八幡「目を覚ましたら、猫になっていた」 (48)
八幡「顔だけが……」
八幡「なんだよ、これ。リアルな猫の顔に死んだ魚のような目が合わさるとこんなにきもいのか?」
小町「お兄ちゃん、まだ顔洗ってるの? 小町は隣で歯磨きするから――キモッ!」
八幡「おはようの代わりに気持ち悪がられて、お兄ちゃん傷ついたぞ」
小町「えっ? お兄ちゃん、なんでそんなに気持ち悪い事してるの? カーくんになりたいの?」
八幡「常日頃からカマクラを羨んでいたのは確かだな。出来る事なら今すぐ変わって欲しい」
小町「だからって、猫のマスク被らなくても……。やけにリアルだし、目が死んでるし」
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八幡「俺にだって意味わかんねぇよ。起きて顔洗おうとしたら、こうなってた」
小町「こうなってた? ……ねぇねぇ、ちょっと触って良い?」
八幡「なにに?」
小町「さっきからぴくぴく動いてる耳に」
八幡「嫌だけど?」
小町「まぁ、最初から許可を貰おうとなんて思ってなかったけどね。よっと」
八幡「……耳が横じゃなくて上の方についてんの、マジで気持ち悪い。違和感しか覚えない。それとくすぐったい」
小町「あっ、本当にこれって本物なんだね。カーくんの耳の感触と一緒だよ」
八幡「どうしよう……」
小町「このまま学校に行ったら面白い事になりそうだけど、今日は休んで様子を見てみれば?」
八幡「そうすっか。えっと、平塚先生にメール送っておけばいいよな」
小町「電話で直接話したら?」
八幡「そんな事したら声を聞かなきゃならないだろうが。人の顔を見て話すのも嫌なのに、表情を窺う事も出来ない相手と会話なんてやってられるか」
小町「うわぁ……お兄ちゃんがどんどん退化しているのを実感したよ……」
八幡「メールの内容はこんなもんで良いな。送信、っと」
小町「なんて送ったの?」
八幡「顔が猫になったから休みます、って」
小町「お兄ちゃん、そんな馬鹿正直に書いて送ったら……」
八幡「ん? もう返信が来た。えっと……」
平塚『朝からくだらない嘘を吐いてないで来い。サボったら各方面を説得して留年させる』
八幡「……」
小町(そりゃそうだよね。目の前で見てる小町ですら半信半疑なのに)
八幡(あの後、写メを送ったり、断腸の思いで電話をしても、来いの一点張りだった)
八幡(小町に協力を仰ごうとしたら……)
小町『用があって早めに登校しないといけないから、小町はもう行くね』
八幡(って、満面の笑みを浮かべながら家を出て行ったし。で、俺は今、留年回避のため、恥を忍んで登校中)
八幡(……当然、顔が猫のまま。周りからヒソヒソと聞こえる声は、俺に対してだろうなぁ。死にたい……)
八幡(それは学校に着いてからも、教室に入ってからも変わらない。と言うか、余計に注目を浴びてるし)
「誰だ? あいつ?」
「あんな気味の悪いマスク被って来るようなやつ、ウチのクラスにいたか?」
八幡(……正直、自分の席に座りたくない。かと言って、別の人の席に堂々と座る度胸もあるわけがないよなぁ……)
八幡(なるようになる。今までがそうだったように、今回だってそうなんだ。うん、きっとそう。自信? ハハっ、あるわけないだろうが)
「あの席に座ったぞ」
「あそこって誰?」
「あいつだろ? 文化祭でやらかした、えっと……ヒキタニ」
八幡(比企谷だ! と常人なら怒鳴りつつ否定するだろうが、俺はそんな事をしない。だって、キリがないし……)
戸塚「あ、あの……そこ、八幡の席なんですけど、教室間違えていませんか?」
八幡(天使だ。天使がここにいる。俺のために見知らぬ気持ち悪い猫顔野郎に話しかけるなんて。でも、座ってるのはその八幡なんだけど)
八幡「俺だよ、戸塚」
戸塚「え? は、八幡なの? なんでそんなマスク被ってるの?」
