モブリット「想いを音色にのせて」(172)

モブリットがピアノを弾ける捏造設定
モブハン風味
内容は単行本までくらいのネタバレはあるかも
ピアノの曲がたまに出てくるので、聴いてもらえたら嬉しい

夕暮れ時、誰もいないひっそりとした部屋
物置のような場所に押し込まれるように佇む黒いグランドピアノ

人差し指で鍵盤を弾くように叩く

立ち上がりの良い音がする
しかし決してキツくはなく、あくまでも優しく、丸い音

あなたはこのような場所には相応しくないピアノ

だが、あなたはここにやってきた

あなたがここにいる意味を知るために…今日はこの曲をあなたと奏でよう

『ショパン 夜想曲第二番 変ホ長調 作品9-2』
右手の甘い旋律…宝石のような装飾音

左手は同じリズムを刻み、右手の旋律を支える

しっとりと、歌い上げる
あの人を想いながら…

一週間前…

私はモブリット・バーナー
調査兵団に所属している
特に目立つ要素を持っていないのが私の個性

中肉中背
顔も普通
立体機動の腕前も、普通
私の回りには化け物じみた方達ばかりなので、余計にそう思う

これでも、第四分隊副長という肩書きがある
これは単なる分隊長のおこぼれの様なものだ
私には過ぎた肩書きだと思っている

そんな私だが、先日から実は気になっている事があった

「内地で貴族が破産したらしいな」
「商会に潰されたんだろ…あいつらは金にはえげつないからな…」

「貴族が持っていた家財道具なんかを憲兵団が押収したんだが、あまり価値がなくて、邪魔なのがうちにくるらしい」

「へえ、またおこぼれか。いらないもんばっかりな」

「まあ、無いよりはましかもしれんがなあ」

兵士達のそんな会話を耳にした
価値がなくて邪魔なものってなんだろうな、とふと考えたが思い付かず、数日後…

確かに邪魔なくらい大きなものが運ばれてきた
置場所に困り、結局娯楽室とは名ばかりの、物置のような部屋に、それは押し込まれた

私が部屋を覗くと、それは乱雑に積み上げられた本や、ガラクタのような物の中に埋もれる様に押し込まれていた

埃を嫌うそれを、このような所に押し込めて…
何だか可哀想に思った

私は時間の許す限り、部屋を片付けた

そして、ガラクタ部屋から物置小屋レベルにまで片付け…
埃のついたそれを、綺麗に磨いた

まだまだ現役の、グランドピアノだった
鍵盤を指で叩いてみた

駄目だ、音がくるっている
調律が必要だ、今すぐに…
ピアノは調律がくるったままにしておくと、すぐに使えなくなってしまう

定期的に調律が必須なのだ
一度狂ったまま癖になると、もう生き返ることは無い

そこで、私は意を決して相談しに行く事にした

「エルヴィン団長、お願いがあるのですが」

「モブリット、君がお願いとは珍しいな。どうした?」
私は思いきって団長に直談判しに行った

この人は冷酷非情と言われているが、作戦を離れると、部下の話をよく聞いてくれる、寛容な方だ

…とは言え、やはり慣れない
この人と話すのは緊張する
割りと近くにいるが、雲の上の様な存在なのだ、私にとっては

「実は、先日運ばれてきたピアノの件で…」
「ああ、黒いやつだな。あれがどうかしたか?」

「実は、調律が狂っていまして…」
「ん?」
「音が、おかしいのです」
「…なるほど」
「調律士を呼んでいただけませんでしょうか。勿論私の私費で賄いますので」
頭を下げてお願いした

「それは構わないが、モブリット、君がピアノに興味があるとは知らなかったな」
「幼い頃から訓練兵になるまで、近所に習いに行っていました…」
実は習いには行っていない
憧れの初恋のお姉さんがピアノを教えていて、よく真似をしてひいていたのだ

お姉さんは、私に才能があると言ってくれたが、ピアノなどやる余裕の無かったうちには、そんな才能は無駄でしかなかった
…でも、ピアノの音色が好きだった

「わかったよ、モブリット。ピアノは君の好きにするといい」
団長は微笑んでうなずいた

「ありがとうございます、エルヴィン団長」

「ただ、一つ条件がある」
「はい、何でしょうか」

「一度ひいてみてくれ、近いうちに」
「…期待できるような腕前ではありませんが、それでよろしければ…」

そうして、次の日に調律士を呼び、ピアノは息をふきかえした

調律を終えたピアノを軽く叩いて驚いた

多彩な音色…
高音部はコロコロと、玉を転がすような可愛らしい音色
全体的によく通り、甘い、丸い音だ

男性女性どちらか、と問われれば、間違いなく女性
だが、迫力も兼揃えていた
少しじゃじゃ馬っけがあるが、愛らしい
まるで…いや、それは言わないでおこう

「これが価値の無いものな訳がない。素晴らしいピアノじゃないか…」
思わず独りごちた

早速試し弾きをしてみた
「…指が言うことをきかない…」
当たり前だ。どれだけ触ってないと思っているんだ

団長の言葉を思い出し、このままでは駄目だと、指ならしから始める事にした…

「モブリット~何処に行ってたの?探したんだよ」
娯楽室と称する物置部屋をそそくさと後にし、食堂に向かう途中で、後ろから羽交い締めにされた

「ハンジ分隊長…!」
この人はいつもこうだ

普通に呼び止めてくれれば良いのに、羽交い締めやらチョップやら膝カックンやら、脇の下こちょこちょやら…
毎回趣向を凝らしてくれる…

いや、迷惑だよ?決して喜んではいない
断じて…

「すみません、少し用事がありまして…」
「何の用事?もしかして逢い引き!?」
「…違いますよ。とりあえず羽交い締めはやめて下さい」
「うん、わかったよ」
そう言うとパッと私への拘束を解いた

この人は、調査兵団でも指折りの実力者で、随一の変わり者…奇人変人として名高い、ハンジ・ゾエ分隊長

私の直接の上官にあたり、私はこの人の副官という立場だ

この人は普段は気さくで大らかで人懐こいが、暴走の気があり、扱が難しい…
特に巨人への探求心が常に暴走気味だった

私の初恋のお姉さんとは正反対と言えるハンジ分隊長
だが何故だか、惹かれる部分があった

「で、私を探していたとは、何がありましたか?」
「え?ああ、姿が見当たらなかったから探してただけだよ。食堂に行こうかなってね」
私の顔を覗いてにこっと笑うハンジさん

実は笑うと結構可愛い…かもしれない
「そうでしたか、すみません。食堂に行きましょう」
「うん、お腹すいたぁ!!」
今度は私の背中に乗っかってきた
「さあ、食堂までレッツゴー!!モブリット号!!」

「ちょっと!ハンジさん重たい!!」
「レディに重たいはないだろ?モブリット号」
「レディは勝手に人の背中に飛び乗りませんよ!!というか、モブリット号ってなんですか!?」

後ろから私の両頬をつねるハンジさん
「私のお馬さん!?」
「降りて下さい!!」
「はーい…」
こんなやり取りが、日常茶飯事だった

ピアノの音質に関する話が面白い
確かにピアノによって少し違うなぁ
期待

食堂に行くと、丁度ラッシュの時間帯だったのか、沢山の兵士達が料理に舌鼓を打っていた

「今日は魚だねぇ!!いただきまーす!!」
魚を塩で焼いたものをパクつくハンジさん

本当に美味しそうに食べる…見ているだけでお腹が一杯になりそうだ

とは言え、やはりお腹がすいたので、魚を私のお腹に迎える事にした
「頂きます」
一口食べると、円やかな白身魚の味に、少し効かせた塩が絶妙だった

「美味しいですね」
「うん、美味しいね!幸せだなあ」
本当に幸せそうに食べている
料理には人を幸せに出来る力がある…そう思う

私にも、誰かを幸せに出来る力はあるのだろうか…
今のところ、この魚料理の様な力を私は持ち合わせていない

ハンジさんを幸せな笑顔にする魚料理
私は料理にすら勝てない

食事も済み、ハンジさんと共に団長室へ
近々ある壁外遠征について、細部の打ち合わせだ

既に部屋には打ち合わせ参加者が集まっていた

ミケ分隊長、リヴァイ兵長、エルヴィン団長だ
まさにそうそうたるメンバーだ

強者揃いの曲者揃い
…いや、言葉に出しては言わないよ

調査兵団は変人集団と言われている
その理由の一つに、死亡率の高さがある

新兵が5年で9割近い死亡率なのだ
こんな地獄の様な場所に好んで飛び込むのだから、変人と言われても仕方がない

しかし、この混沌とした世界に変革を求めたい、何かを変えたいと心臓を捧げるこの集団

その志高い変人達を纏めあげるのが、彼ら幹部だ

勿論その中には、ハンジ分隊長も含まれる

幹部たちの会議を後ろで聞く

基本的にはあまりメモはとらない
頭に叩き込む
メモなどとって、奪われたり落としたりすれば大変な事になる

特に今回の作戦は…
一部の幹部にしか知らされない極秘作戦だ

その極秘作戦の会議に参加出来るというのは光栄だが、緊張で背筋が伸びる

今回の作戦は準備も大変だ
細部をまた話し合わなければならないだろう
ハンジ分隊長と

「以上になるが、何か質問はあるか?」
エルヴィン団長が会議を締め括る

「ないない!装置の準備は任せて」
と、ハンジ分隊長
今回は特に重要な役割をまかせられている

「頼んだぞ、ハンジ」
これは、ピアノにうつつを抜かしている暇は無さそうだな…

会議が終わり、その足でハンジ分隊長の部屋へ

「あー、疲れたねぇ」
といいつつ執務机に向かうハンジさん

「大丈夫ですか?何か飲み物をお入れしましょうか」

「あ、じゃあお酒を…」
「今から会議の詰めの話をなさるんですよね?でしたらお酒は駄目ですよ」
いたずらをした子どもを諭すような言い方をした

「やっぱり駄目かあ…じゃあコーヒーにするよ」
「わかりました、ではお待ちくださいね」
「うん、よろしく、モブリット」


コーヒーを持って行くと、ハンジさんは机に突っ伏して寝てしまっていた

起こそうかな、と思ったが、あまりにも気持ち良さそうに眠っていたので、背中にそっとマントを掛けた

替わりに、今回の作戦に使う装置の材料の書き出しに取り掛かった

大体の材料の書き出しが済み、後は装置の設計になるが、これは工兵と話し合う必要があるから、今出来ることはとりあえず終わった…と思う

足りない箇所は後程ハンジさんにチェックしてもらえればいいだろう

執務机に纏めた書類を置いて、部屋を後にした

ついでにハンジさんの寝顔を覗いたら、口が半開きで完全に寝入っていた

ベッドに運んだ方がいいのかな、と思ったが、さすがに体に触れるのもどうかと思ったので、やめた

「おやすみなさい、ハンジさん」
そっと声だけ掛けて、部屋を後にした

あなたの本気モブハン読みたいと思ってた
支援

>>11
>>14
ありがとうございます

>>17
ありがとうございます

現在夜の8時、まだ寝るには早い時間
兵舎の一番奥の娯楽室…いや、物置部屋に行った…あくまでもこっそり…

この時間なら、まだピアノを弾いても邪魔にはならないだろう

ピアノの椅子に腰を下ろし、背筋を伸ばす
手を広げ、指のストレッチをする
特に四の指…薬指のストレッチは入念に
この指はなかなか独立して動かないからだ

指慣らしのために、ハノンを流す様にひく
ちなみにハノンは、ピアノの指のトレーニングの為の教本の様なものだ
これを練習前に弾くだけで、指の動きが違ってくる

さて、少し何か弾いてみようか…
エルヴィン団長にも聴かせる約束をしてしまったしな…

私は楽譜は持っていない
だから、頭の中にある楽譜を探す
ふと窓の外を見ると、月明かりが暗闇を照らしていた

…そうだ、今日はこの曲にしよう
『ベートーヴェン ピアノソナタ
第14番 嬰ハ短調 月光 第一楽章』

左手のオクターブ奏は重厚に…
右手は常に三連符だが、月明かりが湖のゆらぎにたゆたうように、軽すぎず、重すぎず…

静かな夜のための曲
あの人の眠りを妨げない様に…ゆったりと奏でる

30分ほどピアノを楽しみ、もう一度ハンジ分隊長の部屋に行った

ノックをしたが、返事は無し
「ハンジ分隊長」
と呼んでも返事は無し
仕方なく、勝手に部屋に入った
…ハンジさんは、相変わらず執務机に突っ伏して寝ていた

さすがに朝までこのままでは、起きた時に体が辛いだろう
ハンジさんの肩をトントンと叩いてみた
「ハンジ分隊長、起きて下さい」
「…う~ん」
まだ起きない

もう一度、肩を叩く
「こんな所で寝たら、風邪をひきますよ、ハンジさん」
「ん…あれ…モブリット…おはよう…?」
やっと起きた

「おはようではありません、まだ夜ですよ」
「あ、あー、寝ちゃってたのか…私。ごめんね、モブリット」
眠たそうに目を擦りながら謝るハンジさん
「いえ、お疲れが溜まっている様でしたね」
「あ、うん。あれ…モブリット、やってくれたの?」
目の前にある書類に目を通しながら言うハンジさん
「一応やっておきましたが、確認をよろしくお願いします」
「ありがとう、モブリット!」
ハンジさんはそう言って破顔一笑した

私はいつの間にか、この人のこの笑顔を見ることが生き甲斐の様になっていた

「モブリットはほんと、良く気が利くなあ」
ハンジさんはフンフンと鼻唄混じりに書類を見ながら言った

「普通ですよ」
「そんな事ないよ~いつも助かってる。モブリットは最高の副官だよ!!」
そう言って、にこやかに笑うハンジさん

「…ありがとうございます」
最高の副官、仕事上のパートナーとしては最大級の誉め言葉だ
だが、何となく寂しい気持ちになるのは何故だろう

最高の副官で充分じゃないか、と思う
たまに自分でも、何を考えているんだと思う時がある

多分この人と一緒にいる時間が長いからだろう、勘違いを、錯覚をしてしまうのだ
副官という立場を一歩踏み出せるのではないか、と

まあ、思うだけで実行には移さない、というか移せない
この人を幸せにする自信も皆無だ

今はただ、この人の笑顔が見られたら、それでいいと思っている

「うん、バッチリだね!!これで後は工兵と相談だ!!」
どうやら見落としも無かったようで、ハンジさんは書類を片手にばんざいをした

「はい、明日にでも工兵と打ち合わせが出来ないか、確認をとってみますね」
「うん、よろしく頼むよ。モブリット」
と言うと、立ち上がっていきなり私の頬に手を伸ばす

「な、何ですか…っ痛」
ハンジさんはいきなり私の頬を手でつまんで、横に引っ張った

「モブリットも疲れてるね。肌に張りがないよ?」
「痛い、離して下さい!!」
「心配してるんだよ?ふふ」
と言いながら顔は笑っている

ハンジさんの行動の意味がわからない事など日常茶飯事
だから、こういう時は…
「ハンジさんは、お肌の曲がり角ですかね…」
ハンジさんの両頬を思いきり引っ張る、目には目をだ

「ちょっと…痛いんだけど!」
「頬っぺた全然伸びませんねぇ…」
「モブリット、レディの顔が!!」
「レディなど何処にいるんですかね?」
「むぅ…」

こうやって、ちょっかいをかけられたら、5回に1回くらいはやり返す様にしていた

ストレスは溜めるべきではないからね
まあ、上官に対する態度ではないのは言うまでもないが…

ベートーベンの月光キター
荘厳で切ないメロディーは進撃の世界観に合ってるな

>>24
確かに、世界観ピッタリですね!

