男「右に行くの? 左に行くの?」少女「言わせないでよ」 (190)

少女「王子様と一緒ならどこでもいいの」

少女「だから、私の台詞はこれ以外にあり得ない」


少女「ーーこの手を、離さない」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1367511963

まだ展開に迷っているので、更新は遅めです。
投稿しないといつまでも完結しそうにないので。
ゆっくりではありますが、書いていきたいと思います。

『自称小説家の言葉』


女「自称小説家は言いました」

女「『これは僕が死んでから、大きな意味を持つのです』と」

男「面白い言い訳だね」

女「私もそう思ってた。でも、涙が止まらなかったの」

男「どうして?」

女「彼はもう、私の前にはいないような気がして」

男「……」

女「続けて、自称小説家は言いました」

女「『だからこの小説を書き終えたとき、僕はこの世にいないのです』と」

男「その小説は遺書だったの?」

女「ううん。恋愛小説だった」

女「とっても悲しくて、救いようのない」


女「ーー絵本の中の少女に、恋をする話」

『ペン先の少女』


男「とある青い森の中。ぎゅっと手を繋いで、駆ける二人」

少女『王子様! 手を離さないで!』

王子『分かっています! しかし、追っ手が多過ぎる……!』

少女『走って! この森を抜ければ! ……あ』

男「扉が付いた世界は二つ」

少女『どちらかが罠かもしれない……』

男「右に行くの? 左に行くの?」

王子『……』

少女『どっちにする?』

王子『私に選べと言うのですか?』

少女『え?』

王子『貴女が行きたい方に、私もついて行きます』

少女『じゃあ……左に行くわ!』ガチャッ

王子『……』パッ

男「選んだ少女と、手を離した王子様」

少女『どうして?』

王子『……』

少女『早く! 二人ならどこへでも行ける! そうでしょう!?』

王子『私は、右へ行きます』

少女『え……』

男「迫りくる追っ手。手を伸ばす少女。微笑む王子様」

王子『どうか、ご無事で』バタン……

少女『嫌だ! 王子様!』ドンドンッ

少女『王子様ああああああああ!』

男「ーーなんてね」

男「シナリオのために引き裂かれちゃった二人。哀れだなあ」

男「……」ゴク

男「水、ぬる……」

少女「哀れだなんて、貴方に言われても」

男「え?」

少女「どうも。はじめまして」

男「あ……」ガシャーン

少女「グラス、落ちましたよ?」

男「な、んで……」

少女「さあ。なんででしょう?」

男「君は……」

少女「はい。そこの絵本の中の、哀れな美少女です」

男「……」

少女「……」

男「いや、美少女か?」

少女「疑問視するところはそこじゃないです!」

男「夢ならとことん堕ちていこうと思って」

少女「夢じゃないですよ」

少女「ご自分を殴ってみては? 古典的ではありますが」

男「そうするまでもない。足が痛い」

少女「うわ! 血が出てますけど!?」

男「夢じゃないことは分かった。痛い」

少女「今すぐ手当てを! ……って、私は触れないんだった!」

男「なんか、俺が描いてる少女と違う」

少女「今はそんなことどうだっていいですよ! その血をなんとかしてください!」

男「……はい」

少女「いやー。大したことなくて良かったです」

男「元はと言えば君のせいだけどね」

少女「そうやってすぐに元を辿っていくのは良くないです。それ、終わりないですから」

男「まあ、そうだけど」

男「……って、普通に話してる自分が怖い」

男「君は一体何者?」

少女「だから、美少女です」

男「だいぶ端折ったね?」

少女「ついさっきまで、貴方のペン先を歩いていました」

男「うーん。信じがたい」

男「でも、着てる服とか髪型とか一緒なんだよなあ」

少女「正直言うと、センスないですよね」

男「今すぐ紙の中に戻れ。裸にしてやる」

少女「なんてことを言うんですか! 変態!」

男「やっぱり違う。こんなんじゃない」

少女「と、とにかく! 私は文句を言いに来たんです!」

男「え?」

少女「この絵本! 悲し過ぎます!」

男「……」

少女「登場人物の身にもなってくださいよ!」

男「いや、物語ってそういうものだろう?」

男「愛し合う者の間には困難があるものだ」

少女「そんなの勝手ですよ!」

男「そうだ。俺の勝手だ」

少女「うう……」

男「そこにいる王子と少女は、俺の操り人形なんだよ」

少女「人形なら何してもいいんですか?」

男「いいよ。現実では不可能なことを、物語の中で人形に演じさせる」

男「俺はそういうものだと思ってる」

少女「だったら、どうしてハッピーエンドにしないんですか?」

男「え?」

少女「物語の中くらいハッピーにして、ふわふわすればいいじゃないですか!」

男「ふわふわって……。というか、なんで俺がこの話をバッドエンドにするって分かるんだ?」

少女「分かります! 私は貴方の心が読めるんです!」

男「えー。それは嫌だなー」

少女「信じてないですね!?」

男「考えてること一言一句知られちゃあ、生きてられないからなー。信じたくないって感じかな」

少女「一体何を考えてるんですか?」

男「イケナイコト」

少女「そんな風にミステリアスぶっても、全然似合ってないです」

男「言うねー」

少女「貴方は嘘つきです」

男「揺さぶってるの?」

少女「心当たり、あるでしょう?」

男「無いよ」

少女「嘘……です」

男「あ、ちょっと自信なくなった?」

少女「な、無くなってません! 私は心が読めるんですから!」

男「ふーん」

少女「と、とにかく! こんな悲しい展開では駄目なんです!」

男「たかが絵本の中の話だと言ってるだろう?」

少女「駄目なんです!」

男「なんで?」

少女「王子様は! 絶対に手を離しては駄目なんです!」

男「……」

少女「たとえそれが愛する人のためであろうと! 駄目なんです……!」

男「ちょっと黙って」

少女「王子様は……貴方は!」

男「ほんとお願い。一回黙ってよ」

少女「嫌です!」

男「少し落ち着いて。こんな展開、誰もついていけないよ?」

少女「貴方の人生が、物語のように上手くできているとでも?」

男「……」

少女「貴方のシナリオ通りにはさせません!」

少女「必ず、ハッピーエンドにしてみせます!」

男「ペンを握っているのは俺だけど?」


少女「そのペン先を歩くのは、私です!」

『消せない月』


女「どうなっちゃうんだろうね。この二人」

男「まだ未定なんだ」

女「そっか」

男「君はさ、普段どんな本を読むの?」

女「うーん。そうだなあ」

女「恋愛小説が多いかな」

男「へえ」

女「きゅうっと胸が狭くなる切なさがいいの」

女「どちらかと言えば、ハッピーエンドは好きじゃないわ」

男「どうして?」

女「片思いや失恋の話に自分を重ねて読むのがいいの」

女「ハッピーエンドだと、私だけが置いてけぼりになっちゃうから」

男「……」

男「君は、まだ……」

女「ごめんなさい。貴方にそんな悲しい顔をさせるつもりじゃなかった」

男「分かってるよ。むしろ本当のことを言ってくれて嬉しいと思ってる」

女「優しいね」

男「いや、俺はただ……」

男「強がったり、嘘を吐いたりして欲しくないなって思ってるだけで……」

女「……」

男「何、見てるの?」

女「日めくりカレンダー」

男「ああ。そういえば、ちゃんと今日の日付になってるね」

女「うん。ずっと、あの日で止まったままだったから」

女「一枚一枚、今日になるまで破っていったの」

男「意外と大変だっただろう?」

女「うん」

女「それでね。紙切れが沢山散らばった床を見て思った」

男「……」

女「私はこんなにも長い間、意味のない日々を過ごしていたんだって」

男「俺と過ごす時間にも、意味は無いんだ?」

女「そういうわけじゃないよ」

男「いいよ。俺が好きでここにいるだけだからね」

女「ありがとう」

男「でも、あんまり待てないよ」

女「待たなくてもいいよ」

男「……」

男「嘘だって。俺は君の傍にずっといる」

男「この部屋、すっごく気に入ってるし」

男「君とこうして縁側に座ってると、落ち着く」

女「……待たなくて、いいってば」

男「ん?」

女「なんでもない」

女「今夜も、月が綺麗ね」

男「うん。池に写る月もなかなか」

女「……」

女「ねえ。少し、悲しそうに見えない?」

男「え? そうかなあ」

女「今ね。気がついたんだけど」

女「水面がゆらゆら揺れて、自分に写る月をかき消そうとしているように見える」

男「……」

女「それは決して消えたりしないのにね」

男「君は、いつまで……」


女「月が、そこにあり続けるかぎり」

『触れない手』


男「ひとりぼっち。雨の中。少女は片脚を引きずりながら、森の中を歩き続ける」

男「そしてやっと辿り着いた出口の泉」

男「そのそばで横たわる、王子様の姿」

少女『ここで、私を待っていてくれたのね……』

男「ぎゅっと抱く手。さよならはとても冷たい」

少女『泣かないわ。強くなるわ』


少女「ーーなんて、言わせないでくださいよ!」

男「もー。急に出て来ないでよ。びっくりするから」

少女「私はこんな展開、望んでいません!」

男「俺はこうしたいんだ」

少女「……」

少女「王子様が死んだのに……どうして、この子は笑っているんですか」

男「どんなに悲しくても、脚が痛くても無理して笑う」

男「そういう場面なんだよ」

少女「……っ」

男「どうして、君が泣くのさ」

少女「泣きたいに……決まってます」

男「俺が泣かしちゃったみたいだね」

少女「間違っていないです」

男「ごめん」

少女「謝らないでくださいよ」

男「……」

少女「分かっているんです。貴方はこんな物語を描きたいわけじゃないって」

男「そんなことまで分かるんだ?」

少女「貴方は元々、絵本なんて描かない人なんでしょう?」

男「こらこら。あんまり心、読みすぎないでよ」

少女「心を読んだわけじゃありません」

男「じゃあなんで分かるのさ?」

少女「だって、お話も絵も下手過ぎです」

男「……」

少女「……」

男「ぶっ!」

少女「ええ!?」

男「ははっ! なんだそりゃ!」

少女「なんですか! 笑わないでくださいよ!」

男「判断するとこ、そこなんだ! 嘘でもいいから心読んだことにしとけばいいのに!」

少女「嫌です! 嘘はもう二度と吐きません!」

男「ん? 二度と?」

少女「あっ……。き、気にしないでください!」

男「えー。無理」

少女「お願いしますよー!」

男「どうしよっかなー」

少女「意地悪です!」

男「今更だろう?」

少女「……」

男「ん? どうした?」

少女「貴方の心、ちょっと、温かくなった気がします」

男「君のおかげかな」

少女「……なに、言ってるんですか」

男「最近はあんまり、笑うこととか無くてさ」

少女「……」

男「笑っちゃいけないような気さえしてて」

少女「……」

男「うん。そう言われれば今、すっごく温かいかも」

