賢者「昨今の戦場で多大な被害をもたらしているオークの強姦事件」
賢者「その対策のため、比較的簡単かつ短時間の詠唱で」
賢者「戦闘開始時にオークを去勢できる術式を組み上げました」
女騎士「ちょ、ちょっと待て賢者!」
女騎士「それは流石に酷過ぎではないのか!?」
女騎士「彼らにも人権はあるだろう!」
女騎士「そんな非人道的な魔法など実用化できるか!!」
賢者「教会は魔族に人権など認めてなどおらぬよ」
賢者「他種族を姦淫するオークどもに正義の鉄槌を下すことの何が悪いのですか」
賢者「それとも女騎士、貴女はオークを去勢されて何か困ることでも?」
女騎士「くっ…!」
女騎士「オーク!オークはいるか!?」
オーク「誰だよこんな夜遅く……」ガチャリ
オーク「ああ、お前か」
女騎士「至急、この村の酋長に会わせてくれ!」
オーク「おいおい、俺のじゃ満足できなくなったからって……」
女騎士「そうじゃないんだ、オーク族全体の危機なんだ!」
オーク「……まず俺に事情を説明して貰おうか」
オーク「ど、どうしてそんな話に……?」
オーク「俺たちはそんな謂れを受けることはしていないつもりだぞ!?」
女騎士「ああ、まず人間の価値観としては異種族を孕ませること自体がアウトだ」
オーク「仕方ないだろ!」
オーク「俺たちオークは雄しかいない種族」
オーク「繁殖のためには他種族の雌に協力してもらわねばならん」
女騎士「そんな種族など滅びればいい、というのが教会側の意見だとさ」
オーク「ふざけてやがる……人間はどうしてこうも身勝手なんだ!」
女騎士「……」
オーク「す、すまない……お前のことを貶めたつもりじゃなかったんだ」
女騎士「仕方ないさ、種族間の軋轢はより人間に近い亜人族にさえ発生するんだ」
女騎士「それに人間が身勝手だという意見には私も同意だ」
オーク「教えてくれて助かったぞ女騎士」
女騎士「いいさ、私もお前たちからいろいろと教わったからな」
女騎士「……教会が禁止してる体位とかプレイとか」
オーク「何か言ったか?」
女騎士「いや、なんでもない」
女騎士「それでは私は再び王都に戻って計画の見直しを提言しよう」
女騎士「一つの種族を滅ぼしかねない愚行を見過ごすわけにはいかないからな」
オーク「……なあ、女騎士」
オーク「お前はなんで俺たちオークにそこまれしてくれるんだ?」
女騎士「私が好きでやっていることだ、気にするな」
オーク「ありがとうよ、女騎士」
女騎士「ですから、オークのものと断定できる強姦被害件数の統計を出せと!」
賢者「そこにあるではないですか」
女騎士「これは『戦場での強姦被害件数』の統計だろうが!」
女騎士「問題となっているオークに限った被害統計でなければ」
女騎士「計画の実用性の裏付けにはならんぞ!」
賢者「被害者からの証言に、その家族からの陳情書がこれだけ」
賢者「これを元に統計を起こしてもいいですが……」
賢者「そんなことをしなくても、結果は火を見るより明らかでしょう?」
女騎士「関係ないな、まずは必要な書類を全部揃えてもらおうか」
賢者「貴女がそれを指示するのは越権行為ですよ?」
女騎士「オーク討伐の先遣隊の隊長としての地位は既に確保してある」
女騎士「貴様がどう動こうが、私が納得するまで貴様の計画は動かさんよ」
賢者「剣を振り回すだけの野蛮人が賢しいことを……」
女騎士「先ほどの騎士全体への侮辱の言葉は聞き流してやろう」
女騎士「貴様は貴様の仕事を十全にやり遂げろ、話はそれからだ」
女騎士「オーク、いるか?」
オーク「おっ来てくれたか女騎士」
オーク「例の件は酋長に話して村全体で犯人捜しをしたぞ」
オーク「そうしたら一匹のオークが浮かび上がってな」
女騎士「一人だけか?」
オーク「お前も疑うのか……」
女騎士「いやそうではない、含みのない単なる事実確認だよ」
女騎士「これを見てくれ」ザパッ
オーク「なんだこの紙束は?」
女騎士「強姦被害者の証言を魔族の文字へ翻訳・転写したものだよ」
女騎士「悪いが私もお前たちを全面的に信用する訳にはいかないからな」
女騎士「私独自の調査もさせてもらうぞ」
女騎士「お前たちにとっては不愉快な話かも知れないが……」
