勇者「感情が無い」(352)

国王「行け! 勇者の末裔よ!」

国王「魔王は既に復活している! その証拠に各地で魔物の被害が広がっている!」

国王「だが魔王の復活は完全ではない! 今こそ、数百年前の戦いに終止符を打つのだ!!」バン


勇者A「おーお前も来てたか」

勇者B「当たり前だろっ」

勇者C「俺、剣術とか向いてないんだけどな」

勇者D「お前魔法上手いんだいいじゃねーか」

勇者「……」

勇者A「おぉい……見ろよ、あいつもいるぞ」

勇者D「うわっマジだっウケる」

勇者C「あいつPTどうするつもりなんだ?」

勇者B「あいつと組む奴なんかいないだろ? ゴーレムだぜ?」

勇者A「向こうじゃそう呼ばれてるのか。こっちは鉄仮面だぜ」

勇者D「何があっても眉一つ動かさねーもんな。目も死んでるみたいでまんまカラクリだぜ」

勇者「……」チラ

勇者A「!」ゾクッ

勇者C「うぉっ……」

勇者D「い、行こうぜ」

勇者「……魔王」

勇者「……」

女勇者A「でさー」

女勇者B「マジウケルー!」

女勇者C「ないわー」

女勇者D「冗談じゃなかったら引くわー……ぉっ」

勇者「……」

勇者「……」フィ

女勇者D「あーごめん、先行ってて」

女勇者A「どしたの?」

女勇者D「ちょーっと忘れ物。すぐ戻るからさー」

女勇者B「置いてっちゃうぞー」

女勇者C「三分間待ってやる」キリッ

女勇者D「待ち合わせは中央の噴水でー」フリフリ

女勇者D「久しぶり。元気そうで何よりだわー」

勇者「D姉さんこそ」

女勇者D「全く、あたしなんかの事気にせず話しかけてくれれば良いのに」

勇者「楽しい事にはならないよ」

女勇者D「いやー皆が驚く様は見物だと思うけどなー」

女勇者D「それにしても勇者は大丈夫? 一人なんでしょ?」

女勇者D「何ならあたしの所に来る? ハーレムよぉ」

勇者「……」フルフル

勇者「D姉さんは友達と楽しんできなよ」

女勇者D「っぷ、何それ。遠足じゃないんだからさー」

勇者「それもそうか」

女勇者D「……」

勇者「……」

女勇者D「……ねえ勇者。辛かったら本当の事を言ってくれていいんだよ?」

勇者「……どうでもいい。良いも悪いも……感情の無い俺には分からない」

女勇者D「……そう。でもさ、何時も言っている事だけど」

女勇者D「勇者には絶対感情があるよ。それが分かってないだけ」

勇者「……」

勇者「……そんなもの、どうでもいい」

女勇者D「はあ……ま、そーよねー」

女勇者D「……旅には出るの?」

勇者「ああ」

女勇者D「じゃー死ぬんじゃないわよ。従姉弟とは言えあんたは大切な弟だし」

女勇者D「大切な家族なんだから。少なくともあたしはそう思っている」

勇者「D姉さんも気をつけて」

女勇者D「……うん! どっかで会ったらそん時はよろしくねー!」フリフリ

勇者「……」

勇者「……」ザッザッ

「おい、見ろよ……」
「あいつも王様の謁見に?」
「まー確かに魔王も機械的に殺してくれそうだよな」

勇者「……」ザッザッ

「これでやっとこの町から魔物がいなくなるのか」
「安心して眠れるな」
「疫病神が……とっとと出て行け」

勇者「……」ザッザッ

勇者の家
勇者「……」ザッ

「……られない」

勇者「……」

「もう耐えられないわ! なんで今になって魔王なの!」
「あんな……人とも思えない子を抱えた今……」
「アレが一体、何の活躍をすると言うの!?」

「落ち着け。もうしばらく、もうしばらくすればあいつも旅に出るだろう」
「そうしたら……静かな場所に移り住もう。あんな化け物と、一緒にいる必要も無くなる」

勇者「……」ガチャ

母「ゆ、勇者! お、おかえりなさい……」

父「お、おお、帰ったか。どうだった、王様のお話は」

勇者「どうでもいい」フィ

深夜
勇者「……」ガサガサガチャガチャ

勇者「……行くか」

勇者「……」

勇者「西の果てに魔王……とりあえずは西でいいか」

勇者「……」ザッザッ


遥か昔、悪事の限りを尽くした魔王がいたという。
それを討った者を勇者と呼び、永く語り継がれた。

魔物の群れの死骸
勇者「……」ザクッグシュブジュ

勇者(これだけあれば材料として金になるだろう)

勇者「……」ポタポタ

勇者(川ぐらいは入っておくか)


隣の町
勇者「……」ザッザッ

「お、おい……あれ」
「な、なんでここに」

道具屋「ひぃっ! あ、あの……」

勇者「これらを買い取ってもらいたい」ドザ

道具屋(魔物の牙や骨? そ、そりゃ素材になるだろうが)

道具屋(異臭にこの袋の血……こいつ、今正に剥ぎ取ってきたのか?!)

勇者「駄目か?」ジッ

道具屋「かか買い取らせて頂きます! 代金はこちら! こちらです!」ドジャ

勇者「助かる」ジャラ

道具屋(二度と来るな、このキチガイが!!)

勇者(路銀は心許無いし、何か依頼を受けたいが)チラ

「いやー残念だなぁ! 出ていた依頼全部終わってしまったんだよなーははははは!」バリバリ

勇者「わざわざ剥がさなくても断ってくれて構わないが」ジッ

「は、ははは……」


宿屋「え、ええと……その」

勇者「そこの札通りの金はあるぞ」ジャラ

宿屋「あ……あぁぅ……よ、ようこそ……」

翌日
勇者(せめてもっと遠くへ行かないとまともに買い物もできないか)ザッザッ

勇者(大規模な魔物の群れ……)スラァン

勇者(依頼が受けられなかった分の路銀稼ぎには十分だ)ザッ


勇者「……」ザクッグシャ

勇者(稼ぎにはなるが……今からこの量で町まで運べるだろうか)フゥ

……
勇者(この町だったらどうだろうか……?)

勇者「これを売却したい」

道具屋「……」ジロリ

道具屋「あんた、本当に勇者か? 盗賊や山賊じゃあないだろうな」

勇者「ああ、これが勇者の証だ」チャラ

道具屋「それだって盗品だったら……ちっしゃあねえな」ボリボリ

道具屋「ったく……なんだってこんな人形みてぇな奴が」ブツブツ

依頼所
勇者(やはり俺は何処に行っても変わらないな)

勇者(いや、対応されるだけでまだましか)

勇者(魔物の巣討伐の依頼か……)

勇者「この依頼受諾を」

受付「はい、ではこち……」ビク

勇者「……?」

受付「ゆ、勇者の方、ですか?」

勇者「ああ。これが国から渡された証だ」チャラ

受付「で、ではこちらに氏名と判を」

勇者「……」ザンズバン

勇者「こんなところか」キョロキョロ

勇者「折角だし収集物も回収しておくか」

依頼所
勇者「……」

勇者E「よ、よお」

勇者F「おう、後片付けご苦労だったな」

勇者G「じゃあな!」バッ

受付「……え? 仲間の方では?」

勇者「……いえ、そうです」クル

勇者(収集物を回収しておいて良かった)

勇者(それにしてもそうか……他は複数人で戦うから俺よりも進むペースは速くなる)

勇者(これなら全員が旅立ってから……いや、どの道あそこに居場所なんて無かったら変わらないか)

勇者(朝一で発つか……俺は何処に行きたいんだろう)


しかしそれは一時的に封じたに過ぎず、
その後の世、魔王が再び目を覚ましたのだった。
彼の子孫達は勇者として、再び魔王を討つべく旅立った。

勇者「……」ザッザッ

勇者「ふぅ……」

勇者(道は険しいがこの山間の町を抜ければ後は一気に越えられる)

勇者(そろそろ装備を買い換えないと……駄目になってきたな)

ザワザワ
勇者(?)

「何という事だ……」
「どうにかならないのか……」
「先日の襲撃で多くの衛兵を失った今……どうする事も」

勇者「……」

「うん? おお、君は勇……なんだ、君は?」
「死人のような顔……おぞましい」ヒソヒソ
「しかしこの時世に旅? 勇者に違いない」ヒソヒソ
「いっそ頼んでみるか?」ヒソヒソ

勇者「内容次第ですが依頼という事なら引き受けますよ」

「依頼? なんて現金な」ヒソヒソ
「いや、しかしこれほどの事、正式に依頼として出すべきだ」ヒソヒソ
「うむ……先日、魔物の襲撃を受け、子供が一人攫われてしまったんだ」
「この際、君の素性を暴きたてようとはしない。頼む! あの子を助けてくれ!」

『魔物達は南西の方に向かった。あそこは切り立った崖がある。恐らく洞窟を住処にしているのだろう』

勇者「あれか……」ザッ

勇者(道中の敵は大した事が無かったが、この中はどうだろうか?)


