大井「北上さん、ひび割れてきてるわよ?」 (56)

 


大井「閃いたわ」


 

大井「北上さん北上さん?」

北上「ん?どったの、大井っち」

大井「北上さんの身体、ちょっとひび割れてきてない?」

北上「は?ひび割れ?どこどこ?」

大井「ほら、そこの部分ですよ」

北上「えー、良く見えないよ……というか、ひび割れ?」

大井「はい」

北上「私の身体が?」

大井「はい」

北上「なにそれこわい」

大井「最近、多いらしいですよ、ほら、私達の仕事って海辺ばかりじゃないですか」

北上「うん、まあ、軍艦だしね」

大井「ですから、肌のケアをきちんとしないと、ひび割れてきちゃうらしいんです」

北上「うわー、全然知らなかったわ―……」

大井「今からでも十分間に合いますよ、北上さん」

北上「んー、けどあたし、肌のケアとかあんまり良く判んないよ?」

大井「大丈夫です」

北上「そなの?」

大井「私が……私が、ケアのお手伝いしてあげますから!」

北上「おおー、それは助かるよ大井っち~、ありがとねっ♪」

大井「そんな、お礼なんて……私と北上さんの仲じゃないですか///」

北上「けど、ケアって何すんの?」

大井「それはですね……この軟膏を使うんです」

北上「ほほう」

大井「これをですね、全身にですね、塗りつけるんです」

北上「ああ、それなら、あたし1人でも出来るかな」

大井「全身ですから、手の届かない個所も出てきちゃいますよ」

北上「んー、それもそっかぁ……」

大井「ですから、北上さん」

北上「ん?」

大井「脱いでください」

北上「は?」

大井「私が北上さんの身体に軟膏縫ってあげますから脱いでください」

北上「えー、それは流石に……」

大井「脱いで?」

北上「ちょ、大井っち服引っ張らないで」

大井「脱ぎましょうよ」ハァハァ

北上「お、落ち着いて、大井っち、どうどう」

大井「だ、大丈夫です、痛くしませんから、痛くしませんからっ」ハァハァ

北上「あー、もうっ!」グイグイ

加賀「……」


大井「ええやんけ、ええやんけっ」グイグイ

北上「よ、良くないってば、幾ら私でも皆が居る休憩所で服なんて脱げないってっ」

大井「大丈夫!誰も見てませんから!ちょっとだけですからっ」グイグイ


加賀「見てるわよ」


大井「あら、居たの加賀さん」

北上「ごめんねっ、大井っち!軟膏だけ貰っとくから~!」タタタッ

大井「あっ、き、北上さんっ!」

加賀「……」

大井「……行っちゃった」

加賀「はあ……」

大井「もう、加賀さんが邪魔しなければうまく行ってたのに!」

加賀「大井さん」

大井「な、なによ、怖い顔して……」

加賀「ちょっと顔を貸して貰えるかしら」

大井「は、はい」

加賀「じゃあ、私の部屋で」

 

加賀さんの部屋へ連行される途中、変な物を見た


魚だ


廊下の上を魚が1匹、跳ねている


ピチピチと


私達の鎮守府は海辺に作られた施設だ


だから、海面を跳ねた魚が甲板の上に落ちるという事が時々起きるのだけど……


「こんな建物の奥まで跳ねてくる事、あるのかしら」


もしかしたら、誰かが釣って来た魚を落としたのかもしれない


 

 
魚は、まだピチピチと飛び跳ねている

海に戻りたいのだろうか

けど、その努力は結果に結びついていない

海とは逆の方向……建物の中に入ってきてしまっているのだから

「お魚さん、あっちですよ、あっちに進んでください」

一応語りかけてみるが、魚に言葉は通じない

仮に通じたとしても、魚は陸を泳げない

その場で飛び跳ねるくらいしか出来ないのだ

だから、もうどうしようもないのだろう

加賀さんに「早く」と急かされたので、その後、魚がどうなったかは判らない

けどきっと

 