オーク「いいや、疑うってことは信じるために必要なステップだ」
オーク「全てを相手が言うままに盲信することは信頼とは言えないさ」
女騎士「オーク……」
オーク「さあ、くだんの容疑者と、あと酋長への直接の説明だな」
オーク「頼めるか?」
女騎士「時間はなんとか大丈夫だと思う」
オーク「ギリギリか……その後は時間ないよな?」
女騎士「私も我慢しているのだ、お前も頑張ってくれ」
オーク「さっさとこの件を終わらせてゆっくりしたいもんだな」
女騎士「ふむ、この住所で合っているハズだが……」
女騎士「ここまで大きな屋敷だったとはな」チリーンチリーン
執事「どのようなご用件でしょうか?」ガチャリ
女騎士「被害に遭ったという女性に会わせてくれ」
執事「またその話ですか」
執事「何度もいいましたが、お嬢様はご傷心にて誰にもお会いにならないと」
女騎士「貴族の令嬢だかなんだか知らんが、これは必要なことなのだ」
執事「私めもご主人様より誰にも会わせないよう仰せつかっておりますので……」
ドンドンッ
ガシャーーーン
女騎士「何事だ!?」
執事「困ります騎士様!!」
女騎士「賊なら件の令嬢の身に危険が及ぶやも知れぬだろう!」
女騎士「貴重な証人を失うのは私とて困るのでなッ!」ダッ
女騎士『大丈夫かッ!!」ドンッ
お嬢様「やった!大成功!!」
女騎士「……は?」
執事「ああ……旦那様に何と言い訳すれば」
お嬢様「じいやには落ち度はありません」
お嬢様「お父様がじいやに何か罰を下そうものなら私が物言いしましょう」
女騎士「あ、あの」
お嬢様「すみません騎士様、軟禁状態でしたのでこのようなご無礼を」
執事「お嬢様、そのようなことは」
お嬢様「事実でしょう?」
お嬢様「それに、もうこうなってしまっては仕方がないんじゃなくて?」
お嬢様「私はこの騎士様とお話したいの、しばらく二人にしてもらえるかしら」
執事「……はあ、分かりましたよお嬢様」
女騎士「それでは聞かせて貰う」
女騎士「答えにくいことだとは思うが、例の暴行事件について……」
お嬢様「あー、やっぱり世間ではそういう扱いになってるのね」
女騎士「というと、やはり」
お嬢様「そうよ、お父様たちがバケモノに穢されて私がおかしくなったとか」
お嬢様「そんなふうにばかり周りには流布しているのでしょうね」
女騎士「そこまでの話は伺っていませんが……」
お嬢様「そっか、じゃあ全部隠して時間と共に風化するのを待ってるのね」
お嬢様「全く、報告に帰ってきたら軟禁されてそれっきりなんですもの」
女騎士「やはり貴女があのオークと契りを結んだ女性でしたか」
お嬢様「あれ、そこまで分かってたの?」
女騎士「あくまで私独自の調査ですがね」
女騎士「助けたところを惚れこまれて、そのまま結婚したが」
女騎士「実家に報告に帰ったきり戻ってこない人間の女性がいたと」
お嬢様「ふふふ、大正解よ」
女騎士「強姦被害として報告されている中で」
女騎士「実際にオークの仔を孕んでいると確認されたのは貴女だけでしたからね」
お嬢様「強姦ですって!」
お嬢様「私たち、確かに愛し合っていましたのに!」
女騎士「お父上が面子を保つためにそう報告したのですね」
女騎士「魔獣と愛し合ったなどと口外すれば、教会にも睨まれかねませんし」
お嬢様「……このことは誰かに報告しますの?」
女騎士「情報としての使い道には色々ありますが、貴女に害が及ばないよう注意しますよ」
お嬢様「そういえば騎士様はオーク族の事情に通じているようですが……」
女騎士「まあ私にも色々あってな」
女騎士「貴女が惚れ込んだというのも分かりますよ」
お嬢様「あら、騎士様にもオーク族の中にいいひとがいらっしゃって?」
女騎士「まあそんなところですよ」
女騎士「ですから心配なさらずに、オーク達への偏見は必ずや消し去って見せます」
お嬢様「よろしく頼みますよ、騎士様』
農家「騎士様もたいへんだべ、こんな田舎まで足運んでくれてさー」
女騎士「いいのだぞ、そんな畏まらなくても」
女騎士「それで被害に遭ったという女性は……」
村娘「わ、わたしですだ!」
