ノスタルジックおねえさん (18)

「出てけ、ゴミ!」と殴られて、僕は冬風の吹く夜空の元に放り出された。

もうこの家には帰れないし仲のいい友達の家を渡り歩こう、と思ったところで僕には友達がいなかったことを思い出した。

街頭に照らされた公園のベンチに座り込んで今日はここで夜を明かそうか、と何か布団の代わりになるような物を捜して辺りを見回すと。

「捨てる神あればー、拾う神ありー」

公園の隅に長い黒髪が揺れながら、不法投棄されている粗大ゴミの山を漁りていた。

僕は心細かったのか、普段なら目もくれないようなその存在に興味を持ってしまった。


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何してるんですか、と僕が声をかけたのかもしれない。それとも僕が近づいた足音に気付いたのかもしれない。

なんにせよその人はゴミを漁る手を止めて振り返った。

「何だお前、子供がこんな時間に出歩いてちゃあ駄目だろう」

おねえさんだった。

見た目だけで判断するのはどうかと思うけど、「おねえさん」としか形容できない雰囲気をその人は持っていた。

親に捨てられました、と言うとおねえさんは「捨てられたら帰れないもんな、じゃあ私が拾ってやろう」と言ってにぃ、と笑った。

お願いします、と僕は頭を下げた。

電子レンジを持たされておねえさんに連れて行かれた先は、近所でも有名なガラクタ屋敷だった。

なるほど、ここの人だったのか。

大きめの門を潜った先は、まるでアンティークショップのようだった。

煙突の生えた黒いストーブ、デパートの屋上でよく見かけた10円で動く乗り物、薬局の前に飾っている人形。

庭には他にもたくさんあったけど、ほとんどが今じゃどこにもないような物ばかりだった。

「懐かしいだろ。……いや、お前ぐらいの歳じゃ見たこともないか」

いくつかは見たことあります、と僕は素直に答えた。そうか、とおねえさんは笑った。

家の中も庭と同じく懐かしい雰囲気がする物ばかりだった。

というか物が多すぎて人間が活動するスペースはほんの少ししか残っていなかった。

「そいつはそこに置いといてくれ」

電子レンジをボロボロのソファに置いて、僕は電子レンジの隣に座っておねえさんにお礼を言った。

「捨てられた物を拾っただけだ。感謝される筋合いはないよ」

ご飯でも食べようか、と付け加えておねえさんは頭を掻いた。

次の日の昼下がり、おねえさんは僕を隣町の商店街に連れて行った。

「ここは作られた懐かしさだけど、それでもちょっと落ち着くんだ」

ボール電球形のLEDから発せられる淡いオレンジ色の光に照らされた真新しいレンガ舗道を眺め、おねえさんは目を細める。

しばらく商店街の大通りを歩いて、横道に入る。

そこは懐かしいと言うより朽ち果てたと言った方が正しいほどにボロボロだった。

低い天井から垂れ下がる薄暗い裸電球、ひび割れてはがれたレンガ舗道、僕たちを挟むように立っているベコベコのシャッター。

大通りから感じられた懐かしさがおねえさんの言った「作られた懐かしさ」だということが無理やりにでも理解させられるような場所だった。

「やっぱりこういう所が落ち着くな、私は」

心から落ち着いたようなおねえさんの笑顔は、どこか遠く感じられた。

同じ景色が続いた後、レンガの上に佇む古いストーブが目に入った。小学校の頃、冬になると教室に現れたあいつだ。

ストーブの隣のシャッターは開いていて、その奥に置かれているテーブルを挟んで二人の男の人が向かい合って座っていた。

「ギョクさん、久しぶり」

「やあケイちゃん」

ギョクさんと呼ばれた人は気さくにおねえさんに向けて手を振った。どうやらおねえさんはケイという名前らしい。

ギョクさんの向かいに座っている人は腕を組んでテーブルに置かれた将棋盤を睨んでいた。

「ほらオウさん、ケイちゃん来たよ」