男「ありがとう」

少女「いえ……」

男「君はさ、本当にこの絵本の中の女の子なの?」

少女「ええ。そうです」

男「そっか。まだやっぱり信じがたいけど」

男「ごめん」

少女「え?」

男「俺は君を悲しませたかったわけじゃない」

少女「……」

男「悲しいもの好きな彼女のために、この絵本を描いているんだ」

少女「彼女?」

男「ただの三人称だよ。ここは彼女の家。今はこの部屋に下宿させてもらってるんだ」

少女「その人はこのお話、良いと言っていましたか?」

男「さあ。どうだろう」

男「多分、こんな物語じゃ駄目なんじゃないかな」

少女「私もそう思います」

男「君が思ってるのとは違う駄目な理由があるんだ」

少女「なんですか?」

男「ある自称小説家が死ぬ前に遺した小説」

少女「……」

男「救いようのない、とんでもなく悲しい物語らしい」

少女「……」

男「でも彼女はさ。その小説を大切に、大切にしてて」

男「俺、嫉妬しちゃってさ」

男「だから俺も、彼女に好きになってもらえるような物語を作ろうと思った」

少女「……」

男「でもやっぱり、あの小説じゃなきゃ駄目なんだ」

男「どんなに悲しい物語でも、どんなに俺が彼女を好きでも、駄目なんだ」

少女「……」

男「君が言う通り、いっそのことハッピーエンドにした方がいいのかもしれない」

少女「……」

男「彼女のためにならないなら……」

男「君のために」

少女「……ハッピーエンドにするのは、絵本の中だけですか?」

男「え?」

少女「……」

男「……」

少女「いえ、なんでもないです」

男「そっか」

少女「嬉しいです。私のために……なんて」

男「ねえ」

少女「ごめんなさい! これは嬉し涙ですから……!」

男「ねえ。もう一度聞くけど、君は本当に絵本の中の女の子?」

少女「つ、次に会うときまでに、素敵なお話を考えておいてください……!」

男「おい!」

少女「さようなら!」

男「こら! 待てってば!」スッ

少女「……」

男「あ、意外と待ってくれるんだ」

少女「どうしてですか?」

男「いや、ちょっと話がしたかっただけ」

少女「違います!」

男「え?」

少女「なんで! 私の手を掴もうとしたんですか!」

男「なんでって……」

少女「やめてください! 私に触らないでください!」

男「まるで痴漢扱いだな」

少女「……っ」

男「……よく泣く」

少女「貴方は、知らないから……っ」

少女「自分の体をすり抜けていく手が……どんなに愛おしくて……切ないことか……!」

男「……」

少女「求められても、返すことができないんです!」

男「……」

少女「手を、握り返すことができな……!?」

男「……」

少女「……」

男「傍にいてくれるだけでいいよ」

少女「……」

男「確かに、こうやって抱き締めるような格好をしてみても……」

男「どこに手を持って行けば丁度いいのか分からない」

少女「……」

男「体温もない。色も薄い」

少女「……」

男「でも、声は聞こえる」

少女「……っ」

男「こうすれば、嗚咽を殺そうとする音さえ、ちゃんと聞こえる」

男「だから近くにいてほしい」

少女「……」

男「話をしよう」

少女「……」

男「俺たちが話すなら……そうだな」

男「心がふわふわするような、ハッピーな話で……いいだろう?」

少女「う、ん……」

男「子供みたいだなあ」

少女「15歳です」

男「そういえば、そんな設定だった」

少女「……」

男「でも、設定なんて全然守る気ないだろう?」

少女「え?」


男「俺が描いてる女の子って、こんなに可愛かったかな」

『求めるもの』


青年「いらっしゃい」

少女「お邪魔します」

青年「……っていうのもなんか変だよな。君はずっとこの机の上にいるのに」

少女「ああ……それもそうですね」

青年「お茶を淹れようか。おばさんに内緒で茶菓子も貰ってこよう」

少女「私は……」

青年「気持ちが大事なんだよ。受け取って」

少女「……」

青年「迷惑ならやめるけど」

少女「ありがとうございます」

青年「うん。じゃあ待ってて」

少女「……随分としょんぼりして帰ってきましたね」

青年「おばさんがいた。二人分のお茶淹れるとこ見られた」

少女「別に大丈夫ですよ。それくらい」

青年「茶菓子持って来れなかった」

少女「お気遣いなく」

青年「俺が食べたかったんだよ!」

少女「ええっ! 見た目通りの子供っぽさですね……」

青年「なんだと?」

少女「いえ! お若いという意味で!」

青年「当たり前だ! 俺はまだ20代だからな!」

少女「10代に見えます……」

青年「今、お前の頬っぺたすげー抓りたい」

少女「口調まで子供っぽくなってます」

青年「これが本当の俺なの」

少女「ミステリアスさの欠片もないですね?」

青年「ミステリアスさ……っていうか、大人な感じって必要なのかな」

少女「それは人によります」

青年「まあな」

少女「落ち着いた人が好きな方がいれば、明るく元気な人が好きな方もいます」

青年「君は?」

少女「……どっちでも、いいです」

青年「ふーん」

少女「身長はどれくらいなんですか?」

青年「大人になると測る機会ないからなー。ま、180くらいかな」

少女「嘘です。170センチもないでしょう?」

青年「分かるなら聞くなよ」

少女「言えるか言えないかが問題なんです。貴方は身長にコンプレックスを感じているんですね」

青年「ぐさーっ。胸が痛いよ、もう」

少女「別にいいじゃないですか。身長なんて」

青年「良くない。これが俺を子供っぽく見せている最大の要因だからな」

少女「大人っぽくある必要はないですよ」

青年「女は大人で知性のある、落ち着いた男が好きなんだ」

少女「だから、そうとは限らないと……」

青年「女の親だってそうだ。俺みたいな男と、あいつみたいな男が並んでいたら、絶対にあいつを取る」

少女「あいつ?」

青年「自称小説家さん」

少女「……」

青年「あいつは頭も良くて、穏やかで人当たりも良かった。おまけに背も高くて、顔もなかなか格好良かった。まあ、ひょろかったけど」

少女「へえ」

青年「世間的には、俺よりあいつの方が上なんだよ」

少女「貴方だって、綺麗な顔してますよ」

青年「知ってる」

少女「頭の良さは分かりませんけど、とても優しい方だとは分かります」

青年「……」

少女「私は、そう思います」

青年「ありがとう」

少女「いえ……」

青年「でもさ、認めて欲しい人に認めてもらえなかったら、本当の自分なんて何の意味もないんだよ」

少女「そんな悲しいこと……!」

青年「あるよ」

少女「……」

青年「好きな人に好きになってもらえなかったら、意味がない」

少女「……」

青年「好きになってもらえるように、変わらなきゃって思うんだ」

少女「……」

青年「ま、俺は失敗したけどさ」

少女「……」

青年「ごめん。全然楽しい話じゃなくなっちゃったな」

少女「貴方は、ちゃんと好きだって言ったんですか?」

青年「え?」

少女「好きな人に、好きだって言ったんですか?」

青年「……いや」

少女「じゃあ、分からないじゃないですか」

青年「分かるよ」

少女「分からない!」

青年「……」

少女「『好きだ』って言われてから気が付く気持ちだってあるんです!」

少女「『好きだ』って言われてから、その人を意識してしまうようになることだってあるんです!」

少女「『好きだ』って言われることを……待っている人だっているんです!」

青年「……」

少女「彼女はもしかしたら、貴方に好きだと言って欲しかったのかもしれないじゃないですか……!」

青年「……」

少女「……」

青年「君はいつも、怒ってばっかりだな」

少女「貴方がそうさせているんです」

青年「そっか」

少女「……偉そうなことを言ってすみませんでした」

青年「うん。なかなかいつも、胸に刺さることを言ってくれるね」

少女「ごめんなさい」

青年「そんな君だから、傍にいて欲しいと思ったんだ」

少女「え……」

青年「君みたいに素直な子なら、俺に何を求めてくれているのか……分かるのになあ」

少女「……」

青年「分かってたよ。彼女が求めていたものは、大人っぽさや知的さなんかじゃないってこと」

青年「そんな理由で、あいつに惹かれたんじゃないってこと」

青年「でも俺は、そう思いたかったんだ。俺に足りないものが、他にあると思いたくなかったから」

少女「彼女はその人のどんなところに……惹かれたんでしょうね」

青年「さあな。でも、良い奴だったことは俺でも分かるよ」

少女「……良かったです」

青年「ん?」

少女「なんでもないです。お茶、気持ちだけでもいただきますね?」

青年「よし! 俺が飲ませてやろう!」

少女「ちょっと! 零れますよ!」

青年「もしかしたら、少しは飲んだ気分になれるかもしれないだろう? おりゃ!」ジャバアッ

少女「うわああああああっ」

青年「ははっ!」

少女「全部零れただけじゃないですか! 下は畳ですよ!? どうするんですか!」

青年「おばさんに怒られるなあ。ははっ!」

少女「もう! 笑ってばっかり!」

青年「君は、怒ってばっかり?」

少女「……」

少女「そんなこと、ないです」

青年「うん」


少女「貴方といると、とっても……楽しいです」

ふむ

『変わっていく』


女「最近、続きを読ませてくれないね」

男「ごめん。ちょっと描き直したくて」

女「へえ。楽しみ」

男「本当に?」

女「うん」

男「それは良かった」

女「あのお話、わざと切なくしてくれてるんでしょ?」

女「私のために」

男「え……」

女「だって、貴方は楽しいお話が好きだから」

男「……」

女「知ってるよ」

男「小さい頃から、一緒だもんな」

女「うん」

男「ずーっとこの庭で走り回ってた」

女「今思うと何が楽しかったんだろうね」

男「走ってみる?」

女「冗談」

男「おいで」

女「え……」

男「ほらっ!」

女「あっ! 引っ張らないで!」

男「ちょっと、歩こう」

女「……うん」

男「このでっかい木、随分寂しく見えるなあ」

女「見てるだけで寒いね」

男「うん」

女「夏になると、この木の下でよくお昼寝してたっけ」

男「ああ。気持ち良かった」

女「木漏れ日がゆらゆら揺れて、綺麗だった」

男「いつの間にか、そんな風景は見なくなってたな」

女「なんでだろうね」

男「なんでだろう」

女「大人になったから?」

男「だとしたら、子供でいたかったな」

女「……」

男「子供だった頃は、草花と一緒に揺れる君の着物の袖を見て、いいなって……ずっと思ってた」

男「今、すっごく楽しいんだなって」

女「……」

ラノベ作家か何かですか?
上手すぎないですか雰囲気すごくよくないですか

>>35

いえいえ!
そんな大したものではありません!
少し前までは趣味で小説を書いていましたが。
今は時間が無いので、手軽に書けるSSをちまちまと楽しんでいます。

大変嬉しいお言葉、ありがとうございます。

男「君はすばしっこくてさ、全然追いつけなかった」

