京太郎「牌のおねえさんフォーエバー」 (1000)

・プロになった京太郎が主人公という前提で書かれているSS
・麻雀描写はない
・安価も基本的にない
・地の文があったりなかったりする
・恋愛?的描写はある
・はやりんは世界一かわいいよ

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1391006968

――女雀士は、強ければ強いほど、婚期を逃す。そういうジンクスがある。

国内無敗のアラフォーしかり、阿知賀のレジェンドしかり、一定以上の強さを持つ彼女たちの隣に男の影はない。

千里山女子高校の麻雀部監督のように家庭持ちの強豪女雀士も存在するが、彼女のような雀士は例外であり、少数派である。

故に、プロの女雀士はおおよそ三種類に分類される。
諦めずに出会いを探すもの、完全に捨てているもの、iPS細胞に全てを賭けるもの。

一部で「嶺上マシーン」だの「魔王」だのと呼ばれている幼馴染の将来が心配でしょうがない。


京太郎「……はぁ」

……俺は、舐めていたのである。飢えた狼の恐ろしさというものを。喉元に喰らいついて人生の墓場まで引き摺り落とす、彼女たちの貪欲さを。

旅館の一室。裸の男女。漂う異臭。シーツの赤いシミ。乱れた格好。丸められたティッシュ。

誰かに見られたら逆転サヨナラ満塁ホームランでハネムーンまでカッ飛ばされる状況。

どう見ても事後です、本当にありがとうございました。

京太郎「……はぁ」

京太郎「……ヤッちまったなぁ、俺」

溜息を吐いて、視線を板張りの天井から隣に移す。

そこには決してテレビでは見ることの出来ないすっぴんの寝顔――牌のおねえさんこと瑞原はやり(3×)が、俺の腕に抱きついて幸せそうに寝息を立てていた。

年齢にもかかわらず可愛らしい童顔、立派なおもち、有名人、高収入。
これだけの要素を揃えて置きながら何故、今まで嫁の貰い手がいなかったんだろう。

はやり「……うえへへへぇ~☆」

半開きの口からヨダレを垂らす寝顔は絶対にオンエアできないだろうなぁ、と。
半ば現実逃避的にそんなことを考えていた

ダラしない寝顔ではあるが、それでも可愛く見えてしまうのは男の煩悩がそうさせているのか。
正直、この人が「四捨五入すれば40」と呼ばれる年齢だとは信じられない。
肌のハリとかまだまだあるし、ほっぺたは指でつついてても飽きないし。

はやり「…んっ…」

指先でモチモチ感を楽しんでいると、ピクりと瞼が震えた。
起こしてしまったか? と思ったがニヘラと頬を緩ませただけで目を覚ますことはなかった。

はやり「んぅ~……はやりはぁ…まだまだかなって…☆……」

京太郎「やめてくださいしんでしまいます」

寝言ではあるが、昨夜あれだけ致したというのにまだまだイケるらしい彼女に戦慄した。
くりっとしたまん丸な瞳の奥には野獣の眼光が潜んでいるということを忘れてはいけない。

京太郎「というか、そろそろ起きないt……っ」

枕元に置いた携帯に表示された時間を見て、起き上がろうとするが、腰の痛みに中断された。

このトシまで拗らせていただけあって、彼女のパワーは相当なものだった。
色々と吸い取られた気がする、主に若さとか。

京太郎「……体もダルいし、今日は仕事にならんよなぁ」

日頃から働き過ぎだの、雑用までやる必要はないだの、付き人を雇えだのと色々と言われていたし、今日ぐらいは休ませてもらってもバチはあたらないだろう。
腕に絡みついたはやりの指を一本一本丁寧に解き、ノソノソと布団から出る。

「んぅ……」と、少しだけ悲しそうに身じろぎした彼女の寝顔と、揺れるおもちに再びベッドインしたくなる誘惑に駆られたが仕事がある以上はそういうわけにもいかない。

携帯を開き電話帳から連絡先に繋げる。

数秒のコールの後、いつもの聞きなれた声がスピーカーから聞こえてきた。

『……ん、おはよう…?』

少しだけ眠そうな声音は仕事用のものではなく、身内だけに向けられた柔らかいものだ。

体調が優れないので休むということを伝えると「私も休む」「そっち行くから鍵あけてて」と言われたが、今いる場所が自宅ではないことと、そこまで気を使われるとかえって辛いということをやんわり伝えるとスゴスゴと引き下がった。
少しだけ慌てた口調はこっちのことを心配していることが伝わってきて、胸が熱くなった。


……休みの原因が情事だと知られたら、どうなることやら。
その光景を想像するとキュッと体が縮んd「えい☆」

ボフッ


背中に押し付けられるおもちの感覚。
それを堪能する間もなく腰に腕を回され、布団へと引き戻された。

京太郎「……おはよう、ございます」

はやり「んー?」

布団に埋もれながらとりあえず挨拶をすると、目を閉じて唇を突き出された。
……ええと、これは、アレか。おはようのチューとやらか。いやまさか、いくらはやりんと言えどもいい年した大人がそんな――

はやり「んっ!!」
京太郎「ふぐぅっ」

突然のことに固まっていると、どうやら待ちきれなくなったらしく彼女の方から迫ってきた。
ガッチリと頬を固定して、逃げ道をふさぐことも忘れていない。


……なんで行き遅れてたんだよ、アンタ。

数分たって満足した頃に解放される。
俺の呆れた視線も意に介さず、こちらの口を堪能した舌で唇をペロリと拭った。
溜息を吐くと、年齢に似合わない仕草でパチリ☆とイタズラっぽくウィンクを返された。

はやり「ダメだぞ京くんっ 女の子はいつだって眠れるお姫様なんだから☆」

はやり「ちゃんとわかってくれないと☆」

このプロキツい。
お姫様ならせめてヨダレの跡は拭けとか、そんなこと言ってるから牌のおねえさん(28と××ヶ月)とか言われるんだ、とか言いたいことはあったが、とりあえず

はやり「あんっ♪」

その立派なおもちに、しゃぶりつくことにした。

とりあえずプロローグ的なもの終了
いったん中断します

【はやりんと知り合ったきっかけ】

高校3年の頃にはインターハイでも上位の成績を残せるようになり。

様々な事情が重なって東京の大学に進学することになり。

せっかくだからと入った大学の麻雀サークルで同期のヤツに言われた「清澄っても案外大したことないんだね」の一言でムキになって麻雀にのめり込み。

雀荘を渡り歩いては魔物にボコられ、歩いてはボコられを繰り返していたある日、とある広告が目に入った。


京太郎「牌のおにいさん募集……?」

牌のおねえさん。瑞原はやりプロ。
ストロングポイントは和了スピード。防御でも抜群の安定感を誇る。

もしかしたらそんなプロと麻雀が打てて、指導までしてもらえるかもしれない。

そんな期待を胸に募集要項に従って瑞原プロが直々に行っているという採用試験に出向いて――見事に、飛ばされた。
雀荘で魔物相手の経験は積んでいたので、善戦は出来ると思っていたのだが、甘かった。

彼女の麻雀は今までに対局してきたどの相手よりも苛烈で、迅速で、鉄壁だった。
そして何よりも――すばらしい、おもち。

俺は、対局中の彼女から目を離すことができなかった。

瑞原はやりという個人が持つ雰囲気と、美しい流線型によって描かれるおもちはマシュマロを想起させる。

口にしたい。コネコネしたい。そんな感想を抱かせる極上の甘さをもったおもちなのだ。

このプロと一緒に仕事ができる……そう思うと、頬のニヤケが止まらず、ウキウキした足取りで帰宅することができた。

その後で、倍率の高さと試験の結果を思い出して一人凹んだわけだが。

同期のヤツには「情緒不安定過ぎてキモい」と言われた。

「うるせぇ」と返し、無念を振り払うように先輩も巻き込んで対局を開始した。

そして俺が親の手番。

あまり良くない手牌と渋い顔をしながら睨めっこをしていた時に、予想外の合格採用の連絡が来たもんだから、携帯片手に思わず立ち上がって叫んでしまった。

同期のヤツには「きょーたろーが壊れちゃった……」と言われた。余計なお世話である。

……そういう訳で瑞原はやりプロと一緒に仕事ができるようになった。

普段小さい子を相手にしているだけあって彼女の指導はわかりやすく優しく、でも決して甘くはない。これ以上ないくらいに理想的な指導だった。

彼女の交友範囲も広く、小鍛治プロや野依プロ、戒能プロに赤土プロといった豪華な面子とも知り合うことができた。
彼女たちとは今では下の名前で呼び合う仲である。

こんな人たちが周りにいたもんだから俺の学生時代は麻雀一色に染まり、プロになるまでに至ったのである。

……いやまぁ、ハマり過ぎて単位が危なくなり、プロになるしかなかったとも言えるのだが。
本当に、お世話になった人たちには頭が上がらない。

魔物クラスのプロたちに揉まれまくった学生時代を過ごしただけあって、今の俺は男のプロの中でも結構強い方にいる……と思う。
少なくとも、プロ雀士カードで当たり扱いされる程度には活躍できている。

咲や和と同じ清澄出身ということで話題になることもあるし、それなりに貴重な実力のある男プロということで、麻雀に関する番組に呼ばれることもあった。

自分で言うのもアレだけれど、それなりにファンもいる。
だからまぁ、天狗になっていたし、恩師たちが女性だったということもあって。
女性への警戒心なんて、これっぽっちも持ち合わせていなかったのである。

だからこそ、あのようなコメントを残してしまったのだろう。

その日の仕事は、学生麻雀大会の解説の代役だった。

本来の役目を請け負っていた人がギックリ腰で出られなくなったので、急遽として代役を務めることになったのだ。

俺も昔はお世話になったことだし、張り切って頑張ろうとした……のだが。



『ところで須賀プロ……実はロリコンだとかいう噂がありますが実際のところは?』

『……はぁ?』


その日の相手と状況が問題だったのだ。

仕事相手としては問題ない、それどころか最高の相手だった。
こちらの緊張を読み取って冗談で肩の力を抜いてくれたり、俺が失敗しそうになった時はすぐにフォローを入れてくれた。
これまた年上の女性で、俺たちはすぐに打ち解けた。

『だって、須賀プロって同世代との浮かれた話がないじゃない?』

『中学生くらいの相手と腕を組んで歩いていたとかいう話もあるし』

『いやいや……それ多分、咲のことだと思いますよ。あいつちっこいし』

『ふーん?……でもねぇ』

『他にもリボンの子と親しげにしていたとか』

『着物が似合う小学生をおんぶしていたとか、ネタはたくさんあがってますよー?』

『いやいや、それも多分見間違えですって。確かにちっこい友人は多いですけど……』

『ふんふん?』

『俺は……その、何といいますか。好みのタイプは――』


つい、ノリのいい相手だったので。
普段言わないようなことまでしゃべってしまったのだ。


『(おもちの大きな)年上ですから』

この時は、何も問題ないと思っていた。

だってまさか、機材のトラブルで休憩中の会話が公共の場に流されているなんて、誰も思いやしないだろう。

この日、この瞬間からである。

周囲の女性の態度が変わっていった。

収録後に携帯を開くと、先輩方からの飲みの誘いメールが6件も着ていた。

夜には咲から一緒に遊びに行かないかとの誘いがあり、大学時代からの友人とは急に付き合いが増えた。何故だか行く先々でハギヨシさんを見かけることが増えた。

ついに俺にもモテ期が来たか!? なんて浮かれたりもしたけれど――




はやり「白い屋根のおうちでー、子どもは3人でー、ペットはカピバラとかがいいよねっ☆」

ごらんの有様である。
モテ期の入り口は人生の墓場への片道切符だったのだ。

はやり「あー、ヤバい! すごくニヤけちゃう☆」

はやり「ほんと、幸せ☆」



……いやまぁ、色々言ったりはしたけれどこんな美人さんが相手なら男として悪い気はしないのだ。
大学生の頃からお世話になっていたし、プロになった後でも色々と面倒を見てくれた人でもあるし。
すばらなマシュマロおもちをお持ちだし、麻雀強いし、可愛いし。
自暴自棄になりかけた時には優しく抱きしめてくれたりもした。
師匠だと思っていたから今までそういう対象として見れなかっただけで、女性として惹かれる部分はかなりある。


……お腹をさすりながら「えへっ☆」と笑われると何故だか半身を底なし沼に沈められたような気分になるけれど。
そして、そんな時でもはやりんのおもちから手を離せない右手の正直っぷりに泣きたい。

心の中で溜息を吐きながらも、やっぱりマシュマロは美味しいもので。


京太郎(みんなにどう説明しようかなぁ……)

はやり(みんなに写メ送っちゃおっかな☆)



こうして、明日も黄色い太陽を眺めることになるのであった。

すみません、はやりん視点の小話も入れようと思ったのですがここで中断します。


【牌のおねえさんが拗らせるまで】

――きっかけは、番組の有力なアシスタントが電撃結婚からの寿退社でいなくなったこと。

その子とは番組が始まって以来の付き合いだったので、スタッフ一同でお祝いに行くことにしました。

最初は和やかなムードで始まって、みんなでプレゼントを渡しました。


『おめでとーっ!!』

『あ、ありがとうございます!! うぅ……っ』

お酒が入った途端、真っ赤な顔で泣き出しちゃった。
送り出すこちら側としても嬉しさもあり寂しさもあり、思わずもらい泣きしちゃいそう。

笑顔で送り出すって、みんなで決めていたのに。
その子の顔を見ていると、はやりもすっごくウルウルしてきちゃって。
どうやっても抑え切れなくなって、抱きつこうとした時に。


『良かった……! あのジンクスがあるから不安だったんです……!!』

『ジンクス?』

『巷ではあの番組のスタッフは牌のおねえさんに若さと婚期を吸い取られているなんて噂もあって……!』


ベロンベロンになったその子が、こんなことを言ってきたのでしたっ☆

パーティーが終わった後はみんなで久しぶりに徹夜で麻雀をすることに。


こんなにお祝いをしてもらって遠慮をしていたのか、その子は何度も首を横に振っていたけれど。
最後の最後だから、はやりもすっごくハリキリました☆


「はやりさん、その顔は色々とアウトです」と他のスタッフに言われたけど、何のことだかわからない。
ただお祝いしてあげようとしているだけなのに。

翌週の収録。

本番前に調子を確かめようと牌を触っていると、隣にいたスタッフが青い顔をしていた。

どうしたのと聞いてみると、まるであの徹麻の時のような威圧感を放っているとのこと。

自分では全然わからないけど、他のスタッフの顔を見ても、同じように感じているみたいで。

当然こんな様子はちっちゃい子たちの前では見せられないので収録は中止。

すぐに緊急会議が開かれることになりました。

【こうなった原因は、彼女が気付かぬうちに抱えていたストレスである。
 先週のことがきっかけとなって今まで溜まっていたものが溢れ出し、威圧感という形で麻雀に現れてしまったのだ。

 この症状を一朝一夕で治すことは難しいが、和らげる方法はある。
 彼女が安心できる相手をサポートとして付けることだ。

 出来ればそこそこ麻雀の腕が立ち、初心者の子にもわかりやすく、優しく教えられる人材。
 尚且つ男性であることが望ましい。女性でははやりんの威圧に耐えられないか、もしくははやりんと同調してより悲惨な事態を招きかねない。

 よって、新しい人材を探す必要がある。】

そんな判断が、長い会議の中で下されたのでした。

最初は失礼しちゃうと思ったし、そんなことは間違ってるとも思った。
プンスコッとキャラが違うと言われながらもほっぺを膨らませた。
だってまるで、はやりが結婚できなくて焦ってるみたいなんだもん。


だけど事実として威圧感が麻雀に現れてしまっている以上、プロとして改善しなくちゃダメ。
……納得はいかないけど。


そんな気持ちが麻雀にも出ちゃったのか、テストを受けた子たちはみんな泣きながら帰っちゃった。
隣でその様子を見た子が「まるですこやんみたい」と言ったので、その子と一緒に徹麻までしたけれど、はやりは何も悪くないよねっ

そんなことを繰り返して、いよいよもってこれはピンチだという空気になって……彼が、やってきたのです。

高い身長と、ちょっと女の子っぽく見える顔立ち。名前は須賀京太郎くん。


きれいな金髪だったけれど、その色はつい先日退社したあの子に似ていて――


気がついたら、京太郎くんの箱割れで、対局が終了していたのでした。


まるで、お通夜みたいなムード。
背景のセットの☆が落ちたのはきっと偶然。

京太郎くんは、俯いてプルプルしてる。
様子を見守っていたスタッフは、「ああやっぱり」とでも言いたげな顔。
何か、声をかけようと手を伸ばしたら――

京太郎「す……っげえ!!」
はやり「はややっ!?」

両手で思いっきりつかまれちゃった☆

ちいさな男の子みたいにワクワクした顔。
じっと近くで見つめられるとイケメンさんだなぁってドキドキ。

京太郎「本当に強いんですね! どうやったら俺もこんなに強くなれますかっ!?」

はやり「え、えと、その……」

京太郎「よろしくお願いします! 俺、頑張りますから!!」

みんながみんな、ポカンとしてた。
「あんなはやりんの顔は見たことがない」とかなんとか。

「あの」清澄高校出身で。

彼個人でもインターハイ入賞するくらいには強くって。

はやりの威圧にも負けないで。

何よりも、とっても楽しそうに麻雀をする子。

そんな彼だから、満場一致で採用が決まった。

パーティーの夜から胸のすみっこで燻っていたモヤモヤも、彼と打っていると忘れることができた。


視線が正直だけれど、からかってみると可愛くて。

麻雀について指導している時は、とっても真剣で。

差し入れに持って来てくれた手作りタコスはとっても美味しくて。

よしこちゃんやはるえちゃんともすぐに仲良くなって。

みんなといっしょにいる時でも、はやりのことを見てくれる。


そんな彼に、はやりのハートはキュンキュンなのでした☆

きっとこの胸の高鳴りは、ずぅっと、ずーっと昔にどこかで失くした落し物。

それを今になって、彼が拾ってきてくれた。

自覚すると、もう止まらない。朝も昼も夜にも、夢を見ている時だって、彼のことが忘れられない。


あの時の手の熱は、今でも指先に残っている。

その指先で、そっと下腹部に手を添えると今までの人生の中で一番幸せな気持ちになれた。

この気持ちを知っちゃったら……きっともう、彼なしには生きられない。

――だからねぇ、京くん。


はやり「式はいつにしよっか☆」

京太郎「えっ!?」


はやりをこんな風にした責任は、とってもらわないとね☆

女のコはいつだって夢見る乙女なの(月島きらり感)
というわけで、はやりん小話でした。ちなみに寿退社した子はただのモブです。本編には出ません

今回はここで中断します

京太郎の誕生日ということで本編よりも更に頭の悪い小話を思いついたのですが、本編とは根幹の設定からして違う話になってしまいました。はやりんのはの字も出ません。
こういう小ネタってこのスレに投下しても大丈夫ですかね?

では、投下します

・本編よりもさらに頭の悪いお話です
・はやりんどころかプロの方々すら出ません
・そこそこ長いです。興味のないという方は名前でNGしてください

――誕生日を迎えた京太郎が両親からもらったプレゼントは、驚愕の言葉だった。


京太郎「俺の、本当の両親……?」

「ええ……実は、アンタは私が産んだ子じゃないの……」

「俺たち夫婦は子宝に恵まれなくてな……そんな時に、ある人たちが赤ん坊のお前を俺たちに託してくれたんだ」


そう言って父親が懐から取り出したのは、少し古ぼけた置き手紙。


「赤ん坊のお前と一緒に、この手紙が籠に入れられていた」


手紙には、訳あって京太郎を育てられなくなってしまったことと、責任を押し付けてしまったことに対するお詫び。
そして、京太郎が20才の誕生日を迎えた時に、迎えに行きたいということが書いてあった。

京太郎は、未だ見ぬ本当の両親に怒りを抱いた。身勝手すぎる、と。
そんな京太郎を、申し訳なさそうになだめる目の前の両親。

「仕方がなかったんだ。あの人たちの事情を考えれば」

「ええ……だから、怒らないであげて……」

悲しそうな顔をする両親を見て、京太郎は目が覚めたような思いになった。
一番辛いのは両親なのだ。
例え血のつながりがなくとも、自分を二十歳まで育ててくれた両親が、悲しそうな顔をしている。
子どもに愛情を注がない親はいない。
ならば、自らを痛めて自分を産みながらも、別れざるを得なかったという本当の母親は。
一体、どれだけの苦悩を抱いていたのかと。


「……その手紙には、お前が二十歳になった時に、ある場所で迎えにいくと書いてある」

「いってあげて……そして、アンタの姿を見せてあげな」

京太郎「母さん……父さん……!」

京太郎「でも……たとえ、血の繋がりがなくったって……! 俺の親は、父さんと、母さんだから……!」

「京太郎……!!」

3人で抱き合って泣いた。子どものように泣いた。
家族ということを示すものは血の繋がりだけではないのだと。
たとえ化学的に証明できずとも、俺はあなたたちの息子なのだと。

そう叫ぶように、京太郎は両親の胸の中で泣いた。

行ってきます。
挨拶してきたら、必ず親の元へ帰ります。
そう宣言して、京太郎は家を出た。

京太郎「さて……手紙によるとここの公園だよな」

白い息を吐き、寒そうに体を震わせながら、とある公園の入り口に立つ。
季節のせいか遊具で遊ぶ園児の姿は見えず、公園には自分ひとりだけ。どうやら手紙の相手はまだ到着していないようだった。
今にも雪が降ってきそうな曇り空を見上げ、未だ見たことがない本当の両親について想いを馳せる。


京太郎(……どんな人たちなんだろうなぁ)


実の息子を手放さざるをえないというのだから、相当に込み入った事情があったはずだと考える京太郎。
もしかしたらヤのつく職種の人たちだろうか、小指が欠けてたりするんだろうか、と一人寒空の下で想像し、ぶるりと身を震わせた時、

「ん……いい感じ……」

背中に、女性特有の柔らかさとずしりとした重みを感じた。

京太郎「んなっ!?」

驚いて振り返る。
すると、まるで温泉に入っているかのように安心しきった顔の白い髪の女性がいた。

京太郎「な、なんですかっ!?」

「?」

京太郎「いや、首を傾げないでっ」

離れてください、と回された腕に手をかけるが、へばり付いて離れない。
背中に当たる感触は心地よいものであるが、状況が状況なだけに素直に喜べない。
2月だというのに、汗だくになり、引き剥がすのも諦めてベンチに座ろうかとした時、公園内に新しい声が響いた。

「アー! シロ、ズルイ!!」

今度は一体なんなんだと目線を向ければ、そこには金髪の外国人女性。
肩にかけた大きなカバンのジッパーからは画材のようなものがハミ出していた。
そのせいか少し歩きにくそうで、この白髪の女性とはぐれてしまったのだろうか。
なんにせよ、この状況が打開されるならそれでいい。安心して、苦笑を浮かべる。

「ワタシモ! ダッコシテ!!」

だがしかし金髪の女性は状況を打開する天使ではなく、より深い混沌を招く悪魔だった。
なんだそりゃと口に出す間もなく、今度は前から抱きしめられた。
金金白とバランスの悪いオセロのような構図となった。

いい加減に限界だと、足がフラついてきた頃に解放される京太郎。
右に白髪の女性、左に金髪の女性、そして京太郎を真ん中にして、3人で公園のベンチに座った。
吹いてくる冬風に身を震わせると、両サイドからギュっと身を寄せられた。
こんな状況でなければ素直に喜べるのにと左右から感じるおもちの感触に心の中で涙を流す。


京太郎「ええと、それで小瀬川さんと、エイスリンさんですね」

シロ「シロでいい……」

エイスリン「ワタシモ! サンイラナイ!」

パっと京太郎から身を離し、ペンを持って何かをボードに書き込むエイスリン。
少しして、3人の男女が手をつないで仲良くしている絵を見せられた。
もっと仲良くしようということなのだろうが、京太郎は捕まった宇宙人の写真を想起した。

京太郎「ゴホンッ それで、あなたたちはなんなんですか?」

ようやく落ち着いて話が聞ける状態になったので、咳払いから本題を切り出す。
すると二人は、疑問符を頭上に浮かべて互いに見つめあったあと、再び京太郎へと顔を向ける。
「なんでそんなこと聞くの?」とでも言いたげな顔で


シロ「なにって……」

エイスリン「ワタシタチ! ファミリー!! ダヨ!!!」


京太郎「は?」

京太郎「え?」

京太郎「ええぇえええええええええええええええええ!?」

とんだ爆弾発言を、かましてくれた。

シロ「ワタシとエイスリンは夫婦だったけど……当時、私たちがいた場所では外国人との結婚は許されなかった。子どもをもつなんてもってのほか。だから駆け落ちした」

エイスリン「ダケド、オッテ、キタ」

シロ「それでも、逃げて……ようやく、匿ってくれる人たちのもとへたどり着いた」

エイスリン「ダケド、ソノトチュウ、ドウシテモ、ムリダッタ」

シロ「だから、須賀夫妻にあなたを託した……」

エイスリン「リッパニ、ナッタ、ネ」

京太郎「は、はぁ……」


当時を思い出したのか、涙ながらに過去を語り、より一層体を密着させてくる二人。
感動しているところ悪いが、京太郎には理解が及ばない。

京太郎「いやいや、色々とおかしいでしょう」

シロ「?」

エイスリン「?」

京太郎「いや、そんな二人して『どこが?』みたいな顔で首傾げないでくださいよ」

しばらく考え込むシロとエイスリン。
やがて納得がいったのか「ああ」と手を打ち、頷くシロ。

シロ「iPS細胞ってすごいよね」

京太郎「んなアホなっ!?」

さっきまでのこともあり、ツッコミのし過ぎで息も絶え絶えな京太郎。
そんな京太郎をよそに、腕時計を時間で確認すると、立ち上がる二人。
今度はなんだ? と思っていると先ほど京太郎が脳内に思い浮かべた宇宙人のような構図で、二人に両手をとられた。

シロ「そろそろ電車の時間だから」

エイスリン「イコ!」

京太郎「え?」

エイスリン「ミヤモリ!」

京太郎「ハァッ!?」

シロ「みんなには京太郎のことは話してあるから……みんな、待ってる」

京太郎「いやいやいやいや……」


京太郎が体力を消耗していたということもあるが、細腕のどこにこんな力が眠っていたのかとツッコミたくなるパワーで京太郎を連行していく二人。
例えあなたたちがお腹を痛めて俺を産んでくれたとしても、俺にとっての両親はあの二人なんです、一緒にはいけません。と格好つけて言いたくても疲れと混乱の連続で上手く言葉が出てこない。


このまま連れて行かれるのか、と京太郎が覚悟を決めたとき、また新たな声が公園内に響いた。


「ちょーっと待ったー!!」

何奴!? という具合に振り向くシロとエイスリン。
もうどうでもいい……とツッコミを放棄して振り向く京太郎。

金髪の女性と赤髪の女性。
乱入してきた二人組みの名前を、今度は知っていた。

京太郎「大星淡……宮永照……」


照は咲の姉ということで知っていた。
淡は白糸台関連で記憶に残っていた。

だが二人とも、京太郎とは直接面識がないハズである。
イヤな予感が背筋を過ぎる。いやいやそんなまさか、と頭を振って自分の馬鹿げた妄想を否定し、

淡「わたしたちが!」
照「本当の、京ちゃんの、家族だよ」

膝から崩れ落ちた。

一触即発。
にらみ合う4人組。
その真ん中の京太郎は、放心した表情で空を眺めて現実逃避していた。


シロ「年齢がおかしい」

淡「高校100年生だから問題ない!」

エイスリン「キョータローハ、ワタシタチノ、ムスコ!!」

照「違う。私の子。おかげで咲とは喧嘩したけど」


その発言はブーメランだろと右手を握るシロに言いたい京太郎。
照の発言に長かった姉妹の確執が自分が原因だと知りさらに驚く京太郎。


当事者である京太郎を余所にさらにヒートアップしていく公園内。
もう、だれか、助けてくれと。トホホと涙を流す京太郎に――


「おまかせあれっ!」

救いの手を差し伸べるものが現れた。

バッと素早い動きで声の方に顔を向ける4人。
自由になった両手をダラリと力なく垂れ下げ、声の方に顔を向ける京太郎。

そこにいたのは立派なおもちをお持ちな女性と、過剰なまでの防寒具に身を包んだ女性。

いったい何者なんだ……と身構える4人。
2人組の時点で予想がついて空を見上げる京太郎。

玄「京太郎くんのおもち好きは私譲りなのです! 息子のピンチを助けにきました!!」

宥「さむい……」

これもうわっかんねーな、と。
京太郎は両手を広げて背中から倒れこみ、何もかも放棄して雲を見つめた。



京太郎は未だ知らない。これから更に、龍門渕家のお嬢様方が追加されていくことを。


京太郎は未だ知らない。これからどんどん両親を名乗る女性たちが増えていくことを。


京太郎は未だ知らない。これが、まだまだ序の口であるということを――

京太郎の本当の両親とは? 京太郎出生の秘密とは?
20才の誕生日は、須賀京太郎に最大の混乱を与えていった。



衣「ここはやはり、京太郎に両親を決めてもらおう! 大岡裁きが鉄板だが、あまりにも人数が多すぎるのでな――」

透華「どうせですし、我が龍門渕の別荘で全員で暮らしてみて決めてもらいましょう。まぁ、京太郎は私たちを選ぶに決まっていますけどね」



「そうだな、龍門渕さんの広い敷地内で、みんなで暮らして考えなさい」

「ええ。たとえどんな決断でも、私たちはアンタを尊重するからね」



京太郎「いい台詞なのにポッケの札束で台無しだわ! 俺の感動を返せ!」



騒動の中で、京太郎が下す決断は――



京太郎「……ハッ!? 夢!?」



シロ「ところがどっこい」

エイスリン「ゲンジツ!」

淡「きょーたろー! お風呂でいっしょにあったまろー!」

照「息子の体を洗うのも母親の役目」

玄「むむむ……これだけのおもちをたくさん集めるとは、さすが私の息子……!!」

宥「さむい……」


京太郎「勘弁してくれー!!!」


――続かない

というわけで頭の悪いお話でした。スレ汚し失礼しました
次からはいつも通り本編に入りますが、今回はここで中断します

それでは、ありがとうございました

【電話の相手さんと】


京太郎「……なんでお酒に弱いのにお姉さんぶるかなぁ、この人は」

耳元にかかる息遣い。背中で感じる体温。
これで酒臭さが無ければ最高のシチュエーションだったんだけどな。
加えて、相手がはやりんだったら尚良しだったが。

照「うぅ……ん…」

苦笑しながら、酔いつぶれて眠ってしまったその人……宮永照をおんぶして帰路に着く。

結局、俺たちの関係を他のみんなはまだ知らない。

あの後はやりと話し合って、俺たちの関係はまだメディアには伏せておくことに決めた。
タイトル戦や大会の解説が控えているといった仕事の都合もある。

だが、何よりも男としてキチンとケジメをつけたい。
始まりが勢いに流されてしまったものだとはいえ……男として、花嫁を迎えるならば、やはり自分から指輪を渡したい。

そう伝えると、はやりは「しょうがないなぁ、京くんは☆」と笑った。

いつまでたっても「このプロキツい」と言われていても。
この年になるまで嫁の貰い手がいなかったとしても。

やっぱり素敵なお姉さんだなぁと感じさせる微笑だった。

……そのあと滅茶苦茶搾り取られたけど。

旅館での出来事を胸に秘め、東京へと帰ってきた俺をみんなは暖かく迎えてくれた。

休んでしまった分の埋め合わせをするように張り切る俺を気遣ってくれた。
どこから聞きつけたのか、大学時代からの友人には電話で『本当は私に看病されたかったくせにー。このこのー』と言われた。本当に生意気なやつである。

そしてこの人、照さんにはニラと卵と日本酒を渡された。
……いや、確かに風邪をひいた時には有効なものですけれども。
完治した後ではちょっと遅いのではないでしょうか。

こと麻雀に関しては天下無敵の実力を誇る照さん。
しかし日常生活においてはどこか抜けている、というか天然さんな部分がある。
宮永家ってそういう血筋なんだろうか。

照「むぅ……zz…」

そういうところも含めてこの人の魅力なんだろうけど、と苦笑すると背中の照さんがピクリと震えた。
寝心地が悪くならないようにそっと体勢を立て直し、照さんを支える。

今夜は「お詫びとして今晩は驕りますよ」と職場のスタッフのみんなを食事に誘ったのだが、照さんはそれでも断固として「いや、私が払う」と譲らなかった。
「俺が払う」「いや私が払う」と押し問答をしているうちに注文が運ばれてきたので、話をいったん中断して食事を開始。

その時に照さんがジュースと勘違いして注文したお酒が運ばれてきたわけだが、またもや断固として「間違ってない。私が注文したのはこれ」と譲らなかった。
変なところで頑固なのも宮永の血筋か。

お酒に弱いんだから止めとけばと周囲の制止の声も聞かず、グイっと一気飲みをして、ギアを外し。
たった一杯の酒で自分を見失い、ペースも考えずに飲み続け、今に至る。


『きょーたろーが連れ帰ってあげればいーじゃん! ご近所さんなんだし』

何の偶然かその場に居合わせたヤツにそんなことを言われ、周りのスタッフも悪ノリして同調したために俺が照さんをおぶって帰ることになった。
警戒心が足りないのか、男として見られていないのか、信頼されているのか。
出来れば最後であることを願いたいが。

