冬馬「プロデューサー、人間やめるってよ」(666)

プロデューサーさんが無断欠勤をしてから、今日でもう7日目となる。


そう。プロデューサーさんが無断欠勤をしてから、今日でもう7日目だ。

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………………

いや、無断欠勤などという言葉を使うのは止めよう。



失踪。

失踪だ。

プロデューサーさんが失踪して、もう7日目だ。

当初は事務所の誰もが、事態を軽く見ていた。

律子さんはブツブツと言いながらも代わりの仕事をこなし、社長も代役を買ってでた。
アイドルのみんなも、「どうしたんだろうね」と言う程度だった。

いや、正確には美希ちゃんはかなり騒いでいた。
が、それはプロデューサーを心配してというよりは、いない寂しさの発露だった。

伊織ちゃんは終始、機嫌が悪かった。

春香ちゃんは、いつもより笑顔が少なかったし。

雪歩ちゃんはお茶碗を、2つほど割った。

明らかにいつもとは違う、765プロ。
だが、それだけだった。

そう。最初の日は、それだけのことだった。

だけど、次の日もやはりプロデューサーさんは出社して来なかった。

律子さんと社長は、何度も電話をかけたが繋がらない。
春香ちゃんと千早ちゃんも、何度もケータイで連絡を取ろうとしていた。
伊織ちゃんは、水瀬財閥の力でプロデューサーさんを捜索しようか迷っており、千早ちゃんと真ちゃんに相談をしていた。
雪歩ちゃんは、気分不良を訴えて早々に帰宅した。
そして美希ちゃんは、仕事をドタキャンした。良くない事だが、誰も何も言わなかった。

3日目の夜、私と社長はプロデューサーさんの家を訪れた。
事務所からそう遠くない、ワンルームマンション。

明かりはない。
鍵はかかっている。
インーターホンを鳴らす。
反応は無い。

社長は管理人に事情を話し、身分証明に運転免許証を見せた。
初老の男性である管理人は、少し逡巡したが「自分の立ち会いのもとなら」と鍵を開ける事を承諾してくれた。

再びプロデューサーさんの部屋のドアの前に立つ。

高木「私が呼ぶまで、君はここにいてくれないかな。それから、ドアが開いても中を見ないように」

意味を理解するのに、時間がかかった。
社長はドアを開けた瞬間に、ショッキングな光景を目の当たりにする……
そういう可能性まで、考慮に入れているのだ。

私は足が震えた。

高木「いいね?」

ガチャ
管理人の合い鍵で、ドアは開いた。
私は、目を閉じた。無意識のうちに、力を込めて閉じていた。

高木「P君? いるのかい? P君!」

社長の声は、次第に遠くなる。
部屋の中に入ったんだ、と気づく。
おそるおそる、私は目を開いた。

空っぽの玄関。
最悪の光景は、無かった。
少しホッとした私に、部屋の中から社長の声が聞こえてきた。

ごめんなさい、急用で一旦ここで止まります。

高木「……これは……」

明らかに絶句している、社長の声。

「どうしたんですか……?」
私の声に、社長が答えてくれる。

高木「きたまえ」

おそるおそる、室内に入る。
そこで私が、見たものとは……

「伊織……ちゃん……」
プロデューサーさんの部屋は壁に、特大顔アップガチャポスターが貼ってあった。
ガチャポスターは、1000円のガチャくじで販売されているもので、765プロのアイドルみんなの顔アップのポスターだ。

プロデューサーさんの部屋にあったのは……伊織ちゃんの特大顔アップポスターだった。

そしてそれを除けば、殺風景とも言える部屋だった。
一般的な家具調度品はあるが、本とかDVDの類は一切無かった。
プロデューサーという仕事をしていながら、パソコンすら無かった。

その人が生活をしている空気の薄い部屋の中、伊織ちゃんのはじけるような明るい笑顔だけが、照明のように輝く部屋。

初めて入る、プロデューサーさんの部屋。
ある意味、初めて知るプライベートな部分。

そこで私はある意味、いい知れない不安感のようなものを感じた。

>>17 訂正

× ある意味、初めて知るプライベートな部分。
○ 初めて知る、プライベートな部分。 

高木「これは……日記帳かな?」

社長は机の中から、鍵のついた日記帳を取りだした。

高木「これを、お借りするわけにはいきませんか?」

管理人「申し訳ありませんが、それは」

高木「そうですか」

管理人「警察からの要請ならまた、話は別ですが」

その言葉に、私はドキリとする。
警察沙汰……事件……

プロデューサーさんは、事件にかなにかに巻き込まれたんだろうか?
足がガクガクと震える。
その崩れ落ちそうな私を、社長が支えてくれる。

高木「一旦我々は、失礼します」

社長の言葉に管理人は頷くと、再びプロデューサーさんの部屋のドアを閉めた。

マンションから離れると、社長はポケットから何かを取り出した。

「何ですか?」
私の問いに、社長は肩を竦めた。

高木「ケータイだな。部屋で見つけたんだが……日記とケータイ、どっちを持ち帰ろうかと正直、判断に迷ってね」

「もしかして、手品ですか……」
驚いた。社長は日記で管理人の目を引いて、ケータイをポケットにしまったらしい。

高木「電話やメールのやりとりなどを、調べてみるよ」

「はい」

高木「明日、朝になっても連絡がなかったら……警察に連絡をする」

「わかりました」
そう、わかっていた事だ。
そろそろ手をこまねいて、待っているだけというわけにはいかなくなってきている。

朝になった。
定時になっても、やはりプロデューサーさんは出社しなかった。
社長は担当地域の警察署に出向くと、事情を説明した。

この業界が、色々な意味で怖い所だという事は、自分でも身をもって知っていたはずだった。
それでも驚いた事には、その日の午後には765プロ躍進の原動力であるプロデューサーさんの失踪についての取材の申し込みが、複数件あった。

美希「ハニイイイーーー!!!」

応対している電話口の側で、美希ちゃんが泣き出した。
慌てる私を尻目に、伊織ちゃんが私の手から受話器を奪い取ると、電話機に叩きつけた。

テレビ局が取材に来たのは、翌日だった。



そして今日が、失踪から7日目になる。


事務所の空気は、最悪だった。
全員、なんとか仕事はこなしていたが、その最中に必ずプロデューサーさんの事を聞かれていた。

高木「ちょっと私にはわからないです。事務所を通してください。そう言うんだよ、みんな。いいね?」

みんな社長のこの指示に従ってはいたが、この業界のジャーナリストはしつこい。
全員が、心労の上に疲弊していた。

『今朝早く、多摩川の河川敷で身元不明の男性と思われる遺体が発見されました』

テレビのニュースに、全員がハッとして頭を上げる。

『遺体は20代の男性と思われ、また身元を証明するような物は見つかっておらず、警察は……』

美希「……ハニー?」

美希ちゃんがフラフラと、テレビに向かう。

伊織「そんなわけないでしょ!」

美希「でも…………でも………………」

伊織「そんなわけない!! そんなわけないのよ!!!」

伊織ちゃんは両手を固く握りしめながら、必死で叫んでいた。

美希「ハニー……なの…………?」

伊織「誰かテレビ消して! 消してよ!!!」

やよいちゃんが、伊織ちゃんの隣に座り頭をなでると、とうとう伊織ちゃんは泣き出した。

真美ちゃんと亜美ちゃんは、叱られたように顔を伏せて何も言わない。

貴音ちゃんは、祈るようにして目を閉じている。

雪歩ちゃんは、真ちゃんにしがみつくようにして泣いている。
その真ちゃんも、目は真っ赤だ。

その中で、とうとう春香ちゃんが泣きながら事務所から走り去っていった。

千早「私が」

千早ちゃんがそう言うと、律子さんは頷く。
バタバタと千早ちゃんは、春香ちゃんを追いかけた。

私はそっと席を立つと、社長のもとへと向かった。

本日は、一旦ここで止まります。

私の顔を見て、社長は軽く眉をしかめた。

高木「履歴書に書かれた彼の出身地だが、デタラメだった」

「え……」

高木「群馬県前橋市となっているが、そこから後の住所は存在しない」

入社以前から、プロデューサーさんはなにかを隠していた?

「先日のケータイですけど……何かわかりましたか……?」

私の問いに、社長は顔を更にしかめた。

高木「カンが鈍ったかな……これなら日記の方を持ってくるんだったよ」

その言葉が、手がかりは無かった事を何より物語っていた。

高木「まずこのケータイだが、普段彼が使っているものではなく、登録アドレスは1件しか無かった」

言われてみればそれは、確かにプロデューサーさんが普段使っているケータイでは無い。

高木「ああ。彼は若いのに簡単ケータイを使っていたからね」

先日、プロデューサーさんの部屋から持ち帰ったのは、二つ折りのケータイだった。

「登録先のアドレスって、誰なんですか……?」

高木「登録名は『W』となっているな。まだかけていないし、メールも出していない」

「履歴とか、メールは……?」

高木「……君だから話すが、相手はどうやら女性。しかもP君とは、恋愛関係にあったようなんだ」

社長は私を信頼してそう話してくれたようだが、ショックだった。
正直、胸が痛む。
だが、今はそんな事で躊躇はしていられない。

「つまり彼女専用の、プライベートなケータイなんですね……」

高木「ま、そうなるかかな。多少、首をかしげる点もあるが」

「え?」

高木「相手から電話はかかっていない。通話は必ず彼から、それも決まって夜の10時にかけている」

「メール……は?」

高木「帰宅すると、その旨と『好きだよ』と書かれたメールが送られている。返信は無い。まあ、彼がいちいち相手からのメールや着信履歴を消去している可能性もある」

恋愛経験の薄い私でも、かなり不思議な話だ。

夜の10時に必ずする電話。帰宅を知らせるメール。

それはまるで……

何かの定期連絡のようだ、そう思う。

高木「ついでに言うと、ケータイはほんの2週間前から使われているようだ」

2週間……
プロデューサーさんが失踪する、さらに1週間前だ。

その時、なにか有ったんだろうか……?

高木「それで? なにかあったのかね? 随分と急いでやって来たようだが」

そうだった。
私は。テレビのニュースの件を、社長に告げた。

高木「ふむ……まず彼では無いと思うが、念のために確認に赴くべきかな?」

どうやら社長は、ニュースの男性はプロデューサーさんではないと確信しているようだった。

「プロデューサーさんじゃない、んですよね……?」

高木「ああ。警察には彼が失踪した件を話してあるし、写真も渡してある。もし彼なら、すぐに連絡があるはずだ」

張りつめていた緊張が、みるみる緩んでいくのが自分でもわかる。

高木「みんなにもそう言って、安心させてやってくれ。私は念のために警察に行ってみる」

私は急いで事務所に戻り、みんなに社長の言葉を聞かせてあげる。

みんなは、一様にホッとした表情を浮かべる。

伊織「あったり前じゃない。だから言ったのよ、そんなはずないって。私、ちゃんとわかってたんだから」

響「ふーん」ニヤニヤ

真美「お→お→」

亜美「やよいっちに、頭撫でられて泣いていたにしては、確信をもったお言葉でしたなあ」

伊織「な、なによ!」

伊織ちゃんが強がり、真美ちゃんと亜美ちゃんがそれを茶化すと、みんなが笑った。

少しだけ、事務所がいつもの事務所に戻った瞬間だった。

けれど、それも長くは続かない。

やよい「うふふ。美希さんも、良かったですねー……あれ?」

真「? あれ、美希?」

律子「! 美希!? どこに行ったの!!」

真美「あれ→? ミキミキなら、さっき電話に出てたけどな→?」

電話?
誰からの?
何の電話?

亜美「その後、出ていったよ→」

律子さんが、猛烈な勢いでケータイを操作する。

律子「美希! あんた今、どこにいるのよ!?」

美希「……律子……さん。ミキがハニーを探し出すの!」

美希ちゃんは、ケータイを切った。

それ以降、誰がかけても美希ちゃんはケータイに出なかった。

美希ちゃんがどこへ行ったのか、私達は午後のワイドショー番組でそれを知ることになる。

司会「さて、昨日もお知らせした765プロのプロデューサーが行方不明となっている件、今日はその765プロのアイドル星井美希ちゃんに来てもらいました」

美希「よろしくお願いします、なの」

律子「美希……あの娘、勝手に……」

司会「プロデューサーさん、やっぱり行方不明なんだよね? 心配だよね、美希ちゃん」

美希「そうなの。ハ……プロデューサーは、もう一週間も連絡がないの。ミキ、心配なの……」

美希ちゃんの目から、涙が落ちる。
演技じゃない。本気の涙に、スタジオのゲストも沈痛な表情だ。

司会「プロデューサーさんは、いなくなる前に何か変わった様子は無かった?」

美希「いつもと一緒だったの。ミキね、プロデューサーが心配なの」

司会「美希ちゃんは、プロデューサーさんが好きなんだね?」

一瞬、スタジオの空気が変わる。

下卑た視線が、美希ちゃんに集中するが画面を通しても伝わってくる。

美希「そうなの。ハ……プロデューサーは、ミキがキラキラするのを助けてくれるの。大切な存在なの」

司会「そ、そうなんだ。でもそれってつまり……」

美希「だからプロデューサー! これを……ミキの声を聞いていたら、戻ってきて欲しいの!! ミキ、待ってるの!! ミキのファンのみんなも、プロデューサーの事を一緒に探して欲しいの! プロデューサーの事を知ってるとか、見た人はミキに知らせて欲しいの!! お願いなのーーー!!!」

司会者を無視して、美希ちゃんは必死でテレビに向かって話していた。

それまでハラハラした面持ちで見ていたみんなは、少し微笑んだ。

律子さんも口ではブツブツ言いながら、そっと眼鏡を外すと涙を拭いていた。

一旦ここで、止まります。

番組はその後、胡散臭い占い師が『プロデューサーは西にいる』と言ったり、バラエティみたいな内容で終わった。

夜になり、美希ちゃんは項垂れて帰ってきた。

美希「ゴメンなさいなの!」

美希ちゃんは、みんなに頭を下げた。
勝手な事をした、という意識は美希ちゃんにも勿論、ある。

真「……すごいよ、美希は」

美希「……え?」

やよい「ひとりでテレビ局に行って、あんなこと私は言えないですー!」

真美「そ→だね→」

亜美「さすがミキミキ、だね→」

千早「これで見つかると、いいわね。プロデューサー……」

美希「みんな……」

伊織「ま、美希にしちゃあ良くやったじゃない」

美希「でこちゃん……」
伊織「でこちゃんゆーな!」

律子「……美希!」

美希「律子……さん、ゴメンなの」

律子「まったくアンタって娘は……」

雪歩「り、律子さん……美希ちゃんは……」

貴音「美希なりにあの方を思って……」

律子「やるならもっと、上手く利用してやんなさい!」

美希「え? なの」

律子「語りにしてても、情報を集めるにしても、もっと段取りとか……その……とにかく! もっと上手にアピールできたはずでしょ!」

美希「律子!」

美希ちゃんが、律子さんに抱きつく。

律子「さん……を、つけなさい」

コツン
律子さんは軽く、美希ちゃんを叩いた。

真「この際だからさ、ちゃんと情報収集の窓口とかつくろうよ!」

雪歩「専用のサイトとか、電話とか用意して」

千早「そうよね! いい考えだわ」

真美「ゆ→め→人の真美たちが、みんなで呼びかけたら→」

亜美「うんうん。兄ちゃんなんか、す→ぐ見つけちゃうYO!」

美希「そうなの! きっとそうなの!」

律子「よ→し、いっちょやりますか!」

伊織「ふふん、やっとみんないつもの調子が戻ったわね。じゃあ春香、いつもの……春香?」

春香ちゃんは、まだ独りで蒼い顔をしていた。

そしてひと筋、涙が頬を伝うと……

春香ちゃんは、顔を覆って泣き出した。

春香「ごめんなさい……ごめんなさい……みんな……プロデューサーさん……ごめんなさい!!!」

「春香……ちゃん?」

春香「みんな、ごめん! プロデューサーさんがいなくなったのは……私の……私のせいなんだよ!!!」

暫くして泣きやんだ春香ちゃんは、プロデューサーさんとの間に何があったのかを話し始めた。

それは、プロデューサーさんがいなくなる、3日前の事だった。

予定外に時間ができたので、少し投下しました。

本日はここで、一旦止まります。

春香の回想(プロデューサー失踪3日前)


春香「……あ、天海春香! ただいま戻りましたっ!!」

P「な! 春香!? どうした? 帰ったんじゃなかったのか!?」

春香「あ、あはは……それがですね、駅の階段で転んじゃいまして……」

P「なんだって! け、ケガは!?」

春香「あ、それは大丈夫です。ほら私、よく転ぶけど怪我だけは……」

P「そうか。だけど気をつけろよ……って、春香? もう10時だぞ! 急がないと電車がなくなるぞ」

春香「……」

P「春香?」

春香「プロデューサーさん……私の話、聞いてくださいますか?」

P「? 大事な事か?」

春香「はい」

P「わかった。ちょっとまっててくれ、電話を1件終わらせてからゆっくり聞く」

春香「いいですよ」

P「……ああ、俺だ。いや遅れたといっても、5分かそこらだろ? ちょっと手が離せなくて……いや、違う」

春香「……」

P「わかったよ。いいよ、埋め合わせを今度するよ。それじゃあ」ピッ

春香「……電話、彼女ですか?」

P「……春香?」

春香「それ、いつものケータイじゃないですよね?」

P「おいおい、春香? 今日はやけに厳しいな」

春香「電話、すごい親しそうでした……」

P「そんな風に聞こえたか? へえ……」

春香「彼女なんですね?」

P「いや……違う」

春香「ほんとですか?」

P「少なくとも俺は、そのつもりはない」

春香「ほんとですね?」

P「春香? 今日は本当に一体どうした……」

春香「じゃあ私とつき合ってください!」

P「……え?」

春香「わ、私と! つき合ってください!! 私、プロデューサーさんの事が好きなんです!!!」

P「好き……? 春香が、俺の事を?」

春香「ずっと……ずっと、プロデューサーさんが好きでした。優しくて、いつも一生懸命で、そして……いつも夢に向かって輝いていて」

P「俺の事を……好き? 夢に向かって輝いている? 俺が……?」

春香「最初は尊敬していました。でも、その想いがいつか私の中で、愛情に変わっていったんです。好きです、好きですプロデューサーさん!」

P「……春香」

春香「言いたい事は、わかります。私はアイドルです。でも、でも……」

P「いや、そうじゃない」

春香「アイドルじゃなくて、私をひとりの女性として見て欲しいんです!」

P「……そうじゃない。そうじゃないんだよ、春香」

春香「え?」

P「俺の事を……本当に好き、なのか……?」

春香「はい! 最近はいつもプロデューサーさんの事を考えてしまいます。それに……」

P「? なんだ?」

春香「みんなも……いえ、とにかく、本当に私はプロデューサーさんが好きなんです」

P「……そうか」

春香「もちろん、アイドルとしてもがんばります。人には内緒でいです。だから……私とつき合ってください。お願いします!」

Pの胸に飛び込む春香。

P「は、春香……意外と大胆だな」

春香「駅で転んだら、なんだか事務所に戻ろうって気になって……事務所にプロデューサーさんがいるのわかったら、なんだか抑えられなくって……」

P「好き……好き、か……」

春香「プロデューサーさん? 笑ってるんですか?」

P「ああ。でも、春香の事を笑ってるんじゃないぞ」

春香「え?」

P「今さ、俺……ちょっと個人的な問題をかかえてるんだ」

春香「はあ」

P「返事はさ、それが解決してからでいいかな?」

春香「! はいっ!! ま、待ってます私。待ってますから……」ポロッ

P「泣くなよ。どう答えるか、俺にもまだわからないし」

春香「そ、そうなんですか?」

P「でも春香のおかげで、気がついた事がある。それについては……感謝している」

春香「?」

P「さあ、本当に電車が無くなるまでに帰るんだ。なんなら駅まで送る」

春香「だいじょ……あ、えっとー……やっぱり送って下さい!」

P「はいはい、お姫様の仰せのままに」

Pはメモ帳に左手で何かを書き付けると、事務所の鍵を取り出した。

P「今日はもう仕事も終わりだ。さ、行こうか」

春香「はい!」

千早「……それで?」

春香ちゃんの話が終わり、まず千早ちゃんが口を開いた。

春香「え?」

響「え? じゃないぞ」

貴音「そうです。肝心なのは、その後のはず」

真「その後、なにがあったんだい?」

みんなからの矢継ぎ早の質問に、春香ちゃんは少したじろぐ。

春香「え、えっとー何か食べて帰りましょうって誘ったんだけど、本当に電車が無くなったらどうするんだ、って軽く怒られて……」

律子「……いや、そうじゃなくて!」

ついに律子さんが、強く言った。

春香「ええ?」

響「一体今の話のどこに、プロデューサーが失踪する要因があったんだぞ?」

真美「そ、そ→だよ→」

亜美「はるるんの勇気はすごいと思うけど→」

雪歩「それでどうしてプロデューサーが、失踪しちゃうんですか?」

春香「だからつまり……トップアイドルの私から告白されたプロデューサーさんは、愛と仕事の板挟みにあって、それで思いあまって……」

それまで緊張し、真剣に春香ちゃんの話を聞いていたみんなは、みるみる脱力し呆れる。

伊織「ばかばかしい! いくら唐変木のアイツでも、そんな理由で失踪するはず無いじゃない!!!」

真「ちょっと自意識過剰じゃないかなあ」

律子「ちょっと春香、あなたもしかしてここ数日、本気で今の事を悩んでたの? 真剣に?」

春香「だ、だって……ドキドキしながら返事待ってたら、プロデューサーさんあんなことに……時期的にも変わった事ってそれぐらいだと思ったから……」

やよい「そうなんですかー」

やよいちゃんが、なぜか春香ちゃんに感心する。

真美「も→なんか時間を損した気分だよ→」

春香「そんなあ。じゃあもしかして、私の告白とプロデューサーさんの失踪は……」

千早「関係ないわね、間違いなく」

春香「ううう……良かった」

その場にへたり込んでしまう春香ちゃん。
無理もない。
ここ数日、春香ちゃんは自責の念にかられていたに違いないのだ。

貴音「でも春香の告白はともかく、わたくしも言っておきたい事があります」

貴音ちゃんは、凛とした声でみんなに言った。

貴音「あの方は、実は脅迫をされておいででした」

緩んだ空気が、再び張り詰める。

脅迫?
プロデューサーさんが?

響「た、貴音! 本当か?」

貴音「ええ。あの時は気にするなとあの方に言われましたし、この業界では脅し程度は日常茶飯事と言われましたので得心いたしましたが……」

貴音ちゃんの言葉は、嘘ではない。
芸能界も、裏では色々な綺麗事では片付けられない事がある。

貴音「ですが、春香の話を聞いていてはっといたしました。何気なく思っていた事でも、もしやあの方の失踪に繋っているのでは、と」

貴音ちゃんはそう前置きすると、話し始めた。
それはプロデューサーさんが失踪する、6日前の事だった。

一旦ここで、止まります。

貴音の回想(プロデューサー失踪6日前)


貴音「……あなた様?」

P「……」

貴音「あなた様!」

P「うおっ! お、おお。貴音か。どうした?」

貴音「それはわたくしの言葉です。あなた様は、今朝からなにやらご煩悩の様子。なにがあったのですか?」

P「……なんでもない。ちょっとビックリする事が昨日、あってな」

貴音「それはなんですか?」

P「まあ、貴音に話す程でもない。さっきも言ったが、ちょっとビックリしたが、思い出してみると微笑ましいという気にもなってきた」

貴音「? なんの事やら、わたくしにはさっぱり」

P「はは、いいんだ。さ、仕事だ」

貴音「……はい。あなた様の表情も、晴れたように見受けられます。安心いたしました」

P「そうか……悪かったな、心配かけて」

貴音「いえ。ではその企画書を……これは?」

P「ん? あれ、企画書はこれ……貴音! それは見るな!!」

貴音「『Pは殺す』『必ず殺す』『その日は近い待っていろ』『夢にまで見たPの死ももうじきだ』……どの紙にも……あなた様、これは!?」

P「た……貴音、これは……これはな」

貴音「あなた様を殺害するという予告、いえ脅迫ではありませんか!!」

P「あ……あ、ああ。そうだ」

貴音「すぐに警察に届けを」

P「……」

貴音「あなた様? 早急に対策をとらねば!」

P「いいんだよ、貴音。こんなの気にするな」

貴音「そうは参りません。あなた様にもしもの事があれば、わたくしは!」

P「こんなのはな、この業界じゃあ日常茶飯事だ。ステージの上は、輝いている。でも裏に回ればその分、ドロドロした闇の部分がある」

貴音「……世の中が、建前だけではないことはわたくしも承知しております。ですが……」

P「まあ聞いてくれ、貴音。こんな脅し文句は、いつも口だけだ。実際に殺されたやつなんていやしない」

貴音「それは、まことですか?」

P「ああ、弱い奴ほどよく吠えるもんだ。口では殺す殺す言ってても、実際は……」

貴音「? あなた様」

P「ははは。ははははは。あはははははは!」

貴音「あなた様!? どうなさったのですか、あなた様!!」

P「はははははは……いや、すまない貴音。俺も『殺す』って書かれて少なからずビビってたのかもな。相手がブルブル怯えながら俺を脅しているんだと思ったら、ちょっと笑えてきた」

貴音「そうですか。ですがあなた様、存分にご注意を」

P「ははは。貴音は、心配性だな」

貴音「あなた様は、いけずです。わたくしがこれほど心配しておりますのに」

P「……悪い。貴音の気持ちは、肝に銘じておくよ」

貴音「くれぐれも、油断なきように」

P「わかったよ。でも、繰り返すけど心配するな。こんなの本当になんでもないから」

貴音「あいわかりました」

脅迫……いや、明確に何かを要求されていない以上、犯行予告ともとれる文面。
そんなものをプロデューサーさんは、いくつも受け取っていたんだろうか。

亜美「お姫ちん、それ……ホント?」

亜美ちゃんは怖くなったらしく、真美ちゃんに抱きついた。
真美ちゃんも震えている。

無理もない。
自分達のいる世界、いや世界の裏側を知ってしまったのだ。

貴音「本当です。ですが、あの方も仰ってました。心配はない、と」

真美「でも……でも兄ちゃんは……」

そう、現実にプロデューサーさんは姿を消した。
まだ幼い二人には、私以上の恐怖だろう。

私は二人を抱きしめた。

美希「やっぱりハニーは、誰かに狙われてたの! きっと身の危険を感じて、どこかに隠れてるの」

真「……」

美希「ね、真クンもそう思うよね?」

真「悪いけど……あのプロデューサーが、そんなコソコソするとはボクには……」

伊織「そうね。それにアイツが、私たちをほったらかして、しかも黙って自分だけ逃げるなんて、ちょっと想像できない」

千早「私も、そう思います」

貴音「でもそういたしますと、あの方は脅迫者の手に……」

律子「貴音!」

貴音ちゃんは、はっとして口を閉じた。
また、美希ちゃんは泣き出した。

響「なあ、自分は美希の言うことアタリじゃないかと思うぞ」

不意に響ちゃんが、そう言った。

響「いざとなったら、とりあえず逃げるのは間違いじゃないんだぞ」

やよい「そういえばー。響さんの家族の動物さんも、よく響さんが食事を食べちゃって家出とかしますよねー」

響「うぎゃー! やよい、それは言わない約束だぞー!」

響ちゃんの絶叫に、みんな少しだけ笑った。

雪歩「つまり響ちゃんは、プロデューサーはとりあえず身を隠しているんじゃないか、って言いたいんだね」

響「そうさー。そしてその潜伏先、自分完璧だからわかったぞ!」

自信満々の響ちゃん。
みんなは驚く。

美希「どこ!? ハニーはどこにいるの!!」

響「人は誰でも、困ったときは故郷に帰る……そういうものなのさー」

ああ……

たぶん、響ちゃんの言っている事は正しい。
もしプロデューサーさんが無事なら、故郷にいる可能性だって低くはないかも知れない。

だけど私は知っている。
知ってしまっている。

プロダクションに提出された履歴書の住所が、出鱈目である事を。

プロデューサーさんの故郷に行きたくても、肝心のそれがどこなのかがわからないのだ。

貴音「成る程。故郷から遠く離れて暮らす者なら、よくわかります。流石は響」

真「響も貴音さんも、そうですもんね。こりゃあ説得力のある言葉だよ!」

千早「……そうね」

美希「さっそくこれから行くの! ハニーのふるさとへ!!」

ようやく美希ちゃんの明るくなった声に、逆に私は暗然となる。
盛り上がっているみんなに、私はなんて言えばいいんだろう……

しかしここで、意外な娘が意外な事を言い出した。

一旦ここで、止まります。

本日中にもう1回、更新できたらと思っています。

やよい「行きましょう! プロデューサーのこきょうのあずきじまへ!! うっうー!!!」

春香「え?」

千早「ええ?」

響「あずき……じま?」

真美「どこ?」

亜美「それ?」

みんな一様に困惑する。

いや、私も違った意味で困惑している。
あずきじまがどこかはわからないが、やよいちゃんはプロデューサーの出身地を知っている?

