エレン「サシャと氷砂糖」(73)

 サシャは本当に幸せそうに食事をする。
それはもう幸せそうに。

「うふふ~」

 なんて笑いながら。
ここに訓練生としてきてから四年間、
サシャが食事に文句を言ったのを見たことがない。
それは多分ここに来る前の生活の所為もあるんだろうけど、
俺はなんか、その姿にちょっとした尊敬みたいなものを感じていた。

 『氷砂糖のお話』

 その日の夕食は薄い、量だけは多いスープと
硬い丸パン二つ。小さなチーズとトマトが二切れ。

「たまにはこってりしたもんとか食いてぇなぁ」

 とか誰かがぼやいて、
周りも沈黙ながら同意の雰囲気をだしていた。

 そんな中でも、サシャだけはとても嬉しそうに配食された盆を持って
たまたまあいていた俺の斜向かいに腰を下ろした。

「いただきます!」

 元気よく両手を合わせて食べ物に感謝を捧げる彼女を
俺はなんとなくじっと見つめていた。

「どうしたの?」

 自分の食事に手をつけずにぼんやりと
いつも通り喜色満面と言った様子で夕食を食べ進めるサシャを見ていると。
不意にミカサに声を掛けられた。

「いや、……すごいなって、思って」
「なにが?」

 一瞬、本人の目の前で話すことに照れの様なものを覚えて。
でも、食欲魔人とか馬鹿とか色々言われてる彼女に
俺はこんな風に思ってるんだって言いたくて。

「サシャの事だよ」

 おもむろに彼女の方を見ながらそう言った。

「ふぇ?」

 いきなり名前を呼ばれ、
口にパンを頬張ったまま変な声でこちらを向くサシャ。
まるまると頬を膨らましたその顔に噴出しそうになる。

「あ、ちょっとなに人の顔見て笑ってるんですか!」
「わりぃ、あまりにも今の顔が間抜けで」
「それで、コレのどこを凄いと思ったの?」
「ミカサも人の事をコレってひどくないですか!?」
「うるさい」

 わいわいとあっという間に話が脱線していく。

「で、どういう事なんだい?」

 そこで横で黙って聞いてたアルミンが助け舟をだしてくれた。

「いや、サシャっていっつも飯食うとき幸せそうにしてるだろ?」

 ミカサに一喝されて若干落ち込んでるサシャを改めて見ながら言う。

「そうですか? あまり自分では意識してないですけど」
「うん。僕もたまに思うよ、ねぇミカサ」
「まぁ……」

 俺は自分のスープをスプーンで掬い上げる。
皿一杯に入っていればまだしも、スプーン一杯の量になると
もはや色だけでは水と大差ない。錆びたバケツに溜まった水のほうが色が濃いくらいだ。

「俺達がここに着てからもう四年だ。
 四年間、毎日三食きっちり飯を食える生活してきた。
 そうすりゃ元の生活がどうであれ、誰だってそれに慣れて来るし、
 だんだん不平不満だってでるだろ?」