八幡「マスクじゃねぇんだよ。本物なんだよ。耳が動かし放題なんだよ」
戸塚「あっ、ぴくぴく動いてるね。なんか可愛い」
八幡(戸塚には及ばないからな。ここ重要)
戸塚「本当に良く出来てるなぁ。声に合わせて口も動いてるし。でも、先生が来る前に脱いでおかないと怒られちゃうよ? ほら、僕も手伝うから」
八幡「脱げるもんなら脱いでるって。首の所見てくれよ」
戸塚「……僕の気のせいかな? 首の途中から猫の毛が生えているように見えるのは」
八幡「俺も気のせいだと信じたかった……」
八幡(無理だったけどな。口を大きく開けても、見えるのは俺の素顔じゃなくて舌と歯と喉ちんこだけだったし)
平塚「朝のHRを始める。みんな席につ……比企谷、なんだそれは?」
八幡「説明不可の超常現象です。萬國驚天掌をくらいながら大猿化しようとして、途中で止まって失敗したのが今の俺です」
平塚「猿じゃなくて猫だろうに……まぁいい。さっさと脱げ。気になって話も出来ん」
八幡「何度目かの説明か覚えてませんけど、脱げたらこんな顔をしてませんよ。ってか、俺も早く元の顔に戻りたい」
平塚「いつまでふざけている気だ? 穏やかな心を持つ私も激しい怒りのあまり、髪が金色になるかもしれんぞ」
八幡「だからふざけてませんって。何なら触ってみてくださいよ。口の中を覗いてもいいですよ。ほら、中に顔がないでしょ?」
平塚「仕方のないやつだ。どれどれ……喉ちんこが見えるな」
八幡(恥じらいもなくちんこと口に出来る平塚先生は、女性としてどうなんだろうか)
平塚「なにやら失礼な言葉を目の前から感じたんだが?」
八幡「聞こえたんじゃなくて、感じた辺り、先生はすでにニュータイプですね」
平塚「にしても本当に良く出来てるな。こんな玩具、どこで売ってたんだ? 飲み会の時に一発芸で披露したいくらいだ」
八幡「本物ですって」
平塚「……マジで?」
八幡「マジです」
平塚「こんな状況に陥っていながら、よく学校に来れたな」
八幡「あんたが来なきゃ留年って脅したからだろうに。証拠のメール、ちゃんと保護してますよ。電話の会話も録音してますから」
平塚「よ、よし! 今朝のHRは中止だ! 皆、一限目まで大人しくするんだぞ。私は比企谷と少し用事が出来た。ほら行くぞ」
八幡(露骨に話しを変えやがったよ、この人)
結衣(本当にヒッキーだったんだ……猫の目が死んでたし、そうかなぁ、とは思ってたけど)
戸塚(八幡が猫になっちゃった……キャットフード、買ってあげたら喜ぶかなぁ?)
葉山(今度は何をするつもりなんだ? 彼は……)
三浦(あれ? 考え込んでる今の隼人、なんかいつも以上にカッコよくない?)
海老名(隼人君が熱い視線を……ぶはぁ!)
八幡「……で、なんでここなんすか?」
八幡(正確には、いつも奉仕部として俺らが集まってる教室)
平塚「今の君を職員室に招くわけにはいかんだろ。ここなら落ち着いて話が出来るからな」
八幡「そーですか」
平塚「なぜそうなった? 病院に連れて行く事さえ躊躇いが生じるほどなんだが」
八幡「誰よりも原因と解決案を知りたいのは俺なんですけど」
平塚「いつそうなった?」
八幡「正確な時間はわかりません。起きて顔を洗おうとしたら気付きました」
平塚「身内の反応は?」
八幡「小町にキモがられました」
平塚「そりゃそうだろ」
八幡(肯定すんなよ。俺はガラスの十代なんだぞ? 飾れる輝きは一つもないけどな)
平塚「しかし、八方塞がりか……君は色々と敵を作るからな。誰かに呪いでもかけられたか?」
八幡「俺なんかを相手にする暇人なんていませんよ。ましてや呪いなんてあるわけありません。あったら俺が使ってます。お空を自由に飛んでみたい」
平塚「それは呪いではなくて青ダヌキのひみつ道具だが……なら、現状をどう受け止める?」
八幡(……なに一つ思い浮かばない。と言うか、思い浮かべたくない)
平塚「落ち込むな……と言っても、流石の君でも無理だろうな」