男「でも、いつからだろうな」

男「君は、走らなくなった」

女「……」

男「綺麗なリボンで髪を結いて、風に靡く袖をそっと抑えて、ゆっくりゆっくり歩くようになった」

女「……」

男「ねえ。なんで?」

女「ひみつ」

男「ええ」

女「ひみつなの」

男「……」

女「子供みたいな顔」

男「お前が意地悪言うからだろ」

女「なんか、懐かしい」

男「え?」

女「一瞬、昔の貴方に戻った。生意気な口調とか」

女「ねえ。どうして?」

男「自分は言わないのに、俺には聞くのか?」

女「それもそうね。……あ!」

男「おい! 引っ張るな!」

女「この鯉、綺麗でしょ? ほら、しゃがんで見て」

男「うん。綺麗な色してる」

女「ふふっ」

男「ん?」

女「あんただって、昔とは随分変わってるよ?」

男「おい……」

女「こうやって近くで見るとよく分かる」

男「これは成長だろ? 俺が言ってるのは、お前が何かを意識して変わっていったような気がするってことで……」

女「あんたのことが好きだったから」

男「え?」

女「たぶん、ね」

男「なんだそりゃ」

女「好きな人の前では綺麗でありたいって、突然思ったの」

男「……」

女「でも、恥ずかしくなってやめちゃった」

男「お前はずっと綺麗だったけど……」

女「あんたを好きでいることを、やめたの」

男「……」

女「……」

男「なんで……」

女「やっぱり、友達のままが良いんだって思ったの」

男「……」

女「好きなんて邪魔なんだって思ったの」

男「……」

女「ずっと一緒だったあんたの前で変わっていく自分が、嫌だったの」

男「……」

女「あんたもさっき言ってたでしょ? 『子供のままでいたかった』って」

男「ああ」

女「私はずっと、そう思ってたの」

男「……」

女「友達としてなら、ずっと一緒にいられるという確信があった」

女「でも、恋人になったら……って想像すると、なんだか自信無くなっちゃって」

男「……なんだよ、それ」

女「あんたはあの頃、想像できた?」

女「私達が手を繋いだり、口づけをしたり、抱き締めあったりするところ」

男「……」

女「ねえ」

男「いや……」

男「お前とは、冗談を言って笑い合ったり……走り回ったり……」

女「そうでしょう? だからあんたは、私に好きだって言わなかった」

男「それは……!」

女「友達以上、恋人未満」

女「それが一番、私達に似合ってた」

男「……」

女「彼のことはね。あんたから気を逸らすために、好きになろうとしたの」

男「……」

女「彼が家に下宿に来た次の日の夜から毎晩。最低だなって思いながら、隣に座って話をした」

女「落ち着いてて、声が小さくて、口調が柔らかくて。あんたとは正反対」

男「悪口か?」

女「ごめんごめん」

男「……続けて」

女「彼はね、いつもどこか寂しげだった」

女「その横顔を見て、胸が苦しくなった」

女「涙が出そうになった」

女「彼はそんな私を見て、言ったの」

男「なんて?」

女「『貴女は僕のことが好きなんですか?』って」

男「はあ?」

女「私、笑っちゃった」

女「ぽかんとする彼の顔を見て、尚更」

男「あいつ、ぼーっとしてるもんな。絶対天然」

女「そうだね。でも、だからこそ彼は素直にそう思ったんだってすぐに分かった」

男「……」

女「そして、いつもより低めの声で言った『好き』という言葉は、私の頭の中を支配した」

女「ついさっきまで、あんたのことでいっぱいだったのに」

男「え?」

女「……でも、自分って分からないね」

女「次の日から、彼の隣に座るのがうんと恥ずかしくなった」

女「それが嫌で、何度も何度も耳にまとわりついた声をかき消そうとしたの」

男「……」

女「それから何枚の暦を破いたかは分からないけれど……」

男「……」


女「『好き』という言葉は、私の中からいなくなってはくれなかった」

『ただ美しい花として』


少女「机の上に飾ってあるのは、なんという花なんですか?」

青年「トリカブト」

少女「へえ。意外と格好いい名前なんですね」

青年「そうだな」

少女「いつ頃咲くんでしょう」

青年「さあ?」

少女「貴方が花を育てているなんて、なんだか似合いませんね」

青年「なんだと?」

少女「貴方は花でも天ぷらにして食べてしまいそうです。ふふっ」

青年「それ、食べたら死ぬよ」

少女「不味くて?」

青年「毒なの。猛毒」

少女「ええっ!?」

青年「だから食べられません」

少女「……」

青年「あれ? どうしてそんな物騒なものを育てているのか聞かないの?」

少女「聞きません」

少女「貴方に、嘘を吐かせたくないので」

青年「君は心を読めるから、嘘を吐いても無駄だろう?」

少女「……そうですけど」

青年「それに聞かれたら、本当のことを言うつもりだけど?」

少女「でも、いいんです」

青年「……そっか」

少女「そうだ」

少女「この花に、水をかけてください」

青年「ん? まあ、いいけど」

少女「お願いします」

青年「それっ」バシャッ

少女「傍に、行灯を置いてください」

青年「はい」

少女「ありがとうございます」

青年「これはどういう意図?」

少女「ただこうすれば、夜でも綺麗に見えるかなって……思っただけです」

青年「……ああ、確かにね」

少女「葉っぱに付いた雫がきらきらしていて、とても綺麗です」

青年「女の子はこういうの好きだな」

少女「はい。とっても」

青年「怖くないの? 人も殺せるの花なのに」

少女「怖くないです。花はただそこにあるだけですから」

青年「……」

少女「持ち主の心次第でしょう? これを毒にするのか、癒しにするのかは」

青年「それもそうだな」

少女「たとえ毒を持っていたって、花は花です」

少女「きっと、綺麗な花を咲かすんでしょうね」

青年「見たい?」

少女「もちろんです」

青年「そっか」

少女「はい」

青年「本当は咲かすつもりなんてなかったけど……」

少女「……」

青年「君のために、もっと愛情を込めて育ててもいいかな」

少女「……嬉しい」

少女「とっても、楽しみです」

青年「うん」


青年「ただ美しい花として……ね」

中々の雰囲気

『嘘つき同士』


女「もう絵本を描くのやめたの?」

男「いや。最近忙しくてさ」

女「嘘。最近は真っ直ぐ学校から帰ってくるじゃない」

男「今は構成を考えてる途中なの」

女「構成? 随分と行き当たりばったりな内容だった気がするけど」

男「気が変わったんだ。ちゃんと描こうって」

女「ふーん」

男「楽しみにしてて」

女「貴方の方が、ずっと楽しそうね」

男「……そう?」

女「可愛い女の子と知り合いにでもなったの?」

男「そうだな。自称美少女さんと」

女「へえ」

男「冗談だよ」

女「どうだか」

男「もしそうだとしたら、逆に家には帰って来ないだろう?」

女「そうね」

男「……」

女「何?」

男「いや、なんにも」

女「……」

男「今夜は月が見えないな」

女「うん」

男「毎晩こうやって、あいつと月を見ていたんだろう?」

女「うん。でも、もっと近かったかも」

男「どんな話をしてた?」

女「楽しい話ばっかり」

男「へえ」

女「彼は意外と面白いの」

男「意外だな」

女「よく笑う……明るい人」

男「俺にはそうは見えなかったけど」

女「私の前でだけだったんじゃない?」

男「……」

男「君は特別だったわけだ」

女「……」

男「どうしたの?」

女「なんでもない」

男「……」

女「……」

男「ささくれ弄るの、癖だよな」

男「……拗ねたときの」

女「拗ねてない……っ」

男「あーあ。無理にちぎるから血が出るんだよ。大丈夫?」

女「これくらい、なんてことない」

男「まあ、舐めときゃ治る」

女「……」

男「やっぱり痛いのか?」

女「……うん」

男「泣くほどって……。ちょっと手貸して」

女「……」

男「もう血は固まってるし、大丈夫だと思うけど」

女「……手」

男「ん?」

女「大きくなったね」

男「ああ」

女「やっぱり、昔とは全然違う」

女「何もかも」

男「……」


女「ごめんね。こんな私になっちゃって」

>>48

ありがとうございます!

『嘘に隠した』


少女「すごい雨ですねー」

男「なんて?」

少女「すごい! 雨です!」

男「ああ。そうだな」

少女「雨戸を打つ雨の音が、外の世界の壮絶さを語ってくれています」

男「いい迷惑だ」

少女「縁側に座れなくて残念です」

男「それじゃあ、ここにおすわり」

少女「はいー! ……って、ええ!?」

男「いい反応」

少女「はしたないことをさせないでください! いやらしい顔をしないでください!」

男「15歳の女の子なら、膝の上に乗ることくらい普通だろう?」

少女「そ、そんなことありません!」

男「知ってる」

少女「からかうのはやめてくださいよー」

男「いや、彼女もこういうやり取りをしてたのかなーと思ってね」

少女「自称小説家さんと……二人で?」

男「そうそう」

少女「それはないと思います」

男「なんで?」

少女「な、なんとなくです!」

男「ま、俺もそう思うけどね」

男「彼女は俺に嘘を吐いてるんだ」

男「あいつとはいつも寄り添って、楽しい話をしてたって」

男「その意図は分からないけど」

少女「……」

男「まあ俺も嘘吐いたから、おあいこか」

少女「どんな嘘を?」

男「君のこと」

少女「あ……」

男「言えないだろう? こんな美少女が俺の傍にいるなんて」

少女「ごめんなさい……」

男「こらこら。素直に謝るところじゃないだろ」

少女「私のせいで、嘘を吐かせてしまって……」

男「……」

男「嘘ってさ、そんなに悪いものじゃないと思うよ」

少女「……」

男「その人のための嘘だったり。あえて本当を隠して、気付いてくれるのを待つ嘘だったり」

男「色々あるからさ」

男「俺の嘘は前者。君のためであり、自分のためだ」

少女「……彼女は多分、後者です」

男「……」

少女「彼女はきっと、貴方の肩に寄り添ったり、楽しい話をしたいんだと思います」

少女「ただ素直になれないんだと……思います」

男「そりゃ都合の良い解釈だ」

少女「きっと、そうです」

男「彼女の心、読んだ?」

少女「そんなこと……!」

男「分かってるよ。ごめん」

少女「……やっぱり、嘘は駄目です」

男「……」

少女「たとえ嘘に大切な意味を含ませても、伝わらなければ意味がありませんから」

男「そうだな。『本当を伝える』のには向いていないな。嘘ってのは」

少女「当たり前です」

男「でも、人は嘘を吐き続けるだろう」

少女「……」

男「君だって……」

少女「……」

男「……」

少女「見ないで、ください……」

男「嫌だ」

少女「じゃあ……抱き締めて、ください……」

男「うん」

男「明日から、絵本の続きを描こうか」

少女「……はい」


男「俺はちゃんと受け止めるから。君の涙も……嘘の意味も」

いい雰囲気だな、頑張って。

>>60

ありがとうございます!

