こんばんは。
これは「ストライクウィッチーズ」の二次創作です。
坂本美緒少佐の従兵である土方圭助兵曹が主人公になっています。
……と言っても私の独自設定をいろいろ追加したせいでほとんどオリキャラになってますが。
それを許容できる方のみどうぞ。
SS速報復活とともに3スレ目突入です。
これからもよろしくお願いします。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1393858031
日付変わってから安価発動するべきでしたね。
すいません。
前スレへのリンクはっときます。
【ストパン】土方圭助の憂鬱【土方×もっさん】
【ストパン】土方圭助の憂鬱 その2【土方×もっさん】
【ストパン】土方圭助の憂鬱 その2【土方×もっさん】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1347892033/)
こんばんは。
続きを投下に来ました。
安価はサーニャが驚異の巻き返しですねw
この扶桑編が終わったら書きますので今少しお待ちを。
「どうぞ、遠慮なく入ってくれ」
その言葉とともに通された北郷中佐の執務室は、余計な装飾を一切排した質実剛健と称するにふさわしいものであった。
「ふう…………ちょっと失礼するよ」
私がドアを閉めるのを確認すると、中佐はそう断りを入れ、徐に制服の前ボタンを外し始めた。
「ちゅ、中佐?」
「どうもこの制服は窮屈でね。流石に人目のあるところではきっちりとしない訳にはいかないが、君たちしかいないんだから勘弁してくれ」
驚く私の声などどこ吹く風と言った態で、中佐はボタンを外し終わる。
その下にあるズボンが丸見えと言ってよい状態であるが、中佐は特に気にした様子もない。
思わず視線が胸の方へと向いてしまうのは男として仕方のない事であろう。
…………。
確かに、あれでは制服が窮屈だというのも無理はない。
そんなことを考えていたら急に後頭部をはたかれた。
「貴様どこを見ている!」
「も、申し訳ありません!」
慌てて視線をそらす。
そんな私たちの様子を可笑しそうに眺めていた中佐はやがて私たちに来客用のソファを進めると正面に座った。
「さて、改めて自己紹介しておこう。私は北郷章香。そこにいる坂本が舞鶴にいたころの教官をしていた」
「坂本少佐の従兵を務めさせていただいております、土方圭助でございます」
北郷中佐の自己紹介に、私も返礼をする。
「先ほども言ったが、君のことは坂本からの手紙で何度も聞かされていた」
「………せ、先生!」
北郷中佐の言葉を遮るように、坂本少佐が中佐と私の間に割り込んできた。
そんな少佐の姿に、中佐は面白くてしょうがないとばかりに笑い声をあげる。
「はは、いいじゃないか。悪口を言っていたわけじゃない。むしろ………」
「だ、だから先生!そう言うことは…………こら土方!貴様何をニヤニヤしておるか!」
「も、申し訳ありません」
不意に少佐の怒りの矛先が私の方に向く。
少佐がここまで振り回されている姿も珍しい。
中佐はそんな私たちを見てひとしきり笑った後、再び話し出した。
「しかし、坂本も今や少佐殿か。ついにあの頃の階級に並ばれてしまったな」
「…………いえ、私など、あの頃の先生に比べればまだまだです。比べるのも失礼なほどに」
「謙遜しなくていい。今の君は間違いなくあの頃の私より強い」
そう言って少佐は壁に掛けてある写真へと目をやる。
そこには、中佐と、ウィッチの制服を着た少女たちの写真が所狭しと並んでおり、中佐がウィッチの教官としていかに慕われているかが思い起こされる。
その中の、最も目立つ場所にある一枚。
三名の少女たちに囲まれて今より幾分若い北郷中佐が笑顔を向けているその写真に懐かしそうな視線を送っている。
「若に、竹井に……そして君か。あのころの教え子たちの中でも君と若の二人は抜きんでいたな」
「竹井」というのはロマーニャの第504戦闘航空団の戦闘隊長を務めておられる、竹井醇子大尉であろう。
諏訪少尉と共に行った504の基地で一度お見かけしたことがある。
坂本少佐とは古い付き合いであるとのことだが、同門であったのか。
もう一人の「若」と言うのはどなたの事であろうか……話から察するに同門のウィッチの一人であろうが。
そんな私の表情に気付いた北郷中佐が説明をしてくださる。
「ああ、若ってのは若本徹子。あのころの私の教え子の一人で坂本、竹井、若の3人はいつも一緒だったな」
「はい。先日、醇子とはロマーニャで会いました。壮健でやっているようです」
「そうか。それは何よりだな。私もこんな体でなければ久しぶりに会いに行きたいものだが」
「…………先生。これを覚えていらっしゃいますか?」
中佐の言葉に、少佐は荷物の中から一振りの剣を取り出し、中佐の前に置く。
それは烈風丸を打つ前、ブリタニアにいたころ少佐が使っておられた刀であり、無銘ではあるもののよく使いこまれた名刀と称してよいものであった。
「…………忘れるわけがないだろう。これは私が君に餞別代りに贈ったものだ。懐かしいな」
「はい。今まで、この刀にはどれほど助けられたか分かりません。本当に……ありがとうございました」
「いやいや。私の果たした役割などたいしたもんじゃないさ。今の君があるのは間違いなく君自身の力だ。…………というか、そんなことを言うためにわざわざこんな骨董品のような刀を持ち出したのかい?」
中佐の言葉に、坂本少佐は静かに首を振る。
「いえ、先生にはもう一つ、これを御覧に入れたくて」
そう言って少佐は、再び荷物の中よりもう一振りの刀を取り出して先ほどの刀と並べるように置いた。
その刀を一目見た中佐の表情がすっと引き締まる。
しばらく考え込むように沈黙した後、ゆっくりと話し出した。
「……なるほど。手紙にあったな。それが烈風丸とか言う刀か。ずいぶん危険なものだという話だが。正直、現物を目の前にして震えが止まらない。…………これがどういうものか、君は分かっていないわけではないのだろう?」
「…………はい。あの扶桑海事変の時、先生は私に仰いました。『たとえ何があろうとも誓ったその意思を守り通した君は、その時からもう一人の……一人前のウィッチなんだ』と。その言葉があったから、私はここまで来られたのです。だからこそ、私はウィッチとして守ることにこだわりたい。私の周りの人間を、そしてこの扶桑を」
坂本少佐の言葉に、北郷中佐は呆れたように後ろ頭を掻いた。
「……そんなに大したことを言ったつもりはないのだがな。事実、あの頃の君のウィッチとしての成長は目を見張るものがあった。それは誰でもない、君自身の努力の結果だよ」
そう言う中佐の表情はしかし、厳しさを含んだままである。
そんな表情に気付いているのかいないのか、坂本少佐は言葉を続けた。
「501に一人、面白い奴がいるのです。名は宮藤芳佳。宮藤一郎博士の一人娘です」
「宮藤博士の…………それはまた数奇な巡り合わせだな」
「はい。奴のウィッチとしての潜在能力は、正直私などよりはるかに高いと思います。しかし、私は奴が戦いなど好まない優しい性格だと分かっている。それでも奴は言いました。自分もこの扶桑を守りたいと。私はそんな奴の助けになってやりたい。そして奴を無事に扶桑に帰してやりたい……それが今の、私の希望です」
「坂本…………」
そう言ったきり沈黙する北郷中佐。
少しの躊躇いの後、再び口を開いた。
「坂本、君は……」
こんこん。
北郷中佐の言葉を遮ったのは、不意に聞こえてきたノックの音であった。
「何だ?」
「あ、あの…………坂本少佐に」
「私がどうかしたか?」
「司令長官閣下がお呼びです」
「…………先ほどご挨拶に伺ったばかりだと思うが」
ドア越しに聞こえる声に返答を返す少佐の声は、明らかに不機嫌そうである。
そんな空気を感じ取ったのであろう、ドアの向こうから聞こえる声が弱弱しくなった。
「あ、その、えっと…………」
「あー分かった分かった。すぐ伺うとお伝えしてくれ」
「は、はい!」
ドア越しに聞こえる困ったような声に、坂本少佐はすこし乱暴に後ろ頭を掻きまわすと立ち上がった。
そのまま北郷中佐に向けて頭を下げる。
「申し訳ありません先生」
「…………いや、構わんよ。それより……」
そこで北郷中佐は私に視線を向けてきた。
「そこの土方君を少し借りるぞ」
「…………わ、私ですか?」
いきなり話を振られ、驚いた私が少佐の方に視線をやると、坂本少佐も戸惑ったようなな表情を浮かべている。
「土方を、ですか…………?」
「ああ。ちょっと彼と少し話してみたくなってね。それとも、彼が自分以外の女と話すのは我慢がならんか?」
「そ、そんなことはありません!…………わかりました。土方、くれぐれも粗相のないようにな」
「は」
「それでは、失礼いたします」
「ああ」
からかうような中佐の言葉に、少佐は少し慌てたようにそう言い残すと、そのまま部屋を出て行った。
ドアの閉まる音が小さく聞こえた後、部屋の中には私と北郷中佐のみが残される。
「……さて、土方君」
「は。何でございましょうか、北郷中佐」
「ああ、私のことは章香で構わんよ。階級も省いていい」
中佐の言葉に、私は少なからぬ躊躇いの後口を開いた。
「…………ふ、章香さん、ですか」
「はは、改めてそう呼ばれると恥ずかしいな……まぁいい。座れ」
「は」
そう言って中佐は先ほどまで座っていたソファに腰を下ろすと、私にも座るように促す。
私が着席するのを見計らったように、中佐はそれまでの穏やかさを一瞬で引っ込めて、厳しい表情で私に相対した。
「土方君。坂本に何があった」
「…………と、申されますと」
「とぼけているのか?ならば言い直そう。『いつから坂本は、あんな死に急ぐような表情をするようになった?』」
「…………っ!!」
中佐の言葉に息を呑む。
その私の表情の変化を予期していたように、中佐は言葉を続けた。
「舞鶴にいたころの坂本は…………特にウィッチになると決めてからは魔眼の制御のために無理をすることもあったが、しかしそれは私や、周りの同僚たちの役に立ちたいという純粋な思いからくるものだった」
「…………」
「だが、さっき烈風丸を取り出してからの坂本は、あの頃とはまるで別人のようだった。…………うまく言えないが、どこか『死に場所を探している』ように見えた」
――――時々美緒は『死に場所を求めてる』んじゃないかって不安に思うことがあるのよ。
501の司令室でミーナさんに聞かされた言葉が蘇る。
ミーナ中佐に、北郷中佐。
古くからの坂本少佐を知るお二人の言葉は重い。
「君にとっては聞きたくもない話かもしれんがな」
「…………いえ」
私はそう答えるのが精いっぱいであった。
「正直、私は舞鶴を出てからの坂本の事はよく知らん。手紙で近況を知らせてはくれるが、あの通りの奴だからな。私に弱音など絶対吐こうとはしない」
「はい」
「だから土方君、君から見た坂本の姿と言うのをできれば聞かせてほしい。この通りだ」
そう言って中佐は私に向かって頭を下げる。
その真剣な表情は、中佐がこの質問を、決して野次馬根性や好奇心でしているのではないことを物語っていた。
そんな中佐の表情に、私は少し迷ったが話すことに決める。
20歳になり、魔力の衰えが顕著になって行ったこと。
その衰えを埋めるように烈風丸と言う刀を作るようになっていったこと。
自分にとってウィッチであるという事、空を飛ぶという事は存在意義そのものだという少佐ご自身の言葉。
そのすべてを、中佐は目を閉じ、頷きながら聞いておられた。
「……なるほどな」
やがてそう呟くと、中佐は目を開いた。
私と中佐の視線が交錯する。
中佐はなぜかそこで小さく笑い、話し出した。
「君の表情を見てわかった。もう坂本に私の助けは必要ない」
「そ、そんなことは…………」
「君ならきっと、今の坂本の助けになってくれるだろう」
正面切ってそう言われると恥ずかしいものがあるが、ここは否定するところではない。
中佐は表情を改めた。
「どうか、坂本を頼む。奴がもし死に急ぐようなことを言い出したら、ぶん殴ってでも止めてやってくれ。私が許す」
「…………は」
…………まあ、「ぶん殴ってでも」はともかく、ミーナ中佐にも同じことを頼まれている。
私の返事は考えるまでもなかった。
私はしっかりと中佐の目を見ながら頷く。
「はい。坂本さんのことは…………」
「私がどうかしたか?」
「ひゅいっ!」
不意に後ろから声を掛けられ、思わず珍妙な叫び声をあげてしまう。
そんな私の狼狽に、声をかけた少佐の方が驚いていた。
「ど、どうした土方?」
「いえ、な、何でもございません」
動揺を何とか鎮め、少佐に答える。
「そ、そうか?」
「それより、長官閣下のお話とは?」
「ああ、それなのだがな……」
無理矢理に話題を変えるために苦し紛れに出した話題であったが、少佐は私の言葉に苦い顔をする。
「午後から、舞鎮の隊員たちに講演をしてくれとの依頼だ。急に言われても困ると断ったのだが…………もう会場も抑えて告知もしてある、私の顔を潰す気かと言われてな」
「……なるほど」
「ここには先生に会うだけのつもりで来たのだ。原稿も何も用意しておらんのにどうしろと」
「…………以前、佐鎮で行った講演の原稿をもって来ております。少し手直しすれば使えるかと」
私の言葉に、少佐の表情が明るくなる。
「おお。流石は土方。早速取り掛かるぞ」
「は」
「申し訳ございません先生。このような事情で…………」
申し訳なさそうに中佐に向けて頭を下げる少佐に、北郷中佐は笑って答える。
「構わんよ。私は坂本の顔が見られただけで十分だ」
「…………はい。出発する前にはまたご挨拶に上がります」
「うん。そちらの土方君も、頑張ってくれ」
「は」
そんな中佐の言葉に送られ、私たちは中佐の部屋を後にした。
それから数日ののち、私たちが横須賀に帰る日がやってきた。
舞鶴駅の前では、鎮守府指令長官主催による壮大な壮行会が行われている。
扶桑国内における坂本少佐の人気はやはりかなりのものがあるようで、舞鶴駅前の広場には身動きができないほどの聴衆が詰めかけていた。
そんな聴衆に向けて壇上から何事か話している長官閣下の姿を、私は少し離れたところから見るともなしに眺めていた。
「……土方君」
不意に後ろから声を掛けられ、振り向くと北郷中佐が立っている。
私はともかく、舞鶴鎮守府の関係者である中佐がこんなところにいてよいのだろうか。
そんな私の驚きを読み取ったのだろう、中佐は苦笑して答える。
「壮行会と言っても長官閣下の政治ショーのようなものだからな。私はお呼びでないらしい」
「…………」
「こら、そんな顔をするな」
「……申し訳ありません」
内心の怒りが思わず表情に出てしまったようで、中佐に窘められる。
先日の急な講演依頼と言い、どうもこちらの長官閣下には好意的になれそうにない。
中佐は笑いを収めると、話しだした。
「まぁ、そんなことより、先日君に言ったことを覚えているか?」
「は」
「ならばいい」
忘れるわけがない。
私の返事に、中佐は表情を緩める。
「坂本も、君のことはかなり信頼しているようだ。だから……」
そこで言葉を切り、中佐は私の目を正面から覗き込んだ。
「坂本の事、よろしく頼む」
「……はい!」
「いい返事だ。それではな。また壮健で再会できることを祈っているよ」
そう言うと中佐は私に小さく手を振り、踵を返して離れていった。
その後姿が見えなくなるまで敬礼を送り続け、私は再び駅の方へと視線を転じる。
長官閣下の話は、まだ続いていた。
と言う所でここまで。
新スレでもよろしくお願いします。
サーニャの話はまた一週間後ぐらいに。
セルフage
あと1話で扶桑滞在編は終わって本編に復帰するつもりです
あと1~2日のうちには何とか。
こんばんは。
深夜ですが投下させていただきます。
短くてすいません。
時はややさかのぼる。
私にまつわる問題が片付いてより数日たった日の事、いつもの通りの朝の鍛錬を終えて家に戻った私を、門のところに立ったウィトゲンシュタイン少佐と黒田中尉が待っていた。
「土方」
「あ、あの、圭助様……」
私の姿を認めるとそう言って歩み寄ってくるお二人。
その手には大きなカバンを下げていた。
「…………戻られるのですね。欧州に」
「うむ。流石にウィッチが2人も基地を空けているのは問題がありすぎるからな」
「そうですね」
少佐の言葉に頷く。
そもそも人数の少ない506から2人もウィッチが離脱するという異常事態を考えれば、早々に帰還命令が出るのは当然のことと言えた。
むしろ今まで扶桑にいられたことの方が不思議である。
「うう…………せっかく帰りは圭助様とご一緒できると思ったのにぃ」
「泣くな馬鹿者。今生の別れでもあるまいに」
そう言って涙目になっている黒田中尉とそれを呆れたように窘めるウィトゲンシュタイン少佐。
私はそんなお二人に心からの感謝をこめて頭を下げる。
そんな中、お二人がわざわざ欧州から駆けつけて下さったことは、何度感謝の言葉を述べても足りないほどであった。
「この度は、誠に……」
しかしお二人は、私の感謝の言葉を途中で遮り笑顔を見せる。
「ああ、もうよい。貴様のような立場のようなものがそう何度も頭を下げるものではない」
「そうですよー。圭助様と私の仲じゃないですか」
「は……ありがとうございます」
ある意味いつも通りのお二人に、私はさらに恐縮するしかない。
「先ほども言ったが、これで今生の別れと言う訳でもあるまい。また向こうで会うこともあろう。その時まで壮健でな」
「は。ウィトゲンシュタイン少佐たちもお元気で」
「はいっ」
そんな簡単な挨拶とともに、お二人は旅立って行かれた。
欧州に着けば、そこは対ネウロイ戦の最前線だ。
お二人が優秀なウィッチであることは疑いもないが、それでもまた無事に再会できるとは限らないのがこの軍人と言う職業である。
お二人を乗せた車が見えなくなるまで、私は頭を下げ続けた。
そして今、横須賀鎮守府桟橋にて。
短いようで長く感じられた扶桑滞在。
色々な出来事があったこの滞在も今現在行われている壮行会をもって終わりを迎える。
壇上に座る坂本少佐をの表情を遠目に見ながら、私は母と歳江、そして山川さんの見送りを受けていた。
「ありがとうございます。皆様もご壮健で」
「お兄様、私はきっと……立派なウィッチになってお兄様の下に参ります。それまでお待ちくださいね」
「あ、ああ……ありがとう」
そう言いながら歳江の頭をなでると、歳江は嬉しそうに眼を細める。
私が願うのは歳江が無事にウィッチとしての任務を全うしてくれることであった。
正直今でも私は歳江が戦場に向かうのを見たくないという気持ちがあるのだ。
願わくば、歳江が戦場で、501や506の皆様方のような善き戦友に巡り会わんことを。
そして今度は母へと視線を移す。
「圭助さん、坂本少佐をしっかり助けるのですよ」
「は。分かっております」
「
母はそれだけ言うと、手を差し出してきた。
私が横須賀鎮守府で働いた狼藉については、母はあれ以来一言も触れようとしない。
如何に長官閣下が何も仰らぬとはいえ、噂と言うものは無責任に広まっていくもの。
母は何も言わないが、面白からぬ言葉を投げられたこともあるだろう。
その原因を作ってしまった私としては、何とも歯がゆい思いである。
握り返した母の手は、子供の頃によく握ってくれた母の手より幾分小さくなっているように感じられた。
「旦那様」
最後に声をかけてきた山川さんの方へと振り返る。
「あ、あの」
「旦那様」
何か言おうとする私の言葉を遮り、山川さんは話し出す。
「私は、坂本少佐や歳江様のように、直接的に旦那様を支えて差し上げることは出来ません。ですが、私はずっと祈り続けております。旦那様がまた、扶桑で待つ私の下に帰って来てくださることを。私の…………気持ちは通じませんでしたが、それでも旦那様をお慕いする気持ちには変わりありませんから」
「ありがとう……ございます」
「やめて下さいよ、旦那様が使用人に敬語だなんて……ふふ」
そう言って笑う山川さんの表情は、とても数か月前に女学校を卒業したばかりとは思えない。
この方なら、きっといい教師になるだろう。
根拠はないが何故かそう思えた。
山川さんの言葉に頷きを返すと、私は3人に正対し、敬礼をする。
「…………それでは、土方圭助、行ってまいります」
「お元気で」
「いってらっしゃいませ」
「お兄様、御武運を」
母は小さく頷きを、歳江は敬礼を、山川さんは笑顔を。
それぞれ三人三様の見送りを受け、私は彼女たちに背を向けた。
……今度彼女たちに会うのは何か月、いや何年後になるだろうか。
それでも、帰る場所が確かにあるというのは私にとって何物にも代えがたい支えであった。
「土方、では行くぞ」
「は」
軍楽隊の演奏に贈られながら、二式大艇に乗り込む私と坂本少佐。
タラップを登る少佐は、ふと歩みを止めると振り返り、そのまま横須賀の街並みを眺めている。
「…………」
「少佐?」
「わたしは……この風景を再び生きて眺めることができるのだろうか」
そう言う少佐の瞳は心なしか潤んでいるようにも見えた。
その表情は、北郷中佐が仰ったどこか危うげなもののように見える。
私は思わず口を開いていた。
「必ず……少佐はここに帰ってきます」
「ほう…………随分自信たっぷりに言い切るではないか」
私の言葉に、少佐はどこか嬉しそうに笑う。
私は言葉を続けた。
「私が必ず……少佐をお守りしますから」
「なっ…………」
そう言ったきり絶句したように沈黙する少佐。
数秒間の沈黙ののち、少佐はどこか慌てたように再び前を向くとタラップを登り始めた。
「き、貴様…………急に何を言い出すか馬鹿者!」
「急にではございません。私はいつもそう思っております。確かにともに戦うことは叶いませぬが、それ以外の問題からは、私がこの身に代えてもお守り申し上げます」
「…………そうか」
乗り込み前に小さくつぶやいた少佐のその声は、二式大艇のエンジン音に紛れて空に消えていった。
と言う所で以上です。
これで扶桑滞在篇は終了です。
あとは2スレ目の安価で決まったサーニャの話を挟んで一番の問題回(ネタ回ともいう)「500Over」に入ります。
それでは
こんにちは。
こんな時間ですが続きを投下します。
サーニャの501日記
○月○日
坂本少佐が扶桑に行ってからもう一週間になる。
少佐のいない501と言うのもなんだか妙な感じだ。
他のみんなも、言葉には出さないがどこか寂しそうに見える。
幸い、ネウロイの出現は落ち着いてきてるみたいだけど、またいつ激しくなるか分からない。
戦力的な面ももちろんだが、少佐がいることでみんなが安心できるっていうのはあったと思う。
いつも率先して気分を盛り上げてくれるシャーリーさんやルッキーニちゃんも心なしか元気がない。
…………シャーリーさんが元気がないのは別の理由なのかも、だけど。
少佐の従兵としていつも一緒にいる土方さん。
あの人とシャーリーさんは何だかんだで馬が合ってるように見えた。
その土方さんが急にいなくなってさすがのシャーリーさんもどこか調子が出ない感じだ。
私も……少し、寂しいかな。
○月△日
芳佳ちゃんがお料理を作ってる時に怪我をしたそうだ。
最近の芳佳ちゃんはどこかぼーっとすることが多くなってる気がする。
怪我そのものは指先をちょっと切ったぐらいで、大したことがなかったみたいだけど、ああいう芳佳ちゃんを見てると心配になってくる。
エイラも口には出さないけど心配そうだ。
…………って私が言ったら顔を真っ赤にして否定してた。
あの、高度30,000メートルでの戦いの時から、エイラも芳佳ちゃんのことを認めてくれるようになったみたい。
私たちが仲直りできたのも芳佳ちゃんのおかげだもんね。
あの二人が仲良くなってくれて、私も嬉しい。
…………でもエイラ、土方さんには相変わらず厳しいんだよね。
私が土方さんのことを話題にしようとするといつも急に不機嫌になってどこかに行っちゃう。
……どうしてなのかなぁ。
土方さんいい人だし、エイラも訳もなく人を嫌うような子じゃないのに。
なんてことを書いてたら土方さんの事をちょっと思い出しちゃった。
今、どうしてるのかな。
○月●日
今日はネウロイの警報もなかったので空戦の訓練をした。
ミーナさんが指揮をしていたけど、やっぱり坂本少佐がいないと調子が出ないみたい。
昼ごろ、扶桑から電話があったようでミーナさんがしばらく司令官室にこもっていたけど、出てきたミーナさんは見たことないような深刻な顔をしていた。
…………何か、扶桑であったのだろうか。
ちょっと不安だけど、ミーナさんが何も言ってくれない以上私たちには何もできない。
今日の食事当番は私。
料理はあんまり得意じゃないけど、こういう時こそおいしいものでみんなに元気になってもらわないと。
そう言えば、土方さんと芳佳ちゃんの作る扶桑料理はいつもおいしかったなぁ。
…………いつごろ帰るんだろう。
今度ミーナさんに聞いて見ようかな。
やっぱり501は全員そろってこそ、だよね。
早く、帰ってこないかな。
○月□日
ミーナさんに呼ばれてブリーフィングルームに行くと、驚くような話を聞かされた。
どうやら扶桑で何か問題があり、このままだと土方さんは坂本さんの従兵を辞めなくてはならなくなるようだ。
色々と詳しい説明もあったみたいだけど、私には半分も理解できなかった。
「誰か、扶桑に飛んでくれる人はいない?」
最後にミーナさんが言った言葉に、私は迷わず手を挙げた。
このまま土方さんとお別れなんて絶対嫌だ。
私にできることなんてたかが知れてるかもしれないけど、でも、このまま何もせずにいるのは耐えられそうにない。
土方さんにいつも厳しく当たるエイラも、この時ばかりは真剣な表情で手を挙げている。
やっぱりエイラも土方さんの事、心配してくれてるんだ。
嬉しくなって、私と目が合った時ににっこり笑って見せたらエイラはなぜか気まずそうに眼をそらした。
…………どうしてかな?
結局、扶桑に行くのはペリーヌさんに決まった。
土方さんと同じ立場の人みたいだし、私なんかよりできることははるかに多いだろう。
…………でも、ちょっとだけ残念。
だから出発するペリーヌさんに、土方さんをお願いしますって何回もお願いした。
また一人ウィッチがいなくなるから戦力的にはもっと大変になるけど、そんなことは言ってられない。
お二人の留守は私たちで守らないと。
そんな風に言ったら、ペリーヌさんは優しく頭を撫でてくれた。
どうか、坂本少佐も、土方さんも、ペリーヌさんも、無事で帰って来てくれますように。
○月×日
悪い事は重なるようだ。
今日は朝からネウロイの襲撃でてんてこ舞いだった。
やっぱり2人もウィッチがいないっていうのは想像以上に大変だ。
ミーナさんの救援要請に応じて506の人たちが来てくれたから何とかなったけど。
…………そう言えば、救援に来た506の人たちの中に、こういう時に張り切りそうなウィトゲンシュタイン少佐と黒田中尉がいなかったけど……何かあったのかな。
アイザックちゃんに聞いて見たけど、苦笑して首を振っただけだった。
うーん……今、セダンの506はグリュンネ隊長が実質戦えないから2人で回してるってことか。
ディジョンからも506のB部隊の人が来て下さったけど、やっぱりA部隊の人たちとはどこかぎこちない感じだった。
もっと仲良くできればいいのに。
こっちよりあっちの方が心配になってきた。
今度506に何かあったら私たちが助けてあげる番だ。
がんばらないと。
坂本少佐や、土方さんたちが帰ってきたときに何の心配もなく任務に復帰できるように。
○月▽日
今度は506の担当区域にネウロイが出たみたいで、ミーナさんの命令で救援に行くことになった。
現場に着いたけど、やっぱりウィトゲンシュタイン少佐と黒田中尉はいない。
……何の理由もなく現場放棄するような無責任な人じゃないはずなんだけど。
特にウィトゲンシュタイン少佐には、501にいた時同じナイトウィッチ同士いろいろ教えてもらったし。
…………もしかして、土方さんのトラブル関係なのかな。
あの二人ならそのまま扶桑まで飛んでいくぐらいはやりそうな気がする。
二つの戦闘航空団で4人もウィッチが欠けているというのはやっぱり大変だ。
でも、いいこともあった。
506の二つの部隊が少し仲良くなっている気がする。
怪我の功名と言ってしまうのはなんだけど、このまま仲良くしてくれればいいな。
全く。
こんなに私たちに心配かけて。
土方さんが帰ってきたら少し文句を言ってあげないと。
○月▼日
扶桑での状況はいまだよく分からないまま。
芳佳ちゃんがここ数日、めっきり元気をなくしてるのが気になる。
やっぱり同じ扶桑の人だから心配なんだろう。
エイラと相談して、三人で近くの街までお買い物に行かせてもらった。
ミーナさんも、芳佳ちゃんのことは気になってたみたいで意外なほどあっさりと外出許可をくれた。
エイラは「何で私がこんな奴と……」ってちょっと不満そうだったけど私は芳佳ちゃん、エイラとの3人でのお出かけが楽しみだった。
街での買い物は久々に楽しめた気がする。
なんだかんだ言ってエイラも楽しんでたみたいだし、ちょっと役得だったかな。
芳佳ちゃんも今日一日歩き回ってだいぶ気分が晴れたみたいだった。
でも、街中で土方さんに後姿のよく似た扶桑の軍人さんの姿を見かけた時、芳佳ちゃんがフラフラついていきそうになったのは驚いた。
エイラと二人で必死に止めたけど。
…………土方さん、早く帰って来てほしいな。
○月■日
ミーナさんから報告があった。
どうやら土方さんの問題は片付いたようだ。
近日中にこちらに帰ってくるとのこと。
その言葉に、基地に漂う空気も、心なしか明るくなったような感じだ。
シャーリーさんやルッキーニちゃんもいつもの調子を取り戻しているみたい。
やっぱりあの3人は501になくてはならない人だ。
芳佳ちゃんはその話を聞いてから、ずっと東の空を眺めている。
やっぱり気になっているんだなぁ。
ちょっと、可愛いかな。
私も、もちろん嬉しい。
今日の夕ご飯は芳佳ちゃんが当番だったけど、見たことないような豪勢な食事が出て来て、「無駄遣いしないの」ってミーナさんに怒られてた。
……みんなが帰ってくるその日は、今日みたいなとびっきり豪華なお料理でお出迎えしないと。
それが今から楽しみだ。
○月◆日
ついに明日、土方さんたちが帰ってくる。
今日の朝、小型ネウロイ接近の警報が出たけど基地のみんなで出撃して10分もしないうちに全機撃墜した。
救援に出てきたウィトゲンシュタイン少佐に「なにやっとるんじゃお主ら」って呆れられたけど、お出迎えの準備を邪魔されたんだもん。これくらい、いいよね。
そう言えばウィトゲンシュタイン少佐と黒田中尉はやっぱり扶桑に行ってたみたい。
すごい行動力だなぁ。
私にももう少し…………って、何考えてるんだ私。
今は明日に備えて早く寝ないといけないのに。
おやすみ。坂本少佐、土方さん、ペリーヌさん。
明日会えるのを楽しみに。
「…………ふぅ」
ベッドに腰掛けて日記を閉じ、一息つく。
今日の日記はお休みでもいいだろう。
何せ、今の今までみんなで大騒ぎしてたんだから。
下のベッドからはエイラの寝息が聞こえてくる。
坂本少佐も、土方さんもペリーヌさんも。
みんな無事に帰って来てくれてよかった。
さっきまで行われていたお出迎えパーティは大騒ぎだった。
シャーリーさんとルッキーニちゃんは土方さんを捕まえてはなさないし、ミーナさんは坂本さんとバルクホルンさんと3人でずっと楽しそうにお話ししてた。
芳佳ちゃんは土方さんたちに話しかけたそうにもじもじしてるところをシャーリーさんたちに見つかって無理矢理土方さんの隣に座らされて顔を真っ赤にしてた。
ハルトマンさんやエイラは相変わらずマイペースで、芳佳ちゃんたちが作った料理を片っ端から平らげていたけど、時折坂本さんや土方さんにちょっかいをかけに行くその様子はどこかいつも以上に楽しそうだった。
今思い出しても笑顔が浮かんでくるのを抑えられない。
そんな私にペリーヌさんが話しかけてきた。
「サーニャさん、どうです?私は約束を守りましたでしょう?」
「…………はい。本当にありがとうございます」
深々と頭を下げる私の頭をペリーヌさんは優しくなでて下さった。
そんなこんなで結局深夜まで大騒ぎした挙句解散したのはついさっきである。
…………さすがに今日は少し疲れたな。
そんなことを考えつつ、私はいつの間にか、眠りに落ちていた。
今日はここまで。
長かった扶桑編も終了です。
では次の「500Over」でお会いしましょう。
また来週。
すいません。
もう少し時間かかります。
あと1~2日の内には。
そして次は「500 Overs」ではなくて「モゾモゾするの」でしたw
こんばんは。
日付が変わりそうですが今から投下します。
少佐と私が扶桑より帰還して数日たった。
月明りの下、久しぶりのロマーニャ基地の廊下を歩く。
いつの間にか日課となっていた夜の見回りである。
ここを離れていたのは1か月ほどのはずだが、それでもどこか懐かしい気分になるのだから不思議なものだ。
ここ数日はネウロイの襲撃も落ち着いているようで、折角帰ってきたのに、と坂本少佐も些か不満そうにしていた。
しかし、私としては北郷中佐やミーナ中佐にい少佐の事を頼まれた身である。
無事これ名馬、と言うわけではないが出撃がないのは私にとっては喜ばしい事であるように思えた。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、前の方に小さな人影を認めた私は足を止める。
(あれは……サーニャさん?)
遠目からでもはっきり分かる、月光を受けて銀色に輝くその髪は、間違いなくサーニャ・V・リトヴャク中尉の物であった。
夜間哨戒から帰還したところなのであろう、眠そうにふらふらしながら歩いているのもいつものことである。
しばらく躊躇った後、私は意を決して声をかけた。
「サーニャさん……大丈夫ですか?」
「……あ、土方さん」
私の姿を認めると、中尉は驚いたように目を見開くが、やがて小さく笑顔を見せた。
「見回りですか?お疲れ様です」
「いえ、大したことは…………それよりサーニャさんこそ夜間哨戒お疲れ様です」
「ふふ、ありがとうござ……ふわぁ~~」
言い終わらないうちからサーニャさんの台詞は彼女自身の発した大きな欠伸によって遮られる。
「す、すいません!わ、私ったら…………」
サーニャさんは慌てたように謝ってきた。
……どうやら長々と引き止めるのは良くなさそうだ。
「それでは失礼します」
「あ、土方さん」
挨拶をしてすれ違おうとした私を、中尉が引き止める。
振り返った私に、少佐は少し躊躇った後に頼みごとをしてきた。
「あ、あの……もし、良かったらでいいんですけど…………お部屋まで連れて行っていただけませんか?その、ちゃんとたどり着ける自信がなくって」
「サーニャさん……」
この基地に来たばかりの頃、同じような状況で廊下で寝てしまった彼女の姿が思い起こされる。
あの時はユーティライネン中尉に誤解されて散々な目にあったことを思い出し、少し躊躇った私に、中尉は慌てたように付け加えた。
「あ、エイラなら大丈夫です。ちゃんと私から説明しますから。…………その、どうでしょうか?」
そう言って中尉は少し見上げ気味にこちらを覗き込んでくる。
…………結局私は、その希望に逆らうことは出来なかった。
「……」
無言で私の少し後ろを歩くサーニャさん。
先ほどと打って変わってその歩調はしっかりしている。
……誰かとともに歩いているという事で安心しているのだろうか。
しばらくそんな沈黙の時間が続いたのち、サーニャさんがおずおずと話しだした。
「あの、土方さん」
「はい」
「良かったです……土方さんが無事に帰ってこられて」
「……そのことに関しては、皆様には感謝の言葉もございません」
扶桑で何があったかは、おそらくペリーヌさんより聞き及んでいるのだろう。
わざわざ扶桑までやってこられたペリーヌさんにはもちろんのこと、こちらに残った501の方々にもどれほど感謝しても足りないほどであった。
「そんな……私は何もしてないです」
「いえ、今私が変わらず坂本少佐のお側に居られるのは、皆様のおかげと考えております。本当にありがとうございました」
「…………」
私のその言葉に、サーニャさんはしかし、どこか不満そうに頬を膨らませて沈黙する。
…………何か失礼なことを言ってしまっただろうか。
「あ、あのサーニャさん、私が何か失礼なことを」
「…………何でもありません」
「さ、サーニャさん?」
「ついてこないでください」
そのままサーニャさんは私のことなど目に入らないようにすたすたと歩いて行ってしまった。
後に残ったのは、ぽつんと間抜けに取り残された私の姿。
……なにが悪かったのだろうか。
そんな私の声ならぬ疑問は、誰の耳に入ることもなく夜空へと消えていった
明けて翌日。
坂本少佐の早朝訓練にお供し、海岸で無心に木刀を振る。
この早朝訓練も久しぶりのことであり、いつも以上に気合の入ったものとなっていた。
「ふんっ!」
「せいっ!」
朝まだ明けきらぬアドリア海に、我々の掛け声だけが木霊する。
暫くそうして素振りを続けた後、少佐は私に声をかけてきた。
「…………土方、今日はこのあたりにするか」
「は」
少佐の言葉に答え、手拭いを差し出す。
「ああ、すまんな」
受け取ったそれで汗を拭いていた少佐が、ふと陸の方に視線を止めた。
「あれは……ルッキーニか」
少佐の視線の先に目をやると、崖の上に群生する木の枝の上で何やらごそごそと動く影がする。
遠目ではっきりとは分からないが、確かにあの軍服はルッキーニ少尉のようだ。
「あいつはこんな早朝に何をやっているんだ」
「……さあ」
「まあ、あ奴の行動を一々忖度するのも無粋な話か」
「そうですね」
少尉の行動パターンを予測するのはおそらく誰にもできないであろう。
少佐も私と同じ思いだったのか苦笑を浮かべる。
そんな少佐の表情が、ふと引き締まったものに変わったのはそれから数瞬の後であった。
「…………ん?」
「どうされました、少佐?」
「いや、ルッキーニのいるあたりで妙な気配を……これは、いや…………しかし、まさかそんなことは」
「少佐?」
「これは……」
少佐の言葉を遮るように、基地の方から総員起こしのラッパの音が聞こえてきた。
基地の方を振り返った少佐がつぶやく。
「…………もうそんな時間か」
「そのようです」
時計を確認すると、確かに午前6時。
起床の時間である。
少佐はまとわりつく疑問を振り払うように小さく頭を振った。
「まあいい、私の気のせいだろう。では土方、基地までランニングだ。ついてこい!」
「は…………はっ!」
少佐に促され、私は少佐の後に従い海岸を離れる。
後から考えれば、この時もう少し気をつけていれば、この後の起こる変事は避けられたはずであったが、神ならぬ我々にはこの時少佐が感じた妙な気配の正体が何か、分かるはずもなかった。
「今日の連絡事項を示達します」
ブリーフィングルームにてミーナ中佐が話し出す。
ミーナ中佐の他に室内にいるのは宮藤さんにビショップ曹長、ルッキーニ少尉とエイラさん、そしてペリーヌさんと坂本少佐の6名であった。
「施設班の頑張りにより、お風呂が完成しました。本日正午より利用できます」
「わぁっ!」
中佐の言葉に、宮藤さんたちが一斉に歓声を上げる。
年頃の少女たちにはドラム缶風呂と行水だけでは辛かったであろうことは想像に難くない。
「リーネちゃん、一緒に入ろうね!ペリーヌさんも!」
「ま、まぁ……汗をかいた後にすっきりするのはいいことですわ」
いつもはあまり表情を変えないペリーヌさんもどこか嬉しそうだ。
「アドリア海を一望できる屋外に作ってもらいました」
「ほう……露天風呂か」
坂本少佐もやはり嬉しそうにつぶやく。
同じ扶桑人として、少佐の思いには共感できる。
やはり温泉、それも露天風呂と言うのはいいものだ。
……そこまで考えて、あの山奥での生活での一コマを思い出す。
珍しく雪が降ったあの日、少佐と二人で雪中行軍訓練(と言う名目)で山の中を歩き回ったことがあった。
少佐に連れられてたどり着いた山奥の温泉で―――
「……っ!!」
思わずあの時のことを思い出し、恥ずかしさのあまり赤くなるのを自覚する。
「どうした土方。貴様も温泉ができて嬉しくないのか?」
「あ、い、いえ、そんなことは……」
怪訝そうに少佐が尋ねてくるが、私はごまかすようにそう答えるのが精いっぱいであった。
そんな私たちのやり取りを聞いたミーナ中佐が私の方に済まなそうに声をかけてくる。
「その、圭助くん……」
「は」
「申し訳ないけど男性用は後回しにさせてもらったわ。だから……まだしばらくはドラム缶で我慢してね」
「ああ、いえ、構いません」
申し訳なさそうなミーナ中佐の申し出に笑って答える。
この基地はウィッチの方々のためにあるのだから、ウィッチのための設備が最優先されるのは当然のことだ。
わざわざ男性用を作ってもらうのも申し訳ないような気すらする。
しかし、そのことに不満の声を上げたのは意外にも宮藤さんであった。
「えー!男の人にも使ってもらっていいじゃないですか。同じ基地にいるのに私たちだけが使うなんてもったいないですよ。時間をずらすとかすれば……」
「そうだそうだー!けーすけ兄ちゃんと一緒に入りたい―!」
「そうそう、私も一緒に…………って!る、ルッキーニちゃん、そう言う事じゃないの!」
宮藤さんが慌てたようにルッキーニ少尉を制する。
「と、とにかく……せっかくお風呂ができたのに男の人が入れないなんて申し訳ないですよ。ね、土方さん」
そう言って宮藤さんは同意を求めるように私を見る。
しかし、ミーナ中佐の返答はにべもなかった。
「…………だめよ。時間をずらすと言ったってどんなハプニングで鉢合わせるか分からないもの。許可できません」
そう言うミーナ中佐は、私の方にジト眼を向けてくる。
…………何が言いたいかは分かるつもりだが、そうあからさまに私一人に非難めいた視線を向けられても。
私はミーナ中佐の視線から逃れるように宮藤さんへと向き直り、礼の言葉を述べた。
「宮藤さん、そのお気持ち、大変ありがたいですが、やはり家族でもない男女が同じ浴室を使うのは問題があると思います。……お気持ちだけ頂いておきますね」
「うー…………土方さんがそう言うなら」
やや不満そうであったが、宮藤さんは着席する。
それを待ちかねたように立ち上がった小さな人影があった。
「やったー!おっふろー!おっふろー!あったしがいっちばーん!」
ルッキーニ少尉である。
そのまま部屋を駆け出そうとして、坂本少佐に首根っこをつかまれていた。
「聞いていなかったのか?風呂が使えるのは正午からだ」
「えー?まだ入れないの?」
不満そうなルッキーニ少尉。
そんな少尉を離すと、坂本少佐は宮藤さんたちに向き直った。
「…………と、言うことで風呂に入れるまで時間があるな。私が風呂に気持ち良く入る方法を教えてやる」
「え?教えてください坂本さん!」
坂本さんの言葉に宮藤さんやビショップ曹長は嬉しそうに食いついてくる。
……ここまで聞いた瞬間、私には坂本少佐が何を言い出すのか予想はついた。
次の瞬間、坂本少佐の口から出た言葉は私の想像通りのものであった。
「訓練で汗をかけ!全員、基地の周りをランニングだ!」
「「「え!?」」」
宮藤さんとビショップ曹長、ルッキーニ少尉の3者の声がきれいにハモる。
「訓練で汗を流した後の風呂は最高だぞ」
「え~訓練~~~?」
案の定、真っ先に不満の声を上げたのはルッキーニ少尉であった。
ビショップ曹長や宮藤さんも、口には出さないがその表情は少佐の提案を喜んでいるようには見えない。
「でも、訓練だったらいつでも……」
「……つべこべ言わずに走れっ!!」
「「は、はいっ!!」」
少佐の剣幕に、宮藤さんたちは慌てたように部屋を出て行った。
今日はここまでです。
これを核に当たって前の話を少し読み返してみました。
もっさんと二人で暮らしてた頃の話の方が楽しかったかも、と思ってしまいました。
今の話が楽しくないわけではないのですが。
それでは、また来週。
こんばんは。
遅れてしまいましたが投下させていただきます。
「……全く、風呂如きで何であんなにはしゃげるんだ」
宮藤さんたちが出て行ったブリーフィングルームで坂本少佐がつぶやく。
しかしその表情は謹厳なものを装ってはいるが喜びを抑えかねているのが丸わかりであり、ミーナ中佐は苦笑とも呆れともいえる微笑をこちらに送ってきた。
「…………何か言いたそうだな土方」
「い、いえっ!滅相もございません」
ミーナ中佐の視線にこちらも苦笑を返したところ、何故か私の方にとばっちりが飛んでくる。
私の慌てぶりに、ミーナ中佐はおかしそうに笑った。
「こらっ。圭助くんをいじめないの。貴女だって嬉しいんでしょ」
「ま、まぁそれはそうだが…………」
どこかふてくされたようにそう認めた坂本少佐が、何かに気付いたようにミーナ中佐に尋ねる。
「それよりもだミーナ」
「なに?」
「いつからその……ひ、土方の事をけ…………名前で呼ぶようになった?」
「羨ましい?」
ミーナ中佐の煽るような言葉に、坂本少佐は顔を赤くしてうろたえはじめた。
「ばっ!馬鹿なことを言うな!上官と従兵が親しげに名前で呼び合うなどあっていいわけなかろう」
「そう?扶桑の人はそう言うところもっとおおらかだと思ったけど」
「それはそれ、これはこれだ!そのような私情を挟むなど…………」
「私情ってことはほんとは呼びたいんじゃない」
「なっ!なにを言うかこの馬鹿者!…………土方貴様も言ってやれ!この分からず屋に!!」
「えっ?わ、私ですか?」
思わぬ方向へと話が脱線し始めたお二人の会話に割り込むこともできず、ぼんやりと立っていた私は不意に話を振られてとっさに返答ができずに固まる。
「もう……だから圭助くんに八つ当たりしない。…………ごめんごめん。流石にからかいすぎたわ」
そう言って、ミーナ中佐は肩の凝りをほぐすように自分の肩を軽くたたいた。
そんな中佐の様子に、さすがに少佐も今までの勢いをどこかに忘れたように心配そうな表情になる。
「疲れているのか?」
「そうね……最近はネウロイと戦っているより、上層部と喧嘩してる事の方が多い気がするわ」
そう言ってため息をつく中佐。その表情には疲労の色が濃い。
いつだったか、深夜に中佐の部屋に書類を持って行った時のことが思い出された。
あの時もかなり深夜に及ぶまで書類と格闘しておられたようだ。
あんな仕事が毎日続いているようであればそれは疲れもするだろう。
思わず心配の言葉が口をついて出た。
「最近は中佐御自ら出撃されることも少なくなっているようですね」
「…………ええ。隊長なんて本当になるもんじゃないわね。カールスラントで、ネウロイのことだけ考えて戦っていられた頃が懐かしいわ」
「撃墜数も確か……」
「そうね。もう長く199機のまま。あと1機墜とせば勲章がもらえるらしいけど、正直そんなのいらないから書類を減らしてほしいわ」
中佐の言葉に、思わず少佐と顔を見合わせる。
どうやら事態は予想以上に深刻なようだ。
…………かといって我々で代われるような仕事ではないのが残念である。
短くない沈黙の後、口を開いたのは坂本少佐であった。
「…………ミーナ、貴様にこそ風呂が必要なのではないのか?風呂に入ってさっぱりすれば、少しは能率も上がるだろう」
少佐の提案に、しかしミーナ中佐は難しい顔で答える。
「そう言ってくれるのはありがたいけど、この後も書類の整理をしないと」
「あの、私でお手伝いできることであれば、何なりとお申し付けください」
私の言葉にも、中佐は小さく笑って答えたのみであった。
「ふふ……ありがと。優しいのね圭助くん。でもここで私が怠ける訳にはいかないわ。美緒もありがと。考えておくわね」
「あまり無理はするなよ」
「分かってる。……それじゃ。私は部屋に帰るわね」
そう言ってミーナ中佐はブリーフィングルームを出て行った。
「…………だいぶ無理をしているようだな」
「はい」
ブリーフィングルームに私と少佐の二人のみが残されると、ミーナ中佐の消えた出入り口を見やりながら少佐は腕組みをして口を開いた。
少佐の言葉に頷く。
「中佐は責任感のある方ですから、人に頼るのを潔しとしないのでしょう」
「全く…………朝っぱらから人をからかったと思ったら要らぬところでカールスラント人らしいクソ真面目さを発揮しおって」
そう言ってため息をつく少佐。
ミーナ中佐を心配しているのがありありと見て取れる。
「それがミーナ中佐と言う方なのでしょう。坂本少佐の方が良くご存じなのでは?」
「……まぁ、それもそうなのだがな」
そこまで言って少佐は考え込むように沈黙する。
「…………ああ、カールスラントと言えば……私の知る限り最もカールスラント人らしくないカールスラント人の方はどうしている?」
ハルトマン中尉の事であろう。
言い方としてはずいぶんな言い方だと思うが、確かにハルトマン中尉を見ているとカールスラント人と言うものに対する固定観念が崩れていくのを感じる。
「昨日は遅番でありましたし、おそらくまだ寝ていらっしゃるのでしょう」
私の言葉に、少佐は再びため息をつく。
「まったく…………あの二人を足して2で割れぬものかな」
「部屋の前を通ったら、バルクホルン大尉の怒鳴り声がいつものように聞こえました」
「そうか…………よし」
少佐はそう言うと部屋の出口の方へと歩き出す。
「せっかくだから奴を起こしに行ってやろう。風呂の事も伝えねばならぬしな。土方、貴様も来い」
「は」
そして私は、少佐の後についてブリーフィングルームを後にした。
「あれ……土方の兄さんに坂本少佐じゃん。どうしたんだいこんな朝から?二人で逢引でもしてた?」
ハルトマン中尉の部屋に向かう途中に声をかけられ振り向くと、そこにはシャーリーさんが立っていた。
「ばっ……馬鹿なことを抜かすな!」
「シャ、シャーリーさん、私たちはそのような……」
シャーリーさんのからかうような言葉に、少佐と私は真っ赤になって反論する。
しかしシャーリーさんはそんな私たちの怒りなどどこ吹く風と涼しい顔をしていた。
「あはは、冗談だって」
「全く貴様は毎度毎度下らぬ冗談を…………それよりシャーリー、また機械いじりか?」
動揺から立ち直った少佐であったが、いつものように胸元を大きく開けた作業服姿のシャーリーさんを見て眉を顰める。
「あはは、バイクのいいパーツが手に入ってね。ついつい徹夜しちまった」
「…………まったく。自由時間にすることだからあまりうるさくは言わんが、ほどほどにしておけよ」
「へいへい……あ、それより少佐」
そこでシャーリーさんは表情をまじめなものに改める。
「私の部屋の電灯がいきなり消えちまったんだけど、工事でもしてるのか?」
「…………電灯が消えた、だと?」
「ああ。本当に何の前触れもなくな。他の部屋はどうなんだ?」
「ブリーフィングルームなどは、特に異常は見られませんでしたが」
「そうか……じゃあ停電ってわけでもないのか」
私の言葉に、少佐も頷いた。
シャーリーさんはさらに分からないというように腕組みをする。
「…………ふむ」
「少佐、どうしたんだい?」
「あ、いや、何でもない。…………分かった。この件は私から施設班の方に問い合わせておこう」
不意に何かを考え込むように黙り込んだ少佐に、シャーリーさんが不思議そうに問いかけるが、少佐はあいまいに言葉を濁して答えた。
「ああ、頼むよ。それじゃ」
「あ、ちょっと待て」
去って行こうとするシャーリーさんを少佐が引き止める。
「その施設班の頑張りで、先日から工事中だった風呂が完成したそうだ。正午から入れるからよかったら行ってみろ」
「おおっ!そいつはありがたいね。部屋で一眠りしてから使わせてもらうよ」
「ああ。そうするといい。それではな」
その少佐の言葉を背に受けながら、シャーリーさんは自室の方へと歩み去って行かれた。
「…………時ならぬ停電、か」
「何か心当たりが?」
シャーリーさんと別れた後、再びハルトマン中尉の部屋へ向かう途中の廊下を歩きながら、少佐が再び考え込むように顎に手を当てる。
私の問いかけにも、少佐は視線を戻さずに呟くように答えた。
「いや、そういう訳ではないのだがな…………」
「少佐?」
「いや、この件は後で私が確かめておくとしよう。土方、ハルトマンの部屋へ向かうぞ」
「…………は」
すっきりしない疑問を抱えつつ、私と少佐はハルトマン中尉の部屋へと歩みを進めた。
(起きろハルトマン!もう昼だぞ!!)
