キョン「朝比奈さんなら今、俺の隣で寝ているが?」(233)

キョン「うぅ……」

キョン(なんだ……何かいい匂いがするな……。馥郁たる香りがすぐ傍から……。俺の部屋に桜でも植えてあったか……?)

キョン「ん?」

朝比奈「すぅ……すぅ……」

キョン(そうかこれは夢だな。朝起きたら隣で美少女が寝ていたなんて、今時三流ラブコメでも使わないシチュエーションだ)

朝比奈「うぅん……うぅ……」

キョン(何分、これは夢だからな。このまま何もしないというのも男としては……。だが、夢だろうとだ。あの夢の朝比奈さんに下劣なことをしていいのか? 夢だから問題はないか)

妹「キョンくーん!! 朝だよー!! おきて……あれ?」

キョン「ノ、ノックをしなさい!!」

朝比奈「へぇ……? ごめんなさい……」

妹「おかーさん!! キョンくんがみくるちゃんと寝てたー!!」

キョン「まて!!」

朝比奈「……あれ? キョンくん?」

キョン「あ、朝比奈さん!!」

朝比奈「おはよう……。んー……」

キョン(何故、少し気だるそうなんですか)

朝比奈「……なんですか? あまり見つめられると、恥ずかしいです……」

キョン「あの、これはなんですか?」

朝比奈「え? 何って……」

キョン「どうして朝比奈さんが俺の家の俺の部屋にある俺のベッドで寝ているんですか!?」

朝比奈「……覚えて、ないの?」

キョン(どういうことだ。俺、あの朝比奈さんに何かしたのか? 全く覚えていないぞ。そんなことがあったら一生の思い出になるだろうが)

朝比奈「あの……ほんとうに……?」

キョン「は、はい。申し訳……ありま――」

朝比奈「あれぇ!? あ、ああ、あの!! 今日、何曜日ぃ!?」

キョン「今日は木曜日ですが……」

朝比奈「あぁ……あぁぁ……そんなぁ……どうして……」

キョン(なんだ? まさか、手を出してはいけないタイミングで俺は……。なんてこった……)

朝比奈「うぅ……ぐすっ……」

キョン(なんて声をかければ……。責任はとりますって言えばいいんだろうか……)

朝比奈「キョンくぅん……」

キョン「は、はい?」

朝比奈「うっく……たすけて……」

キョン「えっと……」

朝比奈「たすけてください……おねがいです……」

キョン「も、勿論!! 朝比奈さんのためなら!! や、養う覚悟はあります!!」

朝比奈「ありがと……ふぇぇん……」

キョン「あの、とりあえず朝食を持ってきます」

朝比奈「いえ、そんな……」

キョン「待っていてください」

朝比奈「はい……」

キョン(とりあえず、お風呂に入ってもらうか……)

キョン(妹への言い訳も考えておかないとな……)

朝比奈「はむっ……」

キョン(小動物のように食パンをかじる朝比奈さんも可愛い)

朝比奈「……あの。説明します」

キョン「はい?」

朝比奈「私、この時間軸に閉じ込められてしまいました」

キョン「……え?」

朝比奈「原因は分からないの。でも、どうしても土曜日を迎えることができないの」

キョン「土曜日? ええと、今日が木曜日ですから、明後日ですか」

朝比奈「はい」

キョン「つまり貴方は金曜日の夜からきた朝比奈さんということでよろしいですか?」

朝比奈「そうです。正確に言えば土曜日の朝かもしれないけど」

キョン(前にも似たようなことはあったな。時間制限は今回のほうが厳しいらしいが)

キョン「分かりました。それでどうして俺の部屋にいるんですか?」

朝比奈「もうこれで3回目で……。それで私、ずっとキョンくんのお世話に……」

キョン(夏休みの再来か……)

朝比奈「ごめんなさい。さっきは大きな声を出しちゃって……。今度こそは土曜日を迎えられたと思ったんだけどぉ……」

キョン「いえ。で、どうして俺の家に?」

朝比奈「この時間平面にいる私と接触はできないので」

キョン「なるほど。そういうことですか。未来の俺が朝比奈さんを迎え入れたわけですね」

朝比奈「そうなります」

キョン「長門や古泉にも相談されたんですよね?」

朝比奈「はい。なんとかできそうって言ってました。でも、やっぱり今日に戻されちゃって……」

キョン「戻ってしまう原因は分からないと言っていましたが、長門ならわかるんじゃないんですか?」

朝比奈「長門さんもわからないって」

キョン「そんなこと」

朝比奈「本当です……。だから、困ってます……」

キョン(深刻だな……。だが、夏休みのときとは状況が違う。朝比奈さんが長門のように記憶をもって繰り返している。なら、今回でなんとかなるんじゃないか)

朝比奈「はぁ……」

キョン「朝比奈さん。今、分かっていることを話してくれませんか。必ず助けますから」

朝比奈「ありがとう……。キョンくん……」

キョン「――では、行ってきますね」

朝比奈「キョンくん」

キョン「なんですか?」

朝比奈「私、とても不安で……。だから、あの……早く帰ってきてください……」

キョン「……早退します」

朝比奈「そ、そこまでしなくていいから!」

キョン「冗談ですよ」

朝比奈「冗談に見えませんでした」

キョン(朝比奈さんが自室にいるんだ。本音を言えば学校にすら行きたくないね)

朝比奈「ところでさっきの説明でよかったですか?」

キョン「なんとかします。心配しないでください」

朝比奈「はい。いってらっしゃい、キョンくん」

キョン「行ってきます」

キョン(といったものの……。分かったのは朝比奈さんが土曜日の朝日を拝めないことと、未来とは一切連絡がつかず、その所為でTPDDが使えないってことぐらいか)

キョン(だが、まぁ、原因は恐らく――)

高校 廊下

古泉「涼宮さん、ということになりますね。今のお話を聞く限りでは」

キョン(そんな芸当ができるやつは宇宙でもあいつぐらいだろうからな)

古泉「それにしても朝比奈さんが記憶を持ったまま繰り返しているというのはどういうことでしょうか?」

キョン「どういうことも何も、土曜日になったら木曜日までタイムワープしちまうんだろ?」

古泉「それを繰り返しているのが一人だけというのがポイントです」

キョン「どういうことだ?」

古泉「涼宮さんの力によって戻されているとするならば、朝比奈みくるにその自覚はないでしょう。自覚があったとしても、過去3回の失敗は不自然と思われます」

キョン(そうか。ハルヒが犯人なら、朝比奈さんが何度も俺の部屋で寝泊りをするのはおかしいな。まさか、別時空の俺が朝比奈さんとの生活を堪能させるために……)

古泉「もう一つ、この時間平面に存在している朝比奈さんの問題もあります」

キョン「それは問題じゃないだろ?」

古泉「今、教室で鶴屋さんと談笑されている朝比奈さんは土曜日にどこへ行ってしまうか。考えれば考えるだけ不思議です。我々と同じ時間軸にいる朝比奈さんも戻されるとなれば……」

キョン「俺の部屋に数人の朝比奈さんがいないとおかしいってことか?」

古泉「そうですね。この時間軸に囚われたというなら、今貴方の部屋には3人ほど朝比奈さんがいないといけません。しかし、実際はお一人だけ」

キョン「他の朝比奈さんはどこに消えたんだ?」

古泉「分かりかねますね。無事に土曜日を迎えたというなら、貴方の部屋にいる朝比奈さんは初めて金曜日、または土曜日から木曜日へ来た事になります」

キョン「確かに。俺の家で3度も二泊した記憶があるのはおかしいな」

古泉「僕も長門さんに相談しておきましょう」

キョン「頼む」

古泉「いえ。何か大変な事態になっているような気がしますから」

キョン「怖いことをいうな。朝比奈さんの身に万が一のことがあってみろ、俺は怒る」

古泉「重々承知しております」

キョン「ちなみにだが……」

古泉「涼宮さんの精神状態は平常です。閉鎖空間が発生する兆しもありません」

キョン「そうか」

古泉「朝比奈さんが土曜日を越えることができないのは涼宮さんだけが原因ではないかもしれませんね」

キョン「今のところ、ハルヒが朝比奈さんを時空に監禁する理由がないからな」

古泉「それはどうでしょうか?」

キョン「なに? 心当たりでもあるのか?」

古泉「いえ。なんでもありません。それでは後ほど」

教室

ハルヒ「すぅ……すぅ……」

キョン(こいつの頭をかち割って、どんな構造をしているのか今すぐ調べたいね。何の恨みがあって朝比奈さんを閉じ込めているのか)

