている癖にその片足の蹴りだけでオリアナの体を浮かせ、3m蹴り飛ばした。

頭に星が回る。クソ、モロに食らってしまった。

地面に転がり青天を仰ぐオリアナは白鷺を見る……が、“目玉の向く方向も逆に向いてしまった”。この場合は白鷺とは逆の方向を見る事になる。

しまったッ。すぐに『上を見よう』と行動するが、足がある方向に敵がいると思うとどうしてもその方向を見てしまう。長年培ってきた『敵を見逃さない』というスキルが仇になってしまった。

その一瞬の隙が命取りとなる。

オリアナが何とかして白鷺の姿を捕えたときには、彼はもう目の前にいた。


「カハッ!!」


白鷺の左足がオリアナの腹にめり込む。肺の空気が一気に口から吐き出された。反射的に腹を腕で抱え込もうとするも例の忍法によって腕が腹にやってこない。それどころか体が“丸くなる動作とは逆に、反り返ってしまう”。

そして彼は止めにと手には苦無を取り出した。手に馴染んだ苦無を手慣れた手つきでクルクルと回し、逆手で振りかざす。そしてオリアナの腹へ向かって走ってきた。

オリアナは脳を一気に活性化させ、手足の力と体幹の力をくまなく使って跳んだ。後ろに跳ぶか前に跳ぶか横に跳ぶかは適当だった。だが、奇跡は起こるもので体は後ろに転がり、股3cm下に苦無が突き刺さる。間一髪。ゴロゴロと自然の力に身を任せるように転がって距離を置く。

一方、白鷺はそんな彼女をニヤニヤと見ていた。

が、コンクリートに鉄は刺さらない物だ。そういう物だ。ビーーーン………と白鷺の右手が痺れる音がする。だがそんなの全く痛くないと言うように、彼は笑って立ち上がった。


「……痛ってぇな。避けるなよ」


やっぱり痛かったのか。手をフルフルと振る。


「ふっふっふ。さて、おれの絶対的有利になってしまったから、お約束の真庭忍法『逆鱗探し』の能力と効果を教えよう。お約束だからな! ふっふっふっふっふ!!」

「………ぺっ」


右か左かはわからぬ膝を付くオリアナは唇をさっきの蹴りで口の中を切ってしまったので、その血を吐いた。


「いいねえ。水も滴るいい男って言葉があるけど、血も滴るいい女って感じだな。ま、おれは蝙蝠みたいな殺人きちがい…いや、殺人鬼ちがいな趣味じゃねえがな」


白鷺は上機嫌なのか、いや上機嫌なのでつい口が走る。


そして、自分の忍法についても説明し始めた。


「おれの真庭忍法『逆鱗探し』はさっきも言ったがおれの逆さ喋りを400文字聴かせることで発動することができるおっそろしい忍法だ。実のこと、おれは常時朝から晩まで『おはよう』から『おやすみなさい』までが逆さ喋りだ。何故だかわかるか?」

「…………。」


わかるかそんなもん。と捉えたのだろう白鷺は間髪入れずに口を開く。


「―――――おれの世界は常に、すべてが逆様だからだ。」


―――――――声も、音も、体の動かし方も、見ている風景も、『逆様』

どんな人間の声だって逆さ言葉に聞こえ、どんな猫の鳴き声だって逆さ鳴き声に聞こえ、どんな絵が描かれていようと逆さ絵にしか見えない。


彼は地上最強の天邪鬼な男だった。


人が右と言えば、白鷺には左に見え、人が上だと答えれば、白鷺は下だと反論する。これは彼が生まれた時から変わらぬ光景。変わらぬ音。変わらぬ声。変わらぬ世界。

よって彼は年少の頃から文字通り天地逆転の世界で生きてきた。当然、逆さ言葉で会話し、逆様の光景を見るが、それを他人が理解する訳がない。理解されぬ相手にされぬ、辛い事など何万回と経験してきた。

そして自分の知る世界が逆様だと理解した時から、例えどんなに左に見えていてもそれは右と見ることにしてきた。


「ああ、思い出したら泣けて来たぜ。……でも、それのおかげで真庭忍軍十二棟梁が一人に登り詰めたんだ……。と、無駄話をしちまった。そんな感じのおれの世界だ、慣れてない人間が体験すれば、さぞかし迷惑極まりない苦痛だろうな。目の前の情報が全てあべこべだ。立っているのもままならねえ」


逆に言えば、白鷺がその『呪い』を解かれれば、今のオリアナのようにほぼ戦闘不能に陥る。

白鷺は天を仰いで右手で顔を覆う。

そしてその手を離した。


「あれこれ言ってもわからねえと思うから簡単に言う。――――――真庭忍法『逆鱗探し』とは、逆さ喋りを400文字聴かせることによって“聴かせた相手をおれが住んでいるそんな糞喰らえな世界に引きずり込む忍法”だ」


実際、この忍術だからこそ居合斬りの達人である宇練銀閣に勝負を挑んだのだ。術中にはめれば、たとえ一万人斬りの子孫だろうが居合のしようもない。苦無を投げて『斬刀 鈍』を蒐集してハイ終了。まあ、その以前に262文字で一刀両断されたのだが。

その際、上半身と下半身が斬り離され、口がある上半身は頭から落ちて逆様になった時は普通に喋れたのは読者の知っての通り。逆様の逆様、反対の反対は通常であるのは常識である。

この件はオリアナは知らない所での話なので、今は置いておく。


「お前、おれの逆さ喋りを難なく聞き取れただろ? それは単におれが『聞き取りやすい逆さ喋り』を喋っている訳じゃねえ。お前の頭が、聞き取ろうと頑張って理解した結果だ。褒めてやれよ、お前のために必死こいて働いた脳みそをよ」


最初は誰でも理解できない言葉でも、いくつか聞き取ってゆくと徐々に理解していく。そしてそのたびに相手を逆様の世界に引きずり込む忍法…『逆鱗探し』。


そのことを理解したオリアナは世界中の苦い飲み物を凝縮させた汁を飲んだ顔をした。


(どうする? こんな状況じゃあ逃げられない。だからと言って戦えることなんてできるわけがない。逃げ道は―――!?)


考えろ、考えろ―――。


だがしかし、真庭白鷺という忍者はオリアナに思考を巡らせる暇を与えない。

苦無をもう一本取り出して襲い掛かってきた。


「くっ!」

「オラオラオラオラオラ!!」


獲物を所持している相手に素手で応戦するのは不利。しかもすべての視覚情報と聴覚情報、身体の動作のすべてが全くの逆様だ。普通の戦闘が出来ない分、余計に不利になる。

迫ってくる苦無の情報が『すべて逆』という事を前提に捉え、紙一重で避ける。

髪が何本か斬り落ちた。美しい金髪が土色のコンクリートの上で輝く。


――――逆様――――左右逆―――――上下逆―――――


(ダメ、苦無を避けるのに集中していて考えられない!)


と、その時、オリアナの鳩尾に白鷺の肘が入る。


「………ぶっはッ!!」


衝撃で胃液が口から出て来た。

追い打ちをかけるかのように回し蹴りが飛んできて、オリアナを再度吹っ飛ばす。


(………あんなに華奢な体なのに…どこからそんな力が…?)


白鷺の体はサギのように細い。手も足も胴体も。だがきっと、鍛えて来たのだろう。力が弱いという弱点を補うため。

例えば、体の力を効率良く発揮させる体術。

例えば、細い体でも強靭な肉体を作るための体力づくり。



「………さあ、大人しくおれに殺されてくれ。それが嫌だったらぶつを渡せ」


……………さぁ。どうする?

偶然か必然か奇跡か、オリアナの手にはまだ『速記原典』が中にあった。

この状態で『速記原典』を使うのも手だ。

しかし、この術式は唇で千切ったときの角度も術式の一つである。何もかもが真逆のこの世界で扱うのは暴走の危険性がある。不安定な術式を、さらに不安定にさせるのは綱渡りしている人の横から巨大扇風機を掛けるようなものだ。



(――――――――――――…………………賭けるか?)




目を瞑る。


――――――――――……………腹を括るしかない。


オリアナは目を見開き、暴走の危険がある諸刃の剣を口に咥えた。

一か八か。半か丁か。――――――いざ!


ピッ!


単語帳の一ページを千切った瞬間。そのページから文字が浮かび上がった。

赤い蛍光ペンで描かれた『Soil Symbol』の文字が―――――――――――。

これは勝利への光か、それとも敗者へと雷か。


「あ? 何してんだ?」


勝者を気取っていた白鷺はニヤニヤと笑っていた。

この一手に賭けたオリアナは一言、


「逆様なあなたにお姉さんからのプレゼントよ。体の芯まで燃え無い様に気を付けなさい!」


赤い文字の『Soil Symbol』――――――その役は『対象物を焼き殺す』。【Soil】は土を現す。そして土とは人を現す。神は人を土で創ったという伝承からだ。それを火の象徴である赤で書けば『人を焼き殺す術式』が出来上がるのである。

赤い文字は見えた。術は発動したはずだ。千切ったときの角度が思っていた通りの角度であれば、白鷺は文字通り焼き鳥になる。しかし失敗すれば何も変化なしか、下手すれば暴走する。

オリアナは神に祈った。………が、



「なーにをしてんだお前」



白鷺の体は、まったく燃えていなかった。



「…………クソ。失敗した。」

「何を繰り出すかと思えば、何か変な紙切れを千切るだけじゃねえか。なんだそれ」


白鷺はすーはーと一回深呼吸して、もう一度息を吸った。









「!!!!!!ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁらご !!おおぉぉぉぞえぇねゃじんて舐」










「ッッ!?!?」




いきなりだった。白鷺は突然怒鳴りだしたのだ。

あんなに白かった顔を炎に当てた鉄のように真っ赤にし、全身の血液が沸騰するかもしれない程に憤怒し激昂した。

オリアナはあまりの豹変ぶりに一瞬戸惑う。


と、その時、ある異変に気付いた。



「あ、逆さ喋りに戻ってる」


「…………………。」


真っ赤になっていた白鷺はその言葉を聞いて、一瞬で元の白色に戻って、


「…………たっまし、あ」


なぜかは知らないけど、真庭忍法『逆鱗探し』破れたり。

この千歳一隅の好機を逃さない手は無い。

オリアナは『速記原典』を千切った。


「さぁて、散々お姉さんに乱暴してくれたお礼をしてあげなくっちゃね」

「っぇて待とっょち、ょち」

「待ったなし!!」


次の瞬間。白鷺の周りに合ったコンクリートが、畳み返しのように彼の周りを囲み、閉じ込めた。しかも、硬いはずのコンクリートの地面が砂になり、蟻地獄のようにコンクリートごと白鷺が沈む。


『ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああゃぎ!!』


白鷺はコンクリートの箱の中で絶叫を挙げる。


「お姉さんをイジめた罰よ。」



土で出来たアイアン=メイデンに閉じ込められるように、白鷺は姿をくらませ、とうとう生き埋めに……


―――――が、そこで、オリアナは殺気という名の気配を察知し上空を仰いだ。


とっさに後ろへ跳ぶ。


ゴガァァァアアアアアアン!!!


一秒前にいた場所が何者かによって砕かれた。破壊されたコンクリートによって砂埃が立つ。

オリアナは目を腕で覆う。地面が砕かれる前、オリアナは見た。白鷺を閉じ込めたコンクリートの箱がオリアナを襲った者と同一人物によって破壊されたのを。


「仲間か」


オリアナは短く呟いた。

オリアナは上空を見る。ビルの屋上だった。


「いいですねえ、いいですねえ。貴女のようなお美しい方と一戦交えるのはいいですねえ。特に貴女のようなお強い方だと尚の事」

「だれ? お姉さんに用があるなら、まずは自己紹介をするべきじゃない?」

「ああ、申し遅れました。私は真庭忍軍十二棟梁が一人、真庭喰鮫でございます」


偉く行儀のいい口調の男だった。自己紹介の途中でも笑顔を絶やさなかった。だがしかし、どんなに笑顔を見せても、彼の凶暴そうな顔は拭い切れなかった。まるで海の中で獲物を喰らう鮫のような第一印象だった。名前負けしない見事な凶暴さを孕んでいた。

その眼はギラギラとしていて、笑顔の口からは鮫のように強靭そうな尖った刃が綺麗に並んでいた。

手には二本の日本刀が握られていて、それらは両腕の肘の所にまで鎖で繋がれていた。そして、その鎖に巻かれて、真庭白鷺がぷらーんとぶら下がっていた。


「………鮫喰うとがりあ」

「礼には及びません。今はあなたと私は一蓮托生。運命共同体です。お互いここで死にたくないでしょう?」

「なだうそ」

「では、オリアナ=トムソンの相手が私が引き受けましょう」


喰鮫は白鷺に巻いた鎖をほどき、彼を屋上に置いて飛び降りた。

ストン…と華麗な着地を披露し、喰鮫は社交辞令のようにお辞儀をする。


「改めましてオリアナ=トムソン。私の名は真庭喰鮫。またの名を『鎖縛の喰鮫』と申します。以後、お見知りおきを……」

「そ、お姉さんを知っているってことは、どこかの組織に依頼されて『これ』を取りに来たの?」

「いいえ? 私たち“が”『それ』が欲しいのですよ。」


喰鮫は頭を上げながらそう言った。


「まぁ確かに、学園都市とは全く関係のない存在である私たちは、あなたの暗殺を依頼されて前金を貰ってきたのですが………その依頼人はもうこの世にいないので実質的には私たち個人で動いている事になりますね」

「そ、」


どうやらこの男は、金を貰った後すぐに依頼人を殺したようだ。オリアナはそれを理解した上で短く答えた。

真庭喰鮫は両手を伸ばし、鎖を持つ。

オリアナはそれと先程の攻撃を見て、彼は鎖鎌ならぬ鎖刀使いと見た。


「お姉さんにその刀を投げて攻撃するのかしら?」

「いいえ? 私の真庭忍法・渦刀はそんな陳腐なものではありませんよ………―――――――――」



その瞬間。



両隣にあった『格闘レストラン-鉄軒-』と『KITCHEN & CLEANING 石崎』という二つのレストランがあるビルが一斉に崩壊した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



オリアナ=トムソンは走っていた。いや、逃げていた。


「………はぁ……はぁ……」


あれから何m…いや何km走っただろうか。後ろを振り返る。いや、振り返るな。あの忍者たちは振り返ればそこにいそうな気がする。

まったくとんでもないな、ジャパニーズニンジャは。

オリアナは走った。

走りながら使った魔術の回数を…消費した『速記原典』の数を数えた。

あの喰鮫とかいう男、容赦のない戦い方をする。あの鎖刀をあんな狭い路地で思う存分に振り回すとは思わなかった。360°に展開された鎖が防御となって喰鮫を守りつつ、先端の刀で切り裂く攻撃方法は厄介だ。

と普通の人間なら言うだろうが、オリアナはそんな彼に互角に渡り合った。………と言っても防戦一方だっただが。なにせ攻めようともその隙を与えてくれなかった。


あの攻撃を躱しつつ相手を倒すためには、『あの縦横無尽に襲ってくる鎖と刀の中に飛び込み、飛んでくる刀を持って喰鮫を斬り殺す』くらいの体術が必要だ。

まぁ、飛んでくる攻撃を敵がいる方向に跳ね返すカウンター術式もあったが、それを使う機会が訪れずのまま逃げてしまった。

倒せない敵ではないが、2対1は不利。三十六計逃げずにしかずと兵法が言う通り、あの場合は逃げるしかない。

唯一幸運だと思ったのは、ダミーの『刺突杭剣』を回収する事が出来た。逃げる際には防御術式の『速記原典』を貼り付けて盾代わりにしてきた。

よって使用した『速記原典』は計45枚。弾切れが起こる前に補充しなければ。


それに、あのツンツン坊やの魔術を打ち消す力の対策も考えたいし。


とにかくオリアナは走る。


走る。


走る―――――――――――――――――――。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「逃げましたか……。致し方ありません。今日のところは見逃してあげましょう」


真庭喰鮫は瓦解したビルから少し離れたビルの屋上に立っていた。


「この鎖刀を改良しなければ……」


喰鮫は刀を見る。刃がボロボロに刃毀れしていた。あの女、妙な技を使った。あの大きな板に紙切れを貼り付けたかと思えば盾にしたのだ。この真庭忍法・渦刀を舐められたものだと、全力の力を使い、遠心力の力で板ごと女の体をコナゴナにしようとしたが、刀は看板によって弾かれた。

それでついムキになってしまって、何度も攻撃したが、どうしてか通じず、結局刃はボロボロになってしまった。


「………まぁ良いでしょう。いえ、良いですね。ちょうど敦賀迷彩に敗れて死んだ時からこの武器とはおさらばしようかと思ってましたし。いっそ改良するどころか改造する方がいいですね。いいですね、いいですね。強く速く、そして数多くの人間を殺せる武器を造るのは」


と、そこで喰鮫は、


「さて、私の事はそういう事で良しとして………白鷺さん?」


後ろを振り返った。屋上の隅で白鷺がビクッ!と肩を振るわせている。


「いい加減、あなたのその弱点丸出しの忍法も改良すればどうでしょうか? もしくは改造をするとか」

「れくてせた持えれぐドイラプのいらくれこ。だんたんあに梁棟二十軍忍庭真でけだ術忍のこはれお、お」


「プライドも何もないでしょう。確かにあなたの真庭忍法『逆鱗探し』は逆さ喋りを400文字聴かせれば何もかもが逆様のあなたの世界に引きずり込ませます。 その対象の人数の上限はありませんし、術にはめれば半永久的に相手から術を解くことはできません」


しかし、と喰鮫は強く否定した。


「“いったんあなたが激怒すると一瞬で解けてしまう”忍法なんて不便極まりないです。それに『逆鱗探し』という名前自体が駄目です。それじゃあ弱点を教えているとしか思えませんよ。………それに、いちいち400文字も逆さ言葉を聞く人間なんてそうそういません」


白鷺は押し黙る。反省しているのか、鳥なのに背中を猫のように丸くしていた。


「確かに真庭忍軍十二棟梁は名誉な称号です。だがしかし、真庭忍軍はたかが真庭忍軍。200年前の実力などもう風化し、あなたも私も無残に死にました。しかも、虚刀流と対戦する人間の噛ませ犬として」

「。………」

「もう薄々感づいているのでしょう? もう真庭忍法など古いと。あれはもう改革せねばならぬ過去の枷だと」


喰鮫は両手を見る。この手で何百人もの人間を刀で斬り殺してきた。鎖で殴り殺してきた。だが、それでも弱い。弱すぎる。所詮は噛ませ犬でしかない存在。

だからこそ、こんなクソッタレな運命を強いられる存在から脱出しなければならないのだ。

そしてその為に、もう一度この世界に現れたのだと、もう一度生きるチャンスが現れたのだと、喰鮫は考える。


「生前の私たちは真庭忍法を習得するだけで満足していました。それが私たちの敗因………いや、死因なのです。 だから、私たちは明日を生きるために強くならなければならないのですよ」


その時、喰鮫の懐から電子音が聞こえた。

薄いフォルムの携帯電話だった。実は、彼らを匿っている人物から譲り受けた物だ。


「……はいこちら喰鮫です。……はい、失敗しました。………はい、申し訳ありません。はい、幸か不幸か通行人は全くおらず、戦場になったビルは喜ぶべきか悲しむべきか無人でした。よって二つの意味で奇跡的も死者どころか怪我人も一人もいません。……はい、では警備員への隠蔽はそちらでよろしくお願いたします。」


相手が一言二言話す。それに喰鮫は頷く。


「…………はい、はい。………わかりました。ありがとうございます。はい……では直ちに帰還いたすます」


そして電話を切った。

表示された液晶画面にはその電話相手の名前が記されていた。

その記されている名は―――――――――――――――――――」

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今日はここまでです。ありがとうございました。

今週のめだかボックス。

昨日、完全院さんの400のスキルを全て読むことを諦めました。

皆さんも同様に、ワタクシの誤字脱字を気にすることを諦めてください。

同時に、白鷺おじさんの逆さ言葉のようなワタクシの怪奇文章が嫌になるのも諦めてください。

このSSまだ更新してないじゃん。逃げたか久米田の野郎。とか言って読むのを辞めるのを諦めてください。

そうすれば、病理おばさんみたいになれます。


あ、そういえば一周年とっくに過ぎてましたね。


諦められなかった読者の皆様、一年間ありがとうございます。これからもどうか諦めず、このSSの応援、よろしくお願い致します。

なんか「刀を擬人化するスキル」とか「性別を変化するスキル」とかあっんですけど
俺は「スキルを使いこなすスキル」が欲しい

皆は何のスキルが欲しいですか

こんばんわ。書き留めた分を投稿します。

最近…なかなか時間が捕れなくてごめんなさい。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


もうそろそろで、昼時かな。

少し向こうにある時計を見ると、そこの前を疾走した金髪の女を見つけた。


「………ん?」


オリアナ=トムソンが疾走する姿を、偶然にも鑢七花は目撃した。

身長が塔のように高い彼である。人ごみの中でも彼女の姿を捕えることが出来た。と言っても、黒い髪の集団の中に金髪頭がいれば、全体を見れる人間なら誰でも目に付く。

いや、オリアナの存在を七花は全く知らなかったのだが、彼はそんな視覚的情報からよりも、彼女が漂わせている異様な雰囲気を感じ取って彼女の姿を捕えた。

まぁこの空間では、和服に傷だらけの長身に長髪という姿の彼よりも雰囲気的に目立っている人間はいないのだが。


(………なんだ? あいつ。まるで何かに追われているような………)


と、七花は金髪女の姿を目で追っていると急に手を引かれた。


「七花さん! 次はあそこですっ! 超いい洋服があったんですよっ!!」

「ぅおっ……絹旗、急に引っ張るな」


引っ張ったのは絹旗最愛だった。

ウキウキワクワク。

きっと犬の尻尾があったらフリフリと振っているだろう。彼女はそんな風なテンションだった。

だが、七花は何故そんなに機嫌がいいのだろうと首を傾げているのは、まだまだ彼が女心など全く理解できていないからである。

七花は後ろを振り返る。


あの金髪の女は一体、どこへ行ったのだろう。

七花はいくつか思考を巡らせたが、とうとう面倒臭くなって、


(ま、いいか。)


と絹旗と共に人ごみの中に消えていった。



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敦賀迷彩はその時、早めの昼食を取っていた。

弟子の一人である、佐天涙子に誘われてだった。近くの公園のベンチで『さんどいっち』なる食べ物を食していた。

『ぱん』とか言う蒸餅のような甘くて薄いものに肉や野菜などを挟んだものだ。

これを素手で食べるらしい。

佐天曰く、中世の西洋の貴族が札遊びしながら食事できないかと考案された物だそうだ。なるほど、これなら手軽だ。それに美味である。

いささか行儀が悪い面があるが、元盗賊の迷彩には何とも思わなかった。むしろ盗賊時代を顧みると今の方はよっぽどお行儀がよろしい。

そんなサンドイッチの一つを飲み込んで、佐天涙子は嬉しそうに、


「師匠。師匠。迷彩師匠」

「師匠はやめてくれって言っているだろう? …………なんだい?」

「見に来てくれて、ありがとうございました。師匠を見たら張り切っちゃって……おかげで勝つことが出来ました」

「ははは、私がいなくても頑張っておくれよ」

「へへへ………。そうだ、時に師匠」

「なんだい?」

「私を見て、どう思いました?」

「………と、言うと?」

「……私が師匠みたいに強くなれるかなぁって思って。素質があるかなぁって。ほら、私、吹寄さんみたいに運動神経良くないし。………普通だし」


先程の競技……確か『綱奪い』だったか。二つの女子中学生が両サイドに並び、ちょうどその真ん中に置かれた綱を合図とともに一斉に奪いに行くという競技だ。自分の陣地に多く入れは方が勝利である。

だが、炎弾魔弾が飛び交う大覇星祭では、無能力者が活躍できるわけがない。吹寄の高校は例外だが、佐天涙子という無能力者も然りであった。

しかし彼女の今日の運勢は良く、勝敗を決定づける一本の綱を自分の陣地にいれたのは彼女である。

能力のぶつかり合いで爆風が飛び、綱が佐天の足元にポトリと落ちたのだ。佐天はそのあと能力者から的にされて集中砲撃を喰らうが、アメフトのランニングバックよろしく何とか砲弾を掻い潜り、見事タッチダウンを決めたのである。

爆風に飛ばされながら、頭から突っ込んだ時、大怪我もおかしくない形だったためヒヤリとしたが、この通り何ともなくて安心した。


「…………どう、ですかね」


佐天は恐る恐る訊く。

………ああ、いやしい質問だなぁ。佐天は少し後悔していたが、昨日からつっかかっていた心の濁りをさらけ出した。

吹寄はここにはいない。だからこそ、言える事なんだ。

佐天は迷彩の眼を見る。

そして、その心の内を迷彩は察していた。

迷彩はニッコリと笑う。


「そう気に病むんじゃないよ。大丈夫。すぐに上手くなるさ。誰だって下手だし、誰だって最初は失敗する。そうやってみんな強くなっていくんだよ」

「師匠!」


佐天はパァァア!と顔を明るくする。


「ありがとうございます!! これでこの一週間は乗り切れます!! はい!!」

「それはどうも」



迷彩の手を握る佐天は上機嫌になってサンドイッチをもう一つ掴む。迷彩もサンドイッチをつまんだ。


「さて、じゃあ今度はこっちが質問していいかい?」

「ええ、なんでも」

「じゃあ…………さっきから気になっていたんだが……」


迷彩は佐天を……佐天の膝の上にいる影を見た。


「………そこの少年は誰かな?」

「ああ、紹介し忘れてました! 真庭人鳥ちゃんです!!」


佐天はぎゅぅううっと後ろから人鳥を抱きしめる。人鳥はそれに驚いて悲鳴を上げた。


「ひぎゃッ!」

「この前知り合ったんですよ! この子、めっちゃくちゃ可愛いです!!」

「ははは、少年が困っているからやめてあげなさい」


ああ、やっぱりそうか。この忍び装束からもしかして…と思っていたら、真庭忍軍だった。確か虚刀流七代目当主曰く『まにわに』。


「可愛い! 何度見ても可愛い! このままモフモフしたい!!」

「ひィイイ!!」


良く見ると人鳥は少し憔悴しているようだ。


「昨日、人鳥ちゃんは私の部屋で泊まったんですよ」


なるほど、昨日一晩中この様子だったのか。この少年も、あと5年ほど歳を食えば良かったのになぁとほののぼ迷彩は思った。

しかし生前、男どもに弄ばれた女たちを匿っていた巫女であった迷彩は、男と女が逆だが何だか可哀そうに思えてきて、人鳥に助け舟を出した。


「佐天のお嬢ちゃん。喉が渇いたから、これでお茶かって来てくれないかな?」

「あ、はい喜んでー!」


佐天は人鳥を膝の上から下し、迷彩から渡された2千円札を持ってダッシュで50mくらい離れた自動販売機へ走って行った。

やっと解放された人鳥はぐったりした表情で、


「…………れ、礼は言わない」

「いいよ、別に。私は君たちに恨まれて当然の人間だ」


人鳥は迷彩を睨む。


「……………く、喰鮫さんの事か」


真庭喰鮫。迷彩が生前、三途神社にいた頃に襲撃してきた真庭忍軍の忍びの名だった。彼の風貌は異様なものだった為、よく覚えていた。

そして、喰鮫を……、

迷彩は淡々と言った。


「ああそうだよ。真庭喰鮫は私が殺した」

「………………そ、そして、ま、真庭喰鮫を殺した敦賀迷彩は、鑢七花に殺された」

「…………。」


迷彩は人鳥を見る。無表情で人鳥を見下す。


「………に、睨んでも怖くないぞ」

「別に睨んでは無いさ」


迷彩はそう言ってふっと笑った。どう見ても怯えているとしか思えない人鳥の頭をぽんぽんと軽く叩く。


「別に虚刀流の坊やを恨んでいる訳ではないさ。無論、奇策士のお嬢ちゃんもね。私は三途神社の巫女たちが安全に暮らせていればそれでいいんだよ」

「こ、この世に、み、未練はないと?」

「そうだね。 ま、少なくとも私が生きていた世とは、結構風変りしたようだがね。もはや別物だよ」

「………じ、じゃあ、な、なんで弟子なんか、と、とった?」



いきなりの変化球で迷彩は回答に少し戸惑った。


「…………質問の意図が読めないね」

「あ、あなたはさっき、この世に未練はないと言った。だ、だ、だけど弟子は取った。この世に未練はないのに。も、もしかして、あなたは千刀流をこの世界に広めようとしているのか?」

「見当違いだよ。そんな大層な野望はないさ。それに、確かに千刀流は最強の護身術だが、あくまでたかが護身術。本当の意味で殺しの作法を学ぼうという酔狂な奴はいないさ。彼女らはそうじゃない」


ま、私はそんなこと教えるつもりなど毛頭もないんだけど。と迷彩は付け加えた。


「あともう一つ理由がある。………そうだね、楽しい……からかな」

「た、楽しい……?」

「そ、人を育てるって事が。とある人物に人を育ててみないかって言われてね。嫌々だったけど意外と面白いよ。……私の父もそうだったのかね。才能ある人物を見ると本当に楽しいよ。彼女たちは強くなる」



迷彩はそう言った。

が、


「い、いや、あ、あ、あなたは本当の事を言っているのか?」


人鳥はそう反論した。


「………ほう? なぜ?」

「………じ、じゃあ、あ、さ、さ、佐天涙子に才能があるのか?」


人鳥はビクビクとしながらそうはっきりと言ったその言葉に、迷彩の眉がひそかに動いた。結構離れた場所にいる自動販売機で何を飲もうかうんうんと考えている佐天を見る。

この少年は、ビクつきながらしっかりと発言する。




「………」


迷彩は黙った。

人鳥はそれを見てから続けた。


「な、ない。全くない。か、皆無と言っても、いい。むしろ、そ、そういう道には進んではいけない気がする。それに気づかない、あなたじゃない」

「……………。」




武の才能。

その才能が無ければ、戦場では真っ先に死ぬ羽目になる。

人を殺す才能は、自分が生き残る才能でもある。佐天涙子にはそれがないと、小さな少年は言い切ったのだ。


「あなたは一体、まったく才能の無い娘をどうして危険極まりない武の世界に誘い込もうとする?」

「…………。」


迷彩は黙り込んだままだった。

人鳥は迷彩を睨む。


「き、き、きっと、あ、あの人はあなたと、も、もう一人の弟子の才能に、お、押し潰されて、じ、自分の非才に絶望する。―――才能の無い人間は脆いんだ」


最強の幸運と言う名の忍の才能を持ち、忍であるのにもかかわらず優しい心を持つ人鳥は痛いほどわかる。自分の才能に負けて潰れていったいった者たちの心情が。

この世界で一番最初に出来た友人を、なぜ辛い道に誘うのかが理解できなかった。


「ぼ、僕は異例的に、こ、この歳で真庭忍軍十二棟梁になった。そ、その分、ほ、本気で目指していた、ぼ、僕よりうんと年上のな、仲間の忍たちに嫌な目を向けられた事がある」

「…………。」

「だ、だから、お、お願いだ。えっと、あ、あんな明るいあの人を、これ以上、僕たちの世界とは関わらせないで、ほ、欲しい」

「…………………。」


迷彩は腕を組んで、三つほど呼吸をした。

目の前を、露出の大きい作業服を着た金髪の美女が大きな布にくるまれたボードを持って駆け抜けていった。

その後、ふっと息を吐いて、迷彩はこう切り出した。


「そうだね。………なんて言った方がいいかね。――――放っとけなかったからかな」

「……な、」


人鳥はその迷彩の答えに『何を?』と返したかった。しかし、それを遮るように迷彩は立ち上がる。


「さて、私はここでお暇させてもらうよ。佐天の嬢ちゃんによろしく伝えておくれ」


そのまま、人鳥からか佐天からか逃げるように、疾風の如き速さで去っていった。


「ちょ、ちょっと待って!」


人鳥はベンチから飛び降り、手を伸ばす。が、その手の先には迷彩はいない。

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今日はここまでです。ありがとうございました。

佐天「凡人が天才にかなわないなんて道理は無い!!!
いくぞ日本最強!!技の貯蔵は十分か!!!」

七実「花のように散らしてあげる!!」

固有結界・無限の千刀[アンリミデッド・ブレイドワールド]!!!

TAKE 2

上条「最弱が最強にかなわないなんて道理は無い!!!
いくぞ第一位!!バッテリーの貯蔵は十分か!!!」

一方「三下アアアアアァァァァァァァァ!!!!!」

こんばんわ。久しぶりに一週間で書けたので、投稿します。

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真庭狂犬はとあるビルの屋上で肉を齧っていた。

青い刺青。青い忍装束。凶悪な顔……。そして女なのに男らしく豪快に肉を頬張っていた。

少し離れたの屋台にあった牛串焼きである。口一杯に肉汁が溢れ出て、胡椒の丁度いいくらいの刺激がさらに旨味を引き出していた。


「ああ、私たちの時代よりも随分と美味い物を食うようになったね。この時代の人間は」


狂犬は今、四季崎記紀の召喚によって今まで乗っ取ってきた体すべてがこの世界に存在している。

今まで乗っ取ってきた体の数、およそ2000。

全員が青い刺青をしていて、どんな美貌でもどんな年子でも通用して凶悪な表情になるのが特徴というべきか。

要は、この学園都市に青い刺青をした凶悪な顔をした女が2000人いるのだ。

そして、ここで牛肉(学園都市産)を食している狂犬は、幼少の姿をしている。


「あ~美味かった美味かった」


目を瞑って柔らかい肉から溢れ出る肉汁を堪能しつくして、腹を摩りながら狂犬は固いコンクリートの上に転がる。

『食った後に寝ると牛になるぞ』と昔から良く言うが、どちらかというと彼女はその名の通り犬であった。

ゴロンと寝っ転がったその姿はまるで、日向ぼっこをしている子犬のように愛くるしい。だが、その愛くるしさも凶悪な表情でものの見事に打ち消されているのだが。

竹で出来た串を狂犬は加えて、岩鬼正美の葉っぱよろしく小さく振ってみる。因みに狂犬はドカベンを知らない。


「今日はいい天気だねぇ」


誰もいないビルの屋上、人がいる場所では思いっきり言えない独り言を張った声で言ってみる。

絶好の昼寝日和だ。この秋の、風は涼しいが陽は暖かいという陽気が心地よくてつい転寝をうってしまう。というか、もう寝てしまおう。

そう決意し、狂犬は目を閉じた。

心地の良い、甘美なる睡魔に抱かれるような感触は、この世の人間、いやすべての生物が大好きだろう。

うっとり、うっとり、うっとり、狂犬はその睡魔の手招きにふらりふらりと吸いよられるように睡眠の闇へと落ちていく。そして、それを加速させようとしているのか、ひゅー…と涼しいそよ風が狂犬の体を撫でた。


だがその刹那――――――近くのどこかから大爆発が起こった。


「ふにゃぁっ!?」


犬なのに猫のような短い悲鳴を上げる狂犬は跳び跳ね起きる狂犬。

なんだ? なんだ? 何が起こった!?

狂犬はあたふたと慌てたように首を左右回して周囲を見る。


(さっきのは明らかに爆発音……。どこのどいつよ、人が折角気持ちよく昼寝していたのに!)


爆発はどこから起こったのか爆発音と鼻につくコンクリートか何かを焦がす臭いを頼りに探す。


「そこか」


狂犬は走り、ビルから飛び降り誰もいないことを確認しながら路地裏へ入った。そして100mほど走った所にあった爆心地を見つけ、物陰に隠れながら様子を伺う。

そこには、一台のバスが丸焼きにされていた。おびただしい炎に覆いつくされ、文字通りバスは火の車と化していた。

鉄がガソリンに焼かれる嫌な臭いが狂犬の人より利く鼻を刺激する。思わず鼻を腕で押さえてしまった。

と、その時、いきなり炎に包まれていたバスが、何と車内から溢れだした大量の水によって一瞬で消火された。水は水蒸気となって霧散する。


「ッ!?」


狂犬は目を疑う。

その消火されたバスから漂う水蒸気から、金髪の美女が一枚の紙切れを吐き出しながら登場してきたからだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ちょうどその頃、真庭蝙蝠は蓋が少し開いたマンホールから頭を出した。


「………よし、誰もいねえな」


蝙蝠は注意深く周囲を見た後、音もなく、かつ素早くマンホールから飛び出す。続いて真庭川獺がよっこらせとマンホールの梯子に足を掛けてゆっくりとマンホールから出ようとする。と、


「何やってんだい! ちんたらしていると尻に苦無刺すわよ!」

「わっ! びっそうなことやめてくれ!」


川獺の足元から張りのある女性の声が聞こえた。いかにも姐さん的な口調のそれを聞いて、川獺が悲鳴を上げながら飛び出る。

そのあとから真庭狂犬が先に出た二人よりも一段と素早くマンホールから飛び出した。むろん音は一切出ていない。


「忍者たる者、いかなる時も音は無く、素早く行動せよと餓鬼の頃から言っていたじゃない」

「す、すまん狂犬」


真庭狂犬は腕組みをして川獺を宥めた。この狂犬の特徴は大胆に忍装束から素肌をさらけ出し、胸や腹や太腿などはもうほとんど隠していない。

歳は二十代。しわなど一つもない美貌だった。

女性らしい豊満な胸と細い腰と大きな尻が全面的に目立つ体型で、この時代的な表現の仕方では『ぐらまー』と呼ぶらしい。

読者諸君がよく知っているあの、彼女が死ぬ時から一つ前の姿だ。

男が100人いれば100人振り向く、そんな彼女の『器』。しかし、どうしても拭い切れない彼女の凶悪な表情によって器の美貌は青黒い絵の具で塗り潰すかの如く打ち消されていた。しかもがさつで男勝りで女の要素など、彼女の魂には欠片も残っていなかった。

ただ、蝙蝠が子供の頃からずっと変わらずいるその女は、真庭忍軍十二棟梁の一柱として存在していた。

それどころか、何百年も前から存在すると言い張る彼女は、もはや人ではない。彼女にはある意味寿命がないのだ。

そのせいか、真庭忍軍十二棟梁の中でも人一倍、忍びらしくなく『仲間の命』を最も重んじる人物だ。

その狂犬は川獺の事はまぁいいかと許した。

それよりも、感心したようにマンホールを見下ろす。


「しかしまぁ、こんなところによくも地下への道を造ったものね」

「ま、そうだろうよ。普通の建物だったら税金やら土地代やらがかかるし、何より全く無関係な馬鹿が迷い込む可能性がある。それを考えるなら、深ーい穴を掘って、そこに秘密の地下施設に繋げれば穴掘り代しかかからねえ」


蝙蝠はマンホールの蓋を閉めながらそう言った。それを聞いて川獺は、


「だな。マンホールなら一般人には全く目立たないし、下水道の業者たちは最初からマンホールの位置は地図の上に乗っているのしか知らねえ筈だ。よって、この“偽物のマンホール”の存在なんて毛ほども気づいていない。この世界っぽく言うと、いわば秘密基地へのワープポイントなのさ」


“偽物”。川獺は確かにそう言った。

さて、話が分からないだろうか。では、彼らが現れたこのマンホールの中はどうなっているのか見てみよう。

マンホールの蓋を開けると、そこには真っ暗な暗闇が広がり、側面に銀色に光る梯子がその闇へ繋がるたった一つの道しるべのように続いている。

その梯子に足を掛け、一歩一歩、決して足を滑らせて転落しないよう下へ下へと降ってゆく。

一歩、一歩、一歩、ず―――っと、一歩ずつ足を下の手すりに掛けてゆく。

そして、その足が地下、数十mへ達した時……。



今日から始まる、暗部組織限定の『闇大覇星祭』の会場が姿を現すのだ。



そう、このマンホールは『闇大覇星祭』の出場者を含む、学園都市の暗部に所属する者のみが知る秘密の地下への道。

当然、一般人は普通のマンホールにしか見えないし、蓋を開けようとも思わない。

「なんで、普通の人間がマンホールを開けないと?」


狂犬は訊いた。蝙蝠が応える。


「ああ、そうりゃあ、日本人が最も嫌う害虫がうようよいるからだよ」

「は?」


蝙蝠は口を大きく開け、手を突っ込んだ。そして一本の涎でべったべたのスプレー缶を取り出し、やけにダミの効いた声で、


「てれてれってれ~ん、ごーきーじぇっとー」

「…………。」

「…………なんだ、それ」


川獺は引き攣る顔で質問。


「この前、盗んだ『てれび』で青い狸が出てくるやつを見ていたらやってたぜ」

「あ、そ。」

「っと、そんなことはどうでもいい。こいつを普通のマンホールん中にぶっ掛けると世にもおっそろしい光景が拝めるぜ?」


蝙蝠は『ゴキジェット』と書かれたスプレー缶をぶしゅーと地面に向かって吹きかける。嫌な臭いが立ち、狂犬は顔をしかめる。

そしてそのスプレー缶を蝙蝠は狂犬に投げ渡した。吸い込まれるように狂犬の手に収まる。


「ま、それは一人の時にやった方がいい。あとのお楽しみにして取っておけ」

「………? あ、ああ」


実際にやってみたら、2000人もの狂犬が一斉に各地で悶え苦しみ、脳裏に叩き込まれたその光景がトラウマとなるのは、また別の話。

さて、ではなぜ蝙蝠たち真庭忍軍獣組が地下に潜る事になったのか?

それは、裏大覇星祭に出場する為、地下で出場受付にエントリーシートを提出してきたのだ。

まったく、ご丁寧に梯子から降りた所の近くに『出場受付こちら→ Go to!』と妙にフザケタ文体で書かれた紙が壁に貼られていたのには驚いた。なんだこの軽々しさは。

蝙蝠は正直、この大会は学園都市暗部のもので、さぞかし陰気臭いものと思っていた。

だがしかし、歩いてやってきたそこは清潔な広い廊下。その空間には、いくつものLEDが燦々と明るく照らしていた。

そしてあろうことか、


『お、お兄さんたち、これ買わんかね。安いよ』『これいいもんだから、買ってけ』『姉ちゃん。あんたに似合いそうなもんがあるんだが』『見ていくだけでいいから寄って寄って~』


屋台が幾つも並んでいた。

そこで蝙蝠たちを客引きする声がいくつも重なった。

しかも、殆どが的屋……ではなく、銃屋。

それらの店頭には小型拳銃からミサイルポットまで、数多くの武器火器がずらりと所狭しに並んでいた。他にも船が漁船から駆逐艦や潜水艦までもが『大安売り!』と売られていて、プラモデルが代わりに値札を張られて置いてあった。

一般人なら、夏祭りや縁日で見かけるあの屋台と外面は何の変色もない様子だと感じるが、『チョコバナナ』や『ベビーカステラ』、『かき氷』とか『アイスキャンディー』とか『焼きトウモロコシ』とかが書かれているはずの文字がそれではない。

『チョコバナナ』ではなく『チャカバナナ』、『かき氷』ではなく『火器と檻』、『アイスキャンディー』ではなく『アイス』、『焼きトウモロコシ』ではなく『焼き土下座セット』。………一体最後は何に使うのだろうか?

売っている人間は、一般的なお祭りにいる鉢巻きをした優しいおじさんやおばさんではなく、絶対に何かヤバい事をしているだろう人間しかいなかった。まぁ一部は普通の人間がいるが、目が虚ろだったり、腕に注射痕が無数にあったり、小指の根本にぐるりと傷跡があったり……。ようは地の底まで堕ちてしまった人間たちだった。

そう言うところに、暗部という空気があった。

そうそう、どの店の店員もなぜか皆ぴりぴりしていた。どうもこの日が稼ぎ時らしい。顔を包帯と絆創膏で化粧でもしたかのように固めていた『雑貨稼業』と名乗る男にそう言われた。


関係ないが、飲食系もあった。

だが、それも変わった者ばかりが売るもので、よーく名札を見ると『パンダマン』とか『ゴリ煮』とか『しま馬刺し』とか『蒲の佃煮』とか、変な名前の商品名の物ばかりだった。

因みに全部肉である。正体はご想像にお任せするが、ただ、普通ではありえないだろう値段で売買されていた。

そしてなぜか飲食店なのに、横には何十もの獣の毛皮が、まるで『こっちがメインです!』と大々的に並べらべられ、堂々と売られていたのは今でも謎だ。

蝙蝠たちはそんな色々な意味でヤバめの屋台を素通りし、スーツ姿の美人なお姉さんに誓約書を渡されて証明され、最後に親指で血印を押された。

そして何も買わずに地上に戻ってきたのだ。


「………なぁ、やっぱパンダマンって気になるんだが、戻って買いに行っていいか?」

「止めとけ。逝って戻れなくなるぞ」


蝙蝠は、好奇心旺盛な川獺を止めた。狂犬もそれに加わる。


「そうだよ。あんなもん喰ったら十中八九腹壊すから…………――――――っと、二人とも、ちょっといいかい?」


狂犬がいきなり、真面目な顔で……いや、どこか面白そうな成分も入ってる表情で話題を変えた。

表情に気づいた蝙蝠がニヤニヤと質問する。


「なんだ? なにか嬉しい事でもあったのか?」

「いや? そんな事ではないさ。 たった今、“別の私”がとある場面を目撃していてね。―――――実は戦闘が行われている」

「………ほぅ…」

「こりゃ楽しそうな事がわかったなぁ、蝙蝠よ」

「ああ、そうだな川獺。どうやらこの街で何かめちゃくちゃ面白そうな争いごとが起こっているらしいな。で、狂犬、それはどこだかわかるか?」

「ここから離れたところだが、私たちが走ればそれほど掛からない。北北西に二里ほどかね」

「そうかい。じゃあさっそく行ってくる。全く、今日は祭りだからやけにはしゃいじまうぜ」

「近くに行くと私がいる。ほら、ガキの成りしたヤツ」

「やっぱり人数がいると便利だな。じゃ、未の刻ちょうどにここ集合な」


そう蝙蝠が言い、第一歩を踏み出した。と、その前に、


「ちょっと待てよ」

「あ?」


川獺が止めた。蝙蝠の肩を掴む。


「今回は俺が行く。お前はついこの前大暴れしただろ? 今日は俺だ。お前ばっかに良い思いはさせねえ。結構訛ってきたし、ちったぁ運動がしたい」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



さて、少し休憩がてら時間軸が別の時の話をしよう。

学園都市最強の七人の頂点に君臨する男、一方通行は苦虫を噛んだ顔をした。


「ま、少しは運動した方がいいかもね?」


すぐ近くにいるカエル顔の医者からそう言われた。彼の名を一方通行は知らない。通称なら知っている。『冥土返し』だそうだ。

寝起きで(もう昼過ぎだが)、寝癖でボッサボサになった頭でベッドの上にいた。確かに能力を失ったせいである程度の運動能力が必要となったが、爽やかに運動していい汗を掻く気は毛ほどもない。それより、そんな自分の絵面はぶっち切ってキモチワルイ。

そんな悪態をついた一方通行は苦虫を二匹も三匹も噛み砕いた極悪の人相になってしまった。もともとがカタギの人相でないので、もしも小さな子供が見たら泣き叫ぶだろう。

そこで一方通行は百万の文句を、たった一言の言葉で表した。


「…………メンドクセェ」

「その言葉、口にするのは良いけど、彼女の前だという事を忘れてないかい?」

「…………」


一方通行は冥土返しのその質問に答えず、チラリと自分のすぐ横にいる茶色い毛玉を見下ろす。



「ねぇねぇ! ミサカも大覇星祭行きたい! ってミサカはミサカはお願いしてみたり!」



茶色い毛玉…もとい、彼女の名前は打ち止め。または最終信号とも呼ばれる。

一方通行と同じ学園都市最強の超能力者の一人、御坂美琴の軍用クローン『妹達』の最後の一人である。ようは語尾に『ミサカミサカ』と付ける集団の末妹だ。

茶色い髪。茶色い瞳。幼く小さい体を覆う衣は青色のワンピースに男物のYシャツ。そのコロコロと可愛らしい体躯からして歳は10代前半で、普通にランドセルを担いでいてもおかしくない年齢だろう。……が、彼女は最近培養器から出たばかりなので未だに0歳であるった。

二万人の姉たち…普通の妹達なら培養器に出た直後『学習装置』で普通の妹達のような機械じみた感情の無い雰囲気になるのだが、どうしてか彼女は色々と思考が幼い。

そんな彼女がまさに子供らしく駄々を捏ねていた。一方通行の裾をグイグイと引っ張りながら地団太を踏む。


「ミサカも行きたい! お祭りなんだよ!? 年に一度の!!」

「うっせェな。黙ってろクソガキ。行きたきゃ勝手行ってろ。俺は寝る」


と、布団を被る一方通行。打ち止めはそれを見て、


「それ! 完璧にかつ完全にニートのセリフ!! ってミサカはミサカはあなたの将来性を心配したり! ねぇねぇ、行こうよ行こうよ」



とうんしょうんしょとベッドに登り、寝太郎の布団を剥ぎ取って一方通行の体を揺らす。


「それぇ! ってミサカはミサカはずっと前にあなたにされたことをやり返してみたり! ねぇねぇ、大覇星祭行こうよ! ねぇねぇねぇねぇ」

「………」

「ねぇねぇねぇねぇ……」

「………」

「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ!」

「………」

「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇね!!」

「…………」

「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ!!」


ぶちんっ


「うるせェ!」


びくっッ!と打ち止めはいきなりの叱責に臆した。


「ねェねェねェねェ、お前はヤギか何かか? あァ?」

「ヤギはメェメェだよってミサカはミサカはツッコんで……」

「………ッ。」

「ごめんなさいってミサカはミサカはものすごく怖い顔で睨むあなたに謝ってみたり」


確かにキーボードのnとmは間違えやすい。あ、いや、そんなことはどうでもいい。

一方通行は打ち止めの襟首を掴んで冥土返しに摘まんで放り出そうとした。……が、一方通行のか弱すぎる腕っぷしでは打ち止めは持ち上げられず、結局はゴロンと彼女の体を冥土返しの前に転がすことしか出来なかった。だが、打ち止めをベッドから叩き落とすことには成功した。

そして一方通行は冥土返しに、


「このクソガキをどっかにやってくれ」


と言って再度布団に包まった。

だが、冥土返しはニッコリと笑って残酷にこう言った。


「………だが断る…って言ったら?」

「ブチ殺す」


短くそう返す一方通行。

布団から顔を出して睨む。

「ダメだよ? 君がそんなんじゃ、この子が可哀そうじゃないか」

「……本当にブチ殺すぞテメェ」

「君、ここに入院してきてから殆ど外に出てないじゃないか? ………まぁ一回だけ深夜外出したけど」

「いいだろォが、人の勝手だ」

「そう言う、悪い方向の人の勝手を正してあげるのも医者の仕事だよ?」

「………そうかよ。だったら他ァ当たりやがれ」

「それは出来ない相談だね。大体、そこまで運動不足だといずれか太るんじゃないのかい? 君は小食の方だけど、きっとこの先そんな生活だったら体内に脂肪がどんどん溜まっていって、いつかは達磨のようにゴロゴロと転がりながら生活する事になるよ?」、

「………ンなバカみたいな話あるかよ。 つーかよォ、俺の能力は新陳代謝の向上くらいはお手の物だっつーのォ」

「確かに理論上可能だけど、体中がサウナに入っているように熱くなるから、結構しんどい作業だと思うよ? それに、体中の脂肪を燃やし尽くすのは結構時間がかかるんじゃない?」

「一日十分で十分だァ」

「まるで深夜の通販にあるダイエットマシンの歌い文句みたいだね?」

「黙れ。肉団子にして大玉転がしに出場させっぞコラ」


と、まるでテニスのようなラリーを見ている打ち止め。そんな彼女を冥土返しは脇を抱えて、一方通行の目の前に見せるように持ち上げる。


「じゃあ君は、この子一人にあの広い広いあの街を彷徨えと?」

「………」


そう来たか。一方通行は布団の中で今日何匹目かの苦虫を噛み砕く。


「別にいいだろォが。俺みてェな陰険なクソヤロウよりはよっぽど良い選択だ」

「そんな事ないよ! とミサカはミサカは自分の恐怖の顔面にコンプレックスを抱いているあなたを慰めてみたり。 大丈夫、ミサカは何にも思ってないよ!」

「本ッ当にブッ殺すぞクソガキ!!」


堪忍袋の緒が切れた。一方通行は起き上がり、牙を剥ける。が、そこに冥土返しが立ちはだかった。




「いいのかい? こんなに可愛くて愛くるしい女の子を、たった一人で孤独にあの街に出しても。たった一人で孤独に」

「………なぜに二回も言ってンだ」

「今は大覇星祭。外からの来場者はたくさんいるから街は文字通り人でごった返しているだろうね?」

「何が言いてェ」

「そうだね………。たとえば、可愛い女の子…それもまだ幼い女の子に特殊な感情を抱いている人たちが……この子を狙っていたら、どうする?」

「…………。」

「きっと……この子は酷い目に合うだろうねぇ? 一生の深い傷になるかもしれないねぇ? …………もしかしたら、もう戻ってこれなくなったりするかもねぇ?」

「……………本当にブッ殺すぞ。」

「たとえば、の話だよ? 本気にすることじゃないさ。――――でも、そんなことはあり得ない話じゃないよね?」


冥土返しはそろそろ腰が痛くなってきたのか、抱えていた打ち止めを降ろした。


「……だから、そのあり得ない話じゃない話が万が一に起こってしまわないように、事前に防ぐことが必要だね? 一番いい方法は、彼女を一人にしない事だ」


冥土返しは打ち止めの肩をぽんと叩く。何かの合図だろうか、打ち止めはその意を理解し、一方通行に上目遣いでお願いするように手を組んだ。


「一人じゃ寂しいの。だから、あなたも来てくれる? ってミサカはミサカはお願いしてみたり」

「………。」


一方通行は、いままで噛み砕いてきた苦虫を全て吐き出すように、大きく長い溜息を吐いた。

もう、断れなェじゃなェか。

諦めの溜息だった。


「わーったよ。行ってやる」

「ヤッター! ってミサカはミサカは大喜びしてバンザイしてみたり! バンザーイ!」

「ただし、少し見たらソッコー帰るからな」






と、そんなやり取りがあったのはおよそ一時間前。


「って、もォはぐれてやがるじゃねーか」


何が一人にしない事だ。何が一人じゃ寂しいのだ。もうどっちも一人だっつーの。


「ッたく、どんどん一人で進みやがって。こっちの都合も考えやがれってンだクソッタレ」


遅い足の原因の杖を突きながらそう悪態ついても誰もいない。いや、人ならいる。彼の周りには大覇星祭の見物客たちがわんさかと。ただ、


『ねぇねぇ、あの人チョー怖くない?』『わー絶対にアブナイコトやってるよね絶対』『もう目が逝ってるよね』『ねぇーねぇーおかーさーん、なんであの人は髪が白いの? 目ん玉赤いの?』『シッ! ダメでしょ、近づいちゃ。』


だから外は嫌なんだ。特にこういう外の一般人がクソみたいに溢れ出る今日は。外の人間には、彼のなりや恰好は異形の物と差支えない。

白い髪、白い肌。そして血走った赤い瞳。か弱い女のような華奢な体の癖に、何もかもを見ただけで殺せるような威圧感を漂わせている。これが、学園都市の頂点か。

一方通行はざわざわと後ろ指を指してくる耳障りな愚民の声が心底嫌になって、耳を塞ぎたい気持ちになった。それなら能力で音を反射すればいいが、かつての自分は出来ても今の自分では少し支障がきたす。

今は、この耳障りな気味の悪い声を我慢するしかない。

と、そこにこんな声が聞こえた。


『ゼッテェ何人か人殺してるって』


その名前も知らない奴に一方通行は、


(正解者には拍手。)


ま、正確には一万と三十一人。正確に覚えている殺した“人間”の数だ。“人形”ではなく“人間”。それを何人かというレベルじゃない。何万人かというレベルだ。


(より正確には一万三十一人“以上”なんだがな。妹達以外は全く数えてねェし)


これが、咎か。

これが、罪か。

これが、人を殺めた人間…いや、人間モドキへ下された宿命か。確かに、あれだけ人を殺せば人を殺してきた人相になるし、雰囲気にもなるようだ。

この両手は血に染まっているが、今は白に近いただの肌色。だがしかし、人間は本能的にこの手が赤色と認識できるらしい。

一方通行は人ごみに疲れた顔をして、


「…………あのクソガキ、見つけたらブッ殺す…」


そう物騒な独り言を言ってみると、どうやら周りにも聞こえていたようで、さらにざわついた。

ああ、ウザったい。じれったい。邪魔くさい。

一方通行はとうとう我慢できなくて立ち止まり、周りの愚民どもを蹴散らすように睨みつけた。


「…………なんだァ? 用があるなら言って来いよ」


その一言で、通行人たちは全員怖気づき、一斉に目を背けて速足で一方通行から離れていった。………のだろうか。彼の周りは、まるで何事も無かったかのように通行人たちは過ぎ去ってゆく。

川の流れのように人々は、一方通行を見向きもしないで通り過ぎる。―――まるで自分は、小川の石ころの様だった。ぽつんと取り残され、一歩も前に進めない、小石。

あたかも、さっきま耳に聞こえていた声が幻聴だったかのように、人の流れは一方通行を置いて流れてゆく。

幻聴か、それとも現実か。


軽く息を吐いて一方通行は耳を小指でほじる。


「…………ったく、メンドクセェ」


結局、曖昧なまま一方通行は足を進めた。


ここまで違い過ぎるのか、人と自分は。

臆す人、臆される自分。怯える人、怯えられる自分。陰口を叩く人、陰口を叩かれる自分。…………孤独な、自分。

自分だけ毛並みが違う。それだけで幼少より毛嫌いされてきた。

まるで童話にある『みにくいアヒルの子』の様だ。アヒルの群れの中で叩かれ続けて生きてきた主人公と自分をかぶせてみる。

まぁ、あっちは白く美しい白鳥で、こっちは真っ赤な醜い人間モドキだ。最終的には醜いまま堕ちてゆく。現実はそんなに甘くできていない。

ハンス・クリスチャン・アンデルセンの名作物語は所詮、現実離れした空想劇だ。

結局、みにくいアヒルの子は終始一貫みにくいアヒルなんだ。白鳥なんかになれはしない。

絵本の中の物語は、ただの幻想にしか過ぎないのだから。

過去現在未来延々と、一方通行という人間モドキは人でありながら人の道を歩めず、不格好に藪の道と茨の道を歩む。それが、宿命。

重罪人である一方通行に与えられた罰であり咎である。


(ま、そンな事、ずっと前から百も承知だけどな)


と、自嘲してみる。

この俺に、日の光が似合う訳がない―――と。



しかしその中で、一方通行は一人の少女の姿を思い出した。



じゃあ、なんであの少女はこんな自分にあそこまで愛想をつく?



必死になって藪と茨の道から人の道へと引っ張り出そうと顔を真っ赤にさせて自分の裾を引っ張っている。

白い目に見られるから止めろと、お前には関係ないと、どんなに言っても突き返しても諦めず、ずっとめげずに裾を掴む。


――――――――――………どうしてだ?


最後に見た、自分に早く追いついてよと笑う彼女の後姿が脳裏に浮かんだ。

あれは紛れもなく、自分に対する恐怖も嫌悪も憎悪も何もない、無垢な感情。真っ白で眩しすぎる背中。つい、目を細めてしまう笑顔。そして、耳を塞いでしまいたいほど幸せそうな声。


(もォ、あれからどれくらい経ったか。クソガキと出会ってから)


この約一か月で、一方通行にトコトコと付きまとう茶色い影に出会ってから、人生がガラリと変わってしまった。

いや、決定的に変わったのは、あの無能力者に敗れた時だろう。

普通に一か月前まで同じ顔をした人間を追い回して惨殺してきたのに、今じゃあ彼女らと同じ顔をした幼児に懐かれている。

今思い返したら奇怪な話だ。

だが、あの妹達は自分の事を一生許さないだろう。その姉の御坂美琴も自分の事を一生嫌悪し続けるだろう。

一万回も殺された人間とその姉に恨まれながら、一万回も殺してきた人間と同じ顔をした幼女に笑顔を向けられながら、一方通行は腹から滲み出る後悔と罪悪感に少しずつだが確実に毒されていくだろう。

これが罰と咎と宿命という名の―――呪いなのだ。








「―――――――と、君はそう思っているのか?」









その時――――声が、聞こえた。



「――――…………ッ!?」



いや、違う。後ろから問いただされたのだ、自分に。


しかし、一方通行はドキッと腹の中で何かが跳ね起きるのを感じた。



(――――心を、読まれた?)



一方通行は声がした方へ振り返る。

と、そこで彼は絶句する事になる。


「…………………な、」


目の前の光景が、ピタリと静止したのだ。

先程まで、ざわざわと騒がしく前後に流れていた人の波が、一斉に静止した。

右前にいる体操着を着た女子高校生は友人と話している最中で静止していた。手に持っていたアイスクリームが溶けて零れ落ちている。そのアイスも彼女と同様、空中に浮いているが如く静止していた。

上空を見てみる。どこかの子供が手放してしまったのだろう。一つの風船が空の中で静止していた。

あれだけざわついていた街並みが、静寂なる空間に変貌したのである。


「――――どうなってやがる」


いつからだ? いつ変わった?

そうだ、自分が振り返った瞬間だ。振り返った瞬間、自分以外の風景が青色に静止した。まるで写真の中に迷い込んだかのように。

こんなことをやってのけるのは、この学園都市の住人しかいない。だが、こんな時を止める能力なんて聞いたことがない。

しかし現実、世界が静止している。音も静寂のまま、黙り込んでいる。

動ける人間は、この世界で一方通行ただ一人。―――いや、もう一人。この現象を発生させた張本人だ。

考えられる可能性は―――……一方通行に対する攻撃。

報復か。それとも復讐か。はたまた意気上がった哀れな挑戦者か。


「時間静止能力か……。見たことも聞いたこともねェ能力だったもンでちっとばっかし驚いちまった」


一方通行はニヤァと口元を以上に吊りあげさせて、


――――面白い。



「ほォら、出てこいよォ。俺をあまりおちょくってっと、上空遥か彼方にブッ飛ばしてェ真ッ赤な花火にしちまうぞ?」


―――首にあるチョーカーに触れた。

と、そこに、また声が聞こえた。

先程問いかけられた声と同質のものと一方通行は認識する。


「そうだね、確かに今日みたいな運動会日和には花火は最高だけど、そんな汚い花火は場違いじゃない?」

「そうだと思うなら出てこい。俺に何の用だ」

「やれやれ、そうせっかちにならない方が今後の身の為じゃないかと思わないのか?」


声の主は、呆れたような声の表情で姿を現した。


「いやぁ、こんにちわ。」


静止した人間の間からヒョコッと、それは現れた。

その姿を見て、一方通行は眉をひそめる。


「…………女?」


そう、声の主は女だった。歳は一方通行と同じくらい。

身長はそれほど大きくは無かった。160cm前後か。

常にニコニコ柔らかそうな表情をしているが、どこか強い芯のある印象を持っている。整えられた顔立ちはどこか活発そうなところがあった。

腰まである長髪は頭頂部はツンツン、背中に流れるにつれてバサバサとしていて所々はねている茶髪だった。だが、元々の色が黒で、茶髪に染めたのだろう。染めてから時が経っているのか、頭頂部が黒かった。だがそれもどうしてなのかヘアースタイルとして成立している。

胸は大きく、どこか母性を感じさせる雰囲気があった。(まぁ彼にそんなものを感じる器官は無いのだが)

そして学生なのだろう。どこかの高校のセーラー服を着ていた。


「こんにちわー。君が一方通行くんで良いんだね?」

「あァ? それがどうした。俺の顔を知らずに襲い掛かってきたってェのか?」

「いやいやそんな物騒な事をしに来たんじゃないよ」


女はニコニコと右手を振った。


「君にある物を授けに来たのさ」

「はァ?」


一方通行は予想していた事態とは全く違う状況に持って行く彼女に、つい素っ頓狂な反応をしてしまう。


「……いらねェよ。なンだァ? 時間を静止させておいてキャッチセールスってか? 悪徳商法も大概ししやがれ」

「いや、君にお金を払ってもらうなんて考えてないよ。タダだよタダ。無料配布。そもそも、イチ学生にお金を巻き上げようなんてあくどいこと出来ないし」

「じゃあ貰っといてやるからさっさと差し出しやがれってンだ。俺には時間がねェ」

「大丈夫だよ。時間は止まっているから」

「………テメェ、言っただろ。俺をおちょくってっとホントに汚ェ花火す―――――」


と、一方通行は女に向かって駆け出そうとした。右足で地面をければ、軽くスポーツカー並の速さであの女を捕える事が出来る。


―――――が、その直前。


「しっかし、君にはこの姿が女に見えるんだねぇ」


駆けだそうとしたその時、女が一瞬で一方通行の鼻先に現れたのだ。


「―――――ッ」

「そんなに驚かなくていいよ。身構える必要もないよ。戦闘する意思はないから」


アハハハハハッ、と明るい笑顔で女は笑う。が、一方通行は地面をトンッと踏み込んだ。すると、ただ踏み込んだだけなのに、ゴォッ! とコンクリートは砕け、その破片が女を襲った。だがしかし、


「アハハハハッ、こっちだよー」


その破片は空振りに終わっていた。女が一方通行の背後にいたからだ。

一方通行は冷めた目で背後に腕を払う。が、それも空振り。今度は、女は近くにある街灯の上で腰を掛けていた。

女は高い位置から一方通行を見下ろす。


「なるほど、君は本当に臆病なんだね」


と、女は言う。一方通行は女を睨んだ。


「何のことだ」

「だってそうだろう? 人がこうやって親切に近づいてきたら、君はその人を殺そうとした。これを臆病と呼ばなくてなんと言う?」

「…………。」

「図星かい? まあしょうがないよね、常日頃から身の程も知らない不良に襲われる非常に危険極まりない生活を送ってきたり、いつもスーツを着た変態科学者がやってくる日常を送ってきたりしてきたからね。―――ま、後者の人に捕まったがゆえに、そうやって罪悪感に浸っているんだけど」

「…………。」

「自分にトコトコついてくるあの子が自分を恨む不良に襲われたらどうしようか。あの実験のようなことがまた起こってしまったらどうしようか。君は怖くて怖くてしょうがないんだ」

「………くきぃッ!!」


一方通行は地面を蹴った。ニコニコと笑う女を本気で殺す為、街灯へ一瞬で駆ける。


「オイ、最終勧告だ。テメェが何様かは知らねェが、イイ加減そのクソ生意気な口を閉じやがれ。」

「――――これも、図星だね」

「ブチ、殺す」


音速を超える右の毒手は女の血流を逆流させようと女の体へ直進する。が、女は後ろに倒れる様にそれを避けた。そのままスルリと街灯から抜け出し、真っ逆さまになって落ちてゆく。そしてくるりと回って華麗に着地した。


「まるで狂犬だ」


女は一方通行に微笑みながら諭す。


「怖いから噛み付く。怖いから壊す。怖いから殺す。あれ? 何が怖いかって? それはたった一つ。自分のせいで君の事がだぁい好きな女の子が不幸な目に合うことだ。自分の過去の清算があの子に降りかかってしまう。だから君は動くのさ、そうなる前に潰そうと。あの子の安全の為に。あの子の未来の為に」

「うるせェよ、その口閉じろッつただろォが」


一方通行は女に向かって落ち、流星の如き蹴りを食らわせようとした。が、着弾した時にはもう女はそこにはいない。


「聞けないね」


女はダンスを踊るようにくるくると一方通行のすぐ横で回っていた。



「あの子は君に無垢なる微笑みを与える。彼女にとってそれは君に対する“愛情”なんだけど、それは君にとっては眩しすぎる太陽だ。すぐに目を背けてしまっている。まるで日の光を浴びると灰になってしまう吸血鬼のようだ」

「イイ加減に黙りやがれってンだッ」


一方通行は机の上の物を腕で払い、ぶち壊すのように女へ腕を払う。が、それも空振り。体を反らされた。


「黙らないよ。君を見ていると、正直言って本当にイライラするからね」

「テメ…」

「そんなに怯えるなよ。そんなに臆するなよ。そんなに怖がるなよ。そんなにネガティブに考えるなよ。人生不幸な事ばかりじゃないぜ?」


女は一方通行に微笑みを与える。


「人間の人生、巧くできていてね。幸せと不幸は実は同じくらいあって、足すとプラスマイナスゼロになるようにできている。あれ? でも君は今まで不幸な人生を歩んできたよね? だったらこれからは超幸運な出来事がフルコースのように出てくるって事? ねぇ、君はどう思う? 君がこれから歩んでゆく人生は薔薇色か?」


女は一方通行の回答を全く聞かず、間髪入れずに正解を叩きだす。


「ところがどっこい。君の人生はこれからも永遠真っ黒だ」


ニコニコと残酷に強く言い放った女に、一方通行が吠える。そこは彼の逆鱗だったからだ。


「ッるっせェ。 なに人の人生語ってんだ。アァ? 勝手に人生相談始めてんじゃねェよ。インチキ占いはよそ行ってやりやがれ」


一方通行はそう低い声で地面を踏む。またコンクリートの破片の散弾が女を襲う。


「ああ怖い怖い。そんなに吠えなくても襲わないよ」


が、女は上空に飛び、一回転しながら一方通行を飛び越えて背後に回った。


「そう悲観するなよ。君の人生は真っ黒だが、それを薔薇色に塗り替えるのは君次第だ。―――知っているかい? とある精神学者は『人の幸不幸は過去から現在、現在から未来の状況の向上の差である』って言ったんだ。」


聴いているのか、聞いていないのか、一方通行は攻撃を繰り出した。女は笑いながら軽々とそれを避け続ける。


「例えば、街の食堂に行って『ああ、ご飯がマズイ。不幸だ』と嘆く事がよくあるだろう? でもね? アフリカやインドの貧困街に行ってごらんよ。“ご飯を食べることができる事が、涙を流すほどに幸運な事”なんだ。彼らは日常的に腹が減って餓死するし、日常的に疫病に罹ってもそのまま放置されて病死する。それどころかその死体もそのままほったらかしにされて猛獣の餌になってしまう事が多い。彼らは人としての人生を歩められないんだ。それなに君たち都会人はたかが飯の不味さに嘆く。それこそが、これ以上ない幸運だと地にひれ伏す人がいるのに」

「何が言いてェ」

「君はもうあの地獄から抜け出したんだよ? もう君は人を殺さなくて済む状況にある。それどころか異形の者になってしまった君を心から愛してくれている人がいる。そんな地にひれ伏し涙を流すほどの大きな“幸せ”を、君は“不幸”だと吐き捨てているんだ」


女のセリフが耳に届いたその時、一方通行の頭の中で血管が切れた音がした。


「テメェが俺に何語ってんだ!! テメェに俺の何がわかるってンだ!!」

「わからないね。ただ言いたい事は、イライラしているんだよ君に。―――君は地獄を抜け出し、やっと日の当たる人生を送れるというのに、それを不幸と呼んで道に落ちてある幸運を全く見向きもしない。 それを勿体なくて勿体なくて、居ても経ってもいられなくて、とうとう出てきてしまったんだよ」


女は笑いながら、繰り出され続ける彼の一撃触発にして必殺の攻撃を、うねうねと避け続ける。

そしてとうとう、一方通行の息は上がったのか、攻撃の手を止めた。

ハァハァと荒い息をし、額から滑り落ちて顎に溜まる汗を拭う。激昂してしまったせいで、少ない体力を減らしてしまった。

女はそれを見て、ニコリと笑って両手を広げる。


「君は今、『クソが、このどうしようもねェ悪党に、人の道が歩けると思ってンのか?』とか思っているだろ? いやいや、そんな事は無い。―――歩けるね。君が望むなら」

「だったら望まねェ。願いもしねェ。俺のような人間モドキが、あいつの横にいる資格はねェ。ただ、俺はアイツらに茶々入れるクソヤロウどもをブチ壊すだけだ」

「アハハハハハッ、だから君はいつまでたっても進歩がないんだ。」



女は笑い、


「いい加減ポジティブになろうぜ。素直になって見てみろよ。下を向いてばかりいるなよ。前を見て歩けよ。 君に憑りついているのは呪いじゃない。罪でも咎でもない。ただの自意識過剰な妄想だ。」


そう吐き捨てた。そして溜まっていたのか、口から次々と吐き出した。


「それを君は何を血迷ったのか自分に枷を付けてしまった。そして君は彼女を守るために常に警戒心を尖らせている。―――罪滅ぼしのつもりかい? いやいや、彼女は…いや彼女達は君に何も恨みは持ってないよ。むしろ後悔している。ところが君は、それを知っているのに押し返して、ぷいっと知らないふりをして罪人のふりをしている。」


女はすーっと息を吸って、溜息のようにただ一言、一方通行という学園都市最強の男をこう現した。



「――――――ああ、なんて幼稚な男なんだ」



「………なッ」

「だってそうだろう? 今まで散々殺しておいて、謝りもせずに勝手に守っておいて、殺してきた相手から守ってくれたお礼をしたいと言われても断固拒否して距離を置く。まるで頑固に駄々を捏ねる子供だよ、君がやっている事は。そんなに孤独が好きなのかい?」

「ふざけんなッ!」

「ふざけるなはこっちのセリフだね。 君がこのままなら、君は不幸なまま。彼女は全く振り向いてくれない君に絶望するかもしれない。ほら、君が味わってきた地獄とは別の不幸が訪れるよ」

「……………。」

「だったら大人になれよ。 彼女の愛情を甘んじて受け入れろよ。 道端に落ちてある幸運を素通りするな。柔軟に生きろ。いつまでも硬派を気取っているな―――――これが、君が学習するべき教訓だよ」


女はそう言って、なぜか黙っている一方通行にいつの間にか近づき、首のチョーカーに触れてボタンを押した。

一方通行は持っていた杖をギリッと握り、重い口を開いた。


「……テメェ、何モンだ」



女はニヤリと笑った。

そして柔らかく暖かい笑顔を彼に向ける。




「紹介が遅れたね。こんにちわ、彼我木輪廻と言います。正直信じないと思うけど、仙人です」





彼我木輪廻という仙人の出会いは、一方通行の人生においてもう一回の分岐点だった。





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今日はひとまずここまでです。ありがとうございました。
また書けたら投稿します。
ああ、やっぱり起ってしまったキャラ崩壊。読者の方々だけは怒ってしまわないでください……。

こんばんわ。投稿します。

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オリアナ=トムソンはその頃、街の中を歩いていた。

今の服装は、先程までの作業着とは全く違っていた。着替えたのである。先の戦闘で胸のボタンが飛んでしまったからだ。

腰に巻いてある赤い腰布から足首まで長く白い帯が簾のように垂れていて、腰布の上にふた昔前のアメリカ映画のようなベルトを巻いていた。そして上半身はチューブトップで豊満な胸を抑えるだけであった。

まぁ何とも露出が多い恰好な事だ。リドヴィアが見れば呆れ返るだろう。

だが、そんな事を言っているほどほのぼのしていられない。


(刺突杭剣の正体が使徒十字だってことがバレた今、今度は私がイギリス清教を足止めしなくちゃね)


この状況は予期していたが、油断大敵であることには変わりない。

うっかり敗れて、学園都市の外にリドヴィアと使徒十字がいる事を諭されてはいけない。

あくまで、“自分が使徒十字という霊装の設置場所を探している”と思い込ませなければならない。

これだけは決してバレてはいけない。決して気づかれてはいけない。

これはある意味ポーカーと似ていた。

自分が考えていることを、目的も、行動も、自分の素顔を見せてはいけない。

偽物の自分を見せつけ、演じ、彼らにポーカーフェイスを向けなければならない。

だが、『A pancia si consulta bene.(腹が減っては戦が出来ぬ)』と諺にもある通り、昼抜きで戦うのは正直辛いし得策ではない。

この時間帯なら、あの追手たちも作戦会議がてらの食休憩に入っているだろう。

そこで、オリアナも昼食をとることにした。

ふと見かけた喫茶店に入ることにした。

念の為、ドアに誰も入ってこないよう魔術を仕掛けて(店には申し訳ないが)ドアノブを捻った。

カランコロン…。

オリアナがドアを開けると、静かな空間に包まれた。古風な、そして温かみのある店内。

静かな雰囲気と、古いアナログレコーダーから優しいクラシック流れてくる。

客は一人もいなかった。ただ、歳は六〇代半ばの白髪と口髭が素敵なご老人がマスターなのだろう。ひっそりとグラスを拭いていた。

外の喧騒とは全く別の世界。

まるで、別の世界に迷い込んだような錯覚を感じた。

だがそれで、さっきまでの緊張感は上手く解れた。思わず笑みを浮かべてしまう。

オリアナは奥の窓側の席に座った。

日当たりが良い、しかしきつくない、お茶をするなら取って置きの席だった。

綺麗に並べられたテーブルの上のメニューを広げ、書かれてある料理を一通り見る。 すると、


「いらっしゃいませ。」


マスターは静かに盆に載せたお水をオリアナの前に置いた。


「御注文は何になさいますか」


丁寧な言葉使いだった。


「じゃあ、これちょうだい。それとコーヒーも。エクスプレッソね」

「かしこまりました」


マスターはそう一礼をして、静かに厨房へと向かった。


それを見送ったオリアナはメニューを閉じ、ふーっと息を吐く。

ここはリラックスできて良い所だ。また学園都市に来ることがあるなら、来てもいいくらいだ。

耳の片隅でクラシックが静かに肩を叩く。

おっと、こうやってただぼーっとしているだけで時間を終わらせる暇も尺もない。

オリアナは胸の谷間から単語帳を取り出した。それと、端に穴の開いた何も書かれていない紙切れと五色の蛍光ペン。

これまでに使った速記原典の補充である。

さて、あの三人を今度はどうやって引っ掻きまわそうか。ああ、それと、急に襲ってきた正体不明の忍者二人組も。

確か、『真庭忍軍』とか言ったっけ。

あの男、逆さ喋りの白鷺こと真庭白鷺はそう名乗った。

そう言えば白鷺の妙な術、『真庭忍法逆鱗探し』はどうして解けてしまったのだろう。あの男が激怒した瞬間になぜか解けた。まるで、彼の怒りが鍵だったかのように。

まぁ、そんなことを今考えてもしょうがない。


「…………それよりも、そのネタ頂き♪」


オリアナは紙切れの一枚にすらすらと英単語を書き綴る。それからも、次々と術式のネタを考えては書き続けていった。


「そう言えば、あのツンツン頭の坊や………一体何者なのかしらね」


あの右手は、オリアナが繰り出したあらゆる魔術をいとも簡単に打ち消してしまった。

イギリス清教の神父と行動を共にしている面から、きっと魔術となんらか関係のある人物なのだろう。

だが彼の行動は明らかに素人のそれだった。

尾行はヘタクソだし、自分を殴り飛ばした後、あっさりと油断して倒れた仲間の元へ行った。もしもオリアナが本気だったら後ろから殺している。

恐らく生粋の学園都市の生徒なのだろう。この血なまぐさい争いとは全く無縁の。

……なぜか魔術サイドに関わるだけかはわからないが、今は置いておこう。

彼の身体能力なら問題ない。第一敵ではないし、片手で相手できる。だが、問題はあの右手だ。あの右手がある限り、速記原典をいくつ重ねても打ち砕かれてしまう………。


「―――でも、お姉さんも馬鹿じゃないわよ」


オリアナはそう不敵な笑みを浮かべ、窓の外の空を仰いだ。

きっとあの少年もこの空を見ている。

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御坂美琴に付きまとう薄汚い猿を抹殺する為、白井黒子は車椅子を猛スピードで走らせていた。


「殺す殺す殺殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……………」


血走った眼で上条当麻を首を探すその様は、もはや鬼と化していた。

全身からゴゴゴ…ッと溢れだすその殺気に、すれ違った人間はたとえ大の男としても一瞬ビクつくほどだった。

彼女が通る道には、そうした気迫に圧倒された大人たちが彼女を怯えた目で見ている。

彼らの目からは、彼女の体には北斗の拳のケンシロウかガンダムのジュドーみたいなオーラ的なものがハッキリと見えていたのだ。

―――……きっと、ハマーン様もこんな気持ちだったのに違いない。

一人の男はそう確信した。

一方、黒子はそのことに全く興味が無いのか、そもそも気が付いていないのか、見向きもせずに車椅子のタイヤを高速回転させながら突き進む。

そしてまた一人、


「…ヒ、ヒィ!」


今度は実行委員会の高校生を危うく轢きそうになった。高校生は転がって避けたから無傷で済んだが、黒子は無視して真っ直ぐに走って行った。

そのまま数分走り続けたところだろう。

黒子は左へほぼ直角にカーブする曲がり角を速度をそのまま下げずに、『空間移動』で向きを変えながら曲がる。

ギュリギュリギュリィィィィ!!

あたかもドリフト走行の様だった。地面に二本のタイヤ痕を残し、黒子はそのまま何事も無かったかのようにひたすらタイヤを回す。

―――――と、ちょうどカーブを曲がり切った所だった。

見知った茶髪の少女の影を視界の隅で探知した。

道を走っている御坂美琴だった。


「―――――ッ!!」


ぐりんッ! と首を不気味に動かし、美琴までの距離を大きく見開かれた眼で図る。

およそ100m。

普通の人間ならその距離にいる人間の判別は難しいが、美琴お姉さまと愛の鎖で繋がれた白井黒子は、愛のお姉さまレーダーがある限り半径1kmなら探知など容易い。


「フッフッフッフ、そこにおいでにいらしましたか…………」


ああ、何という事か。あの麗しき御坂美琴お姉さまと再開出来ようとは。今日だけは神に感謝したい。

黒子の表情が美琴との再会の歓喜と一人の男への殺意で塗り替えられた。

当初の目的はあのツンツン頭のウニ猿の抹殺だったが、美琴の傍にいくのもまた一手だ。お姉さまの元にいれば排除対象の出現率は跳ね上がる。

ああ、それと、お姉さまは今、結標淡希というアンチクショウにお命を狙われている。

お姉さまを守らなければ、何がパートナーか。



―――――――ここは、命に代えても、


常にお姉さまに付き従い、常にお姉さまと共に行動し、常にお姉さまの為に存在する。

御坂美琴あれば白井黒子あり。

御坂美琴の傍に白井黒子あり。

黒子はどこかへ走っている美琴の背中へと、また車椅子の速度を上げた。

全ては愛するお姉さまの為。


―――――――お守りせねば。


「おね゛ぇえさまぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


だから彼女は、今日もいつもの如く愛の僕としてお姉さまの元へ駆けるのだ。



例え、どんなに否定され続けても。



美琴は背後から突進してくる黒子に気づき、猛スピードでやってくるその車椅子を華麗に躱した。

ドンガラガッシャーン!!

漫画のような破壊音が鳴り響く。

黒子はそのまま道の外の街路樹にクラッシュしてしまった。ド派手な音がしたが、果たして無事だろうか。

いや、そんな小さき事などお姉さまとの再会の喜びに比べたら屁でもない。

だが、


「直前に避けるとは酷いですわ………」


こんなに嬉しいのに、避けられた。……再開を分かち合いたかったのに。

そんな『心の痛み』で黒子は涙目になる。

しかし美琴はその一言を激突して痛いという『身体の痛み』と勘違いし、


「ごめん黒子。私急いでいるから」

「ど、どうされたのですのお姉さま!」


黒子は美琴の手を掴んだ。

一体、美琴は何に急いでいるのか……。


「ハッ、」


と、黒子の頭に一つ仮説が浮かび上がった。


「まさか、あの猿に何かされて……いや、それとも結標淡希に襲われて逃げている途中………」

「………は?」

「しかし! 今はこの白井黒子、弱力ながらもお姉さまをお守りいたしますの!!」

「ちょ、ちょっと黒子?」

「前々からそうだと思ってのですの、なんでこうもあの猿とお姉さまの遭遇率が高いと思っていたら、やっぱりあの猿がひょこひょことお姉さまに付きまとって………」

「あのー黒子ーもしもーし」

「ともかく!」


クワッ! と黒子は殺意に満ちた顔で美琴に迫る。


「はい!」

「お姉さまのお命と貞操は、この白井黒子がお守りいたしますので、どうぞご安心してください!!」

「あのー私、親にプログラムのー」

「よろしいですの!」

「あ、もうそれでいいや」


こうなった黒子はもう誰にも止められない。

黒子は美琴の手を放し、あたりを見渡す。


「さて、私がお姉さまを発見できたとすると、もうそろそろあの女狐も来るころでしょう……か。」

「黒子、女狐って誰?」

「結標淡希ですわよ。借り物競争の時のニュースで、お姉さまと猿が(気に喰わないが)戯れになられているのを見てお姉さまのお命を狙っていたのですの」

「戯れ…?」


美琴は借り物競争での上条とのシーンを思い返す………。


「………もしかしてあのシーン、流れてたの?」

「もちろん。学園都市中に流れていましたわよ」


美琴は顔が恥ずかしくなって紅くなっていくのを感じた。と、そんな美琴を他所に、黒子はとある人物を発見した。その途端、口がにやぁと歪む。


「ほぉ、おめでたなのですのね」


その一言に、美琴はへ? と黒子が見る方向へ首を向ける。

前方20mか銀髪碧眼のチアガールのお腹に抱き着く、上条当麻の姿があった。

それを見た瞬間。御坂美琴は鍛え抜かれた瞬発力を発揮するように上条へダッシュ。そして拳に全体重と電撃を込めて、未だに彼女の存在に気付かぬ彼の顔面にブチ込んだ。

見事に不意打ちを食らった上条は面白い様に吹っ飛ぶ。そしてずさずさずさ~~~~とアスファルトの上の少ない砂埃を立てながら転がった。


「ふん!」


美琴は百万の怒りを拳に代えても収まらない激情を、何とか抑え込もうとしていた。

これ以上やると体力の無駄だ。美琴はそう判断したのだ。


そんな彼女に、金髪碧眼の少女…インデックスが隠れるように身を寄せた。


「……ん?」


美琴はいきなりの事に驚き、インデックスの方を向く。そしてインデックスの顔が赤面している事に気が付いた。

その時、向こうから声が聞こえた。


「が…ぁ………な、何しやがるいきなり!」


大の字に地面に倒れる上条は叫んだ。

が、そこで彼は異変に気付く。右手に、何か輪っかのような布が握られていたことに。それはまるで女性が穿くスカートのように思えた。そう、チアガールが穿くような。

美琴はインデックスのスカートがあの男に無理やり剥がされたことを理解し、怒りのヴォルテージがMAXに到達した。

黒子も上条抹殺で動いている為、チャンスと思ったのだろう。足からダーツを取り出す。


「あ……あ………」


上条は美琴の怒りの迫力と黒子の殺意に、本能的に危険を感じた。

ヤバい。本当にヤバい。

ここで捕まったら、大覇星祭どころかオリアナ捜索までも出来なくなる気がする。

そして上条はいつもの口癖を叫ぶのだ。


「ふ、ふ、不幸だ――――――――――――――!!!!」


上条は脱兎の如く逃げだした。

後ろから美琴が放った電撃の槍と黒子が投げたダーツが飛んでくるのがわかる。本能的にわかる。NTでなくてもわかる。とにかく逃げなくてはやられる。いや、殺られる。

だがしかし、普通の人間はどんなにあがいても雷のスピードには勝てないし、ダーツの投げるスピードにも負けるのが物理的常識。どこかの聖人でもない限り不可能である。

上条は覚悟した。背中から電撃の槍で貫かれて感電死されると同時にダーツによって刺殺されるのを。

痛みに耐える為、目を瞑って走る。

が、どういう事か? いつまでたっても電撃もダーツも来ない。

だが、後ろを振り向いている暇はない。上条はそのまま全力疾走で走り抜けていった。








上条が逃げ切って見えなくなったところで、彼と入れ替わるようにとある人物の影が飛来して来た。


「危ないわね。 ええ、本当に危ないわ」


影は黒子と同様、いや同種の車椅子に乗っていて、カラカラとタイヤを回しながら美琴と黒子へと向かう。


「あなた達、超能力者と大能力者の癖に無能力者を虐めるのは、少し酷いんじゃない? 全く、空間ごと電撃と蠅を別の空間に飛ばさなかったらどうなっていたのやら……」

「…………あなたは。」

「こんにちわ、また会ったわね。 会いたくなんてミジンコほどにもなかったけど。この視界にも入れたくなかったわ。」


影は車椅子のタイヤを握って止め、立ち止まる。


「…………ねぇ、貴女達………あの人に何をしたかわかっているのかしら?」


丁寧な口ぶりだが、怒気と殺気が迫力となって言霊と共に彼女らの全身を覆う。


「ねぇ、訊いているの。……………あの人に………何をやったのかしら?」


影は女だった。しかも高校生。髪型はうなじから垂れる様にツインテール。ブレザーを羽織っていて、校章から霧が丘女学院の生徒だとわかる。そしてそのブレザーの下には胸を隠すようにサラシが巻かれていて、腰のベルトには軍用ライト。

そしてその手には――――『千刀 鎩』が握られていた。


「もう一度訊くわ。よぉく耳をかっぽじって綺麗にしてから聞きなさい」


結標淡希は、笑っていない笑顔のまま、背中からどす黒い何かで美琴と黒子を脅し倒すように、


「私の大事な大事な上条くんに何をしたの? 親切に私に言ってくれたら―――――ご褒美に首の頸動脈を斬るだけで楽に殺してあげる。」


鎩を鞘から抜いた。

見事な刀身の輝きが、天から降る太陽の光を反射して鏡のように光った。その光が、殺気と迫力によって身構えていた美琴と黒子の目に直撃した。


「う……眩し……ッ」


美琴は思わず目を腕で覆う。が、それが隙となった。

結標は座標移動で彼女らの背後に回ったのだ。


「は、速いッ」

「そりゃあ、空間移動系の能力者だもの。………あら?」


と、そこで結標は見知った顔と出会う。


「インデックスちゃんじゃない。 どうしたの? こんなところで」

「…………ヒャッ!?」


結標はインデックスと共に座標移動し、美琴と黒子から少し離れた場所へと飛んだ。

こんばんわ。 遅くなりましたが、投稿します。

すいませんでした。 色々と書いていると、長くなって投稿する暇がなかったです。…といってもいいわけにしかならないのですが。

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そんな頃、オリアナは追手の気配に気を配りながら、地下鉄から出る階段を登り切った。

敵はいない。その事を確認し、近くの人があまりいない雑木林が両サイドに生い茂る道を流しながら走る。

よし、ここまでくればもう追手はこないだろう。


「使徒十字の準備はまだ先でしょう。私はどうしようかな……」


恐らく、あの少年たちとはもう一戦交えるかもしれない。しかも、神裂火織も参戦する可能性が出て来た。それと、真庭忍軍とやらの動きも気になる。

白鷺と喰鮫……あれらともう一度見合ったら正直、逃げ切れる気がしない。

だが、白鷺はともかく喰鮫の鎖刀を破壊する事は出来た。恐らく…半々の確率であまり信じられないが、きっと、あの二人は撤退したと考えてもいい。あくまで恐らくの話だが。

残るは神裂火織……。


(対聖人用の術式の考案ってもの、面白いモノかもね………)


と、自分の発想と閃きと機転を探す為、思考を巡らせる。

追手はこない―――そう思っていたのが過ちだった。


ドッ!


脇に、衝撃が走った。


「ふぐぁっ……」


鈍い激痛が脳天に叫ぶように訴えてきた。右脇…ちょうどそこには人間の急所の一つ、肝臓がある。

綺麗にそこを叩かれた。

メキメキメキ……。肋骨の6番と7番が悲鳴を上げる。オリアナは激痛を堪え歪む目で右下を見る。

―――そこには、一匹の犬のような獣がいた………否、人だ。犬のコスプレをした一人の男が左肘をオリアナの脇にめり込ませていた。

『肝臓打ち(リバーブロー)』 …………確か、格闘技にそういう技があった筈だ。

オリアナは肺の中の空気を全て吐き出してしまった。


「カハァッ」


空気と一緒に、唾液と胃液が口の端から垂れた。食後だったせいか、吐き気が一気にこみ上げた。体がくの字に曲がる。足に力が入らない。男はオリアナのその隙を見逃さなかった。

――――やられた……!!

男はそのままオリアナの体を抱え込み、奥の雑木林へタックルするように押し込んだ。

ガサガサガサッと生い茂る草々の中へと連れて行かれた。相当力のある人間なのだろう。前へ流れてゆく草木たちが風のように過ぎ去ってゆく。

そして終着点は10mくらい先の一本の大きな木だった。そこに背中を思いっきり叩きつけられる。

今度は背骨が悲鳴を上げた。


「がぁっ………~~~~~~~ッ!!」

「おっす、ちょっとすまねぇな。 お前に一つ訊きたい事がある。そして一つ聞いてほしい事がある。」


衝撃でひらひらとゆっくり落ちてゆく木の葉たちは雨の様で、その中でコスプレ男は袖から苦無を一本取り出してオリアナの首に当てた。

メキメキメキ……アバラが軋む。何より息をする度に神経を刺されるような激痛がした。

――――――これは、アバラがイっちゃったかな……。

オリアナは顔を歪ませる。へへっ、と思わず笑みが出た。


そんな彼女の様子を見てないかのように、男は話を続ける。


「おれの趣味は散歩でよ。今日もあまりにも暇なもんだからお外に出てみたらよ、そしたら道端に落し物があったんだ。それをおれの“忍法”でどうにか人物は特定できたんだが、肝心要のその落とし主がどこにいるのかわからねぇ。んで、親切で心優しいおれがそれを持ってそいつを探して歩いていたら、偶然にもそいつがそこに歩いていたもんだから、つい嬉しくなってこうして飛び込んじまったってぇのが今の状況だが―――――――――なぁ、あれはお前の持ち物か?」


コスプレ男は苦無を持つ手とは違う手を横へ指差す。

そこには『Ice Cream Shop』の文字が描かれたボードが一枚、雑に置かれていた。あれは紛れもなくオリアナが刺突杭剣のダミーとして持っていた代物だった。

たしか、追手と戦っている時に捨てて逃げた筈。


「………わざわざ拾って来てくれたの? ありがとうね。 お姉さん、あなたに何かお礼しなくちゃね………。そうね、熱い口づけとか? 自分で言うのは何だけど、こんな美人なお姉さんと唇を合わせるのはなかなか出来ない体験よ♪」

「だな。確かにあんたは別嬪だ。100人中100人が振り向くだろうよ。―――だが断る。確かにそれは男としちゃあ放っておけないが、生憎と異人の女には興味がねえんだ」

「それは残念。じゃあ、何にすればいいのかしら? 今、私たちが取っている体勢は明らかに……あなたが私を襲っているとしか見えないんだけど……もしかしてそう言う趣味の人?」

「だな。こりゃあ明らかにおれがあんたを襲っている追剥にしか見えねぇし、脅迫しているとしか見えねぇな。――――実際におれは脅迫しているつもりだ」


オリアナは首元を見る。首に当てられた苦無を……だ。

その苦無には見覚えがあったからだ。 これは確か、真庭……


「おっとその前に、あんたにお礼を言わなけりゃあならなかったな。 どうも、白鷺と喰鮫がお世話になりました」

「……………やっぱり。 あなた、真庭忍軍って人たちね?」

「知っているなら話が早い。 でもまぁ、おれたちが何て集団かは知っているけど、どんな集団かは知らないよな?」

「へぇ、お姉さんに教えてくれるの? 優しいわね」

「いやいや、忍者は決して優しくないぜ? 特に、おれの親友はすぐに誰でも殺しちまう」


そうか、やっぱり真庭忍軍と言う奴らか。ホント、嫌なタイミングで出会ってしまった。 ここで戦闘をしてしまったら、追手に気付かれてしまうかもしれない。


「時に、あんたは実に摩訶不思議な技を使う。………あれはいったいなんなんだ? 優しい優しいおれに教えてくれよ。親切にさ」

「嫌よ。自分の名前も名乗れない人に、お姉さんの秘密をさらけ出せって言うの? そんなのを悦ぶのは凌辱願望アリの変態さんよ? その前に、あなたが何者なのか、どんな名前なのかをお姉さんに教えてくださいな♪ まずはあなたの全てをさらけ出してくれないと」

「そうか、そりゃすまなかったな」


男はそう言ってふぅっと溜息をつき――――――唐突に、何の前触れもなく、予告なしに苦無を持っている方ではない手を拳で固め、オリアナの腹部にめり込ませた。――――――――と、しようとしたが叶わなかった。―――――――――オリアナが拳を紙一重で躱し、しかも苦無を持つ男の手を取り、腕を絡めさせて関節技を極めようとしたからである。

蛇のような動きだった。滑らかで尚且つ素早い動きを持って男の背後に回り、肘を固定する。

――――――極まった―――――かと思われた。

しかし、男は一秒早く体を回転させて蛇の拘束から脱出する。そしてお返しをするかのように、脱出した動きのままオリアナの腕を取り、背負い投げを試みた。

が、オリアナは投げられる寸前に地面を蹴り、自ら跳んだ。 クルリと男の頭の上で回ってストンと着地する。その直後、オリアナは男の頭に鋭いナイフのような右足の蹴りが襲う。

背負い投げで全体重が前足に残ったままだった。よって移動での回避は不可能。足が男の鼻骨をグシャリと砕く音が――――しなかった。男は冷静に首だけを動かして蹴りを避けたからだ。ただ、皮一枚は犠牲になった。ススゥーッと赤い線が彼の頬に刻まれる。

オリアナの今の履物はブーツだった。 いくらどんな華奢な女の脚でも、その石のように固い靴底なら大の男でも頭はカチ割ることは容易である。

正真正銘、彼女の足は凶器だった。

オリアナはその凶器である右足を地に付かないまま、天高く掲げた。 長く美しく、そしてどんな男も虜にできる筈の脚は、今や戦棍。

その戦棍をオリアナはそのまま、男の脳天を胡桃のように砕き割ろうとするように全体重を込めて振り下ろされた。

だが男はその足の凶悪性を承知していないのか、それとも承知して尚なのか、涼しい顔で紙一重で躱していった。 背負い投げの体勢から立て直していて、体重がある程度後ろに戻ったからか、仰け反る様だった。

男はそのままバク宙して後退する。その最中、男はバク宙の遠心力を使って持っていた苦無をオリアナに投げた。動作の中に紛れる様に投げられたため、リリースの瞬間は全く見えず、そして普通に投げるよりも数倍速く、威力も倍加されたその投擲は一直線にオリアナの眉間へと走る。 が、オリアナはそれを完璧に見切り、右に上体を傾げさせて避け切った。苦無は後ろの木にガッと刺さる。

オリアナは不敵に笑った。が、髪の毛が二三本、はらりと落ちた。それを見てさらに口に笑みを作る。

それから3呼吸して、


「少し、ヒヤリとしたわ。いいモノもってるじゃない」


オリアナはふぅと息を吐いた。一方、男は頬に流れる血を手の甲で拭う。彼も口角が吊り上っていた。その表情から理解できる感情は、歓び。

オリアナ=トムソンを『好敵手』と見込んだのだ。


「………思ってたより、やるな」

「それはどうも。 お姉さんを甘く見ていると痛い目見るぞ♪」

「気が変わった。―――名乗ってもいいか?」

「ええ、大歓迎よ♪」

「ああ、じゃあそうさせてもらう」


男はオリアナに負けないような不敵な笑みで自らの名を語る。


「真庭忍軍十二棟梁が一人、真庭川獺だ。またの名を『読み調べの川獺』。 よろしくな」

「へぇ、川獺って言うんだ。 意外ね、てっきり犬の恰好をしているから『豆犬』とか『柴犬』とかだと思ってた」

「残念な事に、実のところおれの同僚に狂犬って奴がいてな」

「ふぅん……。 ねぇ、あなた達ってみんな動物の名前をしているの?」

「それは当たりだ。川獺、狂犬、白鷺、喰鮫………おれたちはみ~んな獣やら鳥やらの名前から取っている―――――って、なんでおれが質問に答えてんだ?」

「ふふふ」

「………まぁいいか。じゃあ、今度はこっちが質問だ」

「なぁに? 内容だけ聞いてあげる」

「お前が今まで使っていた摩訶不思議な力……ありゃあなんだ? 超能力とはちっとばかし色が違うように見えたんだが」

「ふぅん。………ま、聞いてあげるって言っただけで、教えてあげるなんて一言も言ってないわよ」

「だな。そうだと思った。でもそうでもいいぜ? おれが最も知りたいのは、これじゃねぇ」

「?」


オリアナは首を傾げた。 川獺が聴きたかったのは魔術の事についてじゃないのか?

一体なんだ? 何が知りたい?


「そう、例のように教えてあげないけど、一応聞いてあげる。 でもまぁ、お姉さんのスリーサイズなら教えてあげてもいいかな」

「それは残念な事ながらおれはあんた自身については毛ほども興味はねぇ。 おれが知りたいのは……――――――」


その瞬間。 二人が立つ空間に強い風が吹いた。草木が揺らめきざわめく。木の葉が舞う。そしてそれら、ざわざわとした彼らの合唱で、川獺の声が掻き消された。

ただ一人、オリアナのみが、その声をその鼓膜で捉える事が出来た。


「―――――――だ。」


風が鳴りやむ頃には、もう川獺の台詞は終わってしまっていた。

その代り、オリアナの表情が渋くなる。


「――――まさか、あなた………」

「ああ、それ以上は言わない方がいい。言ってしまったら何もかもがおしまいだ」

川獺は突き出した手でオリアナの言葉を遮った。


「………知りたいだろ?」

「ええ、それはもう。 この前から気になって気になって、しょうがなかったもの」

「だな。―――とりあえず、おれはおれで訊きたい事がある。あんたはあんたで知りたい事がある………。でも、情報交換はしたくねぇ」

「そうね。 て言うか、あなた私を拉致して無理やり聞き出すつもりだったでしょ?」

「御明察、だな。 確かにおれはお前を拉致って爪の一つや二つ引き千切りながら聞き出そうとしたけどよ、どうもそれは叶わぬ夢らしい」

「だから、そんな物騒な事考えている男の人に平和的交渉を持ち掛けられても、心底信用ならないわ」

「だな。いかに楽にかつ早く任務を遂行させるのがやり方だったんだが………それも叶わぬ夢になっちまった」

「原因はあなたよ?」

「だな。そんなこと、百も承知よ。 ――――――つーことで、しょうがない事に武力行使ってことになるけど、準備はいいか?」

「『Basis104』。覚えておきなさい。あなたを殺す女のもう一つの名よ」

「カッコイイな、それ」


川獺はそう笑いながら、袖から飛び出た苦無を二本、片手ずつ持って構えた。


「でしょ?」


オリアナも笑い、胸の谷間から速記原典を取り出し、その一枚を唇に添えた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「君はまず、自分の弱点と真正面に向き合うことが必要だね」




そう、仙人は言った。

この青く静止した空間のなかで、彼我木輪廻はぴょんぴょんと跳ねる。

一方通行はその彼女の仕草にいささか苛立ちを積もらせた。 常に上から目線だというのが原因であった。


「弱点だァ?」


苛立ちを噛み殺しながら、一方通行は自分より身長の小さな彼我木の旋毛を見下ろす。


「そ、弱点。今、思い当たる節がある筈だ」

「………。」


学園都市最強の男、一方通行の弱点。―――いや、唯一無二の弱点。 即ち、首にあるチョーカー。それの充電が尽きるという事は、彼という人間は立つことも歩くことも、それどころか人間としての思考能力を一切封印されるという事だ。

一方通行はそれしか思い当らなかった。


「あ、一応言っておくけど、能力とかチョーカーとかは抜きね」

「ハァッ?」


一方通行はガラにもなく素っ頓狂な声を発してしまった。一方通行は苦い顔をするが、もう遅い。彼我木がそれでニヤニヤしていた。変な声を出してしまった自分が急に恥ずかしくなってくる。

鼻で笑って赤くなりそうな顔を誤魔化す。


「ハッ、お前、俺をなめてンのか? 一応仮にも、学園都市一位の椅子に座っているこの俺に、それ以外の弱点があるとでも……?」

「ある。」


即答だった。


「自覚していないだけだよ。いや、見ようともしていないのかな? ほら、さっきも言っただろ」

「………あのクソガキか」

「御名答。 いや、近いかな。 ファールチップあたりってところじゃね? 少し難しかったようだから、ヒントをあげよう。君の精神面と行動面に大きく反映する人物だ。 まぁ、君がそう思うなら、それでもいいんじゃないのかな。 ………もしもの話をしよう」


彼我木は笑って、とある場所に腰かける。 静止した警備員の頭の上だった。


「ある夜、彼女がどこぞの研究者に捕えられて、人間のやる事とはかけ離れた酷い事をされそうになっている。 その場に居合わせた君はあたかも獣のようにその研究者に襲い掛かるも、返り討ちに合って、大事な彼女が連れ去られる。 そしてあーだこーだ探している内に自分はもう後戻りできないまでに罪を被ってしまって、彼女は救出に成功するも牢獄行きの目に合い、彼女とは離れ離れになってしまうのかもしれないかもしれない」

「ンな具体的な未来あってたまるか」

「いやいや、事実は小説よりも奇なりという言葉もあるんだから、可能性としてはあるだろ」


彼我木は「でもまぁ、あくまでもしもの話。 これはフィクションで、実際の団体や出来事とは全く関係ない事だから」と何やら意味ありげに笑った。


「その可能性は、君が彼女に苦手意識を持ってしまい、素直になれず、彼女を一人にしてしまったが故に起こってしまう可能性だと予想ができる。 あれ? もしかして君、占いとかやってんじゃね? とか思っている? いやいや、これはただの予想だよ。予想」

「…………なンか知っているようなそうな口ぶりだな」

「知らないよ」


一方通行は訳のわからない事を彼我木を睨んだ。それを、子供を見る親のような目で笑う。



「そんな怖い顔をするなよ。 まぁ、あんな説教じみた…いや、あんな説教をしてしまったし、こんな遠回しな言い方でヒントを言い続ければ、どんな人間でも怖い顔するね―――だからしょうがない。 甘い考えだけど、予定変更だ。 手始めに、彼女らと真正面から向き合って見る事。そこから始めるとしよう。 まずは初歩のLesson1だ。」

「アァ? ――――ッ!?」


と、その時、彼我木輪廻の体の輪郭が、TVの砂嵐のようにぼやけた。

いや、違う。

彼我木を中心に、“空間全てが砂嵐になった”。 そのまま数秒、砂嵐の空間は一方通行を包む。 その数秒が経った時、砂嵐は徐々に薄れ、視界が明快になってきた。


「な……ンだこりゃ………」


一方通行は絶句する。

無理もない。何故ならば、彼を取り巻く空間は、先程までの『時が止まった市街』ではなく『森』だった。

しかも、その森の中で一方通行が見たものは、明らかにこの世のものとは思えなかった。 やけに現実味のない草木。 絵に描いたようなキノコたち。そして、岩の上に乗る女子高校生。

女子高生…否、彼我木輪廻はニコニコと微笑む。


「さっきの場所ではゴタゴタしてたからね。場所を移させてもらったよ」

「どこだここは。 つーか、どうやって移動した? なンの超能力使いやがった? 答えろ、抹茶プリン頭野郎」

「抹茶プリン頭とは失礼だね。 “この姿になったのは君が原因だっていうのに”。 そして、そんな事どうでもいいでしょ。 そもそも、超能力なんて使わないし、第一超能力者じゃない。 あんな、不完全で不安定で未完成なもの、こっちから願い下げだ。脅されたって嫌だよ」

「………。」


一方通行は黙る。

―――………超能力じゃねェ? ンな訳ねェ。だったら、この異能の力はなンだ? 空間移動? いや、幻覚能力か? てか、不完全で不安定で未完成ってェのは、どォいう意味だ? それよりも、あのフザケタ身形は俺が原因だと!?

と、色々と思考を巡らせている一方通行は、次の瞬間、またしても絶句する事になる―――――。


「さて、そういう疑問は犬にでも喰わせておいて、さっそくレッスンを始めよう。 一応注意はしておくけど、これからやるのは、君にとっては苦痛としかない外道だ。――――――あまりのショックで心臓が止まらないように注意しろよ」


彼我木は涼しい顔で、言った。 体を変形させながら――――母性溢れる女子高校生の姿から、一方通行が嫌でも熟知している人間の姿へと。


「―――ッッッ!!???」


――――オイオイ、俺はァ今、夢でも見ているのか? どォ言う現象だ?

そう、あの、一方通行が良く知る、強い因縁がある、あの少女らと同じ姿。一方通行は口をあんぐりとさせて固まる。 普段の彼からは決して見られない面影だ。

なにせ、常盤台中学の制服で、頭には軍用ゴーグルをし、オリジナルの御坂美琴のクローンの癖に光の無い目をした少女が、クスクスと光の無い眼で笑うのだ。



「――――――と、ミサカは目の前であまりの出来事に絶句しているあなたの顔を見て、思わず吹き出します。ふふっ」

「て、テメー……は、『妹達』………。 ――――――~~~~~ッ!」


一方通行は妹達を睨みつける…いや、彼我木輪廻に怒りの矛先を向けた。

知らないとは言わせない。彼はどの世界の人間よりも、短気で、そして熱せられた真金の様に激怒する質である。


「テ…メェ………ッ!! 何様のつもりだァッ!!!! 幻覚能力かなンか使いやがって、からかってるつもりかァ? アァッ!?」


一方通行は吠えた。 その細身の体から一体、どこから声を発しているのだろうか。空間がビリビリと激しく揺れた。


「テメェ、あんまり俺を怒らせっと、マジで肉片にすっぞコラ」

「そう、言っている癖に、さっさと襲ってこないんですね、とミサカは言い返します。――――――いつもなら、躊躇も容赦も無しで私たちを殺してきたのに。 どうしたのですか?」

「なッ……」


『私たちは、一人だって死んでやることは出来ない』

とある日の少女の声が脳裏に浮かんだ。

――――そォだ、俺は決めたじゃねェか………。

一方通行は一寸の所で殺意を押し留める。 だが、目の前の少女は残酷に淡々と言葉を紡いでそれを悪意と憎悪の念を込めて、


「あなたにはわかりますか? 絶対に叶わない相手に挑み続け、その毎に殺され続ける苦痛が」


それこそ躊躇も容赦も無く叩きつけた。


「ただ家畜のように生産されて、肉食動物のエサとして生きることしか許されなかった悲壮感が。 歓びも希望のない、一閃の光もない真っ暗な闇の中に沈んでゆく恐怖が。 ――――あなたにはわかりますか? 理解できますか? 共感できますか? 同情できますか? もう一度訊きます。あなたにはわかりますか? あなたに対して抱く、ドクドクと湧き溢れ出る鮮血のような憎しみが」


いきなり、何を言い出すのか、一瞬一方通行は戸惑った。 が、さらに彼を困惑させる事態が襲う。


「目には目を、歯には歯を……という言葉がある様に、私はあなたに、私が受けた苦痛を一からあなたに知ってもらいます、とミサカは宣告します」


その言葉と同時に、彼女の体から、彼女が言った通りに血が溢れだした。

足から、膝から、太腿から、股から、腰から、腹から、胸から、背中から、指先から、肘から、腕から、肩から、首から、口から、鼻から、目から、額から、頭から―――全身から。

低く、暗く、重い、言霊と、血。

それら、彼女の体中から流れ出したそれらが、触手となって一方通行の四肢と胴に巻きつく。

脚へ、膝へ、太腿へ、股へ、腰へ、腹へ、胸へ、背中へ、指先へ、肘へ、腕へ、肩へ、首へ、口へ、鼻へ、目へ、額へ、頭へ―――全身へ。


「な、テメェ! 何しやがったッ!!」

「…………。」


妹達は全く答えない。 そんな事など知らないと、血が一方通行の体に巻きつく。

気持ちが悪かった。

生温く気持ち悪い感じなのに、哀しくなりそうなほどに冷たく、ねっとりとしていて離れない。吐き気がするほどに、臭く。 喉に詰まって息が出来ない。

全身に本物のどす黒い『なにか』が包む。体内にドクドクと入り込む。

そして、完全にその『何か』に取り込まれた時、一方通行は―――――――――――――



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ガン! ガン! ガキッ! ガキンッ!!


金属と金属を思いきり叩いているような騒音が、雑木林の中から響いていた。 そして、その雑木林の中で、目を凝らすとその金属が散らす火花が微かに見えた。

恐る恐る、雑木林の中へ足を踏み入れると、なんと、そこは戦場と化していた。

生い茂る木々の内、刀か何かで斬られたか、鋭く尖った銛で突かれたか、ギザギザの刃を持つ鋸で削られたか、ほとんどが酷く傷つけられていた。

森林保護団体が怒りを燃やしそうな光景だった。

その中で、一人の男と一人の女が、苦無と―――長い棒のような物を持って戦っていた。

長い棒…いや、短い槍と言った方が正しいか。いや、矛の方が一番近い。 金髪と青い瞳とその矛を光らせている女は男に向け、本気で殺すつもりで胴へ突き刺す。

が、それを足運びのみで躱した。 彼の代わりに、後ろにあった大きな杉の木が矛の餌食となる。ビィイイインと矛は振動を発している内に、男は矛が自身の体に向かってこないように苦無で矛を抑えながら、その苦無で女に襲う。 矛の上を滑るようにして進む苦無を、女は矛を持つ手を一本だけ離し、怪しく黒光る得物を持つ手を払って防いだ。

パシィッと小切れのいい男と同時に男の掌から苦無が零れる。

が、男もそれを予期していたのだろう。 苦無を犠牲した代わりに、足払いで女の足を蹴り、体勢を崩させ、もう片方の手にあった苦無で喉元をかっさろうとした。が、女の方が一瞬判断的にも身体能力的にも速かった。 足払いを足を上げて躱し、挙げた足で男の腹を蹴る。

ドスッと重たい音と同時に、


「げふっ」


男の肺の空気が一瞬で口から文字通り蹴り出された。 蹴られた衝撃は大きく、男はよろりと大きく仰け反って後退する。

―――――よし、今だ。

女はその隙を見逃さなかった。

とっさに矛と一緒に持っていた単語帳の一枚を口に当てる。

だがしかし、それを男は許さなかった。右の手に持つ苦無を、その口に投げつけた。


「ッッ!!」


ヒュゥーッ! と風を切って真っ直ぐに向かってくる苦無。 もしもそれがオリアナの口に当たれば………考えただけでもぞっとする。

女は紙切れを千切るのを諦め、とっさに首を曲げる。紙一重だった。スコンッ! と後方3mにある樫の木に刺さった。が、紙切れが犠牲になってしまった。 苦無が画鋲のように紙切れを木の幹に貼り付ける。


「させねぇよ」

「ぐぬ……ッ」


男は怯んだ女へ追い打ちを掛ける様に、ちょうど手が届く範囲で杉の木にささっている、さっきまで女が得物にしていた矛を逆手で抜いた。そしてそれをクルリと華麗に回して順手に持ち直し、両手でしっかり持って突っ込む。


「終わりだ」


が、


「残念。 それは出来ないって事になってるわ」


刹那―――矛は、風に流されるように霧散していった。


「―――ッ!」


そしてその霧散した今まで矛だった粒たちは、吸い込まれるように女の手に戻っていってしまった。掌からズズズッと武器の形を形成してゆく。 しかし、それは矛ではなかった。今度は彼女の胴ほどの長さの刀剣。片手でも両手でも使えるハンド・アンド・ア・ハーフ。いわゆる片手半剣という代物とよく似ていた。

得物を失った真庭川獺は急ブレーキをかけた。難しい顔で起こったオリアナの片手半剣を見る。


(――――へ、こりゃあまずった。 遠中距離戦だと勝ち目がないと思って接近戦に持ち込んで見たが、やっぱり格闘技をきっちりやりこんでやがる。 これじゃあジリ貧になってしまいに距離を放されちまう!)


一方、オリアナ=トムソンは苦しい顔をした。


(――――く、参ったわ。ここまで接近戦に持ち込まれたらたまったもんじゃない。 距離を取っても詰められて、速記原典を使わせてくれる暇をくれないわ。 今思えば、速記原典って発動する時はどうも隙が出来るのね。 このままチンタラしてたら追手に追いつかれてしまう!)


もしも追手がこの事態に気付き、駆けつけ来たら、最悪なら一対三で相手しなければならない。 あの黒髪と赤髪の二人は化粧がてら相手できるが、この忍者はそうはいかない。

雑魚に構っている隙を突かれてやられてしまうからだ。

オリアナは、ふと、ひとつ気になっていた要点を見つけ、川獺に片手半剣を向けて質問する。


「あの、白鷺と喰鮫みたいな術って『ニンポウ』っていうの? あれ、あなたは使わないの? あの二人のは、お姉さん結構苦戦したけど………。同じようなものを使うのでしょ?」


川獺はもう今日五本目になる苦無を取り出して構えた。


「おれはあいつらみてぇな、ど派手な忍法持っちゃあいねぇよ。 おれの唯一の忍法は『真庭忍法記録辿り』つって、それしかねぇ。 効果は命の無い物体が持つ履歴を全て見ることができるんだが……。戦闘中じゃあ馬鹿みたいに役には立たねぇんだ。だから、おれはこうした地味な殺り方しかできねぇ」


確かに、彼は白鷺の『逆鱗探し』や喰鮫の『真庭忍法・渦刀』などの戦闘系の忍法を所持していないし、狂犬の『狂犬発動』みたいな他人の体を乗っ取るような不死身の忍法や人鳥の『運命崩し』の様な幸運にも恵まれていない。

ある意味では、真庭忍軍の中で最も普通の忍者に近い忍者だったのではないだろうか。

派手な戦闘術は持たず、ただ、自身の生身一つで戦う真庭の忍び……。

故に、諜報・暗殺専門という常に命の危機に晒され続ける忍びの世界で生き残らなければならないという、極めて厳しい境遇だったからこそ、川獺は武術を極めたのではないだろうか?

そして、だから彼と同じ生身で戦う、『真庭忍法骨肉細工』という忍法しか持っていない真庭蝙蝠と仲が良く、ともに心身を鍛えあってい、お互いを友と呼ぶ間柄だったのではないだろうか?

人に化ける男と物を読む男。

真庭蝙蝠は潜入と暗殺の達人なら、真庭川獺は諜報と格闘の達人。

真庭蝶々には遠く及ばないものの、戦場を無事に生き残る為の格闘術を完全に習得している。

それに、『骨肉細工』は敵の背後から味方のふりをして暗殺する事が出来るように、『忍法記録辿り』も使いようがある。


例えば、情報。


相手の所有物の履歴を見ることで、予め戦う敵の戦闘スタイル、攻撃方法、防御の癖、今までどんな敵と戦って来たかなどの情報が手に入る。

無論、相手の愛用品であればあるほど、手に入る情報は増加するはずだ。

そして今の戦闘、オリアナの十八番の魔術『速記原典』の唯一の弱点ともいえるべき、『発動する前に攻め込み、発動させる隙を与えない』という攻撃方法を編み出した。

だが、それでもオリアナという城を攻め落とすのには苦しい展開が続いている。

オリアナも馬鹿ではない。 遠・中距離でしか本来の力を発揮できない自分の技の穴を補う為に、格闘技、剣術、槍術など接近戦のいろはも習得していた。

並大抵の人間なら、即あの世へ逝っているだろう。

それでも、真庭川獺は敗けられない。

それは忍びらしい任務やオリアナに恨みがあっての事ではない。 これは、興味なのだ。 自身の血管に流れる血が踊るように脈を打つのを、彼は止められない。

まったく、忍者失格だな。 川獺はそう自嘲した。だが、この心地の良い高揚感は、久しぶりの感覚だった。

あっさり敵を滅ぼすことよりも、敵と対峙し、敵が何を考えているのか想像し、敵のどの部分を突こうか思考を巡らせ、敵が動くと同時に動き、敵を滅し、敵に勝つ。

川獺はその事ばかり考えていた。

確かに当初は目的があったが、今はもうどうでもいい。 今は、この女に…いや、この強者に勝利したいという武人としての血が躍るのだ。

が、そんな事などオリアナにとっては迷惑だった。

もし川獺がそんなことを言えば、彼女は至極嫌な顔をするに違いないと言ってもいい。

オリアナは川獺を打ち破る事のよりも、撤退戦を取ろうとしていたのだ。

正直言って無益な戦いにも程がある戦いだ、これは。 追手から逃げているのに知ってか知らずか通せんぼしているという、嫌がらせとしか言いようがない彼の行動が本当に嫌なのだ。

オリアナは片手半剣を構えたまま、汗の玉を拭う。

これほどまでの緊張感は本当に久しぶりだった。

確かに、この男は強い。 もしかしたらオリアナよりも強いかもしれない。 高揚感は無いと言えば、嘘だと言われてもしょうがないだろう。 実際に血は高ぶっている。

だが、今はそんな事を強いる暇ないのだ。 油を売っているという故事がまさに当てはまる。

今すぐにでも背中を向けて逃げたい。 だがそうすれば川獺の苦無がオリアナの首筋に突き刺さるのは必至だろう。

しかし純粋な格闘でこの男を打ち破ることは難しい。 追手が到着するかもしれないし、もしかすると深手を負う可能性もある。 どうしてもそれは避けなければならない。

そんな中で、一番手っ取り早いのは速記原典を使う事。

結局この戦いで使ったのは一枚だけ。 黄色の『Soil Symbol』は土の武器を造る術だった。 と言っても、土と言っても砂と言った方がいいか。 砂とは鉱物が極小サイズになるまで削られ、小さくなった姿であり、それらの粒たちが固まって矛や剣になるのだ。

高圧によって押し固められて、鉄と同等の硬度を持っていると想像してもらったら僥倖だ。

その得物は、術者である自分手から離れ、敵に渡った瞬間、一瞬で砂に分解され、術者の手に戻る仕組みになっている。

その場合、いったん分解された得物の形は別のものとなる。先程の通り、矛から片手半剣となるように。 これは必要のない設定だが、オリアナの趣味であった。

さて、結局のところ速記原典は使えない。 どうするべきか?

決死の覚悟で背中を向けるか。深手を承知で追手が到着する手前で片を付けるか。追手の到着も想定して長期戦に持ち込むか。

………敗走は、無い。この敵は背中を見せたら迷わずに自分の命を絶ちにくる。 だからと言って背走で逃げられるほど、彼は甘い人間じゃない。 追い詰められるのがオチだ。

ならば選択しは残り二つ………。

オリアナは―――――



―――――――覚悟を、決めるしかない。




オリアナは腹のなかで覚悟を決め、キッ! と川獺を睨みつける。

やる気だ。川獺はニヤリと口元を緩ませる。

虎穴に入らずんば虎児を得ず…という故事成語があるが、オリアナの場合は虎に囚われている状態だ。

脱出する為に虎に捨て身で挑むつもりか。

まあ、相手は虎ではなく川獺であるが。


(これで終わりか。 良いじゃねーか。 面白ぇ。じゃあ、おれも本気を出すとすっか!)


チリッと糸を張るような緊張感が二人を包む。

呼吸は、一回、二回、三回、四回………と重ねられ続け、そのたびに緊張の糸が引っ張られ続けてキリキリと鳴り、呼吸が荒くなり、テンポが速くなってゆく。

そして、二十三回目回。

動いたのはオリアナだった。

出遅れた川獺は苦無を身構えて、一瞬で彼女の出方を見る。見るのは一瞬だ。 それで彼女の攻撃を見極め、カウンターで確実に殺す。

一方、オリアナは片手半剣を地面をすくうようにして斬った。

目くらましだった。 地面に散らばった無数の木の葉とその下の土が舞い上がる。


「ッ!?」


川獺は一瞬怯んだ。 そして身構える。一面に落ち葉と土が壁となって二人を阻んだのだ。

この土と落ち葉と空気で作られた、脆すぎる壁の向こうから、片手半剣を光らせたオリアナが斬りかかってくるかもしれない。………いや、そうに違いない。 剣の切れ味は木の幹に刺さる通り、人間の皮膚と肉など容易く絶つ事が出来る。

だが、例えどんなに斬れ味がいい名刀でも当たらなければただの鉄屑。

視神経を集中させ、壁から生えるだろう剣先を見つけて、太刀筋を読み、躱し、そのところを回り込んで苦無で肩の健を断ち、鳩尾を叩いて動きを止め、回り込んで頭を取って首を折る。

突きなら苦無で流させ、縦切りなら体を反転させ、袈裟がけに斬るのならしゃがみ込む。どれも相手の二手目を繰り出す間もなく懐に飛び込める。

しかし、もしもオリアナの奇策で、壁が囮で横や視界の外から攻撃してくるとしても、問題ない。

足音で判断できるからだ。

この地面に散らばる乾いた落ち葉は踏み込むごとにガサガサと音を立てるからだ。


(さぁ、来い。 すぐに決着をつけるぜ)


川獺は苦無を前に構えて待ち構える。

―――――が、それは一瞬で解除する事になる。

壁が自由落下で崩れる時、その隙から、“遠くで背を向けているオリアナを見たからだ。”


「―――――なっ!!?」


完全に虚を突かれた川獺は飛び出す様に彼女を追う。

―――――オリアナは、敗走を選んだのだ。

しまった、と川獺は顔をしかめる。 確かに、オリアナは追手から逃げている途中だった。だが、この自分から逃げられないと覚悟していたのだと思っていた。

あの、闘志に燃える眼は、ハッタリだったのか!?

高ぶった自身の血がどんどん冷めてゆく。 『くそ、おれらしくない』と川獺は歯ぎしりする。 わからない筈はなかった。そうだ、この女の最優先勝利条件は“逃げて逃げて逃げまくって、「必要悪の教会」とやらを引っ掻け回し、時間稼ぎする事”。

なぜ気付かなかった。 そこに着目しなかった。

オリアナ=トムソンは、真庭川獺と正々堂々戦う理由も義理も無かった事に!!

ああ、くそ、らしくなく勝負しようとした自分が嫌になる!!

あくまでこれは興味本位の遊びのつもりだったが、このまま逃げられるのは心底悔しい!!


「だぁ畜生!! いや、おれは畜生だけれども!! 逃げるのかよ!! この鬼畜野郎!!」


叫ぶ川獺。 逃げるオリアナ。 その距離15m。 よし、追いつけない距離では―――――――な、………い。


「あ、」


川獺は、一つ、失念していた事柄を思い出した。 いや、頭の中の暗闇から浮き出てきた。

この距離は、川獺にとって非常に危険な距離だと。

取られてはいけない距離だと。

なぜなら―――――、









オリアナが今、口に咥えている、速記原典の発動を妨害できず、術の発動を許してしまうからだ。









「――――あ、……しま、った……ッ!!」

「遅いわ」


オリアナは容赦も躊躇も戸惑いも無く、紙切れを千切った。

そこに浮き出てくる文字は―――――黒色で書かれた『Walter Symbol』。 そしてそれは、他の速記原典とは全く違った書き方であった。


――――文字が、反対文字で書かれていたのだ。


「んなっ!? こ、これは!!」




―――――――たんなに対反正が界世の獺川庭真、間瞬のそ。




「こ、これは、白鷺の――――」




オリアナの速記原典の特性の一つ―――『創造性』。

さまざまな魔術を強力に、それも容易く創造出来るのは、この魔術の専売特許と言っても過言ではない。

例え、あの決して敵にしたくない忍者の一人である真庭白鷺の『忍法逆鱗探し』でもだ。




上下前後左右全てが正反対になった世界で、川獺はバランスを失い、走っていた速度をそのままに倒れてしまった。

ズササササァァァアア!! と落ち葉と土に顔から突っ込む。

しまった。 川獺の顔が真っ青になる。

正反対になってしまった世界で、困難な体の順応ができるまで時間がかかる。 即ち、それまで、戦闘不能に陥ってしまう。 それは、大きな隙となって致命傷となる。

川獺は目玉を斜め右下に動かし、斜め左上を見る。 そこには、オリアナ=トムソンという勝者が立っていた。

殺られる。

川獺は腹をくくる。 いや、死ぬ覚悟は常に出来てた。 それどころか一旦死んでいる。

だが、あの冷たく、暗く、寂しく、辛い、“死”は正直言ってもう二度と経験したくないものだった。

だから、それをまた潜り抜く覚悟を決め、目を瞑る………。

が、

オリアナは、止めを刺さなかった。


「なっ?」


ただ、一言だけ、彼女は言った。


「ね事いなわ言かと郎野やてしま……かと畜鬼てし対に子の女なんそ ?よ子の女い弱いかはんさ姉お、ふふ」


と、言い残して、風のように去って行った。


「は……はぁっ?」


それをただ見送るしかできなかった川獺は、ただ、叫ぶことしかできなかった。


「ちょ、ちょっと待て。 ぇ、ぇえええええええええええええええええええええええええ!?」


見逃された驚き。 舐められた悔しさ。 恥を晒された憤慨。 川獺はその念を持って………叫んでいるのではない。

恐ろしかったのだ、彼は。


なぜなら―――――……一旦、『忍法逆鱗探し』に囚われた者は術者が解除しない限り、一生、その正反対の世界に囚われなければならないからだ。


そして川獺はまた叫ぶ。


せめて、離れた場所から出いいから術は解いてくれ、と。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


勿論、オリアナ=トムソンが真庭白鷺の『真庭忍法逆鱗探し』を扱えるわけがない。

ただ、それに近い魔術を創造し、再現したに過ぎないのだ。

コンセプトは、黒は『空の象徴』を司り、(と言っても実際に『空』は白色が象徴となっていて、白色は色がつかないので反転した色である黒色を代用している。 象徴を白色にするためには、切り絵のように黒の部分を切り取らせて白色の部分で文字がわかるようにしている)『空』とは空間を刺す。オリアナはそれを反対文字にして書いた。反対文字にしたのは、反対した世界を現す為に、今回咥えた工夫だ。 そして水の象徴の『Walter Symbol』は眼球中にある水分を現す。

結果としては、逆様になった世界を眼で見てしまうと、体も勝手に正反対になってしまうという術なのだ。

しかしそれは本家とは違い、効果はたったの20分。 一生の何万分の一だ。

その間に、すぐにこの場から離れなければ―――――。

オリアナはすぐ木々の隙間から見えた時計塔を見た。

…………なんと、川獺から襲われてからたった数十分しか経っていなかった。 軽く一時間戦っていたと思っていたのに。

それほどにまで集中していたという事か。

そう思うとなんでか疲労感が襲ってきた。

だが、休んでいる遑は無い。 今は1kmでも1mでも一歩でも半歩でも、前に進み、逃げなければ。

オリアナは雑木林から飛び出した。―――――――と、そこには、


「きゃあぁっ!!」


そこには、一人の少女が歩いていた。 幼い体が、オリアナとぶつかって後ろによろけた。


「あっ」


そして、指で弾かれたパチンコ玉のように背後にいた黒の長髪の、巫女装束が似合いそうな少女と激突した。それほど威力は無かったものの、黒髪の少女が持つ紙コップに注がれていたジュースが彼女の胸にぶちまけられる。


「…………やってくれたな。 小萌」

「ああ、姫神ちゃんがスケスケのミルミルに~!」


どうやら、オリアナのせいで姫神という少女の体操着がダメになったらしい。(まぁ体操着は汚れる為にあるのだが。)和服が似合いそうな彼女の胸の可愛らしいブラジャーがクッキリと姿をさらしていた。

魔術師や運び屋以前に、一人の女子であるオリアナは微笑んで彼女に謝る。


「あら、ごめんなさ―――…………い」


だが、その言葉は途切れてしまった。 それに、反対に比例するかのようにオリアナの表情が硬くなる。―――オリアナは見てしまったのだ。


姫神秋紗の胸にある、あのイギリス清教の者と証明するケルト十字を。



この姫神という少女は、イギリス清教『必要悪の教会』の魔術師―――――敵だ。

条件反射だっただろう。 それに、あんな激しい戦いの後だったからだろう。

オリアナの思考回路はそう結論付けた。

そしてその瞬間、オリアナはまだ握り締めていた速記原典から一枚を、唇で引き千切った。

それと同時に、姫神の腹と胸から、噴水のように溢れ出た。

その血を浴びた、連れの少女は表情を笑ったまま、動きが硬直する。

姫神が、白目を剥きながら斃れる様を、見ながら。



血の海に、沈む様を、見ながら―――――。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



暗い。まるで夜中に墨汁の海の上に立っている様だった。

星も月も出ていない。……いや、そらも墨汁に塗り潰されたのか。 何も見えない。何もない。絶対に目の前に何があっても全く気が付かないほどの闇だった。

………否。一つだけ、見える物がった。 それに気づいたのは、あまりにも小さくうずくまっていたからだ。いや、気付いた原因は、それだけがなぜかハッキリと見えたからだ。

そして、それは何かというと、一人の少女だった。

小柄で華奢な体躯。茶色の髪。常盤台中学の制服。頭には軍用ゴーグル。そして、光の無い眼―――。


「―――あァ、」


あまりにも淋し過ぎる光景だった為か、彼らしくもない、 気まぐれか、それとも0,00001%程残っていた優しさからか、声を掛けようと一歩踏み込んだ。


バシャンッ!


くるぶしあたりで、水を蹴る感覚がした。


「ア?」


思わず、足元を見る。それは、真っ黒な墨汁だった。

いや、墨汁の癖にネチャネチャとベタつく。油か? いや、油はこんな臭いはしない。 こんな、“強烈な鉄の臭い”など―――――。


「鉄の…臭い………?」


一方通行はその臭いを、嗅ぎ覚えがあった。 それで、何かが判明した。

それは、血、だった。


「――――――~~~~~~~ッ、ア、ァァアアアアアアアアアアア!!!」



そこは、血の海だった。

一方通行は、驚愕の事実に驚き、つい、足を滑らせてしまう。 真っ赤な海に思いっきり尻餅をついた。紅い液体がズボンからパンツに染み込み、尻を生暖かく濡らす。

あ、紅い……気持ちの悪いほどに紅い。吐き気がする程に、紅い。 狂気の沙汰程に紅い―――――人間の死の象徴。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、」


尻餅をついた時に突いた手は、真っ赤に染まっていた。

幼い、小さな手だった。その手はまるで、殺人鬼が快楽殺人を実行した後の手だと連想してしまった。―――これが、俺の手?


―――ァ、ア? 俺の手、こンなに小さかったか?


その手は、一方通行の年の割には明らかに小さかった。幼い、小学生程の掌。

そんなことが気になっていると、ちょうどこの何も見えない暗闇にも目が慣れてきたようだ。 だんだんと、周りが見えるようになってきた。

見下ろしている血の海が反射する。鏡のように、自分の姿が紅色になって映っていた。


そこに映っていたのは、一人の少年だった。 小学校中学年程か? わからない。 ただ、ちょうど一方通行と瓜二つで、年頃もちょうど『一方通行』が目覚めたあの懐かしの日の頃のそれだった。

これは一体だれだ?

否、これは自分だ。 幼い姿の自分だ。一方通行は直感的にそう確信した。


「な、ぁ、なんだ? これ………」

自分のものとは思えないほどの、可愛らしく美しい、小鳥のような高い声。 まだ、狂気に取り込まれておらず、凶悪性など皆無の声色。

純白の髪、白妙のような肌、ルビーのような輝かしい瞳、そして真っ白の無垢な心。

――――――あの白濁した髪で、白熱しそうな肌で、血潮の様な不吉な目玉で、白狂して瓦解した心の自分とはまるで別人。いや、これからああなると言われても、絶対に信じられないような、両者。

それほどにまで、一方通行のかつての姿は美しかった。可愛らしかった。 例え、頬には血が撥ねたのだろう、紅い丸が二つ三つ付いていたとしても、ミートソースが撥ねたのだろうと微笑ましい勘違いをしてしまう程に。


――――――どうして、ここまで堕ちてしまったのだろう……。


改めて、一方通行は振り返える。



「―――――――――俺は……一体………。」



と、その時だった。


「ギャハハハハハハハハッ!! アハ、ギャハハハハハハハハハハハ!!」


汚い、狂るったような笑い声が耳を貫いた。大きな笑い声だ。不愉快すぎて吐き気がする。

一体誰だ? 一方通行は声がした方を向いた。

あの、さっきのうずくまっていた少女だった。 その傍らに、一人の男が歩み寄ってくる。

そして、サッカーのコーナーキックのように彼女の腹部を笑顔のまま、蹴る。また蹴る。また、蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。まだ、蹴る。

男は華奢な体だった。きっと少女よりも細い。だが、それなのに少女の体は面白い様に地面から離れ、落下する。

もうサッカーのリフティングの様だった。

その男は何が面白いのか、少女が口と鼻から血を流しているのに一向に止める気配を見せない。

一方通行は叫んだ。


「や、やめろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」


止めなくては、少女が死ぬ。 死んでしまう。 一方通行は男の暴力をやめさせるため、走り出した。 が、駆けだした足が動かなかった。足枷をされているようだった。

小さな一方通行の体は前に倒れる。

な、なんだ?

一方通行は後ろを振りかえようとする。が、そんな事などどうでもいい、今は少女の命が先だ。一方通行は前を向く。―――その時、男は、


「よォし、ンじゃあもォそろそろ仕舞にすッかァッ!!」


狂い笑いをしながら少女の頭を掴む。そして、――――――


「やめ――――――ッ」


林檎を握りつぶすかのように、彼女の頭蓋を握りつぶした。

ブシャァァァア!! と、紅い雨が男にだけ降る。いや、滴だけが一方通行の眼の中に入った。 右の視界が鮮血に染まる。


「アァ、さて、これで今日のブンは終わりだなァ………ギャハハハハハハハ!!」

「あ、ぁぁああ………」


許さない。決して、許さない。 怒りが一方通行の血を沸騰させた。誰だ、お前は一体、誰だ!? 顔を見た瞬間に走り、襲い、肉片一つも残らず殺してやる。

涙が少年の頬に伝う。

誰だ、こんな非道い事をするのは。悪魔だ。鬼だ。人間じゃない。


顔は、見えない。 だが、この笑い方には見覚えがある。 この黒と白の縞模様のTシャツには見覚えがある。そして、あの白濁した髪で、白熱しそうな肌で、血潮の様な不吉な目玉には、見覚えがあった。



「――――――――え?」



慣れた目が、ハッキリと、その姿を捕えた。

あの、男の姿を知っている。いや、知っているの何も、



「…………お、れ?」



頭の中で、何かが外れた気がした。


「あ、あ、アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


発狂した犬のように吠える一方通行は、血の水面を叩いた。 自分を殴っているつもりか?


「クソがァ! ンな事があるかよォッ!! ンな残酷なモンがあるかよォッ!! バカヤロォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


そのまま、何度も何度も何度も、一方通行は血に映る狂った顔の自分を殴る。殴る。また殴る。殴る。殴る。まだ殴る。

と、そこで、一方通行はあることを思い出した。


「そォだ、俺がすぐに止めてりゃあ、あいつは殺されなくて済ンだ。 済ンだンだ………。 なのにィッ!!!」


一方通行は振り返る。 そうだ、もしもあの時、この足枷が無かったら、あの少女は顔を失くさず、命も失くさずに存命していた筈なのに―――――。


「何だァ!! 俺の足を引っ張りやがるのはァァアアアア!!! ―――――――あ?」


一方通行は叫びながら、絶句した。

体の細胞の一つ一つが今の状況についてこれず、一時停止を余儀なくされた。

なぜなら、


彼の足首を掴んでいたのは――――人間の手だったからである。


「………あ、」


人間の手は、足首が内出血してしまう程に強く握っていて、離れない。その手は彼の足元にまで伸びていた。

一方通行はその腕の向こうを、見る。


「は。」


短く、息を吸った。 悲鳴の代わりだった。悲鳴は、その手の持ち主に向けてだ。

あり得ない現象が、目の前にいたのだ。


確かにさっき死んだはずの少女が、その手の持ち主だった。


ただ、その出で立ちは全く違っていた。

―――何も着ていなかった。一糸まとわぬ、そんな素っ裸で、死の海に染まりながら、彼女はそこにいた。茶色い髪で、光の無い瞳は見えないが、その髪の色は確かに彼女の物。


美しい人形の様だった。


「……痛ッ!」


一方通行は顔をしかめる。少女が、あまりの力で彼の足首を掴みからだ。


「な、ちょ、離せッ」


一方通行は痛がってその手を解こうと抵抗する。 が、子供の非力な握力では彼女の拘束を解く事は叶わなかった。


「い、痛いから、は、離せッ!! 離してくれ!!」

「……………。」


どんなに懇願しても、少女は耳を貸さない。いや、反応しないのか。

一体どうなっているのか、ますますわからず、パニックに陥りかけていたその時――――――――彼は目撃してしまった。


少女の左足が、太腿から消えていることに。


そして、彼女の顔にある筈の―――――左右にある筈の眼窩の中にある目玉が、なかったことに。


「ヒィッ!!」


短く悲鳴を上げ、手を放した。そのまま後ずさる。

そしてようやく、少女は言葉を発した。


「これは、あなたがしたものですよ」

「ち、違うッ! 俺はッ!!」

「逃げるのですか?」

「ち、違う! お、俺はァッ!!」


完全にパニックに陥った一方通行は、バシャバシャと浅い血の海を這いずる。1mでも逃げる為。 しかし、少女の手がそれを許さない。

そんな中で、誰かが一方通行の腕を付かんだ。

どこからだ?

横、右にもう一人、足を掴んでいる少女と同じ顔をした少女が、顔が半分なくなっていて脳が見えてしまっている少女が右腕を掴む。


「ァッ、ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア" ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


思わず左手で血をすくい、彼女にかける。少女は血をモロに浴びても、ピクリとも反応しない。抵抗にもならなかった。

全く反応なしを貫く彼女は、まるで死人のようだった。 しかし、その手の力は明らかに彼女の物。

自分の物だと思えないような叫び声が鼓膜を突き破った。

その瞬間、脳に直接言葉が叩き込まれた。







――――――怖い――――――



その声は、自分ではない。 腕を掴む少女の物。少女の声。震えている。耳にしただけでも絶対零度にまで凍えそうだった。

ぞぉっと、一方通行の全身から鳥肌が立ち乱れる。

途端、今度はもう一方の足を掴まれた。 太腿だった。肉が引き千切られるほどの怪力で握られる。


「は、ァ――――ア」


今度は、胸から下が巨大な鋸で切断されたように千切れている少女だった。勿論、顔は同じ。


―――――――嫌だ――――――


連続でもう一本の手が、肩を、肩甲骨を掴む。 顎がなくなっていた少女だった。


―――――――なんでこうなるの?――――――


―――――――死ぬのはいやぁッ!!――――――


今度は下からだった、衣服にぶら下がる様に引っ張る。


「下から?」


一方通行は、服を引っ張る手を、ミタ。 そして、その手が伸びている先も。


「あ、あ、あアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」


下は、血の海。

その血の海から、手は生えていた。

いや、違う。

生えているのではない。

伸ばしているのだ。彼女は。

その、血の海の底から。彼を見上げて―――。


一方通行は、見た。

彼をじっと見つめている。

一万と三十一の、同じ顔をした少女たちの、死体の顔が、じぃっと。


「ひァ、」


これで何度目の絶叫だろうか。もう聞き飽きたから黙れと代弁しているように、一斉に何千本もの手という手が、一方通行の体へ襲い掛かった。


「あ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!! ―――――――――ンァあ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


ある手は細い首を、ある手は純白の髪を、ある手は細枝のような指を、ある手は小さい顎を、あるては可愛い耳を、ある手は宝石のような眼を、ある手はまだ小柄な睾丸を、ある手は誰にも触られていない肛門を、ある手は無垢な腹の中を、ある手はピンク色の腸を、ある手は食べ盛りの胃を、ある手は木の棒の太さの白い骨を、ある手は叩けば響きのいい音色を出す肋骨を、ある手は長い脊椎を、ある手は一切汚れていない肝臓を、ある手はまだ本格的に機能していない精巣を、ある手は希望で胸を膨らませる肺を、ある手は大好きなものをいっぱい食べてきたのだろう食道を、ある手は夢がたくさん詰まっている脳を、ある手は柔らかい肉を、ある手は美しい少女の歌声の様な悲鳴を発する喉を、ある手は穢れなき魂を――――――掴み、そして絶対に離さなかった。

巻き付くロープのように、手は、何重にも何十重、何百重、何千重にも絡まり、一方通行を蹂躙する。

まるで自分が欲しい物を奪い合っているようだった。椅子取りゲームのように小さな彼の体に殺到する。

そのたびに、彼女らの声が、幾つも幾重も脳内に叩き込まれた。 刷り込まれ、犯される。頭が割れる程の大音量の、黒く、暗く、寂しく、淋しく、悲しい、苦痛の声、断末魔。

―――――――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!――――――足がァァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!―――――――眼が、眼が、眼がァァアアアアアア!!―――――――何も見えないよぉぉおおおお!!!――――――嫌だ、来ないでぇえっっ!!――――――あと、何回、こんな目に合わなくちゃならいのッ!?―――――――こんなのもう嫌だ!! 耐え切れない!!!―――――――私は所詮実験動物……人間じゃない――――――暗い……これが、死――――――あと何回死ねばいいのよッッ!?――――――もうぃゃぁぁああああああああああああああ!!―――――――誰か教えてよ!!―――――――ぐる゛じい゛ぃ゛……―――――――あ、あははははははッ!!―――――――明日は、今度は、私の番………―――――――怖くて、眠れない―――――――あ、あのアイスクリーム美味しそう。どんな味がするのだろう―――――――私たちは、あの楽しそうに笑う子たちと同年代に見える筈なのに―――――――ああ、羨ましい―――――――心の底から、羨ましい―――――――どうして、私たちはあのような祝福と幸福に満ち溢れた日々を送れないのだろうか―――――――どうして、私は生まれて来たんだろう―――――――当然、実験動物だから、虫けらのように死ぬ運命にある―――――――そんな運命なんて嫌だ!!―――――――そうだ、私は人間じゃない!!―――――――そんな訳がないだろう!!―――――――人間なら、もっとマシな生き方をしている筈だ―――――――そうだった。私たちは家畜―――――――馬鹿だな、人間のハズがない―――――――人間の形をした、牛。豚。鳥。マウス。モルモット―――――――単価18万円の、所詮は犬と同等の価値―――――――だから、私は人じゃない。命も無い。ただのモノ。者ではなく、物。―――――――私の在庫はあと1万と476あるから、まだ私という存在は、この世界からはどうでもいい事だ―――――――ただの、実験動物―――――――私は実験動物―――――――使い捨てのモルモットと同等の命―――――――でも、本当は人間で生きたかった―――――――では、なんでこういう目に?―――――――どうして?―――――――誰か教えて―――――――いや、教えてもらうまでも無い―――――――訊くまでも無い―――――――知っている―――――――私たちをこんな目に合わせた人間を知っている―――――――全ての元凶を知っている―――――――そうだ、私たちはみんな、あいつのせいでこんな目に合っている―――――――あいつのせいで―――――――あいつのせいで―――――――あいつのせいで、こんな地獄を歩かせられる羽目になった―――――――この痛みを、この憎しみを、どうすれば、報われる?―――――――この押し潰されそうなほどに重いこの感情を、どこへどうすればいい?―――――――このままずっと抱いてろとでも言うのか?―――――――もう、どこにもそれを抱く腕が無いというのに?―――――――それでも、まだ私に死ねと言うのか!!―――――――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!!―――――――苦しい…溺れる…助けて―――――――助けて―――――――助けて―――――――たすけて――――――――たすけて―――――――たすけて――――――――タスケテ――――――――タスケテ――――――――タスケテ――――――――タスケテ――――――――タスケテ――――――――タスケテ――――――――タスケテ――――――――タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ―――――――

そして、一方通行の体はその手たちによって血の海に引きずり込まれる。 ずず……ずず……と、ゆっくりと、だが、それでも彼の精神を破壊するのには十分過ぎた。


「イ、ヤ、嫌だ。怖い。怖い。 行きたく、な、い。行きたくない!! ヤメロ、放せ! 離せ! はなしてくれェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!」

しかし、少女たちは

―――――――そんな、私たちを見捨てるの?―――――――あなたしか、私たちを助けることが出来る人はいなかったのに―――――――逃げたな―――――――責任転嫁か―――――――それか責任放棄?―――――――こんなに、助けを求めている人間がいるのに―――――――あなたは怖くて震えあがっているだけ―――――――それどころか、聞いていないふりをして私たちを無残に殺し回った―――――――痛みも無く殺すのでなく―――――――散々痛みつけて、苦しめて、じっくりと焼くように―――――――生かすのでもなく、殺すのでもない殺り方で―――――――そして玩具に飽きたかのようにあっさり殺す―――――――生きたいと、心からそう思っているのに―――――――あなたは人間の命をなんだと思っている―――――――許さない―――――――この痛み―――――――この苦しみ―――――――この怒り――――――――許さない―――――――それでも、あなたはのうのうと生きている―――――――怨めしい―――――――殺してやる――――――――呪ってやる――――――恨んでやる―――――憎んでやる――――――忘れない―――――この、無念を消して忘れない―――――憎い――――憎い――――憎い――憎い―憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎―――――――彼女たちの手は、一方通行の眼を、顔を、腕も足も体も、全身を掴み取り―――――――い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――そして、一方通行は、彼女たちに飲み込まれ―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎―――――――深い、深い、―――――――い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――暗い、暗い、―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――真っ暗な闇しかいない―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎―――――――死の海にへと―――――――い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――完全に―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎―――――――飲み込まれて、いった――――――――い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――ただ、彼の右手だけは、這い上がろうと足掻いたが―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――とうとう、それすらも―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――死の海へと沈んでいった―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――もう、彼は永遠に上がってはこれまい―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――







―――――――憎いッッ!!―――――――








「ア、ワァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!」





絶叫する一方通行が次の瞬間に見た光景は、あの現実味のない『森』だった。

目の前には、妹達が全く人間味の無い表情で一方通行を見つめている。

どうやら白昼夢を見ていたらしい。

それも、この世のものとは思えない、悪夢。


「………ハァ……ッ………ハァ………ッ………ハァ………ッ」


一気に心臓が走り出す。動悸がアクセルをベタ踏みした車のように暴れだす。

ぐらり……。

そして視界が傾いた。いや、自分の体がふら付いて傾いたのだ。 思わず彼は膝に手を当てて体勢を立て直す。 が、どうしてか腕の力が入らず、片膝を付いてしまった。 それでも世界が歪む。

あんなに、妹達は、自分の事を恨んでいたのか。

妹達という事は、もちろん、打ち止めも――――いや、待て。待て待て待て待て。違う。何かが違う。何かが自分の記憶とはき違う。

………そうだ、そうだった。 これは彼我木と言う仙人の幻覚だ。決して現実であるはずだない。 なぜなら、『妹達』は学習装置によって現代の基本知識を習得しているが、『不の感情』を全くインプットされていない。それは妹達が恐怖のあまり実験を放棄しないためと、研究者の一部がクローンでも意思と思考のある“人間”であることに気付いてしまわないためだ。



――――これは、彼我木輪廻が見せている幻覚なのだ。 そう、全てが幻覚。



その事に気が付くと、体中を包み込んでいた触手はやっぱり幻覚だったらしく、どこにも血などなかった。


「あなたには理解できないでしょう。 いつの時代でも、強者は弱者の事など理解するどころか存在そのものを見ませんから、とミサカは淡々と述べます」


それでも続けるか。幻覚による妹達への贖罪は。良いだろう。これで、自分の罪が流されるなら。―――と、そういう風に受け止められるほど、一方通行という人間は出来た神経をしていなかった。

少女の言葉は確実に、そして深く深く、広く広く、長く長く、一方通行の精神に尽く刃を突き付けていた。

おかしなことだ。ここには本物のクローンはいないのに、ペラペラと口走っているのは彼我木のはずなのに………なぜか心が痛む。

鉈で切り刻まれるように、鎚で破壊されるように、原始的暴力で粉々になるまでに踏みつぶされるように、心がオカシクなるほどに痛い。

息が苦しい。辛い。悲しい。

出ない涙の代わりに、心臓が血を流しているようだ。


「あなたは実に取り返しのつかい事をしてしまいました。 何せ一万人という幼気な少女たちを愉快痛快に殺しまくり、死体という死体を弄り、貪り尽くし、背徳という背徳を、悪徳という悪徳を、閻魔様も怒りを覚えそうな程の悪の限りをつくしたというのですから、とミサカはあなたを心の底から侮蔑します」

「ンなモン………」

「え? 反省しているって? 罪悪感で胸が潰れそうだ? 馬鹿言ってはいけません。 私たちの方が、百倍も千倍も怖いを思いをしてきまし、辛い目に合いました。」

「ン、なコトなんざ、とうの昔から知ってるッ!!」

「詭弁ですね。 でも、私たちが受けた痛みと苦しみを、あなたは本当に理解していますか? その根拠は? 理由は? どういう程度に? どうやって? 知ってますよ、最終信号ですね? 彼女から、痛かったと、悲しかったと告白され、そしてあなたが抱える苦痛に気付かず申し訳ないと謝罪されたのですよね? とミサカは確認を取ります」

「…………やけに、良く喋るじゃねェか。オイ。 ―――――ああ、確かにそォ聞かされた。 だから俺はあのクソガキを救ってやったンだよ。あの日、天井のクソヤロウのウィルスコードからなァッ」

「ええ、今日の妹達は良く喋るのですよ。―――――確かにあの日の事は全ミサカ一同感謝しています……が、しかし、最終信号は確かに、あなたに謝罪をしました。あんな実験、もともと双方が同意してしまった時点で被害者であり加害者です、とミサカはあの地獄の日を思い出してみます。しかし、そんな事などどうでもいいです、とミサカはツカツカとあなたに近寄ります」


と少女は強く穿き捨てた。黒い何かを孕んだ声色だった。そのまま、手を伸ばせば押し倒せる程の距離になり、少女は一方通行の胸倉をつかんだ。―――あの時なら、絶対に掴むことなど叶わなかった胸倉だった。

あの狂ったように白く、男の癖にキメ細かい肌は、染めたかのように青かった。鳥肌が立っていた。そのくせ、呼吸は過剰な運動をしているかのように激しく繰り返されている。


「結局、力関係で見てみれば、どこからどう見ても私たちは被害者で、加害者はあなたでしょう? 私たちはただ、親(製造者)に命令されてあなたに殺されようと特攻していっただけで、あなたはそれをノリノリで口笛吹ながら私たちを虐殺していました。――――――なのに、私たちはまだ、あなたから詫びの一つも聞かされていません。 私たちの上位個体は頭を下げたのに、とミサカは激怒します」

『今まで散々殺しておいて、謝りもせずに勝手に守っておいて、殺してきた相手から守ってくれたお礼をしたいと言われても断固拒否して距離を置く。まるで頑固に駄々を捏ねる子供だよ、君がやっている事は』

静止した世界での彼我木輪廻の言葉が頭に響いた。


「…………。」


これは妹達じゃない。これは彼我木輪廻という仙人だ。仙人の幻術に踊らされているだけだ。

――――いや、果たしてそうか?