加賀「大井さん、聞いてるの?」

大井「……え?」

加賀「はあ……聞いてなかったのね」

大井「ああ、ごめんなさい、ちょっと魚の事を考えていたの」

加賀「……何故、この状況で魚の話になるの」

大井「だってほら、さっき廊下に落ちてたじゃない」

加賀「話を逸らさないで」

大井「もう、怒らないでよ加賀さん……それで、何の話?」

加賀「だから、最近の貴女の行動について、よ」

大井「私の?」

加賀「正直、貴女の行動は、ちょっと度が過ぎてるわ」

大井「え?何が?」

加賀「さっきだって、休憩室で変な事をしていたでしょう」

大井「ああ……あれは、言ってみれば親愛の表現みたいなものよ」

加賀「それが度が過ぎてるって言ってるの」キッ

大井「あはい……」

加賀「そういった奇行が原因で、他の艦達とのあまり仲良くできてないじゃない」

大井「そんな事ないわよ、仲良くしてる子はちゃんと居るし」

加賀「だれ?」

大井「加賀さんとか」

加賀「……はあ」

大井(この状況でため息つかれると、何か傷つくわね……)

加賀「……まあ、貴女も新しい艦隊に来たばかりだから、ちょっと疲れてるのかもしれないわね」

大井「あ、そうです、そうなんです……最近ちょっと疲れが酷くて……」

加賀「そうなの?」

大井「はい、さっきも北上さんの身体に、ひび割れが見えたくらいですから」

加賀「……ひび割れ?」

大井「はい、あれなんなんでしょうね……」

大井「どの範囲までひび割れが出来てるのか、ちゃんと服を脱がせて調べるつもりだったんですよ」

大井「加賀さんの邪魔さえ入らなければ」

加賀「……」

大井「加賀さん?」

加賀「……そうね、大井さん、随分疲れてるようね」

大井「え?」

加賀「……みんなには私から言っておくから、大井さん、ちょっと休暇を取りなさい」

大井「休暇って……私が抜けて、大丈夫なんですか?」

加賀「ええ、貴女の代りは幾らでも居るわ」

大井「ちょっと、地味にショックな言葉なんですけど……」

加賀「だから、貴女はゆっくり休養して、ちゃんとリフレッシュしてから、戻って来るようにして頂戴」

大井「……ほんとにいいの?」

加賀「ええ、いいわ、特別サービスよ」

大井「あ、あの、それなら、その……北上さんも一緒に……みたいな我儘も通っちゃう感じ?」

加賀「……」

大井「加賀さん?」

加賀「いいわよ、北上さんも連れて行って」

大井「わ……わわわっ……」

加賀「大井さん?」

大井「加賀さん、ありがとーー!!」ギュー

加賀「あー……はいはい、判ったから抱きつかないで」

大井「ど、どうしましょう、突然の降ってわいたような休暇だから、なにをして過ごせばいいか……」

大井「この機会に、北上さんとの距離をバッチリ縮めるべきですよね!?」

大井「い、いや、距離は縮まってるから……あとは、フラグ、そう、フラグさえあれば私と北上さんは結ばれるはずっ」

大井「そ、そうだわ、休憩室にこの辺の観光案内書があったはずだから、あれを見てロマンチックな場所を探して」

大井「そ、それで、それで、北上さんと2人で……ふふふ……」

加賀「……」

大井「加賀さん、ほんとうにありがとう!」

加賀「……いいのよ」

コンッコンッ


大井「北上さん北上さん~♪」


「あー、大井っち、ちょっと待ってね、いま扉開けるから~」


大井「は、早くしてください、北上さん、スペシャルなお知らせがっ!」


「ごめんねー、さっきまでシャワー浴びてたから裸なんだ~」


大井「……」


「ぱぱっと服着ちゃうから、少しだけ……」


大井「早く、早く早く早く、北上さんはよ開けて、早く」ドンドンドン


「わ、わかったよ、緊急事態なの?」


大井「はい」

キィィィィ


大井(あ、と、扉が開く)

大井(北上さん、裸だって言ってたから、見えちゃう、見えちゃうわ)

大井(ど、どうしよう、心構えしないと卒倒しちゃうかも)

大井(あ、あ、北上さんが見え……)


衝撃と共に、閃きが私を襲った


 