八幡「どうせなら、ちゃんと猫にして欲しかった。そしたら小町が可愛がってくれたかもしれねぇのに」
平塚「そんな方向でへこむな、シスコン。だが、実際どうしたものか。お祓いでもして貰うか?」
八幡「現代の神職にキツネ憑きならぬ猫憑きを祓う力があるとは思えませんが?」
平塚「なにもしないよりマシだろう。ここで待ってろ。職員室にあるPCで近所の神社を調べて来る。ついでに適当な情報もいくつか集めておこう」
八幡「俺もスマホでなにかしら調べておきますよ。それより、授業は良いんですか?」
平塚「幸い、今日は三限目まで時間があってな。その点は気にしなくていい」
八幡「じゃあ、お願いします」
平塚「任された」
八幡「平塚先生も行ったし、俺もなにか調べるか。っつっても、なに調べりゃいいんだ? とりあえず、『猫の顔になる呪い』っと」
八幡「……しょうもない事しか検索に引っ掛からねぇ。ん? 猫の俗言?」
八幡「そういえば、猫の病気は梅干しの水を飲ませるといいとか、聞いた事があるな」
八幡「早退するか、お祓いに連れて行かれる途中で梅干し味の飲み物でも買ってみるか」
八幡「……はいはい、わかってますよ。猫がかかった病気であって、猫になる病気への対処法じゃない事くらい」
雪乃「なにをぶつぶつ……っ!?」
八幡「ん? 何だ雪ノ下か。なに固まって……って、そういや、俺って今猫顔か。短時間で耳の位置やら口の形やらに馴染んじゃって、一瞬忘れかけてた」
八幡(人間の環境適応能力ってすげー。科学の力ってすげー。あっ、これは科学の力じゃねぇや)
雪乃「……」
八幡「あー……これにはな、深いようで浅くない、田中さんがノーベル賞を取った時のマスコミの戸惑いぐらいわけのわかんねぇ事情があってな」
雪乃「……にゃー」
八幡「……」
雪乃「……」
八幡(え? 自分で言うのも悲しくなるけど、こんな顔だけ猫にもトキメキ感じちゃうの? お前の感性の方がわけわかんねぇ)
雪乃「にゃんで……ごほん。なんであなたから比企谷君の声が聞こえたのかしら?」
八幡「咳を間に入れても誤魔化し切れてねぇから」
雪乃「黙りなさい。額と耳の裏と顎の下をくすぐられたいの?」
八幡「お前がくすぐりたいだけじゃねぇの、それ」
雪乃「……」
八幡(図星かよ)
雪乃「頭の被り物はどうしたの? 世間に晒せられない素顔だとは私も思っていたけれど、そんな――いえ、そのような被り物をしなくても」
八幡「なんで、そんなをそのようなって言い方に変えたんだよ。あれか? そんなじゃ貶しているようで猫に悪いからか? 大して意味変わらんだろ」
雪乃「……」
八幡「あー……俺が悪かった。だから睨まないで下さい。睨んで良いのかどうかで迷っているのが丸わかりで、こっちも対応に困る」
雪乃「状況整理をしたいのだけれど、良いかしら?」
八幡「どうぞ」
雪乃「あなたは比企谷君で良いのよね? 目が腐ってるわよ」
八幡「その通りだけど、一言余計だよな?」
雪乃「なぜ猫の被り物を? 猫が可哀想だわ」
八幡「被り物じゃねぇよ。あと、一々俺の精神を削ごうとすんな。泣くぞ?」
雪乃「にゃー」
八幡「……」
雪乃「……」
八幡「……それはあれだよな? 泣くと鳴くをかけたんだよな?」
雪乃「忘れなさい。さもなくば、猫の鳴き声しか発せない状態にするわよ」
八幡「どういう状況だよ、それ」
雪乃「これに向かって鳴きなさい」
八幡「お前のスマホにニャウリンガルって文字が表示されてんぞ」
雪乃「……」
八幡「……にゃー」
『働きたくないでござる』
雪乃「顔が変わっても、しょせん中身は中身ね」
八幡「ほっとけ」
雪乃「どうしてそうなったの?」
八幡「起きたらこうなってた。平塚先生に脅されて学校に来た。今、平塚先生が近くでお祓いが出来る神社を探してる。以上」
雪乃「理解したわ。けれど、奇特な人もいたものね。あなたに呪いをかけるなんて。猫があなたを気に入って憑くわけもないでしょうし」