女騎士「母上殿、申し訳ないが二人だけにして貰って構わないだろうか?」
農家「ええ、ええ、いいですとも」
農家「この娘を台無しにしたバケモンどもをとっちめるためなら」
農家「いくらだって協力しますだとも!」
村娘「わ、わたしは……」
女騎士『正直に話してくれ、いいな?」
村娘「き、騎士さんは……もしかして?」
女騎士「大体の事情は分かっているつもりだ」
女騎士「君に害が及ばぬように配慮するから、真実を教えてくれ』
村娘「は、はいですだ……」
僧侶「医者、ですか?」
女騎士「そうだ」
女騎士「治癒魔法の研究などで僧侶たちと医者には交流があるだろう?」
僧侶「とはいっても医学界は象牙の塔ですからね」
女騎士「ちょっとした情報を調べる伝手が欲しいだけなんだよ」
女騎士「どうにかならないものか?」
僧侶「んー、従軍医師の中にもある程度業界に影響力がある人はいますし」
僧侶「そういう方の知り合いは私にもいるのですが……」
女騎士「会合の場さえ設けてくれれば後は私が何とかしよう」
僧侶「仕方ないですね、わかりましたよ」
女騎士「ついでに苦労をかけさせるが、法律関係に詳しい知り合いはいないか?」
女騎士「教会の掲げる戒律に関連した事項の取り扱いについて詳しい者だ」
僧侶「聖書の研究家の方でいいんでしょうか?」
僧侶「お医者様よりは話が付けやすいと思いますから、私の方で探しておきます」
女騎士「すまぬな」
賢者「ほら、できましたよ女騎士殿」バサリッ
賢者「強姦被害の統計です、これでもう言い逃れできませんよ」
女騎士「えらく時間がかかったな」
女騎士「支離滅裂な証言を上手く繋ぎ合わせるのによほど苦労したようだな」
賢者「何を……」
女騎士「ほれ、私の方の調査結果だ」バサリッ
女騎士「オークの生息地に近づいたことも無い女性たち」
女騎士「人間の胎児を堕胎しながらもオークに犯されたと訴えた女性たち」
女騎士「……人間と情事を交わした癖に、言い逃れでオークを利用した者たちばかりではないか!」
賢者「ど、どういうことだ!!?」
女騎士「人間と姦通すれば罪となっても、魔獣相手なら魔獣が悪いだけで本人は無罪だからな」
女騎士「その上教会は堕胎を認めていない」
女騎士「バケモノに望まずに孕まされた赤子を除いては、な」
賢者「どこでそんな情報を手に入れた!」
女騎士「私にも色々とあるのだよ」
女騎士『それより、統計の洗い直しで面白い事実を見つけたのだが」
賢者「貴様、それ以上何を……」
女騎士「賢者殿が従軍した戦場において、必ず強姦被害者が出ているのだよ」
賢者「な、何をいいたい!?」
女騎士「その被害件数の増加のおかげで貴様は対策を打たねばならぬようになり」
女騎士「苦し紛れでオーク族へと責任転嫁したという話だよ」
賢者「この女騎士風情が、私を侮辱するというのかッ!!」
女騎士「事実であろう?」
女騎士「私の集めた資料を公表すれば誰でも貴様を疑いだす」
女騎士「世論がその風潮に染まれば、口を噤んでいた被害者たちも喜んで証言してくれようぞ」
賢者「そんなことが許されると思っているのか!!」
女騎士「私の推論が外れているのなら、賢者殿には何の害もあるまい?」
賢者「くっ!!」
女騎士「私の勝ちだよ、賢者殿」
女騎士「戦いしか能がないなどと、騎士の力を舐めたのが貴様の敗因だ」
賢者「…………」ブツブツ
女騎士「どうした、賢者殿?」
賢者「……昏き水面より這い出でよ、悍ましき者よ」
女騎士「呪文詠唱!?」
女騎士「こんな場所で攻撃魔法など、気が狂れたか賢者殿!!」
賢者「……殃禍に染まり、惣闇の月を穿て!!」ブオンッ
女騎士「くあっ!!」ザザザッ
女騎士(何とか直撃は避けたが……これは)
女騎士「魔族式の闇属性呪文……賢者殿が何故これを使える!?」
賢者「穿てッ!!」ブオンッ
女騎士「くっ!!」ダッ
女騎士「そうか、あれはただ強姦したのではなく、契約の供物として……」
女騎士「賢者!!貴様の目的は何だっ!?」
賢者「破壊、とだけ言っておこうか」ニヤリ
女騎士「ッ!!」
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