ハルトマン中尉達の部屋に近づいたところで、中から聞こえてくるのはバルクホルン大尉の怒鳴り声。
そのあまりのいつも通りの光景に、私と少佐は思わず苦笑をかわしあう。
「相変わらずのようだな」
「はい」
そのまま部屋のドアをノックする。
こんこん。
(ハルトマン起きろ!!起きて何とか――――ん?)
バルクホルン大尉の声が私のノックとともに中断する。
ほどなくしてドアが開き、疲れ切った表情のバルクホルン大尉が顔を出した。
「……土方に坂本少佐か。せっかく来ていただいたところ悪いが、少々取り込み中でな」
「なかなか苦労しているようだな。廊下まで聞こえていたぞ」
「…………ああ。毎度のことながら頭の痛い事だよ」
大尉の背中越しに見える部屋の状況はいつものとおりであった。
部屋を真ん中で二つに分けている柵を境に、ハルトマン中尉側とバルクホルン大尉側の状況は同じ部屋の中とは思えないほどに対照的な様相を見せている。
確か大尉はこの柵を「絶対に越えることの許されないジークフリート線」と呼んでいたようだが、この柵を越えた大尉側の領域に数冊の本が散らばっているのが見える。
…………その状況だけで、朝っぱらから大尉を疲れさせた原因が分かろうというものだ。
「……ん?少佐とけーすけ?どったの?」
流石に入口あたりで多数の人間の気配を感じては寝てもいられなかったのだろう。
ハルトマン中尉側の領域にある毛布の塊から声がする。
「『どったの?』ではない!早く起きろハルトマン!起きてこの惨状を何とかしろ!」
「う~~うるさいよトゥルーデ」
そう言いながらもごそごそと起き上がるハルトマン中尉。
「全く……休みの日だからと言ってカールスラント軍人たる者が昼まで寝ているなど言語…………ってハルトマン!」
何とか起きだした中尉に向けたバルクホルン大尉の説教はしかし、途中で中断を余儀なくされる。
「ん~~?何?」
「は、早く上に何か羽織れ!土方がいるんだぞ!!」
起き上がった少佐の格好は、先日私が見てしまったのと同じ格好、すなわち上半身裸であった。
「ひっ土方!貴様はさっさと後ろを向かんか馬鹿者!」
「は、はい!」
あまりの事に固まっていた私は坂本少佐の言葉に慌てて後ろを向く。
「あらら……また見られちゃったね……………これで3回目かな」
「3回目…………?土方貴様どういうことだ!」
「あ、いえ、その、それは…………」
少佐の剣幕に、しどろもどろで答える。
確かに中尉の寝起きに居合わせてしまうのはこれで3度目である。
何だか妙な巡り合わせに導かれているような気さえしてきた。
「もうこりゃ、責任とってけーすけに私の事貰ってもらうしかないよね」
「なっ!ハルトマン貴様!言っていい冗談と悪い冗談が――――」
少佐はその怒りの言葉を最後まで続けることは出来なかった。
「……ん?停電か?」
バルクホルン大尉が今までの怒りを忘れ、戸惑ったように天井を見上げる。
――――突然に、照明の消えた天井を。
「…………どうやら、この基地に何かが起こっているようだな」
「はい」
険しい表情の坂本少佐のつぶやきに、私も頷くしかできなかった。
以上で本日の投下は終わりです。
ところで、3期はいつになるんでしょうね(真剣)
では、また来週お会いしましょう。
申し訳ありません。
来週どころか2週間後になってしまいましたが、投下します。
ハルトマン中尉の部屋を出たところで、坂本少佐とバルクホルン大尉は今後の対策について話しはじめた。
「ふむ……どうするか。とりあえずミーナには知らせねばならんだろうな」
「ああ。そっちは少佐、貴女にお願いする。私は他にも停電しているところがないか調べてくることにしよう」
「頼んだ。ハルトマンを連れて行っていいぞ」
坂本少佐の言葉に、二人が話しはじめたのをいいことに再びベッドに戻ろうとしていたハルトマン中尉が不満そうな声を上げる。
「えー!どうせ暗くなったんだし、もう一回寝てもいいじゃん!」
「バカなことを言っとらんで行くぞハルトマン!」
「やーだー!まだ寝たりない!あと1時間ー!」
「ええい!いいから来い!」
ぶつぶつと文句を言っているハルトマン中尉の首根っこをつかむようにしてバルクホルン大尉が引きずっていく。
この非常時においても、この二人はいつも通りであるようだ。
私と坂本少佐は顔を見合わせると、どちらからともなく苦笑を交し合った。
ミーナ中佐の部屋に向かう途中、不意に後ろから声をかけられる。
「坂本さん!ランニング終わりました!」
「宮藤……か」
振り返ると、宮藤さんが何かを期待したような表情を向けて来ていた。
「少佐―!お風呂入っていいよねっ?おっふろっおっふろっ!」
後ろに立っていたルッキーニ少尉が待ちきれない、とばかりに少佐に訴えている。
その後ろにはエイラさん、ビショップ曹長、ペリーヌさんの姿も見えた。
皆風呂桶とタオルを持ち、風呂に入る気満々と言った様子である。
「ん…………あ、ああ、そういえば……」
そう言われて時計を見てみると、確かに正午まであと数分を指している。
思ったより時間が過ぎるのは早かったようだ。
「そうだな……」
「早く行きましょう!坂本さん。ほら!」
そう言うと宮藤さんたちは我々の返事も待たずに歩き始めた。
「ふむ…………」
そんな宮藤さんの後ろについて歩きながら、少佐は考え込むように沈黙する。
正直、風呂どころではないと思っているのだろう。
「おっふろっ♪おっふろっ♪」
「楽しみだねーリーネちゃん」
「う、うん」
しかし目の前ではしゃいでいる宮藤さんたちの様子は、とても「やっぱりなし」とは言いだしがたい空気をまとっている。
そうこうしているうちに風呂の前へとたどり着いた。
石造りの部屋の入口に大きく「ゆ」の文字を染め抜いた臙脂色の暖簾がかかっている。
「ずいぶん本格的なんですね」
「はっはっはっ。そうだろう?」
私の言葉に少佐が自慢げに返事を返した。
「扶桑人として風呂には妥協したくなかったからな。私が一から施設班を指揮して作らせたのだ」
「ふぇ~~すごいですね坂本さん」
宮藤さんも感心したように入口を眺めている。
「へぇ。これが扶桑のお風呂か」
隣ではエイラさんが、もの珍しそうに脱衣所を覗き込んでいる。
確かスオムスではこう言った浴槽につかるタイプの風呂ではなく、サウナに入るのが一般的だと聞いたことがある。
「あ、あの」
次におずおずと坂本少佐に声をかけたのはペリーヌさんであった。
「どうしたペリーヌ」
「しょ、少佐は…………お入りになりませんの?」
「あ、ああ、私か」
少佐は少し躊躇った後、済まなそうに答える。
「すまんな。私は朝の鍛錬の後行水をしているから」
「そ、そうですか…………」
あからさまに落胆したような表情になるペリーヌさん。
「じゃーさ、けーすけ兄ちゃんはどう?一緒に入らない?」
「え?わ、私ですか?」
続いてのルッキーニ少尉の言葉にこの場にいた全員が固まった。
「えええええ!る、ルッキーニちゃん、それはさすがに……」
「そ、そうですわ!いくら何でも殿方と一緒になど!」
「えーそうかなぁ。けーすけ兄ちゃんだったらいいけど」
「貴女が良くても私たちが困ります!」
「ふーん。ま、いいや。…………そんなことよりもう入ってもいいよね少佐?」
そう言いながらルッキーニ少尉はもう脱衣場に突入する気満々である。
……どうやら先ほどの言葉はとくに深い考えもなく思いつきで言っただけのようだ。
それだけでここまで人を惑わすというのは、やはり少尉もロマーニャの女性であるという事だろうか。
何とも心臓に悪い事だ。
「まだだ、時計をよく見ろ」
少佐の言葉に時計を見ると、時計の針は正午の30秒ほど前を指していた。
ルッキーニ少尉が不満の声を上げる。
「えー!ちょっとぐらいいいじゃん!」
「だめだ。そもそも、あと1分もないじゃないか」
「う~~。せっかく目の前にお風呂があるのに~~」
「だめだと言ったらだめだ」
そう言ったまま、少佐は腕時計を覗き込みつつカウントダウンを始める。
「5,4,3,2,1……………よし、入ってよし」
少佐のその言葉を待ちかねたように、ルッキーニ少尉が弾丸のような速さで暖簾をくぐった。
「やったー!いっちばーん!」
「あ、ルッキーニちゃんずるい!私も―!」
「それでは、失礼します」
そう言いながら我先にと脱衣所へ駈け込んでいく少女たち。
そんな彼女たちの後姿が暖簾の向こうへ消えるのを見た後、少佐は私に声をかけてくる。
「…………惜しかった、とでも思っているか?」
「め、滅相もございません!!」
「はは、冗談だ。ではミーナの部屋に向かうぞ」
「は、はっ」
歩き出す少佐の後について、私も風呂の前を離れた。
「…………不在か」
「そのようですね」
私と坂本少佐はミーナ中佐のおられるであろう司令官室の前に掛けられた「不在」のプレートを前に難しい顔を突き合わせていた。
「私室の方に戻られたのでしょうか?」
「まぁ、ここにおらんという事はその可能性が高いな。今から行ってすれ違ってもつまらぬし、ここで待つとしよう。どうせすぐ戻ってくるであろう」
「私が中佐のお部屋にいって呼んでまいりましょうか?」
「あのなぁ…………」
私の提案にしかし、少佐は小さくため息をついて答える。
「仮にも女の部屋に男を一人でやる訳にはいかん。それくらい貴様なら分からんか」
「あ、も、申し訳ございません」
少佐の指摘に、気づかなかった自分の迂闊さを呪うように恐縮する。
確かにウィッチの方々の私室に男が一人で訪ねていくなど、つまらぬスキャンダルの種を自らまくようなものだ。
シャーリーさんなどのように何の躊躇いもなく自分の部屋に私を引っ張り込むような感覚の方が異常なのだ。
どうも我ながら感覚がおかしくなっていたようだ。
「まぁいい。と言うわけでここで待つぞ」
「は」
そう言うと少佐は部屋の前の壁に背中を預ける。
そんな少佐の側に立ち、私もミーナ中佐を待つこととした。
「…………土方よ」
「は」
「今、基地に何が起こっていると思う?」
「それは……」
少佐の言葉に、私は考え込む。
シャーリーさんより聞いた時は正直ただの停電かシャーリーさんがまた何かやらかした(失礼ながら)のではないかと思ったのだが、ハルトマン中尉の部屋で見た停電は明らかに不自然であった。
そもそも停電であれば全館の照明が一度に落ちても不思議ではない。
しかし、ここまでくる間に見た廊下の照明や風呂の照明はそのままであった。
何とも返答を返しかねて沈黙してしまった私に、少佐は独り言のようにつぶやく。
「ネウロイは、金属や電力と言った、人の生みだした人工物を取り込んでエネルギーとする習性があるのを知っているな」
「…………まさか」
その言葉に、少佐が何を仰りたいのか一瞬で理解し、そのにわかには信じがたい結論に表情が強張る。
しかし、その言葉にはバカな、と一概に切って捨てられない妥当性があったのも事実。
私は思わず周囲を見回し、声を潜めて返事をした。
「……この基地内に、ネウロイが潜入していると?」
「確証はないがな。それに、朝の鍛錬の時、私がルッキーニの方を見て少しボーっとしていたのを覚えているか?」
「は」
確かに、あの時の少佐は少し妙だった。
「実はな。ルッキーニのいるあたりからネウロイのような気配を感じたのだ。確証はなかったのでそのままにしていたが……我ながら迂闊なことだ」
そう言って少佐は唇を噛む。
「少佐に責任は…………」
「そう言い切れるか?あの時私がルッキーニに声をかけていれば……」
「やめましょう。責任の追及など無意味です」
私の言葉に、少佐は少し驚いたように目を瞠るが、すぐに笑顔になった。
「はは、確かにそうだな。まだネウロイが侵入したと決まったわけでもないしな」
「は」
いつもの調子を取り戻した少佐に、心の中で安堵する。
…………しかし、ネウロイ侵入の可能性あり、とは。
ただの停電のつもりがとんだことになりつつあるものだ。
「しかし遅いな。ミーナ」
「そうですね」
少し苛立ったように少佐がつぶやく。
もしかしたら自室に帰ったのではなく、司令部からの急な呼び出しなどがあったのかもしれない。
そうなれば階級、地位から言って中佐の外出中、この基地の指揮を執るのは坂本少佐になる。
そう思って少佐の方へと顔を向けた時であった。
「坂本さーーーーん!土方さーーーーん!!」
背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「宮藤か?まさか……風呂で何か?」
少佐がそう呟くのと、私の背中に衝撃が加わったのはほぼ同時であった。
振り返ると、私の背中にしがみついた宮藤さんが涙目でこちらを見上げている。
その緊迫した表情のまま、宮藤さんは絞り出すようにいった。
「ひ、土方さん、お、お風呂に……む、虫が…………」
しかし、宮藤さんの言葉に全身の力が抜けるような感覚にとらわれた。
少佐も同じ感想のようで、呆れたように額に手を当てている。
「あのな宮藤、虫如きで騒ぐんじゃない。今はそれどころじゃ……」
「で、でも!急に脱衣所の電気が消えて!そしたらいきなりお尻のあたりがモゾモゾって!」
「…………電気が消えた、だと?」
宮藤さんの言葉に、少佐の表情が再び緊張を帯び、私の方へと視線を向けてきた。
「土方、宮藤とここでミーナを待て。私は風呂場に行ってくる」
「は」
私が頷くのを確認すると、少佐は私と宮藤さんを残して、廊下を駆け出して行った。
と言う所で以上です。
これを書くに当たり、アニメの7話を何回も見てますw
ルッキーニちゃんのちっぱいが可愛いです(真剣)
それでは。
また来週。
セルフage
艦これヤバイ。マジヤバイ。
気が付いたら2時間とかたってる。
>>88 何回観たんです?www
こんにちは。
世間は連休明けですね。
7話はとりあえずオープニングのサーニャの尻アップが素敵だった(小並感)
>>93 1話通してみたのは2回ほどですが、途中から何回も見直したりしてました。
「あ、あの……土方さん?」
坂本少佐が去り、私と宮藤さんの二人となった司令室前で宮藤さんが意味が分からないというような視線を向けてくる。
……そういえば、宮藤さんに事情を説明していなかった。
私は先ほど坂本少佐から聞かされた推測の一部始終を話す。
「えー!ね、ネウロイもがっ!」
「み、宮藤さん!まだそれは…………」
大声を上げかけた宮藤さんの口を掌でふさぐ。
坂本少佐自身、はっきりと確証がとれたわけでもないと仰っていた。
ならばいたずらに不安をあおるようなことはしないが吉であろう。
「んー!んー!」
「あ、す、すいません!」
息苦しそうに身をよじる宮藤さんの様子に、慌てて手を離す。
「ぷはっ!もう…………土方さん、い、いきなり何ですか!?」
「も、申し訳ございません……その」
「そ、その……理由は分かりますけど、その、も、もう少しやり方というか…………」
顔を赤らめてもじもじとする宮藤さんに、こっちまで恥ずかしくなってくる。
「…………」
「…………」
お互い、一言も発することもできないままに数分が過ぎる。
「「あ、あの」」
そしてまた、お約束ともいうべきか、二人同時、全く同じタイミングで話しだしてしまう。
再び訪れる沈黙の時間。
それを破ったのは、宮藤さんの方であった。
「え、えっと、その、ってことは……さっきの虫がネウロイかもしれないってことですか?」
「……はい。坂本少佐の推測にすぎないのですが、私は的を得ていると愚考します」
「そうなんですか?」
そうでなければこの局地的な停電の理由が分からない。
私の言葉に、宮藤さんが口を開いた時であった。
「話は聞かせてもらったぜ」
急に聞こえてきた声に振り返ると、そこにはシャーリーさんの姿。
手には何やら珍妙な機械をもっている。
「シャーリー?」
「水臭いじゃねーか土方の兄さんよ。この魂の相棒、シャーリー様に何も言ってくれないなんて」
「そ、その、それは……」
彼女の言葉に口ごもる。
シャーリーさんに言ったら面白がって騒ぎに油を注ぎかねないと思った、とはとても言えない。
「まぁいい。さっきすれ違った時の坂本少佐と兄さんの様子がおかしかったんで、私は私でちょっと調べてみたんだ」
「…………それで?」
そう問いかける宮藤さんの表情は不安6割、期待4割と言った様子である。
「あの虫は、電線からエネルギーを吸い取る時にある周波数の電波を出しているらしい」
「電波、ですか?」
「ああ。そして」
そう言うとシャーリーさんは手に持った機械を掲げて見せる。
「こんなこともあろうかと、電波探知機を作ってみたんだ。しかも探知できる周波数を、その虫が発する電波に合わせた奴をな」
「……す、すごいですね」
「ふふふ、もっと褒めてもいいんだぜ?」
正直、理論はよく分からないがすごいものを作り上げたという事は分かる。
私たちの賞賛の言葉に、シャーリーさんは得意げに胸をそらすと探知機のスイッチを入れた。
低い起動音とともに機械が起動する。
ぴっ。ぴっ。ぴっ。
「さーて、どれどれ……」
規則正しい電子音が鳴りだしたのを確認すると、シャーリーさんは探知機をもってそこらを歩きはじめた。
ぴっ。ぴっ。ぴっ。
……ぴぴぴぴぴぴっ!
シャーリーさんが機械をある方向に向けた時、それまで規則的であった電子音が急にせわしく鳴り出す。
「ん?こっちか?」
「……お風呂の方ですね。やっぱり」
「よし、宮藤、兄さん、行くぞ!」
宮藤さんの言葉を聞くと、シャーリーさんは私たちの腕を取り強引に廊下へと引っ張って行こうとした。
完全に不意を打たれた私と宮藤さんは、シャーリーさんに引っ張られっるままに廊下を走る。
「え……シャーリーさん?え?え?」
「ちょ、ちょっと待って…………」
「ほらほら!急ぐぞ二人とも!」
私たちの抗議は例によって全く顧みられることもなく、そのまま強引に風呂場へと連れて行かれたのであった。
「どうやらビンゴみたいだな」
風呂場に近づくにつれ、シャーリーさんの持つ探知機の反応は強さを増してくる。
その時であった。
「きゃーーーーー!」
風呂場の方から響いてくる悲鳴。
「この声は……ペリーヌさん?」
「急ごう!」
私たちは顔を見合わせる。
ここまでシャーリーさんに引っ張られるようにして連れてこられたが、こうなっては事情が違う。
私はシャーリーさんと顔を見合わせてて頷きあうと、走る速度を速めた。
「いやああああああ!」
風呂場の暖簾が見えてきたところで再びペリーヌさんの声が聞こえる。
「よし、兄さん、宮藤、準備はいいか?」
「あ、いえ、私は……」
「いいから、今は非常時なんだから兄さんも来いって」
「え?あ、ちょ、ちょっとシャーリー?」
風呂場の入り口前まで来たものの、流石に女性しかいない風呂場の脱衣所に飛び込むのは問題があるだろう、と風呂場の入口で一瞬ためらう私。
しかし、シャーリーさんはそんな私の躊躇いを一顧だにせずに私の手をつかんだまま脱衣所へと突入した。
「…………え?」
そして暖簾の向こうの光景に私は固まることになる。
中にいたのはペリーヌさん、ビショップ曹長、エイラさん、ルッキーニ少尉の4名。
坂本少佐は入り口のところにこちらに背を向けて立っていた。
ここまでは問題ない。
…………問題はそのペリーヌさんの格好である。
こちらに背を向けた彼女のズボンに、何故かルッキーニさんが手をかけて脱がしているところであった。
その結果…………もうこれ以上は彼女の名誉のためにも言わぬが花であろう。
「な……な…………」
私の姿に気付き、顔を赤くして酸欠になったように口をパクパクさせているペリーヌさん。
「も、申し訳ありません!」
一瞬の硬直から我に返った私が慌てて脱衣所から駆け出す。
「あっははははっ!ケ、ケツ丸出しで何やってんだよペリーヌ!」
背後から聞こえる、爆笑しているであろうシャーリーさんの声に続き、
「いいいいいやあああああーーーー!」
本日3度目の、ペリーヌさんの絶叫が基地に響き渡った。
「ま、まぁ、とりあえずだ」
小さく咳払いをすると、少佐はそう前置きをして話しはじめた。
あれから、混乱する場を何とかおさめた坂本少佐の提案で、私たちはブリーフィングルームに集まっている。
ちなみに先ほどの騒ぎで再びあの小型ネウロイ(もうこう言っていいだろう)の所在は分からなくなっていた。
「あれがただの虫なんかじゃないことはこれではっきりした」
坂本少佐の言葉に、皆が頷く。
少佐はそのまま視線をシャーリーさんへと移す。
「シャーリー、その電波探知機とやらで虫の居所は分かるんだな?」
「ああ。土方の兄さんたちには話したけど、あの虫はエネルギーを吸収する時に特殊な電波を出す。これはそれを探知できるんだ」
「……全く!あの虫のせいでとんだ辱めを受けましたわ!許せません!!」
そう言ってペリーヌさんは私の方に睨むような視線を送ってくる。
「……やっぱりあの虫は超小型のネウロイと考えた方がいいな」
「ああ。エネルギーを吸い取る虫など聞いたことがない」
ここに来る途中に出会ったバルクホルン大尉の言葉に、坂本少佐が答えた。
しかし、お二人のそんな言葉に宮藤さんがもっともな疑問を呈する。
「……でも、何でそれが私たちのズボンに?」
「それは知りません」
「…………あ、そうですか」
…………
シャーリーさんの返事に、部屋の中の時が止まった。
思わず素で返答をしてしまった宮藤さんに共感する。
一瞬の自失からいち早く立ち直ったのは、やはりというべきかハルトマン中尉であった。
しかし、その次の瞬間彼女がとった行動は私の想像を超えていたというべきだろう。
「まー、要するにみんな脱いでりゃいいってことだろ?」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待たんかハルトマン!」
そう言って自分のズボンに手をかけるハルトマン中尉を、バルクホルン大尉が慌てたように止める。
「土方もいるんだぞ!何を考えてる!」
「いーじゃん別に減るもんじゃないし」
「そう言う問題じゃない!」
坂本少佐も顔を赤くして怒っておられる。
ズボンに潜り込んでくるならズボンを穿かなければいい、と言うのは何というか……ハルトマン中尉は相変わらずのようだ。
「とりあえずシャーリー、その探知機のスイッチを入れてくれ」
「りょうかーい」
坂本少佐の言葉に答え、シャーリーさんは探知機のスイッチを再び入れる。
ぴっ……ぴっ……ぴっ
先ほどと同じような規則的な電子音。
それを発する探知機をもってシャーリーさんは部屋を歩き回る。
ついでにこの場にいるウィッチの方々一人一人に探知機を向け…………
ぴぴぴぴぴぴぴぴっ!!
いきなり大当たりのようだ。
「え?え?わ、わたし…………ひぅっ!」
「あたしの虫ーっ!」
探知機を向けられたのは――――宮藤さん。
最初は否定したものの、すぐに顔を赤くし、尻のあたりを押さえて飛び上がった。どうやら探知機とやらはかなり信頼できるもののようだ。
そんな宮藤さんに目を輝かせて駆け寄るのはルッキーニ少尉である。
「きゃああああー!」
「芳佳ちゃん?」
「待てーあたしの虫ー!」
そう言いながら部屋中を逃げ回る宮藤さんとそれを追いかけるルッキーニ少尉。
「宮藤!脱ぐんだ!!」
「ええええええー!嫌ですー!ひ、土方さんもいるんですよ!」
「……それもそうか」
宮藤さんの言葉に、坂本少佐は一つため息をつくと私の方を向いた。
「……土方、貴様は部屋から出ていろ」
「…………は、はっ」
私は頷くと、出口に向かって駆け出した。
「観念してお脱ぎなさい!」
「絶対、いーやーでーすー!」
そんな悲鳴を背に、部屋から出たところで大きく息をつく。
…………ネウロイが基地内に侵入しているという緊迫した状況だというのに、何故か今一つ深刻になれないのはこの「ウィッチのズボンに潜り込む」と言うこのネウロイの珍妙な習性のせいかもしれない。
そして部屋の中では相変わらず宮藤さんとその他の方々の追いかけっこが続いている……ようだ。
「あっ!」
「うわわっ!」
がしゃん、と言う大きな音とともに不意に静寂が訪れる。
ボン!
続いて聞こえる小さな爆発音。
「た、探知機が……」
…………中を見なくても何が起こったか容易に推測がついた。
どうやら、この珍騒動はまだまだ終わりそうにない。
以上です。
神通ちゃんは私の嫁(キリッ
この7話もそろそろ終わりな感じでしょうか。
内容が内容だけに土方をからませづらい話でしたw
それでは。
こんにちはー。
九州はひどい雨です。
では投下始めますね。
「……あれ?土方さん?」
「何やってんだよ」
ブリーフィングルームの出入り口前で待機する私に、声をかけてくる人影が一つ……いや二つ。
目を上げると、そこにはサーニャさんとエイラさんの姿があった。
「エイラさん、それにサーニャさ……ん…………?」
そう声をかけた私は、お二人の姿を見て思わず言葉を飲み込む。
いつも通りのお二人ではあったが、不機嫌そうな表情のエイラさんの頭には何故か痛々しいコブができており、サーニャさんはと言えば怒ったような表情でそっぽを向いている。
「……あの、何が」
「聞くな」
私の疑問の言葉は、不機嫌そうなエイラさんの言葉によって遮られる。
その迫力は私に疑問の追及を諦めさせるに十分なものであった。
一瞬漂いかけた気まずい雰囲気に、私は慌ててサーニャさんの方へと矛先をそらす。
「え、えっと……何か皆さんに御用ですか?」
「あ、はい。ミーナさんにお話が………」
「もしかして、今基地内を徘徊する超小型のネウロイの事ですか?」
私の言葉に、お二人の表情が鋭いものになった。
……やはりそうであったか。
渡りに船とばかりに私はお二人(特に今までずっと寝ておられたというサーニャさんに)今までの経緯と、坂本少佐の推測を話す。
私の話を頷きながら聞いておられたサーニャさんが、不意に顔を上げた。
「…………結論から申し上げますと、坂本少佐の推論は、当たっています」
断言するようなサーニャさんの言葉。
そう言えば彼女はネウロイの気配のようなものを感知する能力に長けておられた。
そのサーニャさんが言うのだから間違いはあるまい。
彼女であればシャーリーさんの作った「探知機」の代わりもできるであろう。
「……詳しい事はブリーフィングルームに坂本少佐がおられます。早急にご報告を」
「はい。ありがとうございます、土方さん」
私はお二人の後について今しがた出てきた部屋へと再び入って行った。
「サーニャがネウロイの気配を感じたみたいなんだ」
お二人についてブリーフィングルームに戻った後、混乱する室内をどうにか治めた所でエイラさんが話し出す。
エイラさんの言葉に、坂本少佐とバルクホルン大尉の表情が変わった。
「……やはりそうか」
「この基地内にネウロイがいるというのだな?」
「はい…………まだはっきりしないですけど、この基地内に一体、それに……基地上空に一体」
「何だと?」
サーニャさんの意外な言葉に、坂本少佐を始め、部屋の中の一同が驚いたような表情でサーニャさんを見る。
ネウロイは二体いたというのか。
どういう事であろうか。
坂本少佐も、顎に手を当てて考え込むように沈黙する。
やがて考えがまとまったのか、顔を上げるとサーニャさんたちの方へと向き直った。
「サーニャ、エイラ。貴様らは協力して基地内を探せ。虫型ネウロイの位置が分かるのは貴様らだけだ。ペリーヌ、ルッキーニ、シャーリー、リーネ達を好きに使っていい」
「「了解!!」」
少佐の声にエイラさんたちが駆け出す。
それを確認した少佐は今度はバルクホルン大尉とハルトマン中尉へと視線を移した。
「バルクホルンとハルトマンは上空の迎撃準備だ」
「「了解!!」」
「宮藤はミーナを探してこの事態を報告しろ」
「はいっ!」
その声に応え、宮藤さん達が部屋を出ていくと、ブリーフィングルームには私と少佐のみが残された。
少佐は私の方を見ると、小さく頷く。
「土方、着いて来い」
「はっ」
少佐の後について、私も部屋を飛び出した。
「あれがネウロイか」
少佐と私はその足で屋上に上がると、少佐の魔眼でネウロイを視認する。
私の目には豆粒ほどにしか見えないが、確かに少し離れた上空にネウロイらしき黒い影が浮かんでいるのが見えた。
「しかし妙だな……」
その姿を確認している少佐が、納得いかないとばかりにつぶやく。
「何か?」
「ネウロイであることは確かなのだが……コアの気配がない」
「…………何ですって?」
ネウロイには必ず、体のどこかに赤く光る「コア」と呼ばれる弱点のようなものがある。
それは高速で移動する物だったり、高度3万メートルの彼方にあったりすることもあったが、今までコアのないネウロイなど確認されたことはない。
今まで人類がネウロイに対しどうにか均衡を保っていられたのも、このコアと呼ばれる弱点がはっきりしていたからだと言ってよかった。
坂本少佐の初陣である扶桑海事変以来、対ネウロイ戦の基本である「コア狙い」が通用しない相手がついに出て来てしまったのか。
私の背中を、恐怖に近い戦慄が駆け抜ける。
少佐も私と同じ結論に至ったのであろう。硬い表情で何とかコアを発見しようと魔眼の出力を上げている。
その時であった。
ギャアアアアアーーーーッッ!!