 現に俺だって、キツイ訓練の後にこれじゃ量がたんねぇとか、
力が付かないとか思う時だってある。

「サシャだけだ。一回も飯に文句言わず、
 それどころか毎回嬉しそうに美味しそうに幸せそうに食ってる奴は」

 このご時世だ。
食うに困らないってだけで十分贅沢なのはわかっていても、
時間と共にその感覚は薄れちまう。

「確かにそうかもしれないね。
 僕達は慣れてきてしまってる」

 俺の言葉にうんうんと頷きながら同意してくれたのは、やっぱりアルミンで。

「お前は食べれるって事が幸せって事を絶対に忘れない。
 食べれないって言う辛苦をよく知ってる」

 だから。

「だから俺はお前のそういう所を尊敬してる」

 時が止まった。
――かに見えた。まぁわかりやすく言うと全員の動きが止まったんだ。
ミカサと、アルミンと、サシャの。

「あー。俺、変な事言っちまったか?」

 恥ずかしい事を言う奴だと馬鹿にされる位は覚悟していたが、
ちょっと予想外の反応に戸惑う。

「あっ、……うぅ」

 皿から口に運ばれる途中で止まっていたスプーンが、
不意にポロリとサシャの手から落ちて音を立てる。
そして空いた両手で勢いよく顔を隠してしまった。

「わ、わりぃ。気を悪くしたなら謝る!」

 俺はアルミンによく鈍感と言われるので、
この時も気がつかない内に傷つける様な事を言ったのではと
らしくない行動をとったサシャに慌てて謝る。

「ち、違うんです……!」

 すると、サシャは顔を両手で隠したまま
ぶんぶんと頭を振ってそう言った。

「そんなこと言われたの初めてで……は、恥ずかしくて……」
「そ、そうか」

 よかった。
サシャの台詞に安堵して中腰になってた身体を再び椅子に戻す。

「え、エレンはそんな風に私を見てたんですね」

 指の隙間から伺うように俺を見る。

「あぁ、お前はよくその食い意地でからかわれたりしてっけど。
 でも俺はお前の事を凄いと思う。
 ……だから正直言うと飯の度に、お前を見てた」

 忘れそうになるこの幸せを再確認するために。

「はうっ……」

 俺が言い切ったと同時に、
突然そう言って大きく仰け反った後。

「し、失礼しまう!」

 物凄い勢いで残っていた飯を平らげてその場から去ってしまった。

「……」
「……」

 そして残ったのはなんか嫌な沈黙。
食器の触れ合う音だけが響く。

「エレン」

 三人ともが食べ終わるまでその沈黙が続いて、
最後に食べ終わったミカサが最初に沈黙を破った。

「なんだ?」
「私は? 私の事はどう思ってる?」

 じっと、こっちを見る黒い瞳。
それがなんだか、好奇心に満ちてる気がして。
あ、こいつ無表情だけど暗に俺をからかおうとしてるなと気がついた俺は。

「なんだそりゃ、なんでそんなこと言わないといけないんだよ」

 とあしらって立ち上がった。

「はぁ、やっぱりエレンは鈍感だね」

 膳の返却に向かう俺の背中には、
これで何度目になるかわからない言葉をアルミンから投げられた。

―――

 翌日の朝食。
いつもの三人でテーブルを囲んでいると。

「こ、ここいいですか?」

 サシャがおずおずと盆を持ってやってきた。

「お、おう。遠慮すんなよ」

 恥ずかしいだけで謝らなくてもいいとは言ってくれていたけど。
流石に昨日の今日でまたこうして来るとは思っていず、若干戸惑う。
なにせ俺もあの後部屋に帰ってから思い返して、
かなり恥ずかしい事を臆面もなく言ってしまったと軽く後悔していたのだから。

「……」

 なんとなくじっとサシャを見ているとミカサがこちらを意味ありげな、
じとっとした目で見ている気がついて声を掛ける。

「なんだよ」

 ふいと顔ごと目を逸らされた。
……なんだ?

「なぁアルミン。なんかサシャはともかく
 ミカサの様子が変じゃねぇか?」

 こっちを見てないのを良い事にアルミンに耳打ちをする。

「よかった、それに気がつく位には鈍感じゃないみたいだね」
「……どういう意味だよ。俺だってお前とミカサの事だったら
 それなりに気がつくっつの」

 心底よかった。といった感じの表情をするアルミンに、
少しだけムカッときてそれ以上聞くのをやめて
やっと席についたサシャの方を見る。

「っ!」

 目が合った。
どうやら向こうもこっちを見ていたらしい。

 ただ、ビクッとしつつも目を逸らしたりせずに
こちらを見続けてくる。

「……」

 なので、つい。俺も目を合わし続けてみる。

「……う~」

 唸られた。それでも目を合わせ続けてみると、
だんだん上体が後ろに下がっていって。

「うっひゃっ!?」

 椅子に座ってるままでどんどん仰け反るものだから、
勢いよくひっくり返ってしまい、その際自分の盆を蹴り上げてしまった。
つまり乗っている朝食も、机の上にぶちまかった。

