千早「はぁ……頭痛い」 (108)

貴音「どうされたのですか?」

千早「四条さん……ちょっと、頭が痛くて」

貴音「そちらの棚に頭痛薬が入っています」

千早「飲もうかしら……ありがとうございます」

貴音「いえ」

カタン

千早「四条さんは何をしてるんですか?」

貴音「読書を。ここは事務所の隅ですから、人通りが少なく落ち着くことができます」

千早「そうですか……」

小鳥「律子さんもコーヒー飲みますか?」

律子「ああっと、結構です。この仕事を片付けないと……一服はその後ですね」

小鳥「忙しいですねぇ」

律子「うちとしては、もっと忙しくなったほうが嬉しいんですけどね」

小鳥「ですね! 私も頑張らないと」

やよい「小鳥さーん。そのカップ、空になったなら洗いますよー?」

小鳥「え、でも……」

やよい「任せてください!」

小鳥「じゃあ、お願いしちゃおうかな」

やよい「うっうー!」

やよい「ふんふふ~ん♪」ゴシゴシ

真「あ、やよい。おはよう」

雪歩「やよいちゃん、おはよー」

やよい「おはようございますぅー」

真「朝から元気だね」

やよい「早起きには慣れてますから」

雪歩「偉いねー」

伊織「おはよう。ふふっ」

やよい「あ、伊織ちゃん! おはよー!」

真「? なんか機嫌いいね」

伊織「別にそんなことないわよ。それよりも、全員集まりなさい」

伊織「高級チョコレートよ!」バーン

やよい「わー! 可愛いー!」

春香「へぇー。貰っちゃっていいの?」

伊織「当然じゃない。皆と食べるために持ってきたんだから。ほら、全部種類が違うのよ」

あずさ「あら~、おいしそう」

美希「もーらい」パクッ

伊織「ちょ、ちょっと!」

美希「おいしいのー」

伊織「感謝して食べなさい!」

真「ありがとう。伊織」

伊織「ふんっ」

春香「小鳥さんも食べませんか?」

小鳥「あら、じゃあー……9、9……これ、もらおうかな」

亜美「いおりんありがとー!」

真美「あまーい!」

響「ハム蔵~。ハム蔵~」

貴音「どうしました?」

響「ハム蔵を探してるんさー。こっちの棚に紛れこんでないかと思って」

貴音「そうですか」

響「……貴音は何してるんだ?」

貴音「読書です」

響「ふーん。あっちで伊織がチョコ配ってるぞ」

貴音「それは聞き捨てなりません」スクッ

響「急がないと無くなっちゃうかも」

貴音「……!」ビュン

~数分後~

小鳥「あれー? うーん」

P「……? どうしたんですか音無さん。探し物ですか?」

小鳥「ええ、ちょっと……」

P「要り様なら買ってきましょうか?」

小鳥「大丈夫です」

P「そうですか?」


春香「あれ? 響ちゃん、ハム蔵は?」

響「見当たらないんだー。探してるんだけど」

春香「へ~トイレとかは?」

響「さっき覗いたけど、いなかったぞ」

千早「ハムスターが人間のトイレを使うとは思えないけど……」

春香「アハハ、そりゃそうだよね」

千早「どこかを歩いてるのかもしれない……。春香、踏みつぶさないように気を付けて」

春香「え~! いくらおっちょこちょいな私でも、踏んだりしないよ!」

雪歩「……」

貴音「どうされました?」

雪歩「あ、えっと。頭痛薬がこっちにあったような気が」

貴音「そちらの棚の中に入っています」

雪歩「あ、やっぱり。ありがとうございます」

貴音「貴方も頭が痛いのですか?」

雪歩「いえ、そういうわけではないんですけど。四条さんはここで……読書ですか?」

貴音「ええ。ここは人通りが少なく、落ち着くことができますから」

雪歩「へぇ……」

ハム蔵「ジュー!」

響「お! ハム蔵! 帰ってきたかー!」

春香「よかったね」

千早「どこへいってたのかしら」

響「ハム蔵、よくやったぞー」

ハム蔵「ジュー!」

春香「あれ、でもなんか汚れてるね」

千早「ほんと。ホコリまみれだわ」

響「汚いなー。自分が後で洗ってあげるぞ」

