上条「いくぞ、親友!」一方「おォ!!」(1000)

初SSです。

もしも、一方さんと上条さんが一巻の時点で
親友だったらというIF設定となっております。

とりあえずまずは、序章的な物を投稿します。

「あー。今日の授業も終わり、かぁ。」

そうつぶやきながら、
特徴的なツンツン頭の少年、
上条当麻は大きく伸びをした。

「にゃー。カミやん、
今日はタイムセールはいいのか?
いつもならダッシュして行くのに。」

「せやなー。なんか珍しいでー。
どないしたんやー。」

そう言ったのは、
上条の住んでいる学生寮の隣人である
土御門元春と、青い髪にピアスをしていて
かなりよく目立つ、学級委員の少年だ。

それを聞いて、
上条は大変嬉しそうににんまりと笑って、
こう答えた。

「ふふふ……。よくぞ聞いてくれた!!
聞いて驚け!!
なんと、毎日不幸の連続である上条さんが、
昨日、商店街の抽選で
十万円分の商品券なんてものを手にいれたのです!!
いやっほー!!幸せだー!!」

あろうことか、涙まで浮かべながら
上条は全力で小躍りする。

そんな上条に
親友二人は心の底から哀れみの視線を送るのだが、
上条の方はあまりの嬉しさに全く気付かない。

「まぁ、そんなことはどうでもいいんだがにゃー。
それなら今日は、
久しぶりにゲーセンでも行こうぜい。」

「せやな。行こうやー。」

「あぁ、そうするか。
じゃあ四人で……ってあれ?あいつは?」

気が付けば教室からいなくなっていた
もう一人の親友のことを、上条は尋ねた。

「あぁ、あいつやったら小萌先生に呼ばれとったでー。
羨ましいわぁ。
放課後に小萌先生と二人っきりやなんて……。」

「相変わらずのロリコンだな、お前。」

「ちっちっち。ちゃうでー、カミやん。
ロリ『が』好きなんやないでー。
ロリ『も』好きなんやでー!!ぼかぁ、」

己の持つかなり大量の趣味嗜好を
一気に言おうとした青髪ピアスを、
上条は拳で強制的に黙らせる。

「ぐっはぁ!?いきなり何するんや、カミやん!
ひどいわー。」

「うるせぇ!この変態!
俺を変な世界に引き込むな!」

「カミやん、せめて義妹のよさをだな……。」

そんな議論をしつつ、もう一人を待っていると、
教室の扉が音を立てて開かれ、誰かが入って来る。

その人物は、とても真っ白な肌と髪、
それに真っ赤な瞳をしていて
青髪ピアスと同じくらい、目立っていた。

そしてその人物は上条達を見ると、
呆れたように尋ねた。

「なンだよオマエら、
わざわざ待ってたのかァ?」

その少年--学園都市最強の超能力者(レベル5)
一方通行(アクセラレータ)に上条は答えた。

「まぁな。どうせすぐに戻ってくるだろうし、
お前だけ置いてくのも悪いしな。」

「ったく……。
別にそンな気ィ使わなくてもイイっつゥのォ。
オレが荷物取りに戻って来なかったら、
どォすンだよ。」

「にゃー。そんなこと言ってるけど
ずいぶんと嬉しそうな顔してるぜい、一方通行?」

「土御門くゥゥゥゥゥゥン?
挽き肉になりてェならそォ言えよォ。
今ならオマケで、
たァっぷりとサービスしてやるからよォ。」

「わー。アルビノ美少女に殺されるー。」

「誰が女だァァァァ!!!」

「アルビノ美少女か……それもええなぁ……。」

「オマエもイイ加減にしやがれ、この変態がァ!!」

「あぁ、もっと罵ったてやー!!」

「だァァァ!!面倒くせェェ!!」

「なんていうか……お前も大変だなぁ。」

「そンなこと言ってる暇があるなら、
こいつらどォにかするのを手伝いやがれ、上条!!」

こんなやり取りの後、
上条達は、地下街に最近新しくできたという
ゲーセンへと向かう。

「なぁなぁ、今すれ違った子ら
めっちゃ可愛かったことあらへん?」

「オマエ、
さっきもそンなこと言ってたじゃねェか。
なンですかァ?
女ならなンでもいいンですかァ?」

「いややな~。
この前も言った通り、ぼかぁ、」

「もォ黙れ。ホントに黙れ。」

「一方はまだまだ青ピ慣れしてないからにゃー。
しょうがないぜい。」

「オマエはその呼び方をやめやがれ。」

「そればっかりはしょうがないだろ。
ほら、お前の名前長いしさ。」

「だとしてもよォ、
もォちょっとまともなのがイイっつゥのォ。」

「うーん……。
せやけどそんなこと言われてもなー。」

「そんなこと言われてもにゃー。
アクセロリータもダメ、
白もやしにウサギもダメと来たし、
もうこれ以上はないんだぜい?」

「どれもこれも、
ただのイヤガラセじゃねェかァ!!
あと、オレはロリコンじゃねェ!!」

「あれ、違うのか?
てっきり上条さんはお前はそうなんだと……
ち、ちょっと一方通行さん?
なんか黒いオーラがあなた様から出ているのは、
上条さんの気のせいでせうか?」

「いいぜェ、上条くゥゥゥン。
オレがロリコンだなンて、
その口が抜かすってンなら」

「まずは、そのふざけた口をぶち殺す!!」


「いや、意味わかんないからな!?
ついでに言うならそんなことをされるために
上条さんはいるわけじゃありませんのことよ!!」

「さてと、
俺達は先に行ってますかにゃー、青ピさん?」

「そうでんなー、土御門くん。」

「いやいや、お前ら!
俺を見捨てるなよ!
だいたい元はと言えば、お前らが……。」

そう、言いかけて上条の言葉が止まる。

背後から、すさまじい程の殺気を感じたからだ。
ゆっくりと、
体を震わせながら、振り向くとそこには。

「さァーて、と。
楽しいお料理の時間だ。
今日のメニューは、三下の活け作りってなァ。」

とても愉快そうに
引き裂いたような笑みを浮かべている、
悪魔がそこにいた。

その日、第七学区の路上にて、
「不幸だぁぁぁぁ!!」
というとても大きく、悲痛な叫びが轟き、
道行く人々は大きく驚かされたという。

第七学区の地下街にある、
最近新しくできたゲーセンに上条達は着いた。

上条は大変疲れた様子で、
おもいっきり肩を落としていた。

「なんでだろう。
まだ何もしていないのに動けないんだけど。」

「なんや、カミやん。
まだ若いのに、だらし無いでー。」

「そうだぜい、カミやん。
持ち前のスタミナはどうしたんだにゃー?」

そう土御門と青髪ピアスが言うと、
上条は大変お怒りの様子で、

「元はと言えば、お前らのせいだろうが!!
あーちくしょう、不幸だ……。」
と、言った。

「まァ、いいじゃねェか。
今度なンでも好きな物おごってやるからよォ。」

そう一方通行が言ったとたん、
上条はかなり嬉しそうに、

「ほ、ホントにいいのか?マジで?
うわー!神様 仏様一方通行様ー!」
と、彼に縋り付く。

「だァァァ!!
うっとうしいから離れやがれェ!!」

お得意の『反射』で引き剥がそうとするが、
彼には、まったく効かない。

「あっと、すまん。
つい嬉しくて、さ。」

そう言って、上条は離れる。

「はァ……。
ホントなンなンだよ、その右手。」

「さぁ……。俺だって、さっぱりだ。
ホント、これがちょっとは生活の役に立てばなー。」

残念そうに肩を落として、上条は言う。

「おおーい、二人ともー!!
いつまで戯れてんだにゃー?」

「せやでー。
はっ!まさか、カミやん
女の子だけでは飽きたらず、
ついに男にまでフラグを……。」

先に行ってさっそく遊んでいる、
青髪ピアスが意味不明なことを言っている。

そんな二人に、上条は

「だから、
上条さんはフラグなんて建ててません!!
まったく……はぁー、彼女が欲しい。」
と、返す。

それを聞いて、二人は

「にゃー。
今の発言はつまり、
俺達に喧嘩を売ってるんだにゃー、カミやん?」

「上等や、カミやん。
モテへん男の本気の怒り……。
とくと、味わえやー!!」
と、全力で上条に殴り掛かる。

しばし、拳で語り合う彼らに
一方通行は呆れた様子でいたが、
どこか楽しそうに眺めていた。

さて、上条達が拳の語り合いをやめ、
しばらくするとどこからか、
「ようやく見つけたわよ、アンタ!!」
という、好戦的な少女の声が上条達に届いてくる。

その方向に上条が振り返ったとたん、
雷撃が飛んで来た。

「うおわぁっ!?」
と上条は、とっさに右手をかざす。

すると雷撃は偶然右手に当たり、消えた。

そして上条はその雷撃を放ったであろう人物を見て、
「あー。またか、ビリビリ。」
とだけ、げんなりとしつつも返した。

それを聞いた『ビリビリ』
と、呼ばれた少女は怒ったらしく
「だから、
私の名前は御坂美琴だって言ってるでしょ!!
このウニ頭!!」
と返した。

それを聞いた一方通行は
(御坂美琴だと……?)
と、怪訝そうに目の前の少女を見る。

御坂美琴--学園都市にいる
230万人の能力者の内、七人しかいない
超能力者(レベル5)の第三位で、
常盤台中学に所属している。
と、そんな情報が彼の頭の中に流れる。

確かに、
目の前の少女は常盤台中学の制服を着ているし、
先程の雷撃を見れば
御坂美琴であることは間違いないのだろう。

ただ、こうも偶然に超能力者(レベル5)が居合わせるとは
彼は思わなかったのだ。
別に自分の事を教えるつもりなどないのだが。

そんな彼の考えなど知らず、
御坂はにやりと笑って
上条にこう、高らかに宣言した。

「さぁ、今日こそ私と勝負しなさい!!」

上条を除く三人は、ポカンとした。

この女の子は、何を言っているんだと。

そんな宣言を受けた、上条はと言えば

「だからですね、御坂さん。
上条さんには、女の子と戦う趣味はないんですよ?」
と、やんわりと断ろうとしていた。

しかし、当の本人は

「えぇーい!問答無用!
勝負しろったら勝負しろー!!」
と、全力で雷撃をかます。

「あぁー!ちくしょう!
今日こそ大丈夫だと思ったのにー!!
不幸だぁぁぁぁぁ!!!!」

上条は全力疾走して、雷撃から逃げる。

御坂の方も

「待ちなさーい!!」
と、バチバチと音を立てながら、追い掛けていった。

後に残された三人は、
ただ呆然と上条と御坂が
消えた方向を見ていた。

結局上条がいなくなったので、
三人はその場で解散することにした。

青髪ピアスは下宿先のパン屋へと帰り、

土御門は義妹に会いにいった。



一方通行は夕食の材料を買いに、
よく上条と来るスーパーへと行った。

「まァ、こンなもンかねェ。」

スーパーからの帰り道、
一方通行は今日の戦利品を見てそう、呟いた。

今日はサイコロステーキがかなり安値で手に入り、
彼は大満足だった。

別に彼には10億近い貯金があるのだから、
安値でも高値でも、そう差はないのだが。

「あァーあ。
これも全部アイツの影響かねェ。」

アイツ、とはもちろん上条当麻のことだ。

彼の買い物に付き合うとどうしても、
より安い物を求める買い物になってしまうのだ。

おかげで、
一方通行はかなりの買い物上手になってしまった。

「はァ……。
まったく、らしくねェなァ。」
と、彼はぼやく。

どこか、嬉しそうに。

寮までの近道になる路地裏を歩いていると、
一方通行の耳に、怒号が届いて来る。

「あン……?なンだァ?」

空気の振動の向き(ベクトル)を操作して、集音すると、
『スキルアウト』と呼ばれている、
無能力者(レベル0)達の集団の一員らしき声と
まだ幼さそうな少女の声が聞こえてきた。

どうやら、
少女の方が彼らに因縁を付けられているらしい。

以前までの彼なら、
くだらないの一言で切り捨てるだろう。

だが、今は。

「ったく……。
あァあ、面倒だなァ、オイ。
このザマじゃ、
オレもアイツの事を笑えねェなァ。」

そうぼやきながら、
一方通行は声がした方へと向かう。

佐天涙子は、全力で路地裏を駆けていた。

なぜかと問われたら、
三人組の男達に追われているからだ。

事の顛末は単純で、彼女が帰り道で
偶然にも、『スキルアウト』の一人にぶつかり、
そのまま因縁を付けられたので、逃げたのだ。

しかしながら、
彼女は追い詰められつつあった。
彼女と彼らでは、地の利が悪いのだ。
そして、ついに

「あっ!?い、行き止まり?」
完全に追い詰められた。

「へへへ……。ようやく追い詰めたぜ。」

「まさか、
謝っただけで済むと思ってんじゃねぇだろぉなぁ、嬢ちゃん?」

「その体で
誠意をたっぷりと見せてもらわないとなぁ。」
などと、彼らは気味悪く笑いながら
彼女に近づいて行く。

「ひっ……!?い、いやぁぁ!!」
どうにか逃げようとするが、
恐怖で足が震えて動けない。

「ちっ……大声だすなよな……。」
と、布で彼女の口元を、彼らの中の一人が押さえる。

「むぐぅ!?むー!むー!!」

(いやぁ!!御坂さん、白井さん、初春!!
誰か、誰か助けてぇ!!)

涙を流しながら、
佐天は目を閉じて必死に願った。

その風の刃は何故か、
それを放った男に当たった。

「ぐあぁぁ!?」
と、男は叫んで倒れた。

「なンだ、なンだよ、なンですかァ?
期待させといてこれかよ、オイ。
風を使うなら、これぐらいやれってのォ。」
そう少年が言ったとたん、
とてつもない暴風が、残り二人を襲った。

どちらも一言も無しに薙倒され、
気絶してしまったらしい。

少年は、何でもなさそうに佐天へ近付き、
布を取ってやり声を掛けた。

「オイ、オマエ大丈夫かァ?」

声を掛けられた佐天は、
目の前の光景に唖然としていて
返事が出来なかった。

「オイ、聞いてンのかァ?」
もう一度少年に尋ねられてようやく、

「はっはい!!だ、大丈夫……です。」
と、返した。

「なら、いいンだけどな。……立てるかァ?」
と、少年に尋ねられたので彼女は

「はっ、はい。何とか……。」
とだけ、返した。

「そォか。
じゃあとっとと、こっから出るぞォ。」

少年はそういって、彼女に立つように促す。

そして幸運にも、祈りは届いた。

「まったくよォ、
ホント不幸だァって感じだなァ、今日は。」
と、けだるそうな声が不意に、佐天の耳に入る。

まぶたを開いて見てみると、そこには。

真っ白な髪に、真っ赤な目をした少年がいた。

その少年を見ると、三人組は声を揃えて

「なんだ、テメェは?
野郎はお呼びじゃねぇんだよ。
とっとと、帰りやがれぇ!!!」
と、威嚇した。

それを聞いて、少年は

「そりゃ、こっちのセリフだ、格下ァ。
無能力者(レベル0)は、とっとと帰って、
ぶざまに布団の中で震えてろよォ。」
と、挑発した。

それを聞いて、一人が

「はっ、上等だ。
クソガキ、これを食らって
格下かどうか、試してみろよぉ!!」
そう言って、
風で出来た刃を少年に叩き付ける。

どうやら彼らは『スキルアウト』ではなく、
能力が使えるチンピラだったようだ。
おまけに見たところ、
強能力者(レベル3)程度の能力者らしい。

「む、むがー!!むー!!」
佐天は必死に、
少年に逃げるように伝えようとする。

しかし、それは少年に当たらなかった。

「えっと、あ、ありがとうございました!!」
路地裏から出るやいなや、佐天はそう言った。

対して、一方通行は

「そンな気にすンじゃねェよ。
たまたま、通り掛かっただけだ。」
と、面倒そうに返した。

「そンなことよりよォ、
もォ二度と同じことが無ェよォに気をつけろよ。
今回は偶然オレが通り掛かったからいいけどな、
次はもォ多分無ェぞォ。」
と、ついでに注意する。

すると佐天は、
「はい……。気をつけます。
あ、あの!あなたのお名前を聞いても?」
と尋ねた。

一方通行は少し考えて

「……名乗るほどのもンじゃねェよ。」
と、答えた。

「え……。でも……。」

「名前なンざどォでもいいだろ。
じゃあなァ、気をつけて帰れよォ。」
と、彼女が取り付く島もなしに彼は走り去った。




「ここまで来れば、十分だろォ。
……やっぱ、オレみたいなのが
人助けなンざするもンじゃなかったな。」
と、彼はぼやいたが、その顔はどこか満足げだった。

さてようやく、住まいである学生寮まで
彼は帰って来た。

古ぼけたエレベーターで、目的の階まで行く。

彼の部屋は上条の部屋の隣にあって、
そのまた向こうには、土御門の部屋がある。

彼は部屋の前に立ち、鍵を取り出したが、
その必要はなかった。

扉が突然、開いたからである。

思わず、彼は身構える。
最近はまったくないが、
以前まで彼はよく、
スキルアウトに襲撃されていたからだ。

しかし、その心配はなかった。

目の前にいる人物を見て、彼は驚いた。
なぜなら、それは

「お、親父!?」

「おぅ!おっかっえりー!!
よく帰って来たな、我が息子よー!!」

彼の義父(ちち)である 木原数多だったからだ。

「……ったく。
帰って来れンなら、連絡ぐらい入れやがれ。
この、バカ親父。」
と、一方通行は義父を睨み付ける。

あの後、木原に

「とりあえず家に上がれよ」
と言われたので、とりあえず上がってから
一方通行は彼に文句を言うことにしたのだ。

「いやな?俺も連絡入れようかと
思ったんだがな?どうせだから、驚かそうと思ってよ。」
と、特に悪びれた様子もなく木原は答える。

一方通行はため息をつく。
そォだった、この男はそォいうやつだった、と。

「ていうかよォ、
今は研究所に働き詰めで忙しいとか
言ってたのに帰って来てよかったのか?」
そう、尋ねてみた。

すると木原は

「いやー。実は、芳川がな?
『貴方、あの子に会わないと仕事にならないのね。』
とか、何とか言ってな?
他の奴らまで
『頼むから、一回帰って下さい。』
とか、言い出しちまっててよー。」

「それでノコノコ帰って来たと。
そォいうことなのかよ?
……ったく。
何他の奴に迷惑かけてンだよ。」
と若干、彼は質問に対する答えに呆れる。

「まぁ、そんなことはいいだろ。
ほら、それよりそろそろメシの時間だろ。
久しぶりにお前のメシ、食わせてくれよー。」
と、木原が言うので一方通行は

「あァ、はいはい。
喜べ、木原くン。
今日は偶然にも、オマエの大好きな肉だ。」
と、言って夕飯を作りにかかる。




「ふぅ……。お前、また腕上げてねぇか?
前、食った時よりさらにうまくなったな。」

木原は一方通行が作った料理を平らげて、
満足そうに言った。

それを聞いて、一方通行は若干嬉しそうに

「そォかい。」
とだけ、返した。

「さて、皿洗いぐらいは俺がやるよ。
ほれ、お前はそこで座ってろよな。」

そう言って、
木原は皿を流し台へ持って行って、洗う。

「それでどうだよ、学校は。
毎日、楽しくやってんのかよ?」
という木原の質問に

「まァ……悪くはねェ、な。」
と、一方通行は返す。

「そうか、毎日すごく楽しいか。
それならなによりだな、うん。」
と、木原は言った。

これでも五年近く、彼の世話をしてきたのだ。
彼が素直に『いい』だなんて言わずに、
『悪くない』でなんでも済ませている
という事ぐらいは、ちゃんと理解している。

「ふン……。まァ、好きに解釈しやがれ。」

実際彼は、それを否定はしなかった。





「さてと、じゃあな。そろそろ俺は帰るわ。」

そう言って、木原は玄関で靴を履き始める。

「なンだ、帰ンのかよ。
泊まってっても、別に構わねェぞ。」
と、一方通行は少し残念そうに言った。

それを聞いて木原は首を振って、答えた。

「いや、そろそろ帰らなきゃならねぇ。
いくら芳川が居るといっても、アイツらだけじゃ不安だ。」

そう言った木原の顔は、
完璧に父親から研究者の物になっていた。

そして、最後に

「まぁ、またいつか、帰って来るから
そんな寂しそうな顔してんじゃねぇよ。」
と言って、
一方通行の頭を乱暴に、しかし、どこか優しげに撫でた。

「ふン……。」

一方通行の方は抵抗せずに、
ただされるがままでいた。

そして撫で終えると、木原は

「じゃあな、我が息子よ。達者でなぁ。」
と言って、帰っていった。




さて、木原が帰ってしばらくして
明日の用意などを済ませた一方通行は、
さっさとベッドに寝転がって、寝ることにした。

「はァ……。
今日はマジで眠ィな、オイ。
働きすぎなのかねェ、こりゃァ。」

そう、寝転がりながらつぶやく。

思えば、今日はいろいろとありすぎた。

今日一日の出来事を思い浮かべると、
何故だか、笑みが込み上げてきた。

「はは……。
オレもずいぶんと、
らしく無くなっちまったもンだなァ。」

それがおかしかったのかもしれないな。
そんなことを思いつつ、
彼は幸せな気持ちで眠りに落ちた。

とりあえず、これで序章的な物は終了です。
一週間以内にまた、来ます。
次から一巻の内容に入るつもりです。
……それはそうと、同じネタのあるんですね。
やっちまったかな……。

一つ言い忘れてましたけど、佐天さんを出したのは
一方さんとのカップリング候補にする予定だからです。
他には、結標、ミサワ、打ち止めがいまんところの候補。

>>16と17は逆ってことでおk?

>>27 それで合ってます。
ホントやっちまったァ……。

どうも、1です。
様々なご意見どうもっす。
とりあえず、皆様の意見をいかせるように努力してみます。
それと、一応は原作準拠で書くつもりです。
話の間の日常とかも書いたりしますけどね!
あんま、期待しないで見てやって下さい。

どうも、1です。
案外あっさりキリのいいとこまで書けたんで、投下します。

七月十九日----

学園都市のとある高校はこの日、いわゆる『夏休み』を迎えた。

「ふわぁーあぁ……。
ようやっと今日から夏休み、かぁ……。」

この高校の一生徒である少年、上条当麻は眠たそうにつぶやいた。

終業式には必ずある、校長先生からの『ありがたいお話』に
30分も耐え忍んだ彼の体力は、限界にあった。

「何言っとんのや、カミやん。
僕とカミやんには小萌先生の補習が一週間もあるやない。」

青髪にピアスという、見た目がとんでもない学級委員の少年は
むしろ、嬉しそうにニヤニヤして上条の揚げ足を取る。

「あのー青髪ピアスさん?
あなた様は一体全体何で、そんなに嬉しそうなんでせう?」

そんな上条の問いに、青髪ピアスはさも当然そうに答えた。

「何でも何もないやろー!!
これから一週間、毎日小萌先生との授業が楽しめるんよ?
これを喜ばずして、何が補習なんやー!!!」

ひゃっほーい、と青髪ピアスはくるくると上条の周りを
バレリーナみたいに回っている。

……正直とてつもなくうざい。

「はぁ……。
お前に聞いた俺が馬鹿だった……。」

そんな感じにブルーになっている上条に、近付く影が二つ。

「よォ、せっかくの夏休み初日から何ブルーになってンだよ。」

「そうだぜい、カミやん。
一体、どうしたんだにゃー?」

上条の親友である、土御門元春と一方通行(アクセラレータ)だ。

「いや……。
これから一週間、毎日補習だなって考えたら鬱になってきてさ。
最近あのビリビリ中学生に、財布ごと商品券を焼かれるし。
うふふふ、不幸だー。うふ、うふふふ、うふふふふ。」

口調は明るいが、顔はまったく笑っていない。
おまけに背中からは、何だか黒くてどんよりとしたオーラが出ている。

「あァ、そのォなンだ……。
……ドンマイ、上条。がんばれよ。」

「ま、まぁこう考えるんだにゃー、カミやん。
これが終わったら楽しい夏休みが待っているんだって。」

思い思いの励ましを、二人は上条に送る。

「そ、そうだよな。
うん……。そうだよ!そうに決まってる!」

その甲斐あってか、上条は無理矢理ポジティブに考えることにした。

「にゃー。それでこそカミやんだぜい。」

「せやせや。カミやんはそうでなくっちゃなー。」

「まったくだなァ。
そォしてるほォがオマエらしいわ。」

いつのまにか、青髪ピアスも加わって上条を励ましにかかる。

「うっし!!
上条さんは完全復活しましたよ!!
ありがとな、三人とも!!!」

にこやかに、上条は三人に礼を告げた。

しかし、天におわす神様(大バカヤロウ)は上条のことが大嫌いらしい。

「あ、いたいた。
上条ちゃーん。ちょっといいですかー?」

上条のクラスの担任である、月詠小萌が彼を呼んでいる。

上条はとても嫌な予感がしたが、彼女の元へと行く。

「えぇーと。
何ですか、先生?
補習は明日からだと、上条さんは記憶しているんでせうが。」

その質問に、この見た目12歳の女教師は、ステキな笑顔でこう告げた。

「その通りなのですよー。
でもでも、上条ちゃんには追試が今からあるのです。」

「……あぁー、先生?
今なんておっしゃいました?
上条さん、最近耳が遠いもんだからよく聞き間違えちゃって。」

小萌先生はそんな上条にもう一度、丁寧に告げた。

「だからですねー。
上条ちゃんは他の子達と違って、
補習だけじゃ足りない単位を補い切れないので
今日、追試を受けて貰いたいのです。分かってもらえましたかー?」

上条はその死の宣告を受けて、小萌先生にこう言った。

「……えーと。
先生、ちょっといいですか。」

「あいー。どうしたのですかー?」

上条は、おもいっきり息を吸って思いのたけを叫んだ。

「……ふこぉぉぉだあぁぁぁぁぁ!!!!!」

小萌先生は思わず、ひっくり返った。

一方通行は土御門、青髪ピアスとファミレスにいた。

あの後、結局上条は小萌先生と生活指導のゴリラ教師こと、災誤先生に
引きずられて行ってしまった。

それで仕方なく、上条を置いて三人は昼ご飯にすることにしたのだ。

「今日から夏休みだけど、お前らはどうすんだにゃー?」

土御門の質問に対して、青髪ピアスはこう答えた。

「もちろん、今年の夏休みこそ落下型ヒロインや
雨の日のダンボールの中で震える猫耳少女を拾ったりするつもりやー。」

「あァ、なンつゥかよォ……。
オマエ、一度医者のとこにでも行って来いよ。
確か、この学区にはいい腕した奴がいたはずだしよ。」

一方通行は、青髪ピアスにちょっとした勧告をしてやる。

それを聞いて、青髪ピアスは彼にへらへらと告げた。

「なに言うとんのやー。
僕はとっても元気やでー、一方?」

「あァ……。
そォだったな。オマエは普段と変わンねェな。」

遠い目で一方通行は外を見やる。

「そうだぜい、一方。
そう言えば、お前さんはどうするんだにゃー?」

「どォって、言われてもなァ……。
まァ、いつも通りに過ごすンじゃねェのか、多分。」

土御門の質問に、彼は適当に答えた。

「なんや、おもろない。
一方は彼女とか、いらんのかいな。
はっ!!まさか第一位ともなると、すでに……おのれ、一方!!
一体、どんな娘や!!アルビノ美少女か?それとも年上のお姉さんか!」

「先輩の巨乳お姉さんさんとか、
黒髪ロングの中学生とかかもしれないぜい。」

青髪ピアスと土御門は思い思いに、勝手なことを抜かしている。

それを聞いて、一方通行は額に青筋を浮かべながら二人に告げた。

「いいぜェ、オマエら。
オレに喧嘩売ってンだよなァ?
上等だァ!愉快に素敵にビビらせてやンよォ!」

「む、来るなら来いやー!!
たっぷり相手したるでぇ!!」

「上等だにゃー。
お前の親父さんに習った木原神拳、
もとい土御門神拳……見せてやるぜい!!



こうして、第七学区のとあるファミレスにて
漢たちの闘いが始まった。
これを見た、この店の筋肉ムキムキの店長は後にこう語った。

--これほどまでに、バカバカしい闘いは見たことがない、と。

さて、闘いが終わると三人はそれぞれ解散することになった。

青髪ピアスは下宿先のパン屋の手伝いがあると言って、帰った。

土御門は、『大事な用事』があると言ってどこかに行ってしまった。



たいしてすることのない一方通行は、食料の買い足しと暇つぶしに
デパートへ行くことにした。

到着してまず、彼は本屋に行くことにした。

「本屋なンざ来るのも、久しぶりだなァ……。」

そんなことを彼は呟いた。

新刊コーナーへ行ってみると、そこにあった本二冊に目を丸くした。

何故なら、どちらも見覚えのある人物が表紙だったからだ。

まず一冊目は『むぎのと!』というマンガだ。

どうやら、学園都市の超能力者(レベル5)の第四位である、麦野沈利と
そのまわりの人々の、愉快な日常を描いたモノらしいが
正直言って、一方通行にはどんなモノか全く、想像がつかなかった。

一方通行は、彼女とはそれなりに面識はあった。

時々、研究所で会ったことがあるのだ。

確かに仕草だけ見れば、かなり優雅だし、美人でもある。

しかし、その口ぶりはかなり悪い。

おまけに少し怒らせるだけて、レーザーみたいなのが飛んでくる。

だから、はっきり言って読む気にはなれそうになかった。

一体、誰が著者なのだろうか?