北上「なになに?なにかあったの?」

大井「な……な……」

北上「大井っち?」

大井「き、北上さん、バスタオル巻いてるじゃないですか……」

北上「え?そりゃ巻くけど……」

大井「もう、期待させてそれを裏切るなんて……北上さんのいじわ……る?」

北上「あはは、大井っちは相変わらず変な事言うなあ~」

大井「……」

北上「大井っち?」

大井「あ、あの……北上さん?」

北上「ん?」

 





大井「ひび割れ、増えてきてません?」




 

北上「ひび割れ?ああ、さっき言ってたあれ?」

大井「は、はい……」

北上「んー、鏡で全身見てみたけど、特にひび割れなかったんだけどなあ……」

大井「え、け、けど……」

北上「あ、さっき貰った軟膏は一応塗っておいたよ?」

大井「そ、そうですか……」

北上「きっと、それで良くなってくれるよね♪」

大井「は、はい……」

大井(北上さんのひび割れ、首の下まで達してる……)

大井(けど、北上さんには見えてないみたいだし……)

大井(何なんだろ、あれ……)

大井(私の目が、おかしくなったのかしら……)

北上「それで、大井っち、何の用事だったの?」

大井「あ、はい、実は休暇を貰えることになったんです、私と北上さん」

北上「休暇?」

大井「はい、2泊3日温泉旅行です」

北上「温泉?」

大井「やっぱり、親睦を深めるには裸の付き合いが一番だと思ったんで、温泉にしました……」

北上「おんせんかぁ……」

大井「北上さん、前に温泉行ってみたいって言ってらっしゃいましたよね?」

北上「あー、言ってたねえ……」

大井「で、ですから、この機会に……ね?」

北上「んー……」

大井「ね?ね?」

北上「もー、大井っち、そんな子供がお菓子ねだるような顔しないでよ~」

大井「え、私そんな顔してました?」

北上「うん、してたしてた、大井っちって、普段は何かお姉さんっぽいのに、変な所で子供なんだよね~」

大井「う、うう、申し訳ない」

北上「まあ、けど、大井っちのそういうところ、大好きだよ?」

大井「き、北上さんっ///」

北上「ん、じゃあ、温泉、いこっか」

大井「はいっ♪」


私は北上さんに腕を伸ばし-

 



 - 魚雷を叩きこんだ


 

北上さんが閃いた

発射した魚雷の分だけ、閃いた


大井「……え?」

北上「ん?大井っち、どうかしたの?」

大井「あ……あれ、私今……」

北上「顔色悪いよ、大井っち」

大井「北上さん、私今……北上さんを……」

北上「温泉、楽しみだよね、大井っち」

大井「北上さん、ひび割れが、ひび割れが顔にまで……」

北上「はいはい、ひび割れは温泉に入れば治るって言うんでしょ?」

北上「そんな冗談言わなくても、温泉には行くからさ」

大井「……は、はは、そうですよね、冗談ですよね……」

大井「私が北上さんに魚雷を撃つはずないですし」

大井「そもそも北上さんにひび割れが入るはずなんか」

大井「きっと、きっと、私、眼がおかしくなって……」ゴシゴシ

大井(あ、あれ……目をこすれない……)

大井(おかしいな……何かが邪魔で、眼をこすれない)

大井(なんでしょ、これ、私の顔を何かが)

大井(何かが覆って……)




大井(……ああ、そっか、これ)





大井(これ、仮面……白い仮面が私の顔を覆ってるんだった……)

大井(あの日から、ずっと)

大井(轟沈してしまった、あの日から)

あの日、私達は無理をした

提督からの撤退命令を無視して、そのまま進撃した

勝てると思ったから

私達の力があれば、深海棲艦達を叩き潰せると思ったから


その結果、私達は敵地に孤立することになった

包囲網から抜け出すには、誰かが犠牲になる必要があった

だから、私はその場に残って、闘い続けた

既に意識が無いほど戦い抜いた北上さん赤城さんに託して

闘い続けた


別に怖くはなかった

北上さんが死んでしまう事の方が怖かった

私の人生は、北上さん一色だったから



だから最後の一撃を受けた時、頭をよぎったのは


「ああ、北上さん、悲しむだろうな……」


その事だけだった

私の身体は、そのまま動かなくなり

冷たい海に沈んだ

水の底に

水の底に

水の底に

沈む

その時

声が聞こえた


「もどりたい?」

別に、戻りたいとは思わなかった

北上さんを生かす為に死んだのだ

ある意味本望だったから


「ほんとうに?」


本当にそう思う

ああ、けど、けど一つだけ心残りが


「それはなに?」


北上さん、きっと泣くだろうから

それだけは心残りね

「どうすればいいとおもう?」


どうすれば?