それはどうして?

やよい「えー? あずきじまだよ、あずきじまー。このあいだ食べた、おそうめんに書いてあったところだよー」

律子「それはひょっとして……」

伊織「やよい、それは小豆島(しょうどしま)って読むのよ……」

やよい「ええー! そうなんですかー? もしかしてそれであの時もプロデューサーは笑ってたんですかー……」

頬を、少し染めるやよいちゃん。
怪訝な顔をしていた千早ちゃんも、笑っていた。

春香「ねえやよい、その時のことを私たちに話してよ」

やよい「は、はい。ええとあれは……」

「?」

なぜかやよいちゃんは、さらに頬を染めて話し始めた。

それはプロデューサーさんが失踪する、5日前の事だった。

P「ふう。悪かったなやよい、ごちそうになっちゃって」

やよい「とんでもないですー。プロデューサーにはいつもおせわになってますし」

P「はは。そうめんなんて、久しぶりに食べたよ」

やよい「そうなんですか?」

P「昔は、あんまり好きじゃなかったからな。なんとなく敬遠していたし……でも、改めて食べると美味しいもんだな……」

やよい「はわわ! ごめんなさいプロデューサー」

P「? なんで謝るんだ?」

やよい「私、プロデューサーの嫌いなもの出しちゃったんですね」

P「あーいやいや、違う違う。味じゃないんだよ、食べなかったのは」

やよい「そうなんですかー……?」

P「ああ。やよいが料理してくれたから、美味しかったよ」

やよい「ありがとうございます。あーでもー」

P「ん?」

やよい「グリーンピース、残しちゃダメですよ。栄養だっていーっぱい入ってるんですからね!」

P「……そうだな」

やよい「しっかり食べないと……あれ?」

P「……」

やよい「プロデューサー?」

P「昔、同じ事を言って怒られたよ。涙目で真剣に怒ってたな……」

やよい「それって、プロデューサーのお母さんですか?」

P「……」

やよい「プロデューサー?」

P「俺に……親は、いない」

やよい「! ご、ごめんなさいプロデューサー!」

P「え?」

やよい「私……私、知らなくって……」

P「あ、ああ、いいよ。別にどうってことないから」

やよい「でも……」

P「いいんだよ。気にしないでくれ、やよい。もう慣れっこだ」

やよい「でも……」ジワァ

P「ああ、泣かないでくれ。本当に、なんでもないんだ。俺はなんとも思っていないから」

やよい「……はい」

P「このそうめんな、箱を見てビックリしたよ。このそうめんを作っている島で、俺は育った」

やよい「ええと……あずきじま、ですか?」

P「あはははははは」

やよい「? どうしたんですか? プロデューサー」

P「いや、なんでもない。島のこと、思い出したよ」

やよい「いい所なんですかー?」

P「……そうだな。風が吹くと、そうめんとごま油の匂いがしてきたな」

やよい「わあー。じゃあそれだけでご飯が食べられそうで、お得なカンジがしますね。うっうー!」

P「……ああ」

やよい「プロデューサーは、どんな子だったんですか? やっぱりおりこうさんでしたか?」

P「……いや。俺は、手のつけられない悪ガキだった」

やよい「うふふ。プロデューサーは、ウソがへたですね」

P「いや、ホントだって。よくセンセイに怒られた」

やよい「あ、じゃあさっき怒られたって言ってたのも……」

P「ああ施設のセンセイに、な。本当に、悪い子だったな……俺は誰も好きじゃなかったし、誰も俺を好きじゃなかった」

やよい「そんなこと……」

P「人間ってのをさ、やり直せるなら……俺はあの頃からやり直したいな。捨てられた事は、どうでもいい。でも、あの頃、俺がもうちょっとマシな人間だったら……今だって……」

やよい「そんなこと……言わないでください」

P「え?」

やよい「プロデューサーはすてきな人です。みんなみんな、プロデューサーがだいすきですよ?」

P「みんな?」

やよい「事務所のみんなですよー!」

P「俺を好き?」

やよい「そうですよ」

P「仕事の上だけじゃなくて、か……?」

やよい「お仕事はかんけいないですよ。みんな、プロデューサーがだいすきなんです」

P「……そんなわけは……」

やよい「ほんとですー!!!」

P「……」

P「…………」

P「………………」

やよい「ほんとです……よ?」

P「……そうか」

話し終えたやよいちゃんは、真っ赤になっていた。

なぜ?

響「うう……」

雪歩「プロデューサーに、そんな過去があったなんて……」

真「うん、びっくりだね」

春香「普段は、あんなに明るいからビックリだよ」

千早「……」

真美「真美、泣きそう……」

亜美「亜美なんか泣いちゃったよ」

美希「ハニ゛ィィィーーー」ボロボロ

貴音「いつもはそれを微塵もみせず……あの方は、立派です」

律子「人間はね、誰しも心の中に誰にも見せない鍵付きの部屋を持っているのよ」

亜美「おお→りっちゃん、大人の言葉→」

真美「りっちゃんにも、そ→ゆ→のあるのかな?」

律子「こら、茶化さない。それにしても小豆島ねえ……行ったこと無いから、よくわからないけど……」

伊織「私、行ったことあるわよ」

美希「さすがでこちゃんなの! じゃあ案内は頼むの」

伊織「……そ、そうね」

あれ?
めずらしく伊織ちゃんが、美希ちゃんの『でこちゃん』に文句を言わなかった?

律子「そうね。このままでいるよりは、こちらから探しに行くのもアリよね」

響「じゃあ移動手段の手配、律子頼むぞー」

律子「え? 響も行くつもりなの?」

響「え? もちろんだぞ」

貴音「勿論、わたくしも」

春香「プロデューサーさんの故郷! 行くしか!」

千早「そうね、私も行ってみたいわ」

真美「真美達だってね→」

亜美「行きたいよ、兄ちゃんトコ」

雪歩「わ、私も……」

真「ボクだって!」

やよい「うっうー!」

うわ、みんなの気持ちはわかるけど、これじゃあ埒が明かない。

律子「そうね……よく考えれば、私は仕事をしないといけないわよね」

春香「スケジュールが空いてるのは……」

律子「伊織にやよい、千早と……」

律子さんが、私を見る。

え?

私? 私が?

律子「引率役、お願いしますね」

「わかりました……」

この中で成人しているのは私だけ、これは私がしっかりしないと。

美希「いやなのー! ハニーの故郷には、ミキが行くのー!!」

律子「ミキ、仕事も大事でしょ!」

美希「いやったら、いやなのー!!!」

伊織「ふう。あのね美希、でももしかしたらアイツはここに帰ってくるかも知れないのよ?」

美希「え? そ、そうなの?」

千早「そうね。故郷に帰るのもありえるけど、ここに帰る可能性も高いわよね」

真「ここは、プロデューサーにとっても家同然だもんね」

雪歩「うん……そうかも知れないね」

春香「そっか、そうだよね。わかりました! 私は事務所でプロデューサーさんを待ちます」

美希「ならミキもそうするの!」

話はまとまった。


私は帰社した社長に事情を話した。

高木「なるほど、小豆島ねえ。よし、行ってきてくれたまえ」

私は頷く。

プロデューサーさんが見つかるかは、わからない。
それでも何か手がかりを、見つけたい。

そしてもうひとつ。
島へ向かうメンバーは、偶然とはいえ理想的だ。

この旅で、彼女達と少し話をしてみよう。
彼女達3人は、まだみんなに話していない事がある。
私はそう、確信していた。

本日は、一旦ここで止まります。

>>41 訂正
×先日、プロデューサーさんの部屋から持ち帰ったのは、二つ折りのケータイだった。
○先日、プロデューサーさんの部屋から持ち帰ったのは、スライド式のケータイだった。

>>95 訂正
レスの頭に『やよいの回想(プロデューサー失踪5日前)』を追加。

引率、それはこういう意味だっただろうか?

手元には辞書がないため、帰ったらひこう。
うん。

ともあれ私は、右手を千早ちゃん。左手をやよいちゃんに握られ、空港を歩く羽目になる。

伊織「迷子になられちゃ、困るものね。にししっ」

先頭を行く伊織ちゃんは、そう言いながら笑う。

失礼な。私はそんなにまでは、方向音痴ではない。
けれどまあ、これはレクリエーションのようなものだ。
事実、みんなの表情は明るい。

もしかしたらプロデューサーさんに、会えるかも知れない。
そんな仄かな期待が、私たち全員の胸にあった。

高松空港からフェリーに乗ると、やよいちゃんがはしゃいだ。

やよい「うっうー! 私、フェリーに乗るのって初めてですー」

伊織「フェリーに乗ると、映画の『甘い生活』を思い出すわね」

千早「ふうん。どんな映画なの?」

伊織「千早は観ない方がいいかもよ、にししっ」

千早「?」

やよいちゃんと千早ちゃんは、荷物を置くと甲板へと上がっていく。

やよい「伊織ちゃんもおいでよー!!」

伊織「……わ、私はちょっと喉がかわいたから後で行くわ」

千早「そう? じゃあ上で待ってるわね」

見ていると、伊織ちゃんはバッグから何かを取り出し、一生懸命読み始めた。
私はそっと伊織ちゃんの後ろに回ると、声をかけた。

「伊織ちゃん?」

伊織「! な、ななな、なに?」スッ

「今、後ろに何を隠したのかな?」

伊織「な、なんでもないわよ!」

「……そう。ところでね、伊織ちゃんに聞きたいんだけど、いい?」

伊織「なんなの?」

「伊織ちゃん……小豆島へ行ったことあるのよね? もしかしてその時に、プロデューサーに会っていた、とか……」

伊織「……」

「ほ、ほら、よくあるじゃない? 幼い頃に二人は運命的な出会いを……」

伊織「……みんなには、言わないで欲しいんだけど」

珍しく、伊織ちゃんが懇願口調で言う。
その表情は、なんだか申し訳なさそうだ。

伊織「確かに私、小豆島へは行った事あるわ。水瀬の別荘があったから……」

別荘!
さすが、財閥令嬢……

ん?
『あった』?
もしかして過去形?

伊織「行ったのは一度だけ、それも10年も前の事なの……」

10年前なら、伊織ちゃんは5歳。
物心はついているだろうが、記憶は曖昧かも知れない。

伊織「正直、行った事は覚えてないの。だからもしもその10年前に、アイツに島で会っていても私は全然……」

そう言うと伊織ちゃんは、隠していた本を私に見せる。
小豆島の観光ガイドや、地図だった。

責任感の強い伊織ちゃんの事だ。
行った事があると言ったが為に、島の事を何も知らないとは言えなかったのだろう。

伊織「私……アイツに会っていたのかな? 10年前に……」

私は、プロデューサーさんの部屋にあった伊織ちゃんのポスターを思い出す。
あれはなんだろう?
どういう意味があるんだろう?

殺風景なあの部屋で、プロデューサーさんは何を考えて伊織ちゃんのポスターを見ていたんだろうか?

プロデューサーさんの部屋のポスター。
疑問はまだ、残っているが。
その事はまだ、伊織ちゃんには話さないでおく事にした。

責任感の強い、伊織ちゃんだ。
プロデューサーさん失踪の原因を、自分だと思って自責の念にかられるかも知れない。
まだ15歳の少女に、そんな重荷を今は背負わせる訳にはいかない。

全ては、真相が明らかになってからだ。

「そうね……もしかしたら伊織ちゃんは覚えていない10年前、プロデューサーさんは伊織ちゃんに一目惚れして……それで伊織ちゃんに会いたくて島から出たのかもね……」

伊織「な、ば、そ、そんなわけ……」

「伊織ちゃん、ソロライブの時にプロデューサーと随分楽しそうにしてたものねえ……」
私はわざと、話題を変えるために大袈裟に言う。

伊織「始めてアイツのプロデュースでの、単独ライブだったから、色々と打ち合わせてただけよ!」

真っ赤になる、伊織ちゃん。
そしてその顔を見て、昨夜のやよいちゃんを思い出す。

なぜか真っ赤になりながら、話していたやよいちゃん。

きっと、やよいちゃんが話してくれたその日。
まだ話していない、何かがあったのだ。
今度は彼女に、それを聞いてみよう。

「私、先に行くわね……」

伊織「あ……ええ」

伊織ちゃんは再びガイドブックに目を落とす。

私は甲板に上がり、やよいちゃんに声をかけた。

やよい「しおかぜが、とっても気持ちいいですねー」

楽しそうな、やよいちゃん。
多少、気が引けるが……
やはり私は、プロデューサーさんとの事を聞いてみることにした。

「やよいちゃん、怒らないで聞いて欲しいんだけど……」

やよい「はい? 私、おこったりなんかしませんよ」

「うん。昨日、やよいちゃんが話してくれた事だけど……あれで終わりじゃないのよね?」

みるみるやよいちやんの顔が、赤くなる。

「あの後、なにがあったのか教えて欲しいの」

やよい「……はい」

やよいちゃんは、真っ赤な顔のまま語りだした。
それは、ある意味で驚きの内容だった。

やよいの回想2(プロデューサー失踪5日前)


P「やよいの家に来るとさ、家族がたくさんいて……みんな仲が良くて羨ましくなるよ」

やよい「プロデューサーは、家族がいないんですね」

P「育った施設でも、俺は嫌われ者だったしな……正直、家族とか仲間とかよくわからなかった」

やよい「かわいそう……」

P「そう……だな。今、思えばそうだ。俺は嫌われるべくして嫌われていた。センセイがいつも、言ってた通りだったな……」

やよい「なんて言ってたんですか? そのセンセイは?」

P「『人に信じられたければ、人を信じろ。人に愛されたければ、人を愛せ』……」

やよい「すてきな言葉ですねー」

P「……俺は、そう思えなかった。だから反発していた」

やよい「……」

P「馬鹿だったな。自分の生い立ち、環境、人間関係、そういったものを全部全部、憎んでた……」

やよい「プロデューサー……」

P「仕舞いには、センセイをひどい言葉で傷つけた」

やよい「もういいです、プロデューサー」

P「俺は、最低の人間だった……」

やよい「もうやめてくださいプロデューサー。自分をせめないでください……」

しばらく黙り込むと、不意にPは言った。

P「長介達は、もう寝たのか?」

やよい「え? は、はい」

P「今は、2人だけか……」

やよい「そうですけど?」

P「じゃあ……泣いてもいいか?」

やよい「え?」

P「俺は憎しみに駆られ、とんでもない過ちを犯す所だった……」

やよい「そ、そうなんですか?」

P「正直なんで今、やよいにこんな事を話しているのか、自分でもわからない」

やよい「……」

P「俺は……最低の人間なんだ……」

やよい「……いいですよ」

P「え?」

P「泣いてもいいですよ。つらい時は、泣くと楽になれますよ」

自然にPの目から、涙が落ちた。

実際の所、なぜ、なにを泣いているのかはやよいにはわからなかった。
だが、不意に目の前のPがとても可愛そうに。
そして愛おしく感じた。

一粒の涙をきっかけに、Pは泣きじゃくった。

やよいは、そんなPの頭を撫でた。

やよい「よーしよし」

可笑しい。
やよいはそう思う。
まだ子供だという自覚のある自分が、大人であるPをあやしている。

可笑しいと思いながら、やよいはPがどんどん愛おしくなった。
この人は、きっと何かを反省している。

それが苦しくて、泣いているのだ。

可哀想だ。
だけど、愛おしい。

やよいは気がつくと、Pの頭を抱えるように抱きしめていた。

Pもやよいの腰を抱きしめ、泣き続けた。

しばらくして、Pはばつが悪そうにやよいから離れた。

P「……醜態を晒したな」

やよい「しゅーたい? ですか?」

P「みっともない所を、見せたな」

やよい「ぜんぜん、だいじょうぶですよ。大人だって苦しい時や、泣きたい時だってあるんじゃないですか?」

P「……かも知れないが、俺は初めてあんな風に泣いた。きっとやよいだからだな」

そうだ。
自分はこの人を、抱きしめて慰めたのだった。
なぜだかはわからないが、すごく心が安らいだ。
そして今まで以上に、Pの事が好きになっていた。

P「……ありがとう、やよい」

やよい「……はい」

P「明日から、俺は変わる。もう……馬鹿な事は考えない」

やよい「? ……はい」

一旦ここで、止まります。

おつー

>「そうね……もしかしたら伊織ちゃんは覚えていない10年前、プロデューサーさんは伊織ちゃんに一目惚れして……それで伊織ちゃんに会いたくて島から出たのかもね……」
筋金入りの「好きな子がたまたま幼女でした」だな

訂正
>>42
×高木「ま、そうなるかかな。多少、首をかしげる点もあるが」
○高木「ま、そうなるのかな。多少、首を傾げる点もあるが」

「そんな事が、あったんだ……」

やよい「あの夜の事を思い出すと、なんだか私……恥ずかしいような、うれしいような、ふしぎな気持ちになってー……」

相変わらずやよいちゃんは、真っ赤になりながら答えてくれる。

幼いながらも、長女として大家族を切り盛りするやよいちゃん。
その彼女の母性が、きっとその夜のプロデューサーさんを救い、自分自身も彼を愛おしく思わせているのだろう。

「すごいわね、やよいちゃんは……」

やよい「そんな、わたしなんて……」

やよいちゃんは、本当に可愛い。

さて、その日何があったのかはわかった。
それ以前のそう遠くない日時、恐らくプロデューサーさんはそれまでの人生を後悔する、なんらかの出来事があったのだ。
そして、やよいちゃんのお陰で本当に改心をした。

それから気になるのは、あの脅迫文。
あれは誰が書いた物なのか。

まだある、登録先が1件だけのケータイ。
あの登録者『W』とは、誰なのか?

まだまだ、わからない事が多すぎる。

小豆島に行けば、プロデューサーさんは見つかるのか?
これらの謎は解けるのか?

正直、自信はない。
それでもやるしかない。

さて、私は最後となった旅の同行者、千早ちゃんに話を聞くとしよう。
私は、どうしても気になっている事がある。

どうして千早ちゃんは、プロデューサーさんが天涯孤独の身の上だと知っていたのか?

千早「♪ 追いかけて~逃げるふりをして~♪」

「珍しいわね、千早ちゃんが春香ちゃんの歌なんて……」
デッキで歌う千早ちゃんに、私は声をかけた。

千早「あら、そうでもないですよ。私は春香の歌、好きですし」

「仲、いいものね」

千早「はい。それに……元気になれる歌が多いですから」

「プロデューサーさんを、追いかけるのに相応しい歌かもね」

千早「ええ」

暫く沈黙が続いた後、私は意を決して千早ちゃんに言った。

「千早ちゃん? 千早ちゃんは、やよいちゃんの話を聞く前から、プロデューサーさんが天涯孤独だって知っていたのよね?」

千早「……どうしてですか?」

別段、動揺もせずに千早ちゃんは言う。
彼女の長い髪が、風になびく。

「やよいちゃんがその事を言った時、千早ちゃんだけ驚いていなかったわよね?

千早「……」

「私には、動揺していないように見えたのよ」

千早「……まるで、名探偵ですね」

「じゃあそれは自白、ととって構わないのかしら?」

千早「はい。私は、プロデューサーさんが親御さんがいなくて、施設で 育った事を知っていました。高槻さんと違って、どこの施設かは知りませんでしたけど」

やっぱり。
千早ちゃんは、知っていた。
プロデューサーさんの過去の、一端を。

「いつ知ったの? その事を」

千早「あれは……プロデューサーがいなくなる、2日前の事でした」

「その時の事、聞かせてくれる?」

千早「はい。ですけど……」

「?」
なに?
なんだろう?

千早「もし……もしもですよ、小豆島でプロデューサーが見つかったとして、プロデューサーが765プロにはもう帰りたくない、そう言ったらどうしますか?」

「それは……」
予想外の質問だ。

そう、私はプロデューサーさんがいなくなってから、不可解な事が多すぎて肝心な事に思い至っていなかった。

プロデューサーさんが、自発的に765プロからいなくなったとしたら?
事件などではなく、自らの意志で失踪したのだとしたら?

ポスターは、たまたま。
ケータイは、本当に彼女とのホットライン。
履歴書は、出自が知られるのがいやだっただけ。
脅迫も、ありがちな嫌がらせの域。

千早「私はプロデューサーに、プロデュースをして欲しいです。トップアイドルにしてくれる、世界へ連れて行ってくれる、そう約束もしました」

「そうだったわね」
千早ちゃんは、他のアイドルよりも仕事面でのプロデューサーさんへの信頼と、ある意味の依存が強い。

千早「私には、歌う事しかできません。渡り鳥は飛び方は知っていても、飛ぶ方向を示す星がなければ目的地には辿り着けません」

なんとも、千早ちゃんらしい例えだ。

千早「でも、プロデューサーが自分の幸せのために、プロデュースを止めるのなら……私は、それでも私のプロデュースをして下さいとは言えません」

「わかったわ。確かにそういう事態は、想定していなかった」

千早「こんなはっきりとしない、不安の残るお別れは嫌です。でも、もしも島でプロデューサーが幸せならば、それで私は安心して帰ります」

「うん」

千早「私がそう思うのは、単なる憶測ではないんです」

そう言うと千早ちゃんは、プロデューサーさんとの事を話し始めた。

千早の回想(プロデューサー失踪2日前)


P「ああ、帰ったらいつものように連絡する。心配しないでくれ……いつも、ありがとう。え? へ、変かな? ははは」

千早「……プロデューサー」

P「あ、ああ千早。悪いな、待たせて。なんだ?」

千早「プライベートを、職場に持ち込まないで下さい。今は、次のライブの打ち合わせのはずです」

P「あー、まあこれも仕事の一環と言えなくも無いんだが……」

千早「えっ?」

P「いや、まあいい。悪かった千早! 後でなんか奢るよ」

千早「プロデューサー……何か、あったんですか?」

P「えっ?」

千早「何か妙に、浮かれていますよ。もしかしてさっきの電話ですか?」

P「いや、あれは違う」

千早「春香も、言っていました。なんだか親密そうな電話をしている、って」

P「はあ、相変わらず千早と春香はツーカーの仲だな。じゃあ昨日、春香が俺に言った事も知っているのか?」

千早「? いいえ」

P「そ、そうか。いや、そうだよな。はは」

千早「何を言ったんですか? 春香が」

P「……それより千早、俺の相談にのってくれないか?」

千早「ごまかさないでください」

P「いや、違う違う。俺にとってはそっの方が、重要な事なんだ」

千早「本当ですか?」

P「ああ。あの、な……最近、お母さんとはどうだ?」

千早「……この間、電話をしました」

P「すごい進歩だな。それで?」

千早「たまには帰ってきて欲しい、と言われました」

P「……」

千早「私のプライベートよりも、プロデューサーの相談というのを聞かせて下さい」

P「母親ってさ、やっぱ子供に会いたがるもんかな?」

千早「それはまあ……」

P「会うと……嬉しいのかな?」

千早「そうみたいですね」

P「二十数年ぶりぐらいに会うとしても、そうだと思うか?」

千早「プロデューサー? ……もしかしてプロデューサーの事ですか?」

P「俺は、児童養護施設で育った。親の事は、何も知らない」

千早「! そうだったんですか」

P「ああいう施設で育った子ってさ、いつも想像してるのさ。自分がここにいるのは何かの間違いだ、いつかお母さんが迎えに来てくれる、泣きながら自分に詫びながら……」

千早「……わかります」

P「来客があるとな、みんなソワソワしだすんだ。自分を親が迎えに来てくれたんじゃないか、ってな」

千早「そうなんですか」

P「だけど、現実は甘くない」

千早「……」

P「そしてそうやって、夢を見ている子を逃避だ卑怯だと決めつけて非難し、来客時にソワソワしている子達を指さして笑ったりするヤツもいる」

千早「ひどい!」

P「それが、俺だ」

千早「えっ!?」

P「ひどいガキだったな……今思い返すと、恥ずかしくて泣きそうになる」

千早「そんな……きっと、寂しかったんですよね。プロデューサーも」

P「ああ。自分だって、夢にみるクセにな。お母さんが、迎えに来てくれる夢を……それなのに強がって、意地を張って、周りを憎んで……」

千早「子供だったんです。仕方ないと、私はおもいます」

P「そんなひどいヤツなのに、夢が叶った」

千早「え?」

P「この仕事してて、時々ふっと思ったりはしたよ。みんなが売れっ子になったら、もしかして俺の名前も有名になって、ひょっとしたら母親が名乗り出てくれるんじゃないか、って。そんなこと思う自分を自嘲してきたが」

千早「もしかして……見つかったんですか!? プロデューサーのお母さんが!!」

P「会いたい、そういう連絡があった」

千早「良かったですね、プロデューサー!」

P「会う、べきかな……?」

千早「えっ? 何を言っているんですか! 会わないとだめですよ」

P「こんな俺が、会ってもいいのかな……」

千早「プロデューサーは立派です。私の自慢のプロデューサーです!」

言ってから、千早は赤くなった。
いや、今はそういう話ではない。

千早「会わないと後悔しますよ。それなら、会って後悔してもいいじゃないですか」

P「……そうか?」

千早「そうです!」

P「そうか」

千早「はい!」

プロデューサーは、ようやく笑った。

P「千早に相談して、良かったよ」

千早「ふふ。プロデューサーの役に立てました。それで、いつ会うんですか? お母さんに」

P「これから連絡をする。明日の夜、かな」

千早「楽しみですね」

P「……そう、だな。ああ、なんかワクワクしてきた。あ、みんなには内緒だぞ。色々と騒がれるのは嫌だからな」

千早「はい。二人だけの、約束ですね」

自分らしくない、気恥ずかしい言葉。
そう思いながらも、今は少しも恥ずかしくなかった。

その後、意気揚々と帰途につくプロデューサーがなぜか無性に可笑しかった。
その子供みたいな後ろ姿を観て、なんだか笑いが止まらなかった。

「それが、プロデューサーさんが失踪する2日前……」

千早「ええ。きっと次の日の夜に、プロデューサーはお母さんと会って、そして次の日にはもういなくなった」

話の流れからすると、今までで一番の有力情報だ。
お母さんと会ったプロデューサーさんは、どういう事情でかそのままいなくなった。

千早「私、ちょっと思うんです。心配もしていますけど、もしかしたらプロデューサーはそのままお母さんと一緒にいるんじゃないか、って」

「会ってそのまま、行動を共にしているわけね」

千早「ええ。そしてそれが幸せなら……それでプロデューサーがいいなら、私は自力で世界を目指そうって」

強がりだ。
私は千早ちゃんが、どれ程プロデューサーさんを信頼し、頼みにしているかを知っている。
それは、仕事面でも。
そして、精神的……いや、心でも。

「でもそれも、まだ可能性よね」

千早「はい。だから私も来たんです、ここへ……あ! 港が見えてきましたよ」

気がつけば、フェリーは土庄港に近づいていた。
プロデューサーさんの育った施設は、もうすぐそこだ。

しかしそこで私達は、想像だにしていない事態に遭遇する。

後で律子さんには、事前リサーチが足らないと怒られた。
これも後の事になるが、ガイドブックには書いてなかったと伊織ちゃんは文句を言っていた。
さらに念のために言っておくが、これは私のせいではない。

小豆島のその地域は、『迷路のまち』という名称で呼ばれている、文字通り迷路のような地域だったのだ!

