咲「え? どの学年が一番強いかって?」(746)

和「ああ……これが……咲さんの花園ですか……」

咲「あ……恥ずかしいよ……和ちゃん……そんなにじろじろ見ないで……」

和「だって……綺麗なんですから……もっと見させてください……」

咲「あううう……////」

和「咲さん……こんなに真っ赤で……とても美しいです……」

咲「和ちゃん……」

 ――――――

和「そんなオカルトありえません!」ガバッ

祝・アニメ追加放送ッ!

・阿知賀も頑張ってるので咲SSです。

・内容、喋り方、方言、打ち筋、能力に違和感、矛盾あるかもですすいません。できる限り本編準拠にしたかったのですが、能力不明、能力相性などの都合上、オリジナル要素も出てきます。

・話の構成をしたのが二ヶ月前なのと、資料が単行本しか手元にないため、最新話を完全に反映することができていません。すいません。主に阿知賀編大将ズ、淡の能力や姫子の学年などがその被害を受けています。

・微妙に手牌描写があります。萬子:一二三、筒子:①②③、索子:123、字牌:白發中、赤:[]つき、鳴き:/で区切る、となっております。

・ルールは、喰いタンあり、赤四枚(五、5、⑤、⑤)、ダブロンあり、ダブル役満なし、大明槓からの嶺上開花は責任払い、その他細目は適宜説明ありとなっております。

・嫁のことはぜひ応援してあげてください。

・順位予測・獲得点数予測・強さ議論などはご自由にどうぞ。あ、展開だけは読めてもそっと胸に収めてくださると嬉しいです。

・では、長々と見苦しくてすいません。始まります。

 二十一世紀。

 世界の麻雀競技人口は一億人の大台を突破。

 我が国日本でも、

 大規模な全国大会が毎年開催され、

 プロに直結する成績を残すべく、

 高校麻雀部員達が覇を競っていた…………。

 これは、

 その頂点を目指す、

 少女たちの――あるかもしれない――軌跡!!

<咲――その花は受け継がれる――>

 インターハイを終えて、一週間後、昼下がり。

 清澄高校麻雀部、部室。

和(わ……私ったらなんて夢を……!!?)

咲「あ、和ちゃん、起きた」

優希「のどちゃん、人が話してる最中に転寝とかいい度胸だじぇっ!」

 咲と和はベッド。優希は部室の中央に突っ立っている。部室には三人しかいない。

和「すいません、ちょっとうとうとしていたので、もう一度最初からお願いします。えっと……なんの話でしたっけ?」

咲「優希ちゃんが、どの学年が一番強いかって話をしてたんだよ」

優希「そうだじょ!! のどちゃん、寝てる場合じゃない!!! これは由々しき問題だじぇ! 我ら清澄一年トリオは全国の一年生代表として声高に言うべきなんだじょ! 清澄の活躍は一年生トリオによるもの! ゆえに、一年最強!」

咲「優希ちゃん、こないだの優勝インタービューのこと、まだ気にしてるの?」

和「そういうことですか……。優希、部の代表として上級生二人がインタビューを受けるのは当たり前のことですよ」

優希「うう……二人は個別のでっかい記事があるからそんなことが言えるんだじぇ!」

咲「それは……まあ、和ちゃんはインターミドルチャンピオンで、地区大会のときから取材を受けてたし……」

和「咲さんは大将として優勝を決めた人で、インターハイのMVPでしたから、記事になるのは当然です」

優希「二人ともひどいじょ! 私の活躍は!? 先鋒戦で全国王者を粉砕した私の成果がなぜ記事にならないんだじぇ!?」

咲「お姉ちゃんを粉砕……してたっけ?」

和「いえ、東一局でお義姉さまが『見』に回っている隙に親倍をツモったくらいです」

優希「もう泣きたいじょ……」

咲「あ、で、でも! お姉ちゃんを相手にほぼ無傷で帰ってきたじゃない!」

和「それだけじゃありません。優希は玄さんにドラを抱えられている状態でも、しっかりと高い手を和了っていました。大丈夫です。私たちは優希の強さをわかってますから」

優希「二人だけにわかってもらっても嬉しくないじぇー! 世間に知らしめたいじぇー!」

和「もう……どうしたいんですか?」

優希「あの眼鏡の記者に記事の差し替えを要求するじぇ!」

咲「えっと、どんな風に?」

優希「見出しはこうだじぇ! 『インターハイ優勝校・清澄! その大躍進を支えたのは、三人の一年生《ニューカマー》!!』」

咲「ニューカマーって……」

優希「MVP・咲ちゃん、全中王者・のどちゃん、そして、そんな二人に一目置かれている清澄の切り込み隊長・片岡優希の対談形式だじょ!」

和「一目置かれているって自分で言っちゃいますか」

優希「これをメインに持ってきて、残りを、例の部長と染谷先輩の記事で埋める。完璧だじぇ。のどちゃんと咲ちゃんは、存分に私の強さを語ってくれていいじょ!」

咲「……対談形式か……そうだね……あんまり目立たなくて済むからいいかも……」

和「えっ!? 咲さん?」

咲「いや、だって、私一人の記事とか……雑誌に載るの恥ずかしいから……。ほら、個別のインタビューで見栄えがするのって、お姉ちゃんとか和ちゃんくらいだと思うし。それだったら三人で……和ちゃんと一緒に……記事になりたいなーって……」

和「……なるほど。わかりました」

優希「決まりだじぇ!!」

 優希、右手を高々と突き上げる。

優希「清澄の活躍は我ら一年ありき! 一年最強! ゆえに我最強! この事実を大衆に叩きつけてやるじぇー!!」

??「聞き捨てならないわね」

 計ったようなタイミングのよさで麻雀部の扉を開け放ち、姿を現したのは――

優希「ぶ、部長!? いつから!?」

久「わりと最初のほうから」

咲(あっ、部長が悪い顔してる)

和(嫌な予感しかしません)

久「黙って聞いていれば、なに? 一年生が最強? それはちょっと言い過ぎじゃないかしら。
 あなたたちが強いのは認めるし、あなたたちがいなかったら清澄はインターハイに出場することすらできなかった。
 けれど、それだけで一年生が強いみたいな、ちょっと調子に乗ってる感じの話になるのはいただけないわねぇ。
 そんなのが記事になったら、部長の私の指導が行き届いてないみたいになるじゃない。それは困るわ」

優希「で、でも! 一年生が活躍してたのは清澄だけじゃないじょ。阿知賀ものどちゃんのお友達が引っ張ってたチームだったじぇ。
 それに、あのしらたき糸こんにゃくだって、大将は一年生だったじょ!」

久「阿知賀の一年生コンビの話なら私も聞いたけれど、あれって要するに、あの二人が阿知賀がインターハイに出場するきっかけを作った、ってことでしょう?
 チームを引っ張る引っ張らないはまた別だわ。白糸台の大星淡に関しては、うちと同じ、ただの戦略よ。なんなら個人のデータをまとめてみましょうか?
 もちろん、あなたたちのように活躍した一年生もいるけれど、総合的には三年生のほうがいい結果を残しているわ」

優希「ふん、総合なんて言葉を持ち出す時点で部長は負けを認めているようなもんだじぇ。大衆が求めているのは話題性だじょ!
 のどちゃんのおっぱいがある限り、我ら一年生が最強であることは間違いないんだじぇ!」

久「あら、胸の大きさで比べるなら、私たちの学年には怪物がいるわ。あなたも知ってるでしょ? 永水女子――石戸霞」

優希「……咲ちゃん! 今すぐのどちゃんのおっぱいを揉むんだじょ!!」

咲「えええ!?(揉みたいけど////!)」

和「優希、怒りますよ!!(そういうことは二人のときに////!)」

久「とにかく、麻雀の強さも、話題性も、私たち三年生があなたたち下級生に劣る要素は何一つないわ」

??「下級生……とは大きく出たな、清澄の!」

??「その思い上がりは訂正してさしあげなくてはなりませんわねっ!」

 開け放たれた扉の向こうから、颯爽と姿を現す二つの影――

透華「麻雀の強さ? 話題性? それらを兼ね備えているのはわたくしたち二年生の他にいませんわ! そうですわね、衣?」

衣「清澄の大言壮語には笑止千万。有象無象の他学年など、衣たちの敵ではない!」

久「……あら、二人とも、早いのね」

咲(スルーした!? 龍門渕さんたちの挑発をあっさりスルーした!?)

和「部長、早いってどういうことですか?」

久「ああ、あなたたちには言ってなかったわね。今日呼び出したのはコクマ関連で話があったからなの」

和「そんな大事な話なら事前に説明してください」

透華「清澄、わたくしたちを無視するとはいい度胸ですわね」

久「ああ、ごめんなさい。ま、あなたたちの言いたいことはわかるわよ。なんたって去年のインターハイを騒がせた学年だものね。
 天江さんに、神代小蒔と荒川憩……今年の咲や和たちに負けずとも劣らない活躍だったわ」

透華「わかってるなら、話は早いですわね」

久「それでも、私はやっぱり三年が最強だと思うの」

咲「あの……部長の言ってる最強って、もしかしてお姉ちゃんのことですか?」

和「ああ、確かにお義姉さまは、強さも話題性も十二分ですからね」

久「いやいや、もちろん宮永照は私たちの学年の誇りだけれど、それはそれだわ。私はあくまで、三年生が、下級生に負ける要素なんて、ないってことがいいたいの。
 ねえ……あなたもそう思うわよね?」

??「えっ……? それは……その……」

 久に呼ばれ、両手にバスケットを抱えておずおずと現れたのは――

美穂子「勝ち負けはなんとも言えませんが……。ただ、チームをまとめる最上級生として、きちんと責任を果たそうと心掛けてはいます」

久「長野最強は謙虚なのね、虚勢を張ってばかりのお子様たちとは違うわ。ところで、その手に持ってるのは?」

美穂子「あ、クッキーを……。皆さんで食べれたらいいと思いまして」

久「ふ~ん、いい匂いね。いっただきっ! うん、美味しいわ。さすが美穂子」

美穂子「ふふ、上埜さんのお口に合って何よりです」

透華「そこ! いちゃつくのは後にしてくださいまし!!」

久「そういうことだから、続きはまたあとでね、美穂子」

美穂子「はい、上埜さん……/////」

透華「きーーー!!」

久「まあまあ、そんなカリカリしないで、龍門渕さん。えっと、どこまで話したかしら?」

透華「わたくしたちの学年が最強だというところまでですわ!」

久「そうだったわね。それで、優希たちは一年生が最強だって言うのよね?」

優希「もちろんだじぇ! 上級生なんてまとめてけちょんけちょんにしてやるじょ!!」

久「で……私は三年生として、二人の言うことをそのまま聞き入れるわけにはいかない、と」

 不敵な笑みを浮かべ、周囲を見回す久。

久「なら、勝負しましょう!!」

全員「!!?」

久「自分の学年が最強だって言うのなら、その最強の学年の中の選りすぐりでチームを組んでみればいいわ。
 学年ごとにチーム分けをして、正々堂々麻雀で白黒つけましょう!」

衣「清澄の、それはどこまで本気で言っている……?」

久「どこまでも本気よ。選抜の範囲だって長野県だけなんてセコいことは言わないわ。どうせやるなら派手にいきましょう。全国規模でやるの。
 インターハイ優勝校・清澄主催、全国選抜学年対抗戦!!」

衣「……面白い。ルールは?」

久「競技ルールは基本的にインターハイと同じ。ただし、対抗戦というからには大人数でやりたいわよね。
 そこで考えたんだけど、先鋒戦、次鋒戦、中堅戦、副将戦、大将戦……それぞれ一人じゃなくて、二人が半分ずつ戦うのはどう?
 例えば、私が中堅戦の前半を戦ったとしたら、後半は美穂子、みたいな」

透華「つまり、各対局の前後半戦をそれぞれ別の人間が戦う――東南戦を十回やるということですわね?」

久「ま、大体そんなところ。だから、各チームは総勢十人になるわけね。学年対抗というからには、少人数の化け物だけで力比べをするんじゃ、みんな結果に納得できないでしょう?
 だって、天江さんと咲と宮永照が同じ卓を囲んで、その結果三人のうち誰かが勝ったとして、それがそのままその人の所属する学年が強いだなんてことになる?
 そういうのは個人戦でやればいいの。これはあくまで、学年対抗の『団体戦』なのよ」

和「あの……それって結局、部長が最初におっしゃっていたように、総合力で勝る三年生が有利なんじゃ……?」

久「わかってるわ。だから、当然私たち三年生チームにはハンデを設ける。とりあえず、宮永照は使わない」

咲(お姉ちゃん……自分が除け者になったら寂しがるんじゃ……)

久「ま、もっと言えば、インターハイの団体戦決勝にいた私以外の三年生は選ばないわ。要するに、白糸台、阿知賀、臨海の三年ね」

和「まあ……それが妥当と言えば妥当なのでしょうか」

久「他のみんなはどうかしら? 成り行き上、私と美穂子が三年チーム、龍門渕さんと天江さんが二年、優希と和と咲が一年チームの代表者ってことでいい?」

衣「異議無し」

優希「望むところだじぇ!」

久「いい返事ね。じゃあ、対抗戦の会場とか、日程とか、各学校への通達とか、そういう事務作業は私がなんとかしとくから、あなたたちは好きなようにチームメンバーを集めるといいわ」

咲「えっ、今日はコクマの話があったんじゃ?」

久「もうコクマどころじゃないでしょ。今日はこれで解散よ! お疲れ様!!」

咲「えー……」

優希「こうしちゃいられないじぇ! 咲ちゃん、のどちゃん、作戦会議に行くじょ!!」

和「え、わっ、ちょっと優希!?」

透華「わたくしたちも一旦うちに帰りましょうか。みんなの意見を聞きたいですわ」

衣「うむ。やるからには必勝! 全力で敵を蹴散らすまで!」

 各々、部室を飛び出していく。残された久と美穂子。久は、美穂子のクッキーを摘んで、すたすたとベッドへ向かう。ついていく美穂子。

美穂子「上埜さん、初めからこのつもりで……?」

久「今回の全国で活躍したメンバーの中から、いずれ世界の舞台で戦う選手が出てくることを考えると、全国の有力選手同士が戦う機会は多いほうがいいと思うのよ。
 コクマも大事だけど、そういう公式の場だけじゃなく、非公式の場でも自由に卓を囲みたいじゃない」

美穂子「なるほど。あ、でも、あの、一つ質問が……」

久「なに?」

美穂子「学年対抗ということは、全部で三チームですよね? 残りの一チームはどうするつもりなんですか? まさか、プロを集めるとか……?」

久「いくら私でも、学生の遊びにプロを十人も呼んでこれないわよ。大丈夫。全国は広いもの。もう一チームくらい簡単に出来上がるわ」

美穂子「そうですか。まあ、上埜さんがそう言うなら」

久「それより、美穂子。私たちも作戦会議をするわよ。けど……どこで誰が聞いてるかもわからない。耳元でそっと囁いてあげるから、もっと近くに来なさい」

美穂子「……はい///」

 こうして、全国選抜学年対抗戦の火蓋は切って落とされたッ!!

 二時間後、清澄高校麻雀部、部室。

 静かな室内に、扉を蹴破るような勢いで飛び込んでくる者が一人。

??「お前ら待たせたなっ! 本日の主役の登場だし!!」

 ネコミミを立てて登場した彼女を出迎えたのは、しかし、一人で頭を抱えるワカメ色の眼鏡っ娘だけだった。

??「なんじゃ……風越の大将、お前さんもお呼びが掛からんかったか」

 暗い顔でそう言ったのは、清澄次鋒・染谷まこ。

池田「お前も、ってどういうことだ? お呼びが掛からない?」

まこ「わしらは選考漏れってことじゃ」

池田「? 何言ってるんだし」

まこ「いいから、これ読んでみぃ」

 雀卓の上に置いてあった一枚の紙片をぺらりと掲げる、まこ。

池田「全国選抜学年対抗戦……? 混成チーム代表のみなさんへ……?」

まこ「うちの一年トリオ、龍門渕の天江衣と龍門渕透華、それに久とあんたらんとこのキャプテンさんがそれぞれ代表になって、全国から選抜したメンバーで学年対抗戦をするんじゃと。
 で、わしらにはなんの連絡もなく、久から連絡を受けた通りの時間にのこのこやってきた。要するに、そういうことじゃ」

池田「すまん、意味がわからないし」

まこ「もともと今日は長野の有力選手がここに集まることになってたんじゃ。じゃけど、その学年対抗戦の企画が急に持ち上がった。
 各チームの代表者からお呼びが掛かったメンバーは、そっち優先ってことでここには来ない。
 ここに来るのは、長野の有力選手ではあっても、全国選抜には漏れるような、間抜けだけってことじゃ」

池田「それは……なんだ、あたしたちは、天江衣が率いる二年生チームから、外されたってことか?」

まこ「ほういうことじゃ。ま、確かにうちの学年は他の学年に負けず劣らず化け物揃いじゃからのう。わしらを誘うくらいなら、真っ先に神代小蒔か荒川憩をメンバーにするじゃろ」

池田「…………マジ許すまじだし、天江衣っ!」

まこ(おーおー完全に久の読み通り燃え滾っとるのう……)

まこ「……で、そんな風越の、あんたに朗報じゃ。その紙、最後のところをよく読んでみぃ」

池田「『ここにやってきたあなたたちが、学年対抗戦の残り一枠――混成チームの代表者です。全国の選考漏れ選手たちをかき集めて最強のチームを作ってね☆』……ってなんだしこれ!!!」

まこ「各学年選りすぐりの最強軍団に、余り者が徒党を組んで喰らい突いてみろってことじゃろ」

池田「上等だし!! 華菜ちゃんを二年選抜に入れなかったこと、後悔させてやるし!!」

まこ(単純じゃの……。いや、しかし、正直、わしとこいつの二人じゃ役者不足もいいところなのは否めん……せめてもう一人、まともな協力者がいれば……)

 そんな思いを見透かすように、まこの携帯が鳴る。久からのメール。その内容は――、

『まこ、感謝しなさい。長野で最も頼りになる人を、あなたたちにプレゼントするわ』

まこ(どういうことじゃ……?)

 首を傾げるまこ。直後、部室の外から足音が聞こえる。やってきたのは――

??「あっれー? おかしいな。集まってる面子はこれだけかー?」

 彼女は、ワハハ、と軽く笑った。

まこ(ええ……!? 久……これのどこが『長野で最も頼りになる人』じゃ……!)

池田「……鶴賀の中堅、お前もお呼びがかからなかったのか?」

蒲原「お呼び……? ワハハ、なんのことやら。ま、確かに私は今日のコクマの説明会には呼ばれてないぞー。私はただの付き添いだー」

まこ(ん……?)

 落胆していたまこがはっと顔を上げる。蒲原は、廊下の向こうにいる誰かに声を掛ける。

蒲原「おーい! なんか愉快なことになってるみたいだぞー。そっちはなんか聞いてないかー?」

 蒲原が声をかけた人物が、ふらりと、まこたちの前に現れる――

??「愉快なことってなんだ……? んー……ああ、そう言えばさっき久から『よろしくね』って意味不明なメールが来たな。って、なんだ、これだけか? どうなってる?」

まこ(ああ……確かに、こりゃ色んな意味で頼りになるのう。混成チームなんて寄せ集めの司令塔にはもってこいじゃ……!)

池田「いいところに来たな、鶴賀の大将! 一緒に魔物退治といこうじゃないか!!」

 池田は、まこから渡された紙を、後からやってきた彼女に見せる。

 彼女は、一通り紙を読むと、うんざりしたように肩を落とした。

かじゅ「久のやつ……『よろしく』ってこういうことか……」

 全国選抜学年対抗戦、最後の一チームも、始動!