勇者「……」ザシュザンッ

勇者(これなら何とでもなりそうだな)ズジャ

勇者(そろそろ最奥か?)シュパッ

大熊「ほぉぅ」

女の子「た、助けて下さい!」

大熊「人間がここまでくるたぁー大したもんだ」

大熊「が、運が悪かったな。俺様が相手じゃあ数秒でミンチだぜぇ!」ガハハ

勇者「……」ザッ

大熊「飽くまでやるってか。なら……死にな!!」グォ

勇者(体躯に似合わず速……)ゴッ

勇者「……つ」ドガッ

女の子「あ……」

大熊「っち、一撃ぐらい避けてくれなきゃつまらねーだろぉ。ったく、良い玩具かと思ったが」

勇者「……」ムクリ

大熊「お……おお、俺様の一撃に耐えられるたぁー見上げたもんだ。ここまで来たのは伊達じゃねえってか」

大熊「なぁら、次はどうだぁ!」ゴゥッ

勇者「……」ユラリ

勇者「……ぐ」ドゥッ

大熊「……」

大熊「立ち上がった根性は褒めてやるが……結局避けもせず二発目も直撃か」

大熊「がっかりだぜ」

勇者「……」ムクリ

女の子「……に、逃げて下さい!」

大熊「!? なんでだ? なんで死んでねぇ!」

勇者「……」フラ ザッ

大熊(しかもなんで向かってくるんだ?! 勝てねぇって分かりきってるだろう?!)

勇者「……」フラ ザッ

大熊(あんなおぼつかねぇ足取りで何ができるってんだ)

勇者「……」フラ ザッ

大熊(何より、気に食わねぇ……気に食わねぇよ)

勇者「……」フラ ザッ

大熊「俺様の攻撃を二度も受けて生きているなんてよぉ!!」ガアァ

大熊「くだばりやがれぇ!!」ゴゥ

勇者「……」ザッ

勇者「……」ヒラリ

大熊「?!」ブォン

大熊(避けた?! じゃあ今までのは俺の動きを見切)ドッ

勇者「……ぅぅ」ギリギリ

勇者「ふっ!」ズバン

大熊「あっ! がぁ! ごほっ! ぁっ!」カヒューカヒュー

勇者「はぁ……はぁ……」ドサ

大熊「」

勇者「死んだ、か……」ムクリ

勇者「……」ユラ ユラ

女の子「ひぃ!」

勇者「……」ガチャガチャ ガチャン

女の子「……」ガタガタ

勇者「俺が……恐ろしいか」

女の子「……」ブルブル

勇者「距離を取ってでも付いて来い……この洞窟は入り組んでいる」

勇者「迷えば飢えて死ぬぞ……」フラ フラ

勇者「……」ザッ ザッ

女の子「外の光……!」

勇者「後はここ真っ直ぐ……」フラ フラ

勇者A「お前は……!」
勇者B「その女の子は……」
勇者D「き、君……こちらに来るんだ!」

女の子「!」パタタ

女の子「……」ギュゥ

勇者A「おおっと……もう、大丈夫だからな」ナデナデ

勇者「……」クルリ

勇者「……」フラ ザ

勇者A「は、早く町に連れて行ってあげよう」
勇者D「だな」
勇者B「もう心配ないからな。お兄ちゃん達が町に送っていってあげるから」
勇者C「……」

勇者「……」ザ ザ

勇者C「おい」

勇者「……? 口止めされなくても……多言したりなど」

勇者C「んな事じゃねーよ。お前……一人であそこの洞窟の魔物を倒したのか?」

勇者「見ての、通りだ……」フゥ

勇者C「……俺は人としてお前を気色悪く思う。だが戦う者としては尊敬を禁じ得ない」

勇者「……どうでもいい話だ」

勇者C「だろうな……。お前の手柄を横取りする形になった。せめてこれくらいは使ってくれ」パサ

勇者「薬草の束……使わせてもらう」

勇者C「本当ならば、お前は激昂して襲い掛かってきても文句を言われないだろうに」

勇者「……」

勇者C「自分を押さえつけているのか、何も感じないのか……何れにしても本当に気持ちの悪い奴だ」

勇者「……どうでもいい」

勇者C「ふん、そういうところが嫌いだよ」クル

勇者「……」

勇者(怒るとは……どんな気持ちなのだろうか)

勇者(装備を買い換えてから臨んで良かった)ペタペタ

勇者(危うく古い装備で次の町まで進まなければならないところだった)

勇者(中級品の薬草か……かなり効くもんだな)シュゥゥ

勇者(この分だと俺が魔王城までの旅路を半分進む頃には)

勇者(殆どの勇者達が魔王の近くまで到達していそうだな)

勇者(適当に旅をして……何処かで根を下ろす事を考えるべきか)

勇者(根を下ろす、か。俺にそんな場所があるのだろうか)

勇者「……」ザシュザシュ

勇者「……」グチャァ

勇者(収集もこの辺にしてそろそろ進むか……)

勇者(それにしてもこの辺りは魔物が多いな)ザッザッ

勇者(他の勇者達は近くを通っていないのか)

勇者(なら……依頼があれば受けられそうだな)

勇者(……珍しいな。依頼が一枚も張り出されていない)

受付「あの……勇者の、方ですか?」

勇者「はい」チャラ

受付「ここは勇者様方が魔王城を目指す上で、通るメリットが無いですからね」

受付「基本的に依頼は全て近くの都市の兵士達にしているのですよ」

勇者「なるほど……」

受付「それなので勇者様にお願いする依頼は無いのですが……」

受付「近くにある樹木の伐採場への物資運搬の仕事ならあります」

勇者「報酬はどちらで?」

受付「こちらでも向こうの伐採場でも受け取れますよ」

勇者「……」ザッザッ

勇者(この辺りだが……)キョロキョロ

勇者(あれか? 建物? 随分と小さいような)ザッザッ


勇者(これは……)ザッザッ

勇者(そうか。ここは町から離れているからな)

廃墟
勇者(魔物の襲撃か……)

「そんな訳がねえ! あいつらが! そんじょそこらの魔物如きに……!」
「嘘をついているんだ! こいつ、伐採場まで行くのが面倒だからって!」

勇者(遺骨の一つでも持って来るべきだったか)

「おい! 何とか言ったらどうだ!」

受付「み、皆さん落ち着いて下さい! 彼は曲りなりにも勇者なのですよ!」

「こいつの何処が勇者だ! 大方その証だってちょろまかしたもんだろ!」
「そ、そうだ! そうに違い無い! ふてぇ野郎だ!」

勇者(これ以上は時間の無駄か)クルリ

……
勇者(昼過ぎには町か……)ザッザッ

勇者(あんな所に洞穴か。魔物が住み着いていそうだ)

女勇者G「はぁ! はぁ!」バッ

勇者(既に別のPTが入って……血塗れだな。しかも一人しか出てこない)ザッザッ

勇者「大丈夫か?」

女勇者G「ひぃっ!」ビクッ

女勇者G「あ、あんたは……こ、この際誰でもいい! 助けて!」

勇者「?」

女勇者G「あたしの仲間がまだ中に……魔物が強すぎるの! 皆を助けて!」

勇者「あんたを逃がす為に残ったのか。あんたは町に行って助けを求めろ」

女勇者G「あ、ああ……恩に着るよ」

勇者(残りはボスだけか? 魔物が出てこないな)カツン カツン

勇者(随分と拾い洞窟だ)ガツ

勇者JKL「」

勇者(時間を稼いだ後撤退する所を仕留められたか)

勇者(なら……)


狼男「おおぉぉ? まぁぁだぁ生き残りがぁいたのかぁぁ」ユラ

勇者「……」スラァン

狼男「あぁぁんたも八つ裂いてぇやるよぉぉ!」

狼男「おおおぉぉ!!」ブォ

勇者「……ぐ!」ガガガ

勇者「……あ」ガァン

狼男「ひゃっはああぁぁ!」ヒュヒュン

勇者「ぐぅ!」ズシャァ

狼男「っけ! 弱ぁい! 弱あぁ過ぎぃぃる!」

勇者「……」ムクリ

狼男「おおぉ? その傷でまだ動くかぁ?」

狼男「いいぜぇぇ、もっかいぶち殺したるよぉ」ジャキン

狼男「ひゃぁっはあぁぁ!」ヒュヒュン

勇者「……ぐ」ズジャ

狼男「ひぃっひぃぃっひぃぃ!」

勇者「……」ザッ

狼男「おぉぉ? お前なぁんで倒れ」ズバッ

狼首「ねぇぇ……」ゴトン

勇者(血も止まってきたか……そろそろ出るか)ノロ

勇者(……)ザッザッ


勇者(……不味いな、血を流しすぎたか)フラ

勇者(少し、療養すべきか)ザ ザ

女勇者G「……あんた」

衛兵A「ひ、人が出てきた!」
衛兵B「おい! 中はどうなっていた!」

勇者「……」フルフル

女勇者G「だ、誰も……?」

勇者「着いた時には……魔物は討ち取った」

衛兵C「なんだこいつ……まるで魔物のような顔を……」
衛兵B「気付かなかったが確かに……」
衛兵A「お前! 他の勇者様方が魔物と戦い、勝ち取った後ろを襲ったんじゃあるまいな!」