一旦ここで、止まります。

黒井「私が母だ」

読み直してみたら語りの人物は記者の電話対応とかしてるし、やっぱり事務員さんかな
あと >>128
P「泣いてもいいですよ。つらい時は、泣くと楽になれますよ」
おそらくこれやよいの台詞だよねw

>>162 ご指摘に、感謝。ありがとうございます。
よって以下に訂正させていただきます。


>>128 訂正
×P「泣いてもいいですよ。つらい時は、泣くと楽になれますよ」
○やよい「泣いてもいいですよ。つらい時は、泣くと楽になれますよ」

やよい「あれー? ここ、さっき通りましたっけ?」

千早「似ている……というか、どこを歩いても似ている気がするのだけれど……」

伊織「ちょっと! 一体、どうなってるのよ!!」

相変わらず私は、千早ちゃんとやよいちゃんに手を握られている。

しかしそれでも……
我々は、迷子になっていた。

千早「この昼食の残りのパンを、少しずつちぎって落として歩きましょうか?」

伊織「グレーテルみたいになるのが、オチよ」

やよい「もったいないですよー」

プロデューサーさんのいた施設は、この近くに間違いない。
だけど、似たような風景や道が複雑に存在するせいで、私達はそこへたどり着けない。

暫く前から、伊織ちゃんはスマホのマップを展開しているが事態は改善しない。

よし、ここは私が年長者の貫禄を見せる時だ。

「千早ちゃんにやよいちゃん、私の手を握ったままでいいから私の思うように歩かせて」

伊織「ちょっと! ただでさえ迷子になってるのに、そんな事したら……」

「大丈夫よ、任せて」
伊織ちゃんは、肩を竦めた。

「きっとこっちに……」
「それからこっち……」
「これは多分、こっちね……」

伊織「本当に大丈夫なの……あれ?」

千早「ここって……」

やよい「あれー? もしかして」

目の前に、白い大きな建物が現れた。
立て札には、『夕凪園』そう書かれている。

やよい「……ついちゃいましたー!」

千早「凄い……」

伊織「やられわね。毒をもって毒を制す、ね」

毒って、なんの事だろう?

ともあれ、我々はようやくにして迷路のまちを抜け、プロデューサーさんの育った施設へとたどり着いた。
当初の予定時刻はとうに過ぎ、辺りは暗くなり始めている。

中に入り、事前に連絡していた東京の765プロの者だと名乗ると、すぐに応接室に通された。

待っている間、いくつもの目が応接室を覗いては去っていく。
おそらくここの、子供達だろう。

伊織「スーパーアイドルのこの伊織ちゃんを筆頭に、アイドルが4人も来たんだから、騒ぐのも無理ないわよね」

伊織ちゃんは、まんざらでも無い様子だったが、私と千早ちゃんは目を合わせて頷きあった。
プロデューサーさんの、話にあった。

『来客があるとな、みんなソワソワしだすんだ。自分を親が迎えに来てくれたんじゃないか、ってな』

その言葉を、思い出したからだ。
無論、この中に子供がいるように見える者はいないが。

昨夜のうちにこの施設に、連絡はしてあった。
プロデューサーさんの名前を出すと、すぐに施設は見つかった。この島に自動養護施設は、いくつもないのだ。

しばらく待っていると、島にいる頃のプロデューサーさんをよく知っているという方がやって来た。
人の良さそうな、初老の女性だった。

女性「昨日、テレビで騒ぎになったので知っております。P君が、行方不明とか」

「こちらへは、来ていないんですね?」
私の問いに、女性は首を横に振った。

女性「こちらへも、島へも。そもそも、彼が島を出てから一度も帰ってきたり、連絡はありませんから」

ああ……
無駄足だったのだろうか?
ほかの三人も、落胆を隠せない様子だ。

女性「あの……」

「何か?」
おずおずと口を開いた女性に、私は答えた。

女性「彼は……P君は、うまくやっていますか? その、人間関係とか……お仕事とか……」

千早「はい! プロデューサーは、私の誇りです」

千早ちゃんの言葉に、女性は目を潤ませた。

女性「良かった……随分と心配したものですよ。彼は殴りゃいばかりしよった子でしたから」

成る程、みんなにプロデューサーさんが言っていた事は嘘ではないようだ。
かなりの乱暴者だったわけだ。

やよい「私、なんだか信じられません」

女性「寂しさや辛さを、怒りで表していました……自分以外、全てを憎んでいる時期もありました」

やよいちゃんの言うように、女性の話はにわかには信じ難い。
あのプロデューサーさんが、そんな荒んだ子供だったなんて。

女性「私の言う事に、いちいち反発したりして……でも、ある日を境に彼も変わりました」

千早「何があったんですか?」

女性「財閥の水瀬グループというのを、ご存じでしょう? その別荘が10年ほど前にはこの近くにあったんてすよ」

私たちは、一様に驚く。
私とやよいちゃんと千早ちゃんは、伊織ちゃんを見る。
伊織ちゃんは、私たちに目配せをした。

女性「その年に水瀬財閥のみなさんが、来られたんですが……彼は財閥がなんだ! と息まいて」

伊織ちゃんが、静かに息を飲んだ。

女性「普段、彼に辛辣にされている他の子達が『じゃあ別荘に乗り込んでみろよ』と唆して……引っ込みがつかなくなった彼は、本当に乗り込んでしまったんです」

伊織「それで? もしかしてひどい目に!?」

女性「いえいえ。警備の人に簡単に押さえ込まれ、車で丁重に送られてきましたよ。あちら様も、捕らえてみたら子供でびっくりしたそうです」

伊織ちゃんが、ほっとしたのがわかる。
今度は私が口を開く。

「それから彼は、変わったんですか?」

女性「しばらくは、黙ったまま考えごとをしているようでした。何か大それた事を考えているんじゃないかと、心配もしたんですが、暫くすると猛烈に勉強をするようになって」

やよい「そうなんですかー!」

女性「高校を出て、大学の奨学金が貰えるようになると、島を出て東京へ……」

やはりというか、プロデューサーさんの上京には伊織ちゃんとの関わりがあったわけだ。
いや、その時にプロデューサーさんが伊織ちゃんに会ったかはわからないが……

横を見ると、伊織ちゃんは複雑な表情で黙っていた。

「あの、プロデューサーさんの親御さんは……?」

私の問いに、女性は申し訳なさそうな顔になる。

女性「規則ですので、それはお話しできません」

私は、ため息をつく。
結局この島で、得るものはほとんどなかった。

伊織ちゃん……いや、水瀬家の別荘にプロデューサーさんが行っていた事が明らかになった程度だ。
そこでも、大したトラブルは無かったようだし……

伊織「はあ。じゃあ、帰りましょうか。もうここに用は……」

女性「当時のアルバムを持ってきたのですけど、ご覧になられます?」

伊織「ありがとうございます。ありがたく拝見させていただきますわ」

丁寧にお礼を言い、アルバムを受け取る伊織ちゃん。
流石の切り返しの早さだ。

伊織「うわぁ」

みるみる伊織ちゃんの頬が、染まる。
なに? なんなの?
私も、後ろからアルバムを覗く。
それに千早ちゃんと、やよいちゃんも続く。

イタ!

10年前のプロデューサーさん。
面影がある。
美少年というわけではないが、今の顔立ちそのままに子供らしい愛らしさがある。

写ってる写真は、どれもあまりいい表情とはいえない。
だが、かえって普段のプロデューサーさんからはうかがい知れない、新鮮さもある。

いや、美少年ではないとさっき言ったが、愁いを含んだ目と表情と端整な顔立ちはやはり……

夢中になって、アルバムを見る私達。

やよい「うわー! これって私と同じぐらいの年れいでしょうかー」

千早「か、かわいい……」

伊織「な、なによちょっと整った顔立ちしてるからって、そんな表情しちゃって……」

和気藹々と、ページをめくっていた私達。



そのページで、私達4人は。
文字通り、凍りついた。

伊織「こ、これ……」

やよい「ええーーっっ!!」

千早「なんで……? どうして!?」

その写真は、少年時代のプロデューサーさんと、ある女性が一緒に写っていた。
女性は嬉しそうに、プロデューサーさんに抱きつき。
プロデューサーさんは、やや鬱陶しそうにしながらも、されるがままだった。

その女性とは……

千早「どうして小鳥さんが、プロデューサーさんと一緒に写っているの!?!?!?」

そう。
写真の女性は、明らかに今よりずっと若いが765プロの仲間、音無小鳥さんに間違いなかった。

一旦ここで、止まります。
本日はちょっと短めで、申し訳ありません。

>>177 訂正
×伊織「やられわね。毒をもって毒を制す、ね」
○伊織「やられたわね。毒をもって毒を制す、ね」

女性「みなさん、音無小鳥さんをご存じでらっしゃるの?」

伊織「こっ、小鳥……じゃなかった。音無さんは、私たちの事務所で事務員をしているんです」

女性「まあ。芸能人はお辞めになった、とは聞いていましたが。そうですか、今でも芸能界に関わっておいでなんですねえ」

「この写真……小鳥さんもこの施設で育ったんですか?」

女性「いえいえ。音無小鳥さんは、こちらへ慰問で来て下さったんですよ。玉野で話を聞いたとかで、お一人で」

成る程。地方営業をしていて、偶然この施設に来たわけだ。
それはいい。そういう事もあるだろう。
だが、二人が旧知の間柄であることを、私達は一度も聞いた事がない。
小鳥さんもプロデューサーさんも、そんな事を言った事も素振りも見せた事はない。

隠していた?

今まで普通に接し、夢に向かって誓いを交わし合った相手が、こうまで秘密や隠し事の多い人物だったんだろうか。
他の3人も、みなショックを受けているようだ。

女性「良い方でしてね。お手紙も、何度もいただきましたわ。子供達にも優しく接していただきました。応援していたんですけれど、世間ではそれほど有名にはならなかったようですわね」

「そうなんですか」

女性「今は、みなさんと一緒におられるんですね」

「ええ。ただ彼女は今、短期の語学留学でイギリスへ……」
言いながら私は、はっとなる。
本当に?
本当に小鳥さんは、今イギリスにいるの?

「すみません、失礼します」
私は、事務所に電話をかけた。
確認をしないと。
小鳥さんの所在を。

あずさの回想(プロデューサー失踪1ヶ月前)


あずさ「語学留学ですか!?」

小鳥「ええ。前々から考えていたんですよ、英会話に興味があって。社長に相談したら、オッケーをもらえました」

P「ウチも海外進出が、具体的になりそうですしね。英語ができるスタッフを養成しておくのも、得策だろうという話になったんですよ」

小鳥「なにより、自分自身のスキルアップの為に! 不肖、この音無小鳥は旅立つことになりました!!」

真美「え→ピヨちゃん、行っちゃうの→」

亜美「そんな→行かないでよ→」

小鳥「真美ちゃん……亜美ちゃん……ごめんなさい、私……もう決めたことなの!」

真美「あずさお姉ちゃ→ん、見てないでピヨちゃんを止めてよ→」

亜美「みんなもほら、はやく→」

千早「ふふっ。大丈夫よ」

真美「え?」

伊織「あんた達ねえ、ちゃんと話を聞きなさいよ。ウチの事務所の為に、小鳥は行くんでしょ?」

雪歩「だからね、行くと言っても……」

亜美「あ! そっか、またすぐ帰ってくるんだね?」

小鳥「ううっ。もうちょっとみんなに惜しまれつつ去りたかったのに……そうです。短期の語学留学だから、三ヶ月ほどなの」

あずさ「そうなんですか……ちょっとほっとしました」

真「んー。でも、三ヶ月でもやっぱり少し寂しいよ」

美希「ミキがソファーで寝ているときに、毛布とかかけてくれる人がいなくなっちゃうの」

律子「そもそもソファーで寝るのを、やめなさい!」

P「まあまあ。意外とすぐだよ、三ヶ月なんて。それに帰ってきたら……きっと小鳥さん、英語ペラペラになってるぞ」

貴音「なんと! それでは小鳥嬢は、帰ってきたらわたくしにはわからない言葉ばかりを話すようになってしまうのですか……?」

響「いや……別に英語しか喋らなくなるわけじゃないから、そうはならないと思うぞ」

春香「寂しいですけど、そうですよね。がんばってきてください!」

伊織「それで? どこへ行くの?」

小鳥「まだ社長の許可が出ただけで、具体的には……ニューヨークとかどうかな?」

伊織「英語を身につけに行くんでしょ? それならイギリスでクイーンズの正当派の英語にしなきゃ」

千早「イギリス……私、いつかロイヤルアルバートホールで歌いたいと思っていました……」

やよい「プロデューサー、ろいあるやるバットボールって野球に関係する所ですかー?」

P「ロイヤルアルバートホール、な。日本でいうと……武道館とかに相当する感じかな」

真「武道館! 燃えますね!!」

雪歩「真ちゃん、真ちゃん? そこで歌うことを想像して、燃えてるんだよね?」

真「え? あー……うん」

響「あれはきっと、違うぞ」

雪歩「きっとそうだね」

春香「海外版武道館でライブ、かあー。もう私たちも、そういう段階まできてるんだよね」

律子「準備段階、がね。でもそうね、そう言われると……身が引き締まるわね」

亜美「千早お姉ちゃんなんて、もうず→っと身が引き締まってるしね」

千早「くっ……」

伊織「正しい英語を、身につけてよね。ただでさえ日本人は『L』と『R』の発音の区別ができない、って馬鹿にされてるんだから」

P「ああ。『私はあなたを、こすります』ってやつか」

伊織「そうそう」

響「どういう意味だ?」

伊織「あのね、日本人はLとRの区別ができないから『I Love You』と言っても、相手には『I rub You』って聞こえるのよ……はい、春香!」

春香「あ、あいらぶゆー」

あずさ「うふふ。今のは『I rub You』ね。rubは『こする』っていう意味だから……」

真「私はあなたをこすります、か。ははは、こりゃいいや」

春香「ううー」

美希「春香も、小鳥と行ったらいいと、ミキ思うな」

千早「うふふ」

春香「もー! 千早ちゃんまで笑わないでよー!」

春香ちゃんの抗議に、みんな笑顔で笑った。

それから一週間。瞬く間に話はまとまり、小鳥さんはロンドンへと旅だった。
なんとなくしんみりはしたが、わずかな間の事だ。

その間、脆弱になる事務面は私がフォローに入る事になった。
残った中では、社長とプロデューサーさんを除けば最年長な訳だし。

ただまあアイドルとしても売れっ子な訳で、実際には事務所にいる時の電話対応やアイドルのみんなのスケジュールの把握程度しかしていないが。

小鳥さんからは、毎日メールで報告がある。
何気ない近況だが、事務所のみんなはそれを楽しみにしている。

小豆島から事務所に電話をかけながら、私は気がついた。

報告?

最近、何かを定期連絡のようだと思ったがあれはなんだったっけ?
そうだ、プロデューサーさんの部屋にあったケータイだ。
じゃあWというのは、小鳥さん?

響「もしもし。765プロダクションだぞ」

電話が繋がった。

「もしもし? 響ちゃんよね?」

響「……そうだぞ。プロデューサーは見つかったのか?」

あれ?
なに、この響ちゃんのテンションの低さ。
いつも元気いっぱいなのが、響ちゃんなのに。

美希「響! 電話、ミキに代わるの! もしもし、ハニーは見つかったの!?」

「あ、いいえ。残念ながら……でも、新しい手がかりもあったわ。それより、響ちゃんどうかしたの?」

美希「残念なの。響? ああ、響は今日のオーデションに落ちちゃったの」

「あら、珍しいわね」

美希「久しぶりに落選したから、落ち込んでるの」

響「うぎゃー! 自分、落ち込んでなんかないぞ!! 今日だって、たまたまジュピターの調子が異常なぐらい良かっただけだぞ!!!」

大声だから、電話でも響ちゃんの声が聞こえてくる。

「それより美希ちゃん、社長に代わって欲しいんだけど」

美希「わかったの。ちょっと待つの」

暫くして、社長が電話に出た。

高木「彼は、いなかったそうだね」

「ええ。ですが、意外な事がわかりました。プロデューサーさんは、この島で小鳥さんに会っていたんです。それも10年前に」

高木「なんだって……そんな話は聞いた事もないが……言われてみれば、彼は音無君が連れてきたんだったな」

「そうなんですか!?」

高木「プロデューサー志望の若者がいる、と聞いて会ったのが最初だったな。どういう知り合いかは特に聞きもしなかったが」

「社長、小鳥さんは本当に今ロンドンにいるんですか!?」

高木「大至急、確認してみよう。それからこちらからも知らせたい事がある」

「? なんですか?」

高木「彼の部屋にあった日記、覚えているだろう?」

社長がケータイとどちらを持ち帰るか迷った、あの鍵つきの日記だ。

高木「あれが消えた。警察も捜索に入ってくれて、彼の部屋を調べたんだが日記は無かった」

「そんな……あの時は確かに」

高木「管理人もその事は覚えているが、現実に日記は消えてしまった。ケータイの方は警察には黙っている。まだ使い道が、あるかも知れないしね」

「あのケータイ、まだかけていませんよね?」

高木「まだだ。正直、どのタイミングで使ってみるか迷っている。一度でも使えば、相手にバレて二度と相手がわからなくなるかも知れない」

「確かめたい事があります、まだ使わないで下さい」

高木「わかった」

私は電話を切った。

伊織「早く事務所に戻りましょう、ぐずぐずしていられないわ」

千早「……それは無理よ」

伊織「え?」

やよい「もうこんな時間ですよー」

迷路のまちのせいで、思わぬ時間を消費していた。
こうなると、日帰りはできない。

伊織「もう! なんてことよ……」

やよい「あのー」

女性「なんですか? お嬢さん」

やよい「私、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

珍しくやよいちゃんが、質問をする。

やよい「プロデューサーは、センセイにひどい事を言って傷つけてしまったってすごい後悔してたんですよ。それってなんて言われたんですかー?」

女性は暫く首を傾げ、考えていたがやがて思い出したようだ。

女性「きっとあの時ね。彼は私に言ったの『センセイもどうせ俺が人殺しの子供だ、って思ってるんだろ!? だから辛くあたるんだろ!?』って」

千早「え?」

女性「乱暴者で、嫌われていた彼はそう言われていたようです。『お前の親は人殺しに違いない』って……」

やよい「プロデューサー……かわいそうですー……」

荒んだ少年時代。
プロデューサーさんは、すべてを憎んでいた。そう言っていた。
でもそれは、事実ではあるが真実ではない。

孤独と寂しさに押しつぶされそうな、感受性の豊かな子供が強がる以外にどう生きていく方法があったというのだろう。

プロデューサーさんは、確かに悪かった。
ひどい事も、したのだろう。

私は、いや私達は、それでもプロデューサーさんを信じていた。

>>200 訂正
×「そうなんですか」
○「そうみたいですね」

一旦ここで、止まります。

W「さあ、お前の罪を数えろ!」

響「今日だって、たまたまジュピターの調子が異常なぐらい良かっだけだぞ!!!」

怪しい…

>>74 訂正
×春香「もちろん、アイドルとしてもがんばります。人には内緒でいです。
○春香「もちろん、アイドルとしてもがんばります。人には内緒でいいです。

Wは和田アキ子
Pから連絡するのは姐さんだから
あちらからかかってこないのはゴッドだから
そしていおりんポスターは凸が似ているか張られていた

つまりPの正体は勝俣!!

>>229
あー…うん、そうかもね…(棒)

女性「ところで、みなさん? 厚かましいお願いなのですが……ここの子達に、歌を聴かせてやっていただけませんか?」

千早「歌を……ですか?」

女性「喜ぶと思うんです。よろしければ、ですが」

千早「はい。歌わせてください」

伊織「ちょっと、千早!」

やよい「伊織ちゃん、私も歌ってあげたいなー」

伊織「やよいまで……」

「そうね。どうせ今日は島に宿泊になるし、営業活動をしましょうか」

伊織「ふう、そうね……いいわ。ハコに見合わない豪華な出演者だけど、私はやるからには手を抜かないわよ」

我々の事ながら、やる気になった765プロはすごい。
即席の舞台は、施設の講堂。
音響は無い。歌は、アカペラだ。

それでも私たちの歌に、子供達は喜んでくれた。
みんな笑顔で、拍手をしてくれた。

そして最後に、子供達はお返しに歌ってくれた。
曲は『かなりあ』だった。

♪ 歌を忘れたカナリアは後ろの山に捨てましょか♪
♪ いえいえ それはかわいそう♪
♪ 歌を忘れたカナリアは瀬戸の小藪に埋けましょか♪
♪ いえいえ それはなりませぬ♪
♪ 歌を忘れたカナリアは柳の鞭でぶちましょか♪
♪ いえいえ それはかわいそう♪
♪ 歌を忘れたカナリアは象牙の舟に銀のかい♪
♪ 月夜の海に浮かべれば 忘れた歌を思い出す♪

千早「素敵……」

やよい「ありがとうございますー」

伊織「ふうん。悪くないわね……」

子供達の歌声が、私たちの胸にしみる。

女性「どんな時でも、人には優しさがある。そして人はやり直せる。それを教えてくれる歌ですわ」

千早「歌には力がある……」

女性は、我が意を得たりと頷いた。

女性「さすがですね。よく、おわかりですこと」

千早「プロデューサーが、言っていた言葉です」

一瞬、女性は驚くとその場に泣き崩れた。

女性「ああ……ああ……私が……私が彼に教えた事です……私が……」

やよい「プロデューサー、ちゃんとわかってたんですね。センセイの教えを」

「もちろんよ。私たちのプロデューサーが、そんな悪い人間のはずはないわ」
私は、女性の肩に手を置き言った。
その言葉に、伊織ちゃんも頷く。

伊織「アイツに、隠し事や秘密、暗い過去があっても……アイツはアイツよ!」

翌日の早朝、私たちは大急ぎで帰京した。
迷路のまちで時間をロスしないよう、タクシーを頼んだ。
おかげで今度は迷子にならず、早い時間に帰京できた。

なぜか相変わらず、私は両手をしっかりと握られていたが。

帰って、事務所で見たもの。
それは、『ずーん』という効果音でも聞こえそうに落ち込む響ちゃん。

そしてその隣で同様な効果音で、同様に落ち込む春香ちゃんだった。

響ちゃんについては、知っている。
昨日、珍しくオーディションに落ちたのだ。

以前ならいざ知らず、今の実力と知名度の響ちゃんがオーディションに落ちることは、ほとんど考えられない。
むしろ響ちゃんがエントリーしている事を知り、エントリーそのものを回避する事務所だってある。
完璧を自称する響ちゃんにとっては、オーディション落選はかなりのショックだったんだろう。

でも、春香ちゃんは?

千早「どうしたの? 春香」

春香「うう……オーディション、落ちちゃった……」

「ええっ!」
春香ちゃんまで……

律子「レッスンのおさらいも兼ねた、調整でもあったんだけどね」

春香「歌もダンスも、上手くいったんですよ? 調子だって悪くなかったし……やるからには調整とか思わずに、真剣にやったのに……」

千早「春香……」

春香ちゃんを、千早ちゃんが抱きしめる。

春香「オーディションに落ちるなんて、いつ以来かな……? こんなに……こんなに、悔しかったっけ……」

律子「あずささん、ちょっと」

慰め役を千早ちゃんに託すと、私は律子さんと社長室へ向かった。

律子「春香が落選したオーティション、受かったのは……ジュピターなんです」

「えっ? ジュピターは、昨日もオーディションに出て合格したんじゃ……」
私は驚く、毎日オーディションに参加? それも続けて合格?

高木「更に言うと、ジュピターは一昨日もオーディションに出て合格している。ウチからは誰もエントリーしていなかったがね」

じゃあ3日連続でオーディションを受け、全て合格したという事になる。

高木「ジュピターの実力は、私も認める。悔しいが、流石にあの黒井が見出し、育てただけはある。しかし……」

律子「この戦略と成績は、異常です。今までの彼らと、違いすぎます」

「つまり……そういう戦略を指示している人物が、現れたわけですか?」

高木「恐らくは。そして、ここに新たな情報がある」

律子「……まさか」

高木「明日のオーディション、ジュピターはエントリーを既に済ませているそうだ」

律子「そんな……明日は、竜宮小町もエントリーを」

絶句する律子さん、無理もない。
非常識が常識、そう言われる芸能界でもこんな戦略はめったに見られない。
オーディションあらしなど、ジュピターらしくない。
いや、961プロらしくない。

律子「緊急に、レッスンを行います」

律子さんはそう言うと、急いで出ていった。
私は、小豆島への旅のことを詳細に社長に報告した。

高木「あの彼に、そんな過去が……しかしまだ、彼の失踪の真実はわからないね」

「はい。だから、ひとつずつ不明な点を明らかにしていくしか無いと、思うんです」
私にも、自信はない。
しかしそうするより他に、道はないのだ。

高木「異論はない。それで、どうするつもりだね?」

「Wの正体を、突き止めたいと思います。それで、社長にお願いがあるんですけど」

高木「なんなりと」

私は社長に、計画を話す。
正直、賭の要素が強いが自分なりの勝算もある。

高木「よし、わかった。それと……音無君の事だが」

「はい」
胸がドキドキする。
小鳥さんはやはり、プロデューサーさんの失踪に関わっているんだろうか?