ネウロイがひときわ大きく吠える。
そして――――
「巨大化した……?」
思わず私の口から漏れ出た驚愕のつぶやき。
豆粒ぐらいに見えていたネウロイが、今は握りこぶし大に見えている。
急速に近づいてきているという可能性もあるが……
「……そう言うことか!道理でコアが見つからぬわけだ」
同じように魔眼でネウロイを見ていた少佐が忌々しげにつぶやく。
事態が呑み込めないままに疑問の表情を向けた私に、少佐は解説して下さった。
「つまりあれは電力で動く人形のようなものに過ぎんという事だ。本体は今も、基地内からあの個体に電力供給を続けている」
「……!」
少佐の言葉に、私も遅ればせながら事態を理解する。
つまり、あの小型のネウロイが基地内から電力を吸い取り、あの大型の個体に供給しているという事だ。
「ということは?」
「ああ。おそらくコアはあの小型の個体の方にあるのだろう」
そう言えば、ブリタニア解放の時に戦ったネウロイも無数の小さな個体の中にコアを含む個体がまぎれているというものであった。
今回のネウロイはあれの亜種と言えなくもない。
そんなことを考えている私たちの下に、宮藤さんが駆け込んできた。
「坂本さん!ミーナさんがどこにもいません!」
「……止むを得んな。私が臨時で指揮を執る!土方!緊急警報だ!」
「はっ」
少佐の指示に従い、私は壁に設けてあったハッチを開いて緊急警報用のボタンを押す。
しかし――――
「鳴らないですね」
「……基地の電気系統までやられたか。これはうかうかしてはおれんな」
坂本少佐の表情が一層険しくなる。
今やこの基地は戦闘力を失ったも同然であった。
「土方!宮藤!ハンガーにいるバルクホルン達に伝令だ!上空のネウロイを迎撃せよ。コアはないが放置することもできないからな。なお、エネルギーを吸い取る小型の個体には十分注意されたし、だ」
「「了解!!」」
私と宮藤さんは顔を見合わせて頷きあうと、ハンガーへと駆けだした。
「バルクホルン大尉!エーリカさん!」
「あ、けーすけと芳佳」
ハンガーではすでに、出撃準備を整えたお二人が待っておられるところであった。
「基地の電気系統がやられたので我々が伝令を務めております」
そう前置きすると、私は坂本少佐より言付かった命令を伝える。
お二人とも、命令は予期しておられたようですぐに頷かれた。
「あの虫の事だね」
「ああ。ちょうど対策を話し合っていたところだ」
「対策、ですか」
「うむ……では、こほん」
そういうと、バルクホルン大尉はひとつ咳払いをし、心なしか顔を赤らめつつ私に向き直る。
「土方、貴様は後ろを向いておれ」
「…………はい?」
「いいから黙って後ろを向け!!いいな!」
「は、はっ!」
大尉のよく分からない迫力に押されるように私は後ろを向く。
「よし。では、私たちの出撃シークエンスが終わるまで振り向くなよ。いいな!絶対だぞ!」
「私は別にいいって思うんだけどね。別に減るもんじゃないし」
「ハルトマン!貴様も少しは慎みと言うものを……」
「ええええええーーー!」
後ろからごそごそと聞こえてくる衣擦れの音と、宮藤さんの驚いたような声で、お二人の仰る「対策」の内容にだいたい察しがついた。
何というか……今すぐここから走り去りたい気分である。
やがて発進準備が整ったらしく、ストライカーユニットの起動する音が聞こえてきた。
「行くぞハルトマン!」
「スースーするー!」
そんなことを言いながら発進されるお二人。
やがて静寂が訪れると、私はゆっくりと宮藤さんの方を振り向いた。
「ふぇ~~」
放心したように立ち尽くす宮藤さんの前の床に転がる、私の予想していた通りの「もの」二つ。
…………何というか、ある意味似た者同士なお二人であった。
「…………も、もう!な、何見てるんですか土方さん!」
「す、すいません!」
見るとも無しに視線を注いでいたところ、宮藤さんに怒られて再び背中を向ける。
……どうも今日は色んな方々に謝ってばかりだな。
そんなことを考えつつ、私と宮藤さんは坂本少佐に復命すべくハンガーを後にした。
「坂本さん!バルクホルンさんたち、出撃いたしました」
「……よし」
宮藤さんの報告に、少佐は頷いて魔眼を発動する。
しばらく何事かを探っていたが、やがて顔を上げると私たちに声をかけた。
「行くぞ。小型の個体の気配を察知した。着いて来い」
「はいっ!」
「は」
少佐の後について、基地内を走ること数分。
ある曲がり角を曲がった時であった。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
出会いがしらに何者かとぶつかりそうになり、私はとっさに受け止める。
「け、圭助さん……?」
「ペリーヌさん」
私の腕の中で驚いたような表情を向けてくるのは、まぎれもなくペリーヌ・クロステルマン中尉その方であった。
しかも、ペリーヌさんは何故か水でもかぶったようにびしょ濡れである。
「あの、ペリーヌさん、その格好は…………」
「聞かないでくださいまし」
そう言うと何故かペリーヌさんはシャーリーさんとルッキーニ少尉の方へと睨むような視線を向ける。
視線を向けられたお二人は口笛を吹きつつ視線を逸らした。
…………またあのお二人がペリーヌさんに何かやらかしたのだろうか。
内心でため息をつきたくなるのをこらえる。
今はそんなことをしている時ではない。
「…………で、土方の兄さんよ」
今まであらぬ方を見ていたシャーリーさんが急にニヤニヤしながら話しかけてくる。
……その表情に、言い知れぬ不安を感じたところに、シャーリーさんは言った。
「いつまでペリーヌのこと抱きかかえてるつもりだい?」
「す、すいません!」
「ひぅっ!」
シャーリーさんの言葉に、私とシャーリーさんは今の格好を思い出して慌てて離れる。
「も、申し訳ありません」
「いえ、別に…………」
顔を赤くして座り込む私とペリーヌさん。
何というか、いたたまれない気分になってくる。
「……この非常時に何をやっとるか馬鹿者!」
そんな私達を我に返して下さったのは坂本少佐の一喝であった。
私とペリーヌさんは慌てて立ち上がる。
「まぁいい……それより、どうやら目的地は同じようだな。このまま全員で追うぞ」
「はっ!」
少佐の言葉に、私もまたサーニャさんと少佐を先頭に走り出したのであった。
「……またここか」
そしてまた走りだすこと数分。
たどり着いたのは…………再び風呂場であった。
少佐もどこか呆れたような表情である。
ネウロイも、もっと電力が豊富にありそうなところを狙えばいいものを……などといらぬことを考えてしまう。
「土方、貴様は外で待っていろ」
「は」
その命令に、私は一も二もなく従う。
……というか、少佐の命令が無くてもそうするつもりであった。
流石に私とてこう何度もやらかせば反省もするというものだ。
「では、皆、用意はいいな」
「はい」
坂本少佐の号令一下、ウィッチの皆様方が脱衣所へと突入する。
そして数分後。
「いやあああああああああーーーーっ!」
突然聞こえてくる、ミーナ中佐の悲鳴。
そしてその悲鳴をもって、この一連の虫騒動は実にあっけない幕切れを迎えることになったのである。
以上です。
これにて第7話終了。
第8話に行く前に一度安価を挟むかもしれませぬ。
それでは。
セルフage
>>122
全くです。
ズボンだから恥ずかしくないですよね(迫真)
自己レスしてしまった……恥ずかしい
「何とも大変な一日だったな」
ミーナ中佐が200機撃墜を成し遂げられたその日の夜。
いつもの見回りのため廊下を歩きながら坂本少佐が私に話しかける。
結局、あの小型のネウロイはミーナ中佐によって仕留められ、コアを破壊すると同時に基地上空にあった大型のネウロイも消滅したとのこと。
あれだけ皆を引っ掻き回した小型ネウロイを中佐がいかにして仕留めたか、興味があったので当の中佐自身に尋ねたところ、
「この件に関してはこれ以上の質問を禁止します」
と、静かな殺気をはらんだ表情で言われてしまい私としては口を噤まざるを得なかった。
よほど聞かれたくないことがあったのだろうが、今となっては真相は藪の中だ。
私もあれほど嫌がっていることを無理に聞き出すほど悪趣味ではないつもりなので、あっさり引き下がることとした。
「うむ。では、行こうか」
「は」
少佐の言葉に、私も短い返事とともに頷いた。
こんばんは。
とりあえず一番の問題回終了したので記念に安価。
対象になるのははミーナさんじゅうきゅうさい、バルクホルン大尉、ハルトマン中尉、シャーリーさん、ルッキーニちゃん、エイラさん、サーニャちゃん、ペリーヌさん、リーネちゃん、芳佳、もっさんの11名。
安価ゾーンは>>134まで。
最もたくさん名前の登場した方が安価ということにします。
同一IDによる複数投票は1票とみなし、同票が複数あった場合は最初にその数に達した方を安価達成とします。
>>134までいかなくても本日夕方頃には締切ります。
それでは。
サーニャ
こんばんは。
投票ありがとうございます。
えーっと、多重投票になった>>134を除いてシャーリー、もっさん、サーニャそれぞれ3ですかw
一番早く3票に達したシャーリーですかね。
それにしてもシャーリー人気だなw
それでは。
お待ちください。
こんばんは。
C86当選してました。
東Q60a。まさかのお誕生日席
遅れて申し訳ありません。シャーリーさんの小話投下します。
「あ、あのっ!」
不意に声をかけられたのは、見回りが終わって私の部屋に帰る途中のことであった。
振り向いた私の視線の先には、一人の女性兵士……と言うか少女と言ってよい年齢の女性が立っていた。
階級章から見て、二等兵の階級にあるようだ。おそらく徴兵されて間もないのだろう。
ネウロイによる侵略により、徴兵開始年齢が引き下げられて以来こういった子供と言ってよい年齢の兵士が増えてきている。
国の将来を支えるべき彼ら・彼女らを先の見えない戦争に引きずり込む愚かしさの、一つの象徴と言えた。
……その極北と言えるのがウィッチの皆様たちの存在ではあるのだが。
私如きが憂えたところで詮のないこととはいえ、何ともやりきれない気持ちになる。
「……何か?」
「その、えっと、あの…………す、すいませんっ!」
あちらこちらに視線をさまよわせながら、彼女はいきなり謝りだした。
…………どうやらいきなり黙り込んでしまったことで私が機嫌を損ねたと思ったようだ。
顔を赤くしたまま落ち着かなさ気に視線をさまよわせている。
私は彼女の緊張をほぐすべく彼女に近づくと視線を合わせて話しかけた。
「……済みません。ちょっと考え事をしていて。別に怒っているわけではないので」
「は、はい……」
私の言葉に、彼女は少し安心したような表情になるものの、私が近づいたことで緊張はさらに増したようで、顔の赤みはさらに増している。
それでも、その赤い顔のままで声を絞り出すように彼女は話しかけてきた。
「あの、えっと、その……ひ、土方兵曹」
「はい」
「い、いつも……見てましたっ!そ、その、お仕事頑張ってください!」
「あ…………」
しかし、彼女はそれだけ言うといきなり踵を返し、私が声をかける間も有らばこそ、脱兎のごとく私の視界から消えていった。
「…………何だったんだ」
「そりゃ決まってんだろ兄さんよ」
「うひゃっ!」
不意に後ろから抱きつくように二本の手が伸びてくる。
どれと同時に背中に感じる、柔らかい感触。
完全に不意を打たれた私が前に飛びのきながら振り返ると、そこには―予想通りと言うべきか―シャーリーさんのニヤニヤした顔があった。
…………今までのやり取りは聞かれていたと考えた方がいいな。
「……驚かさないでくれ」
「兄さんが油断してるのが悪い」
私の非難の言葉にも、シャーリーさんは平然と答える。
どうでもいいが、シャーリーさんとこうして敬語を省いて話すのにも最近は慣れて来てしまった。
主に、敬語で話しかけるたびにあからさまに不機嫌そうな表情になるこの方のせい、とだけは言っておこう。
……さすがに多くの人間が集まる会議の場などでは遠慮して下さっているようだが。
「それにしても、兄さんも隅におけないねぇ」
「…………やめてくれ」
もともと欧州において戦闘航空団と言う形式のプロトタイプとなった「ストライクウィッチーズ」の名はかなり知られている。
そして昨今のブリタニア解放、ロマーニャ戦線での華々しい活躍などが重なり、その名声はいや増しているのが現状だ。
そして、その戦闘隊長であり、最も前線でその姿を見かけることの多い坂本少佐の名声もまた、今では多くの人々の口の端に上っており、噂では特に若い女性たちに人気なのだそうだ。
ほとんど女優か俳優のような扱いで、町を歩けば坂本少佐をはじめウィッチの方たちのブロマイドやポスターが売られている光景をそこかしこで見かけることができる。
ちゃんと許可を取っている写真などはまだいい方で、ほとんど隠し撮りのような写真が闇で高額で取引されているという事を、ミーナ中佐がため息交じりに話して下さった。
まぁ前線でストライカーユニットを駆り戦う見目麗しき少女たち、となれば男性からのそう言う視線が注がれる事は――個人的に思うところがなくはないが――頷けないことはない。
もちろん隠し撮りなどは論外であるが。
…………話がそれた。
しかし最近、私自身の写真が何故かウィッチの方々の写真に混じって店で売られているのを見かけることがあるのだ。
街で見かけたというシャーリーさんがわざわざ買い求めて私に見せてきたときは、我が目を疑ったものだ。
しかも買っていくのは先ほどの兵士のような年頃の少女たちが大半だという。
何も好き好んでこんな愛想のない男の写真を買わんでも、と思うのだが、シャーリーさんに言わせれば違うようだ。
「兄さんは少し自覚しなよ。あんたがああいう女の子にどう見られてるかってやつを」
「どう……ですか」
「そうそう。欧州で活躍する501戦闘航空団戦闘隊長の従兵、それに扶桑じゃ貴族の御曹司。礼儀作法や対人スキルも完備で外見もそんなに悪くない。むしろ上玉の部類。ああいう、恋に恋する年頃の女の子の憧れを集めるにゃ十分すぎるさ」
私の疑問の言葉に、シャーリーさんは指折り数えつつ答える。
外見も貴族の御曹司であることも、私の努力に基づいたものではないのだが…………
どうも、このように面と向かって褒められるというのは居心地が悪い。
そんな空気を何とかすべく、ふと口をついて出てしまった。
「……シャーリーはどう思う?」
「へ?あ、あたし?」
「ああ」
「あ、あたしは……そうだな…………うーん……あたし……が兄さんのことを、かぁ……」
私の言葉に、考え込むように沈黙するシャーリーさん。
…………正直、それほど深い意味を持った質問ではなく、「あたしか?もちろん好きだぜ兄さん。あたしと兄さんの仲じゃねーか」とでも笑いながら冗談っぽく答えて下さると思っていたのだが。
しかし、しばらくそうやって悩むように何事かを呟いたのち、シャーリーさんは存外真剣な表情で顔を上げた。
「…………すまん、ちょっと頭冷やしてくる」
「え?」
そう言うと、シャーリーさんは私が止める間もなく踵を返していかれてしまった。
その表情が心なしか赤く染まっていたように見えたのは、私の気のせいだっただろうか。
……以上でございます。
お待たせした上に短くて申し訳ございません。
次は第8話「翼をください」
芳佳回ですので土方と積極的に絡めていきたいと思います。
それでは。
すいません。
夏コミ当選したので再び自衛隊本を作っててこちらに時間が割けませんでした。
数日中には何とか上げます。
誠に申し訳ありません、
了解です。
夏コミ当選それと、おめです
こんばんは。
本当にお待たせいたしました。
第9話「翼をください」の導入部、投下いたします。
>>151
ありがとうございます。
3日目東Q60aです。
まさかのお誕生日席ww
アドリア海を望む基地近くの海岸。
現在朝の5時である。
そんな時間に、私と坂本少佐はいつもの通り朝の鍛錬へとやって来ていた。
「……土方、貴様もなかなかやるようになってきたな」
「はっ」
鍛錬終了後、汗を拭きながらの少佐の言葉に、私は頷く。
少佐との鍛錬でも、どうにか3回に1回程度は一本を取れるようにはなった。
どうやらやっと少佐の鍛錬相手が務まる程度には成長できて来たようである。
舞鶴にて北郷中佐にお会いすることができたことも、私にとって大きな経験になった事は間違いない。
少佐はそのまま、何か考え込むように中空に視線を向けていたが、すぐに私の方へと向き直った。
「ふむ…………土方、そこで見ていろ」
坂本少佐はそう言うと、そばにあった石柱の残骸へと登って行く。
この基地は大昔の闘技場をそのまま使っているので、少し離れたところにはこういった古代の建物の残骸がそのまま残っているのだ。
もはや作られてから何百年もたち、元の建物の形すらわからぬ程に崩壊しているが、しかしいまだにこの20世紀になってもその残骸が利用されているというのも、何だか妙な感じである。
坂本少佐は、小さな足場やへこみをうまく利用して10メートルほどの柱を器用に登っていった。
そんな坂本少佐の後姿にぼんやりと視線を送っていると、不意に後方から声がかけられる。
「圭助さん、おはようございます」
「あ……宮藤さん。おはようございます」
振り返ると、そこには宮藤さんが立っていた。
宮藤さんがこんな時間に起きてくるというのも珍しい。
「どうされましたか?」
「なんだか早く目が覚めちゃって……って、坂本さん、あんな所で何を?」
そう言いながら、宮藤さんは柱の上に上った坂本少佐の後姿へと視線を向ける。
うっすらと白み始めるアドリア海の水平線に正対する少佐の姿は、それだけで一つの歴史的絵画と思えるような厳粛な空気をまとっていた。
そんな空気を宮藤さんも感じ取ったのであろう、少佐の後姿に向ける視線が真剣さを帯びる。
二対の視線を受けながら、少佐は背中の烈風丸を抜き放った。
きぃん、と張り詰める空気。
少佐が精神を統一し始めるにしたがって、その緊張はさらに高まっていく。
やがて、その緊張が最高に高まった時、少佐は夜の闇をを割くように叫んだ。
「烈風斬!!」
裂帛の気合いとともに叫んだその声とともに、少佐の剣先から衝撃波が放たれる。
ごおん、と音を立てながら朝の空気を切り裂いたそれは大昔の予言者のように海を二つに割り、遥か彼方までその余韻を残して消えた。
「…………すごい」
隣で宮藤さんが感嘆したような声を上げる。
だが、私の視界に映る少佐の表情は、決して今の烈風斬に満足しているものではなかった。
――――また、あの表情だ。
それはミーナ中佐に、そして北郷中佐に指摘された少佐の表情。
どこか死に急ぐような、自らを極限まで痛めつけるような、そんな表情。
ウィッチの方々の魔力と言うのは、基本的に13~16歳頃の少女期に最盛期を迎える、と言われている。
今年で20歳になられる坂本少佐は、とうにウィッチを退いてどこかの隊で教官でもしているのが通常の経歴である。
それこそ北郷中佐のように。
しかし、少佐はあくまで前線に立つことにこだわり続け、そして烈風丸と言う使いようによっては毒にもなる武器を手に入れた。
今はいい。
妙な話だが、ネウロイと言う敵が存在している限り少佐は戦い続けることに何の疑問も持たれないであろう。
しかし、ロマーニャに出現したネウロイを退けた時、果たして少佐は…………
そこまで考えて自分の先走りに気付いて内心自嘲する。
まだロマーニャのネウロイに勝てると決まったわけではないのに。
成人もしていない少女たちが対ネウロイの頼みの綱と言う時点でもはや人類は「詰んで」いると言っても過言ではない。
少女たちに戦わせ、自分たちは安全な場所でのうのうとしている我々が坂本さんの心配をするなど、おこがましいにも程があるというものだ。
…………いかんいかん。
小さく頭を振り、らしくもなく悲観に走りそうになる思考を押しとどめる。
ミーナ中佐や北郷中佐にお話を聞いてより、どうもこういった悲観的な想像ばかりするようになってしまった。
本来なら、少佐の側で支えとなるべき従兵がこんなことではいけない。
「……圭助さん?」
「あ、すいません。ちょっと考え事をしてしまいまして」
「はぁ……大丈夫ですか?」
いつもと違う私の様子に心配そうな表情を向けてくる宮藤さん。
宮藤さんがさらに問いかけてこようとしたところで、柱の上の少佐がこちらに気付いた。
「ん…………?宮藤じゃないか。こんな時間にどうした?」
「すごい技ですね……烈風斬って」
「ああ……」
そう言う宮藤さんの表情は単純な驚きと憧れに染まっている。
宮藤さんのそんな視線を向けられた少佐はしかし、険しい表情のまま背中の鞘に刀を収めた。
「…………これではだめだ」
「だめ……ですか」
「ああ。これでは……ネウロイに対する決定打にはならない」
納得していない表情の少佐。
再び平静を取り戻したアドリア海へと視線を向ける少佐。
もはや完全に水平線から太陽がその姿をのぞかせている。
誰に聞かせるでもなく、呟くような少佐の声が風に乗って聞こえてきたのはその数瞬後であった。
「私が身につけたいのは烈風斬を超える烈風斬…………真・烈風斬だ」
「「真・烈風斬?」」
思わず顔を見合わせた私と宮藤さんの言葉がハモる。
烈風斬を超えた烈風斬。
今の烈風斬ですら、少佐に残った少ない魔力を烈風丸により無理やり絞り出すようにして使っているというのに、だ。
それをさらに超える技を使おうというのか。
…………私の背中をどうしようもなく不吉な予感が走り抜ける。
それはもはや「人」の領域ではない。
そんな所に、坂本さんは向かおうとしているのか。
「ああ、古より扶桑皇国に伝わる秘奥義だ。それを極めることができれば、どんなネウロイが来ようと一撃で粉砕できる」
そう言った坂本少佐の表情は、思うようにならぬ自分に苛立ちをぶつけているようである。
そんな坂本少佐の様子に、いつもと違うものを感じ取ったのだろうか。
少佐の言葉に対する宮藤さんの返事に私は驚かされた。
「あの……坂本さん」
「何だ」
「私に…………烈風斬を教えてください!」
「何だと?」
坂本少佐の表情が初めて驚きに染まる。
「私、ネウロイをやっつけて、早く平和な世界を取り戻したいんです……だから」
「…………だめだ」
少佐の返答はにべもなかった。
しかし「だめだ」の前の一瞬の間が少佐の苦悩を語っている、と思うのは穿ちすぎだろうか。
宮藤さんが納得できない、と言う表情で返事を返す。
「そんな……どんなつらい訓練でも大丈夫です!だから」
「だめだ」
宮藤さんはそれでも必死に食い下がる。
しかし少佐の返事は変わらなかった。
「宮藤」
「は、はいっ!」
「こんなところに長居しては体を冷やすぞ。さっさと部屋に帰って少しでも休んでおけ」
「…………」
そう言うと、少佐は10メートルはあろうかと言う柱からひととびで飛び降り、こちらに一瞥すらくれることなく宿舎の方へと姿を消した。
後に残されたのは私と宮藤さん。
しばしの沈黙ののち、口を開いたのは宮藤さんであった。
「圭助さん」
「はい」
「私……また何か坂本さんの機嫌を損ねるようなことをしてしまったんでしょうか」
そう言って肩を落とす宮藤さん。
坂本少佐は自分のなさることを言葉を尽くして説明する方ではない。
おそらく少佐は、宮藤さんが軍隊と言う組織に染まってしまうことを恐れているのだろう。
本来、山の中の診療所の一人娘でしかなかった宮藤さん。
その宮藤さんをはるばるここロマーニャまで連れてきてネウロイと戦わせている。
しかもその宮藤さんは坂本さんが生涯の恩人と慕う宮藤一郎博士の娘だ。
もちろんそれは坂本少佐に何の責任もない事であるが、そんなことで少佐が自分を許せる気持ちになるとも思えない。
私にできるのは、月並みな励ましの言葉をかけることだけであった。
「いえ。そのようなことは」
「でも……私は坂本さんの力になりたいのに…………」
坂本少佐の後姿を探すように、宿舎の方へと視線を向ける宮藤さん。
当然ながら、少佐の後姿はすでに、そこにはなかった。
短くて申し訳ありません。
今日はここまでです。
トリつけ忘れましたが>>152は私です。
それでは。
こんばんは。
7月に入って暑くなってきましたね。
それでは、続き投稿です。
「おはようございます」
私と宮藤さんが食堂の入り口をくぐると、厨房に立っていたルッキーニ少尉とシャーリーさんが迎えて下さる。
「お、宮藤に兄さんじゃん。朝飯出来てるぜ」
「ズッパ・ディ・ファッロとボンゴレ・ビアンコだよ」
「あたしらが作ったんだ。ささ、たんと食え」
そう言って私たちに席を進めてくるお二人。
ちなみにズッパ・ディ・ファッロとはロマーニャの伝統的な料理で、角切りにした野菜と一緒に古代小麦の粒をトマトで煮込んだ、トマト味のおじやの様な料理である。
ルッキーニ少尉曰く、ロマーニャの家庭では朝食としてよく出てくる料理なのだそう。
「…………」
しかし、宮藤さんは席に着いたもののどこか思いつめたような表情でスプーンを持とうともしない。
そんな彼女に、ルッキーニ少尉たちも不思議そうに顔を見合わせている。
私も思わず腰を浮かしかけるが、それより早く隣に座るビショップ曹長が宮藤さんに声をかけた。
ちなみに私はお二人の斜め前、ハルトマン中尉とペリーヌさんの間に座っている。
最初は宮藤さんたちの隣に席を用意していただいたのだが、私が近くに座るたびに怯えたような表情になるビショップ曹長を見かねて私から申し出て場所を移っていただいたのだ。
「芳佳ちゃんどうしたの?どこか具合悪い?」
「…………ううん。どこも悪くないよ」
しかしその表情は明らかに無理をしているのが分かるほどであった。
…………やはり、先ほど坂本少佐に烈風斬を教えることを拒否されたのが堪えているのだろう。
自分は坂本少佐に評価されていないなどと勘違いしていなければいいが。
坂本少佐が烈風斬を宮藤さんに教えなかったのは、ひとえに宮藤さんをこれ以上戦いに深入りさせないためである。
むしろ坂本少佐は宮藤さんのウィッチとしての適性を誰よりも分かっているからこそ、宮藤さんがこれ以上軍と関わり合い、日常から離れてしまうのを恐れているのだ。
そう思っているからこそ、少佐は烈風斬を教えるのを躊躇っていたのだ。
「だったら食え。たとえ腹が減っていなくてもだ」
「バルクホルンさん……」
「エネルギーを摂取しなくてはいざと言うときまともに動けんぞ」
「え、エネルギーって…………」
大尉の言葉に、シャーリーさんとルッキーニ少尉が呆れたようにツッコミを入れる。
……まぁ確かに、質実剛健たるカールスラント人気質が服を着て歩いているような大尉にとっては食事とはエネルギー摂取のための手段であり、その味や見た目など二の次なのだろうが、それを作っていただいた方の前で言い切ってしまうのは……どうかと思う。
それを聞いたカールスラント人らしくない方のカールスラント人であるハルトマン中尉はうんざりしたような表情になった。
「まーた始まった」
「ハルトマン!何か言いたいことがあるのか?」
「朝っぱらから軍人のお説教なんて聞きたくないよ」
「貴様!それがカールスラント軍人の台詞か?……いいか?ここはブリタニアと違って我々に使える戦力は限られているんだ。その限られた戦力である我々がいつでも出撃できるように万全の状態になくてどうする!貴様はもっと、自分たちに課せられた責務の重さを自覚せんか!」
「はいはい」
バルクホルン大尉の烈火のごとき怒りを、ハルトマン中尉は聞いているようないないような表情で受け流しつつ、ズッパ・ディ・ファッロをもそもそと口に運んでいる。
「土方!貴様もそう思うだろう?」
「え?わ、私ですか?」
急に話を振られ、小麦の粒をのどに詰まらせそうになりながら慌てて顔を上げる。
…………こんな時に振らんでも。
思わず隣のハルトマン中尉に恨みがましい視線を向けるが、相変わらずの飄々とした表情でこちらをにやにやと眺めている。
「え、ええと…………」
「土方?」
少し躊躇っていると、バルクホルン大尉の表情が険しくなる。
「ぐ、軍人として有事のために備えておくのは大切なことと考えます」
「うむ。貴様ならそう言ってくれると思っていたぞ。ハルトマンなどよりずっと軍人らしいではないか」
「それは私もそう思うなー」
私の返事に、バルクホルン大尉は満足そうにうなずき、ハルトマン中尉もどこかからかうように口元を緩めた。
「うん!そうですよね!私がもっと頑張ればいつか坂本さんだって…………」
「宮藤さん?」
「いただきまーす!」
いきなり聞こえてきた声に振り返ると、宮藤さんがいきなり元気を取り戻したかのように、スプーンをもって食事を始めていた。
そんな宮藤さんの変わり様に隣のビショップ曹長は安心したような笑顔を向けるが、私は少し危うさを感じてもいた。
どうも最近の宮藤さんは少し浮き沈みが激しいというか、危なっかしい気がする。
…………私の杞憂であればいいのだが。
「けーすけ」
「は」
そんな物思いにふける私に、声をかけてきたのはハルトマン中尉であった。
振り向くと、存外に真面目な表情の中尉と目が合う。
「ちょっと宮藤の事、気を付けてあげて」
「フラウ…………」
「けーすけなら、宮藤も少しは接しやすいと思うんだ。お願い」
そう言うハルトマン中尉の表情はいつものおちゃらけた様子からは想像もできないほどに真剣なものであった。
「…………微力を尽くします」
「うん。ありがと」
私が頷くと、中尉は一転してやわらかい微笑を向けてきた。
やはりこの方は、何も考えていないようでいて色々と考えている方なのだ。
「上手く行ったら私の使用済みズボンあげる」
「いりません」
「えー」
…………訂正する。
相変わらず、深謀遠慮の方なのか天然なのか、底の知れない御方である。
「ルッキーニちゃん、おかわり!」
「あいよー」
視界の端ではすでに食べ終わった宮藤さんが、ルッキーニ少尉におかわりを頼んでいた。
「では、これより模擬戦闘を行う。宮藤!」
「はいっ!」
「ペリーヌ!」
「はいですわ!」
「以上2名による模擬戦闘を行う。判定役は……リーネ、お願いできるか?」
「は、はいっ」
朝食後の訓練として、模擬戦闘が行われることとなった。
坂本少佐に呼ばれた二人と、ビショップ曹長がストライカーユニットを穿いて空へと舞い上がっていく。
その後姿を見つめる坂本少佐の表情はしかし、どこかすぐれなかった。
そんな少佐の様子に気づいて声をかけたのはバルクホルン大尉であった。
「どうした?何か心配事でも?」
「いや…………そういう訳ではないのだが」
そう言いながらも上空を見上げる少佐の表情は硬い。
「お!前より早くなってるじゃないか宮藤の奴」
シャーリーさんが感心したようにつぶやく。
確かに速度を身上とするペリーヌさんの前を飛びつつ、その差が一向に縮まらないでいる。
ストライカーユニットで飛ぶことすら苦戦していたころと比べれば隔世の感があった。
しかし、坂本少佐の表情は硬いままである。
宮藤さんのウィッチとしての成長を喜びたい気持ちと、これ以上軍に関わってほしくない気持ちがせめぎ合っているのだろうか。
「だけどペリーヌも負けてないよ」
「まぁ早さ比べでペリーヌに勝てるのはあたしぐらいだろうしな」
シャーリーさんの言葉通り、縮まらないように見えていた二人の距離が徐々に縮まっていった。
やがてペリーヌさんが抱えていた銃を宮藤さんに向けて構える。
だれもがペリーヌさんの勝利を確信したその時であった。
「えっ!?」
その場にいた人間の驚きの声が奇しくも一致する。
突然、宮藤さんが失速したかのように左下方へと急降下したのだ。
しかし、宮藤さんはその落下を推進力としたまま下方に宙返りすると、ペリーヌさんの左後方へとつける。
目を瞠るような鮮やかな機動であった。
「左ひねり込みだと…………」
「ふぇ~~すごいな宮藤」
驚いたように言葉を失うバルクホルン大尉。
ハルトマン中尉までもが、驚きを隠しきれていない。
「左ひねり込み、ですか?」
「ああ……まさか宮藤がやってのけるとはな」
「そんなに高度な技なのですか?あれは」
「高度なんてもんじゃねぇ。各国のエースと呼ばれるウィッチですら10回に1回成功させられるかどうか、っていう動きだぞ」
私の疑問の声に応えて下さったのはバルクホルン大尉とシャーリーさんであった。
それからバルクホルン大尉が専門用語を駆使した説明をしてくださったのだが、悲しいかな空での戦いについては門外漢である私にはその1割も理解できなかった。
とにかく、各国のエースですら困難な機動を宮藤さんがやってのけたという事だけは理解できた。
上空では、ペリーヌさんの背後を取った宮藤さんが銃を構えているのが見える。
しかし―――
「…………外した?この距離で?」
それは坂本少佐の言葉であったか。
しかし、素人の私にもわかるほどにいまの宮藤さんの射撃はおかしかった。
まるで射撃の直前、何かのトラブルがあったかのような――――
ぴぴーーーーーっ!
「勝負あり!勝者、ペリーヌ・クロステルマン中尉!」
そしてその数秒後、ビショップ曹長の笛の音と勝者を告げる声が、アドリア海の空にこだました。
以上です。
相変わらず短くて申し訳ありません。
では、一週間ほど後に。
申し訳ありません。
夏コミもですがいろいろ忙しくて……
1週間に1話は難しくても何とか2週間に1回のペースは守りたいです。
それでは、投下を始めます。
「……ふぅ」
書類作成をひと段落させ、私は自室の机から立ち上がると、大きく伸びをしながらベッドの上に寝転ぶ。
窓の外から差し込んでくる月の光が、床の上に鮮やかな陰影を形作るのを、見るともなしに見ていた。
着替えもせず些か行儀が悪い気もするが、どうせ自分の部屋だから構わないだろう。
こんこん。
不意に自室のドアがノックされる音に、私は目を上げた。
この基地において私の部屋に誰かが訪ねてくることは稀である。
男性隊員はそもそもこちらのウィッチ居住区に用もなく入ることを禁じられているからである。
私は少し警戒しながら声をかけた。
「どなたですか?」
「あ、あの……宮藤です」
「芳佳…………ですか?」
ドアの向こうから聞こえてきた意外な言葉に、少し驚きながらドアを開くと、目の前の廊下には宮藤さんの姿があった。
忙しく視線をあちらこちらに飛ばしつつ、時折こちらを見つめるその表情は緊張のためか、やや上気しているようにも感じられる。
「どうしました?」
「あ、あの…………少しご相談したいことがありまして」
「相談……ですか」
「はい…………ダメ、でしょうか」
そう言いながら宮藤さんはやや上目使い気味にこちらの顔を覗き込んでくる。
宮藤さんのご相談……となればやはり最近の不調のことと関係あるのだろう。
正直私などで役に立てる話とは思えないが、それでも相談相手として選ばれたからには最善を尽くすべきであろう。
「は……それでは談話室に…………」
「あ、あの……それなんですけど」
私の言葉を遮って宮藤さんは手に持っていたものを私に示してみせる。
手ぬぐいやせっけんなどの入った小さな木の桶、それは扶桑人ならば誰も非常になじみ深いもので。
それが必要になる場所と言えば、それは――――
「あの、お風呂で……お話ししませんか?」
そう言って宮藤さんはなぜか私ににっこりと微笑んで見せたのであった。
「気持ちいいですか?」
「…………は、はい」
後ろから聞こえてくる無邪気な声。
現在私は、大浴場の洗い場で宮藤さんに背中を流してもらっているという奇妙な状態に陥っていた。
初めて入った大浴場であるが、確かにアドリア海を一望できる素晴らしいロケーションであると言える。
しかし、今の私はそんな眺望に感動している余裕はなかった。
……もはや深夜といっていい時間で、他の方が入りに来る可能性はないのが救いではある。
もちろん宮藤さんのとんでもない申し出を私は全力でお断りするつもりであったのだが、予想外の宮藤さんの頑固さに私が根負けする形で承諾することとなった。
当然のことだが宮藤さんは扶桑特有の、水練着のような形のズボンを着用しておられるし、私も褌を着用している。
それでも妹と同じ年の少女に風呂場で背中を流してもらっているという今の状況は何とも居心地の悪いことこの上ない。
しかし、そんな私の葛藤など全く気にした風もなく、宮藤さんは楽しそうに鼻歌などを歌っていた。
「…………やっぱり、男の人の背中っておっきいですね」
「芳佳……」
「お父さんとも、よく一緒にお風呂に入ってたんです。私が背中を流してあげると、お父さん、『ありがとう芳佳』って、すごく喜んでくれて……」
ポツリと宮藤さんがつぶやく。
考えてみれば一郎博士が亡くなってからの日々のかなり多くを、宮藤さんは女性ばかりのウィッチ隊の中で過ごしてきたのだ。
彼女は彼女なりに、博士を失った寂しさを抱えていたのだろう。
私が一郎博士の代わりになるなどおこがましいにもほどがあるが、それでも彼女を支えたいという気持ちはもちろんある。
私は横目で一瞬宮藤さんの方をちらりと見ると、その頭に手を伸ばした。
わしゃわしゃ。
「…………ありがとう、芳佳」
「圭助、さん……」
少し乱暴に頭をなでる。
すぐに彼女から視線を離してしまったのでその表情は分からないが、手を振り払う様子もないのをみると嫌がられているわけではなさそうだ。
「ふふ、圭助さんはお父さんって言うか……お兄ちゃんですね」
「……恐縮です」
「いえいえ、圭助お兄ちゃん」
そういって微笑む宮藤さん。
「ふぅ…………いいお湯ですね」
「はい」
現在私と宮藤さんは背中合わせに湯船に浸かっている。
欧州の方々に合わせたのか、湯の温度はそれほど高くないが、この状況に私は早くも逆上せそうであった。
少しの沈黙の後、宮藤さんが話し出す。
「今日、坂本さんと一緒に健康診断を受けたんです」
「は」
「でも、何の異常もなくて…………整備部の方々にストライカーユニットを見てもらったけど、こっちも問題はなかったみたいです」
「……なるほど」
しかし、宮藤さんがここ数日ストライカーユニットでの飛行に問題を抱えていたのは私も見ている。
ペリーヌさんも心配なのか、坂本少佐に相談している姿を見かけた。
しかし…………だとすると、残るのは精神的な要因であろうか。
そうなってくるとなおさら私などでお役に立てる話ではない。
心理学者かカウンセラーの仕事だ。
宮藤さんは言葉を続ける。
「それで、それを聞いてたバルクホルンさんが……『お前はしばらく飛行を禁止する』って」
「大尉が…………」
「私は大丈夫って言ったんですけど、バルクホルンさんは聞いてくれなくて…………坂本さんも……それなら仕方ないか、って」
そう言う宮藤さんの声は暗く沈んでいる。
大尉のお考えもわからなくはない。
新型ネウロイが出現してからの戦闘は苛烈さを増す一方であり、そんな戦場にいまの宮藤さんを連れていくことに不安になるのはもっともなことだ。
特に大尉は宮藤さんを妹さんと重ねているようなところがある。
そんな大尉であれば宮藤さんが無理をして出撃して怪我をしたりするのを何よりも恐れるだろう。
「私……やっぱり坂本さんのお役に立てないんでしょうか?」
「そんなことは…………」
「でも、烈風斬を教えてくださいって言っても断られるし…………私は坂本さんやみんなの役に立ちたいのに」
背後で水音がする。
背中に触れていた宮藤さんの背中の感触がなくなった数秒後、今度は背中に彼女の吐息を感じた。
「圭助さん……私、どうしたらいいんでしょう」
「芳佳…………」
振り返ると、月明りに照らされ、宮藤さんが今にも泣き出しそうな表情でこちらを見上げている。
私はそんな彼女の頭に軽く手を触れ、話し出した。
「私も…………そんな気持ちになることがあります」
「え?圭助さんが、ですか?」
「はい」
驚いたような宮藤さんの表情。
「私は男ですから……皆さんと一緒に戦うことができない。そもそものスタートラインにすら立てないんです」
「それは…………」
それは私がいつも抱えている屈託。
宮藤さんに、同じような思いを抱いていた人間は一人でないことを知っていただきたい。
「でも、私はそのことで悲観するのはやめました。自分は自分のできること……従兵としての仕事で少佐のお役に立とうと」
「圭助さん」
「そもそも、少佐が戦力になるかどうかで要不要を決めるような方だと思いますか?」
「それは違います!」
その否定の言葉は小さかったが、きっぱりとした意志にあふれていた。
「そうです。あの方はいつも、我々をまるで家族のように大事にしてくださる。今回少佐が大尉の言葉に賛同なされたのも、決して宮藤さんが必要ないからではありません。それは分かりますよね?」
「はい…………そうですね」
宮藤さんはそう言って頷く。
宮藤さんは決して鈍い方ではない。
少佐が自分を要らないなどと思っていないこともわかっているのだろう。
しかし、それでも誰かにそのことを断言してほしかったのかもしれない。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ愚痴のようなことを言ってしまいまして」
「ふふ、お互い秘密ってことにしておきましょう」
「了解です」
そう言って宮藤さんが小さく微笑む。
しかしこのままでは宮藤さんの不調という問題は解決していない。
アドバイスになるかどうかわからないが、彼女より少しだけ人生経験の先輩として偉そうに言わせてもらおうか。
「迷った時には、初心に帰ってみるのもいいかもしれませんよ」
「初心に…………」
「はい。自分が何のために戦っているのか、どうしてウィッチをしているのか…………そんなことを今一度考えなおしてみるんです」
「何のために……ですか?」
「そうです。まぁ、気休めにもならないかもしれませんが、圭助お兄ちゃんからの、無責任なアドバイスだと思って」
私の言葉に、宮藤さんは少し驚いたような表情になったが、やがて再び笑顔に戻った。
「そうですね…………ちょっと考えてみます。ありがとう、お兄ちゃん」
「いえいえ」
そう言って私と宮藤さんはお互いに笑いあう。
月は相変わらず、中天にあった。
以上です。
ありそうでなかった混浴話でしたww
夏コミの本もある程度めどがついたので2週間に1話のペースは守っていきたいと思います。
それでは。
乙です。もうこのスレも随分長く続いているなぁ……
乙
土方ふんどしで入ってるのかwwww
すいません>>188は私です。
「あ、お兄ちゃん、こっちです」
「……こんばんは」
時は真夜中。
人気のない格納庫。
私の姿を認めた宮藤さんが手を振ってくる。
どうもあの風呂での一件以来、どうも宮藤さんは「お兄ちゃん」という呼称が妙に気に入ったようで他のウィッチの方がいるところでもお兄ちゃんと呼んでくる。
おかげでシャーリーさんやルッキーニ少尉にはからかわれるし、坂本少佐には妙な表情をされるしで散々であった。
しかしご本人はこの呼称を改める気はないらしい。
むしろお兄ちゃんと呼ばれるたびに私が困惑するのを楽しんでいるような節すらある。
「すいません。こんな時間に呼び出しちゃって」
「いえ…………特別訓練に付き合ってほしいとのことでしたが」
部屋でくつろいでいた私の元に宮藤さんが突然訪れて「特別訓練に付き合ってほしい」といわれたのが本日の昼ごろ。
正直ウィッチの方々の訓練に私などが何かアドバイスできるとは思えない、必要ならバルクホルン大尉か坂本少佐にお願いしてもよい、と言ったのだが
なぜか宮藤さんは「お兄ちゃんがいいんです」と強硬に主張したためこうして夜中にこんなところに来ていると言うわけだ。
「はい。お兄ちゃんに、私のこと見ててほしくて…………」
「は、はい……」
目的語が省略されているため聞きようによっては妙な意味にとられそうな宮藤さんの言葉。
返事をするにも思わずどもってしまう。
何とか落ち着くべく小さく咳払いをする。
「そ、それで訓練と言うのは…………?」
「はい、これです」
そういって宮藤さんが取り出したのは一本の箒。
「箒ですか?」
「はい。アンナ教官のところに特訓に行ったときに、ストライカーユニットがなかったときはこれで飛んでたって、この箒で飛ぶ訓練をしたんです」
「なるほど…………」
思わず感嘆の声を漏らす。
あのアンナ教官の所ではそんな特訓をしていたのか。
しかし、箒にまたがって空を飛ぶとは、まさに御伽噺の魔女(ウィッチ)そのものである。
…………そういえば我らがストライクウィッチーズの部隊章は五芒星の形に箒が組み合わさった意匠になっていた。
あれは象徴的な意味でなく、本当に箒で空を飛んでいた時代の名残であったということか。
「お兄ちゃんが『初心に帰ってみたら』って言ってくれたので」
「そ、そうですか……」
……別にそんなに大したことを言ったつもりはなく、ただ一般論のつもりで言ったのだが。
そんな風に笑顔で言われると少し罪悪感を感じる。
「お兄ちゃん、じゃ、見ててくださいね」
「は」
そういうと宮藤さんは箒に跨り、精神を集中し始める。
程なくして、宮藤さんの全身が薄く発光し始め、私にもわかるほどにあたりの空気が変わるのが感じられた。
そのまま宮藤さんは集中を続けると、やがて少しずつその体が浮かび上がる。
しかし――――
「……はあっ」
浮かび上がったのも一瞬の間。
すぐに魔力の光は消えて地面に着地してしまう。
…………なるほど。
確かにこれは深刻だ。
「うぅ……」
泣きそうな視線を向けてくる宮藤さん。
…………そんな表情を向けられても、私に何か有効なアドバイスができるわけではない。
気まずい沈黙が降りる。
「あれ?宮藤」
「芳佳ちゃん?」
そんな気まずい沈黙を破ってくださったのは意外な方々であった。
暗がりから声を掛けてきたのはエイラさんとサーニャさんのコンビ。
彼女たちの突然の出現に、宮藤さんも驚いている。
「サーニャちゃんにエイラさん、どうしたの?」
宮藤さんの当然といえば当然な問いかけに、お二人が答える。