勇者(またか……)

衛兵B「否定しないのか? 否定しないんだな!」バッ
衛兵C「よく見れば切り傷じゃないか……こいつ本当に手柄を横取りしようと!」

女勇者G「……み、皆……ぅぅ」

勇者(これでは……弁明しても効果はないだろうな)

勇者「……」ボロボロ

衛兵D「出ろ。釈放だ」

勇者「そうか……」ノソ

衛兵D「俺はその場にいなかったから分からんが、違うなら違うと言えばよかったものを」

勇者「何を言おうと言い訳にしかならなかったから」ヨロ

衛兵D「おかしな奴だ……おまけにそんな生気の無い顔じゃ、ますます偏見をもたれるぞ」

勇者「偏見じゃないさ」ガチャ

衛兵D「?」


彼ら子孫の旅は過酷で多くの者が命を落とした。
ある者は人知れず洞窟の奥深くで。
ある者は人々を守るべく勇敢に。

その中でただ一人で旅をした者がいたという。

女勇者G「……悪かったわね。あの時あたしが話せば、あの衛兵達も手荒な事をしなかっただろうし」

勇者「どうだろうな」

女勇者G「……あんたはもっと何考えているのか分からない気が狂った奴だと思ってたよ」

女勇者G「ごめん、それとありがとう……皆の仇を討ってくれて」

勇者「危険な魔物を倒しただけだ」クルリ

女勇者G「あ……ちょっと、あんた報酬!」ジャラ

勇者「無くてもなんとかなる」

女勇者G「そうじゃないだろ! 正当な取り分だろ!」

勇者「じゃあくれてやる」

女勇者G「はあ?!」

勇者「お前はこれからどうする? 仲間を、三人を殺されてどう旅をする」

勇者「それで傭兵でも雇って帰れ」

女勇者G「同行させてくれる、とか無いんだ」

勇者「俺と一緒にいたいのか?」ジッ

女勇者G「……そうね、確かにあんたと一緒にいるくらいならゾンビの方がまだ愛嬌があっていいわね」

勇者「それ以前に、俺と同行した先にある未来なんて碌なものじゃないぞ」

女勇者G「……あんたはそれでいいの?」

勇者「どうでもいい……俺は俺が思うよう行動するだけだ」

勇者(狼男との戦闘の所為で、鎧の耐久が心許無いな)サスサス

勇者(少し大国側を通って質の良い装備に換えるか)ザッザッ


勇者「ふぅ……」ザッ

勇者(少し休憩を取るか)ドッカ

勇者(あそこに見えるのは馬車か……行商人か何かか?)

勇者(炎が上がったな……魔物と戦闘でもしているのか)

勇者(馬車に火が……間に合うだろうか)スック

勇者(どちらにしても行くしかないか)ダダ


勇者「……」ヒュンズバン

魔物「ガアアア!」ドッ

勇者「……」ヒュパン

魔物「ガ……ア……」カヒューカヒュー

勇者(これだけ魔物がいるという事は……)キョロキョロ

行商人達「」

勇者(やはり手遅れか……)

勇者(荷台にも人がいるが……あの出血量では)

勇者(せめて火くらい消すか)バッサバッサ

勇者(これは燃えている部分を切り捨てた方が早いな)スラァン

勇者「……ふ」ヒュヒュン

勇者(何か土を掘れる道具でもないものか……弔いくらい)ガサゴソ

兵士A「おいそこで何をしている!」
兵士B「こいつ……いくら魔物にやられたとは言え、行商人の荷物を漁るとはなんと不届きな!」
兵士C「ひっ捕らえろ! 山賊と変わりはあるまい! 国に連れて行き法の下で裁いてやれ!」

勇者(間が悪いな……面倒だし彼らの馬に乗せていってもらうか)

勇者「……」ボロボロ

兵士A「出ろ、釈放だ」

兵士A「全く、何故あの時否定しなかった」

勇者「言い訳をしたとして信じるか?」ヨロ

兵士A「確かに信じないな。悪事を働いていてもおかしくない面だからな」

勇者「だろうな」ノロノロ

兵士A「ほらよ」スッ

勇者「……? 傷薬か」

兵士A「暴行を加えた事は謝る。すまなかった」

兵士A「だが目障りだ。国も大事を前に忙しない。とっとと去れ」

勇者(大事……? 魔物が襲い掛かる今、一体何を?)ザッザッ

勇者(いや……どうせまつりごとなのだろう。近づくのは薮蛇なのだろう)

勇者(あれは……?)

女勇者A「……」オロオロ

女勇者B「……」

女勇者C「……」ハァ

勇者(D姉さんはいないが……何かあったのか? だが……)