少し、気になった一方通行は手に取って見てみた。

そこにはこうとだけ、書いてあった。

『あいてむ きよひこ』

「……。見なかったことにしよォ。」

彼はそれを元の場所に置いた。

さて、もう一冊の方は
『ばっち来い、超常現象 part2』というタイトルの本だ。

気になる著者はと言えば
これまた一方通行がよく知っている人物だ。

そこにあった名を見ると、こう書いてあった。

『木原 数多』

そう、これは木原が長年の研究の成果から導き出した人生の指導書だ。

あまりの面白さに、購入者は皆必ず、ブックオフに売ることで
この本を様々な所へと広めているらしい、とのことだ。

それって、ただ単につまんないんじゃ……などと言ってはならない。

現に、part2が出ているのだ。とても面白いに違いない。

そう思い一方通行はそれを手に取って、軽く立ち読みしてみる。

結局、彼は買わなかった。
それどころか10ページ程呼んで、挫折した。

さて、いい具合に時間を潰した一方通行は、食料の買い足しに行く。


「ン、こいつもいいなァ。」

そう言って、大根に手を伸ばして掴もうとすると、
同時に誰かが、彼が掴んだのと同じモノを掴んだ。

「あァ?」

「えっ?」

思わず、そっちを見やるとそこにいたのは

「あっ!あなたは!!」

「あァ、オマエは確か……。」

いつぞや、路地裏でチンピラから助けてやった、少女がいた。



「ぜェ……ぜェ……。
こ、ここまで来りゃもォ、来ねェだろォ。」

荒い呼吸を整えながら、一方通行は息をつく。

あの後、少女は少し固まっていたのだが
お礼がしたい、だの名前を教えろ、だのとしつこく聞いてきた。

普通なら、名前ぐらいは教えてやったりするのだろう。

しかし、彼は違った。

「まったく……。
オレなンかに関わったら、ろくでもないだけだっての。」

学園都市第一位を知っている。
それだけで『スキルアウト』に狙われたりするのだ。

現に、一度彼の『友達』である上条達は襲撃されたことがある。

その時は、喧嘩なれしているだけあって
返り討ちにできたらしいが彼女は、違うだろう。

彼に怨みを抱く『スキルアウト』や能力者は多い。

前助けた時よりもっと酷い目に遭うかもしれない。

そう、彼は考えた。

もう、あまり誰かを傷付けたくないから。




結局、いつものスーパーで買い足しをした一方通行。

彼が帰路についていると、声を掛けてくる影が一つ。

「あら、一方通行じゃない。久しぶりね。」

その人物を見て、一方通行は面倒そうに返す。

「なンだ、芳川か。
ここで、なにしてンだよ。」

そう聞かれたので、彼女--芳川桔梗はこう答えた。

「ちょっとした買い出しよ。
研究に夢中になると、皆して食事を忘れちゃうものだから。」

彼女は、一方通行の義父である木原数多の同僚であり
その昔は、彼の絶対能力進化(レベル6シフト)というテーマで
彼の研究を木原や、他の研究員達としていた。

だが、結局その方法は見つからず
たった一人を除いて、今研究員達は皆、別の研究をしているのだ。

「なるほどなァ。
……ったく、ちっとは健康に気を使えっつゥの。
ただでさえ、オマエら研究員は貧弱なんだからよォ。」

彼女はそれを聞いてくすり、と笑った。

「オイ、何がおかしいンだよ。
せっかく、人が心配してやってンのによォ。」

そう言われ、芳川はさらにおかしそうにこう返した。

「あら、ごめんなさい。
君がまさか心配なんてしてくれるとは思わなくてね。
それと、君の方がどっちかっていうと私達より貧弱だと思うわよ。」

それを聞いて、一方通行は不機嫌そうに

「ちっ……。こりゃ、心配して損したなァ。
とっとと、帰って飯にでもしてろよ。」
と、告げた。

「ふふ、そうするわ。
それじゃあね。
明日にでも、研究所に遊びに来なさいな。
皆、いつでも君を歓迎してくれるわよ、きっと。」

そう言って、芳川はさっさと消えた。

「さてと……。
とっとと帰っとすっかァ。」

そう、呟きながら一方通行は帰路に再びつく。

さて、翌日。

一方通行は突然、不機嫌そうに目覚めた。

理由は単純で、
隣人である上条当麻の部屋のベランダから、
彼自身の悲鳴が聞こえたからだ。

「……アイツ、朝っぱらから何してやがンだ。」

寝ぼけ眼で、彼はのろのろと私服に着替え
外に出て、上条の部屋の前に立った。

一応、礼儀としてノックしてから中に入った。

「オイ。
オマエ、朝っぱらから何してン……」

文句を言いながら、入る彼の目の前には--

唖然とした表情の上条と、
何故か全裸でポカンとした表情をしている銀髪の少女がいた。

「………。」

思わぬ光景に、一方通行の思考は一瞬止まった。

しかし、すぐにその学園都市最高の頭脳はベストの答を出した。

「失礼しましたァ!!
どォぞごゆっくりィ!!!!」

叫ぶだけ叫んで、彼は扉をおもいっきり、バターンと閉じた。

それと同時に勢いよく扉が開いて、上条が出てくる。

「待ってー!?
お前は今上条さんのことを絶対勘違いしてる!
お願いします、待って、ホント行かないでー!!!」

そんなことを言いつつ、彼は一方通行にしがみつく。

「うるせェ!!
離しやがれ、このロリペド野郎!!
オマエだけは、アイツらと違うと思ってたオレが馬鹿だった!!」

「いや、マジで違うんだって!!とにかく、話を……っ!?」

そう言いかけて、上条はいきなり扉の向こうに引きずられていった。

「ち、ちょっとストップ!!
姫、落ち着いて……ぎゃー!!
不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

すぐさま聞こえてきた悲鳴に
一方通行は、宗教をよく知らないが思わず十字をきった。

「それでェ?いったい誰なンだよ、このガキ。」

上条の悲鳴が止んでしばらくしてから

「まぁ、とにかく入れよ。」

と言われたので、上条の部屋に上がり込んでから
一方通行はまず、それを聞くことにした。

「あぁ、いや……それがな…………」




上条から説明を受けて、最初一方通行は怪しんだ。

なにせいきなり、『魔術』などというオカルト満載の事を言われたのだ。

この街の住人全てが、同じ感想を抱くに違いない。

「む。あなたもとうまみたいに魔術を信じてないみたいだね。」

その感情は顔に出ていたらしく、
インデックスとかいう少女(あきらかに偽名だと一方通行は思う)は
むすっとした調子で告げた。

現在、彼女はばらばらになった修道服を
安全ピンで留めてあるモノ(とてもシュールだ)を着用している。

「だってよォ、魔術だぜェ、魔術。
なンだよ、変な呪文唱えりゃ山羊頭が願い事でも叶えてくれンのかァ?」

あからさまに馬鹿にした態度で彼が言うと、彼女は

「だから、ホントに魔術はあるんだよ!!」
と若干イライラした調子で告げた。

「あァーはいはい。
ンな事言うなら証拠見せろ、証拠ォ。」

そう言われて、彼女の言葉が止まる。

代わりに上条が説明した。

先程、自分が『霊装』とかいう魔術の物品に
『右手』で触れ、それを壊したこと。

それが彼女が今着ている修道服だということ。

「ふーン。オマエの右手で壊れた、ねェ。
じゃあ、確かに異能の力ではあンのか。」

「あぁ。
だから、まぁ魔術はともかくとしてさ追われてるのは信じるべきだろ。」

一応、彼は納得したらしく

「はァ……。まァそォだなァ。
ン?オマエ、そォいや補習はどォした。」
と話題を切り替えた。

すると、上条は慌てて時間を確認する。

「うわ、やべぇ!!
……えーと。お前は、どうする?
ここに隠れてるなら合い鍵渡すけど。」

上条はインデックスの方を見て、尋ねた。

「……いや、いいよ。
君だって部屋を爆撃されるのは嫌でしょ?」

彼女はさらりと、とんでもないことを言った。

二人は、思わず絶句してしまった。

さっさと、部屋を出て行く彼女を二人は慌てて追い掛けた。

「オイ、いいのかァ?
魔術師ってのが近くにいンのかもしれねェンだろ。
だったら、ここに当分は隠れてりゃいいだろォが。」

「……この『歩く教会』は絶対の防御力を持っているけど、
魔翌力で動いてるから、その魔翌力で私が探査されちゃうんだよ。
でも、今は壊れちゃったから敵はチャンスだって来るかもしれない。」

それを聞いて、上条は申し訳なさそうに言った。

「それは……悪かった。
でもさ、だとしたらなおさらお前を外に出せねぇよ。」

そんな彼の言葉に彼女はきょとん、としてから
にっこりと笑顔でこう、告げた。

「……じゃあ。私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」

その言葉に上条は黙り込む。

一方通行は掛ける言葉を考えようとしたが思い付かなかった。

彼女はそんな二人を安心させようと、こう言った。

「大丈夫だよ。
私にだって、仲間はいるんだよ。
教会まで逃げれば匿ってくれるよ。」

「教会って……。どこにあるんだよ。」

「ロンドンだよ?」

「オイオイ、どンだけ遠いンだよ。
いったい何処まで逃げるつもりなンだ、オマエ。」

一方通行が呆れ返る。

それに彼女は答えて

「うん?あぁ、大丈夫だよ。日本にもいくつか支部があるし、ね。」

それだけ言うと彼女はピュー、という擬音を
出しながらすたこらさっさと階段まで消えていった。

「……変な奴だったな。」

「あァ……。そォだな。」

「あれ?
あ、アイツ、フード忘れてってる。」

上条は思い出したように『左手』でそれをポケットから取り出す。

「……どうしよ?」

「まァ、しょうがねェだろ。
それより、補習はいいのかよ?」

「はっ!?し、しまった、急がねえと!!じゃな、一方通行!!」

そう叫んで、彼はダッシュで消えた。

「はァ……。もう一眠りするか。」

そう、彼は呟いて部屋へと戻る。

以上です!
あれれ~おかしいぞ~?
一巻の内容やるとか言ったのになぁ……。
どうしてこうなった…。
次からこそ、話を進めますので許して下さい。

あ、あとミサワを出すのが20巻からなので、
フラグ建てるだけで終わっちゃいそうです。
ごめんなさい。

結標も出るのがまだまだ先になりそうだし
クリスマスネタをあーくンスレにでも投下するんで許して下さい。

重ねて、すいません。
saga入れ忘れてました。

どもども、1です。
更新遅れてすみません。
モテない野郎どもでクリスマスパーリィとかしたりとかして忙しくって……。
今日の夜にでも投下します。少々お待ちを。

どうも、やって来ました。
一応、言っておくとこのSSの一方さんは夏服の下にウルトラマンです。
では、今から投下します。
今回は少なめです。

一方通行はもう一度、昼前に目を覚ました。

起きてまず、彼は洗面所で顔を洗って来ることにした。

顔を洗いながら、彼は今日の予定を考えていた。

適当にゴロゴロするか、それとも--

そこまで考えて、彼は昨日の芳川との会話を思い出す。

そうだ、研究所に行くか。

久しぶりにあのふざけた研究者達のツラを拝みに行くのもいい。

ついでに昼飯を奢らせてやろう。

そう考えた彼は、研究所へと向かった。




一方通行は電車やバスを使って、30分程で研究所に着いた。

適当に警備員に挨拶していって、中に入る。

奥にある部屋に入ってみると、いくらか知っている顔ぶれがいた。

「おや?一方通行じゃないか。久しぶりだな。」

「おぉ、本当だ。
どうした?木原さんに何か用か?」

知り合いの研究者達は彼に気付くと、近寄って来て声をかけてくる。

彼は、とりあえず質問に答えた。

「いや、そォじゃねェ。
たまたま近くを通ったから昼でも奢らせようと思ってな。」

そう言った彼に、研究者達はニヤリとして告げた。

「そりゃまた、タイミングがよかったな。
ちょうど今、試作品を芳川さんが調理してる。」

「そうだな、君に試食して貰おうじゃないか。」

そう言われ、彼はものすごく嫌な予感がした。

現在、この研究所では絶対能力進化(レベル6シフト)の研究を、
たった一人を除いてやめて、新食材の開発をしている。

完成した食材は、基本的に芳川が思い付きで調理するのだが、
このアタリハズレが大きいのだ。

上手くいくと、かなり美味しい。

しかし失敗するとかなり酷く、正体不明の病気にかかったりする。

実際、一方通行は三回中二回ハズレを引いて、
一ヶ月程学校を休むハメになった。

そんな彼の訝しげな雰囲気を感じたのか、
研究者達は安心させようとこう告げた。

「大丈夫さ。今回は木原さんを含む五人で監修してるからな。」

「そうそう。問題ないだろ、多分。」

「それを聞いて余計心配になったわ、ボケ。」

そんな感じに会話のキャッチボールっぽいモノを続けていると、
奥の大型キッチンから何かが乗っている鉄アレイを抱えた芳川と木原が出て来た。

「おりょ?なんだよ、お前来てたのか。
来るなら、事前に連絡しとけって前から言ってるだろ。」

それを聞いた研究者の一人が、

「いえいえ、木原さん。
『たまたま』近くを通ったらしいですから、
まぁしょうがないんじゃあないでしょうか。」

とニヤニヤしながら告げた。

それを聞いて、木原も

「ほー。『たまたま』、ねぇ。
『たまたま』なら仕方ねぇかぁ、うん。」

と、同じくニヤニヤしながら一方通行を見ている。

「ンなこたァ、どォでもいいだろ。
それより、ソイツが例の新作なのか?」

一方通行は話題を反らそうと、鉄アレイに乗っているモノについて聞く。

「えぇ。そうよ。
早速、皆で試食としましょうか。」

「ん、そうだな。
よしお前ら、全員呼んでこい。
あ、『あいつ』も忘れんなよー。」

芳川にそう言われ、木原は部下に命令する。




やって来た研究者達は一方通行を見ると、それぞれ話し掛けてきた。

「やぁ、元気してたのかい?」

「見ないうちにまた、大きくなったわね。」

「ほんと、ほんと。このままじゃ抜かれちまうなぁ。」

そんな彼らに、一方通行は適当に返す。

しばらくして、一人の男が入ってくる。

その男は他の研究者と違い、
大層疲れた様子でここ三日は寝てません、と言った表情をしていた。

そんな男に一方通行は気軽に話し掛ける。

「よォ、天井。
絶対能力進化(レベル6シフト)の方法は見つかったのか?」

男--天井亜雄はそう聞かれ、笑って答えた。

「あぁ……。とうとう見つけたよ。」

それを聞いて木原は、

「おいおい、ホントかよ天井。」

と、若干信じられなさそうに言った。

それを聞いた天井は自信たっぷりに返す。

「あぁ、今回は自信があるよ、木原。
『樹系図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用許可を申請したいんだが。」

「オーケー。
じゃあ、この後にでも申請しとくぞ。」

天井亜雄は、一方通行の『絶対能力進化(レベル6シフト)』の方法を
現在研究している唯一の人物だ。

他の研究者達が諦めた中、彼だけがこれをずっと研究しているのは、
とある計画で大きな失敗をしてしまい、多額の借金があるからだ。

それを返済するために、
統括理事会が多額の恩賞を用意している『絶対能力進化』に挑戦している。

「へェ……。よォやっと見つけたのか。
ずいぶン、待ったぜェ。天井くンよォ。」

「あぁ……。長くなってすまなかったな。
『実験』は演算の結果次第で始めよう。詳細はメールで追って連絡する。」

そう聞いて、一方通行は『無敵』の能力に思いを馳せた。

夜、一方通行は第七学区のとある路地裏を歩いていた。

なんだかんだでかなり遅くまで研究所で過ごしたので
完全下校時刻はとうに過ぎ、早く帰るための近道をしているのだ。

「チッ……。
早くしねェと、こいつは警備員(アンチスキル)がうるせェな……。」

この街には完全下校時刻を過ぎると、
警備員(アンチスキル)と呼ばれている
教師達による警察のようなモノが巡回し、
うろついている生徒を発見次第、補導する。

その他にも、能力者による犯罪を取り締まる、
外部からのテロ行為を防ぐなど日夜活動をしている。

「あァ、メンドくせェ……ン?あれは……上条、か?」

彼の前、路地裏の出口近くに見慣れたツンツン頭が見えた。

そのそばには見覚えのある白い修道服が見えた。

なにか、あったのだろうか--
なんだか嫌な予感がして、一方通行は声を掛けた。

「オイ、オマエどうかしたのか……」

途中で彼の言葉が止まる。

何故なら、目の前には背中から大量に血を出している、インデックスがいたからだ。

「どォした、なにがあったァ!?」

慌てて彼は上条に問う。

聞かれた上条は目の前の人物に驚く。

「あ、一方通行か……?」

「これは一体何があったンだよ!!
……いや、ンなこたァ今はどォでもいい。」

そう言って、彼はインデックスに触れる。

「あ……。何、してるんだよ。」

「俺の能力を忘れたか?」

上条の問いに答えつつ、彼は自分の能力である
『あらゆる力の向き(ベクトル)の変更』で彼女に応急処置をした。

「……それで?
一体何があったンだ。
詳しく、聞かせろよ。」

応急処置をしながら、一方通行は告げた。

上条は少し躊躇って、口をゆっくりと開いた。

彼女が、探査機能が残っているフードを取りに戻ろうとしたこと。

戻ろうとした、そこを『魔術師』にやられたらしいこと。

そうして補習から帰った自分の家の前に血まみれの彼女が倒れていたこと。

追っ手の炎を操る『魔術師』と戦い、なんとか彼女を助け出したこと。

ケガを治そうにも、IDを持たない彼女を病院に連れては行けないこと。

全てを一方通行に話した。

最後まで聞いて、彼は

「クソったれが……。
このガキが何をしたってンだよ。」

とイラついた様子でつぶやく。

まだ年端も行かない少女をこんな目に合わせた『魔術師』へ怒りが湧く。

「ホント……ふざけやがって……。」

上条も同じことを思ったらしく、イライラした様子だった。




「……ん、うぅ。」

気を失っていたインデックスの声が不意にする。

どうやら、一方通行の応急処置が効いたらしい。

それでもケガは完全に治らないし、あくまでこれ以上の失血を防ぐだけだ。

このままでは、彼女は死んでしまうだろう。

だから上条はわらにもすがる思いで、目覚めた彼女の頬を軽く叩いた。

「おい、聞こえるか?
お前の十万三千冊の中には傷を治せる『魔術』はないのかよ?」

そう、科学がダメならそれしかないのだ。

それが彼女が気を失っている間に、二人が下した結論だった。

インデックスはゆっくりと青ざめた唇を震わせながら告げた。

「……ある、けどね、君には無理だよ。
わた…しが術式を教えたところで……うぅっ……君の能力が邪魔、するから。」

それを聞いて、上条は右拳を床に叩き付ける。

「また、かよ……。
また、この右手が悪いのかよ!!」

一方通行は

「だったら、俺がやる。
オマエは右手で術式とやらに触らなけりゃイイ。」

と提案したが、
インデックスはそうじゃないと首をゆっくりふって答えた。

「……そうじゃない、の。
『魔術』っていうのは、元々、は……君達みたいな『超能力者』、みたいに
『才能ある人間』に『才能ない人間』が追い付く、ために……ゴホッ、ゴホッ……生み出したの。
だから、君達は根本的なところで『魔術』を使え……ないよ。」

二人は完全に絶望の淵へと追いやられた。

つまり、この街の学生達では彼女を助けることなど最初から出来ないのだ。

「くそっ!!くそっ!!!
どうすりゃ、どうすりゃいいんだよ!?」

上条は頭を抱えた。

一方通行は自分を責めた。

(ちくしょォが!!何が、最強だ!!何が、第一位だ!!)

自分には彼女を助けられない。

それどころか、この街にいる全能力者達でもダメだ。

知り合いの能力者達を頼ってもダメなのだ。

(……待て、よ。)

そこまで考えて、彼は自分の考えに違和感を感じた。

確かにこの街の超能力者達ではダメだろう。

ならば、それを開発する人達--教師や研究者なら?

「なぁ……『魔術』ってのは『才能ない』一般人なら誰でも使えるんだよな?」

上条も同じことを考え付いたらしい。

「えっ……。う、うん。
手順を間違えたら、死んじゃうけどわたしの力を使えば、大丈夫。」

「上条……。
オマエも同じこと考えたみてェだな。」

「あぁ……。
あの先生、もう寝てたりしねぇだろうな。」

二人は自分達のクラスの担任である、月詠小萌の顔を思い浮かべた。

一方通行のケータイで、青髪ピアスから小萌先生の住所を聞き出した
(何故知っているのかは不明。絶対、ストーキングしたと一方通行は睨んでいる)
二人は、一方通行がインデックスを治療しながら抱える形で、小萌先生の住まいへと向かう。

路地裏から歩いて十五分程で、そこに着いた。

そこは、見た目十二歳の彼女には似合わない、ボロい木造二階建てのアパートだった。

通路に洗濯機が置いてあることから、風呂場という概念はないのだろう。

一部屋ずつ、表札を確かめていく。

そうして、二階の一番奥のドアまで歩きようやく
『つくよみ こもえ』
というひらがなのドアプレートを見つけた。

二回チャイムを鳴らし、上条は思いっきりドアを蹴った。

しかし、ドアはびくともしなかった。

上条は相変わらずの不幸らしく、かなり痛そうにしていた。

「はいはいはーい。
対新聞屋さん用にドアは頑丈なのですよー。今、開けますねー。」

がちゃり、とドアが開いて緑のぶかぶかのパジャマを着た、
二人のクラスの担任である小萌先生が顔をひょこっと出した。

どうやら、立ち位置の関係で、上条の後ろにいる一方通行が抱えている、
血まみれのインデックスの姿は見えないようだ。

「あれ?
上条ちゃんに一方ちゃん。
新聞屋さんのアルバイト始めたのですか?」

「シスター抱えて勧誘する新聞屋がどこにいるってンだ?」

「ちょっと色々困ってるんで入りますよ、先生。はいごめんよー。」

二人は不機嫌そうに言いつつ、入ろうとする。

「ちょ、ちょちょちょっとー!?」

小萌先生は慌てて、立ち塞がる。

「いきなり部屋に上がられるのは困るのですよー!
いえその、部屋がビールの空き缶だらけとか灰皿の煙草が山盛りとかじゃなくてですねー!」

「先生よォ、俺が今抱えてるモノを見て同じギャグ抜かせるか試してみろよ。」

「ぎゃ、ギャグではないので……ぎゃああ!?」

「今さら気付いたのかよ!」

「だ、だだだって上条ちゃんに隠れてて見えなかったんです!」

驚いてあわわわと言っている先生を横に押して二人は中に入る。

部屋の中は、ビールの缶が畳の上にいくつも転がり、
古めかしいちゃぶ台の上の灰皿には煙草の吸殻が山盛りになっていた。

「なンつゥか……ギャグじゃなかったンだなァ。」

「こんな状況で言うのもなんですけど
煙草を吸う女の人は嫌いなんですー?」

「いや、そういう問題じゃないですから。」

そんな事を言いながら、上条は床に散らばる空き缶を蹴り飛ばす。

そうして出来た空き場所に一方通行はインデックスを仰向けに寝かせる。

布団を敷く余裕など、ない。

「き、救急車は呼ばなくて良いんですか?
で、でで電話がそこにあ、ああ、あるですよ?」

小萌先生がブルブルと、ケータイのマナーモードみたいに震えながら部屋の隅を指差す。

何故か懐かしい黒ダイヤルの電話だった。

「―出血に伴い、血液中の生命力(マナ)が少なくなっています。」

思わず、上条と一方通行、小萌先生は反射的に声がした方――インデックスの方を見た。

彼女は倒れたままったが、静かに目を開けていた。

応急処置のために一番近くにいた一方通行は驚かされた。

その目はどこまでも冷たく、人間としてありえないと思える程完璧に、『冷静』だった。

「―警告、第二章第六節。
出血による生命力の流出が一定量を超えたため、
強制的に『自動書記(ヨハネのペン)』で覚醒します。
……現状を維持すれば、ロンドンの時計塔が示す国際標準時間に換算して、
およそ十五分後に私の身体に必要最低限の生命力が足りなくなり、絶命します。
これから私の行う指示に従って、適切な処置を施していただければ幸いでございます。」

一方通行はそれを聞いて、さらに驚いた。

先程までと違い、彼女の声は凍りついていた。

「さて……。」

上条と一方通行は目を見合わすだけで会話する。

『……さっき、決めた通りにな。』

『……あァ。分かってる。』

「先生、ちょっと。
非常事態なんで手短に言いますね。こっちに。」

こいこい、と上条が呼ぶと小萌先生は無警戒でやって来た。

すまねェ、と一方通行は一応心の中でインデックスに謝って、
隠されていた傷口を一気にさらけ出した。

「ひぃっ!?」

小萌先生の体が震えたのも、無理はない。

上条も傷口を見て、ショックを受けているようだった。

一方通行は昔のことがあってか、たいしてショックは受けなかった。

しかし、憤りを感じていた。

傷口からは脂肪や筋肉、果ては骨まで見える。

(ふざけ、やがって……!!)

少しだけ、インデックスの手を掴む力が増す。

ゆっくりと、一方通行は傷口を覆い隠していた布を元に戻す。

「……先生。」

「ふぇっ!?ひゃい!?」

「今から救急車、呼んできます。
先生はその間、この子の話を聞いて、
お願いを聞いて……とにかく絶対、意識が飛ばないようにしてください。
この子、服装から分かるように宗教やってるんで、よろしくお願いします。」

気休め、とでも言えば『魔術』なんてモノを頭ごなしに否定しないだろう。

それが、二人で考え出した結論である。

実際、小萌先生は真剣な表情でこくこく頷いている。

「なぁ、インデックス。
なんか、俺にやれる事はない、のか?」

「―ありえません。
この場における最良の選択肢は、あなたがここから立ち去る事です。」

そう言われ、彼女は冷徹とも言える声色で返した。

そう言われた上条の表情は酷く、悔しそうで辛そうだった。

「……じゃ、先生。
俺、ちょっとそこの公衆電話まで走ってきます。」

「……へ?か、上条ちゃん、電話ならそこに―」

上条はその言葉を無視して出ていく。

その背中はとても小さい。

そう、一方通行には見えた。

「オイ、先生。
このままじゃ、コイツの意識が飛ンじまいそうなンだが。」

だから一方通行は彼のためにも、自分が出来る事をする。




こうしてこの夜、一方通行は『魔術』を初めて見た。




(これが『魔術』、か……。)

初めて見た『魔術』に、一方通行は驚いていた。

まず、あまりにも準備が簡単すぎた事だ。

目の前には、部屋にあった様々なモノが訳の分からない配置で置いてある。

しかし、これで『魔術』はあっさり発動した。

次に、さっきまでのケガの痕が無くなっている事だ。

これでは『科学』など要らないかもしれない。

そんなことを思わされた。

そして、なによりも驚きなのは

(全く力の向き(ベクトル)が理解出来ねェ、だと……?)

そう、あらゆる力の向き(ベクトル)を観測し、
操る彼の能力を持ってしても、インデックスの身体に働いた力は理解出来なかったのだ。

もしかしたら、自分には『魔術』を『反射』することすら出来ないのかもしれない――
そう考えて、彼は自分は本当に最強なのか?という疑念を抱いた。

「いや、そンなことはいいか。」

彼は、そうつぶやきつつ上条を呼びにいく事にした。

と言ったところで今回は終了です。
いいぜ、ステイルと戦うルートへ進もうってんなら
まずは、そのふざけたベクトルを変更する!!
……はい。ただ単に、ステイルと戦っても
一方さんが圧倒する姿しか思い浮かびませんでしたのでカット。
次は一週間以内に来ます。
あと、二回くらいで一巻が終わるといいなぁ……。
それでは、皆様よいお年を!!

神裂「七閃」反射

神裂「ぐあああ」

これしかおもいつかない

宣言通り、投下しに参りました。
それでは、どうぞ。

一夜明けて、インデックスは熱を出した。

本人いわく、
傷口は塞がったが、
治すための体力が足りないのでこうなっているらしい。

「……で?何だって下パンツなのお前。」

現在、彼女は小萌先生のパジャマを上だけ着た状態で寝ている。

おでこの上にはぬるくなったタオルがあり、それが高熱を示していた。

「……上条ちゃん。
先生は、いくら何でもあの服はひどいと思うのです。」

そりゃそォだ、と一方通行は心の中で呟いた。

インデックスの方は着慣れた修道服を取られて不機嫌そうだったが。

「……ていうか。
何で大人の小萌先生のパジャマがインデックスにぴったり会うんだ?年齢差、いくつなんだか」

なっ、と先生は絶句しかける。

そこにインデックスは追い討ちをかける。

「……みくびらないで。
私も、流石にこれは少し胸が苦しいかも」

「むむっ……ありえません!
いくら何でもその発言は舐めすぎなのです!」

「その前に苦しくなる胸なんてあったのか!?」

ジトー、とした眼で二人に睨まれて、上条は全力で土下座した。

一方通行は呆れた様子で、この場は黙っていた。

「さて、上条ちゃんに一方ちゃん。
この子はお二人の何様なのですかー?」

それを聞かれ、二人はドキッとした。

当然、来る質問だとは思っていた。

突然、どう見ても事件性のある傷を負った、外国人の少女を連れ込み、
あげくの果てには『魔術』などという、訳の分からない事をさせたのだ。

聞かない方がおかしい。

ただ、二人はどう答えるか考えていなかった。

(さァて……どォ答えたもンか……)

一方通行が考えあぐねていると、

「……俺の妹です」

と、上条が答えてしまった。

馬鹿、とだけ彼はボソッと呟いた。

「嘘です。この銀髪碧眼ちゃんはどう見ても外国人なのです」

「……義理なンだよ」

仕方なく、一方通行もその方向でごまかすことにした。

「上条ちゃんは変態さんだったのですか?」

「ジョークです!」

一方通行は軽く上条を睨む。

もうちょっとマシな嘘をつけ、と。

対する上条は口笛を吹きながら、目を反らす。

「上条ちゃん、一方ちゃん」

小萌先生は先生口調で言い直す。

「先生よォ、一つだけ聞いてもいいかァ?」

「はいー?何でしょうか?」

「事情を聞きたいのは、
これを警備員(アンチスキル)や統括理事会に伝えるため、ですか?」

二人の質問に、小萌先生はあっさり首を縦に振った。

ためらいもなく、人を売り渡す、そう自分の生徒達に言い切った。

「上条ちゃん達が一体どんな事に巻き込まれてりか知りません。
……ですが、学園都市の中でそれがあったなら、解決するのは私達教師です。
上条ちゃん達が危ない事になっていると知って、黙っている程先生は子供ではありません。」

何の能力も、力も、責任もないというのに、
月詠小萌は、ただ真っ直ぐな『正しさ』で、そう言った。

「チッ……」

一方通行は舌打ちする。
このお子様教師といい、木原数多といい、どいつもこいつも……敵わない。

こんな風に、誰かのために無償で助けてくれる人間はそう見た事などない。

だからこそ、そんな人が傷付く所など見たくない。

上条も同じ結論を下したらしい。

「先生が赤の他人なら遠慮なく巻き込んでるけど、
先生には『魔術』の借りがあるんで巻き込みたくないんです」

真っ直ぐと、そう告げた。

先生は少し、黙った。

「ふぅ。そんな風にかっこよくごまかそうたって先生は許さないのです」

「……?オイ、先生。
いきなり立ち上がってどこに行くンだよ」

「執行猶予です。
先生スーパーにご飯のお買い物に行ってくるです。
二人はそれまでに何をどう話すべきか、きっちりと整理しとくのです。……それと」

「それと?」

「先生、お買い物に夢中で忘れるかもしれません。
帰ってきたらズルしないで二人の方から話してくれなくちゃダメなんですからねー?」

そう言った小萌先生は、ステキな笑顔で去っていった。

(……気を遣わせた、のかァ?)

