二鳥修一「ぼくの、バレンタインデー」 (16)

――2/13(昼休み) 学校――

さおり「一人で行くわ」

千鶴「そこをなんとか! あたし、何が必要とかまったく分からないんですよ! どーにかお願い!」

さおり「白井さんと行けばいいじゃないの」

桃子「そ、そうよ。別に千葉さんが一緒じゃなくても……」

千鶴「それは無理! だってモモ、そういうの知らないもん」

桃子「知らないんじゃないのよ! ただ、今までそういうのを作ってみたことがないだけで――」

さおり「それを世間一般では『知らない』っていうのよ」

桃子「言われなくても分かってるわよ!」

千鶴「ね? ね? うちの親とかそういうの疎いから知らないし! それにほら! 去年も
   さおりん、それっぽいのみんなに配ってたでしょ?」

さおり「さらっと“さおりん”って呼ばないで頂戴……」

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※「放浪息子」SSとなります。時系列は中学校三年生の二月(原作12巻の高校入学までの空白期)と設定しています※

修一「千葉さん、兼田先生が職員室までって」

さおり「先生? ……ああ、進路のことね。わざわざごめんね」

修一「ううん、それは大丈夫だけど――」

千鶴「そうだ! にとりんなら、にとりんならきっと!」

修一「え? え? ど、どうしたの、そんな……」

千鶴「にとりんって、チョコとか作れたりする?」

修一「チョコ……あっ、もしかして、明日のバレンタインチョコのこと?」

千鶴「そうそう! 今日は二月十三日! 明日は二月十四日!」

桃子「今年は手作りしてみたいって、今日の朝になって急にちーちゃん言い始めて」

さおり「急に、っていうところに更科さんらしさを感じるわね……」

千鶴「なんかそういう気分になったんだよ! それに何気なーく家族の男性陣みんなに
   それっぽくおねだりされちゃってさー」

桃子「でもあいにく、チョコに必要な詳しい材料とか作り方とか道具とか知らないから……
   癪だけど、ちーちゃんが千葉さんにお願いしようって」

さおり「だから嫌よ。そもそも人に教えられるほど手慣れてもないし。
    若葉マークの運転手に、車の乗り方教えられても不安でしょ?」

修一「でも去年もらった手作りのチョコクッキー、とてもおいしかったよ?」

さおり「あら、覚えててくれたんだ。今年も楽しみにしてて」

千鶴「なんだーちゃんと作れるんじゃん! ねーねーこの通り!」

さおり「周りに人がいると、そういうの集中して作れないのよ……」

桃子「ちーちゃん、もういいじゃない。千葉さんもこう言ってるんだし。
   で、あんたはどうなの?」

修一「……えっ? あ、ああ、僕?」

桃子「そっちのことだし、毎年配ってるイメージがあるんだけど……一年の時も配ってたような気がするし」

修一「一応配ってるんだけどね、うん、友チョコってやつ。でもあれ、デパートの専門店で買ってきたやつだし……」

千鶴「そっかぁー……ちーちゃん撃沈だ」

桃子「ネットとか本でも調べられなくはないけど、失敗するのが怖くてどうにもならないわね」

修一「で、でも。実は僕も今年は手作り、してみよかなって思ってて……」

千鶴「おっ! ということはお互い初めて同士ってわけだ!」

さおり「更科さん、その表現は誤解を生みかねないわ。やめて」

修一「あはは……だから僕も、実は今日の放課後、手作りチョコ、教えてくれる人と会う約束してるから。
   その、よかったら更科さんたちも」

千鶴「さっすがにとりん! ちーちゃんより断然女子力抜群だね! いいの? モモも一緒とだけど!」

修一「放課後になったら、携帯電話で大丈夫か聞いてみることになるけど、多分大丈夫だと思うよ。
   マコちゃんと高槻さんはもう来ることになってたし」

千鶴「なーんだいつものフルメンバーになるだけじゃん! ラッキー!
   ということで、ちーちゃんとモモとさおりん共々、よろしくおねがいしまーす!」

桃子「ちょっ、千葉さんも!?」

さおり「相変わらず強引……だから一人じゃないと集中できないのよ。私は放っておいて」

千鶴「ぶーぶー。せっかく卒業前にみんなで集まれる機会なんだよ?
   みんな試験も終わったんだしさー。羽のばそうよー?」

修一「僕はまだ終わってないんだけどね……」

千鶴「そういえば男子校の方は二月には始まるんだっけ?
   ほらー、にとりんも受験で忙しくなっちゃんだしさー」

さおり「…………分かったわよ。負けたわ」

千鶴「やーりぃ!」

桃子「ま、まぁ、卒業前だからね。たまにはそういうのもいいでしょ」

さおり「(……更科さん、受験が終わったせいかテンションが高いわね)」

――2/13(放課後) 校門前――

よしの「……それでこの人数になったんだ」

誠「いつの間にか大所帯になっちゃったね、にとりん」

修一「あはは……これでささちゃんもいたらほんとのフルメンバーだったんだけどね」

千鶴「カナブン、人より遅れてインフルエンザになっちゃったからねー。
   明日は見事に出来上がった手作りチョコを持ってお見舞いするんだ!」

さおり「私もそのつもりだったけど……一緒に行くとか言わないでよ?」

千鶴「えっ? ダメ?」

さおり「一度に何人も来たら負担かけちゃうでしょ……ああでも、何回も来られても結局同じことか」

よしの「今週中は学校行けそうになって言ってたし、電話越しでも声が変になってたから心配だよね……。
    今日はある意味、ささちゃんのためのチョコ作りってわけになるかな?」