ハム蔵「チュ!」

~さらに数分後~

春香「小鳥さん! どうしたんですか!?」

P「? なんだ?」

小鳥「うっぐ……! ぁぁぁぁぁぁあ!!!」

ドサッ ガクガク

雪歩「ひ、ひぃぃ!」

律子「えっ、ちょ、ちょっと!」

真「ど、どうしたんですか!?」

春香「小鳥さんが……!」

P「しっかりしてください! 救急車! 救急車呼んでくれ!」

千早「は、はい!」

貴音「すでに手遅れの様です……」

小鳥「」

伊織「う、うそ……」

P「お、音無さん……?」

―――

刑事「つまり……突然、音無さんが倒れたと」

P「は、はい。首に両手を当てるように、く、苦しんでるみたいで……」

やよい「うぇぇぇぇん……小鳥さんがぁ……」

伊織「こんなことになるなんて……」

あずさ「どうして……こんな……」

響「わかるわけないさー……」

雪歩「ど、どどど、どうしようぅ……」

真「落ち着いて雪歩。とにかく、今は冷静にならなきゃ」

春香「そう……だね」

美希「ミキたち、いつまでこうしてるの?」

亜美「亜美たちは容疑者だから帰れないよー」

真美「刑事ドラマとかだとそうだもん」

雪歩「わ、私が……」

真「そ、そんな……! ボクたちの中の誰かが小鳥さんを……? そんなわけない!」

P「みんな。突然のことで、冷静じゃいられないのはわかっているが……ひとまず、落ち着いてくれ」

P「刑事さんが今日の……音無さんが倒れるまでの状況を知りたいらしい。だから、みんな話してくれるか?」

美希「なにを?」

P「その……アリバイ、とか」

亜美「やっぱり疑われてるんだー!」

やよい「ひぇぇ!」

伊織「ちょっと! 私たちの中の誰かが、小鳥を殺したって言うの!?」

P「そうじゃない、そうじゃないけど、状況が状況だけにな……」

春香「皆、頑張って思い出そう? 誰も悪くないって証明するために、ね?」

千早「そうね。私たちの中の誰も小鳥さんを殺していないと証明するために、必要なことよ」

律子「で、でも! 無理はしないで! 気分が悪いなら、警察の人に頼んで後日改めて……」

伊織「大丈夫よ。疑いをかけられてるほうが気分悪いし」

やより「わ、私も、頑張りますぅ」

P「そうか……じゃあ」

刑事「ええっ、結論から言うと……音無さんは毒物死です」

春香「ど、毒物死……」

雪歩「……」ビクッ

刑事「つまり、なにかしらの毒を飲んで、それが原因で亡くなったというわけで」

貴音「『飲んで』ということは、ご自身の意志で飲まれた可能性もあるということですね」

真「じ、自殺!? そんな、まさか!」

律子「小鳥さんはそんなことする人じゃありません!」

刑事「あくまで可能性ですね。そうと決まったわけではありません」

美希「でもー。自殺じゃないとしたら、この中の誰かが飲ませたってことになるの」

律子「そ、それは……!」

伊織「外部犯よ! それ以外考えられないわ!」

雪歩「だけど……今日は事務所に誰も訪ねてきてないような……」

伊織「ここへ来る前に毒を飲まされちゃったかもしれないじゃない!」

刑事「その可能性も、なくは無いです」

刑事「あらゆる可能性を排するために、これからこちらで毒物の特定を行うわけですが」

刑事「その前に、ある程度知っておきたいので。今日、音無さんが口に含んだものを把握してませんか?」

P「今日、音無さんが……うーん」

あずさ「どうだったかしら……」

律子「あっ、今朝コーヒー飲んでましたよ」

P「ああっ、たしかに。飲んでたな」

真美「それだー!」

亜美「そのコーヒーに毒が!」

刑事「コーヒーを飲むのにつかったカップは?」

P「音無さんのデスクの上に置いてありませんか?」

刑事「見当たりませんが」

鑑識「おそらく、これですね。台所のラックに置かれていました」

刑事「洗われた後か……こちらは、音無さんがご自身で?」

律子「さあ……そこまでは」

真「あれ? そういえば……」