何となくだが、あの笑顔を見ると、
『スーパーから帰ってきた』小萌先生は『全部忘れた』事にしてしまいそうだと思う。

それでいて、後から相談しても
『どうして早く言わなかったんですか!?
先生はすっかりキレイに忘れていたのです!!』
とか言ってプンスカ怒って、嬉しそうに相談に乗るのだろう。

「……悪ぃな。
なりふり構ってられる状況じゃねぇのは分かってるけど。」

上条が、インデックスの方を振り返って言った。

「ううん。あれでいいの。
これ以上巻き込むのは悪いし……それに、もうこれ以上あの人は魔術を使っちゃダメだし」

インデックスは小さく首を振って、そう言った。

何でも、魔導書には『違う世界』の知識が載っていて、
それらは善悪の前に『この世界』には有毒であり、
それを知った『普通』の人間の脳はそれだけで破壊されるとのことだ。

「ふ、ふぅん……。
何だよ、もったいねぇ。
あのまま先生に錬金術とかやらせようとか思ってたのに。
知ってるぞー、錬金術。鉛を純金に換えられるんだよな?」

どうやら、上条はさっきの話から受けた衝撃を表に出さないようにしているらしい。

……一方通行にはバレバレだったが。

「ンな事出来るわきゃ……」

「……純金の変換(アルス=マグナ)は出来るけど、
今の素材で道具を用意すると日本円だと……うん、七兆円ぐらいかかるかも」

それを聞いて、上条はがっかりしたらしく

「………………超意味ねえ、な」

と呟いた。

インデックスも苦笑して、上条に賛同した。

「……だよね。
たかが鉛を純金に変換したって貴族を喜ばせる事しかできないもんね」

二人の会話を聞いていた一方通行は疑問を口にした。

「オイ、ちょっと待て……。
そりゃァ、一体どォいう原理なンだ?
鉛を純金に換えるってこたァ、原子を組み換えるって事なンだろ?」

「よくわかんないけど、たかが十四世紀の技術だよ?」

それを聞いて、一方通行はますます驚かされる。

そんなマネ、この街にいるたった七人の超能力者(レベル5)でも出来るかどうか分からない。

ますます一方通行は自分の強さが疑わしくなった。

「とにかく、儀式で使う聖剣や魔杖を今の素材で代用するのにも、限度ってモノが……痛っ……」

興奮して一気にまくし立てようとした彼女は、頭痛にこめかみを押さえた。

上条と一方通行は布団の中のインデックスの顔を見る。

十万三千冊もの魔導書。
たった一冊で発狂するようなものを、
一字一句正確に頭に詰め込む作業は、一体どれほどの『痛み』を彼女に与えたのか?

それでも、インデックスは一言だって苦痛を訴えない。

知りたい?――そう、彼女は言った。

自分の痛みを無視して、二人に謝るように。

静かな声は、普段明るいインデックスだからこそ、より一層『決意』を見せた。

二人からしてみれば、彼女の抱えた事情などどうでも良かった。

今更、彼女を見捨てるつもりなどさらさらないのだ。

彼女の古傷をえぐる必要はない、そう思っていたのだ。

「私の抱えている事情(モノ)、ホントに知りたい?」

もう一度、インデックスは言った。

二人は、覚悟を決めるように、答えた。

「なんていうか、それじゃこっちが神父さんみてーだな。」

「……まったくだなァ。」

インデックスはゆっくりと語り出す。

十字教の分裂。

そこから始まった、各宗教の『個性』の入手。

インデックスが在籍しているイギリス清教では、
『対魔術師』用の文化・技術が発達した事。

発達した結果、敵の魔術を調べて対抗策を練る特別な部署が出来た事。

敵を知らなければ、攻撃を防げない。
しかし、汚れた敵を理解すれば心も体も汚れる。

だから、それを一手に引き受けるその部署――必要悪の教会(ネセサリウス)が出来た事。

そして、その最たるものがインデックスの記憶している十万三千冊である事。

世界中の魔術を知れば、
それら全てを中和できる――そのために全て記憶した事。

しかし、その結果少女は狙われる事になった事。

十万三千冊を、全て使えば世界の全てをねじ曲げられる力が手に入る。
そう言った力を持つ者を魔神と呼ぶらしい事。

そんなモノのために魔術師達は彼女を追い掛け回している事。

(……ふざけ、やがって)

全て聞き終えた一方通行はまず、そう思った。

インデックスの様子から分かる。

彼女だって好き好んで十万三千冊を叩き込んだわけじゃない。

少しでも魔術の犠牲者を減らすために、生きてきたのだ。

その気持ちを逆手に取る魔術師、
そんな彼女を『汚れ』などと言う教会、
何よりも、そんな風に人間をモノ扱いする連中ばかり見たはずなのに、
他人の事ばかりを考えている目の前の少女が気に食わなかった。

一方通行は、インデックスのように研究者達(ふざけた連中)に
利用されていた、昔の自分を思い出してイライラする。

上条もムカムカきているらしく、歯ぎしりの音が聞こえる。

「……ごめんね」

その一言で、上条当麻と一方通行は本当にキレた。

上条はインデックスのおでこを軽く叩き、
一方通行は頭にポカリ、とげんこつをくれてやった。

「……ふざけんなよテメェ。
そんな大事な話を、何で話さなかった」

睨みつける二人にインデックスの動きが凍りつく。

唇が震えながら、何か言葉を出そうと必死になっている。

「だって、信じてくれると思わなかったし、怖がらせたくなかったし、その……あの」

泣き出しそうな彼女の言葉はどんどん小さくなり、最後はほぼ聞こえなかった。

それでも、きらわれたくなかったから、という言葉を二人は聞いた。

「……ふっざけてンじゃねェぞ、クソガキィ!!」

一方通行はおもいっきりブチ切れた。

「ナメてンのか、オマエ!
人を勝手に値踏みしやがって!
教会の秘密に、十万三千冊の魔導書?
確かにすげェなァ、オイ。
とンでもねェ話だし、今でも信じきれねェお話だ」

だがなァ、そう彼は一拍置いて告げる。

「……たった、それだけじゃねェか」

彼女の両目が見開かれた。

小さな唇は何かを言おうとして必死に動くが、言葉は出ない。

上条も大きく頷いて、続きを引き継ぐ。

「俺達を見くびってんじゃねえよ!
たかだか十万三千冊なんかで気味悪いとか言うと思ってんのか!?
魔術師が来たら、テメェを見捨てるとでも思ってたか!?
……ふざけんなよ。
んな程度の覚悟ならあの時、テメェを助けたりなんかしねえんだよ!!」

二人は、ただ単にインデックスの役に立ちたかったのだ。

彼女のような人間がこれ以上傷つくのを見たくない。

たったの、それだけなのだ。

だというのに、彼女の方は二人に守ってもらおうとしない。

頼りにされない――それは、悔しいし、辛い。

「……ちったぁ俺達を信用しろよ。
……辛いんなら辛いって言えよ。
人を勝手に値踏みなんかしてんじゃねーぞ」

それを聞いたインデックスは、まじまじと二人の顔を見て、突然。



ふぇ、と涙をその瞳にためた。

それからはあっという間だった。

ダムが決壊したかのように、インデックスは大泣きした。

二人は自惚れていない。

自分達の言葉に、そこまでの効力があるとは思ってない。

おそらくは上条達の言葉が引き金となり、
これまで、彼女の中に溜まっていた何かが爆発したのだ。

二人は、インデックスを安心させようと頭を優しく撫でた。

一方通行はこれまで、彼女にこんな言葉をかけてくれる人間が
いなかったことに憤りを感じた反面、彼女の『弱さ』をようやく見れて嬉しく思う。

ただまぁ、二人とも女の子の涙でいつまでも喜ぶ変態ではない。

というか、かなり気まずい。

何も知らない人がこの光景を見たら、問答無用で死刑宣告されそうだ。

「……あー、あれだ、あれ。
俺には右手があるし、魔術師なんて敵じゃねえよ」

上条が空気を和ませようと、大声で言った。

「ひっく……。で、でも夏休みの補習があるって……」

そォいえば、初めて会った時にそンな事を言っていたなァ。

そう、一方通行は記憶を揺り起こす。

「え、えーと。んなモンで人様の日常を
引っ掻き回してゴメンとか思うなって。
全然問題なし、たぶん大丈夫なんだって。」

全力で上条はごまかす。

いや、問題あンだろとツッコミたかったが、一方通行は黙った。

インデックスは涙をためたまま、黙って上条を見た。

「……じゃあ、何だって早く行かなきゃとか言ってたの?」

「……あー」

「……予定があるから、
日常があると思ったから、邪魔できないって気持ちもあったのに」

上条は借りてきたなんとやらのように、大人しくなる。

「……私がいると、居心地悪かったんだ」

涙目で言われた上条はもう一度、
日本の土下座を異国の少女に披露する。

インデックスはのろのろ身を起こすと、
上条の頭におもいっきりかぶりついた。

六百メートルほど離れた、雑居ビルの屋上で、
魔術師――ステイル=マグヌスは双眼鏡から目を離した。

「インデックスに同伴していた少年達の身元を探りました。……彼女は?」

ステイルは振り返らずに、女に答えた。

「生きてるよ。
……だが生きているとなると、
向こうにも魔術師がいることになるね。」

女は新たな敵のことより、
誰も死ななかったという点に安堵している様子だった。

「それで、神裂。
アレらは一体何なんだ?」

「それですが……あちらの白髪の少年の情報は集まりました。
この街で『最強』に格付けされている能力者だそうです。
もう一人の、あなたを倒した方の少年の情報は特に集まっていません
少なくとも魔術師や能力者といった類ではない、という事なのでしょうか」

それを聞いて、ステイルは吹き出しそうな気分になる。

「……冗談はやめてくれよ。
僕の実力は知ってるだろう?
何の力もない素人が、魔女狩りの王(イノケンティウス)を倒せる訳がない」

言われた女――神裂火織は目を細め、相槌を打つ。

「そうですね。
……むしろ問題なのは、
アレだけの戦力が
『ただのケンカっ早いダメ学生』という分類にされている事です」

この街には、五行機関と呼ばれる『組織』があり、
外部の人間はどんな立場であろうと、
必ず連絡して許可をとって、初めてこの街に入ることが出来る。

「情報の意図的な封鎖、なのかな。
おまけにあの子の傷は魔術で治したときた。
神裂、この極東には他にも魔術組織があるのかい?」

ここで彼らは
『あの少年達は五行機関とは違う組織を味方にしている』
と踏んだ。

一方通行の情報が、それを間違えた確信に導く。

『学園都市最強』ならそういったコネもある、そう考えたのだ。

そうして勘違いしたまま、魔術師達は作戦会議を始める。

「最悪、組織的な魔術戦に発展すると仮定しましょう。
ステイル、あなたのルーンは防水性において致命的な欠陥があると、聞きましたが」

「その点は大丈夫、ルーンはラミネート加工した。
……今度は建物のみならず、周囲ニキロに渡って結界を刻む。
使用枚数は十六万四千枚、時間にして六十時間ほどで準備を終えるだろう。」

魔術には、相当な準備が必要となる。

ステイルの炎は本来とても厄介な代物なので、これでも達人の速度なのだ。

「……楽しそうだよね」

不意に、ステイルは六百メートル先を見て呟いた。

「……僕たちは、いつまでアレを引き裂き続けるのかな」

神裂も、六百メートル先を眺めた。

視力の高い彼女には鮮明に見える。

何か激怒しながらツンツン頭の少年にかじりついている少女、
両手を振り回して暴れているツンツン頭の少年、
それから少し距離を置いて、呆れたようにそれを眺める白髪の少年。

……全てがよく見えた。

「複雑な気持ち、ですか?」

彼女は機械のように告げる。

「かつて、あの場所にいたあなたとしては」

対して、魔術師はなんでもなさそうに答えた。

「……いつもの事だよ」

まさしく、いつもの通りに。

「それじゃ、あくせられーた!行ってきます!」

「おォ……。気をつけろよォ、クソガキィ」

「む、いい加減に名前で呼んでほしいかも」

「まぁ、しょうがねえよ。
コイツ、こういう奴だから。」

あれから三日経って、
ようやくあちこち出歩けるようになったインデックスは、風呂を所望してきた。

ただ、小萌先生のアパートには『風呂』などという概念は存在しなかった。

管理人室のモノを借りるか、最寄の銭湯という二択である。

一方通行は管理人室のモノを借りることにした。

上条とインデックスには一人で考えたい事があると言って、銭湯に行かせた。

小萌先生は、相変わらず何も聞かずに上条達を泊めてくれた。

上条達の住居は知られていて戻る訳にもいかないので、それはありがたかった。

「ふゥ……さァてとォ。これから、どォしたもンかね……」

風呂からあがり、彼は敵の事を考えていた。

早くイギリスの教会に連れて行かなければならないが、
その道中で敵が来ない訳がない。

そうなると、インデックスを守らなくてはならない。

『魔術』は自分の能力の支配下に置けるか、わからない。

かなり、不安だ。

だから対策を練ろうと考えた。

(今ン所は、これしかねェ……のかァ?)

そして、唯一思い付いた策はあまりにもギャンブルだった。

(考えてもしかたない、か)

そう思い、彼は外に出た。

コンビニで、缶コーヒーでも買ってこようと思ったのだ。




コンビニまでの道をのんびり歩く一方通行に、突如爆音が降り注ぐ。

「……!?」

爆音の方向を見ると、巨大な炎が舞い上がっていた。

普段なら、能力者同士のケンカかと思うだろう。

しかし、今は違った。

確か、上条は四日前に炎を操る魔術師と戦ったのではないか。

「……クソったれがァ!!」

叫ぶと同時に、彼は己の能力で、炎への最短距離を進む。

直線的に進む一方通行は大通りに出た。

そこには、彼のよく知る人物がいた。

それは、『誰か』に切り刻まれている上条当麻だった。

「……おォォォォ!!」

叫びながら風を操り暴風の槍を作った彼は、
それを『誰か』に向かって放った。

しかし、『誰か』はそれをあっさりと十メートルほども横に跳んで回避した。

その人物は女だった。

その女は、二メートルはある刀を腰にさしており、危険な雰囲気を一方通行は感じた。

「あ、一方通行……?」

能力で上条に一瞬で近付いた彼はまず、ケガの様子を見た。

かなりの大ケガと言っていい。

「……黙ってろ。
こっからは俺がやる。」

そう言って一方通行は女の前に立ち塞がる。

「……オマエが魔術師、だな。」

「……神裂火織、と申します。
あなたもそこの少年のようにインデックスの回収を阻みますか?」

その問いに彼は、

「……当たり前だ、クソったれ」

と告げてから、こう、宣言した。











「悪ィが、こっから先は一方通行だ。
あのガキにもコイツにも、手は出させねェ!!」



誰かを護るため、彼はおよそ護るには使えないその能力を振るう。

といったところで、今回は終了です。
さぁ、果たして神裂は一方通行に勝てるのか!?
次回をお楽しみに。
それでは、皆様。
また一週間以内に。

一方通行は魔術師の立っている所に向かって、ロケットのように突進した。

魔術を使う前に潰してしまおう、というわけだ。

しかし、神裂はこれをあっさりと横に跳んで回避してみせた。

そのまま彼女は一方通行が立っている、
さっきまで自分がいた場所を見て、刀に手をやる。

それを見て、すぐさま彼は大きく後ろに跳び、距離をとった。

距離をとった瞬間、
一方通行が立っていた地面の辺りが、七つの斬撃で切り裂かれる。

「……私の『七閃』は、
一瞬で七回殺せる、いわゆる必殺というやつです。
回避するとは流石、といった所ですが……。
彼女を諦めてはいただけませんか?次は避けられませんよ」

パチン、と鞘に刀を納めつつ神裂は警告する。

確かに今の斬撃が避けられたのは、
大きく跳んだから、というのもあるが、
わざと当たらないように放った、というのもあった。

それぐらいは一方通行にも分かる。

実際、彼が立っていた地面の辺りは切り裂かれているが、
立っていた場所自体は、何の傷一つ付いていない。

そしてそれがただの斬撃ならば、彼も怯みはしない。

しかし、それはどう見ても『魔術』なのだ。

一瞬で七回も、斬撃を遠くへ飛ばせられる訳がない。

となると、おそらくは『魔術』だろう。

『魔術』は、一方通行の支配下に置けるか分からない。

もし『反射』すらできなかったら、
一方通行は胴体を七つに輪切りされてしまうだろう。

(チッ……。どォする?どォすりゃイイ?)

「一方通行!大丈夫だ!!
そいつは魔術師なんかじゃない!
『反射』は効くはずだ……ぐぅっ……」

悩む彼に、満身創痍の上条が必死に痛みに耐えながら、声を張る。

それを聞いて、一方通行は混乱した。

目の前の女は確かに、自分は魔術師だと申し出たはずだ。

「……そうですね。
どうせすぐにバレてしまうでしょうし、お教えしましょう」

神裂はそう言うと、一方通行に向かって『七閃』を放つ。

一方通行は、上条の言葉を信じて『反射』を使用する。

すると、斬撃はあっさりと跳ね返された。

そうして、一方通行は『魔術(手品)』の正体(タネ)を知る。

「……鋼糸(ワイヤー)、ねェ。
『魔術』たァよくいったもンだな、オイ」

『七閃』の正体――それは七本の鋼糸を操り、
さも一瞬で七回、斬撃を放っている風に見せる、というモノだったのだ。

「少し、勘違いされているようですね。
私は自分の実力を『七閃』程度でごまかしてはいません。
これを越えた先には、『唯閃(とっておき)』もありますし、ね」

神裂は、そう言ってからもう一度、問うた。

「……もう一度お聞きしましょう。
あの子を、諦めてはくれませんか?」

一方通行の答えは、とっくに決まっている。

インデックスの力になる――そう、三日前に決めたのだ。

「ハッ、決まってンだよ、そンなこたァ。
……何度言われよォがな、お断りだっつゥの」

神裂はそれを聞き、残念そうに告げる。

「……そう、ですか。
では、仕方ありませんね。
……本気でいきましょう――salvare000!」

そう言ったとたん、世界は切り替わった。

そんな風に、一方通行は感じた。

それと同時に、胸に奇妙な圧迫が襲う。

なんだか分からないこの感触を振り払おうと、
彼は、彼女に向かってもう一度、全力で突進していった。

神裂は冷静にそれを避けてみせると同時に、彼に向かって『七閃』を放つ。

今度は避けずに、彼は神裂にもう一度突っ込んでいく。

七本の鋼糸は彼に触れると同時に、跳ね返される。

神裂は、また避けて『七閃』を放つ。

もちろん、鋼糸は一本も彼を切り裂かない。

「なンだよ、なンだ、なンですかァ?
さっきから、避けては鋼糸ぶっ放してるだけじゃねェか!
とっとと、お得意の『魔術』でも見せてみろってンだよォ!!」

一方通行は鋼糸を跳ね返しながら叫ぶ。

今度は突進と同時に風を操り、
神裂の周りに拳大の石つぶてを含んだ竜巻を作り上げる。

石つぶては、『七閃』でえぐれた地面から調達した。

神裂は、彼の突進と竜巻を避けつつ、
彼に向かって、さらに『七閃』を放つ。

先程から、この繰り返しである。

そして三度目になって、神裂は

「……準備は整いましたし、
そろそろご要望通り、『魔術』をお見せしましょう」

そう、つぶやく。

それを聞いた一方通行は嫌な予感がして、
大きく十メートルほど後ろに跳んだ。

しかし、その回避行動はまったくの無駄だった。

一方通行がさっきまで立っていた場所を中心にした半径二十メートルに、
爆音と同時に、火柱が上がる。

そして火柱が消えると、そこにいたのは膝をついて倒れた一方通行だった。

「がっ……は、ぐゥ……」

一方通行は、全身にくる焼け付くような鋭い痛みに呻く。

『反射』は中途半端にしか適用されず、
全身の火傷は避けられたが、ダメージは通った。

「あ、一方通行!!」

上条の悲痛な叫びは、彼の耳には入らない。

神裂は、

「……あなたの能力については調査済みです。
核爆弾ですら効かないとの事ですが、
強力な『魔術』についてはどうやら別のようですね」

とだけ、告げる。

そう、神裂は何も考えずに『七閃』を放っていた訳ではない。

それを使っていたのは、地面を斬ることで、
強力な術式を地面に作るためである。

ただ、神裂はあまり『魔術』が得意ではない。

強力な術式を作ろうとしても、技術が足りない。

そこで彼女は、ステイルが刻んだルーンと己の『聖人』としての力、
そして大地を流れている地脈の力を利用し、術式を補強してみせた。

その結果、彼女が発動した『魔術』はかなり強力なモノとなった。

普通なら灰も残らず消えるそれを食らっても、一方通行は生きていた。

神裂が加減して放ったというのもあるが、
能力が中途半端に効力を出したからでもある。

しかし、もう彼は立てないだろう――
神裂はそう判断して、
どうにかして立ち上がろうとする上条を見て、告げる。

「……もう一度お聞きしましょう。
あの子を、諦めてはくれませんか?」

「冗談じゃ、ねえ……。
何度だって……うっ……言うけど、な……。
俺は、インデックスの味方であり、続けるって決め、たんだ……。
絶対にこれ、だけはねじまげられねえんだよ俺、は……絶対に、だ!!」

上条はそれだけ言うと、傷口から大出血しつつも立ち上がる。

『守りたい』、たったそれだけの意志で彼は何度でも立ち上がれる。

神裂は、そんな彼を眩しそうに目を細めながら見る。

「……そうですか、ならば仕方がありません」

神裂は残念そうに上条へと近づこうとする。

そこへ突然、

「……オイ、オマエの相手は俺だろォが」

神裂は、声のした方を振り向く。

そこにいたのは、フラフラになりながらも、
しっかりと立ち上がっている一方通行だった。

神裂は、

「……ならば、そちらから参ります」

とだけ言って、居合切りの構えをとる。

唯閃――彼女の扱うとっておきの技の構えである。

その威力は大天使をも斬る。

普通の人間なら、切っ先に触れるだけ真っ二つだ。

しかし、相手の少年は今の術を食らっても立ち上がったのだ。

おそらく、当たったところで全身の骨のいくつかを折るだけで済むだろう。

そう考えた彼女は魔力を練っていく。

そして、三十メートルほどは距離があったというのに、
彼女は一方通行の目の前に、一瞬で詰め寄る。

彼女はそのまま一気に刀を振り抜く。

その勢いはすさまじく、強烈な突風が辺りに吹いた。

一方通行は回避も出来ずに直撃した。

華奢な少年は衝撃で吹っ飛んでいく。

……そのはずだった。

「……馬鹿な」

神裂の表情が驚愕に染まる。








「オイオイ。
何驚いてンのかなァ、神裂さァァァァン?」

そこにいたのは、不敵に笑っていた学園都市最強だった。




真横に振り抜いた刀は何故か、
少年に当たった瞬間、真上に向いてしまった。

そして不覚にも敵の前で、神裂は隙を作ってしまった。

彼女は腹に衝撃を受けたと思うと同時に、おもいっきり吹き飛んでいく。

「……が!?は、あぁぁぁぁぁ!!」

あらゆる向き(ベクトル)を操れる――
それだけでただのパンチがとんでもない凶暴さを孕む。

神裂はそのまま、ビル群の一つに衝突した。

「……ふン。
今のは、あのガキの分。
お次は、上条くンの分だ」

そうつぶやきながら、一方通行はゆっくりと神裂に近づく。

神裂はその間によろよろと立ち上がる。

「な、ぜですか……?
『魔術』、は さっき確かに効いたと、いうのに……」

魔術師の質問に一方通行は説明してやるつもりなどない。

無視して彼は、逆に目の前の女に質問した。

「どォだよ、ちったァあのガキの痛みは理解できたか?」

黙り込む魔術師に一方通行はさらに続ける。

「あンなガキ一人を寄ってたかって『組織』で追い回して、
あげくの果てにゃ背中を刀でぶった斬ってよォ。
『魔神』だかなンだか知らねェがな、
そンなくだらねェ事で何であンな目に遭わなきゃいけねェンだよ。
あのガキが――インデックスが、オマエらになンかしたってのかよ?」

黙り込んでいた神裂が、しばらくして口をわずかに開く。

「…………私、だって」

「……私だって、本当は『あの子』の背中を斬るつもりはなかった。
あれは彼女の修道服『歩く教会』の結界が生きていると思ったから……
絶対傷つくはずがないと信じたから斬っただけ、だったんですよ……なのに……」

「どういう、事だよ……?」

いつのまにか、上条がゆっくりと歩いて来ていた。

「オイ、無茶してくンなよ」

心配する一方通行に、彼は大丈夫だ、と目を見る。

言葉の意味が、二人には理解できなかった。

インデックスは魔術師に追われて、
イギリス清教に逃げ込もうとしている。

にも関わらず、後を追ってきた魔術師は同じイギリス清教の人間だという。

「完全記憶能力、という言葉に聞き覚えはありますか?」

神裂は、弱々しい声で聞いてきた。

「ああ、十万三千冊の正体、だろ」

上条は、そのまま続ける。

「……全部、頭の中にあるんだってな。
言われても信じらんねーよ、一度見たモノをずっと覚える能力だなんて。
だって、アイツ馬鹿だろ。とてもじゃねーけどさ、そんな天才には見えねえよ」

神裂は、さらに尋ねる。

「……あなた方には、彼女がどんな風に見えますか?」

「ただの、女の子だ」

「……右に同じく、だ」

「……それでも。
……アイツは、人間なんだよ。
道具なんかじゃねえんだ、そんな呼び名が……許されるはずねえだろっ!!」

上条は血まみれの唇を噛み締め、叫ぶ。

神裂は頷いて、

「そう、ですね。
……その一方で、現在の彼女の状態は凡人(私達)とほぼ変わりません」

と、言った。

「……?」

「彼女の脳の八十五%は、
十万三千冊に埋め尽くされているんですよ。
……残る十五%をかろうじて動かしている状態でさえ、
凡人(私達)とはあまり変わりませんが、ね」

上条はそんな事はどうでもいいと言わんばかりに、質問をぶつける。

「……だから何だよ。
アンタ達は何やってんだよ?
必要悪の教会(ネセサリウス)ってのは、
インデックスの所属なんだろ。
何でそれがインデックスを追い回しるんだよ?
どうして、アンタ達はインデックスに魔術結社の悪い魔術師だなんて呼ばれてるんだ」

上条は一つ間を置いて、

「……それとも何か。
インデックスの方が俺を騙してたってのか」

それは、上条にとって残酷な答えだったし、信じたくなかった。

「……彼女は、ウソをついてはいませんよ」

神裂は一瞬、躊躇ってから答えた。

「何も、覚えていないんです」

そうして、神裂は語り出す。

インデックスの脳の八十五%が十万三千冊のために使われているせいで、
残り十五%しか『記憶』に使えず、すぐさま脳がパンクしてしまうこと。

それを避けるために、毎年『記憶』を消さなければならないこと。

そして、その限界(リミット)まで後、三日しかないこと。

「……分かっていただけましたか?」

全て語り終えた、神裂火織は言う。

その瞳に涙などなかった。

そんな安っぽいモノでは表せないといった感じに。

「私達に、彼女を傷つける意思はありません。
むしろ、私達でなければ彼女を救えない。……だから、引き渡して下さい」

「……事情は分かった。
でもな、はいそうですかだなんて、言えるかよ……。
俺はインデックスの……アイツの味方であり続けるって決めたんだ!」

それを聞いて神裂は呆れたように尋ねる。

「……では、あなたには彼女が救えるとでも?
……笑わせるな!!
あなたに、あなたに何が出来るっていうんですか!?」

「……何が出来る、ねェ。
ハッ、少なくとも俺達はオマエらよりかはアイツを助けられそォだがな」

そう言ったのは、さっきまでずっと黙っていた一方通行だ。

「黙って聞いてりゃなンですかァ、この喜劇は?
全然、笑えねェよ。なァ、神裂さァァァァァン?」

彼女は、それを聞いて

「……どういう、事ですか」

とだけ、聞いた。

上条も、一方通行が何を言っているのか分からない、といった顔をしている。

「オイオイ、上条くゥゥゥン?
オマエ、マジで分かんねェのかよォ」

そう言った一方通行は間を置いて、魔術師に告げる。










「人間の脳が、十万三千冊を覚えたぐれェでパンクする訳ねェだろォが」







>>177
豆知識だが、ねーちんは結界とかは苦手だが魔法自体が苦手なわけじゃない。
攻撃魔術なら聖人級とガチで打ち合う為の身体制御術式使いながらプロの魔術師を一撃で灰に出来る魔術を連射できる。
だからこれくらい余裕で出来るから何の問題もない。

それだけ。揚げ足取るようで悪いな。

>>1は腹パンには必ず反応するな

>>187いや、別にそういう訳じゃないのよな。
>>184なん……だと……?
と思って、原作読んでたらマジだった。ありがとう。
これからは、全部読みながら書きますわ。