誠「実は少し前から、バレンタインに一番気合い入ってたのささちゃんだしね……。
  チョコだけじゃなくて、果物とか持っていくのもいいかも」

桃子「それで、手作りチョコ教えてくれる人と、どこで待ち合わせしてるのよ?」

修一「うん、近くの喫茶店で待ち合わせ。とはいっても、実はその人、ユキさんなんだけどね」

さおり「それなら納得ね」

千鶴「あー! 前に会った、にとりんの“おとなのともだち”の人!」

誠「最初は僕の親とかに頼ってみようと思ってたりはしたんだけど……
  せっかくだから、親にも秘密でやってみようかって」

よしの「そもそも、そういうのに詳しそうな人ってユキさんぐらいしか思いつかなかったから……」

修一「ユキさんも、頼んだ直後にオッケイしたんだけどね。今日はまず、合流した後、必要な材料とかを
   スーパーとかでお買い物」

よしの「その後はユキさんの家でチョコ作り。えーと、なんだっけ、あのまるっこいチョコ」

さおり「多分、トリュフチョコのことね。レシピ次第だったら、初心者でも簡単だし」

千鶴「あのココアの粉かかってるやつ? なんだかそれっぽい気がする!」

桃子「ココアの粉って……ココアパウダーって呼ぼうよ」

よしの「……なんだか、こうやって集まってわいわいするの、結構久しぶりな気がするね」

修一「うん。みんな受験とかで忙しかったし……」

誠「にとりん、その……勉強の調子、どう?」

修一「ま、まぁまぁ……なのかな? うん、がんばるしかないから、がんばる」

さおり「……二鳥君まで、インフルエンザにかからないようにね? 無理をすると気がつけばかかってるものだし、ああいうの」

修一「ありがとう、千葉さん。……お姉ちゃんがそうだしね、うん」



――同時刻 二鳥家・子供部屋――

真穂「おえっふ! おえっふ! ……なんでこう、タイミングが悪いのかしら」

――2/13(夕方) 学校近く喫茶店――

千鶴「と、いうことで!」

学生組『今日はよろしくおねがいします!』

ユキ「はいはーい♪ 大所帯も大歓迎よ、教えがいがあるしね。えーと、まず事前確認。
   お菓子作りとかの経験がある子はどれくらいかしら?」

さおり「私は、ちょっとだけ」

誠「僕は簡単なパンぐらいしか……」

修一「お姉ちゃんとちょっとだけなら」

よしの「私は……さっぱり」

桃子「同じくさっぱり」

千鶴「お蕎麦しか作ったことないですっ!」

ユキ「うんうん。なんだか家庭教師の先生になった気分ね。千葉さんはサポートよろしくね?」

さおり「……まぁ、サポートぐらいなら」

ユキ「じゃあ早速お買い物にしゅっぱーつ! 今日は業務用のスーパーに行っちゃうわよ!」

――2/13(夕方) 業務用スーパー――

ユキ「うんうん。やっぱりこういうお店はそろいが良くていいわ。量も多いし」

桃子「えーと、ココアパウダーってこれですか?」

ユキ「ええ。ついでにえーと、レンジで溶けるデコ用のチョコもお願いできるかしら」

修一「デコレーション用のものが結構たくさん……どれにしよ」

よしの「このカラフルなやつでいいんじゃないかな? そんなに乗せられるわけじゃないし」

さおり「デコペンも忘れないようにしないと……」

誠「えーと、バターってこれでいいんですか、ね?」

ユキ「あー。無塩バターに変えてきて。塩っ気が強いのは強いのでそれっぽい味になるんだけどね」

千鶴「にとりん! カラフルな奴だったらこれとかどう!」

修一「ポップロックキャンディ……」

さおり「それはチョコにかけるものではないわ。戻してきなさい」

――2/13(夕方) ユキ&しーちゃん宅――

ユキ「ただいまー!」

しーちゃん「おう、おかえ、り……?」