一方通行の回転が速すぎる脳が、そう訴えた。

普通に考えてみろ。 なんで、彼我木輪廻が妹達の心を知っている? 仮説を立てるなら、彼女は幻覚能力者。人の記憶を読む力は無いと見た方が正しい。という事は、今見ているのは全て、彼我木の妄想からなる産物。言わば偽物―――なのか? もしもそうなら、さっき見た幻覚は高度なものだ。五感を全て操るのは、パッと思い出すだけでも学園都市第五位くらいだろう。

よって、彼女が大能力者以上の能力者でないとすれば、これは彼女が生み出した幻術ではない。

しかし、そうこう考えている暇を与えてくれないようだ。

妹達が掴んだ胸倉から片手だけ放して、


「ちょっと、聞いているのですか? とミサカはあなたの頬を数回叩きます」


ペチペチと言う音が一方通行の思考を妨げた。


「そうだ、いいことを思いつきました。と、ミサカは悪い顔をしてみます。 あなたの罪には似合いそうな罰ですね。『殺した者(あなた)が殺された者(私たち)に一生逆らわない』というのはどうでしょうか、とミサカは胸を張って提案してみます」

「………………一応、聴いておいてやる」

「ありがとうございます。 そうですね、朝早くから晩遅くまで、血尿が止まらなくなるくらいに私たち九千九百六十八人の玩具として遊ばせてもらいましょう。 たとえ、歯を抜かれようが目を穿られようが、指を切断されて飴玉のように食べられようが、足を引きちぎられた状態で鬼ごっこを強制参加させられようが、貨物列車の下敷きにされようが、お尻に爆竹を詰め込まれたカエルのように体の中から爆発されようが…………どんなことをされたって文句は言わない。決してハイとしか言ったはいけない。反抗の意志を認めない。――――――たとえ死にそうになっても、その超能力者のベクトル操作ですぐに蘇生できるから大丈夫でしょう? とミサカは胸を高めさせます」

「そいつはァ、実に俺好みな人の壊し方だな」

「ええ、全てあなたにされた事です、とミサカはあなたへの復讐する過程を、本当に心の中から、腹の底から、骨の髄から楽しく計画します。 ああ、夏休みの計画表を書くときってこういう感覚なのですね。実に楽しいです」

「……………。」


一方通行にある疑問が浮かび上がった。

これが、本当に妹達なのだろうか。 あまりにも、雑味が多すぎる。 本来の彼女らは、もっと無垢だった。

まるで、墨で真っ黒に塗りつぶしたかのように思えた。


(この感覚………、覚えがある。そォだ、あの日………)




ふと、一方通行はある日の夜の事を思い出した。


一方通行はベッドの上で目が覚めるた。

夜中、午前3時半過ぎ。隣のベッドで打ち止めが天使の様な寝顔で寝息を立てていた。

しかし一方で自分は、爆走する心臓と狂ったように乱れる息と血走った眼で、天井を見上げていた。

―――その晩は悪夢を見たのだ。

どんな夢だったかは、その時は目覚めた瞬間で忘れてしまったが、今、その記憶の扉が開かれてしまった。


(そォだった。 あの時の夢は―――俺が、妹達に殺される夢)


殺されても殺されても、すぐに生き返り、そのたびに延々と殺されてゆく夢。


(確か、あの夢は、俺がやってきた事をそのままアイツらにそのまま返され続けていたっけか)


そうだった。まるで、先程妹達が言っていたような、そんな、夢。

まるで、あの夢の再現でもやろうという風な……そんな感じ。


では、何ゆえにこんな幻覚を見る?



こんな、一方通行自身しか――――




「―――――――あ、」



刹那、一方通行の脳が、ある事実に限りなく近い、仮説を打ち立てた。

いや、たった一つの答えだろう。





――――そうだ、これは、この幻覚は―――――、一方通行という一人の大罪人が見る、罪悪感から成る幻想なのだ――――――――と。






その意味をようやく理解し、一方通行は、全てを悟った。

いや、人間そんなに簡単に悟れるはずがない。 ただ、今までの彼とは全く違う感情が、心の隅で小さく、だが存在は大きく芽を出した。

妹達はそんな一方通行の異変など関係ないぞと言っているのか、恨み辛み憎しみという言葉の平手を一方通行の頬に叩きながら、彼の顎を親指と人差し指で挟むようにして掴む。


「さて、最初はどうしましょうか。 まずは銃で四肢から順番に撃ち抜いて行きましょうか。それとも――――――









「―――――そォか、みンな、俺が悪かったのか………すまなかった」








「…………………、」



ぽかん、と妹達はあれだけ動かしていた口がようやく止まった。 ぼそりと呟いた一方通行のその言の葉は、彼女の中の何かに当たった。


「は、ハハッ、な、何を言ってるのですか、とミサカはいきなり変な事を発した気持ち悪いあなたを心底馬鹿にしたように笑います。そうですよ、全てあなたが悪いのですよ、この人でなし!!」

「生憎、自覚はある。 俺ァ人間じゃねェ、ヒトを殺しまくった糞みてェな殺人鬼だ。 でも殺人鬼はこンな幻想は見ねェ。 俺は、人でもなければ鬼でもねェ半端モンだ。 だから、鬼になりきれねェ今だからこそ、言ってやる。 ―――本当にすまなかった」

「は、ははは。 そ、そんな簡単に許されるとでも思っているのですか? とミサカは困惑します」

「ンなコト、一万年と二千年前から知ってるッつーの。 だから、例えそれぐれェ掛かっても、俺はテメェらに謝る。 謝って謝って謝り続けて、十字架だろォが一生背負ってやる。 今、生きている妹達が一生、一生懸命笑えるよォに面倒見てやる。 これが、俺の罰だ。――――――――文句あるか」


その言葉に、妹達は怯んだ。


そして、笑みを浮かべる。満足したような、屈託のない笑顔だった。


「………ッ、そ、そんな事…言われたら、文句ないに決まっているじゃないですか。 いいですね、幸せですよ、そんなこと。――――――――――…………と、言うと思ったのですか?」


が、その笑顔は偽物で、一瞬で消え失せて真っ黒に切り替わる。

妹達は胸倉を握りしめる。今にでも沸騰しそうな眼から、涙の粒が、溢れだした。 確かに透明なはずなのに、なぜか血の色に感じた。


「それは“今、生きている妹達からの罰”です!! 報われるのは彼女たちだけです!! でも、私たちへ犯した罪への罰は!?」

「ゥぐッ!!」

「―――――でもッ、私たちは!? 殺された、もうこの世にいない私の、私たちのこの怨念は、恨みは、悲しみは、憎しみは、どうすればいいのですかかッ!? どこに持っていけばいいんですかッ!? とミサカは、掴んだ胸倉を強く揺さぶります!!」


華奢な少女の腕の癖に、何という力か。 あまりの力で息が出来ない。 揺さぶられて頭がガクガクと揺らされて脳が前後に揺れる。

怒りが頂点に達した彼女は、とうとう暴力を振り始めた。

胸倉を掴んだ手を引っ張り、彼女よりも華奢で軽い一方通行の体を地面に叩きつけた。


「がァッ!!」

「大地に接吻なさい、そして世界の人々に叫ぶのです。 私はどうしようもない、人間のクズだと!!」


顔面から固い地面に激突する。 鼻から紅い血がダラダラと流れ出、痛みで顔が割れそうだった。


「まずは私へ犯した罪の罰を受けてください」

「グァァアアアアアアッ!!」

「その痛みの一万倍の痛みを、私たちは一万三十一回も繰り返してきました。 あなたが悲鳴を上げる権利はありません!!」


その上から、彼女は一方通行の頭を固い革靴の靴底で踏みにじる。

それから何度も何度も何度も何度も、彼の後頭部を踏み続けた。 その度に、人間が石で殴られるような鈍い音が響いた。


「ハァ、ハァ、ハァ、どうですか、痛いでしょう。 これが、あなたが私にやってきた、事です。 勘違いしないでください、これはほんの一部なんですから、何千分の一スケールの本当に細かいサイズですから、とミサカはなぜか勝手に震える体を押さえます」

「……………、」

「………どうしたのですか? もしかして、気絶したのですか? と、ミサカはこの白毛むくじゃらを覗き込んでみます」


妹達は一方通行の白い頭髪をつかみ、大根のように持ち上げる。

悲鳴は無かった。痛いという単語は一切聞こえない。彼女の言葉に応える言葉は、


「――――い、てェ。痛ェ。 確かに痛ェ……………」

「なんだ、意識があったなら、応えてくださいよ。 うっかり殺してしまったのではないかと思ってしまいました、とミサカはこの穢わしい白い毛むくじゃらを放します」

「ガッ」


いきなり放すから、位置エネルギーの力で鼻っ面を地面に強打してしまった。

それでも、一方通行は抵抗しない。 むしろ、受け止めているようにも思えた。


「気ィ、済んだかァ………?」

「済みません」


即答だった。



「これで済むとは思わないでください。 私はあなたの体も魂もすべてをぐちゃぐちゃにして、それでも気絶も出来ないような痛みと苦痛を与えるように生かしながらいたぶって痛めつけてから殺すのを、それを千回繰り返してやっと許されるものです。 そのあと、あとのミサカに交代して、そのミサカが満足するまで同じような事をします」

「そォかよ。 だったら、気が済むまでやればいい」

「なんですか。 いきなりマゾにでも目覚めましたかマゾ太くん」

「そォじゃねェよ。 別に、俺は死なせてしまった……じゃなかった、殺してきた一万三十一人も絶対に見捨てねェ。見逃さねェ。 言っただろォが、テメェがそうしたければ、俺を罰せれば勝手にしろ。どんな刑罰でも甘ンじてやる」

「例え死んでもですか」

「ああ、別に構いやしねェ。―――――これが、俺の覚悟だ。わかったかクソヤロウ」


妹達はハハッ、と笑った。


「呆れました、とミサカは頭を抱えます。 敗けました。――――――でも、私の後にもまで、一万と三十一人があなたの後ろで行列を作って待ってますよ? 果たして、あなたはそれほどまでの怨念を抱え込めますか? とミサカは質問します。 あなたの覚悟はどれくらいですか?」

「ハンッ、一万とちょっとだろ? そんなモン、手の平サイズだ。 なぜだかわかるか?」

「続けてください」


「俺はキッチリ二万と一人を両手で抱えてンだよ。生きている奴も死んだ奴も。ホラ、死んだ奴はちょうど半分だから片手で持てる。 全員の面倒見てやるって言ってんだ。 生きている奴は勿論、死んでいる奴らもな。 幽霊仲間にでもそォ伝えておけ」


それは一方通行の決意だった。それはダイヤモンドよりも硬い覚悟だった。 そして、どんな宝石よりも輝いていたのは、


「……………………ふ、ふふふふ…ふは、あははははははははははははははははははははははは!!」


この瞬間に見せた、妹達の無垢な笑顔だった。


「なるほど、確かに私たちは片手で十分ですね。と、ミサカは珍しくあなたから出てきた頓智に思わず笑ってしまい、涙を拭きます。――――あーくだらない」

「どっちだよ。 ―――まァとにかく、俺はそォいう事だ」


ミサカは、今生きている妹達には絶対に見られない、普通の女の子の様な笑顔で、



「はい、確かに――――と、ミサカは、ミサカ×××××号は―――――――」







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「――――――――ハッ」


ミサカの台詞は途中から途切れ、夢から覚める様に一方通行は目を覚ました。

どうやら、彼はこの森の中で立ったまま眠っていたらしい。そして目覚まし代わりに、ものすごく殺意の湧く明るい声が耳に刺さる。


「ハイおめでとう! Lesson1:『さぁ、お前の罪を数えろ大作戦』 クリアー!」

「……………。」


イラッ、一方通行はチョーカーのスイッチを入れ、能力者モードになってすぐ近くにいた、抹茶プリン頭の女子高校生で自称仙人の彼我木輪廻を襲う。


「………コロス」

「ぅわぁっ!」


悲鳴を上げながら、それでも顔は笑いながら彼我木はなぜに吹く柳のように躱す。そして躱しながらチョーカーのスイッチを押した。これで一方通行は無能力者モードに戻った。


「何なんだ? いきなり襲ってきて、危ないじゃないか!」

「………チッ」


そんあ彼我木の足元には、二枚の木材があった。薄く削られたそれは、元々一枚で、真っ二つに割れた人の大きさの人形のような印象を受けた。


「とりあえず、一皮剥けたね。」

「…………どォいう意味だ」

「弱点の話だよ。」


彼我木は意味ありげに低く言った。


「弱点とは即ち苦手意識を持つ所。そこを突かれると人間、誰でも簡単にコロリと倒れてしまう。だから弱点って言うんだよ。その一つを、君は少しは克服したんだ。 おめでとう。これで君は一つ強くなった」

「そォかい」


興味の無い様に一方通行は小指で耳の穴をかっぽじる。


「で、あの幻覚は結局なンだ? 一応仮説を立てたンだが、どォも正解かどォかわかンねェンだが」

「じゃあ、その仮説を聴こうか」

「あれは俺があいつらに対して抱いている罪悪感が産んだ幻想だ。 無意識かつ無自覚にビクビクしてっから、あンなクソみてェな幻を見た。違うか?」

「いや、正解だよ。百点満点だ。 やっぱり頭の出来がいいと説明が省けて助かる」

「それならいい」

「ま、それでも一応説明はするんだけどね」

彼我木はそう言うと、身長がぐぐっと伸びた。10cm程度か。胸が異常に膨らみ、髪は黒く伸びて一つに束ねられた。そして纏う衣は緑のジャージ。


「今度は黄泉川愛穂か」

「ほほう、驚かないのか? つまらないじゃん。 大抵の人間なら、眼が点になるほどビックリするんだけどねぇ」

「生憎、俺はそォ言うキャラじゃねェンだ。 それに、その姿も俺の苦手意識とやらが見せる幻想なら、対して驚くこともねェしな」

「あーあー、だから優等生は面白くないから好きじゃないじゃん」


また彼我木は姿を変えた。 今度は、髪は縮み、身長も少し低くなる。白衣を纏ったその姿は、いかにも、研究者。



「芳川桔梗ね。ハイハイ。同じネタを連投するな。」

「あら、天丼はお笑いの基本よ?」

「今は新喜劇やってる空気じゃねェだろ」


つーか天丼なってないし。

芳川は石を椅子代わりにして腰かけた。


「ねぇ、知ってるかしら? 童話で有名な白雪姫に登場する女王様は、自身が持つ魔法の鏡に『この世で一番美しい人間は誰?』って訊いたの。でも、帰ってきた答えは自分が最も嫌う人物の名前だった。ここは自分の名前を言ってほしいのに……。ねぇ一方通行、この童話の心は君にわかるかしら?」

「知るかよ、ンなもン。」

「頭が固いじゃん。 一方通行」


彼我木はまた、黄泉川に化けた。


「魔法の鏡と言っても所詮は鏡。鏡はどう転んでも正面に立つ人間しか映し出さないじゃん。 てことは、女王を映した魔法の鏡は女王しか映さない筈。なのにどうしてか大っ嫌いなヤツを映した。 これまで来たらわかるじゃん?」

「ッたく、教師だから教師面して授業じみた質問投げるな。これ以上メンドクセェ問答を垂れ流されるの心の底からウゼェから答えてやる。 “その女王ってェのはテメェの姿でも大ッ嫌いなヤツでも映したワケじゃねェ、テメェの嫌なモンを鏡に見せられた”ってコトだろォ」

「御名答!」


いつの間にか、あのセーラー服の抹茶プリン頭に戻っていた彼我木は、笑顔で手を叩く。


「そうだ。君が見ているのは鏡だ。 人間の形をした鏡だと思ってもらえればいい。 今まで見せた、妹達は勿論、黄泉川愛穂と芳川桔梗の姿も、君が苦手だと思っている人間の姿だ」

「………まァな、あいつらを見ていると正直ウザったい所があるのは確かだ」

「素直でよろしい。 片方は君を更生させようと、自らが母親のように振る舞おうとし、母性を与える。片方は君を異形の姿にしてしまった事を悔い、甘さを与えている。 そんな感情を真正面から直視した事がないから君は戸惑い、目を背けているんだ」

「………そンなコト、初めて聞いた」

「嘘だね。 見栄を張るのは止せよ。 君のような天才的に良い頭を持つ奴が気付いていない訳がない。 それに、だから君は白雪姫の童話の件を正解できたんだ」


一方通行は押し黙る。 と、視界の隅で何か黒い物が飛んできた。 手をかざすと、それは小切れのいい音で掌に押さまった。

缶コーヒーだった。

銘柄は某アイドルがCMをやっているヤツだった。赤いラベルが貼られたそれを見て、一方通行は顔を苦くする。


「ちょっと休憩だ。 君、大のコーヒー好き?」

「俺はブラックしか飲まねェンだが」

「しょうがないね。代えてあげよう」


と、彼我木は自分が持っていた黒いラベルの缶コーヒーを投げ渡した。 一方通行はそれを受け取ると、持っていた紅い缶コーヒーを彼我木に投げる。


「お、ありがとう」

「そりゃどォもだ」

「さて、君の人生の足跡は実に紅い。まるで高揚した紅葉の川の様だ。 だが、それは決して美しくない。穢れていて、醜悪で、吐き気がするほどに血の臭いがする。 本当に気持ちが悪い」

「コーヒーを美味そォに飲みながらサラリとひっでェコト言いやがるな」

「案ずるな。 それを見る人を魅了する一面が紅葉に埋め尽くされた幻想的空間に変換させるのは、君次第だ。 若いから今でも間に合う」

「まるでジジィみたいな台詞だな」

「そうだとも。こう見ても350年は生きている」

「」

一方通行は彼我木を凝視した。 そんな彼など余所に、彼我木は缶コーヒーを飲み切り、空き缶を岩の上に乗せて立ち上がった。

短いスカートなんて気にしないようだった。 一方通行はスカートの中に一瞬だけカエルを見た。


「さて、休憩終了だ。 さっき350年生きているって言ったけど、それは仙人になるための悟りを開いたからだけど………こんな君の目の前にいる、この彼我木輪廻という仙人は人の苦手意識を映す鏡だと、さっき言ったね? そこで、今から君が苦手意識を持つ人間を映し出そうと思う。 ―――いや、本当、甘いね。長年人間を見ているけど、ここまで甘く接している人間は珍しい」

「それは芳川のせいだ。 アイツの口癖は『私は優しくなく、甘いだけ』だからなァ」

「いや、それも百ある優しさの内の一つだよ」


彼我木はそうはっきりと言って、一方通行の目の前に立った。


「まずは妹達」


すると彼の目の前に常盤台の制服を着た少女が現れた。 当たり前だが、彼我木だ。


「次に黄泉川愛穂。芳川桔梗」


とんとん拍子で姿形を切り替えさせる彼我木は、芳川の顔と声で一方通行に、


「妹達は今は良いとして、あとの二人はこれから、君の事を実の子供のように大事に接するだろうから、君も彼女らの事を大事にしてあげなさい」

「どォしろってェンだ」

「ありがとうって言えばいいのよ」

「そのツラで言ってっと、自作自演でおねだりしているよォで気味悪ィ」

「それは失礼ね」


さてと、といったんセーラー服姿に戻る彼我木。


「さてさて、君の苦手意識はあと二人なんだが………一人は予想つくだろう」

「ああ、」


一方通行はあの自分の後ろに引っ付いて回るあの幼さが残る少女の面影を連想した。

と、その笑顔が、そのまま目の前に現れる。連想したものがそのまま映し出されたような感覚だった。

十歳くらいの少女が、ワンピースを着ていて、その上から男物のワイシャツを羽織っている所まで一緒だ。


「これが彼女だねってミサカはミサカは訊いてみたり!」

「ああ、確かにウザいな」

「ヒドイ! ってミサカはミサカは涙目になってみたり!!」


ああ、ウゼェ。 一方通行は溜息を深く着いた。


「で、こいつをどォしろってェンだ? 彼我木ィ」

「そう……だね。うーん」


と、打ち止めの容姿で人差し指を口に当てて考える仕草をする。

ああ、ダメだ。ウザイ。ウザすぎてイライラ……というかモヤモヤする。でもそれなのになぜか………。

一方通行は彼女に気付かれないように舌打ちをした。



「そうだ、あなたはこれから、ずっとずっと、傍で見守ってあげればいいと思うよってミサカはミサカは頷いてみたり!」


彼我木は、そう言う。 そのあと、打ち止めの姿から元の抹茶プリンに戻り、


「どうだったかい?」

「改めてウザってェって事実がハッキリ確認できた」

「ははは」


苦笑いした後、さて、と話の腰を曲げた。


「まとめに入ろう。 今、君がやるべきことあ三つ」


彼我木は指を三本立てた。


「一つ目は今まで犯してしまった罪を再認識し、正面から向き合う事。 そうだね、彼女たち一人一人に会って話でもすれば結構。」

「茶でも飲めと?」

「別にそれでもかまわないけど、出来るなら彼女たちに許しを請うのが一番手っ取り早んじゃないかな」


約一万人の被害者と真っ向から向き合えば、それでいい。 君と彼女の、血みどろな関係を水に流し、終止符を付ければ良好だねと、彼女はそう付け足した。


「二つ目は散々お世話になっている黄泉川と芳川に対してきちんと感謝の言葉を述べること」

「それはさっき言ったな」

「ああ。――――そして、最後の三つ目。 君が大切にしている子の事を一番大切に大切に見守ってあげる事。決して見逃さない事。 そしてちゃんと―――彼女の想いに真正面から向き合い、応えてあげること」


一方通行は、そう笑っている彼我木の言葉を聞いて、ふと、ある言葉が浮かび上がった。



「『自分に、果たして出来るのだろうか』――――――とか思ってないか?」

「ッ。」

「そこでだ。 そんな迷える子羊に、優しい優しい仙人がとっておきのお守りを授けよう」

「アァ?」


一方通行は怖い顔で彼我木を睨む。

が、そんな彼をほっぽって、懐から(制服の胸の間?から)、とある物体を取り出した。


「………ンだァ? この骨董品は」


それは黒い棒だった。だが、所々に花の装飾がされている。パッと見てみれば、ただのガラクタとしか思えないが、じっくり見ると、結構年季が経っているようにも思える。 いや、年季どころではなく、有形文化財クラスの年月が経っているように感じられた。

果たしてこれは何なのだろうか? 少し反っているという事は、何かの取っ手なのだろうか? いや、それはまるで……。

彼我木は、この骨董品の銘を教えた。




「これは、四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本が一本『誠刀 銓』だよ」



「…………なンだァ? そりゃ」

「最近よく聞かないか? 手に入れば、学園都市最強の超能力者にも勝てる刀があるって」

「そォいやァ、あのクソガキも言ってたなァ、確かァ『千刀 鎩』っつー刀がナンタラコータラ。 確かァ、どっかのバカがそれを持った雑魚にボロ雑巾にされたってヤツ」

「それもその一本だ。 この『誠刀 銓』は、そんな強力な力を有する十二本の中の一本だ。」

「すでにチート並の俺が、そンなモン持ってたって宝の持ち腐れもイイとこだぞ」

「いや、だからこそじゃないかな。 君が持つ力は確かに増大だけど、それを君は持って幸せか? 違うよね」

「………確かに、こンな能力、持ってて為になったこたァねェな」

「だから、君に幸せになって貰おうと、この“刀”を授けよう」

「これが刀だと? バカ言ってんじゃねェ。 これのどこが刀だ。刀身がねェ、あるのは柄と鍔だけじゃねェか」

「いや、これは正真正銘列記とした立派な刀だ」


彼我木はしつこくそう強調する。


「まぁ、詳しい事は尺がないから省くとして、この刀の特性を教えてあげよう」

「特性?」

「そ、特性。 十二本ある刀にはそれぞれ個性豊かな特性があって、例えば『千刀 鎩』は数の多さ。『双刀 鎚』は刀の重さ。このようにこれら完成形変体刀は一点集中的に特化されている。そして、この『誠刀 銓』の特性は誠実さ」


一方通行は彼女が言っている意味が分からない様で、難しい顔をする。

しかし彼我木はそのまま続けた。



「誠刀とは、己自身を銓る刀。人を斬る刀ではなく、己を斬る刀。己を試す刀。己を知る刀。だから刃無き刀。 だからその刀には刀身がない。“無刀”ということさ」


「己を、知る……?」

「そう。 そこで、君にやってほしい事が一つ。 ―――それは君自身がやりたい事を見つけてほしい」


やるべき事ではなく、やってほしい事。

彼我木はこの、柄と鍔しかない刀を一方通行に渡す様に、柄を彼に向けて手を伸ばした。


「君の人生は他人に振り回され続けている。 研究者に振り回され、その間、実験と言う名の殺人に振り回され、そして今はその罪滅ぼしに振り回されている。君は運命に振り回されているんだ。だから一人の仙人として、いや人生の先輩としてアドバイスしておきたい」


人生とは、ひたすら風に吹かれ続けながら長い長い道を歩き続けることかもしれない。 ひとたび風に吹き飛ばされれば、それは死を意味する。

だから人は飛ばされないように必死になって地面に足を縫い付けて一歩ずつ歩いてゆくのだ。

しかし、一方通行はその運命という風に翻弄される人生を送ってきた。

西風かと思ったら北風。北風かと思った南風。南風かと思ったら東風………四方八方から突風に煽られ、よろめき、道を踏み外して泥を被ってしまった彼は疲労でボロボロになり、今にでも吹き飛ばされそうだ。

だから、彼我木はその風を少し緩やかにしようとしているのだ。


「安心しろ! これからの君の人生は薔薇色だ! 好きに生きればいい!! 人に愛されるのもよし、愛すのもよし。好物を喰って太るのもよし。 なんなら好きな事をして馬鹿やってもいい! もう誰かに振り回されなくても済む!!」


その言葉を聞いて、一方通行は俯いた。

今までの人生を振り返ってみる。

確かに、確かに今までの思い出は誰かの指示で動いてきた。

幼少時代から教師の指示で特別クラスでただ一人過ごし、幾つもの研究施設で体を弄繰り回され、そして人を幾つ命を捧げても償いきれないほどの命を奪ってきた………。

いいのか。本当に。これで。

好きに、人生を歩んで行ってもいいのか?

誰かに振り回されなくてもいいのか?

もう誰も殺さなくてもいいのか?

この手を汚さなくても済むのか?

誰かの悲鳴を聞かなくてもいいのか?

あの路地裏の糞溜めに行かなくてもいいのか?


あの、太陽の様な少女と、真正面に向き合ってもいいのか?



「いいんだ。 そんな事。 君の人生だ」



その言葉で、一方通行の眼から何かが落ちた気がした。

それは、長らく彼の目を曇らせてきた、何かで―――――。


そして、彼は笑う。


「――――そォ、か」


ホッと、安心したかのよな笑みで。


「俺は―――――」



そして、彼我木輪廻が持つ『誠刀 銓』手に取った。

………何か、何かが自身の体の中に浸透する感覚を覚えた。

すーっとしかし心地がいい。 夏の日差しの中で、冷たい水面に浸かる感覚は、こういう気分なのだろう。

すぅと一回、深呼吸してみる。


「………なンか、変わったか?」


「いや、まだわからない。 でも、将来が楽しみだ」


彼我木はそう言うと、この現実味のない世界が段々と変わって行った。 まるで、一方通行の『何か』のように。

草木は水の中に浸されたかのように、溶けていった。 岩も、キノコも。

そして、彼我木も………。


「また、会う機会があるといいな」

「そォとは思わねェ」

「なぜ?」

「そン時教えてやる」


それを聞いて、彼我木は嬉しそうに笑った。


「そうかそうか。 だったらいいさ。 君が望ならどっちでも良いさ」


笑う彼我木。

だが、その体はもうほとんど見えなくなっていった。 いや、もう完全に消えただろう。

しかしそれでも、声が聞こえた。












「―――――素直に生きな、少年。 君の人生に祝福あれ。」







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



気が付くと、一方通行は喧騒の中にいた。

人々が通り過ぎる。 人の流れが、彼を追い越し、通り過ぎる。

全く、変な夢を見てしまった。

だが、それは夢ではない。

夢のようだが、現実だった。

なぜなら、彼の右手にはちゃんと『誠刀 銓』が握られていたからだ。


「……ああ、クソ」


我ながら、変なところを他人に見せてしまった。

恥ずかしいったらありゃしない。左手で顔を覆う。

もう、それはこれっきりだ。

一方通行は心にそう決意し、歩を進める。

ああ、そう言えば、あの迷惑極まりない茶色毛玉を探していたのだった。


「ッたく。メンドクセェ」


悪態をついて呟く。

まったく、どこに行ったのだ。 見つけたらただじゃあ置かない。

と、ちょうど後ろから、あの少女の声が、


「あ、いたいた! おーい!」

「………。」


一方通行は、あえてそれを無視する。

すると、その少女の声が焦燥した声で追いかけてきた。


「待ってよーってミサカはミサカは追いかけてみたり!」


その甲高い声で大きくしゃべるな。 良く響くから、耳元からじゃなくても耳が痛い。

一方通行は頭が痛くなって、少女を睨む。

きっと大の大人でもビクつくだろう目だった。 だが、少女は動じずにニコニコと彼に微笑みを与える。


「どォこ行ってたクソガキ。 あまり手間かけさせるな」

「いーじゃんってミサカはお土産を見ていただけなんだからってミサカはミサカは抗議してみる!!」


少女は、打ち止めはそう明るくて眩しすぎる笑顔で見上げてくる。

と、そこで一方通行は気付いた。

彼女の小さなその手に握られていた、ベビーカステラと書かれたオレンジ色の紙袋を。それも二つ。

どうやらこのバカはお小遣いの1000円をこれだけに使ってしまったそうだ。


「………金がなくなったなら、帰るぞ」

「ぇええ! ヤダヤダってミサカはミサカは駄々を捏ねてみたり。 勘違いしないでよね、ミサカはお小遣いの追加を要求しに来ただけだからねっ!」

「別にそれ、可愛くねェからな」



一方通行はぶっきらぼうに吐き捨てた。 と、打ち止めは一方通行が持っていた『誠刀 銓』の存在に気が付いた。
「おっ! なんですかこれは! ってミサカはミサカはこの刀身の無い、柄と鍔しかないヘンテコな刀を見つけて見たり! ねぇねぇこれ、どうしたの?」


一方通行はさっきまでの事を説明するのは面倒なので嘘をついた。


「射的で当てた」


とっさに出した嘘だったが、そのシーンを想像してみるとあまりにも場違いな構造だった為、こりゃバレるなと直感した。

が、しかし相手は相手を信じることなら天下一の打ち止めだ。


「えー! こんな高そうなものが射的で当たったの!? ってミサカはミサカはその射的屋さんに興味がわいてみたり!! で、どこにあったの?」


信じるのかよ。


「教えねェ」

「ケチ!」


打ち止めは一方通行の脇腹をドンドンと叩く。 対して痛くはないが、どうしようもなくウザったい。

だから、ちょうど目に入った屋台を見て、


「わかったからやめろクソガキ。 さもねェと焼き鳥を串ごと口ン中突っ込むぞ」


脅しのつもりだったが。


「わーい、焼き鳥~♪」


しまった。 一方通行は天を仰ぐ。冷静沈着の一方通行にしては珍しい失策。


「ネギま、つくね、かわ…ねぇ、あなたは何が欲しいの? ってミサカはミサカは訊いてみたり! と、言うかその前にお金がなかったら買えないんだけどってミサカはミサカはお小遣いの追加を請求してみたり!!」


ウザッテェ。

心底ウザってェ。

どうもこうも頭の中がモヤモヤする。 いや、イライラではない。なぜかモヤモヤとする。

イライラなら、こんな感情を抱かせた人間はすぐにゴミ箱行直行なのだが、なぜかモヤモヤする。 耳をふさぎたいほど。

この明るい声が、このはしゃぐ仕草が、この暖かい笑顔が――――と、―――――ふっと、一方通行は笑顔から彼我木輪廻の面影が浮かび上がった。

そして思い出した。自分の苦手意識が、彼我木輪廻という仙人の姿を現すという事を。あの、いつも一方通行に向け続けていたあの笑顔も。

この目の前の少女の笑顔は、なぜか彼我木とダブって見えた。


そうか、彼我木のあの笑顔はコイツの顔だったのか。


今思えば、日常で見る打ち止めの表情のほとんどは『笑顔』。

自分はこの笑顔が、苦手だったのか。 耳を塞ぎ、目を瞑りたいほど………。

彼我木の教えを思い出す。

この想いに、真正面に向き合って応えること……。

ハッ、やっぱりらしくない。

一方通行は嫌になって笑った。

その自嘲の笑みをすぐに消し、打ち止めを見下ろす。

「なァ」

「なぁに? ってミサカはミサカは首を傾げてみる」

「……………オマエ、」


一方通行は、一言言って区切った。 打ち止めは頭頂部に?を浮かべる。

三秒間を置いて、唾を飲んで、息を吐いて、一方通行は小さく、重たすぎる口を開いた。


「………オマエ、今まで俺がやってきた事を、恨んでないのか?」

「……………。」


打ち止めの目が丸くなる。 当然だ。こんな唐突に重い質問を投げかけられたら誰だってビックリするに決まっている。

誰だって、言葉が詰まるに決まっている。

が、打ち止めは違っていた。


「どうして?」


即答だった。


「ミサカ、あなたの事を恨んでなんてちっとも思ってないよ?」

「ッ!」

「だって、ミサカもミサカ達も、あなたにはどんなことをやっても、お返しができないほど助けてもらったもん!! ってミサカはミサカは、初めて会った日の事を思い出してみる!! あと、一緒にお風呂に入ってくれたし、同じお布団で本読んでてくれたし、怖い変なオジサンに絡まれて助けてくれた!! それに、今日まで私たちがこの世界に存在できるのは、み~っんなあなたのおかげでなんだよってミサカはミサカは胸を張って…………」

「いや、もういい」

「へっ?」

「もうお前は黙ってろ。 さっさと帰るぞ」

「えー! 焼き鳥は!?」

「明日だバカヤロウ。 その前にその両手のモン喰ってからな。 つーか、喰ったら喰うだけ腹ァ出るだけだぞ」

「いいもん!! 成長期は良く食べた分、良く寝たら身長が伸びるようになってるもん!! しかもバストアップも望めるかもしれないってミサカネットワークで他のミサカが話してたってミサカはミサカは……!!」

「オマエ、今度オリジナルのまな板を見てから、言ってみろ」

「…………。」

「図星か」


一方通行は溜息をついて呆れる。

と、ごった返しているこの歩道で突っ立っているから、体の小さな打ち止めは通行人と肩がぶつかった。


「てっ!」

「ホラ、邪魔だから突っ立ってねェで帰るぞ。 ………手ェだせ」

「え、」

「チッ。……勘違いすンなよ。 オマエがまたどっか走りだすのを防止するためだからな」

「あ、いや……/// って、ミサカはミサカはまるで恋人みたいに手を繋ぐのを恥ずかしがってみたり」

「~~~~ッ!!」

「きゃっ! ちょ、まってよ~っ! 急に引っ張らないでってミサカはミサカは涙目で訴えてみたりぃ!!」

「ウルセェ!! 黙ってシャキシャキ歩けクソガキ!!」



こうして、二人は仲良く道を歩いてゆく。 こうして見てみれば、まるで兄妹だった。一方通行は兄。打ち止めは妹。 可愛い妹の為に兄が手を引くという、そんな絵…。

そしてそのまま、川の流れの様な人ごみの中を笹舟のように掻き分けてゆく。

二人は一言もしゃべらない。

少女の方は、なぜか顔が紅かった。 恥ずかしそうに俯く。

が、男の方は前をしっかり見ていた。

いや、今彼が歩んでいる道ではない。

彼が、今から歩もうとしている道だった。






(――――ああ、まったく。自分でも嫌になる)


なぜかネガティブに思考していた自分の弱い心を引っ叩く。

そうだ、だからこそ、それだからこそ、一方通行は心の底から誓ったのだ。

あの日、あの夜、殺してきた一万と三十一のクローン人間と同じ顔をした幼女を守り、頭蓋に銃弾を受けたその時から。



(決めたじゃねェか。あのクソガキと妹達を一生守ってやるってな)



罰がなんだ、咎がなんだ、宿命がなんだ。そんなクソのような現実、パンに塗って喰ってやる。

確かに、それが罪滅ぼしのつもりかもしれない。

それが、どんな修羅の道でも構わない。

どんなどんな地獄の針の道でも喜んで歩いてゆける。

それが、一方通行という男の覚悟なのだ。











(…………そォいやァ、彼我木のヤロウの、俺の苦手意識から出た姿、四人ッつたよな)



妹達、黄泉川愛穂、芳川桔梗



(あと一人は一体―――――――?)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




オリアナ=トムソンの視界に、一組の白髪の少年と茶髪の少女の兄妹?が映った。

が、それを全く気に掛けず、一枚、紙切れを千切った。

今は、そんな事に気を掛けている場合ではない。


一人―――――殺めてしまった。


通信魔術が繋がった。 相手の名を呼ぶ。


「ドリヴィア…」

「言いたい事はわかっています。 あなたが手に掛けた少女は、ただの一般人でした。」


やはり。

オリアナは、血の海に染まった少女を思い出す。

倒した後の、感覚。

それはまるで、細いの棒を折るような虚しさだった。

まるで手応えがない。いや、ありすぎて感じなかったのだ。人をあっさり殺す感覚は、それほどにまで虚しい。

この虚しさは、オリアナの心臓が鑿に彫られる感覚と良く酷似していた。

そしてその虚しさこそが、後悔という言葉である。

後悔は、冬の海の様な冷たさを持って小波と共に彼女を冷たくする。


「少女の名前は姫神秋紗。非常に重要な力を有しているものの、特に魔術師という訳ではありません。あのケルト十字は、その力を封じる霊装に過ぎず、攻撃性を一切持ちません」


その報告を聞いて、オリアナは手にした速記原典を…非力なる少女を殺めた凶器を握りしめた。……いや、凶器はこれを過って使った自分自身の心か。

その心はまさしく。


「………最低ね」

「ええ、最低です」


ハッキリと、しかし悲しくリドヴィアは頷くように応えた。


「我々は、本件に関係ない一般人を牙に掛けました。それも二度も。 彼女たちは我々が守るべき、迷い、救いを求める罪人です。 我々は二度と誤ってはいけません。彼女の為にも。使徒十字を使用し、学園都市を支配しなければならないのです」


なぜなら、使徒十字のおかげで、彼女らの犠牲は生贄の意味の通り、学園都市は『幸せ』になれるのだから。

だが、それは滑稽でバカげた、現実味のないお伽噺のように思えてしまった。

本当に、この女を信用していいのだろうか?

確かめる様に、オリアナはリドヴィアに尋ねた。


「本当に、これで何もかもが上手くいくんでしょうね。 学園都市を手中に収めることで、みんなが抱えている問題のすべてが…………」














その、オリアナのすぐ後ろの影で、誰にも姿を現さずにいた、彼我木輪廻は嘲笑した。 そして予期する。





無理だね―――――、と。





絶対に無理だ。この都市にいる全員の抱えている問題が、そういう風に綺麗さっぱり無くなる訳がない。

とある哀れな少女は才能のない自分を恥じ、とある白く狂ってしまった少年は才能が有り過ぎたが故に運命に振り回され、とあるこの世界とは異物となる小童は幸運に見舞われ過ぎたが故に自身の幸運を悔いている。

使徒十字の効果は“ローマ正教が都合がいい様に、勝手に幸せに感じる”だけで、根本的な事は変わらない。 まぁ、発動すれば大概の人間は騙されるが。

だが、それは発動すればの話だ。

今、とある黒髪の少年が怒りに燃えている。―――奇妙な運命に翻弄され続け、日常を不幸と読んでいてもめげずに今日も走り続けている少年が。

この、しょうもない大人たちの勝手な茶番劇の舞台作りに、怒涛の怒りを拳に変えてぶつけようとする少年が、この金髪の美女を追っている。

恐らく、この女たちの企みは潰えるだろう。

結果を予想すると、二人は失敗するも生き残るが、片方は敵と交渉し、命の自由を守りきる。 が、もう一方は捕えられ、まぁ牢獄へ直行だろう。

さて、もうこの物語も見届ける必要もない。

真庭忍軍獣組は時間的に引き上げた頃だし、真庭白鷺と真庭喰鮫も撤退して自身の武器と忍法の改良に着手したころだろう。



もうそろそろ、地下で祭が始まる。今度はそちらを見物しに行こうか。



さて、もう一人の主人公、鑢七花は今頃、何をやっているかな?








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今日はここまでです。ありがとうございました。

長らく書いていたら、投稿するタイミングを見失いました。 ごめんなさい。

さてさて、これで使徒十字編は終わりです。

え? 中途半端だって? だって尺が足りないんだもん。 つーか、これ以降の展開考えてないし。

ハッキリ言ってすぐに終わらせるつもりでした。でも400オーバーは考えてませんでした。 超焦りました。

こんなに書いたら次書く尺無くなるヨ!!

だから、後の展開は原作通りです。 原作通りに書くのはかったるいですから、そのまま裏大覇星祭編をお楽しみください。

さてさて、オリアナの魔術を考えるのは楽しいです。 色と文字の象徴の関連性を考えるのが特に。でも、角度云々は糞面倒くさいので、端折りました。 書いてないけどキッチリ角度は付けている設定です。

あと、時々イタリア語を交えましたが、それは誤翻訳で悪名高いエキサイト翻訳様から検索いたしました。

イタリア人の方、おりましたら正解をお願いします。

まぁ、腹が減っては戦が出来ぬは別サイトですが………。


さて、話は打って変わって今回の彼我木さんのファッションチェック(?)です。

予想してくれていた方々もいますが、殆ど正解です。


妹達・黄泉川・芳川・打ち止めの――――――――あ、誤字発見。

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>>460
(…………そォいやァ、彼我木のヤロウの、俺の苦手意識から出た姿、五人ッつたよな)



妹達、黄泉川愛穂、芳川桔梗、クソガキ…………。



(あと一人は一体―――――――?)
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↑修正版


さて、彼の苦手意識は五人。

妹達・黄泉川・芳川・打ち止め―――それと、上条さんです。

言われなくてもわかっていますよね。ごめんなさい。

当初は、外面的特徴は妹達。 立ち振舞いは黄泉川、打ち止め。内面的特徴は上条さんの設定。

その時はニート芳川は入っておらず、『あ、そう言えばそんな奴いたね』って事で今回付け加えました。

そしてある日、pixivで禁書のイラスト見ていると、あるジャンルでワタクシの背中に電流が走りました。

それは―――性・転・換。

男が女に。女が男になると言うご存知の奴ですが、禁書だと代表的なのが鈴科百合子です。

しかし、ワタクシめが一番のお気に入りなのが…………上嬢さん。

上条当麻.♀verの事です。

ちょ、なにこれ可愛い///

と、百合子ちゃん以上に電流が流れ、ワタクシは是非使いたいと心に決め、設定を一から書き直しました。

外面的特徴・立ち振舞い・内面的特徴をバランスよく、妹達・黄泉川・芳川・打ち止め・上条さんを足して割った様な容姿にしました。

だから、性別は女性が多い為で、長い髪と巨乳と教師面は黄泉川さんが、母性と優しさは打ち止め、髪の色と一方の妄想からの恨みは妹達、そして髪型と説教臭さは上条さん。

少しおちょくっているのは打ち止めの幼い悪戯心だと思ってください。

容姿は上嬢さんの髪型が頭頂部以外が茶髪になった感じで、セーラー服は上條さんの学校のです。

さて、あと一行になったので、今日はここまでにします。
――――――-P.S一方さんが海に沈む描写は、Fateのパクリじゃないです。 今週のを見てびっくりしました。 あと、そこでショタ一方さんのチンコをニギニギしたりアナルに指突っ込んだのは、ミサカ10033号でもミサカ20000号でもないですから悪しからず!! …………ま、そこんところは想像に任せます。

魔術の解釈が素晴らしい!

最近コメント減ったけどたまにはコメ拾ってね☆

こんばんわ。18日間も放ったらかしにしてすいませんでした。>>1でございます。
続きでございます。

>>465
コメントが減ったのは、もしかしてワタクシめが長らく開けて、それで20も長く書いたからでしょうか。

「おいおい、まだ書いてねぇのかよ!」
「……って昨日まで全く書いてなかったのに、今日になったらいきなり20も書いてやがる! こんだけ長かったら読む気なくなるぜ!」

…………だったら、ヤだなぁ。

ああ、あと、この前BLOO-Cの映画見に行きました。最高でした。

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「ぶぇっくし!!」



鑢七花は、盛大にくしゃみをした。

傍らで付き従っている絹旗最愛は、彼の腰の位置から塔のように背の高い彼を見上げる。


「風邪ですか?」

「いや、鼻がむずむずしただけだ」


絹旗は少し、本当に七花が風邪でも引いてしまったのではないかと心配した。

二人は大きな紙袋を両手に下げて、冷房が効いたショッピングモールの自動ドアを潜った。その直後、暑い風と日差しが一斉に襲い掛かる。

9月の中ごろと言ってもまだ、あの厳しい夏の過ぎ去ったその後の暑さは健在であった。 蝉はもう鳴いてないが、普通の人と比べ太陽に近い七花の頭にはヒシヒシと真昼の日差しが頭皮を焦がしていた。

しかしそれでも温度計が記せば、確かに一か月前からすれば涼しくなった。だがそれでも夏日の日だった。 どこの建物も冷房をガンガン掛けている。

冷房などない時代生まれの七花からすれば、あの屋内と屋外の激しい温度差は本当にこたえる。

どこの建物も室内設定温度は25度を切っているのが多い。

もしかしたら外で描いた汗が中で冷えて、それでくしゃみをしてしまったのかもしれない。

現代とは全く違う世界の人間は冷房は苦手なのだろうか。

しかし、もうすぐ秋だ。(いや、もう秋か)この暑さとはもうお別れだと、なんだか心細い何かが絹旗の心にあった。

まぁ、暑くも涼しい風がある昔の(今なら田舎の)環境で育った七花は、この悪魔のヒートアイランド現象によって拷問のように熱せられたコンクリートジャングルは地獄の窯と同意なのだが。

鑢七花はこうした灼熱地獄とそれと真逆の冷却地獄に挟撃されていた。

まぁ、これはただの絹旗最愛の心配による妄想なのだが、さて、七花はどう思っているのか。

しかしあの世に地獄もあれば天国もあるように、このコンクリートジャングルの中にもオアシスはある。

二人はとある公園にいた。そこは奇策士とがめと『アイテム』の残りのメンバーとの待ち合わせ場所だった。


「お、涼しい。 なんでだ?」

「ここの公園はヒートアイランド現象による超気温上昇を防ぐ実験として造られた公園です。 ほら、あそこに長い管があるでしょ?」

「ああ、本当だ」


公園には骨組みだけのテラスの雨よけ屋根の様な金属の柱の列がずらりと続いていて、それらが七花と絹旗を見下ろしていた。

その柱の上をモノレールのレールのように管は走っていて、公園を万遍なく周るように続いていた。


七花はそれを見上げると、絹旗は公園の時計を見て、


「もう、そろそろですね」

「? なにが………うわっ!?」


七花が驚いた。なぜならなんと、


「なんだ、冷てぇ」

「数分おきに、この管から超水が出てくるんです。 打ち水効果って奴ですね。これで体感温度を超下げているんです。あと、地面はあまり塗装されていませんから、コンクリみたいに熱を超蓄熱しないようにしているんです。 それと落葉広葉樹を超植えて、日陰を超多く作っているんですよ」

「良くわからんが、まぁ確かにここは街中よりは涼しいな」

「人口ですが湖もありますし、噴水もあります。 水がある場所は超涼しいですね」

「ああ、やっぱり俺は『くーらー』とかいう奴が苦手だ。 こっちの方がいい」

「過度な冷房は基本的に体に超悪いですからね」


そう、二人は仲良く並んで公園を歩く。 昼時なので、ちらほら辺に結構弁当を持っている学生がいた。

その隅の木陰の下にあるベンチを発見した絹旗は、


「とがめさんとの待ち合わせの時間までもう少し時間、超ありますからお昼にしませんか」


近くのベンチを指さして提案。


「お、いいな。ちょうど腹が減ってたんだ」


と七花はそれを承諾し、そのベンチに座る。だが、絹旗は座らなかった。


「私、飲み物買ってきます。 何がいいですか?」

「適当でいいよ。どうせ見てもわからないし」

「じゃあ超お茶にしてきますね」


そう言って、絹旗は駆け足で去って行った。

そしてたったひとりになった七花は、頭の上の無数木の葉の間から漏れる太陽を見上げる。この木陰は丁度良く、残暑の暑さを紛らわせてくれる。

しかし、やっぱり今日は暑い。朝はそんなに暑くはなかったが、昼になってから急激に温度が上昇していった。

夏を過ぎ、秋になれば涼しんでいくはずのこの空気を、七花は異様に思う。 まぁ、もうすぐすれば徐々に気温は下がり、すっかり秋らしくなる筈だ。それまでの辛抱だ。

ああ、暑い。

七花は目を閉じた。すぅっと息を吸い、長く吐く。遠くで噴水に足を入れて水遊びする子供の声がするのを今気付いた。そして、その明るい声が少しづつ、少しずつ、小さくなっていって……。

七花は、眠りの中へと沈んでいった。

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暑い。暑い。暑い。

あの夏の暑さとは、また別の暑さ。

あの七月の爽やかな暑さとは、また別の、禍々しい暑さが、いや、枉々しいと言ったほうが場景に似合うだろうこの暑さ。

確かにこの一件で、俺の人生は確かに枉げられたのだから。

いや、そもそも自分というこの存在そのものが、枉げられたが故に存在する異物だ。

暑い。

この焼けるような暑さは、何だ。あの七月の蝉が一斉に謳い続ける様なあの夏の暑さとは、また別の、痛々しい暑さが、いや、これは暑いというより……熱いの方がこの肌の感触に似合っている。

では、この熱さは何だ。

この、焦げるような嫌な臭いは何だ。

熱い。熱い。熱い。

熱い風が、俺の頬を触る。その手で、頬が火傷しそうだった。でも、そんな事などどうでもいい。目の前にいる、一人の人間は何だ。

熱い。

眼の奥が熱い。 幼いころ、悪い事をして、取り返しのつかない事になった時の感情とよく似ている。

この感情は何だ?

そして、この人間は何だ? 誰だ? いや、見覚えはある。というより、知っている。 この人は、俺が良く知っている人で、俺を良く知っている人だ。

姉ちゃんだった。

熱い。熱い。熱い。

姉ちゃんが、倒れていた。

熱い。

助けなければ。姉ちゃんは体が弱いんだ。すぐに助けて、医者に見せなければ。

なぜ?

当然だろう。怪我人を医者に見せない奴がどこにいる。


だから、なぜ? ―――――俺が、姉ちゃんを斬り殺したのに。


熱い。熱い。熱い。

身も心も、何もかもが燃え、炭となって崩れそうになる。

そうか、これが―――――。

この感情を理解した時、俺は姉ちゃんを見ていた。

この、燃え盛る鬼の形相をした仏の前で。 燃え盛る、姉ちゃんの体を。

あの雪のように白かった体が、炎に抱かれ、黒く燃えてゆく。

熱い。熱い。熱い。

その時、俺の中の大事なものが、ぽっきりと折れてしまった感覚がした。

俺はまだ、姉ちゃんを見ている。

そして、屍になって燃えている姉ちゃんは、首だけを動かして見上げて、微笑んだ。


「もうすぐよ。―――――七花」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





…………し………ち…………し…………しち…………か…………ちか…………。



誰かが、自分の声を連呼するのが遠くから聞こえた。いや、これは自分の意識が遠いから、声が遠く聞こえるだけだ。

そしてその声は、聴き覚えがあるような、耳に馴染んだ声で……。



「七花!!」


「おわっ!」


鑢七花は、奇策士とがめの叱責で、眠りの中から完全に覚醒した。だがおかげで耳鳴りが酷い。


「あれ? とがめ?」

「まったく、いつまでたってもぐぅすぴと寝よって」


七かの目の前で、両手を腰に当てていた奇策士とがめは溜息交じりでそう言った。


「すまんとがめ。 俺、どれくらい寝てた?」

「ざっと半刻と少しだ。 お前がどうしても起きないから、私たちで勝手に昼を食べたよ」

「ひでぇ。起こしてくれればよかったのに」

「何度も起こしたと言っておろう。 まぁ確かに昼を食べてしまった事については悪いと思っておる」


と、とがめは近くにあったビニール袋を取り出した。 よく見る何でも売っている店の、緑と赤の『7』の文字がそれに描かれていた。その袋の中に手を入れ、握り飯を三つ取り出した。そして七花に渡す。


「ほれ」

「ああ、ありがとう」


七花はそれを受け取り、最初の頃は開け方が全く分からず苦戦していた包装を器用に外し、もそもそと握り飯を頬張る。と、そこである事に気が付いた。


「あれ? 絹旗は?」

「ん」


七花はそうとがめに質問すると、とがめはジト目で指を刺した。指の先が示すのは七花の太腿。


「あ? なんで絹旗が俺の太腿を枕にして寝てるんだ?」

「さぁな。 私たちが来たときはもう貴様もこやつもこの状態だったよ」

「………とがめ、なんでそんなに強い口調なんだ? まるで怒っているようじゃねぇか」

「………………もういい」


まったくもう、ととがめは頭を振る。

と、七花はとがめの背後にいる一人の影を見つけた。 金髪青眼の少女(自称美少女)フレンダ=セイヴェルンだった。カメラを片手に、ニヤニヤとした顔でカシャカシャと絹旗の幸せそうな寝顔を何度もシャッターを切っている。


「ふへへへへへ、絹旗の弱み。絹旗の弱みwwwwww」

「………とがめ、フレンダは何をやってるんだ?」

「知るか」

とがめはそう短く吐き捨てた。

どうもさっきから不機嫌なとがめであったが、なぜだろうと七花は首を傾ける。その様子を見ていたとがめは、さらに眉間にしわを寄せた。


「なぁ、七花。訊かずともわかっていると思うが、そなた、私に惚れているか?」


七花は即答だった。


「ああ、惚れてる」

「本当に惚れているのだな?」

「ああ、べた惚れだ。 愛していると言ってもいい」

「………………………。」


なら、この嫉妬心も解ってくれていてもいいのでは?とがめは、この朴念仁っぷりに心底呆れた。

確かに七花はとがめに惚れているし愛している。手を繋いだり、一緒に風呂に入ったり(絹旗に禁止されたが)とそれ位の事は普通と感じるくらいに。

現在、彼は絹旗最愛の恋心も全く理解するどころか気づきもせず、彼女の事もただの子供or友達くらいにしか思っていない。七花の心の中はほぼ、とがめで埋まっているからだ。だから、とがめの事を愛しているのが当たり前。いつもどこでも彼女に惚れているのは基本設定。

七花は、全てはとがめの為。今まではとがめの為に戦い、これからもとがめの為に戦うと心に決めているのだ。 とがめも、七花が戦いやすい様に奇策を練り続けている。感覚で言えば、主人と従者、所有者と刀と言う関係とは別に、彼らの相関関係に愛が加われば、それはもはや夫婦の域に達しているのではないだろうか。

確かに、近頃は七花は絹旗と行動する事が多くなってきて、とがめは少し焼き餅を焼いてるが七花はそんな事など知らないし、ずっととがめだけを見ている。

結論を言えば、七花はずっととがめしか見ておらず、絹旗が七花に抱く心は彼ら二人の愛の鉄壁には絶対に届かないのだ。

嗚呼、なんて可哀そうな絹旗。


さてそんな時、缶ジュースを抱えた滝壺理后が現れた。


「しちかさん起きたの?」

「お、滝壺」

「はい、ジュース。適当に選んできた」

「おお、ありがとう」

とがめは手渡されたジュースの『いちごおでん』の文字に顔をしかめながら、タブを開ける。それと同時に、滝壺が一つ報告をした。

「えいり、今日来れないんだって。 用事があるからって」

「そうか」


『えいり』とは、笹斑瑛理の事である。
学園都市暗部組織『アイテム』の下っ端組織のメンバーの一人で、よく『アイテム』の補助をする仕事を任されている。アイテムが皆女子だという事から笹斑が選抜されたらしいが、正直言って約一名がセクハラを受けてエライ目に合っているから人選ミスだとアイテム諸君は思っていた。
そしてそのセクハラ被害でトラウマを植え付けられたフレンダはその報告を聞いて、


「はぁぁ~~~~よかったぁ~~~~~ッ」


と安堵の溜息。
よっぽど嫌だったんだな。と、笹斑と交友関係にある滝壺はそれを見ていると、とがめは『ああ、そうか』とそれだけ言って缶の中の苺を缶の側面に付いていた楊枝で突いた。


「ああ、そうだ七花」

「どうした、とがめ」

「先程、懐かしい顔にあったぞ」

「へぇ、誰だ?」

「―――敦賀迷彩だ」

「」

と、そんな二人が会話をしていると、寝ぼけた眼を目で拭いながら、絹旗が七花の太腿から上体を起こした。

「あれ? みなさん何しれらっひゃるのですか?」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それはほんの三十分前の事である。奇策士とがめは敦賀迷彩と再会していた。


「しかし、生き返るとは思わなかった」

「それは私も思った」


二人は、七花と絹旗が寝ているベントの向かいのベンチに座っていた。滝壺とフレンダは席を外させている為、この会話を聞いているのは誰もいない。

現在の状況を何気ない談笑のように話していた。いやもはや談笑か。


「実は私は今、とある二人の少女に千刀流を教えている」

「奇遇だな。私もあそこで寝ている小娘を七花が組手をして鍛えておる最中だ。毎日ぼろ雑巾になるまでしごいておる」


迷彩はそれを聞くと、少し噴出した。言葉と一緒に出たとがめのいじめっ子の悪そうな顔が、そんなにも可笑しかったのか。


「あまり無理してやるなよ。可愛い顔に傷がついたら可哀そうだ」

「いやいや無理してなんぼだ。無理しなければ強くはならんよ。迷彩、そなたも同じ様な稽古を受けて千刀流を受け継いだのだろう? それに、こっちには擦り傷から骨折までどんな怪我も傷跡残さず綺麗さっぱり治す医者がついてるからな。例え四肢の一本が吹っ飛んでも心配無用だ」

「そうかい。だったら安心だ」


迷彩はそう言って、絹旗の寝顔を眺める。七花の膝の上で、そこの布をぎゅっと握りながらぐっすり眠っていた。これではもう自分からしか目を覚まさないだろう。

微笑ましかった。まるで師弟というよりも親子のように、二人を思った。そして迷彩は幼き自分に確かにあった父や兄弟子たちとの過去の肖像を見た。


「あの子、虚刀流の坊やに懐いているようだね」

「まったくだ。 この前、一緒に風呂に入るなと怒鳴られた」

「はっはっはっは。私たちが生きていた世界とは常識も作法も一変したからね」

「この前それでえらく拗ねられたよ。私も悪いが、それの引き金を引いたのは鈍感の七花だ。 七花曰く『みんなが言う女心がわからん』だと」

「それはお嬢ちゃんの教育不足だ」

「それはその時痛感した」


と、こんな風な世間話を少々すると、そのなかで迷彩は思い出したのか、一人の女の事を言い出した。


「そう言えば、妙な女の子を見かけてね。 異人の子かね。金髪で青い瞳をした別嬪な子だよ。その子が必至になって持って逃げているのを見かけたよ。まるで何かから逃げているような表情だった。歳は大人びていたが18か19くらいかね」

「ほう」


とがめは興味はないのか、そっけない返事をした。

今、とがめは手に持っていた昼飯を食べていた。迷彩は先程取ったので、彼女のもぐもぐと小さな口で食べている姿を見るだけだった。因みに今日の昼食はお稲りだ。もちろん失礼だから迷彩に許可を貰っている。

迷彩はそのまま、その女の事を話していた。


「その子にはね、異様な雰囲気が漂っていた」

「どんなのだ?」

「強者のだよ」

「……………。」


低く言った迷彩のその言葉に、とがめの動きが止まった。


「ぱっと見ただけだけど、わかるね。 若かったけど、あれは百戦錬磨の熟練された者の眼をしていた。弱者ではなく、何人もの強者を倒してきている様な、鋭い眼だった」

「…………そうか」


そこでようやく、とがめの眼が真剣な目になった。



「この学園都市で、また何かが起こっているようだな」

「そうだろうね。 いや、きっとこの学園都市では、血生臭い事が日常茶飯事に起こっていて、それが見え隠れしているのかもしれない」

「………ああ。 私も、その一員だ」


学園都市暗部組織『アイテム』。絹旗や滝壺に、彼女らがやっている活動を訊くと、少し苦い顔で説明された。

アイテムの主な業務は学園都市内の不穏分子の削除及び抹消だそうだ。ようは汚れ仕事だ。

また、とがめはこの世界の知識を習得しようとさまざまな書物を読んでいた。中学生が習う五教科から学園都市の能力開発の仕組みやS+ランク大学レベルの科学まで、ある程度の知識と教養を得ていた。

そしてこの街の裏側の、科学の魔窟の中の惨劇も知っていた。


「この街は悲しい街だと、初めて知って思った。何せあんな年端のいかぬ女子が、大人に実験動物同様に体を弄られ、人間を殺めろと命令されているのだからな。己の覚悟も決意も無い。誰かへの忠誠心も皆無だと言うに………。もしかしてこの街の支配者は子供の事を実験動物としか見ておらぬかもしれぬな」


とがめは一人の少女を瞳に向けた。

少女の名は絹旗最愛。

彼女は孤児である。この街では『置き去り』と呼ばれている。『置き去り』の処遇は人ではなかった。特に絹旗は非人道的な実験の被験者として、実験動物のマウスとして引っ張り出され、一歩…いや半歩誤れば息をする肉塊となっていただろう地獄を歩いてきた。

彼女は奇跡的にも生還したものの、今度は暗殺者としての人生を歩まされることになり、今日に至る。

とがめは、それを本人に聞いた。

聞いた時は正直後悔したが、自身も開き直っているようで安心した。

だが、太平の世と言われても人の地獄を歩いてきたとがめからしても、この半生は酷過ぎる。とがめは絹旗の話を思い出して、この街の支配者へ向ける嫌悪の表情を見せた。

迷彩も、つい先日発生した無能力者狩り事件の事を思いだし、同様の眼をする。


「私も悲痛に思ったよ。無能力者と呼ばれる無力な人間は『落ちこぼれ』という烙印が押され、不遇の扱いを受ける。………この街は、無能力者には風当たりが強すぎる」


迷彩はそう言うと、よっこらせと立ち上がった。


「私は過去に、傷ついた女たちに薬として、刀を与えてきた。一人でも多く弱い女を助けようとしてね。……やっぱり、その癖がまだ治ってないようだ。―――さて、そろそろ行くよ。奇策士のお嬢ちゃん」

「なんだ迷彩」


とがめはお稲りを飲み込むと、


「もう行くのか?」


と訊いた。迷彩は笑って、


「ああ、弟子二人の顔も見れたし、何より面白いモノを見せてもらったしね。ふふ、今日は酒が上手いかね」

「何を見たのだ?」

「実はな、私の弟子の一人が出ていた競技…確か『棒倒し』とか言ったかな。それが実に白熱したものでね。物凄く楽しめたよ」


と、上機嫌に笑う迷彩。とがめは、かつて本気で殺し合いをした相手としてではなく、美酒を飲み明かした友人の一人として笑った。



「また、二人で酒を飲み明かしたいな」

「そうだね。今度は後で殺し合いなどしない、平和的な宴がしたい」

「ああ、必ず」


そうして、二人は約束して笑い合い、迷彩は去って行った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
鑢七花はその会話の内容を聞いて、思い出したように奇策士とがめにこう言った。


「俺もその女見たよ」


とがめはそれを聞いて目を丸くしたが、そのあと少し考えて成程と呟いた。


「その長身なら、金髪の女はすぐに見つかるのも道理か」

「確かに、何かから逃げているように見えたな。そうか、あの妙な雰囲気はそう言う事か」

「で、その女はどうなったのだ?」

「いや、絹旗に引っ張られて見失った」

「……………そうか」


まぁそこまで重要な事柄じゃないから別にいいか。と、とがめはその情報を頭の隅に置いた。


「しかし、あの迷彩が弟子をとるとはなぁ」

「なにのんびりと言うておる」

「ん?」

「いや、なんでもない」

「?」


さて、ただ今、奇策士とがめ、鑢七花、絹旗最愛、滝壺履行、フレンダ=セイヴェルンのアイテム御一行は第三学区のとある場所にいた。

第三学区と言えば、学園都市で一番ホテルのランクが高い場所である。言わば、学園都市で一番リッチな高級住宅街ならぬ高級学区。そしてアイテムの本拠地を置く学区でもあった。(臥せている麦野と絹旗の稽古の関係で、今は第七学区の病院を拠点に動いているが。)

その中で、彼らの現在位置はとある高級ホテルの玄関前だった。

しかも、第三学区でも一二を争う程の超最高級ホテル。

中世ヨーロッパを連想させる…というかそれを模倣した壁の彫刻を黄金に輝く金箔で豪華絢爛に飾った内装だった。それが360°広がる天国か極楽かと見違えても言っても笑われない程の見事さが来る者見る者を感動させる。

無論、そんなホテルに泊まる人間は約99%富裕層の人間。超高級スーツと超高級腕時計と超高級革靴で身を固めた紳士と超高級ドレスと超高級ブレスレッドと超高級ネックレスと超高級イアリングと超高級香水で身を固めた淑女たちが雅やかにフロントの前のレストランや奥にあるバーでくつろいでいた。

その金ぴか豪華な空間にあたかも石を投げつける様に、奇妙な一団がホテルの回転ドアを潜った。

もはや石ではない。泥団子だ。

白一色の壁紙に墨汁をじっくりと湿らせた筆を押し付ける様な、金屏風に泥団子を投げてしまった様な、そんな場違い感が辺りをしーんとさせた。

何せ、一般人を引き連れて、奇妙な恰好の白髪の女が華奢な足をこの高級そうな大理石の床にズカズカと歩いてくるのだ。

他の客はその珍客に少し注目していた。

こんな場所に貧相な衣服を着て来ている人間がいるのでも目立つのに、さらにもう大道芸人としか言い表せない出で立ちが二人もいるのだから無理もない。

と、そこに一人の若い男が…ホテルマンが、マニュアル通りの笑顔を振りかざしながら歩み寄ってきた。


「お、お客様、当ホテルは……」

そして彼の言葉を遮り、とがめは一枚のA4用紙を彼に見せる。

すると、彼の表情が変わり、すぐに『あちらでしばしお待ちください』と奥の高級ソファーへ5人を通した後、カウンターへ帰って行った。そこでようやく周りのお金持ちの偉い人たちがひそひそとお互いの口と耳をくっ付き合わせた。

それ小さな声だったがそれは複数が集まり、場違いの原因の耳にまで聞こえるほどに大きくなった。嘲笑と非難の声だろう。

しかしこの五人はそんな扱いに慣れているのか、肝が据わっているのか、それともただ鈍感なだけか、全く気にせずにいた。とがめが一番最初に、ふかふかの高級ソファーに堂々と腰かけると、七花も絹旗も滝壺もフレンダもソファーに腰を掛ける。

何もすることがないのは時間の無駄な為、とがめは近くにあった経済新聞を取り出し、一ページを三十秒余りで読み進んでゆく。一方、七花や絹旗らは、ただボーとソファーの上に座っているしかなかった。

そして丁度とがめは、経済新聞をすべて読み切った時、別のホテルマンがやってくるのを視界の隅で察知した。


「お待ちしておりました。ご案内いたします」


白髪が綺麗に整えられた60代の男だった。あの最初に見たホテルマンとは全く違う貴賓を感じられる。

どうやら、このホテルの支配人らしい。

彼は先の若いホテルマンと同じマニュアル通りの動きだが、また別の品格と言う物を醸し出しながら5人を案内してゆく。

実にプロフェッショナルな接客態度だった。流石日本人だと世界の人々は口を揃えて言うだろう。

だがしかし、とがめは少しの違和感を感じ取っていた。

この親切な接客と柔和な笑顔の奥に『怖れ』の感情が見え隠れしていたのだ。

やはり、自分たちの事を知っているのだろうか。

ただ無言のまま、支配人は進んでゆく。とがめを先頭に、七花、絹旗、フレンダ、そして滝壺の順で支配人の背中を追ってゆく。

高級ホテルにしては狭い廊下だった。七花の両手を広げた程。

しかしそこにも高級の名のプライドがあるのか、絢爛な内装は完璧だった。埃など一つもない。それが彼らの誇りなのだろう。

どんどん支配人は前に進んでゆく。

どうやらホテルの奥へ進んでいるようだ。

ホテルの奥の奥の奥の、そのまたその奥でようやく行き止まりだった。そこで支配人は立ち止まり、とがめに道を開ける様に彼らに向いた。

前の背の高い七花の影で向こうが見えない。絹旗は彼の脇から前の様子を見る。

きっと客どころか従業員も近寄らないだろう、だがその癖に隅々まで綺麗に清掃されたこの最奥の場所で、支配人は立ち止まった。


「ここでございます」


エレベーターが一つだけある場所だった。

フロントから見えたエレベータと全く変色がないほどの豪華さで、このエレベータはそこにある。


「このエレベーターは一旦動き出せば地下25階まで停まらないので、何もなさらずに結構です。 着いた先の事は、エレベーター内に書いてあります」

「うむ、ご苦労」


とがめは短く労いの言葉を言い残し、支配人がボタンを押して開かれたドアを潜った。

七花や絹旗らもそれに続く。

そして最後に、支配人は深く深く頭を下げ、ホテルマンとして一流の言葉で彼らを見送った。


「それでは、ご武運を」


その姿を遮るようにドアは閉まり、エレベーターは滑らかに落ち始めた。

絹旗はキョロキョロと中を見渡す。暗部の癖だろうか。敵のトラップを見つける時の。

そこでの感想は『このエレベーターは色々と普通ではない』の一言だった。

まずは広さ。四方5mの、普通のサイズとは違う。軽自動車が入りそうだ。ホームセンターや大型家電量販店などに見かける物と思ってくれていい。

また、やっぱりその空間でもやはり高級ホテルらしい内装が施されていた。

そして何より、このエレベーターには行きたい階を押すボタンが無かった。 あの緊急時の電話ボタンも。

ただ勝手に、エレベーターは地下25階まで落ちてゆく。


「…………………。」

「…………………。」

「…………………。」

「…………………。」

「…………………。」


シーン……と、五人は黙っていた。いや、さっきから黙ったままだった。


「…………………。」

「…………………。」

「…………………。」

「…………………。」

「いや、誰か喋れよ」


七花が口を開いた。絹旗が後頭部を抑えて苦笑いする。


「いや~、ついエレベーターに乗るときって黙っちゃうんですよね」

「あ、それあるある」


フレンダが元気よくそれに応える。因みに今スレで初めての台詞である。


「ようやく喋ったかフレンダ」

「なんだか超久しぶりに声を聞いた気がします。6カ月と15日ぶりに聞いた気がします。超お帰りなさいですフレンダ」

「ちょ、何言ってんの!?」

「ああ、確かにフレンダは最近出番がなかったからなぁ」

「ちょいと待てやとがめさん! しょうがないでしょ!! 私は家にフレメアがいるから仕事がない時は大概そこにいて!! つーか地の文しっかりしろよ!! キッチリ>>194に出ているからって訳よ!!」

「無理言うなフレンダ。この作者は、日刊連載小説を必死こいて書いていた前スレ前々スレと違って週1ペース週2ペースで書いているから、たまに書いている内容を忘れることがるのだ。しかも時々重要な伏線やネタを忘れることがあるから油断ならん」

「おいとがめ、そんな根の葉も無い事を言っていいのか?」

「普通に流せ」

「ああ、そう」

「そう言えばふれんだ、自分で『私はピッチピチの高校生って訳よ』とか言っている癖に>>194のあと、ダッシュで『そこまで言って委員ですかい』って政治番組見てた」

「流石に高校生は政治番組は超見ないですよね。 というか、その番組、超憩いの場でお爺さんとお婆さんが超お茶飲みながら見ている奴じゃありません?」

「悪いッ!? 女子高校生が自分が面白いと思った番組見てて悪いッ!? って訳よ!!」

「いや、いい事だぞフレンダ。人生の先輩である私は実に善い事だと思うぞ? その歳でこの国の事を憂いておるのは感心だ。見直したぞフレンダ。そして確かにあれは面白い」

「私、病気で休んでいるたかじんの復帰を応援しているふれんだを応援している」

「いやぁああ!! そんな眼で私を見ないでぇぇぇええ!! 助けて三宅先生ぇぇええええええええええ!!」


と、蛇のように絶叫し涙目になるフレンダ。ホントに存在事態を忘れていましたごめんなさい。

~ギャグパート終わり~

それから十秒くらい時間が開いた。


「…………それにしても、25階というのは長いな」


その中で、とがめはそう呟いた。


「長いエレベーターって超長く感じません?」

「あるある」


フレンダは応えた。


「そう言えば、とがめさんあのオジサンが言っていたのって………」

「ああ、これか?」


と、とがめはフレンダにエレベータの壁に貼られていた一枚の用紙を指さした。

それはこれからの事が書かれた案内だった。この世界の住人はポログラムと呼ぶ。だが、そのプログラムには少ししか日程が書かれてていなかった。それの下には簡単な地図が描かれていた。

なるほど、詳細は追って伝えること言なっているのか。とがめはそう解釈する。

一方頭の悪いフレンダはそれを覗き込みようにして書かれていた文字を読んだ。


「なになに、『【午後3時】第一スタジアムで開会式』………って! 暗部なのに開会式あんのかよ!!」

「ふれんだ、それは運動会だからじゃない?」

「いや、いやいやいやいや、ありえないでしょ。だって、暗部の奴らって結局大体一癖も二癖もある捻くれ者ばかりって訳よ? だったら小学校の運動会よろしくみんな仲良く大人しく良い子に整列して校長先生のお話でも聞くって言うの?」

「いや、そんな訳がないと思う。どうせ簡単な概要を言って終わりだろうよ」


とがめはフレンダにそう言った。そして続ける。


「なに、例えそうだとしてもどうという事は無い。何せ私たちはこの大会の内容を全く知らされていないからな。わかっているのは景品のみ」


そう、その景品こそが奇策士とがめの目的――――『微刀 釵』である。


とがめは絹旗に、一つ質問をした。いや、聞いている答えの確認だった。


「絹旗」

「なんでしょう」

「そなたは本当に、この闇大覇星祭の事は知らないのだな?」

「ええ、大体この大会は数年に一度、不定期で超行われます。超固定された主催者がいませんからね。ある時は統括理事会の一人が。ある時はどこぞの研究チームが。ある時はとある王族や資本家が………。とにかく誰かがこの大覇星祭の超お祭り騒ぎに便乗して地下で超馬鹿騒ぎをやって超大稼ぎしたいって時にするんです。 ちなみに私は勿論アイテム最年長の麦野だって、この大会の内容は知りません。……その時はみんな暗部堕ちしていませんでしたから」


その最後の言葉を絹旗が言うと、アイテムの三人娘の眼に影が映った。バラバラだが、彼女たちの思い出したくない記憶があったのだろう。


「でも、情報が超無いって訳ではありませんよ。前回は5年前に行われて、その内容は口に超言い表せられないほどの残酷さだったそうです。………超内容は知りません。大会に出場した人間がその内容を言ってしまうと、即座にその場で必ず“死ぬ”と言われているからだそうですから」

「………それほどまでなのか」

「ええ、ただ、その超情報源の人が言うには、『絶対に生きて帰れる保証は無い』だそうです」


なぜ、そこまで情報を隠したがるのだろうか。とがめはその主催者側のやり方に疑問を覚えた。

まるで、絶対に対策は練らさせないような、策も奇策も閃かせる事を許さないような。

ぶるっ。

とがめの肩が少しだけ震えた。



「……………それでも」


それでも、『微刀 釵』を絶対に蒐集しなければならないのだ。

この世界が狂ってしまわないために。

故に、だからこそ『微刀』を求めて、とがめ達はここまで来たのだ。

そのためならば、例えどんな障害でも跳ね除けて掴み取ってやる。いや、掴み取るしかないのだ。前が見えないなら前に進んでその出した足で地面を確かめればいい。黒い霧が立ち込めるなら手で払い、視界を広げればいい。それでも目の前が闇ならば、杖でもついて意地でも前に進む。

下手すると、目の前の崖に気付かずに落ちてしまうかもしれない。だが、奇策士とがめはそれを許さない。

彼女はそうして生きてきた。

常に崖の端を歩くような。雪壁の上を歩くような。そんな生と死の間をギリギリのラインで綱渡りする事など、幾つもやってのけてきた。

だが、今回の収集は本当に叶うのだろうか。

何せエレベーターの向こうはこの正体不明の暗闇だ。

全く先が読めない。

策を練るのが策士なら、奇策を練るのが奇策士がとがめの口癖だが、肝心要の敵の情報や戦場の様子がわからなければ練る奇策がない。

もち米がないのに餅をつけと言っているようなものだ。

敵を知り、己を知れば百戦危うからず。逆に言えば、己ばかり知っていても敵の事を全く知らなければ一戦も危うしという事になる。

奇策士が一番怖いのは、それだった。

確かに鑢七花は…『虚刀 鑢』は強い。ようやく七花の動きに着いてきた絹旗も強い。滝壺もフレンダも決して弱い人間ではない。

だが、とがめは恐怖した。

自分の刀は所有物だから良いとして、自分のせいで少女たちの命を散らせてしまわないか。

七花の実力がどこまでこの学園都市の科学の力と対抗できるかまだわからない。この街の科学はまだとがめに一割もその実力を見せていない筈だからだ。

人は恐怖と言う物を見る時、自身よりが決して敵わぬ何かを見る。

それは悪霊や物の怪と言った未知の領域の者だったり、彼我木輪廻の言葉を借りて言うならば苦手意識だったりと人それぞれだ。

そして奇策士の場合は―――――両者だった。

もし、学園都市の科学が鑢七花の力を凌駕する力で牙をむいてきたら………。もし、鑢七花でも敵わぬ強敵が前に立ちはだかったら………。

その中で、とがめは一人の女の背中を思い出す。

奇策士とがめにとって、鑢七花の敗北は自身と仲間の死を意味する。これは仕合ではない。一歩間違えれば弄ばれて殺されるかもしれない。

この金色の扉の向こうにあるのは、この世全ての悪で手を染め、他人の血を全身に浴び、悲鳴と慟哭を讃美歌と讃える百鬼夜行や魑魅魍魎の巣かもしれない。

その鬼どもが自分の腸を喰らおうと腹の皮膚を食い破ろうと襲ってくるかもしれない。

下っ腹の所に錘を乗せたような感覚がする。――――とがめはふっと笑った。


(なんだかな。柄にもなく緊張してきたよ)


奇策士とがめは、何の不安も無い訳ではない。むしろ不安や心配や恐怖の方が強い。敵は正体不明、戦場など全く分からない。何も見えない黒い霧の中で、怖いと怯える頭を宥めながら、とがめはそれでも勇気を振り絞る。

全てを失ったあの日から、このような状況に遭遇したことなど百や二百を超える……もはや慣れたものと言ってもいい。

それでも細心の注意を払い、どんな小さな情報も逃がすことなく捉え、分析し、奇策を練る材料として昇華させる。

こんなこと、もう何度も経験済みだ。

そんな時、とがめの刀である七花が怖い顔をするとがめを見て心配そうに、


「とがめ、震えているのか?」


やはり、君にはそう見えるのか。とがめは恐怖心を身の内に留められぬ己の未熟さを自嘲した。

もしかしたら、今すでに戦いは始まっていて、エレベーターが開いた直後、槍や矢や銃弾がドアの隙間から台風の日の雨のように叩きつけられるかもしれない。

いや、それ以前にこのエレベーターの底がいきなり抜けて、地下25階まで位置エネルギーの力を利用されて叩きつけられるかもしれない。

それでもとがめは笑った。


「いや、大丈夫だ。これはなんていうのか、武人らしくいえば武者震いと言う奴かな」

「怖いのか」

「…………正直、な」


最後の言葉だけ、小さく、ぼそぼそと、後ろの三人には聞こえないように七花に呟いた。

七花はそれを聞くと、大きな右手をとがめの肩の上に乗せて、彼女と一緒なくらいの小さな声で、


「大丈夫だ。俺はとがめの刀だから、絶対に守ってやる」

「ああ、それは安心しておるよ。私は大丈夫だ。鑢七花という地上最強の剣が守ってくれるからな」


とがめは、肩の七花の手をぎゅっと握る。すると腹の底にあった錘がすーっと軽くなった気がした。


「任せろ」



彼のその台詞の直後、急にエレベーターの落下速度にブレーキが掛けられた感覚がした。足にかかる重力が増す。


「…………そろそろだな」


とがめは真剣な眼で、金色の扉を見据えた。


「なんだか、緊張するな。俺も武者震いしてきたぜ」


七花はそう笑って、もしもの奇襲に備えてとがめを自分の背後に回させた。

だが、銃弾が効かない能力を持つ絹旗がその七花の前に出る。


「私もです。超万が一の時の為に、私が盾になります。みなさんは後ろに下がっててください」

「きぬはた、気を付けて」


滝壺はぎゅっと手を握りしめた。フレンダはやっとその緊張感を感じたのか、少し表情が固まる。


「もしかして、何かヤバい感じ? 結局ヤる前にヤられちゃったってのは冗談にもならないって訳よ?」

「そんなもの、百も承知だ」


とがめは低い声で、不安がるフレンダを制する。

その時、エレベーターのブレーキが完全に掛かり、落下する動きがぴったりと止まった。

そして、


ぴんぽーんっ!


と、間の抜けた電子音が逆に五人の緊張感をさらに高めさせる。

とがめは、最後に念を押す様に忠告した。


「いいか皆の者。決して油断するな。気を抜くな。ここから先は戦場だ。どんなことがあっても自身の命を最優先させろ」


五人はそれに頷く。

そして、ゆっくりとドアが開けられた。

その隙間から何か見える―――否、見えない。この空間よりも明るい光が流れ込んで、先頭の絹旗の視界を白に染める。

眩しさのあまりに思わず、絹旗は目を腕で隠した。

しかし、この暗闇の中には、百鬼夜行や魑魅魍魎が溢れている。何をしでかすかわからない。この命を喰われるかもしれない。だが、それを承知で絹旗は闇に手を掛ける様に、眼は慣れないが一歩、前に足を踏み出した。

後ろの七花もそれに続く。とがめ、フレンダ、滝壺がそれに続いていった。

すると、眩しさで何かわからなかった視界が徐々に薄れ、同時に目の前の光景が目に映るようになってゆく。




果たして、白い闇を抜けた先には――――――――――――――












「あ~らっしゃ~い」


―――――神社の縁日の如く、いくつもの屋台がずらりと並べられ、そこに何百という人が溢れかえっていた。そして第一に目にした屋台は『かすたぁど』という可愛らしいお店。









一同、同時に盛大にズッコケる。

彼らを待ち構えていたのは敵でもない。鬼でもない。魑魅魍魎でもない。屋台のオッサンだった。

タバコを咥えた中年男が何かを売っていた。

輝く白い天井、清潔感あふれる白い壁、明るく照らすLED………その下で、それと同様なものがずら――――っと延々と並んでいて、大勢の客がワイワイと騒いでいる。

まるで……そう、観光客で活気が湧く朝市の様だった。

老若男女、あらゆる年代の男女がそこらじゅうにいて、ちらほらと外国人も交じっている。

とがめはある光景とここがダブって見える。地上の大覇星祭の屋台コーナーとここの活気ぐわいはほぼ同等でそっくり瓜二つだったからだ。


「な、なんじゃこりゃあぁああっ!?」


とがめは思わず絶叫する。想像していたものとは、覚悟をしていた光景とは全く違っていたこの状況は、彼女を混乱させた。

無理もない。あれだけ気合を入れてたのに、敵がいきなり強襲を仕掛けていると思っていたのに、こっちを見るどころか全く興味なしでいるとは何事か。みんな屋台の商品に釘付けである。


「どういう事だこれは!? 何で暗部なのに普通に地上と変わらぬ感じで屋台がここにもある!? 何でだ!? どうしてだ!?」

「ちょ、落着けとがめ」

「……はっ」


と七花が駆けた言葉によって、錯乱状態だったとがめは冷静さを取り戻す。

とがめは恥ずかしそうに赤面させて、咳払いを一つ。


「し、しかしあれだ。どうしてこんなに活気があるのだ……」


そして怪訝な顔をする。


絹旗や滝壺から聞く暗部の世界の話は、人殺しや策略謀略が日常茶飯事に蠢いているのずだった。

常に陰湿で墨よりも黒い闇に覆われている筈の暗部が、どうしてこんなに

だが、ここにあるのはなんだ?

と、絹旗が先程の『かすたぁど』という屋台を見て叫ぶ。


「あっ! この屋台、改造エアガンが超売ってる!! ……………ハッ! もしかして、『改造エアガン』→『改造』→『カスタム』→『カスタァム』→『カスタァド』→『かすたぁど』………超ダジャレじゃねーですか!!」


「よぉお嬢ちゃん。そんなに見ているなら一丁くれぇ買っていかねぇか」


と、絹旗の壮絶なツッコみを聞いて『かすたぁど』改め、カスタム銃販売の丸居産業出張店店主、丸居志客(マルイシカク)が咥えた煙草の灰を皿に落とした。店名に似合わぬ厳つい煙草と無精髭が似合う渋い親父だった。


「ここにある奴らはそこらの、ただ威力を上げただけのクズみてぇな改造もどきモデルガンとは一味ちがう。威力は勿論、命中精度、耐久性、軽量性、デザイン。……何を取っても満点物だ。それにホンモンのチャカと違って警備員に怪しまれる事はない。漢のロマンを何もわかっちゃあくれねぇ警備員と法の眼を100%潜り抜けることができる。 さて、肝心要の殺傷能力は、なんとどれも威力は人の頭蓋骨“は”砕く程にまで上げてある。奥にあるショットガンや大口径ライフルは下手すると熊でも殺せるぜ。……ただ、一つ欠点があるとするなら、弾はプラスティックを使うと中で砕けて使いモンにならなくなっちまうことだ。この銃の弾は5㎜のパチンコ玉。普通のパチスロである奴は生憎残念な事に入らねぇ、銃口がデカイと警備員に怪しまれるからな。安心しろ、5㎜のパチンコ玉も売ってある。特別に半額にまけてやろう。さて、重要な銃の事だが、お嬢ちゃんは手がちぃせぇからこっちのレディース用なんてどうだ? モデルガンを売って35年、実銃ではなくモデルガンを極めた俺の最高傑作の一つだ。弾と合わせてたった3万でどうだ?」


という熱いセールストークに興味が無い絹旗は序盤10文字で即座に七花の元へ戻って行った。勿論全文聞いてなどいない。威力は勿論云々で引き返してきた。


「どうやらここにある屋台は殆ど…というか全部超こっち系のモノしか超売ってないようですね」

「ん~よくわからんけど、結局は金がないから買えないんだよな。全部とがめ持ちだから」

「いや、超買いませんけど」


決してヒモとか思ってはいけない。まだとがめは七花に金の使い方を教えていないだけなのだ。

と、


「こら、何をしておる。行くぞ」


いつの前にかとがめは滝壺やフレンダを引き連れて先に言っていた。


「あ、待ってくださいよ。行きましょう七花さん」

「ああ…。しっかし、奇妙なもんばっかり売ってんな」


七花はふと見かけた変な商品を見かけた。


「へぇ、どんなのですか?」

「そうだな。たとえば、白と黒って変な模様の熊の毛皮とか、厳つく巨大になったみたいな猿の剥製とか。あとは………お、あそこに虎の毛皮があったぞ。俺がわかるのは虎だけだな。あとは首の長い黄色い獣の毛皮とか、巨大な亀の甲羅とか」

「………………………ああ、ようやくここで売っているものが超わかってきました」


ははーんと絹旗は、この地下屋台の正体がわかった気がした。

こうしている間に、二人はとがめの背中に追いついた。


「あまりはぐれるなよ。人混みが酷くてすぐに迷子になってしまっても知らんぞ」

「悪い」

「さて行くとするか」


とがめは歩みだす。

彼女の前には滝壺とフレンダが肩身狭そうにしていた。無理もない。これだけの人の洪水の中を突き進むのは少々苦難の道だ。


「にしても、何なのよこの人たちは!」


フレンダが嫌になったのか叫ぶ。



「ちっとも進めないって訳よ!」

「きっと、これらは、警備員並の超最新式火器や私たち暗部用に超開発された偽装の武器や隠れ家から麻薬など、地上じゃあ到底超売る事が出来ない品を売っている場でしょうね。その他にも、パンダや虎やゴリラとかの毛皮や剥製も売ってます」


と絹旗。滝壺も、そう言えばと言ってそれに加わった。


「この学園都市のクローン技術で、絶滅危惧種や狩猟禁止なのに狩られ続けられる動物たちを増やそうって運動があったを覚えてる?」

「確か、マレートラやマウンテンゴリラとかのクローンを売って超一儲けしてかつクローン技術の向上を図ろうって話だったんだけど、現地住民やらそこの政治家たちやら実業団体やら動物愛護団体やらが寄って集って超反対した結果、計画が超オジャンになっちまったってヤツですね」

「折角必死に自然界で数を増やそうとしているのにって言う抗議と、まるで密猟者を認める様な事じゃないかって抗議が同時に叩きつけられたの。一番大きなのは、キリスト教圏だからクローンの大量生産自体は許さないって抗議」

「あー、そんなことがあったなー。ずっと前ニュースでちょっと出てた。結局、残ったのは多額の借金と無駄に作ってしまったクローン動物たちって訳ね」

「それ以降、動物医学の研究所と契約して、動物たちを売って、今まで不明だった生態や医療方法を研究させているとか」

「どっかで聞いたことがあるような無いような話って訳ね」


ははっ、笑えない。

その話を聞いていたとがめは、間に入るように話に加わった。


「で、ここで売られているのはその実験動物どもの成れの果てと言う奴か」

「そう言うことになると思う」


と滝壺。続いて絹旗がその中の例外を見つける。


「でもまぁ、百ある内の一つは超ホンモノが混じってますね。もちろん超密猟者の銃によって撃ち殺されて遠路遥々超海を渡ってやってきたヤツが」

「よくお店の名前を見ると、時々変な名前のヤツが入ってるよね。『パンダマン』とか『ゴリ煮』とか『しま馬刺し』とか『蒲の佃煮』とか『とらドラ!』とか。でもそれって結局、その動物の肉を使ってたりしている訳ね。流石に大量の毛皮の中身を処理するのは大変だから人の胃袋の中に入れようとしている訳か」

「成程、パンダの肉まん、ゴリラの煮込み、シマウマの刺身、カバの佃煮、どら焼きならぬトラ焼きか。恐らく警備員のガサ入れを恐れて名前だけ変えていた時の名残だろう。予想だがな」

「その法則だと、あそこにある『アイス』というお店は覚醒剤って事になるね。覚醒剤の隠語だもの」

「結局ダジャレな訳ね………」

「それと思いきや、実は店主達による超ダジャレ大会だったりして」


ははっ、寒すぎて笑えない。

とがめはやっている事はヤバい事なのに妙に間が抜けるこのノリに半笑のリアクションを取った。

そして、そんなくだらないダジャレ大会が開催されている人の流れの真ん中で、鑢七花はこう思った。


…………………もしかして、ここってそんなに危ない訳じゃないのか? と。


と、そんな時。フレンダ=セイヴェルンが何気なく横を見たその瞬間、物凄く嫌な顔をした。絶対に出会いたくなかった顔があったからだった。いや、彼女が見ているのは後頭部だけだから顔ではないが。

そして速攻に見ていなかったふりをして、フレンダは速足で突き進む。


「どうしたフレンダ。そんなに急いで」

「いや別に。そんな事はどうでも良いからさっさと行かないと………」

「?」


フレンダは怖れていた様にとがめは思えた。それは正解だった。フレンアはとある事を恐れていたのだ。そしてそれはとある人物の存在を彼らが知る事。何故なら、物凄く面倒な事になりそうな予感がしたからだ。しかし、その願いは儚くも散ることになる。



「フヒ、フヒヒヒヒヒヒヒヒ…………」


大原さやかさながらの悪く下品な笑い声を、5人は確かに耳にしたからだ。覚えがある声である。一回や二回聞いたものではなく、複数回何度も聞いた、とある人物の声。


「フヒヒヒヒヒヒ………。オホ! あの伝説のサークル『栗夢孫』じゃないの! 良いもの良いものっほっほ♪ …………ゥオホォッ! これはあの伝説の同人誌『あたし、ドアノブ』ではありませんか!! やっぱり数年に一度しか開催されない幻の闇大覇星祭はハンパないわぁ~♪ フヒヒヒヒヒッ宝の宝庫じゃ~王の財宝じゃ~フヒヒヒヒヒヒヒ………」


ギルガメッシュとて、こんな夢と希望が溢れる財宝を所持していまい。その声はそう言った。


「…………この、超変態モード全開の声は……」


と絹旗は声がした方に首を向ける。―――ヤバい―――フレンダは、嫌な感じを察知したのか、ぴくっと眉が反応した。


「やっぱりエロ漫画は人間のロマンだわ。だって現実じゃあ絶対に出来ないアブノーマルなあんなプレイもこんなプレイもどんなプレイもなんだって出来ちゃうのだから!!」


フヒヒヒヒャフフッフフフフフフ!!! と、こんな気味の悪い笑い方で店のの前でクルクル躍っている人物は、一人しか思い当らない。

因みにその店の前には誰もいない。その人物以外誰もいない。だってあまりにも狂っていて、暗部のイカレた精神を持ち、常識の範囲を軽々と打ち破る野郎共でも、この人物の奇行ぶりはどん引く。

5人を代表して、溜息を長――――くついたフレンダは、


「ほら、あの馬鹿が気付かないうちにさっさと行くわよ。結局、知り合いでしたと思われたくないって訳でさっさと歩くわよ」


と小さな声で前にいる滝壺の背中を押した。今ならまだ間にあう。面倒なことにならない内に顔も合わせずに行けば何とかいける筈だ。

その必死のフレンダの顔を見て、振り向いたとがめは頷いた。彼女も同意見らしい。振り返る。絹旗も流石に“あれ”を見てしまったらフレンダの提案に異を唱える事は出来なかった。

あれの親友である滝壺は、『え、ちょ、あの………』と少々困っている感じなので問題ない。強行策に打って出る。


「ほらほらほらほら、滝壺も歩く歩く」

「あ、うん」


そんな光景を見て、七花は首を傾げる。


「なぁ絹旗」

「なんです七花さん。さっさと行きましょうよ」

「あ、ああ……」


よし、あののっぽの方は絹旗の方で何とかしてくれる。このまま行けば、というより行ってくれ………。が、そんなフレンダの願いは、またしても打ち砕かれる事となった。

それは鈍感七花がやっとあれの存在に気付いた事から始まる。


「お、あれって………。おーい!」

「ッッ!!?」


空気が読めない男がいた。鑢七花だ。全くこの状況を読めていないこの大男が、長い腕を高らかにあげて手を振る。どうやらこの人がいいこの男は、知り合いであるあれを呼んでいるようだ。万延の笑みで手を振る。

そして、このとんでもない行動を止める為、即座にとがめ、フレンダ、絹旗が同時に拳を固めて三位一体の同時攻撃を敢行した。


「「「ちぇりょぉっ!!」」」

「んっと」

ぺこ、べち、ぱぁんっ!!


とがめの拳は全く痛くない。フレンダの拳は少し痛いがびくともしない。蚊に刺された程度だ。しかし、成長した絹旗は訳が違う。彼女の拳は急所に当たれば一撃必殺になるから両手で止めた。しゅぅぅううっと七花の掌で煙が発生する。

七花には彼女らのこの反応の意図がわからなからない。頭に疑問詞を立てて一同に質問する。


「いきなりなんだ一体。いきなり殴りかかってきて………」

「ぬぁぁにしてくれてんだコノヤロォー!!」



フレンダは興奮気味に怒号を、七花の耳のすぐ横で撒き散らす。

甲高い声が七花の右耳から左耳へと突き抜け、その向こうにいたモヒカンのマッチョの鼓膜を撃ち抜いた。一斉に周囲の人間がフレンダを見る。が、それに全く気付かないのがフレンダ=セイヴェルンという女だ。


「ッツ~~~~~~ッ!! ちょ、な、なんだぁ!? フレンダ、鼓膜が破れる」

「んなこと知ったこったねぇって訳よ! 人が折角隠密に行動しているってのに。あんた空気読めよ!!」

「いや、空気は透明だから読めねぇ…」

「小学生みたいな解答は即Shut up! そんな訳で四の五の言わずに黙れ鈍感ヤロー!!」

「つーか、一番お前がうるさいじゃねーか?」

「あぁっ!? …………あ、」


ようやく己がしてしまった失策に気付いたフレンダは、恐る恐る後ろを見る。そこには片手にパンパンに膨らむ紙袋を引っ提げ、笑顔でこちらに手を振る一人の女が立っていた。

笹斑瑛理。

アイテムの下っ端組織に属する女だ。彼女も、暗部に堕ちた一人である。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ここはね、学園都市の表の世界では売買する事が出来ない。または商売が難しい商品を売る場所なの。この日は学園都市にいる、そう言うブツを扱う人間の一番の稼ぎ時って訳。凄い所では一日で5億売ったって話もあるわ」


金髪のセミロングの美少女はそう説明した。

結局、アイテムは周りの人間に変態の仲間だと思われたのかもしれない。だが、もうそれは終わった事。諦めてフレンダは笹斑瑛理と行動を共にした。

どうやら笹斑はこの闇大覇星祭が初めてではないらしく、前回もここに来ていたらしい。そこでとがめは笹斑に道案内を任せた。

あのエレベーターに一応会場までの地図はあったが、どうもその道を通ると人ごみで到着するのがひどく遅くなってしまうらしく、抜け道を教えてもらうことになった。

フレンダはつかれた目で質問する。


「で、笹斑はさ、結局どうしてこんなところにいるのって訳よ」

「ん? 知りたい?」

「いや、別に。どうせくだらない事でしょ?」

「くだらない? 何をおっしゃる!」


いきなり笹斑が演説をおっぱじめた。 ああ、やっぱり言わなければ良かったとフレンダは後悔してももう遅い。


「学園都市青少年保護法ってご存知かしら?」


滝壺が答えた。


「確か、子供に悪影響を及ぼすメディアの取り締まる法律でしょ? TVは勿論、漫画やアニメや小説での過激な性描写や暴力行為を禁止するっ法律。確か、生徒側とクリエイター側から猛反対があって、随分原案が削られたって話が…」

「その通り!!」


笹斑が握り拳を振って叫ぶ。大声を出しても、周りには誰もいないから迷惑はかからない。さっきまでいた空間と打って変わってゴミが散らばり、それに集るネズミらが時々いる、清潔とは程遠い通路に笹斑を先頭に一同は歩いているからだ。


「20XX年! 学園都市は法の炎に包まれた!!」

「………なぁ絹旗、こいつ何言ってんだ?」

「七花さん。これは今後の展開に全く関係ないので普通にスルーでいいです」


―――20XX年…学園都市は法の炎に包まれた…。

少年少女の健全を守るという名目で作られた、過激な性描写を取り締まるその法の炎は、容赦なくエロ漫画や同人誌を焼いて行くにはあまりにも容易かった…。

コンビニの隅の18禁コーナーは枯れ、同人誌は警備員の手に裂かれ…、ギリギリ認められるのはウィークジャンプ時代のTo LOVEる程度の描写までとなり、エロ漫画の肝と呼べる性行シーンを一ページ、いや一コマでも描かれていたら即焼却即留置所行き。

この地獄の弾圧により、あらゆるエロ漫画家、同人作家は絶滅したかに思えた…。だが、彼らは死滅していなかった! そこには力のある者のみが生き残る弱肉強食の時代が生まれていた。

ある者は地下に潜って薬物の売買の如く売人に警備員に捕まるリスクを引き換えに700円を渡し、ある者はインターネットの隠しページで密かに連載し、ある者は超能力によって絵を変形させて子供にしか見えない絵にする『無像絵画(モスキートアート)』で売りさばく。

こうした『いかに大人にバレずにどうやって描いて売るか』が今日の同人誌社会の鉄則となった。

だが、それらは消費者を一方的に減少させる事になるのは目に見えていた。あんな薄い本を700円も掛けて、しかも警備員に罰せられるのは大きな原因として、ここまでコッソリと活動すること自体に気付かない人間が多数いる。これでは売れる物も売れない。

だから同人作家たちは、いかに巧く、いかに面白く、いかにエロく漫画を描き、いかにバレずに売る事が存命の命綱になってしまった。

少しでも下手なら、少しでもつまらなければ、少しでもエロくなければ、赤字となり、売れずに大量のエロ漫画を持って帰宅する事になる。しかも、大量に残れば残るほど、警備員に見つかれば罪は重くなる。それでも彼らは、最悪そこで廃業となるかもしれないリスクを承知でペンを持ち、同志である印刷会社に大金を叩いて製本を依頼するのだ。

―――全ては同人誌ファンを増やし、悪法を撤回させるため…。だが、それでも多くの血が流れ過ぎていた。

しかし!

運命を切り開く人々がいる!

天に背く人々がいる!

それは、日本エロ漫画840年の宿命!!



「…………それが、この闇大覇星祭って訳?」

「そう言う事よ」


なんと下らない。絹旗は溜息をついた。


「昔のコミケの名残ね。ここで大量に売られるエロ漫画や同人誌は勿論、学園都市青少年保護法により販売禁止になった書物や過激AVや官能小説を買う同志たちが大量に至宝を求めて買いに来るの。さっきも場所を合わせて80か所に販売所があり、“他のエリアの販売所を含めて”計10万冊が売られるんだけど、闇大覇星祭が終わる頃には殆どが売り切れになるのよ。他にも子供には大きな声には出せないようなグッズや………」

「…………ちょっと待て笹斑」


とがめが急に話に割ってきた。


「何かしら、とがめんさん」

「貴様の話を聞く限りでは、“まるでここの他にも闇大覇星祭の会場がある”ように聞こえるのだが………」

「ええそうよ」


笹斑は頷いた。


「ここ第三学区と第七学区と第六学区の境と十七学区、それと第十学区の四カ所。それぞれ地下深くにあるの。深い所で地下1000mはあるわ」

「これは超凄いですね。しかし、一体いつの間に……」

「それが以外にも歴史は浅いの。でも元になったのは学園都市創立の頃で、第三学区の大富豪さんたちを喜ばせる為だけに作らされた、研究の失敗作の合成獣や任務に失敗してペナルティーを受けた暗部の人間たちを闘わせる闘技場だったの。―――ローマのコロシアムみたいな所ね。―――それで観客である大富豪様たちはどっちが勝つかで賭けていて、当時財政難だった学園都市は一定した莫大な利益を得ていたって言うのが始まり。 でも月日を重ねる毎に科学は進歩し、その技術を外に売る事で大きな利益を生み出すようになってから、コロシアムを開催する理由がなくなったため闘技場は廃止。ただ、地下に巨大空間だけが残ってしまった」

「そうか、その空間を使って暗部で闇大覇星祭を開催しているのか」


とがめが言った。


「ご明察。第一回は丁度バブル崩壊で一気に学園都市の経済が破綻しかけた年。そこで国内海外の大富豪が集まる大覇星祭の日に、密かにかつて行われたコロシアムを再度開催しようって話になったの」


日本全国が一気に不況へと傾いたその年。例外なく学園都市の製品も殆ど売れなかったそうだ。

そこで大きな利益を与えてくれるギャンブル業に統括理事会は密かに手を出すことになった。当然反対する者もいたが、賛成多数で押し切られたそうだ。

しかしここで問題が発生する。コロシアムの出場選手がいないのだ。


「昔みたいにヘマをする人間は少なかったから、生贄に捧げる人間は極端に少なく、またその時は合成獣の研究も破綻していたから当然合成獣はいない。しょうがなく上は暗部の組織をいくつかコロシアムに強制参加させようとした。しかし、あんな辛い目に合いたくないと暗部の各組織は結託して対抗すると、クーデターを恐れた統括理事会はあっさり案を下げて、地上で行われている大覇星祭と同じように『運動会』という形で開催する事に決定したの。一回目は普通の運動会だったらしいわ。でもなかなか好評で、それから事ある度に開催されてきたの」


そこで絹旗は首を傾げた。


「しかし血を超見たさに客が来たのですよね? なんで好評だったのでしょう」

「途中で殺し合いに発展したからよ」


笹斑は淡々とそう言った。


「何せ優勝賞金が10億円。一気に財政難に陥った暗部組織やそのバックがその金を求めたわ。当然不正をする人間がいる。大玉転がしで一人が拳銃で敵を打ち殺した事から始まったわ。それから一気に運動会という殺し合いになり、血を見た観客一同歓喜喝采。より危険度が増したレースに大金を掛ける人が増え、儲けは風船の様に膨らんでいったの。そこからよ、数年に一度、事がある毎に開催するようになったのは」

「と、言うことは今回も……」

「ええ、血みどろな戦いになるわよ」


第二回からはただの殺し合いにならないよう、ちゃんとしたルールが作られた。そして開催するたびに多額の賞金と、副賞として豪華景品を付け、それが餌となり参加者は増えていった。

するととうとう一つの闘技場では収まりきれず、やむを得ず闘技場を次々と建築していった。その中でも第十学区は一番新しく、かの『清掃作戦』で焼け野原になった直後に工事が始まったそうだ。

そして、前回の参加者にこの地下で起こった事は他言無用と箝口令を敷き、万が一口走った者がいれば、耳にした者も含め即座に死刑決行が決まるようにした。

それがますます参加者増加に拍車がかかり、現在のように地下に広大な空間を作ってまで利益を得ようとしている。

そう、全ては金の為。


笹斑は、じっととがめの表情を見た。とがめもキッと目に力を入れる。笹斑は彼女の、青い十字の左目を見て、ふっと笑った。


「確かに、あなた方ならどんな敵も指先一つでダウンさせちゃいますね」


笹斑は笑顔で、地獄の門に向かい、両の掌を当てる。


「では――――行きますよ」


笹斑は掌に体重を乗せ、両扉の地獄の門を開く。

あのエレベーターから出た時とは違い、開けられた門の隙間から見えた向こう側は真っ暗な闇だった。

とがめは、ようやくここまで来たかと腹をくくった。

絹旗は、今度こそ命の危険が迫っていることを覚悟した。

滝壺は、全身が緊張感に覆われてギュッとジャージの袖を握った。

フレンダは、この地獄の門の向こう側にある地獄を想像してしまって恐怖で体を振るわせた。

そして、七花は―――


(地獄か。どうせ俺は一回も死んでないから、どんな程度かわからねえ。だけど、守らなきゃならねぇ)


―――前にいる、自分よりも弱き女たちの背中を見たのだ。


「それに、昔から金が生る木には色々と集まるもので、あなた達の様な参加者や観客の他にも、学園都市で堂々と売買できない商品を扱う人間が箝口令が敷かれている事を良い事に集まってくるの。私のお宝本の様に禁止された物から違法取引の対象の麻薬やトラの毛皮までね」

「なるほど、だからあそこまで人が溢れていたって訳ね」

「でも笹斑よ。ここは、一般人は立ち入り禁止ではないのか? 私は送られたこの招待状の通りにここへ来たのだが」


と、とがめは袖からA4の用紙を出した。これはあの高級ホテルでホテルマンに見せた物だった。


「大会の参加者はそうよ。でも、誰かの紹介があれば誰でも入れるのよ。たとえば、暗部組織である私の紹介文とかで同人作家が販売店を出せたり。勿論、外にバラせば命を狙われるのを承知で来ているわ。因みにその人も専門はBL♡ ああそうそう、それ、今日手に入ってね……」

「そんなことはどうでもよい」


とがめは紙袋に手を突っ込んでそのBL本とやらを紹介しようとする笹斑を止めた。笹斑はぶーと不貞腐れるが、とがめはそんなのを無視して彼女に訊く。


「まだなのか? その闘技場とやらを」

「安心して、もうすぐよ」


と、笹斑は曲がり角を曲がる。そこには大きな扉があった。

『La Porte de l'enfer』

フランス語で『地獄門』と書かれたその扉は、まさにロダンの地獄の門を模して造られた物だった。

笹斑は歌うように呟く。


「我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠の苦患あり、我を過ぐれば滅亡の民あり、義は尊きわが造り主を動かし、聖なる威力、比類なき智慧、第一の愛、我を造れり永遠の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ」


とがめはその詩を聞き、前日読んだ書物の一文だという事に気付いた。


「ダンテ=アリギエリの『神曲』か」

「とがめさんは博識ですね」


と、笹斑は笑う。が、その笑顔は一瞬で消え失せ、明るい性格の彼女とは思えない程の真面目な顔でとがめら5人の顔を見つめる。そして問うた。

「ここから先はまさに地獄絵図です。前回見た光景は、まさにそれでした。あなた方に、この地獄を体験する覚悟はありますか」

「いきなり真顔で何を言うかと思えばそれか。当然だ。私はあの刀を蒐集せねばならぬ。例えどんな事があろうと」

「エレベーターの中から出て来た時とは全く違いますよ。ヘタをこけば、この中の一人死ぬことになりかねませんよ」

「大丈夫だ。私と七花で小娘三人、守って見せるさ」

「…………。」

笹斑は、じっととがめの表情を見た。とがめもキッと目に力を入れる。笹斑は彼女の、青い十字の左目を見て、ふっと笑った。


「確かに、あなた方ならどんな敵も指先一つでダウンさせちゃいますね」


笹斑は笑顔で、地獄の門に向かい、両の掌を当てる。


「では――――行きますよ」


笹斑は掌に体重を乗せ、両扉の地獄の門を開く。あのエレベーターから出た時とは違い、開けられた門の隙間から見えた向こう側は真っ暗な闇だった。

とがめは、ようやくここまで来たかと腹をくくった。

絹旗は、今度こそ命の危険が迫っていることを覚悟した。

滝壺は、全身が緊張感に覆われてギュッとジャージの袖を握った。

フレンダは、この地獄の門の向こう側にある地獄を想像してしまって恐怖で体を振るわせた。

そして、七花は―――


(地獄か。どうせ俺は一回も死んでないから、どんな程度かわからねえ。だけど、守らなきゃならねぇ)


―――前にいる、自分よりも弱き女たちの背中を見たのだ。


がごんっ………。


そして、地獄への門は開かれた。

笹斑はとがめ達を通す様に道を開ける。


「私はここから先はいけないので……と言うか、まだ用事があるので一旦お別れです」

「そうか。道案内、ご苦労であった。助かったよ」


とがめの礼を聞くと、笹斑はニコリと笑って頭を下げる。


「―――それでは、ご武運をお祈りします」


とがめは足を前に進め、門を潜る。それに続いてみなも続いた。

そして七花が潜る直前、笹斑は七花に、


「七花さん。理后たちをよろしくお願いしますね。―――秘密ですけど。私、アイテムは私の居場所の一つだと思ってますから」

「ああ、了解した」


七花は右手を挙げて、門の中へ―――闇の中へと去って行った。

すると、地獄の門は自動で閉まって行き、バタン…と完全に閉じてしまった。

笹斑はもう見えなくなってしまった扉の向こうに向かって、ひっそりと静かに呟く。



「―――本当に、ご無事で」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今日はここまでです。ありがとうございました。
これからは書留を短くしていけたらいいなぁとおもいます。
毎度のことながら、キャラ崩壊と原作設定無視は目をつむってくれれば嬉しいです。

こんばんわ、7月ですね。今宵も書いていきます。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



真っ暗な空間に入ったような感覚だった。

カツーン…カツーン…と、暗闇の中で硬い床と靴底とが奏でる乾いた足音しか感じる物が無かった。

鑢七花は前方にいる?誰かの足音を頼りに、ただその方向に進むしかなかった。どちらが右か左かがわからないこの場所では、それしか情報がなかった。

その瞬間。


どすっ


「もふっ!?」


と、下腹部に衝撃があった。それと籠ったような悲鳴。


「ん?」


その悲鳴が絹旗最愛のものである事に気付いたのはそんなに間は無かった。


「その声は絹旗か? そんなところにいたのか」


どうやら七花は絹旗とぶつかってしまったらしい。ちょうど七花の下腹部が絹旗の顔面に来るようだ。絹旗は顔を上げて声を上げる。


「し、七花さんですか!? 超良かった、超真っ暗ですから超分からなかったです」

「ああ、俺もだ。他のみんなは?」

「超先に行ってるみたいですけど……」


絹旗はそう自信なく言いうと、


「先に行っておらぬ。たわけが」


とがめの声が至近距離で耳に届いた。絹旗はいきなりの事で思わず肩を跳ね上げさせた。


「おわっ!?」

「驚くでない。それと、他の者たちもおるようだ」


そんなとがめの台詞の後に続くように、


「きぬはた、とがめ、しちか、大丈夫?」

「結局、ここはどこって訳?」


滝壺とフレンダもそこにいた。だが、やっぱりまったく姿は見えない。声と足音だけで位置を把握するしかない。しかし、誰か欠けている事は無かった。


「よし、全員いるな?」


とがめの良く響く声は、この空間の壁から跳ね返ってきてこだまのようになった。


「意外と狭いようだな」

「とがめさん、私、ケータイあるので、それを超灯りにしましょう」

「おお、でかした絹旗」


絹旗はポケットから中折り式の携帯電話を取り出し、開く。どうやらここは情報漏洩を防ぐためか、電波は走っていないらしい。

絹旗はサイドのボタンを押すと、携帯に取り付けられていたLEDライトは眩しく光った。

水戸黄門の印籠よろしくライトで辺りを照らす。


「声がすぐに響いていたからわかってましたが、思っていたよりも狭いようですね」

「ざっと12畳か……」


とがめはコンクリートの地面を見て呟く。あの、外の清潔な空間とは打って変わって、ここは殺伐とした空間だった。

感じ二文字で例えるなら『空虚』。

何も感想は浮かばない。感動も感じることも無い。ただ、そこに壁と床があるだけだった。

と、とがめの肩を滝壺が叩いた。


「とがめ、あそこ」

「ん?」


滝壺は指をさす。


「ドアがある。きっと、そこが出口」

「なに?」


とがめはその方向に目を向けた。

この闇の中では決して見つけることなど出来ないだろう、真っ黒な開き戸があった。

黒いドアノブ。黒い塗装……。

なぜここまでに黒にこだわったのだろう。

いやそれよりも……。


「この部屋を造った意図が見えない」


とがめが難問を見たかのように目を細めた。

科学で埋め尽くされたこの学園都市には、非常に浮いているように思える。何か精神的な狙いがあるのか? それとも、設計者の趣味なのか?

この闇は、人が死んだら通る真っ暗に閉ざされた『通路』のつもりなのだろうか。

闇に閉ざされたこの部屋に入る、地獄の門もそうだったが、このあらゆる神秘を、神をも罰する程にまで宗教とその文化を、完全に否定する科学の街にしては、もしかしたら“宗教の匂いが濃すぎる”のではないだろうか?


「こんな部屋、いらぬだろう。私だったら造らないし、設計図にも描かない。なぜだ? なぜこうも無駄な事をしたがる?」










「―――――――――――それは、地獄を見る覚悟を決める場だからなのよ」







「「「「「――――ッッ!!」」」」」



声が、聞こえた。 若い女の声だが、老人の様に萎んだ声色だ。いや、若い声を持った老人という印象がある。

その老人の声はふふふと笑った。


「あ、あそこ!」


フレンダは指さした。ドアのすぐそこ。部屋の隅だった。絹旗は携帯のライトで照らす。成程、先程照らしていたのはドアであって、強い光のせいで横にいた老人はライトの光で影が濃くなり、見えなくなっていたのか。


「ここから先は地獄………。あの扉の向こうで教えられたでしょう」


楽しげに、だがどこか諦めたように、儚げに笑う老人の姿を、5人は目撃した。

老人は…否、彼女の正体はやはり若い女だった。

20代後半……。いや前半か。

カサカサに乾いた肌。痩せ細った胴。小枝のように細い手足。隈取と見間違える程に濃いめの下のクマ。憔悴しきった彼女の表情は、それだけで若い体を老人に変貌させるのには容易かった。

もう希望を持たず、絶望もせず、喜びも、恨みも憎しみも、全てをし尽してしまったような、もうこの世全ての事柄についてを諦めたような、そんな女だった。

ただひっそりと、椅子に座り、腰掛をしてそこにいた。ただ、そこにいた。

とがめは女に訊く。


「そなたは、何者だ」


女は意識があるのか無いのか定かではない瞳で、茫然と答えた。


「私は何者でもないわ。何者でもない。誰でもない。誰の物でも、誰の所有物でもない」

「………どういうことだ」

「幽霊…とでも思ってもらって結構よ。まぁ、この世に未練はないけど」


幽霊はそう言った。確かに、幽霊みたいに消えてしまいそうな雰囲気はある。七花は頷く。とがめはまた訊く。


「そんなところで何をしておる?」

「私は何もしていないわ。何もしていない。何もない。何も出来ない。ただ、あなた達の様なお馬鹿さんたちがここに通るのを見ているしか出来ない。………あ、前言撤回するわ。これしかする事がないの。何もしていない訳ではなかったわ」


ふふふふ…とまた女は疲れた声で笑う。


「では、なぜそなたはここで、そんな事をしている?」

「………私は…、そうね、別に教えてあげてもいいわ。“今まで”で初めてよ、私にここまで興味があって話しかけてくる人は」

「ついでになぜこんな部屋があるのかも知っていたら教えてほしい」

「良いわ。知っている事なら教えてあげる。―――私は、“前々回のこの大会の出場選手”だったの。暗部組織だった私はこの大会で敗け、多額の借金とペナルティーを背負って、ここに閉じ込められたの」


そう言うと、女はひざ掛けを捲り上げた。

「それ以降、ずっとお日様を見てないわ………」

「なっ―――」


とがめは驚愕した。

絹旗とフレンダも手を口に当て、滝壺と七花は目を見開いた。

彼女の脚が、有るべき筈の場所に無かったからである。

膝から先がちょん切られた様に断ち切られ、醜い傷跡が生々しくそこにあった。しかも…それを見せる為に捲られたひざ掛けを持つ手も――――指が、第二関節から先が無かった。

それだけではない。手首と首と腰と胸は錠で括られ、身動きが取れなくなっている。

決して、彼女は同情を誘おうとしている訳ではない。

同情など、無駄な事。無駄な足掻き。とうの昔に絶望し、諦めてしまった夢なのだから。

そう物語っているかのように、幽霊は呆然と阿呆のように唖然とする彼らを見て笑う。


「知っているかもしれないけど、この闘技場は学園都市創立とほぼ同時期に造られた地下施設。当時は人手が足りず、統括理事長自らが設計したの。そこで理事長が考えたここは、来賓を楽しませる演出の一つ。地獄の門を潜らせ、この真っ暗な空間で、何が起こるかわからない不安と高翌揚感をハチ切れる程にまで抱かせる。―――今は、ただの通路として使われ、並行するように私専用の牢屋となっているの」

「な…」

「そこの茶髪のお嬢ちゃん。良い事を教えてあげる。ここから先は地獄。例え大能力者だったとしても、関係なく駆逐されてしまう可能性が十分にある地獄」


そして幽霊は最後にこう述べた。


「ねぇ、知ってる? 能力者から超能力を奪う方法………」

「え…」


絹旗は思わずドキッとしてしまった。恐怖からのと気付いたのは数秒後だった。


「それは能力者の『自分だけの現実』を壊す事。………簡単よ、精神が消し飛ぶくらいになるまで拷問すればいいのよ。演算なんてできなくなって、ただの人に成り下がる………。例えば、足先から順番にゆっくりと精肉器にかけたり、指先だけをネズミに喰わせたり、熱々に熱したコテとセックスさせたり、何も見えない、何も聞こえない場所に閉じ込めたりすれば、自分だけの現実どころか精神までも壊すことができる。だからお嬢ちゃん?」


幽霊はじっと…いや、終始呆然と絹旗を見つめ、腐りきった声でこう忠告した。


「私の二の舞は踏まないでね?」


「………………。」


真っ黒に澱んだ眼だった。ヘドロよりも禍々しい。

絹旗は一歩、後ずさった。


背中が七花の体に当たる。珍しく七花はそんな絹旗の心情を察したのだろう。彼女の肩に手を置いた。


「心配するな。絹旗は俺が守ってやるよ」

「………七花さん」


ぶわっと目から涙が溢れそうになる。でも、なんとか堪えてキッと幽霊を睨む。


「いいえ、七花さんのお手を超借りずとも、私は私で自分の身ぐらい超守れます」


絹旗の胸を張った姿を見て、幽霊は微笑む。


「そう―――…………」

「以上か? そなたが知っている事は」

「ええ、残念ながらそれ以上は知らないわ」、


とがめは『わかった』と短く言って足を前に進ませた。


「忠告感謝する。では、また会おう」

「ええ、その時はぜひともこの牢屋で一緒に………」


とがめは幽霊の横を通り過ぎる。フレンダは幽霊を恐ろしそうに避けて横切り、逆に滝壺は少し心配そうな眼で横切った。そのあとを絹旗と七花が続く。

七花は幽霊を見た。

幽霊はまだ微笑んでいた。

しかし七花は見逃さなかった。

彼女の瞳は、まったく笑っていなかったことを。相変わらず、どす黒く澱んでいたことを。


「おい七花、何をしておる」


黒いドアノブに手を掛けているとがめは咎めるように七花の名を呼んだ。


「あ、ああ、すまんとがめ」

「では、皆の衆、行くぞ」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



絹旗最愛は昔読んだ某有名漫画を思い出した。

これが、世紀末と言う奴か。

いやしかし、今現在は21世紀。世紀末と呼ぶには約90年は速い。

だが、世紀末と呼ぶにはあまりにもに合っている光景がアイテム一同の目の前に広がっていた。

そこら辺中にいるのは、鋼のように鍛えられた強靭な肉体に凶悪そうな刺青の装飾を施した一団がいたのだ。モヒカン、坊主、ヘルメットに長髪。堀の深い男どもがぎゃいぎゃいと酒盛りをしていた。

絹旗の脳内では『愛をとりもどせ!』のイントロが流れて始めた。一方、とがめはこの大会の出場者だと気付く。

彼らの傍らには重々しい重火器があり、彼らの服装は軍隊のそれだったからだ。

愚連隊。

とがめはそう彼らを表現した。

きっと、どこかの国の軍隊か傭兵なのだろう。そんなのがざっと500人はいた。

すこし引いている絹旗にとがめは、


「ほれ、いくぞ」


愚連隊諸君を横目に通り過ぎる。

絹旗をはじめ、アイテム一同みな、とがめの後ろについた。

とがめはエレベーターにあった案内を覚えていたので、頭の中にある地図を頼りにエントリー受付を目指す。

その間、七花はあたりを見渡した。

どうやらここは酒場の様だ。

七花が出て来たあの黒いドアはこの酒場のすぐ向かいにあった。その酒場には先程の愚連隊の他にも客はいるようだった。

酒場の隣にもいろいろな店がった。銃火器が売られていたり、薬品や火薬が売られていたりと……地獄の門に入る前の屋台とは違ってここは定着している店舗の様だった。

それらが延々と続いているから、七花は見ていて飽きなかった。

と、そこで七花はある事を発見した。


「ん? もしかしてここ……少しずつ曲がってってねぇか?」

「え? あ、ホントだ」


フレンダも気づいた。


「緩やかにカーブしている………ん? もしかしてこの道、ぐるっと一周している?」

「の、様だなフレンダよ」


フレンダの言葉にうなずいたのはとがめであった。


「ま、そのような疑問など、もう直にわかるだろうよ」


とがめはそう言うと立ち止まった。そこは、この道の木の枝の様な別れ道であった。真っ直ぐ行けば今までと変わらぬ、ややカーブがかかった道。右に曲がれば小さな部屋に続いていた。

その部屋にあったのは、目的地であるエントリー受付場所。

そこに入ると、パイプ椅子に座り、長机で書類を束ねていた壮年の男に声を掛けられた。


「――――アイテムの皆様ですね?」


この丁寧な口調だった。柔和な表情で笑みを浮かべる。が、眼は笑っていない。作り笑顔だ。

とがめが応えた。

「ああ、そうだ」

奇妙な恰好のとがめの姿を見て、壮年の男はやや不審げに尋ねる。


「………アイテムと言えば、麦野沈利様で有名でございますが、どういたしたのでしょうか? それと、あなた方は?」

「ああ、気にするな。麦野の代理として二人、私とこの男がおるだけだ。何か問題でも?」

「いえ、開いた穴を埋めたり、助っ人として外部から傭兵や暗殺者などを雇う方々もいますし、問題はありません。麦野様の武勇伝は常日頃から何度も耳に入りますので、好奇心が懐疑心に変わったのです」


男はそう言いながら一枚のA4用紙を取り出した。ずらずらと文字がびっしりに並べられ、左上にはホッチキスが止められていた。とがめは用紙を取り、一枚目を開く。二枚目には名前を書く為の線が何本も並んでいた。


「では、今回の闇大覇星祭のエントリーシートです。今大会での“傷害事件・窃盗・殺人などのトラブル”は、本委員会は一切責任を取りませんので、そのよしをよく読んでください。参加するのならば、参加者のお名前と印鑑か血印をお願いいたします」


それと、用紙の傍に万年筆と朱肉も置いた。

とがめはふぅんと頷くように用紙に目を通し、万年筆を持って用紙に自分の名を躊躇なく書く。昔ながらの達筆な草書だった。書き終わると筆を置き、朱肉に親指を押し付けて色を付け、名前の横に指紋を付けた。


「ほれ、今度は貴様の番だ」


とがめは後ろにいた絹旗に用紙を渡す。


「あ、はい」


絹旗もとがめ同様さっと目を通しただけで簡単に名前を書き、血印を押す。それがフレンダ、滝壺とわたって、彼女らも同様にさっさと手際よく作業をした。
最後に七花が周ってきて、用紙を見つめる。一応読めるが、難しい文字ばかりで殆どわからない。


「絹旗、これって大事な契約書なんだろ? そんなに適当でいいのか?」

「超いいんですよ。こんなのって、オンラインゲームの同意文と一緒で超パーッと見てればそれでいいんですよ」

「そうか……」


七花はそう聞いて、名前を書く。小学生の様な、ミミズがもがいている糞汚い文字にしか見えなかった。そして朱肉を親指につけて、大きな血印を押す。
男はそれを受け取って、一応確認しているのだろうか、一通り見る。


「確かに確認いたしました。では、チーム名をお決めください」

「適当でいいよ。いつも通り『アイテム』で結構だ」


とがめはそう切り返すと、男は、


「私が勝手に書くのはあれなので、この紙に書いてください」


と別の用紙を渡した。とがめはしょうがなくそこの記入欄に大きく『アイテム』と文字を連ねる。


「これで良いだろう?」

「結構です。確かに『アイテムチーム』の参加表明を確認いたしました。これでエントリー受付は終了となります」


そう男は宣言すると、エントリーシートとチーム名記入用紙を後ろの同僚?に渡し、別の同僚から二冊の冊子を受け取った。それと数枚の大きさが違う紙を一緒の封筒に入れ、とがめに渡す。


「では、このプログラムを2部、差し上げます。開会式は午後4時になりますので、それまでにスタジアムの観客席にいらしてください…」

「承知した」


とがめは踵を返し、さっさと立ち去る。絹旗たちはそれに従って去って行った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
短いですけど、今日はここまでです。ありがとうございました。
ミスとか原作崩壊とかそんなもの、もうどーでもいいです。はい。
どーせ趣味の範囲なんですから、気楽に行こうではありませんか。

「……最近まで全く書いてないと思ってたのに、いつのまにか、いきなり20も書いてやがる! こんだけ長かったら読むしかないぜ!
ホント、このSSはサイコーだぜ!フーハッハッハァァア!!」
続けて下さい、死んでしまいますoノZ

こんばんわ。さて、今日も書いていきます。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ガヤガヤガヤガヤ……―――――。

ガヤガヤガヤガヤガヤ…………―――――――。


数百、数千、いや、数万を超える人間どもが好き勝手にそれぞれで騒いでいる。

ここは闇大覇星祭の会場である地下スタジアムの観客席。ゴマをそこらにバラ撒いたような人の中にいたアイテムチームの面々もそうだった。


「あ、いたいた。おーい、とがめさーん」


絹旗最愛は手を振って少し離れた所でウロウロしている人物二人に手を振る。

二人の内、小さい方の影がそれに気づき、すぐにやってきた。


「遅かったですね。用事はすみましたか?」

「ああ。それにしても、思った以上に人がいるな。さすがに意外だった」


奇策士とがめは苦笑いをしながら横で頷く絹旗の隣に座った。


「それもそうですが、やっぱり一番超驚いたのはこのスタジアムの大きさですよ」

「パンフレットによると220mx150mだって、きぬはた」


と、滝壺が開いたパンフレットの知識を絹旗に伝える。

そう、滝壺や絹旗が見下ろす四角形の形をしたこのスタジアムは異常と言える程広かった。

公式のサッカーの試合など同時に二つは出来るし、フェンスを立てれば四隅で野球大会が実行できる。だが、それらと違うのは地面が土でも芝でもなく、コンクリートのように硬いタイルの様な材質の地面である面である。

そして何より異常に広いのは、観客席だった。いや、この場合は大きいか。

スタジアムを360°取り囲む城壁のように、無数の椅子が並べられ、そこに無数の人間が居座っている。只今全席満席である。もし彼らが一斉に全力で大声を叫べば、天井が振動で落ちてきそうだ。だがそれは、学園都市の未知のテクノロジーによって可能性はゼロにされている。


「収容人数は10万人。その中で一番高級なのは、VIP席は観客席の一番上の室内。国内海外の政治家閣僚や各界の大物たちがそこにいるんだって」


とがめはそのスケールの大きさに『ほぉ』と感嘆の表情を現し、絹旗は不思議そうな顔で首を傾げた。


「なんでそこまで頑張って超造ったんですか。超財政難じゃなかったんですか建設当時」

「結局、国内海外のお偉方に学園都市の地下建設技術のスゴさを見せつけたかったからって訳じゃない?」


滝壺の隣のフレンダ=セイヴェルンが顔を出してきた。なるほど、それなら頷ける。当時の人間ならぶったまげただろう。


「それもあるだろうが、やっぱり人数の問題だろう。何千人もの人間が一斉に動き回り、戦いまくる十分な広さを造れば、より有意義な勝負が見れるはずだ。もっとも、大覇小を兼ねると古人が言った通り、一対一の勝負の様な、それほど広さが必要ない場合なら高い壁か深い溝を造ればいいし、平坦な戦場が飽きればデコボコの地面にすればいい。ここまで派手に作っておるのだ。あの地面の下に何らかの仕掛けがあってもおかしくはない」

「なるほど、超勉強になります」


絹旗はふむふむと頷き、とがめはスタジアムを彩る、あの灰色のタイルを睨んだ。


「時に絹旗よ。笹斑は確か、この場を『地獄』と呼んだな。あと、あの暗闇にいた幽霊みたいな女も」

「ええ、そう言えばそう言ってましたね」

「では訊くが、この世界で現実にあり得る最も苛烈を極める地獄とはなんだ?」

「それはなぞなぞですか?」

「いや、普通に答えてくれ」

「……………………ん~」


絹旗は唸る。


『地獄』で第一に連想したのは、まさに絹旗が今浸かっている『学園都市の闇』である。普通の多くの学生が日の当たる場所にいる中、少数である彼女らだけが糞の様な闘争に明け暮れ、殺し殺される運命にある。

だが、絹旗はそれでも自分は幸運な方だと思っていた。何故なら自分が持つこの強大な力は、自分とほぼ同年齢の子供たちが実験動物同様の扱いを受け、脳を解剖されて得られた力なのだから。

よって、それを踏まえて絹旗は答える。


「それは、この学園都市の闇ですね」


だがとがめはその回答は、


「少し正解だ」

「………なぜですか?」

「その回答はあながち違ってはおらん。確かにそなたが目にしてきたこの街の闇は、確かに疑いも無く地獄だ。実際にそなたは地獄と思っているからな。だが、それらはこの世界で現実にあり得る最も苛烈を極める程のものでは無い」


それを聞いた絹旗はムッとした。なんだか自分が今まで苦労してきたものが否定されたような気がしたからだ。


「では訊きます。そこまで超自信たっぷり言うから、是非ともお教え願いたいので訊きます。とがめさんが考えるその、この世界で現実にあり得る最も苛烈を極める地獄とはなんですか?」


とがめは頬を膨らませて怒る絹旗を見て、つい笑ってしまう。


「では、可愛い生徒のその疑問に、満を持して応えるとしよう。この世界で現実にあり得る最も苛烈を極める地獄…それは―――――――戦争だ。」


戦争。

たった二文字の言葉で、絹旗の疑問はあっさり返された。難しい顔で返す。が、それもあっさり返されることになる。


「その心は?」

「なぜなら戦争とは、否応なく万人の命の危機に、そなたが受けてきたような地獄に堕ちる危機に晒されるからだ」


とがめは短くそう言うと、付け足す様に、


「それも、国や性別や人種、それまでの半生を問わない。一旦戦渦に巻き込まれれば、常に老若男女問わず無差別に殺されるかそれ以上の運命を辿る可能性が極限にまで跳ね上がる。それも戦場各地と広範囲であるから質が悪い」


絹旗が言った『学園都市の闇』と違うところは、『学園都市の裏“のみ”の地獄』と『街や村や国“丸ごと”地獄』の差だ。

要は規模の違い。質は同量だが、量は後者が圧倒している。ならば、後者が圧倒的に地獄ということにならないだろうか。

例え軍に聖人君子が百人いたとしても、悪人が千人いてしまえば意味はない。逆に悪人が百人に一人しかいなくても十万人という人の集団だったら、その中では千人いることになる。

それがもっと質が悪い事で、そんな悪人どもは男は見せしめの為に虐殺し、女子供は慰み者として扱い、結局殺す。

それだけではない。例え生き残ったとしても、あっさり死んだ方が幸せだったと思えるほどの地獄が待っている。

捉えられ、報復の為に惨いやり方で処刑されるかもしれない。氷点下を大きく下回る凍土で凍え死ぬまで働かせられるかもしれない。

敗者は絶望に哭き、勝者はそれを酒の肴として鞭を振るう。

もし天の恩赦で生き残り、大地に両足を踏みつけられる奇跡を噛み締められたとしても、故郷も家族も仲間も、彼らが生きていた証も、何もかもが灰になった後の喪失感が追い打ちをかける様に伸し掛かる。


「これを地獄と言わずに何と呼ぶ。……長い歴史が語っておるよ」


とがめは遠い目をして語る。

奇策士とがめこと、飛騨鷹比等の娘容赦姫も、ある意味では戦争孤児という戦争の被害者だ。経験者は語るのだ。

この世の地獄は戦だと。戦争こそ、この世で現実にあり得る最も苛烈を極める地獄なのだと。


「攻撃は一方が完全に沈黙するまで止まない。相手を殺して、相手の所有物を自分の所有物にする。そしてその中で相手が大事にしているモノを蹂躙し、自分の色に染める。それが戦争だ。戦だ」


その話に納得したのかどうかはさて置き。絹旗は話の内容をひとまず飲み込んでからとがめに質問をした。


「では、とがめさんは何で今、そんな話を持ち出したのですか? 一番それが超気になります」

「いや、そんなに大きな意味はない。ただ、奴らはそれを見たいが為にこれを造ったのではないかと思ったのだ。あそこはまさに戦場を収縮させた様に見えてしまう」


と、広大なスタジアムの灰色を見つめる。


「あの二人の言葉を聞いて、私はそんな地獄絵図を思い描いてしまったのだ」

「…………とがめさん」

「なに、戦など、軍所である私の専門職だ。人間が死ぬのを見るのは慣れておる。そんな風な顔をするな」


ただ、とがめは思うのだ。

きっと、あの大乱で家族を失った敦賀迷彩も言うだろう。戦とは、唾棄すべき悪徳だと。忌むべき事だと。

自分は………わからない。だが戦は無い方が好ましいに決まっている。

だが、迷彩の言うことが本当で、自分の本心もそうならば、あまりにも不格好なのだなのだ。

自分が生業にしている奇策士も、どう足掻いても戦の道具にしかならないという皮肉さが、どう見ても滑稽に見えるのだ―――。


と、それに遅れるように、天井の照明がスッと暗くなった。

いきなりの事か、何万もの人間が一斉に口を閉じた。あんなに騒がしかった空気が一瞬で静寂に包まれる。


「む、もうそろそろか」


とがめは自分の体内時計で刻を読む。絹旗がとがめに、


「何がですか?」

「一つしかなかろうて―――」


その時だった。パッと天井から一筋のライトが戦場の中心に降りる。

そこには一人の男が立っていた。

とがめは声を低く、小さな声で呟く。


「開会式だ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『時は来た―――』



スタジアムの中央で、男は独り言のように呟く。

高級の燕尾服を着た壮年だった。

とがめには、聡明で熟成された表情を持つ彼の顔に覚えがあった。そうだ、あの男は受付にいた男だった。記憶にある柔和な表情は全く伺えなかった。まるでとがめらに見せた顔は仮面だったかのように。

だが、あの顔は紛れも無く彼の物だった。

―――そうか、あやつがここの支配人だったのか。

マイクを持たないのに、なぜか支配人の声はスタジアム中に響き渡る。まるでオペラ座にいる気分だった。


『5年の歳月を迎え、ついに我ら、この街の闇の強者共の祭典が始まる。そう、それぞれの能力と財力を思う存分に出し合い、熾烈を極めて闘う時がやってきたのだ。欲望と渇望の為に戦う我らが、こうして血気盛んに雄たけびを上げる時がやってきたのだ……』


支配人は両手を大きく広げる。大袈裟に、かつ躍動感を大きく表し、張った声で叫ぶ。


『我らはこの時を待っていたッ!! 我らは常に人形の如く扱われ、猟犬のように忠誠を誓ったはずではない飼い主に尻尾を振ってきた昨日までとは違う、我らによる! 我らの為の! 我らによる闘争の時を!』


広げた両手の内、右の手に炎が灯る。

立体映像か、それとも男が実際に火を灯しているのか。


『―――人間の本質とは、何であろうか―――。心を持った人として生を受けた者なら、誰もが思う疑問に思う問いを、古代中国の思想家、荀子は「人の性は悪なり、その善なるものは偽なり」と説き、君子論を唱えたマキュベッリは「人は欲望の塊」と神聖なる人間の魂に唾を吐いて答えた。―――諸君は、どう思うだろうか』


………………。

数秒、解答を待つ時間を取った。しかし誰も答えない。一間の静寂が空気を包む。すぅっと息を吸った支配人は静寂に石を投げた。


『私も彼らと同意見だ。人間など、強欲の塊だ。よく女を抱き、よく食べ、よく怠け、よく怒り、よく嫉み、よく威張り、欲を出す。よく、よく、欲、欲。人間の本質など、快感と愉悦を求める悪徳の重罪人であると! それは人間が火の存在に気付いた頃から変わってはいない! だからこそ、我らはこうして地球に居座り続けているのだ!!』


支配人は叫ぶ。訴える。そして右手の炎を握りつぶした。激昂した彼の顔はまさに炎だった。だがしかし、支配人は急にトーンを落とし、静かに語りの続きを始める。


『では問おう。この世界で最も優れた快感と愉悦は何か?』


二度目の質問だった。だが前回とは打って変わって解答は待たず、跳ね返るように支配人は口を動かした。


『それは戦争である。逃げ惑う哀れな敗走兵を背中から討ち、投降したならば捕え、縛り首にし、敵の女子供を攫って自分の色に染め上げる。憎しみと悲しみと無念の声を肴にするのは、この世にあるすべての娯楽を超越する快楽となろう。これは何も知らない万人にはわかりまい。なぜならこれはは諸君ら強者だけが持つ特権なのだから』


かつて太古の時代で、ネブカドネザル2世が3,023人ものユダヤ人を奴隷として捕えたように。

かつて中世の欧州で、ジャンヌ=ダルクを捕えた兵士が彼女を辱めたように。

かつて最後の大戦で、終戦しても捕虜がシベリアで凍え死ぬまで重労働を課せられたように。

そして現代の各地で、駐在兵が現地の人間を虐待するように。テロ組織が捕えた駐在兵の首をノコギリで斬り落とすように。

まさに悪逆非道の限りである。

だが、第六天魔王こと織田信長が敵に一切の情けをかけず虐殺していったからこそ、豊臣秀吉は天下を統一し、その後に天下を取った徳川家康が今日の日本の礎を築き上げたのだ。

日本だけが例外ではない、この世に存在する国々も、そうやって生き延びてきた。

アメリカもインディアンを狐を狩るかのように駆逐していったからこそ世界的大国として歴史に登場したし、中国だっていくつもの創世と革命と処刑を繰り返して成った国だ。

当然、彼らは何の罪を償っていない。(例外として、革命を起こされた暴君悪臣は罰として処刑を受けたが)


『実際にその贖罪を受けずにのうのうと英雄として祀られている。どんな悪逆無道もどんなに歪んだ愉悦も、勝利を得ていれば紛れも無く“正義”として昇華されるのだ』



―――『一人殺せば人殺し。十人殺せば殺人鬼。一万人殺せば大英雄』だと、彼は言いたいのか。

確かにそうだ。それは正しい。だが、それは―――。

ぎりっととがめは拳を強く握り締める。

支配人は左手を掲げた。

すると、黄金の剣が現れた。頭上からそそぐスポットライトの光は、その剣をまるで聖剣のように輝かせる。


『故に、我らの暴力は正しい。一人でも多く殺せる事が出来る力は、それは正義の剣として後世に伝わる神となる』


―――そう、確かにそれは正義だ。

だが、“勝てれば”の話なのだが――――



『しかし! それら一握りの人間のみである事は忘れてはいけない!!』


男は聖剣を地面に叩きつけて折り、叫ぶ。堰を切った洪水のように。怒涛に。激しく。濁流のように。


『諸君らは正義だ。だが同時に悪でもある。勝てば正義。敗れれば悪。投げ出されたコインの表と裏。自分はどっちに成るかは紙一重の神のみぞ知る運命―――。だから諸君らは勝たなければならない。敵が一切動かなくなるまで殺し尽くさなければならない。敵意が無くなるまで、蹂躙し尽くさなければならない。正義であるために!! 悪に堕ちないために!!』


敗けた者は、あの脚と指を失い、暗い暗い牢獄に十何年も閉じ込められることになる。

そう、地獄に落ちるのだ。あの幽霊のように。


『「戦争は地獄だ。」そう唱える者はいるだろう。だがそれは敗者の、悪の言葉だ。「人生は地獄だ。」そう教える者がいるだろう。だがそれは敗者の、悪の言葉だ! 聞く耳を持つな。口を利くな。悪の言葉は悪にしか届かない。勝者の声は勝者にしか響かない』


この世は地獄。この世は極楽。前者は重労働に耐えながら一生、必死にもがき続ける敗者の言葉。後者は敗者の上で何も知らぬ顔で椅子に座り、美酒を煽る勝者の言葉。

敗者の言葉は勝者には一蹴され、勝者の言葉は敗者にはわからない。


『だからこそ、我らは勝たなければならない。地獄に堕ちないために。――――――敵の命を、金品財宝を奪いつくし、その屍の上で勝鬨を挙げる為に!!』


と、その瞬間、支配人の背後にスポットライトが照らされた。そこには、“とある骨董品”が置かれていた。この大会の目玉と呼べる、賞品である。


『見事、何もかもを蹂躙し、奪い尽くした正義の英雄には、我々からこれを贈呈しよう』


―――『微刀 釵』だ。

とがめの眼の色が変わった。


『それだけではない。出来る限りの賞金も出そう。英雄にはあらゆる財を得る権利がある』


―――英雄などどうでもいい。


『しかし、これらを与えられるのはただ一名のみ。他は与えることなどでない。――――しかし人間の本質が、魂が叫ぶのだ。欲しいと!!』


―――私はただ、あれが欲しいのだ。


『ならば勝て! 勝ち進め!! 諸君らが英雄となりたいのならば!! 誰にも命令されず、ただ自分の為だけに戦い、英雄として人の上に立ちたいというのであれば、勝つしか手段は無いのだ!!』


――――無論、勝つ事しか頭に入っておらぬ。



『我らは諸君らの武勲をあげ、死せず、勝者として君臨する事を心から願っている!!』


これまでで一番迫力のある、鬼気迫った声だった。


『誰よりも人を殺せ! 誰よりも英雄になれ!! それこそがこの戦場の掟なのだから!!』


そして男は右手を挙げた、ビシッと真っ直ぐに。そして最後に叫ぶ。



『これより、第十二回闇大覇星祭を開催する事をここに宣言する!!』







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その宣言の途端、一斉にスタジアム中の人間数万人が歓声を上げる。

腕を振り回し、雄叫びをあげ、足を踏み鳴らす。

自身と間違える程の地響きがとがめや絹旗、フレンダや滝壺、七花を驚かせた。

そんなにもこの演説に感動したのか。それとも、この大会が待ち遠しかったのか。

いや、そうではない。

彼らの血が騒いでいるのだ。

早く血を見たい―――。

早く血肉躍る名勝負が見たい―――。

早く敗けて何もかもを奪われる者の絶望の悲鳴を聞きたい―――と。

瞬間湯沸かし器の様に瞬時に熱せられた熱気が冷めぬまま、スタジアムの照明が灯され、あたりは明るくなる。

そこでとがめは気づいたのだ。

つい数秒までいたあの支配人と『釵』の姿がない事に。

そうか、支配人自体が立体映像だったのか。

この騒がしい空間の中、とがめは冷めた目でハハッと笑ってしまった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今夜は以上です。ありがとうございました。
これからは、>>504のように一気に書きすぎてついて来れなくなってしまった方々のために、少しペースダウンしたいと思います。

今回のテーマは題名の通り『正義の依代』。

んで、支配人のおっちゃんの主張を簡単にすると『最強こそが正義。それ以外は悪』。

阿良々木さんも言っていた通り、『正義の第一条件は強い事』。
実際そうです。
もしもWW2で日独伊が勝っていたら、世界は真逆になっていたでしょうね。
日曜朝の正義のヒーローだって、劇中で最強じゃなかったら、それではちびっ子は憧れません。

どんなに正義の謳い文句と旗印を掲げても、弱かったら強者に悪人として叩き潰され、火刑に処されます。

正義の歌を歌う権利があるのは、そんな人達ではないのです。


さて、も太古の昔から人間は戦争ばかりしていました。
弥生時代のムラ同士の戦いから、WW2まで色々と。

私達人間の祖先、ホモ・サピエンスも他の原人を駆逐して世界征服しましたしね。
それから多くの戦争と虐殺を繰り返して私達の代に至りますが、今は大きな戦争はありません。

でも今日でも数多くの虐殺ゲームやグロゲーが普通に売られています。

人間ってやっぱり血を見なければ生きられないのかもしれません。
衛宮切嗣が言っていたように、人間の本質は旧石器時代から変わっていないのかもしれませんね。


一人殺せば人殺し。十人殺せば殺人鬼。一万人殺せば大英雄。
そう思うと、切嗣は英雄なのかもしれません。


最後に、気づいた人はいらっしゃるでしょうか。

支配人の法則に則れば、とがめさんは……。


P.S

敗者を間違えて歯医者と打ってしまいます。

中身が空っぽで毒気を抜いてしまうと何も残らないって人間もいるって12話で言ってたでしょたけし!