どうやら夜間哨戒に出かけたサーニャさんをエイラさんが迎えに行った帰りに格納庫に明かりがついているのを見かけて……ということらしい。
サーニャさんが箒にまたがった宮藤さんの姿に、不思議そうな表情で聞いてくる。
「でも、芳佳ちゃんこそどうしたの?こんな時間にこんなところで」
「うん…………ちょっとね、居残り訓練っていうか」
「こいつと一緒にか?」
私の方を顎でしゃくって見せるエイラさんの表情は、友好的なものとは到底言い難かった。
「いえ、おにい……圭助さんに私がどうしても、ってお願いして」
「本当か?」
「あ、その、えっと…………」
鋭い視線を叩きつけられて一瞬怯む。
暫く蛇に睨まれた蛙のように固まっていた私であったが、エイラさんはそれ以上何も言わず、再び宮藤さんへと向き直る。
「ふーん……それで、この箒は?」
「この前、アンナ教官のところの特別訓練で箒に乗って飛ぶ練習をしたの」
「なるほどな。あー…………そういえば、うちの近くのばあちゃんも箒で飛んでたらしいな」
宮藤さんの言葉に、エイラさんが頷く。
サーニャさんは続けて質問する。
「でも、いきなり箒を持ち出したりして、どうしたの?」
「それは…………」
サーニャさんの当然の疑問に、沈黙する宮藤さん。
確かに軽々しく人に話せるような内容ではない。
宮藤さんはしばらく迷っていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「サーニャちゃんたちは……いきなり飛べなくなったりしたこととか、ある?」
「え?芳佳ちゃん、飛べなくなったの?」
「ほ、本当か宮藤?」
エイラさんとサーニャさんが同時に声を上げる。
程度の差こそあれ、宮藤さんの言葉にお二人とも驚いている様子であった。
宮藤さんは慌てたように否定する。
「そ、そんなことないよ!」
「そう……」
「何だ…………おどかすなよ」
安心したように息をつくエイラさん。
と、その時であった。
――――かんっ
我々の背後の暗がりより物音が聞こえてくる。
我々に背を向けたエイラさんが、何かに気づいたように暗がりのほうへと視線を向けた。
つられるようにエイラさんと同じ方向を向くが私には何も見えない。
しかし、エイラさんは近くに落ちていたバケツをつかむと、暗闇に向けて投げつけた。
「誰だっ!」
「…………にゃっ!」
がらんがらん、という音のの後で誰もいないはずの暗がりから声がする。
私は反射的に宮藤さんたちをかばうように前に出る。
しかし、暗がりから頭を抑えながら出てきた人影は、見覚えのある方であった。
「ペ、ペリーヌさん?」
「あいたた…………急になんてことをするんですの!」
そんな声とともに頭をさすりながら暗がりから顔を出したのは、ペリーヌ・クロステルマン中尉であった。
「それはこっちの台詞だ。こそこそ隠れて何やってたんだ?」
「そ、それは少しお手洗いに……」
「格納庫にわざわざ?」
サーニャさんの疑問の言葉に、ペリーヌさんは黙り込む。
おそらく宮藤さんのことが心配で様子を見に来たのであろう。
ご本人は決して認めないであろうが。
「…………何か言いたそうですわね」
「い、いえ。何も」
そんなことを考えていたらペリーヌさんに睨まれてしまった。
ペリーヌさんの頭を指さし、サーニャさんがつぶやく。
「……たんこぶ」
「えっ!?」
サーニャさんの言葉に、慌てて頭に手をやるペリーヌさん。
確かに、ペリーヌさんの頭には見事なたんこぶができていた。
「あははははっ!」
「貴女のせいでしょう!」
無遠慮に笑い声をあげるエイラさんに、ペリーヌさんが抗議の声を上げる。
「と、とにかく治療しますね」
宮藤さんはそう言うと、ペリーヌさんの頭に手をかざした。
みるみるコブは小さくなっていくのが分かる。
エイラさんが感嘆したような声を上げた。
「おおー治ってる治ってる」
「魔法力は問題ないようですね」
「良かったな、宮藤」
「貴女たち!人の頭で実験しないでくださいまし!」
ペリーヌさんが怒ったようにエイラさんに詰め寄っている。
そんなお二人の言い合いをバックに、宮藤さんは自分の両手を見つめつつぽつりとつぶやいた。
「じゃあなんで、上手く飛べないんだろ」
その横顔は、自分の無力を憂える悲しみにあふれていて、私は思わず口を開いていた。
「芳佳…………今日はもう休んだ方が」
私の言葉に、サーニャさんも頷いてくださる。
「そうだよ。芳佳ちゃんはずっと今まで頑張ってきたんだから」
「きっと疲れがたまってるんだよ。一晩寝たら治ってるって」
サーニャさんとエイラさん、二人の言葉に宮藤さんも頷く。
「そうだね。…………うん。分かった」
「では部屋までお送りします」
「は、はい…………」
「圭助、変なことすんなよ」
「もうエイラ!…………それじゃ土方さん、芳佳ちゃんのことお願いしますね」
私の言葉に、宮藤さんが頷く。
エイラさんとサーニャさんもそれぞれの表現ながら宮藤さんに励ましの言葉をかけて下さっている。
ウィッチの皆様方のために私にできることはそれほど多くない。
だが私はそれでも、少しでもこの方々のお役に立ちたい。
ネウロイに対しては無力な我々男の代わりに最前線に立ち続けてくれる少女たちの。
暗い廊下を、宮藤さんと二人で歩く。
お互い、一言も発しないままに。
そのまま我々はバルコニーのようなところに差し掛かった。
月明りの下で、穏やかに凪ぐアドリア海の風景。
思わず宮藤さんは引き寄せられるようにバルコニーへと出ていく。
「…………いい風ですね」
「は」
そう言って気持ちよさそうに目を閉じる宮藤さん。
確かに夜のアドリア海から吹く風は、ロマーニャ、というか地中海特有の昼間の乾いた空気を程よく冷ましてくれる。
何秒か、何分かは分からない。
暫くの沈黙の後、宮藤さんは口を開いた。
「お父さんが、言ってくれたんです」
「はい」
「『お前には他の誰にもない力がある、それを使ってみんなを守るんだ』って……」
宮藤博士は自分の娘の途方もない魔力量を知っていたというのだろうか。
…………まさか。そんなことはないと思いつつもどこか否定しきれない自分がいる。
「でも、こんなんじゃ……私、みんなを守れない…………お父さんとの約束なのに……」
「芳佳…………」
もうこの世の方ではない宮藤博士との約束。
だからこそ、宮藤さんは全力で守ろうとしているのだろう。
…………しかし、それは見えないプレッシャーとなって宮藤さんの心に重くのしかかっていたのかもしれない。
いつも天真爛漫で、私たち周りの人間を元気づけて下さる宮藤さん。
しかし実際はまだ15歳の少女でしかないのだ。
「芳佳」
「えっ…………け、圭助さん?」
私はそっと近づいて、宮藤さんを抱き寄せる。
我ながら何をしているんだろう、と思うが、しかし他に方法が思いつかなかった。
宮藤さんはとまっどったような表情になるが、それでも私の腕を振り解こうとはしない。
「芳佳……確かにお父さんとの約束は大事だ。でも、『皆を守りたい』っていう気持ちは、お父さんに言われたからのものなのかな?」
「それは…………」
「扶桑を出発する時、芳佳はあれだけ坂本少佐に来るなと言われたのに、ストライカーユニットを勝手に穿いて追いかけてきた。そこに、芳佳自身の意志はなかったのか?」
「そんなことは……ない…………です」
「そう…………それは良かった」
「あ……」
宮藤さんが小さく頷くのを確認し、私は宮藤さんを腕の中から解放する。
ちょっと名残惜しそうな表情をしている宮藤さんに、私はしゃがんで視線を合わせた。
「なら……お父さんのことを気にする前に、自分のことも心配したほうがいい。芳佳のことを心配してくれる人は今でもいっぱいいるんだから」
「心配…………」
「そう。だから焦って結果を出そうとか、役に立たなきゃなんて思う必要はない。そんなことが無くても501のみんなは芳佳のことを仲間だと思ってるし、見捨てたりもしない」
私の言葉に、宮藤さんの表情が少しづつ明るくなっていくのが分かる。
「それは……お兄ちゃんも、ってことですよね?」
「ああ、もちろん。妹の心配をしない兄などいない」
「妹、か…………そうですよね」
どこか不本意そうな表情になる宮藤さんであったが、すぐに笑顔を取り戻した。
「ありがとうございます。お兄ちゃん」
「どういたしまして」
「じゃあ、ここでいいです。おやすみなさい」
そう言ってもう一度私に手を振ると、宮藤さんは廊下へと消えていった。
と言う所で以上です。
何か土方が予想以上にナンパな人間に……
次話もできるだけ急ぎたいと思います。
それでは。
乙
妹的存在は何人いるのだろう
こんばんは。
こんな時間ですが投下しますね。
>>200
そういえば歳江(実妹ですが)、みっちゃん、芳佳、ルッキーニ、サーニャと結構いますね。
それでは行きます。
「連合軍司令部によると、ロマーニャ地方の戦力強化のため『大和』を旗艦とする扶桑艦隊が明朝到着するそうです」
ブリーフィングルームにて、ミーナ中佐の言葉が発せられると、坂本少佐と宮藤さんの顔が明るくなる。
「やっと到着か」
「え、大和!?」
ほとんど我々と同時期に扶桑を発った遣欧艦隊がやっと到着する。
それはあまり明るいニュースの少ないこの欧州において珍しく希望の持てるニュースであると言えた。
明日になれば新聞やラジオなどでも大きく取り上げられることであろう。
「ねーねー兄ちゃん、『ヤマト』ってなにー」
いつの間にか私のそばまでやって来ていたルッキーニ少尉が尋ねてくる。
「扶桑が誇る超弩級戦艦のことです。全長263m、世界最大と言われる18インチ砲を搭載し、水上艦艇としては世界最大の戦艦です」
「すっげー。扶桑もやるなぁ」
「横須賀にいた時、見たことあるけどすごく大きかったよ」
「へぇー」
シャーリーさんとリーネさんが、それぞれ感心したように頷く。
確かに、こちらに来る前に横須賀港に係留されている大和を見たが、圧倒されるような気持ちになったものである。
館長の杉田大佐とは一度妙な形で関りを持ったことがあるが、お元気でいらっしゃるであろうか。
もちろん通常兵器である以上ネウロイに対しては牽制程度にしか使えないが、それでも戦力は多いほど良いというのが実情だ。
「また、この大和には……」
「し、失礼します!」
ミーナ中佐の言葉を遮ったのはノックの音と、扉の外からかすかに聞こえてきたそんな声であった。
坂本少佐、バルクホルン大尉の表情が一瞬で引き締まる。
ウィッチの皆様方のブリーフィング中に割り込まねばならないほどの用事だ。
おそらく碌なものではないであろう。
程なくしてドアが開き、入ってきた伝令は自分に向けられる複数の視線に怯えるように立ち止まるが、気を取り直したようにミーナ中佐のそばまで行き、何事かを耳打ちした。
「…………」
「そう…………分かったわ。本部から緊急の入電みたい。美緒、皆にはとりあえずこのまま待機させてて」
「ああ」
そう言い残すと、ミーナ中佐は伝令の後について部屋を出て行った。
「あー……なんかめんどくさい事になりそうな予感」
「こら!不謹慎だぞハルトマン」
「ぶー」
うんざりしたようなハルトマン中尉の言葉を、隣のバルクホルン大尉が窘める。
部屋の中の人間は程度の差こそあれ、不安と戸惑いが混ざり合った複雑な表情をしていた。
そんな中宮藤さんも、私に不安そうな視線を向けてくる。
「圭助さん、何があったんでしょうか……」
「さぁ…………しかし、かなり緊急なもののようでしたし……」
まさか、大和に何かあったのか。
その言葉を私はすんでのところで飲み込んだ。
ここで埒もない妄想を語って不安を拡大させるような真似は厳に慎むべきだろう。
「ミーナが帰ってくるまではいかなる予想も妄想に過ぎん。我々にできるのは静かにミーナの帰りを待つことだけだ」
「ああ」
坂本少佐の言葉に、バルクホルン大尉が答える。
その言葉だけで、皆の不安は幾分か和らいだようだ。
ブリーフィングルーム内の空気が変わるのを感じる。
さすがはベテランのお二人である。
結局、ミーナ中佐が帰ってこられるまでそれから十分もなかったが、待っている我々には数時間にも感じられたのは言うまでもない。
「みんな、聞いて」
部屋に入ってくるなりミーナ中佐は厳しい表情で話しだす。
その表情と口調だけで、尋常でないことが起こったのは容易に推測がつく。
「こちらに向かっている大和の医務室で爆発事故がありました」
「何っ!?大和は無事なのか?」
「ええ。航行には全く支障がないようよ。でも、多数の負傷者が出て、艦内の設備では対処に限界があるとのことで、医師を派遣してほしいと要請がありました」
「なるほど……二式大艇の出番という訳か」
「ええ。あれなら一度に多くの人間を運べるわ」
坂本少佐の言葉に、ミーナ中佐が頷いた。
「わ、私に行かせてください!」
そんな中、そう言って立ち上がった方がいる。
宮藤さんであった。
「宮藤……」
「戦うことは出来なくても、治療ぐらいはさせてください!」
「私も芳佳ちゃんと行きます!包帯を巻くぐらいなら出来ます!」
「リーネ…………」
しかし、宮藤さんに続いて立ち上がった方に我々は驚かされることになった。
まさかあれほど男を怖がっていたビショップ曹長が、自ら男ばかりの軍艦に乗り込むことを志願するとは。
宮藤さんの最近の様子に、彼女を一人で行かせることに曹長なりに危惧があったのかもしれない。
「……まぁ、貴女ならそう言うと思いましたわ」
「そーだねぇ」
「リーネさん、そこの豆狸の事、よろしくお願いしますわよ」
「は、はいっ!」
笑みを浮かべたままのペリーヌさんの言葉に、ハルトマン中尉やバルクホルン大尉も頷いている。
「確かにそのほうが飛行艇よりはるかに早くつくな」
「そうね」
坂本少佐と短く言葉を交わし、ミーナ中佐はしばらく考え込んでいたが、やがて視線を上げた。
「分かりました。宮藤さん、リーネさん。至急ストライカーユニットで遣欧艦隊の救援に向かってください。ただし、無理はしないこと。少しでも異常を感じたら躊躇わず引き返しなさい」
「「了解!!」」
宮藤さんとビショップ曹長の言葉が重なる。
二人がブリーフィングルームを駆け出して行った後、ミーナ中佐は皆に向き直った。
「あとの者たちは緊急の事態に備え、警戒体制のまま待機していてください」
「「「「了解!」」」」
皆の声が一つにまとまり、そして三々五々部屋を後にする。
やがて部屋の中には私と坂本少佐だけが残された。
「土方、着いて来い」
「は」
その言葉を待ちかねたかのように私は坂本少佐の後について、部屋を早足で出ていく。
行き先など、聞くまでもなかった。
「宮藤!」
広い格納庫に、坂本少佐の声が響く。
発進シークエンスに入っていた宮藤さんが、驚いたようにこちらを向いた。
そんな宮藤さんに向けて、少佐は続けて言葉を発する。
「貴様はもっと自分を信じろ!貴様は何のためにここまで来たのだ?ストライカーユニットを無断で持ち出して二式大艇を追いかけてきた、あの時の気持ちをもう一度思い出してみろ!!」
「あの時の、気持ち…………」
「ああ。あの時貴様は『皆を守りたい』と、そう言った。その気持ちを嘘にするのだけは許さん」
「…………はいっ!」
坂本少佐の声に、宮藤さんは一つ大きく頷く。
私も続けて声をかける。
「芳佳!貴女のお父さんが貴女に言った言葉、もう一度思い出してみてください!宮藤博士の想いを、受け止めてあげてください!博士はきっと、今でも貴女のそばにいます!」
「……はいっ!ありがとうございます、お兄ちゃん!」
再び頷くと、宮藤さんはそのまま空へと駆け上がっていく。
その背中を見送ると、私は発進準備中のビショップ曹長に向き直った。
「ビショップ曹長」
「…………え?あ、は、はい」
どこか怯えたように返事を返してくる。
声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。
「芳佳のこと、お願いします」
「は……はい」
私の言葉に、ビショップ曹長は虚を突かれたように黙っていたが、やがてぎこちないながらも笑みを浮かべて頷いてくださった。
そのまま飛び立っていくビショップ曹長を見送る。
そんな私のそばにいつのまにかやって来ていた坂本少佐が声を掛けてくる。
「さて、宮藤が立ち直るかは奴次第……だが」
「大丈夫ですよ」
「いやにはっきり言い切るじゃないか」
「神はわれらが天にあり、ですよ。あそこまで一生懸命な努力が報われないなんて嘘です」
「…………はは、ずいぶんと無責任な話だな」
この言葉自体はとある方の剽窃なのだが、坂本少佐にはある程度の感銘を与えられたようだ。
言い返してくる坂本少佐の表情は笑っている。
「しかし、そういう考え方は嫌いじゃない」
「光栄です」
そういって私と少佐はどちらからともなく笑みを交し合ったのであった。
と言う所でここまで。
これ以降の展開はどう頑張っても土方をからませようがないのでかなり端折った感じになると思います。
それでは。
こんにちは。
次話投稿します。
今回で原作8話が終了です。
少し安価を挟んで第9話の「明日に架ける橋」に入ります。
よろしくお願いします。
こんこん。
「土方です」
「…………入れ」
宮藤さんとビショップ曹長が出撃してより小一時間。
坂本少佐に部屋に来るようにとの命令を受け、私はここに立っている。
普通の男ならあらぬ期待に胸を膨らませるところなのだろうが、私と少佐の間にはそう言った関係の入り込む余地はない。
部屋に入ると、部屋の真ん中の畳に座禅を組んで座り、目を閉じている少佐の姿があった。
その静謐な佇まいからは想像もできぬほどに、部屋の空気は張りつめている。
鬼気迫る、とはまさにこのことであろうか。
私は圧倒されるような思いに駆られつつ、少佐へと近づいていく。
「…………ふぅ」
少佐との距離が数メートルとなった時であろうか、大きく息をつくとともに、少佐が目を開き、座禅の構えを解いて立ち上がる。
それだけであたりの空気が一変したように思われ、思わず私も一つ息をついた。
「すまんな。急に呼び寄せて」
「いえ」
「どうも宮藤のことが気になってな。誰かと話してでもいないと落ち着かん」
そう言って少佐は薄く笑う。
その話し相手として私が選ばれたのは望外の幸福と言えた。
「扶桑艦隊から連絡は?」
「いえ、未だに」
「……そうか」
そう言って少佐は窓から外を眺め、ぽつりと呟く。
「歯がゆいものだな」
「……お察し申し上げます」
少佐の言葉に、短く答える。
悩んでいる宮藤さんの力になれないでいるもどかしさは私もまた味わっている。
宮藤さん自身も、かなり自信を無くしておられるようだ。
こればかりは本人の問題であるだけに、無責任な言葉もかけづらい。
しばらく沈黙が降りるが、やがて少佐が再び口を開いた。
「宮藤の不調の原因だが」
「は」
急に話題を転換する少佐。
「…………これは、突拍子もない考えなのかもしれないがな」
「はい」
そう前置きをして少佐が語りだした内容。
それは、宮藤さんの増大する魔力量にストライカーユニットの方が耐えられなくなってきているのではないかというものであった。
「まさか……」
「私もまさか、とは思う。今までそのような事例は聞いたことがないからな」
「はい」
「だが、ストライカーユニットには魔導エンジンの損傷を防ぐため、魔力の過供給を防ぐリミッターがある。それを超えた魔力を注ぎ込めば、当然ユニットはブレーカーが落ちたように停止する」
ストライカーユニット、宮藤さんの身体共に全くの異常なし。
しかし、実際にここ数日の宮藤さんの不調は確かであった。
ならば少佐の仰るように魔力の過供給にストライカーユニットが耐えられなくなったと言う考えも、あながち否定できるものではない。
しかし……だとすればいよいよもって宮藤さんの魔力は桁外れだという事になる。
扶桑が誇る零戦の魔力許容量をオーバーする魔力量など、想像すら難しい。
「しかし、そうだとすると………」
「ああ。零戦を超える新たなストライカーユニットが必要になってくる。しかしそんなものの開発が一朝一夕にできるとは思えん。事ここに至っては私の紫電改を宮藤に穿かせることも考えるべきかもしれんな」
そう言う坂本少佐の表情は複雑である。
弟子が自分を追い越していくことに対する喜びと、しかし宮藤さんをできるだけ戦いより遠ざけておきたいという気持ちがせめぎ合っているのだろう。
「美緒」
不意に背後からかけられる声に、私と少佐が振り向く。
振り向いた先にはミーナ中佐が立っていた。
「ミーナか。扶桑艦隊から連絡があったのか?」
「ええ。今からみんなに報告するから……圭助くん、みんなをブリーフィングルームに集めてくれる?」
「は」
中佐の言葉に応え、私は基地に向けて駆け出した。
「先ほど扶桑艦隊旗艦、『大和』より通信がありました」
再びブリーフィングルームへと集められた私たちに、ミーナ中佐が話しだす。
その表情は幾分か和らいでおり、吉報とはいえないまでもそれほどの悲報ではなさそうだ。
「大和はどうなった?」
待ちきれないといった様子で尋ねる坂本少佐に、ミーナ中佐は小さく微笑んで答える。
「大丈夫よ。事故は限定的なもので航行にはまったく支障がないって言ったでしょ。負傷者が何人か出ていたけど、宮藤さんとリーネさんの治療で事なきを得たわ。死者もいないみたい」
「そうか…………」
坂本少佐が大きく息をつく。
部屋にいるウィッチの方々も、安心したように笑みを浮かべていた。
しかし、その時であった。
ウウウウウウウウーーーーッ!
不意に鳴り響くサイレンの音。部屋の中に緊張が走る。
それとほぼ同時に部屋の入口にあった通信機が呼び出し音を鳴らし始めた。
「こちらブリーフィングルーム、ヴィルケ中佐です。…………ええっ!?……はい。はい。…………分かりました。直ちに出動いたします」
ミーナ中佐が受話器を取って話しはじめるが、その受け答えの様子からただ事でない事態が起こったのは容易に想像できる。
「何があった?」
「アドリア海上に巨大ネウロイの出現を確認。扶桑艦隊の方へと向かっているそうよ」
「何だと!?あの地点はネウロイの活動範囲ではなかったはずだが」
少佐の表情が驚きに染まる。
無理もない。
確かに扶桑艦隊の存在する海域は今までネウロイの行動範囲外だったはずだ。
ネウロイ側の航続距離が伸びたのか、最悪新たな「巣」が出現した可能性すらある。
「私も信じられないけど、放っておいていい情報じゃないわ……美緒」
「ああ。すぐに救援に向かう。バルクホルン、ハルトマン、ルッキーニ、シャーリー、ペリーヌを連れていく」
「お願い……いいわね、みんな」
「「「「「了解」」」」」
全員の声が重なる。
坂本少佐は援軍の皆を連れてそのまま部屋を駆け出して行った。
「扶桑艦隊はネウロイの攻撃圏よりの離脱に成功しました」
「……そうか。どうやら最悪の事態は避けられたようだな」
十数分後、扶桑艦隊と何とか連絡の取れた私たちは、救援に向かっている途上の坂本少佐へと報告のための通信を入れた。
私からの通信に、坂本少佐が安心したように息をつくのが聞こえる。
しかし、扶桑艦隊より伝えられた通信には続きがあった。
こちらはとても朗報とは呼べぬものであったが、私ははっきりと伝える。
「宮藤とリーネはどうだ?」
「…………宮藤軍曹は不調のため飛べず、ビショップ曹長がお一人で囮役を引き受けられたようです」
「何ですって?」
私の言葉に一番最初に反応したのはペリーヌさんであった。
ネウロイを撃退したとはいえ復興半ばと言えるガリアにおいて、ペリーヌさんはずっとビショップ軍曹と共に復興支援にあたってきた。
噂ではクロステルマン家の財産を切り売りしてまで復興資金に充てていたそうだ。
そんなビショップ曹長の危機にペリーヌさんが慌てるのも無理もない。
「だ、大丈夫ですの?リーネさんは」
「申し訳ございません。今の時点では何の報告も…………」
「そう……ですか」
そう言ったきり黙りこむペリーヌさん。
ややあって再び坂本少佐の声が通信機より流れてきた。
「今ここであれこれ考えても仕方ない。今はとにかく一刻も早くあの二人の下にたどり着くことだけを考えろ」
「…………はい」
返事が返ってくるまでの数秒間の沈黙が、ペリーヌさんの内心を表している、というのは穿ちすぎだろうか。
「土方、ミーナ。新しい情報が入ったら知らせてくれ」
「は」
「では、切るぞ」
その言葉を最後に通信が切れた。
私は何気なく、窓の外へと目をやる。
宮藤さん、ビショップ曹長。
皆が無事であるようにと、私は神に祈る。
そしてその日の夜。
私はミーナ中佐と坂本少佐と共に、格納庫にやって来ていた。
あの後、扶桑艦隊を襲ったネウロイは、宮藤さんとビショップ曹長によって撃墜された。
宮藤さんたちと扶桑艦隊からの報告を総合すると、完全に飛べなくなってしまった宮藤さんの前に大和に積まれていた新型ストライカーユニットが出現し、それによって宮藤さんはネウロイを撃退できたとのことであった。
そして我々の目の前には今、その新型機が鎮座している。
「……これが、扶桑の新型?」
「ああ。J7W1『震電』という。一時は開発が頓挫していたが、宮藤博士の手紙によって完成したそうだ」
「あの時の手紙ですか」
「そうだ」
私の問いかけに、少佐が頷く。
欧州派遣作戦の前、私と少佐が山中で暮らしていた時に諏訪少尉によってもたらされた宮藤博士の手紙。
あの手紙に記載されていた設計図により完成したという事か。
「それで?お手柄の二人は?」
「帰って来て、報告もそこそこにすぐベッドの中だ。限界まで魔力を使ったのだから無理もない」
「…………そう」
少佐の言葉に、私とミーナ中佐も思わず微笑んだ。
震電を眺めながら、少佐が再び表情を引き締めつつ腕組みをする。
「……しかしまさか、私の推測が当たっていたとはな」
「宮藤さんの魔力が零戦の許容量を超えてたってこと?信じられないけど本当みたいね」
「ああ。その結果リミッターが働いて魔力供給が遮断された。信じがたいが宮藤の魔力量はもはや零戦では受け止めきれないという事だな。私の紫電改を穿かせることも考えたが…………」
「この震電があればその必要もなくなったわね」
「ああ。この震電なら奴の力をフルに引き出せる」
「しかし、宮藤博士の手紙によって完成するとは……まるで宮藤さんのための専用機のようですね」
私の言葉に、ミーナ中佐と少佐も頷く。
宮藤博士は、自分の娘の桁外れの魔力量を分かっており、その魔力をフルに引き出せるストライカーユニットを早くから開発していたというのだろうか。
一度もお逢いしたことはないが、中々に底の知れない御方のようだ。
「ふふ、もうひよっこ卒業かしら」
ミーナ中佐の言葉に、少佐は応えずに硬い表情を浮かべた。
やはり少佐は、宮藤さんが必要以上に戦いに関わることをよく思っていないのだろう。
今まで何度も見たその横顔に、私も人知れず硬い表情になるのを自覚する。
「……美緒?」
怪訝そうなミーナ中佐の問いかけに、坂本少佐はすぐに表情を崩して答えた。
「いや、何でもない。それより、巣から500㎞も離れた海上にネウロイが出現したことについては…………」
「分かってる。情報部にきっちりクレーム入れておくわ。今までわかった情報では、新たな『巣』の出現は確認できていないそうよ」
「なるほど。するとネウロイ自身の性能が向上したと考えるべきか」
「まだはっきりしたことは言えないけどね。明日からまた、お偉いさんと生産性のないやり取りが始まるわけね。…………まったく、隊長なんてなるもんじゃないわ」
そう言ってミーナ中佐は肩をすくめて見せる。
中佐のその言葉を聞くのはこれで何度目であろうか。
思わず坂本少佐と顔を見合わせる。
「…………ま、まぁ、疲れたら風呂にでも入ってさっぱりするといい」
「そうね。あのお風呂は本当によかったわ。…………美緒がこういうことにもっと役立ってくれれば嬉しいんだけど」
「さて、私もそろそろ寝るかな」
旗色が悪くなってきたのを察したのか、坂本少佐があからさまに話題をそらして逃げるように部屋を出て行こうとする。
「はぁ…………圭助くん、美緒をしっかりと躾けとかないとだめよ」
「……わ、私ですか?」
「こらミーナ。本人を目の前にして何という言い草だ」
「言われたくないならもう少し戦闘以外の事もできるようになんなさいな」
その言葉には答えず、坂本少佐は拗ねたように顔をそむけると部屋を出ていく。
そんな少佐の後姿を見つつ、私とミーナ中佐は苦笑を交し合ったのであった。
と言う所でここまで。第8話終了です。
この後は安価を一回はさんで次に行きます。
それでは。
セルフage
皆さま、お疲れ様です。
次話は出来るだけ早くお伝えしたいと思います。
こんにちは。
次話に行く前の安価を投下します。
それでは。
その日は、朝から調子が悪かった。
朝、布団から目を覚ました時から、頭の中に薄くもやがかかったようなふわふわした雰囲気が消えてくれない。
いつものように、朝のブリーフィングに向かう少佐に随行し本日の予定を述べている時であった。
目の前の予定を書いた書類の文字がかすれて読めない。
聞こえてくる少佐の声がどこか遠くから聞こえるように感じる。
……これは、どうもまずいな。
「今日の予定は?」
「は…………午前は……ウィッチの方々による……模擬……戦闘訓練……」
「…………土方?」
さすがにいつもと違う雰囲気を感じ取ったのか、少佐が不審そうな視線を向けてくる。
こんなところで少佐に妙な心配をかけてはいけない、と再び気合いをいれなおし、今日の予定を確認する作業に戻った。
「も、申し訳ございません。午後は司令部より…………」
「大丈夫なのか?体調が悪いようなら……」
「い、いえ!そのようなことは」
「いいからちょっとじっとしていろ」
そう言って少佐は私の額に自分の額をあてる。
拒否する間もなく、私の目の前数センチに少佐の顔が出現した。
息がかかりそうな距離に急に近づいてきた少佐の表情にただでさえ熱っぽかった体がさらに熱を増すのを感じる。
少佐は無意識にこういうことをするので私としては心臓に悪いことこの上ない。
数秒後、少佐の表情が厳しいものに変わる。
「…………土方。今日の予定はすべてキャンセルだ。今から医務室へ行くぞ」
「い、いえ、私は……」
「いいから来い」
私は反論の機会すら与えられぬまま、少佐に連れられて医務室へと連れて行かれることになった。
「この状態で仕事する気だったの?無茶もいいところよ」
「申し訳……ありません」
「病人が謝るな馬鹿者」
呆れたような表情の医官の説教を受ける私。
医官から説明を受けた途端に、今まで我慢していた症状がどっと出始めたように私を襲う。
その傍らで少佐もどこか怒ったような表情になっている。
「症状は単純な風邪ね。扶桑とは環境も違いすぎるし、休む間もなく働き詰めだったんでしょ」
「扶桑人の悪癖という奴だな。どうも無為でいることに堪えられないというのは」
自分のことを遠くの棚に放り投げた発言に、思わず医官と顔を見合わせる。
それを言うなら少佐こそオーバーワークの見本のような方だと思うのだが。
などと考えるのも億劫なほどに、私の症状は悪化していたらしい。
「まぁ、とにかくこの馬鹿は私が責任を持って休ませる。面倒をかけたな医官殿」
「いいえ。これが仕事だもの。じゃあとりあえず薬を出しておくわね。……とは言っても、風邪には十分な休養と睡眠が一番の薬。しばらくは仕事のことを考えるのも駄目よ」
「…………だ、そうだ」
「は」
怒ったような表情は崩さず、私の方へと視線を向けてくる少佐。
私はその迫力に逆らえず、黙って頷くことしかできなかった。
「今は動くのもつらいでしょうから、ここのベッド使っていいわ」
「……すいません」
「だから病人が謝らないの」
医官のそんな言葉に、少佐も言葉を続けてくる。
「では、おとなしく寝ているのだぞ」
「は」
「ひと段落したら様子を見に来る。そのとき大人しく寝ていなかったら地の果てまで追いかけて連れ戻すからな」
「はい」
冗談とも本気ともつかない少佐の声を受けて私はベッドに潜り込む。
ベッドに入ると同時に、疲れやら何やら、今まで我慢していたものがどっと押し寄せてきて私は意識を失った。
幼いころの思い出。
それは両親とのものであったり、妹とのものであったり。
幼いころの私は、何とかは風邪を引かぬとの例えどおり、病気知らずと言っていいほど健康であった。
むしろやや体が弱く、ちょっとしたことで寝込んでしまう妹の看病ばかりしていた記憶がある。
しかし、そんな私が一度だけ風邪を引いたことがある。
どうやら私は、普段風邪を引かない分一度引くとかなり重篤化する体質であったようだ。
体調の悪さを我慢し続けた挙句に部屋で突然倒れ、ピクリとも動かなくなった私を発見した妹は普段の大人しさをどこかに放擲したかのように泣き喚いて動転していた――とは後で私が母から聞かされたことである。
(う……)
幼いころの思い出から、意識が徐々に覚醒していく。
額に当たるひんやりとした感覚に、五感が急速に感覚を取り戻していくのを感じつつ私は薄く目を開いた。
周りの光景がぼんやりと像を結んでいく。
目に入ったのは薄暗い天井。
そうか、ここは確かロマーニャにある501の基地の医務室で……
ゆっくりとベッド脇に視線を移す。
目に入ってきたのは白い軍服を着た人影。
私の額にゆっくりと手を伸ばしている。
「ん…………」
「うひゃっ!?」
突然声を上げたことで、人影は驚いたように手を引っ込めた。
それと同時に額に当たっていた冷たい感覚が遠のいていく。
目の前で驚いたような表情を浮かべているのは紛れもなくわが上官である坂本美緒少佐であった。
「坂本……少佐…………?」
「お、驚かすんじゃない!目を覚ますなら覚ますと事前に申告しろ!」
少し顔を赤くしながら声を荒げる少佐。
しかしまだ十分とは言い難い私の様子に、すぐに心配そうな表情にとって変わった。
「具合はどうだ」
「は。だいぶ回復してきたように…………うぉ」
そういって体を起こそうとするものの、力が入らずベッドの上に倒れ伏してしまう。
少佐はそれ見たことかという表情でシーツを掛けなおして下さった。
「いいからそのままでいろ。ほとんど半日丸々眠っていたのだからな。体力が回復していなくて当然だ」
「も、申し訳ありません……今は何日の何時ごろでしょうか?」
「謝るなというのに馬鹿者が」
そう言いながら少佐が告げて下さった日付により、私は自分が少佐の仰るようにまるまる半日間眠り続けていたことを知る。
良く見てみれば、窓の外はもはや完全に夜になっており、差し込んでくる白い月明りが床にくっきりとした陰影を形作っている。
佐は手を伸ばし、今度は額に浮かんだ汗を拭いてくださった。
普段とは逆に少佐が私の世話をするという状況に面白さを感じたのか、どこかからかうような口調で聞いてくる。
「まぁ病人は病人らしくそうして素直に世話をされていろ」
「は……」
「まあいい。とりあえず貴様が目を覚ましたことは皆に言っておく。皆も心配していたからな」
「皆様にもご心配をおかけしまして…………」
私などのために皆様を心配させてしまうとは。
再び謝罪の言葉を口にしようとするが、それは少佐によって遮られる。
「それ以上言ったら本当に怒るぞ」
「…………は」
「回復したらせいぜい皆に謝るのではなく感謝をしておけ」
「は。ありがとうございます」
「私のことはどうでもいい。部下の健康に気を配るのは…………と、当然のことなのだからな」
さすがに私の顔を見ては言いづらかったのかあらぬほうへ視線を向けながらの言葉であった。
「さて、その様子ではまだ本調子ではなさそうだな。あまり病人の部屋を騒がすべきでもなかろう。私は部屋に帰るぞ」
「は。ありがとうございます」
「うむ」
正面切って感謝されたのが照れくさいのか、少佐の頬が心なしか赤く染まっている。
そんな少佐の姿を、僭越にも「可愛い」と思ってしまった。
「……で、ではな。体調が回復するまで仕事には戻らんでいいぞ。むしろ戻るな」
「は」
私の返事を確認した少佐が、医務室を出ていく。
その背中を見送った私は、再び目を閉じた。
…………どうやら、今夜はよく眠れそうだ。
さて、ここで眠っている土方の下にお見舞いに来るウィッチを2名、安価で決めていただきます。
対象になるのははミーナさんじゅうきゅうさい、バルクホルン大尉、ハルトマン中尉、シャーリーさん、ルッキーニちゃん、エイラさん、サーニャちゃん、ペリーヌさん、リーネちゃん、芳佳、もっさんの11名。
安価ゾーンは>>242まで。
今回は、最もたくさん名前の登場した方上位2名が安価ということにします。
同一IDによる複数投票は1票とみなし、同票が複数あった場合は最初にその数に達した方を安価達成とします。
>>242までいかなくても本日中には締切ります。
それでは。
サーニャ
ロシアもといオラーシャ式風邪の治し方みたいw
セルフage
まだ安価ゾーン埋まらないので延長しようかとも思いましたが日付をまたぐと同じ人が2票入れても分かんないので
あと30分、00:00:00で打ち切ります。
安価ゾーン>>243まで伸ばします。
坂本さんで
エイラ
サーニャともっさんですね。
了解しました。
>>240
>>241
申し訳ありません。昨日の12時で締め切ってしまいました。
>>233
ロシア式の風邪の治し方でググったらろくなのがヒットせんのですがw
あいつらウォッカ使いすぎw
こんばんは。
ちょっと遅れてしまいましたが、風邪を引いた土方サーニャ&もっさん編、投下いたします。
それでは。
薄い靄のかかったような意識が、徐々に覚醒していく。
確か…………私は風邪で……
そんなことをゆっくりと思い出しているうちに、はっきりしなかった視界が徐々に輪郭を持ってくる。
「う…………」
小さくうめき声を上げ、私はふらつく頭で周りを見回す。
窓から差し込む月の光が、今が変わらず夜であることを教えてくれた。
ということは、先ほど坂本少佐を見送ってよりそれほど時間がたっていないということか。
丸一日たったという可能性も否定はできないが、今の私にそれを確かめる術はなかった。
少しの期待と8割ほどの諦念を込め、再びベッドサイドに視線を送る。
しかし当然のことながら、そこに人影はなかった。
たったそれだけのことではあったが、それが私にはたまらない寂寥感をもたらす。
病気をすると、人恋しくなるというのは本当なのだろう。
こんこん。
不意に静寂を切り裂くようにかすかなノックの音が聞こえる。
部屋を見わたしてみるが、医官の姿はなかった。
「…………はい」
長い間(と言っても1日ほどだが)言葉を発していなかったため、そう答える私の声は老人のようにしわがれていた。
しかし、それでも何とか届いたようで、私の言葉に答えるようにドアの向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「坂本だ。今、良いか?」
「は」
ドア越しにでもはっきりと判別できる坂本少佐の声に、全身が沸騰するような感覚にとらわれる。
冷静さを取り戻すために軽く両頬を叩くと、私は返事をした。
と同時にドアが開き、坂本少佐が部屋に入ってくる。
しかし、少佐に続いて部屋に入ってきた小さな人影の存在は、私には完全に予想外であった。
「あ、あの……失礼します」
「サーニャ…………さん?」
坂本少佐の背中に隠れるようにしてどこか落ち着かなさげにこちらに視線を送る小さな人影。
月の光を浴びて極上の絹のごとく輝くその銀髪にはやはり見覚えがあった。
サーニャ・リトヴャク中尉その方である。
「起こしてしまったか?」
「いえ。ちょうど目が覚めたところでしたので」
「そうか」
そういいながら少佐は私のベッドサイドまでやってくる。
サーニャさんもその後ろにくっつくようにして、少佐の隣の椅子に腰を降ろした。
「サーニャがな、貴様の見舞いに行きたいが一人で行くのは恥ずかしいから一緒に来てくれ、と私の部屋にやってきたのでな」
「そ、そうですか…………」
「…………はぅ」
私が視線を向けると、サーニャさんは顔を赤くして少佐の後ろに隠れた。
そんなサーニャさんの態度に、少佐はからかうような笑みを向ける。
「どうしてなかなか、慕われているではないか」
「ありがとうございます」
「い、いえ……土方さんには、お世話になってるから…………」
私の向けた感謝の言葉に、サーニャさんは私からそう言って俯いてしまった。
世話になったと言っているが、私がサーニャさんにしたことなどそれこそ僅かでしかない。
それでも、そのように思ってくださる彼女には、こちらこそ感謝したい気分だ。
そんな我々を、少佐は微笑ましそうに見つめている。
「ふふ…………まぁ、ならば邪魔者は去るとしよう」
「え?あ、あの……」
「土方、くれぐれもサーニャに妙なことをするんじゃないぞ」
腰を浮かしかける坂本少佐に、サーニャさんが慌てたように縋りつく。
しかし少佐はそのままとんでもない一言を残すと部屋を出て行かれてしまった。
「…………」
「…………」
サーニャさんと二人きりで残された医務室。
気まずい沈黙が降りる。
何か喋らねば、と口を開きかけたところでサーニャさんが機先を制するように話しかけてきた。
「え、えっと……お加減はいかがでしょうか?」
「は、はい…………そ、その、だいぶ回復いたしました」
サーニャさんの言った言葉は強がりでも見栄でもない。
余計なことを考えずに休養に専念したのが良かったのか、こうして普通に会話を続けることができるくらいには回復してきている。
この分なら明日かその次には復帰できそうだ。
…………医官と少佐には最低一週間の休養を勧められていることは、この際考えないことに。
「そうですか……」
サーニャさんはほっとしたような、少し残念そうな表情で私を見つめてくる。
しかし、こんな時間という事は彼女も夜間哨戒上がりなのではないだろうか。
ならば私などのためにこれ以上時間を使わせるのは申し訳ない。
「サーニャさん、ありがとうございました。おかげで元気になれそうです」
「い、いえ私は何も……」
「こういう時は見舞いに誰か来てくれるだけで嬉しいものなんです。本当にありがとうございました」
「は、はい…………」
サーニャさんは顔を赤らめて目をそらす。
「あ、あの……お腹すいてないですか?」
「お腹…………ですか」
サーニャさんに言われたことが引き金となったように、私の腹がくぅ、と小さく鳴る。
「あ…………」
「ふふ、聞くまでもなかったみたいですね」
「も、申し訳ない」
そう言った笑うサーニャさんに、穴があったら入りたいほどの恥ずかしさをを込めて答える。
我が肉体の一部ながら、もう少し空気を読めなかったものか。
「えっと…………だったら」
サーニャさんはそう言うと、バックから水筒を取り出した。
ベッドわきに置いてあったカップに、湯気を立てる白い液体が注がれる。
「これは?」
「蜂蜜とバターを溶かしこんだホットミルクです。オラーシャの両親が、私が風邪を引いたりした時にいつも作ってくれました」
「ほぅ…………」
牛乳の香りと、ほのかに漂ってくるバターと蜂蜜の香りに食欲が刺激される。
再び私の腹が小さく鳴った。
「すごく温まりますよ。これが飲みたくて、子供の頃はそんなに辛くない風邪でも辛そうなふりをしたりしたりしました」
「はは、それはそれは」
ペロ、と小さく舌を出すサーニャさん。
彼女の意外な一面を見た思いだ。
「どうぞ」
「あ、ありがとう…………」
カップを受け取ろうとする私の手をスルーし、サーニャさんはコップからスプーンでひと匙掬う。
それに息を吹きかけて冷ました後、そのまま私の口元に持ってきた。
思わず彼女の方へ視線を向ける。
思ったより近づいていた彼女の顔は、ニコニコと笑顔を浮かべている。
「あ、あの…………」
「どうしましたか?」
「い、いえ……いただきます」
「はい」
妙に嬉しそうに私の口元でスプーンを傾けるサーニャさん。
喉を流れ落ちていくミルクが渇きを癒していくのが分かる。
彼女の言った通り、全身が中から温まっていく。
寒冷地のオラーシャならではの病人食と言えるだろうか。
「おいしい」
「そうですか……喜んでくれて嬉しいです」
そう言った彼女はそのまま二匙目を救って私の口元へともってきた。
…………些か恥ずかしいが、善意でやってくれていることをむやみに遠慮するというのも気が引ける。
結局、それから数分の間私は恥ずかしさに耐え続けることになったのであった。
「ありがとうございます」
「いえ、土方さんのお役に立てたなら嬉しいです」
そう言って微笑むサーニャさん。
「ふぁ…………」
体が暖まったところで、思わず不意に欠伸を漏らす。
「あ、すいません。話こんじゃって。眠くなっちゃいましたか?」
「…………少し」
「そうですか…………ゆっくりお休みくださいね」
そう言いながらサーニャさんは私が再びベッドに横になるのを手伝ってくださると、そのまま伸ばした手で私の頭を優しくなでて下さった。
幼いころ母や妹にそうされたように。
何故かそれが心地よく、いつまでも撫でられていたいような気分になってくる。
「Спи, младенец мой прекрасный……」
やがてサーニャさんが小さな声で歌いだす。
私にはわからない言葉で歌われるおそらく子守歌であろうその旋律は、どこか郷愁に満ちていて。
月明りに照らされて神秘的に輝くあの銀髪と相まって、無機質な医務室がどこか非日常的な空気に包まれていくのを感じる。
「Баюшки-баю Тихо смотрит месяц ясный…………」
私はその旋律を聞きながら、いつしか眠りへと誘われていった。
と言う所でここまで。
次は原作第9話。
「明日に架ける橋」です。
それでは。
セルフage
ちなみにサーニャが歌っていた歌はロシアに伝わる「コサックの子守歌」という歌です。
ガールズ&パンツァーのプラウダ高校戦でノンナがカチューシャに歌ってあげていた曲、と言えば分る方もおられるのでは?