『言わせないでよ』


男「右に行くの? 左に行くの?」

少女「言わせないでよ」

少女「王子様と一緒なら、どこでもいいの」

少女「だから私の台詞はこれ以外あり得ない」

少女「ーーこの手を、離さない」

男「……」

少女「どうしたの?」

男「結局、どっちに行きたいの?」

少女「どっちでもいいわ」

少女「あ、でも、王子様や私に選ばせるのはやめてね」

男「どうして?」

少女「『選ぶ』って、想像よりずっと大変なことなの」

少女「もし私の選んだ方が罠だったら、王子様はきっと怒ってしまうから」

男「愛し合っているなら、そういうことも許し合っていくものだろう?」

少女「違う。私を責めるんじゃなくて、自分を責めてしまうと思うの」

少女「『僕が選ぶべきだった』なんて言ってね」

男「……」

少女「お願い。木の棒を二人で持って倒すとかでいいから」

少女「……どちらかが、負うことのないように」

男「……そうだな」

少女「ありがとう」

男「うーん。なかなか描くの難しいな」

少女「ぎゅっと、手を繋がせてね」

男「わかった」

少女「……うん。いい絵」

男「あんまり見られると描きづらい」

少女「お願い。ここで見ていたいの」

男「……うん」

少女「……」

男「……」

少女「お疲れ様です」

男「んー。疲れたー。久々に描いたから余計に」

少女「肩でも揉んであげられたらいいんですけどね。ふふっ」

男「……それ、わざとやってる?」

少女「え?」

男「なんか、俺が描いてたときとキャラが違うから」

少女「……」

男「今の君が本物で、さっきは絵本の中の少女に乗り移ってるみたいだった」

少女「……」

男「もう何度も聞いたかもしれないけど」

男「君は本当に絵本の中の女の子?」

少女「……」

男「今の君と、さっきの君」

男「どっちが本物なの?」

少女「うう……」

男「昨日言ったこと、覚えてる?」

少女「はい」

男「ちゃんと、受け止めるから」

少女「……ごめんなさい!」

少女「私は貴方に! 二つも嘘を吐いていました!」

男「いやっ……! 土下座なんてしなくても!」

少女「いえ! 誠心誠意、謝りたいんです!」

少女「私が絵本の中の女の子だって言ったこと!」

少女「貴方の心の中を読んでいるって言ったこと!」

男「……」

少女「ごめんなさい……!」

男「分かったよ。お願いだから、顔を上げて?」

少女「本当に! ごめんなさい!」

男「全然怒ってないから。まあ、嘘の理由は教えてもらえると嬉しいけど」

少女「それは……」

男「それは?」

少女「心を読まれていると思い込めば、嘘なんて吐かないだろうと言われたからです」

男「言われた?」

少女「はい」

男「うん、確かに。俺は君に嘘を吐いても無駄だと思った」

男「まあ、正直信じてはいなかったけど……」

男「その人、頭良いね」

少女「誰なのか、聞かないんですか?」

男「それより気になることがあるからさ」

少女「え?」

男「君の正体」

少女「あ……」

少女「えーっと」

男「これだけは、どうしても聞きたいかな」

少女「……はい」

少女「私は、幽霊だったりします」

男「へえ」

少女「えっ。驚かないんですか?」

男「今さら。君が絵本の中の女の子ってことよりは、うんと受け入れやすいよ」

少女「そうでしょうか? 私は幽霊なんて見たら失神していたと思いますけど……」

男「ははっ。その光景、目に浮かぶよ」

少女「もう! 笑わないでください!」

男「で、どうして幽霊の君がここに?」

少女「そ、それは初めて会ったときに言った通りです」

少女「貴方の絵本をハッピーエンドにするために、ここに来ました」

男「そのためだけに?」

少女「……」

男「いや、なんでもない」

少女「私は……」

少女「私は、以前にもこうして物語の登場人物に化けて出たことがあるんです」

少女「それはある小説家が、寝る間も惜しんで執筆していた小説に出てくる……女の子でした」

男「……」

少女「どうしようもなく悲しい物語を、少しでも救いのあるものにしたかったんです」

少女「でも、大失敗でした」

男「……」

少女「どんなに『大丈夫だよ』って。『私は幸せだよ』って言っても、聞いてはくれませんでした」

少女「『これでよかったんだよ』って。『大好きだよ』って」

少女「何度も、言ったのに……」

男「君は……」

少女「その小説の最後は、主人公が絵本の中の少女を殺して終わります」

少女「主人公の愛用していた、ペンで」

男「君は、そいつに……」

少女「そ、そんな悲しい物語を! 貴方には描いて欲しくなくて!」

男「うん」

少女「私はここに来た! ただ、それだけです!」

男「ありがとう」

男「ここに来てくれたこと、すごく感謝してる」

男「絵本のこととか関係なく、君に会えたことを本当に嬉しいと思ってる」

少女「……」

男「だからさ、俺、許せないんだよね」

男「君に嘘を吐かせて、泣かせてる奴がいるんだろう?」

少女「え……と……」

男「ーーなんてね」

少女「え?」

男「この話はこれでおしまい」

少女「でも……」

男「そういえば! 昨日、呉服屋で面白いおばさんにあってさー」

少女「……どうして」

男「ん?」

少女「どうしてそんなに私に優しくするんですか……」

男「……」

少女「……」

男「言わせないでよ」

男「君に嘘を吐かせたくない。君を泣かせたくない」


男「あいつと同じには、なりたくないんだ」

>>73

ありがとうございます!