@一年選抜チーム

咲「じゃあ、とりあえず全国区のメンバーはおいおい集めるとして、まずは長野から、誰か選抜チームにいれたい人はいる?」

和(咲さん、意外と乗り気ですね)

優希「咲ちゃん、意外と乗り気だじぇ」

咲「あ……いや、一応ね。成り行きとはいえ一年生の代表になったわけだから、負けないように頑張らないとなーって(お姉ちゃんが参加してないところで負けるわけにはいかないよね……)」

和「私は……県内では、一人だけ、全国に連れて行きたい人がいます」

優希「私も同じくだじぇ。あ、たぶん、のどちゃんとは別人だから、安心するがいいじょ」

咲「それって……まあ、たぶん私も知ってる人なんだろうけど、和ちゃんと優希ちゃんは、その人が全国でも通用するくらい強いと思う?」

和「思います」

優希「間違いないじぇ」

咲「わかった。これで五人だね。あと五人……全国のチームの中から、味方にしたい人はいる?」

和「私は、やはり阿知賀の穏乃と憧ですかね。旧知ということもありますし、実力も申し分ありません」

優希「実力で言うなら、しらたき糸こんにゃくの大将がぶっちぎりだじぇ」

咲「高鴨さん、新子さん、大星さんね。あと……二人か」

和「こうして十人も集めるとなると、全国で私たちが対戦した一年生って思ったより少ないんですよね。他の一年生にも聞いてみましょう。
 私、穏乃たちに連絡してみます。反対側のブロックで、誰かいい人はいなかったかって」

咲「うん。私も、お姉ちゃんを通して大星さんに連絡とってみる」

優希「そっちは任せたじぇ。私は長野の二人のところに話をつけてくるじょ!」

@二年選抜チーム

透華「というわけで、十人のうち五人はわたくしたち龍門渕のメンバーでいいとして……」

純「バカかお前は。長野の県大会で優勝できないようなチームを丸ごと組み込んで、全国選抜に勝てるわけねえだろ」

一「そうだね。ボクも、うちのチームからは透華と衣だけでいいと思うよ。自分たちが弱いとは思わないけれど、全国は広い。声を掛けるなら、長野より他県を優先したほうがいいと思う」

衣「ならば、今すぐにでも全国行脚の準備をするか?」

ともき「ちょっと待って。一人だけ。長野の二年で、推薦したい人がいる……」

透華「……智紀、あなた、それはもしかして彼女のことですの……?」

ともき「そう。ある意味で……彼女は長野県最強の二年生」

透華「まあ……智紀の言いたいことはわかりますけど。確かに、彼女みたいな人もチームに一人くらいはいたほうがいいのかもしれませんわね。
 いいですわ、智紀と純と一は、彼女を迎えにいってくださいまし。わたくしと衣は、ハギヨシと全国に飛びますわ!」

純「一応聞いておくが、永水の神代小蒔は誘うよな?」

一「三箇牧の荒川憩も、だよね?」

衣「当然至極」

透華「彼女たちを除いてわたくしたちの学年は語れませんわ」

純「容赦ねえなぁ。三年は宮永照を使わないって宣言してるのに」

一「正直、衣と神代小蒔と荒川憩のいるチームとなんて、ボクは戦いたくないよ」

ともき「地獄絵図」

透華「ふふ……去年のインターハイを思い出しますの。宮永照がデビューした一昨年よりも、清澄が湧かせた今年よりも、全国の舞台が荒れに荒れていた……去年のことを――」

 透華の身体から、冷たい空気が、じわりと広がる。

透華「わたくしたちの学年が最強だと、今一度世間に知らしめてやりますわ」ゴッ

@三年選抜チーム

美穂子「よかったんですか、加治木さんを手放して」

久「まあ、私が長野から連れていくのは、美穂子かゆみのどっちかだけにしておくつもりだったから」

美穂子「どうして……私を選んでくれたんですか?」

久「ゆみは、敵に回すほうが面白いからよ」

美穂子「私は敵に回しても面白くないと?」

久「違うわよ。美穂子はゆみと逆。味方にしておくほうがおいしいの。こうして手作りのクッキーが食べられるわけだしね」

美穂子「お上手ですね、上埜さんは」

久「……さて、ピロートークはこれくらいにして、本題といきましょうか」

美穂子「はい」

久「ま、ベストフォーが選べないわけだから、順当にベストエイトから摘んでいくのがいいわよね」

美穂子「千里山、姫松、有珠山、新道寺の四校ですか」

久「ただ、正直、有珠山に声を掛けるのは……あれよね」

美穂子「はい、あれですね」

久「そこで、これは対戦経験があるから贔屓目になっちゃうのかもしれないけれど、シード校の永水、それに、全員が三年っていう宮守を選考対象に入れるっていうのはどうかしら?」

美穂子「いいと思います。その二校なら、私も上埜さんを見るついでに観戦してましたから、強さは十分に知っているつもりです」

久「決まり。じゃあ、早速連絡を取りましょうか! まずは洋榎からっと……」

美穂子「……上埜さん、やっぱり対戦者の連絡先はゲットしてるんですね。本当に、浮気者です」

久「ふっふーん、なんのことかしら~」

@奈良県某所

憧「うん! オッケー、わかった。あっ! じゃあ、こっちはこっちで私から連絡してみるよ。うん、じゃ、またあとでね~」

初瀬「憧、どうしたの?」

憧「いや、ちょっと面白イベントが起きる感じなの! うーん、明日の部活が楽しみ~」

初瀬「なになに? 麻雀関係のことなの? 教えてよー」

@阿知賀女子麻雀部・翌日

穏乃「憧、和から連絡来た?」

憧「来た来た!」

穏乃「参加、する?」

憧「もちろんでしょ!」

穏乃「だよねー!!」

玄「二人とも、そんなにはしゃいでどうしたの?」

穏乃「あっ、玄さん! 実は今度、和たちが中心になって、全国選抜学年対抗戦ってのをやるみたいんです! それで、私と憧が一年の選抜チームに誘われたんですよっ!!」

憧「学年対抗戦だから、出るとしたら玄や灼は二年選抜だね」

灼「ふーん……」

宥「あれ? みんな集まって、どうしたの?」

憧「あ、宥姉! なんかね、今度、全国選抜学年対抗戦ってのがあるらしくてさ!」

宥「学年対抗……? ってことは、もし呼ばれても……私だけはみんなと一緒のチームにはなれないんだね……」

穏乃「あっ、でも、なんか、宥さんは呼ばれないみたいですよ!」

宥「えええっ?」

穏乃「三年選抜チームはハンデとして、インターハイの決勝出場校からメンバーを選ばないそうなんです! だから、宥さんは呼ばれません!!」

宥「」

宥「…………寒い」

玄「えっ!? おねーちゃん、待って!? どこ行くの!? おねーちゃーーーん!!」

憧(穏乃……あんたねえ!)

穏乃(そ、そんなつもりじゃ……)

@白糸台高校麻雀部

菫「聞いたか、照。全国選抜学年対抗戦の話」

照「聞いた。咲から連絡来て、そのことで淡と話したいって」

菫「ああ、なるほどな。淡はどうしてる?」

照「たぶん、そろそろ戻ってくる」

淡「あー! テルー、携帯ありがとー。なんかねー、私を一年選抜のメンバーにしたいって、サッキーが!」

菫「サッキーって……お前らいつの間に仲良くなったんだ?」

淡「そりゃテルの妹だもん。会った瞬間からマブダチだよね!」

照「咲は……一年選抜チームは、どんな感じになってるか聞いた?」

淡「いやー、特に興味なかったから。たぶん、のどっちとシズノンは入ってるんじゃない? あと、テルにラッキーパンチかましたタコスの子」

菫「ああ……片岡のことか。原村と阿知賀の高鴨は知り合いみたいだし、そうすると新子もメンバーになるのか……。随分と偏ったチーム編成になりそうだな。大丈夫か?」

淡「大丈夫、大丈夫ー」

菫「余裕だな、淡」

淡「そりゃー、だって、まー……」ウネウネ

淡「三年生ハンデってやつでテルが参加しないんでしょ? だったら他の選抜チームがどんな人を連れてきたって私一人いれば楽勝だってー。
 しかも今回はサッキーも味方だしね! 負ける理由がない!」

菫「……と、淡は言ってるが、お前らはどうだ?」

尭深「…………」ズズズ

誠子「私たちには選抜の誘いなんて来てないですよ」

菫「そのことだが、三日後に龍門渕高校の天江さんと龍門渕さんがうちにいらっしゃるそうだ。二年選抜チームの代表者だよ。たぶん、お前たちをメンバーに誘うつもりなんだと思う」

尭深「…………」ズズズ

誠子「どうですかね、正直、その龍門渕の――天江衣……あいつの目に適うとは思えないですが」

菫「なんだ、二人して。自信がないのか?」

尭深「…………」ズズズ

誠子「うちの学年は、天江衣、神代小蒔、荒川憩が飛び抜けてますから。淡じゃないですけど、あいつら三人が揃ったら負けはないと思いますよ。あとは人数合わせです」

菫「おいおい……これから白糸台を背負って立つやつが何を弱気なこと言ってんだ」

淡「テルー、神代ってあの巫女さんのことか? あの人テルより強いのか? 天江衣とか荒川憩ってのは?」

照「うーん。そうだな……私の口からはなんとも。ただ、単純に去年のインターハイの結果を言うなら……」

 照、少し遠い目をして、去年のことに思いを馳せる。

照「荒川さんは、私の次に強い選手だった。天江さんは、私より点を稼いだ選手だった。神代さんは、私から見ても異質な選手だった。これは、事実」

 照の静かな言葉に息を飲む面々。

 そのとき、不意に、白糸台高校麻雀部の門を叩く者が現れた。

菫「ん、誰だ……? 龍門渕さんたちにしては早過ぎるような……」

 果たして、門を開けた菫を待ち構えていたのは――

@姫松高校麻雀部

洋榎「おー! 出る出る!! あっ、ちょっー待ってーな。恭子ー! 由子ー? おるかー!?」

末原「なんやねん、騒々しい」

由子「なんなのよー?」

洋榎「清澄の久から連絡あってな、今度、全国選抜学年対抗戦っちゅーのをやるんやて。で、あいつら、うちと千里山、それに新道寺と永水と宮守の三年に声をかけとるそうなんや。
 なんでも総勢十人のチームらしいで。恭子、由子、せっかくやし三年チームに一緒に出ようや!」

末原「出ぇへんわ! 私はええから、永水のおっぱいお化けとか、宮守の巨人を紹介せえよ。無理無理!!」

由子「ってゆーか三年の選抜なら白糸台はー? 宮永照と弘世菫は鉄板っしょー? それに臨海の辻垣内までおらんっちゅうのはどういうわけなのよー?」

洋榎「そこはな、なんか下級生へのハンデなんやて。白糸台と阿知賀と臨海の三年は選抜に入れへんのやて」

末原「なんのハンデやねん。学年対抗って、一年なら宮永咲と大星淡、二年なら神代小蒔と荒川憩と天江衣が出てくるんやろ?
 そんなやつら相手に宮永照抜きなんてハンデやない。ただの自殺行為や」

洋榎「うちがおるやん。一、二年なんぞに負けへんよ」

由子「なんか言うてはりますけどー?」

末原「言わせとけ。まあ、とにかく洋榎は出たらええわ。なんの文句もない。姫松の主将でエースやからな。けど、うちは堪忍してな。うちより強い三年ならいくらでもおるて」

洋榎「そんなんやってみんとわからん思うけどなー」

末原「わかるて。ちなみに、うちで声掛けられたんはあんただけか?」

洋榎「みたいやな。ま、三年代表は久やからな、姫松いうたら愛宕洋榎ってイメージなんやろ。ああ、あと二年のほうもな、これから龍門渕の連中が視察に来るんやて」

末原「龍門渕……天江衣か。誰か目当てがおるん?」

洋榎「いや、目当てはたぶんないで。あちこち見て回ってから決めるゆーてたわ。
 阿知賀を通って、うちに来たあとは、三箇牧、千里山、新道寺、永水って回って、最後に飛行機でトンボ帰って白糸台に行くんやと」

由子「三箇牧と永水……本格的なのよー」

末原「天江衣と荒川憩と神代小蒔が揃うわけやね。恐ろしいわー」

洋榎「やから二人とも二年相手にビビり過ぎやろー。しゃーないやっちゃなー。ほな、久には恭子と由子はパス言うとくわ。
 代わりに、永水の石戸と宮守の姉帯な。オススメしとくわ。他に誰かええやつおるかー?」

末原「そらまーやっぱ千里山やろ。あそこの三年なら、誰を引っ掛けても間違いないわ」

洋榎「わかった。言うとくー」

由子「ほな、頑張ってなのよー」

末原(ちゅーか、学年対抗戦って……ようわからんけど四チーム目はどないなっとんのやろ……あとで調べたろか……)

@千里山女子

セーラ「なあ、誰が出るー?」

怜「じゃんけんで決めたらええやん」

竜華「じゃんけんて、んな適当な。三人とも出るんはあかんの?」

セーラ「姫松が愛宕の洋榎さん一人なんやて。やから、千里山からも一人のほうがええかなって。大阪三年枠二人ってことやな。
 それ以外のメンバーは他県で埋めてもらうことにしたんや。せっかくの全国選抜やしなー」

怜「ほなセーラでええやん」

竜華「せやな。セーラ、頼むわ」

セーラ「膝枕されてるやつとしてるやつが言うても、サボリたがってるようにしか聞こえんわ」

怜「いや、セーラしかおらへんて。洋榎さんが姫松のエースなら、セーラは千里山のエースやもん」

竜華「せやせや。ぶちかましてきてやー」

セーラ「……ほな、とりあえず麻雀するときは制服着てなくてもええか聞いてみるわ。ダメやったら二人どっちか出てや」

怜「うち、病弱やからー」

竜華「わっ、出たで! 病弱アピール!」

セーラ「だーもー、真面目に話聞けやー!」

 と、そんなはしゃぎまわる上級生を遠目に見ている下級生が、二人。

泉「……先輩方、楽しそうですね」

Q「まあ、お祭り好きやしな」

泉「船久保先輩も、さっき龍門渕の方と話してはりましたよね」

Q「いやいや、うちの学年はな、例の三人がおる以上、選抜ゆうても他は所詮人数合わせやねん。色んなとこ回ってから決める言うてたし」

泉「私、連絡すら来ないんですけど……ベストエイト入りしたチームの一年やのに……」ズーン

Q「ド、ドンマイやって……!!」

@宮守女子麻雀部

豊音「えー! ちょー行きたい! ちょー出たい!! えっ……? 宮永照は除外…………? あっ! でも、神代さんは? 原村さんは!? たぶん出る!!? 行く行くちょー行くー!」

塞「え、なに、なんの騒ぎ?」

エイ(血みどろの合戦の絵)

塞「え? ええっ?」

胡桃「なんか、全国選抜学年対抗戦をやるんだって」

シロ「ダルい……」

豊音「ねー! 三年選抜にうちから二人出してほしいんだって! 誰出るー!?」

胡桃「とりあえず、豊音、行きなよ」

豊音「うん! だから、もう一人!」

塞「私、パス。全国選抜なんて化け物大集合なイベント、モノクルの予備がいくつあっても足りないわ」

胡桃「私もパスかなー。三年生集めてるのってあの清澄の主将でしょ? きっと姫松のうるさい人も誘われてるんだろうし。マナー注意するのが大変」

シロ「私もパス。ダルいから」

エイ(くじの絵)

豊音「ハイ、じゃあみんなでアミダを引きましょうー!」

@永水女子麻雀部

霞「うちは三年生が三人いるわけだけど、どうしましょうか」

初美「姫様の敵ですかー。ちょっと興味ありますー」

巴「はるるのほうは、なんか連絡来た?」

春「」フルフル

巴「そっか……。じゃあ、一緒に姫様の応援しよっか」

春「」コクコク

霞「あら、巴ちゃんは姫様の味方なの?」

巴「いや、いくらカスミンとハッちゃんでも姫様には敵わないでしょ」

初美「なんですかー? 巴には三年のプライドがないんですかー?」

巴「別にそういうわけじゃないけど……どっちにしろ私には姫様を敵に回すなんて真似はできないよ」

霞「そう言えば、世間では人気投票とか一位予想とかやってるそうよ。この学年対抗戦。テレビでも放送されるんですって」

巴「一位予想って、どの学年が勝つか、ってこと?」

霞「そう。思ってる以上に色んな人に見られてるみたいなの。一般の人もそうだし、プロの方々にもね。だから、相手が誰だろうと、下級生相手に三年生が負けるわけにはいかない……と私は思うのよね。初美は?」

初美「モチのロンですよー。上等ですー。一、二年に賭けてるやつら、まとめて吹き飛ばすですよー」

霞「じゃあ、そのように伝えておくわね。ところで、当の姫様の姿が見当たらないけど……どちらに?」

巴「ああ……それなんだが……」

霞「?」

巴「いま、龍門渕の天江衣さんと龍門渕透華さんがいらしててな……その、奥の神殿のほうで……」

初美「あー……。道理でさっきから寒気が止まらないってわけですねー。いやいや、これに勝つのは骨が折れそうですよー」

春「」ブルブル

霞「ちょっと、様子を見てきましょうか……」

巴「えっ!? おい、ちょっと待て、カスミ――!?」

 瞬間、霞の身体から禍々しい気配が溢れ出る。

霞「ごめんなさい。あとでお祓い……お願いね?」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

@新道寺女子麻雀部

すばら「全国選抜学年対抗戦……? それに……私が……ですか?」

すばら「ええ……ええ。はい。喜んで! 私なんかでいいのなら!! ええ、こんなすばらなことはありません!!」

すばら「はい……力不足だとは思いますが。精一杯、頑張ります!! よろしくお願いします! はい、では!!」

すばら「こんな……こんな大役……! 任されましたっ!!」

哩(花田は誰と何を話しとん……?)

姫子(さあ……)

江崎(なんもかんも新政府が悪い……)

美子「あのーなんか清澄の竹井さんから電話きとっとよー」

@劔谷高校麻雀部

友香「あっれー? 先輩一人ですかー?」

美幸「そーなのよーもー」

友香「お茶淹れます?」

美幸「もらうもー」

友香「先輩は、全国選抜学年対抗戦の話、聞きました?」

美幸「聞いた聞いた。けどなーうちらベスト16だからもー二年と三年は声掛からないっしょもー」

友香「おっ、なんですか、一年は声掛かるかもしれないって?」

美幸「知らんのもー? 案外一年生レギュラーって貴重なのよもー? インターハイで活躍した高校の一年を上から取っていけばぎりぎり友香か莉子くらいまでは……って思うのよもー」

友香「ま、でも私ら、主催してる清澄とは直接戦ってませんからね。あ、どうぞ、ダージリンですー」

美幸「どーもー」

@鶴賀学園麻雀部(混成チーム事務所)

 各々が選りすぐりの猛者を集めている中――

 順調に行き詰まりを迎えている、混成チームの面々。

かじゅ「いや、正直、これは無理だ」

まこ「そらそうじゃろ」

かじゅ「めぼしいところは全部押さえられてる」

まこ「本当に余り者軍団になりそうじゃな」

かじゅ「せめて……勝つのは無理だとしても……噛ませ犬になるとしても……インパクトを残して散りたい」

まこ「今のままじゃただ地味なだけのチームじゃからのう」

かじゅ「誰か……誰か……強くなくてもいい。みんなの記憶に残るような選手が……!!」

 そのとき、全国各地を飛び回っていた池田、帰還。

池田「よう……待たせたな……!!」

まこ「おう、風越の。あんまり期待しとらんが、どうじゃった?」

池田「ふっふっふー」

かじゅ「なんだ? 頭のネジが飛んだか?」

池田「飛んでないし! ってそんなことより! 見つけたんだよ! 最強の助っ人を!!」

まこ「なんと!?」

かじゅ「それは本当か!?」

池田「ああ……全国に行くような有名チームは全滅だった。だけど……各地を回っている途中であたしは気付いたんだ。
 うち――風越と同じように、全国には惜しくも予選大会で涙を飲んだ強豪校が無数にあるはずだって……そして、見つけた!」

まこ「なるほどのう、全国に出て来てない有力チーム……それは盲点じゃった!!」

かじゅ「言われてみれば……今年の荒川憩や天江衣がそうだ。全国の団体戦には姿を見せていない。だが強い。そういう面子が集まれば……或いは最強のチームを作れるかもしれない!」

池田「そういうことだし!」

まこ「それで、その最強の助っ人とやらは!?」

池田「既に電話で連絡を取ってある。じきにここに来る!」

かじゅ「見たことのない強者……楽しみだ!」

 やがて……鶴賀学園麻雀部の扉を開く者が現れる。

池田「この気配……! 来たな……!!」

 扉の向こうから姿を現す――縦ロールッ!!

??「ふふ……全国選抜とやら……この私に声を掛けないとは、どうやら三年代表の竹井久というのはとんだニワカのようだな!!」

 その者、幼き頃から麻雀に親しみ、鍛錬を重ねし指には――マメすらできないッ!!

まこ(これは……逸材じゃ……!! 誰じゃかわからんが……すごく……すごく……オーラを感じる!!!)

かじゅ(こんな……これほどのオーラを全開に出来る者など……確かに全国の舞台ではお目にかかれない!!)

小走「安心しろ、お前たち!! この小走やえが来たからには、お前たちに負けはないっ! 大船に乗ったつもりでいろ!!」

まこ・かじゅ(す――凄まじい『噛ませ』のオーラッ!!!)

池田「小走さんは三年生で、奈良県の伝統校・晩成で先鋒を務めていた方だ。
 今年、清澄とともに大躍進をして伝説になった阿知賀女子を最も苦しめた――最初にして最大の敵。それが、晩成高校だし。ちょうど、清澄が風越に苦戦したように!」

まこ(風越に苦戦した覚えはないんじゃが……)

かじゅ(どうしよう……さすがにメンバーに入れる前に、とりあえず一局今いる面子で打ってみようか……)

小走「ん、なんだ? 私じゃ不満か? ま、ニワカに私の王者の資質を見抜けといっても無理があるか。そう思って、お前たちが喜びそうな、わかりやすい土産を持ってきた」

池田「土産……ってなんですか、小走さん!?」

小走「王者には王者の匂いがわかる……! 来る途中、この私が唯一、王者の中の王者として認めているお方を、ここに連れてきた!」

池田「だ、誰ですか!?」

小走「逸るな二年坊。弱く見えるぞ?」

池田「は、はいっ!」

小走「おっ、と……いらっしゃったようだな。どうぞー! こっちでーすっ!!」

 小走に促されて、一人の人物が部室に現れる。

 その人物を、当然、まこもかじゅも池田も知っていた。

 否、今年のインターハイに関わる者で、彼女を知らない者などいないだろうッ!

??「えーっと、なんて言っていいか……」

 王者の中の王者……それ即ち、白糸台高校麻雀部の――!!

菫「私ですまんな」

 弘世菫ッ! 王者の中の王者! 白糸台のシャープシューター!!

かじゅ「いやいやいや! そんなことは全く……! こちらこそ本当になんか申し訳ない!」

菫「ああ……本当に、大丈夫。えっと、清澄の染谷さんは……先日はどうも。それと、鶴賀の加治木さんと、風越の池田さんでよかったか。
 その、学年対抗戦の話は私も聞いてる。話を聞いたときから四チーム目はどうするのかと気になっていたが、なんだか、やはりというか、大変そうだな」

かじゅ「ありがとうございます。全国区の有力選手はほとんど他チームが押さえていて……弘世さんのような力のある人に協力してもらえて……本当に嬉しいです」

菫「あ、いや……そのことなんだが……」

かじゅ「なんでしょう?」

菫「私は、今回の対抗戦は遠慮しておくよ」

かじゅ「え……?」

小走「弘世さん、そんな……!」

菫「代わりと言ってはなんだが、まあ、身近に出たそうなやつがいたので、連れてきた」

かじゅ「え……? あの……一応心の準備をしておきたいので先に聞いておきます。それは……誰ですか?」

菫「それはだな……」

 そのとき! 麻雀部の部室に、夏だというのにコートを着てマフラーを巻いて手袋をつけた不審人物が入ってきたッ!!