こんにちは。
こんな時間ですが、続きを投下します。
今回より第9話「明日に架ける橋」に突入します。
「そっち抑えててくれ」
「ああ」
「おーい!釘が足んねえぞ!持ってきてくれ」
「はいよ」
そんな会話を交わしながら、忙しく働く人々。
私は今、ガリア地方のとある町の一つに来ていた。
501の方々の活躍により、ひとまずにもガリアはネウロイの支配地域から脱することができた。
そして今、そこに住む人々の努力により、ガリアは着実に復興への道を歩んでおり、そしてその復興に大きな役割を果たしているウィッチの方が一人いる。
それが――――
「そこの方!次はあちらの現場のお手伝いに行ってくださいます?」
「はい!」
「あと10分で休憩ですわよ!皆さん!」
「「「了解!」」」
私の目の前で図面を眺めつつ住人たちに指示を出している、ペリーヌ・クロステルマン中尉であった。
ある日のことであった。
「あの、土方さん」
不意に私を呼ぶ声に振り返ると、そこにはペリーヌさんが立っている。
彼女が私に声をかけてくるのは珍しい。
そう思った私の表情に気付いたのか、一瞬ためらうようなそぶりを見せたものの、ペリーヌさんは言葉を続ける。
「あ、あの……」
「はい」
「土方さんにお願いが…………」
その言葉に続いてペリーヌさんより告げられた、ガリアの復興現場の手伝いをしてほしいという依頼を私は一も二もなく承諾した。
軍人として、市民の方々の役に立てるのは願ったりである。
そうでなくても、日頃より何かとお世話になっているウィッチの方々の役に立てるのだ。
何よりペリーヌさんには先だっての扶桑帰国の際に多大なご迷惑をおかけしている。
断る理由などどこにもなかった。
むしろこちらから手伝わせていただきたいとお願いしたいほどである。
かくして、私はこのガリアの一都市において復興を指揮するペリーヌさんの補佐を務めることと相成ったのである。
「……ふぅ」
「お疲れ様でございます」
ペリーヌさんの指示がひと段落したところを見計らい、私は水筒に入れたお茶とタオルを差し出す。
驚いたように私の方に視線を送っていたペリーヌさんであったが、やがて笑顔とともに受け取った。
「ありがとうございます。流石は見事なお気づかいですわね」
「恐縮です」
「坂本少佐がいつも褒めているのも分かりますわ」
こういう風に面と向かって褒められるというのはいつまでたっても慣れない。
最近はそれが分かってきているのかーシャーリーさんやルッキーニ少尉などはからかうように私を褒めちぎってくることがある。
勘弁してほしいものだ。
そしてそれからきっちり10分後、ペリーヌさんが声を上げる。
「では一時休憩といたしますわ」
ペリーヌさんの言葉に、作業をしていた人々が三々五々集まってくる。
年齢も性別もまちまちの方々であるが、彼らに共通しているのは復興にかける強い意志。
ネウロイに何度住処を破壊されても、近しい人間を失おうと、それでもこうやって復興のため努力をしている人間は絶えることがない。
やはり人間というのは強いものだ。
ペリーヌさんはここでもかなり慕われているようだ。
集まってきた方たちが次々に彼女に声を掛けてくる。
「ペリーヌ嬢ちゃん、今日は男連れかい?」
「なかなかいい男じゃないか。いい女にはいい男がつくって本当だねぇ」
「なっ……土方さんとはそういう…………」
「ヒジカタ?扶桑の人かい兄ちゃん?」
「へぇ!扶桑からわざわざ嬢ちゃんのためにかい!こりゃ若いのに大したもんだ」
…………訂正。
慕われているというかおもちゃにされているような感じがちらほらと。
人々に囲まれ、顔を赤くして慌てまくっているペリーヌさんから縋る様な視線を向けられるが、私は黙って目をそらした。
…………これは決して敵前逃亡などではない。
私が中途半端に口を出すことで余計話がややこしくなることを回避したに過ぎない。
話の中に私の名前が出てきているならなおさらである。
回りの人たちも分かっている、とばかりに生ぬるい笑みを浮かべている。
そんな空気を破ったのは一人の少女の声であった。
「あ、あの……ペリーヌおねえちゃん」
年のころは6~7歳くらいであろうか。
人垣から出てきた一人の少女がペリーヌさんの近くによって声を掛けている。
「あら、どうしましたの?」
ペリーヌさんは、しゃがんで少女の顔を正面から覗き込みながら返事をした。
少女は目にいっぱい涙をためており、言葉がうまく出てこない様子であったが、それでも何とか一言一言を搾り出すように口にする。
「あの……わ、わたしたち…………その、が、学校、い、いけなく……なっちゃ…………」
それ以上は言葉にならないような少女の言葉に、ペリーヌさんと思わず顔を見合わせる。
学校。
ネウロイの襲撃により破壊された学校は、当然のごとく最優先で再建が進められたはずだ。
そしてその再建なった学校の新学期が、数日の後に始まるとうれしそうに話していた子供たちの姿を覚えている。
そんな子供たちの中にこの少女もいたのを思い出した。
その学校に行けなくなった、とはどういうことだろうか。
考えたくはないが、再びネウロイの襲撃があった…………いくらなんでもそれはないか。
ネウロイの出現情報は最優先で各戦闘航空団に通報されるはずだ。
私はともかく、ペリーヌさんが知らないなどということは考えづらい。
どうしたものか、と再びペリーヌさんと顔を見合わせたところ、私のズボンをくいくい、と引っ張る感覚がする。
視線を下げると、先ほどの少女が目に涙をためて私を見上げていた。
「あ、あの、こっち…………」
そういって森のほうを指差す少女。
どうやらついて来いと言いたいようだ。
ペリーヌさんと頷きあうと、私たちは少女の後について歩き出した
「これは…………」
「…………」
少女に案内されてたどり着いたのは、森を抜けたところにある小さな川。
その光景を見たとたん、私たちは少女が言っていたことの意味を理解して絶句する。
川には石造りの立派な橋が架かっていたのだが、その橋が中央部分で無残にも崩落していた。
「き、昨日まではちゃんとあったのに……今日の朝見に行ったら…………」
時折声を詰まらせる少女。
ネウロイの襲撃により脆くなっていた橋が日々使用されるうちに限界を超えたということだろう。
しかし……こう言ってはなんだが学校が始まる前、しかも誰もいない夜間に崩落したのは不幸中の幸いであったというべきであった。
もしも学校が始まり、子供たちが渡っているときに崩落が起きていたら……と考えると想像するだに背筋が寒くなる。
ペリーヌさんも同じ思いであったようで、私に少し複雑な視線を送ってくる。
「まぁ、起きてしまったものは仕方ありませんわね。子供たちが学校に通うために、何とか早急にこの橋を直さねば…………」
そういって考え込むペリーヌさん。
再建された学校は橋を渡った郊外に立地している。
先ほどまで我々がいた市外に住んでいる子供たちが学校に通うためにはこの橋を渡らざるを得ない。
しかし、町の復興も進んだとはいえ半ばの状況で橋の復旧にこれ以上のリソースを使えるのか、という問題がある。
資材や工賃とて無料ではない。
現在でさえ町の復興に当たる住人たちには十分以上の我慢を強いている状況だ。
その上にさらに負担を強いるようなことはペリーヌさんとしては受け入れづらいところであろう。
「あの……ペリーヌさん」
「土方さん」
そんなペリーヌさんの苦悩する姿に、差し出がましいとは思うが私も口を挟ませていただくこととした。
虫のいい話だろうがなんだろうが土方侯爵家当主候補という地位を使わせていただくならこの時を置いてほかにない。
「差し出がましいことですが……その、私が土方家よりご助力申し上げ…………」
「ありがとうございます」
私の申し出はしかし、すべてを言い終える前にペリーヌさんによって遮られた。
その表情は笑顔であるが、いかなる硬い盾よりも堅固に、私の言葉を跳ね返す。
「ですが……これはガリア国内の問題です。もちろん土方さんが善意で申し出てくださっているのは分かりますが、ガリアの復興はガリア人によってなされてこそ。それが痩せてもガリア貴族として生まれた者の誇りですわ」
「は」
「も、もちろん土方さんが他国人だから信用できないと言っている訳ではございませんのよ?そう仰ってくださることは大変うれしいことです。本当ですよ?」
言い方が悪かったことに気づいたのか、慌てたようにそう付け加えるペリーヌさん。
そこまでこのガリアの復興に真剣であるのなら私が申し上げることは何もない。
私は黙って一礼すると引き下がる。
しかし、それから基地に帰るまで、ペリーヌさんの表情から憂いが消えることはなかったのも、また事実であった。
以上です。
続きは1週間ほどで。
全く関係ないですが数えてみたらこの話がちょうど100話目でしたw
いつの間にかこんなに書いてたんだなぁ、とちょっと感慨深くなりましたww
それでは。
セルフage
ありがとうございます。
がんばりますね
申し訳ありません。
1週間どころか3週間たってしまいました。
今から次話を投稿します。
「土方、ちょっといいか?」
坂本少佐からそう呼びとめられたのは、ネウロイ出現による緊急出撃からウィッチの方々が帰還してよりすぐのことであった。
「は」
「ペリーヌのことなんだが……」
「ペリーヌさん、ですか」
「ああ。実は…………今日の出撃でのことなんだが」
そう前置きして少佐が話して下さったのは今回の出撃に関する次のような内容であった。
今回の出撃、最初は普通に戦っていたのだが、ネウロイの攻撃が眼下にあった橋の一部を破壊したところからペリーヌさんの様子が一変したそうだ。
「いきなり『橋に……なんてことするんですの!』って呟いた後、いきなりそれまでの作戦を忘れたようにネウロイに向けて突撃していってな」
「橋…………ですか?」
「ああ、橋だ。まぁ確かに橋が壊されるってのは大事だが、欄干の一部が壊れただけで橋が通れなくなったわけじゃない。だがあの時のペリーヌの変わり方は尋常じゃなかった。バルクホルンが乗り移ったのかと思ったよ」
「なるほど……」
「そのおかげでこちらが全面攻勢に移行するタイミングをつかめたのも確かなのだが」
少佐の言葉に、私は考え込んだ。
橋……とくればあのことしか考えられない。
復興なった学校に通うための橋が無残に崩壊していたあの光景。
外野に過ぎなかった私でも、あの光景を思い出すたびに心が痛む。
祖国ガリアの復興に尽力してきたペリーヌさんであればなおさら、頭から離れないでいるだろう。
少佐はさらに言葉を続ける。
「それで、戦いが終わった後のデブリーフィングでそのことを褒めようとしたのだが……私の話が聞こえているかどうかも怪しい様子で早々に部屋に引き上げてしまった」
「……ペリーヌさんが、ですか」
「いや、そのこと自体は別に構わん。別に礼が欲しかったわけではないのだからな。だがその時のペリーヌの様子が、どうも心ここに在らずというかそんな感じがしたので気になってな」
ペリーヌさんが坂本少佐を一途に慕っているというのはこの基地にいる者ならだれもが知る事実。
その少佐の、しかも褒め言葉すら耳に入っていない様子、とは。
どうやらペリーヌさんにとってはあの壊れた橋の光景はかなりショッキングなものであったようだ。
ガリア貴族としての義務感というのもあるのだろう。
「…………」
「土方、何か心当たりありそうだな」
「……心当たり、というほどではございませんが」
そう前置きすると、私はペリーヌさんとともに復興作業に当たっていた時のことを話す。
他人である私が勝手に話していい事かどうか一瞬ためらうものの、あの復興作業からのペリーヌさんは確かに塞ぎこみがちであった。
少佐には知っておいていただいても構わないであろう。
「なるほど。そんなことが…………」
「は。私も土方家より援助申し上げようかと申し上げたのですが……」
「ペリーヌの気持ちもわかるが…………まぁ、そう言う事情では現状我々にできることはあまりなさそうだな」
「は」
少佐は少し考えるように目を閉じると、そのまま口を開く。
「…………事情は分かった。話してくれてありがたい」
「いえ。少佐のお役に立てるのであれば」
「はは、土方らしい言葉に安心したよ。ペリーヌのことは私も気にかけておこう」
そう言うと、少佐はそのまま踵を返して去って行かれたのであった。
「圭助さん!海ですよ海!」
それから数日の後。
そんなことを言う宮藤さんに急に飛びついてこられた私は思わず数歩よろめいた後に彼女を抱きとめるような形で静止する。
「海……ですか?」
「はいっ!坂本さんが最近出撃が多くてみんな疲れてるだろうし、せっかくアドリア海に面した基地にいるのにもったいないし、って!」
「こらこら宮藤、はしゃぎ過ぎだぞ」
一方的にまくしたてる宮藤さんに戸惑っていた私に救いの手を差し伸べて下さったのは少佐であった。
少佐は苦笑しつつ、宮藤さんの機関銃のような言葉を「翻訳」してくださる。
「要するに明日、501の皆で海にでも行って気晴らしをしようという事だ」
「なるほど」
宮藤さんのはしゃぎようはそれか。
やはり彼女も年頃の少女である証拠に思えて、微笑ましい気分になってくる。
ここ最近出撃続きであったし、気晴らしにどこかに出かけるというのは皆様にとってもいい事であろう。
ウィッチの皆様方には、ネウロイのことなど忘れて思い切り羽を伸ばしていただきたいものだ。
「海ですか……いいですね」
「でしょ?今から楽しみです!」
「基地のことは私たちにお任せあって、どうか思い切り楽しんできてください」
「……え?」
私の言葉に、宮藤さんと坂本少佐が驚いたような表情になる。
……何か失礼なことを言ってしまっただろうか。
不安になる私に、坂本少佐は言葉を続けてくる。
「何を言っている?土方」
「い、いえ、ですからこういう機会なのですから基地のことは気にせず思い切り楽しんできていただきたいと…………」
仕事人間の坂本少佐が留守中の基地のことを気にしておられるのは分かるが、宮藤さんまで驚いたような表情になっているのはなぜだろうか。
「あのな…………土方」
「は、はぁ」
「貴様も来るのだぞ」
「……は?」
思わず間抜けな声を上げる。
こういう時ぐらいウィッチの方々だけで楽しみたいと思ったのだが。
それに、男の私がついていくなど、良くミーナ中佐が許可したものだ。
「まぁ、圭助くんなら信用できると思ったの」
「…………ミーナ中佐!」
その私の内心を読んだわけでないだろうが、今までどこかで話を聞いていたらしきミーナ中佐がそう言いながら話に加わってくる。
信用できる、と思っていただけるのは光栄だが、そんなことでいいのだろうか。
腑に落ちない表情の私に、宮藤さんが不満そうに噛みついてきた。
「そうですよ!圭助さんが来ないなんてありえません!」
「そ、そうですか…………」
「絶対ですからね!」
妙に強硬な宮藤さんに押されるように頷く。
…………かくして。
過程はともかく私も、ウィッチの方々とともに海に行くことになったのである。
「いやっほーーーい!」
「きゃはははっ!」
そう言いながら一番にかけていくのはシャーリーさんとルッキーニ少尉。
一番楽しみにしていたのはやはりこのお二人だったようでジープが砂浜に着くなり上着を脱ぎ捨てて海へと飛び込んでいった。
皆様の荷物を両手に抱えながらその後姿に視線を送る私に、ミーナ中佐が横から声をかけてきた。
「ごめんね圭助くん。荷物持たせちゃって」
「いえ、皆様のお役に立てるならこの程度」
「はは、そんな畏まらずともよいのだぞ。皆も貴様とここに来たいと思ったから特に反対もしていないのだからな…………ほら、もうここでいいから一旦降ろせ」
そう言いながら少佐は私の持っていた荷物を半分ほど持って下さる。
荷物を降ろすと、私は大きく息をついた。
「ありがと圭助くん。それじゃ私と美緒は行くところがあるから、圭助くんは楽しんでらっしゃいな」
「……行くところ、ですか?」
「ああ。少しは訓練らしいこともせねばな」
「訓練…………?」
ここに来たのは隊員たちの気晴らしのためと聞いているが。
「お偉いさんには訓練という名目で外出許可をもらっているのだ」
「…………そう言うことですか」
小さく息をつく私に、ミーナ中佐が困ったように声をかけてくる。
「まったく……美緒ったらそう言う交渉ごとは全部私に丸投げしてくるんだから困ったものよ」
「私は剣術においてもそう言った駆け引きが壊滅的にできんのが欠点だと先生にもよく言われていたからな!はっはっはっ!」
「笑い事じゃないわよ……」
頭を抱えるミーナ中佐。
「ま、そんなわけだから圭助くんは楽しんできていいわよ。貴方もいろいろストレスたまってるんじゃないの?」
「い、いえ、私は…………」
坂本少佐の側に仕えることができる日々をストレスなど感じたことはないが、しかしこういう場に来て仏頂面をしているというのも芸がない。
そんな空気を見計らったように海の方から声がかけられた。
「おーい兄さん、そんなとこで突っ立ってないでこっち来いよ!」
「そうだぞー兄ちゃん!一緒にあそぼー!」
そう言いながら手を振ってくるお二人にこちらも頭を下げる。
視線を転じるとハルトマン中尉とバルクホルン大尉のカールスラントコンビがいた。
「ほーら!行くよトゥルーデ」
「こら!せめて準備体操ぐらい……」
「けーすけも早く来なよ」
「…………は」
「ほら!行くよけーすけ」
待ってられない、とばかりに中尉は私の手をつかんで駆け出した。
足をもつれさせながら中尉の後についていく私。
「ちょ、ちょっとお待ちください中尉」
「……むー」
中尉が急に立ち止まって睨むような視線を向けてくる。
「中尉?」
「だーかーらっ!エーリカって呼んでっていってるじゃん」
「す、すいませんちゅ…………エーリカさん」
「さんとかいらないのになぁ…………そんなけーすけにはおしおきだっ!」
「うわっ!?」
そう言うとエーリカさんは走り出した勢いのまま、ハンマー投げのように私の腕を振り回して海の方へと放り投げた。
「そーれっ!」
エーリカさんのそんな声を背後に聞きながら私は海へと放り出される。
ふにゅ
…………はずだったのだが。
何故か私の頭にやってきたのは場違いなやわらかい衝撃であった。
予想と全く違う感触に、思わず辺りを見回すが何故か視界一面が何かにおおわれたように暗転している。
ふにゅふにゅ
私が首を動かすのにつれて、周りの柔らかい感触が形を変える。
…………まさか。
「に、兄さん…………」
すぐ頭上から聞こえてくるのは聞き覚えのある声。
いつものからかうような飄々とした雰囲気はなく、どこか戸惑っているような声色。
「あー!兄ちゃんがシャーリー襲ってる!」
背後から聞こえてくるのもまた聞き覚えのある声。
…………それが意味することは、一つしか考えられなかった。
全身の筋肉をばねに、背後へと飛び退る。
「も、申し訳ございません!」
「あははははは!何やってんだよ二人とも」
「笑ってる場合かハルトマン!貴様が原因だろうが!!」
横合いから聞こえてくる声は、この際意識から排除する。
恐る恐る目を開けると、尻餅をついた状態で顔を赤らめて目をそらすシャーリーさんの姿が目に入った。
「ま、誠に申し訳ございません」
土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。
しばらくの沈黙。
さすがにエーリカさんも気まずいのか余計な言葉を挟まずに立っている。
「あ、ま、まー、その、兄さんもわざとじゃないのは分かってるし、そのー…………こ、ここはお互いさっきのことはきれいさっぱり忘れるってことで…………」
「……りょ、了解いたしました」
「う、うん、それがいいよ。うん」
やたら頷いているシャーリーさん。
罵倒の言葉を覚悟していた私にとって、それは拍子抜けするほどに寛大な言葉であった。
「あはは、シャーリー顔真っ赤!」
「こらー!いくら兄ちゃんでもシャーリーのおっぱいは渡さないかんね!」
話が落ち着いたと見るや無責任にはやし立てる外野の言葉に私とシャーリーさんは思わず視線をそらす。
しかし、こういう時に一番頼りになりそうな方がこの場にはいらっしゃった。
「ハルトマン!笑ってる場合じゃないだろう!ルッキーニも余計なことを言うんじゃない」
「堅物カールスラント人が来たぞー!逃げろー!」
「いやっほー!」
「ハルトマン!貴様には私がカールスラント軍人としての心構えを一から説いてやる!そこに直れ!!」
「やなこったー!」
「待たんか馬鹿者どもが!」
蜘蛛の子を散らすように逃げていく二人を追いかけて、バルクホルン大尉もあっという間に視界から姿を消した。
…………相変わらずなお三方に、思わず私は今までの気まずさも忘れてシャーリーさんと顔を見合わせて苦笑する。
ふと、尻餅をついたままのシャーリーさんが私に向けて手を伸ばして来た。
「兄さん、扶桑の男ってやつはこんな美女を地面に座らせたままにしとくのに何も感じないかい?」
「…………これは失礼いたしました。お手をどうぞ、レディ」
必要以上に仰々しくお辞儀をしながら差し出された手を握り、シャーリーさんを引っ張り起こす。
「サンキューな。流石は兄さんだ」
「…………ずいぶん蓮っ葉なレディもいたものだな」
「あはは。美女と野獣ならぬ紳士と狼女ってか?」
「シャーリーの使い魔はウサギじゃないか」
「ウサギは寂しいと死んじゃうんだよ…………だから」
そう言ってシャーリーさんが私に一歩近づいてくる。
息がかかりそうな至近より上目使い気味に見上げる彼女の表情はどこか妖艶な笑みを浮かべていて。
「これからもせいぜいあたしに構ってくれよ……兄さん」
「な…………っ!」
耳元に口を寄せてそう囁いたかと思うと、すぐに身をひるがえして呆然とする私に一瞥すらくれずに沖の方へと泳いでいく。
何というか、相変わらずフリーダムな方だ。
私はいまだに治まらない心音をごまかすように、大きく息をついた。
(Shirley's Side)
(あー…………やばかった。何やってんだあたし)
兄さんに背を向けて泳ぎながら、あたしは顔が赤くなってくるのを抑えられずにいた。
冷たい水の中に浸かっているはずなのに、さっきから体の火照りが治まる気配がない。
兄さんとのスキンシップなんて、それこそ慣れっこだったはずなのに。
あの時。
笑顔で私に手を差し伸べる兄さんの姿を見た時、私の心臓が大きくひとつ跳ねた。
これはヤバイ。
そう察知した私は自制心を総動員し、いつものからかい半分のスキンシップとして誤魔化すべくあんなことを言ってみた。
…………のだが。
胸の鼓動は治まるどころかさらに勢いを増し、最後の方は半ば逃げるようにして兄さんに背を向けてしまった。
……これってやっぱり。
「そう」なの…………だろうか。
(いやいやいやいや!そりゃねーって!)
思わず大きく首を振り、水を飲みそうになって慌てて顔を上げる。
兄さんとあたしは男女とかそう言うのを抜きにした親友。
それ以上でもそれ以下でもない。
第一……もし「そう」だとして、あたしには最大最強のライバルがいることになる。
本人がただ一人の女以外に興味がないのだから。
敗色濃厚ってレベルじゃない、戦う前に負けが決まってるような勝負だ。
ボンビネル・ソルトフラッツで速さの極限を求めてた頃から、何かに負けるのは大嫌いだった。
でも、勝ち目のない戦いから逃げるのも一つの戦略だ。
(…………やめやめ。考えるのは止そう)
私は大きく息を吸い込むと、海中へと潜る。
いまだに治まらない、胸の鼓動から逃れるように。
と言う所でここまで。
まさかのラキスケ発動ですw
では。
出来るだけ早く更新していきますのでよろしくお願いします。
セルフage
すいません。
続きはもう数日お待ちください。
数日とか言っときながら10日たってしまいました。
すいません。
続きを投下しますね
「よう」
砂浜の方に戻ってきた私に、そんな声がかけられる。
振り向くと、砂浜に並んで座っているエイラさんとサーニャさんの姿が目に入った。
エイラさんは私の方に向けて、猫でも招くように手を振っている。
先ほどあんなことがあっただけに訳もなく緊張してしまうが、お二人の様子から、先ほどの事は見られていないようだ。
私はお二人のそばまで歩いていくと、とりあえず、当たり障りのない話題を振ってみる。
「エイラさん、泳がれないんですか?」
「…………疲れるのはいやだ」
簡にして要を得たエイラさんの返答。
隣のサーニャさんへと目を転じれば、先ほどから下を向いて舟をこいだまま一言も発していない。
とりあえず声をかけてみることにした。
「サーニャさんは夜間哨戒上がりですか」
「……眠い」
これまた簡単な返答。というか、私の存在を知覚すらしておられない様子である。
…………まぁ、海に来たら泳がねばならぬわけでもないし、このお二人がルッキーニ少尉たちのようにきゃいきゃいとはしゃぐ光景というのも確かに想像できない。
「おい」
「……な、何でしょうか」
そんなことを考えていたら何故か不機嫌そうなエイラさんに声をかけられる。
思わず答える声もどもってしまった。
「こんな美少女二人が目の前にいるのに何の感想もなしか」
「…………」
そう来たか。
さすがに言ったエイラさん当人も恥ずかしそうである。
それでも、せっかく水着に着替えたからには異性の評価を聞きたいという気持ちは理解できる。
男の水着など機能性重視の簡素なものが多いが、女性の水着は見られることも考えられており、バリエーションの豊かさでは到底男の水着の及ぶところではない。
エイラさんの言葉に、改めて南欧の太陽のもと寝転ぶお二人に視線を送る。
こうやって肌の露出の多い格好をすると分かるが、さすが北方の女性というべきか、お二人ともまさに陶器のごとく、というべき綺麗な白い肌をしておられる。
我々扶桑の人間とは違う、繊細な美しさとも言うべきだろうか。
あまりにまじまじと見つめすぎたのか、エイラさんがさらに顔を赤くして睨んできた。
「……やっぱ見んなこのエロ魔人」
…………なんと理不尽な。
「あ、いえ、申し訳ございません!しかし、お二人ともよくお似合いです。お綺麗ですよ」
「なっ…………なななな何言ってんだこの馬鹿!」
「ん…………どうしたのエイラ?」
顔を赤くして大声を上げるエイラさんに、サーニャさんも目を覚ましたようだ。
「あ……え?エイラ?え?ひ、土方…………さん?」
私の存在に気づき、慌てたように下を向くサーニャさん。
そんなサーニャさんの態度に、エイラさんはさらに機嫌を悪くする。
「サーニャをそんな目で見んなー!」
待っていたのはこれまた理不尽な叱責であった。
「全く…………宮藤といい少佐といい扶桑人は変人ばっかりか」
自分をどこか遠くの棚に放り投げた発言に思わずサーニャさんと顔を見合わせる。
「何だよ……言いたいことでもあんのか?」
「い、いえ…………申し訳ありません」
結局、私にできるのは謝罪の言葉を並べたてることだけであった。
「兄ちゃーん!」
後ろから聞こえてきた声に振り返ると、海の中から顔だけ出したルッキーニ少尉がこちらに向けて手を振っていた。
「兄ちゃんも一緒に泳ごうよー」
そう言って手招きする少尉の方へと近づいていく。
「ほかの方々は?」
確かハルトマン中尉とともにバルクホルン大尉に追いかけられていたはずだったが。
「しらなーい。ハルトマンはバルクホルンにつかまってどこかに連れて行かれちゃった」
全く悪びれた様子もなく無邪気に笑う少尉。
そして少尉はその隙に逃げ出したという訳か。
…………まぁ正直、バルクホルン大尉お一人ではお二人の相手は荷が勝ちすぎると思っていたが。
「そんなことより兄ちゃん、せっかく海にいるんだし、一緒に泳ごうよー!あっちの島まで競争だよ!」
そう言うと少尉は、私の返事も待たずに沖へと向けて泳ぎだした。
相変わらずの少尉の様子に私はため息をつく。
しかし、ここは海水浴用のビーチではない。
どこに危険があるか分からないようなところに少尉を一人行かせるわけにはいかない。
私は羽織っていたシャツを脱ぎ捨てると、少尉の後を追って海へと飛び込んだ。
少尉に追いつくのはそれほど難しい事ではなかった。
こちとら兵学校時代にさんざんしごきに耐えてきたのだ。水泳に関しては多少の自信はある。
徐々に近づく私を見つけた少尉は、にやりとひとつ笑みを浮かべるとさらにスピードを上げる。
13歳の少女という事を考えれば十分なスピードではあるが、それでも私にとっては追いつけぬほどではない。
私もさらにスピードを上げようとしたところで、鼻先に出現したものに驚いて急停止を余儀なくされた。
「うわっ…………少尉?」
「兄ちゃん……海の底で何か光った」
「光った?」
怪訝な表情になる私に、少尉は説明をしてくださった。
どうやら泳いでいる最中に海底の方で何やらきらりと光るものが見えたようだ。
「うん。何かすっごくキラキラして綺麗だったよ!きっと大昔の海賊が残したお宝だよ!」
「そ、それは……」
少年少女向けの冒険小説ではないのだからさすがにそんなことはないだろうが、確かに気になる話ではある。
しかし、少尉をこれ以上危険にさらすのは良くないだろう。
「……分かりました。私が確認してきます。少尉は浜の方へ」
「なんでー!?私も行くよっ!なんだか楽しそうだし」
しかし少尉はそう言うが早いか、私の返事も待たずに水面に顔をつけて潜っていく。
……こうなっては私に選択肢はない。
大きく息を吸い込むと、私もまた少尉の後ろに従って海底へと潜って行った。
目的のものはすぐに見つかった。
やや暗い青みがかった海底に、はっきりそれと分かる異質な物体。
それは、大きな箱であった。
しかも冒険小説でよく描写されているような、四隅を金属で補強された木箱。
そしてその箱は、ルッキーニ少尉の腕ほどの太さの鎖によってしっかりと海底に固定されていた。
ルッキーニ少尉が見つけた光というのはこの鎖が光に反射したものであったようだ。
あまりに「それっぽい」舞台が整いすぎている。
ルッキーニ少尉の先ほどの言葉をあながち否定できなくなってきた。
少尉と私は顔を見合わせて頷き合うと、海面へと上昇を始めた。
「見た?兄ちゃん!間違いなくあれは海賊のお宝だよ!」
海面に顔を出すなり、少尉が興奮を抑えきれないといった様子で私に迫ってきた。
正直、私としてはまだ半信半疑な気分ではあるのだが。
「引き上げてみようよ!」
「え?さ、さすがにそれは…………」
「えーなんでー?お宝だよ!海賊だよ!!面白そうじゃん!」
ルッキーニ少尉の言葉は私の予想通りであった。
一応反対の態度とってはみたものの、正直に言えば私もあの箱にはかなり興味を引かれていた。
私だって男だ。
「海底に眠る海賊の宝」というフレーズに心を動かさずにいられるほど大人にはなりきれない。
「でも、私と兄ちゃんの二人じゃ無理だね……」
「そうですね…………」
いつの間にか引き上げる前提で話が進んでいることにも、私はあえて突っ込まなかった。
そんな時、浜の方からかすかな声が聞こえてくる。
「ルッキーニちゃーーーん!圭助さーーーーん!」
ともすれば聞き落してしまいそうな声に振り返ると、浜辺の崖の上に座った3人の人影の内の一人がこちらに大きく手を振っているのが見えた。
手を振っているのは声からして宮藤さんらしいが、あとのお二人は――――
「芳佳とリーネとペリーヌだね」
「…………お分かりになるのですか?」
「うん」
事もなげに頷く少尉。
私には豆粒のようにしか見えない人影であるが、どうやらルッキーニ少尉にはちゃんと人物の判別がつくようだ。
「そうだ!芳佳たちに手伝ってもらおうよ」
「……よろしいのでしょうか?」
「平気平気!」
何の躊躇もなくそう言い切ると少尉は浜に向かって泳ぎだす。
その後姿をしばらく見つめていたが、私は一つ息をつくと、その背中を追って同じように泳ぎだした。
「芳佳!お宝だよお宝!」
「え?お、お宝…………って何?ルッキーニちゃん」
それが浜に上がって一目散に宮藤さんの下に走って行った少尉の第一声であった。
予想通り話についていけず戸惑っている宮藤さんに、私が補足の形で説明する。
海底で大きな箱を見つけたこと、しかし引き上げるには二人では足りなさそうなこと、など。
「へー……何だか面白そうですね」
私の予想に反し、宮藤さんより初めに返ってきたのは意外に好意的な反応であった。
しかし、その宮藤さんの反応以上に、私の予想を裏切った方がいた。
「土方さん?今何と仰いましたの?」
「い、いえ、ですから…………」
そう言いながら、突如私の鼻先数センチまで顔を接近させてきたのはペリーヌさん。
ガリア人女性らしい端正な顔が突然視界いっぱいに広がり、思わず答える声が上ずる。
しかしペリーヌさんはそんな私の様子など気づかぬ様子で私の肩をゆすぶって来た。
「お宝ってどういうことですの?どこで見つけられたんですの?」
「そ、その……」
全身を揺さぶられながら、私は先ほど宮藤さんにしたのと同じ説明をする。
私の説明を聞いたペリーヌさんは手を離すと、顎に手を当てて考え込んだ。
「海底の箱……確かにアドリア海は古代より交易が盛んであった場所…………海賊はさすがに眉唾としても……遭難した船の積み荷が残っていることは十分考えられ…………」
「本当?リーネちゃん、見に行ってみようよ!」
「うん!」
ビショップ曹長も意外と乗り気のようだ。
しかし、ここでまた反対の声が意外な方から上がる。
「ま、まぁ……お宝なんて与太話…………し、信じることは出来ませんけど……」
「でもペリーヌさんがあるって言ったんじゃないですか」
「あ、あくまで可能性ですわ!あるなどと断言したつもりはありません!!」
…………いったいどっちなのだろうか。
思わず宮藤さんと顔を見合わせて苦笑を交わす。
ペリーヌさんの表情を見れば、彼女がこの話に興味を引かれているのは丸わかりだ。
しかし、ペリーヌさんがこの宝箱とやらに興味を示したのは私にとって最も意外であった。
「で、でも……訓練も終わってすることもないですし?たまにはルッキーニさんの与太話に付き合って差し上げるのも悪くはないですし?わ、私としては手伝って差し上げるのも吝かではございませんのよ?」
「…………ねえ兄ちゃん、ペリーヌは結局どうしたいのさ?」
はっきりしないペリーヌさんの態度に、横から聞いてくるルッキーニ少尉。
「……協力して下さるそうです。喜んで」
「そこ!私は一言も喜んでなどと言った覚えはありませんわ!ただ、ルッキーニさんたちだけでは何かあった時危険だと……」
「ありがとーペリーヌ!」
「あ、あ、はい……どういたしまして」
無邪気に感謝の言葉を述べるルッキーニ少尉に、ペリーヌさんは毒気を抜かれたような表情で沈黙する。
「じゃ、私たちも行こうよリーネちゃん!」
「うん!」
「圭助さんも…………一緒に行きませんか?」
「は。お供させていただきます」
「本当ですか!やったーー!」
こうなったら結末まで見届けないと私も気になるというものだ。
私が頷くと、宮藤さんは飛び跳ねて喜んでくださる。
「さて、そうと決まったら早速現場に向かいますわよ」
「「「「おー!」」」」
ペリーヌさんの呼びかけに、私たち4人が一斉に唱和する。
…………かくして「お宝探検隊(ルッキーニ少尉命名)」は結成されたのであった。
以上です。
これを核に当たって9話を見直したんですが、芳佳がリーネのおっぱいをガン見してるシーンで笑いましたw
それでは。
セルフage
11月ですねぇ
C87は残念ながら落選してしまいました。
友人のところで委託していただく予定です。
こんばんは。
急に寒くなりましたね。
続きを投下します。
「じゃ、お宝探検隊、しゅっぱーつ!」
そう元気に宣言したルッキーニ少尉の後に続き、我々5名は先ほど見つけた箱のある場所に向けて泳いでいく。
ルッキーニ少尉は言うまでもなく、後に続く宮藤さんやビショップ曹長の表情もどこか楽しそうだ。
かく言う私の表情も旗から見れば興奮を抑え切れていないものであっただろう。
しかし、そんな中一人だけ何か別のことを考えているような方がいる。
最後尾を一言も発することなく黙々と泳ぐペリーヌさんに、私は声をかけた。
「あの、ペリーヌさん」
「…………え?あ、は、はい。どうされました?」
私が声をかけると、ペリーヌさんは驚いたようにこちらを向く。
お宝の話を聞いてよりどこか思いつめた表情を続けており、いつもの彼女らしくない。
「あの、どこか体調がお悪いようでしたら無理せず……」
「いえ、大丈夫ですわ」
「そうですか……何かあればいつでも言ってください」
「ふふ、ありがとうございます……相変わらずお優しいのですね」
私の言葉にペリーヌさんは少し嬉しそうに微笑む。
「おーい兄ちゃーん!ペリーヌも!ほらもっとスピードあげて!置いてくよ!」
「全く…………そんなに急がなくても箱は逃げませんわよ」
ルッキーニ少尉のそんな声に、ペリーヌさんは呟く。
それでもあきらめたように大きく息を吸い込み、少尉に追いつくためにスピードを上げるペリーヌさん。
そんな彼女の後姿に一抹の不安を覚えないではなかったが、私は頭を振って不吉な予感を追い出した。
「とうちゃーく!」
「この辺でいいの?」
「うん」
程なく、私たちは先ほど箱を見つけたポイントにたどり着く。
「そんじゃ、さっそく潜ろ!」
「ちょっとお待ちなさい」
「なんだよー…………ここまで来てお説教?」
大きく息を吸い込み、今まさに潜ろうとした少尉に対しペリーヌさんがストップをかける。
不満そうなルッキーニ少尉に、ペリーヌさんは諭すように言った。
「足場の不自由な上に呼吸の制限のある海中です。魔力でシールドを張っていくべきですわ」
「サーニャちゃんとエイラさんの時みたいに、ですか?」
「そうなりますわね」
「なるほど」
以前、高度30,000mという常識はずれの位置にコアを持つネウロイが来襲したとき、その極限状態に耐えるためにエイラさんがシールドを張り続けてサーニャさんを守り続けたのは記憶に新しい。
宮藤さん、ビショップ曹長が頷く。
しかし、ここに来て急にペリーヌさんがやる気になったように見える。
先ほどまでの半信半疑ぶりはどこに行ったのだろうか。
「でも、そしたら兄ちゃんはどうするのさ。海の上に置いてけぼりはかわいそうだよ」
「私はかまいません。何かあったときの連絡役も必要でしょうし……私は海上で待機しておきます」
私の言葉に、ペリーヌさんは首を横に振る。
「いえ、やはりこういう場合は男性の力があった方が…………そうですわね……では、私があの時のように傍で二人分のシールドを張り、圭助さんをお守りいたします」
「えー!じゃあ私やるー!私たいちょーだもん」
「い、いえ!私シールドなら自信あります!私が……」
ペリーヌさんが言い終わらないうちにルッキーニ少尉と宮藤さんが手を上げる。
「わ・た・し・が・や・り・ま・す。…………いいですわね?」
「「は、はいっ!」」
しかし、妙な迫力をまとったペリーヌさんの言葉にお二人は沈黙した。
「では、圭助さん、参りましょう」
「…………え?」
「参りましょう」
「は、はい……」
ペリーヌさん有無を言わさない迫力で私をも黙らせると、私の手を取って水中へと潜って行った。
観光地としても有名なアドリア海の海中を、今私は他の4名のウィッチの方々とともに潜っていた。
宮藤さんやビショップ曹長が初めて見るらしい周りの光景をものめずらしそうに眺めている。
扶桑の海も綺麗ではあるが、やはり欧州の海というのは美しい。
群れを成して泳ぐ小さな魚たちと、そんな小さな魚の間を悠然と泳ぐ大型の魚。
そんな光景の中を、私とペリーヌさんは海底に向けて深く潜っていく。
程なくして、目的のものは見つかった。
「ふむ……どうやら私と圭助さんの間のみ会話ができるようですわね…………同じシールドに入っているからでしょうか」
「おそらくは」
「……では、行きますわよ」
「は」
海中で普通に会話を交わすというのも妙な感じだ。
高度30000mの彼方まで行かれたサーニャさんたちもこのような気分であったのだろうか。
我々はめいめいに鎖に取りつくと、全身の力を込めて上へと引っ張る。
長い間ずっと海中に放置されていたらしく鎖はすっかり錆びついており、これであれば簡単にとはいかないまでもどこかで切ることができそうである。
私はペリーヌさんとともに鎖に取りつくが、シールドの範囲から出られない関係上どうしてもペリーヌさんと密着するような格好になってしまう。
「け、圭助さん……あまり密着しないでいただけます?」
「も、申し訳ありません」
ペリーヌさんの言葉に、何とか体を離そうとするものの、あまり離れすぎると今度はシールドの範囲からはみ出てしまう。
彼女に気を遣いながらの作業という事もあり、私も全力が出せないでいた。
シールドに守られているとはいえ、足場の不安定な海中での作業を集中して長期間行うのは困難である。
ルッキーニ少尉たちはこちらにハンドサインを送ると次々と海面へと上がっていった。
しかし、そんな周りの様子に構わずペリーヌさんは一心不乱に鎖を引っ張り続けている。
「あの、ペリーヌさん……そろそろ…………」
「いえ、もう少し…………もう少しで……」
真剣な表情で鎖を引っ張り続けるペリーヌさん。
私の言葉も耳に入っていない様子である。
「こうなったら…………」
そう呟くとペリーヌさんは額に指を当て集中し始める。
…………まさか。
この塩水の中で電撃を放つつもりであろうか。
止めるべく動こうとしたが、一瞬の差で間に合わなかった。
「トネール!」
私が止める間もなくペリーヌさんの全身より電撃が放たれる。
目を硬く閉じて訪れる衝撃に備えたが、しかし私が覚悟していた衝撃は訪れなかった。
恐る恐る目を開いた私の視界に、こちらを心配そうに見るペリーヌさんの姿が飛び込んでくる。
「どうされたんですの?」
「あ、いえ……」
ペリーヌさんの言葉に曖昧に答える。
どうやら無事だったようだ。
……どういう原理かは分からないが。
「それより、私、もう限界です……」
そう言っていきなりふらりと倒れ込んでくるペリーヌさん。
慣れない海中の作業で消耗した上に電撃を使用したのだから無理もない。
しかし、ペリーヌさんが力を抜くという事は当然――――
(…………ぐっ)
今までシールドによって防がれていた猛烈な水圧が私の全身を押しつぶそうとするかのように一気に襲い掛かってくる。
私はともかく、このようなところにペリーヌさんを一瞬たりとも置いてはおけない。
箱は気になるが、とりあえず彼女を安全な場所に運ぶことが先決だ。
私は何とか彼女を背中に背負いあげると、水圧に逆らうように海上に向けて泳ぎだした。
そして十数分の後。
「兄ちゃん隊員、良くやってくれた!」
「ありがたき幸せ」
ルッキーニ「隊長」たちの助けを得て近くの浜辺にペリーヌさんを運ぶと、私たちはそのまま引き返して箱を引き上げることに成功していた。
どうやらあの電撃で鎖は見事に引きちぎれていたようで、運ぶのにはそれほど困難はなかった。
むしろ持ち上げた時のあまりの軽さに拍子抜けしたほどである。
隊長の褒め言葉に、いささか大仰に敬礼をして答える。
「早速開けてみよーよ!」
ルッキーニ少尉はそう言うが早いか鍵穴に針金を差し込んであれこれといじり始めた。
「る、ルッキーニちゃん……開けられるの?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。このルッキーニ隊長にお任せあれ」
心配そうなビショップ曹長に、そう言って胸を張る少尉。
その自信は根拠のないものではなかった証拠に、物の数秒で箱の鍵が外れる音がした。
「ふえぇ……ルッキーニちゃんすごい…………」
「ふふん。もっと褒めていいよ」
「…………ん」
その音が合図になったかのように。ペリーヌさんも目を覚ました。
「あ、ペリーヌさん!気づかれましたか?」
「ここは……?」
「浜辺です。海中で力を使い果たしたところを、圭助さんが運んでくれたんです」
宮藤さんの言葉に、ペリーヌさんはこちらを向く。
「そ、それは…………どうも……ありがとうございました」
「いえ、御無事で何よりです」
「それで……その、お宝は…………?」
私が黙って背後に視線を送る。
視線の先では、ルッキーニ少尉がワクワクを抑えきれないといった様子で箱の蓋を開けようとしている。
それを見るや否や、ペリーヌさんは立ち上がると少尉の方へとものすごい勢いで歩いて行った。
「……ペ、ペリーヌさん、そんなにお宝が欲しかったんでしょうか?」
「…………」
宮藤さんの不思議そうな問いかけに、私も首をかしげることしかできない。
「何をしていますの?フランチェスカ・ルッキーニ少尉?」
「ふえっ!?」
「そのお宝の使い道は決まっていますの」
いつもと違う様子のペリーヌさんの様子に、ルッキーニ少尉は青い顔で慌てて箱の前からどく。
「何か今日のペリーヌ、おっかないよ……」
「そ、そうですね」
身を寄せ合って震えるルッキーニ少尉とビショップ曹長。
本当にどうしてしまったのだろうか。
クロステルマン家の令嬢という立場にあり、お宝などと言う与太話にこんなに夢中になる方ではないと思っていたのだが…………
しかも、「使い道が決まっている」というからには自分のものにしたいわけではないのだろう。
やはりひょっとして……あの橋の再建資金にしようと考えておられるのだろうか。
ならばペリーヌさんがあれほど夢中になるのもわからなくはない。
「開けますわよ」
「は、はい…………」
ペリーヌさんの手によって、箱の蓋がゆっくりとあけられていく。
ごくり。
思わず大きく唾を飲み込んだのは私だったか、隣の宮藤さんだったか。
「…………え?」
箱の中身を見た時のそれが私の第一声であった。
「……また箱が出てきた」
ルッキーニ少尉がつぶやく。
そう、箱の中にはその内側にぴったり収まるような一回り小さい箱が入っていたのだった。
「どういう事でしょうか?」
「私には何とも……」
宮藤さんが尋ねてくるが、私にも何が何だかわからない。
「ま、まぁ……それほど厳重に保管されているという事は、やはり価値のあるお宝なのですわ」
「そ、そうでしょうか……?」
ペリーヌさんの言葉に、ビショップ曹長が首をかしげる。
しかし、ここまで来て次の箱を開けないという選択肢はないのも事実。
ゆっくりと中から箱を取り出し、ペリーヌさんはルッキーニ少尉に向き直る。
「ではルッキーニ隊長、お願いしますわ」
「えー」
「お・ね・が・い・し・ま・す・わ!」
「は、はいっ!」
ペリーヌさんの迫力にルッキーニ少尉は慌てて鍵穴に取りつく。
そんな二人を見て、私は隣の宮藤さんと顔を見合わせるしかできなかった。
そんなことを繰り返すこと数十分。
「一体いくつあるの……」
「開けても開けても箱だよ~~」
ビショップ曹長とルッキーニ少尉が疲れ果てたようにへたり込む。
あれから箱を開けるたびに一回り小さな箱が現れる、という事を繰り返し砂浜には打ち捨てられた箱の群れが転がることとなったのであった。
「お黙りなさいな!きっとこれが最後ですわ」
「それさっきも言ったじゃんー」
そう言ってペリーヌさんの掌の上の箱に視線を落とす。
海から引き揚げた時は両手で抱えても余るほどだった箱も、今では彼女の掌に乗るほどになっている。
確かに、ここまで小さいと構造上この中にさらに箱を入れる事は不可能だ。
ペリーヌさんの言葉にも根拠がないわけではない。
「では、開けますわよ」
ペリーヌさんが今日何回目かの手つきで箱をゆっくりと開けていく。
その中身は――――
「空っぽ?」
「だーまーさーれーたー!」
宮藤さんの失望したような声に、ルッキーニ少尉が砂浜にごろりと寝転ぶ。
ペリーヌさんの手の上にある箱には確かに、さらに小さな箱は入っていなかった。
…………と言うか何も入っていなかった。
何も言わないが宮藤さんもビショップ曹長も失望したような表情をしている。
私もおそらく同じような表情だっただろう。
ここまで期待させられてくたびれ儲けでは致し方ないというものだが。
「そ、んな……宝がないだなんて…………それでは、子供たちは……」
ペリーヌさんはそう呟くと、涙をこぼし始める。
子供たちのため、か。
やはりペリーヌさんはこの宝を橋の再建費用にすることを考えておられたのだろう。
「ど、どうしちゃったんですかペリーヌさん?」
戸惑ったように宮藤さんが聞いてくる。
ペリーヌさんの事情を知っている私としては話してよいものか一瞬ためらったが、その躊躇いを解いてくださったのはペリーヌさん自身であった。
「やはり、そんなに簡単にお金は手に入らないものなのですね…………」
そう前置きをすると、ペリーヌさんは話しはじめた。
復興現場の事、破壊された橋の事、その再建費用に頭を痛めていることなど。
彼女自身誰かに話して楽になりたいと考えていたのかもしれない。
話し終わった後のペリーヌさんは、意外なほどすっきりとした表情をしていた。
「そんなことが……」
「だからガリアから帰って来てから様子がおかしかったんですね」
「こうなったら、家宝のレイピアを手放してでも……」
そんな風に項垂れるペリーヌさんの姿は、私にある決心をさせた。
こうなったら無理やりにでも土方家よりの資金援助を受け入れていただこう。
ペリーヌさんの誇りを踏みにじることになろうとも、それで彼女に軽蔑されようとも。
そう思って口を開きかけた時であった。
「…………あれ?なんか音がする」
ルッキーニ少尉の言葉に、この場にいた人間が一斉に彼女の方を向く。
視線の先には、先ほどペリーヌさんが開けた最後の小さな箱を手にした少尉がいた。
「音?」
「うん。何も入ってないはずなのに。ほら」
そう言って小さな箱を振ってみる少尉。
確かにかすかではあるがカサカサと何かが入っているような音がする。
「…………あ!」
何事かを考えていた宮藤さんが、急に気付いたように声を上げた。
「何?」
「ルッキーニちゃん、その箱貸して」
「う、うん」
少尉から箱を受け取ると、宮藤さんは箱の側壁や底を丹念に調べ始める。
「やっぱり……」
そう呟いた宮藤さんは、箱の側壁を強く押した。
すると、側壁の一部が数センチほど横にずれるのが見える。
その箱には確かに見覚えがあった。
思わずつぶやく。
「秘密箱、ですか」
「はい…………私の家の近くに、こういうの作ってるお店があって、子供の頃よく触らせてもらってたんですよ」
「兄ちゃん、何それー」
「秘密箱、と言いまして……扶桑では贈答品などに良く使われる小さな工芸品の箱です。仕掛けがしてあって、普通に蓋を押しても飽かず、ああいう風に側壁や底の一部をずらしたりといった、ある一定の工程を経ないと開かないようになっているんです」
数工程で開くような簡単なものから、複雑なのは数百の工程を経たうえでないと開かないようなものもあるそうだ。
「なるほど……ガリアにも確かにそのような箱は存在しています。しかしこれほど精巧なものは……やはり扶桑製でしょうか」
「そうですね…………」
何故扶桑製の秘密箱がアドリア海の底に眠る箱の中から出現したのか。
その謎にも興味はあるが、おそらくそれを知る者は今の世には存在するまい。
「芳佳ちゃん。すごい…………」
「そうですね……開け方が分かっているとしか思えません」
一瞬の躊躇すらなく鮮やかに箱を開ける工程をこなしていく宮藤さんに、ビショップ曹長が感嘆の声を上げる。
やがて1分もたたないうちに宮藤さんは顔を上げた。
「開きました」
「すっごーい芳佳!」
「芳佳ちゃんすごい!」
「えへへ…………」
ルッキーニ少尉とビショップ曹長に褒められて、宮藤さんは照れたように笑みを浮かべている。
その手の上にある箱は、底板がスライドして箱の内側の底板との間に空間が出現していた。
「二重底だったわけですか」
「そのようですわね…………あ、何かありますわ」
幾重にも折りたたまれた紙を慎重に引っ張り出すペリーヌさん。
ゆっくりと開いていくと、何やら地図のようなものが姿を現す。
「もしかして……」
「宝の地図ですわ!」
期待に満ちたルッキーニ少尉の言葉に、ペリーヌさんが真剣な表情で答える。
…………どうやら、この冒険はまだ終わりそうになかった。
と言う所でここまでです。
話は変わりますがC87新刊、友人のスペースで委託してもらうことになりました。
3日目 東2 Q-53b、「永字八法」さんです。
よろしければどうぞ。
それでは。
また一週間後ぐらいに。
セルフage
すいません。
冬コミ原稿(と艦これ秋イベ)が佳境にかかって来てこちらが進められません。
今しばらくお待ちください。
すいません。
お待たせいたしました。
今から投下します。
地図に書かれた洞窟の入り口は程なくして見つかった。
「ここですか」
「…………なんも見えない」
位置口から中をのぞいたルッキーニ少尉が呟く。
その入り口は洞窟というより岩に開いた割れ目といったほうが適当な大きさで、一番小柄なルッキーニ少尉でも通れそうにない。
幸い、といっていいのか近くの潮溜まりより下をくぐって中に入っていけるようにはなっているようだ。
…………と言うよりこの地図を作った何者かが意図的にそうした観がある。
皆様の過ごしている基地も古代のウィッチの遺跡だという話であるし、ここもそう言った遺跡のひとつなのかも知れない。
「じゃ、行こう!」
「は」
ルッキーニ少尉の声に続き宮藤さん、ビショップ曹長、ペリーヌさん、私の順で潮溜まりに飛び込む。
思った通り潮溜まりの底が洞窟の内部に向かって伸びており、そのまま洞窟の中に入ることができた。
洞窟の中は思ったより広かったが、潮溜まりより上がった我々の目を何よりも一番に引きつけたのは、虚空に浮かぶ星のごとくに薄青色に所々発光する洞窟の内壁であった。
「これは…………」
「綺麗……」
宮藤さんが感嘆したように呟く。
確かに、岩の隙間から入り込んでくる日光の他は光るものとてない洞窟の中、壁が所々薄青色にぼんやりと光っている光景はまさに星空がこの地上に現れたようでどこか幻想的である。
「どうやら隙間から入った日光が岩に含まれる水晶などに当たっているのでしょう」
ペリーヌさんの言葉に頷く。
お宝云々はともかく、この光景を見ることができただけでもわざわざ来た甲斐があったといえるかもしれない
「ねーねー分かれ道だよっ」
いつの間にか先に進んでいたルッキーニさんの言葉に、私たちは振り返る。
ルッキーニ少佐の下へと急ぐと、確かに奥へ向かう道が綺麗に二つに分かれていた。
「どっちに行けばいいのかな」
「んー…………少しお待ちくださいまし。」
そう言いながら地図とにらめっこを始めるペリーヌさん。
後ろから少し覗き込んでみたところ、その地図には文字らしきものも書いてあったが、私には皆目読めないものであった。
どうもガリア語やロマーニャ語ではなさそうだ。
「ガリア語ではないのですか?」
「はい……これはもっと昔の…………ラテン語でしょうか?」
「ら、ラテン語ですか」
ペリーヌさんの返答に驚く。
確かこの欧州で古代に使われていた言葉で、今のガリア語、カールスラント語、ロマーニャ語のもととなった言葉だ。
という事はこの地図自体も相当に古いものだということになる。
「ペリーヌさん、ラテン語読めるんですか?」
「あ、当り前ですわ」
「すごいです!さすがペリーヌさんですね」
「こ、こんなもの……貴族として当然の嗜みですわ」
そう答えるペリーヌさんではあるが、それでも口元は微妙に緩んでいた。
しばらくそうやって地図と格闘していたペリーヌさんであったが、やがて顔を上げるとひとつの入り口を指し示す。
「分かりましたわ!こちらに進めばお宝の間にたどり着くと書いてあります」
「ほ、本当ですか?」
「間違いありません。この私を疑うんですの?」
「そ、そういう訳じゃないですけど…………」
あまりにはっきりと断言したペリーヌさんにやや不安を感じたのであろうビショップ曹長が確かめるように問いかけるが、ペリーヌさんの自信満々ぶりに気圧されたように黙る。
「それじゃいっくよー!」
ルッキーニさんの言葉に、私たちは再び前進を開始したのであった。
「ねーまーだー?」
「お待ちなさい!もうすぐ、もうすぐですわ!」
「それさっきも聞いたよー」
それからどれくらい経ったであろうか。
30分と言われても2時間と言われても納得してしまう気がする。
海に来るという事で時計を携帯してこなかったことが悔やまれた。
あれから、幾つかの分かれ道をペリーヌさんに従って通過して来ているが、一向にそれらしき場所に出る様子はない。
外では我々がいなくなったことに気付いて大騒ぎになっているかもしれない。
洞窟に入る前に坂本少佐かミーナ中佐に一言伝えておくべきではなかったか。
最初は元気に先頭を歩いていたルッキーニ少尉も、変わり映えのしない景色に次第に飽きたのか我々の後ろを疲れたように歩いている。
「つかれたー兄ちゃんーおんぶしてー」
「は」
ルッキーニ少尉の言葉に私は彼女の前にしゃがみ込んで背中を向ける。
「ありがとっ」
嬉しそうに背中に飛び乗ってくる少尉を背中へ背負うと、私は立ち上がる。
ふと自分に注がれる視線に気づいて視線を上げると、宮藤さんが怒ったような、困ったような微妙な表情でこちらを睨んでいるのが見えた。
「…………」
「み、宮藤さん?」
「……別に、どうでもいいですけど」
私の言葉にそれだけ答えると、彼女は背を向けて先頭を歩いているペリーヌさんの方へと小走りで駆けて行く。
ビショップ曹長もまた一瞬こちらを振り返ったが、こちらは怒っているのがはっきりと分かる一瞥をくれた後そのまま宮藤さんの後を追って駆けて行った。
「お二人とも……どうしたんでしょうか」
「ま、兄ちゃんは分かんなくていいよ」
「……少尉はお判りなのですか?」
「さーねぇ。どうだろ。にひひ」
そう言うルッキーニ少尉の表情はにやにやと笑っている。
私が釈然としない想いを抱えたまま、前方のペリーヌさんたちに追いつくべく歩調を速めた、その時であった。
(うひゃひゃひゃははははーーーー!)