真「そのカップ、やよいが洗ってたよね」

やよい「ふぇぇ!?」

伊織「ちょっと真! アンタ、やよいを疑ってるっての!?」

真「そうじゃないよ! だけど、そのカップを洗ってる姿を見たから……」

刑事「君、本当かい?」

やよい「た、確かに洗いましたぁ……だって、はやく洗わないとシミがついちゃうからぁ」

伊織「やよいは主婦根性を発揮しただけよ! 証拠隠滅なんかじゃないわ!」

P「そ、そうだよな! やよいはカップを洗ってくれただけだ!」

やよい「信じてくださぁい……!」

春香「し、信じるよっ」

真「ボ、ボクも! 変なこと言ってごめん!」

刑事「いや、正直に話してもらえて助かります。他に、何か気づいたことなどは」

美希「小鳥が食べたかは知らないけど、デコちゃんが持ってきたチョコも怪しいの」

律子「ああ! そういえば、食べてました!」

伊織「ちがう! 私じゃないわ!」

やよい「わ、私も食べたけどなんともないよぉー!」

響「自分も元気だぞー」

P「そうだ。あれはみんなで食べてたけど、何ともなかった」

千早「小鳥さんが食べたひとつだけに毒が含まれていた可能性もあります」

伊織「ちょっと!」

千早「水瀬さんを疑っているわけではないの。ただ、他の誰かが仕込んだ可能性もあるってこと」

真「あれ、そういえば……小鳥さんにチョコを勧めたのって……春香……?」

春香「えぇ~! 違うよ! 私じゃないよ! す、勧めたのは私だけど……!」

刑事「チョコレートか……そのチョコレートが入っていた箱はありますか?」

伊織「こ、これだけど……」

刑事「カレンダーチョコですか」

千早「……小鳥さんはどれを選んだのかしら」

春香「えーっと……たしか、9日のだったかな」

千早「どうしてそのチョコを?」

春香「それは知らないけど……」

律子「小鳥さんの誕生日が、9月9日だったはずよ」

P「ってことは、それを知っていた人物は……!」

刑事「音無さんが9日のチョコを選ぶと踏んで、事前に毒を仕込んでおくことは可能ですね」

貴音「ですが。本日、水瀬伊織がチョコレートを持ってくると知っていた人物はいたのでしょうか?」

伊織「いないわよ。サプライズなんだから」

千早「チョコの蓋を開けずに毒を仕込むためには、注射器等の道具が必要なはず……」

千早「計画的な犯行に、水瀬さんのサプライズという不確定要素が入ってくるとは思えないわ」

春香「なんか、千早ちゃん凄いね……」

美希「でもでも、デコちゃんが事前に毒チョコを入れておいたかもしれないの」

伊織「そ、そんなことしないわよ!」

P「おいおい、疑り合うのはやめよう」

美希「はーい」

千早「もし水瀬さんに殺意があったとして、こんな分かりやすいことをするとは思えないわ」

千早「自分から差し出したチョコに毒を入れるなんて、危険すぎる。まっさきに疑われるもの」

春香「そっか。そうだね」

千早「その逆を突いて、敢えて毒を仕込んできた可能性もあるけど」

伊織「だから、違うって言ってるでしょ!!!」

やよい「うっうー! 落ち着いて~伊織ちゃ~ん」

刑事「他に、何か気づいたことは?」

雪歩「……」ガクガク

真「? どうしたの、雪歩。顔色が悪いよ」

雪歩「な、なんでもない……」

鑑識「すいません。報告が……」

刑事「なんだ?」

鑑識「……」ヒソヒソ

刑事「……なるほど」

刑事「ええ、たった今、検査の途中経過が出ました。どうやら、毒物は即効性のものだったと」

P「即効性……?」

刑事「つまり、すぐに効果が出るということです。毒が体内へ入り、数十秒で死に至ります」

千早「なるほど」

春香「え? 何がなるほどなの?」

千早「即効性ということは、コーヒーもチョコも死の原因ではないということになるでしょう?」

春香「あ、そっか。そうだね。小鳥さんが倒れちゃったのは、チョコを食べてだいぶ経ってからだもんね」

刑事「音無さんが倒れる直前に、何かを食べたり、飲んだりしている姿を見ていませんか?」