小鳥さんの笑顔が、私の脳裏をよぎる。

高木「彼女は今、ロンドンにいる。これは間違いない」

「良かった……」
私は心底、ほっとした。
仲間を疑わなくて済む。

そう、二人が旧知の間柄である事を黙っていたのだって、気恥ずかしかったから、それかプロデューサーさんが施設の出だと知られないように。
きっと、そうなんだ。

笑顔の私に、申し訳なさそうに社長が口を開く。

高木「だが」

「え?」

高木「問題は、その時期だ。彼女がロンドンに着いたのは、二週間前だ。これも、間違いない」

「ええっ!」
プロデューサーさんが失踪してから。今日で9日目。
それから2週間前となると、プロデューサーさん失踪の6日前。
飛行機での行程や時差を考えると、日本を発ったのは更にその前日か2日前ぐらいだろうか。

小鳥さんが、ロンドンに旅だった……いや、旅だったと私たちが思っていたのはプロデューサーさん失踪の3週間前だ。

つまり2週間の間、小鳥さんはロンドンにいるふりをしてどこかで過ごし、プロデューサーさんが失踪する1週間前にようやくロンドンに発った事になる。

高木「どう思うかね?」

「私は……それでも、小鳥さんを信じたいです。小鳥さんは悪い人じゃありません」

高木「同感だ。私は、君よりも彼女とのつき合いは長い。多少変わった所はあるが、大それた事をする娘じゃないと、私も信じているよ」

私は頷く。
765プロの中に、悪い人はいない。
きっと……

「おそらく、なんらかの事情があったんだと思います」

高木「うむ! 私は音無君を、そして彼も信じているよ。ただこうなった以上、音無君をこのままにしてはおけない。業務命令で、即刻帰ってきてもらう」

「そうですね。わかりました」

高木「では、先程の作戦は了解した。Wの正体がわかると、これも私は確信しているよ」

ううっ、プレッシャーだ。
でもそうだ、やるしかないのよ。

その夜、事務所に所属アイドルが全員集まった。
そして律子さん。

小豆島へ行った4人は、旅の詳細を話した。
私は、やよいちゃんと千早ちゃんが話しててくれた内容も、みんなに話した。

伊織ちゃんの件も話はしたが、10年前の事を伊織ちゃんが覚えて無い事は黙っていた。
これは伊織ちゃんに頼まれたからだが、言われなくてもみんななんとなく察したようだ。
いくらしっかり者の伊織ちゃんでも、5歳の時の記憶があやしいのなんて当たり前だ。

ただ美希ちゃんだけは「でこちゃん、うらやましいの」と、呟くように言っていた。

伊織ちゃんといえば、プロデューサーさんの部屋の特大顔アップポスターの事も、みんなには黙っておいた。
喋ったら、美希ちゃんなどは呟きではおさまらないだろう。

そして小鳥さんの件だ。

雪歩「小鳥さん、プロデューサーとずっと知り合いだったんですね」

真「全然そんな風に、みえなかったけどなあ」

美希「小鳥もうらやましいのー!」

律子「でも、今はロンドンにいるとはいえ、私達をだましてどこにいたのかしら……」

「もうすぐ小鳥さんも、帰ってきます。その時にそれは聞こうと思います」

貴音「それが良いでしょう。小鳥嬢を、わたくしは信じます」

やよい「そうですよー! きっとじじょう、があったんですよー」

良かった。
やっぱり誰も、小鳥さんを疑わない。
仲間を信じ、助け合う。
これが絆なんだ、改めてそう思う。

春香「それにしてもプロデューサーさん、可哀想な子供だったんですね……」

貴音「辛い過去にも負けず、あの方は……」

真美「兄ちゃん……すごいね」

亜美「もう帰ってきても、亜美達にせっきょ→できないけどね」

みんな少し、笑った。

「春香ちゃん、時間大丈夫? 今、何時かしら……」

春香「ええと……10時ぐらいまでは、大丈夫ですよ。今はまだ9時半ですし」

「そう。でも、気をつけてね。ところでジュピターなんだけど」

春香「あ……その、なんて言うか」

響「うぎゃー! 思い出すのも悔しいぞ!! 控え室ではなんだかコソコソしてたくせに、本番になったら急に自信満々で!!!」

春香「……そうなんだよね。って、あれ? やっぱり響ちゃんも思った? 控え室での態度が変だ、って」

響「思う思う! なんか3人で、集まって日記みたいなの読んでたぞ」

春香「やっぱり! ノートみたいなのに鍵なんかつけて、大げさだなーとは思ったんだよね」

「えっ!?」

一旦ここで、止まります。

高木「同感だ。私は、君よりも彼女とのつき合いは長い。多少変わった所はあるが、大それた事をする娘じゃないと、私も信じているよ」

多少?あれで多少なのか…さすがピヨちゃん…
つか失踪Pが961プロにいたらやっぱホモか(笑)で終わるな、うん

「響ちゃん、春香ちゃん、それってこれぐらいの大きさ?」
私は手で、あの時目にした日記帳の大きさを表す。

響「ああ。そうだと思うぞ」

「全体的に黒い色で」

春香「うんうん」

真「それで鍵は真ん中あたりについていて、よく見ると色もグラデーションかかってる?」

響「そうだったぞ! 自分、思い出した」

春香「それだよ、それ!」

あれ?
真ちゃん、もしかしてあの日記を知ってる?

真「間違いないよ、それはプロデューサーが作っていたアイドル虎の巻だよ!」

真美「アイドル……」

亜美「虎のマキ?」

亜美の妄想(プロデューサー失踪9日後)


『亜美が赴くは星の大会』

亜美「虎よ! 虎よ! あかあかと萌える!!」

マキ「萌えーーー!!!」

亜美「あれ? あなたはだあれ?」

マキ「ボクはタイガー!」

亜美「しかも強くて?」

マキ・亜美「丈夫です!!!」


……

…………

………………


亜美「ふふふふふ、象印には負けないもんね→……」

貴音「亜美? どうしたのですか?」

亜美「ハッ! だ、だめよ、亜美……だめぇ!!」

涙を流しながら、乙女走りをする亜美ちゃん。
あ、真美ちゃんに確保された。
小鳥さんの、悪い影響だろうか。

話が逸れた。

美希「その虎の巻って、なんなの?」

真「プロデューサーはさ、ボク達をプロデュースするにあたって得た経験を全部、書き留めていたんだ」

律子「それはまあ、私もやってるけど」

真「それに加えてプロデューサーは、考察や他の資料や予測、仮説と検証とかを思いつくままに書いていたんだよ」

律子「……ワーカーホリックだとは思っていたけど、すごい情熱ね」

真「上手く読み解けば、オーディションでも敵無しの武器になりうる。そうプロデューサーは言っていたけど」

「真ちゃん、その日記帳……じゃなかった。そのアイドル虎の巻について、知っていることをもっと教えて」

真「え?」

「その虎の巻は、プロデューサーさんが失踪して3日目の夜、私と社長がプロデューサーさんの部屋で見かけたの。でも、警察が捜査に入るとなぜか部屋から消えていたのよ」

春香「それってつまり……」

響「ジュピターは、プロデューサーの部屋から盗んだものを使って、自分達に勝ったんだな!? なんてやりかただ!!」

真「いや、それは……どうかなあ」

首を傾げる、真ちゃん。

伊織「どういう事なの?」

真「あの虎の巻さあ、プロデューサー以外の人には読めないと思うんだよね」

そう言うと、真ちゃんは話し出した。

真の回想(プロデューサー失踪4日前)


真「いやー、すっかり遅くなりました。もう10時過ぎかあ」

P「ああ、真が帰って来た。うん、それじゃあまたな」

真「プロデューサー、帰りました」

P「ああ。悪かったな、電話しててすぐに挨拶できなくて」

真「気にしないでください。あれ? これ、なんですか?」

P「……見られたか。これはな、人呼んで『アイドル虎の巻』! これまでみんなをプロデュースしてきた経験のすべてを、ここに書き記してある」

真「へえ。ボクもですか」

P「当然だろ。そこに加えて、考察や海外も含めた他の資料や予測、仮説と検証とかを思いつくままに書きしたためてある」

真「なんだかすごいですね。免許皆伝の書、みたいなものですか?」

P「そうだな。上手く読み解ける事ができれば、オーディションのノウハウだって豊富だから、敵無しだと思うぞ」

真「すごい! ボクにちょっと見せてくださいよ」

P「いやいや、これは真といえども……」

ヒョイッ

真「へへっ! やーりぃ!」

P「な! なんだ今の真の動き……見えなかったぞ!」

真「ボクだって日々、進歩していますからね。では、拝見しま……あれ?」

P「ふっふっふっ、どうしたのかね? 菊地クン」

真「KVoト↑ひ5おーば……DaオーデアピVo……なんですか!? これ」

P「そうした俺の、いや765プロみんなの集大成が、もしも無くしたり誰かの手に渡ったら大変だろ?」

真「暗号、ですか」

P「そんな、大げさでもないけどな。俺だけが読むんだから、俺だけがわかるように書いてる。しかも筆跡を微妙に変えようと、書くときは利き腕じゃない方の腕で書いてる」

真「? 何か意味があるんですか?」

P「なんか、カッコイイだろ。いかにも秘密の書、って感じで」

真「はあ、一気にさっき言ってた能書きが疑わしくなりましたよ」

P「うーん。やっぱり真も女の子だな、男はこういうのに燃えるんだが。実際この鍵だって、その気になれば簡単に壊せるしな」

真「あ、あたりまえですよ。ボクは……女の子なんですから」

P「だから、そう言ってるだろ。さて、さっきの真の動きは見事だった。これも書き加えないとな、K味↑8……と」

プロデューサーは、左手でさらさらと虎の巻に書き加える。

真「それは、なんとなくわかります。Kっていうのはボクで、味はアジリティーでしょう?」

P「そうだ。なんでKかわかるか?」

真「菊地、だからじゃないんですか?」

P「ふふふ、ノーコメントにしておこう」

真「あー! 気になるなあ。もう一回、見せてください」

ヒョイッ

P「な! このやりとりの間にも早くなっている、だと!?」

真「女子は、3秒目を離したら ※かつもく して見てくださいね。ええと……このB72もっと↑に……って、千早の事が書いてあるんですか?」

P「な! なんでわかった!?」

真「怒りますよ、きっと」

P「? なんでだ? じゃあBは真にするか? それで千早は……いや、それも困るか……」

真「なんだかわかりませんけど、この事は千早には内緒にしておいた方がいいですよ」

P「わかった。助言と貴重なデータの貢献に、感謝する」

千早「くっ……」

真「……げ、元気だしなよ。千早」

「良かった……」
真ちゃんの話が終わり、私は深いため息をついた。
その私を、みんなが不思議そうに見る。

貴音「今の話、何か安堵するような情報がありましたか?」

「あ? い、いいえ、ちがうのよ。ご、ごめんなさい。そ、そうだ春香ちゃん! じ、時間は大丈夫?」

春香「はい。まだ9時50分ですし、大丈夫ですけど……」

真「? ともかく、何が書いてあるかは、プロデューサーしかわからないと思うんだ。だからジュピターがあの虎の巻を手に入れても、プロデューサーが解説しないと……」

真ちゃんは、はっとする。
みんなも、気がついた。

春香「プロデューサーさんは」

響「ジュピターに」

貴音「いえ、むしろその所属する」

真美・亜美「961プロに」

律子「監禁されて」

やよい「おしごとしてるんですかー?」

雪歩「きっと、無理矢理だよ」

真「そうさ! たぶん脅されて」

千早「仕方なくやっているのよ」

伊織「……ゆるさない! 今度という今度は、ゆるさないわよ!!」

事務所の壁を、伊織ちゃんが蹴る。
これまでで最高の、音がする。

ようやく筋道のたった、予想ができた。
きっとプロデューサーさんが、961プロにいるのは間違いないだろう。

まだ、じゃあなぜそういう状況になっているのか? という点はわからない。
解けていない、謎もある。
今までわかったことが、どのくらい、どう結びついていくのかは私にもわかってはいない。

でも……

美希「でも……」

不意に、それまで黙っていた美希ちゃんが口を開く。

美希「ハニーは……ハニーは生きてるの? 無事、なの?」

真「ジュピターが、あの虎の巻を使いこなしているのなら、きっとあれを読み解けるプロデューサーが協力させられてているのは、間違いないよ」

美希「じゃあ……」

雪歩「無事だよ。きっと。ね」

美希「うう……良かった……良かったの……良かったのー! ミキ、ミキね、ずっとずっと心配してたの。ハニーは、もしかしたら……もしかしたら……」

プロデューサーさんが失踪してから、もう何度目かの美希ちゃんの涙。
でも、今回は今までと違う。
これは嬉し涙だ。

希望が見えて、みんなの目にも力が宿る。

ようやくに真実と、プロデューサーさんが765プロに帰ってくるという希望が見えてきたのだ。

さて、それではもうひとつの謎も解いてしまうとしまょう。
私は、春香ちゃんに言った。

「春香ちゃん、時間は? 大丈夫?」

春香「時間……あ、10時になっちゃいましたね」

「今、10時なのね?」

春香「? そうですけど?」

W……

プロデューサーさんの部屋にあった、ケータイ唯一のアドレス登録者。
おそらくプロデューサーさんは、このWとやりとりするためだけにあのケータイを所持していた。

そして毎日夜の10時になると、電話をかけていた。
帰宅をすると、メールをしていた。

どういう意味があるのかは、はっきりわからない。

だけど、私はある種の確信を持っていた。

Wは、765プロのアイドル。

すなわち今、この中にいる誰かだ、と。

♪ ホンノササーイナ コトバーニキズツイタ♪

千早「あら? THE IDOLM@STER?」

根拠は、プロデューサーさんが電話をしているのを目の当たりにした、春香ちゃん、千早ちゃん、真ちゃんのいずれもがとても親しそうに話していた、としている事。

あれほどのワーカーホリックのプロデューサーさんだ、ここにいる私たち以外にそれほど親しい女性がいるとは考えにくい。そもそも私たちは、プロデューサーさんに女性の影がチラつかないかいつも気にしているのだ。
自意識過剰かも知れないが、私たち全員の目をかいくぐってプロデューサーさんが女性と親しくなるとは思っていない。
まあ、恐れてはいるけれど……

♪ ダケドアマイモノタベテ シアワセヨ♪

真美「ケータイの着信じゃない?」

そして私は、さっきの真ちゃんの話で確信を深めた。
『真が帰ってきた』は部外者に言う、言い方ではない。
プロデューサーが『真』と言うのを、真ちゃんだと言外に理解できる人物が相手なのだ。

♪ キマグレニツキアウノモ タイヘンネ♪

亜美「誰→?」

確信を深められて、私はほっとした。
もし、Wがこの場でわからなかったら、二度と誰かわからなくなるかも知れなかったのだ。

社長には、夜10時にWに電話をかけてくれるように頼んだ。
不意に、かかってくるはずの時間にプロデューサーさんからかも知れないケータイが鳴ったら、Wは必ず出るだろう。

これは賭けだ。
不安もあった。

だが、着信音は鳴った。
やはりこの中の誰かが、W。

彼女は、大慌てで立ち上がった。

♪ ワルイトハオモウケド ヤメラレナイ♪

雪歩「すみません。ちょっと失礼しますぅ」

立ち上がったのは、雪歩ちゃんだった!

この中の誰か、確かにそう思ってはいた。
だけどそれでも、少なからず私は驚いた。

雪歩ちゃん?
あの大人しくて、ひっこみじあんな雪歩ちゃんが、謎の人物Wなの?

真「あれ? 雪歩、そのケータイって変えたの?」

真ちゃんの質問にも答えず、雪歩ちゃんは慌てて着信相手を確認すると電話に出た。

雪歩「もしもし? もしもし!? 答えてください! プロデューサー? プロデューサーなんですか!? もしもし!! もしもし!!!」

高木「残念だが……」

事務所のドアを開け、社長がゆっくりと入ってきた。
手には、件のケータイが握られている。

高木「彼ではない。残念だったね、雪歩君。いや、Wとお呼びしようか?」

雪歩ちゃんは、がっくりとうなだれた。

春香「あのぉー」

春香ちゃんが、右手を挙げながら言った。

春香「状況が、まったくつかめないんですけどぉ」

「春香ちゃん。社長が持っているケータイ、見覚えない?」

春香「ええと……あっ! プロデューサーさんが持っていた、あのケータイ!!」

千早「そうね。間違いないわ」

真「そう言えば……でも、雪歩が持っているのは……色違いの同じケータイ?」

確かに、雪歩ちゃんが手にしているのも、色は違うが同じスライド式のケータイだ。
そして雪歩ちゃんがいつも持っている、白い二つ折りケータイではない。

春香「じゃあ、あの時プロデューサーさんと親しげに電話をしていたのは……」

雪歩「……私、ですぅ」

「雪歩ちゃん。誤解しないでね、私たちは雪歩ちゃんを責めるつもりはないの」

雪歩「……はい」

「でもプロデューサーさんの事を、全部解き明かして真実に迫りたいのよ」

雪歩「それは、私も……ですぅ」

涙目で小声だが、雪歩ちゃんははっきりと言った。
そうだ、雪歩ちゃんだってもう昔の弱いだけの彼女じゃない。

ちゃんと戦って、困難に立ち向かってきたんだ。

私たちのプロデューサーさんと。
「じゃあ聞かせて。Wについて……いいえ、そもそもWってどういう意味なのか」

雪歩「それなんですけど……」

おずおずと、雪歩ちゃんは言った。

雪歩「そのWって、なんなんですか?」

「え?」

訂正
>>269
×真「女子は、3秒目を離したら ※かつもく して見てくださいね。
○真「女子は、3秒目を離したら刮目して見てくださいね。



いったんここで、とまります。

>>272 訂正
×さて、それではもうひとつの謎も解いてしまうとしまょう。
○さて、それではもうひとつの謎も解いてしまうとしましょう。

申し訳ありません。
本日は体調面の理由で、更新出来ません。
明日か明後日、更新いたします。
ごめんなさい。
内容が内容なので、あまりレスができませんがいつも皆様からのレスに感謝しています。
ありがとうございます。

雪歩「私、確かにみんなに内緒でプロデューサーさんとケータイで連絡を取ってました。でも、Wってなんのことか……」

社長も私も、困惑する。
プロデューサーさんが、毎日定時連絡をしていた相手であるW。
その当の本人が、Wという意味を知らない……

「ねえ、雪歩ちゃん。そもそもプロデューサーさんと、ケータイでそういうやりとりをするようになったそのあらましを話してくれないかしら?」
私は、しばらく考えてから雪歩ちゃんに言った。

雪歩「わ、わかりました……」

雪歩ちゃんは、相変わらずおずおずと話し出した。

雪歩の回想(プロデューサー失踪7日前)

P「……」

雪歩「……」

P「……」

雪歩「……」

P「……ん? うおわっ! ど、どうした雪歩!?」

雪歩「ぷ、プロデューサーにお話があるんですけど、なんだか考え事をしているみたいだったから……」

P「そ、そうか。悪かったな」

雪歩「いいえ……」

P「……はあ」

雪歩「……プロデューサー?」

P「あ? あ、ああ。ごめん、雪歩」

雪歩「……昨日の事ですか?」

P「えっ!?」

雪歩「昨日の事で、そんなに考え込んでいるんですか!?」

P「き、昨日……何かあったっけ? ははは……」

雪歩「私、見に行きました」

P「え?」

雪歩「プロデューサーがプロデュースする、初めての伊織ちゃんの単独ライブ。見に行きました」

P「あ、ああ、来てくれたのか。なら、楽屋とかに来てくれても良かったのに。雪歩なら、顔パスだろ」

雪歩「……行きました」

P「え、ええっ!?」

雪歩「プロデューサーと伊織ちゃん、とっても楽しそうで……」

P「声、かけてくれれば……」

雪歩「なんだか私、おじゃまかなって思えて……」

P「……そんなわけないだろ。同じ事務所の仲間なんだし、伊織だってきっと喜んだと思うぞ」

雪歩「……」

P「なあ、雪歩?」

雪歩「プロデューサーは、伊織ちゃんが好きなんですか……?」

P「は?」

雪歩「ずっと見てました。現場でのプロデューサー、すごい真剣な顔で……」

P「そりゃあ、仕事中はいつだって……」

雪歩「真剣というか、鬼気迫る感じを受けました」

P「そんなことは……」

雪歩「私のライブの時、プロデューサーはあんな表情……見せてくれません」

P「……あのな、雪歩」

雪歩「ものすごく、集中して考えながらやっているのがわかりました」

P「雪歩、聞いてくれ。それは……」

雪歩「プロデューサーは、伊織ちゃんを好きなんですね?」

P「……」

雪歩「そうなんですね?」

P「……違う」

雪歩「……伊織ちゃんを、好きじゃないんですか?」

P「そう言ってるだろ? なあ、今日はどうしたんだよ雪歩」

雪歩「じゃ、じゃあ、証拠。証拠を見せて下さい」

P「証拠?」

雪歩「今度のドラマの事で私、ちょっと悩んでいるんですけど……」

P「ええ? あ、ああ、遠距離恋愛の女の子役のな」

雪歩「あんな風に恋人と、ケータイだけで連絡し合う恋愛ってどんな感じかと思ってて……」

P「うん、なるほど」

雪歩「……」

P「? それで?」

雪歩「わ、私にっ!」

P「あ、ああ!」

雪歩「ケータイで連絡をくっ、くださいませんか? 毎日決まった時間に!」

P「え?」

雪歩「そうしたら、恋人からの連絡を待つ気持ちとか、電話がきた時の嬉しさとか、もっと演技に活かせると思うんですっ!」

P「……でもなあ……」

雪歩「やっぱり、伊織ちゃんが好きだからそんなことはできませんか?」

P「いや、そうじゃないけど」

雪歩「じゃあお願いします。専用のケータイも用意しました」

P「……用意周到だな。料金とかだって、かかるだろ?」

雪歩「私が、自分の為にやることですから……お揃いの色違いケータイを持ち合うって、本当の恋人みたいじゃないかと思うんですぅ」

雪歩はケータイを、Pに差し出した。
なかなか受け取ろうとしない、P。

雪歩「やっぱり私なんかとじゃあ、恋人のフリは嫌ですか?」

P「そんな事はないさ」

雪歩「じゃあやっぱり、伊織ちゃん……」

Pは、不承不承といった感じでケータイを受け取った。

P「わかった。雪歩の為に、協力する。だから、伊織の事は二度と持ち出さないでくれ」

雪歩「はい! わかりましたぁ!!」

Pは少し微笑んだ。

P「ゲンキンだな。雪歩は意外に頑固なのはわかっていたが、新しい一面も見られた」

雪歩「……ごめんなさいですぅ」

P「いいよ。じゃあ……そうだな、毎日夜の10時になったら電話を必ずする」

雪歩「メールも……帰ったら必ずください」

P「いつになるか、わからないぞ?」

雪歩「メールだからかまいません。それと……あの、あの……」

P「? これ以上、なんだ? この際だ、何でもするぞ」

雪歩「め、メールでの連絡は……その、あの……『好き』って書いてください……」

P「え!?」

雪歩「こ、恋人の雰囲気を出すために……」

P「……わかった。でもこれ、みんなには絶対に内緒だからな。いいか?」

雪歩「は、はいっ!!!」

雪歩「いきなりの告白は無理でも、恋人のフリとかから発展しないかなあ……って思って」

真「臆病なのに、時々強気な雪歩らしいなあ」

亜美「兄ちゃん、意外に押しに弱いモンね→」

美希「ミキの押しには、ハニーはびくともしないの」

真美「ミキミキのは押しってゆ→より、体当たりだモンね→」

春香「でもこれって、抜け駆けじゃない?」

千早「春香、あなたは告白までしたでしょ」

春香「のワの……」

伊織「……ねえ」

雪歩「なに? 伊織ちゃん」

伊織「アイツが私の事、好きだって雪歩は感じたの?」

雪歩「……うん。それで私、焦っちゃったんだ。次の日にケータイ契約して、プロデューサーに迫っちゃったんですぅ」

伊織「……そう」

素っ気なく言ったつもりだろうが、伊織ちゃんの顔は赤かった。
気がついた私と、やよいちゃんだけがニコニコしている。

だがしかし、問題はそこじゃない。
確かにこのケータイの出所と、どう使われていたのかはわかった。

「じゃあこの登録してあるアドレス名、『W』って……」

響「今の話だと、プロデューサーはみんなに内緒にしたかったみたいだからな、もしもケータイ見られても誰だかわかる本名は、避けたんじゃないか?」

真「うん。それにわかったよ、ボクがKって虎の巻に書かれていたのは『菊地』だからじゃなくて、イメージカラー『黒』のKだったんじゃないかな?」

千早「じゃあ私が、Bだったのは……」

真「たぶん、BlueのBだよ。ボクをBlackにすると二人ともBになっちゃうからボクはKuroのKにしたんだと思うよ」

「そうか。雪歩ちゃんのイメージカラーは白だから、WhiteのWか……」
わかってしまえば、なんでもない。
いや、何か思わせぶりだったから引っかかっていたが、そもそもこのケータイはプロデューサーさん失踪とは関係なかった。
私と社長は、ダミーにまんまと引っかかった形だ。

雪歩「み、みんな……」

雪歩ちゃんが、項垂れながら口を開いた。

雪歩「ごめんなさい。みんなに黙って内緒で、プロデューサーさんと……その……」

美希「そんなの気にする事ないの」

意外にも美希が、笑顔で言った。

美希「ミキだっていつもアタックかけているし、そんなの当然なの」

千早「そうね。機会があったらアピールしろ、そうプロデューサーも言ってたものね」

真美「恋はね、後出しも先出しもオ→ケ→なんだって」

春香「まあ私は、雪歩を責められないし……」

貴音「気にする事は、ありませんよ雪歩」

真「だね」

響「そうさー!」

雪歩「みんな……ありがとう」

嬉しそうな、雪歩ちゃん。
これでまたひとつ、真実が明らかになった。
少しずつだが、私はプロデューサーさんに近づいていっている気がしている。

伊織「これで明日は、オーディションに集中できるわね。まずは勝って、ジュピターを追い詰めてやりましょう!」

亜美「ぬっふっふ→虎の巻と兄ちゃん、を取り返してやるんだもんね→」

「頼みますね、律子さん」

律子「……」

あれ?
浮かない表情の律子さん。

亜美「どったの? りっちゃん?」

律子「勝てる……かしら? 明日のオーディション」

伊織「ちょっと! どうしたのよ、律子!!」

律子「本人ではないとはいっても、あのプロデューサー殿を敵に回して戦うのよ。勝てるの、あんた達?」

伊織「!」

亜美「そっか……兄ちゃんに勝たないといけないのか→」

成る程、律子さんの懸念も無理はない。
私たちはプロデューサーさんのすごさを、身をもって知っている。
弱小だった765プロを、短い期間で急成長させた手腕は侮れない。

でも……

千早「心配ないと思います」

律子「千早?」

千早「プロデューサー本人ならともかく、過去のデータと手法しか載っていないなら怖くありません」

響「そうだぞ。タネがわかればなんくるないさー!」

春香「そうですよ。私だってそうだとわかっていたら、それなの方法できっと勝ちましたよ」

「うふふ。そうね、それに……」

みんなは一斉に、律子さんを見る。

「765プロの、もう1人のプロデューサーもなかなかの手腕だって思うものね~」
驚く律子さん。
みるみる顔が、赤くなる。なぜかメガネがくもる。
みんなはそれを見て、大声で笑った。

そう、まずは勝つ事だ。
明日のオーディションで。

「ちょ、今日のオーディションどうなってんだ!?」「765プロ、アイドル全員来てるぞ」「全員エントリー?」「いや、出るのは竜宮小町だけだと……」「それとあれだろ、3日連続合格のジュピターだろ?」「もうウチ、今日はエントリー取り下げようかな……」

ざわめくオーディション会場。
無理もない。

結局、765プロは総動員でオーディションに向かう事となった。
出るのはもちろん私たち竜宮小町だが、全員がバックアップを行う。

翔太「あれー? 今日は全員でエントリー?」

北斗「チャオ☆ エンジェルちゃん達。今日はオーディションが一段と華やかだねえ」

真美「むむっ! 出たな、兄ちゃんをさらった悪のアイドルめ→」

冬馬「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよな。お前らのプロデューサーの失踪と、俺達とはなんの関係も無いぜ」

亜美「む→! しらじらし→!!」

真「じゃあなんでプロデューサーの、アイドル虎の巻を持っているんだよ? あれはプロデューサーの……」

翔太「あれ? なんで知ってるの?」

貴音「あなた方の悪事は、全てお見通しです」

冬馬「悪事って何だよ、俺達はちゃんとお前らのプロデューサーからこれはもらったんだからな」

冬馬君が見せたのは、私と社長がプロデューサーさんの部屋で見たものに間違いない。

冬馬「読み方だって、ちゃんと教わったぜ。天海、我那覇、すげーよな、これ……いや、お前らのプロデューサー」

伊織「だから誘拐して、監禁してるってワケ……」

伊織ちゃんは、爆発寸前だ。

冬馬「だからそんな事してねーって……まてよ……」

冬馬君は、少し何かを考える仕草をした。

春香「なによ?」

冬馬「……いや、なんでもねー。けど、俺達がおたくのプロデューサーに会った時、アイツ言ってたぜ」

「……なんて?」

冬馬「お前らの……」

冬馬君は、一度言葉を切ると不思議そうに言った。



冬馬「プロデューサー、人間やめるってよ」


「! それって……」

北斗「冬馬、時間だぞ」

冬馬「あ、ああ」

伊織「ちょっと! 逃げるつもり!!」

翔太「まあまあ、オーディショの時間だから、ね」

亜美「かんけ→ないよ!」

冬馬「……わかった。今日のオーディション、そっちが勝ったら俺が知ってる事を全部話してやる」

北斗「冬馬、そんな勝手な事」

「約束、守れるの?」

冬馬「当たり前だ」

「わかったわ」
私はみんなを振り返る。
みんな、頷いていた。

負けられない。今日のオーディションは、絶対に!