突然静寂を劈いて聞こえてくる何者かの声。
「え?な、なになになに?今の」
背中でルッキーニ少尉も慌てているようで、私の体に回された両腕に力がこもるのが分かる。
私はと言えば突然の声に驚きながらも、同時にその声に記憶層を刺激されてもいた。
(わっしょーーーーい!)
もう一度聞こえてくるその声。
やはり…………どこか聞き覚えが、というか……いやしかし、まさか…………
「……いちゃん!」
「は、はっ!」
「もう兄ちゃん!いきなり黙り込まないでよー!不安になるじゃんか」
「も、申し訳ありません」
しばらく考え込んでしまったようで、背中で怒ったような声を上げる少尉に謝る。
「とりあえずペリーヌさんたちと合流しましょう」
「うん」
私とルッキーニ少尉はそう言って頷き合うと、さらにスピードを上げて走り始めた。
「あ、けいふけはん!」
私が近づいて来たことに気づいた宮藤さんが声を上げるが、とっさに抱き着いて来たらしいビショップ曹長の胸に顔をうずめながらのため妙にくぐもった響きになっている。
その側で、ペリーヌさんもさすがに不安そうな表情を浮かべていた。
「圭助さん…………今のは」
「とりあえず落ち着きましょう」
ペリーヌさんにそう声をかけつつ、私はルッキーニ少尉を背中から降ろす。
「ルッキーニ少尉」
「うん」
「周りの気配など分かりませんか?」
「うーん…………わかんない」
ルッキーニ少尉が首をかしげる。
気配や違和感を感じ取ることに関しては、やはりこの中ではルッキーニ少尉に一番信頼が置ける。
その少尉が分からないというならいつぞやのように超小型のネウロイだとかそういうことではないのだろう……と信じたい。
まぁ、あのような珍妙な叫び声をあげるネウロイなど聞いたことがないが。
「どうします?引き返しますか」
「そうですわね…………」
いち早く落ち着きを取り戻したのはやはりというべきかペリーヌさんであった。
ペリーヌさんは少し考え込む様子を見せるがやがて視線を上げる。
「ここまで来たら行けるところまで行きましょう。引き返しても同じですわ」
「は」
ペリーヌさんの言葉に頷いて、宮藤さんたちのほうを振り返る。
不安そうな表情を向けてくる彼女に近づき、そっと頭に手を置いた。
「圭助さん……」
「大丈夫です。わが身に代えましても皆様方のことはお守りいたします」
「あ…………ありがとう……ございます」
宮藤さんの頭をゆっくりと撫でる。
少々照れるが、ここでウィッチの皆様方に怪我でもさせては申し訳が立たぬどころの騒ぎではない。
しかし宮藤さんもさすがに恥ずかしかったのか、顔を赤らめて視線をそらしている。
「おーい!こっちに何かあるよ」
そんな妙な空気を、ルッキーニ少尉の声が吹き払う。
声のしたほうに振り向くと、少尉が少し離れたところでこちらに手招きをしているのが見えた。
「ほら」
「扉…………ですわね」
ペリーヌさんのおっしゃるとおり、どう見ても自然にできたものではない巨大な扉が通路を塞いでいる。
どうやらお宝というのもまるっきり与太話ではないのかもしれない。
私はペリーヌさんたちに後ろに下がって頂くと扉の前に立った。
「皆様は少し下がってお待ちください。私が扉を開けます」
「しかし、それでは圭助さんが……」
「私が皆様をお守りすると申し上げたはずです」
「…………気をつけてくださいね、圭助さん」
私の言葉に、ペリーヌさんたちは黙って後ろへと下がる。
彼女たちが十分に離れたのを確認した後、私はドアに取り付いて力をこめた。
何らかの鍵がかかっている可能性も考慮したが、意外にもドアは軋んだ音を立てつつ少しずつ開いていく。
おそらく何百年もずっとそのままであったであろうかび臭い中の空気が、隙間よりもれ出てくる。
「開いていきますわね」
「私が中を確認します。皆様方は私が呼ぶまで入らないでください」
後ろの皆様方に声をかけると、私はゆっくりと部屋へと足を踏み入れた。
以上です。
また短くて申し訳ありません。
冬コミの方に何とか目途が付き、秋イベはE4に挑戦する前に終わった(白目)ので
年内に何とか9話を終わらせたいと思います。
それでは。
こんばんは。
仕事の関係でコミケ1日目に参加できませんでした。
明日の2日目からは参加します。
その前に、本年最後の話を投下しますね。
扉の中の部屋は、予想していたよりもかなり広かった。
天井は十数メートルはあろうかという高さであり、タイルやら切石やらがはめ込まれた床や天井はここが自然にできたものではないことを示している。
しかし、そんな部屋の中の様子より何より私の目をひきつけたのは――――
「甲冑……ですの?」
いつのまにか私の側に来ていたペリーヌさんが呟く。
西洋騎士が着る、フルプレートアーマーと呼ばれる甲冑が私たちの目の前に、玉座に腰掛けるような姿勢で鎮座していた。
しかも、その大きさが尋常でない。
腰掛けた状態でも数メートルの高さであり、もし立ち上がるようなことがあればこの部屋の天井に届くほどであろう。
「動いたりしないよね」
「ひぇっ!」
ルッキーニ少尉の言葉に、ビショップ曹長が怯えるように身を竦ませる。
しかし――――
海底に鎖でくくりつけられた宝箱。
そしてその中から出てきた扶桑製の秘密箱。
出てきた地図には古代語であるラテン語。
地図に従ってやってきた部屋には巨大な甲冑。
まるで冒険小説のように「舞台」が整いすぎている。
そう疑いたくなるのもわからなくもない。
「とりあえずこの部屋を捜索してみましょう」
「わーいっ!おたからー!」
ルッキーニ少尉は待ちきれないとばかりに部屋の中を調べ始めた。
私はペリーヌさんとともに警戒しつつ甲冑へと近づいていく。
黒光りするその甲冑は、不気味な存在感を放っており、先ほどの少尉の言葉が嫌でも思い出されてくる。
「やはりこの甲冑、宝を守る門番のような存在なのでしょうか?」
「そうかもしれません。で、あればこの甲冑の近くを調べれば……」
ゴォン!
ペリーヌさんの言葉を遮るように、轟音とともに地面が大きく揺れだした。
「え?な、何?どうしたの?」
「うわわわわっ!」
宮藤さんたちの慌てたような声が聞こえて振り返ると、先ほどまで見た甲冑がゆっくりとその体を起こしてくるのが見えた。
まさかここまで冒険小説のお約束を忠実に守ってくるとは。
この洞窟を作った者はなかなかたいした外連味の持ち主だったようだ。
「うそ…………」
隣でペリーヌさんが言葉を失って絶句している。
……いけない。
落ち着いて観察している場合ではないかった。
立ち上がった甲冑は一番近くにいた我々を敵と認識したようで、緩慢な動きでこちらに振り返ると私の身長の何倍もある巨大な剣を振り上げた。
「失礼いたします!」
「きゃっ!」
私はペリーヌさんを横抱きに抱えあげると、全身のバネをフルに使用して横っ飛びに飛び退る。
先ほどまで私たちがいた位置に剣が振り下ろされ、轟音と共に細かい石の破片が飛び散った。
「……大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます」
私に抱きかかえられながら、ペリーヌさんは何とか答える。
そんな彼女をゆっくりと床に下すと、私は改めて動き出した甲冑を見上げた。
予想した通り、立ち上がった甲冑は数十メートルは有ろうかというこの部屋の天井ぎりぎりまで身長が来ている。
そんな巨体から繰り出される剣の一撃は、もしかすりでもすればそれだけでも無事では済むまいと思わせるほどの勢いがあった。
その巨体から想像できる通りその動きは緩慢ではあったが、それでもいつまでもかわし続けられるわけではない。
私はともかく、ペリーヌさんだけでも逃がさねば。
「ペリーヌさん、私が注意をそらしますのでその間にお逃げくだ」
「馬鹿をおっしゃい!」
しかし、ペリーヌさんから返ってきたのは叱責の声であった。
その声の鋭さに、思わず今の状況を忘れて直立不動になってしまう。
「貴方をここに残して逃げるような卑怯者になれと?そのようなこと、ガリア貴族の誇りが許しません!」
「し、しかし……」
「しかしも案山子もありませんわ!」
そういうと私の腕から降り、ペリーヌさんはわたしの側に立つと甲冑へと相対した。
再び剣を大きく振りかぶる甲冑であったが、ペリーヌさんも今度ばかりはその攻撃を余裕を持ってかわし続ける。
そんなペリーヌさんを手ごわい敵と認識したのか、甲冑は私のほうには見向きもせずにペリーヌさんに攻撃を続けていた。
その攻撃をひたすらかわし続けるペリーヌさんであったが、そんな大きな動きをいつまでも続けられるはずもなく、次第にペリーヌさんの動きが鈍くなってくる。
「このままではジリ貧ですわ……何か武器があれば…………」
「ペリーヌ!」
肩で息をしているペリーヌさんの呟きに答えるように横合いから何かが高速で飛来した。
「はっ!」
ペリーヌさんは空中でそれを掴み取る。
彼女の手に収まったそれは、ガリアでは一般的に使われる細身剣、レイピアであった。
「いっけー!」
声のするほうを振り返ると、ルッキーニ少尉が小さな丸い楯を持って手を振っている。
どうやらあの壁に楯と一緒に飾ってあったようだ。
レイピアを顔の前で構えたペリーヌさんが甲冑に再び相対する。
やがて甲冑が今までと同じような緩慢な動きで剣を振りかぶった瞬間、ペリーヌさんが大きく跳躍した。
「トネール!」
鎧の隙間に剣を差し込んだ後、ペリーヌさんは電撃を放つ。
甲冑の動きが一瞬停止したかと思うと、やがて大きな音を立てて崩れ落ちた。
「やったー!」
「すごいですペリーヌさん!」
ルッキーニ少尉たちがペリーヌさんに駆け寄っていくのを確認し、私は大きく息をつく。
結局、守るなどと大層なことを言ったわりに何の役にも立てなかったのが残念だが、ペリーヌさんに怪我がなくて何よりであった。
「土方?」
不意に背後から名前を呼ばれる。
振り返るとバルクホルン大尉となぜかミーナ中佐を背負ったエーリカさん、そしてシャーリーさんの3人がこちらに歩いてくるのが見えた。
「これはどういうことだ?」
バルクホルン大尉が厳しい表情で聞いてくる。
こうなっては言い逃れはできまい。
私は海底で箱を見つけたところから今までの経緯を説明することになった。
「……なるほどな」
「海賊のお宝ねぇ。なんともロマンチックな話だな」
お互いに持つ情報を交換した後、バルクホルン大尉が頷く。
シャーリーさんはいつものとおりどこか茶化すような口調だが、わざわざここまで来たというのはルッキーニ少尉が心配なのだろう。
その後に大尉より聞かされた話も私にとっては驚くべきものであった。
ワインを頭からかぶった後、謎の叫び声を挙げて走り去ったという坂本少佐。
どうやら我々を驚かせたあの叫び声の正体は少佐の声であったようだ。
道理で聞き覚えがあったわけだ。
少佐には悪いが巻き込まれなくてよかった、と思ってしまう。
「それで、ミーナ中佐はなぜそのようなことに?」
「そ、それはだな…………」
つづいて先ほどから気になっていたことを尋ねてみるが、大尉はなぜか顔を赤くして口を濁す。
その態度に、これ以上追求できないものを感じた私は素直に引き下がることとした。
「とりあえずどうしよっか?重いし、早く帰りたいんだけど」
「…………ペリーヌたちと少佐を探さねばならんだろうな」
「は」
少佐がいまだに行方不明というのは気になるものの、ここで焦ってまたバラバラになるのは得策ではあるまい。
一刻も早く帰りたそうなエーリカさんに促されるように、私たちはとりあえずペリーヌさんたちを探し始めた。
そして数分後。
甲冑が座っていた玉座の台座部分に、人が一人通れるくらいの小さな扉があるのを見つけた。
扉がすでに開いているところを見るとペリーヌさんたちはすでに中に入ったと思われる。
私たちはお互いにうなずきを交わすと、小さな扉をくぐった。
扉の先は、まるで庭園のようになっていた。
階段状になった石の囲いの周りを水が流れ、まるで花壇のようにいろいろな植物が生えているのが見える。
「ローズマリー……クミン……ジンジャー……胡椒」
ふと、目の前からペリーヌさんの呟きが聞こえてきた。
目の前にある植物の名前だろうか。
「香辛料か」
「なるほど…………確かにお宝だわな。数百年前なら」
シャーリーさんが肩をすくめる。
大航海時代と呼ばれた時代には、確かに胡椒一粒が黄金一粒に例えられるほどに貴重品であった。
しかし今はそれから数百年後。
世界の物流は大きく進歩し、もはや香辛料に希少価値など皆無である。
「そんな……せっかく橋をかけるための資金が手に入ると思いましたのに」
膝から崩れ落ち、涙を流すペリーヌさんにシャーリーさんですら声をかけかねて顔を見合わせている、その時であった。
がさがさっ!
「わっしょーーーい!」
目の前の花壇が音を立てたかと思うと、茂みの中から人影が飛び出してきた。
「しょ、少佐?」
今まで涙を流していたペリーヌさんもさすがにこの突然の登場に戸惑ったような表情を向けている。
「どうした、ペリーヌ」
「あ、その、少佐……せっかく、橋をかけるための資金が手に入るはずでしたのに…………」
ペリーヌさんの訴えを、少佐は聞いているのかいないのか、頷きながら聞いていた。
「ペリーヌよ。橋などはいつだって直せる。貴様のそのガリアを思う心こそが何よりも大事なのだ」
「少佐…………」
少佐の言葉に目に涙を浮かべて感動しているペリーヌさん。
しかし、おそらく少佐はペリーヌさんの事情を分かっておられない。
私には酒に酔った勢いで思いついたことを言っているだけにしか聞こえなかった。
「少佐、私は……」
「…………ぐう」
「え?しょ、少佐?何を?」
そして案の定、そのままペリーヌさんにもたれかかるようにして眠り込んでしまった。
エーリカさんたちがやって来て困ったような視線を向けてくる。
「……どーすんのさこれ」
「土方、とりあえず少佐を運べ」
「…………は」
バルクホルン大尉の言葉に対する返答に少しタイムラグがあったのは仕方のないところであろう。
これは事故だ、変な気持を持つな、そう自分に言い聞かせつつ私は眠り込んだ少佐を背中へと担ぎ上げる。
背中に当たる感触からできるだけ意識をそらそうと視線を挙げると、不意にシャーリーさんと視線がぶつかった。
しかしシャーリーさんの表情はどこか不機嫌そうなもので、普段の明るい表情とのギャップに戸惑った私は思わず数秒間凝視してしまう。
「…………何だよ」
私の視線に気づいたシャーリーさんの声もまた、いつもの彼女とは違った低気圧をはらんだものであった。
「い、いえ……」
「…………」
彼女の絶対零度を思わせる声に、思わず視線をそらす私に一瞥すらくれることなく、シャーリーさんは無言で私に背を向けて歩き出した。
「どうした?さっさと帰るぞ土方」
「は」
聞こえてきたバルクホルン大尉の声に我に返る
シャーリーさんの態度に違和感を覚えないではなかったが、今は少佐の体のほうが大事である。
私は少佐をもう一度背負いなおすと、大尉の後を追いかけて歩き出した。
さて、時間は数日を過ぎる。
バルクホルン大尉が分かれ道ごとに目印を残しておいてくれたおかげで、行きの苦労が嘘のようにわれわれは洞窟の入り口にたどり着くことができた。
「結局、この洞窟ってなんだったのかな」
「かすかだが、魔力の痕跡がある。それにあのようか巨大な甲冑を動かすような仕掛け、魔力でもなければ不可能だ」
「では、古代のウィッチたちの遺跡だと?」
「そう考えるのが自然だろうな」
入り口までの道のりで、バルクホルン大尉やエーリカさんと交わしたそんな会話を思い出す。
我々が過ごすこの基地もウィッチの作った遺跡であるらしいし、そこで暮らしていた方々が作ったということだろうか。
自室にて、そんなことを考えている私の耳に不意にドアがノックされる音が聞こえてきた。
「はい」
「圭助さんですか?ペリーヌです」
ドアの向こうから聞こえてきた意外な声に、私は慌ててドアをあける。
「はい」
「圭助さん!橋が!橋が!」
「うわっ!」
ドアを開けると同時に小さな人影が私の胸めがけて飛びついてきた。
それがペリーヌさんであることに気づいたのは数秒の後である。
「ペ、ペリーヌさん?」
「圭助さん!この写真!見てくださいまし!」
目の前に写真が突きつけられる。
そこには、木材によって応急修理のなった橋の上で笑顔を浮かべている子供たちの姿であった。
「橋…………修復されたのですね!」
「はい!今朝私の元に手紙が届きましたの!」
「良かったですね」
「はい!これであの子達も学校に通え…………あっ」
そこまで行ったところで、やっとペリーヌさんは私に抱きついたままの今の自分の格好に気づいたようだ。
慌てたように後ろに飛び退り、私から距離をとる。
「す、すいません……あまりに嬉しくてつい…………」
「い、いえ……」
お互いの間に気まずい沈黙が落ちる。
結局、我々がその状態を抜け出すのには数分の時間を必要としたのであった。
以上です。
何とか9話が終わりました。
次はあの方が出てくる第10話、「500Overs」です。
それでは。
皆様、明けましておめでとうございます。
昨年は投下速度が目に見えて遅くなってしまい申し訳ありません。
今年もなんとか頑張りますのでよろしくお願い申し上げます。
まだやってたんかこれ……
初めて読んだけど、これ3年目なのか? すげぇ。次は俺の好きなマルセイユ回だから楽しみにしてます。
こんばんは。
皆様レスありがとうございます。
>>346
すいません。
更新速度がかなり遅くなってますが何とか続いてます。
>>347
ありがとうございます。
そのご期待に応えられるか分かりませんががんばります。
午前5時。
南欧のアドリア海とはいえ、この時間はまだ肌寒く、夏服では肌寒く感じる。
そのアドリア海に向け一人佇むのは、わが上官である坂本美緒少佐。
近寄ることすらはばかられるほどの集中力で、魔力を高め始める少佐の手には烈風丸が握られている。
やがて魔力を剣先に集中させた後、少佐は裂帛の気合とともに振り下ろした。
「烈風斬!!」
その掛け声とともに剣先より放たれた魔力が海を大きく割りながら直進していく。
魔力の衰えをまるで感じさせないその一撃に感嘆しかけたそのときであった。
「ぐっ……」
「坂本さん!」
小さな呻き声とともに少佐がひざから崩れ落ちるのが見える。
私は慌てて駆け寄り、少佐を抱き起こした。
「大丈夫ですか?」
「ああ…………やはり……避けられんか」
「もうお止めください!これ以上貴女がボロボロになっていくのを見ていられません!」
「気遣い感謝する。しかし、私はまだ飛びたいのだ」
「坂本さん……」
少佐は私の手を振り払うようにして立ち上がると、そのまま私に背を向けて立ち去っていく。
そんな少佐の後姿を、私は黙って見送るしかできなかった。
「圭助さん、終わりましたか?」
「はい」
南欧のさわやかな風に、シーツが翻る。
私と宮藤さんは現在、物干し場にて皆様の洗濯物を干していた。
シーツなど体力を必要とするものは私が、ズボンや下着など男が触れるのは問題があるものは宮藤さんが、と役割分担をして次々と干していく。
しかし私は作業をしながらも、朝に見た坂本少佐の表情が頭から消えずにいた。
いかに烈風丸を用いようとも、年齢による魔力の衰えは隠せない。
それでも一線にとどまり続けようとする坂本少佐のお姿に、ミーナ中佐や北郷中佐のおっしゃった懸念がにわかに現実味を帯びてくる。
特に最近は憂鬱な表情をすることが多くなったような気がするのが心配だ。
私ごときが心配したところでどうにもならないのは確かだが、それでも坂本少佐にはあのいつものような豪快な笑みを浮かべていてほしい。
「あの、圭助さん……どうかしましたか?」
「え?」
「何だか考え事してるみたいでしたから」
どうやら、宮藤さんにも分かるほどに顔に出ていたようである。
本来ウィッチの方々のサポートをするべき私がウィッチである宮藤さんに気を遣われるとは、何とも情けない話だ。
私は頬をひとつ叩いて気分を切り替えると、宮藤さんに感謝の言葉を返す。
しかし私の返事も待たずに宮藤さんは籠からシーツを取り出して手際よく干し始めた。
その手際は私などよりはるかに鮮やかで、私は感嘆の思いとともにそれを眺める。
そんな私の視線に気づいた宮藤さんが、どこか居心地悪そうにこちらに視線を向けてきた。
「あ、あの……どうしましたか?」
「いえ、見事なものだな、と」
「そんな…………ちっちゃい頃からずっとやってきて慣れてるだけですよ。それに、圭助さんだって男の方にしては……」
「ありがとうございます。それにしても…………宮藤さんのご主人になられる男性は幸せでしょうね」
「ふぇっ!?」
つい口をついて出た私の言葉に、宮藤さんは顔を赤くしてうろたえ始める。
「そ、そ、そそそんな……わ、私、まだ15歳だし、け、結婚なんて、その…………」
「15歳でそのお手際はお見事ですよ」
「…………」
急に黙ってしまった宮藤さんに不安になる。
……少々からかいすぎただろうか。
私は普段こういう会話をし慣れていないだけに程のよい加減というものが分からない。
やはり慣れないことはするべきではなかったか。
私は宮藤さんに謝罪すべく口を開こうとしたその時。
「圭助さん!」
「は、はっ!」
「あの、わ、私!がんばります!お洗濯もお料理ももっとがんばります!」
「は、はい……?」
「だ、だから……き、期待しててくださいね!きっと圭助さんが満足するようなお嫁さんになってみせますっ!」
「はぁ…………」
妙な話の展開にいささか戸惑いながら返答する。
期待してくれ、と言われても…………
「だ、だから……その…………」
「ん?」
続いて宮藤さんが何かを言いかけたところで、私たちの上を大きな影が横切った。
思わず上空へと視線を移す。
「あれは…………」
「え、えっと……わ、私……………ほぇ?」
宮藤さんも私が空を見上げていることに気付き、一緒に空を見上げる。
雲一つない青空に一筋の雲を引きつつ、1機の輸送機が飛んでいるのが見えた。
「Ju-52……カールスラントの輸送機ですね」
「あ、本当だ…………この基地に降りるのかな」
そう言いながらも宮藤さんも不思議そうな表情だ。
「本日、補給の予定はなかったはずですが……」
私の言葉に、宮藤さんが何かに思い当たったように手を打った。
「…………あ、そう言えば」
「何か心当たりが?」
「ミーナさんが今日朝早くから、司令部の方に呼ばれてるって出かけていきましたから……帰ってきたのかも」
「ああ、なるほど……」
今日の朝、ミーナ中佐が坂本少佐に何やら愚痴っていたのを思い出す。
しかし……この大変な時に呼び出しとは、またぞろこちらに面倒事を押し付けようというのだろうか。
彼らの方にも事情があるのだろうが、最前線で戦っているウィッチの皆様方の活躍に直に触れる身としては、そんな軍首脳部たちに好意的な印象を抱くことは難しかった。
そんなことをぼんやりと考えながら、見るともなしに目の前を通り過ぎる輸送機を眺めていたその時であった。
「え?」
「なっ!?」
私と宮藤さんの驚きの声が重なる。
輸送機から小さな人影が飛び降りるのが見えたからである。
見間違いかと疑ったが確かに輸送機から地上に向けて落下する人影が見えた。
「ミーナさん……じゃないですよね」
「あの方があのようなことをするとは思えませんが…………とりあえず行ってみましょう。もしかしたら何かのトラブルかも知れません」
「そうですね」
私と宮藤さんは顔を見合わせて頷き合うと、人影の落下点と思われる場所に向けて駆け出した。
私の向かう先には、すでに二つの人影があった。
「あ、けーすけ」
「エーリカさんとバルクホルン大尉も来られたんですか」
「ああ。輸送機が帰ってきたのが窓から見えたのでな。おそらく司令部に上申してた作戦の認可が下りたんだろう」
「作戦?」
「ああ。詳しくはミーナが話してくれるさ…………っと、そんなことを話している場合ではないな」
徐々に大きくなる人影に向けて視線を向ける。
慌てている様子もないことから、何らかのトラブルではなく自らの意思で飛び降りたのだろう。
どうやら年恰好から見て女性の、それもウィッチであるようだ。
風に翻る小麦色の髪からミーナ中佐でないのははっきりと分かるが、私にはとんと見覚えのない方である。
「あ、あいつ…………アフリカにいたんじゃないのか?」
近くにいたバルクホルン大尉の呟きが聞こえる。
「大尉、ご存知で?」
「ああ。かつて私の部下だったことがある」
「うえぇ…………あいつかぁ」
苦虫を噛み潰したような表情の大尉と、はっきりとげんなりした顔になるエーリカさん。
そんな会話を交わしている間にも、我々の見ている前で人影の落下速度が急に緩やかになり、その女性はしっかりと二本の足で地上へと降り立った。
「はじめまして、子猫ちゃんたち。悪いけど、サインはしない主義なんだ」
そうやって気障にゴーグルをはずして見せる仕草も様になっている。
隣の宮藤さんも、そんな彼女に感嘆の声を上げつつ憧れるのような視線を向けていた。
「ハンナ・マルセイユ大尉!どうして貴様がここにいる……アフリカにいるんじゃないのか!」
「よう!久しぶりだなぁハルトマン!」
女性が降り立つのを待ちかねたように詰め寄っていくバルクホルン大尉。
だが女性――マルセイユ大尉と仰るのか――はそちらに一瞥すらくれることもなく、私の傍らに立っているエーリカさんに向けて近づいてくる。
旧友であるというお二人の再会の邪魔を邪魔しないよう、その場を離れようとする。
しかし、その私の服の裾が何者かに引っ張られた。
振り返るとエーリカさんが私の服の裾をつかみつつこっそりと謝るように手を合わせている。
(ごめん、ちょっと行かないで)
(……どうされたのですか?)