P「さあ……僕は、春香の驚く声を聞いて目を向けたので、その時にはもう苦しんでました」

春香「わ、私が気づいた時にも、もう小鳥さんは苦しそうでした」

刑事「ふむ……その時、一番近くにいたのは……」

春香「ええと、たしか……雪歩?」

雪歩「……!」ビクッ

真「え……?」

P「雪歩。何か気づいたことはないか?」

雪歩「…………」ガクガク

真「……ど、どうしたの雪歩。大丈夫?」

雪歩「ず、頭痛薬を……」

春香「頭痛薬?」

刑事「頭痛薬を飲んだんですか?」

雪歩「は、はい……はい……」

刑事「音無さんが頭痛薬を飲むのを、見たんですか?」

雪歩「あの、その……はい、み、見ましたぁ……」

貴音「……」

雪歩「……わ、私が……」

P「雪歩……?」

雪歩「私が、小鳥さんに渡したんです……」

春香「えっ!?」

真「そ、そんな……!」

雪歩「でも! でも違うんです! 私! 知らなくて! そんな……! 違うんですぅ!」

P「わかってる。誰も雪歩を疑ったりなんかしてないさ」

律子「落ち着いて、詳しく話して?」

雪歩「は、はい」

~回想~

小鳥「……」

雪歩「あの、小鳥さん、大丈夫ですか? 顔色が悪いような……」

小鳥「ええ、ちょっと……頭が痛くて。お薬飲もうかしら……」

雪歩「だったら、持ってきましょうか? あっちの棚にあったと思います」

小鳥「ああ、いいわよ。自分で取りに行くから」

雪歩「いえ、私にまかせてくださいっ」

小鳥「そう? ありがとう」

雪歩「どうぞ」

小鳥「ありがとう」

ゴクン

雪歩「これで少しは楽になると思いますけど」

小鳥「そう……ね……」

雪歩「……」

小鳥「……っぐ」

ガクン

雪歩「えっ?」

小鳥「ううううっ!」

春香「小鳥さん! どうしたんですか!?」

―――

P「そうだったのか……たしかに、少し具合が悪そうだったかな……」

雪歩「私、私……!」

真「雪歩は悪くないよ! 絶対!」

刑事「デスクの上に転がっていた空の瓶か……」

鑑識「あれからは、二種類の指紋が検出されました」

刑事「ひとつは音無さん。もうひとつは……」

鑑識「おそらく、そうなるでしょう」

雪歩「私、毒なんて仕込んでません! 信じてくださいぃ!」

春香「雪歩……」

千早「そうね。決めつけるのははやい」

春香「ち、千早ちゃん? なんでパイプなんて咥えてるの……?」

千早「その頭痛薬に毒が仕込まれていたとして、問題点があるわ」

P「問題点?」

千早「荻原さんの話によれば、頭痛薬を飲むと言い出したのは音無さん自身なんです」

千早「それを予測して頭痛薬に毒を仕掛けるなんて、非現実的でしょう?」

千早「毒入りの薬を用意していたということは、計画的な犯行」

千早「音無さんが体調を崩すという偶然に頼るとは、到底思えない……」

千早「犯人は、どうやって音無さんが頭痛薬を飲む状況をつくりだしたのか……」

千早「音無さんが頭痛薬を飲んだのは偶然? 他の誰でも良かった? それとも……」

千早「思案のしどころね……」

刑事「とりあえず、荻原雪歩さん。あちらでもうすこし、詳しくお話を聞かせて頂けますか?」

雪歩「は、はいぃ……」

律子「あの! 私も付き添います!」

刑事「いいでしょう」

真「雪歩!」

雪歩「大丈夫……大丈夫……」

千早「……」

春香「千早ちゃん! どこいくの?」

千早「聞きこみよ。捜査員の人から、何か聞きだせないかと思って」

春香「その帽子なに?」

千早「鹿撃ち帽」

春香「へぇー……なんで?」

千早「これをかぶっていると頭が冴えるのよ……あの、すいません」

捜査員「? なんですか?」

千早「音無さんが倒れたデスクの周りに、錠剤は落ちていませんでしたか?」

捜査員「錠剤? いや、なにも」

千早「上には?」

捜査員「机の上ですか? 無かったですよ」

千早「そうですか」

