男「どうやら南の島の魔法学校に試験編入することになったらしい」(8)

男「ふう……」

甲板にあるフェンスから身を乗り出すと、顔の横をあったかい潮風が通り過ぎて行った。
それと同時に、一瞬だけつんと鼻に来る、だけどどこか懐かしい潮の香りが伝わってきた。
俺たちの乗っているこのクルーザーは、あるところに向かっていた。
それは――

男友「よっ、男」

男「男友」

男友が下の船室から出てきて、いつの間にか俺の横に並んでいた。
ぼーっとしていたから全然気づかなかった。

男友「浮かれる気持ちも分かるが、そろそろ下で休んだらどうだ?」

男「そうだけど……。そういやいま何時だっけ?」

そんな俺の様子に男友がやれやれと溜め息をついた。
どうしたんだろう。

男友「10時だ」

男「え?」

どうりで周りに人がいないと思ったら……
出航したのが7時だったから、俺は3時間もここで時間を潰したことになる。
とすると、向こうに着くのは――

男友「向こうに着くまであと1時間ってとこだ。ま、今のうちにさっさと休んどけよ」

男「あ、おい!」

そう言うが早いか、男友は船室に戻って行った。
そして、俺はその場に一人取り残されることになった。

俺の名前は男。
『私立したらば高校』の2年生だ。
さっきの男友ってやつは俺の同級生で、1年の時からの腐れ縁だ。
それで、なんで俺たちがこんな朝早くからクルーザーに乗っているのかというと、これにはある理由がある。

南の島にある全寮制の魔法学校、名前は『神谷学園』。
今回、交換留学生制度(?)とかいうのを利用して、夏の間だけ試験編入という形で、向こうの学生と交流することになった……らしい。
募集人数は15人だった。
まあ、魔法なんていう胡散臭いワードを聞いて、俺も最初はまったく行く気はなかったんだが――

男友「噂によると完全な女子校らしいぜ。ってことはだ、うまいこといったら南国のお嬢様と一夏の思い出なんてことも……」

言い忘れていたが、俺たちの通う高校は男子校だ。
女の子と知り合うきっかけなんて滅多にない。
男というものは悲しい生き物だ。
まさに餓えた狼と同じだった。
だから、俺の中には一瞬の迷いも存在しなかった。

それ以外にも純粋に待遇がよかったというのもある。
寝泊まりする部屋には冷暖房が完備されている。
毎日三食とも豪華な食事が用意されていて、寿司やステーキ、焼き肉なんかも出てくる。
港からは送迎バスで学園まで送り迎えもしてくれる。
なんとも至れり尽くせりだ。
これを逃す手はなかった。

男「この夏で俺は……」

汗でじんわりと湿った拳を固く握りしめる。
それを太陽に向かって突き上げ、そして叫んだ。

男「漢 に な る ッ!!」

それはまさに一世一代の決意表明だった。
魂の熱く唸るような叫び声だった。
だが――

担任「やかましい!」

男「へぶっ!」

後頭部を襲った突然の痛み。
後ろを振り返ると、呆れ顔の担任が出席簿を片手に立っていた。
どうやら俺は出席簿の角で頭を叩かれたらしい。

男「いきなり叩くなんてひどいですよ……」

担任「男……おまえ、俺の話を聞いてたか?」

担任はじっと俺の顔を覗き込む。
40代の独身貴族の脂ぎった顔が、目と鼻の先に近づいてくる。
その脂汗の匂いに、俺は思わず顔をしかめた。

担任「到着の1時間前には説明があるから、各自部屋で待機しておくようにといったはずだぞ?」

男「え?あ……」

さっき男友が来たのはそういうことだったのか。
遠まわしに俺を部屋に戻るように仕向けたらしい。
だけど、その結果は見ての通り、空回りで終わったわけだが……

男「せ、先生っ!」

担任「……ん?」

恐らくこのままだと長い説教が待っているにちがいない。
そして、担任には余計な言い訳は一切通用しないということは、今までの経験から学習していた。
この状況をうまく回避する方法、それは――

男「せ」

焦ってたせいで、つい言葉が詰まった。
さて、気を取り直して――

男「せ、先生の赤ジャージ素敵ですねっ!先生の坊主頭と見事にマッチしてて絶妙なバランスを保ってると思います!あと、ちょび髭もいいアクセントになってて――」

この直後、俺は思いっきり首根っこをつかまれて、部屋の中に引きずり込まれ、そして長い説教を受けることになった。
担任は怒りの形相だった。
短気な人だと思った。

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