一旦ここで、止まります。
体調、もう大丈夫です。ご心配おかけしました。
ありがとうございます。

亜美「でもさ→りっちゃん大丈夫かな?」

「? 亜美ちゃん、律子さんがどうしたの?」

亜美「だってさ→きの→だってあんなにきん超してたのに、あまとうとあんな約束しちゃったら……」

そんな事か。
私は、微笑んだ。

「大丈夫よ、亜美ちゃん」

律子「さあ、あんた達。今日の私の指示は、無茶苦茶だからね。覚悟しなさいよ!」

亜美「りっちゃん!」

伊織「ふん、なかなか頼もしいじゃない」

律子さんは、威勢よく言い切った。
その目は真っ赤で、おそらく徹夜であることが見て取れた。
それでもその視線に、もう迷いはない。

律子「曲は『SMOKY TRILL』!」

伊織「まあ……」

亜美「じゅんと→? だね」

「そうね。一番、実力を発揮できそうよね」

亜美「それで?」

律子「亜美、あんたはダンスに意識を集中ね」

亜美「え? うん……」

律子「あずささんは、二人の動きを見てサポートできる所はお願いします」

「? はい」

律子「伊織、この曲はヴォーカルが命だからがんばってね」

伊織「そんなの……当たり前じゃない」

律子「以上です」

亜美「ええっ!」

伊織「ちょっと律子! それっていつもと同じじゃないの!!」

「それで本当に勝てるんですか? プロデューサーさんに?」

律子「色々と考えたけど、奇をてらってしまったら負けるのは目に見えてるわ」

春香「センターを今日だけチェンジするとか、思ってましたけど」

律子「あずささんの歌唱力も魅力だけどね、あずささんの艶っぽさが出ないと意味無いし」

真「ダンスをいつもと変える、とか」

律子「付け焼き刃のダンスより、目新しさは無くても完成度の高いいつものダンスよ」

亜美「そ→かな→?」

律子「そうよ。千早、プロデューサーがオーディションで一番難しい事はなんだって言ってた?」

千早「当たり前の事を、当たり前にすることが一番難しい……」

伊織「それは……そうね。確かに」

律子「今日はあんた達に、この一番難しい事をやってもらうわよ。いつも通りの事を、いつも通りにやってちょうだい。ただし、最高のクオリティで」

「付け焼き刃じゃなくて、本気の実力で勝負って事ですね」

真「でも、負けた響や春香だって……」

響「いいや! 自分、おとといは新曲だったからな」

春香「私だって、レッスンで習得した事を出そうとして中途半端になった感じがあるよ」

律子「ね。それに今日は3対3よ? 昨日までの1対3とは違うわよ!」

真美「さっすがりっちゃん! 目が赤いから、通常の3倍だよ!! 3倍!!!」

雪歩「言葉の意味はわからないけれど、とにかくすごい自信ですぅ」

伊織「わかったわ。新しく付け加える事がないのなら、集中を高めておくだけよ」

やよい「うっうー! 伊織ちゃん、はい!!」

伊織「ありがと……ん、100%オレンジジュース! さすがね、やよい」

やよい「えへへー」

亜美「……いいなあ。よし! 真美!!」

真美「うっう→! 亜美、はい!!」

亜美「ありがと→……ブーッ!! な、なにこれ!? 焼肉のタレぇ?」

真美「亜美、好きでしょ?」

亜美「こんなのドリンク感覚でゴクゴク飲めないよ→!!!」

雪歩「はい。あずささんには、ジャスミンティーですぅ」

「ありがとう! 雪歩ちゃん」
流石に、雪歩ちゃんのお茶。いや、味からも気迫が伝わる。

雪歩「プロデューサーを、お願いしますぅ」

「任せて!」

北斗「いいのか冬馬? あんな約束して」

冬馬「かまわねえ。北斗も、気になってるんだろ?」

北斗「それは、まあね。けど、社長は……」

冬馬「おっさんに怒られたら、俺のせいにしろ」

翔太「ずいぶんと、あの人に肩入れしてるね。冬馬は」

冬馬「俺はな! 勝てばいいって気にはなれねえんだよ」

翔太「冬馬……」

冬馬「あの男……なんであんな目をしてたんだよ」

オーディションが始まった。

私たちは、『SMOKY TRILL』を歌い、踊った。
歌い慣れた歌を、気持ちを込めて歌い。
いつもレッスンしているダンスを、精一杯踊った。

伊織「どう? 当たり前の事を、当たり前にやりきったわよ」

亜美「つかれたけどね→どうかな、あまとう?」

冬馬「次は俺ら、だな」

北斗「ええと……竜宮小町は、ビジュアルイメージが高くてそこにヴォーカルアップの曲を入れてきたなら……ダンスイメージを強くアピール、とある」

翔太「他には?」

北斗「後は……冬馬? 聞いてるのか?」

冬馬「あ? ああ、悪い」

翔太「しっかりしてよ、冬馬」

冬馬「わかってるよ」

ジュピターも、見事にアピールを行った。
流石の実力に、プロデューサーさんが書いたマニュアル……虎の巻の指示に従っている。
私たちは、内心焦った。
律子さんは、祈るように目を閉じている。

司会「オーディションの結果は……合格、竜宮小町! それ以外の方々は、帰って結構ですよ」

亜美「……やった?」

伊織「勝った……のよね?」

「そうよ! 勝ったのよ!!」

一同「「やったあああぁぁぁーーーっっっ!!!」

私たちの声が、会場に響く。

翔太「そ、そんな……」

北斗「この虎の巻、無敵のハズじゃあ……」

真「上手く読み解けば、そうプロデューサーは言ってたよ」

北斗「……」

冬馬「やっぱ本人が指示を出すのとは、雲泥の差か……」

春香「格好つけてるみたいだけど、約束! 守ってもらうからね」

冬馬「ああ。わかってる」

さすがに961プロの人間が、765プロに入るのは気が引ける。

そういうわけで、オーディション会場の一室を私たちは借りた。

そこで、天ヶ瀬冬馬君は語り始めた。

冬馬の回想(プロデューサー失踪4日後)

961プロダクションの情報処理室。
最新鋭の機器をいくつも揃えた、年中冷房の入った部屋。
その日は、照明も薄暗い。

社長命令でやって来たジュピターの3人も、肌寒さに震える。

翔太「社長も、何を考えてるんだろうね。こんな所に行け、なんて」

北斗「アイドル活動の参考になる、と言ってたな」

冬馬「あのおっさんのやる事だ、きっと意味が……誰だ? そこにいるのは!?」

P「……」

北斗「ん? もしかして……」

翔太「765プロのプロデューサーだよ! なんで961プロに? もしかしてスパイとか?」

冬馬「なんだと……おい、あんた! そこで何してる? 事と次第によっちゃあタダじゃあおかないぜ」

P「……」

北斗「冬馬、様子がおかしいぞ」

翔太「視線が虚ろで、なんかボーッとした感じというか……」

冬馬「……だな。おい、765プロのプロデューサー! どうしたんだよ!!」

ギロリ
目だけが動き、Pは冬馬を見た。
いや、それはまるで眺めた……そういった類の動きだった。
なんの感情も感傷も無い、ただ目が動いて冬馬を写しただけ。

翔太「ほ、北斗ぉ……こ、怖いよぉ……」

北斗「どうしたんだ、一体」

冬馬「まさかクスリでもヤってんじゃ、ねえだろうな」

P「……鬼ヶ島か」

冬馬「だからいい加減、俺の名前をちゃんと覚えろ! 俺は天ヶ瀬だ!! 天ヶ瀬冬馬!!!」

P「そうか……」

黙り込むP。

翔太「どうしちゃったのかなあ? あれ? もしかして社長がここに行けって言ったのは……」

北斗「まさか……」

冬馬「いや、そりゃねーだろ? こいつは765プロのプロデューサーだぜ。俺らのプロデュースなんて……」

P「俺は、もう……誰のプロデュースもしない」

北斗「誰も? じゃあ765プロのエンジェルちゃん達は……」

P「あいつらを、危険な目には遭わせない……俺はもう、やめる……」

冬馬「なんだと!? 765プロを辞めんのかよ! あんたが!?」

P「冬馬……俺は……俺はな……」



P「もう、人間をやめるよ……」


合わない視線。
譫言のような声。
そしてその言葉に、ジュピターの3人は冷房以上に寒気を感じた。

冬馬「……どういう意味だよ」

P「俺はやっぱり……最低の人間だった」

冬馬「はあっ?」

P「でももう、人間をやめるよ……いや、もうやめているのか……それとも俺は、そもそも人間じゃなかったのか……」

翔太「冬馬ぁ……この人、もしかして頭が……」

北斗「どうかな。それで、どうしてここにいるんだい?」

P「ああ、ジュピターのプロデュースを頼まれたんだったな……けど、そんな気は無い」

北斗「それはそうだろうね」

P「だが、黒井……社長の命令だ。これを持ってきてもらった。やるから好きに使え」

Pが差し出したのは、鍵付きの日記帳のようなものだった。

翔太「な、なんか怖いよ……」

北斗「なんですか? これは」

P「アイドル虎の巻……俺のノウハウが書いてある。上手く読み解けるなら、オーディションでも敵無しだぞ」

翔太「ほ、ほんと?」

P「鍵はこれだ。読み方は、今から教えてやる」

北斗「それは、願ってもないプレゼントだけど……」

冬馬「なんで俺らに、そんな物を……それって背信行為ってヤツじゃないのか?」

P「倫理は人間の良心を肯定する行為だ。だが、俺は人間をやめる……もうそんなものに囚われない……」

そこまで言って、Pはようやく人間らしい動作をみせた。
両手で顔を覆い、そのまま突っ伏した。

P「……いや、そもそも俺は……人間じゃなかったのかもな……」

彼はそうしたまま、1時間も黙っていた。
冬馬は怖がる翔太をなだめつつ、ずっとつきあっていた。

やがて起きあがったPは、妙にサバサバした表情で虎の巻の読み方、使い方を教えた。

P「ただし、黒井社長にも言ったが、ある程度以上の実力者には通じないだろうな。それにこれは現時点では有効だが、時がたてばデータが古くて役にたたなくなるだろう」

翔太「でも、参考にさせてもらうよ。ありがとう」

北斗「チャオ☆ さっそく、詳しく読んでみるよ」

冬馬「……なあ、あんたは本当にそれでいいんだな」

P「ははも羅刹は義理堅いな。いい。それにこれぐらいしか黒井社長に義理立てする気は無い。使える内に使え」

冬馬「俺は冬馬だ! ……それで? 765プロの連中に会ったら、何か伝える事とか無いのかよ」

P「……いや、いい」

冬馬「そうか」

冬馬「あいつも言ってたが、想像以上の賞味期限の短さだったな。いや、お前らの成長がそれだけ早いのか」

律子「おためごかしなんていらないわ! プロデューサーは、961プロにいるのね?」

冬馬「ああ。たぶん、今もあそこだろうな。けどよ」

伊織「何よ!」

冬馬「あの部屋……いや、そもそも961プロに鍵とか付いてないぜ。つまり、出たけりゃいつだって出られる」

「軟禁状態、そう言いたいわけね」

冬馬「むしろ、自分の意志でいるんじゃねーのか? あいつ」

亜美「そんなわけないよ→」

冬馬「ともかく、約束は守ったぜ。虎の巻が功を奏しなかったからには、おっさん次はどんな手でくるかな……」

不気味な予告ともつかない言葉を残し、冬馬君は帰った。

事務所に戻った我々は、疲れていた。

珍しく亜美ちゃんと伊織ちゃんも、ソファーに座ると眠ってしまった。
こうして見ると、二人ともまだあどけなさもある。

私は、オーディションに勝利した事で心が浮き立っていた。
プロデューサーさんが、帰ってくる。
その瞬間が、近づいている気がしたのだ。

冬馬君の話は、少し気味悪く感じたが、それでもプロデューサーさんが見つかれば、帰って来れば全てが解決するような気がしている。

思えば色々あった。

プロデューサーさんの失踪。
自宅で見た事。
ケータイと謎の人物W。
みんなの回想。
小豆島での事。
プロデューサーさんの過去……

寝ている伊織ちゃんに、貴音ちゃんが毛布をかけてあげている。
亜美ちゃんには、雪歩ちゃんが。

その瞬間だった。

「あっ!!!」

思わず叫んでいた。

既に揃っていた様々なパーツが、カチッと音を立ててあるべき所に収まった。
私の頭の中で、プロデューサーさん失踪にまつわる、様々な事柄がすべて集まり、ひとつの絵を完成させた。
ついに私は、プロデューサーさんに何が起こったのかを、ぼんやりとだが理解した。

ただ、その絵は……望んでいた美しい真相などではなく。

ドロドロとした、悪夢のような地獄絵図だった。

一旦ここで、止まります。

私は、崩れるようにその場にへたりこんだ。

春香「あずささん!? どうしたんですか!?」

千早「顔が真っ青……大丈夫ですか?」

春香ちゃんと千早ちゃんが、私に駆け寄ってくれる。
そしてみんなが、集まってきた。

律子「どうしたんですか!?」

律子さんも、まだ赤い目で私を助け起こしてくれる。

「なんでもない……なんでもないのよ」

絞り出すように出した私の声は、うわずったものだった。

とうとう寝ていた伊織ちゃんと、亜美ちゃんも目を覚ました。

伊織「どうしたのよ、あずさ」

伊織ちゃんと目が合う。

ああ……

とても彼女の目を見られない。

こんな事、伊織ちゃんに話せるわけないじゃないですか!

いいえ、誰に話せばいいんですか。

胸の中を、哀しみが渦巻く。
と、同時に猛然とした怒りがわいてきた。

ひどい。

ひどい。

ひどい。

夢を誓いあったのに……

みんなまとめてトップアイドルにする、そう言っていたくせに……

あんなにがんばっていたのに……

好きだったのに……

運命の人、もしかしたらあなたが……そう思っていたのに……

愛していたのに……

あなたは、嘘つきです……

ああ、今なら私もわかります。

あなたは最低の人間です……

私はその場で、泣き崩れた。

黒井「どういうことだね? 君のアイドル虎の巻、使ってもジュピターは負けたようだが?」

画面には、今日あったオーディションの様子が写されている。

P「はは……」

黒井「この上は……うん? 笑って……いるのか?」

P「ははははは。あはははははは……」

黒井「気味の悪いヤツだ。まあいい、この上は嫌も応もないからな。貴様に直々にジュピターのプロデュース、やってもらうからな!」

立ち去る、黒井社長。

残ったPは、まだ笑い続けていた。

結局私は、律子さんが車で送ってくれる事になった。
みんな心配していたが、律子さんを信用してくれてか黙って見送ってくれた。
みんな、本当に優しい。
その優しさを思うと、私はますます気持ちが落ち込む。

律子「それで? 聞かせて下さい、何があったのか。いいえ、何に気づいたのか、と言うべきかしら」

「……言えません」

律子「はあ。ここまで、一緒に頑張ってきたじゃないですか。プロデューサーを取り返すのも、夢じゃなくなってきたってのに」

「プロデューサーさん、帰った来た方が……いいんでしょうか……」
私の言葉に、車体が微かに揺れた。
律子さんは、私を横目で見ると車を停めた。

律子「そんなに……深刻な事なんですか?」

私は頷く。

律子「それなら、なおさら私に話して下さい。1人で抱え込まないで」

「でも……」

律子「私を、信用して下さい。今日だって、きちんとやりおおせたでしょ?」

頼もしい仲間の言葉に、私はまた涙が出てきた。
プロデューサーさん、あなたはどうして……

律子「私は社会でもう、けっこう揉まれてますからね。少々の事は、平気です」

「わかりました……私の家で」

律子さんと二人で帰宅すると、私はお茶をいれた。

「雪歩ちゃんみたいには、いかないんですけれど」

律子「あ、おかまいなく」

しばらく逡巡してから、私は口を開いた。

「これは私と社長しか知らないんですけれど、プロデューサーさんの自宅には……伊織ちゃんの特大顔アップポスターが貼ってあったんです」

律子「それって、ガチャポスターの? へえ」

「プロデューサーさんの部屋は殺風景で……その中で浮いているともいえる伊織ちゃんの笑顔が、私にはなんだか不思議で……」

律子「でも、なんとなくわかりますよ。プロデューサーは、ある意味伊織にご執心だったし」

「え?」

律子「しきりに伊織のプロデュースをしたい、って言ってましたね。まあ、しつこいって程ではなかったんですけど……いつかは、ってよく言ってました」

「それでこの間の、単独ライブを……」

律子「ええ。プロデューサー嬉しそうでしたね。まあ、伊織も上機嫌だったんですけど」

それは、私も覚えている。

律子「ねえ、あずささん? もしかしてあずささんがショックを受けているのは、プロデューサーが伊織の事を好き……とか、そういう?」

ああ……
もしそうだったら……
それだけだったら、どんなにいいだろう。

でも……
違う。

「さっき、伊織ちゃんと貴音ちゃん、それに雪歩ちゃんを同時に見た時に、気がついたんです」

律子「?」

「私はWが誰なのか、あのケータイはなんなのかをずっと考えていました。結果としては、プロデューサーさんの失踪とはあまり関係なかったんですけど、プロデューサーさんは他の人に見られると困るような物には、私たちをイメージカラーのイニシャルで記していたんです」

律子「そうでしたね。雪歩はWhiteだからW。千早はBlueだからB。私はさしずめGですか」

「それから貴音ちゃんは、言っていました。プロデューサーさんは、脅迫されているって」

律子「? 確か……」

私たちは、同時に記憶の糸をたぐる。

貴音「いえ。ではその企画書を……これは?」

P「ん? あれ、企画書はこれ……貴音! それは見るな!!」

貴音「『Pは殺す』『必ず殺す』『その日は近い待っていろ』『夢にまで見たPの死ももうじきだ』……どの紙にも……あなた様、これは!?」

P「た……貴音、これは……これはな」

貴音「あなた様を殺害するという予告、いえ脅迫ではありませんか!!」

P「あ……あ、ああ。そうだ」

「私……ずっと貴音ちゃんが見た脅迫文は、Pつまりプロデューサーさんに対してのものだと思ってたんです」

律子「え? 違うんですか?」

「……雪歩ちゃんがWなら……Pは?」

律子「え?」

「雪歩ちゃんと、貴音ちゃんと、伊織ちゃん。3人を同時に見ていたら、気がつきました。イメージカラーの頭文字がPなのは……私と伊織ちゃん。PurpleとPinkの2人」

律子「え? あっ!」

「でも、私じゃないんですよね。多分、あの文章のPは……」

律子「Pは……伊織!? 殺すと書かれていたのは伊織で……書いたのは……」

「書いたのは……プロデューサーさん、です……」
ショックで、言葉を失う律子さん。
私は、また涙が止まらなくなった。

プロデューサーさんは、ずっと伊織ちゃんを殺そうとしていた。
その為に東京に出てきて、765プロに入り。
そして機会を伺っていたのだ。

もう10年も……

俺はP。

765プロのプロデューサー……いや、元プロデューサー……か。

今の鈍い思考では、なんだかすべてがもうよくわからない。

ただ、このオーディションは傑作だ。

久々に、笑い……などというものが漏れた。

久々に、血が身体を巡っている。そう感じられた一瞬だ。

流石は、律子だ。よく気がついた。

竜宮小町も、よくやった。

彼女たちが、総力を結集するなら、虎の巻などでは太刀打ちできないだろう。

いや、よく見ればみんないるじゃないか。

765プロの総力。そりゃあ、勝てない。

鈍い頭でも、この痛快さはわかる。

俺は笑った。

まるで人間のように。

そう、俺はもう……人間じゃない。

なにがあったんだっけ?

そうだ、あれは……10年前。
あれからもう、10年になるのか……

Pの回想(プロデューサー失踪10年前)

俺はとんでもない悪ガキだった。
いわゆる不良がやるようなことは、小学生時分にほとんど済ませた。

俺は憎かった。
何もかもが憎かった。

捨てられた、という事が憎かった。
周りの目が憎かった。
捨てられた者だけが集められた、環境も憎かった。
全てが憎かった。
ただただ、憎かった。

孤独、孤立、周囲からの色眼鏡、劣悪といえないまでも制限の多く不自由な環境、貧困……

俺は、自分以外の全てが憎かった。

センセイだけは、俺に対し真剣だったが、そんなものは救いにならなかった。
アイツは仕事だ。仕事で、俺を見ているだけだ。

自分以外の、全てが幸せに見えた。
自分一人が、世界で取り残されていた。

凍てつく心を、俺は憎悪の炎でかろうじて保っていた。

愛情なんて、本に書いてあるただの単語だ。
そんなものを感じたことは無かった。
一度も。

俺は誰も好きじゃなかったし、そんな俺を好きになるヤツなんていやしなかった。

俺はいつも、一人でいた。

誰かを好きになった事もなければ、誰も俺を好きにならなかった。

一人でいる俺は、有り余る憎しみをぶつける対象をいつも探していた。

一旦ここで、止まります。

トリックにメタ混ぜたら解ける訳ねえ……

いや、面白いけど

脅迫状の中の「P」が、
「P」=プロデューサーを匿名にしておくためのSSのお約束 (実際には作中世界では本名が呼ばれている)
だと思ってた。
まさか本当に「P」と書かれていたとは思わなかった。

作中人物に対しては何のトリックも仕掛けられていない(勝手に勘違いしただけ)ので、メタなトリックだと思えた。

別に「こんなもんわかるわけねえだろ、ふざけんな」じゃなくて、
「俺には解ける訳ねぇ」って意味で言ってるので勘弁してくれ


※これ以降、残酷な描写が入ります。ご注意下さい。

初めは虫だった。

カブトムシやクワガタ、カナブンなどの手足をもいだ。
俺の手の中で芋虫になったそれらを見て、俺はゲラゲラと笑った。

次第に虫では飽き足らなくなった。

小動物を、ひどいやり方でいじめた。

そのうち、それらの命を奪うようになった。

もがきながら苦しむ動物の姿に、俺は酔うようになった。
生殺与奪を俺が握る事で、俺は矮小な時分ではなくなった。そんな気がしていた。

この頃、俺は自分が社会という歯車から、逸脱していこうとしているのを理解していた。
徐々に自分が普通でなくなっていく。その自覚はあった。
それでも、歯止めはきかなかった。

このままいくと、俺はやがて動物では飽き足らなくなるだろう。
そのうち俺は、とんでもないことをしでかす。
そう確信していた。

それは恐怖だった。

しかし……

痛快で甘美な幻想でもあった。

捨てられ、寂しさから社会を恨み、愛を知らない俺が、反社会的な存在に堕ちていく……

『人殺しの子』そう揶揄される俺が、本物の人殺しになる。

俺の存在と行為が、社会を脅かす。

それを思うと、何故か俺は笑みが押さえられなかった。

そしてそのうち俺は、とうとうひとつの事件を起こす。

施設のそばで、うろついていた野良犬。
俺は、夜中に施設を抜け出し、その犬をさんざんなぶった挙げ句に……殺した。

そして俺は……その首を切断すると、施設の門柱に突き刺した。

付近一帯は、大騒ぎになった。

一睡もできず、重い身体を起こした私は、それでも765プロに出社した。
私の顔を見ると、みんなが次々とやって来て声をかけてくれる。

千早「本当に大丈夫なんですか? あの、顔色とか目が……」

響「きょうは休んだ方が、いいんじゃないかー」

私はぎこちなくだが微笑んだ。

「大丈夫よ。今日もがんばって行きましょう」

そうしていると、律子さんがやって来た。
私たちは頷き合うと、社長室へと向かった。

社長室に入ると、また私たちは驚いた。
そこには、社長だけでなくもう一人の人物がいた。

律子「小鳥さん……帰ってきたんですか」

小鳥「……はい」

沈んだ表情と声。
きっと社長から、この間のあらましは聞いているのだろう。

高木「悪いが、裏からこっそり入ってもらった。まずは事情を聞きたかったのでね」

「小鳥さん、聞きたいことがあります」
私は、間髪入れずに聞いた。

「小鳥さんが、プロデューサーさんと初めて会った施設で、当時なにか変わった事がありませんでしたか?」

小鳥「……聞きたいこと、わかるわ」

「なにか、あったんですね……」

小鳥「みんな……わかっているみたいですね。プロデューサーさんのこと……」

「昨日、気がつきました」

高木「? なんの事だね?」

小鳥「それも含めて、私の知っている事を全部お話します。あれは……もう、10年前の事ですね」

小鳥の回想(プロデューサー失踪10年前)

岡山の玉野市にある、子供向けレジャーランドでの営業を終えた私は、ここからフェリーで一時間程度の島に児童福祉施設があると聞いた。

小鳥「営業……いっちゃおうかな」

私は軽い気持ちで、施設を訪問した。

テレビにも出ない、マイナー芸能人の私でも子供達は歓迎してくれた。
その中で、一際異彩を放つ少年がいた。

暗い瞳。
陰鬱な表情。
けれど、整った顔立ちに私はドキリとした。
決して心中を表に出さない所も、なんとなく神秘的に感じた。

小鳥「えっと、P君だっけ」

P「……なんだよ」

うんうん。不良っぽい口調。
予想通りの話し方に、私はなんだかおかしくなった。

小鳥「うふふ。かわいいなーP君」

私がP君に抱きつくと、P君はやや鬱陶しそうにしながらも、黙っていた。

可愛い。
胸がキュンとした。
ショタ愛好家としての血が騒ぐ!