(いいからここにいて)
声を出さず、口の動きだけで会話を交わす。
言葉は短かったが、その態度に私はなぜか抗えないものを感じて行きかけた足を止めた。
その間に、マルセイユ大尉は我々のすぐ近くまで来て、私などには目もくれずエーリカさんの手をとる。
「久しぶりだなぁハルトマン。訓練校以来か?いや……そうだそうだJG58にいた頃以来だな」
「そーだっけ?」
「そうそう。懐かしいなあ……あの堅物の隊長…………なんて言ったっけ……」
「バ・ル・ク・ホ・ル・ン・だ!」
私とバルクホルン大尉など存在しないかのようにハルトマン中尉とのみ話を続けるマルセイユ大尉に、バルクホルン大尉が怒りの表情で割り込んできた。
お二人の槍とりをっとうされる思いで見ている私に、宮藤さんが声をかけてくる。
「あの人、バルクホルンさんのお友達なんでしょうか?」
「どうもそういう友好的な関係には見えないのですが…………」
視線の先でマルセイユ大尉と言い合いをするバルクホルン大尉。
お互い握手した体制のままでお互いをにらみつける二人に挟まれたエーリカさんが早くもうんざりしたような表情を浮かべている。
確かにマルセイユ大尉のあの話しぶりからして規律と規則を重んじるカールスラント人の典型のようなバルクホルン大尉とは相性が悪かったであろう事は容易に想像がついた。
「めんどくさいなぁ…………けーすけ、見てないで助けてよ」
「ん?」
エーリカさんがこちらに助けを求めるような視線を送ってくる。
視線の先にいる私に気づいたのか、マルセイユ大尉がこちらに興味を持ったように近づいてきた。
「こちらのお兄さんは何者だ?…………まさかハルトマンの男か?」
「いえ「そうだよ」ちょっ!何言ってんですか!」
「何、本当か?」
笑顔のままで特大の爆弾を投下したエーリカさんに思わず素で返してしまう。
マルセイユ大尉の方も肯定を返されるとは思っていなかったようで驚いている様子である。
私とマルセイユ大尉の視線を向けられたエーリカさんはしかし、平然と笑みすら浮かべて答えた。
「まぁ、嘘だけど」
「心臓に悪い嘘はやめてください………」
「私としては本当にしてもいいんだけどね」
エーリカさんの冗談に大きく息をつく。
全く。
この方は時々冗談にならない冗談を言うから困る。
私は大きくため息をつきながらマルセイユ大尉に向き直った。
「扶桑海軍所属、土方圭助兵曹であります。第501戦闘航空団の戦闘隊長、坂本美緒少佐の従兵を勤めさせていただいております」
「ふーん…………坂本の、ね」
「あの……」
マルセイユ大尉は私に近づいてくるとくっつきそうなほどに顔を寄せて私を品定めするかのごとく眺め始める。
「美人」以外に形容しようのない大尉の顔が突然目の前数センチに出現し、私はただなすがままになるしかなかった。
「はいはい。そこまで」
マルセイユ大尉のさらに背後から聞こえてきたミーナ中佐の声に、大尉はやっと顔を離してくださった。
「マルセイユ大尉、あんな無茶は二度としないで」
「はーい」
「もう……圭助くん、みんなをブリーフィングルームに集めてくれる?司令部より命令された作戦の説明をしたいから」
「は」
額を押さえながらのミーナ中佐の命を受け、私はその場から走りだした。
以上で今回の投下を終わります。
また投下速度はこんな感じになりますが、お付き合いください。
それでは。
セルフage
レスありがとうございます。
こんばんは。
寒い日が続きますね。
間が開いてしまいましたが続き投下します。
「あの人、本に載ってますよ」
ブリーフィングルームで、宮藤さんがそんなことを言いながら手に持った本を見せて下さった。
そこには先ほど見たマルセイユ大尉の写真と、彼女を紹介した記事が載っていた。
簡単に読み上げてみる。
「ハンナ・マルセイユ大尉。第31飛行隊『ストームウィッチーズ』所属。200機撃墜の大エース。天才的な空戦技術を持ち、特にその見越し射撃の正確さは人類最高峰と称される。
彼女の戦闘を見たとあるウィッチによると『ネウロイが勝手に彼女の射線に飛び込んでいくように見えた』とのこと」
「200機……すごーい」
「また、その輝くような美貌により、カールスラントのみならず全世界に彼女のファンが存在している。積極的に新聞などのメディアに出演することもあり、『アフリカの星』の二つ名で呼ばれている」
「アフリカの星……かっこいいなぁ…………サインしてほしいな」
そう上気した頬のまま言う宮藤さんは完全にマルセイユ大尉のファンになったようである。
「あいつ、サインはしないぜ」
そんな我々に横から声がかけられる。
振り返るとシャーリーさんとルッキーニ少尉が座っていらっしゃった。
「シャーリーさん……マルセイユ大尉をご存じなのですか?」
「私とルッキーニは一時アフリカにいてね」
「いたー」
「マルセイユさんって、どんな方だったんです?」
好奇心を抑えきれない、と言った様子の宮藤さんの問いかけにシャーリーさんは首を振ってみせる。
「噂はいろいろ聞いたけど、実際にどういう奴かはよく知らないんだ。同じ部隊だったわけでもないしな」
「聞いたー聞いたー」
「あいつのことなら、私よりカールスラントの連中の方が詳しいと思うぜ」
そう言ってシャーリーさんはバルクホルン大尉とエーリカさんの方へと視線を移す。
宮藤さんはその視線の先でどこか不機嫌そうな表情のバルクホルン大尉に問いかけた。
「そう言えば同じ部隊にいたって」
「ああ。奴と私、そしてハルトマンは一時期同じ中隊にいたことがある」
そう答えるバルクホルン大尉の表情はしかし、苦虫を噛み潰したように渋い。
「やっぱりバルクホルン大尉のお友達なんですね」
「友達なんかじゃない!あんなちゃらちゃらした奴…………」
宮藤さんの言葉に、バルクホルン大尉はこちらが驚くほどの勢いで否定の言葉を投げてきた。
ブリーフィングルーム内の空気がにわかに緊迫したものになる。
「はいはいみんな着席して。ではブリーフィングを始めます」
「…………っ」
入り口近くから聞こえてきたミーナ中佐の声。
その声にバルクホルン大尉は席へと戻るが、その視線は中佐の後について部屋に入ってきたマルセイユ大尉に注がれたままであった。
「新しい作戦が下令されました」
それがミーナ中佐の第一声である。
「かねてより上層部に作戦の申請を出していたのですが、それがこの度正式に認可されました」
「どんな作戦ですか?」
宮藤さんの問いかけに、坂本少佐が答える。
「マルタ島解放作戦だ」
「…………マルタ島ってどこでしたっけ」
宮藤さんが私に聞いてくる。
「ロマーニャとアフリカの間に浮かぶ小島です。現在確かネウロイの占領下にあったはずです」
「そうだ。首都のバレッタを含む半径数十キロの範囲にネウロイが巣を作っているのが確認されている」
「その巣を攻撃するんですか?」
「そうよ」
ビショップ曹長の言葉に、ミーナ中佐が頷く。
その後に続いて発言したのは坂本少佐であった。
「近く、ロマーニャ全土を解放するための一大作戦を発動する。今回の作戦はその露払いと言った格好だな。
マルタ島にいるネウロイの規模は小さいとはいえ、背後に敵の拠点を残したまヴェネツィア解放作戦に臨むのは些か以上に不安が残る」
なるほど。
ヴェネツィア解放作戦発動前に戦線の背後にあたるマルタ島の脅威を除いておくという訳か。
そんな坂本少佐の説明に真っ先に疑問の声を上げたのはエイラさんであった。
「でもさ、巣の中にどうやって入るんだ?空からは無理だろ?」
「うむ。そこで我々扶桑の誇る大型潜水艦の出番となる」
「潜水艦ですか?」
私の疑問の言葉に、少佐は一つ頷くと黒板に「伊401」と書き記す。
「扶桑海軍が秘密裏に開発を進めていた、艦内よりストライカーユニットが発進可能な潜水艦、『伊401』が先日こちらに届いた」
「せ、潜水艦からユニットがですか?」
「うむ」
驚いたようなペリーヌさんの言葉に、坂本少佐はどこか嬉しそうにうなずいた。
「基準排水量3530tのデカブツだ。航続距離は浮上状態なら37,500マイル。その気になれば地球一周も可能だ」
「さ、37,500マイル…………ですか」
ペリーヌさんが呆れたような表情になる。
3,500tと言えば水上艦艇にも匹敵する大きさだ。それならば確かにストライカーユニットを積むことも可能だろう。
相変わらず我らが扶桑の技術陣というのは妙なところで凝り性である。
「積めるユニットは2基だけだがな。選抜された2人のウィッチが伊401とともに海中よりマルタ島にある巣の内部に突入、コアを破壊する。これが作戦の概要だ」
「2人だけ……ってことは他のウィッチはどうするんですか?」
「主にヴェネツィア方面よりやってくるかもしれない増援のネウロイに対する備えだ。奴らに援軍や連携という概念があるかは疑問だが、備えておくに越したことはない」
「今回の作戦では私を含め、501所属の全ウィッチが出撃します。…………そして、ネウロイの巣に突入する2人のウィッチの1人として、第31航空隊よりハンナ・マルセイユ大尉に参加して頂きます」
「ま、よろしく」
ミーナ中佐の視線を受けたマルセイユ大尉が一歩前へと進み出る。
しかし、マルセイユ大尉の挨拶もそこそこに立ち上がった方がいた。
バルクホルン大尉である。
「どういう事だミーナ!作戦には私とハルトマンが参加するんじゃないのか?」
「上層部からの命令です。この作戦に参加するのはマルセイユ大尉とそして…………バルクホルン大尉、貴女です」
「バルクホルン、お前じゃ無理だな」
「何だと?」
マルセイユ大尉の返事に、室内の温度が数度ほど下がったような錯覚を覚える。
しかしそんな空気を意に介した様子すら見せず、マルセイユ大尉はバルクホルン大尉に挑発するような視線を向けて言った。
「言葉通りだ。お前じゃ私のパートナーは務まらない。私のパートナーを勤められるのは…………」
そこで言葉を切り、我関せずといった表情であらぬ方を見ていたエーリカさんへと視線を送る。
「…………へ?」
「どこを見ているマルセイユ!」
急に話を振られたエーリカさんが驚いているのを尻目に、バルクホルン大尉がマルセイユ大尉へと詰め寄っていった。
「マルセイユ……前から貴様の上官を上官とも思わん態度は腹に据えかねていたんだ」
「今は同じ大尉だろ」
「貴様…………っ!」
マルセイユ大尉の煽るような言葉に答えるように、さらに近づいていくバルクホルン大尉の頭から犬のような耳が生え、そして全身が淡く発光し始める。
迎え撃つ格好となったマルセイユ大尉も同じように頭から鷲の羽のようなものが生え、発光していた。
「屋内で魔力を使うなんて…………何を考えているんですのお二人とも!」
ペリーヌさんの言葉も空しく、そのまま近づいた二人はがっちりと手のひら同士を組み合わせ、力比べをはじめた。
「ぐぐぐ……」
「ぐっ…………」
驚くべきことにマルセイユ大尉はあのバルクホルン大尉に一歩も引くことなく互角に渡り合っている。
しかし、我々が落ち着いてお二人の力比べを見ることができたのはほんの数秒のことであった。
やがてお二人の力比べにより放出された魔力が床に大きなクレーターを穿ち、さらに周囲に溢れ出た魔力を撒き散らし始めたからである。
「きゃっ!」
「喧嘩ならあっちでやれ二人とも!」
魔力のない私にも分かるほどの魔力の奔流に、サーニャさんが思わず目を閉じる。
エイラさんが怒りの声を上げるが、お二人には届いていないようだ。
「け、圭助さん……」
隣で宮藤さんが救いを求めるような視線を送ってくるが、魔力を持たぬ私にお二人を止めるすべは思いつかなかった。
周りの声も耳に入っていない様子で、お二人はさらに力をこめる。
床に穿たれたクレーターがさらに大きくなった。
…………さすがにこれは放置しておけないな。
私ごときの力でお二人を止められるとは思えないが、このまま座視していることもできない。
そう思って私が腰を浮かしかけたときであった。
「やめてよ二人とも!」
不意に割り込んできた声に、二人が力を緩める。
声の主であるエーリカさんはどこかあきらめたような表情でお二人に告げた。
「もう…………私がマルセイユと組むよ。それでいいでしょ」
「ハルトマン!」
「OK……よろしく頼む」
してやったり、といった表情のマルセイユ大尉にバルクホルン大尉が食って掛かるが、マルセイユ大尉は意に介さずあしらっている。
「はぁ……全く貴女たちは…………」
ミーナ中佐が再び大きくため息をつく。
かくして、不穏な空気をはらんだまま、マルタ島解放作戦は決定されたのである。
こんな感じで以上です。
劇場版2話見てきました。
やっぱりBD化する時はあのお風呂シーンの湯気が消えるんだろうな、と思いました(小並感)
セルフage
ここ数日寒い日が続きますね。
皆様もおお体にはお気をつけて。
すいません。
1~2日中には必ず。
何もかんも艦これの冬イベが悪いんや(責任転嫁)
こんにちは
お待たせして申し訳ありません。
今から投下します。
空でのウィッチの戦いは、しばしば舞踏に例えられると聞く。
大空を目見目麗しい少女たちがストライカーユニットを駆って縦横無尽に駆け回るその姿に、ある種の美を感じるというのは理解できる。
そして今、我々の目の前で展開されている訓練も、その名にふさわしいものであるといえた。
目の前の空で「舞って」いるのは二人のウィッチ。
501戦闘航空団所属のエーリカ・ハルトマン中尉に第31飛行隊所属のハンナ・マルセイユ大尉である。
エーリカさんの技量は今更疑問をはさむ余地のないものであり、またそのエーリカさんと肩を並べて一歩も引けを取らないマルセイユ大尉も「アフリカの星」の二つ名が決して虚名でないことを実感させてくれた。
思わず感嘆の声が漏れる。
「さすがですね」
「うむ…………まぁ、初めて組んだにしてはよく連携が取れているな」
しかし、そう答える坂本少佐の声はどこか明快さを欠くものであった。
振り返ると、バルクホルン大尉、ミーナ中佐もすっきりしないような表情を浮かべている。
「何かご懸念が?」
「いや…………時に土方、貴様は今回の作戦についてどう思う?」
「……どう、と申されますと?」
質問に質問で返した私の失礼を咎めるでもなく坂本少佐は少し考えた後、言葉を続けた。
「ヴェネツィア解放作戦の前段階としてマルタ島を解放する。そこまではいい。だが、なぜマルセイユなのだ?」
「それは……」
「ハルトマンを参加させるのは分かる。全世界を見ても奴を上回るウィッチはいまい。しかしそのパートナーがなぜバルクホルンでなくマルセイユなのだ?…………そうは思わんか?」
…………確かにエーリカさんのパートナーとしてはマルセイユ大尉よりバルクホルン大尉のほうがふさわしいと私などでも考える。
ならばなぜこのような編成になったのか。
考え込んだ私に対し、回答をくださったのはミーナ中佐であった。
「元々、私たちが具申した作戦案ではフラウとトゥルーデが参加することになっていたの」
「しかし、上層部からの横車で今の形になった、と聞く」
「そうなんですか…………」
バルクホルン大尉の言葉に驚く。
その言葉を発する大尉の表情は苦虫を噛み潰したように険しい。
「……こういう話を私がするのもどうかと思うけど」
そう前置きをしてミーナ中佐が話してくださった話の内容は驚くべきものであった。
どうも軍上層部の一部の高官の中に、対ネウロイ戦争において我が501戦闘航空団ばかりが称賛を浴びることを快く思っていない人間がいるとのこと。
ブリタニア、ガリア、そしてここロマーニャと転戦してきた501戦闘航空団の戦績はひいき目抜きで他の戦闘航空団と比しても頭一つ抜けていると言えるだろう。
その結果、他の航空団や主戦場である欧州以外で戦っているウィッチが日陰に追いやられている、との批判が上がっているという事だ。
その気持ちは分からないでもないが、それを軍高官が言い立てているということに胡散臭さを感じる。
「……まぁ、要するにお偉いさん方はこう言いたいわけだ。少しは俺達にも手柄の分け前をよこせ、と」
「まぁ、な。そこでアフリカの星として人気の高いマルセイユを今一番注目を集めているロマーニャ戦線にねじ込み、マルセイユの人気にあやかって手柄の分け前にありつきたいのだろうさ。
当初はヴェネツィア解放作戦にまでマルセイユを参加させるつもりだったらしい。それはさすがにミーナが拒否したがな」
皮肉っぽい笑みを浮かべたシャーリーさんの言葉を受け、坂本少佐が苦々しい表情で続ける。
「何と…………」
お二人の言葉を聞き、私は呆れるより先に情けなくなってきた。
魔力を持たぬが故にネウロイと戦えない我ら男どもに代わり、日夜ネウロイと戦っておられるウィッチの方々に対し、あまりに失礼な扱いではないか。
そんな私の怒りは、どうやら顔に出てしまったようだ。
「おいおい兄さん、そんな顔すんなよ。今すぐ司令部に乗り込んで高官どもをたたっ斬りそうな顔だぜ」
「あ、す、すいません」
冗談めかしたシャーリーさんの言葉に、私は少し落ち着きを取り戻す。
「手柄欲しさでも人気取りでも、それで結果が出るなら文句は言わんし、手柄なんぞ欲しけりゃいくらでもくれてやる。だが…………」
そう言った再び上空へと視線を向ける坂本少佐。
相変わらず見事な連携を見せてダミーの風船を次々に射ち落としているお二人の姿が見える。
「私などには、非常に見事な連携に見えますが……」
「確かにそう見えるかも知れんが…………バルクホルンとハルトマンに比べればやはりどこかぎこちなさが残るな」
「そうね」
少佐の言葉に、ミーナ中佐も頷いている。
ウィッチの方の目から見ればあれでもまだまだということか。
しかし、そうなればなおのこと、自分たちの手柄欲しさにつまらぬ横車を押してくる軍高官たちに対し好意的にはなれそうもない。
「おいマルセイユ!何をしている!」
バルクホルン大尉が急に叫び声を挙げる。
釣られるように空を見上げた我々の眼に、あろうことがエーリカさんの背中に銃の照準を合わせたマルセイユ大尉の姿があった。
もちろん引き金を引くわけではないが、訓練中に銃を人に向けるなど重営倉入りものの軍規違反だ。
「訓練中止!二人とも帰投しなさい!」
ミーナ中佐の鋭い声が、晴れた空に響き渡った。
「…………ハンナのせいで怒られた」
そう言いながら、私の目の前で頬を膨らませているのはエーリカさん。
あれからミーナ中佐に営倉入りの代わりとして作戦発動日までマルセイユ大尉と二人ですごすように命令されたとのこと。
不満げな表情で廊下を歩いていたエーリカさんに捕まり、談話室に連行された私はそのまま彼女の話相手をつとめることとなった。
「今度こそ決着をつけるとか、これで何勝何敗だとか言われてもそんなの覚えてないよ。めんどくさいからハンナの勝ちでいいって言ってるのに離してくれないし」
「大尉と過ごすのが嫌なのですか?」
「そうじゃないんだけど…………何かいろいろ絡んできてめんどくさい」
げんなりしたような表情になるエーリカさん。
聞けば、訓練のときや食事のときなど事あるごとに張り合って来るのだそうだ。
しばらくぐったりしたように机に突っ伏していたエーリカさんが、やがてのろのろと体を起こして立ち上がった。
「お風呂行って来る」
「…………行ってらっしゃいませ」
「けーすけも一緒に」
「入りません」
「冷たいなぁけーすけは」
そう言いながらもエーリカさんは少し笑うと、私に背を向けて歩き出した。
「あ、そこの兄さん!いいところに」
廊下を歩いている私の背後から急に声をかけられ振り向くと、マルセイユ大尉がこちらに向けて走ってくるところであった。
風呂から上がったばかりであるようで、その髪は濡れて光っており、しかもいつもの軍服ではなくボディラインのくっきり浮き出る薄い夜着をまとっている。
美人といってよい大尉のそんな姿に、覚えず顔が赤くなるが、次の瞬間大尉の口から出た言葉は私の想像を斜め上を行った。
「兄さん、胸は大きさだけじゃないよな?」
「…………は?」
そう一言言ったきりフリーズする。
……いきなり何を言い出すのであろうかこの方は。
あまりの内容に一瞬固まる私の元に、マルセイユ大尉を追いかけるようにしてもう一人の方がやってくる。
今度はシャーリーさんであった。
私の側に立ちマルセイユ大尉の姿を認めると、彼女は張り合うかのごとく、その豊満な胸を私に見せつけるように近づいて来る。
「兄さん!やっぱ胸は大きさだよな!!」
……ブルータスお前もか。
今度はだいたい彼女の言いだしそうなことが予想できたため一回目ほどの衝撃は薄れるものの、だからといって事態の解決に役立つわけではない。
おそらく風呂に入っている最中にお二人の間で何事かあったのであろうが、私に聞かれても返答のしようがない。
固まっている私に業を煮やしたお二人が、そのままの格好でさらに迫ってくる。
「「兄さん!」」
同じ呼称で双方から私を挟むように近づいてくるお二人。
……どうしたものか。
しかし、その私の困惑をさらに深めるような衝撃が、今度は後方からやってきた。
「けーすけ兄ちゃん!」
「うわっ!」
どさっ、という音と共に背中に加わる鈍い衝撃。
振り返ると、私の背中に飛びついた姿勢のままの、ルッキーニ少尉の顔が目の前数センチにあった。
「る、ルッキーニ少尉?」
「あのねあのね!すごいんだよ兄ちゃん!マル何とかのおっぱい!大きさはシャーリーの方がおっきいけど、柔らかくって揉み心地が最高なの!」
堰を切ったように話しはじめる少尉。
……マル何とかというのはマルセイユ大尉の事であろうか。
そしてそれを私に伝えてどうしようというのか。
「ふふん。いくら大きくてもやっぱり形だよな。大きすぎると将来垂れてくるっていうし」
「何だと!大きけりゃ大きいほどいいに決まってんだろ!」
再び言い合いを始めるマルセイユ大尉とシャーリーさん。
しかし、お二人で話しているうちに話が徐々に妙な方向へとずれ始める。
「そこのチビもさわり心地いいって言ってるしな……兄さん、何なら触ってみるか?」
「なっ!何言ってんだお前っ」
「いいじゃないか減るもんでもなし。それとも何か?やっぱり自信ないのか?」
「そう言う問題じゃ……って兄さん!どこ見てんだよこの変態!」
「も、申し訳ありません!」
思わずシャーリーさんの胸元に目を向けてしまったところ、顔を赤くしたシャーリーさんに睨まれて慌てて視線をそらす。
それを見たマルセイユ大尉が、何を思ったかにやりと笑うと私の手をつかんだ。
「なーんだやっぱり自信ないんじゃないか。私は平気だよ」
「ちょ、ちょっと待って下さ……」
ふにゅ
私の抗議もむなしく、掴まれた手に伝わってくるやわらかい感触。
顔を赤くする私に、マルセイユ大尉はなぜか得意げな視線を送ってくる。
…………もっともその頬もまた赤く染まっており、彼女自身も引っ込みがつかなくなっているのは明白であったが。
なるほど。
確かにエーリカさんの仰ったとおり負けず嫌いな性格をしておいでのようだ。
何とか手を離そうと努力するものの、マルセイユ大尉は意地になったかのように離して下さらない。
「貴女たち!何をやっているの!」
不意に聞こえてきた声に、その場にいた全員が固まる。
振り返った先には、今この場で会いたくない方ランキングの第2位に位置する、ミーナ中佐の姿があった。
「今何時だと思っているの?マルセイユ大尉、貴女の作戦参加は認めましたが好き勝手やっていいと…………」
いつものように雷を落とす中佐の言葉が、不意に途切れる。
…………と言うか、その視線は私の方に注がれていた。
我に返った私は、冷静に今の自分の姿を確認してみる。
首根っこにかじりついたまま背中にぶら下がるルッキーニ少尉。
私の腕をつかんで、自分の胸に押し当てているマルセイユ大尉。
その隣で恥ずかしそうに胸を隠すような仕草をしているシャーリーさん。
…………あ、これはダメだ。
「全員、滑走路10周!」
ミーナ中佐の鋭い声が、再び夜の闇を切り裂いて響き渡った。
以上です。
OVA2巻予約しました。
ライーサちゃんの入浴シーンが楽しみです(小並感)
セルフage
ルッキーニのちっぱいは最高だと思います(真顔)
続きはもう少しお待ちください。
こんにちは。
OVA第2話が届きました。
ライーサちゃんのおっぱいが良かったです(小並感)
続きを投下します。
「…………」
部屋のドアの前を横切る。
しばらく歩いたのちに振り帰り、再びドアの前に戻る。
かと思えばドアの横に張り付き隙間から部屋の中を覗き込む。
とある部屋の前を通りかかった私はそんな不審な行動をとる人物の姿に思わず足を止めた。
(バルクホルン大尉……?)
しかもその人物は、私の知る限りそのような奇行とは最も縁遠い方の一人であった。
あの部屋は確かエーリカさんとマルセイユ大尉が共に過ごすよう命令された部屋であったはずだが…………エーリカさんに何か御用であろうか。
声をかけようか迷っているうちにバルクホルン大尉が私に気付き、驚いたような視線を向けてくる。
「ひ、土方!?」
その大尉らしからぬ態度に私も何と言葉を返していいか一瞬迷う。
気まずい沈黙が流れた瞬間、部屋の内部からドアが開かれ、一人の人物が顔を出した。
「ふわあああああ……」
「エーリカさん……」
「あれ?けーすけ……とトゥルーデ?どしたの?」
エーリカさんも大尉の様子がいつもと違うことに気付いたのであろう。
不思議そうな視線を大尉へと送る。
「トゥルーデ?」
「あ、いや、その、だな…………や、やっぱり何でもない」
そういいながら大尉は手に持った小さな紙片を背中に隠しつつ、部屋の前から離脱しようとした。
「それ何?」
「こ、これはだな、その…………」
「もーらいっ!」
一瞬の隙をついて大尉より紙片を奪い取るエーリカさん。
エーリカさんの背後からそれを覗き込んだ私は彼女と顔を見合わせることとなった。
「ハンナの写真なんか持ってどうしたのさ」
そう。
大尉が持っていた紙片は、一枚の写真。
そこには腰に手を当てて不敵に微笑む、ハンナ・マルセイユ大尉の姿があったのだ。
「もしかしてハンナのサインが欲しいの?」
「ち、違うぞ!これは、妹のために…………」
「あー、クリスのため?」
クリス、というのはバルクホルン大尉の妹さんの名前であったか。
以前ローマに買い物に出かけた時に聞いた記憶がある。
「クリスの奴がマルセイユのファンでな…………」
そこまで言って、バルクホルン大尉は視線をそらす。
確かに大尉からすればマルセイユ大尉にサインを求めに行くこと自体が屈辱的なことであろう。
先ほどの不審な行動は妹を思う気持ちと、マルセイユ大尉に頼みごとをする屈辱の間で葛藤していた故のことのようだ。
しかし、バルクホルン大尉の葛藤を知ってか知らずか、エーリカさんの反応はしごくあっさりしたものであった。
「いいよ。私が頼んだげる」
「…………マルセイユ大尉はサインをしないのでは?」
余りにあっさりと承諾するエーリカさんに私は思わず聞いてしまう。
先ほどシャーリーさんから聞いた話によるとマルセイユ大尉はサインをしない主義であるという話であったが。
サインを彼女に承知させる為の考えでもあるのだろうか。
しかし私の疑問に、エーリカさんはきょとんとした表情で答える。
「え?そうだっけ?…………まぁ何とかなるって」
…………どうやら素で話を聞いていなかっただけであった。
いかにもエーリカさんらしいその言葉に思わず脱力感を覚える。
そんな我々のことなど気にした様子もなく、エーリカさんは部屋の中へと戻って行った。
「ハンナー!サインしてよ」
エーリカさんの声が中から聞こえてくる。
……こうなれば後はエーリカさんにお任せするしかない。
私はバルクホルン大尉に一礼すると、部屋の前から離れようと一歩を踏み出した、その時であった。
「トゥルーデをバカにしないで!」
突然中から聞こえてくるのはエーリカさんの怒鳴り声。
エーリカさんが声を荒げるという異常事態に、私は思わずバルクホルン大尉と顔を見合わせる。
どうやら容易ならざる事態のようだ。
私と大尉はお互いに小さく頷くと、部屋の中へと入って行った。
マルセイユ大尉も驚いたような表情を浮かべていたが、やがて不敵な笑みを浮かべる。
「じゃあ……勝負するか?お前が勝ったらいくらでもサインしてやるさ」
「…………いいよ」
「お、おいハルトマン!」
エーリカさんの返事にバルクホルン大尉が驚いたように声をかける。
マルセイユ大尉は人の悪い微笑をひらめかせると、バルクホルン大尉に皮肉を飛ばした。
「何だ、聞いてたのか。盗み聞きとはバルクホルン大尉も中々礼儀正しいことで」
「…………ハルトマンの声が外まで聞こえてきたんだ。それより何だ?勝負というのは」
「聞いての通りさ。ハルトマンが私に勝ったらお前の妹とやらのためにいくらでもサインしてやるって言ったんだ」
「ハルトマン、本当か?」
「…………うん」
どこか不貞腐れたように頷くエーリカさん。
バルクホルン大尉は呆れたように言葉を続ける。
「別にどうしても欲しいってわけじゃない。こんな奴のサインなんぞにそこまでしなくても」
「いいの。もう決めたから」
「ハルトマン…………?」
そう言って怒ったようにマルセイユ大尉を睨みつけるエーリカさん。
バルクホルン大尉はいつもと違うそんな彼女の態度に、戸惑いの表情を浮かべている。
一方マルセイユ大尉はといえばそんなエーリカさんの視線を正面から受けても、涼しげな表情を崩さないで言い放った。
「よし、決まりだな」
じりりりりりりりっ!
「通達します。全ウィッチは速やかにブリーフィングルームに集合してください。繰り返します。全ウィッチはブリーフィングルームに集合してください」
大尉の言葉が合図になったかのように作戦発動を知らせる警報ベルとミーナ中佐の放送が流れる。
「時間だ……行くか」
そう言って部屋を駆け出すマルセイユ大尉に続き、エーリカさんとバルクホルン大尉も駆け出して行った。
発進前の格納庫。
私は警戒のため出撃する坂本少佐たちを見送っていた。
「皆様、ご武運を」
「うむ。貴様は何も心配せず待っているがいい」
発進の準備を終えた坂本少佐がそういって笑う。
この方のその笑い声は、それだけで私を落ち着かせてくださるから不思議なものだ。
「あ、圭助くん、これ」
そう言ってミーナ中佐が差し出してきたのは小さなイヤホンであった。
「これは…………」
「うむ。戦場に連れて行くことはできんが、せめてその気分だけでも、と思ってな」
「圭助さんが聴いててくれるって思えば私、がんばれちゃいますから!」
「皆さん……」
坂本少佐と宮藤さんの言葉に胸が熱くなる。
共に戦えない自分の立場に忸怩たる思いを抱いていたのを分かってくださっていたのか。
「あ、ありがとうございます!」
感激のあまり声が上ずる。
「マルタ島解放作戦、状況開始!」
ミーナ中佐の号令の元、ウィッチの皆様方が次々と飛び立っていく。
「けーすけ」
その背中を見送る私に、後ろから声がかけられた。
振り返るとエーリカさんとマルセイユ大尉が立っている。
「私たちも行くね」
「は。ご武運を」
伊401に乗り込むために桟橋へと向かうお二人の背中に敬礼を送る。
先ほどの一件で少し心配はあるものの、お二人とも個人間の遺恨を作戦上に持ち込むような方ではあるまい。
伊401の出航を見送った後にイヤホンを耳へと装着する。
程なくして聞こえてきたのはシャーリーさんの声。
「おーおー、大艦隊がそろってるじゃないか。ビスマルクにヴィットリオ・ヴェネト……ありゃキング・ジョージ5世か!うちんとこのアイオワまでいやがる」
「お偉いさんたちもウィッチにばかり手柄をやりたくなくて必死なんだろうさ。気前のいいことだ」
「そんな予算があるならこっちに回してほしいわよ全く…………っといけないいけない」
ミーナ中佐が口調を改めて、伊401のお二人に通信を送る。
「ハルトマン中尉、マルセイユ大尉、準備はどう?」
「大丈夫だよ」
「いつでも行けるぜ」
ミーナ中佐の確認にお二人が答えるのを聞いていると、実際に作戦に参加しているわけでもないのに不思議と気分が高揚するのを感じる。
「最終確認です。目標はマルタ島の首都、ヴァレッタを占拠するネウロイの排除。坂本少佐の索敵により、要塞化した半球状の部分の中にコアがあることは確認できていますが、外から中の様子は分かりません。伊401で海中よりヴァレッタ市内の港に突入。内部の様子を確認すると同時にコアを破壊してください」
「はーい」
「了解だ」
「では潜水艦部隊、突入!」
その言葉とともに、聞きなれたストライカーユニットの起動音が聞こえてくる。
「うわ……何かいっぱいいる」
これはエーリカさんの声である。
内部への突入はどうやらうまく行ったようだ。
エーリカさんはさらに言葉を続ける。
「ミーナ、ネウロイの殻の中に突入に成功したよ。ちっちゃいのがうじゃうじゃと40体くらいいる」
「よ、40体?」
「多いな」
マルセイユ大尉の言葉に、驚きの声を返したのはビショップ曹長であった。
「ずいぶん多いわね……コアのある場所は分かる?」
「多分一番奥だよ。このちっちゃいのを全部落とさないとだめだねこりゃ」
「よーしハルトマン!どちらがたくさん落とせるか勝負だ」
マルセイユ大尉の言葉とともに、私の耳に銃声が聞こえ始める。
それに少し遅れて残り個体数をカウントしているのであろうお二人の声もまた聞こえてきた。
「38」
「35だよ」
「え、ど、どっちが正しいんですか?」
「どっちも正しいわ。こうやって話してる間にもどんどん数が減ってる。二人が撃墜してるのよ」
「ふぇー……すごいですね」
宮藤さんが感嘆したようにつぶやく。
40体もの小型ネウロイの動きをすべて把握しつつ的確に数を減らし、なおかつ戦況報告までこなしているお二人の技量にはただただ感嘆させられるばかりである。
「28」
「25」
「21」
「10」
お二人の呟く数が徐々に減っていく。
そして。
「8」
「5」
「2」
「「ゼロ!」」
お二人の声が重なった。
「あとはコアだけよ」
「分かってる!」
そして銃声。
「よっしゃ!」
マルセイユ大尉の声と共にミーナ中佐たちの歓声が上がり、作戦が成功したことを知る。
しかし、お二人にとってはこれからが本番であったようだ。
「20機だよ」
「私も20機だ」
「引き分けだね」
「引き分けは好きじゃない」
「知ってるよ」
「決着をつけよう」
「私が勝ったら、サインするんだぞ」
そんなお二人の会話の後、通信が切れた。
そしてその翌日。
私と宮藤さん、そして坂本少佐とエーリカさんの4名は食堂に集まり、「雑誌の取材がある」とデブリーフィングもそこそこにアフリカへと帰って行かれたマルセイユ大尉の話に花を咲かせていた。
「やれやれ。何とも嵐のような奴だったな」
「ほんとほんと」
「でも私、びっくりしちゃいましたよ!ネウロイをやっつけたと思ったらいきなりハルトマンさんとマルセイユさんが実弾で空中戦を始めちゃって……しかも坂本さんもミーナさんも止めようとしないし」
「シールドがあるからな。当たりはせん」
宮藤さんの言葉に、坂本少佐はそう言って笑う。
しかしネウロイ討滅後に隊員同士が実弾で空中戦を始めるなど、前代未聞の事だ。
お二人に何らかの処分が下される可能性はないのだろうか。
私の懸念を、しかし坂本少佐はあっさりと切って捨てた。
「なに、もともとお偉いさん方が手柄欲しさにマルセイユをねじ込んできたんだ。ここでマルセイユを処分しようものなら大恥かくのはあっちだ」
「はぁ……」
「まぁミーナが何枚か始末書を書かねばならんだろうが、それは隊長たる奴の役目だからな」
完全に人ごとの口調で言い放つ坂本少佐。
……そんなことでいいのだろうか。
「でも、結局ハンナのサインもらえなかった…………あとでトゥルーデに謝っとかないと」
そう言ってエーリカさんはしょんぼりと肩を落とす。
……やはりこの方は、バルクホルン大尉のことをとても大切に思っているのだ。
だからこそ大尉の期待に応えられなかったことが悔しいのだろう。
「……そのことなんだが、奴が出発の時に『バルクホルンの妹に渡してくれ』と言ってこれを渡された」
「あ…………」
そう言って少佐が差し出したのは一枚の写真。
そこに写っているのは今まで話題になっていた方、マルセイユ大尉で。
そして黒のサインペンで「Hanna-Justina Marseille」とサインが書き込まれている。
「あー!ハンナのサインだ!」
「まぁ、奴もなかなかに甘いという事だな」
「ありがとー少佐!」
エーリカさんは坂本少佐の手からひったくるようにして写真を受け取り、待ちきれないといった様子で部屋を出て行った。
と言ったところで10話終了です。
ついに11話。
もっさん回です。
気合を入れて頑張りますのでよろしくお願いしますね。
こんにちは。
何とか山を越えたので投下します。
「さすがは少佐ですわ!」
広いブリーフィングルームに、ペリーヌさんの声が響く。
ネウロイ出現の報に皆様が出撃し、見事にネウロイを撃破して帰還したのが30分ほど前。
現在はそのデブリーフィングの真っ最中であった。
「あの大型ネウロイを一刀両断にするお姿の凛々しい事と言ったら!」
「坂本さん、すごかったんですよ!」
私の隣にいる宮藤さんもそう言って目を輝かせる。
ペリーヌさんの過剰とも思える少佐への褒め言葉はいつものことであり、そんなペリーヌさんを少佐が窘めるのがいつもの光景であった。
そんなことを考えながら少佐の方へと視線を送るが、その少佐の浮かべる表情は私の予想を裏切るものであった。
(……坂本さん?)
自分のことが話題になっているというのに、少佐はまるで聞こえていないかのように心ここに非ずと言った表情で視線を落としていた。
あのような表情をした少佐を見るのは初めてのことである。
しかし、少佐にそのような表情をさせる原因については、なんとなく察しが付いた。
(烈風丸…………)
あの山中の庵にて少佐が、その魔力を込めて鍛え上げた、ウィッチの魔力を何倍にも増幅してくれる刀、烈風丸。
しかしそれは、そのような刀でも使わなければもはや少佐はまともに戦う事もかなわぬという事でもあるのだ。
視線を演台へと転ずれば、ミーナ中佐もそんな少佐に気遣わしげな視線を送っている。
そんな少佐の表情にも気づいていない様子で、ペリーヌさんの独演会は続いていた。
「圭助さんにもお見せしたかったですわ!坂本少佐の凛々しいお姿を!」
「……こほん」
「あ…………し、失礼しました」
俄然ヒートアップするペリーヌさんを咳払いひとつで黙らせると、ミーナ中佐は皆に向き直った。
「皆さん、お疲れ様でした。これにて解散とし、警戒レベルを通常に戻します。エイラさんとサーニャさんは申し訳ないけど引き続き夜直をお願い」
「ええー」
「……エイラ、そんなこと言わないの」
ミーナ中佐の言葉にウィッチの皆様たちが立ち上がり三々五々部屋から出ていく。
不服そうな表情のエイラさんも、サーニャさんに引きずられるように待機室の方へと向かっていった。
中佐のその言葉を待ちかねたように、少佐の方へと歩き出そうとした私に声がかけられる。
振り向くと、ミーナ中佐がどこか困ったような表情で立っていた。
「圭助くん」
「ミーナ中佐」
「その…………美緒を部屋に送り届けた後で私の部屋に来てくれる?」
やはり付き合いの長いミーナ中佐である。
少佐のご様子がいつもと違うことに気付いておられたようだ。
私は小さく頷くと、少佐に声をかけた。
「少佐」
「…………ん?土方か。どうした?」
「お部屋までお送りいたします」
「何だその心配そうな表情は。心配せんでも基地の中で迷ったりはせん」
そう言って少佐は笑い声をあげる。
それはいつもの少佐のように思えるが、しかし私の声に反応するまでのわずかな間が、私を不安にさせる。
私は表情を引き締めると言葉を続けた。
「いえ、出撃よりお帰りになったばかりでお疲れでしょう。お供をさせてください」
そう強めに言って少佐に頭を下げる。
思わぬ私の強情さに、少佐が驚いたような表情になった。
「……何だ土方、今日はやけに過保護じゃないか」
「美緒、今日の所は圭助くんに甘えておきなさい」
「ミーナ?」
少佐の言葉に対する援護射撃は、私の背後からやってきた。
思わぬ方向からの言葉に、さらに胡散臭そうな表情になる少佐。
「…………」
中佐の言葉に、少佐は沈黙する。
その表情から内心を読み取ることは、私にはできそうにない。
やがて少佐は小さく笑うと、私の方へと向き直った。
「貴様らがそこまで言うなら構わん。好きににしろ」
「は。ありがとうございます」
「ゆっくり休みなさい美緒。起きたらお風呂に入ってくるといいわ」
「…………なんだかミーナがここまで優しいと気味が悪いな」
「あのね……私だって隊長なのよ。隊員の健康管理も仕事の一つなんだから」
「分かった分かった。隊長殿のお言葉に甘えさせてもらおう…………土方、行くぞ」
「は」
少佐の後に続き、私はブリーフィングルームを後にした。
「……夏も近くなったな」
少佐の部屋に向かう途中の廊下で、眩しそうに窓から外を眺めつつ、少佐が呟く。
季節は6月から7月に移り変わろうとしており、扶桑と違って梅雨のない地中海沿岸ではもはや夏といっていいほどの強い日差しが降り注いでいた。
先日皆様と海に行った時のことを思い出す。
「は」
私の短い返事に、少佐は表情を引き締めて続ける。
それは私に話しているというよりも、自分自身に問いかけ、意思を確認するかのような口調であった。
「近いうちにおそらくヴェネツィア解放作戦が下令されるだろう。成功すれば西地中海沿岸がネウロイの脅威から解放される」
「そうですね」
「そうなれば…………私もそろそろお役御免かも知れんな」
「坂本さん?」
続いて紡がれたその言葉に、私は思わず驚いて少佐へ視線を向ける。
少佐の口から明確に「最後」といった言葉が出てきたのは初めてかもしれない。
私の驚いた顔がおかしかったのか、少佐は小さく笑って続ける。
「何だその顔は。私とて自分の限界ぐらいは分かっているつもりだぞ」
「…………」
「全てが終わったら退役して、あの時のように山奥でのんびり暮らすのもよいかも知れんな。ウィッチ隊の教官だの航空隊の司令だのといった話はいくつも来ているが、私にはおそらく向いていないだろう。断るつもりだ」
「…………」
「貴様も、こんな面倒くさい上官の世話からやっと解放されるというわけだ。貴様なら軍に残ろうが他の道を見つけようが、きっと成功するだろう。私が保証してやる」
常にないほどに饒舌な少佐の姿に、私は訳もなく不安になってくる。
ウィッチであることは自分の存在意義そのものである、と少佐は仰った。
それは舞鶴でお会いした北郷中佐も仰っていたことだ。
しかし、今の少佐はその言葉を忘れてしまったかのようである。
「貴様とも、もう長い付き合いだ。些か寂しくはあるが…………」
「坂本さん」
「…………おっと。部屋に着いたようだな。ご苦労だった土方」
少佐の言葉を遮るようにして声をあげるが、少佐は私の言葉が聞こえなかったかのように部屋の前で振り返った。
「坂本さん、あの……」
「ミーナの手前ああ言ったが、やはり少し疲れているようだ。私も年かな…………それではな」
そういい残すと、少佐は私の呼びかけには答えずにドアを閉めてしまった。
ばたん、とドアの閉まる音が、やけに大きく私の心に響く。
「坂本さん……」
部屋の前で呟いた私の声は結局、少佐には届かなかった。
「……土方です」
「どうぞ」
司令官室のドアをノックすると、私の訪問を待ちかねていたかのようにミーナ中佐がドアを開ける。
ドアから顔を出した中佐の表情は優れない。
「……圭助くん。忙しいところをごめんなさい」
「いえ、坂本さんのことは私も案じ申し上げておりましたので」
「そう」
中佐に勧められるままに、客用のソファーに腰を下ろす。
それとほぼ同時に、中佐からの質問が飛んできた。
「圭助くん、その……美緒はどうだった?」
やはりその質問か。
私は慎重に言葉を選びながら答える。
部屋へ向かう途中に少佐が話したこと。
あれほどウィッチであること、飛ぶことにこだわっておられた少佐が急に退役後の話をし始めたこと。
私の話を中佐は神妙な表情で聞いていたが、聞き終わると大きく息をついた。
「…………そう」
「何かあったのですか?」
今度は私が問う番であった。
戦場でのことは私にはわからない。
昨日まで普通通りであった少佐が今日の出撃の後に見せたあの表情。
戦いの場で何かがあったと考えるのが自然であろう。
中佐は目の前に置かれた紅茶を一口飲むと、戦場での少佐の様子を語りだした。
「戦いが終わった後のことなんだけど……」
「……なるほど」
全ての話が終わった後、私は大きく息をついたのちにそう短く答える。
中佐から聞かされた話は、私の悪い予感が現実のものになりつつあることを証明していた。
烈風斬でネウロイを撃墜したのち、少佐の飛行が不安定になったという中佐の話。
それは烈風丸による増幅を受けてすら、少佐の魔力量がもはや戦いに耐えられないほどに枯渇しつつあることの明白な証拠であった。
「でも、美緒がそんな風に弱気になるなんてね。私たちが外から見ている以上に、誰より美緒自身が実感として魔力の枯渇を感じ取っているのかも」
「坂本さん……」
「それにしても…………」
「……ちゅ、中佐?」
そこで中佐はなぜか人の悪い笑いをひらめかせる。
「美緒が誰かの前でそんな弱気を見せるなんてね…………ふふ、圭助くん、信頼されてるのね。ちょっと妬けちゃうわ」
「い、いえ……そのようなことは」
「だから」
そこで中佐は笑いを納め、真剣な表情になって言葉を続けた。
「美緒のこと、支えてあげてね。悔しいけど、私たちより圭助くんのほうが適任みたいだから」
「は。粉骨砕身の覚悟で臨ませていただきます」
「もう……そんなにしゃちほこばらなくてもいいのに」
再び中佐が薄く微笑む。
中佐に言われるまでもない。
少佐の従兵となった日より、あの方に全身全霊を持ってお仕えすると決めている。
そう、決意を新たにしている私の胸に軽い衝撃を感じた。
「ちゅ、中佐…………?」
ふと、視線を下げるといつのまにか近づいて来ていたミーナ中佐が私の胸に頭を預けてきているのが見える。
慌てて引き離そうとする私の耳に中佐のか細い声が聞こえてきた。
「ごめん。圭助くん、少し……このままでいて」
そう答える中佐の声は細かく震えていて、私はその小さな体を引き離すことなど出来はしなかった。
以上です。
OVA3話が待ち遠しいですね。
遅くなって申し訳ありません。
こんな時間ですが続きを投下します。
「あ、圭助さん」
夕方の鍛錬を終えた少佐を自室までお送りして私の部屋に帰る途中、不意に廊下で声を掛けられた。
振り返るとそこには宮藤さんが立っている。
「あの…………坂本さんは?」
「自室に戻られたと思いますが……」
「そうですか……」
「なにか?」
「いえ、ミーナさんに、坂本さんを呼んでくるように言われて」
「ならば私がお伝えしましょう」
宮藤さんに提案する。
どうせ夕食まで部屋にいても手持ち無沙汰になるだけだ。
ならば私がこのまま少佐を呼びに行くのがいいだろう。
しかし、私の提案に一瞬考え込んだ後に顔を上げた宮藤さんの返事は予想外のものであった。
「じゃ、一緒に行きましょう」
「え?」
「いいじゃないですか。圭助さんに丸投げするのも悪いですし」
「私は別に…………」
「ほら、いきますよ圭助さん」
「え、あ、ちょ……」
私が返事をする前に、そう言うと宮藤さんは私の手を取って駆け出す。
私はなすすべもなく、その後についていくことしかできなかった。
「坂本さーん!!」
坂本少佐の部屋の前で、宮藤さんはノックをしつつ大声を張り上げる。
しかし、しばらく待つも部屋から返答の声は返ってこなかった。
「いらっしゃらないんでしょうか?」
「……そうですね」
宮藤さんと顔を見合わせる。
私とて少佐に四六時中張り付いているわけではないしその行動を仔細漏らさず把握しているわけでもない。
少佐の事だから鍛錬のあと少し走ってくるか、というノリでランニングにでも出かけられた可能性すらある。
そんなことを宮藤さんに話したら「坂本さんらしいですね」と笑われてしまった。
「どうしましょう……?」
宮藤さんの問いかけにしばし黙考する。
ミーナ中佐からの呼び出しという事はそれなりに緊急度はあるはずだ。
但し、館内放送で呼び出さないところからして一刻一秒を争うというほどの物でも、またないだろう。
ならばもう少し待って夕食の時間にでも……
「あ、鍵開いてる」
不意に聞こえてくる宮藤さんの声。
…………またか。
我々扶桑の人間はそもそも部屋に鍵をかけるという習慣がない。
大抵は欧州で暮らすうちにその習慣にも慣れていくものだが、坂本少佐は欧州に何年も暮らしているはずの今になっても自室に鍵をかけないでいることが多々ある。
おかげで一度など少佐がズボンを穿いておられる最中にうっかり踏み込んでしまい烈火のごとき怒りを頂戴したこともあった。
「坂本さーん?いないんですか?」
宮藤さんはそのまま何の躊躇もなくドアを開けて部屋へと入って行った。
私が止める暇すらなく。
「み、宮藤さん」
「圭助さん?どうしたんですか?」
私の声に、部屋の中から返事が聞こえる。
どうやら私にも入って来いと言いたいようだが、上司の部屋、しかも女性の部屋に本人が留守の間に上がり込むのはさすがに躊躇われる。
「……土方?どうした?」
そんな風に部屋の前でためらっていると、不意に背後より声がかけられた。
振り返ると坂本少佐が立っている。
「少佐……ミーナ中佐が少佐を探しておられるとのことです」
「そうか。すまなかったな。鍛錬のクールダウン代わりに少しそのあたりを走っていたのでな」
「…………」
……まさか私の予想通りであったとは。
さすがは坂本少佐、と感心すればよいのか。
「……扉が開いているようだが?」
「は。宮藤さんがその…………」
「宮藤が?」
私の言葉に、坂本少佐の表情が引き締められる。
その時であった。
「え……な、何?」
中から聞こえてくる宮藤さんの声。
そして一瞬遅れて、部屋から突如不思議な青白い光が漏れ出てくるのが見える。
その光に、血相を変えたのは坂本少佐であった。
「宮藤!」
そう呼びかけると坂本少佐は部屋へと駆けこんでいく。
程なくして聞こえてきたのは少佐の怒声であった。
「なにをしておるか馬鹿者!」
そして一瞬遅れて響く、ぱんっ、という乾いた音。
私は驚いて思わず目を上げる。
少佐は厳しい方だが、部下にあのような頭ごなしの怒声を浴びせる方では決してない。
ましてや手を上げるなど……
しかも少なからず目をかけている宮藤さんに対して。
さすがにこれは尋常の事態ではない。
心の中で少佐に謝りながら、私は少佐の部屋へと足を踏み入れた。
余計なものがなくシンプルな少佐の部屋。
その奥に飾られている一振りの刀の前で床に尻餅をついてへたり込んでいる宮藤さんと、その宮藤さんを見下ろしつつ険しい表情を向ける少佐の姿があった。
「宮藤……貴様に今後一切烈風丸に触れることを禁止する。分かったな!」
宮藤さんは少佐の言葉を理解しているのかいないのか、心ここにあらずといった表情で視線をさまよわせている。
やがて私の姿に気付いたのか、少佐は宮藤さんに背を向けると、そのまま部屋を出て行こうとされた。
「土方。ミーナが呼んでいるのだったな」
「は、はい……あ、あの…………」
「宮藤を医務室に連れて行ってやってくれ」
すれ違いざまに私にだけ聞こえる声量でぽつりと呟く少佐の手には、一振りの扶桑刀が握られていた。
そのまま少佐は振り返ることもなく、部屋から出て行ってしまう。
私はしばらく躊躇った後、床に座り込んでいる宮藤さんの元へと駆け寄って行った。
「宮藤さん、大丈夫ですか?」
「……けいふけ、はん?」
やや呂律が回っておらず、瞳もどこかぼんやりして焦点を結んでいない様子だ。
だが見たところ身体そのものに障害を負っているという訳ではないようで、そこは安心した。
……と言うかそんな状態であれば少佐が宮藤さんを放置するわけがないか。
どこかぼんやりとした瞳に光が戻り、私の呼びかけにもしっかりした返事が返ってくるようになるまでさらに数分を必要とした。
「あ、ありがとうございます」
「いえ」
私の腕の中で、宮藤さんが恥ずかしげな小声で礼を述べる。
現在、私は彼女を両手で抱きかかえつつ、医務室へと向かっていた。
固辞する彼女を強引に抱きかかえるようにしてここまで運んできたが、さすがに私も恥ずかしい。
誰かに見つかったらその場で自害したくなりそうだ。
「…………何があったか、お聞きしてもよろしいですか」
恥ずかしさをごまかすように話の方向性を変える。
坂本少佐があれほどの怒声を上げるなど尋常なことではない。
宮藤さんが坂本少佐を怒らせるようなことをする方ではないのも私の疑問を深くしていた。
私の問いかけに、宮藤さんはさすがに表情を改めてゆっくりと答え始めた。
「私……坂本さんの部屋に入るの初めてだったんで、つい珍しくてあっちこっち見ちゃったんです」
確かに欧州風の石造りの部屋に扶桑風の畳や掛け軸を置いた少佐の部屋の内装は一種独特だ。
宮藤さんが興味を持つのも分かる。
「そしたら…………奥の床の間みたいなところに刀があったのに気づいて……その刀を見た瞬間に、頭がぼうっとしちゃって……」
「……」
「気づいたらその刀を抜こうとしてました。ちょっと抜いたところで刀身が急に光りだしたと思ったら体から力が抜けていって…………気づいたら坂本さんに抱きかかえられてました」
「なるほど」
「それで、坂本さんにもう二度とあの刀には触るなって怒られて」
それが、私が部屋に踏み込んだときに見た光景だったのだろう。
宮藤さんは話しながら私に手のひらを見せる。
その白い手のひらには、痛々しいほど赤く、刀の柄の跡がついていた。
「あれが烈風丸って刀なんですね」
「…………はい」
「全身の魔法力を根こそぎ持っていかれるあの感覚……今思い出しても震えが止まりません。坂本さんはずっとあれに耐えてきたんですね」
宮藤さんがそう言うと顔を伏せる。
いつも豪快に笑い、悩みなど何もないと思わせてきた坂本少佐のもう一つの顔。
自分の魔力の枯渇に怯え、烈風丸の様な禁じ手に頼ってまで戦うことにこだわり続ける危うい姿。
いつもの豪放磊落な少佐の姿しか知らない宮藤さんにとっては小さくない衝撃であろう。
しかし宮藤さんは、小さく拳を握りしめると、私の顔を正面から覗き込んできた。
「でも、それならなおさら……私は坂本さんのお役に立ちたい…………です」
そう言う宮藤さんの表情からは、先ほどまでの弱弱しさは欠片も見られなかった。
「では、よろしくお願いします医官殿」
「おまかせください」
医務室にたどり着き、医官の方に宮藤さんを預けると、私はすぐにミーナ中佐と坂本少佐がおられるであろう隊長室へと向かった。
隊長室の前で待つこと数分で、坂本少佐がミーナ中佐に見送られて部屋から出てくる。
「じゃ、できるだけ早く輸送機の手配はするわね。日程が決まったら知らせるわ」
「ああ。頼む……ん?土方か」
振り返り、私の姿を認めると、少佐は一直線に私の下にやってくる。
「宮藤の様子はどうだ?」
「は。医官殿のお見立てでは、急に多量の魔力を抜き取られたことによる軽い体調不良であろうとのことです。宮藤さんの魔力増量であれば、明日には回復するであろうとのことでした」
「……そうか」
私の言葉に、少佐は安心したように大きく息をつく。
「では、部屋に帰るぞ」
「は」
少佐の後に従い、私は歩きだした。
そして、数日後。
「じゃ、行ってくるわね」
「ああ。留守は任せろ」
「土方、留守は頼んだ」
「はっ。お帰り、お待ちしております」
バルクホルン大尉と私の見送りの言葉を背に、ミーナ中佐と坂本少佐は輸送機に乗り込む。
こうして大尉に見送られながら、輸送機は飛び立っていった。
輸送機が空の彼方へと消えていくまでそちらに視線を送っていたバルクホルン大尉が、急にぽつりと呟く。
「しかし……お偉いさんたちはどういうつもりだろうか」
「どう…………とは……?」
「ヴェネツィア解放作戦はいい。我々としてもロマーニャ全土をネウロイの脅威から救えるのは願ったりだ。だが、作戦発動直前になってまで作戦の詳細が降りてこないというのはどういう事だ?」
「…………」
「しかもこのタイミングでミーナと坂本少佐だけが総司令部に呼ばれる…………まるで総司令部は作戦の詳細を私たちに隠しておきたいみたいじゃないか」
「そ、それは…………」
そんなことは考えたくもない。
しかし、マルセイユ大尉が来られた時の少佐たちの会話。
対ネウロイ戦の主導権をウィッチの方々に握られていることへの少なくない不満が軍上層部に存在しているというあの言葉が、今になって胸によみがえってくる。
先だってのガリア解放作戦ではウォーロックなる新兵器を無理矢理に投入し、挙句の果てに暴走させた元帥もいた。
軍があのような愚行を二度も行うとは思いたくないが、一抹の不安はぬぐいきれない。
軍高官の愚にもつかぬ手柄争いにウィッチの方々が翻弄されるのをもうこれ以上見たくはない。
「……おいおいどうした土方。表情が怖いぞ」
「も、申し訳ありません」
どうやら無意識のうちに内心が表情に出ていたようだ。
バルクホルン大尉の言葉に、恐縮して答える。
「なに、どのような脅威が来ようと我々は勝つ。坂本少佐がいつも言っているだろう。『ウィッチは無敵だ』と」
「は」
「何もできぬ自分を歯がゆく思う気持ちはわかるが、貴様らのような存在があってこそ、我々ウィッチは飛べるのだ。もう少し自分を誇ってもよいと思うぞ」
「ありがとうございます」
「うむ」
私の言葉に、大尉は満足げに微笑む。
カールスラントのトップエースと呼ばれる大尉の言葉は、それだけで私に安心を与えて下さった。
その微笑みを崩さぬまま、大尉は言葉を続ける。
「ふむ。それでは土方、館内放送の準備だ」
「どのような内容で?」
「ウィッチは全員、風呂場に集合、とな」
「ふ、風呂場ですか?」
余りに場違いなその言葉に驚く私の問いかけに、大尉は笑って答える。
「作戦が成功しても失敗しても、この基地で過ごす期間はもうそれほど残っていない。どうせ二人が帰ってくるまでは大規模な作戦もないし、今のうちに英気を養っておくべきだろう」
「なるほど」
「…………覗きに来るのは勝手だが、命を捨てる覚悟で来いよ」
「の、覗きません!」
大尉にしては珍しく、からかうような口調で言葉を続ける。
思わず驚いて顔を上げた私に、大尉は薄く笑って答えた。
「……まぁ、こんな馬鹿話ができるのも生きていればこそだ。せいぜい我々の無事を祈っていてくれ」
「は」
大尉の言葉にそう答え、私は放送室に向けて駆け出した。
以上です。
1か月近くお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
この後も、いつまでにとはっきり申し上げられないのが心苦しいですが、エタらせることだけは決してしないことをお約束します。
それでは。
セルフage
5月も終盤に差し掛かり急に暑くなってきましたね。
続きの投下でなくて申し訳ありませんが頑張って書いていきます。
こんばんは。
C88当選しました。
1日目東ピ-13a「海の漢」です。
それでは、続きを投下します。
「それでは、ヴェネツィア解放作戦『マルス』の詳細を示達します」
数日後、司令部より帰還したミーナ中佐と坂本少佐はどこか厳しい表情のままウィッチの皆様方をブリーフィングルームに召集した。
待ちに待ったロマーニャ解放作戦の発動である筈なのだが、演台に立つお二人の表情は優れない。
そんな空気を察したのであろうか、いつも飄々としているシャーリーさんまでもが余計な茶々を挟むことなく中佐の言葉を待っていた。
そんな異様な空気の中、ミーナ中佐が口を開いた。
「まず…………この作戦においてネウロイの巣を殲滅する主力となるのは、我々ウィッチではなく『大和』を中心とした各国連合艦隊です」
「……何だと?」
ミーナ中佐の言葉の一言目から驚きの声を上げたのはバルクホルン大尉。
対ネウロイ戦、しかもその「巣」を破壊する決戦であるのに通常兵器が主力であるという不可解に、ウィッチの皆様方も程度の差こそあれ怪訝な表情を浮かべていた。
ミーナ中佐はその表情に気づかない振りで話を進める。
「私たちウィッチの任務は決戦海域までの艦隊の護衛です」
「ちょ、ちょっと待てミーナ」
「バルクホルン、貴様の言いたいことは分かるがとりあえず最後まで聞け」
「…………分かった」
さすがに黙っていられなくなったのであろう、ミーナ中佐の言葉を遮ろうとするバルクホルン大尉を、坂本少佐が押しとどめる。
不承不承、といった様子で席に着くバルクホルン大尉を確認した後、ミーナ中佐は再び話し始めた。
「『大和』を中心とした各国連合艦隊。戦艦を中心としたこの艦隊をウィッチの護衛の下アドリア海に突入させ、ヴェネツィアを占拠しているネウロイの巣に攻撃をかけ撃破します」
ミーナ中佐の合図に従い、映写機を操作すると中佐の背後の黒板に今作戦の戦闘序列が映し出される。
扶桑の大和を中心に、ブリタニアのキング・ジョージ5世級、ロマーニャのヴィットリオ・ヴェネト級など各国海軍の主力艦艇の名が惜しげもなく並んでいた。
シャーリーさんが感心したように小さく口笛を吹く。
「まさに連合軍主力艦の見本市だな」
「それだけこの作戦に本気だということだ」
そしてミーナ中佐はバルクホルン大尉に視線を向ける。
「…………そして先ほどバルクホルン大尉が聞きたかったであろうことについて回答します。なぜ我々ウィッチが主力でないのかということ、そして通常兵器でネウロイを倒せるのか、という点について、でよろしいですか?」
「…………うむ」
ミーナ中佐の表情から、おおよその状況は察したのであろう。
短く答えるバルクホルン大尉の表情は苦虫を噛み潰したようなものであった。
「ウィッチは確かに対ネウロイでは目覚しい戦果を挙げているが、巣そのものに対する攻撃は今回が初めてで不確定要素が多いとのことです。
そして先だってのトラヤヌス作戦の戦訓によりネウロイの攻撃であればネウロイの巣を消滅させられることが分かりました」
「おいまさか」
ミーナ中佐の表情に何かを悟ったらしいバルクホルン大尉の表情がこわばる。
私が映写機をさらに操作すると、スクリーン上の映像が変化し、あるエンジンのようなものの図面が映し出された。
「魔導ダイナモ……?」
「はい。先だってのウォーロック計画で利用された、ネウロイのコアを用いて通常兵器を制御可能な範囲でネウロイ化するコアコントロールシステムの改良版です。改良を加え、暴走することなくネウロイ化の完全な制御を可能とした……とのことです」
「…………ウォーロック計画は頓挫したと聞いていたが」
「ウォーロック計画とは別に、通常兵器のネウロイ化の研究は続けられていたみたいね」
そう答え、ミーナ中佐は小さく息をつく。
コアコントロールシステム。
それは先だってのガリア解放戦線で、ブリタニアのマロニー大将の横車によって実験段階であったにも関わらず強引に投入された無人兵器「ウォーロック」に用いられた技術。
ネウロイにはネウロイで対抗する、というコンセプトのもと捕獲したネウロイのコアを用いて無人兵器「ウォーロック」を制御可能なネウロイとして生まれ変わらせる……筈だったのだが、結局ウォーロックは制御を外れて暴走し、最終的には空母「赤城」と一体化する事態に陥った。
その後、宮藤さんやビショップ曹長、ペリーヌさんたちの活躍により「赤城」ごと撃破することで何とか鎮圧したという曰く付きの代物である。
そんなものを飽きもせず研究し続けていたというのか。
戦いの主導権をウィッチから奪い返すという下らぬ目的のために。
「信用できるのか?」
「…………総司令部の説明では、10分間限定ではあるが完全な制御を実現したそうだ」
バルクホルン大尉の疑問に坂本少佐が補足説明をする。
しかしその表情は誰よりもお二人が自分の言葉を信じていないことを如実に表していた。
しかし10分とは。
あまりに短すぎないだろうか。
「10分か……それだけの短時間でネウロイの巣を殲滅できるだけの火力を叩き込める兵器となると…………」
「ええ」
シャーリーさんの言葉に、ミーナ中佐が頷く。
「今作戦の目的……それはヴェネツィア上空の巣をネウロイ化させた『大和』の一斉砲撃により撃破することです。
各国連合艦隊、そして各国のウィッチたちは『大和』を攻撃してくるネウロイの排除が任務になります」
「『大和』をネウロイ化、だと……正気か」
途方もない作戦内容に、水を打ったように静まり返るブリーフィングルーム。
「有人兵器をネウロイ化するというのですか?」
「…………乗組員は国籍を問わず全員志願者で構成し、その生命は最大限保障するそうよ」
「最大限、ねぇ…………」
思わず呟いた私の言葉に、ミーナ中佐が返答する。
それに続くシャーリーさんの皮肉っぽい言葉はしかし、ここにいる皆様の総意といってよい。
確かに、ネウロイが直接人を攻撃したという記録はない。この基地に侵入した超小型ネウロイの事案のときもそうであった。
しかし、乗組員が無事でいられるという保証はないし、何よりそのネウロイ化の制御とやらが万全であるのかという点に不安を抱かざるを得ない。
ウォーロック計画のときも、マロニー大将はネウロイの制御に万全の自信を持っていた。
そのためウォーロックが暴走したときの非常の制御手段を用意しておらず、実際にウォーロックが暴走すると予想外の事態にマロニー大将達は狼狽してなすところを知らなかったのである。
そんなコアコントロールシステムを「今度こそは大丈夫」と言われてもはいそうですかと信用できはしない。
何よりそれほど制御に自信を持っているなら乗組員を「志願者のみ」に限定することなどないではないか。
しかし、そんなウィッチの皆様の反応は中佐の予想内であったようで、ミーナ中佐は表情を再び引き締めて言葉を続ける。
「この作戦は現在の連合軍が持つ戦力のほとんどをつぎ込む乾坤一擲の作戦です。もし失敗した場合は…………」
そこで言葉を切り、中佐はルッキーニ少尉に一瞬気遣わしげな視線を送る。
「失敗した場合は?」
「ロマーニャ全土をネウロイに明け渡します。連合軍はロマーニャ国民と共にガリアへと撤退しアルプスのラインに新たな戦線を構築します」
「え…………」
「そして、それに伴ってこの501戦闘航空団も解散することになります」
ミーナ中佐の言葉に、ブリーフィングルーム内が再び静まり返る。
ロマーニャを…………明け渡す?