谷口「おい、キョン。次、俺が当てられそうなんだが、教えてくれないか?」

キョン「俺に訊かず国木田に聞け」

谷口「その国木田がまだトイレから戻ってきてない。そして俺は国木田に教えてもらうのを今まで忘れていた。なら、もう親友のキョンにきくしかねえよな」

キョン「自分で考えたほうがいいんじゃないか?」

谷口「あのよぉ、キョン。当てられて答えられないって最高にかっこ悪いだろ?」

キョン「確かにな。だが、お前が悪い」

谷口「なんだと!? ダチを見捨てる気か!? 自分で考えてもわからねえから、キョンに訊いたんだろ!?」

キョン「だから、分からないなりに恥をかけばいい」

谷口「ひでぇなぁ!」

ハルヒ「……キョンも分からないだけでしょ?」

キョン「お、起きてたのか。おはよう」

ハルヒ「おはよう。うっさいのよ。折角、気持ちよく寝たのに」

谷口「あーあ……。もう時間がねえ……」

国木田「なにしてるの?」

谷口「おー!! グッドタイミング!! 俺のしんゆー!!」

キョン「国木田、谷口の面倒を見てやってくれ」

国木田「はいはい」

谷口「やっぱり、キョンじゃだめだな。あいつ、俺を見殺しにしようとしたんだぜ?」

国木田「相手が谷口だもんね」

谷口「おい」

キョン(まぁ、ハルヒの言うとおり、俺も教えられるだけの知識がないんだが)

ハルヒ「中途半端に寝ちゃったから余計に眠いわ」

キョン「でも、珍しいな。休憩時間とは言え、寝るなんて」

ハルヒ「ちょっと寝不足なのよ」

キョン「寝不足? なにかあったのか?」

ハルヒ「別に」

キョン(悪い夢でも見たのか。それで深夜映画をダラダラと見ているうちに朝を迎えたとかそんなところか)

昼休み 部室

長門「現時点では当該時間を観測することはできない。大規模なノイズが発生している。ノイズの発生源には涼宮ハルヒの情報因子も混在。観測不可の原因は涼宮ハルヒ」

古泉「だそうです。朝比奈さんが言ってた「長門さんでもわからない」とはこのことだったのでしょう」

キョン「ハルヒの所為なのか」

古泉「ですが、面白いことに我々のことは分かるそうです」

キョン「長門。朝比奈さんのことだけが見えないのか?」

長門「そう」

古泉「土曜日に朝比奈さんの身に何かが起こるのでしょう。しかし、それは当日になってみないと分からない。涼宮さんが原因で。判明したのはここまでですね」

キョン(長門でも無理ってなったらお手上げじゃないか)

長門「……」

古泉「土曜日は余程のことがない限り、いつものように駅前に集合し、不思議探索をします。そこで朝比奈さんに何かが起こるのでしょう」

キョン「待て。朝比奈さんは土曜日の記憶もない。ということは、やっぱり寝ている間に何かがあったのかもしれないぜ?」

古泉「その可能性は高いでしょう。ですが、我々にできるのは当日を待つことぐらいしかありません」

キョン「いや、前回の俺たちは「なんとかなるかもしれない」と朝比奈さんに言ってる。てことは何かあるんだ」

古泉「その何かを朝比奈さんからお聞きになりましたか?」

キョン「いや……。教えてはもらえなかったそうだ」

古泉「前回の僕たちは、自分たちで終わらせる自信があったのでしょうか。それとも朝比奈さんには告げることのできない理由が……。どちらにせよ、今はこれ以上のことは調べようがありません」

キョン「あとは、こっちの朝比奈さんに色々訊ねてみるしかないが」

古泉「それも難しいでしょう。こちらにいる朝比奈さんには何も起こってはいないでしょうから」

キョン「どうしてそう言い切れる?」

古泉「朝にもお話したことですが、ループしているのは一人だけです。それはつまり、こちらの朝比奈さんは無事に休日を謳歌できる可能性が高いことになります」

キョン「繰り返すのは俺の家にいる朝比奈さんだけだっていうのか?」

古泉「でなければ、朝比奈さんが無限に増えていきますよ?」

キョン(それはそれで天国だろうが)

古泉「……思ったのですが」

キョン「なんだ?」

古泉「放置しても問題がない。ということはありませんか?」

キョン「なんだと?」

古泉「朝比奈さんは既にいます。このまま時間が過ぎるのを待ってみると、意外と何事もなく時が進んでいくかもしれません」

キョン「本気か、古泉?」

古泉「ええ。割と」

キョン「理由を言え」

古泉「朝比奈さんらの諍いに巻き込まれたかもしれないからです」

キョン「未来人たちが喧嘩してるってことか?」

古泉「派閥抗争は珍しいことではありません。僕も長門さんも命を狙われることはあります」

長門「……」

キョン(裏では色々あるとか、前に聞いた気がする)

古泉「ただ、幸運なことに涼宮さんに選ばれたことによって血で血を洗うようなことには中々なりません。我々に何かがあれが神がどう出るのか予測がつきませんから」

キョン「なら、朝比奈さんはどういうことなんだよ」

古泉「そこまでは」

キョン(適当なことをいうな。朝比奈さんの上司は朝比奈さんなんだぞ。過去の自分を狙うなんておかしいだろ、いくらなんでも)

キョン「長門。何か分かったらすぐに教えてくれ。些細なことでもいいから」

長門「……」コクッ

古泉「僕も仲間を当たってみましょう。朝比奈さんのグループで内戦でも起こっていれば分かりやすいのですが」

キョン「だからって分かりやすい手を打つんじゃないぞ、古泉」

廊下

キョン(にしても、情報がないのも事実だ。前の俺たちは秘密主義だったのか?)

鶴屋「やぁ、キョンくんっ。下を向いて考え事はあっぶないぞ!」

キョン「え? ああ、鶴屋さん。どうもすいません」

鶴屋「気付いてくれてよかったよ。もう少しで抱きしめてとめるところだったからね!」

キョン(そっちのほうが良かった!!)

朝比奈「鶴屋さーん。お待たせしましたぁ」

鶴屋「うんや! 待ってないよ!」

キョン「朝比奈さん……」

朝比奈「キョンくん。こんにちは」

キョン「どうも」

キョン(何か訊いておいたほうがいい気もするが……。何を訊くべきか……。下手なことを言って疑われるのもあれだしな……)

朝比奈「キョンくん、どうかしました?」

鶴屋「みくるの可愛さに見惚れちゃったんでしょ? わかいねー、このこのー」

キョン「ああ、そんな……」

鶴屋「それじゃね! バイバイにょろ!!」

キョン「え、ええ」

朝比奈「また部室で」

キョン「朝比奈さん、あの……」

朝比奈「なに?」

キョン「最近、変わったことありませんか?」

朝比奈「へぇ? どうしてぇ?」

キョン「ほら、最近は何事もなく平穏じゃないですか。こう、何も起こらないときこそ、警戒しておいたほうがいいと思いまして」

朝比奈「なるほど。キョンくん、私たちのことを心配してくれているんですね。ありがとう、嬉しい」

キョン(ああ、可愛い。家にもいると思うと、もう午後の授業はスルーしたい!)

朝比奈「でも、大丈夫。何もなりません」

キョン「本当ですか?」

朝比奈「はいっ。それじゃあ、またね」

キョン「はい。後ほど」

キョン(やっぱり、こっちの朝比奈さんには異常はなさそうだ。少なくとも未来と連絡できないって事態になれば朝比奈さんは取り乱すからな。あんな風に笑ってはいないはずだ)

放課後 部室

ハルヒ「うーん……」ポチッポチッ

古泉「涼宮さん、元気がないようですが? キーボードを人差し指で押している様子は愛らしいですが」

キョン「何故、俺に訊くんだよ」

古泉「貴方ならご存知かと」

キョン「寝不足って言ってたぞ。だるいんだろ」

古泉「そうですか。昨夜の小規模な閉鎖空間が原因でしょうか」

キョン「閉鎖空間出たのか?」

古泉「問題はありません。夢を見て発生するものです。怖い夢でも見てしまったのでしょう」

キョン「ああ。それならいいんだが……。って、傍迷惑だな相変わらず」

古泉「夢程度で発生したものは可愛いものですよ」

朝比奈「涼宮さん、お茶です」

ハルヒ「ありがとう」

朝比奈「いえ」

ハルヒ「うーん……」ポチッポチッ

キョン「ハルヒ、やることが無いなら帰ってもいいか?」

ハルヒ「……なにかあるわけ?」

キョン「え? いや……」

キョン(朝比奈さんがいるからとは口が裂けてもいえない)

朝比奈「……?」

ハルヒ「みくるちゃんとデートでもする気?」

朝比奈「そうなんですか!?」

キョン「そんな約束してないでしょう?」

朝比奈「あぁ、ごめんなさい……」

ハルヒ「別に議題もないし、今日は帰ってもいいわよ。ただし、みくるちゃんはあたしと下校すること、いいわね?」

朝比奈「は、はい……」

キョン(何がしたいんだろうね)

キョン「長門、何か分かったか?」

長門「なにも」

キョン「そうか……。ありがとよ」

キョン宅

キョン「……」ガチャ

朝比奈「あ! おかえり、キョンくんっ」

キョン「た、ただいま、戻りました」

キョン(何ともいえない幸福感がある。朝比奈さんに内外で目に出来るとは。これ以上の目の保養があるだろうか)