女勇者B「……」ピク

女勇者B「そこのお前、さっきから何ジロジロ見てんの!」

女勇者A「え?」

女勇者C「うわあぁぁBーー、せめて相手確認してから言おうよー! ゴーレムだよ!?」

女勇者B「うるさい! ゴーレムだか鉄仮面だか知らないが気に食わないのよ!!」ズカズカ

勇者「……」

女勇者B「お前も何か言ったらどうだ!」グイ

女勇者A「やめてー……胸倉とか掴んじゃだめー……」

女勇者C「殺されるぅ……あたし達、Dを助けることも出来ずに殺されるぅ……」

勇者「助ける?」ピク

女勇者B「お前には関係の無い話だ!」バッ

女勇者A「……」

女勇者C「ね、ねえ……彼に話をして手伝ってもらわない?」

女勇者B「何を言っているか分かっているの?!」

女勇者C「そ、そうだけどさぁ……あたし達だけじゃ絶対無理だって。男手だって必要だろうし」

勇者「……詳しく聞かせてもらえないだろうか?」

女勇者A「……あたしは、こんな化け、この人と一緒にいるのちょっと……」

女勇者B「……」

女勇者B「あーもーしょうがない……が、言いだしっぺのCが全部やる事。あたし達はちょっとお茶でも飲んでくる」

女勇者C「えええっ?!」

女勇者C「ぇー……」ポツーン

勇者「嫌ならいいんだぞ」

女勇者C「……あんた、顔は今にも人を殺しそうだけど意外と普通なのね」

勇者「……そうでもない」

女勇者C「まー少しは話しやすくなったし良いか」

女勇者C「あたし達のPTにはもう一人いてさ、Dって言うんだけど」

勇者「囚われているのか?」

女勇者C「ちょっと違うんだよねー……」

勇者「王子に見初められた?」

女勇者C「そうなのよぉ……まあ、そりゃあ玉の輿のまたとないチャンスだけども」

女勇者C「Dは何か迷ってはいるものの、今は王宮にいるのよねぇ……」

女勇者C「そんな訳であたし達は連れ戻したいのよ」

勇者「だがそれはDという人の意思で向こうにいるんだろう?」

女勇者C「そうなんだけどちょっと様子がさぁ。なんか流されている風でもあったから」

女勇者C「連れ戻して少し頭を冷やさせたいのよ。お願い! 同じ勇者の好で助けて!」パン

勇者「……何れにせよそれはこの国に対してよくない行動だ。とてもじゃないが手を貸せない」

女勇者C「……ですよねー」

勇者「……」

兵士E「何者だ」ザッ

勇者「今こちらにいる女勇者Dの従弟です。できれば会いたいのですが」

兵士E「ふん! 貴様のような死人がか?! さては貴様、王子の婚約者に手をかけようとする悪党だな!」

勇者「勇者の証ならこちらに」チャラ

兵士E「……しばし待て、確認ぐらいはしてやろう」


女勇者D「いやぁ……乱闘騒ぎにならなくて良かったよ」

勇者「俺は暴れた事なんてなかったと思うが……」

勇者「皆心配していたよ。D姉さんの様子がおかしかったからって」

女勇者D「あー……マジ? 悪い事したなぁ」

勇者「D姉さんはどうするつもり?」

女勇者D「……」

女勇者D「なんかさー……あたしも良く分からないんだよねぇ」

女勇者D「そりゃあ条件は滅茶苦茶いいよ? 人柄も立派だよ」

女勇者D「でも何処かで納得できない自分がいるんだよねー……」

女勇者D「……なんなんだろうねー。いっその事、あんたにプロポーズされた方が納得しちゃうかもね」ニッ

勇者「……」

勇者「それでも、D姉さんにとっては妥協の中の納得なんだね」

女勇者D「……なんであんたはこうも鋭いのかなぁ」

女勇者D「そんでもってあたしは何を求めてんのかなぁー」

女勇者D「……あんたはどう思う?」

勇者「俺は心理学者でも超能力者でもないよ」

女勇者D「はは、そうだね……あんたはどうするの? 今すぐもそうだけどさ……あたし王妃になっちゃうんだよ」

女勇者D「寂しいとか、さ。なんかない?」

勇者「……会えなくなる……これが最後になるかも、か……」ブツブツ

勇者「やっぱりよく分からないな。D姉さんが幸せになるのなら、俺は特に思う事は無い」

女勇者D「あー……そうよねーあんたって奴は」

女勇者D「何が妥協だと思っているんだろ……それが分かれば、納得できれば」

女勇者D「あんたはあたしを無理矢理でもここから引っ張り出していくのかなぁ」ハァ

勇者「それが本当に、D姉さんにとって幸せであるなら」

女勇者D「そーかいそーかい」

勇者「何にせよ、皆とは一度会うべきだよ。できれば自分の気持ちも伝えるべきだ」

女勇者D「そーする。ま、王子様も今日の明日になんて思ってないし、魔王が討伐されてからだっていいんだしさ」

女勇者D「ありがとね。わざわざこんな事の為に」

勇者「……」

勇者「これがどういった好きなのか分からないけど、やはり俺はD姉さんを良く思っているらしい」

女勇者D「あんだけ落としていきなり持ち上げるぅ?」

勇者「いや……王宮にいるという状態が俺の両親だったら、絶対に会おうとは思わなかったから」

女勇者D「あー……そういう事ね」

勇者「用件も済んだし俺はそろそろ行くよ」

女勇者D「一人で大丈夫? もしあれならさ、あたしここに残って皆と行く?」

勇者「……多分、俺が共に過ごせるのはD姉さんだけなんだろうね」

女勇者D「それが分かっていて、何でなびいてくれないのかなぁ」

勇者「……」ザッザッ

女勇者D『それじゃあ一応言っておく。これが今生の別れになったら嫌だしね』

女勇者D『さようなら……勇者』

勇者『さようならD姉さん。それと幸せに』

勇者(D姉さんの事は好いていた。好いていたが)ザッザッ

勇者(あの時、特別感じる事は無かった。俺は唯一の理解者さえも……)ザッザッ

勇者(やはり感情が無い俺にとっては恋慕というものは生まれないのか)ザッザッ

勇者(もうあの大国は見えないか)ザッ

勇者(誰か来る……行商にしては馬車が見えないな)バッ

勇者(兵士達だと濡れ衣で国送りにされそうだし隠れておくか)ガササ

勇者(……あれは本当に人か? とてもじゃないがあれは動物の形……いやあの大きさ)


大鰐「グアアァァ! ガアァァァ!」

大獅子「この先に人間の国があるのか」

大狼「全く、端から攻めて行けばいいものを……」

大蜥蜴「だが成功すれば人間どもの士気を挫く事ができましょう」

大獅子「いくら大国と言えど、兵士程度では我らを倒せぬ」

大狼「勇者がいようと数人でやっと我々レベルを一体と戦えるのだろう?」

大蜥蜴「私達四体を相手にどれだけ戦えるものでしょうかねぇ」

大狼「全くだ……これで骨が無かったらガッカリだな!」


勇者(ボスクラスが四匹……あの大国を落とすつもりか)

勇者(あそこにいるのはD姉さん達のPTのみ……兵士達も大量にいるがとてもじゃないが勝算など)

勇者(ならばやる事はただ一つ)ガザッ

蜥蜴首「」ゴトッ

大狼「!?」

大獅子「大蜥蜴!」

大鰐「グウゥゥ! グアァァァ!」

勇者(できれば鈍足そうな蜥蜴と鰐を残したかったが仕方が無い)ヒュヒュン

大狼「ちぃ!」バッ

大獅子「ぬぅ……奇襲とはやってくれる!」バッ

大狼「一撃で仕留めたことは褒めてやるが一人で何が出来る!!」バッ

大獅子「待て!」

勇者「……」ドンッ

大狼「押し倒して喉ぉ食い千切る!!」グァ

大狼「」ガチガチン

勇者「……」ズル シュバッ

大獅子(覆い被さる力を利用して串刺しに……この男、普通じゃない!)

勇者(あの獅子は一筋縄ではいかないだろう……それにこの場で二対一だ)

勇者(せめて引き離して一対一に持ち込まなければ)バッ

大獅子(逃げる? いや、これは誘い込まれている……)

大獅子(面白い……乗ってやろう)


勇者(ここまで来ればいいか……)

勇者(獅子と鰐の位置はだいぶ離れているな)

勇者(立ち位置を誤れば挟撃される事になるが……)

勇者(早期決戦に徹しなければならないな)バッ


大獅子「出てきたか人間。奇襲でなくて良」バッ

勇者「……」ブォン

大獅子「ふん、問答無用か……だが」ジリ

大獅子「正面切って戦い我に勝てると思うてか!」バッ

勇者(低姿勢からの突撃……)バッ

勇者(大狼の一戦で飛び掛りは避けてきたか)ジリ

勇者(しかもあの突撃、勢いが足りない……)

勇者(こちらが攻撃に打って出たら回避して攻撃……カウンターのつもりだ。キレる奴か……やり辛いな)ヒュン

大獅子(今の一撃で向こうはより慎重になるだろう……)バッ

大獅子(向こうもこちらも決定打を出し辛くなる、が……)ザザッ

大獅子(観察にのめり込めば隙が大きくなるぞ……人間)ジリ

勇者(少し危険な賭けだが……)ザザザ

勇者(何の音……なっ)

大鰐「ゥゥゥゥ!」ザザザザ

勇者(鰐とはこんなに速く動け)

大鰐「グゥァアア!」ガバァ

大獅子「若き人間よ、己の知識を過信しすぎたな」ニタァ

ガガメキメシィ
勇者「ぐぅ……がはっ!」ビチャビチャ

大鰐「グゥゥゥ!」メキメキ

勇者(鎧ごと噛み砕かれる……)

大獅子「最早逃げられんよ!」ダダダ

勇者「うっ……ぐ、はぁっはぁっ」スッ

大獅子「!」ズザザ

大獅子(あの状況になって尚、戦意が失われていない?!)

大獅子(いや、それ以上にこちらに剣を? 突進する私の首でも狙おうというのか!?)

勇者(カウンターが決まればと思ったが……思わぬ牽制になったか)ドッ

大鰐「ガアアァァァ!!」ガパァ

勇者(右腕が自由になった時点で)ドサッ

勇者「ふぅっ!」シュパン

大鰐「ガアアアアア!! グウゥゥ!」ブシュァ

勇者「!」

勇者(両断できなかった……読みが外れた)スッ

勇者「ぐっ!」バッ

大獅子「かわしたかっ!」ドザァ

勇者(鰐に手傷を負わせたとは言え、こちらは致命傷だ)ドクドク

勇者(せめて今ので首を落とせていれば……)

大獅子「貴様の存在は魔王様を脅かすだろう……我々の命果ててでもここで食い殺してくれる!!」ドド

大鰐「グゥゥ! ガアアァァァ!」ザザザッ

勇者「……く」フラ ザッ

大獅子「それで逃げられると思うたか!」バッ

獅子首「」
鰐首「」

勇者「……はぁっ……はぁっ」ザ ザ

勇者(手持ちの薬草では出血すら止められない)ザ

勇者(ここから……町まではとても……せめて近くに村でもあれば……)ザ

勇者(木しか……無いか……眠く……もう、いいか……)ドザ

勇者(……)


多くの者はその者の事を話すのを嫌った。
それどころか、その者がいかにして旅したか。
それを知っている者がまるでいなかった。

……ン  ァン
勇者「!」カァン

勇者「ここは……屋内? 何が」カァン カァン

勇者「それにこの金属音は……?」カァン カァン

勇者(傷は手当されている……出血も止まっている)

勇者(何がどうなっているんだ……)

勇者(? 音が止んでいる?)