……などと考えているうちに、照さん宅へと到着した。

照「……ん」

京太郎「起きてくださいよ、照さん」

中々起きてくれない。
鍵がないので、起きてくれないとせっかくここまで来た意味がない。

照「……ぅん…うぅ……っぷ……」

照「……家……?」

京太郎「お、起きましたか? そうです家ですよ、照さん」

照「……京、ちゃん」

京太郎「はい?」

照「………ごめん」



――この時、俺は。
二度と酔っ払った女性を背負わないと、心に決めた。



【テルーって恋愛は小学生以上中学生未満って感じだよね】

京ちゃんがシャワーを浴びている間に、酔いの覚めた私が代えのシャツを買ってくる。
せめてものお詫びにと提案したが、京ちゃんには「いや、大丈夫ですか本当に……?」と心配された。

確かに粗相をしてしまったが、今の私は自分を見失っていない。
それに……少し京ちゃんと離れて考えたいことがあった。

危なくなったらすぐに連絡することを約束するとようやく納得してくれた。
……防犯ブザーを握らせてきたのは、いくら何でも失礼だと怒ってもいいと思う。

酒気が大分抜けた体に夜風は心地がよい。
火照った頬を、程よい具合に冷ましてくれた。


思い出すのは京ちゃんのシャンプーの匂い。


京ちゃんの背中で嗅いだ髪の匂いからは、いつもの京ちゃんのシャンプーとは違う匂いがした。
正確には、京ちゃんのシャンプーの匂いに混ざって違う匂いがした。

あの匂いは、絶対に京ちゃんが使っているものではない。
京ちゃんが新しく買ってきたものでもないはずだ。
だってあの匂いは、女性が使う銘柄のものだから。

十代前半の女の子が使うようなブランド品。
そんなものを京ちゃんが使う機会は考えられない。

それに、京ちゃんがシャワールームに入る直前。

シャツを脱いだ上半身。露になった背中に、小さな赤い模様が見えた。

虫さされではない。この季節にそれは、ありえない。

体験はないけれど、あの模様の意味は私も知っている。

口で思いっ切り吸い付けることによって出来る内出血の痕。

その意味を、私は知っている。

弟分。

『京ちゃん……うん、この呼び方はしっくり来る』

『は、はぁ……』


後輩。

『ここは、こう打った方がいい。そのほうが揺さぶりが大きい』

『おお、なるほど!』



恩人。

『……なに?』

『お願いです。あいつと、咲と会ってやってくれませんか』


友達。

『……京ちゃんの匂いがする』

『コート貸したくらいで変なこと言わないでくださいよ。臭いみたいじゃないですか』

友達。

『京ちゃん、年上が好きなの?』


友達。

『京ちゃん。お腹すいた』


友達。

『京ちゃん。このお菓子食べる?』


友達。

『京ちゃん。今度いっしょに旅行に行こう』

京ちゃんとは、友達で。

友達にいい人が出来たのだから祝福してあげるべきなのだけど。

胸に広がる、この言葉にするのが難しい不快感はなんなんだろう。


いくら考えても答えは出ないまま。

コンビニでシャツを買って、自宅へ帰って。

様子がおかしいと思われたのか、京ちゃんに心配されて。

気遣いを嬉しく感じると同時に、胸の不快感が少し大きくなって。



結局、私が答えを得るのは。
ずっと、ずっと後になってからのことだった。


今回はここで中断します。ありがとうございました
あと>>120の注意書きには百合?要素も含むって書いておくべきでしたね。配慮が足らず申し訳ない

なんややるせなくなったわ……
はやりん大勝利、夫自慢でイチャラブコメディとは行きそうにないな。


【同期のヤツと】

京太郎「うーむむむ……」

指輪を買った。もちろん給料3ヶ月分。
ペットのカピバラ……は、実家から連れてくれば問題なし。
屋根の白いお家については……まぁ、これから2人で探していけばいいだろう。
子どもは3人……こればっかりは、これからの頑張りに全てがかかっているので現時点ではノーコメント。

残る問題はシチュエーション……出来るだけロマンチックに告白したいという男の浪漫である。

いやまぁ、始まりがアレな時点でロマンチックさの欠片も無いような気はするがそこはそれ。
高校時代に和の花嫁姿の妄想をしていた身としては、長年の夢が叶えられる機会は大事にしたい。

京太郎「ぬーん……ッつ!?」

そんなわけで箱を片手に唸りながらアレコレ考えていると、バシリと背中に衝撃が走った。

淡「なんか元気ないねー。そんなんじゃ次のタイトル戦負けちゃうよー?」

京太郎「あ、あわっ!?」

慌てて箱を服の内側にしまい、振り替える。
ふわり広がる柔らかそうな金髪。人懐っこそうな笑み。いつまでたっても小ぶりなおもち。
白糸台の元大将――そして、大学時代からの友人でもある大星淡がイタズラっぽく笑っていた。

モコモコのダッフルコートを着込みマフラーですっぽり首元を覆う姿は年齢不相応に子どもっぽい。
いつもならオシャレ重視の格好をするコイツも、この寒さには勝てなかったというわけか。
最近は仕事の都合もあり中々一緒になる機会は少なく、こうしてオフの日に会うことは久しぶりだった。

京太郎「久しぶりだな」

淡「ん。きょーたろーは今一人?」

キョロキョロと周りを見る淡。
子どもっぽい仕草もあざとさがなく、どこか微笑ましい。
健夜さんもマスコミ向けに作ろうとした笑顔を見なければ未だに二十台に見えるし、この世界の強豪雀士は老化が止まる魔法でもかかっているのだろうか。

京太郎「ああ、そうだけど」

淡「じゃ、ちょーどいいや」

京太郎「はい?」

淡「ちょっと付き合ってよ」

と、俺の手を掴み、有無を言わさず歩き出した。

淡「いやー、ちょうど良かった。テルーが風邪ひいちゃってさー」

淡「せっかく予約したのに無駄になっちゃうとこだったんだよねー」

京太郎「お、おう…」

俺の手を引いて淡がやって来た場所は、高級な雰囲気の隠れ家のようなレストランだった。
龍門渕とはまた違った趣で、ドレスコードに厳しいような店ではないが、何の心構えもないと少し緊張してしまう。
一方、淡は大して気にせずに自然体で酒の入ったグラスを口にしていた。

淡「ほれほれ、縮こまってないでさ。折角の機会が台無しだよー?」

じれったく思ったのか、淡が俺のグラスに酒を注ぐ。
俺が止める間もなくグラスの中に並々と透明の液体が注がれた。

京太郎「悪いな」

淡「ささ、グイっと一杯!」

京太郎「んじゃ、いただきます」

促されるままに酒を呷る。こういう時にコイツの無遠慮さはありがたい。
あまり酒には詳しくない俺でも、この一杯が上等なものであるというのは匂いで理解できた。

淡「ね。おいしーでしょ」

京太郎「ん、ああ……ちょっと驚いてる」

淡「穴場なんだよねー、ここ」

京太郎「ふむ……」

夜景の綺麗なレストランで告白、というのはベタなシチューエションだがこのような独特の雰囲気のある空間も悪くは無いかもしれない。
はやりはこういう場にも慣れっ子なのかなぁ、と脳内シミュレートを繰り返していると淡が「あっ」と何かを思い出したように小さく口を開けた。

淡「そういえばさ、きょーたろー」

京太郎「ん?」

淡「どうだった?」

京太郎「? なにが?」

主語がない質問に首を傾げる。
すると淡は「なにがって」と一口グラスを呷り、間をおいてから

淡「――ヤッちゃったんでしょ? 牌のおねえさんと」

京太郎「っ!?」

そんな、爆弾発言をかましてくれた。

危なかった。酒を口に含んでいたら間違いなく噴出していた。

京太郎「な、んな……?」

淡「甘いなー、きょーたろーは。私に隠し事だなんて10年は早い」

ちっち、と左右に指を振って不適に笑う淡。
確かに大学時代にコイツと対局をしている時は手玉に取られることが多かったが、私生活でもお見通しされているとは。

淡「ま、きょーたろーのことだから迫ったのははやりんからなんだろうけどねー。ヘタレだし」

京太郎「おみそれしました」

ぐぅの音も出ないとはまさにこのことである。

……はやりがたまごクラブや結婚雑誌をこれ見よがしに周囲に見せ付けているということを知るのは、まだまだ先のことである。

淡「で、さ」

すっと淡の眼が細められる。

淡「きょーたろーは、幸せ?」

淡が問いかけてくる。
それは勢いで致してしまった事を後悔していないか、という意味だろうか。
だとするならば、答えは当然

京太郎「もちろん、幸せだよ」

旅先でムードに流されてパックンチョ、という始まりで。
牌のおねえさんの飢狼っぷりに驚いて。
妙なテンションに付き進められるようにここまで来たが、後悔はしていない。

俺自身、気づいていなかっただけで彼女への好意は前からあったんだと思う。
だからこそ、あの記者の質問に対して咄嗟に出た答えがアレだったわけだし。

家庭を持つという実感こそまだわかないけども。
出来ればもう少しだけ独身貴族を謳歌したかったという気持ちはあるけども。
毎夜毎夜あの調子で求められたらカラッカラに乾いてしまいそうな気がするけども。
もしも娘が生まれたとしたら娘も☆なのだろうかとか思ったりするけども。
俺も20年経っても牌のおにいさんとかやってたりするんだろうかとか思ったりするけども。

……適当に挙げてみても意外と考えることは多いが、それでも。

京太郎「俺は、はやりのことが好きだから」

淡「ふーん」

目を細めたまま頷く淡。

淡「……ま、いーけどね。私がどーこー言うことじゃないし?」

コイツにしては妙に歯切れが悪い。

京太郎「……」

淡「……」

なんとなく、お互いに気まずい雰囲気になって黙ったまま食事を続ける。

……今思うと、コイツの一言で俺の人生が決まったようなもんなんだよなぁ。
入会時点でのあの一言が無ければプロになるまで麻雀にのめり込むこともなかったわけだし。
所属チームは違うものの、なんだかんだでコイツも一緒にプロになったわけだし。
言うと絶対に調子に乗るから口が裂けても言えないが。

淡「……」

京太郎「……」

考え事をしていたら、目が合った。
雰囲気が余計に気まずくなった気がする。

京太郎(な、なにか話題を――)

と、俺の情けない要望に応えるように。
ポケットの携帯から、軽快な音楽が聞こえてきた。

京太郎「悪い、メールだ」

淡「ん」

一言断わって携帯の画面を確認する。

件名から内容まで、文章が存在せず全て絵文字のみで構成されたメール。
差出人はさっきまで話題の中心人物だった女性、瑞原はやりだった。
要件は今夜は雪が大分積もりそうなので車で迎えに来てほしいとのこと。

このメールもいつまで経っても変わらないなぁ、と苦笑しながら返信する。

淡「はやりん?」

京太郎「ああ。雪がアレだから迎えに来てほしいだってさ」

すると、淡は少し驚いた顔をした。

淡「……きょーたろー、あのメールわかるんだ」

京太郎「ん?」

淡「だってはやりんのメール、ぜんぜんわっかんないんだもん。絵文字ばっかでさー」

京太郎「いやまぁ、最初は俺もそうだったけど」

なんというか、慣れた。
最初は良子さんに翻訳してもらわなければ訳の分からなかった暗号文も、今では一目で判別できる。
伊達に長いこと牌のおにいさんとしてはやりんと一緒にいたわけではないのだ。
今なら☆の具合で、はやりんの気持ちがわかる。

淡「はぁ……なんか、ごちそうさま?」

京太郎「はぁ?」

淡「ナチュラルに惚けられちゃったし、こんなんじゃデザート食べられないじゃん」

京太郎「いや、知らんし」

淡「私、帰るね」

京太郎「途中まで送って行くか?」

淡「いいよ。はやりんに怒られそうだし」

京太郎「……わかった」

2人一緒にレストランから出る。
俺は車をとりに自宅へ、淡は駅へ。
それぞれ別の方向に、足を向けた。

淡「あ、そだ」

京太郎「?」

淡「浮気したくなったらいつでも呼んでね! 私、きょーたろーならいいよ!」

京太郎「はぁ!?」

淡「じゃーねー!」

どういうことだ、と問いかける前に。
雪が降り始めた街の中、淡は走り去っていった。


【大学1万年生】

――その一言に、なにか特別な意味があるわけじゃなかった。

高校を卒業したらそのままプロになるつもりだったけど、親には「大学には絶対にいった方がいい」と言われた。

しょーがないから推薦を貰って入った先の麻雀部は確かにみんな強かったけど、なんだかつまらない人ばっかりだった。

それから大学生って言ったらやっぱりサークルだよねーって思って色んなのを見て回って。

あんま期待しないで行ってみた先だったけな、アイツと出会ったのは。

『麻雀を始めたのは高校からだけどさ。俺、結構やるんだぜ』


「あの」清澄高校出身で、強気なことを言われたから。

さっさと帰るつもりだったけど、気が変わって打ってみたんだっけ。


『いいの? 私は大学1万回生くらいの実力はあるよー?』

『それ卒業どーすんだよ』

『そーゆー意味じゃないもん!』

そんな軽口から、対局を始めた。

『つまんない』

最初に感じたことはそれだった。

確かにそこそこ強かったけど、物足りない。

オーソドックスなデジタル打ち。

東場での爆発力も嶺上開花も見れなかった。

結局、私が1位でソイツが2位。

予定調和。面白くない。

インターハイみたいなドキドキを期待しただけに、余計ガッカリした。

『清澄っても案外大したことないんだね』

ガッカリして、口に出た言葉がそれ。

授業もなかったから荷物をまとめて帰った。

大学から出た時にはアイツのことなんて頭に残ってなかった。

『待ってたぜ大星っ!』

なんとなく気まぐれでまた来たサークル。

そこにはメラメラと燃えるソイツ。

正直、暑苦しくてキモイと思った。

『ま、どーせまた私が1位なんだけど』

『果たしてそう上手くいくかな?』

フフン。謎の自信とドヤ顔。

本気を出す気にはならなかったけどさっさと終わらせようと思った。


――結局、順位は前回と同じ。

『うごごご……』

燃え尽きて卓に突っ伏すソイツ。

違ったのは打ち方。

途中までは前回と同じオーソドックスなデジタル。

だけど私がつまらなく感じて溜息を吐いた瞬間から、雰囲気が変わった。

どこで身に着けてきたのかは知らないけど、一言で言うなら「死にたがり」な打ち方。

……ヘンテコな打ち方で、まさか振り込まされるとは思わなかった。

ま、そんな付け焼刃にやられるような淡ちゃんではなかったけどね。

『大口叩いてそれー?』

『うるせー……もうなんとでもいえー……』

『なにそれ』

くすりとわらった。

この大学に来てから、はじめて麻雀の中で楽しいと思ったかもしれない。

『それじゃ、またね……きょーたろー』

『ん? おお、またな』

少なくとも、このサークルに通ってやってもいいと思えるくらいには、楽しい対局だった。

それからきょーたろーと何度も打つようになった。一緒に遊びに出かけることもあった。

私が白糸台の元大将だからか、私に遠慮する人も多かったけど、きょーたろーはその逆。

遠慮がないどころか、グシグシと頭をなでてきたりもした。

……ちょっとだけ、気持ちいいと思った。くやしい。



だけどきょーたろーが牌のおにいさんになってからはその機会も減って、アラフォーのオバサンたちの話ばかり聞くようになった。

――なんとなく、さびしいと思った。

淡「……私が先に告白してたら、はやりんに勝ててたのかなぁ」

私だって乙女だし、やっぱり告白は男の方からしてほしい。

そんなことを考えてたら、先を越された。

大星淡に踏み出せなかった一歩を、瑞原はやりは踏み出した。

淡「私だってアプローチはしてたんだけど……ほんと、オバサンに負けるとは思わなかったなぁ」


雪が頬にあたって、雫となって伝う。

淡「もー! 今夜はヤケ酒だー!!」

雪の勢いはまだそんなに強くなかったけど、いくら拭っても、私の頬が乾くことはなかった。

というわけで同期のヤツ小話でした。
今回はここで中断します。次回本編完結予定。

>>191
本編完結後に別ルートか、小ネタか、番外編として書いていきたいですね

乙乙

京ちゃん飲酒運転になるでぇ…

>>233-234
京ちゃんが帰宅してから迎えに行くまでの時間に酒気は抜けているということで
ほら、グラス1杯だけですし、自宅に帰ってから迎えに出るまでも時間ありますし、その……堪忍してつかぁさい


これだけだとなんなのでちょっとした1レス番外小ネタを
次は本編投稿します


【シロとフラグを立てていた場合】

シロ「……むぅ」

京太郎「どうしました?」

今日の仕事の相方だったシロさんに「ダルいからおんぶして」とせがまれた帰り道。
「この人も変わらないなぁ」と苦笑しておんぶすると、シロさんが対局中に長考をする時のような雰囲気になった。

シロ「いや……なんでもない」

そう言って肩に顔を埋めてくる。
この人の行動は本当にいつまでたっても読めない。


シロ(……誰の、匂いだろう)

シロ(まぁいいや……上書きしとこ)ググッ

背中からの感触がより強く押し付けられる。回された腕の力が強くなる。
よくわからないが、役得である。

京太郎(おぅふ、ナイスおもち)


ダラしなく顔を緩めさせているとシロさんの住むマンションの玄関へと到着。

シロ「ここまででいい」

京太郎「わかりました……っとそれじゃあ、また次の機会に」

シロ「京太郎」

帰ろうとしたところで呼びかけられ振り向く。
シロさんは、じっと俺のことを見つめている。

京太郎「はい?」

シロ「ファブリーズ、ちゃんと使ったほうがいい」

京太郎「げ、臭いましたか? 俺」クンクン

シロ「……」

シロ(――ダルい、なぁ)


この日から、何故か俺は道に迷うことが多くなり、シロさんと会うことが増えた。
しかもそれは、はやりとのデート中に起きることが多い。偶然だろうか。
未だによくわからないが、とにかく、確実なことは

はやり「京くんから離れてくれないかな☆」

シロ「ヤダ」

……絶賛、修羅場中であるということだけだ。
両サイドから腕を引っ張れられる大岡裁き状態。
そろそろ腕の感覚がマヒしてきたが両者互いに譲り合う気はない。

はやり「京くんは! はやりの!!」

シロ「年増より若い方がいい」


――だめ、私が裂けちゃう。
いやな予感を振り払うように、現実逃避をしていた。


【牌のおねえさんと】

はやり「きょーくーんっ!!」

京太郎「おわっ」

降りしきる雪の中、車のドアを開けてはやりを迎えたら吹雪と共に突っ込まれた。

柔らかいおもちのダイレクトアタックは何度受けてもすばらしい感触だが、今回は状況が辛かった。
放置していると車内に吹雪いて来るので名残惜しいがはやりを引き剥がし、急いでドアを閉めさせる。

はやり「京くんちょっと冷たい!」

京太郎「この天気ですから」

アヒルのように口を尖らせるはやりのほっぺをムニムニしてなだめる。
それだけで不機嫌そうな顔がとろけるような笑顔になってしまうのだから、現金な牌のおねえさんである。

段々と勢いが強くなる雪の中、ゆっくりと車を走らせる。
はやりは湿った窓ガラスに指でハートだか☆だかよくわからない絵を描いていた。
落ち着きのない3×歳である。今ではそういうところも可愛いと思えてしまうのだが。
窓ガラスの半分を記号だか生き物だかよくわからないモノで埋めると、はやりは指を離して満足げに頷いた。

はやり「こっちが京くんで、こっちがはやりね」

京太郎「なんと」

なにやらこの名状し難き絵のような何かの正体は俺たちを描いたものだったらしい。
この牌のおにいさんの目をもってしても見抜けなかった。正直スプーが並んでいるようにしか見えないのだが。

信号が赤に変わったので車を停めてより深くはやりが描いたモノを観察する。
……うん、やっぱりどう見ても人には見えないなコレ。

はやり「じーっ」

はやりは期待の眼差しで見つめてくる。
ええと、どう答えれば満足するのだろうか。この画伯は。

京太郎「その、なんといいますか……その……ええ、ピカソも生前は大して評価されなかったと言いますし?」

はやり「なにそれ!」

正直な感想を告げるとプンスコほっぺを膨らませるはやり。
これまた指でつつきたくなる膨らみ具合だった。

京太郎「まぁ、番組内でおえかきする時は俺に任せてくださいよ」

はやり「もー……」

信号が赤から緑に切り替わる。
走行を再開すると、会話が途絶えた。

ふぅ、とはやりが溜息を吐いて袖で窓のラクガキを消した。
交通量はそれほど多くはなかったが雪の影響で車の進行は遅い。
静かに進む車の中ではやりは何を考えているのか、じーっと窓の外を見ている。

はやり「ねえ、京くん」

京太郎「はい?」

再びの赤信号で車が止まった時、はやりが話しかけてきた。
声のトーンが、さっきよりも低いように感じた。

はやり「はやりはね、今すっごく幸せ」


赤くなった指先に息をかけながら、はやりは微笑んだ。


はやり「ずっと好きだった京くんといっしょになれて、こうして2人一緒に帰って」


でも、その微笑みは。


はやり「本当、夢みたい☆」


どこか陰っているように見えた。

「もちろん、はやりはこの幸せも、京くんのことも、手放すつもりはないけど」


「でもね……さっき、思っちゃったんだ。ほかの女の子のこと」


「はやりの幸せは、京くんがいるから」


「でも、はやりと同じくらい京くんのことが好きな子もいたら」


「はやりはその子の幸せをとっちゃったんじゃないかって」

京太郎「……」


不安そうな顔のはやり。
その表情を見て、何故か脳裏に照さんと淡の顔が浮かぶ。


はやり「もしかしたら……その……京くんも、はやりより、若い子の方が、いいんじゃないかって……」

京太郎「……」

はやり「あはは……ごめんね、変なコト言っちゃって」

信号が緑に切り替わり、走行が再開される。
俺はハンドルを操作して、車を停めても迷惑にならない道の脇に停止させた。

はやり「……? 京くん……?」

頭上に疑問符を浮かべるはやり。
帰り道とは違う方向に車が停められたから不思議に思ったのかもしれない。

そんな不思議な顔をしているはやりの手をとって、じっと瞳を見つめる。

京太郎「俺は、好きです。あなたのことが」

はやり「……ぁ」

はやりの頬が、掴んだ指先が、さっきとは違う理由で赤くなる。
思えば、彼女から求めてくることは多いが、こうして俺のほうから言葉で想いをぶつけることは初めてかもしれない。

京太郎「子どもたちと触れ合ってる時や俺に麻雀を教えてくれる時の優しい顔も」

京太郎「咏さんや健夜さんたちと打っているときの真剣な顔も」

京太郎「俺と一緒にいる時の甘えてくれている時の顔も」

はやり「はやややゃ……」

はやりの顔が茹でダコのように赤くなる。
だけど手は離してやらないし、目をそらしてもやらない。

京太郎「……他に俺のことを好きな女の子がいたとしても」

京太郎「俺は、あなたと一緒にいたい。可愛い笑顔のあなたと一緒にいたい」

京太郎「だから、そんな悲しい顔をしないでください」


片手を離し、ポケットの内側に手を入れる。
はやりの指先がもの寂しそうに震えたが、今だけはこの手を添えられない。

だってそうしなきゃ、これが取り出せないから。

はやり「――ッ!!」

ポケットから取り出した小さな箱を見て、はやりの目が大きく開かれる。
さっきまで不安で震えていた瞳が、期待の色に輝いた。
その期待に応えるように、はやりの手のひらに箱を乗せた。


緊張で震える指先で箱を開く。
ダイヤモンド付きの銀のリング。宝石の意味は『永遠の絆』

京太郎「瑞原、はやりさん」

多分、今までの人生中で一番緊張してる。
健夜さんと打つ時だって、こんなに怖くなかった。

はやり「はい」

京太郎「俺は、ヘタレな男です」

はやり「……はい」


京太郎「おもちが好きで、スケベです」

はやり「知ってます」


京太郎「まだまだ、麻雀で弱い部分もあります」

はやり「ずっと、見てました」


京太郎「だけど、誰よりも、あなたのことが好きです」

はやり「……」


京太郎「だから、俺と…………俺と、結婚してください!!」






はやり「――はいっ!!」





左手の薬指の輝きに照らされた笑顔。

俺はきっと、その笑顔を永遠に忘れないと思う。

……と、こうして綺麗に締められれば良かったのだが、俺たちがこのやり取りをしている間に雪の勢いはどんどん強くなっていて。

気付いた時にはタイヤが雪にとられて動けなくなってしまった。助けてくれる車も走っていない。

運よくすぐそばに空いているホテルがあったものの、危うく笑えない結末になるところだった。

はやりにはジト目で睨まれて、ホテルで滅茶苦茶絞られた。


……ロマンチックだとか、花嫁だとか、なんだとか言っても結局はこうなってしまうのである。
同期のヤツには「そのほうがきょーたろーらしいけどね!」と笑われた。ほっとけ。

俺たちの結婚を発表した時は色んな反応があった。

嫉妬の眼光を飛ばすアラフォー集団だったり。

面白おかしく報道するアナウンサーだったり。

寝取りに走ろうと暴走する集団だったり。

涙を流す先輩だったり。


とにかく、色々あった。

でも、最後にはみんな笑顔で祝福してくれた。

「――それでは、誓いの口付けを」

海外の結婚式場。辺りに☆が散りばめられた牌のおねえさんとおにいさんの特別仕様。

今までお世話をしてくれた人たち全員が、俺たちを見守っている。

はやり「……京、くん」

瞳を潤ませるはやり。

その唇は、今までの中で、一番魅力的に見えた。

俺は、そっと口付けを――


「――がプロ! 須賀プロ!!」

「お、おおう!?」

隣のアナウンサーの声で目が覚める。
最近、忙しかったせいで意識が飛んでいたようだ。

「もう、今完全に寝てましたよね? しっかりしてくださいよ」

「は、はい……すみません」

「まったく、いくらお年だとはいえ……」

「いえいえ……本当、申し訳ない」

慌ててモニターを見る。
そこには、4人の高齢の女性。
小鍛治健夜、三尋木咏、野依理沙、そして――俺の妻である、須賀はやりが映っていた。


「須賀プロは、どなたが勝つと思われますか?」

「そりゃ、もちろん。はやりでしょう。なんたってアイツは――」

「はぁ……いくつになってもお熱いことで……」

モニターに映るはやりはどう見てもお婆さんに見えないほど若々しい。
夫である俺もその影響を受けているのか、未だに30代か40代に見られることがある。
強豪雀士は老けないというオカルトはその夫である俺にも有効なようだった。


牌のおねえさん(28)から、牌のおねえさん(3×)と呼ばれるようになって。

牌のおねえさん(3×)から、牌のおかあさんと呼ばれるようになって、一度引退して。

俺たちの子どもが大きくなったら復帰して、牌のおかあさんから、牌のおねえさん(更年期)と呼ばれるようになり。

牌のおねえさん(更年期)から、牌のおねえさん(還暦)と呼ばれるようになり。

牌のおねえさん(還暦)から、牌のおねえさん(フォーエバー)と呼ばれるようになった。


そして俺は、いつもその隣にいた。

今までも、そしてこれからも。

俺は、はやりと一緒にいる。

はやりがずっと牌のおねえさんなら、俺はずっと牌のおにいさんである。

番組自体は引退して、その立場は娘たちに譲っているけれど。

俺にとっての牌のおねえさんは、永遠にはやりんなのである。


マイクを持って、叫ぶ。

「いっけー!はやりーん!!」


応えるように、はやりも手を振る。

「見ててねきょーくーんっ!!」


(このプロたち、きつい……!!)


周囲の呆れた目線も気にしない。
だって俺たちは、永遠の牌のおねえさんとおにいさんなのだから。








はやり「カンッ☆」






というわけで牌のおねえさんのお話でした。
これで本編は完結となりますが、番外編や小ネタや別ルートはまだ書いていきたいなと思います

それでは、ありがとうございました

業務連絡というか、近況報告といいますか
すみません、ちょっと私生活でごたついてるので少なくとも週末まで投下できないです

次の投下は新婚編小ネタになると思います
その次辺りに投下予定の淡ルートプロローグは大学生編になりそうです

あとお題募集というか、小ネタ募集したいです。なにか希望があれば書いていきます
それでは、よろしくお願いします


マジカル照ルートオナシャス

ここの京太郎は「ムチャシヤガッテ・・・」という扱いなのか「はやりんがこんな奴に!」という扱いなのかどっちなんだろうかね
少なくとも熟女好き扱いされてる事は間違いないだろうけど


【新婚さんちにいらっしゃい】

夢のマイホーム。2人で買った白い屋根のお家。
京くんが実家から連れてきたカピバラも住めるプール付き。
2人と1匹の家庭で、このあと更に増える3人については……毎日がんばっています☆

はやり「~♪」

今は、愛しのダーリンのために玉子焼きを作ってます☆
自慢の旦那さまがいて、かわいいペットがいて、夢のマイホームで……本当に幸せ。

チームメイトも番組スタッフも、ファンのみんなも祝福してくれて何もかもが順調――の、ハズなんだけど。


照「うん。この玉子焼きは甘すぎる」

淡「ね、ちょっと砂糖使いすぎだよねー」

はやり「なんであなたたちがいるのかな!?」

……なんでか、2人きりではないのでした。

照「京ちゃんをダメな人には任せられない。大事な人だから……うん、こっちのスープは逆にしょっぱすぎ」

淡「妻よりも夫の方が料理上手ってどーなんだろ……うーん、いまいち」

はやり「かえってよ!」

なぜかキッチンに居座ってつまみ食いをする2人を押しのけ、居間に向かう。
ここは、最後の砦である旦那様さまにきちんと言ってもらわないと。


はやり「ちょっと、京く――」

良子「京太郎。遊園地のチケットを2枚ゲットしたのだけど、いかない? もちろんこれはデート」

京太郎「いやちょっと困りますって」

良子「そういっても視線は正直だね。私のバスト、さっきからチラチラ見てるね?」

京太郎「いや、その、それは……」

はやり「よしこちゃーん!!」

最後の砦、既に陥落。

おや、とわざとらしく今気付いたかのようにこっちを見るよしこちゃん。

良子「ハロー。これ仕事土産の饅頭です。どうぞ」

はやり「あ、どうも……じゃなくて!」

京太郎「良子さん、ありがたいけど、やっぱり」

良子「ふむ……では名残惜しいですが、私はここで」

やっと京くんから離れるよしこちゃん。
大事なお友達だけど、こればっかりは絶対に何があっても譲れないのです。

良子「ああ、ですがその前に――」


よしこちゃんの手が京くんのほっぺたに伸びる。
京くんは「へ?」と呆け顔だけど、よしこちゃんのあの目は放っておけない。
放っておけば、そのままよしこちゃんの唇が京くんの口に――

はやり「ってダメダメ!」

慌てて2人の間に入って引き離す。

京太郎「うわ!?」

良子「チッ」

はやり「もう!」

本当、油断も隙もないんだから。


淡「あれが昼ドラっていうのかな」

照「物騒だね。やっぱり京ちゃんは刺される前に私の元に来るべき」

はやり「あなたたちも!」


何故かマイカップまで持ち込んでいた2人を帰らせる。京くんは苦笑い。
やっと2人きりでご飯が食べられる。

はやり「京くんももーっとガツンと言ってよ」

京太郎「まぁ、あの人たちも悪気はないから……」

はやり「もー……」

京くんは優しくて面倒見がいい。
けど、その優しさを与える相手をもっと選んで欲しいと思うのが複雑な乙女心なのでした。

一口、玉子焼きを口に運ぶ。

はやり(うん……たしかに、ちょっと甘すぎたかも)

てるちゃんの指摘が当たってるのがちょっと悔しい。
あわいちゃんの一言も結構刺さる。

はやり「うーん……」

京太郎「ほら、元気出して」

唸っていると、京くんにそっとほっぺをなでられた。

京太郎「まぁ、確かにあの2人はあんなんだけどさ。これから一緒に上手くなっていけばいいって」

はやり「京くん……」

京太郎「良子さんもああだけど、アレはふざけてただけだと思う。チケットも置きっぱなしだし、これで2人でデートに行けってことじゃないかな」

はやり「うん……」

だけど、あの目は隙あらば絶対に京くんを連れ去っていたと思う。
……そんな言葉は、心の中にしまっておこう。


京太郎「ほら」

京くんから、優しくほっぺにキスされる。

はやり「んっ!」

おかえしとして、はやりも京くんに思いっきりキスをする。
玉子焼きよりもずっと甘い味だけど、とっても素敵な気持ちになれた。
京くんを抱き寄せてもっと深く味わう。体が熱くなる。


はやり「ねぇ、京くん」

潤んだ瞳で京くんを見つめる。

京太郎「まだ昼なのに」

仕方ないなぁ、という京くんの顔。
でも、はやりをこんな風にしたのは京くんなんだから、責任はきちんと取ってもらわないと。

京太郎「まぁ、いっか」

京くんがはやりを抱き上げる。はやりも京くんの首に腕を回す。
たくましい腕にお姫様だっこされてドキドキが高まる。


京くんがそっとドアノブに手をかけて、期待と悦びは最高潮に――ピンポーン。


京太郎「……」

はやり「……」


ピンポーン。


京太郎「……」

はやり「……」


ピンポーン。


京太郎「……出てくる」

はやり「……うん」

健夜『あ、京太郎くん? 次の仕事の話なんだけど、ちょっと寄らせt』

京太郎「帰れ」

健夜『ひどくないっ!?』


……3人の家族が増えるのは、まだまだ先かもしれません。


【新婚さんいってらっしゃい】

新婚旅行。夢のハネムーン。
行き先は豪華に世界一周。

俺たちとしては日本国内を巡る予定だったけど、番組のスタッフと所属チームのみんながプレゼントしてくれたのだ。
なんでも今までお世話になった牌のおねえさんとおにいさんに恩返し、とのこと。

こっちこそお世話になってばかりなんだけどなぁ。
だけど折角好意で用意してくれたものだし、はやりも乗り気だったので有り難くいってくることにした。

……空港で送ってくれたみんなの笑顔が若干引きつっていたのが少し気になったが。

――バリ島


京太郎「というわけで」

はやり「やってきましたハネムーン!」

空港から出た先に広がる青空。綺麗な白い砂浜。見渡す限りのエメラルドグリーンの海。
窮屈な都会の中では決して見れない景色に、思わず圧倒される。

京太郎「うわ、すごい……」

はやり「すごいよね! いつ見ても飽きないなぁ」

大口を開けて感動する俺。
対して、隣で手を繋いでいるはやりはどこか余裕があった。

京太郎「おお、前に一度来たことが?」

はやり「牌のおねえさんですから!」

フフンとドヤ顔で胸を張るはやり。おもちが強調されて大変すばらしい。

はやり「と言ってもけっこう前なんだけどね。一度おっきな休みをもらって、その時に来たの」

京太郎「ほおー……その時はどこを観てまわった?」

はやり「雀荘!」

京太郎「……ん? あの、旅行で来たんだよね?」

はやり「うん」

京太郎「それで、何をしてたんだ?」

はやり「麻雀!」


……ひょっとして、俺の方がおかしいのだろうか。
どこもおかしなことはないと瞳を輝かせて言い切るはやりに、ちょっと自信が無くなってきた。

京太郎「まぁでも今は、麻雀からはちょっと離れて」

はやり「うん! だって京くんと2人きりで来たんだし!」

思いっきり腕に抱きつかれる。
この笑顔を見れただけでもこの旅行に来た甲斐はあったかなぁ。

京太郎「それにしても、あんま海で泳いでる人はいないんだな」

はやり「ここは波が荒いから。この景色を眺めながらプールで楽しむのがメインなんだって」

京太郎「へぇー……」

はやり「それじゃ、いこっか」
 
グイっと腕を引かれる。

京太郎「へ?」

はやり「ホテル☆」

はしゃぐ子どもたちの声。微笑ましくその様子を見守る大人たち。
俺がはやりに連れられてやってきたのは、予約していたホテルのプールだった。

京太郎「うーむ……」

こうしてパラソルの下でサングラスをかけながらデッキチェアに横たわっていると、ちょっとしたVIP気分が味わえる。
本当、この旅行をプレゼントしてくれた人たちには感謝が尽きない。ちゃんと一人一人にお土産を買って帰ろう。

京太郎「……にしても、ちょっと遅いな」

『楽しみにしててね☆』と言われてはやりの水着姿を妄想して待っているのだが。
水着よりも過激な姿は今までに散々見てきているものの、それとこれは別腹である。

あの生地に包まれたおもちや肢体というのも中々に乙なもので――と、頬を緩めていると右手が柔らかい感触に包まれた。

お、やっとおでましか――サングラスをとって、振り向くと、そこには

良子「ハロー」

京太郎「ファ、ハァッ!?」

俺の恩師の一人である、戒能良子さんが、ビキニ姿で俺の右手を掴んで胸元に運んでいた。

京太郎「よ、よよしこさん!?」

良子「ロングタイムノーシー。会えて嬉しいよ」

京太郎「なんでここに!?」

良子「私もバカンスでね。トラベルに来たんだ」

いやぁ、偶然ってあるんだねと笑う良子さん。
……スタッフたちの引きつった笑みの正体がわかった気がする。

いや、今はそれよりも

京太郎「あの、良子さん……手を」

良子「ん?」

京太郎「だから、手を、ですね」

良子「あいきゃんとひやーいっと」

……この人は!