朝比奈「何かわかりましたか?」

キョン「これといった収穫は。そちらはどうですか?」

朝比奈「いえ。ダメです。どの装置も使用が不可能になってます」

キョン「タイムマシンは使えるんじゃないんですか?」

朝比奈「使えることは使えますが、許可がないとダメなので」

キョン「許可ですか。貴方が日曜日に飛んでいけば話が早いような気もするんですが」

朝比奈「……できません。私は末端ですから」

キョン(命令や指示がなければ下手に動けない今の朝比奈さんは大変だろうな)

朝比奈「ところで……あの……」モジモジ

キョン「はい?」

朝比奈「はむっ……」

キョン(そうか……。この時間まで何も口に出来ないし、お手洗いにだって簡単にはいけないもんな……。一応、朝出て行ったことにはなっているが、またいいわけを考えなければ)

朝比奈「ありがとう、キョンくん。お腹がすいてて……」

キョン「いえいえ。どんどん食べてください。菓子パンでよければ備蓄がありますし」

朝比奈「はい」

キョン(妹にはあとで謝るとして……。この朝比奈さんにはあのことを訊いておいた方がいいな。もう何度か訊かれているかもしれないが)

朝比奈「はむっ……」

キョン「朝比奈さん。もう何度か訊いたかもしれませんが、この時間上にいるもう一人の朝比奈さんは土曜日になったらどうなるんですか?」

朝比奈「さぁ……。でも、私とは違うことになっているのは確かだと思います」

キョン「それは何事も無く日曜日になってしまうと?」

朝比奈「分かりません……」

キョン「何故、貴方だけが取り残されたようにループしているのかっていうのも判明してないんですよね? 説明好きの古泉から何か聞いてませんか? あいつの妄言でも結構です」

朝比奈「……この前の金曜日に、長門さんから言われたことがあります」

キョン「あるんじゃないですか。それを言ってくれたら――」

朝比奈「貴方を救う方法はない……って……」

キョン「え……?」

朝比奈「……ごめんなさい。これを先に言えば、私……キョンくんに見捨てられると思って……あの……」

キョン「何を言っているんですか。見捨てませんよ。谷口は見捨てても朝比奈さんは見捨てません」

朝比奈「でも……」

キョン「それより救う方法がないってどういうことですか?」

朝比奈「長門さんがいうには、私がこの現状に陥ったのは既定事項だから、らしいです」

キョン「既定事項って」

キョン(ちょっと待て。それって未来人が朝比奈さんをこんな目に遭わせているってことか?)

朝比奈「でも、キョンくんと古泉くんはなんとかできるって言ってたの。だから……だから……」

キョン「朝比奈さん……」

朝比奈「うっく……ぐすっ……」

キョン(このまま朝比奈さんがループし続けるのを黙ってみているわけにはいかないが、確か既定事項は朝比奈さんたちにとって得になることなんだよな)

キョン(朝比奈さんを苛めて有益な結果になるのか? 面白くない)

朝比奈「私……このままなんでしょうか……」

キョン「俺がそんなことさせません。絶対に貴方を救いますから」

朝比奈「ありがとう……」

キョン(ダメだ。全く期待されていない。恐らく前回も前々回も同じことを同じ奴から言われているだろうしな……。朝比奈さんからすれば聞き飽きた台詞か)

キョン「既定事項ってことは少なからず朝比奈さんも絡んでいるってことですよね? 心当たりは無いんですか?」

朝比奈「ないです。こんな事例自体、聞いたことがないです……」

キョン(長門は何かを掴んでいるのか? 俺たちには話してないだけで……)

朝比奈「……はむっ」

キョン「まぁ、今は食べてください。空腹では考えも纏まらないですし」

朝比奈「うんっ」

キョン(前々回はともかく、前回の俺とほぼ同様の行動をとっているなら、次は長門に意見を求めることになる)

キョン(そして、返ってくる答えは救出は不可能ってものだろう。まさかとは思うが、俺たちはこの朝比奈さんを見捨てたんじゃないだろうな……)

朝比奈「はむっ」

キョン(確かにこっちにも朝比奈さんはいるし、土曜日を迎えれば片方は消えてしまう。何も手を出さなければそのまま……)

朝比奈「……おいしかったです」

キョン「いえいえ」

キョン(やはり朝比奈さんを助けなければ!!)

妹「キョンくーん! ご飯できたってー!!」ガチャ

キョン「ノックをしなさい!!」

朝比奈「あ……」

妹「あれ? みくるちゃん、今日もお泊り?」

朝比奈「う、うん。お邪魔してます」

妹「キョンくんと仲良しだぁー」

朝比奈「えへへ……」

キョン(照れないでください。俺が意識してしまいます)

妹「みくるちゃんの分も用意するねー」

朝比奈「いつもありがとう」

妹「いつも?」

キョン「はいはい。俺も行くから」

妹「キョンくん、みくるちゃんと夜はなにしてるのー?」

キョン「変なこと聞くんじゃありませんっ!」

妹「どうしてぇー?」

キョン「すいませんね。うちの妹が」

朝比奈「ううん。可愛いですよね」

キョン「将来が心配になりますけどね、たまに」

キョン(あの無邪気さはどうにもな。ハルヒも一目置いてるほど、危険だ)

朝比奈「もうここに随分と居る気分になっちゃいます。こうして夕食を食べていると」

キョン「そうですか?」

朝比奈「はい。実際は一週間分も居ないんですけど」

キョン「いっそのこと家族になりますか」

朝比奈「ひぇ!? そそ、それって……あの……!!!」

キョン「あ……。いや……すいません!!」

朝比奈「……でも、もし私がこの時間軸から抜け出せないなら……あのキョンくんが私を……お嫁さんに……」

キョン「な、なにを言っているんですか!?」

朝比奈「二晩だけのお嫁さんでよければ……」

キョン「朝比奈さん!! 気をしっかりもってください!! 冷静になりましょう」

朝比奈「あ……。ごめんなさい。でも、そういう道も……」

キョン「――そ、そろそろ寝ましょうか。お風呂は申し訳ないですが、早朝に入ってください」

朝比奈「はい」

キョン「あ、えっと。布団だしますね」

朝比奈「お願いします」

キョン(朝比奈さんは稀に大胆なことを言うからな……。俺の理性はどこまでもつのやら)

朝比奈「……」

キョン「――どうぞ。用意できました」

朝比奈「ありがとう。あと一日だけお世話になります」

キョン「何を仰いますか。これからもずっと朝比奈さんにお世話されますよ、俺は」

朝比奈「どうして? 私はいつもキョンくんに助けられてばかりで……」

キョン「俺には何も力がありません。何かが起こったときは貴方たちに守られているだけの存在ですから」

朝比奈「そんなことは」

キョン「今回だって、はっきりいえば俺だけじゃとても……」

朝比奈「キョンくん……」

キョン「だから、朝比奈さんにはこれから先も居てもらわないと困るんですよ」

朝比奈「でも、この時間平面には私がきちんといるから」

キョン「朝比奈さん、それは……」

朝比奈「分かってるんです。私がここに居ちゃいけないことは……。だって、私はもう時間から弾かれた存在で……」

キョン(まだ3回目とはいえ、抜け出せる目処がない上に記憶を継承していることがかなりの負担になっていそうだな)

キョン(長門じゃなければとても耐えられない。いや、長門だって二度も同じ体験はしたくないと思っているはずだ。それぐらいなら地球から出て行くと考えているかもしれない)

朝比奈「だから……ぐすっ……」

キョン「明日中に見つけますから」

朝比奈「……」

キョン「必ず」

朝比奈「キョンくん。無理はしないでください」

キョン「しませんよ。そうだ。朝比奈さん。こっちの朝比奈さんに貴方のことを話すのはいけませんか?」

朝比奈「やめてください。私は自分に会ってませんし、キョンくんからそんな話も聞いてません」

キョン「ああ。そうですか」

キョン(出会っていないはずの相手に出会ったり、知らないはずの情報を知ってしまうと矛盾がでるんだっけか)

キョン(だが、この朝比奈さんを救うとすれば前回とは何か違うことをしていかないと。同じことをしても朝比奈さんは確実に木曜日に強制連行されるしな……)

翌日 高校 廊下

古泉「そうですか。辛いでしょうね」

キョン「そう思うなら情報を提供してほしいね」

古泉「朝比奈さんには言わないと約束していただけますか?」

キョン「どういうことだ?」

古泉「この一件、割と簡単です」

キョン「簡単だと?」

古泉「はい。朝比奈さんは消されるそうです」

キョン「は?」

古泉「過激派による襲撃にあい、朝比奈みくるは――」

キョン「まて!! なんだそりゃ!?」

古泉「暗殺です。端的に述べれば」

キョン「未来的な暗殺でもするのかよ」

古泉「殺害方法まではなんとも言えませんが、涼宮さんの目に触れないところでひっそりと行われることになるでしょう。しかし、これでどうして朝比奈さんが増殖しないのか分かりましたね」

キョン(おいおい……。何がどうなってる……。どうして朝比奈さんが……。いや、まてよ。だったらあの大人の朝比奈さんはどう説明するんだ?)