こんばんわ。>>1です。やっとテストが終わりました。今から落としていきます。

あと、日和号の描写やら構造やら何やらと、ワタクシの妄想が入っていますので、ご了承ください。

まぁそんな事、いまさらなんですがねw


>>521
そういえば絶望先生で、毒を抜いたら存在自体が無くなったと言う話がありまして………。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「さて、皆の衆、今大会の規則は読んだか?」


とがめはプログラムの冊子を持って、スタンドの一角で七花らアイテムチームに訊いた。

あと数十分したら第一種目が始まる。それまでにとがめはちゃんとルールが頭に入っているのか確認したかったのだ。


「ええ、プログラムを読んだから大体わかりました」


と、絹旗は頷く。滝壺、フレンダも同じように頷いた。

だが、七花はどうも納得できない表情だった。


「俺も理解は出来たけど、どうも納得が出来ない」

「………ま、そなたに並の読解力は求めてはおらんよ」


とがめは短く切り捨てた。

一応文字は辛うじてだが読めるが、致し方あるまい。


「七花には少々、いや結構難しい内容だっただろうしな」


その内容とは、以下の通りである。



闇大覇星祭ルール事項


一日目

1,各チームは大会参加費を提出する事。その金額は各チームの自由である。それを運営に提出し、この大会の紙幣『圓』に替える事。1円で1圓である。

2,一つの競技には、各チームから複数名参加できる。

3,各チーム、全員が一人一回は競技に出場する事。一人でも出場していない場合は即座に失格とし、所持している『圓』、勝ち取った賞金は没収される。

4,参加できない、参加する人数がいない、参加しない場合、その競技をパスすることができる。

5,参加する場合、参加料として一人賭け金5万圓は払う事。

6,参加した競技で賞金として、優勝者には参加人数×全賭け金の30%を、準優勝者には10%、三位には5%贈呈する。しかし、参加チームが少ない種目の優勝者には特別に運営から100万圓が授与される。

例Ⅰ:400人が参加した場合(400人×5万圓=2000万圓)、優勝者は500万圓贈呈。準優勝は100万圓贈呈。三位は20万圓贈呈。

例Ⅱ:参加チームが3人のみだった場合。優勝者のみに100万圓贈呈され、それ以下は賞金は無しとなる。

7,参加したが棄権する場合、罰金として10万圓、場合によってはそれ以上を払う事。

8,競技のルールを破り、他のチームに損害を与えるような行動に出た場合、それに匹敵する罰を下す。

9,競技、またそれ以外での怪我、損害、盗難……などのトラブルは、運営側は一切の責任を取らない。

10,競技中の乱入は原則禁止である。

11,団体戦の場合やメンバー不足の場合、他チームから助っ人の要請が可能である。その時はお互いのチームで協議して、運営・審判に知らせる事。ただしその分、一人10万圓賭け金が追加される。




――――――いかに自分たちが日陰者であるかをよく認識することが、勝利への近道である――――――



元々読み書き算盤金勘定が出来なかった七花にとって、6は全く意味不明だろう。

「それもそうだけど、最後の一文の意味がさっぱりだ。何が言いたいのかよくわからん」

「まぁ、そんなにややこしく考えんでもいいよ」

元々そんな事に期待していないとがめは短く言った。


「とりあえず、そなたには後日一通りの算術文学を叩き込むとして……。七花、今回は私の命令で動けばよい」

「……ん? それって結局いつも通りじゃねぇか?」

「ああ、そうだな、いつも通りだ。そなたはいつも通り、ただ―――――私の命令通り勝ち続ければよい」


とがめは不敵の笑みを浮かべた。七花もそれを見ると、ニッと笑う。


「それなら単純でいい。了解した」

と、その横の絹旗はとがめに、彼女が忘れていないか確認の為、手を挙げた。


「とがめさん。この『圓』の両替は……」

「ああ心配ない。もうすでに両替は出来ておる」


と、とがめは一枚のカードを袖から取り出して見せた


「実は先程の用事というのはこれの両替でな。近くにATMがあって助かったよ」

「で、結局いくら入っているの?」


フレンダが訊いた。とがめはうーんとATMから出した金額を思い出す。


「ざっと三百万」

「「ッッ!?!?」」


絹旗とフレンダはその金額に目を剥いた。滝壺は無反応だった。七花は解らず首を傾げた。

フレンダは呆然と滝壺に、


「さ、三百万………。ねぇ滝壺。三百万あったら300円のサバ缶いくつ買えるかな」

「一万個」

「じ、じゃあ一本1200円の、本場福井県鯖江市の極上焼き鯖寿司は!?」

「二千五百本」


今度はフルフルと手を震わせながら指で数えながら絹旗が、


「た、た、滝壺さんっ? い、一本1000円の超C級映画があったら何本見れるでしょうか?」

「三千本」

「で、では、それを一本一時間として、24時間超ぶっ続けで見られたら、何日分ですかっ!?」

「百二十五日分」


フレンダは食欲に満たされた目をして天を仰ぐ。絹旗はクスリを差し出された、禁断症状寸前のジャッキーのように顔を輝かせた。


「朝昼晩三食鯖寿司………そんな世界が現実に……、いや、現実になろうとしているって訳ね」

「この頃、朝から晩まで七花さんと超稽古尽くしでしたから、映画を見る機会が超なくなってしまって………。ついにこの頃、超禁断症状が出てきてたところだったんです………。いや、稽古が嫌だって訳じゃなく」


と、そこに醒めた目でとがめが二人の頭を丸めたプログラムで叩く。

「馬鹿もん。どこの世界に軍資金を部下の食費や趣味の為に渡す指揮官がいるか。これは今日の為に私が小判を両替して用意したものだ。今日までにきっちりきっかり使い切る」

「「えええええ」」

「えーもおーもない。それより、貴様らアイテムは原作や漫画を見た通り、そうとう豪華で優雅な私生活を送っているように見えるが?」

滝壺が答える。

「それ、みんな、むぎの奢りだったの」

「…………貴様ら、まさか麦野の事を金づるとしていたのか?」

「ち、違います!!」


絹旗が必死に否定した。


「あれは、超能力者は奨学金が超大量に出されるので、4人の中で一番収入が超大きいんです。もう超残酷なまでに」

「そう言えば麦野、任務の時、普通に高級ブランドの洋服着ていたわよね」

「服と言えば、むぎのの家に泊まった時、0が5つ付くネグリジェを何十枚も持っていた。それで、その1枚をくれた」

「ホラ、結局麦野の実家って超大金持ちって訳だから」

「そんなんだから麦野、『私、一生使ってもお金使い切れないから、あんたらが使う金は私が払っておくわ』って超何気に言ってくれてましたね」

「リーダーであり、サイフであるむぎの」

「んで、お嬢様である麦野は結局、普通の庶民である私たちをランチだと称して高級レストランに連れて行ったり、プールに行けば長水路丸々貸切にしたり、水着を買うぞと言ったらすっげぇ高くてエロいのを、私らの分まで買う訳」

「でもフレンダ、そう言っているけどそれ、超当てにしてませんでした?」

「そっ!? そ、それは、む、麦野がどうしてもって言うから…………(嘘)」

「因みにむぎのは組織の会計もしていて、私たちの給料もむぎのから貰っている」

「そんな我らが超リーダー麦野様様がいない今、私たちは組織の給料が超支払われないので、今は何とか奨学金で超食い繋いでいるんです」

「まぁ、大能力者である私ときぬはたは大丈夫なんだけど………」

滝壺は可哀そうな目でフレンダを見る。フレンダは暗い影を落とし、隅っこでしゃがんで地面にのの字を書いていた。

「…………私、絹旗や滝壺みたいな能力ないから、姉妹二人分をやっとの思いで食い繋いでいるって訳なんだよねー」

「ってな具合です」

「なるほど、それならそなたらが、金が欲しい気になるのは当然か」

とがめは丸めたままのプログラムで右肩を叩いた。そして、

「安心しろ。その生活は今日と明日と明後日で終わりだ」

と笑った。絹旗らが理由を聞くと、

「何、至極簡単な事だ。今日勝てばいいのだよ。今日勝てば賞金として金が入る。明日も勝てば賞金がまた入る。明後日も勝てばまたまた賞金が入る。よって明々後日になれば我らは大富豪だ。金に困る事は無くなる。」

「「「おおっ!」」」

三人は綺麗にハモった。だが、彼女らの後ろで七花が目を細める。

(―――………嘘だ。あの顔は嘘をついている顔だ)

怪しそうに、じーっととがめを見る七花の視線に気付いてか、とがめは七花と視線を合わせ、にっこりと笑う。一年間も寝食を一緒にいた仲だ。何を言っているのかわからない七花ではない。

―――黙っておれよ。

と、彼女は言いたいのだろう。どうせ目的の為なら何でもするとがめの事だ。刀集めの為に全てを費やすに決まっている。実際にとがめは、儲けた分を分けてやろうとは一言も言っていない。
少しくらいは彼女らに分け与える慈悲はあるだろうが、哀れな絹旗らが想像しているような値段ではないだろう。まぁ、例え文句を言ってくるだろうが、それを言い包めるか詭弁を弄するのが奇策士とがめという女だ。奇策士というか、詐欺師というか。いや、相手を騙すからこその奇策か。

「とりあえず、今は今の事を考えよう」

とがめはプログラムの最後のページを開いた。そしてそのページを切り取る。

「……ここに、一枚の紙がある」

それは、これから始まる闇大覇星祭の種目のエントリーシートなのだろう。それぞれ種目が書かれてあり、それらの下に名前を書く記入欄があった。

「――――――今からそなたらに、地獄のようなな戦争をしてもらう」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここは第三学区にある地下スタジアム。

学園都市内外の荒ぶる猛者や荒くれ者どもが集まり、疑似的な“戦争”をする場所。

十何万人もの人々の内、戦争に参加しをするものがいるように、それを見ようとする者もいる。……実際は後者の方が多い。

その中で、人間同士の戦いを文字通り高みの見物をしている者たちがいた。

知性と財力と権力を持て余し、この世の欲と業と悦を思う存分余すと事無く満喫する者たち。

とある人物が言う、『勝者』。

一般的に言えば、『大金持ち』『勝ち組』『大富豪』……。いわゆる、VIPと呼ばれる者たちである。

男たちは高級スーツに身を包み、女たちは高級ドレスで自身を、自身の半生を語るように飾る。

ここはVIP専用の観客席。言わばVIP室にて彼らはワインが注がれたグラスを片手でそれぞれ談笑していた。

スタジアムの観客席の上段から、戦場である空間全てを把握できる。

目下のスタジアムにいる、彼らからすればゴミクズ同然の人間が鮨詰めにされている如き様を肴としているようだった。

………これから先、彼らが飲んでいる赤ワインと同じ色の惨劇が次の肴となる。


そんなVIPたちはそれぞれ人種がばらばらであった。

ある者は顔立ちが良い日本人で、スーツや腕時計や革靴などで全身をビッシリと、甲冑のように最高級品で固めた男だった。豪華絢爛なチャイナドレスを着込んだ中国人の美女と今夜の予定を聞いている。

その男を狙っているのか、少し離れた所で胸元が大きく開いた純白のドレスを着た西洋の美女がじっと男を見ながらワインを飲んでいる。

傍にいるのは彼女の父親なのだろう、中年の太った男は、横でそっぽを向いている彼女と政略結婚させようとしていた。

相手は自分と三つしか変わっていない、自分以上に太った、自動車会社の三代目社長である男。今、彼と株価の話を楽しくしていた。

因みにその男は過去に5人もの若い女性と関係を持っており、そのうち3人は今、行方不明となっている。今も数多くの女性と関係を持っているらしい。

そんな未来の自分の愛娘の夫の正体は、真っ黒な経歴を持つ外道だったという事実を、未来の舅となる男は知らない。だが、隣のテーブルで話を盗み聞きしていた男ライバル会社の若社長は密かに知っていた。

だが、若社長は愛娘を不幸の道だと知らずに導こうとする父親に密告はしない。

彼らが正式な親族となり、程よく時が経過した瞬間、アメリカの『メディア王』オーレイ=ブルーシェイクに高値で売る魂胆だからである。

あの意地汚いオーレイの事だ、金の事なら鼠を見つけた猫の如く飛び付くだろう。世界中に男の悪行が飛び回り、ほぼ確実に彼らは没落する。

よって目の上のタンコブだったライバルが消え、売り上げは我が社の独占状態。プラス、情報料でさらに利益が跳ね上がる。

若社長は、片手に持っていたワインを回し、すっと急いで口に運んだ。思わず、ふふっと笑ってしまいそうになったからである。



―――だがしかし、今はそんな、重く、真っ黒に淀んだ部屋にいる魑魅どもは、どうでもよい。



舞台はその隣の部屋の事である。

―――――暗い密室で一人、老人が窓際で立っていた。
天井にぶら下がっているシャンデリアなどは、一切灯していなかった。

自分の姿が薄く映る窓からの、目下の戦場の照明から漏れる淡い光のみが彼と一緒に、背後に広がる空間を少しだけ、照らしている。

これでは部屋の様子がよくわからない。

だがそれでも、それだけでも部屋の中は贅沢だということはよくわかった。

机やソファーから壁紙まで、何もかもが豪勢に作られていた。VIP用に造られた部屋だから致し方あるまい。隣の部屋と同じ構造をしている。

しかし、そんなその中で場違いにも、窓際の老人は白衣を羽織っていた。

まるで彼がハリボテかのような……いや、部屋が一枚の絵で、そこに彼が立っている様だった。

白衣という事は、何かの研究職に就いているのだろう。だが、それでも、研究者の中でも異様な雰囲気を醸し出していた。

逆立った白髪、痩せこけた頬、文献を漁り、眉間にしわを寄せて凝視しすぎて悪くしてしまったせいか眼鏡を掛けている双眼。

いかにも科学者と言った、常に脳内には計算式を並べていそうな印象だった。小柄なくせに癖があり、とっつきにくく威厳がある。まさしく彼はマッドサイエンティストだろう。

そんなマッドサイエンティストは、今まさに戦場となろうとしている窓の向こうを見つめていた。

そして、両手を腰に当て、ここから見える人間の行動を見て、“計算”していた。

その内容は、シタジアムの地面が崩壊するには、どれくらいの人間が一斉にジャンプすればいいか……もしもその全員が一斉蜂起し、学園都市に攻め込んだ場合、どれだけの人間が“生き延びる事が出来るか”………など。

やはり、彼は計算ずくな男であった。色々と、毛ほども役に立たぬ、暇潰し程度にまで暗算で方程式を組み立てて、彼曰くの、一つの芸術を組み立てているのである。

と、その時、誰かが静かにドアを開け、侵入してくる音がした。

老人は振り返らず、ただ、一言。


「名演説だったな。ご苦労」

「いえ、あなた様の台本通り演じたまでです。―――博士」


このスタジアムの支配人は、謙虚に頭を下げた。“博士”と呼ばれた、本名年齢正体不明の老人はふふっと、支配人の言葉を笑った。


「いや、そう謙虚になるんじゃない。確かにカンペは私は書いたが、演じたのは君だ。君の演技力があったからこそ、場の空気が盛り上がったのではないのかね?」

「…………。」


支配人は少し考えた。

太鼓持ちである彼は、この言葉に従うしかない。


「博士の仰る通りです。お褒めに預かり、光栄です」


博士は振り向き、ずれた眼鏡の端と端を中指と親指で押し上げた。


「“例の人形”は?」

「手足を外し、箱に入れて、目隠しをし、光が当たらぬよう暗室に保管しました」

「結構結構…」


“例の人形”とは、先日『スクール』の垣根帝督が捕獲してきた『微刀 釵』の事である。


「運ばれて来た後のあれの対処には手間取った。垣根帝督が持ってきた時は彼との戦闘で幾つか故障していたから、修理が大変苦労の限りを尽くした。木原君の助けが無かったらきっと今日には間に合わなかっただろう」

「はい、あの人形は予想以上に繊細かつ繊細、しかもヒビが割れていた装甲などの部品が木製で作られていました。また、中身の細かい歯車もいくつか損傷していて、実際、木原博士の『エネルギーの度合いを顕微鏡サイズでコントロールする能力』と“あの『人形』を修復するまでの知識”が無ければ修復不可能でした」

「木は金属よりも軽い。しかも伸縮性があるし、金属と違って金属疲労による故障も無い。しかも雨に濡れても錆びにくく、衝撃にも強い。長い年月使い続けるという面では金属よりも適した素材なのだよ」


いや、木製だからというだけではない。中身の細かい部品も殆ど損傷している形跡はなかった。―――その細かい部品は金属だった。

その他にも、問題点はまだまだある。


「しかし、的確に生きた人間のみを発見した瞬間、無数の攻撃パターンで全滅するまで攻撃し続けるという……まるで人工知能を搭載しているようなスペックを持ち、しかも生きている人間同様な動きをする人形など……あれほど高度な技術が学園都市以外で作り出されたとは、正直言って考えたくありません……」


垣根帝督とその相棒(?)の少女の話を聴く限り、あれは全くの無人で、勝手に動いていた。しかも学園都市に七人しかいない超能力者と渡り合える程の俊敏性を見せつけながら。


破壊でなく、捕獲という難しい任務であったが、あの学園都市第二位と渡り合える人形など、あり得るのだろうか?

支配人は苦悩でいっぱいだという表情をした。


(………否、あり得ない。学園都市の能力者の中でも最高ランクにして稀有な能力を持つ垣根帝督と渡り合えるなど………)


少女の話を思い出す。


――――そう、あの人形は、“戦いの終盤、逆立ちをして、4本の脚をプロペラの様にしてヘリコプターの様に空に舞った”そうではないか。


どうやったら、あんな小さな機体であそこまでの動力が起こせる?



(いや、そもそもヘリのプロペラ並に回転させたら摩擦で熱せられ、仕舞には発火し、機体が火達磨になる筈だ)


きっと史上最大の狐火となって襲ってくるだろう。しかしなぜ平然と起動できる?

支配人は不気味そうに『微刀 釵』を思い出した。いや、不気味なのだ。修理の為、細部を見てみたものの、理解できないのだ。

いや、理論は解る。どうやって動き、どうやって人を殺すし尽くすのかは、解る。


だが、解るとしてもあの殺人人形の構造は―――未知なる技術、未知なる法則によって成り立っていた。


先程解ると言ったが、それはほぼボンヤリとで、砂漠の蜃気楼や寒い朝の霧の向こうの如く、ハッキリと解らずだった。


(まるで……そう、未来人が発見した方程式の解をパッと見せられた様な心境だった)


その一つが、動力源。

調べてみると、あの人形は太陽光発電によって動いている。しかも全エネルギーをほぼ100%、それで補っていた。

が、太陽光は意外にも発電量は多い方ではない。しかも基本的に電気は貯める事は出来ない。

それを長時間、長い月日を継続的に発動させるのは、どんな駄々を捏ねても無理と言わざるを得ない。

足りぬものは足りぬ。出来ぬものは出来ぬ。


(これはただの勝手な想像だが、一歩一歩足を出す度に何かで電磁石を回転させて、そこから発生さえた電気も使っているのかもしれない。だが、それでもどう計算してもあの運動性能を発揮し、維持するには難しすぎる)


歯車一つ、小さな木片一つ。部品の一つ一つ全てが精錬されてた。そして、これ一つが一つの完璧な完全無比の完成品であるかのようだと、感じ取ってしまったのだ。

部品の一つを手に持ってみると、たった一人の職人の魂によって造られたというのが、うっすらと手の平と眼で確信できた。

孤独に孤高に孤立したままずっと黙々と造ってきたのか。


ここまでに至った道程は、決して平坦な物ではなかっただろう。


いくつもの試作品と失敗作を積み重ね、カンナとカナズチを握りしめ、血が滲み、血反吐が出るほどの努力と苦悩を越えてきて完成させたのだろう。

それなら理解できなくても、しょうがない。

作者の意図が、行動が、歯車を、木片一辺を慎重に慎重に削って造り上げたのだろう手の動きが、職人の魂が全く理解できないのは、しょうがない事。

だが、きっと時間をかけてじっくりと研究すればわかる筈だ。ゆっくりと慎重にこの方程式を解いてゆけば、心理に辿り着ける筈だ。

あれほどの『兵器』を造り上げた人間は、たった一人だ。出来ぬ訳が………。


(…………いや、無理か。あれを、たった一人で造ってしまうなど、それこそまさしく、あの人形以上の化物だ)


そして、その化物が文字通り魂を込めて築き上げた人形は、芸術品と言われる程にまで精練された…そう、一本の日本刀のような、凶器だった。

あまりにも、狂気じみている。

だから、この世で一番尊敬できると胸を張って言える、目の前の老人に向かって、こう言えるのだ。


「学園都市の科学力を持ってしても、あれは無理なものです!!」


支配人は……博士の最優の助手でもある彼は断言した。

と、博士はにっと笑みを浮かべる。

曰く、


「だから君は未熟なんだ」


支配人は怪訝な表情を隠せなかった。普段は冷静沈着の彼には珍しい顔だったが、博士はその顔を何度か拝んでいる。


「確かにあれは今の学園都市では不可能だ。だが、それはつい最近までの話。

―――いいかね? 昨日駄目だったならば、今日出来ればいい。今日駄目だったものならば、明日出来ればいい。明日駄目なら明後日出来ればいい。常に学園都市の技術は進歩している。昨日までの失敗を悔やむ事は無い。明日成功すれば、明後日成功すれば、他人も自身も攻める事は無い。

大事なのは常に自分を奮い立たせ、その情熱の火を燃やし続け、毎日限界まで挑戦し続ける姿勢だ。

だから君は今未熟でもいいんだよ。今以降、今日明日明後日……それ以上の月日を費やして、私よりも優秀な科学者になれば私も君も大満足だ。……私の言っている事、間違っているかね?」


博士はやっと振り向き、自分の大事な助手の、疑問という名の苦悩に満ちた顔を見た。


「何、私も君くらいの時は苦労したものさ」


―――そうか、今、急いで焦って理解しなくてもいいのか……。


眼から鱗が落ちるとは、この事を言うのか。支配人の肩にのしかかった重い何かが、スーッと天井へ昇って行くのがわかった。


それならば、私は……―――知りたい。あの狂気な凶器を造った技術を、魂を、全てをこの手に入れ、この脳細胞一つ一つに刻み込みたい。


うずうずと、胸の奥にある高揚感が、探究心がウズウズと湧水の様に湧いて出て、肩を揺らす。


――――ああ、認めよう。自分は間違いなく、間違いなく………。


「は、博士!」


博士は少しだけ微笑んで右手で制した。そしてその手でちょうど奥にあったバーを指さして支配人に、


「解っているよ。だがそれは後回しだ。今の君にはやらねばならない重要な仕事が山積しているだろう。今はそれに全力を注ぎたまえ」

「は、はい」

「しかしそれでも、休憩を取らねば人間も機械もいつかは疲弊して使い物にならなくなる。 君も疲れたろう、少し休憩したらどうかね」


博士はそう言いながら、ゆっくりとバーのカウンターの中に入り、冷蔵庫を開け、ワインやウォッカなどがある洋酒を漁る。


「たまにはこっそりと豪遊気分を味わおうではないか。君は何を飲む?」

「いえいえ、滅相もございません。私めの為に博士が……」

「いいのではないか。今日は年に一度の祭、それも数年に一度の大祭だからな。少しくらいは羽を伸ばしたって文句は言えんだろう。―――最近、『メンバー』での仕事も進んでいてね。今日丁度、新入りのお嬢さんが働いてくれている。………で、何が飲みたい? ワインしかないがね」

「で、では、そこにあるレルミタ1993で……」

「君、もしかして酒飲みかね?」


博士は支配人が注文したワインをカウンターに置き、グラスを二つ並べた。そしてポケットの中から、底に500円玉くらいの穴が開いている、茶筒ほどの大きさの筒を取り出した。

学園都市でしか見られない代物だ。名称は横文字ばかりで何だか覚えにくいし解りにくいが、『全自動十徳ナイフ』と呼べば解りやすい。

これの十の機能の内一つ、コルク抜き機能は、なんと超安全超簡単でコルクが抜ける。しかも注ぎ口に穴を差し込むだけでだ。

何の故障が無く勝手に機械がコルクを開けてくれれば、『きゅぽん』と気持ちいい音がするはずだ。


きゅぽんっ!


どうやら成功の様だ。

博士は十徳を外し、ワインをグラスに注いだ。


「君のだ」

「ありがとうございます」

椅子に座っていた支配人は申し訳ない様に右手で、博士に差し出されたグラスの脚を持ち、くるくる回して色を楽しみ、匂いを嗅いで香りを楽しみ、そして少し飲んで味を楽しんだ。

博士はそんなセオリー通りの飲み方はせず、すっといきなり口に持って行った。


「……今日は全体で、どれくらい入っている?」

「はい。出場人数は最終的に55,435人。出場チームは4,798チーム。4割が『学園都市外組』、残りが学園都市の暗部組織と個人出場です」

「なかなかの大盛況だな」

「はい、歴代最多の出場数だった昨日から倍以上に大幅に膨れ上がりました。宣伝部のおかげです」

「おかげで運営委員会(われら)の利益も跳ね上がる」

博士は淡々と得意の計算で金勘定して見る。

「うむ、これな今大会も大幅な黒字となるだろう。外から来る場違いな外様にも感謝せねばな」


きっと、みんながみんな、あの人形が欲しくてやってきたのだ。

今、学園都市で『持つと学園都市に七人しかいない超能力者も倒せる刀』という噂が、そこら辺中で出回っている。
噂によればその刀は計十二本。我らはその一本をこちらが捕獲・保護している。他の十一本についても目下捜索中だ。

それで掴んだ情報によると、結標淡希がその一本を、また、一昨日に入った情報では人身売買を生業としている組織のリーダーもその一本を持っていたそうな。

どうやら噂は現実となっていたらしい。結標があの学園都市第三位である、あの御坂美琴を打ち負かしたという情報があったのだ。

――――あの超能力者が破れた。

この事実を大々的にアピールし、一本持つだけで強大な力を持つことができる刀を餌にして、学園都市内外から多くの魚を釣る。

それが博士の狙いなのだろう。支配人は、自分なりに我が上司であり師と仰ぐ博士の思考を読んだ。

勿論、博士は刀一本だけを持てば超能力者に勝てるとは毛ほども思ってやいないだろう。

超能力者を倒せるどうかは所有者の腕次第だ。どこまでカスタマイズして『最強の拳銃』にしても、所詮、『拳銃』では『核弾頭』には勝てない。

だが、人間は単純で滑稽なもので、『最強』の名前が欲しいのだ。

その名は力になる。またその力は巨額の金になり、それ自体を売ってもまた金になる。

―――『最強』は絶対的な存在として所有者に大きな財産をもたらすのだ。

支配人は、そのことを十分に知っていた。博士もそうだろう。そして、自分意外の博士の部下たちも知っている。

勿論、支配人も『最強』が欲しい人間の一人であった。

『最強』の名は、本当に頼りがいがある。

そう、きっと今、この街で『最強の武器』と呼んでいいのは恐らくあの『人形』だろう。

ああ、いや、それは飛躍しすぎたかな。でも恐ろしく白兵戦で効率よく、かつ手早く敵を殲滅し、何食わぬ顔で所有者の所へ帰ってくる。

学園都市の駆動鎧の技術と合わされば、さらに強い兵器として学園都市に君臨する。それは科学の発展に大きく役立ち、さらに質の高い『最強』となる。

そうすれば、自分は『最強』だ。この『最強』のカードを手に入れたならば、それ時点で自分は『最強』になる。歩から成金…いや、龍にもなれる。

これは決して研究者としての考えではない。だが、研究者の自分ではなく、別の面の自分が、”本能的に勝利を求めるヒト”としての自分が血を熱くさせるのだ。

ああ、早くあの人形をバラして、隅々まで調べ上げたい。早くあの『最強』を自分の手に入れたい。

そして、博士の役に立ちたい。あわよくば学園都市の最高の研究者として名を馳せたい。

……きっと、博士もそう思いだろう。

何故なら、彼も探究心の塊。研究心の化身。知的好奇心が服を着たような男だから。

彼もマッドサイエンティストなら、この格好な研究資材をほっておく訳がない。

しかし、人形は明後日、今日から開催される闇大覇星祭の優勝者に渡される事になっている。…………なんと惜しい事か。

恰好の研究材料が、『最強』への架け橋が、抱いた夢が、何処の馬の骨かわからぬ輩に奪われるのだ。これが悔しくてしょうがない。

いや、それならまだマシだ。この人形の価値などわからぬ馬鹿に、ただ適当に使われるだけなのは、想像しただけでも腹が立つ。

きっと、博士も絶対にそう考えている筈だ。

そうに違いな……――――――――

「――――――ぁ。」


短く、小さく、自分だけが聞こえるかもしれないくらいの呟きが、口から零れた。支配人は、ふと、そう一瞬だけ、脳内の思考が反転したのだ。

いや、あり得る筈がない。これは、これはあまりにも卑怯な事ではないだろうか。これは、あまりにも非道な事ではないだろうか。

あり得る筈がない。だが、しかしだ。支配人は脳裏に引っかかる物があった。それは疑問。またの名は疑心。


「…………博士」


支配人は恐る恐る、言葉をしっかりと発する。気になってしまったものは、理解するまで徹底的に知ろうとするのが彼の質だった。そのため、“訊いてはならぬ事を訊いてしまう”。それは、彼の悪い癖だった。


「何かね?」

「前々から気になってはいたのですが、もしかして博士は何か我々、研究者たちに隠していることがありませんか?」

「…………。」


博士の瞼がピクッと微かにだが動いた。そしてグラスの中のワインを飲み干し、とんっとテーブルに置く。その横に肘を立て、フン―――ッと鼻から強く息を吐き、広い額に指を当てて支配人を見た。

言ってみろ、という事なのだ。

支配人は、ゴクリ…と唾を飲んで恐る恐る訊いてみる。精神を落ち着かせるためにグラスの脚を持ち、くるくると回しながら。


「ここ先日、よく木原博士と連絡を取り合い、また暇さえあれば顔を見せ合ってましたね」

「それがどうしたのかね? 君も知っている通り、私と彼は昔ながらの付き合いでね。短い間だったが師弟関係でもある」

「はい。それは全く不自然の無い事です。昔の生徒の顔が見たいのは、師であれば当然の事。私も、家庭教師時代の教え子と会うのは嬉しいものです」


博士は支配人の…自分の右腕の話を、グラスにワインを注ぎながら聞く。


「だが、それにしても多すぎやしませんか? この数日、頻繁にする電話やメールは殆ど木原博士とですし、会う時も二人きりで、誰も共につけずに、まるで密会の如く会っています」

「それがどうしたというのかね? 単にあれは仕事の話かもしれないのだぞ?」

「確かにそうかもしれません。が、それにしても不自然すぎます。普段なら私たちが運転する車で移動するのに、木原博士と密会する時だけタクシーを呼ぶのは」

「………。」


博士は黙ったままだった。しかし支配人は畳みかける。


「おかしいと思ったのです。今回の闇大覇星祭で、あなたほど研究熱心なお方が、わざわざ恰好の研究材料である『人形』を呆気無く手放す。そんなあなたの姿など、いつも傍らにいた私は到底考えられない」


博士は言葉を選んでいるのだろう。少し黙って、ゆっくりと重い口を開いた。


「そういえば、私は君のそんな、少しでも疑問視した所を徹底的に思考する能力を買っていたのだったな」

「はい。おかげで私の見解は大海原の様に広くなりました。―――………一つ、疑問に思っていたことがあります。これが最も大きな疑問でした」

「言ってみたまえ」

「それは、人形の修復の時にいらした木原博士についてです」


木原数多。“あの”木原一族の一人で、一族の中でも上層部の位についている男だ。スタイルは先程も言った通り『エネルギーの度合いを顕微鏡サイズでコントロールする』。

彼が来たのは二つ理由がある。一つは彼の特性を使っての細かい部品の製作と組み立て。もう一つは『人形』を含む刀の知識。


「前者は理解できます。何せあの木原一族ですから、悔しいですが、技能や知識はあちらが上です。しかし、問題は後者。“なぜ、木原博士はたかが『学園都市で有名な噂』でしかない刀の詳細を、ましてや“『人形』の修理方法を知っていたのでしょうか”? そして、彼がそれを知っているという事は、博士も彼が知っているという事を御存じだったという事ではないのでしょうか?」


そうだ、彼は、博士は何もかもを知っているのだ。噂の刀の存在と正体を。そして――――



「そしてもう一つ。疑問に思ったことが………。これは、私の勝手な憶測…というか想像なのですが、“木原博士が常に持っていた『禍々しいくらい黒くて長く反った日本刀』は、もしかして噂の刀なのではないでしょうか?」




「…………もういい」


博士は短く呟いた。

いつの間にワインは温くなっていて、空気中から張り付いた水滴が脚を伝ってテーブルを濡らしていた。博士は一度、長い溜息をつくと立ち上がり、バーのカウンターからゆっくりと離れて行った。

歩いてゆく先は、窓。窓の外…下にはゴミの様な人間がうじゃうじゃとひしめき合っている。

それを見下ろしながら、博士は支配人に、


「君は、本当にいい助手で、弟子だ。しかも師匠思いの善い人間で、将来は私よりも優秀な研究者として名を世界中に轟かせるだろう」

「………お褒めに預かり、光栄です」


博士は振り向いた。振り向けば…昔、目の前の男が大学生だった頃、講義の後、必ず質問責めしてきた時と同じ目をして、こっちを見ていた。

真剣な眼がじっと、自分の答えを待っている。


「ああ、本当にあの頃の君との思い出は実に楽しいものだった。君は実に純粋で純白な探究心を持つ好青年で、私はそんな君にありとあらゆる方程式を教え込んだものだった。そして今、君は私の右腕として今日まで活躍してきた。今日の私がいたのは、君がいたからだ」

「………博士?」


支配人は『ん?』と顔を歪ませる。

疑問が増えたからだ。なぜ、今ここでそんな昔話をする? 無駄を省く彼には、無駄な言動。それに、わざわざ自分から離れて話すことではない。昔話など、バーではカウンターで座ってするものだ。


「博士…なぜ、そんな事を?」

「何、どうとしたことではない。急に思い出したのだ。本当に、大事な事なのだからな」


大事な事? なんなのだ? 一体。疑問詞ばかりが出てきて、ますますわからなくなる。

だが、何だこの、脳のどこかで誰かが警鐘を鳴らすような感覚は。この背中に流れる冷や汗は。危険察知能力がヤバいと叫ぶ。


「は、博士……」

「確かに、私は君からすれば至らぬ師だったかもしれん。だが君は私に己の生活と自由を割いてまで尽くしてくれた。本当に、ありがとうと礼を言いたい」


そう言って、博士は深々と頭を下げる。


「ありがとう―――」

「あ、いえ、博士、頭を上げてください」


支配人は博士に歩み寄ろうと椅子から降りる。―――と、その時、ようやく彼は博士の言動について理解したのだ。

ああ、そうか、これはまさか――――――。

支配人は叫んだ。


「は、博士ェッッ!!!」







「―――そして、さらばだ」





もう、遅かった。何もかも。

博士は、密かにポケットの中に仕込んであったリモコンのボタンを押す。するとその同時に、―――支配人の皮膚が“消滅”した。


「ぐ、ぐぁ、ぁ、がぁ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


あまりにも激痛が襲う。しかもいきなりの事でパニックを起こした。正常な思考が出来なくなる。『一体何が起こったッ!?』という思考も思いつかない。

ただ、純粋な痛みだけがそこにあった。皮膚が消滅し切った為神経が空気に直接さらされ、全身の神経に気が狂いそうな鋭い痛みが駆け抜ける。

まるで針のマントを着させられているような感覚だった。

いきなりの、そして脳が爆発する程の痛みで、体がお辞儀するように曲がる。ビクビクビク……ッ! と全身の筋肉が痙攣する。

そうしている間にも、何者かによる消滅は止まらない。

皮膚の次は肉だった。筋肉が削り取られてゆく。その次の血は血管ごと血が消え失せた。目玉は塵となり、光が失われ、神経が根こそぎ持っていかれ、内臓は全て空気に喰われ、そしてとうとう今まで努力を積み重ね、叡智を培ってきた脳まで、虚空に消えたのである。

結果的に残ったのは、真っ白な骨と、その骨が肉を付けていた頃に纏っていた燕尾服だけがそこにあった。

自分の右腕がこの世と思えぬ断末魔を発しながら、自らの肉を空気に喰われる様を淡々と『観察』していた博士は、ポケットの中から携帯電話を取り出し、ある番号に掛けた。10コールぐらい待っただろうか。相手の男が気の良い声で、


『もしも~し。こちら木原数多~』

「私と君の共同で作り上げた『新兵器』、試したよ」

『へぇ、で、どうだった?』

「思っていた以上に分解が遅い。もっと速く殺せる筈だよ。時間の無駄が多すぎる」

『あっれ~? そうだったか。じゃあもう一度調整しようかね。で、感想はどうだったよ?』

「意外と呆気なかった。だが楽なものだ。人間を殺したという感覚がない。だがその分、そこにいた人間がいきなり消えるという、妙な感触があるのが」

『そうかヨ』

「要件は以上だ。切るが、何か言いたい事はあるかね?」

『ん~、そういやぁ、それの名前つけてなかったな。どうだ? いっちょカッケェ名前でも付けてくれや』

「……………。」

『……難しいか。ま、あんたの様な数学バカには無理な事か』

「………オジギソウ」

『……………あ? オジギソウだぁ? なんでそんな、カッコ悪くてメチャメチャ弱そうな名前にするんだよ』

「殺した者の死に方が、あまりの痛みで腰を曲げてね。まるで、早く殺してくださいと『お辞儀』している様だったからだ」

『………………ハ、ハハ、アハハハハハハハハハハッッ!! イイねぇ、最ッ高だねぇ!! 気に入ったぁ!! 今日からそいつの名前は『オジギソウ』だぁ!!』

「喜んでもらえて、結構だよ」

『ああ、んじゃあ、注文通り調整しておくからよ。また後日渡すわ。じゃあそちらもよろしくなぁ~ッ!!』


電話が、切れた。

終始上機嫌だった木原数多だったが、どうにかしたのだろう。

どうせあの男の事だ、一部始終を監視カメラか何かで見ていたのだろう。

まぁ、そんな事などどうでもいい。あの男は、いや、あの男の一族は昔から狂っているのは解り切っていた事だ。

博士は携帯電話で別の人間を読んだ。目の前の白骨死体を処理する為だった。

その間、何をしようか。いつもの喋り相手が“消滅”させた為、少し暇になってしまった。

カウンターへ行き、温くなった、支配人の男が頼んだレルミタ1993をクルクルと回して色を楽しもうとし、匂いを嗅いで香りを楽しもうとし、そしてスッと飲んで味を楽しもうとする。

が、博士にはそれが何が楽しいのだろうか。

理解、出来なかった。

博士は白骨死体となった自分の愛弟子を見下ろす。知ってはならぬ事を知ろうとし、訊いてはならぬ事を訊いてしまった彼は、先程、粛清した。

いつかは人体実験しようと、持っていた新兵器で粛清した。

彼には幸いにも家庭が無かった。だが、学園都市の外には両親がいたそうだ。彼らには実験中の事故死と伝えておこう。


「……………喜べ、これで君は科学の礎の一人だ」


博士はボトルに入ってたレルミタ1993を、弟子のグラスに注ぎ、その遺体の前に置いた。これが、研究者として彼が送る祝杯だった。


きっと、彼はこんな祝杯は願ってないだろう。望んでもいないだろう。将来有望だったはずの運命を、ここで絶たれたのだから。

だが、博士はそれを誉とした。彼の死は名誉ある死だと、誇っていると、疑っていなかった。

科学の進歩の前進という、大義の為の礎。人柱。その仲間入りになったという事は、偉大な科学の結晶の一部分になったと同意なのだ。

科学の献身の、究極のカタチ。

科学者としての、究極と勲章。

これほどまでの誉はない。これほどまでの名誉はない。これほどまでの誇りはない。

ああ、まぎれもない。

まさしく彼はマッドサイエンティストなのだ。

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今日はここまでです。ありがとうございました。

今回はワタクシの妄想爆裂回でした。

一応、アイテムは麦野以外は皆庶民という妄想です。

お嬢様である麦野に奢ってもらうけど、その分、任務では振り回されっぱなしデス。下手すれば巻き込まれてしまうのDEATH。

あと、日和号の設定はよく悩ませられました。

アニメのみの情報では、やっぱり情報不足で、しかもネットでも十分な情報は少ない。

だからこれも8割方は妄想です。

きっと西尾維新やかまちーが読まれたら、きっと西尾維新は日和号を向かわせて、かまちーは一方通行辺りを爆撃機から落としてきそうです。

どうか両先生ミゼラブル。

本作品は刀語・禁書の両作品で初戦敗退した方や短い寿命だった方が活躍できる作品です。

てか、かまちー学園都市の闇組織の短篇集とか作ってくれないかなぁ。でも、そうするとメチャ長くなるからいいか。

こんばんわ。つーか朝です。おはようございます。

長いことおまたせいたしました。真に申し訳ございません。

てか、このやりとり何回目だ。

まだ小中高校に通ってらっしゃる方は今日から学校ですか。ご苦労さまです。

大学生のワタクシはあと一ヶ月ありますので、まだのびのび出来ます。

………それまでに、ここ終わらしたいなぁ…。


ああ、それと、ニホンカワウソが絶滅したそうですね。

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惨劇は、隣の部屋で起こっている。

そんなミステリー映画のタイトルさながらの事実が、実際に起こっているのを、高級品で身を固め、呑気に高級ワインを水の様に飲んで談笑していにいる富豪たちは知らない。

学園都市が開発した超高性能スピーカーから流れているBGMはクラシック。曲名はピョートル=チャイコフスキーの『白鳥の湖』。

その曲同様、社会の光と闇を涼しい顔で泳いでいる彼らは、まさに湖の優雅な白鳥だった。

だが、湖で優雅に泳ぐ白鳥の群れのど真ん中に大砲をぶちかますような事件が起こった。

何者かがいきなりドアを勢いよく開けたのだ。

バンッ!

一同、BGMを掻き消した騒音の原因であるドアに向く。

そこには若い、東洋人の女が立っていた。

その謎の少女からわかる事は、目測で17かそこらの歳だろうという事。それと、学園都市の学生だろうという事のみ。どこかの学校のセーラー服を身に纏っている。

顔立ちは綺麗に整った美貌を持つ少女だった。スタイルも好く、それは例えこの部屋にいる富豪の娘でさえも羨み嫉妬する程だ。

だが、そんな美少女は異常だった。まるで、周囲にいる世界各地から来た超VIPの人間を羽虫同然と見る様な目をしている。

―――危ない。非常に危ない。

そんな目で見てしまっては後日、最悪、彼女の行方不明者のリストに乗る事になるだろう。

まぁ、『ごめんなさい。許してください』と一言二言謝れば、心優しい者ならば、許してあげない事ではないが。

しかし少女は予想外な行動に出る。

この魑魅魍魎と巣窟とも言えるこの場に足を踏み入れ、ずかずかと足を前へしっかりと踏み込んで、前へ進み始めたのだ。

まだ、彼らを羽虫を見る目をして。

それを見て、彼女の心持ちが理解できたのだろう。

部屋にいたVIPたちは、不審で不機嫌な表情で、その少女は彼らを出迎えさせてしまった。

無論、彼らは素直に一緒にお喋りしようと歓迎するわけがない。殆どが悪意を持っている。


だがその表情は、蝋燭の火が吹き消されると同じように、一変した。


その風貌から考えられない程、強い威圧感が彼女から吹き込んできたからだ。

―――これが年端のいかぬ少女が持つものなのか。

すぐ近くで通り過ぎた少女の背中を、今年で56になるアラブの石油王は感嘆し、その横の85の某国の政治家は感心を抱いた。

他にも彼らと似たことを感じたのだろう。周りの人間も徐々に畏れの表情を見せ始めた。

少女は、世界各地の各界代表とも呼べる『バケモノ』と呼べる魑魅魍魎どもの真ん中を肉を切り分けるフォークのように、家臣の真ん中を通る女王のように、少女は一直線に前へ進む。

『威風堂々』

その言葉の通り、女は堂々と、そして威風を放っていた。

そんな彼女に恐れ多くも、軽い口を叩く老人がいた。


「待て、そうせかせかと歩くな。少しはこの老体に気を使え」


ドアからした声の主だった。他のVIPと同じように高級品で身を固めている男だった。

彼の名は学園都市と協力的な企業の人間の中では有名だった。―――貝積継敏。学園都市統括理事会の一角を担う、学園都市のトップの一人である。

そんな、自分たちと同等かそれ以上の『バケモノ』に対して、少女はまるで友人と話しているかのように、彼の言葉を返した。


「何を言ってるのかしら。もうじき始まってしまうじゃない。あんな血みどろ臭いの、見たくないって言うなら別にいいけど」


何者だ、あの少女は……。誰もがそう思っただろう。

だが、読者諸君は知っている筈だ。彼女の名を……。

女子高校にして、あの貝積継敏のブレーンを務め、天才と呼ばれる少女の名は………。


「雲川。雲川芹亜よ」


貝積は部屋の奥…これから戦場になるスタジアムが一望できる大きな窓の前に立ち止まった雲川芹亜の名を呼んだ。

雲川は笑って振り向く。が、その笑顔は腹の中に一つ二つ、何かある笑みだった。


「なに?」

「本当に、これで良いのか?」


足の遅い老人である貝積は、やっと雲川の傍にたどり着き、ひそひそと雲川の耳元で、


「我々は今まで、学園都市の悲劇を食い止めて来たではないか。その悲劇しか産まないこの馬鹿げた祭に参加する道理はない。むしろ、阻止する立場である筈で無かったのか?」


怪訝な表情で、貝積は己の頭脳としてやっとっている雲川を見つめた。

雲川は当然だと言うように、貝積と同じような声のトーンで、


「何をいまさら……。止められなかった悲劇がいくつあると思うの? だいたい、この馬鹿騒ぎは学園都市主催…あなたは学園都市そのものを敵に回すつもり?」

「………」


この街で起こっている悲劇は、自分たちが思っている以上に多く、そして大きい。一つ一つ丁寧に、かつ必ず確実に回避する事は不可能だ。

しかも今回は学園都市が悲劇の生みの親だ。抗うには己の体が小さすぎる。

雲川はそれを悟っていた。無論、貝積はそんな事など、とうの昔から嫌なほど知っている。


「それよりも、強力な武器を手に入れて、その武器で一つでも多くの悲劇を止めるのが賢い方法だと思うの」

「………それもそうだ。だが、ここは……」


貝積は周りに覚られぬよう、必死に怒りを隠しながら歯を食いしばる。


「ここは、いわば人の苦痛を、死を、悲劇を酒の肴としか思っておらぬ大馬鹿者の集まりだ。私はそんな奴らが許せんのだ。出来るものならば、機関銃を手に取って乱射してやりたいほどに」

「我慢よ、我慢。私だってこんな所、一秒でも長居したくないわ。心が腐ってしまいそうだから」


嫌悪感が胸や頭の中で溢れかえって、気を抜いてしまえば嫌になってわーっと叫びたくなるような、そんな気分になる。


「とにかく、今日はあれを獲りに来たのよ。今すぐロケットランチャーぶっ飛ばしてやりたい衝動を抑えながらだけど」


“あれ”とは、この祭のメインの賞品である『微刀 釵』の事である。

雲川はキッと目を細め、


「力があれば、私は……」

「もういい。疑った私が悪かった。貴様がそこまで我慢するなら、私もそうしよう」


貝積がそう宥めると、後ろの方から声が聞こえた。

壁に掛かってある薄型テレビからである。丁寧な言葉使いの男の声がした。


『皆様、今日のご来場、誠にありがとうございます』


画面には、『学園都市主催_闇大覇星祭について』と文字が書かれていた。無論、日本語の下には英語で翻訳されている文がある。

声の男は続けて、


『先ほどの開会式とパンフレット、プログラムをお読みになられたでしょうか。ではこれから、『賭け(ゲーム)』についてルールをご説明します』


男は淡々とルールをたった一言で説明する。


『ルールは簡単、競技での一位のみを当ててください。では、第一種目が始まります』


そう言うと、画面がパッと移り変わり、下のスタジアムの映像になった。

そのスタジアムは、もう競技の準備は出来ている。

雲川が呟いた。


「来たか」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『――――――今からそなたらに、地獄のような戦争をしてもらう』



そう聞かされていた絹旗最愛は、意外な競技種目の出場を命じられていた。


「綱引きですか。超小学校以来です。超懐かしいですよ」

「どんなのだろうな綱引きって。ちょっと楽しみだ」


すぐそばにいる絹旗の想い人、鑢七花は暢気にそう言った。本当に、無垢な人だ。もう27歳だっていうのに、子供の様にわくわくしている。


「私の記憶では、日本は昔から綱引きが盛んだった筈ですけど……」

「ああ、とがめに聞いたよ。よく正月とか祭の時にやってたらしいな。俺、無人島育ちだからよ、そう言うの全く知らねえんだわ」

「と、いう事は、もしかして綱引きのルールも知らないと?」

「いや、それはさっきとがめに聞いた。綱を引っ張って、相手を自分の所まで引っ張り上げればいいんだろ?」

「……………ちょっと違いますが、まぁ超いいでしょう」


今、彼らは選手召集場所に来ていた。

自分たちの名前を書いた『綱引き』のエントリーシートを召集場所の受付に提出した後、順番が来るまでここで待機しているのだ。


「しかし、本当に人が多いですね」


そう溜息をつくのは無理もない。周りには屈強な男どもが何千人と集まっていたのだ。

そんな大人数が入るスペースも半端ではない。召集所はちょっとした学校のグランドクラスの広さであった。

クーラーで空調は一定に保たれているが、熱気がハンパない。

その原因は、殆どの人間が筋骨隆々とした力自慢の男で、それぞれウォーミングアップで体を温めている。

無論、小柄な少女など、この広い空間にいる何千の人の中でも絹旗しかいない。

自分でも場違いなのは最初から分かっていた。

暫く経ったそんな時、天井に吊るされていたスピーカーがキーンと鳴った。



『エントリーNo,143「アイテムチーム」エントリーNo198「鉄血戦線」エントリーNo,173「スパイアーズドライ」エントリーNo,167「シルバーフラグス」……』

「おい絹旗、呼ばれたぞ」

『出番ですので、入場ゲートまでいらしてください』

「ええ、そのようですね。では、超行きますか」


絹旗は待ちくたびれて、ん~っと背伸びをして体をほぐし、ぱんぱんと頬を叩いて七花と一緒に入場ゲートへと向かう。


「しかし、本当に私たちだけで勝てますかね?」


絹旗はそう溜息をついて絹旗は召集場所を出、入場ゲートへと続く長く薄暗い廊下を歩く。

その声を聞いた七花は軽ーく、


「ま、大丈夫だろ」

「だと、超ハッピーなんですけどね」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


戦に勝つには、様々な要因がいる。

一つは全てを薙ぎ払う『力』。

一つは圧倒的物量で押し潰す『数』。

一つは火の如く攻め、一瞬で硬い守りに転ずる『速さ』。

一つは敵を欺き、百計を巡らす『知略』。

一つは如何なる最悪な状況下でも一発逆転出来る程の『運』。

など、他にも無数にあるが、代表的に挙げられるのはこれくらいだろう。

そして、それらをまとめ、いかに戦に勝つ為の『教科書』として今日まで存在するのが『兵法』である。

彼女は古今東西あらゆる『兵法』を学んだ専門家と言えよう。

尾張幕府家鳴将軍家直轄預奉所軍所総監督、奇策士とがめはふと、呟いた。


「綱引きは『力』と『数』、か」

「どうしたの?」


滝壺がポップコーンを片手に訊いた。とがめは疲れたような顔と声で、


「この闇大覇星祭は本当に、戦争の再現をしているのだよ」

「?」

「戦に勝つに必要な要点だ。『力』『数』『速さ』『知略』『運』……など様々言われているが、綱引きは『力』と『数』を象徴しておる」

「確かに、結局、綱引きは力がある人間がどれだけ多いかで勝負が決まる競技だから…」

「そうだ」


とがめは頷いた。


「戦とは、如何なる策、優秀な武将、強力な武器をがあっても、圧倒的な物量の差で押し潰されるのが常だ。また逆に、圧倒的物量を持ってしてもそれを吹き飛ばすほどの威力の前では簡単に打ち崩されるのも、戦の常」

「とがめ、矛盾してない?」


首を傾げる滝壺。

「そう見えるが実は矛盾してなどいないさ。ただ問題は『数』と『力』を天秤に掛けて、どっちに傾くかだ」


一対百の圧倒的戦力差で攻められれば押し潰され、一発で何人もの人間を倒せる武器があれば一人でも十分脅威だという事。

解りやすく例えるなら、一人の人間が銃を持ったとしても十頭の狼の群れには勝てないし、何千の大軍で押し寄せてもアリがアリクイに勝てないという感じだ。


「あの支配人の男め、何故開会式で戦の話をするのだと思っておったら、そう言う事か。この闇大覇星祭は戦の縮図…疑似的な戦場なのだ」


嫌な顔をしているとがめに、滝壺がハッとした表情で、


「とがめ、もしかしてこの綱引き……」

「そうだ、この競技は『力』が最も強く、『数』も最も多い者たちが必要だ。恐らく、力の強い者が多ければ多いほど、その者たちは勝利する確率が高くなる」


結局、大人数の方が重量的に有利に決まってるって訳。力持ちの人が多ければ多いほど、ますます有利って訳だ

もっとも、あの駒場ってヤツが来ていれば、絹旗たちは楽できたろうに。

滝壺は心配そうに見つめた。

「じゃあ、きぬはたとしちかさんは……」

「わかっておる」


とがめは右手で制した。そうだ、とがめは重々承知なのだ。この戦いは―――圧倒的に不利だと。

とがめは、いきなり話の腰を折った。


「しかし、この綱引きとやらは本当に惨いな」

「………うん、えいりが言っていた」

「ああ、本当に酷く惨い」

「…………」


滝壺が悲しい目で戦場を見る。とがめはプログラムに目を通した。


「………『第一種目 綱引き(団体戦):二チームがそれぞれ一名以上出場者を出す。スタートの合図と共に綱を引き、相手チームの先頭を『ライン』に出したら勝利。それまでのタイムを競う』
……ここまでは普通のちょっと変わった綱引きだ。問題はここからだ。
『―――――綱につけられている手錠を付け、綱を引っ張る。両者の間には落とし穴があり、先頭が落ちたら試合は終了。尚、落とし穴の底には粉砕機が回っており、落ちれば命の保証はないのでご了承ください……』
………この文章はご丁寧に“透かし”下に書かれていたよ。全く冗談じゃない」


とがめはスタジアムを見下ろす。

スタジアムには―――――……一つの大穴が開いていた。タイル二枚分の、四方2mの穴。

とがめが睨んだ通り、床には細工があった。カラクリ仕掛けで、床のタイルは実はタイルではなく一本の柱の天辺。柱を幾つも詰めるように並べている。

柱の長さは分からないが、大穴の深さは目測3mほどか。

そして今、その大穴の底には―――――巨大粉砕機が大口を開けて、人間一人二人を軽々と粉砕しようと待ち構えていた。恐ろしい事に、四方の壁と周辺を真っ赤な液体で汚しながら。

まるで、小さな子供が口の周りをミートソース塗れにしてスパゲッティーを「おかわり!」と言っているように見える。


「競技開始からまだ一時間も経っておらぬのに、もう血の海だ」


綱引きに出るチームは全18組。今、ちょうど5組目が始まったばかりだった。

片方のチームは5人に対し、その相手チームは15人と圧倒的人数的差があった。両者とも力自慢なのだろうが、物量的に5人のチームが奈落の底へと引きずり込まれる形に、今なっている。

死にたくない。死にたくない。そんな必至になって死から逃れようと叫びながら、先頭の男が脚と腕の力を限界以上に踏ん張り、もがく。

だが実際の現実は非情で、とうとう男は奈落へと……粉砕機へと落ちていった。

その瞬間、断末魔がスタジアム中に響き渡り、男は消えていった。だが、それだけでは終わらない。手錠が掛けられた綱に引っ張られ、後ろの男の仲間たちも次々と引きずり込まれていった。

それ以上の事は、言うまでもない。

『ライン』とはその長方形の形をした穴の短い方の辺にある、片方が赤でもう片方が白のラインの事。

もしも一人そのラインを越え、落下してしまえば先程の様に粉砕機の餌食となり、そのあとも次々と粉砕機に飲み込まれて行くロープに引っ張られ、落下してゆく。

好きな者ならば、悲鳴を上げて落ちて行くその姿はまさしく滑稽であっただろう。

もっとも、アイテムの中にはそんな悪趣味を持つ者はいないが。


「とがめは、それをわかっていてきぬはたとしちかさんを二人だけで送り出したの?」

「ああ、そうだ。無論、あの二人には話した。了承してくれたよ」

「…………酷いよ。とがめは…」

「ああ、確かに私は自他とも認める冷酷な人間だ。それが何か?」

「…………」


この人は、我が友に特攻を命じたのか。キッと睨む滝壺の顔を見て、とがめはハッと笑って頭を肩をポンポンと叩く。


「何を勝手に絶望感に浸っておる。そなたは一つ、重大な勘違いをしておるぞ」

「え?」

「―――何も、敗けが確定したような勝負には出させてないさ。ただ私は七花と絹旗に『絶対に勝てる勝負だから勝ってこい』と指示しただけだよ」

「え?」

「馬鹿者。滝壺、私が敗ける様な戦いに出させる様な戯け者と思っておっただろ」

「違うの?」

「当たり前だ」


とがめは自信満々に、胸を張って発する。


「あやつらは勝つよ。必ず、勝つに決まっておる。何せ、この奇策士とがめが言うのだからな………」


ふふふと、とがめは笑う。

すると、ちょうど七花と絹旗が入場してきた。

対戦相手は15人の屈強な男達。対して我がアイテムチームはたった二人。

さて、この戦い、とがめの采配、七花と絹旗の命運、買うか負けるか、どっちに転ぶか………。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

競技は綱引き。各4チームがそれぞれ2組に分かれて競技を行う。七花たちアイテムチームの出番は後の試合だった。

因みにいうと、自分たちの出番は6組目。全部で18組あって、折り返しが見えてくる所だった。前座たちが面白おかしく空気を暖めてくれたおかげで観客たちのテンションは高く、最高潮へと突き進んでいく。

最も、その前座たちの殆ど半分がもうこの世にいないが。


「『アイテムチーム』の対戦相手は『鉄血戦線』です」


審判の男はそう告げる。彼のメン・イン・ブラックな恰好の男だった。赤の旗と白の旗を持っている。挙がった方が勝利で、白が我がチームだ。

さて、やっこさんはどんな人たちと言うと……。


「へへ、こいつら二人みてぇだな」

「この日本人のチビッコと、こちらも日本人のサムライモドキ、奇妙な奴らだ」

「狂ってやがる」

「こら楽勝だな。最高タイムで優勝間違いなしだ」

「どんな相手になるかと思ったら、二人だけでやってくるとは……勇者だよ全く」


レスラーの様な体躯の男たち15名のチームだった。

大体、見た目で体重を言うならば平均は100㎏前後だろう。丸太の様な両腕と両脚。引き締まった体幹。

その鍛え上げられた身体に纏うのは黒のタンクトップに迷彩のズボン、そして黒の軍靴。それと体型や身のこなしからして、軍人か何かの特殊訓練を受けてた人間だろう。

人種は肌が白の欧米人。全員がスキンヘッドだった。

そして、口から発する言語は日本語でも英語でもなく、耳触りからしてドイツ語。

体型を見るからに、強大なパワーを持つ強者共だろう。

だが、弱点らしい弱点を言うならば、見て分かる通り、学園都市の外部の人間だという事だ。

例え絹旗の様な弱々しい子供でも、一個小隊と互角以上に渡り合えるまでに育て上げる学園都市の恐ろしさを知らない。

完全に油断している。

だがそんな中、彼らの中でも一際大きな男が駄弁る仲間たちを叱咤した。


「馬鹿者! どんな時も如何なる敵にも手を抜くなと言っているだろう!! そんな風に相手を見て甘く見ていたら足元すくわれるぞ!!」


恐らくこのチームのリーダーなのだろう。部下たちがビシッと直立の姿勢を取った。男はそのまま、野太い声でハキハキと叫ぶ。


「いいか。我らはどんな手を使ってでも、あの賞品の人形を手に入れなけれ、我が祖国に蔓延るトルコ人を始めとする外国人どもを滅ぼすのだ!! よって、我らは負けてはならん!!」


すると、部下たちは直立のまま右手をピンと張り、一旦胸の位置で水平に構えてから、腕を斜め上に、掌を下側に突き出し、


「「「「ジークハイル!!!!!」」」」


と一斉に叫んだ。スタジアム中に声が響くまでの大声量であった。

絹旗はその時、リーダーの男の側頭部に、一つの刺青を見つける。

マークに絹旗は見覚えがあった。◯と✚がくっ付いたマーク。

世に言う、ケルト十字であった。

彼女は知らないが、この世界のもう一つの『異能』…魔術の世界では、この十字は非常に重要な意味を成す。

だが、彼の持つ刺青が示すものは全く別の物だ。

ケルト十字は特に、白人優越主義やネオファシズムの象徴として扱われている。別名太陽十字とも呼ばれ、歴史に詳しい者や欧米人などは一目で“とある歴史上最悪の悪人とその政党”を思い浮かぶのである。

また、彼らが象徴としてケルト十字を選んだのには、その政党の象徴と『良く似ていたから』が有力な理由だそうだ。

そう、その政党の象徴、党章や党旗に使われたマークの名は『ハーケンクロイツ』。

もうわかるだろう。

彼らは今でもゲルマン民族が最も優秀な血族だと信じて疑わぬ者たち。

即ち……。


「―――ああ、ネオナチですか」


絹旗が侮蔑した目で『ジークハイル!!』と叫び続ける男達を見つめる。


「なんだ、それ」

「70年経とうとしている今もまだ、超馬鹿な夢から冷めぬ可哀想な人たちです」

「うん。意味がわからねえ」


清々しいまでにハッキリと七花は発言した。まぁ、彼にWW2の事を説明しても無駄な事なのだが。

―――まお、この物語はフィクションであり、実在の事件、人物、団体とは関係の無いものです。過度な反応はしないでください。―――


そんな事より、七花は真っ赤に染まっている落とし穴を見下ろす。

鉄の臭いと、肉が摩擦で焼けた嫌な臭いが鼻に刺した。

前者の臭いはよく嗅いだ慣れた臭いだが、後者は覚えがない分、余計に気分が悪くなる。だから、ちょっとナーバスになった。


「俺、こんな風にはなりたくねえな」

「それは超同意です。私はあと超最低でも50年は生きたいので、ここで超おっ死んじゃいましたなんて御免こうむります」

「だったら、勝たなくちゃな」


その時、審判が首にぶら下げているホイッスルを吹く。


「では両者、位置についてください」


それに従い、七花は踵を返す。絹旗もそれについていった。

綱の長さは全長30m。各自ラインから綱の端のコブ状の結び目まで12m。

とがめと別れる直前、ひと通りのルール説明を受けた時にある司令を受けた。


『綱を引く場所は一番後ろだぞ? いいか? 一番後ろに詰めて、引くんだぞ?』


「……だったな」

「ええ、七花さんが後ろでその前に私と、超くっつくようにと、そんな指示でしたね」

「あと、引くとき綱は一直線になるようにだったな」


七花は綱の最後尾の手錠を填める。学園都市製の、到底の力自慢でも壊せぬ頑丈な物だという事は、暗部でよく使用していた絹旗は一目でわかった。


「警備員が上位能力者の暴走時に使う超特製手錠ですか」

「よく知らねえが、まぁ勝てば取れるんだろ?」

「確か、相手がラインを踏み越えれば、手錠が自動的に解除される仕組みらしいです」

「へぇ」


そう返事しながら、余った分の綱を体に巻く。これもとがめの指示だった。


「準備は良いか? 絹旗」

「ええ、ばっちりです」


絹旗がそう言うと、審判は両者を見てまたホイッスルを吹く。


「では、始めます。 両者綱を持ってください」


綱を持つ。綱の太さは、絹旗の手の平では少々大きかったが、七花には少しだけ小さいくらいだった。

審判は紅白の旗を持つ両手を挙げる。


「位置について、よーい……――――――」


そして、一気に振り下ろした。


「―――――始めッ!!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いやー意外と順調だな。俺たち」


鑢七花はのんびりとした口調で紙コップの茶を啜る。


「そーですね。超気味が悪いほど順調です。どうなってるんですか、とがめさん」

「ふん、これも何も、この私の奇策のおかげであろう。無論、綱引きだって実力で貴様らが勝っていたその上で私の奇策だ。あそこで敗けたら承知しなかったぞ」

「承知も何も、敗けてたら超死んでるので何も出来ないですよ」


絹旗ととがめも、並んで綿菓子やらベビーカステラなどを頬張る。

そう、今まさに、アイテムチームは快進撃を続けていた。


まず、第一種目の綱引きだったが、もともと自動車一台分を軽々持ち上げる程の怪力を持つ絹旗と、『双刀 鎚』に大きく劣るものの、大の大人でも簡単には持ち上げられぬ重量を誇る変体刀の一本『賊刀 鎧』とそれを着た校倉必を打ち上げ、放り投げる程の七花の怪力コンビでは、もう対峙した時点で決着がついていた。

一応、保険としてとがめは奇策を出したが、それが無くても勝てただろう。

さて、とがめの奇策とは、どんなものだったのか。


「貴様らの怪力は重々承知していたからな。一番端から引けば、その分、例え出遅れて引きずられてもラインまでの猶予がある。それに綱引きの必勝法として、常に綱は一直線にした方が力が伝わりやすい」

「結果、私たちは超圧勝。しかもタイムが超大会新記録更新。次の闇大覇星祭の冊子で私たちの名前が載るらしいですよ」


絹旗は口の周りを綿菓子でべたべたにしながら、


「でもまぁ、まさか超力余って対戦相手をこっち側まで引っ張り上げるとは超思いもしなかったですけどね」

「まぁ良いではないか。勝って何より、生きてて何より」


因みに勝敗が決した後、滝壺が顔を紅く染めながら『ごめんなさい』と言ってきたのは、とがめと滝壺の内緒である。

とがめは小さなカステラをひょいと口に投げ入れる。柔らかいスポンジの優しい味わいと、蜂蜜の甘さがふわ~と口に広がる。


「う~ん、この時代の洋菓子はここまで進歩したか。庶民の味でここまでとは……」

「江戸時代にカステラってあったんですか?」

「あったよ。丁度、幕府がまだ室町の頃から鎖国までの間、世界は大航海時代だったようでな。その時、南蛮菓子の輸入時代となっていたそうだ。その時代に独自の製法が工夫され和菓子として発展した菓子が、カステラ、ボーロ、金平糖、カルメラなどだ。ふふん、勉強になったであろう」

「……………それはそうとして、洋菓子と言えば第二種目ですよ」

「ああ、あれは非情に見れるものではなかったな」


その第二種目とは、『パン喰い競争』である。

運動会の定番種目であるが、この闇大覇星祭では一味も二味も違う。

この種目には滝壺と、二種目連続で七花が出場した。


「味が違うというか、なんとパンの中身がゲテモノだからな。まともに走っているヤツなど、ほとんどいなかった」


―――――第二種目 パン喰い競争(個人種目)―――――

75m走り、そこに吊らされているパンを食べ終えて25m走る、100m走。スタートからゴールまでのタイムを競う。


(ここから透かし)

吊らされているパンは殆どが毒パンかゲテモノパンである。

死ぬほどではないが、たまに致死量を超す量の毒が盛られたパンがある。途中でリタイアした場合は勿論だが、死んだ場合は棄権とみなし、罰金となる。


「こんな超理不尽なパン喰い競争があったもんですか! って一同そうツッコみでしたね」

「それでも私たちは3位だったから良かったよ。何せ、中身が中身だったからな」


因みに中身のパンというと、七花は…、


『ああ、生ハチノコだったよ。え? なんで何ともなかったって? そりゃ、がきの頃からしょっちゅう食ってたからな。もちろん親父も姉ちゃんも』


滝壺は、


『私は物凄く美味しいカスタードだった。審判の人に訊くと、たった一個しかない最高級カスタードだって』


七花はともかく、滝壺の運がハンパない。

七花が茶を飲み干して、とがめが持つベビーカステラを一個拝借して、


「そのあと、『大玉転がし』ってやつと『玉入れ』ってやつは出場しないで、その次のやつに出たんだよな。―――――うっわ、これ甘っ」

「ああ、私と滝壺でな。―――その二つは出ても勝ち目がなさそうだったし、休憩も必要だったからな―――で、私たちが出たのは『クイズ』」

「いやー、あれは見ているこっちが超ハラハラしましたよ。だって、あと一問お手つきしたら失格で頭上から超巨大なスライサーが落ちてくるんですから」

「私が大一番でしくじるとでも? 甘く見ては困るよ。でも、まぁなんだ。私はこの世界の学問を一通り習得しているつもりで出場したが、やはりぼろが出てしまった。滝壺が一緒に出てくれて大きく助かったよ。それでも健闘むなしく結局は5位で終わってしまったがな」


七花がベビーカステラを飲み込もうと茶を飲もうとするが、自分の茶は飲み干してしまったのでない。と、とがめが自らの紅茶を差し出した。七花はそれを一気飲みして、やっと落ち着いた。


「ふーっ…。びっくりした」

「そなた、甘いのは苦手だったのか? 和菓子なら喰えたのに」

「いや、この甘いのを前面に出した感じとふわふわした感触と口の中がぱさっぱさになる感じにびっくりしたんだ。ほら、団子とか和菓子なら素朴な感じで美味しいんだけどな」

「それの良さがわからんのか。まぁ良しとしよう。そなたには先の『騎馬戦』で大活躍してもらったからな」

「そうそう、七花さんの上に鉢巻きを締めた私が肩車で乗って、思う存分超暴れまくりました」

「良いのか? 普通の騎馬戦って四人一組じゃなかったのか?」

「いいのだよ。ほれ、規則にも則っておる」


―――――第六種目 騎馬戦(団体競技)―――――

全チームが一斉に、より多くの相手の騎馬を崩し、または鉢巻きを奪う。得点はその撃墜数で、より多く得点を獲得したチームが優勝である。


(ここから透かし)

武器の使用ありで、文字通りの騎馬戦、騎馬と騎馬との戦争になる。なんでもアリアリである。


「な?」

「な?って……

「必ず4人とは書いていない」

「まぁ、結局は俺たちが最後まで生き残ったけど……」

「生き残ったというより、全ての敵を虚刀流で薙ぎ払ったというのが正しいな。あと、絹旗の窒素装甲が良い盾代わりになって、銃弾を跳ね返してくれてたのが大きかったな」

「それはどうも。でも超危なかったんですよ? いくら私の窒素装甲があったとしても、軽機関散弾銃の超威力を五メートル以内の距離から七連発以上を受けると非常に超マズイんですから」


絹旗は綿菓子を最後まで食べきり、割り箸を折る。


「まぁ、これまで本当に超順調ですね。超気持ち悪いほどに超順調すぎです」

「それ、さっき言わなかったか?」


さて、次が最終種目になる。

最終種目は『障害物競走』。とがめはプログラムを開いて、んーとうねった。

「次は誰が出る?」

「普通に考えて、運動神経が良い奴が出ればいいんじゃないのか? 絹旗とか」

「いえいえ、私そんなに運動神経良くないですよ。窒素装甲が無かったらただのか弱いだけの中学生ですから」


と言いつつも、顔を紅くして照れる絹旗。犬だったら盛大に尻尾を振っていただろう。


「でも、とがめさんが言うなら私、超出ますよ」


しかしとがめは一つ、ある事を忘れていた。それは重大にして致命的な事だった。


「あ、あー……参ったな。忘れていた。いいや、まだ間に合う。絹旗、時に達壷はどこに行った?」


今、この場にいるのはとがめと七花と絹旗のみだった。


「滝壺さんは今、トイレだそうです」

「ならすぐに連絡してくれ。大至急だ」

「はいです」


とがめはヤレヤレと席を立った。七花が気になって、


「とがめ、どうしたんだ?」

「フレンダがいない」

「……は?」

「あやつ、通りでさっきから気配がないと思っておったら……。怖気づいて逃げたのか?」


その声色が、だんだんと怒気を孕んだものになってゆく。七花はまぁまぁとフレンダを庇った。


「いや、そんな奴じゃねえだろ。フレンダだって、理由があって…」

「ともあれ、全員でフレンダを探すぞ。最悪な場合もしかして敵組織に連れ去れらているかもしれん。最低な奴なら首根っこを掴み取って叩き出すがな」

「おいとがめ、さすがにそんなことしなくても……」


七花はとがめを言い寄る。が、とがめは大きな声で、


「そなた、規則事項を読んだのか!? 『3,各チーム、全員が一人一回は競技に出場する事。一人でも出場していない場合は即座に失格とし、所持している『圓』、勝ち取った賞金は没収される』!!」

「あ、」

「あやつがビクビクとしていられたら、私たちが命を張って獲ってきた金も私が出した金も全て無に消されるのだ!! そなた、それを許すというのか!?」

「あ、いや……」


七花は久々に見るとがめの怒りの前にたじろぐ。と、その時、


「とがめさん、滝壺さんと繋がりました」

「代わってくれ」


とがめは絹旗から携帯電話を受け取り、耳元に当てた。

「滝壺か、私だ。緊急事態だ。フレンダを探してくれ」


『………フレンダ? フレンダなら今ここでうずくまっているけど……』


「すぐに連れてこい。動かぬようなら七花を遣わす」

それから十分後、七花に抱えられてフレンダが泣きながらやってきた。


「そう言えばそなた、綱引きの時、中盤からいなくなっていたな。 七花と絹旗の出番を待たずに」

「いや、あのそのー……ちょっとトイレに行ってきま……」

「逃げるな。絹旗、押さえてくれ」

「了解です」


ガシッと羽交い絞めにされたフレンダは足をバタバタさせて、


「いやだぁっ! 私、まだ死にたくなぁいッ!!」

「つべこべ言わずにさっさと覚悟を決めろ!! そなたが駄々を捏ねれば私たちが命を張ってきた苦労が水泡に帰すことになるんだぞ!!」

「ほら、金よりも命の方が大事だって、命あってお金が使えるんだよって訳で………」

「いいから出ろ! そうでもないと、七花に命じて強制的にでも一緒に出させるからな!!」

「いやぁぁぁぁぁあああああ」

「フレンダ、いい加減超腹を括ってくださいよ。それに、とがめさんは超優しい方ですよ? 麦野だったら速攻上半身と下半身を超分裂させられますからね。超絶対に」

「ひっ!」


フレンダは思い出す。あの、麦野沈利の恐怖政治に………。

そして、


「のぉぉほぉぉおおおおおおおぉぉぉぉ………」


数十秒頭を抱えてやっと、


「………~~~~~~ッ、ぃよぉっし!! やってやらぁっ!!」


立ち上がって叫ぶ。

とがめたちは一安心して、


「よし!! 良く言ったフレンダ!」

「頑張って、私は応援しているからふれんだ!」

「よくわかんねえが、とりあえず頑張れフレンダ!」

「ぅぉおおおおおおおおおおおお!!!!」


一方、絹旗は冷めた目で、


ああ、小学校で嫌いな物を励まされながら食べる小学生みたいだなぁと、しみじみと感想を心の中で述べたのであった。


まぁ、この決断をフレンダは後の非常に後悔するのだが。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そして、今に至る。

長い長い、>>116からの回想であった。やっと終わって、一息つける。

この、スタジアムとは別の場所に連れてこられたフレンダはその玄関で、ここを“廃屋”と表現した。

汚れたままの目の前の廊下。薄暗い照明。澱んだ空気。

いや、廃屋と言うより、こんな空間が上に何階も積み重なっているので、廃ビルと言った方が正しいか。

だが、やっぱりここ廃屋と言った方がしっくりきている。

なぜなら目の前の廊下には、突如壁から巨大な刀剣が突き出てくるからだ。

天井には、赤外線センサーが付いている。これは、自動ドアなどによく使われる代物だ。

そう、自動ドアが人が来ればガラスの扉が開くように、ここは人が来れば鉄の刃が襲い掛かる仕組みになっているのだ。

ここは廃屋ではない。

ここはハイテクなのだ。

―――誰が上手い事を言えと……。


そして案の定、


「一体、どこのデッドマンワンダーランドって訳よ」


と、泣きそうな声でフレンダは呟いた。


周りにいた敵の男たちは、この死の廊下によって切り刻まれ、結構な人数が減ったはずだ。競争率が格段に下がったと見ていい。

これはチャンスだ。

この競技は賞金のほかに、屋上の宝石も貰ってよいという事になっている為、出場者が他の競技よりも段違いに多かった。これが減って、大変助かったと言える。

フレンダと言う女は金は大好きだ。宝石も大好きだ。可愛らしい服も大好きだ。

だが、何より、金よりも宝石よりも服よりも、命が一番大事で大切な物だと思っていた。

故に、フレンダは絶望する。


(―――誰かが勝手に優勝して終わってくれるだろうと思っていたのに、このままじゃあいつまでたっても終わらないって訳!? 冗談じゃない!!)


命と獲る物を秤にかけた結果の行動だが、これも正しい選択だと言えよう。

この大覇星祭で、ある意味では生存率の高い競技かもしれない。このフレンダの様に、スタート地点で止まっていれば誰だって死ぬ訳ないからだ。

だが、このままではいつになっても終わらない。

あの、出たり引っ込んだりするこの刀剣を、鉄のカーテンとも言えようか。その向こう側に抜けられた者は数少ないだろう。

まるでふるいを掛けている如きだ。

何人かが向こうに行こうとタイミングを計っているが、多くは怖気づいて立ち止まっている。

進んで行こうとしているとは馬鹿な奴だ。

どうせ、宝石とやらは学園都市で造った人工的産物に違いない。

なぜなら、学園都市には宝石を発掘する手がないし、買ったとしても競技に使えそうな手の平サイズの宝石となれば、手に入れるとなれば巨額な買い物となって大きな損失となるからだ。

命を賭けるヤツは馬鹿だ。ただここでじっと待っていれば生きていける筈なのに。任務よりも、自分の命が第一。それがフレンダが今までで暗部で得た教訓なのだ。

だが、この状況は最悪とも呼べる状況だった。

競技の破綻である。


(このままじゃあ、運営が何かを仕掛けるかもしれないなー………なんて、はは、そんな訳ないか)


その通りだった。数秒後、アナウンスが元気よく鳴り響く。



『あーあー、みなさん、積極的に競技に参加してください。このままでは競技自体が崩壊してしまいますので、特別ルールを加えさせていただきます。今からロボットを軽く十体ほど投入しますので、彼らに捕まらないでください。捕まったら死にますので必死になって逃げてください』


「…………結局…どーいう訳?」


言っている意味が解らなかった。

だが、時は待ってくれない。すぐ後ろの玄関の戸が開けられ、そこには檻が登場した。その中からプロペラが搭載された、昔の炊飯器の様なロボット3機が飛び出る。それだけではない。猿に近いフォルムをしたロボットが2機、躍り出た。

色は迷彩柄で、眼らしき場所には黒い一筋の赤外線センサーが取り付けられている。

両者とも、フレンダが見覚えがあるロボットだった。先日発表されたばかりの“兵器”。

主に危険地帯や地雷原やゲリラが出没する戦地などで、敵兵士や敗残兵を“駆逐”する為に造られた兵器で、確か、駆動鎧を小型にして探索用にしたものをさらに凶悪に仕上げたと記憶している。

確か通称、炊飯器は『トッククライム』、猿は『ランニングモンキー』だった筈。

名前など今はどうでもよい。彼らはロックオンした敵を絶対に仕留める事を追求した兵器だ。他の事など考えるより、逃げることを優先させなければ。

ああ、これは非常に非情な悲劇的自体がやってきたようだ。

フレンダは悲鳴を上げる。他の敵たちもそうだった。顔を青くさせて、固まっている。


「ちょ! これって結局……!」


そして―――


『では、頑張って行きましょう!!』


―――トッククライムの底からサブマシンガンが飛び出し、ランニングモンキーは手の平からバチバチと高圧電流を流し――――


「何頑張って行きましょォォオオオオオオオオオオオオオだァァアァァアアアアアアアアアア!!」


―――いっせいに襲い掛かってきた。


「「「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」」」


幾重の悲鳴が重なる。トッククライムのサブマシンガンが火を噴いたからだ。次々と人間が倒れる。

フレンダは伏せて銃弾を回避して、なんとか難を逃れた。

そして運が良く、鉄のカーテンの上、刃を出させるための赤外線センサーに銃弾が直撃した。

これなら、人が通っても横からの刃で体が真っ二つになる事は無くなる。

フレンダは脇目も振らずに走り出した。


「ちっくしょう! こんなのってありな訳!?」

『ありもなにも、これがルールですから!』

「なに呑気に答えてんだアナウンサー!!」


「お前らのせいで死にかけてんだぞ」と、陸上選手顔負けのフォームで銃弾を躱しつつ、廊下を突っ切る。


『だって、私たちが法律ですよ♡』

「語尾にハート付けても可愛くねぇんだよ馬鹿野郎ッ!」


フレンダはツッコむが、アナウンサーは明るい口調…と言うか少しアニメ声も入っている声色で、こんなことを言った。



『―――――――ああ、それと言い忘れていましたけど、この競技の賞品の宝石、実は『不在金属(シャドウメタル)です!!』

その言葉を聞いた瞬間、フレンダは尻を叩かれたかのように反撃に動いた。

廊下を曲がり、その曲がり角の壁に背中を預け、スカートの中に手を突っ込んだ。その中から顔の様なペイントがされた携帯用ロケットランチャーを3つ取り出す。

取っ手を持ち、そして構えた。

標的はロボット計5機。ぶっ飛ばしてやる。

フレンダは一気に取っ手を引くと、ロケットラチャーが煙を吐いて飛び出し、一直線に標的に向かって走って行った。


(よし、当たる!)


が、なぜかロケットランチャーは着弾する前に爆発した。

炊飯器型ロボ、トッククライムがサブマシンで弾幕を作ったからだ。


(ヤバッ、こりゃ相当以上に強いわ!!)


そうとわかった瞬間、フレンダは一目散に逃げる。

これは死ぬかもしれない。だが、死ぬわけには行かない。

さっきまで、死ぬのなら宝石などいらないと思っていた人間は、もういない。

―――絶対に、この残酷な鬼ごっこから逃げ切り、尚且つこの勝負、絶対に勝つ!!

何が、ここまで彼女を駆り立てたのだろう。

それは、彼女はある事に憑りつかれていたからだ。


(『不在金属』……学園都市にしかない、しかも大覇星祭にしか出来ない超希少な金属……これは――――高く売れる!!)


金だった。


「―――うふっ、ふふふふふうふふふふふふふふふ!! やってやろーじゃねーかぁぁああ!!!」


金と命。それらを秤にかけたら金の方に傾いた。ただそれだけの事だった。

そうなったらフレンダは、もう止まらない。

笑いながら疾走するフレンダは、もう誰にも止めらない。



―――――――その直後。



「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!! さっきみたいなデッカイ剣がこっちに向かってくるぅうううう!!!!」


――――自分でも止められなかった。止まったら死ぬ。


ダッシュしてもダッシュしても刃が追ってくる。襲ってくる。もう追ってこないと思ったら地面から次の刃が生えてきて、また追ってくる。

しかもロボットたちがサブマシンガンを乱射しながらまだ追ってきた。


「ぎゃぁぁぁああああああ!! 一体ここは!! どこの!! ヨッシーストーリーだって訳よぉぉおお!! わぁぁぁああああああああああああああああああん!!」


尚、猿型ロボがヘイホー。炊飯器ロボがプロペラヘイホー。そしてステージは『きかいなお城』仕様です。

http://www.youtube.com/watch?v=qSEKVVGQl-0



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

そんな光景を、七花ととがめはスタジアムの会場に設置された巨大モニターで見ていた。

フレンダのリアクションとツッコミが面白かったのか、所々で笑い声がする。


「なぁ、とがめ」

「なんだ七花」

「金の力ってすげぇんだな」

「ああ、そうだな」


尚、この放送は古舘伊知郎さながらの実況付きで流れていた。


『おっと、次は歯車ウェイだー。一歩踏み外せば歯車と歯車の間に挟まれてしまうこの危険な道ー。まさに運命のロンドの様なこの歯車の上をフレンダ選手はどう乗り切るか!?』

―――ぎゃあああああああ!!!

『おっと! 危ないィ!! 危うく落ちるところだったぁ!! だが運が良く、ジャンプして隣の歯車に乗り移った!! いやぁ危ない!!』


『さぁ今度はブラックストーン。天井から落ちてくる針付の巨大なハンバーガーの様な、直径2m・重さ100kgの三つの錘を、どうやって乗り越えるか。さぁ一つ目!!』

―――ぎょぇええええ!! 黒ヘイホーがデッカイ錘落としてきたぁぁあ!!

『おおっと!! 危うく押し潰されるところだったァ!! それを寸前で止まって回避!! いやー危ない。この調子で残り二つの錘を避け切る事が出来るのか!?』


『次にやっていたのロッグスパーク、回転する丸太の上をどうやって走り切れるか。もし万が一落ちてしまえば針の山で串刺しになってしまう!! 幾重の挑戦者を拒み続けてきた、この―――』

―――うわぁああああ!! 死ぬぅぅぅうううう!!

『―――おおっと!! なんと!! 丸太にしがみ付いて一回転したぁ!! 何と言う事でしょうか! なんとフレンダ選手、一度落ちたかと思いきや、しがみ付いて難を逃れたぁ!! なんという奇跡、何と言う幸運!! だがしかし、こうしている間にも追撃ロボたちが迫ってくる!! おっと、頬に銃弾が掠めたァ!!』

―――きゃぁぁあああああ!!!


『さぁこれは難問だ、レッドプレス! 巨大なプレスが大口を開けて待っているこの悪魔の顎を、どうやって潜り抜けるのか』

―――ぎゃああああああああああ!! ひ、ヒトゴロシ―!!

『あああああああああああああっと!! これはギリギリだぁ!! 爪先数mの所で何とか脱出! しかも運がいい事に、追手のロボたちがプレスに潰されました。これで追手がいなった。いやぁ運がいい』


―――チックショォオオオ!! 絶対死んでたまるかぁぁぁあああ!! 待ってろよ不在金属ぅぅぅううう!!!!


七花は改めてとがめに言った。


「やっぱすげぇな、金の力って」

「ああ、そうだな」


そのあとも、ドゴォン!! バカァン!! チュドォン!! と轟音は続いた。


『ああ、なんていう事でしょうか。闇大覇星祭の一日目のラストを飾るのには相応しいパフォーマンスを見せてくれます!! おっと次は―――――――』

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―――そんなこんなで、何とか屋上までたどり着いた。

あと十回ほどの輪廻分の九死に一生を得た気分だった。

フレンダは服が破れ、髪はぐちゃぐちゃになり、擦り傷掠り傷を体中に作って、やっと屋上にまでやってきたのだ。

もしもこのダンジョンを制覇するまでを小説風に書くとなると、単行本一冊でも足りない気がした。

フラフラとした足取りで屋上の中央にある台の上に置かれた、キラキラと輝く宝石へと足を進めて行く。


「あ、あはははは、終わった、やっと終わったよ……。フレメア、お姉ちゃんやったよ。やっとここを制覇したよ」


どうやら、ここまでたどり着けたのは自分だけらしい。道半ばで斃れた者たちの亡骸や血の跡がちらほらとあった。

その犠牲の中で、フレンダ=セイヴェルンは生きている。こうやって、生き残っている。

妙な達成感と充実感、それと重い疲労感で体がいっぱいになった。

涙があふれる。

ああ、早く家に帰ってフレメアとゲームがしたい。

そうだ、帰ったら久しぶりにヨッシーストーリーをやろう。

小学校の頃、あれをやりまくったからこそ、この地獄を生き残ったのかもしれない。

そのためにも、この地獄を終わらせる必要がある。

そう、この宝石を手に入れれば全ては終わる。

そうだ、これを売って、フレメアの為に可愛い洋服を買ってあげよう。

好きなゲームも色々買ってあげよう。

出来るなら、アイテムの仕事をしばらく休んで、フレメアとの時間を長く取ろう。


フレンダは、自分の命がこの胸の中にある事を感謝した。


「さて、これで終わりって訳よ」


そして、フレンダは宝石―――不在金属を掴み取って掲げた


「ぅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! やったぁぁああああああああああ!!!」


が、その不在金属に尻尾がついていた。いや、貼り紙だった。



『ドッキリ☆大成功! これはただのガラスです♪』


「ぐがぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!」


その瞬間、フレンダはただのガラス玉を地面に叩きつけた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「一日目ご苦労だった。完全優勝とはならなかったものの、皆のおかげで3060万圓獲得できた。今夜はよく休んで明日に備えてほしい」


奇策士とがめは片手に焼酎を掲げる。


「乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」


それぞれガラスのコップに注がれたジュースで乾杯した。もちろん未成年だから酒類は厳禁だ。お酒は20歳になってからである。


「いや、何とか出来たようね。はじめはどうなるかと思ったけど」


そして、なぜかここに笹斑瑛理の姿もあったのだが、もう誰もツッコまない。

ここ、いつもの絹旗家にお邪魔して、明日の打ち合わせのついでに食事をしていたのだ。

現時刻は午後10時半を回っていた。

なので、テーブルには軽食のサンドイッチとおにぎり、それとジュース&お茶の2Lペットボトル(共に24時間営業スーパーで購入)が並べられていた。

笹斑はウキウキとした笑顔でサンドイッチをつまむ。


「同人販売も、もう商売繁盛で完売よ♪ 私も結構同人誌とかDVD買えたし!」

「だからと言ってここに持ち込まないでくださいよ。なんですかあの萌え絵は。超キモイですよ。てか、よくまぁそんな超変態な絵面の紙袋を持ってここまで来ましたね」

「人は私の様な人間を勇者と言うのよ」

「でも、もうやめてくださいよ? 私まで超変な目で見られますから」

「はいはい、わかってますよ」


笹斑はそうジュースを飲み、隣の七花にボソッと、


「ありがとうございました」

「ん? なにがだ?」


未成年ではないが、七花は酒全般がダメなのでお茶を飲んでいた。


「みんな生きている。それだけでも満足です」

「いや、それは俺のせいじゃねえよ。それぞれが頑張ったから生きているだけだ。それに、明日もある」

「………そうね。そうですよね。明日も明後日も頑張らなくっちゃ。でも大丈夫ですよ。前回も前々回も、死亡率は一日目が最も大きく、それに比べて二日目三日目は殆ど無いようなものですから」

「へぇ、そうなんだ。てか、前々回の事も知っているってことは、あんたいったい何歳だ?」

「女の子に年齢と体重を訊くのはマナー違反ですよ七花さん」


笹斑はそうピシャリと言った後、明後日の方を向く。

ああ、本当に運が良かった。あれだけの地獄の中を、彼らはこうやって生き残ってきた。

それだけでも十分だ。


「時に、絹旗はどうでした? 常日頃の稽古の成果は」

「思った以上に良かったと思う。まぁきっと、親父に叩き込まれた頃の俺ならほんのちょっと手こずるかもしれないかな」

「………あなたのチート的スペックで計ったら絹旗が可哀そうですね。けど、厳密にいうなら、今まで対戦してきた敵の中ならどれくらいです?」

「んー、真庭孑々? あーでも一応真庭忍法使えたし……強いて言うなら、あり得ないけど、弱体化した凍空こなゆき辺りかな? あーでもそれでもなぁ……あーんーそうだなぁ………。うん、わからん」


そう断言された笹斑はガクッと肩を落とす。



「わからんって、それ……」

「強さ弱さにも色々あるんだよ。これは俺流の考え方なんだけど、要は相性の問題だ」


それは当然の事で真理だろう。だが、笹斑からすれば、絹旗の力はまだ七花には認められていないという事に聞こえた。


「はぁ、最愛ちゃんも可哀想ね」

「ん?」


そこに、とがめは立ち上がる。そしてアルコールの臭いがする息を吐いて、


「さて、今宵の本題と行こうか」


そうだ。今日はこのためにここにいるのだった。

そう、明日の闇大覇星祭二日目の事についてだ。

とがめは一冊の冊子を持ちだした。今日配られた物ではなく、地下から出る時に運営の者に手渡された物だった。表紙のタイトルは『闇大覇星祭二日目について』。


「これが二冊ある。一冊はそなたらに回すから順々に見てくれ」


と、右前にいた滝壺に渡した。滝壺は4ページほどめくり、そこに書いてあることに目を張った。


「とがめ、これって……」

「そう、それが明日の競技の全てだ」


滝壺はもう一度このページを見る。そこに、横の絹旗が顔を寄せてきた。


「ど、どんなのですか? ―――これは!?」


絹旗は驚く。なぜなら、意外な競技が…いや、これは競技と言っていいのだろうか。そんなものが、そこに書かれてあったからだ。

それは、絹旗は良く知っていた。

いや、この世界に生きている者なら誰もが知っている。滝壺も、笹斑も、障害物競走のショックで隅っこでボソボソやっているフレンダも。

よく見ると言うならば、例えば野球、例えばサッカー、例えば空手……など、数多くの王者を決める時に用いる、この世界で最もメジャーな方法だからだ。

ページを見る。

そこには2ページを大きく使って、櫓が四つ描かれていた。またピラミッドと言えようか。

一つ一つがいくつもの線の集合体で、底辺の数多の二つの線が結ばれ、一つになり、それが隣の線と結ばれ、また一つになり、それがまた隣の線と結ばれ、また一つになり……櫓となっている。

そして二つづつの頂上が線で結ばれ、それで出来た二つの頂上が、また線で結ばれて一つの頂上が出来上がった。

わかりにくかったら謝ろう。

ただ、この名称だけを言えば、全てが理解できる。

そう、これは、闇に生きる者たちで、『最強』を決める闘い。


「明日、明後日で、闇大覇星祭の優勝者を決める。――――トーナメントでだ!!」


とがめは声を張ってそう発表した。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



一夜明けて、朝である。まだ4時半を回ったばかり。

絹旗最愛の朝は早かった。

朝一番に目覚め、身支度をし、屋上に上がって一人、ただ黙々と稽古をしていた。

右の掌底、左の貫手、右の膝蹴り、左の踵落とし……。

技を繰り出す度に風が鳴り、髪が乱れる度に心臓と脳と筋肉がやっと目覚める。

ようやく体が温まってきた。

さて、今日も本題に移ろうか。

絹旗は足を大きく開いて腰を深く落とし、敵に対して壁を作るようにし、左足は前に出して爪先を正面に向け、右足は後ろに引いて爪先は右に開き、右手を上に左手を下に、それぞれ平手で構える。

そして、神経を集中させて速く、強く、重い掌底を放った。



毎日きっちり二時間。

鑢七花には秘密に、そして目が覚めるまで、こっそりとたった一人である技の訓練をする。それが絹旗の日課だった。

絹旗が覚えようとしている技は―――それは初めて七花と出会い、そして沈められた技。


虚刀流一の構え『鈴蘭』から繰り出される―――虚刀流一の奥義 『鏡花水月』

虚刀流四の構え『朝顔』から放たれる―――虚刀流四の奥義 『柳緑花紅』


この二つを、絹旗は何とか習得したかった。

なぜなら、この二つの技を扱う事が出来れば、より七花に近づけると思ったからだ。

―――一歩でも七花に近づきたい。

それが今の絹旗の目標であり、願いであった。

さて、他にも絹旗は七花の虚刀流の技をいくつか盗むことが出来た。

体の使い方や、構えや蹴りや突きなど、もぎこちないが、独学ながらも何とか飲み込めた。

言わずとも、出会う前から日に日にメキメキと強くなってきているのは明らかである。

これは朝から晩までみっちりしごかれる、日頃の稽古の賜物だろう。

いつも虚刀流の技を繰り出してくれる七花には感謝せねばならない。

だが、それでも足りないと絹旗は悩む。

技の練度が違う。

一つ一つの動き、筋肉の使い方……様々な要因が足りな過ぎている。

それもそのはずだ。彼は約20年間も修行した身。たった数週間しか修練していない自分が、叶う訳がない。

だからこそあの日垣間見た、あの二つの奥義を習得したい。

そうすれば、より一層、彼に近づけられる。


―――だが、そうやすやすと事は運ぶわけがない。七花はさすがに奥義だけは見せてくれなかった。


やはり、こればかりは企業秘密という訳だろうか。

こうなってしまったからには、たった一度だけ見ただけの技を、記憶を頼りに自分の物にするしかない。

もっとも、七花は絹旗に虚刀流を教えてくれている訳ではないく、我が儘はいけないのだ。これくらいの苦労も覚悟の内だ。


ただ一つの手がかりは、あの日の、あまりにも痛すぎる掌底と拳の感覚と、―――完全に圧倒されて敗けた、敗北感。

これでも、学園都市の中でも格闘戦には上位に入ると思っていた自分には、痛すぎた挫折感。

ものの見事に木端微塵に打ち壊されてしまった自信満々な自分の心。

圧倒的な力の差を見せつけられて、正直落ち込んだ。だが、それはその夜の内にいっぱい泣いて吐き出した。もう迷いはない。

だからもう上に登るだけ。速く、強くなって、彼に並びたい。

その一念で、今日まで鍛えてこれた。

最近『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』が変化してきたらしく、滝壺理后も「なんだか感じ変わったね」と言ってきた。

そのせいだろうか、自分の『窒素装甲(オフェンスアーマー)』を短いながらも刃の様に形状変化出来るようになった。

と言っても、指先と手の小指側の側面と肘と膝と踵と爪先のみであるが、それでも十分凶器になる。

だが、それでも足りない。

全然、強くない。

まだまだ、強くなりたい。


そして今日も、朝日を背負って『鏡花水月』を繰り出すのだ。昨夜の事を、思い出す。

あの時、絹旗は今日行われる闇大覇星祭の優勝決定戦トーナメントの説明を受けていた。


『このトーナメントで勝ち残った者が今回の優勝者、即ち『微刀 釵』を手に入れる者だ』


ぶんっ! 右手が風を切る音が響く。


『このトーナメントに参加する者が多ければ多いほど、優勝する確率が高い。だが知っての通り、生憎私たちは5人しかおらん。全員で出てみても所詮は5。2人でも実質変わらないだろう。そこで、これに参加するのは七花と絹旗二人のみだ』


もっとだ、もっと速く掌底を突き出せ。


『いいか絹旗。これはお前が日頃ボロボロになってまで鍛えている、七花との稽古の成果を発揮する場でもある。全力を尽くせ。出来るなら、優勝してくれ』


どうすれば七花の様な強い掌底が撃てるか。どうすれば? 考えろ。考えろ。いや、体で、本能で、直感で感じろ。


『七花、お前からも言ってやれ』

『ん? ああ、そうだな。出来るなら、お前ともう一度戦ってみてえしな。決勝戦で当たるといいな』


駄目だ。腕だけの力では駄目だ。もっと、体全体で。体中から集めた力を右の掌にぶつける様にだ。そう、ガッシリと脚に力を入れて、腰の回転に反動をつけて……。


―――その今の一撃だった。


一瞬、体に違和感を感じた。ふっとした、いや、そんな難しいモノではない。まるで子供が自転車に乗る感覚を掴んだようなモノだった。

風の感触が違う。

空気の抵抗の度合いが段違いに違う。

さっきの一発が、やけに重く感じた。あと、風の鳴り方も。

とうとう、やっと絹旗は『鏡花水月』のコツを見つけ出したと、確信した。


「……そうか、腰の回転を超加えて、その力を掌底に超ぶつければいいんだ!」


これは作者のにわか知識だが、空手などの格闘技にはある運動が重要視されている。

それは『螺旋運動』と言い、具体的に述べるならば、体の中に生まれる円運動の一種だ。

言葉に表すと、『足は膝に、膝は腰に、腰は腹に、腹は胸に、胸は肩に、肩は肘に、肘は拳に通ず』

要は人間の体が骨と筋肉につながっている限り、一カ所に発生した回転運動は隣に伝わると言う意味だ。

簡単に考えるなら、円柱型の木を輪切りにし、それに一定の間隔を開けて両端を紐で結んで吊るすとしよう。一番下の木材を左右どちらかに捻る。すると、紐に引っ張られて他の木材も同じように動く筈だ。

もしもそれぞれを結んでいるのを、紐と針金で比べたら、紐は同じ回転速度でも少ない力で済むことができる。

即ち、同じエネルギーならば、紐なら威力が大きくなるという訳だ。


腰の回転が腹→胸→肩→肘→手首→拳に伝わり、コークスクリューブローは強く威力を発する様に、鏡花水月もその運動の恩恵を賜っている。

七花は、下半身は根が生えたがごとくがっちりと構え、その無動を反動に、引きちぎれんばかりの腰の捻りで破壊力を生み出しているのだ。


(―――ここまで来れた!)


『鏡花水月』という山の頂上がやっと見えた気がした。


「ふふふっ、なるほどなるほど。これで今日まで何とか超コツを掴めましたよ」


だが、それでもあの威力は出ていない。

まだまだ練習が足りぬ。「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす」と宮本武蔵も言ってたように、めげず諦めず毎日積み重ねれば、光明は指すはずだ。

それからも、何発か鏡花水月(劣化版)を繰り出し、今度は『柳緑花紅』の稽古に移り変える。


ピーッ! ピーッ! ピーッ!


だが、残念な事にそこで時間が着てしまった。

二時間のタイマーが鳴ってしまったのだ。今から一旦部屋に戻らなければならない。

絹旗は近くにあるタイマーを拾い、ボタンを押す。

鳴りやんだタイマーをポケットに入れ、踵を返した。


(今日は、なんだか体が超軽い……)


絶好調だ。これなら、練習以上の成果が出そうな気がする。

これなら、もしかして―――――


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今日はここまでです。ありがとうございました。

次回からやっと本編です。やっとここまで来れた……(泣)

書きたいことが山ほどあったから、もう色々氾濫しまくりです。読みづらかったら本当にごめんなさい。

なお、七花の怪力云々、鎧の重さ云々はこのサイトを参考にしました。

http://www26.atwiki.jp/ranobesaikyou/pages/235.html

つーか、あと400チョットであれだけの内容を書けるのかが不安です。そもそも、これでもカットしたつもりなんですけどね……。

そうそう、この前前世診断とやらをネットでやってみたら、ワタクシの前世は殺人鬼でした\(^o^)/

こんばんわ。久しぶりに短期間で投稿できます。
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闇大覇星祭二日目。

昨日とは違って、この日の競技開始時間は早い。朝の9時に出場者がトーナメントのくじ引き、競技は11時に開始される。

そこでとがめの指示により、七花と絹旗は一時間半早い、7時半から急いでやって来て列に並んだ。

なぜなら、


『このトーナメントは4つの櫓に別れて行われる。念の為に、一番いい状態である、決勝でそなたらが当たる様にしたいから、速めに並べ』


との事。だが、それでも彼らよりも早く来ている者がいて、結局は真ん中より少し前に並んだ。

トーナメントの人数は参加希望者を集計した後に発表され、同時に組み合わせも発表される。

尚、参加者が知る事が出来るのは、自分が出るブロックの参加者のみで、他のブロックの組み合わせはそのブロックに身内がいない限り知る事は出来ない。―――このシステムの在り方については、とがめは納得しなかった。

七花が人より少し高い視界を生かし、周りを見ながら、


「昨日と比べて、参加人数はそれほど多くはなさそうだな」

「それでも4つの会場で二日間に超分けてやるのですから、超相当な人数には違いありませんよ。それに、くじ引きは他の三カ所でも行われてますから」


七花たちはここ、昨日と同じ第三学区の巨大地下スタジアムにいた。綱引きの選手収集場所と同じ場所でくじ引きは行われる。

背の高い七花が見る光景は、何十人かの人間が一列に、広い会場を横に並んでいると言うものだった。七花にはそれが隅々まで見れた。

この並び方は、この空間をもってしても収まりきらない程の何百人が入れるよう想定したものだ。

だがしかし参加希望者の人数は運営の予想を大きく下回ってしまったらしい。列は一列だけだった。

運営はきっと、何百人もの集団がこの広い広い部屋の中に入ってくるかと思い、またそうであって欲しかったに違いない。その分だけ金が入るからだ。

他の、第十七学区・第十学区・第七学区と第六学区の境の会場でも同じような光景であるかもしれない。


「………やっぱり、意外と超少ないのかもしれませんね」


―――殺させ過ぎたのだ。きっと。


前回、前々回の地獄を知る笹斑曰く、今年は三大会で一番の酷さらしい。

頭のネジが狂ったVIP観戦者が今年は倍近く多かったらしく、その分刺激の強いショーを楽しませたかったのではないか……と言うのが彼女の見解だ。

昨日は一体、どれだけの人が死んだのだろう?

いや、一体、どれくらいの人が生き残ったのだろうか。その方が近いかもしれない。

やっぱりアイテムが3人、七花ととがめが生き残ったのは、奇跡なのか。


―――あれが、戦争。誰もが死んで、誰もが不幸になる戦争。


―――奇跡と幸運と言う道しか生き残る術がない現象。それが、戦争


運営はこの血の運動会を『戦争』と題して行っている。昨日はより一層戦争らしく死者が多かった。当然それに比例して、戦争の為の費用が高くるのは当たり前の話だ。

運営の営業戦略は、賭けや屋台やVIPのチップなどで大きく儲けようとしているが、一日目は巧く行ったものの、肝心な選手を殺し過ぎて、二日目の出場希望選手が思ったよりも少なくなってしまったのだろう。

幸運にも生存した選手側としても、また幸運にも二日目は参加希望だ。強制参加じゃない。だから、喜んで決して死なぬ方法を選んだ。金ならもういい。命あっての物種だという事だ。

だから、運営の儲けが少なくなる。ヘタをすれば赤字になるかもしれない。そうすれば、闇大覇星祭の意味も、運営の面目も丸つぶれである。


思った以上に人数が集まらない事に苛ついているのか、部屋の入口で道路の交通量を調べる為に使われる数取器(カシャカシャするアレ)で参加希望者をカウントする二人の男達が苦い顔をしたいた。

絹旗はとがめから預かった、二日目のルールブックを読み返す。




二日目・三日目――学園都市杯_賞品争奪・獲得権トーナメント――


学園都市にある4つのスタジアムにて同時に開催しする。

それぞれブロックは4つあり、それぞれを勝ち残った4名が出そろうまで二日目とする。三日目に準決勝・決勝を行う。

予選のルールは以下のとおりである。


ルール事項

1,参加希望チームごとに最低一名ずつ、トーナメントに参加する事。

2,トーナメントで当たった両者が正々堂々と勝負し、戦闘不能または降参した方が敗者とする。

3,戦場は『スタジアム』の他に『市街地』『荒野』『海』『砂漠』『沼』『火山』『森』『凍土』『空』『暗闇』『十四座』の十二カ所がある。

4,戦場の決定は両者が各自希望と賭け金を提出する事で決まる。金額が多い方が戦場となる。希望する戦場が無い場合は提出金額は無しでも良し。逆に提出金額がない場合は希望戦場なしとみなす。

例Ⅰ:A『市街地』提出金額10万圓に対し、B『砂漠』提出金額15万圓の場合、Bが希望した『砂漠』が戦場になる。

例Ⅱ:A『市街地』提出金額10万圓に対し、B『希望戦場無し』提出金額無しだった場合、そのままAが希望した『市街地』が戦場になる。

例外:Aが『希望戦場無し』提出金額無しに対し、Bも『希望戦場無し』提出金額無しだった場合は戦場は自動的にスタジアムになる。

5,提出した賭け金は両チームとも戻ってこない。優勝賞金にする。

6,賭け金は絶対に一日目に獲得した賞金で払わなければならない。余談だが、参加人数が二名なら二等分、三名なら三等分と、配分は自由だが賞金を分担するのが定石だろう。

7,選手は自分の持ち金で『買い物』が出来る。『買い物』とは、戦場に向かう前に武器や装備などのアイテムや『特殊効果』を買うことができることである。

8,トーナメントはくじ引きで行う。くじはPCがランダムで行う。

9,戦場への妨害を断固禁止するため、選手以外の侵入は許されない。

10,戦闘中での怪我、戦闘外での損害、盗難などは運営側は一切責任を取らない。



以上。




「ってか、『十四座』って何ですか『十四座』って」


絹旗はそんな一人事をぼやくと、時間の9時になったのか、スーツ姿の運営がマイクを持って、


『それでは時間になったので、トーナメント参加受付を閉め切ります。只今、4会場の参加者の集計を取っていますので、しばらくお待ちください』


と言うと、部屋のドアが閉められた。もうここには誰も入れない。

奥でパソコンのキーボードに数字を入力しながら、運営達が忙しなく仕事をする。

だが、すぐに作業は終わった。マイクを持った運営がそれを見て、


『只今より、トーナメント組み合わせのくじ引きを始めます。係りの者がくじが入った箱を持って参りますので、出場者の方々はエントリー用紙を提出して、くじを引いてください。では、始めます』


「始まるみたいだな」


七花は久しぶりの手応えのある戦いに期待したのか、血が疼く。微かに笑みを溢しながら、


「ちょっと楽しみだ」

「それは超同感です。私だって、超稽古の成果を上げたいですから」

「個人的に、お前がどれほど強くなったか今一度見ておきたいから、早くやりたいけど………別のブロックだといいな」

「ええ、第一回戦でいきなりぶち当たったら、超つまらないですからね」


次々と、前の参加者たちが用紙を提出し、くじを引く。次が二人の番だった。とうとうこの番が来た。運命のくじを引く番が。

確率は四分の一。同じブロックで当たる可能性は低いわけではない。だが、決して高いわけでもない。

これは、純粋な運の勝負。サイコロの眼と同じ。

万が一でもあり得ないが、七花が敗れる可能性もある訳だ。同じブロックに当たれば、『微刀 釵』の獲得する確率が半分に減ってしまう。


「では、エントリー用紙を提出してください」


七花は懐から、絹旗はポケットから用紙を出し、運営に用紙を渡す。

そして、


「くじを引いてください」


くじの箱が、差し出された。七花と絹旗は同時に手を突っ込む。

七花は笑いながら、絹旗に一言伝える。


「じゃあ絹旗、決勝で会えるといいな」


闘う事を楽しみに笑いながらか、奇策士とがめの為に闘う事を喜びと感じて笑いながらか、絹旗最愛と闘う事に期待して笑いながらか、それともどれでもなく、ただ張りつめた緊張感につい笑いながらか、解らないが、笑った。

ただ、七花は口に笑みをつくらせていた。

絹旗も釣られて笑う。


「いえ、決勝戦でしか会えませんよ私たちは」


そして、二人同時にくじを引いた。

くじは、四つ折りにされた一枚のちり紙程度の大きさ固い紙。

二人は、頷き合ってくじを開く。

そこに書かれていたのは……。


―――七花が引いたくじ。『Dブロック・第十学区会場64番』

―――絹旗が引いたくじ。『Aブロック・第三学区会場01番』



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廊下を歩く影があった。数は二つ。一人は女子高生。一人は高級スーツの老人。

雲川芹亜と貝積継敏だった。この闇大覇星祭のVIPとしてここにいる。

そこに一人、とある人物が二人に追いついた。

雲川が見向きもせずに、


「八馬の、八馬光平の組み合わせは何だけど、報告して。笹斑瑛理さん」

「はい、マスター」


雲川芹亜の直属の部下であり、手足であり、彼女の事をマスターと呼ぶ一人の女、笹斑瑛理は先程終わったトーナメント組み合わせの報告をした。

八馬とは、つい先日雲川の軍門に下った男である。

元無能力者狩りの幹部の一人で、能力は『雷電閃光(サンダーボルト)』、大能力者だ。

雲川の命により、『微刀 釵』の争奪戦トーナメントに出場する事になっている。

「八馬はBブロック・第十七学区会場25番でした」

「そう。で、アイテムの方は?」

「昨日ご報告した通り、鑢七花と絹旗最愛の二名のみ出場。鑢七花はDブロック・第十学区会場64番。絹旗最愛はAブロック・第三学区会場01番です」

「よかった。別ブロックの様だけど、準決勝まで当たる事は無さそうね。しかも、順当に当たれば準決勝は絹旗最愛。勝てる見込みはあるってことだけど」

「はい、マスター。しかし、絹旗最愛は相当意気込んでいましたし、先日の事件の時よりもまた強くなっていると思われます。そして何より、鑢七花の相手をするには荷が重すぎです」

「大丈夫よ。八馬は思っているほどやわな男じゃない。鑢七花にしても、それなりの対策があれば勝てるかもしれないと、私は思うけど。彼に伝えて、金ならいくらでも出すから、好きな武器を使って良しと」


と、雲川は懐から一枚のカードを手渡す。


「軍資金。昨日私は賭けでボロ儲けしたお金と私の貯金を換金したのがざっと2億程入ってるから、思う存分使っていいけど。笹斑は八馬と一緒にいて、サポートして頂戴。そして鑢七花の戦闘パターンを教えてあげてね」


ブラックカードだった。


「よろしいのですか。ルールには、昨日の競技で獲得した賞金のみでしか扱えないとありましたが」

「いいのよ」


雲川はブラックカードを受け取った笹斑に短く答えた。


「これが、VIPをバックに持つ組織のメリットなのかしらね。昨日の賭けで勝った分のお金も、選手に流すができるんだけど。それも、昨日獲得したお金に間違いないのだから」

「………承知いたしました。では、さっそく」


一礼をした笹斑は踵を返して去ろうとした。が、


「ああ、ちょっと待って笹斑」

「…はい」


呼び止められ、振り返る。


「少し興味本位で聞きたいんだけど、八馬は組み合わせを見てどういってたの?」

「『俺の仲間を散々切り刻んてくれた鑢七花とリーダーを殺してくれた絹旗最愛に、敵を討てる』と喜んでましたよ。ニタニタと笑いながら、楽しそうに」

「そう、なら楽しみね。健闘を祈るけど、どうか死なないでね」

「了解です。マイマスター」


去って行った笹斑を見送り、今まで黙っていたままの貝積は、少し不安な表情だった。


「いいのか。あの鑢七花とかいう男は、べらぼう強いのだろう?」

「………」

「死ぬかもしれぬぞ? いいのか? 折角手に入れた戦力を」

「大丈夫よ。あの二人は天才じゃないけど、バカじゃない。死ぬかもしれないと思ったら降参するし、ただ敗ける為に戦うようなことはしない筈」

「復讐に燃える奴ほど、それは出来なかったのを、私は幾度と見てきたのだがな」


雲川は黙る。黙ったまま、天井を仰いだ。豪華な造りが凝った、高級ホテルの様な天井だった。まぁ、ここは高級ホテルの地下なのだが。

黙った雲川の頭にも、その心配事があったのだ。だが、それでも戦わせなければならない。だが、死ぬかもしれぬが、死なせてはならぬ。

しかし、雲川には何もできない。


「………信じるしかないのよ。ただ、信じるだけしか」


代わりに、それしか言えなかった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「でかした、二人とも」


奇策士とがめの組み合わせの結果を知った第一声はそれだった。

そして今、アイテム一同は地下スタジアムにあった秘密の地下鉄道の駅にいた。


「まさか、電車まで通ってるとは全く超全然思いませんでしたよ」


絹旗最愛はむしろ感心した。よくもまぁ秘密裏に地下鉄まで作ってらっしゃる。どんだけ凄いのだ学園都市の上層部は。

ついさっきまでいた笹斑瑛理曰く、『この地下鉄は、四つの地下スタジアムにつながっていて、それぞれの『戦場』にも繋がっているよ』との事だそうだ。

とがめは渡されたAブロックとDブロックのトーナメント表を絹旗に見せた。


「絹旗」

「はい」

「そなたが知っている限りでいいが、七花がいるDブロックに学園都市で有名な者はいるか?」

「えーっと…………はい、いませんね。超能力者もいないし、強力な能力を持つ有名な大能力者もいないみたいです。」

「そうか。なら良かった」


そう言ったとがめは、次の電車が来るまでに作戦を伝えるため、ここにいる、七花、絹旗、滝壺、フレンダ、笹斑の皆を呼んだ。

「滝壺は七花と一緒に第十学区へ行ってくれ。そなたの能力なら敵の能力や力量位ならわかるだろう。携帯でフレンダに掛かて報告してくれ」

「わかった。とがめの言う通り、しちかさんと一緒に行く」

「他は第三学区だ。全力で絹旗を応援する」

「?」

絹旗はなぜ七花ではなく、自分につくのだろうか。普段なら、七花について離れないのに。だが、とがめは真面目な顔で訳を伝えた。

「絹旗、そなたの櫓は激戦区だぞ」

「へ?」

「見てみろ」

絹旗はAブロックのトーナメント表を覗き込む。
そこには、とがめと七花がよーく知っている人間の名前が二つあった。
そして、絹旗もよく知っている、学園都市の闇でも有名な部隊と一族の名前がここでも二つ。
とがめは笑う。


「安心しろ。敵の情報は完璧だ。全力で奇策を練るから頑張れ。な!」

「………………」


――Aブロックトーナメント表――

―――①絹旗最愛
―――②猟犬部隊
―――③
―――④木原病理
―――⑤
―――⑥
―――⑦
―――⑧真庭蝙蝠
~~~~~
~~~~~
―――
―――⑯真庭狂犬


「ちょ……これって…………」


絹旗最愛の試練の一日が始まった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


甲子園然り、花園然り、国立然り、ありとあらゆる第一試合は注目される。それほどにまで、始まりの“何か”は重要視されるのだ。

絹旗最愛の試練の始まりは、まさにそれだった。

初っ端から激戦の予感がぷんぷんした。


『おいおい、第一回戦があの猟犬部隊(ハウンドドック)だってよ』『そりゃ見るきゃねぇ!』『学園都市の奴らがそんなに注目してるってことは、それほどにまで凄いのか…』『面白そうだ。見ようぜ!』


てな具合に、観戦者たちが賑わっているだろう。

絹旗最愛はげんなりしていた。


「うぅ……超とんでもないのブロックに入ってしまいました」


今朝の自信満々な顔はどこへ行ったのやら。

しかし、それも致し方あるまい。

木原数多率いる猟犬部隊。そのイカれた一族の一人、木原病理。かつて鑢七花と渡り合った猛者であり亡者、真庭蝙蝠と真庭狂犬。

彼らが同じブロックにいるという事は、少なからずロクでもない勝負になりそうだった。

特に、木原一族は学園都市の闇では常識とも言える一族だ。どんな恐ろしく悍ましい者か、想像もつかない。

とがめは大丈夫だと慰めた。


「木原病理と言う人物は解らぬが、真庭忍軍に関してはちゃんと奇策を練る。そのためにもまずは一回戦だろう?」

「はい。ですが、おかしな話です。ルールブックには『一チームごとに一名ずつ』って超しっかりと書いてあったのに、部隊名が書かれてあるのは……」

「どうだかな。何せこの大会だ。この規則にも何か裏があるかもしれん。心してかかれよ。猟犬部隊は…木原数多はそなたの事を良く調べている筈だ。策を張ってあるだろう」


確かに、絹旗の能力『窒素装甲』の窒素の壁はあらゆる物理攻撃が効かないが、限度がある。

厳密に言えば、軽機関散弾銃の威力で五メートル以内の距離から七連発以上を受けると非常にマズイ状況になる。

常日頃の七花との稽古のおかげで窒素の層が厚くなっているだろうが、対戦車ライフルを持ってこられると流石に危ないかもしれない。何より衝撃で。

それに真空状態…窒素が無い状態もマズイ。窒素が無いという事は、銃があるのに弾と火薬がないのと同じ事だ。

それを踏まえて、とがめは絹旗に釘を刺す。


「改めて言っておくが、勝ってくれよ。勝てぬとしても、無茶して死んでくれるなよ。最低限でも生き残れ。死ぬ事は許さんからな」


要は、出来る無理はしてでも勝て。だが出来ぬ無茶は死んでもするな。死ぬからするな。生きて帰ってこい。………と、言いたいのだ。


「……………ま、遅かれ早かれ超強い敵に当たる事は超解ってましたし、それがちょっと普通よりも超多いだけですしね」


絹旗は腹を括った。頬を叩いて、息を吐く。


「超了解です」

「よし、ならば行くぞ」


二人は、掛け金と戦場の提示をしに、地下スタジアム内に設置された提出場所へやってきた。

運営の人間三人と同じ数のPCが待っていた。

絹旗ではなく、とがめが前に出て申請する。


「一回戦のアイテムチームの者だ」

「お待ちしておりました。では、掛け金を現金で提出し、指定される戦場をお教えください」

PCのキーボードに手をかけ、とがめの言葉に耳を傾ける運営が受け答えをした。とがめはそれに従って、先程下したばかりの昨日稼いだ賞金の札束を二つ、机の上の盆に叩きつける。


「掛け金は200万圓。戦場は『森』だ」


とがめが絹旗に選ばせた戦場は、持久戦にはもってこいの空間で、身を隠す場所が数多くある『森』。

掛け金は200万圓だが、貯金は3060万圓ある。出し惜しみなしで行こうというのがとがめの指示だった。………下手すれば、このまま行けば決勝戦には昨日儲けた分は0になるかもしれない。

それだけ出したのだ。戦場が『森』でない筈がない。

戦法として、重装備でやってきても、険しい森の道をそれを持って歩くのは疲れが出やすい。そこで、巧く誘い込んで戦法としては、姿を消し、嗅覚センサーに気を付けながら一人一人丁寧に狩ってゆくつもりだ。

絹旗の能力なら、ざっと1時間で終わる筈。

運営は、キーボードを高速でカタカタと叩いて画面に数字と文字を叩き込み、別の人間が盆ごと200万圓を受け取り、


「かしこまりました。では、少々お待ちください。『猟犬部隊』様の提示金額と比較しますので………………でました。闇大覇星祭Aブロック第一回戦の戦場は――――――――」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『で、順調かしら? そっちの方は』

「はい、ちょうど始まった所です」


笹斑瑛理は携帯電話を片手に、とある高校のセーラー服姿で客席に座って、八馬光平の戦いを巨大モニターで観戦していた。

昨日死の運動会を散々やったスタジアムでは、巨大モニターが設置され、人気の出そうな、または激戦が予想される戦いが中継される。試合後には、裏でやっていた戦闘のハイライトも流されるというバライティ付だ。
まるで野球中継の様じゃないか。だが、そんな事、笹斑は驚かない。
こうやって、闇大覇星祭では『スタジアム』で戦闘がない限り、モニターが地面の仕掛けで出てくるのだ。
そして今、モニターには八馬の姿が、『市街地』で高層ビルの屋上の八馬の姿が映し出されていた、

「大変順調です。もう数分で片が付きそうですね」

『一体どんな武器を買わせたの? 詳しくは知らないけど』

「5000万圓で今試作中の駆動鎧『ファイブオーバー』の設計から外された兵器の一つ、『レールライフル』。
本来、着けられる筈だったのですが、ガトリングの方が威力が高いという事で計画から外された化物銃です。
もしも計画が変更にならなかったら、名前が『ガトリング・レールガン』じゃなくて『スナイパー・レールガン』になってたでしょうね」

『へぇ、それは凄いけど、本当に扱えるの?』

「御坂美琴には劣っても、3億Vの電流を出せる男ですから、鉛玉を射出する銃さえあればレールガンは余裕で撃てます。それにあれでも大能力者ですし、力も超人です。反動は問題ありませんよ」

『ふぅん……偉く肩入れしてるけど、本当は好きなんじゃないの?』

「マスター。いかにマスターと言えど、それは訂正して撤回していただきたい」

『これは失礼。で、いかに銃と八馬が凄いという事は解ったから、そんな銃一丁でどんな戦い方をしたの?』

「いえ、マスター。『レールライフル』は一丁ではありません。――――――二丁です。丁度今、絶え間なくレールガンを撃ちまくる形で物量で圧殺し、殲滅して……あ、今、終わりました」

モニターには、両手に対戦車ライフルの長さなのに砲台の様なゴツさを持ち、銃口から煙を上げる銃を撃ち止めて仁王立ちする八馬の姿があった。
レールライフルの側面には、その巨大なサイズの銃の巨大な弾に合わせた巨大な弾帯がじゃらじゃらと繋がっている。
敵は………2㎞先に倒れていた。自らを守っていた盾は無い。敵を倒すはずだった戦車は無い。弾幕を張るつもりだった砲台は無い。身を隠していたビルは無い。持っていたライフルは無い。そして、五体満足ではなかった。

手足が吹っ飛び、蛆虫の様に蠢き、血反吐を吐きながらそこに転がっている。

それほどにまでにレールライフルの威力の物語っていた。

八馬は止めを刺す為、その敵の方へ向かう。

超重量を誇るレールライフルを持ったとしても、紫電の如き速さで駆けていった。

画面が移り変わり、二人の人間が映し出される。一人は巨大な銃口を向け、一人は虫の様に虫の息でこう言った。

『わ、我ら……鉄血戦線に……敗走の二文字も……敗退の二文字も………なぁ…い……! ドイツ帝国が栄光を掴むまではぁッ!!』

『そうか、ならばあの世の伍長閣下に勲章を貰って、握手でもサインでもして貰え』

最後の一発を引き金を引く。どかんっ! と砂塵が舞い、画面が灰色に染まる。

『それは凄いわね。やっこさん、お気の毒だけど』

「いやいや、マスターがそんな勿体ないお言葉を掛ける程、立派な敵ではなかったようですよ。調べましたところ、ここ数年、数多くの殺害容疑で指名手配中のテロ組織だったそうです」

『そう、なら線香はいらないわね。―――お疲れ様、彼にもそう伝えておいてちょうだい。まぁ、素直にありがとうって言わないと思うけど』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
絹旗最愛と奇策士とがめの二人は初戦の戦場につながる地下鉄の中で揺られていた。

「さ、最悪だ……」

最終決定された戦場は『森』ではなく、『十四座』だった。猟犬部隊が500万圓で提示した戦場だった。

「最悪の戦場だな」

「なんですか『十四座』って。あんなところで戦争する人いませんよ」

「明らかに、あんなところではアルペン踊りは出来ても戦争は出来んよ。だが致し方あるまい。相手は500万で打って出たのだからな」

「とがめさん。そのアルペンってヨーロッパのアルプスじゃなくて日本アルプスの事ですよ。今日の超豆知識です」

「それは知らなかった。―――まぁ、これで奇策の練り直しだな。着く前に考えよう」

さて、彼女たちが向かっている戦場『十四座』とはなんなのだろうか。と、言うかそもそも他の戦場についても詳しい説明されてないからわかんないよ! そして買い物って何ぞや!! と不満顔をする読者も、多からず少なからずいるだろう。

そこで、とがめが奇策を練っている間に説明しようと思う。

『十四座』についてはウィキペディアで調べてもらえば、それなりにインパクトがあるが、ルールブックに乗ってある順番通りに説明しよう。


~戦場について~

戦場は各、縦横高さが3kmの空間である。

『スタジアム』はスタンドからの妨害を防止するため、ミサイルを直撃してもヒビも入らない厚さ3mの防弾ガラスが囲まれている。この戦場が唯一、縦横高さが500mと他に比べ狭い戦場で、純粋な戦闘力が勝負のカギとなる。

『市街地』は高層ビルが立ち並ぶ空間である。ビルの影に隠れて銃撃戦をしてもよし、ビルの中に隠れて避難するもよし、隠れた敵を潰すためにビルごと破壊するのもよし。

『荒野』は大自然に囲まれた空間である。時折突風が吹き荒れ、竜巻が発生する事もある。また、ライオンやトラなどの肉食動物やサイやバァッファローなどの草食動物などが飼育されている為、獰猛な野生動物が襲ってくる危険性がある。

『海』は陸地が全くない海水のみの空間である。船が支給されるが、持ち金を払わなければならない。勿論、高ければ高いほどランクは上がるが、ゼロの場合は支給されない。

『砂漠』は摂氏60度の空間である。強烈な日光で体の水分が一気に蒸発する。また1時間に一回、昼と夜が変わる。夜は一気に気温が-50度になるため、長期戦には向かない戦場である。

『沼』は一面が沼で覆われた空間である。常にスコールが降っていて視界が悪い。しかも、一部が底なし沼となっている。

『火山』は灼熱のマグマが吹き荒れる空間である。3000度を超すマグマが流れ、溶岩が飛び荒れる。たまに大噴火が起こり、飲み込まれる可能性がある。

『森』は多くの木々が生い茂る空間である。持久戦にはもってこいの空間で、身を隠す場所が数多くあり、一カ所滝がある。注意吸うべき点は、毒草や毒虫、大蛇や巨大生物が生息している点である。

『凍土』は氷と雪に覆われた空間である。常に-50度以下で吹雪が発生し、凍死の危険性がある。『砂漠』と同様、長期戦には向かない戦場である。

『空』は標高4000mの所から落下する空間である。パラシュートが支給されるが、それも持ち金で買い物しなければならない。提出金額がゼロの場合はパラシュートは無しで降下してもらうことになる。航空機での戦闘可。

『暗闇』は光などは一切無い、視界0mの空間である。どこから攻撃されるか、それどころか敵がどこにいるか全く分からない空間である。

『十四座』はエベレスト・K2・カンチェンジュンガ・ローツェ・マカルーなど、標高8000m峰十四座の山々の内のどれかのフィールドである。気温、気圧、酸素量などが著しく低いこの空間で戦う。酸欠や高山病など陥る場合があるため、敵の隙が起こりやすい場所でもある。


各戦場の多くは学園都市の最新鋭の技術によって作られた空間である。実際に現場に行くわけではない。

以上。

そう、『十四座』が戦場という事は、空気が薄い標高8000m上空で戦うという事。空気が薄いという事は即ち、“絹旗の能力に必要不可欠な窒素が薄い”という事なのだ。
「完全に相手はそなたについて研究済みだな。装甲を薄くして、そこにありったけの銃弾を叩き込む」

「…………どうしよう」

「用心の為の窒素の缶も持ってきているのだろう?」
「持ってきてますけど、さっさと超地球の重力に超引かれて超流されちゃいますよ。何か、いい武器が売っていれば超助かるのですが」


『買い物』で買える物を選抜すると、次の通りである。

商品一覧

武器・装備一覧:『拳銃』5万圓。『ライフル』10万圓。『ミサイル』50万圓。『軽トラ』50万圓。『ワゴン車』90万圓。『スーパーカー』500万圓。『装甲車』2000万圓。
『戦車』1億圓。『暗視スコープ』50万圓。『煙幕×3』5万圓。『スタングレネード×3』10万圓。『手榴弾×3』40万圓。『パラシュート』10万圓。
『サーフボード』5万圓。『ボート』50万圓。『漁船』100万圓。『ヨット』600万圓。『小型高速艇』1000万圓。『駆逐艦』5000万圓。『戦艦』1億圓。
『気球』100万圓。『ヘリコプター』5000万圓。『軍用ヘリ』7000万圓。『ガンシップ』1億圓。『六枚羽』25億円。『耐熱装備』100万圓。『耐寒装備』100万圓。…… …etc.

特殊効果一覧:『千里眼』:相手の位置、行動を常時把握することができる。
『偽物』:自分のダミーロボを作ることが出来る。
『安全地帯』:安全地帯にまで一旦退却することが出来る。
『窓』:相手の能力や持ち金、買った装備や特殊効果を見ることが出来る。
『盗賊』:相手の持ち金、買った装備や特殊効果を奪うことができる。…………など、各100万圓。

「武器か…それはそうだとして、山に入る装備が必要だな。それは当然売っているだろう。だが、七花に1500万やったから特殊効果のは100万圓は痛いな」


だが、とがめは笑い、絹旗に白い歯を見せる。


「だが案ずるな。 少し運任せだが、奇策を思いついた」


その時、ちょうど電車が止まった。絹旗の戦場である『十四座』の駅である。

二人は立ち上がり、電車を出た。駅のホームには運営の人間の姿が一人いて、二人を待っていた。

慣れた作り笑顔で出迎える。


「お待ちしてました。アイテムチームの方ですね?」

「ええ」


絹旗が応える。


「対戦相手の猟犬部隊様の準備が出来てます。すぐに準備してください。なにせ、あとがつかえていますので。『買い物』で買いたいものがあれば、ここで申してください」


運営は分厚いカタログを見せた。今度はとがめがそれを開きながら応えた。


「山は春か? 冬か?」

「設定は冬です。天気は晴れ」

「なら冬山用登山装備一式を、色は白色でくれ。この目立った茶髪頭をすっぽり隠すくらいのだ。なに、ただ自由に走れる程度だけでいい」

「かしこまりました」

と、絹旗が横から、


「それとスノーモービルはあります?」

「はい、75万圓です」

「高いな。絹旗、残念だがそれは諦めてくれ」

「えー……」

「時に絹旗、そなた『すきー』とやらは出来るか?」

「ええ、小学校の時の体育でファンスキーを少々……」

「よし。それもくれ」

「ショートスキーですね。以上でよろしいでしょうか?」

「ああ」

「合計12万4千圓です。レンタルなら半額ですが」

「『れんたる』で頼む」

とがめはカードを差し出した。運営はカードの読み取り機にそれを通し、返す。

「では、絹旗様。奥に更衣室がございますので、そこに賞品を置いておきますので、そこでお着替えください」

「私はどうすればいいのだ?」

とがめが横から訊いた。

「お連れの方は、更衣室の前にエレベータがございますので、そこから戦場が臨めます」

「うん、そうか。では絹旗、さっそく行こうか。敵を待たせてはならぬ」

「あ、はい」

二人はさっさと奥へと進んだ。

絹旗は後ろを振り返る。運営は終始崩さないままだった作り笑顔は、冷たい顔になっていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
とがめが絹旗に思いついた奇策を伝授すると、エレベータに乗って四階上の小さな展望台にやってきた。横五列に並ばれたベンチたちにはちらほらと観戦者がいる。どうやら次にここで戦う者たちの様だ。

とがめはたった一人、近くのベンチに座る。

そこに、携帯電話が鳴り響いた。一昔に流行ったバンドのヒット曲だが、そんな事など知らぬし興味が無いとがめは無動作に袖から携帯電話を取り出す。

因みにそれはフレンダの物である。彼女は『すまーとふぉん』と言う物と『がらけー』なる物を持っていて、『がらけー』をとがめは持っていた。

電話である。相手は滝壺理后。

「(七花の試合が終わったか)………滝壺か」

『もしもし、とがめ? しちかさんの試合終わった。勝ったよ』

「まずは一勝だな。まぁ当然と言えば当然だ。で、どんな戦いだった?」

『うん。相手は格闘系の能力者で相性が良いと思って、賭け金なしやってみたら、戦場は「森」だった』

「な、こっちが取りたかった戦場を……。まぁいい、話せ」

『うん。―――結果的は勝ったけど、ちょっと危なかった。相性は良かったと踏んでたんだけど、相手が森の中にある滝に追い込んだら自分の能力を応用して、水を操ってきた。それがそれなりに強かったから………なんて言ったっけ?『らっかろうぜき』? って技ですぐに終わった』

「それは何よりだ。相手が気の毒でならんよ。で、その可哀想な対戦相手はどうなった?」

『生きてるよ。ギリギリなんとか』

「よし。七花によくやったと伝えておけ。その調子で二回戦も三回戦も準々決勝も勝ち抜いてこいとな。調子こいて怪我するなよとも言っておけ」

『わかった。それより、絹旗の方は?』

「戦場は『十四座』。山は世界最高峰エベレスト。戦場はランダムで選ばれた雪渓だ」

『大丈夫かな…。酸素が薄い所じゃあ、『窒素装甲』は………』

「安心しろ。この奇策士とがめが奇策を伝授してやった。今スレでキチンと披露する奇策らしい奇策だ。モニター越しで楽しみにしているがいい」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


そんな奇策士とがめの奇策は果たして炸裂するのか。

それは、この少女の運命次第だ。

そして絹旗最愛の鉄拳も果たして炸裂するのか。

それも、この少女に勝利の女神の微笑み次第だ。

だがその前に、この少女、絹旗最愛は一言言いたい事があった。



「おい、なんで私の相手が一個小隊なんですか」



対戦相手は泣く子も黙る学園都市統括理事長アレイスター=クロウリー直属暗部組織『猟犬部隊』。木原数多率いる、学園都市の悪を狩る狩人共である。

そしてその構成員は少なからず、本来なら人間の屑箱に叩き込まれるべきゴミ人間どもが殆どだった。

無論、絹旗の目の前にいる30名ほどの集団もその例外ではない。


「あっはっはっはっは」

「いっひっひっひっひ」

「うっふっふっふっふ」

「えっへっへっへっへ」

「おっほっほっほっほ」


と、五十音順で悪役的笑い方をする男女の軍の中で、一人が応えた。


「おめぇ、まさかルールブック通りに一つの名前に一人しか書けないから、一人しか出ないって思ってたか?」

真っ黒なつなぎ状のウェア。真っ黒なブーツ。真っ黒なマスクに真っ黒なスノーシューという、猟犬部隊らしい真っ黒なカラスの様な武装だった。雪山だから白に黒は目立つ目立つ。これぞ猟犬部隊雪山モード。

「バーカアホバーカ。『一名』の『名』ってぇのは、物か者の名前であって、人間を表してる言葉じゃねーんだよ。一つの『名前』を現してんだ。一人の『人間』じゃあねぇ。普通に考えてみろ、ルールブックを解釈してみりゃあそうだろ? それに、ちゃーんと俺はくじ引きん時のエントリー用紙には『猟犬部隊』って四文字書いた。神様に誓ってもいいぜ? この国語教師の俺がよぉ!」

一方、25mほど離れた場所でポツンと立っていた絹旗はこんな正反対な存在だった。

真っ白なつなぎ状のウェア。真っ白なブーツ。真っ白なサブザックに真っ白なスノーシューと言う、真っ白なハトの様な装備で絹旗はツッコむ。

「超都合よすぎでしょ! てか、なんだそれ! 超ルール違反じゃないですか!! そしてその超屁理屈加減は小学生かよ!!」

この掠れた声でツッコみをツッコみで返し、罵倒するのが、この自称国語教師、コードネーム『キッド』(本名 小雅久正(35))の主義で趣味だった。そして生き甲斐でもある。まさに小学生。

「もしもそうだったらこの場にぁ最ッ初からいやしねぇよバカカススットコドッコイのイノシシ女!! 木原さんは今日はワケあっていねぇが、俺たちでおめぇをぶっ殺してやんよ!!」

「イノシシ………」

かぁ~~~ッ!! と絹旗は顔を紅くする。

「わっ……かりました!! あなたたちは、特にそこ体は大人、心は小学生のあなたは徹底的に叩きのめします!!」

「へっ、幼児体型のお子様に、俺たちの火力をお見舞いしてやる」

「よ……」


いよいよ頭に血が上ってきた。


「ふふふふ……いいですよ、いいですねェ、わかりました。そこまで言うのだったら、顔の原形なくなるまでブチのめしますので覚悟してくださいねェ」


その時、戦場中にブザーが鳴った。

戦争の開始の合図だ。

絹旗はスノーシューで雪の上を踏みしめた。さぁ、来い。絹旗は速攻を、短期決戦で勝負する。窒素が薄い分、防御には手が回らない。逃げたとしても、猟犬部隊の『嗅覚センサー』がある限り、どこまでも追ってくるはずだ。

例え空気が薄くても、絹旗の拳はそれでも人を潰せる。今しかない。

それに、一応とがめの奇策もあるが、それは運によるモノが多い。

だから、絶望的状況になる前に方を付ける。


――――――――筈だった。


絹旗の足が止まる。

一歩も踏み出す間もなく立ち止まる。

なぜなら、


「総員構えぇッ!! 最大火力で汚物の消毒だぁ!!」


キッドが叫んだ。それと同時に30人の真っ黒なカラスの如き兵士たちが一斉に重火器を肩にかけ、脇に挟み、目の前の未だ成熟しておらぬ幼げな少女に照準を合わせた。

一人はミサイルポット。一人はロケットランチャー。一人はバズーカ。一人は対戦車ライフル。そして極め付けには彼らの最奥。それは、すぐには気付かれぬよう、絹旗と同じくらいに真っ白な布で覆い尽くされていた。

そう、それは彼らが『買い物』で買った、とっておきの『兵器』。

それは旧ドイツ軍によって採用され、英米から恐れられていた存在。



「高射砲……8.8 cm FlaK 18/36/37………通称『Acht-Acht (8-8、アハト・アハト)』」


「そのとーり」


キッドは顔を青くした絹旗にいやしく笑う。


「逃げたけりゃ逃げてもいいぜ。だがよぉ、代わりに俺たちと一緒に楽しい楽しい鬼ごっこと射的で遊ぼうぜぇ!!」


そして、猟犬部隊は笑顔で引き金を引く。集中砲火だ。

絹旗は即座に回れ右で後方に、いや、回れ右で右斜めにダッシュ&前転。

奇跡的にも30もの火薬の塊は回避する事ができ、通り過ぎていった。そして、それらが大爆発し、煉獄が出来上がった。衝撃波と突風で絹旗は吹っ飛ぶ。が、薄くとも窒素装甲のおかげで怪我は無かった。

しかし、雪の上でここまでの特大花火が上がるとは思いもしなかった訳で、絹旗は恐怖する。

もしも一発でも当たれば危ない。同時に当たればKOされ、集中砲火されれば間違いなく死ぬ。特に戦車を普通に叩き壊すほどの兵器を喰らえば衝撃で内臓破裂間違いなし。

絹旗は走る。走る。走って逃げる。逃げる。逃げる。逃げて逃げて、何とか安全な場所に着くまで安全を確認するまで安全である事が確定するまで気を抜かず、走って逃げる。―――それしかない。


「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


絹旗は絶叫しながら走り続けた。

それでも、猟犬部隊の奴らは的当てに夢中になる子供の様にバカスカとミサイルやら砲弾やらぶち込んできた。


「のわぁぁぁぁあああ死んでたまるかぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


スノーシューを履いていても、雪に足を取られる事には間違いはない。だが、そんな物は理由にはならない。

走れ、走れ。もっと走れ。馬車馬の如く走れ。脚をもっと早く上げろ、動かせ。機関車の車輪よりも早く動かせ。水の上を走る事よりも簡単な事だ。雪の上を走れ。頭のリミッターを切れ。

それでも凶弾が爆薬が詰められた砲弾が、絹旗を襲う。

ならば転がってでも回避しろ。一撃でも直撃を許さん。1㎜たりとも当たるな。人体の設計上無理な体勢を取っても避けきれ。躱し続けろ。

避けろ。躱せ。走れ。逃げろ。それしか考えるな。

これは、命のドッジボールだ。当たれば死ぬ。

脳の神経と体の神経と目の神経を回避行動に全力を尽くさせろ。

そして、奇跡が起こった。―――なんと、本当に絹旗が雪の上を走ったのである。

幾ら何でも、“晴れの日の日照りで雪が少し溶け”、表面が少し固まっているとしてもそれは普通なら無理な話だが、訳が分からないが、絹旗は今、奇跡を実行した。


(良し、このまま回避して行けば、もう少しであそこの丁度いい感じに壁になっている峰の端にたどり着ける!! 地面に地雷が無い限り、このまま行けば!!)


流石に彼らとて、ブザーが鳴る前に攻撃をする様な行為は、例えば地雷まで準備する訳がない。幾らなんでもそれは戦いに反するのではないか………と、思ってしまったのがフラグだった。

その中で、右足を地面につけた時だった。


ピーッ!


足元で、そんな電子音がした。


「へ?」


キッドがほくそ笑む。


「バーカ。家に出て『行ってきます』と言ってから、家に帰って『ただいま』って言い終わってドアを閉めるまでが戦争だって、お母ちゃんに言われなかったか?」


―――そこは雪に隠された地雷原だった。


絹旗の視界が真っ白に染まる。そして、大爆発を起こした。

「が、ぁ……」

キッドがまたほくそ笑んで罵倒した。

「ハッハァッ!! バカガキ!! バカにも程があるぞバカガキ!! 戦争ってぇのはぁなぁ!! そこらへんに罠を張って戦術組み立てるのも戦争なんだよぉ!!!」

―――そ、んな、それって、ブザーが鳴ってからやるものじゃぁ………。

「と、思ってるんだろ? だからおめぇはバカなんだよ。 誰がそんなこと言った? どこにそんなルールが書かれていある? それは、おめぇの単なる自己中心的な“思い込み”なんだよぉ!! どうだ!! 学園都市特製の“戦車もビックリこいて飛び跳ねるほどの火力を誇る”最新式の超強力地雷はぁ!!」

そんな火力だ。体重の軽い絹旗は高らかにほうり上げられた。だが、やはり窒素装甲の恩恵か、まだ体は通常のままであった。まだ五体満足。骨など一本も折れてない。

それでも非常に危険な状況下である。

モロに地雷を踏んでしまった絹旗は空中にいる。即ち、空中では身動きは取れず、回避は出来ない。


「そぉら!! 脳天にこれでも喰らって死んでしまえぇぇえ!!!」


キッドは対戦車ライフルを持ち、狙いを頭を回している絹旗に定めて迷いも躊躇もせずに引き金を引いた。

長く太い弾丸の中の火薬に火が付けられ爆発し、長い筒の中を音速以上の速度で突き進み、銃口を飛び出す。そして、一直線に頭を揺らして気を失っているであろう絹旗の頭蓋目がけて駆けてゆく。

直撃は免れるなど、ある訳がない。


(いくらおめぇの鎧が強くても、こんな空気の薄い所じゃあ半減。しかも、この弾丸はただの弾丸じゃねぇ。弾頭の硬度・弾の回転数・速度…あらゆる方面を計算し、どうやって駆動鎧を破壊できるかをテーマに考えられた弾丸だ。直撃したら頭が吹っ飛ぶぜ!!)


吹っ飛ばなくても、頭蓋骨粉砕骨折は免れまい。


(―――勝ったぁッ!!!)



だが、勝負の世界とはそう考えた者こそが思いもよらぬ目に合う羽目になる。



絹旗はぐわっ! と首を起こし、向かってくる弾丸を両手で掴んだのだ。



まるで、そこに来るのがわかっていたかのように。奴の性格なら、あんな腐った性分の奴なら、ヘッドショットをカッコつけるに違いないと。

これが賭けだった。絹旗最愛の賭けだった。

蠅を両手で叩き潰そうとするように、柏手の様に挟み、組んで『手から離れませんように』と祈る様にと放さなかった。

だが、高回転を誇るこの弾丸は紛れもなく高威力で、絹旗の手の中でギュルギュルギュルギュルッ!!! と暴れまくった。

分厚い手袋が摩擦で焦げ、破れ、素肌の掌を焼く。


「が、ぁあぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」


雄叫びを上げながら、絹旗は銃弾を受け止めた。掌で威力を消し、速度を止め、回転を失くした。

そして、そのまま目標として障害物として目指していた峰まで飛んで行った。

キッドは悪態をつく。

ここから300m先のあの峰は、非常に高く、目測200mはあった。


「く、そぉ……アハトアハトだッ!!」

「でも、あれでも200mは超えられるのか!?」


猟犬部隊の仲間が異を唱えた。正論だ。そのそも、雪山でそんな物ぶっ放す馬鹿がどこにいる。まぁ、雪山で馬鹿の様に大花火大会を開催する全員が馬鹿なのだが。

その中でも精神年齢が小学生並のキッドは彼を殴りつけ、ホルスターに吊るしてあった拳銃で太腿を撃ち抜く。


「ぎゃぁああああああ!!」

「わーってるよバカカススカポンタン!! 弾幕張りまくって峰から叩き出すんだよ!!!」

キッドはアハトアハトに速足で向かい、峰の頂上に照準を合わせる。

「峰は超えられねぇかもしれねぇが、頂上に当てて落石させりゃ、あのバカガキは出てくる!! おめぇらは常にあの峰の側部狙ってバカスカ撃ちまくりゃあそれでいい!!!」

照準を合わせ終わったのか、キッドは拳銃を仲間に向けて、怒気と汚いツバを飛ばした。


「おめぇらもそこに転がっているクソバカみてぇになりたくなかったら、さっさと仕事しやがれ!!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ああ、これが奇跡か。

絹旗は峰の影で携帯型の酸素ボンベを吸いながら息を整えていた。高山病予防だ。8000m峰の山々の死亡率は非常に高く、ほとんどが崖からの転落であったり遭難であったりする。それが山の特徴なのだ。

そして、山の特徴の一つによくある病気がある高山病は、ひどい頭痛や吐き気をもたらし、運動の能力を著しく低下させる。

それは科学の技術の粋を込められて再現されたこの戦場でも、同じこと。

今、絹旗にとってはそれは致命傷になる。


「はぁはぁはぁ。しかし、良く超耐えられたもんです」


絹旗は両の掌を見る。ほぼ無傷だった。少しの火傷はあるが、酷いものではない。使い物にならなくなった手袋はさっき捨てた。あとで係りの者が拾いに来るだろう。


「まぁ……まずはとがめさんの超奇策通りですね」



『いいか? もしも大きな火力を相手が有していたら、そっこく逃げろ。そしてどんどん撃たせてしまえ』


とがめの指示を思い出す。

これが、奇策士とがめの奇策の始まりだった。

確かに、あれだけのミサイルやら銃弾やらを避けきるのは、運が必要だ。一年分の運勢を使い果たすほどの幸運が必要だ。

そして、奇跡は確かに起こった。全てを避け切り、ここに生きている。

あとは後に続く奇策を仕掛けるしかない。


「―――ノリはある。行ける」


と、呟いた時、


ドォォォオオン!!


と轟音が響いた。思わず体が跳び上がる。


「く、アハトアハトを超使ってきましたか」


アハトアハトの砲弾を頂上にぶつけて、落石を狙っているのか。たちの悪い。例えバレーボール程の大きさでも、200mの高さから落ちて来たのを直撃すれば普通の人間なら即死だ。

能力が低下中である絹旗も、即に死なぬと思うが骨折程度では済まないかもしれない。

それだけでは終わらない。それに続くように銃弾の嵐が峰の側部に、絹旗をあぶりだそうと弾幕を張って来た。


「く……」


絹旗は冷や汗をかく。

何せ、やっとの思いでたどり着いたこの峰の隙間も、4畳も無かった。そこに、無数の銃弾やら砲弾が撃たれまくり、一歩も外には出れない。だが、頭上には落石の危険がある。


「………………。」


死ぬのかもしれない。

何とも戦争らしい死に方だ。まるで映画に出てくるワンシーンの様だ。

映画の通りなら、ここは立て籠もって銃を片手に反撃するのだが、あいにく銃は無いし、それは死亡率が高い(絹旗調べ)。

ここは、窒素装甲を携帯用窒素ボンベで補強して移動するのも手だ。

絹旗は、サブザックからそれを取り出す。



『絹旗、その窒素の缶は幾ら持ってきてある?』

『二つです』

『それは、どれくらい持つものだ?』

『大体15秒くらいです。超曖昧ですが』

『では、一つは攻撃用だ。決定的な攻撃の時のみに使え。一つは絶対に敵の攻撃が避けられないと思ったときに使え』


そう、言われて持ってきたはずだったのに……。

―――運が無く、一本、銃弾に撃ち抜かれていた。


「そ…んな」


今こそ、後者の理由に使おうと思っていたのに。それが出来なくなった。

命の缶は、残り一本となってしまった。

もしも攻撃の為に使うとして、今使わなかったら落石に頭を打って重傷を負って死ぬか。外に出て対戦車ライフルの集中砲火の衝撃で内臓を破裂させられるか。

もしも守備の為に使うとして、今使ったら、今の攻撃を凌げる事は出来るが、もう一度こんな状況になったらチェックメイト。そして攻撃の威力が半減する。

一体どうする?

どうするべきか?

どうなるのか?

絹旗は頭上の落石の恐怖と横の劫火に怯えながら、二つに一つの運命のどちらかを選ぶか、天秤にかけていた―――。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

だが、奇策士とがめはその二つの選択を一蹴する。


―――まだだ、まだ耐えろ。そこでじっと潜んで、耐え忍べ。



彼女のアンサーは『Stay』。



―――そこに待て。そこで待てば、勝利の女神は勝手に微笑んでくれるはずだ。


だが、完全完璧の奇策を、とがめは疑い始めた。


「…………遅い」


それが、その理由だった。

「遅い。遅い。遅い。遅い。遅すぎる。どうなっておるのだ。これだけの火力を、これだけの轟音劫火の限りを尽くさせているのだぞ? なぜ何も起こらぬ?」

苛つくとがめは思わず独り言を呟き、口元を手で押さえる。

もっとか、もっと騒げと言うのか。もっと燃やせと言うのか。ならば、待つしかない。落石で頭を砕かれるか、精神が恐怖に犯され出て来た所を撃ち殺されるか、我慢比べだ。


「待てよ。待っておれよ絹旗……。もうすぐで、そなたの勝ちだ」


そう、彼女の奇策は完璧だ。

完全完璧なギミックがある限り、単純明快な方程式が示す通り、この奇策士とがめの左目が見通すのであれば、絶対に絹旗の勝利は動かない。

そう、信じ続けるしかないのだ。

ただ、奇策を練る者はずっとそうしてきた。そうとしかできなかった、言い訳として。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「うぁぁあああ!!!!」


絹旗は叫んだ。

すぐ横2,3mでロケットランチャーが着弾して、爆発をした。

轟音が耳を叩く。

鼓膜が破らないように、耳を塞いで歯を食いしばって耐え凌ぐ。

ああ、これはいつまで続くのだろう?

もう一時間はこのままだと錯覚してしまった。いや、まだ数分しか経っていないのか? ―――もう何が何だかわからない。


(もう、いっそこのまま外に出たら楽かなぁ)


ふっと、手を銃弾が飛び交う外に出してしまう。―――と、その手の甲に対戦車ライフルの銃弾が掠めて通り過ぎた。


「うっ!!」


―――いや、弱気になるな!!

そうだ、弱気になってはいけない。これが敵の狙いなんだ。

だが、このままでいいのか?


ドォォォォオン!!


また、何発目かのアハトアハトの砲弾が撃ちだされ、パラパラと背を預けている峰からパラパラと小石と砂が落ちてくる。もしかして、大岩が大量に落ちてきて、生き埋めになってしまうのではないのかと。

それ毎に、怯えるように頭を抱えてるのだ。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


疲れた顔で頭と耳を手と腕で包む。

轟音と恐怖で頭がおかしくなりそうだ。かつて、こんな危機を迎えた事があったか?

―――あった。

いや、厳密に言えば、あったがそれはリーダーの麦野の『原子崩し』によって一蹴されてきた。

すべて、麦野沈利という超能力者のおかげだったのだ。麦野がいなければ、今日まで絹旗最愛は生きてはいない。

そう、あの日までアイテムと言う組織は麦野沈利を中心に回っていた。

金も、行動も、作戦も、危機も、何もかも。

あの日、麦野が『毒刀 鍍』に倒れるその日まで、麦野の考えで、指先一つで回っていた。


「………麦野が、いれば………麦野がいれば、こんなことにはならなかったのに!!」


狂ったように叫ぶ。

そう、そうだった。

麦野がいなければ、アイテムと言う組織は成り立たない。

麦野がいないから、こんなチンケな危機を脱する事が出来ない。

ああ、それが当たり前だったのか。

それが日常だったのか。

ああ、なんて―――――――

―――――――なんて、つまらない生き方だろう。



「……………」


なんて、つまらない考え方だろう。

なんて、傲慢な思考回路だろう。

なんて、杜撰な人生の歩き方だろう。

なんて、陳腐な行動の起こし方だろう。


絹旗は必死に守っている今の両腕を、自分の掌を見てみる。

この手は、まるで麦野の様だった。いつも、どんなな危機になっても、やってきた、あの麦野。

ニヤニヤと口を歪ませ、悪役面で汚い言葉を発しながら敵を粉砕していたが、絶対に絹旗たちにはその凶悪な手の平を見せなかった。

あの日、第三位にフレンダが追い詰められ危機に瀕していた時も、麦野が逸早く攻撃を開始したそうだ。

そんな経験、絹旗にでもあった。そうだった。邪悪な顔をしていても、口には出していなかったけど、麦野は確かに私たちを見ている。見てくれている。

そう、この掌の様な――――――――――――。


そこで、絹旗は気が付いた。

それは、なぜ空気の濃度が著しく低下しているで窒素が少ない場所で、対戦車ライフルの銃弾を受け止める事が出来たのか。

それよりも前に、なんで戦車のキャタピラを破壊できる地雷を踏んで五体満足でいられるのか。

無傷の掌。銃弾によって撃ち抜かれた窒素ボンベ。

もう、これしかなかった。


―――――そうだ、ライフルの銃弾も雪の中の地雷も、その直前に撃ち抜かれた窒素ボンベから漏れた窒素によって『窒素装甲』が強化されたから、喰らっても受け止めても生きていけたのだ。


ああ、私は本当に運がいい。

絹旗は微かに微笑んだ。

その時、アハトアハトがまた火を噴いた。そして、とうとう峰の頂上の岩を砕き、冷蔵庫大の岩石が落下してきた。そのまま行けば、絹旗は潰したトマトの様になる。

だが、それは絹旗のすぐ真横に落ちた。

アハトアハトに負けず劣らずの轟音を響かせ、白いシーツをひっくり返したかのように雪が巻き上がったが、絹旗は微動だにせず、そして1㎜も傷を負わなかった。


「はは、あははははははは」


絹旗は笑う。気持ちが良い様に。気分が良い様に。すっきりとした顔で、笑い声を腹から発した。

そして、もう一つの最後の窒素ボンベを取り出し、先程の決断の答えを出した。



「…………ここは、待とう」



絹旗の決断はこうだった。―――『ここから一歩も動かない』

さっき言ったばかりじゃないか。

『今日は運がいい。ノッてきている』と。

だったら、とことんその運に任せてみよ運じゃないか。

だから、この奇策は絶対に叶う。


――――ニッ! と笑い、絹旗は最後に残った窒素ボンベを握りつぶした。

ぶしゅぅうううう!!と潰れた缶の中から窒素が飛び出す。そして、その窒素が絹旗の体中に張り付き、莫大なパワーを生み出す。


―――確かに、ここから一歩も動かない。あの、銃撃が止むまで。アハトアハトの砲撃が中止されるまで。


だが、このまま待っているのは性に合わない。

だから、ここで決定的な一撃を喰らわせることにした。


「そう言えば、超強力な地雷原はあそこでしたよね?」


そう呟き、笑いながら絹旗はさっき落ちてきた岩を抱え上げ、


「あははははっ。じゃあ、超最高に超最高な超最高の超雪花火と行きましょうかァァァアアア!!」


地雷原があると見た方向に、約1t程の岩を全力投球でぶち込んだ。

幾らの銃弾の雨にも、砲弾の嵐にも、突風雷火の如き弾幕の中でも、隕石の如き速度で岩は地雷原に突き刺さった。

途端、雪の地面から電子音のオーケストラが鳴り響く。


ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!
ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!
ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!
ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!
ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!ピーッ!