私が生きていれば、涙を拭いてあげられただろうけど


「もどりたい?」


無理よ、身体ももう動かないし


「もどりたい?」


……


「もどりたい?」

……ええ、戻りたいわ

そうよ、本当は戻りたいわよ、北上さんの元に

戻って抱きしめてあげたいわ、涙を拭いてあげたいわ

私はまだ何も

何も彼女に残してあげられてないのに

嫌だ

いやだ

こんな

こんなところ

こんな冷たいところにはいたくない

そう

そうよ

もどりたい

わたしは

ワタシハ

「もどりたい?」


モドリタイ


「もどりたい?」


モドリタイ


モドリタイ


モドリタイ


「じゃあ」

 





「じゃあ、もどしてあげる」


「だから、たたかって」






 

加賀「大井さん」

大井「……おはよう、加賀さん」

加賀「どうかしたの?」

大井「ええ、ちょっと夢を見てたの」

加賀「夢?」

大井「夢」

加賀「呑気な話ね、もうすぐ戦闘海域なのに」

大井「ごめんなさい」

加賀「いいわよ、別に」

大井「……」

加賀「仮面、ずれてるわよ」

大井「戻すわ」

この仮面を被ってから

私達はずっと戦い続けている

海面の上に現れる、正体不明の「影」達が、私達の邪魔をするのだ


私達は、ただ戻りたいだけなのに

戻りたいだけなのに

戻りたい





そういえば、どうして戻りたいんだったっけ

記憶は随分とあやふやだ

けど、戻りたいという意思だけは覚えている

あの暖かい場所へ

あの人の所へ

私の大切なkitatatatatatatatatatatatatatatatatatatatatatatatatata

加賀「大井さん」

大井「……なに、加賀さん」

加賀「もうすぐ、海面に浮上するわ」

大井「そう」


上手く思いだす事が出来ないけど

けど、きっと、戻る事が出来れば

思いだすのだろう


だから、今は戦おう

私には、それしか出来ないのだから

今まで、闘って来た

ずっと、闘って来た

苦戦はしたし、大破した事も多かったけど

それでも私は勝ち抜いてきた



けど、今回の戦いは、今までとは違った

1体だけ、異様にしぶといヤツがいる


私が放つ魚雷を全て、回避してしまう奴が

時間差で放った魚雷も

フェイントからの一斉射出も

肉薄しての零距離攻撃も


まるで私の手の内を全て知っているかのような動きで

回避されてしまった


その癖、相手はこちらを一切攻撃しないのだ

恐らく、私の魚雷が尽きるのを待ってから攻撃するつもりなのだろう


このままでは、負ける

負ければ私は戻る事が出来なくなる


けど

けど、私は1人ではないのだ

私には頼もしい仲間が居る



大井「ねえ、加賀さん、こいつしぶといわ……手伝って」

加賀「了解」


他の敵を攻撃していた加賀さんが、一部の戦闘機をこちらに向かわせてくれる


上空と海面からの二重攻撃


流石にこれは回避できないでしょう

予想通り

敵は上空からの攻撃に反応しきれなかった

直撃は避けたようだけど、目に見えて機動力が落ちた


私は動きの鈍った敵に魚雷を撃ちこんだ


1発

2発

3発

4発

5発


影が「ひび割れる」くらいに


何度も魚雷を撃ちこんだ

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年03月15日 (土) 02:17:12   ID: jWFYbpJy

大井さんの重過ぎる愛故に北上様も沈むのか…

2 :  SS好きの774さん   2015年05月16日 (土) 23:54:52   ID: Zo5LPn1D

ほぉ……

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