??「寒い……」ガタガタガタ

小走「ああっ! お前! あいつの姉!!」

宥「寒いよ……寂しいよ……私も……仲間にいれて……」

 そう言い残して、宥はばったりと倒れた。

まこ「こいつは阿知賀の松実宥……? そういえば、白糸台と同じで、阿知賀も三年は除け者じゃったのう」

かじゅ「なるほど……さすが弘世さん、渋い人選です。私も機会があって対局したことがありますが、松実宥さんなら申し分ありません」

菫「ん、ああ、まあ確かに彼女は私も強いと思うが……しかし、助けなくて大丈夫か?」

小走「おい池田、なんか毛布とかもってこい!」

池田「え!? は、はいっ!」

 小走にパシられて従順に走り去っていく池田。ややあって、足音が戻ってくる。

まこ「ん……風越の、えらく早いな」

 ぐったりとしている宥を看ていたまこ、顔を上げる。

??「どーも。ここが学年対抗戦の混成チームの事務所でええんか?」

??「あの……先輩? そろそろ事情を説明してくれませんか? これはなんの罰ゲームなんですか?」

 足音の主は池田ではなかった。関西弁を話す彼女たちは――!!

まこ「あんたら……姫松の?」

末原「正解や、清澄の染谷まこ。うちは姫松の大将をしとった末原恭子。こっちは先鋒の上重漫。
 で、混成チームの代表者にお願いがあって来たんやけど……えーっと……この倒れとるんは……? もしかして阿知賀の松実宥……? と……白糸台の弘世菫!? …………と誰?」

小走「ふん、私を知らんとは底が知れる。ニワカにもほどがあるな!」

末原「はあ?」

かじゅ「ああ、なんでもない! なんだかごちゃごちゃしていてすまないな。皆さんはるばる長野まで来てくれて疲れているんだ。
 それで……どこから話せばいいのか……。一応、私が混成チームの参謀をしている、鶴賀学園の加治木ゆみだ」

末原「おう、よろしくな。えっと、鶴賀の加治木……ああ! 知っとるわ! 長野の県大会で宮永咲と戦っとった三年やん!
 いやービデオで見させてもろたわー! 親近感やわぁ……大将戦はごっつーメゲるやろー? そっちも天江衣と宮永咲で魔物二人やもんなー!
 あ、そういやさっき、大将戦に出てたもう一人――ニャーとか言う変な子とすれ違ったわ。あっちは全然気付けへんかったけどな」

かじゅ「それで、末原さん、お願いというのは?」

末原「せやせや。あんたら混成チームにな、この子を差し上げに来たんや」

漫「ええっ!? 末原先輩!? なに言うてはるんですか!?」

末原「混成さんはきっと人手不足やろー思てな。はるばる大阪から持ってきてん。お願いやから受け取ってーな」

かじゅ「それはもう! 喜んで! やったぞ清澄の、まさか姫松から二人もうちに来てくれるなんて!」

まこ「ほうじゃな! これはひょっとするとひょっとするかもしれんのう!」

末原「え……? あ、いや、うちは……」

漫「先輩……一緒とちゃうんですかー? ようわからんですけど、どうせ麻雀やるんやったら……うち末原先輩と一緒やないと嫌ですわー……」

末原「うーん……」

かじゅ「末原さん……私からも頼む。実は……私もあなたに親近感を持っていたんだ。準々決勝では清澄を応援しつつ、こっそり姫松も応援していた」

末原「ホンマかいなー」

かじゅ「魔物退治は確かに疲れる。心が折れそうになる。でもそれ以上に……」

末原「……オモロイねんな」

かじゅ「……じゃあ!」

末原「ええやろ。加治木さん、あんたとは気ぃ合いそうや。学年対抗なんてもんに興味はあらへんかったけど、魔物退治なら付き合うたる。
 なんや、結局ミイラ取りがミイラっちゅーか、こんなことなら生贄をあと二人も用意せんでよかったかもしらんなー」

菫「生贄……とは?」

かじゅ「二人も?」

末原「せや。魔物退治にうってつけの面子、ちょーっと来るついでに拾ってきてん。うちの漫ちゃんと、もう二人。今は旅の疲れで保健室で寝とるけどな」

かじゅ「一体誰なんだ……その二人というのは」

末原「うちが連れてこれんのなんて大阪人だけや。ただ、姫松やない。北の大阪代表や」

まこ「千里山女子……!!?」

末原「そゆことや。ま、期待してくれて大丈夫やで。うちよりもずーっと強い人らやから」

 と、部室の外からバタバタと足音が聞こえてくる。全員が入り口のほうに振り返る。部室に走りこんできたのは、池田。その手には、毛布。

池田「も、毛布もらいに保健室に行ったら……なんか関西弁の女が二人でいちゃついてたし……!!」

 息を切らす池田。その後ろから近付いてくる、痴話喧嘩の声。

??「アホ、本気で心配したやんか! 貧血の真似ってなんやねん!」

??「せやからごめんてー。それに疲れてたのはホンマやもん。ほんで、膝枕してもらおー思て」

??「思て、やあらへん。もう二度と膝は貸さん!」

??「えええ!? それだけは堪忍してや!」

 池田の背後から現れた、夫婦漫才コンビ――!!

末原「どや、加治木さん? 大物やろ?」

かじゅ「ああ……これは驚いた!!」

怜「あっ、どーもよろしくです。千里山の園城寺怜いいます」

竜華「同じく、清水谷竜華や。うちの怜がやっぱ対抗戦出たい言うから連れてきました。
 って……うわっ!? 白糸台のシャープシューター!? えらいビッグネームがおるやん!! 誰や、混成なんて余り者集団やから大活躍できるゆーたの!」

末原「うちうち」

菫「あ……いや、私は混成チームには参加しない」

竜華「なんや、そうなん?」

かじゅ「弘世さんは、松実宥さんを紹介するために、ここまでいらっしゃってくれたんだ」

怜「松実宥ってあの阿知賀の松実宥……? どこにおるん――って、これか!? この毛布の塊か!!」

菫「あ、あの……」

竜華「そっかー。白糸台と組むんもそれはそれでオモロい思たけどなー。なんや、王者はこういうお祭りは嫌いなん?」

菫「いや、そのだな……」

かじゅ「どうしました、弘世さん?」

菫「とりあえず、重要な勘違いを一つだけ訂正させてほしい」

かじゅ「はい」

菫「小走さんに拉致された私が連れてきた私の代わりというのは、松実宥さんではない」

かじゅ「と……言いますと?」

菫「私のチームメイトがどうしても対抗戦に参加したいと駄々をこねてな。一緒に連れてきたんだ。
 で、ちょっと寄り道すると言って途中で分かれて……そろそろ来るはずなんだが……もしかすると道に迷っているのかもしれん」

まこ「弘世さんのチームメイトで……道に迷うって…………まさか!!」

菫「ん? なんだ、清澄のも迷子体質なのか?」

かじゅ「………………弘世さん、その、改めて聞きますけど、あなたの代わりに来る人というのは、一体誰なんですか……?」

菫「ああ、たぶん、みんな知ってるやつだと思うが――」

 菫は、その場にいる全員を見回してから、言った。

菫「宮永照だ」

 一方その頃、長野某所――。

照(うう……ちらっとでいいから咲に会いたかっただけなのに……ここ……どこ?)

 インターハイチャンピオン――宮永照は涙目でさ迷っていた。

@全国各所

「私が……全国選抜に?」
「面白いっすね。乗ったっす」
「一年選抜に!? 私を? うっそマジでー? なんでー?」
「一年選抜!!? ホンマですか!? これ夢? 夢じゃないですよね!?」

「ええええっ! 二年選抜!? わ、わた、私なんかでいいんですか!?」
「……選抜……選ばれてしまった……」
「えええ、うちがですか? それは……もう、やります! やらせてください!」
「はあ……それホンマでっか? まあ、ええ機会やとは思てましたから。ほな、よろしくです」
「わっ、本当に誘われちゃった!? どど、どうしよう……!」
「ま、やるだけのことをやろうよ」

「部長、私って二年ですけどよかですかね……?」
「よかよか。それくらいの無理はねじ込むけん」

 こうして、全国選りすぐりの猛者四十人が東京に集う――!!

 インターハイ会場。実況室。

すばら「さあ!! 始まりましたっ! 全国選抜学年対抗戦!! 一週間の準備期間を経て、ついにここ、東京・インターハイ会場にて開催と相成ります!!
 あっと、申し遅れました! 私はこのたび『声』を買われて実況を務めます、新道寺高校二年、花田煌です! 以後、よろしくお願いします!! すばらっ!」

すばら「さて、今回の競技ルールですが、基本的にはインターハイと変わりありません。ただし、参加者は倍の十人。
 先鋒戦から大将戦までの各対局を、二名で半分ずつ行う形式となります。要するに、各戦の前後半で選手が変わるということです!」

すばら「では、早速選抜選手の発表といきましょう……とその前にっ! 今日は解説として各学年から一名ずつ計三名の方をお呼びしております!
 まずは三年生からこの方、白糸台のシャープシューター! 弘世菫さんっ!」

菫「弘世菫です。本日はよろしくお願いします」

すばら「弘世さんは、注目している選手はいますか?」

菫「とりあえず、うちの一年坊がはしゃぎ過ぎないか心配です」

すばら「なるほどっ! 後輩を見守るために解説を引き受けてくださったのですね。すばらな先輩心です!」

菫(同学年にも心配なやつはいるが……)

すばら「続いては二年生。龍門渕高校から、卓の流れを操る男! 井上純さん!」

純「井上純だ。まず言っておく、オレは女だ」

すばら「井上さんは、注目している選手はいますか?」

純「ま、オレもそっちの弘世さんと同じで、チームメイトの動向が気になるな。あと、何人か全国区じゃない長野の面子が混じってるようだが……そいつらが全国レベルを相手にどう戦うのかも、オレ的には見所だ」

すばら「主催が清澄さんだからというのもあるのでしょう、確かに今回は全国選抜と言いつつ長野県勢が多数を占めてますね。なぜか臨海や有珠山からは一人もエントリーされていませんが、それについてはどう思いますか?」

純「臨海の面子はのきなみ帰国中、有珠山も有珠山で外国みてえなもんだから仕方ねえだろ」

すばら「北海道のみなさんすいませんっ!! さて、解説最後の三人目を紹介するといたしましょう。初々しい一年生です。晩成高校より、岡橋初瀬さん!」

初瀬「初瀬です。なんで呼ばれたのかわかりません。でも頑張ります」

すばら「晩成高校というと、昨年までずっと奈良県の代表だった強豪校ですね!」

初瀬「はい。今年は阿知賀に負けてしまいましたが、伝説はそう何度も起きません。来年は晩成が奈良県王者に返り咲きます」

すばら「さて、そんな晩成高校からは一名だけエントリーされていますが、そのことについて何かコメントはありますか?」

初瀬「たぶん……私が憧から聞いた話をうっかり言っちゃったからだと思います。
 出るって聞いたときはびっくりしましたけど……でも、先輩なら全国区の人たち相手でも勝てるって信じてます!
 あ、もちろん、憧や穏乃さんの活躍も、同じ一年生として期待しています!」

すばら「同じ高校の先輩と、同じ学年の友人……もし両者が直接戦うことになったら、どちらを応援しますか?」

初瀬「もちろん、先輩を応援します!」

すばら「言い切りました! すばらな迷いのなさだと思います! 以上、解説の弘世さん、井上さん、初瀬さんでした!!」

菫「じゃあ花田さん、そろそろ選手の発表をお願いします」

純「みんな待ってるぜ」

すばら「わかりました! それでは行きましょう、まずは一年選抜チームからっ!! 以下の十名となっております!」

@一年選抜チーム

 宮永咲、原村和、片岡優希(清澄)

 南浦数絵(平滝)

 東横桃子(鶴賀学園)

 高鴨穏乃、新子憧(阿知賀女子)

 大星淡(白糸台)

 二条泉(千里山女子)

 森垣友香(劔谷)

すばら「パッと見た感じでは、順当にインターハイで活躍した一年生を集めてきたという印象を受けます。弘世さん、いかがでしょう?」

菫「私も同じ感想です。ただ、何名か長野の選手が混じっているようですね」

すばら「南浦選手と東横選手ですね。井上さん、何かご存知ですか?」

井上「東横ってのは、県大会でうちの龍門渕透華と清澄の原村和を相手に区間一位を取った鶴賀の隠し玉だ。
 南浦ってのは個人戦だけに出てきたやつだな。確か、福路、原村、宮永咲、竹井に次いで五位だったはずだぜ」

初瀬「南浦というと、プロの南浦選手を思い浮かべますね」

井上「ああ、なんか孫らしいって噂だな」

菫「ほう……」

すばら「いずれにしても強力な選手であることに間違いはないようです。これは期待が高まりますね。では、二年選抜チームの発表といきましょう! こちらの十名です!!」

@二年選抜チーム

 天江衣、龍門渕透華(龍門渕)

 妹尾香織(鶴賀学園)

 松実玄、鷺森灼(阿知賀女子)

 渋谷尭深(白糸台)

 神代小蒔(永水女子)

 荒川憩(三箇牧)

 愛宕絹恵(姫松)

 船久保浩子(千里山女子)

すばら「見事にビックネームが揃いましたね!」

初瀬「天江衣選手、神代小蒔選手、荒川憩選手ですよね。去年、私は中学生でしたが、あんなに興奮したインターハイは初めてでした」

菫「火力の高い選手と手堅い選手の二種類に大別できる気がしますね」

井上「オレは安定したやつと不安定なやつの二種類に見えるけどな」

すばら「ふむ、不安定……といいますと?」

井上「永水の神代小蒔は確かに強いが、打ち筋にブレがある。阿知賀の松実玄も諸刃の剣みたいなもんだし、うちの龍門渕透華もデジタル派のくせにムラっ気たっぷりだ。
 極めつけは、鶴賀の妹尾香織」

初瀬「東横選手と同じ高校の、長野の選手ですよね。どういった方なんですか?」

井上「簡単に言えば、ド素人だ。県大会には人数合わせで参加していた」

菫「ド素人って……よくそんな選手をこの選抜対抗戦に起用しましたね、龍門渕さんは」

井上「ま、理由は見てりゃわかるし、或いは、わからずに終わるかもしれねえ」

すばら「非常に意味深な発言が飛び出しましたっ! 気になるところですが、先に進みましょう! お次は三年選抜チームの発表!! こちらの十名です!!」

@三年選抜チーム

 竹井久(清澄)

 福路美穂子(風越女子)

 愛宕洋榎(姫松)

 江口セーラ(千里山女子)

 石戸霞、薄墨初美(永水女子)

 白水哩、鶴田姫子(新道寺女子)

 小瀬川白望、姉帯豊音(宮守女子)

すばら「いやはや……ハンデを背負ってなお、この層の厚さ! さすがの最高学年(まあ姫子さんは二年生なんですけど部長と一心同体だから三年生みたいなもんですよね!!)ですっ!! すばらっ!!」

初瀬「ハンデってなんですか?」

すばら「インターハイの団体戦決勝に出た三年生は選抜チームに入れない、というハンデです。ただし、代表の竹井選手は例外となりますが」

初瀬「あっ、だから弘世さんがこちら側にいらっしゃるんですね!」

弘世「ま、ハンデなんてあってもなくても私は傍観しているつもりでしたが……」

井上「しかし、改めて眺めると本当に隙のねえ面子だな。なんつーか、例えば強さランキングってのがSからEまであったとして、ランクAの選手だけを集めましたって感じだ」

すばら「このチームを崩せる隙があるとしたら、どこでしょう?」

初瀬「ランクAの人たちが揃っているっていうなら、それを超える、ランクSの人たちが鍵、ですかね?」

菫「いや、それはどうでしょうか……」

すばら「弘世さん、何か?」

菫「私見ですが、このチーム編成は下級生への挑戦状なんだと思います。全国から選りすぐったランクAの集団――言い換えれば、各チームを牽引する主将・エースの集まり。
 このチームは、下級生にとって一つの壁なんだと思います。ラインと言ってもいい。それを超えられなければ、全国に出るようなチームを引っ張っていくことはできない。
 だから、なんとかして打ち倒してみろ――そんな後輩へのメッセージが読み取れます」

井上「なるほどな。言われてみると、見事に各校の顔みたいなやつらが集まってやがる」

菫「ま、そんな感じです。というわけで、私はむしろランクAに届かない――ランクB以下の選手たちが、いかに『先輩』という牙城を崩せるのか。
 そこに、このチームを倒す鍵があると思います」

すばら「弘世さん、すばらな解説、ありがとうございました! やはり、三年生のことは三年生が一番よくわかっているんですね!」

菫「ああ、じゃあ、わかるついでにもう一つ」

すばら「なんでしょう?」

菫「このチーム編成からは、何よりも三年生たちの『絶対に後輩には負けたくない』という意地が感じられます。要するに、三年生が一番ガキっぽいということです。
 チェスの駒が全部クイーンだったらいいのに、って考える子供みたいなもんですよ。いや、実際よくこんな飛車角だらけのチームを作ったと感心しています」

すばら「なるほど! では、綺麗に落ちたところで、最後のチームを発表いたしましょう。今回の全国選抜学年対抗戦の影で蠢いていたアウトロー集団!
 混成チームの十名です!!」

@混成チーム

 染谷まこ(清澄)

 池田華菜(風越女子)

 加治木ゆみ(鶴賀学園)

 宮永照(白糸台)

 松実宥(阿知賀女子)

 園城寺怜、清水谷竜華(千里山女子)

 末原恭子、上重漫(姫松)

 小走やえ(晩成)

井上「とりあえず、晩成の小走やえってのは何者なんだ?」

初瀬「小走先輩は、我が晩成の先鋒を務めていました。打ち筋はスタンダードと言いますか、王道を貫くタイプです。
 また、とても経験豊富な方で、場面によって打ち筋を変化させる、といった柔軟性にも優れています」

菫「私は、風越女子の池田華菜選手、それに鶴賀学園の加治木ゆみ選手について聞きたいですね」

井上「池田も加治木も、県大会の大将戦で清澄の宮永咲とうちの天江衣を相手取った選手だ。負けこそしたが、あの魔物どもと戦って心が折れなかった――そのメンタルの強さは全国レベルだと思うぜ。
 池田は猪突猛進な高火力タイプで、バカだ。加治木は変幻自在なオールマイティ雀士で、切れ者だな」

すばら「どなたも実力は十分ということですね!」

菫「実力で言うなら、阿知賀の松実宥選手は非常に安定しています。清澄の染谷まこ選手も隙のない良い打ち手です。私は先のインターハイで二人と卓を囲んみました。とても手強かったです」

初瀬「そう言えば、これで清澄高校、阿知賀女子学院、千里山女子高校は、レギュラーの五人が全員どこかのチームに選抜されたことになりますね。次に多いのは、姫松の四人ですか」

菫「清澄・姫松、阿知賀・千里山は、準々決勝、準決勝と、都合二度戦っていますからね。なにかと因縁めいたものがあるんでしょう。うちと新道寺みたいなものです」

すばら「その節はどうもでした」

菫「ああ、花田さんのお気持ちはわかりますよ。公式戦であいつと二連戦というのは、かなりのプレッシャーだったでしょう」

すばら「いえ、光栄なことです。あの方と二度も戦えたという事実は、私の麻雀人生の中でずっと輝き続けると思います。
 ……ということで、いい加減、このチームで一際目立つあの方について触れましょうか!!」

菫「宮永照か」

井上「宮永照だな」

初瀬「宮永照選手ですね」

すばら「皆さんに率直に聞きます。全国王者・宮永照を擁する混成チームが、他の学年選抜を『喰う』可能性は、どれくらいあると思いますか?」

初瀬「私には異次元過ぎてなんとも……」

井上「オレは、まず混成チームそのものがけっこう強いと思うぜ。少なくとも、当初想定していただろう噛ませ犬的なチームとは程遠い。
 そこにあの宮永照が加わってるんだ。他学年の選抜チームは、せいぜい足元をすくわれないように気をつけたほうがいいだろうな」

すばら「弘世さんは、いかがですか?」

菫「私は、もちろん照の存在は大きいと思いますが、絶対ではないとも思っています。
 現に私たち白糸台高校は清澄高校に破れたわけですから。照がいれば勝てるなんて、そんなことは信じてはいないですよ。
 ただ、一つ言わせてもらえば……」

すばら「なんでしょう?」

菫「照と同卓することになる人間は、死線をさ迷うことになります。お気をつけて」

すばら「おっしゃる通りですっ!!! 冗談抜きで死に掛けますからっ!!!」

菫「以上」

すばら「はい! ありがとうございました! それでは、オーダー発表までもうしばらくお待ちください! 全国選抜学年対抗戦、先鋒戦は、これから一時間後となります!!」

 全国選抜学年対抗戦・開会式

 インターハイの組み合わせ抽選会が行われたステージ。

 壇上には、実況の花田。そして各チームの代表者の計五名。

 フロアには、残りの対抗戦メンバー、解説の面々、その他、対抗戦には参加しないがチームメイトを応援しに来た強豪校のレギュラー……総勢六十人ほどの雀士たちが、思い思いに集まってそれを眺めている。

すばら「皆様お待たせいたしましたぁ!! 各チームオーダーが出揃った模様です! 間もなく先鋒戦開始となります!!
 がっ!! その前に各チームの代表からご挨拶ですっ! まずは……どなたから行きましょう!?」

かじゅ「じゃあ……トリになる前にさっさと終わらせておくとしよう」

すばら「お願いしますっ!!」

かじゅ「えー……私たち混成は、最初はただの寄せ集めだった。が、なんの因果か全国の有力選手が次々に加わり、ついには宮永照を獲得するにいたった。正直、持て余している」

かじゅ「先のインターハイで、私は長野の鶴賀学園の大将として出場した。
 新設校ということもあり、私ともう一人の三年を中心に、集まってくれた面子だけで県予選を戦い、ついに私たちは決勝まで駒を進めた。
 出来すぎもいいところの結果だ。私は、実際、決勝に出れただけで満足した。が……しかしだ!」

かじゅ「あのときも……そして今も、こうして戦いの舞台に立つと、欲が出る。勝ちたいと、強者を打ち負かしたいと、本気で思う!」

かじゅ「私たちは、学年対抗とやらに興味はない! ただ己が勝つためにここに来た! 鶴賀は県予選の決勝で破れたが……今日――この混成チームでは勝たせてもらう!
 以上、混成チーム代表、加治木ゆみだ!!」

怜「ひゅー! よう言ったでー加治木代表ー! うち病弱やけど任しときー!!」

竜華「やから、あんたはさり気なく病弱アピールすな!!」

末原「やめやアホ。加治木さんがせっかくええこと言うたのに、あんたらのせいで関西勢以外全員引いとるやん。チャンピオンなんかぴくりとも笑てへんで」

漫「先輩、それ元々ちゃいます?」

照「………………」

宥・小走「…………ぶふっ!!」

まこ・池田(うわっ! 奈良の人たち今チャンピオンを笑った!!?)