***「ほう、目覚めたか。正直助からないと思ったが、タフな奴だ」ガラ

鍛冶師「よくもまぁ大型の魔物を一人で倒したもんだ」

勇者「自分なんてまだまだ……それよりも助けて頂き本当にありがとうございます」

鍛冶師「剣を造る者としてはな、あれだけ綺麗な断面を残す腕の者を死なす訳にはいかんからな」

勇者「……ありがとうございます。それにしても、こんな山奥でお一人で?」

鍛冶師「町中の人々の声はな……私みたいな弱い者には心の毒だ」

鍛冶師「こうして一線を引いていなくては、すぐに都合の良い言葉に溺れてしまう」

勇者「とても、そのような方とはお見受けしませんが……」

鍛冶師「はは、死人のような顔をして一丁前のお世辞を言う」

勇者(事実死人のようなものだから、違和感無く接せられているのか)ペタ

鍛冶師「魔王討伐の勇者、ね。なんでもかんでも下らない話にこじ付け」

鍛冶師「こんな若者に負わせるなど、国のお偉いさんの考えは分からんよ」

鍛冶師「使命の事なんぞ忘れて、しばらくはここでゆっくりして行くと良い」

勇者「はい……どの道、この傷では自力で下山する事も叶いませんので」

鍛冶師「だろうな」

鍛冶師「なに、この辺りは魔物も少なく、私が全滅させて以来滅多に見る事も無い」

鍛冶師「安心して休むと良い」

……
勇者「……」ガゴォン ガゴン

勇者「……こんな所か」ガゴォン


工房
勇者「薪割り終わりました」ゴォォォ

鍛冶師「そうか」ゴォォォ

勇者「……見学をしていてもよろしいでしょうか?」ゴォォォ

鍛冶師「構わんがあまり無理をするなよ」ゴォォォ

鍛冶師「……」ガァンガァン

勇者「……ふぅ……ふぅ」ガァンガァン

鍛冶師「……」ガァンガァン

勇者「……はぁ……ぐ」クラッ

勇者「失礼、します」ノロノロ

鍛冶師「ああ、切りがついたら私も上がる」ガァンガァン

勇者「は、い……」ガチャ

鍛冶師「いただきます」

勇者「いただきます」

鍛冶師「それにしても、だいぶ工房に篭っていられるようになったな」

勇者「あれでだいぶ、でしょうか?」

鍛冶師「あそこはな、特殊な金属でも鍛造できるよう、かなりの高温にできる炉なのだよ」

鍛冶師「初めて入った時にせよ、あそこまで居続けて自力で出て行く者は見た事が無いな」

勇者「しかし、貴方には遠く及びません。自分はいるだけですら、貴方があそこにいる時間の半分も耐えられない」

鍛冶師「年季が違うからな。だが逆を言えばそれだけの差があるにも関わらず、お前もそれなりの時間居られるという事だ」

勇者(それは何か違う気もするが……)

鍛冶師「よくよく考えたら……お前は一人であの魔物四体を倒したんだったな」

勇者「ええ、まあ……四体? 麓まで行かれたのですか?」

鍛冶師「二体については行商から聞いたのだよ」

鍛冶師「並程度では一人で一体を相手にする事も敵わんと聞く。よく生きていたな」

鍛冶師「どうすればそうも勝てるのだ?」

勇者「……とにかく急所を狙う事でしょうか? 早ければ早いほどこちらの傷も浅く済みますし」

鍛冶師「大概は首を切り落とされていたようだからなぁ……しかしそれだけでは済むまい」

勇者「後はそうですね……とにかく立ち上がる事ですか」

鍛冶師「立ち上がる?」

勇者「どんなに傷を負おうとも、体が動き戦う意思さえあれば勝機は存在します」

勇者「例えそれが僅かでも」

鍛冶師「だがそう簡単に立ち上がれるものでもないだろう……」

鍛冶師「そうか……お前は強靭な魂を持つ者なのかもしれないな」

勇者「それは?」

鍛冶師「強靭な魂を持つ者は不屈の精神を育み、鋼鉄の身体を造るという」

鍛冶師「ただそうした者は、精神や思考に異常を来たすともされる。お前の場合は感情の欠落か」

勇者「そんな大層なものならいいのですがね」

鍛冶師「本当に夢の無い奴だな……」

鍛冶師「ああ……行商と言えば、何でも北東の国の王子が結婚をするつもりという話を聞いたな」

鍛冶師「それも相手は勇者だそうだ。遠い親戚とは言え同じ血筋の者だ。会いに行ってみるか?」

勇者「……いえ、ここに来る前に会いましたので」

鍛冶師「そうか。会ったという事は知り合いか」

勇者「従姉です。自分にとって唯一の理解者、だと思います」

鍛冶師「……良いのか?」

勇者「いっそ自分にプロポーズしてくれないか、と言われました」

勇者「ですが……王子でも俺でも、彼女にとって妥協の幸せなんです」

鍛冶師「お前も頭が固い奴だ。お前自身が気をよくしている相手に言われて尚動かないのか」

勇者「彼女が感じているのは、共になる事を不安に思っているんだと思います」

鍛冶師「不安?」

勇者「自分には感情がありませんから、愛するという気持ちもよく分かりませんし」

勇者「独占欲というか支配欲というか……相手に対する執着みたいなものも無い、少なくとも自分は感じません」

鍛冶師「なるほど……言葉にできずにいるものの、お前を知るからこそ心の何処かで受け入れきれないのか」

鍛冶師「お前はそれを理解していて尚、言動を変えてその従姉を受け入れようとしないのか?」

勇者「好いてはいます。いますが、伴侶として付き合っていけるかは」

勇者「いや、きっと今の自分と彼女との接する形は変わらないのだと思います」

勇者「それはとても相手を幸せにできるものでは……」

鍛冶師「ふぅむ……難しい奴だ。達観しているというか諦めているいうか」

鍛冶師「まあ良い、そこまで理解し自分なりの判断をしているのなら、私から口を出すべきではにのだろう」

勇者「……何故、自分の事をそんなに気にかけて下さるのですか?」

鍛冶師「何故、か……難しい事を聞くな。私が大人で君はまだ青年だからだろうか?」

勇者「いえ、自分のような人間に、です」

鍛冶師「……その生気の無い顔と、人とも思えぬ起伏の無い感情」

鍛冶師「たったそれだけの事で、お前は周りから辛く当たられていたのか?」

勇者「……あれが辛いものかどうかは俺にはよく分かりませんが」

勇者「先ほど話した従姉以外の者からは避けられていましたね」

鍛冶師「逆に私には分からんよ。何故この程度の事でお前を毛嫌いしているのかが」

鍛冶師「別に犯罪を犯したり、善悪が分からん訳でもなかろう?」

勇者「そうですが……自分はそれが当たり前になってしまっていますので」

鍛冶師「感情が無いからこそ、か……楽しみとか何か無いのか? 何の為に旅をしている?」

勇者(何の為……)