良子「でも満更でもないようだけど? こっちはどうだろうね」

手を下の方に伸ばす良子さん。
いやさすがにそれはシャレにならな――

はやり「ダメーッ!!!」


ドボンッ


急な衝撃に吹き飛ばされ、プールに落下する。ゴボゴボと無数の気泡が口と鼻から溢れ出す。
一瞬にして肺の中の空気がなくなり、酸素を求めて口を開こうとしたが、水面から出た瞬間に顔面に柔らかいものが押し付けられて呼吸が封じられる。

はやり「なにやってるのよしこちゃん!?」

良子「ノープロブレム。師弟間のスキンシップですよ」

はやり「いや絶対ウソだよね! まだ京くんのこと狙ってたの!?」

良子「ノーウェイノーウェイ。なんのことやら」

……なにやら二人の言い争っているような声が聞こえるが、水に濡れたおもちに顔面が包まれてそれどころじゃない。
……これは、まずい。


はやり「もしかしてこの旅行も!」


息が、苦しい。


良子「ビヨンドミー。さっきから何のことだかわかりませんね」


このままでは、世界で一番幸せな死に方をする――




「あっ」


「きょーくーん!!」


そんな悲鳴が、どこまでも澄み切った青空に響いた。




……その日の夜。
危うくレスキューのお世話になるところだったが、かろうじて一命を取り留めた俺はホテルの部屋ではやりと休んでいた。

はやり「うぅ……せっかく2人きりだと思ったのに」

京太郎「偶然だって……多分」

顔を曇らせるはやりを抱き寄せる。
さっきの良子さんとの出会いはちょっとしたアクシデントなのだ。旅にハプニングは付きものというし。
だから微妙に感じる嫌な予感も気のせいなのだ。そうに違いない。

京太郎「せっかくみんなが用意してくれた旅行なんだから、楽しもうぜ」

はやり「……そうだね」

2人で一緒にベッドに入る。
カーテンの隙間からは見事な星空が覗いて見えた。

京太郎「いっぱい思い出、作っていこうな」

はやり「うん!」


こうして、新婚旅行1日目の夜は明けていった。


……だが、しかし。

嫌な予感というものは、えてして的中するものである。

――北京


京太郎「あの、どうして偶然立ち寄った料理店に」

はやり「うたちゃんが、いるのかな?」

咏「ニーハオー。細かいことは気にすんなって。それよりこの水餃子うまいよきょーちゃん」

京太郎「あ、いただきます」

はやり「さり気なく京くんの隣に座らないで! あーんするのもダメ!」

――リオデジャネイロ

京太郎「リオデジャネイロといえばカーニバルですよね」

はやり「あの衣装を見たいから?」

京太郎「えっ!? いや、それは」

理沙「スケベ!」

京太郎「……」

はやり「……ねえ、何で京くんの手を繋いで隣にいるの?」

理沙「偶然!」

――ロンドン


晴絵「いやぁ、まさかこのロンドンアイで偶然乗り合わせるとは」

はやり「もう何も……」

京太郎「突っ込みません……」

晴絵「はぁ?」

――ロサンゼルス


京太郎「……ええと?」

はやり「だれも、いない?」

ロサンゼルスの空港から観光しながらホテルまで来たが、プロには遭遇していない。
まだこれから遭遇する可能性もあるが、ようやく一息つけた気分だ。

はやりと2人してベッドに倒れこむ。

京太郎「ふぅ……」

はやり「ちょっと疲れちゃったね」


2人して苦笑する。
なんだかんだ言って楽しい旅行だけど、やっと本当に2人っきりになれそうだ。

はやり「ねぇ、京くん」

京太郎「ん?……ん」

はやりが求めてきたので、抱き寄せて口付ける。

はやり「欲しくなっちゃった……久しぶりに……」

京太郎「しょうがないなぁ」

カーテンを閉めて、灯りを絞る。
この旅行に来てからようやく、新婚らしい夜が迎えられそうだ――

――雀荘


健夜(2人とも、遅いなぁ……)

健夜「緑一色」

「ホワッツ!?」


健夜(旅行といえば雀荘に来ると思ったけど……)

健夜「清老頭」

「オーマイガッ」


健夜(道に迷ってるのかな?)

健夜「天和」

「ノーッ」


健夜(まぁいいか)

健夜「もう少しここで打って待ってよっと」


そんなアラフォーがいたことを、誰も知らない。

というわけで新婚編とアラフォーたちでした。すこやんがオチ要因として優秀すぎるのですが。
今回はここで中断します。あと淡ルート投下中は小ネタ投稿時はsage進行にしようかなと思っています。

>>290
それは「たまやー」と言いながら連続和了をぶっ放したり、不思議なアイテムでエロコメ展開に進む照ルートなのか
それともちょっと天然の入った女の子とアレコレする普通の照ルートなのか、どっちでしょう
前者だと難易度高すぎるので勘弁してください

>>296
・ジンクスの存在
・この世界だと京太郎自身も牌のおにいさん+強いプロでわりと人気
・公共電波で晒された年上好きカミングアウト
・お願いだからもう結婚してくださいというファンの声

こんな感じなのでわりとみんなに祝福してもらってる感じですかね



【将来の夢って】


「ねえ、私さ」

自分の夢と、女としての幸せ。

「こんなにも幸せでいいのかなーって、たまに思うんだよねー」

その二つを掴めた私はきっと、世界の誰よりも幸せだって言い切れる。

「うん。いつまでたっても好きだよ――のこと。ずっとずっと大好き」

戸棚には自分の手で勝ち取った金色に輝くトロフィー。
左手の薬指には彼に貰った銀色に煌く指輪。

そして隣には、この指輪を送ってくれた、私と同じ髪の色をした――






将来の夢。大きくなったら何になりたい?
誰もが一度は小さいうちに作文のテーマとして書かされた内容。

男の子ならサッカー選手やメジャーリーガー、女の子なら食べ物屋さんやお医者さんが鉄板であり人気が高い。
テレビに映る大人たちの格好いい姿。夢中になって画面にかじり付き、母親に「早くお風呂に入って寝なさい」と叱られる。そんなことも、誰もが一度は体験している筈だ。

他にもおまわりさん、お医者さん、先生、アイドル、そして仮面ライダーやウルトラマンなどのヒーローなど、少年少女たちの心を釘付けにする数多くの職業がこの世には存在する。
もちろんプロ雀士もその中の一つとして高い人気を誇るが――前述したものに比べると、少し複雑な立ち位置にある。

将来なりたい職業ランキングで長い間トップ10に食い込み続けるプロ雀士。
しかし同時に、近年では『なりたくない』職業ランキングでも上位に名を連ねているのである。

麻雀。
男女の体格差によるハンデがなく、一度卓を囲めば実力がモノをいう競技。
それだけに競技人口も多く、険しい勝負の世界。才能による絶対的な壁を感じて諦めるものも少なくない。

だが、壁を乗り越えトップとして活躍し続けるプロたち。
三尋木咏、瑞原はやり、野依理沙、赤土晴絵、そしてつい最近現役復帰した小鍛治健夜。
彼女たちの名声は日本に留まらず世界中に轟いている。

そんな彼女たちの活躍の瞬間を一枚に収めたプロ麻雀煎餅カードは大人にも子どもにも大人気。
もはや『煎餅の方がおまけ』扱いであり、高いレアリティになると非常に高額でトレードされることもある。
フルコンプリートしようとすれば余程運が高くない限り余裕で諭吉が吹き飛ぶ。

栄誉ある職業でありながら、『なりたくない』とも思われているプロ雀士。
その理由は、プロたちのとある共通点にある。


小鍛治健夜。
コンビとして活躍していた女子アナが一足先にゴールインしてからは彼女を「アラフォー」と呼び弄くるものはいない。
一説では、相方だと思っていた女子アナに先を越された悔しさを発散するために世界ランキングに返り咲いた、とも。
麻雀の腕と女子力は反比例するとかいう定説を作り出した人。

三尋木咏。
どう見ても大人には見えない容姿の合法ロリータ。
日本代表チームの先鋒としても大活躍、あちらこちらへ引っ張りダコだかそれ故に婚期が遠ざかっているとか何とか。
本人は「結婚とか人生の墓場だろー?」と全く気にした素振りを見せないが。

瑞原はやり。
牌のおねえさん。このプロきつい。エクセレントなおもち持ち。番組放送開始時から全く容姿が変わらない。
彼女と対局した者は若さを吸い取られるという噂がある。

野依理沙。
いつもプンスコなツリ目さん。
彼女のチャームポイントでもあるが、同時に恋人が出来ない理由でもあるとか。

赤土晴絵。
阿智賀女子をインターハイまで引っ張り上げた阿智賀のレジェンド。
人も良く、上の4人に比べればコレと言った欠点もないが何故かいつも「いい人止まり」で終わってしまうらしい。


そう、彼女たちは独身なのだ。独り身なのだ。
世界で活躍し子どもたちに夢を与えているのが彼女たちなら、才能という壁を越えるには婚期をリリースする必要があるという定説を生み出したのもまた、彼女たちなのだ。

「お嫁さん」も女子たちの立派な将来の夢の一つである。
プロ雀士として活躍するか、女子としての夢を優先するか、苦渋の選択を迫られる女子は多い。


京太郎「――ま、こいつには無縁な悩みだろうがなぁ」

淡「すぴゃー……くかー……すぴー……ZZZ……」


何ともいえない珍妙な寝息を立てながら、人の膝を勝手に枕にして寝ている女。
「甘えているんじゃない。甘えてやっているんだ、この私が」という尊大な態度の大学1万年生。
こいつの腕前なら間違いなく卒業後はプロ入りだろうし、何だかんだで相手を見つけそうな気はす――


京太郎「ってヨダレ垂れてんじゃねーかテメェっ!」

淡「ふあっ!?」

淡を跳ね除け、慌ててハンカチで膝を拭う。妙に膝が湿っぽいと思ったら……!
買ったばかりのジーンズなのに、これ以上汚されたらたまったものではない。


淡「え、え? あれれぇ……? トロフィーは……? あれ……?」


一方淡は寝ぼけ眼。
意識が覚醒しきっておらず、わけのわからないことばかり口走っている。


京太郎「ほら、起きろっつーの」

淡「わっ」


軽くデコピンをかましてやる。
少し強めに力を込めてやれば、眠気だってさっさと吹っ飛ぶだろう。


淡「え、あ……あ?」


瞼をパチクリしている淡。
ぼんやりしていた瞳が段々とハッキリしてくる。


淡「あー……」

京太郎「目、覚めたかー?」

淡「……」

淡「――っ!!」ガバッ

淡「あーっ! あー! ふわーっ!!」

京太郎「いてっ!? おま、なにすん、てぇっ!?」

淡「わぁああああああああ! ああああああああ! ふわあああああああ!!」

京太郎「落ち着けよ!」

目を覚ましたかと思うと、顔を真っ赤にして凄まじい勢いで叩いて来る淡。
本っ当に気ままな女だ……!


・・・・・


京太郎「……落ち着いたか?」

淡「……ん」


コクリと頷く。
視線はこちらを向いておらず頬も赤いままだが、とりあえずは鎮まったらしい。


京太郎「夢見て暴れるとか、ガキじゃねーんだから」

淡「うるさい。きょーたろーくせに」

京太郎「意味わかんねーっつーの」

ヘソを曲げてそっぽを向く淡。
放って置いてもいいが、このままサークルのみんなが来ると面倒なので機嫌をとっておかねば。


京太郎「ほら、コレでも食って元気出せって」

淡「は? 何コレ?」

京太郎「タコスだよ。結構自信あるんだぜ」

淡「きょーたろーが作ったの?」

京太郎「おう。みんなに配るつもりで作ってきた。タコス馬鹿のお墨付きだ」

淡「ふーん……あ、美味しい」

京太郎「な?」

淡「きょ-たろーのクセに。なんか悔しい」

京太郎「うっせ」


どこまでも生意気なヤツである。

淡「……」モグモグ

淡「あ、そだ」

京太郎「ん?」

淡「明後日みんなでカラオケいこーよ。クーポン貰ったんだ」

京太郎「あー、明後日か……あ、悪い。予定入ってるわ」

淡「えー? じゃその予定キャンセルしてよー」

京太郎「無理言うなって」

淡「この淡ちゃんの誘いを断わるっていうの?」

京太郎「何様のつもりだよ。ほら、これに行くから」


と、携帯の画面を見せる。


淡「んー?」

淡「牌の、おにいさん募集……?」

京太郎「おう、これでもインハイ出てるからな。応募資格はあった」

淡「京太郎が牌のおにいさんって……ぷぷっ」

京太郎「笑うなよ」

淡「だって、京太郎が瑞原プロの隣で「はっやりーん☆」とかやるんでしょー?」

淡「おかしくって腹痛いわー」ケラケラ

京太郎「悪かったな。でもこんな機会滅多にないんだよ。瑞原プロと打てて指導までして貰えるかもしれないんだぜ?」

淡「えー? 打つなら私でいーじゃん」

京太郎「はぁ? お前が?」

淡「なにさー」

京太郎「いや、だって」


……足りていない。圧倒的に。色んなところが。

淡「むっ」


グリッ


京太郎「って!?」


目の前のコイツと瑞原プロの悲しいまでの戦力差を比較していると、思いっきり足を踏まれた。


京太郎「なにすんださっきから!」


グリッ グリッ


淡「うるさい。ばかばか。きょーたろーのばーか」

京太郎「意味わからんわ!」

京太郎「てめ、このヤロ!」

淡「わっ!? 髪がー!!」

京太郎「ふははは! 恐れ入ったか!!」

淡「きょーたろーのクセに!!」

京太郎「まだ言うかー!!」


……そんな風にじゃれ合いながら、他のサークルメンバーを待つ。
俺が雀荘に行かない時は、大体いつもこんな感じで大学生活を過ごしている。


「あの二人、またやってるし」

「夫婦喧嘩はヨソでやれー」


そして後からやってきたメンバーに茶化される。
ここまでが1セットとなっている。


本当に、本当に毎日が騒がしい。


京太郎「ばーかって言う方がばかなんだよばーか!」

淡「それじゃきょーたろーは私の3倍ばかじゃんばーか!!」

京太郎「あー言えばこう言う……! こうなったら卓でケリ着けるぞ!」

淡「望むところだー!」


でも、こんな日々も悪くないと、そう思っている自分がいた。

お久しぶりです

というわけで淡ルート大学生編プロローグでした。ifルートなので>>1の前提がちょっと崩れます
それでは、今回はここで中断します


【ばかやろー】


『決まったー! 誰もが注目したタイトル戦! 見事激闘を制し、国内無敗伝説を打ち破ったのは……』


『期待の新星こと、大星淡!!  予想を覆し、見事に栄光の勝利を勝ち取ったああああああああああああ!!!』

湧き上がる会場内。

席を立った私を無数のフラッシュが照らす。

その光を左手の指輪が反射して、二重の意味で私を祝福しているみたいに思えた。

悔しそうな対局相手のコメント、賞賛するチームメイトの声、インタビューのために呼びかける記者たち。

だけど私の足は止まらない。そんなものよりも、もっと大事なことがあるから。

前人未到だとか、かつてのライバルへのリベンジだとか、試合前は心の中を占めていたことも、今はどうでもいい。

今は何よりも優先して会いたい人がいる。

その人のことを考えると自然と足取りが速くなる。

誰よりも先に伝えたくて、誰よりも先に褒めてもらいたいたくて、誰よりも先に抱きしめてほしい人。

きっとこの扉の先にその人が待っていると、期待に胸に膨らませてドアノブに手をかけた。




「ピピピ! ピピピ! ピピピピ! ピピピ!!」



ピッ!


けたたましく響く携帯のアラームを、反射的に動いた手が止める。

時刻は8時30分。まだ間に合うけど、そろそろ準備しなきゃ必修の授業に間に合わなくなる。そんな時間。

淡「……またー?」

思わず出る溜息は、これから出る授業に向けたものじゃなくて、夢の中身に対するもの。

近頃、こんな夢ばかり見てる気がする。

私が成功している未来。
キラキラしてて、とってもいい気分で、宇宙一の幸せものになっている。

何でかわからないけど、最近見る夢はそんなのばかり。

淡「むーむむむ……」

イヤなわけじゃない。むしろ調子はイイ感じ。
私がいつか世界ランキング1位になるのは当然のことだし、成功を手に掴むのも当たり前のこと。
だけど不思議なのは、夢の最後はほぼ必ず、アイツが出てきて終わること。

だってそれじゃあ、まるで私が……

淡「……ふぁ」

……ま、いっか。
起きたばかりじゃ、何を考えてもあくびが出るばかりだし。別にイヤなわけじゃないんだし。
どこかスッキリしないモヤモヤはいったん忘れることにして、私は身支度を始めた。



――そうして時間は過ぎて、本日の講義を全て消化した放課後。


……思いっきり、恥をかいた。

アイツのせいだ、絶対にアイツのせいだ。

今朝のことを考えてたら、ついボーっとしちゃって、講師に指名されたことに気付かなかった。

おかげで教室のみんなに笑われちゃったし、私だけ課題を増やされた。

しかも「大星さんって案外普通なんだね」なんて、今まで喋ったこともなかった女の子に言われて、そのまま意気投合してメアド交換とLINE登録までしちゃった。

それもこれも全部、毎晩毎晩私の夢に侵入してくるアイツのせいだ。

一回、ガツンと言ってやらないと気がすまない。

淡「うん!」

思い立ったら決断は素早い。サークルへ向かう足取りも自然と速くなる。
この時間帯なら絶対にアイツはいるハズ。きっと今日は雀荘にも行っていない。私の直感が告げている。

淡「たのもーっ!!」

ドアノブに手をかけて、勢い良く開く。

その先には、無駄に背の高いアイツが、いつものように卓の準備をして

京太郎「はぁ……」ドンヨリ

……いなかった。
いや、いつでも対局が始められる用意はしてあったけど、目が死んでる。

京太郎「……ん?」

のっそりとした仕草でこっちを見るきょーたろー。
無駄にでっかいからデクノボーみたい。

京太郎「ああ、淡か……」

おつかれー、なんて言いながら力なく手を振ってくる。
その声も今にも死にそうな感じで、腐ったような目と合わさって、陸上に打ち上げられてから暫くたった魚みたいだった。
たしか、アレはたまたま付けたテレビでやってた……じゃなくて、

淡「えーっと……どうしたの?」

京太郎「あー、いや、なんでもないんだけどな……」

ハハ、と乾いた笑い。
……いや、明らかにおかしいでしょ。

「あー、それなー。なんでも、前受けたバイトの試験が上手くいかなかったとかで」

淡「あ、いたんですか先輩」

「あんたなぁ」


ハァ、と溜息を吐かれても、わりとどうでもいいことだし。
今はそんなことよりも。

淡「バイトって……あの、牌のおにいさんとかいうヤツ?」

「ああ、ソレやソレ」

この前、私の誘いを断わってまで行ったやつ。
とっても楽しそうに話していたけど、結局ダメだったんだ。

京太郎「……あぁ……」

まるで、魂が抜けたかのようにポケーっとした顔。
どうしても欲しかったものを、取りこぼしてしまった姿。
あんなに活き活きしてたのに、こんな風になっちゃうなんて、よっぽどショックだったんだろうなぁ。

そんなきょーたろーを見て、私は……

淡「情緒不安定過ぎてキモい」

京太郎「うるせぇ」

あ、起きた。

京太郎「面子揃ったし三麻やるぞ三麻。ほら、さっさと席つけ」

淡「あ、ちょと」

グイっと強引に手を引かれる。
……悪い気はしないけどさ、別に。
こうして手を掴まれると、以外と逞しいなぁ、とか。強引なのも悪くないかも、とか。
別に、そんなことは思わないし?

「やれやれ……」

ハァ、と先輩が溜息を吐いて席に着く。
……そう言えば何ていったっけ、この人の名前。

そして始まった対局。

京太郎「じゃあ、コレで」

危険牌を切りながらも、ギリギリのところで回避してくる。
攻めも強くなっているような、防御での安定感も増えているような、不思議な感じ。
上手くいえないけど、何だか強くなってる気がする。

京太郎「ふむ……」

対面に座ってじっと手牌を見つめるきょーたろー。
こうして真剣な顔してると、フツーにイケメンなんだけどなー。


「次、あんたの番やで」

淡「え?」

「見惚れてないで、はよしいやー」

淡「……別に、そんなんじゃないし」

そうやって否定するように、牌を切った。

そんなやり取りが何回かあって進む対局。
基本的に私が1位のまま、きょーたろーと先輩が2位になったり3位になったりを繰り返している。

京太郎「……」

今日一番で真剣な顔。この局の結果次第できょーたろーの最終順位が決まる。
一点を見つめる視線。顎に手を当てて考え込む姿は中々決まってるんじゃないかなって思う。
どうしてこう、いつもこんな風になれないんだろうなー。

なーんて、そんなことを考えてると


――全て壊すんだ!


京太郎「あっ」

淡「え?」

「む?」

きょーたろーのポケットから、着メロが聞こえてきた。

「マナーモードにしときや」

京太郎「すみません、ちょっと失礼しま……あ、ハイっ!」

注意する先輩と、申し訳なさそうに携帯を開いて、それからビックリした顔で電話に出るきょーたろー。
ハイ! ハイ!って勢い良く何度も頷いて、嬉しそうに電話に答えてる。

淡「むぅ」

その姿は、完全に今の対局のことは頭に入ってないみたいで。
……なんだか、面白くない。

京太郎「ハイ! 来週の日曜ですね! ハイ! それじゃあ、よろしくお願いします! ハイ、ありがとうございました!!」

電話が終わって、携帯を閉じて、ふうと一息ついてる。
それから、いったん目を閉じたかと思うと

京太郎「い……よぉっしゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」

急に携帯片手に立ち上がって、叫び出した。

さっきまで、あんなに凹んでたのに。

淡「きょーたろーが壊れちゃった……」

京太郎「うるせー! 仕方ないだろ!」

「いったん落ち着き。何があったんや」

京太郎「受かってたんですよ!! 俺、出来てました!!」

淡「んん?」

「だから落ち着きが足らんわ。主語が抜けとるで」

京太郎「なれたんですよ! 俺、牌のおにいさんに!!」

淡「あ!」

「あー、アレなー」

京太郎「来週から一緒に仕事が出来るんですよ、あの瑞原プロと!」

いやー、楽しみだなぁって、だらしない顔。
あの顔は、きっとロクでもないことを妄想してる顔だ。

淡「……ムゥ」

私のことなんて眼中にもないって感じ。
ムカつく。腹立たしい。

「……ふむ」

そりゃ、確かに。今の私と瑞原プロを比べたら、すこーしだけ、ほんの少しだけ、足りない部分はあるかもしれないけどさ。
だけど、目の前にいる私をそっちのけにして、もうそーの中の瑞原プロに夢中になるだなんて。


淡「……どうでもいいから、早くしてよ」


そんなこと、あっていいハズがない。


本当にムカついたから、その後の対局ではちょっとだけ本気を出して、何度も何度もきょーたろーを飛ばした。

点数を削られていく度に身もだえする姿はある意味面白かったけど、結局その日はずっとムカついてた。


その日の晩は、夢を見なかったけど。

淡「……バカ」

朝の気分は、サイアクだった。


というわけで淡ルート2話目でした。
咲ちゃんの小話はすみません、ちょっとお待ちください。

ところで、プロ設定の京太郎ならアナウンサールートもいけるのかな? とかふと考えました。
照ルートとか小ネタとか書いた後で、書いてみてもいいですかね?


【やっとスタートライン】

――普段の二人、サークルにて


淡「何見てんのー?」

京太郎「ん? ああ、昔のインハイとか県大会の動画だよ。女子のやつ」

淡「ほうほう……あ、コレ私が1年のやつじゃん」

京太郎「あの辺りのはまだ見てなかったからな」

淡「……つまり、私の華々しい活躍が見たかったと?」

京太郎「は?」

淡「もー、それならそう言えば良いのにー。このこのー」

京太郎「お前ほんとブレないな」


淡「あー、ここ。コレ決めた時はほんっと気持ちよかったなー」

京太郎「ほー」

淡「こう、全部私の手の中ーって感じで」

京太郎「……俺は対局相手の顔の方が気になった」

淡「えー? 見るなら私の雄姿だけでいいじゃん」

京太郎「何様だお前は」

淡「高校100年生もとい、大学1万年生です!」

京太郎「大学は8年までしかいられないぞ」

淡「そういう意味じゃないもん!」


――普段の二人、対局中


京太郎(しっかしなぁ……)チラッ

淡(あ、こっちのこと見てる? 今先輩の番なのに)

京太郎(どうなってんだろ、こいつの髪)ジィッ

淡(なんだろ、そんなに淡ちゃんのことが気になっちゃうかなー?)

京太郎(ちょっと本気出すとブワって広がるけど、どういう仕組みなんだ)

淡(ふふん。しょーがないなー、きょーたろーは)

京太郎(それも不思議なんだけど、正直めっちゃいい匂いすんだよな。ブワって時に髪の匂いも広がって)


京太郎「……不思議だ」

淡「は?」

「いいからはよしい」タンッ

――普段の二人、休日にて


京太郎「なぁ」

淡「んー?」

京太郎「いい加減降りろよ。階段歩くのしんどい」

淡「いーじゃん、減るもんじゃないし」

京太郎「俺の体力は着々と減ってるんだが」

淡「えー? でも歩くの疲れたんだもん」

京太郎「人を散々連れまわしてコイツは……」

淡「役得でしょー。私と二人っきりで遊園地だよ?」

京太郎「やれやれ」ハア

京太郎(まぁ……何だかんだで、楽しかったしなぁ)


京太郎「……わかったよ、お姫様」

淡「うむ。よきにはからえー♪」

京太郎「調子に乗んなっての」


――普段の二人、講義の合間


京太郎「なー」

淡「んー?」

京太郎「次の試験n」
淡「わぁーっ!!!」

京太郎「……次の、範囲d」
淡「あー! あーあーあー!!!」

京太郎「……」

淡「……」

京太郎「きなこもち、食うか?」

淡「うん!」


京太郎「……」

淡「……♪」モグモグ


京太郎「で、次の試験範囲だけど」

淡「んぐふっ!」

京太郎「ほら、お茶」

淡「ずずーっ……ふぅ」


淡「不意打ちずるい!」

京太郎「いや、どうせいつかはするだろこの話」

淡「むー……なんで大学生になってまで勉強しなきゃいけないのー?」

京太郎「今すぐ全国の受験生に土下座してこい」

淡「うあー……将来は麻雀で食べてくからいいもん」

京太郎「大学1万年生が現実味を帯びてきたな……」

淡「だからそういう意味じゃないって!」

京太郎「……はぁ。今度一緒に勉強するか? 図書館あたりで」

淡「えー……あそこ飲食禁止じゃん」

京太郎「勉強会に何を期待してんだ」

淡「お菓子食べなきゃやる気でないー。女子だもん」

京太郎「試験終わったらいくらでも食わせてやるよ。きのこでもたけのこでも」

淡「じゃトッポで」

京太郎「ハイハイ」


――それが、きょーたろーが牌のおにいさんになるまでの私たち。


やれやれって、大人ぶって溜息を吐く。

けれど、なんだかんだ言って色々やってくれるのがきょーたろー。

特に用はないけれど、気付けばいつもその隣にいる私。

別に恋人とかではないんだけど、大学では一緒にいるとなんだか楽しい。


だけど、きょーたろーが牌のおにいさんになってからは――


淡「ねね。この後なんだけどさ」

京太郎「悪い、すぐ仕事入ってるから。また今度な」


こんなの、ばっかり。


淡「むー」

授業が終わったと思ったらすぐ仕事。

一緒に遊びに行こうとしたらすぐ収録。

口を開けばやれはやりん、やれ牌のおにいさん、やれおもち。

デレッデレな顔晒してアラフォーのおばさんの話ばっかり。

淡「つーまーんーなーいー……」

サークル備え付けのソファに寝っ転がる。固い。
何だかもどかしくって足をバタバタさせるけど、胸のモヤモヤは広がるばかり。

淡「ううー……」

張り合いがない。このモヤモヤをぶつける相手がいない。
お腹が空いてもタコスを持ってきてくれるヤツがいない。

最近だと、夢にも出てこない。

アイツがいないなら、もうこのサークルにいる意味も――

「大星」

淡「ふぇ?」

ボフボフと近くにあったクッションを叩いていると、先輩が声をかけてきた。
名前は覚えていないけど、確か関西出身の……?

「さっきから機嫌悪いみたいやけど」

淡「別に」

この人には関係ない。

「備品にやつあたりするのはあかんよ」

淡「……」

従う理由もないけど、あまり言われるのも面倒くさい。
ぽいっとクッションを適当に放り投げる。

「なぁ、大星」

淡「はい?」

「悩みがあるなら言ってみ」

淡「はぁ?」

「今度の交流試合までにトラブルは解決しときたいからな。貴重な戦力である大星をほっとくわけにもいかん」

淡「そんなこと言われても……別に、ありませんけど」

「そうは見えんけど」

淡「……」

交流試合。
どうせきょーたろーは牌のおにいさんとかで来れなさそうだし、私が行く意味もない。
そんなものに興味はない。

「なぁ、大星」

淡「……」

もう応える必要もない。
だって、どうせくだらないことしか――

「お前、須賀のこと好きなんか?」

淡「はぁっ!?」


何言ってんのこのヒト!?