久(ふふ……さすがね、ゆみ。もうチームメイトから信頼を得てる。やっぱりゆみは敵に回してこそだわ)

美穂子(あ、上埜さん……楽しそう。加治木さんカッコいいからなぁ……)

モモ(先輩……学年対抗には興味ないって……私は……強くなった私を先輩に見てほしくてここに来たのに。
 先輩は混成チームで麻雀するほうが楽しんスか……? 宮永照みたいな……鶴賀より強い仲間に囲まれてるほうが欲張れるんスか……?
 そんなの……私は認めたくないっす……!)

かおりん(加治木先輩が敵かぁ……。部内では何度も対局してきたけど、今日は練習とは違うんだ。わたし……頑張らなきゃ!)

すばら「加治木ゆみさんの痺れる挨拶でした! さて、二番手はどなたでいきましょう!?」

久「私でいいかしら?」

すばら「どうぞっ!」

久「どうも皆さん。三年選抜代表の竹井久です。三年も前の話だけど、上埜久のほうが通りがいい方もこの中にはいるのかしら?
 いえ、やっぱり竹井よね。なんたって、全国優勝したチームの主将で、唯一の三年生なわけだから……」

まこ(おお、煽っとる煽っとる)

咲(部長遊んでるなー……)

久「ま、とは言うものの、この中には私より強いって自信満々の一、二年生もいっぱいいるでしょうね。けど……強い弱いだけで麻雀をしていられるのなんて今のうちだけなのよ?
 一、二年生のみなさんはまだわからないと思うけど、三年生になるっていうのはね、あなたたちが思ってる以上に大変なことなの。
 自分自身の引退も近い。後輩は言うことを聞かない。先生や他校の人とも付き合わなくちゃいけない。みんなの期待にも応えなきゃいけない……」

久「かく言う私もインターハイの準々決勝ではプレッシャーに負けたわ。自分らしさを見失った。ま、一人で立て直したけどね」

久「チームを代表するということがどういうことか。チームを率いるということがどういうことか。チームを背負うということがどういうことか。
 それを、これから先輩になっていく――今はまだ後輩であるあなたたちに教えてあげるわ。そのために今日は全国から最高のメンバーを集めたつもりよ。
 もちろん負けてあげる気はさらさらない。全力で叩き潰してあげるから、あなたたち死ぬ気でかかってきなさいっ!!」

優希「上等だじぇえええ部長! 絶対負けないじょー!!」

穏乃「うおおおお! なんか燃えてきたあああ!!」

憧「あ、なんかあの二人似てる。中身が」

和「! やっぱり憧もそう思いますか!?」

久「以上! 三年選抜代表、清澄、竹井久でした!!」

豊音「わー竹井さーん! ちょーカッコいー! サインちょーだいー!」

シロ(うわーダルい……って思ってるの私だけ……?)

美穂子(上埜さん……素敵です……!)

洋榎(久のやつ言うことだけは一丁前やの。ま、うちレベルともなれば言わずとも背中で語れるんやけどな)

セーラ(清澄の三年はたった一人……ここまで来るのは大変やったんやろなぁ。もし……うちに怜や竜華、それに他のみんながおらんかったら……あかん。全国どころか府大会で負けてまう気ぃするわ)

霞(あらあら……なんだか青春っぽくていいわね。うちだと普通の先輩後輩関係は作れないから、ちょっと羨ましいわ)

初美(清澄の部長は何を言っても裏がある気がしてならないですよー)

哩(清澄、竹井久か。五人しか部員がおらん小さなとこの部長やのに……しっかりしとんなぁ。公式戦で一度打ってみたかったと)

姫子(さすが……全国優勝するようなチームの部長ともなると……貫禄があるとです。ま、うちの部長ほどやないですけど……!!)

すばら「心に沁みる挨拶をありがとうございました! この不肖・花田、戦いには参加できませんが、先輩方の熱き思いを実況席から受け取りたいと思いますっ!
 では、続いては――」

 瞬間、開会式の会場が、闇に包まれるッ!!

すばら「すばっ!? えええ!? なんでいきなり停電…………って、うええええええ!???」

 闇の中、光を放つ金色の魔物が、一人ッ!!

衣「前座大儀。下がっていいぞ、清澄の……」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

久(あらあら、また一段と張り切ってるわねぇ……)

透華(衣……楽しそうでなによりですわ)

咲(すごい……まだ午前中なのに……!)

淡(へえー……)

 衣、壇上の中央に進み出て、仁王立つ。

衣「二年選抜代表……龍門渕高校、天江衣だ」

すばら「え……えっと、ど、どうぞっ!!」

衣「初めに断っておくと、衣は二年生だが、先輩はいない。後輩もいない。なぜなら、衣たち龍門渕高校麻雀部は、元々校内にあった麻雀部を力で圧倒し、追い出し、その上に新しく作り上げたものだからだ。
 ゆえに、衣は学年を超える繋がりというものが、よくわからない」

衣「そんな衣は他の三チームに対してなんの言葉も持たない。だから、ここから先は、敵ではなく味方――二年選抜の全員に向けた言葉になる……」

衣「お前たち……今日は好きなように打つがいい。結果がどうなっても誰も何も咎めることはない。衣が願うことはただ一つ。
 全員が、己が納得できるような麻雀を打ってほしい! 最後まで自分の麻雀を貫いてほしい! それだけだっ!!
 学年に拘る者は拘ればいい。勝敗に拘る者は拘ればいい。みな……それぞれにこの対抗戦に思うところはあるだろう。その思いを――全力でこの戦いにぶつけてほしい!」

衣「その結果……! もし我ら二年選抜が勝つようなことがあれば――それは全員で勝ち取った勝利だ! 各々胸を張って母校に帰るがよかろう!!
 いいか、お前たち!! 今日は祭りだッ!! 楽しんだ者が勝者ッ!! みな……今日は一緒に心ゆくまで遊ぼうではないかッ!!」

 電気、復旧ッ! 拍手、喝采ッ!

かおりん「天江さんカッコいいです……!!」パチパチパチ

小蒔「いいご挨拶でした……」パチパチパチ

玄「なんかわからないけど感動した……」パチパチパチ

灼「同じ学年とは思えない貫禄……」パチパチパチ

憩「衣ちゃん、のっけからはしゃぎすぎやでー」パチパチパチ

絹恵「なんやー天江さんってイメージとちゃうなー? ごっつええ人やん。浩ちゃんどう思う?」パチパチパチ

Q「せやな。もっと唯我独尊な感じやと思っとったけど、ちゃんとうちらのことまで考えてくれてたんやな。意外や」パチパチパチ

尭深(……さすが……)パチパチパチ

衣「以上! 二年選抜代表、龍門渕高校、天江衣!」

すばら「怒涛のご挨拶ありがとうございました! 私も仲間として聞いてみたかったところではあります! ええ、精進しますとも!
 あっ、停電と発光には何もツッコみませんよ!! さて……最後になりましたが、一年選抜の代表挨拶をお願いします!」

咲「あ……ああ、えっと、一年選抜代表、清澄の宮永咲です。ええ、本日はお日柄もよく……」

優希「咲ちゃん全然ダメだじぇ! マイク貸すじょっ! あーあー。えー!! 我は清澄高校一年、片岡優希! 先輩方みたいに長々話す気はないじょ!
 言いたいことは一つ! 我ら一年最強! 上級生は全員顔を洗って待ってるといいじぇっ! はい、じゃあせっかくだからみんな言いたいこと言えばいいじょっ!」

 優希、マイクがワイヤレスなのをいいことに、壇上を飛び降りて、フロアを駆け抜ける!

 一年選抜、次にマイクを受け取ったのは――!

南浦「え……? あ、えー。私のことなど全国区の方々は誰も知らないと思う。しかし、今日私と戦う者は、きっと一生忘れられない名になるだろう。
 平滝高校、南浦数絵。……はい、どうぞ」

友香「えっ? これ全員回すパターンでー? あーあー。劔谷高校の森垣友香です。よろっ!
 えっと、私が負けて劔谷が弱いみたいに思われるのは嫌なんでー、今日は一年というか劔谷を代表して、絶対に皆さんに勝ちたいと思いますんでー。ハイ、次あなたね!」

泉「あーあー。どうも、千里山の二条泉です。千里山はレギュラーが全員この場におるんで、あんま滅多なことは言えないですけど、私も負ける気はありません。
 特に三年生の方々にはインハイで苦い思いをさせられたので、きちんと借りを返すつもりでいます。以上です。えっと、あ、じゃあどうぞ……」

憧「いや、すっごい恥ずかしいんだけどコレ……!? えっーと、阿知賀の新子憧です。えー、私は、自分が所属する阿知賀女子麻雀部の全国出場を、十年前と今年の二度で終わらせるつもりはありません。
 なので、今の上級生がいなくなっても阿知賀が全国にいけるよう、これからも頑張っていくつもりです。先輩方は私の目標であり、超えなければいけない壁です。
 今日はその壁に、体当たりでぶつかっていきたいと思います。できれば倒します。はい、シズ、パス!」

穏乃「ううおおおおおおお!!! 二年生!! 三年生!! 一年生もっ!!! 今日は強そうな人たちいっぱいで興奮してますっ!!!
 こんなところで勝てたらきっと気持ちいいだろうなああああ!! だから勝ちますっ!! 阿知賀、高鴨穏乃! えっと、次は……!」

モモ「鶴賀の東横桃子っす。とにかく勝つっす。今日はそのためだけに来たっす。見ていてください……以上っす。じゃ、どうぞ」

淡「やっほーい! 年寄りの雑魚ども! 私は白糸台の大星淡だよ!! お願いだから簡単にやられちゃわないでよねー?
 みなさんせいぜい私を倒せるように頑張ってくださーい。そんだけー。じゃ、サッキー、戻すねー!!」

 淡、フロアから壇上目掛けてマイクをパス。マイクは放物線を描いて、綺麗に咲の手に収まる。

咲(わー戻ってきたー……みんなの痛い視線と一緒にマイクが戻ってきたー……)

 咲、少し漏れそうになる。助けを求めるように、和に目線を送る。

咲「ごめん、和ちゃん、うまいこと収めて。お願い」

和「はあ……わかりました」

 和、少しうんざりしたような様子で、壇上へ。マイクを受け取って、いつの間にかピリピリと剣呑な雰囲気に変わってしまった会場内を見回す。

和「えー、これは、この対抗戦の話が持ち上がったときから個人的にずっと気になっていて……今も黙って話を聞いていれば、三年生が強いだとか、一年生が強いだとか、二年生こそは……などと皆さんちらほら言われていますが……」

和「そんなオカルトありえません」

和「麻雀の強さと学年が比例するなんてことはないんです。差があるとしたら、純粋に経験の差でしかありません。
 十分に経験があれば一年生でも強い人は強いですし、たとえ三年生であっても弱い人は弱いでしょう。それだけです。
 もちろん、こんな一回限りの大会で強さの序列は決められません。これで勝ったからどうだということもないでしょう。ただ、もちろんやるからには負けるつもりはありません」

和「名目が学年対抗戦であろうとなんだろうと、私はいつも通りに打って勝ちたいと思います。相手が何年生の誰であろうと関係ありません。
 全力を尽くして戦いますので、どうか、皆さんよろしくお願いします。清澄、原村和でした」

 ぺっこりんと頭を下げる、和。

 しかし、場の空気は回復するどころか、ぴきりと凍りついていた。

すばら「(和、相変わらずのエアーノーコントローラーっぷり! すばらくない!!)えっと………………じゃあもうさっさと先鋒戦を開始しましょうか!!?
 選手のみなさんは一旦控え室に戻ってくださいっ!!」

@一年選抜控え室

友香「みなさーん、お茶淹れましたんでー。飲むー?」

淡「もらうもらうー」

泉「ほな、うちもいただきます。おお、ええ香りですねっ!」

憧「咲はどう思う? あの二人勝てそう?」

咲「(いきなり呼び捨て!? 和ちゃんのお友達アグレッシブ!!)え……? うん、大丈夫だと思うよ」

和「穏乃……さっきから何をやってるんですか?」

穏乃「いや……この隅っこのほうから……いい匂いがするんだけど……あっ!! これだ!! うおおおおなんだこれ!! 見えないけどなんかぷにぷにしてる……!?」

モモ「あの…………私の胸に何か用っすか?」

穏乃「あっ!? 鶴賀のモモさんじゃないですか!! インターハイではお世話になりましたっ!!」

@二年選抜控え室

玄「走っていっちゃったね。転ばないかな……?」

小蒔「先鋒戦をモニターで見るなんて、ちょっと不思議な感じです!」

玄「あ、それわかりますー!」

Q「っちゅーか、あの二人が先鋒なんは勿体無い気がするなぁ。普通に大将でええやん」

灼「まあ、先鋒に強い人っていうのはセオリーだから、間違ってないとは思うけど」

憩「そんな細かいこと考えてるんとちゃうよ、どうせ早く遊びたいだけやねんて」

かおりん「あの……インターハイを見てたときから気になってたんですけど、なんでいつもお茶飲んでるんですか?」

尭深「…………ノーコメント」

絹恵「コラそこ、ちゃんと応援しいや」

@三年選抜控え室

久「みんな、このオーダーで不都合はなかったかしら?」

美穂子「私は上埜さんの言うことに従います……たとえそれがどんなことでも////」

洋榎「うちは文句ないで。先鋒もあの二人でええと思うしな」

初美「私も問題ないですよー。どこに置かれても仕事はきっちりしますからねー」

姫子「ばってん、竹井さん。むしろ竹井さん自身は大丈夫とですか? けっこう思い切ったオーダーですけど……」

哩「思うところがあるんやろ。心配はしとらんけん、好きにしたらよか」

霞「みなさんリラックスしてるわねぇ。あっ、鹿児島から持ってきたお土産があるのよ。どうぞ召し上がってー」

セーラ「おおっ!! お土産やて!? さすが霞姐さんは気ぃ利くなぁー!!」

霞「姐さん……? 同い年なんだけど……」ゴゴゴゴゴゴ

@混成チーム控え室

まこ「本当にあの二人で大丈夫じゃろか。先鋒でトビ終了ってことはないと思うが」

かじゅ「まあ……いくら全国クラスとは言え、半荘二回で十万点を削り取れる者は限られている。そのうち一人はうちにいるしな」

照「…………」

末原「さっきからチャンピオン全然喋らへんけど、もしかして人見知りしてはるの?」

照「……………………」

漫「先輩っ!! これ図星ですよっ! 顔真っ赤になってますやん!」

怜「意外やなぁ。チャンピオンて外から見んのと内から見んのでこんなちゃうんや。あ、よく見たら膝が空いて……」

竜華「あんた浮気か!? 早速浮気か!?」

宥「あの……みなさん、そろそろ始まりますよ~」

すばら「それでは!! お待たせいたしましたぁ!! ついに全国選抜学年対抗戦、先鋒戦が始まります! 各チームのオーダーは以下の通りです!!」

@一年選抜:片岡優希(清澄)・南浦数絵(平滝)

優希「数絵、まずは私から行くじぇ!」

南浦「わかった。トバなければ私がなんとでもする」

@二年選抜:龍門渕透華(龍門渕)・天江衣(龍門渕)

透華「ま、わたくしが様子を見てきますわ」

衣「じゃー衣は後半からだなー!」

@三年選抜:小瀬川白望(宮守女子)・姉帯豊音(宮守女子)

豊音「はいはーい! 私、天江さんと打ちたいっ!」

シロ「お好きにどうぞ……」

@混成:池田華菜(風越女子)・小走やえ(晩成)

池田「天江衣が後半か……なら、あたしも……!」

小走「いや、池田、お前は前半に出とけ」

@実況室

すばら「対局者は席についてください! ペアの方は、こちら実況席の隣に特別観戦室を設けておりますので、そちらへどうぞ!!」

菫「へえ……そうなのか」

純「場合によってはここに呼べるように、ってことか」

初瀬「あ、私に言っていただければいつでも呼びにいきますね」

@対局室

東家:片岡優希(一年選抜)

優希(知った顔ばっかりだじょ。残念……どうせなら初めてのやつをぶちのめしたかったじぇ!)

南家:池田華菜(混成チーム)

池田(惜しいな……天江が先鋒だっていうから借りを返せると思ったのに。ま、小走さんには小走さんの考えがあるんだろうし……とにかく目の前の敵を倒すし!)

北家:龍門渕透華(二年選抜)

透華(風越と清澄は……ま、いいですわ。宮守の三年――ひとまずはあなたが敵でしてよ!)

西家:小瀬川白望(三年選抜)

シロ(三人ともやる気満々かぁ……ダルいなぁ。清澄もまた起家……けど、あのときは神代がいたからな……それに比べると楽できるかな……?)

 それぞれの思惑を胸に、意地とプライドを懸けた戦いが今――始まるッ!!

すばら『先鋒戦、スタートですっ!!!』

優希「そっれじゃー! 今日一発目のサイコロを回すじぇー!!」

 先鋒戦前半――開始ッ!!

@実況室

すばら「さあ、配牌も終わり、一年選抜・片岡選手から第一打が放たれました!! とうとう麻雀が始まりましたね、弘世さん!!」

菫「そうですね。対抗戦の話が持ち上がってからここまで……長かったです。やっと戦いが始まったと安心しています」

純「まだ試合はほとんど動いてないけどな」

すばら「井上さんは、この四人の中では、誰が最初に動くと思いますか?」

純「いやいや、そんなのオレに聞くまでもないだろ。ここにいるやつは全員こないだのインターハイを見てんだろ? 最初に仕掛けるやつが誰かなんて、わかりきってることじゃねえか」

すばら「これはこれは、失礼いたしました!」

菫「決勝の先鋒戦前半――東一局、私は控え室から見ていましたが、いや、やられたと思いましたよ」

純「あいつもあいつで大した化け物だからな。長野県の個人戦――予選は東場だけだったが……その結果がありありと物語ってるぜ。
 こと東場に限れば、あいつは間違いなく全国トップクラスの打ち手だ」

初瀬「あっ――! 今、点棒ケースを開きました! たぶん、千点棒を出すんだと思いますっ!!」

すばら「おおおおっと!! 早くも試合が動きます!! 最初に仕掛けるのはやはりこの人ッ!! 一年選抜・清澄高校・片岡優希だああああ!!」

@対局室

東一局・親:優希

 六巡目

優希「リーチだじぇっ!!」タァンッ

シロ(んー、そろそろかなと思ってたけど、やっぱ来ちゃったか……)

透華(きー! 目立ちやがって、ですわ!! 原村といい嶺上使いといい、清澄の一年は本当に腹立たしいですの!!)

優希「対抗戦最初のリーチはいただきだじぇ!! そしてこの対抗戦――東二局は来ないッ!
 最後のリーチも私がいただいて、一年が最強であることを世に知らしめてやるじぇ!!」

 優希、トラッシュトークッ! 池田、苦笑ッ!!

池田「いや……いくらお前が強くても、さすがにそれは不可能だし」

優希「むっ……? 風越池田、いまさり気なく私のことを『強い』って言ったか?」

池田「まあな。あたしがこんなことを言うのはアレだけど、お前ら清澄は普通に強いし。そりゃみんな認めてることだ。インターハイはマグレで優勝できるような大会じゃない。
 そんなインターハイの優勝校で先鋒を務めて……チャンピオンとも立派に戦ったお前のことを、強くないなんて思ってるわけないし」

優希「今日は妙に話がわかるじゃないか、池田! その通りだじょ! 私は強いんだじょ!! もっとちやほやされていいと思うんだじょ!」

池田「ああ……ま、そうかもな」

シロ(話してないで早くツモれって。いや、それとも……ツモる必要がない…………とか……?)

池田「けど悪いな、清澄の! お前の先制リーチはお預けだし! 東二局もすぐに来るし!! だから――今すぐその目障りなリー棒を引っ込めろし!!!」

優希「は……?」

池田「ロンッ!! 平和赤一……2000!!」

優希「じょーーーーーー!!!?」

シロ(ふーん……風越・池田……知らない選手だったけど、東場の片岡の速さを上回れるのか……長野は魔物の巣窟だなぁ)

透華(池田華菜……衣相手の情けない姿ばかり見ていましたけれど、こうして戦ってみるとなかなか厄介な相手ですわねぇ……。負けちゃいられませんわ!)