「あー頬っぺたいてー!!」
大袈裟に痛がっているであろうハンジさんだったが、やはりいくらハンジさんとはいえ、一応女性の顔にそんな事をするべきではなかったな、と少し反省した

「すみません、大丈夫ですか…?少しやり過ぎました」
「見てよ、少し腫れてない?」
頬を指差して見せるハンジさん

「赤くなってますが、腫れてはいないですね」
私がそう言うと、更に顔を私に近づけてきた

「良く見てよ、モブリット」
…顔が、近い
「何も、なっていませんよ、ハンジさん、あ…」

「ん!?やっぱり腫れてる?」
「いいえ、眼鏡が凄く汚れてますね…汚いですよ…?」
「そういえば、何だか視界が曇ってるなあって…」

私は徐ろにハンジさんの眼鏡を外して、布で拭いた
そして、また眼鏡を元の位置になおす
「あ、ありがと、モブリット。おかげで良く見えるよ」
「眼鏡の手入れくらいご自分でなさって下さいね、ハンジさん」
「うん、いつも忘れちゃうんだよね」
頭をポリポリとかくハンジさん

「私はいつも、眼鏡をお拭きしている気がしますね…」
「うん、ありがと!モブリット」
ハンジさんが笑顔になった

正直な話、笑うと可愛いんだ、この人は…

「さて、私はそろそろ部屋に戻りますね。ハンジさんもお休み下さい」
部屋の扉に向かいかけた私の手を掴むハンジさん

「えー、飲もうよ!!」
「明日も朝から忙しいですから、お酒は今日は我慢してください」

「じゃあ遊ぼう!?」
「子どもじゃあるまいし…何を言ってるんですか?」
「ん、何となく…」

はぁ、たまにこんな時がある
本人が言うに、寂しい病らしい
…そんな病聞いたことがないが

「わかりました。あなたが寝るまでここにいますから。さっさと着替えてお休み下さい」

「いいのぉ!?モブリット!」
喜ぶハンジさん
「いいですよ。但し、さっさとしないと私も寝たいんですから、部屋に帰りますよ」
「わかった!!待ってて!!」

そう言って洗面室に着替えに行った

はあ、ハンジさんはわかっていない
私はどんな気持ちで…
いや、これも副官の仕事だと思って耐えよう

「じゃあ、モブリットお休み」
パジャマに着替えて、ベッドに飛び込んだハンジさん
私はその体に布団をかける

「おやすみなさい、ハンジさん」
「寝るまでいてね?」

「はいはい、寝るまで側にいますから、さっさと寝て下さい」
私がそう言うと、ハンジさんは安心しきった様子で目を閉じた

「ねぇ、モブリット…」
「早く寝なさい」
「…はぁい。おやすみ、モブリット」

「おやすみなさい、ハンジさん」
ベッドサイドの椅子に腰をかけて、ハンジさんの寝顔を見るのも副官の仕事なのか…?
疑問に思いながらも、頼まれれば断れない

ハンジさんがゆっくり休めるなら、まあいいか…
私にはある意味地獄ではあるが…

原作に描かれてないだけで、モブリットならここまでやりかねないなwww
真面目で実直な男の美しさよ
>>1の文章は脳内で情景が浮かぶね
続き楽しみにしてます乙乙!

>>29
本当に嬉しい、ありがとう!

私の目の前で、穏やかに眠るハンジさん
呼吸をする度に、布団が微かに上下する

その表情は平和そのもの
少し唇を開けて、何の不安もなく夢の中にいる様だ

その、あどけないとも色っぽいとも感じる寝顔に、つい手を伸ばし、その頬に触れようとする

寸前の所で思いとどまる
何度こうして、理性を働かせただろう
…数えきれない

限り無く近くて、限り無く遠い、私とこの人の距離

目を伏せ、息を吐き、立ち上がる
「おやすみなさい、ハンジさん。いい夢を…」

本日の副官の任務は完了した…

部屋に戻って寝間着に着替えたのはいいが、眠れそうにない

…先程の様な事があった日は毎回こうだ
「はぁ、人の気も知らずに…呑気なもんだよな…」
思わず愚痴がこぼれた

そして首を横に振る
…いいじゃないか、自分が側にいることで安心できるのなら
信頼されている証拠だ

…男としては認識されていない証拠でもあるが

「はは…」
自嘲気味に笑う
はぁ、とため息をつき、首をまた横に振る


簡素な椅子に腰を下ろし、執務机に両手を乗せる
そして、机に指を立てる様にフワリと置く

目を閉じる…
頭の中の楽譜をめくる

『シューマン 子供の情景 作品15より トロイメライ』
トロイメライとは、夢
あどけない表情で眠るあの人は夢の中…

カツカツと机を叩く指の音が、静かな夜に微かに鳴る

そうして夜が更けていく…

朝、早めに起床して身支度を整える

昨夜は結局、机をピアノに見立てて指を動かす内に気持ちが落ち着き、寝る事が出来た

ハンジさんを起こしに行く前に、物置部屋に向かう
ああ、ハンジさんは自分から起きてくる事は稀なんだ…

部屋の前で周りに人影が無い事を確認して中へ…

大人しく佇むピアノの埃を布で優しく落として、椅子に腰を下ろす

軽く指ならしをした後、背筋を伸ばし目を閉じる

今日も一日忙しくなる
皆に朝の元気が注入できる様な曲を…

『ラヴェル 道化師の朝の歌』
跳ねるようなリズムから醸し出されるおどけた表情
唐突に横から飛び出してくる起床のラッパの様な音
不思議な中にどこからか輝くような旋律が溢れ出す
愉快に、快活に…奏でる

「ハンジ分隊長、おはようございます」
分隊長室の扉をトントンと叩く…反応無し

「ハンジ分隊長、朝ですよ!!」
ドンドン、と少し強めに叩く…反応無し

「入りますよ、失礼します」
扉を開けると、奥にあるベッドで布団がずり落ちた状態で丸まって寝ているハンジさん
「…寒いなら布団を着れば良いのに…」
独りごちながらベッドに歩み寄る

ずり落ちた布団を足元にだけかけて、ベッドサイドの椅子に腰を下ろす

相変わらず口は半開きで寝入っている
しばらく見ていようかな、と思ったが、また昨夜の様になってはいけないのでやめた
「ハンジさん、朝ですよ。起きてください」
肩をトントンと叩いた

「う~ん、あ、おはようモブリット」
身じろぎをしながら、目を開けたハンジさん
…色っぽいな
言葉にも顔にも出さない、勿論…

「おはようございます。ハンジ分隊長」
「着替えなきゃね…う~ん」
ベッドの上に体を起こすハンジさん
「早く着替えて下さいね」
と言う私に笑顔で
「覗かないでね?」
といたずらっぽく言った…ああ、腹が立つ…

食堂に行き、朝食を摂る
「今日のパンは固いねえ…」
ハンジさんは眉をひそめながらパンを口に運んでいる

「スープに少し浸せばいいですよ」
「めんどくさいよ、ねえ、ちょっと味見させて、あーん」
と言って、口を開けてくる…何考えてるんだこの人は…

「嫌ですよ、私の朝食が減ります」
そっぽを向いてやった

「えー!!モブリットのけち!!」
「けちで結構ですよ。さっさと食べて下さいね」

「ほら、皆見てるじゃないか!?モブリットがけちだから」
確かに周りにいる兵士達が、興味深げに視線をこちらに送っている

「違いますよ、ハンジさん、あなたが変だから見られてるんですよ。私がけちだからでは断じてないです」
私がそう言うと、数人の勇気ある兵士が頷いた

「あーんの何が変なの!?」
「あんた子どもですか?!」
そのやり取りに、数人が吹き出した

こういう情景も日常茶飯事だったりする

朝食を終えて食堂を出る時、ふいに兵士達の噂話が耳に入ってきた
「なあ、最近娯楽室からピアノの音が聞こえてこないか?たまにだが…」
「ああ、なんか噂では凄い美人が弾いてるらしいな」
「凄く上手いらしいぞ、兵士でピアノ習ってた奴が言ってた」
「癒される様な優しい音らしいな。やはり演奏者は女なんだろう」
「今朝も聞こえてきたよ。楽しそうな感じだった」

…ぶっ!
思わず吹き出しそうになった
凄い美人って…なんて噂だ
噂って本当に独り歩きするんだな…怖い

「へえ、ピアノだって。モブリットは聞いた事ある?」
…聞いたと言うか、弾いたというか…

「はい、聞いた事はあります」
嘘ではない、自分の演奏する音を聞きながら弾いているから…

「実はさ、私もピアノ習ってたよ、三日で辞めたけど~あはは」
「…お辞めになったんですか」
「だって、ちっとも弾けるようにならないんだもん、イライラしちゃってさあ」
ハンジさんは嫌なことを思い出したような、歪んだ表情を見せた

「三日で思うように弾けるわけないじゃないですか」
「ん?まあそうだけどさ~まあでも、才能が無いと思ったしね!!」
両手でばつ印を作るハンジさん

「はあ、そうですか…」
楽しいんだけどなあ…
まあ思うように弾けるまでには時間は掛かるが…

工兵との打ち合わせは午前中に済ませた
何とか考えていた装置が形になりそうでホッとした


材料の買い出しがてら町に出る
ハンジさんは、店の軒先に置いてある品を手に取って、引っ張ってみたり噛んでみたりして強度を確認している

「そんな物、思い切り噛んだら歯が折れますよ、ハンジさん」

「大丈夫、私は歯が丈夫だからね。それよりこの縄を…」
と言いながら、素早く私の手を後ろ手に縛る

「ちょ、ちょっと!?ハンジさん何を!!」
「この縄を引っ張って、どの程度強度があるかを確認しなきゃ。うふふ」
縛った場所から延びる縄を軽く引っ張りながら言うハンジさん

「私の強度を測ってどうするんですか!?ハンジさん!!」
「冗談だよ、モブリット」
と言ってあははと笑った

「と、とにかく早く外して下さい!!」
慌てる私に一言
「モブリット、捕まえた!!」
にんまりと嬉しそうに顔を綻ばせた

「もー、モブリットいい加減に機嫌直してよ~」
困った様な顔つきで、必死に私に取り入ろうとしているハンジさん

「堪忍袋の緒が切れました。もう知りません。縄で縛るなんて酷すぎます」
私はしかめ面で顔を背けた

「だってさあ、やってみたかったんだもん…」
拗ねて膨れっ面になるが、気にしない

「他の人にやって下さい、これからは」
私が放った言葉に、面食らって口をポカンと開けるハンジさん

「え?え?どういう事!?モブリット!?やだよ!」
「もう付き合いきれません…」
「ちょっと、ちょっと待ってて!」
と言うが早いか、走って食料品の店に入っていった

はぁ、ちょっと怒りすぎたかな…
でもさすがに縄で縛るのはやりすぎだと思う…ペットか犯罪者か、私は…

「お待たせ、モブリット!!はい!!」
「…ムグッ!!」
走りよってきたハンジさんが、私の口に何かを突っ込んだ

「お肉の串焼き!!美味しいよ!?それで機嫌直してね?モブリット」

…やっぱり私はペット扱いか?
食べ物を与えれば何とかなると思っているのか?

しかし…
「美味しいですね」
「でしょ!?機嫌直ってよかった」
結局許してしまうんだ
私はハンジさんに甘い…

ハンジさんは、私の顔を見て嬉しそうに微笑んだ

お疲れ様です!
わわわ、あなたのモブハンが読めるとは・・・!前の蝶もとっても好きです。何度も読み返しています!
こちらも何度も読み返しながら続き楽しみにしますね!

>>40
何度もなんて、ほんとに嬉しい
嬉し過ぎて言葉にならない…ありがとう!!

肉の串焼きを頬張りながら調査兵団本部へ帰還した

今回の特殊機材の開発作成には、膨大な金額が掛かっていた
それは、今日購入した材料費だけでも、多額であった

ふと思う
あのピアノ、手放せばそれなりの金額になるはずだ

実は、先日からあのピアノを弾いていて、感じた事があった
私はあのピアノを以前にも触った事がある気がしたのだ
まだ、確信には至っていないが…

とにかく、あのピアノは遠征費の足しにはなる価値がある

勿論黙っていても問題はないのかもしれない
だが、団長が金策にかなり苦労しているのも知っている

私は調査兵団の一員だ
何が最優先なのか位はわかる
だから、団長に相談しに行く事を決意した

ハンジさんが久々に風呂に入ると言うので、少し諸用を済ませてくると言って、団長室に行った

「エルヴィン団長、お忙しい所をすみません」
敬礼をし、背筋を正す

「モブリット、君も買い出しご苦労だったな。ところで、噂は聞いたか…?」
団長は悪戯っぽい目を私に向けた

「美女のピアノの件でしょうか?」
「そう、それだ。ははは」
団長は愉しそうに笑った

「今朝聞きました。私が演奏していると言いづらくなってしまいました…」
「ははは」
笑いが止まらない様子のエルヴィン団長
…こんなに笑ったのは初めて見たな

「ところで、話なのですが…あのピアノ、売ればかなりの価値があります。差し出がましい様ですが…」
「ああ、遠征費の事を気にしてくれているのか」
「…はい」
エルヴィン団長はしばし考えを巡らせる様に顎に手をやった

「とりあえず、一度聴かせてくれないかな?」
「今からですか?」

「ああ、今なら丁度空いているから」
「…わかりました。ではまいりましょう」

団長と共に、こっそり物置部屋に行った

エルヴィン団長が、慎重に周りを確認して扉をしめた…念のため鍵も掛けた

「よし、大丈夫だ、モブリット。演奏を聴かせてくれ」
部屋にある簡素な丸椅子に腰を下ろす団長

位置は丁度私の演奏する手が見える場所
後ろから視線を感じて、緊張する…

「団長、曲の前に少し指慣らしさせてくださいね」
「ああ、いつもどおりやってくれて構わんよ」

ピアノの埃を拭き、椅子に座る
背筋を正してハノンをざっとひいた

「団長、どの様な曲がよろしいですか?」
「なんでも構わんよ」

何でも…か、ならば…
ふぅ、と息を吐き、背筋を伸ばす
《ポロネーズ 第6番 変イ長調 Op.53「英雄」》
この曲は人によって表現が全く違うが、私は最初の入りは重厚に、徐々に登り詰める雰囲気で

格調高く、力強く、だが時に軽やかに、華やかに
ポロネーズリズムを刻む

そう、まさに団長に相応しい曲だと思う

何とか最後までスタミナを切らさずに弾き切れたが、やはりブランクが長すぎて思うようには演奏出来なかった…

「…団長、いかがでしたか?」
恐る恐る振り返ると、驚いた様な顔つきで固まっていた
「モブリット、君は凄いじゃないか」
「すみません、今の演奏は少し失敗です…ブランクのせいか、余裕が無くて…」
「いや、十分感動に値する演奏だったよ。ところで、曲名は?」
…そうか、言うのを忘れてた
「ショパンの英雄ポロネーズです」
「英雄、か」
「はい、団長に相応しい曲だと思って弾きました」
「そうだったのか…」

団長はすっと立ち上がり、ピアノをポンポンと鳴らした
「このピアノは売らずにここに置こう。兵士達の間でも、君の演奏を楽しみにしている話を聞くしな」

「…ありがとうございます」
「まあ、ピアノの値段分はこきつかわれているだろうしな、ハンジに」
「…はは」
「そのかわり、また聴かせてくれ」
団長はそう言って、私の肩にポンと手を置いた

「私の演奏で良ければ喜んで」
「期待しているよ」
団長はそう言い残して、部屋を後にした

…よかった!!ピアノ売らずに済んだ…
演奏は今一つだったが、気持ちは伝わったのか
しかし、満足出来ない演奏だった…途中まで張り切りすぎたのが原因かな…
次に団長に聞いて貰う時にはしっかり弾こう…