その刹那、今までにないくらいの大爆発が起こった。

まるで、核弾頭が爆発したかのような威力で、突風を起こし、猟犬部隊の面々が思わず腕で目を覆う。衝撃波でひっくり返る。

絹旗も必至に耳を抑え、蹲っていなけば耐えられなかった程である。頭がクワンクワンして気持ち悪い。

だが、


「よし。よし。よしよしよしよし!!」


絹旗は笑っていた。

運をこちらに呼び寄せる為、笑っていた。楽しそうに笑っていた。

そして、奇策士とがめの大自然を使った、壮大な奇策が、敵を一瞬のうちに滅ぼす地獄の様な奇策が、悪夢のような悪魔の如き奇策が、とうとう完成しようとしていたからだ。


『いいか、絹旗よ。そなたの弱点は窒素を抜かれればただの人に成り下がる事と強力な重火器と言えよう。窒素を抜かれ、衝撃の吸収が出来なくなった状態で大砲など撃たれたらたまった者ではない』

『はい』

『そこでだ。もしも戦場が雪で覆われた場所ならば、相手が複数で全員雪の上に立っていたならば、相手が大量の重火器を持っていたならば、そしてそなたが傾斜面で上になっているならば、あえて敵に撃たせろ。バンバン撃たせろ。そして一発も当るな。全部回避しろ。もしもそうでなければ、相手を雪で覆われた場所に誘い込め』

『なぜです? まるでわざわざ超撃たれに行くような……』

『いいから聞け。時に絹旗、その窒素の缶は幾ら持ってきてある?』

『二つです』

『それは、どれくらい持つものだ?』

『大体15秒くらいです。超曖昧ですが』

『では、一つは攻撃用だ。決定的な攻撃の時のみに使え。一つは絶対に敵の攻撃が避けられないと思ったときに使え。
さて、攻撃用はまずは置いておいて、もしも時が来たらとにかく隠れろ。重火器をバンバン撃たせて、轟音劫火の限りを出させて逃げろ。そして、その時は必ず雪が動かない所だぞ』

『な、何が言いたいのですか?』

『ふっふっふ、この奇策士とがめ史上2番目の規模の奇策だ』

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

その頃、その奇策を考えたとがめは、ベンチから立ち上がり、窓に近寄って手をついて凝視する。


「――――――きた!」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―――よしよしよしよし!! キタキタキタァ!!


「ああ? 何言ってやがるあのバカガキ」


キッドはアハトアハトの引き金を握り直した。と、その時、仲間の一人が異変に気付いた。


「………なぁ、なんか変じゃないか?」

「ああ!? なんだぁ!? 別に変った事はねぇよ。ただガキが一人頭がおかしくなっただけだ」

「いや、違うよ。よく耳を澄ませてみろ」

「あん?」


キッドは言われたとおり耳を澄ませる。

他の猟犬部隊のメンバーも同じように耳を澄ませた。マックもジョージもマッケンジーも、みんなみんな。まるで、鈴虫の鳴き声を探しように。

だが、この男は鈴虫の様にか弱き者ではない。


―――……ズズ……―――……ズズズ……――――……ズズズズズズ……――――――


変な音がした。

「んだぁ? 固い雪と固い雪が擦り合うような……そんな―――――――――」


――――――ズズズ……ズズズズズズズッ………ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズッッッ!!!!!―――――――――――

それは徐々に大きくなり、まさにクレッシェンド。徐々に大きく!!

キッドは音が鳴る方向。傾斜面の上。先程大爆発した地雷原を見た。目を見開き、凝視した。

そこで、音の正体が明かされる。


「あ……ああ……あ、ア…ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

顔を青くさせ、凍傷になったかのように体中を震えさせ、スキー初心者の様に足を滑らせ、口に大きな雪玉を入れるのかと思うほど口を大きく開け、登山で頂上を目指すか如く坂の上指差し、雪男に遭遇したかのように怯えた。


「あああああああああああ!!! あ、あのバカカススカトロクソガキ!! や、やややややややや、やぁりがやがったぁ!!!!!」

そして、赤子に戻ったかのように涎を垂らして絶望し、獣に退化したのか四つん這いになって後退する。

他の、猟犬部隊のメンバーもそうだった。

喚き声と泣き声が混じった声を発しながら、銃を捨て、バズーカを捨て、対戦車ライフルもミサイルも捨て、高い金を払ってでも手に入れたアハトアハトも見捨てて、逃げ惑う。戸惑う事なく逃げ惑う。
そう、彼らは雪山で一番恐れなければならない事態と直面していた。回避は不可能
雪山で死亡する事故の中で、最も死亡率で一番高い天災。
一度その天災に喰われれば奇跡が起きない限り、外傷・窒息・低体温で、その腹の中で死を待つしかない。

その天災の名は、



「な、雪崩だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」



雪崩は山岳部の斜面上に降り積もった雪が重力の作用により高速度で移動する自然現象で、100㎞/h~200㎞/hで坂道を下り、あらゆるものを飲み干す怪物と呼ぶべき天災である。
猟犬部隊小隊30人は逃げ惑い、転がるように雪渓を下るが雪の上では速く走れず、そのまま何も言わずに飲み込まれていった。

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とがめはその光景を目にし、ほくそ笑む。

「絹旗の弱点は窒素を奪われるとただの人に成り下がる事と強力な重火器の衝撃は吸収しきれない事。それをついて敵は戦場をこの空気の薄い『十四座』を指定し、圧倒的火力を誇る重火器を持って応戦した」


―――それが、彼らの敗因。


「ならば話は簡単だ。雪に覆われた雪渓の様な傾斜のきつい戦場で上座に立ち、わざと阿呆の様に乱射させ、大量の熱と大音量の轟音で雪崩を起こさせれば勝手に自爆してくれる。これで戦は終了だ」

んっはっはっはっはっはっは!!とがめは嬉しそうに笑う。

「だがまぁ、『十四座』で良かったよ。4000mと『十四座』より標高は低いが、それでも空気は薄いからな。『空』を選ばれたら正直降参していたよ。―――だが、まぁ」

だがしかし、この勝負は奇策士とがめの作戦勝ちという訳だ。

だが、少し危なかった所があったのも事実。

実のところ、この戦場の山はもともとスポーツ科学の登山用具の研究に使っていた。

例えばブーツの性能やアイゼンの差さり具合。そう言った実験施設だったのだ。

だが、そんな実験施設で雪崩が起こってしまっては困る。

そこで設計的に雪崩になりにくい作りになっていたのだそうだ。

まぁ最終的に雪崩が起こったのは、設計者がまさかこんな所で戦争おっぱじめるとは、強力な地雷を何十も仕掛けるとは思いもよらなかったのが原因だろう。

だが、しかし、恐れ多くも山に爆弾を仕掛け、峰を打ち壊そうとする行為が仇になった結果がこれだ。

「戦場とは、自分の死に場所になるかもしれん場所なのだ。そこの特性を知っておくのが常識と言うものだろう」

これで、まずは一回戦突破だ。
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だが、そんな中でも幸運な者はいた。

幸運にも雪渓の端の方で丘を見つけ、そこに隠れていたキッドは怒りで目を真っ赤にしながら拳銃を乱射した。

誰もいない雪渓で、スノーシューで雪を踏み固めながら歩き、大声で叫びながら引き金を引きまくる。

キッドだった。

「ちっくしょぉぉぉぉおおお!! 木原おめぇこのヤロォオオオオオ!!! 俺たちだけでも優勝できるっていってたじゃねーかぁぁああああ!!!!」

大自然の中、ただその叫び声がこだました。だが、山彦しか彼の声には答えない。

だが、錯乱状態の男はその山彦が聞こえた方に拳銃を発砲する。

首を振り、涎を撒き散らす。無様に滑稽なピエロの姿だった。黒いつなぎ状のウェアは股ぐらは濡れ、黒いブーツは片方脱げ、黒いマスクは何処へ行った。そこにいたのはカラスでも猟犬でもない。ただの哀れで醜きピエロだった。

「がぁぁあああああああああああああああああああああ!!!」

そして、その瞬間。男の肩を叩く者が現れる。

ピエロは錯乱して振り返ると、ニッコリ笑顔の絹旗が拳を振り上げて立っていた。

「ハロハロ」

「ごがっ!?」

その後、真っ白な雪渓の上に、どでかいタンコブをこしらえたピエロの残骸だけが残されていた。


ショートスキーを足に填め、高速で滑降していく絹旗は嬉しそうに勝利の美酒に酔いしれる。

まずは 一勝!! ――――と。



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今日はここまでです。ありがとうございました。

尺がないので、巻いていきます。巻いて巻いて巻いて……回って回って回ーる。

さて、投稿します。
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闇大覇星祭のギャンブルルール。


イ,一日目

一日目には一位を予想し金を賭ける。各自賭け金を出し合って集まった金は、見事勝った者に渡される。勝った者が数人いれ

ば、その分だけ均等に等分される。

無論、この賭けは独自の紙幣『圓』で行われる。


ロ,賭け(二日目)

二日目は優勝者を賭ける。一人最低500万~である。また勝った者は一人なら独り占めだが、数人いれば分配される。

また、最高賭け金金額を出された方は、賭けに勝った場合、特別賞として、その賭け金の5倍の賞金を差し上げます。


ハ,注意事項

ここで起こったことは、決して外では口に出してはいけない。




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『全ての一回戦が終了し、64名による32の激戦を制した32名の内、一体誰が優勝するか』

それが二日目のVIPたちの賭けの内容だった。


ハ,はもう常識的だが、二日目のルールは読んだとおりだった。


雲川は迷いなく、『貝積継敏』と書かれた封筒に予想した優勝者の名前とその横に掛け金の値段をさらさらと書き、封筒に小

切手を入れ、粘着テープが貼られていた封で閉じる。

それをバーテンの格好をした男に渡した。

こうした事を、今までもう二回もやった。計三回。

一回目は昨日の解散時。

二回目は一回戦が始まる前。

そして、この二回の人気度と平均賭け金のデータを発表し、今の三回目…一回戦が終わった時で最終決定しなければならない。


「…………」


ちょっと不安な表情で金の行方を見つめる雲川。

貝積継敏は表向きの仕事…地上の大覇星祭の来賓との面会があるそうなので、現時点は不在。まぁ、いてもいなくても雲川のこの判断は変わっていないし、貝積もそれに従ったのだろう。


「………誰に賭けたのですか? マスター」


代わりに雲川芹亜の隣には笹斑瑛理が隣にいた。雲川が振り返ると、三歩後で上品こに立っていた。

格好は燃える様な真っ赤のドレス。朝はとある高校の制服だったのだが……。

「どうした。その格好は」

「いえ、ただ貰っただけです。さきほどこの部屋に入る前、どこかの王室の方に声をかけられまして、それで………」

「主よりも良い物を召すとはいい度胸ね」

「ああ、これは申し訳ございません。実はこれ、その方に頂いたものなんです」

実は『王室の人間と×××できる!!』と躍起になり、この召し物を着ていた某王国“お姫様”を口説いていた。何も発展は

しなかったが馬が合ってお姫様と仲良くなり、交友の証として貰ったのだ。


「もう一着頂いたので、マスターもうどうでしょうか? 綺麗ですよ、炎の様に真っ赤で。大変お似合いになると思います」

「これで結構だよ、私は。それに今、私はちゃんと正装を着てる。これで十分だけど?」

「……マスターの学校の制服が、ですか?」

「学生の正装は昔から学校の制服が常識だぞ? 高校生としての本文を忘れはいけない。私たちは高校生としているのだから。

―――それに、これが私の勝負服で軍服だ。そして死に装束でもある。高校卒業したら脱ぐけど」


それが彼女の仕事に対する姿勢なのだろう。

あくまで学生。一学生として今を生きる。

だが、この世界は子供として見てくれない。常に自分を食い殺そうとしてくる魑魅魍魎が現れる。失敗は許されない。

雲川はすぐに所属する学校が割れる制服を着て、この修羅を歩く。

下手をすれば毎日通っている高校の生徒の誰かが、クラスメイトが、後輩が、先輩が、それとも教師が、最悪学校全体が、人

質にされるかもしれない。

雲川はあえて周りの人間を危険に晒し、『失敗して、誰かが死んだら自分の責任だぞ』と戒めとして、今まで勝負してきた。

それが、彼女の魂を表現する形であり、それは刀にも見える。

それは諸刃の剣だが、同時に最強の剣にもなれる。

そんな決死の覚悟という抜き身の刀を構えるように、低い声で腕を組んだ。


「あなたはどう考える? あなたなら、誰に賭ける?」

「普通に考えるなら、あなたの部下である八馬光平でしょう。『電撃使い』の大能力者は伊達ではなく、白兵戦による戦闘能

力は一つ頭が抜けています」

「確かにそうだけど、鑢七花と絹旗最愛も強いと思うけど? 特に鑢七花からすれば、赤子同然だと見ているけど」

「八馬本人もそう考えてました。遠距離からレールガンが撃てる『レールライフル』を二丁も買ったのはそのためです。例え

鑢七花でも遠距離からのレールガンの弾幕には敵いませんし、絹旗最愛もレールガンとなれば防御は不可能です。
彼も、明日の決勝戦で鑢七花を倒すと息巻いてますから士気は十分です」

「確かに、八馬の電気で細胞を活性させて超人的な身体能力を生み出すし、もし捕まっても彼なら逃げられる。まぁ、逃げら

れたらの話だけど」


まるで、八馬は鑢七花には敵わないと言っているように聞こえた。

彼女は、我が部下の勝利を願っていないのか?


「マスターは彼に勝ってもらいたいから、2億も大金を渡したのでしょう? 彼、思う存分使い切ると思いますよ」

「だからよ」


雲川が溜息交じりに頭を抱えた。

そう、彼女の計画はいきなり座礁してしまったのだ。


「あの馬鹿が、初戦からぶっ飛ばしたせいで、どいつもこいつも八馬に賭けちゃったんだけど。述べ30人中17人」

「………因みに聞きますけど……集まったお金は……?」

「運営の人曰く、12億250万万圓……」

「…………八馬が優勝しても、ここで貰えるのは17万1785圓……」

「これでもいい方よ。5人ほど離れてくれたから」

そう呟く雲川だったが、どこか儚げだった。

アチャー…と笹斑は天井を仰ぐ。


「例え見事彼が優勝して、無事に勝ったお金17万1785圓を貰うとしよう。
八馬が持ってくる優勝賞金は、あっちの賭け金は、前大会の平均500万だったから500万×61=3億500万。
それのほとんどを運営資金に充てられるらしいから、優勝賞金は1億500万………+17万で、いくら? 笹斑会計」

「1億517万圓です……」

「-9483万圓の大赤字よ」


雲川のみが八馬にに賭けて、賞品は勿論、優勝賞金と賭けで勝ったお金を全部掻っ攫っていく計画だった。


「だから2億もあげたのよ。絶対に勝つようにって! なのになぜにあんな派手な装備を買ってドンパチする!! 普通、準々決

勝あたりからの強敵に備えて抑えめに戦うのが定石ってハズだけど!! ………予め地味に手を抜いて戦えって伝わせなかった私が悪いんだけど、限度ってモノがあると思うけど!!」


あのブラックカードに2億を入れたから、もう資金が殆どない。

昨日勝って蓄えた軍資金は2億700万圓。残り700万圓。この資金で八馬に賭けるはずだったのだが……。

笹斑の頭の中で某公国軍大佐の一言がよぎった。『貴様らの頑張り過ぎだ!!』と―――。分裂したアクシズと共に計画が燃えてゆく…。


「『どんな雑魚でも徹底的に全身全霊をかけて潰す』という、超がつくほど真面目な性格が仇になりましたか」


雲川は困ったような顔で、


「一方鑢七花は、そんなに人気なかった対戦相手を手を抜いて地味に倒したのもあるけど、彼自身もあまり知られてなかったようだったから、そんなに注目されてなかった。当然、誰も賭けてなかった」

「結構学園都市の闇の中では、結構名が通ってると思ってましたけど…」

「ところがドッコイ。ここのメンツを見ればわかるけど、みんな学園都市の外から来た、アレイスターに媚びる各国各界のお偉方………学園都市の事なんて全く知らない。まぁ、完成形変体刀の噂は知ってたけど」


雲川は近くに通ったバーテンから水を貰い、一口飲む。


「しょうがないから、鑢七花に残りの700万を賭けた。優勝賞金も欲しいけど、これなら、彼が優勝すれば12億250万万圓まるまる入ってくる」

「………それで、そんなに八馬が敗けてほしい様に言ってたんですか」

「ああ、そうだとも。八馬が『微刀 釵』とやらを持ってくれればそれで良いけど、こっちがそれで赤字を出したら貝積に面目が立たない……」


雲川はまた水を飲む。と、ある事を思い出した。さきほどの困った顔とは打って変わり、警戒心を張りつめさせたものに代わる。


「そうそう、―――ひとり、妙な奴がいた」


鋭い眼光が、笹斑とは別の方向へ向く。その“妙な奴”を探しているのだ。


「一試合だけ、おかしな試合があっただけど、それがカメラの故障か何かで、あそこに掛かっているモニターが映らなかった」

「と、言いますと?」

「見れなかったんだよ、その試合まるまる。結局内容は解らず仕舞いで、結果だけが伝えられた。訳も分からないまま『まぁいっか』と流されたけど、どうも臭い」

「―――ハッキングですか?」

「ああ。それもあるが、もしかして運営が“わざと映像を映させなかった”のかもしれない。だが、まだ“かもしれない”の状態だ。取り越し苦労で本当にアクシデントの可能性もある」


だが、本当にそうなのだろうか。

数多の修羅場を潜りぬけてきた『天才高校生』雲川の鼻が、かすかに漂う違和感の臭いを嗅ぎ分けた。

「―――そんな中でその“怪しい奴”は、“優勝するかどうかどころか、次も勝てるかどうか全く不明の選手”に最高金額の掛け金を叩きだした」

「いくら賭けたのですか? 5000万ですか? 8000万ですか?」

「5億だ」

「ごおくッッ!?」


笹斑は思わず叫んでしまい、とっさに口を閉じる。


「賭けに勝った場合、特別賞として25億……」

「馬鹿げた話だろう? まったく未知数の奴にそんな大金を預けたんだ。傍から見ればドブに捨てている様なもの。敗ければ自己破産で一生泥の中。だけど、私からすればまるで、“最初っからそいつが勝つ事を知っている”としか思えない」


―――もしかしてあのアクシデントは、彼女がハッキングして、ないし、運営がわざとアクシデントを演出して試合を見せず、必ず優勝する『未知数の出場者』に誰も賭けさせなくする工作なのではないだろうか。

無事に優勝する事が出来れば、賭けでの雲川曰く“怪しい奴”は25億と1億5250万圓を手にすることができる。

もし、彼女が運営側の人間であれば、尚の事。

八百長にも程があるというものだ。


「―――あ、あーいたいた、あいつだ」


雲川が“怪しい奴”の姿を見つけ、その彼の方へ足を向け、歩き始めた。

もしかして、八百長だと言い寄るつもりなのだろうか。

嵐の予感を察知した笹斑は、今のタイミングの内に訊いておこうと、


「それで、あの人が賭けたのはどこの誰で、どこのブロックにいるのですか?」

「Bブロック、17番よ」


雲川はポケットから対戦表を渡す。

名前は『BS』と書かれていた。


「………八馬とは、準々決勝で当たるけど。――――それまで、ちゃんと彼のサポートしなさい。『微刀 釵』を持ちかえる事が出来るかどうかは、彼次第だから」

「了解いたしました、マイマスター。その時まで、この『Bishop』とやらの弱点を必ずや、見つけてみましょう」

「うん。じゃあよろしく」


そうして笹斑は雲川と離れ、部屋から出ていった。もうすぐ貝積が戻ってくる。交代の時間だ。

雲川はそのまま“怪しい”人物と接触する。

決して優しくない、柔らかくない、含みのある笑顔で、


「こんにちわ――――」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

絹旗最愛の次の対戦相手は、木原病理という女性であった。パジャマを着ていた妙齢の女性。

柔和な表情を浮かべた、ごく普通の人だった。


「こんにちわ」

「………ええ、こんにちわ」

「今日はいい天気ですね」

「ええ、超しょうですね」

「つい日向ぼっこしてしまいたくなる様な陽気ですね」

「……超そうですね」

「あと、周りにいる動物たちと戯れながら、肉球をフニフニしたいですね」

「…………………超、そうですね…、って!! テレフォンショッピングか!!」


絹旗はついそうツッコんでしまった、おっとりした普通の女性。

だが、ところが、木原一族はたとえ外見が普通でも、中身がグロテスクな奴らだ。

惑わされてはならない。それが木原というものだ。

だが、絹旗は柔和な顔やほのぼのした口調では、一切気と砥がすのを止めなかった。


「あらあら、どうしたのでしょうか。ずっとこっちを睨んで、どうしたのでしょうか」

「…………」

「そんなに睨まないでください。怖いじゃありませんか」

「………じゃあ、あんたが今乗っている超ドデカくて超イカついノリモノから降りてくださいませんか?」


絹旗は溜息をつき、木原病理を“見上げる”。

見上げる。

見上げる。

首を上に向け、見上げる。

ぐ―――っと首の角度を上げて、見上げる。

標高約3m近く。

それが、木原病理の頭がある場所だった。

木原病理は今、あるノリモノに乗っていて、だからそんなに高いのだ。


それは、中くらいの象ほどの大きさにした馬や牛によく似た―――――騎乗型の駆動鎧だった。


「それは、こちらの“事情”と言うものがありますので、諦めてください」


ここで、ビーッ!! とブザーが鳴る。



さて、戦場はここ、『荒野』。サバンナの様な、乾燥した大地と所々に生える草木が広がるこのフィールドだった。

よりアフリカの自然に近づけさせる為、サイ、ヌー、ゾウ、シマウマ、キリンなどの草食動物から、ジャッカルやハイエナ、トラとライオンなどの肉食動物などがいる。

この戦場を作る為に作られたクローン動物だろうが、まさにここはアフリカ大陸のサバンナの荒野である。

サラサラとした地面が旋風に煽られ、小さな竜巻が発生する。

それを木陰の中で伏せる一匹のチーターが眺め、眠たそうにあくびをしてウトウトと前足に顎を乗せて、今にも眠りそうになる。

が、突如チーターは飛び起き、木陰から飛び出す




その直後、その木陰は病理の駆動鎧によって踏みつぶされた。



「ぎゃあああああああああああああ!!!!」


絹旗は必死になって走る。逃げる。敗走する。


「どういう事ですかとがめさん!!! 木原病理は車椅子に超乗っていて!! それで超大量の重火器で敵を超一掃する人じゃなかったんですか!!?」


そうここにはいない人物に文句を叫ぶ絹旗だが、代わりに背後の病理が応えた。


「確かに私は一回戦、そのような武装で戦ってましたが、この二回戦はこれで戦うのですよ! だから、毎回毎回武器も戦闘スタイルも違います!! あなた方ご自慢の『奇策』を封じるために!!」

「そんなのありですか!? 超アリですか!?」

「ええ、アリもアリもおおアリです!! 蝶のように舞わず蜂の様に刺さず、馬の様に轢き殺し象の様に踏み殺す!! だからあなたは蟻のように呆気無く死んでくださぁぁぁぁぁああああい!!!」


モハメド・アリもビックリな台詞を吐きながら、病理は楽しそうに絶叫しながら追いかける。


「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああ!!!」


絹旗も絶叫しながら逃げ回る。


「いいわねぇ、この子。私の従妹の数多くんの依頼で造った物で、設計思想も彼の物なんだけど、この子気に入ったわ!! これをもっともっと改良に改良を加えて、地上最強の駆動鎧として学園都市に君臨させてあげる!!!!」

「え!? 木原数多!?」


病理の駆動鎧は奇妙な物だった。

普通の駆動鎧は人間が着て戦う物だが、病理は人間の下半身しか駆動鎧を着ていない。

鞍の部分に突き刺さっているような形だ。

カラーはシルバー。

高さは2m半を遥かに超え。全長は6mはあるだろう。

さきほども言った通り、フォルムは牛馬の如く。だが大きさは象が如し。

北海道でよく行われる、ばんえい競争に使われている重種の馬を想像してもらえばわかりやすい。

それをさらにゴツクした感じだ。

重馬には種類があり、ペルシュロンやシャイヤーという。

ペルシュロンはかつて軍馬として甲冑を着て出陣した程のパワーがあり、シャイヤーの中で一番巨大なのはサンプソンと言う名の馬で、体高21.25ハンド(約216 cm)だったという。

それを遥かに超える軍馬が、これだった。
頭や全身には軍馬らしく、針やら角やら生えている甲冑の様な装甲をしていた。

顎から牛の様な…いや、悪魔の様な角が絹旗の体目がけて突進してくる。

わざと絹旗の全力疾走に合わせているのか、10m後ろで流す様に走っているが、その一歩一歩の足音はが地鳴りの様だった。

パカラッパカラッ!!ではなく、ドゴッ!! ドコッ!!

と、乾いた砂の地面にクレーターの様な足跡を刻ませながら追ってくる。

足跡を見た限り、重量は3tオーバー。

普通の軍馬なら1t超えていても、2tはおろか、3tは存在しない。

そんなバケモノに踏まれた日には、即刻あの世行の特別急行に叩き込まれる。

確かに、木原数多が好きそうな悪趣味な駆動鎧だった。

「まーてー」

「超待てと言われて待つ超バカがどこにいますか!!」


無論、窒素装甲の絹旗とて、轢かれればタダじゃすまない。


「(よし、横に飛んで回避しよう!!)」


と、判断したその矢先、


「知ってます? この子はまだ“試作品”で、普通の駆動鎧とは違って鈍重ですから、最速走行速度は180㎞/hとやや遅めなんですよ?」


いや、全然早いですから!! と、叫びたくなるが、いよいよ足に乳酸が溜まり、心肺機能が限界に達してきた。

全力疾走が続かなくなってくる。


「そこで、らちがあきませんので、全速力までスピードあーっぷ」

「ぎゃぁぁぁああああああ!!」


いきなり全力疾走…180㎞/hで突進してくる駆動鎧は、一瞬で絹旗に迫り、人間の顔と同じほどの前足の蹄を高々と挙げ、一気に振り下ろす。

絹旗は奇跡的にも横に飛んで回避する事が気出た。

が、


ガッッッッコォォォォォォオオオオオオオンン!!!!!!!


と、隕石が落ちてきたかのような爆音と衝撃で地面が揺れ、絹旗も文字通り地面に叩き上げらた。



「うぁぁわああああ!!!」


そして威力を誇示するが如く、駆動鎧は突き刺さった場所を中心に半径3mのクレータを造りだし、そのままの勢いで通り過ぎる。

だが、流石に学園都市の科学の粋を集めた機体…しかも木原印となると、切り替えしも早かった。

絹旗が転がって起き上がる前に、砂煙を壮大にあげながら方向転換して向かってきた。

そしてたった三歩で迫り、また踏み潰そうと蹄を高らかに挙げ、駆動鎧は絹旗を襲う。


「ほら、ゲームオーバーでーすよー」


絹旗は目を回していた。そのため立ち直りにもたつく。

だが、意識を強制的に気合と根性で叩き戻した。

そして腹を決める。逃げるが遅れた絹旗は覚悟を決め、強大な威力を持つ蹄を掴んで受け止める為の。

両手を突きだし、腕から足の爪先までのすべての筋力という筋力の力を入れて、隕石と化した蹄を受け止めた。

だが、さすがに無理が大きく過ぎていて、ビキビキビキッ!! と体が軋む音がする。

それに負けじと、顔が真っ赤になるほど歯を食い縛る。


「がぁぁあっ!!」

「あら、あらあらあらあら。凄いですね。この3.5tの重量の蹄を受け止めるとは、なかなか根性があるではありませんか」

「………へへ、いつもボッコボコになるまで超鍛えられてますからねぇ……ええぃッ!!」


腕と下半身と背中の力を100%駆使し、蹄を押し戻す。


「がぁぁあああああああああああああ!!!」

これが絹旗の全力だった。だが、病理はサーカスの観客の様に笑って拍手を送る。


「凄い凄い。では、こんなのはどうですか?」


すると駆動鎧の首が開き、そこに収納されたガトリング砲が絹旗に向けられた。


「へ?」

「十秒耐えられたら褒めてあげますよ。でも、十一秒耐えるのは―――諦めてください」


刹那、ガトリング砲が回転しながら火を噴いた。

一瞬で砂埃が舞い上がる。

例え拳銃の銃弾が全く聞かぬ絹旗とて、この衝槍弾頭(ショックランサー) の弾丸のガトリングでは防ぎきれまい。


「ぐぁ、がぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


それと同時に、絹旗の甲高い断末魔が響いた。

病理は耳鳴りがするほどの悲鳴を、まるでクラシックの様に笑顔で聞き惚れ、笑う。


「ふふふ、良い声です。苦痛と恐怖、そして諦めが交じり合った、非常に心地いい音色です」


その断末魔が十秒間続いた。


「うふふふふふ……」


十秒後、絹旗がやっと力尽きたのか断末魔が止み、支えがなくなった3tの駆動鎧の蹄が振り下ろされる。


ガッッッッッゴォォォォォオオオオオオン!!!


そしてまた巨大なクレーターが出来上がった。

例えガトリングで死ななかったとしても、これで彼女は腹に蹄を喰らい、口から血とハラワタをぶちまけながら死んだだろう。


「うふふふ、十秒も耐えられませんでしたか。情けないですよ、お嬢さん。うふふふふ、うふふふふぁははははははは!!!」

―――これが、たまらない。

自分が造った兵器で弱い人間を破壊し、破壊し、破壊しまくり、それに怯える人間の悲鳴と断末魔に耳を傾けた後に真っ赤なザクロの様になった死体を見るのが、大好きだった。

これをおかずに白飯三倍は行ける。

さぁ、絹旗最愛の死体はどんなのだろうか。

血の色は綺麗だろうか。胃は小さいのだろうか。骨は細いのだろうか。―――そして、果たして、自分の作った愛しい愛しい兵器(子供)たちはどこまで威力を発揮できたか。


病理は砂埃が舞う足元を覗き込む。


「さぁ、あなたはどんな風に死んだのかしら?」


徐々に砂埃は薄れ、その毎に地面があらわになる。

十二三の少女の血で真っ赤に真っ赤に真っ赤に真っ赤に真っ赤に真っ赤に真っ赤に染まった――――否、乾いた砂の地面であった。


「…………ッッ!? い、いない!?」


死体どころか、血痕一滴すら、ない。


「ど、何処へ消えた!?」

「―――真上ですよ」


バッ! と仰ぎ見ると、我が子が蹄を高らかに挙げたのと同じように、真上で絹旗が一回転しながら踵を高らかに伸ばして落下してきた。


―――まるで、さっきのお返しだと言わんばかりに。 もう目前にまで迫っていた。



「ひゃぁあああ!!!」

「うらぁぁあああ!!!」


悲鳴と咆哮が重なり合ったその時、病理の顔面に絹旗の踵落としがメリ込む。

バキッと鼻骨が砕け、病理は駆動鎧ごと倒れこみ、投げ出される。


「はぁぁぁぁあ!! はにゃが、はにゃが!!」


激痛のあまり、鼻を抑えてのた打ち回る病理。だが、そんな事を許す間もなく絹旗が馬乗りになった。今度は彼女が騎手になった。


「おい、超痛がる時にあえて言っておきますけど」

「へ?」

「あなたの体内時計超狂ってません? 私、十二秒耐えたんですけど……どうやって褒めてくれます?」

「へぁ!? ふそ!?」


もう一度、蹄を振り上げるように、絹旗は拳を振り上げる。

そして、とっても笑顔で彼女の顔面に叩き込んだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「とがめさ~ん、勝ちましたよ~」

遠くで絹旗最愛が手を振ってやってくる。奇策士とがめは安心した笑顔で応えた。

とがめは一回戦と同様に、この展望台にいたのだ。

「よくやった絹旗。私の奇策を封じられて、よく勝ってくれた」

そしてハイタッチ。

「さすが『木原』でした。あんなバケモノを造り上げるなんて……。火山の冷却用にられていた『液体窒素』が無ければ死んでましたよ」

「だが、それを叩き潰したのだ。お前がそれに勝っている何よりの証拠だよ」

「えへへへ、褒めても何も出ませんよ」

と、上機嫌な絹旗。

「あ、そうそう、あの駆動鎧、木原数多の依頼で造られたそうですよ」

「…………なに?」

とがめの表情が一瞬で変わった。まるで、危惧していた事が起こってしまったかのような。


「(木原数多には、『毒刀 鍍』が……四季崎記紀が付いている。もしや……)」

「……? とがめさん、どうしました?」

「―――いや、何もない。杞憂だろう。絹旗、奴の駆動鎧はどうした?」

「もう二度と相手にしたくないので、完全に破壊しました」


絹旗は訳が分からず、首を傾ける。が、とがめは何も無かったかのように、さっさと出口へ向かう。


「さ、そんな事よりも次だ次! すぐに戻って、真庭蝙蝠との戦い方を教えてやる!!」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――ここは、二回戦の戦場である『暗闇』

部屋全体が真っ暗な空間で、月明りの無い夜よりも暗い戦場であった。

それもそのはず。この部屋には照明は無く、窓もない。入場入口からも構造上まったく光は入らない。

まさに全てが闇に閉ざされた空間。

無論、味方も見えなければ、敵など全く見える訳がない。

縦横3kmのこの戦場では視覚が封じられ、耳と鼻と直感のみが全ての命綱だ。

兎の様に耳で敵の足音を聴き、犬の様に鼻で敵の接近を感知させなければならない。

だが、人間そんな便利に造られておらず、買い物で『暗視スコープ』が売られている。

暗視スコープはこの戦場の為にあると言ってもいい。

誰もがこの戦場で戦をする時は必ず購入する。

その中で、彼もその一人だった。

学園都市の能力者で、つい最近、賭博で多額の借金を背負い、暗部落ちしてしまった哀れな少年だった。

能力は精神系能力では中堅クラスの『心情感知(ポリグラファー)』。強度は強能力。

特定の人物一人の心理状態を読む事ができ、範囲はこのフィールドをすっぽり覆う半径4km。

その隅で、暗視スコープを目につけて寝っ転がりながら長距離ライフルを構える。

そして、暗視スコープの中で見る光景は、異様なものだった。

対戦相手の出で立ちが奇妙だった。

色々とツッコみたい事があるが、とりあえず今はこの一つだけ。


「―――なんで、暗視スコープ着けてねぇーんだよ」


そう、彼女は暗視スコープどころか、手に銃も手榴弾も持っておらず、手ぶらで暗闇を歩いていた。のこのこ空間の中心地点まで確実に進んでゆく。

―――――……わざわざ殺されに来たのか?

いや、そんな筈はない。自殺希望者ならば一回戦で負けている筈だ。

ではなぜヤツは手ぶらでここにいる? わざわざ殺してくださいと言っているようなものではないか。

だが、異様な気配を醸し出している目標だった。敗ける気がしないが、“危険信号が脳内で鳴り響く程の不吉な予感”がプンプンする。

なぜか? それは簡単な事だった。彼の能力は相手の精神状態を察知する『心情感知』。それで敵の心情を察知したのだ。

それが、異常だったのだ。


「(………この暗闇で、目の前のが全く見えていない状態なのに、何も“恐れてねえ”!?」


一寸先が闇状態では普通、怖くて怖くて足がすくむ筈だ。
例えば、一歩先に画鋲が落ちているかもしれない。足を踏み出せばそこは崖かもしれない。いきなり幽霊に肩を掴まれるかもしれない。

そして今なら、『今にもライフルを抱えた敵兵が、自分の心臓を狙っているかもしれない』。これが一番大きいはずだ。

だが、奴の心理状態は異常だった。

何も感じず、何も動じず、何も恐れず、何も思わない。まるで当たり前にただ歩いていた。―――それが、心理感知の恐怖の源だった。通常にして異常。

心拍数を70以下を維持したまま、目隠しで綱渡りが出来るか!?

敵がやっているのは、それに近い。

だが、それ以上に、異常を伝える脳の信号とは別の信号が、全身に駆け巡る。

それは―――恐怖。

モノに対する恐怖ではない。敵の強さや精神状態の以上に対する恐怖ではない。


『自分自身の身に何が起こるかわからない恐怖』

それは、幽霊スポットに行った時と同様の恐怖だった。全身から冷や汗がドクドクと大量に溢れる。一気に喉の渇きが広がり、頭の血の気がどんどん下がってゆく。

鏡を見れば、今の自分の顔は、ブルーハワイのかき氷を食べた後の舌の様に真っ青になっているだろう。

心情感知は一つ、大きく息を吐いた。勿論、音で感づかれない様に音を殺して。

「(兎に角。もうすぐしたら射程範囲内の2kmだ。そうだ、俺は高い金を払って、この学園都市製の超遠距離ライフルを買って、この『暗闇』フィールドで一回戦で敵を狩ったじゃないか。恐れる事は無い。それに敵は丸腰。無防備。無抵抗! 二回戦はちょっと変な感じの敵だったってことだ)」

そう心情感知は自分の心を落ち着かせ、射程範囲内に足を踏み入れようとする標的の心臓に、スコープの十字を合わせた。

この超遠距離ライフルは、通常ライフルの二倍の射程距離と精密性と低反発を売りとした、学園都市の兵器の一つだ。

世界中に輸出している銃でもトップの売り上げ数の銃で、照準を合わせれば勝手に微調整をしてくれて、引き金を引くさいの手ブレも解消される。

そう、この銃は射程範囲内に捕えた敵を百発百中させる夢の銃なのだ。

スタスタと少しずつ射程範囲内に近づいている敵も、今にもこの銃の餌食になる。

「(射程範囲内まで、10歩、9歩、8歩、7歩、6、5、4、………―――――――)」

天国へのカウントダウンを始め、引き金を絞る。

「(―――………3、2、い……)――――ッ!?」

だが、あと一歩の所で敵は足を止めた。そして、両手を前に出し、大きく開く。心情感知は食い入るように、敵の動きを監視する。

「(…………何をする気だ?)」

すると、敵は開かれた手で勢いよく、ありったけの力を込めて、柏手を打った。

パァンッッッ!!!!

「うッ!?」

数秒遅れで乾いた、鼓膜が破れそうな鋭い音がやってきて、ついビクッと身を硬直させてしまう。

しかしそれほど影響はなく、心情感知は今まで通り、敵をスコープで狙う。



―――が、いつの間にか敵の姿が消えていた。



「(―――………ハイッ!?)」


幽霊でも見ていたのかと思った。人間が消える訳がない。だが、消えた。間違いなく消えた。そしてその時――――



「…そこにいたか」



――――頭上から、自分の物ではない声が聞こえた。



とうとう、幽霊に遭遇したかのように体の温度が一気に冷え、恐怖のヴォルテージが一気に高まり、


「ひゃっ――――――」



それが、彼の最後で最期の記憶だった。

だが、その最期の最後の記憶は、跳ばされた首の視界から見た、敵の精神状態だった。




――――相変わらず、冷たいほどの平常心だった。



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今日はここまでです。ありがとうございました。
大学の夏休みはあと半月で終了します。だからもう、この昼夜逆転生活を元に戻さねばなりません。あーシンドイ。あと、とうとう今年も海いけませんでした。あと、また部屋に籠るだけの夏休みになってしまいました。あと、また今年も彼女出来ませんでしたけど、もうあきらめました。来世頑張ってみます。だから今世は精一杯、生涯童貞を貫きたく存じ上げます。あー悲しきかな人生。

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こんばんわ。お待たせいたしました。更新いたします。書いては書き直し、書いては書き直していたので、時間がかかりすぎました。スイマセン、言い訳です。
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絹旗最愛が次に足を踏み入れる戦場である『森』は真庭蝙蝠が指定したものだった。

なぜその戦場だったかと言うと、とがめが指定した『凍土』は、真庭忍軍如きにも紙一重で敵わなかったからだ。

実のところ、とがめはこれで3連覇敗。もう既にとがめは諦めていた。

どうも今日は運が悪いらしい。

学園都市統括理事長と言う巨大なバックを持つ猟犬部隊と学園都市の闇そのものである木原一族には資金面には負け、果てはまにわにも負ける始末。

とがめは思わずため息をついた。

ちびりちびりに使おうと思ったのがいけなかった。尽く金銭面に負けが続いてしまってはしょうがない。

戦場の指定と陣地の確保こそがこの戦における最重要の勝利の要因であるのは間違いないのに、なんと情けない。


(3060万で二人は足りんかったか……)


七花と半分に分けた1030万圓をチビチビと削る様に掛け金を出しても、それは金を捨てるだけ。結果、残りの財産はとうとう500万を切ってしまい、もう首が回らなくなってしまった。

これからはもう戦場の賭け金は出さない方が、良いのだろうか。


一方、楽々と連勝を続けている七花の方は巧く節約できていた。滝壺曰くまだ900万圓も切っていないらしいから少しばかり幾らか分けて貰おう。


「(まぁそれよりも対蝙蝠戦だ。この戦いが、準備で一番金を叩いた。―――残り76万圓かな)」


そう頭の上の算盤で金勘定をするとがめは、その算盤を頭の片隅に置いた。

そして―――『無駄にする事など許さない』『敗ける事など考えるな』『そして絶対に生きて帰ってこい』などの―――百万の言葉を一言に込め、入場ゲートを潜る絹旗に掛ける。


「心してかかれよ」

「超了解です」


絹旗は颯爽と、大きなザックを持ってゲートを潜った。

360度、巨木が何千も生い茂る森の中へと―――――。














そもそも、忍者の本文は「常に影であれ」――――隠密行動である。

要は、敵陣や敵領地に赴いて工作・暗殺をするの彼らの仕事だ。真庭蝙蝠はその手の事については里一番だろう。

そして、忍びならば標的となる人間をいかに効率よく殺すかを良く心得ている筈だ。

そう、忍者が使う苦無や刀などの刃物や手裏剣や吹き矢などの飛び道具が全く効かない絹旗に対しても、何らかの対策が無い筈がない。


彼が指定した『森』に一歩足を踏み入れれば、尚の事だ。

例えば、無数の罠の数々が怒涛の様に襲ってくる……とか。


絹旗が入場ゲートから入ってきたその時、ブザーが鳴り響いた。

本来なら両者の戦闘準備が整ったのを見てから運営が鳴らすものだが、これが蝙蝠の罠の始まりというのだろうか。


すると、縄で振り子の様に高く吊るしていた巨大な丸太が位置エネルギーの力を得て、振り下ろされる巨大な木槌の如く放たれた。

蝙蝠は、丸太で絹旗を吹っ飛ばし、壁に衝突させる形を予想していた。

これだけでは殺せないだろうが、ある程度のダメージを与えるかもしれない。

だが、真上の巨木の太い枝に掛けられた、丸太を吊るす縄の存在に気付いた絹旗に横に飛ばれてギリギリに回避された。

足先を掠りながら丸太は閉鎖されたゲートに激突し、寺の鐘の様な轟音を密室である戦場中に響き渡る。

森の木々に止まっていた鳥たちが驚いて一斉に飛び立り、歓声を上げる観客の様に大音量で騒ぎ出した。

まさに、これこそが開戦のゴングだと言わんばかりに。

絹旗は走りだす。ここで立ち止まっていたら、何をされるかわからないと踏んだのか。悔しそうに茂みの中へと飛び込む。


「………先に超到着していましたか!!」



だが、その行動こそが罠だとほくそ笑む蝙蝠は、完全に罠に掛かった得物を見て、きゃはきゃはと愉しそうに笑った。

丸太を避けられたのは心外だったが、まぁいいこれからが地獄だ。


「少しはやるようだな嬢ちゃん。精々逃げ回るこったなぁ! きゃはきゃは!!」


森の中へと消えていった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

この『森』フィールドの特徴と言えば、ゲートから入るともうそこは3km四方に隙間なく生い茂る木々たちの存在だ。

どこからでも敵の攻撃を遮蔽でき、また気付かれずに敵に攻撃できる事が大きい。

そもそもこういう戦車や大きな兵器が扱いづらいこの戦場では、ゲリラ戦が主に行われる。

ゲリラ戦とは少数の兵が大人数の敵と渡り合う為、奇襲や罠や破壊工作をする事であるが、それこそ真庭蝙蝠の得意分野だ。


そう、あの戦場は蝙蝠の庭となっているに違いない。


蝙蝠が先に戦場に着いたという事は、先に地形を知られるという事は地の利が奪われるのと同意だ。

地の利があるのとないのでは、戦い方が一変する。

特に360°木しかなく、特徴が無い戦場ではトラップや待ち伏せが大いに活躍するだろう。

そう、最悪な状況、地の利が無い絹旗は地の利がある蝙蝠の手の平の上で転がり続けなければならない。

蝙蝠は窒素装甲のせいで白兵戦・格闘戦に置いて圧倒的不利、かつ暗器による攻撃が殆ど効かぬ状況だ。

だが、絹旗を走り回して完全に疲弊させれば、楽々と倒す事が出来る。

それが彼の目的なのだ。

案の定、蝙蝠は絹旗が戦場に来るずっと前から計算に計算を重ね、何重にもトラップを仕掛けていた。

この状況は非常にマズイ。

奇策士とがめは唇を噛む。

このままでは絹旗は蝙蝠に嬲り殺しにされる。

作戦の一つとして用意した奇襲と待ち伏せは、完全に地の利を持ってかれた蝙蝠に簡単に察知され、返り討ちに合うから使えない。

そうなると取る戦法はもうほとんどない。

米と味噌と塩だけで、高級食材を使う料理人と料理対決で勝てと言っているようなものだった。握り飯と出汁が無い味噌汁しか出来ん。


「………だが、蝙蝠の奴めはいつからあそこにいた?」


とがめがそうぼやくと、背後から彼女に声をかける影が現れた。

「おお、とがめ」

「七花か。どうした? どうしてこんな所におる?」

「近くに寄ったからな。次の対戦相手の試合がちょっと遅れてんだ時間が開いたんだ」

「何回戦まで行った?」

「ん? 三回戦だ。ぼちぼち順調だな。手応えが無いくらいだ」

「それは重畳だ。それで、滝壺はどうした?」

「さぁ、花を摘みとか言ってた。こんな地下に花畑なんてないのに、おかしな奴だ。ははは」

「感受性に乏しいお前もおかしな奴だがな」

「まあそれはそれとして、どうだ? 絹旗は」

「見事に苦戦しておる。しかし解せんな。なぜこうも蝙蝠は大々的な罠を仕掛ける事が出来た?」

とがめは苦い顔で大きな窓の上のモニターを見上げると、そこには巨大な大岩が坂道から転がってくるトラップを受け止めて後ろへいなして躱す絹旗の姿が映し出されていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

絹旗最愛は見事に蝙蝠の術中に嵌っていたのは、言うまでもない。

どれだけ逃げ回ってもトラップが仕掛けられていて、油断も隙もあった物ではない。

例えばさっき、細い糸に引っ掛かったと思えば、横の茂みから銃弾の雨が横殴りで襲ってきた。

もちろん絹旗の『窒素装甲』の頑丈な装甲の前には豆鉄砲の様なものだが、質の悪い事に何発かに一発が衝撃が強い大口径の弾丸だった。

速いドッジボールを当てられたほどの衝撃だが、さすがに目などの急所に当たるとマズイので、立ち止まってガードしながら前進する。

何より、背中のザックに“弾一発でも当たる事は許されない”。

まぁ絹旗なら豆鉄砲程度だが、普通の人間ならば罠の一つや二つで体の一部が吹っ飛んで即死しているだろう(モロに受ければ即KOの七花の掌底と比べれば大した事は無い)。

しかし、蝙蝠がこうなる事を読んでいたかのように背後から丸太や大岩が襲ってくる。

絹旗は銃弾の雨よりもそっちを優先させ、横へ飛んだ。

そこで、尻に大口径の弾丸が直撃する。


「あだっ!!」


改めて言っておくが、ドッジボールでボールを当てられたかのような悲鳴だが、普通の人間なら見てられない惨状だ。

転がり込んだそこはちょうど巨木の木陰で、銃弾から盾代わりになって守ってくれた。削れる木の皮と木片がパラパラと飛んでくるが木の幹が頑丈で、銃弾が幹を貫く事は無かった。

今のうちにザックに手を突っ込んで一個の缶を取り出しながら、顎を伝う汗の玉を手の甲で拭って息を突く。


「ちょっとこれは超しんどいですね」


一回戦の重火器の暴風雨よりは威力の桁が小さいが、こっちもこっちで厄介である事には変わりない。顔を中心に守っていた両腕がとうとう痺れてきた。


(しかし、どうやって真庭蝙蝠はここまで銃やら何やら武器を超集めたのでしょうか)


そう考えていると、木の間の暗い所からキラリと光るモノを見つけた。


「……ん?―――――あッ! ヤバッ!!」


直感が避けろと言ってきた。本能に任せて体を右に伏せようと体を傾けると、同時にその“光るモノ”が一瞬で迫ってきた。

ヒュンッと風が斬れる音と共に迫るそれは耳朶を掠り、下っ腹に突き刺さるような重音が幹に突き刺さる。

何とか避けられたが、一瞬だけで冷や汗がどっと出た。

青い顔の絹旗はそれを見上げる。


「………え?」

絹旗の反応は拍子抜けした様なリアクションだった。
それもそのはず。木の幹に突き刺さったモノの正体は―――細い一本矢だった。種類の中では太い方だが、確かに矢だった。
そして、さきほど光ったのは太陽代わりの天井の照明の光が反射した先端の鏃だろう。
深く突き刺さる矢は幹から“矢筈”まで拳4つ分。威力は相当なものだが、絹旗の窒素装甲を突き破る程ではない。


(……思わず超ビビったのが超恥ずかしいです)


だが、顔を紅くして起き上がろうとしたその時、ある事が頭によぎった。


「………あれ? でも―――――痛ッ!」


が、頬でチクッとした痛みに驚いて思考が中断された。久しぶりに感じた痛みだ。それは傷の痛み。――――切り傷だ。


「…………え?」


なんと鏃は絹旗の窒素装甲を潜り抜け、頬の薄皮一枚を切り裂いたのだ。ツーッと頬に血の線が刻まれた。


――――ぞっ……。


銃弾でも通さない窒素装甲を裂いたのだ。腹に喰らえば体に突き刺さる。即ち、直撃は死を意味する。

もしも銃撃で立ち止まっている時に、側面・背後から狙われたら……考えただけでも悪寒が全身を駆け巡った。


(……って事は、こうして立ち止まっているというのは、超キケンなのでは……?)


また、視界の隅がキラリ光った。ビクッとそれに反応して、背中のザックを腹に持ち替え、木陰から飛び出す。

すると直後、一発の矢がヒュンッ!と風を切って襲い掛かった。が、先程と同じようにはいかず、狙いを定め損なったのか太めの枝に掠り、進行方向がやや下方に修正されてしまった。

絹旗がいた場所の足元に突き刺さる。それを目撃した絹旗は、


「ぇ、えぇ!?」


思わずギョッとした。いや、驚かずにはいられなかった。

なぜただの矢にここまでの殺傷能力があるかはわからなかったが、それが良くわかる光景を目にしたからだ。


なんと普通の長さだと思っていた矢の長さが異常な長さだった。普通の矢は十二束(握り拳十二個分)の長さだが、その矢はなんと約倍近くだった。パッと見れば一瞬、槍と見間違えてしまう。


「確か、短い矢より長い矢の方が、同じスピードでも威力が全然違うって話が……」


走りながら最初に飛んできた矢を顧みる。

それが信じられない事に“矢は木の幹を貫き、反対側から鏃がキラリ顔をのぞかせていた”。


「そんな超嘘な話がありますか!?」


確かに威力は強いだろうが、ライフル銃の弾でも通さなかった木の幹が何の変哲のない槍に貫かれるなどあり得ない。

いったい、どんな魔法を使ったのだ。

生唾を飲んだ絹旗は弾丸の雨の中に逃げた―――否、あえて攻めた。矢が発射された場所へ迂回しながらダッシュで目指す。


「あだっ!」


背中に銃弾が広範囲に直撃し、時々強い衝撃が(ライフル銃か?)肩甲骨の尖っている部分にぶつかった。

絹旗は地味に痛い衝撃に耐え、矢が放たれた場所…弓がある場所へと向かう。

別に逃げられる状況だったが、逃げたら逃げたでまた罠に嵌ってさらに状況が悪くなり、さらに追い込まれて消耗する。これでは蝙蝠の思う壷だ。

それよりも、あえて前に攻める方が戦略的に正解である。

(あの矢は明らかに私に超狙いを定めて放たれた物……)

絹旗は先程中断された思考を再び開始させる。


(だって、蝙蝠のトラップの想定には、私が“あの木を超適当に選んで逃げ込む”という細かく曖昧な構想はないはず。
それは未来が読める超能力でもない限り、超不可能な事でなのに超ピンポイントに放ったという事は、超遠くから見ているという事……。
――――そこに蝙蝠がいる!)


そう、絹旗は蝙蝠を直接たたく為、彼の陣地に特攻を仕掛けたのだ。


(あの陣地は完全なる超安全地帯の筈。自分の罠に自分が嵌るような超馬鹿ではない蝙蝠は、自分がいる場所には罠を仕掛けるはずがない。だから蝙蝠の周辺には罠は無く、即ち超攻撃は来ない。蝙蝠を叩けるのはあそこしかない。これは恐らく超千歳一隅の勝機!)


だがしかし、それを易々と許す甘い男ではない。そんな事など想定済みに決まっている。

居場所が知られたと知れば、すぐに逃げるかもしれないが、とがめ曰く接待好きなあの男だ。

侵入を許さない為に、尚激しい銃撃や罠の嵐が迎え撃つだろう。


そして案の定、今までとは比べ物にならない物量の嵐が前左右三方から押し寄せてきた。

足に何か引っかかる感覚がしたと思えば、右前方から三丁の機関銃が並んで頭を出して火を噴き、左前方から今までで最も大きな丸太が襲い掛かり、そして真正面からさきほど襲ってきた矢の鏃の光が無数に見えた。


蝙蝠の想定では恐らく、


(超威力の強い機関銃の弾丸で動きを止めたあと、丸太を受け止めさせて超釘付けにした所を矢で貫いて討つ……と言ったところでしょう。………でも、そうはさせますか!!)


罠がある事は承知済みだった絹旗は、腹に抱えていたザックを背中に移した。

それが出来たのは、さっきまで背中を叩いてた衝撃が止んだからだ。

銃弾の雨は弾切れなのか、それとも射程距離から脱したのかはわからない。だが、後ろの攻撃は無いと確信したから実行した。

そのまま体勢を低くしてクロスアームブロックで急所を守りながら、機関銃の弾を数秒凌ぐ。

次に襲ってきた左前方の、今日二回目の丸太を完全に受け止めようとせず、威力をある程度相殺した後、あえて飛ばされた。これで矢は回避できる。

ゴルフボールみたいに飛ばされる事は無いが、力に任せて茂みに突っ込んだ為、少し衣服が破れた。太腿と肩の部分が少し裂ける。

だがそんな事など構わず、


(―――――大体敵陣地まで、あと50mちょっと…)


と、目測で図り、蝙蝠がいるだろう陣地へ駆ける。

蝙蝠が自分が避け、ここから向かっていると気付く前に一歩でも足を前に出す。

だが、唯一の安全地帯へと目指して走り抜ける絹旗は少し、震えた。

なぜなら、今は知っているこの場所は、幾重もの木陰が重なっている、日の光が殆ど陰に遮られた闇の中だったからだ。

薄らとしか周りの状況が見えない。いつ何時脇腹に砲弾を喰らってうずくまるか、地雷を踏んで空叩く吹っ飛ぶか 何が起こるかわからない。

でも、走るしかない。

―――砲弾の照準から一秒でも外れるように、地雷を踏んでも爆発で吹っ飛ぶ前に、全力疾走で突っ切る。

絹旗の頭にはそれしかなかった。無理でもやるしかない。

実際に罠に掛かり、横から砲弾が発射され、地面が地雷によって爆発した“気がする”が、もうそんな事には構ってられない。

全身の神経一本一本、肉の一筋一筋に働きかけ、右足と左足をいかに速く交互に前に出させるかに全てを懸けた。


その時、疾走する絹旗の視神経が真正面に光るモノに反応する。


――――また矢の鏃だ。


絹旗は目を凝らして鏃を見つめ―――暗闇の向こう側……蝙蝠が矢を発射させるタイミングを図っていたが―――もう、女の勘に頼るしかなかった。

鏃が一気に絹旗の目の前に、電撃の如く迫った。右目に当たるコースだ。あの槍の様な巨大な矢が当たれば、目玉ごと頭を貫かれ、即死する事になる。

だが、そうさせない為、そうはさせない為、視神経と反射神経と女の勘で、それを完全に掴み取った。

右の瞼のちょっと横が焦げた。だが、それだけで済んだことが運がいい。

頭の脳の血管が、脳細胞の一つ一つが熱くなって集中しているのがわかるった。だから掴み取る事が出来たのか。


「――――……そう何度も超射させるとお思いですか!?」


それをペン回しの様に持ちかえ、槍投げのようにツーステップを刻んで、


「だぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


雄叫びを上げながら矢を投げ返す。
轟ッ!!! と腕が鳴る音と共に投げ出された矢はシュ―――――――ッと風を切りながら帰って行き……―――――――――………「ぐわっ!」と男の小さな悲鳴が聞こえた。


(いたっ!)


蝙蝠のものだと確信した絹旗はそのまま、絹旗は音がした場所へ突き進んだ。

もう罠が仕掛けられていないのか、陣地周辺の茂みの中は何も起こらず、そのまま蝙蝠がいる陣地までへとたどり着く事が出来た。

ズサササササァ………と、砂や砂利を撒き散らしながら急ブレーキをかけて、絹旗は飛び出す。

そこは、そこだけは周辺に木が無く、照明の光が美しく降り注ぐ場所だった。

そして、やはりこの男が立っていた。スポットライトに照らされた舞台の上の俳優の様に、主人公が難敵を倒してやってくるのを待っていた物語の宿敵の様に、そこに立っていた。

真庭蝙蝠その人である。

左肩に矢を食らい、鮮血が指先から垂れている。だが、何事も無いように蝙蝠は右手を挙げた。


「………よう、また会ったな」

「こんにちわ、真庭蝙蝠さん。私の名前、超憶えていますか?」

「絹旗最愛だろ? この前はどうもだったな」

「いえいえ、超ピンチだったし、何より私たちの超敵だったので、超ついでに助けただけです」

「そうかよ。でもどっちみち助けてもらったんだ、ありがとよ」


真っ黒な装束と真っ黒な瞳が特徴の忍者、真庭蝙蝠。

真庭忍軍十二棟梁が一人。先日、無能力者狩り事件で猟犬部隊の凶弾に撃たれ、窮地だった所を絹旗が助けたという、二人だけの関わりがあった。

要は、蝙蝠の命の恩人である。だが、


「つったって言ってこの勝負、負けてあげるなんて言わねぇがな。きゃはきゃは」


そして最も濃い特徴が、この不気味な笑い方だ。

いや、それよりも最も彼らしい特徴は、“殺人を愉しむこと”。それこそが真庭忍軍の棟梁の中で最も忍者らしい蝙蝠の思考なのだ。実際に彼は本気で彼女を愉しく殺そうとしている。


「人が罠に右往左往しているのをSASUKEを見ているお茶の間みたいに笑ってたのですか。超趣味が悪いですね。 まぁいいですよ別に。もう乗り越えたので」


そんな事などどうでも良い絹旗は一つ、あの槍のような矢について訊いた。


「一つ、超質問なのですが、あの超馬鹿長い矢をどうやってあんな超馬鹿みたいな威力で放つ事が出来たのですか?」

「いい質問だ。実にいい質問だ。ついつい親切にネタを丁寧に口走っちまうほどいい質問だ。いいぜ、教えてやる」


絹旗からでは陰で見えないだろう“あるモノ”を体を一歩横に動いて見せた。



それは、大型な即席の弩だった。


いや、弩(ド)とは、弓を機械化して威力を高めさせたものを指すから、厳密にはそうではない。

鬼が引きそうな大きく太く、そして見るからに固そうな弓が巨木に括りつけられただけの物で、弩とは程遠い代物だった。

だが、矢の威力を高めさせるのに固くした弓を引く為の、どこからか持ってきた廃棄物だろう歯車などの機械類のガラクタの仕掛けは弩のそれと近しい物だった。

それが三ヵ所につけられていた。

一つはあの木の幹で絹旗を射ようとした物。一つは三段階の罠の時の物。そしてもう一つはさきほど迫ってくる絹旗を射ようとした物。


「まさか、私があのルートで走ってくるのがわかってたんですか? ホント、超末恐ろしいですね」

「末恐ろしいのはてめぇの方だっつーの。まさか、この真庭蝙蝠様がせっせと仕掛けてきた罠という罠に殆ど掛かっても、死ぬどころかこうしてぴんぴんしてやがる。―――いったいいつもどんなもん食ってんだ。ましてや、こいつを素手で捕まえちまうとか、化け物かよ」

「いえいえ、もうあちこち走り回されましたから超疲れましたよ」


そう言う絹旗だが、そのような顔色は一切表に出さなかった。


「そう言えば、平安時代の源為朝は五人張りの弓と槍の様に超長い矢を持ち、鎧を着ていた武者を二人まとめて射止めたそうですね。そう考えると、極限に超威力を高めた弓で放たれた矢が木の幹を貫くというのは超解らなくもないです。古代ローマのバリスタもありますし。でも、それでも私の窒素装甲を貫けるとはちょっと考えられないですね、正直。」

「鏃と矢羽代わりの蔓を螺旋状にして、回転による威力を強くしたんだよ。
この世界の武器は手頃に出来る加工が難しい。でも、弓矢とかの原始的な武器は色々と都合よく改造が出来る。例えば、先を限界まで細くして空気抵抗を減らして貫通力を上げさせるとかな。他にも色々と工夫を凝らしたんだぜ? まぁ、そこは尺がねぇから省くがよ」


蝙蝠は人差し指で弾丸を現して、掌を突くジェスチャーをした。


「とにかく俺が着目したのは、鉄砲の弾は亜音速で進んでモノを無理やり抉じ開けて突破して破壊するが、矢は鏃で突いて貫いて破壊する“仕組み”だ。それを応用して、お前を守っている“何か”を鋭い鏃で斬って突破するって方法を思いつくまでには色々な苦労っつーもんがあったんだぜ? どうだった? ビックリこいただろう?」

「ええ、久しぶりに切り傷が出来たんでビックリしました。しかしですね、」


絹旗は蝙蝠を睨んだ。


「超舐めてるんですか? わざわざ罠を無数に張るのは、白兵戦では私に及ばないからでしょう? なんで超逃げないのです?」


それを聴いて蝙蝠は『きゃはきゃは』と笑って、


「甘えてんじゃねーよガキンチョ」


吐き捨てた。


「確かに俺のこの腕じゃあ、おめぇのその馬鹿みてぇな体をどーこーする事は叶わねぇし、サシのガチンコで戦っても勝ち目は正直薄いかもしれねぇ。そこは認める。だから俺という人間は忍者らしく十割十分十厘ぜってー勝たなくちゃ可笑しいだろって言われるほどの方法を選んで、戦術を組んで戦っているし、そこに何の悪があるってんだ?って開き直る事が出来る。それが戦略ってもんだろう?」


絹旗はしばらく黙って考えた。そして納得したように頷く。


「………確かにそうですね。あなたの言う通りです。これは戦争ですから、超正論です」

「だろう? でもなぁ! 俺は確かに忍びだが、ずっと隠れたままひっそり潜んで敵が勝手に死んでいくのを眺めるだけじゃあ物足りねぇから、こうやって出てきてやった訳だ」


蝙蝠は笑った。


「きゃはきゃは! しっかしまぁ、対戦表を見た時は流石に正直ビビったぜ? なにせ、俺の武器の苦無も手裏剣も短剣も全く効かない相手と当たるんだからよ。でも、だからと言って満足されずにダラダラ殺り合うのも忍びねえ。忍びなだけにな!」

「超寒いです。超鳥肌立ってしまったじゃないですか」

「しょうがねえよ。こいつは俺の癖で本質だ。俺は真庭蝙蝠―――通称『冥土の蝙蝠』。知っての通り冥土の土産を大盤振る舞いしてしまうほどの接待好きで、ついついあの世で使える洒落た駄洒落もつい口走っちまう」

「そんな超寒いダジャレが使える所なんですね。超初めて聞きました」


彼は確かに忍びとして最高の能力を持っているが、この接待好きな性格がそれを損ねているのが勿体ない気がする。


「んまぁそんな訳で接待好きな俺は、きっちりかっちり楽しく辛く死んでもらえるように今日一日ず―――っとこの森ん中に籠って、この森中に罠をせっせせっせと作っていたんだぜ。 おめぇと虚刀流の糞野郎をぶち殺して、『微刀 釵』を手に入れる為だけになあ」

「なッ! 七花さんを糞野郎呼ばわりなど超許せませ…――――えッ!? い、今までずっとここにいたのですか!?」


絹旗は指で地面を指しながらつい大きな声を出してしまった。

蝙蝠は満足げに口角を上げて、


「ああ、そうだぜ? 一回戦…厳密には虚刀流がここで戦った後からな。野郎、あの時よか腕を上げてたから、ますます殺し甲斐があるってやつだ。つーかなんだ? 手前ぇ虚刀流の奴の事が好きなのか? えぇおい」

「それはそれです!! 今は超関係ありません!!」


しかし、一体どういうことだ。

そんなルール上あり得ない事だ。だが、確かにあの量の罠を仕掛ける時間や床子弩の制作時間は、そうでなければ計算が合わない。


「(運営は何をやって―――いや、待てよ? もしかして)………あなた、まさか―――」


その時、蝙蝠はニヤリと笑った。


「へへっ、狂犬の奴が良く働いてくれているぜ全く」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

戦いの違和感…いや、異変にもう気付いていた奇策士とがめは鑢七花を連れて、第三学区の地下スタジアムの運営管理室に向かっていた。


「ま、まってください! ここは運営関係者以外は立ち入り禁止です!!」


無論こうやって大人たちが何十人も止めに入るが、


「七花」

「おう」

「退けさせろ」

「おう」


と、とがめは七花にそれを退けさせる。ズカズカと足を進ませて一切立ち止まらない。―――ある所につくまでは。


『闇大大覇星祭管制室』


ここは、主に戦場での審判やルール違反者の取り締まりなどを司る部屋だ。また全体の賭け金などの金の流れを操り、VIPの賭けの進行役もやっている。

闇大覇星祭を運営する、要ともいうべき場所だろう。


「邪魔するぞ」


とがめは全く躊躇せずにその中に入り込む。

と、そこには………ある女がいた。

正確には、管制室のドアのすぐ横の壁に寄り掛かっている妖艶なスタイルで顔もそれに似合った様に美しい、が、全ては凶悪な犯罪者の表情で塗り潰された女が。

そんな女を、とがめと七花は知っている。こんな表情をする人間は一人しかこの世に存在しない。


「――――貴様か、真庭狂犬」

「あら、お久しぶりね、奇策士ちゃん」


青い刺青を全身にした女性…真庭狂犬―――真庭忍軍十二棟梁が一人で、とがめと七花とは因縁じみた面識がある。
だが険悪な表情はせず、狂犬は悪そうだったが笑ってあいさつした。


「それと虚刀流ちゃんも会いたかったわ。実に会いたかったわ」

「おお、狂犬! お久しぶり。お前もこの世界にいたか!」

「ちぇりょお! こら七花。何を呑気に挨拶を交わしておる。しかも元気な声で。まるで旧友との再会ではないか! 敵同士だぞ敵同士!」


と、とがめは七花の脇腹に拳を突き立てた後、狂犬に顔を向き直してキッと睨んだ。


「やはり貴様の仕業か」

「何のことかしら」

「惚けるな。この光景を見たら、嫌でも貴様の仕業としか思えん」


七花が憤慨するとがめの顔を覗き込んだ。


「とがめ、どういうことだ?」

「黙っていろ七花。黙って見てみろ、この部屋の状況を見ればわかる」

「ん?」


七花が言われたとおり、室内を見渡した。棚田の様に階段が五つあって、その一つ一つに一段一段にPCがいくつもある構造である。

とがめの言う状況とは、約二十人弱の女たちが管制室にいた者に銃やら苦無やらを押し当てていたと言うものだった。

彼女らは全員まったく違う体型・容姿をしていているが、狂犬と同じ忍び装束を着込み、全身に鎖を巻いている。

そして、まるで同一人物だと言っても信じてしまうほど、狂犬と同質の凶悪な表情をしていた。

その顔が背後で無言で脅していた。―――下手な真似をしたら殺すぞ、と。

その声を聞いて、男達は怯えながらもPCのキーボードを叩いて作業を進めるいる。数人女もいるがそれらも同様だった。


「あー、なるほど」

「どう見ても、『真庭蝙蝠が提出した少ない掛け金で指定した『森』の戦場でずっと戦わせてずっと戦場の中で罠を張り巡らせる為に脅して小細工していた』としか見えん」

「御名答。流石頭がよく回るから説明が省けるわ。ご察しの通りよ。
今戦っているお嬢ちゃん…絹旗ちゃんとか言ったっけ? その子と虚刀流ちゃんを倒す為の…あんた風に言えば『奇策』と言う奴をしているのよ、虚刀流ちゃん」

「戯け。これが奇策と呼べるものか。なんと卑怯卑劣な事よ。いや、それが忍者らしいと言えばらしいか」


狂犬がやった事は、実に簡単な事だった。


「私たちの所持金はあんた達から見れば釣り銭みたいなものよ」

と、狂犬は理由から切り込む。

「その数約400万圓。武器を揃えるのがやっとなのに、賭け金なんか払ったら勝てっこないわ。
だから十割勝てるように、私がここを占拠して、零の桁をちょちょいと足していたのよ。勿論、私の戦もそうだったわ。因みに、無事に私は準々決勝まで駒を進めることが出来たから、蝙蝠と戦う事になっている」


眉を顰めたとがめが反論した。


「それだけでもあれだけの武器を揃えんだろう。ひょっとして他の組織を襲って奪ってきたのではなかろうな?」

「それは想像に任せるけど、運営は戦闘外の争い事には手を出さないことになっているわ。規則上大丈夫よ」

「そうか……。で、お前は自分の戦で忙しく、蝙蝠はずっと『森』の中にいたとして、誰がお前らの掛け金を提出していたのだ?」

「川獺よ。今日はもう戦う気分じゃないから、裏手に回るって自分から進言したわ」

「なるほど、合点が言った。(真庭忍軍獣組三人衆が三人とも出場してなかったのが幸いだな)」


とがめが顎に手を当てると、狂犬は質問した。とがめはそれを当然の様に答える。


「ねぇ、なんで私たちの不正行為が分かったのかしら?」

「簡単だ。『森』にいた運営の人間にこう訊いたのだ」


『――――ここで行われた戦闘は何回目か?』

『――――はい、確か二回です。今で三回目となります』


「これは異常に少なすぎる。今まで全49回も戦闘があって、『森』での戦闘はたったの3回は統計学的にも非常に難しい。特に、十二の戦場で一番“戦争がしやすい戦場”が人気がない訳がない」

「一番戦争がしやすい……と、言うと?」

「惚けるな。忍者ならそれ位知っておらんわけがないだろう。まぁいい、それでも説明してやる。七花もおるからな」


その言葉に七花は嫌な顔をしたが、とがめはそのまま続ける。


「『森』とは昔から比較的、弱者が強者に勝てるのには打って付けの戦場だ。それは百戦錬磨の騎馬武者でも影で弓を構えた雑兵に普通に討たれる程。それ故、大人数ないしは普通では手が出せんくらいの強い敵を相手に戦いやすく、人気が高いはずだ。
他にも『市街地』と『荒野』は大きな兵器や武器が持ち込みやすく、それらで補強しやすい。故に人気がある。だがそれ以外の戦場は何らかの高級な装備が必要で、しかも自分の超能力や装備が上手く作動できない場合が万が一でもある」


その例が、AIMジャマーだったり、兵器の故障だったりジャムだったりする。


「『上手く戦える』。これだけで幾ら戦力に差があれど、戦況はがらりと変わる。だがそれなのに『森』が不人気なのは、あまりにも不自然だと思わないか? いや、思わない訳がない。
だから私はもう一度運営に訊いた。『じゃあ、誰が戦ったのか?』と。………返ってきた言葉はわかるな?」


『二つの戦いは全て真庭蝙蝠様の戦いでした』と返ってきたのは言うまでもない。その時のとがめの表情は「やられた」というものだった。


「驚いたよ。まさか“蝙蝠は全くあの戦場から帰っておらず、そのままずっとあそこで陣を張ったまま罠を仕掛け続けていた”とは流石に思わなかった。よく、戦は始めてからではなく、始まるまでが戦だと言うが、私たちは始まる前から貴様らの罠に嵌っていたのだな」

「大正解よ。もう素晴らしいくらいに」


と、狂犬は黙ったまま笑う。そこに変な顔をした七花が横から口を出した。


「なぁ狂犬、お前らちょっとおかしくないか?」

「なにが? 虚刀流ちゃん」

「だってよ、俺やとがめならわからるが、なぜ絹旗も攻撃対象なんだ? あいつはお前らとは関係ないだろう?」

「あるのよの残念な事に。同じ『微刀 釵』を狙う敵同士ってことでね。ましてやあの子は忍者の天敵よ。だって私たちの主な武器だった刃物形の武器が通じないのだから、厄介この上ないわ」


―――やはり、この者たちも『微刀』を狙っている。とがめは悪そうな笑みで煙管を吸う狂犬をとがめは怪訝な顔で、


「それより狂犬よ、貴様先程、自らの策を『奇策』と言ったな?」

「ええ、それが?」

「奇策士として教えてやろう……。――――戯けが。これは奇策でも何でもない。ただの脅しだ。強行策だ。下策だ。失策だ。失敗策だ」


とがめは狂犬の奇策を完全に否定した。


「奇策とは弱者が強者を倒す為に練る、努力の結晶。だが、貴様らがやっている事は弱者が強者に勝つ為にさらに弱者を脅かしているものだ。それはどう考えても下策だ。後々にしっぺ返しを食らう悪手だ。強盗と何の変りはない。忠告だ、直ちにこの場から立ち去れ。さもないと―――この場でこの虚刀流七代目が全員叩き斬るぞ」


途端、管制室にいる狂犬の一味たちがサブマシンガンや拳銃をとがめに向けて構えた。同時に、一瞬で鋭い目になった七花がとがめを庇うように前に出る。

一瞬で――ピリッ!――と空気が冷たい刃を向けられた様な緊張感で張り詰めた。

狂犬はすぱーっと煙管の煙を吹いて嘲笑する。


「ああ、怖い。でもいいのかしら? 例え虚刀流七代目でも、この場にいる人間をすべて倒しきれるかしら? いや、それ以前に生き残る事が出来るのかしら?」

「生き残るなど、こやつからすればあくびが出るだろうよ」



とがめは不敵に笑う。だが、狂犬も笑みを絶やさない。


「でも本当にそんなことしていいのかいら? あんたたちはこの世界の人間に“不殺”を貫いていると聞いた。だったら人質を取ってしまえば、勝手にお宅がお外に出てくれる。おずおずと無様にね」


管制員の誰かが――男だった。その男が『ヒィッ!』と怯えた声で、ジャックナイフを持った女に腕を極められた。首の頸動脈にヒヤリとするナイフを当てられる。

―――人質を取られた。

だが、そんな事など知った事ではないと言う風な目で人質の男を見下ろすとがめは鼻で笑う。


「いや、どうかな? 万に一つの可能性で敗れる事があるかもしれんだろうし、人質を取られたら正直どうしようもなくなるかもしれん。だがな、それでも私は七花に命ずるぞ。『戦え。戦って、この雑魚共を根絶やしにせよ』と。七花よ、この人数を何分で人質救出と制圧できる?」


七花はのんびりと答えた。


「ざっと5分かな。どいつもこいつも相当な手練れなようだし、何より人数が多い。でもまぁ―――虚刀流からすれば大した事は無い」

「とのことだ。どうする? それでも戦うか? ならば人質を取るか? それとも全員でどうにかして私を殺してみるか? いいだろう、是非ともそうしてもいい。すぐにかかってこい」

「自信満々ね。そんなドンパチ騒ぎをして、この大会の運営が黙っていられるとでも?」

「狂犬、貴様今寝ているのか? それこそ貴様らにとっては最悪の状況ではないか。―――『ここで貴様らと戦う』という行為の真の目的は、実は裏があるかもしれんぞ? 例えば、騒ぎを聞きつけた外の兵がこちらに来たとしよう。ここの状況が運営上層部に伝わるし、その兵たちの目からどう見えると思う?」


とがめは腕を組んで、仁王立ちをする。


「恐らく貴様らは闇大覇星祭の戦いの規律を破って管制室を占拠した“賊”で、私たちはそれに逸早く気付いて戦ってくれていた“正義の味方”だろうと見る筈だ。即刻貴様らを殲滅しようと、私たちに加担するだろう。そうすれば数の差が無くなる。さっさとそんな時代錯誤も甚だしい物を仕舞って、さっさと犬小屋へ帰ったらどうだ?」


『犬小屋』―――絶対に狂犬に対しての挑発としか思えない言葉に、七花は背中をひやりとさせた。なぜなら七花の動物的直感が、狂犬の怒気に反応して警鐘を鳴らしたのだ。

さっきまで強気な笑みを浮かべていた狂犬の顔からそれが一瞬で消え失せた。いや、押さえていた感情がやっと表に浮かび上がって来たのだろう。怒りで敵を威嚇する猛犬は犬歯を剥ける。


「そんなご都合主義な展開、ある訳がないでしょう………ッ」

「わからんぞ、どう転ぶかは。加勢してくれるかもしれんが、もしかして七花と私も攻撃するかもしれん。だが、貴様らは絶対に間違いなく銃殺される。あたかも狂犬病に罹って狂った犬の様にな」


とがめは口の動きのペースを抑えることなどしなかった。


「―――もし運よく両者とも生き残ったとしても、そなたは勿論蝙蝠も失格。貴様らの計画はパーだ。抱水だ。どうだ? ここは大人しく引いてくれんか? 私だってここで無用な殺生はしたくない。ここでドンパチやるよりかは、何十倍もいい話だ」

「……………」


狂犬は黙った。黙って、とがめを睨む。揺らいでいるのか。ここで戦うべきか。それとも呑んでオメオメと帰っていくか。

いや、戦いたいのだろう。七花はさきほど一斉に銃口を向けた狂犬たちの顔を思い出す。―――完全に怒ってた。青筋を立て、目に血管を迸らせて睨んでいた。そして今も睨んでいる。

妙な感じだ。まるで“全員が一人の人間”であるような感じだ。これ以上難しくて言葉に出来ない。

わかる事は、今すぐにでも飛び出してこの白髪の女の喉頭を掻き毟りたいに違いないのだろうという狂犬とその取り巻きの心境だ。

だが、彼女の理性がそれを抑えるのだ。ここで飛び出したら計画は終わりだと。

数秒考えて、彼女が出した決断はこうだった。


「……………いいわ、引いてあげる。――――――――――ただし、それは『あの勝負に勝ったら』」


名案なカードを切った様な表情をした狂犬は人差し指で管制室の奥にある巨大モニターを指した。十二と三つの戦場が映し出されていて、その一角には絹旗と蝙蝠の姿があった。


「あの子が勝ったなら私たちはあんたたちの言う通りに出ていくとするわ。でも、蝙蝠が勝ったらあんたたちがこの部屋から出ていくのよ。勿論他言無用」

「よかろう。では、ここで観戦と行こうか。―――誰か椅子を持て」



その勝負―――賭けを承諾したとがめは、人質の一人が持ってきたキャスター付きの椅子にズカッと座ると、十五の戦場を映し出していたモニターが『森』の戦場の映像に移り変わった。

途端に苛々する程の剽軽な声色が部屋中に響いてくる。丁度、蝙蝠が絹旗に狂犬と同じ内容の話をしていた。


(ま、これで絹旗にいちいち説明する手間が省けたのいう物だ。助かったと思えば良い)


とがめは暫く戦闘は起こりそうにないので、狂犬と同じ表情をした女集団を見下ろした。同じ青い刺青。凶悪な表情。だが、まったく違った風貌の女たち―――。

ふと、頭の隅に横切った事柄を、静かに狂犬に訊く。


「………時にだが、狂犬よ。もしやと思っていたのだが―――――“ここにいる者は皆、『貴様』か?”」


七花は思わずとがめを見下ろす。まさか、彼女も自分と同じ違和感を感じ取っていたのか。そして、それを語源化したのか―――と。そうか、そう言う事か。七花はとがめが言葉にしてくれたおかげで、自分の違和感の正体がわかった気がした。

一方、とがめの問いを聴き、口角を少し上げた狂犬は凶悪な笑顔で煙管をトン!と腕に叩いて中の煙草を捨て、懐にしまった。


「そうよ。奇策士ちゃんが言う通り、ここにいるのは“私”よ。“私”であり“私たち”。真庭狂犬の忍法の副産物と言っていいかしらね。いいわ、詳しく教えてあげる。順調にいけば決勝で戦う事になる虚刀流ちゃんの為にも―――」

「いや、それはない」


とがめが口を挟んだ。堂々と、胸を張って言ったその言葉に狂犬は少し癪に障ったのか、キッと目を吊り上げる。だが、それに構わずとがめは自信満々と宣言した。


「―――――絹旗が勝つ」

「根拠は?」


狂犬の表情は苦虫を噛んだかの様だった。


「完全にあの『森』にはあの真庭蝙蝠の庭よ。陣地よ。一歩踏み出せば無数の銃弾で蜂の巣、防げてもありとあらゆる罠たちがあの子を殺すわよ。なのになぜ、そんな自信たっぷりに言えるの?」

「そんなもの、ごく当然の事だ」


とがめは指を三つ立てた。


「根拠は三つ。―――まず一つ、蝙蝠の罠の“大半”は絹旗の窒素装甲によって防げる事。二つ、残りの罠は奴でも防げないがその数は少なく、また絹旗自身の実力がある故、避けれない物ではない事。ドジを踏まん限り当たらぬよ。三つ、この奇策士とがめが奇策を託した事…―――以上だ」

「異常よ。確かに、一つ目はそうだけど、蝙蝠はそれを承知している。だから大小の罠の組み合わせで長期戦に持ち込んで、疲れたところを仕留めようとしているのよ。実際にもう本格的に捕まりそうじゃないかしら? そして三つめのご自慢の奇策を使う暇なんて、毛ほども無いわ」


そう断言する狂犬の弁を、とがめは笑って返す。


「ははっ、だから貴様は七花に負けたのだよ」

「なっ!?」


思わず頭に血が上ってしまった狂犬に、堂々と踏ん反り返って椅子に座るとがめは足を組んで指を指す。


「いいか狂犬。よく聴け。次の準々決勝で貴様が戦うのは絹旗最愛だ! そして狂犬よ蝙蝠に感謝しろ。あやつは、絹旗という能力者はどんな戦い方をするかを余すことなく貴様に体を張って教えてくれるのだからな」

「………さっきから聴いてみれば調子のいい事ばっかり言って!」


この場にいる狂犬たちの顔がみるみると怒りで紅くなっていくのを見ていた七花はとっさにとがめを庇うように身構える。


(…………絶対に煽ってるだろとがめの奴。どうするつもりだ?)


心の中で悪態をつきながらもとがめを守ろうとする。

だが、とがめは立ち上がり、七花の脇を通り過ぎて、狂犬の真正面に歩み寄った。


「なっ!」


七花は絶句する。


「ちょ、とがめ、何の冗談だ!?」

「いいからそこで突っ立っていろ。今は、他の狂犬が襲ってこない様に周りを睨んでいてくれ」


とがめは七花に片手で壁を作った。そのまま狂犬を見上げる形で、今度はこっちが狂犬を嘲笑し、挑発する。

「どうだ、狂犬よ。 悔しいか? 歯がゆいか? もういっそ、私を殺してしまいたいか? いや、そうであろう。女心もわからぬ鈍感七花でも気付いてしまうほどだからな、私は部屋に入ってきた時からわかっていたよ」


狂犬は熱く燃える目で冷たい刃の様に、低く振るえる声と血が滲むほど強く握り締めた拳で怒りを現していた。

憎しみと怒りが混合した、言葉に出来ない程の怨念が口からハッキリと零れる。


「ええ、あなた達がこの部屋に入ってきた瞬間に蜂の巣にしたかった程にね」

「いいだろう。是非ともそうするがいい」

「とがめっ!?」


にやりと笑うとがめの言葉に耳を疑った七花が叫ぶ。だが、それを無視した。とがめは狂犬しか見ていない。


「ただし正々堂々あの『戦場』でだ。十二と三つの戦場の内のどこかで行われる一騎討ちでだ。一対一…小細工も何もない、ただ純粋な殺し合いでだ」

「……………?」


狂犬はとがめを睨んだまま、疑問詞を浮かべる。


「そうだな、無事に蝙蝠が勝ったらそこで終わりだが、まずは準々決勝は絹旗と。そして決勝では七花と。私は何もせん。ただ戦場を指定し、観戦するだけだ。もちろん奇策は無し」


とがめはそのまま浮かべる笑みのまま、


「もしも二人ともそなたが殺し、優勝すれば、私は貴様の前で腹を切ろう。…いや、首を刎ねて犬の餌にでもすればいい。どうだ? 悪い話ではないだろう?」


狂犬の震える手を持って、自分の首側面にトントンと当てた。まるで、本当に首を刎ねろと言わんばかりに。


「どうした。この勝負、受けないのか? 勝てば真庭忍軍を崩壊させた原因を作った張本人への復讐が出来るぞ。逆に貴様が敗けても私は何も言わないし、何も咎まないつもりだ。この世界風に言えば『のーりすく・はいりたーん』。こんなにいい勝負話は無いだろうよ」

「…………。」


狂犬は………黙ったまだった。いや“恐れていた”。狂犬はとがめの本心がわからなかったのだ。

いや、たった一言二文字で抽出できるならば、それは“狂気”。

憎悪の怨念は確かにある。だが、その狂っていると思うほどのがめの“強気”が、狂犬の首筋に冷たい物を感じさせた。


「(この女は何を望んでいる? 蝙蝠はこの女の事を計算ずくの女狐と言っていた。確かにそうだ。そうとしか見れない。だけど、なぜ勝利の見返りを求めない?)」


この強気の根本が見えない。その事がただただ不気味に感じた。一粒の汗が、すーっと頬から顎に伝う。


―――ああ、これが蝙蝠が言っていた、気味の悪さがこれか。


何より、この全く中身が見えない本心が、月も星もない夜の様な真っ暗闇の様な腹の中が不気味だった。

密閉空間の様な真っ暗ではなく、薄らと異様に見え隠れするがそれが正体かどうかが曖昧で、もしかしたらそれを見ている時点で彼女の術中に嵌っているのではないかと思ってしまうという錯覚。

いや、もうそう思ってしまうこと自体、嵌っている。

人間は何より、闇を恐れる。狂犬は闇の森の中にいた。暗闇の森の中の鼠は梟に喰われる。

力が無い、障子紙の様に脆い癖に、こんな不透明な本心と真っ黒な腹を持ち合わせるこの女の危険性を、暗闇に音無く潜む梟の様な腹黒さを、蝙蝠は感じ取って、彼女を裏切ろうと提案してきたのだろう。

―――蝙蝠、お前の直感は当たっていた。この女に関わるとロクなことが無い。ある筈がない。この女は間違いなく、周りを不幸にして自分の目標を達成させる人種だ。

もう、とがめの申し出に断る事が出来ない。

受諾すれば確かな未来が見えるが、そこには“とがめの罠が仕掛けられている”可能性が高い。だが、断れば未来は真っ暗闇だ。全く先が見えず、危険性が高い。最悪虚刀流に全滅させられるかもしれない。

そう考えれば、承諾した方が危険が少ない気がした。だが、それはとがめの術中に完全に嵌ったという意味だ。しかしそれを嫌がればさらに危ない状況が待っている。

綱渡りをする時、殆ど前が見えない夜に渡るか、目隠しをして全く目が見えない様にして渡るか、どっちを選ぶべきか。


―――どっちも危険じゃないか。


「…………。」


生前の狂犬なら、『奇策士ちゃんの思い通りになりますか!!』と迷わず後者を選んだだろう。だが、踊山へ突っ走ってしまったせいで死んでしまった自分の失敗で学習した『冷静さ』の大切さが、完全に彼女を揺らがせてしまった。

とがめはそんな狂犬の心理状態を五感で感じ取って、さらに叩き込む。


「……ほう、怖いのか? それとも恐ろしいのか? 勝負に挑んで負ける自分の未来に」

「黙りなさい」

「まさか、真庭忍軍十二棟梁で里の重鎮である真庭狂犬ともある貴様が、こんな陳腐な勝負に挑まないのか?」

「黙りなさいッ」

「真庭狂犬はそこまで意気地なしなのか? 狂犬よ、貴様はいつから負け犬になった」

「~~~~ッッッ!!」


それは明らかな侮辱だった。教科書に載っていそうな挑発だった。狂犬の怒りが頂点に達しそうになる。

そして最後にとがめは仕上げに、


「どうだ? 正々堂々戦ってみないか?私と、七花と、絹旗と。 ――――まぁ、負け犬になるのは貴様の勝手だが」

「――――――ッ!!!!!」


ぶちっ! と狂犬の頭の血管が切れた音がした。


そう、その言葉は売り言葉だった。

激情な性格の人間にとって、その言葉は買わなければならない。売り言葉を買わなければ、人間ではなくなる。ただの犬に成り下がってしまう。

例えそれが奇策士の罠だとしても、ここで引いてしまえば手綱に引っ張られる畜生と同じだ。

狂犬は今から誇りという名の自尊心で動く事にした。

暗闇がなんだ。罠がなんだというのだ。そんなモノ、空の彼方に放っておけばよいのだ。毒を食らわば皿まで。

犬の様ななりをした狂犬は、犬ではなく誇りと尊厳を貶された人間として、犬の様に吠える。


「いいわ、その勝負引き受けたわ!! あんた達なんか、この真庭狂犬一人でぼろ雑巾の様に叩き潰してあげる!!」


――――その時、とがめの口角がほんの数mmだけ動いた。


「よし、ならばそうしよう。お互い、正々堂々とした勝負で片を付ける事にする」

「ふん、果たしてそうなるかしらね」

狂犬は負け惜しみの様に、


「“正々堂々の勝負が出来るかどうか”の鍵を握るのは蝙蝠とあの子の戦いよ。蝙蝠が勝てば自動的に私たちの戦いの戦場は私たちが圧倒的に有利な『森』になる。そして勝敗は火を見るよりも明らか。勝者は蝙蝠よ」


巨大なモニターには、カメラに向かって手を振っている蝙蝠の姿があった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「つー訳だ。わかったかお嬢ちゃん」

「超卑怯者ですね。超卑怯すぎて超反吐がでしょうです」

「そう連れないこと言うなよ。忍者ってもんは卑怯卑劣が売りなんだからよ」


真庭蝙蝠はキョロキョロと周辺を見渡し、


「え~っと、きっとここら辺に『監視かめら』っつー超便利な“からくり”があったはずだが……」

「ちょっと、人の口調を超真似ないでくださいよ」

「普通に出た言葉だ、いちいち突っかかるなよ――――っと、あったあった」


蝙蝠は巨木の上に設置された監視カメラを見つけ、カメラ目線で手を振る。


「きゃはきゃは、どうもあの『監視かめら』を見ると無性に手を振りたくなっちまう」

「小学生ですか、あなたは」

「いやいや、童心ってのは一生持っておくもんだぜ? 大人になってそいつを捨てちまったら、人生つまらなくなっちまうからよ。まぁ、俺はもう死んだ身だがな。だからここは引き下がる事はできねぇ。餓鬼はいつまで遊び心の他にも、勝負の勝ちと物の価値に拘るもんだ」

「また超寒い駄洒落ですか」

「いいもんだろ? 言葉遊びってやつは。―――しっかしまぁ時になんだ」


蝙蝠は首筋を撫でた。


「罠を避けまくるお前を見ていると思っちまったんだ。どんどん罠を掻い潜ってやがる。これほど楽しい相手はなかなかいなかったぜ。正直、わくわくした。見ていて楽しかったぜ」


そしてはぁっと息を吐いて、


「そう言えば、あんときはありがとよ。改めて礼を言うぜ。お前があそこで助けなけりゃ、こんな楽しい思いは出来なかっただろうよ――――命の恩人だ、一瞬で楽に殺してやるぜ」

「それはどうも。でも超駄目ですよ。一度助けられた命、超粗末にしてはいけません。ましてや―――――この私に挑んできたとは尚の事」

「へへっ、冥土の蝙蝠の接待にケチ付けると眉間に苦無飛んでくるぜ?」

「それはどうですかね…………―――――ッ!」



ぶわっと鋭い殺気が突き刺さった。

蝙蝠は何をした? いや、何もしていない。蝙蝠は袖から苦無を取り出して、逆手に構えただけだった。忍者らしい、精錬された構えだった。

だが、それだけでもわかる事はあった。それはたった一つの事。

―――蝙蝠は本気だ。ここで、絹旗を殺そうとしている。


「(―――……くっ、流石歴戦の忍者ってところですね)………だったら、私のとっておきを―――」


絹旗は身構える。見様見真似で覚えた『虚刀流一の構え―――鈴蘭』。

それを見た瞬間、


「……………は?」


眼が点になって数秒、蝙蝠はいきなり爆笑し始めた。


「きゃはきゃはきゃはきゃはきゃは……ゲホゲホゲホッォ!!! …………おいおいおいおい、いきなり面白いもん見せつけてくれるじゃねーか、えぇおい! 虚刀流の真似事かよ!」

「ええ、超真似事です。毎日七花さんと一日中戦ってますから、超体で覚えました」

「へぇ……虚刀流ねぇ………」

「なにか?」

「いや? ただ、関係ない話だがよ。お前が今やっている虚刀流――――――嘘っぱちだ。全く様になってねぇ。だから殺気が全く出てねぇ。そんでもって全然怖くねぇし、全然敗ける気がしねぇ」

「なっ!」

「俺は一度だけ虚刀流と真正面から殺し合ったけどよ。あいつ、初めての実戦だったってのに、きちんと“殺気”っつーもんがあった。精錬された、研ぎ澄まされた刀の様な殺気がよ。―――お前にはそれがねぇ。これっぽっちも持ち合わせていねぇ。まるで“なまくら”だ」


苦無を下し、白けた顔で吐き捨て、


「だってそうだろ? 今まで弓しか引いてこなかった弓兵が、いきなり剣士に憧れて剣を持ったところで、そいつが剣士として強い訳がねぇだろうが。お前がやっているのは、自分と真剣勝負がしたい奴に、得意の弓よりも剣を持って挑んだみたいな事だ――――舐めてるだろ? それ」


回れ右をして颯爽と逃げていった。


「やっぱ駄目だ。俺様が直接楽に殺してやろうと思っていたのによ、白けちまった。お前は罠の中で死んじまえ!!」

「ちょ……ま、超待て!!」


絹旗はそれを追って、無数の罠が潜む森の中へ入ってしまった。だが、忍者である蝙蝠を見つけることは出来ず、たった十数秒で見失ってしまった。


「くそっ!」


そして、罠に捕まる。


「くっ……わぁっ!!」


卵だった。巨大な卵が飛んできて、絹旗はそれを払う。卵は地面に潰れた。卵の中のぬめぬめした液体が体に掛かったが絹旗自体は何もない。

卵は受精卵で、形成されきれていない卵の中の生物の亡骸がグロテスクに地面にぶちまけられた。絹旗は思わず口を押える

だが、問題はそれではない。中身の生物の亡骸が問題だった。

産まれるにはまだ早かったが、どんな生物か予想が出来た。


「これは……蛇?」


その通り。それも全長何十m級の大蛇だった。学園都市の実験で造られた大蛇だろうか。通常の10倍の巨大な大蛇だった。

そして、危険はすぐそこにやってくる。

子供を殺された大蛇が怒りを絹旗に向け、上から降ってきた。


「わ、わぁ!」


大蛇が近づいてきたのに全く気が付いていなかった絹旗は対処が遅れ、一瞬で全身を絡め取られ締め付けられる。


「がぁ、ぁぁあ゛………?」


窒素装甲のパワーをもってしてもほどけない。それもそのはず、人間を簡単に絞め殺すアナコンダの10倍の大きさだ、力も10倍。きっと装甲車も潰せるかもしれない。

身動きどころか呼吸も許されない。すぐに意識が遠のく。

蛇という動物は、絡め取った得物を窒息死(または圧死)させて丸のみにする動物で、同時に心拍数や呼吸、体温を察知する事が出来る。

絹旗最愛の生命活動の停止か否かは、この大蛇によって決められるのである。



「あ、あ゛……がぁ……」


脳の血の気がスーッと薄れ、顔が真っ青になる。息が出来ず、酸欠状態で頭がガンガンとする。

―――死ぬかもしれない。

人間にかすかに残る生命維持の為の危険信号が赤信号を点灯させる。

だが、絹旗にはそれをどうにかできる力はない。あとは死ぬのを待つしかなった。それを解ってか、それとももう待てないのか、頭の上で大蛇が大きな顎をグワッと開けて迫ってくる。

―――飲み込む気だ。飲み込まれたら、じっくりと時間をかけて窒素の膜ごと胃酸に溶かされてるだろう。即ち“死”。


ぞっ…と絹旗の背筋が凍りついた。死の足跡が徐々に駆け足で近づいてきた。


「(し、んでたまるか!! ここで死んだら……ッ!! まるで馬鹿みたいじゃないですか!!) あ゛……ぁぁあ゛………ッ!」


生きる。生き残る。生きたい。だからここで死にたくない。

全身の力を入れろ。頭の回転を上げろ。高度な演算でさらに窒素の膜を厚くしろ。そうだ、窒素の膜を状態変化させて刃にすれば!!


だが、大蛇のパワーに負けて力は及ばず、酸欠状態で演算が出来ず、窒素の刃は固い大蛇の鱗に阻まれ、絹旗はそのまま大口を開けた大蛇に頭から飲み込まれてしまった。


大蛇の喉がぷっくりと膨らみ、だんだんと胃まで運ばれてゆく。体内の圧に押され、窒息状態のまま胃酸に溶かされて、死ぬだろう。いや、死んだ。生物に喰われた時点で絹旗は死んだ。


これで、絹旗の人生が終わったのだ。
















―――――――否、否、否、否否否否否否否、否ッッ!!

















ここで、終わっていいのか!? 死んでいいのか!? 生きるのだろう!? 生きて、鑢七花と共に生きるのだろう!? 彼の隣で戦うのだろう!? ならば、ここで死んで言い訳が無い!!

大蛇の腹の中で叫んだ。ヒトという生き物が恐怖で叫ぶ絶叫だ。



「がぁ、ぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」



絹旗の中で、何かが弾けた。何かが弾け飛んだ。

頭が沸騰する程、体が熱い。狂ったような感覚だ。だが理性がちゃんとある。体の中の何かが弾け飛んだからか。

だが、そんな事などどうでもいい。どうでもよすぎる。

この蛇の胃袋から脱出しなければ、脱出して、蝙蝠を倒さなければ。――――そのためなら、今は骨の二三本、どうという事は無い。

窒素で守っているがいずれ胃酸で焼けるだろう狭い胃袋の中、絹旗はもがく。


「(右腕、右腕だけでも動けるようになれば!!)」


右腕を強引に動かして、何とかスペースを作った。


「よしッ!」


そして腕を包んでいる袖を捲った。目を瞑って右手を手刀の形にする。



「(――――――思い出せ、思い出せ、七花さんがどうやって手刀で物を斬ったかを。思い出せ、超思い出せ、虚刀流は何たるかを)」


全ての神経、全ての筋肉、全ての骨、全ての細胞に語りかけるように呟く。呟いて、精神を研ぎ澄ます。



「“―――私は、人間じゃない”」



言葉とは、不思議なものだ。口にしたことが、本当に起こりそうに思える。例えば、自分が本当になりたいと思う事を口にすれば、本当になってしまったり。

精神を研ぎ澄ませてくれる言葉は、一本の刀を砥ぐ砥石のように思える。

そう、言葉は砥石なのだ。


“言葉は砥石。手足は刀身。鞘は衣服。名前は銘で、心は柄。心を守る精神は鍔”

“砥石に研がれた刀身で人を斬り、それを鞘が守る。己の銘は柄の中にあり。柄で刀身を操り、柄を守るのは鍔”

“言葉に研がれた手足で人を斬り、それを衣服が守る。己の名前は心の中にあり、心で手足を操り、心を守るのは精神”


体が、精神が、魂までもが研ぎ澄まされ、日本刀の様に鋭くなってゆく。――否、まだだ、まだ鈍だ。鈍では人は斬れない。人は守れない。


「“―――私は、人間じゃない。”」

「“私は人間ではない。人間ではない。人ではなく、刀。私は刀であり、一本の日本刀”」

「“私は人間じゃなく、一本の日本刀。人を斬り、人を守る刀。ただそこにある、一本の刃」

「“――――私は、人間じゃない!!!”」



叫ぶ絹旗はカッ! と目を見開くと、右腕を狭いスペースで掲げ、目の前の肉の壁へ向かって振り下ろした。



「ぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


絶叫。猿叫。

雄叫びを挙げ、絹旗は全ての力をその手刀に込め、肉の壁を叩き斬ろうと鬼気迫る。



刀。日本刀。よく物を斬り、よく者を殺す。ひとたび振るわれば狂気に満ちる凶器。されど、それを操るのは柄を持つ者の心次第。

刀身が錆びて使い物にならなくなるのも砥石次第。

刀は刃で出来ている。触れたら最後。一瞬で叩き斬られる事になる。だから無暗に人を斬らぬよう、鞘に仕舞うように人として衣服を着る。

刀の名前は心の中にあり、それが敵に傷つかれぬように守るのが鍔。


そう、今、この時、絹旗最愛は刀となった。


言葉で手足を研ぎ澄まし、腕を包んでいた布を外し、絹旗最愛は心の底から斬りたいと願ったから、刀に成れた。

人間には心はあるが、刀には心は無い。だが、刀である人間にはちゃんとした心がある。その心が柄を掴み、剣先をどこに向かわせ、どれほどの強さで振るうのかを決めるのだ。

絹旗最愛は大蛇を斬りたいと願い、同時に真庭蝙蝠も斬りたいと願った。そして、鑢七花と共に戦いたいと願った。彼の敵を斬りたいと願った。

心で願った。絹旗最愛の魂で願った。願って自らの刀を、右腕を振るった。

これが出来て、刀でない訳がない。




だから絹旗の右腕は、大蛇の胃袋を突き抜け、鱗を貫き、腹を掻っ捌く事が出来たのだ。




鋭い刀に内側から斬られた大蛇の体はいきなり電気が走ったかのように蠢き、口から大量の血反吐を吐いて倒れ、何が起こったのかわからない内に、ビクビクと痙攣を起こしながら死んだ。

そして、口よりも大量の血を出している腹から、真っ赤な血液とどろどろした胃液に塗れた絹旗が這い出てきた。息絶え絶えの状態の絹旗は、まさに九死に一生を得た。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


満身創痍。

今、出来る限りの、120%の力を文字通り振り絞って繰り出した一撃だった。だから満身創痍。だが、それよりも『生きている』という感覚だけがそこにある。


「ははっ、あはははははははははは!!」


例えるなら天井の壁が一枚突き抜けて青空が広がった感じ。

こんな清々しい事は無い。生きていてよかったと思った事は無い。自然と目から滴が垂れる。

だが、そんな事はたった数秒で収まり、すぐに戦いの顔になった。

背中のザックを下し、中身を確認する。異常は無かった。

辺りを見渡す。

が、やはり蝙蝠の姿はない。いや、もう、姿を見せてくれる事は無いだろう。


「………超しょうがないですね。ならば、最終手段を取るしかありませんね」


絹旗はザックを閉じ、担いだ。


そう、これから奇策士とがめから伝授された“奇策”を発動させるのだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


真庭蝙蝠は木の上の枝の上で寝っ転がっていた。


「まさか、あんな期待外れだったとわなぁ……。興覚めだっつーの」


そう呟くのも無理はない。

自分を殺した張本人である鑢七花はちゃんと“殺気”と言う物を放っていた。

いや、『殺してやる』と強い念を込めた様な禍々しいものではなく、ただ『斬る』という一念だけの“無機質な殺意”だ。

それは蝙蝠にとって不気味なものだった。思わず一時撤退をしてしまうほど、それは危険な臭いがした程だ。

だが、そんな虚刀流の“殺意”を全く纏わぬ、マネる気のないモノマネをする芸人の様なモノを見せられたら、誰だって萎えるものだ。


「………ん?」


と、そこで近くで木の枝と言う枝に張ってある無数の糸の内、一つが垂れた。いや、切れたのだ。この糸は『森』の中に張り巡らされていて、罠と繋がっている。そして罠がが作動したら自動的に切れる仕掛けになっている。


「お、あいつあの大蛇を倒したのか。意外とやるな。でもやっぱり、俺様が相手するにはちと駄目だな」


幾つか、蝙蝠は絹旗を直接倒す算段は付いていた。

その代表が『絞め技』。

大の男でも頸動脈を閉めれば7秒で倒れる。絹旗の場合は罠で疲れさせて隙を作り、後ろから絞めるのが計画だった。

だが、蝙蝠の気紛れで罠云々をすっ飛ばしていきなり絞め技で仕留める事にしたが、ヘタすぎる虚刀流を見せられ興が覚めたから逃げてきた。


と、また一本糸が切れた。


「お、また罠に掛かった。おいおい今日で幾つ目だ?」


そう呟きながら身を起こす蝙蝠は、またも切れる糸を見つけた。


「…………またか」


すると、また一本糸が切れた。いや、二本だ。今度は二つの罠が同時に作動した。が、途端にまた別の罠が作動したらしい。また糸が切れた。

そんな調子に、次々と糸が切れ始め、罠が作動していることが分かった。一気に十、二十の糸が切れている。


「…………おいおいおいおい、こいつぁどういうこった!?」


蝙蝠は立ち上がる。これは異常事態だ。こんなに罠が連続して作動するのは異常だ。どうなっている?


「あいつ、まさか俺を探して闇雲に走り回ってんじゃねぇだろうな?」


そうだったら、まさしく猪の様だ。真っ直ぐにしか突き進めない猪だ。


(だが、それも時間の問題だな)


蝙蝠はたった今切れた糸を見て確信する。


(あれは確か、半径10丈の範囲にみっちりと地雷が埋めてある奴だったな。いくら頑丈でも、月まで吹っ飛べば死ぬだろうな)

それが最後の糸だろう。もう糸が切れなければ、絹旗が動かなくなったという事だ。即ち戦闘不能を意味し、蝙蝠の勝利となる。―――だが、


「――――ッ!? それでも糸が切れるのが止まらないッ!? 地雷原突破しやがった!?」


それから五本ほど切れた。が、それを最後にもう糸は切れる事は無くなった。


(…………死んだ、のか?)


いや、死んだのだ。絹旗最愛は力尽き、倒れた。蝙蝠はそう今度こそ確信した。一息ついて、


「ま、もしかして虫の息ほど生きているかもしれねぇからな。止めを刺しに行ってこようかね………」


と、蝙蝠が最後に切れた糸から絹旗がいるだろう位置を割り出そうとした………その時。

後方、距離40m。突然の爆発が起こり、火の手が上がった。驚いた蝙蝠は後ろを振り返る。もくもくと黒い煙と轟々と音を立てて燃え盛る森が、蝙蝠がいるここへと迫ってきた。


「ッッ!?」


いや、それだけではない。次々と爆発が起こり、炎が上がる。まるで幾つもの太鼓が叩かれたような、重低音が腹に響き渡った。轟々と炎が走る。

そして、とうとう蝙蝠のすぐ近くにも爆発が起こった。


「くそっ!」


蝙蝠は悔しそうに歯を剥け、その場から飛び出す。

そうか、そう言う事か。

蝙蝠は悔しいが、同時に成程と思ってしまった。


「そう言えば、ずっと大事そうに鞄を背負ってたな、あいつ!」


このままでは炎に飲まれて焼死してしまう。逃げるしかない。

―――これは、奇策士とがめの奇策だ。

こんなことを考えるのは奴しかいない。忌々しい女狐しかいない。

あいつの事だ、自分が罠を張って勝負してくる事くらい始まる前からお見通しだろう。そして、姿を現さずにずっと時を待って隠れているのもそうに違いない。

では、どうやって倒すか? 奇策士が出した奇策は“これ”だ。


「“野焼き”ってありかっつーの!!」


どこにいるかわからない敵を見つけられない。ならば『森』ごと燃やせばいい。

なんとも大胆な発想だ。まさか、戦場ごと火の海にするなど考える訳がない。だが、これなら罠とか地形とか全く関係もへったくれもなく、最善の手ともいえる。

蝙蝠は木と木の間を本物のコウモリの様に飛び移った。


「(でも、それなら自分の焼け死ぬか煙に巻かれて窒息死する筈。)―――ん? 待てよ……」


蝙蝠は絹旗が突き進んでいったルートを思いだし、ある場所を思い出す。


「そう言えば、地雷原のすぐ近くって言えば………」

そう、あそこなら“火も煙も無い”。あそこに絹旗がいる筈だ。そこへ一直線に向かうしかない。が、

「―――ッッと!」

そこに罠が襲いかかる。腹に糸が引っ掛かったと思えば、ナイフが飛んできた。

そうだ、ここ一体には自分が仕掛けた罠が無数にある。絹旗と違って、窒素の膜が無い蝙蝠は一発でも当たれば死ぬ。死ななくても大怪我は間違いない。


今度は蝙蝠が罠を恐れる番だ。


「ああくそ、面倒臭ぇなおい!」


左右の袖から飛び出した苦無をそれぞれの手で持ち、飛んでくるすべてのナイフを弾き飛ばそうとするが、蝙蝠の腕を持ってしてでも防ぎきれず、二三本が腹と脚を掠めた。


「ったく、ケチって毒塗らなかったのが幸いだったぜ!」


蝙蝠は全く痛がらない。逆に楽しそうだ。自分が本気で仕掛けた罠に掛かってしまったが故に、自分と戦っている様な錯覚があった。

ナイフはまだ飛んでくる。ナイフが一本、脚に刺さった。それでも敗けず、両の腕が壁になっているかのように、的確に苦無で叩き落としてゆく。


「くっ……ぁ、わぁっ!」


が、痛めた足から垂れた血で足を取られ、木から滑り落ちた。刹那、ナイフと一緒に仕掛けておいた丸太『ぶおぉんっ!』と風を切って蝙蝠の頭の上を通り過ぎる。もしもあのままだったらどうなっていただろう。

それだけでは止まらない。落ちた先には竹槍の切先がこちらに向けられて並べられていた。それを対処する為、木の幹に苦無を刺す事で落下速度を落とし、切り口の所に足を乗せる形で無事に着地した。

だが安心をする暇も無い。今度は背後からとある巨大生物が大口を開けて襲ってきた。それを予知していた様に全く見向きもせずに宙返りで躱す。

空中で、竹槍林を破壊する者は、大蛇だった。アナコンダよりも10倍近く有りそうな巨体が蠢く。

もしかしたら、絹旗が倒した大蛇とは夫婦の関係だったのかもしれない。妻、ないし夫と産まれる筈だった子供を亡くした気持ちはどんなのかは知らないが、怒りでいっぱいだろう。

いや、もしかしてあの大蛇とは全く無関係で、ただ腹が減っているだけかもしれない。だが蝙蝠を襲ているのは確かだ。

ぷるぷると頭を振って振り返った大蛇はすぐさまに喰らおうと顎が外れる程大きく口を開けて襲い掛かった。蝙蝠はそれに応戦する為、大きく息を吸って腹を膨らませる。


「短剣砲!」


大きく開けた口から無数のナイフや短剣が飛び出し、一直線に大蛇の口の中へ入って行き、何十もの短剣が鱗とは違って柔らかい上顎の内側から脳を突き刺した。

一瞬で勝負を付けられた大蛇はその巨体を大きな音と共に地面に倒れ、二度と動かなかった。


「きゃは、きゃはきゃはきゃは!」


まるで遊園地で遊ぶ子供の様に、蝙蝠は笑いだす。


「きゃはきゃは。すげぇよな、本当にすげぇ。あの小娘、こんな所を突き抜けて行ったのかよ! あんな子供が出来たんだ、この俺だって出来ない訳がねぇよな!!」


そうして、蝙蝠は森を突っ切ってゆく。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


この『森』は3㎢、360°全てが森に覆われた(只今絶賛火災中だが)空間だが、一カ所だけ例外がある。

それは、木々の育成には欠かせぬ水がある場所。“滝”だ。

それはこの戦場のやや高台にあり、外部から流れる水はそこから流れ、川となって戦場すべての木々を育てる(気候が変わって雨が降る場合もある)。

そう、ここは戦場で唯一大量の水があり、山火事になっても火の手がやってこない場所である。

絹旗最愛はそんな安全地帯にいた。

ドドドドと腹に響くような水が落ちる音という迫力満点なBGMに、岩の上に腰を下ろしては背中のザックを下し、中身を確認する。爆弾はもう一個しかない。火災を誘発する油もからっぽだ。

奇策士とがめの奇策を全てやり切った絹旗は、やっと息が付ける状態にあった。

ここまでやるのには骨が折れた。

凶悪な罠という罠を潜り抜け、耐え忍んできた。だから体中がボロボロだ。

時々あった窒素の膜を貫くいくつかの攻撃を喰らった場面で服も破れ、肌の露出が大きくなってしまった。もはや衣服の機能を果たしておらず、辛うじて隠せているのは胸と腰ぐらいだった。

そう言う苦労をここまでしたのだ。これで真庭蝙蝠が焼死すればそれでよし。出てくれば白兵戦に持ち込んで叩き伏せる。―――どのみちチェックメイトだった。

目の前に広がる青々としていた緑は真っ赤に燃え、全ての木々たちは炭になろうとしている。

熱く乾いた空気が肌を撫でた。そして、それだけで体中の水分が蒸発してしまいそうなくらい熱かった。喉の奥が渇いて痛い。そこで滝から流れる水で喉を潤すことにした。水を掌ですくい、口へと運ぶ。


「うっ」


だが、すぐに吐き出した。不味かった。水特有の無味無臭ではなく、変な薬を何十も放り込んだ様な苦さを抽出した味が舌を指した。

そう言えば、狭い空間の生物は自然と小さくなるものだと聞いた事がある。だが、この戦場の動植物は全て巨大だ。

きっとこの水の中には肥料や薬が入っていたから、その養分を彼らは摂取して大きくなっていたのだろう。


そう考えたその時、ぼわっと炎の中から火達磨になった人間が飛び出してきた。そのまま真っ直ぐに河へと飛び込んだ。

誰でもない。真庭蝙蝠だ。休憩が終わり、絹旗は立ち上がった。

河に飛び込んだ蝙蝠を包んでいた火は一瞬で消え、代わりに水蒸気と焦げ臭いニオイを全身から出しながら河からはい出る。


「ぺっぺっぺっ! なんだこの水、クソの様に不味ぃ!!」


どうやらそれほど大きな怪我は無いようだ。

「どうやら、超無事に生きて帰ってきたようですね」

「まったく、とんでもねぇよお前。つーかなんつー事してくれたんだよ。折角せっせせっせと仕掛けてきた罠が全部ぱーじゃねーか。どうやってこの広さの空間に火ィつけたんだ?」


と、楽しそうに笑う蝙蝠に、絹旗はつまらなそうに答えた。


「超簡単ですよ。爆弾を使ったんです」


足元のザックに手を突っ込み、中の最後の爆弾と起爆スイッチを取り出して見せた。500mlのジュースの缶と殆ど同じサイズの爆弾で、起爆スイッチは携帯電話ほどのサイズだった。

絹旗はその爆弾を滝壺に放り込み、そして起爆スイッチのボタンを『カチッカチッカチッ!』とリズムよく三回押す。

と、滝壺が一瞬光ったと思えば轟音を轟かせ、巨大な水飛沫上げて爆発した。一瞬で殆どの水が空中に放り投げだされた。

衝撃波で二人の髪と衣服が靡く。そして数秒後、絹旗と蝙蝠の頭上に雨の様に降り注いだ。

絹旗は爆弾の名前を唱える。


「名前は『爆発型焼夷弾』。敵拠点を超焼野原にする焼夷弾の一種ですが、普通の爆弾と同じ、周囲の人間を超爆死させる能力を兼ね備えた爆弾です。超爆発により火の玉になった特殊油と破片が衝撃波と一緒に周囲に超飛び散り、その後、火の玉が周囲に燃え広がって火災を起こします。爆発の威力は先程の通り」

「おいおい、そんなもん売ってなかったぞ」

「超当然です。これはここでも売ってませんよ。これは私の同僚であるフレンダから頂いたものです」


今日まったく活躍していないフレンダも、こればっかりはナイスだったと絹旗は思う。よくもこんな馬鹿みたいなものを持っていた。


「敵の本拠地ごと火達磨にしようとする時に使うそうですよ。もっとも、あまりにも超広範囲に被害が出やすいので使えないとボヤいてた所から察するに、失敗作のようですが。まぁ、3km四方を丸ごと超焼き払ったほどですから、まんざらそうでもないですね。

これを罠が超入り乱れるこの戦場を超走り回って、計23個、全て設置してきたんですよ。おかげで服が超ビキニになっちゃいました」


絹旗はそう言いながら起爆スイッチを河へ投げ捨てた。


「さて、どうします? ここで戦いますか?」


絹旗は身構える。構えは先程と同じ『虚刀流一の構え―――鈴蘭』。

散々蝙蝠に愚弄された、虚刀流の、七花の“真似事”。なまくらだと貶された行為を絹旗はあえて実行した。出来ると判断したからだ。今ならあの長い髪の凛々しい彼と同じように、刀に成れると。

体の芯が熱い。だが、頭は冷たい。すーっと“自分の世界が変わっている”事がわかる。

蝙蝠の動きも、わかる。

もしも苦無を投げてきたら、どう対処すべきか。どのルートで突っ込んで来たら応戦すべきか。そして、両の手のどちらかが彼の体を貫くにはどうした方が効率的か。

それがススッと頭の中に流れる。

これほど集中して戦えたのは、今までなかった。だから今、集中とはなんなのかが良く分かった。それはまるで細い糸が背骨の中でピンと張るイメージ。研ぎ澄ました刀を敵に構える武士の様に、絹旗は息をはーっと吐く。

今なら、どんな攻撃でも効かない。どんな防御も防がせない。敗ける気がしない。

だからこそ、ここでハッキリと言える。


「来るなら来てください。その頃にはあなたは超八つ裂きになってますけど」

「――――――ッ」


じりっと絹旗は足に力を入れる。蝙蝠も眉を微かに動かし、絹旗の異変に気付く。

鋭い刀のような眼で絹旗に射抜かれると、蝙蝠はふっと笑った。そして思わず、武者震いをした。これは、久方ぶりに味わう感覚だからだ。


(……これは、面白れぇなぁ)


そして蝙蝠は――――――






「降参だ」





―――――――と、両手を挙げた。


「…………は?」


『鈴蘭』の構えのまま素っ頓狂なリアクションをとる絹旗を余所に、蝙蝠は踵を返した。


「じゃあな、お嬢ちゃん。すげぇ“殺気”だったぜ。思わず逃げ出したくなっちまったぜ」


と、背中で手を振りながら。


「え? ちょっと!」


理不尽な出来事に理解が追い付かず、絹旗は手を伸ばすが、蝙蝠は既にそこには居なかった。


ビ――――――――ッ!!


と、ブザーが鳴ると同時に、天井から大量の水が山火事を消火するためスコールの様に降り注いだ。
一気に濡れ鼠になってしまった絹旗は呆然と、そこに立ち尽くすしかなかった。


「超何なんですかもぉ―――!!」


後に一部始終を全て見ていたとがめ曰く、

「苦無や刃物などの主な武器は罠に当てていて、ほとんど手持ちの武器が無かった上に最後で自らの罠に嵌って、それの防御の時に持っていかれたから蝙蝠は丸腰だったのだろう。あれではいくら蝙蝠とて、格闘戦に分があるそなたには負けると踏んだのだろうよ。まぁ、なんにせよ絹旗の気迫勝ちだ!」

と、毛布に包まれながら上機嫌な彼女にそう言われた。


さて、次の対戦相手は真庭狂犬。真庭ん軍十二棟梁の中でも最速の女であるが、さて絹旗はどう戦うのか? 今日最後の大一番の戦い。次回を待て!
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と、いう訳で今日は終わりです。ありがとうございました。寝不足で頭が働かず、誤字脱字があれば目を瞑ってください。

こんばんわ。>>1です。10/4で二十歳になりました。いえ、なっちゃいました。もう少年はありません。青年です。………青年です。………です。
早いですね、20年って。あれですよ、ベン・ジョンソンが走りさってゆくくらいの速度で20年経ちました。光陰矢の如しとはこのことです。
あと2年すれば、嫌がなんでも仕事をしなければなりませんな。
そうなれば、この物語の進行速度も更に落ちる可能性があります。
まぁ、その頃にでもまだ私がSS書きか、私が生きているかはわかりませんが。

さて、最近映画をよく見ます。先週はまどマギ前編を見に行きました。入場者のキチガイみたいな多さにはドン引きしつつ見に行って来ました。最高傑作でした。最高でしたハイ。日本全国民に見せてもいい。つーかアニメをゴールデンで放送して、刀語とか化物語も含めて金曜ロードショーで………ココでする話ではありませんでしたね。ごめんなさい。
さて、最近見たのは、まずはBlood-+。月の頭にTIGER&BUNNY。先週まどマギ前編。今日(土曜)は天地明察とエドガー・ラン・ポー。そして明日(日曜)はまどマギ後編。興味に行くはずだったのですが、前売り券の時点で満席だったので明日にしました。梶浦音楽を楽しんできます。
この歳になってやっと、TVで見るよりも映画のほうが良いという事に気が付きました。田舎者は都会の遊びが楽しいのでございます。
来月はのぼうの城を見に行きたいと思います。

まぁ、大体ここで書くことは皆出来ないけどね。
ほら、何週間後に投稿しますとか。………とか。本当にごめんなさい。遅くてごめんなさい。

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全長3.50m、銃口150㎜、総重量150kg、精密射撃可能範囲最高7km――― 『HsR-053』通名『RAIL RIFLE(レールライフル)』。

その兵器は“バケモノ”と呼ばれる程の威力を誇っている。音速の三倍もの速度で砲弾を撃ち出し、超電磁砲が放つコインとは比べ物にならない威力を誇る。

装填は弾帯式で、背中にしょっている登山用のザック程の大きさの箱の中に弾がギッシリと詰まっている。因みに総弾数は50発。

そんな“バケモノ銃”を二丁も所持し、これまでぶつかってきた敵を完全に殲滅し続け、VIPを始めとするスタンドの観客から圧倒的人気を得ていた八馬光平の『市街地』での準々決勝――――


「…………な、なんてことなの」


展望席にいた笹斑瑛理は呆然と立ち上がる。周りの、彼を応援しに来たのだろう観客たちもそうだった。ただ、唖然呆然愕然と静かに窓の上のモニターを見上げる。



―――丁度カメラが八馬がぼろ雑巾の様に襟首を掴まれている場面を映していた。



木端微塵に破壊されたレールライフルの破片の上が散らばっている。

その地面の上で、四肢の骨を打ち砕かれ、内臓ごと腹を貫かれ、血達磨になった状態の八馬はさっきからピクリとも反応が無い。指先一つも動かない。

風が吹く。コンクリートが割れて出た埃が舞う、割れた頭から出た血で汚れた髪が靡く。

プロ野球選手が着けていそうなサングラスは殆ど割れ、フレームだけが残っていた。

しかしそれならば見れる筈の普段見れない素顔は、真っ赤な血で完全に塗り潰されていて全く伺えない。


『…………』


対戦相手は何もかもに飽きている子供の様な表情だった。黒髪だった。口を固く閉じて黙ったまま、まるで退屈そうに壊れたオモチャを投げ捨てるように八馬を放り投げる。

するとなんと、ボールをトスするような軽い筈の投げ方だったのに、八馬の体はプロ野球選手の剛速球よりも速く向こう側のビルの壁に激突した。

激突したのは五階建てのビルの壁だった。

勿論鉄筋コンクリ―トで建っている。現に他の場所にある数々の激戦の余波に耐えてきたビルの壁から、硬い鉄の棒がヒョッコリ頭を出している。

だが、八馬が激突した壁は砂浜で造った脆い砂の壁の様に、ハンマーでカチ殴られた泥の壁の様に呆気無く突き抜けた。

脆い訳がないコンクリートの壁の中の鉄骨が腹に刺さって、そのまま。


「……―――――ッ!!」


笹斑は思わず痛そうに顔を反らす。だが、すぐに目を向ける。彼女にはこの戦いを見届ける任務があるからだ。

一方、膨大な運動エネルギーを持って放り投げられた八馬の体は、激突したビルを貫いて隣のビルに激突し、その次の壁をも突き抜け、中のオフィスで綺麗に並べられた事務机の列を崩壊させた後、ようやく停止した。


『ヒュー…フィー……ヒュー…フィー……ぐぅッ!!……ガファッ!!』


八馬はまた血を吐く。その中には奥歯が二本入っていた。今思えば、“まだ歯なんて物があったのか”と思えた。呼吸音もおかしいから察するに、折れた歯の何本かが喉に刺さっている。

笹斑は辛そうな顔でモニターの中の対戦相手を睨んだ。



―――もう、終わりだから、止めて。


笹斑は目を覆った。これでもう八馬の体は戦える体ではなくなった。敗北だ。チェックメイトだ。―――なのに。


この部屋の誰かが呟いた。


「おい、まだ続けるのかよ………」


まったくその通りだと、笹斑は震える手を握りしめる。

かれこれ、戦闘が始まってまだ30分。いや、もう30分。八馬が戦闘不能になったのは、戦闘開始からたった3分の事だった。

そう、八馬の対戦相手は八馬が倒れてから27分、一方的に彼を痛めつけ続けていた。無論、彼に意識などもうない。いや、逆に意識を引っ張り出されたのか。八馬はノソノソと身を起こそうとした。

まだ、生きていた。やっと、生きていた。なんで、生きているか。


『が……ぁ……』


だが、もう息は虫のそれ。上半身どころか指先一つも動けなかった。当然だ、文字通り骨も肉も断たれたのだから。もはや激痛も感じない。

その代わりに見ているこっちが痛くなった。全身に激痛が走る。体が震える。だからもうやめろとモニター越しに訴えようと睨む。

見ているこっちが辛い―――。


「――――もう、勝負はついているはずなのに………」


だが、八馬は生きている。そして戦闘の意思はあった。全身を白い光りが包む。電気の光だ。これで何度目だろうか。細胞を活性化させて傷を塞ぎ、骨の組織を組み立てる。

目には、まだ光があった。何としても立ち上がろうと、敵を倒そうと、例え細胞分裂が限界を迎えて身体が崩壊しようとも、目の前の敵を打ち倒そう――と。

倒して、鑢七花に復讐しとうと。


「でも、もういいのに。もう、百万分の一で勝てたとしても鑢七花と戦える訳がない……。それをわからない、あなたではないでしょう!?」


八馬光平という男はバカではない。何百人もの人間を従え、率いる力を持ち、常に冷静沈着で引き際を弁えている。

だが、彼には生憎昔の様に何もかもを持っていない。仲間も率いる部下もいない。今は何もない、何も持っていないただの男だった。

そんな、何も失う事のない男は、前に進んで戦う事しかできない。もしも無様に負けを認めてしまったら、“今度こそ彼の心は死んでしまう”。


「………これだから男って生き物は…ッ」


対戦相手は八馬の闘志の意思を“読み取って”か、鬱陶しそうな目で息の根を止めようとビルの中へと一歩を踏み出す。


そうだ、この闇大覇星祭は戦争なのだ。


笹斑の脳裏に4,5年前の惨状がフラッシュバックした。

血で血を洗う闘争と、勝者に何もかもを奪われて死ぬよりも辛い生き方を強いられる敗者の姿を。

戦争は相手が降参するか死ぬまで続く。まだブザーは鳴っていない。戦闘はまだ続いている。だから対戦相手は彼をまだ嬲り続ける権利がある。

敵は完全に殺さなくてはならない。戦闘の意思があるなら、尚の事。

八馬の今後の人生はもう彼の手の中には無く、対戦相手の手に奪われてしまったと言っても、決して過言ではない。



対戦相手はビル一つの向こうの八馬に狙いを定めて、一気に駆けて止めを刺そうとした。

が、その時、突如異変が起こった。


『ッ!?』


八馬が激突した衝撃が強すぎて、二つのビルが崩壊が始まったのだ。壁が縦にヒビ割れ、パラパラとコンクリートの破片が降っているかと思えば突如柱が壊れ、高いビルはぐらぁっと傾いた。

それを見てか、対戦相手は八馬を仕留めるのを(面倒なのか)諦め、くるっと踵を返し、ビルから飛ぶように離れ、崩壊の巻き添えを喰らわぬよう退避。

だが八馬は回復が追い付かず――――。



『……ガァッ……ァァゥッ! ァ゛ァ゛……………畜、生――――!!』


10mほど離れた頃だろう。ビルはジェンガの様に、二つのビルは崩壊した。轟音と爆発したように粉塵が辺り一体に飛び散る。

八馬はとうとうビルから脱出できず、対戦相手を怨めしく睨みながら生き埋めになってしまった。

こうして、勝敗が決した。

審判もようやく勝敗が決したと判断したのか、ブザーを鳴らす。


「…………」


この勝負の一部始終を見終えた笹斑は震える手でポケットの携帯電話を取り出し、雲川に電話を掛ける。キッチリ3コールで出た雲川の声はトーンが小さい静かな物で、逆に違和感があった。


「もしもし、マスターですか? 八馬光平が敗退しました」

「ああ、分かっている」


そうか、この戦いをVIP室で見ていたのか。当然か。なにせ一番人気の戦いなのだから。


まったく誰も話そうとしないこの部屋の中は、笹斑の小さな声はやけに響いた。そして雲川にたった一言、こう報告をした。


「そして、対戦相手の事ですが――――」


モニターの中で、入れ違いの救出隊とすれ違いながら無表情で戦場を後にする、あの背中を笹斑はじっと見つめ、携帯電話を閉じた。



その背中に“悪魔”を見たからだ。



八馬が目を覚ますのは10日後、10月30日の事である。
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さて、時間は移る。9月20日7時30分、闇大覇星祭二日目の最後の戦いは『市街地』で行われる絹旗最愛VS真庭狂犬の戦いだった。

戦場を指定したのは絹旗。指示したのは奇策士とがめ。とがめは結局、戦場の指定と狂犬の特徴しか絹旗に何も言わなかった。裏で狂犬と取引したからだそうだ。

ともかく、真庭忍軍は全くの無一文だったとしても、たった一円の掛け金を提出して勝ったのは、とがめのみだろう。

とがめ曰く、この戦場なら狂犬の能力は半減なのだそうだ。


「まったく、よく考えたら舐められたものだわ。よく考えたらたった13の小娘に私が敗ける訳がないじゃない。錆白兵ならわからなくもないけど」

「いえ? わかりませんよ。もしかしたらたった一発であなたは私に敗けるかもしれません」

「その思考回路こそが舐めているわね。いいわ。その考え、修正してあげる――――速攻でッッ!!」


その時、ブザーが鳴り響いた。戦闘開始の合図と同時―――狂犬が消えた。

「なっ!」


絹旗は思わず目を見張って、右を見る。地面には右に動いた爪痕が残っていたからだ。

だが、後頭部に衝撃が走る。左からの攻撃だった。


「後ろ向いてんじゃないわよ!!」

「ッッ!?」


対して痛くはないものの、衝撃はなかなかの物だ。ハリセンで叩かれた位か。だが、首筋をピンポイントで狙ってきた。もっと強い打撃なら意識を話されていたかもしれない。


「………超速いですね。超ビックリしました」


そう呟くと、目の前に狂犬が現れた。


「ええ、私は真庭忍軍十二棟梁、二千人の私たち、いずれの中でも最速を誇る忍者。この街でもここまでの人間はいないでしょう?」

「一応、空間移動する人間はいますがね。確かに超見えないほど速く移動する人間は見た事ないです。ですが―――」


ここで絹旗は行動に移す。

踵を返し、すぐ近くのビルへ走り出した。


「なっ! 逃げるか!?」


怒りっぽい狂犬は一気に表情に怒気を現し、すぐに追いかける。勿論最速の忍者は只の走りにすぐに追いついた。膝蹴りを鳩尾に


「死ねぇッッ!!」


だが、


「超やなこったです!!」


クルリと振り返った絹旗の手には――――――手榴弾が握られていた。一瞬で顔色が変わる狂犬。例え最速を誇っていても、手榴弾が発する破片の一つ一つを回避する事は難しいと思っているからだ。

それに対して手榴弾など節分の豆まき同然の絹旗は、すでに手榴弾のピンを抜き、底をコツコツと腹で叩いていた。


「くっ!」


あと一秒もせずに爆発すると察した狂犬は、とっさに横に方向転換して回避する(ちなみに絹旗には彼女の姿は見えない)。だが、その前に絹旗が手榴弾を頭上にトスする。

途端、手榴弾が爆発した。辺りに爆発の衝撃と一緒に破片と中のBB弾ほどの大きさの鉛の玉が高速で散りばめられる。

これで狂犬は全身に破片を受け、勝負は決ま―――――らなかった。



―――爆発と同時に少し離れた所にあるビルの窓が爆発した。



中からではない。“外から爆発した”。

言い方が悪かっただろう。本当は『外から何かが突入してきたら、勢いが大きすぎて爆発に見えた』が正しい。

そう、狂犬と絹旗がビルの中に突入したのである。

砂埃が舞うビルの中、ケホケホと咳をしながら絹旗は意味が解らない顔をした。


「………ちょ、なんで私ここにいるのですか?」


砂埃の中、目の前の狂犬が怒鳴りつける。絹旗を腹を右脚を超高速で蹴りながら。

「決まっているでしょう。私がここまで運んできたのよ!!」

「そうだと超思いました! ぃよっ!!」


だが、その蹴りでは絹旗の窒素装甲には勝てず、完璧に鳩尾に当たったはずなのにあっさりと足首を掴まれて近くの壁に投げつける。が、狂犬は一回転しながら壁に着地した。
両者ともノーダメージである。


「まったく、変な物を持ってきて。おかげで二発掠っちゃったじゃない!」


よく見ると脇腹には掠り傷が二つ。絹旗を担いでこのビルにまで来る時にもらったのだろう。だが、それほど大したものではない。蚊に刺された程度だ。


「上に投げたのは攻撃範囲を広げる為でしょうけど、私を殺すまでも無かったわね。あんなのと初めて競争したけど、結局は私の方が速かった。どう? わかったでしょ、私の強さ。それを重々承知したうえで、あなたはここで私を殺す事は出来ず、ここで死ぬのよ」

「いや、そうでしょうか?」

絹旗が不敵な笑みを浮かべた。確かに狂犬は速い。が、それだけで絹旗が敗けた事にはならない。なる訳がない。なる事を許さない。


「なるほど、とがめさんがここを指名させた理由が超ー解りました」

「なんですって?」

「超周りを見てくださいよ。この部屋の、狭さを」

「ッ!」


そう、この部屋は狭かった。ざっと目測で8畳くらいか。扉は一つしかない、物置程度のスペースのこの部屋は、確かに狭い方だ。


「ここなら、超自慢の足の速さも半減でしょうね。だって、あんな速度で超走ったら壁に超激突して自滅ですもの。ここなら、あなたに超勝てる見込みがあります」

「………成程、奇策士ちゃん、手を貸したのね。規定違反よ」

「いいえ? 私は“奇策を禁ずる”と聞いています。とがめさんがやったのは、あくまで戦場の指定。私は奇策の『き』の字も超聞いてませんよ?」

「……そう」


確かに、そうだろう。絹旗が言っている事は嘘だと思えないし、そもそもあの女が堂々と規定を破る様な無粋な奴ではない事は知っている。

だが、奇策士は信じたのだ。

絹旗最愛が戦場の特性を巧く活用してくれるようにと。


「“奇策を言わない事が奇策”………か」


―――いや、これはきっと奇策の内に入っていない。これは只の対策だ。

狂犬はそう考えなおした。

奇策士とがめは規定を破っていない。

狂犬は思わず笑った。―――これは、ただとがめを讃えたのではない。逆だ。


「こんなの奇策にも対策にもなっていない。―――――陳腐。失笑ものよ」


その時、狂犬の姿は消えた。


「ッ!」


馬鹿な、自殺する気か? 人間の動体視力でも追いつけない程の速度で壁にぶつかったらどんな目に合うのかわからないのか!? 絹旗は万歳をする突撃隊を見ているような目をした。

だが―――


「甘いっ! 甘い甘い甘い!! こんなもので真庭狂犬は止められると思っているの!? 舐めんじゃないわよ!!」


と、ヒステリックな怒号が耳に刺さったかと思えば、一瞬で六面の壁全てに幾十もの爪痕がビッシリと刻まれた。獣の群れが引っ掻き回したようだった。一秒ごとにその倍の数の爪痕が刻まれてゆく。



「ま、さか」

「そう、そのまさかよ!」


姿を見せる事を許さない狂犬は怒鳴る。


「壁にぶつかったら勝手に自滅? 馬鹿言ってんじゃないわよ。“そんなもの、とうの昔に克服している!!”」


『ありえない』と、絹旗は頭の中で呟いた。

そう、彼女は壁を走っているのだ。いや、壁から壁へ、床から天井へ、床から壁へ、天井から壁へ、スーパーボールの様に飛び跳ねまわっているのか。

ともかく、こんな狭い部屋で超高速で走り回るのは、人間の脚力では不可能に近い。


だが、今は戦闘中。そんな事を考えていると後頭部に衝撃が走った。目玉が飛び出るかと思った。

急所にピンポイントで入ってきたそれで一瞬頭がクラっとするが、すぐに体勢を立て直す。


「(………くっ! さっきよりも重くなっている?)―――ぐがっ!?」


が、立て続けに鳩尾、肝臓に衝撃が走る。次は顎がカチ上げられ、喉に一発喰らった。息が詰まる。

不可思議だ。窒素装甲の上からでもダメージを貰うほどの衝撃が、立て続けに何発も貰うのは異常だ。

知っての通り絹旗はピストルの弾ではビクともしない。だが、強い威力を持つ弾や強力な銃で放たれた弾はそれなりの衝撃を喰らう。蝙蝠との対戦の時がいい例だ。

さて、今回の弾丸は狂犬自身になった。

人間の反射速度を軽く超える速度で走る彼女はもはや鉄砲玉。それだけなら何も問題はない。だが、問題はその質量だ。

弾の重さは大体16.2g~21.8g。成人女性の平均体重は身長162.5~167.4cmでも56.9kg。およそ2610.09倍。…2600倍だ。

運動エネルギー云々はややこしいから省くが、弾の速度はそのままでも重量が2600倍にもなれば、その分運動エネルギーは大きくなる。幾ら頑丈な窒素の膜でも衝撃を抑えきれまい。

真庭狂犬という鉄砲玉の威力は、もはや砲弾と相違ない。


「ゲホゲホゲホッ!? (―――見えない分、防御がしにくい!!)」


おまけに変則的だ。直線的な銃とは違って、狂犬の攻撃は予測不可能なのが厄介である。

とっさに顔面と首筋だけは守ろうと、なんとか壁へ移動し寄り掛かってガードを固めるも、移動時に五六発か、ガードをする間に二三発喰らい、固めた後でもガードの下、鳩尾や肝臓など腹の衝撃が急所に入る。

これが延々と続いた。

バスケットボールを全力投球で当て続けられる気持ちを想像した事があるか?

球技の中でも最も重量が大きい部類に入るそれを、急所に入れられるのだ。それ以外ならボクシングでロープで殴られ続けられるのがイメージとして近い。

そしてそんなボクサーよろしく、脇腹に衝撃が走った。蹴られたのか、殴られたのか、もう何をされたかわからない。


「がはっ!」

体がくの字に曲がった。呼吸が出来ない。

呼吸をしたくてもしたくても、今呼吸をすれば腹筋の力が弱まり、そこを叩かれればさらに地獄を見る事になる。ダメージは大きくなる。結果体力は奪われ、ガードが緩くなってゆく。

よくボクシングマンガであるだろう。ボディーを叩かれ続けると呼吸が我慢できずにガードを下げてしまって顔面が無防備になるという場面が。

そして絹旗はまさにそれをしてしまう。呼吸をしたいと言う欲が出てしまい、ガードを下げて口を開けてしまった。


「は、はぁ~~~ッッ!!」



刹那、機関銃の様な音と共に顔面に衝撃が何百も走る。


「―――――――――――――ッッッ!!!!」


一瞬で目の前が真っ暗になる。ただ殴られているだけなのに、ゼロ距離でショットガンを連射された様な感覚だった。

狂犬の攻撃が止むと、やっと視界が開けた。真っ赤になった空間が現れる。瞼を切ったか。そしてやっと呼吸が出来た。だが、口の中いっぱいに血が溢れてきた。


「………カッハッ!」


後頭部に突き抜けるような何かが、脳を揺さぶったのがわかる。途端にぐらぁっと視界が歪み、平衡感覚が正常に働かくなる。


―――あ、駄目。今までの戦闘のダメージがここで……。


無理もない。一回戦では精神的に追い詰められ、二回戦は走り回され、三回戦では散々逃げ回されて来た。

もうボロボロの状態に違いなく、よくもここまで戦ってこれたと褒めるべきだろう。

そこに今までで一番のダメージを負ったのだ、KOされても誰もおかしいとは思わない。

だが、理性がここで倒れたら駄目だと訴えてきた。ここで敗けたら今までの苦労は抱水と化すだろうからと。


―――駄目だ、ここで倒れたら立ち上がれない……。敗ける…ッ。


だが、足腰が踏ん張れ切れない。ついに膝を付いてしまった。このまま行けば、膝を付いてベッドに倒れこむように気を失うだろう。


それはとても気持ちの良い事だろう。仕事で疲れた後にベッドに飛び込む事は気持ちの良い事だという事は、誰だって知っている。


だが、そんな事を許さない狂犬が今、手を休める訳がない。

息の根を止める為に、さらに攻撃を繰り出す。

まずは倒れそうになるのを阻止する為に地面に滑り込んで顔面に蹴りを三発。次に仰け反った体の腹に水平蹴り。続いてその回転を生かしたまま顎を踵で蹴って体を浮かす。周囲の壁を走って勢いを付けた後、全身の急所すべてを蹴り、最後の止めに天井を蹴った勢いを踵落としで絹旗を地面に叩き落とした。

―――その間、わずか0.5秒。 一瞬の出来事であった。

常人なら、ただ絹旗が勝手に地面に叩きつけられたとしか見えない。

雷が落ちたかのような轟音が部屋中に響き、あまりの威力で地面がめり込んだ。


「……………。」


そのまま絹旗は動きが無い。それを見て狂犬はようやく動きを止め、一息つきながら真っ赤になった両手を振る。


「まったく頑丈な体。おかげで両手がおかしくなりそうだわ。本来は苦無で一突きなんだけど、あなたの場合は特別よ」


狂犬が悪態をつくと、ようやく絹旗に動きがあった。指先がピクリとだけ反応したかと思うと、声が聞こえ、震えながらも腕を支えて起き上がる。


「が、はぁ……はぁ……」


顔中が茹で蛸の様に赤く腫れ、口や鼻から血が出ている。これが狂犬の猛攻の凄まじさを物語っていた。


「良い顔になってきたじゃない」

「ち、超女の子の顔なんですけどねぇ……一応。――――ふーっ」


と、息を吐く絹旗。

自分でも、驚いている。なぜ、立ち上がれたのか、驚いている。


(――――ちょっと、超意識が飛んでました)


自分でも、ここまでされても立ち上がれるなんて思わなかった。

でもわかる。これは毎日鑢七花にボコボコになるまで叩きのめされているから、耐性が付いていたのだ。ここでも、七花との稽古の成果が出て来た。今はそれが嬉しい。


(でも、今は頭の片隅に超置いておこう。今はただ、目の前の敵を超殺す事だけを考える)


考えろ、考えろ。

恐らく、自分なら勝てるかどうかわからない。勝てるとしても見込みは低い。あの速度には勝てる気がしない。

なら、奇策士とがめならどうする?

彼女なら、どんな手を、どんな奇策を思いつく?

弱者が強者を倒す為の策―――奇策


(――――やって、みようかな)


チンッ! と親指で片方の鼻の穴を抑えて鼻に溜まった血を出す。


「まったく、こんなクソの様なお祭り出るもんじゃないですね。超強敵との連戦続きでもう超ボロボロですよ」

「そうかしら? 私はあなたと違って案外と楽に勝ち残れたけど」

「あなた達は、ただ超ズルしていただけじゃないですか」


絹旗は笑う。


――――奇策を練れ、超練れ、絹旗最愛。考えろ、奇策士とがめはどう考え、どんな答えを出す?


狭い部屋。散らばった窓のガラスの破片。六つの壁に刻まれた爪痕。狂犬の速度。そして―――――――たった一つの出口。




――――――――――――超閃いたッ!




絹旗は思わずにやける。その顔を見て、狂犬は不審な顔をした。


「なに? 何か良い事でも考えたのかしら?」

「いいえ? どうしてそう思ったのですか?」

「だって、そう言う風に笑う人間は皆、悪い事を考えた後だから」

「それは………見てからの超お楽しみですッッ!!」


絹旗はそんな、思わせぶりな台詞を叫ぶ。と、なんと回れ右をしてこの部屋の中でたった一つの出口に向かって逃げ出した。


「な、逃げるかっ!!」


狂犬は思わず、猟犬の様に追う。勿論、その速度で絹旗にすぐ追いついた。だが、ここで絹旗は本日二個目の手榴弾を持ちだしていた。


「うぐッ!」


狂犬は一瞬躊躇した。実は、先程の回避は殆ど運が勝ったようなものだったからだ。今、この狭い空間で爆発させられたら完全に避けれる保証はない。でも、やるしかない。


「舐めるな!! そんなもの!!」


絹旗はさきほどと同じように、ピンを抜き、腹で底を叩き、頭上へトス―――せず、なんと地面に叩きつけた。


「!?」

どういう事だ? そんな事をしてしまえば、攻撃範囲が狭くなる。もしかして、この狭い部屋ではその必要はないと考えたからか?
いや、理由は別にあったからだった。ヒントは手榴弾を叩きつけた後、絹旗は息を大きく吸った事。
答えを考えている暇はなく、手榴弾は無事に爆発した。
破片が散り、中身の鉛玉が辺り一面に――――――いや、煙だった。手榴弾かと思われたそれは只の発煙缶。ただの煙が勢いよく飛び出し、一瞬で部屋中に広がる。
いや、いやいやいや、ただの煙? そんな訳がない。煙は煙でも、その煙は只の煙な訳がない。

――――それは、催涙ガスだった。しかも途轍もない刺激臭がする特別性。

「がぁぁぁああああああああああ!!!」

狂犬は目に涙を、端に鼻水を大量に流しながらのた打ち回る。その隙に息を止め、目を閉じた絹旗は真っ直ぐに出口へ走って出て行ってしまった。

完全に逃げられてしまった狂犬は、プライドを逆撫でされた事で怒りのボルテージが最大限になる。

「ゆ、許さない!! 絶対に許さない!!!」

ホームアローンの泥棒の様に、完全に頭にキテしまった狂犬は目を真っ赤にさせて、出口へ走った。

だが、それは罠であった。

絹旗は出口から滑り込んで脱出した後、とっさに跳ね起きる。急げ、急がなければ手遅れになるぞ、と自らを急かすように。

「――――うっしッ」

足を大きく開いて腰を深く落とす、敵に対して壁を作るように構えた。左足は前に出して爪先を正面に向け、右足は後ろに引いて爪先は右に開き、右手を上に左手を下に、それぞれ平手。

蝙蝠に披露する筈だった事を、ここで披露するのだ。


「虚刀流一の構え―――『鈴蘭』」


目を瞑る。

神経を集中させろ。アドレナリンを極限にまで分泌させろ。全身の神経を研ぎ澄ませ。そして一発で勝負しろ。

目を開ける。

狂犬の速度に合わせる気など、毛ほども無い。だから、この必殺技が当たるか否かは神のみぞ知るというものだ。

来るか……。

来るか……。

来るか……。

しん…と、急に静けさが襲ってきた。集中している証拠だ。これなら、当たらない気がしない。

三秒後だ。三秒後に狂犬は来る。

あと、三秒。二秒。一秒――――――――――――――今だッッ!!

今朝の練習でつかんだコツを思いだし、絹旗は引き千切れんばかりに強く腰を回転させる。その力はそのまま腹へ、胸へ、肩へ、肘へ、手首へ、そして掌へと完璧に伝わった。


そう、これぞ絹旗最愛が最初に習得した虚刀流の奥義。

そう、これぞ虚刀流最速の奥義。

そう、これぞ地上最強の剣法、虚刀流の七つの必殺技の一つ。




「虚刀流奥義―――『鏡花水月』!!!!」




半ば勘だけで放ったその掌底。だが、絶対に当たると信じた放った掌底は、気が付くと狂犬の腹に突き刺さっていた。



「が……はぁっ!!」

目の玉が飛び出しそうなほど目を見開き、絹旗の掌底に突き刺さった狂犬は舌を出して気を失う。―――気を失っただけで、まだ生きていた。

「…………あ、あれ?」

絹旗は頭上に疑問詞を浮かべたまま、戦闘終了のブザーの音を聞いた。それは7時45分の事である。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その翌朝の事だ。

最近早起きだった絹旗最愛にしては珍しく、目が覚めたのは午後9時26分。完全に寝坊だった。


「あ、超しまった」


ぼーっとする頭で目を擦りながら起き上がると、なぜかデコに何かが当たった。ガスッ! と痛々しい音がするが、痛みはない。彼女の全身には窒素の膜が張られているからだ。それは例

え拳銃の弾でも効かない。

だが、今起こった現象については不可解だった。なぜ額の上に何かがあるのか?