池田(我ながらダサい和了だなぁ……。いつもなら先制リーチが入っても和了り拒否して高めを狙うんだけど。
 清澄の片岡……こいつにそれは通じないだろう。ここで和了っとかなきゃ……きっと先に和了られてた。それくらい東場のこいつはブレなく強い……けどっ! 華菜ちゃんはもっと強いんだし!!)

優希(池田ァ!! やってくれるじぇ!! 東場でこのまま負けるわけにはいかない……すぐ巻き返すじょ!!)

タ:98000透:100000白:100000池:102000

@実況室

すばら「決まったああああ!! 学年対抗戦最初の和了りは――混成チーム先鋒・池田選手のダマ平和っ!!」

純「セコくて地味な和了りだな」

初瀬「池田選手は実は四巡目からテンパイしていましたよね。どうしてリーチをかけなかったんでしょうか?」

菫「もっと高めを狙える……そう考えたんでしょう」

初瀬「あ、いえ、それはわかるんですけど……。でも、あの形から狙える高めって要するに断ヤオですよね?」

 池田手牌:二三四[五]六七45⑦⑧⑨②②:ロン3:ドラ③

初瀬「この手で六筒を待つくらいだったら、先制リーチを掛けて裏を狙ったほうが無難だと思います。
 確かに断ヤオがつけばリーチツモで満貫に届きますが、今みたいに手替わりを待っている途中に和了り牌が出てきたら、せっかくの満貫もたったの2000点にしかなりません。
 なら、リーチを掛けて3900を確定させておき、満貫は裏ドラ期待……少なくとも、私ならそう打ちます」

純「初瀬さんの意見はもっともだな。筋は通ってるし、かなり現実的だとオレも思う。で、それに白糸台の三年生はなんと答える?」

菫「初瀬さんの思う『狙える高目』と、池田選手の思う『狙える高目』が、同じだとは限らない」

初瀬「えっ……? でも、一通や三色は面子を崩さないとダメだし……一盃口も遠過ぎますよ?」

菫「いや、もっと簡単な方法でいいんですよ。手っ取り早く飜数を上げられる方法――例えば、雀頭にドラを重ねるとか、五索を赤ドラに切り替えるとかね」

初瀬「そ、そんな都合よく引けますか?」

菫「さあ、どうでしょう。ま、仮に赤五索、六筒、三筒、三筒と都合よく引いたとしましょう。そうすれば、あの2000の手がたった四巡で断ヤオ平和ドラ二赤二――ダマッパネに化ける」

初瀬「いや、確かにそうですけど……」

菫「で、万が一一発ツモなんてことになれば、あっという間に倍満です。先制リーチで手堅く3900を狙うか、数巡待って最大16000をものにするか……池田選手は恐らく後者を狙っていたんだと思います。
 『裏はめくらないでおいてやる』とか、そんなことを言いそうな顔をしていました」

初瀬「信じられません……」

菫「信じる信じないはまた別の話ですよ。ただ、自分の手がどれくらい高い手になるか、今見えている手にどんな可能性があるか――そういうイメージをどれだけ具体的に描けるかで、実力に大きな差が生まれます。
 池田選手はたぶん、そういうイメージ力に優れた選手なのだと私は思いますね」

純「言い得て妙だな」

すばら「すばらっ!! たった一度の和了りを見ただけでかなり深いところまで切り込んでくれました!! これが白糸台高校のシャープシューター!! 目の付け所がシャープです!!」

菫「初瀬さん、麻雀はより多く点を稼いだ者が勝つ競技です。あんまり早い段階で自分の手を見限っては手牌が可哀想ですよ。狙える高めはどんどん狙ったほうがいい」

初瀬「勉強になります!!」

すばら「さあ! そうこうしている間に東二局がじわじわ進行しております!!!」

@対局室

東二局・親:池田

 七巡目

優希(タコスチャージもばっちり……配牌も三色確定ドラ二……勢いは削られてない……でもあと一歩テンパイが遠いじょ)タンッ

池田(清澄はまだ張ってないのか? それともダマで十分な手だとか……。ま、どっちだったとしても押せ押せだしっ!!)タンッ

シロ(んー……清澄はそろそろ危ないかな……風越さんはまだ……龍門さんは……果たしてどう出るか)タンッ

透華(さあさあ、いらっしゃいましっ! と……来ましたわねっ!! タンピンテンパイ……しかし、テンパイ即リーはさすがに早計もいいところ。
 状況はまだ動くかもしれませんし、三色への変化も決して無茶ではない……。がっ!! しかし、ですわ!!)

 透華のアホ毛、回転ッ!!

透華(ここでリーチをしないわけにはいきませんわ。先制リーチにはそれだけの価値がありますの。それに、3900だってわたくしにとっては十分大きいですわ。今は満貫やハネ満は必要ない。
 何より……このままダマで通して……もしなんの変化もなくロンでもしようものなら……さっきの風越とどん被りですわ!! しかも点数まで風越と同じ!
 どうせ解説の純が『セコい』だの『地味』だのこき下ろすに決まってますの!! そんなことになるくらいなら……わたくしが『対抗戦初リーチ』をいただきますわよっ!!)タンッ

 透華、力強く、捨て牌を曲げる!

透華「リーチですわっ!!」スチャ

優希(じょーー!? 初リーチ盗られたじぇ!? でもこっちだってイーシャンテンだじょ。追っかけリーチしてやるじぇ!!)

シロ「ポン」タンッ

透華(一発消されたですわ!!)

優希(ツモ飛ばされたじぇ!!)

シロ(これで流れてくれればいいけど……そうはいかないか……?)

 透華、ツモ牌を見て、歯軋り。

透華(く~~~宮守の! なんだか手の平の上で転がされたような感じがしますわ! けど……まあ、もらえるものはもらっておきますの!)

透華「ツモですわ。リータンピンツモ、裏は……なし。1300・2600ですの」パラララ

シロ(うわ、和了られたか……これは一番ダルいパターンになりそうだな)

優希(じょー……ツモさえ飛ばされなければ……!)

池田(束の間のトップだったな。ま、清澄がいる以上、東場が安く早く回るんなら、それはそれで悪くない)

タ:96700 透:105200 白:98700 池:99400

@実況室

すばら「二年選抜・龍門渕選手! 手堅く5200の和了りで暫定トップに立ちました!!
 これは先ほどの池田選手とは対照的に、龍門渕選手はテンパイ即リーしてきましたね。井上さんはチームメイトとして、この和了りをどう評価しますか?」

純「ただ目立ちたかっただけだと思うぜ。間違いなく『対抗戦初リーチ』がしたかっただけだな。あと、ダマで和了ったらさっきの池田と被ると思ったとか。
 ま、あそこは先制リーチがデジタル的にも正解だったんじゃねえの? 変化はできるが、現実的には期待値が低過ぎる。5200なら上出来だ」

すばら「目立ちたい欲求とデジタルを両立した和了りということですね!」

純「透華らしいっちゃらしいな」

初瀬「あの、見てて一つ気になることがあったんですけど」

すばら「はいっ、どうぞ!」

初瀬「今の小瀬川選手のポンなんですが……あれは一発消しにしては少々雑ではなかったですか? あのポンで小瀬川選手はほぼ役がない状態になってしまいました。
 普通、一発消しをするにしても、自分が和了れる形を残すと思うんですが……」

純「役無しでも強引に鳴くことはあるぜ。相手にいい流れがいきそうだったら、オレは鳴く。ただ、これはオレだからできることであって、あんま一般的じゃない。
 小瀬川ってやつも、オレ寄りの人間なのかもな」

初瀬「流れ……オカルトですか。私は苦手分野ですね。うまくできる気がしません」

菫「私もオカルトは苦手ですが、今の小瀬川選手の鳴きなら、理解できなくもないですよ」

すばら「と、言いますと?」

菫「いや、単純な経験則です。今の龍門渕選手の和了り牌――あれは元々片岡選手のツモ牌であり、同時に有効牌でした。
 仮に、小瀬川選手の鳴きがなければ、イーシャンテンだった片岡選手は龍門渕選手の和了り牌を手牌に組み込んで、追っかけリーチに走ったでしょう。
 小瀬川選手はむしろそちらを警戒していたんじゃないでしょうか」

井上「ありえる話だな。実際、片岡と小瀬川はインターハイで対戦してる。東場の片岡を直に感じたことがあるなら、オカルトに頼らなくても張ってるか張ってないかくらいは経験的にわかる……かもしれねえ」

初瀬「確かに、対戦しているうちに相手の癖や打ち筋が見えてくる、というのはわかる気がします。じゃあ、さっきの小瀬川選手は、過去の対戦経験から、片岡選手の放つ危険な気配を感じ取っていたんですね?」

菫「そんなところだと思います。で、龍門渕選手のリーチが入ったところで、小瀬川選手はそれを利用することにした。
 ツモ番を飛ばして片岡選手を焦らせ、他家のリーチというプレッシャーで以てペースを狂わせ、あわよくば流局に持ち込む。
 流局であれば、役はなくとも形式テンパイさえ作っておけばマイナスにはなりません。ま、鳴いた直後に龍門渕選手が和了ったことについては、小瀬川選手も予想外だったのかもしれませんが」

純「言われてみりゃ、和了った透華を面倒臭そうな顔で見てたっけな」

初瀬「お二人とも……よく対戦者を観察していらっしゃるんですね」

純「オレは得意だからな、そういうの。場の流れも読めるし」

菫「対戦者をよく観察するのは勝負の基本ですよ、初瀬さん。私たちが戦っているのは機械じゃない。生きた人間です」

純(機械みたいな打ち方をする最強のデジタルが一人いるけどな)

菫「かく言う私も、先のインターハイでは自分でも気付かないような癖を見抜かれて苦戦しました。
 初瀬さんも、敵の牌譜を見るときは、時間の許す限り映像で確認したほうがいい。得られる情報はただの紙よりずっと多いはずです」

純(映像を見てるほうが逆に混乱を招くステルス女もいたっけな)

初瀬「勉強になりますっ!!」

すばら「お三方!! お勉強もすばらですが!! 東三局が開始早々とんでもないことになってますよ!?」

@対局室

東三局・親:シロ

 洗牌中。

シロ(清澄は当然要警戒だけど……長野の二人も気を抜ける相手じゃない……困ったな。アミダで負けたから出てみたものの……下手な全国大会よりよっぽどダルいぞ……これ)

 浮き上がる山牌。回る賽。

シロ(先鋒戦に出たのだって……さっさと終わらせてあとはのんびり観戦したかったからなのに……裏目裏目だなぁ。いや、それとも、この卓は今日のオーダーの中ではマシなほうなのか……? わからない……)

 配牌、理牌。

シロ(ただ……一つ言えることは……)

 シロ、視線を手牌から、卓を囲む面子へと向ける。

池田「龍門渕っ! 初リーチくらいで調子に乗るなし! すぐにトップ奪い返してやるから覚悟しろし!!」

透華「好きなだけ吠えてるといいですわ、風越。そのまま吠え面かかせて差し上げますわよ!!」

優希「お前たちっ! もう私に勝った気でいるとはおめでたいやつらだじょ! 東場はまだ終わってないじぇ!! ここから先は、ドンタコス優希の独壇場だじょ!!」

シロ(この卓の面子が今日トップクラスにウザいのは間違いない…………豊音じゃないけど……ちょーダルい……もう帰りたい)

 シロ、溜息とともに、第一打。

シロ(別に私が頑張らないでも豊音が適当にやってくれるから先鋒戦は大丈夫だろうし……このままゆるゆる打ってようかな……)

 透華が牌を切り、ツモ番がシロの対面に坐す優希に回る――!

優希「ふっふっふ……」

シロ(何笑ってんだ……? って、まさか……)

優希「お前たちの活躍もここまでだじぇ! 東場の神が私にもっと輝けと囁いているのが聞こえるじょ!!」タァン

 優希、その第一打を――曲げるッ!!

優希「対抗戦……最初で最後のダブルリーチだじぇ!!」

シロ(いや、最後のかどうかはわからないだろ……)

 そして、ツモ番がシロに戻ってくる。

シロ(こんなの振り込んだってただの事故だけど……清澄の場合は振り込まなくてもツモってくるだろうからなぁ。
 一発親っ被りなんて勘弁だし……うーん、せめて被害を最小限に……この辺りで、どっすか……?)タンッ

 シロ、強引に中張牌を切る。ロンの声はかからない。

 同様に、鳴きの声も入らない。

シロ(……………………あれ?)

@実況室

すばら「小瀬川選手っ!!! 片岡選手のダブリーに対していきなりド真ん中から切っていったぁ!! 全く引く気が見られませんっ!!」

初瀬「これは……でも、ただ強気というにはやっぱり少し違うような」

純「そうだな。小瀬川は今度こそ一発消しをしたかったんだと思うぜ。つーか、第二打であんだけ的確な牌が切れるとか、あいつどこまで見えてんだよ」

菫「偶然もあるのでしょうが、小瀬川選手の一打は、確かに他家が鳴けるところを出しました。
 ですが、どうやら他家がその意図を理解していないようですね。ぴくりとも反応しません」

純「ま、あいつらならそうだろうなぁ。小瀬川白望は判断を誤った。龍門渕透華と池田華菜に共闘なんて概念はない。目立ちたがり屋と、自己中バカだからな」

すばら「さあ!! 小瀬川選手のすばらプレーも不発に終わり、清澄が一発目をツモります!! 果たして本当にここで和了るのかっ!!」

@対局室

シロ(もしかして……こいつら……!)

透華(ダブリーなんてただの運。だからなんだって感じですわ。安牌が増えるのを待ちつつ、いつも通りに和了りを目指しますわよ!!)メラッ

池田(恐がってばかりじゃ東場の清澄には勝てない! ダブリーなんて華菜ちゃんが和了って蹴散らしてやるし!!)ニャー

シロ(こいつら……! 自分が和了ることしか考えてない……!?)

 シロの思い、届かず! 優希、ツモ牌を見て、高らかに笑う!

優希「来たじぇ来たじぇー!! お前たちっ! 反撃の狼煙をその目に焼き付けろ!! タブリー一発ツモドラ一……裏一!! 3000・6000だじょ!!!」

シロ(ほーらツモったー……親っ被りとか……最悪だ……ダル過ぎる)

 頭を抱えるシロ。

シロ(こうなったら……どうしよっかな……うーん……なんか変な気がするけど……今よりはマシだ……こっちも本気でいこう……)

 のらりくらりと先鋒戦を終わらせようとしていたシロ。が、あまりに空気が読めない面子に囲まれて、むしろ全力で戦ったほうがダルくないと方針を急転換!!

 あくまで自分のことしか考えていない長野勢、その変化には気付かない!

シロ(こいつら全員……ヘコませる……!!)ゴゴゴゴゴゴ

 岩手の眠りたがりの獅子が、ここに目覚める!!

タ:108700 透:102200 白:92700 池:96400

東四局・親:透華

透華(さあっ! この親で稼ぎますわよ!)タンッ

優希(東場でトップを譲るわけにはいかないじょ……この局もいただきだじぇ!)タンッ

池田(龍門渕も清澄も配牌からよさげな感じだな……けど、実は華菜ちゃんもいい感じなんだし!)タンッ

シロ(…………)タンッ

@実況室

すばら「長野勢っ! 全員が開始早々リャンシャンテンと好配牌に恵まれています! まだ和了りのない小瀬川選手には苦しい展開ですね!」

初瀬「小瀬川選手はさきほどから防戦一方ですね。どうしたんでしょうか」

菫「宮守の小瀬川選手はこの対抗戦に乗り気じゃなかったそうですよ。クジで負けたからここに来た、と姉帯選手が言っていました」

初瀬「クジって……じゃあ、小瀬川選手はこのまま何もせずに半荘を終えるつもりなんですか?」

純「ああ……だからあんなやる気のねえ打ち方だったんだなぁ。原点で姉帯に回せば十分って感じだったぜ。ま……少なくともさっきまでは」

初瀬「えっ? さっきまでは?」

菫「ハネ満の親っ被り……というよりはその直前の打牌で鳴きが入らなかったこと――あれで小瀬川選手の顔つきが変わりました」

純「長野の面子があまりに空気読めないからキレたんだろ」

初瀬「はあ……しかし、やる気を出したとしても、現状苦しいことに変わりはないですよね。どうするつもりなんでしょうか?」

菫「どうにでもしますよ。ひよっ子三人を黙らせるくらい、小瀬川選手には造作もないことでしょう」

すばら「おおおおおっと!! 早くも場が動く模様っ!! これはまさに掴み合っての殴り合いとなりそうです!!」

@対局室

 六巡目

透華「リーチ、ですわ!!」タンッ

優希「(龍門渕の親リー……望むところだじぇ! 今度こそ追っかけで粉砕してやるじょ!)こっちもリーチだじぇっ!!」タンッ

池田「(二人とも仕掛けてきたか。華菜ちゃんもテンパった……ここはダマでは済まされないしっ!)リーチだしっ!!」タンッ

 三家同時リーチッ!!

シロ(…………)タンッ

 しかし、シロに動揺は見られない!!

 ノータイムで危険牌を手出しッ!!

透華「(今度こそ一発ツモでしてよ!!)ツモ…………! ならずですわっ!!」タンッ

 透華、一発来ず!

優希「(二度目の一発いただきだじぇ!!)来るじぇ来るじぇ…………ってなんでそこなんだじょっ!?」タンッ

 優希、一発来ず!!

池田「はは……お前らじゃ所詮役不足(誤用)なんだし! この華菜ちゃんが一発の見本を見せてやるっ! にゃあ~~~~っ!! …………これじゃないし!!」タンッ

 池田、一発来ず!!!

 三人が三人とも一発を逃し、場につかの間の静寂が訪れるッ!

 それを見計らったように、シロ、盛大に溜息ッ!!

シロ「はぁぁぁぁ…………」

透華・優希・池田(溜息!?)

 三人の視線が集まる中、気だるげに山牌へ手を伸ばすシロ。

 ツモを手牌に収め、不要牌を河に置く。

 打ち出された牌は――横向き!!!

シロ「あのさぁ……熱くなるのは勝手なんだけど……」

 ロンの声は――掛からない!!

シロ「もう少し静かに打ってくれないかな……ダルいから」

 シロ、点棒ケースから千点棒を取り出して、場に置く。

シロ「リーチ……誰も和了らないなら、この場はこれで仕切り直しってことで……」

透華・優希・池田(~~~~!!)

タ:107700 透:101200 白:91700 池:95400 供託:4000

@実況室

すばら「四家立直いいいいいいいい!! 三家同時リーチから、小瀬川選手の機転でまさかの流局ですっ!!」

初瀬「驚きました……好配牌だった他家の手に追い付くスピードもそうですし、いくら場を流すためとはいえ、あの状況で躊躇なく危険牌を切れる判断力もすごいと思います」

純「さっきまでの小瀬川なら、間違いなくオリて他家が潰し合うのを傍観してただろうな」

菫「普通に考えればそれが無難でしょう。打ち合いなら他家で点のやりとりがあるだけで、自分はマイナスにならないですから。
 しかし、小瀬川選手は自分以外の誰かが和了ることをも嫌った。これ以上他家に点を与えるつもりはない、という宣戦布告ですね」

@三年選抜控え室

久「もう、白望ったらやる気になるのが遅いんだから。困ったもんだわ」

美穂子(上埜さん……どんどん呼び捨ての人が……私のライバルが……増えていく)

洋榎「ま、いくらマイナスになろうとうちがなんとかしたるけどなー」

姫子「私らは反対側のブロックですけん、よう知らんのですけど、宮守の小瀬川さんはどげん強かとですか?」

初美「うちの姫様相手に区間一位を取ってたですよー。まあ、あくまでただの結果ですけどー」

霞「豊音さんにも驚いたけれど、やっぱり宮守のエースと呼ぶべきは彼女じゃないかしら。安定して強いし、結果を残してるものね」

哩「なんや、やっぱ強かね。今日の味方はいっぺん打ってみとうやつばっかと」

セーラ「せやけどなぁ……強い強い言うても清澄の一年は止まらなそうやで。ホンマに大丈夫かいな?」

久「どうでしょうね。初美さんたちが評価してる通り、白望は強いわ。けれど……それで簡単にやられちゃうほど、うちの子たちはヤワな鍛え方はしてないつもりよ」

洋榎「お前はどっちの味方やねん。……って、おい? 久? どこ行くんやー?」

久「ちょっと野暮用~」

@対局室

東四局一本場・親:透華

 八巡目

シロ(まあ……やる気を出したところで、私は豊音みたいな便利能力を持ってるわけじゃないからなあ……配られた牌と来る牌で戦うしかない)タンッ

透華「チー、ですわ!」タンッ

シロ(親の龍門さんがこれで二副露……鳴きを駆使したデジタル打ちか。スピード重視で連荘狙い。この人……天江衣の親類ってわりにはかなり手堅い打ち手なんだな……意外だ)

 シロ、今更ながら、倒すべき他家を観察。

シロ(天江衣と言えば……こっちのネコっぽいのも縁があるんだったか……県大会の決勝で二度も戦って……二度ともボロ負けしたとか)

池田「リーチだしっ!!」スチャ

シロ(けど……このテンパイ率とテンパイ速度……エイスリンほどじゃないけど、十分全国上位レベルじゃないのか……? 火力も高そうだし……こんなやつをトバすとか天江衣ってどんだけ……)ツモッ

 シロ、ツモ牌を手牌の上に置き、長考。

シロ手牌:三四四五五六七八九九白西西・ツモ二・ドラ一

シロ(んー……二萬か……ここが分かれ道っぽいなぁ……風越さんのリーチが入ったばかり……なんか引っかかる……ま、じゃあこっちにしてみようか……)タンッ

 シロ、打、四萬ッ!