そろそろ風呂も終わった頃かなと思い、ハンジさんの部屋に行った

「ハンジ分隊長、モブリットです」
扉をノックして言った
「開いてるよー」
と返事があったので、扉を開けて部屋に入った

ハンジさんはベッドに腰掛けて、タオルで髪を拭いていた
「モブリット、綺麗になったよ!!来て来て」
手招きをされたので歩み寄った

「ほら、いい匂いがするだろ?嗅いでみて?」
「はあ」
言われるがままに髪の匂いを嗅ぐ…
「確かに良い匂いですね、花の香りですかね」
「うん、石鹸がバラの香りだったんだ」
タオルで髪を拭くのをやめて寝転ぶハンジさん

「ハンジさん、髪をきちんと乾かして下さい。まだ濡れていますよ」
「めんどくさいしさぁ、ほっとけば乾くよ」
「だめです、風邪をひきますよ!?あーもう、後ろ向いて下さい!!」
ハンジさんをベッドの上に座らせて、自分はベッドの横に立って、髪をタオルで丁寧に拭く

「モブリットに髪の毛拭いて貰うの、気持ちいい!!」
「…そうですか、よかったですね」
「うん、よかった!!」
そう言って振り返り、こぼれるような笑顔を私に見せる

ハンジさんのこんな顔が見たくて、私はここにいるんだ…

「やっぱりたまには風呂に入らなきゃ駄目だね。頭が痒くて痒くて…やっとスッキリしたよ」
ベッドに横になりながら言うハンジさん

「そんなに痒くなるまで洗わないのは不衛生ですよ。仕事も捗りませんし」
「髪洗うのもめんどくさいんだよねぇ…モブリットが洗ってくれたらいいんだけど…」
拗ねたような言い方をするハンジさんに、眉をひそめる私

「風呂くらいは自分で入って下さいよ…」
とため息まじりに呟いた

「一緒に入ろうよ!?」
と言って、むくっと起き上がり、私の手をとる
「結構です!風呂くらいゆっくり入りたいので」
その手を慌てて振り払った

「あ、そうか。モブリットを女湯に入れる訳にはいかないよねぇ。捕まっちゃう…あはは」

「まあ、ハンジさんが男湯に入るなら考えますよ」
「えー、どうしようかなあ!?」
「…そんなの迷わないで下さい!!」

そして、ハンジさんはまたベッドに横になり、目を閉じた
「少しだけ寝てもいい?」
「…どうぞ。机にたまっている書類、目を通しておきますから」
そう言って、布団を掛けた

「モブリットありがとう。少しだけおやすみ。後で起こしてね?」
「わかりました。おやすみなさい」

ふぅ、と一息つき、分隊長の机に積まれた書類に目を通す作業を始めた

ハンジさんの執務机で、書類を一枚ずつ目を通す

ハンジさんの再考を仰ぐような物だけを分別し、後は処理済みの判子を押す

黙々と作業をしている間に、窓の外が暗くなっていた

ふぅ、と一息つく…そういえば、ハンジさん、一緒に風呂に入ろうよ、とか言ってたな…
恥ずかしいとか思わないんだろうか?

もしかして誰にでもそんな事を言っているのかな?
まさかそれは無いとは思いたいが…

何しろ突拍子も無いことをいつも平気で言うから、本気なのか冗談なのかがわからない

私が理解できないだけなのかもしれないが…

結局、いつもハンジさんの天真爛漫さに、振り回されているだけなのかもしれないな

書類の処理を終え、ハンジさんのベッドに歩み寄る

少しだけ…といいつつ、結局一時間位は寝ているハンジさん

起こしてね、と言われたものの、気持ち良さそうに眠っているハンジさんを見ると、起こすのがはばかられる

緊急時や、予定が詰まっているならまだしも、今は少し時間に余裕もある
夕食まで寝かせておいて構わないだろう

ベッドサイドの椅子に腰を掛けて、ハンジさんの寝顔を拝む
…やっぱり口は半開き
こうして寝顔を見られるのは、副官の特権なのかもしれないな

…とはいえ、異性の副官にここまでさせている上官はいなさそうだが…

その時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた
「おいハンジ、いるか?」
この声はリヴァイ兵長だ…直ぐ様立ち上がり、扉を開ける
「モブリットか、あいつは?」
「今昼寝中です」
「…もう夜に近いぞ」

そんな会話をしながら中へ
リヴァイ兵長はつかつかとベッドに歩み寄り、ハンジさんの体に掛かる布団を捲る
「おい、起きろクソメガネ」
「う、うーん…モブリット…?」
そう言うハンジさんの頭を平手で一発叩く兵長
「寝ぼけんなクソメガネ」
「…ああ、リヴァイか…おはよ」

目を擦りながら体を起こすハンジさん
「おはよ、じゃねえ。こんばんは、だ。もう夜だぞ」
「うわ、本当だね…どうりでお腹が空いたなあと思った」

「ハンジ、お前が話してた実験の事だが、エルヴィンから許可が降りた。早速明日やるぞ」
「おっ!!エレンのだね。了解!!明日旧調査兵団本部に行くよ!」
ハンジさんの顔が、今にも踊り出しそうな喜色を表す
「じゃあな、モブリットも頼んだぞ?」
「はい、了解です、兵長」
リヴァイ兵長は、そう言って部屋
から出ていった

巨人の謎を探究しているハンジさんにとって、待ちに待った実験
明日はまた無茶をやらかしそうだなあ…
油断なく見守る必要がありそうだ

「よーし!明日も頑張るぞ~!」
少々興奮ぎみで、ガッツポーズをするハンジさん

「いろいろわかると良いですね」
「うん、そうだね!!」
ハンジさんは立ち上がると、にっこり笑って私の頭をがしがしと撫でた

「…一緒に風呂に入るのはそれが終わったらね?私が頭を洗ってあげよう」
私の頭をがしがし撫でながら、妖しげな笑みを浮かべるハンジさん

…また何を言い出すかと思ったら…
「嫌ですよ、きちんと洗ってくれ無さそうですし、変な洗剤使われそうですし」

「普通に綺麗に洗ってあげるのに…隅々まで…」
「はいはい。遠慮します」

「ちょっとお!?モブリットが恥ずかしがらないから面白くない!!」
膨れるハンジさん
「部下をからかって面白がらないで下さい!!」

…いちいち恥ずかしがっていたら身が持たないよ…!全く…

「くだらない事言う暇があったら、夕食さっさと食べて、明日の準備をしましょう。ハンジさん」
「はーい」

本当に、自由人だなあ
そこまで風呂に一緒に入りたいなら、男湯に放り込みますよ!?…なんてね

もう新作書いてたんだな
今まで気付かなかった
更新乙
こちらも期待

>>52
ありがとう、よろしくお願いします

ささっと夕食を食べ終え、ハンジさんは、明日の実験の計画の詰めをすると言って、自分の部屋に籠った

私はハンジ分隊長の代わりに、明後日から行われる予定の新兵を交えた陣形の全体訓練のための会議に出席すべく、会議室へ

会議室では、班長クラスの面々が幾分緊張した面持ちで席についていた

新兵加入から一月、こんなにも早く新兵を壁外調査に連れて行く事は過去にあまり例がない

実はこの裏には団長の極秘計画があるのだが、それは殆どの兵には知らされていなかった
それは、ここにいる班長達も同様だ

皆一様に不安そうではあるが、それも団長の姿をみると、険しい表情も少しは緩むのだった

それだけ、有無を言わさぬ存在感と、信頼感を、エルヴィン団長に対して皆抱いていた

会議では主に新兵をどの位置に配置するか等の説明があり、班長達は皆各自に与えられた指示書を確認しながら話を聞いていた

あとは、新兵の訓練の状況報告などが行われた

新兵達も、いきなりの実践配備は気の毒ではあるが、団長は勧誘の時にきちんとその話をした

その上で調査兵団にやってきたのだから、全員が相当な精神力の持ち主だろう

尊敬に値する若い兵士達
できるなら皆生還して欲しい
しかし場合によっては…

いつも死と隣り合わせの調査兵団に、絶対…と言う言葉は無い
だからこそ後悔はしたくない
やれることは何でもやっておくべきだ

ただし、ハンジさんへの気持ちだけは打ち明けられそうに無い
後悔するかな…?

会議を終え、部屋に籠っているハンジさんの様子を見に行く

「ハンジ分隊長」
部屋の扉をノックする
「はぁい」
と、返事が聞こえたので、扉を開けて部屋に入った

執務机にかじりついているハンジさん
どうやら集中しているようだ

頑張っているハンジさんの為にコーヒーを淹れて、持っていく
「ハンジさん、コーヒーをお入れしました」

机の邪魔にならない所に置くと、ハンジさんが私の方を見た
「ありがとう、モブリット」
一瞬笑顔になるが、その顔は直ぐに引き締まり、机に視線を戻す

天真爛漫で、いつも明るく笑っている様に見えるし、実際そうだが、真剣になった時の集中力は凄い

因みに、怒ってもかなり怖い
滅多に…というか殆ど見たことがないが

ハンジさんの底抜けに明るい人柄の奥には、秘めた何かがある
ハンジさんが怒ったり暴走したら、それを止めるのが私の役目だが、正直自信がない…

ハンジさんが書き記した明日の実験の計画書を、机の上から取り上げ、目を通しながら順に整理していく

エレンは貴重な人材、人類の希望とも呼べるほどだ
そのエレンに協力してもらって、ウォールマリアを奪還するという壮大な計画の一端を担う
その為の実験だ

巨人とは何たるかを知るいい手がかりにもなる、エレンの巨人化実験
勿論リスクも伴うが、それを恐れていては前に進めないのだ

だから、常にリスク覚悟で進む
それも調査兵団では普通の事だ

「あー、やっと終わった!!」
ハンジさんが、机の上にペンを放り出し、大きく伸びをする
「お疲れ様です、ハンジさん」

ハンジさんは、私がいれたかなり冷めたであろうコーヒーを飲み干した
「コーヒーありがとうね、モブリット。しっかし肩がこっちゃったよ…」

私は徐にハンジさんの肩に手を置き、軽く揉みほぐす
「かなりこってますね、ハンジさん」
「あーそれ気持ちいいなあ…」
「ここですか?」
「そうそう、あー極楽極楽、ありがとう、モブリット!!」

「いいえ、少しでも楽になったなら良かったです」
そう言う私の方を振り返り
「すっごく楽になったよ!!モブリット
と言って、輝くような笑顔を見せるハンジさんはやっぱり…私の大切な…

ハンジさんは私が守らなければならない
…この人の頭脳も発想も、他に代わるものはない、大切な人材だからだ

「モブリット?何ぼーっとしてるの?」
…しまった、ハンジさんの肩を掴んだまま固まっていた

「すみません、考え事をしていました」
また肩を揉み始めてそう言った

「何を考えていたのかなぁ?人の肩を掴んだままで…」
後ろを振り返り、妖しげな笑みを浮かべる、ハンジさん

「…ハンジさんの事を考えていました」
肩に手を置いたまま、静かに言った

ハンジさんは、その私の言葉に目をぱちくりさせる
「えっ!?」


「…明日の実験で、また我を忘れて奇声をあげて暴れて、皆に白い目で見られるんだろうなあ、って」
私は明後日の方向を見ながら言った

「ちょっとぉ!!何だよそれ!?」
激昂するハンジさん、顔が真っ赤だ

「そのまんまの意味でしょう。明日が思いやられるなあと思ってました」
「モブリットの馬鹿!」
「はいはい馬鹿で結構ですよ」
私は肩から手を離して言った

ハンジさんは椅子から立ち上がり、左手で私の襟首を掴む
「明日、大暴れするからね?」
右手は私の頬に触れた

「全力でお止め致しますから、存分にどうぞ」
静かに言う私に、ハンジさんは
「よろしく、モブリット」
と、柔らかな笑みを浮かべて言った

明くる朝…

ドンドンドン!!
とけたたましく扉を叩く音がしたと思ったら、扉が開き、人が飛び込んできたと思ったら…

「おはよー!!モブリット!!」
その勢いのまま、シャツのボタンをとめていた私にぶつかってきた

「うわっ…!」
慌てて抱き止めたが、そのまま絡まり合う様に後ろに倒れこんだ
床に後頭部から腰までしこたま打ち付けた…痛い…

「ごめん、大丈夫?モブリット!?」
私の上に馬乗りになりながら心配そうに顔を覗くハンジさん

「大丈夫…な訳ないでしょう…どんな朝の挨拶ですか」
「ごめん!居ても立ってもいられなくてさ!!」
ハンジさんの顔が興奮のあまり真っ赤になっている

この興奮は言うまでもなく、今日の実験へのものだ

「とりあえず、降りてください」
「あ、ああ、うん」
やっと私の上から降りたハンジさん

「おはようございます。今朝は早かったですね」
立ち上がり、何事もなかったかの様に振る舞う

「おはようモブリット。怪我はない?ほんっとにごめんね」
やっと正気に戻ったハンジさんは、私が留めかけていたボタンをとめてくれた

「腰が痛いですね…受け身はとったつもりだったんですが…」
腰を擦りながら顔をしかめると、ハンジさんが慌て出す

「腰だってぇ!?大変じゃないか!!腰が使えない男は駄目だよ!?」

「…朝から何言ってんですか、分隊長…」
はぁ、とため息まじりに呟いた

「とにかくごめんね!!腰はまたマッサージしてあげるからね?」
心底心配して言ってくれているような表情だが…

「余計に悪化しそうだから、結構です」
と言ったら、頬を膨らませて
「人が心配して言ってるのに!!腰は大事だよ!?」
と怒った

「わかりました、また今度お願いします、ハンジさん」
「よし、任せて!!」
と拳を振り上げた…

何されるかわかったもんじゃないな…

朝食後、馬で旧調査兵団本部から少し郊外にある、実験場の舞台である平原に向かう

エレン含むリヴァイ班も、そちらに向かっているはずである

ハンジさんは鼻唄混じりで馬を走らせていた
「ふんふ~ん、あーわくわくするなあ!!」

「馬乗りながら話すと危ないですよ、ハンジ分隊長」
諌めるが、聞く耳を持たない
実験の時はいつもそうだ

「楽しみすぎて歌ってしまうんだ!!」
「はいはい…」

エレンの巨人化なんか目の当たりにしたら、この人死ぬんじゃないだろうか…興奮し過ぎて…

しっかり見張らないといけないな…
今日一日無事で過ごせますように

実験場では、すでにリヴァイ班の面々やエレンもいた

井戸の中で巨人化し、その生態を調べる予定だったが、エレンが巨人化出来なかったため、皆で休息も兼ねて話し合いをしていた

「モブリットさんも、どうぞ」
リヴァイ班の紅一点が飲み物を持ってきてくれた
ペトラだ

「ありがとう、ペトラ」

「いいえ、ハンジ分隊長がずっと落ち着きないですね…ふふっ」

そう、ハンジさんは巨人化できなかったエレンの所へ行ったり、井戸に入ってみたり、お茶を飲もうとして躓いてぶちまけたり…全くじっとしていなかった

「考え事をしているからね…近寄らない方がいいよ」
と、ペトラに言いつつも、私は近寄らないと仕事にならないので、ハンジさんに歩み寄る

「ハンジ分隊長、気は確かですか?」
「……うーむ、自傷行為以外の…ブツブツ」
集中しているようだ、しばらく様子を見よう、と思ったその時…

ドォォォンと、リヴァイ班の面々が座っていたテーブル辺りで鳴り響く音
振り返ると、煙がもくもくと立ち込めていた

「?!」
何だあれは
と、思った瞬間リヴァイ班の面々が煙の中心を取り囲んだ

煙の中心にいるのは、エレンだ
腕から先が異形と化していた

「わわわわわ、エレーン!!その腕触っていい?!触るだけだからさぁぁ!!」
顔を真っ赤にしながらエレンに走り寄るハンジさん

エレンの回りで殺気を放つリヴァイ班を気にする事もなく、エレンに触る
「エレン、すっごい!!あっつい!!」
飛び上がってガッツポーズをし、体を震わせている…ハンジさん