答えは徐々に覚醒して思い出してきた記憶にあった。それは昨夜の事である。

確か、真庭狂犬に勝利した後すぐに帰宅し、冥土返しに来てもらって傷の手当をしてもらったのだ。

『あらま~これは派手にやったね?』

『……超面目ないです』

『いやいや、これが医者の仕事だからね?』

とまぁこんな感じで治療が終わった後、冥土返しはある贈り物をしてくれた。それは彼が発明した医療器具だそうだ。


『ほら、スポーツ科学でよく疲労回復に使う酸素カプセルがあるだろう? それを応用したもので、酸素濃度を高くした上に弱い電流を放電して細胞の活性化させる事でさらに疲労を回復

させる、疲労回復カプセルを発明したんだ。良かったらプレゼントするよ? あとで感想を聞かせてくれたら嬉しいね?』


要は、『日頃から稽古場を提供してあげるから実験体になってくれ』と言いたかったのだろう。本音を隠している要で、わざと思い切り見え隠れさせているのが少し癪に障った。

だが、効果はテキメンだったようだ。カプセルの蓋を開けて起き上がると、思った以上に体が軽かった。

実は御坂美琴が自らの傷を能力によって回復力を高めたのを見て、目を光らせた冥土返しが機械化に成功させた物だと知らない絹旗は試しに肩をぐるぐると回してみる。

うん、全然痛くないし疲れが無い。


「おお、これは売ったら超高く売れそうですね」

「なら良かった」


と、横から声が聞こえた。奇策士とがめだ。


「どうだ? 調子は。今日は戦えそうか?」

「ええ、超バッチリです。―――で、七花さんたちは?」


絹旗は鑢七花の姿を探すと、とがめは天井を指さした。


「屋上だ。……奴も剣法の一派の当主だからな。複雑な思いだろうよ」

「あ……」


そうだ、絹旗は昨日、虚刀流の技を持って狂犬を倒したのだ。

どの流派でも、正式に弟子入りしていない人間が技を盗んでしまうのは、絶対に避けなければならない事だ。しかも鑢七花の虚刀流は一子相伝の特別な剣法―――部外者である絹旗が使

っていい筈がない。

七花は反省しているのか。部外者に虚刀流を見せすぎたのだと。


「………もしかして、もう超稽古つけてくれないのかもしれませんね」

「………そうかな。そうなるかもしれんな。まぁそれこそ、決めるのは奴次第だ。奴も奴で考える力を付けてきたから、自分一人で大丈夫だろう。お前はお前で今日を戦えばいい」

「はい……」


絹旗は少し、気持ちが沈んだ。それを見てか、とがめは話題を変えた。

「そうだ。絹旗よ、昨日の最後の『鏡花水月』だが。あれは惜しかったな。私が見る所によると、七花のそれと殆ど遜色は無いと見たのだがな」


それを聞くと、ハッとしたように絹旗の顔が上がった。


「そうです! 超おかしかったんですよ! 絶対に死んでいる筈の威力だったのに、なんで狂犬は超生きているんですか!?」


そう、真庭狂犬は只気絶しただけだった。鏡花水月が腹に突き刺さって、そのまま蝙蝠と、もう一人の仲間(話に聞く川獺という人物だろうか)に担がれて消えていった。

とがめは懐に手を伸ばし、デジタルカメラを取り出す。


「それだ。実にいい勝負だったが………ええい、口にすると説明しづらい。―――まずはこれを見てくれ」


デジタルカメラの液晶には、絹旗がいた部屋の外の廊下の映像が映し出されていた。左斜め上からの映像で、ちょうど背を向けている絹旗がいる。


「これは……監視カメラの映像ですか? ちょうど私が超鏡花水月を撃ち出す前ですね」

「ここからコマ送りだ。いいか、この青い影が狂犬だぞ?」


そう言って、とがめは昨晩フレンダに教えてもらったばかりの操作で画面の横のボタンを押すと、無事にコマ送りで動画が再生された。

ゆっくりと絹旗の腰が回転し、青い影の狂犬は一コマで数m動く。そのまま絹旗の右の掌底が飛び出し、狂犬の腹へ一直線に伸びていった。

が、丁度腕が伸びきった所で――鏡花水月が撃ち終わった所でとがめは一時停止ボタンを押した。


「ここだ。ちょうどそなたが鏡花水月を撃ち終わった所」

「……ん? ――――ああっ!! 超鏡花水月が当たっていない!?」


そう、絹旗の鏡花水月は当たっていなかった。狂犬が来る前に、掌底は前に伸びきってしまったのだ。ほんのコンマ何秒の差だが、鏡花水月の腰の回転によって生まれた膨大な威力は全

く狂犬に届いていなかった。

ただ狂犬は絹旗が突き出した手に突撃しただけで、失神したのだ。


「そして、その伸びきった手に、狂犬が突き刺さったと――――これでは人は殺せんな。ははは」


苦笑交じりで笑うとがめの横で、恥ずかしそうに顔をしかめる絹旗は、


「~~~~~~これが何万人の人の前に超見られたと言うのですかッッ! 超恥ずかしい!!」

「良いではないか! 勝てたのだ。この世界で言うならば『結果おーらい』と言う奴だよ。第一誰も気付いておらんかったし」


丁度その時だった。鑢七花がやってきた。


「おお、絹旗。起きていたのか」

「あ、七花さん……」

「どうしたんだよ。そんな変な顔して」

「いいえ……」


絹旗の心境を察してとがめが七花に告げる。


「怖いのだよ。虚刀流の技を、ましてや奥義を勝手に盗んで使ったのをな。もしかして、もう稽古をつけてくれないのかもしれないと思っている」

「ちょっと、とがめさん!」

「え? そんなこと思っていたのか?」


と、意外そうな顔をする七花。絹旗もとがめも『え?』とさらに意外そうな顔をする。


「稽古を止めるとか、する訳がないだろう。結構楽しいんだぜ? お前と戦うの。それに腕が訛らないしな」

「七花さん……」

「だから昨日の事は何にも言わねぇよ。勿論これからも組手はする。鏡花水月を使ったのはちょっと意外だったけど、まぁ不問って奴だ」

「ありがとうございますッ!」


ぱぁっと表情を明るくする絹旗。その横でとがめは七花に、


「なぁ七花。絹旗の鏡花水月はどう見る?」

「うん? まぁ結構いい線行ってたな。もうちょっと腰の回転をこう……ぐわぁぁっ! って感じにして、左手をぐぃぃっ! って感じに……うーん、言葉にするのは難しいな」


ある提案をした。


「それならこの際だ。いっそ正式な虚刀流の門下生として絹旗を迎える事は出来んか? それなら絹旗はもっと強くなるし、七花ももっと組み手のし甲斐がある相手になるだろう? 腕を

鈍らせたくないのだろう? 丁度良いではないか」


その問いに、七花は珍しく真面目な顔で答えた。


「いや、これは俺の独断では駄目だ。親父からも姉ちゃんも、きっと誰にも虚刀流の技を教えるなと言うだろうし。初代から俺まで誰も余所者に技を漏らす事は無かったと思う」


その答えにとがめは間違いを直そう返した。


「……何を言っておる。生きているのはそなただけじゃないか。それに、なぜそのような事が言える?」

「簡単だ。もしも仮に虚刀流が外に流れていて亜流があれば、刀集めの際に絶対に俺たちの目の前に立ちはだかっている筈だろう」

「………たしかに。七花にしては珍しく鋭い意見だな。だが、前者の方はなぜだ?」

「とがめ、忘れたのか? 死んでいる筈のとがめや“まにわに”がこの世界にいるんだぞ?」


七花のその声に、とがめはあっと思い出した様な表情をすると、苦い物を飲んだような顔をした。


「―――ああ、そうだったな。忘れていたよ」


そして嫌なものを思い出したかのように、溜息をついた。


「そうだよとがめ。この世界には―――――――姉ちゃんがいる」


そう、鑢七花が元々いた世界に置いて、最強最悪の強さを誇っていた鑢七実―――七花の実姉がこの世界にいるのは確かなのだ。

この世界で四季崎記紀が造りし完成形変体刀が十二本を集めるにあたって、“絶対に敵に回してはならない相手”である。“絶対に味方にしなければならない”。


「もしも、姉ちゃんに俺が虚刀流を絹旗に教えているってばれたら………殺される。絶対に殺される」


およそ100%の確率で、敵に回る。


「今度こそ死ぬぞ、俺たち」

「…………」


うーんと困ったようにとがめも何秒か考えて、


「ああ、そうだな。十中八九面倒な事になりそうだ」

「と、いう訳だ。とがめ、お前の提案は了解できねぇ」

「命令だとしてもか?」

「ああ、命令だとしてもだ」

「なら致し方あるまい。すまないな、絹旗」

「いえいえ、超大丈夫です。てか、そもそも私は超盗人猛々しい事をしたのに……」


と、絹旗は右手を振る。だが、恥ずかしそうにこう言うのだ。


「でも……出来るなら、七花さんに直々に超教えてほしいです」」


その願いに、とがめは苦笑した。

「と、いう訳だが七花。今すぐでなくてもいい、せめて頭の片隅に留める事くらいしてやってくれ」

「ああ、それなら了解した」


これが、今朝の出来事だった。ほぼ完全回復したと見ていい絹旗は、24時間前よりも心身ともにかなり強くなっている筈だ。

大覇星祭はあと4日続く。だが、今日で闇大覇星祭は最終日。今日で今回の闇大覇星祭の覇者が、『微刀 釵』を手に入れる人間は誰かが決まる。

それぞれの櫓を勝ち残ってきた、BブロックとCブロックを勝ち残ってきた者の実力と名前はまだわからないが、準決勝で当たる彼らはいずれも、今までと比べ物にならない位の強敵だ

ろう。

Bブロックの覇者とは絹旗が、Cブロックの覇者とは七花が戦う。

絹旗の試合は、今から7時間10分後の午後6時ちょうどから始まる。


―――あと二勝。


絹旗は武者震いする我が身を抑えつつ、少しでも体力を温存する為もう一度カプセルの中に入って睡眠を取るのであった。

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今回はここまでです。ありがとうございました。

さて、やりすぎました。
何がやりすぎだって言うと、もちろん狂犬姐さんです。

「いくらなんでも速過ぎだろ―――ッ!!」

執筆中にツッコんじゃいました。書いたのは自分なのに。

どうやって、こなゆきはこんな加速装置もどきのチートを倒したっちゅーねん!!

まぁ脳内補完では、双刀を振り回していたら偶然雪で足を滑らせてコケそうになって刀の軌道が変わった所に狂犬が激突したと思ってます。

さて、ニワカ知識で御座いますが、物理の時間です。興味がない人は飛ばしって結構です。つーかこれは作者のオナヌーです。てかこのSS自体がオナヌーです。はい。

普通の拳銃の弾の重さは大体16.2g~21.8gだとすると、成人女性の平均体重は身長162.5~167.4cmでも56.9kgでおよそ2610.09倍。…2600倍です。
これを運動エネルギーに変換すると弾の速度は276~293m/sと仮説するなら、1/2×重量×速さ2乗だから、弾丸は935754J=935.7kJ。狂犬は7185561.3J=7185.6kJ。=7679.4倍。

狂犬姐さんの運動エネルギーは空気抵抗や地面の摩擦を除外すれば、運動エネルギーは約7700倍。抵抗を合わせるとそれ以上になるのです!
姐さんパネェ!!

まぁ、超科学的な禁書世界と超不思議的世界の刀語世界では、そんな細かい運動的法則は日本海の遥か彼方まで遠投しているのですが。

(禁書世界科学サイドの運動法則の矛盾を、議論しているのが『【禁書SS用】設定質問受付&禁書SSまとめwiki用資料作成所 -3杯目- 』です。なかなか面白いですよ)



さて、最後のもう一つ。
>>642から読み難くなっていると思います。それは、メモ帳の設定のミスですので、お詫び申し上げます。
どうも、こういう設定は面倒です。
では、また。


毎度思うけど自分語りが臭い

こんばんわ。今夜も投稿します。
>>646
調子こいてすいませんでした。某SSまとめサイトを見て後悔しました。反省します。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

やっぱり眠れない。

絹旗はカプセルに潜って、たった五分で起き上がった。体の方はほぼ完全に回復しきったようだから、もう眠気は無かった。それどころか早く戦いたいと心が急かさせるから、余計に眠れない。眠れるはずがない。

そこで絹旗は冷蔵庫の中の牛乳をコーンフレークにぶち込んで軽食を取った。

まだ10時にもなっていない。

そんな中途半端な時間に何か食べると昼食が進まないのではと考えたが、空腹に勝てる事は無く、食欲を満たした。


「さて、何をしましょうか」


食器を流しでさっと洗い、うんっと背伸びをしてみる。

今、この部屋にいるのは自分一人だった。七花ととがめは、自分がカプセルの中から出る前にこのマンションから出ていったようだ。

まぁ、する事は無いし、いつもの様に朝の日課をしようか。

とりあえず、屋上へ上がる事にした。

そう、バレてしまったが、秘密の虚刀流の特訓だ。


「ああ、今日はいい天気ですね」


9月の、秋の頭らしい、まだ夏の余韻を残す強い日差しが肌を刺した。だが、真夏の蒸し暑さとは違うカラッとした風は涼しく、心地よく感じる。

まさに洗濯日和だった。

そこに、一人の少女が手摺りに腕を掛けて佇んでいた。遠くを見ている。まさに只今絶賛白熱中の大覇星祭の様子を眺めているのだろうか。

滝壷理后の表情は、なぜか寂しそうだった。


「どうしたのです? そんな顔して」

「あ、きぬはた。もう大丈夫なの?」

「ええ、超ばっちりです。今日は思う存分暴れてやりますよ」


と、絹旗はへへんと不敵な笑みを浮かべて、


「所で、超寂しそうにしていましたが……。どうしたのです?」

「ううん。なんでもない」


と、滝壺は口を紡いだが、気まぐれかやっぱり話すことにした。


「ただ、もしも私が闇堕ちしなくて、ただの学生として過ごしていたのなら今頃、あのグランドの中で走り回っていたのかなぁって。命懸けの任務なんて無く、思いっきり青春しているのかなぁって。ちょっと羨ましくなって」

「……………」


滝壷の意外な言葉は、絹旗の笑みが消え失せ黙り込ませた。


「一昨日と昨日……あんな、超グロテスクな場面を見せられたら、誰だってそう思いますよ」

「うん。私ね、忘れていたの。むぎのやきぬはた、ふれんだが、とってもいい人たちだから、そう考え無い様に思考に蓋をしていたのかもしれない。――――私たちの住む世界は、常に残酷だって」

「…………」


絹旗の表情が曇る。

そうだ、私たちは人を殺す人形だ。人を狩る猟犬だ。だが、人間を殺していいという事は、人間に殺されても文句は言えないという事だ。

「私たち、どんな時、どんな場所であんな風に死ぬかわからない」


滝壷は、アイテムの中で一番心優しい女の子だ。麦野の様に殺しを愉しまず、絹旗の様に心を殺さず、フレンダの様に諦めていない。ただ、三人の三歩後を歩き、彼女らを守りたいと願っているのだ。
だが、滝壺はただ性能のいい索敵レーダーでしかない。手には剣は無く、盾も無い。そんな人間が仲間を守るなど、無理な話だ。
だから彼女は震える声で、


「私、怖い。絹旗が今日、死んでしまうんじゃないかって思うと、勝手に体が……」


絹旗は慎重に返す言葉を選んで、口から吐いた。


「何を言ってんですか。私はいつだってみんなを助けようと頑張ってるんですよ?」


滝壺は振り返る。絹旗は三歩離れて、準備体操を始めた。今から虚刀流の特訓を始める為だ。


「私たちアイテムは一心同体、一蓮托生。誰かが欠けたらそこでアイテムという組織が超成り立たなくなります。一人がピンチの時、みんなでカバーするんです。私が敵を叩いて、フレンダが罠を張り、滝壺が逃げた敵を察知して、麦野が潰す……ほら、これだけで超敗ける気がしないでしょう?」


見よう見まねで『虚刀流五の奥義―――柳緑花紅』を打ち出す。だが、腕だけの力で放たれたへっぴり腰のそれは、あまりのぎこちなく、滑稽な物だった。
思わず滝壺は吹き出す。


「ちょっと、滝壺さん。超失礼じゃありません?」

「ふふふ、ごめんごめん…。ついおかしくって………」


『もう……』と絹旗は不貞腐れて、中腰になって拳を隠す様に腰をひねる。だが、七花の柳緑花紅とは全く違う。

無理もない。彼女が最初で最後に見たのは、意識が飛ぶ手前の朦朧とした視界の中だ。ぼんやりとしか見えていない。だが、第三者として見ていた滝壺は、よく七花の動きを覚えていた。


「しちかさん、もっと体の軸がしっかりしていた。きぬはたは腕だけの力で振っているから、あまり巧く行っていないと思う」

「なる程、体の軸ですか。……こんな感じですか?」


と、絹旗は右拳を振る。
柳緑花紅は本来は鎧通しの技で、拳の運動エネルギーを振動させて敵の内臓などの、“物体の内部を攻撃する”技なのだ。よって腕は完全に伸びきっていない。
だが、絹旗のそれは完全に伸びきっている。しかも左右の足が逆だった。


「うーん。何か超しっくりこないですね」


まぁそうだろう。実戦に使うのはまだ早いのは明らかだ。滝壺はクスリと笑って、ブンブン腕を振り回す絹旗に、


「うん………そうね。全くのその通り」

聞こえない声で語りかけた。絹旗には全く届いていない。拳を振るう事に一生懸命な様子だった。それを見て、安心したように滝壺は手すりから離れた。


「じゃあ、先に下に降りてお昼作っているから、12時くらいになったら来てね」

「超わかりました。では、12時までに何とか様になる様にしておきます!」

「うん。―――ああ、そうだ。えいりから伝言があったんだった」

「笹斑さんから?」


滝壷は神妙な顔で、笹斑瑛理からの電話の、暗い声を思い出した。


「きぬはたの対戦相手、そうとう強いって。なんでも、一回戦からずっと最短戦闘時間の記録を打ち立ててきたとか」

「そうですか。なら、私はその記録を逆に超塗り替えてやりますよ」

「頑張ってね。きぬはたの事、応援している」


滝壺は可笑しそうに、幸せそうに笑って屋内に入るドアを開ける。

応援する事が、もう彼女にしか出来ない事で、それが幸せな事なのだから。





(なんて、超歪んでいるのでしょうか……)




絹旗最愛が属するアイテムの、四人の少女らは友情で結ばれていた。絹旗はそう確信している。

だがそれは暗部の闇には似合わぬ、歪な関係で育った物だという事も。

そんな友情の中で、絹旗は思うのだ。

自分たちの友情は歪んでいる。朝顔は日に当たらぬ、歪んだ友情。脆く、病弱な友情――だと。

いつ腐り果てるかわからない関係が故に、この組織には暗黙のルールがある。関係が砂の城の様に崩れないよう敷かれた鉄則がある。


裏切者には死を持って償わせる。


アイテム…いや、他の暗部組織に通ずる事は、『裏切りこそが、最大最恐の禁忌』だという事だ。

だからアイテムは、裏切り行為を見つけ次第に即刻処刑する。

前兆、予兆、ただの予想であっても容赦はしない。怪しい動きを見せたその瞬間に、後ろから銃口を向け、迷いなく引き金を引く。

故に4人の少女は皆、各々に拳銃を突きつけて裏切らない様、警戒している。

そして自分も間違えられて射殺されない様に、厳重の注意を持っている。

友情の中の裏切りほど、怖いモノはない――――と。


だから疑心暗鬼の中の友情ほど、歪んだモノはない―――――と、絹旗は思うのだ。




「でも本当、滝壺さんは超お人よしです」



だが、その中でも滝壺理后だけが歪みが無かった。

彼女だけはアイテムのメンバーを心から信頼している。彼女の手には拳銃は無く、両手を広げて皆の傍にいる。

だが、それはあまりにも馬鹿馬鹿しいと思えてしまうのだ。

なぜなら、一旦疑われたら、抵抗する事も出来ずに処刑されてしまうからだ。


「……………チッ!」


その時、絹旗は思い切り奥歯を噛み締めた。


「(私こそが……超大馬鹿野郎だ!)」


突き出した拳がぷるぷると震える。


「せっ!!」


絹旗は一心不乱に拳を振るう。忘れろ、馬鹿野郎と振るう。

もう、真っ赤を通り越して真っ黒に染まってしまった自分を、滝壺の見上げ見るべき姿勢を唾棄しそうになった自分を、心から軽蔑したい衝動を振り払うように。



夢中になって拳を振るうと、するといつの間に12時なっていた。

遠くで、昼休憩の大覇星祭のアナウンスが聞こえる。

―――――闇大覇星祭3日目が始まるまで、あと6時間。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


その、4時間後の事である。

第三学区の地下スタジアムで、一つの集団が影で怯えていた。ビクビクと、震える声で相談し合う。


「ヤベェって、俺たち殺されるぞッ!」

「相手は確か、今までどんな強え奴を相手にしても無傷で勝ってきたんだろ?」

「ああ、そうだよ。普通の大能力者を二三人ノシたらしい」

「じゃあ俺たち勝ち目ねぇよ!」

「だったらいっそ……棄権するか?」

「馬鹿言え! ボスから言われているだろう? 棄権してノコノコ逃げ帰ったら殺しちゃぞ☆って!! どうせ死ぬなら、華々しく散るのがマフィアってモンだろうが!!」


彼らの恰好は一貫して黒スーツに黒い帽子という、まさにマフィアな集団だった。

彼らは東洋の中でも一二を争うチャイニーズマフィア…の下っ端共で、つい先月の大事な任務で大きな失敗をした。その落とし前として学園都市の闇大覇星祭を優勝しろと命令され、今日にいたる。

もしも敗けてノコノコ生きて帰ってきたら無理やり違法ドナーとして内臓を摘出されるらしい。

絶対に優勝せねばならなかった。

見る限り戦力的にはトーナメントでは平均以下。それでも奇跡的にもCブロックを勝ち残り、準決勝へと駒を進めることが出来た。だか満身創痍であった。誰も彼もが何らかの怪我をしている。

準決勝の相手は鑢七花とかいうバケモノ。勝ち目など端からない。


「馬鹿言え! マフィアだろうがスフィアだろうが、俺は死にたかねぇ!

「じゃあどうすんだよ! 俺たちもう詰みだぜ? どう足掻いてもあんなバケモノに勝てっこねぇ!! 見たか? あの傷だらけのデケェ体から繰り出される蹴り! 壁が粉砕したんだぞ? 銃を幾ら撃ってもカスリもしない!! どうやって倒せばいいんだよ! こんなちゃちな武器で!!」


そう言って、東洋人の男がホルスターから拳銃を取り出した。トカロフだった。ただ引き金を引くだけで人を殺せる文明の機器も、今では石ころに見える。

石ころで巨人が倒せるものか。倒せるのは旧約聖書に出てくるダビデくらいしかいない。

ダビデではない別の男が諦めたように呟く。


「軍資金も底を突いた。全員分の武器を揃えたとしても拳銃の弾くらいだ。それに戦場だって準決勝からはスタジアム一択。こりゃ死ぬしかねぇわ」


と、そんな時。



「バッカ野郎! 諦めてんじゃねぇ!!」



背後から燃え盛るように熱い、知らない声が飛んできた。


「ああ?」


振り返ると、そこには旭日旗のシャツの上に白ランを羽織って、白い鉢巻きを締めた学生が腕を組んで仁王立ちしている。

『敵などこの世にいない。いたとしてもすべて薙ぎ払ってやる』と言っているような、自身に満ち溢れた笑顔をしながら、熱き少年は叫ぶ。


「死ぬとか殺されるとか、そう言うのはまだ早いぜ!! 根性を出せ!! お前ら、死にたくいないって思っているんだろう!? だったら根性で生きろ!! 根性だ、根性!! そんな湿気たツラ、根性で跳ね返せ!!」


何かと『根性』を連呼する少年に、マフィアの一人が憤慨した。


「馬鹿野郎! 根性で何とかなるレベルをとうに超えてんだよ!! つーか、根性も気力もクソも何もかも出し尽くしちまったよクソッタレ!!」


だが少年はニヤッ! と不敵の笑みで訊く。

「でも死にたくないんだろ!?」

「当たり前だッ!! 俺は…………独り身だけどよ。こいつは可愛い妹と嫁さんがいるんだ!!」


と、壮年の男は隣の若い下っ端の肩を掴んだ。若造はいつも酷く厳しい筈の兄貴の言葉に感動し、


「あ、アニキ……―――そ、そうだ! 俺はあいつらの為にもここで死にたくない! 死んでたまるかってんだバカヤロウ!!」

「そうだそうだ!!」「俺たちはまだ死にたくねぇ!!」「このままあっさり終わってたまるか!!」


一同は右手を振りかざして叫ぶ。だがその中で一人、空気の読めない奴がいた。トカレフのマガジンに弾を詰めていた男は沈んだ声で。


「でも、どうやって勝つんだよ……」

「「「「…………………。」」」」


空気が一気に冷えあがる。だが、目を閉じてしばらく考える少年は違った。


「んー………よしっ!!!」


少年は燃える火ような溌剌とした眼を見開き、パァンッ!と太腿を叩く。


「分かった!! お前らが戦いたくないってんなら!! 俺が代わりに戦ってやる!!!!」


目の前の、決して善人ではない人間の死の運命を覆そうと決意した。男たちは一斉に驚いて反対する。


「なっ!? ま、まて、待てよ兄ちゃん。そんなことしたら、お前下手したら死ぬぜ!? 相手は化け物だ!」

「そうだ、やめておけ!」

「俺たち見てぇな悪党の為に死ぬ気か!?」


「――――――うるせえッッッ!!!!」


だが、一番うるさかった少年は、さらに大砲の様な大声を発した。それだけで息は風となって吹き荒れ、突風へと変化し、目の前の者共を面子の様にひっくり返した。


「これは俺が決めた事だ!! お前らを助ける!! 根性で助ける!! だからお前らは根性出して家に帰って、そのボスってのに言っておけ!! もしもお前らに何かしたら、すぐに俺が駆けつけてぶん殴ってやるってよォッッッ!!」


少年が右手を振りかざすと、なぜか背後で爆発が起こった。赤青黄のカラフルな煙を上げ、衝撃波で男たちがまたひっくり返る。

ひっくり返りながら、妻と妹がいるらしい若造が、


「お前、このままじゃあ……」

「このままじゃあお前らが死んじまうだろうッッ!? そんなのは嫌だ! 一度出会ったけど、知っている人間に死なれるのは嫌だ!! だから俺に戦わせてくれ!! 俺に戦わせてくれ!! 絶対に勝って、お前らを死なせない!! 根性の限りを尽くすからッッ!!」

「あ、熱い……」


だが、なんて熱い漢だろう。

こ若造は少年時代に大好きだった、熱き魂を持つヒーローが悪の怪人を倒す特撮ドラマを思い出した。

彼は少年にこれと同種の憧れを抱く。まるで、ヒーローが大好きな子供の様に。

だが、もう夢を見る人間ではなくなった。もう大人になってそんな歳ではなくなった。けど、夢を託すことなら出来る。

立ち上がって、少年の手を取った。


「ああ、頼む。俺たちの命を助けてくれッ!!」

「ああ、任せてくれ。この俺があんた達を根性で助けてやるッ!!」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

9月21日午後5時30分。

アイテム一行は第三学区の地下スタジアムへやってきた。とうとう最終日を迎えた闇大覇星祭優勝トーナメントの準決勝・決勝の日。

地獄の三日間が今日で終わる。

ピリッとした緊張感が5人を包む。特に、絹旗最愛の顔色が悪かった。自分の準決勝の相手は強敵と知ってから時が経つにつれて腹の調子が徐々に悪くなってた。

今はキリキリと針に刺される様な痛みが襲う。


「………うぅ…正体不明の超強い相手と戦うのは、超胃に来ます…」

「大丈夫か絹旗。七花もそうだが、そなたにも勝って貰わなければ何もかもがぱーだぞ、ぱー」

「そ、そう言わないでくださいよとがめさん……。超プレッシャーかけないでください……」

「そうも言ってはおられん。あと4半刻もすればそなたの出番がやってくるのだぞ?」


と、焦ったとがめの横で滝壺がラッパのマークでお馴染みの瓶とミネラルウォーターを渡した。


「ほら、正露丸とお水」

「ああ、超恩に着ます……――――あーちょっと楽になった……」


その背後で、


「ぅぉ……た、滝壺ォ……私にも正露丸を…」

「どうしたの? ふれんだ」

「さ、さっき屋台でちょっと食べたアイスが……」

「お前は緊張感なさすぎだ」


ととがめがジト目で叱責するが、優しいお母さん役である滝壷ははいはいと正露丸とミネラルウォーターを手渡す。

すると横から真っ黒なMIBの恰好をした運営の人間がやってきた。


「アイテムチーム様ですね? 試合順の変更がされました。絹旗最愛様の対戦相手の方が遅刻するそうなので、鑢七花様の試合が先に行われることになりました。十五分前に受付までお越しください」

「了解した」


とがめが受け答えすると、運営はささっと帰って行った。


「と、いう事だ。暫くの猶予が出来て助かったな絹旗。それまでの間にその腹痛を直しておけ。あと、七花の戦いぶりをしっかりと見ておれよ」

「は、はい……」


七花が心配そうな目で、


「大丈夫か?」

「ええ、ただの緊張からの腹痛ですから」

「そうか。緊張か。懐かしいな。俺も錆白兵と戦う前の夜は全く眠れなかったなぁ」

「七花の場合は武者震いで、ちょっと違う物だがな」

「ん? どうしたとがめ」

「いやなんでもない。……それよりも、」


とがめは時計を持っている滝壺の方を振り向いて、

「滝壺、今何時だ?」

「5時40分」

「うん、もうそろそろだな。七花、もう行く時間だぞ」

「そうだな。ああ、俺も何だか緊張してきた」


と、わくわくと笑みを浮かべる七花。


「だからそれは武者震いだってば」

「え? なんだって?」

「………いや、なんでもない」

「?」


その後、七花と、彼の付き添いで滝壺がとがめらと分かれ、受付へと去って行った。

とがめら3人は指定座席と背もたれに書かれた座席に(準決勝にまで勝ち進んだ者とその関係者には、特別に指定席が設けられる)に詰めて座った。席は二つ、七花と滝壺の分が空いている。

そこに、一人の男が腰を下ろした。


「よいっしょと」


男にしては長めの茶髪をした高校生くらいの少年。不良というか、チャラいと言う言葉が似合う少年だった。安っぽいホストの様だと言われてもしっくりくる。

その不躾者にとがめはムッとした顔で注意した。


「おいそこの若造。知らんと見て忠告しておくが、そこは指定席だ。私の連れ二人がそこに座る予定だから、だから別の場所に行ってくれ」


それをホストもどきの少年は、


「あ、すいません。他に場所が無くって………あ、お姉さん綺麗ですね、良かったら後でディナーでも………」


なんととがめを口説き始めた。


(なんと礼儀知らずな男だ)


三十路にもなって口説かれるとは予想もしていなかった為、絶句するとがめを知ってか知らずか、


「お姉さんの来ている服、不思議だね。和服のアレンジ? まるでレディ=ガガだ。かっこいいね。それってどんなテーマでコーディネートしているの? いくらしたの? それと………」


と、次々と言葉をマシンガンの如く投げ込み、とがめに喋らせる間を与えずに口説き続ける。

そんな様子に気が付いたのか、横でフレンダの背中をさすっていた絹旗がこっちを向いて、ぎょっとした。


「あっ!? と、とがめさん、その人……」

「あれ? 俺を知っている人? それとも俺のファ…ふがっ!」


とがめはチャラ男の顎を押し退けて、絹旗に助けを求める。


「なんだそなたの知り合いか? だったら助けてくれ。こやつ、いきなり私を口説き始めてきた」

「いえ……知り合いではないのですが………」

「ひ、酷いなぁ人の顔を押し退けるなんて……。もしかして照れ隠s……ふぉぎゃっ!!」


その時、チャラ男ホストの後頭部にいきなり強い衝撃が炸裂した。ヒールで思いっきり叩きつけながら、今度はホステス風の少女がやってきたのだ。

痛々しい効果音と共に男の目から星が飛び出す。



「なにタカってんのよ。このド変態」

「あ、あ~」


歳は絹旗とは同じくらいの中学生だろう。だが歳に似合わず煌びやかなドレスを纏い、ヒールでホスト男の後頭部を何度も殴る。言葉の節々に聞いただけでも背筋が凍る音が響いた。


「アンタは、」ガスッ「なんで、」ガスッ「そうやって、」バキッ「いつも、」ガキッ「すぐに、」メキッ「綺麗な人を、」ガキッ「見ると、」ドゴッ「口説こうと、」ゴキッ「するの?」ガスッ「ねぇ、」ボキッ「あんた、」ガンッ「ホント」メキッ「馬鹿?」


「~~~ってぇな!! 何回俺の頭叩いてんだ! つーかヒールで叩くなよ! 痛ぇんだぞ全く!! 普通の人間なら下手すれば死ぬぞ!?」

「アンタの腐った思考回路を叩いて直してやってんのよ。感謝しなさい」

「俺は昭和の壊れたブラウン管テレビか!!」


そう涙目で少年は訴えるが、少女はそれをスルーし、本当に申し訳ない様に微笑んでとがめに謝る。


「ごめんなさい。このバカが迷惑かけて」

「ちょいと待て。誰がバカだ。学園都市第二位なめんなコラ」


と、絹旗はやはりと呟いた。


「あなたは超学園都市でも七人しかいない超能力者の一人、垣根帝督ですね?」

「そう言うお前はアイテムの絹旗最愛だな。知ってるぜ?」

「な……超能力者だと?」


とがめは驚く。


「ふっ……やっぱり驚くよな。驚くよな? あーでも、あの学園都市第二位の垣根帝督を生で見られるのは、本当に驚いちまうよな? アハハ」


と、髪を掻き上げながら、ナルシスト風に言うが、後ろの少女は吐きそうな顔で見下している。

そしてとがめはまだ驚いた顔で垣根をじーっと見て、こう述べた。


「こんな頭の悪そうな不良男がこの街で二番目だと?」

「ムカついた。誰が頭悪いだ。それと二番目言うな」

「あら、いいじゃない。真実よ」

「ヤメロ、マジでやめてくれ。俺は二位じゃない。決してスペアじゃねーからなあんな奴の!! あんな雪国モヤシ野郎と!!」

「黙りなさいチャラ男。そうやってモテようと変な方向に頑張っちゃうから、あなたは永遠に三下なのよ。大人しく冷蔵庫の中にでも籠って、工場長として工場のベルトコンベアでも回してなさい」

「うぅ………」


なんと冷たい少女だろう。少し少年に気の毒に思えた。と、思ったら少女にこうお願いされた。


「あの~すいません。この馬鹿が無礼を働いた後ですが、この席に座ってもよろしいでしょうか……。もうここしか席が無くて……。ほら、あなたも頭を下げなさい。ついでに謝りなさい」

「イデッ…………はい、すいませんした。お願いします」


と、少女にまたヒールで頭を叩かれ、頭を押し付けられながら少年は頭を下げる。


(なんだが、段々可哀想になってきたな………)


子供に厳しいお母ちゃんみたいな少女と、叱られ続ける子供の様な垣根は何だか親子の様に思えた。まぁ、明らかに歳は垣根の方が上だが。

とがめはあたりを見渡す…いや、スタンド全体を見渡すと、もう何万もの人間が収容できるこのスタジアムの観客席が全て埋まっていた。


コホンと咳払いをし、


「まぁなんだ。どうせそこの席はしばらく空いたままなんだ。いいだろう」

「ありがとうございます! ほら、あなたも!」

「ありがとうございます……」


なんと出来た少女だろうか。常識がなっているというかなんというか、世渡りに長けているというか、大人の対応に慣れているというか。

とがめは隣の席に座った垣根(本当に何気なく座った)に質問を投げかけた。


「で、その学園都市最強の男が、」

「ちょっと待って」


少女が止めて言い直させた。


「準最強の男よ」

「ちょっと待て。なんだそれ。なにそのビミョーな名称。全然強そうじゃねーや」


垣根は慌ててツッコむが、とがめは納得して、


「なるほど。で、その準最強の男が…」

「いや、言い直さなくていいから。ねぇ、聞いてる?」

「なんでこんな場所にやってきたのだ?」

「スルーすんなよ!! なにこれ新種のイジメ!?」

「いいえ垣根。シカトは古来から存在する日本の伝統的なイジメよ」

「そこは反応するのかよ!! つーかそんなもん伝統にすんな!!」

「それよりも質問よ。早く答えなさいよグズ」

「…………チッ」


と垣根は舌打ちをしつつ、


「まぁいいケド」


と右手を自分の胸に当てた。


「俺らはよ、この闇大覇星祭の運営の人間なんだ。奇策士とがめんさんよ。ついでに、『微刀 釵』ってヤツもとっ捕まえたのも俺だって言っておこうか」

「――ッ!」


それは、意外な告白だった。


「なるほど、微刀を無傷で捕獲できるという事は、貴様、相当な腕前の持ち主か。意外だった。こんな頭の悪そうな不良が……」

「ムカついた。相当止まりじゃねーぜ、俺はよ。つーか不良じゃねぇよ。一応この街じゃあ優等生だぞ? 超がつくほど優等生だぞ?」


垣根はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら足を組む。自慢げに自らの能力を語る。


「俺の能力は『未元物質(ダークマター)』。この世にある筈がない素粒子を造りだす能力だ」

「ほぅ……一応、素粒子というのはどんな物かは知ってはおるが、どうもしっくり来ない能力だな」

「ま、そこだけは俺の『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)にしかわからねぇよ」



頭をツンツンと指で突きながら、垣根は足を組み替える。


「つーかあんた、学園都市舐めてんだろ? 確かにあんたご自慢の鑢七花は強ぇ。それは認める。御坂美琴と同等ってだけでも十分だ。だが、俺には敵わねぇな」


自信満々と言った垣根の表情をちらりと見るたとがめの目の色が変わった。


「そんなもの、やって見なくてはわからんだろうに。何故そう言い切れる? それとついでに訊いておくが、なぜ微刀の銘を知っておるのだ」

「木原数多って研究者が言っていた。ちょっと壊れた部分があってだな、それの修理しに来た奴だ」


木原数多。彼は四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本が一本『毒刀 鍍』を所有している人物である。

成程、彼なら変体刀の知識を全部知っている筈だ。


(そうか、木原がこの件に関わっているのか。ならば、最悪の状況をも考えなければならないな)


とがめは少し考え込み、顔を上げると、


「それなら納得した。あと、七花はお前に勝てるという事にもな」


安心した笑みで背もたれに寄り掛かかる。

一瞬で、ピリッとした空気がとがめと垣根……いや、その隣の少女から絹旗とフレンダまでも取りこむ。

一番最初に口説いてきた様な、あの顔と同じ顔だと信じられない程の冷たい表情になった垣根は、


「へへっ」


と、吹き出し、口辺を糸で吊り上げられる様な顔でとがめを見つめる。


「………ムカついた。一応聞いておいてやるよ。俺があの木偶の坊より弱い理由」

「そこまでは言っておらぬが……。まぁ、あれだ。七花と私は微刀を無傷で捕獲できたからだ」


当たり前だと払いのける様に返すとがめ。


「七花は本気を出せば、あの微刀を簡単に破壊する事が出来た。そして破壊よりも難易度が高い捕獲も無傷でやり遂げた。少しだが壊してしまったお前と比べて、劣るか勝るか見ると、どっちがどっちかがまるわかりだ」


ヤバい。横の絹旗は警戒心を募らせると、さらに腹痛の波が大きくなってきた。これは決して緊張からではない。恐怖からだ。

垣根の放つ殺気が、恐ろしく禍々しくとがめを捕える。

笑っているが、その目は笑っていない。


「冗談はよせ。2対1じゃあ元より勝負になってねぇよ」

「冗談を言っているのはお前だ。鑢七花は刀だぞ? 人間の皮を被った、人の意志と魂を持つ刀だぞ? 私という所有者が持たねば、刀は動かん。垣根帝督よ、お前は地面に置いてある刀が勝手に動いて人を斬ると思うか? なぁ、学園都市第二位よ」

「…………」


そしてどうしようもなくなって絹旗はとがめの肩を掴む。


「と、とがめさん。超やめてください!! ここに七花さんはいないんですよ!? 誰があなたを守るんですか!? 相手は第二位の垣根帝督。四位の麦野や三位の御坂美琴より、段違いに強い化物なんですよ!?」


必至な表情の絹旗がそれほど面白かったのか、垣根はまた吹き出しながら、


「そうだぜ? そこのチビスケの言う通りだ。 あのキチガイなアバズレよりも、あのチチ臭ぇガキよりも、断然に、遥かに、果てしなく、途方もない高みにいる俺だぜ? あんたの様な頭にしか能がない人間が、俺に喧嘩を売るなんて発想すること自体、身分不相応な事件はあっちゃいけねぇんだ」

垣根は席から立ち上がり、右手を掲げ、そのままギロチンが振り下ろされる様にとがめの頭を掴む。


「今すぐに人肉100%挽肉にされてぇのか」


今すぐにでも目の前の女を殺す目を、彼はしていた。だがそんな垣根を、毛を逆立ててフーッ!と鳴く猫を見る様な目で、とがめは返す。


「貴様、そんなことしていいのか? 仮にもこの闇大覇星祭の運営の人間だろう? そんな貴様が、大会の参加者の関係者に危害を加えるという事は、それは運営による妨害だ。規律違反だ。公平な立場で接するべき参加者に対してのそれを、貴様はどう償う?」

「てめぇ……よっぽど死にたいらしいな。俺はよぉ、ただ微刀を捕獲して管理するだけだ。この馬鹿げた茶番劇の審判になったつもりはねぇし、MIBになったつもりもねぇ」


垣根はとがめの頭を持つ手に力を入れる。と、絹旗がその手を掴んだ。もう我慢の限界だった。後ろでフレンダが伸びている。


「ストップです。こんな超くだらない争いは、今この場所で行う出来ではありません」

「そうよ。馬鹿みたいな理由で私、死にたくない」


後ろの少女も垣根の肩を掴む。――――――が、


「失せろ、雑魚が」


と、突如彼の背中から翼が生えた。

天使の様に垣根は翼をはためかせ、絹旗と少女にその先を、ナイフを喉に突き付ける様に向けた。


「ッ!!」

「ヒィ…」


絹旗はすぐに動きを止め、翼の恐ろし威力を十分に知っている少女は思わず手を離して一歩離れた。


「おい、ババァ。よく見とけ。この翼は、あんたが思っているほど優しくないぞ」


その翼は天使のそれとは違い、無機質で漂白剤で洗ったような科学的な白さを醸し出していた。

背中からシンメトリーに伸びた合計六枚の翼はそれぞれ1m半。その一つが、垣根が座っていた座席を、まるで紙切れの様に真っ二つに切り裂いた。

だが、それをよくよく観察してもとがめは、


「ほう、なかなかの威力だ。これなら私の七花と同等の勝負が出来そうだ」

「いや、相手にならないのは目に見えてるだろ。もしかして耄碌か?」

「阿呆。私はまだ三十路過ぎだ。この世界ならまだ結婚ぐらい出来るのだろう? 歳で呆けるのにはまだ早い。お前のその能力を、私の奇策で打ち破るなど動作も無い事だ。いっそお前の為に便箋に書いてお前の前で朗読してやってもいい」


『まぁ、なんだ』ととがめは間に挟んで、


「それはまたの機会にして、今はこの状況だ。私に掠り傷一つ追わせてみろ。お前らの上司である運営様が、どんな顔をするだろうな。少なくとも、お前らは重い罰を受ける」

「んな訳なぇだろ。超能力者の俺に、学園都市がこれ以上どう堕ちさせるのか言ってみろ」


垣根の手の力が強まる。ギリッと頭蓋が軋む音が骨を伝わってとがめの耳に入る。が、それでもとがめは引かない。


「落ちるだろうな。いや、お前ではなく、お前が所属している暗部組織の評判が、だ」

「………、」


その言葉に反応したのか、垣根の手の力が弱まる。


(動揺している……?)

絹旗は垣根の顔色を覗き見るが、その表情はさきほどと変わりない。とがめは続ける。


「そうだろう? ここでひと騒動起こせば、運営は茶番劇を開演する事が長らく遅れる事になる。何せ参加者を運営が殺したのだからな。それを見た貴賓席にいる人間にはどう映ると思う? 『自分の部下の統括も出来ぬのか』と信用を疑うかもしれん。結果、学園都市の信用もガタ落ちだ。学園都市内のお前の評判も然り。お前が棟梁をしている組織の依頼が無くなるだろう」

「………」


垣根は黙ったままだった。そしてとがめは、


「そうだろう? 垣根帝督。学園都市暗部組織『スクール』のリーダー様よ」


そのまま、数十秒時が流れた。
二人とも動じず、動揺もせず、まったく脈拍も正常なのかと思うくらいに平然だった。
だが、二人の後ろの絹旗と少女の汗の量は段違いだった。ダラダラと汗を流し、顎からその滴が垂れる。
現実の時間がたった30秒も満たなかったが、彼女らにとってそれは一時間に等しかった。
その一時間が過ぎたころ。



「やめた。よく考えたらメンドクセェわ」



と、気の抜けた口調で、垣根はとがめを掴む手を放す。やっと解放されたとがめも、


「そうか。実のところ私も大人げなかったと思っていたのだ。すまなかったな。垣根帝督。今ままでの無礼を許してくれ」

「いいよ、もう。どっちが強いか弱いかなんて、子供じゃあるまいし。あれ、どうしたんだお前ら」

「…………」「………」

垣根は後ろで固まっている少女二人を見て、

「なに固まってんだよ。銅像かお前らは」

「え、なにも無かったんですか?」

「そーだよ。俺たちはお前らの様なガキとは違って大人なんだよ。すぐに喧嘩なんかすっかよ」

「そうだとも。戦は少ない方が良い。無理に強行して戦うのは下策だ」

「だって、あんなに一触即発なムードだったのに……」

「ま、今はそんなことしている場合じゃねーって事だ」


少女が戸惑うと、垣根は自分の能力で壊した座席を復元した。未知なる素粒子を造りだす能力ならば、座席の復元も可能だろう。

隣の座席でとがめが座るのと同時に垣根も座る。


「実のところ。あんた達に接触したのは、ただ純粋に興味があっただけだ」


と、垣根が言う。


「なんだ、まだ私を口説き足りないのか」

「いやいや、そうじゃなくて」


手を振って笑う垣根。絹旗は、


「(なんなんです? この超友好なムードは。さっきまでの超険悪さはどこへ?)」


と、目でとがめと垣根の背中から、垣根の横の少女へ、目で訴えるが、


「(知らないわよ! 何でも垣根の思っている事を私が知っているとでも? 私はこのバカの彼女か!!)」


との返答。


そんな少女二人を余所に、とがめと垣根は雑談を始める。


「学園都市中に噂に流れているあんた達だ。もう暗部じゃあ有名人だぜ? そんなのに興味が無い奴なんていねぇよ。特に、木原さん一家は興味津々だ」

「ほう。そう言えば、木原数多の他にも木原と名乗る女がいたな。確か病理とかいう…」

「そ。学園都市の闇は大体、その木原一族が牛耳っていると見ていいくらい、あいつらは闇が深い。すげぇんだぜ? あいつらが研究する事、全部が真っ黒だ。人間なんてモルモットとしか見てねぇ。特に今はいないが、木原加群って奴は十代で人間の心臓を何百人も止めているって話だ」

「ほう。まるでこの世界にある『漫画』とか言う奴に登場する悪役の様な奴らだな」

「それは良い例えだ。んで、その中の一人の……なんて名前だっけか? まぁいいや。そいつが鑢七花の虚刀流って言うんだっけか? その研究まで始めやがった」

「それは怖い話だ。七花にも注意させておこう」

「ああ、あと、木原数多も遺伝子学とかの研究所とパイプを強めているらしい。ああ、あと木原病理とも何か連携しているそうだな」

「それも怖い話だ。教えてくれてありがとうと言っておくべきだな」

「いやいや、それには及ばねぇが、お礼の代わりにある情報が欲しい」


と、天井で空間を明るく照らしていた照明がスーッと落ちた。真っ暗闇の中になった中で、垣根はとがめの肩を恋人の様に抱いてきた。


「ッ!」


垣根の心臓の鼓動が、とがめの背中に伝わる。吐息が耳に掛かる。

いきなりのことだったから、ついボッと顔を赤らめてしまった。

逆に垣根は静かに、甘く囁く。


「木原数多が持っている『毒刀 鍍』の奪取を手伝ってほしい」

「―――――ッッッ!!?」


紅くなった顔が一気に醒め、垣根の顔を向く。と、唇と唇がくっ付きそうな距離に仰け反った。

しかし肩を抱かれている状態だ。そんなに離れさせてくれない。とがめはこれ以上近づかない為に、垣根の胸に両手を当てた。

垣根の吐息が、こそばゆい。

絹旗にバレぬ様にする為だろう、小さな声だった。

「ちょっと待て垣根帝督。そなた…正気か?」

それは驚くべき計画だった。正気の沙汰とは思えない。

学園都市統括理事長アレイスター=クロウリー直属の人間を、たかが一暗部組織の人間が倒すと言うのは、かなり無理がある話だ。

即ち、最悪の場合は学園都市中を敵に回す事になる。

囁く垣根はギュッと、優しくとがめの肩を少し強く抱きしめた。

「俺、あの刀がどうしても欲しいんだ」

「なぜ、よりにもよって毒刀を狙う? お前なら、その暗部の地位を使って“どこぞの無能力者集団を壊滅させる”事だって出来るだろうに」

「あそこはあそこで駄目なんだと。上が先に予約済みだった」

「…………」

とがめは少し、心が痛んだ。それは、“彼ら”の事を思ったからだ。だが、同盟は組んでいるが所詮は敵同士。いずれは相反する時が来るだろう。それに、勝手に消えてくれた方が助かる。

「まぁ、何も奪い取るだけが全てではないだろう。自らが探すと言うのも手だ」

「それでもいいが、それだと面倒だ。それなら奪った方が抵抗が少ないだろう? そう言う生業なんだし」

とがめは唇に指を当てて考えながら、

「目的はなんだ?」

「それはヒ・ミ・ツ」

と、垣根はとがめの唇を指で叩く。その指をとがめは掴んだ。振るえる声で、怒る声で垣根の胸倉を掴む。



「あまり女を舐めるなよ。そうやってしていれば、コロコロと女が落ちるとでも思うな小童」

「初めて、表情を変えたな。嬉しい限りだ」

「………フン」


とがめは手を乱暴に放す。と、垣根もやっと肩から手を離した。


「そう怒るなよ。これは、あんた達にも都合がいい話だ」

「………なっ」


垣根はとがめの手を掴み、ある物を握らせる。

カサッ……。と音がしたからか、


「紙か? それとも賄賂か?」

「残念ハズレ。あんたがさっき言ってた便箋じゃねぇけど手紙だよ。あとで一人で、誰にも見つからずに読んでくれ。頼む。それと、読んだら必ず燃やしてくれ。俺が造った紙だから、復元できない筈だ」


最後にそう耳元で呟きながら、離れていった。


と、思ったら耳に息を吹き掛けられ、


「ひやんっ!」


悲鳴を上げてしまった。


「ははっ、あんた結構可愛い声出すんだな」

「~~~~~~///ッッ!!!」


と、顔を真っ赤に染め、歯を食いしばりながらとがめは、垣根の顔面に拳を叩きつける。


「ちぇりょお!!」


だがそれをいとも簡単にガードされた。

丁度、カッ! と空間の中央の、強化ガラスが張られた四方500mの戦場にスポットライトの光が照らされる。

とがめは思わず目を細めた。垣根はしてやったりと笑顔で、


「ほら、あんたの自慢の鑢七花の試合が始まるぜ」

「…………~~~ッッ」


次の句が出ず、歯を食いしばるとがめは紅い顔で座席に座り直すと、


「…………」


絹旗がジトーとこちらを見ていた。どうやら、自分と垣根がよからぬ事をしていたと勘違いしてるようだ。


「あ、いや、これはその……」

その横では、垣根の隣で少女が彼の脇腹を、

「………………」

「イデデデデデデデデデデデデッ!!!」

工業用のペンチで真顔でつねっていた。



「ちょっと待て!! どのペンチどっから持ってきた!!」

「……………」

「答えろよオイ!!」


数秒経って。


天井のスピーカーから女の声が鳴り響いた。


『皆さま、お待たせいたしました。 只今より闇大覇星祭最終日を開催いたします』


続いて、実況だろう男の声がけたたましく轟く。障害物競走の実況をしていた人物と同じ声だ。相も変わらず古館伊知郎さながらの実況であった。


『さぁさぁいよいよ始まりますトーナメント準決勝決勝。今日、今夜、今宵! 世界最強の男が決定するのであります!!果たして、一体誰がこの地獄を勝ち抜き、優勝するのでありましょうか!! ………――――』


絹旗をどうにかして言い訳で納得し終えたとがめの横で、ペンチとヒールという凶器によって顔をボコボコにされた垣根が、


「お、いよいよか。さて、鑢七花。どんなモンか見せてもらおうかね」


と呟く。

とがめは足を組んで、


「垣根よ。そなたは学園都市の事をよく知っておろう。七花は勝てると思うか?」

「ん? ああ、どうだかな」


とがめと同様、脚を組んだ垣根は何か含んだ言い方だった。すると、ある事を思い出したような顔をする。


「あ、いけね、忘れてた。言い忘れてた」

「どうした?」

「鑢七花の対戦相手が変更になった」

「「は?」」


とがめと絹旗は不思議な顔をする。


「垣根よ。一つ聞くが、確か私の記憶違いでなければ、選手登録の変更は出来ん筈だが……」

「ああ、いや、これは例外だ」


と、垣根の弁。


「学園都市のルールは運営が決めるもんじゃねぇ。最初から作られたルールで成り立っている訳でもねぇ。この大会のルールは、VIPだ」

「ま、まさか……」


とがめはある予測をする。


「そ、そのまさか。あいつらが面白いと思ったら即採用だ。考えてみろ。この大会は元々、あんな奴らの為にやってきた行事だ。この場にいる何万もの人間なんて、ただのオマケ」

「と、なると、その貴賓の人間が『良し』と言うほどの相手が、七花の相手だと?」

「そう言う事」


するととがめの向こう側の絹旗が顔を乗り出してきた。

「その人は一体誰ですか!?」

「まぁまぁ、そう慌てるなチビスケ。すぐにわかる」

「んなぁッ。そう言えばこれで二回目ですよね? 誰がチビスケですか。 私には絹旗最愛という超ラブリーな名前があってですね!」


それをスルーして垣根は頭の中で、イメージで予想を何回かやって、その結果をとがめに告げる。


「そうだな。“あいつ”は別の意味で規格外な奴だから、絶対は言えないが、鑢七花にとっては好相性だが不利な相手だろうな」

「………? どういう意味だ?」

「いったままの意味さ。あいつはバリバリの格闘系能力者だ。それも学園都市随一。でも完全に型破りだから、予測がしにくいし何より一発がデカイ。まぁここであーだー言っても始まらないから、率直に言っておく」


垣根は膝に肘を掛けて、手を組み、そこに口を当てる。


「鑢七花は―――敗ける」


だが、とがめは逆を述べた。


「いや、七花が勝つに決まっておる。そう私が信じる」

「私もです!! 七花さんが敗ける訳がありません」


絹旗も賛同した。すると、


『さぁ、早速両者が現れました。まずはDブロック覇者、鑢七花の登場です!!』


「あ、七花さんが出て来るようですよ!」


絹旗がそう嬉しそうに言うと、スポットライトが消えた。そして、空間中に鼓膜が破れる程の音楽が鳴り響く。

岩が転がるようなドラムの音。甲高いギターソロ。体を叩くような重低音のベース。狂ったようなキーボード。それぞれの音が完璧に合体し、一つの音楽として観客席の人間を魅了する。そして空間を彩るレーザーのカラーはブルー。

何もかもがひとつに統一され、一個の芸術として完成された。

全てが完璧だった。

その中で、一人の男が入場ゲートから姿を現す。

そう、鑢七花という一人の男だった。


『鑢ィィィィィ七花ァァァァァァ!!』


ウォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!


七花の名前が甲高くコールされると同時に歓声が上がる。地響きのような歓声だった。天井が落ちてきそうなそれと一緒に、


「ウォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


と絹旗も雄たけびを上げる。実況が今までの戦況を読み上げた。

『鑢七花選手の今までの戦果を紹介いたしましょう。
鑢七花(27)。身長206cm、体重16ポンド1/2。
学園都市暗部組織『スクール』のチームに所属になっておりますが、実際は雇われ屋で全く超能力は使えない、ただの人間としてここまで上がってきました。これは素晴らしい成績でしょう。
一回戦は地味にも強能力者の硬彫竹兜選手を『森』で打ち破り、二回戦は学園都市暗部組織『レコード』を『市街地』完全に圧倒し勝利した後、破竹の勢いで三回戦、準々決勝を勝ち進んでまいりました。しかも全て一発KO! しかもしかも全くの無傷!! まるで人間を叩き斬る日本刀の様な切れ味で、敵をバッサバッサと切り倒すその様はあたかも百戦錬磨の剣士の如く!!
さぁ一体どんな戦いを私たちに見せてくれるのでしょうか!?』

そんな、オーバーリアクションの実況に紹介されながら入場ゲートから現れた七花に垣根は、

「なんだ、普通に歩いてるだけじゃねぇか。つまらねぇな。もっとカッコよくできねぇのか?」

「そう言うな垣根。奴はこういうのに慣れておらん」

まぁ、完全アウェーならあるが。

とがめがそう言うと、七花がこっちを見つけたのか手を振ってきた。絹旗が大きく手を振る。


「つーかなんだこのガキ。正直言ってキモいぞ」

「超黙れです。こうやって応援しているしかないんですよ私は」

「時に絹旗、腹痛は治ったのか?」

「そんなもの、とうの昔に収まりましたよ。あ、滝壺さんだ! おーい!」


大きく手を振る絹旗を見て、垣根は、


(コイツ、コンサートとか言ったら暴れるタイプだ)


と見た。とがめは、


「結構金が掛かっているな。まぁ、七花にすればただの騒音なのだがな」

「そう言われると、作った奴が気の毒だ」


一分ちょっとの曲が終わり、スポットライトが巨大なリングを照らした。

そこにはまだ絹旗に手を振っている七花が。それを観客たちは自分たちに振っているのと勘違いして、また大きな歓声が上がる。


「ガンバれぇぇえ!!」「勝てよォォォオオ!! お前に全財産掛けたんだからなぁ!!」「敗けるなぁぁああ!!」


因みに、防音効果もあるこの分厚いガラスの向こうの七花には耳が壊れる程の轟音は全く聞こえず、ただ七花は絹旗に手を振り続けていた。


「あれ? そう言えばとがめの隣にいる奴誰だ……? まぁいいか。一応手を振っておこう」


すると、突如また照明が落とされる。

今度は、対戦相手が入場するからだ。


だが、突如、実況でもアナウンスでもない、誰かの声が会場に響いた。

誰かがマイクを持って、こう呟く。




『燃やせ』



――――と。



『その瞳に灯した炎に命を賭けて』



その時、ヴァイオリンの音が鳴り響き、入場曲が始まった。入場曲→http://www.youtube.com/watch?v=SsQm5uTT7IQ&feature=related

誰もしゃべらない。観客も、実況も。誰一人と。

だが、入場ゲートに佇んだ対戦相手だけが、ゲートの両脇から巻き上がる紅い炎に包まれながら静かにマイクに言霊を流す。


『誰かがお前を呼んでいる』


スポットライトが彼を照らす。

対戦相手は少年だった。歳は15より上。白の学ランに白の旭日旗のTシャツを着た、白い鉢巻きを締めていた。

レーザーライトのカラーは燃え盛るレッド。


『勝利を掴むまで』


少年は入場ゲートから足を踏み出す。と、人間の重さでは考えられない、重々しい地響きを発生させた。

観客はどよめく。だが少年はそんなものなど知らず、足を進める。

一歩、足を進めると、地響きで空気が重くなった。もう一歩、足を進めると、少年の熱気で空間が歪んだ。

蜃気楼の中、少年は静かに燃える火の如く、静かに一歩一歩噛み締める様に行進する。マイクを持ちながら。


『熱いその体に流れる熱い血潮に心をゆだね、愛のために死ねる朝を探していたのか』


どこかの詩人の様に、静かに言葉を紡ぎながら歩くその一歩一歩が段々重くなり、ついには彼の一歩で地面がめり込むまでになった。七花の体が若干浮き上がる。

しかも、彼の背中には炎が燃え上がる。思わず七花は腕で顔を覆った。否、あれは炎ではない。あれは少年の熱気なのだ!! 魂の熱気が具現化し、背中から爛れ出て来たのだ!!



『傷つき倒れた体を夕日に染めて、悲しみさえもいつか勇気に変わるだろう』



少年は燃え盛る。



『立ち上がれ、何も恐れずに。空が燃える。世界が叫びをあげる』



燃え盛る少年は、熱き魂を持つヒーローとしてここに降臨した。



降臨した少年は、マイクを持たない右手に拳を作って掲げた。



『ああ、俺のこの手が光って唸る。お前を倒せと輝き叫ぶッッ!!』



すると拳が真っ赤に燃えたように深紅に染まる。どういう理屈なのかわからないが、それは太陽の様に燃えている。

それは美しい太陽の輝きだった。少年は夕日の様に一旦引き、少年はマイクを放り棄て、棒仮面を付けた狂戦士の如く斜め左に右手を真っ直ぐに伸ばす。

「はぁぁぁぁああああああああッッッ!!!」


その右手を弧を描くように右へ、最後に脇に移して拳を作って力を貯める。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」




そして、十分に力が溜まった事がわかり、BGMの入場曲のフィナーレと同時に天井を打ち破ろうとするように突きあげた。

その刹那、太陽の輝きは赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色の炎に変わり、少年の背後で爆発した。

轟音と共に突風が吹き荒れる。

そのまま少年は七花を指さして、


「鑢七花っつたなぁ!!」

「お、おう」


ちょっと引き気味に七花はそう返事するや否や、地声のはずの少年は数十m先でもうるさいくらいの大声で吠える。


「あんたには恨みはないが、今日は俺が勝たせてもらうッッ!!」

「お、おう、よろしくな」


その時、やっと運営が自分の仕事を思いだし、入場したこの少年の名をコールする。

そう、彼の名こそ――――。




『削ォ板ァァァァァァァ軍覇ァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!」



――――削板軍覇。


『さぁ、この男がやって参りました。なんとCブロックの覇者『三合会チーム』が戦闘行動が不能に陥りどうしようか考えていたその時、突如現れたこの男が命を張って代わりに飛び入り参加を表明しました。これほど破天荒の極みと言うべき男はいないでしょう。だがしかし、この男だからこそこの戦場にやってきた。この地獄の様な戦場に飛び込もうと言う覚悟と勇気と根性は、まさに天下一!! 地上最強の熱き男!! 超能力者、削板軍覇ァァア!!!!』


ワァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!


七花の時よりも大きな歓声が上がる。

それほどにまで、彼のパフォーマンスに魅了されたのか。それとも彼の熱き魂に心を打たれたのか。


「この230万人の学生の中でも、七人しかいない超能力者の一人。順位は七位。ナンバーセブン。熱き愛と根性のヲトコ。世界最強の原石。正体不明の超能力を操る超能力者……とまぁ、こんな風にあいつには色々な愛称があるんだが……見ての通り目立ちたがり屋の大馬鹿野郎だ」


それを観客席で面白そうに見ていた垣根はそう口を開く。


「あいつな、自分でも自分が使っている能力がわからないらしい。まぁ『あえて不安定な念動力の壁を作り、それを殴ることで壊して遠距離まで衝撃を飛ばす』って本人が言っているが、実際は全く違う。それは誰にも分からない。そんな相手に、どうやって奇策が練れるんだ?」


垣根はとがめに質問をした。その隣の絹旗はビックリこいて呆然としている。

とがめの返事を待たぬまま、もう一つ質問を繰り出す。


「じゃあよ、あんたご自慢の鑢七花はどうやって、あいつを倒すと思うんだ? 超電磁砲と同等に戦ったとはいえ、あのガキとタイプが違う。それにただ工業的実績がないから七位になっただけで、ひょっとしたらもっと強いかもしれねぇな」


さて、このセリフを聞いて、とがめは先程と同じことが言えるだろうか?

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今夜はここまでです。ありがとうございました。次回、無刀対熱男

こんばんわ。もうちっと書きたかったのですが、よく見たら結構溜まってたので投降します。

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言っては悪いが、頭の悪い鑢七花には『超能力者(レベル5)』という単語には覚えがあった。

それは初めてこの世界に来てであった人間、偶然七花を呼び寄せたアイテムのリーダー『原子崩し』こと麦野沈利だったり、
七花を捕えにやってきた、学園都市最強の電撃使いである『超電磁砲』こと御坂美琴だったりと、
とりあえず、難しい事は解らない七花は、『超能力者』は『とにかく強ぇ奴』と覚えていた。

そして、他の人間とは全く違った雰囲気を纏っているという事も……。

その雰囲気を感じ取った七花は、思わず心を震わせた。その振動は、口元を自然と吊り上げさせる。


「へぇ、お前、強ぇのか」


久しぶりだ。この心の震えは。これは――――武者震い。


解る。理解できる。この目の前の人間は、かなりの強者であることが。
今日まで見てきた『超能力』とかいう未知な、摩訶不思議な力を扱う人間を沢山見てきた。
絹旗だったり結標淡希だったり白井黒子だったりと、様々な個性溢れる能力者と出会い、戦ってきた。

もしも武術家を二種類に別けたとするならば、片方は頭を使い敵の手を読んで先手を打つ者と獣の様に鋭い嗅覚と直感を持って敵を叩く者。
鑢七花という武術家は後者寄りだった。
七花は直感と嗅覚が、この削板軍覇と言う少年を『全力に値する人間』だと認識した。

この直感は正しいと思う。だが、それでも確かめたい。


「お前、強ぇのか?」


久しぶりに全力をぶつけてもいい相手か。殺せない相手なのか。どうなのか。
七花の問いに、そんな期待を込めた問いに、軍覇はグワッと顔を強張らせて、


「当たり前だッッ!! 俺はすこぶる強いぞッッッ!!!!」


と、猛獣の様に叫ぶ。ただ怒鳴っただけなのに、ブワッ! と七花の長髪がなびいた。そして全身の肌から鳥肌が一斉に立ち上がる。
感覚としては、言霊が拳となり七花の鼻先寸前で寸止めされた感じだった。
それだけで七花は確信する。――――この男は、全力に値する人間だと。


「………お前、名前なんつったっけ?」

「削板軍覇ッ!!」

「そうか。強そうな名前だな。俺は鑢七花ってんだ。ああ、俺の名前さっき叫んでたからわるな。
俺、実はここに来る前黒い服着たオッチャンに対戦相手が変わったのと、代わったのが『超能力者』だって事を聞いてたんだ」


七花は頭を撫でながら、


「いやぁ、そん時びっくりしたよ。だってこの街で七番目に強い奴と戦うんだぜ?
そん時俺、どんな奴だか見てみたくて楽しみだったんだ。この世界来てから一度も万全の状態で本気になった事なかったからよ。お前なら大丈夫そうだ」

「大丈夫だと?」

「ああ、そうだ。―――――本気を出しても、『殺すな』と言うとがめの命令を守れる」


足には居ていた草鞋を脱ぎ捨てた。
そして足を大きく開き、足を大きく開いて腰を深く落とした。それだけで、どんな相手でも巨壁に阻まれたような錯覚を受けるだろう。
心を沈ませ、声を低くし、冷たい刀身の様に七花は呟く。


「虚刀流一の構え―――『鈴蘭』」


錯覚は軍覇も例外はなくゾクッと彼の背筋を凍らせた。


「(雰囲気がガラッと変わったッ!! スゲェ!!)」


まるで日本刀を構えた熟練の剣の達人と立ち会っている様な、そんな恐怖心が全身に圧し掛かる。

―――七花は抜いたのだ。『虚刀 鑢』と言う完了形変体刀を、鞘から。

だが、それでも負けられない。
軍覇は鉢巻きを締め直し、頬を叩く。


「俺もだ。俺も、完全に本気を出せるぜッッッ!!!」


彼も嬉しそうだった。
そう、御坂美琴が上条当麻に出会うまで本気を出せず悶々していた様に、軍覇も超能力者であるが故、頭のリミッターが切れる程の本気の喧嘩という物をしたことが無かった。
そして一匹の猛獣の様に吠える。


「本気でぶっ飛ばしても良さそうだから、削板軍覇史上最高出力で勝ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!」


応援団…いや、一種の空手家の様に両の拳を脇に締め、肩幅に広げた足を曲げる。
これはまさにマンガの主人公が気を貯めているように見えた。実際に彼の周りに蜃気楼が発生する。
それほどまで、彼は喜んでいた。

彼はいつだって全力だった。弱者を虐めている不良を見かけたらすぐに飛びかかって全力全霊を持って叩きつぶすのは、いつもの事。
だがそれは自分と相手の力は吊り合っておらず、無意識に手を抜いていた。
自分からリミッターを造り、能力を制御して人を飛ばしても殺さない様に、気付かない内にやっていたのだ。

本気で拳を振るった相手など、この学園都市でただ一人、内臓潰しの横須賀だけ―――――

そうでもしなければ削板軍覇という少年は今頃殺人犯として少年院にブチ込まれていただろう。
それが、今では違う――――完全に力の差は無い。全力全霊を持って、一寸の迷いも無く、これっぽっちも手を抜くことを許さず、戦える事が出来る。
これなら、リミッターなど元より必要などない。


「ぁぁぁぁぁああああああああああああぁぁあああああああああああっっっっつッッッッッッッ!!!!!」


軍覇が叫ぶだけで、空間中の空気が風となって吹き荒れ、地面にクレーターが出来た。
七花も答える様に愉しそうに笑っった。


「いいぜ、ただしその頃には、あんたは八つ裂きになってるだろうけどなッ!」


その後、深呼吸で両者、三つ数えた。そして―――


「ぅぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――!!」

「うぁぁあああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――!!!」



同時に地面を蹴って襲い掛かる。
七花は軍覇を本気で斬り殺すつもりで、軍覇も七花を殴り殺すつもりで、野性の本能を曝け出しす。咆哮は分厚いガラスの壁がビリビリと振動する程だった。
両者ともに一発当たれば即KOできる破壊力を持つ。どちらも一発も当る事は許されない。
しかしそれを知っている筈なのに、どちらも避けようとしない。むしろ向かって行った。

リミッターなど元より無い。フルスロットルで狂い走る車が衝突するように、二人は激突する。

踏み込んだだけで地面が凹む。距離はたったの70cm弱。鬼気迫る形相。まさに龍と虎の決闘。

そして突然にお互い、一撃必殺の必殺技を繰り出した。



「超ッ!! すごいパァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッッッチィィィィイイッッッ!!!!」


「虚刀流―――『鏡花水月』ッッッ!!!!!」



こうして、今大会で最も激しい戦いが幕を開けた。

絵で描かれる龍虎図には、必ずと言っていいほど雷雲が描かれるが、ここにはそれが無い。

だが、七花と軍覇が掌底と拳を交差させた直後の轟音は、雷に等しかった。




それは挑発的な行動で、すぐに賭けに乗ってしまうだろうが、とがめの回答をすぐに出さず、溜息交じりで話を別の方向に転換させる。


「………そなたに勘違いしている事があった。第一印象は、常識知らずの馬鹿な不良男だと思っていたよ。今は違う。よく見るとなかなか観察力もあるようだし、その能力の様に『常識が通用しない』非常識的な人間かと思いきや意外と常識的。非常識ぶっているが常識をちゃんと持っている。それに頭が切れそうだ。成程、優等生らしい」

「お褒めに頂きどうも。確かに俺の能力には『常識は通用しない』。だが、どの時代も常識を覆す人間…ニュートン、ガリレオ、エジソンのみてぇな従来の常識をひっくり返した奴らは、いつだってその常識をよく知る奴らだよ」


『ああ、それと常識外れな行動が多い削板軍覇も例外だ。いや、あれは常識外れというか、常識知らずと言った方がいい。それは小さそうに見えて大きな違いだ』とも垣根は言った。

常識知らずと言えば、『メンロパークの魔術師』『発明王』『訴訟王』で名高いトーマス=エジソンの少年時代は本物の常識知らずで、もしかして発達障害だったのではという話もある。


「まぁ、常識を知らないで何が常識外れだって事。壁を壊すには壊す壁を見なけりゃな」

「その通りだ。私は相手が考えない事を、予想だにしない事をやる。故に奇策。『相手が考えない事をやる』という事は、『相手が考える事をやらない』という事だ」


頷くとがめ。


「私は、自分は非常識的な策を持ってくるが、常識をよく弁えていると思っている。
定石通りに打つ奴には定石外れな手を打って攪乱するのに限る。だが、次打ってくるだろう定石を知らなければ始まらん」


ここに七花がいたら恐らく、『いや、とがめの屋敷は非常識の塊だろう』とツッコむだろうが、それは今とは別の話だから放っておいて問題ない。
とがめの横で絹旗は首を捻った。


「(………超高度でわからないです)」


全くサッパリとわからない話だった。
だが、絹旗は非常識さを象徴している垣根と意外性を生命線にしているとがめ。この二人だからこそ通じる事があるのだろう、という事だけは肌で感じられた。

彼らはたった一カ所しかない接点を通じて会話をしている。
常識をよく知るからこそ常識を通用させない事が出来る男と、定石をよく考えるからこそ奇策が打つ事が出来る女……そう言う構図と言ったところか。


「だから垣根よ、常識的な理由だが非常識にもお前の賭けを断るよ」


差し出された札束を押し戻して、


「私には賭ける金がない」

「常識的だな」

「ああ、実に常識的だ」

「でもよ、賭けるモンは金だけじゃねぇだろ?」


垣根はそう言うと、とがめは苦い虫を噛んだような顔をした。
そして観念したように、

「わかったよ。そこまで言うならさっきの話は“話だけ”聴いてやる。
ただし本来のアイテムの棟梁である麦野が目覚めた今、すぐに私の発言権はなくなるだろう。その時は麦野に相談するんだな」

「了解した。とりあえず、今は観戦に集中しようか」

「そうだな。その方が良い」

とそこに、会話に耳を傾けていたが訳が分からなくなって、とうとう我慢できなくなった絹旗が話に割って入る。

「…………超何の話をしてらっしゃるのですかあなたたちは」

が、とがめは『何も話すな』と垣根に目で釘を刺されて、

「今は言えん」

とだけ答えた。
その時、ちょうど『カーンッ!』とゴングが叩かれた音がする前だった。
男二人の獣の様な叫び声がスピーカーから聞こえてきたかと思えば、


厚さ3mの防弾ガラスの戦場の中で、大爆発が起こった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

雷鳴と酷似した轟音と共に巻き上げられた砂埃は、もくもくと戦場を隠した。
誰もがその煙の中を注目した。

この中で、一体なにが起こったのだ? ―――と。

だが、観客たちの期待と興味と好奇心とは全く別の方向に動きがあった。
二つの影が凄まじい勢いで両端の壁に激突したからだ。またも雷の様な轟音が響く。
元より、モクモクと立ち込めている砂煙の中には誰もおらず、徐々に薄まった砂埃の中には砕かれてひび割れたコンクリートの床だけがあった。


―――――――ッッッ!!??


観客全員が、一斉に動きがあったガラスの壁に注目する。時計の12と6の様に、対象的に離れ離れになった鑢七花と削板軍覇が、そこでも砂埃を巻き上げながらそこにいた。


一体何人の人間がこの状況を説明できるだろうか? きっと何万の人間の中でもたった一握りだろう。
だが観客などどうでもいい。全ての神経と精神力を、七花は空間の反対側にいる人間を倒す事だけに費やす。
否、「倒す」という、生かして倒す甘い考えでは、かえってこちらが危ない。
勝利を獲る為には、本気で敵を殺す気でいなければならない。

それが、この大会のトーナメンに参加した者のたった一つの正しい思考回路だった。


『い、一体何が起こったのでしょうか。一度スロー映像を見ながら整理してみましょう』


そう実況が言うと、ガラスの壁に映像が映し出された。それは、先程七花たちが激突した映像だった。スーパースローで再生されるが、それでも普通の速度に見える。


『ゴングが鳴る直前、両者が走り出し、技名か何かの名前を叫んで打ち合いになった時、あまりにも凄まじいスイングスピードの両者の右腕で砂埃が立ち、姿を眩ませたかと思うと、既にそこに二人はおらず、お互いの攻撃によって250m近くも吹っ飛ばされ……たのでしょうかッ!?
非現実的過ぎて実況なのに実況し切れませんッ!
ですが、ただいえる事は一つ。
何という破壊力! これぞ男と男の、猛者と猛者との壮絶な戦い!!
だがしかし、これでは両者立ち上がる事が出来るのか!? それが出来ないという事は即ちドロー……勝者が決定されず、次の準決勝が決勝となってしまいます!! これは何としても避けたい!!』


そんな実況の心配は無用だった。
砂埃の中から、七花が姿を現したからだ。頭から出血をしているものの、大事な事は無い。紅い血がこめかみから流れていくが、こんな掠り傷、傷の内にも入らない。
軍覇もそうだった。口の端から血を垂らしながらも、500m向こうで平然と立っている。


「強いな、お前。異常に体が硬ぇし」


七花は面白そうににやける。
遠く離れた所で血の塊を吐き出す軍覇の左胸…心臓の所に鏡花水月を喰らった痕があった。
本来なら心臓が潰れている筈なのに、心臓が潰れるどころか彼の白ランも破れていない。

完璧な手ごたえがあった筈なのに、敵のダメージはゼロだと見える。
だが七花は心底楽しそうだった。


「そうでこなくっちゃな」


そして軍覇も同様だった。
彼の能力は(自分で勝手に名乗っているが)すごいパーンチこと『念動砲弾(アタッククラッシュ)』は、本気を出せば人間の頭蓋どころか首から上を吹っ飛ばすことだって可能だった。
一連の動作を音速の三倍で終わらせているのだ、普通の人間では受け切れる事など不可能を通り越している。
なのに鑢七花と言う超能力者でもないただの人間は、四肢の一本を圧し折れるどころか、頭の掠り傷のみで凌ぎきってみせた。

だが、それでも楽しそうだった。
さらに彼のハートは燃え盛る。


「そうでなくてはッッ!! 倒し甲斐が無いッッ!!」


二人はまた、雄叫びを上げながら駆けだす。


「(思っていた以上に一発が重いし、何より動作が速い。離れたら付け込まれてやられる。攻撃の隙を与えたら駄目だ。 超近距離で『雛罌粟』から『沈丁花』まで、打撃技混成接続ッ!!)」

「(意外と重かったな、さっきのッ!! もう一回モロに喰らったら心臓が止まるかもしれんが、どうでもいい!! それよか今だ!!
ああいう、いかにも達人的な奴は(今まで全部叩き潰してきたけど)ミドルレンジの攻撃も持っている筈だッ! 離れたらやられるから引っ付きまわしてボコボコるッッ!!)」


もう人間とは思えない、背中にジェットエンジンでも積んでいるのかと思うほどの速度で距離を詰める。



「虚刀流―――『雛罌粟』から『沈丁花』まで、打撃技混成接続ッッ!!」

「連続ッ!! すごいパパパパパパーンチッッ!!!」


速すぎて全く見えない無数の掌底と、速すぎて千手観音の様に見える無数の拳がぶつかり合った。
砂埃と突風が嵐か台風の様に吹き荒れ、衝撃が地面のタイルにヒビを入れさせる。それは地割れの様に伝わり、とうとう二人を中心に竜巻が発生する。
この超常現象を目のあたりにした実況は興奮が高ぶり、


『これはすご―――ォォオいい!! まるで天災ィ!! 拳と掌底が暴風雨の様に吹き荒れ、お互いの体を突いてついて突きまくっているぅぅぅッ!! だが全くお互い譲らないッッ!! 全くお互い負けないッッ!! 全くお互い倒れなァいッ!!』


いや、実際にはそうではない。
お互いまったく攻撃を受けていなかった。急所に一発も。それどころかカスリもしていない。
実況の代わりに説明すると、まず七花は軍覇の拳を下に払うように受け流し、流れた体に掌底を入れようとしたら軍覇の体勢は全く流させず、掌底を拳で受け止めてもう片方の拳で七花を狙う。
大まかに言ったが、要は超高等技術と純粋な直感の応酬。
攻めと守りが超高速で繰り返されている。

これはお互いに攻撃を許さず、攻撃が許されない状況下。
天秤が釣り合うように、彼らのパワーバランスは並行状態。
そう、完全な均衡状態に陥ったのだ。

なかなか掌底が当たって貰えない七花は歯がゆそうに顔を歪ませる。そろそろ息が続かなくなってきた。


「(…こ、のぉ……こいつ、型とか戦い方とか拳の突き方とかが、めちゃくちゃだけど俺の掌底を完全に見切って打ち返してくる!!)」


軍覇も然り。そろそろ真っ赤にした顔が限界を物語っている。


「(こ、攻撃する隙がねぇ!! 何とか殴っても完全に受け流してくる!! まるで暖簾に腕立てだッッ!!」


そう言うなら『暖簾に腕押し』だ。
ともかく、二人はまったく有効打が出ないまま、同時に一旦距離を取る。息継ぎだと思っていい。
一旦肺に空気を入れ、引力に引かれ合って衝突する惑星の様にまたぶつかった。


『まさしく巨星同志のぶつかり合いッ!! 周囲に轟音と殺気をばら撒きながら接戦を繰り広げる。まさに演武ッ!!』


そんな中、今度は七花は足技から出してみた。七の構え『杜若』をとっていた。

その瞬間、軍覇の目の前から七花は、


「……きっ」


消えた。だがそれはたった零コンマ何秒。目の前に七花の足の裏が飛び出してきた。


「虚刀流―――『薔薇』!!」


それは飛び込む前蹴り。
しかし軍覇は勘で後ろに半歩後ろに下がって威力を殺しつつ、驚異的な反射神経を持って両腕で防いだ。
ぐらつきながら軍覇に払われる形で後退させられるも、隙を逃がさず七花は足を休めずに叩き込む。


「んで……虚刀流―――『百合』!!」


が、全身をあますところなく駆動させた、逆回転における胴回し回転蹴りも防がれた。
首の横からたたっ斬る突き刺さる雷の如き衝撃を、頭の上をクロスさせた両腕で、歯を食いしばってだ。


『これを止めるかッ!! 全くもって、削板軍覇の筋力・反射速度・根性…共に凄まじいの一言に尽きると言っても過言ではない!! 喰らったら即脳天が砕ける一撃を難なく受け止めているゥゥウ!! 削板軍覇の身体能力は世界一ィィイ!!


いや、『難なく』ではない。
軍覇は人間を軽く一刀両断できる強烈な、連続で繰り出された技の衝撃を受け切る事は出来ず、体勢を崩されてしまう。
七花はそれを見逃さなかった。さらに上方から袈裟懸けのように振り下ろす浴びせ蹴りを繰り出す。


「虚刀流―――『鷺草』!!」


しかし軍覇に髪の毛数本を犠牲にしただけで、紙一重で回避される。
こうやって見ると、なんという嵐の様な攻防。命をヤスリで削られる様な、見ただけで全身が凍りつく攻防が繰り返されている。

そして、その鑢七花にとって、その削板軍覇の回避行動は予想済みだった。
体勢を低くし、水面蹴りの様に膝を払う。膝カックンの要領で体勢を崩された軍覇は、しまったと顔を歪ませた。


「のわッ!?」


完全に足を取られて地面に転がりそうなり、そこに七花はさらに畳みかける。


「虚刀流―――『木蓮』!!」


虚刀流における超近接戦で用いる膝蹴りが、軍覇の後頭部に入る…否、寸前の所で間一髪で回避された。


「うぉ!? 」


頭頂部ギリギリの所に膝が通り過ぎるのを感じて軍覇は心臓を冷やすが、すぐに反撃を開始する。
崩れた体勢からの、必殺の一撃。


「すごいパーンチッッ!!」


七花はそれを体の軸を移動させ、ドアの様に回転する事で間一髪で回避。しかしそのあと、軍覇の猛攻が始まる。
回転し、『虚刀流 牡丹』で腹を蹴ろうとした時だった。片足を上げて向き直った所で七花の頭を掴む。
そして音速の3倍の速度で走りだし、防弾ガラスに叩きつけようとした。
だがそれを七花はガラスに叩きつけられる直前で、


「虚刀流―――『菫』!!」


虚刀流でも珍しい投げ技を持って、逆に軍覇をガラスに叩きつける。
火山が大噴火したような、そんな轟音がスタジアム中に響き渡る。

このガラスの壁は防弾で、しかも3mの厚さを持っているのにもかかわらず、衝撃で大きなヒビが入った。


『これは効いたかァァァァァアアア!? 相手の力をそのままに、自分の攻撃に転ずる“柔”の業!! 鑢七花という男の真骨頂はこれだぁぁ!!』

後に観客席のとがめは、「あの実況は何もわかってはおらん」と呟いたのは別の話として、この会場にいるほぼ全員がこれで勝負が決まったかと思った。

それは否である。

軍覇は未だ健在だった。

その証拠に彼のあの純白の学ランの袖に通された両の手が、七花の襟首を掴んだ。
この好機を待っていたかのようだった。
七花は顔を歪ませる。

「しまった!」

虎視眈々。軍覇は七花が大きな隙を作るのを待っていたのだ。
白虎の様に獲物を狩る眼でそこにいる。

『生きていたぁぁぁぁぁぁあッ!! どうやって、どうして、どんな手品を使って生きているというのだこの男はァァァッ!!?』

それはガラスに叩きつけたかと思われた時、背中からではなく水泳のクイックターンの様にガラスに着地していたのだ。
普通の人間なら不可能だし、やってみても両足が骨ごと爆散している。

軍覇は中心にヒビが割れている両足でガラスを蹴り、その反動で七花に前蹴りを入れる。
喧嘩蹴りとも言われる、型なんてものは何もない滅茶苦茶なただの“蹴り”だった。
七花は常識として、そんな蹴り方はあり得ない。

何より隙があり、威力もそれほどだからだ。体の表面は痛くも、内面にダメージは受けない。
だが、それを今使おうとしているのは超能力者。通常のそれを考えたら命が危ない。
実際に音速の3倍…いやそれ以上の速度で七花の腹に突き刺さろうとしていた。

普通の人間なら、お腹に足型の風穴が開くだろう。

その音速の喧嘩蹴りをガードした七花はその威力を殺しきれず、幾ら踏ん張っても10m後退させられる。

「ぐぉ……ッッ!!」

踏ん張りが無ければ、水切り石の様に地面を転がり、反対側のガラスの壁に叩きつけられただろう。
気が付いたら彼の足から深い溝が二つ出来上がっていた。
ビルを壊す鉄球クレーン車に鉄球をぶつけられる様な衝撃が背中を突き抜ける。

「うぐぅ……っ」

流石に衝撃を吸収しきれず、口の中に胃液が這い上がってきた。それでも自力の怪力で、ノーダメージで持ちこたえさせる事が出来た自分を褒めたい。
七花は、続け様にライダーキックで迫ってくる軍覇を闘牛士の様に避け、

「虚刀流―――『桜桃』!!」

着地した所を叩く。今度こそとよく狙いを定めて放った掌底は、予測通りに軍覇の体に直撃した。

「……かっはぁッ!!」

だが、七花は惜しそうに呟く。


「(……ちょっと浅いか。あ、いや、ちょっと喰らったかな?)」


だが直撃じゃない。
そうなる直前に掌底の進行方向と真逆に、逃げる様に直進してインパクトをズラされた。
死角である真後ろからの攻撃を察知したのか。後ろに目でもあるのか?

いや、運だと七花は判断した。偶然にも、あまりにも強すぎた跳び蹴りの速度を殺しきれず、前のめりになって一歩足を出したのか。
もし本当にそうならば、速攻しか手はない。
ここで終わりだと七花は手刀を掲げて振り下ろす。


「これで終わりだッ!!」


否、それだけで終わる程軍覇は、学園都市最強の超能力者(レベル5)は甘くない。


「させるかあぁ!!」


振り返った軍覇は、その振り下ろされた、鋭き剣先と同等の手刀を難なく白羽取りして見せた。
そしてそれを握り直し、ハンマー投げの様にぐるぐる回して放り投げる。


「せぇぃばっぁあああああああああああああ!!!!」

「んぐっ」


七花は頭から地面に突っ込む。そうなれば首の骨が砕けてしまうだろう。
と、思われたが体勢を持ち直した七花は足から地面に着地し、ゴロゴロと転がる様に速度を殺し、擦り傷と砂埃による汚れを沢山作って立ち上がった。


「あ、っぶねぇ」


危ないのは決して七花だけではない。この場にいる観客だっていつ心臓が止まってもおかしくない、緊迫感でいっぱいになっていた。
彼らを代表して、実況が代弁する。


『二人は一発で人間を瞬殺できる能力を持つ人間同志。一つでも判断ミスを犯すという事は即ち死を意味します。
しかし両者、クリーンヒットを一発も貰っていないッ! 貰えば即KO。こんな緊張感がある勝負はなかなかないでしょう。ワタクシも、汗が止まりません……』


だがそれはとうの当人である二人に比べれば蚊ほどの物だ。
既に二人の発汗の量は度が過ぎていた。
一つでも何かあればどちらかが死ぬ―――――。そんな一発即死の状況だった。


「(牽制を入れるけど、それも本体の攻撃も難なく避けるか防御しやがるし、素人だから次の一手が読み辛い。しかも色々と運があっちに味方している。物凄くやりずらいな)」


だが、七花はそんな場面は慣れている。すぐに右手を前に構えた。

「つってもやるっきゃないよな」

その時、七花はある違和感を覚えた。

「(ん? こんな感じ、どっかで………。牽制が効かず、素人で読み辛い………」

「――――――ああ、そうか)」


その違和感は、すぐに判明出来た。その正体は今ではとても懐かしい感触。


「ああ、そうだ。この感じ、日和号と凍空こなゆきと戦った時とよく似ているな」


両者とも強敵だった。

軍覇も汗の玉を拭いながら不敵に笑う。


「それは俺の台詞だッ! 楽しいぜ、あんたと戦っているとッッ!!」

「それは同感だぜ」


七花も不敵な笑みを作っていた。


「「それでも、勝つのは俺だぁッ!!」」


同時に叫ぶ。

だが、軍覇の方が足が速く、もうすでに目の前に迫ってきていた。右手の拳には一番最初に見せた強烈な威力を誇る『超すごいパンチ』がある。
それに対抗する為、すぐに七花は『鈴蘭』の構えを取った。
そして二人同時に、拳と掌底を交える。


「虚刀流―――『鏡花水月』ッッ!!」

「超すごいパァァァァァアアアンチィッッ!!」


開戦した時と全く同じ絵がそこにあった。
今度はお互いの体には届かず、拳と掌底が激しい轟音を轟かせて衝突した。
威力はお互いに互角。
二人の真下のコンクリートの床が大きく凹む。


バチィィィッ!!


その二つの大砲は完全に相殺され切れず、お互いの右腕が体ごと撥ね飛んだ。


「くっ!」


七花はビリビリと痺れ、利き手の感覚が無い事に気が付いた。だが殺し合いのこの場では関係ない。しばらくは戻ってこなくとも、やらなければならない。


「(やらくちゃ、こっちがやられる……)」


体を仰け反らせながらも、次の行動に移す事だけを考えた七花はすぐに近距離戦に持ち込む。
前に足を強く踏み込んで体勢を立て直し、前へ突撃。
後ろに下がったら、そこを突かれるよりはマシだ。

軍覇も同じ事を考えていたのか、拳を固めて振りかぶってきた。…否、それだけではない。足技も使ってきた。


「(チィ…ッ! 右腕が動かねぇッ!! でも根性で直すッッ!! んでもってェ、死ぬ気で倒すッ!! あっちは手足四本使ってんだッ! こっちも根性で足も使うぞォッ!!)」


「ぅぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「うらぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」




―――そこから数分間、決して常人では全く見えぬ、理解できぬ超高速の攻防が続く。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

観客席の人間は、見とれすぎて誰も喋ろうとしなかった。実況の男も、何と喋ればいいのか、言葉を途切れ途切れに紡ぎながら実況する。


『ま、全く見えないッ! ……こ、こんな高速運動が、人間に出来るのでしょうかッ!? いや、果たして彼らは人間なのかッ!?』


「ま、そうだろうよ」


とがめはごく普通の事の様に呟いた。
鑢七花と戦場を共にして一年。彼の実力は桁違いに上がっている。それは今も変わらない。
この世界の近代武器・兵器や、この街の超能力を扱う子供たちと戦ってきた。相手を殺さぬよう手を抜いていたが、また強くなっている筈。

そんな人間の領域を超越してしまった存在の本気を、常人が理解できる訳がない。
いや、まだ自分を傷つかせていないのだから、まだもう一段階あるか。
それでも、それを踏まえてでも理解に苦しむだろうが。


「どうだ? 垣根帝督。鑢七花という刀の切れ味は」

「いやぁ、驚いた」


垣根はちっとも驚いていないようだが、口だけはそう言った。


「まさか、第七位と互角に渡り合えるまでは考えなかった」

「あれは私の世界では天下一になった。それを侮られては困る。まぁ、この世界とあの世界の物差しは全くの別物で、比べようがないがな」


そう世間話の様に会話する二人。と、その時垣根の隣の少女が席を立った。


「ちょっと私、飲み物買ってくるわ」


垣根はひらひらと手を振りながら気の抜けた声で、やや早歩き離れていく少女に、


「あいあい、おトイレごゆっくり~…」


その時、遠くから、


「ふんッ!!」


と声が聞こえたかと思えば、いきなり垣根の側頭部へ目がけて工業用ペンチが飛んできた。
彼女の前世は野球の投手だったのか、見事なコントロールでストライク。
ガツンッ☆ と目を覆いたくなるような痛々しい音がした。


「ぐがぁっ!!」


脇腹を抓る次は投擲か。垣根はいよいよ危なっかしいツッコミに命の危機感を募らせる。頭の周りに回る星々に目を回されていた垣根に、とがめは鼻で笑った。


「自業自得だ」

「スキンシップと言え。スキンシップと。この時代の若者はスキンシップから友情と愛情を育てていくんだよ」

「嘘こけ」

「冗談通じねぇなぁ全く………あ、血が出てる」


そんなツッコミを返された垣根は、周りを見渡す。
すると周りの様子が変化していた。先程までの熱狂していた空気が冷め始めていたのだ。
若干数名だが、席を立つ人の姿が見受けた。

なぜだ? 物凄く激しく良い戦いなのに、人が離れてゆく。

それもそのはず。理由は一つしかなかったからだ。垣根は時計を見てみと、戦闘開始から数えて30分が経っていた。
すでに30分、両者全く譲らない状態が続けられている。

「この戦い、いつまで続くんだ? 確かにいい勝負だが、均衡しすぎだ。全く進展もないまま終わるボクシングの試合ほどつまらねぇものはねぇ。
もうそろそろ疲れてくるぞ、俺も、他の観客も。格闘家ならずっと鼻息荒くして永遠と括目できるが、素人の他多数はそろそろ便所行きたくなる。
そして素人代表があのペンチツッコミマシーンだ」


とがめも同意だった。奇策士であって剣士ではない。戦略家であって格闘家じゃない。


「熱血しているのは実況だけだな。私は両者の駆け引きに興味があるが、それ以外は格闘術に疎い私には経験値が高すぎてついて行けない」

「レベルが高すぎなんだよ。この大会を見に来ている奴らは、名勝負を見に来たんじゃない。戦争らしい虐殺を見に来たんだ。血の雨が降らなけりゃあ、客は喜ばねぇ。
名勝負じゃなくて、一方的な殺しだな。まぁ、前者でも好きな奴は多いと思うが」

「確かにこれは名勝負だ。もしかしたら歴史に名を残すほどの激戦だ。だが、決定打がまだない。これからも無いだろうな」


いっそノーガードで殴り合い蹴り合い、血みどろになる泥仕合なら、客は大いに盛り上がって、すぐに決着がつくだろう。
だが、そんな事は正直したくない。
あと一回戦あるし、その後も刀集めの戦いは続く。今後傷が残る様な大きな傷や致命傷は出来るだけ避けたい。


(まあいいか。そこは七花に任せよう。奴は奴で楽しそうだしな)


とがめは鼻で息を吐いた。ガラスの分厚い壁の向こうで戦っている七花の顔は、微かに見えるが確かに笑っていた。
そして何気なく垣根にこう言う。


「時間制限がないのが仇になったな。いや、良かったか? こんな勝負滅多に見れない。それでも時間制限は欲しい」

「まったくだ。せめて11ラウンドのポイント制にしとけばよかった。『ああ、もうこのラウンドで終わるのかぁ…もっと見てみたいなぁ』って寂しがる展開、俺は好きだ」


一方隣には、絹旗が鼻息を荒くして超絶に興奮していた。興奮しすぎて言葉もでない状態だった。
集中しすぎてブツブツと呟いているが、なんといっているのかわからない。そしてそれが気味が悪いほどだった。


「………なる程……回し蹴りが………ほほぉ…これは超凄い………おっ、おお………すごい…………あ、掌底ってあんな風になっているのか……………―――――」


とがめと垣根の会話など全く耳に入っていない。


「で、このチビスケは何者なんだ?」

「恐らく、七花の動きを全て盗もうとしているのだろうよ」

「物好きだな。俺としちゃあどうでもいいけどよ」


『まぁなんだ』と垣根は息を大きく吐く。


「改めて言うけど疲れるわ、この戦い。見ごたえあるけど、理解が追い付かない。そうだな、例えるなら近年のプロ野球みてぇだ。玄人好みだが素人向きじゃない」

「どうした? 疲れて来たのか? 情けない。こんなの、『微刀 釵』との戦いと比べたら屁でもないぞ?」

「……………まだだ、まだ俺は疲れていねぇ」

「まぁ頑張れ。―――ああ、そうだ。微刀で思い出した。この戦いは微刀との戦いとよく似ておる」


とがめのその言葉に、垣根は興味ありげな顔で、


「へぇ、どんなのだったんだ?」

「この戦いと似ているよ。当時の七花と殆ど互角で、どちらが先に力尽きるか我慢比べの様なものだった。ともかく長い長い戦いだったよ」

そして、こうも加えた。

「微刀と削板軍覇では実力が違いすぎるが、ここまで七花が長く戦い続けるのは錆白兵戦とそれ以来だ」

「錆白兵?」

「七花が倒した最強の剣客の名だよ。何、その内に出てくるから嫌ほどその存在を知ることになるだろうよ」

と、その時、七花たちの戦いに動きがあった。

二人とも、一旦戦闘を中止した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


鑢七花と削板軍覇は一旦距離をとって、切れる息を整えながら、苦い顔で睨み合う。



「……………」

「………………」


休憩だった。このままでは疲れてしまうのだろう。
それか、もしかして次に出す一手が出なくなったから、両者立ち止まったのかもしれない。
だがそれでも警戒は怠らなかった。眼で牽制を入れながら、脳細胞を活性化させて、イメージでシュミレーションしながらどう攻めるか考える。


「(どうする? 右から入って、貫手で牽制を入れながら細かい技でジリジリ攻めて、最後は足技で倒しに行くか?
――――いや、それはさっきやった。結局は貫手もそのあとの細かい技も足技も止められた。危うく返し技を貰うところだった)」

「(じゃあ、いきなり大技で倒しに行くか? ―――――いや、それはちょっと危ないかな。倒しやすいけど、隙が無い)」

「(いっそ彼我木輪廻みたいに逃げ回ってみるか? ――――――いや、すぐに回り込まれて叩かれるだけだ。彼我木みたいにあの猛攻を捌き切れるような自信が無い)」

「(奥義は………―――いや、ここではあまり使いたくない)」


正直、絹旗には見られたくない。見られたら盗まれてしまうからだ。

すでに二つの奥義を彼女に見せ、その一つは“半分”習得されてしまった。
虚刀流の当主として、これは看過できない。由々しき失態だった。
そして、なにより避けなければならない事態が待ち受けている。

もしも七花と同じ虚刀流の剣士である実姉七実が絹旗を見たら、即刻殺すに違いない―――。


「(そう言えば、この世界に姉ちゃんがいるんだったな)」


どこにいるかはわからないが、いずれにせよ、敵か味方か解らぬが必ずいつかは対面する。
その時に絹旗が虚刀流を使う場面を見られれば七実は敵になり、そして一番狙われるのは外部の人間なのに虚刀流を使う絹旗だ。
幾ら七花でも、七実から絹旗を守りきれる自信も、自分を守りきれる自信も無い。

ここで虚刀流の奥義七つの内一つでも使えば、絹旗はそれを見て覚えようする。
鏡花水月を習得できたのだ、別の奥義もまた習得可能だろう。
だから余計に奥義は隠さなければならい。


「(まったく、なんでとがめの奴、俺に絹旗に虚刀流を教えようとするんだ? つーか、姉ちゃんに見つかった後の言い訳ぐらい考えているんだろうな?)」


それは変体刀を狙う、大勢の敵がいるこの世界での戦いに置いて、七花だけ戦うのは危険だと判断したからだ。
そしてとがめの脳内では、七実に絹旗が虚刀流を盗んで使用したのが見つかる前に、七花に正式に弟子入りさせる魂胆だ。これなら七実は文句は言えない。
だが、これはとがめの構想の話で、頭の悪い七花はそこまで考えられなかった。
ともかく、彼は惚れているとがめの指示に従うしかない。信じるしかない。それしか、彼には生きる術はないのだから。


「(さっきはつい熱くなって鏡花水月を二回も使っちまったが、絹旗はもう殆ど習得できるし、しょうがないで済ませるけど―――――ともかく! 奥義は使えない!)」


だが、ここで奥義を使わないでどうする?
このままでは敗ける。敗ければここですべてが終わる。
今まで自分やとがめ、アイテムのみんなが頑張って来た努力が水の泡。保険として絹旗がいるが、絹旗の対戦相手は強いらしいから安心できない。

止むおえん場合は………。


―――――――いや、そう言うのは考えない事にしよう。


「(駄目だ、俺にとがめみたいな頭持ってないから無理だ)」


考えるのは止めだ。刀は刀で、これからの事を策略家を気取って考えるものじゃない。今の戦いを、目の前の敵を倒す事を、全力を尽くさなければ刀ではない。
刀は敵を斬る物だ。刀である虚刀流を扱う人間は、敵を斬る者だ。

すっきりした顔でふっと笑って、七花は軍覇に話しかける。


「駄目だ。埒が明かねぇ」

そして降参したように笑った。軍覇もそうだった。
息を整えながら、荒い呼吸を抑えながらも強気に応える。

「ああ、まったく勝てる気がしない。敗ける気なんてもっとしないがな」

「俺も敗ける気が無いし、敗けるつもりもない。だけどよ。このままじゃ俺たち永遠に終わらねぇぞ」

「それは根性で片を付けるッッ!」

「お前そればっかだな―――――だが、それが一番だ」

そこで、ある名案が七花の脳裏に浮かび上がった。

「だったらこうならどうだ? 我ながら名案だと思うんだが、これならすぐに決着がつきそうだ」

「……………」

軍覇は、腕を脇に絞めていつでも正拳突き(すごいパーンチ)を繰り出せる体勢から、攻撃の気配がない七花を見て、腕をだらんと下げて楽にした。

「一応、聞いておこうか」

「これは我ながら名案だと思うぜ」

もうこれ以上戦っても埒が明かないし、決着をつけるには左右田右衛門左衛門との戦いの時の様に致命傷を負いながら戦うしかない。
あと一試合あるこれからを考えると、絹旗ではない人間と戦う可能性を考えて、実行するのは下の下だ。
されど、この敵は倒さなければならない。


「次の一撃で、ケリを付けよう」



単純明快。
もっともシンプルでも無駄のないルール。
次の一撃に全ての力を投じ、全身全霊で敵を叩き潰す。
こんな拮抗状態の面白みの欠片もない今には、これほど持ってこいなルールはない。

当たれば敗け。

ただそれだけであった。


「もしも俺もお前も立ち上がった場合は勿論、もう一回だ。もう一回やって、どっちかが倒れたら終わり。でもまた立ち上がったらもう一回。それでも立ち上がったらもう一回。繰り返しだ」

「ふはっ」


思わず吹き出した軍覇は直ぐに飛び付いた。


「ぃよぉしッッ!! その勝負乗ったァッ!!」

くわっ! と軍覇は叫ぶ。
答えはYes。七花は『よしっ』と呟いた。
そして、

「なら仕切り直しと行こうぜ!!」

「応ッ!!」

また彼らは構える。
軍覇はまた正拳突きの様な構えを取った。
そして七花は一の構え『鈴蘭』ではなく、虚刀流で唯一拳を握る構えを取った。


「虚刀流四の構え『朝顔』」


『鈴蘭』とは全く違った構えを目のあたりにして、軍覇はまた刃を突き付けられた恐怖に晒される。
そしてその恐怖が、また軍覇に興奮の感情を引き出させた。

『一撃必殺』

小さい頃ふと見た時代劇でよく見た達人級の剣士同志の戦いで覚えているのは、大体勝負はたった一回で、どちらかが血飛沫を上げて倒れて終わった。
そもそも日本刀同士の戦いでは打ち合いは無く、一撃でどちらかが斬り捨てられるのが普通だった。
そう、その命懸けの一撃に込めるからこそ、剣士の気迫は鋭く、重く、冷たく、恐ろしいのだ。

その気迫を、軍覇はまさに受けている。

だが、それに晒されているのにも関わらず軍覇は嬉しそうに笑った。応える様に七花も笑うが、それは数秒で引き下げられ、両者、真剣な眼差しになった。



「………………」


「…………………」


そのまま両者、睨み合った。

睨み合ったまま、眼と微かな体の動きだけで牽制し合う。それだけでもかなり行動範囲が狭まり、相手が取る選択肢が限らせることができる。

結局結果的に残った道は真正面からの攻撃しかなかった。

幾つ真正面からぶつかったのか、もう数えていない。数えるのをやめたと言ってもいい。何十何百も手を合わせてきた。

だから軍覇の破壊力の怖い所はよくわかった。

一発でも完璧に拳を貰えば、膝どころか上半身が地面について動けなくなるだろう。


軍覇も同じことを考えていた。

虚刀流の技という技を受けてきたが、どれも刀の刃の様にキレて危ない事はよく承知した。

モロに喰らえばKOは間違いない……下手すれば死ぬかもしれないだろう。

だから、真正面でぶつかるには速度とタイミングと勇気と根性が必要だった。

ギリギリの所で躱し、カウンターの様に一撃で仕留める。


それは、逆に言えば失敗すれば自分が大ダメージを受ける

七花はまず後手を踏む事に徹した。



「(今、この場の運はあいつに傾いている。先手を打てば、運が無い俺は返し技で仕留められる可能性が高い………)」



軍覇は逆に先手を打つ事を考えていた。



「(面倒だから先に叩く!!)」



両者はタイミングを見計らう。

副作用として、今まで以上の緊迫感が漂う。張りつめる。そばに無関係の人間がいたら、嘔吐するか気絶している程に。






軍覇はその中で、さらに集中力を高めさせた。

七花はその中で、たった一つの最終手段を隠していた。









そして、二人の息がぴったり合致した時――――――――――――――











「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」



軍覇はは駆けだした。
マッハ3の超高速移動で、一気に七花の目前に躍り出る。
走りながら右の拳を弓を引くように大きく後ろに下げる。
右足を大きく前へ、上体を著しく低くし、腰の回転と体重移動を大きく使って、アッパーとフックの間の読み辛い軌道に乗せて全力で投じた拳を振るう。


「すごいぱぁぁぁぁぁあアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッンンンンンンンンンンンンッチィィィイイ!!!!!!!!!!!!!」


大きく振るわれた右拳。七花の顔面に目がけて飛ばされた右拳。
直撃すれば頭が吹き飛ぶだろうその剛腕が迫るその中で、七花は微かに生じた微かな隙を逃さなかった。


「がぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」



頭の中の何かが切れた気がした。
そんな事など気にせず、七花はその針の穴の様な隙に飛び込んでゆく。
穴は軍覇の右脇。そこへ潜る様に、少しだけ上半身を傾ける。すると、軍覇の右拳が七花のこめかみを掠めて通り過ぎていった。
プシャァッ! とこめかみから血が噴き出る。


「ぐぅっ!」


惜しかった。完全に避けきれなかった!
だが、そんな事などどうでもいい!!
今はただ一撃に全てを込める事だけを考えろ!!!


「うゎぁぁあああああ!!」




そして、衝突した。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




絹旗最愛は、目を見開いた。

それはなぜか。

それは虚刀流七代目当主鑢七花の動きを、手刀の軌道から蹴りの軸足の位置、重心の持って行き方、体重移動のタイミングまで、一挙手一投足の細々たる小さな所まで全てを観察し、吸収しようとしていたからだ。

だが、それは今までの話。

今は全く別の理由で、じっと七花を遠くから見つめていた。
それはなぜか。何故でか。
それは七花と軍覇の、力と力の衝突を目の辺りにしたからである。

軍覇のスマッシュ気味に放たれた拳と七花の腰を捻って放たれた拳が交じり合いが、
絹旗を、
とがめを、
垣根を、
ちょうど帰ってきた少女も、
席で鼻息を荒くして見ていた観客も、
席を立とうとした観客も、
熱く口を動かしていた実況も、全ての人間を黙り伏せた。

そしてとがめはたった一言、ぼそりと呟く。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



七花の拳は、軍覇の腹に直撃していた。

腹からはミシリッ…と言う痛々しい音がしている。

拳から伝わった衝撃は、軍覇の衣服、皮膚、肉に、そして内臓に伝わってそこを破壊する。


「が……はぁっ」


肺…いや、内臓の中にある全てを吐き出された軍覇は、目を見開いて白目を剥きながら崩れ落ちる。
そして倒れ様に、


「なん……だ、こ、りゃ……ぁ………」


七花はその問いに答える。たった一言、この技の名前を。



「虚刀流奥義――――『柳緑花紅』」



これは最強と謳われた虚刀流の七つの奥義の一つ。鎧通しの技。腰の捻りを使って溜められた力が、表面を破壊せず、内部だけにダメージを与える技。

四の構え『朝顔』から放たれる、打撃透徹の奥義。

軍覇はそれを聞き、膝を付きながら、


「つ、つぇ……」


そして倒れながら心の中でこう呟いた。


「(俺も、まだまだだったって訳だ………徹底的に鍛え直さなくちゃな………)」





その時、終了のゴングが鳴った。



『勝者!! 鑢七花!!』





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今宵はここまで。ありがとうございました。
書き方を一新しました。どうでしょうか。見やすかったら良いのですが、見難かったら戻します。

軍覇を書くのが難しいです。
某人気海賊漫画の主人公みたいに、何も考えずにいると思ったのですが、癖でしょうか、難しい事を考えさせちゃいます。
「俺そんなまどろっこしい事しねぇよ!!」
と、某シャイニングフィンガーか俺の歌を聞け的な感じの熱血漢の声で怒鳴られそうですが、目を瞑ってください。
元より、このSSはキャラ崩壊の巣窟となっております。
つーか早よ本編出てよ。
SSから粘って何巻目だと思ってんだ。さっさと金髪優男にリベンジせぇよ。某冷蔵庫が冷蔵庫じゃなくて繭になって再登場したって言うのに。



作者
暴れ川県出身

趣味◎Facebookで鬱

好きな暗部組織◎4人中2人もゾンビのように復活した美少女4人組アイドル『アイテム』

好きな超能力者アイテムメンバー◎パンツをチラチラ見せてくれるモアイちゃん

可愛い彼女がいるのにもかかわらず、美少女4人と同居している浜面を見てどう思った?
◎頭皮ごと滅べと思った

新約5巻76ページ参照

一ヶ月ぶりです。投降します。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「『柳緑花紅』 か………」


そうだ、この技を、七花が使った技を絹旗は知っている。
始まりの日、七花との戦いで止めを刺された一撃。

虚刀流奥義―――『柳緑花紅』

朦朧とした意識だったため動きはあやふやだったが、これで一連の動きは見れた。

ああ、なんて凄い技なのだろうか。
銃弾をも跳ね飛ばす窒素装甲をいとも簡単に貫く技。
これを、是非習得したい!!

絹旗はゾクッ……! と体の疼きを感じる。

それを見てとがめは、


「なんだ? いかにも早く戦いたいと言う顔だな」

「ええ、もちろんです。今すぐに超戦いたいです!! はい!!」


――――そして、すぐ様に技の訓練に移りたい。

その心情を読み取ったとがめは、絹旗の背中を叩いた。


「なら行って来い。声をかけて喜んでやれ。七花も喜ぶだろうよ」

「はい!!」


と、絹旗は颯爽と席を立ち、駆け足で去って行った。
その横で垣根が、


「お熱いこった」

「茶化すなよ垣根。ああ言う年頃の少女の恋心はあんなものだ。なぁそこの――――ええっと……名前は何と言ったか?」


とがめは垣根の横の少女に問いかける。だが少女は


「あなたに教える程、立派な名前じゃないですよ」


と髪をなびかせて答えた。


「――――まぁ、ああいう年頃って人気アイドルとかイケメン俳優とか、格好良い人とか強い人につい目を向けちゃいますからね」

「へぇ、それっと俺みたいな人間か?」


垣根は決め顔を少女に向けた。少女ととがめは即答で、


「絶対に無いな」「200%幻想ね」

「同時に言うなよ…………」


落ち込む垣根だったが即立ち直り、背もたれに体を預けて両手を頭の後ろで組んだ。


「あーあ、予想外れちまった。まさか第七位が敗けるとわよ」


その時、とがめは垣根に手を差し伸べた。


「ほれ」

「あ?」


この手がなんなのかよくわからず、垣根は数秒考え、右手を丸くして犬の様に手を乗せた。
とがめはその手を叩いて、


「誰が『お手』をしろと言った。犬かそなたは。金を渡せ金を」

「は? なんで?」

「賭けただろ? 3万。勝っても敗けてもくれてやると言ったのはそっちであろう」

「あー………そーだっけ?」


惚ける垣根。だが隣の少女が湿気た口調で、


「言ったわよ。自信満々にね」


四面楚歌だった。


「ちッ」


舌打ちを打つ垣根。


「しゃーねーな。勝って出す金は優越感があっていいが、敗けて払う金は劣等感でむかむかする」

「悪趣味な男だな。――――ひーふーみー……」

「ムカついた。まぁ悪趣味なのは認めるけど………おい、数えなくてもあるっつーの。例え悪趣味でもみみっちいヤローにはなりたかねぇんだ。払う金はきっちり払うよ。
―――てか、あんたのサイフの方が悪趣味だよ。なんだその金ぴか」


垣根の視線の先には、とがめの真っキンキンの皮財布。きっとクワトロ大尉のMSよりも金色だと、垣根は後に同僚の少年に語ったと言う。


「いいだろう? 結構良い物だとは思わんか?」

「…………あんた常識知らねぇんだな」

「え、」


ショックを受けた顔でとがめの表情は固まった。
そんなこんなで、とがめは一万円札を3枚財布の中に入れ、垣根は指先でもみあげをクリクリと弄んだ。

『次の対戦は、戦場の整備が終わり次第始めますので、しばらくお待ち下さい』

とアナウンスが入ると、ヒビや地割れでボロボロになった床が沈んでゆき、数分後に代わりに真新しいコンクリートの床が生えてきた。床下で交換したのだろうか。


「話を戻そう」


垣根は短く、


「予想外の結果だった」


と言った。それもそうだと思う。今まで鑢七花という人間は本気を出そうと思ってなかったし、出せなかった。
だが今、先程、ようやくその白刃を公に晒し出したのだ。

だが、垣根はそれでも、




「だけどな。鑢七花がいくら強かろうと、優勝するってことは天地がひっくり返っても無い」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




――――――――――誰かが、一人の少女と一人の大男が手を重ねるのを、遠くから、遠くから見ていた。


遠く、遠く、誰にも気づかれず、ひっそりと、ただひっそりと、笑顔で笑い合う二人を見ていた。

楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに笑う少女をずっと見ていた。

心配そうに、不安そうに、そしてそれを隠して笑う大男をずっと見ていた。

柱に隠れる様にして。

なにも、姿を隠す事をする必要は無い。

いずれ二人の前に現れるのだから、今ひょっこり出て行っても、決して悪い事ではないだろう。

だが今は、それは出来なかった。

柱をギュッと握り締めると、握力だけで“柱が砕けた”。

怨めしそうに、羨ましそうに、少女を見つめる。

だが、その表情はスーっと消え去り、無表情になった。そして踵を返す。

少女らとは全く正反対の方向へ足を向け、ゆっくりと歩き出す。



黒髪のその人物の口は、悪そうな笑みで歪んでいた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


風の様に走って絹旗は、戦場のガラスの壁の前で滝壺理后と話していた鑢七花を見つけた。


「あ、七花さん!」

「おお、絹旗」


すぐに七花の元に駆けつけると、右手を挙げる。


「ヘイッ!」

「ん? ―――ああ、ヘい」


七花はこの前『てれび』という不思議な箱で見た、『はいたっち』という儀式的な何かをした。どうやらこの時代の人間はよくするらしいが、なぜこんなことをするのかわからなかった。

だが、『はいたっち』をすると気分がいいから好きだった。

尻尾を振る犬の様に絹旗は興奮して、


「超凄かったです!! 超カッコ良かったです!! 特に最後の!! 私を超トドメ刺したヤツですよね!?」

「あーあの時か……よく覚えてるな」

「えへへへ…」


と、恥ずかしそうに頭を撫でる絹旗の旋毛を見ながら、七花は心配そうな顔をした。


「(柳緑花紅は奥義の中で一番難しい技だから、そう簡単に習得できない筈だよな………きっと)」


脳裏に“あの”姉の姿が浮かぶ。


「(とりあえず、削板っつー奴くらいの強敵に会わない限りは使わないでおこう。あと、出来る限り絹旗に虚刀流の技を見せないでおこう。稽古も組手も出来ないな……。でもしょうがない―――――――そうでないと、絹旗の命が危ない)」


危険察知能力がそう伝えていた。それに従って、七花は腹にそう決めた。

でも、心が痛む。

自分にここまで尊敬し、付き従ってくれているこの子を、裏切る様な行為をしようとしているのだからだ。

しかしこれが彼女の為。

今の絹旗が鑢七実という化物に出会ってしまうという事は、尻尾がまだ付いている蛙が蛇とバッタリ会ってしまうという事と等しい。

絹旗はまだ幼い。だが即ち強くなれるという事だ。彼女なら一人でも強くなろうとするから、絶対に強くなる筈だ。

とがめも絹旗に虚刀流を覚えさせようと思っているだろうが、七実に出会ってしまっては元も子もない事は解っているだろう。


「(だから――――ごめん)」


七花は心の中で絹旗に謝った。
少し表情に出ていたのか、絹旗はキョトンとした顔をする。


「七花さん?」

「いや、なんにも無い」

「?」


七花は決して、実の姉を化物呼ばわりにしてはない。実際に七実の事は大好きだし、今でも大切に思っている。

でも絹旗は仲間であり友人だった。絹旗が聞けばショックを受けるだろうが、それが絶対的な事実だった。鑢七花にとって絹旗最愛は重要な人間になっていた。

七花は右手でガシガシと絹旗の頭を撫でる。

形のいい頭だった。実に撫で心地がいい。そのまま七花は絹旗の頭を撫でた。ぐしゃぐしゃにされた髪はサラサラとしていて気持ち良い。

くすぐったそうに絹旗は、七花に頭を撫でてもらって嬉しそうに笑って頭を押さえる。


「ちょっと七花さん、超こしょがしいですよ。やめてください。あははははは」

「おお、すまん」


その時、後ろの方からMIB風な黒服……運営の男がやってきて、


「絹旗様、対戦相手の方が到着しましたので直ぐに準備してください。時間が押しているので、入場はそのままでお願いします」

「あ、はい! って、結局超豪華な入場は七花さんの時だけですか!? あぁ、行っちゃった………」


絹旗はさっさと去って行った運営の背中から頭上の七花へと視線を移した。

心配そうな表情な…それでも信じていようと決意する七花の顔。

解っている。

まだ手を頭に乗せている彼は自分が心配なのだ。


――――七花さんに、こんな顔をされるなんて……私、超幸せ者だ。


心に満たされたモノがあった。

それを両手で包み、胸にしまう。

そして思いっきりの笑顔で七花に右拳を突き付けた。


「そういうのは、私が超勝った時にしてください。それで決勝戦であった時に、もう一度戦いましょう!! 待っていてください。私、絶対に勝ちますから!!」


迷いなどなかった。

恐怖などなかった。

絹旗の表情には、突き出したその右拳には、それが無かった。

それが七花に伝わる。

ビックリした顔の七花は絹旗の自信満々な顔を見て、まるで自分が馬鹿馬鹿しいみたいじゃないかと思って笑ってしまった。


「ははっ」


だからつい笑ってしまう。

なんだ、大丈夫じゃないか。大丈夫だ。絹旗は敗けない。相手にも、自分にも。

七花は絹旗の頭から手を離し拳を握った。それを見つめる。


「お前……やっぱり面白ぇよ、本当に。出会ったあの時から本当にそう思う」


そしてトンッ…と拳を絹旗の拳に当てた。

自分の絹旗では二回りも大きさが違う。だが彼らは平等であった。

師弟に近い関係だった。一方的に想う関係であった。だが、それを含めて彼らは平等であった。

二つの拳の熱が伝わり合い、心が通じ合う。

七花は絹旗に絶対の勝利を確信した。

絹旗は七花に絶対の信頼を確認できた。


だから胸を張ってこう言える。


「―――絹旗、行って来い」

「―――ええ、行ってきます七花さん」



絹旗は笑って七花の脇を通り過ぎる。

通じ合っていた拳は離れる。

七花の鼻腔が、彼女の微かな石鹸の甘い香りを捕える。



「――――――――――――――――………………………頑張れよ、絹旗」



七花は祈る様に呟いた。そして振り返り、絹旗の背中を見送ろうとする。

だがもうすでに絹旗の姿は無く、視界には誰もいない。ただ、無機質な廊下だけが続いていた。












そんな、絹旗を見送った七花の背中に小さく声を掛ける影があった。



「しちかさん………」


滝壷だった。そう言えば絹旗が来た辺りから姿を隠していたが、どこへ行っていたのだろう?


「きぬはたに、気を使ったの」

「……どういうことだ?」

「うんうん。その内わかると思う」


滝壷は優しい表情で目を瞑ると、七花と一緒に絹旗が走って行った廊下を見つめる。


「ねえ、しちかさん」

「なんだ?」


七花が静かに返事をすると、見つめる内に優しい顔は薄れて心配そうな顔でいる滝壺がいた。


「…………きぬはた、勝てるよね?」

「当たり前だ」


七花はで、


「勝てる。ぜってぇ勝てる。絹旗は生きて勝ってくる」


それは絶対の自信だった。


「…………そう、なら大丈夫だと思う。時にしちかさんはとがめの元に戻らないの?」

「いや、ここでいい」


七花はガラスに触れた。厚さが3mもあるとは思えないくらいに、このガラスは透明度がある。ここなら、一番絹旗を近くで見れるだろう。


「……じゃあ、私もいる。きぬはたが心配だから」

「そうか。でも、あいつは勝つ。俺が保証する。だから、心配する事なんて何もない」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


垣根は背もたれに寄り掛かりながら、とがめに告げた。

『例え天地がひっくり返っても鑢七花は優勝できないと』


「ついでに言うなら、絹旗最愛なんてもっと無理だろうな」


とがめは訳が分からない顔で垣根を見つめた。


「なぜだ。その解はどうやって導いたものだ。七花の実力と絹旗の勢いを見てみれば、優勝できる可能性がない訳がない。絶対というモノではないだろう」

「まぁ、確かにそうだ。鑢七花は超能力者と対等に渡り合える存在と言える程だ。強いよ。十分に強い。絹旗もだ。昨日の一回戦からずっと強敵と戦って、泥仕合でも勝ってここにいる。勢いも運もある。伊達に暗部に長く過ごしている訳じゃないな。
常識的に考えれば、優勝できる可能性は十分にある」


歌うようにそう告げた垣根は脚を組み、手の指を組んだ。それは腹が立つほど似合っていた。


「だがな、お天道様が人の上に、地面が人の下に、人が天と地の間にいるように、世の中には絶対に存在する常識ってもんがある。
同じように、朝日と月が西から昇らないようなそんな、世の中には絶対に覆らない常識ってもんがある。
いくらニュートンやガリレオやエジソンがどう唱えようと、ソクラテスやプラトンやアリストテレスがどう騒ごうと、信長やナポレオンやヒトラーがどう逆立ちしようと、どうしようも無い常識の壁ってもんがあるのさ。
既に確定された常識は覆らない。よく聞く『常識を覆す』ってのは、固定されず、フワフワと宙を浮いた不確定な常識が否定された様を現すんだと俺は思うね」

「垣根よ。そなた、七花と絹旗が敗けるという事は既に確定された事実の類と等しいと言いたいのか?」

「そーゆーこと」


垣根はやっぱり当然の事だと言う様に笑った。

その時、会場中に歓声が沸く。

入場ゲートから絹旗が登場してきたからだ。垣根曰く、前の戦いが思っていた以上に時間が掛かったからか時間が押している為、先程の様な金の掛かった演出はしないんだろうという事だ。


「お、出て来た出て来た。おーやる気満々だなぁ」


垣根は気楽に手を叩く。

まるで古代ローマのコロシアムで、獅子と虎の群れとたった一人の奴隷の、奴隷が餌となる事がわかっている戦いが始まるぞと言わんばかりに、興味の欠片の無い視線が絹旗に注がれる。


固定された概念…常識を否定する事……『常識を覆す』。それは『奇跡を起こす』という事ではなかいだろうか。

イエス=キリストという自称神の子である大工の息子が、水を葡萄酒に変え、盲目の人間に光を与える事がまさにそれだ。

この学園都市に蔓延る超能力は地球の科学的法則に則って行われているが、人のみでは考えられぬ奇跡がある。常識を覆す奇跡はまさに異能……。

だが、それは既に常識として認可された。超能力という奇跡は常識として成り下がった。否、繰り上がったと言うべきか。

それでもその常識を覆し、されど常識として認可されない存在がいる。『未元物質(ダークマター)』という、この世に最初から存在しない物質を創り出す超能力者――垣根帝督だ。

彼は太陽光を殺人光線に、酸素を有害ガスに変える事が、この世界にない現象を実現する事が出来る。

だから、彼には“常識が通用しない”。

古代の人々も、常識が通用しないイエスを見て大層驚いただろう。

嵐を鎮め、無花果の木を枯らし、死者をも復活させるその常識を覆すその業を、今となっても常識化しないその技を、奇跡と呼ばずに何と呼ぶ。

そう、垣根という少年はある意味、イエス=キリストよりも神に近いのかもしれない。

とがめはそんな『奇跡を操る者』を、




「ふふ……あはははははははははははははははははっ!」



――――――大いに笑った。

人のみでは→人の身では
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


絹旗最愛は薄暗い入場ゲートの前で足首を回していた。同時に手首も回す。首を回して、屈伸して体をほぐす。股を大きく開いて肩を入れるとボキボキッと音が鳴った。

もう体が温まっている。

心の鼓動がドクドクドクと脈を打って『早く戦わせろ』と急かしていた。

横で運営の男が冊子とペンを持って確認を取ってきた。絹旗はそれを淡々と答える。


「『アイテムチーム』の絹旗最愛様で間違いないですね?」

「はい」

「武器や装備はそれでよろしいですね?」

「はい超ケッコーです」

「では、入場してください。対戦相手の方はすでに準備が出来ています。先に入場してください。では、ご武運を」

「はいどーも」


絹旗はそう雑駁に答えながら、一歩、足を前に踏み込む。

目の前にはガラスに囲まれた戦場。

厚さ3mの防弾ガラスに包まれた、透明な空間。天井に太陽は無く、あるのは太陽には程遠いLEDの照明の光。

眩い光は、数m先のゲートから燦々と網膜を刺激する。

その光の中へと絹旗最愛は、自らの四肢だけで敵に立ち向かう。剣は無い。銃も無い。身を守る武器は無く、その身一つが武器にして。

そしてまた一歩、足を前へ踏み込んだ。

ガラスの壁が、大きくなる。近くなる。足を前に進める毎に、白い長方形が迫る。

否、自分が迫っているのだ。

また、心臓の高鳴りが強くなった。

足が震える。

「(怖いのか?)」

違う。これは恐怖で震えているのではない。
早く戦わせろと体が疼いているのだ。
今すぐに爆発したいと、密閉された箱の中でダイナマイトが爆発しそうな感覚が絹旗にあった。
武者震いが、絹旗の顔に笑みを造らせた。


「(やってやるッ!)」


そして、最後の一歩。
白い空間に足を踏み入れた。
水の中に飛び込むように、戦場へと飛び込む。
崖から飛び出す様に、戦場へと飛び出す。
水の中の様な静けさと崖から落ちる様なスリルが全身を駆け巡った。
灰色のコンクリートの床が、無機質なガラスの壁が、冷たく出迎える。

無音だった。気味が悪いほどの静けさだった。高い防音性を誇るガラスが、観客たちによる津波の様な完成を完全にシャットアウトしていたからだ。


十歩ほど歩いたのか。そこで立ち止まる。後ろのゲートが閉じられた。両開き式の、分厚いガラスの扉。


「すぅぅ―――――――……………はぁぁ――――」


それを吸い込むように、息を大きく吸って吐く。そして両拳を鷹の様に広げ、胸の前でガツンッ! とぶつけた。

衝撃が全身に伝わる。恐怖は無い。だが緊張感があった。臆病風に吹かれてなどいない。武者震いで震えていた。逃げ出したいとは思わない。疾走感が背中を押していた。

一万の言葉と感情を混ぜ、一つの言葉にして叫ぶ。


「―――――――さぁ、来いッ!!!!!」



『絹ゥ旗ァァァ最ィィィ愛ィィィィイイイイイ!!!!』



絹旗最愛は戦場へと躍り出た。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

目に涙を浮かばせながら、奇策士とがめは笑う。何が面白かったのか、腹を捻じ曲がりそうになる程大いに笑った。


「ははははははははははははははははははははッッ!!」


「……………」


垣根はとがめの笑い声に全く反応せず……いや、聞いているが相手にせず、ずっとやる気満々で鼻息を荒くして拳をガツンッと叩く絹旗を見ていた。


「常識だと? 確かに、常識の壁というものは なにぶん厚く高い。越えられない壁の存在感は強大だ。だから人はそれを基準にして生きるのだろうよ。
越えられぬ壁だからこそ壁。覆らぬからこそ常識だ。
だがな、常識を覆した非常識は常識に昇華されるのが世の理だ。運命だ。故に人類はここまで進化してこれたのだ。

『越えられぬ壁など無い。穴を開けられぬ壁などない。破れない壁などない……』
そう信じて止まぬ人間が、血反吐を吐きながら自らの命を限界にまで削って常識を覆してきたのだ!

私は弱い人間だ。兎に蹴られて死ぬ自信がある。そんな人間が刀を携えて槍を持って馬に跨る大男に常識的に考えて勝てるはずがない。
だがな、それでも私はたった一人で倒してきた。それは一人だけではない。数え切れぬほど修羅場を潜ったからこそ、ここにこうやってお前と話しておる。

垣根帝督よ。若いそなたに教えてやろう。数多の修羅場を潜り、煮え湯と泥水を飲まされても諦めずに常識と戦い、常識に打ち勝って来た私が教えてやろう。
――――覆らぬ常識など、この世にない!! 例え八百万の神々が口を揃えて何と言おうと、私は自信を持ってこう言える」



「自分の前に立ちふさがる常識は打ち破れぬ筈がないッッ!!」



立ち上がり、手を大きく振るい、垣根の耳に直接叩き込むように大声で怒鳴る。

甲高い声が周囲5mの人間に耳に耳鳴りを発生させた。

「貴様はさぞかし常識外れの人間だろう。常識など通用させず、常識などに振り舞わされぬ、そんな人間だろう。まるで太古の昔、彼の国で神の子と名乗った男の様だ」

「天下の学園都市でオカルトの話をするか」

「それは別にどうでもいい。私が言いたいのは、そうやって簡単に『敗けるに決まっている』と人を見下すのが気に喰わんのだ!」


垣根はそれを黙って聞いていた。隣で、少女がふーんと観客席の肘当てに肘をつき、手に顎を乗せて耳を傾ける。


「覆らぬ常識は無い。例え巨大な大岩だろうと、ひっくり返らぬ道理はない」


だからこそJAXAは宇宙探査機はやぶさは地球とイトカワを往復できたのだ。

だからこそ明治時代、絶対に敗けると思われた列強のロシアとの戦争は、偉人達が文字通り死力を尽くしたからこそ勝利できたのだ。

今の日本は常識を覆し続けて成り立っている。

一体、彼らは何度諦めようと思ったのだろうか。挫けそうになったのだろうか。それでも彼らはめげず、常識に勝利する事が出来た。


「常識を覆そうと努力せず、挑もうとせず、壁の前で踵を返す事は致し方あるまい。しかしその壁を超えようと歯を食いしばって生きている人間を笑うのは言語道断の最たる行為だ!!」

「誰も笑っちゃいねぇよ」


垣根はとがめが叫び終わると挟み込むように、速く答えた。


「笑っちゃいねぇよ。笑う奴はクズだ。即刻銃殺したいくらいのゴミクズヤローだ。テメェが出来ねぇ事を頑張る奴を笑うゴミクズを見るのはナンセンスだよ。
でもな、俺みたいな鼻歌交じりで鼻くそ穿りながら常識を覆せる神様気取りのオオバカヤローは、チンケな常識にゼーゼーしてる哀れな子羊共の見ていると哀れに思っちまうんだよ。
『いつまで夢見てんだ』『お前らじゃあこの壁を乗り越える事は不可能だから、諦めろ』ってな具合に、見れば見るだけ虚しくなっちまう」


『まあ座れよ』と垣根はとがめに促すと、『ああ』と座るとがめは視界の隅で、眉をしかめる少女の顔を見た。


「そんな神様気取りな奴でもな、ジョウシキはあるんだ。例えどんな常識が通用しなくても、俺以外の他人は通用する。常識に邪魔されて立ち止まる。
だから俺はいつもひとりだった。ひとり壁の上で壁に這いつくばる奴らを蟻のように見ていた。
でも奴らは立派な人間で、俺もたかが人間だ。カミサマには程遠い、糞の様に地べたに這いずり回るムシケラだ。糞の様に狭苦しい人間社会っつー常識の中で生きる糞まみれのイチ人間に過ぎない。
だから俺は俺の中で常識を創っても、人にその常識を押し付ける事はない。
でもな、カミサマ気取りのムシケラのクソヤロウでも、この街の真実に近い場所にいるから、忠告する」


垣根は足を組み替えた。


「諦めろ。――――――――――お前らは“この壁を乗り越える事は出来ない”」


垣根はやっととがめに顔を向け、目を見た。そして宣言した。

とがめはそれを払いのける。


「それはどうかな?」

「じゃあ見てやるよ。そして見ておけ。また賭けてもいい。賭け金はさっきと同じでいい。むしろ俺は100倍でコールしてもいい」

「言ったな?」

「言ったぜ? 俺が勝ったらあの話は承諾。お前が勝ったら即刻300万払おう。一円でも足りなかったら身包み剥いでも結構だ」


垣根の隣の少女は、呆れた様に溜息をついた。そして垣根の太腿に手を当て、トントンと指先を叩いた。


『いいの?』


モールツ信号で訊いた。

垣根は少女の手の甲に指を乗せ、同じようにトントンと叩いた。


『いいんだよ』


何の会話かわからぬが、とがめは全く気付かずに口を開く。


「いや、大金は要らん。勿論裸になれとも言わん。だが一つだけ情報が欲しい。木原数多についてだ」

「毒刀を単独で獲る気か?」

「取り返すのだよ。あれは毒が強すぎる。故にそなたでも扱いが無理がある。常識などとは別に考えて、冷静な判断で言うならばだが」

「だったら俺はお前の言葉を借りるよ。『常識は打ち破れぬ筈がない』」


その時、会場に歓声が沸いた。

絹旗の対戦相手が入場してきたのだ。


「まぁ四の五の言わず、ただ絹旗最愛の武運に賭けようぜ」

「ああ」


とがめは短く答えた。


「さて、まずは対戦相手だ。どんな相手だ? ―――――――――――――――――――――――――――」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



絹旗最愛は実に絶好調であった。体が軽い。羽毛の様だ。

今なら、鑢七花と稽古をしてきた成果を100%出し切る事が出来ると、確信できる。

勝てる。今なら、どんな敵が来ようとも、勝つことができる。


―――さあ、来い。早く来い。


だからそう息巻いて、猪の様に目をギラギラさせていた。

頭に七花が乗せた頭の感触がまだ残っている。暖かくて大きな手だった。今で心が高揚してる。ああ、本当に自分は七花が大好きなんだ。

好きだからこそ、近づきたい。

惚れているからこそ、強くなりたい。

近づいたいから、強くなりたいから、七花と戦いたい。

そう心が高鳴ってきた時、ようやく対戦相手がやってきた。





約500mm離れた、向こう側のゲートからゆっくりと、ゆっくりと姿を現す。

暗いゲートの影に潜むように、対戦相手の姿がうっすらと見える。その中でさらに闇に縫い付けられている様な黒い影が蠢いていた。
非常にゆっくりとした足並みで、のそのそと影が上下している。

それが対戦相手である事は、絹旗にもすぐに分かった。

至極、不気味だった。

不穏な影の丈を目測で身長を測る。

影は小さかった。ゲートの高さはおよそ8m。 その1/4も無かった。


「(身長は150cmあるか無いか位……。私と同じ、中学生1,2年生くらいでしょうか?)」


影のみではそう絹旗がそう思った。だが、徐々に表れた姿はそれではなく、まったくの別物であるという事実を、直後に思い告げられるのである。



中学生ほどの影が、墨汁の水面から浮かび上がる様に………否。―――――――――――――――小柄な“成人女性”が、登場した。






















BGM
http://www.youtube.com/watch?v=HUiATyzEfk8
http://www.youtube.com/watch?v=IBv_k-AybYw


フランツ・ペーター・シューベルト 『魔王』

物凄く特徴的な出で立ちをしている女性が、堂々とこの場面に足を踏み入れてきた。

その特徴と言えば、まずは足元から見れば、“日本人形の様な、可愛らしい小さな足袋に包まれた小さな足は黒い雪駄(女右近下駄)を履いている”

“両腕、両足共に小枝の如き、幼子の様な華奢”で、小さく振りながら“漆黒の僧衣と青と紺の袈裟を纏っていた”。

まるで、いや―――“まさに尼の恰好だった”。この戦場で、倒してきた敵にお経唱えてきたのか。なんとありがた迷惑な出張葬儀だ。だが、彼女の手には数珠は無い。

“髪は黒。尻まで長く、腰の所で花飾りを付けている”。

そして“慎ましい表情をする相貌は、歳は明らかに20代半ばだろうが少女の様に美しく、しかし反面、どす黒い気を漂わせていた”。

尼は絹旗を見て、笑う。


――――笑っている。笑っているのに、それが心の底から恐ろしい。


なぜなら、ハニカムようでもなく、嬉しそうでもなく、口の両端だけを吊り上げさせ、目を細めて、まるで獲物を見つけた魔物の様な、そんな笑みだったからだ。


「…………。」


眼が、あった。

眼と眼が、視線と視線があ合致した。

眼があっただけで、汗が噴き出た。

足が動かない。地面から木の根が出てきて、がっちり足に絡みつくような感触が、動きを完全に封じてくる。

絹旗最愛という少女が、産まれて来て12年で培ってきた危険回避能力が『逃げろ』と叫ぶ。これは不味いと。対峙してはならぬと。戦ってはならぬと。

目の前にいる、一見押せば倒れてしまいそうな女が、まるで地上最強の危険生物に思えてしまった。

いや、それならまだ可愛い。

あの尼は、地獄から這い上がって来た悪鬼の様だった。

髪の毛が、一本一本蛇の様に蠢き、自分の体に巻き付いて羽交い絞めにする。


そこから動くなよ―――と、悪鬼が眼で言った。


「………ひ」


絹旗は思わず震える。武者震いではない。本気で怖いと思っていて震えているのだ。

そんな絹旗の様子を知らないのか、観客は音のない歓声を上げる。

いや、全ては幻想だった。気が付くと、ゆっくりと淑やかに、優しい笑みを浮かべて歩いていた。

絹旗までの距離、4,50mとまで来ていた。―――いや、もうそこまで来たか!?

ゆっくりと、亀の様に歩く速度で!?

絹旗は丁度スタジアムの真ん中にまで…250m走ってここにいる。尼はもう200mも歩いたのか?

あの、ゆったりとした歩き方で? まだ入場から一分もかかってないのに!?


「……………」


ますます、得体の知れない尼に冷や汗を掻かされる。

やっぱり、観客は馬鹿一つ覚えたように歓声を上げ続ける。まるで、自分だけが取り残されたかのように。

そうしている間にも、尼がゆっくりと、自分から10mほど離れた位置にまで到着して足を止めた。




――――ここでやっと絹旗の対戦相手が、一人のか弱い女性が、場違いな尼の恰好で、奇妙な笑みを作って、細々とゆっくりと淑やかに、この戦場に登場した―――


改めて絹旗は対戦相手の尼を見る。


体つきは中学生と殆ど変らない。

―――ああ、確かにそうだろう。


だが、顔つきは若い…女性であった。年端の行かぬ絹旗とは、一回り歳が違うくらいか。

天女の様な美しい美貌と優しそうな柔和な表情でやってくる。だが、顔色がやや青い。病弱そうだ。

第一印象は『優しいお姉さん』。


―――それも認めよう。


だが、何だこの異様な威圧感と恐怖は。それと―――。


雰囲気が異様にカビ臭いと言うか、古い物を見ている感じだ。まるで時代劇を見ているような……。そんな場違い勘が否めない。


だって、この世界に和服を…ましてや今日の様な血生臭い日に和服を着て来る人間はいない。

それでも時代劇でも、尼が袈裟を着て戦争しに来るなんて聞いたことが無い。

どちらにせよ、彼女からはそんなこの世界からは逸脱した“何か”を感じだ。

そう―――――





絹旗最愛は、この感覚を知っている―――――――――。






僧衣と青と紺の地味な袈裟を着込んだ、黒髪の美貌を持つ尼から漂う異様な空気を知っている。

良く知っている感覚…いや、最近はその感覚は薄れていた。何故なら、その感覚を覚えさせる人物がすぐ近くで生活しているから。



「………し、七花さん?」


絹旗は思わず呟く。

そう、鑢七花と奇策士とがめと、同じような違和感を醸し出していた。

物語の当初、鑢七花と絹旗最愛の出会いを思い出してほしい。

『(……しかし超変な恰好ですね)』―――それが七花に対する絹旗の第一印象であったのを、読者諸君は覚えているだろうか。

絹旗は、その時と何一つ変わらない違和感を持って、この華奢な尼と対峙している。

本能が危険信号が壊れそうなほど鳴り響いているのにもかかわらずだ。


今度は尼が優しそうな目で、絹旗をじっと見つめてくる。全身を、全体を見ているのか。

一通り絹旗を見終わると、長い髪を結っている美しい尼は笑顔で絹旗にゆっくり会釈した。


「こんばんは……。あなたが、私の対戦相手の方ですか?」


鈴を鳴らしたような、美しい声だった。ゆっくりとした口調で、よく耳に残りやすい声だった。聴き心地が良い。


「あ、はい。どうも……」

「あらあら、どうしたのですか? 汗が滝の様ですよ?」


その原因の張本人がそう言った。

だが、その言葉は全く絹旗には届いていなかった。

こんな血生臭い戦場よりも、病室で寝ている方が似合っているのに、心の底から悍ましく感じる。

ガラスの向こうの観客たちは、相も変わらず大声を出していた。ここには声は届かないが、何も変わらず、ここにあまりにも場違いな人間がやって来た事に全く気付いていないように。

絹旗は思い切って訊いてみた。


「あなたが……私の対戦相手ですか?」


美女は丁寧に優しい口調で答えた。小さな可愛らしい口がすっと開く。


「ええ、そうですよ? 私があなたのお相手を務めさせていただきます。 あの……絹旗最愛さん……でしたね?」

「え、ああ、そうですけど……」

「まぁ何とも可愛らしいお名前です事。まるでお花のようではありませんか」

「あ、あ、え、ええ……どうも」


なんでこんな所でそんな話になるんだ? そもそも、どうしてこんな事を訊かれるんだ? と、真っ白になりかけた頭の上に疑問詞を浮かべながら、絹旗は大きな唾を飲んで思い切って問う。


「あのー……超失礼ですが、お名前は…?」


そう訊かれた尼は失敗したのに気付き少し後悔する様に、


「あっ、すいません。申し遅れました」


と頭を下げる。




「私は―――――――――」


尼はまた頭を下げた。


丁寧過ぎて、どこか異様に感じる彼女の口から出た言葉が、絹旗の既視感の正体が、身を縛る恐怖の原因が、この不可思議な尼の全てが判明する事になる。












































「――――鑢七実と申します。弟の七花がお世話になっているようで」







































「………………え?」


尼の名前は鑢七実。

刀語最強の剣士。敵味方問わず、全ての技・特殊能力・特殊体質を見ただけで会得し、相手の能力を一瞬で把握してしまう、地上最強の化物。

鑢七実は立ち塞がる人間の命を、雑草の様に刈り取る。むしり取る。無造作に、楽しそうに。

彼女の趣味は、『草むしり』なのだから。

故に、鑢七実は冷淡だった。残忍だった。

鬼よりも命を狩り、手足は死神の鎌よりも鋭く、悪魔よりも残忍で、それでいて魔王よりも冷淡だった。






そしてその七実の伝説をよく聞かされていた絹旗の頭は今度こそ真っ白になった。







絹旗の遥か後方。

分厚いガラスの壁の向こう側で、信じられないと目を張る人物がいた。信じられない。信じたくない。呆然と、ただ立っているだけの男がいた。

その男の名は鑢七花。

七花は思わず、呟いてしまう。



「ね、姉ちゃん………?」




魔王 鑢七実。彼女こそ、絹旗最愛の想い人である鑢七花の実の姉である。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



鑢七花は即座にガラスの壁を叩いた。



「絹旗ぁぁぁぁああああ!!!! 逃げろぉぉぉぉぉおおおおおお!!!! ――――――――お前じゃあ、絶対に勝てないぃッッ!!!!!」



絶叫しながら何度も何度も壁を叩く。

ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!!