八幡「これでもカマクラには懐かれてる方なんだからな」
雪乃「なんにしても、早急に元に戻って欲しいわね」
八幡「なんだ? 俺の顔が恋しくなったのか?」
雪乃「あなたは消えてもいいけれど、あなたの顔になっている猫が不憫で我慢ならないの」
雪乃「むしろ、あなたが消滅する代わりに、その顔の猫が生まれた方が――いえ、これ以上言えば、比企谷君を傷つけてしまうわね」
八幡「九割以上口にしておいて、なんで最後だけ俺に向けた同情っぽいなにかを見せるんだよ」
雪乃「建設的な話をしましょう」
八幡「最初からそうしてくれ」
雪乃「お祓いをして、上手く行かなかったらどうするの?」
八幡「このままの状態でいるしかないだろ。最終的に本物の猫になるか、死ぬまで現状維持か、何日かすれば元に戻るのか、それら以外か」
雪乃「他になにか対策は考えてないの?」
八幡「梅干しの水を飲んでみる」
雪乃「……どんな効果が?」
八幡「千葉に伝わる猫の俗言の一つでな。猫の病気は梅干しの水を飲ませると治る、って言われてる」
雪乃「それは、猫がかかった病気が治るのであって、人間が猫になった病気を治す効果はないと思うのだけれど」
八幡(お前が来る直前に自分で同じツッコミをしたよ)
雪乃「俗言で思い出したわ。千葉限定ではなく、全国的に有名なのだけれど、猫を殺すと祟られるとよく言われているわよね? まさか……」
八幡「そんな目で見るな。いや、見ないで下さい。怖い。いや、恐い。絶対にそんな事してませんから」
雪乃「そんな事をしないとわかるくらいには、比企谷君の事を理解しているつもりよ。それ以上は知らないけれど」
八幡「なら、なぜ睨んだし」
雪乃「あっ、比企谷君のせいで、一限目に遅れてしまうわ。そろそろ戻らないと」
八幡「俺のせいにすんなよ。ってか、何しに来たんだよ、ここに」
雪乃「本を置き忘れていた事に気付いて取りに来たの。これよ」
八幡「ん? 最近、そんな本読んでたか? それ、ハードカバーだけど。少なくとも昨日は文庫本だったような……」
雪乃「気持ち悪いわね、キモ谷君」
八幡「……とりあえず、気持ち悪がる理由を言え。顔以外でな」
雪乃「いくら私が可愛いからって、じろじろ見ていたなんて……今度、平塚先生に相談して、比企谷君専用ロッカーを用意して貰うわ」
八幡「俺は掃除道具か。部活中、ずっとロッカーの中に入っておけと?」
雪乃「では、失礼するわね」
八幡「言いたいだけ言って本当に戻りやがったよ……」
八幡(雪ノ下が出て行って十数分後、平塚先生が戻って来た)
八幡(なんか手頃な神社が見つかったらしくて、そこへ出発)
八幡「で、なぜか神社で水をぶっかけられてる俺。白装束に着替えたから制服は無事だけど、マジで寒い」
平塚「霊験あらたかな御神水らしいぞ」
八幡「そう言うのって、普通飲むもんじゃないんですか? 滝行じゃないんですから」
平塚「胃に収まるだけより、全身に浴びた方が効果がありそうじゃないか」
八幡「薬は飲み過ぎると毒になりますけどね。そもそも、異常事態は首から上だけで、体は関係ないし」
平塚「ほら、そんな事は良いから行って来い。神主様がお待ちだ。私は一度学校に戻るから終わったら連絡して欲しい。暇を見て迎えに来る」
八幡(なんか嫌な予感がするから行きたくねぇ……)
結衣「……それで、効果はゼロだったんだね」
八幡「ずっと正座させられて、わっさわっさ紙が付いてる棒を頭の上でバッサバッサやられたり、精神注入棒みたいので肩を叩かれたりしたけどな」
八幡(あそこ、絶対神社じゃねぇよ。変な宗教が勝手に神社の看板飾ってるだけだって。全財産を賭けてもいい。百二十円しかないけどな)
雪乃「私たちで出来る事と言っても些細な事しかないわね。それこそ、神社のお賽銭箱に五円玉を入れる程度しか」
八幡「どんなご縁を祈るんだよ」