「クッソ熱いぜ!!すっげぇ熱い!」
最早取りつく島もないくらいの興奮状態…
心臓がやばいんじゃないだろうか!?
顔も今まで見たことがないくらい真っ赤に燃えているようだった

「分隊長、生き急ぎすぎです!!」
ハンジさんの興奮は、エレンが巨人化をとくまで続いた…

実験後、旧調査兵団本部に戻り、ハンジさんの考察をリヴァイ班の面々や、上に伝えた

エレンの巨人化は、自傷行為だけではなく、何か目的を持たなければならない、という結論に至った

ただ、まだまだ不確定要素が多く、実践配備は見送られる事になった


兵舎への帰りの馬上では、行きとは違い静かで、ずっと何かを考えている様子だった

その真剣な眼差しこそが、人類を絶望から救うと信じている私は、ハンジさんをとても頼もしく思うのだった


兵舎についたのは夜だった
夕食を済ませ、ハンジさんを部屋に送ったあと、物置部屋に向かった

物置部屋にはいつも通り、ひっそりとグランドピアノが佇んでいた

このピアノ、ずっと疑問に思っていた事がある

やはり、幾度となくこのピアノを弾いたことがあるのだ
幼いときに、何度も…
そうこれは、私が毎日の様に通っていたお姉さんのピアノだ

お姉さんは、私が訓練兵になってしばらくしてから、シーナ内地の貴族に嫁に行ったと聞いた
しかし、数年で病に倒れたと

このピアノは、何故ここに来たのか…私は、彼女の意思を感じてならなかった

何度も繰り返し私に音楽を勧めてくれた人、無償でピアノを弾かせてくれた人、優しい人

今日はこの曲…指が動くかわからないが…
『リスト パガニーニによる大練習曲 第3番 嬰ト短調 ラ・カンパネラ』
この曲をはじめて彼女の前で弾いた時、何故こんな音でこの曲が弾けるのと泣かれた

高音部は鐘の音色のように、トリルを細やかに…
超絶な技巧を駆使しながらも、どこか甘い音色で旋律を聴かせることができたら…

部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、部屋の前に人影が見えた

「ハンジ分隊長?」
「あ、モブリット、何処行ってたの?部屋に鍵かかってるしさあ」
「もうお休みになったかと…」
と言いながら、部屋の扉の鍵を開けた

ハンジさんは部屋に先に入った
「さっ、ベッドに横になって?」
「…はい?」
「早く。マッサージしてあげるっていっただろ?腰の」
…ああ、朝の話か
まさか本当にマッサージするつもりだったとは…

「モブリット、今日腰痛そうだったしね。実験の合間とかさ、腰擦ってた」
確かにまだ痛むが…
ハンジさんはこういう所は律儀なんだよなあ

「大丈夫ですので、構いませんよ?」
「約束だもん。ああ大丈夫、心配しなくてもちゃんと優しくするよ?」
ハンジさんはそう言って、私に微笑んだ

これ以上拒むのは多分無理だろう
大人しく横になることにした…

「うつ伏せで寝てね」
ハンジさんに言われるままにベッドにうつ伏せになる

ハンジさんは立ったまま、両手の平で私の腰や背中を優しく押した
「痛くない?痛かったら言ってね。余計に酷くなるからね?」

「はい、大丈夫です」
「背中まで凝ってるね、腰を庇ってるからだろうね…ごめんね、モブリット…」
背中を優しく押さえながら、申し訳なさそうに言うハンジさん

「いえ、大丈夫です。分隊長こそお疲れの所わざわざすみません」
ハンジさんのマッサージで、どんどん心地よくなってきて、目を閉じた…寝てしまいそうだ

「疲れてないよ、大丈夫。今日の実験の事反芻してたら元気になっちゃったしね」
「少しは謎が解けましたしね、これからが楽しみです」

「第一歩踏み出したね!」
ハンジさんは嬉しそうな口調でそう言って、私の後頭部を撫でた
「頭もたんこぶになってたり、凹んでたらどうしようかと思ったけど、大丈夫だね、よかった」


「大丈夫ですよ、そんなに柔じゃありません。でも、心配してくださってありがとうございます」
「心配するよ、そりゃ…腰は命だしさ」
ハンジさんはそう言って、腰を優しくさすった

「大丈夫ですよ、腰も」
「なら良かった!!」
そう言うと、私の腰をばしっと叩いた

「痛っ!!」
「痛いんじゃないか…あはは」
うつ伏せをやめて起き上がると、ハンジさんがベッドに浅く腰を下ろしてお腹を抱えて笑っていた
艶やかと言っていい笑いだった

…不意に色っぽく為るから困る…

「そりゃ、平手打ちされれば怪我してなくても痛いですよ、ハンジさん」

「あはは、そっか、そうだよね!!」
艶やかに笑うハンジさんに、つい釘付けになってしまう

そんな私を知ってか知らずか、ハンジさんはベッドの上に座る私の方に体を寄せて、頬に手を伸ばす

そして、思いきりつねられた
「痛っ!!」
「なんか変な顔してるからお仕置き!!」
「変な顔なんてしてませんよ!?」
顔が真っ赤に燃えているような気がした

「モブリット、何だかかわいいなあ!」
「ちょっと!男にかわいいはないでしょ!?」
「だってかわいいんだから仕方ない!よ!あはは」

完全に遊ばれている様な気がした…

「さ、そろそろ寝ないと明日は朝早いですよ。陣形の全体訓練がありますからね」
私はそう言ってベッドから降りた
このままベッドにいたら、また夜眠れなくなりそうだしな

「えー、もう少し遊びたいのに…」
不服そうなハンジさん
「私をからかう遊びですか!?」
「うん」
「止めてくださいよ、全く!」
棚から寝巻きを取り出しながらため息をついた

ハンジさんもベッドから立ち上がり、私の方に歩み寄る

「からかうと言うより可愛がる、が正しいよ!!」
と言って、私の頭をぐしゃぐしゃどかき混ぜた

「どっちもどっちですよ、ハンジさん」
私は一応男何ですが、は心の中で言っておく

「そうか!!あはは。でもね」
ハンジさんが私の顔を覗きこむ

「モブリットといると安心なんだ。構えなくていいし、楽しいしね。ダメかな?」

「構いませんよ、楽しんでもらえているなら」
安心…嬉しいような悲しいような

でも…
「良かった!」
と満面の笑みを浮かべるハンジさんを見ていると、何でもいいやと思う自分がいた…この人の側にずっといられるのなら

「ハンジさん、部屋に戻りましょう。お送りしますよ」
手にしていた寝巻きをベッドに置いて、ハンジさんに手を差しのべた

「送ってくれるのぉ!?」
「いつも部屋まで送ってるじゃないですか」
「今日はモブリットの部屋にいるからなあ、二度手間になるよ?」
そう言いながら私に歩み寄り、穏やかで柔らかい眼差しを向けた

その、何の打算も計算も無く、自然に溢れる何気ない表情や仕草に、目も心も奪われる

ともすれば決壊しそうな自分の理性の壁を、必死に守る
抱き締めたくなる衝動を何とか押さえつける

目を伏せた私の差しのべた腕に、自分の腕を絡ませるハンジさん

「じゃあよろしく!私のナイト君!」
…貴女を守るためなら、騎士にでも、盾にでも、何でもなりますよ

ハンジさんを部屋に送り届け、無事ナイト?の任務を完了した私

部屋に戻り、ふぅ、とため息をついた

不意に見せるハンジさんの表情が妙に魅力的で、危ない時がある
先程まさにその状態だったのだが、いつからこんなにハンジさんを想う様になったのかは覚えていない

副官になりたての頃は、全くそんな気持ちなどなくて、ただ日々無茶に付き合わされてヘトヘトになっていた

意識し始めたのはいつ頃だろう

無茶したり暴走したりする合間に見せる笑顔であったり、真剣に任務に向き合う姿であったり…色々なハンジさんを見ているうちに、自然に惹かれていた

自由奔放で、危なっかしい、そんなハンジさんを放っておけない、という変なボランティア精神なのかな…

自分の気持ちなど伝えようとは思わない
ただ副官として見守って行きたい
自分はそれで満足しているんだと言い聞かせている

寝巻きに着替え、目を閉じる
おやすみなさい、ハンジさん。いい夢を…

早朝、兵舎内が何時になく慌ただしい

今日は陣形の全体訓練のため、早朝から校外へ出立する
皆準備に余念が無い

朝食を早めに摂り、兵舎敷地内の集合場所に集まる
皆緊張した面持ちだ

そんな中、いつも通りハンジ分隊長の後に控えていた私に、ハンジさんが声をかける
「モブリット、腰は大丈夫?馬に乗れる?夜の営みに支障はない!?」
とことさら大きな声で言った…

「ちょっと!ハンジさん朝から何を…」
緊張感のあった周りが一気にざわめきだす

「大丈夫かって聞いてる!」
「大丈夫ですよ!!馬には乗れます。夜の方は最近ご無沙汰でわかりません!!」
半ばやけくそ気味に答えた

「モブリット副長面白い…」
「ご無沙汰なんだな」
とか回りから聞こえてきたがもういい
…でも、周りの緊張感が少し和らいだのは良かったかもしれない

…自らを犠牲に兵の士気を高めるってこういう事なのかな…?
はぁ…

全体訓練は、主に陣形の移動をスムーズに行う事に費やされた
信号弾や、視界が悪くなった際の直接伝達の確認等も合わせて行われる

団長の指示通り陣形を崩さず動かす事を目標に、皆が一丸となって取り組んだ

昼食後、しばしの休憩の後再度陣形展開する

そういった流れで訓練を行い、夕暮れ前に帰還した


兵舎に帰還して雑務を処理し、ハンジさんを部屋に送った後、私は風呂に入る事にした

ハンジさんに言ったら、また馬鹿なことを言いかねないので黙って…

私が風呂に行くと、数人先客がいた
見知った顔もいた
「おっ、モブリット副長!!」
「…ケイジか」
体を洗っている彼の横で、私も汗を流す

「今日は流石に疲れましたね。風呂でもゆっくり入りたくもなります」
「そうだな、確かに疲れた…」
ごしごしと体を擦って泡だらけにする

「そういやあ副長、腰は大丈夫ですか…?」
「何ともないよ、やはり聞こえてたか…」
「分隊長の声やたらでかかったですしね。多分わざとでしょうね…はは」
ケイジは苦笑した
「そうだよな…」
はぁ、とため息をついた

「先に風呂つかってきますね」
「ああ、ゆっくりな」

体を洗い終わり、湯船に浸かると眠気が襲ってきた
しばらく目を閉じていたが、のぼせそうになったので風呂から出た

風呂から上がり、吸い寄せられるように物置部屋へ

彼女のピアノが待っている気がした
私も、風呂で温まった体や指先で何か奏でてみたくなった

ピアノがここに来て一週間がたった
今日は弾こうと思っている曲は決まっていた

始めて、彼女の家の外で聞いた、彼女の演奏
美しい旋律…甘い音

それから毎日のように彼女の家の外でピアノを聞くようになり、いつしか家に招き入れてくれる様になった

ピアノが好きなら触っていいのよと言われ、喜んで弾いた
毎日のように彼女のピアノを弾いた

楽しかったあの頃
まだ何の現実も知らなかった幼い頃の思い出
甘い初恋…


夕暮れ時、誰もいないひっそりとした部屋
物置のような場所に押し込まれるように佇む黒いグランドピアノ

人差し指で鍵盤を弾くように叩く

立ち上がりの良い音がする
しかし決してキツくはなく、あくまでも優しく、丸い音

あなたはこのような場所には相応しくないピアノ

だが、あなたはここにやってきた

あなたがここにいる意味を知るために…今日はこの曲をあなたと奏でよう

『ショパン 夜想曲第二番 変ホ長調 作品9-2』
右手の甘い旋律…宝石のような装飾音

左手は同じリズムを刻み、右手の旋律を支える

しっとりと、歌い上げる
あの人を想いながら…

夕食のためにハンジさんと食堂へ行った

席につき、料理を口に運びながらハンジさんが言う
「ねえ、モブリット!!ピアノ聞いたよ!!凄く綺麗な音色だった!!モブリットはお風呂に行ってたよね」
目を輝かせるハンジさんに、少し胸が痛んだ

「そうですか、綺麗な音色でしたか」
「うん、甘い感じの…優しくてさ!!」
それが伝わっていたなら大成功な演奏だ

「皆が噂をするのがわかるよ!!兵士なんだろうけど、兵士にしておくのが勿体ないや」
「そ、そこまでではないでしょう…」
思わず言ってしまった

「そうかなあ、でもまた聴きたいなあ!!」
嬉しそうなハンジさんを見るのは嬉しかったが、自分が演奏しているとは言い出せなかった…

夕食後、私だけがエルヴィン団長に呼ばれて団長室へ行った
ハンジさんは部屋で、昨日の実験の考察をするらしい

「エルヴィン団長、お呼びでしょうか」
部屋に入ると、団長が一人窓際に佇んでいた

「やあモブリット、昨日の実験といい、今日の演習といい、ご苦労だったな」

「いえ、団長こそお疲れ様です」
頭を下げる

「今日も、聴こえていたよ。ノクターン…だったか」
「…ご存じでしたか」
「ああ、兵士達がそう言っていたからな。ただ、王都では聞いたことがある気がした」
王都にはピアニストもいて、貴族や王族専属になっている事が常だ

「だが、王都のピアニストよりも、君の方が心に染みる演奏をしていると思うよ」
団長はそう言って笑みを浮かべた

「プロには敵いませんよ…団長」
「そうだろうか…」
「はい、団長。ですが、誉めていただけたのは嬉しいです。しかし、出来ましたら兵士として誉めていただけるように邁進致します」
私は丁寧に頭を下げた

「明日だが、また聴かせて欲しいんだが、可能かな?」
「明日は午前中だけ訓練がありまして、昼からなら…」
「わかった。では昼過ぎに頼むよ」
ぽんと肩を叩く団長に敬礼をし、部屋を後にした

やばいな、また団長に聴かせるとなると、今度こそ失敗は駄目だ…

というか、何を弾くのがいいだろうか…
とりあえず思い浮かばないから、指のトレーニングをしておこう…

また物置部屋に行き、鍵をかける
何故か皆覗きに来ないのだが、どうやら覗くのは無粋だという風潮らしく、助かっていたりする

ピアノの埃を拭き、椅子に座り背筋を伸ばす
「貴女なら何を弾きますか…?」
思わずピアノに話し掛けた

―あなたの好きな曲を、聴かせて―
彼女が、私が訓練兵になる前日に言った言葉

明日は、その曲を弾こう
彼女に最後に聴かせた曲を…

気が付けば一時間ほど練習していた

そっと部屋の扉を開け、周囲を確認するが、誰の気配もなかったため、ハンジ分隊長の部屋に向かった

「ハンジ分隊長」
ノックをすると、すぐに返事が返ってきた
「いるよ、どうぞ!」

部屋に入ると、執務机に向かってなにやら書いていたハンジさん
「お仕事中でしたか、すみません」
「大丈夫だよ、ちょっと次に調べたい事とか考えてただけ」

「コーヒーをお入れしましょうか?」
私はそう言いながら台所に向かう

「いや、今日はもう休むから、いいよ。さすがに疲れたしね」
そう言って力なく笑ったハンジさん

「肩を揉みましょうか?それとも…」
「モブリット、ご無沙汰なんだね?」
私の言葉を遮るように言葉を発したハンジさん

「…朝の話ですか」
「うん、あんな返ししてくるとは予想してなかったからびっくりひたよ…ふふふっ」
思い出したように笑うハンジさん

「ああ言う以外に思いつきませんでした」
「立派な突っ込み役だよね、モブリット…ふふっ」

「笑わないで下さいよ、そうでなくても兵士達に笑われているのに…」
はぁ、と盛大にため息が出た

「因みに私もご無沙汰だよ?モブリット」
席を立ち、私に歩み寄りながら呟くように言う
「…そんな近況報告はいりませんよ」
「モブリットだけが言うのはかわいそうだから、言ってあげた」
「…でしたら、明日部下の前で言って下さい」