そして早朝くるとか抜かしてごめんなさい。
今後はこういうのないように気をつけるんで。
とりあえず今日の22:00ごろに来ます。

「……………………え?」

「まったくよォ、八十五%の辺りから怪しいもンなァ。
いや、『魔術師』ってのは科学(こっち)に関しちゃド素人だから分かンねェのか」

「……一体どういう事なんだよ」

全く意味が分からない神裂と上条を差し置いて、
一人で納得している一方通行に上条は説明を求める。

「はァ……。そンなンじゃオマエ、記録術(開発)は落第だな。
オーケーだ。この一方通行が、オマエらに特別授業をしてやる。
……イイか、『完全記憶能力』つってもな、別にあのガキしか持ってないわけじゃねェ。
世界にゃ、何人か同じ能力を持ってるヤツだっているはずだ。
……さて、そこで問題です。
脳を十五%も使って一年しか記憶できないなら、そいつらの脳は果たして何年保つでしょう?」

上条と神裂は、ここまで言われてようやくおかしな事に気付いた。

「……六年か七年しか、保たないことになるじゃねえか……」

そう、よくよく考えてみればそうなのだ。

『完全記憶能力』は確かに珍しいモノなのだろう。

だからといって、世界にインデックスただ一人だけが所持しているわけではない。

世界には何人か、彼女と同じ人がいるはずだ。

そして、他の人々は『魔術』だなんてモノで記憶を消したりする訳がない。

それでも、脳を十五%も使って一年しか記憶できないなら、上条が言った通りになるだろう。

そんな不治の病じみた体質なら、普通はもっと有名になっているはずである。

「『完全記憶能力』を持ってるヤツらはなァ、
確かにどンなゴミ記憶――去年見たチラシの中身とかな――を忘れられねェ。
だがなァ、別にそれで脳がパンクしたりなンざしねェンだよ。
そいつらは百年の記憶を墓に持ってくだけだ。
……知ってか?人間の脳ってなァよォ、元々百四十年分の記憶が出来るンだぜェ?」

それを聞いた神裂は、動揺を隠し切れない様子でいた。

「し、しかし……。
仮にすごい勢いで記憶をしたら?
それなら、脳も勢いでパンクしてしまうのでは?」

「いいですかァ、神裂さン?
そもそも人間の『記憶』はな、一つだけじゃねェンだ。
言葉や知識を司る『意味記憶』に、
思い出を司る『エピソード記憶』……って具合に色々あンだよ。
そンでもって、それらはそれぞれ容れ物が違ェンだ。
……十万三千冊の魔導書を覚えて『意味記憶』を増やしても、
思い出を司る『エピソード記憶』が圧迫されるなンて事は絶対にありえねェンだよ」

そう言われ、神裂はおもいっきり金づちで頭を打たれたようなショックを受けたようだ。

杖代わりにしていた刀をするりと手放して、彼女は膝をついた。

「どう、して……?」

ボソリ、と彼女は小さく呟く。

「……簡単な話だ。教会の連中はインデックスを恐れてるんだろ?
だったら、あいつに何かしらの『首輪』を掛けて反逆を防ごうとするに決まってる」

ようやく、全てが分かった上条の声は怒りに震えていた。

「……そォいうこった。
オマエなら、あのガキを救える」

『幻想殺し(イマジンブレイカー)』――あらゆる異能の力を打ち消す、
その右手を上条はじっと見つめていた。

インデックスを縛り付けているモノが『魔術』なら上条にはそれを破壊できる。

たった一人で辛い目にあってきた女の子を――闇から引っ張り上げられるのだ。

「……急いで、インデックスの所に行かねえとな」

上条はそう言ってから、神裂を見る。

「……アンタも来てくれ。
俺は今すぐに、アイツを助け出したい。
だけど、俺達には『魔術』の知識なんてないからどうすりゃいいのか分からないんだ。
……アンタだって、ずっとこんな展開を待ち望んでたんだろ?
インデックスの――アイツの敵に回らなくても済むような……
そんな、映画や作り話みてえなハッピーエンドってヤツを、ずっとずっと待ってたんだろ?
……まだ物語はプロローグなんだよ。
これからなんだよ、アイツもアンタも。だから、頼む。アイツを助けるのを、手伝ってくれよ」

神裂は、ゆっくりと立ち上がる。

その目にはもう、迷いなどなかった。

「……ありがとう、上条当麻、一方通行。
あの子を――インデックスをお願いします」

二人はただ、力強く頷いた。






「……クソッ。
あの女狐め……。
あの子にどれほどの苦しみを味あわせれば気が済むんだ……」

炎を操る魔術師、ステイル=マグヌスは『真実』を聞いて、そう悪態をつく。

あの後、もう一人の仲間に事情を説明したいと言って、
神裂は大通りで二人と別れた。

そうして、ステイルと合流した次第だ。

「……あなたはどうしますか、ステイル。
確かに、私達には科学(向こう)のことはわかりません。
しかし、あの最大主教(アーク=ビショップ)の性格はよく分かります。
だから、私はあの子を――インデックスを助けられる方に賭けてみる事にします」

ステイルは、少し黙り込む。

そうして、これまでの事を考えた後、
ゆっくりと口を開いてただ一言、

「……あの子を助けよう、神裂」

とだけ言った。

その頃、上条と一方通行は、インデックスに電話を掛けていた。

彼女にはもしもの時のためにと、
一方通行が買い与えておいたケータイがある。

使い方を一度見せただけで覚えたらしく、
数回コール音がした後に出てきた。

「インデックスか!?俺だけど、今どこにいる?」

『……その声はとうま?
えっと、こもえの家に今ついた所だよ?
それより、とうまこそどこにいるの!!
あくせられーたもいないし……」

彼女の無事を知り、二人は安堵した。

神裂が言うには、一方通行が見た炎はインデックスを狙ったのではなく、
彼をおびき寄せるために使われたとのことだった。

しかし、もしまだ外にいて、辺りを巡回している警備員(アンチスキル)にでも、
声を掛けられたら、IDを持たないインデックスの不法侵入がバレるかも知れないのだ。

そうなってしまうと、彼女を助けるどころではなくなるだろう。

「……いいか、インデックス。
今から一方通行と帰るから、絶対そこから動くなよ」

『え?う、うん』

いつもと違う雰囲気を感じたのか、彼女は素直に返事した。

それを聞いて、上条は電話をきる。

「……じゃ、行くか」

「……おォ」

二人は、囚われのお姫様を救う勇者のように歩き出す。






そんな訳で、二人はインデックスと合流した。

上条のケガを見た瞬間、彼女の表情は青ざめていた。

「と、とうま!!
そのケガ、なんで……」

「いや、大丈夫だ。
一方通行が止血してくれたし。
……それより、インデックス。
お前に大事な話があるんだけど、少し聞いてくれないか?」

インデックスは慌てた様子で、

「そ、そんなの後かも!!こ、こも「……インデックス」

彼女の言葉を、彼は諭すような声で遮る。

「俺は大丈夫だって、言ったろ?
だから、話を聞いてくれ――お願いだから」

そんな上条の真剣な目を見て、インデックスは思わず一方通行の方を見る。

彼もまた、上条のように真剣な目で彼女を見ていた。

「……確かに、俺には魔術を操れねェ。
一番簡単な『反射』ですらな。……何でかわかるか?」

「何でって……。
既存の物理現象と『魔術』だと法則が違うから、とか?」

上条がそう答えると、一方通行は目を丸くした。

「……オマエ、普段からそれぐらい冴えてろよ」

「お前、馬鹿にしてんのか」

一方通行は無視して続ける。

「まァ、今のでだいたいあってる。
三日前、俺はあのガキの治療に立ち会ってる。
その時、あのチビ教師が『魔術』を使ったンだがな……。
俺はそいつの向きが操れるか、
試してみたンだが、結果はダメだった。
演算式を組み立てても、計算に誤差が出ちまうンだよ。
あの時の神裂が使ったのもそォだ。
……『決定的な何か』がズレてンだ。
おかげで、一定まで『反射』の計算ができても、誤差が広がって中途半端にしか出来なかった」

「……それじゃあ、一体どうやったんだ?」

上条の当然の疑問に、一方通行は答える。

「……神裂の攻撃を喰らったときにふと、気付いたンだよ。
俺は自分の中に今、理解できねェものを入力したンだってな。
『反射』は中途半端にしか、働かなかった。
……てこたァだ、その『決定的な何か』にも向き自体はあったンだよ」

改めて考えれば、その通りなのだ。

三日前にインデックスに発動した回復術も、
今日喰らった神裂の攻撃魔術も、
全て、一方通行にまっすぐと情報が伝わっていたのだ。

そうした違和感を、虚数のように
『実際には存在しない、机上の計算を解き明かすためだけの数字』に
置き換えて、数値を逆算し、それを生み出すための法則を浮き彫りにしたのだ。

まさに自分で付けた、その能力の名の通りの事をしただけである。

「……そォして俺は、そいつの向きを逆算して、
『理解できねェ物理法則』を調べあげた。
『限りなく本物に近い推論』だが、そいつは正しかったらしい」

上条はそれを聞いて、

「……そっか。
やっぱ、お前はスゲーよ」

と言った。


そう、彼女はずっとずっと、『異端』な世界でこの一年を過ごしたのだ。

そんな中で、ただ『普通』に自分に接してきて
何の見返りも求めずに守ってくれた優しい少年の存在は、
彼女にとって大きな『救い』だったのだ。

「まったく……。
そもそも、オマエがいなけりゃ、
結局あのガキは助けられねェだろォが。
分かったら、焼肉パーティーの事でも考えてろ」

そう言われ、上条は

「……ありがとな、一方通行。
やっぱり、お前ホントいい奴だな」

と言って、笑った。

「……そりゃ、どォもォ」

一方通行は仏頂面で答えて、星空を見上げた。





「……やぁ。
ようやく君の出番だよ、上条当麻」

しばらくして、ステイルがこちらにやってきた。

どうやら、術式が見つかったらしい。

「ん。分かった、すぐ行く」

「よォやくか、長かったなァ、オイ」

「そうだな。
そんじゃ、まぁ……」



と言ったところで、今回は終了でございます。

次回で、一巻を終わらせます。
はたして、上条たちはインデックスを救うことができるのか!?
……次回をお楽しみに。
それでは、皆様。三日後にお会いしましょう。

「……それで?『首輪』ってのは、どこにあるんだ?」

現在、上条は高さ十メートルの屋根付きベンチで眠っている、
インデックスの前に立っていた。

何でも、眠っているほうが探査しやすいから、とのことらしい。

辺りには、探査に使われたルーンのカードが散らばっている。

「あぁ、今説明しよう。
何、そんな難しい場所にあるわけじゃないさ。
まずその子の口を開けて、喉の辺りを見てくれ。
……見たな?そこのいかにもって雰囲気の、それがお目当ての『術式』さ」

上条は発見したらしく、こっちに手を振る。

一方通行と神裂、ステイルの三人は少し二人から距離を置いている。

一応、何かあったらすぐにでも駆け付けられるようにはしているが。

「……うん、よし。
じゃあ、早速ぶっ壊すぞー!!」

「……いちいち大声で叫ぶンじゃねェよ、馬鹿」

「まったくの所だね。
……早いとこあの子を助けろ、ド素人!!」

「……お前ら、あとでぶっ飛ばす」

そんな会話をしながら、上条は右手を口に突っ込む。

神裂とステイルはごくり、と唾を飲み込んでいる。

一方通行も、少しだけ緊張した。

バキン、という『右手』が何かを壊した音がした。

三人は一気に息を吐いて、安堵した。

しかし次の瞬間――――








「…………ぐっ!?」

上条の右手が勢いよく後ろへと吹き飛ぶ。

元々、神裂に切り裂かれていた傷口が、さらに酷くなっていた。

後方で見ていた三人は、さらに驚くべきモノを見た。

眠っていたはずのインデックスの両目が静かに開く。

その眼の中には鮮血のように鮮やかな、真っ赤な魔法陣の輝きがあった。

「!?いけません、上条とう……」

神裂が叫んだが、もう遅かった。

インデックスの両目が輝くと同時に、何かが爆発した。

上条の体はこちらに向かって、凄まじい勢いで吹き飛ばされる。

「……くっ!!」

ありえないスピードで飛んで来た彼を、神裂が何とか受け止めようとする。

砂を後ろに引きずりながらも、彼女はどうにか受け止めた。


「――警告、第三章第二節。
Index-Librorum-Prohibitorum――禁書目録(インデックス)の『首輪』、
第一から第三まで全結界の貫通を確認。
再生準備……失敗。『首輪』の自己再生は不可能。
現状、十万三千冊の『書庫』の保護のために、侵入者の迎撃を優先します」

一方通行達は、目の前を見る。

そこには、不気味な動きでゆっくりと立ち上がるインデックスがいた。

その瞳には、人間らしい光を宿しておらず、ぬくもりもない。

一方通行には、見覚えがある眼だった。

三日前、小萌先生に『魔術』を使わせた時の、
見つめられるだけで凍てついてしまいそうな眼だ。

「……そういや、一つだけ聞いてなかったな」

上条はボロボロの右手を握り締めながら、呟いた。

「『超能力者』でもないのに、魔力とかいうのがお前にない理由」

その答えが、これだ。

教会も馬鹿ではない。

二重三重のセキュリティを作っておいたのだ。

おそらくは『首輪』が外された時のために、
彼女の魔力全てを使い、十万三千冊の魔導書を操る
まさに『最強』の自動迎撃システムを作りだしたのだろう。


「――『書庫』内の十万三千冊により、
防壁に傷をつけた魔術の術式を逆算……失敗。
該当する魔術は発見できず。
術式の構成を暴き、対侵入者用の特定魔術『ローカルウェポン』を組み上げます」

インデックスはかすかに首を曲げて、

「――侵入者に対して最も有効な魔術の組み込みに成功しました。
これより特定魔術『聖(セント)ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」

そう言った瞬間、彼女の両目にあった二つの魔法陣が一気に拡大した。

それらは彼女の顔の前に、重なるように配置してある。

左右一つずつの眼球に固定されているようで、
彼女が首を動かすと空中の魔法陣も同じように後を追う。

インデックスが、人の頭では理解不能な『何か』を歌った瞬間、
魔法陣二つがいきなり輝いて、爆発した。

二つの魔法陣の接点を中心に、
空気に真っ黒な亀裂が四方八方、
インデックスの周りを走り抜けていく。

それ自体が何人たりとも彼女に近づけさせはしない、一つの防壁のように。

そうして、亀裂が内側から膨らむ。

わずかに開いた隙間からは、獣のような匂いが漂う。


そうして、『何か』が近づいてきている。

魔術師二人は声も出ないらしい。

呆然と『それ』を見ていた。

そんな中で、上条と一方通行は一歩、前へと踏み出す。

「……ふン。なンつゥかよ、ホントRPGでもやってる気分だな」

「ははは。……まったく、そうだな」

そう言いながらまた一歩踏み出す。

「今の内に帰ってもいいンだぜェ、上条くゥゥゥン?」

「ハッ。そういうそっちこそ、ビビってんじゃねえのか?」

さらに一歩、踏み出す。

「……上等だ、三下。
後で吠え面かくなよ?」

「そっちこそ、な」

「……まァ、いい。そンじゃ――行くか!!」

「あぁ!!」

二人は一気に駆け出す。

ただ、あの少女ともう一度笑いたい――そのためだけに。


二人が彼女との距離を四メートルまで縮めたその時、
亀裂が一気に広がり、『開いた』。

そんな巨大な亀裂の奥から、『何か』が覗き込む。

次の瞬間、亀裂の奥から光の柱が二人に襲いかかる。

一方通行よりも少し先に行っていた上条は、それに向かって右手を迷わず突き出す。

じゅう、と鉄板などで肉を焼くような激突音が一方通行に届いてくる。

しかし、光の柱はまったく消えようとしない。

(どォなってやがる!?確かに右手に触れてンじゃねェか!!)

上条は重圧に吹き飛ばされそうになり、じりじりと後退している。

どうやらインデックスは、十万三千冊全てを利用した魔術を放っているようだ。

一冊一冊が『必殺』の意味を持つ、全てを使っているなら納得もいく。

「――『聖ジョージの聖域』は侵入者に対して効果が見られません。
他の術式へ切り替え、
引き続き『首輪』保護のため侵入者の破壊を継続します」

インデックスの冷徹な声が響いてくる。


そこへ、

「それは『竜王の吐息(ドラゴン・ブレス)』――
伝説にある聖ジョージのドラゴンの一撃と同義です!
いかな力があるとはいえ、人の身でまともに取り合わないでください!」

神裂とステイルが駆け寄ってくる。

一方通行はそれを聞いて、

「あァ、そォかよ。
ならこォするまでだ」

言うと同時に地面を踏み抜き、その衝撃のベクトルを操る。

それはそのまま、インデックスが立っている地面へと進み、彼女の足元を隆起させる。

それによって、彼女の体は後ろに吹き飛ぶ形で倒れ込む。

インデックスの『眼球』と連動していた魔法陣が動き、光の柱が大きく狙いを外す。

巨大な剣を振り回すかのごとく、屋根と公園の後ろにあった廃ビルが二つに切り裂かれた。

夜空に漂う漆黒の雲までもが引き裂かれる。

……もしかしたら、大気圏外の人工衛星まで破壊したかもしれない。

破壊された屋根からは、光の柱と同じく純白の光の羽がゆっくりと舞い散る。


『光の柱』の束縛から逃れた上条は、
一気に走ってインデックスに近づこうとする。

しかし、それより先にインデックスが首を巡らせた。

このままでは、また捕まってしまう!!

「――Fortis931!!
……魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

ステイルが叫ぶと同時に、身構える上条の前に、
炎の巨人が出て来て彼の盾となった。

ぶつかり合う光と炎を迂回して、
上条は全速力でインデックスの元へと走り寄る。

「――警告、第六章第十三節。新たな敵兵を確認。
戦闘思考を変更、戦場の検索を開始……完了。
現状、最も難度の高い敵兵『上条当麻』の破壊を最優先します」

『光の柱』ごとインデックスは首を振り回す。

同時に魔女狩りの王も上条の盾になるように動く。

光と炎は互いに喰いつぶし合いながら、延々とぶつかり合う。

上条は、一直線にインデックスを帰る場所へと『迎え』に行く。

あと四、三、二、一メートル!!

「ダメです――――上条とう……」

もう少しで魔法陣に触れられるというところで、神裂の叫びが響く。

何十枚もの光り輝く羽が、彼の頭上へ降りかかろうとしている。


「ナースコールがあったからやってきたけど……あー、これはひどいね?」

先に部屋に入ったカエル医者がそんな事を言った。

一方通行が部屋に入ると、
ベッドから上半身だけずり落ちている、ツンツン頭の少年の姿があった。

少年は頭のてっぺんを両手で押さえて泣いていた。

死ぬ、これはホントに死ぬ、とか独り言をしているのがまた、リアルだ。

一方通行はドアを閉めると、椅子に座る。

そして、ゆっくりと口を開く。

「…………オマエ、本当によかったのかよ?」

「……えっと、何がだ?」

逆に少年は質問する。

質問に質問で返すなよ、とか思ったが、今そんな事はどうでもいい。

彼はもう一度ゆっくり口を開いて、聞き直す。









「オマエ、本当は何にも覚えてねェンだろ?」







「…………は」

そう聞いて、一方通行はポカン、としてから

「は、はははは!!ひっ、あはははは!!」

おもいきり笑った。

「む。何だよ、人が真面目に答えたのに」

透明な少年は、少しむっとしたらしい。

「ハッ、そりゃ悪かったな」

そう言って、彼は立ち上がり、部屋の出口まで歩き出す。

「……じゃあなァ、また明日来てやる。
そン時にオマエの周りの事、出来る限りは教えてやるよ。
……あとよォ、あのガキの方は俺が当分は面倒を見といてやる」

現在、『首輪』がとれたインデックスは、
当分は様子見として彼らに預けられる事になっている。

……最も、一方通行はインデックスの事は少年の方に任せるつもりだが。


「ありがとな。
…………えーっと」

「一方通行(アクセラレータ)だ、一方通行」

「うん。ありがとな、一方通行。
お前って、ホントいい奴なんだな」

そう言われ、一方通行は少し笑う。

……昨日もそンな事言われたなァ、と思う。

何となく彼は、『上条当麻』の最期の言葉を思い出した。





「た の ん だ ぞ 」

それが彼の残した最期の言葉だった。

彼は『親友』の顔を思い浮かべる。

そして、

「……あばよ、『親友』」

そう、彼は少年に聞こえないようにつぶやき、部屋を出ていく。

「……さァて、とォ。
昼になっちまったし、あのガキを捜すとしますかねェ」

『親友』との約束を果たすために、彼は新たな決意を胸に歩き出す。


「お客さん、着きましたよー」

タクシーに乗ること、二十数分。

目的の学生寮に、上条達はたどり着く。

「ン。オイ、オマエら。とっとと出ろ」

一方通行は先に二人を外に出して、
運転手に礼を言いながら代金を払って、タクシーを降りた。

「……相変わらず、ボロいな」

上条は、さも『記憶があるように』寮を見て、一言呟いた。

現在、上条当麻は『記憶喪失』である。

とある事件により、脳細胞が物理的に『破壊』されてしまったのだ。

『記憶喪失』と言っても、失ったのは『思い出』だけで、
ケータイの使い方などの『知識』は残っているが。

まぁ、とにかく彼には『記憶』がない。

なので寮を見ても、普通ならリアクションの取りようがない。

しかし、彼には『記憶喪失』を隠す理由があった。

それは、彼の隣の少女――インデックスにある。


上条は、先ほども言ったとある事件で、インデックスを助けて『記憶』を失ってしまった。

そして彼は、病院で一方通行から事情を聞いて、
彼女には『真実』を知らせたくない――と言った。

何故かなんて、彼には分からない。

ただ、彼女が悲しむと自分も悲しい――そう、感じたからだ。

そしてそれを聞いた一方通行は、上条の『優しい嘘』に付き合うと決めた。

「……ハッ、そりゃそォだろ。
オラ、とっとと行くぞ、オマエら」

一方通行は、さりげなく上条より先に進み、彼を案内する。





三人はボロボロのエレベーターで、上条の部屋のある七階までたどり着く。

「……さてと。久しぶりの我が家は、と」

上条は初めての『自分の家』に、若干ドキドキした様子で入った。







「ふぅ……。大体こんなもんか?」

「ン……。まァ、そォだな」

「……ちょっと、暑いかも」

二、三時間ほど経って、上条達はとりあえず第七学区を回りきっていた。

公園や上条達が通っている高校など、
様々な場所を一方通行はインデックスと上条に案内した。

途中、インデックスはクレープやらアイスの屋台を見つけては、ねだってきた。

上条は『記憶喪失』がバレないように
細心の注意を払いながら、一方通行に生活に必要な場所を教えてもらった。

「ま、今日はこンなもンでいいだろ。特に、回るところも……「ねぇ、あれは何?」……あン?」

一方通行の言葉を遮って、インデックスは何かを指差した。

その先にあったのは、ゲーセンだった。


「ねぇ、これどうやるの!教えてほしいかも!!」

そう言ったインデックスは、落ち着きがなかった。

「あのなァ、ちったァ落ち着けよ。
オラ、今小銭を…………って、あン?」

一方通行は小銭を出そうとして、ちょうどなかった事に気付いた。

「上条、ちょっとコイツと待ってろ。両替してくる」

「あぁ、分かった。ここで待ってるからなー」

上条に、インデックスを少し任せて、一方通行は両替しに行く。





「……全く、なァに期待してンだろォな、俺は」

両替しながら、一方通行は呟いた。

彼は、このゲーセンに『とある少年達』と来たことがあった。

それは、『記憶』を失う前の『上条当麻』とその友達である。


「ン……。そろそろ、帰るとするかァ」

しばらくして、一方通行は立ち上がって告げた。

もうそろそろ、完全下校時刻だった。

「あぁ、そうするか。
……インデックス!帰るぞー!!」

上条は、夕日に見惚れているインデックスに声を掛ける。

「うん。……ありがとう、とうま、あくせられーた!!今日は、すっごく楽しかったかも!!」

そう言って、インデックスは満面の笑みを浮かべる。

「……そォかい。そいつは何よりだなァ」

三人は、ゆっくりと階段へと歩き出す。

しかし階段まで後一歩というところで、一方通行は歩みを止めた。

二人は、不思議そうに一緒に止まる。

「どうかしたのか?」

上条がそう聞くと、彼は、

「オマエら、今日は焼肉パーティーだ。
……今から一番降りるのが遅かったヤツは、買い出しの荷物持ちと肉焼き係だァ!」

と、叫ぶと同時に走り出す。


八月八日――――

第七学区にある、『窓のないビル』で一人の魔術師が立っていた。

魔術師――ステイル=マグヌスは、緊張感に包まれていた。

現在、彼は生と死の瀬戸際に立っているからだ。

彼の目の前には、巨大なビーカーがある。

その中には、緑色の手術着を着た人間が逆さに浮いていた。

それは銀色の髪をしていて、
男にも女にも、大人にも子供にも、聖人にも囚人にも見えた。

なのでステイルには、『人間』としか表現できない。

「ここに呼び出した理由はすでに分かっていると思うが……」

学園都市統括理事長――アレイスターは逆さに浮かんだまま、語り出す。

「……まずい事になった」

「……吸血殺し(ディープブラッド)、ですね」

普段は敬語を使わないが、ここでは違う。

何故ならば、もしアレイスターに誤解だろうと『敵意』を感じられたら、
その瞬間にステイルは八つ裂きにされてしまうであろうからだ。


「ふむ。能力者だけなら問題はない。
ただ、今回は違う。
――この事件に本来立ち入るはずがない魔術師(きみたち)が関わってしまっている」

ステイルはあくまで、その一点のみを考える。

吸血殺し。

出典は学園都市ではなく英国図書館の記録からだ。

いるかどうかも分からない『とある生き物』を殺すための能力らしい。

とにもかくにも、その能力を所持する少女が、魔術師に監禁されている。

今回の事件を簡単に言えば、そんな感じになる。

「そうなると、そちらの増援を迎えるのも難しいでしょうね」

ステイルは、そう呟く。

学園都市の『科学サイド』と、
ステイルのような魔術師による『魔術サイド』には、
それぞれが束ねる『世界』がある。

そして、お互いに干渉しないようにする協定のようなモノがあって、
『科学サイド』が『魔術サイド』の人間を倒してしまうと、大問題となる。

また、それぞれの統合部隊を作ろうとしても
その協定に反してしまい、不可能となる。

「なるほど。それで例外たる私を呼んだという訳ですか」


そう、『科学サイド』が『魔術師』を倒すのが問題ならば、
『魔術サイド』の人間に任せればいいのだ。

そのために、ステイルは呼ばれた。

「まぁ、そうなる。
……安心したまえ。だからと言って、君一人に任せるつもりもない。
――幻想殺し(イマジンブレイカー)と一方通行(アクセラレータ)を貸そう」

ステイルは少し、硬直した。

それらは、確か二週間程前に、自分の大切な人を助け出してくれた少年達の名前だった。

「しかし、魔術師を倒すのに超能力者を使うのはまずいのでは?」

「それは問題ない。
そもそも、君とアレらは会った事があるだろう。
その時、そちらには特に価値ある情報は流れなかった。
逆もまた、しかりだ。なので、今回も魔術師(きみ)と行動しても問題ないだろう」

タヌキめ……とステイルは敵意に似た感情を、初めて抱いた。

価値ある情報は流れなかったとアレイスターは言ったが、
それならあの十万三千冊を保持する少女はどうなんだ、と言いたくなった。

そんな疑念を彼は、なんとか顔に出さなかった。

あの少女にだけは少しの波風も立てたくなかったからだ。

「納得したのならば、細かな『戦場』の状況を説明しよう」

そう言って、アレイスターは説明を始めた――。


「……うぅ。そうだな。
お前の言うこと、聞いときゃよかった」

彼は少し反省したそぶりを見せる。

店に行く前に

「そンなことしなくてもいいだろ」

と、いった感じの事を言われたのだが、上条はどうにも引き下がれなかった。

何としてでも、本棚(こころ)の中はマンガのみ(ゆめみがち)、
なんて最悪のレッテルだけは剥がしたかったのだ。

ちょっと異常だ。

だが彼には、そんな事を気にしなければならない、大きな事情がある。

……上条当麻は『記憶喪失』なのだ。

まぁだからって、常識がない訳ではない。

ただ、この十数年間の『思い出』がないのだ。

とある事件の末にこうなったらしいが、そんな事はもういい。

とにかく、彼は『記憶』を失う前の『上条当麻』がどんな人物なのか知りたい。

一方通行のおかげで少しは理解したが、
それでも、本棚を見れば人の性格が分かる、なんて与太話に縋るくらいには、だ。


少女と少年達は、二週間程前に出会った。

もっとも、少女は知らないが、片方の少年はその事を忘れている。

今は、覚えている『演技』をしているだけだ。

おそらく、彼は複雑な気分だろう――一方通行には何となく分かった。

自分の知らない『上条当麻』を演じ続けなければ、少女の笑顔と胸の内の温かさを守れない。

しかし、その笑顔はあくまでも『記憶を失う前の上条当麻』に向けられたモノだ。

それは、とても辛い事だ。

それでも、上条は少女を悲しませたくなかった。

だから、何も言わずにただ『演技』をしている。

さて、そんな上条の事情も知らず(知られても困るが)、
インデックスは頭一個低い位置から、むすっとした様子で上条の顔を見上げている。


さて、しばらくして。

上条達は安っぽいファーストフード店に来ていた。

シェイクと冷房の効いた店内で、インデックスを妥協させようと、上条は考えたのだ。

しかし、午後の店内はかなりの満員状態だった。

むっすー、と黙り込むインデックスの両手には、
計三つのシェイクが載ったトレイがある。

そンなにアイス食いたかったのかよ、とツッコんでやろうかと一方通行は考えたが、止めた。

彼女は今、かなりご立腹らしかったからだ。

下手に何か言うと、上条にまた襲い掛かりそうだ。

「……とうま。
私はぜがひでも座って一休みしたい」

インデックスが感情を思わせない、無機質な声で呟くと
上条は、はいーっ!と返事して、ダッシュで床掃除をしている店員さんの元へ行く。


皆様、どうも1です。
まず、深夜とか抜かしたくせに早朝にきた事をここに深くお詫び申し上げます。
どうしてかと言えば、今の今まで友達と飲んだ後そのまま眠ってました。
ようするに1が悪いですね。大変失礼しました。
投下ですが、今日の20:00ごろより今日と昨日の分を合わせて投下します。
二日酔いで頭が痛いので、ちょっと今はご勘弁を。
それでは皆様、長文で失礼。