『消えかけの蝋燭』


女「『王子様と一緒なら、どこでもいいの』……か」

男「うん」

女「じゃあこの子は、一体どこまでついていくんだろうね」

男「どこまでも……かな」

女「どこまでもって?」

男「物語が終わるまで……かな」

女「途中で王子様が死んでしまったらどうするんだろう」

男「死なないよ」

女「死んでしまいそうになったら?」

男「そんなこと、ないって」

女「死んでしまいたいと……願ったら?」

男「おい!」

女「ごめんなさい」

男「いや……」

女「……」

男「……」

女「ねえ」

女「消えかけの蝋燭の火を必死に守る手に、一体何の意味があると思う?」

男「……その火が少しでも長く続くように、だろう?」

女「それでもいつか……そう遠くない日に、消えてしまうの」

男「……」

女「蝋燭の火は強い風に吹かれて、揺れて、揺れて……」

女「絵本の中の女の子は、消して欲しいと請いました。消えてしまいたいと泣きました」

男「あの小説の、話……?」

女「主人公は涙を流しながら、それに息を優しく吹きかけただけなのです」

男「そんなことは……!」

女「許されない?」

男「……」

女「そうやって貴方が沈黙するように、正しいとも言い切れないし、正しくないとも言い切れない」

女「それに対してね。正しいと言い張る人もいて、正しくないと胸を張って対立する人もいるの」

女「その誰もが、本当の正解なんて知らない」

男「……」

女「結局は、当人同士の気持ち次第。第三者には分からない」

男「女の子は死にたがっていた。だから主人公は殺した」

女「うん」

男「女の子を殺して、主人公はどうしたんだ?」

女「すぐに、後を追いかけた」

男「……」

女「……小説の中の話よ」

男「もっと詳しく教えて」

女「いいよ」

男「ありがとう」

女「小説の中の主人公は、趣味で絵本を描いていました」

女「驚くことに、その絵本の中の女の子がある日突然、自分の前に現れたのです」

女「物静かで友達の少なかった主人公は、女の子の明るさや無邪気な声に惹かれていき……」

女「女の子もまた、主人公といるのがとっても楽しいと感じていました」

女「しかしある日、女の子は絵本の中のおじいさんに宣告されてしまうのです」

女「『幸せな時間はもうすぐ止まってしまうよ』と」

男「時間が、止まる……」

女「女の子はその事を隠して、主人公といつもの時間を過ごしていました」

女「しかし絵本の中でだけは、大声で泣いていたのです」

女「主人公と楽しい時間を過ごせば過ごすほど、痛んでいく胸を抑えて……」

女「『こんなに悲しいのなら、どうせ止まってしまうなら。いっそのこと今すぐ消えてしまいたい。私のことを消して欲しい』……と」

男「……」

女「そしてその泣き声は、主人公の耳にまで届いてしまいました」

女「主人公はそれを聞かなかったことにしようと思いましたが、日に日に女の子の元気が空回っていくのを見て、耐えられなくなってしまいます」

女「だから主人公は、今まで絵本を描き続けたペンで、女の子の存在を消してしまいました」

女「そして、自分の存在も……」

男「……」

女「そんな、悲しいお話」

男「悲しすぎるだろう」

女「うん」

男「……」

女「他にも大切な場面は沢山あるから……貴方も読んで」

男「いや、今はいいよ」

女「そう」

男「……」

女「貴方はこんな結末にならないように、してくれるんだよね?」

女「楽しみにしてる」

男「……そろそろ寝ようか」

女「そうね。随分冷え込んできたし。風邪、引かないようにね」

男「君も」

女「ありがとう。おやすみなさい」

男「おやすみ」

男「……」


男「君は本当に……死にたかったのか?」

乙です
続きが気になる

>>83
>>84

ありがとうございます!
そう言っていただけると、書く意欲が湧いてきます。

『馬鹿集団』


男「二人で選んだ扉の向こうは、終わりのない深い森」

少女『大丈夫?』

男「王子様の左肩には、追っ手が撃った毒矢の痕」

王子『もう離してください。重いでしょう?』

少女『そんなことないわ! 私はまだ歩けるもの!』

男「少女は右脚を引きずりながら、行く宛もないのに、必死に歩く」

王子『お願いです。降ろしてください』

少女『……』

王子『そして私を……』


少女「ーー『そして私を……殺してください』」

少女「……ですか?」

男「正解」

少女「本当に、意地悪ですね」

男「来ると思った」

少女「酷いですよ。勝手にこんな展開にしてしまうなんて」

男「初めて会ったときにも言ったよ」

男「これは俺の物語だ」

少女「……」

男「危うく君にシナリオを乗っ取られるところだった」

少女「別にそんなつもりじゃ……」

男「じゃあ、参考までに聞くけど」

男「君なら、どうする?」

少女「……え」

男「……」

少女「……」

男「続き、書くね」

王子『私を……殺してください』

男「震える唇から紡がれた王子様の言葉と同時に、足音は止んだ」

少女『何を言っているの!?』

男「少女は王子様をそっと降ろし、肩を掴み、叫ぶ」

王子『私はもう、助からない』

少女『そんなことない!』

王子『これ以上は、私が貴女を苦しめるだけです……!』

少女『……っ!』ペチッ

男「少女の右手は力無く、乾いた音は森のさざめきにかき消された」

男「それでも、王子様に痛みを与えるには十分だった」

王子『……ごめんなさい』

少女『許さないわ……!』

男「二人の涙は、重なった唇の間で交わって、落ちていく」

少女『私は貴方に愛されていると信じていたのに!』

少女『貴方の死が私のためなんて馬鹿なことを言うのなら! 私は何度だって貴方の頬を叩くわ!』

少女『綺麗事なんて嫌いよ! 自分を犠牲にして、誰かの幸せを願うなんて回りくどい愛なんて要らないの!』

少女『ただ、少しでも長く二人でいたいって言ってくれたなら……!』

少女『脚が痛くても! 涙が止まらなくても!」

少女『私はその言葉を信じて、頑張るから!』

少女『私を心から愛していてくれるなら……』

男「……『この手を、絶対に離さないで』」

少女「……」

男「今の俺なら、こうする」

男「好きな人のためなんて考えずに、ただ自分が一緒にいたいから……こうする」

少女「……」

少女「どうしてですか」

男「……」

少女「どうして貴方は! こんなに私を苦しめるんですか……!」

男「君も、あいつにこんな風に言ってほしかったんだろう?」

少女「……」

男「彼女に、あの小説の話を聞いてさ」

男「絵本の中の女の子を君、主人公をあいつにして考えてみた」

男「絵本の中の女の子は『死にたい』と泣いたらしいけど……」

少女「……」

男「君は、あいつに『頑張って生きてほしい』と言ってほしかったんだろう?」

少女「……」

男「……」

少女「……言ってほしかったですよ!」

少女「私は彼に『少しでも一緒にいたい』って言ってほしかった!」

少女「だから、私は布団の中に篭って、わざと……!」

少女「わざと! 彼に聞こえるような声で泣いたんです!」

男「……」

少女「『いっそのこと死んでしまいたい』って……!」

男「……馬鹿だな」

少女「分かってます! でも、私は……!」

少女「『そんなこと言うな』って言ってほしかった……!」

少女「『貴女のことが必要だ』って、言ってほしかった!」

男「……皆、本当に馬鹿だよなあ」

少女「……」

男「そんな自分の思惑通りになることなんて、滅多にないのに」

男「自分から言わなきゃ、伝わらなくても……自分のせいなのに」

男「人は『どうして分かってくれないの?』って、相手のことを責めるんだ」

少女「……っ」

男「俺も、君も、彼女も、あいつも……皆、馬鹿だ」

少女「……はい」

男「でも君はその馬鹿集団から、一番に今、抜け出した」

少女「え?」

男「ちゃんと、言ったから」

少女「……」

男「感情を剥き出しにして、ちゃんと自分の本当を言ったから」

少女「そのために……」

男「これが、君に嘘を吐かせないための方法」

男「泣かせないための方法はまだ、思いつかないや」

少女「もう、嘘は吐きませんよ」

男「本当に?」

少女「はい」

男「嬉しいな」

少女「だから、貴方もちゃんと言ってください」

男「……」

少女「感情を抑えずに、思ったことを」

男「そうしたら、君を泣かせてしまうかもしれない」

少女「いいです」

少女「貴方のための、涙なら……」

男「そんなこと、言っちゃうんだ」

少女「はい」

男「あんまり素直になり過ぎるのも、困ったもんだな」

少女「そうかもしれませんね」

男「じゃあ、また今度」

男「言うよ。ちゃんとね」

少女「待ってます」

男「それまでに思い出すこと、思い出しておこうかな」

少女「どんなことですか?」


男「俺と彼女とあいつの、馬鹿なところ」

『自称小説家の実験』


女「まだ眠っていなかったんですか? 」

小説家「ええ。あ、優しい香りがしますね」

女「ついさっきお風呂に入ったので」

小説家「そうでしたか。それは湯冷めしないうちにお眠りになった方が」

女「せっかく来たんですから、少しお話したいです」

小説家「嬉しいことを言ってくれますね」

女「何をお書きになっているんですか?」

小説家「恋愛小説です」

女「あら、珍しいですね」

小説家「絵本の中の少女に恋をする話です」

女「それは楽しみですね」

小説家「……」

女「どうしたんですか?」

小説家「いえ。あ、縁側の方に行きましょうか」

女「ここ、お気に入りですね」

小説家「ええ。ここに下宿して本当に良かったと思わせてくれる場所です」

女「それは良かったです。……今夜は、月が綺麗ですね」

小説家「ええ」

女「池に写る月も素敵じゃないですか?」

小説家「そうですね。僕には少し、悲しそうにも見えますが」

女「え?」

小説家「それがいいんですけどね」

女「……」

小説家「本当に、良い場所です」

女「じゃあ、ここにずっといてください」

小説家「それは申し訳ないですよ」

女「そんなことないです」ギュ

小説家「こら。異性にそう簡単に触れてはいけません」

女「簡単になんて、してませんよ」

小説家「貴女は本当に……ずるい人です」

女「あの小説、いつ頃書き終わるんですか?」

小説家「もうすぐですよ」

女「一番に、私に読ませてくださいね」

小説家「ええ」

女「……」

小説家「……」