だが、彼が施設の中で孤立していることは、すぐに気がついた。

彼に話をしていると、ほかの子供達がヒソヒソと耳打ちをしてくる。

子供1「そいつに関わらない方がいいよ」
子供2「殴られるよ」
子供3「そいつ、人殺しの子なんだぜ」
子供4「昨日の門柱も、犯人はそいつだぜ。絶対!」

私が聞き返す間もなく、彼は他の子供達に殴りかかっていた。
その後はもう、てんやわんやだった。
止めに入った施設の人に、私は後で聞いてみた。

小鳥っ「あの……昨日の門柱って、何かあったんですか?」

施設の人は、躊躇ったが話してくれた。

『昨日、門柱に……首だけになった犬の死体が……』

聞いただけで、私は目眩がした。
だけど同時に、そんな事を彼がしたとは思えなかった。
いや、正確には思いたくなかった。

……
どうやら俺は、眠っていたようだ。
10年前の事、あれも夢だったのだろうか?

いや、そうじゃない。
それだけは……
あの事だけは、ぼんやりとした今の頭でも鮮明に思い出す。
それだけ、衝撃的な出来事だった。

Pの回想2(プロデューサー失踪10年前)


事件の後、俺は施設の職員に詰問された。
俺は否定も肯定もせず、黙っていた。
証拠を残すようなヘマは、しなかった。
俺が何を聞かれても黙っているので、結局この件はうやむやになった。

次の日、自称アイドルだと名乗る女性が、施設に慰問にやって来た。
音無小鳥という、正直聞いた事もない芸能人だったが、なるほど綺麗な顔立ちをしていた。

何を気に入ったのか、彼女は俺につきまとった。
抱きつかれて俺は、不思議と嫌ではなかった。
思えば初めて触れる、女性。
俺は、嫌じゃなかった。

だがそんな気分でいたのも、その日だけだった。
動物を虐待し、人間らしさを捨てるように無くしていく日々。
もう自分が、どうなるかは自分でもわかっていた。
俺はやがて、とんでもない犯罪を犯すだろう。

怖い……

でも楽しみだ……

アンビバレンスな心理の中、俺は為す術もなく人でなくなっていった。

数日後、島にある水瀬財閥の別荘に財閥の人がやって来るという知らせを聞いた。

P「なにが財閥だ!」

そう悪態をつく俺に、施設の奴らは口々に言った。

「それなら別荘に侵入してみろよ」「できねえくせに」「本当は怖いんだろ」

頭にきた俺は、水瀬財閥の別荘に忍び込んだ。
城かと思う館の中で、俺はそれを見た。

最初は人形が、置いてあるのかと思った。

綺麗な人形が、座っていた。

俺は惚けたように、その人形に見入った。
整った顔立ち。
綺麗な髪。
艶やかな肌。
全てが美しかった。

芸術などの素養とは無縁だった俺が、初めて『美』というものを肌で感じた瞬間だった。

そして驚いた事に、その人形は立って歩き出した。

人形だと思っていたのは、人間……
生きて動いている、人間だった。

伊織「……あんた、だれ?」

少女の質問にも、俺は口がきけなかった。

人間……?
これが人間?
本当に人間?

人間とは、こんなに美しいのか?

俺はなんだ?
なんなんだ……

途端に俺は、猛烈に自分が醜く感じた。
目の前にいる、この美しい物が人間なら、俺はなんなのだろう……

いや、これが人間なんだ。
本物の人間。

じゃあ俺は……なんだ……?

伊織「? へんなの」

少女は、足早に立ち去っていった。
その後、警備の人間が俺を見つけ捕まえた。
俺は、抵抗しなかった。
いや、茫然自失だった。
覚えていないが、車に乗せられて施設に送られたらしい。

それから数日、俺は呆然として過ごした。

ただ、あの人形のように美しい少女が、頭から離れなかった。
そして次第に、また憎しみと怒りがわき上がってきた。

あれが、人間。
俺は、醜くおぞましい生き物。

なぜだ?
なんでなんだ!?

怒りは胸に渦巻き、やがて黒い欲望に変わっていった。

あの少女を……
あの人間を……

殺してやりたい……

ころしてやりたい……

アイツヲコロシテヤリタイ……

小鳥の回想2(プロデューサー失踪10年前)


東京に戻ってから、私は彼に手紙を出した。
彼だけにだと、不審に思われるかも知れないと思い、全員に出した。
彼からの返事は、書き殴ったような文字で、不可解な内容だった。

『俺を止めて欲しい』

意味がわからなかった。
げれど、それがなんらかのSOSである事はわかった。

私は、再度手紙を出した。
具体的にどうすれば良いのか、と。

返事は一週間後に来た。
前回とは打って変わって落ち着いた文字が並んでいた。

『俺は将来、東京へ出て働きたい。どうすればいいんでしょうか?』

それを読んで、私は少し安心した。
そして返事を書いた。

もし良ければ、私を頼って来て欲しい。
相談に乗るし、力にもなる。

そこまで書いて、私は赤面した。
年下の美少年を囲う……そんなふうに取られやしないか恥ずかしくなった。
慌てて私は、書き加えた。

けれど、今は先ず勉強に勤しみなさい。
全てはそれからよ。

それから、彼からは定期的に手紙が来るようになった。
最初の印象から、荒んだ文章を予想していたが、内容は紳士的ともいえるものだった。
成績が上がると、素直に嬉しいという文字が手紙に綴られた。

この子は悪い子じゃない。
あの時の犯人も、この子じゃない。
誤解されやすい子なんだ。

その時はまだ、私もそう思い文通を楽しんでいた。

5年が経った。
彼からの手紙に、上京して大学に入学するとあった。
近かったこともあり、私は自分の近所のアパートを紹介した。

久しぶりに会った彼は、もう子供ではなかった。
青年。

私はドキリとした。

それから私達は、頻回に会った。
何かにつけて私は彼を援助し、頼られた。

けれど、それだけの関係だった。

私もそれでいい、そう思っていた。

それから間もなく、私にとっての転機がやってきた。

一旦ここで、止まります。
本来なら残酷描写がある場合は、1に書くのが速報ルールのようですが、寡聞にして理解していませんでした。
本日分の投下で、気分を害された方がおられましたら本当に申し訳ありませんでした。

その夜、私は彼を食事に誘った。

小鳥「それでねーそれでねー」

P「小鳥さん?」

小鳥「ん? なに?」

P「なにか、あったの?」

小鳥「……なにか、って?」

P「変だよ。今日」

努めて明るく振る舞っていたつもりだったが、彼にはお見通しだったようだ。

小鳥「私……引退することになったの」

P「……そうなんだ」

小鳥「結局、ランクCにもなれなかったな……」

P「小鳥さん、綺麗だし歌も上手いのに……」

小鳥「芸能界って、それだけじゃあね。プロデュースっていうの? 上手く戦略を練って売り出してくれる人がいたら……少しは違ったのかな……」

P「小鳥さん」

小鳥「え?」

P「お疲れさまでした」

小鳥「うん……ありがとう」

労われて、少し嬉しかった。
悔しさと、残念な気持ちはあったが、恐れていた程の哀しみは無かった。
素直に言えば、彼の前でわんわんと泣いたらどうしようかと、自分でも恐れていたのだ。

小鳥「えへへへへー、それでねー。そんでねー」

P「小鳥さん……へべれけじゃないですか」

小鳥「ろうよお、はじめてのんらんらもーん☆」

P「こりゃダメだ」

気がつくと、私は彼の部屋で寝ていた。
どうやら酔っぱらった私を、彼が介抱して運んでくれたらしい。
時は、真夜中。
思わず私は、自分の衣服の乱れを確認する。

小鳥「……紳士ね。ちょっと残念……でもないか」

布団を私に譲り、自分は畳の上で寝ている彼に私は言った。

何度か来た事のある部屋だが、改めてみると殺風景だった。
テレビはあるが、今時の若者らしくなくDVDの類も無かった。

本もあまり無い。
その少ない蔵書は、経営に関する著書で付箋が貼ってあった。
中を見る。
付箋の箇所は、全て水瀬財閥に関する記述だった。

小鳥「?」

そして私は、そのページを見つけた。
そのページは、水瀬財閥の総帥である、後に765プロに所属する伊織ちゃんの父親が、インタビューに答えていた。

『娘ですか? 伊織というのですが……』

伊織、という名前の部分に赤で何度もグルグルと丸が書かれていた。
ページの余白には、その名前が所狭しと書かれていた。

伊織伊織伊織伊織伊織伊織伊織伊織伊織……

初めて目の当たりにする、彼の不可解な一面。
いや、異常な面というべきか。
脳裏にふっと、当時聞いた事件を思い出す。

『昨日、門柱に……首だけになった犬の死体が……』

まさか……

その夜はそれ以上、眠れなかった。

次の日、彼はいつも通りだった。
異常な面など、微塵も無い。

私はお礼を言って、別れると水瀬財閥について調べた。
驚いたことに、彼のいた小豆島に水瀬財閥の別荘があったという。

私は、初めて彼に疑念を抱いた。

Pの回想3(プロデューサー失踪10年前)


ただ堕ちていくだけだった俺に、人生の目標ができた。

別荘で見た、あの少女を殺す。
それを想うだけで、俺は陶酔と興奮を覚えた。

夢で、何度もあの少女に会った。

皮肉なもので、殺人のターゲットが定まったことで俺の精神は安定した。
もはや、動物の虐待などに興味はなかった。
俺が狙っているのは、もっと大物だ。
美、そのものだ。

その目標を達成するためには、どうすればいいのか?
この島でくすぶっていては、到底無理だ。
まずは東京に出て、水瀬財閥に近寄らないと……

俺は、あの音無小鳥からの手紙に『俺は将来、東京へ出て働きたい。どうすればいいんでしょうか?』と書いて送った。
確か、それ以前にも何かを書いて送った気もするが、内容は覚えていない。

彼女からの返事は、相談に乗るし援助もするという内容だった。
そして『今は先ず勉強に勤しみなさい。全てはそれからよ』と書き添えられていた。

もっともだ。
俺は彼女の助言に、感謝した。
ほとんど生まれて初めて、誰かに感謝というものをした。

東京に出るにしても、水瀬財閥に近づくにしても、学力や学歴は必要だ。
俺は、勉強に没頭した。
さして良くなかった成績は、少しずつ上がった。

疲れたり、苦しい時も、あの少女を思い出すだけで忘れられた。

俺は奨学金を得る資格を得て、上京した。
初めての都会だったが、何かにつけて小鳥さんが援助をしてくれた。
勉学に勤しみながら、俺は水瀬財閥について調べていた。

ある経済誌で、ついにあの少女の名前を見つけた時、俺は歓喜した。
その夜は眠れず、伊織という名前を書き続けた。

ついに俺は、ターゲットとする少女の名前を知った。

水瀬伊織……
俺が殺す者の名だ……

やがて大学卒業がせまった俺は、水瀬財閥の関連企業への就職活動をしていた。

そんな時、小鳥さんがとある芸能プロダクションに事務員として勤めることになった。
765プロダクションというその事務所は、女性アイドルを主力に活動していく予定だという。

自身もアイドルだった小鳥さんは、その経験を生かして仕事をするらしい。
可愛い娘ばかりが、候補生だと自慢気に説明する小鳥さんは、その候補生達の写真を俺に見せてくれた。

その中に、彼女がいた。
水瀬伊織……
見間違いようのない、美しい少女。
あの時より更に、美しさに磨きがかかっていた。

言葉を失う俺に小鳥さんは、まだプロデューサーが一人しかおらず、困っていると漏らした。

俺は、自分がそのプロデューサーになりたいと、その場で嘆願した。

小鳥さんは、頷くと社長に引き合わせてくれた。

小鳥の回想3(プロデューサー失踪約1年前)


高木さん。いや、高木社長に誘われて私は彼が新規に立ち上げるプロダクションで働くことになった。
既に候補生が何人もおり、その中に水瀬伊織ちゃんがいたことに、私は驚いた。
なんでも、社長と伊織ちゃんのお父さんは昔からの知り合いで、その縁で頼まれたらしい。

私は内心の動揺を表に出さないよう注意して、彼に候補生みんなの写真を見せた。
予想していたように……
いや、恐れていたように彼は伊織ちゃんの写真に釘付けになった。

小鳥「でもまだ、プロデューサーが一人しか決まっていないのよね。プロデューサーがいない大変さは、私も身をもって知ってるし」

P「俺が! 俺でよかったらプロデューサーになりたい!」

ああ……
やはりそうなんだ。
彼は、あの伊織ちゃんになんらかの特別な感情を持っているんだ。

私は迷ったが、彼を高木社長に紹介した。
話はすぐに決まった。

Pの回想4(プロデューサー失踪約1年前)


入社して、実際に会ったアイドル候補生12人は、写真よりもずっと可愛かった。
無論、水瀬伊織に対して俺はターゲットを絞っていたが、他の娘達も魅力的ではあった。
全員が個性的で、そしてそれぞれに問題も抱えていた。

そして、最初の問題点。
水瀬伊織の担当プロデューサーは、もう1人のプロデューサー。秋月律子に決まった。
いや、伊織だけじゃない。
三浦あずさ、双海亜美の2人もそうだ。

俺は少しばかり落胆したが、それも前向きにとらえていた。
焦る事はない。
他のアイドルをプロデュースし、実績を積み上げていけばいい。

そしていつか、伊織の担当をする事になれば……
その時が、いよいよ俺の待ち望んだ時だ。

俺は寝食を忘れ、仕事に没頭した。
思いつく限りの手を尽くし、考え得る事は全てやった。
失敗もあったが、それを糧にして俺は働いた。

全ては、伊織の担当になるため。
そして、彼女に認められる為だった。

俺は醜い欲望を、笑顔と人当たりの良い仮面の下に隠し、プロデュースをこなした。

だが、そうしている内に俺の周囲は少しずつ変わっていった。

最初は、伊織というターゲットを殺し終えたら他の娘を殺していくのも悪くない……
そんな目で、俺は彼女達を見ていた。
いや、夢想していた。

だけど……少しずつ売れ出す、所属アイドル達。
みんなの個性を引き出し、悩みを聞いて相談にのり、共に死力を尽くすうち、初めはぎこちなかった彼女達との関係は変わった。

みんなが笑顔で、俺に接する。
彼女達は楽しい時は笑い、悔しい時や落ち込んだ時は泣いた。

彼女達に仕事の依頼が来ると、俺も嬉しかった。
初めは、プロデューサーとして実力がつけば伊織に近づける。だから嬉しいんだ、そう思っていた。

だが、気がついた。
俺は純粋に、彼女達の成功を喜びに感じるようになっていた。
誰も好きじゃなかったはずの俺が、彼女達全員を好ましく思い始めていた。
俺の周囲が変わった事が、俺自身も変え始めていた。

俺は困惑した。

これは、目的のための手段。
今の俺は、自分の醜さを隠すための仮面を被っているだけ。
そう言い聞かせる俺。

だが目的のためとはいえ、必死で被っていたその仮面は……いつか外すのが困難なものになっていた。

そうこうする内、765プロは961プロと仕事上で何度も激しい衝突をすることになった。

一旦ここで、止まります。
バースデーということで、今日はふーどふぁいとの方の真を更新しようかとも思ったのですが、結局こちらを更新してしまいました……
すまん、真。

961プロは、765プロを敵視して様々な嫌がらせを仕掛けてきた。
これについては、黒井社長と高木社長の間に様々な確執や理想の違いがあったらしい。
この件の話になると、小鳥さんの口調も重いものになる。

俺たちは、961プロに立ち向かった。
相手は、業界大手。
でも俺たちは、一歩も引かなかった。

こうした中で、我々は結束を強めていった。

春香「私たちは、家族みたいなものですよ」

春香の言葉が、俺の胸に突き刺さった。
これが……そうなのか?
彼女たちと過ごす、この感覚がそうなのか?

いくら考えても、経験の無い俺には正解である自信がない。
けれど、共通の敵と戦う内に芽生えたこの結束は、不思議と俺にも心地の良いものだった。

仕事の上だけの関係、それでも俺はそう思っていた。

そして相変わらず、俺の心には伊織がいた。

入社してすぐ、部屋の壁に俺は伊織のポスターを貼った。

その微笑みが、俺に当初の目的を思い出させる。

『Pは殺す』『必ず殺す』『その時はもうすぐだ』『待ちわびたその瞬間』

俺はベタベタと、ポスターの周りに俺だけが理解る張り紙をした。

部屋にいる時は、ポスターと張り紙を眺めて過ごした。

伊織だけは、俺の心を虜にしたままだった。

だが、それでも俺は変わっていった。
彼女たちと過ごすうち、一枚……また一枚と、俺は張り紙をはがしていった。

ただ、伊織のポスターだけははがさなかった。
いや、はがせなかった……

俺は、自分で自分が疑わしく思えてきた。
本当に俺は、伊織を殺したいのだろうか?
もう心の中に、憎しみの感情は少なかった。
あの煮えたぎるような憎悪は、どこへ行ってしまったんだろう?
何に消費してしまったのだろう?

そしてその時が、やって来た。

高木「次の伊織君の単独ライブだがね、ひとつP君にプロデュースをやってもらおうと思うんだが……どうだね?」

P「お、俺が!? ですか……?」

高木「おや? 不満かね?」

P「とんでもない! ですが……」

律子「なんですか、プロデューサー。私なら別に気にしないでくださいよ。前から伊織のプロデュースをしたいって、言ってたじゃないてすか」

P「律子……」

律子「今後ずっと、って訳じゃないんですし。私も勉強させてもらいますから」

高木「では、頼んだよ。私も期待しているからね」

待ち望んでいた、その時が来た。
単独ライブのプロデュースとなれば、全てを俺が取り仕切る。

罠でも仕掛けでも……
俺の望むがままだ……

P「はは……」

あれほど待ち望んでいたその瞬間。

俺の口からは、乾いた笑いしか出てこなかった……
それは、自嘲の笑いだった。

小鳥の回想4(プロデューサー失踪1ヶ月前)


彼がプロデューサーとして働きだしてから、約一年。
恐れていたことは、何も起きなかった。

私たちは、互いの関係を事務所のみんなには内緒にしておくことにした。
私としても、光源氏みたいなまねをしていたことは気恥ずかしかったし、なにより……

彼に対する、疑念があった。
もし彼が、伊織ちゃんに何かしようとしているなら、それは私が止めないと……

それが私の責任だ。
そう思っていた。

けれど、彼はすぐに馴染んだ。
アイドルのみんなとも打ち解け、仕事も熱心だった。
彼はかつて知っていた少年とは、別人になっていた。

伊織ちゃんとも、極めて普通に接していた。
当初は、やや緊張していたようにも見えたが、すぐに他の娘と同じように会話をしていた。

私の疑念は、少しずつ薄らいでいった。

思い返してみれば、施設で荒んだ幼少期を過ごした彼。
愛情を知らずに育った彼が、初めて知った感情。
その対象が、伊織ちゃんだった……それだけの事じゃないのだろうか。

薄らいだ疑念の代わりに、私は少しだけ……伊織ちゃんに嫉妬した。

そう感じてから……少しの間、私は自分を見つめ直そうと思った。

彼のことはもう、安心していた。

私はかねて考えていた、短期の語学留学について社長に相談した。

高木「うむ! ティンときた!!」

……要するにGOサインがでた。

律子「でも、小鳥さんいないと次のライブ……大変になるわねー」

小鳥「あ、ライブ決まったんですね」

律子「ええ、伊織の単独ライブ。なんとプロデューサー殿の、プロデュースですよ」

え?

律子「こりゃあ、私が事務方でがんばるしかないですね」

私はそっと、彼の様子を見に行った。

彼は、苦悩の表情をしていた。

小鳥「嬉しく……ないんですか?」

P「小鳥さん……ああ、聞きましたよ留学」

小鳥「……伊織ちゃんのプロデュース、やりたがってたじゃないの」

P「……嬉しい、ですよ。ただ、緊張してるだけですよ」

私は、再び彼に疑念を持った。

Pの回想5(プロデューサー失踪8日前)

伊織の、単独ライブの日がきた。

伊織「ま、アンタの事だから心配いらないでしょうけど、抜かりは無いんでしょうね」

P「……心配するな」

伊織「……なによ。元気ないじゃない」

この期に及んでも、俺は躊躇っていた。
ステージ上空のクレーン。そこに俺は細工をしていた。
スイッチひとつで、留め金が外れて機材がステージに落下する。
証拠は一切、残らない。

伊織「このスーパーアイドル伊織ちゃんのライブを担当して緊張してるんでしょう」

P「ふっ……そうだな」

伊織「なによ! その笑いは」

P「いや、あのな……伊織」

伊織「なによ?」

P「初めての単独ライブが、俺のプロデュースで良かったのか?」

伊織「何かと思ったら、そんな事」

P「ずっと組んできた、律子じゃなくて悪かったな」

伊織「謝ることないわよ」

P「けどな……」

伊織「私が、そう……希望したんだから」

P「え?」

伊織「アンタに、やってもらいたかったのよ。私のプロデュースを」

あずさ「あらあら~ずいぶんと、仲良くしてるのね」

伊織「な、仲良くなんて! き、来てくれたのねあずさ」

あずさ「ええ。今日は、がんばってね」

伊織「わかってるわよ。まあ、見てて」

あずさ「わかったわ。プロデューサーさんも、がんばってくださいね」

P「……あ、ああ」

伊織「ちょっとぉ、大丈夫でしょうね」

P「……大丈夫だ。ライブが終わったら、祝杯をあげよう」

伊織「100%のオレンジジュースでね、楽しみにしてるわ。じゃあ、行くわよ」

伊織とあずささんは、出ていった。

俺は気が抜けたように、座り込んだ。

伊織は俺を……俺にプロデュースをして欲しかった?
なぜだ?
なんでだ?

係員「Pさん、そろそろお願いします」

P「あ、ああ。今行く」

よろよろと起きあがると、俺はヘッドカムをつけてステージ迫に行った。
次々と指示を出す。

時折、伊織と目があった。
楽しそうだった。
全幅の信頼を、俺に寄せているのがわかった。

メインの仕掛けが成功すると、会場からは歓声があがり、伊織は俺にウインクをした。
本来なら、ここで俺はスイッチを押すつもりだった。

最大の仕掛け、ステージの見せ場で起こる悲劇。
血で染まるステージと、悲鳴。
最高の見せ物、そうなるはずだった。

だが、俺は押さなかった。
代わりにスイッチをポケットの中で手にして、服の上からそれを睨んでいた。

別にあのタイミングじゃなくていい、今でもいい、押せ、押すんだ!
心の中で、俺はそう叫んでいた。

だけど、俺はスイッチを押さなかった。

ライブは、終わった……

撤収が始まるステージで、俺はそっと仕掛けを外して隠した。

不思議だった。
俺は何をやっているんだろう……
この為に、上京したんじゃなかつたのか?
この為に、765プロで働いたんじゃなかったのか?
この為に、俺は生きてきたんじゃなかったのか?

わからない
わからない……
わからない…………
よからない………………

『それ、なんの仕掛けなんですか?』

一人きりのはずの部屋で背後から声をかけられ、俺は驚いた。

振り返るとそこに、小鳥さんがいた……

小鳥の回想5(プロデューサー失踪8日前)


イギリス行きを、私はみんなに内緒で延期した。

嫌な予感が、抑えられなかった。

伊織ちゃんの単独ライブの日、私はこっそりと楽屋裏に忍び込んだ。
伊織ちゃんとプロデューサーさん、そしてあずささんが談笑をしていた。
いや、プロデューサーさんは少し塞ぎ気味だ。

伊織ちゃんとあずささんが立ち去ると、私はプロデューサーさんに歩み寄ろうとした。
が、そこに雪歩ちゃんがいた。
物陰から、プロデューサーさんを見ている。
どうやら、プロデューサーさんの様子から話しかけづらいようだ。

イギリスに行った筈の私が、見られるわけにはいかない。
私は、その場から隠れた。

ライブの間、私は彼を観察した。
何かを懊悩している様子は見て取れるが、凶行に及ぶ雰囲気は感じられなかった。

ライブ終了後、個室に入り何かを隠すプロデューサーさんに、私は声をかけた。

小鳥「それ、なんの仕掛けなんですか?」

P「小鳥……さん、どうして……? ロンドンにいるはずじゃあ……」

小鳥「P君が、心配でね」

P「その呼び方は……」

小鳥「冷たいなあ、色々と助けてあげたじゃない」

P「……どうしたんですか? なんでここにいるんですか? なにが言いたいんですか?」

小鳥「……心配だったのは、本当よ。P君……ううん、プロデューサーさんがね」

P「……心配?」

小鳥「私……気づいているのよ、プロデューサーさんのこと」

彼は、心底驚いた顔をした。

小鳥「でも、信じてもいるわ」

P「なん……」

小鳥「今日、ずっと見ていたわ。プロデューサーさんは、もう荒んでいないってわかった」

P「小鳥さん……」

小鳥「だから安心して、今からロンドンに行くわ。みんなの事……お願いね」

P「……わかった。ごめん、小鳥さん……」

小鳥「……うん」

P「それから……」

小鳥「え?」

P「ありがとう。今も、今までも……」

小鳥「うん」

「じゃあプロデューサーさんは、伊織ちゃんの命を狙って、その機会がありながら……」

小鳥「はい。何もしなかったんです。信じてあげて下さい、彼……いいえプロデューサーさんはもう荒んでいません! 悪い人じゃなくなっています!! 変わった……んです」

小鳥さんは、泣き出した。
私は、天井を見上げた。

高木「私は、彼が私の信念である『絆』の体現者であると、今も信じているよ」

社長は言った。

律子「そう……ね。まあ、まだ何か犯罪をおかしたわけじゃないし……」

律子さんも、同調する。

けれど私は……

「……正直、私はそんな風に楽観的には考えられません」

律子「ちょっと!? あずささん」

「それに、肝心の失踪の直接の引き金がなんだったのか? それもわかりません」

高木「まあ、母親と会ったというその日に、何かがあったんだろうねえ」

「だから……」
私は自分の考えを、みんなに伝えた。

一旦ここで、止まります。

Pの回想6(プロデューサー失踪7日前)


小鳥さんの言った言葉は、俺にとって不思議だった。

『プロデューサーさんは、もう荒んでいないってわかった』

自分でも、俺はかつての自分じゃない事はわかる。
だけど、もう荒んでいない?
だから伊織を、殺せなかったのだろうか?

あれほど望んでいた事を、俺はやらなかった。
いや、放棄した。

あれはなぜだったんだろう?
俺は、どうなってしまったんだろう?

確かに俺は、もう伊織を……
そしてアイドルの誰も、殺したいとは思わなくなっていた。
でもそれは、なぜだ?