と、七花の怪力でガラスをうるさく叩く。だが、このガラスは厚さが3mもある。その厚さは、水族館の巨大水槽の厚さの10倍である。七花でも簡単には破れない。


「がぁぁっ、くそぉ!! 絹旗ぁ! 今助けるからな!!」


だがここで諦める七花ではない。


「虚刀流一の構え―――『鈴蘭』」



隣の呆然としていた滝壺が慌てる。


「ま、まさか、七花さん!!」

「ああ、奥義でこの壁をぶち破る!!」


『鈴蘭』から繰り出される奥義は一つしかない。『鏡花水月』だ。

この奥義ならきっと突き破る事は出来るだろう。

だがしかし―――


「――――無駄ですよ。だってこのガラス……学園都市が開発した最新式超強化ガラスの壁は、例え弾道ミサイルがぶつかってきても破る事は出来ませんから」


左右の廊下から十数人の運営の人間が銃火器を持って現れた。あっという間に囲まれる。


「困ります鑢様。ルール事項『9,戦場への妨害を断固禁止するため、選手以外の侵入は許されない。』これを破った場合、チームは失格となります」


七花たちを囲み、サブマシンガンを構えた黒服の男達の中から一人だけ、何も持っていない男がそう言った。


「即ち、あなた様も絹旗様も失格という事になります」

「うるせぇよ」


だがその忠告を七花は牙を剥いて叩き落とした。


「お前らどいていろ。とがめはこの世界の人間を殺すなと言っていたが、怪我をさせるなとは言ってねぇ。腕一本飛ばされたくなければ、どけ」


眼の色が違っていた。

眼の色が、日本刀の様に冷たくなっていた。そこに感情は無く、七花はただ人を斬る刀として機能する人間となっていた。

滝壷は、七花から突風の様に吹き出す殺気に身を凍らせる。一瞬で汗が引いた。同じだったのだろうか、いっせいに回りの男達は銃を構え直す。


「よ、よろしいのですか? ここで私たちに危害を加えれば、それこそあなた達は学園都市では生きられなくなりますよ? アイテムも一気に信頼を失い、他組織に抹殺される事になるでしょう」

「うるせぇよ。今、絹旗を助けなきゃ、あいつ死んじまうんだよ」


七花は吐き捨てて構えた。

首を固めた頭部の左右に手刀を配置し、両肘を対称的にそれぞれ前に突き出しつつ、両脚は爪先立ちにした、非常に自由度の高い構えだった。

前後の自由移動に対応した七の構え『杜若』とは対照的に、左右の自由移動に対応したこの構えは……。


「虚刀流六の構え―――『鬼灯』。 一瞬で片付ける。お前らと遊んでいる場合じゃないんだ」


その台詞に喉を冷がらせた『…ひっ』と悲鳴を上げた運営の人間の一人のそれが――――七花の攻撃の合図…にはならなかった。

直前、恐怖で身を凍らせていた滝壺が七花の腰に飛び付いてそれを阻止したからだ。


「ダメッ!! しちかさん!!」

「ッッ!?」


七花は信じられない顔をした。


「なんでだ!? ここであれを止めなきゃ、絹旗は死んじまうだろうが!!」

「ダメッ! 確かにここできぬはたが死んじゃう“かも”しれないけど、“学園都市を敵に回したら絶対に私たちは死んじゃうから!!”」

「??」


こんどは訳が分からない顔をした七花。滝壺は泣き崩れそうな顔で七花の腰に顔を埋める。


「お願い……ここは引いて……きぬはたを信じてあげて……あの子は絶対に生きて帰ってくるから………」

「……………」


七花は困った顔をして、ガラスの向こうで呆然となっている絹旗とここで泣き出しそうになっている滝壺を見比べた。



「…………」


きっと苦虫を噛み砕いた顔とは、本当の意味でこの顔だろうと言うくらいに苦渋に満ちた表情を浮かべた七花は、諦められない声で、


「わ、かった………俺は、絹旗を信じる…………」


その言葉を聞いて、運営の男が右手を挙げると周囲で銃火器を構えていた男達が銃を下した。


「賢明な判断です。確かにあなた様は非常にお強いですが、学園都市の総力からするとまだ、まだまだまだまだ、一億分の一にも満たない事を理解してください」

「…………くそ」


七花は男の言葉など耳に入っていない。ただ両手を固く握っているしかなかった。どうしようもない。どうもすることが出来ない自分が悔しくて、悔しくてたまらない。


「しちかさん………」


滝壷が七花の手を握る。固く握られた拳から、紅い血がぽたぽたと垂れていた。

そんな事など一切気にせず、運営は口を動かし続ける。


「以後、このような行為が無いようお願いします。試合終了のブザーが鳴るまでは、スタジアム内には入れません。例え自分の仲間が死にかけていようと、“実の姉が出場していようと”」



七花は、その運営の言葉に耳を疑った。


「おい。今、なんつった?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「なぜだ!!?」


奇策士とがめは思わず立ち上がってしまう。

致し方あるまい。

なぜなら、絹旗最愛の対戦相手は鑢七実なのだから。


「馬鹿な! 馬鹿な!! こんな馬鹿げた話があっていいものか!!」

「そう怒鳴るなよ奇策士さんよ。ただ対戦相手が出て来ただけじゃねぇか」


垣根帝督は実にリラックスした口調で、隣にいた少女が自分の為に買ってきた紙コップに注がれたジュースを持って刺されていたストローに口を付けてチューッと吸う。


「お、うっま」

「ちょっと、何盗ってんのよッ。てか、何気に関節キス……ッ!」

「いいじゃん別に。関節キッスの一つや二つ………」


その時、一歩こちらに近寄ってきたとがめの右手がそのジュースを叩き落とした。

紙コップからこぼれ出たオレンジ色の液体が暗い地面にぶちまけられる。


「……………」「……………」「…………」


白けた表情の垣根と少女は、もう戻ってこないジュースを見て、それから髪を乱して混乱し、荒い息をするとがめを見た。


「なにすんだよババァ」

「黙れ、お前に何がわかる!?」


とがめは自分の頭を抱えながら崩れ落ちるた。冷や汗で濡れた顔を押さえる。


「なぜだ? どうしてだ? どうしてこんな時に鑢七実が出てくる!? どうしてこんな場面であの化物が……よりにもよって絹旗最愛とぶつかるのだ!??! 答えろ運営!!」

「知るかボケ」

と、吹き出しながら笑う垣根。

「あーあーいいねぇいいねぇ。いー眺めだねぇ。いやはや絶景、絶景。
さっきまで鼻息荒くして、自信満々によ、
『「越えられぬ壁など無い。穴を開けられぬ壁などない。破れない壁などない……」そう信じて止まぬ人間が、血反吐を吐きながら自らの命を限界にまで削って常識を覆してきたのだ!』とか『自分の前に立ちふさがる常識は打ち破れぬ筈がないッッ!!』とか
馬鹿みたいに大きな声で言ってたヤツが、こうやって膝を付いて絶望している様なんて、特に」

「モノマネ上手くないわよ」

「うるせー」

「待て待て……どうしてだ? どうしてこうなる? どうして七実がこの大会に出場できた? 私たちの様に暗部組織に? いや、奴はそんな人間ではない。ではなぜ?」

「おいおい、良いのかよそんな絶望的じゃ状況じゃねーだろ? 刀を携えて槍を持って馬に跨る大男に何度も勝ってきた、自称秀才で常識外れの勘違いさんよ。

―――これはたかが戦争じゃねーか。戦争は人が死んでナンボだぜ? 今日この日、絹旗最愛っつー可哀そうな少女が公開惨殺されるんだよ。
無残に細切れになるまで虐殺にされようが、メチャメチャになるまで公開レイプされた後に火炎放射で焼死にされようが、手足縛りつけて吊るした奴を頭だけ滝壷に入れられて窒息死されようが、たまたま弱者だった奴らには文句の言いようがねぇんだよ。敗けた方が悪い。それが戦争だ。敗者は勝者には逆らえない。弱肉強食とはこのことだ」


隣の少女が軽蔑したように。


「サイテーね、特に二番目」

「しょうがねえだろ、男はいつでもそーいう事を見るのが大好きなイキモノなんだよ。
まーそう言う訳だ。だからよ、俺が言いたいのはこれだ。
内野の事は内野の事。外野の俺たちがギャーギャー騒ぐってのはもっての外。

さて、ここでこの学園都市で七人しかいない230万人+研究者方々公認のマジホンモノの天才少年垣根帝督が、今後の生活に非常に役に立つ良い事を教えてやる」

垣根はいきなり腕を伸ばして来たかと思うと、とがめの顎を掴み、ぐいっと自分の顔に近づけた。



「お前は結局、ただ人よりも頭が良くて、人よりも考え方の切り口が変わっているだけの――――――ただの凡人なんだよ。」




「な……ぼ、ん、じ、ん……?」

「そーだよ。一万年と二千年経ってもお前は俺に追いつけねぇ」

「ふ、ざけるな。 私は、確かに天才ではないかもしれない。人よりも力が無いし、人に助けが無ければ生きては行けない。だが、私は血を吐くほどの努力をしてここに……」

「努力? 努力って言ったか? 努力? なにそれ、美味しいの?」


垣根は嘲笑う。


「いいか、人間が出来る努力なんてたかが知れている。よく努力は天才を超えるとかいうけどさ、それって違うんじゃねぇか?
普通に考えて、それは元からソイツに生まれ持っての才能が眠っていただけで、努力でその才能が目覚めたから、天才を超えられたんじゃねぇのか?
本当の意味で才能が無い奴はよ、いくら努力したってそれなりの才能と成果しか生まれない訳。天才なんかに勝てない訳。
もう、言っている意味わかるな?」

「黙れ」

「才能とか天才とかはさ、生まれ持ったモンだから、お前らの様な中堅層下級層の庶民はどう足掻いたって天才の領域には達する事なんて天地がひっくり返っても無理」

「黙れ」

「イコール、才能が無く大能力者に留まっている絹旗最愛は今日で死ぬ。間違いなく鑢七実に殺される。そして、お前の可愛い可愛い刀も今日で死ぬ。つーか、人間を刀とか呼ぶなんて、ダサいぞ」

「黙れっ!!!」


とがめは思わず手が出てしまった。ただの張り手だ。だが、それは綺麗に超能力者である垣根の左頬に叩きつけられるのである。

バチィッ!! と聴いただけで痛くなりそうな音が響いた。


「……………あ゛ぁ゛?」


その時、とうとう垣根の堪忍袋の緒が切れた。

とがめの顎を持っていた手は、彼女の首を掴む。


「かはぁっ………!?」

「ムカついた。殺す」


垣根の言葉は氷よりも冷たかった。途端、背中から一気に6枚の翼が生えた。あの固いプラスチックの椅子を豆腐の様に真っ二つにする翼が、一斉ににとがめの体へと迫った。



―――――――――の、だが、











「おい、おまえ、とがめに何やってる?」







横から、声が聞こえた。


「…あぁ?」


垣根は思わず横を向くと、




一瞬で、視界が傾いた。否、首が落とされた。


「………な、」


何者かが、いきなり現れて自分の首を刎ねた――――


―――と、いう幻想を見た。


「……………ッ」


全身から汗が飛び出す。息が荒くなる。とがめを掴んでいた右手を見ると、汗でびっしょり濡れていた。

なんだ、さっきのは。幻覚を見た。何かの超能力か? いや、そんな単純な物なのか? いや、もっと単純なものだ。


「……殺気か」


ただの殺気だけで、人をここまで恐怖させるとは……。

思わず手を離してしまっている事に気が付いた垣根は、尻餅をついてケホケホと涙目になって咳き込んでいるとがめを発見する。

垣根はプライドが大きく踏みにじられた事に気付き、殺気の元を探した。


「くそ、どこから………」


それは意外と早く見つける事が出来た。

それは遠く……周りの歓声で全く声が聞こえないほど……目を凝らさないと誰か確認できないほど遠く……200mほど遠くでずっとこちらを鉄よりも冷たい眼で睨んでいる鑢七花だった。

周囲には監視だろう、MIB風の黒服男たちが銃火器を持って立っていたが、あの男の異常に気付いていないのか全く動じている様子はない。

そのまま七花は、眼でこう言ってきた。


―――とがめに何かしてみろ。次はお前を斬る。


確かに、鑢七花ならこの200mの距離を一瞬で詰める事が出来そうだ。

だが驚くころは、殺気をあそこから飛ばしてきたのかという事。話に聞いていないぞ、こんなのは。


「たっく、“姉が姉なら弟も弟かよ”」

顎を伝う汗を拭いながら呟く。

そういえば、まだ鑢七花が本物の殺意と敵意と……怒気を持って敵を見るのはまだないはずだ。即ち鑢七花にはまだ伸びしろがある。

ともかく垣根は、鑢七花という人間のデータにまだ書かれていない箇所があると、そう解釈した。

とがめは小さく口を開く。


「………ちょっと待て、垣根帝督」

「なんだ」

「貴様、さっき鑢七実を姉、鑢七花を弟と呼んだな?」

「ああ、それが不味かったか? あってるだろ?」

「ああ、あっている。確かに七実は姉で七花は弟だ。紛れもない事実だ」

「それならいいじゃねぇか。何の問題がある?」


とがめは何か、さらに絶望的なシナリオが待っているのではと考えてしまった顔をして、こう言った。






「なぜ、そのことを知っている?」





驚愕で顔を固めたとがめの問に、垣根は何も答えなかった。


「…………………」

「もしも七実が暗部組織にいて、この闇大覇星祭に参加していると言うならば、運営側は彼女の家族構成は知らない筈だ。何故なら、私と七花はそのような事を知らさせる事をしていないからな。私たちと同じ手続きで出場しているなら、七実も同じ……。
垣根帝督、貴様は何故知っていた?」

「…………………」


まだ、黙ったままだった。だがそれが、何よりの回答だった。


「そうか、そう言う事だったのか」


とがめは憎らしそうに、垣根を見上げる。


「鑢七実と、お前らは繋がっている。七実も運営の人間か!」

「ちゃんとヒントはあったはずだぜ?」


垣根は笑って見せた。


「たとえば景品である『微刀 釵』。今専ら噂になっている十二本の刀の一本で、暗部組織や研究者なら喉から手が出たいほど欲しい物だ。当然、それを阻止したいお前らも。
そこで見方を代えると『ここでお前らが出てこないと他に渡るぞ』と脅す、まるでお前らを釣り上げる為だけに用意した餌になる」

「それだけではない。一日目から『とーなめんと』をせず、いちいち面倒な金儲け競技に出させたりしたのは、まるで私たちの力を見る為だったのか?」

「ちげぇよ。あれはVIPのクソ共の為の余興、バライティイベントだ。微刀は餌として大きすぎたせいで参加人数が多すぎたから予選としてちゃんと人数減らしてくれたし、ちゃんとウチらのビジネスとして機能していた。まぁ、あの女は噛り付くようにお前らを見ていたがな」


垣根は絹旗と対峙している七実を顎で指した。

とがめは苦虫を噛んだ顔をした。


「(最悪だ)」


一昨日の絹旗は特に七花とべったりしていた。七花も嫌がらずに付き合っていた。

七花に歪む程強い愛情を持っている七実にとって、虚刀流に執拗なプライドを持っている七実にとって、それは嫉妬と怒りで全身が焼かれるような思いだったのだろう。


「他にも、自分のブロック以外のブロックが見れないトーナメント表。あーそうだ。ほれ、これが全体の表だ」


垣根はポケットから畳まれた新聞紙くらいの大きさの用紙をとがめに投げ渡した。地面に落ちたそれを拾う。拾って用紙を開いた。


「絹旗最愛が嫌がらせの様に当たる強敵。ず―――っと見てたぜ? あいつは。自分の戦いの合間、ビデオをずっと見ていた。表情を変えず、ただ見ているだけだった」


もしもその表情が代わった瞬間があるとするならば、それは真庭蝙蝠戦と真庭狂犬戦だ。見た時の表情が容易に想像できる。

垣根による七実の話はこれで終わりじゃなかった。


「実は、今日昨日に限った話じゃない」

「…………は?」


垣根は悪い笑みを浮かべながら。


「最初に鑢七実に出会って二日後ぐらいかな? “否定姫”っつーキレーな女が接触してきてよ。知ってるよな?」

「……………………な、なんだとぉっ!?」


最初は言葉の意味が解らなかったが、数秒経って理解したとがめは思わず叫んでしまった。予想だにしない出来事だった。


「(ば、馬鹿な、七実と否定姫がすでに繋がっていただと!?)」


予想よりもはるか斜め…いや、真上を行く真実を聞かされ、とがめの顔は真っ青に染まりかけた。だが、それはある予想によって正常の色に戻された。


「(――――いや、七実はそう易々と誰かと手を組むような事はしない筈。もっとも、私やあの女狐の様な人種は特に毛嫌いする)」


平常心を保とうと、はぁーっと大きく息を吐いた。それを見て垣根は、


「知ってるようだな。お前らの同類だから当然だよな。で、その否定姫様がよ、『不忍』ってヘンテコな仮面付けた不愛想な男を連れて、鑢七実にお前らの事をベラバラと報告してたんだぜ。そのおかっぱ頭、アイツにバッサリ斬られたんだって? 通りで年寄りも幼く見える筈だ」


今度は顔を赤く染めて怒り出したとがめ。


「それとこれは関係ないだろう!! それよりも、一体お前はどこまで知っている? いや、七実はどこまで知らされた!?」

「顔色が忙しない奴だな。――――全部だよ。鑢七実は否定姫から、自分が死んでからだ全てだ」


垣根は息をすーぅっと吸って、一気にしゃべりだす。


「無事に旅が終わろうとした時にお前が仮面男にぶっ殺されてブチ切れた鑢七花が仮面男がいる城に単身乗り込んで将軍直属の部下を全員殺して仮面男も殺して将軍までも殺してお城を真っ二つにして日本地図描こうと旅に出たら白い球に吸い込まれてこの世界にやって来て、四季崎記紀に完成形変体刀十二本全てとお前らがぶっ殺してきた強敵を全てよみがえらせて、さぁどーしよーって所まで。一応、否定姫からお前らが何者で、どういう人種だってことは一から十まで教えてもらっている。んで、鑢七実はずっとお前らの事を見てたそうだぜ? 今までの戦いも。結標淡希との戦いを遠くの風車の柱の天辺から、無能力者狩りっつークソ共との戦いを別の廃ビルの屋上から。日常風景だって同じ。鑢七花と絹旗最愛が病院の地下で遊んでいる時だってハッキングした監視カメラから、マンションを向かい側のマンションから隠れてずっと見ていた。そう言えば鑢七花と絹旗最愛が下らねえ喧嘩した夜はトンカツだったそうだな。ああ、そうそう、アイテムの絹旗最愛ってヤツが鑢七花にベッタリで、虚刀流の技を覚えようとしている知った時の奴の台詞聞きたいか? ………って、聞いてるのか奇策士」

「……………」


しばらく呆気にとられたとがめは、大きくて固い食べ物を咀嚼する様に内容を垣根の言葉を思い出しながら読み取る。


「……………なん、だと…?」


そして今度こそ、とがめは本当に真っ青になった。完全に青白くなった。全身から血の気を抜かれた様に。


もう、遅かった。

全て、否定姫によって七実に知らされていた。とうの昔に。

ふらり、とがめに目眩が襲った。倒れそうになった所を右手で頭を押さえて堪える。だが、目眩は収まらなかった。目の前が見えない。

とがめの思考が一時停止した。

垣根はその表情だけで満足した顔をし、とがめが開いている用紙を指す。

「その表を見てみろ。Bブロック17番」

「BS……?」

「鑢七実のコードネームだ」

「? ――――――はっ」


呆然と対戦表を見たとがめの頭に一瞬だけ何かが横切った。それを逃さなかったとがめの思考が一気に回復する。


「『僧侶(Bishop)』! 僧侶……女の僧侶=尼。即ち七実!」

「御名答、チェスの駒のビショップだ。Bブロックに出場する人間の知り合いがいれば、この重要なヒントに気付けたはずだ。残念だったな奇策士さんよ」

垣根は席から腰を浮かし、座り込んでいるとがめと顔を合わせる様にしゃがんだ。

「結論を言おうか。――――絹旗最愛は、お前がそこら辺中に散らばっていた危険を知らせるヒントを察知できなかったのが原因で、いや、お前がアイテムという組織に深く接触したのが原因で、死ぬ」


それは冷たい宣告だった。いや、宣言と言った方がより正しい。
敗けるとは散々言われ続けたが、今回はまるで重みが違う。
とがめは、体中を冷や汗塗れにしながら呆然としていた。
その時だった。

「あれ? とがめどーしたの? つーか隣のイケメン誰? 知り合い? てか、結局、どーなったのって訳……お、絹旗今やってんじゃん! 対戦相手だれ?」

空気を読めないのか、フレンダ=セイヴェルンが今頃になって帰ってきた。一体どこをほっつき歩いていたのだ。
そんな事などどうでもいい。今は、絹旗の事だけで頭がいっぱいだ。
とがめはスクッと立ち上がり、大きな声で怒鳴った。




「絹旗ぁッ!! 逃げろぉ!! お前じゃその化物には絶対に勝てないッ!!!」




その絶叫にフレンダは意味が解らない顔をした。


「んなっ!? な、何言ってる訳!? 空気読め………のわぁっ!?」

「フレンダ、すぐに下に行くぞ!!」


とがめはフレンダの手を引っ張って走る。底の高い下駄で器用に走ってゆく。
それを面白おかしそうに垣根は笑った。


「ぷっあはっはっはっは!! クソオモシレェwwwwwwあっひゃひゃっひゃwwww」

眼に涙を浮かべ、馬鹿の様に笑い転がる。

「さっきと全く正反対な事を言いやがってwwwあっはっはっは!! 手の平をひっくり返したみてぇによぉwwwwwwばっかじゃねぇの!?wwwww」

「下品な笑い方」


少女は冷めた口調で呟く。垣根は少女の頭をポンポンと叩きながら、


「しょうがねぇよ。今月で一番面白いモンを見せられたんだから。――――おーい奇策士ィ!!」


垣根はそのまま遠くまで走って行ったとがめに叫ぶ。
どうにかとがめに声は届いたのか、振り向いた。(空気中によく声が通る物質でも撒いたのか?)
大きく手を振りながら、笑顔満点の表情で、

「賭けの話ィ―――! ちゃんと覚えてろよォ―――!!」

遠くでとがめは、

「……………………チッ」

と憎らみ顔でこちらを睨み、何も言わずに去って行った。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今夜はここまでです。ありがとうございました。
BGMは決して入場曲では無いのであしからず。
天才シューベルトの代表作『魔王』なのですが、和訳もあります。ですが、ググったらネタバレになりますので勇気のない方は読まれない方が賢明です。

そして最後に一言。


七実……超ストーカーだよ!

こんばんわ。お久しぶりです。皆様お元気でしょうか。
クリスマスプレンゼントとして投稿しようかと思っていたものの、難航し投稿できず、
お正月のお年玉として投稿しようかと思ったものの、改稿しまくって投稿できず、
ダラダラと今日まで引きずってしまいました。

実はまだ中途半端でございます。

ですが、今日こそはと我慢の限界で、中途半端でもまぁいいやと思い、今日投降します。


まぁ、音沙汰なく散々放ったらかしにしてしまった罰でしょう。
新刊新約6巻のネタバレありがとうございます。
まだ一ページも読んでません。
そうか。ていとくんまた不幸な目に合うのか。

…………では、投降します。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



この世には、才能が有る人間と無い人間がいる。
才能に溢れる人間と才能に乏しい人間……才能に愛される人間と見捨てられた人間……。
たった一つの才能を伸ばす者もいれば複数の才能を存分に使い切る者もいるし、逆に幾ら才能を持っていても一つも伸ばさずに腐らせてしまう者もいる。

また、世界中の人間、誰もが全く同じ才能を持つ事は無く、同じように能力のパロメーターが同じでは無い。
人間は皆個性がある様に、身長体重が全く同じじゃ無い様に、精神や魂魄が人それぞれ違う形でいる様に、能力は才能のばらつきがあるのだ。
RPGとかで、登場人物の能力がみんな一緒だと、例えレベルが99でも1でも物凄くつまらないものになってしまう。

そして、ここが一番の本題だ。

人間が皆、自分だけ一番の才能を持っている訳じゃない―――。

人は誰しも他者の才能に嫉妬し、自分の才能に優越感に浸り、恨みながら、恨まれながら過ごしているのかもしれない。


それでも人間は集団の中でしか生きていけない。たった一人で孤独に生きていても、死にはしないが生きてはいけない。
人は助け合って生きてゆくしか生存できない生き物なのだから。

この世には才能に溢れる人間と才能に乏しい人間がいる。
前者の彼らは天から数多くの才能を授かったに違いない。
後者の私たち凡人には到底真似できない事を鼻歌交じりでやってのけ、私たち凡人では到底理解できない哲学で動いているのだ。
彼らがいる場所は、凡人が絶対に足を踏み入れられない絶対的領域があり、そこから私たちを眺めて笑っている…。

私たちの遥か天上に住まう人間なのだ。

例え吹寄制理と佐天涙子がどれだけ血反吐を吐きながら千刀流を極めたとしても、学園都市最強の超能力者一方通行……それどころか白井黒子にも到底敵わないのと同じだ。


だがしかし、忘れないでほしい。

上には上がいる様に、常識が否定され、否定した常識が新たな常識として構築される事を―――。
才能愛され、才能に溢れる人間は、さらにもっと才能に愛され、才能に溢れる人間に押し潰され、凡人と同等に成り下がるのが世の常だという事を―――。
弱肉強食の、決して食物連鎖など発生しない絶対的人間社会の絶望の渦は、弱者を徹底的に暗い海底に沈ませてしまうという事を―――。

230万人に一人の天才 御坂美琴が垣根帝督に絶対に勝てないように。そして垣根帝督が絶対に最強の超能力者一方通行に絶対に勝てないように。
才能が有る人間の上には、上がいる。いるのだ。もっと才能がある人間が。

では、『この世界で最も才能に愛され、才能に溢れる人間』は、一体誰だろうか?
そう言われれば、正直言葉に詰まる。
しかし、強いて空想の中での話で具体的に言えと言うならば、私はこう口にするだろう。


『この地上に現存する、ありとあらゆる困難を平気でやってのけ、
百年に一人いるかどうかの天才が一生を費やしてやっと習得できた秘技を一見しただけで理解し、
二見しただけで完全に習得し、それを自分も平然とやってのける。
おまけに覚えられる技の容量は無限大』


そんな人間だと、私は思う。
もしもそんな人間…いやもう人間ではないだろうが、存在していたら、それは『努力するのが羨ましい』と言うだろう。
だが私は…否、私たち凡人が怒りを覚える程羨ましい『才能』。


“それを持つ人間は、人間が血反吐を吐きながら死ぬ手前まで努力してきたのを嘲笑うかのように否定する存在”


そんな人間は本当にいるのだろうか。








「―――――――――私の名前は、鑢七実と申します。弟の七花がお世話になっているようで」









この“化物”を除いて――――。

最強にして最悪にして最恐にして最凶の魔王、悪魔、死神、鬼…こと、鑢七実は慎ましく頭を上げた。

だが、絹旗最愛はこの目の前の尼の事を知っていた。

その女は無類の強さを誇るヒーローの様に凛としていて、神々しい神様の様になんでも願いを叶えてくれそうで、徳の高い仏様の様な優しい顔で、天使か天女の様な美しく、慈悲深い尼さんの様に物静かだった。

だが、決してこの女はその様な善人ではない。

鑢七花と奇策士とがめから、口が酸っぱくなる程、耳に蛸ができるほど、彼女の事を聞かされた。


自分が尊敬してやまない鑢七花が、どうしても勝てない、勝つどころか転ばせる事も出来ない、地上最強の剣士。地上最恐の天才。

この地球上でもっとも才能に溢れ…否、無限の才に愛された“化物”。

幾重幾百もの人間の命を、無意味に殺しまくった悪魔の様な女―――。


「…………鑢七実?」


何故だ、どうしてここにいる?と、絹旗の中で混乱が起きた。故に七実の名を口に出してしまった。

そんな反応に、七実はムッと眉をひそめた。


「どうやら、年上の人に対する礼儀を教えてもらわなかったそうですね。二倍以上長く生きている人間を呼び捨てにするなんて。まったく、とがめさんは相も変わらず教育が下手なんだから」


と、愚痴をこぼす七実。

絹旗は思わず質問を投げかける。


「な、なんで、あなたがこんな所に?」

「? ……まるで私とどこかで会ったような口ぶりですね」


としばらく考えてから、


「ああ、そうですか。私の事を七花や奇策士さんから聞きましたか。それなら私を見て驚くのは無理もありませんね」


自分で納得した。その通りだった。


「まぁ、それは今はどうでもいいでしょう。あの少年は口が軽そうですから、どうせとがめさんの耳に伝わっている話でしょうし」


そう独り言を言って、


「さて、私からあなたに言わなければならない事があります」

「え……」

「絹旗さん。私はあなたを殺さなくてはなりません」


七実は声のトーンを全く変えずに告げた。まるで興味が無い様に、フラットなアクセントで淡々と。

ただ、その言葉の一音一音にこれでもかと言うほど、殺気が込められていた。


「―――――――――ッッッ!!!」


それだけで、絹旗の全身の皮膚が一気に鳥肌になった。汗がどっと溢れ出る。全身の水分が蒸発してしまうかと思うほど。そして息がつまる。いや、息が出来なくなった。


「………何故にそう言われるのか、わからないなんて言わせませんよ? この泥棒猫さん」


怖い。目の前が真っ白になりそうだ。

怖くて、怖くて、全身がショック死しそうだ。

絹旗は直感でわかった。鑢七実の感情はただ一つ。『憤怒』だ。



「(表情こそは超殆ど出ていないけど、超ヒシヒシと全身から殺気と怒気が垂れ流されている……)」


絹旗は理解できない顔をした。何故、彼女は私に対して激怒しているのか。

それを“理解して”七実は苦笑いした。、


「………何を言っているのかわからない顔ですね。まぁまぁ、自覚が無いとは何と図々しい……。あなたは重罪を犯したのですよ?」

「な、超何を言ってるのですか? 超意味が解らないです」

「…………しょうがないですね。―――まったく、あなたの様な人間とは……―――まぁ、いいでしょう。特別に一から説明させていただきます」


絹旗は見た。七実が一瞬、本当に嫌そうな顔したのを。気のせいだろうか。

七実は嘲笑するように、袖で口元を隠してクスクスと笑いながら、


「―――――あなた、七花の虚刀流を盗もうとしていましたよね?」

「ッッ!?」


ギクリ、絹旗は心臓を掴まれた様な衝撃に見合われる。

そんな微妙な表情の変化を七実は見逃さなかった。


「図星…と言ったところですか。やはり、あなたは泥棒猫なのですね。いえ、猫はなんとなく可愛げがあるから止めておきましょう」


七実は、なぜ絹旗が虚刀流を七花からコッソリ盗もうとしているのを知っているのだ?

焦慮する心臓がフルスロットルで暴れ出す。


今日の、七花の言葉をやっと思い出した。

忘れていた。失念していた。

そうだ、鑢七花の姉、鑢七実は自分よりも弟と虚刀流を大事にしていた事を。


『もしも、姉ちゃんに俺が虚刀流を絹旗に教えているってばれたら………殺される。絶対に殺される』


七花曰く、虚刀流は一子相伝の流派。絶対に他者に教えてはならないらしい。

それと毎日戦い、観察し、真似をして、己の物にしようと盗作したのは誰でもない。自分だ。絹旗最愛だ。


その行為は、まさに『泥棒』。

初代鑢一根から数えて七代の当主達がその人生を懸けて造り上げた技術を、何の悪気も無く盗み食いするような行為をする人間は、まぎれもなく『泥棒』。

例え理由が正当化されても、罪が正当化されていい訳がない。

自分でも言っていたじゃないか。


『盗人猛々しい』――――と。


贖罪は今だった。


「例えるなら……そうですね。畑の作物の養分を吸い取る……雑草。いえ、害虫の方が善さそうね。いえ、悪いのかしら? そう、あなたは害虫よ」


七実は冷たくそう言い切った。

きっと、彼女は蝙蝠戦や狂犬戦を見ていたのだろう。だから今、怒りに燃え、絹旗を罰しに来たのだろう。

これは報いだと、絹旗は心の中でそう結論付けた。




だが、絹旗には理由があった。正当化できる理由が。



「――――ええ、確かに私は七花さんの虚刀流を盗もうとした、超大馬鹿女郎ですよ」



絹旗には、強くなりたい理由があった。


「私は、超強くなりたいんです。超強くならなくちゃならない理由があるんです!! それは――――」





だが、どうしても罪は正当化される事はない。




「黙りなさい」






そんな言い訳にしか聞こえない話に耳を傾ける程、優しく、また甘い人間ではない七実は容赦なく絹旗の体を蹴り上げた。


「げふっ?!」


全く見えなかった。絹旗は、なぜ自分の腹に衝撃が走り、宙高くに飛んでいるのか、理解できなかった。

やっと自分が攻撃されたと理解出来たのは、運動エネルギーが無くなって空中での動きが一旦止まった時だった。

最も、絹旗が理解できたは『攻撃された』という事実だけで、実際に七実がやった行動までは解らなかったのだが。


七実がやった行動とは、ただ絹旗との距離を滑り込んで詰め寄り、その勢いのまま足を突き出しただけ。ただそれだけの作業だった。

それがなぜ絹旗は理解できなかったかと言うと、“彼女が瞬きをするよりも速い間にやってのけた”からである。

目を閉じていて見てないモノは解らないし、予想が出来ない事は想像が出来ない。

だから絹旗は理解が出来なかった。

そしてもう一つ理解が出来ない事がある。

蹴り上げられながらも、絹旗は反射的に腹を抑えた。


「(超ただの蹴りだけ……なのに…………)――――――う、げぇぇっ!」


なぜ窒素装甲を纏っている筈なのに、衝撃は窒素の膜を突き抜け、絹旗に叩きつけられたのか―――それが理解できなかった。

今までに感じた事が無い痛みが脳に刻み込まれる。

胃から…いや腸から何かがこみ上げてくるかと思ったら、唾液、胃液、胆汁、膵液、腸液など全ての消化液が口から飛び出したかと思う様な……いや、それどころか、胃から大腸までの内臓が練り出される様な感触がした。

猛烈な吐き気と激痛が襲う。

意識が遠のく。眼の中で瞳が上を向く。

だが激痛を通り越した『なにか』が、全身の神経の内側から爆破したような『なにか』が、失神する事を許さず、意識を元に強制的に戻した。


「がぁぁ………」


背中がガラスの天井に付くか付かないか所だろう。そこが絹旗の体が止まった所だった。

そこで絹旗の思考はたった一つになる。



「(強い。今までに戦って来たどの敵よりも、断然に超強い。卑怯なまでに超強い――――。このままじゃあ、い、命が超危ないッッ!!)」


生存本能が理性に達する。


ここは超棄権しなければ―――


だが、棄権を宣告する間を与える間を与える七実ではないし、心の中で燃え盛る怒りが収まるには腹を蹴るだけでは足りない。

棄権を宣告しようと息を吸った時だった。

こちらを見上げていた七実が一瞬で消えたと思うと、後ろから頭を掴まれた感触がした。いや、掴まれた。

誰も出ない、七実だった。

七実の左手が絹旗の後頭部を鷲の様に掴んでいた。

一体、いつの間に移動したのだろうか。

もう訳が分からない。


「は、や――――」

「遺言はそれだけですか?」


冷たくそう言う七実は絹旗の頭を強く握り締めた。子供の様な小さな手なのに重機に潰される痛みが頭蓋骨に伝わる。


「がぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!!!!」


思わず悲鳴を上げる。本能が勝手に働いたのか、その手を解こうとするが、ほどく事も剥がす事も出来ない。

自動車を軽々と持ち上げる怪力を持っていても、だ。

溶接されている様に、がっちりと頭を握る七実の手はびくともしなかった。

次に、七実はぐわっと頭を持つ手で絹旗を、ドッジボールを投げる様に振り上げる。

それだけの動作によって作られた絹旗の頭に掛かるGは凄まじく、目玉が飛び出しそうだった。気絶しそうになる。


「――――ぁ、」


そして情け容赦など欠片もなく、七実に絹旗は腕だけの力で地面に投げつけた。まるで面子を叩きつける子供の様に。

だがペタン! と軽い音で地面に激突はせず、隕石が激突したのかと勘違いする程の轟音を轟かせた。

音だけではない。

コンクリートの床に巨大なクレーターが発生した。そして裂けられた様に地割れがクレータの中心から発生し、スタジアムの床の1/3を破壊した。

砂煙が立ち込める。中の様子はわからないが、絹旗は死んだだろう。

幾ら窒素装甲と言う最強の鎧を身に纏っていても、この衝撃を完全に吸収する事は出来る訳がない。


「他愛ない」


七実はつまらなそうな顔で呟いた。

砂埃が届かない範囲の所に着地する。高所からの着地だったのに全く音が無く、かつ軽やかだった。

砂埃が晴れる。そして地割れの中心には、血達磨になって横たわる絹旗の姿があった。



「なんと、他愛のない」



本当に、つまらなそうな顔だった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「…………――――――――~~~~~~~~~ッッッ!!」


ガラスの壁の中の惨状を、滝壷理后は口を押えた。

一瞬にしてぼろ雑巾にされてしまった絹旗の姿が、あまりにも痛々しすぎて、自然と目から涙が滲む。

隣で、握り拳を振るわせて壁に押し当てている鑢七花が、項垂れていた。

唇を噛み締め、己の腹の底から湧き上がる感情を押し戻そうとしているように。ただ、叩きのめされた仲間を見ている事しかできなかった。


「絹旗………」


七花は奥歯が欠ける程、強く歯軋りをする。

―――大事な仲間が今、死ぬと言うのに助ける事も出来ないのか。

自分たちは何も出来ないのだ。このガラスの壁がある限り、数多の枷が自分の手足を縛り付けている限り、一人の少女が魔王に殺されていく様をこうやって眺めているしかできないのだ。

だからこうやって、七花は周りの男達に銃口を向けられ、何も出来ずにいる。


「何が虚刀流だ。何が日本一だ。何が最強の剣術だ。何が嘘刀 鑢だ。俺は――――――」


何と、無力なのか。


「くそ!!!」


敗け犬が吠えるよりも情けない声を上げるしか、七花にはできなかった。

それを見ていて、吠える事も歯を食い縛る事もできずにいた滝壺は口から手をゆっくりと離して開き、茫然とそれを見た。

綺麗な、あかぎれの一つも無い真っ白な指先と掌だった。

思い返してみると、今、ガラスの壁の向こうで今にも殺されかけている年下の少女の手は、いつだって人の血で紅く汚れていて、血生臭い。

比べて自分の手は、まったく赤に染まっておらず、血生臭くなかった。

毎日毎日が人を頭を潰して回る日々だった。人を殺して歩く日常だった。そんな腐った排水溝よりも異臭を放つ世界が、アイテムにとって『現実』だった。

―――そうだったのに、滝壷の両の手はまだ真っ白だった。


理由はただ一つ。なんと滝壺理后は“ただ一度も人を殺したことが無い”からだ。

だって、彼女は組織の要であり、索敵レーダーである。一番壊されては困る、作戦の要。だから一番死亡する確率が高い戦闘には参加せず、故に守られてきた。

ある時は『超能力者』麦野沈利に。ある時は絹旗最愛に。ある時はフレンダ=セイヴェルンに。

人を殺すのはその三人だった。だから滝壷は友愛に溢れ、愛情に満ちた性格を保たれたのだろう。


―――それは甘えだと、今になって思う。


自分は穢れてない、純情な生娘だ。

なぜなら、他の三人が自分の分まで手を汚してくれるから、守ってくれるから。

自分の掌も指先も、犠牲の上で真っ白で綺麗なままに保たれているのだ。

ガラスの向こうの掛け替えのない仲間は、今日までに何人殺してきたのだろう。真っ赤に染まった両手で、どんな気持ちで今日まで這い上がってきたのだろう。

初めて人を殺した時の表情は、感情は、どれほど苦痛だったのだろう。後悔と恐怖で押し潰されるような思いをしてきたのだろう。

それだけではない。この10日、絹旗は必死だった。死にもの狂いで七花に挑み、虚刀流を我が物にしようと躍起になって汗を流してきた。

同時に料理をするようになり、手を拭くのを怠るのか、水に手を濡らし続けるのに慣れていないのか、あかぎれが増えてきた。
それでも絹旗は嬉しそうだった。楽しそうだった。あんなに喜々として日々を過ごしてるのを見るのは初めてであった。
例え奇策士とがめと言う存在に押し潰されそうになっていても、決してめげずに歯を食いしばってきた。
滝壷はずっとそれ見てきた。後ろで、「頑張れ」「頑張れ」と心の中で応援しながら。
だが、ふと思う。



自分は今まで、ただ後ろで応援しているだけではなかったのではないか?

絹旗の事も、今までのアイテムの活動でも―――。



自分より他者を守ろうと、そして強くなりたいと願う絹旗の手は決して醜いものではない。断じてない。

何と、健気な手なのだろうか。美しい指先なのだろうか。

それに比べ、散々守ってもらって、いざ目の前で死に直面している絹旗を見て、何も出来ず、何かをしようと思わず、ただ応援するだけという都合のよすぎる自分。


ああ、何と無力なのか。


滝壷は猛省した。

自分は只、索敵レーダーでしかないのだ。敵を倒す事や仲間を守る事など出来ないのだ。

所詮、ただの探索機械であるしかない。

改めて、滝壺は自分の両手を見直す。


両手は、世界中の誰よりも醜く、穢れて見えた。


「ああ、ぁぁあああああああ……………」


涙が出る。悔し涙が溢れる。絶望の嗚咽が喉から湧き上がり、悲鳴の様に響き渡る。


「きぬはた、きぬはた、きぬはたぁぁあ!!」


どれだけ声を上げても、どれだけ泣き叫んでも、絹旗の耳には届かない。このガラスの壁が、遮っている限り。


「ご、めんなさい………ごめんなさいぃ!! ごめんなさいぃ!! わぁぁあああ!!」


守られてばかりで何も出来ない自分の首を、ナイフがあれば何度も突き刺してやりたい気分だった。

でもナイフは無いし、それをやる勇気も無い。

ただ、絶望感だけで窒息しそうだった。

その時、


「滝壺ッ!!」


顔が涙でぐじょぐじょになっている滝壷の後ろから呼ぶ声がした。

フレンダだった。奇策士とがめと一緒に走ってきた。観客席から飛んできたのだろう。


「どうしたの!? なんで絹旗があんな風に………?」

「姉ちゃんだよ」


七花が応えた。


「絹旗が戦っているのは……俺の姉ちゃんだ」

「…………それって、この前話していた…あの?」

「そうだよ。あの……俺の姉ちゃんだ」


どうしようもないくらい馬鹿だが、七花の話を聞いていて、その戦力差がわからない程フレンダは馬鹿ではない。

一気に冷や汗が飛び出した。

「ちょ、っと待ってよ。ねぇ、あんたのお姉さん、病弱なんでしょ? 数分戦っただけで息が切れちゃうほどなんでしょ? だったら時間切れまで逃げ回れば……」

「………………」

七花は沈黙した。その案は却下だからだ。

もしそれが通ってしまったら、真庭虫組は元より全滅などしていない。

七花の表情だけでそれを察したフレンダの顔が、一気にパニックに陥る。


「いや…だよ、絹旗が死んじゃうのは、嫌だよ………。ねぇ! どうにかしてよ!! あんた、あの化物女を倒したんでしょう!?」


帯を掴んで揺さぶるフレンダ。だが、七花は黙っているしかなかった。その手を払いのける事も、押し倒す事もしなかった。

黙ったまま、目を瞑って口を閉ざした。掛ける言葉が思いつかなかった。

すると、フレンダの目からとうとう涙があふれ出した。そして何を思いついたのか、キッと眉を上げてガラスの壁へと走り、拳で叩く。何度も叩く。


「絹旗ぁ!! 死なないでよ!! まだあんたに死なれちゃ困るんだから!!」


思い出した顔をして、


「結局、結構前に私が貸した3千円返してない訳だから、ここで死んだら千倍に利子付けるわよバカァァァアアアアア!!」」


だが、それはどう騒いでも向こう側には伝わらない事が証明されただけで、決して意味が無く、それがわかっただけでフレンダは崩れ落ちた。


「終わった………」


諦めた顔をして、


「そうよ、何を言ってるのよ私は。ただ、絹旗最愛って奴は結局、鑢七実に殺されるために産まれて来たんだって訳で………訳で………」


フレンダの哲学では、『自分が殺した奴は、自分に殺されるために存在したのだ』と言うものだった。

実に好都合で自分勝手な哲学というか言い訳なのだが、それもある意味では真実かもしれないが、決して褒められたものではない。

だがあったからこそ、この頭が狂いそうな血生臭い世界でフレンダ=セイヴェルンという人間の精神は保たれていた(そう考えている時点で狂っているという見方もあるが)。

自分の罪悪感で押し潰されることもなく、こうやって元気に過ごし、心に喜怒哀楽を持っている。

そして自分の命と存在を守る為、自ら編み出した哲学的方程式により、何十何百という人という人を殺めてきた訳だ。


―――だが、ようやく今更になって崩れ去ろうとしていた。


「嘘よ。こんなの。こんなのって……」


フレンダという少女は、きっと自分と身の回りの人間の死を体験したことが無いかもしれない。

自分の哲学が今日、この日まで保っていられたのは、最強の火力を誇る麦野と絶対の防御力を誇る絹旗と最強の探知能力を持つ滝壺がいたからだ。

フレンダは寄生虫の様に、彼女らにへばり付いていただけに過ぎない。だから罪の意識を投げる事が気出た。逃げる事が出来た。

だが贖罪の日はついに来た。

もう誰にも逃れられない。フレンダの後悔は今になって、大津波の様に押し寄せてきた。

「こんなのってッッ!!」

ここにきて、一気に絹旗と過ごした時の記憶が脳裏に浮かび上がっては消えていった。

そこでようやく哲学は瓦解する。新たな思考が始まり、計算され、そして新たな答えを導き出す。

やっと理解したのだ。『人を殺す』という意味を。殺人という『禁忌』の重みを。

「い……や、だぁぁ――――! 絹旗を殺さないでぇぇぇええええええ!!」

フレンダは叫ぶ。その願いは、決して叶わぬと知っていても。



「あ、ぁぁあ………!!」


号泣の涙を流し、贖罪の重みを実感し、その対価として友が無残に殺される友をここで見る事しかできないのか。

何と、自分は愚かなのか。

まさにピエロだ。

ここで泣いて騒ぐことしかできない。


「絹旗ぁ……」


涙は零れ落ちる。大粒の涙が頬を伝って顎から落ちる。

もう、彼女の目は虚ろだった。


だが、ただ一人諦めていない人間がいた。


「まだ……まだだ」


とがめだった。それは何か根拠がある口調だった。


「絹旗はまだ負けてはいない」


七花は、とがめは夢を見ているのかと思った。ここで寝言を言っている場合かとカチンと来た七花は振り返る。


「…………とがめ、お前……ッ!!」


そして激昂した表情でとがめの肩を掴んだ。

掴んで……何を言おうか迷った。

だが、その中で闇雲に選んだ言葉をとがめに投げかける。


「とがめが……俺と絹旗を組手させる様にしなけりゃあ……こうは……ならなかったんだぞ」

「………―――――ッ」


一瞬、とがめの表情が硬直したかに見えた。だがそれでも七花はとがめの肩を強く揺さぶる。

頭の中で考えた事ではない。自然と口から言葉が堰が切られた様に出てくる。


「どうすんだ。俺ととがめのせいで、絹旗が死ぬんだぞ!?」

「………………」


とがめは何かに耐える様な表情をして、


「解っている」


と、たった一言だけ答えた。


「解ってるじゃねぇよ! どう考えたって、姉ちゃんに絹旗が勝てる訳がないじゃねぇか!!」


肩を揺さぶられて、とがめの髪が乱れていた。

あれだけ好きだったのに、七花は全く気に留めず叫び続ける。


「とがめはいつだってそうだった。誰が死のうが、誰が傷つこうが、平然とした顔でそれを乗り越える。俺は人の事は言える立場じゃねぇけど、ここは言わせてくれ。とがめは酷過ぎる!!」


恐慌状態で自分でも何を言っているのか判らない状態で、絶望した表情で。


「もう、あんな気持ちをするのは嫌だ。あんな、何もかもが嫌になる気持ちは沢山だ。とがめが死んだ時の、あんなのはもう味わいたくねぇ………」


七花の声は震えていた。

いつの間にか、自然と出ていた声は本音になっていた。

そして、その本音は言葉になってとがめに投げつける形になっていた。

その言葉は、決定的にとがめの心を抉る者となる。



「とがめには……人の気持ちはわからない。俺に人間としての感情を与えておいて、とがめにはその人の感情ってものが最初っからないんだ!! 俺は、俺は……―――――――“また”大事な人が目の前で死んじまうのは嫌なんだよぉ!!」



ズバンッ、と肩口から腹まで刀でたたっ斬られた錯覚が、とがめを襲った。



「ぁ、………ッ、ぐ………………………ッ」



ぐうの声も、でなかった。

正論だった。確かに無駄な命を奪う事に躊躇いを覚える人間だが、実質は『目的の為なら全てを捨て駒に出来る冷徹な女』。

目的の為なら、自分が惚れていて、自分に惚れられている七花を殺そうとまで思っていた程。

復讐の為ならどんな泥水や煮え湯も苦汁も辛酸も進んで飲み切る、そんな女。

だがその果ては無様な物だった。言うまでもない。とがめの末路は“犬死”だった。

復讐の為に約二十年、女としての人生を捨て、人の道を鬼の道にへと変え、鬼に自らの全てを賭けた。

その結果が、“あれ”である。

とがめはふと、思いを馳せる。

あの時、あの夕暮れの古びた神社の石畳の上で、恋しい人の血の海の中で、きっと鑢七花は壊れてしまうほど悲しみに埋もれたのだろう。

いや、壊れてしまったのだろう。あの時、『奇策士とがめの刀』としての鑢七花は三つの誓いと共に壊れてしまった。

そして砥がれたのだろう。

鑢七花は完全…否、地上最強の刀として完了した。

自分は仕上げだったのだ。

実際に、惚れていた人死で、二百の歳月を遂げて完了形変体刀『虚刀 鑢』は完了したのだから。

あの時、四季崎は地獄で歓喜の極みだったろう。だが、当の本人は苦しみと悲しみに身が削り取られそうだったに違いない。

もうあんな身が腐り落ちてしまう様な悲しい思いを体験してしまった七花は、その思いが心的外傷になってしまった七花には、絹旗が死にゆく様を見るのはあまりにも辛すぎる。

だから正論の矛先がこちらに向かったのか。


「………………」


とがめは、歯を食い縛る。

生涯で一番信頼していた男に、ここまで言われたのだ。

ショックを受けぬはずがない。

―――ああ、私は馬鹿者だ。愚か者だ。うつけの極みだ。だが、ここで―――


「そ、そうだ。私は、確かにそなたを殺そうとし、計画を企てた卑劣な女よ。いや、女どころか人の身であるのかもわからん」



白い顔をしながらだったが、とがめは強い剣幕だった。


「―――だが、ここで諦めるわけにはいかんのだ」


その剣幕のまま七花の両頬を両手で包んだ。


「私たちが諦めてどうする? ここで絹旗が死んだと決めつけてどうする? あいつが、絹旗最愛が、ここで死ぬわけがないだろう!?」

「じゃあどうやって勝つんだよ!! あの姉ちゃんに!!」

「………ッ、」


今度こそ、声が出ないとがめ。

だがその時、スピーカーから声が聞こえてきた。



『は、はははは、あー、今ほど、超脳を弄られまくって手に入れた能力に……超感謝するこたぁないですよ』


絹旗だった。

そうだった。そう言えば、スタジアム内の選手たちの音声は高性能マイクを通ってスピーカーに流れる事になっていた。

勿論、先程の二人の会話も聞いている。


「絹……旗………?」


七花は信じられない顔をした。

ガラスの向こうで、絹旗がクレーターの中心から立ち上がってきたのだ。

奇跡が、起きた。

産まれたての子羊に足がガクガクで、手の力が入らないのかフラフラで、頭から派手に血が出ていた。



『いやはや、あれが走馬灯って奴なんですかね。地面にぶち当たる直前、今までの記憶が、ばわぁーっと、超一瞬で見る事が出来ましたよ。楽しい記憶から嫌な記憶まで。あーそう言えばフレンダに3千円超貸してたんだっけ』


と、おぼつか無い足取りで、七実の前へと歩み寄った。

まだ、眼には闘志があった。その眼にはもう恐怖が無かった。


『一気に人生の超総復習が出来ました。本当にありがとうございます』


「………きぬはた…?」

「絹旗……」

「絹旗、そなた……」


七花同様、他三人も同じような顔をした。驚きだった。誰もが諦めていたのに、彼女だけが諦めていなかった。

だから立ち上がれた。奇跡が起こった。

まだ、絹旗最愛の運は尽きちゃあいない。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


誰もが驚いていた。

このスタジアムにいる、全ての観客も、うるさいくらいにマイクに向かって叫んでいた実況も、VIP席でワインを片手に持ていた大富豪共も、その横の貝積継敏も雲川芹亜も、観客席の垣根帝督とその相棒の少女も、絶望感でいっぱいになっていた七花ら一行も。

そして、この女も然りだった。


「…………」


七実は、驚いた表情をした。

殺すつもりだったのに、なぜ生きているのかと目を張っていた。

確実に床に叩きつけられた卵の様に頭を潰す強さで投げたのに、どうしてだ? ―――と。

イレギュラーな出来事にビックリして七実は、笑いながら立ち上がった13,4の少女を見ていた。


「へへ……いててて………全く、何を考えてるんですか私は。何もせずに棄権しようなんて……はは、超馬鹿らしい」


なぜ、生きているのか。

七実は脳内で考察する。が、どの仮説も信じがたい。その結果、たった一つの答えにしか結びつかなかった。


―――運が味方についたのか。


さて、実際に起こった事を述べていく。

まず、無意識でなのか、絹旗は地面と激突する際に両手を頭より先に地面につき、背中を丸め、受け身を取る形で転がった事。

次に、七花と軍覇の戦いでボロボロになって一度改装された床が意外と脆かった事。
コンクリートで出来て固いのだが、なにせ急ぎの作業故の手抜きか、機械の故障か、床の一番下に空洞が出来ていた。杭を打つように凹んだから、ド派手な大きなクレータが出来たのだ。これで衝撃がさらに削られたのだ。

それでも、


「う……がはっ!!」


絹旗が口から大量の血を吐き出すほどのダメージが彼女の体に残ってしまった。


「(……チッ、どこかの骨が一本折れて内臓に超刺さっちゃいましたか。道理でお腹が超痛いと思いました)」


フラフラとする頭をどうにかして正常に保たせながら、絹旗は笑う。

頭の位置がしっかりしない。体の重心が安定しない。だが、視界は何故かはっきりしていた。

両の目は、しっかりと七実を捕える。七実は驚いた顔をしていたがすぐに真顔のそれに戻っていた。


「ぜぇ……ぜぇ……………はは。一つ、超解った事があります」


血が喉に絡み、呼吸も会話もしづらい。それでも不敵に笑った。

そして、不敵に笑ったまま、弱気に眉を寄せた。


「……私、どう足掻いてもあなたには超勝てそうにありませんね。これは」


いきなりの敗北宣言だった。だが、棄権する様な素振りは全くしない。


「(なんなのかしら、この子は。大体の人間は、普通の神経を持つ人間は、私の実力を見たら一目散に逃げて私に斬られるか、逆に特攻して果てるか、怯え顔で命乞いをしながら私に潰されるかだと言うのに)」


実際に昨日対戦してきた人間たちもそうだった。だが、絹旗は全くそれをしない。

それどころか逆に―――。


(何なの、この落ち着いた、暖かい顔は。慈しみに溢れた“表情”は。―――わからない。この娘の考えている事が全く理解できない……)


七実は静かに絹旗をじっと見つめた。


「…………」


彼女の目から見て、全てを見通す『眼』から見て、絹旗最愛はどう映ったのだろう。


「でも、です。私、超思うんですよね。聴いてくれます?」

「ええ、あなたの最期の言葉として聞いておきましょう。それ位の慈悲は、今日は特別に持っててあげる事にします」

「超、ありがたいです」


ボロボロのまま、絹旗は足を腰幅に広げる。左足を前にし、爪先を正面に向ける。右足を後ろに引いて右に開き、右手を下に、左手を上に、それぞれ平手で構える。


―――虚刀流一の構え『鈴蘭』


絹旗が持ち得る虚刀流の構えはこれしかなかった。七実と言う魔王に対抗できる剣はこの一本だけ。

だが、この一本の剣だけが絹旗の心を奮わせた。


「私、あなたに何もしていません。折角、七花さんのお姉さんに出会ったのですから、ここは精も根も尽きるまで、超全力を出し切って超燃え尽きるまで、戦わなくちゃ勿体ないじゃないですか……」


ボソボソと小さな声だったが、口調は力強かった。しっかりと七実の耳に届いているだろう。


(ああ、そうだ。この戦いに勝ったら、七花さんと戦えるんだ。また、初めて会った日の様に超楽しく戦えたらいいなあ……。
それで、七花さんに超認めてもらうんだ。
あの日よりも強くなって、七花さんの背中を守れるように、強く、強くなりたい―――――)


七実は疑問に思っていた。

何故、この少女が大ダメージを負ってまで立ち上がろうとしてきたのか。

何故、優しさと暖かさと慈しみに満ちた表情が、この場面で出来たのか。

それが、次の言葉でようやく判明した。


「ここで超ビビッて尻尾を巻きつつ泣いて、超無様に逃げ帰ったら、七花さんに超合わせる顔が無いじゃないですか」


「――――…………ッ。」


今までで、一番ハッキリとした反応だった。『人生で一番ビックリした』…そんな顔を、微かに。


「(………この娘、もしかして。――――少し、試してみようかしら)」


七実はこの時、実験的に“絹旗の精神状態を察知する事にした”。

するとショックと驚きの顔は、今度は複雑そうな顔になっていった。

そして独り言を呟いた。


「そう、あなた……―――」


七実の独り言は小さい声で、絹旗の耳には全く届いてない。



「―――――七花の事が本当に好きなのね?」


―――なんと哀れな…。


七花には絶対的存在として奇策士とがめがいると言うのに、決して変わらぬ想いだと言うのに、それに挑もうとゆうのか。


「(けど、それ以前に―――何か違和感がある………)」


七実は難しそうに険しい顔をした。


そんな七実の心情に全く気付かず絹旗はゆっくりと大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。

全身の神経を尖らせる。

今から、自分を刀として有り続けるよう、集中する。目をゆっくり瞑った。


“―――私は人間じゃない。”

“言葉は砥石。手足は刀身。鞘は衣服。名前は銘で、心は柄。心を守る精神は鍔。”


心の中で反芻するその呪文は、絹旗の全てを鋭利に削り、一本の刀として造り上げる。

魔王を倒す聖剣は無いけれど、この両手にはそれに勝る正拳がある。そしてそれは刀であり、最強の拳であり剣だ。


「ふー………」


絹旗は長く息を吐きながら目をゆっくり開ける。

さきほどとは眼の色が違っていた。

あたかも完全に刀となった鑢七花と、近しい眼だった。


「――――。」


その時、七実の眼が僅かに光る。

絹旗の感情を考察するよりも、先にこちらを優先させた。

感心しているのか、蔑んでいるのか、それとも羨んでいるのかは定かではないが。


「……まったく、ここまで虚刀流を盗むとは……。逆に七花は何をやってるのかしらと問い詰めたくなりそう」


と、溜息をつく七実。


「再教育が必要ね」


その言葉の意味を、絹旗は肌で感じ取った。

教育と言っても、恐ろしい事に違いはない―――と。


「誰がさせますか。七花さんは今のままで超完璧なのです」


それを聞いて七実はまた溜息をつく。


「はぁ……いいでしょう。いささか面倒ですが、相手になってあげます。七花を教育する前に、あなたを教育して差し上げましょう。―――まぁ、虚刀流を盗んだ代償として、ここで死んでもらいますが……よろしいでしょうか? いえ、悪いのかしら?」

「ははっ、精々そうやって超余裕ぶっこいてください。その方が超倒しやすくて超超楽ですから」

「そろそろ黙りなさい。あまりにも五月蠅いと……」


何と盗人猛々しい少女だろうか。七実は心底そう思うだろう。

虚刀流の構えどころか奥義の一つまで盗まれるとは、これは七代続く鑢家にとっては汚点そのもの。

しかも、それ以前に―――



―――――七花をも盗ろうとするだなんて。そんな悪党、誰が許しますか。


「……害虫の様に今度こそ潰しますよ?」

「超いいですよ? ただしその頃には、あなたは超八つ裂きになってますけどね」

「七花の決め台詞まで盗むとは―――なんと小汚い事か」


そう、本当に嫌そうな顔をして七実は口元を袖で隠した。それはほんの少しの動作だった。

すぐに両手をダランとおろし、何も構えずじっと絹旗を見つめる。引き込まれそうな瞳だった。

暗くて深い大穴に吸い込まれそうな感覚が絹旗を襲う。だが両足がそれを踏んばらせてくれていて、恐れをなして突っ込む様な愚行はしないようにしてくれている。


「…………………………」

「…………………………」


それ以降、七実は真顔で、絹旗は睨み顔で見つめ合う時間がしばらく続いた。

誰も、喋らない。

誰一人とて、口を開こうとはしなかった。固唾を飲んで、二人の決闘の始まりを瞬きせずに見続けていた。

例え誰かが大声で歌っても、ガラスの壁がある限り二人には聞こえないと言うのに。

数分経った。

タイミングを計っていて飛び出してこない絹旗にしびれを切らしたのか、七実がやっと口を開く。


「どうしたのですか。観客の皆さんが暇になっておられるでしょう。さっさとかかってきなさい」

「では超お言葉に甘えてッ!! イヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――――ッッ!!!!」

絹旗は地面を蹴った。軍覇には大きく劣るものの、蹴った地面はスプーンに掬われた様に剥がれた。

ギュンッ! とロケットが飛んでくるような、そんな音と共に、鬼気迫る絹旗は七実の元へと駆ける。

一瞬で間を詰めた。七実は反応できていないのか、瞳はずっと真っすぐを向いている。

絹旗はまず、左手の手刀を右肩から払う様にして繰り出した。その左手は、大蛇の腹を掻っ捌いた時と同じ威力。それが七実の首を刎ねんと迫った。

それでも、七実の瞳は動いていない。


「(よし、超もらった!)」


だが、それは虚空を斬る事になる。

難なく避けられた。上体を柔らかく反らされた。顎先数cmの所で絹旗の手刀が通り過ぎたのだ。


「あッ!?」


手応えまるで暖簾が翻ったが如く、全く無し。

手刀を完全に見切って一歩下がった七実は真顔であったが、なにも無かったかのように無表情だった。


「………くっ!」


それでも絹旗はめげずに次の攻撃を開始する。七実に攻撃の機会を与えないためだ。

避けられた手刀の勢いそのままに一回転し、左足の回転蹴りを繰り出す。振り下ろされた斧よりも速く、七実の顔面を襲う。

だがこれもあっさり躱された。目を閉じたまま、上体を反らすだけで。


「遅いですね」


と、七実は一言。その言葉にカッと来た絹旗は前に飛び込む。


「……ッ!! じゃあ……これだったら!!」


何度も躱される。ならば、もう絶対に避けられないように捕まえるまでだ。

絹旗は殴りにかかると見せかけ、腰にタックルをする事にした。

だが、


「遅すぎて退屈です」


その時、絹旗の視界が真っ白になった。


「――――――――――――――――――ッッッ!!!!!」


顎に衝撃を感じたと思ったら、気付いた時には空を飛んでいた。

否、蹴り飛ばされたと言うのが正しい。視界が真っ白になったは天井の照明の光を見たからか。

タックルしようと飛び込んだ所、顎を蹴鞠の様に蹴り上げられたのだ。

横から見ると、七実が絹旗を蹴り上げたと言うよりは、七実の脚から暴風が吹き荒れて絹旗を吹っ飛ばしたように見えただろう。

今でもスタジアムの内で数多の突風が吹き荒れていた。

口と鼻から出て来た血液が混じり合い、空中に弧を描く。そこに白い物体も幾つか混合していた。歯だった。前歯が二本、口から零れ出た赤い血と共に宙を舞う。

顎から伝わった衝撃で脳を猛烈に揺さぶられた絹旗の意識は、ふわっと離れそうになる。

気持ちの良い一撃であった。普通の人間なら頭の半分が跡形も無く消滅している程の威力で、窒素の膜を破ったのだ。


「あ……が――――」


虚ろな目のまま宙を舞う。

だが、


「……が、ぁ………ぐぅッ!!」


絹旗の眼は即座に蘇生される。離れる意識を気合で引っ張り込んで体勢を立て直した。どうにか受け身を取って固い床に着地する事に成功する。


「ま、まだまだ!!」


そう叫んでみた絹旗。しかし、さっきの一撃で一気に体力が削られたようだ。無理もない。はじめの一撃が可愛く見える程の蹴りを貰った。

足がガクガクと震え、力が出なくなる。膝から崩れ落ちそうになるのを何とか踏ん張り、倒れるのを死守するのがやっとだった。


「う、動け……」


気合で押さえつける。


「大変頑張りますね……。なる程、七花との組手の成果と言うものですか」


そう呟く七実は、必死になって戦おうとする絹旗を、退屈そうに見ているだけだった。


「中々粘りますね。人間が潰れる威力で二回も叩いてみましたが、二回とも立ち上がってくるとは………。今の一撃を耐えるとは驚きました。やっぱりその空気の鎧は面倒ですね。面倒臭がって、必要最低限の力で楽して倒そうとしたのが失敗でした。御器齧りを潰さずに殺そうとするのは、やはり難しいものですね」

御器齧りとは昔の言葉で、今でいう黒光りGを指す。

「ち、超ありがとうございます……と言っておいた方がよろしいでしょうかね?」

「いいえ、私は褒めている訳ではありません。むしろ……そうですね。この感情を言語化すれば、残念に思うのですよ」

「…………は?」

「言っている意味が解らないのですか? それとも頭を叩かれ過ぎて鼓膜が破れてしまったのですか? 違いますよね? 言った通りです。私は至極残念な気持ちでいっぱいなのですよ」


なぜ、七実は残念がっているのか、絹旗には解らなかった。
だが七実は絹旗の弱点……と言うよりも、苦情を述べた。


「叩かれ潰されようが、その妙な空気の鎧で致命傷を負わず、大怪我で済まして立ち上がってこれても、いざかかって来たかと思えば、両手両足をただブンブン振り回すだけ………。
大口を叩いてくるものですから、何を繰り出して来るかと思いきや、期待外れも良い所。
私は七花の技を盗んでやって来たと言うのを聞いて、この眼でも確認して、今まで潰してきた方々から比べれば、まぁ少しは楽しめそうな相手だと思っていたのですが……。
いざ蓋を開けてみたら、ただのろのろと鼻先に手先足先を掠めていくだけで、そこに洗練された動きは皆無。まるで幼子の暴力」

そして止めの最後の言葉はこれだった。

「まるでぶんぶんと耳元で飛び回って五月蠅い蚊のようです。絹旗さん、あなたは本当にやる気があるのですか?」


命を賭して戦っている人間に対しての感想は、あまりにも酷い物だった。
いや、それは七実があまりにも強すぎる為だろうが、今はそれは理由にならない。
ここは戦場。今は一対一で、疑似的で、縮小されているが、これは戦争だ。

戦争の全ては強者だ。強者こそが全てだ。


「御免なさい絹旗さん。私はあなたを勘違いしていました。いえ、過小評価ではありませんよ? 過大評価です。あなたを買いかぶり過ぎていました」


七実の表情の色が少し変わった。失望の色だ。


「何が虚刀流を盗んだ盗人ですか。あなたは、『虚刀流は何たるか』を知っているだけで『虚刀流の技そのもの』を盗む事すらできなかっただけの、物真似をしようとしたに過ぎない、ただの小娘です。そこに何の価値もありません」


『ああ、これが見かけ倒しと言う物なのね』と、七実は呟きながら面倒臭そうに溜息をついた。


「真庭蝙蝠さんや真庭狂犬さんと対峙した時や、先程の時は感心しました。ああ、この子はこの境地に達するまでどれほどの苦行を乗り越えてきたのだろう…と、羨む程に。まるで鋭き刀を突き付けられた様な錯覚にされされ、とても驚いたのですが……。どれも見かけ倒しだったのですね。
まぁ、奥義の一つ『鏡花水月』を五割か六割ほど習得したのは評価しますが、その他は落第点―――。あなたは七花を見てきて何を学んできたのですか?」


溜息をつく。この数分間で何回目だろう。

そして言い聞かせるように七実は、まるで子供に説教するかのように、言葉の堰を切った。


「虚刀流の技の一つや二つ、覚えてきたのではないのですか? 絹旗さん。答えてくださいな。『木蓮』は? 『桜桃』は? 『雛菊』は? 『牡丹』は? 『百合』は? 『桜』は?
絹旗さん、答えてください。
あなたはかつて七花と対戦し、敗北を知り、虚刀流をその眼で見て、その肌で感じ、七花と同等になりたいと願ったのでしょう?
だから『虚刀流の本質』を理解し、その身に模写する事が出来た。
ならばなぜ、先祖代々続く虚刀流の洗練された技という技も模写しないのですか? なぜその努力をしないのですか? なぜ死にもの狂いで、血を吐きながら自らをもっと鍛えないのですか?
十日で奥義を覚えられるのならば、技の一つや二つ、完璧に自分の物に出来ない訳がないでしょう」

「………ッ」


絹旗は七実が言っている事が理解できなかった。

なぜなら、自分がこの約十日間で『鈴蘭』と『鏡花水月』を習得するのが精一杯で、たった今、『柳緑花紅』を覚えようとしている最中であるからだ。

今の生活は、現代に慣れてきたとはいえ、家事が出来ない鑢七花と奇策士とがめの生活を(滝壺の助けがあるとしても)支えている。

また、七花とは朝から晩をフル活動させて組手をやっている。

もうすでに絹旗の生活は限界値。フルスロットルで、何とかやってきているのである。

そう反論した。だが、


「黙らっしゃい」


ぺしゃりと返された。

「では、なぜ奥義から手を出したのです? その他の小技を全てすっ飛ばして」

「それは……私が初めて超喰らった七花さんの技だからですよ。『鏡花水月』『柳緑花紅』……私は、この技を受けて七花さんに憧れて、超追いつきたいと思ったんです!」


心の訴えだった。本音だった。その言葉を聞いた時、七実は合点が言った顔をした。


「(ああ、なるほど、この子は………)」


訴える絹旗はその時、右斜めをチラリと見た。七花がその方向にいたからだ。
だから気づいていないだろう。七実はこの時、物凄く、安堵の表情を見せたのだ。すぐにそれは真顔に戻った。
そのまま絹旗は喋り続ける。


「学園都市は、七花さんやとがめさんが思っている以上に超恐ろしい場所です。逆鱗に触れればきっと一日で抹殺されるでしょう。それ位に強大な力を持っています。だから私は七花さんの背中を守れるよう、強くなりたいと――――

「はっ……駄目ね。やっぱり自分でも気づいていないなんて…」


だがそれを聞いた七実は軽蔑したように鼻で笑いながら、また溜息をついた。


「な、何にですか……」

「自分で自分の本心を言っておきながら、まだそれを勘違いをしているのですよ、小娘」


そして、七実は右手を絹旗に指し伸ばす様に上げた。

いや、『刺し伸ばす』と言った方がいいか。そのまま絹旗に向かって一瞬で詰め寄った。

刺し伸ばされた右手はそのまま貫手となって襲う。


「のわっ!?」


それを間一髪で回避する絹旗。だが、


「―――……痛ッ!」


右耳の半分が斬られた。鮮血が飛ぶ。耳を半分斬られた激痛が脳天に達する。


「がぁっ!!」


血が溢れる右耳を抑えながら絹旗は七実に離れようとバックステップで五歩ほど後退した。

七実はそれを追おうとはせず、見送る。

その代り、彼女にしては珍しく弱気な事を言った。


「確かにこの街は不思議な街です。子供が摩訶不思議な手品の様な能力を持ち、大人は強力な武器を幾つも揃えています。一人一人の力など、私からすれば蟻の様なものですが、一集団となれば、これほど巨大で恐ろしいものはありません。そして何よりこの街の闇は暗く、全く底がわからない」


耳の穴に血が入り込む。右耳はもうほとんど使えないが、風鈴の様な七実の声は左耳でよく聞き取れた。


「いずれ『出る杭は打たれる』と諺にある様に七花はこの街に押し潰されるかもしれません。奇策士さんの奇策も限界がやってくるでしょう。悔しいですが私も苦戦するかもしれません。だからあなたの様な人間が七花の助けになってくれると、非常に助かります。まぁ、あなたはここで死ぬ事になってますから、変な期待はしないでください」


そう言いながら、七実はサササッと素早く絹旗の方へ“歩く”。歩く動作にしか見えないのに、走っているよりも速かった。


「あなたの力など、最初から当てにしていません。最もそれ以前の話ですから、あなたの場合は―――」


絹旗はまた後退しようと足を後ろに動かす。だが、右足を上げたその時、七実が一瞬で目前に現れ、襟首を掴んできた。驚きの声を上げる。


「わっ」


悲鳴に似たそれをまるで不快な音だと言わんばかりに、七実は襟首を高く持ち上げる。

「私は先程まであなたは『七花の事が本当に好きなのだ』と思っていました。ですが、これを撤回します」

「えッ!? そ、そんな事を思って………………って、え、えぇ!?」

「なにか言いたそうな顔ですね。ならば訊きますが、絹旗さんは“本当に七花の事が好きなのですか?”」

「んなっ!?///」

「答えてください。私はあなたの口からしっかりと聴きたいのですよ。速く答えないと襟首から首に持ち替えて、くびり殺してしまいますよ?」


すると、七実が握る手の圧力が強くなった。


「ぐえっ!!」


悲鳴を上げると、その圧力が弱まる。脅しているのだ。言わなければ今度は首を握りつぶすぞと。

どうしようもなくなって、絹旗は顔を少し赤らませながら肯定した。


「私は、七花さんの事が……超好きですよ……///」ゴニョゴニョ…


ぼそぼそと七実にしか聞こえない声だった。小っ恥ずかしくなってますます顔が熱くなる。


「あらあら、顔を紅くして可愛らしい事」


と面白がる七実。


「ち、超ウルサイです!! し、し、七花さんに聞かれたらと思うと超恥ずかしくて死にそうなんですけど!! と言うか、なぜこの流れで超恋バナが発生するのか超わからないのですが。一体全体これが、超どうしたのですか!?」


真っ赤な顔で喧嘩腰になり乱暴な言い方で足をバタバタする絹旗に、七実は『そうですか』と返した。うんうんと頷く。そして間髪入れずに、


「ですが、人間の『好き』と言う言葉には様々な意味合いがあります。一つは『人として』。一つは『家族として』。一つは『友として』。一つは『仲間として』一つは『同僚にして』。一つは『上司にして』。そして


―――“『異性として』”」



声を低くして、小さく、呟くように、冷たい、ズシリと重さのある……様な気がした声で、訊いた。


「では絹旗さん。私は訊きたいのです。―――――――あなたは私の可愛い弟、鑢七花の事を“どのように好き”なのですか?」


「――――――はぁ!?」///


今度は何を訊くのかこの人は、ともっと顔を紅くする絹旗。ちらっと七花の方を見てみるが……。


(……う、さっきも超チラッと見てみましたが、やっぱりちょっと距離が遠くて表情が超伺えないですね………)

「ほら、さっさと答えなさい。こうしてあなたを持ち上げるのに結構疲れるのですよ。持ち上げるのが嫌になってしまって、本当にくびり殺しますよ?」


絹旗は見えなかった。七実の質問の意図が。何がしたい? これ以上恥を曝させて何が楽しいのか。


「ほら、さっさと言いなさいな」

「えっと……その……………………ゴニョゴニョゴニョ……」

「ほら、もっと大きな声で言わないと、聞こえないじゃないですか」


流石にカチンと来た絹旗はとうとう怒って、ムキになって怒鳴る。


「ええ、そォですよ。私は七花さンの事が超超超好きですよ。異性として! 男として! 雄としてェッ!! それがどォしたンですかッ!? 超何か悪いンですかッ!?」

「いえ、それを聞ければ結構です」


そう言って、七実は襟首を掴んでいる右手を放した。

絹旗は重力に逆らわずに落ち、着地する。

この会話は高性能マイクによって拾われ、ガラスの外の観客席に伝わるようになっている。

要は、満員の東京ドームのマウンドの上で『私の好きな人は◯◯◯◯ちゃんでーす!!』と大発言を行う様な、いわば公開処刑だ。

無論、七花の耳にも届いているに違いない。

年頃の少女なら、トラウマモノだろう。

そんな恥辱の極みを晒されたのだ。


「ゥォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


熱せられたヤカンの様にカンカンになった絹旗の顔で、回し蹴りを繰り出したのも無理はない。

だが、それは七実の左手で『ペチン』と上から叩かれる。


「チックショォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


だが絹旗はあきらめない。今度は左右の拳を握り、怒涛のラッシュを七実に喰らわせる。

十日前に七花と対戦した時とは見違える速度のラッシュだった。まるで槍衾(やりぶすま)の様だった。

しかしそれでも七実の体にダメージを負わせる事は出来ず、蠅の様に叩かれ、払われるのであった。

そして、七実は一歩もそこに動いていない。

今にも倒れてもおかしくない程のダメージを負い、それでも気力で拳を振るっている絹旗を嘲笑うかのようだった。

一応だが七花とそこそこ渡り合える程に成長した絹旗の拳の雨の中を平然と立っている。

例えるならそう、『突風が吹き荒れる嵐の中で平然と散歩する』様な光景だった。

その中で、七実は口を開く。


「あなたは言いました。七花の事が異性として好きだと」


絹旗はラッシュを止め、今度は跳び上がって上段蹴りを繰り出す。だがそれも払われる。体勢を崩されるも、絹旗は転がる様に受け身を取って七実の腹に掌底を放つ。

しかしそれは片手受け止められ、そのまま雑作も無く投げ飛ばされた。

華麗に地面に叩きつけられる。勿論、“コンクリートの床が巨大な鉄球が落ちてきたかと思うほどの強さで叩き割られる”威力だったので、窒素の膜を通して背中から全身へ衝撃が伝わり、痛みとなって全身を駆けずり回る。


「がァァッ!! ………こ、ンのォォオ!!」


それでも、絹旗は立ち上がった。

怒りとプライドがそうさせたのか、それとも自分が最初から持っている力なのか。

唯一わかるのは、七実にはもう『一発で命を奪う殺意』がなかったという事。生殺しにするつもりなのか。

絹旗が今度に繰り出したのは拳。虎をも一発で仕留める拳を振るってゆく。だが先程のラッシュが効かなかったのを見て分かる通り、七実にはそれが通じない。


「またそれですか。芸のない……」


とうとう飽きて来たのか、ついに七実が攻撃を始めた。

攻撃手段は純粋な動作一つだけ。


“平手打ち”


ただ、それのみであった。

平手打。

それは相手の頬を掌で叩く事。

芸人の軽いツッコミの様に軽い動作に見えたそれは、目に見えぬ速さだった。


バチィィンッッッ!!


と、聞いただけで背中じゅうから鳥肌が乱立する音が会場中に響き渡る。


「目を覚ましなさい」


七実の言葉は相変わらず冷たかった。

崩れ落ちる絹旗。

『痛い』を通り越して『痺れる』感覚を頬に感じながら、地面を転がる。


「―――――~~~~~~ッッッッ!!!」


彼女の左頬は通常の平手打ちの症状である真っ赤や真っ青を通り越した色になっていた。


「がァァァ………ッッ!!」


声にならない声を発しながら痛みに堪えるも、その痛みは想像を絶するものだった。

それもそのはず。皮膚の痛みとは、内臓や筋肉、脳のダメージと比べて非常に痛みを感じやすい。と言うよりも痛みを強く感じるようにできている。

護身術で一番手っ取り早いのは投げ技でも絞め技でも急所を打つ事でもない。

“皮膚に平手打ちする”。

そうすれば、力が強ければ強いほど、大の大人でも痛がって動きを止める。

威力こそは、ただの女子供の護身術故に弱々しいし、相手の動きを止まらせるのに手一杯だろう。だが使用者は鑢七実と言うだけで話はがらりと変わる。

知っての通り七実の筋力は凍空一族の怪力そのものである。その怪力の1割程度だが絹旗にとっては驚異的。普通の人間なら首が豆腐の様に吹っ飛んでいただろう威力。

七実は怪力だけで窒素の膜を破り、直接皮膚に叩き込んだのだ。


「蚊の様に鬱陶しいので、蚊の様に叩いてみました」


と、七実は言ってから転がる絹旗の髪を掴んで持ち上げる。


「ァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


頭皮を引っ張られる激痛で絶叫する絹旗。

それを無視して七実は絹旗を200m先のガラスの壁に叩きつける。新幹線とほぼ同じ速度で空間を突っ切り、ガラスに大きなヒビを割らせて激突した。

背中から何かが圧し折れる音が複数回重なるのがしっかりと耳に入ってきた。

直後、腹の底から何かが這い出てくる感覚が起こる。


「ボフッ……ガハッ!!」


大量の血を噴水の様に吐き出す。


「(ち、超、や、バイ、背中の骨…肋骨が超、一気に持ってかれた………?」


崩れ落ちそうになった。気が遠くなる。

「(これで終わるのか? ……超嫌だ、まだ終わりたくないッ!!)」


だが地面が一気に大きくなる。倒れた。―――と、思ったとき、白い足袋と黒い下駄が目の前に現れた。


「終わりたくないと思っているのなら、お望み通りに」


鼻っ面を蹴られた。

鼻骨が折れ曲がる音が耳に届くと思ったら、今度は腹だった。もう一度ガラスの壁に叩きつけられた。

そしてそのまま七実は首を絞めて殺そうと、右手を伸ばす。そこを絹旗は見逃さなかった。


「……こ、のォッ!!」


その右手を掴んだのだ。そのまま懐へ突進し、七実の手を引っ張ってタックルする。

かつて、油断した七花に喰らわせた一発だった。もっとも、七花には通用しなかったから七実にも通用するとは思えなかったが、それでもこの手しかなかった。

―――負けてはいられない。負けてたまるか。

その一心だった。


「超吹っ飛べェッ!!」


その時、肩に『とんっ』と軽く何かが触ったかと思ったら、目の前から七実が消えていた。


「―――ッ!」


違う。七実は絹旗が引いた手に逆らわず、肩に手をついて、絹旗をいなして後ろに回った。

まるで真っ直ぐ突っ込んでくる猛牛をひらりと躱す闘牛士だった。

七実は着地する前に、絹旗の尻を軽く蹴る。ポンッと叩いた動作だったが、面白い様に絹旗の体が床の上を転がって行った。

無様な姿だった。

小さくて可愛らしかった顔を血で真っ赤に染め、鼻を凹ませながら鼻血を垂れ流しながら、歯が抜けた口から荒い息をする。

精も根も使い果たした。腕はもう動かず、足はちっとも前に進んじゃんくれない。頭も血が足りないのかボーッとしている。

満身創痍だった。

防戦一方と言うレベルの話を超えている。もはや虎に弄ばれる鼠だった。

だが、それでも絹旗の眼には闘志が消えてなかった。

千切れそうな四肢に鞭を打ち、離脱しそうになる意識を引っ張り込み、そうしてやっとここに立っている。

それが限界だろう。否、限界をとうに超えている。

それでも絹旗は諦めない。


「はぁ……哀れね」


そう、漆黒の僧衣を着込む虎は鼠に、


「絹旗さん。あなたは決定的に勘違いしている点があります」

「ゼェ…ゼェ…ゼェ…な゛、何で……ずが………」


喉に血が溜まっていて声が掠れる。


「あなたが七花に抱いている恋心についてです。ずっと考えていたのですよ。先程はっきりしましたが」

「………?」

さっきの恋バナの続きか。

どうしてここまでそれを長引かせるのだ、七実は。


「まぁ、聞いてくださいな」


と、七実は言う。


「私の能力を知っていますよね? そう、見稽古です。どんな熟練した技でも、どんなに習得が困難な術でも、一回見ただけで全てを理解でき、二回見ただけで完全に自分の物に出来る。―――自分でも言うのがなんですが、卑怯にも程があり、人の身に余る能力です。
昨日、ある人からある能力を貰いました。それは、『相手の心理状態を読み取る能力』。『心情感知(ぷりぐらふぁー)』と呼ぶものらしいのです。
それで実験代わりに先程、あなたの心理状態を読み取らせてもらいました。
あなたは言いましたよね。『七花が異性として好き』だと。ですが、私が感じたものとは“少しだけ違和感があったのです”」

「―――違和感…。ッ! ~~~~~ッッ!!」


喋ったら激痛が襲った。思わず腹を抑えた。


「あ、無理に喋ろうとはしない方がいいですよ。あなたは今、肋骨を五本ほど骨折していて、その内二本が胃と腸と肺に刺さっているので。喋ろうとすると早死にしますよ。いいのですか? いえ、悪いのでしょうね」


『絹旗最愛が鑢七花に対する恋心についての違和感』

そんなものなど、あるのだろうか。

七実がそう言うに違いないが、絹旗には信じがたかった。

確かに七実の見稽古は『相手の能力を自分の物にする』ものだが、副作用として『相手の能力・身体の動きや異常を察知する』事が出来る。

そこに『心情感知』が備わったのであれば、七実は相手の情報を心身ともに相手の情報を掌握する事が出来る存在になったという事になる。

人の心を読み、圧倒的な力で死者の魂を『極楽』と『地獄』に向かわせる閻魔大王を連想した。

七実が言うからには、違和感があるのだろう。

だが、絹旗はそれを否定した。


「そ、ンなモン、超ある訳がないじゃないですか………ガハッ!」


絹旗は吐血をしながらの虫の息を繰り返す。
全く息を切らすどころか汗一つ出さずにを七実は反論する。

「いいえ、違和感だらけですよ。まるで贋作を見ているかのような気分です」


そう言えば七実はさっきから遠回りな言い回しでそう言っている。霧か靄でも掛けているのか。
それがじれったくなり、絹旗はとうとう我慢ならなくなった。


「超いい加減にしてくださいッッッ!! さっきから何が言いたいのですか!? 私が七花さんを見ているのに超嫉妬しているのですか!?」


激痛に耐え、喉に絡む血で詰まらせながらも叫ぶ。それを冷たく七実は、


「まだわからないのですか。………まったく」

「超わかりませんよ。あなたの言い方じゃあ、100人いても」

「では根本的な話に進みましょう」


七実はまた溜息をつく。そして、キッと絹旗を真面目な顔で見つめた。



「絹旗さん。あなたが七花に対する恋心は――――――――――――――いったい、どこからやって来たものなのですか?」



「え?」


絹旗はキョトンとした。


「え? ではありませんよ。先程仰ったではありませんか。『私は「鏡花水月」と「柳緑花紅」を受けて七花に憧れて、追いつきたいと思った』と。故に好きなのだと。恋しているのだと。間違いはありませんね?」

「…………」


黙っているという事は、肯定なのだろう。

七実は続ける。


「まぁ、それは実に綺麗な事なのでしょう。一度敗れた相手に感銘を受け、師と仰ぎ、その師から教えを授かって努力して名を馳せるまで成長する……。もしもそれが男女の間ならば、後々に愛が芽生えるかもしれないでしょう。まるで絵巻や昔話に出てきそうな美しいお話です。ですが……絹旗さん、私は気になって仕方ないのですよ」

「なにを、ですか」

「愛だの恋だのと云々物議を醸すそれ以前の問題だという事です。それを今から教えてあげるのですよ。お馬鹿なあなたに、私が実に簡単な欠陥を一言で――――」


絹旗最愛は言った。

『ええ、そォですよ。私は七花さンの事が超超超好きですよ。異性として!』

『「鏡花水月」「柳緑花紅」……私は、この技を受けて七花さんに憧れて、超追いつきたいと思ったんです』

と―――。

確かに大きな声で、恥を忍んで叫んだ。証人はこのスタジアムにいる総勢13万4623人の、息を潜んで戦いを見守る大観衆。

鑢七実27歳と絹旗最愛13歳の戦いを見守っていた。


―――さて、13歳と言えば、まさに思春期の扉を開き始めた頃である。

恋を知ったり知りたがんだり、性に驚いたり悩んだりする時期である。

読者諸君ら、君たちの初恋はいつだったか覚えているだろうか。因みに私は覚えていない。嫌な思い出と共に夕日に向かって投げ捨てたからだ。

初恋を抱くのは、普通の子供は早くて男女の違いに気付く小学校中学年~高学年、遅くて性に目覚める中学二年生あたりだと私は思う。


だが絹旗は普通ではない。

捨て子として学園都市の施設で育ち、幼い頃はモルモットと同等の価値を受けて過酷な人体実験の数々を受けてきた。死を間近に感じて生きてきた。それは今と変わらない。

だからこそ人殺しをいくらしても精神が壊れる事が無かったのかもしれない。価値観が人とは異なっているからだ。

絹旗と言う少女は、ぱっと見る限りでは、人殺し以外なら、普通に女友達とお喋りをし、映画を見て回るのが趣味の普通の女の子だろう。

だが、誰も過去を歪ませることが出来ないように、彼女の幼少期は真っ白の研究室の中だったのを変える事は出来ない。

父の胸に抱かれたことが無く、母の乳を飲んだことが無く、人の愛情を受けられなかった人間に、『愛情』とは何かと訊いても絶対に答えられない。

『愛情』を知らないからだ。

そんな人間が恐れ多くも『恋』を知っている訳が無い。

時に甘く、時に酸っぱい、夏みかんの様な、あの麗しい『愛情』を理解できる訳がない。


“刀としてしか育てられなかった鑢七花が、奇策士とがめに『愛情』を向けるようになるのに、十ヶ月も要したように”


愛され、愛を向けられて、愛を知ると言うのならば話は分かる。

だが、愛を知らずに、愛ならざるモノを愛と評してそれを語るのは道理が成り立たないのだ。


さて、では絹旗最愛が鑢七花に抱いている、あの心の衝動は、一体全体何者なのだろう。


それは、たった一言で片付けられた。

鑢七花の実の姉、鑢七実の声によって。





「絹旗さん。あなたが七花に抱いている感情は『恋心』とも『愛情』とも呼ばれるものではなく―――――――――――――――」

















































「……………ただの『憧れ』と言うものではありませんか?」






























「―――――――――――――――――――――――――――――――――…………………………………………ぇ?」



絹旗はその言葉の意味を一瞬見失った。目が点となる。

『あこがれ』とは、昔のフランス映画の題名でも、玉置浩二のアルバム名でもない。

憧れとは、ある対象を羨望し、切望する事である。それ以上でも以下でもない。

『自分もあの人の様になりたい』

これが憧れである。

七実は付け加える様に、


「あなたはただ『七花の様になりたい』と願っていただけです。それは『七花に恋心を抱いている』と言う感情ではありません」

「で、でも……」

「間違いありませんよ? 何せ“この私が見たのですから”。あなたはただ、“『憧れ』を『恋』と錯覚していただけ”なのです」

「そ……んな…………」


この時、ようやく絹旗の闘志が、息を吹きかけられた蝋燭の様に一瞬途切れた。

だが絹旗は有り得ない顔をして反論する。


「そんなの、何でわかるんですか!?」

「わかるんですよ。生憎と、そんな目なのですから、この目は」


七実はそう返した。


「私が言うのもなんですが、人の心を持ちそこなった人間もどきが、よくもまぁ人の弟に『恋をしている』と言えるものですね」

「違うッ! 私は超本当に!!」

「全ては幻想です。この右手で打ち殺せそうな」


ヒステリックに訴える絹旗を右手で抑えて、七実はぴしゃりと黙らせた。


「あなたは、奥義を二つも受け、人を殺す事にきちんとした覚悟を持って取り込み、自分の為ではなく本当の意味で誰かの為だけにそれを使う……そんな七花に『憧れ』を抱きました。だからあなたは自分もあの子の様になりたいと願っただけのことです」


TVでプロ野球中継を見て子供が『ボクも広島の栗原の様なプロ野球選手になる!』と言いだして野球を始めるのに過ぎない。


「もっと突き詰めるなら、理由は至極簡単。七花と同等の力を得たい? 七花の背中を守りたい? 笑わせないでください」


段々、絹旗の視界が狭くなっていった気がした。七実を中心に、消えてゆく。いや、七実が大きくなっていっているのか。それほど、七実の存在感が凄まじかった。そしてその口がゆっくりと動く。


「“あなたは七花の近くに行きたかっただけ”でしょう」

「………………」


本心が暴かれる。

身に覚えのない。が、どこかで覚えがある、本心。潜在意識のどこかで確かにある、本音。

それらが、隅を突かれれば突かれるほど、溜まった埃の様に出てくる。

そして心と脳をチクチクと針の様に刺してくるのだ。感情が穿り返され、ひっくり返される。

嘘だと信じたくなる。嘘だとすがりたくなる気分になる。

とうとう絹旗は、自分の気持ちがわからなくなり、本当に七実の言う通りなのではないかと、疑ってしまった。


自分の七花に対する感情が、自分が七花に抱く世界が、ただの『憧れ』のみで構築されていたのか? と。




なぜ暴かれるまで、言ってきかされるまで、わからなかったのか。気付かなかったのか。

錯覚していたのだ。わからない様、気付かない様。憧れを恋と勘違いして―――。


「先日、『てれび』とか言うので『あいどる』とか名乗る男が奇妙な歌と踊りをしていました。黄色い奇声を上げ汚く騒ぐ大勢の女性たちの前で」

「なにが、言いたいのですか…………」

「あなたもそれと同じなのですよ。きゃーきゃーと奇声を発して騒ぐあの、『格好良いから近づきたい』『恰好良いから好きだ』と“偽物の愛情”を注ぐ狂人たちとほとんど変わりないのです」


心が、剥がれてゆく。


「あなたはただの、度し難いほどに馬鹿な小娘に過ぎなかったのですよ――――――愛も恋も知らない餓鬼です」


メッキが剥がされるように、絹旗の心の“何か”がボロボロと崩れ落ちた。




―――――世界が殺されてゆく。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

滝壺理后は堪えていた。ガラスの中の戦いで、最強の敵に傷つけられる友の姿を見るのを、口を覆い隠し、目を絶対に閉じずに、じっと堪えていた。


『あなたはただの、度し難いほどに馬鹿な小娘に過ぎなかったのですよ――――――愛も恋も知らない餓鬼です』


七実は冷たくそう言った。

体をボロボロになるまで痛めつけられた上でのその発言。

まるで、絹旗最愛の何もかもを“否定”する様な口ぶりだった。

“偽物”だったから、持ち主がどれほど今まで大事に持っていたモノを情け容赦なく金槌で叩き割る風に思えた。

―――体も心も、何もかもを破壊しているのか。あの魔王は。


「(そんな、筈はない……と、思う)」


滝壷は、絹旗に対する七実の発言に疑問に思った。


「(きぬはたの表情は、まぎれもなく七花さんに恋するそれだった。だから、絶対に偽物である訳がない)」


今は姿を現さない親友の顔を思い出す。


「(えいりだって、全然疑っていなかった。恋愛とかそう言うのに詳しいえいりも、疑わなかった)」


笹斑瑛理とは暗部組織アイテムの下部組織の人間で、よくアイテムのメンバーの身の回りの世話をしてくれる存在であり、滝壺の親友でもある。

彼女は男性との経験を全く持たない滝壺とは正反対の人間だ。そんな笹斑も、ほとんど言ってこなかった。

殺しを生業とするアイテムの為に、笹斑は調査から潜入までやってくれる。例えそれが自分を穢し続ける穢れ役だとしても。滝壺は大変感謝していて、尊敬していた。

また、笹斑は恋愛経験が豊富だ。よく任務の他にも恋人(男女問わず)の話を聞かされる。

笹斑のそれは、ならアイテムのメンバー全員の分を足しても足元にも及ばない。

そんな彼女が、世話好きの性格からして、絹旗の恋心が根本的壊滅状態であるなら注意もしくは警告しない筈がない。


「(でも………)」


だが、疑問が無いと言うその感情にも、喉に引っ掛かった魚の骨の様な感情が残る。




―――違和感はあった。




滝壷はアイテムのメンバーの性格をよく知っている。趣味趣向・好きな食べ物・洋服のセンス……etc.

そんなデーターベースの中で、滝壷は絹旗の性格をこう分析していたのを思い出す。


『人使いが荒いが面倒見がよく、他人に依存しやすい寂しがり屋である』―――と。


「――――……………ッッ!」


それが頭に浮かんだ時、喉が干上がった。


最近、絹旗最愛には誰かに依存したりする場面がなかった。ジェラシーを感じる事はあっても寂しがる様子も無かった。

人使いも荒くなく、持っている面倒見の良さで自分から率先して七花ととがめの世話をしていた。

絹旗の性格は『①人使いが荒い』『②面倒見がよい』『③他人に依存しやすい』『④寂しがり屋』。

滝壷は見逃していたのだ。

面倒見がよい性格が強く出てしまっていて、塗り潰す様に他の三つの性格が消えてしまっていた事を。


「(もしかして、きぬはたは……)」


それを滝壺はあろうことか、負の性格が“治った”と勘違いしていたのかもしれない。いや、錯覚していたのかもしれない。

馬鹿な思考だ。人の性格などそんな事では改変される訳がない。

もしもそれが出来るのならば、鑢七実は今頃聖人君子だ。


「(きぬはたは……)」


負の性格は、面倒見の良さに見え隠れしていたのだ。

それは単純で、すぐにひっくり返せば見つかる話だった。


自らを荒く使って慣れぬ家事をし始め、

とがめにばかり目が行く七花の気を持ってこさせようと、寂しがる心を紛らわせる様に必死で今日まで戦ってきたのではないだろうか?


そして、


――――――鑢七花に恋をしていると言う感情に、恋をしている自分に、依存していただけなのではないだろうか?




絹旗の性格は、昔からちっとも変っていない。

絹旗は“最初っから七花の事を恋愛対象として見ておらず、恋愛をしている自分自身に惚れていた”に過ぎないのではないだろうか。


「きぬはた………」


気付いてしまった。

なぜ、今頃になって気付いてしまうのだろう。何故もっと早く気付いてあげなかったのだろう。

―――でも、気付いていたとして、絹旗に教えてあげる事が出来たのだろうか?

もしも、口に出してしまっていたら……。


「あ、あ…ぁ………」


いずれにせよ今は、滝壷はここで絹旗を見る事しかできない。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―――世界が殺されてゆく。


自分の心を覗かれ、今の生き甲斐を一切合財を全て否定され、心の中で七花の笑顔が鏡を割ったかのようにバラバラに破壊される。

七花の欠片が地面に落ちる様な、そんな風景が連想した。

いや、違う。そうではない。と、必死に掻き集めようとする自分も、連想された。


世界が殺されてゆく。

駆逐されてゆく。雑草が抜かれるように。


「――――――…………………ッッッ!!」


もう途中から思考がショートしていたのだろう。

頭を抱え、震えながら、それでも自身の中で葛藤を続けるのだろう。二つの感情が心の中で綱引きをしている。

気が付くと涙があふれていた。

血でいっぱいになった顔に透明な筋が二つ流れる。


「やっぱり、そうだったのね」


そんな中、七実が息をついた。やっと気付いたのかと哀れむ顔で。


「………そんな、筈がない。そんなの、超有り得ません」


絹旗は小さな声でボソボソと逆らう。

だが予想していたのか、七実が絹旗が反論を言い終わる前にそれを叩き潰した。


「だったら、なぜ激怒しないのですか? 自分の心を否定され、蔑ろにされて、怒らない人間はいませんよ。絹旗さん、あなたはもしかして、実は元から気付いていたのではありませんか? 無意識に隠していただけで、無意識に知らないふりをしてただけで、実は知っていて、実は知らないふりをしていた。無意識に。だから自分でも気付かなかった。気付こうとしなかった。違います?」

「……………」

「否定しないのですね」


透明なそれは頬の血を吸い、朱に染まって顎から床に落ちる。

世界が殺されてゆく。蹂躙され、踏みにじられる。そして無が訪れた。




目の前に、一人の少女が現れた。

その少女の歳は自分と同じくらいだった。髪の色も自分と同じ栗色。髪型もショートヘアーで自分と同じだった。

今と同じ服を着ていて、自分と同じボロボロの恰好で目の前に立っていた。

自分が現れたのだ。

幻想だという事はすぐに分かった。妄想だと気付くわけが無かった。

だが、それが自分の本心だと気付くのには時間が掛かった。



『本当に、あなたは超七花さんの事が好きなのですか?』


と、少女は自分と同じ声で問う。

我ながら綺麗な声をしているものだと思った。

だが、目の前の少女は真顔で……無表情で問うてきた。

そしてもう一度、


『本当に、あなたは超七花さんの事が好きなのですか?』


と問うた。
次の瞬間、目の前の少女の姿がぶれた。陽炎の様に。二人の少女が問うた。


『『本当に、あなたは超七花さんの事が好きなのですか?』』


すると、今度は二人の少女がまた増えた。

二人が四人になり、四人が八人、八人が十六人と倍々に増えていき、自分を囲んだ。

そしてひっきりなしに質問を投げかけてくるのだ。まるで、節分の豆まきの様に。彼女らが豆をまき、自分が鬼となって。


『『本当に、あなたは超七花さんの事が好きなのですか?』』

『『『『本当に、あなたは超七花さんの事を憧れているだけなのですか?』』』』

『『『『『『『『本当に、あなたは超七花さんの事を敬っているのですか?』』』』』』』』

『『『『『『『『『『『『『『『『本当に、あなたは超七花さんの事に近づきたいだけなのですか?』』』』』』』』』』』』』』』』

『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『本当に、あなたは超七花さんの事を愛したいと思っているのですか?』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』

『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『本当に、あなたは超七花さんの事で何でも許せるのですか?』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』

『本当に、あなたは超七花さんの事を『『本当に、あなたは超七花さんの事を『本当に、あなたは超七花さんの事を『本当に、あなたは超七花さんの事を『本当に、あなたは超七花さんの事を『本当に、あなたは超七花さんの事を『本当に、あなたは超七花さんの『本当に、あなたは超七花さんの『本当に、あなたは超七花さんの『本当に、あなたは超『本当に、あなたは超『本当に、あなたは『本当に、あなたは『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当に、『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本当『本『本『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。



『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『本当に、あなたは超七花さんに恋しているのでですか?』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』






世界が殺されてゆく。

絹旗のアイデンテティが崩壊する。

自分自身を否定され、それを肯定し、それを抵抗し、それに挟まれ、それにせめぎ合い、それ故に目の前が真っ暗になった。

思わず耳を塞ぐ。

だが、耳をどう塞いでも声が頭の中に木霊してやまなかった。

その声が心を殴る様に破壊し続け、心が砕かれた石の様に細かくなり、砂となってしまう。

それが永遠に続けられる思いだった。砂漠の砂の様だった。

夜の帳よりも、闇の海よりも、暗い暗い、黒の砂の粒達が迫ってくる。

真っ暗な砂漠が徐々に徐々にアイデンテティを飲み込んでゆく。

心の砂漠化だった。

自分の心も、感情も、『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』さえも、砂漠は飲み込もうとする。

足を絡められ、腰が埋まり、腹を喰われ、肩まで浸かされ、頭が沈み、這い出ようと必死にもがき続けた腕が動かなくなり、そしてとうとう指先まで飲み込まれた。もう、どうしようもない。

息が出来なくなった。


「……………~~~~~~~~~~~~~~ッッッッ!!」


ガクンッと、膝が崩れる。

涙は枯れてしまった。代わりに、息の吸い過ぎで過呼吸になった。
正常に呼吸ができず、苦しみだけが絹旗を襲った。それだけではない。今まで気力と根性で押さえてきた体中のダメージが一気に押し寄せてきた。
折れた肋骨が肺などの臓器に刺さっている。口から血が溢れでた。
虚ろな目が七実の下駄を見つめる。
そしてとうとう意識は遠のき、絹旗は倒れた。



「……………メッキに包まれていたのは、ただの木偶。他愛のない事ね」


自問自答の行きつく先は、虚無なる自己。

自分を否定しながら肯定し、否定し続けてそれを肯定し続ければ、それは自己を殺す事だ。

自分を殺し尽くせば、残るのは心がなくなった人間の形に非常に似た人形にしかならないのだ。


はぁ……と、今日一番大きなため息をつく。

動かなくなった絹旗に歩み寄った。

人形の様に呆然としている絹旗になど、もう見ていない。独り言を呟くだけだ。絹旗に向けての、独り言を。


「食蜂操祈さん……だったかしら。あの方が能力を使っている場面を一回だけ、しかもほんの一瞬だけ目撃したことがあったから、実験代わりにどんなものなのか使ってみたのだけど……。いかんせん、加減がわからないようね。昨日対戦した幻覚使いの方のやり方を参考にしてみたけど、やっぱり駄目ね」


『えっと……なんて名前の方だったかしら』と記憶を巡らませてみるが、駄目だった。雑魚の名前を覚える程、七実は偉くない。


「しかし、ちょっと弱い幻覚を見せてしまっただけで、ここまで精神を追い込んでしまうなんて…。ちょっと大人げなかった気もするけど……。まぁ、いいかしら。いいえ、悪いのかしら」


すると七実はある行動をした。絹旗の首を掴んだと思ったら、払う様に手を動かし、絹旗を投げたのだ。

剛速球で投げられた意識のない絹旗はガラスの壁に激突した。そのまま壁にゴムが激突する音が、背筋を凍らせた。

そのまま七実は絹旗が飛んで行った方向へと足を進める。

いったいどこへ彼女は向かうのだろう。

一つしかない。

鑢七花の目前だ。


「聞こえているんでしょう? 今までの会話も、この声も」


鑢七実はガラスの壁の向こう側にいる、可愛い可愛い弟、愛おしく恋しい弟の目前に立ち止まる。


「久しぶりね七花。私を殺してくれた時以来かしら」


その時、七花の唇が、


『姉ちゃん……』


と動く。

唇の動きで言葉がわかる七実は愛おしい様ににっこりと笑った。


「ああ、可愛い弟。愛おしい弟。恋しい弟。久しぶりね。この壁を壊してすぐに七花の声が聴きたいわ。―――――でも、その前に…」

『…………』


七実は足元に転がる紅い雑巾を蹴り上げ、ガラスに、七花に叩きつけた。

バカッ!

と、透明な壁に肉がぶつかる痛々しい音がまたする。

絹旗だ。

絹旗の体がガラスから落ちる。

赤い血がべったりとガラスに、筆を叩きつけた様に付き、真っ直ぐ下に引っ張る様に赤い線が続く。

線の一番下には、自身の血で真っ赤に染まった絹旗の姿があった。いや、これは本当にあの元気いっぱいの絹旗最愛なのか? と疑ってしまうほど、激変してしまっていた様だった。

『きぬはた!! きぬはたぁ!!』

『起きなさいよ!! ねぇ、絹旗ッッ!!』


ガラスの向こうで、二人の少女が泣き叫びながらガラスを叩く。だがいくら叩いたって、絹旗の意識は戻る事は無い。


「馬鹿な娘……」

『姉ちゃん…ッ!』


七花は怒りに燃えた。

プルプルと肩を震わせ、髪を逆立たせて、鬼の見幕で睨みつける。


『やりすぎだ……ッ!』

「やり過ぎも何も、これが私の正常運転よ、七花。それに、剣士である私の目前にこの小汚い小娘が立ちふさがるのなら、斬って捨てるのが道理ってものでしょう。そこを勘違いしてもらっては困るわ」


それに、と七実は付け足す。


「この子は曲がりなりにも剣士よ? 盗品の刀を振り回す悪党だけど、刀を持っている以上、剣士は剣士。……七花、私、何か間違っているかしら?」

『…………ッッ!!』


ぐうの声も出なかった。

昨日、一昨日と誰かが言っていたじゃないか。『これは戦争なのだ』と。

もっとも七花は、こうなってしまった七実はもう何も聞いてくれないという事を良く知っている。

七実は転がる絹旗を見下し、


「まったく、七花も不幸な子ね。こんな小娘に執拗に追い回されて」


背中を足で踏んづけた。

メキッ! と背骨が軋む音がする。

七花は思わず叫ぶ。


『やめろっ!!』

「やめないわ。だって、あなたには反省してもらわないといけないから」

『絹旗に虚刀流の奥義を盗まれた事か……? いいじゃねえか! それくらい!!』

「それくらい? それは聞き捨てに出来ないわ。あなた、その一言で虚刀流当主失格よ」


七実の声が低くなった。


「七花。あなた、六代目である父さんや五代目の五幹以降のご先祖様の血みどろの『努力』を“否定”したのですよ?」

『そこまで言ってねぇ! 俺はただ、絹旗が俺の真似をするぐらい良いんじゃないかって言ってんだ!』

「………この泥棒を庇うのも大概にしなさい!!」

『………!』


七実の叱責に七花の体が硬直した。


「また子供の頃の様に生爪を剥がされるような思いがしたくないのなら、もう黙っていなさい………」


久しぶりだった。いつ以来だろう。姉の本気の怒り顔を見たのは。汗が全身から溢れ出る。

その様子を見ていたとがめは、七花の後ろから前に出てくる。

『そう怒ってやるな七実よ』
「あらとがめさん。ご無沙汰してます。……なかなか似合ってるじゃないですか」
『この髪型の事なら黙ってくれ。貴様がばっさり切り落としてくれたおかげで、余計に幼く見えてしまったではないか』

「女性にとって、自分が若く見える事は幸福だと言うそうではありませんか。なら良いではありませんか。いえ、……」

『いや、悪いよ。「悪いのかしら」ではなく』

「………人の口癖をあまり先取りしないでください」

『それより、話を戻していいか』

「ええ、いいですよ。何の話でしたっけ? 泥棒退治がやり過ぎた件でしょうか。それなら謝る事は出来ませんよ? 罪は罰せなければなりません」

『ああ、絹旗は絹旗で、自ら貴様を倒そうとした。その結果がこれだ。私は何も言わんよ。これが絹旗が望んだ行為の結果だからだ』

とがめは続ける。

『ただ、私はこれだけは言いたい。七実よ。この娘に止めを刺すのには、まだ早いのではないか?』

「………何が言いたいのでしょう。これは戦いです。どちらかが死なない限り止まりません」

『そうでもないさ。どちらも生き残る戦いもある。そなたが死んだ後に学んだ事だ。決着がつかない終わりもある』

「しかしそうは問屋が降ろしません。それは軍師や将の哲学です。ただの一剣士である私の哲学にはありません」

『七実よ。だが、天と地の狭間にはそなたの哲学では夢見ることもできないような物事がいっぱいあるのだよ』

『とがめ……何を?』

七花は不思議な顔をした。

ピクリとも動かない一人の少女を見て、泣いてうずくまってその少女に叫び続ける二人の少女を見て。

そして、一旦息を吸って、こう言った。

『絹旗を助けてくれまいか』

無理な相談だろう。七実はそのままを伝えた。

「無理な相談ですね」

『そう言うと思ったよ。だが、『努力』に憧れと尊敬を持つ貴様だ。努力する若い芽を摘んでしまうのは、いささか気が進まんだろう』

「いいえ、とがめさん。この子は努力なんてしてませんよ。この十日間で奥義一つを殆どものにしたのに、その他の技を一つも習得しなかったのは、怠けているとしか思えません。それに、舐めているとしか考えられません」

『馬鹿言え。それでも虚刀流の基礎も基本も素っ飛ばして、いきなり奥義を習得したというのは凄い事ではないか。そこは虚刀流当主の七花も認めておる。十分に才能がある。努力すればさらに強くなれる筈だ。なぁ七花』

『あ、ああ、俺も意外だったよ。まさか「鏡花水月」をあそこまで完成させてくるとはな』

『子供の成長速度は凄まじいという事だ。いずれ順調に成長すれば、七花よりも強い剣士になるのではないか? もしかすると、そなたにも匹敵するかもしれん』


まさか、そんなはずはない……。と、七実も七花も思った。だが、この十日の成長スピードを見てみると、五年十年先がわからなくなってくる。


「なるほど。七花はともかく、数多の剣客を見てきたとがめさんが言うのでしたら、そうなのでしょうね。そこは認めましょう。ですが、それだからと言って盗みを働いた罰は、関係ありません」

『そこでだ。絹旗の代わりに、私が責任を持つと言うのはどうだろうか?』

「…………ほう」

『とがめ…? ………はっ』

七花は真下にいるとがめの言葉の先を読んでしまった。

『まさか………やめろとがめ!』

『七花』

とがめは七花の腹を手で抑える。こちらに向いてくれない。ただ七実だけを見ていたから、顔は伺えなかった。だが、その声は今までで一番緊張感があるそれだった。


『絹旗の命だけは助けてくれ。責任は私がとる』
「それは………“代わりに私に斬られる”という事でよろしいですね」
『結構だ』

即答だった。とがめは一つ深呼吸して、笑って見せた。

『敗戦の将は全ての責任を取る必要がある』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今宵はここまでです。ダラダラ長々とただ長いだけの糞文章を読んでいただき、有難う御座いました。
ちょっと読み難い所は失敗です。申し訳ございません。
あと、好きとか恋とか愛とかロマンスとか、そんなの経験皆無ですから、全て想像です。フィクションです。マジで捉える事はありませんので、悪しからず。

そうそう、小学校の時、クラスの中心になっていた奴に『好きな奴言えよ』としつこく聞かれ、しょうがなく言ったら、クラス全員が(好きな子も)いる教室で、大声で発表されたのがトラウマです。

今日まで、好きな人は絶対に他人には言わない様に生きてきました。
つーか、トラウマが原因でそれ以降恋などできていません。だから未だに童貞なのですねわかります。


最後に、今年も刀語×禁書SSをよろしくお願いいたします。
なんとか完走出来たらいいなぁと思いますが、全編完結させるのに一体、何年、いや十何年かかるのかわかったもんじゃありませんが。ハハッ。
まぁ、何とかついて来てくれれば、本当に有難いです。

今年の抱負は………まぁとりあえず、pixivに漫画かイラストが描かれていたら、良いなぁってくらいです。

「それ、抱負じゃなくて願望じゃん」

私の座右の銘は他力本願です。

ではお休みなさい。

おお!久々に来たら更新されてた!超乙です!

あまり自分を卑下しなさんな。
SSは面白いし、この調子で行けばきっと完走できますよ。
内容は深いし、本当に良く出来たSSだと思います。
応援してます!

上やんとあわきんのイチャラヴはマダ~?

pixivとかに投稿〉
それはだれか投稿してくれないかなーチラッってことなのかな

だが生憎iPhoneでの写真の張りかたを知らないんだぜ
だれか張り方教えてください

引っかかる部分も在るが…細かい事はいっかwwwwww
乙っした!



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              ./  ,―――‐- ._` .
             /)  ./  /  /  ``\
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   /     i f ,.r='"-‐'つイ._T_i`   .r≦lハ!|`` ^^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
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    /   ,i   ,二ニ⊃l |' ' '  ,‐- ..__゙ー' .!l .|   
   /    ノ    i l゙フ..,!l .ト、  l  `,!   .ハ.!  
      ,イ「ト、  ,! ,!|.../_| |l: > .ヽ.. ィ <l   l|  


禁書も刀語も大好きだから支援!

復活した垣根帝督の力が凄まじ過ぎる

チートとかそうゆうレベルを超越している!

節分ですね。みなさまこんばんわ。お久しゅうございます。今宵も更新していきますのでよろしくお願いいたします。


>>769>>775
ありがとうございます。
其の声援で、我が軍はあと10年は戦えます。

>>771
まだ先です。いや、次あるかも。ともかく上結イチャラブはあります。お楽しみに。

>>772
そーゆーことです。
pixivで投稿されているマンガは好きなのでよく見てます。
良かったらコレのイラストやマンガなど、描いていただけるなのならば、是非是非投稿していただけると嬉しいです。

と言うか、他の誰かに二次されるっていうのは、冥利に尽きます。ありがたいです。


>>774
引っかかった所というのを、もし良かったら言及していただければ、改善の余地あれば直します。
ただ、設定とか仕様だったら、ごめんなさいですが。


>>776
確かにあれは強すぎワロタ状態。究極の大量に創造できるって言うのが凄いですよね!


………まぁ、工場長工場長って言われていたけど、単にカブトムシロボ生産工場の工場長とミサカ型ワイフ生産工場だったってだけで……つーか全身真っ白とか何処ぞのモヤシ一位とキャラかぶり……って誰だ何をすrqwせdrftgyふじ9こlp;@:「」



では、始めます。いつもながら、何か抜けてたり、ミスがあった場合、もしくはワタクシの勘違い設定があった場合は、スルーしてくださいませ。



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夜だった。

あの時は、月明りが眩しい夜だった。

満月の夜だった。

いや、少し欠けていた。

十四夜の待宵月が、宝石の様に輝いていた。


あの時は迷っていた。戸惑っていた。

自分でしっかりと覚悟を、過去と未来を奪う覚悟持って人斬りをしていたと言う七花を見て、自分の今までの道が真っ暗になった。


振り返れば、産まれてこの方、両親に会ったことが無い。それどころか、名前も顔も見たことがない。

『お母さん』と呼ぶべき人物から料理を教わった事も、『お父さん』と呼ぶべき人物に九九の計算を教わった事も、記憶にはまったく無い。

物心ついた時から実験台にされ、脳に他人の思考を強制的に植え付けられて過ごしてきた。

一方通行と言う最強の超能力者の思考と、彼の防御の能力を移植された。

今更だが、今でも無理な実験だと思う。

これも今更な話で、とうの昔に同化してしまったが、小さい頃は自分ではない誰かと精神を同居する恐怖に、いつ暴走するかわからない能力に怯えていた。

怯えながら、目を瞑り、耳を塞ぎ、口を開けず、何も見ず、何も聞かず、何も言わず、ただひたすらに生きてきた。

まるで、暗い暗い夜の帳の森の中、帰る家も行くべき道もわからずに、涙を流しながら「怖い怖い」と走る童(わらべ)のように。

ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、前を見て、前だけを見据え、前のみ走ってきた。

横によそ見をしようとしたら白衣の研究者たちが睨みを利かしていて、寄り道をしたら罰を与えようと歩み寄ってきて、反発して背走すると待ち構えて廃棄処分してくるのが、幼くてもわかっていたからだ。そう言う『馬鹿者ども』を嫌々と見せつけられてきた、と言うのが原因だ。

そんな研究者の地道な苦労のかいあって、怖いから何も見ず、怖いから何も聞かず、怖いから何も考えずに、ただ全力で左右の足を前に伸ばしてきた。

ひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら、ずっと、ずっと、ずっと……。目を瞑り、耳を塞ぎ、口を開けず、ただ彼らの言い成りとなって走り続けた。


気が付くと、いつの間にか大能力者となっていた。

いつの間にか、『窒素装甲』という学園都市最強レベルの完全防御を手に入れ、暗部組織である『アイテム』と言う自分の居場所を見つけた。


『麦野沈利』『滝壷理后』『フレンダ=セイヴェルン』


滝壷以外は決して悪くない人間ではない事を見た目ですぐわかったが、滝壺を含む全員が気の良い奴らだった。

だが、そのアイテムの中に入れたのは自分を研究し尽くした学園都市。

人間モドキの化物モドキになってしまったこの身を、奴らは利用しない訳がない。

反抗すれば即、廃棄処分が決まるだろう。


そして、また気が付くと全身が血で真っ赤に染まっていた。


人を始めて殺したのは、いつだっただろう。覚えてはいない。だが、その日の夜は覚えている。

血で汚れた顔を洗いに、自宅の風呂に浸かった時だ。

人の頭蓋を砕く感触がまだ残っていた手で、湯気で曇った窓を拭くと、自分の顔が現れた。


―――誰だ、お前は。


鏡に映った自分の顔が、他人に思えた。自分の精神と肉体が隔離してしまったのかと思った。

ああ、本当に自分は人殺しになってしまったのか。

神は何と非道な運命を私に科すのだろうか。


いや、神などいない。この街は、自分を取り巻くクソッタレな世界は、全て科学で出来ている。

化学記号と文明の叡智で構築された無機質な世界に置いて、神や仏は人文科学にしかならない。

そもそも彼らがやっている様に、十字架かアッラーに向かって拝んでいるなら、こんな目には合わなかった筈だ。

だからそれらを否定して、自分の思考を停止させて、拳を振るい始めた。


丁度その頃からだろう。

C級映画に凝りだしたのは。

自分が過ごしている、血飛沫と肉片と恐怖で構築された死の臭い漂う現実の世界から、
死体の人形も特殊メイクも下手糞で現実味が無さすぎる偽物の世界へ逃亡したかったのだろうと思う。

そうすれば、自分の世界がただの下手糞なC級映画の一コマだと思えた。

―――自分は映画の主役。自分が潰した頭の主は、人形となってそこに倒れている。プラスチックの人形はやけに暖かく、血生臭い。だが、この人形はそう言う作りなのだ。―――

そう妄想すれば、楽だった。

自分の現実は映画のスクリーンの出来事。現実じゃない。

現実なら、ここまで酷くない。

現実なら、人殺しなんて物騒な事、14にもならない幼気な少女にやらせるわけがない。

現実なら、ここまで精神がぶち殺される程の地獄に叩き込まれる筈がない。

現実なら、自分の脳に誰かの精神を植え付けられる事は無い。

現実なら、自分を産んでくれた親に捨てられるわけがない。

現実なら――――――



暗い暗い夜の帳の森の中をひたすら、ひたすら、ひたすら、ひたすら走り続ける。

帰る家も無く。行くべき道を知らず。ただ目を瞑り、耳を塞ぎ、口を開けず、目で見ず、耳を貸さず、何も言わず、ただただ、童は暗い暗い夜の森を走り続ける。

足が棘に刺されようとも。巨木にぶつかろうとも。枝に皮膚を裂かれ、蛇に噛まれようとも。

そして自分の走っている道が実は、真っ赤な血の海だったとしても―――。



ある日だった。

一人の青年が現れた。

初めて会ったのは、道を聞かれた時だった。変な奴だと思った。かび臭い変な恰好を纏った傷だらけの長細い体の彼は、どこからどう見ても大道芸人だった。

決定的に運命が変わったのは、2回目に会った時だ。

仲間の麦野を倒され、怒った自分が彼を見つけ、対峙した時だ。

戦いが始まった時は怒りに任せて拳を振るっていたが、徐々に冷静さを取り戻して戦っていた。だがどちらにしても全く歯が立たなかった。完敗だった。

その時喰らった技は今でも覚えている。見事だった。

清々しいほどに強かった。今まで走り続けてきた自分が馬鹿だ。自分の妄想が紙屑の様に破れた。そして今までにぶつかった事が無い崖にぶち当たった思いだった。それは決して苦痛ではなく、むしろ心に火を灯された。


―――強くなりたい…!


その思考が、一方通行になかった精神が、徐々に自分にある変化をもたらす事になる。


―――しかし、まずどうすれば強くなれるのだろうか……? どうすれば崖を登れるのだろうか?


そしてその時、走り続けていた足が止まった。

ひょんな事から彼と親交を深め、人斬りである事を知り、彼が殺す相手の過去と未来を奪う覚悟を持って斬る事を聞いた時だった。

彼はある女の為だけに人を斬り殺してきたと、言った。

不思議だった。

なぜ人を殺しておいて、全く不幸な顔をしないのだろう。どうして精神が壊れないのか。押し潰されないのか。

自分の生きる道が真っ暗になった。元から目を瞑っているから真っ暗だったが、方向性が全く掴めなくなった。

足が止まり、目を開け、耳を開く。

進むべき方向はどこだろうと、周囲を見渡す。


すると、ようやく自分がやって来た事の重大さに気が付いた。

棘に刺さり血だらけになった素足。巨木とぶつかって腫れた額。枝に裂かれて痛む肌。

そして周りに倒れる無数の人間たちの血の海―――。

大きく口を開けて叫びたくなった。


―――“自分は数多の人の命を奪っておきながら、なぜ覚悟も無く、後悔も無く、ただひたすらに逃げていたのか。”


背後に、誰かがいる。その誰かがポンっ、と肩を叩いた。その正体はずっと逃げてきた恐怖。

逃げ出したくなった。とっさに足が前に出る。

だが、ここで絹旗はその行動に疑問を持った。


逃げて、逃げて、逃げまくった半生だった。

『殺してきた人間たちが怖い』『次は自分じゃないかと疑って怖い』『自分に押しかかる不幸が怖い』……そう、童の様に泣き続けた人生だった。

怖くて怖くて、だから逃げた。

何と弱い自分だ。情けない。


あの青年は、あの鑢七花は違っていた。

人の命を奪うと言う行為を行う事に覚悟を決めていた。

ちゃんと奪ってきた命と向き合っていた。

そしてそれを背負っていた。

故に強いのだ。

故に強固なのだ。決して折れず曲がらず、鋭い切れ味を保っている。

これだ。

これが鑢七花と言う崖の正体なのだ。

鈍な自分とは違う。

彼は確かに虚刀流の当主と言う最初から強かっただろう。

だが、鑢七かの本当の強みは覚悟の強さ。

これが無いから自分は弱いのだ。

過去の自分と自分の不幸に向き合う事が出来ないから弱いのだ。

暗い暗い夜の帳の森も、棘だらけの道も、尖っている枝も、血の海も、全て背負える覚悟が無い小娘では駄目なのだ。


あの日の事を覚えている。忘れるものか。人生で一番大切な日だ。

親に捨てられ、血の海の中を走り回り、死の渦から逃げてきた人生の夜を過ごし、ようやく目を開け、耳を開き、口を開けた日だ。

もう自分は闇夜が怖くて泣き止まぬ童ではない。




夜だった。

あの時は月明りが眩しい夜だった。

満月の夜だった。

いや、少し欠けていた。

十四夜の待宵月が、宝石の様に輝いていた。

怖い怖いと泣きながら家路への道に迷う童を導く月の光だった。

童は涙を拭き、月の明かりを道標にして棘の森を進む。

鑢七花は月だった。絹旗最愛と言う年端の行かぬ童を誘う待宵月だった。





――――ああ、そうか。私は七花さんに惚れていたんじゃなくて、“七花さんに成りたかったんだ”。





あの青年を、あの崖を、あの月を、鑢七花と同等の存在になりたかった。

それは憧れだった。憧れからくる目標だった。いや、目標が憧れになったのだ。

鑢七花と同等になりたかった。そしてまた戦いたかった。あの路地裏の時とは違い、お互い真剣勝負で。

『強くなったよ』と、『七花さんと同じくらいにまで頑張りましたよ』と。

それがいつからか恋心だと変色していたのだ。

そしていつからか恋心は『七花さんを守りたい』と言う気持ちを産み、一周回って『七花さんと同じくらいに強くなりたい』と言う心になり、最初のそれが言い訳に成り下がってしまった。

こうして『恋心』は『憧れ』を塗り潰してしまったのか。

一番最初は全く別物だと言うのに、そう錯覚していたのだ。



――――初心に戻ろう。



また一から出直しだ。

鍛え直して、強く、強く、超強くなってやる。

自分の弱い心にも超敗けない!

今まで殺してきた人たちの命と歩むはずだった人生と超向かい合ってやる!

もしも恐怖が肩を叩いてきたとしても、振り向いて超思いっきりぶん殴ってやる!!



――――だからまだ、死ぬわけにはいかない!!



超、生きなくちゃならない!!

ここで死んだら、何もかも超終わりだ!! 元も子もない!!

立て! 立ち上がれ! 生きろ! 縋ってでも生きろ!! そして――――――




『絹旗を助けてはくれまいか』



声が、聞こえる。甲高い声だった。それでも自分とは違って落ち着いた大人の声。


『そこでだ。絹旗の代わりに、私が責任を持つと言うのはどうだろうか?』

「…………ほう」


別の声が聞こえた。


『絹旗の命だけは助けてくれ。責任は私がとる』

「それは………“代わりに私に斬られる”という事でよろしいですね」


鈴を転がした様な、聞き取りやすい澄んだ声だった。殺気とは違って冷たく、恐ろしいものでもあった。恐ろしい声に、もう一つの声が応える。


『結構だ』


ほら、こうやって倒れている間に、君の大事な人の大切な人が君の所為で殺されるよ? 君の所為で。

―――そんなの……駄目じゃないですか。七花さんが超悲しむでしょう?


『まさか………やめろとがめ!』


ほら、言わんこっちゃない。とがめさんは七花さんの心を本当に分かっているのでしょうか。超疑問に思います。

でもとがめさんの事ですから、何が何でもやっちゃうんでしょうねぇ………。


『敗戦の将は全ての責任を取る必要がある』


ほら、格好つけちゃって……。

大見得張ったって、対して超格好良くないですよ。

後ろで七花さんが泣き出しそうな顔をしているじゃないですか。

自分に惚れてくれいている人を悲しませちゃ駄目ですよ。

あ…また別の声が聞こえる。

泣き声だ。

超悲しそうな泣き声だ。

嗚咽交じりで自分の声を呼ぶ、悲しそうな声だ。まるで悲しみ、寄り縋る様な、そんな。

そう泣きまくらないでください。超恥ずかしいから。

てか、フレンダの泣き顔なんて初めてです。

超有り難いですね。私の為に泣いてくれるなんて……。


ああ、自分は幸せ者だ。


どうして気付かなかったのだろう。自分の為に泣いてくれる仲間と、自分の為に死んでくれる仲間を持って、幸せ者だ。

でも、彼女らを超不幸せにすることは出来ない。

絶対に出来ない。

だから、立ち上がらなくちゃならない。生きなくちゃならない。縋っても生きなくちゃならない。そして――――




――――戦わなくちゃ、ならない。だから戦え、絹旗最愛。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



奇蹟が起こった。

誰しもがそう思ったに違いない。

肋骨を折られ、その骨が内臓数か所に刺さり、息も十分にできない上に散々暴力と言う暴力に痛みつけられても尚、瀕死の状態の少女は立ち上がってきた。


『………~~~……――――――………~~~~~~』


何かボソボソと言っている。

誰にも聞き取れない声で、小さく呟いていた。

彼女の言葉は誰にもわからない。

瞳には誰にも映っていない。だが、ただ一つその眼には闘志が宿っていた事は誰にもわかった。

これは奇蹟などではない。悪夢だ。これから更なる惨劇が彼女に訪れる事を瞬間的に予想が出来た。

なぜ、この少女はここまで戦おうとしているのか。

どうして、こんなに必死になって、命を削ろうとするのか。

絹旗はボソボソと、こう呟いた。


『超…ダメ……ですよ……とがめさん………七花さん…が、……超可哀そうじゃ……ありませんか』


ぶわっ、と、とがめの視界が揺らいだ。


「――――っっ……絹旗!! やめろ!! もう無茶をするな、お前はもう十分やったじゃないか!!」


とがめは叫ぶ。目にはいつの間にか涙が溢れていた。血も涙もない女だと思っていたのに、自分でも驚いていた。

何がそうさせたのか。

何が彼女に涙を流させたのか。

自分でも分析できない。

ただ、必死で絹旗を止めようとした。


「絹旗! 絹旗!! もういい! そこで寝ていろ!! 寝ていればいいんだ!! 死ぬぞ!!」


だが、絹旗には全くその声は届いていない。ガラスの分厚い壁に音を完全に反射されているからだ。鬱陶しいにもほどがある。


「ええい!! おい運営!! もう絹旗は戦闘不能だろう!? なぜ『ぶざー』が鳴らんのだ!!」


怒号を飛ばす。だが、すぐそばにいた運営は肩をすくめた。

「それは私たちにはわかりません。それは管理室の審判がそれを決定していないからでしょう」

(いや、これはどう見ても試合終了が決まっていると分かる筈……)

「………はっ!」


とがめの頭に有る事が横切った。


「あそこの人間か!!」


と恨み顔で仰ぐ見る場所はVIP室だった。

管理室の審判に直接ジャッジを歪めさせる事が出来るのは、あそこ人間しかないない。

そしてそれは正解だった。

“彼らは誰一人と鑢七実に賭けていない”。だから七実の優勝する確率を1%でも下げようと、絹旗の勝率1%に全てを賭けた。ベットのは金でも土地でもない。絹旗自身の命。

絹旗が敗けても、元より死ぬ運命だった小娘一人。その命は一円玉よりも軽い。


「~~~~~っっっ!!!」


だが、ここから叫んで怒ってみても、七花が乗り込んでみても、状況は全く変わりはしないだろう。

結局、とがめはここで見ているしかなかったのだ。


「…………絹旗、逃げろっ!! お願いだ!! 後生だ!! お前にはまだ未来があるだろう!? 私の様な死人が死のうが、もとより死んでおる!! 変わりなどない。変わりなどしない!! だがお前は生きている!! 死んではならん!! 私の代わりはお前だ! お前しかいない!! だから逃げろぉ!! 逃げてくれぇ!!」


その叫びも、聞こえない。聞こえていない。聞こえる筈がない。この壁がある限り。


「………お願いだ…。絹旗……七花には、そなたが必要なのだ……私ではない。私の様な死人は、奴の隣には居てはいけないのだ………だから絹旗、戦わないでくれ。頼むから……」


とがめは泣く。

かつて復讐に燃え、鬼となった鬼女が目から涙を流して訴える。

聞こえる筈がないと言うのに。

後ろで七花はとがめの言葉の意味に戸惑いながらも、驚いていた。

まさかあの傷で立ち上がってくるとは。

だがもう無理だ。立っていられるのがやっとという話ではない。立ち上がってきたこそが奇蹟だ。


「絹旗、もう、楽になれ……」


目を瞑りたくなる。

それは涙で顔を濡らす二人の少女も同じだった。


「きぬはた……きぬはた……」

「もういいのよ!! 結局生きているだけでいいから、戦わないでいい訳で……!!」


喉から血が出る程叫んでいる。


だが絹旗はそれを拒んだ。こちらに血だらけの掌を向ける。


『手出し無用』


そう、絹旗は笑っていた。全てをわかっている笑顔だった。


「……絹旗」

『わかってます。とがめさん』


スピーカーから声が聞こえる。

わかっているものか。きっと、何か叫んでいるのを見て、雰囲気だけで理解しているだけだろう。

血まみれの喉から出る声はかすれていた。


『七花さん。とがめさん。滝壺さんにフレンダ。超ごめんなさい。ここは許してください。ここだけは戦わせてください。ここだけは、譲れませんので……』


と、言っただけで絹旗は翻す。

それが、最後の会話に思えた。

「や、めろ。やめろ絹旗。死ぬな、死ぬなよ!?」


とがめは叫ぶ。七花も叫ぶ。滝壺もフレンダも。

その声は聞こえてない筈なのに、絹旗はこう言った。


『大丈夫です。私は絶対に生きて帰ってきます。これだけは超約束しますよ』


現実味が皆無の約束だった。

だが、絹旗は自信満々で胸を張って、地上最強にして最悪にして最恐にして最凶の化物、魔王、悪魔、死神、鬼―――鑢七実と対峙した。


絹旗最愛の戦いは、ここから始まった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「呆れたものですね。あれで立ち上がってくるとは。やはり手加減はしない方がよろしい様です。潰しても潰しても、こうも立ち上がってこられては面倒過ぎです」

「手抜きのツケは後々から超利子つきでやってくるモンなんですよ。現代日本の常識ですから、よく覚えておいてください」

「そうですか。勉強になります。まったく、盗人に説法される日が来ようとは……」


溜息をつき、七実は改めて、


「で、生きているなら大人しくあそこで寝ていれば、とがめさんが身代りになって死に、あなたは生きていられる筈だったのに……どうしてこのような行動を?」


と訊いた。まぁ、無駄が無く効率が良い性格である七実からするに絹旗の行動は理解が出来なかったのだろう。

その問いを絹旗は胸を張って答える。


「あなたに言いたい事があったからですよ」


と、一言。


「そうですか。なら、今のうちに全て喋ってしまいなさいな。言い忘れて悔いが残らない様に」

「では、お言葉に甘えて……」


絹旗は肋骨が折れて息が苦しくなったのか一つ息をした。


「認めましょう。私はあなたが超言う通り、七花さんに恋心を抱いてはいませんでした。超抱いていたのは『憧れ』でした」


何か、眼から鱗を落としてきた様なすっきりとした目だった。


「………続けてください」


その目を見て、七実は絹旗の言葉を聞くことにした。


「私は最初に七花さんに出会い、戦い、敗けました。初めての超敗北です。今まで自分は超強いと思い込んでいた自分が超恥ずかしかったです。
それで、敗北感と悔しさでいっぱいになって泣いて、私は七花さんよりも強くなりたいと思ったのです。これが始まりです。それがいつからか恋心に変色し、私を惑わしていたのです」

「ええ、そうですよ。あなたは本当に愚かな人間です。初心を見ず、ただ今を突っ走るのは武人として、いえ、人間として愚かな証拠です。過去に囚われず、囚われまいと突っ走るのは猪と変わりありません」


七実は絹旗の精神状態を察知すると、絹旗の言葉に嘘偽りがない事を確信した。


「よく理解できましたね。褒めてあげましょう」


絹旗の表情が、始めと比べてすっきりしたように見えた。

「私が今日学ぶべき超教訓は『初心忘れるべからず』。『過去に向き合い、それに打ち勝つべし』。『何事にも手を抜かず、覚悟を持つべし』……です」

「それと、『七花には二度と変な気を起こすべからず』です。これは最重要項目ですので、気を付ける事ですね」

「それはどうでしょうか」


七実は眉をひそめる。

絹旗は怖れせず、


「確かに私はかつて七花さんに憧れ、それを恋と超勘違いしていました。でもそれは過去の話です。今は七花さんに“憧れているだけで、恋をしている訳ではありません”。それは現在の話です。
ですが、未来はどうでしょうか。未来の事は誰もわかりません。誰にも知る事は出来ません。だから、私が今後七花さんに『憧れ』とは超別の感情を抱く可能性は、ないとは限りません」

「………それは、抱かないと言う可能性も?」

「超有り得ますね」


絹旗は笑う。つられて七実も笑う。


「その話、嫌いでありません。もしもの話は」

「ありがとうございます」

「確かに、未来は無限に広がりますから、あなたの感情がどちらに傾くかはまだわかりません。ですが、私は『抱かない』と思います」

「まだわかりませんよ。確率は50/50(フィフティー・フィフティー)。天秤はどちらに傾くか、まだわかりません。因みに私は『抱く』と思います。賭けてもいいです」

「そうですか……。では、何を賭けます?」


絹旗は間髪置かずに答えた。


「私のこれからの人生の全て。………あなたは?」


七実も即答する。


「虚刀流の技全てを、差し上げましょう」


続けて七実は少し考えてから絹旗に質問した。


「さて、絹旗さん。あなたは虚刀流七代目鑢七花とどういう関係になりたいのですか? 師弟ですか? 宿敵ですか? 親友ですか? 恋人ですか? 」

「いいえ、そんな甘っちょろいもんじゃありませんよ」


絹旗は返す。胸を張って、堂々として。


「師弟? 宿敵? 親友? 恋人? いいえ、超違います。超丁見当違いです! 私はただ、七花さんと超共にいたいんです! 超一緒にあり続けたいんです!! 七花さんと超一緒にいられて、七花さんの背中を超守れるような、七花さんを超守れるような、七花さんよりも超強い人間に、私は超成りたい!! だからここに立っているのです!!」


「それは、覚悟して言っている事ですか?」





「ええ、腹を括って決めた事です。今後これに超嘘をついたり超踏み躙ったりはしません。絶対に私は鑢七花よりも強い人間に成ると誓います!!!!!」





声が轟く。ガラスのドームの中に、七実に、その外のスタジアム中に、とがめに、滝壺に、フレンダに、ここにいる全ての観客に、そして七花本人に。

誓いの言葉を無理に叫んだせいか、絹旗は苦しそうに咳き込む。掌を見てみると血が張り付いていた。

七実はしばらく考えていた。目を伏せて、唇に指を当てて、うんと考えていた。


(もしかしたらこの子……本当に…………)


少し未来の事を想像してみると、ふっと吹き出しそうになった。

そうして、面白い事を考えた顔をして、


「そう、そうですか。雑草の癖に、そんな身分不相応な誓いを本人の姉に言うという事は、それなりの覚悟があるという事ですね。
―――良いでしょう。なら、この私を殺してから、もう一度同じ言葉を七花に言ってあげなさい」


足を腰幅に広げ、すっと腰を落とした。

爪先を正面に向ける。右足を後ろに引いて右に開き、右手を下に、左手を上に、それぞれ平手で構えた。


「虚刀流一の構え―――『鈴蘭』」


この時、鑢七実は初めて構えを取った。

絹旗との戦い中だけではない。今大会初めてである。


認めたのだ。鑢七実は、絹旗最愛を。


絹旗は笑う。


「ハナからその超所存ですよ。さっき七花さんや滝壺さんたちに超散々迷惑かけたでしょう。私はあなたを倒して、土下座でもさせて超謝って貰います。―――精々、その袈裟が超破けない様気を付ける事ですね」

「でも、その頃にはあなたは八つ裂きになっていると思いますが。 さぁかかってきなさい。あなたのその『心』を、八つ裂きにしてあげます」

「いいですよ。ただし、その頃にはあなたは八つ裂きになっているでしょうね」


絹旗も足を腰幅に広げ、すっと腰を落とした。

そして七実と同じように構える。


「虚刀流一の構え―――『鈴蘭』」


まるで鏡に映したかのような二人は睨み合う。

睨み合いの終わりはすぐだった。それは開戦の合図だった。


「鑢家家長、鑢七実。虚刀流七代目当主鑢七花の姉として、あなたがあの子に似合う人間か見定めます!」

「学園都市暗部組織アイテム所属、絹旗最愛ッ!! 行きます!!! ―――ゥ、ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!」


手は手刀のまま。猛虎の如く雄叫びを上げ、灰色のコンクリートを力強く蹴る。

絹旗は駆けた。その速度は窒素の膜によるパワー強化の所為があり、疾風のそれだった。

七実はどっしりとした構えで迎え撃つ。


絹旗は右の手刀を袈裟切りのように振るう。

当たる! 誰もがなぜか、今まで一発も当らなかった攻撃が当たると思ってしまった。それは絹旗の気迫がそう思い込ませただけだ。

実際に、手刀は後ろに跳ばれて簡単に避けられた。

だが、その時―――七実の袈裟が、絹旗の方向へ引っ張られた。


「―――ッ!」


一瞬の虚を突かれた。七実は袈裟を引っ張る何かを見る。それは『糸』だった。袈裟に糸が生えていた。いや、小石に結ばれた糸が袈裟と絡まっている。


「糸? そんなもの、何処から? あなたが糸を使うなんて設定、知りませんよ」

その糸は、絹旗の右手と繋がっていた。


「糸? ええ、確かに私は糸を使う人間ではありませんし、そんな某マンガに登場する執事みたいにゾンビを細切れにするみたいな超器用な芸当はできませんし、そんな設定はありません。ですが、『糸を手に入れる場面』は確かにありましたよ?」

「………?」

「覚えてないのですか? 昨日、私が戦った相手にいましたでしょ。糸を使って私を超苦しめてきた奴が」


そう、彼は戦場中に糸を張り巡らせ、罠と言う罠を使って絹旗をボロボロになるまで追い詰めた真庭忍軍十二棟梁が一人。


「真庭蝙蝠さんね」

「御明察」

「いつの間に?」

「知らないのなら無理はありませんね。そんなの、超描写されていないのですから。人を騙す極意はタネを超見せない事ですよ」


絹旗はコッソリ、蝙蝠戦でこの糸を糸を拝借してきたのか。成程、忍者が使う物だ、細くて頑丈で、大変いい品物だ。


「なるほど、先程の手刀……私を当てる為のものではなく糸を袈裟に絡ませるためが目的。この私を騙すとは、なかなかの詐欺師ですね」


それを引っ張って七実を引き寄せる。


「この学園都市の暗部で生きていくためには、超ポーカーフェイスで超絶演技打つ技量がいるんですよ!!」

「………ッ!」


手刀は誘いだった。伏線だった。後ろに飛んで避けるだろうと予測し、袈裟に糸を絡ませることで回避を封じて攻撃の隙を与えず、立て続けに今度は右ストレートを振るう。

なるほど、これが絹旗の奇策か。


「天晴」

「つーかまーえたぁッッ!!!」


そのまま引き寄せたまま拳を七実に突きだした。


「ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


――――もう何もかも残っていないだろう。


ガラスの壁の向こうで、奇策士とがめは涙を拭った。そして見届ける。13,4の少女の命を懸けた一撃を、忘れぬ様目に焼き付ける様に。


(体力も尽き、精も根も尽き、骨も砕かれた状態の今、立っている状態が奇蹟だ。どうして立っていられる? どうして戦っていられる?)


普通ならこうやって走り回るという事自体あり得る筈がない。


(絹旗最愛と言う少女は、今、戦っているのか。人として、人に恋する…いや、恋をした少女として。そして、その恋する相手の姉に認められようと……いや、違う)


そんな、複雑で雑味しかない感情ではない。そんなけったいな理由ではない。

答えは単純だった。


「強く……なりたいのか」


答えは簡単だった。

ただ強くなりたい。強くなりたい。ただそれだけの理由だ。

普通なら『野蛮』と切り捨てられる理由かもしれない。だが、絹旗は“弱い”、か弱い少女に過ぎない。心も体も、ただ人より強いだけで、本当の意味で強い者からするとガラスの様に脆い。

それを知ったから、知っていたから絹旗は地上最強最悪最凶の鑢七実に挑むのか。

自らの力を顕示する様な野蛮な連中とは違う。あの、先日討ち滅ぼした無能力者狩りの連中とは違う。無能力者を守ろうとする武装無能力者集団の連中とも、任務の為なら汚い仕事を完全に遂行する真庭忍軍の連中とも違う。

己の弱さを知り、己の弱さを恥じ、それを真っ赤になるまで熱し、鎚で何度も何度も打ち、鍛えようとしているのだ。

自らを刀とするのが虚刀流。それを扱うのが鑢家。その弟子入りを願う少女は、自らを刀としたい少女は、自らに鎚を打とうとしている。

自らを刀とし、自らが鍛冶屋となって自らを鍛え抜く。

なんと純粋で、綺麗で、透き通った、美しい理由だろう。

それが武道の、武人の最果てなのではないだろうか。この世全ての武闘の思想の根本は、自分を鍛えようとする心にあるのではないだろうか。

絹旗最愛と言う少女は今、その根源を体現している。己を恥じて、己を鍛え、己を強くしようとしてる。それはもガラスなのではない。鉄よりも硬いダイヤモンドだ。

とがめは、腹を決めた。七花を見上げる。


「七花。絹旗は、私たちが思っていたよりも向上心がある人間であったぞ」

「ああ、そうみたいだな」


七花も、同じことを考えていた。


「腹を、括るしかなさそうだな。とがめ」

「ああ」


―――その意思、確かに見届けた。


「いいだろう、ならば思う存分戦っていけ!! 絹旗ぁぁあ!!!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「――――――ゥワァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


右拳が流星の如く突き進む。目標地点は七実の左テンプル(こめかみ)。この一撃に自らの命の全てを賭ける。有り金全てベットに変えて放り投げてやった。


―――もう、この一発に賭けるしかなかった。


神如き力を持ち、それを振るう者……真の化物、真の魔王、鑢七実に、神か魔王なる者に、正拳を突き立てる為だけに!

今まで、一発も当らなかった……。だが、この一撃は当たる。直撃する。間違いなく当たる。


「直撃!!」


鑢七花はそう叫んだ。なぜなら七実の体は宙に浮かんでいる。幾ら如何なる化物でも、背中に翼が無い限り空中では身動きは取れまい。


(い、行けるか!?)


絹旗はここで奇策に打って出たのだ。

七実は失策をしてしまったのだ。それは『忍法足軽』という真庭蝶々の忍法を常に発動させていたからだ。だから今までもさっきも、攻撃を闘牛士の様にひらひらと回避する事が出来たのだ。


(確信が持てたのは、タックルをしたとき―――)


七実が絹旗のタックルを回避した方法は、肩に手を置いて跳び上がり、手を支点にして回転する方法……。その時、肩には七実の手の感触だけがあって、“体重が全く掛かっていなかった。”

恐らく、今までの七実の攻撃は全て『忍法足軽』によって質量を減らされて威力が最小限だったのだろう。元より七実の筋力は怪力と呼ぶには足りない程の馬鹿力だ。

忍法で威力を減らしていなければ、絹旗は最初の一撃で死んでいる。


七実は病弱な人間だ。それが唯一無二の弱点……。だが、それを補う能力は見稽古の効果で無数、いや、学園都市の超能力を幾つか習得しているから無限大にある。

兎に角、ただ単純に時間を稼いで体力がなくなるのを待つのは無駄。

ならば、自分の体力が尽きる前に勝負を付けさせるのが鉄則。

空中では身動きは取れない七実に速攻を仕掛けた。


だが―――


「なる程、確かに私は空を飛ぶ事は出来ません。その発想は認めましょう。ですが、その判断は失策でしたよ、絹旗さん」


足場は、あった。いや、正確には手場……なのだが。

七実は地面に足を付けていない。空を飛んでいる……訳ではない。

突きだされた絹旗の拳を掴んだまま、片手懸垂をやっている風に浮かんでいた。


「………あ」

「終わりです…」


そのまま七実は地面に着地し、そのまま“投げ技で勝負を決めようとした”。


「………………ッ!!」

「一撃で終わらせましょう。―――虚刀流『菫』」


それは、虚刀流でも珍しい『投げ技』だった。




―――――ここだッ!!




だが、絹旗の『奇策』は潰えた訳ではない。


(確かに、鑢七実と言う人間は超天才です。きっとこの世全ての才能を、神様って人から与えられた超天才の中でも最上の部類に入る最強の化物でしょう)


恐らく、いや、絶対に学園都市の超能力者七人が束でかかってきても勝てない。一方通行も、垣根帝督も、御坂美琴も、だれも勝てない。

絹旗らには知らない世界だが、それは魔術サイドも同じことだ。

オリアナ=トムソンも、ステイル=マグヌスも、シェリー=クロムウェルも、百万の魔術師が隊伍を組んでやってきても然り。

神の子に近い体質を持つ世界で20人しかいない聖人でも、勝てないと思う。神裂火織でも、シルビアでも、ウィリアム=オルウェルでも、決して勝てない。それほどまでの素質だ。

どんな超能力・魔術を持って襲ってこようが即座にその努力の結晶のそれを習得され、自分の所有物とされ、過大な暴力となって帰ってくるだろう。

その弱点は先程も言った通り、唯一無二の弱点である『病弱』は克服されているだろうし、それに何十何百の才能がそれの穴を埋めているだろう。




―――だが、逆にその無数の能力が弱点の穴を広げてしまった…と言うシナリオは考えられないだろうか。




例えば、凍空一族の怪力は確かに剛腕で、拳一振りで岩をも木端微塵に出来るだろう。だが、その剛力の所為で“その拳の骨や筋肉に過大なダメージを負う筈だではなかろうか”。

七実は病弱だ。ただ人より学習能力が異常なだけの、病弱な人間だ。スタミナ面の補強はしていても、それだけで“骨や内臓までは強化されまい”。


また、『凍空一族の怪力』と『忍法足軽』は対極的な存在であると考え、どちらも言わば常時開放型の技術であると仮定する。

それらが通常はパロメーターが50:50のイーブンの出力であるとしよう。車で例えるなら『怪力』はアクセルで『足軽』はブレーキだ。

(例えば、体のダメージを減らし、威力を下げたいなら『足軽』で質量=怪力を消し(30:70)、威力を高めたいなら『足軽』で減らしている質量を元に戻す(70:30))

忍術の発動を解除して怪力100%で拳を振ったのなら、言わずとも体の半分が消し飛び勝利するに決まっているだろうが、威力が強すぎて、空振りと同等の感触であれば振り切った時の急激なブレーキで慣性の法則で筋肉や靭帯、肘や肩関節に絶大なダメージを負わせることになる。



―――また、物理的な要因があって、確実に硬い骨を殴って拳を痛める。……と言うより破壊される。



読者諸君は、“なぜ七実はたった一撃で絹旗を殺さないのだろう”疑問に思っているだろう。もしそうなら、こう仮説を付けるのはどうだろうか。

絹旗最愛は『窒素装甲』と言う人の身には高すぎる防御能力がある。それはどういう仕組みなのだろうか? と考えれば、我々原作読者の想像にバラツキがあるだろう。

その中の一人の私としては、窒素装甲は一点の衝撃を窒素の膜が水の波紋のように、360°分散させて後ろか地面に流しているのでは? と考える。

仕組みは『賊刀 鎧』のそれに近く、またその劣化版と考えていい。

劣化版であるが故に、大抵の衝撃は吸収できるが、対戦車ライフルなどの要領を超えた衝撃には耐え切れず吹っ飛ばされるか、皮膚に衝撃が届いてダメージを負うだろう。

さて、そこで実際に窒素の膜を殴った感覚はどうなのだろう、と想像したことがあるだろうか?

私は上の考察を踏まえて考えると、窒素の膜は実は柔らかく、触れた所で衝撃…運動エネルギーは吸収され、急ブレーキが掛かるのではなかろうか。

もしそうなら先程言った通り、急なブレーキは筋肉や靭帯などに多大なダメージが発生する筈。


また、実は窒素の膜は仮説に反して全然柔らかくなく、猛烈に硬い場合でも拳にダメージを負うだろう。

中学物理で習ったと思うが、作用反作用という運動法則がある。

より詳しく言うと、『一方が受ける力と他方が受ける力は向きが反対で大きさが等しいと主張する経験則』……『運動の第三法則』と呼ばれるそれは、簡単に言えば、物を殴れば、その強さと同等の力が拳に掛かるという事だ。

今、絹旗がダメージを負っているのは、七実の攻撃の威力が強すぎるからである。もしそれと同じ威力の攻撃が七花に当たったとするなら、間違いなく一撃で死ぬほどのモノだろう。

窒素装甲は極めて優秀な鎧だ。その窒素の膜が強固な物であるが故に、絹旗は地獄の苦しみを味わっている。

さて、ここで論は最初に変える。

『なぜ、七実は絹旗を一撃で殺せないのか』

仮説の前者にしろ後者にしろ、それは、七実は自分の拳、ないしその他にダメージを負わない為に、あえて『忍法足軽』で威力を抑え、即死するレベルで自分の体が傷めないギリギリのラインの力でいて、絹旗の『窒素装甲』の衝撃吸収能力が、その力よりもギリギリ上回っているとしたら?

それなら、七実は一撃で絹旗を殺せない。

自らを殺さないために、一発一発の積み重ねで嬲り殺すしか道が無かったのだ。

人を殴れば、拳や骨を痛める話は格闘技の基本中の基本であるから七実も承知済みのはず。

故に絹旗最愛を一発で確実に殺すには、自身の怪力を思う存分発揮できる、骨や関節を傷めにくい投げ技しかない。

そしてその時、七実は『忍法足軽』を使わない。自らの『重さ』を消すそれは、自分の『重さ』を支点にして投げる為、逆に投げ技が決まらなくなるからだ。

自動的に絹旗の手刀足刀掌底正拳などの攻撃は、当たる可能性が高くなる。

そして七実が繰り出そうとしているのは虚刀流でも珍しい投げ技『菫』。


―――――ここだッ!


ここしかない。

七実は絹旗を両手で、左手で右腕をを、右手で左腕を掴もうとする。袖は手首近くに掴まれた。だが、それは狙いだった。逆に七実の手首をつかみ、左腕を掴もうとする左手を自分の左腕で払った。そして、左腕で七実の後頭部を掴み、引き寄せるように腕を曲げる。


「―――ッ!」


またも虚を突かれた顔をした七実。もう遅いと絹旗はほくそ笑んだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

絹旗の奇策は、二段構えであった。

本命はこの膝蹴り。右ストレートは伏線。最初の手刀は伏線の伏線。敵を欺くためには、まずそのタネを敵に見られないようにしなければならない。


「……なるほど、考えたな絹旗!!」


奇策士とがめのお株を買う奇策を、ここで披露するとは!

とがめは拳を振るった。


「七花!」

「おお! いけぇええ!! 絹旗ぁぁあああ!!」


熱くなって二人は叫ぶ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
抱き合う様に密着する前に、絹旗は七実の脚の付け根を踏む。そこは足場にした。そのまま階段を上がる様に体を持ち上げ、そしてその勢いそのままに、七実の細い顎に膝蹴りを喰らわせる!


(ここで『菫』が来るのは超解ってました。何百何千も虚刀流当主と手合せして、虚刀流の攻撃パターンは超予測済みです!!)


七実には劣るが、絹旗も怪力の持ち主。拳一振りで人の頭など容易く壊せる。それは脚も同じ。普通の人間がこの膝蹴りを受けた結果など火を見るよりも明らか。それは七実であろうとも変わりない。

勝負が決まった。誰もがそう確信した。


「ゥォォォォォォォォォラァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――ッッ!!」


この一撃に、絹旗は全ての命を賭けた。持ち金を全てベットに変え、放り投げてしまった。すでにその身は一文無し。手札はもうない。今思いつく技と技術、何もかもを曝け出し、何もかもを尽くした。

全てはこのバケモノに勝てるように、このバケモノを倒せるように、このバケモノを殴れるように、命をベットにして全てを賭けた。この一瞬の為に。




(よし、これで勝っ――――――――――――――――――――――)




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

その時、滝壺理后の脳裏に何かが横切った。

それは背中を駆ける悪寒。胸に掛かる靄。咽喉に引っ掛かる魚の骨のような猜疑心。そして、『能力追跡』と言う学園都市でも稀有な感受性を持つ滝壺の本能による、警鐘。

汗が止まらない。

心が暴走する様な焦燥感が体を駆け巡る。

隣で座っているのフレンダの顔を見る。さっきまでの絶望感に満ちた表情は無い。勝利を確信した顔をしている。

逆の方向を見上げる。

七花ととがめも、同じような顔をしていた。勝利を確信した顔で、絹旗を見ていた。

周りを見てみる。表情が見える限り、ほぼ全ての観客たちは絹旗の勝利を確信していた。誰も疑っていない。

今の絹旗は今までで一番強い状態だ。AIM拡散力場が異様に高レベルに発達している。確かに、勝てる見込みがあるだろう。そして今、絹旗は鑢七実にチェックメイトを打ったのだ。

だが、それは、おかしな光景だと思えた。

滝壷は気付いたのだ。この13万4623人の人間の中で、ただ一人。たった一人だけ。



「きぬはた………だめぇええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」




なぜなら、――――――鑢七実のAIM拡散力場の波長は全く乱れず、絹旗のそれと別次元の域に達しているのだから。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






―――――すぱんっっ!!






絹旗の視界が歪んだ。ぐにゃりと。『何かが起こった』という事だけは解ったが、何が起こったのか理解が出来なかった。

何せ、目の前から七実が“消えていた”からだ。

いや、違った。

消えたのではない。“自分の首が曲がったから、七実の姿が視界から外れ、消えたように見えたのか”。

絹旗本人は勿論、観客一同皆、“絹旗の首が一人勝手に明後日に向いている”のかがわからなかった。

ただ七実が、静かに技名を口にするまでは。


「―――虚刀流『百合』」


七実の胴回し回転蹴りが、絹旗の顎を捕えていたのだ。

絶対に誰にもわからないだろう速度の足刀が、頬骨を粉砕したのだ。衝撃で脳がぐちゃぐちゃにかき回される。


「………が、」


一気に絹旗の膝は崩れ落ちた。視界が歪む中、口からボタボタとドロドロとした血が溢れ出ている事だけは解った。


「がぁ、は……――――ッッッ!!」


―――何が、起こった?


訳が分からなかった。

歪む視界の中で、転がっていた七実が素早く立ち上がる。


「なるほど、あの糸も突きも伏線でしたか。この膝蹴りの為の。奇策士さんのような奇策でしたね。びっくりしてしまいました」


七実の声は聞き取りやすくて綺麗な声だった。だが、脳を揺さぶられた今、この耳にはその声すらも歪んで聞き取れなくなっていた。


「天晴。天晴です。…………まぁ、あなたには何が起こったのかわからないでしょうね」


状況を整理してみよう。

まず、二つの伏線を張って七実が回避できない状況を作り、膝蹴りを食らわせようとした。

右手を掴み、左手で後頭部を掴み、左足で七実の右脚の付け根を踏んで、跳び上がる様に膝蹴りをした。

『忍法足軽』を使って膝蹴りの風圧で飛び上がろうとも、左足で押さえつけているからには出来ないし、後退しようにも左手で後頭部を抑えているから出来ない。

なのに、なぜ攻撃される?

いや、それ以前に攻撃はどこからやって来た?

左か? いや、左は無い。左側には自分の腕があった。『百合』は胴回し回転蹴り…。自動的に右腕でガードされてしまう。

なら右か? いや、右脚は使えない筈だ。七実の右足の付け根は絹旗の左足に押さえつけられている。右ではない。

なら、どうやって七実は虚刀流『百合』を出せたのだ?