「あ、ライクの方とちゃうで。ラブの方や」

淡「な、べ、別にアイツのこととか――」

「そうかぁ? 私の見立てでは――つか、誰が見ても気付くけど、明らかに須賀のこと意識しとるやん」

淡「そ、そんなこと……」


ない、とも。
断言できなかった。

「まぁまぁ、ここらで一度振り返ってみぃ。自己分析ってやつや」

淡「えぇ……?」


「須賀と一緒におる時、どんな気分?」

淡「どんなって……そりゃ、楽しいけど」


「須賀の持ってくるタコスやらお菓子やら食っとる時は?」

淡「おいしい」

「そうやなくて、いやそれもそうなんやけど。胸ん中はどんな感じや」

淡「んー……あったかい、とか?」


「須賀と予定が合わなかった時」

淡「なんとなく、さびしい」


「須賀が巨乳見てデレッデレしとる時」

淡「ムカつく」


「須賀に頭とか撫でられてる時」

淡「……ちょっと気持ちいいかも?」


「須賀が他の女と話して笑ってたり、瑞原プロの話しとる時」

淡「……ムっとする」


「須賀が夢に出てきたことは?」

淡「……っ!」

「何度もアリってとこか。その様子だと」


この世界線では、はやりんみたいに見た目や能力の老化が遅いベテラン選手が珍しくなさそうだなw

山本昌(??)「牌のお姉さんが引退か。俺ももう長くないな」

山本昌(?? ??)「牌のお姉さんが復活か。俺もまだ頑張らないと」

……言われて、みれば。
きょーたろーのことばかり考えてる自分がいる。


「で、もっかい聞くけど」

「お前、須賀のこと好きなんか?」


麻雀から始まって、コイツといるとそこそこ楽しいって思って。

それから一緒にいることが増えて、講義でも隣の席が当たり前になってた。

じゃあ、このモヤモヤは?

牌のおねえさんにきょーたろーを取られた、から?

じゃあ、私は。

もしかして。もしかしなくても。

私は、きょーたろーのことが


淡「……好き、かも」

「ほら見ぃ」

ニヤニヤ笑う先輩。キラりと光るメガネのフチとドヤ顔がうざい。

淡「うー……」

「んでまぁ、うちのサークルの規約には恋愛禁止なんてもんはない」

「ま、そこでな? うちの主力に何かあったら困るし、可愛い可愛い後輩がめんどいことになる前に」

「私が人肌、ぬいだるわ」

淡「え……?」

「今度、追いコンの下見も兼ねて下級生同士での飲み会を企画しとるんやけど」

「その前に、須賀と二人っきりになれる機会作っとく」

淡「でも、きょーたろーも忙しいんじゃ」

「その辺はぬかりなし。きちんと須賀がヒマな時間も調査済み」

この日や、空けとき。
と、スケジュール帳を見せてくる先輩。
その日は私にも特に用事はなくて、確かに久しぶりにきょーたろーと一緒になれそう。

淡「……よし!」

ずっと胸の中にあったモヤモヤが消えていく。
握る拳に、力が入る。
やれる。やってやる。
あのデレッデレな顔に、吠え面かかせてやる……!


「ヤル気も十分ってとこか。んじゃまぁ、後はよろしく頼むで」

席を立つ先輩。バッグから教科書がハミ出てる。
この後に講義があるのかな。

淡「あ、あの」

「礼ならいらん……と言いたいとこやけど、交流試合での働きには期待しとるからな」

ヒラヒラと手をふりながら、サークルボックスを後にする先輩。
どこか余裕のあるその後姿は、いかにも先輩って感じがして、なんだか頼もしかった。


……けど。


淡「……結局、名前、知らないんだけど」

ほんと、なんて言ったっけ、あのヒト……?


――そんなこんなで。


はじめての恋愛指南とかいうよくわからない本だの、ネットの掲示板だの、高校時代の先輩たちに色々聞いてみたりはしたけれど。

実りのある意見はなく――というか見栄張ってたけど明らかに恋愛に関しても私以下だった、あの人たち――


飲み会の日が、やってきた。


京太郎「みんな、遅いな」

淡「……」


集合場所のサークルボックスには私ときょーたろーの二人だけ。
先輩の根回しが上手くいっているみたい。


これで、後は私がきょーたろーをメロメロにしてやるだけ……なんだけど。


京太郎「……」ペラッ

淡「……」

……恥ずかしい。

ちょっと前に同じ場所で気合を入れたはずなのに。
いつもよりも頑張って背中に飛びついて、「あててんのよー?」とか、やるつもりだったのに。
きょーたろーのことを好きだって自覚してからは、今までの行為がとてもレベルの高いものに見えてきた。


京太郎「……ふむふむ」ペラッ

きょーたろーはそんなことも知らん顔で、番組の台本に目を通している。
……ムっとくる。こっちはこんなにドキドキしてるのに、ちょっとくらいは意識したっていいじゃん。

そしてそんなきょーたろーの横顔を見て、イケメンだなーって見惚れてる自分がいることにも。

チ、チ、チ、チ、チ……。
壁にかかった時計の針の音。いつもは全く気にも留めないその音が、とても大きく聞こえる。

ペラ、きょーたろーが台本をめくる音。
チク、時計の針が進む音。

この二つだけが部屋の中に響く。
私ときょーたろーの会話はない。

淡(うわーん! 助けてテルー!!)


と、耐え切れなくなった私が高校時代の先輩にヘルプを求めたら、


京太郎「……さすがに、遅すぎないか?」

淡「え?」

きょーたろーが顔を上げる。
時計に目をやれば、確かに集合時間はとっくのとうに過ぎていた。

淡(うっそ、もうこんなに……!?)

気がつかなかった。
私がアレコレ悩んでいる間に、こんなに時間が過ぎていたなんて。

京太郎「連絡ないか?」

淡「え? ああ、ええっと、……あ、色々あって直接現地に行くって、メールが」

京太郎「マジか、じゃ俺たちも急がないと」

溜息を吐いて立ち上がるきょーたろー。
……溜息を吐きたいのはこっちなんだけど!


二人で大学を出て、電車に乗って、現地へ向かう。
結局それっぽいことは一つも出来なかったなー……。


京太郎「なぁ」

淡「ひぇ?」

あ、変な声でた。

京太郎「なんというか……大丈夫か? 様子がおかしいけど」

淡「そんなこと、ないけど?」

京太郎「そうか? あんま無理すんなよ。顔赤いし、熱あるんじゃないか?」

道を歩く時も、さり気なく自転車から私をかばうようにして歩いてるし。
……なんでこう、こういうところはすぐ気がつくんだろ。

私はドキドキしてるのに、きょーたろーはいつも通りの自然体。
なんなんだろう、本当に。

淡「ね、きょーたろー」

京太郎「ん?」

淡「きょーたろーはさ、どっちの方が大事?」

京太郎「なにが?」

淡「牌のおにいさんと、私たちとのサークルと」

京太郎「はぁ?」

淡「いいから。答えてよ」

京太郎「どっちがって……順位を付けられるようなモンでもないだろ」

淡「だって、最近はずっとはやりんはやりんって」

京太郎「そりゃ、ここ最近はあっちにかかりっきりだけど」

淡「大学のことよりもはやりんの方が大事なんじゃないの?」

京太郎「んなわけないだろ。どっちも大切にしたいと思ってるよ、俺は」

淡「そっか」

京太郎「おう」

淡「そっかぁ……」

京太郎「おう……?」

少なくとも今は。
何よりも牌のおにいさんの方が大事だとか、そういうわけではないみたい。


淡「なら、いいや」

京太郎「わけのわからんやつだな……あ、もしかして」

京太郎「お前、拗ねてるのか?」

淡「ハ?」

京太郎「いやー、確かに最近かまってやれなかったからなー」


ニヤニヤしてる。これはちょーしに乗ってる時の顔だ。

淡「うるさい、きょーたろーのくせに」

京太郎「悪い悪い、寂しかったんだよなー?」

淡「だから! それは――」


「あ! もしかして!」


違うからって、言おうとした言葉は


「やっぱり! おはようございます!」

淡「……へ?」

京太郎「お! おはようございます! お疲れ様です!」


突然の、乱入者に


「そっちの子は、京太郎くんのお友達かな?」

京太郎「はい、同期のヤツです」

「そっかー。はじめまして、牌のおねえさんこと――」



はやり「瑞原はやりです! よろしくね☆」


かき消された。


途中で寝落ちしました。すみません。

最初は淡ルートと平行して咲ちゃん小話や咏さんの話を投下していくつもりだったんですけど、
まずは淡ルートに集中したほうが良さそうなので、予定を変更して

淡ルート→咲ちゃんや咏さんの小話→照ルート→えりちゃんルート

って書いていこうかと思います


それでは、今回はここで中断します。ありがとうございました

おつです
咏さんルートないのかー…


【おおきなかべ】


牌のおねえさん。
私からきょーたろーをとってったプロの人。

言うなれば私の宿敵であり、倒すべき大きな壁。


はやり「えっと……あなたは?」


その人が今、私の前にいる。


京太郎「ほら、淡」


急かされなくてもわかってる。

今、この場で。私がするべきことは。


淡「どーも、はじめまして……それと」

はやり「?」


無駄におっきな胸の、アラフォーのオバサンに対してするべきことは――


淡「私の! "私の"きょーたろーが! いつもお世話になってます!!」


――宣戦布告だ!!


いくらきょーたろーがデレデレでも、一緒にいる時間は私の方がずっとずっと長かった。
思い出っていうポイントでは、私の方が有利なハズ。


淡「ほんっと私が見てないときょーたろーはダメダメで、大学でもいっつも側にいてこの前なんかも一緒に――」

京太郎「余計なお世話だっての」ピシッ

淡「あいたっ」


言ってやるぞ、と意気込んでいたらデコピンされた。


淡「なにすんのさー!」

京太郎「お前は俺のかーちゃんかよ。すいません、コイツいつもこんなんで」

はやり「あはは☆ 面白い子だねっ」たゆんっ

淡「――っ!!」

揺れた。小首を傾げてニッコリと笑う、その仕草だけで。

無駄に無駄に、本っ当に無駄に大きな胸元が、指で弾いたゼリーみたいに、ぷるりって揺れた。


京太郎「いやー、本当に困っちゃいますよ」デヘッ


そんなモノに視線が釘付けのきょーたろー。

淡「……むうぅっ」

気に入らないっ

ほんっとうに気に入らないっ!!



・・・・・・・・・


『須賀のヤツはおっぱい星人やからな。正直、厳しい戦いになると思う』


『だから大星、勝利を手に掴むにはとにかく速攻でカタをつけるしかないで』


『攻めて攻めて、とにかく攻めまくるんや。そういうのは得意分野やろ?』


『……こういうやり方は諸刃の剣でもあるけどな。焦って下手したら妹的存在に見られて恋愛対象から外れてしまう』


『だがまぁ、それもやろうと思えばチャンスに変わるハズや』


『考えてみぃ。ふとしたきっかけで、妹だと思ってたヤツを一人の女性として認識した時』


『いつもの距離を、男女の触れ合いとして意識した瞬間』


『こいつ、こんなに可愛かったか? と考えを改めた瞬間』


『相手がどんなヤツでも……惚れてまうやろなぁー』


『特に須賀は単純やからな。結構イケると思う』


『ま、あとは自分次第や。健闘を祈っとく』



・・・・・・・・・


思い出すのは、先輩のそんな言葉。


淡「……」グィッ

京太郎「うわ、なんだよさっきから」


きょーたろーの腕を引っ張って、両手で抱きかかえる。

そりゃ大きさでは負けてるけど、こうやって押し付けるようにしてやればきょーたろーだって少しは……!


はやり「そうだ! この後、よしこちゃんたちと飲みに行くんだけど……良かったら京太郎くんたちも来る?」

京太郎「すいません、俺たちこの後すぐサークルの飲み会で」

はやり「そっかー、残念」


……むぅっ!!

まるで気にしてないきょーたろーと、余裕な態度の瑞原プロ。

私がこうやっているにもかかわらず、きょーたろーは瑞原プロの揺れるおっぱいに夢中になっている。


淡(なんでなんだろー……)


何が足りないとゆーのか。

京太郎の大好きなモノがこんなにもすぐ近くにあるのに、何が悪いのか。

いくら瑞原プロのソレが大きくたって触ることは出来ないし、きっと持て余すだけだ。

それに、あんなのおばあちゃんになったら大変なだけ――って。


淡(……この人って)

淡(いま、何才なんだっけ?)

アラフォーだってことは何となく知ってる、けど。

この前、テレビに高校時代のインターハイの様子とかデビュー当時の映像が出てたけど。

こうして目の前で見ても、その時からぜんぜん変わってないような……?


淡(……そーいえば)


牌のおねえさんが若さを保っているのは周りからエネルギーを吸い取っているからで。

急に牌のおにいさんの募集なんかを始めたのは、若い男の精気を吸い取るためだって。

そんな噂を、聞いたことがあるような――!!

淡「きょーたろーっ!!」


このままじゃ、きょーたろーがアラフォーの餌食になっちゃう。

そうなる前にさっさとここから離れないと。

パサパサのミイラになったきょーたろーなんて、私は見たくないよ。


京太郎「分かってるって、そんなに急かすなよ……すいません、はやりさん。俺たちそろそろ行かないと」

はやり「うん。また今度ね! あわいちゃんも、今度あったらよろしくね☆」パチリッ


慌てる私なんて、まるで意に介さず。

オバサンらしくないウィンクを一つ残して瑞原プロは去っていった。


……絶対に。
絶対にアラフォーのプロなんかに負けない!

淡(あっかんべーっだ!)

そんな決意を込めて、その後ろ姿に向けて心の中でベロを突き出した。

すいません、短いですが今回はここで中断します

どうしても戒能さん√が見たい・・・
全部終わった後気力があったら小ネタでもいいんでお願いします



【ホントのホントに】



――で。


淡「……どーして」


京太郎「?」

はやり「?」

良子「?」

健夜「?」

咏「?」


淡「どーして、プロの人たちがここにいんの!?」

はやり「んー……偶然、かな?」

淡「うそだっ!!」

咏「あんま細かいこと気にすんなっておじょーちゃん。そこのアラフォーみたいになるぞー」

健夜「アラサーだよ!?……って、もうコレ言えないんだった……」

良子「少しクールダウンしましょう。他の客にも迷惑です……あ、コレ名刺ね。何かあったらどうぞ」 っ名刺 

淡「あ、どうも」



……じゃなくて!

「ほんとにまー……エラいことになったなぁ」

淡「先輩」

「チャンス作ってやったら、まさかプロの方々引き連れてやってくるとは……この私でも予想外や」

淡「……私だって、連れてきたかったわけじゃないし」

「まぁ、何が起きるのかわからんのがこの世界やしなぁ」



はぁ、と二人して溜息を吐く。



はやり「さっきぶりだね! 京太郎くん!」

京太郎「そうですね、俺も驚きました」ハハッ

健夜「やっぱり縁があるんだよ、私たち。ねぇ京太郎くん。もし良かったら、この後さ……」

良子「ストップ。そこまでです」

咏「落ち着けってアラフォー」ケタケタ



視線の先にはアラフォーのオバサンたちに囲まれてるきょーたろーと、



「アレが生の牌のおねえさん……ゴクリ」

「小鍛治プロに三尋木プロまでいるし……」

「カードで見るよりも凄い光景ですね、これは……」

「スキャンダルになれば売れるかなー?」

「そうなる前に止めるから。アンタも京太郎も」


トッププロとのまさかの遭遇に騒ぎ出すサークルメンバーがいた。

「はいはい!」 パンパンッ! 

「お店の人にも迷惑かかりますし、積もる話は後にして!」


良子「そうですね、私たちも早くオーダー決めちゃいましょう」

はやり「またねー☆」

京太郎「はい!」




「で」

淡「?」

「どうやった? 成果の程は」

淡「ぐっ」

「駄目だったかー、やっぱり」

淡「で、でもさー……」

「でもヘチマもありません。いつもの攻撃力はどこにいった?」

淡「うー……だって、あれだけアピールしてるのに知らん顔とかおかしくないフツー?」

「じゃ諦めるか?」

淡「それはヤダ。絶対ヤダ」

「ま、せやろな……で、どんな風に攻めたん?」

淡「どんな風にって?」

「やったことと、須賀の反応をそのまま教えてくれればそれで。対策立てたる」

淡「……思いっきり抱きついたけど、ぜんっぜんダメだった」

「ふむふむ。他には?」

淡「えーっと、えーっと……あ、瑞原プロに宣戦布告してきたよ!」

「ふーむ……それで、後は?」

淡「んーっと……特に、ないかな」


「なるほどなるほど……なぁ、大星」

淡「なに?」



「それ」

「いつもと、何がちがうん?」



淡「……え?」

「いや、だからソレ」

「いつも、あんたらがやっとることでしょうが」

淡「あ」


言われてみると。

おんぶしてもらったりだとか、私がきょーたろーに抱きついたりだとか。

前はわりと、当たり前にやってたことじゃん。


「やっぱ前途多難やなぁ……」

淡「そんなことないもん」


今回はたまたまタイミングが悪かっただけで。

瑞原プロにジャマされなければきっと上手くいってた、ハズ。

次は絶対にきょーたろーをギャフンと言わせてやるんだから。

「……ハァ」ヤレヤレ


そんな私を見て、先輩はまた溜息を吐いた。しつれーな。


「見てみぃ、アレ」

淡「アレ?」



咏「ねぇねぇきょーちゃん。今度ウチに来ない? いい感じの着物が手に入ったんだよねぇ」

京太郎「着物、ですか?」

咏「そそ。総大将ーって感じのヤツでさ、よく似合うと思うよー。背丈も……」サワサワ

京太郎「ひゃっ!?」

咏「うん、ぴったりだし」ペシペシ

京太郎「いきなり変なとこ触んないでくださいよ」

咏「気にしない気にしない、男だろー……おー、以外とたくましい」ペタペタ

京太郎「これ明らか背丈とか採寸とか関係ないですよね? ちょっとくすぐったいんですけど」

咏「で、ココも思ったとおりと」ツンツン

京太郎「いやそこは駄目だからマジで」

咏「わっかんねー。なに言ってんのかわっかんねーマジで」フニフニ

京太郎「ちょ、まじでやめっ」





「な?」

淡「」

「で、ほら」

淡「ふぁ?」




良子「ストーップ。このままでは二人とも出禁ですよ」ズイッ

咏「ちぇー」

京太郎「助かった……すいません、ありがとうございます」

良子「オフコース。可愛い弟子がヘルプを求めていたからね……ところでだけど、京太郎。海外に興味ある?」

京太郎「海外って……アメリカとかですか?」

良子「イエス。来週にプライベートで旅行に行くんだけど。もしよかったら一緒に行かない? 旅費は私が出すよ」

京太郎「え! いいんですか!?」

良子「ノープロブレム。もちろん、麻雀に関しても色々教えてあげられるから」

京太郎「そりゃもう、是非とも――」


健夜「こらこら、京太郎くんには授業とかサークル活動とかあるでしょ」ズイッ


京太郎「あ、そうだった」

良子「……チッ」

健夜「だめだよ良子ちゃん、京太郎くんも学生なんだし。ちゃんと相手の都合は考えてあげないと」

良子「ソーリー、迂闊でした……京太郎、惜しいけどまた次の機会に」

京太郎「はい、その時はよろしくお願いします」



健夜「まったくもう、油断も隙もないんだから……あ、そうだ。京太郎くん、明日はヒマ?」

京太郎「えっと、たしか予定はないですけど」

健夜「そっか。じゃあこの後『うちに』行かない?」

京太郎「『打ちに』、ですか?」

健夜「そう、『家に』ね」

京太郎「いいですね、久しぶりに色々教えてくださいよ」

健夜「うん、楽しみだな。アドバイスしてあげられるし……言質も、とったし」ボソッ

京太郎「?」

はやり「抜け駆けはダメだよー☆」ズィッ

京太郎「あ、はやりさん」

健夜「……なんのことかな?」

はやり「この牌のおねえさんの目は誤魔化せません! 京太郎くん、はやりも一緒に色々教えてあげるからね!」むぎゅっ

京太郎「おほっ!? あ、ありがとうございますっ!!」

はやり「ううん、お礼なんていいよ。はやりと京太郎くんの仲だし……ね、すこやちゃん?」

健夜「……うん……そうだね……」






「あんなんやで?」

淡「 」プツンッ

「まぁ、あんな具合やから。あの人ら完全に恥じらいとか捨てとる。今のままじゃ到底太刀打ち出来んっつーことや」

淡「……」グビッ




「なんというか、見たくなかったプロの素顔……ですね」

「やっぱあのジンクスって本当なのかー。年増ってこわいなー」

「いやこれ普通にアウトでしょ。色々セクハラっぽいし」

「じゃ止めてくれば? さっき言ってたじゃん」

「え、いやちょっとアレはやっぱ近寄りがたいというか……」

「うん。何か変なオーラ見えるんだよね、アレ」




「もうこうなったら手段は選んでられない……って大星?」

淡「……」グビッ グビッ

「まさかあんた、ソレ私が注文した日本酒じゃ」

淡「ぷはっ」ダンッ

「それ、結構アルコール度数高かったよーな……つか、空きグラスがもうこんなに? 大星あんたもしかして、私らが注文したやつ全部――」



体が、熱い。



淡「……うぃ」

「……大星?」


もう、どーにでもしてやる。そんな気分。


淡「いってくるー」フラッ

「お、おお……?」

はやり「ね、番組のことでお話があるんだけど、ちょーっとだけ二人きりになれないかな?」

京太郎「え、いいですよ。それじゃいったん――」

良子「ノーウェイ。特に打ち合わせが必要なことはなかったはずですよ、今は」

京太郎「へ?」

はやり「えっとね。たったさっき、気になることができちゃって」

健夜「それなら別に今じゃなくてもいいよね?」

はやり「……すこやちゃん」

咏「あっはっは、ちょっとあからさま過ぎるってねぃ」

京太郎「へ? え? ええ?」



淡「きょーたろー」グイッ



京太郎「お、おう!?……あ、ああ、なんだ、淡か……どうした?」


アラフォーの人たちをかきわけて、じーっと二人で見詰め合う。


淡「……」

京太郎「……あ、淡?」




ビックリしているプロの人たちとか。


健夜「お、大星さん?」

良子「あなた一体――」

はやり「あわいちゃん――?」




同じく、驚いて私たちを見てるサークルのメンバーとか。


「淡、アンタなにを」

「し、黙って見とき」

「わくわく」



みんながみんな、同じような顔をしてる中で。





思いっきり



淡「――んっ」

京太郎「――え?」



きょーたろーに、キスしてやった。





今回はここで中断します。本当はレジェンドとかのよりんも出したかったけど収集付かないので断念しました

戒能さんの口調に自信がない。戒能さんって敬語使うのは目上の人とか仕事相手だけですよね、多分。洋榎相手には砕けた感じでしたし
でも付き合い始めたり夫婦になったりしたら敬語になったりするのでしょうか



>>447
>>465
本編とか淡編だとこんな扱いですが咏さんも戒能さんも好きですよ。ちゃんとした√書けたらよかったんですけどね
小話程度なら思いつくんですけど、ルートとなると……申し訳ない


あ、小ネタでもOKなら戒能さんとの小話は書きますね
すこやんもいつか個別でスレ立てたい

>>498
いや、サークルの飲み会(追いコン?)とブッキングしてるってことは他にも男いるよね?、ってこと

このifルートはどの辺りで分岐してるんだろうか
それともこれからその分岐があるんだろうか


【ターニングポイント、からの】


京太郎「あわ……い?」

淡「あはっ♪」



ぐるぐるする。

ボーゼンとしたきょーたろーの顔。

見てる。

きょーたろーが、私のことを見てる。

アラフォーのオバサンたちよりも、サークルのメンバーたちよりも、瑞原プロよりも。

誰よりも、私のことを見てる。

気持ちがいい。胸の奥がフワフワする。


京太郎「お前、なんで――」


こんないい気分なのに、きょーたろーは何が不満なんだろう。

そんなぜーたくは許せないので、


淡「うるさーい♪」

京太郎「んぐっ!?」


お酒で口を塞いでやる。



良子「ま、マウス・トゥ・マウ!?」

健夜「あれ私の生中なのに……」

はやり「はややややややややややっ!?」



アラフォーのオバサンたちがうるさいけど、無視。

今はきょーたろーが私のことを見てくれればそれでいい。

京太郎「ぐ、ゲホッ……おまえ、なんつーことを」

淡「いーじゃん、きょーたろーも気持ちよくなろーよ」

京太郎「いくら酔ってるからって」

淡「むっ」


わかってない。

こんなに私がアピールしてるのに。

たしかに、ちょっとだけ頭はフラフラするけど。

アラフォーのオバサンたちよりもずっと、きょーたろーのこと好きなのに。

まだコイツは、わかってくれない。

はやり「あー、あわいちゃん? 京太郎くんも困ってるし……」

京太郎「はやりさ」

淡「むむっ」


きょーたろーが瑞原プロの方を向いちゃう。

私のことを放っておいて。勿論そんなことはゆるせない。


淡「んっ!!」グイッ

京太郎「っ!」

はやり「はわっ!?」


振り向かせて、キスをする。何回も、何回も。

京太郎「ぷはっ」

淡「ダメだよきょーたろー。今ので1ポイントだからね」

京太郎「ポ、ポイント?」

淡「きょーたろーが私から目を離すたびに1ポイント。アラフォーのオバサンたちと話すたびに1ポイント」

はやり「オバ!?」

京太郎「なんだよそれ!?」

淡「このままじゃ溜まっちゃうよぉ? 1億ポイントぉ♪」

京太郎「億!?」

淡「1億ポイントたまったらー……えへへー♪」

はやり「はや……」

淡「本当はもっともっと色々したいんだよー?」

淡「でもでもー……淡ちゃんはガマンのできる子なので」

淡「それまでは、ガマンするのです!」

淡「ねね、エラい? エラい?」

京太郎「……」

淡「えへへ、じゃーもっかいチューするねっ」

京太郎「あーもう」

京太郎「いい加減に、しろっ」


淡「あぅ」

淡「ぶーぶー。きょーたろーのけちんぼ」

京太郎「お前なぁ」

淡「いーじゃん。減るもんじゃないんだし」

京太郎「現在進行形で大切な何かを失ってるわ」

淡「むー。よくわかんないっ!」

京太郎「酔っ払うにしても限度ってもんがあるだろうが……」


京太郎「それに、その……こういうのは」

淡「……」

京太郎「恋人どうしでやるもんだし……なぁ?」




淡「ちがうよ」

京太郎「え?」

淡「酔ってるから、じゃないもん」

京太郎「淡?」



淡「私、好きだよ。きょーたろーのこと、すごい好き」

京太郎「あ……え?」

淡「頭なでられると気持ちいいし、マジメな顔見てるとかっこいいなーって思うし、一緒に麻雀打ってる時が大学の中で一番楽しい時間」

京太郎「……」

淡「気が付いたらね、心の中がきょーたろーのことばっか」

淡「好きなの、本当に好き。夢に見るくらい、きょーたろーのことが好き」

京太郎「淡」






淡「だから、そばにいてよ。アラフォーのオバサンたちよりも、私のこと見ててよ」


淡「イヤだよ、きょーたろー。あっちいっちゃ、ヤだよぉ」





体が熱い。


淡「……きょーたろーは、どう?」

淡「私よりも、あっちの方が、大事?」


まわりがぐるぐる。


京太郎「……」

京太郎「俺、は」


きょーたろーがたくさんいる。


淡「きょー、たろぉ」フラッ

京太郎「っ!?」


ぶわーって、きょーたろーの胸が、起き上がって――



・・・・・・・・・・・・・・


淡「zzz……」

浩子「よー頑張ったなぁ、大星」

京太郎「先輩」

浩子「おう色男。モテる男はツライなぁ」

京太郎「これは、先輩の差し金ですか?」

浩子「ん? まー、確かにうちもチーっとだけ手伝ったけど。さっきのは紛れもない大星の本音っちゅーやつやで」

京太郎「……」

浩子「お互い、悔いのないように――ってのはおかしいか。まぁ、後腐れのないように頼むわ」

京太郎「……はい」



浩子「んじゃまー、飲み会はここらでお開きってことで! この後カラオケなり鉄麻なりは、各自の好きなようにって感じで!」


淡「きょーたろー……」ゴロゴロ


茹でダコのように真っ赤になって、俺の膝の上で伸びている淡。

涙で頬が濡れて、口が半開きになってヨダレが垂れていたので、ハンカチで拭ってやる。


京太郎「……」


コイツは俺にとってのなんなんだろうか。

少なくとも、大学生活で麻雀にここまでハマったのはコイツがいたからで。

あの一言にカチンときて、スゲー傲慢なヤツだと思って、絶対見返してやろうと思った。


淡「……あはっ……zzz……」


打ち解けてみると案外フツーのやつというか、バカっぽいヤツで。

妹のようなヤツというか、優希とジャレるような感覚で付き合っていた。


京太郎「……けど」


いつからか、大学にいる時はコイツが隣にいるのが当たり前になっていた。

騒がしいやつで、突拍子もないことをよく言うやつで、麻雀以外の分野ではダメダメなところも目立つヤツだけど。

それも、コイツの魅力の一つだ。つい、構ってやりたくなるような。大事にしたくなるような。

こうして考えてみると。

俺も、淡に惹かれている――?