わからない……

悶々と考えていると、目の前に雪歩の顔があった。

P「……ん? うおわっ! ど、どうした雪歩!?」

雪歩「ぷ、プロデューサーにお話があるんですけど、なんだか考え事をしているみたいだったから……」

P「そ、そうか。悪かったな」

雪歩「いいえ……」

P「……はあ」

思わず漏れるため息。

雪歩「……プロデューサー?」

P「あ? あ、ああ。ごめん、雪歩」

雪歩「……昨日の事ですか?」

P「えっ!?」

雪歩「昨日の事で、そんなに考え込んでいるんですか!?」

P「き、昨日……何かあったっけ? ははは……」

必死で俺は、誤魔化そうとする。
雪歩……何か気がついているのか?

雪歩「私、見に行きました」

P「え?」

雪歩「プロデューサーがプロデュースする、初めての伊織ちゃんの単独ライブ。見に行きました」

ギクリとした。
いつもと違う、雪歩の様子。
昨日の事……あの仕掛けの事を、まさか雪歩は……

P「あ、ああ、来てくれたのか。なら、楽屋とかに来てくれても良かったのに。雪歩なら、顔パスだろ」

雪歩「……行きました」

P「え、ええっ!?」

全く気がつかなかった。

雪歩「プロデューサーは、伊織ちゃんが好きなんですか……?」

P「は?」

好き?
なんの話だ?

雪歩「ずっと見てました。現場でのプロデューサー、すごい真剣な顔で……」

P「そりゃあ、仕事中はいつだって……」

雪歩「真剣というか、鬼気迫る感じを受けました」

P「そんなことは……」

鬼気迫る……か。
自分ではわからなかったが、そんな風に見えたのか。
鬼気迫る……

雪歩「私のライブの時、プロデューサーはあんな表情……見せてくれません」

P「……あのな、雪歩」

当たり前だ。
雪歩のライブで、俺が雪歩を殺そうか悩んだり躊躇ったりするわけがない。

雪歩「プロデューサーは、伊織ちゃんを好きなんですね?」

P「……」

雪歩「そうなんですね?」

P「……違う」

雪歩「……伊織ちゃんを、好きじゃないんですか?」

P「そう言ってるだろ? なあ、今日はどうしたんだよ雪歩」

生まれてこの方、誰かを好きになった事なんて無い。
殺したいと思った事が、あるだけだ。
そう、伊織を俺は殺したかった。
好きなわけじゃ……ない。

雪歩「じゃ、じゃあ、証拠。証拠を見せて下さい」

P「証拠?」

雪歩からは、半ば無理矢理ケータイで毎日連絡を取る事を承諾させられた。
仕方ない、雪歩は俺が伊織に何らかの特別な感情を抱いている事に気がついている。
今はどうやら勘違いしているようだが、口止めをしておく必要があるだろう。

やれやれ、とんだ脅迫を受けたものだ。
本人に自覚が無いのが、救いなのかやっかいなのか……

雪歩から受け取ったケータイに、俺は雪歩のアドレスを『W』と登録した。
誰かに見られたら困る場合、俺はアイドル達をイメージカラーの頭文字で記す事にしている。
これならケータイを見られても、相手が雪歩とはわからないだろう。

そこまでやって、俺はふと雪歩の言葉を思い出す。

『お揃いの色違いケータイを持ち合うって、本当の恋人みたいじゃないかと思うんですぅ』

P「恋人……か」

恋愛経験なんて、俺には無い。
恋人……そんな人がいたら、どういう気持ちなんだろう……
生まれて初めて、俺はそんな疑問を持った。

Pの回想7(プロデューサー失踪6日前)


最近の俺は、考えてばかりだ。
悩んでばかりだ。

貴音「あなた様!」

P「うおっ! お、おお。貴音か。どうした?」

昨日と同じ。
なにやってんだ、俺。

貴音「それはわたくしの言葉です。あなた様は、今朝からなにやらご煩悩の様子。なにがあったのですか?」

P「……なんでもない。ちょっとビックリする事が昨日、あってな」

そう、あの雪歩が俺にあんな事を言ってくるとは思わなかった。
最初にあった時は、俺に近寄りもせず震えていたのに。

貴音「それはなんですか?」

P「まあ、貴音に話す程でもない。さっきも言ったが、ちょっとビックリしたが、思い出してみると微笑ましいという気にもなってきた」

そう、あんな可愛らしい脅迫者なんかいるもんか。
脅迫……か、雪歩も成長したな。

貴音「いえ。ではその企画書を……これは?」

P「ん? あれ、企画書はこれ……貴音! それは見るな!!」

誰にも見られたくない、伊織を殺すという張り紙。
俺はそれを、事務所のシュレッダーにかけるつもりだった。
それを貴音に……見られた!

貴音「『Pは殺す』『必ず殺す』『その日は近い待っていろ』『夢にまで見たPの死ももうじきだ』……どの紙にも……あなた様、これは!?」

P「た……貴音、これは……これはな」

マズい! ここは、誤魔化さないと!!

貴音「あなた様を殺害するという予告、いえ脅迫ではありませんか!!」

P「あ……あ、ああ。そうだ」

そうだ。そうだったな、俺は見られてもすぐにはわからない書き方をしていた。
上手く貴音は、Pは俺の事だと勘違いしてくれた。
そして俺は、貴音をなだめた。

P「まあ聞いてくれ、貴音。こんな脅し文句は、いつも口だけだ。実際に殺されたやつなんていやしない」

貴音「それは、まことですか?」

P「ああ、弱い奴ほどよく吠えるもんだ。口では殺す殺す言ってても、実際は……」

俺はハッとした。
なんだ。
なんだよ、そりゃ?
それは、俺の事じゃないか。
殺す殺す、そう言ってても……実際は……

貴音「? あなた様」

P「ははは。ははははは。あはははははは!」

貴音「あなた様!? どうなさったのですか、あなた様!!」

弱い奴ほどよく吠える。
なるほど、よく言ったもんだ。

俺は……弱い奴だったんだな……

P「はははははは……いや、すまない貴音。俺も『殺す』って書かれて少なからずビビってたのかもな。相手がブルブル怯えながら俺を脅しているんだと思ったら、ちょっと笑えてきた」

そうか……そうだったんだな。
伊織をつけ狙っていたつもりだった俺は、その実……

ブルブル震えてたんだな。

なんだよ、雪歩の方がよっぽど強いじゃないか。
すげえな、雪歩。
俺なんて、よく吠えるだけの弱い奴だったよ……

Pの回想8(プロデューサー失踪5日前)


その日俺は、やよいに夕食を誘われた。
やよいの家に行くと、なぜか落ち着く。
俺の知らないものが、たくさんある。
『家族』が、その中心だ。

夕食は、そうめんだった。
驚いた。
小豆島……育った島の名前を久しぶりに見た。
伊織の事は何度も夢に見たのに、島を出てから島の事を思い出した事も無かった。
いや、忘れようと努めていたのかも知れない。
島を思い出すからか、俺は島を出てからそうめんを食べていなかった。

やよい「グリーンピース、残しちゃダメですよ。栄養だっていーっぱい入ってるんですからね!」

可愛らしく怒る、やよい。

P「……そうだな」

やよい「しっかり食べないと……あれ?」

俺は、センセイを思い出した。
施設で俺を怒ってくれた、センセイ。

やよい「プロデューサー?」

P「昔、同じ事を言って怒られたよ。涙目で真剣に怒ってたな……」

センセイ……
俺を真剣に怒ってくれた、唯一の人……

やよい「それって、プロデューサーのお母さんですか?」

お母さん……センセイみたいな人なんだろうか。

やよい「プロデューサー?」

P「俺に……親は、いない」

誰にも言わなかった事を、俺はごく自然にやよいに話した。
脳裏に、あの子供時代が蘇る。

恥ずかしくて、死にたくなった。

なにが憎しみだ、俺だって愛情を持って見てくれていた人がいた。
捻くれていただけだ。
酷い事をたくさんした。

P「人間ってのをさ、やり直せるなら……俺はあの頃からやり直したいな。捨てられた事は、どうでもいい。でも、あの頃、俺がもうちょっとマシな人間だったら……今だって……」

自然に言葉が、口から出る。
そう、あの頃の自分がもう少しまともだったら……
伊織を殺そうなんて、思わなかったはずだ。
みんなも殺そうなんて、思わなかったはずだ。

ようやく俺の心に、後悔の念が生まれた。
すまない、伊織。
すまない、みんな。

こんな俺ですまない。
今まで騙していてすまない。

すまない……すまない……

やよい「そんなこと……言わないでください」

心の中でみんなに詫びる俺に、やよいが言った

やよい「プロデューサーはすてきな人です。みんなみんな、プロデューサーがだいすきですよ?」

P「みんな?」

聞き違いか?
好き?
俺を?

やよい「事務所のみんなですよー!」

P「俺を好き?」

そんな筈はない。
だって……

やよい「そうですよ」

P「仕事の上だけじゃなくて、か……?」

みんなが必要としているのは、プロデューサーとしての俺。
そうじゃないのか?

やよい「お仕事はかんけいないですよ。みんな、プロデューサーがだいすきなんです」

P「……そんなわけは……」

ある筈無い。
だって……センセイは言ってた……

やよい「ほんとですー!!!」

『人に信じられたければ、人を信じろ。人に愛されたければ、人を愛せ』

俺は信用されているのか? じゃあ俺は……みんなを信用しているのか?
俺は好かれているのか? じゃあ俺は……みんなを好きなのか?

そうなのか?
ほんとうに?

やよい「ほんとです……よ?」

P「……そうか」

正直、信じられない。
だけど、そうなのか?

呆然とする俺に、やよいは言葉をかけ続けてくれた。

P「じゃあ……泣いてもいいか?」

やよい「え?」

P「俺は憎しみに駆られ、とんでもない過ちを犯す所だった……」

やよい「そ、そうなんですか?」

P「正直なんで今、やよいにこんな事を話しているのか、自分でもわからない」

やよい「……」

P「俺は……最低の人間なんだ……」

やよい「……いいですよ」

P「え?」

やよい「泣いてもいいですよ。つらい時は、泣くと楽になれますよ」

俺は泣いた。
初めてこんな風に泣いた。
胸の中に閉じこめていたものを、すべてはき出すように声を上げて泣いた。

寂しさも、憎しみも、殺意も、全部はき出して俺は泣いた。

やよいは俺を、慰めてくれた。
そうか。
つらい時は……

泣けば良かったんだ。

泣いた後で、俺はやよいに言った。

P「……ありがとう、やよい」

やよい「……はい」

P「明日から、俺は変わる。もう……馬鹿な事は考えない」

やよい「? ……はい」

もう、殺意はどこにも無い。
伊織、済まなかった。
俺は伊織にも、救われていたんだな。
伊織がいなければ、俺はとっくに犯罪者となっていた。

今まで殺そうと考えていて、悪かった。

みんなも済まなかった。
今まで俺は、間違った情熱で仕事をしていた。

もう止める。
明日からは、本当の意味でみんなのプロデューサーになる。

俺は生まれ変わる。
真人間として、みんなの為にがんばるよ。


ああ……
あの時はまだ……俺もそう思っていた……

Pの回想9(プロデューサー失踪4日前)


奇跡が起こった。
弁護士を名乗る女性から、自宅に電話があった。
俺の母親が、名乗り出て俺に会いたがっているという。

そんな事ってあるだろうか?
夢に見た事が、現実になった。

子供の頃から、何百回、何千回と夢に見て、現実に戻る度その夢の白々しさに絶望した。
悲しい現実に、打ちのめされるのが確定している夢。
それが、今度は本当に……叶った?

俺は『考えさせて欲しい』と告げて、電話を切った。

Pの回想10(プロデューサー失踪3日前)

春香に告白された。
驚きだ。
やはり、やよいの言った通りだった。

俺はプロデューサー以前に、人間として好意をもたれていた。

春香「ずっと……ずっと、プロデューサーさんが好きでした。優しくて、いつも一生懸命で、そして……いつも夢に向かって輝いていて」

P「俺の事を……好き? 夢に向かって輝いている? 俺が……?」

俺の夢とは、伊織を殺そうしていた事だ。
だが、きっとそれは俺がそう思いこんでいただけの事だと気がついた。
俺の心には、もうとっくに伊織に対する殺意など……
いや、誰に対するものでも殺意などはなかった。
きっとそうなんだろう……

P「好き……好き、か……」

人に好きだと言われる俺は、自分に少し自信が持てた。
俺も、人に好かれる。
良かった……
やっぱり俺も、人間なんだ……

春香「プロデューサーさん? 笑ってるんですか?」

P「ああ。でも、春香の事を笑ってるんじゃないぞ」

春香「え?」

脳裏に浮かんだのは、昨日の電話。
そうか、俺もちゃんと人に好かれる人間だ。
だから夢が……叶ったのかもしれない。

P「今さ、俺……ちょっと個人的な問題をかかえてるんだ」

春香「はあ」

P「返事はさ、それが解決してからでいいかな?」

春香「! はいっ!! ま、待ってます私。待ってますから……」

Pの回想11(プロデューサー失踪2日前)


千早に母親と会うべきか、相談をした。
家族の事で色々と悩み、相談を受けていた彼女。
だからこそ、聞いてみたかった。
俺は、名乗り出た母親に会うべきか。

千早は、自分の事のように嬉しそうだ。
決心のつかない俺に、叱責とも励ましともとれる言葉で母親に会う事を勧めてくれた。

千早「会わないと後悔しますよ。それなら、会って後悔してもいいじゃないですか」

P「……そうか?」

千早「そうです!」

P「そうか」

千早「はい!」

千早に教えられた。
そうだ、後悔してもいい。でも、会って後悔しよう。

P「千早に相談して、良かったよ」

千早「ふふ。プロデューサーの役に立てました。それで、いつ会うんですか? お母さんに」

P「これから連絡をする。明日の夜、かな」

千早「楽しみですね」

P「……そう、だな。ああ、なんかワクワクしてきた。あ、みんなには内緒だぞ。色々と騒がれるのは嫌だからな」

千早「はい。二人だけの、約束ですね」

決断すれば、気持ちは楽になった。
本当に、千早に感謝だ。

俺は、駆け足で家へ帰り件の弁護士に連絡した。

Pの回想12(プロデューサー失踪前日)


俺は、努めて普通に振る舞った。
昨夜、千早に相談し決意を固めてから、俺は心が沸き立つのを押さえきれなかった。

千早も、俺をチラチラと見ている。
止めてくれ。みんなにバレる。
いや、恥ずかしい。

定時退社などしようものなら、みんなに不審に思われる。
俺は計算高く、約束の時間に遅れないよう残業をした。

P「さて……そろそろ帰るか」

内心ドキドキしながら、俺は言った。

律子「はい。お疲れさまです」

律子が、会釈をしてくる。
俺は意識してゆっくりと身支度をすると、765プロを後にした。

なんだろう、これまで抑えていたせいか足が速まる。

お母さん……お母さん……

子供の頃、夢に見た。
いや、正直に言おう。
今も夢に見る。

俺が扉を開けると、その人はそこにいる。
俺を見つめている。

俺はおずおずと、その人に近づく。

『お母さん、ですか?』

俺の問いかけに、その人は泣くんだ。
すまなかった、悪かった、って。

俺はその人を助け起こす。

『いいんです! いいんです!』

きっと俺も、泣いてしまうだろう。

ああ、どんな人だろう?
俺に、似てるんだろうか?
それとも俺を見てお母さんは、おとうさんにそっくり……とか言うのだろうか。

ああ!
ああ!!
ああ!!!

お母さん!
お母さん!!
お母さん!!!

俺にこんな日が来るなんて!
アイドルのみんなに、感謝しなきゃ!
みんなのお陰で、俺は有名になった。
お母さんが、名乗り出てくれた!

ああ、どんな人だろう?
痩せているんだろうか?
それとも太った人だろうか?

瞬間、なぜかセンセイが浮かんだ。

ああ、センセイ。
ごめんよ。
ごめんよ!

センセイを、お母さんのように思ってた。
センセイに怒られると、嬉しかったよ。
センセイに叱られたくて、悪い事もいっぱいしたよ。

ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

伊織! 伊織には特に謝らないといけない。
伊織のお陰で、俺は真人間になれた。
伊織がいなかったら、俺はとうに人間じゃなくなっていた。
そんな伊織を、俺は殺そうとしていたんだ。

ああ、俺はなんて奴だ。

いつか、話そう。
伊織に許しを乞おう。
みんなにも、謝ろう。

そして俺は、今まで以上に身を粉にして働こう。
今度は不純な動機じゃない!
みんなをまとめて、トップアイドルにするんだ!

待ち合わせの店が、見えてきた。
俺はもう、ほとんど走っていた。

お母さん!
お母さん!
お母さん!

俺は、力任せにドアを開けた。



それが俺が人間だった、最後の瞬間だった。


一旦ここで、止まります。

新しいパソコンを買ったのですが、Windows7には一太郎Lite2は対応していないと知って愕然としています……

ドアを開けるとそこには……黒井社長がいた。

P「……なんであんたが!?」

黒井「随分な挨拶だな。まあいい、座りたまえ」

P「騙した。そういうことか!?」

黒井「そうでもない。君の母親が君に会いたがっていて、私がここに来た。それは、間違いではないからね」

謎のような、黒井社長の言葉。
俺は憤りながらも、座った。

黒井「何にする? 今日は私の奢りだ。いや、そもそも貸し切りにしてある。何を話しても、誰にも聞かれやしない。安心してくれたまえ」

P「水でいい。貴方の施しは、受けない」

黒井「かわいげのないやつだ。君ィ、私にはワイン。銘柄は任せる。彼には、エクセレントなタップウォーターを」

給仕が済むと、店員は去っていった。
そういう指示なのだろう。
俺は遠慮なく、黒井社長を睨みつけた。

P「説明してもらおうか。内容次第では、ただじゃおかない」

黒井「ほほう、脅迫かね」

P「事実の予告だ。いいか……」

黒井「流石は、10年にもわたって殺人計画を企んでいる男だな」

なんでもない口調で言った黒井社長の一言は、大音響で俺の耳にこだました。

P「な……」

黒井「私が、私に仇なす者を放置しておくと考えているなら、君も思ったほどの有能な男ではないねえ」

調べたのか? 黒井社長は俺のことを。
どうやってかはわからないが、961プロが本気になればその位はたやすいのか?

黒井「小豆島での武勇伝、なかなかのものじゃないかね? うん?」

俺は、何もいえなかった。

黒井「君が業界に入るまでの経緯は、全て把握している。高木以上にね。あの男は、君に全幅の信頼をおいているようだが、いやいや……」

P「社長を、馬鹿にするな」

黒井「君の部屋にあった、ポスターと張り紙。あれは犯行予告と見たが、どうかね? あの別荘以来、君は水瀬伊織を殺そうとしていたんじゃないかね?」

P「な……俺の部屋を……不法侵入じゃないか!」

黒井「いやいや、私じゃないよ。私は、誰にも命令はしていない。ただ、私ぐらいになると色々と勝手に調べて注進してくれるジャーナリストが何人もいるのだよ」

俺は愕然とした。
誰にも知られたくない事を、最悪の相手に知られてしまった。

黒井「本来なら警察に、異常者がいると通報するところだが……まあ、知らない相手じゃないし。今回はひとつ提案をしたいと思ってね」

P「提案……?」

黒井「君は異常者だが、有能なプロデューサーである事は間違いない。どうだね、ひとつ……」

P「断る」

黒井「話は最後まで聞くものだよ、君ィ」

P「俺はもう異常者じゃない。バラされて困る事もない!」

俺は、精一杯の強がりで黒井社長を睨んだ。
黒井社長は、肩を竦める。

黒井「怖いねえ。やっぱり、人殺しの子は人殺し……そういう事なのかねえ」

ドクン
なぜ黒井社長が、その言葉を?
かつての俺が、何より嫌だったその言葉を?

黒井「話が回りくどくなってしまったな。君の母親だがね、君にとても会いたがっている」

P「今……どこに?」

黒井「留置所だ」

P「え」

黒井「今日、ここに来るはずだったんだがねぇ。昨日、多摩川の河川敷をフラフラしている所を見つけられてね。そのまま留置所に送られた」

P「なん……どうしてだ? 多摩川を歩いていた程度で」

黒井「ああ、説明が足らなかったな」

黒井社長は、ニヤリとした。

黒井「君の母親は、犯罪者だ。前科2犯、罪状はいずれも殺人」

今度こそ俺は、立っていられなかった。

人殺しの子、そう揶揄されてきた。
その度に、暴れた。

まだ見ぬ親、それを馬鹿にされることは許せなかった。

それが、なんだ?
人殺し?
俺の親は、本当に人殺し?

なんだよ、それ。
なんなんだよ……

黒井「彼女は、ほんの数週間前に出所したばかりでね。保護観察中……」

俺は人殺しの子?
揶揄でもなんでもなく、本当に?
俺には人殺しの血が流れているのか?
だからあんな風に……伊織を殺そうなんて、今考えればとんでもないことを10年も思い続けたのか?

黒井「君の母親に、君の事を知らせたら会いたがってねえ。知らせた手前、私が一肌脱いだというわけ……」

でも。
でも……
もしかしたら、何か理由があってお母さんはそんな事を……

黒井「そうそう、母親の殺人罪だが……最初の殺人相手は君の父親だ」

P「え?」

黒井「次が、愛人関係だった男性」

P「なんだって……?」

黒井「彼女はこう言っている。『好きになると、どうしても相手を殺したくなってしまうんです……』と」

好きになると……殺したくなる?

黒井「血は争えんねえ、ははははは」

本当に?
お母さん……
ホントウニオカアサン……

黒井「こうも言っていたな。息子が愛おしい、でも息子に会ったら……」



黒井「愛おしさのあまり、殺してしまうかも……」


……なんだ。
なんだ、そうだったのか。
血か。
俺が伊織を殺そうとしていたのは、血のせいか……

好きだから殺そうとしたのか。
なんだ……

……なんだ。
俺は……
最初から、人間じゃなかったんだ。

人じゃない母親から生まれた。
俺は、人間じゃなかったんだ。
はじめからにんげんじゃなかったんだ
ばじめがらにんげんなんがじゃながったんだ……

ぐるぐるとめがまわる。
いいやまわっているのはせかいか
おれか
なんておれはおこがましイ
にんげンのふリなんカしテ
アあはずカしイ
このマまキえてシまイたい
めのまエのniンげンがなにカしャべtteル
naンだ
なニをsyaべっテるンda
niんげンじゃnaイoレhaみんナをころスのかモ
あのkoたチを魔モラナないto
kiけンなけDAもnoかラ
火とジャイい毛だmoのをHIきハなsE
ひ吐デなイMOnOhA
い哭naレ

961プロダクションの情報処理室。
その中で俺は、思い出していた。
殺人衝動のあるプロデューサーなんて、とんでもない。
そんな男が、765プロにいていいはずがない。

俺は、黒井社長に連れられて961プロにきた。
協力を要請されたが、それはご免だ。

だが、危険な男の排除に協力してもらった義理はある。
アイドル虎の巻の事を話すと、黒井社長は喜んでそれで手を打つと言った。
まあ、結果は敗北だが。

俺はこれからどうしよう……
人でなくなった俺。
いや、初めから人じゃなかったかも知れない俺。

どうしたらいいんだろう……

ただ765プロにはもう、帰れない。
あの娘達を、危険な目には遭わせられない。
それだけは、してはならない。

ああ……
俺はどうしたらいいんだろう……

一旦ここで、止まります。
本日は短めでした。

途中送信してしまいました。ごめんなさい。
本日は短めでした。申し訳ありません。
いつも読んで下さり、またレスとかいただけて嬉しいです。
本当にありがとうございます。

高木「思えば彼には、入社試験というものをしていなかったね。今回が、そうなるのかな」

律子「そんな軽いものじゃないと、思いますけど……」

小鳥「でも、プロデューサーさんに機会を与えてあげてください。お願いです」

高木「あずさ君、それで具体的にはどうするつもりかね?」

「え? いや、そこまでは考えていなかった……んですけど……」
私が話したのは、プロデューサーさんをどうしようかという方針であって、具体策は……

高木「ではそれは、みんなで話そうかね」

「みんな? みんなって……」

高木「無論、彼が殺人衝動を持っている……いや、いたという話は内密だ」

「でも……」

律子「みんなで知恵を絞れば、いい考えも出ますよ。いつもそうじゃないですか」
多少の不安はあるが、私も結局は社長の意見に同意した。

高木「それに、局面は新たな展開も見せている。その説明もしよう」

え?
新たな局面?

私たちは、事務所に移動した。
既に全員そろっている。

春香「あ! 小鳥さん!!」

小鳥「春香ちゃん。みんな……ただいま」

小鳥さんは、事の経緯をみんなに説明した。
無論、プロデューサーさんの危険な一面の説明は省き、こっそり国内に残っていたのは伊織ちゃんの単独ライブを見届ける為だとした。

雪歩「わかりますぅ。プロデューサー、なんだか伊織ちゃんのライブには力の入れ方が違って見えたから」

小鳥「うん。そうよね、それで私……心配になっちゃって」

美希「それよりも小鳥もでこちゃんも、うらやましいの! ハニーの子供の頃を見たなんて」

小鳥「まあ……たしかに可愛かったわよね」

やよい「すてきでしたー!」

千早「そうね」

伊織「写真だけど、確かに顔立ちは整っていたわね」

4人が同時に赤くなる。

春香「全部解決したら、私たちも島へ行きましょうよ」

美希「春香、いい事言うの。ミキも写真を見せてもらうの!」

響「島と聞くと、血が騒ぐぞ」

わいわいと、みんなが騒ぐ。
随分、いつもの765プロが帰ってきた。
けれど……当のプロデューサーさんは……

高木「うおっほん。さて、諸君に報告する事がある」

社長の言葉に、全員の目が集まる。

高木「おかしい、とは思わないかい? 美希君がテレビで呼びかけをしてから、報道がピタッと止んだ」

真「そういえば……」

響「あれから取材も来ないぞ!」

春香「それはもしかして……」

高木「961プロが、背後にいた。黒井がマスコミに圧力をかけているのは、間違いがない」

千早「じゃあ間違いなくプロデューサーは、961プロに今もいるんですね」

高木「確かだ。その証拠に……」

真美「証拠に?」

高木「今朝、警察から連絡があった。P君本人から、961プロに自身の意志でいる。身柄捜索は取り下げて欲しい、と連絡がきたそうだ」

亜美「え→!」

貴音「亜美、別に驚くことではありません。わたくし達は、おぉでぃしょんでじゅぴたぁを破りました。ならば次なる手は、あの方を直接出してくる他ないでしょう」

真「もう隠す必要もない、そういう事か」

貴音「ええ。思えば、これまであの方を隠していたのは、わたくし達に対する精神的な重圧をかけるのが狙いだったのやも」

なるほど、確かにそうかも知れない。
事実、数日前まで私たちは疲弊してパンク寸前だった。

真美「じゃあさ、その出てきた所を捕まえようよ!」

亜美「こないだ虫取りした時の網、まだとってあるからさ→」

千早「亜美の……網」プルプル

春香「千早ちゃん……」

雪歩「でも、監禁じゃなくて軟禁なのにプロデューサーは自分からは出てこなかったんだよね?」

「冬馬君の話だと、なんか様子も変らしいわね」

貴音「わたくし、先ほどあの方が出てくるとは言いましたたが実際にその場には来ないかも知れません」

小鳥「961プロならオーディションとかでも、完全に中継できそうですしね」

真「だけど、ボク達が961プロに乗り込むとかは無理だよね」

やよい「えーじぇんとの真さんでもですか?」

真「いや、あれは歌の話だから」

貴音「正面から乗り込んでも、会わせてはもらえないでしょう」

律子「そもそも入れてくれないわよ」

響「ぬっふっふーだぞ。自分、いい考えがあるぞ!」

胸を張る響ちゃん。

真美「あ→それは真美達のマネ!」

亜美「パクリはダメだよ、ひびきん!」

響「パクリじゃないぞ。自分、真美と亜美をリスペクトしたから2人からインスパイアしたんだぞ」

真美「え?」

亜美「あ、うん」

「それで? いい考えって?」
私は、響ちゃんに聞く。

響「自分、完璧だからな。釣りの経験もあるんだぞ」

雪歩「釣り?」

響「そうさー。この中で、釣りとかした事あるのは自分だけだろー?」

春香「私、やったことあるよ」

響「え?」

春香「お父さんに、連れて行ってもらって。まあ釣れなかったんだけど」

響「春香……ちょっとこっちに来てくれ」

響ちゃんは春香ちゃんを呼び寄せると、ヒソヒソと内緒話を始めた。
なに?
なんだろう?

