える「お呼び立てして申し訳ありません」(65)

3月も中旬に差し掛かる頃だ

昨日から千反田の様子がおかしい
何か聞きたい事がある様なのだが
口を開きかけては俯き
また口を開きかけては俯き
これを延々と繰り返している

まるで機械仕掛けの人形みたいだな

そんな事を思っても口には出さない
千反田の表情から、それを思い留めるだけの真剣さが読み取れるからだ

いや
この表情は切迫感と言った方がいいかもしれない
少し恥ずかし気なのも気になる所ではあるが

まあでも
こちらから問い掛ける事はしない
何よりそれは俺の省エネ主義に反する事だし
それが本当に重要であれば
自らの好奇心に敗北するのは時間の問題だろう
千反田えるとはそういう人間だ

しかし
その時間を待てない奴がいた

伊原だ

摩耶花「ちーちゃん、さっきからどうしたの?」

える「は、はい?」

摩耶花「何か落ち着かないみたいだけど」

える「そ、そんな事」

チラッ

える「ありませんけど」

何故、俺を見る

摩耶花「おーれーきー?」

ほら来た
自分でつっついておいて人に疑いの目を向けるとは理不尽極まりない
ここはキッパリと否定しないとな

奉太郎「俺は何も知らんぞ」

摩耶花「そんな訳ないじゃない」

摩耶花「ちーちゃん今あんたの方見たし、 絶対何かやったに決まってる!」

こいつ断言しやがった

里志「まあまあ」

里志「理由を聞かずに奉太郎を責め立てるのは良くないよ」

おお
良く言ってくれた、里志
やっぱり信じられるのはお前だけだ

里志「本人の気付かない所で何かしでかしてたなんて、奉太郎には良くある事じゃないか」

前言撤回
信じられる奴なんか誰も居やしないんだ

里志「冗談だよ、奉太郎」

里志「千反田さん、何か聞きたい事があるんじゃないのかい?」

える「い、いえ、その」

チラッ

はぁ
もうこれは聞いた方が早いし
エネルギー効率もいい

奉太郎「何か気になる事でもあるのか?」

える「えっと、その」

何だ?
ここまで歯切れの悪い千反田は珍しいぞ

奉太郎「どうした?」

える「あ、あのですね」

奉太郎「あ、ああ」





える「 やっぱり言えません!」

こうして
千反田は部室を飛び出して行き、伊原がそれを追って行った
これが10分前の 出来事だ

里志「奉太郎、本当に心当たりは無いのかい?」

奉太郎「当たり前だ」

奉太郎「そんなのある訳がないし、あったらとっくに話している」

ガラッ

扉を開けたのは伊原だった

摩耶花「折木、あんたに聞きたい事があるんだけど」

奉太郎「俺に?」

摩耶花「 あんた先月、校内の誰かに物を貰ったりした?」

奉太郎「は?」

こいつは一体、何を言ってるんだ?
そう思ったが
一応思い返してみる事にする

先月に誰かから物を貰ったか

特に思い当たる事はないな
何度か千反田が家の頂き物だと言ってお菓子を持って来たが
これは除外してもいいだろう
この場合なら、校内の誰かなどという言い方をしないだろうからだ

また
この物は、ある程度特別な物である筈だ
例えばシャーペンの芯を譲ってもらっただとか
ガムを噛むかと問われて貰っただとか
そういうのも除外していいと思う

結論:先月、俺が校内の誰かに貰った物など何も無い

奉太郎「貰った物は何もないな」

摩耶花「本当に?」

奉太郎「本当だ」

摩耶花「そう」

摩耶花「ならいいわ」

そう言って伊原は出て行った

奉太郎「一体、何なんだ?」

里志「さあね」

里志「奉太郎に分からない事が、僕に分かる訳がないよ」

そして日曜日
俺は千反田に喫茶店に呼び出されていた

える「お呼び立てして申し訳ありません」

奉太郎「いや、構わない」

奉太郎「それで、やっぱり何か 気になる事でもあったのか?」

える「いえ、何も」

は?
だったら何で俺は呼び出されたんだ?