はやり「……」グビッ

健夜「……」グビッ

咏「……」グビッ

良子「……」グビッ


京太郎「……ん?」


京太郎「あれ? みなさん、なんで一斉に大ジョッキを」


はやり「あは☆」フラッ

京太郎「っていうか顔赤すぎ……え、ちょ、そんな近づいたr」


健夜「ふ、ふふ……ふ」ガシッ

京太郎「え? あ? え、ええ?」


良子「ステンバーイ……ステンバーイ……」グイッ

京太郎「あの、みなさん?」


咏「ぐひぇ……わっかんねー、ほんと……まじ……わっかんねー……」ピトッ

京太郎「え?」


京太郎「あ」


京太郎「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!??」



……その後のことについて語ると。


酔っ払いの女性たちに囲まれて、四苦八苦する青年の姿が一部で話題になったそうな。

ついでに言うと、青年の顔と首の周りには赤い斑点が大量についていたそうな。


ちなみに同期の友人は、幼馴染の姉と、その姉の友人の力を借りて送り届けてもらったそうな。



そして、その原因を生み出した少女はと言うと――


淡「……」グゥー

淡「……お腹、空いたな」

淡「ごはん……もう、ないや」

淡「なんか、注文しよっかな」

淡「……」

淡「……やっぱ、いいや」

淡「……」ボフッ

淡「……ハァ」


――家に引きこもってから、早一週間。


『私、好きだよ、きょーたろーのこと。すっごい好き』


言っちゃった。ついに、言っちゃった。

もう後戻りはできないけど、後悔はしてない。

だってあれは、私の本心だから。

恋心を自覚してから、ずっときょーたろーに言ってやりたかったことだから。


……けど。


淡「うぅぅ……」

…………恥ずかしいっ


きょーたろーがオバサンたちに言い寄られてるのを見て、つい、プッツンきちゃって。

飲まなきゃやってられるかーって勢いで、思いっきりかき込んで。

それから、それから――


淡「むーりぃ……」



プシューって、頭から蒸気が湧き出てくるイメージ。

枕に顔を押し付けても、ちっとも熱は引いてくれない。

もどかしくって足をバタバタさせるけど、もっともっと熱くなる。

昨日も大学を休んじゃった。

だって、大学にいって、サークルに顔を出して、きょーたろーの顔を見たら。


淡「――っ!!」バタバタ


……ベッドから上がるのも難しい、そんな状態。

こんなので大学なんて、行けるわけがない。

『いいか淡。大学生となれば飲み会や合コンに行く機会も増えると思うが……酒は呑んでも呑まれるな、だ。華の大学生活を過ごしたければこれを忘れるなよ、本当に……うん、本当に』


そーいえば、上がりたてのころ。

苦虫を噛み潰したような顔で、そんなことを言ってた元部長がいたなぁ、と。

今になって思い返すのでした。


淡(どーしてあの時に出てきてくれないのさー……もー)


そしたらもっと、スマートに決めてたのに。

少なくとも絶対に、こんな恥ずかしい思いはしてない。

淡(あー、でも……)


そうしたら、あそこまでハッキリと自分の気持ちを伝えられなかったわけで。

そしたら、形振り構ってられないアラフォーのオバサンたちの勢いに負けちゃってたかもしれなくて。

……でもやっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしいし。


淡(テルー…助けてよー……)


こんな時、高校時代の先輩は、どんな風に解決しただろう。

お菓子を用意したらやって来てくれないかなぁ。


――ピンポーン。

淡「……ん?」

寝っ転がりながら考えてると、来客を知らせるインターホンが鳴らされた。


最低限の身形を整えてから、ドアを開けると、そこには、


京太郎「よう」


ある意味で、今一番会いたくて、会いたくないヤツが、立っていた。


淡「っ!!」

京太郎「あ、ちょ、待てよ!」ガッ


思わずドアを閉めようとしたけど、足を割り込まされた。

淡「ま、間に合ってます!!」

京太郎「俺は悪徳セールスかっ」

淡「似たようなもんでしょ恋ドロボー! おっぱい星人!!」

京太郎「変なこと叫ぶなこんなとこで!」

淡「うっさいバカ! イケメン! 高身長! 年増好き!!」

京太郎「わけわからんわ! あと最後のは断じて否定する!」

淡「瑞原プロのおっぱいばっか見てたクセに!!」

京太郎「あれは男のサガなんだよ! おもちは正義だ!」

淡「こんなとこで変なこと叫ばないでよ!!」

京太郎「どっちが!!」

淡「そっちが!」


・・・・・・・・・・・



淡「ぜーぜー……」

京太郎「はぁ……はぁ……げほっ」

京太郎「とにかく入れてくれ……休んでた分の授業のレジュメとか、預かってきてるから」

淡「……うん」


京太郎「それじゃ……上がるぞ」

淡「ど、どーぞ?」


京太郎「……」

淡「……」


京太郎「これ……授業のヤツ」

淡「ありがと……」


京太郎「……」

淡「……」

淡「あ、これお茶……ペットボトルの、だけど」

京太郎「ん、ああ……すまん」


京太郎「……」

淡「……」


京太郎「なぁ」
淡「ねぇ」


京太郎「……」

淡「……」


京太郎「先、いいぞ」
淡「先、いいよ」


京太郎「……」

淡「……」

淡「あのさ」

京太郎「ん?」

淡「なんで、きたの?」

京太郎「そりゃ一週間も休んでたら気になるさ、あんなこともあったし……けどお前、メールもLINEも無視してるじゃねえか」

淡「私の家、知ってたっけ? この前家まで送ってくれたのはテルみたいだし」

京太郎「お前の友達って子がサークルに来てな。その子に教えてもらったよ」

淡「……そっか」

京太郎「そのプリントも、その子が持ってきてくれたヤツだからな。ちゃんとお礼言っとけよ」

淡「うん」

京太郎「それで、まぁ、その……この前の、アレだけどさ」

淡「……うん」


京太郎「……」

淡「……」


京太郎「――ごめん、今の俺じゃ、お前とは付き合えない」

淡「……そっか」


その言葉は、考えてなかったわけじゃない、けど。

思ってたよりも、ずっと、落ち着いて、いられるけど。


淡「私よりも、あっちの方が、いいんだね」

淡「きょーたろーは、瑞原プロの方が、好きなんだ」



負けたんだって思うと。

どうしても、目が熱くなって、ジワって、視界が歪んできて――



京太郎「ああいや待ってくれ! そういうことじゃないんだ!」

淡「――えぅ?」

京太郎「ごめん、言葉が足りなかった」

淡「じゃ、どーいう?」

京太郎「……中途半端に、なっちゃうんだよ。今のままだと」

淡「?」

京太郎「あの後さ、告白されたんだよ。プロの人たちにも」

淡「……」

京太郎「ホント、吃驚した。突然すぎるんだよ、お前もあの人たちも」

淡「……しょーがないじゃん。好きになっちゃったんだもん」

京太郎「だってさ、今までそういうこと全然なかったんだぜ」

淡「スケベだしね」

京太郎「うぐっ」

淡「でも、かっこよくて優しいよ」

京太郎「……むぅ」

淡「寂しかったんだよ? 牌のおにいさんとかになってから、ぜんっぜん構ってくれないんだもん」

京太郎「あー……すまん」

淡「いつも一緒にいて。でも、あの日から、私の隣にきょーたろーがいなくなっちゃって」


淡「それからずっとモヤモヤしてて、先輩に言われて、やっと気付けたんだ。私、きょーたろーのことが好きなんだって」

京太郎「……そういう素振りとか、きっかけとか……見せなかっただろ、お前」

淡「えー? 結構アピールしてたよ、私」

淡「うん。私はきょーたろーのことが好き。何度だって言うけど」

京太郎「……」

淡「きっかけとかが無くてもさ、私はずっときょーたろーと一緒にいたい。他の人とか考えられない」

京太郎「……」

淡「恋するってきっと、こういうことなんだよ」

京太郎「……ああ」ポリポリ

淡「あ、もしかして照れてるー?」

京太郎「ち、ちがわい」

淡「あは、かわいー♪」

京太郎「ぬぅ……」


淡「あはは……で、中途半端になっちゃうって、どーいうこと?」

京太郎「俺も、考えたんだ。色々」

淡「うん」

京太郎「正直、お前は手のかかる妹みたいなヤツだと思ってた」

淡「……」

京太郎「でも、さ。俺もお前と一緒にいて、楽しいって思うし……我侭に付き合ってる時でも、笑顔は、好きだ。こうして大学の外にいる時でも、大事にしたいって思う」

淡「……っ」ボフッ

京太郎「……どうした急に、布団にダイブして」

淡「……恥ずかしい」

京太郎「お前なぁ」

京太郎「……まぁ、お前の言葉を借りるなら。きっとこれが、恋してるってことなんだと思う」

淡「――!!」バタバタ

京太郎「だけど」

淡「――」ピタッ

京太郎「はやりさんたちにも告白されて、わからなくなってるんだよ、今」

淡「……」

京太郎「俺が大学でここまで麻雀にハマったきっかけを作ったのは間違いなくお前だけど、俺に一つ上の世界を見せてくれたのは、あの人なんだ」

淡「……」

京太郎「今までは師匠だと思っていたけど……惹かれてる部分も、かなりある」

淡「……」

京太郎「最低だよな……でも、今の俺には選べないんだ。どっちも」

京太郎「こんなので誰かを選んでも……きっと後悔するし、みんなにも、失礼だと思う」

京太郎「だから、ごめん。今の俺には、誰とも付き合えない」



淡「……今はまだ答えを出せないってコト?」

京太郎「すまん……だけど絶対、いつか応えるから」

淡「そっか……そっかぁ」

京太郎「……」

淡「えへ」

京太郎「……淡?」

淡「じゃあ、簡単な話だね」グイッ

京太郎「え?」ボフッ

淡「えへへ」ギュ

京太郎「あ、淡?」

淡「私が、きょーたろーの空気になってあげる」

京太郎「は?」

淡「私無しじゃ苦しくって、生きてられなくするの」

淡「好きで好きでどーしょーもない、骨抜きのメロメロにしてあげるから」

京太郎「それ、は」

淡「覚悟してよね、きょーたろー。この前のことよりも、もっとずっとスゴイことしちゃうから。今ので溜まっちゃったんだもん、1億ポイント」

京太郎「あ、あわい――」

淡「だって、なんてったって――」



淡「私は、アラフォーのオバサンたちよりも、もっとスゴイ」

淡「大学1万年生なんだからねっ!!」




      /   /  //  . :〃  . :iト、|:. |             ヽ    ヽ  ヽ
      乂 .′ / ,イ .:/ !   . :i| |:. |\: .                  ハ
      .′ i`ーァ′/ ! .:i |   . : | |:. |  \: .  ヽ: .  ____ i-‐ ´   .
     .′  !/ . : ′| .:| |   . : | |:. |   \: .        ̄| ̄ ̄ `ヽ:
        /i|  :|. :|  | .:| |   . : ! |:. |_,,-‐====‐\   . : :|   . :|: . i
    j〃 . :i|  :|. :|‐===┼-  | : j   -‐     \: .    . : |   . :|: . |
    /  . :i|  :{. :!  \八  . : | jノ   , -‐ __,,.⊥   . : }   . :|: . 人
   ′ . : 八  Ⅵ ≫=ミ、 . : !     ≫≦Y⌒'マハ:、  . : .′ . :|: . : .\
   i . :i    . :\{ハ 《  )i:::::::ハ\{     ″{ .)::i::::::::::}::} 》 . : /  . :/!: . \: .\
   | . :|   . :i   '. ヾ い;::::::jj         八∨乂 _;ノ:ノ  . :/  . :  |: .    : .`ー-
   | . :|   . :| . :| . :l'.   V辷ク            ゞ゚-‐ '  . :/   . :/ . :|: .  .
   | . :|   . :| . :| . :|ハ               /    . :/   . :/ .:.:|: .    : .
   | . :|   . :| . :| . :| :.       ,        /  . . : .′ . / . : :|: .     : : . .
   | . :|   . :| . :| . :|  :.             /  ,. : ,イ  . :/  . : 人: .       : : : . . .
   |..:i:|   . :| . :| . :|   ゝ.     、   ノ .′ // / . : : /  . :.:/  \: .\: .
   l :从  . : :| . :| . :{   / > .        { /'   / . : / . : : .:′    \: .\: .
   乂{: \. : :!\〉、:\_/   . : .:〕jッ。.     . ィV`ヽ /. :/ . . : :/       \: .\: . .
    `\ \{   \;/  . : .://{{   ` ´ | |│ ,// . : .:/             \: .\: . .







打ち切りみたいな締めですがもうちょっとだけ続くんじゃよ、というわけで今回はここで中断します
次回淡編完結予定


>>499
すこやん「知らない男の子って何話したらいいかわかんないし……」

はやりん「恋する女の子ですから☆」

うたさん「わっかんねーマジなに言ってんのかーわっかんねー婚期とかまじわっかんねー」

かいのー「私が男に飢えてるとかないないノーウェイ断じてノーウェイ。ジンクス? あーあーきーこーえーなーいー」


>>502
分かれ目は『淡が学生時代に京太郎に告白できているか』なのでちょうど今回ですかね
最初は『京太郎がもし牌のおにいさんになれなかったら』で始まるifにしようかとも思ったんですけど、
牌のおねえさんスレで牌のおねえさんの出番が微塵も無いのはどうなんだと思って今みたいな形になりました

ちなみにこのまま京太郎が誰も選ばずに卒業してプロ入りした場合

年々激化していく女の争いに疲れた京太郎が逃避するように旅行に出かけた先で出会った身長197cmの女の子に捕食される八尺様ENDを迎えます

もしくは女性関係から逃げるように麻雀に打ち込み、中国、フランス、グルジア、アメリカと渡り歩いた結果、最終的にニュージーランドで出会った金髪の子と結ばれるENDとなります

……みたいなのをエイプリルフールネタでやりたかったけど時間が無くて断念
淡編最終話は土日を予定しています


あとこの記事の28歳、32歳、30歳、29歳っていうのを見てネタに出来そうだと思った(小並感)
http://woman.mynavi.jp/article/140402-123/

【1万年先までも】



淡「きょーたろーの、わからずやーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」ダダダダダダタッ!!




京太郎「あ、あわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!」










浩子「……なんや一体、騒々しい」

京太郎「あ、お疲れ様っす。お茶淹れてますよ」

浩子「お。サンキュ」ズズッ

浩子「……で、何があったん? 涙目の大星がもの凄い勢いで走ってったけど」

京太郎「あー、えー……まぁ、意見の相違といいますか」

浩子「なんや、痴情のもつれか? 痴話ゲンカは余所でやってくださいな」

京太郎「いやまぁ、それ程でも」

浩子「褒めとらん褒めとらん。あんまこういう事言いたくはないけど、活動に支障が出るようなら部内恋愛禁止にするで」

京太郎「んー……なんというか、そこまで深刻なものでもないんですけどね」

浩子「はぁ」



京太郎「このニュースなんですけど」

浩子「んー? 『宮永照怒涛の進撃! ついに世界ランク3位!』か」

京太郎「照さんって淡の高校時代の先輩だったんですけど」

浩子「知っとるよ。前の対戦高やったし」

京太郎「アイツやっぱり照さんには凄い憧れてるみたいで、このニュース見た瞬間スッゲー目ぇキラキラさせちゃって。『私も活躍するー!!』って」

浩子「ふんふん」

京太郎「それでまぁ、こう言って来たんですよ」

浩子「?」




『ねね。卒業したらさ、私のマネージャーやってよ!』




浩子「打つよりも雑用してた方が様になっとるしなぁ、須賀」

京太郎「ハハ……」

浩子「で、それで? 何でそこからさっきに繋がるん?」

京太郎「いやー、俺にも夢があるといいますか。目指してるんですよ、プロ雀士」

浩子「ほう?」

京太郎「高校の時だったら全然考えられなかったんですけどね。今より全然弱かったですし」

浩子「それが今じゃあ、点棒毟られることにすら快感を覚えるように、と」

京太郎「その言い方はちょっと」

浩子「まぁ確かに。須賀の上達っぷりは目を見張るもんがあるけど。それだけでやっていけるほどプロの世界は甘くないで?」

京太郎「それがですね。プロを目指すっていうなら、はやりさんたちも色々と面倒を見てくれるみたいで」

浩子「永世七冠や日本代表先鋒をはじめとするトッププロたちか……確かに申し分ないというか、あんた一人につけるにしては贅沢過ぎる面子やね」

京太郎「はい。そしたら淡のヤツ」




『ふーん?……きょーたろーは私と一緒にいるよりも、あのオバサンたちの方が大事なんだ?』




京太郎「って」

浩子「あー、そらあんたのデリカシーが足り取らんわ。あいつも面倒くさいけど」

浩子「で、こんなとこでのほほんとしててええんか?」

京太郎「淡がこんな風にヘソ曲げるのはしょっちゅうですからね、付き合い始めてからは。慣れたもんですよ」

浩子「はぁ」

京太郎「そういうところも含めて好きですから。アイツのこと」

浩子「あんたも大概やね」

京太郎「それほどでも」

浩子「褒めとらんからな」



京太郎「それじゃま、行って来ますわ」

浩子「どこ行ったかもお見通し?」

京太郎「ええ、こういう時は大体――」


ちゃり、とポケットの中で金属が擦れる音がした。


京太郎「ベッドの上でジタバタしてるんですよ、アイツ」



・・・・・・・・・・・


サークルメンバーに盛大に冷やかされ、大学を後にする。

京太郎「ふう」

見慣れた玄関を前にして一息つく。
彼女の家。初めて来た時は中々に緊張したが、何回も繰り返し訪れているうちにここまでの道のりも慣れたもので。
今では自宅以上の気安さで上がりこむことができる。


京太郎「んじゃ、お邪魔しまーす」

流れるようにポケットから合鍵を取り出し、彼女の家へ。
靴を脱いで、いかにも女の子といった感じの可愛らしいスリッパに履き替え、奥へと進んでいく。

ツーショットの写真や、一緒にプラネタリウムに行った時の記念で買った射手座のペンダント。

その他諸々の思い出の証が飾られているリビングを通り過ぎて、彼女が待っているであろう寝室のドアノブへと手をかける。

京太郎「淡? 入るぞ?」

コンコンコンとノックを3回。

返事はないが、びくりと何かが動いた気配。

中で待ち構えている膨れっ面をイメージしながらドアを開くと――




                   / {   / ヽ
                {  l  /  }
                  \ V  /
              . - ァ  ー- 、

              xく   /    /ヽ\
              // \/_  / \ l  ヽ.
          /l/if_テテ    ff_テテ  V   ∧
           / { ‘ー' /^\ ‘ー' /    ハ
         ,  \   r-------‐'´       }
         |   `¨|                |
         ',      |              ,'
         ',     ',                ,
          >    \           ∧
     , -‐ ァ'´       \          }` ー- 、
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


※イメージです


淡「……」

京太郎「……おおう」


まるでデッカイ繭のように布団にくるまっている淡の姿。
ひょっこり覗いているぶすっとした顔が不覚にもかわいいと思った。

京太郎「ごめん、淡」

淡「……」

呼びかけても返事がない。
意を決して淡へと近づくと――

淡「てえいっ!!」

京太郎「わっ!?」

乙女とは言いがたい掛け声と共に、足首を掴まれて布団の中へと引き摺りこまれた。


淡「とう!」

京太郎「ぐえっ」


そのままマウントポジションを取られ、体重をかけられてベッドの中に体が沈む。
さっきまで淡が寝転がっていたのであろう柔らかい感触に包まれて、いい匂いがした。

京太郎「な、なんだよ……?」

淡「うー……」

見下ろす淡と見上げる俺。

見詰めうと、頬を赤く染めた淡がふいっと目を逸らした。

つい勢いで動いてしまったが、その後どうするかは何も考えていなかったということか。


淡「……遅かった」

京太郎「え?」

淡「遅いよ、きょーたろー! ソワソワしながら待ってたのに!」

京太郎「ごめん」

淡「きょーたろーは私に飽きちゃったの?って、不安だったんだからね!」

京太郎「ごめん。だけど、それは絶対にない。ありえないから」

淡「スミレ先輩が言ってたもん。こーして愛は冷めてくんだーって、ちょっとしたマンネリから男女の仲は終わるんだーって」

京太郎「誰だよそれ。何があっても俺の中の一番はお前だぞ」

淡「わわっ……」

淡の頬が緩み、俺を抑える力も弱くなる。

京太郎「よっと」

淡「あう」

上体を起こし、淡を抱きしめる。

京太郎「確かに俺はあの人たちに告白されたこともあるけど……」

淡「……」ビクッ

京太郎「けど、あの人たちは恩師であって、恋人じゃない。俺が愛してるのはお前だ」

淡「……ほんと?」

京太郎「うん」

淡「でも私、おっぱい大きくないよ?」

京太郎「でも可愛いぞ」

淡「ひぇ」

京太郎「うん、めっちゃ可愛い。こうしてプルプル震えてるところとかもめっちゃ可愛い」

淡「へ、へんたいっ」

京太郎「何とでも言え。離さないけどな」

淡「……」モジモジ

縮こまって俺の胸にのの字を書く淡。
少しくすぐったい。


そうして暫く経ったころ。
俺の胸に顔を押し付けたまま、淡がポツリと口を開いた。

淡「じゃあさ」

京太郎「ん?」

淡「どうして、私のマネージャー、やってくんないの?」

京太郎「あー……」

淡「私がプロになったら大活躍は間違いなし、じゃん? 世界大会とかガンガン出ちゃったりして」

京太郎「そうだな」

淡「そしたら一緒にいられる時間は減っちゃうけど……きょーたろーが私の専属マネージャーとかやってくれたら、問題解決じゃん。
  私は活躍できて、きょーたろーは私と一緒にいられて、一石二鳥じゃん」

京太郎「……」

淡「やっぱり、あのオバ」

京太郎「だからそれはないって」

京太郎「……その、覚えてるか? かなり前に、お前が俺に言ったこと」

淡「どんな?」

京太郎「『清澄っても、案外大したことないんだね』って」

淡「……うん」

京太郎「確かにあの頃の俺は大して強くなかったし、お前をガッカリさせちゃったけど……けど、だからこそ。
    あの一言があったからこそ、ここまで麻雀にハマり込んだ」

淡「……」

京太郎「だから、なんつーか……お前はさ、俺の……目標、なんだよ」

淡「目標?」

京太郎「今は、まだ。お前の方が俺よりずっと強いけど」

京太郎「けどいつか、大学を卒業してプロになったら。お前に追いつきたい。お前の隣に立っていたい」

京太郎「こういうところで隣にいるお前も大好きだけど、麻雀で本気出した時の格好いいお前も好きだ」

京太郎「だから、麻雀の中でも、プロとしても……俺は、お前の側にいたいんだ」


淡「……」グリグリ

京太郎「うん。照れてる姿もめっちゃ可愛い」

淡「……いじわる」

京太郎「悪い悪い」

淡「もー……」

京太郎「それにさ。そっちの方が格好良くないか?」

淡「カッコイイ?」

京太郎「『トップ美人雀士とイケメン雀士! 二人揃って世界制覇!!』」

淡「あっ」

京太郎「健夜さんとか照さんとかぶっ倒してさ。トロフィー貰うんだよ」

淡「おお……」

京太郎「んでんで。優勝インタビューの時に、二人一緒に指輪付けてさ、発表するんだよ。
   『私たち、結婚します!』ってな。全世界釘付けだぜ」

京太郎「どうだ? めっちゃ凄そうだろ」

淡「うん! うんうん!! めっちゃイケてんじゃん、ソレ!!」

京太郎「な?」

京太郎「だからさ、俺も――お?」

淡「えいっ!!」

思いっきり力を込めて押し倒される。
ボフンッと音を立てて、再びマウントポジションを取られた。

京太郎「ど、どうした?」

淡「えっへへー」

一体なんだと見上げてみれば、そこにあるのは満面の笑み。

淡「マーキングするの」

京太郎「マーキン、ぐ!?」


喋っている途中で、口を口で塞がれる。


淡「アラフォーの人たち、しゅーねん深いし。やっぱりおっぱい好きのきょーたろーは心配だし」

京太郎「おいおい」

淡「だからね、いーっぱい。顔にも体にも。私のものだよーって、マークをつけるの」

淡「覚悟してね、今夜は寝かさないからっ♪」

京太郎「いや、それは俺のセリフ――」

淡「だーい好きだよっ! きょーたろー!!」




……何だかんだで、コイツには主導権を握られっぱなしで。

俺の夢が叶うのは、当分先になりそうで。


淡「楽しみだなー……えへへ♪」


10年先でも、20年先でも。

俺の夢が叶った後でも、俺はコイツに振り回されっぱなしなのだろう。


京太郎「……まぁ、でも」


それで、淡の笑顔を隣で見続けることが出来るのなら。

悪くはないと、思っている俺がいた――






「――きろ! おきろー!!」


「わっ!?」





これから大事な試合があるというのに、人の膝の上で眠り続けていられる図太さ。

付き合ってから何年も経つが、こいつの性格が変わることはない。


淡「……ふぇ? あれ? トロフィーは? 指輪は?」

京太郎「まだ寝ぼけてるのか? トロフィーはこれから取りに行くものだし、指輪は」


ぎゅっと、淡の手を握ってやる。


京太郎「ここに、あるだろうが」

淡「……あ」

女雀士の頂点を決める大会。

瑞原はやり。小鍛治健夜。宮永照。

魔物の域を超え最早魔王とまで呼ばれる彼女たちとの対局を前にして、人の膝の上にヨダレを垂らして眠っていられる神経は、
ある意味見習いたいものがあるかもしれない。


京太郎「そんなんで大丈夫か?」


淡の勝利を疑っているわけではないが、今回は相手が相手なだけに不安になる。

そして、そんな俺の心配を根こそぎ吹き飛ばすように、淡は花の咲いたような笑顔を浮かべた。


淡「超よゆー! きょーたろーと一緒に考えた対策はちゃーんと覚えてるし、それに」


淡「こっちはきょーたろーの他にも、一緒にいてくれる子がいるんだから! ここに、ね♪」

京太郎「そうか。それなら、安心だな」

淡「うん!」


髪を撫でると、淡は嬉しそうに身を寄せた。


淡「今の私は100人力なんでものじゃないから! 相手がアラフォーだっていうなら私は――」

淡「アラウンド・ハンドレッドくらいの力があるからねっ!!」

京太郎「すげぇババアじゃねえか」


……やっぱり、ちょっと心配かもしれない。

京太郎「それじゃあ、待ってる。お前の勝利を信じてるよ」

淡「一瞬たりとも目を離しちゃ駄目だよ!!」

京太郎「わかってる。今日の対局は一生忘れないからな」


俺は解説席へ、淡は対局のために卓へ。

それぞれの役割のため、別々の方向に足を向けた。



「今日はよろしくお願いしますね」

京太郎「こちらこそ、よろしくお願いします」


実況席に座るアナウンサーと挨拶を済ませ、モニターに目を向ける。

小鍛治健夜、宮永照、瑞原はやり、そして大星淡。

画面越しだというのに凄まじいプレッシャーが伝わってくる。

もし高校時代の俺があの場にいたのなら、二度と麻雀を打てなくなっているだろう。

そんな大舞台でありながら、淡は一歩も引くことなく、堂々としていた。

健夜「よろしくお願いします」

照「よろしく、お願いします」

はやり「よろしくお願いしますねっ」

淡「よろしくっ!!」


照「……? 淡?」

淡「どったのテルー?」

照「いや、その指輪。どうしたの?」

健夜「あ」

はやり「え?」


淡「あ? 気付いた? 気付いちゃった?」フフンッ





京太郎「対局前に外しておけって言うの、忘れてた……」ダラダラ

「須賀プロ……?」

「おや、大星選手が勢いよく立ち上がりましたね。カメラに向かって指を突きつけています……トラッシュ・トークというわけではないようですが」

京太郎「自信満々な表情ですね……少し、嫌な予感がします」




淡「私! 大星淡はっ!!」


淡「この度晴れて、須賀淡になりますっ!!!」



照「え」

健夜「えっ」

はやり「ええっ」









淡「――私、この対局が終わったら、結婚します!!!」







照「」

健夜「」

はやり「」




「」

京太郎「」


やりやがった。

やらかしやがった。

終わった後であれば問題はなかったのだが。

今から戦いに赴くとなれば、また話が変わってくる。

『この対局』を『この戦争』とも言い換えることができる舞台を前にして、一番言ってはいけないことを、口にしてしまった。


健夜「……ふ、ふふふ」

淡「……?」

照「……淡。それだけは駄目。言っちゃ駄目だった」

淡「え?」

はやり「……無事に、終われると思う?」

淡「え、ええ?」

会場のプレッシャーがより一層強くなる。

3人の魔王の圧力が、全て淡へと圧しかかっている。

淡「ふぇ!? あ、あわわ……」

これには流石のアイツも平常ではいられないらしい。

慌てた様子で涙目となり、俺がいる実況・解説席への方向へと視線を向けた。


淡「た、助けてきょーたろー!!!」

京太郎「ちょっ!?」

こんな状態で俺の名前を呼ぶとは。

ギラリとした6つの眼光が、淡から外れて俺たちへと向けられる。


「ひぇっ!?」


隣のアナウンサーさんから怯えた震え声が漏れる。

無理もない。プロになって場数を踏んだ俺も、この空気はかなりキツい。


京太郎「あー、もう……」


こうなったら、もう。

どうにだって、してやろうじゃないかっ

京太郎「淡ーっ!!」


マイクを思いっきり握り締め、力の限り叫ぶ。


京太郎「愛してる! 大好きだっ!! お前に夢中だっ!!!」


淡「!!」


京太郎「だから、お前らしく打て! 俺の人生を決めた、あの時みたいにっ!!!」



淡「うんっ! うんっ!!」

「す、須賀プロ!!??」

京太郎「は、ははは……」


もうこうなってしまったら解説もクソもない。

学生時代からずっと、淡には振り回されてばっかりだ。

そしてこれからも死ぬまで振り回され続けるのだろう。

だけど、それは――


淡「私もっ! 私も、大好きで、愛してるから!! きょーたろーっ!!!」


きっととても、幸せなことなのだと思う。








淡「カンッ!!」






というわけで同期のヤツのお話でした
淡編はここで終了となりますが、このスレはまだ続きます

それでは、ありがとうございました

次は咲ちゃんとか咏さんとか戒能さんとかの小ネタをいくらかやった後で照ルートって感じですかね
えりちゃんの話もあまり長くならなさそうなので、照ルートの前にパパっとやっちゃうかもしれない
色々と考えてはいますが、モチベーションとかリアルの予定の都合でちょっと順番が前後するかもしれません



【本編if 咲き遅れた人】


ただいまー、と。

一人暮らしなのだから誰も待ってはいないのに、つい声に出してしまう夜中の9時30分。


咲「ふぅ……」


ぽいっとカバンを放り投げ、ベッドに大の字で寝転がる。

服にシワがついちゃうけれど、今はそれ以上に一息つきたい気分だった。


咲「みんな、元気そうだったなぁ」


朝と昼間に仕事の打ち合わせ、夜には清澄高校の同窓会と慌しい一日。

体に疲れは残っているけれど、久しぶりに再開した友人たちの顔を思い浮かべると頬が緩む。

相変わらずみんな元気そうで、二次会への誘いもあったけど、明日にも仕事があるので断わった。

咲「京ちゃんも来れれば良かったのに」


仕事の都合がつかず、同窓会には出れなかった幼馴染。

牌のおにいさんと男子プロとしての仕事を掛け持っている彼はそれなりに多忙な日々を過ごしているみたいで。

コミュニケーション力もあって、麻雀部以外にも多くの友達がいたから、彼の欠席を残念に思う人も多かった。


咲「あの京ちゃんが……ねぇ」


くすっと笑いが零れてしまう。

まともな点数計算も危うかった彼が、今では男子トッププロ。

本当に、将来ってわからないなぁ。

『まさか、須賀くんがねぇ……あーあ、こんなことならキープしておけば良かったかも』

冗談交じりにそんなボヤきを零していた元部長。
彼女もあと数年すればアラサー女子の仲間入り。
それなのに「いい人」が全く見つからないみたいで、余裕っぽい態度をとってはいるけどちょっとずつ焦っているみたいです。


『確かになぁ。わしの眼鏡も曇ってたかもしれん』

そんな様子を見てカラカラ笑いながらお酒を煽る元先輩。
彼女も独り身のハズだけど、お仕事の方が充実しているのであまり気にしてはいないようです。


『よく出来た犬だけど、ご主人様の下に返ってこないようじゃダメダメだじぇ』

会えなくて寂しいと素直に言えない元同級生。
京ちゃんが東京の大学に通うことが決まったときに一番寂しがっていたのに。
本人は否定しているけど。


『大学に入ってから一気に上達しましたからね。本当に』

おっきな胸を揺らして遠い目をする元同級生で現チームメイト。
京ちゃんの学生時代、一時期ネットを通じて色々と指導を頼まれてたらしいです。

彼女も男の人の噂とか全然きかなくて、これといって気にしてはないみたいですが。
最近、彼女からのボディタッチが増えてきたような気がするので、どことなく寂しさはあるんじゃないかなと。

個人的に遊んだりだとか、お仕事で一緒になることはあっても、こうしてみんなが揃う機会は社会人になると中々に貴重で。

高校時代を思い出すことができた楽しい同窓会だった。


咲「……だけど、さぁ」


『女雀士は、強ければ強いほど、婚期を逃す』


まったくもって失礼極まりないことに、世間ではこんなジンクスが流行っている。

全国大会で優勝し、その後も何度か結果を残している清澄高校麻雀部員は今日の同窓会でそのことを話のネタにされることも多かった。

私だって小鍛治プロに負けることもあるし自惚れるつもりはないけれど。

それでも、大会で何度か結果を残しているから自分がトッププロの一人だっていう自覚はあるわけで。


世間では魔王だとか何だとか言われても、私だって女の子。

気にしないわけではないのです。うん。

咲「京ちゃんがいてくれたら、あんなにネタにされることもなかったのになぁ」


高校の時は嫁さんだー、なんて冷やかしを受けていたし。

今日の場に京ちゃんがいてくれたら、『小鍛治健夜の跡を継ぐもの』だなんてジョークも否定してくれたハズだ。


咲「この前なんて、腕組んでデートしちゃったし♪」


今までダラダラと友達以上恋人未満な関係を続けてきたけど。

なんだかんだ言って結婚するなら京ちゃんとだろうなー、なんて漠然と思ってはいる。


咲「早く切り出してくれないかなぁ、京ちゃん」


年とっちゃったらドレス着るのもキツくなっちゃうし……。

20代なのにアラフォー扱いされるようなネタの対象にはなりたくない。

瑞原プロみたいに『うわキツ』とも呼ばれたくない。

咲「それとなーく、意識させてみようかなぁ。カバンにゼクシィ忍ばせてみるとか」


そんなことを考えながら、スマホを操作して、Twitterのページを開く。

特に誰かと連絡をとりたいとかそういうわけじゃないけど、何となくの生活習慣。


スマホの使い方もTwitterの登録の仕方も京ちゃんに教えてもらったもので、一番最初に登録した連絡先も京ちゃんのもの。

初めはバカにされてたけど、今ではリツイートだってお茶の子さいさいなのです。


咲「ふんふーん……ん?」


鼻歌を口ずさみながらタイムラインの流れを見ていると、ふと、ある画像が目に止まった。

咲「…………」


それは、フォロワーさんの一人がアップしていた画像。

旅行なう。とある温泉宿の入り口を撮ったもの。

それだけなら何も問題は無かった、けど。


咲「……コレ。京ちゃんと、瑞原プロだよね?」


そこにちらっと見切れている男女二人組み。

瑞原プロは帽子と眼鏡で変装っぽい格好してるけど、この背丈であんな無駄におっきな胸をした女の人はそういないし。

もう一人は金髪がちょっとだけ写り込んでいる程度だけど、この微妙な写真写りの悪さは高校時代の彼を思い出させる。


咲「……」


瑞原プロに気付ける人はいても、京ちゃんに気付ける人はそういないと思う。

多分、高校時代に京ちゃんとよく接していた人じゃなきゃ、これは見逃してしまう。

問題なのは。

どうしてこの二人組みが、誰にも知らせずに、温泉旅行に出かけたのか、ということ。


咲「体調不良って……言ってたよねぇ?」


このフォロワーさんの呟きの日付。京ちゃんが仕事を休んだ日。

お姉ちゃんからは風邪でお休みしたって聞いてたのに。

本当は、旅館で、お楽しみでしたね?

ダメだよ京ちゃん、それに瑞原プロ。

折角のお仕事を、こんなのでサボっちゃうなんて。


咲「……ふ、ふふふ」


ねえ、京ちゃん。

麻雀って、楽しいよね――?