「じゃあなー!また今度なー!!」

「おォ……。じゃあなァ」

「またね、あおがみぴあす!」

「警備員(アンチスキル)に補導されたりすんなよー!」

ばいばーい、と小学生みたいにぶんぶん手を振って、
青髪ピアスは夕暮れの街へと消えていった。

あの後、四人は気を取り直してあちこちで遊び回った。

そのまま気が付けば完全下校時刻になったので、四人は解散したわけである。

青髪ピアスは上条達と違い、パン屋さんに下宿している。

ちなみに、何でそンな事してンだ?と以前一方通行が聞いたら、
その店の制服がメイド服に似ているから、と言っていた。

……友達として、ちょっと将来が不安だ。

さて、そんな訳で三人は現在寮に向かって、
大きなデパートが並んだ駅前の大通りを歩いている。


「はぁ……」

道中、なぜか上条がため息をついていた。

おそらくは、インデックスの事だろう。

なにせ、彼らは『男子寮』に『こっそり』と『同棲』している。

一方通行は、上条が病院から戻って来てからニ、三日ほどは、
その事でよく相談という名の愚痴を聞いていた。

何でも、インデックスは夜になると当然のごとく上条の横で眠っているらしい。

おまけに寝相が悪いらしく、
寝返りを打つたびにへそやら足やらが見え隠れして、
健全な男子高校生である上条は、間違いを犯さないためにも、
浴室にカギをかけて立て篭もるしかない、との事だった。

そのおかげで最近は寝不足が酷いらしい。

上条の眼には、少しばかり隈があった。

「とうま、どうかした?」

にっこり無邪気にそんな事を言われ、

「何でもないよ。
……ほら、ちゃんと前を見ろよ」

上条は何でもなさそうな笑顔で、インデックスに答える。


「あ」

しばらくして、インデックスが突然立ち止まる。

「?どォかしたのか?」

上条と一方通行は、インデックスの視線の先を追ってみる。

その先には、風力発電に使われるプロペラの根元で、
段ボールに入った一匹の子猫がみーみーと鳴いているのが見えた。

「とうま、ネ――――」

「ダメ」

インデックスが最後まで言う前に、上条が力強く告げた。

「……とうま、私はまだ何も言ってないよ?」

「飼うのはダーメーだ」

「何で何でどうしてスフィンクスを飼っちゃダメなの!?」

「ウチの寮はなァ、クソガキ。
ペット飼うのは禁止になってンだよ」

「そうだぞ。ていうかウチにはもうお金はないし、
そもそももう名前付けてんじゃねーよ!
しかも何だスフィンクスって!?
バリバリ日本産の三毛猫に付ける名前じゃねえだろうが!!」

二人の説明を聞いてもまだ納得できないのか、インデックスはむくれた。


「Why don't you keep a cat! Do as you are told!」

「???
……はっ!ええい、英語でまくし立てれば何でも言う事聞くと思うなよ!」

「やーだーっ!飼う飼う飼う飼うったらかーうーっ!!!!」

「そんな風に得体の知れないスタンド攻撃みたいに、叫んでもダメったらダメ!」

と、口論している二人を呆れた様子で一方通行は見ていた。

やがて、彼は一つの事に気がついた。

「オイ、オマエら。
野良猫が路地裏に逃げちまったぞ」

そう、二人の喧騒に肝心の野良猫が怖がって逃げてしまっていたのだ。

「とうまのせいだよっ!」

「俺かよ!!」

なんだかんだ言って、上条は『記憶喪失』のハンデを取り戻しつつある。

そう、一方通行は思う。

そして、それ自体は嬉しい事だと思う。

ただ、何か寂しいものも一方通行は感じていた。

どれだけハンデを取り戻そうと、
一方通行が見ていた『親友』は、もうそこには存在しないのだから。

それでも、一方通行は上条の演技を手伝うのを止めるつもりはないが。


三人が気を取り直してしばらく歩いていると不意に、

「ふん、ジャパニーズ三味線ってネコの皮を剥いで張り付けるんでしょ!
どうしてこの国はネコに対してそんなにもひどい事ばっかりするのかな!!」

というインデックスの声が、一方通行の耳に届く。

どうやら先程の子猫の一件を、まだ引きずっているらしい。

「オイオイ、オマエの国だってキツネ追い掛けまわして遊ンでンだろォが」

「なっ……キ、キツネ狩りは英国の伝統と誇りの――――ッ!!」

一方通行の反論にさらに反論しかけたインデックスは、
何かに気付いたようにピタリと動きを止めた。

「何だよ、インデックス。
ネコか、さっきのネコが戻ってきたのか!?」

上条はあちこちをキョロキョロ見回す。

「いや、全然そンな感じしねェが……」

一方通行も見回すが、どこにもそんな影はない。

「……何だろう?ねえ、二人とも。
近くで魔力が束ねられているみたい」

インデックスはポツリと呟いた。

「属性は土、色彩は緑。
この式は……地を媒介に魔力を通し、意識の介入によって……」

黙って、インデックスの言葉を二人は聞く。

上条は、何を言っているのかさっぱり分からない、といった表情でいる。

一方通行は眉をひそめながら、話を聞いている。

「……ルーン?」

そう一言呟いたインデックスは、ビルとビルの隙間にある路地裏へ駆け出した。


「ちょ、おいインデックス!?」

「誰かが『魔法陣』を仕掛けてるっぽい。
調べてくるからとうま達は先に帰ってて!!」

あっという間にインデックスは路地裏へと消えていく。

「あ、行っちまった……」

呆然とした様子で上条は呟く。

「オイ、とっとと追うぞ」

「ん。そうだな」

帰ってろ、などと言われてむざむざ帰る二人ではない。

そもそも、こんな路地裏を一人で歩かせるのは危険だ。

二人がインデックスを追って路地裏に入ろうとしたところで、

「久しぶりだね、上条当麻に一方通行」

背後から声がした。

一方通行はすぐさま振り返る。

そこにいたのは、

「……ステイル、か?」

二週間ほど前に出会った、炎を操る『魔術師』――ステイル=マグヌスだった。


「他に誰に見えるんだい?
僕はそっちに興味があるね」

そう言って、ステイルは不思議そうに上条を見る。

「ん?どうした、上条当麻。そんな間抜けな面して」

そう言われた上条は、

「別に。何でもねーよ。
ていうか、お前こんなところで何してんだ?
神裂と一緒にインデックスに会いにでも来たのか?」

と、まるでステイルの事を覚えているように返す。

一方通行は上条に、『魔術師』についても一通りは教えてある。

なので顔は知らなくても、一方通行の一言を聞いて上手く対応した。

ステイルはそれを聞いて少し黙ると、

「……いや?そういう訳じゃないさ。
君達にちょっとした内緒話をしに、ね」

言いながら、ステイルは懐から大きな茶封筒を取り出す。

(内緒話だァ……?)

一方通行は目の前の少年――といっていいか分からない大男を訝む。

こんな大通りで『内緒話』など出来るのだろうか。

そう考えてから思い出す。

ルーンを刻んだ範囲にのみ効く、人を追い出せる魔術。

確か――――

「『人払い』ってやつか」

そう言われたステイルは、

「まぁ、そういう事さ。
あぁ、インデックスなら問題ないよ。
ルーンによる魔力の流れを調べに行ったんだろうから」

と言った。


「内緒話って……何の話だよ?」

さっきまで黙っていた上条が尋ねる。

ようやく状況を把握しきったらしい。

「うん?あぁ、そうそう」

行け(Ehwaz)、とステイルが呟いて封筒を人差し指で弾くと、
封筒はくるくる回転しながら、上条の手元へと納まる。

封筒の口には、奇妙な文字が刻んである。

「受け取るんだ(Gebo)」

そうステイルが言った途端、その文字が光り、封が真横に裂けた。

「君達は『三沢塾』って進学予備校の名前は知ってるかな?」

ステイルは歌うように言った。

どうやら、封筒の中の書類一枚一枚にルーンが刻んであるようで、
魔法の絨毯やら一反木綿みたいに必要な書類だけが、二人の前でふわふわ飛んでいる。

「みさわ……?」

上条は、『知識』としても覚えがないらしく、首を傾げている。

「確か……この国でシェア一位を誇る予備校だったかァ?」

一方通行は、名前だけならば知っていた。

「この街にもあったはずだが……それがどォかしたのか?」

そう聞いてみると、ステイルはつまらなさそうに答えた。









「ああ、それね。
……そこ、女の子が監禁されてるから。
どうにかその子を助け出すのが僕の役目なんだ」

と、言った。







一方通行は、思わぬ言葉に驚く。

冗談とかではない事ぐらいは分かる。

というか、目の前の魔術師が冗談を言う姿が想像できない。

上条は上条で、ギョッとした様子でステイルを見ていた。

「ふん。資料を見てもらえば分かるとは思うけどね」

そう言って、ステイルは人差し指を立てる。

上条の持つ封筒から次々とコピー用紙が飛び出し、
上条と一方通行の周りを取り囲む。

――それらは『三沢塾』についての調査結果をまとめたものだった。

それには、見取り図や出入りする人間のチェックリストなどに記載されている、
様々な箇所の矛盾点などが指摘されている。

「今の『三沢塾』は科学崇拝を軸にした新興宗教と化しているんだそうだ」

ステイルはやっぱりつまらなそうに言った。

「って、あれか?
神様の正体はUFOに乗ってきた宇宙人とか、
聖人のDNAを使ってクローンを作ろうとかっていう……?」

上条は眉を寄せて、尋ねる。


科学と宗教は相いれない、という考えは少々短絡的だ。

十字教徒には、西洋圏の医者や科学者だってたくさんいる。

ただ、科学宗教には最先端の科学技術があって、
毒ガスやら爆弾やらを生成して、とんでもない事件を起こす時もある。

なので最先端の科学技術を持ち、
『学習、教育』の場でもある学園都市は、
そう言った科学宗教を特に警戒している。

「教えについては不明だけどね。
それに正直、『三沢塾』がどんなカルト宗教に変質しようが知った事じゃないし、ね」

「何だ、そりゃ?」

ステイルは吐き捨てるように告げる。

「端的に言うとね。
『三沢塾』は乗っ取られたのさ。
科学かぶれのインチキ宗教が、
正真正銘、本物の魔術師――いや、チューリッヒ学派の錬金術師にね」

「何だそれ?」

「うん?まぁ、理解はしなくてもいい。
大事なのは、そいつが『三沢塾』を乗っ取った理由さ。
一つは簡単。
元々ある『三沢塾』って要塞(システム)を、
そのまま再利用したかったんだろうね。
生徒(信者)のほとんどは校長(教祖)の首がすげ替わってる事にも気付いてないはずさ」

そこまで言って、ステイルは一拍置いてこう告げた。

「ただ、そいつのそもそもの目的は、
『三沢塾』に捕らえられていた吸血殺し(ディープブラッド)なんだ」


吸血殺し、という言葉は一方通行には聞き覚えがなかった。

上条を見れば、首を振っていた。

彼にも覚えがないようだった。

「何でも、そいつが吸血殺しを狙っていたところを、
先に『三沢塾』がそれに辿り着いたらしくてね。
吸血殺しを誰にも気付かれずに
学園都市から奪い取るつもりだったヤツは、
おかげで計画変更を余儀なくさせられたって訳なのさ」

「つまり、『三沢塾』から強引に奪い返したって事なのか……?」

先に奪われた吸血殺しを奪い返したはいいが、
学園都市の警備システムに取り囲まれた状況で、
仕方なく『三沢塾』に立て篭もった、という事なのだろう。

「そうだね。錬金術師にしてみれば、
吸血殺し(あれ)の獲得は悲願だろうからね。
……いや、それを言うなら全ての魔術師……いや人類全ての、かもしれないけど」


「???」

「ンだそりゃ?」

二人が何の事か分からない、といった顔をするとステイルは、

「あれは『ある生き物』を殺すための能力なのさ。
いや、それだけじゃない。
実在するかですら分からない『ある生き物』を生け捕りできる唯一のチャンスでもある」

二人はまだ、分からない。

「それはね、僕達の間じゃカインの末裔なんて隠語が使われているけれど」

ステイルは小さく小さく笑い、まさに内緒話をするようにこう言った。

「簡単に言えば、吸血鬼の事だよ」





「オマエ、本気で言ってンのか?」

それを聞いて、ようやく出てきた言葉はそれだった。

吸血鬼、だなんて一方通行にはとても信じられなかった。

「……冗談で言ってられる内は、幸せだったんだけどね」

ステイルは何かに怯えるように、二人から目を反らした。


「ふん。吸血鬼を殺すための吸血殺しが存在する以上、
『殺されるべき吸血鬼』がいなければ話にならない。
こればっかりは絶対だ。……僕だって、ありえる事なら否定したいところだよ」

「……何だよそれ?
そんな絵本みてーな吸血鬼が、ホントにいるってのか?」

上条はそれを否定したいらしい。

一方通行もそうしたい。

しかし否定するには、目の前の魔術師の放つ空気はあまりにも深刻だった。

「それを見た者はいない――――それを見た者は死ぬからだ」

ステイルは自信満々に告げた。

「……」

「……」

「……もちろん僕だって鵜呑みにしている訳じゃないけどね。
誰も見た事はない、なのに吸血殺しの存在がそれを証明してしまった。
それが問題なんだ。
相手がどれだけ強いのか、どこに、どれほどいるのか。
――何一つ分からない。だから、分からないモノには手の出しようがない」

歌うように、ステイルは語る。


「しかしながら、分からないモノには同時に未知の可能性があるのさ」

ステイルは皮肉げに笑った。

「……君達は『セフィロトの樹』という言葉には……覚えがあるはずないね」

「んな事言われたって傷はつかねーけどな」

「結構。『セフィロトの樹』っていうのは神様、天使、人間などの
『魂の位(レベル)』を記した身分階級表さ。
簡単に言えば、人間はこの領域までは踏み込める。
でもここから先には踏み込むことが出来ない、という注意書きみたいなモノさ」

「……で?結局は何が言いたいンだよ?」

「ふむ。ま、要するにだね。
人間には、どれだけ努力しても辿り着けない高みがある、という事さ。
それでも上に昇りたいのと思うのが魔術師なんだ。なら、どうすれば良いか」

そこまで言って、ステイルはさらに笑う。


二人は、何も言えなかった。

「吸血鬼ってのは不死身だからね。
心臓を取り出しても、生き続ける。
……差し詰め、生きる魔道具って感じかな?」

ステイルは吐き捨てるように言った。

「事の真偽は関係ない。
そこに可能性が少しでもあれば、
それを試すのが学者という生き物なんだ」

ステイルが言いたい事は、こういう事である。

吸血鬼がいるかどうか、などはどうでもいい。

それを信じた人間がいて、
事件を起こしてしまった以上、誰かがそれを解決しなければならない事。

……ただ、それだけの事である。

「じゃあ、結局吸血鬼は『いるかどうか分からない』ままなのか?」

あるかどうかも分からない財宝を巡って戦う話は
映画(ハリウッド)なんかでよく見るが、
実際に目の当たりにすると何だかバカバカしい。

「元々『あるかどうか分からないモノ(オカルト)』を扱うのが僕達の仕事だからね。
……『三沢塾』も錬金術師も本気みたいだよ?
吸血鬼と交渉(ゲーム)するための切り札(カード)として吸血殺しを必要としているのさ」


「……」

「……」

「それと、吸血殺しの過去を知ってるかい?
その子は元々京都の山村に住んでいたらしいけど、ある日全滅したそうだ。
通報を聞いて駆け付けた人間が見たものは無人の村と、
立ち尽くす一人の少女と――村を覆い尽くすほどに吹きすさぶ白い灰だけだった、って話さ」

吸血鬼は死ぬと灰になる、という伝承が一方通行の脳裏をよぎる。

「確かに吸血鬼なんてそう信じられるモノじゃないさ。
でもね、吸血殺しとは『吸血鬼を殺す力』だ。
だったら、まずは吸血殺しは吸血鬼と出会わなくてはならない。
ぜがひでも吸血鬼に遭遇したいと思う者なら、
それを押さえておくに越した事はないんじゃないかな。
……もっとも、『吸血鬼を殺すほどの絶大な力』の持ち主をどう御するかって話だけどね」

一方通行は、これ以上ステイルの話を聞かない事にした。

自分の信じていた科学(世界)が崩壊しそうな気がしたのだ。


「で、さっきからさンざン『内緒話』してるけどォ、オマエ結局何が言いたいンだよ?」

話を打ち切るために、手っ取り早く質問した。

「うん?ああ、そうだね。お互い時間はない、さっさと済まそう」

ステイルは二回頷いて、語り出す。

「――とまぁ端的に言うと、
僕はこれから『三沢塾』に特攻をかけて吸血殺しを連れ出さないとまずい状況にある」

「ああ」

「おォ」

二人は簡単に頷く。

しかし、ステイルはそれを見てこう告げた。

「簡単に頷かないで欲しいね。
君達だって一緒に来るんだから」

………………………………。

「……オイ、オマエ今何て言った。聞こえなかったみてェなンだが」

「あ、俺もだ。ダメだな、最近耳が遠いみたいで」

「ふむ。そう言うならもう一度、ゆっくりと、言おうか。
……君達は 僕に ついてきて 吸血殺しを 助けるのを 手伝うんだ」

「ふざけんな!!何で俺達がそんな事に「言っておくけど」

それを聞いて、上条は怒って何か言おうとしたが、
ステイルがそれを遮る。


「拒否権は君達にはないと思うよ。
従わなければ君達のそばにいる禁書目録(インデックス)は回収する、という方向らしいから」

ステイルが感情のない声で、そう言った。

その言葉に二人は黙り込む。

「必要悪の教会(ネセサリウス)が君達に下した役は、
あの子の裏切りを防ぐための『足枷』なんだよ?
君達が教会の意に従わないならその効果は期待できない」

ため息をつきながら、ステイルは続ける。

「また、あの子に『首輪』を付けたいのならどうぞ御自由に、というところだね」

つまるところ、それは脅迫だった。

「……テメェ。本気で言ってやがんのか、それ?」

上条はイラついた声で聞いた。

今の彼には記憶がない。

インデックスだって、『記憶を失う前』の彼と一方通行の事であって、
『記憶』のない少年には関係がない事だ。

それでも、彼は彼女を守りたい――そう、願っている。

そんな彼を、一方通行は嬉しく思う。


「……ふん」

ステイルは、一瞬役目を取られた役者のような顔をして目を逸らした。

当然だ、と思う。

しかし、すぐさま無表情になったステイルは何でもなさそうに告げる。

「殺し合いなら、これが終わってからにしよう。
……言い忘れたが、吸血殺しの本名は姫神秋沙という。
写真はその中にあるから確かめておくといい。
……他の資料もよく読んでおけよ?一度目を通したら燃えるようにしたから」

封筒の中から一枚の写真が出てくる。

それにもルーンが刻んであるらしく、
空中を舞って上条達の前で停止した。

二人は写真を見ようとして、凍り付く。





「………………え?」

上条はそう呟く。

一方通行は、言葉も出なかった。

生徒手帳か何かに使う証明写真を拡大したそれには、
昼間の巫女さんが写っていた。


一方通行は昼間の出来事とステイルの言葉を照らし合わす。

間違いなく、姫神秋沙はあの巫女さんだ。

(だとしても、どォして……)

一方通行はその理由を考えてみる。

ステイルいわく、姫神は『三沢塾』に監禁されているらしい。

だとしたら、あんなファーストフード店でのんびりしているはずが――――

――帰りの電車賃。四百円。

逃げ出した、のだろうか。

それなら、彼女の所持金の少なさも理解できる。

とりあえず着の身着のままで逃げ出して、
電車やバスなどの交通機関を乗り継げば、金も減る。

しかし、ならば何故あんな店にいた?

そこまで考えて、一方通行は思い出した。

彼女は確か『やけぐい』と言っていなかったか?

もう全財産が尽きて、逃げられなかったという事なら?

せめて最後に『思い出』を作ろうとしていたのなら?


あと百円を貸して欲しい――そう、彼女は言った。

それはつまり、あと百円さえあれば
『三沢塾(地獄)』から逃げ切る自信があったのではないか?

そのたった一つの少女の願いを、断ち切ったのは一体どこの誰だ?

「……クソったれがァ……!!」

一方通行はイラついた。

あの時、姫神は『先生』に取り囲まれても抵抗するそぶりを見せなかった。

抵抗したかったはずだったろう。

必死に逃げ出して、簡単に連れ戻されるのを良しとする訳がない。

仮に一人で逃げ出すのが無理なら、他の人に助けを求めるはずだ。

では何故そうしなかったのか。

その理由が分かって心底イラついた。

彼女は、一方通行達を事件に巻き込みたくなかったのだ。

その事に、『三沢塾』や錬金術師の事よりも怒りを抱いた。

間違えている。

上条でも、一方通行でも、青髪ピアスでも構わない。

とにかく、誰かが彼女に百円さえ払えば姫神は救われたのだ。

なのに、彼女は自分を絶望させた人達を助けるために、
わざわざ『三沢塾』という、地獄の底に戻っていった。

そんなの間違えている。


一方通行には、姫神がどんな扱いを受けているのかなんて、完全には分からない。

それでも、だいたいは理解できる。

おそらくは実験動物のように、
どこまでも暗い、太陽の光が見えない『実験室(場所)』で、
大きな痛みと苦しみを、味あわされているのだ。

一方通行には、何となく予想がつく。

…………昔、そうだったから。

そして、その痛みは本来一方通行達が背負うものだった。

そう、考えた一方通行は一つの決意を胸に抱く。

(待ってやがれ。オマエが嫌がろォと、絶対に助け出してやる)

姫神を助け出す。

かつて自分を地獄の底から引きずり上げてくれた、大切な人達のように。


「オイ、こンなもンでいいのか?」

「うん?……ああ、問題ないよ。ありがとう」

現在、一方通行は自分の寮にいた。

上条が、インデックスを置いていきたいと言ったからだ。

ガチャリ、と音がして、上条が出てくる。

「あれ?何してんだ?」

上条の質問に、ステイルが答える。

「僕達が出ている間に、インデックスが他の魔術師に狙われない訳ではないからね。
こうして魔女狩りの王(イノケンティウス)を置いておけば、逃げる時間は稼げるだろう」

上条がインデックスを置いてくるまでの間、
一方通行はステイルを手伝ってルーンのカードを貼っていたのだ。

「――ルーンをばら撒いた『結界』の中でしか使えず、
ルーンを潰されるとカタチを維持するのが不可能になる、か」

上条が呟く。

おそらくは『知識』から引っ張り出したのだろう。


それを聞いてステイルは不機嫌そうに、

「あれは決して僕の実力が君に劣る訳じゃないさ。
たまたま地理的な問題があっただけで、スプリンクラーのない場所なら勝てたさ」

「あーはいはい。分かった分かった」

上条の中には『知識』のみしかない。

一方通行から、ステイルと戦ったのは聞いているが、その過程までは知らない。

適当にごまかして、話を進めようとしているらしい。

「……ふん。まぁ良い。
設置も終わった事だし、三沢塾(本題)に向かうとしよう。
……まったく、世話が焼ける。あまり結界が強力すぎるとあの子が気付くんだから」

ぶつぶつ文句を垂れているステイルは、なんだかんだ言って嬉しそうだ。

それで上条は何となく気付いたらしく、余計な一言を言った。

「お前さ、インデックスが好きなの?」


一方通行が聞くとステイルは少し考え、
合点がいったといった表情で言った。

「……そうか。君達は魔術側(こちら)には疎かったな。
だがいくら何でもパラケルスという言葉ぐらいは聞き覚えがあるだろう?」

「???」

「くっ……!
知名度の上なら世界で一、二を争う錬金術師の名だ!」

さっぱり分からない、といった表情を浮かべた上条を見て、
ステイルは少しイライラした様子で言った。

「って事は何か、そいつはメチャクチャ強いのか?」

上条の質問に、ステイルは軽く答えた。

「アレ自体はたいしたことないが……。
吸血殺しを押さえるだけの『何か』を所持しているからね。
それと、考えたくはないが……。
最悪、もう『ある生き物』を飼い馴らしているかもしれない」

どうやら、アウレオルスよりもそちらが気になっているらしい。


一方通行が聞くとステイルは少し考えて、合点がいった、といった表情で言った。

「……そうか。君達は魔術側(こちら)には疎かったな。
だがいくら何でもパラケルスという言葉ぐらいは聞き覚えがあるだろう?」

「???」

「くっ……!
知名度の上なら世界で一、二を争う錬金術師の名だ!」

さっぱり分からない、といった表情を浮かべた上条を見て、
ステイルは少しイライラした様子で言った。

「って事は何か、そいつはメチャクチャ強いのか?」

上条の質問に、ステイルは軽く答えた。

「アレ自体はたいしたことないが……。
吸血殺しを押さえるだけの『何か』を所持しているからね。
それと、考えたくはないが……。
最悪、もう『ある生き物』を飼い馴らしているかもしれないね」

どうやら、アウレオルスよりもそちらが気になっているらしい。


「それに……そもそも錬金術は完成された学問ではないからね」

そう言ってステイルはさらに語る。

「錬金術の本質ってのは、何かを『作り上げる』事ではなくて、『知る』事にあるんだ」

簡単に言えば、
アインシュタインが相対性理論を調べるために、
核爆弾を作り出したようなものだろう。

「そして錬金術師は『公式』や『定理』を調べる先に、究極的な目的がある」

ステイルは、一呼吸して言った。

「――――世界の全てを、頭の中でシミュレートする事さ」

ステイルが言うには、
世界の法則を全て理解すれば、
頭の中でそれを完全にシミュレートでき、
自分の頭の中に思い描いたモノを、現実に引っ張り出せるようになるらしい。

「もっとも、一つでも『公式』が違えば、それは出来ないけどね」

一方通行はそれを聞き終え、

「……オイ、ちょっと待てよ。
世界の全てが相手なンざ勝てっこねェじゃねェか」


そう、『世界の全て』には自分自身も含まれているのだ。

どうやっても、相討ちしか結果は待っていない。

「だから、大丈夫さ。
錬金術はまだ完成していない学問なんだ」

「あン?」

「それってどういう事だよ」

上条がそう言うと、ステイルは笑った。

何でもその呪文自体はすでに完成しているが、
それを語り尽くすには人間の寿命では短すぎるらしい。

「ま、そんな訳でヤツに出来る事と言ったら、トラップを仕掛ける事ぐらいさ」

やけに自信たっぷりなステイルの様子に、二人は違和感を感じる。

「何だ、お前そのイザードって奴と知り合いなのか?」

「ま、ちょっとした顔見知りさ」

ステイルいわく、
アウレオルスはローマ正教のために、
『魔導書』を注意書きとして書く職務をしていたらしい。

それで彼はあくまで『知識』しかないため、
実戦経験はあまりなく、そう強くはないらしい。

「とは言っても、権力は強い奴だったからね。
ローマ正教内では彼の背信を罰する用意をしているよ」

「ふーン」

「ま、何でもいいけどな。
……ほら、戦場が見えたぞ」

一方通行達は足を止めた。

美しい夕日に照らされ、目的のビルは彼らを待ち構えていた。


今回は、これにて終了。
次回、三沢塾で一方通行達が見た物とは……!?
お楽しみに。

木原くン、野原係長か……。
予想通りすぎるなあ。
どうせなら、若本さんみたいな意外性のある人が来ればいいのに。

そして、皆様にご報告。
これからは毎日投下します。
どうやっても、今のペースじゃ二年ぐらい掛かりそうなんで。
それでは、長文で失礼。

ども、1です。
毎日ってのは、ほら、アレだアレ。
だいたいって事で……ダメですね、ごめんなさい。
とにかく、今から投下。

「しっかし、まぁ。
……ヘンテコなカタチしてんな、おい」

上条がビルを見上げながら呟く。

そのビルは、十二階建てで四棟もあった。

それらは漢字の『田』の字を作るように配置され、空中にある渡り廊下で繋がっている。

「……まァ、ンな事はどォでもいいだろ」

一方通行は適当に返す。

こうして見る限り、話に聞くような『科学宗教』の雰囲気は、あまり感じられない。

ごく普通の『進学予備校』と言ったところだ。

時折出入りする生徒達を見ても、やっぱりおかしなところはない。

「とりあえず、中に入ろう。
隠し部屋がところどころにあるらしい」

ステイルはのんびりとした様子だった。

見取り図は上条達が目を通した後に燃えた。

となると、全て頭の中にある事になる。

「隠し部屋?」

「ああ。
おそらくトリックアートでも使って、
中の人間には気付かせない作りになっていると思うよ。
あのビル、子供の積み木で出来ているみたいに隙間だらけだし」


(……何で誰も騒ぎ立てねェンだ?)