@実況室

すばら「小瀬川選手っ! なんとあの状況から四萬切りいい!! 不可解な打牌ですっ!! 一体彼女には何が見えているんでしょうかっ!!」

初瀬「池田選手の和了り牌を読んだということでしょうか?」

 池田手牌:①②③一一一三七八九123・ドラ一

純「いや……そういうのとはまた違う気がする。もし池田のリーチを警戒しているなら、まずは池田の安牌である字牌から切ればいい。そうすりゃ清一も見えてくるしな」

菫「小瀬川選手はたまにこういうセオリー外の打牌をしますね。急がば回れというか、一見して不合理な打牌を選ぶことで、結果的により高い手で和了ることが彼女の得意技のようです。
 ただ、狙ってやっているというよりは、迷っているうちになぜかそうなってしまう――という感じなのだそうですが」

純「なぜか、ねえ。確かに、小瀬川はなぜか安牌の字牌ではなく四萬から切った……それを今うちの透華がポンしたわけだが、それによって池田の一発は消えた。ツモ順もズレた。結果論だが、随分と流れが変わったような気はする」

すばら「池田選手はツモならず! そして……注目の小瀬川選手にツモ番が回ってきますが……おおお、これは――!!」

@対局室

シロ(さーて……張ったなぁ)

 四萬切りから四巡後、山から五筒、六筒、一萬、赤五萬を引き入れ、シロの手はがらりとその雰囲気を変えていた。

シロ手牌:一二三四五五六七八九九⑤⑥・ツモ[五]・ドラ一

シロ(ここは……リーチしたほうがいいもんかな……どうだろ。微妙だな……)タンッ

 シロ、打、九萬ッ!

 リーチ、せずッ!!

シロ(この巡目……三副露の親に、明らかに高めの手でリーチをかけてる上家……突っ張るのはさすがに無理。この手ならダマで和了っても十分だし。それに……さっきから清澄が静かなのが……気になるな)

 シロ、対面の優希に目をやる。

 優希、ちょうど山から牌を引いたところ。シロの視線に気付き、顔を上げる。

優希「……なんだじょ?」

シロ「いや、別に、見てただけ」

優希「ははーん、わかったじょ。さては貴様……今頃になってやっとテンパったな?」

シロ「対局中にそういうこと言うのはどうかと思う」

優希「対局なら――もう終わりだじぇ!」

シロ「は……?」

 優希、ツモ牌を卓に叩きつけ、手牌を倒すッ!!

優希「ツモ!! ツモ、東、赤二っ! 2000・3900は2100・4000だじょ!!」

 シロ、晒された優希の手牌を見て、前局とは別種の、感嘆に似た溜息を漏らす。

シロ(ああ……同じ待ち、か。確かにこりゃ……一歩遅かったなぁ)

 優希手牌:五六六六七[⑤]⑥[5]67東東東・ツモ④・ドラ一

優希「ほれ見たことかだじぇ。東場の主役たる私が、お前みたいな手抜き眉毛にやられるわけがないんだじょ」

シロ「私の眉毛は手抜きじゃない」

優希「眉毛は手抜きじゃなくても麻雀は手抜きだったじぇ。そんなやつに負けるほど、私は安くないんだじょっ!!」

シロ「ま、それはごもっとも」

 シロ、手牌を伏せて、ふうっと気持ちを切り替えるように息を吐く。

シロ「けど、清澄の。ここからはこっちも本気だ。そっちの苦手な南場で稼がせてもらうよ。せいぜい、インターハイのときみたいな不用意な振り込みには気をつけるといいさ」

優希「ふふふ……だからお前は二流なのだ、手抜き眉毛!」

シロ「はあ……?」

優希「さっき言ったはずだじょ。お前と私の対局はこれで終わりだじぇ。なぜなら……南場の主役は――私じゃないからだじょ!!」

 優希の掛け声とともに、開く対局室の扉!

 瞬間、吹き抜ける、一陣の風ッ!!

シロ(なんだ……? 暖かい……風……?)

 シロ、風上――優希の後方に目を向ける。

 そこに立っていたのは――、

南浦「さあ……南場を始めましょう」

タ:120900 透:97200 白:89600 池:92300

@実況室

すばら「これはまさかのおおお!!? ここで南浦選手が片岡選手との交代を要求っ!!! これはルール的には問題ないのでしょうか!!?」

菫「『先鋒戦から大将戦までの各対局を、二名で半分ずつ行う』――我々は半分の切れ目を前後半で考えていましたが……例えば二度の東場と二度の南場、これもある意味半分です。
 東南戦中に交代してはいけないというルールは明言されていないので、アリといわざるを得ないでしょう」

純「このルールを作ったのってあの清澄の部長だよな……この状況……あいつの狙い通りなんじゃないか?」

初瀬「わ、私、ちょっと竹井選手を呼んできます!」

久「もう来てるわよ」

初瀬「うわっ!!? こ、こんにちは!!」

久「こんにちは」

すばら「竹井選手っ!! ずばりこれは計画通りですかっ!?」

久「まさか。こんな奇策は想定の範囲外よ。びっくりして飛んできたの」

純(嘘つけ……このタイミング、明らかにこいつ南浦が出てくる前から控え室を出てたろ)

すばら「そ、それで、どうするんですか!? この選手交代は認められるんでしょうか!?」

久「ルール上は問題ないわけだから、この先鋒戦だけ認めてあげたら?
 ただ、あんまりほいほい対局者が変わるのは気が散っちゃうだろうから、今後は普通に前後半で分けることにしましょう。いかがかしら?」

すばら「そ……それで他の方が納得できればいいですが……おおっと!! やっぱりというかなんというか、対局室が揉めておりますっ!!」

菫「ま、そうなるでしょうね」

@対局室

透華「あなたたちっ! 卑怯ですわよ!! そんな……ルールの穴をつくようなこと!!」

池田「東南戦は東南戦で一つだろ!? 切り離してやっていいわけがないし!!」

優希「別にそんなことないと思うじょー」

南浦「途中交代を禁止する、というルールはないわけですし」

シロ(この南浦って人は知らないけど……まあ清澄は南場が苦手なんだし……こういう交代も作戦的にアリな気がするけど……。
 なんか龍門さんと風越さんの反応を見る限りそれだけじゃない気がするなぁ……さっきの『風』のこともあるし……)

 シロ、騒がしく子供っぽい優希と、落ち着いて大人らしい南浦の、どこか正反対な雰囲気を見て取って、合点がいく。

シロ(ああ……そういうことか。この南浦さんって人は……本当に清澄と逆なのか……)

 東風戦限定で長野最強の打ち手――片岡優希。

 県大会の個人戦の結果から、それは誰もが認めるところである。

 しかし、そんな優希が、東南戦になった途端に土をつけられた相手。

 それが――南浦数絵。

 彼女の牌譜を見た者なら、一目でその特異性に気付くだろう。

シロ(彼女は南場に強いのか。話では、長野の個人戦で五位だったってことだけど……もし南風戦なんてものがあれば……たぶん一位になるような選手なんだろうな。
 なるほど。それで龍門さんと風越さんはあんなに突っかかるのか……)

 収集のつきそうにない言い合いを続ける長野勢。

 と、傍観していたシロが、不意に口を開く。

シロ「私は長野県民じゃないからさ……正直、長野の面子なんて清澄の五人と長野一位の福路さんしかまともに知らない……。
 その、南浦さんって人も、なんかすごいのか知らないけど……全国から見ればまったく無名なわけだ。そんな選手が南場だけ出てきたところで……何かが変わるとは思えないんだけどな……」

 わかりやすいシロの挑発に、優希と南浦は微笑み、透華と池田は絶句するッ!

シロ「だからさぁ……いくらでも交代すればいいんじゃない? なーんか見ててダルいんだよね。上級生が揃いも揃ってバタバタと……別に騒ぐようなことじゃないでしょ。一年の小細工くらい認めてあげようよ。
 東南戦を二人で戦うなんて……二人で一人前の……一人じゃ半人前の一年のやることだろう? それともあれかな……龍門さんと風越さんは、南場の南浦さんがそんなに恐いわけ?」

 シロの言葉に、いとも簡単に臨界突破する透華と池田。

透華「上等ですわ!!! やってやろうじゃありませんかっ!!」

池田「暫定ラスのやつが何を偉そうなこと言ってんだし!! お前に言われなくたってそんなことわかってたんだしっ!!!」

 荒々しく席に戻る透華と池田。

 シロは悠然と背もたれに身体を預けて、正面に立つ優希にだらだらと手を振る。

シロ「清澄、これで私らは一勝一敗ってことにしとく。続きはまたどっかでやろう」

優希「ふん、いつでも相手になってやるじぇ!」

 火花を散らすようにぶつかる二人の視線ッ!

 その間に割って入る――南浦数絵ッ!!

南浦「宮守の三年生……もう次の戦いのことを考えているんですか?」

シロ「んー。そんなことはないよ? 実は、今けっこう楽しんでる」

南浦「そうですか……それはよかったです。手抜きの相手に勝っても、私の目的は果たせませんから」

シロ「へえ……大した自信だなぁ」

南浦「あなたの言う通り、私はまだまだ全国から見れば無名です。だからこそ、今日は名を上げるためにここに来ました」

 南浦、睨むようにシロを見つめる。

南浦「宮守の三年生……あなたを倒せば、私の名前はどれだけ上がりますか?」

 先鋒戦前半、南入――ッ!!!

南一局・親:南浦

 五巡目

南浦「……リーチ」チャ

池田(こいつ……いくら南場に強いからって速過ぎだし……!)タンッ

シロ(速いだけで済めばいいけど……たぶんそうじゃないんだろうなぁ……。なら……試しにちょっと揺さぶってみるか……)

シロ「……リーチ」スチャ

透華(宮守もリーチですの!? 親リー含めた二家同時リーチを相手に突っ張るのはいくらわたくしでも厳しいですわ。なのに……なんですの!? この安牌のなさっ!?)タンッ

南浦「それ、ロンです。リーチ一発……裏二。12000」パララ

透華「」プスプス

シロ(あちゃあ……リー棒が無駄になったか。それにしても……本来ならただ速いだけのリーのみが一発と裏で親満かぁ。
 どんな打ち方をしても南の風が味方してくれる……だから強気の打牌ができるって感じかな。呆れるほどの好循環だ……)

池田(南浦数絵……個人戦ではうちのみはるんがお世話になった……その借りはきっちり返すし!)

南:133900 透:85200 白:88600 池:92300

南一局一本場・親:南浦

 八巡目

南浦(生牌の中……鳴きたければ鳴けばいい)タンッ

池田「それ、ポンだし!」タンッ

南浦(これくらいは想定内。こちらも形は悪くない。十分に勝負できる)

シロ(風越さん……役牌か。点差とこの人の打ち筋を考えれば、役牌のみなんてことはまずないはず。なら……ここは少し働いてもらおうかな)タンッ

透華(落ち着くのですわ、龍門渕透華! これくらいの劣勢……はねのけて見せますの……!)タンッ

シロ「ポン」タンッ

透華(宮守の鳴き……食いタン狙いですの? さすがに食いタンのみとは思えませんが……ドラは九索だから使えない……赤が固まっているとか? なんにせよ、ツモが二連続で回ってくるのは助かりますわ!)ツモッ

透華(来ましたわ……! 混一ドラ一テンパイ! ただ……捨て牌からして染め手とバレバレ……ここはヤミで通したほうが無難かもしれませんわね……)タンッ

南浦(龍門渕の手が進んだ……? 宮守の鳴き……あれで多少風が乱れましたか。ここで筒子は切れない……)タンッ

池田「それロンだし。中ドラ三、8000は8300」パラッ

南浦(む、安めかと思ったらドラを固めていましたか……)

池田「注意散漫だな、南浦数絵。名を上げたいなんてほざくなら、まずはこのあたしを倒してからにしろし!」

シロ(なんかそれっぽいこと言ってカッコつけてるけど……それってつまり自分は三下ですって言ってるようなもんじゃ……?
 あと、注意散漫って、三萬で和了ったっていう駄洒落? まぁ……ツモ順をズラした甲斐はあったかな。予想通りドラを抱えていた……そんなんツモられるのは勘弁だしね)パタッ

透華(風越・池田……地味に強いですわね。ずっと冗談で大将をやってるんだと思ってましたわ!)

南:125600 透:85200 白:88600 池:100600

南二局・親:池田

 十二巡目

池田「リーチだしっ!」スチャ

南浦(風越……またですか。東場南場関係なく攻めてきますね)

透華(これは……今度こそオリですわね)

シロ(走ってるなぁ……この感じ……放っておくと手がつけられなくなるか……)

 次巡

シロ「それ、ロン」パラッ

池田「にゃーー!?」

シロ「タンピンドラ一……3900」

シロ(勢いに乗れば強いタイプ……。けど、周囲を見ずに走り過ぎだな。そのへんが付け入る隙ってことで)

南:125600 透:85200 白:93500 池:95700

南三局・親:シロ

 五巡目

シロ(オーラスも近い……今のままじゃ原点回帰も危ういかもなぁ。さすがにマイナスで豊音に回すのは忍びない。できれば連荘したいとこだけど……うーん……これ……何切ろう……)タンッ

 十巡目

南浦「リーチ……」スチャ

池田(にゃ……イーシャンテンなのに……! 仕方ない、一旦回るし)タンッ

シロ(みんな本当に打ち合いが好きだなぁ……リーチした数で競ってるんじゃないんだから……先制リーチに拘らず……慌てず騒がず手を作るのも大事だって言ってやりたい……)タンッ

透華(く~……ままなりませんわねぇ……去年の全国を思い出しますわ……!)タンッ

 十七巡目

シロ「っと……これはまた……随分と深いところに埋まってたな」パラララッ

南・池・透(なっ……宮守……!?)

シロ「ツモ……三色三暗刻……4000オール」

南:120600 透:81200 白:106500 池:91700

@実況室

すばら「決まったあああ!! 三年選抜・小瀬川選手!! これまでの分を取り戻すような二連荘! ラス親で二位浮上ですっ!! すばらっ!!」

初瀬「捨て牌がまたわけのわからないことになってます……。序盤、私なら平和三色を狙うかなと思って見てたら……五巡目でいきなり方向を変えました。
 まさか、あの平和手から……三暗刻にシフトするとは」

菫「分かれ道はいくつもありました。平和三色に行く道、鳴いて食いタンを狙う道、対々を目指す道……捨て牌を見る限り、そのどれもがよくてイーシャンテン止まりです。
 最悪、溢れた牌で南浦選手に振っていた可能性もありました。小瀬川選手は、数ある道の中から、最も安全で、最も高い手をものにした……拍手を送りたいですね」

純「あの和了りは真似できる気がしねえな。マヨヒガじゃないが……小瀬川だって狙ってやってるとは思えねえ。迷っているうちに宝の山にたどり着いた……そんな打ち方だった」

すばら「さあ、ここから小瀬川選手の連荘となるのか!! それとも南浦選手がリードを守りきるのか!! 他家の巻き返しはあるのか!! 注目ですっ!!」

純(透華がラスか。この状況……さすがに小瀬川や南浦を出し抜くのはきついか……? いや……それでも透華なら……)

@特別観戦室

優希「こらー数絵! あんな手抜き眉毛に負けるんじゃないじょっ!! さっさと突き放すじぇ!!」

豊音「いやー片岡さん、うちのシロはそんな簡単じゃないよー?」

小走「同感だな。ニワカにはわからんだろうが、あの打牌……ありゃ相当打ってる。あいつを攻略するのは私でも骨が折れそうだ。池田も頑張ってるが、ま、厳しいだろう」

衣「お前たちの目は節穴か? これまでの戦いなど、あの場に龍を呼び込むための誘い水でしかなかったというのに……」ゴゴゴゴゴゴ

小走(こいつ……このプレッシャー……本当に人間か……?)ゾッ

衣「お前たちは感じないか? 大河の底に巣食う龍が……水面から顔を出そうとしているのを……」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

@対局室

南三局一本場・親:シロ

シロ(なんか……今局は場が落ち着いてるな。それに……なんだろう……この背筋が凍りつきそうな悪寒……神代が何かを降ろしたときにも似てるような……)タンッ

透華(…………)タンッ

南浦(おかしい……風が凪いでいる? それに……寒い? 身体の震えが止まらない……清澄の嶺上使いと対峙したときも……これほどではなかったはずだが……)タンッ

池田(みんな急に大人しくなったな……お腹でも壊したか?)タンッ

シロ(来た……テンパイ。さっきと矛盾するようだけど、ここは素直にリーチかな。これで……トップをまくる……)

 シロ、捨て牌を掴み、リーチと発声しようと、口を開く。 その――刹那ッ!

シロ(っ――!?)

 鉄砲水にでも飲まれたような衝撃が、シロの身体を突き抜けるッ!

 シロ、思わず、振り返るッ!!

 そのプレッシャーを放つ『主』――龍門渕透華のほうを……ッ!!

透華()ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

シロ(今のは……なんだ……? なんというか……龍に喰われるみたいな……)

 シロ、対面に目を向ける。南浦も異常に気付いた様子。目を見張って透華を見ている。

シロ(他のやつも気付いてるのか……? 豊音や清澄の宮永咲、永水の石戸も大概化け物だと思うけど……こいつは……或いはあいつら以上かもしれない)

南浦(冷たい……深い川底に引き込まれたような……芯から凍る冷たさ。静かな水面ほど……深いところは激流になっているというが……ちょうどそんな感じだ。
 この落ち着いた河の底には……龍がひそんでいたというのか……?)

池田「? おい、なにしてんだし、切るなら早く切れよ」

 池田、鈍感ッ!!

シロ(こいつ……! このレベルのプレッシャーになんも感じてないのか? 実はけっこう大物なんじゃ……。いや、まぁ冗談はさておき……)

 シロ、透華を横目で観察するも、正体見えず。

シロ(……ここは……少し様子を見たほうがよさそうだな……)

 シロ、川の温度を指先で確認するように、ゆっくりと河に牌を捨てる。

 その――直後ッ!!!

透華「ツモ……断ヤオ赤一ツモ……1000・2000は……1100・2100」

シロ(やっぱり……あのまま普通にリーチを掛けていたら振り込んでいた。にしても不気味なくらい地味な和了りだな。
 とりあえず親っ被りの被害は小さくて助かったけど……それとも……ここからチャンピオンよろしく地獄が始まるとか……?)

南浦(龍門渕透華……私の支配をまるで受け付けていない。ラス親……連荘はさせない。先に和了って断ち切る……!)

池田(ん? 二人ともなんで龍門渕のこと見てんだし)

南:119500 透:85500 白:104400 池:90600

@実況室

すばら「小瀬川選手! リーチするかに思えましたが……なぜか面子を崩して放銃を回避しました!!」

初瀬「最初は普通にリーチって言おうとしてましたよね。それから、龍門渕選手のほうを見て……なにか驚いたような表情をしていました。
 なんにせよ、あそこでテンパイを崩すのは意味不明です」

純「さすがに小瀬川はいいカンしてやがる。しかし……まさかここで目覚めちまうとはな。確かに、今日は強えやつがわんさか集まってるから……ありえるかもとは思っちゃいたが……」

菫「目覚めた……というのは龍門渕選手の変化のことですか? なにか心当たりが?」

純「あぁ……オレたちは『アレ』を、便宜的に『冷たい透華』と呼んでいる」

初瀬「冷たい……?」

純「そうだ。雪解け水が流れる春の川のような……日の当たらない地下を伝わる水無し川のような……触れるものを凍てつかせる冷たさだ」

すばら「よ、よくわかりませんが!!! 何やら不穏なことになっているようです!! が、場はあくまで穏やか進行していますっ!!!」

@対局室

南四局・親:透華

南浦(なんだこれは……東場でもないのに配牌がバラバラ……? ツモも最悪……まるでテンパイに持っていけない……)タンッ

南浦(優希に聞いた話では……確か天江衣がこういった重たい場を作るという話だったが……龍門渕透華……これもまた人外の何かなのか……?)タンッ

南浦(テンパイに持っていけない上に……鳴くチャンスもない……ありえない……南場の私と……先ほどまで好調だった岩手の小瀬川白望……それに場に関係なく勢いのある風越の池田華菜……私たち三人を同時に押さえ込むなど……不可能なはず……)タンッ

南浦(よ……よし……!! なんとかテンパイまで持っていくことができた……!! 相変わらず鳴きも何もなく静かな場だが……私なら……この凪いだ場でも風を起こすことができる……!!)

南浦「リー……」

透華「ロン……」パラララ

南浦(なあっ……!? 直前で待ちを切り替えている……!? 不自然過ぎる……まさか……私への直撃を狙って……!!?)

透華「發ドラ一……3900」

南浦「……はい」

シロ(不自然な待ちの切り替え……さっきの私のときも……普通にリーチをかけていれば振り込んでいた……リーチ宣言牌で和了るとか……そういう感じの……豊音の背向と似たような能力……?
 けど……それだけではこの重たい場を説明できない……鳴くこともできないし……一体この人はなんなんだか……)

南浦(わけがわからない……しかし……このまま終わるわけにはいかない……!!)