その後日行われたタイトル戦での宮永プロは。

小鍛治健夜の全盛期を遥かに上回る活躍を見せ付けたそうな。


というわけで咲の小ネタでした。今回はここで中断します
次はプロ勢です


【本編過去 迫り来る怒涛の】


三尋木咏。

圧倒的な火力で弱小チームだった横浜ロードスターズを優勝に導き、日本先鋒としても大活躍中のプロ雀士。

麻雀界における異能者にも詳しく、世界でも有数の実力者なのだが――


咏「どーよきょーちゃん、この格好」


くるりと回って特注の着物を自慢する姿は童女にしか見えず、とても最前線で戦っている人には見えない。


咏「んー? きょーちゃーん?」


そして、問題なのは。


咏「きょーちゃーん? もしもーし?」


着物の丈が、とても短くて。


咏「おーい? きょーちゃーん?」


真っ白ですべすべなおみ足や、その先の絶対領域が見えてしまいそうになっているということだ。

咏「へいへい、きょーちゃんやい」

京太郎「ふぁっ!?」

咏さんの手に持っている扇子で叩かれ、ペシリと小気味の良い音が響く。

咏「どうしたのさ。寝不足?」

京太郎「いや、その」


――なんというか、イメクラみたいですね。その格好。

もちろん、そんな言葉が言えるハズもなく。


京太郎「すいません、ちょっと考え事を……よく、似合ってますね」

咏「だろー? いつも贔屓にしている店が特別にって作ってくれたんだけど、涼しくって中々具合が良いのさ」

京太郎「ハハ……」


いや明らかにセンスがズレているだろう、その職人。

ちょっと屈んだりしたら見えてしまいそうだ、色々と。


京太郎(一歩間違えたら痴女っつーか……大丈夫か、これ?)


そういや昔、インハイでやたらと危なっかしい格好をした巫女さんがいたような気がするけど。

間近で知人のこんな格好を見るのは衝撃的だった。

――龍門渕にいる知人の私服がほぼ全裸に近いモノだということを俺が知るのは、もう少し後のことである。

ついでに高校時代の友人の私服の露出度も中々にアレなものであることを知るのも、もう少し後のことである。



咏「っと」

一緒に歩いていると、咏さんが何かに躓いたように体勢を崩した。

京太郎「大丈夫ですか?……あ、下駄の鼻緒が」

咏「切れちゃったみたいなんだよぇ……ふむ」

京太郎「大丈夫ですか?」

つま先をぷらぷら振って下駄の状態を確認する咏さん。
足を挫いてはいないようで一安心。


咏「おんぶ」

京太郎「はい?」

咏「おんぶしてよ、きょーちゃん」

普段から着物姿で下駄も履き慣れている咏さんなら、鼻緒が切れた時くらいの対処法くらい知ってそうなものだが。


咏「はよはよー」

ペシペシと頬を扇子で叩かれ急かされる。

京太郎「いやでも」


その格好で、おんぶは。問題があるのではないでしょうか。


咏「いいから早く。日が暮れちゃうよ」

京太郎「……はぁ」


……とは言え、下駄の鼻緒の結び方なんて俺は知らんし。
この人も一度思いついたらしつこいし、こうなってしまうとおんぶをする以外の選択肢はないんだろうなぁ。


京太郎「よっと。大丈夫ですか?」

咏「おお、軽々と。さっすが男子」

京太郎「そりゃ咏さん軽いですし」

咏「この前えりちゃんに乗っかった時はすぐ潰れちゃったよ」

京太郎「何やってるんですかアンタは」

咏「うむ。くるしゅうない」

京太郎「そりゃどうも」

咏「どれ」ペロッ

京太郎「ひゃっ!?」ゾゾッ

咏「おー、女子のような反応。初心だねぇ」

京太郎「なんすかいきなり!?」

咏「味も見ておこうと思って」

京太郎「なんでまた……」

咏「そりゃー、ねぇ?」

京太郎「マジわっかんねーよこの人……」

咏「はむっ」

京太郎「ひぃっ」

咏「かりっ」

京太郎「ひゃんっ」


京太郎「い、いい加減に……」

咏「ちゅうっ」

京太郎「はうっ」


京太郎「とにかく。次やったら落としますからね、問答無用で」

咏「ちぇー」

京太郎「まったく……」

渋々と、咏さんが大人しくなった。
見た目的にはちっちゃな子にじゃれ付かれているだけだが、これで三十路超えているのだから信じられない。

……そして。


京太郎(こ、この手触りは……)ゴクリッ


さっきまでは意識していなかったというか、意識する前に外されていたのだが。

おんぶをしているということは、すべっすべな太ももの感触がダイレクトに手の平に伝わるわけで。
そして、思いっきり足を広げているから、後ろからは色々とモロ見えなわけで。

しかもこの人、背中から伝わる感触的に着物の下は何も着ていないぞ……っ!

咏「~♪」

それを知ってかしらずか、咏さんはやたらご機嫌な様子。



京太郎「あ、あの」

咏「んー?」

京太郎「やっぱり降ろした方が」

咏「何でさ」

京太郎「いや、その、ですね」

咏「んー? あー、なるほどなるほど……きょーちゃんもスケベだねぇ。満更でもないクセに」

京太郎「うぐぐ…」

咏「ふふん。乗り心地いいんだもん、きょーちゃんタクシー。お互いウィンウィンだし降りる気にはならないよ」

京太郎「タクシーって」

咏「いいからいいから。このまま雀荘まで行ってさ、見せ付けてやろうぜぃ。アラフォーどもに」

京太郎「後が怖いなぁ……」

そして、案の定。

雀荘で待っていたはやりさんたちには思いっきり詰め寄られ。

しかもこれを色んな人に見られていたせいで、『須賀プロはロリコン』だなんて噂になり。

俺の年上好き発言が全国放送でカミングアウトされてしまうわけだが、それはまた別の話である。




はやり「あ、今お腹蹴った♪」

京太郎「マジで? 触ってもいい?」

はやり「うんっ ハーイ、パパに元気なのを聞かせてあげてね☆」

京太郎「お、おおお……。すっげぇ感動した」

はやり「いい子に育ちますように☆」


でもそのことがきっかけの一つになって、嫁さんが出来たのだから。

人生って、本当にわっかんねーと思う。


咏さんとの過去話でした。今回はここで中断します
>>49にある本編過去話という形で書いたのでこんな終わり方になりましたがifエンドも希望があれば
戒能さんは本編過去話か、それともifエンドかどっちがいいですかね

この後は何事も無ければ戒能さんの小ネタ後、アナウンサー勢のifエンドやってから照ルートで締めて終わりって感じになりそうです

あと戒能さんハッピバースディ
誕生日だったけど間に合わなかったよ
許してください、何でもしますから!


【ifEND もしかしたらあったかもしれない。わっかんねーけど】


背後で聞こえる安らかな寝息。

小さい頃から――というか今も小さいままだが、昔から変わらない温もりに安心する。


「あーあ。昔は私の場所だったのに、すっかり取られちまったねぇ」


隣で微笑む彼女も、出会った時と変わらず綺麗なままだ。


「すみません、京ちゃんタクシーは一人席なもので」

「血は争えないなー……ま、いいけどねぇ。今夜はたっぷり、上に乗せてもらうから」

「うっ……お手柔らかにお願いします」

「あっはっは、そいつは無理ってもんだ。しっかり埋め合わせしてもらわんと」

「明日も仕事なのになぁ。腰痛がつらい……」


この小さな体のどこにあんなスタミナがあるのか。

麻雀でもあっちの方でも怒涛の攻勢を見せ付ける彼女に俺が勝てる日は来るのだろうか。

……まぁ、なんにせよ。


「頑張ってくれよ、だ・ん・な・さ・ま♪」


扇子を煽りながら微笑む彼女はとっても魅力的で。

京ちゃんタクシーの常連客が増えるのも、そう遠くはないかもしれない――

誰か咏さんでおねショタください(切実)

あとシノハユ時代にタイムスリップした京太郎と小5はやりんの京はやください


【ifルート 職業:傭兵兼イタコ兼麻雀プロの彼女】


4月の三週目。
段々と暖かくなってくる時期だが未だに朝は肌寒く、下手に薄着をすれば風邪を引いてしまう。
更に花粉も目立ち始めた頃なので、人によっては四六時中マスクが手放せない。

だというのに、滝のような汗が流れ出てくるのは。


京太郎「……」


ギリギリまで頑張っても踏ん張ってもどうにもならない、そんな時。


良子「わーお……こいつは、ハプニングですねぇ」


例えば、つい勢いで致してしまった女性との行為に使用していたモノに小さな穴が開いていて。

彼女が摘んでしげしげと見詰めているソレからアレが垂れている、そんな時だろう。

――ソフレになって欲しい。

仕事が終わってとあるファミレスで一緒に食事をしている時、良子さんからそんなことを言われた。


京太郎「ソフレって……ソックス・フレンド?」

良子「添い寝フレンド、ね。なんでも巷で流行ってるそうで」

一つの布団で寄り添って眠るが、それ以上の行為はしない。
そんな男女関係のことを添い寝フレンド、略してソフレと呼ぶらしい。

京太郎「はぁ、なんでまたそんな」

良子「最近、寝付きが悪くって」

京太郎「うーん……」


見た限りではどこの具合も悪いようには見えないが。
言われてみれば確かに、今日の試合はいつもより打ち方が鈍っていたような気もする。

……だが、しかし。

京太郎「はやりさんじゃダメなんですか?」

添い寝を頼むというならもっと相応しい人がいる筈で。

彼女のスタイルは非常に魅力的だし、
牌のおねえさんには勝てないにしても素晴らしいおもちを備えているしでソフレを頼まれるなら是非とも引き受けたいところだが。


良子「古い知人に聞いたんだけど、男性の懐の安心感というのは女性には無いものだそうで」


何故だか、危機感があるというか。

この人たちによって鍛え上げられた直感が、この誘いに乗るのは危険だと告げている。

何というかこう、墓場の入り口みたいなイメージが脳裏に――

良子「京太郎」


ずいっ。

身を乗り出した良子さんの顔が迫る。

鼻先が触れ合う程に近く、仄かに漂う香水の匂いが鼻孔をくすぐる。


京太郎「ちょ、ちかっ」

良子「こんなことを頼める男性は、あなたしか、いません」


思わず下がろうとした俺の頬を両手でがっちり挟みこんでホールドする良子さん。

ひんやりした指先に包まれ、視線を逸らすことすら許されない。


良子「頼まれて、くれるね?」

京太郎「……ハイ」


結局、この人たちに強引に迫られたら押し切られてしまうのは。

麻雀でもプライベートでも変わらないのであった。

そうしてやって来た良子さんの部屋。

意外と――というと失礼かもしれないが、センスのいい家具が自己主張し過ぎない程度に並べられていて、小洒落た空間を演出していた。


京太郎「おぉ……」

良子「なにか珍しいものでも?」

京太郎「いえ、むしろ……」


もっとこう、数珠とか水晶とか御札が所狭しと置いてあるか。
もしくは、すっげーズボラな部屋をイメージしていたのだが。


京太郎「……綺麗な、部屋ですね」

良子「……その間が気になるところだけど、まぁいいでしょう」

良子「ドリンクをとってくるから、そこのソファでくつろいでて」

京太郎「あ、どうもです」

小さなソファに身を預け、室内を見渡す。何だか部屋全体からいい匂いがする気がする。
以前恒子さんと一緒に訪れた健夜さんの部屋からはおばあちゃん家の匂いがしたのだが、何が違うんだろう。

キョロキョロと辺りを見渡していると良子さんがキッチンから顔を出して、


良子「あ、そうそう」

京太郎「?」

良子「アイスティーしかなかったんだけど――いいかな?」


とってもいい笑顔で、そう告げた。

……そこから先のことは、よく覚えていない。

ただ気がついたら下着姿で良子さんと添い寝をしていて。

良子さんがとても魅力的に見えて。

何故か準備されていたモノを使って行為に及び、


良子「まー、やっちまったもんは仕方ないけど――」

良子「責任、とってくれますね?」


今に至る。


にっこり、花の咲いたような笑みを浮かべる良子さん。

彼女とはそこそこ長い付き合いだけど、こんな嬉しそうな表情は初めて見る。


良子「こうなったらもう、一発も二発も変わらない……そう、思いませんか?」

京太郎「いや、その理屈はおかしいと」

良子「フフ、こっちは正直者みたいだけど?」


そうこうしているうちに、再び良子さんの手が俺の下に伸ばされ――


・・・・・・・・・・・



……どうして、世界から争いが絶えないのだろう。

何もかも搾り取られた俺の心を、やるせなさが占めていた。


良子「イエス、イエス、グゥッド」


そして、良子さんはそんな俺の隣で激しくガッツポーズをとっていた。

いや、寝不足が解消されたようで何より――


良子「私、今日、危険日なんですよ」

京太郎「えっ」


半ば現実逃避しかけていた俺を、その一言が引き戻した。


良子「二度あることは三度ある……こうなったらもう、何回やっても変わらないと思いませんか?」

京太郎「いや、その理屈はおかしいと」

良子「フフ、こっちは正直者みたいだけど?」


そうこうしているうちに、再び良子さんの手が俺の下に伸ばされ――

……無限ループって、怖くね?


京太郎「も……だめ……しぬ……」

良子「I’m full」


枯れ果てた俺とは対照的に、ツヤッツヤな良子さん。


京太郎「……生きてるって……素晴らしい」

良子「ベリーグッド。私も、こんなに清々しい目覚めは初めてかな」


何度か河の向こう岸へ渡りそうになったが、その度に良子さんに連れ戻されて。

命の素晴らしさを実感しながら、朝を迎えることが出来た。

京太郎「と、とりあえず……今日の仕事は、いつも通りに」

良子「オーケイ。二人の今後について語り合うのはその後で、ね」


尋常でない倦怠感はあるが、栄養ドリンクで補えばカバーできるレベルだ。

身形を整え、良子さんと一緒に玄関から出ると、


はやり「え?」

京太郎「えっ」

良子「あっ」


インターホンに指を伸ばしているはやりさんと、目があった。

はやり「ど、どうして……? よしこちゃんのお家から、京太郎くんが?」

京太郎「え、ええっと、これは、ですね……」


笑顔を浮かべてはいるが、プルプル震えており動揺を隠せていないはやりさん。
そんなはやりさんに対して上手い言い訳が見付からず、言葉に詰まっていると、良子さんが一歩前に出た。


良子「とても簡単な話ですよ」

はやり「そ、そうだよね! まさかとは思うけど――」

良子「彼と寝ましたから。私」

はやり「はやっ!?」


空気が、凍った。


はやり「きょ、京太郎くんっ!! どういうことなのっ!?」

京太郎「あぐぇっ!?」


はやりさんに襟を掴まれ、凄まじい勢いで揺すられる。


良子「クールダウンですよ、はやりさん」


ガクンガクンと息をつく暇もなく前後に揺さぶられては、目の前のおもちを堪能する余裕もなく。


はやり「よしこちゃんは黙ってて!!」


昨夜からの連戦もあり、体力が尽き掛けている状態では、まともに抵抗することもできず。


京太郎「あががががっ」


そして、何よりも、今までで一番恐ろしいはやりさんのプレッシャーを直に叩き込まれては。



京太郎「――がふっ」

はやり「あ」

良子「あ」



俺が意識を手放してしまうのも、仕方のないことだと思う。

ああ、なんだか前にも、こんなことが、あったような――

京太郎「――あ?」


妙な息苦しさを感じて、目が覚める。


京太郎「ゆ、夢……か?」

内容は詳しく覚えていないが、妙な生々しさとプレッシャーがある夢だった。

汗で寝巻きが肌に張り付き、喉が渇いている。


良子「……」

京太郎「そう、か……そう、だよな」


俺の手を握り、無防備な寝顔を晒す裸の彼女。

昨日、彼女と致してしまった事実に変わりはなく、後悔が無いと言えばウソになるが。


京太郎「責任、とんなきゃなぁ……」


軽い朝食でも作って、彼女が起きるのを待とう。

ゆっくり、彼女を起こさないようにベッドから起き上がる。


――ピンポーン。

京太郎「……ん? こんな朝早くから?」

その前に軽く体を流そうと浴室へ向かう途中、来客を告げるチャイムが鳴らされた。

一体誰なんだろう。良子さんの知人であることは間違いないだろうけど。


京太郎「……え?」


どうしたものか考えていると、ひとりでにロックが解除されて、ドアノブが回される。

固まっているうちにドアが開き、その先に立っていたのは、


はやり「おっは――や?」

京太郎「や?」

はやり「……」

京太郎「……」









その朝は、とてもベテランアイドルとは思えない叫び声が、近隣一体に響いたという。






すみません、途中で接続がやたらと不安定になって時間がかかっちゃいました

というわけで戒能さんifルート。続くかどうかはノリ次第
この後修羅場になるかハーレムルートになるかもノリ次第
ただどちらにせよ京太郎は食われる立場です

今回はここで中断します

次はアナウンサー編で、その次が照ルートです
それでは、ありがとうございました

すいません、リアル事情で次の投下ちょっと遅れます

あと、年の差に悩んじゃう生真面目なえりちゃんと
拗らせてちょっと変態はいっちゃったえりちゃんと
どっちが好きですか?


【3×歳美人アナウンサーの憂鬱】


――このままでいいのか、私。

仕事帰りの電車内で揺れる吊革を眺めていると、ふと思うことがある。



えり「……ふぅ」


今の仕事に問題があるわけではない。

同期の友人に比べれば多忙な毎日を過ごしているが、それは女子アナとしての道を選んだ時点で承知している。

職場に不満がないと言えば嘘になるが、それも許容範囲内のものだ。

では、何が私の頭を悩ませているのかと言うと――



『夕飯のリクエストとかあります?』



たった今受信したメールの文面。

差出人は須賀京太郎。

一回り以上干支の離れた、私の彼氏である。

――あなたの好みで構いません、京太郎くんのご飯はなんでも美味しいですから。


えり「……っと」


メールの返信を終えて画面の明かりを落とすと、だらしなく頬の緩んだ私の顔が液晶に映っていた。


えり(いけないいけない……)


心の中でピシャリと頬を叩き、頭を振って気を引き締める。

こんな醜態をあの後輩に見られたらどれだけ弄くられることか。


彼との出会いは、仕事を通してのものだった。
大会の解説役として選ばれた彼と、実況役として選ばれた私。

プロデビューして間もないのに任された大役に挑む彼の姿は初々しさがあり、
懸命に解説役を務める姿勢は好感が持てた。

大会終了後の打ち上げでは普段から破天荒なプロたちに振り回されているもの同士で気が合い、それからプライベートでも会うようになって。

エスカレーターに乗る時は常に一段下に立っていたりだとか、
歩道を歩く時は自然に車道側を歩いていたりだとか、彼のさり気ない優しさに触れて。


『――えりさん』


何度か交流を重ねていくうちに、異性としての須賀京太郎に惹かれている自分に気付いた。





……だが、しかし。


こちとら三十路を超えるまでまともな恋愛などまるで経験してこなかった女である。

二十台前半の頃は「中途半端な男など認めん」と言っていた父が、
三十路に差し掛かる頃にはお見合いを薦めて来る程度には異性との縁がなかった女である。

当然ながらどうしていいのか分からず、周りに相談することもできず、一人悩みを抱える日々が続いた。


そして、彼と二人で買い物に出かけた日。

やっぱり彼の気遣いは嬉しくて、だからこそ私以上に相応しい人がいるだろうと考えて。

その日の別れ際、身を引こうとした瞬間に


『あなたを、ずっと側で支えたいです』

『俺と、結婚を前提にお付き合いしてくれませんか?』


私の手をとって、彼がプロポーズしてくれたのだ。

ついその場で泣き崩れてしまった私を見て大慌てする彼の姿は記憶に新しい。

その日の晩に一線を超えて、心でも体でも結ばれて。

一緒に仕事をした後に、お互いの家に泊まることが自然と増えた。

互いの部屋に互いの私物が増えて、彼がいない時でも着替えの匂いを通じてその温もりを感じることができる。


――でも


えり(いいのかしら。このままで)


片や華の20代で絶賛活躍中の男子トッププロ、片やベテランアナウンサーと持て囃されていはいるがアラフォーに片足突っ込んでいる女。

もちろん彼のことは愛しているし、愛されていることも感じる。


それでも、彼にはもっと相応しい人がいるのではないか――と、考えてしまうのだ。

お互いに都合が合わず、会えない日が続くことも多い。

少しはしたない話になるが……夜の営みでも、彼を満足させられているとは思えない。


えり(別れた方が、いいのでしょうか)


帰ったら、彼と話し合おう。

その方が、お互いためになるはずだ。

駅から徒歩3分。一等地のマンション。

彼の待っている姿を思い浮かべ、合鍵を差し込む。

意を決して、ドアノブを回し――



京太郎「おかえりなさい」



――あ、無理。

ドアを開けた瞬間に漂う夕飯の匂い。

どんな時間に帰っても独りだった以前とは違い、出迎えてくれる人がいることの喜び。

そして何よりも、彼の笑顔に迎えられては。


えり「ただいま、です」


カバンを床に投げ出して、彼の胸に飛び込む以外の選択肢は、存在しないのである。

意外とたくましい胸板。

久しぶりに感じる彼の温もり。


えり「はぅ……」


こんなはしたない声、彼以外には聞かせられない。


京太郎「えりさん……?」

えり「もう少し、このままで……」


この安心感を一度味わってしまうと、最早引き返すことはできない。

彼は麻薬なのだ。

離れている期間が長ければ長いほど、より深みに嵌ってしまう。

できればずっと彼の温もりを味わっていたいが、物理的な空腹感までは満たせないようで。


――くぅ。


えり「っ!!」


私のお腹から、空腹を主張する控えめな音が玄関に響いた。


京太郎「あはは……冷める前に、ご飯にしますか」

えり「……はい」


頬の熱が耳たぶまで広がっていくのを感じる。

どれだけ取り繕っていようと、彼といると素の自分が曝け出されてしまう。

それに一種の心地よさすら感じてしまうのだから、恋は盲目とはよく言ったものだ。


ご飯を食べて、入浴で肌を磨き、互いの予定を確認する。

その全てが終わって二人一緒にベッドに入れば、後は恋人としての時間。

詳細は伏せるが、夜の彼は凄まじい。

獰猛性、洞察力、スタミナ、技術。

そのどれをとっても彼は私の上を行く。

この実力がそのまま麻雀に反映されれば世界1位も不可能ではないだろう。

『年上なのだから、私がリードしなくては』という意識は開始5分で吹き飛んだ。


ダメなお姉ちゃんでごめんなさい……。

行為を終えれば、俗に言うピロートーク。

行為の最中に感じる快感は何事にも変え難いものだが、

シーツに包まって静かに互いを感じるこの時間も幸せの余韻を味わえる至福の一時だ。


京太郎「やっぱり綺麗ですよね、えりさんの肌」

えり「努力していますから。あなたのために」


絡んだ指、感じた吐息、息遣い。

その全てが私を虜にして離さない。


一度は諦めかけた女としての幸せ。

それを味わってしまっては、もう手放すことなど出来るハズもなかった。


――が。

それは、ある日の出来事。

仕事前の化粧室でのやり取り。


「あー、センパイセンパイ」

えり「? なに?」

「ここ、気を付けた方がいいですよ?」


トントン、と指先で首元を示す後輩の女子アナ。

釣られて視線を落とすと、そこには赤い斑点が――


えり「あっ!?」

「やっぱり訳アリですね? 虫刺されじゃないですよね?」


『面白いネタを見つけた』と言わんばかりに目を輝かせて迫る後輩アナウンサー。


えり「こ、これは……」

「ふっふっふ……とことん話を聞かせてもらいますよ!」


こうなれば、この後輩はかなりしつこい。

この後に待ち構えているであろう文字通りの密着取材を考え、私は深く溜息を吐いた。






――どうやらこのまま幸せまで一直線とは、いかないようである。




というわけで簡易版えりちゃんのお話でした

次から照ルートに入ります

他のプロ雀士のifとか淡編での咲の話とかは照√が終わった後で
咲ルートは魔法使いの夜の完結編が出るかDDDが終わった頃に


それでは、ありがとうございました

一応照ルート前の注意点をば

・プロ編に戻ります
・作中季節は冬です。
・私生活が忙しいので更新は不定期です

あとリクエストとかシチュネタみたいなのがあれば拾うかも
何事も無ければ明日には投下できるかとー

リクがOKならはやりんVS照の京ちゃん争奪麻雀は見たい

小ネタでもいいんで照√終わった後にでも
各ヒロインが記憶継承して出会ったら、というのをお願いします



【彼女】



宮永照。

元インハイチャンプにして現トッププロ。

この名前を聞いた時、返って来る反応は人によって様々である。


麻雀界における彼女の立ち位置は語るまでもない。

彼女と打ったことのある雀士は多かれ少なかれこの名前に対して恐れに近い感情を抱き、
営業スマイルしか知らない彼女のファンは整った容姿と圧倒的な強さに憧れを抱く。


しかし、私生活の彼女は、意外と抜けたところが多い。

いい年してとんでもないお菓子好き。
変人というよりかは天然といった方が近い。

卓上で圧倒的な強さを見せ付ける彼女も、プライベートで天然な一面を見せる彼女も、どちらも同じ宮永照で。


では、俺にとっての彼女はというと――


照「……」スンスン


朝、目が覚めたら両頬を白い掌で包み込まれていて。

赤みがかった瞳に覗き込まれ。

髪の匂いを嗅がれていた。

何を言っているかわからないと思うが――俺も何をされてるのか理解できない。


京太郎「……おはよう、ございます」

照「ん」スンスン


いや、「ん」じゃなくて。


京太郎「……何ですか?」

照「匂いを嗅いでる」スンスン


いや、そういうことじゃなくて。


照「京ちゃんの匂いがする」

京太郎「そりゃそうでしょうよ」

照「……」スンスン


まるで彼女の意図が掴めないまま、髪の匂いを嗅がれ続けて。


照「うん。充電完了」

京太郎「それ色々と違いますよね」

照「これが宮永流」ムフー

京太郎「なぜ得意気なんだ……」


結句解放されたのは、よくわからない彼女の中の何かが満たされてからだった。


『――と共に晩婚化が進んでいます。職業別の未婚率は、特に女子プロ雀士が高く――』




京太郎「はい、どうぞ」コトッ

照「ありがと」


トースト、目玉焼き、サラダ、カフェオレ(ミルク・砂糖多め)