千早「……」

春香「小鳥さんの机の上、散らかっちゃってるね」

千早「ええ……」

ヒョイッ

春香「あっ、勝手に弄っちゃだめじゃない!?」

千早「……」

春香「なにそれ、封筒?」

千早「ええ。消印は無い……」

春香「これから出すつもりだったのかな」

千早「だとしたら、どこかに……」

ガサゴソ

春香「あ、あ、千早ちゃんっ。荒らしちゃまずいよ……!」

千早「……あった」

春香「丸いケース? なんだろうね」

千早「……なるほど」

春香「さっきので何かわかったの?」

千早「ええ。あのっ、すいません」

鑑識「なんだい」

千早「もう一度確認しておきたいんですけど、瓶には二種類の指紋が残っていたんですよね」

鑑識「ああ。被害者のものと、もうひとつ他の誰かのものだ」

千早「おそらくそれは荻原さんのもの……」

千早「ありがとうございました」

春香「ねえ、何を調べてるの? 教えてよ、千早ちゃん」

千早「後で教えるわ」

千早「プロデューサー」

P「なんだ? お前たちも休んだ方がいいぞ。まだ刑事さんが帰らしてくれないだろうし」

千早「あの、聞きたいことがあるんです」

P「聞きたいこと?」

千早「何か、音無さんに変わった様子はありませんでしたか?」

P「変わった様子……と言われてもなぁ」

千早「音無さんの近くで働いているんですから、何か気づいたことはないかと思って」

P「いや、あったらさっき話してるよ。今朝は元気そうだったのに……亡くなるちょっと前から具合が悪そうになって」

千早「体調とかじゃなくて……何か、探していたり」

P「探す……? ああ、そういえば何か探してたな。封筒を持ってキョロキョロしてた」

千早「なるほど……。それじゃあ」

春香「あっ、千早ちゃん待って!」

P「?」

千早「……」キョロキョロ

春香「何探してるの……?」

千早「ちょっと……」

貴音「何かお探しのようですね」

春香「あ、貴音さん」

貴音「まるでハム蔵を探す響のように」

春香「あはは。たしかに、似てるかも」

千早「ちょうどいいわ。四条さんにも聞きたいことがあって」

貴音「なんでしょう」

千早「四条さんは頭痛薬の入った棚の近くで読書をしていましたよね?」

千早「あの棚に近づいた人に誰がいたか、覚えてますか?」

貴音「ええ。あなた、響、雪歩の三人です」

千早「……そうですか。ありがとうございます」

春香「この棚に頭痛薬があったんだよね……」

千早「ええ。事務用品のスペアもここにあるわ」

春香「ここには滅多にこないなぁ」

千早「事務所の隅だから……」

ガララ

春香「引き出しの中を調べるの?」

千早「ええ」

春香「封筒に、便箋に、朱肉……あと切手」

千早「……80円切手が一枚無くなっているわ」

春香「え? あ、ホントだ」

千早「……」ピラッ

春香「え? 持ってくの?」

千早「気になることがあるから」

千早「……」ジーッ

春香「今度はなに? ゴミ箱がどうかしたの?」

千早「ええ。ちょっと……」ガサゴソ

春香「えっ、ばっちいよ! 千早ちゃん!」

千早「大丈夫よ」

ガサガサ

千早「……あった」

春香「あ、切手。まだ使えるのに、もったいないなぁ。誰が捨てちゃったんだろう」

千早「…………あと、これも」

春香「それなに? スポンジ?」

千早「ええ。付着してるのは……体毛?」

春香「何の毛かな」

千早「鑑識の人に確かめてもらいましょう」

春香「あ~千早ちゃん、腕がホコリまみれだよ!」ポンポン

千早「……そう、ね」

千早「すいません、お願いがあるんですけど」

鑑識「えっ? 僕にかい?」

千早「はい。これと、これを調べてもらいたいんです」

鑑識「と、言われてもねェ。素人のお遊びに付き合ってるわけには……」

千早「お願いします!」

春香「あ、あの。私からもお願いします! よくわかってないけど……」

鑑識「うーん。まあ、アイドルの子に頼まれたら断れないか。いいよ、調べてみる」