「それは嫌だね。上官の威厳が!!」
「私はもう威厳などなくなりましたよ!?」
悲鳴のような私の言葉に、ハンジさんは眉をひそめた
「それは大変だねえ…気の毒に」
手を伸ばし、私の頬をなでる

「つねらないで下さいよ!?」
「わかってるよ、信用ないなあ…」
「そんなのあるわけないじゃないですか…っ」
ハンジさんの指が頬から耳にまで触れたので、一瞬身震いした

「ちょ、ちょっとハンジさん…」
「ん?なあに、モブリット」
相変わらず頬を撫でるハンジさん…これはいかん…

「触らないで下さい!」
「えっ?!なんで…ああ、耳がだめだった?」
と言って耳を触ってくる…

「やめてください…お願いします」
「何だか嫌がる少女に無理矢理する悪い人みたいじゃないか…?」
困ったように眉をひそめるハンジさん

「そんなに私に触れられるのが嫌なんだ…モブリット…」
悲しげに視線を落とし、はぁ、と吐息をもらす
「嫌ではないですが、今は嫌です」
支離滅裂な言葉を返す馬鹿な私

「何だよそれ、分けわかんない…あはは」
ハンジさんは笑ったが、何だか割りきれない感じに見えた…気のせいかな

「すみません、ハンジさん」
多分世にも情けない顔をしていると思う…

「いや、私も悪かったよ。耳触られるのが嫌だって知らなくてさ。ごめんね、モブリット」
ち、違うんだ…嫌ではなくて…

自分が抑えきれなくなるから
…抑えなくてもいいと思うかもしれないが、ハンジさんの真意がわからない以上は、抑えるべきなんだ
死にそうになるくらい、辛くても…だ
私はナイトだからね…

どっちが相手の気持ちに鈍感なのか

「明日は訓練ですし、そろそろ休みましょうか」
そう言う私の頬を軽くつねって
「一人で寝れる?モブリット凄く変な顔してるよ?」
と優しく言ってくれるハンジさん

「ありがとうございます、大丈夫です」

「いつも側にいてくれるだろ?だからたまには私が寝るまでいてあげようか?」
それをされると、多分ずっと眠れないです、ハンジさん

「ハンジさんも明日は早いですよ。私は大丈夫ですから、お休み下さい」
「そっかあ、じゃあ添い寝は今度ね!?」
「今度ねって、添い寝は頼んでいませんよ!?」
焦って真っ赤になる私を見て、高らかに笑うハンジさん

「あはは!!照れてる照れてる!」
「ハンジさん!?」
「モブリットはかわいいなあ!!」
「男にかわいいはないでしょうが!」

たまには歯車が狂う事もある
それでもいつもこの場所に落ち着く
しかし、ハンジさんの笑顔はかわいいな!

朝、訓練の時間がやってきた
班や隊毎に連携を考えたり、実際使ってみたりする

訓練兵の時と同じ様に、木製の巨人に見立てた物を相手に、より正確に確実に仕留められるよう、技を磨く

ハンジ分隊長は、頭脳も凄いが実技も卓越している
飄々としながら、難しい角度だろうとお構い無しに斬撃を繰り出す

それに加えて天性の勘!?が優れており、危機察知の能力もずば抜けている

だからこそ分隊長であり、死亡率の高い調査兵団で今まで生存してこれたのだ

私は本当に普通だ
ケイジの方が技術的には上じゃないかと思う
多少熱くなりやすい所はあるが、強い意思がある


訓練も滞りなく済み、兵舎に戻る前に野戦食糧で昼食をとる
たまには実戦で食べる食糧を、こうして訓練で摂る事がある

そうして、兵舎に戻った所、直ぐに伝令がきた

「ハンジ班のみなさん、2時に食堂にお集まり下さい。新兵の歓迎式を行うそうです」

「もうすぐ時間じゃないか!?急がないと…」
ハンジ分隊長が焦った

「とりあえず、部屋で着替えて向かいましょう」
私がそういうと、ハンジ隊は一目散に部屋に着替えに戻った

食堂についた時には、すでに沢山の兵士達が集まっていた

食堂はいつもと様子が違った
机が片付けられ、椅子だけの状態になっていた

そこに兵士達が300人近くいるのだが、部屋の一番奥…兵士達が向いている方向には見覚えのある物が…

「あれ、ピアノがあるねぇ。ここに置くことにしたのかなあ」
とハンジさん

私たちは、とりあえず空いていた一番前に座った
隣にはミケ分隊長や、リヴァイ兵士長がいた

私は何だか嫌な予感がした

すると、エルヴィン団長が部屋に入ってきた
ピアノの横に立って、言葉を発した
「今日は集まってもらってありがとう。新兵の皆も大変な訓練によく耐えてくれていると思う」
パチパチと拍手が起こる

「今日はそんな君たちや、調査兵団の皆のために、あるゲストを呼んだ」
ざわざわと食堂内がざわめく

「このピアノの音は皆が聞いたことがあると思うが…今日はここ最近我々を癒してくれている演奏者をここに呼んだ」

…や、や、やっぱり…嫌な予感が的中した!!
まさか、昨日の団長の約束ってこれの事か…

驚愕で口を開けたまま塞がらない状態の私に、歩み寄るエルヴィン団長

団長は私の肩にぽんと手を置き、微笑んだ
「モブリット、頼む」

驚いたのは私だけではない
隣にいるハンジさんもぽかんと口を開けたまま塞ぐのを忘れている

勿論、美女の兵士が演奏しているという噂だったのだから、全員が呆気に取られているはずだ…

「モブリット」
エルヴィン団長が再度私に声をかける
「わかりました」
こうなったら腹をくくるしかない

ゆっくり立ち上がり、何時もの様にピアノの椅子に座る

何も言わない訳にはいかないので、少しだけ話をするか…
「美女じゃなくて申し訳ない。このピアノを弾かせて貰っていたのは私です。今日は、一曲演奏させてもらいます」

パチパチと拍手が起こる

「曲は、『リスト 愛の夢 第3番』家族でも、友人でも、恋人でもいいので、その人を強く想いながら聴いてもらえると有難い」
そう言って、背筋を伸ばし、指をフワリと鍵盤に乗せ、目を閉じる

最初の一音を優しく温かく、続く旋律は右へ左へ移行しつつも滑らかに穏やかに、だが甘く切なく…

…貴女は天国で聴いてくれていますか?音色が届いていますか?
そして、私の敬愛するあの人にもこの愛が届きます様に…
言葉には出せなくても、音になら出せるんだ…

弾き終えた後、しばらく目を閉じていた
すると、兵士達から割れんばかりの拍手が起こった

…恥ずかしいな…
と思ったが、立ち上がって敬礼をした

すると…
「モブリット副長!!リクエストしたいのですが…」
と手をあげたのは一人の女性兵士だった
彼女は泣いていた

よく見ると、他にも泣いている兵士がちらほらいた

リクエストか…
エルヴィン団長の方を見ると、頷いたので、聞いてみた
「私が弾ける曲なら構わないよ」
「ショパンの革命を…」

再度椅子に座り、背筋を伸ばす
『ショパン 革命のエチュード』
左手の練習曲と言われる、左手は音階、分散和音などを矢継ぎ早に要求される。
右手は殴り付けるような、まさに革命を起こす戦いの音を出す
速いパッセージに負けじと戦う

短い曲を嵐のように弾き終えた
また沢山の拍手が起こる

女性兵士は潤んだ瞳をこちらに向けていた

それから何曲かリクエストに応え、やっと突然のリサイタルが閉宴となった

兵士達はなかなか解散せず、私にいろいろな質問をぶつけていた

やっとの事で解散させると、エルヴィン団長が私の肩をがしっと掴んだ
「モブリット、いいリサイタルだったよ。素晴らしい」
「団長…心臓が止まるかと思いましたよ…」
「ははは、すまなかったな、モブリット」

リヴァイ兵士長は私の背中をぽんと叩いて、エルヴィン団長と一緒に出ていった

ハンジさんは固まったまま、まだ動かなかった
「ハンジ分隊長?大丈夫ですか?」
「あ、ああ、大丈夫…だよ」
手を差しのべると、まじまじと手を見てくるハンジさん

「…どうされましたか?」
「モブリットの手、大きいよね」
「そうですかね」
「よくあんなに細やかに動くよね…」
と言いながら、私の手を握った

「ハンジさん、黙っていてすみません」
「…それはいいよ。驚いたけどね…ほんとに凄いよ、モブリット」
ハンジさんは私に手をひかれながら部屋に戻った

私の手を握りながら部屋までずっと何かを考えているような、真剣な表情だったハンジさん

部屋の前に着くなり、私の手をぱっと離して
「今日は一人にして」
と言って部屋に入って扉を閉めた

…怒っているのかな
そりゃそうだ、ずっと黙っていたんだもんな
またきちんと謝罪しないと…

それにしても、真剣な表情のハンジさんはいったい何を考えていたのか
私の手を握る力はかなり強かった

はぁ、とため息少しついて、部屋に戻った

部屋に向かう廊下を歩いていると、自分の部屋の前に数人人影が見えた

そのまま近づくと、先程私に『ショパンの革命』をリクエストした女性兵士と、あと二名女性兵士がいた

「モブリット副長!!」
と呼ばれた…どうやら私を待っていたようだ
「やあ」
「あの、副長にお願いが…」
先程の女性兵士が私に真摯な表情で話し掛けた

「副長、私たちにピアノを教えてください!!」
「私は習っていたけれど、経済的に無理になって…」
「私は習いたかったけど習えなくて…」
女性…というかまだ少女の域を出たくらいの若い女性兵士達が必死に懇願する

「うーん、私はきっちり習った訳ではないから、教えると言うのは…」
言葉を濁した

「きっちり習っていないなんて…あんなに弾けるのに」
「見よう見まねの適当だよ」
「適当には見えませんでした!!」
…うーん、困ったな

「エルヴィン団長にも話を通さないと…」
「もうお話ししてきました。貴方さえよければ、との話でした、副長」

…断れなくなったじゃないか、団長…
「わかった、時間の空いたときに見るだけは見るよ…」
「ありがとうございます!!副長!!」
女性兵士達は大喜びして、去って行った

部屋に入って深いため息をつく
…何だか疲れたな

大勢の人前でピアノを弾くという経験は初めてだったし、仕方がないが…
しかし、人前で弾くのは決して嫌ではなかった

寧ろ喜んでくれている兵士達の顔を見るだけで、自分も幸せになっている気分になった

ただ、気になるのはハンジさんとの別れ際だ
何となく引っ掛かった

一人にしてと言われたからには、気になっても部屋には行けないが

はぁ、またため息をついた

それから夕食まではベッドで休み、食堂に向かった

食堂は元通り机が並べられており、ピアノも無くなっていた

…ハンジさんはいないようだった
呼びに行った方がいいかな、と思ったが、今日は行かない方がいいだろう…気になって仕方がないが

食事を終え、食堂を出た時に女性兵士達から声が掛けられた
「副長、今からお時間があるなら…」
早速か…
「構わないよ」

三人の生徒!?を引き連れて物置部屋に向かった


一人ずつピアノを弾かせてみる
みな実力はまちまちだが、やる気はあるようで、たまに思い出したかのようにアドバイスする私の言葉を、全員がメモしていた

お姉さんのレッスンを何度も見ていたためか、案外教える事ができるかもしれなかった

全員のレッスンを終えると、私がピアノに座らされて、一曲弾かされた

今日は『ラヴェル 水の戯れ』
緻密に組み上げられた高速アルペジオの、しかも不協和音で調もわからないような、表現が非常に難しい難曲
難しいのを難しそうに弾かないのがポイントだ
水の跳ねる音、流れる音を意識して紡いでゆく

「副長やっぱり凄い…」
「才能って怖いですね」
誉められるのがむず痒かった

部屋に戻り、執務机に座る
今日の訓練の報告と、次回にしなければならない事柄をメモしていく

ふと窓に目をやる
月明かりが部屋にさしかかっていた

ハンジさんはきちんと夕食を摂っただろうか
放っておくと、全く寝ずに仕事に没頭するような人だから心配だ

気になって仕事に手がつかない
…頭を振る

もし、私が先に逝ったら、ハンジさんはどうなるだろう
私がいなくても、きっと大丈夫だ、きっと誰かが代わる
私の代わりなど誰にでも勤まるだろうから

戦場で何度も死にかけた
その度にハンジさんに助けられた
ぼーっとするなと何度も言われた

…私はハンジさんの下にいなければ、今生きていないと思う
やっと最近足手まといにはならなくなってはきたが、やはりいつ逝ってもおかしくはない状況に変わりはない

目を閉じると、勇ましい戦乙女の様な戦いぶりを見せるハンジさんの姿が脳裏に浮かぶ

目を開き、自分の手を見る
この手はハンジさんを守ることができるのだろうか…

不意に部屋の扉がノックされる
「モブリット副長」
と呼ばれたので、立ち上がり扉をあけた

兵士が立っていて、敬礼をしていた
「エルヴィン団長がお呼びです。団長の執務室にお越しください」
「…わかった、今すぐに行くよ。ありがとう」
…団長、今度は何だろうか…


団長室に入ると、エルヴィン団長が執務机に向かって書類にペンを走らせているのが見えた
「団長、お呼びでしょうか」
「やあ、モブリット。先程はご苦労だったな。レッスン…もしてやる事にしたのかな?」

「はい、時間に余裕がある時に…」
「そうか、それは彼女らも喜んだだろう。所で、今日呼んだのは、これを見てもらいたくてな」
団長が一枚の紙を私に差し出した

「……え?」
紙に書かれている文字をみてぎょっとした
「モブリット、心当たりはあるか?」
「いえ、強いて言えば今日ピアノを弾いた帰りに少し様子がおかしかったのですが…」

「そうか…とりあえずその書面は受理するつもりはないから、君に預けておくよ」
団長は苦笑して言った

「…はい、わかりました。すみません団長、お手間をとらせまして」
「いや、大丈夫だよ。ハンジをよろしく頼むな、モブリット」
「…はい」


団長室を出て、もう一度書面に目を通す
《配置異動届け―モブリット・バーナー 第四分隊→戦術技工班》

要するに、分隊副長職の解任要求と、技工班への転属…裏方に回れという事だ
ハンジさんのサイン入りのその書面を、とりあえず胸のポケットにしまった

どういう意味だろう
全くわからない、青天の霹靂だ
やはりピアノを弾いていたのを黙っていたから怒ってか…?いや、そんな事でこんな手の込んだ事はしないと思う
ただのいたずらではない

他に何かやらかしたか…?
思い付かない…いつも何かしらやらかしている気がするし…
ピアノ以外はいつも通りだった

という事は、きっとピアノが原因か

こうしていてもらちがあかないので、意を決してハンジさんの部屋に行く事にした

ハンジさんの部屋の扉をノックする
「ハンジ分隊長、いらっしゃいますか?」
反応がない

もう一度ノックをしたが、やはり返事はなかった

扉を開けようとしたが、鍵が掛かっていて開かなかった
…合鍵は持ってはいたが、きっと顔を合わせたくないから鍵をかけたのだろう

はぁ、とため息をついてその場に座り込んだ

今日の別れた際のあのハンジさんの表情、何か思い詰めた様な眼差し、そして胸ポケットに入っている私に突きつけられた絶縁状

頭を抱えるしか為す術がなかった

それからしばらく、何度か扉をノックしたが返事がなかったため、諦めて部屋に戻った

急に変化したハンジさんの態度

確かにハンジさんは喜怒哀楽がはっきりしており、基本的には分かりやすいのだが、たまに突拍子もない事もするので、理由が分からない事も多々ある

ピアノが原因だとは思う
やはり黙っていた事が、余程腹に据えかねたか…?