そう、この場にいる誰もが、『アレ』について話題ですら建ててない。

目も合わせていない。

――まるでそこには何もないかのように、だ。

「どうした?
ここには何もない。
移動した方が賢明だと思うけど」

ステイルが、そう言った。

「あ、ああ」

上条は『それ』から目を離した。

一方通行は、まだ離せなかった。

「……オイ、待てよ」

一方通行が呼び止めるとステイルは、

「うん?
何だい、あれはただの死体だよ」

と言った。





「は……?」

上条は訳が分からない、といった表情をしている。

「施術鎧による加護と天弓のレプリカ――おそらくローマ正教の十三騎士団だろう。
裏切り者の首を取りに来たみたいだけれど、その様子じゃあ全滅ってところなのかな?」


一方通行は、じっと『それ』を見る。

赤黒い血の色に、鉄の匂い。

一方通行は『実験』と称した『人殺し』をしていた昔を思い出した。

それだけで、気分が悪くなる。

分かってはいたが、死体を見るのはもう嫌だったのだ。

「くそ……ったれが!」

上条が走り出す。

どうやら、何か出来る事を探すつもりらしい。

一方通行も駆け寄る。

彼の能力は、応急処置にも使えるのだ。

近寄ると兜の隙間から、わずかな呼吸音が聞こえる。

能力を使って、状態を診てみる。

「どうだ、一方通行?」

………………。

……もう、ダメだった。

上条にそれを告げようとした瞬間、エレベーターの扉が左右に開く。

そこから、同い年ぐらいの少年少女がたくさん降りていく。

すぐ横で崩れ落ちた人間を気にも留めず、世間話をしている。


「て、めぇ――――――」

上条は、怒りのままに近くにいた生徒の一人の肩を掴む。

「何やってんだよ!
さっさと救急車を――――っ!?」

言葉は途中で遮られた。

上条の腕が、おもいっきり引っ張られたからだ。

「なっ――――」

彼は絶句した。

その生徒は、特に上条の腕を掴んでいない。

肩に置いた手が、そのまま引っ張られたのだ。

さらに言うと、相手は上条に気付いた様子ですらない。

あれだけの叫び声をあげたのに、
ロビーにいる誰もが気付いていないようだった。

「……オイ、こりゃどォいう事だ」

一方通行の質問に、

「そういう結界なんだろうね。
コインで例えるなら、
何も知らない生徒達が『表』で、
僕達みたいな外敵が『裏』ってとこかな。
そして、『表』の人達は『裏』の人間に気付かず、
『裏』の人間は『表』の人達には一切干渉できない。見てみなよ」


ステイルの指差した先には、
エレベーターから出てくる少女がいた。

見れば、鎧から溢れている赤黒い血溜まりの上をすいすいと歩いている。

少女の靴底を見ても、何の汚れもなかった。

「ふむ」

ステイルは煙草を手に取り、火を点けた。

それを、そのままエレベーターのボタンに押し付ける。

「どうにも建物自体が『コインの表』らしいね。
二人とも、僕達は自分の力でドアも開けられなくなってしまったらしい」

そう言われ、上条がおもいっきり右拳を振りかぶる。

幻想殺し(イマジンブレイカー)――あらゆる異能を打ち消すそれを、
彼は地面に勢いよく、たたき付ける。

しかし、ごん、という鈍い音が響いただけだった。

「ばっ!
みゃあ!
みぎゃああっ!?」

痛みに悶絶してのたうちまわる上条を見て、
ステイルは呆れたようにため息をついた。


「おそらくは、魔術の『核』を潰さないといけないんだろうね。
そしてだいたいこういうのは、
中の侵入者が逆転できないように外に『核』があるんだろうから、お手上げかな」

「……ちっくしょう。
じゃあどうすんだよ。
目の前にいる怪我人を、医者にも連れてけねえなんて」

「別段何もする必要ないさ
どうせ、もうそいつは死人だしね」

「馬鹿言ってんじゃ……「上条」

上条の反論を、一方通行が遮る。

「……そいつはもォダメだ。
せいぜい、持って数分ってところだ」

一方通行の言葉を聞いて、上条はショックに顔を歪ませる。

「何をそんな顔しているんだい?
本当は分かっていたんだろう?
仮に息をしていても、絶望的である事ぐらい」

瞬間、上条がステイルの胸倉を掴む。

一方通行には、止められなかった。

しかし上条が何かする前に、

「どけ。そいつには時間がない――――」

ステイルは冷静に、上条の手を振り払う。


「――――死人には身勝手な同情を押し付けられる時間もない。
死者を送るのは神父(僕)の役目なんだから、素人は黙って見てろ」

そう言ってステイルは、後わずかで命が消え入るであろう『騎士』に向かい合う。

その背からは、怒りが感じられた。

今、彼は『魔術師』ではなく『神父』としてこの場に立っていた。

ステイルは何も特別な事はしなかった。

「  」

ただ一言、何かを言った。

小さくて、一方通行にはよく聞こえなかった。

そこにどれほどの意味があったのか、
今まで何の動きもなかった『騎士』の右手がゆっくり、ゆっくりと動く。

天に浮かぶ何かを掴むように、ステイルに向かってそれを差し出す。

「  。   」

何かを、言った。

ステイルは、小さく頷いた。

『騎士』の全身から緊張が消える。

まるで、もうこの世に未練などないと言わんばかりだった。

その右手は勢いよく、落ちる。

篭手と床がぶつかり、ごん、と葬送の鐘のような音が辺りに響く。

「……」

ステイルは『神父』として、最後に十字を胸の前で切った。

イギリス清教もローマ正教も関係ない。

ただ一人の人間を送るための儀式だった。

「行くよ――」

『魔術師』ステイル=マグヌスは、言った。

「――――戦う理由が、増えたみたいだ」


「だァー。
面倒だなァ、オイ」

一方通行は一人、呟く。

現在、一方通行は上条達とは別行動を取っていた。

理由は単純。

上条もステイルも、敵に感知されやすいので、
一方通行のように敵に感知されない人間の囮になる、との事らしい。

で、別れて隠し部屋の捜索をする事になったのだが。

「どンだけあンだよ、クソったれ……」

階段を登るのが、辛い。

エレベーターを使うと生徒達に押し潰されかねない、
という理由で仕方なく階段を使う事になったのだが、正直辛い。

もともと、一方通行にはあまり体力がない。

十二階建てのビルを駆け登るのは、大変なのだ。





しばらくして、一方通行は目的の階に着いた。

現在、彼は東棟の六階にいる。

周りには生徒もおらず、少し不気味だ。

「さてと……。
隠し部屋とやらを探すとすっかァ……」

そう呟きながら、非常階段の入口から出ようとした一方通行だったが。

「……あン?」

彼は驚きの表情を浮かべる。

何故ならば――――。


>>460で言ってる実験ってのは、絶対能力進化とは別の実験ってことでイイのかな

この建物の中で一方さんの能力はどうなってるンだろ
反射ONにしている状態で誰かにぶつかっても反射は適応されないの?

ども、1です。
悪いけど、今日の分は2:00ぐらいからになりそう。
一応毎日だからいいよね?
以下、レス返し。
>>471
そうだよ。一応は『原作準拠で書く』んで、それは三巻でやる。
>>476
このSSだと出来ない事にしといて。
だってそんな事できたら、天井突き破って
「イィィィィザァァドくゥゥゥゥゥン!!」
で終わっちゃうもん。

では、長文で失礼。

強酸か何かでドロドロに溶かしたように見えたが、違う。

あれはただの液体ではない。

金色に輝くそれは――――高熱により溶解した純金だった。

鎖が巻き戻され、鏃はアウレオルスのスーツの袖へと納まる。

「自然、何を驚いている?」

アウレオルスは再び右手をかざす。

「我が役は錬金の師。
その名の由来、当然分からない訳ではあるまい?」

一方通行は言葉も出ない。

「我が『瞬間錬金(リメン=マグナ)』は、
わずかでも傷をつけた物体を即座に純金に強制変換する。
防御は無効、逃避も不可能。
そらどうした、貴様も得物でも超能力でも出せばよいだろう」

一方通行は何も答えられない。

「ふむ。
必然、『瞬間錬金』の前では愕然せざるを得んかね?」

アウレオルスがそう言うと、

「……驚くなってなァ、無理な話だなァ」

一方通行はゆっくりと口を開く。


錬金術師の動きが止まる。

「だってよォ、魔術ってのはあくまでも『実験』なンだろ?
その中でも錬金術師(オマエ)は『結果』じゃなくて、
その『原因を調べる事』を大事にするンだろ?
わざわざ、『魔術(実験)』そのものを誇ってどうすンだか。
瞬間錬金(リメン=マグナ)?
くっだらねェ、そンなもン、人間に強酸ぶちまけるのとどう違うンだ」

一方通行ががっかりしたようにため息をつく。

「……必然」

「まったくよォ、何だこのバカみてェな三下は?
こンなのが大将だったら、アイツ一人で充分じゃねェか」

「……必然、失笑!!」

叫ぶと同時に、アウレオルスはスーツの右袖から『瞬間錬金』を射出する。

十本もの黄金の矢は、見事な軌跡を描いて一方通行まで飛んでいく。

アウレオルスは少年の末路を想像し、勝利の笑みを浮かべる。


しかし――――

「…………っ!?」

アウレオルスの表情は凍り付く事になった。

何故ならば、その矢は一本も一方通行に当たらなかったからだ。

一方通行が手で何もない空間を扇いだ瞬間、それは勝手に壁に激突した。

鏃が当たった箇所は、溶けた黄金にはならなかった。

建物自体は『コインの表』なので、『コインの裏』の鏃は刺さらないのだ。

「……なンだ、なンだよ、なンですかァ?
防御も逃避もダメじゃないのかなァ、イィィィザァァァドくゥゥゥン?」

一方通行はそう言うと、引き裂いたような笑みを浮かべた。

まるで伝承などで聞く、悪魔のような笑みを。

「……くっ!?リメン「おっせェよ!!」

鏃を引き寄せ、もう一度『瞬間錬金』を放とうとしたが、
アウレオルスはその前に暴風の槍に吹き飛ばされる。

そのまま、通路の奥まで叩きつけられた。


「けど。あれは自分の目的以外に興味はない。帰るなら止めない」

姫神の冷静すぎる一言に、一方通行は眉をひそめる。

今の一言はおかしかった。

「ちょっと待て。
オマエも一緒に帰ンだろ?
だったら『本物』が俺達を見逃す訳ねェだろォが」

「何で?」

「何で、って」

「今のは。『見逃すはずがない』ではなく。
『お前も一緒に帰る』という所に対する疑問」

「あン!?」

思わず、絶句した。

姫神はこの期に及んで、まだ逃げ出すつもりがないらしい。

「勘違いしないで欲しい。
私とアウレオルスは。協力関係にある」

そう言って、姫神は語り出す。

吸血鬼という生き物について。

彼らは、自分達と何も変わらない普通の人である事。

そして、姫神の吸血殺しはそんな彼らを例外なく殺してしまう事。

姫神は、そんな残酷な能力を消すために学園都市にやってきた事。

そこで出会った、アウレオルスと協力関係を結んだ事。


~待機中~

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                  t;;;;;;;;;;;;:::| i;;;;:::::   リ;;;;r"" ,㌍ ー '',,~'''ー 、㍍㍑㍉i     r''~~ ヽ
             ,,、--ー '''' ー - ''''、;;~' -- ー',ア;r",、 '~::::::、:i~  'ー~-''ゝ,㍍Z;リ    ヽ、,,,,,ノ
            r"ー-、 ~'':::::::::::::;;;;tiヽ、、-ー' "}~''" ::::、::::::::::t、,,      )㌔'/       ,,,,
           r"'ー--' :::彡  ;;)~'-、t,,,,,,,,,,,,、-' ,,;;;;;;::::~''ー--ー'' ー---- "㌍,/      r'"  ~ヽ

「…………オマエは……誰だ?」

一方通行の口からようやく出て来たのは、そんな言葉だった。

「ふむ。
当然、アウレオルス=イザードだが?」

そう言った男からは、
三十メートルも離れているというのに、
すさまじいほどの鋭い威圧を感じた。

間違いない、本物のアウレオルス=イザードだ。

そう確信したと同時に、一方通行は危機感も得た。

この結界(世界)の中では、絶対的な力を誇る支配者。

とっさに上条と一方通行は姫神を庇うために、前へ出ようとした。

二人には、姫神を囮にして逃げるなどという考えはない。

しかし――――

「寛然。仔細ない、すぐにそちらへ向かおう」

たった一歩を踏み出す前に、
アウレオルスは二人と姫神の間を裂くように、三十メートルの距離を詰めていた。

「な…………っ!?」

目の前に突如現れたアウレオルスに、二人は絶句した。

足が速いとか、そういう話ではない。

空間移動(テレポート)でもしたかのように、その男は立っていた。


「……必然、私のどこが取り返しのつかないと語るか?」

アウレオルスは感情のない声で、尋ねてきた。

二人は足を止める。

近付けない以上、これ以上はどうにもならない。

そんな二人の表情を、アウレオルスはじっと無機質な瞳で見つめている。

標本か何かを眺めるような瞳だった。

ふと、アウレオルスは白いスーツの懐から細い鍼を一本取り出す。

消毒薬の匂いがかすかにするそれを、
アウレオルスは自分の首に当て、突き刺す。

その動作には、いつもの習慣のようなスムーズさがあった。

その一連の仕草全てが死刑宣告のように見え、
二人は思わず後ろへと飛び上がろうとした。

それを見ていたアウレオルスは鍼を横合いに捨てて、

「憮然。つまらんな、少年達よ」

と言った。

そして、二人は気付く。

どれだけ後ろに下がろうとしても、アウレオルスとの距離が変わらない事に。







辺りは夜の闇に包まれていた。

「あン?」

一方通行は座席から立ち上がり、辺りを見回す。

隣には上条がいて、同じように立っていた。

(何で座席に……?)

そう思ってから、気付く。

ここは学バスの中だ。

一方通行は路線図を見てみたが、自分の住む寮のある場所に近い停留所はない。

とりあえず一つ前の停留所の名前を見てみると、『第七学区・三沢塾前』と書いてある。

学園都市の終電バスは基本的には、夜になる前に合わせてある。

となると、進学塾が用意した私バスなのかもしれない。

「みさわじゅくって……何だ?」

上条が一方通行に聞いてきた。

「さァな……。
別に俺達は塾になンざ通ってねェし……」

そう言いつつ、一方通行は考える。

そもそも何故、こんな所で眠っていたのか?

……考えても、考えても、答えが出ない。


「なぁ、とりあえず降りないか?」

考え込んでいる一方通行に、上条が提案してきた。

「……そォだな、そうするか」

一方通行も賛成して、二人はバスから降りた。

一番近い停留所で降りたが、やはり景色にあまり見覚えがない。

特に体調は悪くないが、ここ数時間の記憶がない。

……もしかしたら、結構深刻な状況かもしれない。

「……なァ、一旦帰って病院行かねェか?」

「……あー、そうだな。そうするか」

二人はやる事を決めると、学生寮に向かって歩き出す。

この停留所を通るバスの路線は学生寮の近くを通らないのだ。

少し歩いて、一方通行は違和感を感じる。

何か大事な事を忘れている気がする。

泥棒がよく出る住宅街で鍵もかけずに家を出るような、取り返しがつかない危機感。

そんなモノを感じて、一方通行は不思議に思う。

(いや……思い出せねェンなら、そうでもない……のかァ?)

そう、考えていたその時。

突如パキリ、という小枝を踏み潰したような音が一方通行の耳に届く。


「……っ!?」

びっくりして、一方通行は音のした方――上条を見る。

そこには、一方通行に向かって『右手』を差し出す親友がいた。



「……チッ。あの野郎、訳の分かンねェ事しやがって」

一方通行は上条のおかげで、全て思い出した。

あれから何時間経ったのか。

近くにはステイルも、姫神も、アウレオルスもいない。

そして――――インデックスもいない。

アウレオルスの言葉『全て忘れろ』。

その一言で、全てを完全に忘れていた。

戦場と化した三沢塾に、
アウレオルスに奪還された姫神。

…………錬金術師の口から出た、禁書目録を手に入れた、らしき言葉。

「とにかく急ごう!」

「あァ!」

二人はもう一度、『三沢塾』へと走り出す。

この数時間で何が起きたか分からない。

一人『三沢塾』に残るステイルは無事なのか?

色々考えながら、一方通行は走る。


「オイ、オマエらは『教会』とかいう連中の仲間なのか?」

一方通行はそう言いながら、
エレベーターの前で看取られた、一人の騎士の事を思い出す。

鎧の一体は、『教会』という言葉にピクリと反応した。

「――私はローマ正教十三騎士団の一人、
『ランスロット』のビットリオ=カゼラである」

億劫そうに、それは答えた。

「ふん。戦場から偶然に帰還した民間人か。
貴様らがかの砦から出てくる所は確認している。
……まったく本当に運が良い。死にたくなければ即刻退避せよ」

そりゃどォいう事だ、と一方通行が聞こうとすると、

「我々とて無為な殺戮は望まないと言った。
グレゴリオの聖歌隊にて聖呪爆撃を行うにしても、
無駄な被害を拡大させる必要もないと判断したのである」

その言葉に、上条と一方通行は驚く。

グレゴリオの聖歌隊――ローマ正教の最終兵器であり、
『三沢塾』ではその偽典(レプリカ)が使われた。

その威力については、上条から聞いている。

偽典でも強力なのに、原典(オリジン)は一体どれほどの威力だというのか?

そんな事は言うまでもないだろう。


「くそ、ふざけんなよ……!」

上条が震えている。

あの中にはステイルがいた、姫神がいた、アウレオルスもいた。

…………そして何より、インデックスがいたかもしれなかった。

「ふざけんなよ、テメェ!!」

上条は爆撃現場に向かって駆け出す。

「上条!」

一方通行も少し遅れて駆け出した。

と、そんな二人の行く手を阻むように、砂嵐のような粉塵が襲い掛かる。

前は全く見えないが、それでも走り続ける。

目の前の現実を、否定したかったから。

そして、その願いは思わぬ形で叶った。

「?」

突如、視界を奪うビルの粉塵が引き始めた。

それらは、一斉に『三沢塾』の跡地へと流れていく。

「……なっ!?」

一方通行は驚きの声を上げた。

粉塵だけでなく、周辺に飛び散った瓦礫が宙に浮かび、崩れた壁が起き上がっていく。

そうして、崩れたビルは起き上がり、
バラバラと落ちた人々が中に吸い込まれ、
傷口も一気に塞がっていく。

気付けば、『三沢塾』の四棟のビルが何事もなかったかのように建っていた。


ビデオの巻き戻しを見ているような気分だった。

瓦礫に破壊された他の建物も蘇っていた。

(巻き戻し……まさか!)

一方通行が慌てて空を見上げた瞬間、
『三沢塾』の屋上から、先ほどの光の槍が放たれた。

行き先は言うまでもなく、それを放った術者の元だろう。

「あ、ああ」

呆然とした声に振り向けば、さっきの鎧人間が膝をついていた。

本物の『グレゴリオの聖歌隊』の威力をよく知っているからか、
深い絶望に包まれているらしい。

(……どォなってンだよ)

一方通行は空を見上げてみる。

これほどの真似は、学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)、
その頂点にいる一方通行でも出来ない。

(あれが、奴の真の実力)

一方通行は思い知る。

アウレオルス=イザードの恐ろしさを。

しかし、だからといって立ち止まる訳にもいかなかった。

……『大切な人』が中にいるかもしれないのだから。

上条と一方通行は互いに見合う。

そして、お互いに頷いた。

「……行こうぜ、親友」

「……おォ」

二人はもう一度、『戦場』へと帰還する。


そんな訳で今回はここまで!
三沢塾に再び入った一方通行達が見た物とは……!?
そして、アウレオルスの助けたい人とは……!?
次回もお楽しみに!
二巻も残すところ後二回!
それでは皆様、また明日!

「どうした?」

そう言った上条に一言も返さず、一方通行は前方を指差す。

見れば分かる、と言いたげに。

その先には――――



魔術師、ステイル=マグヌスが立っていた。



「何だい、そんなに慌てた顔して」

自分達をこんな事に巻き込んだ憎たらしいはずの男の声に、二人は安堵した。

「ふむ。
君達がここにいるという事は――ここはやはり日本なのか?
東洋人ばかりだとは思っていたけど。
……しかし何だこの奇妙な結界構造、見覚えのある魔力(匂い)だが」

ステイルは目の前の二人などお構いなしに何かブツブツ言っている。

どうにも、一方通行達よりも前の記憶が消されているらしい。

記憶を取り戻すには、上条が『右手』を使えばいい。

「おいステイル、今からお前の疑問をサックリ解決するおまじないを教えてやる」

そう言った上条の顔は、とても楽しそうだ。

クリスマスプレゼントの包装紙をビリビリと破く前の子供のような表情をしている。

「……東洋の呪いの専門は神裂だと思うけどね」

「いいから聞け。
話は簡単、目を閉じて舌を出せよ」

「???」

言われた通りにステイルはした。

そして、上条はおもいっきり右手を構えると、

「祝☆よくも人様を囮に使って逃げ延びやがったな記念ッ!」

「……は?」

直後、ステイルの顎に見事なアッパーカットが決まる。

そのままステイルは失った記憶を取り戻すと同時に、
舌を噛んで床を転げ回る事になった。







北棟の最上階にアウレオルス=イザードは佇んでいた。

そこはいわゆる『校長室』というやつなのだが、
一フロアを丸々使い、成金根性のある装飾をされているそこは、
どちらかと言えば『社長室』だった。

アウレオルスは豪奢な室内も外の景色も見ず、
ただ自分の顔を眺めていた。

(……存外、遠くまで歩んできたものだ)

『元に戻れ』の一言であっさり蘇ったビルを見て
眉一つ動かさない自分の顔を眺めながら、そんな事を考えていた。

彼には今、表情を作るだけの余裕がない。

それでも構わない、とアウレオルスは思っている。

目的を果たすためなら、どんな事だってしてみせる。

……そう、決意していたのだ。

アウレオルス=イザードは、たった一人の少女を助けたかった。

アウレオルスの後ろの、無駄に豪奢で大きな机にはある少女が眠っている。

その名は、インデックス――――禁書目録。

その、人としての最低限の名前ですら与えられなかった少女と
錬金術師が出会ったのは三年前の事だ。


怒号と共に、上条と一方通行は見えない重力の手に組み伏せられた。

侵入者共、という言葉にはステイルも含まれているらしく、同様に押さえ付けられている。

「がっ、は、ァ……!」

内臓が絞られる感覚に吐き気を催すが、押さえる。

一方通行は必死にベクトルを逆算する。

今の一方通行には、アウレオルスの魔術が支配できない。

魔術を成り立たせる、『特異な物理公式』自体は分かっている。

しかしながら、魔術というものは『公式』だけでなく、
『魔力』という個人個人で違う『要素』によって成り立っている。

それによって、計算にズレが生じてしまうのだ。

なので、一度アウレオルスの魔術を食らう必要があった。

「は、はは、あはははは!
簡単には殺さん、じっくり私を楽しませろ!
私は禁書目録には手を出さんが、貴様らで発散せねば自我を繋げられんからな!」

アウレオルスは懐から細い鍼を取り出す。

震える手でそれを突き刺す。

そしてすぐにそれを横合いに放り投げる。

開戦の合図と言わんばかりに、アウレオルスは二人を睨み付ける。


そこへ――――



「待って」

姫神秋沙が、間に割って入る。

かつて、上条達の盾になった時と同じ立ち位置。

しかし、状況はそれとは違った。

アウレオルスが固執していたのは、姫神秋沙ではなく吸血殺しだ。

『目的』のインデックスが手に入らない以上、
単なる『道具』には何の用もない――――!

「ひめ――――」

上条が何か言おうとして、止まる。

おそらく、逃げるように言いたいのだろう。

しかし、それは言えなかった。

姫神の背中は、本気で心配していた。

上条達の事もそうだが、崩壊したアウレオルスの事も、
決定的に終わってしまう前に、どうにかしなければと無言で語っていた。

上条は、その背中に、そんな残酷な真実を告げられる人間ではなかった。

「邪魔だ、女――――」

だが、それこそが失敗だった。

アウレオルスの眼は、本気だった。


広大で、どこか空虚な空間には三人の人間が立っている。

上条と一方通行は、足元の姫神を見ない。

そんな暇などなかった。

彼女が全力で、死を覚悟してまで引き止めたい人がいた。

そんな彼女の事を思うなら、すぐさま止めるべき人間が目の前にいる。

直線距離にしておよそ十メートル。

一方通行にとって、二秒もあれば充分に届く距離。

一方通行は脚力のベクトルを操って、アウレオルスへと駆け出す。

もう一方通行には、アウレオルスの魔術が恐ろしくない。

アウレオルスは一方通行の突進に驚きもせず、ただ細い鍼を首に突き刺す。

「――――奈落の底に落ちよ」

アウレオルスが言った途端、
一方通行を中心に直径一メートルほどの穴が、床に空く。

「…………っ!?」

一方通行はそのまま重力に従って落下する。

下には教室があるはずなのに、落ちた先は真っ暗な空間だった。

「お、おおおォォおお!!」

手で空を切り、風を操る。

四本の竜巻を背中に接続して、彼は文字通り飛んだ。


そうして戻ってきた一方通行の目の前では、
上条がアウレオルスの攻撃を右手で打ち消していた。

実のところ、この戦いは上条にとっては楽勝と言ってもいい。

確かに、アウレオルスは『言葉』一つでどんな攻撃も出来る。

しかし逆に言うと、その言葉をよく聞いておけば、攻撃の先読みも可能なのだ。

アウレオルスはわずかに眉をひそめる。

「なるほど。真説その右手、
触れてしまえば私の黄金錬成(アルス=マグナ)ですらも打ち消せるらしい」

それでも余裕の表情をしている錬金術師に、
一方通行はわずかな疑念を抱く。

「ならばこそ、右手で触れられぬ攻撃は打ち消せぬのだな?」

瞬間、疑念は悪寒に変わる。

「銃をこの手に。用途は射出。数は一つで十二分」

楽しげに錬金術師は口走る。

アウレオルスが右手を横へ振った瞬間、
その手には一振りの剣が握られていた。

一見すれば西洋剣(レイピア)に見えるそれは、
フリントロック銃が仕込まれた暗器銃だった。

だからどォした、と一方通行は思う。

上条が触れられない攻撃をするなら、自分が『反射』すればいい。

しかし錬金術師はそんな思惑を見透かしたように、こちらを見てニヤリと笑った。


瞬間、火薬の破裂する爆発音が部屋に響く。

次いで背後の壁に青白く輝く魔弾が着弾し、火花を散らす轟音が炸裂する。

「…………!?」

動体視力を超える速度で射出された魔弾を捉えるなど、一方通行には出来ない。

この攻撃は回避も防御も出来ない、まさに『必殺』というやつだろう。

二人は凍りついて動けなくなってしまった。

「我が偽者(ダミー)との戦いと先程の様子を見る限り、
貴様の方は一度魔術を食らわねば、
同じ人間が放つ魔術は無効化できぬようだ。
つまり、こうして別の魔術師の魔術を使えば攻撃は通るのだな?」

アウレオルスは満足げな顔で鍼を投げ捨てた。

「先の手順を量産せよ。
十の暗器銃にて連続射出の用意」

アウレオルスの両手に、十丁の銃が握られた。

アレが放たれれば、二人は戦闘不能に陥るだろう。


(逃げ、ねェと……っ!)

一方通行は避けようとして、気付いた。

このまま避ければ、後ろにいるステイルと姫神に魔弾が当たるという事に。

「馬鹿が!何を立ち止まって――――っ!」

動けなくなった二人に、ギョッとしたステイルの叫び声が届く。

同時に、

「準備は万端。十の暗器銃。同時射出を開始せよ」

アウレオルスの声がする。

一方通行は思わず駆け出した。

目の前の上条を、横に突き飛ばすために。

「…………っ!?」

上条が横に倒れ込むと同時に、
一方通行はとてつもない衝撃に体を貫かれる。

「――――がっ!?あァァあああ!!」

一方通行は後方へと吹き飛び、そのまま入口の扉に衝突した。

その衝撃自体は『反射』したおかげで、二次的な被害は避けられた。

魔弾のダメージも、中途半端な『反射』によって死に至るほどではなかった。

……もっとも、激痛で体は動きそうにないが。


「……っ!」

さらに恐るべき事に、血管は繋がり、内臓は壊れていなかった。

剥き出しの心臓に、血管を通して血液が循環していく。

まだ、ステイル=マグヌスは生きていたのだ。

魔術師の持ち物だろうか、ルーンのカードが桜吹雪のように舞い散る。

一方通行の視線の先にいるインデックスは、
あまりの現実に気を失って、ゴトリという音と共に机に倒れてしまった。

(なンてこった……)

一方通行は呆然としてしまった。

いくら何でも、こんな光景は見た事がなかった。

(……いや、考えるのをやめるな)

一方通行は必死に持ち直す。

ステイルは最後まで助けを求めなかった。

こうなる事が分かっているのに、伝えようとした事。

それを考えない訳にはいかない。

『馬鹿者!
今の君ならばアウレオルスを潰す事など訳もないだろうに!
ヤツの弱点はあの鍼だ、医学の事なら君だって分か――――』

ステイルの言葉をゆっくりと頭の中で反芻する。

(鍼……医学?)

アウレオルスが先程から何度も何度も首に刺している鍼。

その事を言っている……のだろうか?


考えてみれば、最初からおかしかった。

姫神もステイルも、『死ね』や『弾けよ』の一言で済まされた。

何でも思い通りになるなら、
何故上条に『右手の力がなくなる』のような簡単な命令をしなかったのか?

(そォだ、おかしいじゃねェか)

何でも思い通りにできるならば、
一体どうしてインデックスはアウレオルスの方を振り返らないのか?

黄金錬成が、アウレオルス=イザードの言葉通りに現実を歪める魔術ではなく、
アウレオルスの思った通りに、現実が歪んでしまう魔術だとしたら?

ステイルが言った、
『君ならばアウレオルスを倒すのも難しくない』
という事にも納得がいく。

アウレオルスは、上条と一方通行以外の人間には面識がある。

だから、彼らの実力では自分に太刀打ち不可である事を知っていた。

しかし、二人は違う。

この二人だけは、今日初めて出会った、実力不明の得体の知れない人間なのだ。

もっとも、一方通行は今倒れてしまっているから、
太刀打ち不可と判断されただろうが。


だが、上条は『姫神の死』を簡単に打ち消してみせた。

アウレオルスがその事を『不安』に感じない訳がない。

そして、何もかもが思い通りにできる人間にとって、自分の中の『不安』とは。

(そォいう事、か――――)

一方通行は呆然と頭の中で呟く。

分かれば簡単な話だった。

「ふむ。貴様の過ぎた自信の源は、
その得体の知れない右手、だったな」

上条を見ながら、アウレオルスは懐から取り出した鍼を首に突き刺す。

「ならば、まずはその右腕を切断。
暗器銃よ、その刀身を旋回射出せよ」



音はなかった。

アウレオルスが右手を振った瞬間、
上条の右腕は切り落とされて壁に当たっていた。

一方通行はその光景を呆然と眺める。

(――わざわざ、切り落とした?)