勇者「楽しみは特にありませんが……旅は自分の居場所を探しています」

鍛冶師「ほう?」

勇者「自分に出来る仕事をこなし、それでいて問題なく過ごせる場所」

勇者「最も、何処へ行っても同じ結果ばかりなので、無理な話なのでしょうが」

鍛冶師「そうか……おかしなものだ。私にとっては、少々気味が悪いという程度で」

鍛冶師「拒絶するほど嫌悪するものではなかったというのに」

勇者「……そういった意味では貴方は変な人という事なんでしょうか」

鍛冶師「お前……いや、そうだな。一人山奥で居を構えているのだ。普通ではないな」ハハ

……
勇者「……それでは失礼します」

鍛冶師「ああ、今日はゆっくり休め」

勇者「明日何かあるのですか?」

鍛冶師「少々な。なに、明日の朝食時にでも話すさ」

勇者「分かりました。お休みなさい」

鍛冶師「ああ、おやすみ」ガチャ

鍛冶師「……居場所、か」

勇者「工房に?」

鍛冶師「そうだ。今までやってもらっていた事を午前中に終わらせろ」

鍛冶師「午後から工房に篭ってもらう」

勇者「しかし自分ではまだ長く居られないのですが」

鍛冶師「少し温度を下げるから安心してくれ」

勇者「……武具製造の手伝い、ではないんですね?」

鍛冶師「ああ、お前には鍛冶師として教えていく」

鍛冶師「何故自分が、か?」

勇者「はい」

鍛冶師「何時も思っている事だが、私が作業している時のお前の目は真剣そのものに見える」

鍛冶師「何より、お前自身興味があるんじゃないか?」

勇者「そうですね……仕事そのものが他者と接しなくて良いという点において、自分でもできる仕事ではないかと思っていました」

勇者「ですが、これは完全に技術職なので……習得できるかと言ったら」

鍛冶師「夢も何も無いな」

鍛冶師「最も、初めから簡単だと傲慢になっているよりは良いか」

鍛冶師「どうせ他に行く当てもないのだ。試しに程度の気持ちでいいから付き合え」

勇者「自分としては願ってもない事ですが……よろしいのですか?」

鍛冶師「私から提案しているのだ。お前はいいも悪いも心配するな」

勇者「……」ボケー

鍛冶師「金槌というのも、案外疲れるものだろう?」

勇者「剣を扱っているので筋力には並程度に自信がありましたが」

勇者「やはり使っている筋肉が違うのですね」

鍛冶師「そういう事だ。とは言え、やはり今のお前の身体能力は鍛冶師に向いているのかもな」

鍛冶師「工房に居る時間も、金槌を振るい続けた時間も。私の知る限り最長記録だよ」

勇者「今一実感が無いので何とも……」

鍛冶師「まあそうだろうな」

鍛冶師「実技の方は飲み込みが早いし、しばらくは座学になりそうだな」

勇者「書物のような物はありますか?」

鍛冶師「奥の部屋を書庫にしている。興味が沸いてきたか?」

勇者「教わる以上、自分で学べる事はできるだけ学んでおきたいので」

鍛冶師「相変わらず分からない奴だ。向上心があるのか無いのか……だが、教える身としてはやる気があるのは嬉しいよ」

勇者「……あの、師匠とお呼びしてもいいでしょうか?」

鍛冶師「確かに師匠だな、構わんよ。しかし、そんな訊ねるような事でも無いだろうに、変に気を使うな」

……
勇者「……」ガァン ガァン

勇者(何故だろうか……打つ度に何かが)ガァン ガァン

勇者(気が晴れるとはこういう事なのだろうか)ガァン ガァン

勇者(であれば今までの自分は常に気落ちしていたのか?)ゴォォォ

勇者(いや……これが気が高ぶる、というものなのだろうか)ゴォォォ

勇者(打つ度に鳴る音が、打つ度に散る火花が)ガァン ガァン

勇者(この痺れは疲れなのだろうか……だが)ガァン ガァン

勇者(頭の先から足の先まで抜けるこれは……)ガァン ガァン

勇者(これが満たされるという事か)ガァン

……
勇者A「ここが魔王城……」ジリ

勇者C「こっちには聖剣があるんだ」

勇者J「にしてもこの辺りには魔物がいないな」

女勇者G「きっと向こうの戦力ももう頭打ちなんだわ」

勇者A「皆、覚悟してくれ」

勇者C「当然だ」

勇者J「行こうぜ」

女勇者G「絶対、生きて帰るんだ。皆で」ギュ

勇者A「魔王、覚悟!!」バァン

***「なんだ貴様達は?」

***「陛下、お下がり下さい!」

勇者C「お前を倒し世界に平和を!」

勇者J「ここで果てろ! 魔王!」

女勇者G「お前さえ居なければ……皆は!」

***「魔王? 待て、お前達。こちらの話を」

勇者A「逃がしはしないぞ!」バッ

鍛冶師「お前が来てからもう半年か……」

勇者「早いものですね」

鍛冶師「お前はこれからもここに居るのか?」

勇者「……今しばらくここに居たいと思います」

勇者「一ヶ月……その間に、魔王討伐の報が入らないようでしたら」

鍛冶師「そうか……それも仕方が無いな」

鍛冶師「願わくば、それまで魔王が討ち倒されるといいのだが」

勇者(他の者達はどうなっているのだろうか)

勇者(各地で魔物との戦闘の話は聞くが、壊滅に至る被害を受けたという話は無い)

勇者(しかし……現状を放置する訳にもいかない)

勇者(距離だけで言えば、とっくに魔王城には到達しているはず)

勇者(であればこれはやはり……)キィィィン

勇者(なんだこの魔力は)ィィィィン カッ

勇者(?!)ゾワッ

勇者「うっ!」ブルブル

勇者(なんだ、この悪寒は……)ガタガタ

数日後
勇者(あれは一体何だったのだろうか)

勇者(しかし、あれから何も起こらない……風邪、という訳でもないだろう)

行商「よお、先生はいるかい」

勇者「ああ、奥に居るよ」

行商「ありがとさん。そうだ、最高の朗報だ」

勇者「どうかしましたか?」

行商「魔王討伐に成功したって話だ! ここ数日、魔物も見ないしやっと平和になるかねぇ」


その者の行動とは他所に複数名の勇者達の、熾烈極まる戦いの果て
遂に魔王を討伐したという。
そして、魔物は消え平穏が訪れたはずだが、何人かは不安を覚えずにはいられなかったそうだ。

勇者(魔王が倒された?)

勇者(であればこの間のあれはなんだ?)

鍛冶師「お前も腕を上げてきたな」

勇者(とても魔王が倒されたものにも思えない)

鍛冶師「この短剣も中々の物だ。この赤い柄も美しい」

勇者(……魔王の真の力を解放した余波だとしたら)

鍛冶師「……」

勇者(いや、こんな所まで届くほどなら、誰一人勝ち目は無いだろう)

鍛冶師「何時にも増して上の空だな。飯が冷めるぞ」

勇者「……はい」

鍛冶師「何かあったか?」

勇者「……師匠は先日、何かを感じませんでしたか?」

鍛冶師「あれを感じ取れん奴はそうはいないだろう」

勇者「師匠は……あれをどう思いになりますか?」

鍛冶師「……」

鍛冶師「とてもじゃないが良いものではないだろうな」

鍛冶師「むしろ……災厄の前触れではないかとすら思う」

鍛冶師「本当に、魔王は倒されたのだろうか」

勇者「やはり……流石はと言うべきか、師匠は師匠ですね」

鍛冶師「む?」

勇者「明日……ここを発ちます」

勇者「魔王城に向かい、真相を確かめます」

勇者「そしてもしもまだ魔王がいるのなら……」

鍛冶師「ただ一人ででもか」

勇者「はい」

鍛冶師「そう、か」

翌朝
鍛冶師「これを持って行け」

勇者「これは……」スラァン

勇者(なんて美しい一振りの……)

勇者「よろしいのですか?」

鍛冶師「貸してやる。必ず自分で返しに来い」

勇者「師匠……」

鍛冶師「それとだな。ここはもうお前の家だ」

鍛冶師「その剣の貸し借り無しに、必ず帰って来い。お前は私の最初で最後の弟子だ」

鍛冶師「まだまだ教える事は山のようにある」

勇者「はい……俺も師匠から教わりたい事が沢山あります」

鍛冶師「……」

鍛冶師「お前は自分の事を感情が無いと言う。確かに感情は無いのかもしれない」

鍛冶師「だがお前には心がある。意思がある。お前は私の事を尊敬か何かをしているのだろう?」

鍛冶師「心無くして、そんな思いは生まれまい。だからあまり、自分を卑下するな」

勇者「……はい、ありがとうございます。行ってきます」

勇者「……」ザッザッ

勇者「……ふう」

勇者(あれが魔王城か……もっと禍々しいかと思ったが、意外と綺麗な景観だな」


勇者(生きている者の気配が感じられない)カツーンカツーン

勇者(大きい扉……この先が魔王のいた部屋だろうか)ガチャ

***「何者だ!! 人間……? 我が主を亡き者にしても飽き足らず戻ってきたか!!」

勇者(主? 魔王の部下か? しかし何故生きている)

勇者「側近と言ったところか……一体何があったんだ」

側近「……貴様達は、何をしでかしたの分かっていないのか!!」

勇者「俺はしばらく山奥に篭っていて生活していたんだ。差し支えないようなら話してもらえないか?」

側近「……」

側近「数ヶ月前、鎧姿の人間達が襲い掛かってきたのだ……」

側近「それもあろう事か我が主である陛下を手にかけていったのだ!」ギリリ

勇者「何故、お前は生きているんだ?」

側近「……大方、部下である私など気にも留めなかったのではないか」

勇者「……お前の主というのは魔王ではないのか?」

側近「魔王?! なんだそのふざけた話は!! 人間達の間ではそんな流言があるのか?!」

勇者「魔王じゃないのか? 人間は魔物が現れたから魔王が復活したものだと考え」

勇者「魔王がいた城であるここ魔王城に魔王がいるものとし、勇者の末裔達が討伐に向かったんだ」

側近「なんと……そんな馬鹿な。それに魔物だと?! 一体何時奴等が……」

勇者「魔物なら一年以上前から現れていた。この辺りにはいなかったのか?」

側近「一年以上……馬鹿な、一度も観測されなかったぞ」

勇者「お前達は一体何者なんだ……?」

側近「……」

側近「我々はお前達が魔王と呼ぶ者と同じ種族だ」

勇者「種族……なのか」

側近「正確には違うがそう捕らえればよい。私と陛下、そしてお前達が魔王と呼ぶ者の三名のみだ」

勇者「他にはいないのか? いや、話が大きく逸れそうだし本命の話を聞かせてくれ」

側近「我々はお前達の先祖、初代勇者の頃から生きている。そして陛下は魔王の封印の礎としてここにいたのだ」

勇者「封印……礎……」

側近「遥か昔、魔王を絶命させるに至れなかった。そこで我が主は同じ種族の責務として」

側近「彼を封印する事を勇者に持ちかけた。結果、封印を維持する為、我々はずっとここで暮らしてきていたのだ」

勇者「……」

勇者「その封印は、最近不安定ではなかった?」

側近「……確かに、ここ数年はな。だが魔王が復活できるほどではなかったのだ!」ダン

勇者「魔王は……随分と頭が回る者なのだな」

側近「なに……?」

勇者「魔王と魔物の関連性はよく知らないが、お前達に気付かれずに魔物を放ち、人間に被害を与える」

勇者「そうすれば人間は魔王が蘇ったと考え、この城にいる者を討つよう動く」

勇者「そしてお前の主が死ぬのと同時に魔物を引き揚げれば、それが魔王だと……魔王を倒したのだと判断する」

側近「まさか……そんな、これがあの者の策略だと……」

勇者「……想像ならいくらだってできるが、そんな感じなのだろう」

勇者「だとしたら……数ヶ月前感じた悪寒は」

側近「陛下の死によって一時的とは言え、封印に大きな穴ができた所為だろう」

側近「それに合わせて魔王も全力を賭したようだが、封印を破るに至れず」

側近「その後、封印本来の機能である程度修復はされたが……」

勇者「礎を失い封印は徐々に」

側近「……もう、後半年も残ってはいまい」コクリ

勇者「……魔王と魔物の関係性を聞かせてもらえないか?」

側近「魔王はその絶大な魔力で異世界より魔物を召喚している」

側近「だがそれは大気や大地に魔力がある場所のみ」

側近「故に封印内で魔物は召喚できず、封印を破る手立てにはならず」

勇者「なら封印の中には魔王のみか」

側近「ああ、そうだが?」

勇者「お前はこれからどうする? 封印の礎になっている訳ではないとしたら一体?」

側近「どうもしない……もう、どうにもならん。世界が終わるのを見守るだけだ」

勇者「礎になる事はできない、あるいはなる力が無いか」

側近「そうだ……それに仕える主を失った今となっては」

勇者「……」

勇者「逆にその封印に人を送る事はできるか?」

側近「なに……?」

勇者「俺が魔王を止めてくる」

側近「無謀だ。人間如きが彼を止めるなど」

勇者「もう諦めたのなら、どちらに転んでも問題ないだろう?」

勇者「仮に封印が解けるのを早めたとしても、な」

側近「……」

側近「絶望的な戦いだ。何故、お前はそれをなそうとする」

勇者「……」

勇者(何でだろうか)