雪乃「比企谷君が消滅して、猫が無事に私の前に現れますよう……っ! 誘導尋問とは、油断も隙もないわね」
八幡「いつだったか俺がそうだったように、お前が勝手に話しただけだ。と言うか、一々俺を消そうとすんな」
結衣「本当にどうしよう……。このままヒッキーが猫の顔のままだと――」
八幡「俺がこの顔のままだと、なんだ?」
結衣「な、なんでもない! こっちの話!」
八幡「どっちの話でも良いけど、真剣に考えてくれよ。この顔になって嗅覚があがったせいか、鼻と頭が痛くなってきた」
結衣「風邪?」
雪乃「嗅覚があがったと彼が前置きしたのだから、風邪ではないと思うわよ」
八幡「頭と料理の腕が残念な子の発言はスルーして」
結衣「ざ、残念じゃないし! 家で練習してるし! ヒッキーのバカ!」
八幡「排気ガスとか諸々って、本当に人体の毒だ。時間が立つごとに辛くなって来る。その辺の犬猫って凄かったんだな。尊敬する」
雪乃「今のあなたは猫面人間なのだけれど」
八幡「人面魚の親戚みたいな言い方、やめてくんない?」
結衣「ところで、嗅覚があがったって、人間と猫じゃどのくらいの差があるのかな?」
雪乃「一万から十万倍ほど差があると聞いた事があるわ」
八幡「流石猫マニア」
雪乃「……ほら、鳴きなさい。それとも鳴かせてあげましょうか? 織田信長のように」
八幡「遠回しに殺すって言ってるよね? しかも猫じゃないよね? ホトトギスだよね?」
結衣「ヒ、ヒッキー! 早くこの教室から出て行って! 今すぐ!」
八幡「どうした、急に?」
雪乃「なにを慌てているの?」
結衣「むしろゆきのんはどうして落ち着いていられるの!? 人間の十万倍の嗅覚だよ!? 今日、体育があったのに……」
八幡「あぁ、だからやけに制汗スプレーの匂いが濃かったのか。おかげで気分が悪い……」
結衣「変態! スケベ! 痴漢! 早く出て行ってよ!」
八幡「今にも吐きそうな人に罵声を浴びせるなんて、由比ヶ浜を侮ってた……」
結衣「ゆきのん、どうしよう!? あたし、変な臭いしてないかなぁ?」
雪乃「スプレーの匂いで、多少嗅覚は落ちたと思いましょう。そう思わなければ、流石に気持ち悪いもの。比企谷君に臭いを嗅がれているなんて」
八幡「なんとでも言っててくれ……もうだめ。窓から顔出しておく」
雪乃「そうしておいてちょうだい」
川崎「あのさ、入ってもいい?」
結衣「あれ? どうしたの?」
川崎「ここは奉仕部なんでしょ? なら、ここに来る理由なんて一つしかないと思うけど」
雪乃「悩みの相談ってわけね。いいわ。こちらの件は煮詰まってたから、気分転換になりそうね」
川崎「気分転換扱いは癪だけど……まぁいいか。あそこにいるのはどうしたの?」
結衣「変態ヒッキーなんて知らないし!」
川崎「……なんかあった?」
雪乃「気にしなくていいわ。それより、どんな相談かしら?」
川崎「あたしって猫アレルギーなんだよね」
結衣「そうだったね」
川崎「知ってたの?」
雪乃「以前、誰かさんの朝帰りを解決しようとする際に、弟さんから聞いたのよ」
川崎「あの時か」
雪乃「先に言っておくわ。私たちじゃ、猫アレルギーの治療は無理よ」
川崎「そんな事は医者に頼むから」
八幡「でも、猫に関する事なんだろ?」
結衣「もう気分良くなったの?」
八幡「多少はな」
川崎「まっ、近からず、遠からずって――!?」
結衣「どしたの?」
川崎「あ、あんた、それ……」
八幡「気にすんな。今日は猫気分なんだよ」
川崎「いや、気にするって。まさか、本当に効くなんて」
八幡「効く? って事は、お前が俺の顔を猫にした原因か?」
川崎「せ、説明するから! それ以上近付かないで!」
八幡「あ? あぁ、そっか。猫アレルギーだから今の俺が近付いたらまずいか」
結衣「どうやって、ヒッキーを猫顔にしたの!? 戻す方法は!?」
川崎「とりあえず、順を追って話すよ。まずはこれを見て」
結衣「本、だね」
