ライナー「金髪で青い目の、小さな女の子」(36)



扉を開けると、アニが起きていた。


ライナー「!」

アニ「…おはよう」


ライナー「……おう、起きてたのか」


ライナー「一人で起き上がれるようになったんだな」

アニ「うん。なんとかね」


ライナー「順調に快復に向かってるな、いいことだ」

アニ「…まだ眠いけどね」



一つ欠伸をしてみせるアニ。


硬化した巨人体の皮膚に長いこと留まっていたアニは、長時間身体に相応の負荷が掛かっており、
出てきた当初ひどく衰弱していた。

三日は目を覚まさなかったし、意識が戻ってからも自分で起き上がる体力はなく、横になったままの生活が続いた。


また、起きていられる時間も極めて短く、
そのわずかな時間を使って食事を摂らせたり、身体を拭いてやったりしていた(ちなみに、その辺はユミルにやってもらっている。こういう時、女が近くにいて助かったと思う)。


ライナー「それでもまだ本調子には程遠いんだ、無理はするなよ」

アニ「…わかってる」



俺はベッドの傍らの椅子に腰掛けた。

枕元の棚の、花瓶に挿された大量の小さな花が、否応なしに視界に入る。


ライナー「…更にすごい量になってるな、花」

アニ「毎朝増えてるからね。そろそろ花瓶に入りきらなくなるんじゃない」


ライナー「はあ…限度ってもんを知らんのか、あいつは」

アニ「…一度も顔を見せないくせにね」

ライナー「……」


花を増やしている犯人はベルトルトだ。

花を摘んで来ては、アニが眠っている時間を見計らって、今までのものに加えて飾っているようだ。



ベルトルトは、アニの意識が戻ってから、一度もアニが起きている時にこの部屋を訪れていない。

俺が想いを伝えろとけしかけてしまったせいで、気後れしているのだろうか。


だとすると、少し悪いことをしたような気がする。


ライナー「あいつには悪いが、少し数を減らそう。お前が寝てる間に花瓶が倒れてきたりしたら危ない」

アニ「…そうだね、仕方ないか」



俺は、花瓶の大きさに見合った本数の花を残して、その他大量の花をその花瓶から抜き取った。



アニ「そうだ、ライナー。花冠作ってよ」


ライナー「え?これでか?」


アニ「それだけの花があれば、できない?」

ライナー「…そうだな、せっかくあいつが摘んできてくれたんだ、勿体ないもんな。待ってろ」



俺は、言われた通り花冠を作り始めた。

アニの視線が、花を編む俺の手元に注がれる。


俺がこんなものを作れるという事実を女々しいと思っているのか、
大の男がちょこちょこと小さな花を弄ぶ光景に、好奇でも覚えているのか。


アニ「慣れてるね」


ライナー「上手いもんだろ?昔、これが出来るようになりたくて、必死になって覚えたんだぜ」

アニ「…どうして?」


ライナー「どうしてって…そりゃ…」



贈りたい相手がいたからだ。

遠くから見つめていただけの、小さな女の子。


子供心に、花冠が絶対に似合うと思った。

それを贈って、話をしてみたいと思っていた。


結局、間接的にしか渡すことは出来ず(それも、渡したと言っていいのかすらわからないくらい乱暴な形でだ)、
直接顔を突き合わせて渡すことは出来ずじまいに終わったが。

今じゃ無駄な技術だ。
こんな場面で役に立つとは思わなかったが。



ライナー「まあ、いいだろ。どうしてでも」

アニ「……」


身体は意外とやり方を覚えているようで、ガキの頃より器用になった分、キレイに編み上がってゆく。



アニ「…昔ね」

ライナー「お?」

アニ「お父さんに稽古を付けられてた時のことなんだけど」


アニ「休憩って言われて、庭の塀にもたれて座っていたら、花冠が頭の上に降ってきたことがあるの」


ライナー「…!」



アニ「塀の上から私にそれを落として寄越したのは、私とそんなに歳が変わらない男の子だった。私がそちらを向いたら、一目散に走り去ってしまったんだけど」

ライナー「……」



まさか。


指が震え始める。
けれど俺は手を止めない。


身体は意外とやり方を覚えているようで、ガキの頃より器用になった分、キレイに編み上がってゆく。



アニ「…昔ね」

ライナー「お?」

アニ「お父さんに稽古を付けられてた時のことなんだけど」


アニ「休憩って言われて、庭の塀にもたれて座っていたら、花冠が頭の上に降ってきたことがあるの」


ライナー「…!」



アニ「塀の上から私にそれを落として寄越したのは、私とそんなに歳が変わらない男の子だった。私がそちらを向いたら、一目散に走り去ってしまったんだけど」

ライナー「……」



まさか。


指が震え始める。
けれど俺は手を止めない。

連投失礼


アニ「あれ、」


俺はアニを見ない。


アニ「あんたでしょ」


ライナー「……」

ライナー「参ったな…はは」


ライナー「道理で。お前、俺がこれを作れるって最初から知ってる風だったもんな」

アニ「それは半分カマだったけど、今のあんたの反応を見て確信したよ」


ライナー「……いつから気付いてた?」


アニ「さあ。私があんた達と初めて合流した時くらいかな。勘だけど」

ライナー「まじか。すげえな女の勘」


ライナー「……」

ライナー(…参ったな。いや、本当に参った)