勇者(そもそも俺は魔王を倒す事自体に興味は無かったはずだが)

勇者(勝てない、生還できない、かもしれない。寧ろそうなるだろう)

勇者(ならば少しでも長く生きた方が、師匠の下で暮らした方が得ではないだろうか)

勇者「いや……そうか」

側近「?」

勇者「俺を慕ってくれた人、認めてくれた人がいる」

勇者「だから僅かな可能性でも戦う……いや、戦う事で何かを返したい。ただそれだけだ」

側近「……心の底が見えぬ者だ」

勇者「だろうな」

側近「……であれば、私も最大限の支援をしよう」ガラッ

側近「これを持って行くと良い」

勇者「薬草に……この小瓶の液体は?」

側近「双方共に傷を癒す力が非常に高いものだ。緊急時に私と陛下で彼を止める為に用意していたものだ」

側近「どの道ここでお前が潰えれば、この世界に降り立った彼を止める事は敵わん。惜しむ事無く使え」

側近「彼は武器を持っておらんし、身体能力は非常に低い。ただ溢れんばかりの魔力でもって破壊を尽くす」

側近「その魔力さえ尽きれば勝ちだ。期待はしていないが……精々健闘をしてくれ」

封印内部
勇者(真っ白い世界だ……空も何も無い白い空間)

勇者(この世界での時間の流れはどんなものなのだろうか)ザッザッ

勇者(実際の時間と同じなら、魔王は良く正気を保っていられるな)ザッザッ

勇者(人影……あれが)ザッザッ

勇者「魔王……お前を殺しに来た」ザッ

魔王「?! 驚いたな……人間がこちらにやってくるとは」

勇者「引導を渡してやる」スラァン

魔王「暇を持て余していたところだ……精々楽しませてくれよ」

魔王「業火魔法」カッ

勇者(火炎系最上級の魔法……)ゴオォォ

勇者(こんな容易く放つとは……これは、今度こそは駄目かもしれないな)ジュウゥゥ

魔王「ふむ……その鎧、魔法に対する耐性があるのか」

魔王「人間どもめ、小賢しい知恵を身につけたか」

勇者(……油断しきっているな)バッ

魔王「紫電魔法」ピシャァ

勇者「がああああ!!」バリバリィ

魔王「! まだ生きているのか!」

勇者(……これでは近づくことも出来ない)パァァ

魔王「その薬……なるほど、あの男は生きていて尚、私に歯向かうか」

魔王「はっはっはっ! 力の無い者の癖に、無駄な足掻きよ!」

勇者「……」ダダッ

魔王「隕石魔法」カッ

勇者「う、っお」ドドド

勇者(落石魔法の最上位……文献にしか残っていないほどのものを)ズドドド

魔王「かわすか……やるな」

魔王「爆撃魔法」

勇者「爆発魔法ではなく……?」ポポポポ

勇者(光球?! 炸裂魔法の上位は爆発魔法のみではなかったのか!!)カッ

魔王「これでは流石に逃げられまい」ズドドドドォォォン

魔王「やれやれ、爆煙で視界が悪いな」

勇者「」

魔王「ふん、ぼろ衣か」

勇者「う……ぐ」ムクリ

魔王「?!」

訂正
勇者(光球?! 炸裂魔法の上位は爆発魔法のみではなかったのか!!)カッ
     ↓
勇者(光球? 炸裂魔法の上位は爆発魔法だけじゃなかったのか)カッ

魔王(なんだこの者は……何故立ち上がれる)

魔王(いくらなんでもあの一撃を受けて生きているなど)

魔王(それだけ人間は強くなったのか? 馬鹿な)

勇者「……」シュゥゥシュゥゥ

勇者(まだだ……まだいける)ダダダ

魔王「むう……ならばその回復薬尽きるまで攻撃してくれよう!」

魔王「凍結魔法!」カッ

……
魔王「ぜぇ……ぜぇ……」

魔王(いかん……魔力が尽きてきた……しかしこの男は)

勇者「はぁ……はぁ……」ムク

魔王(何故立ち上がれる……二発耐えられるとは言え、それは死に近い痛みを伴うはずだ)

魔王「何故、数十回も殺されて立ち上がれる!?」ギリ

勇者「はぁ……はぁ……」フラ フラ

魔王「……ぐ!」ブル

魔王(なんだ、今の震えは……たかが人間一人如きに!)

魔王(慌てるな……奴は回復せずにこちらに向かっている)

魔王(物資を温存しているかもしれん。だが、今全力で叩けば!!)

魔王「光線魔法!」カッ

勇者「……っこふ」ボッ

魔王「爆撃魔法!!」ポポポポ

勇者「!」カッ

魔王「業火魔法!!」ズドドドォォォォン

魔王「はぁ……! はぁ……!」ゴオオォォォ

魔王「隕石、魔法!!」カッ

魔王「……ふぅ……ふぅ」

勇者「」

魔王「ふ、はは……ふはははは」

魔王「はーーーはっはっはっはっ!!」

魔王「私は何を臆していたのだ! 初めから全力で叩き潰せば良かったものを!」

魔王「下らん自尊心など……私もまだまだ青いな」

勇者「」ピク

魔王「そうだ……あのような人間如きに手を焼いてる場合ではないのだ」

勇者「」フルフル

魔王「今少しで地に舞い戻り……そして全てを支配するのだ!」

勇者「……」ムクリ

魔王「その為にも今ある、障害……」

勇者「……」フラ フラ

魔王「何故だ……何故生きているのだ……」ワナワナ

勇者「……ふぅ」パァ

勇者「流石に……今のは諦めかけた」シュウゥゥゥ

魔王「まだ……回復薬を……!」

勇者「……」ザッザッ

魔王「く、来るな!」

魔王「せ、光線魔法!」カッ

勇者「……」スッ

魔王「なに!?」

魔王(馬鹿な……光を避けた?! ありえん! こんな事が!!)

魔王「落雷魔法!!」カッ

勇者「……」ヒョィ

魔王「な……!」

勇者(だいぶコツが掴めてきた……範囲魔法でなければなんとかなるな)ザッザッ

魔王(何故避けられる……どんなからくりが?!)

魔王(どうすれば……いかん、もう魔力が……)

魔王(私は何をしている……人間相手に何故手を焼いている!)

魔王(最早広範囲に渡る魔法は使えん……! しかしこれでは……ならば!)

魔王「光線魔法! 光線魔法! 落雷魔法!!」カッッ

勇者「……」スッ

魔王「な……な……何なのだ! 貴様は!!」

勇者「……」ザッザッ

魔王(あの男は少なくとも三発の大型魔法に耐えてきた……)

魔王(そして私の残りの魔力では……まさか、もう……一発のミスも……)ブルブル

勇者「……」ザッザッ

魔王(全て魔力を使うのは……しかし、背に腹は! ……かくなる上は!)

勇者「その魔力も終わりか。眠れ」スッ

魔王「奢るな人間!!」キィィン

勇者(まだこれだけの魔力を)

魔王「核熱魔法!!」ィィィン

...ォォォ
魔王「……ぐぅぅ!」ジュゥゥゥ

勇者「」シュゥゥゥ

魔王「肉が焼ける臭い……流石に完全に死んだか」

勇者「」パァ

勇者「……」ムク

魔王「……なんでだ……お前は何故、心が折れない」

勇者「自分には感情が無い。だから戦意を失う絶望も、士気が上がる喜びも無い」ボロ

勇者「そんな自分が不幸なのかさえ分からない。ただ……できる事をするだけだ」スゥ

魔王「化け物か……なるほど、人の理を捨てた私を討つのも理から外れた者という事か」

勇者「……」ヒュン

「どうするんだ……俺達にはもう」

「選択肢なんて無い。あれを使おう。でなければ俺達は死ぬだけだ」

「しかし陛下、それを使ってはもう後戻りなど……」

「……今からどこへ戻るというのだ。進むしかないのであれば、人外になってでも生きる他あるまい」


「何故だ! 何故このような虐殺を!」

「俺達には力がある! 民草をまとめ、従える! 異を唱えた者に粛清を下したまでだ!」

「陛下……彼はもう」

「……分かっている。こうなる事も、そして手をかける覚悟も……」

勇者「!」ビクッ

人の形をした灰「」サァァ

勇者(魔王の首を刎ね、その身体が灰に変わっていくと思ったら……)

勇者(今のは夢……? いや、魔王の記憶か? あれは一体……)

勇者(考えるだけ無駄か。それが分かったからといって何になる)

勇者(俺は……勝てたのか)


一人旅した者はその不安を募らせ、平穏訪れた後にただ一人魔王城へと赴いた。
魔王は偽装死しただけであって、実のところは生きていた。
そして彼は見事魔王を討ち、魔王を捕らえる檻に出る術も無く一人幽閉される事となった。

勇者(傷が少し癒えている……代謝はされているのか)

勇者(しかし空腹を感じない。時間は流れていないのか? 代謝の為のエネルギーは何処から?)キョロキョロ

勇者「……」

勇者「何も無い……白い世界か」

勇者(封印が消える半年というのは、飽くまで魔王による封印突破の行動あっての時間なのだろう)

勇者(だとしたら……ここから出られるのは一体何時になるのだろう)

勇者(そして自分は年をとっていくのだろうか?)