響・春香「せーの! 改めまして、ぬっふっふー(だぞ)!」

春香「釣り経験者の私たちが提案する、画期的作戦! それは……」

響「隠れて出てこない魚は、餌を使って釣り上げるんだぞ! さくせーん!!」

春香「どんどんどん! ぱふぱふ」

真「……え?」

やよい「どうゆうことですかー?」

響「プロデューサーが、出てこないなら出てくるようにし向けるんだぞ」

春香「何も私たちが乗り込まなくても、プロデューサーさんが自分から出てくればいいんだよ」

雪歩「そうか」

律子「そこを釣り上げ……いいえ、捕まえればいいのね」

貴音「では餌、というのは?」

春香「そこはこの、トップアイドルの天海春香が!」

響「いいや、ここは完璧なこの自分が!」

伊織「2人とも引っ込んでいなさい!」

春香「な、なにーっ!」

響「い、伊織だとーっ!?」

伊織「あの馬鹿プロデューサーを釣ろうってんなら、餌は当然この私でしょ?」

雪歩「……」

小鳥「……」

春香「わ、私だって……」

響「伊織、自分だって負けてないぞ」

「そうね。私も伊織ちゃんは……」
危険だ。
この作戦に、私の意見を重ねるなら伊織ちゃんも危険かも知れない。
プロデューサーさんが、本当にもう悪い人ではないという確信が私には無い。

伊織「あずさ……」

伊織ちゃんはため息をつくと私に近寄り、耳元で言った。

伊織「プロデューサーが私を殺そうとしていた事なら、私も気がついているわよ」

「!」
驚いた。
どうして知っているんだろう?

伊織「だからあずさも、私が餌になるのに賛成してくれるわよね?」

高木「どうかね? あずさ君」

「……わかったわ」
不承不承ながら、私は頷いた。

細部を全員で話し合った後、私は伊織ちゃんと2人きりになった。
どうしてもさっきの事を、聞いて起きたかった。

「どうして……知ってるの? プロデューサーさんが、その……伊織ちゃんを」

伊織「あずさが気がついた事ぐらい、私も気がついただけよ。Wが雪歩ならPは私だろうって、だからあの脅迫文は私宛。書いたのはアイツ……」

「でも……」

伊織「それからもうひとつ。水瀬の別荘が、どうして今は小豆島に無いのか」

「……」
確かにそうだ。
どうしてだろう?

伊織「当時からいる、警護の人に聞いたわ。島で私たちが行く直前に、近くの施設で首だけの犬の死骸が晒されていたって。それを聞いて、安全面に危機を抱いて引き払ったそうよ。君子危うきに近寄らず、の方針で」

成る程、それで今は小豆島に別荘は無いわけだ。

伊織「アイツ、私にやっぱり会っていたのね。10年前に、島で……」

「伊織ちゃん、あのね」

伊織「涙が出そうよ……私が忘れられなくて、私に会いに来たんでしょ? 10年もかけて、その間ずっと私を忘れられずに……」

「でも、でもね」

伊織「わかってるわ! でも、言わせて」

伊織ちゃんは、少し笑った。

伊織「たとえ殺したいと思われてても、私を思い続けていたってわかったら……私……」



伊織「なんだか嬉しいわ」

「伊織ちゃん……」
なんて強い娘だろう。
殺そうとしていた相手を、そんな風に思えるなんて。
怖くないんだろうか?
恐ろしくないんだろうか?

いいや、きっと違う。
きっと伊織ちゃんは、私なんかとは比べものにならないぐらいプロデューサーさんを信頼している。
だからなんだろう。

「かなわないわね……」

伊織「それにそれぐらい思われていないと、餌役もできないでしょ? みんなには悪いけど、この役は私のものよ」

「ええ、任せたわ。きっとプロデューサーさん、ひっかかるわよ」
そして私は、決心した。
何があっても、伊織ちゃんは私が守ろうと。

一旦ここで、止まります。

響「パクリじゃないぞ。自分、真美と亜美をリスペクトしたから2人からインスパイアしたんだぞ」

真美「え?」

亜美「あ、うん」


双子空気読めるな!

私たちの作戦であり、反撃が始まった。

その先頭を切るのは、765プロの親友アイドルコンビである。

千早「それはやり過ぎよ。そう、そのくらい」

春香「そうかなあ? ちょっと地味過ぎない?」

千早「相手は、いちファンじゃないのよ。例えるなら……巨人。力と大きさは私たちの比じゃないわ」

春香「961プロの力は認めるけど、これは情報戦だよ」

千早「同じ事よ、春香。私は機械の事はよくわからないけれど、961プロは情報戦でも間違いなく私たちより遙かに上。そうでしょう?」

春香「それは……そうだね」

千早「つまり、ものすごーく耳の良い敵を相手にするわけよね」

春香「はい、千早先生。耳が良すぎる相手です」

春香ちゃんがおどける。
千早ちゃんも、それを受けて微笑む。

千早「良すぎる耳は、時に危険よ。最強の武器は、最強であるが故にその中に欠点を持つ……」

春香「誰の言葉?」

千早「プロデューサーよ」

春香「……」

千早「だから歌に慢心せずにオーディションに臨め、って言われたわ」

春香「くやしいなあ。私、言われてないよ……」

千早「春香はね、バランスがいいからよ。私は、歌しかないから言れたんだわ」

春香「いつか、言わせちゃうもんね」

千早「……その意気よ。じゃあ……頼むわね」

春香「うん。じゃあこれで書き込むね」

114 名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
明日の真美亜美ミニライブ『♀ついんず♀ツイ☆スタ→』。シークレットのゲストは伊織ちゃん。

115名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
→114 ソースは?

116名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
脳内情報、乙。www

117名前:114 投稿日:XXXXXXXX
俺、清涼飲料業勤務。今日、特別注文で会場に100パーのオレンジジュース納入してきたぜ!

118名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
ちょ、マジ?

119名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
これは……

120名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
オレん家ジュース?

121名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
→120そういうのいいから

122名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
明日、有給とるぜ!

123名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
→114本当だろうな? 事と次第によっちゃあ……感謝する!

春香「こんなんでいいのかな?」

千早「ええ、十分。さあ、社長室に行きましょう」

これは私も知らなかった事だが、社長室は電話もFaxもネット回線も事務所とは別になっているそうだ。
社長の独自コネクションは、こうして構築されているのだと初めて知った。

律子「この経費……どう処理されているんです?」

高木「律子君……今は、細かい事は」

律子「細かくありません! こうした予算は、全て明朗会計で処理していただかないと困ります!!」

高木「あ、ああ……おお! 春香君に千早君。では、頼むよ」

社長は、そそくさと逃げて行く。
いいんだろうか、それで。

律子「まったく! あ、じゃあ頼むわね。ネットのこういう所、私は見たことなくて」

春香「任せて下さい! まずは専ブラを落としてインストール……」

千早「春香……さっきも思ったんだけど、手慣れているわね。常連なの?」

春香「え、えっとー……ごくたまの希に……」カチャカチャ……ッターン!

千早「ねらー……って言うのよね?」

春香「ち、違うよ。もー! たまに覗くだけだよ」カチャカチャ……ッターン!

響「どうしたんだ? 亜美?」

亜美「昨日のオ→ディションで、ちょっと筋肉痛に……ひびきんからもらったクリ→ムも塗ったのにな→」

響「筋肉に効く、消炎鎮痛クリームだろ? あれはただ塗るだけじゃダメだぞ」

亜美「そ→なの?」

響「筋肉を揉みほぐしながら、塗るのが効果的なのさー」

亜美「ふんふん」

響「あと、塗るポイントも……」

春香「ガッ!」

千早「えっ!?」

律子「なに? どうしたの、春香」

春香「え? あ、い……いやーちょっと反射的に……」

「?」
小声で呟くと、顔を赤くして春香ちゃんは作業に戻る。

響「? ええと……だからな、亜美。クリームは、塗るポ……」

春香「ガッ!」

千早「? 本当にどうしたの? 春香」

春香「え!? い、いや……その、ガッ……がんばるね!」

律子「? ええ、頼むわね」

小鳥「ふふふ。春香ちゃんとは、語り合えそうね。うふふふふ……」

なぜか嬉しそうな、小鳥さん。

春香「ええと……うわ! すごい伸びてる」

721名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
シークレットゲストがある事は、公式で明言されてんだからこれは確定だろ?

722名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
まだだよ、まだわからん……俺の雪歩である可能性が微レ存

723名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
ミニライブって、当日行って入れる?


春香「じゃあ、いきますね」

春香ちゃんは、軽快にキーボードを叩いた。


725名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
水瀬伊織、弑ス

726名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
通報しました

727名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
通報した

728名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
→725
おまえ、明日の朝には警官が来るから名

729名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
おまわりさん、こっちです!

春香ちゃんの書き込みが反映されると、書き込み量が段違いに増えたのが私にもわかる。

春香「うわー! 面白いぐらい伸びるなあ」

千早「ちょっと、春香。面白がってないでよ」

春香「わかってるよ。いくら作戦でも、伊織に対してこんな書き込み本当は気が引けるんだから。ええと……」


989名前: 725 投稿日:XXXXXXXX
この前の水瀬伊織の単独ライブ
撤収後に控え室で見た仕掛け
同じ物を作ってセットした

990名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
マジキチきた!

991名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
なんだ、ただの異常者か

992名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
不法侵入に殺人予告とは……

993名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
だから相手にすんなって!

994名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
スルーで

995名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
いや誰かマジで通報しろよ

996名前: 774プロ 投稿日:XXXXXXXX
夏だなあ……

春香「はい。スレも埋まったし、ネット上のちょっとした騒ぎにはなったね」

律子「これだけで……プロデューサーの目に留まるかしら?」

春香「んっふっふー! 律子さん、律子さん。良すぎる耳は時に危険。最強の武器は、最強であるが故にその中に欠点を持つ……ですよ!!」

律子「……成る程。この小さな騒ぎも、961プロの良すぎる耳は聞き逃せない……そういう事ね!?」

春香「え!? えっと……ええ、そうです!」

千早「ふふっ」

響「961プロは自分たちを、目の敵にしてるからな。絶対に気にしてるんだぞ」

亜美「兄ちゃん、見たら絶対に放っておかない……よね? いおりんを助けに……来てくれるよね?」

響「あたりまえさー!」

さて、プロデューサーさん。
どうするんですか?

黒井「入るぞ! いい加減に覚悟を決めてもら……うん?」

翌朝、静まりかえる情報処理室。
そこにPの姿は……ない。

黒井「どこへ……どこへ行った!?」

P「ハアハア……ハア」

クソ!
運動不足もいいトコだ。
足が動きゃしねえ。
関節という関節が、全部固まってやがる。

P「うおわっ!」

また転んだ。
もう、何度目だ?
いや、何度目だっていい!

伊織……
伊織!

伊織を殺すだと!
ふざけるな!!
ふ、ざ、け、る、な!!!

P「ぐっ!」

足だけじゃない。
腰も、肩も、腕も。
首も……
身体が全部、硬直してやがる。

くそ……動け、動けよ!
伊織が……伊織が危ないんだよ!
あの仕掛け……処分したと思ったのに。
誰にも見られていないと思ったのに……

くそっ!
くそっ! くそっ!!

俺が作った仕掛けのせいで……俺のせいで伊織が殺されるなんて、あっていいはずない!

伊織!
伊織!!
伊織!!!

さんざん転んで、泥だらけになりながら俺は、ようやくタクシーに乗り込んだ。

P「伊織、今いくからな……」

真美「みんな→! 今日はありがとうね→!!」

亜美「さてさて実はここで→十代発表」

真美「真美達、ティ→ンズだからね→☆ 今日はスペシャルなゲストが来てくれてま→す」

会場が、大きくどよめく。

亜美「でもこ→なると、今日のライブ『♀ついんず♀ツイ☆スタ→』のカンバンに、いつわりあり! になっちゃわない!?」

真美「ま→ま→。ゲストもティーンズ、真美達の仲間……いおりんだよお→→→!!!」

亜美「はいは→い! いおりん、カモ→ン!」

2人の声を合図に、スモークと共に伊織ちゃんが登場する。

伊織「みんな! 今日は私の為に来てくれてありがとうね」

真美「ちょ! ちょっといおり→ん!」

亜美「今日は、亜美達のライブだYO!」

伊織「二人とも、前座ごくろうさま」

ドッと沸く会場。
そう、みんなライブでは……ううん、仕事では真剣。
作戦でのライブでも、それは変わらない。

真美「む→! 亜美、こりゃあ黙って曲にはうつれなくなったYO!」

亜美「だね→! いおりん、覚悟!」

歌の前奏部分が始まる。
出だし部分を、真美ちゃんと亜美ちゃんが歌う。
その曲は……

真美「♪ 悩んでもしかたない♪」

亜美「♪ ま、そんな時もあるさあしたは違うさ♪」

真美・亜美「んがっ! もう朝じゃない」

伊織「ちょっと! これ『ポジティブ!』じゃない」

真美「ほらほらいおり→ん」

亜美「歌って、歌ってよ→! 亜美たち、バックで踊ってあげるからさ→」

伊織「もう……♪ 目覚ましで飛び起きて笑顔で着替え♪」

二人の無茶ぶりにも、違和感なく応えて歌う伊織ちゃん。
真美ちゃんと亜美ちゃんも、伊織ちゃんをたてて踊る。
すごいなあ……
やっぱりみんな、輝いてるわね。

私は改めて、会場を見渡す。
プロデューサーさんの姿は、見あたらない。

「来ないの? いいえ、そんなはずないわ!」
私は、客席内を回ろうとした。
この為に、変装をしている。

「あれ?」
不思議だ。
客席に回ったはずが、なぜか私はステージ迫に来ている。
どういう事?
まさか誰かの陰謀!?

真美ちゃんと亜美ちゃんが、私に気がついて手で戻るように指示する。

「わかってるんだけど……」
私は慌てて、回れ右をする。
そのまま進むと……

あれ?
今度は?

「ここは……天井?」
クレーンに乗ったわけでもないのに、私はなぜか照明や配線でごゃごちゃとした天井階に来てしまう。

どういう事だろう?
私は、普通に歩いただけなのに……

「え? あれは……」

P「伊織……伊織……伊織ぃ!」

そこに、あの人はいた。
泥だらけの服で、必死の形相で配線の中をもがくように、何かを探していた。

「プロデューサー……さん」

P「どこだ? どこにあるんだ? どこに……伊織……」

よく見れば、指先は擦り切れて血が滲んでいる。
いや、指先だけでなく雑多な物品であちこちに怪我をしている。

そうか。
そうなんだ……

もう認めよう。
この人は、助けに来た。
伊織ちゃんを。
10年間、想い続けているその相手を。

私の提案した考え、それはプロデューサーさんを試すこと。
プロデューサーさんが本心から改悛し、荒んでいないなら765プロを守ろうとするはず。
アイドルのピンチには、飛んできてくれるはず。
この考えは、響ちゃんと春香ちゃんの作戦にぴったりとマッチした。

餌となる人が危険になれば、プロデューサーさんが助けに来る。
それに私たちは、賭けたのだ。

「プロデューサーさん!」
私の呼びかけに、プロデューサーさんは弾かれたように身体を震わせると、その場に凍り付いたように動かなくなった。

P「あずさ……さん?」
凍りついた身体のまま、プロデューサーさんは視線を合わせず呟くように言った。

「響ちゃんと、春香ちゃんの言った通りになったわね。プロデューサーさん、釣られた気分はいかがですか?」

P「釣られた……?」

「全部、私たちの作戦なんですよ」

プロデューサーさんは、動かないまま心底驚いた表情をした。
そして、思い出したように慌てて逃げようとする。

「まだ逃げるんですか? これ以上、私たちに心配をかけないでください」

P「これには訳が……みんなを危険にさらすわけにはいかないんです!」

「プロデューサーさんが、伊織ちゃんを殺そうとするから……ですか?」

P「あずささん!? なんで……なんで……」

「私たち、プロデューサーさんを探したんですよ。探して……調べて……小豆島にも行きました」
私の言葉に、青ざめていたプロデューサーさんの顔色はもう土気色ともいえるものとなっていた。

「センセイにも話を聞きました。小鳥さんも帰ってきて、話を聞きました。プロデューサーさんの部屋も見ました」

P「俺は……」

「しっかりしてください! みんなあなたを好きです。いなくなって、みんながどれだけあなたを心配したか……わからないんですか!?」

P「俺は、人殺しの子だったんだ……」

表情のない顔で、吐き出すようにプロデューサーさんは言った。

「それは……プロデューサーさんが子供時代に、からかわれて……」

P「違う……違うんだ、本当だったんだ。俺には……愛しい者を殺さずにはいられない血が流れているんだ……」

「そんな……」
それが、プロデューサーさんが失踪した直接の引き金?

P「あずささん……アイドルのみんなには、感謝しています。みんながいなかったら、俺はとうに殺人者になっていたでしょう。でも、だからこそ……自分が何者であるか……いや、俺は人じゃない。なんなのかがわかった今、もうみんなとはいられない」

感情のこもらない声で、プロデューサーさんは喋り続ける。

P「俺は……もうみんなとは……」

私には、プロデューサーさんに何も言ってあげられなかった。



『バカ言ってんじゃないわよ! 馬鹿プロデューサー!!』

静かな天井階。
そこに、大きな声が響く。

「伊織ちゃん……」

伊織「アンタに悲惨な過去があるなんて、知らなかったわ! 性格が神経が捻じ曲がってた事も!! 犯罪者寸前だった事も!!!」

P「伊織……」

伊織「私たちが見てたのは、今のアンタよ。アンタ……あんなに一生懸命だったじゃない!」

P「それは……」

伊織「私を殺したかった? バカ言わないで! 人間ね、そんな馬鹿な動機なんかじゃがんばれないのよ!!」

P「俺は、人間じゃ……」

伊織「まだ言うの!!!」

伊織ちゃんは、猛然とプロデューサーさんに歩み寄ると……
首に手を回し、ぶら下がるようにして唇を重ねた。

「な! え……」

伊織「アンタの事を好きでたまらない娘にここまでされて、もしなんにも感じないならアンタ人間じゃないわよ」

プロデューサーさんは、茫然自失としていた。

伊織「どう?」

心配そうな、伊織ちゃん。
なんて大胆な……
ちょっと感心。
そしてプロデューサーさんは……

P「……嬉しくて、泣きそうだ」

伊織「ようやく言ったわね……ううん、言ってくれた」

P「伊織、俺は……俺は伊織に謝らないと……」

伊織「言わなくていいわ。わかってるし、それに……」

P「? なんだ?」

伊織「悪かったわね。覚えてなくて、島で会ったこと」

P「いや、俺はただの子供だったしな。伊織と違って。ああ……なんか頭の霧が晴れたみたいだ」

「ふう。もう、大丈夫なんですか?」
プロデューサーさんの言葉に、少し安堵しながらも私は気が抜けない。

P「少なくとも、もう伊織から離れたくない……です」

伊織「同感ね」

そう言うと、伊織ちゃんはプロデューサーさんをおずおずと抱きしめた。

伊織「殺すわよ、今度黙って私から離れたら……次は私が10年かけてでも、アンタを殺しに探して行くから」

P「心に染みる言葉だな、わかった。だけど……問題が残っている。961プロは……」

「それは社長が手を打ってます。それよりも、さっき言っていた……」
プロデューサーさんを、信じないわけじゃない。
けれど、ここまでプロデューサーさんを狂わせた母親という存在を、このままにはしておけない。

P「言われてみれば、俺は黒井社長の言う事を鵜呑みにしていた。信用できない相手だと、わかっているはずなのに……」

「じゃあ、それも含めて961プロの罠かも知れないんですね」

P「俺は自分自身では、何も確かめていなかった。ただ、みんなを守らないとという思いだけで。冷静に今考えると、おかしいな」

伊織「まったく……バカねえ。さ、先ずは戻りましょう。みんなを安心させなきゃ」

P「その前に、現状を教えてくれ」

ようやくいつものプロデューサーさんらしくなってきた。
私は、かいつまんでだがプロデューサーさんが失踪してからの事を説明し、伊織ちゃんが補足してくれた」

「要は、みんなの中でも知っている情報にムラがありますから、気をつけてくださいね」

P「ああ。けど……なんか、気恥ずかしいな」

伊織「散々心配をかけたんだから、その報いよ」

私はため息をついた。

「二人とも、私の話を聞いてなかったの?」

P「え?」

伊織「え?」

「腕……組んで行かないで。そういう情報、まだみんな知らないんですから」
私が言うと、二人は赤くなりながら離れた。
私の胸は痛んだが、まあ……今は許そう。

三人で、ライブが終わった楽屋に行くとみんながいた。
プロデューサーさんを見て、みんなは一斉にプロデューサーさんに抱きついた。
伊織ちゃんがちょっとだけ複雑そうな顔をみせたが、ここは我慢をしてもらおう。
私だって、さっきしたんだから。うん。

プロデューサーさんは、お母さんのことで961プロに脅されたと説明した。
みんな、神妙な顔をして聞いていたが、プロデューサーさんが頭を下げて謝ると、みんな笑顔で許した。

P「春香、この間の返事だけど」

春香「え? あっ! はい」

P「今は、断っておく」

春香「ええ……」

P「今は、仕事優先だ。痛っ!」

伊織ちゃんが、プロデューサーさんを蹴っていた。
春香ちゃんは少し不思議そうにしていたが、小さく両手を握ってた。

春香「ようし……今よりもっと、アイドルとして磨きをかけてそれから……」

雪歩「わ、私もがんばりますぅ」

響「そうだな。これで、安心できたし」

真「やるっきゃないね」

やよい「うっうー!」

ライブの打ち上げは、そのまま再会の宴になった。

高木「検診の結果、彼は向精神薬の影響下で朦朧としていた事が判明した」

黒井「……それで?」

高木「事を荒立ててもいいが、それはお前も本意ではあるまい」

黒井「むっ! 私は表沙汰にしても一向に……」

高木「強がるな。流石に法に触れる事に手を出したと知れるのは得策ではないだろう? こちらも彼を返してもらえばそれでいい。痛みわけ……で、どうだ?」

黒井「ふん! これは譲歩だ!! 譲歩!!!」

黒井社長は、怒鳴ると席を蹴って出て行った。
こっそり見ていた真美と亜美は、それぞれイーとベーの顔で黒井社長を見送った。

小鳥さんだけは、複雑な表情で黒井社長に会釈をした。
黒井社長も小鳥さんを一瞥すると、小鳥さんにだけは軽く頷くにしてから出て行った。

律子「雪歩、塩! 塩を持ってきて!!」

雪歩「用意してますぅ」

キロ単位の塩袋を、真ちゃんが持っている。
いや、さすがにそれを撒くのは……

真「えーい!」

ドバア★

……暫く、社長室は使えないようだ。
珍しく社長が、泣いている。

プロデューサーさんが帰ってきてから、瞬く間に765プロは元通りになった。
仕事面でも、内情も。

てっきり内緒であっても、付き合うと思っていたプロデューサーさんと伊織ちゃんだが、当面は自粛すると私にだけは報告があった。

P「どうやら俺は、真っ当な人間でちゃんとした社会人だからな。法に触れるような事はできない」

伊織「……いいわよ。10年忘れられなかった恋なんでしょ。あと数年ぐらい待てるわよね」

二人ともプロデューサーとアイドルとして、頑張るようだ。

そして最後に、プロデューサーさんのお母さんの件だ。

プロデューサーさんが自分で調べた結果、黒井社長もこの件では嘘をついていたわけではなかったようだ。
お母さんは、前科2犯。罪状は間違いなく殺人。
動機も、黒井社長が言っていた通りだ。
そして、息子に対する想いもまた、黒井社長の言った通りだった。

多摩川の河川敷で見つかった、身元不明の男性の遺体。
プロデューサーさんのお母さんが、3度目となる犯罪を犯してしまった事がわかった。
お母さんは、通りかかった20代の男性を息子に重ね合わせて殺してしまったらしい。

「プロデューサーさん……」

P「……大丈夫ですよ。俺はもう、自棄を起こしたり現実から目をそむけたりしません」

強がりだ。
それがわかって、私はプロデューサーさんを抱きしめた。

P「ちょ! あずささん?」

「やよいちゃんも言ってたでしょう? 辛い時は、泣くと楽になれますよ」

P「でも……」

「伊織ちゃんには、内緒にしておきます」

ずるいな、私。
でもこれは、プロデューサーさんを救う為。
そう、もうプロデューサーさんを失踪なんかさせやしない。
その為。
胸の中で、言い訳が渦巻く。

しばらく黙っていたプロデューサーさんは、やはり私の胸で泣いた。
私はいつか、やよいちゃんが真っ赤になっていた理由が実感としてわかった。
恥ずかしい。
でも、嬉しい。

これは、伊織ちゃんには内緒にしておこう。
本当に。
うん。

近く、プロデューサーさんはお母さんに面会に行くらしい。
ガラスを隔てることになるが、ついにお母さんに会えるのだ。
プロデューサーさんは、やはり嬉しそうだった。
千早ちゃんが、ニコニコとしている。

ようやくいつもの765プロ。
どうかいつまでも、このままの765プロでありますように。

もう、探偵のマネゴトはご免だから。
ね。
うふふ~


以上で終了です。
長期間に亘りましたが、完走できました。
書き始めた時は、10日間ぐらいかなと思っていましたがとんでもない事でした。
読んでくださる方には、いつもレスをいただいたりして本当に感謝です。
ありがとうございました。

皆さま、本当にありがとうございました。
皆さまのレスのお陰で、完走できました。

時間さえあれば、もっともっとアイマスSSを書きたいです……
とりあえずは、ふーどふぁいとを。


あと、全然余談なんですが……

冬馬「プロデューサー、また人間やめるってよ」 伊織「またぁ!?」

という、スレタイだけは思いつきました。

あ、ごめんなさい。
思いついただけで、やるかは……
それではそろそろ、html申請してきます。
ありがとうございました。

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