ライナー(あの女の子、お前だったのか)


ライナー「あの時はすまんな、いきなり頭上に花が落ちてくるなんて、いじめか何かだと思ったろ」

アニ「……びっくりはしたけど、そんな風には思わなかったよ」


アニ「その前には、私の家の前に毎日花が置かれていたから、同じ人だろうなって思った」

ライナー「ああ…」


アニ「全部お父さんに捨てられてたんだけどね」

ライナー「…悪ガキの悪戯だと思ったんだろう、無理もないさ」


遠くから見つめて、
気を引きたくて、気付いてほしくて、けれど直接会うのは照れくさくて。

今思うと、あの頃の俺は、何故あんな回りくどい行動をとっていたんだろう。

その後結局、顔を合わせることなど一度も叶わないまま、俺は戦士となって故郷を離れてしまい、
あの時勇気を出して会っておけばよかった、一度でも話してみればよかった、…笑った顔が見たかった、などと
激しい後悔に駆られたことは、言うまでもない。



あの少女に会いたくて、話がしたくて、…あの頃の気持ちを伝えたくて、
俺は、絶対に生きて故郷へ帰ろうと決めたのだ。


その少女が、よもや自分と同じく戦士になっていただなんて、
…あまつさえこんなに自分の近くにいただなんて、誰が考えるだろうか。


ライナー「……」

アニ「……」


気まずい沈黙が流れる。

いざ彼女を目の前にすると、二の句が継げない。



いや、名前も声も知らなかった憧れの相手と、数年間共に過ごしていた仲間が同一の人物であったという衝撃の事実を、
俺の脳が処理しきれていないせいかもしれないが。

アニの顔が見られない。


こいつが今だに俺の手元を凝視しているのか、
それとも真っ赤になっているであろう俺の顔を見ているのか、確認することは出来なかった。




ライナー「ほら、出来たぞ」


完成した小さな花冠を、アニの頭の上に、ぽん、と乗せてやる。


肩までの金色の髪、俺を見据えるキレイな青い目、白い肌。

白い小さな花で作ったそれが、すごく映える。


間違いない。

ガキの頃から俺が見たいと望み続けた光景は、紛れもなくこいつだ。


胸に熱いものが込み上げる。



アニ「ライナー」

アニ「…ありがとう」



微笑った。

アニが。


夢にまで見た、あの少女が。


俺を見て。

俺の名を呼んで。


ライナー「……っ」


ライナー「朝飯、用意してくるな。ユミルが起きてきたら、髪梳いてもらえ」



たまらず、逃げるように部屋を飛び出した。


廊下で情けなく脱力し、壁を背にへたり込んだ瞬間、涙が一筋頬を伝ったのがわかった。



ライナー「…参ったな、本当に」


クリスタ、いや、本当の名前はヒストリアというんだったか。

あいつを可愛いと思うはずだ。


俺が面影を追っていたのは、金髪で青い目の、小さな女の子なんだからな。


ライナー「…くそっ」



『故郷に帰ったら、アニに想いを伝えろ』



あの言葉には、俺は俺で初恋の女の子に会いに行くからお前もそうしろ、という意味合いを込めていた。


ライナー「……なんてこった」

ライナー(あいつが、俺の初恋じゃないか)



なあベルトルト、…アニ。


ライナー「俺は、どうすりゃいいんだろうな…はは」



==



アニ「……」



ライナーが部屋を出て行った。

気まずそうにしていたから、私と二人きりでいたくなかったのかもしれない。


座っているのが辛くなり、作ってもらった花冠を枕元へ下ろして、横になる。



一人になり、思い出すのはあの頃のこと。



花冠をもらったあの日、初めて一瞬だけ顔を見た。

金髪の男の子だった。


その時、それまで毎日花を置いていったのはあの人だと、すぐにわかった。

走り去る背中に、待って、と声を掛けても振り返ってはくれなかったけれど。


もらった花冠は宝物にしようと思っていたのに、そんな物は必要ないとお父さんに捨てられてしまった。

その日一晩中、大泣きしたのを覚えている。



…次に会えた時には、話してみたいと思った。

名前を聞きたいと思った。


いつも素敵な花をくれてありがとう、
せっかくもらった花冠、捨てられちゃったよ、ごめんね、
と伝えたいと思った。


見つかったらまた怒られてしまうから、お父さんには内緒で。




けれど、その日を最後に、あの人が私の前に現れることはなかった。


心にぽっかり穴が明いたような気分になった。




数年経って、私の前身の戦士が死んだと聞き、私が替わりの戦士として壁内へ派兵された。


そうして初めてライナーに会った時、
自分でも何故だかわからないけれど本当に直感で、この人だ、と思った。


顔も姿も一瞬しか見たことがないのに、声も聞いたことがなかったのに、
…あの頃から時間が経って、お互い大きく成長してしたのに。

ずっと会いたかったあの人だ、とわかった。


それから今まで、仲間として行動してきたとはいえ、たくさん話をしたとは言えない。



だから、お互い事実を認識した上で、私はもう一度、ライナーと向き合いたいと思った。


あの時伝えられなかった言葉を伝えたい、と。





扉をノックする音が、部屋に響いた。

終わり

捏造満載
ライナー達が壁内にカムバックしてアニ奪還を成功させたIf未来

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