 サシャがひっくり返る音。
机を蹴っ飛ばした音、食器がひっくり返り中身が散乱した音。
全部が合わさり食堂に響きその場にいる訓練生全員がこちらに注目する。

「はっはっはっ! なぁにやってんだ!?」
「馬鹿がひっくり返ってんぞ」

 誰かが笑い、誰かが哂った。

「お、おい大丈夫か!?」
「いたた……はい、大丈夫で……うわぁっ! 私のご飯がぁっ!?」

 頭をさすりながら起き上がり、
見るも無残になった朝食を発見して叫ぶ。

「うわぁーっん!」

 そしてそのままどこかへ駆け出してしまった。

「……これは、俺の所為か?」

―――

「うぅ……」

 なんとなく責任を感じて探しに行ってすぐ。
食堂と寮を繋ぐ廊下の途中で蹲ってる姿を見つけた。

「おいサシャ」

 逃げ出してどこに行ったのか。
もしかしたら結構探す事になるかもしれない。
いや、こいつのことだから訓練の時間になっても
拗ねて訓練に出てこないかもしれないと思っていた俺の心配はどこへやら。

「え? ……エレン」
「なにやってんだよ」
「……食べ物に申し訳なくて」

 どよーん。という擬音がとても似合いそうな顔だ。

「ったく……ほら」

 持ってきたパンを差し出す。

「食えよ。ショックなのはわかるけど、なにも食わないんじゃ昼までもたねぇぞ。
 今日は行軍演習なんだからよ」
「いいんですか!?」
「あぁ、そのために持ってきたんだからさ」

 言って再びほらと差し出す。
サシャはそれは受け取ろうとして、
受け取ろうとした手をすぐ引っ込めた。

「でも、それはエレンの分ですよね?
 私が食べたら、エレンの分が……」

 盗みを働いたりするくせに、変なところで律儀な奴だ。

「盗みを働いたりするくせに、変なところで律儀な奴だな」

 思ったことをそのまま口にしてみた。

「それとこれとは、また違うんですよ!」
「はっ、よくわかんねぇな。いいから食えよ」

 サシャの手を握って無理やりパンを持たせる。

「あっ……」
「隣座るぞ」

 言って。返事を聞かずに隣に座り込んで、
自分の分のパンを食う。

「……ありがとうございます」
「おう」

 そして、サシャも観念したようにパンを食べだす。

「よく噛んで食えよ」

 ふと、親父に昔言われた事を思い出した。

「はい?」
「なんか、よく噛んでから飲み込んだほうが
 同じ物食っても腹持ちがいいらしい」
「そうなんですか?」
「あぁ、理由はわからないけど親父が昔そんなこと言ってた」
「へぇ……」

 もぐもぐもぐもぐと。
俺が言った事を聞いて、普段以上に租借している。
その姿は、さっきまでの姿はどこへやらで、
やっぱり幸せそうだった。

「じ、じっと見られると食べづらいんですけど……」

「あ、あぁ悪い」

 さっきも、それでサシャがぶっ倒れたんだった。
理由はわからないが見つめることに原因があるならやめた方がいいかと
慌てて目を壁に向ける。

「……保存していると、誰かに奪われるんじゃないかって思うんです」

 そうしていると、サシャはいきなり独り言の様に語りだした。

「……」

 横目で見たサシャは、少しだけまじめな顔をしていた。

「ある時に食べないと次はいつになるかわからない。
 後生大事にとっておいても、自分が死ぬかもしれないし、
 ダメになるかもしれないし、奪われるかもしれない。
 でも、その日、そのとき食べる誰かの食事を私のへまの所為でもらっちゃうのは
 その分誰かがお腹を減らせる訳ですから、なんか……」

 そこまで一気に言ってまた少ししょんぼりする。

「やっぱり馬鹿だな、お前」

 それを聞いてでたのはそんな言葉だった。

「気にすんなよそんな事。俺は気にしちゃいない。
 それにお前の幸せそうな姿みてると、
 飯も上手く感じるんだ。だから俺はお前のその顔が見たくて分けてやっただけだ」
「うっ……」