古泉「大人の朝比奈さんですか」

キョン「あの人がいるってことは朝比奈さんは生き残るんだよ。何があってもだ」

古泉「彼女は数ある時間軸の一つの可能性でしかないはずです」

キョン「なに?」

古泉「大人になるまで生かされていただけなのでしょう。かなり早い段階で既定事項になっていたようですから」

キョン「別の時間、というか時空からきてたっていうのかよ」

古泉「時間に連続性はありません。枝分かれした一つの未来から我々の時間へアプローチをかけることもできます」

キョン(つまりなんだ。朝比奈さんはどの時間でも厄介者にされてるってことなのかよ)

古泉「朝比奈さんが貴方を篭絡させるつもりだから。とか」

キョン「……怒るぞ」

古泉「申し訳ありません。ですが、朝比奈さんがこの時間軸で殺されたとしても、こちらにはもう一人存在しています。そこで僕は思いました」

キョン「なんだ?」

古泉「今現在ループしている朝比奈さんは保険ではないかと」

キョン「こっちの朝比奈さんが消えたら、代替しようってことか!?」

古泉「恐らく長門さんや或いは涼宮さんの力で暗殺は失敗するんですよ。でも、成功してしまう時間軸が存在する。そのときのための保険として、一人の朝比奈さんが選ばれた。どうでしょうか?」

部室

長門「彼女を救う方法はない。なぜなら、この時間軸に存在する朝比奈みくるは、死ぬことがないから」

キョン「助かるのか」

長門「そう」

キョン(救う方法がないって、そういうことか……)

キョン「なぁ、長門。つまりループしている朝比奈さんは、暗殺が成功しない限りは抜け出せないってことになるんだな?」

長門「……」

キョン「なんてこった……」

キョン(つまり、朝比奈さんを救うためには、消さなきゃならないってことか。ドッペルゲンガーじゃあるまいし)

長門「……」

キョン「ノイズ云々は嘘だったのか?」

長門「嘘ではない。あれは事実」

キョン「朝比奈さんの未来が見えないのは?」

長門「……」

キョン(いや、そうか。分かっているからこそ、守ることができるんだよな……)

教室

キョン(考えてみたら、行き着く結論はそういうことになる。他時空からやってきた朝比奈さんよりも、多くの時間を共有してきた同時空の朝比奈さんを優先する。当然の判断だ)

キョン(そりゃ、朝比奈さんには言えることじゃない)

ハルヒ「キョン」

キョン(前回の俺たちが何も言わなかったのも頷ける。貴方を救うには朝比奈さんを消すしかないなんて。あの人が聞いたらそのまま舌を噛み切ってしまいそうなぐらいショッキングだ)

ハルヒ「きょーん」

キョン(解決方法は分かった……。でも……)

ハルヒ「キョンってば」

キョン「なんだ? こっちは考え事をだな」

ハルヒ「どうせあたしでスケベなこと考えてたんでしょ?」

キョン「なんでそうなる!! ふざけんな!! こっちだって選ぶ権利ぐらいある!!」

ハルヒ「あ?」

キョン「……いや、まぁ、ハルヒでも」

ハルヒ「キョンの分際で選ぶ権利があるとでも思ってるわけ!? アホ!!」

キョン「で、なんだよ? 眠たそうな目をしているようだが」

ハルヒ「そうなのよ。眠いのよ。ノートとっておいてくれる?」

キョン「俺は授業が始まったら眠くなるぞ」

ハルヒ「あたしのために働きなさいよ」

キョン「嫌だと言ったら?」

ハルヒ「書け」

キョン「分かった。やるだけやる」

ハルヒ「ちゃんと書きなさいよ。全く」

キョン「また寝不足なのか?」

ハルヒ「うん……ちょっとね……」

キョン「大丈夫か?」

ハルヒ「最近、変な夢を見るのよ……」

キョン「夢?」

ハルヒ「昨日もみたわ……。なんかやけにリアルで……」

キョン「どんな夢だ?」

ハルヒ「みくるちゃんが血を流して倒れてる夢……。あれのせいで、夜中に目が覚めちゃって、大変なのよ……」

キョン「……詳しくおしえてくれないか?」

ハルヒ「すぅ……すぅ……」

キョン(こいつ、予知夢でもみてやがるのか……)

キョン(無意識に危険を察知して防御策を練るぐらいのことはやっちまうからな……)

谷口「おい、キョン。次の時間、そろそろお前が当てられるんじゃないか?」

キョン「なに? ……そうだな。可能性は高い」

谷口「よーし。苦しめ」

キョン「国木田」

谷口「残念だったな。国木田は便所だ」

キョン「む……」

谷口「どーだ、やるせないだろ。キョン。あっはっはっはっは」

キョン「陰湿な野郎だ」

谷口「だーっはっはっはっは。無様に散れ」

キョン「てめぇ!!」

ハルヒ「――うるさい!!!」

昼休み

国木田「キョン、あの問題分からなかったんだ。僕に聞いてくれればよかったのに」

キョン「すっかり忘れてた」

谷口「まあ、いい薬になっただろ。ダチを見捨てることはしないほうがいい」

キョン「おまえな……」

国木田「ねえ、キョン。涼宮さん、ずっと寝てるけど大丈夫なの?」

谷口「心配いらねえよ。めちゃくちゃでかい声で俺とキョンに吠えたからな」

キョン「あれはお前が悪い」

谷口「わーってるよ。あとで謝っとくって」

キョン(そこまでする必要はないと思うが)

谷口「それにしてもあの涼宮が大人しいと、調子狂うな。あれはあれで不気味だ」

キョン「不気味?」

谷口「こう溜めに溜め込んで、特大の一発を放つ前みたいな」

国木田「ああ、何となくわかるよ。溜めたほうが気持ちがいいし」

キョン(ハルヒが力を溜めたら地軸がずれるかもしれないがな)

ハルヒ「――みくるちゃん!!!」ガタッ

キョン「ん?」

谷口「どうしたんだ、ハルヒのやつ」

ハルヒ「……」キョロキョロ

国木田「夢でも見てたのかな」

ハルヒ「……夢か」

キョン「ハルヒ、どうした?」

ハルヒ「……なんでもない!!」

谷口「行っちまった。変な奴だな」

国木田「朝比奈さんの名前を叫んでたし、嫌な夢でも見てたんじゃない?」

谷口「授業中じゃないだけマシだな」

国木田「そうだね。授業中じゃ目も当てられないし」

谷口「全くだ。キョン以上にかっこ悪い」

キョン「このタコ。おまえだって国木田が居ないと何もできないじゃねーか」

谷口「それの何が悪い。結果オーライだろうが」

谷口「どうしたんだ、ハルヒのやつ」

谷口「どうしたんだ、涼宮のやつ」

放課後 部室

ハルヒ「うー……」

朝比奈「ふーふー」

ハルヒ「うー……」

朝比奈「あ、あの、涼宮さん? お茶のおかわりですか……?」

ハルヒ「……」

キョン「どうした、ハルヒ。朝比奈さんが気になるのか?」

ハルヒ「……みくるちゃん。今日も一緒に帰りましょう」

朝比奈「は、はい、よろこんでぇ」

ハルヒ「……よし」

古泉「何かあったのですか?」

キョン「なんでも朝比奈さんが血を流して倒れている夢を何度も見ているらしい。それで気になるんだろうな」

古泉「それは興味深いですね」

キョン「偶然、なわけねえよな」

古泉「涼宮さんの一挙手一投足には意味があります。無論、夢も例外ではないでしょう」

ハルヒ「ほら、いくわよ、みくるちゃん!!」

朝比奈「は、はいぃ」

ハルヒ「最後の人、鍵お願いね!」

朝比奈「す、涼宮さん、スカートをひっぱらないでぇ」

キョン「……どう思う?」

古泉「涼宮さんの夢に出てくる朝比奈さんがどちらなのかが、僕は一番気になりますね」

キョン「長門は?」

長門「観測不能」

キョン「もう明日になっちまうぞ。このまま明日を迎えたら……」

古泉「現状を打破できずに日曜日を迎えることになりますね」

キョン「今までの事件とはまた異質な気味の悪さがあるのは気のせいか」

古泉「そうですね。我々は誰のために動けばいいのかわからないですからね」

キョン「それは朝比奈さんのために……」

キョン(いや。どっちの朝比奈さんを守るつもりなんだ、俺)

古泉「今回の一件、思い切って傍観するのもいいのではないでしょうか? 朝比奈さんを失うことはまずありません」

キョン「古泉、そう言う問題じゃねえだろ。なんでそんなことを簡単に言える?」

古泉「事実を述べたまでです。他意はありません。それにここで個人的な心情を吐露してしまうと、余計な、いえ、不要な摩擦が生じてしまう」

キョン(そうだな。ここでどっちを優先させるなんて話、絶対にしたくない。答えは分かりきっている)