千早「ありがとうございます」

~数十分後~

伊織「私たちを集めて……なにを始めるってのよ?」

やよい「さあ」

真「誰が何と言おうと、ボクは雪歩を信じるからね!」

響「いったい何が始まるんだー?」

美希「ねむいのー……」

亜美「千早お姉ちゃん、なにその格好~」

真美「かっくいー!」

あずさ「ホームズみたいねぇ」

春香「千早ちゃん。みんな集まったみたいだよ」

P「千早、話ってなんだ?」

千早「皆に集まってもらったのは他でもありません。今回の事件の、真相を話すためです」

ざわっ

真「し、真相って……」

P「犯人がわかったのか!?」

やよい「うっうー! すごいですー!」

伊織「ほんとなの?」

千早「ええ」

貴音「ほう。お聞かせ願いましょう」

千早「まず始めに、やはり毒が含まれていたのはあの頭痛薬。鑑識の人から聞いたわ」

P「そうか……」

千早「それを踏まえて、今回の事件で重要となってくるのは、誰があの頭痛薬に毒を仕込んだのか……」

千早「毒を仕込んだ人物こそが、殺意を持った真犯人。荻原さんは運悪く、犯人に利用されたのよ」

真「やっぱり!」

伊織「だけど、誰が毒を仕込んだのかなんてわからないじゃない。あの頭痛薬って前から置いてあったでしょ?」

伊織「誰にでも毒を仕掛けるチャンスがあったなら、お手上げよ」

千早「いえ、そうではないわ。毒を仕掛けるチャンスを持った人物は、ごく少数に限られているの」

千早「今朝の時点で、瓶の中には頭痛薬が半分ぐらい入っていたわ」

千早「だけど、音無さんのデスクの上に転がっていたビンは中身が空になっていた」

千早「捜査員の人に確認したけど、デスクの周辺に錠剤は落ちていなかったらしいわ」

千早「つまり、荻原さんが棚から瓶を持ってきたときには既に、音無さんが飲む分しか残っていなかった……」

千早「確実に音無さんが毒入りを飲むよう、犯人が他の錠剤を回収して数を調整したということよ」

千早「つまり、頭痛薬に毒が仕込まれたのは今朝以降のこと」

伊織「じゃあやっぱり、雪歩が毒入り以外の錠剤を抜いてから小鳥に渡したんじゃ……」

千早「いえ、そうじゃないわ」

あずさ「えぇーっと、どうしてそう言えるのかしら?」

千早「実は、私は今日の朝に棚の頭痛薬を飲んでいるんです。だから今朝の段階での瓶の中身の量を知っていたんですけど……」

千早「その時に、私は瓶を手に取ったんです」

あずさ「……?」

真美「……だからぁ?」

亜美「よくわかんないよぉー!」

千早「思い出して、刑事さんが言っていたはずよ。瓶には二種類の指紋しか残っていなかったと。音無さんと荻原さんのものよ」

真「! た、たしかに言ってた!」

千早「おかしいでしょう? 本来なら、私の指紋も残っているはず」

伊織「じゃあ……千早の指紋はどこいっちゃったのよ」

千早「おそらく、拭き取られたのよ。毒を仕込んだ犯人に」

千早「死因の毒が頭痛薬にあると判明したら、当然、瓶に残された指紋の持ち主が怪しまれる」

千早「それを恐れた犯人は、毒を仕込んだ後に瓶に残った指紋を拭き取ったのよ」

千早「その結果、犯人よりも先に瓶に触れていた私の指紋も一緒に拭き取られてしまった」

千早「もし荻原さんが犯人だったとしたら、おかしいでしょう?」

千早「指紋を拭き取ってから、素手で瓶を持って音無さんに渡す意味が無いわ」

あずさ「な、なるほど……」

春香「えーっと、じゃあ。誰が犯人なの?」

P「千早が頭痛薬を飲んでから雪歩が取りに来るまでの間なら、誰でもそれが可能ってことだよな……」

千早「いえ。その間、棚に近づいた人間はたった一人だけよ」

やよい「えー?」

伊織「な、なんでそんなこと知ってるのよ」

千早「証人がいるからよ。そうですよね、四条さん」

貴音「……ええ。私は、棚の近くでずっと読書をしていました。その間、前を通っていった人物は全て覚えています」