上条の右肩からは、鮮血が噴き出していた。

(――何でも思い通りにできるはずなのに、か?)

一方通行の抱いた推論は、確信へと切り替わる。

ならば、自分に出来る事は――――







「あはははははははははははははははは
はははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははは――――ッ!!」

あまりの予想外の出来事にアウレオルスは思わず後ろへ一歩下がる。

右腕を切り飛ばされたはずの少年が笑っていた。

あまりの激痛や恐怖に狂ったか、とも思うが、違う。

それはただ勝利を確信しているだけの、正常な笑いに過ぎない。

(何だ、あれは……?)

見れば、地に伏している白髪の少年も楽しげに笑っていた。

アウレオルスは『恐怖』よりも『不快』を感じ取った。

あの少年達が何を考えているかは知らないが、勝負はとうに決している。

ならばこれ以上の『不快』は余分だ。

首筋の鍼を苛立ち紛れに抜き捨てた。

「暗器銃をこの手に。
弾丸は魔弾。数は一つで十二分」

右手を振るうと、言葉通りに暗器銃が生まれる。

アウレオルスは己の完璧な術式に一度自己満足した。


言葉と共に、水面を引き裂くように少年の頭上、
天井からいくつもの巨大なギロチンの刃が生み出される。

そして一気に振り下ろされた巨大な刃に、
上条は笑ったまま避けようとも防ごうともしない。

(大丈夫だ、あれは避けられん。
あれは必ず直撃する。
直撃すれば必殺は必然。
そう命じた、命じた命じた命じたのだ!!)

アウレオルスは心の中で何度も繰り返す。

しかし思えば思うほどに『疑念』はどんどん膨らんでいく。

まるで祈るような言葉の全てが、
心の底に眠る巨大な『不安』を隠すためにあるとでも言うように。

そして、アウレオルスの思い通りに刃は上条の頭へ直撃した。

今度こそ、確実に捕らえた。

なのにギロチンの刃は瞬間、粉々に砕け散ってしまった。

錬金術師を馬鹿にするように、少年は笑う。

すでにその攻撃は効かない、と言いたげに。


(く、そ。何たる……ッ!?)

もはや遠慮など無用。

アウレオルスは上条を鋭い眼光で睨み付けると、

「直接死ね、しょうね――――ッ!?」

言いかけて、アウレオルスは硬直した。

原因は、目の前の少年にあった。

突如、切断された少年の肩口に変化があった。

肩口から噴出している血が、
どこからか起きた竜巻に巻き込まれて『右腕』の形を作り上げたのだ。

まるで、右腕が失くなっても力が生きているように。

錬金術師は、ゾッとした。

(……まさか、あれだけでは駄目だと言うのか?)

アウレオルスは不安を消そうとして、
震える手で鍼を取り出そうとしたが、
懐にあった無数のそれはバラバラと床に落ちた。

だが、錬金術師は気にしていられない。

アウレオルスは上条をじっと見た。

鋭利だった眼光はいつの間にか錆びて刃こぼれしていた。

足が、勝手に一歩後ろに下がる。

靴底が、床に散らばった無数の鍼を踏み潰し、折ってしまった。


何でも思い通りに現実を歪める黄金錬成。

しかし、それは逆に言えば、
アウレオルス自身が『これは不可能だ』と思えば、
それまでも現実のモノにしてしまう諸刃の剣でもある。

だからアウレオルスは『言葉』を使って、
自らのイメージを固定する事で自滅を防ぐようにしていた。

彼の黄金錬成は本来、『言葉通り』ではなく『思い通り』に現実を歪める魔術なのだ。

しかしアウレオルスは今、言葉の制御が出来なくなってしまっていた。

『言葉』でイメージを固定する前の、
漠然とした『想像』が勝手に具現している。

そうなった時のために、彼は一つの非常手段を用意していたのだが、

(くそっ、鍼は……あの治療鍼は!?
何故、床に取り落とした?
こうならないために、
『不安』を殺すために常用していたのに!
まずい、あれがなくては私は――――――)


そこまで考えて、アウレオルスは息を呑んだ。

(あれがなくては、何だ?
停止、やめろ、それ以上は考えるな。
それは取り返しがつかん、それを思考しては――――ッ!)

避けようとするほどに思考は深みにはまっていく。

分かっているのに、アウレオルスは思考を止められない。

止めれば認めた事になる。

一度坂を転がり始めた石のように、
アウレオルスの『疑念』は止まる事を知らない。

そして気付けば、少年が目の前にいた。

インデックスの倒れた机を挟んで、二人は対峙する。

錬金術師は、いまだ身動きが取れない。

「おい」

突然の少年の声に、アウレオルスはビクリと肩を震わせた。

少年は言う。





「テメェ。まさか右腕をぶち切った程度で、
俺の幻想殺しを潰せるとか思ってたんじゃねえだろうなァ?」


少年は犬歯を剥き出しにし、
赤光すら放つかと錯覚するほどの眼光を見せて。

心底楽しそうに言った。

(な   待て   思うな 不安  まず    ――――ッ)

アウレオルスには祈る事は出来ても、思う事を止められない。

瞬間。

上条の『血の右腕』が、透明な何かに包まれた。

それは、顎だった。

大きさにしてニメートルを超す、
獰猛にして凶暴な、竜王の顎(ドラゴンストライク)。

透明な顎が広がり、ノコギリのような牙がズラリと並ぶ。

まるで、それが右腕の中にあるモノ(力)の正体だと言わんばかりに。

牙の一本が空気に触れた瞬間、
部屋に満たされていた錬金術師の気配が消える。

全ての主導権が強引に変更されたかのように。

(な……)

アウレオルスは思わず頭上を見上げた。

そこにはステイル=マグヌスの、バラバラになった血肉がある。

しかし、それらは一点に集まっていく。

『弾けよ』という命令が打ち消されたように。


(ま、さか。蘇るのか?
姫神の時と同じく、すでに破壊した人間を――――ッ!)

そう思ってしまった瞬間、ステイルは元の姿で床へと落ちた。

今のは、間違いなくアウレオルス自身の『不安』がステイルを蘇らせてしまった。

(待て  これ 私の 不安  過ぎん  落ち着け  不安 
消せば  こんな 馬鹿げたモノ  消せる はず ――――ッ!!)

恐怖を必死に押し殺して、アウレオルスは最後の抵抗を試みる。

これはアウレオルスの『不安』が作り出した代物に過ぎないはずだ。

ならば自分が落ち着いて、
『不安』をなくしてしまえば、
これも消し去る事が出来るはず――そう彼は考えた。

だが、透明な竜王の眼光が静かにアウレオルスを睨み付けた。

たったそれだけで、アウレオルスは恐怖で視界が狭まっていく錯覚すら覚えた。

(無  理  敵う   はず な)

そう思った瞬間、最大限に開かれた竜王の顎が錬金術師を頭から呑み込んだ。



「……それはそうと、右手はどォだよ?」

一方通行は、上条の右腕を見る。

右腕の部分がギプスに包まれていた。

「ああ、大丈夫だ。
一日もすりゃくっつくんだとよ」

彼の主治医である冥土帰し(ヘブンキャンセラー)いわく、
アウレオルスによって綺麗さっぱり切断された右腕は、
あまりにも綺麗に切断されたために断面の細胞に傷が付かず、簡単に治るらしい。

「……なら、いいけどな」

そう言って、一方通行は窓の外を見遣る。

アウレオルス=イザード。

彼は最後に竜王の顎に食われて、記憶を失ったらしい。

そうなってしまった彼は、もはやアウレオルス=イザードとは呼べないだろう。

しかし、世間はそれを認めないらしい。

アウレオルスは依然、指名手配されたままになっているとの事だ。

そして、ステイルは彼を『殺した』。

文字通り、ではない。

顔の作りを変えてやり、アウレオルス=イザードではない『誰か』にしてやった、との事だ。

(アイツも、なンだかンだ言って甘いな……)

一方通行はそう思う。

まぁ、悪くないが。

「にしても、インデックスのやつ遅いな」

上条はちょっと心配そうに言った。

彼女は今、同じく入院している姫神秋沙を呼びに行っている。

姫神はこれからどうするのだろうか?

一方通行は少し心配になったが、それは杞憂だと思った。

インデックスは姫神の能力を封印出来るようにする、と言っていた。

彼女は、もう自由に生きていけるのだ。

そう考えれば、何も心配などしなくていいだろう。

そう思っていると不意に、ノックの音がする。

「どうぞー」

上条が笑って言うと、ドアはゆっくりと開く。

一方通行はその先にいるであろう人物を思い、
少しだけ自然な笑みを浮かべた――――


どうも、皆様。
ようやく書き直し終えたので、今から投下します。
それでは、2.5巻編をどうぞ。

『あ』

猫じゃらしを振っていたインデックスが、不意に行動停止した。

『どォした?』

ベッドで寝転がっていた一方通行が聞くと、彼女はテレビを指差した。

その大画面に映っていたのは、
第七学区で昨日からオープンした、
アイスクリームの屋台の紹介だった。

その店のアイスはとても美味しいと評判だ、とかありきたりな紹介をしていた。

『はわぁ……』

インデックスは、じーっと画面を見ている。

猫の方は、

『にゃ、にゃー!(どうした、かかってこい!)』

といった感じに、彼女を挑発していた。

『とても。美味しいって』

そんな事を言いながら、姫神がこっちを見てきた。

『そンなの、宣伝なンだからマズイとか言えねェってだけじゃねーのか?』

瞬間、インデックスはこっちを見て、

『そんな事ないんだよ!
あの美味しそうな感じを見れば、私には分かるもん!!』

その目は連れてけ、と言っていた。


『はァ……。
そォかよ、そンじゃ実際に行って確かめよォじゃねェか』

言った途端にインデックスと姫神はイエーイ、と手をたたき合った。





という訳で、
現在一方通行達は公園にあるという、
そのアイスクリーム店に向かっている。

「ふっふふーん♪ふー♪」

インデックスは、何やらご機嫌な様子で鼻歌を歌っている。

「ずいぶンとご機嫌だな、オマエ」

一方通行が言うと、

「とーぜんかも!
まだアイスクリームは食べた事ないから、
今からもうすっごくワクワクしてるんだよ!!」

ものすごくいい笑顔で返してきた。

「今から何にしようか。
じっくりと悩むのも。乙女の特権」

姫神がそう言うと、インデックスはうんうん、と頷く。

「そりゃ結構だがな、食い倒れたりすンなよ」

そんな事を言ったら、

「大丈夫!
あいさが食べれなくなったら私が食べるもん!」

と、インデックスが胸を叩く。

コイツら仲良くなったもンだなァ、と一方通行は思う。







「あれ?何してんのあーくん?」

目的の公園にそろそろ着きそうな一方通行達に、不意に誰かの声が聞こえてきた。

振り返ると、そこには四人の少女達がいた。

あーくん?とインデックス達が首を傾げている。

一方通行は一人だけ嫌そうな顔をした。

その少女達には見覚えがあった。

いや、見覚えのないわけがなかった。

「オイ、麦野。
誰があーくンだ、誰が」



そう、彼女達は『アイテム』。

学園都市で日夜暗躍している、組織である。



「あら、アンタに決まってんじゃないの。
……ていうか、何?そのよそよそしい感じ。
ちっちゃな頃は『あーくん』『むぎのん』で呼び合った仲じゃない」

不思議そうな顔をして、リーダーの女――麦野沈利は言った。

それを聞いて、インデックスと姫神は顔を見合わせた。

「だァーっ!!
ンなガキの頃の話なンざ持ってくンな!」


「あーアレだ、アレ。
コイツらは知り合いの居候なンだよ」

そう言って、一方通行は事情を説明した。





「ふーん。で、その知り合いがいないから預かってると」

「要するに、超ベビーシッターみたいなものですか」

「結局、一方通行がそんな事してる姿なんて想像できないんだけど」

「大丈夫、私はそんな保父さんみたいなあくせられーたを応援している」

四人は思い思いの事を遠慮なく言ってきた。

「ま、何でもいいけどね。
……それはそうと、アンタに聞きたい事があるんだけど」

「……何だよ?」

一方通行はとりあえず聞いてみる事にした。

「あのさー、アンタの親父と連絡つかないんだけど……何か知らない?」

「親父に?
……いや、分からねェな」

一瞬、絶対能力進化実験(レベル6シフト)の事が思い浮かんだが、
すぐさまその可能性を否定した。


もう、あれからかれこれ数週間経っている。

おそらく失敗したモノと見ていいだろう。

「んー。そっか。
じゃあ、いいわ。
……そんじゃね。私達『仕事』あるから」

「結局、超忙しいって訳よ」

「む。フレンダ、人の口調を超真似しないで下さい。
一方通行、五人でまたいつかどっかで超遊びましょうね」

「大丈夫、私はそんな風に口調が真似されても個性があるきぬはたを応援してる」

四人は最後まで騒がしかった。



「あー疲れた。
全く、アイツら何にも変わってねェ……何だよ?」

一方通行がインデックス達を見ると、二人は笑っていた。

「ううん。何でもないかも、『あーくん』」

「そう。結局。超何でもないよ。『あーくん』」

「だァーっ!からかうンじゃねェよ、オマエら!
そして姫神!今すぐにでもその口調を戻せ、口調を!!」

「わー『あーくん』が怒ったかも!」

「急いで。逃亡」

逃げる二人を一方通行は数分追いかけ回した。


『うわっ!?やべえな、逃げるぞ!』

『あン?ち、ちょっとま……』

そのまま一方通行は少年に引っ張られて、マラソンをする事になった。





『ぜェ……ぜェ……』

一方通行は頑張って荒い呼吸を戻そうとした。

全力疾走したのなんて、何年ぶりだろうか。

『はぁー。疲れたなー』

彼の隣にいる少年が呟く。

『あっと、大丈夫か?』

少年の質問を無視して一方通行は、

『……オイ、オマエ何してくれてンだよ』

『………………へ?』

少年は、何言ってんだこいつという目で見てきた。

『別に俺は高位能力者なンだから、放っといてよかったンだよ』

『あれ?あ、そうだったのか。
…………いや、だとしても放っとけねーよ』

一方通行は思わず眉をひそめた。

(……コイツ、何考えてンだ?)

別に助けなどなくても、何も問題ないと言ったのだ。

なのに、目の前の少年は放っておけないと言った。

おまけに自分の能力をあっさり破ってみせた。

……こんな人間、これまで見たこともない。


『何だよ、木原くン?』

『だからその呼び方はやめろって。
……まぁ、いいか。それよりもな?お前に大事な話があるんだよ』

そう言って、木原は語り出す。

現在、もう一方通行は研究されつくされてしまった事。

結果、『最強』から『無敵』への進化は不可能だという事。

一方通行はその事が残念だった。

『無敵』になれば、もう一度『日常』へと戻れると思っていたのだ。

『……てな訳でさ、お前にちょっとした進路相談な』

『は?』

そんな一方通行に、木原はそう言った。

『いやな?お前の研究は打ち止めって事になったからさ。
これから先のお前の生き方にちょっとした提案があるんだよ』

木原は一呼吸すると、

『お前、学校通わねーか?』





『……はァ?』

ようやく出たのは、そんな一言だった。

『実はさー。俺って暗部組織で隊長やってたんだけど、
この前クビになっちまってさー。
で、まぁ完璧に今の職を失っちまった訳。
お前の研究も失敗に終わっちゃったし、さあどうしよっかなって考えたんだ』


『……それがどォして、学校に繋がンだよ』

『まぁまぁ、話は最後まで聞けって。
でだよ、さっきも言った通り俺達は職を失っちまった。
……そしてそれはー。一方通行くんも一緒なのでっす!』

つまりこういう事だった。

『最強』から『無敵』に進化できないのならば用済みだと、そういう話である。

『まぁそんな訳でー。
他のヤツらと相談したらさ、
芳川のヤツがちょうどいい事に、
能力開発に一切こだわってねぇ正真正銘の底辺な学校があるんだってよ。
…………ここならさ、お前も「日常」ってモンに触れられるんじゃねーの?』

そこまで言って木原は、

『ま、決めんのはお前だ。
明日までに、決めといてくれよなー』

ひらひらと手を振って、彼は立ち去った。

一方通行はじっと木原が置いていった学校の案内書を見た。

どうやら、嘘ではないらしい。

一方通行にとって聞いた事もない名前の学校だったからだ。

『…………』

彼は、すぐに答えを決めた。







(まったく、木原くンだなンて愉快な呼び方、よく思い付いたモンだよな)

一方通行はちょっとだけ笑った。

あの後その学校に通う事になった彼は、
そこで初めて『友達』を作り、幸せな『日常』を過ごした。

自分を襲撃する連中も、木原達の情報操作により来なくなった。

そろそろ彼らに会わなくなって一ヶ月は経つ。

……明日にでも、会いに行くか。

そう考えていた、その時。

「お?」

ケータイがメールの受信を知らせてきた。

何だ?と思いつつ、彼は誰から送られたかを見てみた。

液晶画面には『天井亜雄』と表示されていた。

「……オイオイ」

一方通行はメールを開いてみる。

そこには、

『絶対能力進化実験(レベル6シフト)の日程』

というタイトルから始まる、長文があった。

「ったく、遅すぎンだろォがよ」

彼は笑いながら、メールを見る。

内容は要約すると、

『今夜、21:00より所定の場所に集合。
そこにいる人物に実験の内容を聞き、実行せよ』

とあった。


一方通行はワクワクしていた。

何せ、ずっと待ち望んでいた『無敵』に今夜なれるのだ。

……本当のところは、一方通行は『無敵』などなくてもよいと思っている。

しかし、彼は『無敵』を求める。

――――守りたい人達が、彼にはいるからだ。

それは、木原数多であり芳川桔梗であり姫神秋沙でありインデックスでもある。

そして、『上条当麻』でもあった。

一方通行は上条家にインデックスが加わってから、
ずっとずっと思っていた事がある。

自分は本当に上条を助けられなかったのか、と。

あの時、あの無数の羽は『最強』ではなく『無敵』ならば何とかできたのではないか。

もし『最強』ではなく、『無敵』だったら――――
今の上条に辛い思いをさせずに済んだのではないか?

そんな疑念が、彼の心に渦巻いていた。

だから、一方通行はあくまで『自己満足』でそれを求めた。

……もう大事なものを失わないために。





「あ、あくせられーた!」

「よ、おかえりさん!」

「ずいぶんと。遅かったね」

寮に帰れば、相変わらずの『日常』がそこにはあった。

「ハッ。そりゃしょうがねェだろ。
……オマエら花火やるぞ、花火!!」

一方通行は『日常』を楽しむ。

……それが、もう残り少ないものだとも知らずに。


そんな訳で、今回はここまで。
……次回、初めての花火にインデックスが!?
そして、一方通行を待っていた実験の内容とは!?
それじゃ皆様。次回もお楽しみに。






さて、夜も更けて。

一方通行は道を歩いていた。

あの後上条達との花火をやり終え、
『実験』のために別れたのだが。

「……ちっとマズイか?」

一方通行はケータイで時間を確認してみた。

時間は、すでに予定に間に合いそうになかった。

(少し遊びすぎたかねェ……)

ちょっぴり反省しつつ、一方通行は走る。

(にしても……)

一方通行は思う。

『実験』では何をするのだろうか、と。

投薬などではないだろうし、一体どんな方法を用いるのか。

そもそも、今日一日で済むのか。

改めて考えると、色々と疑問が湧いてきた。

(ま、行きゃ分かンだろ)

一方通行は適当な結論を出して、不安を感じないようにした。

いつぞやの錬金術師ではないが、
そんな不安一つが、大失敗を産む事だってある。

あまり考えすぎない方がいいだろう。







「……っと、ここか」

一方通行は、ある操車場で立ち止まった。

ここで『実験』が行われる、らしいが。

「誰もいなかったりしねェよな……?」

一方通行は、ゆっくりと敷地内へと歩き出す。





「オイオイ。こりゃやっちまったかァ……?」

操車場の中は、人っ子一人いなかった。

白衣の研究者も、この場所で働いているであろう人もいない。

(……いや、いくら何でも誰かいるだろ)

例えば、メールを寄越した天井。

研究者達のトップである、木原や芳川。

とにかく、一方通行は探してみる事にした。





「ふゥ……。これで全部回った、よなァ……」

一方通行は、軽く一息つく。

結局、誰もいなかった。

(……まさか、ドッキリとかじゃねェだろォな)

何だかそこら辺から、『大成功』とか書いてあるプレートを持った
木原が走ってきそうな気がした。

「……帰るか」

バカバカしくなった一方通行は、そのまま帰ろうとした。

そこへ――――


その声に、一方通行が慌てて振り向くとそこには――――





「……『超電磁砲(レールガン)』?」





御坂美琴、のように見える少女がいた。

いや、顔立ちや服装などは完璧に御坂美琴だった。

ただ違うのは、数日前に会った時とは異なり無表情な事と、
おでこに何故か軍用ゴーグルがある事だった。

「いえ、ミサカはお姉様ではありませんよ、とミサカは間違いを指摘します」

その少女は抑揚の無い声で、そう言った。

「……お姉様ァ?」

(……妹、なのか?)

正直、一方通行は御坂美琴の家族構成までは知らない。

もしかしたら、双子の妹とかそういう話なのかもしれない。

「……まァ、いい。
で?オマエはこンなトコで何してるンだ?」

「あなたの『実験』のお手伝いですが、とミサカは伝えます。
……もしや、何も聞いていないのでしょうか、とミサカは疑問を口にします」

これまた抑揚の無い声で、疑問を発した。


「……まァ、そォなンだが。
オマエが『実験』の仕方を教えてくれンのか?」

一方通行は、天井のメールを思い出す。

確か、実験場にいる人間に詳細を聞け、とか書いてあった気がする。

「……ならば説明をしなければなりませんね、とミサカは面倒ながらも説明を始めます」

……何と言うか、その喋り方の方が面倒そうだ。

そんな事を思ったが、一方通行は黙っておく。

世の中、言っていい事と悪い事があるのだ。

「簡単に言うと、これより行う『実験』は戦闘です、とミサカは一方通行に告げます」

「……戦闘?」

誰と、というのは聞く必要はないだろう。

「はい、そうです、とミサカは頷きます。
……ただし二万回ほどですが、とミサカは遠い目で言います」

そう言った彼女は変わらず無表情だが、そんな事はどうでもいい。

「……待て。オマエ、今何て言った?」

「だから二万回の戦闘をします、
とミサカは二度も言わすな、面倒だろと心の中でぼやきます」

「……おもいっきり聞こえてンぞ」

一方通行は、内心驚いていた。


(二万回……二万回ねェ……)

一方通行は頭の中で反芻する。

言葉にすれば短いが、実際は何ともまた長い。

しかし、その分納得もした。

戦闘するなら、誰もいないのも分かる。

巻き込まれたら厄介だろう。

「……で?どォやって二万回もやるンだ?
まさか、これから一ヶ月くらい徹夜とか言わねェよな?」

「さすがにそれは健康上よろしくないかと、とミサカは意見します」

「じゃあ……」

「これより毎日、毎度違う場所にて戦闘を行います、とミサカは説明します」

何でも、最初は屋外戦で、最後辺りは屋内戦を行う、との事だった。

「……ふーン。なるほどな……」

「納得頂けましたか、とミサカは尋ねてみます」

「おォ。まァ、大体はな。
……何つーかよ、済まねェな。こンな事に付き合わせて」

一方通行としては、あまり誰かを巻き込むのは嫌だったが、
今回ばかりは仕方がないだろう。


「いえ、お気になさらず、とミサカは先手必勝」

ン?と思った時にはもう遅かった。

ジャカッ!という音が辺りに響く。

御坂妹(便宜上そう呼ぶ事にした)は、何かを構えていた。

それには、見覚えがある。

確か――――

そこまで考えて、一方通行の思考は止まる。

それから火花が散り、一方通行に何かが当たったのだ。

一方通行は慌てて、それを『反射』せずに上方へベクトル変更する。

「……バッ、何しやがンだよ!」

「攻撃です、とミサカはもう一度銃を構えます」

そう、彼女が抱えていたモノはアサルトライフルだった。

しかも、ただのアサルトライフルではない。

その名はF2000R、通称『オモチャの兵隊(トイソルジャー)』だ。

小学生でも扱えるような軽反動のそれは、
赤外線により標的を捕捉し、
電子制御で『最も効率良く弾丸を当てるように』リアルタイムで弾道調整をする。

おかげで誰でも銃の名手になれるため、『怪物』呼ばわりされていたはずだ。


そう思ったその時、

「……まだ、トドメを刺されていませんが、とミサカは指摘します」

御坂妹が冷静な声で言ってきた。

「あン?何言ってンだ、オマエ」

一方通行は、ポカンとした。

自分は勝ったし、これで『実験』第一回目は終了なのではないのか?

「……まぁ、いいですが、とミサカは内心勝利の笑みを浮かべます」

御坂妹は無表情でそう言った。

何を言ってるんだ、と一方通行は聞こうとした。

しかし、その前に彼女は口を開く。

「あなたはどうやら、不意打ちには弱いようですね、
とミサカは手榴弾のピンを空いている片手で引き抜きます」

瞬間、大きな爆発音が一方通行の耳に届いた。





一方通行はゆっくりと、体を起こす。

その表情は呆然としている。

彼の体は、あれほどの爆発でも無事だった。

しかし、そんな事はどうでもよかった。

彼は、足元を見やる。

そこには――――



バラバラになった、一人の少女の体があった。










「う、わぁぁああぁああああっっっっっ!!!!!!」







彼女は、叫び――などというよりも絶叫を上げながら、
こちらへと駆け出して来ている。

――――今、一方通行を深き絶望へと突き落とす戦いが、幕を開けようとしていた。







御坂美琴は、ある操車場に向かって駆けていた。

その表情には焦りがあった。

(急が、なくちゃ……!)

今日、この操車場である『実験』が行われる。

そしてその『実験』には、ある少女が関わっているらしい。

彼女は急ぐ。

それを止めたい気持ちと、本当はそんなモノはないんだと否定したい気持ちから。

ただただ、彼女は走り続ける。

そして――――

「…………っ!?」

操車場の入口まで来て、不意に大きな爆発音が耳に届く。

(まさか……まさか…………!!)

必死に嫌な予感を頭から打ち消そうとして、美琴は一心不乱に音源まで走った。

しかし、その予感は残酷な現実へと変貌する。

音源まで辿り着いた彼女の目の前には、誰かがいた。

その人物の足元には、自分の着ている制服と同じであろうモノの切れ端が落ちている。

さらには、白い何かやピンク色のグチャグチャしたもの、
それに肘までしかない右腕と一部が欠けた頭部などが転がっている。

その顔には、見覚えがある。

何故ならば、毎日鏡で見ているからだ。

そう、その顔は間違いなく――――自分のものだった。







御坂がこちらへと走ってくるのを、一方通行は呆然と眺めていた。

未だに状況の整理はつかなかった。

「…………くっ!」

とにかく、彼はその場を離れて彼女から距離をとる。

瞬間、一方通行に向かって黒いムチが飛んでくる。

「…………ッ!!」

彼は横に飛んで、どうにかそれを避けてみせた。

しかし追撃はそれだけでは済まない。

さらに一方通行を包むように、真っ黒な嵐が起きる。

……どうやら磁力で砂鉄を操っているようだ。

一方通行は難無くそれを『反射』して、身を守る。

「……う、あぁあああっっっっ!!」

御坂は狂ったような叫びを上げて、雷撃を放つ。

十億ボルトもの電圧で放たれた本気の一撃が、一方通行に迫る。

だが、その一撃は一方通行には届かない。

彼はそれすらも上方へと受け流す。

「うぅぅぅ、あああぁぁぁああっっ!!」

御坂は、これだけの『差』を見せられても攻撃を止めようとしない。

今度は、大量のレールが一方通行に向かって四方八方から襲い掛かってくる。


それでも――――



美琴の手は、一方通行に届かない。



「…………ぅ、あ?」

美琴は呆然と立ち尽くす。

目の前には、あれだけの攻撃をしても傷一つ付かない、正真正銘の『最強』が立っていた。

ぶるぶると震える手で、彼女はスカートのポケットに手を伸ばす。

そこには、チャチなゲーセンのコインがある。

それをゆっくりと引っ張り出して、構えた。

――――『超電磁砲(レールガン)』。

御坂美琴の、一般で知られるあだ名のようなモノだ。

手加減しても、音速の三倍でコインを吹き飛ばす
それは、彼女にとってまさに『切り札』というヤツだ。

普通なら、決して人間に放っていいモノではない。

しかし、彼女にはもうそんな冷静な判断は出来なかった。

先程の死体を、美琴は思い出した。

バラバラになった体、片方の目が無くなった頭。

――――そして、大事そうに握られていた缶バッジ。

…………もう、放つ準備は出来ていた。

バチバチというスパーク音を出しながら、美琴はコインを放った。

瞬間、それは確かに目の前の少年に当たった。

だが――――

「…………ッ!?」

次の瞬間、それは軌道を変え、夜空へと突き進む。







「……何だよ、そりゃ」

一方通行の口からようやく出たのは、そんな言葉だった。

「ふむ、どうやらまずは『実験』の事を細かく
教えなければなりませんね、とミサカは説明を開始します」

そう言って、何人もの『ミサカ』達を代表するように、
一方通行の一番近くにいるそいつは語り出す。

『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が予測演算した結果、
一方通行が絶対能力(レベル6)へ到達するためには、
『超電磁砲』を百二十八種の戦場と方法で殺害しなければならないという事だった。

現実的に考えれば、それは不可能なので一度は放棄されていた。

しかし、それを天井は解決してみせた。

天井が用意した策――それが『妹達』である。

天井は昔、『妹達』を作る実験をしていた。

莫大な金を費やしても、結果としては失敗だったそれを、天井は再利用したのだ。


もう一度、『樹形図の設計者』に再演算させた結果、
二万通りの戦場で、二万人の妹達を殺害すれば、
一方通行は絶対能力へと進化出来る事が分かった。

そうして、二万人の妹達は生み出された。



「…………つまり、何か?
俺はこれから毎日毎日オマエらを殺さねェとダメだと、そういう事なのかよ?」

「はい、そうなります、とミサカは肯定します」

それを聞いて、一方通行は俯いた。

「……ふざ……なよ」

「どうかしましたか?とミサカは「ふざけンじゃねェよって言ったンだよ!!」

一方通行は顔を上げる。

その顔は怒りに染まっていた。

「何だよ、そりゃあ!
何でそンな風にオマエらはいられるンだよ!
死ンじまうンだぞ!これから毎日、俺に殺されンだぞ!?」

そう言われても、彼女達は動じない。

「……ミサカ達は『実験動物(モルモット)』ですから、とミサカは告げます」







しばらくして、一方通行はある雑居ビルの屋上に立っていた。

ここは、ある少年と少女に観光案内をした時に訪れた場所である。

別に彼には住まいである学生寮があるのだが、そちらへは帰る気になれなかった。

(……これから、どォすりゃいいンだ)

一方通行はそっと座って俯く。

脳裏に浮かぶのは、ほんの数時間前の事。

バラバラに吹き飛んで死んでしまったクローン少女の肢体。

そして憎しみの目で自分をじっと見て攻撃してきた、
クローン達の元の遺伝子の持ち主にあたる少女。

そうして逃げ出した自分。

そんな自分に、これは『実験』だから気にするな、と言った他のクローン少女達。

そしてまた、自分は逃げ出してここにいる。

一方通行はもう一度、逃れようのない事実を確認した。

理由はどうあれ、自分は人を殺してしまったのだ、と。


(…………俺は、裏切られたのか?)