古泉「また手の施しようがないのもまた事実でしょう。我々にできることはありません。既に朝比奈さんは時間の枠組みから外れ、もう一度正しい時間軸に戻るときに備えるしかないように思えます」

キョン「分かってるから言うな」

長門「涼宮ハルヒが見たという夢」

キョン「え?」

長門「既に発生した事案であることも考えられる」

古泉「どういうことですか?」

長門「人間の持つ記憶からの幻視、または映像であることも念頭におくべき」

古泉「なるほど。デジャビュの可能性もあると。それもかなり強烈な」

キョン(俺たちが散々見たやつか)

古泉「朝比奈さんを見るたびに、流血する朝比奈さんが映像として涼宮さんの瞳に浮かび上がるなら問題ですね。閉鎖空間も夢では説明ができないほど大きなものになるかもしれません」

キョン「だが、それがこの問題の解決に繋がるとは思えないぞ」

古泉「そうですね。涼宮さんの場合、予見である場合も十分に考えられます。ただ、過去に発生した映像を再生しているのだとしたら、困ったことにもなりますね」

キョン「困ったこと?」

古泉「朝比奈みくるは一度死んでいることになります。それも涼宮さんの目の前で」

キョン「な……」

古泉「全くの赤の他人でも眼前で血を流して息絶えるなんてことになれば、誰しも慄くことでしょう」

キョン「まて。既に死んでいるなら、その時間軸にループ中の朝比奈さんがいないとおかしくないか?」

古泉「困ったこととはそこです。何故、朝比奈さんが死んでいるのに、ループから抜け出せていないのか。そして、その映像を涼宮さんが見ていた場合、考えられることは一つしかありません」

キョン「なんだ……」

古泉「死んだ朝比奈さんを涼宮さんが再生させた。もしくは涼宮さんは死亡したはずの朝比奈さんとともに無意識下で時間軸を移動し続けている」

キョン「ハルヒも一緒に? なら、この時間にいるハルヒはどこにいったんだよ」

古泉「涼宮さんですよ? 自分を消すぐらいわけないでしょう」

キョン「話についていけないぜ、古泉」

古泉「可能性の話ですから無視して頂いても結構です」

キョン「できるわけねーだろ!!」

古泉「この件は簡単と言ってしまいましたが、撤回します。少なくとも単純な話ではなくなりました。朝比奈さんの一派と涼宮さんが悪いタイミングで重なったのでしょう」

キョン(どこかの鬼畜野郎が大間抜けで朝比奈さんをハルヒの前で死なせたから、おかしくなったのか)

>>97
古泉「死んだ朝比奈さんを涼宮さんが再生させた。もしくは涼宮さんは死亡したはずの朝比奈さんとともに無意識下で時間軸を移動し続けている」

古泉「死んだ朝比奈さんを涼宮さんが再生させた。そして涼宮さんは死亡したはずの朝比奈さんとともに無意識下で時間軸を移動し続けている」

キョン宅

キョン「……」

朝比奈「おかえりなさい、キョンくんっ」

キョン(どうする。全てを伝えるか。いや、伝えてどうする。どうなる。貴方は死んでいるんじゃないですか、なんて言える奴がいるのか?)

朝比奈「キョンくん? なにか、わかったの?」

キョン「……いえ。何も」

朝比奈「そう……」

キョン「それよりもお腹すきませんか?」

朝比奈「はい、実はペコペコで」

キョン「今、持って来ますよ」

朝比奈「ありがとう」

キョン(前回の俺たちもそのことに気付いたからこそ、真実を告げなかったのか)

キョン(長門の言う通り……。朝比奈さんを救う方法は……)

朝比奈「……キョンくん?」

キョン「え? ああ、すいません。すぐに持ってきます。待っていてください」



キョン「明日ですね……」

朝比奈「そうですね。あの、キョンくん」

キョン「はい」

朝比奈「ダメなんですね?」

キョン「……」

朝比奈「前のキョンくんも辛そうな顔してましたから、何となく覚悟はあったんです……」

キョン「……すいません」

朝比奈「ごめんなさい」

キョン「え?」

朝比奈「私の所為でキョンを困らせてしまって。私っていつもドジで……」

キョン「違います」

朝比奈「ごめんなさい。ねえ、前もそうだったんですけど……。今日はキョンくんの隣で寝てもいいですか?」

キョン「朝比奈さん……」

朝比奈「今度こそ消えるんじゃないかって思うときもあるんです。何かの拍子に消えてしまうかもって……。だから、こんやだけ……おねがいします……」

翌日

古泉『おはようございます。古泉です』

キョン「分かってる。携帯電話っていうのは相手の名前が表示されるんだぞ」

古泉『申し訳ありません。朝比奈さんは?』

キョン「……朝比奈さんなら今、俺の隣で寝ているが?」

古泉『そうですか。真実は告げられたのでしょうか?』

キョン「ああ。言っておかないと、困るだろ」

古泉『申し訳ありません。貴方にこのようなことを……』

キョン「だが、俺は諦めたわけじゃないからな」

古泉『だからこその決断だった。それはわかっています』

キョン「朝比奈さんは?」

古泉『僕の隣にいますよ』

キョン「早いな」

古泉『んふっ。今日も貴方の奢りになってしまいそうですね』

キョン「いつものことだ。もう慣れた」

キョン「うぅ……」

朝比奈「キョンくん、キョンくん」

キョン「ん……?」

朝比奈「起きて、キョンくん」

キョン「うわぁ!? な、なんで朝比奈さんが!?」

キョン(可愛い女の子が起こしにくるなんて、どこのラブコメだ!?)

朝比奈「あの、どうして私がここにいるか、分かりますか?」

キョン「さっぱりです。昨日、俺の家に遊びに来ましたか? それで俺がなぜか前後不覚……」

朝比奈「いえ! キョンくんはそれでいてくれないと私が困るというか……今日は木曜日ですし……」

キョン「は?」

朝比奈「とにかく、キョンくんにお伝えしないといけないことが沢山あるの。聞いてください」

キョン「は、はぁ……」

朝比奈「質問はあとで何でも答えますから。まずは私の話を聞いて」

キョン「わ、わかりました」

キョン(なんだこの状況……。何か俺の周りで起こったのか……)

キョン「――要約すると、貴方はどこかの時間軸で亡くなっていて、でもハルヒの力で色々な時間軸を彷徨っているってことですか」

朝比奈「昨日の夜、キョンくんにそう説明されました」

キョン「同じベッドで?」

朝比奈「はい。少し、恥ずかしかったです……キョンくんの体はとても温かったですけど……」

キョン(許さん!! 他次元の俺!!)

朝比奈「それはともかく、キョンくん」

キョン「しかし、長門からも古泉からも匙を投げられたってことですよね」

朝比奈「そうなります……」

キョン「朝比奈さん。やはり前回の俺の案を採用するべきじゃないですか?」

朝比奈「それって……」

キョン「試していないことを試していきませんか。確かに危険な賭けではあるかもしれませんが」

朝比奈「でも、土曜日に何が起こるのか私はまだしらなくてぇ……」

キョン「そうも言ってられませんよ。今回で終わらせるんです」

朝比奈「キョンくん……」

キョン「前回の俺がどんな想いで朝比奈さんに話したのかは分かりませんが、貴方を託されたってことは分かりますから」

高校 廊下

古泉「事情は分かりました。ですが、どのように解決されるおつもりですか? 話を聞く限りでは、非常に難しいことでは?」

キョン「だから相談しているんだろ」

古泉「困りましたね。手立てはすぐに思い浮かびません」

キョン「俺はハルヒが何をしたのかがポイントだと思っている」

古泉「朝比奈さんを蘇生させたのではないのですか?」

キョン「朝比奈さんを蘇生させたのなら、どうしてこっちに来ちまってるんだって話だろ?」

古泉「涼宮さんのことです、朝比奈さんが亡くなってしまうような世界には置いておけないと思ったのではないでしょうか」

キョン「なら、その世界に朝比奈さんはいないことになるよな」

古泉「無茶です。どのようにして既に終わったであろう世界に干渉するおつもりですか?」

キョン「なんとかできないか」

古泉「そもそも朝比奈さんが亡くなられた時間軸は涼宮さんが破壊したと考えるのが妥当です。つまり、現状では朝比奈さんの行き場がない」

キョン「うーん……」

キョン(結局、俺たちがぶつかる壁はそこなんだろう。朝比奈さんの居場所がない)