小説家「あの小説は、主人公が絵本の中の少女を殺して終わります」

女「え?」

小説家「彼が愛用していた、大切なペンで」

女「どうして、そんな……」

小説家「僕としたことが。なんだか言いたくなってしまいました」

女「……」

小説家「僕はね。物語は結末が一番大切だとは思っていないんですよ」

女「……」

小説家「だから結末が分かっていたとしても、読んでくださいね」

女「……」

小説家「そしてたまに思い出してください。主人公と少女が、どんな人物だったのか」

女「……」

小説家「おやすみなさい」


女「おやすみ……なさい」

男「おーい! 隣のおばさんに茶菓子もらったから持ってきたー!」

小説家「おやおや。君は今日も元気ですね」

男「あ……」

小説家「そんなあからさまに嫌な顔をしないでくださいよ」

男「……あいつは?」

小説家「夕飯の材料を奥さんと一緒に買いに出かけました。今夜はすき焼きだそうです」

男「じゃあ、中で待ってる」

小説家「どうぞ。夕飯もご一緒にいかがですか?」

男「ここはあんたの家じゃないけど」

小説家「それもそうですね」

男「……」

小説家「お茶をお出ししましょう。縁側にでも座って待っていてください」

男「……ありがとう」

小説家「いえいえ」

男「茶菓子は食べないでよ」

小説家「はい。お二人を待っていましょう」

男「……」

小説家「……」

男「あの、さ」

小説家「はい」

男「あんたは、あいつのこと……好きなの?」

小説家「いきなりですね」

男「二人で話すこと、あんまりないから」

小説家「勿論、好きですよ」

男「ぶっ!」

小説家「とてもお優しくて、可愛らしいですし」

男「……」

小説家「お茶、これで拭いてください」

男「……ありがとう」

小説家「でも、君が心配している『好き』ではないですよ」

男「え?」

小説家「あの子のことを心から愛することができたなら、どんなに良かったでしょうか」

男「……」

小説家「嘘でも、あの子を抱き返すことができたなら……」

男「そんなこと! 絶対に許さないからな!」

小説家「……」

男「本気で愛し合っているなら、俺だって……!」

男「でも、あんたが本気じゃないなら! 絶対に許さない!」

小説家「うん。是非、あの子に聞かせたいです」

男「こんなこと、言ったところで……」

小説家「気持ちは伝えないんですか?」

男「だって、あいつは……」

小説家「随分と弱気ですね?」

男「どう頑張っても、変わらないことはあるだろう?」

小説家「そうですね。君が変わらないと思っているのなら」

男「……」

小説家「人の気持ちなんて、分からないものですよ」

小説家「実は君のことを好きかもしれない」

男「それはないよ」

小説家「どうしてですか?」

男「あいつはそんな女じゃない。好きな奴ができたら、馬鹿みたいに一途に追いかけるような奴なんだ」

小説家「あの子がそう言ったんですか?」

男「ずっと一緒にいたから、分かるんだよ」

小説家「へえ」

男「あいつはあんたと結ばれる」

小説家「そんなことは分かりません」

男「分かるよ。おばさんもおじさんもあんたを気に入ってるし」

男「あんただってあいつを悪く思ってない」

男「近いうちに、あんたとあいつは結婚する」

男「それが結末」

小説家「そのシナリオにはまだ何かが起こるかもしれませんよ?」

男「何かって?」

小説家「例えば、僕がいなくなるとか」

男「……」

小説家「なーんて」

男「そうなっても、あいつはあんたを好きだ」

小説家「頑固ですねー。一途ってそんなにいいものなんでしょうか」

男「……」

小説家「僕はそうは思いませんけどね。一人に執着してしまったら、その人がいなくなったとき、どうするんですか?」

男「え……」

小説家「もし僕がいなくなったら、あの子はどうすると思いますか?」

男「おい……!」

女「ただいまー。あ、いらっしゃい」

男「あ……」

小説家「おかえりなさい」

男「……おかえり。茶菓子、持ってきた」

女「あ! 私それ大好きなの。ありがとう」

女「お茶、温かいの淹れてくるね」タタタッ

男「……知ってるよ」

男「好きなものくらい……」

小説家「……」

小説家「僕は知りませんでした」

男「え?」

小説家「僕はあの子の好きなものをあまり知りません」

男「なんで? そんなこと話す機会なんていくらでもあっただろう?」

小説家「僕達は、そういう楽しい話はあまりしないんです」

男「……」

小説家「さっきの質問ですけど」

男「……」

小説家「どうすると思いますか?」

男「あいつは、あんたを追いかけて……」

小説家「それが答えですか」

男「……」

小説家「もしあの子が本当にそれを望んだら、どうしますか?」

男「俺は……」

小説家「止めませんか。なるほど」

男「……」

小説家「むしろ、協力すらしてしまいそうですね」

小説家「僕はそんな君を愚かだと嘲笑いましょう」

家「あの子は君が思っているような女の子じゃないですよ」

小説家「あの子はずるいんです。素直じゃないんです」

男「……うるさい!」

小説家「君は昔のあの子が好きなのでしょう? でも、少しは今のあの子も見てあげたらどうですか?」

男「今のあいつは! あんたのことが好きじゃないか!」

小説家「自分のことを好きじゃない人なんて、好きになれないということでしょうか」

男「……」

小説家「だったら、あの子もそうかもしれません」

男「……」

小説家「誰かに好きと言われてから、その人を好きになってしまうことだってあります」

男「他に好きな奴がいてもか?」

小説家「君はそれを許しませんか? 一途ではないからと」

男「……」

小説家「人はね。自分が弱ってしまっているとき、誰かにすがりたくなるものなんですよ」

小説家「それは、悪いことではないんです」

小説家「君に、そんなときが来るかは分かりませんが」

男「……」

小説家「さ、僕のお節介は終わりです」

小説家「あの子、遅いですね。見てきましょうか」

男「……いなくなるなよ」

小説家「え?」

男「あいつが、悲しむから」

小説家「君って人は……」

小説家「何も分かっていない」

小説家「でも僕は意地悪ですから、君に全てを教えたいとは思わない。それに、これは君に気が付いてほしいことですからね」

男「……」

小説家「実験、しましょうか」

男「……なんの?」


小説家「僕がいなくなったら、どうなるのか」

女「入りますよ」

小説家「はい。どうぞ」

女「小説、書き終わったんですか?」

小説家「ええ」

女「じゃあ、約束通り読ませてくださいよ」

小説家「明日になったら読ませてあげます」

女「どうして?」

小説家「どうしても、です」

女「分かりました。まあ、明日はもうすぐですから」

小説家「冬の夜は長いですよ」

女「貴方と一緒なら、それもいいです」

小説家「……」

女「今夜は月がありませんね」

小説家「そうですね」

女「悲しくありませんか?」

小説家「え?」

女「池の水面に写る月が、悲しそうだと言ったので」

小説家「ああ……そうですね。完全にいなくなってしまえば、悲しくもなくなるでしょう」

女「私はあまり頭が良くないですから、貴方の言っている意味が分かりません」

小説家「もうすぐ分かるかもしれませんよ」

女「分かりたくありません」

小説家「……」

小説家「貴女は、僕がいなくなったらどうしますか?」

女「やめてください」

小説家「たとえば、ですから」

女「嫌です」

小説家「……耳を貸してください」

女「え……」

小説家「これは僕がーー」

女「……やめて」

小説家「ーーいないのです」

女「やめてよ……!」

女「……っ」バッ

小説家「……小説、返してください」

女「いや!」

小説家「お願いです。でないと……」

女「いや……あっ!」ドサッ

小説家「……」

女「……」

小説家「あと、何センチなんでしょう」

女「……」

小説家「このまま、貴女に触れることができたなら……」

女「……」

小説家「でも、駄目なんです」

女「……」

小説家「大丈夫ですか?」

女「……」

小説家「息を止めたままでは、苦しいでしょう?」

女「……っ」フルフル

小説家「……」

女「……」

小説家「……」

女「……見ないで」

小説家「僕のために、泣いてくれていると思っていいんでしょうか」

女「私は……」

小説家「はい」

女「本当に、貴方のことが好きで……!」

小説家「分かっています」

小説家「僕も、貴女のことが好きです」

女「……」

小説家「でも、一番じゃない」

小説家「貴女も、そうでしょう?」

女「……」

小説家「貴女も彼も、どうしてそんなに不器用なんでしょう」

小説家「好きだから故に、絶対に離れない方法を選んだ」

小説家「だからずっと、友達のままでいるんでしょう?」

女「……」

小説家「でも、貴女も彼もとても苦しそうだ」

小説家「それじゃあ、意味がない」

女「私は……」

小説家「だから、実験をしましょう」

女「実験?」

小説家「僕がいなくなったら、どうなるのか」

女「そんなの……!」

小説家「そして、僕に穏やかなひとときをくれた貴女に……」


小説家「ある、プレゼントをしたいと思います」

男「目、どうしたんだよ」

女「……」

男「なあ」

女「……」

男「あいつは? 出掛けるなんて滅多にないよな?」

女「……数日前に、亡くなった」

男「え……」

女「自殺したの」

男「な……」

女「ずっと愛用していた、万年筆で」

男「なん、で……」

女「私は知ってる」

女「彼はずっと苦しんでた。辛かった。私なんかより、ずっとずっと……!」

男「……」

女「全部、全部、ここに書いてあった……!」ギュ

男「その小説は……」

女「他の原稿は、全て燃やされていたから……」

女「だから、これが唯一……彼がここに残してくれたもの」

男「なんだよ……それ」

女「……」

男「……絶対に、いなくなるなって……言ったのに」

女「……」

男「……」

女「忘れない。絶対に」ギュ

男「え?」

女「彼の言った言葉の意味が、やっと分かったの」

男「……なんて?」


女「ーー自称小説家は言いました」

お、おつ?
切なく重くなってきたな……

>>119

ありがとうございます!
自分がかなりの切ないもの好きでして。
何かを書くと大体こうなってしまいますw

きたか!