……
勇者(時間間隔が狂っている……一体何日経ったのだろうか。それとも何ヶ月? 何年?)

勇者(空腹も何も無い。ただ存在しているだけ、か)

勇者(もしも感情があれば、摩滅していき発狂しているのだろう)

勇者(そういう意味では……自分の感情の欠落を喜ぶべき事なのだろう)

勇者(疲れも稽古不足の衰えも感じない……不思議な世界だ)

「……?」キョロキョロ

「よお、お前さん。ちょいとここが何処だが教えちゃくれねーか?」

勇者「!?」ビク

勇者(人? 何故? 側近に頼んだにしては……)

「この辺りに古い友人が暮らす城があったはずなんだが、ちょいと魔法で飛んできてみりゃ」

「こりゃ一体何があったんだ?」

勇者「ここは魔王を封印していた場所だ」

「魔王? 詳しく話を聞かせちゃくれないか?」

勇者(もしかして、この男も彼らの種族か?)

「そうか……やっぱりもっと注意しておくべきだったか」

勇者「お前は何者なんだ?」

行商「時の行商ってもんでね。こことは別の世界や時間を渡り歩いて物々交換をしている者だ」

勇者「別の世界?」

行商「例えば魔王に支配された世界。争いの無い世界。高度な文明が築かれた世界。まあ色々とあるな」

行商「この世に一つしか無い、この世にない物で作った、そういった物の大概は俺達が持ち込んだ物だ」

勇者「聖剣……確かあれもこの世に無い金属だと聞く」

行商「ああ、初めてこの世界に来た時に俺が持ち込んだ物だな」

勇者「お前の言う友人と言うのは魔王とそれを封印していた者、それと仕えていた者か」

行商「聞く限りじゃそうだ……もう側近しか残っていないようだがな。もっと早く来ていればよかったよ」

勇者「……もしかして、お前があの三人に何かをしたのか?」

行商「というよりもある物を渡した。多大なる魔力と寿命を与える代物だ」

行商「ただし脳に支障をきたし易くてな。破壊衝動等が現れやすい」

行商「その危険性もちゃんと説明していたが……やはり、人の身には重たい物なのか」

勇者「そのようだな」

行商「で、あんたはその内の一人を倒して尚、何でこんな所に残っているんだ?」

勇者「側近に頼んでこちらに送ってもらったが、自力で出る方法が無いから封印が解けるのを待っている」

行商「あーなるほどな」

行商「だがそれならこちらも商売がしやすいな」

勇者「出られる術があるのか?」

行商「おう。だが俺らは色々と制約があってね。商品を自分達で使う事はできないんだ」

勇者「物々交換だったか。渡せるような物がないんだがな」

行商「なあに、その剣とか立派なもんじゃないか。それに珍しい物、高価な物でないと成立しない訳じゃない」

行商「ここでの一般的な薬草が、他の世界では重宝されたりするからな」

……
行商「と思ったが、これは苦しいな」ガサガサ

勇者「すまないがこの剣だけは駄目なんだ。いっそ寿命で支払えないか?」

行商「そんな重たいものこちらから払い下げ願いだ……とは言え、あんたに使ってもらわない事には俺も出られんしなぁ」

勇者「お前のその別世界に行く力じゃどうにもならないのか?」

行商「封印が強固だ。外に繋がる穴が少しでも開かない限りはなぁ……」

勇者「……」

勇者「出世払いは駄目だろうか?」

行商「出世払い?」

勇者「ここを出れば、何かしら調達できなくもないだろうし、今鍛冶師として学んでいる」

勇者「出来るかは分からないが、立派な剣をこしらえて引き渡そう」

行商「あ~」ボリボリ

行商「本来は不味いんだが、こればっかりは仕方が無いか」

行商「商談成立だ。その線でいこうか」

行商「この小瓶の蓋を開け、上に向かって撒くように振りながら目的地をイメージしてくれ」

勇者「それだけでここから出られるのか?」

行商「ああ。但し状況によって中の砂の量の減りが違う」

行商「もしかしたらこの一回で尽きちまうかもしれないな」

勇者「そうか」キュポッ

勇者「……」ブァ

……
勇者「……」

行商「ここは……そうか、ここがあの城なのか。随分様変わりしちまったな」

側近「!?」

側近「貴様、無事なのか……貴方は!」

行商「よお、久しぶりだな」

行商「にしてもわざわざここにしてくれたのか。すまんね」

勇者「自分の足で帰ることはできるし、無理な条件ものんでくれたからな」

勇者「この辺りから細くなるが道が工房まで続いている」

行商「あいよ。暇があったら近いうちに寄らせてもらうさ」

勇者「ああ、できる限りの持て成しはしよう」

行商「そこまで気を使わんでいいさ。達者でな」

勇者「そちらこそ。それとこの砂、ありがとう」カラカラン

側近「……おい」

勇者「ああ、お前も助かったよ。あの回復薬が無かったら万に一つ勝てなかった」

側近「……私からも、その、ありがとう」

側近「彼を止めてくれた事、仇を討ってくれた事……もう敵わんと諦めていたのに」

勇者「できる事をした。それだけだ。お前も達者でな」

人々の与り知らぬところで災厄は払われた。
しかしそれを知る者は世界に一握りといない。

そして、魔王を討ったとされる者達はその後、様々な活躍をしたという。
時に人を助け、時に悪事を裁き、末永く英雄として語り継がれた。

一方、実の魔王を討った者のその後を詳しく知る者は多くはいなかった。
ただその名は、高名な鍛冶師がただ一人取った弟子とし、
更には後に師をも越える鍛冶師として一部の者達の間に広く伝えられ、
彼もまた語り継がれたそうだ。




勇者「ただいま、戻りました」

ひのきの棒使いの勇者と同じ作者?

……
そして彼が作った至高の剣は王家に保管された聖剣だと言う。
遠い遠い世界よりもたらされた一振りの輝きが、
この世界の平和の象徴となっている。

婆や「めでたしめでたし」

少年「えー! あの剣がー?!」

少女「本当ー?」

婆や「そうだよ……商人さんが持ってきてくれた物なんだよ」

少年「よーし、見に行こうぜ!」

少女「えー、あたしつまんない」

少年「じゃあ俺一人で行ってくるー!」タタタ

少女「ちょっと待ってよぉ!」パタタ

行商「よお、薬持って来てやったぜ」

婆や「何時もありがとうね……はい、御代の薬よ」

行商「世界ってのは面白いもんだよ。この世界では極々稀の発症であり不治の病が」

行商「他の世界じゃあ風邪のように扱われる。そしてこの薬も、他の世界じゃ似たようなもんだ」

婆や「不思議なものね……いっそその植物を持ち込む事はできないのかしら?」

行商「生態系に支障をきたす事は禁じられててね」

行商「もうしばらくすればもうちょい多めに持ち込めるからな。それで勘弁しちゃあもらえないか」

婆や「勘弁も何も、わたしには今のままでも至れり尽くせりよ」

婆や「そういえば……このお話の勇者の鍛冶師さんは?」

行商「一度でも訪れた世界は、それ以前の時間には行けないんだ……俺にはもう会う事はできんね」

婆や「そう……」

行商「話が気になるなら、その世界に行った事が無い仲間に頼んでおくが?」

婆や「お願いするわ。あの子達もこのお話が好きになっちゃったみたいだから」

行商「そうかい。じゃあ話を作るのが好きな奴にでも頼んでおくよ。その内また寄らせてもらう」スック


行商「赤い柄の短剣……形見になっちまった以上、取引に使えなくなっちまったな」

行商「さあて、次はどんな世界に行き着くかねぇ……」


      勇者「感情が無い」  完

>>313
なんでひのき限定なんだよ……

D姉→王妃
側近→一人ひっそり城で暮らし続ける
行商→ある時行ったら既に死んでた 短剣は存命中に、封印内での礼として渡される

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