八幡(……ん? あの本、どっかで見たような)
川崎「前に面白半分で買った本でね、付箋の所を開いてみて」
雪乃「……人間を猫にする魔法ね」
結衣「顔限定って書いてるよ」
八幡「顔限定って……なんてニッチな。肉球派はどうすんだよ」
結衣「次のページに、手足に肉球を付ける方法があるよ」
八幡「あんのかよ……」
川崎「昨日、掃除してたら偶然見つけてね、興味本位で試してみたんだ。揃える道具も難しくないし」
結衣「でも、猫の毛が道具のリストに入ってるよ?」
川崎「その辺は大志に用意して貰った」
八幡「結果が俺かい」
川崎「身近で一番実害がなさそうなやつを選んだつもり。あたしにも本人にも」
八幡「十二分に実害があったけどな。どうすんだよ。明日からクラスでキャットマスクって呼ばれるぞ、俺。タイガーの何階級下なんだよ」
雪乃「今更そんなあだ名が一つ増えた所で、実害はないわね。川崎さん、試す相手としては最良の選択だったと思うわ」
八幡「おい」
結衣「あ、もしかして、今日遅刻したのって」
川崎「準備とかやる事は簡単なんだけど、やけに時間がかかってね。久しぶりの夜更かしだから、油断したよ」
八幡(そう言えば、今朝教室にいなかった気がするな)
八幡「遅刻の原因はともかく、俺の猫顔事件の理由はわかった。一番大切なのは、どうやって戻るかだ」
川崎「効果は一日らしいから、明日には戻ると思うよ」
結衣「本にもそう書いてるね」
八幡(本当かよ……)
川崎「まぁ、今回はあたしの責任だから、治らなかったら執筆した人を探すよ。書いた本人なら、なんとか出来るだろうし」
八幡「期待せずに待っておく。じゃあ、今日は俺帰るわ。疲れたし。あとは二人に任せる」
結衣「うん、任せといて!」
雪乃「……いいえ、今回は私だけで充分よ。由比ヶ浜さんも、帰って良いわよ」
結衣「え? でも……」
雪乃「少し言い方が違ったわね。そこの猫もどきが急激に発達した嗅覚で悪さをしないように、由比ヶ浜さんに監視をお願いしたいの」
八幡(ついに谷もなくなったよ。ただの猫もどきになったよ)
結衣「あ、あたしがヒッキーの!? で、でも……」
雪乃「由比ヶ浜さんしか頼る人がいないの」
結衣「そ、そう言われると……」
八幡「悪さをする前提で話進めんな。しねーから。俺、すっげー優良民だから」
結衣「ヒ、ヒッキー、お願いだから、離れて歩いてね?」
八幡(この言葉で蘇る、小中学生時代の遠足。多くは語るまい。だって、涙が出ちゃう。ボッチだもん)
結衣「二人とも、また明日!」
八幡「頼むからもう俺の顔を猫にすんなよ」
川崎「もうしないよ。あんたと同じ教室にいるだけで、目がかゆくなった気がするし」
八幡(なら、なぜ試した?)
翌日
八幡「戻ったな、俺の美顔。もう猫はこりごりだ。元通りなのに、耳に違和感あるし」
小町「お兄ちゃん、いつまで鏡眺めてんの? ナルシストは小町的にポイント低いよ?」
八幡「見ろ、これがお兄ちゃんの顔だ。懐かしいだろ?」
小町「懐かしいもなにも、昨日と同じ猫じゃん。治らなかったの?」
八幡「……え? さっきは……あれ? あれれ?」
??「上手くいったのかしら?」
終わり
おまけ
戸塚「元気出してよ、八幡」
八幡「……無理。戸塚のお願いでも無理」
戸塚「ほら、これあげるから、ね?」
八幡(と、戸塚が俺にプレゼント? な、何だ? なんなんだ、この袋の中身は?)
戸塚「気に入ってくれると嬉しいけど」
八幡「出してみてもいいか?」
戸塚「うん!」
八幡(なにかな? なにかな? ……あれ? これって……)
戸塚「美味しいといいんだけど」
八幡「……猫缶……だと……?」
おまけ終わり
ふと思いついたのを書いた
読んでくれてありがとう
このSSまとめへのコメント
猫缶って味付けが薄いだけで人間でも喰えるんだよな
何があっても、ヒキタニの目は腐ってんのか・・・・・
せめて猫耳とか肉球だけなら…だめだな