 サシャは言葉を詰まらせる。
そして「う~」とまた唸りながらこちらを睨んだ。

「昨日からエレンは恥ずかしい事ばかり言いますね……」
「そうか? 思ってることを言っただけだ」
「ぐぅっ……」

 また言葉を詰まらせる。

 そしてしばらく、唸りながら変な動きをしたあと。

「も、もしかしてエレンは私の事好きなんですか?」

 そういった。

「それも、昨日言わなかったか? 俺は好きだぞ」

 お前の食ってる姿もその時の表情も。

「えっ? ……えぇ~っ!?」
「うぉっ!?」

 至近距離で大声を出されて耳が鳴る。
ついでになんか遠くの方でガタガタ言った気がした。
どんだけの声だよ。

「あっ、えっと、……え、えへへ」

 そして、また笑いだす。

「な、なんだか照れますね」
「……まぁ、な」

 なんだかよくわからないが、
背中がむずむずする感じだ。
――だけど、嫌な感覚じゃない。

「っと、そうだ。……まぁいいや、ついでだし」
「? どうしたんですか?」

 少し悩んでポケットから小さく包まれたそれを取り出すと
サシャは不思議そうにそれを覗き込んできた。

「いいから見てろ」
「はい」

 俺は少しもったいぶってからその包みを開けると、
中からは透明な四角い結晶がでてくる。

「……氷?」
「馬鹿。氷なんかポケット入れてたらあっという間に溶けるだろ」
「ですよね。じゃあそれは?」
「氷砂糖って奴だ。この間中央で見つけてさ」
「えぇっ!? さ、砂糖!?」
「おう、路地裏で変なおっちゃんが売ってたんだよ。
 めちゃくちゃ安かったから粗悪品かもしんないけど、いるか?」

 今となってはそうそう手に入らない希少品。
ましてやただの訓練生が口にすることはまずないだろう物だ。

「……いいんですか?」

「いいよ。俺まだ持ってるし」

 嘘だけどな。めちゃくちゃ安いって言ったって、
それでも今の給金じゃ中々手が出ない金額だ。
いくつも買える筈がない。
けれどそれを言うと遠慮するだろうし。

「ほ、本当に?」
「あぁ」
「は、半分ことか……」
「お前これをどうやって二つにするんだよ」
「……ブレードを使えば」
「その後死ぬ直前まで走るか?」
「うっ……」

 貴重品だからか、まだ素直に受け取らない。

「でも……」

 なので俺はサシャが口を開いた時に、
氷砂糖をそのまま口に放り込んだ。

「あ、っま~い……」

 驚いていたのもつかの間、
見る見るうちに顔を綻ばせてだらしなく頬を緩ませる。
少しだけ惜しかったなと思うが、
それでもこうするべきだと思ったし、これで良かったとも思う。

「どうだ?」
「めちゃくちゃ美味しいです!」

 全力だな。

 もごもごと口の中で氷砂糖を動かして、
食べていたサシャがチラっとこっちを見た。

「なんだよ」
「えっと……、エレンは私の事が好き、なんだよね」
「ん?」

 さっきの話か。
……改めて言うのも恥ずかしい。

「何回も言わせるなよな」
「ご、ごめんなさい。……えっと、その、じゃあ」

 そこで一区切り。
一度こちらに背を向けてぶつぶつ言ったかと思うと
ぐるりとこっちを真剣な面持ちで見て。

「んっ!?」

 キスを、された。

 サシャの、長い舌が口の中に入ってくる。

「ん……はぁ……」

 溶けた氷砂糖の所為だろう。
口の中で蠢く舌も、流れてくる唾液も、めちゃくちゃに甘い。

「ちゅ……んんっ……」

 息苦しくなって初めて息を止めてた事に気がついて、
慌てて鼻で呼吸をする。甘い香りがして頭がクラクラする。
後ろの方でまたガタンと大きな音がした。

「ふふっ……」

 ついギュッと閉じていた目を開けるとサシャと目が合い、
彼女は軽く微笑んだ。こんなに近くで人を見るのは初めてだ、睫長いな。

「ぷはっ……」

 なすがままのキス。
その最後に、幾分小さくなった氷砂糖が口に転がってきて。

「えへへ……」

 全てが終わった後、照れ笑いを浮かべるサシャを見て
初めてキスをしたんだなという実感が沸いてきた。

「またあとでな! あんがとなー!」

 去り際にそういい残して、
サシャは呆然としている俺を置いて走っていった。
――ガタンと音がした方へ。



「……あまっ」

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    ̄ ̄ ̄二二ニ=-
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           -=ニニニニ=-


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                _,,-','", ;: ' ; :, ': ,:    :'     d⌒) ./| _ノ  __ノ

 個人的妄想の為サシャが多少いいように改竄されてる可能性は否定できない
 そして寝る時間を大いにオーバーした

 じゃあの

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