考えても答えは出ない
ハンジさんの頭の中にしか答えはない

考えすぎて頭が痛くなってきた
…そういえば明日は丁度、技工班との打合せだった

ハンジさんは別行動で、リヴァイ班の所でエレンの実験について話をする

都合がいいのか悪いのか
私としては早く理由が聞きたいのだが…

はぁ…深いため息と共に、こめかみに痛みが走る
しばらくこめかみを指で押さえて目を伏せた

>>85
コメントありがとう!

結局それから二度ほどハンジさんの部屋に行ったが、反応はなかった

明日使う書類だけはしっかり纏めておき、ベッドに入ったが全く眠れなかった

眠れる時に寝るのが兵士たるものの努めなのに、情けない

とりあえず目を閉じて無心になる事にしたが、やはり浮かんでくるのはハンジさんの事だった


そうこうしている間に朝になっていた
殆ど寝ていない
うとうとと眠りにつきかけても、直ぐに目が覚めた

兵服に袖を通し、顔を洗う
目の下にはっきりとわかる疲労の色が見えたが、どうしようもなかった

もう一度、朝食前にハンジさんの部屋に行ったが、隣の部屋の兵士が、朝早くに出ていったと教えてくれて、顔を合わすことは出来なかった

仕方がない、そのまま朝食をかき込んで、技工班との打ち合わせや、機材の確認に行った

「モブリット副長、お疲れのようですね」
技工班のメンバーにも指摘されるほどの顔だった

「大丈夫だよ。しかし良く出来ているな。これなら見た目は荷馬車にしか見えない」
今度の壁外に使う機材は、かなりいい出来だった

「後は強度を考えて、仕上げていきます」
「ああ、よろしく頼む」

後は強度を保つための材料の選定など、必要事項を細かく打ち合わせた

全てハンジさんの耳に入れる事なので、念のためメモをして後程書類に上げる予定だ

ハンジさんは大丈夫だろうか…
やはりここに来ても浮かんでくるのはハンジさんの事だった

もし異動届けが受理されたら、私はこの技工班で働くんだな…

技工班のメンバーは気のいい頭のいい人ばかりなのだが、いささか気が滅入った

技工班のメンバーに別れを告げたのは、夕方過ぎだった

部屋に帰り、すぐに書類を纏める作業に取り掛かる
分かりやすく箇条書きにして、目を通しやすい様に書いていく

今ごろになって眠気が襲ってきたが、これを終わらせない事には寝るに寝られない

今日中にハンジ分隊長に渡して、目を通してもらった方がいいだろう

今日一日分の事なので、沢山書かなければならない
一心不乱にペンを走らせる
その間だけは異動届けの事は忘れていられた

やっと書類が終わったのは、すでに夕食の時間を疾うに過ぎた頃だった

しばらくその状態で待っていると、廊下をかつかつと歩む音が聞こえた

目を開けると、ハンジさんがこちらに向かって来ていた

「モブリット…?」
ハンジさんは歩み寄りながら小さな声で言った

「遅くまでご苦労様です、ハンジ分隊長」
私が静かにそう言うと、部屋の鍵を開けながら
「もしかして待ってたの…?」
と、首をかしげた

「今日中にお渡ししたい書類がありましたので」
「そんなの鍵開けて、机に置いててくれたら良かったんだよ」
ハンジさんは、私の顔を見ることなくそう言った

「あと、お聞きしたい事がありましたので」
「…入って」
チラッとだけ私を見て言った


部屋は私が一日入らなかっただけなのに、服が散らかっていて、書類も机に散乱していた

「ハンジ分隊長、とりあえず書類に目を通して下さい」
「ああ」
執務机に向かったハンジさんに書類を手渡し、私は部屋を整理する

服を畳み、ジャケットはハンガーにかけ、洗濯するものはかごへ入れる

早速ハンジ分隊長の部屋に行ったが、やはりノックしても反応がない

さすがに心配になってきた
中に居るんだろうか?
勿論鍵も掛かっている
…鍵を開けて入ろうか、と一瞬思ったが、思い直した

今日は旧調査兵団本部に行ったはずだから、きっと帰りも遅いはずだ

しばらくここで待ってみよう
部屋の扉に背を預けて、目を閉じて待つ事にした

しばらくその状態で待っていると、廊下をかつかつと歩む音が聞こえた

目を開けると、ハンジさんがこちらに向かって来ていた

「モブリット…?」
ハンジさんは歩み寄りながら小さな声で言った

「遅くまでご苦労様です、ハンジ分隊長」
私が静かにそう言うと、部屋の鍵を開けながら
「もしかして待ってたの…?」
と、首をかしげた

「今日中にお渡ししたい書類がありましたので」
「そんなの鍵開けて、机に置いててくれたら良かったんだよ」
ハンジさんは、私の顔を見ることなくそう言った

「あと、お聞きしたい事がありましたので」
「…入って」
チラッとだけ私を見て言った


部屋は私が一日入らなかっただけなのに、服が散らかっていて、書類も机に散乱していた

「ハンジ分隊長、とりあえず書類に目を通して下さい」
「ああ」
執務机に向かったハンジさんに書類を手渡し、私は部屋を整理する

服を畳み、ジャケットはハンガーにかけ、洗濯するものはかごへ入れる

>>105順番間違えてしまったので、無かったことにして下さい…すみません

後はベッドも敷き布団のカバーがぐちゃぐちゃなので綺麗になおし、枕と布団も真っ直ぐにセットする

後は机に散乱している書類だ
執務机に歩み寄り、ハンジさんの邪魔にならないように気を付けながら整理していく

ついでに書類にも目を通していく
大量の実験案や、機材の事が書かれていた
もしかして昨日全部書いたのかな…?
だとしたら徹夜かもしれない
それくらいの量だった

ハンジさんの顔を見ると、目元にくっきり疲労の色が出ていた

やはり昨夜は部屋にいたんだな
…少し寂しい気持ちになった
私は多分、避けられていたんだろう

目を伏せて、肩で息をした

執務机も片付いたので、邪魔にならないように後ろに控えた

ハンジさんは熱心に書類に見入って、時折ペンを走らせた

ハンジさんの背中
思えばいつもこの人の背中を追いかけていた
時に頼もしく、時に悩ましく、時に危なっかしく、例えどんな時でもこの背中についていった

もうこの背中を追うことは許されないのだろうか
いくら書類が受理されなくとも、ハンジさんが拒絶すれば、もう背中を追うことは出来ない

「よし、全部見たよ。完璧だ」
ハンジさんは書類を机に置いて、そう言った

「良かったです」
「…ところで、聞きたいことって、何?」
ハンジさんが椅子から立ち上がり、私の方を見た
その表情はひどく神妙だった

「ハンジさん、この異動届けの件ですが…」
エルヴィン団長から預かった異動届けを見せる

「ああ、私が書いてエルヴィンに出したよ。やっぱり受理されてなかったんだね」
ハンジさんが目をそらした

「理由をお聞かせください、ハンジさん」
「…理由なんてないよ。そうした方がいいと思ったから。私が」
ハンジさんは私の目を一向に見ようとはしない

「そうした方がいいと思った理由を、教えていただけませんか、ハンジさん」
私はずっとハンジさんを見据えている

「…何でもいいだろ?」
「ハンジさん、教えて下さい」
「嫌だ」
ついには顔を背けた
私は盛大にため息をついた

「わかりました、では私は技工班に参ります。ただし」
ハンジさんに歩みより、その疲れた顔に触れる
「きちんと寝てください。昨日は徹夜でしたよね?食事もろくにとっていませんよね?ちゃんと三食食べて下さい。それだけ約束して下さい」

「…」
ハンジさんは無言でじっと私を見た
「では、この異動届けをエルヴィン団長に提出して参ります。ハンジさん、長い間お世話になりました」
敬礼をして、踵を返した

踵を返した私の手を握るハンジさん
「だってさ、指、怪我しちゃうじゃないか…」
「……はい?」
「大事な指が、使えなくなったら大変だろ…?」

私が振り返ると、今にも泣き出しそうな、見たことの無い表情のハンジさんがそこにいた

「指の事だったんですか…なんだ…」
ほっとし過ぎて倒れそうになった

「モブリットのピアノはきっと王都のピアニストにも負けてないよ。ブランクがあるのに、素敵な演奏でさ…真面目にピアノに向かえば、立派な演奏家になれるよ」
私の手を握って、熱く語るハンジさん

「だから、指を怪我する可能性の低い裏方に回そうとしたんですか…」
「…うん、悩んだ末の結論だったんだ。お試しにモブリット抜きの生活にチャレンジしたんだけど…」
そこでハンジさんはうつ向いた

「寝ないわ食べないわ、部屋はぐちゃぐちゃ…になったわけですね、ハンジさん」
「…ああ、そうなってしまった」
そう言って項垂れるハンジさんが妙に愛おしく思えた

とりあえず、ハンジさんをベッドに腰掛けさせて、私はベッドサイドの椅子に腰を下ろした

「ハンジさん、まずはですね、私はピアニストになるつもりはありません。ピアノは好きですし、これからも弾けたら弾きたいですが…」
「うん」
ハンジさんは私の手を握ったまま頷いた

「まずは、調査兵団として巨人の問題を解決したいのです。それが最優先です」
「そっか」
ハンジさんは私の手を自分の手のひらに乗せて、指を触った

「その後、人類に平和が訪れて、戦わなくてよくなったら、その時はピアノを頑張るかもしれませんね」
「うん」

「ですから、今は指の心配はしないで下さい。ハンジさん、私はできる限りあなたのお側にいたいと思っていますから」
ハンジさんの手を、そっと握った

「一緒に戦わせて下さいね」
「…ああ、よろしく、モブリット」
泣き笑いの様な表情のハンジさんに、微笑みかける
「私の事、真剣に悩んで下さってありがとうございます、ハンジさん」
ハンジさんの頭をそっと撫でた

「モブリット、隣に座って」
と言われたので、ハンジさんの隣に浅く腰かけた

私の右手のひらを自分の手のひらに重ねるハンジさん
「モブリット手、大きいよね?」
「そうですね、あなたよりは…」

「よく知ってるはずの手なんだけど、こんなに大きいな手だって最近気が付いたよ…私はモブリットの事をまだよく知らないのかもね」

そう言いながら、もう片方の手を私の手に乗せて包み込む
温かい何かがハンジさんから私に流れている気がした

「私もハンジさんの事は未だによく分かりませんよ」
「そうかな?私なんか分かりやすいよ?」
首をかしげるハンジさん

「分かりにくいですね」
きっぱり言い切った
「分かれよ!?」
ハンジさんはぷりっと膨れた

「今回なんて、本当に分からなくて焦りましたよ…」
「そっか…ごめんね、モブリット」
申し訳なさそうなハンジさんが、とても愛らしかった

「ねえねえモブリット、今日弾いてた愛の夢、あれもう一度聞きたいな」
甘える様に私の顔を覗くハンジさん

「気に入って貰えましたか?」
「ああ、凄く素敵だったよ」
私の肩にコツンと頭を置いて、呟くように言った

「今日はもう遅いので、明日弾いて差し上げますよ」
「ほんと!?やったあ!!楽しみにしてるよ、モブリット」
ハンジさんはそう言うと、私の頬にキスをした

「それは、騒がせたお詫びね?」
と、いたずらっぽい笑みを浮かべたハンジさん

「そんな所にキスでは済まないくらい焦りましたよ…」
私はぼそっと呟いた

「ん?何か言ったかな?モブリット」
私の顔を覗くハンジさん
「いいえ、独り言ですからお気になさらず」

「どこにキスして欲しいのかな?モブリット副長」
と言いながら、私の頬に手を伸ばした


「別にいりませんが、強いて言うならおでこですかね、分隊長」

「ええっ!?こういう時は口って言わないかな普通!?」
「そんなもんですかねえ?」

ハンジさんは、とぼける私の額を指ではじいた
「モブリットの馬鹿!!」

「馬鹿で結構ですよ。そんな事の前に、先に疲れきった顔を何とかしましょうね」
ハンジさんの頬をそっと撫でた

「君も、疲れきった顔をしてるよ」
同じ様に頬に手で触れるハンジさん

「昨夜眠れなかったので…」
「…私も眠れなかったよ」
お互いの顔を見合う

「モブリット、酷い顔」
眉をひそめるハンジさんの顔は、酒に酔ったかの様に赤く染まっていた

「あなたも相当酷い顔ですよ、ハンジさん」
そのまましばし見つめ合っていたが、何時の間にかどちらからともなく、唇を重ね合わせていた

キターーー!

しばらくの間、柔らかいその感触を自分の唇で堪能し、そっと離した

ハンジさんは目を開いた
潤んだような瞳に映るのは私の顔
思わずそのまま押し倒したい衝動に駆られるが、理性がそれを押し止めた

「さあ、今日はきちんと休みましょうね」
そう言う私に訝しげな表情を見せるハンジさん

「ええっ!?もう終わり?夜はこれからだろ!?」
「夜は寝る時間ですよ、ハンジさん」
詰め寄るハンジさんに諭すように言った

「だってさ、そういう雰囲気だったじゃないか!?」

「今日は、きちんと休んで頂きたいんですよ。そんなに疲れた顔をされていては、出来るものも出来ないんです」
私はそう言って立ち上がり、ハンジさんの寝間着をタンスから取り出す

ハンジさんが急に立ち上がり、手をパチンと叩く
「そうか!モブリット、君はまだ若いのに精力が減退…ブフッ」
ハンジさんの顔に寝間着を投げつけた

「あほなこと言ってないで、着替えて寝なさい」
「上司に服を投げつける副官でどうよ…?」
「あなたがいらない事を言うからですよ!?」
ハンジさんはまだ膨れていたが、諦めたようで、洗面室に着替えに行った

イイ!!!!!

着替えに行ったハンジさんの後ろ姿を見送り、ふぅと息を吐く

自分の欲求をそのままぶつけても良かったのかもしれないが、やはりあの疲れた顔を見ていると、そんな事より大切なものが見えた

何よりもハンジさんの体が一番大切なのだから
本人は私の気持ちなんてわからないだろうが…

「お待たせ!!さあ添い寝してくれ!!」
ほら、あほな事を言ってる
「しませんよそんなの。私が眠れないじゃないですか。私は部屋でゆっくり寝ます」

「モブリット、寂しいんだよ!!一日会えなかったからさ…」
甘える様に上目使いをしてくるハンジさんは、正直かわいい

「寝るまでそばにいますから、ベッドに横になってくださいね、ハンジさん」
私はハンジさんの手をとってベッドにいざなった

「わかったよ、モブリットには私が女に見えないって事が…」
ベッドに横になりながら聞き捨てのならないことを言ったハンジさん

「そんなわけないじゃないですか」
ベッドに横たわったハンジさんに布団をかけてやりながら言った
「ならいいけど…」
拗ねるハンジさんの額を優しく撫でた
「おやすみなさい、ハンジさん。しっかり疲れをとって下さいね」
「うん、ありがと、モブリット。君も早く寝なよ?おやすみ」
そう言ってハンジさんは目を閉じた

程なくスースーとかすかに寝息を立てて、寝むりについた
私は、ハンジさんの額にそっと唇を落として、部屋を後にした

部屋に戻り、寝間着に着替えてベッドに横になる
…何だか本当にホッとした

ハンジさんが、見当違いながらも自分の事を考えてくれていたのは凄く嬉しいし、またあの人の背中を追えることも、やはり嬉しい…今までは当たり前の事だったのだが

キス以上の事を要求してくるハンジさんも、とても可愛く思えた
よくぞ私の理性がもったものだと思う

今日は胸がいっぱいだ

そう言えば今日は夕食も食べてなかったな…
今は食事よりも睡眠が必要だ

目を閉じた…
布団にくるまると、体も心も暖かくなって直ぐに眠気が襲ってきた
おやすみなさい、ハンジさん

>>117>>119
コメントありがとう!!