リビングのテレビから流れるニュースを聞きながら、朝食を用意する。



照「あ、牛乳切れた」

京太郎「じゃあ今日の帰りにでもスーパー寄ってきますか」

照「うん」


モソモソと小さな口でトーストを咀嚼しながら頷く照さんと、スーパーのチラシを確認する俺。

ごく一般的な朝の食卓風景で、これを疑問に思う者はこの場にはいない。

そう、俺は。

ちょっと前から、照さんの家に住ませてもらっている。


勿論、こうなったのには理由があって。


照「京ちゃん」

京太郎「角砂糖ですね。2つでいいですか?」

照「……エスパー?」

京太郎「いや、いつもよりミルク少な目だから苦かったのかなぁ、と」

照「むぅ」


何故同棲するまでに至ったのかと言うと、話は一月ほど前に遡る――


照「京ちゃん。今度いっしょに旅行に行こう」



それは、照さんと一緒にラジオ収録に出演した日の帰り。

赤信号の待ち時間、車の助手席に座る照さんが膝に旅行雑誌を広げた。


京太郎「はぁ、旅行ですか。なんでまた急に」

照「淡に貰った。計画立ててたけど監督に却下されてパーになったって」

京太郎「それでこの前はあんな不貞腐れてたのか……」


ぶーぶーとほっぺを膨らませるアイツの顔は記憶に新しい。


まぁ、でも。


京太郎「いいですね、旅行。場所は決まってるんです?」

照「うん。知り合いが経営してる旅館。露天風呂もあるみたい」

京太郎「ほぉ」


この時期なら、露天風呂に升を浮かべて雪を眺めながらの一杯――なんて、風流なことが期待できる。

淡には悪いが折角の機会だし。楽しませてもらおう。

適当にお土産でも買ってやれば機嫌も直るだろうし。


京太郎「後は、休みの調整ですね。上手くまとまった休みがとれるといいんですけど」

照「それなら、問題ない」

京太郎「え?」

照「もう貰ってあるから、お休み。二人分」

京太郎「はぁ!?」


頑張った、と胸を張る照さん。

控えめながらも形の良いおもちがシートベルトに食い込んですばら――じゃなくて。


京太郎「これまた準備の良いことで……」


俺が先に予定入れてたらどうするつもりだったんだろう、本当。

信号が赤から青に切り替わり、運転を再開する。

なんというか、麻雀でもプライベートでもペースを握られっぱなしな気がするぞ、俺。


照「……」ゴソゴソ

京太郎「あ、助手席でお菓子はダメですよ。時間的にも」

照「えっ」

京太郎「そんな顔してもダメです」

照「いじわるですね、京太郎くんは。ちょっとぐらいなら――」

京太郎「営業用のスマイルもダメです」

照「ねぇ、ちょっとだけからさぁ……?」ニヤァ

京太郎「そんなDVDパッケージに写ってそうな悪役っぽく凄まれても……」

照「……どうしても?」

京太郎「どうしても、です」


照「そっか」


……。

何だろう、あまり表情は変わっていないけれど。

彼女の特徴的な髪先が萎れている、気がする。


京太郎「デザートなら……」

照「え?」

京太郎「デザートなら、いくらでも作ってあげますから。この前知り合いに色々な料理のレシピと材料貰ったんですよ」

照「!」


ピンと立つ髪先。現金である。


京太郎「だから、それまではガマンで」

照「しょうがない」


宮永照さん。

年上の筈だが、あまりお姉さんっぽさが感じられないのはあのぽんこつ幼馴染の姉だから――という理由だけではないと思う。絶対。


現金な人だなぁ、と思う一方で。


照「京ちゃん」

京太郎「はい?」

照「ありがとう」


営業用スマイルとは違う、照さんが自然に浮かべた微笑みがとても魅力的で。


京太郎「……どう、いたしまして」クスッ


こういうところもまた、この人の良さなんだろう――なんてことを考えてしまう俺も、結構現金なんだろうなぁ。


さて、ハギヨシさんから教えてもらったデザートのレシピの数々。

果たして、このトッププロはお気に召すだろうか――なんて、照さんの反応を想像して。

頬が緩むのを感じながら、少しだけ車の速度を上げた。


【おまけ】

照さんを家に送り届けて、駐車スペースに車を停めたタイミングで携帯にメールを受信。

差出人は牌のおねえさん。件名と内容は絵文字のみ。

初めは面食らったこのメールも、今ではスラスラと解読できる。


京太郎「ふむ、旅行に行かない?……って、時期がちょっと被っちゃってるな……」


はやりさんとも長い付き合いだし、浴衣に包まれたナイスバディは是非ともこの目に焼き付けたいところだが。

残念ながら今回は先約が入っている。心苦しいが、今回は断わらなければならない。

いつか埋め合わせをしようと心に決めて、メールの返信画面を開いた。

ああ、本当に――残念だ。


というわけで照ルート1話目でした
予告通りに投下が出来ず申し訳ない……今回はここで中断します

>>748
了解です。照ルートに組み込みたいですね

>>749
即修羅場まっしぐらか、もしくはハーレム√突入になりそうですが、それでも良ければ

一番頭いいのは瑞原さんで研究者の道を捨ててアイドルやってます。

この一文に驚愕を隠しきれない
いつかこのスレでも拾いたいですがまずは照ルートが先ですね

次は土日のどちらかに更新出来るかと思います

土日とはなんだったのか

小鍛治健夜。

野依理沙。

赤土晴絵。



国内外問わず現役として活躍し続けている彼女たちの名前は、あまり麻雀に詳しくない人でも知っている程に有名だ。

そのような方々と卓を囲めるのだから、雀士として誇りに思ってもいいだろう。



健夜「んー……何頼もうか?」

晴絵「とりあえずはビールとか。まずはオーソドックでいいでしょう」

理沙「生中! 4つ!」


……ここが、合コンの席でなければの話だが。

>>772
謎のトリップ化け……

机を挟んで正面に並ぶ3人と、対峙する俺。

男が一人に女性が3人、非常にバランスが悪い。

本当は4対4で男女合同コンパ、という話だったのだが。



祖母が危篤で――だとか

知人の結婚式で――だとか

急にお腹が痛くなって――だとかで




晴絵「いやー、それにしても残念だねぇ」

理沙「ドタキャン! 酷い!」

健夜「まぁ、みんなの分も楽しもっか。うん、たっぷりと」




ごらんの有様である。


『ごめん!』とシンプルな一文のみを表示する携帯のメール受信画面。

差出人は福与アナ。俺をこの合コンに誘った張本人である。

彼女の話では美人揃いで小さい子もいて麻雀も強い面子とのことだったが――



まぁ、確かに



晴絵「こういう機会は久しぶりだからちょっと張り切ってたけど、これだといつもと変わりませんね」


(変な前髪だけど)美人で


理沙「自然体!」


(身長が)小さくて


健夜「へー、パーティーゲームメニューとかあるんだ……面白そうだね、京太郎くん」


(この上なく)麻雀の強い面子だ。


確かに嘘は言っていない。

うん。



京太郎「ハハ、そうですね――はぁ」



見事に騙された。

女三人寄れば姦しい、とはよく言うけれど。

そこに一人突っ込まれる男の気持ちを表した漢字は無いものか。


健夜「えーっと、黒ひげ危機一髪とかロシアンルーレットとか色々あるんだ……何がいいかな?」

晴絵「んー……王様、ゲームとか?」

理沙「定番!」



……とは言え。

この三人が相手なら、まだ何とかなるだろう。

咏さんや良子さんが混ざっていたら危なかったかもしれない。何がとは言わないが。



健夜「王様ゲームって……どんなこと命令すればいいんだろ」

理沙「あんなこと! そんなこと!」

晴絵「まーそりゃ、大人ですし。出来ることはもう色々と……ねぇ?」



三人の目線が俺に突き刺さる……まだ何とかなるだろう、多分。

……だから、お願いなので、そのホホジロザメみたいな目付きを止めて下さい。

……というか。


京太郎「晴絵さん、あなたはブレーキ側でしょうが……!!」

晴絵「あっはっは。なぁ、京太郎。知ってる? 実家からお見合いの連絡が来るのって――結構、クルんだよ」

健夜「それを通り越すと、今度は優しい目付きで見られることになってね? 知ってる? 人って諦めると笑うんだよ?」

理沙「つらい!」

京太郎「そんなこと、こんなとこで知りたくなかった……!」



笑顔の裏に空しさを感じさせる3人の恩師たち。

この空気をたった一人の男として受け入れるのは正直、メゲる。

普通の合コンさせて下さい……。

京太郎「……すいません、ちょっと雉打ちに」

晴絵「はいよー」


……気持ちを切り替えるべく、一旦この場を離れよう。

そもそも俺一人でこの人たちの相手をするのが辛いのならば、増援を引っ張ってくればいいのだ。

何人か手の空いている友人を呼んでくるのもアリかもしれない。嫁田とか、あいつ美人好きだし。

ハギヨシさんが来てくれたら心強いが――さすがに、無理だよなぁ。


携帯片手に席を立ち、手洗いへと向かう。

手早く雉打ちを済ませ、何人か知り合いを当たってみようとアドレス帳を開くと、


「あーっ! きょーたろー!!」


学生時代から何度も耳にした、やかましい声が聞こえてきた。


携帯を閉じて振り返ると、そこには二人の女子プロ雀士。

大学時代からの同期のヤツと、一人の先輩。



淡「なんでこんなとこにいんのさー」

学生時代からの同期のヤツで現在期待の新星として絶賛活躍中の女子プロ、大星淡と

照「奇遇だね」

デビューから常に前線で活躍し続ける文字通りのトッププロ、宮永照の二人が立っていた。




京太郎「なんでって、ここ飲み屋だし。まぁ、合コン中なんだけどさ……」


ぶわ、ピクリ。

淡の長い金髪と、照さんの特徴的な髪先が、それぞれ独特な反応を示した。

>>771
本当に申し訳ないです……。

中途半端ですが、一旦中断します。この話はまだ続きます。

照「誰と?」

京太郎「はい?」

淡「誰と、来てるの?」

京太郎「健夜さんと、晴絵さんと、理沙さんですけど……」

淡「ふーん……」

京太郎「な、なんだよ……」



急に重さが倍増される雰囲気。

正直、これなら



照「年上、好き……だっけ」



さっきの方が、何倍もマシだ。

淡「ふ、ふーん? へー? ほー?」


長い髪を逆立てながら笑う淡。

空気が張り詰める。コイツが麻雀で本気を出した時のような、独特なプレッシャーが周囲を覆う。

笑うということは本来攻撃的なものであり――なんて、昔読んだ漫画にそんなことが書いてあった気がする。


照「……」


対して、この人。

照さんの表情からは一切の感情の色が消えている。

それが何を意味するのかは俺の知るところではないが、ただ一つ確かなのは――俺はこの人に、恐怖を覚えている。


一体何が、この人たちの虎の尾を踏んだというのか。

心境的には一刻も早く席に戻りたいが、この空気を放置したまま帰れる程図太い神経は持っていない。

どうにかしてこの二人を宥めなければ。

……だが。


淡「そういえば大学の頃からそうだよね……はやりんはやりんって……」


俯き、顔に影を作りながら何やらブツブツ呟いている淡。

正直怖い。どういう原理か重力に逆らって魔物の足のようなうねりを見せる髪が恐怖を演出している。



照「……」


そして、瞬きもなく俺を見詰めてくる二つの赤い瞳。

お菓子を前にした時のこの人とは正反対で、まるで感情を読み取ることができない。



京太郎「……くっ」



そう、女性の思考は俺には難しすぎる――それならば。


京太郎「そ、そうだ! もし良かったら二人もご一緒すれば!?」


あの3人の相手を、一緒にしてもらおうではないか。

照「え?」

淡「……いいの?」


直後、重石を取り除かれたようにフっと軽くなる雰囲気。

どうやらこの選択肢は正しかったようだ。


京太郎「良いも何も、みんなで飲んだ方が、楽しいに決まってるじゃないですか」

照「そうだね」

淡「……あーそっか、きょーたろーはそういうヤツだよね。確かに」

京太郎「なんだよ、それ」


若干、言葉の端に呆れに近い感情が読み取れたのが気になった。

何はともあれ、最初の思惑とはズレるが心強い援軍を得ることができた――筈、だった。



須賀京太郎です。


健夜「……」

照「……」


プロ雀士をしているんだが、


晴絵「……」

淡「……」


飲み会の空気が、最悪です。



理沙「ビール! おかわり!」

京太郎「アッハイ」






机を挟んだ対面側の席。

俺から見て左から順番に、健夜さん、理沙さん、晴絵さんの順番で座っている。

対してこちら側は、照さん、俺、淡の順番で座っている。


何だかんだ言って淡の天真爛漫さは場の空気を盛り上げるのに役立つだろうし、

照さんの天然っぷりは空気を和ませるだろうと考えたのに。


淡「ねー、きょーたろー。今度さ、一緒にサークル見に行かない?」

京太郎「ん、ああ……」

淡「えへへ――後輩たちにたっぷり見せてあげよーよ、私たちを」

京太郎「あぁ……そ、そうだな」


思わず生返事になってしまう。

だって、何故だかさっきからコイツやたらと近くて。

何か言うたびに、


健夜「……いいなぁ……」

晴絵「……私にも……私にも……」


このお二方のコップの中の氷が一つずつ砕けているんですもの……。




理沙「次! カルーア!」

京太郎「アッハイ」

そして、この人は。


照「お酒、美味しいね。これがアルコールの味なんだ」

京太郎「いや、それはノンアルコールカクテルで厳密には……ああいえ、なんでもないです」


机の下で、シャツの端っこを握ってくる小さな手。

それが何を意味するのかは理解できないが……


照「? 変な京ちゃん」


ほぼジュースと言い切れるドリンクを飲むのに夢中になっている様子を見るに、
きっとこの人も特別な何かを意識しているわけではないのだろう。

照さんが無意識にこういうことをするのは――昔からの、ことだ。



理沙「これ! シークワサー!」

京太郎「アッハイ」

だが、それを見逃さない人がここにはいる。

対局相手の僅かなクセから勝利の糸口を掴み寄せる洞察力の持ち主。


晴絵「へぇ……成る程、ねぇ」


それがこの人、赤土晴絵。

阿知賀のレジェンドは、伊達じゃない。



晴絵「もしかして、二人はそういう関係?」

健夜「そういう?……って」

淡「へ?」


晴絵さんの指先が俺たちに集中し――直後、高まっていく場の空気。

ああ、これはまずい――





理沙「もっと! コーラハイボール!」

理沙「……」

理沙「(´・ω・`) 」

淡「ど、どどどどういうことテルー! きょーたろー浮気!?」

京太郎「浮気ってなんだ!? 酔いすぎだお前は!」

健夜「そ、そんなことしちゃうとか!? だ、旦那様としかあり得ないよね!?」

京太郎「どれだけ乙女チックなんだ!?」


ギャーギャーワーワー。

そんな風にふざける俺たちを前に、



晴絵「で、どうなのさ。実際」

照「……?」


この二人だけは、冷静に視線を交わしていた。




理沙「焼酎! ピッチャー!」

照「おっしゃっている意味が、よくわかりませんが」

晴絵「意味ってそりゃ……そのまんまだよ」

照「……別に、私と須賀くんは、そういう関係ではありません」

晴絵「その割りに……さっきからずっと指を離さないけど?」

照「ええ。それが?」

晴絵「それがって……ああもう、まどろっこしいなぁ」




理沙「……うぇっ」

晴絵「まぁ、とにかく。宮永プロと京太郎は恋愛関係にあるわけではないと?」

照「……」

晴絵「……宮永プロ?」

照「……はい、そうです」

晴絵「そっか、なるほどね――ふうん?」


晴絵さんが、俺に視線を向けてくる。

俺はただ、頷くことしか出来なかった。



淡「こっちみろー! ちゅーしてやるー!!」

京太郎「ええい、やめい!」

健夜「ちゅ、ちゅーって……そんなの結婚しかないじゃない!」

京太郎「あなたも落ち着け!」




理沙「……」

晴絵「ハイハイ!」


パンパン!

晴絵さんが手を叩いて場の収拾をつける。


晴絵「すいません、私のくだらない詮索で場を乱してしまったようで」


ペコリと頭を下げる晴絵さん。

その様子に、流石に俺たちも冷静にならざるを得なかった。


晴絵「ですが、場も盛り上がったようですし――ここらで一つ、ゲームといきましょう!」


晴絵さんがメニュー開く。

その指先はパーティーゲームメニューの欄の、人気ランキング1位の――




理沙「……っ! まだ、イケる!」


――王様だーれだ!


淡「帝王はこの淡だー! 依然、変わりなく!!」

健夜「ええ! また!?」



拳王の如く、当たり棒を握った拳を高く突き上げ、宣言する。

確かにコイツは普段から運の良い場面によく遭遇しているが、こうも当たりを引き当てるとは――



淡「ふっふっふ! 絶対安全圏は伊達じゃない!」

晴絵「やっぱりか! おかしいと思った!」

京太郎「そこまでするか!」

淡「勝てばいいのだ! 勝てば! ふっふっふ、それじゃあ――」


高まったテンションとジャンジャン入った酒の影響で真っ赤に染まった顔。

これから下される命令はきっとロクなものじゃない。

グルグル回った瞳が、獲物である俺を捕らえた。


淡「きょーたろーが! わたしにちゅーしろー!!」

京太郎「な、はあぁっ!?」


それは、ルールも何もかもを無視した命令。

完全に酔いとその場の空気に流された行動だった。





理沙「スピリタス!」

猪の如き勢いで迫る、淡の唇。

王の命令は絶対であり、俺はそれを――


京太郎「やめろっつーの!」

淡「ふえっ!?」


全力で止める。

真っ赤な両頬を摘み、突き出た唇をタコ口にする。


淡「ぶーぶー! おーさまの命令は絶対だぞー!」

京太郎「ルールを守ってから言えそういうことは! 子どもじゃないんだから!」

淡「ぶー……」



渋々といった具合で離れる淡。

流石にこんなテンションで責任はとれん。


淡「ノリ悪いぞー、きょーたろー!」

京太郎「それは悪ノリって言うんだよ。こんなとこで責任とれんわ」

淡「いーじゃん。私をお嫁さんにしてよ、きょーたろー」

京太郎「バカ。お嫁さんってのは、幸せで、幸せで、幸せの絶頂の時になるもんだ。こんなとこの空気に流されるもんじゃない」

晴絵「幸せ……」

健夜「いつ来るのかな……」

京太郎「あ、すんません!?」




俺も場の空気に酔っていたようで。

思わず変なことを力説していまい、意図せぬ導火線に引火した。



淡「きょーたろー……なんか、どーてーくさい!」

京太郎「は、ハアぁっ!? ど、どどどどうていちゃうわ!」

照「え、そうなの……?」

京太郎「あ、イヤ今のは言葉の綾っていうかイヤそうじゃなくて――ああもう!」


混沌。

今の空気を一言で表すなら、それだ。

京太郎「どにかく! そういうのは好きな人と――」

淡「じゃあ、いいじゃん」

京太郎「へ?」

淡「私、好きだよ。京太郎のこと」


……赤い頬は酒に酔っているせいか、それとも。


淡「だから、私は――」

京太郎「はい、そこまでだ」


淡の言葉を遮る。


京太郎「そういうことは酔っている時じゃなくて素面の時でな。
    さっきも行ったけど子どもじゃねーんだから」

淡「……むー」



もしこれが、大学時代のコンパだったら。

淡の魅力にやられていたかもしれないけれど。



京太郎「それじゃ、次。やりましょうか」



全員で棒を籠の中に戻す。

……さて、今度こそ王様を握りたいところだが。

健夜「次は、私だね」


当たりであることを示す赤いマークが付いた棒。

今回引き当てたのは、健夜さんだったようだ。


淡「ええ!? ウソー!!」

健夜「ふふふ……勝てば、いいんでしょ?」


うわぁ。

この人、ガチだ。


健夜「と言っても、こんなこと初めてだから何やればいいのかな……」

淡「え? 3×年も生きてて……?」

健夜「……」

淡「ひっ!?」


にっこり。

笑うとは本来攻撃的なものであり――以下略。




理沙「……あと、一杯……!」

健夜「そうだね、それじゃあ……3番の人が、この中で一番幸せにしたい女性の名前を挙げる、で」

照「へぇ」

京太郎「あっはっは、何ですかそれ」



確立は6分の1。

明らかに俺を狙った命令だろうが、そうそう当たるはずが――



京太郎「うそん」

健夜「あ、京太郎くんだったんだ。でも、王様の命令は絶対なんでしょ?」

晴絵「なんたる白々しさ……」

淡「ほほう? でも、気になるとこですなぁ」

照「……」


心なしか、掴まれた裾から感じる力が増したような気がする。


京太郎「そ、それは……」

健夜「それは!?」

晴絵「それはぁ!?」


身を乗り出すようにこちらへ迫る二人。

その勢いの良さといい、先ほどの様子といい、大口を開けて迫るジョーズのようで。


理沙「っ!?」



そして、左右から同時に衝撃を受けた理沙さんの頬が見る見る間に膨らんでいき――






水を勢いよく飛ばすには、ホースの口を思いっきり絞るといい。

どこで聞いたのかは忘れたが、そんなことを思い出す光景を最後に、飲み会はお開きになった。




京太郎「……ホント、すいませんでした」

照「……いいよ、別に。京ちゃんは悪くない」


あんな光景を前にしては、何もかもが有耶無耶になる。

酒に弱い照さんだが、今回はあまり飲まなかったので、若干危うい足取りではあるが意識は保っていた。

冷たい夜風を頬に浴びながら、二人して帰り道を歩く。


京太郎「……」

照「……」


照さんの横顔。

こうして隣を歩いていると、確かにアイツの姉なんだなぁ、ということを実感させる。

京太郎「一番、幸せにしたい女性……か」



そういえば昔、嫁田のヤツに「嫁さんだ」だとか、冷やかしを受けたことがあったなぁ。

……正直、あれから色々あり過ぎてあの時隣にいたのが咲だったか優希だったかは覚えてないけど。


京太郎「俺も……結婚とか考えた方がいいのかなぁ」

照「……」


この旅行で疲れを癒しながら、少し将来のことを考えてもいいかもしれない。

そんなことを考えながら、照さんを家まで送り届けた。

>>836
×この旅行で
○この後の旅行で、で


更新が遅れて本当にすいみません……
モチベ不足とか、話の書き方を忘れてたのとか、プチ修羅場みたいなのどうしようとか、アレコレ試行錯誤してたら遅れてしまいました


というわけで照ルート2話目でした
最初にタイトル付けるの忘れましたが、今回のタイトルは【のまれる】です
前ルートのフラグを積極的に折っていくスタイルの話にしようとしたら、のよりんが全てを掻っ攫っていった不思議
あと、書いてると段々暑くなってきて、作中季節が冬だということを忘れそうになる……

では、今回はここで中断します。ありがとうございました


【私にとっての】


鹿せんべい。奈良観光の定番物。

原材料に米ぬかや穀類を使用している、野生の鹿へ観光客が与えるための餌。

あくまで鹿が食べるために作られているものなので、添加物や砂糖は入っていない。

一応、人間が食べても特に害はないとのことだが――


照「……甘くなくて、少し苦くて、口にぬかが残る」

京太郎「……」

照「まずい」

京太郎「……水、どうぞ」


寄って来た鹿の目の前でコクコクとペットボトルの水を飲む照さん。


……そう、俺たちは奈良に来ていた。

投下したばかりで申し訳ないんですけど急用が入ったので一旦中断します
続きは戻り次第で……

『それは……新幹線のチケットですか?』

『うん』



照さんが考案した旅行。

話によれば、照さんの知り合いが経営している旅館は奈良にあるらしい。

であるならば、どうせだし奈良の名所を観光してから向かおう――ということになった。


照「お土産には出来ないね」

京太郎「そもそもソレ、人が食うものじゃないですからね?」


奈良と言えば修学旅行の定番だが、こうして大人になった後に来てみても中々に面白い。

あの時は座禅や寺の見学ばかりで観光よりも――って。


京太郎「あの……チョコと一緒に食べても、不味いものは不味いと思いますよ」

照「残念」


色んな意味で、あの頃とは違った視点で旅が楽しめそうだ。


……が、甘かった。色んな意味で。




一口サイズのきなこ餅……控えめな甘さで上品な味わい。中の餡子も上手い具合に調和していて飽きさせない。

よもぎ餅……爽やかな風味に加えて良い香りがお茶によく合う。

チーズケーキ……酒かすを使用したチーズケーキ。
        単なる香り付け程度のものかと思っていたが、いざ口にしてみるとしっかりした日本酒の味が口の中に広がる。
        かと言ってチーズケーキの味も上手く主張されていて、バランスの良い甘味が完成されている。

マロンケーキ……ラム酒の香りが栗の旨味を引き立て、しっとりしたタルトの生地が食感をベストのモノに仕上げている。

大仏カプチーノ……ラテ・アートで描かれたデフォルメされた大仏。可愛らしい絵柄が食事を楽しく演出する。

抹茶パフェ……言うまでもなく抹茶のパフェ。強いて言うならファミレスのものに比べて1.5倍ほどのボリュームがある。




京太郎「あの……照さん?」

照「?」

京太郎「えーっと……宿まで後どれくらいですか?」

照「到着は夕方を予定してるから……まだまだかな。それに、寄りたいところもたくさんあるから」


照さんがカバンから取り出した和菓子・スイーツを紹介している雑誌。

貼り付けられた付箋の数を見るに、まだまだこのお菓子巡りの旅は続くのだろう。


照「いくつかはお土産にも良さそうなのあったし……うん、帰る前にまた来ようか」


俺も甘い物は好きだ。対局中は脳をフル回転させるわけで、勝負に勝った後の甘味は最高だ。

先ほど食べた甘味の数々も非常に素晴らしかった……が、積み重なってくると非常に重い。砂糖とクリームの暴力である。


照「ほら、早く行こう?」


俺の手を引いて歩く照さんに、胸焼けという言葉は無縁であるらしい。

もしかして、摂取した糖分は全て麻雀の力に変換されているのだろうか――なんて、半ば現実逃避気味にそんなことを考えた。


もしかしたら旅館で出される食事もデザート祭りなのか?……甘味巡りの道中で、そんな疑惑が浮かんできたけれど。

玄関で出迎えてくれた女将さんを見た瞬間、恐れの気持ちは胸焼けと共に吹き飛んだ。


「ようこそいらっしゃいました!」


玄関で俺たちを迎えてくれた人のおもち。

すばらしい。牌のおねえさん程の大きさは無いが、形の良いおもちをお持ちだ。

それは実に、この旅行に来て良かったと思わせる――


照「……早く、部屋の案内を」


照さんが一歩前に出る。

どこか苛立ちがあるような声音に思考が中断される。


京太郎「照さん?」

照「……」


声をかけたら目を逸らされた。

よくわからないが、何かがこの人を挑発してしまったらしい。


旅館の人に先導されて廊下を歩く途中も照さんは一切返事をしてくれない。

彼女が企画してくれたからこそこの旅行があるわけで、どうにか機嫌を直して欲しいところだけど。

案内されて部屋に着いても、照さんの無表情が変わることはなかった。


京太郎「あの、照さん?」

照「……」

京太郎「……むう」


正直、お手上げである。

淡ならヘソを曲げててもわかりやすいのだが、この人の場合はどうすればいいのか今一わからない。

いつものお菓子を使う手段も、先ほどまでで散々堪能したわけだから効果はないだろう。


京太郎「……夕飯前に、風呂いってきますね」


問題の先延ばしとも言うけれど、少し考える時間が欲しい。

汗を流して気分転換すれば何か良い案が浮かぶかもしれない。

洗面用具一式と旅館の人に渡された浴衣を手にとって、露天風呂に向かうことにした。


照「……」

京太郎「ほぉ……」


戸を開けた瞬間に思わず零れる溜息。気分転換のために訪れた露天風呂は、悩む気持ちを一変させた。

湯船や床には高級な高野槇がふんだんに使われているとの説明通りで、足元からは木のぬくもりが伝わってくる。

落ち着いた雰囲気の中に優雅な雰囲気を感じさせる、この旅館ならではの趣があった。


京太郎「……くしゅっ」


感動してぼーっと突っ立っていたが、吹いてきた風に身を震わせる。

この後にすぐ他の客が入ってくるかもしれないし、旅行に来て風邪をひいたら笑えない。

早く体を洗って体の底から温まることにしよう。


京太郎「……っと、ボディーソープは」

「はい、これ」

京太郎「あ、ありがとうござ――え?」


シャンプーで頭を洗い、次は体を洗おうと思ったところで、ボディソープの容器を渡してきた白い腕。

あまりのベストタイミングに驚きつつもお礼を言って、振り向くとそこには――


照「? 体、洗わないの?」


バスタオルを体に巻きつけて、小首を傾げる照さんの姿があった。

京太郎「ど、どどど……」

照「……童貞?」

京太郎「違います! どうしてここに!?」


動転して上手く言葉が出なかったが、照さんの言葉に突っ込みを入れることで言葉を出すことが出来た。


照「ここ、貸切だから。私も入ろうと思って……あ、そうだ。背中流してあげようか?」

京太郎「いやいやいや……」


バスタオルに包まれているとはいえ、照さんがその下に何も身に付けていないことは明らかである。

なんせ、タオルが湿って均整のとれた綺麗な体のラインが浮かび上がって――じゃなくて!


京太郎「とにかく! 先、上がりますから!」


いくら何でもこれはまずい。

目線を逸らし、白い手を跳ね除けて立ち上がる。



京太郎「あっ」

照「あっ」


だが、慌てていた上に足元を確認しなかったせいで。

流しきれていなかったシャンプーに足元をとられ、バランスを崩してしまい――


……小さくても、柔らかかった。

それ以上のことは語らない方が、お互いの名誉は守られるだろう。



照「美味しいね、これ」


露天風呂でのことなんて、まるで気にしていない風に旅館の人に用意された夕食を淡々と進める照さん。

どうしてあんなことをしたのか、何でさっきは怒っていたのか。

聞きたいことはあるけれど。


京太郎「……そうですね。見た目も味も飽きさせない、まさにおもてなしって感じの」


……きっと、この人自身にもわかっていないような気がする。

赤い瞳に俺の姿はどう映っているのか。

この旅行の中で、もう少し彼女のことを理解する必要があるかもしれない。

そして、彼女に俺のことを分かってもらう必要も。


京太郎「刺身もいいですね。山葵の辛味が生臭さを上手く消して、魚の旨味を引き立てています」

照「……辛いのは苦手」

京太郎「はは、ちょっとだけですから。せっかくだしチャレンジしてみてもいいかも?」


そんなことを考えながら、少しずつ箸を進めた。

照ルート3話、旅行編その1でした
1話で終わらせる予定の旅行編が思ったより長引きそうです
照ルートに>>49のリボンの子とか出したいけどいつになることやら……

それでは、今回はここで中断します
今回もありがとうございました



【この人】



照「京ちゃん……」


するりと、肩からずり落ちる浴衣。

真っ白な肌を月明かりが照らす。


照「熱いよ……」


朱に染まった頬、潤んだ瞳。

その視線の意味することは――


京太郎「すいません、ちょっと失礼しますね」

照「……?」


照さんの髪をかき上げて額に手を当てる。

確かに、熱い。



京太郎「……旅館の人に、風邪薬貰ってきますか」


38度、完全に風邪である。


照「ごめんね……」

京太郎「いえ、ゆっくり休んでてください」



幸いにも酷い頭痛や吐き気はないようだ。

旅館の人に貰った風邪薬を飲ませて、温かい格好で横になってもらっている。


京太郎「ふぅ……」


慣れない土地を歩き回って、普段の疲れが出たのだろうか。

初めは申し訳なさそうにしていた照さんだったが、やがて薬が効いてきたのか、すうすうと寝息を立てて眠り始めた。

その様子を見届けると、俺も肩の力を抜いて胡坐をかく。


京太郎「……」




――少しだけ、長い夜になりそうだ。



『妹が、お世話になりました』



『私がまた、咲と話せてるのは……君の、お陰だから』



『だから』



『ありがとう』


この人は、俺にとっては、ちょっと天然が入った先輩で。

あのへっぽこ幼馴染の姉で。

よく一緒に食事をするご近所さんで。


照「……んっ」


……本当に、それだけなんだろうか。

こうして、強い力で手を握ってくるのは。

本当に、俺が弟分だからという、それだけの理由なんだろうか。


京太郎「……なんか、なぁ」


この人について考えれば考えるほど、分からなくなってきた気がする。


照「京ちゃん……」


ギュッと、握られた手から伝わる力が一瞬だけ強くなった。

その寝顔はさっきまでよりも楽そうなものになっている。


京太郎「……一体、どんな夢を見ていることやら」


微かに口角が上がっている。

営業スマイルとは違う、『彼女らしい』微笑み。

照さんの夢の中で、一体俺は何をしているのだろうか。


照「……えへへっ」

京太郎「っ」


――えへへっ……って。

あの照さんが、えへって。


思わず軽く噴出しそうになったが辛うじて堪える。

こんなことで彼女を起こしてしまうのはあまりにも失礼だ。


京太郎「……しかしなー」


この子どものような寝顔だけを見れば、照さんが俺よりも年上のお姉さんだとは到底思えない。

そして更に、こんなナリして実力的には麻雀の頂点に近い位置にいるのだというのだから驚きだ。

この人と健夜さんと同卓に着いた時は正直、麻雀辞めたくなった。

あの時、隣にはやりさんがいなかったら、プロとしての俺はいなかっただろう。


本当に、人は見た目に寄らない。

……いやまぁ、見た目や普段の言動と強さが結びつかない人なんて、魔物クラスの女子にはごまんといるんだけれど。


京太郎「……男はそうでもないんだけど」


――ククク……。

――御無礼。

――……打つか。


男の場合は、何だか見るからに『それらしい』オーラが出ているのだ。

……そして何故かは知らないが、そういう人たちは表舞台には上がって来ないんだけど。

トッププロ、だなんて持て囃されてても俺が調子に乗れないのはこういう人たちがいるからってのもあったりする。

宮永照。

元インハイチャンプにして、現トッププロ。

幼馴染の姉で、天然だけど頼れる先輩で、よく分からない人。


照「ん……京、ちゃん……」

京太郎「はいはい、京ちゃんはここにいますよ」


この人のこんな寝顔を見られる男は、世界広しと言えども俺だけだろう。

改めて色々と考えてみると、ちょっとした優越感に浸れるような気がした。



――数日経ち、旅行最終日。

照さんの体調もすっかり良くなって、休日明けからの仕事も問題なさそうだ。

すっかりお世話になった女将さんに照さんと二人で頭を下げて、旅館を後にする。


「旅館の人たち、良い人ばかりでしたね」

「うん」

「今度、宣伝しちゃいましょうか。ラジオとかで」

「そうだね」

「……照さん?」

「大丈夫。ちゃんと聞いてるから」


考え事をしているのか、妙に歯切れが悪い。

買ったお饅頭を食べるペースも非常にゆっくりだ。

俺と同じように、照さんも色々と考えることがあるんだろうか。


 
……そうだ。

京太郎「照さん」

照「?」

京太郎「一つ、俺にもくださいよ。お饅頭」

照「……」

京太郎「……照、さん?」




       -─===‐-ミ
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.: .:|.: .::| |.: :/  |.: .:八ノ    ハ:.:|::. :.
.: 八.: :|┬─┬}/  ┬‐┬‐ .:.:|`ヽ}

.:/⌒ヽ} | :::::: |   三 | :::::|  .'.:.::|
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人_    u              j.: .:|
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i.: .: .:i .: : _;〕ト  _/| h ≦.:.:.|: 八/
ト、.: .:|/⌒ 、_| | | | ト、`〉、|/

| \{ .,_  \|     |/ ハ
  / ヽ >   |    ノ / ∧



京太郎「……たべっちゃったんですね、全部」


……案外。

何も、考えてないのかもしれない。


そうして、新幹線に乗って、変わり行く景色を眺めながら。

思い出とお土産を抱えて、東京に戻ってきた俺が最初に見たものは――


京太郎「嘘……だろ……?」


――火事になって燃え盛る、我が家の姿だった。


というわけで照ルート4話でした

今回はここで中断します

それでは、ありがとうございました


【はっぴーばーすでー】




長い髪の先をクルクルと指で弄くりながら、我らが牌のおねえさんこと――瑞原はやりが、ぽつりと口を開いた。


はやり「不思議だなーって思うんだよね」


誕生日祝い、ということで予約して二人で訪れたレストラン。

窓ガラスに反射して映るはやりの頬は、ほんのりと赤い。

その原因はアルコールだけではないのだろう。


はやり「昔は早く大人になりたいなー、なんて思ってたのに」


駄目な大人にはなりたくないけど、立派な大人の女性になりたい。

そう思って年齢を重ねて、成長して。

ある一定の年を越えたら『我らが牌のおねえさんも御年3×歳か』だなんて言われるようになって。


はやり「誕生日が、ちょっとだけ憂鬱な日になったと思ってたら」



いっしょに手を握って、誕生日を喜んでくれる人が、来てくれた。


はやり「だからね、今年の誕生日は、きっと」


――はやりの人生の中で、一番幸せな日なんだよねっ☆


【びふぉー】


『誕生日ケーキ、買って来たぞー!』

『パパ、ありがとー!!』


テレビから聞こえてくる、幸せな家族の風景。

その画面の前の私は一人ぼっち。



『今年も7月13日がやってきました』

『牌のお姉さんも今年で御年3×歳か……』

『はやりんは今年も17歳だろ! いい加減にしろ!!』


ネットで好き勝手に盛り上がる掲示板。

その画面の前の私は一人ぼっち。



はやり「はあぁぁ……」



結婚できないということを気にしていないと言えば嘘になるが、そこまで悲観しているわけでもない。

今の仕事は楽しいし、絶対に辞めたくない。

だが、こうもネタとして扱われたり、同期の友人たちが幸せな家庭を次々と築いていく姿を見るのは――中々、心にクるものがある。



はやり「いいもん……」


はやり「はやりにだって、まだお友達はいるし……」



すこやちゃんやはるえちゃんが送ってくれた祝いの品があるし、今日のお夕飯はとても豪勢――なのだけれども。

つい奮発して買ってしまった高級ワインは、一人で飲むには、少し量が多かった。


【あふたー】


はやり「大人になると、誕生日が特別な日じゃなくなるのは、きっと」

   「隣でいっしょに祝ってくれる人がいないからなんだろうね」


はやり「はやりはもう、おばあちゃんだけど」

   「こんなに、しわくちゃな手でも」

   「キレイだねって、毎日褒めてくれる人がいるから」


はやり「子どもの頃よりも、今の方が」


はやり「ずっと、ずーっと、誕生日が待ち遠しいんだ☆」


ハッピーバースディはやりん
牌のおねえさんスレなのに牌のおねえさんの誕生日に投稿できなかったというこの体たらく

私生活の方も落ち着いてきたので照ルートも近いうちに投稿……できたらいいなぁ


【中学生未満】


家が火事になってしまい、途方に暮れていた俺に――


『なら、家に来ればいい』

『ご近所さんだし。仕事も今まで通りにできる』

『うん。それがいい』


――有難くかけられた照さんのお言葉によって、俺は照さんの家に一時的に住まわせて貰っている。



元々、照さんの家は一人で住むには少し広い家だった。
二人暮らしで増えた光熱費その他諸々についても、俺と照さんの場合は大した問題ではない。

照さんも家事は一通りできるし、俺も一人暮らしをしていた大学生時代にハギヨシさんに色々と教えてもらったので、生活面で足を引っ張りあうこともない。

お互い、付き合いも長いので信頼もある。



ただ一つ、この同棲生活に問題があるとすれば、


照「……京ちゃん? 大丈夫? 疲れてる?」

京太郎「あ、ああ、はい。大丈夫です」


つい、この人のことを、目で追ってしまうこだろう。




俺と照さんが出合ったのは高校1年生のインターハイの頃。


『……なに?』

『お願いです。あいつと、咲と会ってやってくれませんか』




咲と仲直りして、俺たちにぺこりと頭を下げる照さんの姿は、未だにハッキリと覚えている。


『妹が、お世話になりました』




その日から、今までの時間を埋めるように、咲と照さんは連絡を取り合うようになった。

休日にはわざわざ時間を作ってまで長野にまで来ることもあった。


『私がまた、咲と話せてるのは……君の、お陰だから』

『君が……咲を、麻雀部に連れてきてくれたんでしょ?』

『だから……ありがとう』




そして、俺も咲と一緒にちょくちょく面倒を見てもらった。
俺が高校3年の時にインターハイで上位の成績を取れたのは、照さんに度々指導してもらったお陰でもある。


『ここは、あえて安手でこう打った方がいい。そのほうが揺さぶりが大きいから』



親切に色々と教えてくれる先輩で、実の姉のように接してくることもあった。


『京ちゃん……うん、この呼び方はしっくり来る』




……だけど、今の俺の中での照さんは。

頼りになる先輩ともちょっと違うし、姉貴分というのもしっくりこない。

かといって友達というのもまた、違うような感じだ。


何だかんだで付き合いは長いけど――この前の旅行を通して、一緒に暮らすようになって、俺の中の照さんのイメージが、確かに変わった。


思えば、大学時代もこの人にはお世話になることが何度かあった。

そして、今。


照「……」


助手席に座って、携帯を操作している照さんの仕草の一つ一つを、つい目で追ってしまっている。

一緒に暮らすようになって、毎朝毎日、照さんと顔を合わせるようになって――正直、少しずつ、照さんに惹かれ始めている俺がいる。



照「京ちゃん? 信号、変わったよ」

京太郎「……はい。ありがとうございます」



……朝は、寝起きに不意打ちだったから驚きが勝ったけど。

今、あんな風に密着されたら――


京太郎「いやいや……」

照「?」


軽く頭を振って、照れる気持ちを誤魔化すように、アクセルを踏み込んだ。


車で訪れた先は、近所のスーパー。

切れた牛乳やら、その他諸々の生活用品やらを補充しにきたのである。
照さんとはご近所さん同士であったが、こうして二人で買い物に来るというのは、初めてかもしれない。


照「うん。前に買ったこの牛乳は美味しかったね」

京太郎「そうですね。ちょっと値はあがっちゃいますけど、こっちにしますか」


好みだったり、値段だっだりこうして二人で一緒にアレコレと買い物をするのは楽しい。

この光景は、まるで――



照「……」ヒョイヒョイ

京太郎「お菓子は没収です」

照「……!」

京太郎「そんな顔しても駄目ですよ」



――子どもと買い物に行く親だよなぁ、うん。


……いい人なんだけど、基本的に真面目な人なんだけど、少し天然さんで。
そこにお菓子が加わると、その天然っぷりは更に加速する。



京太郎「第一、家にまだまだストックあるじゃないですか。奈良で買ったのもまだ残ってるし」

照「それは別腹」

京太郎「まったくもう……」




何というか。

一瞬、変なことを妄想してしまった自分が恥ずかしい。


「あーっ!!」

京太郎「……ん?」

照「うん?」



照さんと二人で食品コーナーの棚を眺めていると、広いスーパーの中に響く大きな声。

何だ何だと振り向くと、喜色満面のオーラを全開にしてこちらへ駆け寄る一人の後輩。

この年になっても未だにリボンが似合う、度々中学生と間違われるその子は――



マホ「先輩!! お久しぶりですっ!!」



――夢乃マホ。


俺を慕ってくれている、あのアナウンサーにはリボンの子と紹介された後輩である。


最近は会っていなかったが、プロになった今でも何度か二人で遊んだことはあった。
計画して、というよりは偶然その場で出会って、というようなことばかりだったが。


京太郎「久しぶり。マホは相変わらず元気だな」

マホ「はい! マホは大丈夫です!!」


キラッキラに輝く瞳が相変わらず眩しい。
犬の尻尾があったらブンブンと振られていると思う。


照「……リボンの、子?」

京太郎「はい。こいつは俺の後輩で――」

マホ「あーっ!!」


……そして、忙しいのも相変わらずだ。
照さんに紹介しようとした俺の言葉を遮るように、マホが大きな口を開けて叫ぶ。

そろそろ、周りの目線が痛くなってきた。


マホ「宮永プロ!」

照「あ、はい」

マホ「先輩! 宮永プロとお知り合いなんですか!?」

京太郎「……ん、ん。まぁ、そうだけど」

照「……」


そういえば、マホと照さんが直接顔を合わせるのは、コレが始めてだった。
マホが清澄に入学してきた頃は、照さんはトッププロとして忙しかったので、二人が出会う機会はなかったのだ。