古泉「ところで素朴な疑問なのですが、何故朝比奈さんは貴方のベッドで寝起きをされているのですか?」

キョン「ん? そういえばそれは知らないな」

古泉「朝比奈さんが亡くなったとき、朝比奈さんを時間移動させたのは涼宮さんでいいでしょう。わざわざ貴方のベッドに移動させる意味は何かあるのでしょうか」

キョン「それはあまり関係ないんじゃないか?」

古泉「まぁ、信頼していると言ってしまえばそれまでですが」

キョン「悪い気はしねえな」

古泉「それとこれにも言及がないようですが、朝比奈さんの記憶の欠如が何を意味するのか調べたほうがいいのかもしれませんね」

キョン「土曜日の記憶か? それはまだ目が覚めてないんじゃないのか?」

古泉「涼宮さんが蘇生させた時間にも何らかのヒントがあると思うのですが……」

キョン「例えばなんだ」

古泉「その時間でなければ都合が悪かった、とかです」

キョン「蘇生させるのに都合の良い悪いがあるのか」

古泉「分かりません。ですが、意味はあるでしょう」

キョン(目が覚める前ってことはかなり早い時間に設定していることになるよな……)

古泉「僕のほうでも調べてみます。長門さんにも相談しておきたいですから」

キョン「ああ。頼む」

教室

谷口「おーい、キョン。次の時間、俺が当てられそうなんだ。教えてくれ」

キョン「国木田に訊けばいいだろ」

谷口「残念なことに国木田は便所だ。だから、俺は親友のキョンに訊かざるを得ない」

キョン「なんだその言い方は。癪に障るからおしえん」

谷口「おい、キョン。当てられて答えられないって最高にかっこ悪いと思わないか?」

キョン「思う」

谷口「なら、ダチとして教えておくべきじゃないか? ん?」

キョン「馴れ馴れしい。国木田がいなきゃなにもできないのか、お前は」

谷口「何も出来ないってことはねーけどよ。俺ってほら、従順だから」

キョン(教えを乞う側が従順とは腹が痛いね)

谷口「おまえのいうことならなんでも聞いてやるってぇ。だから、教えろよ」

キョン「なら、今すぐ席にもどれ」

谷口「なんだと!?」

ハルヒ「うるさい!! こっちは寝てるんだから騒ぐな!! 寝れない!!!」

谷口「げ、涼宮がおきちまった。退散するか……」

キョン「ハルヒ、悪かったな。寝てていいぞ」

ハルヒ「もういいわよ。気分悪いし」

キョン「……なぁ、ハルヒ。最近、変な夢をみてないか?」

ハルヒ「え? どうして?」

キョン「なんとなく」

ハルヒ「……実はそうなのよね。最近というか昨日の晩にみくるちゃんが血を流してる夢を見ちゃって、おかげで寝不足なのよ」

キョン「その夢、詳しく教えてくれないか?」

ハルヒ「詳しくってみくるちゃんが血を流して倒れているのをあたしが眺めてるだけだけど?」

キョン「どこで?」

ハルヒ「ど、どこで? 難しいわね……。うーん……住宅街だったと思うけど……」

キョン「外なのか」

ハルヒ「それは間違いないわね。って、嫌な夢なんだから思い出させないでよ」

キョン「よく見るのか?」

ハルヒ「そうね。今も見たわ。というか、みくるちゃんに会ったらみくるちゃんが血だらけに見えちゃったのよ。ホント、最悪よ。なんなの、これ。誰かのマインドコントロールかしら」

昼休み 部室

長門「当該時間において大規模なノイズが発生している。涼宮ハルヒの情報因子も確認。涼宮ハルヒによる情報操作が行われたと思われる」

キョン「これも前回から続いていることなんだよな」

古泉「ええ。貴方が朝比奈さんから聞いたこととほぼ同じ内容です」

キョン「朝比奈さんが一度死んでいるって事実がでかすぎて問題にしてなかったが、そもそもハルヒはなんのためにノイズをかけてるんだ?」

古泉「……」

キョン「長門。土曜日以降は知ることができないんだよな? 朝比奈さんだけ」

長門「そう」

古泉「……待ってください。何故ですか?」

キョン「どうした?」

古泉「我々と同じ時間軸にいる朝比奈さんは平穏無事に日曜日を迎えることができることになっているのでは? なのに分からないのですか?」

長門「観測はできない」

古泉「長門さん。朝比奈さんの未来を予見できないのですか?」

長門「正確ではなく不確か情報ではあるが収得可能。断片的なデータではあるが、それを元に朝比奈みくるの救助も実行できる」

キョン「だから、朝比奈さんは助かり、ループ朝比奈さんは更にループすることになる。はぁ……どうすればいいんだ……」

古泉「長門さん。救助後のことは?」

長門「観測不能。より多大なノイズが発生している」

キョン「なに? 何もわからないのか?」

長門「ない」

古泉「涼宮さんがノイズをかけている……のではなく、その先がないとしたら?」

キョン「ないってどういうことだ」

長門「0」

キョン「そういうことじゃなくてだな」

古泉「0になっているのではないですか?」

キョン「古泉までなにを」

古泉「朝比奈さんだけが記憶を持っているために前回までの我々は思い違いをしていのかもしれません」

キョン「どういうことだ」

古泉「涼宮さんが朝比奈さんの凄惨な現場を見た記憶が残っているのも、おかしな話です。涼宮さんなら真っ先に忘却するはず」

キョン「そういえばそうだな。こっちの朝比奈さんはそんなことにならないはずなのに」

古泉「記憶を残した涼宮さん自身が時間軸を移動しているにしろ、新たな時間軸では朝比奈さんは亡くなりません。それでも記憶を持ち続けているのは、同じことを繰り返しているからでは?」

キョン「おい。それって朝比奈さんが死んでるってことか?」

古泉「そう考えるほうがいいかもしれません。故に土曜日以降は長門さんにも観測ができない。そこで世界が終わっているから当然ですね」

キョン「まて、こっちの朝比奈さんが死んでるのか?」

古泉「それはありえません。長門さんも言ったように救助が可能なのですから」

キョン「じゃあ……」

古泉「毎回、律儀に涼宮さんの目の前で息を引き取っているのは、貴方の自宅にいる朝比奈さんのほう、ということになりますね」

キョン「理由がないだろ」

古泉「朝比奈みくるを消すということは既定事項となっています」

キョン「だから殺されたんだろ」

古泉「前回の僕はそう言ったらしいですが、第一回目、つまりループ現象が起こるきっかけになったとき、何故救えなかったのかも考えねばなりません」

キョン「そうだ。長門なら救えたはずだよな」

長門「……」

古泉「長門さんでも救えない場合もあるでしょう」

キョン「どんな場合だよ」

古泉「自害となれば流石の長門さんでも助けることはできないかもしれません。それも突発的なものなら」

キョン「自害……?」

古泉「問題は何故、そのような行動をとったか。なのですが……」

キョン「古泉、おまえの妄言もそこまでいくと清清しいが、確証はあるのか?」

古泉「前回の僕たちから言われたのでしょう。試していないことを試してくれと。自害という可能性を導き出したのは我々だけということになりますが」

キョン「お前の考えが正しいなら、ループをしているのは」

古泉「朝比奈みくるではなく、世界のほう。ということになるかもしれません」

キョン(朝比奈さんは時間軸に囚われたと言った。それはつまり本人が繰り返しているってことだけでなく、世界中の時計の針が巻き戻ってるときにでも言える)

古泉「毎回、涼宮さんは朝比奈さんの亡骸を目の当たりにし、そして世界を壊した。朝比奈さんが生きていた時間を僅かに残して」

キョン「どうして3日間だけなんだ」

古泉「それだけの期間があれば朝比奈さんを救うことができると考えたからではないでしょうか?」

キョン「記憶が土曜日だけなくなってるのは……」

古泉「どのような方法で命を絶つのかはわかりませんが、状況からして飛び降りでしょう。飛び降りる直前の記憶を全て奪えば、再度飛び降りるときに躊躇いが生まれるだろう。そんなことを願ったと僕は思います」

キョン(一度は勢いで飛び降りたが、二度目なら怖くなってできないだろうって魂胆か。ああ、わらにも縋る感じだな。二日分記憶を残しているのもハルヒなりの配慮か)

古泉「今晩、この話を伝えてください。今の朝比奈さんには寝耳に水ですが」

キョン「分かった。言っておく」

キョン「だが、世界のほうがループしているなら長門はどうなる?」

長門「……」

キョン「夏休みのときのようにお前も繰り返しているのか?」

長門「ない」

キョン「何故だ?」

長門「ノイズが多いため正確な情報は得られないが、時間軸がランダムに変化しているためと思われる」

キョン「完璧なループじゃないのか」

長門「基盤となる構成情報のみを保存していても、規格改変を行っている場合、我々では観測することが困難」

古泉「朝比奈さんが亡くなるたびに世界を作り変えているということですか」

長門「観測不能領域は朝比奈みくるの生存が確認されたのち再構成されると思われる」

キョン「ハルヒが作った心の保険か」

古泉「今の涼宮さんにとって大事なのは世界よりも朝比奈みくるということですね」

キョン「朝比奈さんが自害を踏みとどまったら、元の世界にもどるんだな?」

長門「可能性は高い」

古泉「探ってみる価値は十分にあるかと。何故、死に至るのかは朝比奈さんに訊くしかないですが

廊下

キョン(とはいっても、助けを乞う朝比奈さんがどうして自殺なんて道を選ぶんだ? 理由が全く浮かんでこないぜ)