える「何か私の態度で少し心配を掛けてしまった様ですので」

える「お詫びをしたかったんです」

という事は
千反田の抱える何らかの問題(もしくは好奇心をくすぐる何か)は解決したのだろうか
それならそれで喜ばしい事ではあるが

奉太郎「で、決まったのか?」

える「はい?」

奉太郎「いや、何を頼むか」

える「え、あ・・・そうですね!いたっ!」

千反田は跳ねる様に反応し
膝をテーブルにぶつけた

解決・・・したんだよな?

大丈夫かと問い掛けようと口を開きかける
しかし
それが口を突いて出る事はなかった
いきなり千反田が身を乗り出したからだ

える「お、折木さん!」

奉太郎「は、はい!」

いつもながら近い、近い
急速に頬が染まって行くのを感じる

える「ここのホットチョコレートは凄く美味しいそうです!」

える「飲んでみませんか!?」

そういう飲み物が好みとは言えなかったが
気迫に飲まれた俺に断りの選択肢が用意されてるとは、とても思えない

奉太郎「わ、分かった」

週が明けて
俺は何となく口の中に甘さを引きずっている感覚を持ちながら授業をやり過ごした
あの後
特に何が起こった訳でもなく、他愛のない世間話をして散会となった
何だったんだ、一体

他に気になる事といえば
千反田が自分が支払うの一点張りだった事だ
何となく、らしくない

える「折木さん」

振り向くと千反田が立っていた

える「これから部室ですか?」

奉太郎「そうだ」

える「では一緒に行きましょう」

何だいつもと全然変わらないじゃないか
そう思った次の瞬間
俺は階段下のスペースに引っ張り込まれていた

奉太郎「ち、千反田!?」

える「しっ」

千反田の白く細い指が唇を塞いだのが何となく信じられなく感じられたのは
それが普段の日常には無いものだったからだろう

数秒は呆けていただろうか
千反田の目が階段の方を向いているのを確認したのはそれからだった
視線の先に
自分のクラスの同級生を含めた女子数人が居る事に気付いた

女生徒A『それでそれで、友樹君にバレンタインのお返し貰ったの?』

女生徒B『う、うん・・・クッキーもらった』

女生徒C『それはいいから、返事は?』

女生徒B『えっと、あの・・・OKだって』

女生徒A『そっかー!やったじゃん!』

会話の内容は概ねこんな感じだった
確かに他人が聞いていい話とは、あまり思えない
すると千反田は、こういう会話があるのを予想して隠れたのだろうか
横目で確認すると胸の前で祈る様に手を合わせ
表情には微笑をたたえているのが見えた

える「・・・そういう事だったんですね」

その言葉には安心を感じ取れる
そう、溜息を付く様な

奉太郎「知り合いだったのか?」

える「彼女達がですか?」

肯定の意で軽く頷く

える「いいえ」

える「確か折木さんと同じクラスの方ですよね?」

奉太郎「そうだな」

える「それ以外は何も知りません」

どういう事だ?
知り合いでないにしては、大袈裟過ぎないか?
ほら
安心の仕方とか
さっきだって別にやり過ごす事が出来た筈だろう
わざわざ階段の下に隠れなくたって

偶然、何らかの理由でバレンタインにチョコを渡したのを知ってしまった
これは十分有り得る事態だ
そして恐らくそうなのだろう
でもこの反応は大袈裟だ

それとも女性とはそういうものなのか?
それに

える『・・・そういう事だったんですね』

これはどういう意味だったのだろう

える「折木さん?」

気付くと千反田が顔を覗き込んでいた
かまを掛けてみるか

奉太郎「もしかして、今ので解決したのか?」

える「解決・・・ですか?」

奉太郎「いや、何となく様子がおかしかったろ」

える「ああ、そういう事ですか」

える「それなら解決したと言えるのかもしれませんね」

その屈託の無い笑顔は
俺が良く知っている、千反田の笑顔そのものだった

える「それにしても、私そんなにおかしかったですか?」

奉太郎「そうだな」

奉太郎「いつものお前らしくなかった」

える「なる程です」

千反田は何かを考える様に顎に人差し指を当てた
さっき俺の唇を塞いだ指だ
意識してしまうのは仕方ない事だろう
俺だって男だからな

当の千反田は何かを思いついた様に頷き

える「ではおかしいついでにもう一つ、おかしい事に付き合って頂けませんか?」

そう言って
スクールバッグからキャンディーの袋を取り出し
それを俺に差し出した

奉太郎「くれるのか?」

える「はい」

何も考えずにキャンディーの袋を受け取る
断る理由もない

える「これでもう、そのキャンディーは折木さんのものです」

奉太郎「はあ」

える「では」

える「その中からキャンディーを一つ、私に頂けませんか?」

何だこれは
おまじないとかそんな類いか?