学生組『おじゃましまーす!』

しーちゃん「……大名行列か何かか?」

ユキ「どちらかっていうと遠足っぽくないかしら?」

修一「あ、あはは。ごめんなさい、予定より少し多くなっちゃって……」

よしの「お久しぶりです。最近受験で忙しくてみんなそろえるのも久しぶりだったものですから……たはは」

しーちゃん「受験……そうか、そんな季節だったな、そういえば」

ユキ「まぁ、よき青春時代のお手伝いってとこ? さてみんな、さっそく用具とかを準備して取り掛かるわよ!」

千鶴「さーいえっさー!」

さおり「“sir”じゃなくて“ma`am”よ……」

ユキ「ふふっ、まぁどっちでも正解ってことで」

――約三十分後――

ユキ「材料!」

誠「に、人数分オッケイです」

ユキ「用具!」

桃子「水洗いと後拭き終わりました」

ユキ「エプロンと手洗い!」

修一「エプロンとバンダナ……うん、大丈夫」

よしの「っと、こっちも大丈夫です。エプロン結んでくれてありがと、千葉さん」

さおり「問題ないわ」

ユキ「それじゃっ、さっそくチョコを細かく刻むところからはじめていきましょう!」

千鶴「イエス、マム!」

しーちゃん「(今日は随分と張り切ってるなぁ、あいつ)」

――一時間後――

ユキ「刻んだチョコは溶けたかしら?」

よしの「うーん、こんな感じでいいのかな?」

さおり「……ん、大丈夫。生クリームとバターは?」

桃子「今混ぜたところよ」

千鶴「うーん! いかにもチョコレートって香りがしてきた!」

誠「パン用のチョコソースとちがって、ちょっとこういうのは新鮮……」

しーちゃん「……いい匂いがしてきたな。腹が減りそうだ」

ユキ「おっ、チョコに飢えた野獣がやってきた」

修一「や、野獣ってそんな……」

――三十分後――

ユキ「……よしっ。ちゃんと混ざってるし、後はラップをかけて一晩おやすみー♪」

桃子「あっ、そうかそういうのって冷やさないと……あれ、どうやって持って帰ろう」

ユキ「明日の朝にでも取りに来なさいな。後は容器だけ別にして持ち帰っても構わないし。
   後は丸めて、ココアパウダーをかけるだけだからね」

千鶴「せんせー! 質問です! ココアパウダーの代わりにそば粉かけてもいいですか!」

よしの「そ、そば粉……?」

ユキ「それはそれで面白そうかも?」

修一「チョコの香りとお蕎麦の香りがごっちゃになりそうだけどね……」

千鶴「これがほんとの“そば猪口(ちょこ)”! なんつって」

誠「な、なんて分かりやすいような分かりにくいような微妙なギャグ……」

さおり「まぁどうせ更科さんのことだろうから、勢いで言っただけでしょうけど……」

千鶴「あはは、さおりんは手厳しいなー」

さおり「だからなんで地味にさおりん呼びなのよ……」

修一「……あっ、もうこんな時間」

よしの「ほんとだ。もう七時……ごめんなさい、こんな時間まで。それじゃあ私たちはここで」

ユキ「あら? なんだったらみんなの夕食を用意してもいいのだけれど」

誠「遅くなるとは伝えていましたけど、夜には帰ってくるって言っちゃいましたから」

千鶴「あっ! 夜の店の手伝いするの忘れてた!」

桃子「ちーちゃん、やっぱり思いつきだったんだ……」

さおり「まぁ、自業自得ね。……私も、親が心配するので」

しーちゃん「昔のように遅くまでは遊べないさ。まだ中学生だし」

ユキ「そういうものなのかしらねぇ。それじゃまたの人はまた明日ね! 今日はおつかれさま!」

学生組『今日はありがとうございましたっ!』

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