マホ「んー? ふん……ふんふん、なるほど!」


何やら腕を組んで考え込むマホ。

やがて納得のいく答えが見付かったのか、ポンと手を叩くと、


マホ「流石です先輩!!」

京太郎「ん、んん?……まぁ、ありがとう」

マホ「宮永プロとお付き合いしているなんて!」

京太郎「……え゛?」



ちょっとした、爆弾発言。



マホ「とっても仲良しさんなんですね! 羨ましいです!」

京太郎「あー、えっと……」

照「……」



どう説明するか、と迷っている俺の隣から、すっと照さんが一歩前に出て。



照「……」ポンポン

マホ「はい?」

照「……」ナデリナデリ

マホ「わぁー……!!」



照さんが、マホの頭を撫で始めた。


照「それ。買ってあげる」

マホ「え? でも……」


マホの買い物籠を指差す照さん。
恐らくはサークルの買出し辺りだろう、籠の中には一人では食べるにしては少し多い量のお菓子やらジュースやらが入っている。


照「いいから」

マホ「あっ……すみません、ありがとうございます!!」


照さんにしては少し強引に、マホから買い物籠を受け取って、レジカウンターへと持っていく。

……表情からは分かりにくいが、ここ最近をずっと彼女と一緒に過ごしていた俺から見れば、アレはとても上機嫌なのだと分かる。


マホ「宮永プロって……ファンサービス精神もスゴイんですね!」

京太郎「そうだなぁ……」



……多分、というか確実に、それは違うだろうけど。


周りの目線やらヒソヒソ話やらそろそろ辛いレベルになってきたので、急いで買い物を済ませ。



照「今度、家に来て。夕飯をご馳走するから」

マホ「いいんですか!?」

照「勿論。腕によりをかける」

マホ「ありがとうございます! 楽しみです!」



そんな会話をスーパーの前で繰り広げる照さんとマホ。

その腕によりをかけた料理を振舞うのは俺なのだろうが――まぁ、悪い気はしない。



京太郎「それじゃ、な。精進しろよ」

照「頑張って」

マホ「はい! お二方のオーラで頑張っていきます! 先輩もタイトル戦頑張ってください!!」


マホの瞳がメラメラと燃えている。
そのやる気が空回りしなければ良いが、無理だろうと思う。


京太郎「ん。ありがとな」


そんな風に苦笑を浮かべて、マホと別れた。



……その日の夜、日付も変わり。

上機嫌な照さんと夕食を食べて、風呂も済ませて。

さて、明日に備えて床に就くか――という、タイミングで。


――ピンポーン。


唐突な来客を告げる、インターホンが鳴り響いた。



京太郎「こんな時間に……?」

照「……なんだろう」



少し警戒して、インターホンを覗く。


すると、画面の向こう側には、



照「……咲?」

咲『こんな時間にごめんなさい。ちょっと、終電逃しちゃって――』

京太郎「なんだ、咲か……驚いたぜ」

咲『京ちゃん? なんだ、京ちゃんもいるんだ――って』



照「……あ」

京太郎「……あ」



咲『……ふーん?』

咲『どうして、京ちゃんが』



咲『こんな時間に、お姉ちゃんの家にいるの?』




花開いたような笑顔が、咲き誇っていた。

照ルート6話目、終わりです
ダラダラと長い間、友達以上恋人未満お仕事相手みたいな関係を続けてきたけど――みたいな二人
でも京ちゃんはこのスレ一番のチョロインなので、きっかけさえあれば割とあっさり落ちるのです


本当にお待たせしてしまって申し訳ない
次もなるべく早く投下できるように頑張ります


今回はここで中断します

それでは、ありがとうございました


【子どものようなコトをしよう】



咲「えっ!? それじゃ京ちゃんのお家、燃えちゃったの!?」

京太郎「あぁ……今は照さんの好意で、ここに住ませて貰ってる。色々と忙しくなってくる時期でな」


旅行から戻ってきたタイミングで色々なことが重なったため、咲への連絡をすっかり忘れていた。

俺の分の生活必需品やら着替えやらを買わなければならなかったし、仕事先への連絡も済ませなければならなかった。

そしてタイトル戦も近くに迫っていたため、中々時間がとれなかったのだ。


咲「もう……それなら、そう言ってくれれば良かったのに」

京太郎「悪い」


ほっと、胸を撫で下ろして安心する咲。

咲を家にあげた直後は一触即発のような雰囲気が漂っていたが、事情を説明するとすぐにその空気は四散した。

事情が事情なだけに、咲もすぐにわかってくれたようである。


咲「あれ……でもそれなら、お姉ちゃんはなんで……あ、そっか。ご近所さんだもんね」

照「それに、火事の現場を直接見たから」

咲「そうだったんだ……」

照「大変だった。京ちゃんとの、旅行との帰りに――」



咲「……旅行?」


……あ。


咲「……京ちゃんと、旅行?」

照「うん。二人で、奈良まで」

咲「二人っきり?」

照「うん。このコースで申し込むと、安かったから」


照さんが、本棚から旅行雑誌を引っ張り出して、付箋の貼ってあるページを開く。
そのページに記されている内容は、


咲「……男女カップル、割引プラン?」

京太郎「……え゛?」


なにそれ初耳。


照「安かった、から」


むふー、と何故か得意げな照さん。

初めて知る情報に固まる俺。

そして、プルプル震えて俯く咲は――


咲「……京ちゃん?」

京太郎「はい」


思わず背筋をピンと伸ばしてしまう。
別にやましいことはこれっぽっちもしてないし、咲への負い目といえば連絡をすっかり忘れていたぐらいなのだが。


咲「……これ、本当?」


咲が指差すページの特集。
露天風呂貸切、混浴も可。
安らぎの空間で愛を深めて、とのキャッチコピー。


京太郎「いやいや、流石にそんなこと――あ」

咲「……あ゛?」



『背中、流してあげようか?』


……思いっきり、してた。

いや、湯船にまでは浸からなかったけど。
ある意味で……というか普通に考えて、それ以上のことはしてた。


照「大きかった」

咲「……へえ?」


――背中が、と。

何故、その先に続く言葉を省いたのですか照さん。


咲から感じるプレッシャーがどんどん高まっていく。
いつぞやのインターハイを思い出させるくらいに。


咲「珍しく、仕事好きの二人がお休み貰ってると思ったら……」

照「あ、私が調整した。頑張った」

咲「……なるほど」


意識しているのかしていないのか、照さんが口を開くたびに咲をグサグサと刺激している。
咲の口角が吊り上り過ぎて怖い。端っこが凄まじくピクピクしている。


咲「……そっか、お姉ちゃんは、そういうつもりなんだね?」

照「……?」


小首を傾げる照さんは、未だに状況がよく分かっていないらしい。


咲「だって。二人っきりで、こんな旅行なんて、もう目的は――」

照「友達と二人で一緒に旅行にいくのが、そんなにおかしいこと?」

咲「――え?」


そして、今度は咲が小首を傾げる。
姉妹揃っての同じ仕草は、二人が姉妹であることが、よくわかった。


咲「でも、一緒の部屋に泊まったんでしょ?」

照「うん。でも、私が風邪ひいちゃって……旅館の人にお薬を貰って、京ちゃんに看病してもらったんだ」

咲「……その、アレは? してないの?」

照「……アレって? まぁ、初日に色々と甘味処を巡って、最終日にまた色んなお店巡ったけど。それだけかな」

咲「……京ちゃん?」


本当、なの?

グルリと首がこちらを向いて、言葉はなくとも厳しく問いかけてくる視線。
俺に、コクコクと頷く以外の選択肢はなかった。


咲「じゃあ、この男女カップル割引っていうのは……」

照「安かったから。サービスもいいし」

咲「……どうして、他のみんなを誘ってくれなかったの?」

照「みんな、忙しかったから。咲も遠出してたし」

咲「……」


顎に手を当てて考え込む咲。
暖簾に腕押しというか、照さんを問い詰めても空振りだったので、咲も少し冷静になったようだ。


照「……咲?」

咲「……ううん。ごめんね、お姉ちゃん。京ちゃんも。私の、勘違いだったみたい」


フ、と部屋を包み込んでいた重っ苦しい空気が消える。
このまま照さんに迫っても意味はないと悟ったのだろう。


照「そっか。なら、いいけど……」


咲の態度に照さんも釈然としないようだが、何か追求するようなことはしなかった。


その後は、特に空気が荒れるようなこともなく。


咲「おやすみなさい」

照「ん、おやすみ」


3人で、川の字になって、寝た。


――翌朝。



咲「……お姉ちゃん?」

照「なに?」

咲「なにって……なに、してるの?」

照「充電」


スンスンと、髪の匂いを嗅がれて目覚める朝。
当然ながら、咲がコレを見るのは初めての事で。


すぐ目の前にある、照さんの顔にドキリとする余裕すらなく――


咲「京ちゃん?」


――満開の花を、幻視した。



――大変なことになったと、この時は思ったが。


これがまだ序の口に過ぎないことを知るのは、まだまだこれからである――


それは、とある仕事の合間の休憩時間。


淡「ねーねー、きょーたろー」

京太郎「ん?」

淡「どうだった?」

京太郎「なにが?」


主語がない質問に首を傾げる。
すると淡は「なにがって」と読んでいた雑誌をパタンと閉じて、間をおいてから


淡「――ヤッちゃったんでしょ? テルーと」

京太郎「ぶっ!?」


そんな、爆弾発言をかましてくれた。


京太郎「……ん、ん。ゴホン。どこから聞いたのかは知らんが、それデマだからな」

淡「えー? だって、サキが」

京太郎「あいつか……」


あいつのことだから、色々と捻じ曲がって伝わっているに違いない。
確かに俺も咲の立場だったら絶対に勘違いしてしまうだろうから、無理はないが。


淡「ふーん……でも、一緒に暮らしてるんでしょ?」

京太郎「ああ、まぁ……」


淡が、目を細めて睨め付ける。
居心地が悪い。対局中でも無いのに見透かされている気分だ。


淡「じー……」


声に出して、穴の開くほど見詰められる。
コイツももう二十歳を越えてるんだが、未だにこういった仕草が似合うのだから不思議だ、と全く以ってどうでもいい感想を抱いた。


淡「ま、いいや」


飽きた。
そう言わんばかりに、どさっとソファに座り込む淡。


京太郎「お、おい」

淡「だって、よく考えてみれば。私があーだこーだ言うことじゃないし?」


そう言われればそうであるが。


淡「んー……でも、そうだ」

京太郎「んん?」

淡「次の私たちの試合。京太郎が解説やるヤツ、あったじゃん」

京太郎「あ、ああ」

淡「楽しみにしててよ。ギャフンって、言わせてあげるから」


イイコト思いついた!とキラキラ輝く瞳。
絶対にロクなことじゃねえと、大学時代の思い出が、警鐘を鳴らした。


そして、我らが牌のおねえさんは。


はやり「……」


にっこにっこな笑顔で、次の仕事の打ち合わせをしている。
その態度は流石プロでありベテラン、と思わせたが、


京太郎「あの、はやりさん?」

はやり「なに? 『須賀くん』?」

京太郎「……すみませんでした」


怒っている。
確実に、笑顔の裏では怒っている。


これは非常に、まずいような――


はやり「なんて、ね☆」

京太郎「……へ?」


――ぴしっ。


軽い、ほんのちょっぴりだけ力の込められたデコピン。
突然のことで少しよろめいたが、痛みは全く無い。

目をパチクリさせてはやりさんを見ると、そこにはいつも通りの笑顔があった。


はやり「火事で、大変だったんでしょ?」

京太郎「え、ええ。まぁ」

はやり「それでバタバタしてたら、しょうがないよね。もっと早く教えてほしかったけど」

京太郎「すいません……」



そうだ。

プロになるまで――いや、プロになってからも、一番お世話になったのはこの人なんだから。

心配をかけさせて、真っ先に連絡するべき相手は、この人だったのに。

所属チームへの連絡はしていても、この人個人に対しては、まだ何も伝えていなかった。


京太郎「すいません」


再度、深く頭を下げる。


はやり「いや、いいよ。さきちゃんも大変だったみたいって言ってたし」

京太郎「あぁ……」


……アイツの伝え方だと、淡のようにロクなことにならない気がしたが。
そこは流石はやりさん、誤解はないようだった。


はやり「何か困ることがあったら言ってね。いつでも力になるから」

京太郎「はい。ありがとうございます」

はやり「それと……うん。もし、京太郎くんさえよかったら」

京太郎「?」


はやり「はやりのお家に、きてもいいよ? 京太郎くんなら、いつでも大歓迎だから☆」


はやりさんは、とってもイイ笑顔で、そう告げた。


咲については、大体この前と同じような感じだったので省略する。

とにかくアレから、健夜さんや咏さんにも、このような形で照さんとの同棲生活について突っ込まれることばかりで。

みんな、火事で色々と失ってしまった俺に対して力になってくれるとのことで、そこは大変ありがたくて、頭が上がらない思いではあるのだが。


照「……」ポリポリ


どんな時でもマイペースにお菓子を齧るこの人は、何を思っているのだろうか。


そんなこんなで日々は過ぎて、淡の言っていた、俺が解説を務める試合の日。

対戦カードは照さん・はやりさん・淡・咲の4人。

何の因果か、俺と特に関係が深い4人の対局が行われることになった。


照「行ってくる」

京太郎「はい。頑張ってくださいね」


照さんと別れて、俺の仕事をこなすべく、控え室へと向かう。


京太郎「うーん……」


先日の淡の発言が、どうにも胸に引っ掛かる。

何事もなければ良いのだが。


京太郎「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


アナウンサーと挨拶を済ませ、最後に軽い打ち合わせをして、解説席へ。

今回の試合は紛れもないトッププロ4人の対局。

スタッフからも、大きく盛り上がっている空気が伝わってくる。


咲「よろしくお願いします」

照「よろしく、お願いします」

はやり「よろしくお願いしますねっ」

淡「よろしくっ!!」


そして、4人の雀士が囲む卓からも。

大分距離が離れているにも関わらず、ピリピリした空気を痛いくらいに肌に感じた。


淡「……よしっ!!」



「……おや? 大星選手が立ち上がってカメラに向かって勢いよく指を突きつけていますね」

京太郎「トラッシュ・トークというわけではないでしょうが……何でしょうか」


勢いよく立ち上がって、カメラにビシ!っと指を突きつける淡。
らんらんと光を灯す、その瞳が映すものは――



淡「きょーたろー! 聞いてるー!?」


咲「あ、淡ちゃん?」

はやり「な、なにを……!?」

照「……」




ドキリと、心臓が跳ねる。



「須賀プロ……?」

京太郎「……」



アナウンサーが疑問の視線を俺に向けてくるが、答えられない。



淡「この対局で! 私が勝ったら!!」




この場で、淡が俺に伝えたいこととは――



淡「私と! 結婚してくださいっ!!!」


「……え、ええっと……須賀プロ?」

京太郎「……は?」


困惑した空気に包まれる実況・解説席。
俺もアナウンサーも、言葉を失う。


淡「……ふふん!」


対して淡は、してやったりと言わんばかりの表情で。


淡「サキ、はやりん、テルー」


対局者たちを、順番に見渡す。


淡「負けないから。絶対」


強い意思が、瞳に灯っていた。


はやり「……」


その言葉を受けて今度は、はやりさんが無言で立ち上がる。


はやり「……京太郎くん」


一切の揺れがない、その瞳は。


はやり「あわいちゃんに続いて、こんなこと言われても……困ると、思うけど」


カメラを通して。


はやり「……大好き、です。出会った時からずっと、あなたのことを、考えています」


真っ直ぐに、俺に向けられていた。


咲「ま、待って!!」

京太郎「咲!?」


今度は、咲が椅子を蹴飛ばして立ち上がる。


咲「私だって! 」


咲「私だって、ずっと! 昔から!!」


咲「京ちゃんのことが好きで! 結婚したいって、思ってた!!」


3人の立て続けの告白。

実況・解説席も、カメラを回すスタッフも、そして恐らくテレビの前のお茶の間も。

呆気に取られて、言葉が出なくなっている。

そして、あの4人の中で、照さんは――


照「……」


目を閉じて、じっと、座り込んでいた。

その様子に、3人とも、何か言いたげであったが。

やがてゆっくり席に座ると、対局が、始まった。


はやり「――ロン。12000ですっ」


はやりさんの、素早くキレイな手が決まる。

これで、はやりさんが一歩リードした形になるが、試合全体としては各選手とも一進一退の攻防を見せている。

淡も咲も負けていない。

お互いの想いをぶつけ合うように、激しく点数が動いている。


……ただ。


照「……」


照さんだけは、いつもの調子も見られずに。

一歩、遅れていた。


淡「テルー、いいの?」

照「……」


淡「そんなんじゃ、ホントにとっちゃうよ? きょーたろーのこと」

照「私は……」


咲「……」

はやり「……」


照「……友達、だから」

淡「ふうん。まぁ、いいけどさ」


淡「……テルーって、恋愛は小学生以上中学生未満って感じだよね」

照「……え?」



淡「ロン。8000オール!!」


……気圧されている。

この3人に、気持ちで風下に立たされている。


照「……京、ちゃん」


強い想いで、負けている。

いつものように、手が伸びない。



……私の。

私にとっての、京ちゃんは――


弟分で。

『京ちゃん……うん、この呼び方はしっくり来る』

『は、はぁ……』


後輩で。

『ここは、こう打った方がいい。そのほうが揺さぶりが大きい』

『おお、なるほど!』



恩人で。

『……なに?』

『お願いです。あいつと、咲と会ってやってくれませんか』


友達で。

『……京ちゃんの匂いがする』

『コート貸したくらいで変なこと言わないでくださいよ。臭いみたいじゃないですか』


友達で。

『京ちゃん、年上が好きなの?』

『……どこで、その話を』


友達で。

『京ちゃん。お腹すいた』


友達で。

『京ちゃん。このお菓子食べる?』


友達で。

『京ちゃん。今度いっしょに旅行に行こう』




『はいはい、京ちゃんはここにいますよ』


――握ってくれた手が、あたたかくて。

――ずっと、繋がっていたいって、感じた。


『宮永プロとお付き合いしているなんて!』


嬉しかった。



『早く、部屋の案内を』


ムっとした。



『充電』


本当に、体の中が満たされた。



照「……」



もし、同じことを、咲や淡や、瑞原プロが京ちゃんにしたら。



『私と! 結婚してくださいっ!!!』

『……大好き、です。出会った時からずっと、あなたのことを、考えています』

『京ちゃんのことが好きで! 結婚したいって、思ってた!!』



もし、京ちゃんが、私から離れていっちゃったら。



照「京ちゃん」


……声で呼んでみて。やっと、わかった。

ずっと、正体がわからなかった、この気持ち。

中学生でも知っている、この気持ち。



照「……そっか」



私は。

私にとっての京ちゃんは、友達じゃない。

それよりも、ずっと、ずっと大事な人。



私は、京ちゃんと――



照「――ロン」


――結論から言えば、試合は、照さんが制した。

最初は圧倒されていた照さんだが、徐々に点数を伸ばし、終盤にトップに役満を直撃させて、見事に逆転劇を決めた。



照「……この場をお借りして、言いたいことがあります」


そして、試合後の会見。

いつものような営業スマイルではなく、素の雰囲気のまま、マイクを握って。


照「須賀プロ……いえ、京ちゃん」


息を呑む音が、聞こえた。


迷いのない、真っ直ぐな瞳で、


照「……私に」


照「私のために、一生お菓子を作ってください」


そう、告白を、した。

照ルート7話、終わりです
はやりんルートでは京太郎への感情がわからないままに終わった照でしたが、こっちでは頑張りました


あと>>748のはやりんVS照の京太郎争奪麻雀、の筈が淡が完全に食っちゃいました。申し訳ない
というか、下手すると淡がヒロイン乗っ取ろうとするから困る
京淡単独スレでも立てるべきなのかしら


今回はここで中断します
照ルートも次回で完結予定です

それでは、ありがとうございました

乙です
細かいことですけど、>>915は好意でなく厚意の方が京太郎がナルシストに見えなくて無難かと思います

>>956
あ、そこは誤字です。おっしゃる通り厚意のつもりだったんですが間違えました
ご指摘ありがとうございます

ああああああ……すいません、ロンとツモ書き間違えました


>>946

淡「ツモ! 8000オール!!」

に修正お願いします……


あと、>>749でリク貰っているんですけれど、このスレで消化できるか微妙なので
このスレが終わったら
京太郎「マイ・フェア・アラウンドフォーティ」ってスレタイの小ネタスレみたいなの立てる予定なので、そっちの方で消化しようかと思います

それでは、こんどこそ今夜はここで中断します


【手を繋いで、歩いていこう】



京太郎「……すいません。ちょっと、通してください」


報道スタッフや警備の人たちを掻き分けて、照さんの前へと向かう。

カメラのフラッシュやら空気を読まない質問やらが少し鬱陶しいが、どうでもいい。

今、何よりも大事なのは――


京太郎「……照さん」

照「……」


ほのかに赤く染まった照さんの頬。

それが意味するところは、風邪などではないのだろう。


京太郎「……聞いてください、俺の話を」



コクリと、照さんが頷く。


伝えよう。俺の、思っていることを。


京太郎「……正直、言うと。俺、照さんのことがよくわからなかったんです」

照「……」


お姉さんぶる先輩で、お菓子が好きな天然さん。

お酒に弱くて、変なところで頑固になるところがある人。

色々と面倒を見てくれた人だけど、逆にこっちが照さんの世話をすることも何度かあった。

咲という幼馴染の姉。


俺にとって宮永照という人は、その程度の認識だった。

一緒に旅行に行って、同棲するようになるまでは。


京太郎「……照さんって。本当に、美味しそうに俺の作ったお菓子とか、食べてくれるんですよね」

照「……うん」


照さんが何を考えているのかわからなかった。

けれどそれは、照さん自身が、俺のことをどう思っているかを、分かっていなかったんだと思う。


京太郎「照さん」

照「……うん」


照さんの手をとって、ぎゅっと握る。



京太郎「……一緒に暮らして、ご飯を食べたり、買い物に行ったりして、思ったんです」

照「……うん」




京太郎「照さんが、俺の中で――本当に一番、幸せにしたい女性なんだって」


照「!」



彼女の体が、小さく震えた。



京太郎「だから、照さん」


京太郎「俺に毎日、あなたのために、お菓子を作らせてください!」




照「……はい!」


手を取り合って、抱き合って、キスをして。

空気を読めない報道スタッフたちにパシャパシャと写真を撮られるが、気にしない。


京太郎「大好きです、照さん」

照「私も……大好き。京ちゃんのこと、愛してる」


とても大人の恋愛とは言いがたい、子どもみたいなやり取りだけど、それでいいんだと思う。

俺がいて、照さんがいて――それで、幸せなんだから。


――そして。


咲「……京ちゃん、お姉ちゃん……」

はやり「おめでとう……だね」

淡「あーあー……負けちゃった、か」


正々堂々と戦って、負けた。

もし、たった一つ何かが変わっていれば、結果は変わったかもしれないけれど。


淡「ふー……今日はヤケ酒だー!!!」

はやり「……そうだね。はやりも付き合うよ☆」

咲「お姉ちゃん……京ちゃん……幸せに、ね……」





淡「お酒飲んで、忘れて! きょーたろがフったこと後悔するくらい、イイオンナになってやるんだからー!!!!」


――だなんて、いっても。


淡「……ううう……きょーたろぉ……」

咲「やっぱり、忘れるなんて無理だよぉ……」


お酒を飲めば飲むほど、忘れようとすればするほど、彼への想いは強くなる。

結婚まで考えた相手をすぐに忘れるというのが、無理な話なのである。


はやり「……じゃあさ、こういうのは、どうかな」

淡「う?」

はやりが、アルコールで火照った頬をパタパタと仰ぎながら、指を立てる。


はやり「いっそのこと、ホントに京くんをこっちに乗り換えさせちゃうとか☆」


咲「……え!? ええっ!?」


爆弾発言。
所謂寝取りというもので、牌のおねえさんの口から出る言葉とはとても思えなかった。


淡「……それ! いいかも!!」

咲「えぇっ!!? ちょっと、二人とも!?」


そして、それに乗っかる賛同者が一人。

最初は、咲がストッパーのような役目となっていたが、次第に熱狂していく二人に乗せられていき――



咲「それじゃあ!」

淡「きょーたろー寝取り同盟!!」

はやり「ここに成立、だね!」



――ここに、不穏な響きを持つ同盟が成立した。


……彼女たちが前を向いて歩いていけるのなら、それもまた、いいのかもしれない。

少なくとも、京太郎と照の幸せな新婚生活までには、まだまだ困難が待ち構えているようだった。


――後日。

あの日の告白は、非常に大きく報道された。


逆転を決めた照さんの試合の内容はそっちのけで、こっちの方をメインに取り上げられることばかりである。


……いや、あの試合の後に、あの告白だったからこそメディアもここまで食い付くのかもしれないが。






照「京ちゃん、何か考え事?」

京太郎「あ、いえ。何でもないです」


そう答えると、照さんが少し不満そうな表情を浮かべた。


照「……むぅ」

京太郎「照さん?」

照「他人行儀だなって」


照さんが、人差し指を俺の唇へ。


照「結婚するのに。これだと、今までと変わらない」


……確かに、そうだけど。

しかし、そうは言っても、中々難しいもので。


京太郎「そ、それじゃあ……」

照「……」


ゴクリ、と喉を鳴らす。

何だか変に緊張する。


京太郎「――照、これからも、よろしくな!」

照「……うん、よくできました」


不機嫌そうな顔から一点して、笑顔でお姉さんぶる照さん。

相変わらず、現金なところがある人だ。


本当に、まるで子どものようなやり取り。

いい年した大人のする恋愛ではない。

初々しいを通り越して、痛々しいと思われるかもしれない。


でも。



照「これからも、ずっと――大好きだよ、京ちゃん」



それで、いいんだと思う。

これからずっと、照さんと歩んでいければ。

一緒に、大人になっていけば。


それでいいんだって思える俺も――結構、現金なんだろうなぁと、今更ながらに思った。








照「カン」






【フォーエバー】



はやり「最近ね、思うんだ」

京太郎「んー?」


小鍛治プロ、三尋木プロ、野依プロとの対局を終えた次の日。

はやりと二人でのんびりと居間でテレビを見ていると、はやりが唐突に。



はやり「みーんな牌のおねえさんで、牌のおにいさんなんじゃないかって」

京太郎「はは、なんだそれ」


テレビには、新しい牌のおねえさんが映っている。

子どもたちの笑顔に囲まれて、本当に楽しそうに仕事をしていた。



はやり「ホラ、はやりはもう、番組自体は降板しちゃったけど――それでもまだ、『牌のおねえさん』って呼んでくれる人がいるでしょ?」

京太郎「ああ……」



番組の役割で言えば、牌のおねえさんはもう引退しているが。

それでもまだ、『牌のおねえさんと言えば瑞原はやり』と言われることも多い。


はやり「おばあちゃんになっても、応援してくれてる人たちがいて」


はやり「はやりに憧れて、プロを目指すって子たちもいる」


はやり「そんなはやりを――みんな、牌のおねえさんって、呼んでくれてる」



はやり「だから、牌のおねえさんってさ」


はやり「番組内での役目とかじゃなくって」


はやり「みんなに夢とか、憧れとか、そういうのを分けてあげるお仕事なんじゃないかって」



はやり「そしたら、はやりたちはみんな、そういうお仕事をしてるんじゃないかって」




はやり「改めて――そんな風に、思ったんだ」


京太郎「そっか……確かに、そうかもしれないな」

はやり「でしょー?」


はやり「だから、京くんも!」

はやり「まだまだ若い子たちには、負けてられないね☆」


京太郎「……そうだな!」


テレビで活躍をしている雀士たちを見て、憧れる人たちがいる。

俺がプロになってもう何十年も経ち、未だに例のジンクスは強く根付いているが――それでも、プロ雀士を目指す女子たちは多い。


そうしてプロになり、今度は夢を与える側になって。

また、その活躍を見た子どもが、プロ雀士を目指し――という風に。



京太郎「きっと、ずっと続いていくんだろうなぁ」

はやり「うん!」



だから、牌のおねえさんは、きっといつまでも。

みんなの前で活躍し続けている。


きっと、それこそ――永遠に。



京太郎「……よし! まだまだ、頑張るぞ!」

はやり「一緒に、ね☆」



これからも。

しわしわになって、足腰が立たなくなっても、最愛の人と一緒に。

手を取り合って頑張っていきたいと、そう思った。








「カンッ」






というわけで、牌のおねえさんフォーエバーはこれで完結です
ほぼ出オチのようなスレでしたが、おかげさまで完結までもっていくことができました

他のプロ勢やアナウンサー勢もまだいくらか話を書いていきたいと思っているので、また別スレを立てようかと思います
いただいたリクもまだ残っていますし


それでは、このスレはここで終わります

今まで、ありがとうざいました!!

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