池田(んー……? この手の重さ……なんかデジャヴだし……)

南:115600 透:89400 白:104400 池:90600

南四局一本場・親:透華

シロ(リーチ宣言牌で和了る能力だとしたら……対策は豊音の先負と同じ……リーチしなければいいだけのこと……素直に手を進めていくと……たぶんさっきみたいなことになる……だから……ここは少し回り道をしてみるとしようか……)タンッ

シロ(ちょっと情報が足りな過ぎるな……できれば……鳴いたりして場を引っ掻き回したいんだけど……それを封じられてるっぽいし。
 まあ……オーラスだから……一回和了ればそれで終わる……あと二、三回くらい連荘されるのはもう仕方ないとして……突破口を見つけることに尽力しようか……必要なら他家のアシストに回ってもいい……)タンッ

シロ(けど……まさか豊音と同じ多重能力者ってことはないよね……? あれだと突破口を見つけた途端に別の能力で刈り取られる……そうすると手がつけられない。
 まあ……天江衣の能力から類推すると……場を支配する系の何か……って……それって一番突破しにくいやつだよな……。
 宮永照の連続和了とか天江衣の海底と同じ……目立った特長として見えるものはほんの氷山の一角で……本当に恐るべきはそこに持っていく圧倒的な支配力……うわ……ダル過ぎる……)タンッ

 十三巡目

シロ(さて……散々回り道して……役無しだけどテンパイ……ここは……リーチをかけたほうがいいのか……かけないほうがいいのか……わからないけど……とりあえず様子見でツモ狙いかな……)タンッ

透華「ツモ……チャンタツモ……2000は2100オール」

シロ(げ……うわ……そういうことするのか……)

南浦(直前の宮守の捨て牌を見逃してツモ和了り……? こちらは相変わらず一向聴から先に進めなかったというのに……随分と余裕じゃないか……!)

池田(んー……打点は低いけど……この一向聴から動けない感じ……間違いなく天江衣と同じ何か。
 そういえば……龍門渕透華と天江衣は従姉妹なんだっけか……偶然じゃないとしたら……そろそろなんとかしないと全部持っていかれるし……!!)

南:113500 透:95700 白:102300 池:88500

南四局二本場・親:透華

シロ(そっか……少し……見方が違ったみたいだな……この人は豊音じゃない……条件付きで支配力を発揮するタイプじゃなくて……常時発動型の能力……リーチ宣言牌で和了るとか……そういう発想ではこの場の謎を紐解くことはできない……)タンッ

シロ(さっきの……私の捨て牌を見逃して……直後にツモ和了……あれで……少しだけど見えた……この人……リーチ宣言牌で和了る能力じゃない……リーチできない場を作る能力なんだ……。
 そう考えると……このやけに静かな河も頷ける……となると……たぶん……リーチだけじゃない……もし……この穏かな河を生み出すことがこの人の力なら……恐らく……)タンッ

透華()タンッ

南浦()タンッ

池田()タンッ

シロ「チ……」

透華「ロン……三暗刻……4800は……5400」パラララ

池田「にゃっ!?」

シロ(やっぱり……そういうことか……この人が何を支配しているのか……これでおおよそ把握できた……けど……もし私の考えが正解だとして……一体どうやって止めればいいのやら……)

南浦(これといった特徴のない安手で四連荘……!? わからない……宮永咲のときはカンを封じればいいという対応ができたが……私には……これが能力なのかそうでないのかも区別ができない……どうする……どうすれば……!)

池田(龍門渕……連荘で巻き返してきたな。それに比べて華菜ちゃんは……一人沈み!? そんなの絶対嫌だし!!)

南:113500 透:101100 白:102300 池:83100

@実況室

すばら「またまた和了りましたあああ!! 龍門渕選手!! オーラスで猛ラッシュです!!」

純「このまま他家が何もできなけりゃ、この対抗戦もこれで終了かもな」

初瀬「それは……この先も龍門渕選手が和了り続けるってことですか? そんな無茶苦茶な」

菫「いや、龍門渕選手はあの天江選手の親族だと聞いています。初瀬さんも、全国で三校を同時にトバすなんてことをやらかした天江選手の無茶苦茶さは知っているでしょう?
 それと似たようなことを、龍門渕選手もできるとしたら?」

初瀬「……いったい龍門渕選手は何をしているんですか?」

すばら「井上さん、できれば解説をっ!!」

純「まあ……詳しいことはオレもわからんが……透華のあれは、衣の『場の支配』ってやつと似てるとこがあるな」

初瀬(天江選手の『場の支配』ってのが私は初耳なんですが……ま、まずは話を聞きますか……)

純「『治水』とでも言えばいいのか。透華は……川を支配してるんだよ」

菫「川……『河』ですか」

純「そうだ。なんつーか、きちんと整備された川ってのは、決まってるルートを淡々と海へ向かうだけだろう? 透華はその『流れ』を支配してるんだ。『河』の有り様を決定してるっつーのか。
 たとえその流れに逆らおうとしても、その流れを乱そうとしても、河の主――『龍』の支配がそれを許さない。透華以外の何人も……『河』に『手出し』ができなくなる」

初瀬「『河』に手が出せないって……鳴けないってことですか?」

純「鳴けないで済めばまだいいんだがな。あの『龍』は……『河』から牌を掬うことすら許さない」

菫「ロン和了りができない……と?」

純「そういうことだ。『河』を支配する『龍』は頑固でな。鳴くことも、和了ることも許さない。リーチや暗槓すら、『河』を乱すこととして押さえつける。
 他家は、ただ静かに……河の流れが終着の海に行き着くのを見ていることしかできない」

初瀬「鳴けないしリーチも無理でロンできないって……。で、龍門渕選手だけは河に出た牌で自由に和了れるんですよね。あまりに一方的な状況……どうやって攻略すればいいんですか?」

純「例えばだが、うちの衣みたく『河』ではなく『海底』から牌を掬えるやつは、あの支配の中でも和了れる。
 あとは……永水の石戸なんかがそうだと思うんだが……『山』を支配できるなら、牌を『河』に流れる前に掘り出せるわけだから、普通に対抗できるはずだぜ。
 と、ま、決して無敵ではないんだよ。透華自身だって無限に和了れるってわけじゃないから、案外プラス五万くらいで『龍』が引っ込むかもしれねえし」

初瀬「五万って……。というか……今の話だと、なんのオカルトも使わないで和了るのはどうやっても無理ってことになりません?」

純「どうだろな。たとえオカルトに頼らなくても、相当の豪運と、龍の支配を逆手にとるような奇策でもあれば……なんとかなるのかもしれん。
 去年のインターハイでは、透華がロンする一瞬の隙を突いて、強引に頭ハネで他家をトバしてたやつがいたな」

すばら「聞けば聞くほど大変な状況のようです!! 果たして龍門渕選手は止められるのでしょうか!? 止めるとしたら、それは一体誰なのでしょうか!?
 先鋒戦前半オーラス!! 引き続き目が離せません!!」

@対局室

南四局三本場・親:透華

シロ(まずいな……もし仮に……龍門さんが河を支配する能力を持っていたとすると……こちらはリーチができない……さらには鳴けない……恐らくはロン和了りすらできない。
 ということは……この重たい場で龍門さんを止めるには……龍門さんより早くツモる以外に方法がない……)タンッ

シロ(けど……河を支配するということは……こちらの捨て牌を支配するということで……捨て牌を支配されてるということは……手牌を支配されているのと同じだ……そんな状況で龍門さんより早く和了れるとは思えない。
 敢えて逆らっても手が遅くなるだけ……無理に崩して誰かに差し込んだり鳴かせたりとかしようとすると……たぶんそれこそ龍門さんの思う壺……さっきの風越さんがそうだったように……その瞬間に出和了りされる。
 参ったな……これはダルいじゃ済まされない……)タンッ

 一方、南浦。

南浦(く……南場だというのに……! せめて鳴くことができれば……再び風が私に吹くはずなのに……!!)タンッ

南浦(上家が龍門渕透華だからだろうか……さっきから鳴くこともできない……かといって門前で進めても一向聴から抜け出せない……この場を意図的に作り出しているのか……化け物め……!)

 一方、池田。

池田(この感じ……もう何度も体験した……あの最悪の地獄だ……さっき……どうにか場を乱そうとして……宮守の手が進みそうなところを出してみたけど……それを狙われた。
 どういう理屈で何が起こってるのかはよくわからないけれど……わかるのは……普通に打ったら……また負ける……!!!)タンッ

 池田、辛酸ッ!

池田(負けるのか……また負けるのか……あたしは……! 去年も今年も天江に負けて……個人戦では結果を残せなくて……何が風越のナンバーツーだ……! あたしは……弱い……!!)タンッ

池田(キャプテン……あたし……どうしたらいいんですか……キャプテン……!!)

 ――回想・風越女子麻雀部・インターハイ県予選後――

久保「ああ……? 今なんつった、池田ァ!」

池田「ひっ……いや……その……次期キャプテンの話は……光栄なことなんですけど……あたしに務まるか自信がなくて……」

久保「自信がないだァ……? 何を甘えたこと言ってんだ、池田ァ!!」パァン

池田「っ……!! すいません……!!」

久保「テメェがなんと言おうと……次期キャプテンはテメェ以外にありえねえんだよ! 自信がねェ? バカかお前。福路は自信を持ってキャプテンになったとでも思ってんのか?
 テメェはこの一年あいつから何を学んできた!?」

池田「キャプテンから……学んだこと……」

久保「いいか? 福路の全国個人戦が終わったら問答無用でテメェが新キャプテンだからな。それまでに……その根性を叩き直してこい。拒否することは許されねえ」

池田「は……はい……」

 *

美穂子「あら……華菜……どうしたの?」

池田「あ……キャプテン……あの……その……」

美穂子「?」

池田「えっと……なんでもないです……!」ダッ

 ――――――

池田(結局……キャプテンには何も言えなかった……言えるわけない……あの人に……もう引退するあの人に……これ以上迷惑なんて掛けられない……これまで……あたしはずっと守ってもらってきたんだから……)タンッ

池田(そう……キャプテンは……ずっとあたしたちを守ってくれていた……弱音なんて吐いたところ……見たことなかった……だから……あたしは決めたんだ……あたしもそうなろうって……!
 コーチの言う通り……きっとキャプテンだって……自信がなくなったり……辛いときもあったんだ……けど……それを後輩のあたしたちには見せなかった……あたしも……そういう風にならなくちゃいけないんだ……!!)タンッ

池田(そのためには……まず……勝つ……!! 強くなる……!! そのために……今日あたしはここに来た……!!)タンッ

池田(けど……これが現実……! 天江と恐らく同種類の魔物……龍門渕透華……どういうわけか豹変したこいつに……今のあたしじゃ歯が立たない……!!)タンッ

池田(悔しい……悔しい……っ!! なんであたしはこんなに弱いんだ……!! なんであたしは……キャプテンみたいに強くないんだ……!!
 これからは……あたしがキャプテンになるのに……!!!)タンッ

池田(でも……ただでは終われない……決めたんだ……今年……天江に負けたとき……! 誰に見られても恥ずかしくない打ち方をする……どんな状況でも諦めない……何事も……前向きに楽しんでいくって……!!)タンッ

池田(笑ってやる……!! 最後まで……負けたって……あたしは笑ってやる……!!)タンッ

池田(だって……それくらいしか……今のあたしが自信持てることなんてないから……!!)タンッ

 池田、笑顔ッ!!!

池田(さあ……海の底が近い……これで海底なんて和了られたらトラウマフラッシュバックだし……! けど……そうじゃなければ……!!)ツモッ

 池田、十七巡目、ラスツモは手牌にまったく絡まない字牌ッ!!

池田(そうじゃなければ……違う未来がある……! もちろん……これで……あたしの負けは確定なんだけど……! 本当に……やってらんないし……!!)タンッ

 池田、前進ッ!!

 一方、シロ、南浦、苦戦ッ!!

シロ(んー……この一枚だけある南…たぶん……南浦さんが鳴けるんだろうけどなぁ……間違いなく龍門さんの待ちだろうしなぁ……)タンッ

透華(…………)タンッ

南浦(ダメだ……また……手ができなかった……! これでは……ずるずると……静かな水面の下……冷たい激流に……溺れてしまう……!!)

 静かに流れゆく川の水は、やがて、海の底へと辿り着く。

 海底牌を手にする南浦、しかし、どうにもならず。安牌を龍が支配する河へ流す。

 龍、不動。

 和了りの出なかったことにひとまず安堵の溜息を漏らす、南浦とシロ。

透華「テンパイ……」

シロ「ノーテン(やっぱり……七対子南待ち……困ったな……)」

南浦「……ノーテンです(く……こんなことが……!!)」

 手牌を晒す三人。

 親のテンパイ流局で、連荘は確定。

 各人、南四局四本場の戦いへと、思考を切り替える。

シロ(龍門さんに隙がなさ過ぎる。回り道すれば先にツモられる……無茶をすればロンされる……普通に進めても手の平の上……しかも……今みたいに出したらそこで終了みたいな不要牌を掴まされたら……完全に身動きが取れなくなる。
 ぎりぎり思いつく範囲で頭ハネならロンできそうだけど……今回のルールだと……頭ハネは採用してないからなぁ……どーすんだろこれ……ダル……)

南浦(落ち着け……私。この場は龍門渕に支配されている……そう考えて打ったほうがいい。
 けれど……そういう相手は個人戦にはいなかった……団体戦に出れなかったことがこんな形で響いてくるとは……ここは……宮守が何かを掴んでいる風に見える……彼女の意図を読み取って協力するのが一番か……)

 しかし、そうではない者が――場に一人だけ残っていた……ッ!!

池田「だから……お前らは一体どこ見て麻雀やってんだし。どうして再重要危険人物である華菜ちゃんを無視して場を進めてるんだしっ!!」

透華(………………)

南浦(風越……何をぐだぐだと言っている?)

シロ(無視するとかしないとかじゃなくて……海底を誰も和了らなかったんならそれで対局は終わりでしょうに……)

 池田、『それ』に気づく様子のない三人を見かねて、立ち上がる。

池田「とにかく……先鋒戦前半はこれで終わりだし!」

シロ「いや、いつ先鋒戦の前半が終わったんだって……」

池田「ちっ、ちっ、ちっ。宮守の三年、観察力が足りないし。河をよく見てみろよっ」

 池田に促され、河を眺めるシロと南浦。

 鳴きもリーチもなく、静かに流れた河。

 最初に気づいたのは、シロ。

 続いて、南浦が息を飲む。

池田「本当は九種九牌で流そうと思ったんだけどな。さっきから誰も鳴きを入れないから、モロバレ国士よりはマシかと思ってやってみたら、まさかの大成功だし!!
 つーか、お前ら河くらいちゃんと見とけよ。終盤のほう、華菜ちゃんずっと鳴かれるんじゃないかってひやひやしてたのに」

シロ(いや……たぶん気付いたとしても鳴けなかっただろうけど……まさかそれを逆手に取るとはね……!)

南浦(そもそも鳴きがどうこうではなく……こんなの……やってみようと思ってできる役ではないはず……なんという強運……!!)

 池田の河から浮かび上がってきたのは、さながら燈篭流しの如く、龍の支配を逆手にとって紡がれた、十七の光――!!

池田「流し満貫……!! 2000・4000の三本場は、2300・4300だしっ!!」

 流し満貫――その成立条件は、以下の二つ!!

 流局時の捨て牌を全てヤオ九牌で構成することッ!!

 そして――自身の捨て牌を一度も鳴かれないことッ!!!

池田「ま、なかなか楽しい麻雀だったし。また次打つときがあったら、今度は負けないから覚悟しろしっ!!」

 点棒を受け取って、笑顔で対局室を後にする、池田。

 シロと南浦は、溜息でその背中を見送る。

 透華はといえば――予期せぬ反撃に龍が鎮まり、池田の点数申告を受けて元の透華に戻っていた。

透華(あれ……わたくしは何を……? って!? 先鋒戦前半が終わり!? なにがどうなってるんですの!!? なんか点棒が勝手に増えてますわ!?)

シロ(いやいやいや……まさか本当に原点で豊音に回すことになるとは。本音を言うと……どんな打ち方をしようとプラスで終われると思ってたんだけど……それだけ手強い面子だったってことか。
 ホント……ダルい。ま、少しは楽しめたからいいけどさ)

南浦(一応優希のリードを守った形ではあるけれど……私自身はマイナス。悔やんでも悔やみきれない。これではいい道化だ。次こそ……誰が相手だろうと勝ってみせる……!)

 全国選抜学年対抗戦・先鋒戦前半――終了ッ!!

<結果>
一位:優希・南浦+11200(111200)
 >優希(+20900)・南浦(-9700)
二位:小瀬川白望+0(100000)
三位:龍門渕透華-3200(96800)
四位:池田華菜-8000(92000)

@会場某所

 流し満貫で先鋒戦前半に幕を引き、笑顔で対局室をあとにした、池田。

 しかし、対局室を出るやいなや、池田は控え室ではなく、トイレのほうに走った。

 その目には――涙。

池田(負けた……! また負けたし……!!)

 脳裏に過ぎるのは、先の県大会。

 団体戦も個人戦も、池田の成績は、決して満足できるものではなかった。

 池田は、ただ美穂子の背中を遠くから眺めているだけだった。

 自他共に認める風越のナンバー2。

 しかし、ナンバー1との差は、あまりに大きい。

池田(あたしが……! 新キャプテンのあたしがもっと強くならないと……キャプテンが安心して引退できないのに……!! どうしてあたしは……こんなに弱いんだ……!!)

 池田、トイレの鏡の前に立って、情けない自分の泣き顔を見る。

 手など抜いていない。決して恥ずかしい打ち方などではなかった。最大限の力で、真正面から敵を倒しにいった。

 例えば、美穂子なら、或いは久保でさえも、池田の成長と健闘を称えてくれるかもしれない。

 それでも――負けは負け。

池田(清澄の片岡も龍門渕も……平滝の南浦ってやつも……あたしが卒業するまで……ずっと長野で戦い続けることになる相手。
 天江衣も……清澄の大将だって……長野を制するためには絶対に倒さなきゃいけない相手だ……!)

 鏡の中、ライバルたちの顔が浮かんでは、消える。

池田(本当に……この先……あたしはあいつらに勝てるのか……? あたしは……風越の新キャプテンとして……堂々とあいつらの前に立てるのか……?
 また清澄や龍門渕や鶴賀と決勝をやったとして……本当にあたしは風越を優勝に導くことができるのか……? こんな……負けてばっかりのあたしが……?)

 圧し掛かる、結果という、現実。

 福路美穂子は、勝ち続けた。

 池田華菜は、負け続けた。

池田(悔しがってる暇はないのはわかってる……! コーチの言う通り……自信がなくても弱くても……キャプテンになるあたしは前に進んでいかなくちゃいけないんだ……!!
 けど……けど……!! キャプテン……あたし……どうやったらキャプテンみたいに強くなれますか……!? あたし……できる限り頑張るつもりなんです……!! 胸を張って前を見て……楽しんでいくつもりです……!!
 でも……このままじゃ……こんな弱いあたしのままじゃ……麻雀を楽しむことだって……いつか……できなくなってしまいそうです……)

 池田、前を見ていることも辛くなって、俯く。

 と、背後に人の気配――

小走「池田……? こんなところで何をしている?」

 顔を上げる池田。鏡の中には、小走やえの姿。

池田「こ……小走さん……!?」

小走「なんだ……池田。泣いてたのか?」

池田「え……う……その……」

小走「別に恥ずかしがることじゃない。負けたら誰だって悔しいものだ。それに……私と池田はこんな機会でもなければまともに会うこともないだろうからな。
 よかったら……私に話してみろよ。これでも私は三年、ニワカ二年の悩み相談などお手のものだ」

池田「小走さん……すいません……ありがとうございます」

小走「で……どうした、池田」

池田「はい……なんだか、弱い自分が情けなくて」

小走「弱い……? お前が? まあ……さっきはさすがに相手が相手だから力不足の感はあったが……決して内容は悪くなかったと思うぞ」

池田「でも……負けは負けですから。あたし……今日だけじゃなくて……今年の県大会からずっと負けっぱなしなんです。
 そんなあたしが……今度……風越の新キャプテンになるんですけど……これから……本当にこんな弱いあたしが風越を引っ張っていけるのか……不安で……」

 小走、腕を組んで、少し考える。

小走「池田は……あのオーラス、なんで流し満貫を狙った?」

池田「えっ? なんですか、いきなり」

小走「いいから。どうしてお前は、あの九種九牌の配牌を見て、国士無双ではなく流し満貫を狙ったんだ?」

池田「それは……確かに国士を和了れれば一発逆転はできますけど……今日のあたしは大将じゃない。先鋒です。一発逆転を狙う必要はありません。
 だから……チームのためを思えば……たとえラス確定で……あたし自身が負けることになっても……可能な限り点棒を守って次に繋いだほうがいい。そう判断したからです……」

小走「なんだ……全然弱くないじゃないか、池田」

池田「え……?」

小走「池田はチームのことを考えて最善の選択をした。しかも……それを成し遂げた。十分強いじゃないか。もっと誇っていいと思うぞ」

池田「でも……勝てなかったら意味ないじゃないですか! 一位を取れなきゃ意味ないじゃないですか……!!」

小走「一位ねぇ……県大会ならともかく……私らの学年は宮永照がいたからな……どう足掻いたって全国で一位は取れなかった。それでも、うちの部員は私ら三年についてきてくれたぞ?
 池田たちの部――風越さんでは、福路さんが長野で一位を取れるくらい強いから、チームがまとまっていたのか?」

池田「それは……違うと思いますけど……」

小走「だろ? だから、ちょっと負けたくらいでいちいち下を向くな。お前はまだ二年だろうが。私らとは違う。負けても次がある。
 そうやって……敗北をバネにして強くなればいいんだよ。ここぞというときに、笑っていられるようにな」

池田「小走さん……」

小走「福路さんだってそうだっただろう? あんな涙脆い人でも……お前たちが弱気になっているときには……強気の笑顔でいたはずだ。だから、お前たちは安心してあの人についていけたんだろう? 違うか?
 別に麻雀が強い弱いはさほど関係ないんだよ。どんな苦境に追い込まれても……前を見て笑っていられる――それこそが、部をまとめる者として備えているべき資質なんだと私は思う。
 お前らんとこの監督さんだって……きっと池田のそういう資質を見抜いているから……お前を福路さんの後任にしたんだろうさ」

池田「前を見て……笑っていること……ですか。確かに……あたしの取り得なんてそれくらいしかないですもんね……」

小走「そんなに卑下するな、池田。池田は麻雀も十分に強いと思うぞ。普通、流し満貫なんて狙ってできるもんじゃない。あれはお前の持ってる才能の一つだと私は分析する。
 正直……羨ましいよ。私にはこれといった才能や能力はないしな」