ギョクさんより少し体格のいいその人はオウさんというらしい。

「ん? 何だお前、また来たのか」

鬱陶しそうに言う。オウさんはおねえさんの事をあまりよく思っていないようだ。

「オウさんも久しぶり。ここが落ち着くからね」

おねえさんはにぃ、と笑って「ほら、ここでいいじゃん」と将棋盤を指差す。

「俺もそこに指そうと思ってたんだよ、ばか」とオウさんは手を進めた。

「この子は?」

オウさんの王に王手をかけてギョクさんが僕を指差す。

「拾ったんだ。捨てられたって言ってたから」

「そんな時代なんだねぇ、やっぱり」

「まったく、嫌な時代になったもんだ」とオウさんは腕を組んで唸る。

「捨てられた奴は捨てた奴の所へ帰っちゃいけねぇ決まりなんて、捨てる側の一方的な我が儘だ」

「その代わりに捨てられた物は何でも持って帰っていいんだ、今ほどいい時代はそうそうないよ」

そう言いながらおねえさんはオウさんの駒を動かした。

「おいケイ、こいつはなんて名前なんだ」

「あ、まだ付けてないや。うーん」

そういえばそうだ。捨てられたんだから、今までの名前はもう使えない。今の僕は名無しだった。

しばらく考えた後、「そうだ」と対局の終わった将棋盤から駒を一つ取って僕に見せた。

「お前は今日からコウだ。コウシャのコウ」

それ、コウシャじゃなくてキョウシャです、と僕が言うとおねえさんは「そうだっけ、じゃあ香車のキョウだ」と笑った。

そうして僕の名前はキョウになった。

その後、おねえさんとオウさんが対局を始めて少し経った頃、ギョクさんが僕に耳打ちした。

「これから大変だろうけど、ケイちゃんのことよろしくね」

はあ、と曖昧な返事をして頭を下げた。

>>9
×「お前は今日からコウだ。コウシャのコウ」
○「お前は今日からコウだ。香車のコウ」
でした

その帰り道。突然おねえさんがこんなことを言いだした。

「いいかキョウ。人ってのはな、自分に似たような場所に居るととても落ち着くんだ。逆に、自分に似ていない場所に居るのは凄く疲れるんだ」

心から落ち着いたようなおねえさんの笑顔を思い出して、少し胸が締め付けられたような気がした。

見てみろ、とおねえさんは歩いている人たちをこっそり指差す。

「どいつもこいつも疲れた顔をしてるだろ。あいつらみんな自分に似た場所がないんだ。街や文明が進み過ぎてるんだよ」

僕も昨日まではあっち側でした、と言うとおねえさんは遠い目をしたまま「そうだろうな」と薄く笑った。

スーパーで買い物をして、僕たちは家に帰った。

今おねえさんはキッチンで食材を切っている。スーパーで「何が食べたい?」としきりに聞いてきたから、多分親子丼を作ってくれてるんだろう。

ジュウジュウとつゆの煮える音といい匂いが家の中を満たす。

料理は中学生になる少し前から今までずっと僕がしていたから、とても懐かしい感覚だった。

「何だお前、泣いてるのか」

丼をちゃぶ台の上に置いて、おねえさんが驚いたような顔をする。気が付くと僕は泣いていた。

「ホームシックか?」

違います、とだけ声を絞り出して丼を掻き込んだ。美味しいのと舌をやけどしたので、涙が止まらなかった。

食後しばらくして、僕たちは寝る体勢に入っていた。隣り合わせだけど、もちろん別々の布団だ。

すごく懐かしかったんです、と僕は唐突に言った。

「懐かしいという理由で涙が出るのはいいことだ」

それじゃあおやすみ、と優しい声で言っておねえさんは寝息を立て始めた。

おやすみなさい、と僕も目を瞑る。

今日からは、今まで以上にゆっくり眠れるような、そんな気がした。

これにて終了です。それじゃあおやすみ

続きを期待してくれた人にはごめんね
これが書き上がってからしばらく続きを考えてたんだけどこの後がどうしても出てこなかったんで、一番綺麗に切れるところで終わらせちゃいました

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