更新乙
今回のモブリットと言い、前回のリコと言い、メインじゃないキャラの話だけどおもしろい
続き期待

>>123
ありがとう!!がんばります!!

明朝…いつも通り起床し、兵服に袖を通す

窓からは明るい日射し
うららかな朝、何気ない日常
昨夜はおかげさまでよく眠れた…目の下の疲労の色もすっかり落ちていた
さて、ハンジさんを起こしに行こう

トントン、とハンジさんの部屋の扉をノックをする
「ハンジ分隊長、おはようございます」
反応なし

扉のノブを回すと、鍵は開いたままだった
「ハンジさん、失礼します」
部屋に入ると、まだベッドで眠っているハンジさんの姿が目に入った

布団がまたベッドの下に落ちていて、寝間着の上着もへその辺りまでまくれあがっていた

そんなハンジさんが寝ているベッドに歩み寄り、声をかける
「ハンジさん、起きて下さい。朝ですよ」
「うーん、まだ眠い…」
うつ伏せになって、まだ寝ようとするハンジさん

「ハンジさん、駄目ですよ。今日も朝から全体演習ですから」
うつ伏せになったハンジさんを仰向けにした

「うーん、モブリット…」
ハンジさんの腕が私に伸び、いきなり抱き寄せられる
「ちょっ…!!」
ハンジさんの胸に思いきり顔を埋める結果になってしまった


「おはよーモブリット」
そのまま、私の頭を優しく撫でるハンジさん
「お、はようございます…」

「さ、起きなきゃね」
ようやく解放された私の顔は、多分真っ赤になっているはず

「早く兵服に着替えましょうね、ハンジさん」
私は顔の赤みを隠すように、ハンジさんの兵服を準備し、ハンジさんに手渡した

「モブリット、朝から顔が真っ赤。お酒でも飲んだの?ふふ」
いたずらっぽい笑みを浮かべるハンジさん

「朝からお酒など飲むわけないでしょう?」
「じゃあなんで顔が赤いのかなぁ?」
立ち上がり、私の顔を覗き込むハンジさん

眼鏡をかけておらず、髪も纏めていないハンジさんは、いつもより魅惑的に見えた
「何故でしょうかね…そんな事はどうでもいいので、さっさと着替えてきて下さい」

「モブリットって恥ずかしがりだなあ」
「早く着替えてきなさい!!」
私の叫ぶような言葉に、ハンジさんはペロッと舌を出して、踵を返した

どのハンジさんも、魅力的なんだよな…

「お待たせ、モブリット!!」
洗面室から兵服姿で出てきたハンジさん

ハンジさんの顔も疲れが抜けて、生き生きと輝いている
しかし、一つ気になる事があった

私は静かにハンジさんに歩み寄り、その顔に手を伸ばす

「また、汚れたままですよ…」
徐に眼鏡を外し、布で拭く
「眼鏡か、忘れてた!!」
「これだけ汚れていれば、視界絶対に悪いと思いますけどねぇ…」
綺麗に拭き終えて、もう一度ハンジさんに掛ける

「困ったことに、汚れていても気にならないんだ」
にやっと笑うハンジさん

「部屋も私がいなきゃぐちゃぐちゃですしね…このままじゃ嫁の貰い手がありませんよ…?本当に」
顔をしかめる私

「えっ!?モブリットが貰ってくれるんじゃないの!?」
ハンジさんは、鳩が豆をくらったような顔をした

「もう少しきちんとしてもらわなければ困りますね…」
ため息混じりに言う私に
「モブリットは私のだらしない所が好きなんだと思ってた!!」
と目を丸くした


「だらしないのが好きなわけないでしょうが!!何とかして下さいよ!?」
「がーん!!そうだったのか…」
頭を抱えるハンジさんの肩をぽんと叩き
「あなたのだらしない所が好きなんじゃないですよ。別の所が好きなんです」

「へー、どこどこ?」
「秘密です。だらしなくなくなったら教えます」
口に人差し指を当てて言った

「じゃあ一生教えて貰えないじゃないか!?」
「少しは努力しようとしなさい!」
ぷうっと頬を膨らますハンジさんはやはり可愛かった

今日も朝から全体演習だ
前回同様新兵を交えて郊外での長距離策敵陣形の確認である

「さあて、今日もやりますか!!」
ハンジさんは馬上で大張り切り

「くれぐれも無茶はなさいませんように…ハンジ分隊長」
ハンジさんに馬を寄せて進言する

「無茶なんてしないよ、ほんと私は信用ないなあ」
横目で恨めしそうに見てくるハンジさん

「信用はしていますよ。念のために言っているだけです。巨人が現れなくて暇だからって、班員の馬にいたずらしたり、休憩中に居なくなったりなさいませんように」

「馬にいたずらって、ただたてがみと尻尾を三編みにしたりするだけじゃないか…」
膨れるハンジさんは無視して馬を戻す

「リボンまでつけてたじゃないですか…?」
「モブリットには特別!」
後ろを振り返るハンジさん
「余計な事はなさらないで下さい!!」

そうこうしている間に、演習がはじまった

二人とも可愛いよ

朝から昼までみっちり、策敵陣形の実施確認を行い、昼の休憩に入った

野戦糧食をポリポリとかじりながら、寝転ぶハンジさん
「あー美味しくないなあ」
「まあ、仕方がないですよ。味よりエネルギー重視ですしね」
ハンジさんの隣に腰を下ろして野戦糧食をかじる

「ああ、そうだよね。もう少し味に工夫があればなあ…」
ハンジさんは野戦糧食を日光に翳すような仕草をした

「明日は久々の一日非番ですから、何か旨いものでも食べに行きますか」
そう言った私の言葉に、がばっと体を起こすハンジさん
「でっ、デートのお誘いですかっ!?」
辺りに響き渡るほどの大声で叫んだ

「…やっぱり止めておきます…」
周りの兵の視線が確実に自分達に降り注いでいるのがわかる…
私は頭を抱えた

「なんだよそれ!?」
「分隊長、なんでこんな時だけ声が大きいんですか?!」
「興奮するとつい!!」
「落ち着いて下さいよ…」
はぁ、とため息をついた


「デート、いいですね?分隊長、副長」
からかうように言ってきたのはケイジだ

「旨いもの食べに行きますかって言っただけだよ、私は…」
私がそう言うと、部下達が口々に話し出す

「でも、ハンジ分隊長お一人を誘って行く予定だったんでしょう?モブリット副長?」
もう一人の女性班員は、好奇心旺盛な目を私に向けていた

「やっぱり分隊長と、そういう関係だったんですね」
これは通称ゴーグルのガタイのよい班員が言った

「そう、モブリットは強引なんだ…いつもね…?」
ハンジさんが何故か恥じらってみせた
「あんた何を言ってくれてるんですかっ!?」
慌てて否定したが、時すでに遅し…
「副長って顔や普段の行動に似合わず積極的なんですね」
…もはやどうでもよくなった…

「モブリット副長、ご無沙汰なんて嘘だったんですね?」
女性班員が眉を潜めた

「!?」
びっくりして、言葉が見つからない…いきなり鈍器で頭を殴られた様な衝撃を感じた…

「ご無沙汰な訳ないじゃないか。四六時中分隊長と一緒にいるんだぞ?」
ゴーグルが女性班員に真剣な眼差しで言う

「副長は真面目だから手は出してないと思ってました!!」

「モブリットは、私に手は出していないよ」
ハンジさんは口元に笑みを浮かべながら、女性班員の肩にぽんと手を置いてそう言った

「そうですよね!?そうだと思ってました!!」
そんな女性班員を尻目に、ゴーグルは

「副長!!本当なんですか!?今まで一度も!?じゃあ何の役得があって分隊長の補佐を…むぐぐ…」
「副官の鑑ですね。モブリット副長は」
ケイジはゴーグルの口を手で押さえながらフォローした

「ああ、本当に。良くできた副官だよ」
ハンジさんは私の肩に手を置いて、あでやかに微笑んだ

午後からの全体演習は午前中よりも少し発展させ、目標となる巨人に見立てた木の張りぼてを各所に立て、それを陣形を崩さずに避けて行けるかを確認した

実際の巨人は動くので、気休めにしかならないのだが、目標発見と、陣形の確保の訓練には十分ではあった

普段は先程のように下らない会話を交わしていても、訓練や実践になると皆一様に真剣だ…当たり前だが

新兵が陣形を確保するのにもう少し訓練は必要だが、今日の所は十分な成果をあげたようで、訓練は終了した

兵舎に帰り、ハンジさんを部屋に送る
「モブリット、私は風呂に行くよ。君はどうする?」
部屋のベッドに飛び込んで寝転びながら私に問う

「では私も風呂に行きます」
「なんなら一緒に入る?」
体を起こして、私に魅惑的な視線を送るハンジさん

「私は副官の鑑なので、そういう事は一切しません」
ふいっと視線を反らし、ハンジさんの着替えを準備する

「えー!?」
「大体、風呂は男女別ですから一緒になんて無理でしょう」
着替えを纏めて、ハンジさんの膝の上にぽんと乗せた


「じゃあ、今度ユトピア区の温泉に行こうよ?一緒に入れる所あるよ?」
「…わたしは副官の鑑なので、と言いませんでしたっけ?」
努めて冷たい顔をした

「まだ根に持ってるのぉ!?機嫌直してよ!?」
ハンジさんは顔を真っ赤にして拗ねた

「人前で…特に部下の前でややこしい発言をなさらないと約束して頂けるなら考えますよ」

「それは、約束できない!!だって面白いんだもん」
私に抗議する様なハンジさんの頬をつねる
「私を面白おかしく使わないで下さい!!」
「痛いよモブリット、暴力だ!!」
そんな会話をした後、風呂に行った

>>130
ありがとう!!

いつも楽しみにしてます

>>137
ありがとう!!

風呂に入った後、ハンジさんの部屋で部屋の主の帰りを待つ

夕食までの穏やかな時間
ベッドメイクをし、その上に寝間着を用意しておいた

ふぅと息を吐き、ソファに腰をおろす

ハンジさんの話を思い出す
…ユトピア区の温泉か
行ってみたい気もする

いや、一緒に風呂に入りたいという理由じゃない、温泉に入った事が無いからどんなものかなあと…

ハンジさんは一緒に入りたいって言ってたよな…
恥ずかしくはないんだろうか

いかんいかん、想像するな!!
頭をぶんぶん振る

明日は久々の非番
何処に行こうか考えないとな…

ソファに座って目を閉じていると、扉がガチャリと開いた

「ただいま~!モブリットお待たせ」
ハンジさんがタオルで髪を拭きながら部屋に入ってきた

「お帰りなさい、いい湯でしたか?」
「うんうん、疲れがすっきり取れたよ!!」
そう言いながら、私の隣に座る

二人掛けのソファなので、ハンジさんの洗いざらしの髪の匂いまで把握できる距離だ

「タオルを貸してください」
ハンジさんからタオルを受け取り、ハンジさんの髪を乾かす

「いい匂いするかな?」
「…はい、しますよ。ハンジさん」
ハンジさんの髪に顔を近づけて呟くように言う
「今日はしっかり乾かしたよ、あまり濡れてないだろ?」

「そうですね、一応しっかり乾かしておきましたよ」
私がそう言うと、ハンジさんは体ごと私の方に向き直った

「ありがと、モブリット」
ハンジさんの腕が、私の首に回される
「は、ハンジさん…」
「モブリットもいい匂い…」
私の髪の匂いをくんくん、とかいで、耳元でささやいた

私の理性の箍が、外れそうになるのを必死で耐えた…

ハンジさんは、私の首に回した腕を解き、その手を私の頬に伸ばす
「モブリット、顔が真っ赤になってるよ?」
ハンジさんの手は、私の頬に優しく触れた

「耳元でささやかれると、だめですね…」
「嫌なの?」
首を傾げるハンジさん

「嫌では無いんですが…恥ずかしいですし、むず痒いですし…」

「嫌じゃないなら良かった!!でも、モブリットは耳が弱点て事は解ったよ!!」
そう言って、思わずぞくっとするような魅力的な笑顔を見せた

「ハンジさんの弱点は…」
「それは自分の手で調べてね、モブリット」
私の額をピンと指で弾き、いたずらっぽい笑みを浮かべた

夕食の時間になったため、食堂へ行った

「今日はトマトスープ煮込みだよ!!美味しそう!いただきまーす!!」
ハンジさんは席につくなり食事をかき込み始めた

「いただきます…トマトスープ煮込み美味しいですね」
「ああ、美味しいね!!」
ハンジさんはにこにこしながら料理に舌鼓を打っている

私の好きな笑顔だ
大人の女性がたまにみせるあどけない表情

見ているだけでこちらが幸せになれそうな、そんな表情

ずっと側で、見ていたい

夕食後、食堂を出ようとする私に、ピアノの生徒達が声を掛けてきた

「モブリット副長、今から少しお時間取れますか?」
女性兵士の言葉に、私の視線はハンジさんへ

「あ、もしかしてエルヴィンが言ってたやつかな?モブリットがピアノの先生してるって」
思い出したかの様に、手をぽんと叩くハンジさん

「そうなんです、ハンジ分隊長」
私は頷いた

「今からちょうどピアノの部屋に行く予定だったし、見てあげればいいよ。私も見学するけどね?」
ハンジさんは彼女らににこやかに微笑んだ

「わー!ハンジ分隊長も一緒なんて嬉しい!!よろしくお願いします!!」
と言うわけで、物置部屋に5人で向かった

彼女らが順にレッスンをしている間、ハンジさんは私の隣に座って腕組みをして、真剣に聞き入っていた

たまに私が手本を聴かせる時には、彼女らの隣に移動して弾くのだが、ハンジさんはその様子も食い入るように見ていた

「皆上手だねぇ!!感心するよ!!」
レッスン後、拍手で生徒達を誉めるハンジさん

「ありがとうございます!!」
「下手ではずかしいです…」
「分隊長ありがとうございます!!」
彼女らは頬を染めながら頭を下げていた

彼女らにとっては、ハンジ分隊長は憧れの存在である…女性だてらに調査兵団の幹部なのだから

「じゃあ、頑張ったご褒美にモブリット、何か一曲弾いてあげて?」

「モブリット副長お願いします!!」

彼女らの願いに答えるべく、ピアノの椅子に腰をおろす
「何がいいかな?」
という問いに、何故かハンジさんが…

「狂おしいほど熱いやつが聴きたいな!!甘くないやつ」
「私も熱いのが聴きたいです!!」
「聴きたい聴きたい!!」

…となるとあれかな
「じゃあ、《ベートーヴェン ピアノソナタ 第23番 熱情 第三楽章》で…」
椅子に腰をおろし、背筋を伸ばす

熱く激しい感情の嵐が、音にのって吹き荒ぶ…
冷静な自分をかなぐり捨てる程に、情熱よりも熱い熱を発するように…

演奏を終えると、女性達が皆拍手をくれた
「クソ熱かった!!モブリット!!」
「モブリット副長、甘いのもいいですが、熱いのも新鮮…」
「かっこいい…」
「最後のプレスト(極めて早く)の部分なんか鳥肌が立ちました…」