鶴屋「キョーンくん」

キョン(朝比奈さんを発作のように身投げさせるなんて……。どうすれば……)

鶴屋「ストップ、キョンくん!!」ギュゥゥゥ

キョン「うわぁ!? つ、鶴屋さん!?」

鶴屋「なにやってるにょろ。前向いてあるかないと、頭ゴチンってなっちゃうよ?」

キョン「すいません。助かりました」

鶴屋「そうそう。年上の言うことは素直に聞いておくもんさ、キョンくん」

キョン「そうですね」

キョン(貴方の言うことならなんでも聞けてしまいそうですが)

鶴屋「で、なに考えてたのー? スケベなこと?」

キョン「そんなわけないです!」

鶴屋「あっはっはっは。もー、キョンくんってば照れちゃってー」

キョン(やっぱりこの人には敵わないな)

朝比奈「鶴屋さん、ごめんなさい。お待たせしました」

鶴屋「ぜんっぜん待ってないっさ」

キョン「朝比奈さん……」

朝比奈「キョンくん。こんにちは」

キョン「こんにちは」

鶴屋「それじゃあ、少年!! またね!」

キョン「はい。ありがとうございました」

朝比奈「それではまた後ほど」

キョン「あ。少しいいですか?」

朝比奈「なんですか?」

キョン「最近、変わったことはありませんか? そろそろ未来との音信が途絶えたとかいう大事件的な」

朝比奈「ないですよ。あったら泣いちゃいますし、キョンくんにすぐに連絡しちゃいますから」

キョン(可愛い)

朝比奈「またあとでね、キョンくん」

キョン「はい」

教室

谷口「ここは、つまり……どうなるんだ?」

国木田「だからね、これはこの公式を当てはめるだけでいいんだよ」

谷口「ふぅん」

キョン「お、やってるやってる」

谷口「なんだよ。見世物じゃねえぞ」

キョン「谷口は立派に従順な犬になってるか?」

国木田「ダメだね。あまり言うことを聞いてくれない。もっと素直になってほしいぐらいだよ」

キョン「だろうな」

谷口「いい加減にしろよ!!」

国木田「それよりキョン。涼宮さん、すごく具合悪そうだけど大丈夫かな?」

谷口「気にするだけ無駄無駄。朝だってうるさい!!って吠えたんだからな」

キョン「それはお前が悪いんだろ」

谷口「ちげーよ」

ハルヒ「……」

キョン「ハルヒ、大丈夫か?」

ハルヒ「んぁ?」

キョン「お前……顔色悪いぞ……。保健室いけよ」

ハルヒ「平気よぉ……」

キョン「なぁ、ハルヒ。夢に出てくる朝比奈さん、いつも高いところから落ちてきてないだろうな?」

ハルヒ「……どうして?」

キョン「地面に倒れて血だらけっていったら落ちて来たか、刺されたかぐらいだろ」

ハルヒ「……そうかもね」

キョン「ハルヒ、保健室まで付き添ってやるぞ」

ハルヒ「いいってば」

キョン「しかしな」

ハルヒ「今、すごく不安なの」

キョン「どうしてだ?」

ハルヒ「みくるちゃんが死んじゃいそうだからよ……。そんなのありえないってずっと言い聞かしてるのに……。あたし、どうにかなりそう……」

キョン(憂鬱そうなハルヒは幾度と無くみてきたか、死相がでているハルヒは初めて見たな……)

放課後 部室

朝比奈「す、涼宮さん!? だだ、だいじょうぶですかぁ!?」

ハルヒ「……うん」

古泉「本日はご自宅に戻られたほうがいいのではないですか?」

ハルヒ「そうしようかな……。なんか疲れちゃったし」

朝比奈「それがいいです」

ハルヒ「みくるちゃん、それじゃああたしの介護してね」

朝比奈「は、はい! もちろん!」

ハルヒ「……よし」

キョン(少しでも一緒に居たいってことか)

古泉「このままでは世界が消滅してしまうかもしれませんね」

キョン「閉鎖空間は出てないのか?」

古泉「言うなれば既に閉鎖空間内だと思ってくれても構いませんよ。世界を作り変えながら、朝比奈さんの説得を試みているのですから」

キョン(だが、ハルヒの努力は無駄だ。何せ相手が違うんだからな)

キョン「……長門、ちょっといいか」

キョン宅

朝比奈「キョンくん、その話は一体……?」

キョン「新しい説だと思いませんか?」

朝比奈「でも、どうして私が涼宮さんの目の前で、し、しぬ……なんて……」

キョン「原因は分かりません。ですが、土曜日にそうなるかもしれないんです」

朝比奈「ありえません」

キョン「俺だって同じ気持ちですよ。朝比奈さんは助けてと言ってきたのに、どうして身投げするのか分かりません」

朝比奈「そんな……だって……」

キョン「朝比奈さん」

朝比奈「は、はい?」

キョン「例えばの話ですが、上司から命令されたら必ず従いますか?」

朝比奈「も、もちろんです」

キョン「どんなことにも?」

朝比奈「は、はい」

キョン「高所から飛び降りろと言われてもですか?」

朝比奈「それは……」

キョン「既定事項と言われたら、どうします?」

朝比奈「……そのときは飛び降りるかもしれません」

キョン「そうですか」

朝比奈「で、でも、私は今、通信なんてできませんし!! 連絡だって受信できないですから!!」

キョン「いえ、多分来るんです。連絡が」

朝比奈「ど、どうしてぇ!?」

キョン「この時間軸にいる朝比奈さんは未来と連絡がとれるらしいですからね」

朝比奈「へ……」

キョン「実は言うと今朝、話を聞いてから疑問だったことがあるんです」

朝比奈「は、はい」

キョン「何故、朝比奈さんの上司が何も知らせにこないのか」

朝比奈「そ、それは……既定事項だから……ですよね?」

キョン「……先に謝っておきます。俺は朝比奈さんに命令違反させます」

朝比奈「キョ、キョンくん……それって……」

翌日 部室

キョン「長門、どうだ?」

長門「……」コクッ

キョン「サンキュ。位置はどこだ?」

長門「伝える」

キョン「……」

長門「……送った」

キョン「どこにだ……」

長門「……」

キョン(ん? なんだ、頭の中に地図が浮かんで……ここは駅前の……ビルか……)

キョン「分かった。これでなんとかなる」

長門「……気をつけて」

キョン「止めるだけだ。心配ない」

長門「……」

キョン(この無言のエールに勝る応援はないね。明日か……。朝比奈さん、待っていてください)

翌日 駅前 高層ビル

朝比奈「……」

キョン「朝比奈さん」

朝比奈「……久しぶり、キョンくん」

キョン「自分が何をしているのか、分かってるんですよね」

朝比奈「勿論」

キョン「どうしてこんなことを」

朝比奈「既定事項だから」

キョン「何故ですか」

朝比奈「だから、既定事項……。ううん、ごめんね。キョンくん、いっぱい迷惑かけて」

キョン「訊きます。貴方は繰り返しているんですか?」

朝比奈「いいえ。私は今日初めてここに来ました。この時間軸にいる朝比奈みくるを排除するために」

キョン「それは貴方が決めたことなんですか?」

朝比奈「既定事項です。私という個体は消える運命にあります。どの時間軸でも平等に」

キョン(いつだったか、そんなことを聞いたような覚えがある。分岐した時間は収斂されるとかなんとか……)

朝比奈「それが今なの」

キョン「なら、貴方は誰なんですか?」

朝比奈「私は朝比奈みくるの未来の一つ。貴方が知っている朝比奈みくるかもしれないというだけ」

キョン「このままじゃ世界は消えます」

朝比奈「いいえ。この時間軸の世界は消えません。涼宮さんによる大幅な世界改変が行われるだけ」

キョン「な……」

朝比奈「大丈夫。キョンくんはこの時間を進むことが出来る。ただ、余計な絵が消えるだけだから」

キョン「朝比奈さん!!」

朝比奈「もうすぐここへ朝比奈みくるが来ます。早くキョンくんは……」

キョン「来ませんよ」

朝比奈「え……?」

キョン「朝比奈さんはここには来ません」

朝比奈「でも、さっき……」

キョン「来ないんですよ、朝比奈さん。俺が説得しました」

朝比奈「そんなのことできないわ。たとえキョンくんでも私を止めるなんて……。私は実直なだけが取り得で、他に何もなかったから……」

キョン「なら、もうここで未来がもう一つできたんでしょうね」

朝比奈「……!」

キョン「朝比奈さんが消えることが既定事項でない時間軸に入ったんですよ」

朝比奈「どうやって……私を……。そんな記憶は……」

キョン「貴方はここに閉じ込められた。だから、貴方も時間から弾かれた存在になってしまったんじゃないですか」

朝比奈「私が……どうして……。だって私は……この日のこの時間にこの場所で……自分を殺したのに……」

キョン「ここは貴方の時計とは違う進み方をしていると思います」

朝比奈「……キョンくん……」

キョン「もう何も起きません。こちらの朝比奈さんが消えてしまいますが、ハルヒの妄想から生まれたものでしたし仕方ないと思います」

キョン「あんな場所に朝比奈さんの死体は無い。ずっと傍にいたんだという思い込みから生まれたものだと、古泉が言っていましたけど」

朝比奈「……じゃあ、私は……どうなるの……」

キョン「分かりません。世界が元に戻らないと……」

朝比奈「そっかぁ……。私ってキョンくんの命令を最優先にできるぐらい、好きだったんだ……。それに気がつけただけでも嬉しいな」

キョン「……」

朝比奈「ごめんね、キョンくん。涼宮さんにも謝っておいて――」

キョン宅

キョン「ん……?」

キョン(あれ……ここは……? えっと……確か、大人の朝比奈さんと話をしていて……)