イスパニア広場。真実の口。コロッセオ。ルッキーニ少尉とマリア殿下と3人で廻ったローマの光景が脳裏によみがえる。
あの思い出の地が、ネウロイに蹂躙される光景を想像するだけで気分が悪くなる。
そして室内の重苦しい沈黙を破ったのは、劈くような泣き声であった。
「いーーやーだああああ!うわーーーん!」
シャーリーさんの隣に座っていたルッキーニ少尉が顔をくしゃくしゃにして泣いている。
「ぐすっ……ろ、ロマーニャを…………えぐっ、ネウロイに渡しちゃうなんて……そんなのやだーーー!」
「よーしよしルッキーニ……お前の故郷をネウロイに渡したりなんか絶対にしないからな」
そんなルッキーニ少尉をシャーリーさんは抱きかかえるようにして慰めている。
無理もない。
ルッキーニ少尉にとっては自分達の暮らした祖国がネウロイの支配下に入るかもしれないと宣告されたのだ。
平静でいられるほうがおかしいというものだろう。
「ミーナ!貴様はそれで納得しているのか?故国を失うつらさを誰よりも理解している貴様がそんな…………」
「してるわけないでしょう!」
バルクホルン大尉の言葉に、ミーナ中佐は初めて感情をあらわに言い返す。
「私だってこんな作戦、納得できないわ…………でも、このまま持久戦を続けるだけの戦力が私たちにはないのも事実なの」
「それは…………」
ミーナ中佐の言葉に、大尉も先ほどの勢いを失って俯く。
中佐は確かにこの戦闘航空団の司令ではあるが、階級としては中佐にすぎず軍全体としてみた場合は中級指揮官の一人でしかない。
軍全体の戦力の話を持ち出されれば沈黙するしかなかったであろうことは想像できる。
……結局のところ、我々には示された作戦の枠内で最善を尽くすしか道は残されていなかった。
再び重たい沈黙が室内に降りようとした。
その時である。
「勝てばいいんでしょ?」
その声はかすかだが、ここにいる全員の耳にはっきりと届いた。
普段の雰囲気からかけ離れたその言葉に、室内の皆様が一斉にその言葉の主――サーニャさんに驚きの視線を向ける。
サーニャさんは急に注目を集めたことに少しはにかみながら、しかしまっすぐな視線を皆に送っていた。
「そ、そうだよ!」
「その通りですわ」
「勝とう!」
「うん!」
一瞬遅れて、次々にサーニャさんの言葉に賛同する声が上がる。
「そういうこと。何を不安になってるのさトゥルーデ」
そんな大尉にからかうような言葉をかけたのはもちろんエーリカさんだ。
「ふ、不安になってなどいない!たとえ一人になろうと、私は最後まで戦う!」
「一人になんてさせない」
バルクホルン大尉の言葉にかぶせるように、ミーナ中佐が強い口調で言い放つ。
「私たちは11人でストライクウィッチーズよ。みんなで力を合わせれば、きっと勝てるわ」
「そうですよバルクホルンさん!絶対勝ちましょう!!」
「…………ああ!そうだな宮藤」
宮藤さんの言葉に、バルクホルン大尉は迷いを捨てた表情で頷いた。
「では、作戦発動時刻は明朝1000。それまでは各員いつでも出撃できるよう、準備をしておいてください。……解散!」
「「「「了解!!!」」」」
ミーナ中佐の言葉に、ウィッチの皆様方が一斉に立ち上がりブリーフィングルームを出て行く。
訪れるべき最終決戦に気分が高揚しておられるのが分かる。
しかし。
(11人、か…………)
そんな雰囲気の中ポツリとさびしげな表情で呟いた坂本少佐の言葉を、私は聞き逃すことは出来なかった。
以上で本日の投下を終わります。
次話も頑張りますのでよろしくお願いします。
こんにちは。
また遅くなって申し訳ありません。
続き投下します。
こつ、こつ、こつと私の足音だけが人気のない廊下に反射する。
今頃ウィッチの皆様は明日の作戦発動に備えて睡眠をとっていらっしゃることであろう。
私は日課となっている夜の見回りを行っていた。
いつもならば隣に坂本少佐のお姿もあるのだが、作戦発動前に出来るだけ休息をとっていただきたいと少佐に強硬に申し出て一人での見回りとさせていただいた。
昼間のブリーフィングルームで少佐がつぶやいた「11人、か……」という一言。
その時の少佐の顔は、どこかつらそうな、儚げなもので、私の脳裏に焼きついてずっと離れてくれないでいた。
「私もお役御免かな」と笑いながら呟いていた少佐の姿がオーバーラップする。
そんな少佐のために、私はまた、何も出来ないでいる。
せめて従兵としての仕事を全うすることが少佐への――――
「圭助さん?」
思考に沈み込んでいた意識が、不意にかけられた声により現実へと覚醒する。
振り返ると宮藤さんが私に驚いたような視線を送っているのが見えた。
「どうされたのですか?明日の作戦に備えて早く休むようにということでしたが」
「……何だか寝付けなくて」
そういっていたずらっぽく小さく舌を出す宮藤さん。
大きな作戦の前に興奮して寝付けなくなると言うのはよく分かる。
特に生粋の軍人でない宮藤さんならなおさらのことだろう。
「圭助さんは?いつもの見回りですか?」
「はい」
「…………」
宮藤さんは少し考え込んだ後、顔を上げた。
「あの、私もご一緒して、いいですか?」
宮藤さんが遠慮がちに申し出てくる、その申し出に一瞬心が動く。
正直、昼間の事もあり、一人で薄暗い廊下を歩いていると心が際限なく沈んでいくような気分で、誰か話し相手がいればと思っていたところだったのだ。
しかし、大事な作戦を控えたウィッチの方々の睡眠時間を奪うような真似は、それが善意からの申し出であっても躊躇われた。
私はゆっくりと首を横に振る。
「申し訳ありませんが、宮藤さんは明日の作戦に向けてゆっくりお休みください」
「…………そう、ですか」
「お部屋までお送りします。それまでお話に付き合っていただけますか?」
「はいっ!」
私の言葉に宮藤さんは嬉しそうに答え、歩き出す私の後ろについてきた。
「坂本さん、大丈夫でしょうか」
歩き出してすぐ、宮藤さんが口を開く。
先ほどまでの自分の内心を言い当てられたようで、思わず立ちどまった。
そんな私に正面から視線を向けつつ、宮藤さんは話を続ける。
「さっきのブリーフィングの時もなんだか元気ない様子でしたし……やっぱり私が怒らせちゃったのかな…………」
「坂本さんはそのようなことを気にされる方ではありません。あまり気を落とされないほうがいいと思います」
「でも…………あれ?」
そこまで言ったところで宮藤さんが何かに気づいたように振り返った。
「……格納庫に誰かいます」
緊張した面持ちでそれだけを告げる宮藤さん。
作戦開始日前日ということで整備班の人間も早く上がっているはずだ。
私は手振りで声を立てぬよう宮藤さんに合図をすると、足音を立てぬようにゆっくりと格納庫へと近づいていく。
普段の二倍近くの時間をかけて、格納庫の中が見える位置まで近づいた。
格納庫は明かりがついておらず、暗いままであったが確かに人の気配がする。
(誰でしょう?)
(少なくとも外部の人間ではないでしょうが…………)
曲がりなりにも軍事施設であるここに外部の人間が入り込めるとは考えづらい。
宮藤さんと一緒に、私は入口からドアを覗き込んだ。
ストライカーユニットの発進台の上に見える人影を、かすかな常夜灯が浮き上がらせていく。
その白い詰襟の制服は私にとって見慣れたもので―――
(坂本さん!?)
思わず声を上げそうになり、慌てて手で口を覆う。
驚いた私は傍らの宮藤さんと顔を見合わせた。
私たちの存在に気づいていない様子の坂本少佐はストライカーユニットを装着すると、発進準備に入る。
その足元に魔方陣が広がるがしかしその光は弱弱しく、力尽きたように少佐が肩を落とすのと同時に魔方陣も消滅した。
肩で大きく息をするその少佐の姿は、今までに見たどの少佐の姿よりも小さく見えた。
少佐の魔力の減衰は、我々が想像していたよりも遥かに深刻であったようだ。
(坂本さん……)
(少しお待ちください)
格納庫に入ろうとする宮藤さんを押しとどめる。
坂本少佐の性格からして、このような姿を宮藤さんには見られたくないであろう。
私たちの目の前で少佐は再び目を閉じて集中を始める。
少佐の頭から犬のような耳が生え、薄く発光し始めるがその光は弱弱しく頼りない。
「ちゃんと……ま……わ…………れえええええっ!」
少佐の気合の言葉と共に、足元の魔法陣が大きく広がり、少佐はゆっくりと発進し始める。
その足取りはおぼつかないが、ふらふらと格納庫から発進しようとする少佐。
しかし、少佐の向かう格納庫出口には一人の人影があった。
格納庫の中は薄暗く、人影の正体は分からない。
発進する少佐も人影に気づいて急ブレーキをかけるが、止まりきれずに硬い地面の上に投げ出されるのが見えた。
「坂本さん!」
その光景に居ても立ってもいられず、思わず声を上げて格納庫の中へと駆け込む。
後でお叱りを受けるかもしれないが、その時はその時だ。
(……ミーナさん?)
近づくにつれ、地面の上に寝転がる坂本少佐のそばに立つ人影の正体が明らかになる。
それは間違いなくミーナ中佐であった。
思わず足が止まる。
「坂本少佐。明日の作戦に備えて休息をとるように言ったのだけど」
「今夜しか……今夜しかないんだ!今日中に真・烈風斬を習得しないと!!」
「そんな状態の貴女を行かせられる訳ないでしょう!」
ミーナ中佐のその言葉が終わらないかのうちに、空から大粒の雨が落ちてくる。
雨粒はあっという間にその強さを増し、あたりは土砂降りといっていい状態になるが、お二人は自分の体を打つ雨粒に気づいていないかのように話を続けていた。
「頼む……もう私には、飛ぶだけで精一杯の魔力しか残っていない…………こんな私が明日出撃したところで、足手まといにしかならん」
「それは違うわ美緒、貴女がいるから皆……」
「私は皆と共に戦いたいんだ!」
「美緒…………」
坂本少佐はミーナ中佐から目をそらすと、背中から烈風丸を抜いて構える。
烈風丸の刀身は一瞬明るく光るものの、すぐに消えてしまった。
そんな烈風丸に、坂本少佐が絶望的な表情でしゃがみこむ。
「頼む……一撃だけ…………一撃だけでいいから私に真・烈風斬を撃たせてくれ!」
中佐が少佐に近づき、その頭を自分の胸へと抱え込む。
「私も501の……11人の一人でいさせてくれ!」
相変わらず降り続ける雨音を切り裂き、堰を切ったような少佐の慟哭が響き渡る。
「う……うわあああああああああ…………っ!!」
そんな少佐の姿に、傍らの宮藤さんは身動きすら出来ず、立ち尽くすことしか出来ないでいる。
(少佐……)
あの少佐が。
いつも豪放磊落で、愉快そうに笑い声を上げていた少佐が、これほどの鬱屈を抱えていらっしゃったとは。
そして、誰よりも少佐のお側にいながら私はそのことに気づいて差し上げることすら出来なかった。
(何が従兵だ……何が少佐のお側にいたい、だ…………)
「圭助さん!」
「…………えっ?」
どれほど時間がたったのだろうか。
いつのまにか雨は小降りになっており、心配そうに私の顔を覗き込んでくる宮藤さんの視線とぶつかる。
そんな宮藤さんの表情が、私を自己嫌悪の深い沼から覚醒させてくれた。
少佐だけでなく、宮藤さんにまで気を遣わせてしまうとは。
私は小さく頭を振り、無理やりにも意識を覚醒させた。
「あ、あの圭助さん…………」
「いえ、大丈夫です。少し考え事をしていました」
私の言葉にも、宮藤さんは心配そうな表情を崩そうとない。
「あの、私……」
「ありがとうございます」
宮藤さんの言葉を遮るように笑顔で答える。
作戦の発動を明日に控えた宮藤さんに余計な心配をかけたくはない。
それに、これは私自身が解決する問題だ。
格納庫の出口のほうへ視線をやると、いつのまにかお二人の姿は消えていた。
「……お部屋までお送りします」
「はい…………」
どこか寂しそうに答える宮藤さんを伴い、私はその場を離れて歩き出した。
「……久しぶりだな、土方兵曹」
「このような時間の訪問いたしました失礼をまずお詫びいたします」
「なに、私も明日に向けてやることが多くあってな。今日は徹夜だと覚悟していたところにいい気分転換になった」
深夜の訪問にもかかわらず一分の隙もなく制服を着こなしているその方はそう言って笑う。
机よりグラス二つを取り出すと、本棚の裏より小さなウイスキーのビンを取り出した。
「副長が…………仕事は出来るのだがやかましい男でなぁ……『艦長には全乗組員の模範となっていただかなくては困ります!』と艦長室にある酒瓶を全て没収されてしもうた。これだけは何とか死守した……つもりなのだが、まぁ実際はおそらくお目こぼししてもらっているだけなのだろうな」
目の前の方――戦艦「大和」艦長、杉田淳三郎大佐はそういって苦笑する。
「そんな鬼の副長も今はベッドの中だ。私が艦長権限で無理やりに休ませた」
「…………信頼されているのですね」
「ま、まぁ……奴とは私がここに着任する前からの付き合いだしな」
私の言葉に、杉田艦長は目をそらす。
ごまかすように小さく咳払いをすると、大佐はグラスにウイスキーを注ぎ、ひとつを私の前へと押しやった。
「それよりどうだ一杯。坂本さんには黙っておいてやるぞ」
「…………頂きます」
私の返事に、勧めた当人の大佐が意外そうな表情になる。
「ほう…………君がこういう誘いを受けるとは」
杉田艦長の言葉に無言で小さく礼を返し、私はグラスを取る。
あの雨の中で慟哭の声をあげる坂本少佐の表情が脳裏から消えてくれない。
酒の勢いでも借りなければ今から言う非常識な要望は出来そうになかった。
「では…………乾杯!」
「乾杯!」
グラスをかちん、と合わせ、そのままその琥珀色の液体を一気に呷る。
胸を焼くような厚い塊が食道から胃へと降りていくこの感覚には、おそらく生涯慣れることは出来ないであろう。
対面の杉田艦長はそんな私を微笑ましそうに見つめている。
「さて、土方兵曹。まさか私と飲むためにこんな時間にたずねてきたわけではあるまい?」
「は…………」
艦長の言葉に私は覚悟を決め、艦長の顔をまっすぐに見つめつつ言葉を発した。
「私を…………大和に乗せてください」
と言う所でここまでです。
何だか1か月1話になっちゃってますね。
何とかせねば。
あ、夏コミに向けて頑張ってます。
1日目、東ピ-13a「海の漢」をよろしく。
セルフage
すいません。
次話はもう少しお待ちください。
お待たせして申し訳ありません。
何とか続き投下ですが短いです。
夏コミが終わったんでもう少しペースを上げられるよう頑張ります。
それでは。
アドリア海、戦艦「大和」艦上。
「杉田司令、艦隊出航準備よし」
副長がそう申告するのを、杉田司令は頷きで返す。
杉田司令に「鬼の副長」と呼ばれるだけあって、その言葉にクルー全員の表情が引き締まるのが分かった。
咳払いを一つすると、杉田司令は艦橋より前方を見据えつつ号令を下した。
「うむ。では、これよりオペレーション・マルスを発動する……諸国連合艦隊、出航!!」
「出航!!」
杉田艦長の号令一下、各国連合艦隊は港を出港すると「大和」「天城」を中心とする輪形陣を取り、ヴェネツィアに向けて出港する。
本来「大和」の艦長に過ぎない杉田大佐は連合艦隊に命令を下せる地位には居ないのだが、この作戦発動に当たり司令相当の指揮権と代将の階級を臨時に与えられており、「こんな形で将官に昇進するとは思わなかった」と当の杉田司令自身も苦笑いを浮かべていた。
その代わり今は副長が臨時に艦長代理として大和の指揮を執っておられるそうだ。
人類の命運をかけた一戦に臨むことに、艦橋の杉田司令以下のクルーたちも緊張が隠せない様子である。
「一四○○より作戦室にて最終確認を行います」
「うむ」
艦長代理の言葉に頷いた司令は、私に視線を向けてくる。
「土方兵曹、君も参加したまえ」
「わ、私がですか?」
思わず復唱も忘れて問いかける。
私の無礼にも気分を害した様子もなく、司令は続けた。
「うむ。我々のパートナーたるウィッチ隊。彼女たちについて君以上に詳しい人間はこの艦にはいない」
「…………は」
艦長の言葉に、敬礼を返す。
杉田艦長たちがウィッチの皆様をパートナーと呼んでくださったことが、私には嬉しかった。
「では、オペレーション・マルスについて説明いたします」
作戦室にて、壁にかけられた作戦図を前に、館長代理が話し始める。
「作戦の要となるのはこの大和と、そして隣に随伴する天城です。当艦隊はこのままウィッチ隊のエアカバーの下アドリア海を北上し、
ヴェネツィア上空に居座るネウロイの巣へと接近します」
その言葉に従い、副官は手に持った指揮棒の先をヴェネツィアへと近づけていく。
「そしてヴェネツィアに十分近づいたところで我々は全員天城へ移乗、移乗を確認したところで大和の魔導エンジンを起動、大和のネウロイ化を開始します」
当初の計画ではネウロイ化した後も大和にエンジン制御のための人員を残す計画であった。
しかし、人が乗った艦船をネウロイ化するという危険性、またそうした場合大和に残った人間には実質的に生還が望めない特攻攻撃となることの非人道性を
杉田司令が強硬に主張してくださったおかげで、今の作戦内容となったとのこと。
「そのまま大和は浮上したのちネウロイの巣へと突入し、主砲のゼロ距離射撃によりコアを撃破いたします」
そういって副長は言葉を切る。
成功したとしても大和はもはや使い物になるまい。
扶桑の誇る世界最大の戦艦を使い捨てにするこの作戦に、誰もが緊張した面持ちを隠せない。
「魔導エンジンによってネウロイ化した大和を制御できるのは10分間。その間に大和をネウロイの巣に隣接させねばいけません。ウィッチ隊、および諸国連合艦隊の役割は
大和に近づくネウロイの排除と大和の護衛となります」
「土方兵曹、ウィッチの皆さんの状態はどうだ?」
そう言って司令は私に視線を向けてくる。
それが合図となったかのように室内の視線が私に集中してきた。
私は目を閉じて501の皆様の顔を思い浮かべた。
楽天的なリベリアン気質の典型のようでいて、いざというときには頼りになるシャーリーさん。
地中海の陽光のごとき笑顔をいつも皆様に降りまいているルッキーニ少尉。
たおやかなようでいて、決して折れぬ強い意志を持ちのサーニャさん。
どこか孤高の姿を保ちつつもサーニャさんを始め仲間のことをいつも気にかけておられるエイラさん。
カールスラント人の典型ともいえる規律意識と一途さで隊の空気を引き締めているバルクホルン大尉。
飄々としつつもウィッチといての技量は並ぶもののないエーリカさん。
男性恐怖症で気弱な面の覗かせるが、戦闘においては大型の対戦車ライフルを取り回しサポートとして活躍するビショップ曹長。
貴族出身らしい気高さとノブレスオブリージュを全身に纏い、常に皆様のことを気にかけておられるペリーヌさん。
あふれるほどの魔力容量とウィッチとしての才能を持ちつつも常に努力を欠かさない芳佳さん。
そんな面々を持ち前の包容力で統率しているミーナ中佐。
そして。
最後にもはや絶滅したといわれる侍のごとき凛とした空気を纏った我が敬愛する上官の姿を思い浮かべ、私はゆっくりと口を開く。
「……必ずやウィッチ隊の方々は護衛の任を果たして下さると確信しております。私たちは私たちのできることに全力を尽くしましょう」
「そうか。貴官がそう言うのであれば安心だな」
私の言葉に、艦長は得たりとばかりに頷く。
他の皆様もどこか案したような表情だ。
…………正直、私の言葉に根拠などない。
そのことは艦長もお分かりであろう。
しかしウィッチ隊の皆様と長い時を過ごしている私が「できる」と断言することで、皆様の心が落ち着くというのならいくらでも断言しよう。
「小形ネウロイ多数接近」
見張りからの報告に艦橋に緊張が走る。
ウィングに出て双眼鏡をのぞくと、遥か北方の空に黒い点にしか見えないネウロイが無数に接近してきているのが見えた。
上空のウィッチ隊の皆様に目を転じると、すでにミーナ中佐が何事か指示を下している。
「こちらウィッチ隊。これより迎撃に移ります」
ミーナ中佐の短い通信が切れると、上空で待機していたウィッチの皆様方が一斉に前方へと飛んでいく。
その先頭を飛ぶ、扶桑の純白の軍服を纏った一人の方の姿が目に入ってきた。
(坂本さん……)
ウィッチの皆様が飛び去って行った空を見上げる。
昨日の夜に偶然見てしまった、豪雨の中で泣きじゃくる坂本少佐の姿が、脳裏から離れてくれない。
今朝の坂本少佐にはいつもと変わったところはなかったが、それが却って不安になる。
坂本少佐に限って、と考えれば考えるほどあの昨日の少佐の泣き顔が浮かんできてしまう。
「心配か?」
「……司令」
そんな私の姿を、作戦遂行への不安と解したか杉田司令が声をかけてきた。
慌てて敬礼する私に、司令は鷹揚に答礼を返す。
「この作戦について、ウィッチ隊の諸君や貴官が心から賛成してはいないのは重々承知している」
「いえ、そのような…………」
「だがな、扶桑の象徴ともいえる大和まで派遣して何の戦果もありませんでした、では済まないのだ。誠に申し訳ないとは思っているが、私にはこれ以上の作戦は思いつかなかった……」
そう言って司令は深々と頭を下げた。
私は慌てて司令の手を取る。
「お、お顔をお上げください。与えられた状況のなかで最善を尽くすのが軍人というものだ、それが坂本さんの口癖でした。きっとあの方々は立派に任務を果たして下さるはずです。ならば我々も我々の任務を果たすことがあの方々への何よりの報いとなりましょう」
「うむ」
そう返事をして顔を上げた司令に釣られるように前方に目を転じると、もう戦いは始まっているのか銃撃の音が遠くから響いてくるのが聞こえる。
戦いは、はじまったばかりであった。
と言う所で終わりです。
短くて申し訳ありません。
それでは。
こんばんは。
結局2か月たってしまいました。
申し訳ありません。
では、続きを。
「…………」
「…………」
時が止まった、とはまさにこのような空気のことを言うのだろう。
沈黙が降りた部屋の中で、時計が時を刻む音だけがやけに大きく響く。
私と坂本少佐が黙ってお互いを見つめ合っていたのはほんの数秒のことであったが、その数秒の間に私の頭の中をいろいろな思いが駆け巡る。
あの恥ずかしい独白をどこまで聞かれてしまったのか。
いつの時点で目が覚めておられたのか。
いや、それよりとりあえず坂本少佐が意識を取り戻されたことをミーナ中佐たちに知らせないと……
そんな、奔流のように渦を巻く思考を持て余した末に私の言語中枢が紡ぎだした一言は
「お、おはようございます……」
という間抜けにもほどがある一言であった。
そんな私の間抜けなひと言に、少佐もまた毒気を抜かれたような表情で
「う、うむ……おはよう」
と答えた。
再びさして広くもない医務室に沈黙が降りる。
やがて。
「……ぷっ」
その一瞬後思わず噴き出したのは私であったか少佐であったのか。
「ふははははっ!」
「ふふふ」
その後、医務室に響く笑い声。
一度箍が外れてしまえば、お互いの先ほどまでの滑稽な姿が思い出され、二人でひとしきり笑い声をあげる。
それはマルス作戦が発動されて以来久しく見ていない、少佐の心からの笑顔であった。
その姿を見られたことが、私にとっての何よりの喜びである。
先ほどまでの鬱屈した気持ちは、どこかへと飛び去っていた。
「……土方」
笑いの発作がひとしきり収まった後、少佐は表情を真面目なものに改める。
部屋の中をひとしきり見回した後、少佐は口を開いた。
「ふむ……ここは天城の医務室か?…………という事は、マルス作戦は成功したのだな?」
「は」
「そうか…………」
少佐は安心したように息をつく。
少し躊躇ったように沈黙した後、少佐は再び口を開いた。
「すまぬが……大和に乗り込み、魔導エンジンを再起動させた所までは覚えているのだが、そこからの記憶があいまいでな。貴様の知っている限りでいい。話してくれないか」
「…………」
少佐の問いかけに私は沈黙する。
ネウロイのコアに取り込まれ、我々連合艦隊に対し攻撃を仕掛けてきたなどという事を果たして正直に話すべきであろうか。
第一、現場で見ていた我々にも何がどうなったのか不明な点も多いのだ。
不確定な情報でいたずらに病み上がりの少佐の御心を乱してよいものか…………
「その顔……どうやら私にとってあまり愉快な話ではなさそうだな」
私の表情に何か察するものがあったのであろう、少佐がそう聞いてくる。
しかし、続く少佐のお言葉は明快であった。
「構わん。話せ」
「…………は」
少佐の続いての言葉に、私は躊躇いを振り切って話しはじめた。
話していたのは十数分のことであっただろう。
やがて少佐が口を開く。
「……なるほどな。そんな事になっていたのか。何とも無様なことだな」
「それは違います!ウィッチ隊の皆様、そして連合艦隊の将兵たち、そして何より……坂本さんの存在なくしては作戦の成功は不可能でした!そのことは連合艦隊の誰もが承知しております!!」
思わず力の入った私の言葉にしかし、少佐は弱弱しい笑顔で答えただけであった。
「しかし私は最後に……その、皆に迷惑をかけてしまったのだろう?私のつまらぬ意地のために、私は…………危うく取り返しのつかぬことをするところだった」
「…………」
私は少佐にかけるべき言葉が見つけられず沈黙するしかなかった。
少佐は大きくため息をつき、少佐は自分の手元に視線を落とす。
胸の前で握られたその両手は小刻みに震えているようにも見えた。
「美緒や宮藤さんに丸投げしちゃった」と辛そうに言い放ったミーナ中佐。
コアに磔られた少佐の姿を見た瞬間に誰よりも早く飛び出して行かれた宮藤さん。
色々な方たちの姿が脳裏に浮かぶ。
目を閉じて、そんな方々の思いを整理して、私はゆっくりと口を開いた。
「坂本さん。そのように自分をお責めになられては、坂本さんを救うために奮闘された皆様の立場がありません」
「しかしだな…………」
「坂本少佐」
「土方?」
私は敢えて「少佐」と階級をつけて呼び、少佐の顔を正面から見据える。
戸惑ったように視線をさまよわせる少佐に、私は万感の思いを込めて告げた。
「それでも…………少佐がご無事で……良かったです。それが私の……いえ、この艦隊の要員全ての偽らざる気持ちです」
「そ……そ、そうか…………うむ」
それは私を含め、この作戦に参加した者たちすべての想いであったろう。
私の言葉に、少佐は居心地が悪そうに視線を外す。
そんな少佐の姿に、思わず全ての立場やしがらみを捨ててその華奢な体を抱きしめたくなる衝動に駆られるが、全身の理性を総動員してその衝動に抗う。
「ですから少佐、今は皆で勝ち取ったこの勝利を喜びましょう。その後の事は、その時考えればよいではありませんか」
「…………」
我ながら無責任なことを言っている、と思う。
私が言っているのは「とりあえずすべて放り出せ」という言葉に等しい。
だが今の少佐には、何も考えずに心と体を休める時間が必要なのだ。
たとえそれが少佐の希望とは異なるとしても。
暫くの沈黙ののち、少佐は大きく息をついた。
「……そうだな。今はこの勝利を喜ぶべき時か」
「は」
そう答える少佐の表情は、いつもの自信に満ち溢れておられた。
(ちょ……いで)
(もう…………いの)
入口の方から聞こえる、そんな微かな声。
今まで少佐との会話に夢中で気づかなかったが、閉じられた医務室の入口に複数の人の気配がある。
同時に少佐も気づかれたようで苦笑を浮かべて視線を送ってきた。
少佐に小さく会釈を返すと、入口の方へと歩み寄っていく。
がらっ
「わっ!」
「きゃっ!」
私がドアを開くのと同時に、複数の人影が室内へとなだれ込んでくる。
その面子に、私は小さくため息をつく。
「シャーリーさんにルッキーニ少尉はともかく…………宮藤さんやミーナ中佐まで、何をしておられるのですか」
「ミーナ…………カールスラント人も随分砕けてきたものだな」
「あ、あはは……」
「宮藤も、私は盗み聞きのやり方など教えた覚えはないぞ」
「ご、ごめんなさい」
少佐の呆れたような声に苦笑を返すのはミーナ中佐。
宮藤さんはこの世の終わりのような表情で俯いている。
その横で床に倒れているシャーリーさん、そしてルッキーニ少尉もばつが悪そうに頭を掻きながら立ち上がる。
「お二人も、病人の部屋を盗み聞きとはあまりよろしい趣味とは言えませんよ」
「うじゅ……ごめんね兄ちゃん」
「まーまー少佐も無事目を覚ましたことだし、ここはひとつ結果オーライってことで…………ごめんなさい」
空とぼけようとしたシャーリーさんも、私と何より少佐の眼光に恐れをなしたかのように慌てて謝る。
そんな仕草にもどこか愛嬌を感じるのはシャーリーさんという方の為人であろうか。
少佐は小さくため息をつく。
「まったく……相変わらずだな貴様らも」
「美緒……今回のことは」
「それ以上言うな、ミーナ」
ミーナ中佐が謝罪の言葉を口にしようとするのを、少佐は片手をあげて制する。
「今はこの勝利を喜ぼう。こんな時に誰が悪かったなどと追及する無粋者もおるまいよ」
「でも!それじゃ……」
「この勝利は私だけでも、もちろんミーナ達だけでも得られなかった。我々ウィッチ隊と、そして連合艦隊の将兵たち皆の勝利だ。そこに非難されるべき人間がいるとは思えん」
「そ、そうです!ミーナさんは悪くないです!」
「私もそう言ったんだけどな……ミーナが『美緒には一度謝らないと私の気が済まない』って聞かなくてな」
「ミーナったら真面目なんだからー」
宮藤さんがここぞとばかりに同意し、シャーリーさんとルッキーニ少尉が混ぜ返す。
お三方もお三方なりにミーナ中佐達のことを心配していたのだろう。
ややあって、ミーナ中佐は小さく息をついた。
「……そうね。こんなとこで戦犯探しをするのもばかばかしいわ」
シャーリーさんの表情が緩むのを見計らったように、艦内放送が流れてくる。
―――艦橋より各員へ。間もなく本艦隊はローマに入港する。入港準備にかかれ
室内のスピーカーより聞こえてきたその声に、部屋にいた人間が一斉に立ち上がる。
「では、私は艦橋に戻ります。坂本さんはどうかごゆっくり養生なされて下さい」
「そうです!あとは私たちに任せてください!」
「人を病人扱いするな馬鹿者」
ミーナ中佐と宮藤さんの言葉に答える坂本少佐の顔はしかし、笑っていた。
「今の今まで眠ってた人が何言ってんの。どこに出しても恥ずかしくない怪我人よ。圭助くんの忠告に従っときなさい。これは命令よ坂本少佐」
「はいはい。仰せのままに隊長殿」
そう言っていささか大仰な敬礼を送る坂本少佐。
呆れたような表情ながらどこか嬉しそうなミーナ中佐。
そのお二人の姿を見ながら、私は改めて、この作戦の成功を実感した。
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