貴音「千早と……雪歩……そして……響です」

響「……」

真「ひ、響……が?」

伊織「そ、そんな……」

美希「……」

あずさ「あ、あらあら」

やよい「ほ、本当に……? そうなんですかぁ?」

響「そ、そんなことあるわけないさー! 何言ってるんだみんな! ありえないぞー!」

千早「いいえ、我那覇さん。あなた以外考えられないのよ」

千早「そうでなければ、消えた私の指紋と錠剤の意味が説明できない」

響「そんなの知らないぞー。他の誰かがやったんじゃないのかー?」

貴音「いいえ。私はずっと棚の前にいましたが、千早と雪歩以外は、貴方しか……」

響「た、貴音の勘違いかもしれないぞー! それに、貴音は本当にずっと棚を見てたのかー!? 少しぐらい隙があったかも……!」

貴音「……そうですね。一度だけ、その場を離れました。響、あなたがハム蔵を探していると棚へ近づいたその時に」

貴音「『伊織がチョコを配っている』と聞いた私は、それに釣られ……。今思えば、あれも誘導だったのですね」

響「うっ……!」

響「しょ、証拠はあるのか!? 証拠がなきゃ、納得しないぞー!」

千早「……今回の事件で重要な点は、もうひとつあるの」

千早「どうして音無さんが頭痛薬を飲む状況になったのか……」

P「偶然じゃないのか?」

千早「ええ、仕組まれたものだったんです」

伊織「仕組まれたって……、まさか念力でもつかって小鳥に頭痛を起こさせたなんて言うんじゃないでしょうね」

真美「念力ー!?」

亜美「そんなことできんの!?」

やよい「うっうー! おどろきですー!」

春香「いや、それはさすがに……」

千早「念力ではないわ、毒物よ。頭痛薬に仕込まれたような強力なものとはまた別の毒。音無さんは二種類の毒を摂取していたの」

真「じゃ、じゃあ。小鳥さんは毒物が原因で頭痛を起こして……」

P「……いやでも、頭痛のきっかけになった毒は、どうやって飲んだんだ?」

美希「デコちゃんのチョコ?」

伊織「いい加減怒るわよ」

千早「これよ」

P「あ、それ。音無さんが持ってた封筒……」

千早「はい。この封筒に貼られた切手から、毒物が検出されました。死に至るほどではないけど、体調不良を起こすらしいです」

春香「じゃあ、それが頭痛の原因……小鳥さんはその切手を舐めて……」

伊織「犯人は切手に毒を塗っておいたってこと?」

亜美「いつもピヨちゃんの机の近くにいた人なら……」

真美「は!? まさか……兄ちゃん!?」

P「ば! そんなことするわけないだろ!」

千早「毒を塗られていたのはデスクの切手ではないわ」

千早「これよ。頭痛薬があった棚に予備としてしまわれていた切手。右上の一枚が無くなっているわ」

P「音無さんはその切手をつかったのか?」

千早「はい。さらに、残りの三つの隅の切手からも同じ毒薬が検出されました」

P「四隅の切手に毒を塗っておいたってことか……で、でも、なんで音無さんはわざわざ棚の切手を……?」

千早「デスクの切手が盗まれていたからです。そちらの切手はゴミ箱に捨てられているのを発見しました」

P「いや、待ってくれ。そもそも、音無さんはいつもスポンジをつかって切手を貼ってたはずだ。切手を舐めるなんて……」

千早「プロデューサー。音無さんが何かを探していると言っていましたね」

千早「それは切手以外に、もうひとつあったんです」

P「……ま、まさか!」

千早「デスクの上にあったこの丸いケース。事務用スポンジの容れ物です。ただ、スポンジだけが抜かれている……」

千早「おそらく、音無さんは封筒に切手を貼ろうとして、スポンジが無くなっていることに気づき、仕方なく唾液を使った」

響「ぐっ……!」

千早「犯人は、音無さんのデスクからスポンジと切手を盗み出し、音無さんが棚の切手を舐めるよう誘導したのよ」

響「で、デタラメさー!」

響「自分が切手とスポンジを盗んだっていうなら、証拠をみせてほしいな!」