『熱に浮かされて』


男「つめた……」

女「それだけ貴方が熱いの。どうして、すぐに私を呼んでくれなかったの?」

男「今日はおばさんもいないし、家のことで忙しいかなーと思って」

女「そんなの、放ってでもこっちに来るわ」

男「……ありがと」

女「……貴方は、私を何だと思ってるの?」

男「へ?」

女「私は熱に浮かされている貴方を見つけて、『しまった!』って思ったの」

女「『もっと早くこの戸を開けていれば!』って、思ったの」

男「心配、してくれたんだ」

女「……当たり前でしょ」

男「ありがとう」

女「体を拭くから、じっとしてて」

男「自分でやるよ」

女「じゃあ、背中だけ私がやるから。終わったら声をかけて。後ろ、向いてる」

男「別に見ててもいいけど?」

女「そんな趣味はないの」

男「そっか」

女「……」

男「……」

女「……」

男「……じゃあ、お願いします」

女「……はい」

女「貴方って、まるで女性のように線が細いのね」

男「嫌味か?」

女「うん」

男「自分だって、随分と細いだろう」

女「褒め言葉?」

男「……違う」

女「分かってるよ。もっと健康的にならないといけないって」

男「……」

女「肌の色も、雪みたいだって」

女「私が雪の中を駆けて行ったら、きっと見失ってしまうって」

男「あいつが言ったの?」

女「……うん」

男「俺なら『お前は立派な雪だるまになれるな』って、言うと思うけど」

女「で、私が引っ叩くんだ」

男「そうそう」

女「子供みたい」

男「いや、子供だな」

女「……」

男「……子供、なのかな」

女「……ちょっと!」

男「こうやって触っても……」

女「手、熱い……」

男「お前が冷たいんだ」

女「違うよ。貴方は熱が……」

男「『あんた』でいいよ」

男「あの頃みたいに」

女「駄目」

男「なんで?」

女「これが、最後の……」

男「……」

女「貴方と私の間に作った……壁なの」

女「これを壊したら……私は……」

男「あいつを、忘れてしまう?」

女「……」

男「まあ、完全に忘れてしまうなんてのは、大袈裟だけど」

男「お前は、自分の中からあいつが薄れていくのを恐れてる」

女「……」

男「ずっと机の上に置いてあるよな。あの小説」

女「……」

男「俺、お前があいつのこと本気で好きだって、分かってたよ」

男「だから俺はずっと、お前はあいつの傍に行きたいんだろうなって思ってた」

女「……」

男「お前がそうしたいなら、俺はそれを止めようとは思わなかった」

男「むしろ、俺が……」

女「やめて! 言わないで!」

男「……」

男「……でも、あの花は」

女「……花?」

男「ただ、美しい花として咲かせることに決めたんだよ」

男「俺のしようとしていたことは、馬鹿なことだって気付いたから」

女「……」

男「俺さ、あいつに実験をしようって言われたんだ」

女「え……」

男「あいつがいなくなったら、どうなるのか」

男「結果は、お前が苦しんだ」

女「……」

男「あの小説のおかげで、尚更」

女「……彼は、悪くないよ」

男「……」

女「彼は、私と貴方のことを心から考えてくれてた」

女「今思えばそれは、とっても馬鹿な実験だったのかもしれないけど」

女「でも、私達には必要なことだった」

男「……」

女「私も言われたの。実験をしようって」

男「お前も?」

女「彼はきっと結果がどうなるのか分かっていたから、そんなことを言ったの」

女「まだ、この実験は終わってない」

男「どういうことだよ」

女「ごめん。言えない」

男「なんで」

女「本当のことを話したとき、貴方はきっと、私が一番の馬鹿だって気付くことになる」

男「……」

女「これは私の我儘なの」

女「本当はもう、自分から手に入れられるものだって分かってるけど……」

女「でも……」


女「私は、彼からのプレゼントが届くのを……待ちたいの」

また夜に続きを投稿できたらと思います。

待ってる

>>132

ありがとうございます。
お待たせしました。

『小説の意味』


少女「体の方は大丈夫ですか?」

男「ああ。良くなったよ」

少女「それは良かったです」

男「でも、なんか温もりが足りないなあ。膝枕してほしいなあ」

少女「彼女にしてもらえばいいじゃないですか!」

男「なに膨れてんの?」

少女「私は元々こういう頬っぺたです」

男「うん。抓りたくなる」

少女「……この光景、誰かが見たらどう思うんでしょうね?」

男「男が一人、暗い部屋で空気を抓んで引っ張っている様か……恐ろしいな」

少女「ある意味、幽霊よりも怖いです」

男「まだ熱があって、頭がおかしいことにしとけばいいさ」

男「……熱のせいにするのもあれだけど」

男「多分熱のせいで、言わなくてもいい事も言っちゃったんだろうなあ……」

少女「昨夜ですか?」

男「うん。彼女にね。ぼーっとした頭で、何言ってんだか」

少女「……でもそれは、きっと貴方の言いたかったことですから」

男「……うん」

少女「私も聞きますよ。貴方の本当を」

男「……泣かせるかもしれないけど」

少女「だから、貴方のためならいいんです」

男「ありがとう」

少女「聞かせてください」

男「うん」

男「……俺はやっぱり、あいつを許せない」

少女「……」

男「自分のために泣いたり、苦しんだりしてくれる人が、ずっと傍にいたのに」

男「自分が殺した女を追って、自分も死ぬなんて……!」

少女「……はい」

男「あんな小説なんか残して! 何が『これは僕が死んでから意味を持つ』だよ!」

男「残された人を縛り付けるだけで! 何の意味もないじゃないか!」

少女「……」

男「あいつは何も残すべきじゃなかった!」

男「思い出すきっかけなんて、残すべきじゃなかったのに……!」

少女「……」

男「……ごめん」

男「やっぱりまだ、熱あるみたいだな。感情的になっちゃった」

少女「……ごめんなさい」

男「なんで、君が……」

少女「あの小説を書いてほしいと言ったのは、私だから」

男「……え?」

少女「私は自分の体が動かなくなったとき、彼に言ったんです」

少女「『私達が過ごした日々を、忘れられない大切な言葉達を……貴方の万年筆で素敵な物語にしてください』って」

男「……」

少女「『それは私が死んでから、大きな意味も持つから』……って」

男「じゃあ、あの言葉は……」

少女「はい。私が彼に言った言葉です」

少女「私は自分が死ぬことより、忘れられることの方が怖かったんです」

男「……」

少女「たくさん想像しました」

少女「『彼にもいつかまた、好きな人ができるんだろうな』とか」

少女「『その人と一緒に笑ってご飯を食べたり、たまには喧嘩をしたりするんだろうな』とか」

少女「『それはきっと、楽しいんだろうな』……とか」

男「それが、普通なんだよ」

少女「うん。分かってた。……分かっている、つもりでした」

少女「でも、やっぱり苦しくて」

少女「完全に忘れられるはずがないと信じていても、どうしても怖かったんです」

男「……」

少女「だから小説を書いてって、お願いしました」

少女「そして私が死んだら、それを本棚の一番奥にしまっておいてほしいと言いました」

男「どうして……」

少女「手の届く場所では駄目なんです」

少女「彼が、私を忘れられないから」

男「矛盾してる」

少女「ふふっ。そうですね」

男「……」

少女「私は忘れられたくもなかったけど、負ってほしくもなかったんです」

少女「私が死んだ次の日から普通にご飯を食べて、誰かと笑い合ってほしかったんです」

少女「私のことで悲しみ、涙を流し続けるより、その方がずっと良いと思いました」

男「……」

少女「本棚の奥でどんどん色褪せていって……」

少女「ふとしたときに手に取って
もらって、読んで、思い出して、涙を流してもらえたらいいなって」

少女「そしてまた、私は本棚の奥で褪せていけばいいやって」

男「本当に、それでよかったのか?」

少女「はい。これは嘘偽りのない、私の我儘。本当の気持ちでした」

男「なのに、あいつは……」

少女「私が『死にたい』なんて言ったからいけなかったんです」

少女「私は思った以上に、愛されていたのかもしれませんね。ふふっ」

男「……っ」スッ

少女「ありがとうございます。抱き締めてくれて」

男「……」

少女「私のために、泣いてくれて」

男「あいつは……やっぱり馬鹿だ」

少女「許せませんか?」

男「ああ。許せない」

男「でも……」

少女「……」

男「俺は、あいつと同じことをしようとしてたから……」

少女「ええ」

男「あいつのことを愛していた彼女を、絵本が描き終えたら……」

少女「言わなくていいです。貴方にはもう、その気が無いって分かっていますから」

少女「心なんて読めなくても、分かります」

男「うん」

少女「実は、私をこちらに寄こしたのは彼なんです」

男「知ってた」

少女「自分と同じ過ちを犯そうとしている貴方を、どうしても止めたかったようです」

男「じゃあ、あいつが直接来ればよかったじゃないか」

少女「駄目ですよ」

少女「私が嘘を吐いてまでここに来た理由」

男「……」

少女「貴方に嘘を吐かせないためです」

少女「貴方はきっと、彼の前では素直になれなかったでしょう?」

男「……」

少女「彼も心が読めるわけではありませんが、貴方のことはお見通しでした」

男「うん」

少女「お二人は、本当は、仲が良かったんですね」

男「……うん」

少女「その涙で、彼も救われることでしょう」

少女「私も、嬉しいです」

男「……」

少女「あ、そうだ」

少女「この机の裏を探ってみてください」

男「ん? なんか貼ってある。……なんだ、この封筒」

少女「あの小説に使われなかった原稿。最終章の一部です」

少女「私ではなく、彼女を選んだ場合の結末です」

男「……」

少女「彼は最後の最後まで、どちらのエンドにするか迷っていたんですよ」

男「……」

少女「それが正しかったのかは、読み手が決めることです」

少女「でも、これだけは私から胸を張って言わせていただきます」

少女「あれが彼にとっての、ハッピーエンドです」

男「うん。そうだな」

少女「その原稿を彼女に見せるかどうかは貴方におまかせします」

男「これ見せたら、あいつのこともっと好きになったりしないかな」

少女「馬鹿ですね」

男「そうかな」

少女「全く、素直じゃないです」

男「……うん」

少女「彼女が欲しい言葉、本当は分かっているんでしょう?」

男「分かってるよ。本当は、ずっと前から」

少女「なのに言わないなんて、やっぱり意地悪ですね。ふふっ」

男「簡単に笑ってくれるなあ」

少女「え?」


男「その原因のちょっとは君にあるんだってこと……分かってる?」

『届いた』


男「『決してそれは消えたりしない』」

男「『月が、そこにあり続けるかぎり』」

女「どうしたの? 急に」

男「君が言っていた言葉の意味、分かったから」

女「……」

男「君の言っていた月は、その小説のことだったんだろう?」

女「……」

男「違う?」

女「どうかな」

男「それをずっと手放せないから、君はあいつに縛り付けられたままなんだ」

男「それ、どこかにさ、大事にしまっておこうよ」

女「……」

男「ふとした時に思い出して、読んで、またあいつを想えばいいんじゃないかな」

男「あいつも、それを望んでいると思う」

女「うん。素敵な綺麗事ね」

男「え?」

女「貴方の言葉じゃないみたい」

男「……」

女「ね?」

男「あー。やっぱり、こんなのは俺に似合わないか」

女「どこで覚えてきたの? その台詞」

男「ひみつ」

女「えー。教えてよー!」ドサッ

男「ちょっ……熱でもあるのか?」

女「単なる気まぐれ」

男「気まぐれでいい年した男女が、こんな体制になっちゃいけないと思うんだけど」

女「じゃあ、満月のせい」

男「満月さんも、とんだとばっちりだなあ」

女「……あの封筒、開けたの」

男「ああ。あれね」

女「机の上に置かずに、直接渡せば良かったのに。素っ気ないね」

男「ごめん。で、何が入ってた?」

女「ひみつ」

男「なんだそれ」

女「貴方も私に、秘密してるじゃない」

男「だって、信じないだろうし」

女「私の話だって、きっと信じないよ」

男「なんで」

女「あの小説のね。絵本の中の女の子が消えた後の……違う話が入ってた」

男「へえ」

女「まるで知っていたみたいな反応」

男「そんなことないって。で、どんな話だったの?」

女「主人公と主人公の下宿先の娘が結婚して、ハッピーエンドでした」

男「……」

女「娘に淡い恋心を抱いていた少年は、涙を堪えながら、二人を祝福していました」

女「ね? 信じたくないでしょう?」

男「あいつ……なかなか酷いな」

女「でも、実際どうなってたと思う?」

男「え?」

女「もし、彼が今もここにいたとしたら」

男「……多分、その原稿通りになったんじゃないかな」

女「私も、そう思う」

女「ずっとあんたに好きだって言わないまま、彼を一生愛していく道を選んだと思う」

男「俺も、それを大人しく見ているだけだっただろうな」

女「そんな結末にならないように……してくれたんじゃない?」

男「ということは、あいつは俺達のために死んだのか?」

女「それは違うよ」

女「でも背中を押してしまったのは、私達かもしれないね」

男「……会いたかったんだろうな」

女「うん。ずっと会いたかったんだと思うよ」

男「すっごく、いい子だしな」

女「え? 知ってるの?」

男「いや! あいつがそんなに好きになるくらいだったら、そりゃいい子なんだろうなー……って」

女「ふーん」

男「……で、いつまでこの体制なの?」

女「そうね。縁側に座ろうか」

男「やっぱ、いい場所だな。ここ」

女「じゃあ、ここにずっといてください」

男「……」

男「今度は俺が押し倒す番かな?」

女「そうだね」

男「……」

女「……」

男「好きだよ」

女「うん」

男「知ってた?」

女「……うん」

男「俺も」

女「……っ」

女「ごめん。ちょっと……泣かせて」

男「いいよ」ギュ


女「……届いたよ。貴方からの、プレゼント」

本日の投稿はこれで終わりです。
続きはまだ書けていませんが、なるべく早く投稿したいと思います。

あーやっと一本に繋がった
実に乙

なるほど乙

>>154
>>155

ありがとうございます!

『知らない』


少女「だーれだ」

男「だれですか?」

少女「ええっ」

男「冗談」

少女「もー」

男「ひやっとした?」

少女「しました」

男「大成功」

少女「意地悪」

男「……実は本音だったりして」

少女「え?」

男「そんなことより、こっちにおいで」

少女「……そんなことって」

男「正座じゃなくてさ、こう……両脚を放り出してさ」

少女「ふふっ。そんなにばたばたしなくても」

男「楽しいだろう?」

少女「こうですか?」

男「うん。いい感じ」

少女「やった」

男「ははっ」

少女「どうして笑うんです?」

男「無邪気だなーと思って」

少女「それは貴方の方ですよ」

男「俺、そんなにいい顔で笑えてるかな?」

少女「それって……」

男「うん。君の笑顔が素敵だって意味です」

少女「……」

男「ドキッとした?」

少女「やめてください……本当に」

男「君には意地悪したくなるんだ」

少女「いい迷惑です」

男「ごめんごめん」

少女「彼女に長年『好き』って言えなかった人とは思えないです」

男「なかなか酷いことを言うね」

少女「貴方が言わせているんですよ」

男「そうかなー」

少女「私と彼女は、貴方の中で全然違う」

少女「彼女には素直に言えないことでも、私には言える。それって、そういうことでしょう?」

男「あいつと俺だって、君の中では違うだろう?」

少女「違わないと困ります」

男「俺もそうだよ」

少女「……ちゃんと意味、分かってるんですか?」

男「うん」

少女「……」

男「……」

少女「いい天気ですね」

男「唐突だな。でも確かに、ひなたぼっこ日和だ」

少女「そういえば、絵本は描かなくていいんですか?」

男「ちょっと休憩」

少女「……随分と長い休憩です」

男「あー。子供達がうるさいなー」

少女「鬼ごっこでしょうか?」

男「そうだろうな」

少女「声だけで楽しそうなのが伝わってきます」

男「君は走るの得意だった?」

少女「そう見えますか?」

男「その見た目じゃあ、分からないな」

少女「あ……」

男「君は今、俺が描いた絵本の中の女の子だろう?」

少女「そうでした」

少女「すっかりこの姿に慣れてしまっていて、忘れていました」

男「君が『センスがない』って言ったの、まだ覚えてるよ」

少女「それに貴方は『裸にしてやる』なんて返してきましたよね」

なんだか終わりが近そう……?