短いリサイタルが終わり、生徒達が部屋を後にした

「モブリット、お疲れ様!いい先生ぶりだったよ」
ピアノの椅子に座る私の肩をぽんと叩き、その隣の椅子に腰をおろすハンジさん

「そうですかね…殆ど何もしていませんよ」
ぽんぽんとピアノを鳴らすハンジさんを見ながら言った

「ちゃんとアドバイスしていたじゃないか?優しいモブリット先生」
ハンジさんは、寛いだような柔らかな笑みを浮かべて私の顔を覗きこんだ

その表情に、思わず見とれて目が離せなくなる
「優しい…?いつも通りですよね」

「そうだね、鼻の下も特に伸びてる様子は無かったしね」
ハンジさんはふふっと笑って、私の鼻の下を人差し指で触れた

「そんな事をチェックされていたんですか…ハンジさん」

「…かっこいいって言われていたね、嬉しい?モブリット」
ハンジさんの指が、私の頬をゆっくり撫でる

「特に何とも思いませんよ…」
その魅惑的な表情と、頬を撫でる指の動きに心臓が早鐘を打つ

「そうなんだ…」
更に顔を近づけるハンジさん

「あなたにそう言われたなら、嬉しいですが…」
その私の言葉を合図に、ハンジさんの唇が私のそれにそっと触れた

「モブリットはかわいい」
唇を離すと、愛おしそうに私の頭を撫でるハンジさん

「いつも言ってますが、かわいい…は男には誉め言葉ではありませんよ?ちっとも嬉しくないです」
眉をひそめる私に、困ったように首を傾げるハンジさん

「君はわがままだねえ、モブリット。かわいいものはかわい…」
私はしつこいハンジさんの口を、半ば強引に口で塞いだ

塞いでいた口を離すと、ほんのり頬を染めて、意外そうに私を見つめるハンジさんがいた

「まだ、かわいいと言いますか?」
私のその問いに、ハンジさんは…
「またさっきみたいにキスしてくれるなら、言うよ…?」
と、艶やかに微笑みながら言うのだった

くう~www


いいぞ、もっとだ。

>>148
もっとですか!!

「顔に似合わず積極的なモブリット副長かあ…ふふっ」
思い出したように笑うハンジさん

「な、何ですか急に…そういえば誰かそんな事言ってましたね」

「ケイジだよ、そう言ったのは。当たってるね?モブリット、ふふ」
愉しげに笑うハンジさんは、顔が心なしか紅潮していた

「…たまには、いいじゃないですか」
俯き、ぼそっと呟く私

そんな私の膝に置かれた手を握り、ハンジさんは、優しいが、どこか誘う様な声色で言葉を紡ぐ

「いつも積極的でも…私は、全然構わないんだよ?モブリット」

その誘う様な声色が、私の体の芯を甘く刺激する

顔を上げると、ハンジさんの普段は見せないような、熱っぽく艶やかな眼差しが、私を射抜いた

その瞬間、辛うじて残っていた私の理性を守る壁が、崩壊寸前まで追い込まれた

理性の箍が外れかかった私は、ハンジさんの唇に、自分のそれを強く密着させる

何の遠慮もなく、目の前にいるのが、自分が守るべき上官だという事も脳裏から消し飛ばして、激しく求める

それに答えるかのように、私の体に腕を回してくる…ハンジさん

そのまま思う存分お互いの唇の感触を味わった

唇を離すと、いつの間にかハンジさんが私の膝に跨がっていた

それと当時に、私の崩壊しかかった理性の壁が復活した

「…さて、あなたのリクエストの《愛の夢》を弾きましょうか」

「…えっ?続きは…?!」
きょとんとするハンジさん

「こんな場所では出来ませんし」
ハンジさんを膝の上から退かして、ハノンを流し弾きしはじめる

「えー!!またお預け!?」
「そういうわけではありませんが、折角ピアノの前にいるんですから…」
「えー!!私はスイッチが入ったのに!!」
膨れるハンジさんは、私に咎める様な視線を送った

「スイッチを入れてしまって申し訳ありませんが、この部屋ではやめておきましょう」
私のその言葉に、ハンジさんが何かを感じた様子だったが

「ま、ここはピアノを弾く部屋だしね?」
と私の肩にぽんと手を置いて言った

「ねえ、モブリット。皆の前で《愛の夢》弾いた時さ、何を考えながら弾いてたのかな?」
私の顔を覗きながら言うハンジさん

「どうしてですか?何か変でしたか?」

「うーん、いつも見せないような顔してたからね。憂いを秘めたと言うか…絶対何か考えて弾いてるなって思った」
ハンジさんが、ぽんぽんぽんと鍵盤を指で弾く…高音部のコロコロとした可愛らしい音が鳴る

「この曲には、実はいろいろな思い入れがありまして…」
私は正直に、子どもの頃の話をした


「…へえ、この曲を最後に弾いてあげたんだね。その、初恋のお姉さんに…」
ハンジさんはもう一度、ピアノを鳴らす

「はい。皆の前で演奏した時には、そのお姉さんに届くように、鳴らしました」

「なるほどね、だからあの表情だったんだ」
ハンジさんは納得したように頷いた

「でも、ハンジさんの事も、考えて弾いていました」

「…そうなの?」
ハンジさんが、私を見つめる

「はい、じゃじゃ馬なハンジさんが少しでも大人しくなります様にと願いを込めて…」

「…なんだよそれ!?お姉さんの扱いと違いすぎやしないかな!?」
詰め寄るハンジさんに、眉を潜める私
「当たり前じゃないですか。正反対なんですから」

「モブリットなんて嫌いだ!!」
顔を真っ赤にして怒るハンジさんに、私は…


「私は、貴女が好きですよ。嫌われていても構いません。…私の貴女への想いを音色にのせて弾きますから、聴いて下さいますか?」

私の、唐突な告白
今まで出せなかった勇気
お姉さんのピアノは、こんな所に来てまで、私に勇気を与えてくれた

貴女は私の為に、私の背中を押す為にここに来てくれた
そう、確信した

私の告白に、春のそよ風の様な、柔らかく暖かい笑みを浮かべたハンジさんは、静かに言葉を発する
「今は私だけのために、弾いてよね?」
その唇は、言葉を発しながら軽く私の頬に触れた


私は頷き、目を閉じる
背筋を伸ばし、指を鍵盤に乗せる
隣に座る何よりも大切な女性に、私の全ての想いをのせて…

『リスト 《愛の夢》第三楽章《おお、愛しうる限り愛せ》』

《汝、能う限りの愛を持って、彼女を捕らえ、彼女に喜びを与え、悲しみを与えるな》

この曲についた詩の如く、私の愛を全て、貴女に捧げます

変イ長調の柔らかいアルペジオ、甘い旋律に私が能うる限りの愛をのせて…
真摯に、甘く、まるで夢の中にいるような優しい感覚で…奏でる

演奏を終えてふぅと息をつき、ハンジさんの方を向いた

まるで夢の中にいるような、とろんとして潤んだ瞳に、まるで蕾から花が咲こうとしている様にふわりと開かれた唇

今までに一度も見たことがない、ハンジさんの表情
その表情に、目を奪われる…

「ハンジさん、届きましたか?私の音色」
「…ああ、届いたよ。素敵な演奏だった…」
今にも花咲きそうな唇に、それを手折らぬよう、優しく唇を重ねる

「モブリット…」
唇を離すと、名残惜しそうに吐息をもらす、ハンジさん
吐息と共に、私の名を呼んだ

「はい、なんでしょうか」
「…私も、モブリットが好きだよ」
「ありがとうございます、ハンジさん」
もう一度、軽くついばむ様にキスをした

私は、一番大切なものを、手に入れた

「ねえモブリット」
「何ですか?」
「…私も弾ける様になるかなあ」
ぽんぽんとピアノを弾くハンジさん

「練習さえすれば…根気よく。早速お教えしましょうか?」
私の言葉に、まるで春が来たような笑顔になるハンジさん

「モブリット先生、よろしくお願いいたします!!」
「じゃ、とりあえず座ってみて下さい」
ハンジさんは私が座っていた椅子に腰を下ろす

「ピアノに手を置いてみて下さい」
ハンジさんはピアノに叩きつけるように手を置く
当然の事ながら不協和音が鳴り響く

「ちょっと、ハンジさん!!置くだけですよ!?弾けとは言ってません!!」

「えー!!モブリットの真似してるだけだよ!?」
体をくねらせながら、瞳を閉じて雑音を奏でるハンジさん…

「こんな感じだろ!?」
「私はそんなに体をくねくねさせてません!!」
「させてるって!!」
「まず、座り方がなってない!!背筋を伸ばしなさい!!」
バシッとハンジさんの背中を叩く

「暴力先生だ!!」
「あんたが言うことを聞かないからでしょうが!?」
いつも静かな物置部屋に、悲鳴と笑い声が響き渡った

「あー面白かったね…あはは!!」
物置部屋からハンジさんの部屋に戻り、ベッドに腰掛けて身をよじりながら笑うハンジさん

「全く!人が真面目に教えようとしているのにふざけてばっかりで、あなたは!!」
ハンジさんの寝間着を用意しながら毒づく

「絶対似てるもん、モブリット物まね!!今度皆に見せよっと!!絶対受けるよ!?…ってうわ!!」
ハンジさんに寝間着を投げつけた

「そんなもの、皆に見せんでよろしい!!」

「また上官に服を投げつけた!暴力先生な上に、暴力副官だ!!」
「減らず口ばかり叩いてるからですよ!?さっさと着替えてきなさい!!」

私の叫びに首をかしげるハンジさん
「モブリット、こっちきて?」
と言って、私を手招きする

私が歩み寄った瞬間、ハンジさんは身を翻し、私をベッドに押し倒す

そして、私の弱点である耳元に吐息混じりにささやく
「今日は寝間着はいらないよ…?着ないもん」

その甘い刺激に、一度は再構築された私の理性の壁が、完全に決壊した

お互い限りなく側にいながら、触れ合う事が出来なかった、長い時間を埋めるように…
全身でお互いの愛を確かめ合う

心も体も一つに成るほどに、お互いを求め合う…

「ねえ、モブリット、寝たかな…?」
何度も体を重ね、お互いの体の隅々まで知り尽くした…さすがに疲れた

「いえ、起きていますよ。ハンジさん」
私の腕を枕に寝転んでいるハンジさんに体を向けて、乱れた髪を手櫛で解かす

ハンジさんは、私の指が髪を解かす際に耳に触れる度に、体をびくっとさせる…先程の行為の名残のせいか、まだ敏感な様だ

「私の弱点はわかった?」
「…あなたは弱点だらけでしたね」
私の指を、耳から首筋、そして背中へとすっと這わすだけで、ハンジさんの体は反応する

「弱点だらけかあ、モブリットはエッチだからなあ~」

「…そこは否定しません。男はそんなものですし」
ハンジさんの背中に指で円を描く様に触れると、また体を震わせた

「…モブリット、ずっと側にいてね、これからも」
ハンジさんは私の胸に頬を寄せた

「あなたがいつも笑顔でいられるように、お側でお守りします。私はあなたの笑顔が大好きですから」
私は言葉を発しながら、ハンジさんの頭を優しく撫でた

「私も、モブリットを守るよ。…大好きだから…」
そんな可愛らしい事を言うハンジさんを、もう一度自分の下に組敷いて、その唇を奪う
そして、そのまま優しく抱きしめた

「モブリット、眠たくなってきちゃった。まだ寝たくないのに…」
私の腕の中であくびをもらすハンジさん

「もうそろそろおやすみ下さい。明日も明後日も、一緒に居られるんですから」
私の腕の中にいる、限りなく愛しい人の頭を、優しく撫でる
「…うん、わかった…おやすみ、モブリット」

「おやすみなさい、ハンジさん。いい夢を」
お互いの温もりに抱かれて、二人にとって初めての夜は更けて行く…

「ハンジさん、おはようございます」
翌朝、私はいち早く起きて服に袖を通し、いつものようにハンジさんを起こす

いつもと違うのは、今日は朝までずっと一緒だったという事だけだ

「うーん、もう朝…?」
むっくりと体を起こすハンジさん
次の瞬間…
「ぎゃっ?!何も着てない!」

「当たり前じゃないですか。昨夜あなたがご自分で、寝間着はいらないよっていったんでしょうが」

「やっぱりあれは夢じゃなかったのか!!」
「…あれって何ですか?」
「え、いや…何でもないよ…」
顔を真っ赤に染めるハンジさん

「とりあえず、着替えてください」
私はいつものように着替えを手渡す

「モブリット、着替えさせて!?」
「何あほなこと言ってるんですか?!」
「いいじゃんもう、全部見せちゃってるんだからさ、着替えさせてよ!?」
私の眉が限界まで引き絞られる

「あなたの介護をしてるんじゃないんですよ!?私は!!着替えるの面倒だからってやらせないで下さい!!」


「駄目かあ…」
「ダメです。早くしないと先に食堂行きますよ?」
「それは嫌だ!!一緒にいるって約束だろ!?」

私にしがみつくハンジさんの額を指ではじく
「だったらさっさと着替えなさい!!」
「はぁい」
はぁ、いつも通りの日常だ

「お待たせ!!モブリット」
私服に着替えたハンジさん
洗面室から出るなり、私に抱きついてくる

「おはようのキスがなかったよ…?」
といたずらっ子のような目差しを私に向ける

私はハンジさんの唇に、軽く自分の唇を合わせた
「これでいいですか?」
「…明日からは、起きたらすぐしてくれなきゃやだよ?」
私を上目使いでみるハンジさん

「考えておきます…」
「絶対だよ!?」
「はいはい…」

「何だよその乗り気じゃない感じは!!昨日あれだけ愛し合ったと言うのに!!そうか、モブリットはもう私に飽きたんだ!!そうに違いない!!」
叫ぶハンジさんに、私は…

「飽きるわけないでしょうが!!ずっと一緒にいるって約束しましたよね!?さ、さっさと朝食食べて出掛けますよ!?」
そう言って私が差し出す手を握るハンジさん

「デートにしゅっぱーつ!!」
こぼれるような明るい笑顔で叫んだ


私はこれからも、この手をずっと離さない

この笑顔を守り続ける

能うる限りの愛を持って、ハンジさんを笑顔にする

その気持ちが、私をもっと強くする

二人の道は交わったばかり
これからゆっくり歩んで行こう
未来へ向かって…

ー完ー


ハンジのエロ可愛さに惚れた
また新作も書くのか?
次も期待

これは良いモブハン

>>165
ありがとう!
また新作書く予定ですが、この話の伏線をまだ回収できていないので、番外編で書くかもしれません

>>166
ありがとう!!嬉しい!!

感動的な終わり方だ
最後までモブリットの実直な美徳に溢れてた
本当に良い作品でした
乙でした!

モブハン可愛い!
すごく良かった。あなたの書く文章大好き。
また何か書いてください。待ってる。

>>168
読んで頂いてありがとう!!乙ありがとう!!感謝です!!

>>169
読んで頂いてありがとう!!私の文章を好きと言ってくれて、感謝!!また書きます!

新作も番外編も楽しみにしてます!

>>171
ありがとう!!
新作は今 勇者ハンジを書いてます
作風が違いますが…

こちらの続編も今構想中ですので、よろしく!

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