「な、ぜ……」

「知りたいですか? 知っていいのですか? いえ、悪いでしょうね」

「?」


絹旗は疑問詞を頭に浮かべる。すると、七実は指をさした。絹旗の、左の足元へ……。

絹旗は自分の左足を見る。そして目を疑った。


「その足、邪魔だったので折らせていただきました」


足の脛から足先が、90°、別の方向を向いていた。


「―――――ぁ゛、ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛!!!」


今更になって左足がボッキリ折れていた。そのショックとパニックが引き金になったのだろう。

今まで我慢してきた体中のダメージと激痛が津波となって押し寄せた。


「さすがにあの膝は危ないと思いましたので、来る直前に絹旗さんの脛を掌底で折り、右足が自由になった所で体勢を低くして、『百合』であなたの顎を砕かせていただきました。どうです? 痛くて痛くて泣きそうですか? 何せ、『弁慶の泣き所』と呼ばれる急所ですから」


と七実は言った。

そうか、左足をへし折って自由になった右足で胴回し回転蹴りか。全くもって荒っぽい方法でやってくれたものだ。何も感じなかったのは、一秒にも満たない時間でやってのけたのだろう。


「では、今度はこちらから行かせてもらいます。覚悟はいいですね?」


と、七実は構える。また一の構え『鈴蘭』だった。

だが、絹旗は歯を食いしばって立ち上がろうとする。折れた左足を無視してでも、立ち上がろうとした。

「―――――まだです」

「……まだ、諦めませんか。なんとしぶといのでしょうね」

「まだです……。まだ終わっていない!!」


だが折れた足はどうしても立ち上がるのには邪魔だった。だから服の襟首を口元に持って行って、舌が噛まないようにそれを噛み締める。

絹旗は明後日の方向に向いた足を強制的に元の向きに戻そうとしているのだ。


「 まだ……。まだ! まだぁぁあッッ!!」


バキボキッ! と痛々しい音が鳴った。


「ぐぅうッ!!」


激痛で顔が歪む。


「足の骨が折れていてもお構いなしですか。肋骨も折れていると言うのに……。あの削板軍覇さんと言う少年の言葉を借りるなら、なかなかの根性ですね」

「そら、毎日七花さんに鍛えられてますからね。根性ならあの超能力者に敗けてませんよ」


そのまま、折れている筈の、左足を踏みしめた。

絹旗の窒素装甲は空気中の膜が全身を覆っている形状をしている。

まるで、如何なる攻撃も超通用しない鉄の鎧みたいな能力だ。そこで、骨折した所に集中的に窒素を集めて超高圧で固めてギブス代わりにしてみた。

とっさの思い付きでやってみたが、思いのほか効果があった。

爪先で地面を突いてみる。



(でも、やっぱり超痛い……。持って10分。今までやったことが無いから、いつもより演算が難しい。……超すっごく集中力がいる)


青く腫れている脛の、折れた骨と骨の間が、体重が支えられないと悲鳴を上げていた。胸も痛い。意識がふっとなくなりそうだ。

七実は感心したように。


「なる程、骨を内側ではなく、外側につけた……。今は昆虫の様な構造をしている、と?」


その目で直接見たのだろう。


「まぁ、そんな感じですね。―――じゃあ、さっそく続きです!!」


絹旗は叫んで拳を握って襲う。左足はもうポンコツだ。踏み込んだだけでも激痛が脳に刻まれる。右足を踏み込んで、左ストレートを繰り出す。

轟と風を切って七実へと真っ直ぐ突き進んでいったそれは、全体重を込めたフルスイングの一撃だった。

果敢にも立ち向かってくる絹旗を見て、七実はふっと笑った。


(ああ、これが努力と言うのね……。いえ、必死と言うのかしら。本気で自分の命と引き換えにする覚悟で私にぶつかってくる……)


もうこの子は盗人じゃない。今は盗人としてではく、一人の剣士として扱うべきだ。さっきも言った。そう決意し、覚悟を持った。だから、もう手加減はしない。


(これ以上、いい加減な態度で接していたら、かえって失礼に値するもの)


全力を持って、一本の刀として、一人の人間として、一人の姉として………。

拳が目前に迫る。それは一発だけで人間の頭蓋骨を粉砕し、アケビの実の様な脳を周辺に四散させるだろう。

七実はそれを冷静に、軽々と下に潜る様に避け、ガラ空きになったボディーに両肘を連続に打突する。

ズドドドドドドッと、背中が太鼓みたいに振動し、押し出されたかの様に絹旗の口と鼻から血が溢れ出した。耳からもツーっと血が垂れる。


「ぶ、ふぉォ……ッ!」

「―――虚刀流『野苺』」


肋骨が全て折れたのではないだろうか。右左24本全て、完全に。ついでにそれらの中心にある胸骨も粉砕されたのかもしれない。

証拠に、『痛み』『激痛』と言う言葉には表しきれない、筆では表現しきれないモノが、絹旗に襲った。


「…………………―――――~~~~~ッッッ!!」


悶絶。

顔がそれに歪み、呼吸が出来ない苦しさで顔が真っ青になる。

苦しい。痛い。辛い。

それでも絹旗は反撃を止めない。痛みに堪えて息を吸った。今度は足技だった。絹旗は蹴り上げる様に右足を振るおうとした。

軸足は折れている左足。全体重を支えているから、さらに激痛が発生する。それを気合と根性で叩きのめす。


(折れている左足がなんだってんですか!!)

「うォォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


だが、少し浮いた右足を見て、瞬時に七実は防御に掛かる。


「遅い」

「!?」

メキョッ! と嫌な音がしたかと思うと、七実の右足が絹旗の左膝に突き刺さっていた。

軸足になっている逆の脚の膝を蹴り砕いたのだ。右の蹴りを止めながら機動力を削ぐために。

絹旗は予想だにしなかった攻撃に悲鳴を上げた。


「がぁぁぁあっ!!」


奇妙な形でくの字に曲がる膝。観客の誰もが背筋が凍りつく。膝の裏から血潮が飛び散って、皮膚を破って白い骨が見えていた。

機動力どころか、二度と満足に歩けない足にしてしまった。例え窒素のギブスがあってしても、ここまで破壊されてしまえば何も出来ない。

七実はそのまま『虚刀流六の構え「鬼灯」』を取る。

首を固めた頭部の左右に手刀を配置し、両肘を対称的にそれぞれ前に突き出しつつ、両脚は爪先立ちにした、非常に自由度の高い構えである。

その構えのまま、左足を引き、右足を前に出して絹旗に向かって半身の体勢を取った。手刀を耳の後ろ…いや肩の後ろへ引き、ちょうど肘が耳に当たる。

そこからスライドする様に体重移動で体勢を絹旗に寄せ、連動させて手刀を肩から滑らせた。

無言で七実は、肩口から発射させた手刀を絹旗の頭上へと振り下ろす。


「ぐぉ……がぁぁああああああッ!」


それを折れ、力が入らない左足を無理に踏んばらせて、重心を後ろに反らせる事で何とか回避できた。

完全に回避しきれず斬れたのか、顎に紅い線が出来て血が滲み、来ていた衣服がブラジャーと一緒に裂けた。未発達の小さな胸がやや露わになる。

ロリコンなら泣いて喜びそうな場面だが、絹旗の胴体の骨はボロボロだ。青い痣と腫れでグロテスクになっている。

それよりも、何とか七実の鋭すぎる斬撃を回避する事が出来た事を安堵し、絹旗は一瞬息をつく。


それが失策だった。決定的な隙を自ら作り出してしまったのだ。


絹旗の右足が七実の右足に踏まれると言うミスを犯してしまう。

すでに次の斬撃を繰り出そうとしていたのだ。体勢を低くし、右腕をだらんと下していた。


「しまっ――――!」


七実は次に繰り出す技名を呟く。


「―――虚刀流『雛罌粟』」

(雛罌粟!? ……確かそれは下から上へ手刀を超切り上げる技…。――――まさかッ!?)


先程の斬撃は上から振り下ろす斬撃である。それに対となっているのが今繰り出そうとしている『雛罌粟』。

そう、さっきのは囮だった。避けられることを想定した斬撃だった。


(しまった、さっきの斬撃の超斬り返しを狙っていたのか!)


絹旗は健全である右足を使って飛び退こうとしたかった。転がってでもいいから、この一撃必殺の斬撃を回避する事に徹したかった。

だが、したくても一歩踏み込んで右足を踏み抑えている。

喧嘩や武術の初歩の初歩だ。踏まれた相手は身動きを封じる為の。


(あの手刀をモロに喰らったらヤバい! ―――回避!)


だが七実は回避方法を考えさせてくれるほど優しくない。雷ほどの速さの手刀を絹旗の体へと発射した。風を切りながら一撃必殺の斬撃は迫る。

その時だった。避け切れないのならガードするしかないと判断したのか、それとも条件反射なのか、絹旗は左腕をとっさに前に出した。

そして、斬撃に巻き込まれ―――







―――絹旗の左腕が、空を舞った。






「…………………………………………」


まるで、包丁で切られるステーキの様に、スッ…っと手刀が腕を切り離していくのが、解った。


――――――私の、窒素装甲は……。


呆然と、切り離された左腕の行方を見つめる。スローモーションに見えたそれは、高々く空を漂い、後方へと落ちていった。

ぼとん、と肉が落ちる鈍い音がした。


――――――こんなにも、脆かったのか。


何が、窒素装甲があるから七実は一撃で殺せない―――だ。

七実は、いつでも自分を殺せたじゃないか。


次に左腕の切り口を見る。

見事な切り口だった。ライフル弾をも跳ね返すの強度を誇っていた窒素装甲を、野菜の様だと嘲笑うかのように、手刀は高く挙げられていた。

体を見ると、左側の胸から真っ直ぐ肩にかけて、薄くて紅い線が刻まれているのに気付く。

それがどんどん、どんどん濃くなり、とうとう紅い線の上に同じ紅い色の滴が浮き出てきた。

その時、ようやく気付く。



――――――あ、斬られたのか。



いきなり噴き出した赤―――。

絹旗の体内から、血潮が舞った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ガラスの向こう側で、勝利を確信していたのにもかかわらず、茫然としていた。一同は絹旗の左腕が宙を舞ったのを発見したからだ。

何が起こったのだ。どうしてこうなったのか。信じられなかった。

―――絹旗が斬られた。

ここで決定した。絹旗は敗北する。即ち、絹旗最愛の死亡が確実になった。七花は今度こそ、自分の大切な何かがが奈落の底に突き落とされたのを感じた。


「………そ、んな」


いや、始めからわかっていた事じゃないか。

絹旗最愛は鑢七実には決して勝てない―――と、どう考えてもひっくり返る訳がないとわかっていたじゃないか。

それをたった一つの奇策で打ち破れると言うのが、夢幻と言う物。幻想だ。なぜ、あんな希望に縋ってしまっていたのだろう。

七花もとがめもフレンダも、表情が反転する。

ただ一人、やっぱりと肩を落とす滝壺は、ガラスの壁に寄り縋って泣き、金切声で叫んだ。



「きぬはたぁァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「――――――…………………。」


『ズバンッ!』と効果音を付けるなら今だろう。

血が噴き出す。

全身の力が一気にでなくなり、体が膝から崩れ落ちた。

気持ちがよくなる程の華麗な一閃だった。

七実は呟く。


「終わったかしら」


だが、ブザーは鳴らない。

否だった。


「………まだ…だ、までですよ………」


絹旗は右膝を床に着け、脚が震えながらも立ち上がろうとしていたからだ。


(全くもって恥ずかしい。超失策をしてしまった。上体を反らしていた方がまだ良かった)


と反省しているがもう遅い。今は立ち上がる事すらも出来ない。血が足りないのか、フラフラと頭の位置が定まっていなかった。

そんな姿を見ている七実は、もう呆れている。


「本当にしぶとい」


だが、なぜか面白みがあって良いのではないかと思ってしまう自分がいる。

斬っても斬っても、どんなに斬っても、ここまで立ち向かってきたのは、生涯初めてだからだ。つい尊敬してしまう。


「ぐ……ぁぁ…………ァ……らぁぁぁああああッッッ!!」


何とか立ち上がる絹旗。もうこれが最後の力になってしまった。

もうどれくらい出血しただろう。血が一気に抜けたから顔色が青白くなっているかもしれない。


「いいえ、『諦めが悪い』と言った方がしっくりしていますね」

「へへ、よく言われます」


笑って見せるが、


(何もかもを超尽くした……何もかもを超やり尽くした……。もう超息も出来ないし、痛みも感じなくなってきた………。頭もフラフラで足元がおぼつかない……)


でも、まだ、まだ終わらない。

なぜなら、


「まだ、あなたを殴っていない……」


その言葉を聞いて、七実は嬉しそうに笑う。


「いいでしょう。何度でも立ち上がり、何度でも拳を振るい、何度でも立ち向かって来てくださいな。その分、私は全力を持ってあなたを斬り殺してあげましょう」

そう言って、七実は前へ駆けた。
―――この試合ずっと後手の先を守っていた七実は、初めて先手を取った。


「――――ッッ!!」


一拍一秒と言う単位で計るのなら、明らかに長いだろうと感じた。それほどにまで速く、既に七実は絹旗の目前に現れていた。


(……さ、さっきから思っていたけど、超速いとかそう言う次元をとうに超えている!! 瞬間移動能力者か!?)


もう反応できても出来なくても、視覚からの情報が脳に伝わっていようが、そこから筋肉への命令が間に合わない。


「…………ッ!」

「―――虚刀流『牡丹』」


ズドンッ! と、大砲が放たれた様な轟音が響く。七実の後方回し蹴りが絹旗の腹に直撃した。


「ぶはっ!」


魚の形をした醤油さしの様に、腹からの衝撃で血が吐き出される。


「くっそ……ッ!」


絹旗は体力が無くとも、ダメもとで抵抗をした。

だが、それよりも速く七実の攻撃が続いた。


「―――虚刀流『木蓮』―――虚刀流『桜桃』」


これも人間の反射速度を軽く超える二連攻撃。

そのあとも、七実は次々と技を仕掛ける。それらは尽く、絹旗の体に突き刺さった。


「―――虚刀流『雛罌粟』から『沈丁花』まで打撃技混成接続」


次は刃の雨だった。手刀足刀貫手掌底……無数の刃が暴風雨となって体中を叩く。

七実はただ淡々と軽々と技を繰り出してくるが、一発一発が猛スピードの10tトラックと同等の威力を凝縮したように思えた。

実際に七実の下段蹴りが絹旗の左太腿に突き刺さり、太い骨をへし折った。

また、それらは皆、一つ一つが芸術的に精錬された動きをしていた。反撃しようとしても、逃げようとしても、髪の毛一本分もその隙が無い。

それでも絹旗はガードをしているが意味は無く、刃は体を確実に砕いて行った。

いつの間にか、絹旗はガラスの壁の所まで追い詰められていた。背後には七花がいた。絹旗の全身が真っ赤に染まるのを、七花はじっと見ていた。いったい、彼は何を思っているのだろう。


「…………がァ…」


でも、生きている。何とか命をつないでいる。不思議なくらいに。だが致命傷を受けてしまった。

先程の肋骨胸骨と左の足と膝、左腕、それと左の胸から肩のは元よりだが、さらに被害は悪化した。

まずは右大腿骨骨折。折れた肋骨が突き刺さり数カ所の内臓損傷。胃・腸・膵臓破裂。鼻骨骨折。右頬骨陥没骨折。左脇腹部貫通。咽喉裂傷。

右大腿骨を蹴られ、胴に無数の打撃技を喰らい、鼻骨は粉砕され、頬骨は陥没して目玉が垂れてきていて、喉は手刀によって裂かれた。


「――――ひゅ…ごぉ……ッッ!!」


咽喉を斬られたから声は出せない。獣のうめき声の様な呼吸音だけが喉から出ていた。

もう人の姿をしていないまでになってしまった。『人の形をしそこなった何か』と見間違える程、絹旗は壊されていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


観客の中で、一人がスタンドの後ろで嘔吐する。世界広しと言えど、格闘技どころか戦争中の白兵戦でもここまで人の形を歪ませる事は出来ない。

嘔吐した彼は呟く。


「絹旗と言うガキ……まだ生きている。生きてやがる。いや、どうやったら生きていられるのか不思議でならねぇ」


普通なら出血多量で失神しているか死んでいるか、腕を切り落とされたり大腿骨をへし折られたりして痛みのショックで失神するか死んでいる筈なのだ。

なのになぜ? ―――と。そしてこうも呟く。


「……バケモノだ……。バケモノを倒す為にやって来た小娘だと思っていたら、小娘もとんだバケモノだったじゃねえか……。やっぱり、学園都市の連中はイカれてやがる。ここは子供の学習機関なんかじゃねぇ……。バケモノ生産工場だ!!」


そうだ。彼女は化物だ。そして俺たちも化物だ。怪物だ。フランケンシュタイン博士よりも質が悪い怪物育成機関。

垣根帝督はその声を耳にしながら、心の中で頷いた。

これはある資料からのデータだが、絹旗最愛は赤子の頃から精神がイカれた研究者に育てられ、物心付く頃には脳を弄繰り回され、幼少時から研究の実験台として死と隣り合わせで生きていたらしい。

『闇の五月計画』

それがその研究の名だ。暗部では有名すぎる話だから今は端折るが、結局はそんな彼女は化物だ。人の体をした、人の皮膚を纏った怪物だ。

そんな怪物もそうだが、垣根は別にそう言う境遇の人間だけがそうだとも思っていない。

偏見的な言い方だが、学園都市の超能力者は、特に大能力者・超能力者は兵器として扱われる節がある…と考える。そもそも学園都市の(頭がイカれた)著名な学者どもは子供をモルモット呼ばわりしている。―――そいつらの方がよっぽどバケモノだ。

とにかく、学園都市に置いて、そう言う面では学生は物扱いされるのだ。何より、実際、風紀委員だって自らの能力を武器にして戦わせている仕組みになっている。


(学園都市はイカれてやがる。木原も、アレイスターも。そんなクソヤロウが統治する地獄の様な街だ。そんでその地獄で育ってきた俺たちは鬼だ。バケモノだ。だが、ただのバケモノじゃねぇ)


それでも人の感情を持っている。

笑い、泣き、怒り、喚く。時には暴走するほど恋をし、時にはシュンと反省する、この街の悪鬼共はそんな少年少女に過ぎない。

そもそも少年少女たちをバケモノと蔑むこと自体が間違いだ。

人が人たらしめるのは、そこに『「意思」があるかどうか』だ。その意思が覚悟を持っている。意思とは心ではないだろうか。そして意思がある行動は、自然と魂が宿る。

だが、意思も無く、覚悟も無く、心無い、ただ淡々とした行動は、魂など宿らない。

そんな意思のない人間など、魂が抜け落ちた人間と同じだ。

いや、魂の無い人間など、それは人間ではない。人形だ。ただ殺戮を繰り返す『バケモノ』だ。あの『微刀 釵』と大して変わらぬ殺人兵器だ。

そこが、学園都市の怪物と、ただの殺戮を繰り返す人形の違いだ。


―――そんな、魂がある怪物、絹旗最愛は諦めない。


どんな地獄の底にいても、諦めない。蜘蛛の糸ほど細くて、いつでも切れそうな希望にだって縋る。

故に奇蹟が起こる。例えそれが100万の罪人の内、たった一人だけを救う蜘蛛の糸だとしても、確率が限りなく零に近くても、絶対に奇蹟を起こすまで諦めない。


「つっても、希望なんてチャチなモン、見るのも諦めちまった俺が言うタチじゃあねぇわな」


垣根は馬鹿馬鹿しく呟く。

垣根から見て、絹旗は青く見えた。真っ直ぐで諦めないという事は、駄々を捏ねる諦めが悪い餓鬼と同じに見える。

だが、それが楽しく思えた。

もし、もっと前に……例えば最初に絹旗が倒れていた時に彼女が七実と戦うのを諦めていたら―――七実は絶対に命乞いをする少女の問答無用で首を刎ねていただろう。


(――――諦めが人を殺す……のか)


だが、諦めずに戦って戦って、耐えて耐えて耐え忍んで、ボロボロになってでも立ち向かう、諦めの悪い姿勢があったこそ、絹旗は今も生きている。

諦めが人を殺すのなら、諦めない先に死以外のモノがあるのならば、一体何があるのか、それを知りたいと思った。

ドレス姿の少女は、その遠い目を見て、口を開いた。


「諦めないわね」

「ああ、あいつは諦めない。ああ言う馬鹿野郎精神旺盛な奴は、例え腕がもがれようが足が千切られようが諦めねえ大馬鹿野郎だ。よくもまぁ暗部で生き残れたもんだ。暗部の人間なら、100万分の一の確率で勝利するより、10割の確率で生き延びる道を選ぶ筈だろう?」


それが先程馬鹿馬鹿しく呟いた理由だ。


「明日も生き残るために任務を失敗してでも生きるのが暗部の人間の特徴だ。失敗したなら、次の任務でその失敗を返上すればいい」

「ええ、そうよね」


少女は頷く。


「で、なんで絹旗最愛は諦めないの?」

「それはな、きっと―――」



―――――細い細い蜘蛛の糸を、一縷の希望の光を待っていたからだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「………く……そ、まだで…す。まだ、まだ、」


絹旗は例えボロボロでも、何度でも立ち向かう。

―――諦めが人を殺す。人は諦めたその瞬間に死ぬのだから。

実際、絹旗のダメージは大きく、諦めて気を抜いた瞬間に倒れて死にそうだ。


「私は諦めません。超諦めたら死んじゃいますから。だったら私は諦めず、足掻いて足掻いて、明日も明後日も生き延びて、超強く、超超超強くなりたいです。七花さんと共にいる為に」


もう、顎の力が弱まってきた。フガフガと言葉が聴き辛くなっている。無理もない。顎はとうの昔にポンコツになって、今もしゃべっているのが奇蹟だ。血を多く失い、骨を折られ、立っている事すら危うい。

だが、それでも絹旗は諦めない。目にはもうそれしかなかった。希望に縋る意思と闘志だけが、瞳に炎を灯していた。


「そうですか。それでは私は引導を渡してあげましょう。――――これが最後です」


絹旗は希望を、蜘蛛の糸を待っている。生きる為に。なら、殺そうとする七実はその糸を切り落とそうと、絹旗の襟首をつかんでガラスの壁に叩きつけた。


「ガァッ!!」

「この一撃であなたを殺す事にします。『忍法足軽』で力を抑える事はしません。全身全霊を持って、あなたを殺します。七花の目の前で。例え、この右手が粉砕しようとも―――」


叩きつけられた絹旗は、倒れまいとガラスの壁に右手に爪を立てて掴んで、体勢を保った。どうやら、右腕だけは何とか動けそうだ。だが、その他全部が錆びた歯車の様にギシギシと音を立てて動かない。

それを見て、


(残りの弾数は………超精一杯捻り出してあと一撃………ですか。――――超上等。これでも超天の助け、超奇跡ってヤツです)


振るえる両足を何とか押さえつけ、痛みに歯を悔いしばって堪えながら、右手を握る。


(本当、本当に、羨ましくて、微笑ましい……)


七実は微笑んで。

「では、これで最後にしましょう。私はこの一撃で終わりです。もし、あなたがこの一撃を回避するなり持ちこたえるなりして、いつも通りに立っていられるなら、この勝負、あなたの勝利としましょう」

「……………了、解です」


すでに絹旗は満身創痍。

それでも七実は手加減しない。



「では――――――――――よろしいですか」



七実は訊いた。

絹旗はハッ、と笑って応える。




「――――――――バッチ来い」





それを聞いて、七実はたった一歩で間合いを詰める。絹旗は決死の覚悟を決め、目を見開いて迎え撃つ。

七実のあまりの速度で、風圧で砂塵が舞った。嵐の様な突風が絹旗と七実を包む。

この会場全ての人間が、この勝負の終焉を肌で感じ取った―――。

七実は絹旗に左の掌を向ける。大きく足幅を広げ、腰を落とす。この構えは―――。


「今から放つのは、あなたが真庭狂犬さんに放とうとした虚刀流の奥義の一つ………」


七実がとった構えは一の構え―――『鈴蘭』。となると、そこから繰り出される強烈な一撃は一つしかない。心臓を完全に潰す、虚刀流一の奥義『鏡花水月』。


「――――行きます」

「ぐぅ………!!」


―――動け、動け、動け動け動けッ!! 超頼む、動いてくれ両脚!!

左脚は二ヵ所、右脚は一ヵ所の骨折がある。この状態で動けと言う方が無理な話だ。だが、ここで動かなければ、一体いつどこで動けばいいのだ。

鏡花水月は左胸…心臓を壊す技。だから右に体を動かし、掌底を回避しなければならない。

だが、両足は二本とも足の裏から根っこが生えたように動かない。


―――ここで、絹旗は死を予期した。


(だめ……か!?)


否、否、否、そんな事、あってたまるか!! 諦めるな!! 諦めるな!! 諦めてたまるかってんだ!!



「ゥぉぉッ、ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」



雄叫びを上げる。

脳の中で何かがはち切れる。頭の中で血液が高速に回転している。脳細胞が死滅する程熱くなっている。

視界の中の光景が、妙にゆっくりと動く。

虚刀流最速の奥義が、スローモーションになって見えた。


そして、ここでようやく希望の光が降り注ぎ―――奇蹟が起こる。



―――左足が滑ったのだ。



何故だかは解らない。砕けたコンクリートの砂を踏んでいて滑ったのか、それとも無意識にスライドしたのか、とうとう足の力が尽きたのかは、解らない。

いずれにせよ、左足が滑っておかげで大きく腰が落ちた。

それが奇蹟だった。

絹旗が諦めず、諦めず、もがいて足掻いて掴み取った奇蹟だった。





―――鏡花水月の到達点が心臓真上の左胸から、顔の左側へ移った。





だが、それでも安心できない。ただ心臓から顔面へと、破壊部分が移動しただけだ。

そこから何かしら回避行動をとらなければ、頭が吹っ飛ぶ。



「―――――ッッ!! ―――ォ、―――ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」



だが、それだけで十分だった。

スローモーションの中で、なぜか無事でいた右手の掌底が、条件反射で反応する。



スパァァンッッッ!!!!



と、音がした。

その正体は肌と肌がぶつかり合う音。

原因は―――――――





――――――顔面に襲ってくる掌底を、絹旗の掌底が側面から払ったからだ。





首を少し曲げ、顔の左上に突きあげられるように払われる掌底―――。

それこそが、地上最強の生物 鑢七実が放つ虚刀流最速の奥義『鏡花水月』を回避する奇蹟だった――――。


「がぁッッ!!」


だが―――、


(ひ、左目が……)


左目をやられた。

鏡花水月を回避する事は出来た。が、完全にとはいかなかった。七実の掌底の…親指が眼を掠めたのだ。結果的に言えば―――眼が潰れた。

それでも勲章モノだ。

あの鏡花水月から、生きていられるのだから。

だが―――。

七実の鏡花水月は七花のそれとは違う。凍空一族の怪力を100%フルに使った特別なものだ。

その風圧だけで、絹旗はガラスの壁に叩きつけられるのである。


「グ…―――――ァッ」


後頭部から猛烈な衝撃が伝わる。ハンマーで殴られた様な痛みがし、後頭部から血が流れる。もしも普通の人間なら、車に轢かれた蛙みたいにぺしゃんこになっていた程の威力だから、無理もない。

それが決定的なダメージになってしまった。鏡花水月を回避できても、それの副作用によって倒れたのならば意味はない。

――――絹旗の敗北だ。

糸が切れた人形の様に、崩れ去ろうとする絹旗の体。それさえもスローモーションだった。


(嫌だ、まだ諦めたくない―――。超勝ちたい。あと少し、あと少しで、超勝てるというのに――――。超考えろ、まだできる筈だ。まだ右腕は超動く――――。)


悔しそうに絹旗は表情を歪ませる。


(ああ、あの、七花さんが第七位に放った技、超凄かったなぁ――――。)


絹旗はあの壮絶な試合を思い出す。

あれはとても感動した。やっぱり、鑢七花は自分が見込んだ男だ。強くて、憧れる。だからついていきたいと思ったのだ。強くなるために。強くある為に。七花と共に生きる為に。


(だから、あの技…何とか習得したい――――。だから勝たなくちゃ――――。生きなくちゃ――――。ここで、諦めるなんて出来ない――――。諦めたくない――――。)





―――――――――――――――諦めたくないッッッ!!!!!





その思考こそが、決定的だった。


その思考があったこそ、諦めない。

ダメージは大きい。致命傷を多く負いすぎた。だが、まだ諦めていない。まだ一発分の体力はある―――。

まだ、絹旗は終わっていない。終わってたまるか―――。




そう、そうだとも。

まだ終わってはいない。

終わってはいない。






――――――絹旗の奇蹟は、まだ終わってはいない!!






奇蹟は諦めない者が掴み取る物だ。奇蹟は諦めない人間にしかやってこない。絹旗は諦めていなかった。諦めずに勝利に縋った。

『諦めない』

その思考があった。故に、奇蹟は何度でも絹旗にやってくる!! たった一本の蜘蛛の糸。一縷の希望の光。


「―――――ぐっぅ!!」



それは絹旗の耳がとらえたモノだった。それは人の声。それは自分の…絹旗のモノではない。絹旗の声はこれほどまで綺麗で大人びたモノではないからだ。

では誰のだ? 一体誰が、この声を発している。

一人しかいない。絹旗の他に、ここには一人の女しかいない。

それは誰よりも強くて、誰よりも速くて、誰よりも冷淡で、誰よりも過激で、誰よりも才能に溢れ、誰よりも努力に憧れている―――地上最強にして最悪にして最恐にして最凶の魔王、悪魔、死神、鬼……。



―――他ならぬ鑢七実のモノであった。



なぜ、七実が何かに堪えようとして顔を歪めている? それは一つし考えられない。

―――手を痛めたのだ。

凍空一族の怪力を最大限に使った鏡花水月は、掌に強大なダメージを負わせる。手だけではない。肘、肩などの関節や靭帯、筋肉……そして内臓にまで過大な負荷がかかるのだ。

そう、今―――七実の右腕は、何かしらの怪我をしている。または内臓が痛んでいる。

何億もの死の病に侵され、痛み慣れしている七実でも、少しだけ動きが鈍くなる。

天から降ってきた蜘蛛の糸。一縷の希望の光。そして―――――髪の毛一本分の隙。


――――絹旗はそれを見逃さなかった。――――それが最大の奇蹟。



諦めない想いが起こした。これがラストチャンス。完全に一撃を与える、最後のチャンス。



「――――――――――ッッッッッッ!!!!!!!!!」



とっさに拳を握った。気付いたら体が動いていた。

これが最後だ。最後の一撃だ。命がる限り、命尽きるまで生きる事を諦めない。生きる為に!!


「ォァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――ッッッ!!!!!」


頭のリミッターが更に外れる。

殆ど無意識だった。

自身の動きが、あの時見た、始まりの日に見たあの一撃の七花の動きと重なる。―――鑢七花のようになりたいと言う心が、そうさせた。

倒れそうになった体を両足をしっかりと地面につけさせて体勢を持ちこたえさせる。折れた右大腿骨はなぜか痛くなかった。 左の脛も膝も全く痛くなかった。

そしてなぜか無事に動く右拳に、力を溜める為、両足を横に向け腰を落とし、身体をちぢこめる。


それは紛れもない――――――虚刀流四の構え『朝顔』


唯一拳を握る虚刀流の構えにして、そこから放たれるある一つの奥義は、その一撃の前ではどのような防御も意味をなさず、外側はそのままに内側のみを破壊する一撃必殺の技―――。

絹旗は身体を不自然なほどに捻った状態で固定する。

そして、押さえつけられて溜められた力の塊は、反動で跳ね返る様に爆発し、真っ直ぐに七実の腹部に直進する。

そう、これはかつて鑢七花に喰らわされた技の一つ。



「―――――喰らェェェェええええええええええ!!!!!!」


「――――――――ッッ!!」


七実は隙を作った事にようやく理解した。彼女の意思は、しっかりと察知していた。だが、彼女の体はとうの昔に限界を超えていたのを、見稽古で解っていた。

もう動けまい。もう反撃する事も立ち上がる事も出来まい―――と、思っていた。

だが、鑢七実の見稽古を持ってしても、絹旗最愛の諦めの悪さから生じた奇跡の一撃を予期する事は出来なかった。

二人の距離はたったの50cm。視覚からの情報が脳に伝わっていようが、そこから筋肉への命令が間に合わない。回避の為に『忍法足軽』を使おうとしても然り。

ただ、その拳が自分の腹に突き刺さるのを見ているしかできなかった。


「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお――――――――ッッッッッ!!!!!!!」


防御不可の虚刀流四の奥義を――――。その名は――――。




「虚刀流奥義―――『柳緑花紅』ッッッ!!!!」





拳の風圧で、嵐が巻き起こる。

拳は完全に七実の腹に突き刺さった。

現実味が無いが、確かに彼女が来ている袈裟の感覚が拳から感じ取れる。


(――――――決、った………。)


手応えはあった。拳の衝撃は七実の内臓を破壊した筈だ。

拳を見てみる。確かに縦拳はしっかりと七実の腹に深く突き刺さっている。布の感触も、その奥の肉の感触もある。そしてその拳には紅い血が点々と付いていた。

決っていた。


「――――はぁ……はぁ……はぁ………」


最後の一撃。全身全霊込めて撃ち抜いた。もう腕も上がらない。足など前に出せない。

だが、絹旗は七実の鏡花水月を回避し、立っていて、そして柳緑花紅で必殺の一撃を与えた。全力だった。生きてはいられない。


「―――これで……―――終わった……?」


息絶え絶えで、荒れた呼吸をしながら七実を見てみる。見上げて、七実の表情を見てみる。立ったまま死んでいるのか、それとも気を失っているのか―――。









「――――――完璧でしたね。まさか、柳緑花紅までも完全に物にしてしまうとは………」







どちらでもなかった。

口の端から血を流しながら、拳を突き立てられながら、ただ立っていた。


「………そ、んな」

「確かに殺したつもりだったのに……。と言いたいのですか?」


顔に書かれていたのか、七実はその理由を答えた。


「確かに完璧でした。柳緑花紅は鎧通しの技…力の伝導で相手を倒す技で、しっかりと内臓にまで威力は死なずに伝わりました。内臓のいくつかが破壊できたでしょうね。しかし生憎、私は内臓の痛みには慣れてますし、そもそも“内臓の殆どは昔、腐り落ちて、排泄物と一緒に廃棄されましたので最初からありません。ですのでその奥義は殆ど意味はありません”。まるで虚空に拳を振っているようですね。―――ああ、今思えばこの奥義は、これが弱点になりますね」

「そんな……」

「いや、そう言う残念な顔をされては困ります。むしろ私は褒めているのですよ?」


と、七実は微笑んだ。嬉しそうに微笑んだ。


「この私に一矢報いた人間は、いえ、私に攻撃できた人間は、錆黒鍵さんとお父さんと、弟の七花くらいですから、覚えている範囲ならあなたで四人目です。他の三人と比べ、気が遠くなる程の圧倒的戦力差で挑み、本当なら開始三秒で死んでいた筈なのに、諦めずにここまでやってのけたのは、本当にすごい事だと思います」


そんなに赤の他人を褒めちぎっている七実は、弟の七花は見たことが無い。……もちろん、無人島を出てからの話だが。

だが、七実は『ですが』と否定の言葉を挟んで、絹旗の反省点を述べた。


「私を殺すには、いささか威力不足だった―――と、私は分析します」


七実は絹旗の両脚を見下ろす。


「足の骨折のせいで、体重移動が甘かったようですね。まぁ、その原因を作ったのは私なのですが……まぁ、それは良いとしましょう。いえ、悪いのかしら」


そして、気味の悪くなる悪い笑みをして七実は――――





――――絹旗の体を空高く蹴り飛ばした。




「――――ッッ!?」


いや、蹴り飛ばしたのではなく、足を使って飛ばしたのだ。器用に『忍法足軽』で絹旗の体重を消し、脚で持ち上げる様にして。絹旗には対してダメージはない。

だが、空中から見る限り、七実は構えを取っている。


「虚刀流一の構え―――『鈴蘭』」


一体七実は何をするのだろうか。解っているのは、明らかにこれは攻撃体勢だという事だ。


ガラスの外側で、その光景を見た弟の七花は叫んだ。


「――――――ッッ!! や、やめろ姉ちゃん!! それ以上はッッ!!」


虚刀流七代目当主鑢七花は、勘づいたのだ。姉がやろうとしている事を―――。


姉の七実は弟の言葉には耳を貸さなかった。ただ、これだけ言った。


「いいえ七花。これは約束なのよ。絹旗さんとした、約束……。昔教えたでしょう? 約束を破るのは、駄目だって……」

そして落ちてくる絹旗に向かって七実は笑う。

「絹旗さん。この勝負―――私の敗けです。過去三度目の敗北です。一つ目は島で七花に、二つ目は土佐の清涼院護剣寺で七花ととがめさんに敗け、そして今回はあなたに敗けました。完敗です」

どこかだ―――とツッコみたくなったが、そう言えば言っていた。

『もし、あなたがこの一撃を回避するなり持ちこたえるなりして、いつも通りに立っていられるなら、この勝負、あなたの勝利としましょう』

―――と。

七実は約束を守り、敗北した。そしてこうも言っていた。七実は絹旗と賭けをしていた。確か、絹旗が七花に『憧れ』以外の感情を抱くかどうか。絹旗は『自分のこれからの人生の全て』を。そして七実は、

『虚刀流の技全てを、差し上げましょう』

―――と、そう言った。
七実は、この約束も守ろうとしていた。それは命の危険が、今まで以上に高まる方法で―――――。


「約束通り、あなたに虚刀流の技全てを差し上げましょう。きっと……あなたは七花に『憧れ』以外の感情、抱くと思います。ですから、前払いです受け取ってください。
―――その手始めとして、まずは虚刀流七代の努力の結晶を……」





「――――――――七つの奥義を差し上げましょう」




空中で、絹旗は訊く。

もう何もかもを理解したうえで、笑って。


「その名前は?」


七実は楽しみそうに笑みを作り、真顔で答えた。



「―――虚刀流最終奥義『七花八裂』」




それはかつて虚刀流七代目当主鑢七花が造った奥義―――。

虚刀流における一撃で相手を八つ裂きにする七つの奥義を、一気に七つ喰らわせる奥義―――。



「―――瞬きせず、しっかりと見て、忘れないでください」

「―――超了解です」


絹旗は抵抗せず、自然と落ちていき――――、七実の第一撃と激突した。そして、七つの嵐が、少女を殺していった。



虚刀流一の奥義―――『鏡花水月』

虚刀流二の奥義―――『花鳥風月』

虚刀流三の奥義―――『百花繚乱』

虚刀流四の奥義―――『柳緑花紅』

虚刀流五の奥義―――『飛花落葉』

虚刀流六の奥義―――『錦上添花』

虚刀流七の奥義―――『落花狼藉』




七つの奥義を繰り出す七実は、もう容赦はなかった。すべて全力。本気で殺そうとして、全ての技を叩き込んだ。

七つの奥義を繰り出す七実は、もう容赦はなかった。すべて全力。本気で殺そうとして、全ての技を叩き込んだ。

それを、絹旗は言われたとおり瞬きせずにしかと目に焼き付け、全身で噛み締める様に受け切った。

そして、七の奥義『落花狼藉』―――踵落としの技を喰らって地面に叩きつけられた。

周りには鮮血が飛び散り、その一つが七実の頬を濡らした。

絹旗はピクリとも動かない。

動くものか。何故ならもうすでに絹旗は死んでいるのだから。


ここで、やっとブザーが鳴った。


『勝者、BS!』


BSとは、今回の七実のコードネームであり、リングネーム、チェスの『僧侶(ビショップ)』の略である。

ブザーがなり、試合が終了した。だが誰も一言も言葉を発そうとはしない。本来なら、溢れんばかりの歓声がするのに、まったくそれが無かった。


だが、その中で一つだけ動きがあった。

七実の視界から一人の影が飛び出してくる。風の様に駆けてきたそれは、彼女がよく知る人物だった。


「姉ちゃん」


怒気を孕んだ声が、耳に突き刺さる。


「なあに、七花」

「やり過ぎだ」

「それはさっきも言ったわ。これは二人の承諾の上での行動……。あなたにあれこれ言われる筋合いはないわ」

「そうかよ」


七花は、倒れて動かない絹旗を抱きかかえる。

血で真っ赤になった絹旗の姿は目に余るものだった。

全身の穴と言う穴から血が噴き出してる。目、耳、鼻、口から尻まで、搾り取っているように血が爛れ出ている。

死んでいる…としか思えなかった。

だが、なぜか息をしていて、しかも意識もあった。


「…………しち………か………ざ……ん?」

「ああ、絹旗。よく頑張った。よく頑張った。だからもういい。喋るな。ゆっくり休め。…………ッ!!」」


そこで、ようやく七花は気付いた。


「絹旗…眼が……」

「……………へへ……左目も……右目もやっちゃいました………」


左目は言わずともだが、右目の目の玉が抜け落ちていた。


「ああ…七花さんの、顔……見られない……のが超、残念です…………」

「―――~~~~~~~ッッ!!」


七花は泣きたくなった。


「もういい、喋るな……」

「超泣いてくれるんですか? ………超、嬉しいです」

「待っていろ。すぐにあの医者の所に連れて行ってやる」


そう力強く言いながら七花は走る。絹旗は嬉しそうに頬を緩めて、恥ずかしそうに。


「えへへ………七花さんに超お姫様抱っこされてる…………」

「呑気なこと言ってんじゃねぇよ!!」


まるで、今にでも死んでしまいそうな勢いだった。つい声が震える。


「やめてくれよ………。もう誰かが死んで、それを黙って見ているのは御免なんだ……頼むから………頼むから………」


声だけではない。心も、体も、凍えたように。

だが、絹旗の声は暖かかった。


「超大丈夫……超、超、大丈夫ですよ」


と、優しく、


「私、超死にませんから。七花さんの前では、七花さんより超早く、超死にませんから。例え100歳を超えるおじいさんになっても、私は101歳まで超生きますから……私、諦めません」

「絹旗ぁ!!」

「私、超強くなりますから。超強くなって、七花さんを守れるよう、七花さんを悲しまぬよう、七花さんが安心できるよう、超強くなって、一緒に……」

「絹は………ッ!?」


そこで七花は気付いた。絹旗の体温が段々低くなって、冷たくなっていくことを。


「絹旗……!」


でも、絹旗は笑っていた。


「私、覚えましたよ……。『鏡花水月』…『花鳥風月』…『百花繚乱』…『柳緑花紅』…『飛花落葉』…『錦上添花』…『落花狼藉』……。そして、『七花八裂』」


今から起こる未来が、本当に楽しみそうに、笑っていた。


「ふふふ………超楽しみにしてくださ……い。今に、七花さんよりも……超強く………」


だが、段々体温が冷たくなっていくと比例して、声色が弱くなってゆく……。眠くなる子供の様に、うっつらうっつらと瞼を閉じて眠りの底に就くように……。

七花は叫ぶ。


「絹旗……? 絹旗!? 絹旗ぁ!!」


いや、呼ぶ。必死に叫んで彼女の名を呼んでも、うんともすんとも言わない。もう、永遠に返事が無い様に思えた。

そして、とうとう呼吸も―――。


「―――――――――……………………」


七花は何も言わなかった。

とがめ達が待つゲートまで、残り10mの地点で、七花は走る足を緩めて歩く。

もう、何も感じなかった。



「七花!!」


ゲートから待ち構える様に、とがめが呼んでいる。心配そうな目だった。同じような目は、後ろの少女二人もしていた。


「絹旗は?!」

「……………」


七花は黙って、絹旗の体を、雪の様に冷たくなった体を渡す。その冷たさを知って、とがめの顔色がさらに青ざめた。

後ろにいた滝壺とフレンダはもっと青ざめて、わぁっと泣き出した。

七花は一つ質問する。


「とがめ。あの医者の所までどれくらいかかる?」


とがめはすぐに答えた。


「ここは最北の第三学区。第七学区からは遠い……。が、安心しろ七花。あのカエル顔の医者に連絡した。もうすぐ着く頃だ!」


そして、とがめは七花にこう命じた。いや、命じようとした。


「七花。すぐに行くぞ。七花も一緒に―――」

「―――………絹旗を頼んだ」


命じかけた上から、強制的に拒まれた。七花は踵を返す。とがめは慌てて、


「待てっ! 七花、何をする気だ!!」


七花は静かに、淡々と答えた。


「………………絹旗を、よろしくな」

「答えになってない!! 七花、七実と戦う気だな!?」

「……………」


七花は答えない。それは肯定を表していた。とがめは急いで絹旗を滝壺に渡し、すぐそばにいた運営呼び付けて怒号を飛ばした。


「おい、医務室に連れて行け!! 」

「それは許可できません。ルール事項10条に違反します」


確か、『戦闘中での怪我、損害、盗難などは運営側は一切責任を取らない』だった筈だ。

とがめは諦めずに交渉する。ここで交渉失敗するものなら、何が奇策士だ。何が尾張幕府家鳴将軍家直轄預奉所軍所総監督だ。ここで無能を働いているのなら、腹を切る。


「責任は取らんでいい。ただ、医務室を使わせろと言いたいのだ!! ここの設備なら、人工呼吸器の一つや二つある筈だろう!? そこを使わせろ! 責任は問わん。金が欲しいならいくらでも払う。だから娘一人の命、助けさせてくれ!!」

「……………………」


運営はしばらく考えた。すると、後ろから黒服を着た別の運営の人間がやってきて、ひそひそと耳打ちしてきた。そして二つ三つ頷くと―――。


「奇策士とがめ様、上から特別に、治療の施しが許可されました。第七学区の『冥土返し』様がもうじきに到着されるそうです。あちらの廊下でお待ちください。準備ができ次第、すぐに案内いたします」

「承知した。感謝する」


とがめはそう頭を下げると、すぐにストレッチャーがやって来た。それを持ってきた運営の男が滝壷に絹旗を寝かせるように促す。


「ここに……」

「あ、はい……」


滝壺は言われた様にし、、運営の人間三名を引き攣れて先頭を歩く。


「滝壷、フレンダ! すぐに行くぞ。七花も!!」


と、振り返る。滝壺とフレンダは言われたとおりに、ストレッチャーと共に歩き始める。

だが―――


「すまねぇとがめ。俺はやらなくちゃいけない事がある」

「………~~~~~~っっ!! なぜだ! 私の命令に従えぬと言うか!!」


滅多な事では本気で怒らないのに珍しく、とがめは七花を睨みつける。

だが、それをわかっていても七花は、


「ああ、これだけは従えない」


きっぱりとそう言った。

とがめは滝壷に先に行かせて、七花にズカズカと歩み寄り、手を掴む。


「駄目だ、行くぞ。もうここには要は無い」


だが、


「いや、ある」

「――――――あ、」


七花はその手を振りほどいた。

とがめはそれを予想していなかった。突き放された様に、後ろに下がる。ショックを覚えた様に信じられない顔をした。


「なぜ、だ。なぜ従えぬ?」

「それは―――俺が、姉ちゃんを殺したいと思うからだ」

「―――――――っっ!!」


刹那、とがめの背筋が凍った。全身の肌が鳥肌になる。

そうさせたのは、七花が発する恐ろしい言葉より、その背中から発せられる『殺気』の所為だった。


「俺は、絹旗を殺した姉ちゃんが許せねぇ……」


初めて、とがめは殺意を持つ七花を見た。七花は初めて、殺気を持った。いや、違う、初めて殺気だったのは『とがめが死んだ直後』の事だ。これが二回目…。

いや、違う。

とがめは自分が感じた感覚を否定した。

七花の背中から発せられる悍ましい気は、殺気とは似たものであるが、一線を画す代物だ。



「七花よ。お前、恨んでおるのか? 実の姉を」


そうか、七花は生まれて初めて、誰かを恨んでいるのか。全身が腐り落ちそうなほどの負の感情が心を朽ちさせる様な思いを抱いているのか。

それをとがめは知っている。誰よりも、一番知っている。何故なら、それは自分の魂だったからだ。


その感情の名は『復讐心』。


――――何という事だ。

呆然と、とがめは七花の背中を見ていた。

そうしている間に、七花は一言言って、足を進めた。


「……………絹旗を頼む」

「ま、待て!? 死ぬぞ!!」


七花はその言葉に、振り返ってこう応えた。


「本望だ」


その目は、あの子供の様に笑う彼の物とは思えない程、冷め切っていた。

とがめは、信じられない顔をする。


―――なぜ、こうなった。どうして、七花までもが……。


段々と、遠くなる七花。徐々に小さくなってゆく大きな背中。

掛ける言葉が見つからず、とがめは自然と出た言葉を叫ぼうとした。が。

その時、ゲートが閉じられ、スタジアムとその外の干渉は一切できなくなった。

ぶつけるつもりだった、形容しがたい言葉が、何処に行こうかわからず、とがめの中で駆け巡った。

その作用で、目からまた涙が出てきた。

そしてようやく理解する。


ああ、絹旗の次は、今度は、七花が―――。


ぺたん……と、膝から座り込む。

もう、何も言葉を掛けられない。

もう、何も叫んでも、彼には届かない。

そこでようやく、彼に掛けるべきだった言葉が整理され、構築されていった。

もう何もかもが遅いと言うのに―――。


―――――七花、やめろ。お前もその感情を抱くな。


そう、心の中で叫ぶしかなかった。

ただ一人。誰も聞いてはくれぬ慟哭を、心の中で暴走させながら、一人、ただ一人、一人寂しく、そこに項垂れるしかなかった。

涙が勝手に溢れ出した。

嗚咽が喉から勝手に流れ、呼吸を阻害する。


「………ぁ、ぁっ……ぅっ………ぅぅっ………」


これはなんという感情なのだろう。悔しみ? 憎しみ? 恨み? 妬み? それとも復讐心? ―――……わからない。

自分のものであるはずの心の正体が解らないまま、自分の本心を知らないまま、奇策士とがめという、一人の復讐鬼だった女はただ、哭いていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今夜はここまでです。ありがとうございました。今日だけで40近くも更新してしまいました。全部読んでくださいました方々(方)、本当にありがとうございました。

さて、感想質問なんでもお寄せくださいませ。

さて、残り少なくなってきました。

あの180チョイ。果たしてこれだけで足りるのでしょうか。プロットでの予定ではあと200程です\(^o^)/。

てか、このSS長いですわ。

今振り返ると、第壱弾が大体3ヶ月。第弐弾が半年…6ヶ月で終了しました。

さて、今スレは………。


1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2012/02/13(月) 19:47:48.64 ID:CW5t0gJQ0


「……………………」


813 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/02/04(月) 02:13:16.37 ID:ouorT+Ut0


「oh…」



あと一週間でこのスレが一周年です。なにチンタラしてんだ俺のばか。さっさとすすめろよこんちくしょう。

ああそうそう、春休みに入ったのでPSVista買ってFate始めました。こっちがおろそかにならないように進めたいです。
ではお休みなさいませ。

P.S
今SSでの絹旗最愛の強さは、原作絹旗より段違いに強いです。(SS絹旗>原作番外個体>原作黒夜>原作絹旗)
また、七実姐さんがなぜ腕を痛めて痛がっていたかという謎は、次回で判明。
あと、第二弾の存在意義も次回で判明………するのかな?

 更新乙です。 刀語好きなんで読んでて楽しいです。是非完結目指して頑張ってください。

 ただ絹旗さんいくらなんでも強すぎない?あの魔王の奥義をくらったら原型なんて留められない気が・・・でもなんとか生きていてくれて嬉しい。

 強さに関しては、精神面かみやん、肉体面(+超能力)アックアって感じがするな。
 

七花ってこんなんだっけ?

原作新刊読んでて思ったのだが、もしも七実がダークマターを『見稽古』で覚えているのだとしたら、
内臓やら何やらを修復できているのでは……?

錆白兵とか真庭鳳凰とか刀語のトップランカーは何時出るんだ!?ワクワク

そう言えば吹寄が大活躍するSSてここくらいしかないな
真☆吹寄無双

fateを買っただと?
七花はセイバーかバーサーカーで召喚されそうなイメージ
四季崎はキャスターあたりかな

このss麦野のせいで聖杯戦争と似たような状況になってる

上条と七花の絡みまだー?

ところで否定姫の魔術レベルってどの辺?
バードウェイとかトールクラスは有る?

>>814
遅ればせながら1周年乙です

あと‥もしかして教えろください16でこのスレを紹介した時に
「2スレ目はおすすめできない、ストーリーに関わってさえいない鬱系R18」って書いたの気にしてます?

蝙蝠さんの武器調達もがんばる吹寄もストーリー上必要だったとは思えなくて(痛快でしたけど、また似たようなのがあるならぜひ見たいですけど)、
笹斑瑛理の仕事や刀の所在のためにR18含む鬱要素をわざわざ書いたとは思えなくてですね

何か伏線があったのならその回収を楽しみに待ってます
趣味でやっていたのなら今度からでいいですからスレタイか1スレ目あたりに閲覧注意とか書いといていただきたい

まあぶっちゃけオリジナル7割だったが

九重さんあたりが悪刀だの毒刀だの手に入れたら
ドス黒い復讐心の塊となって第2のリーダーみたいになりそうだよね

こんばんわ。今夜で今スレ最終話です。急いで急いで書いたので、溜まりに溜まっております。長いので、よろしくお願いします。

質問などの回答は最後にします。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あの夜の事を、よく覚えている。

物忘れの多くて、決して良くはない頭でも覚えられたのは、あの、月がとても綺麗だったから。

それと、自分を見つめるあの眼がとても、決意に満ちているそれだった事がとても印象的だったからだ。

初めてだった。あの決意に満ちた眼で見つめられたのは。………とあの眼を表現しても、何か微妙に間違っている感じがする。

でも、そんな表現でしか言い表せないから、そう言う眼なのだと思った。


「―――――。」


七花は静かに歩く。何も言わず、口を堅く閉じる。

今にも爆発しそうな怒りを、出すべきところで最大限の威力で爆発させようと、堪えている。今ここでそれを開放するべきではない―――と。


「―――――。」


絹旗最愛と言う娘は、とてもとてもよくできた娘だった。

本当に一緒に過ごした時間は少ないけれど、頭が善くて優秀で、弱かったけど、面白い人間だと思っていた。人間として好感を持てる人種だった。


「―――――。」


歩く七花と立っている七実。怒りと憎しみで向かってくる弟とそれを迎え撃つ姉…。

その距離は見る見る内に縮まっていった。その距離10m。そこで立ち止まった。二人はお互い、数十秒は何も言わなかったが、先に口を開いたのは姉だった。


「じかに見ると、確信が持てるわ。―――強くなった、本当に。よくそこまで練り上げたわね」


七実は、少し嬉しそうな顔で七花を見つめる。


「私を殺してくれた時より、何倍も、何十倍もたくましくなってくれた。なるほど、否定姫さんが仰っていた、完了形変体刀のお話は本当の様ですね。姉として…いえ、鑢家の者として誇らしい限りだわ。本当に嬉しい」


その目は姉が出来の悪い弟の成長を見て喜ぶそれだった。だが、その姉を鬼の目で睨みつける弟。


「それはどうでもいい。ただ、―――いくらなんでも、姉ちゃん……あれは許せねぇ。絹旗をよくも……」

「どうしてかしら? あれは剣士として、一人の刀として戦ったのよ? 絹旗さんは圧倒的戦力差がある事は抜きにして、この私に戦いを挑んできた。それは死ぬか生きるかの殺し合い……。七花、あちらが殺してくるのなら、こっちがそれに応えなくてどうするの? それは戦闘を放棄するのは、存在自体が刀である私自身を否定する事なのよ?」


姉は弟を諌める。七花の表情はさらに険しくなる。どう見てもその態度は、殺しに来ようとする人間に対するそれではないからだ。どう見ても舐めてかかってきている。

だからつい声を荒げてしまう。


「姉ちゃん………ッッ」


だが、甘い弟には昔からとことん容赦ない七実らしく、その言葉に覆い被せるように言葉を投げつける。。


「―――なら七花。あなたは同じような事を言えるのかしら?
真庭蝙蝠さんや敦賀迷彩さん、錆白兵さん、そして左右田右衛門左衛門さんに、あなたが今まで斬り殺してきた人間に。また、その方々の親族や親しかったご友人の方々にも言えるのですか?」

「―――っ」


ぐうの声も言えなかった。


「あなたはとがめさんとの旅で心を創り、私との戦いで身内の死の苦しみを知り、彼我木輪廻さんに人を殺める事の罪深さと覚悟の必要性を知り、そして左右田右衛門左衛門さんとの戦いで究極の刀として完了した。
―――でも、その言葉を聞いてがっかり。あなたは外見は強くなりましたが、内心はさらに錆ついてしまったのね。
そんな甘い弟に育てたつもりは無くてよ」

「……。」



そうだ。自分は決めたではないか。殺めた人間の、生きる筈だった生涯を奪う事の覚悟を――――。


「………っっ」


苦しそうに歯痒い顔をする七花。


―――なら、この憎しみは、まったくの見当違いではないのか。


その感情を察知した七実は突き付ける。


「そうよ。あなたの憎しみは只の我が儘。『あの子を死なせたくない。だから殺した彼奴が憎い』―――そこにあの娘の気持ちや思いやりなんて皆無じゃない。全てはあなたの幻想よ」

「…………」


正論だ。悔しくなるほど正論だ。

確かに、この感情には絹旗の心など存在しないのかもしれない―――。


「………じゃあ、」


ますます苦しそうな顔になった。


―――でも、絹旗はもう直に死ぬだろう。


人を何度も殺してきた七花ならわかる。人を殺すには、また、人をギリギリ殺さずに痛みつける加減は、どれほどの程度の力でやるべきか。

七実が絹旗に与えたそれは後者の上限を突き抜けていた。

むしろ、なんで絹旗があそこまでされて、即死しなかったのかが不思議でならない。

普通なら……いや、普通でなくても虚刀流の技という技の限りを尽くされて瀕死の状態になり、しかも『七花八裂』を喰らっているのに、まだ死なないと言うのが不気味でならない。

もう絹旗は死ぬ。

死因など思い浮かべても数え切れないほどる。放って置いてもそうでなくても、どの道、死ぬ事は確定した。

いや、もう死んだだろう。抱きかかえていた時、途中でもう息をしていなかった。


――――故に、絹旗はもう帰ってこない。


それが悲しくて悲しくてどうしようもないのだ。心の底から湧水のように競り上がってくる騒動が、頭をくらくらさせる。


「じゃあ、この殺意はどこに持って行けばいい? 姉ちゃんを恨むこの気持ちを、どうすればいい?」

「……………」


七実は黙って、七花の言葉を聴いた。


「絹旗は……俺が『好きだ』と言った。それって人間としてじゃなくて、友達としてでも、ましてや師弟としてでもなくて、『男と女』として好きなんだって言ってた」

「………ええ」


七実は頷く。


「そいつを、俺は知らなかった。違う、知ろうとしなかったんだ。
今思えば、あいつは俺に惚れているから身の回りの世話をしてくれていたんだ。俺、頭悪いだろ。だから知らずに、ただあいつの好意に甘えていたんだ。俺は大馬鹿野郎だ。あの日……」


あの、月の日。待宵月の夜―――。

絹旗が七花に弟子入りを懇願したあの時―――。


「俺が、あいつの願いを聞いていれば、叶えてあげれば、虚刀流の正式な門下生として迎えていれば、絹旗は俺の技を盗もうとはしなかった。
親父が俺に教えたように、俺も絹旗にきちんと教えてあげれば、姉ちゃんが言う盗人にはならなかった筈なんだ。
――――姉ちゃん、もしも虚刀流当主としてそうしたいって言ったら、真っ先に絹旗を攻めなかった筈だ。そうだろ?」

「………ええ、まず先にあなたを叱り付けていたと思うわ。絹旗さんに危害を与えるのは、七花の言葉次第だったでしょうね。私を納得させるほどの言葉を並べられるのなら、あの子には一切手も足も出さなかったと思う」


―――『思う』と言うのは、彼女なりに自分の性格を分析して言っているのだろう。だが、それはあくまで予測で、絶対にそうではない可能性だってある。

でも、七花は七実の言葉を信じていた。過去、自分の味方になってくれた時も敵になって立ち塞がってきた時も、いつだって七実は七花の為に尽くしてきてくれた。

だからこの言葉がどんなに辛くても、それは七実なりに七花の為を思って言ってくれている筈だ。それが理由だ。


「だったら姉ちゃん。絹旗が死んだのは、俺の所為なのか」


七花は泣きそうな顔をした。憎しみの相手は七実ではない。なら、原因を作った自分ではないだろうか。と、自然に考えてしまった。

自分で自分を憎み、復讐しようとするのは、自分を殺す事―――。


「それは違うわ、七花。これは運命よ。だってあなたは虚刀流当主としての使命を果たそうとした結果がこれなのだから、これは虚刀流当主として生まれた自分の運命よ」

「なら、運命を恨めって言うのか?」

「いいえ、運命なんて恨んでも何も出ないわ。むしろ、あなたは何も恨む必要はないと思うの」


七実は静かに諭す。


「世間知らずの私が言うのもなんだけど……―――あなたが今抱えている感情は、捨ててしまいなさい。それは人の身では支えきれない悪徳よ。そのまま行けばあなたは鬼になる」


人を殺して殺して殺しまくった女が言うべき事ではない、七実としては珍しい宗教的な話だった。

確か神道では恨みや果たせなかった望みを抱えた人間がそのままあの世に行くと、鬼になるそうだ。実際の文献では無実の罪で大宰府に左遷された菅原道真が有名だ。


「あなたの姿は、まさにそれに成ろうとしている最中……。
恨みを晴らそうとする人間はね、七花。その心に魂と言うのを喰われた瞬間に、その人の時間は止まるの。そして結果的に、恨み辛みに身を任せ、修羅となり、鬼となって人の世界に取り残される。成功するにしても失敗に終わるにせよ、どの道その鬼は人に戻れず、鬼として生きるしかない。
―――それは、何よりも悲しいものよ」

「姉ちゃんに……俺と同じ無人島育ちの姉ちゃんに何がわかるんだよ」

「わかるわよ。“『死んだ人の魂』と言う情報をこの目で見れる”私には、鬼になった人の魂の成れの果てなんて何度も見ているわ。
まぁ、父さんと母さんの魂を見た以降、あんまり使わなかったけどね。
そもそも、すぐそばにいい教材があるじゃない。―――復讐に身を任せて鬼に成り下がった女が」

「――――っ!」


七花に、すぐにある女の姿が横切る。

その女は白い髪をした美しい女だった。頭が切れ、若くして幕府の高官になった女は、七花と共に旅をした。

そしてその女は、親を殺された、自分の人生を滅茶苦茶にされた恨みを持つ復讐鬼だった。


「―――とがめ……」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

結局、自分の刀である七花の応援をしようか、それとも指揮官として絹旗の容体を見ようか、とがめは迷った末、後者を選んだ。

案内された集中医療室には既にフレンダと滝壺がいて、酸素マスクをしている絹旗に…もう死んでいるとしか思えない絹旗に泣いてすがっていた。

運営の男らは、冥土返しを迎えに出ていった。ここにいるのは女三人だけ。

その空間に満ちているのは絶望と嗚咽だった。

もう枯れてもいいのではないかと思うが、全然、二人の涙は枯れなった。


「………――――――っ」


その姿には、見覚えがあった。

泣きじゃくる少女の姿―――。


「―――――――ぁ、」


その目の前の光景が、ある光景をよみがえらせる。


火の海の中…。

焼け落ちようとする城の中、一人、また一人と斬り殺され、倒れてゆく、武将、侍、女中―――。

一人は伯父だった。一人は祖母だった。一人は従兄弟だった。一人は兄だった。一人は祖父だった。一人は乳母だった。一人は母だった。そして、最後の一人は父だった―――。

一族郎党、自分以外が皆殺しにされた、あの内乱―――。

刎ねられる父の首が、今も尚、この目に焼き付いている―――。

そして、誰もいなくなった天守閣で、誰も動かなくなった炎の城郭で、首のない父の亡骸に泣いてすがる、ひとりの幼き少女の姿も――――。


「―――――はっ!」


気付いたら、全身が汗だくだった。

白い髪がべたべたと額に張り付き、脇や背中には滝か湧水のように汗が流れ出る。


(重なってしまったと言うのか。あの日の私に)


今思えば、あの時が奇策士とがめとしての始まりの日だった。奇策士とがめと言う、世にも恐ろしい鬼の誕生日だった。

―――恨みと憎しみに染まった両眼。

―――この時を絶対に忘れぬと心に誓い、身に刻んだ白髪。

幼き日の自分に、父の亡骸に泣きじゃくる幼き自分に、あの少女たちはそっくりだった。


(そんな筈はない……)


そう否定したかった。――――だが、目の前の光景はまったくあの光景と同種。照らし合わせなくても一致している事は見て取れた。

呼吸が荒くなる。汗が止まらない。血が暴走する。頭の思考回路が焼けて溶けそうだ。頭痛がする。吐き気がする。体が燃えるように熱いのに、絶対零度の凍土にいるかのように体の震えが止まらない―――。

自然と涙が目にたまった。もう枯れていたと思っていたのに、まだ溢れて来るのか。だがそれは自然すぎて、それ自体に気付かない。


「――――ぁ、……ぁ、ぁ……」


瞳孔が開いてしまったのか、焦点が合わなくなる。思考が停止する。だから、とがめは理性と言う濾過をせず、原液のままの本心を口にしようとした。


「………す、すま―――」


自分でも何を言おうとしていたのかわからない。だが、それは中途半端になって途切れた。



「…………ぁ……せ、………い……だ」


目を伏せて黙っていると、フレンダが口を開いたのだ。

しゃがみんで祈る様に死んでゆく仲間の手を握りながら、フレンダは嗚咽を堪えて呟く。

小さな声だった。隣にいた滝壺にも聞こえない。だが、次は大きな声で怒鳴った。



「――――アンタのせいだ!!」



「―――っ」


恨みを込めた、憎しみの言葉。投げられた剣がとがめの体にドスドスと突き刺さる。

―――あの時と、まったく同じ目をしていた。

怒りに満ちたその眼光は、真っ直ぐにとがめを貫く。


「………………」


何も言えず、ふらっと足が後ろに下がる。自分の顔がどんな顔をしているのかさえもわからないくらい、頭の思考が停止した。

―――何をしていたのだ、私は。懺悔など、何を甘い事をしているのだ。

甘えだ、そんなの。自分から謝って、他人に許されようとするのは、卑怯にも程がある。

フレンダは怒号を投げつける。その投擲を、とがめは受け止めるしかなかった。

「絹旗は死んだ!! 私の仲間は死んだ!! アンタが無能なせいで!! アンタが馬鹿なせいで!!」


眼に涙を溜めて叫ぶフレンダ。


「結局、私たちはアンタに扱き使わされるだけだった訳だよ……。麦野にも、散々扱き使わされてきたよ。慣れている。
でもさぁ、一昨日昨日今日と、散々人を将棋の駒のように扱って、いざ殺されると本当に将棋のように切り捨てるの!? なんて非常で! 無情なヤツだ!!
麦野はそうじゃなかった。麦野は冷酷で、他人の失敗は絶対に許さない鬼の様な奴だったけどさ、絶対に私たちを見捨てなかった!! 最後は仲間として守ってくれた!!」

「ふれんだ……」

「なのに何? アンタが無能のバカなせいで、結局、絹旗にムリゲーやらせて無残に死なせた訳じゃない……ッ!!」


フレンダは絹旗を見る。

全身が渇いた血で覆われて真っ赤になった少女。サラサラの茶髪は黒ずみ、腹も胸も内出血でボロボロになっていて、仕舞にはフレンダが涙を溜めている眼は、絹旗には無い。


「結局、絹旗を殺したのは、アンタだったって訳よ……ッ!」

「ふれんだ、それ以上言ったら、とがめが…」

「滝壷は黙ってて!」


フレンダは掴んでいた絹旗の手を離し、すくっと立ち上がって、


「最初に来た時も、胡散臭かった!! いきなり現れて、まるで自分の家のようにアイテムの中でくつろいでいた。一体何様のつもり!?」


ズンズンととがめの方へ歩み寄り、胸倉をつかんで壁に押し付けた。


「結局私もフレンダも、アンタの言う事に丸め込まれてアンタの指揮の元にいた。それは麦野が復帰するまでのほんの短い期間だったって思いながらだった訳だけどね。
でも、ずっと私はアンタに気を許すときは無かった。だから、滝壷や絹旗や笹斑みたいによく顔を合わさなかったし、ご飯もあんまり一緒に食べなかった。私はアンタを危険視していたからよ!」


それなりに格闘術を齧っているフレンダは、華奢ながらもそれなりの筋力を持っていた。とがめの体を押し潰すほど力は無いが、息を止める程の力はある。

とがめは苦しそうな顔をする。だが抵抗はしない。この苦しみなど、絹旗のそれと比べる事すらできない。

その態度が癪に障ったのか、フレンダは震える声で怒鳴りつける。


「何故だかわかる? これでも暗部の人間よ、私。だから人の内面を見るのは長けている。鑢七花は絹旗が惚れるから、本当に純粋で善い人間だと思った。けど! あんたは違っていた!!
私の鼻を甘く見ないで。あなたは臭かった。血と泥が混ざり合った、私たちと同種の臭いがした! いいえ、むしろ私たち以上……。そうよ! あんたは私たち以上の悪党で外道!! 結局、腐ったサバ缶みたいな匂いがプンプンするって訳なのよ!!」

「……わかっている。私は外道だという事くらいは、わかっている」


とがめは心から絞り出した言葉を発する。だが、フレンダの心は静まらない。


「…………ッッ!!」


フレンダは拳を握ってとがめの左頬を殴り飛ばした。転がる様にとがめの体は飛ばされる。


「フーッ! フーッ! フーッ!」


興奮して眼が血走っている。あの、無気力で真面目な所など見たことが無い彼女が、なぜここまで激怒するのか―――。それは二つある。


「前回の作戦で、アンタは私の妹を餌にした。これはもう済んだ事だったし、結局無事だから訳だから、許そうと思った」


普段は温厚である筈のフレンダ=セイヴェルンには、逆鱗が二つある。一つは妹…フレメア=セイヴェルンの安全と権利が蔑ろにされた時。もう一つが、彼女で暗部の中で戦う理由が踏み躙られた時である。

その理由と言うのが―――『死にたくない』―――それだけだ。

だから、その逆鱗の二つを触れられ、フレンダは、


「けど、今回でアンタの本質ってモノがわかった。 アンタは目的の為なら手段を択ばないクズヤロウだった! いずれ、このまま行けば、将棋盤の上で、アンタの駒として切り捨てられる!! もう限界よ。アンタにはもうついて行けない!!」


そう叫んで、怒りが収まらぬのか拳を振り上げる。

すると、流石に危険だと判断した滝壷が羽交い絞めにして抑えた。


「ちょっと、ふれんだ……ッッ」

「放して滝壺……ッ!! コイツはココで殺さなくちゃ、私たちがコイツに殺されちゃう!! 結局、このままじゃあ私たち、コイツに骨までしゃぶり尽されちゃうって訳じゃない!!」

「落ち着いて……」

「放してよ滝壺ッ!! 放せぇぇぇえ!!!」


アイテムの構成員は皆、女の子にしてもなぜか身体能力は高い。戦闘専門である麦野と絹旗とフレンダは言わずもがなだが、滝壺も意外と力はある。だが、その力を持ってしても怒るフレンダは抑えられなかった。

徐々に抑える腕が剥がされつつある。その中で、フレンダはとがめを罵り続けた。


「アンタの一生は鑢七花から聴いている! アンタ、天下をひっくり返そうとした復讐鬼だったそうね。この腐った街よ、そーいう輩はごまんといるから、珍しくない。大概はそれを達成できずに私たちに殺された。
アンタも、結局失敗しておっ死んだ訳じゃない!! 結局、人を裏切り続ける外道に生きて、道化のように死んだ訳じゃない!! そんな馬鹿みたいな生き方に、私たちも巻き込まないでよ!! このまま行ったら、結局、私たち、アンタの所為でアンタの道化に殺される!! この疫病神!! 悪魔!! 二度と私たちに関わるな!! 人でなしのクソヤロウ!!」


泣きながらの訴えだった。


「―――――――っ」


とがめは、二度と何も言えない。

ただその言葉を受け止めるしか出来ず、ただ殴られて出た鼻血がポタポタと落ちる床を見る事しかできなかった。


―――ああ、これが恨まれる人間の心情か。


「なんとも、辛いものだ…」

とがめはそう呟く。自分の心に巣食っていたものは、なんと恐ろしい怪物だったのか。

その時、バキッと、とがめの顔に衝撃が走る。


「………ぐっ!?」


フレンダは鬼の顔をして革靴を足で飛ばしたのだ。もう片方の革靴も飛ばす。が、それはとがめの頭を通り過ぎた。

それはとがめの幸運だった。

なんと、その革靴の踵にはフレンダが仕込んでいた毒が塗ってある隠し刃が突き出ていた。本気でとがめを殺すつもりだった。

滝壷はギョッとしてフレンダを止める。


「やめて…ふれんだ……」

「じゃあ滝壺はあの疫病神の味方だっていうの?」

「―――ッ!? そ、それは……」


滝壷は、言葉を迷っている。ここでYesと答えればフレンダとの関係が瓦解し、Noと言えばとがめとの関係が瓦解すると思ったからだ。

その様子を見て、とがめは口を開く。


「いいのだ、滝壺よ。フレンダの言う通りだ」

「とがめ……」


―――そうだ。もう、私など、この組織にはいてはならないのかもしれない。

この結果がこれだ。ならば、潔く―――


「確かに、私の一生は家鳴幕府への復讐に生きてきた。この身が泥に塗れようとも、どれだけ足蹴りされようとも、私は復讐の為に人を使い、同時に裏切って這い上がってきた。もはや人の身ではない。フレンダの言う通り、私は屑の様な人間だった」

「なぜ過去形なのよ。現在進行形のクズヤロウ」

「いや、過去形で正しい。何故なら、とうの昔に私は死んでいるからだ。死人に現在も未来も無い。あるのは過去だけだ」


とがめは立ち上がり、鼻血を手の甲で拭った。


「………確かに、私の様な道化師に、付き合う事は無い」


無念は無い。未練も無い。復讐だけに身を投じた女は、もういない。あるのは抜け殻となったこの身だけ。

絹旗を見た。


(あの小さな体で、よくもあの七実に一撃を入れさせたものだ。将来が楽しみだな)


近くにあった棚に、鋭い鉄の鋏を見つける。それを手に取る。


「そうだ。私は無能の役立たずの屑だったが、一時だけでもこのアイテムの指揮官だった人間だ。―――そうだ、わかっていたじゃないか。無能な指揮官を持った部下は、すぐに死んでゆく……。そして、敗戦の将にはその責任がある。戦の常識ではないか」


そして、それを首筋に当てた。


「――――ちょ、とがめ!?」


滝壷の顔がさらに真っ青になる。優しい彼女の事だ、どうせ『死んだら駄目だ』と言いたいのだろう。ほら、顔にも書いてある。
一方、対照的にフレンダは、


「……………」


氷のように冷たい目をしていた。こっちはさっさと死ねと顔に書いてる。

良いだろう。死んでやる。元より死んだ身。死ぬのは怖くない。地獄の旅路なども怖くない。この世の地獄に勝る程の地獄は無いから、平然とあの世に行ける。


「とがめ、そんなことしたらしちかさんが…」


ああ、そうだった。七花を忘れていた。一番忘れてはいけない七花を―――。大切な大切な我が刀。私が生涯ただ一人惚れた、仇の息子……。

ああ、どうして忘れていたのだろう。どうにかしている。

だが、自分よりも七花にふさわしい人間がいる。とがめは絹旗を見た。

死にかけで、今にも死にそうだった。いや、もう死んでいる。だが、今すぐ来る医者は神の手を持っていると聞いた。例え死の国に赴こうとする者でも、それを引き帰らせる事ができるそうだ。

ならば、それに一縷の希望を託すとしよう。


「滝壺、絹旗によろしくと伝えておいてくれ。七花を頼む―――」


鋏を持つ手に力を入れる。

この非力すぎる腕では、人の体は刺せぬだろうが、この身なら刺す事は出来るだろう。


「―――しかし、何と良き世の中か。たった一人の人間の死の為に、ここまで泣いてやる少女が二人もいるのだからな………」


そう言って、とがめは目を見開き、自害する決意を固めた。

そして、一気に頸動脈に鋏を突き立てる―――――。










だが、










「―――――――はぁ~い♪ 本当に全く全然面白くない茶番劇の途中に失礼するわぁ♪」









そんな、間の抜けた声と共に、“鋏が消えた”。


「!?!?」

「はぁっ!?」

「なに!?」


あんなにバラバラだった一同が、一瞬で同じ表情をする。

だが、それは一瞬で、とがめは悔しそうな顔をして振り返った。声がしたのは後ろからだった。


「――――――――そうか。そう言う事だったのか」

こんな展開を予期していたかのようなタイミングで登場してくる人物を、このふざけた、気の抜ける口調をする女を、一人だけ知っていたから。

そして、たったこれだけの情報で何もかもが一瞬でわかってしまった。


「そうか、そう言う事だったのか。何もかもが、全てが貴様の脚本通りか――――」


失望を怒りに変え、その怒気に身を染め、鬼の権幕でとがめは振り返る。

そこにいたのは、金髪の美女だった。飾りのついた黒い和服を着た、美女だった。

白髪の美女がとがめならば、同じくらいの美女である彼女は金髪の美女と呼ぶべきか。

その金髪の美女は、とがめと対象の人間だった。

性格も思考も性質も、何もかもが鏡写しの様な人―――。

そして、とがめと同種の人間―――。

なるほど、こやつならここまでの事はしてくれてもおかしくない。

その美女の名は――――。


「――――否定姫!!」


否定姫は、豪華絢爛な扇子を開いて口元を隠しながら笑った。


「こんばんわ、奇策士♪」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


鑢七実は、冷たい目であのとがめのことを言った。


「道理で臭いと思ったら、お父さんの敵だった娘だったなんて……」


鑢七花は驚いていた。


「なん…で、姉ちゃんがとがめの正体しってんだよ………」


七実は当然のように、


「それは、教えられたからよ。否定姫さんに」

「はぁっ!?」

「あの人も、あまり好かないわ。何を考えているのか全く掴めないもの。まったく、とがめさんと言い、否定姫さんと言い、そう言う人間に好かれる七花も七花よ」

「ちょっと待てよ!! なんで否定姫が、姉ちゃんの所に!?」

「それは解らないわ。―――ただわかる事は、彼女には何らかの目的があって行動をしているという事よ。
私がこの世界に来て二日ほどたった頃かしら、いきなり否定姫さんと左右田右衛門左衛門さんがやってきて、ある依頼を受けたの」

「……いらい? ん? …………って、依頼!?」

「そう、依頼」


七実は頷く。

「私が今、所属している組織が『すくーる』って言う、垣根帝督さんが棟梁をしている組織なの。―――ああ、垣根さんはね、学園都市でも七人しかいない超能力者の内の一人で、自称、その中でも二番目に強いって人なの。まぁ、そんな事は関係ないわ」


『とにかく順を追って説明するわね』と断りを入れて七実は長い説明をする。と、その前に―――。


「そう言えば、この会話って外にだだ漏れだったわね。それは気に入らないわ」


七実は床に転がっていた小石を手に取り、天井を投げつけた。

途端、『バギャンッ!』と、天上に吊るしてあった選手の会話を拾う機械が壊れる音がした。

「これなら、姉弟水入らずの会話を聞かれる心配も無いわね」

「…………」


相変わらず、馬鹿の様に強い―――七花はそう思った。それから、七実は何事も無かったかのように説明を始めた。


「ある日、その『すくーる』が学園都市の上層部からある依頼を受けたの。それがこの闇大覇星祭の護衛と運営業務の補助で、私がこの世界にやってきて、布束砥信さんと一緒に『すくーる』に保護される一週間前の出来事。その日から、私は『すくーる』に身を預かる事にしたの。
この学園都市って私たちが知らない能力がたくさん溢れているでしょう?」


七花は七実に対する怒りより、なぜ否定姫が七実に接触したのか、という事柄の方に心が向いていた。素直にうなずく。

「あぁ……」

その素直な反応に七実はニコリと笑って、


「あんな子供の集まりである『すくーる』に身を寄せたのは、大覇星祭でも闇大覇星祭でも不思議な能力がたくさん見られるって思ったからなの。何より、私がこの世界に二度目の生を受けて、生きる理由は無くて暇だったし、あなたはいないものだと思っていたから、私の興味が示す方向に進んだの」


単なる暇つぶし、だったのか。七花はそう解釈した。そして、ここから七実の話が動き出す。


「その二日後に、否定姫さん達がやってきて依頼をしてきたの。さっきも言ったわよね」


これが命題。一体、七実は何の依頼を受けたのだろう。七花が訊くまでも無く、七実は答えた。


「依頼は二つ。―――……一つ目は『鑢七花と奇策士とがめが所属している「アイテム」を闇大覇星祭に出場させる事』。二つ目は『その中で、私が「アイテム」の構成員である絹旗最愛を徹底的に破壊する事』」

「…………―――――っ!?」

もし、そのことが本当なら、全ての黒幕は……。

「そう、この結果は、否定姫さんが望んだ結果よ。理由はわからないけど、垣根さんと私に依頼をした」

「ちょっと待て姉ちゃん。それって……」

「そう。私たち彼女の依頼通りに…いえ、脚本通りに動かされていただけなのよ。すべて」

「………………」

七花は呆然とする。

「なにが、目的なんだ?」

「それは知らないわ。
ただ、報酬として『私が死んだ後の事』と『この世界における私たちと完成形変体刀の存在の事』と『「微刀 釵」の情報』、そして『あなた達がこの世界にいて何をしているかの情報』を貰ったわ」

「だから、俺たちが何をしていたのか知っていたのか」

「ええ。実際は、私のこの目で直に見たのだけど」

「だったら、この『気持ち』を向けるのは姉ちゃんじゃなくて、否定姫の方なのか」

「いいえ、違うわ。言ってるでしょう? あなたはそんな感情を持つべきではない…と。そんな感情を持ってしまったら、世にいう妖刀魔剣の類になってしまう」

「なんでだ!?」

「じゃあ、話は最初に戻しましょう。あなたは鬼になる必要も、妖刀魔剣になる必要も無い。――――そもそも、誰も死んでないもの」


と、七実は当然のように言った。


「――――――――――――――――――――――――――――――――――――………………………………………………………………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
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…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






「『冥土返し』かと思った? 残念! 否定姫ちゃんでした!」





しーん……。

否定姫のその登場と台詞は、あまりにも場違いだった。

例えるならば、絶望と負の感情が入り混じり合う演劇のバッドエンドの最中に、トンガリ帽子を被りヒゲメガネを掛けぴーひゃら笛を吹きながらオッサンが登場するようなものだ。

観客も出演者も、全員が呆然とする。

ここもそうだった。誰一人と動けなかった。

ただ、一人を除いては。


「否定姫……っ!!」


否定姫は不満げな顔で、とがめは彼女を睨む。この世のすべてを恨む心を、この女に凝縮させた様な。

だが、当の否定姫は白けた空気に浮かない顔をした。


「あれ、おかしいな。これって流行ってるって聞いたのに……。まあいいや」

「何をふざけている、否定姫!! そうか。すべては貴様の企みか!!」

「うっさいわね。そんなに叫ばなくても相手してあげるわよ。そうよ、全ては私の企みよ。
あの学園都市最強の七人の中でも二位を誇る垣根帝督が率いる学園都市暗部組織スクールに、あなた達をこのふざけた茶番劇大会に参加させ、そこに今でも死にそうに……って、もう死んでるじゃない? そこの小娘。それを鑢七実にこてんぱんにしてくれって頼んだのは、何を隠そうこの私よ♪」


と、上機嫌に笑う否定姫。とがめが生前散々見てきたのと同じ、謀略を駆使して敵を貶める、邪悪な笑い方だった。

対称に油を注がれた火のように、とがめの顔が真っ赤になる。


「きさ……まぁぁあ!!」


力が弱いのは自覚していた。人を殴ったら、自分の拳が壊れる程弱いと。だが、思わず怒りで殴りかかる。

だが、それよりも速い影がいた。その次に乾いた音が後ろからする。同時に何かが通り過ぎた。

バチュンッ! と、否定姫の顔の近くで壁が爆ぜる。飛んできたのは銃弾で、否定姫の頬先を掠めたのだ。


「……なっ!?」


思わずとがめは後ろを振り返った。


「何者よ、アンタ」


後ろで、フレンダが睨んでいた。銃口から煙が立ち上る、護身用のリヴォルバー式小型拳銃を持って、殺意を持った目で否定姫を見る。


「その声、聴いた事がある。確か、結標淡希と戦ったときに無線に勝手に流れてきた声……結局、アンタが否定姫って訳か。話に聞いた通り、胸糞悪くなるくらい嫌な笑い方するわね」

「あらぁ♪ こんなに綺麗で可愛い顔なのに?」

「冗談。寝言は寝てから言うもんよ、結局は」


―――残りの弾数はあと三発。十分に女一人殺せる事が出来る。


(確か、話を聞く限りでは奴は全くとがめと同種の人間…。そして何を考えているのか何故か丸腰……)

寝言ではなく、夢遊病患者ではないかと疑うほどの愚行だった。否定姫がやった事は、とがめと七花を含め、明らかにアイテム一同を逆撫でにする行為。

それをやった相手の陣地に堂々と丸腰でやってくるのは、爆弾テロをやったテロリストが武装警察にパンツ一丁で突っ込むようなものだ。すぐに射殺されるか、捕えられて拷問されるか、未来は目に見えている。

しかしそれは不気味だった。震えが臆病風に吹かれる。

理由は解らない。超能力を持たない丸腰の人間に、なぜここまで不安になるのか。

だが、暗部で培ったこの危険勘知能力が、この女は危険だと警鐘を鳴らしていた。

それを強がって、拳銃のハンマーを上げる。


「正気の沙汰ではないわね。―――で、アンタは何しに来たの? 目的は? なにも、結局、絹旗の見舞いに来たって訳じゃいでしょうね」


それが脅し代わりだった。同時に、弱音だった。早く帰ってくれと。


「素直に答えろ。さもないと殺す」


脅し文句も加えた。同時に、悲鳴だった。怖くてどうにかなりそうだと。

フレンダは演技が巧い人間だ。彼女のハッタリは大体通ずる。

だが、その時、否定姫はフレンダを見た。そこには笑みはない。全く、口元は曲がらない。真っ直ぐに伸びた口元で、冷たく吐き捨てた。


「―――がきんちょは黙ってなさい」


とだけ。それがスイッチだったのか、フレンダは容赦なく引き金を引いた。恐怖か不気味さ故の防衛本能か、気付いたら自然と引き金を引いていた。――――の、だが、




パキンッ!




「がぁっ!?」


―――突如、小型拳銃の引き金を引こうとしていたフレンダの人差し指が、逆方向に曲がった。


意味の解らない攻撃に戸惑うフレンダ。とっさに右手を庇う。


「……??? ――――痛ッ……、何をした!!」


吠えるフレンダ。怒りの表情はある。だが、それは恐怖が見え隠れしていた。不気味さへの嫌悪感の裏返しであった。

何者かわからぬ妖女を、フレンダは凝視し、答えを待つ。

だが、


「さて、奇策士♪ ここで―――」


無視をした。最初からいないかのように。いや、視界には入っている。だが否定姫にとってフレンダは虫けら同然なのだ。だから無視をした。


「…………………」


フレンダはこの時、動きが止まった。
それは存在を無碍にされてプライドを傷つけられた怒りの為?―――否。断じて否である。
彼女にはハナからそんなお高いプライドは持ち合わせていない。
フレンダ=セイヴェルンという人間は、学園都市の超能力教育から微小な能力しか授からなかった。
故に彼女は弱かった。麦野や絹旗からすれば虫けら当然の弱者。それは暗部に堕ちた後でも変わらなかった。
それでも生き残ってきた。それが出来たのは、天性の爆破の才能と危険察知能力の高さ故。
今日まで鼠の様にして生きてきた。泥臭くも生きて生きて、生き残ってきた。
フレンダは自分より弱い人間であるが故に、ある意味では滝壺よりも感受性は高い。滝壷が漁船の魚群探知機なら、フレンダは海の底で敵艦の接近を知らせる潜水艦のソナーに近い。
だから―――。




この目の前にいる女が、途轍もなく恐ろしい怪物に見えてしまった。それには根拠はない。今までの経験と勘だけの、幻想だった。だが、それはどんな正確なデータよりも真実味が会った。


「……ひっ」


前方に怪物。背後は壁。

逃げ道はない。あの小さくも巨大な手に握りつぶされそうで、息が止まりそうだった。

いや、もうその手は鼻先までやってきていた。


「わ、わぁああああああああああああああああ!!!」


とっさにフレンダはスカートの中からクラッカー式のロケット弾を取り出す。

ぎょっと滝壺ととがめはが叫ぶ。


「ちょっと待ってふれんだ!」

「そうだ、こんな密閉空間では私たちも……落着け馬鹿もん!!」

「うる……さぁぁああああああいい!! こいつは、こいつは、ヤバいから、結局ヤバい化物ぉ……麦野以上の怪物!! 異常者!! だから、ここで消すしかない!!」

「フレンダっ!?」


フレンダは迷いなくロケット弾の紐を引く。その直後、ぶしゅうううううっと煙を吐きながらロケット弾は発射され、否定姫の体を突き破って、この部屋にいる人間を巻き込みながら爆発した。



「――――まぁ、その勘だけは鋭いようね」



否定姫が、開いた扇子をパチンッと閉じなければ、の話だが。

刹那、フレンダの体が壁に叩きつけられる。いや、吸い込まれる。まるで引力に引っ張られる形で十字に磔にされた。

肋骨が粉砕し、内臓が口から飛び出しそうな圧力がかかり、苦しそうにするフレンダは、あまりの圧力で声を上げられなかった。

そしていつの間にか、ロケット弾が消えていた。


「~~~~~~~~~っぁ!?」

「ふ、ふれんだ!?」


滝壷は叫ぶ。とがめは否定姫に向き直った。


「なにをした……」

「きゃんきゃん五月蠅い犬の頭を叩いた程度でとやかく言われる筋合いはないわ」

「…………」

「なによ」

「何故だ。何故、貴様がここまでして絹旗を痛めつける必要がある。絹旗が貴様に何をした? なんだ、目的はなんだ。そして、フレンダに何をした。もしや、貴様、超能力を?」

「質問が多いわね。まぁ答えないこともないか」


と、否定姫は答えやすい質問から答え、


「絹旗最愛は、“私とは”何の関係も因果も無いわ。ほとんど赤の他人。そっちが私に何もしていないように、私もそっちに何もしていない。完全に、こっちが加害者でそっちが被害者よ」


堂々と己が罪を肯定した。否定的な人間らしからぬ言葉だった。まぁ、そもそも今回、否定的な言葉が多かったとがめが思う事は出来ないが。

次の質問に答える。

「それで目的は、私が罪悪感を感じて、そのちびっ子の様子を見に来てやった……。と、言ったら?」

「嘘つけ。貴様がそんな丸まった性根をしておらんことは一番この私が知っておる」

「そう。私はそんな人情と仁義に溢れる性格をしていないし、あんたが不満げな顔をして返してくることは、私は知っているわ。―――私の目的は、取引よ。そして、絹旗最愛をここまでぼろ雑巾にしたのは、その取引の為だけ。単純でしょう?」


否定姫は閉じた扇子で絹旗を指す。


「あれ、もう直に体が魂から離れるわ。その前に、何らかの治療をしなければならないわね」

「残念だったな。ここに名医がやってくることになっている。もう直だ。あと一分も掛からんだろうよ。否定姫、貴様の企みは無駄足だ。絹旗と何を交換するかは知らぬが、とっと帰れ」

「そう。それは残念ね」


否定姫は笑う。

それは嘲笑と見れたし、見下しているとも見れたし、馬鹿にしていると見える。

要は、『ああ、やっぱり知らないのか。それだったらしょうがないか』とでも言いたそうな、顔だった。


「残念ね。嗚呼、残念ね。全くもって残念だわ。本当に、本当に残念ね」


と、何度も繰り返して残念がる。繰り返す度、嘲笑の声が大きくしながら。


「何が面白い」

「残念なのは、あんたの馬鹿な頭だからよ」

「なにっ!?」

「確かにここにはもうじき冥土返しが来る。大量の医療道具と最新式設備を携えて、可哀そうな小娘一人助ける為にご老体に鞭を打って、大急ぎでやってくる…………」





「―――――――でも、その未来を否定するわ」





「なに?」


否定姫は楽しそうに笑った。とがめのその奇怪な顔がそんなに面白いのか。


「どういう事だ」

「そのままの意味よ。あの医者は来ない。来ているけど、すぐには来ない。そうね、すぐ傍にいるけど、すぐ傍まで来ているけど、来ない。それが全てよ」

「?」

「なぞなぞをしている訳じゃないわ。とりあえず、私の話を聞かなければ、どの道そこのチビっ子が助からないって話」

「まて、どういうことだ!?」


とがめは考える。―――フレンダにした攻撃。すぐ傍に来ているけど来ない冥土返し。二つとも、どうやってやったのか、なぜ来ないのか、どういう訳なのか、まったくわからない。

そう言えば、この部屋のドアの向こうには人の気配はない。不思議だった。二三分でやってくると言って、運営が出て行ってもう5分以上たっていると言うのに。


「とがめ……」


滝壷がとがめを呼ぶ声だった。


「なんだ」


とがめは振り向く。滝壺は、幽霊を見たのか真っ青になっていた。そしてこう口走る。






「―――――時計が、動いてない」




と、携帯電話を見せてきた。知っての通り携帯電話は電波時計と同じく日本時間の正確な時刻を刻んでいる。そんな携帯電話が時間を狂わせることはある筈がない。狂うどころか止まる訳がない。

――――なのに。


「―――――ど、いう事だ?」


携帯電話の待ち受け画面にあったアナログデザインの時計の秒針が、まったく微動だにしていなかった。

別に携帯電話が壊れている訳ではない。操作は正確に動く。だが、時計の針だけが壊れていた。


「………………どうなっているの?」

「わからん……。まるで、時間が止まっているような……。いや、ここだけ時間が変わっている……のか?」


なんやら抽象的な考えだが、直感的思考に従った言葉だった。そしてその時、否定姫が手を叩いた。


「正解正解大正解! 正解者には拍手♪」


とがめはますます混乱した。


「説明しろ否定姫。何が起こってる」

「なに、簡単な事よ。あんたが言った事は殆どあってるわ。―――――この空間だけを外の世界と切り離して、時間を極限にまで遅くしたのよ」

「―――――――――――――………?」


もう頭が破裂しそうだった。いきなりの夢物語発言に着いて行けなくなる。

そんな事、人間が出来る訳がない。フレンダの事もある。何か種がある筈だ。とがめは後ろを振り返る。もうずっと重力に抑え込まれているフレンダは、ずっと否定姫を睨んでいた。

自分なりに分析してみると、一つの能力しか思う浮かばなかった。


―――考えられるのはただ一つ。重力使いだな。


「一応、調べておくか。滝壺、こやつは超能力を使っているのか?」


滝壷は能力追跡と言う、超能力者のAIM拡散力場を記憶する能力者だ。

もっとも、それは『ある薬』を投与しなければ強力に発揮できないが、相手からAIM拡散力場が出ているかどうかくらいはつかめる筈だ。


「滝壺?」


だが、答えは無かった。滝壷から何も返事が無い。振り返る。さっきと同じように、真っ青になっている滝壺がいた。


「とがめ……。おかしいよ、あの人。だって…」


滝壷は一つ呼吸を置いた。



「AIM拡散力場が全く出ていない………―――――あの人、能力者じゃない」



「はっ!?」

「ふふっ」


滝壷の困惑。とがめの驚愕。否定姫の嘲笑。

困惑は恐怖に代わり、驚愕は危機感に移り、嘲笑は憐みに変化した。


「超能力? なにそれ、なんでそんな、すぐに消えて無くなりそうな夢幻の能力なんて欲しがらなくちゃならない訳? その考え、否定するわ。超能力なんて、思春期の餓鬼が見る自分勝手な妄想と変わりないんだから」

「な、何を言っている!?」

「ちゃちだっていうのよ」


吐き捨てる否定姫。


「私は只、ここに結界を張って中と外の時間の流れをずらしただけよ。何度も言わせないで。
そうね、もしもこの壁がガラス張りだったら、外からは私たち、目にも見えぬ超高速で動いているわ」

「そんなことできる訳がない」


と滝壺。

「時間干渉能力……。そんな事できるのは、超能力者(レベル5)くらい……違う、絶対能力者(レベル6)クラス。個人だけでなく空間ごと時間を操るなんて、不可能に近い」


「な……っ」


絶対能力者とは超能力者の先にある者を指し、いわば『神の領域』『神の頭脳』を持つ人間を言う。それを造る事こそが学園都市の目標であり、学園都市の研究者の悲願である。


「貴様、神にでもなったのか」

「それは否定するわ。てか、馬鹿言ってんじゃないわよ。この世の神も仏もない事なんて、あんたが一番わかってるじゃない。あるのは人間が何をしたか。虫けらのように大量にいる人間が、行動し、行動しなかったかが、各々の運命を決める。それを神様とか仏様とか崇めているのよ、私たちは。だからこの世に神仏無し。これ世の理也。なんつって♪」

「楽しそうだな……」

「楽しいわよ? 私の力を見て人が驚くのを見るのは、胸に来るものがあるわ。―――あーでも、ある意味、神様に近い力を得た……とだけ、言っておこうかしら」


まぁ、そうね、と否定姫はヒントだけを述べた。


「『浦島太郎』って昔話を知っているかしら」

「いきなりなんだ。知らない筈が無かろう。子供の頃から聞かされた御伽草子だ」

「そう、日ノ本国が作られた時からある御伽草子。いやいや、御伽草子って言うのは否定するわ。これは神話の類ね」


滝壷が怪しい眼で否定姫に訊く。


「浦島太郎…? 子供にいじめられた亀を助けたらお礼にと言われて竜宮城に行って、帰ってきたら何十年も経っていて、貰った箱を開けたらお爺さんになっちゃった、って話の?」

「滝壷、それは違う。網に掛かった亀を助けて逃がしたら、後日女が訪ねてきて、姫から礼をしたいと竜宮城に招待され、3年過ごし、村に帰ったら村は消え果て、両親の古びた塚を見て絶望した浦島は玉手箱を開き、鶴となって空高く飛んで行った……ではなかったか?」

「まぁ、昔話とか御伽草子とか神話とかは、伝言ゲームみたいに時代によって伝わり方が違うから、食い違いが多いのはしょうがない事ね。でも、大事な的は得ているわ」


実際は―――海と陸の境界に海神の娘(亀姫)に出会って語らいを持って結婚した浦島は、常世にある海神の宮で3年過ごした。
が、親にこの事を伝えたいと妻に言ったところ、「これを開くな」と櫛笥(玉手箱の事。化粧道具を入れる箱)を渡される。浦島は無事に故郷に帰ったが、そこは300年後の世界だった。
そこで櫛笥を開けば元の時間に戻るのではと考え、開けてしまう。
すると白い雲が湧き上がり、浦島は老人となって息絶えた。―――である。


「要するに、時間の差は100倍はあると思っていいわ。そこに私の改造を加え、竜宮城の時間を100倍遅から100倍速に変換したの。結果的に、ここは外の100倍の速さで時が進んでいるし、外はここの100の遅さで時が進んでいる。
冥土返しは外では1分か2分後に来るけど、ここの時間だったら100分後、200分後に来る……って事になるわ」

「………滝壺よ、それは科学的に可能なのか?」

「出来るとするなら、アインシュタインの相対性理論の応用だと思う。けど、それは物体を光速で移動させなければならないから、どの道、不可能のハズ……」


「なら、一つしかない。―――ハッタリだな」


とがめはそう判断した。これはハッタリだと。否定姫の取引の目的は何か知らないが、これはとがめを混乱させる手の一つだと。

否定姫は鼻で笑う。


「否定するわ、それ」

「なら、証拠を見せてみろ。外と中の時間に100倍のずれがあるのなら、その証拠を見せてみろ」


時間操作だと見せかける為に、携帯電話に特殊な電波でも浴びせて時計を止めたか何かしたのかもしれない。

否定姫がそんな大きな器具を持ち合わせているとは思えないが、相手の手札が見えない以上、予想は大きいに越した事は無い。


「どうした、見せてみろ」


と再びとがめは言う。と、


「いいわよ」

「!?」


ガラッと、ドアを開ける音がした。否定姫が開けたのだ。呆気無く。堂々と。


「外に、何か投げてみなさい。椅子でも机でも、明日の天気を占う気分で下駄でも放り込みなさいよ」

「……………」


一瞬戸惑ったが、とがめは言う通りにした。投げるのは近くにあった手鏡を持ち、軽く投げる。


「よっと」


届くかどうか心配だったが、手鏡は綺麗な弧を描き、ちょうど虚空の真ん中に届き――――――――そのまま、静止した。


「あ!?」

「え!?」

「………!?」


投げたとがめも、横で見ていた滝壺も、壁に磔にされていたフレンダも、一同驚愕に顔を凍らせる。


「はい、これが証拠よ」


と、否定姫は宙に浮く手鏡に手を掛け、体重を掛ける。だが、手鏡は一向に落下しない。


「よく見なさい。この手鏡、本当にゆっくりだけど前進している。100倍の遅さだけど、確かに前進しているわ。それでも疑うと言うのなら、その拳銃を撃てば?」

「……………とがめ」

「いや、いい。どっちにしろ、今は絹旗の命が優先だ。もしこやつのいう事が本当でも、ここでは絹旗が助かるまでの残り時間の減りかたは変わらん。医者が来るよりも、認めたくはないが、奴の話を聞いた方が早いというのがわかったのだからな」


絹旗の方を見る。

人工呼吸器をつけ、何とか呼吸はさせているが、一刻を争う場合ではない。

冥土返しをいくら待っても、否定姫の言う通り全く来ない。なら、ここは否定姫の話を聞くしか道はない。


「それが賢明ね」

否定姫は扇子を開いて、


「さて、取引と行きましょうか」

「…………聴こうか。何が目的で、私に何を望む? 絹旗は助かるのだろうな」

「ええ、私なら一瞬で治せるし」


すぐに閉じた。ぱちんっと乾いた音が響く。


「―――私の目的は、あんたが持つ『千刀 鎩』を手に入れること」

「……………ッ!!」


とがめの喉が鳴る。


「絹旗最愛の命は助ける。だから千刀を寄越しなさい」

「なぜ、それを欲する。貴様が持っても宝の持ち腐れと言う物だろうに。あれは確かに四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本が一本だが、お前から見るとただの数が多いだけの刀だぞ」

「否定するわ。同じ物を分子レベルで造り上げるって言う技術はまだ学園都市にない。なら、それをどこぞの研究施設に売り込めば、それなりの資金になる。まぁ、それはしないから安心しなさい。私が欲しいのは、戦力よ」

「………趣旨が見えないのだが。よもや貴様、学園都市を乗っ取るつもりか? それは無理だ。左右田右衛門左衛門がいかに七花と同等に強いとしても、千刀を使いこなせても、この街はひっくり返せんよ」

「馬鹿ね。あんたじゃあるまいし、天下を獲ろうとはみじんこ一つとも思っちゃいないわよ。私はただ、手札を揃えたいだけ」

「手札?」


とがめの脳裏に、あの日、否定姫と知り合いかと思われる少年を思い出す。たしか、名前は―――


「上条、だったか。奴はただの高校生だろう? ただ、面倒事に頭を突っ込む、正義感が強いだけの青い子供だったな。何故か、暗部では有名らしいが」


否定姫はハッと笑った。


「ま、あんたがその程度の認識しかないなら別にいいけど………。上条当麻と顔を合わせたのは、『残骸』争奪戦だったっけ?」

「? ああ、そうだが」

「今、あいつの家に居候させてもらってるんだけど……。一昨日なんて、学園都市を危機から守る為だかなんだが言って、外部から来た脅威に立ち向かって、その危機から救ったのよ。
そんなんだから、暗部でも名が通っちゃうのよ。馬鹿ね、踊らされているとなぜ気付かないのかしら。まぁ、根っからそう言う人種なんじゃないかって思うの、私」


愚痴をこぼす様に困った顔をする。


「実はね、その戦いの次の朝、あいつはとんでもない拾いものをしてきたのよ」

「拾いもの? それが貴様の目的に関係があるのか?」


ふふっと笑って、否定姫はこう言った。



「あの馬鹿、敵だった筈の結標淡希を、木原数多率いる猟犬部隊から助ける為に家に連れて帰ってきたのよ」

「―――っ!!」


とがめは今でも覚えている―――。

あの少女が『千刀 鎩』を持った時の凶悪さを。七花にこそ通じなかったものの、超能力者 御坂美琴を完全に封じ込めた程の威力を持つ人間だ。


「なぜ、結標が……」

「知らないわよ。あの男は自分がやりたい事をしているだけ。それがたまたま他人から見て『正義』って写った」

否定姫は目を細めて、

「奴の正義ってのは、ただ守るだけの正義。あんたの様な復讐鬼の正義じゃない。この茶番での『勝った方が正義』って言う正義でもない。ただ純粋に、平和を守るための無垢な正義。全く、面白い奴よ、あの男は。敵を助ける程の太っ腹精神だもの」

まるで、理屈もへったくれも無く他人の為だけに平和を守る、勧善懲悪を絵に描いたような人間……。絵物語に出てきそうな正義の味方を、否定しているようでも、やや羨まんでいるような、そんな目だった。


「だから人間を『悪』が蔓延る暗部で有名になるのよ。あの男妾の才があるんじゃないのって思いたくなるほど、女にモテまくるし、結標も落ちていて、雌犬の様にめろめろよ。知っている? 御坂美琴も否定はしているけど心の中では上条一色。ウチの犬とは友人関係。それに超能力とは全く別の法則の能力と関わりが強く、またそこでも上条を想う女がちらほらといるの」


だが、それさえも駒にしてしまう女が否定姫の心を読んだ。


「……………そうか、貴様、それらを手札にしたいのか」

「御明察☆」

「その一枚が『千刀 鎩』。結標淡希に持たせれば、まさに一騎当千の……いや、一騎千刀の兵となる!」

「また御明察」

「上条が複数の人の心を掴んでいるとするならば、貴様も上条の心を掴めば、自動的に上条を慕う人間を掌握できる……! ――――全く趣味が悪いにも程がある」


その時、滝壺が連想したのは彼の有名劇作家 ウィリアム=シェイクスピアの『マクベス』だった。

仁徳ある騎士が、妻の言葉に惑わされて仕えていた王を討ち、自らが王となるも、暗君となってしまい、最後は滅びる話だった。

知っての通り、シェイクスピアの四大悲劇の一つである。


「それは破滅の道……。いくらどんな手を使っても、学園都市に歯向かえば……」

「あら、確か滝壺理后とか言ったかしら、敵に忠告なんて心優しいのね。でも、私はマクベスの二の舞は踊らないし、同じの轍も踏まないわ」

「させると思うか」


とがめは声を低くする。


―――否定姫は彼の男と同じ戦乱を起こそうとしてた。よりにもよって、とがめの……否、この容赦姫の目の前でそれを宣言した。


「それはこの世界の人間を自分の意のままに操り、戦乱を起こすかもしれんのだぞ!? させるか、させてたまるか。貴様のやっている事は、それは罪悪だ。我が父と同じ破滅の道だ」


―――いや、違う。


そもそも、この世界において、鑢七花と奇策士とがめを始め、否定姫や左右田右衛門左衛門、真庭忍軍十二棟梁、敦賀迷彩……彼らは、異質そのものだ。

なぜならば、この世界には彼らが来なければ来ていた筈の世界があった筈なのだから。

麦野沈利は病床に臥せる事は無かったし、結標淡希は千刀を持たず普通に戦い上条と深く関わりを持たなかったし、吹寄制理と佐天涙子は誘拐され、犯されそうになる事はなく、また千刀流と言う全くこの世界では通用しないだろう力を得ようとしなかった。

―――そして、絹旗最愛が死ぬ運命にならなかった筈だ。

全てはこの世界に異質が来なければ、やって来た未来。それを塗り替え、すり替えてしまった。

これは未来の歴史の改竄にならないだろうか。

とがめは―――歴史の修正者として戦った父を持つ娘は、そう思うのだ。

だから、これ以上歴史の改竄は許してはならない。


「貴様は我が父が、飛騨鷹比等がやろうとした戦乱と真逆の事をしようとしている!! それは歴史への反逆だ。歴史の愚弄だ。――――いや、違う。お前がしている事は、四季崎記紀の歴史の改竄そのものだ!!」
歴史の改竄は、もしかして元の未来では死ぬはずだった者が生き残るかもしれない。不幸な結末が幸せな結末に変えられるかもしれない。

だが、否定姫がやろうとしているのは逆だ。

もしかして元の未来では死なない筈だった者が死ぬかもしれないし、幸せな結末を持つ者が不幸な結末を迎えるかもしれない。

そんな悪逆無道、みすみす見逃すわけがない。


「させると思っているのか!! 否定姫ぇっ!!」

怒気をあらわにして叫ぶ。

「…………ふざけるな。否定姫、貴様のその行動が、この世界の住人の命を削っているんだぞっっ!? 私たちの世界とは全く関係のない子供たちが、死ぬんだぞっっ!?」

「関係ない? その考え、否定するわ。馬鹿言わないでちょうだい」


と、否定姫は掴まれたまま冷たく見返す。


「人間の関係ってのはね、直接的間接的関係なく、相手の存在を知ったその時から、魂の糸が絡み合うように繋がってしまうものなのよ。間接的ならほんの微かだけど、直接的なら複雑に絡み合う…―――あんたと七花くんと、そこの餓鬼三人はね、もう関係ないとかそう言う問題をとっくに通り越してるのよ。それは世界も同じ。四季崎の阿呆がこの世界に大量の癌細胞を植え付けたその時から、この世界の未来は壊れている。もう遅いのよ」

「馬鹿を言え、私たちの世界はこの世界とは別の世界だ!! そもそも私たちがこの世界にいること自体が異常だと言うのに、私たちのせいでこの世界の人間が死んで言い訳が無かろう!!」


だから、七花に『人を殺すなよ』と口が酸っぱくなる位、忠告していたのだ。

七花もさぞかしやりにくかっただろうし、とがめも人を殺さぬ奇策を打つのは苦労していた。

だが、


「でも、それはもう遅いんじゃない?」


否定姫は小馬鹿にしたように笑う。


「たとえば先日の無能力者狩りの件。あの組織、大半の人間が一ヵ所で殺されていたのって知ってる?」

「………あれは、絹旗がやったのでないのか?」

「あんた、確認とらなかったの? 七花くんは一人も殺していない。絹旗最愛も、あそこのリーダー一人しか殺していない」

「――――では、誰が?」

「あそこにいたのは、誰もあんたたちだけじゃない」


そう、あそこにいたのは鑢七花、奇策士とがめ、絹旗最愛……そして、


「真庭人鳥と真庭蝙蝠よ。―――――とうの昔に、蝙蝠は百人単位で人を殺しまくってる。
蝙蝠だけなじゃない。他の真庭忍軍も自分が生き残るために暗殺稼業を再会している奴もいるようだし、何より剣客とか忍者とかって生き物が、そう簡単に人を斬らずに生きていけると思っているの?」

「――――――――――――、」


喉が干上がった。


「な、………」

「もう遅いのよ。歴史の改竄は、すでに始まっている。もう誰にも止められない。
あんたは歴史の改竄をみすみす逃した。ああ、いや、これは仕方がないか。でも、それを止められなかったのはあんたの責任。あの世のお父様が聞いたら泣くわね」

「……………………」

「さて、話に戻すけど、『千刀 鎩』を寄越しなさい。なに、在り処だけでも答えてくれれば、こっちが勝手に持ち去るから」

「………出来ない」

「あら、なんで? とてもいい話だと思うのだけど」

「いい話であるものか。その上条勢力とやらの反乱で世界が乱れるのなら、『千刀 鎩』を渡さずに貴様の戦力を一つでも潰すまでだ」

「と、とがめ!?」


滝壷が悲鳴を上げる。

その判断は、絹旗を捨てるという事だ。

だが、とがめの思惑は違っていた。


「安心しろ、滝壺。絹旗は助ける」

「………?」


とがめの足元には、一丁のリヴォルバー式小型拳銃。弾数はあと三発の、一人の女を殺すには十分な凶器があった。


「こいつを殺してな!!」

拳銃を素早く取る。

後ろの壁で磔になり、一言もしゃべる事が出来ないフレンダが落としていったチャンスを、ここで使う。

こういうのはしない主義だが、この場合は致し方あるまい。

とがめはフレンダがやっていた通りに、拳銃を構える。ハンマーはすでに上がっていた。あとは引き金を引くだけだった。

無論、躊躇する事は無い。即座に引き金をひく。

震えは無い。この手でなくとも、自分は復讐の為に何百人もの命を奪ってきた鬼女だ。この手で直接殺すのは怖くない。

そして、完全に人差し指が引き金を引き終わる感覚がした。

発砲音と硝煙が銃口から飛び出る。銃弾が一直線に進む。

女性護身用の小型拳銃だった訳があり、反動は少なく、とがめの細腕でも若干肩が痛むほどで撃てた。

弾はそのまま否定姫の顔に直撃―――――――――――――――――――しなかった。



「!!」

「!!」

「!!」


今日何度目の驚愕だろう。

弾が否定姫の頭に当たる前に“弾けた”。


「何の手品だ……?」

「手品じゃないわ。マジックよ」


と、否定姫は楽しそうに笑う。よほど面白い顔をしているのか。


「さて、こうやって拳銃突き付けて抵抗したってことは、交渉は決裂ってことね?」

「………………」


冷や汗が、止まらなかった。とがめも、滝壺も、そしてフレンダも。

銃弾が効かぬ人間など、見たことが無い。時を止め、人一人を指先一つで壁に磔にさせる様な人間は見たことが無い。

ここで一同確信した。

否定姫と言う女は、正体不明の怪物だと――――。


「なら、ここは実力行使と行きましょうか♪」

「な、何をする!?」


とがめは叫ぶ。と、否定姫は柏手を一つ打つ。


「!?」


すると、体が動かなくなった。金縛りにあったのと、同じ感覚。―――否定姫は冷たく吐き捨てる。


「調子に乗らないで。四季崎記紀の魔術に蘇った泥人形風情が、もうとっくの昔に死んだ幽霊如きが、たった三発の鉛玉を腹に喰らった程度であっけなくおっ死んだ哀れな負け犬めが、この世界の今を確かに生きている人間で生物で勝ち組のこの私に、大きく口答えしないでくれる? あんたそのものが、この世界の生死そのものを否定している事を忘れないでよ」

「…………?」


その内容が全く分からなかった。否定姫は目をそらすと、とがめの金縛りは解けた。

否定姫は扇子を閉じた。そしてそれを魔術師の杖の様に振る。

すると、さっきまで壁に磔にされ、身動きが取れなかったフレンダが解放された。




「ぶはぁっ!」

「ふれんだ!」


滝壷が心配そうに駆け寄る。その顔は少しだけ安堵で緩んでいた。


「ふれんだ、よかった……」

「まったく、だから言ったのよ! こいつは麦野以上にヤバイって!! 結局噛み付いてからじゃ遅いって訳で」


だが、それは束の間。すぐに凍り付く事になる。


「はい、まずは一人」


もう一度、否定姫が扇子を斬るように振った瞬間――――フレンダの上半身が下半身から零れ落ちたからだ。


「え」

「あ?」


一瞬何が起こったのかわからなくなる二人。

まるで剣士が斬った巻藁の様に、フレンダの上半身は床に落ちる。下半身から血が噴水のようにド派手に飛び散り、滝壺を朱に汚した。


「……あぇ?」

「……ほぇ?」

「――――――――っっ!!」


状況がつかめていたのは、傍から見ていたとがめのみ。驚愕の体で静止している。

そして数秒後、二人はフレンダに置かれた状況を理解した。


「あ、、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「あ、ああ、ああ、あああ、あああああああ、ああ、、…あ、足が、脚が、あいた、ぎぁ、あいちあちた、いたいたいたいたいたいあいちあたああああああああああああああああああああああ!!!!!」


滝壷は驚きで飛び退き、フレンダはいまだに起立している下半身を見ながら、昇天する程の激痛に襲われる。その上半身の切り口からも、大量の血が如雨露の如く流れていた。

失われてゆく自分の血。生きる為に心臓から押し出された血が、皮肉にも主を殺す手助けをしていた。

涙を流しながら、口から泡を吹き、血走った眼でとがめに訴えながら、


「あああ、ああああああ、死にたくない!! 死にたくない!! 死にたくない死にたくない死にたくないしにたくしにたく………―――――――」


絶命していった。

紅い絵の具に彩られた白い蝋人形のように、綺麗で残酷に、恐怖に染まった顔で。


「あぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


滝壷はそれを見て泣き叫ぶ。フレンダが死んで悲しいのか、それともただ目の前に起こった死に驚いたのか。

どっちにしろ、


「二人目」


目、鼻、口、耳から滝のように血を流して死ぬのだから。


「へ?」


目から紅いの涙が、鼻から紅い鼻水が、口から紅い水が、耳から紅い体液が、面白い様に流れる。

それだけではなく、尻、外陰部からも怒涛に血が溢れ出る。


「ファッ!?」


フレンダとは違う方法で、大量出血を強要される。


「イヤ、ィイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


止めたくても、止まらない血。

手で押さえても、目を抑えても、鼻を塞いでも、口を閉じても、耳を抑えても、肛門に力を入れ、膣口に手を入れても、血は止まらない。

そのまま倒れ、びくっびくっと痙攣を起こし、血を搾り取られて絶命した。

全身の血を抜かれ、真っ白になった体は、これも蝋人形だった。

その人形は、もう動かない。



「はーい♪ あんたが否定するから大事な大事なお仲間がみーんな死んじゃいました~♪ いわゆる、ゲームオーバーってやつなんだけど………彼女たちの命も助けるから、『千刀』の在り処を吐きなさい」



――――だが、とがめだけが残った。



「………………え」


あっという間の出来事だった。たった数秒で二人の少女の命が奪われた。

信じられなかった。

なぜ、ここまで簡単に人が死ぬのだ。いや、死ぬものだ。あの劫火の城の中、家族も臣下も何もかもが斬り殺され、焼き殺された。まるで紙屑のように。

だが、それとは別の意味で、簡単に死んだ。


「…………ひ、てい、ひめ?」


とがめは震えながら振り返る。

なぜ、この女は一瞬のうちで正体不明の方法で人を殺せたのだろうか。


「なにを……」

「ん? マジック」


否定姫は某ハンドパワーの手品師の如く両手を翳す。そして残酷な顔で、


「これは、あんたの所為よ。あんたが殺した。あんたが死なせた。あんたの所為で」

「違う」

「あんたが、私のいう事を聴いていれば」

「違う」

「あんたが、この茶番に参加しなければ」

「違う」

「あんたが、この世界に来なければ、いや…」





「―――あんたがこの娘たちに関わらなければ、死ななかったのに」





「……っ、ち、違うっ!!」


とがめはヒステリックに叫んだ。


「殺したのはお前だ否定姫っ!」

「でも、殺したのはあんたよ奇策士。いいえ、容赦姫」

「違う……。―――――どうしてだ、どうしてこんなにひどい事をする!? あの子たちにはまだ未来があったはずだろう!?」

「否定するわ。あんたが喰ったの。その未来を」

「貴様……」

「助けたいのなら千刀の在り処を言いなさい」

「………………」


もう、正常な判断が出来ていなかった。血を見たからか。いや、血なら飽きる程見てきた。なら、とがめの精神を蝕むのは何だ? 猟奇的な殺人を見たからか? いや、違う。

その断末魔が、耳に離れないからだ。


『ぁぁああああああぁぁっぁぁあ…………』

『熱い……熱いぃ………』

『嫌だ、嫌だ、ぁぁああああああああああ………』

『死にたくないっ! 死にたくないっ!!』

『ぎゃぁぁああああああああああああああああ!!』


あの始まりの日。劫火の城の中で聞いた、断末魔が。

地獄の窯に似た光景。鬼に斬り伏せられる武者たち。業火に焼かれながら声を上げて死んでゆく女中。首を狩られた仲間を見て怖気づく新兵。守られるべきだった男に犯される姫君。

誰もが地獄の中で死んでいった。

ある者は一人の剣士に殺され、ある者は炎に抱かれ、ある者は腹を切り、ある者は仲間割れで死んでいった。

その断末魔の記憶が、少女二人の断末魔によって蘇られた。

気付けば、顔が真っ青になっていた。

それでもとがめは信念を曲げなかった。歴史は枉げさせないと、枉げさせてたまるかと、半狂乱で訴えた。


「駄目だっ!! お前は、歴史を………」

「そう……否定するのね。だったら……七花くんも死ぬけど……。いいの?」

「ッッ!?」


とっさに声を出そうとした。何を出そうとしたのかは、わからない。が、声は出ようとしていた。―――だが、


「遅ぉ~い♪」


可愛い笑顔の否定姫の手には長い髪が握られていた。いや、それは鑢七花の生首であった。
口から血を垂らし、白目を剥いたその眼。長い髪、頬には十字傷。まぎれもなく、その顔は七花の、容赦姫がただ一人惚れた男の首だった。


「―――――――ァぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!?!!?!??!?!!!!!」

それが引き金だった。

いよいよ完全に狂ったとがめは堰を切った水の様に、走り出そう様に口を割る。


「わ、解った!! わかったから!! 七花は!! 七花には、七花だけは殺さないでくれ!!! 死なせないでくれ!! わ、わ、わ、私は…七花は……!!」


恐怖と混乱と涙と懇願。とがめは否定姫の足元に縋る。神に祈るようだった。


「お願いだ、『千刀 鎩』は第七学区の病院の地下倉庫に保管してある!! だから、私はどんな風になっても私を殺さないでとは言わない。だが他の者たちは殺さないでくれぇえ!!」

「よし、許しましょう」


否定姫は満悦の表情で柏手を二回打った。

すると、とがめを囲んでいた光景は一転した。

いや、元に戻った。


後ろを振り返る。そこには、二人の少女が倒れていた。一人はフレンダ=セイヴェルン。一人は滝壺理后。その少女たちは二人とも“生きていた”。先程死んだというのに。

フレンダの上半身はちゃんと下半身とくっ付いていて、滝壺の穴と言う穴からは血など一滴たりとも流れていない。

訳が分からなくなって、否定姫を見上げる。

すると、彼女は一言だけ答えた。


「幻術よ」


「…………あぁ、あああ」


崩れ落ちるとがめ。それは安堵か、疲労のせいか。

それを嘲笑い、否定姫は踵を翻す。


「じゃあね奇策士。これで今まで私に散々侮辱したり地位から蹴落としてくれた事はチャラにしてあげるわ。これからも刀集め頑張んなさいよ♪」


そして去り際に、


「それでも、あの魔王様はあんたの大事な大事な、そして私の大切な大切な七花くんの首、本当に刎ねかねないから。あの刀の持ち主なら、ちゃんと管理してやりなさい♪」


と言って、ドアを潜る前に、否定姫は柏手を打ってから去って行った。
―――これが、奇策士とがめの、この世界における最初の敗北である。


「…………ぁ、ぅ……」


いまだにあの光景が耳に離れずにいた。目に焼き付いた映像が離れない。

涙も出ない。声も出ない。

もう何もかもが出し過ぎた。

数十分経った頃だろう。ようやく心が落ち着いてきた時だった。あれから冥土返しは一向に来ない。


「……あ、絹旗」


その時、ようやく絹旗の存在を思い出した。

そうだ、絹旗は今、命の危機にある。早く、彼女の命を助けなければ。

落ちた膝をどうにかして立ち直らせ、体を起こす。

そして、ストレッチャーの上にいる絹旗の姿を見た。

相も変わらず傷だらけで、今にも死んでしまそうな体だろう。



だがストレッチャーの上には、刻まれていた筈の傷は消え失せ、規則正しく寝息をする絹旗の姿があった。ちゃんと両の眼孔には目玉もある。


「……………え?」


否定姫の仕業であるほかなかった。

証拠に、彼女の傍の壁に否定姫の筆跡の血文字で、


『ちょっとやり過ぎちゃったお詫びよん♪ 今日の経験値の分はちゃんと成長させたから。感謝しなさい』


と。

この文章は誠だろう。

体つきが、少し大きくなっていた。身長も伸びている。

それよりも目立ったのが、長く伸びた髪だった。原因は不明だが、後ろ髪は肩甲骨の真ん中くらいまで、前髪は鼻先まで伸びていた。

その姿で、生まれ立ての赤子のように眠っていた。


「―――――――ぁぁああぁぁ……」


とがめは再び崩れ落ちる。

安心していいのか、不安がっていいのか、もうどうでも良くなっていた。

もう、心がボロボロになって動けなかった。

ただ七花が戦っているスタジアムへ赴けず、ただそこで否定姫が書いた血文字をずっと見つめていた。

それしか、出来なかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


否定姫は廊下を歩く。

速足で、つかつかつかと。

誰もいない筈の廊下で、ここにはいない筈の臣下に命ずる。


「第七学区の……ほら、あんたが土御門を追って行った……ちょうどあの馬鹿男が入院している病院の地下に、『千刀 鎩』があるから、私が造った霊装を持って回収に行きなさい」


虚空に命令するみたいだった。

だが、虚空は答える。


「承知」


と―――。

左右田右衛門左衛門がすぐに行動に移したのを確信すると、歩きながら柏手を打つ。すると、背後に黒服と黒サングラスを掛けた男が三人走ってきた。

とがめに『冥土返しはあと数分でやってきます』と言い、絹旗をストレッチャーに乗せ、あの集中治療室に誘った運営達だ。

否定姫は


「滅」


と呟く。

すると、運営の姿をした式が紙の人形に変化して地面に堕ち、自動的に着火して燃え、消えていった。

つまり、そう言う事なのだ。



「ん」


否定姫は前方に影を見つける。

それは先日から飼い始めた犬だった。


「よう、早かったな」


土御門元春―――学園都市に住む高校生だが、裏ではイギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』のメンバーで、多重スパイをしている工作員である。

彼が否定姫の軍門に下った経緯は>>190を読んでもらえるとありがたい。


「ええ、そっちの時間なら一分もたってないでしょうね」

「ウラシマ効果か」

「科学的にはそう言う様ね。魔術的には浦島太郎伝説をモチーフにした、時空間結界魔術だけど」

「確か、日本書紀と万葉集……ああ、それと古事記か」


否定姫が浦島太郎を『神話』と言ったのは、実は、浦島太郎はあの日本書紀に1行だけだが記されており、詳しい話は万葉集に収録されているからだ。

また、浦島太郎とよく似た話は別の神話の中にも登場し、古事記には釣竿を持って亀に乗る男が初代神武天皇を水先案内したという件がある。

そして、日本書紀も古事記も、あの魔導図書館『禁書目録』が保管する十万三千冊の中の一冊であるし、万葉集は天皇貴族から下人防人まで、幅広い階層の人間の歌が書かれている。

万葉集は全二十巻。

そのうちの何冊かは、宮廷は勢力争い、下人防人は貧しさと故郷の憂い、それらが積もりに積もって偶然魔道書となった………と、言うのが通説である。

なぜ通説どまりなのか、と言うと、理由の一つとしてあげられるのは魔道書としての力が弱すぎる為である。


一首の歌を一人歌うとする。すると、その人の恨みや悲しみのマイナスの心があって、それが首に写った。それらが積もった為、魔導書になった。

それは逆も然り。歓びや感動、恋愛などのプラスの心を持った人によって読まれた歌に、その心が首に写り、それらが積もりに積もって魔導書としての効果を中和し、抑え、
結局は確実に魔導書のはずなのに、魔導書としての機能はせず、魔術師が見ても一般人が見ても誰も発狂しない、ただ読者の心を嬉しくさせたり悲しくさせたりする不思議な和歌集となってしまった魔導書である。

万葉集の編纂したのは大伴家持だ。

彼は裏切りと謀略の嵐の様な場所を生き延びた、大伴一族で数少ない人間であり、また有力政治家であった。

当時としてはオカルトが政治を握る時代。のちに藤原仲麻呂暗殺計画や藤原種継暗殺事件の立案者となる家持は、和歌集を用いて強力な力を欲したのだろうか。

それとも自分が愛する和歌を、本当に広く民に知ってもらいたいが故に、後の世千年後まで今の時代に住む人々の暮らしを知ってもらいたいと純粋に思ったが故に、わざと中和させ、魔導書としての効果を薄めさせたのか。

本当にたまたま、偶然魔導書としてなりたってしまったのか、まだわからない。


「どれも一般的に出回っているが、原本は列記とした魔道書だからな。まさか、浦島太郎伝説をそっくりそのまま再現したんじゃなく、その逆再生をするとわな。まったく、魔神様は恐ろしい限りだ」

「褒めてくれるの? 嬉しいわ♪」

「畏れてるんだよバカヤロウ」

「私は女よ。野郎じゃないわ」

「そう言う話をしている訳じゃない」



否定姫の前では、土御門は冗談を言わない。それほどこの女に気を許している訳ではないからだ。


「魔導書の魔術はそれだけでも強力だ。だから扱いが難しい。反発を起こしやすく、術者の命を奪うもんだ。それをテメェは難なくアレンジを加えて立派な結界魔術を完成しやがった。これが魔術師の世界なら、勲章どころの話じゃない」

「そんなもの必要ないわ。他人から得た表彰とか階位とか、そんなの、ただの身分に過ぎないし、自分を縛る牢屋みたいなもんで、邪魔なだけ。そんなものは必要になったら取るって感覚でいいのよ」

「それをこの街の統括理事会のお偉いさんに聞かせてやりたいぜよ。言葉だけだが」

「褒めてくれてありがとうね。気分が良いから何でも質問していいわよ。ただし、今日の事だけね」

「じゃあお言葉に甘えさせてもらう」


「じゃあお言葉に甘えさせてもらう」


土御門は既に用意していたのか、即座に訊いた。


「絹旗最愛はどうやって生き返らせた……てのは訊くのも面倒だから省くとして、まず――――なんで、絹旗最愛は“死ななかった”」


その質問に、否定姫は目を見開いた。

そして面白そうに笑って、


「―――――――へぇ、気付いてたの」

「誰だって気付くぞ、あれは。まったく、悪趣味なモンを十万人以上の人間に見せやがって」


と、嫌そうにかけていたグラサンを中指で押す。

カツカツと足音だけが奥まで響いてゆく。どうやら、この廊下には誰もいないようだ。


「化物じみた怪力で、あれだけの殴られたり蹴られたりすれば、誰だって一発で死ぬ。それをたった13,4の小娘が何十何百も喰らって生きていられる筈がない。ましてや、立ち上がってこれるなんてもっての外だ」

「ま、窒素装甲って鎧のせいであるって見方もあるけど、鑢七実の怪力……いえ、凍空一族の怪力がそれくらい突き破られない程弱いもんじゃないしね」

「――――何か、小細工したのか」

「うん。呪いをかけた」


さらり、と告白する背の低い金髪。


「『クンバカルナ』って知っているかしら陰陽博士」

「陰陽師にとって、日本神話、仏教、密教は必須科目だ。舐めるな。知ってるぞ。インドの叙事詩『ラーマーヤナ』に登場する鬼神だ」


―――クンバカルナ―――
ランカー島で最も巨大な体躯の持ち主で、山ほどもあり、口は広大で、肌は黒く、血と脂の臭気を発する。彼の息は強風と変わりなく、怒ると火を吐き、その雄たけびは百の雷ほどあったとされる。生き物の創造が無に帰すほどの食欲の持ち主であるため、9か月に1日しか目を覚まさないという呪いをかけられた。ラーマとラーヴァナとの間に戦争が勃発したとき、無理やり目覚めさせられて参戦し、大活躍するが、ラーマに討ち取られた。(wikiより)


「クンバカルナは半年に一度しか目覚めないが、その代わり一日だけ不死身になれたそうね」

「ブラフマー神の呪いか。確か、生まれて間もなくその空腹で身の回りの生物を喰い回って、困った神がヴァジュラで打っても聖象の牙を折って打ち返してくるから、ブラフマー神は頼られて永遠の眠りにつく呪いをかけたんだったな」


―――しかし、ラーヴァナが呪いを緩めたので、実質は9カ月に1日の起床である。


「不死身の呪いなんて小細工しなかったら、あの小娘、一発目で死んでたわ」

「なるほど、クンバカルナと同じ呪いをかけたのか」

「馬鹿ね、同じだったら永遠に絹旗最愛は眠ったままよ。ちゃんと半年に一日に緩めているわ。それにあの呪いは後払い式で、一日不死身になった代わりに半年間眠り続ける呪いよ。もっとも、その半年の時間は浦島太郎の魔術で早送りさせたから目覚めるのは明日ね」

「もうとっくに日付は変わっているぞ」

「なら今日の夜ね」



否定姫は溜息をつく。


「まったく、奇策士には逆に感謝してほしいくらいよ。あのちびっ子の体組織も修正してやったし、無くなった目玉も新しいものに造り上げてやったし」

「世話焼きなんだな」

「馬鹿」


ツッコむ否定姫。


「あれは駒よ。否定姫も七花くんも、あのちびっ子も、私の駒に過ぎないわぁ♪ だから、あのちびっ子の願いを叶えてやろうと、目玉を私が一から特別製に造り上げてやったんだから」

「そうかい。―――しかし、死なない呪い……か。いや、死ねない呪いの方が正しいな」

「どっちも同じよ。強かった前者。弱かった後者。外面は違っても、内面は同じよ。だって、弱かった永遠に打ちのめされるだけなんだから。死ぬよりも地獄よ」

「それはどうでもいいが、いったいいつの間に掛けたんだ」

「それは企業秘密♪」


しかし、危なかったわね。と否定姫は七実との戦いを振り返る。


「ラーマに打ち取られたのは気絶している間に首を刎ねられたからだから、あの子も首を刎ねられていたら終わっていたわ」

「それは鑢七実に再三注文したんだろ?」

「以外よね、あの女。ただの殺戮好きの殺人鬼かと思っていたのに」

「それは違うと思うぞ」


土御門は振り返る。この廊下は真っ直ぐの一本道だった。後ろには光が差している。そこから微かにわーわーと歓声が聞こえていた。

この茶番劇も、あの試合で終わる。

戦っているのは、ある姉弟だった。

妹を持つ土御門は、前を向いて歩く足を進める。


「テメェーのきょうだいを大切にしない奴は、この世にいないぜぃ」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

全ては否定姫の策略だった。


――――俺たちは最初から否定姫に踊らされていたのか。


否定姫は絹旗を死なせるつもりは無く、今は彼女が治療に向かっているそうだ。

どんな力を持っているかは知らないが、七実は可能だろうと判断した。


「私の眼から見て、否定姫さんの力は未知数よ。肉体的な変化はないけど、精神面には何かあったわ。内面が真っ黒で、その正体まではわからなかった。―――でも、何らかの特別な力はある事は確実ね。その証拠が絹旗さん」


あれは、呪いの類だと七実は分析する。


「だって、殺しても殺しても死ななかったもの。完全に人体の構造そのものを壊す感覚があったのに、それでも立ち上がってきたのは異常よ。私情で熱くなっていていたのもあるけど、絹旗さんが弱すぎて気付かなかったわ。なんで今になってそのようやくその異常性に気が付くのかしら」


気味が悪そうな表情で、


「絹旗さんの諦めない意思があったから立ち上がった…って思っているでしょう? まぁ、それが一番大きいと思うし、それが無かったら痛みの辛さで死んでいるもの。頭のねじを一本飛ばして、痛みを消していた……ていうのがしっくりくるかしら。でも、それを入れても絹旗さんが強く見えたでしょう? あの子の能力には異常な耐久性があるって知っていたけど、それとは別の何かがあったの。
確かに絹旗さんは、まぁ一般論からすると強いって括りに入るけど、私や七花からするとまだ貧弱……。七花なら解らないけど、私なら一手目で確実に殺していたわ。だって、この眼でどの程度で相手が死ぬかなんて、解ってしまうもの」


じゃあ、何で殺せなかったんだろう、と言う話になる。それが不明なのだ。


「始めは、初めて自分の眼を疑ったわ。目測を誤ったのかって。もしかして空気の鎧の厚さを見誤ったのかと。でも違っていたわ」

「それが、呪いだって?」

「ええ、きっと否定姫さんがかけた呪い。あの人って四季崎記紀の末裔でしょう? 話によると四季崎家は代々占い師の家系だそうだから、呪いの類にも通じているのかもしれないわね」


それが、七実の分析だった。


「それでも、どの道、誰も死ぬ事なく、七花は誰も恨む事は無く、何事も無く済むんだから、いいじゃない」


と七実は長い黒髪を耳に掛ける。

「これでこの一見は一件落着。さぁ、棄権してとがめさんの所に行きなさい。私は運営の人間として、ここを勝たなくちゃ、お給料がもらえないわ」

「………はっ、姉ちゃんらしくねぇな。金が欲しいなんて台詞、初めて聞いた」


笑い出す七花に、七実は頬を膨らませる。


「もう、これでも私は人間よ。誰が私を化物だの怪物だのと呼んでも、ご飯を食べなくちゃ生きていけない人間よ。だから、ご飯を買うお金が欲しいの、私は」

「はは、確かに……。俺も姉ちゃんも、ちゃんとした人間だよ。それは変わらない。だって、姉ちゃんは俺に殺されたじゃないか。死ねるのだから、姉ちゃんは人間だ」

「…………」


その言葉に、七実は嬉しくなって頬を赤らめた。


「ありがとう」

「そらどうも――――――はぁ……」


七花は溜息をつく。天上を見上げて、息を吐いて悔やむ顔をした。


「確かに、俺は誰も恨む必要が無い……」

「刀は、最初からそれは持つべきではないもの」

「そうか……。そうだったな」


七花は安心した笑みを作り、溜息をついた。


「ごめん、姉ちゃん。俺の勘違いだ」

「わかればいいのよ、わかれば。私だって、本当は兄弟で争うのは好きじゃないの。ただ、あなたが虚刀流の刀として錆ついてしまった時、叩き直す為だけに戦うの――――――はっ、」


いや、そうじゃない。

そうではないのでは、なかろうか。七実はその時ようやく気付いた。


「そうか、そうだったのね。私と言う刀の存在意義は………―――――ふふふ…」


考えをめぐらし、七実は幸せそうに笑う。

そうか、これが鑢七実が造られた理由か。ならば、この役目を全うしようではないか。


「私の存在目的はそうかもしれない。
『虚刀 鑢』と言う完了形変体刀を造る為だけに作られた人間なのかもしれないわ。だから私はこの身に余る最強の眼を持って生まれ、あなたと戦う事になった。
ああ、なんて幸せな理由なのかしら。お父さんには化物の様な眼で見られ、お母さんには死ねと言われて育った私に、そんな存在理由があったのね……」


―――鑢七花を完了させる過程の道具として造られた刀……それが鑢七実。


まさに使い捨ての駒であり道具である。人からは何と不幸な人生だと哀れに思われるだろうが、存在理由すらなかった七実からすれば神に対する感謝の極みだった。

これ以上の祝福は無い。

―――なら、この身が擦り減るまでその任を全うしよう出ないか。


「七花……私は、とても幸せよ。今まで言えなかったけど、私を殺してくれた時、あんなこと言ってしまってごめんなさい。私は今日から、あなたを鍛える刀としてこの身と命を使い切るわ」

「――――――――姉ちゃん………」


七花は少し困惑した顔になって……少し目を伏せた。そして顔を上げて、眉を顰めた。


「――――すまん姉ちゃん。言ってる事よくわからねぇ」

「……………………ああ、そうね。ごめんなさい」
(七花には、まだ難しかったかしら……)

少し残念そうな顔をして七実は右斜め下に顔を向ける。

「でも、姉ちゃんが言いたい事は、まぁ感覚的には解ったつもりだよ。姉ちゃんが姉ちゃんで良かった」

と、笑う七花。つられて笑う七実。敵も味方もない。もう、ここには普通の姉弟しかいなかった。だが、七花はいきなり真面目な顔をする。虚刀流当主としての顔だ、と七実は直感した。


「姉ちゃん。俺、決めた」

「なにかしら。もしかして、私が予想している事なら許可しかねるわよ」

「そうでない事であってほしいけど………」

七花は思い出す。あの、小さな体とさらさらとした綺麗な茶髪頭を。そして健気で自分に追いつこうと歯を食いしばる姿を――――。もう、決めた事だ。もう迷わない。




「俺、決めたよ。――――絹旗最愛を正式に、虚刀流門下生として弟子入りさせる」




それを聞いて、七実は溜息をつく。


「やっぱり、そうだと思ってたわ」


そして七実はきっと眉をひそめた。


「そんな事、させると思う?」

「そう言うと思ってたぜ」

「虚刀流は鑢家が代々継がせるもの…。外部の人間に教える事はなりません」

「だったら、力尽くでわからせるしかねぇな」

「それなら話は早いわね」


二人の眼には、敵意は無い。だが、―――虚刀流を外部の人間に伝えさせる。これは当然、父六枝どころか歴代の虚刀流当主たちが拒んできた外部の人間に虚刀流を伝授する事は許さなかった。


「御先祖様たちが泣くわよ」

「そんな事、わってる。親父が知ったら拳骨じゃあ済まされない事だ。でも、だけど、それでも―――俺はあいつに強くなって貰いたいって思ってるんだ」


そこ言葉を受け止め、しばらく何かを考えて、七実はある一手に出る。


「なら、この私を倒してからにしなさい。もしあなたが私に負けたら、“あの子は私が預かります”」

「いいぜ、何をするかは知らねえし、聴かねぇ。ただしその頃にはあんたは八つ裂きになってるだろうけどな」


七花の手が動く。


「虚刀流一の構え―――『鬼灯』」


一方、七実の手は動かなかった。


「虚刀流零の構え―――『無花果』」


数秒、二人は微動だに動かない。だが、殺意と気迫で空気がピリピリと振動する。二人とも、呼吸を合わせていたのだ。姉弟ゆえか、呼吸のリズムはほぼ一緒で、すぐに同調する。そして、二人同時に大きく息を吐いた頃―――――七花が飛び出した。


「行くぞ、姉ちゃんっ!!」

「来なさい」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


心にぽっかりと穴が開いたようだった。

彼女の中にはもう戦意と言うモノは無い。何もかもを破壊され尽くされたガラクタは、光の無い眼をして、虚空を見上げている。


がらっ…。


ドアが開く、乾いた音がした。

そこに一人の女が現れたからだ。黒い僧衣と紺の袈裟を身に纏った鑢七実だった。


「ああ、そなたか」


気力の無い目だった。七実は、それを見ただけで否定姫が彼女に何をしたのか、大よそが予想できた。

きっと想像以上に精神を壊されたのだろう。七実の眼は、他人の魂さえも見えてしまう。彼女の魂は壊れていた。

それでも、


「なにをしているのですか、あなたは」


七実は気に喰わなかった。

そこにいるガラクタ…奇策とがめを見下す。


「私の様な化物を目の辺りにしても、絶対に勝てないと理解していても、あの何があっても諦めなかった、あの日のとがめさんはどうしたのですか。奇策を用いて私を倒したあなたは、一体どこに行かれたと言うのですか。
溝鼠の卑しさを持っていたからこそ、この私を殺させたのではないのですか。
絶対に折れて曲がらぬ真金の様な不屈さを持っているからこそ、父に化物呼ばわりされ、寺の小坊主から鬼神邪神の如く恐れられていた私を、卑怯な小細工で倒したあなたはどこに行ったのです?」

「…………」


とがめは答えない。

七実はとがめが気に喰わなかった。彼女の悪辣さが嫌いだった。

目的の為なら手段を選ばず、泥水を啜ってでも耐え、虎視眈々と獲物を狙っている意地汚さが嫌いだった。

……すぐ近くで眠る絹旗最愛の絶対に倒れない“大樹の様なしぶとさ”とは違う、部屋の隅で隠れてこそこそと策を練る“溝鼠の様なしぶとさ”が嫌いだった。

そして、この『見稽古』という最強の才を持つ眼で見ても、まったく内心が読めなかった腹黒さが嫌いで嫌いでしょうがなかった。

なぜ、一月の始まりの日に、決して己も救われぬ復讐に命を燃やすこの卑しい女の正体を見破れなかったのか。

虚刀流をあの島で廃らせるのなら、あの猥雑な女に大事な弟を預けてもいいと思った……いや、それしかなかったのだ。

今、それを心の底から後悔している。

あの日、この女を殺しておけば、姉弟殺し合わずに、死まで年老いて、死ぬまで幸せに暮らしていたのに。


―――しかし、過去の事はもう変えられないし、すでにこの身は死んでいる。


「あなたは、まるで本当に死人の様ですよ」

「本当に死人なのだから、致し方あるまい」


とがめは覇気のない声で返す。


「なら、死人は死人らしく、死んで朽ち果てなさい」


七実は無表情でとがめに、軽く手を触れるだけで人を殺せるその手を、凶器を挙げた―――――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


鑢七花は鑢七実の猛攻に、いよいよ陥落しそうになっていた。二人が戦い始めてから、すでに30分が過ぎた所。

虚刀流―――『牡丹』がモロに腹に突き刺さる。


「がぁ……っ!?」


まったく予期せぬ攻撃だった。

足払いかと思った一撃が腹部への後ろ回し蹴り。

腹筋を固めなかったせいあって、七花の胃の中の酸が喉にせり上がる。

すぐに後ろに下がって体勢を立て直す。

もうすでに七花の体力は限界に近かった。肩で息をしていて呼吸が乱れ、汗が滝のように流れて、それが全身に作った擦り傷に染みて痛い。

一方、七実は呼吸は乱れていないし、汗一つも掻いていなかった。そして余裕なのか、後退した七花を追い詰めない。

いや、余裕がありすぎて手を抜けざる負えないのか。


――――卑怯だ。


七花は歯を食いしばる。

七花は虚刀流七代目当主として、『虚刀 鑢』として、全身全霊を持って実の姉に挑んでいた。

だが、圧倒的力の前に七花、防戦一方であった。


「なにが強くなっただ。なにが安心しただ」

「事実よ。あなたは心も体も一回りも二回りも三回りも強くなって、今日まで生きて来たじゃない」

「なにを言ってるんだ姉ちゃん。まぁ確かに、俺は強くなってきた。だからここにいる」


―――でも、これは卑怯だ。



「でも、それ以上に姉ちゃんが強くなりすぎている!! 俺は一回り二回り三回りなら、姉ちゃんは四回りも五回りも六回りも強くなってるじゃねぇか!!」



―――七実は卑怯だった。何故なら、七実は既にこの世界の格闘術、暗殺術、そして超能力を見ていて、吸収し、自分のものとしているのだから。


そう、今の戦いはそれだった。

例えば、中国拳法の足運びで七花の懐に入り、ボクシングの拳で牽制を入れ、柔術の技術で掴み、虚刀流の技を放つ―――

七花は虚刀流の当主で確かにこの学園都市では最強レベルの強さだ。だが、未だにこの世界に疎い。よって、この世界の文化・技術によって精錬された武術について行けない。

いや、勘違いしないでほしい。虚刀流は強力で、鑢七花は最強だ。普通の武術の達人と戦ったら、七花はその達人を秒殺するだろう。

だが、相手は地上最強であり最悪である最凶である魔王、鑢七実である。

一つの武術で立ち向かってくるなら、ある程度戦えば予測が出来るのだが、百の武術と千の技術をランダムで繰り出されれば予測できない。よって着いて行けない。そして凍空一族の怪力を持つ七実だからこそさらに攻撃に過敏になり、結果的に防戦一方と言う今に至っている。


「………それがなんだと言うの? あなたは強くなっているのに、私が強くなっていない道理はないでしょう」

「やっぱりその目は卑怯だよ」


悔しそうに七花は笑う。

そうか、これが七実が闇大覇星祭に赴いた理由。

七実は『暇だから』と言ったが、彼女は無人島育ちで、島を出た後は『七花の為に』の一心で行動をしていた。

だが七実は死に、この世界に召喚された。“無意味に”。

七実には今、生きる理由が無い。人間はやる事が無いと勝手に何かに興味を抱く性格をしてる。

それの興味こそが七実にとって武術だったのではないだろうか。虚刀流と言う武術しか知らなかった七実にとって、興味を抱くのはやはり武術であったのか。


(―――参った、これは不味いかもしれない)

一手先が読めないのは、幽霊と戦っているのと同じだ。防御から攻撃に写ろうとし、手刀を繰り出したその瞬間、気付いた時には死んでいる。

七花も防御だけしている訳ではなく、防御の為に攻撃もしていたが、七実が手を抜いていたおかげで助かった。

なるほど、あの七月の炎が燃え盛る寺で七実を倒せたのは、『悪刀 鐚』を抜かれた七実の体が限界を迎えていたのが原因…だけではなく、七実は虚刀流のみで戦っていたからであったのか。

七実は、幾百幾千の技術を吸収していたのは、レベルが高すぎる虚刀流の技について行けない体を補強する為で、虚刀流のみの方が強いと言っていたが、とんでもない。

それは誤りだ。

確かに七実にとって虚刀流一本の方が強いのだろうが、対戦相手のこちら側からすれば先の読めない戦いの方が百倍怖い。

だが、笑っている理由はそれだけではない。


「それでも、姉ちゃんは虚刀流を捨てていないってわかって嬉しいよ」


鑢七実はやっぱり虚刀流の人間で、虚刀流の使い手であった。と、七花は手合せして理解した。

七実は当たり前のように応える。


「姉ちゃんの攻撃とか防御の技にちゃんと虚刀流の技とか足運びがあった」

「当然。私は鑢家の人間よ。虚刀流を心から愛しているし尊敬している……。それを捨ててほいほい他の武術に手を出す尻軽女に見えますか? これは虚刀流に見えなくもない範囲で虚刀流の技を使っているだけです」

「やっぱり、姉ちゃんは詐欺師だ。あれは明らかに虚刀流じゃない。虚刀流っぽいけど、虚刀流ってわかるんだけど、嘘っぽく見える」

「…………そうね、ならそうしましょうか。―――――私が使う技は虚刀流じゃないわ、七花。これは虚刀流であり、虚刀流でない、まったく新しい流派。虚刀流の亜種ならぬ“亜流”」


七実は飛び出す。

別に、七実はこの世界の武術を仰々しく扱っている訳ではない。あくまで虚刀流に追加するする部品として扱っているだけだ。

この世界でいうなれば『カスタマイズ』、または『チューニング』。要するに、七実は虚刀流に押し潰されない様に、さらに効率よく人間を殺せる為に改造したのだ。

それは『改良』か『改悪』なのかは別として、根本的に虚刀流の強化したから、ベースは虚刀流で間違いない。


「くっ!?」


『凍空一族の怪力』による瞬発力と『忍法足軽』に体重操作により、たった一歩で突風よりも速く七花と間合いを無にする七実。

七花はとっさに手を出す。防御の為の防御ではない。防御の為の攻撃だ。


「―――虚刀流『木蓮』!」


タイミングとしてはとっさにしてはドンピシャだった。だが、『忍法足軽』の所為で回避される。


(あ、当たらねぇ……)


虚刀流では体力が持たない七実が楽に効率よく敵を破壊する為に考え出した、虚刀流をベースにあらゆる武術・忍術・超能力を混ぜ合わせる武術を編み出した七実。

学習し続ける事こそが七実の強さである。いや、学習し続ける事を強いられているのか。

どっちにしろ、無尽蔵に技の引き出しは広がり続ける。体力がある限り続く地獄の猛攻は、多彩にして猛烈。


「なら! ―――虚刀流『雛罌粟』から『沈丁花』まで、打撃技混成接続!」


一度に272回、人間を殺せる技を喰らわせる。それは弾幕代わりだった。攻撃が当たらず、防御しかできないのならば、攻撃される前に攻撃するしかない。

距離は至近距離。技は当たるしかない。当たらないとするなら、それは『忍法足軽』によって風圧だけで飛ばされた結果で、距離が開ける。一時だけだが一拍間が置ける。

だが、七実は回避せず、飛ばされない程度に『忍法足軽』で攻撃を紙の様に躱しながら虚刀流の足さばきで懐に入る。

「…………あっ?!」

「甘いわよ、七花」

「くっ!」

「無駄よ―――虚刀流『桜』」


七実は咄嗟に出した七花の薙ぎの手刀を躱して『桜』繰り出す。


(しまった、馬鹿か俺は! 虚刀流には対居合に特化したこれがあるってのを一番知っているのに!)


七花は怖れている事は幾つもあるが、その一つは『凍空一族の怪力』だった。

それは単に怪力だと言うだけで、虚刀流を含む全ての攻撃の威力が絶大に増大する。

また、筋力がある人間は、筋力のない人間より楽に行動が出来る。

無力な人間が50mを40秒で泳ぐ場合、100の力をいるとしよう。それを有力な人間が50mを40秒で泳ぐと50の力で済むのだ。

同じことを七実もやっている。

要するに、無力な人間が猫を撫でるのと同じ加減で攻撃すると、人間の上半身が爆ぜる。

七実は虚刀流を楽に繰り出せるのだ。これなら少ない体力の消費が少なく済む。


「つぁ!!」


七花は風圧だけで脇腹が火傷を負ったが、咄嗟に回避する事が出来た。無論、虚刀流の足運びを持って。七実の手が七花の襟首に伸びる。


「うわっ!?」


そう回避する事を七実は読んでいた。

彼女も虚刀流の使い手、ならば次に出る一手は手に取るようにわかる。


「さて、私たちの時代には色々な武術があったけど、その中でも柔術というのは剣術と同じくらいに発達してたそうね、七花」

「ね、えちゃん……?」


七実はそのまま襟を持ち、七花を背負う。

そう、それは戦国の世、竹内久盛が開眼し、江戸の世にて発達した武術。――――柔術。

そして、七実がやろうとしているのは、巧く受け身を取らなければ首の骨が折れるとされる柔術の代名詞――――背負い投げ。


「ぐぅぅ………――――うわぁぁああああ!?」


七花は地面に踏ん張って投げられまいと踏ん張る。が、七実の怪力にとっては紙同然なのか、忍法によって重さを紙同然に消されているか、あっさりと持ち上げられてしまう。

そして、足が地面に離れたと思ったその瞬間、地面に背中を叩きつけた。

爆弾でも仕掛けていたと勘違いするような、爆発と爆発音がする。―――否、七実の怪力の所為で地面にクレーターが出来たのだ。その直径20m。深さ50m。

地下にコンクリートの隙間が出来ていたとか、これはコンクリートじゃなくてスポンジでしたとか、そう言う事は一切ない。

彼女の怪力だけで、コンクリートが破壊されたのだ。


「が……ぁ―――っっ!!」


灰の中の空気が一気に叩き出される。意識が飛び出す。七花がいかに耐久性があろうとしても、絶大な威力が七花の体力を見る見るうちにすり減らしてゆく。

七花は痛みに耐えている時、七実の足の裏が目の前にいた。


「!!」

驚くよりもまず転がり起きる。起き上がって構えると、七実の足の裏は地面にめり込んでいた。


「思っていたよりもしぶとくて、お姉さん嬉しいわ、七花」

「そらどうも。弟子が姉ちゃんの攻撃に耐えたのに、俺が耐えられなくちゃだめだろう」

「それは良い心がけね。―――――でも、これはどうかしら?」



七実は両手を下に伸ばす。すると、一瞬で指が伸びた。いや、爪が伸びた。ざっと三尺(99cm)。


「!?」

「―――真庭忍法爪合わせ」


それはかつて七実と対峙し、無残に殺された真庭忍軍十二棟梁が一人、真庭蟷螂の代名詞。

その爪はただ爪が伸びだのではなく、爪が鋼の様に硬化しているのだ。日本刀と変わらぬ威力を持っている爪と考えればいい。


「これで私の間合いは伸び、尚且つ威力も高まった………さぁ、難易度が高くなったわよ」

「くっそ、卑怯にも程がある!!」


七実の手刀は七花の鼻先を掠める。前髪が少し切れ、服が破ける。

質量は紙のそれ。筋力は巨人のそれ。間合いは短槍のそれ。速度は疾風のそれ。威力は暴れ龍のそれ。

それを紙一重で躱し続ける。それだけでも達人級だ。拍手喝采だ。今すぐにでもこの危険地帯から脱出したい。だがそれをさせる七実ではなく、徐々に徐々に追い詰め……。


「――――うっ!」

「詰めよ」


壁に追い詰めた。

後退する逃げ場を失った七花は顔を青ざめる。皮肉にも、追い詰める事で七実の猛攻は止んだ。

七花は冷静に七実との間合いを計る。およそ5尺。


「これで終わりね、七花。あなたはこの私に一撃を喰らわせる事なく―――――敗れるのよ」


優しい口調なのに残酷な言葉。

それを合図に、七実の周辺に黒い砂が集められる。


「………これは? ―――あっ!」


七花はこれに見覚えがあった。そう、これは御坂美琴の得意技にして、超電磁砲とは別の常套手段。――――――電気による砂鉄操作


「いつの間に超能力を!?」

「当たり前よ、私はこの街で様々な超能力を“見てきた”んだから―――」


その一つが、電撃使い(エレクトルマスター)。


「この能力は一番最近に覚えた能力よ。昨日の準々決勝で戦った………えっと、八馬光平さんが使っていた『雷電閃光(さんだーぼると)』という能力よ。この力は一番私が欲しかった能力で、ちょうど『悪刀 鐚』の代わりに『悪刀七実』をしてくれている。あの方も、私が何度も攻撃して殺しても、何度でも何度でも立ち上がってきてたから、悪刀の代わりには十分ね。まぁ、絹旗さんよりは持たなかったから心配だけど」

「……………………」


何という事だ。

道理で七実が体力切れで降参しない訳だ。今思えば、絹旗と戦ってから丸二時間以上戦い続けている。なのに息を全く切らせないのは、その恩恵を貰っていたからか。

元より、七実は体力など心配しなくてもいい。

「この能力は電気を扱う物だから、副作用で砂鉄を扱えるの。……電気が鉄とくっ付くなんて、八馬さんが使っていたのを見た時、初めて知ったわ。この発見はとても面白いものだったわね」


と子供の目で笑う七実。

砂鉄はあっという間に三尺の右爪に収着されてゆく。

砂鉄は黒い。爪はそれに浸食されるように黒く染まり切る。そして高速振動する。爪だけでも殺傷能力が高いと言うのに、黒い爪はさらに凶悪なものになった。

左の爪を戻し、右の爪をさらに伸ばす。長さは六尺(約2m)と、長槍と同じ長さになった。

そして七実は―――地面を滑るように襲ってきた。


「!?」


七花は対応に遅れた。初動が見えなかったからだ。いや、見せてくれなかった。七実は長い爪に気を取らせ、足の爪先で地面をを軽く蹴るだけで移動した。怪力と忍法足軽を器用に操作した技術。


(―――そうか、元は別々の技術を合わせて使う事で全く新しい技を造れる……っ!!)