男「懐かしいな」

少女「毎日は会っていないとはいえ、長い時間を一緒に過ごしましたね」

少女「まだ、花は咲かないようですけど」

少女「なんだかこの姿にも愛着が湧いてきました」

男「あいつのところへ行くときは、その姿じゃないの?」

少女「はい」

男「想像できないな」

男「君じゃない、君なんて」

少女「……」

男「いや、それでいいはずなんだけどさ」

男「知りすぎたら駄目だって、分かってるんだけどさ」

少女「……」

男「でも、もう一度『だーれだ』って言われたら……」


男「俺は君に『だれですか?』って、聞いちゃうんだろうな」

続きはもう少しお待ちください。

男と少女の関係が女と小説家の関係と対比されてて同じように男と女の関係が少女と小説家の関係と対比されてる?
こんな風に作り込んであるSS久しぶりにみた

>>165

そうですね。

男と少女、女と小説家
男と女、少女と小説家

この関係を意識して書いています。
気が付いていただけてとても嬉しいです。

『もうひとつの嘘』


少女「おはようございます」

男「うわっ!? ……あ、いつの間にか寝ちゃってたのか」

少女「もうすっかり夜になってしまいました」

男「寝顔見たね?」

少女「もうばっちりです」

男「この上着は?」

少女「とても綺麗な方が、そっと掛けていきました」

少女「髪の毛、指先で弄ばれていましたよ?」

男「あいつ……」

少女「とても温かくて、微笑ましい光景でした」

男「……」

少女「貴方の髪は少し硬そうですね」

男「君のはふわふわしてそうだな」

少女「頬っぺたは柔らかそうですよ?」

男「君には負けるよ。多分」

少女「……」

男「……」

少女「たぶん……」

男「うん」

少女「そう、ですね……っ」

男「ずっと、我慢してたの?」

少女「……はい」

男「……」

少女「止めてください……この、涙」

男「……無理だよ」

少女「じゃあ、拭ってください」

男「……ごめん」

少女「……」

男「……」

少女「じゃあ、教えてください」

少女「どうして私は……泣いているんでしょう」

男「それは……」

少女「貴方の寝顔を見て、寝息を……寝言を聞いて」

男「何か……言ってた?」

少女「彼女の名前を……とっても、愛おしそうに」

男「……」

少女「私、思っちゃったんです」

少女「もし、貴方に本当の名前を教えていたらって……」

少女「そうしたら私も、眠っている貴方に、名前を呼んでもらえたのかなって……」

男「……」

少女「思っちゃったんです」

少女「駄目なのに。そんなこと思っちゃ……駄目なのに」

少女「今だって、こんなに近くにいるのに……っ」

男「……」

少女「私も彼女みたいに、貴方の髪に触りたいです」

少女「少しでも、いいから……!」

男「……」

少女「……」

男「『すり抜けていく手が悲しくて愛しい』って言った君に」

男「『傍にいてくれるだけでいいよ』って言ったの、覚えてる?」

少女「……はい」

男「あの時の言葉、取り消したいよ」

少女「え……」

男「ここからは、彼女には秘密の話」

少女「……」

男「俺さ、あいつに言われたんだ」

男「『人は自分が弱ってしまっているとき、誰かにすがりたくなるものだ』って」

男「その気持ちを、俺は少し前まで体験してた」

少女「私で……ですか?」

男「うん」

男「彼女もあいつにこんな風に惹かれていったんだって、よく分かった」

少女「……」

男「でも、俺はそれ以上に行っちゃうそうで……」

少女「……」

男「今、すごく抑えてる」

男「その最後の壁が、君の本当の姿や名前を知らないでいることなんだ」

少女「なのに、私は……」

男「こんなに人の涙が愛しいと思ったの、初めてだよ」

少女「……だから、そんなことを言われたら……」

男「ごめん。君には全部、素直に言いたくなる」

男「なんでだろうな?」

少女「お願いだから、嘘つきでいてください」

男「君は心を読めるんだろう?」

少女「お願いだから!」

男「……」

少女「意地悪は……やめてよ」

男「……ごめん」

少女「……っ」

男「……」

少女「……」

男「……落ち着いた?」

少女「はい」

男「空が白くなったきたな」

少女「そうですね」

少女「……一人で過ごす夜と、二人で過ごす夜」

少女「それは同じ速度で色を変えていくはずなのに」

少女「こんなときばっかり、せっかちです」

男「うん」

少女「……朝なんて、来なければいいのに」

男「こらこら」

少女「嘘ですよ」

男「もう何が本当で、何が嘘なのか分からないな」

少女「貴方が本当だと信じたいものを、本当だと思ってください」

男「……うん。そうだな」

少女「実は私、もうひとつ吐いていた嘘があるんです」

男「嘘?」

少女「はい。これは最後に、どうしても言っておきたくて」

男「……最後、か」

少女「貴方はここ。私は向こうです」

少女「たった今、そう思いました」

少女「私はこれ以上、ここにいてはいけない」

男「……」

少女「私がずっとここにいたら、誰も幸せになれない」

少女「貴方は、彼女を愛していくんでしょう?」

男「……」

少女「なんなら、右に行くか左に行くか。木の棒を倒して決めてもらってもいいですけど」

男「……意地悪だなあ」

少女「貴方にも負けませんよ」

男「ははっ。……木の棒なんて、必要ないよ」

少女「貴方の中に、ちゃんと答えがあるからですね」

男「うん」

少女「彼女がいる方の扉を開けたら……」

少女「その先は、きっと素敵な物語です」

男「うん」

少女「……目を、瞑ってください」

男「え?」

少女「……」

男「……」

少女「これくらいなら、許してくれるでしょうか」

男「あいつ、すっごく怒ってるかも」

少女「戻るのが怖いです」

男「あいつはどうやって怒るんだ?」

少女「背筋をぴんと伸ばして正座して、無言の圧力をかけてきます」

男「ははっ。それに耐え切れなくて、必死に土下座する君の姿が目に浮かぶよ」

少女「貴方の中の私って、何なんですか?」

男「そうだなー」

少女「……聞くのが怖いです」

男「可愛い女の子」

少女「へ?」

男「その間抜けな顔とか」

少女「……」

男「そう言われてすぐキリッとするとことか」

少女「ええっ」

男「で、最終的にはいつも泣きそうな顔になる」

少女「……何も言えないです」

男「ごめん。本当にごめん」

少女「別に、怒ってないですよ?」

男「いや。これを言ったら、君は嫌な気持ちになるかもしれない」

少女「……」

男「でも……」

少女「はい」

男「俺は、君が幽霊で良かったって……思ってる」

少女「……」

男「意味、分かるよな?」

少女「はい」

少女「私も、そう思ってます」

少女「意味、分かりますよね?」

男「うん」

少女「……」

男「……うん」

少女「意外と泣き虫なんですね?」

男「君には、負けるよ」

少女「……絵本、頑張って描いてくださいね」

男「うーん。ずっとサボってたからなー」

男「絵本を終わりにしなければ、君がずっとここにいてくれるような気がして」

少女「……」

少女「もう。そんなことを言ったら、彼女に怒られてしまいますよ」

男「そうだな」

男「彼女には、秘密にしといて」

少女「はい」

男「あと、これから言うことも」

少女「……」

男「俺は、君のことがーー」

少女「ーーおっと! 忘れてしまうところでした」

男「え?」

少女「私が吐いていた、もうひとつの嘘のこと」

男「……」

少女「私、貴方の絵本をハッピーエンドにしたいなんて言ってましたけど」


少女「本当に、ハッピーエンドにしたかったのは……」

『物語の最後の続き』


女「二人はずっと手を繋いでいたのね」

男「うん」

女「まさか途中でドラゴンが出てくるだなんて思わなかった」

男「うん」

女「王子様の怪我もいつの間にか治ってるし」

男「うん」

女「やっぱり、ちゃんとした構成なんて考えてなかったんじゃない」

男「ごめん。途中で描くの、無理になっちゃってさ」

女「……でも、二人がとっても幸せそうだから、いいんじゃない?」

男「俺が拘った部分は、そこだけだから」

女「いいと思うよ。すっごく」

男「……ありがとう」

女「この二人は、この後どこに行くんだろうね」

男「物語はここで終わりだけど?」

女「つまらないことを言わないでよ」

男「ええっ」

女「物語の最後の続き。……想像しないの?」

男「うーん。例えば?」

女「たとえハッピーエンドでも、その後ずっと幸せが続くとは限らない……とか」

男「おい。雰囲気ぶち壊し」

女「たとえバッドエンドでも……二人はもう一度、幸せになるかもしれないよね?」

男「……」

男「ああ。あの小説の中の二人は今、すっごく幸せだと思うよ」

女「……」

男「俺には分かる」

女「なんで?」

男「なんでだろう?」

女「いつもそうやってはぐらかすよね?」

男「そんなことよりさ!」

女「そんなことって……。なに? その手」

男「握って?」

女「……ん」ギュ

男「……」

女「……」

男「俺の言ったこと、信じて」

女「信じてるよ」

女「私も、そうだと思う」

女「そうだったらいいなって、心から思う」

男「うん」

男「そうだ。これからさ、俺達はずっと一緒にいるわけだろう?」

女「え?」

男「ここに、さ」

女「……うん」

男「だから、絶対に守らなければならない約束を言おうと思う」

女「なに?」

男「右に行くか、左に行くか。迷ったら二人で木の棒を倒そう」

女「……絵本の中の二人みたいに?」

男「そう。その先に何があっても、どちらかが負うことのないように」

男「二人で、乗り越えられるように」

女「……うん。分かった」

男「お、意外と素直」

女「あんたって、雰囲気とか考えないの?」

男「残念ながら」

女「馬鹿」

男「……」

女「……」

男「約束はこれだけでいいかな?」

女「もうひとつ、あるでしょ?」

男「なに?」

女「分かってるくせに」

男「分からないなー」

女「言わせないでよ」

男「聞かせてよ」


女「ーーこの手を、離さない」



おわり

乙!

>>186
>>187

読んでいただき、ありがとうございました!

とてもよかった!

>>189

ありがとうございます!
書いて良かったです。

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