そんな事を、思った。

彼はずっと、養父や他の研究者達を信じていた。

自分の嫌がるようなマネはしないと、ずっと信じていた。

しかし現実は違った。

彼らは、自分が最も嫌う事――人殺しをさせようとした。

結局、彼らもあのふざけた暗部の連中と変わらないのだろうか?

そう思うと、途端に心細くなった。

震えは収まらず、気持ちは沈んだ。

(……アイツらはどォしてンだろォな……)

ふと、大事な『友達』の顔が浮かんだ。

今頃はきっと、何も知らずによく寝ているに違いない。

そう思うと、ますます心細くなった。

「…………」

一方通行は、ギュッと震える自分の肩を抱いて顔を埋めた。

端から見れば、それはまるで、
親に捨てられて疲れ果てた子供のようだった。

(………………)

一方通行は今、数年ぶりに孤独を味わっていた。

彼はただ、何も考えずに目を閉じた。

――――まだ、夜明けは遠い。







「おっかしいなぁ……」

八月二十日の朝。

第七学区の、ある学生寮の一室の前で、
学生服の少年――上条当麻は首を傾げていた。

今日、彼は補習の補習(色々な事件があって、補習に参加出来なかった分だ)のため、
隣人である一方通行にインデックスの面倒を見てもらおうと思っていた。

しかし――――

「……アイツ、どこ行っちまったんだ?」

何度インターホンを押しても、一向に一方通行が出てくる気配はない。

「とうまとうま、カギは開いてるんだよ」

そう言ったのは、預かってもらう予定だったインデックスだ。

確かに、何故かカギは開いていた。

失礼を承知で、上条はドアを開けてみる事にした。

ドアを開けて中に入ってみたが、誰もいない。

「…………」

「……あくせられーた、どこ行っちゃったんだろうね」

二人はうーん、と唸ってみる。

……まぁ、答えは出ないのだが。


「ま、しょうがねーな。
インデックス、悪いけど今日は一人で留守番しててくれ。
後で多分姫神も来るだろうし、昼飯も冷蔵庫に入ってるから」

とりあえず、上条は薄っぺらい学生鞄を持った。

「うん、分かった。
……それじゃ、行ってらっしゃい!」

「おう、行ってきます!」

インデックスに手を振りながら、上条は学校へと走り出す。





(……にしても、どこ行っちまったんだろうな)

上条は道を歩きながら考える。

最後に一方通行を見たのは昨日の花火の時だ。

確か、『大事な用事』があるとか言ってその後どこかに行ってしまった。

(『大事な用事』、ね……)

一体どういう用事なのかは聞いていない。

聞いてしまえば、それはプライバシーの侵害というヤツになる。

(……なんか、不安だ)

……まぁ、その時の彼の顔はどこか嬉しそうだったし、心配する必要はないんだろうが。







八月十九日の深夜、御坂美琴は常盤台中学の学生寮に向かって走っていた。

ただひたすら走って、彼女は自分の部屋へと辿り着く。

部屋の中の同居人は、ぐっすりと眠っていた。

「………………」

とりあえず、美琴はシャワーを浴びる事にした。

一刻も早く、この気持ち悪い汗を流したかったのだ。

脱衣所で、制服から下着までを剥ぎ取るように脱ぎ捨てる。

風呂場で熱いお湯を浴びて、少しだけ落ち着いた。

(あ…………)

落ち着いた途端、涙が溢れ出た。

何故かなんて、分からない。

あの『最強』への恐怖のせいか、
自分のクローンが死んで悲しいからなのか。

…………あるいは、そのどちらもか。

とにかく、美琴は泣き崩れていた。





「……………………」

ゆっくりと美琴は立ち上がる。

風呂場を出た彼女の目には、決意が宿っていた。

(……何がなんでも、『実験』を止めてみせる)

何も、あの『最強』に挑むだけが方法ではない。

そう考えて、彼女はとりあえずベッドに潜り込む。

まずはどう動くかを決める。

そして、明日からそれを行動に移す。

そう決意して、美琴は目を閉じる。

――――結局、美琴は一睡もせずに朝日を見た。







同じ頃、ある場所にて。

「……にしても、まぁ」

男は呆れたように呟く。

「ちっと頑丈すぎねーか、これ」

軽く笑って、彼は手の内にあるモノを見る。

「……ふぅ。そんな事言ってる暇があるなら、
この状況をさっさとどうにかしてくれないかしら」

すぐ隣にいる女の声が耳に届く。

「貴方、一応は元「うるっせーな、これは特別製なんですぅー」

言いかけた女の言葉を遮るように、男が返す。

「つーかそういうお前こそ、お友達はどうしたんだよ」

男の言葉に、女はため息をつく。

「だから言ったでしょう?
当分は連絡がつかないって言っちゃったのよ。
……当然ながら、ここまで来れるはずもないわね」

「……チッ。使えねーなァ、オイ」

男は適当に悪態をつく。

「……ねぇ」

「……何だよ、俺は今寝るのに忙しいんだけど」

「あら、それは失礼」


女は特に気にする様子もなく、続ける。

「……あの子、大丈夫かしら」

「…………」

男は、少し黙り込む。

「あの子にとって、私達は信頼出来る存在だった。
……今頃、『裏切られた』と思っているのかしらね?」

「……さぁな」

男は、一言だけ言った。

「俺達に出来るのは、とっととこっから出るように策を巡らすだけだ。
それがあのガキを守る事に繋がるんなら、そんな事考えるのは後だ、後」

「……たとえ、あの子が今傷ついているとしても?」

女が言うと、男は不敵な笑みを浮かべた。

「もう、とっくに覚悟してた事だろ?」

女も、笑って返す。

「……そうね、そうだったわ」

「もう就寝時間ですよ、とミサカはアサルトライフル片手に注意します」

不意に、そんな声が聞こえた。

「へいへい、分かってますっつの」

「悪かったわね、わざわざ」

二人は適当に返して、黙り込んだ。


チンチコール!調子に乗ってトリを付けてみる。
……上手く出来てっかな。
また少ないですが、昨日の分を投下していきます。

「……この人殺し」

不意にそんな声が聞こえる。

思わず声のした方を振り向くが、そこには誰もいない。

「君は結局、変われなかったのよ」

「テメェは変わらず、ただの殺人鬼なんだよ」

「信じて。いたのに」

「あくせられーたなんて、大っ嫌い」

「返してよ……私の大事な妹を…………」

「………………テメェは最低のクズ野郎だ」

声だけが、ただ聞こえる。

見えない何かは一方通行を取り囲み、様々な言葉の暴力をしてくる。

一方通行はしゃがみ込んで、耳を押さえた。

「……違う、俺は」

「何が違うってンだよ、一方通行?」

「…………ッ!?」

振り向けば、そこには自分が立っていた。

「オマエは昔っから、たくさン人を殺したじゃねェか。
何を今更、否定なンざしてンだよ。
何ですかァ?まさか、今からやり直せるなンて思ってンじゃあねェよなァ?」

『そいつ』は、引き裂いたような笑みを浮かべた。

「…………ちが、う」

必死に否定しようとしても、それ以上言葉が出てこない。

「ハッ、なーにが違うンだよォ」

そんな彼を、『そいつ』はくだらないと笑う。

(違う、違うンだよ。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う
チガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウ
ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう、ちがう……ッ!!)

一方通行は、雨に打たれる子犬のように震え出した。

カツっと革靴の足音が背後から聞こえる。

振り向けば、そこには片目しかない顔の少女が立っていた。

「あ な た の せ い だ」

彼女は無表情で、淡々と告げた。

瞬間、一方通行の意識は、そこで途切れた。


――――どこからか、雀の鳴き声が聞こえる。

「…………ン」

一方通行はゆっくりと顔を上げる。

もう、朝日は昇っている。

(……寝てた、か)

少しだけ、頭がしゃきっとしない。

何か、酷い夢を見た気がした。

その目には、涙がある。

ぼーっとした頭で、ケータイを引っ張り出す。

時間はすでに昼だった。

(…………)

一方通行はのろのろと立ち上がる。

「……………………飯」

一言、呟いた。





そんな訳で、一方通行はある大通りを歩いていた。

周りには学生達がわんさかいて、ちょっとわずらわしい。

結局、これからどうするか、全く決まっていない。

(……このまま逃げちまうか)

そんな事を、思った。

この街を出てしまえば、『実験』も中止になるのではないか?

(……いや、そンなのありえねェ)

おそらく逃げたところで、捕まるだけだ。


「単価十八万?いくらでも自動生成可能?
そンなこたァ、どォだってイインだよ!!」

一方通行は、マシンガンを放つみたいに高速で喋る。

「――――オマエは、ここでこうして俺と話してる
オマエは、世界にたった一人しかいねェじゃねェかよ!!」

言うだけ言って、一方通行は口を閉じる。

そう、先程御坂妹は自分達の事を『実験動物』だと言っていたが、それは違う。

少なくとも、一方通行はそんな事を認めたくなかった。

店の前で出会った時の彼女は、世間を知らない小さな子供のように目を輝かせていた。

そんなの『実験動物』なんかじゃない。

彼女達はきっとこの先も生きていたら、『個性』を手に入れられる。

今はまだ、産まれたての赤ん坊のようなものなのだ。

しかし、

「…………あなたは優しいんですね、とミサカは目を細めます」

御坂妹は、そう言われても表情を変えない。

「でも、そうだとしても『実験』はあります、とミサカは冷静に返します」


「………………だったら」

一方通行はゆっくりと口を動かす。

まるで、一言一言に決意の弾丸を込めるかのように。

「……だったら!そンなモン、俺が止めてみせる!!
俺はこンな『実験』、絶対に認めねェ!イイか、絶対だぞ!!」

一方通行は勢いよく立ち上がる。

「…………じゃあな。ここの支払いは俺が持ってやる」

そう言って、手持ちのクレジットカードを机に置いて店を去って行った。





しばらくして、御坂妹は運ばれて来た料理を食べ始めた。

(……何故、でしょうか)

初めて食べる料理は、それなりに美味しい。

なのに、心は全く浮かなかった。

(美味しいものを食べたら、
気分は高揚するはずですが、とミサカ07777号は疑問に思います)

(それは不思議ですね、とミサカ10552号は同意します)

妹達は互いの脳波をリンクする事で、お互いに情報を共有している。

現在は、外部への研修に出た個体達による、外の情報で皆盛り上がっていた。







「……それでは、とミサカは別れの挨拶をします」

その後、古本屋で目的の本を手に入れた上条は、こってりと御坂妹に絞られた。

……で、完全下校時刻になった事だし、別れる事になった。

「ん。じゃ、また今度な」

上条も適当な別れの挨拶をすると、御坂妹は頷いて夕闇の街へと消えていった。

「……にしても、変わったヤツだったな」

上条は一人、御坂妹が消えていった方向を見ながら呟く。

さー帰りますかねー、と帰路に着こうとした上条だったが、

「……あれ?」

ふと、気付く。

御坂妹が去っていた方向に、折り畳んである紙が落ちていた。

「……何だ、こりゃ?」

拾ってみると、それには『実験試行予定地座標』と書いてあり、学園都市の地図があった。

「……アイツが落としたのかな?」

確か、御坂妹は何か『実験』に協力しているとか言っていたし。

……これが無かったら、困ったりするのだろうか。


上条「いくぞ、親友!」
一方「おォ!!」

一方「俺がベクトルで湯を沸かし!」
上条「俺が拳銃にぶっかける!」

一方「これが」
上条「俺たちの」

上・一「熱膨張だ!」

敵「ば、馬鹿なー!!」ドカーン


イライラして>>1のネタ潰しちまったよ…
すまんな…






「着いたな……」

一方通行はある研究所の前で呟く。

途中で小さな寄り道をしたために、時間はとっくに夕方だった。

「…………」

いつもなら気軽に足は進むというのに、今日に限っては何だか足取りが重たい。

(……警備員がいねェ…………)

いつもこの場所を、毎日の酒代稼ぎのために守護している連中がいない。

一体どこへ――――?

そう思っていたその時、

「何か御用でしょうか、とミサカは思わぬ人物に声を掛けます」

「…………よォ。
オマエこそ、そこで何してンだ?」

妹達の一人が、ライフルを抱えて話し掛けてきた。





「ふむ、つまりは研究者の方々に用があるのですね?とミサカは確認します」

「あァ、そォだ」

どうやら、今は妹達が警備員の代わりをしているらしい。

とりあえず用事を告げると、そいつは懐から何かを取り出す。

小型の通信機だった。


「天井博士ですか、とミサカは連絡します」

一方通行は眉をひそめる。

(何で天井に……?)

この研究所では、木原が研究者達のリーダーだったはずだ。

わざわざ天井に連絡する意味が分からない。

(……どォなってンだ?)

一方通行が不思議に思ってる内に、そいつは通信機を懐にしまっていた。

「どうぞこちらへ、とミサカは先導します」

そう言って、彼女は先に中へと入る。

(まァイイか)

一方通行は力強い歩みでついていった。





「……なァ、一つ聞かせろよ」

一方通行は少し躊躇ってから、そっと口を開いた。

「何でしょうか?とミサカは質問に答える準備をします」

「……何でこンなに静かなンだ?
他の研究者どもはどォしたンだよ?」

先程から研究所の中を歩いているのだが、誰一人としていないのだ。


「……何しに来たかなンざ、言わなくても分かンだろ」

天井はそれを聞いて、

「いや、分からないな」

その表情はどこまでも笑っていた。

「なら、教えてやる」

一方通行は、じっと天井を見ながら告げる。

「今すぐに『実験』を中止しろ。
こンなモン、俺は絶対に認めねェ」

「…………ほう」

天井は笑うのを止めた。

「それで良いのかね?
お前は『無敵』を求めていたではないか。
まさか、あんな『人形』を気に入ったのか?
それならば、一つ愛玩用に製作でもして「黙れよ」……何?」

一方通行は天井を睨み付ける。

「アイツらは『人形』でも、ましてや『実験動物』でもねェ」

「……では、何だと言うのだ」

決まってンだろ、と言って、一方通行はその答えを告げた。



「ただの、人間だ」



一瞬の沈黙が、場に流れた。


「………………ふ」

天井が表情を変える。

彼はただ、笑っていた。

喜怒哀楽の『楽』しか、その顔にはない。

「ふ、ふふふ。ははははははははは、はははははははっっ!!」

「……何がおかしい」

一方通行は、目の前の『異常』に静かな声色で聞いた。

「ふふ……いやはや失礼した。何、簡単な話だ」

間を置いて、天井は小馬鹿にした調子で告げた。



「天下の第一位様も、随分と『人間』のような事を喋るようになったものだと思ってね」



「何……?」

一方通行がそう言うと、天井は愉快そうな顔をした。

「何だね、その顔は。
まさか、自分が『人間』だなんて思っていたのか?」

とんでもない、と天井は首を振る。

「お前は正真正銘の『化物』さ。
ほんの数年、ぬるま湯に浸かった程度で
温かい血を流す『人間』になど、なれる訳がない」


「…………」

一方通行は黙り込む。

それを肯定と受け取ったのか、天井はさらに口を開く。

「理解したか、『化物』?
もう一つ言わせてもらうがな、
お前には拒否権などない。
何故ならば、お前もまた『実験動物』だからだ」

天井は、はっきりとそう言った。

「……さて。
そら、さっさと今日の『実験』を「うるせェよ」……何だと?」

天井の言葉を遮って、一方通行は言葉を発した。

「確かに、俺はもしかしたら変わったと
思い込ンでるだけなのかもしれねェ。
本当は、ただの『化物』なのかもしれねェよ」

でもな、と区切る。



「それがどォした?」



「俺が『化物』だからってな、
『人間』らしい事を抜かせねェなンて誰が決めた?」

一方通行はさらに続ける。

「……これは俺の人生だ。
俺の生き方は俺が決めンだよ。
理解したかァ、天井くンよォ?」


「…………ほざけよ、一方通行。
今の技術ならば、お前を押さえ付ける事など造作もない。
無理矢理にでもお前に『実験』をさせる事も出来るのだぞ」

それを聞いて、一方通行はため息をつく。

「……ま、オマエには何言っても
分かンねェのは分かってたし、シンプルに行かせてもらうわ」

一方通行は懐から何かを取り出し、天井の机に投げ付けた。

「……これは…………」

天井はそれを見て、眉をひそめる。

それは、一方通行名義の預金通帳だった。

「……一体、何のつもりだ?」

天井は、一方通行へと疑問を投げ掛ける。

「ハッ、簡単な話だよ。……その口座に五億入ってる。
それだけありゃ、オマエは借金を返して愉快な一生を過ごせるだろォな」

「……なるほど。
『実験』から手を引け、という事か」

そう、一方通行の考えた事は至って簡単。

天井がこの『実験』を行う理由――莫大な借金の返済を、
一方通行が肩代わりする代わりに『実験』から手を引かせる、という事だ。


しかし、天井はつまらなそうに答えた。

「……残念だがな、一方通行。
これは、『交渉』にはならんよ」

天井は続ける。

「『実験』を成功させた時のほうが、
借金を返した後に手に入る金は大きい。
私には、この『交渉』を受け入れる利点がないよ」

そう、いかに学園都市第一位として貯めた金があっても、一方通行は一学生なのだ。

統括理事会の支払う莫大な恩賞には、敵わない。

しかし――――

「いいやァ、オマエにも大きな利点はある」

一方通行は笑って答えた。

「――考えてもみろよ。
さっきオマエは、最新の技術を使って
無理矢理にでも、この俺に『実験』をさせるって言ったよなァ?」

一方通行は、一つ間を取って告げた。

「――だったらその最新の技術とやらには、
一体どれだけの金をオマエは使うのかな、天井くン?」


そう、一方通行を止める技術が完成していたとしても、
それに使われる費用はきっと、とんでもない額になるだろう。

そして、『実験』は残り一万と九千九十九回もある。

そうなると統括理事会の莫大な恩賞は、
その費用と借金返済に使われて露と消えてしまう事になる。

だが、

「……お前の『交渉』に乗れば話は別、という事か」

一方通行の『交渉』に乗れば、天井は一生を愉快に過ごせるだけの金が手に入る。

「そォいう事だ。……で、どォする?
言っとくが俺はたっぷり抵抗するぞ。
わざわざ借金返すためだけに苦労するか、
それとも借金を今すぐ返して楽に生きるか――選べよ」

そう言って、一方通行は両腕を広げた。

「………………ふふふ」

天井は、愉快げに笑った。

「まったく。たいした『悪党』だな、一方通行」

「……そりゃどォもォ」

一方通行は、少しイラついた調子で答えた。

さっさとしろ、とその真っ赤な両眼は語っている。

天井は笑いながら、言葉を紡ぐ。

「私の答えは――――」


「……怨むならよ、『実験』を止められなかった俺を怨め」

木原が、言った。

「何言ってるんですか、木原さん!」

「そうですよ!そもそも俺達のような
足手まといさえいなけりゃ今頃『実験』は止められたんです!」

「……一方通行、怨むなら俺達を怨んでくれ!
木原さんも芳川さんも、何も悪くなんて……っ!!」

「黙れ、テメェら」

口々に言う研究者達を、木原は一言で黙らせる。

「イイか。これはここのリーダーであり、
コイツの親である俺が責任を取るべきなんだよ。
テメェらみてーな下っ端どもに、そんな大事なモン負わせられるか」

木原は、真っ直ぐに一方通行を見つめる。

一方通行は無言で木原に近付く。

そして――――

「…………ベクトルゥゥゥ!!チョーップッ!!!!」

声と同時に、木原の脳天に強烈な痛みが走る。

「………………ッ!?」

木原は声もなく、その辺を転がり回る事になった。


一方通行は、ため息をついた。

「ったく……。オラ、手ェ出せよ、芳川」

一方通行は簡単に手枷を外す。

やれやれ、と思いつつ振り返ると、

「木ィィ原ァァァァ!!パーンチッ!!!!」

木原の拳が飛んできた。





「……ったく。
テメェ、ホントに親を労る気持ちとかねーんだな」

「……そォいうオマエは、息子を労る気持ちはねェのか」

あの後、乱闘を始めた二人を押さえるのに、
たくさんの研究者達が飛び掛かってきた。

「……まァ、イイ。
これでチャラにしといてやる」

言いながら、一方通行は研究者達全員を見た。

「――オマエらに、頼みがある」

研究者達は黙り込んだ。

それを見て、一方通行は続ける。

「……『実験』を完全に止める手伝いをしてくれ」

そう、一方通行は確かに天井を止める事は出来た。

しかし、統括理事会の連中はそれで諦めるような奴らではない。

――――だから、完全に『実験』を出来なくする必要があるのだ。


「これは統括理事会にケンカを売る事になる。
……だから、やりたくないヤツはそれで構わねェ」

でも、と区切る。

「出来るだけ、頼む。
俺は妹達を――アイツらを助けたいンだ」

そう言って、一方通行は初めて人に頭を下げた。

「「「「「「「…………」」」」」」」

研究者達は、黙り込む。

そして、お互いに顔を見合わせた。

「……ったく、しょうがねぇなあ」

「……私に出来る事があるなら、有り難く手伝わせてもらうわ」

そう言いながら、木原と芳川は一方通行の隣に立つ。

「……俺も、手伝うよ」

「……償いとは言わないが、全力を出す」

「……必ず、助けましょう」

他の研究者達も、一方通行の側に立った。

一方通行が顔を上げれば、全員が立っていた。

「…………ありがとよ」

彼はただ、感謝の気持ちを伝えた。

「ハッ、なーに言ってんだよ」

「そうよ、お礼なら終わってからにして頂戴」

「そうだぜ、一方通行!」

「後で何かおごって貰うからね!」

研究者達は口々に告げる。

一方通行には、それが何だか嬉しかった。



「さーて、と」

木原は研究者達全員の顔を見た。

「……テメェら!
たまには、派手な事してやろうじゃねぇか!!」

「「「「「「「………………はいっ!!」」」」」」」

一方通行は、思う。

きっとコイツらがいればどうにか出来る、と。


これにて今回は終了です。
後、三回で三巻は終わります。
それでは皆様、またいつか。






現在一方通行達は、これからの行動方針を決めるための会議をしていた。

「さて――現状を確認しようじゃねーか」

研究所の会議室にて、木原はホワイトボードに大きく印刷された地図を貼付ける。

どうやら、『実験』を行う一万九千九十九の地点と日時が表記されているようだ。

「……現在残った妹達はちょうど二万人。
このうち、『実験』に使われる予定が一万と九千九十九人だ」

「ちょっと待てよ」

一方通行は今の言葉に疑問を持った。

「どォして残りが二万人で、『実験』に使われンのが一万九千九十九人なンだよ?」

そうだ、それでは帳尻が合わない。

一人、余分に存在する事になる。

「あーあー。それな、それ」

木原は懐からレポートを取り出すと、一方通行に投げた。

「天井の野郎が置いてったモンだ。
それによると、妹達の反乱を防ぐための
抑止力として、『上位個体』が存在しているらしい」

見てみ?と木原が促してきた。


一方通行は言われたようにレポートを読んでみる。

……確かに、その個体は存在するらしい。

中身を要約すると、『打ち止め(ラストオーダー)』と呼ばれる個体がいて、
妹達全員へと強制的な命令を飛ばす事が出来る、との事だった。

「……んで、だ。まずはちょっとそいつの力を借りたいと思うんだよ」

「はァ?」

どォいう事だ?と思っていると、

「時間稼ぎみてーなモンだよ。
今日も『実験』は行われちまう予定だ。
だから、今日は妹達に外に出ないように命令を送る」

つまり、半ば強引に『実験』を中止する、という事らしい。

「……とは言っても、統括理事会の事よ。
一日もすればおそらくは気付かれてしまうわ」

だから、時間稼ぎ。

ほんの僅かに与えられた執行猶予。

「……その間に、どォにかする方法を考えるって訳か?」


一方通行が『実験』をしないと言って反抗してしまえば、
用済みの妹達は多分、始末されるか、あるいはもっと非道な事に使われるかだ。

そして一方通行はそんな手段は取らない。

「さすがに即興じゃ阻止する方法は思いつかねーからな」

言って、木原は頷く。

「たった一日でも、この人数で考えればきっと良い案が浮かぶはずよ」

芳川は周りを見回す。

合計で三十人以上はいる研究者達が、力強く頷いた。

「よし、オマエら。二班に別れろ。
一班は打ち止めの方に向かえ。
もう一班は、ここに残って作戦会議だ」

木原の命令に、彼らは迅速に動く。

やがて班を作ると、彼らは会議室から出ていく。

「……っと。芳川、一方通行ァ!ちょっとこっち来い」

木原に呼び止められ、同じく出ようとした芳川と一方通行が立ち止まる。


「……何だよ?」

怪訝な表情で一方通行は尋ねる。

「オマエらには、別の相談がある」

言いながら木原は、またレポートを取り出す。

「コイツを読む限り、妹達を助けた後にちょっとした問題が出てきそうでな」

「問題?」

芳川が眉をひそめると、木原は頷きながら、囁くように答える。

「……実のところな、妹達は『寿命』が人よりかなり短いんだ。
このまんまじゃ、助けたトコですぐに死んじまうかもしれねえんだ」

「なっ…………!?」

一方通行の頭に、鈍い衝撃が走る。

妹達はオリジナルである『超電磁砲(レールガン)』の肉体年齢に近付くために、
投薬で無理矢理に成長させられたせいで『寿命』が縮まってしまっているとの事だった。

(なンてこった……)

一方通行は、愕然とする。

それでは、意味が無い。

どォすれば――?と一方通行は思い、木原を見る。


だが――――

「それは名案だと思うけど……。
本当に信頼出来る機関なんて、貴方には分かるの?」

芳川の言う通りだった。

いくら学園都市の協力機関と言っても、種類がある。

学園都市の技術を盗もうとする機関、
本当に協力してくれる機関――とまぁ、色々ある。

その中のどれが信頼出来て、
どれが信頼出来ないのかなど、一方通行には分からない。

「……チッ。だったらどォしろってンだ」

若干イラついた調子で聞くと、

「……そうね」

芳川は何か考え込んでいる様子で答えた。

「今の貴方の案自体は悪くないわ。
ただ、色々と問題点があるだけなのよ」

芳川は言って、黙り込んでしまった。

「……芳川?」

一方通行が話し掛けても、彼女は反応しない。

(……何なンだよ)

一方通行が思っていると、不意に芳川が口を開く。


「で、そっちはどォだよ?」

周りでは、研究者達が何やら紙を広げて話し合っている。

「んー。とりあえずは、天井が残したレポート全部読んでんだがな」

なかなか難しそうだ、と木原は両手を広げて言った。

「『樹系図の設計者(ツリーダイアグラム)』の演算は完璧だしな。
……そこに何か『矛盾点』でも用意出来りゃ、どうにかなりそうだが……」

木原が言うには、現在『樹系図の設計者』は
正体不明の攻撃により破壊され、もう存在しないらしい。

何となく、その攻撃の正体が分かった一方通行はちょっとだけインデックスに感謝した。

とにかくそんな訳で、今演算結果に『矛盾点』が生まれれば、
どうしても『実験』は中止になる。

『樹系図の設計者』は無駄な計算をマシンパワーに任せてしているので、
一度人の手で計算し直そして『矛盾点』を修正しようとしても、かなりの時間を要する。

そしてその計算が終わる頃には、一方通行は死んでいる。

その一点ぐらいしか『実験』を止める隙はない、との事だ。







「……ったく、行ったか」

木原は呟きつつ、机に向き直りパソコンの液晶画面を見る。

と、そこへ――――

「お、上手くいったか」

打ち止めの方へ向かった部下達から、連絡が来た。

どうやら無事、『実験』を一時中止に出来たようだ。

(さて……)

木原は今後の事を考える。

早ければ日付が変わる頃にでも、
統括理事会の息がかかった連中が
『実験』遂行のために妹達の方に向かうかもしれない。

何故、一方通行や妹達の上位個体である打ち止めではないのか。

理由は簡単で、どちらも中々手が出しにくいからだ。

一方通行については言わずもがな。

打ち止めについては、そもそも情報がない。

天井は打ち止めについて、統括理事会には報告していなかったらしい。

木原が所持している打ち止めについてのレポートは他のものと違い、
天井のパソコンの中にあった、何重にもロックされたファイルを印刷したものなのだ。


どうも、新スレ建てて来ました。

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上条「俺達は!」上条・一方「「負けない!!」」 - SSまとめ速報
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