響「自分は今日、デスクに近づいてないんだぞ!」

千早「人目の多い場所で切手に毒を塗るのはリスクが高い。だからこそ、デスクの切手ではなく予備の切手に毒を塗ったのだけど……」

千早「犯人はある動物を用いることで、目立たずにデスクから切手とスポンジを盗み出すことだけには成功していたの」

響「!?」

千早「ゴミ箱から発見されたのは切手だけじゃない。このスポンジも同じく、捨てられていたわ」

千早「そして、このスポンジには大量の体毛が付着していた。鑑識の人に確認したところ、ハムスターのものであると……」

貴音「ハムスター……」

あずさ「あらあら……」

千早「犯人はハム蔵にデスクのスポンジと切手を盗ませ、ゴミ箱に捨てさせた……」

千早「そして、その間に犯人自身は棚の頭痛薬を毒入りのものと入れ替え、予備の切手に毒を塗ったのよ」

千早「おそらく、元々入っていた頭痛薬はトイレに流したのね」

響「あ、あ……!」

千早「我那覇さん。このスポンジに付着した体毛と、ハム蔵の毛を鑑定して一致したら……」

千早「ハム蔵がデスクからスポンジを持ち出したことがハッキリするのよ」

響「……」

千早「我那覇さん。ハム蔵だけに、罪を押しつけるつもり?」

響「…………もう、ここまでさー……」

響「そうさー。小鳥を殺したのは自分だぞ」

春香「そ、そんな……!」

P「ひ、響……! お前、なんてことを……!」

真「どうして!?」

響「全部……全部アイツが悪いだぞ!」

美希「何かされたの?」

響「自分は何もされてない……ワニ子だ……!」

P「え? ワニ子が……?」

響「あれは、数日前……」

~回想~

響「うわー! 豪華な鞄ー!」

小鳥「でしょー? 高かったのよー」

響「何でできてるんだー?」

小鳥「わに革」

響「え?」

小鳥「わに革」

―――

春香「えっ! 最近ワニ子ちゃん見ないと思ったら……」

伊織「ほ、本当に……!? 小鳥がワニ子を……?」

響「そうに違いない……ワニ子が失踪した日のことだったんだから!」

P「ま、まさか……」

刑事「すいません、ワニの話してました?」

P「え? ええ」

刑事「ワニなら、警察署で保護してますよ。迷子になってまして」

響「えっ? じゃ、じゃあ……! ワニ子は……」

刑事「ワニ子という名前なのですか。明日、引き取りに来てくださいね」

やよい「えーっと、つまり……」

美希「響の勘違いなの」

響「じ、自分は……自分はなんてことを……!」

千早「我那覇さん。あなたは動物を愛するあまり犯行へ及んだようだけれど……」

千早「動物を犯行へ利用した時点で、貴方に動物愛護を謳う資格はないわ!」

響「うわあああああああああああごめんなさああああああああああああああああい」

監督「ハイ! カット! オッケー!」

スタッフ「お疲れ様でーす! 『765ミステリー 第一話』撮影終了でーす!」

千早「ふぅ……」

春香「千早ちゃん! すごいかっこよかったよ!」

貴音「響、良い演技でした」

響「うぅ……さすがに犯人役は嫌だぞ……」

P「まあまあ。犯人役ってのは演技力が求められるんだ。それだけ期待されてるってことだぞ? 評価されてよかったじゃないか」

P「それに、毎回探偵役と犯人役は変わるんだ。次回は響が探偵役らしいぞ」

響「そうなのかー! 期待しちゃうぞー!」

スタッフ「次回の台本でーす」

【探偵…我那覇響 犯人…如月千早 被害者…三浦あずさ】

あずさ「あらあら」

千早「……」

春香「や、やったね千早ちゃん! 犯人役って演技力が求められて重要なんだってよ!」

スタッフ「動機は嫉妬ということになってます」

伊織「嫉妬? 何に対してよ?」

亜美「おっぱいだよー!」

真美「おっぱいに決まってんじゃん!」

千早「っく!」ダッ

春香「待って! 千早ちゃーん!」

END

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