奉太郎「いや、欲しいのなら返すが」

える「いいえ」

える「折木さんがその中から選んだ物を頂きたいのです」

袋を見てみる
選ぶも何も、キャンディーは一種類しか入っていないじゃないか

奉太郎「これは何か意味のある事なのか?」

千反田は少し気恥ずかしいといった感じの笑顔を見せた

える「私は意味の無い事を、こんな場所で折木さんにさせる趣味はありません」

自室のベッドの上で
開封されたキャンディーの袋を手に取って見ている

様子のおかしかった千反田
珍しく強引に我を通した喫茶店での会計
知り合いでもない女生徒達の会話
そして
わざわざ俺に渡したキャンディーを欲しがった訳

奉太郎「もう訳が分からん」

いつだって重要なのは千反田だ
どんな問題が起ころうと、千反田が納得するのが一番重要なのだ
その本人が解決したと言っている
それなら
これはもう、どうでもいい問題じゃないか

俺は頭の中から
今回の件を締めだす努力を始めた

それは
本当は分かりかけている事を締めだす努力も含まれていた

奉太郎「多分・・・今のままの俺じゃ駄目なんだろうな」

その言葉の意味も
今は忘れる事にする





思い出す時は来るのだろうか

自室の机の前に座り
私は、そこに置かれたキャンディーを見ていました

今回は折木さんに迷惑を掛けてしまったかもしれませんね

キャンディーを指でつついてみる
コロン
そんな感じでそれは転がった

今回のきっかけは、その位の他愛ない事
そう
偶然、あの会話を聞いてしまった事から始まりました

*・゜゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*・゜゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

える(あら?)

える(あちらから歩いて来る方は折木さんと同じクラスの方ですね)

女生徒A「聞いたよー、同じクラスの奴に本命チョコ渡したんだって?」

女生徒B「ちょ!誰から!?」

女生徒C「ゴメン!喋っちゃった!」

女生徒B「いいから、大声で話さないでよ!」

女生徒A「悪い、悪い」

女生徒A「んで、・・・き君だっけ?相手って」

女生徒B「だから名前とかゆーな!」

え?
あの方は折木さんと同じクラスで間違いありませんよね
そして

女生徒A『んで、・・・き君だっけ?相手って』

確か折木さんのクラスに名字が【き】で終わる方は
折木さん以外に居ない筈です

どういう事ですか?
あの方は折木さんの事を?
折木さんは

折木さんはチョコを受け取ったという事ですか?

える「訳が・・・分かりません」

*・゜゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*・゜゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

まさか【き】の付くのが名前の方だったなんて思い付きもしませんでした
折木さんの推理を間近で見ている筈なのに
私って・・・

でも
本当の問題はそこではありません
あの時に感じた焦りにも似た感情
初めてでは無い様な気もするし
初めてな様でもある、あの感情

不安感

焦燥感

負の感情だとは思っても追い払えず
簡単に頭の中から出て行ってくれない、あの感情

それが何なのか
私には分かりませんでした

いえ
分からない振りをしていたんですよね

私は

今回の事
折木さんには分かってしまうのでしょうか

そして
分かってしまった時、折木さんはどうするのでしょうか
私はどうするのでしょうか

私は

える「折木さんにもっと自分を知って欲しい」

折木さんに生き雛祭りを見てもらおう

そんな考えが浮かんだのは
それからすぐの事でした





その数日後
傘を指す役の人が怪我をしたという連絡が入ったのでした

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.    ,  ..:::: i:|:::::::::i::::::|b ℃ーク          ℃ークc d::i:::::::| }:::::::i::|   来年のバレンタインには、ちゃんとチョコを渡せる関係でいられます様に
   ′..;::: i:|:::::::::i::::::|{   , , ,           , , ,   }::i:::::::|,ハ::::::|::|
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::{  八{\:::::::::|:::::::::::::i::| {_/j         ト、 } |::::::i:::::::|:i::::::i|::::::|::|

END

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年04月13日 (水) 02:09:53   ID: jXD8n1NK

2月~3月の補完いいゾ~コレ

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