キョン「そうだ!! 今、何曜日だ!?」

キョン「……土曜日か……。時間は……朝比奈さんが投身した時間か……」

キョン(戻ってこれたってことか……。実感はないな。あるのは朝比奈さんぐらいだろう)

朝比奈「すぅ……すぅ……」

キョン「……ん? ケータイが鳴ってるな……。よっと……はい?」

ハルヒ『おはよう、キョン。今日はいい天気ね』

キョン「そうなのか?」

ハルヒ『みくるちゃんはどこかしら?』

キョン「朝比奈さんなら――」

朝比奈「キョンくぅん……」

キョン「今、俺の隣で寝ているが?」

ハルヒ『は?』

駅前

キョン「すまん、ハルヒ!!」

ハルヒ「だれが許すかぁ!!! 遅れた上になんでみくるちゃんを自宅につれこんでんのよぉ!!!!」

キョン「だから、謝ってるだろ!! あと、神に誓ってもいいが朝比奈さんとは何もない!」

ハルヒ「神に誓うまえにあたしに誓いなさいよぉ!!! このエロキョン!!! ロリコン!!!」

キョン「おい!! 後者は違うぞ!! やめろ!! 俺には妹もいるんだ!!!」

ハルヒ「うっさい!! 黙れ!!」

キョン「朝比奈さんもごめんなさいって言ってたぞ!!」

ハルヒ「しるかぁー!!!!」

古泉「おやおや……」

朝比奈「あの、古泉くん……」

古泉「なんでしょうか?」

朝比奈「夢じゃないんですよね」

古泉「はい。といっても貴方だけがあちらの世界を正確に認知していたことになります。僕たちの時計は殆ど狂っていません」

長門「……」

喫茶店

ハルヒ「この店で一番高いやつたのみましょー、みんな。キョンのおごりだから」

長門「……」コクッ

朝比奈「ひぇぇ……」

キョン「おかしいな。なんで、俺と朝比奈さんだけ駅前にいないんだ」

古泉「朝比奈さんは貴方の家で待機をしていました。貴方は……そうですね、誰かが飛ばしたんじゃないですか?」

キョン「飛ばすってなんだよ」

古泉「さぁ。分かりかねます」

キョン(最後、朝比奈さんがどうなったのかよくわからなかったな。あの世界と一緒に消えたのか……それとも……)

ハルヒ「それじゃあ、くじでもひきましょうか」

古泉「では……。おや、ハズレです」

朝比奈「わたしもですぅ」

長門「……」

キョン(長門とか。助かった)

ハルヒ「けっ」

駅前

ハルヒ「真面目に探すのよ!!」

キョン「分かった。分かった。唾を飛ばすな」

ハルヒ「ふんっだ!!」

キョン(今日もハルヒはプリプリ怒ってるな。少しは長門ぐらい落ち着けばいいのに)

長門「……」

キョン「行くか」

長門「……」

キョン「長門が居なかったらきっと間に合ってなかっただろうな。本当に助かったぜ。あの脳内地図。便利だな」

長門「滅多にしない」

キョン「どうしてだ?」

長門「脳細胞を損傷する恐れがあるから」

キョン「長門? 冗談だよな?」

長門「……」

キョン(ああ。もうしない。あれは緊急だったから仕方がなかったんだ)

図書館

長門「……」

キョン(さてと、俺は何で時間を潰すかな)

朝比奈「キョンくん」

キョン「……な!?」

朝比奈「しーっ。静かに。私にとっては久しぶりだけど、キョンくんにとってはまたかって感じだったりする?」

キョン「朝比奈さん……。えっと……」

朝比奈「何も言わなくていいから。全部知ってます」

キョン「そうですか」

朝比奈「ねえ、一つだけ聞かせて。どうしてあのとき、私を必死になってとめてくれたの?」

キョン「それ訊かなかったんですか? 一度も」

朝比奈「ううん。一回だけ訊いた。でも、忘れちゃったから。聞きに来ちゃった」

キョン「なら、言いません。忘れる程度のことだったんですよ」

朝比奈「もー、いじわる」

キョン「……それで、どうしてここに?」

朝比奈「改めてお礼がいいたくて。助けてくれてありがとう、キョンくん」

キョン「いえ。そんな」

朝比奈「あのときキョンくんが助けてくれなかったら、私はここにはいなかった」

キョン「あの世界の朝比奈さんは消えてしまったんですか?」

朝比奈「あの時間軸の私は向こうの世界で消えることが既定事項だったから」

キョン「またそれですか……」

朝比奈「ごめんなさい。だけど、キョンくんのおかげで朝比奈みくるは消えることなく、この時間を歩いていけるの。本当にありがとう」

キョン「朝比奈さん。今後、あのようなことが起きるなら真っ先に教えてください」

朝比奈「……ええ。キョンくんの命令になら従います」

キョン「……っ」

朝比奈「なんて、すこしかっこつけすぎちゃったかな。……そろそろ行かないと」

キョン「そうですか。名残惜しいですが、また会いましょう」

朝比奈「うん。絶対に」

キョン「さようなら」

朝比奈「バイバイ、キョンくん。だいすきっ」

キョン(大人の朝比奈さんだな。俺の知っている)

キョン(さて、俺はどこかで朝比奈さんを助けた理由を告げないといけないのか。そのときが来ると分かっていると恥ずかしくもあるな)

キョン「……何、読もうか」

長門「……」

キョン「長門、どうした? いい本でも見つかったか?」

長門「……」

キョン「長門?」

長門「だいすき」

キョン「朝比奈さんの真似か。似てないぞ、残念ながら」

長門「そう」

キョン「……長門?」

長門「送る」

キョン「何をだ?」

長門「地図」

キョン「何故だ!?」

午後 並木道

キョン(後半は図ったように朝比奈さんとなんだな……)

朝比奈「……」モジモジ

キョン「朝比奈さん、どうかされたんですか?」

朝比奈「あの……その……キョ……キョンくん……?」

キョン「はい?」

朝比奈「ベ、ベンチに座りましょうか……とりあえず……」

キョン「ええ。構いませんよ」

朝比奈「ふぅ……」

キョン(今日はいい気分だぜ)

朝比奈「……キョン、くんっ!」

キョン「はい、なんでしょうか?」

朝比奈「あ、あの……今日は……その……ありがとうごめんなさい」

キョン「どうしたんですか?」

朝比奈「キョンくんが居なかったら、私……今頃……世界をめちゃくちゃにしてたから……」

キョン「それはハルヒでしょう。朝比奈さんは」

朝比奈「いえ。だって、私が何の疑いも持たずに、身投げを繰り返していたから……ですよね? その記憶がないんで分からないんですが」

キョン「俺も良くわかりませんが、そうだと思います」

朝比奈「あんなに強く抱きしめられたのは……初めてでした……」

キョン「あれは、朝比奈さんが強引に行こうとしたんで……」

朝比奈「どうして、あそこまで必死になって私を止めてくれたの?」

キョン「……朝比奈さんの傍に俺が居たいからです」

朝比奈「ほっ……!?」

キョン「俺だけじゃなく、ハルヒも長門も古泉もそう思ってますよ。絶対に」

朝比奈「……ありがとう……キョンくん……」

キョン「いえ」

朝比奈「……だ、だい……」

キョン(いい天気だ……。眠たくなる……)

朝比奈「すぅー……す……」

キョン(ダメだ……瞼が重い……)

キョン「……!?」ビクッ

キョン(ケータイか……)

キョン「げ、ハルヒ……。やばい……。――はい」

ハルヒ『どこ?』

キョン「並木道のベンチに座ってる」

ハルヒ『みくるちゃんは?』

キョン「えーと……」

朝比奈「すぅ……すぅ……」

キョン「朝比奈さんなら今、俺の隣で――」

ハルヒ『聞き飽きたわよ!!! アホォ!!!! 早く戻って来い!!!! がおー!!!』

キョン(はい、わかりました)

キョン「朝比奈さん、行きましょう。時間です」

朝比奈「へぇ……? あ、はい」

キョン(さぁ、この並木道を抜けるまでにしっかりと言い訳を考えるか。ハルヒに噛み付かれないようにな)


END

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