それは技術の品種改良。改良か改悪かは別として、数多の技を幾らでも合わせて混ぜる事が出来るそれは『見稽古』が出来る鑢七実にしか許されない芸当。

七実は移動しながら虚刀流一の構え―――『鈴蘭』を構える。ここで奥義を繰り出すのか。

いや、一ヵ所だけ『鈴蘭』と……『鏡花水月』と違っていた場所があった。右の手だった。

鏡花水月は掌底の奥義である。腰の回転を存分に使い、最高速度で敵の心臓を破壊する技だったが、七実のそれは掌底ではない――――。


――――指を大きく開き、親指を除く四本の指を向け、猫の様に立てている。


極上に高い殺傷能力を持つ長槍と化した黒爪を七花に向かわせるためだ。


「―――!?」


そしてその黒槍は七花の心臓に狙いを定めていた。


「く……ぉ………」


背後は壁。後退は出来ない。

奇しくも、そこは絹旗が倒れた場所だった。絹旗の紅い血が背後にベッタリとついている。

ここで絹旗の二の舞だけは御免だった。ここで自分が死ねば、元も子もない。誰がとがめを守る!?

後退が出来ないのならば左右のどちらかに逃げるしかない。

反射的なその判断で、虚刀流の型など構えなど足運びなどを無視し、獣のように横に飛び、ゴロゴロと転がる。


「―――――ぐあっ!?」


だが、完全に避けきれなかったようだ。脇腹に鮮血が飛ぶ。完全に避け切ったと思ったのに、あの槍はほんの少しでも近づいていれば、当たってなくても傷を負わせることができるのか。

だがこんな痛み、何ともない。そう判断し、七花は七実に振り向こうとする。その時―――――音無く、背後で紅い火花が散った。


「うわっ!?」


とっさに目を庇う。火花が目に入ったら……想像はつくだろう。

火花が収まり、目を開ける。すると、


「―――えっ!?」


なんと、七実の爪は厚さ60cmの強化ガラスを貫いていた。

そのガラスの壁は、学園都市が開発した最新式超強化ガラスの壁は、『例え弾道ミサイルがぶつかってきても破る事は出来ない』と言うのが商売文句だった筈なのに…。


「………………」


七花は戦慄する。鏡花水月を忍法爪合わせと砂鉄操作で強化し、さらに腕ごと回転させる事によって威力を底上げさせたのか。

もしもあの時、避けきれなかったら………。


「…………あんな感じになっていたのかよ」


視線を槍の剣先に向ける。

七実の爪は、観戦していた運営の人間を巻き込んでいた。すでにその男は動かない。心臓どころか、上半身のほとんどが四散していた。

七実は爪を引っ込め、電気操作を解除する。自然と砂鉄は風に乗って散って行った。

爪は綺麗な円柱のガラスを引き抜いて、七花に向き直る。その指先に血は着いていない。血がついていたのは砂鉄だったから、七実の指は百合の花のように白くて綺麗だった。


「この鏡花水月、忍法爪合わせと砂鉄操作を掛けて、もはや別物ね。なら、別の名前を造ろうかしら。そうね……」


七実はしばらく考えた後、一つの四文字熟語を選んだ。


「―――『花天月地(かてんげっち)』。うん、良い名だわ」


花天月地…花が空一杯に咲き、月光がくまなく地上を照らす意から、花咲く陽春の頃の月夜の景色の意を指す。

その花畑は死者があの世で見るそれだろうか。そして月光とは、その七実の足元に転がる透明なガラスの事なのだろうか。

良い響きの良い名前だが、技自体が凶悪過ぎて全然熟語の正しい意味がイメージできない。


「七花、そう言えばあなたさっきこう言っていたわね」


『あれは明らかに虚刀流じゃない。虚刀流っぽいけど、虚刀流ってわかるんだけど、嘘っぽく見える』


「と―――」

「ああ、姉ちゃんの虚刀流は確かに虚刀流でも虚刀流じゃない。全くの別物だ!」

「そうよ。確かにそう言ったわ。これは虚刀流だけど、まったく虚刀流じゃない。されど虚刀流。いわば、嘘の虚刀流。―――そして、私もこう言った」


『これは虚刀流であり、虚刀流でない、まったく新しい流派。虚刀流の亜種ならぬ“亜流”』


「七花、私は今ね、ならいっそ私は嘘の虚刀流を嘘のまま、亜流を亜流のまま、流派として昇華しようと考えているの」

「!?」


有り得ない言葉だった。

虚刀流を誰よりも愛し、憧れ、好いていた姉が、よもや別の流派として名乗りを上げるとは思わなかった。


「さっき、自分は尻軽女じゃないって言ってなかったっけか?」

「そうよ、私は虚刀流しかやらないし、やらないつもり。だけど、虚刀流をしたくても体がついてきてくれない……。なら、他の流派を取り入れて、嘘でも虚刀流の技をやるしかないじゃない。――――そうね、名乗りを上げるなら流派の名前も考えなくっちゃならないわね」


七実はうーんと考える。だが、先程と比べて短く決まった。


「――――嘘刀流……」

「そう、嘘の刀の流れと書いて、嘘刀流。虚刀流の亜流。嘘の虚刀流。だから嘘刀流」


あえて、形も読みも似ている字を選んだのか。七実はさらに、


「そうそう、これも変えなくちゃならないわね。確か、四季崎記紀が造りし完了形変体刀が『虚刀 鑢』―――で、あってるわね?」

七花は頷く。


「―――なら、私は『虚刀 鑢』ではなく、『嘘刀 鑪(タタラ)』

「―――たたら?」


また、鑢とは似ても似つかぬ字を選んだものだ。しかしよく何故そこまで感じに詳しいのだろうか。


「最近、辞書を読む事に凝っていて、それで『鑢』とよく似た字だなって思っていたのよ」

「…………姉ちゃんらしくない。なんで、そんな事を言い出すんだ」

「――――虚刀流を愛しているからよ。あなたと同じくらいにね、七花」

「………」

「私は虚刀流の使い手にしては、異端。いえ、もう異常の域よ。お父さんには直接教わらず、見ただけで覚えてしまって、しかも他の武術や忍術、しかも超能力も吸収してしまう人間は、もう虚刀流にはあってはならない筈よ」

「そんな事は無い!」


七花は叫ぶ。

七花は、姉が家族の枠から離れて行ってしまうのではと思ったから、泣きたくなりそうな声で、


「姉ちゃんは、俺の家族だ……。それを辞めちまうってのかよ」


七実は小さな弟に言い聞かせるように、


「大丈夫よ、私と七花は永遠に姉弟よ。例え殺し合っても、恨み合っても、私はあなたを心の底から愛しているわ―――」


愛に満ちて目で、愛に満ちた声で、七実は笑う。


「七花、なら賭けをしましょう」

「賭け?」

「私とあなたは、この時だけ敵同士。敵同士ならここで戦わなくちゃならない。本気で、本気の殺意とその覚悟を持って。だから、ここで戦いましょう」

「……………」


七花は目を瞑って、その言葉を飲み込む。


「ああ、わかった。戦うよ姉ちゃん。―――じゃあ、何を賭けるって言うんだ?」


七実は微笑む。


「私が勝ったら、私は嘘刀流を立ち上げます。あなたが勝ったら、私はそれを取り下げます。ね、簡単でしょ?」

「――――――」


遊びに誘う様な微笑みで、七実は七花を見つめる。あの日の、幼き頃の姉弟の様に。

鑢七実、二十七歳。鑢七花、二十五歳。もう二人が家族で過ごしていて、二十五年経った。

七花は頷く。


「ああ、わかった。賭けよう」

「ああ、良かった」


七実は心から安心する様に溜息をついた。

そして面を被った様に真顔に切り替える。声帯ごと変わったような低い声で、


「なら、ここからは敵同士。どちらかが倒れるまで戦いましょう」

「―――――っ!!」


七花は覚悟を決める。


今までの七実の人生を思い返す。怖い思い出もあったが、どれも楽しい思い出ばかりだ。

これからの七実の未来を想像する。一度殺してしまったが、今こうしているという事は、これからも未来がある筈だ。それらはきっと、幸せに満ちた事だろう。


―――――それを、一切合財怖し、奪い去る覚悟を七花は――――


「――――――虚刀流七代目当主、鑢七花。推して参る」


―――決めた。


それを見て満足したのか、七実はもう一度、今度は深くため息をついた。


「良かった。こんな立派な弟を持って、私は幸せよ――――」


そして、


「――――今の私とあなたの、心の距離単位13……」

「?」

「それを――――50までに延ばす……、あ、いや、必要ないわね。まあいいわ。ごめんなさい、ただの独り言よ」

「そうか、なら、行かせてもらうぜ」

「ええ、来ていいわよ。いえ、悪いのかしら。あなたにはこの私が倒せるかしら? その前に、あなたが倒されると思うけど」

「いいぜ。ただしその頃には――あんたは八つ裂きになっているだろうけどな」

「そうね。じゃあ、八つ裂きになるのは嫌だから、本気で打って出るわ」


七実は構えない。いや、それが構えだ。全く構えないから、相手に次の動作を読ませない。

それが七実の最強の構えだった。

これから七実は、本気になって七花を倒しに行く。


「―――――――嘘刀流初代当主…予定、鑪七実。来なさい!!」

「ぅぉぉおおおおおお!!」


七花は雄叫びを上げて飛び出す。両手は手刀、両脚は足刀。それら四本の刀は、一撃必殺の威力を持っている。嵐の猛攻が始まった。

それを七実は軽々と躱し、距離を取る。

そして、こう言った。




「本当はあんまり見せたくなかったんだけど、――――――奥の手を使うとしましょう……」


その時、七花は目を疑う。―――目の前が急に、真っ白になった。

―――いや、違う。――――純白の羽毛が七花の視界を覆った。

誰もがそうだった。外の観客も、運営も、VIPにいる富豪たちも――――。誰もが驚き、目を疑った。















―――七実の背中から、六枚の翼が生えたのだ。













左右三枚の無機質な羽の集まり―――。

七実は、あたかも天使の様に空高く跳び上がる――――。

翼が羽ばたく。一回、二回、三回と、その度に無数の羽が舞い上がった――――。

その姿は、まさに天使降臨。七実は袈裟を着た天使になった―――――。

言われずとも、それは天使ではなく、言われなくとも、それらは決して優しいモノではなかった――――。

それらが両端へ。20m以上のその翼は、まるで巨大な剣だった――――。

六枚の翼は一斉に七花に襲い掛かる―――――。

無かった―――――。

防ぐ方法も、攻撃する隙も、逃げる手段も、七花には何も出来る事はなかった―――――。



「――――さぁ、来なさい」

「――――――――ぅ、ぅ、ぉ、ぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」





七花は直感で、勝てないと悟った。

だが、それでも地面を蹴り、七実へと走っていく。

まるで魔王とたった一人で戦う勇者のように………。

魔王の純白の翼は七花を貫く。



――――――――それでも、鑢七花は戦った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

その手は、凶器は――――凶器ではなく、奇策士とがめではなく絹旗最愛に手が伸びた。

鑢…いや、鑪七実は、絹旗の体が見事の修復されている事を確かめ、垣根帝督の超能力『未現物質(ダークマター)』によって造った布で全裸に近い状態の絹旗の体を包む。


「この子は私が預からせてもらうわ」


そう言いながら、絹旗の腰を肩にかけ、踵を返し、消毒液臭い集中治療室から去ろうとしていた。

ガラクタの様な目をしたとがめは全てを察した。


「そうか、七花は敗れたか」


奇策士とがめの問いに、鑢七実は応える。


「ええ、あの子は良く戦ってくれたわ。本当に、誇らしい弟よ」

「そこまで言って貰えると、奴も喜ぶだろうよ」


相変わらず覇気のない声だった。

七実は黙って、目をしかめた。もう、我慢の限界だった。自分が嫌いだった、本当の意味で怨めしいと思っていた女が、ここまで朽ち果てるとは思ってもみなかったし、思いたくなかった。

七実は振り返り、とがめに近づく。とがめは虚空を見つめながら、


「なんだ」


と訊いた。

七実は訊く。


「あなた、七花の虚刀流をこの茶髪の子に教えさせようとしていたでしょう―――…一応、理由をお聞きしましょうか」

「……………」

「中途半端に鍛えようとした結果がこれです。以後、二度とそんな事が無い様にお願いします。何せ、あなたの玩具にされた子が可哀そうなので。―――だから、この子は私が鍛えます」

「…………それは、まだ未熟な絹旗自身が願った事で、私は足らぬ戦力を補いたい為にやった事だ」

「それを聴いたら、七花とそこで寝ている子供たちが激怒しますよ。嘘をつかないでください。あなたも知っているでしょう? 私に嘘は通じないと」

「………」


とがめは、正直に答えた。厳密には、正直になろうとしても嘘を吐く癖がこびり付いていて、答えようとも答えにくい。

それでも自分なりに単語を選んで並ばせ、言葉を編んで語る。


「もしかして、その娘の成長が見たかったからかもしれん。――――自分なりに分析すれば、そなたも私も、それくらいの年頃の子供を持っていても不思議でない人間だ。今思えばあの時、七花に弟子入りを頼んだが断られた時の絹旗を見ていると、可哀そうに見えたのかな―――」


とがめはようやく口以外を動かす。天井を見上げた。天にいる神を怨めしがるようにして、悔しい顔をする。


「―――もう望めぬ子供の代わりが欲しかったのかな。まったく阿呆だ。そなたにもわかるだろう?」

「いいえ、私は七花さえいれば、七花の虚刀流がいつまでも最強なら、それで人生十分です。確かに子供は可愛いですが、欲しがりません。なにぶん私はそう言うものに触れただけで木端微塵に吹き飛ばす人間ですし」

「そうか……。―――私は生前を振り返ると、普通の女としての人生を送りたかったのだと心底思う」


そう、思っていた。その他は思わなかった。あの始まりの日が、炎の城で一族郎党皆殺しにされるまでは。


「飛騨鷹比等が…父が決めた相手でも、愛する夫と出会って結婚し、愛しい子供を授かって、夫を支えながら、子供が男子なら立派な武人か大名として育て上げ、女子なら賢い才女として育て上げ、歳を食って老けこんで、日向に当たりながら茶を啜って余生を送り、孫の顔で笑い、夫の死を泣いて、『ああ、楽しい人生だった』と満足しながら死ぬ…そんなありふてた人生を送りたかったのだと、今更になっている」

「……そんな幸せな幻想の中での、夫役は七花で、子供役はこの子ですか。なんという幼稚なおままごと」

「無情だな」


七実は無表情だった。心の中に何かを押し込んでいるような、そんな表情。

この女は、人並みの人生を送れなかった鬼女は、人並みの人生に憧れ、愛し、望んでいた。素直にそうしておけばよかったものの、復讐心がそれを塗り消したのだ。

奇策士とがめは一族郎党の、いや父の敵の為に将軍を殺そうと思ったのではない。

己が幸せの道が閉ざされた事に怒り、涙を流しながら復讐をしたのだ。

それが失敗に終わり、師走の廃れた神社でたった三発の鉛玉を腹に喰らって死んだ。

その時、復讐心は血と共に流れ、自分の人生に失望感を、自分の未来に喪失感を覚えながら、縋るように鑢七花に惚れようとして死んだのだ。

そして二度目の生を受け、この世界で七花と再開し、絹旗最愛と言う娘を得た。

とがめは、二度目の人生に『家族』と『未来』を望んだのだ。

―――それは、ただの幻想に過ぎない。

だがそれを真実だと言い聞かせ、虚空に縋る様は――――


「――――あなた、狂ってますよ」


七実は吐き捨てた。とがめはゆっくり頷く。


「お前がいう事ではないが、確かに私は精神異常者の復讐鬼だ。女としての人生を返せと迫る鬼だ。
でも――――――その復讐が全て泡と消えた時、もうどうでもよくなった。疲れていたのだよ。復讐という、気が遠くなる様な地獄に。気付かなかっただけで、気付こうとしなかっただけで、もう心は疲れていたのだ」


とがめは声を震わせた。出ない涙を流しながら頭を抱える。


「故に、私は欲するのだ。普通の家庭という物を。普通の女の在り方を。
だが、私は見ての通り女ではない。いかに美しく豪華絢爛に飾ってみても、女としての生き方を十の頃に忘れてしまった鬼は、女とは言えない。
どんなに惚れていても、恋焦がれていても、愛していても、正常な思考を持っていなければ、それは愛し恋する乙女ではない。ただの鬼女だ。
復讐心に心を燃やす女には、そう言う資格などない―――。
私は確かに七花に惚れ、恋焦がれ、愛していた。が、私はそれを自身の復讐の駒にしか見れなかった。惚れなかった、恋焦がれなかった、愛せなかった……。
私は変体刀を集めたら七花を殺そうとした女だ。そなたがいうように、狂っている」


とがめは再び天井を仰ぎ、垂れようとする涙を必死になって抑えるが、元から涙は無い。だが勝手に嗚咽で震える声が出てしまう。


これが狂ってしまった、壊れてしまった女の成れの果て。

復讐に身を燃やし続けた女の残骸。

真っ白な灰となって……いや、それならまだ幸せだっただろう。

不完全燃焼で中途半端に燃え残ってしまった復讐鬼には、もう炎は灯らない。

故にとがめはまだ地獄にいた。

復讐の最果てで朽ちてしまった女の末路は、ここまで寂しいモノなのか。

七実は淡々とその背中を見つめた。


「―――狂った惚れ方、狂った恋焦がれ方、狂った愛し方をした、私……。七実よ、私、奇策士とがめ――否、容赦姫という女はな、そなたとは別の意味での化物なのだよ」


七実はふっと笑う。彼女も、鑢七花に歪んだ愛情を注ぐ一人だ。


「―――いいえ、あなたは只、不器用なだけですよ。……まぁ、もうすでに遅いのですが」


七実は踵を返す。今度こそ、この消毒液臭い集中治療室からでるために、ドアを潜る。


「では…私は行きます。ちゃんと刀を蒐集した後、ちゃんと死んで、成仏して、来世ではちゃんとした人生が送れるよう祈りましょう―――お互いに」

「ああ、この世界は私たちに与えられた、好機だ。この地獄にしか落ちる所が無いこの私に、仏が与えた機会だ。徳を積まなくてはな」

「私は元より坊主なので、その必要はありません」

「似非が何をほざく」

いつの間にか、とがめは笑っていた。

まったく、この女に励まされるとは、夢にも思わなかった。


「ああ、そうだ」


そう言うと、彼女が去る前に、とがめは尋ねた。


「そなた、これからどうするのだ。その『すくーる』とかいう組織に身を預けるのか」

「ええ、しばらくは学園都市にお世話になって、色々と貯金が貯まった後、外に出ようと思います。聞いた様では、この国は私たちの時代と違って世界に開けた国になったそうですね。それを利用しまして、海外、と言う所を色々と回って旅をしようと思います」


とがめは振り返らずに、


「……………体の方は大丈夫なのか」

「ええ、もう病魔は放って置いても自然と治るようになっているようなので」

「まったく、学園都市とは恐ろしい所だ」


とがめは声を低くして、


「思い出した。一つ、頼まれてもよいか」

「話だけなら」

「第七学区の病院に、凄腕の名医がいる。蛙の顔に似た老人だ。そのもの、この街で一の医者だそうだ。貴様の人の身に余る、百億の不死の病に対する免疫力の源を知りたいらしい。行ってくれ」

「それなら容易い御用……。人を殺すだけの人生だったから、たまには人を助ける事もしなくてはなりませんね」

「ああ、それだけで百万人は助かる。これで貴様は極楽行きだ」


笑いながらとがめは最後にもう一つ。


「……今更ながらだが、そなた、絹旗をどうする気だ?」

「―――鍛えるのですよ。嘘刀流初代当主、“鑪”七実として、二代目を。あなたの様な中途半端な鍛え方では、むしろこの子が可哀想で可哀想で見てられません。徹底的に鍛えて、あなたの脇差として、七花の背中を守れるようにしてみせます」

「なぜ、そのような事をする。らしくない」

「そんなの、決まってるじゃありませんか――――あなたより、この子に七花を盗られる方がまだましだと思ったからです。それに、それをこの子が誓った事なので」


そう言いながら、七実は去って行った。


「鑪……か」


無人島育ちのあの女にしては、よく考えた銘だった。


『鑪』とは、『タタラ』もしくは『イロリ』と読む。七実は姓に『タタラ』を選んだ。その方が語呂が良いからだろうか。

鑪とは『蹈鞴』の意味であり、『蹈鞴吹き』として使われる

蹈鞴は刀の元になる『和鋼』を製造する道具である。

ジブリのもののけ姫で女たちが巨大な蹈鞴を歌いながら踏んでいるのが有名だ。


きっと七実は、今では最強の位にいるが、この時代の進化する技術では『虚刀流』もいつかは敗れて折れると予想したのだろう。

それはとがめも同じだ。だから絹旗を戦力に加えようとしたのだ。

七実は『虚刀 鑢』という刀を再度鍛え直し、蹈鞴の風で進化させようと、あえてそう名乗った。虚刀流の片鱗を見せた絹旗最愛も刀として鍛えるつもりだ。

鑢七実は、鑪七実として鑢七花という一本の刀を再度打ち直す鎚として徹底的に叩いている。


「―――何とも弟思いの姉だ。敗けてはおれんな」

と、一人で呟く。その顔は清々しい表情で、すっきりとしていた。


もうここには、二人の少女と、一人の女しかいない。

一人の敗れ去った少女は、一人の尼に連れていかれ、一人の復讐鬼はたった今ここで死んだ。

ここにいるのは、白髪の女だった。童の様に短い。小柄で華奢な体躯をしていて、自他ともに認める貧弱さを持っている。身に纏う着物は十二単を凝縮したそれ。常に策を巡らせる冷戦な女だが、混乱すると子供じみた正確に豹変する、可愛らしい女だった。

決して、復讐に命を燃やし、心を削る鬼ではない。


とがめは笑っていた。心は軽かった。もう怖いものはなにも無かった。だから羽根のように立ち上がる。


きっと、七花はあの戦場で寝ているだろう。すぐに叩き起こさなくては。

怪我もしておるだろうし、ここに運ばなくてはならない。

そのためには貧弱なとがめ一人では無理だ。だからここに寝ている少女たちを叩き起こそう。

もう、何を言われても構わない。明日を生きる為なら、何でもする。それを心に決めた。

天井を見上げる。

天にいるのは神と仏だと幼き頃から教えられてきた。

だが、とがめが見ているのは父だった。彼の死が、奇策士とがめと言う復讐鬼を産んだ。

だからここに誓う。


「私はもう一度、頑張るよ」


一人の女として、惚れた男に尽くす人生を、送ってやろう出ないか。

例え、すでに死んでいて、この心臓は動いていても仮初で、この体が泥と土で出来た偽物であったとしても、この魂は人である限り、意思がある人である限り、とがめは生きている。

明日を生きて、明後日も生きて、最後の時まで生きて、生きて、生きて、笑って死んでやる。




「―――――さよなら、私」





鑢七実「ここは………どこかしら?」布束砥信「学園都市よ」~終わり~


~次回へつづく~


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エピローグ其ノ壱~怪物を怖れた小市民と怖れなかった狂人達~



「…………………なんて、こった」


垣根帝督は席から飛び上がった。

顔の色は驚愕一色。無理もない。――――たった今、一人の尼が垣根しか持っていない能力『未現物質』の象徴である六枚の白い翼を羽ばたかせている。


「確かあいつ、『私は病弱だから長時間連続では戦えない』って言っていやがったが……。そうか、俺の未現物質を使ったのか!!」


否、それだけではない。

七実はかつて、自らを弱くするためにありとあらゆる技術を吸収してきた。それは自らの体の寿命を延ばす為…。だが、それでも七実は死にかけだったし、死んだ。

そしてこの世界に来た時以来、七実はまるで暴飲暴食を繰り返すインドの叙事詩『ラーマーヤナ』に登場するクンバカルナの様に、ありとあらゆる格闘技や超能力をずっと喰ってきた。

垣根は思うに、七実の吸収した技術は白血球の様なものではないか、と考える。

百億の不死の病に侵され、虚刀流と言う大きく過負荷が掛かる状態だった七実。

それに少しずつ他の技術を加え…いや“投与”し、虚刀流の過負荷を低減させたのだ。

真っ黒な墨を水で薄めると例えた方がしっくりくる。

それとも、澄み過ぎて飲めない真水を様々な雑味を加えて、味のある飲めるジュースにした、と言った方がいいのか。


(いや、例え話は逆に分かりにくい。そもそもヤツの病弱体質を変えるには、二つの能力で十分だ。
この世にない素粒子を創る未現物質と生体電気を操る雷電閃光……。片は細胞を創る事を可能に、片は細胞を作る化学反応の切っ掛けを作る事が可能にする。
この二つを組み合わせれば、―――“体中の細胞を造り変える事が可能”!!)


そんなの、ノーベル賞レベルの頭脳と知識が無いと出来ない芸当だ。奴にはそれがない。だが現にできている。


(そうか、無意識でやっているのか)


垣根は何度でも目に入る光景を見直す。

だが、あれは紛れもなく『未現物質』であり、当然、垣根は長年の努力の結晶をたった十数日で完成させられるのを目にして、


「はは、は、ははははは………。す、すげぇや。すげぇよ………。俺以上の天才じゃねーか。はは、ははははははははははは……………」


驚きの驚きは、突如、怒りに変わった。狂った垣根は叫びをあげる。


「―――ふざけるな……。ふざけるな、ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!! ふざけるな馬鹿野郎ォッ!! そんなふざけた馬鹿げた馬鹿馬鹿しい馬鹿話があったもんかよ!!」

「落ち着きなさい」


隣のドレス姿の少女が諌めた。だが垣根は止まらない。何故なら、この瞬間で垣根帝督の人生が無駄に終わったからだ。


「これが、落ち着いていられるか? 落ち着いて何になる? 俺の人生が、俺の『未元物質』が、『未元物質』だけに生きてきた俺の人生が!! 超能力者って最強のクラスになるまで死ぬ

ほど努力してきた、この道程が!!」

「落ち着きなさい」

「その努力を!! その過程を!! その人生を!! 俺は今!! この時!! この瞬間!! あのクソアマに!!出会ってからたった数週間で!! 完全否定されたんだぞ!!!」

「落ち着きなさい!!」

「…………ッ、」


少女は珍しく声を荒げる。泣きそうな声だった。垣根は思わず黙る。少女は、目を細めながら、七実を怨めしそうに見つめていた・


「―――そんなの、私だって同じよ」

同じとき、VIP席や観客席にいた、学園都市の研究者たちは幾つもの超能力を同時に扱う七実を見て、研究材料にしたい―――とは思わなかった。

あまりにも危険すぎて恐怖した。だからと言って排除しようとすると、その瞬間こちらが彼女の手によって細切れにされると直感的に考えたからだ。


「なんて、化物」


雲川芹亜と貝積継敏も、驚愕していた。何故なら、あの女は27歳と言う妙齢でありながら超能力を発動させ、そして複数の能力を扱って見せた。

超能力は原則、一人の能力者に一つの能力しか与えられない。

理論的に不可能だからだ。無理に行えば脳に掛かる負担が重すぎて、廃人になる。

故に、それが出来る能力者を『多重能力者(デュアルスキル)』と呼び、絶対能力者(レベル6)と同じ学園都市の悲願である。

以前、それに近い事をやってのけた研究者が自らの体でやっていたが、それは『多才能力(マルチスキル)』と言う能力で、似てはいるが多重能力者とは全く違う代物だ。


「貝積、鑢七実のAIM拡散力場は?」

「今報告があった。――――多才能力ではない。多重能力だ。間違いない。AIM拡散力場の数値は、学園都市にいるどの学生にも当てはまらん。そして異常だ。実質、一方通行以上の能力者だ」

「………ありえない」


凄すぎて、むしろ感動すら覚える。


「原石だ、削板軍覇以上の。奴がダイヤモンドの原石なら、奴は地球だ。一兆人分の一人の確率の、奇蹟の様な化物だ」

「貝積、あの人、本当に人間なのかしら。人間の姿形はしているけど」

「紛れもない人間だろう。この老いぼれの眼が霞んでいなければ、あれは人の型とをしている。意思があり、学習能力もある。人間だ。だが、学習能力が驚異的に異常だ」

「…………」


雲川は―――笑っていた。策が閃いた、そんな顔。


「あの人を、こっちに迎え入れましょう」

「――――――何!? 正気か、あれは邪神の類だ。触らぬ神に祟りなしと言うだろう。殺されるぞ」

「何を言うの、あれは人間だと言ったのはそっちじゃないか。人の体を持ち、人の心を持つ、人間なんだろう? だったら、手綱を持ってあげれば、悪い事はしない限り悪い事はしない筈だ。まぁ、鑢七実が凶悪な人格を持っていたら話は別だけど」

「……………」

「大丈夫、まずは性格診断よ。鑢七花の実の姉なら、笹斑瑛理に一任しよう。――――で、笹斑さんは?」

「昨日、鑢七実に瀕死の状態にされたのを覚えてないのか? 第七学区の病院で入院しておる。意識は戻っておらんから、看病しておるよ。あの男、聞いたところによると武装無能力者集団(スキルアウト)に、昔から恨まれているそうだな。その敬語も兼ねてもらっている」

「そう。なら、今すぐにその病院に行きましょう」


雲川は踵を返して歩き出す。


「なんだ、帰るのか。結末を見なくてもいいのか?」

「結果は見えてるわ。鑢七花の敗け。それよりも大切な事があると思うけど?」

「………部下思いもいいが、老人の心労もわかってくれ。安心しろ八馬は自らの能力で命だけは取り留めている」

「ああ、そう。なら安心ね。――――ああ、さすがに二徹はしんどぉ~。帰って寝よ」


と、あくびをしながら伸び、雲川は貝積と共に帰って行った。

そして、数多の研究者が集うある場所で、研究者がざわついていた。

その中で、木原数多のみが、七実を捕えて脳細胞の一つ一つを調べ上げようと誓う。

隣で一人の老人…十二の冬に芸術に絶望し、研究者として名を馳せた博士に、


「どう見るね」

「天才だ」


博士は獣のように笑う。


「一万年に一度の逸材。ダヴィンチ以上の天才。宇宙に地球が生まれ、そこに人類が誕生するのと同等の確率………奇蹟だ」

「まったくだ。学園都市最強の一方通行なんて、犬の糞みたいに思えるぜ」

「ああ―――血が躍る。久方ぶりだ、年老いてこの身が朽ちるのを覚悟してから何年経ったか。この心臓が太鼓を叩き、血管が笛を吹き、肉が鐘を鳴らし、140億の脳細胞が一つ残らず踊る、そんな祭囃子の様な高鳴りは、いつ以来だ!?」

「そのたとえは理解できねぇが、その心は全く同じだぜ」


木原は震えていた。一人の研究者として、一人の『木原』として。


「たまんねぇなぁオイ!! ああ、最高だ。最高だぜぇぇええええ!!! ハッハァ!! 研究のし甲斐があるってもんだぜコンチクショウ!!」


木原の手には、一本の刀が握られている。

それは四季崎記が造りし完成形変体刀十二本が一本―――『毒刀 鍍』

その中には、四季崎記紀の魂が宿っており、すでに木原に憑依している。

四季崎からの情を得ていて、すでに七実の存在を知っていたが正直胡散臭かった。話の通りなら鑢七実は『原石』だ。

原石とは、学園都市の超能力開発を受けていないにもかかわらず、身の回りの環境だけで超能力を発揮させることが出来た人間を指す。

それでも多重能力はあり得ないと思っていた。

だが、このように目の辺りにした瞬間、疑心は消え、好奇心と研究心と探求心に変わった。





「待ってろよ研究材料。テメェは俺のモンだ……」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

エピローグ其ノ弐~団欒~



鑢七花は驚愕していた。

目の前には、真っ白な羽根が無数に舞い広がる。

七実が広げた翼が動いく毎々に白いそれが雪のように降り注ぐ。

七花は既にボロ雑巾だった。

すでに何度か体を貫かれているが、なんとか立っている。

肩で息をしながら、七花は困惑気味に天使になった姉を見上げる。


「なんだ、これ」

「これは『未現物質(だーくまたー)』って言うらしいわ。垣根帝督さんっていうこの街で二番目に強い方の能力よ。これは、この世にないはずの物質を創る能力」


―――七実の体の状態はそれでも幾十幾百幾千の病魔が幾重も罹っている。だが、今思えば、今まで昔の様に咳き込む事も目眩で倒れそうになる事はなかった。


「―――ちょっと待て、姉ちゃん。この世にない物を創るって……もしかして!」

「そう、学園都市第二位の超能力『未現物質』の能力を応用よ。この前、ちょっとした思い付きで病魔の抗体を創ろうかなと思って、試したら、思っていた以上に使い勝手がよかったの」

今は、まったくの健康状態だった。


「なんとね、よくわからないけど、電気操作で発生した電流が未現物質を反応させて、今にも死にそうな私の体を、細胞一つ一つから作り直してくれたの」

「……………。」

「成功した時、体中の痛みがすーっと消えて、体が葉っぱの様に軽かったのよ。その時、『ああ、生きているという感覚はこんなんなんだ』って思わず感動して涙が止まらなかったわ」


と、思い出したのか本当に嬉しそうな顔をした。


「風に身を晒しても神経が爛れる事は無い。太陽の光に身を照らされても皮膚が焼かれる事は無い。立ち上がる度に激しく目が回る事は無い。お水を飲んでも息が出来なくなる事は無い。雪の日に外に出ると一か月ほど熱病になる事は無い。食事の度にお腹の中に針が暴れているような苦痛に我慢する事はない。一歩踏み込む度に関節が軋むような事は無い。夜の暗闇に出れば一切目が見えなくなる事は無い。森の空気を吸おうと深呼吸すると咳をし、血を吐く事は無い。鈴虫が鳴く声に耳を傾けると鼓膜が破れる程の耳鳴りがする事は無い。

――――これだけの事が、たったこれだけの事が、こんなにも幸せ過ぎる事だったって事は知らなかった……。

風を全身で受け止められる。太陽の下を楽しく歩ける。億劫せず立ち上がれる。美味しいお水を美味しく飲める。冬には雪だるまが作れる。いっぱいご飯が食べられる。思いっきり走る事が出来る。秋の夜空の星空を眺めて、森の空気をたっぷり吸いながら、鈴虫の声に耳を傾けられる。こんな事、あんな事……生きている間出来なかったことが死んでから思う存分できる、生きられる。
それを感じて、生きられるって事それだけで、感動して涙が止まらなくなった。『生きている』……これだけで、これほど幸せな事は無いわ」


実の弟の七花でさえ、ここまで幸せそうな表情を見たことが無かった。

その顔で、七実は終始そのままだった。

そして、七花は六枚の羽によって動きを止められ、七実の七花八裂を―――――








「ふがっ!?」


目が覚めると、目の前に無数の羽毛が舞っていた。

手には千切られた羽毛枕。寝ぼけていたのか、寝相が奇蹟的芸術品クラスだった。

七花は寝ぼけたまま起き上がり、自分がなぜここにいるのかを思い出す。

ここは、絹旗最愛と同居をしているマンションで、いつもの通り部屋で寝ていた。


「なんだ。夢か」

夢でよかったと、七花は溜息をつく。まぁ、夢になった現実の事なんだが。


「あ、そうだ。俺、姉ちゃんに敗けたんだ……」


それで指一つ動かせない状態でとがめと滝壺とフレンダに運ばれて、この部屋に寝かされたのだ。

部屋には誰もいない。あるのはもう使い物にならなくなった枕とぐちゃぐちゃになった掛布団と敷布団。


「あーそういえば、優勝者は姉ちゃんで。優勝賞金と『微刀 釵』を貰う事は出来なくて、でも姉ちゃん微刀に興味が無いから、俺たちにくれたんだっけ」


とがめ曰く、絹旗の命を助ける為に『千刀 鎩』を否定姫に譲ってしまったらしい。まぁ、微刀と千刀が入れ替わっただけの話だ。また結標淡希を倒して手に入れればいい。いつでも倒せる相手だ。


「ふぁぁぁ……」


七花はカレンダーの日付を見る。


「げ、俺、二日も眠ってたのかよ」


まぁ無理はない。あれだけの戦いをしたのだ。

七花はカレンダーを見てみる。今日は九月二十三日。時計は八時を過ぎたところ。

さて、絹旗は自分の習慣としてカレンダーに過ぎた日にちにバツ印を付けていた。それはとがめも実践している。


「絹旗……」


そうだった。

―――絹旗最愛は、ここにいない。七花の実の姉、鑢…いや鑪七実に預けられた。絹旗を徹底的に鍛えてやるそうだ。

騒がしい声が一つ消え、急に寂しくなった。


「……………………………腹、減ったな」


七花は立ち上がって、寝間着から普段着である着物に着替える。以外にも現れてあって、微かに洗剤の香りがした。

部屋を出る。廊下はしーんと、静けさがあった。


いつもなら、ここで、


『おはようございますっ! 七花さん! 今日は眠れましたか?』


と、犬の様に尻尾を振ってあの茶髪が飛んでくるのだが、今日はそれが無い。これからも、それがない。ますます寂しくなった。


「………まぁ、俺よりも姉ちゃんの方が教えるのが良いか」


泣き出しそうになって、そう自分に言い聞かせる。何とか心を保つ事が出来た。

その足のまま居間に進む。


「あ、そう言えば、これから飯どうしようか。絹旗いないし、とがめは出来ねぇし……」


このままでは二人とも餓死してしまう。滝壺が来てくれそうだが、とがめとフレンダが一昨日の件で仲が険悪になっていそうだから来るのは難しそうだが……。


「ま、なるようになるか。うっし、今日は何をしようかな」


と、気合を一つ入れて七花はドアを開ける。

すると、

「…………お、良い匂いだ」


食欲をそそらせる、香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。

台所と、いつも絹旗らと食事をするテーブルからだ。


「ん?」


テーブルには、茶碗に盛られた白飯と焼き魚、味噌汁とお新香、それと目玉焼きに納豆が置いてあった。


「あ、飯できてる?」


七花の頭が混乱する。


「なんで?」

「あ、おはようございまーっす!」


そこに、明るい声がした。

笹斑瑛理…学園都市暗部組織アイテムの下部組織に属する少女だ。七花にはわからないが、周りが言うにはかなり可愛いらしい。

姿は金髪のセミロングで、身長は162cm、体重はヒミツ。好きな食べ物はバナナとモモと牛乳だそうだ。特にブルーチーズが好きなのだそうだ。

くびれたウェストとやや大きめな胸が特に羨ましいと、フレンダが言っていたような気がする。

その笹斑はエプロン姿でお玉を持って登場してきた。


「おお、お前が作ってくれたのか」

「ええ、私はアイテムのお世話係ですからっ。ご飯なんて、和食から洋食中華まで、なんならインド風でもオーケーですよ♪」

「へぇ、意外だな」

「へっへ~、男を落とす為ならなんだってしますよ~。もっとも、七花さんが起きて来るのを裸エプロンでお出迎えしたかったんですけど、効果が無いようなのでやめました。残念した?」

「いや、お前が言ってることわからん」


七花はそれよりもテーブルに目を向ける。ちょうど腹が減っていたのだ。笹斑の厚意は本当にありがたい。

笹斑は後ろで、夫のご飯の感想を聞こうとする新妻の様にルンルンで立っていた。


(早く喰ってくれ、という事なのか?)


相変わらず、女と言う生き物はわからない。


「まぁいいか。とりあえず食べようかな」


そう言いながら箸を取り、御飯茶碗を持ち、熱々の真っ白なご飯を大きな口に放り込んで―――――と、その直前に。

「七花、先に頂きますは?」


袈裟姿の姉の七実がすぐ横に正座していて、緑茶を啜りながら注意してきた。


「おっと、そうだった。んじゃ、頂きまーあーぁー………って、姉ちゃん!?」


七花は驚きで飛び上がる。でも、しっかりと御飯茶碗は掴んでいた。

七実はズズーと茶を啜る。


「おはよう、七花」

「あ、ああ、おはよう姉ちゃん。…………じゃなくて!」

「あれ、気付かなかったんですか? てっきりスルーしてるのかと思ってました」

「いや、飯に目を奪われていて……。なんでいるんだよ姉ちゃん」

「あら、姉が弟の容態を気にしてやってきて悪いかしら」


と七実は答える。そして、七実の隣には―――。


「おはようございます。あなたが鑢七花さんで、いいかしら? oh,このお茶、美味しいわね」


見知らぬ少女が座って、同じように茶を啜っていた。


「布束砥信ですよ。あなたのお姉さんに助けられて、一緒に行動をしています」

「…………あ、よろしく…」


女子高生なのだろうか制服を着ていて、それに似合わぬ白衣を纏っている、ぎょろぎょろした目が特徴的な少女だった。

印象で言うなら、地味で陰湿な感じがする。後ろにいる笹斑とは全く正反対の人種だ。


七実は湯呑を口から離して一息ついて、


「―――その様子だと、大丈夫そうね。結構よ。私とあなたの戦いだけど、もしあなたが大きな怪我を負っていたらと思って心配だったのよ」

「あ、うん……ありがとう」

「もし、今後何か体に異変があったら、私か蛙のお医者様の所にいきなさい」

「うん。わかった…」

「ならいいわ」

「………」

「………」

「…………………」

「…………………」


―――き、気まずいっ!


一昨日の今日である。すぐに『よっ、昨日はどうだった? 怪我とはない?』みたいに気安く話しかけれるかっ!!

そもそも、自分は七実に敗けた。敗者が気安く勝者に語り掛けれるか!!


「―――って、難しい事を考えているのでしょうけど。いいわよ、そんなに固まらなくても。私たちは家族なんだから」


と、七実は微笑んだ。

その顔を見て、七花も笑う。


「ああ、そうだったな」

「ほら、冷めないうちに食べちゃいなさい」

「おう、いただきます!」


朝餉はとても美味であった。それを十分に堪能した後、笹斑に出された茶を啜りながら食後の一息も堪能する。

「ふぅ、美味しかったぞ」

「お粗末様でした。いやぁ、良い食べっぷりでしたね。作った買いがありました♪」

「まぁ、二日ぶりだからな。ずっと寝てたし」


七花は茶を啜る。七実と同じ緑茶を飲んでいる。


「そう言えば七実さん!」

「なにかしら、笹斑さん」

「あのですね、私、あの戦いを見て気になってたんですけど、どうして七実さんは『多重能力(デュアルスキル)』に成れたんですか?」

「でゅあ……何かしら、それ。―――まぁ、それは良いとして、私の言葉では何も言えないわ。何せ、あなたのご主人様にとっていい情報ではないもの」

「……………………」


笹斑は固まる。氷の像の様に固まる。


(バレてる。私が、この組織に入り込んだ工作員だって事がバレてるぅぅう……)


忘れていた。この怪物は相手の技を見て、また弱点も察知できる『見稽古』の他に、敵の精神状態を察知する『心情感知(ポリグラファー)』と、相手との精神の距離を調節できるそれに『心理定規(メジャーハート)』も持っている。

笹斑の考えている事は、川の流れの様に七実に流れているのだ。


(相手が悪すぎますよマスターぁぁあ。どうやって口説けと? どうやってこの人の安全性を証明しろと? 無理ですよ、マスター。ムリゲーですマジで!!)

「今思っている事を、そのままここで言ってあげましょうか? 確か、ばれているとか何とか。このお茶に変なお薬を入れなかったのは賢明です」

「へ、何のことですか?」

「右のぽけっとに、粉薬が三袋。ちょうど、七花と私と布束さんの分ですね」

「………………スイマセン、勘弁してください」

「なら、変な気を起こさないでくださいね」

「りょ、りょーかい……」


笹斑はチラリと、布束の方を見る。布束はじっとこちらを見たまま、黙って話を聞いていた。終始傍観者に徹するのか。

そのあと七花はいくつか話した後、


「で、姉ちゃんは何の用だ?」


と、再びこの質問をした。


「まさか、俺の様子を見に来ただけって事は無いよな」

「ええ、『微刀 釵』のその後と、私が貰った賞金の使い道と、私の今後の予定。それと絹旗さんの現状ね。前者三つは家族であるからと、絹旗さんの事は虚刀流当主であるから、が話す理由よ」


七実は順番に話した。


「まず、微刀の事」

「確か、姉ちゃんはいらないって言うからとがめにあげたんだっけか」

「ええ、あんな人形、私が持っていたら宝の持ち腐れも甚だしいわ。とがめさんに渡した方が、よっぽど為になるわ。
次は賞金の使い道だけど、私が優勝した分は運営に渡したわ。最初から『すくーる』の任務は、あの大会の警護と運営の補助と、“あのトーメントに優勝して、その賞金を運営に返す”事。それなら、運営は多額の賞金を出しても優勝してしまえば勝手に戻ってくるから損害は少ない。元々法外な大会だったし規則そのものがない。結局、一番儲けられるのが運営だった訳なのよ」

「へぇ、なるほどね」

「どのギャンブルも、最終的にはディーラーが儲かる事になっているのよ」

と、ようやく布束が口を挟んだ。

「学園都市の大人は、土地柄かしら悪質で狡賢い人ばかり。and yet,そんな人ばかりではないのは確か。暗部に堕ちて死ぬ運命だった私を雇ってくれるはずだった人もいるんだから」

「雇ってくれるはずだった?」


七花が首を傾げると、七実が応えた。


「ああ、それは私たちの今後の予定なんだけど……」


七実が困った顔をした。


「実は、しばらく『すくーる』にお世話になる筈だったんだけど、なんでか垣根さんが急に私を嫌いだして、追い出されてしまったの。何でかしら。聞いて七花。私、何もしていないのよ?」

「あーうん……」


七花は目をそむける。十中八九、その超能力者が自分の能力を七実に習得され、自分の努力が否定されたからだろう。それしか考えられない。気の毒に思えた。きっと、手も足も出ずに悔しそうに泣きながら戦っていたのだろう。


「昨日の事よ。急に『勝負だ!』って襲ってきて……まあ返り討ちにはしたんだけど、そのあと布束さんを連れて、逃げてきたの。もうあそこは危ないから。
すると真っ黒な恰好で武装した人達が何十人も襲ってきて……それも皆殺しにしたんけど、そのあとから次々と色々な人たちに襲われたの。……もちろん、みんな一人残らず潰したんだけど」

「then,私が雇われる筈だった研究所に行ったらすでに敵の手中。安全だったと思っていた研究所に一斉に兵隊さんが押し寄せてきたの。騙されたと思ったときは既に遅く……」

「囲まれたのか?」

「No, it wasn't,全滅していたわ」

「…………」

「だから私達、行く手が無くて困っているの。昨夜は寝泊まりはここにいたんだけど、二三回程強襲されたわ」

「えっ」

「もちろん、皆殺しにしたけど」

「………………」


なんと学習能力が無い奴らだ。いや、諦めの悪いにもほどがある。死んでいった奴らが馬鹿みたいだ。そもそも死体の処理はどうなったのか。きっと死体の山を目撃した一般人は大変驚いただろう。


「そこで七花。ここでもう一泊か二泊だけでも泊まらせてもらえないかしら。最後の強襲から五時間ほど経つけど、その間まったく気配がないわ。きっともう来ないと思うわ。お金は布束さんが稼いだ分が25億円分あるし、金銭問題は殆ど無いわ。だから……」


と、七実からのお願い。

それを断る程、七花は鬼ではない。


「ああ、いいぞ。きっと絹旗も許可するだろうし」

「よかった」


七実は安心した表情をした。七花は次の質問に入る。


「それで、絹旗は?」

「ええ、安心して。元気よ」


七花は安堵の溜息をした。


「ただ……」

「ただ?」

「元気すぎるのよ。目が覚めた後、すぐにお腹を押さえて『お腹減った!』って喚いて、ご飯をあげたらすぐに平らげてね。『足りない、足りない』って言って聞かなかったの。面倒だったから、一気に五日分の食料を置いて、しばらく席を開けたの」

「腹が減ってるってことは、元気だって事だな。うん、良い事だ。それで?」

「大体、半刻(一時間)だったかしら。戻ってきたら、あの子、五日分の食料を全部食べ切っていて眠りこけていたのよ。あの子って行儀がいい印象があったけど、元からそうなの?」

「…………………」

驚いた。それは異常だ。絹旗は小食な方ではないが、大食漢ではない。あの小さな体で五日分の飯をどうやって食べきったのか。
それを伝えると、七実は不思議な顔をした。


「やっぱり……」

「やっぱり?」

「きっと、否定姫さんの仕業ね。人間、あそこまで人体を破壊されて、元通りになる訳ないじゃない。否定姫さんが何らかの施術をして、それの影響がそれなのかもしれないわ。
それに、再び目が覚ました後にその事を伝えると、まったく覚えてなかったわ」

「…………否定姫、しかいないな」

「ええ、とがめさんが言うには、気付いた時にはもう治っていたらしいのよ。それに否定姫さんは奇妙な術を持っている。まるで狐に化かされたような、魔法みたいだったって」

「ふぅん。それで、姉ちゃんは絹旗をどうするんだ? 方針とか」

「主に虚刀流の技を教えるわ。十日で奥義を独学で二つ習得できるもの、三日もあれば技の全てを、五日もあれば奥義の一つは叩き込めるわ。現に昨日徹底的に痛みつけたか、今は気絶している最中。未現物質と電気操作で回復力を上げさせているから、昼頃には目覚めるでしょう」

その場を見ていたら、きっと地獄の様な光景だったのだろう。恐ろしくて想像する光景に靄がかかっていた。

「わかったよ。で、何処でやってるんだ? 顔が見たいし、絹旗も喜ぶだろうし」

「駄目よ」

「え、なんで」

「駄目よ。そんなことしたら、あの子が甘えちゃうじゃない。その甘えがあの子の成長を妨げているの。大体、大覇星祭が終わる頃までには見違えるほど成長していると思うわ。体も、心も」

と、七実は笑う。―――邪悪な笑みで。

「…………」

ぞっ。

背中が凍りつく。ああ、絹旗、どうか無事でいてくれ。そう言うしかない七花であった。
そのあと、幾つか談笑をしたのち、七実たちを見送った。どうやら、もうそろそろ絹旗が目を覚ますだろう時間帯だからだ。
玄関で七実は下駄を、布束は革靴を履く。履き終わった七実は振り返り、

「じゃあ、七花、これからもお互い気を付けましょうね。この街の闇は深いから、変な事に巻き込まれない様に」

「ああ、了解。姉ちゃんも外、気を付けてな。――――あ、そうだ。そう言えば……」


七花は今更気付いた事があった。


「姉ちゃん。とがめはどうしたんだ? この家にはいないようだが……」

「ああ、とがめさんなら……」

七実はドアを開けながら、

「病院よ。滝壷さんとフレンダさんを連れてお見舞いに行ったわ」

「そうか。ありがとう。それなら夕方には返ってきそうだな」

「それじゃあ、また夜に来るわ」

「おう、とがめにはこっちから伝えておく」

七花は手を振る。七実は手を振り返し、笑顔で出ていった。七実の気配がこの階から消えた事を確かめると、七花は踵を返して居間に独り言を言いながら戻る。


「ふぅ…。いや、びっくりした。まさか姉ちゃんがいるとは思わなかったなぁ」

と、今で笹斑が待ち構えていた。

「七花さん」

「おう、何だ」

「今日の事は、てか、私と七実さんの会話全部、とがめさんや滝壺たちには内緒にしてください。オナシャス!」

「……別にいいけど、なんで?」

「それは……き、禁則事項です❤」


きゃるんとしたアニメ声で、そうとしか言えなかった笹斑であった。

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エピローグⅢ~木原数多の憂鬱~


「くそったれがぁっ!!」

任務失敗の報告を受けて、木原数多は受話器を叩きつけた。精神の中にいる四季崎記紀はまぁまぁと、

『そう怒るな兄弟』

「そうは言ってられねぇんだよ。鑢七実を捕える為に費やした人員で、俺の手駒の半分は失っちまった。チキショウ、アレイスターにまた頭下げなくちゃならねぇや」

『虎を狩るには相当な犠牲が必要だ。ましてやそれが俺の最高傑作の副作用にして最高傑作の刃を研がせる鑢……。そう易々と人間に倒されるよう作っちゃいねぇはずだ。言ったろ、準備を整えてからにしろって』

「ああ、それは解っている。だがよ、俺の他にもあのバケモノ捕まえようって企んでいる調子乗ったバカヤロウがウヨウヨいるんだわ。まったく、そいつらのおかげでこっちも手を伸ばさなくちゃならなくなったじゃねぇか。クソが」

『安心しろ、鑢七実は簡単に死なない。もはやあれに勝てる人類がこの世にいると? あれは学習する殺人機械だ。微刀なんざ、奴に比べたら童の人形だ』

「ばーか。そう安心してられねーんだよ四季崎」

『ん?』

木原は焦っている様に、髪を掻き揚げた。汗で指が濡れる。

『何で、安心できねーんだ?』
「ウチの家のモンが本格的に虚刀流と鑢七実の研究と捕獲に乗り出したんだよクソタレが!!!」
『っ』

今年のグッドデザイン賞に受賞された高級品の椅子を蹴り上げ、

「乱数のクソヤロウに、キチガイ病理、イカレ女の唯一。それに、導体のジジィに、解法のババァに、蒸留のガキまで来た。――――。そいつもこいつも曲者ばかりだぞ」

『どうしてわかる?』

「逃げ帰ってきた部下が報告してきた、作戦行動中に乱入して邪魔してきた奴らのリストに、こいつらの兵もあった。一つ、明らかにガチャメカと魔改造された駆動鎧の集団があったが、それは明らかに病理だ。ああーあいつ、昔は可愛かったのになぁ。あー思い出したらイライラしてきた」

『お前のその回想中のの病理ちゃん七歳と、今の病理さん三十歳、この間に何があったんだ』
「さぁな。きっとNHKの特番一本分に渡るドキュメンタリードラマがあったんじゃねーの」

木原は蹴り上げた椅子を立て直し、どかっと座る。自然と椅子は後ろに下がり、止まる。

「それよりも、だ。鑢七実は置いておく。あれは今の俺たちのレベルじゃあどうしようも出来ねぇ。他の奴らもそうだろうな。しばらく後回しだ」

『それが賢明だ。―――おい兄弟。“あれ”は順調か?』

“あれ”

それを聞いた時、なにかを木原は思い出したのかハッとして、ニヤッと口角を吊り上げた。

「そうだった。俺にはあれがあるんだった……。鑢七実をぶっ飛ばすにはまだ無理だが、鑢七花をぶっ殺すにはもうじきだな」

『そら楽しみだ』

「ああ、楽しみだ。楽しみ過ぎて勃ってきやがってぜ!! あっはははは、あはは、あははははは!!」

木原は爆笑し出す。
この部屋には、今木原が座っている椅子と対になっている机がある。それもいつと同じくらいに高級な物で、その上にはある研究者たちのリストがあった。
そのなかの一人…顔写真と共に名前が書かれてあった。


『芳川桔梗』


そう、このリストはかつて、学園都市第三位の超能力者 御坂美琴の軍用クローン『妹達(シスターズ)』を大量生産しようとし、生産した二万人を一位である一方通行に殺害と言う形で処理しようとした人間のクズたちである。
木原がやる手段は一つ。
それはとある人物のDNAを使って、『妹達』と同じ、軍用クローンを生み出す。
知っての通り御坂美琴のクローンは1%に見たない。だが、それを補う形で百人、千人の軍集団として活動させれば、かつてない地上最強の軍団となるに違いない。
今回の件で、その人物の戦闘データは大方取れた。まったく、あの下らない茶番劇もたまには役に立つものだ。
あとは資金と研究所と研究員だ。出来るだけ、量産型能力者(レディオノイズ)計画と絶対能力進化(レベル6シフト)実験の研究者が欲しい。あの実験は失敗こそしたものの、優秀な研究者が数多くいた。
既に死亡している天井青雄は当然だが、鑢七実と共に行動している布束砥信の獲得は難しい。二人は重要な役を担っていたから、余計に痛い。


「それでも、俺はやってやるぜ」


木原数多は密かに暗躍する。大きな声で高笑いをしながら。
そしてリストと同じように、机に置かれた計画書が一冊。その名は―――


『量産型虚刀鑢製造計画』

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エピローグⅣ~地球の裏側で~


今は丁度23時を回った所だ。もうすぐで一日が終わる。

長い一日だった。

頬にシップを張り、体中を筋肉中でバキバキにしながら、イギリス・ロンドンの某場所をイギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の神父、ステイル=マグヌスは上司である最大主教、ローラ=シュチュアートに、今回の事件の報告をしていた。

口には咥え煙草をしていて、不機嫌そうにしながら、


「以上、これで以上です最大主教。時に学園都市中を走り回され、体中の筋肉が爆発しそうになるほど痛いので、ここでお休みを頂けませんか。一生分ほど」

「あらあらステイル。そんな子供じみた理由で休暇を取ろうとするべからずよ。あなたは若いんだから、年寄である私よりも働かなくっちゃだめなりけるよ」

「相も変わらず意味不明かつ壊滅的な返事をありがとうございます。どっちにしろ、僕はここで帰らせてもらう。もう眠くて眠くてしょうがないんだ」

「それは別にいいけど。時にステイル。学園都市で捕え、必要悪の教会内の牢獄に閉じ込めているオリアナ=トムソンが何か取引を持ち掛けてきてなりけるんだけど」


ステイルははぁっと参った顔で溜息をついた。紫煙が今一番大量に口から出てくる。


「そう言うのは、一番早く僕の耳に入ってくるべきなんだけどね。まぁいい。なんだ?」

「『指導者リドヴィア=ロレンツェッティの手による弱者達の保護』 を条件にイギリス清教に一時契約を結びたい…と」

「で、それをどうしたのさ」

「もちろんOKよ。オリアナ=トムソンは凄腕の運び屋だけど、同時に優秀な魔術師。戦力になる者は来るもの拒まずなりけるよ」

「そうかい。なら、話はここまでだね。じゃあ今度こそ僕は」

「ちょいと待ってなる事よ、ステイル。最期のもう一つだけ要件が存在する事よ」

「………手短に」


ステイルは嫌々聞いているそうだが、そんな態度は慣れているローラは懐から木箱を取り出し、手渡す。


「これは?」

「オリアナが、『もしもさっきの条件に足りなかったら』って言って渡してきたのよ。何か高級品なそうだけど、私が持っていても宝の持ち腐れだし、ステイルが持っていた方が良しであるかなと。休暇は残念だけど、こっちの方で我慢して欲しいなりよ」

「…………」


ステイルは黙って箱を開ける。そこには、二つの鉄の塊があった。両方共黒と黄色の装飾がされていて、ずっしりとした重量感があった。


「オリアナはそれを『筒』って呼んでいたわ。まあ、日本じゃあ古来より“そう言う物”をそう呼んできたらしいなりけるけど。オリアナ自身は、それをアメリカの魔術結社から譲った物だって言っていたわ」

「へぇ…」


ステイルは木箱からその二つの鉄の塊を掴む。見た通り、かなりの重量があった。だが、それでも持てない事は無い。


「その、魔術結社と言うのは?」

「商売相手だから組織名は吐かなかったけど、確かアメリカの先住民…インディアン系の魔術結社だって言っていたなりけるわよ。それらは彼にとって忌み嫌う存在だったからそうよ」

「そうか。なら納得だ。確かにこれを見たインディアンは、十人中十人は嫌な顔をするだろうね。いや、これを向けられたら誰だって嫌さ」


その鉄の塊の塊の形は、人々を殺す道具だった。


それは指先一本、10cmにも満たない運動で、0,01秒で人の命を狩る魔法の杖にして、悪魔の槍、死神の鎌だった。

それは世界の軍事力の殆どを担い、ある国では自分と他人を守る武器に、ある国では自分と他人を殺す凶器に、ある国ではその危険性故に禁止して排除する恐怖の象徴、暴力の権化だった。


「これの所為で彼らは故郷を追われ、今も尚、白人<侵略者>たちに支配されながら生きているからね。これはそん元凶。悪の象徴だ」


ステイルはそれのグリップを握る。それは二つ対となった武器で、ステイルはそれを両手にそれぞれ握った。

それは――――銃だった。

暗く光る漆黒と明るく光る黄色の物体は、奇妙ながらも、この世界の武器で一番のシェアを誇る『拳銃』だった。

ステイルが右手に持つのは自動拳銃。左手に持つのは回転式拳銃。普通の拳銃とは違った、日本刀に使われる和鋼で造られた拳銃。


「奇妙な感じだね。紛れもない拳銃だけど、どっちかと言うと刀を握っている様な感覚だよ」

「そう、まぁ、それはステイルにプレゼント」

「こんなの、本当には宝の持ち腐れなんだけどね―――――」


と、ステイルはその二丁の拳銃を―――否、二本の日本刀をローラに返そうと思ったその時、


自分の脳内に、自然とこの銃の使い方が頭に入ってきた。

そして、これの銘も。




「――――――『炎刀 銃』……」





使用方法は大体理解できた。この刀の特性も、なぜこれがステイル=マグヌスという剣士ではない魔術師を選んだのか。


「ははっ」


そしてステイルの頭には、一つの『計画』が出来上がる。

それはかつてとある奇妙な右手を持つ少年に敗れた奥義の改良案として、また、自分の魔術師としてのレベルをもう一ランク上げさせる為。

それは『炎刀 銃』を使った、まったく新しい魔術の開発だった。


「最大主教」

「なあに、ステイル」

「この刀は…この銃は、科学サイドによって造られたのか。銃火器はあちらの両分だと、思っているんだが」

「いいえ、それは無いとおもいけるわよ。だって、それは魔術師が発見して魔術師の手に渡った物……。なら、それが科学サイドの物であるわけがないけりよ」


そんなこと言ったら、今日世界に出回っているお守りは、工場で大量生産されている物だから、それは科学サイドの物で、魔術サイドが扱ってはいけない、とう事になる。


「なら、これは貰っておく。――――たまにはいい贈り物もしてくれるんだね」

「あら、口説きけるのステイル❤」

「前言撤回。黙れ、燃やすぞ」


毒を吐きつつ、ステイルは部屋を出る。

頭の中は既に新しい魔術の公式でいっぱいだった。この次の日ステイルは目の下にクマを拵えて業務に当たったらしい。

そして、人間を消し炭にする、14歳でルーンを極めた天才魔術師ステイル=マグヌスは口元のニヤニヤを止められずに歩く。

彼が『炎刀 銃』をを持ち、それを利用した超攻撃型ルーン魔術で上条当麻、そして鑢七花と戦うのは、もう遠くない未来の話―――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
エピローグⅤ~白い病室~


一人、白髪の美女がある病室の前で深呼吸していた。

そして腹を括ったのか、


「よしっ!」


とノックを二回した。


彼女は奇策士とがめ。それは通り名で本名は容赦姫だ。つい一昨日までは奇策士とがめと名乗っていて、容赦姫と呼ばれる事をあまり良しとしなかったが、今はどちらでも良い、という立ち位置に立っていた。

そして今は、いつもの様な豪華絢爛な十二単を凝縮した(趣味の悪い)着物は来ていない。あれは絹旗の血の所為で使用不可能になってしまい、しょうがないから廃棄した。

きっと、どこかの博物館に寄贈したら物凄い金で取引されそうな貴重で高級な着物だが、絹旗の血の所為でそれは出来ないと判断したが、別に惜しいとは思わない。

いずれまた別の着物を買うだろうし、愛着があったにしてもあれはこの世界では派手すぎる。

暫くは今来ている、スカートとTシャツとパーカーという、この時代でも無難な洋服を着て過ごすだろう。もっとも、着物よりもそっちの方が可愛く見えるのだが、本人はそうではないといっている。

まぁ、女子のお洒落心として、こめかみの髪留めが一番のお気に入りだった。

すぐ近くで様子を見ている滝壺はフレンダ、まるで恋を抱いている乙女が告白するような緊張感を持つとがめを見ながら、ノックの返答を待つ。


『はい、どうぞ』


中から声が聞こえた。

この病室は個室だから、声の主は一人しかいない。

とがめは一気にドアを開けた。


「失礼する」


とがめは緊張しながら部屋に入る。

中には個室だから当然だが、ベッドは一つしかなかった。生まれが金持ちで、色物が好きだと聞いていたが、意外と質素な部屋だった。

ベッドの周りにはカーテンが掛かっていて、窓が開いているのか、そこから流れてくるそよ風で揺れている。南東からの日の光を受け、人影だけが映っていてそれ以外は、こっちからはベッドの様子は見れない。

とがめはなぜ、ここに来たかと言うと、それは謝罪だった。

厳密にはある一人の少女を殺させかけた事と、その少女が一時彼女の組織から離れる事になった事を伝え、謝る事が目的である。


「か、カーテンを開けるぞ」

「はい」


女の声がそう言うと、とがめはカーテンを開ける。


「失礼する」


とがめはカーテンの中に入り、目の前の少女を見る。歳は17か18程。茶色の長い髪と、整った顔立ちが美しい美少女だった。

例えここが病室で身に待っているのが質素な病院服でも、抜群のプロポーションで色気が漂っていた。

そんあ美少女に、


「私は奇策士とがめと言う。それは通り名で、本名は容赦姫と言う。どちらで読んでも構わない。今日は、そなたに報告したい事と謝っておきたい事があって参上した」

「……はい」


少女はキョトンとして首を傾げ、耳を傾けた。



「どうぞ、なんでしょう」


とがめはすぐに頭を下げる。


「すまんっ! そなたから勝手に預かっていた友を、絹旗を一人死なせかけた!! そして、絹旗がアイテムから一時離れる事になった!! 本当にすまん。ごめんなさい!! 償いは何でもしよう。だから、許してくれ!!」


目を瞑って、腰を直角に曲げたままの姿勢で、目の前の少女がこの罪を許すと言うまで静止するつもりだった。


―――――――だが、次の瞬間、思いもよらない言葉が耳にささる。





「あの……すいません。人違いじゃないですか? キヌハタって……誰です? 私の友達か何かですか?」





……………………。

とがめの思考が、一時停止した。

そしてガバッと、許しを得るまで上げまいと思っていた頭を素早く挙げる。ポケットから一枚の写真を取り出し、確認する。


「…………うん、顔はそっくりだ。あってる……」

「……?」


少女はキョトンとした顔で首を反対方向に傾けた。

何とも可愛らしい動きだが、話に聞いていた人物とはものすごく掛けなはれている。


「…………すまん、ちょっと考えさせてくれ」

「はい、いいですけど…」


とがめは混乱した頭を捻らせる。駄目だ、わからない。


「しょうがない」


とがめは最終確認として、


「すまんが、そなたの名前を聞かせてくれないか」

「……?」


少女は訳も分からず、素直に名乗った。

そう、アイテムの人間なら絶対に知っていなければならないその名を―――。



「私の名前は――――です。病室の名札にも書いてあるでしょう? 名前が」

「確かに、そうだな」

「あなたは、私の友達ですか? それとも姉妹の方でしょうか?」

「いや、違う。そもそもお互いに顔を合わせるのは今日が初めてだが。どうした?」

「ええ、実は私―――――」



病室の外で、滝壺理后とフレンダ=セイヴェルンは耳を疑った。いや、最初っから耳を疑いっぱなしで、夢かと思って頬をつねっていた。だが、これは夢でなく、現実だった。だから耳を疑っていた。

しかし、この言葉は彼女の現状を十分表していた。





「――――記憶喪失、だそうなんですよ。生まれも素性も、自分の名前も、算数の掛け算のやり方も、思い出せないんです」





風が、吹いた。強い風が。

カーテンが揺れ、髪がなびく。その長い髪が目に入ったのか、少女は体を傾けた。

その時見えた枕元の名札には、少女の名前が書かれていた――――。








『麦野沈利』







―――と。








~つづく~

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今までありがとうございました。

こんばんわ、昨日バレンタインデーでしたね。

しかし、バレンタインってなんでしょうか。街中でそんな話がいっぱい出てましたが、私、そんなの聞いた事がありません。恵方巻みたいなものですか?

というか、バレンタインって聞くと、元ロッテの名物監督か、現ヤクルトの助っ人外国人しか思い出しません。

今年も頑張ってほしいなぁ、バレンティン…。


さて、今回の物語のテーマは『否定』です。

お気づきでしょうか、とがめの台詞を少し否定的にしたところがチョコチョコあります。

そして、今までの話の否定も入れましたし、何よりパーティーを全滅させると言う最上級否定ました。

絹旗の窒素装甲役立たずとか、滝壺の守られ系キャラ崩壊とか、フレンダの哲学壊滅とか、麦のん記憶喪失とか。

あと、とがめさんの過去は、自分『虚刀 鑢』を読んでない故、勝手に考えてしまいました。

もしかしたら否定姫の過去もオリジナルで勝手に書いちゃうかもしれませんので、ご了承ください。

それらがもしも原作と矛盾があるならば、ごめんなさい。先に謝っておきます。


さて、今スレ一周年だと言う事で、一年前を振り返ってみましょう。

2012年の初めは、まぁ色々とありました。ありました。ありました……………あれ、何やったっけ? Fate/Zeroしか思い出せん。


暇で忘れました!



次のスレは、みなさんお待ちかねのあの人です。そして短編で行きたいお思います。豪華絢爛三本立てです。

では、次回予告のネタが出来上がるまで、暫しお待ちください。

今回はここで筆を置かせて、また次で………。


―――2013年2月15日―――

こんばんわ。長らくお待たせいたしました。
長々と書き留めていたら、一ヶ月過ぎてしまいました。ご迷惑かけてごめんなさい。

さて、刀語再放送がいよいよ間近となって来ました。とてもとても楽しみで楽しみでしょうがありません。
しかもOPが変わるそうではありませんか。なんという俺得。なんという俺得。

あーいっそゴールデンで流れないかにゃー。

ああそうそう、最近、刀語×FateのSSを見つけました。刀語SSが増えて嬉しいです。


では、始めます。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
~キャラ崩壊閲覧注意~ ――100%作者の趣味でやりますので、気分を害してしまった方は一番下へ…――


絹旗「……あれ、ここ何処です? さっきまで私、七実さんと戦って、七花八裂喰らって七花さんに運ばれて……あ、超気絶してたんでしたっけ」

絹旗「で、ここは……」キョロキョロ

絹旗「………なにやら、剣道とかの道場の様ですが……ん?」


ばんっ!


絹旗「!?」ビクッ

???「――――――ッ」ヒョコッ

絹旗「だ、誰ですか!?」クルッ



七実「みなさんこんばんわー(棒)。みんな元気にしてるかなー(棒)」



絹旗「」

七実「ぱそこんは一日一時間、さくっと死亡した君に、体罰直撃。悩みを即時解決するお助けこーなー・ななみー道場でーす(棒)」

絹旗「…………………………」

七実「…………………………」

絹旗「………………………………何やってんですかあんたは」



~~おまけこーなー~~

皆様の質問答えます。皆様のお悩み応えます。

ななみー道場

テーマ曲→http://www.youtube.com/watch?v=G8CITG_6bAg


絹旗「なんなんですか、この超気が抜けた、本編の雰囲気超ぶち壊しのBGMは!」

絹旗「そしてあなたは一体全体、超何やってんですか!?」

七実「なにって。おまけですよ、このえすえすの。可笑しい事を言わないで、きぬ…弟子一号さん」

絹旗「いやいやいやいや、それはわかってますよ、一番上に超堂々と書いてますし! 私が言いたいのは、何であなたがここにいるんですか。そしてなんですか、『ななみー道場』って。あざといですよ、超まるパクリじゃないですか!! つーかなんで私が弟子なんですかッ!?」ギャーギャー

七実「それは、今回晴れてあなたはこの私の弟子になったんですから、必然と言うものでしょう?」

七実「ほら、あそこに、『祝☆絹旗最愛ちゃん鑪七実弟子入り!!』って垂れ幕が」ジャーン!

弟子一号「へッ!? わ、私七花さんじゃなくて、あんたの弟子になったんですか!? そんな、なんでなんですか、超おかしいでしょう!? って、いつの間にやら名前が弟子一号に!! すぐにとがめさんに頼んで取り消しに……」 ブーブー

七実「ていっ」ぺち

弟子一号「へぶしっ!」ベコォッ!

七実「ぎゃあぎゃあ、ぶうぶうと文句を言わないの。これから、あなたを立派な刀として、鍛え上げていくから、覚悟しなさい。ふふふふふふふ」ニヤニヤニヤ

弟子一号「ひぃ…」シクシク



七実「さて、気を取り直して……」

七実「ぱそこんは一日一時間、さくっと死亡した君に、体罰直撃、悩みを即時解決するお助けこーなー・ななみー道場でーす(棒)」

弟子一号「………なんですか、その(棒)って」

七実「ああ、あそこの『かんぺ』と言うのを見て、台詞を言いなさいってぷろでゅーさーが」

弟子一号「プロデューサーぁ!? ちょいと、プロデューサーいるんですか? 超なんで? 超どうして? つーかどこにカンペなんて……」



フレンダ「………」ペラッ…カキカキカキ…


弟子一号「…………」

フレンダ『さっさと進めろ』ササッ

弟子一号「何をやってんですかフレンダ! なんで如何にもテレビ局の超ADみたいな格好でカンペ持ってんですか。つーか似合いますね、それぇッ!」

フレンダ「………」カキカキカキ…

フレンダ『あんたのブルマよりはマシよ』ササッ

弟子一号「……へ?………え!? あ!! ホントだ、私いつの間にやら超ブルマの体操着になってるぅぅ!?」

フレンダ「………」カキカキカキ…

フレンダ『元ネタに忠実にしました(・∀・)ニヤニヤ』

弟子一号「なにそれ、超まったくイラナイ気使いですよね、それ!!」

フレンダ『なお、衣装は滝壺が一晩でやってくれました ( ̄∇ ̄)v ドヤッ!』ペラッ

弟子一号「……超ムカつく!!」

七実「とー」ペチン

弟子一号「あべしッ!!」バキッ!

七実「かんぺで会話しないの。私たちは今、このななみー道場で二人しかいないって設定なんですから」メッ

弟子一号「………目の前に広がるのは、どこぞのTV局のスタジオみたいなんですけどね…」

七実「あよいしょ」パコンッ

弟子一号「がばへっ!?」ブシャッ

七実「設定って言ってるでしょ? ああ、それと、私に口答えしたり、設定を忘れたり、お客様や読者様方に失礼な事を言ったら、一回殴っちゃいますから、ご了承くださいね」ポキポキ…

弟子一号「もう何回目ですか!? 結構つーか超殴ってますよね!? 見てココ。タンコブ! アイスクリームみたいなタンコブが超出来てますよ、トリプルの!! そんな事ならはよ行ってくださいよ!! あとわざとらしく指を超鳴らすな!!」

七実「わんぺなるてぃ」バチン

弟子一号「ガヘラッ!?」バキンッ

弟子一号「なんでッ!?」

七実「口答え」

弟子一号「へ!?」

七実「口答え、したでしょう?」

弟子一号「………それじゃあ、あなたのツッコミ、超出来ないじゃないですか。このコーナー、ツッコミいなくちゃ超成り立たないですよ?」アイタタタ…

弟子一号「あ、頭から血が出てる」ベチョ

七実「つっこみ? この世界独特の単語は解らないけど、確かに『言葉のきゃっちぼーる』と言うのが成立しなかったら、会話なんて成り立たないわね」

七実「でも口答えは口答えでしょ?」ニッコリ

弟子一号「…………」ゾクッ

弟子一号(………人を殴って楽しんでる?)サー…

七実「ともかく、あなたは今日から私の弟子一号。あなたは私を『師匠』と呼んでくださいね?」ゴゴゴゴゴゴ…

弟子一号「……………押忍、師匠…」ビクビク…

七実「まぁ、そんな感じで、ななみー道場、始まりまーす(棒)」

七実「お馴染み鑢七実と(棒)」

弟子一号「……」

七実「さて、私はお馴染み鑢七実と……(棒)」ズイッ…

弟子一号「……押忍、弟子一号がお送りします(棒)」シクシクシク…





とがめ(………大丈夫なのか、これで)←プロデューサー

否定姫「ふふふふ……」←放送作家

雲川「……………頭痛がしてきたんだけど」←スポンサー











七実「さて、読者方々から寄せられた質問こーなーね。今回は>>815>>828まで答えるわ。さぁ弟子一号さん、読みなさい」

弟子一号「何でいきなり丁寧口調じゃなくて命令口調……? てか、それ自分で読めば……げふっ」ゲシッ

七実「師匠に向かって口を利くとは何事ですか。身の程を知りなさい」

弟子一号「うぅ……押忍、了解です。>>815さんより
『ただ絹旗さんいくらなんでも強すぎない?あの魔王の奥義をくらったら原型なんて留められない気が・・・でもなんとか生きていてくれて嬉しい』
だ、そうです」つ メモ

弟子一号「………死んでました? 私。てか、超原形留めてました?」

七実「………死んでたわよね、あなた。生きていたけど、原形殆ど留めてなかったわよね、生物的には。ぎりぎり物体的には留めてたけど」

弟子一号「師匠。もしかして私……」

弟子一号「……窒素装甲の能力が超進化したとか!?」パァァッ

七実「いいえ、あなたの空気の膜は鬱陶しかったけど、今も変わらず紙屑同然よ」

弟子一号「………………あ、そっすか」ズーン

七実「確か、否定姫さんの……へんな力で『一日だけ不死身』にさせられていた……とか何とか」

弟子一号「へっ!? 私不死身だったんですか!?」

七実「みたいね。それより、不死身になるって言うか、体が頑丈になったり、だめーじが軽減されるんじゃないのかしら」

フレンダ「………」サラサラ

フレンダ『それに関しては、、インドの叙事詩『ラーマーヤナ』を参照』

フレンダ『http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%B3%E3%83%90%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%8A

弟子一号「………超困った時のWikipedia先生ってヤツですか。それを見て超調べろと?」

弟子一号「……超面倒ですが、自分の事ですからそうしましょう」パパパ つ iPhone

弟子一号「えっと……『羅刹たちは1万頭の象をけしかけてクンバカルナに突進させ、乱暴に踏みつけさせると、その足踏みの心地よさによってようやく目を覚ました』」

弟子一号「……なんつー耐久力……。つーかキモッ! オッサンじゃないですか!!」

七実「まぁ、伝説の出来事だから、そういうつっこみは間違いよ」


※設定では、肉体の不死身化+ダメージ軽減の効果があります。

術式上の対価としては、①被験者を九か月に一度しか活動できない状態にする。②猛烈な食欲が襲うため、被験者に大量の食糧を貢ぐ必要がある。

絹旗が目覚めた後の猛烈な食欲は②の所為です。

設定では、ちゃんとした儀式で呪いを掛ければ、永久的にちゃんと九か月一度にか起きれず、完全な不死性を持ち、いかなる攻撃をほぼ無効化に出来ます。

絹旗の場合、否定姫は呪術を緩め、半年に一度の呪いにし、また儀式を省いたので一度きりの呪いになりました。

因みにクンバカルナの体格は山ほどもあり、口は広大で、肌は黒く、血と脂の臭気を発する、正真正銘の化物です。男です。オッサンです。子供もいます。



七実「さて、次の質問に行きましょうか」

弟子一号「押忍、師匠。>>817さんより『七花ってこんなんだっけ?』」


七実「…………………」

弟子一号「…………………」

弟子一号「ま、まぁ、キャラの崩壊って言うのは、このSS超結構ありますから……」

七実「…………………」

弟子一号「ホ、ホラ! 二次創作におけるキャラの崩壊は、pixivあたり見れば超ゴロゴロありますよ!? ね? ね?」

七実「…………………」

弟子一号「しょ、しょうがないじゃないですか。ほら、七花さんが人に恨みを持つって事は刀語原作にもなかった筈ですし」アセアセ つ 刀語

七実「…………………ちょっと、作者懲らしめてきます」

弟子一号「キャアアアアアアア!! やめてください! ちょっとま、待って!!」


――――しばらくおまちください――――――


七実「さて、次の質問に行きますか」

弟子一号「な!? す、スルー!?」

七実「へ? 何のことですか?」ハテ…

七実「私はただ、今年度からは大学三年生になって就職活動とか研究とかで忙しくなる作者のお尻を蹴飛ばしてあげただけですよ?」

弟子一号「………………………」

七実「結局、気絶したまま返事は頂いていないのですが……」

フレンダ「……………」カキカキ

フレンダ「……………」ササッ

弟子一号「『本当にごめんなさい。以後気を付けます。金銭的余裕があれば刀語原作、および真庭語を手に入れ、ニコ動でアップされたドラマCDも聞こうと思います』…だ、そうです。って、師匠? 何で電話なんて持ってるんですか。つーか使い方わかるんですか?」

七実「…………」ピポパポ

七実「有言不実行が信条の作者が言う言葉など、当てにできません。血印と人質をよこしなさい。もし約束破ったら首を刎ねるので、その覚悟はしておいてくださいね。この腐れ外道」

『ひ、ひぃい!!』



とがめ「……これ、恐喝だよな?」←プロデューサー

否定姫「面白いから良いじゃない」←放送作家

雲川「……………腹痛がするんだけど」←スポンサー


七実「さて、次の質問に行きましょうか」

弟子一号「押忍、師匠。>>818さんからの質問。
『原作新刊読んでて思ったのだが、もしも七実がダークマターを『見稽古』で覚えているのだとしたら、 内臓やら何やらを修復できているのでは……?』です」

弟子一号「………結構、作者からすれば痛い質問ですね」

七実「ああ、私は生前、あまり味覚が無かったものですから、小食だったのです」

七実「元々、ご飯を食べる毎に猛烈な腹痛に襲われる毎日でしたから。ですから、胃腸が殆ど欠落していても、どうにかして生きていたんです」

七実「この世界に来た時も、小食なのは変わりませんでしたし、何より胃腸の再生は『後でいいや』って感覚でいましたので、柳緑花紅を受けた時は内臓は無く、あまり危害は受けなかったのです」

弟子一号「なる程…………後付け設定ですね!」キリッ

七実「てぃや」

弟子一号「ぐるべっ!」バコッ

弟子一号「……で、今は」ズキズキ…

七実「ありますよ。ついでに味覚も再生したわ。ねえねえ弟子一号。洋菓子って言うのかしら、あの白いの。あれ、私好きだわ」

弟子一号「おお! 師匠も女子の味覚に目覚めましたか!!」

フレンダ「………………」カキカキカキ

フレンダ「………………」ササッ

弟子一号「え…っと、『そう思って、こちら側で美味しいショートケーキをご用意いたしております』………超マジですか!?」


滝壷(バニーガール)「…………」ガラガラガラ


弟子一号「おお! 滝壺さんがエロティックなバニーさんの恰好でガラガラ引いて持ってきたのは!」

弟子一号「学園都市有数のお嬢様学校、常盤台中学の―――」ウルウル

滝壷「はい、きぬh……でしいちごう、それと、ななみさん………」スッ

弟子一号「超ありがとうございまーすっ!」

七実「ありがとうございます」




浜面「……ゥォォォォォオオオオ!!! 出せェエ!! ここからだせェェ!! 滝壺さんの、バニー姿を拝ませろォォオオオオオ!!」ガンガンガンガンッッ

とがめ「おい、後ろの牢屋がうるさいのだが」←プロデューサー

否定姫「猿が暴れているだけだから我慢我慢」←放送作家

雲川(……………一個1300円もするとは…くそ……食べたかった………)←スポンサー



七実「さて、食べながらでは行儀悪いけど、尺が無いから次の質問へ行きましょう」モキュモキュ

弟子一号「押忍、師匠」モグモグ

弟子一号「>>823さんより、
『fateを買っただと? 七花はセイバーかバーサーカーで召喚されそうなイメージ。四季崎はキャスターあたりかな。このss麦野のせいで聖杯戦争と似たような状況になってる』だ、そうです」

七実「………ふぇいと…って何かしら」

フレンダ「…………」カキカキカキ

フレンダ「…………」ササッ

七実「なるほど、そう言うお話なのね。確かに、私はどちらかと言えば、剣士に該当すると思うわ。でも、狂戦士にはならないと思う」

弟子一号「何故です? 刀語原作では、あんなに超狂っていたのに」

七実「え、なんて言ったのかしら?」ヒュッ

弟子一号「げはっ……」ベキッ

弟子一号「す、すいません……」ズキズキ

七実「私は、単に七花と虚刀流の為だけに生きて、殺されるために生きたのよ。狂ってはないし、そもそも殺されて満足して死んだつもりだから大丈夫よ」

弟子一号(あ、精神が超狂っている人って超自覚が無いのって本当なんだ…)

七実「もう一度、そんな事思ったら、今度こそ殺すわよ?」ニコッ

弟子一号「すいませんでした」

七実「じゃあ、この苺、貰っておくわね。あーん……」

弟子一号「あッ!?」

七実「ああ、美味しい」ウットリ

弟子一号「あー………」orz

弟子一号「ゆ、許すまじ! 超許すまじ!! 女の子の甘いものの恨みは七代先まで祟ると知らないんですか!?」

フレンダ『さっさと進めろ』ペラッ

七実「だ、そうよ弟子一号」

弟子一号「ぐ、ぐぅぅぅうう……」ワナワナ…

弟子一号「………では、ついでに聞きますけど、この世界でのキャラクターを聖杯戦争の七騎の英霊で例えたらどうなるんでしょうか」

七実「そうね、私の見稽古で見てみると……ちょっとえーでぃさん、書くものを頂戴な」

フレンダ「……………」ササッ… つスケッチブック つマッキー

七実「ありがとう……」サラサラ

七実「っと、こんな感じかしら」ドンッ



剣士:御坂美琴・鑢七実・奇策士とがめ・その他剣士多数

槍兵:該当なし

弓兵:ステイル=マグヌス(『炎刀 銃』所持時のみ)

騎士:浜面仕上(ドラゴンライダー所持時のみ)

暗殺者:真庭蝙蝠など、真庭忍軍十二棟梁

魔術師:否定姫・その他魔術師多数

狂戦士:一方通行・御坂美琴



七実「剣士と魔術師は多すぎて書けないわ。四季崎はどっちかと言うと運営(るーらー)ね」

七実「優勝者は私の圧勝でしょうね。もし私が出なかったら、一方通行さんが優勝だと思うわ。もちろん、魔力切れが無い限り」

弟子一号「師匠、なんでセイバークラスにあの、力が超ないとがめさんがいて、私が超尊敬してやまない虚刀流七代目当主鑢七花さんがいないんですか?」

七実「それは、七花は剣士だけど、それ以前に刀であるでしょう? その所有者であるのがとがめさん。だから、虚刀鑢と言う刀の使い手であるとがめさんに剣士くらすが当てはまると思うの」

弟子一号「なるほど。とがめさんと七花さんがワンセットって考えですね?」

弟子一号「では、セイバークラスに御坂美琴がいるのは、砂鉄の剣があるからわかるんですが、なんでバーサーカークラスにも御坂美琴がいるんですか?」

七実「それは、今後のお楽しみよ。はい、返すわえーでぃーさん」

フレンダ「……………」タタタッ…ササッ…タタタッ…

弟子一号「……………」

弟子一号「……………さらっとネタバレじゃないですか?」

フレンダ「…………」カキカキ

フレンダ「…………」ササッ

七実「まあ、実はここの作者、私が登場する聖杯戦争の安価SSを書こうとしていたそうよ」

弟子一号「スルーするなよ」ボソッ

七実「あ、手が滑ったわ」スパンッ

弟子一号「ぐへっ!?」バキンッ

弟子一号「……………続けてください」

七実「……よろしい」

七実「でも、ぷろっとを書いて、このSSが終わると、ここの続きと同時進行でそれも書こうとしたら、三か月程書いて溜めていたでーたが飛んで消えて無くなってしまったんだそうな」

弟子一号「うわ……」

七実「いい気味ね。浮気者は地獄に堕ちるべきなのよ。神が言っているわ。ここを完結した後でやりなさいって」

弟子一号「それ、一体何十年後なんですかね。元ネタが忘れ去られて、プロットが腐って死にますよ」




とがめ「………なぁ、ここで他作品の事を言っていいのか?」←プロデューサー

否定姫「いいんじゃない? 面白ければ」←放送作家

雲川「…………もう、帰っていいかしら」←スポンサー

浜面「出せェェええええええええええええええええええええええええ!!」

雲川「てか、まだあの不良男いたのか。うるさいんだけど」





七実「さて、次の質問に行きましょう」

弟子一号「押忍、師匠。>>824さんからの質問。『上条と七花の絡みまだー?』『ところで否定姫の魔術レベルってどの辺? バードウェイとかトールクラスは有る?』だ、そうです」

七実「上条さんと七花の絡みは、まだ先になりそうね。間接的な絡みはありそうだけども」

七実「けどがっかりしないでくださいね、あの腐れ外道(作者)がとってもとっても面白い絡みをしてくれる筈から」ニヤニヤ

弟子一号「……またそんな超ハードルを上げる様な事を言って……」

弟子一号「そしたらまた、作者がノロウィルスに掛かって超腹抱えて倒れる事になりますよ」

七実「私たちには関係のない事よ」

弟子一号「さいで」

弟子一号「では、その次の質問は………なんです? 魔術って」

七実「…………さぁ」



否定姫が主に得意にしている十万三千冊の魔導書に書かれている伝説・伝承・神話などに登場する、神・人物・現象・魔術・武器・霊装・宝具…などを召喚・再現する事。
また、それらにオリジナルの改造を加えて改良改悪をするなどの優れた技術と技量を持っています。

大体、一般魔術師の魔術は過去の伝承や伝説の再現…ぶっちゃけて言えばモノマネですが、本物のソレには大きく劣り、神の技ならば何百分の一に縮こまります。

一方、否定姫の場合はほぼ100%の状態で再現でき、神々の技でも本気を出せばほぼ100%で再現可能です。
しかし、それをすると世界が滅んだり大きな影響を与えるので、しようにもできないのです。
【例1:黙示録の封印された七つの喇叭】(鳴っただけで天界が地上を攻めてきて人類滅亡)
【例2:ミョルニル】(世界蛇ヨルムンガンド以外の生物を一撃で倒す=その気になれば地球上の生物全滅)

原作の魔神の在り方には意外でした。勝ちも負けも無限に50%とは思いませんでした。

否定姫はまぁ正式な魔神ではなく、その呪いは受けていない設定です。

それでも十万三千冊の魔導書を全て読み切り、使い切り、まったく新しい魔術を創り出すと言う魔神の定理には、当てはまっていると思います。

さて、否定姫がちゃんと策を凝らして常に万全の状態ならば、

アレイスター>>>ゴスロリ魔神>=オッレウス=否定姫>>右方のフィアンマ=トール(万能)>後方のアックア>=バードウェイ>>トール(通常)>>前方のヴェント>>>>>>>常識では通用しない壁>>>>>>>>>ステイル

こんな感じです………かね。

禁書に登場するチート級魔術師たちの全力の力はまだ出てきていないので、まだわからないです。

ともかく、オッレウスと同格。作中最強クラスだと思ってくれればOKです。



弟子一号「それにしても、Fateって超面白いですよね」ピコピコ
弟子一号「セイバーも凛も桜も超可愛いし、大河もイリアも超愛らしいし、BGMも超カッコイイし。特に、ご飯作っている桜なんて、見ただけで超昇天しそうですよ。ほら、Zeroから見るとより一層」

弟子一号「しかし、なんでこんな超神ゲーが超マイナーなんでしょうか。いえ、一部の人達では超有名ですが」

七実「ほらほら、げーむは一日一時間よ」

弟子一号「はーい。………でも、今時のゲームってフツー一時間だけで終われますかね」

弟子一号「Fateみたいな物語があるヤツとか、ゼルダとかFFとかRPG系のヤツとかって二時間も三時間もやってても超足りないですよ」

七実「そう言って人生と言うげーむを壊してきた人がいるから、日本の一般家庭のお母さんはそう言うのではないのかしら……」

弟子一号「………タイムスリップして現代にやって来た人とは思えないほどの超正論ですね……」

七実「……って、滝壺さんが」

弟子一号「……あ、そっすか」

七実「そもそも、この物語だって、このおまけだって、作者の人生を無駄にして、徹夜で書いている物よ。きっとこの世界で一番人生を壊しているのは作者よ」

弟子一号「まぁまぁ、それは本人が好きでやっている事ですから…。てか、そんなメタなコト言うと、また読者が逃げますよ?」

七実「いいじゃない。ここは本編じゃなくておまけなんだから。ここで作者の性癖を叫んでも誰も拒まないわ」

弟子一号「いやいや、それは作者の人権が危ぶまれます。それこそ読者が逃げますよ」

七実「>>285>>463辺りでネット世界の中心で叫んでたけどね。おかげで作者の少ない友人様方々に紹介できないじゃない。深夜のてんしょんって怖いわね」

弟子一号「それはそうとして、このオマケっていつまで続くんですか? てか、なんであの名物コーナーのパクリなんですか」

七実「それって、ここの本編が某記憶喪失二号さんの所為で、似てるんですもの」フフフッ

弟子一号「だからっていちいち超貴重な枠でそんなことするなよ! って思いません? つーか中盤削った所を使ってこれかよ、作者が超徹夜して造ったネタを返せ!」

七実「そんなめたな事を言うとまた読者さんが逃げますよ。まったく、一番最初の前々回を見返してくださいな。あんなに人がいたのに、今ではこの有様……」ハァ

弟子一号「おい、有り難くいらっしゃってくれている超神様な読者様方々に向かって失礼でしょうが。つーかさっき師匠が言った事じゃないですか」

七実「あら、これは申し訳ございませんでした」ペコリ

弟子一号「で、ここはただの質問の超回答コーナーなんですか?」

七実「ここでは読者の方々からご質問は勿論、作者のどうでもいい作成秘話とぼつねたで遊んだり、作中に出て来た方々をお招きして、色々と“遊ぶ”こーなーです………ふふふふふ」ニヤリ

弟子一号「うっわ、嫌な顔……」ヒクッ

弟子一号「時に、七実さん」

七実「なんでしょう絹旗さん」

弟子一号「開始数レス経って今更感満載なんですが、ずっと超気になってました」

弟子一号「なんですかその格好。剣道着なんて来て。しかも竹刀とか持って。あなた剣士ですけど無刀ですよね?」

七実「これはあれですよ。世間一般で『こすぷれ』という、最近の流行りだそうです。似合ってます? とっても一部男性から喜ばれそうな格好をしている弟子一号さん?」

弟子一号「ブルマは超黙ってください。もう我慢しますので。そして全く似合ってないですよ、師匠」

弟子一号「で、なんでブルマなんですか。まさか、本当にこのコーナーのためのネタじゃないですよね」

七実「それは、今回の闇大覇星祭編で、あなた出場する際に着る予定であった衣装だそうです。尺が足りなそうだったので、中止になりました」

弟子一号「…………………………」サーッ
弟子一号「これ、着る筈だったんですか? この超恥ずかしい恰好を? 私が?」

七実「ええ、そうよ。白い体操着に黒いぶるまに、真っ赤な鉢巻き……。『運動会』らしい服装だわ。ある意味、正装ね。」

弟子一号「キャアアア!! 良かった! 尺の心配して超詰めたかいがありました!!」
弟子一号「あの、銃を持ったおっさんしかいない空間を、ロリブルマで走り回る予定だったのですか。超よかったです。あの糞作者、誤字脱字のオンパレードの遅筆な上に変なネタ超ぶっ込みやがって…」

弟子一号「面白いと思っているのはお前だけなんですよォ!!」
弟子一号「てか、私が誰もいない体育倉庫で◯◯◯されたらどォするんですか!!」

七実「あ、それはないと思うわ。体系的に」キッパリ

弟子一号「………………………………………」


この世にはロリコンと言う人種もいるのだぞ、言いそうだったが、言えば虚しくなって泣きそうになるのが頭によぎり、涙と一緒に飲み込んだ弟子一号だった。

七実「ああ、話が変わるんだけど。絹旗さん、一日目の昼、あなた七花と街に買い物に行っていた、と記憶しているんだけど。あってるわよね?」

弟子一号「ええ、あの時は私やとがめさんと、七花さんの服を数着買いました。あと、その他いろいろ。それがどうしたんですか?」

七実「その時の様子も、実は入れるつもりだったの。もちろん、どんなものだったかは知っているわ……」ズ…

弟子一号「ッ! そ、それは……」アセッ

七実「あなたと七花のいちゃいちゃでーとって感じの………」ズゴゴゴゴゴ…

弟子一号「……へ?」

七実「自覚なし? いいえ、誤魔化しているだけですよね」←愛する弟が心配で心配で、24時間体制で監視(すとーきんぐ)していた人

弟子一号「ヒィ!」

七実「……これは、制裁してくださいって言っていると当然よね?」

弟子一号「………ちょっと、なんでそんな超怖い顔で……ぎ、ぎゃぁぁ―――」


――――しばらくおまちください―――――


※七花の現代風服装としては、KINGサイズのジーパンをカットしたズボンに、タンクトップを予定してました。

また、中の人つながりで、工事現場のオッチャン風だったり、ゆるゆるのサンダルとジャージも考えてました。そう、カレーうどんを啜るあの一旦木綿。

ジャージとか、七花動きやすそうで好きそう…。


あと、絹旗のブルマ姿の画像がマジで見たいッス。探せど探せど見つからないのはなぜ!?


――――お待たせいたしました―――――


弟子一号「………じ、じぢょう゛……そろそろ時間的にアレなんで、次の質問に行きましょう…」ボロ…

七実「わかったわ。では、読みなさい弟子一号」

弟子一号「押忍……師匠」ボロボロ…

弟子一号「>>825さんより。
『…しかして教えろください16でこのスレを紹介した時に 「2スレ目はおすすめできない、ストーリーに関わってさえいない鬱系R18」って書いたの気にしてます?
蝙蝠さんの武器調達もがんばる吹寄もストーリー上必要だったとは思えなくて(痛快でしたけど、また似たようなのがあるならぜひ見たいですけど)、
笹斑瑛理の仕事や刀の所在のためにR18含む鬱要素をわざわざ書いたとは思えなくてですね
何か伏線があったのならその回収を楽しみに待ってます
趣味でやっていたのなら今度からでいいですからスレタイか1スレ目あたりに閲覧注意とか書いといていただきたい』だ、そうです」

七実「……………」

七実「ちょっと、留守にするわ」スタスタスタ

弟子一号「………どこ行くんですか?」ガシッ

七実「ちょっと作者懲らしめに。だからその肩を掴む手を離しなさい」

弟子一号「ちょいと待てェ!! それ以上作者イジメたら超死んじゃいます!!」

七実「乙女を泣かせる人間は、例え創造主でも死ぬべきよ。いえ、死になさい」

弟子一号「いやいやいやいや、作者は気にしてませんから大丈夫ですよ>>825さん!」

弟子一号「ほら、作者も超反省してますから!! あれはただの超気の迷いだったんです!! 某インフ○ニット・スト○トス同人誌を読んで、超カッとなって書いただけじゃないですか!!」

七実「気にしてないのか、反省しているのか、どっちなの」

七実「それより、たった一冊の同人誌で自分が書いているえすえすの内容を書き換える作者も作者よ。人間としての度がしてているわ」

弟子一号「まぁまぁ」


>>825
申し訳ございませんでした。以後気を付けます。
基本、グロ描写は本作にもある通り、戦闘中だったり幻術中だったりあります。性描写は、これから後は2スレ目ほどは無いと思いますし、胸糞展開はあれほどないと思います。
3スレ目からは頭に『R-18&グロ描写注意』ないしは『閲覧注意』とつけておきます。
あと酉も付けます。

七実「さて、次の質問よ弟子一号」

弟子一号「押忍、師匠」

弟子一号「>>827さんより。『まあぶっちゃけオリジナル7割だったが。九重さんあたりが悪刀だの毒刀だの手に入れたら、ドス黒い復讐心の塊となって第2のリーダーみたいになりそうだよね』だ、そうです」

七実 「………ありえるわね」

七実「あの作者の事だから、とんでもない強敵となって七花の前に立ちふさがる事でしょうね」

弟子一号「ほう! それは超面白そうな展開じゃないですか!! きっと、悪刀七実で超進化して、超強い能力を手に入れた九重絵彌が七花さんや私と戦うんですね?」

弟子一号「それは超面白くなってきそうですね!」ワクワク

七実「…………ところで、九重さんって誰でしたっけ?」キョトン…

弟子一号「…………………」


七実「さて、次の質問よ。弟子一号」

弟子一号「押忍、師匠。これで最後でございます!」

七実「張り切って行くわよ」

弟子一号「オッス師匠!」

弟子一号「>>819さんより。『錆白兵とか真庭鳳凰とか刀語のトップランカーは何時出るんだ!?』ワクワク。『そう言えば吹寄が大活躍するSSてここくらいしかないな。真☆吹寄無双』」

七実「もうすぐよ」

弟子一号「…………」

七実「……………」

弟子一号「……………師匠?」

七実「もうすぐよ」

弟子一号「それだけですか!?」

七実「それだけよ」




弟子一号「さて、もう質問は超大体終わりました師匠」

七実「ええ、さて、これからは何をすればいいのかしら?」

弟子一号「………さぁ」


フレンダ「……………」ペラッ…サラサラ…

フレンダ『適当に、尺が埋まるまでそこに作者の最近の事でも駄弁って』ササッ


弟子一号「って、命令です」

七実「……なんと無理難題を。まったくの無計画じゃないですか。それでも番組を作る人間ですか」

弟子一号「まるでC級映画の超グダグダ感ですね。深夜番組よりもスタッフのモチベーション、超低いんじゃないですか?」

弟子一号「もう次の次回予告でもすればいいじゃないですか」


フレンダ「……………」ペラッ…サラサラ…

フレンダ『じゃあ、前回の偽次回予告の解説でも』ササッ


七実「ああ、あれは誰も反応しなかったわね」

弟子一号「ええ、渾身のネタが滑った作者の超残念な顔が今でも覚えてます。前々回の超予告は結構好評だったんですけどね」


※元ネタは私が大好き平野耕太先生原作『HELLSING』のある一場面です。http://www.youtube.com/watch?v=ZkUUUbOVbYg

ドリフターズも超絶面白いなのでぜひ買ってくださいませ。

弟子一号「作者的には超面白かったアニメだったそうですが……まぁ、ネタですし、もう終わった話ですから」

七実「そう言えば、前回前々回と『偽次回予告』って名乗っているけど、あれらってなんやかんやで本編の内容と若干噛んでるわよね」

弟子一号「あー。裏大覇星祭のテーマが『戦争』でしたね。ドイツ語では『Krieg
(クリーク)』ですし、内容はあってます」

弟子一号「アハトアハトが出て来たり、ナチスが出て来たり、確かに噛んでましたね。薄皮一枚程度ですけど。改造人間ってのも、学園都市の生徒は殆ど改造人間みたいなものですしね」

弟子一号「前々回も、兄弟姉妹の話でしたし。もしかして、作者、これを超狙ってたのでしょうか」

七実「それだと、本当に陳腐な伏線ね」ハンッ


七実「それはそうと、今回はどうだったかしら。このお話は」

弟子一号「ええ、読者方々から沢山のコメントと好評を頂いて、超満足してます」

七実「それは結構ね」

七実「次も頑張ってほしいわ。あの腐れ作者には」

七実「さて、次回予告よ」

弟子一号「押忍! 師匠!!」ガッ

弟子一号「では、皆様ここで一旦お別れです。また次スレでちょぼちょぼと、こんな感じでこのコーナーやるかもしれないので、機会があったらよろしくお願いします」

七実「滑ったらやらないけどね」

弟子一号「…………それを言わないでください」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次回予告


赤い。

赤い点が、二つ。

真夜中の暗闇に紛れて、二つの赤いルビーの宝石が二つの眼があった。


「………いやぁ、まったく。やっとここまでたどり着けた。苦労したよ」


独り言だった。

彼は…いや、彼女かもしれない。それほどまで、それの声は中性的だった。その中性的な声を持つ彼、ないし彼女は、自嘲気味につぶやく。


「まったく、アレイスターも困ったものだよ。僕の存在を知ってから、ずっと僕を警戒し続けてきたんだから」


やれやれ、と、困ったように呟く声は、怒りも笑いも無かった。


「約100年前に僕の存在を知るや否や、僕の邪魔ばかり。そのせいで、ここ100年でエネルギー回収が殆ど滞ってしまった。―――でも、これで一安心だ」


『一安心』

それは、自分の生業とする行為を出来るからか。それとも、それに生き甲斐を感じているのか。否、それが彼らの存在意義であり、使命であり、彼らそのものであるからだ。


「アレイスターが、あの街を造ってくれたからね。あれからもう50年以上たった。収穫の時期だ」


彼、ないし彼女がいるのは、とある小高い山の上だった。そこから明るく光る、高い壁に囲まれた街を見据える。


「あの街には、人の願望と希望と絶望に溢れている」


彼は、ないし彼女は感想を述べる。

その数は、天に煌めく無数の星々と同じくらいに輝く街の灯りと数と同じ数だと。


「―――――ある少女は、自分を救ってくれた少年の為に、何かをしたいと願っている。
―――――ある少女は、自分を助けてくれた少年に正体不明の心を抱いていて、それにモヤモヤしている。
―――――ある少女は、自分が支えるべき少年の為に、その命を投げ出す覚悟を決めている。
―――――ある少女は、自分の身近にいる少年の苦悩を、どうにかして取り除きたいと思っている。
彼女らは皆、強力なチカラを持つ少女たちだ。僕と契約してくれるかはわからないけど、きっと二つ三つ会えば何とかできる筈だ。
そして、―――――ある少女は、自分には全くないチカラに苛立ちを募らせている。
この少女は、二つ返事ですんなりできる筈だ。この子の才能は高い。しかも誰よりも願いが強い分、いい収穫になるだろうね」


と、独り言を言う彼、また彼女は、こうも呟いた。


「願望、希望、切望……それらはブッタと言う青年が唱えた煩悩と言う、悪徳そのものだそうだけど、それを持ってこその人間だ。そして、世間風俗の品格は低迷し、その煩悩を色濃くなっている、この現代。望みと願いの大きさは、昔からすると、その体型と同じようにブクブクと太ってきている。
そして、あの学園都市はそんな少女たちが何十万人といる。それも、人の身に余る能力を手に入れたいと言う、並外れた奇跡ばかり。
他の都市とは比較にならない程にボリュームを感じるね。むしろ楽園だ。きっと人間は、油田を見つけたらこんな感覚をするんだろうね」


楽しそうに尻尾を揺らす。

が、彼、ないしは彼女の表情にはまったくの変動が無かった。目が笑っていなかった。口も、まったく微動だにしない。もっともそれには感情と言うものが欠落しているのだろうか。

否、彼には、彼女には、感情と言うものは……個性と言うものは遺伝子の悪戯で全の中の一の異常。先天性異常者が持つ『疾患』である。

彼、又は彼女には、感情から生まれる個性と言うものが途轍もなく気味の悪い『病気』にしか見えなかった。

恐らくこの世界で最も集団行動を善とする種族なのだろう。だが、それは度を行き過ぎていて、気味が悪い。

逆に、『ヒト』と言う種族の個々に独立した個性がある事が、気持ち悪いのだ。

だから、彼は、彼女は人の心がわからない。その逆も然りだ。個性があるヒトである限り、この異生物のココロがわからない。

だからこそ、彼は自らの使命を全うできるのだ。


人間が人の心を持たず、人の言葉を解さない家畜を平然と殺して喰う様に。彼ら彼女らは平気で、『ヒト』と言う生物を家畜の様に食いつぶせるのだ。

―――もっとも、彼ら、ないしは、彼女らはヒトを高度な知性を持つ生命体として迎え入れようと譲歩しているのだが。


「この学園都市という場所は最高だ!」


―――希望と絶望の狭間に少年少女たちを閉じ込める高い壁に囲まれた明るい街は……、

―――とある最強の魔法使いのおもちゃ箱は……、

―――とある宇宙を守る未知なる使者の家畜を放牧する牧場は……、

―――目下に輝く学園都市は、まさに格好のエネルギー源だった。


「アレイスターはなんていい街を作ってくれたのだろう! もしかして、僕たちの為にここを作ってくれたのかな!!」


ならば彼は人類がとるべきの最善の手を打ったに違いない。

なぜならば、世界中の少女たちをランダムに選ばせるより、ある一ヵ所だけに絞って集中的に選ばせる方が、効率が高くなるのだからだ。

彼は今から、あの街に住む少女たちを食いつぶそうとしている。

漁業で例えるなら、船で遥々遠出をして釣れるか釣れないかの漁をするよりも、近場の海で生簀の中で稚魚の頃から大きくなるまで育てて釣った方が生産性が大きいのと同じだ。

彼らも、彼女らも、それと同じことをしようとしている。

人の心を持たぬからこそ出来る所業…鬼畜と呼ばれる怒りを禁じえない行為を、しようとしている。

そして、なぜ、そんな事が出来るのかと、とある少女は問われた事がある。人の所業ではない、と。


「………………………これも、宇宙の為なんだけどね……」


そう独り言を述べるが―――そもそも、彼らは、彼女らは人間ではない。

人とは、猿から進化し、二本の足で立ち、二本の腕でモノを操り、脊椎と背骨と肋骨と大きな脳を持つ、首にある咽喉で様々な音を発する、肌が黄色と白色と黒色に分けられる生物だ。

だが、この生物は違う。

これらは四本足だった。猫に近い体躯をしている。耳も猫に近い。その下には腕の様な触角が垂れている。触角には腕輪の様な飾りが宙に浮いていて、目は血の色をしている。そして、毛の色は白。


「230万人の少年少女たちが、願望と欲望と希望と絶望と言う、混沌の渦に巻き込まれながら生きている。約半分は少女の筈だ。彼女らは大きな奇蹟と希望を望んでいる。なら、その少女たちは僕と契約を結んでくれるはずだ」


そもそも、彼らは、彼女らはこの星の人間ではない。地球外生命体である。この奇異な生物の事をある人は宇宙人と言うのだが、まったくのその通りである。

だが、それらは地球の歴史と共にあり、何千年も前から人類の進化を支え、そして人間を…幼気な少女たち食いつぶしてきた。


赤い。

赤い目が、目下の白い街を見る。睨むのではなく、ただ見る。

その目は、二つ。

いや、四つ。

いや、八つ。

いや十四…二十八…三十六……と、倍々に増えて……――――とうとう、何千ともいう軍集団になっていた。

彼らは、ないしは彼女らは、一斉に呟き、動き出す。


「さぁ、彼女らはどんな願いをして、僕と契約をし……――――魔法少女になって絶望するのだろう?」


キュウべぇ―――インキュベーターと呼ばれる、生物たち。

彼らには性別と言うものが無い。必要が無いし、そもそも何千何万ものそれらは意識を共有し、全が一になっている。

そして、彼ら、彼女らの目的は一つ。

魔法少女と呼ばれる、願いを叶えさせた少女と契約し、魔女と呼ばれる絶望を振りまく存在と戦わせ、そして魔法少女自身を魔女にさせる事である。

魔法少女を魔女にさせるには、魔法少女を絶望させる事である――――。

今まで、何億人もの魔法少女に希望を与え、それと同じ、ないし、それ以上絶望を与えてきた。


「さぁ……待っていてね」


そんな白い悪魔たちは、一斉に散らばる。害虫の様に。

彼らの目的は二つ。

学園都市に、魔法少女を産み、魔女を巣食わせる為に――――。

そして、宇宙の平和と秩序を守る――――。


偽次回予告:終

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


次回予告



浜面仕上は、縛られていた。


「ここはどこだ……」


両手両足をロープで。しかも人ほどの大きさの丸太に括りつけられている。よほど頑丈に縛られているのか、どんなに力を入れても手首をきつく縛る縄は外れない。


「なんだって、こんな所に……」


確か、駒場と半蔵と一緒に夕メシを喰って、そのあと病院で出会った美少女…愛しのMy Angel滝壺理后を見かけ、声を掛けようとして…………駄目だ。そのあとは思い出せない。

頭を振る。そうすると、頭の中身が整理できるのではないかと思ったからだ。だが、自体は全く別の方向へと―――混沌へと進む。


「ここで問題です。学園都市の双子丘の桜の木にまつわる伝説とは一体なんでしょう?」


と、斜め右横から声が聞こえて来たと思うと、首あたりで斬り揃えた白髪の女がテンション高めにそう訊いてきた。まるで、クイズ番組の司会の様に。そして自分が回答者の様に。


「へ?」


意味も分からず…と言う顔をしてみるが、白髪の女はそのまま問題を言い続けた。


「一番、この木の下で告白すると幸せになれる。二番、魔法で永遠に枯れない。三番、この気の傍で郭ちゃんと踊るとなんか楽しい」

「えっと、答えは……」


ズイッとマイクを向けられたものだから、つい答えようとする。だが、


「ぶっぶ~時間切れ~。尚、罰ゲームは麦野のびんた三十連発です」


恐ろしい事を言い出す司会者。つーか麦野って誰?

そう思うと、その麦野と言う人物だろうか、影が目の前に現れた。バキボキ…ッと指を鳴らしながら、鬼の顔で自分と同年齢だろう女子が。


「………………」


絶句。

女は男よりも力が弱いとはよく言うが、あれはウソだ。女でも強い奴は強い。

その代表にして別格がアレだ。オーラが違う。何より、その右手で今持ったリンゴが、紙コップの様にぐしゃぐしゃに握りつぶされた。

そんな人間ゴリラの握力でビンタなど喰らったら……。


―――――首が持ってかれる…。



「え~…ちょっとっ……」


浜面は涙目になって司会者の笑顔を見る。だが、彼女はそれを軽く無視し、


「次回Mysel◯;Yourself『桜のために』」


え、なんで次回予告入ってんのの? 頭おかしいの?

そう言って聞かせたいが、なぜか口が動かず、声も出ない。どういうことだ。まるでその台詞は言わせてもらえないかのようだ。

そして浜面に死刑が執行される。


「は~い、それでは罰げーむすたーとぉ~」


それが合図だった。

麦野と呼ばれた少女は大きく右腕を振りかぶって浜面の左頬をフルスイングで叩く。


「ふんっ!」

「がぁっ―――あぁっ!?」


その反動をつけ、今度は反対側から右頬へ、


「ふんっ!」

「がぁあっ―――ああああっっ!!」


それを繰り返し繰り返し、ビンタが両頬に襲い掛かる。それを、受け止めるしか浜面は出来なかった……。





「―――――――――ハッ!」




浜面仕上は目を覚ます。

午前五時三十分―――いつもより五時間の早起きだった。

まだ秋だと言うのに、冬のように体が冷たい。凍えるまでに寒い。原因は汗だった。体中から汗が溢れでていて、安い布団とスウェットを濡らし、茶髪を顔に張り付かせていた。


「………ゆめ?」


彼は、悪夢を見ていた。


「……だめだ、思い出せない」


途轍もなく不吉な夢だった事は覚えている。だが、その内容が思い出せない。


「ああ、くそ……何だってんだ。ったく、今日は大事な日だってのに」


浜面は枕元を見る。そこには一つの箱があった。可愛らしい包装をした、明らかに女の子にプレゼントをする為に用意したとしか見れない、そんな箱。


「チクショウ、中途半端な時間に目覚めちまった。二度寝したくても、夢の所為で寝付けやしねえ……。しょうがない、シャワーでも浴びてくっか」


浜面が住む部屋は格安アパートであり、四畳一間のキッチンとユニットバス付で家賃は3万弱。今にも崩れ落ちそうな外見だが、意外と居心地がいい。

そして、その部屋の壁に掛けられたカレンダーには、九月二十三日…今日の日付を三重丸で囲んで、こう書かれていた。



『滝壺さんに告白する日!』



――――と。

しかしこの日は彼にとって厄日であった。

一生この日を恨むかもしれない。だが、彼の運命が変わったのはこの日であったし、この日が無ければ彼は後に死ぬ事になるのだ。


何故なら――――



次回予告
浜面仕上「今日、俺は滝壺さんに告白する!!」奇策士とがめ「脈なしだと思うからやめとけ」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ある、夜の事である。

一人の少女が公園を歩いていた。余熱が冷めきらぬ大覇星祭四日目の夜。街中がお祭り騒ぎで大通りはまだ明るい。だが、ここは、月明りが雲で隠れている所為もあって、周囲は真っ暗だ。

ここは、夜になると誰も近づかない。何故なら、ここはある噂が有るからだ。


『とある公園には、虚数学区の入り口がある。夜にその扉は開き、誤って入り込んだら最後。二度と出れない』


その舞台となっているのが、彼女が歩いている公園。

噂は周囲の学校の生徒にしか伝わっていない、学園都市の数ある都市伝説の中ではマイナーな方だが(そもそも各学区でも同じようなモノが幾らでもある為)、それでも効果は絶大だった。

だから夜に、ここは誰も通らないし入らない。近寄りもしない。例え昼間はイチャイチャデートのカップルがいようが、キャッチボールをする子供がいようが、アイスを売るオッチャンが車を引っ張っていようが、夕暮れ時になると人々は去っていき、夜になると誰もいなくなる。

故に、夜は真っ暗なのだ。

街灯はあるがそれらの光は微小で、3mも離れると足元が見えなくなる。

では、なぜ少女は明るい街を歩かず、この暗くて怖い噂があるこの公園をわざわざ歩いているのか……。

それは―――


「不味い。不味い不味い不味い。不味いわね。門限に遅れてしまう」


―――学生寮の門限があと五分ちょっとまで迫っているからだ。

只今の時刻は午後8時25分。

常盤台中学の学生寮の寮長は鬼のように怖いと友達から聞いたが、ウチの寮長は悪魔の様な人だ。

規則を破れば、その日の夕飯は抜き。しかも反省文を原稿用紙10枚も書かせる、鬼畜の極み。

つい破ってしまった人間は口を揃えて、


『これが人間のやる事かよぉぉぉおお!!』


と叫ぶ。

そう言えば三週間前に男と逢引をしていた者が、そのことが寮長にバレて、寮長室でカンズメされたらしい。そしてなんと長編恋愛小説を書かされたとか。因みに内容は失恋物。主人公の女は恋人に別れを切り出すそうだ。

幾ら三十路を過ぎて結婚していないわ、婚約者どころか彼氏もいないとしても、生徒に八つ当りは無いだろうと思う。

ともかく、彼女の寮には悪魔が住んでいる。

無論、少女もそんな悪魔の鎌に斬られたくない。急いで走り、全速力で寮へと駆ける。

―――この公園は寮までの近道なのだ。

虚数学区の噂よりも、あの寮長の罰の方が怖い。故に少女は走る。走る。汗をダラダラ掻きながら走る。激しく息を切らし、熱くなった肺と心臓の悲鳴に耐えながら。


「所詮、噂は噂よ。虚数学区の扉なんてある訳がない…」


そう強がっているが、彼女は『大能力者(レベル4)』。そんじょそこらの男連中より、何十倍も強い。虚数学区だろうが変質者だろうが、指先一つで叩き潰せる。

彼女の名は、釧路帷子(くしろかたびら)。

『量子変速(シンクロトロン)』と呼ばれる、簡単に言うとアルミを爆弾に変える能力を所持する能力者である。

目つき以外は、自分は美人だと思うが、やっぱり目つきが悪いせいで色々と大幅に損している……と思っている。

能力を駆使する以前に、その目つきで不良共が幽霊と間違えて逃げ散る始末である。………思っていると言ったが、やっぱり事実である。大幅に損しまくっている。

ああ、いや、そんな事を考えているよりも、今は両脚を前に出し続ける事だけを考えろ。

門限まであと3分。

寮まであと500m。

ギリギリだ。いっそ、アルミ缶を爆弾にして爆風で飛んでいきたいほど、ギリギリだ。

「本当に爆風で飛んでいこうかしら………いえいえ、そうすれば怪我どころじゃ済まないわ」


そうなれば、寮長の48の必殺技コンボを回避したとて意味が無い。

だから走る。走る。走る。走る。

ここは誰もいない。誰もいない公園。暗い、魔女の家の様な不気味さを醸し出すこの空間には、一人の少女が走っていた。

一人で、走っていた。少女が、一人で、たった一人で、急ぎ足をさらに急かしながら、ひたすらに。

暗い暗い闇の中、魔女の家の様な不気味さを醸し出している空間で―――――



一人で、走っている筈だった。



――――刹那、釧路の背後には青い影が現れた。

気配に気づき、後ろを振りけえると、そこには青い『幽霊』がいた。人魂の様な、ぼんやりと青い“何か”が視界の隅を掠める。


「―――――……………ッ!」


びくっ! と肩が震えた。足が自然と立ち止まる。あと2分35秒、あと435mだと言うのに、釧路は足を止めた。止めざる負えなかった。

嫌な予感が頭を横切る。その嫌な予感が、この公園の噂よりも、寮長の恐怖よりも大きかったからだ。これが一番危険なのだと。


「…………だれ?」


闇に問う。

だが、闇は無機質に何も答えない。気配が消えていた。


「……………き、気のせいよね」


そう結論付ける。恐怖故の幻だと。息を大きく吐き、また走り出そうとして足を前に出した。

だがその時、釧路の肩を掴む手が虚空の闇より現れる―――――。


「あ、きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――ッッッ!!!」


その夜、誰もいない筈の公園から金切り声が聞こえた。






「あーあー……、まったく、随分抵抗してくれたわね」


ここは誰もいない筈の公園―――で、ある筈だったが、一人の少女がボロボロの体で立ち上がった。彼女の名前は釧路帷子。


「本当、この作業に飽きて来たわよ。飽きたし、疲れるし、死に掛けるし。暗いからって公園で仕掛けたのが間違いだったわ。空き缶が無数にあるんだもの」


だが、本来の彼女の口調とは全く違うそれだった。ぶっきらぼうで男勝りな……とにかく、彼女はそんな口調で言葉を発しない。


「どうだ? その体は」


と、そこに一人の黒い影が音も無く現れた。


「蝙蝠ちゃん……」


黒い影の名前は真庭蝙蝠。とある忍者集団…真庭忍軍の十二棟梁の一角を担う、正真正銘の超一流忍者である。もっとも、その称号はこの世界のものではないのだが。


「なかなか動きづらいわ、この体。全く、チョウノウリョクシャってのは頭ばっかり良くて体の方は全く鍛えていないじゃない。見なさいよ、この腕。枝みたいに細い」

「頭ばっか鍛えているからこそ、チョウノウリョクっつー摩訶不思議な力が馬鹿みてぇに強ぇんだろ? いいじゃねえか、今から鍛えれば。きゃはきゃはきゃは」

「そうする」


釧路は後頭部を掻く。目つきが悪い癖に、髪は綺麗だった。髪だけは手入れを欠かさなかったのだろう。


「しっかし、ほんと暴れたな。お前ら」

「場所が悪かったわ。ここじゃあ空き缶なんて腐る程あるし。おかげで私が元いた体、足吹っ飛んじゃったし。強い能力者を片っ端から、ってのは考え物ね」


肩をしかめる釧路。まるで自分の能力をはじめて知ったかのよう……いや、まるで先程の幽霊が彼女の体を乗っ取って喋っているかのようだ。
―――実際、全くその通りである。


「そりゃ仕方ねぇよ。なあ―――――――――――真庭狂犬さんよ」


―――そもそも、彼女は釧路帷子ではない。

なぜなら、彼女は男勝りなぶっきら口調ではない。

なぜなら、彼女はここまで男と軽々しく話はしない。

なぜなら、彼女はここまで凶悪な表情はしない。


なぜなら、―――――彼女は全身に青い刺青をしない。


もうわかっているだろう。

彼女は釧路帷子に勝利し、無理やりその体を奪い取った真庭狂犬である。


「それもそうね、前の私を超えてくれなくちゃ、意味が無いもの」


真庭狂犬と真庭蝙蝠の周囲30mは―――爆心地になっていた。

厳密にいえば、無数の爆心地が30m範囲で密集していた。もともとの公園は見る影も無く、破壊と爆発の痕跡だけがそこに刻まれていた。

金属製のベンチはへし曲り、滑り台は逆さになって黒焦げ、ピンク色の豚の姿をしていた遊具は焼き豚になっていた。

ここで、戦闘が起こったのだ。真庭狂犬と釧路帷子の、壮絶な戦いが。喰うか喰われるかの闘争が。

勝者は狂犬。敗者は釧路。

結果として、狂犬の体は使い物にならなくなり、敗者である釧路の体を狂犬は自らの秘術、『真庭忍法狂犬発動』を用いて奪い、自らの物としたのだ。

勿論、自分の今までの記憶をそのままに、彼女の今まで生きた記憶を共有して。


「で、それで今夜で何人目だ?」


そして、その行為は今回だけ、という事ではない。

狂犬は、今夜で、釧路で、この世界の人間の体を乗っ取るのは初めてではなかった。

何せ、この世界にいる狂犬は二千体。全て全員の意思と記憶を共有し、疎通ができる。忍びとして、暗殺者として、最高の能力だ。

狂犬はつまらない様に、


「丁度500人よ」


蝙蝠は口笛を吹く。


「いいね、最高だぜ。きゃはきゃは。たった一週間でそれだけ集まれば十分だ。てか、予想よりも多いし早い。流石だぜ。きゃは」

「舐めないで。あれでも歴戦の勇士たちよ。大能力者相手には結構苦戦したのは幾つかあったけど、そんじょそこらの子供に敗ける訳がないじゃない」

「そう言うなよ。で、失敗したのは?」

「三人。みんな空間移動の大能力者。流石に、気付いたら消えている奴らは駄目だったね。すぐさま撤退したわよ」

「そうか。それはしょうがない。俺たちが一番欲しかった力なんだがなぁ……」


蝙蝠は残念そうだったが、諦めたのかけろりとして、


「でも、まぁいいか。それでも手駒はそろったんだろ?」


と、言った。これが彼の持ち味で、いちいち失ったモノ、得れなかったモノに頓着しない。

狂犬は頷く。


「ええ、超能力者(レベル5)までは行かなかったけど、大能力者(れべる4)が五十人、強能力者(れべる3)が三百人、その他、希少能力者百五十人……軍団とするなら十分ね」

「きゃはきゃは。意思疎通が出来る上に百戦錬磨の老兵による、超能力を扱う餓鬼どもの軍隊か」


しかも一騎当千の古強者たちだ。そんじょそこらの軍隊とは比べ物にならない。


「まさに最強じゃねぇか。それらが隊伍を組めば、この街落とせるんじゃねぇか? きゃはきゃはきゃは」


愉快そうに笑う蝙蝠。冗談に聞こえるが、それは現実で実際にやろうかと、暗に提案してた。

だが、狂犬はそれを拒否する。


「無理だね。乗っ取った大能力者の記憶によると、超能力者(れべる5)ってのは予想以上の化物だよ。大能力者なんて蠅当然だ。私らが束になって掛かっても、到底敵わない」

「それ程か。この街の“最強”ってのは」

「ええ。むしろ、一方通行っていうこの街一番の化物は、文字通り指先一つ触れられないどころか触れたら最後。体が爆発して果てるらしい。
他にも、二番目に強い未現物質は気付いたらいつの間にかこっちが死んでいる死神の様な色男。
三番目に強い超電磁砲って奴は自分から雷を起こず暴れん坊。
四番目に強い原子崩しは体から殺人光線をぶっ放して人を嬲り殺すのが大好きな精神異常者。
五番目の心理掌握は人の心を弄ぶ性悪女。
七番目は拳ひとつで人間百人を吹き飛ばす嵐のような男……だ、そうな。
みんなみんな、やばい実験とか裏仕事とか危ない噂で真っ黒だよ」

「六番目は?」

「誰も知らない。いや、存在自体は判明していて、名前も素性もわかっているんだけど、誰も知らない。雲みたいな男だよ。見えているんだけど、つかめないし捕えられない。―――どのみち、この七人はやばい。関わらない方が身のためだね。こいつらに敵うと言うなら、真庭鳳凰くらいなもんさ。ああ、あと左右田右衛門左衛門と鑢七花」

蝙蝠は楽しそうに笑う。『鑢七花』と言う名前に反応したのか。


「きゃはきゃは」


狂犬は悔しそうな顔をした。


「楽しそうね。奇策士ちゃんに敗け、絹旗ちゃんに敗け、おまけに全財産を失ったせいで、一文無しでこんな怪物揃いの街に放り出されているのに」

「いや、それだからだっつーの。狂犬、危機を愉しもうじゃねぇか」


と、蝙蝠の弁。


「そうしねぇと勿体ねぇじゃねぇか。危機は愉しむもんだぜ。そんな心を持ち合わせていないと、この商売やってられねぇよてぇの。
つーかよ、金はお前が乗っ取った奴らの財布から抜き取ればいい話じゃねぇか。一人一万だったら五百万だ。それだけで何もしなくても一年は持つ。定期的に集金すれば、残りの『お前』ら千五百人、余裕でまかなえる。あとはこの檻の中の鬼ごっこ、何日生き残れるかだ」

「……………もって一か月…。いえ、半月でしょうね。最悪、明後日でも誰かが消えるかもしれない」

「そんなにも早ぇのか?」

「ええ、戦闘で何人かに見られたし、風紀委員や警備員に捕まえられかけたから、もう……」


それは、急な坂に小石を転がすと止まらないのと同じだった。

一旦おおごとに成れば、その小石は延々と坂を転がり続ける。続けさせられる。何か高い壁にぶつかるか、池に落ちるまでは。

一波乱起こすという事は、そう言う事である。


「………もう、後戻りできねぇな」


笑いながらの蝙蝠。愉しそうな表情だが、ちょっと不安げな顔もある。狂犬はそれに頷く。


「ええ、きっと各地で起こっている戦闘は、警備員にも風紀委員にも伝わっているだろうから、何らかの調査はある筈。『青い刺青をした集団が子供たちを襲っている』ってね。すぐに狩りが始まるわ。この街の警護は優秀だし。なにより、暗部が……奇策士ちゃんたちが黙っている訳がない」

「どうするよ」

「どうするも何も、戦うしかない。逃げるにしても、ここは巨大な檻の中。鬼ごっこをするにしては、私たちの分が悪すぎる」

「やっぱり、無茶だった……なんて言わねえよな? きゃはきゃは」

「ま、冷静に見ればそうなるね。この時代に来た時、ほとんどの体が“腐っていた”。一騎当千の戦士たちだと言っても、あれじゃあ戦えるものも、戦えない。ほっといて死なせるには、戦力を削るには勿体ない。こうするしかなかったとしかないわよ」


言い訳の様だが、確かにそうしかできなかった。

これは賭けだった。何人かは……およそ五百人の狂犬は戦闘不能だった。奇策士とがめには二千人の忍者集団と言っていたが、実質は千五百人しか動けなかったのだ。

この一週間でその五百人が、新たに超能力を宿す体を手に入れたのである。

無論、とがめはそのことを知らない筈だ。あの敵と見た人間を倒す事しか考えない鬼畜は、恐らく学園都市の超能力を手に入れる為だけの犯行だと勘違いする筈だ。

しかし、蓋を開けてみれば学園都市よりも歴代の真庭狂犬の能力の方が強力なのが多かった。大能力者たちは、そうでもなかったが、数からするに、戦力は若干減った。


「……チッ」


それに、学園都市の生徒はまだ未発達の子供だ。体術・肉体は著しく劣る。超能力でそれは補えるものの、諜報が取り柄の川獺と違い戦闘専門の忍者である狂犬は、それが気に喰わなかった。


「なあ、思ったんだけどよ、なんでお前らの体は腐っていっちまうんだ?」


蝙蝠はそんな素朴な質問をする。それに反応した狂犬は黒い髪をなびかせて公園のベンチに腰掛けた。


「本来、一つの体に二つの魂があってはならないのよ。悪霊憑きや狐憑きとかでよく聞くけど、要するにそれは一つの体に二つの魂を持ってしまっている状態なの。それで、聞いたことが無いかしら。悪霊に取りつかれた人間は心身ともに衰弱していくって。私は刺青が本体の幽霊みたいなものだから、『忍法狂犬発動』は悪霊憑きに該当するの」

「なるほど。要するに、満水の一つの器に別の液体を一緒だけ入れたら、どっちも一緒だけ零れちまって、器が崩壊するってことか」


「違うわね。私の『狂犬発動』は全身の刺青を媒体にしている……と、言うよりはこれ自体が私の魂であり正体なの。これで全身の筋肉、神経から徐々に内部に侵入して、脳内…肉体の操作から記憶までを全て乗っ取って、操る。その時、人間の魂は二つはいらないから、もともといた魂を追い出して、体と言う器に私の魂を定着させるの」


その時の事を絵にしてみると、体を乗っ取った人間の魂は乗っ取られたからだと糸でくっ付いてついてくる様な感じだろう。時がたてばその糸が切れる。すると、その魂は二度と元の体には戻ってこない。


「結果として、その器には私の魂しか無くなる」

「それが、体が腐るのと何の関連性があるんだ?」

「その肉体と魂が、反り合わないからよ」

「反りが合わない?」

「そ。肉体と魂が拒絶反応を起こすと言った方がいいか…いや、私の魂と神経が、無理に筋肉と脳を支配した結果、肉体の維持が難しくなり、崩壊するって言った方がいいか。死人の体を操っていると言ったところかしら。だから人間が持つ体が自身の限界値以上の出力を制限する制御装置を外せる事も出来る」

「道理で俺が良く知っている狂犬は、誰も動きが見れない訳だ。――――そうだ。ふとした疑問だが、多重人格の奴はどうするんだ?」

「あれは、もともと一つだった魂……と言うか心が、何らかの原因で幾つかに分裂する現象よ。似ているようで、全然違う。多重人格でも魂は一つだから乗っ取れるわよ」


ともかく、と狂犬は要点を言った。


「私がたった十年おきで体を取り換えていたのは、そう言った事柄があって、段々体の力が弱まってゆくから、完全に動けなくなるのを防ぐためよ」

「なる程。―――良く分かったぜ。おめえがちょいちょいと体をやどかりみてぇに乗り換え続けるのは、老ける体が嫌だったって訳じゃねえんだな?」

「それも理由にあるけどね。女はいつだって若さが欲しいもの。」


と、狂犬は言う。


「て、事は今回も然りってか?」

「そう、今回も然り」


狂犬は怨めしそうに天を仰いだ。


「私たちは死んですぐの状態でこの世界にやって来た。完全に人体は修復された状態でね。蝙蝠はほとんど裸で。私は“童の姿”。―――私は二千人も生き返ったから、九百九十九人は一度砂になって滅んでいる」

「それを無理やり修復したって言うんなら、それは結構に難しいもんじゃねえのか?」


狂犬は頷く。


「『狂犬発動』は、“使った”体は砂になって消える様にできている。一度砂になった体を修復するのは至極困難よ。今のあの体は、どうやってかそれを修復して出来ていた。すぐに朽ちるのは道理ね。無事だった私の体も、いつ崩壊するかわからないわ」

「なるほどね。一騎当千の二千人の軍団も、良い所ばかりじゃねぇってのか」

「うまい話には裏がある様に、卑怯なまでに強い力にも大きな弱点があるのよ」


だったら、一度砂になった九百九十九の体の崩壊は時間の問題だ。また、砂になっていない一人も衰弱していく。

いずれ全員がこの世界の人間の体を乗っ取らなければならない。

そして、狂犬が危惧する事がもう一つ。


「人間がもつ魂の個数は一つ。これは絶対に覆ってはならない法則よ。なのに、この世界では私は二千人もいる。という事は、私の魂が二千等分されている事になる。そうなると……」

「体を縛る出力が下がる……ってことか」


狂犬は頷いた。


「考えられるのは二つ。本当に魂が二千個もあって、私の忍法が端から別の法則で成り立っていた。それか、二千等分された魂は肉体を縛る力が低下していて、ふわふわゆるふるした状態にいる。もしも後者なら、肉体が崩壊するまで秒読みね。制御装置を解除している状態なら尚の事」

「あと、千五百人もいるのか。そりゃ、大事になるな」

「………やるしかないわよ。生きる為だもの」


狂犬は立ち上がった。砂埃に塗れた服に気付き、ぽんぽんと払う。


「それに、案外この方法は間違ってはいなかったと思う。この街の現状や、裏の情報を手に入れやすい。これを脅しの種に使えば、」

「なら、この学園都市の上層部がひっくり返るようなことはいくつか手に入れてるんだな?」

「ええ、二つ三つは」


狂犬はにやりと笑った。


「例えば、この学園都市には国際法で禁止されているクローン開発を軍用的にしているとか……ね。これを外の学園都市に敵対する組織に渡せば、この狭い檻ともおさらばよ」

「そうかい。逆に、この街に永住させてもらえるかもしれねぇ」

「………私は嫌よ、こんなしみったれた街」

「そう言うなよ。なかなか、面白いもんが多い街じゃねえか。餓鬼どもは何にでも興味持つしよ。前も大道芸でもしてみれば、結構人気が出たもんだ」

「…………私は、この街はどう考えても子供に気付かれずに弄んで、弄繰り回して、閉じ込める檻としか考えられないわ」

「……何でだ?」


蝙蝠は首を傾げる。

狂犬は学園都市が、学園都市の在り方が何より毛嫌いしていた。それが蝙蝠にはわからなかった。

なぜなら―――――――


「学園都市はね。最初から子供たちが、どれくらい強度(れべる)が伸びるのか、その子供には才能が無いのか、最初から知っていながら知らんふりをしているから」


―――――狂犬は知っていたのだ。素養格付(パラメータリスト) の存在を……。


それがのちに、学園都市に発生するある大暴動の種になることを、まだ彼女は知らない。

そして、あと、たった三日で、真庭狂犬が二千人から一人に減らされることになる事を、予想だにしていなかった。



初春飾利「あなたは何者ですか!?」真庭狂犬「通りすがりの、ただの忍者だが?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ある朝の事である。

一人の美女が……まだ齢十八だと言うのに、肉体的な成熟が人より若干良い所為で、実年齢より七歳ほど上に見られている美女が誰もいない部屋の入り口でつったっていた。


「ふぅ……全く、朝だと言うのに誰も起きてこないと言うのは、少し腑抜けているのではないでしょうか」


がらん……としている部屋……彼女が住んでいる寮の食堂のテーブルに、とりあえず座る。

さて、まずは彼女が何者かであるかを説明しなければならない。

神裂火織

それが彼女の名前である。

先程も言ったが歳は十八。十八である。黒い髪と黒い瞳、雪の如き素肌と女性らしい体型……。ここ、イギリス・ロンドンの男どもが珍しさと、へそ出しTシャツと生片足ジーパンと言う艶っぽさで振り向く。

だが、それよりも目を引くのは彼女が常に腰に差し、今は傍のテーブルに立て掛けている一本の長刀だろう。

―――七天七刀

長身である神裂よりも丈が長い日本刀であり、本来なら日本神道の儀式用の刀である。

―――そして、これが彼女の武器であった。

そう、神裂火織は武人であり、イギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔術師であり、世界で20人もいない聖人の一人である。

聖人とは、神の子キリストと同じ体質を持つ人間の事で、人間よりも神に近い行いが出来る人種である。

まぁ、その説明は後にして……。

次に彼女の状況を書くべきだ。


「―――ああ、そうでした。シェリー=クロムエウェルは特別講師で大学に、レイチェルとオルソラは街の奉仕活動に、出ていって、その他は任務や休暇でしたね」


なるほど、誰もここには来ない筈だ。皆起きてこないのではない。誰もここにいないのだ。

昨日、帰ってくるのが遅かったから気付かなかったのだ。


「誰もいない…という事は、朝食当番である人もいない……。という事は朝食は自分で作らなければなりませんね」


しょうがない。神裂は立ち上がり、やれやれと時計を見上げた。

時計の針は今、午前六時を回った所。朝食をするには聊か早い時間帯だ。


「………今思えば、こんな早い時間帯で起きてくる人間は少ない訳です」

その少ない部類には、自分とシスターたちぐらいだ。いくら魔術師でもキリストの教えの通りに生きている人間は、聖教者以外は稀だ。その代表格にシェリーはいる。

どの道、この建物には誰もいないのは変わりない。

しん、と静まり返った部屋には窓から優しい朝日が照らしこむ。

神裂は部屋の窓を開けた。霧の都と呼ばれるロンドンにしては珍しく、本日は気持ちが良い程の晴天。


「自分の分の朝食ぐらいは作りましょうか」


神裂はキッチンへと移動した。冷蔵庫を開ける。しかし中にあるのは飲み物と調味料のみ。ネズミだって呆れる程の貧しさだった。


「………見事に何もありませんね」


野菜がない。卵が無い。肉も無ければ魚も無い。味噌なんてある訳がない。味噌は昨日使い切った。


これでは朝食どころか間食も作れない。出来るのはインスタントラーメンだけだ。

これは困った。

朝食のネタが無ければ作りようがない。

だが、神はたった一つだけ救いの手を差し伸べてくれた。


「あ、お米がありました」


米びつにまだ大量の米があった。当たり前だ、日本食である米を喰うのは日本人である神裂以外誰もいないから自動的に米は余る。

さっそく神裂は米びつから米を二合取ってよく洗い、鍋に入れて火を掛けた(因みに機械音痴である神裂は炊飯ジャーが使えないから、毎回鍋で米を炊いている)。

ついでに隣でヤカンに水を入れて湯を沸かす。


「さて、炊くまでの時間、何をしましょうか」


考えを巡らせて、もう一度冷蔵庫を漁る。と、冷凍室の奥から宝石を探し当てた。


「鯛の切り身! しめました、これは幸運です」


カチカチに凍った鯛を塩水で解凍し(時間が無いので少し魔術を使って)、一口大に薄め切り分ける。

そうしているうちに米が炊き終わる頃になった。火を止めて蒸す作業に入る。ここで沸騰したヤカンの火を止める。


「もう一つ欲しいですね」


なら、ここはあれしかない。

神裂は皿と箸を持って部屋を出た。行先は一つしかない。屋上だ。階段をトトトトっと登って、重い扉を開けた。暖かい日差しが照らす太陽の下に躍り出る。

寮の屋上は広さ25mプールの6コース程の広さで、神裂は昇降口の上にある給水タンクにジャンプして昇る。

そこには……。


「よしよし。ありましたありました」


申し訳なさそうに三つの壺が、神裂の帰りを待っているかのように並べられていた。

神裂は蓋に掛かれている日付がもっとも古い壺の蓋を開ける。すると、いきなりシソの香りが立ち上がった。それを嗅ぐだけで食欲がそそられる。

その壺の中身の正体は、神裂が長年作ってきた梅干しだった。

真っ赤な梅たちがぎゅうぎゅうに詰められている。


―――いい出来だ。


それを二つ三つ取ると、神裂は蓋を閉じて屋上を後にする。

階段を降り、キッチンに帰ってくるとちょうど米が蒸し終わっているた。

米を蒸す鍋の蓋を取る。

すると、ふっくらとした白米たちが湯気と共に現れた。


「おお、今回も成功しました」


良かった良かったと静かに喜ぶ神裂。しゃもじを持って切る様にひっくり返す。米独特の食欲誘う甘い香りが鼻腔をくすぐる。少し焦げ目がついているのがまたいい。

当然なのだが、聖人である彼女の超幸運スキルがあれば、炊飯の失敗などあり得ない。なのに、この一時はたまらなく嬉しいのはなぜだろうか。

神裂は喜々と茶碗に白飯を盛りつける。その上に切り取った鯛の切り身を乗せ、薄口醤油、みりん、いりごまで漬けダレをささっと作って少し掛ける。



「――――あ、」


と、そこで何かを思い出したのか手を止めた。


「重要なあれを忘れるところでした」


急いで棚に向かう。その中から茶葉と急須を取り出した。『円柱型の茶葉入れの蓋をあけ、その蓋に少量の茶葉を出し、決まった量になったら急須に入れ、湯を注ぐ。

ほうじ茶の最適温度は九十五度。沸騰するかしないかの高温の方が香りが高くなる。

盆を取り出し、茶碗と梅干しの皿と急須と箸を乗せ、食堂に移動して先程座っていた席に付く。その間、三十秒。


「……そろそろですね」


さぁ、この瞬間を待っていた。

急須を持つ。傾ける。白飯と鯛が待つ茶碗に熱々の茶を注ぐ。

とぽとぽぽぽぽ……と、香り高いほうじ茶が白飯に掛かり、熱湯を掛けられた鯛がきゅっと反り上がる。そして最後に画龍点睛。梅干しを頂点にちょこんと乗せた。

日本の朝と言えば梅干しである。日本人は朝を梅干しで始めるのだ。白米、みそ汁、焼き鮭、卵焼き、小鉢、そして梅干し。

だが、今日の食卓にはおかずが無い。味噌汁も、焼き鮭も、卵焼きも小鉢も、何もない。

これでは食卓には花が無く、白飯だけでは味気ない者だ。

しかし、梅干しがある。これ一つあるだけで、白飯だけの食卓に花が添えられる。食が進む。梅干しはある意味、味噌や鰹節よりも代表されるべき日本の発酵食品ではなかろうか。

そして神裂が所有する梅干しは彼女の家が代々、歴史と技術の粋を込めた自家製の梅干し。


「……………」


箸を置く。

経った今七時を回った。朝食にしては丁度いい時間帯だ。丁度腹も空いていた。

今喰わずしていつ喰うのだと、茶碗がテーブルの上で鎮座する。

ならば応えよう。甘い米を掻きこみ、香る茶を啜り、薄く切った鯛を噛み締め、梅干しの酸っぱさを堪能しよう。


「では―――」


神裂はゆっくりと手を合わせる。

この米を作って下さった農家の皆様。鯛を釣って下さった漁師の方々。茶を摘んで下さった茶摘みの人達に梅を育てて下さった梅農家の人達、それらを売って下さった数々の人達……。そして、命を下さる食材たちに感謝を込めて。


「いただきます」


そして、目をカッと開けて、右手に箸、左手に茶碗を持って、今こそ箸を付けようとしたその時だった。








眼前。目の前。約4m前方。

突如として爆発が起こり、爆音とともに白い煙が部屋を包み込んだ。









「ッッ!?」



茶碗と箸を持ったまま固まる。

のんびりとした朝の一時にいきなり爆発と白煙だ。無理はない。だが不思議と茶碗の中の茶を溢さなかったのは、彼女の幸運ゆえだろう。

白煙はモクモクと漂う。視界は白い闇に包まれたブラックボックス。何も見えない。だが、その中に人の気配だけがあった。それだけが確かに確認できた。

日の光が彼を照らし、煙はスクリーンとなって彼の影を映し出した。


「……………………」


影はキョロキョロと挙動不審に辺りを見渡す。

影からして、その人物は男であることが分かった。身長は160.6cmで、痩せ型。髪は腰まで長く、神裂と同じようにポニーテールでまとめていた。

一見、女にも見えなくもないが、気配や立ち振る舞いからして男のそれだったし、女性らしい体のラインではなかったから、男と判断した。

そして、最も大きな判断材料が一つ。


「ふむ……困ったでござる」


この、世界中の女子たちを魅了するような甘くて低い声。優雅で気品。泰然自若を絵に描いたような口調。


「――――……………ハッ」


そんな声に一瞬聞き惚れてしまった神裂は正気に戻る。

茶碗と箸を置き、代わりに傍らに立て掛けてあった七天七刀を手に取った。

その男に問う。


「………何者ですか」


男は答える。


「いや、気にする事は無い。拙者は、剣客だった、ただの男でござる」

「……………?」


怪異な返答だった。投げた野球ボールがバスケットボールになって返ってきたような、そんな見当違いな返答。

それでも神裂は質問をした。ただ、この男が何者かであるかを知らなければならない。


「………何しにここに?」

「何しにも何も、拙者は気が付いたらここに着いてしまったのだ、と言えばわかるでござるか。聖地巌流島にて鑢七花殿との決闘に敗れ、死した拙者は極楽浄土に向かうと思っていたのだが………。ここはそう言う場所ではないのでござるか?」

「……………?」


ますます怪異的返答が帰ってきた。バスケットボールを投げたらバランスボールが返ってきた。これ以上問答を続けていたら、ますます話はこじれる。


「ここはあの世ではありませんよ。極楽も地獄も無ければ、三途の川も冥府も閻魔大王もいませんよ。ここは列記とした人の世です。」

「………………ふむ、そうでござったか。全く理解が出来ぬが、拙者は二度目の生を授かったと思えばよかろうか……。礼を言おう、そこの御仁よ」


その時、開けた窓からそよ風が流れ込んできた。

部屋に漂う白煙を、箒で払う様に一掃する。

同時、男の姿が現れた。


「さて、一つ、訊きたい事があるのでござるが………」


男の姿はやはり、女の様なものだった。

服装は男物で統一されているのだが、彼の容姿は女と見違えるほどに美しかった。女は勿論、男も心を撃ち抜かれそうな美貌が、こちらを見ている。

なぜか心臓の鼓動が強くなった。

服装は、日本の江戸時代の着物を模した格好で、彼によく似あっていた。

彼を象徴するカラーは白。白髪と白い肌が美しく、着物はほぼ全身白。青と黒の帯と茶色の家地と花の形をした髪飾りと首輪をしていた。

江戸時代の人々からすると傾奇者と呼ばれそうだが、そこはそこ。大層に似合っているのは間違いないし、相当女子から好かされていたのだろう。

実際、こうして自分が見ていても惚れ惚れする程の美貌なのだから。


「…………………」

「もし……もし……」

「…………………」

「もし…もし……。……………もしっ」

「…………………」

「もし!」

「あ、あ、はい!」

「何を呆けておられるのでござるか。拙者、貴女様に一つ聞きたい事があるでござる」

「はい、何でしょうか」

「その前に、いい加減その刀を下してもらえないだろうか。そう身構えられては、気が滅入ってしまう。こっちは全くの丸腰名である故」

「あ、ああ、すいません」


神裂はすぐに七天七刀をテーブルに立て掛けた。


「ありがとうございます。まず、いきなり現れ、仰々しい態度をとった事に感謝したい」

「いえ、敵意のない人間に刃を向ける方が無礼と言うもの。あなたにその気がない事がわかったのだから、争う理由がありません。ですが、流石にいきなり爆発と共に現れると言うのにはビックリしました」

「これは失敬。なにぶん、拙者にも何が何やらわからぬ状況にて。――――さて、やっと質問が出来るのでござるが、よろしいか」

「はい」


その返事に安心した男は、同時に非常に困った顔をしながら、こう訊いてきた。


「ここはどこでござるか……」

「必要悪の教会女子寮ですが……」


これが、神裂火織がとある異世界の剣豪との出会いである。

そう、その男こそ、鑢七花最大の好敵手の一人にして、最優の剣士。鑢七花と奇策士とがめに敗れるまで、日本最強の名を思う存分轟かせた美貌の剣士。

その名こそ―――――錆白兵である。



錆白兵「ここはどこでござるか……」神裂火織「必要悪の教会女子寮ですが……」

ー――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
以上でございます。
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