池田「ありがとうございます……お世辞でも嬉しいです」

小走「世辞じゃないさ。本当のことだ」

池田「……小走さんは、次の後半戦、天江衣に勝つつもりですか?」

小走「さあな。打ってみないとわからん。色々噂は聞いてるけど、直に対局するのはこれが初めて。
 ま、化け物だろうが魔物だろうがどうということはない。そう心配しなさんな。こっちは小三のときからマメすらできない。そう簡単には負けないさ」

すばら『先鋒戦後半……間もなく始まります!! 選手のみなさんは対局室に集まってください!!』

小走「と……マズい。悪いな、池田、先に戻っててくれ。少しくらいは一人の時間がほしい。こう見えて、私、けっこう緊張するタイプなんだよ」

池田「あっ……すいません、わかりました。小走さんのおかげで……気持ちがかなり楽になりました!! あたし、あたしなりに、できるところまで頑張ってみますっ!
 ありがとうございました!!」

小走「いいって、気にするな」

 気さくに笑う小走。池田、一礼して、早足にトイレを去る。

 小走、池田が見えなくなったのを確認して、トイレから出て、池田が去ったほうとは逆の廊下の角へ話しかける。

小走「って……こんな感じで大丈夫だった?」

 廊下の角から出てきたのは――風越キャプテン・福路美穂子。

美穂子「ありがとうございます。すいません、うちの後輩の面倒を見てもらって……」

小走「いいよいいよ。福路さんの頼みなら、お安い御用。それに、あれでしょ? あいつって福路さんの前では強がるんでしょ? 身内には弱音を吐かなそうなタイプ」

美穂子「そうなんです……本当、強い子なんです」

小走「強がってる子、の間違いじゃない?」

美穂子「ええ……そうとも言いますね」

 クスクスと笑い合う、二人。

小走「そういえばさ、福路さん。清澄の部長って、昔いつだったか福路さんが話してくれた上埜さんだったんだね。
 開会式の挨拶聞いてたら突然懐かしい名前がでてきてびっくりしたよ」

美穂子「ああ、そうなんですよ。私も、今年のインターハイで上埜さんを見て……本当に驚きました」

小走「フフ、想い人と再会できてよかったね」

美穂子「もう……そういうこと言わないでください////」

小走「いいなぁ福路さんは……羨ましい。昔馴染みの相手が身近にいるってさ。高三になるともう……インターミドル時代の顔馴染みってどんどん少なくなっていくから」

美穂子「そうですね。高校から急に活躍し始める人もたくさんいますし、色々な理由で麻雀から離れてしまう人もいますから」

小走「お互い古株同士、まだまだ頑張ろうね。次はなんだろう……インカレあたりかな? ま、また機会があったらよろしく、長野最強さん。じゃ、私もう行かないとだから」

 言って、軽い足取りで対局室へと向かう小走。

 その背中を見送りながら、美穂子は小さく呟く。 

美穂子「ええ、また全国の舞台で戦えるのを楽しみにしていますよ…………奈良最強さん」

@会場某所

 我に返った龍門渕透華は、暗い表情で廊下を歩いていた。

 そんな透華を、よく知った声が呼び止める。

衣「とーか、どうした、浮かない顔をして」

透華「衣……。申し訳ありませんわ、負けてしまいましたの」

衣「なんだ、そんなことか。あれくらい、すぐに衣が取り返してやる」

透華「ええ……そうですわね。衣のことは心配してないですわ」

衣「ん……? 妙に歯切れが悪いな、とーからしくもない」

透華「わたくしらしくない……そうですわね。確かに、わたくしらしくなかったですわ」

衣「とーか?」

透華「開会式で、衣が言っていたじゃありませんか。わたくしたち二年選抜の今日の目標は、自分が納得できるように……自分らしく打つこと。
 それなのに、ですわ。トップバッターのわたくしが、いきなりわたくしらしくない打ち方をしてしまった。わたくし……どんな顔をして控え室に戻ればいいのか……わからなくなってしまいましたの……」

衣「今日のとーかは……そんなにとーからしくなかったのか?」

透華「らしくないですわよ。さっき……対局が終わってすぐにハギヨシを呼びつけて牌譜を見せてもらいましたの。愕然としましたわ……南三局一本場からの連荘……あまりにデジタルとはかけ離れた打ち方……。
 あんなの……わたくしは認めませんわ。それに何より、あんな打ち方でしか勝てない自分が……嫌になりますの」

衣「とーか……」

透華「わたくしの中にも……きっと衣と同じように……魔物がいる。それは薄々気付いてましたわ。けど……だからこそ、わたくしは、普段のデジタル打ちを誇りにしていますの。
 わたくしは、わたくし自身の意思と力で勝ちたいんですわ。あんな魔物じみた打ち方で……わたくしの知らないところで勝っても……何も嬉しくありませんの」

 透華、悔しそうに、拳を握る。

透華「本当に……嬉しくもなんともありませんわよ。わたくしは……わたくしらしく勝つために……日々己の力を磨いているんですの。決して、あんなわけのわからない力で勝つためじゃありませんわ。
 それなのに……結局は、あのわけのわからないわたくしのほうが……わたくしが努力して作り上げたわたくしより……強い。本当に、あのわけのわからないわたくしは憎たらしいですわ。
 そして、それ以上に……弱い自分が嫌になりますの」

 透華、自嘲するように、力なく笑う。

 衣、見るに見かねて、透華に抱きつく。

透華「え……衣? なんの真似ですの……?」

衣「元気を分けてる」

透華「わたくしのことはいいですわ。控え室には……観戦室にいる智紀と一に会って気分転換してから戻りますの。あなたは早く次の対局に行ってくださいまし」

衣「嫌だ。悲しんでる家族を置いてはいけない」

 家族、という単語を聞いて、透華、何も言えなくなる。

衣「とーかの憎むとーかのこと……衣もよく知っている。とーかの言う通り、あれはいつものとーからしくはない。一や純も、あまりあのとーかを好いてはないようだ。二人ともいつものとーかを気に入っているからな。
 けど……衣は、少し違う」

衣「衣は……いろんなとーかを知っている。いいとーかも、悪いとーかも、頑張ってるとーかも、ダメなとーかも。強いとーかも、弱いとーかも」

衣「どんなとーかも、衣は好きだ。色んなとーかを……衣はとーかの家族だから……受け入れたいと思う。だから、とーかにも、色んなとーかを好きになってほしい。受け入れてほしい。
 とーかが憎むとーかだって、とーかなんだから。とーかが嫌うとーかだって、やっぱりとーかなんだから。衣はとーかの全部が好きだから……今みたいに……とーかが自分を嫌いだって言うのは、聞いていて、悲しい」

衣「衣も……ずっと自分の力が疎ましかった。この力のせいで……みんなが離れていった。こんな力、なければいいのにって思っていた……」

衣「でも……衣はこの力のおかげで……とーかたちに会えた。清澄のノノカや咲とも友達になれた。そんな風にみんなと繋がることができて……この力が……今は、大切な衣の一部なんだと思える。
 これが衣らしさなんだと思える」

衣「できれば……とーかにも、そういう風になってほしい。自分らしくあるためには、自分のことを好きじゃないといけないって、衣は思うから。だから、もっと、とーかはとーかのことを認めていいんだ。
 わけがわからなくても、憎らしくても、弱くても……」

すばら『先鋒戦後半……間もなく始まります!! 選手のみなさんは対局室に集まってください!!』

衣「とーか、わかった?」

透華「……わかりましたわよ。衣にこんなに心配されるなんて……わたくしはお姉さん失格ですわね」

衣「とーかは衣の姉じゃない。衣のほうが誕生日が早い」

透華「冗談ですわ。まあ……そうですわね。とりあえず、今度じっくり『あれ』の牌譜を眺めてみようと思いますわ。
 去年のインターハイ、四校合同合宿、それから、今日の対抗戦。他にも探せば出てきますでしょ。そうやって……ちゃんと向き合えば、今よりは少し、好きになれるかもしれませんわね」

衣「うむ。その意気だっ!」

透華「衣のほうも、油断せずに頑張ってくださいまし。今日の面子はなかなか手強いですわよ。
 よくよく考えたら、あの状態のわたくしがさらりとかわされるのは、去年のインターハイ以来のような気もしますわ。県大会の決勝レベルだと思って戦うと、痛い目を見ますわよ」

衣「案ずるな、誰が相手だろうと蹴散らすまで」

透華「なんだか、えらく気合が入ってますのね」

衣「当然至極。妹の失点を埋めるのは、姉の務めだからなっ!」

透華「ハイハイ。じゃあ……あとはお願いしますわね、お姉さま」

@会場某所

シロ「あうー……ダルー」

豊音「シッロー!!! お疲れー! ちょーお疲れー!!」

シロ「ごめん、豊音。正直、私いま、豊音のそのテンションについていけない」

豊音「えー!? だってあの天江さんと戦えるんだよ!? 清澄の先鋒の子もいるし! そりゃテンションも上がるよー!!」

シロ「…………一応、忠告しておくけど、今日の対抗戦は豊音でもそう簡単には勝てないと思うよ。最初から全力でやったほうがいい」

豊音「シロじゃないんだから手なんて抜いたりしないよ。もちろん最初から飛ばしていくよー? 天江さんもいるしね」

シロ「あと、清澄と、長野の南浦さんって子も、けっこうやるよ」

豊音「その二人はさっき見てたから大丈夫。ちゃんと警戒してるって」

すばら『先鋒戦後半……間もなく始まります!! 選手のみなさんは対局室に集まってください!!』

シロ「じゃあ……まあ……いってらっしゃい」

豊音「いってきまーす!」

シロ(あ……そう言えば混成チームは誰が出てくるんだっけ……?
 まあ……大丈夫か。聞いたことのない選手だからって油断するような豊音じゃないし。それに……さすがに天江衣以上ってことはないだろう…………たぶん)

@会場某所

優希「お疲れだじぇ、数絵」

南浦「削られた。面目ない」

優希「いいってことだじょ! 点数見てみるといいじぇ。我ら一年が暫定トップだじょ」

南浦「それでも……私は負けたから。暫定トップなのは、あなたの手柄」

優希「む……。数絵は……団体戦には興味ないのか?」

南浦「興味がない……わけではないと思うが。ただ、私にとって大切なのは、あくまで私自身が勝つことだから。
 みんなで戦うということがどういうことなのか……よくわからない」

優希「そうか……それじゃあ……今日の対抗戦で勝つのは大変かもしれないじょ」

南浦「……どういうことだ?」

優希「今日の対抗戦――もしこれが個人戦だったら、数絵はきっと勝ち上がれると思うじょ。でも、今日は団体戦だじょ。この違いはけっこう大きいんだじぇ?」

南浦「団体戦だろうが、個人戦だろうが、麻雀を打つことに変わりはない。卓につけば、誰もが一人。強い者が勝ち、弱い者が負ける。それだけだろう?」

優希「ふふん。甘いな、数絵。そんなことを言っているうちは、数絵は私にも勝てないじょ」

南浦「意味がわからない」

優希「今にわかるじぇ」

すばら『先鋒戦後半……間もなく始まります!! 選手のみなさんは対局室に集まってください!!』

南浦「優希……あなたには感謝している。こんな全国区の猛者が集う場所に私を連れてきてくれて……私に戦いの場を与えてくれて、有難く思っている。
 けれど、だからといって、あなたに私の価値観まで変えてほしいとは思っていない。
 私は私が勝つためにここに来た。別に、団体戦の貴さを学びに来たわけではない。悪いが、あまりその辺りの期待はしないでほしい」

優希「価値観とか、そんな細かいことはどうでもいいんだじぇ。私が数絵を連れてきたのは、単純に数絵がいればチームが勝てると思ったからだじょ。
 数絵がいつも通りに打って勝てるならそれで何も問題はない……でも、もし、数絵がいつも通りに打っても勝てないくらい敵が強いときは……私の言葉を思い出してほしいんだじょ」

南浦「…………善処する」

優希「おうっ! さすが数絵は話がわかるじぇ! じゃ、行ってくるじょー! 今度こそ東場で終わらせてやるじぇー!!」

@対局室

すばら『さあ!! 場決めも終わり、各選手席に着きました……!! いよいよ先鋒戦後半のスタートですっ!!』

東家:片岡優希(一年選抜)

優希「よろしくだじぇ!」

南家:姉帯豊音(三年選抜)

豊音「よっろしくー!」

北家:小走やえ(混成チーム)

小走「よろしく頼む」

西家:天江衣(二年選抜)

衣「宜しく」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 再び優希の起家で始まる東南戦。

 慣れた様子で最初の賽を回す優希。

 前半戦の熱気も冷めやらぬまま。

 後半戦――開始ッ!!!

@実況室

すばら「さて、メンバーも変わって後半戦が始まったわけですが、先鋒戦にして早速一人目の魔物が現れましたね、井上さん!!」

純「さっきの南三局で別の魔物が既に出てたわけだが、まあ……知名度では衣のほうが上だろうな」

菫「天江衣選手……うちの照や淡、それから永水の神代選手と合わせて、『天照大神』なんて呼ばれていますね」

初瀬「天照大神……『牌に愛された子』というフレーズをよく耳にします。どういう意味なんですか?」

純「そうとしか表現できねえんじゃねえか? あいつらの牌譜見てみろよ。デジタルとかオカルトとかの領域を超えてるぜ。オカルト派のオレですら、あの流れは意味不明だ」

菫「強いて共通点を挙げるなら、どの選手も驚異的な『場の支配力』を持っていることですかね」

初瀬「あの……『場の支配』って、さっきもちらっと出てきたんですが、具体的にどういうことなんですか?」

純「例えば、さっきの透華は、他家の鳴きやリーチを封じていたな。同じように、うちの衣は、他家のテンパイ率を劇的に下げることができる。あと、あいつはリーチ一発海底とかを狙ってやったりするな。
 それもこれも、他家の手牌や山の状態をある程度把握しているからできる芸当だ。ちなみに、衣は他家の和了りの高低を見抜ける」

菫「うちの照は、連続和了を得意としています。それも、ただの連続和了じゃない。点数が徐々に高くなっていくやつです。これも、ある程度他家の手牌や山を掌握してないと成立しません。
 照の連続和了はズラしても和了ったりするからかなり性質が悪いですよ。ちなみに、照は他家の打ち筋やその本質をたった一局で見抜くことができます」

初瀬「あの……なんと言えばいいのか……天江選手やチャンピオンは本当に人間ですか?」

純・菫「人間じゃねえよ(ないですね)」

純「ま、それは冗談で、あいつらは人間だぜ。人間であってもらわないと困る」

初瀬「どういうことですか……?」

純「信じられないかもしれねえが、うちの衣だって負けることはある。他家に振り込むことも、出し抜かれることもある。
 それは全部、あいつが人間だからだ。油断も隙もあるんだよ。だから、うまいことやれば、一般人でも魔物を倒すことができる……かもしれねえ」

菫「倒すまではいかなくとも、一矢報いることくらいは私にだってできますよ。それが証拠にほら、どうもあの魔物って人種は序盤は『見』に回る傾向がある。
 天江選手も、どうやらその例に漏れないみたいですね」

すばら「来ましたあああああ!! 先鋒戦後半東一局!!! 場を動かすのはやはりこの人ですっ!!!」

@対局室

東一局・親:優希

 十三巡目

優希「リーチだじぇっ!!」スチャ

 優希、前半戦から勢い止まらずッ!!

優希(龍門渕のお子様……合宿で何度か対局したけど……打ち難さは咲ちゃん以上だじぇ。稼げるときに稼いでおかないとあとが恐いじょ)

衣(清澄の……相変わらず東場の爆発力は大したもの。東一局……様子見のつもりではあったが……決して衣の支配は作用していなかったわけではない。よく自力でテンパイまで持っていったものだ。
 しかし……いいのか? 確か、お前の下家にいる宮守の大将の得意技は……)

 優希のリーチを受けて、イーシャンテンから伸び悩んでいた豊音の手が、進むッ!!

豊音「んー……追っかけるけどー?」スチャ

優希(あああああっ!? 忘れてたじょ!! こいつより先にリーチしちゃいけないって咲ちゃんにあれほど言われたのにっ!!)

 次巡、優希、一発目のツモ牌を手に取る! それは優希の和了り牌ではなく――。

優希(うう……!! 南無三だじぇ……!!)タンッ

 無防備に捨てられた牌は、背後から忍び寄る影に刈り取られる!!

豊音「ロン。リーチ一発……裏はなし。2600」

 背向の豊音――健在ッ!!

優希(ペンチャン待ちのリーのみ……そんなしょぼい手で私のメンタンピン高め三色の三面待ちが打ち負けたんだと思うと……ついもう一回リーチしたくなっちゃうじょ。
 でも、やめといたほうがいいっぽいじぇ。もう次はない。どっかの三年とは違うんだじょ)

豊音(んーラッキー! まさか直接戦った清澄の子が先制リーチをかけてくるとは思わなかったよっ!!
 にしても……先負が発動できたからよかったけど……今の……イーシャンテンから手が進まなかったのはかなり不自然な感じだったなぁ。これが天江さんの力か。
 んー……わくわくするっ!!)

衣(さて……これで衣が南家。遊びは終わりだ。ここからは衣も本気で行く!!)

タ:107600 衣:96800 姉:103600 や:92000

東二局・親:豊音

 十五巡目

豊音(うーん。想像以上に手が進まない。鳴けないから友引も使えないし……。天江さん……この場を意図して作り出しているの……?
 永水の霞さんの絶一門もすごいと思ったけど……あれはまだ終盤に付け入る隙があった。でも、これはなぁ……突破口を見つけるのは容易じゃなさそうだ)タンッ

優希(来たじぇ……これは何度経験しても泣きたくなるじょ。まるで南場みたいな感じ。
 咲ちゃんはまだカンできるからいいとして……鶴賀の大将や池田なんか……こんなのをどうやって切り抜けたんだじょ)

 足元から這い上がり、徐々に高くなっていく水位ッ!

 暗く重い海底へと――溺れていくッ!!

 十七巡目――!!!

衣「……リーチ」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

優希(このリーチは……本当に心が折れそうになるじぇ……!!)タンッ

豊音(出た……! 噂の十七巡目リーチ!! あっ、リーチ入ったからテンパった!! すごく追っかけたい!! 追っかけられないけどー!!)タンッ

 そして……運命の海底ッ!

 魔物の手が――月を掬い上げるッ!!

衣「ツモ。リーチ一発ツモ海底撈月……三暗刻……赤一……裏三!! 4000・8000!!」

 天江衣――死角無しッ!!

豊音(リーチ一発海底……!! すごいすごいちょーすごい!! もーすご過ぎて震える!! 涙出てくるっ!!)

優希(裏三とか……さすがの化け物っぷりだじぇ。ま、だからこそ倒し甲斐があるってもんだじょ!!)

タ:103600 衣:112800 姉:95600 や:88000

東三局・親:衣

 十二巡目

優希「ポンだじょ!!」タンッ

豊音(わっ!? 鳴かれた? って……これで天江さんに海底が行くわけだけど……これも計算のうちなの?)

優希(龍門渕のお子様……これがお前の狙い通りなのは知ってるじょ。けど……だからなんだって言うんだじぇ! そんなに海底が好きならくれてやるじょ!
 けど……海底なんて……海底に辿り着かなきゃ和了れないんだじょ!!)

衣(清澄の……いかに東場に自信があるとは言え……そんな通り一遍等の攻めでは衣の支配は抜け出せない。衣の恐ろしさ……その身に刻んでやる……!!)

 十六巡目

優希(あ……和了れないじぇ……!!)タンッ

豊音(またイーシャンテン止まりで、天江さんは海底コース。天江さんの力が本物なら……当然ここで……来るんだよね?)タンッ

 十七巡目

衣「リーチッ!!」スチャ

 衣、再び十七巡目リーチッ!!

 他家、動けずッ!!

優希(頼むじょ……最後のツモ……東場の神よ我に奇跡を――ってだああああ!? これじゃないじょ!! 見放されたじょ!!)タンッ

豊音(東場に強い清澄の子でも和了れないのか。力任せの打牌や運だけじゃダメだってことだね。天江さんの支配ってやつを抜け出すには……もっと別の方法が要る)

衣「ツモ。リーチ一発ツモ断ヤオ……海底撈月……4000オール!!」

優希(じょー………………最悪の展開だじぇ)

 魔物・天江衣、二連続海底ッ!!

 他の追随を許さない、圧倒的な力ッ!!

 しかし……むしろ圧倒的だからこそ、燃え上がるミーハー女子が一人ッ!!

豊音(きゃー! 天江さんちょーカッコいー!! 本当に狙って海底が和了れるんだ!! 生で体験すると迫力が全然違うっ!! って……さすがにそろそろ点数がヤバいけどー)

 長野の魔物を目の前にして、岩手の魔人が微笑む……ッ!!

豊音(天江さんは出和了りもある。けれど……気分的なものなのかな……今のところは海底に拘るみたい。ただ……さすがに三連続はいただけないかなー。
 次も海底を狙うようなら……悪いけど……潰させてもらうよー?)ゴゴゴゴゴゴゴ

 姉帯豊音、秘策ありッ!!

タ:99600 衣:124800 姉:91600 や:84000

東三局一本場・親:衣

 十三巡目

優希(相変わらず手が重いじぇ。けど、龍門渕のお子様はまだ動いてないじょ。海底狙いはやめた……? だとしたら、出和了り注意だじぇ……慎重に……慎重に……)タンッ

小走「ポン」タンッ

優希(じょ!? 混成の……誰だっけ!? いや、そんなことよりその鳴きは……!!)タンッ

豊音(天江さん……この巡目で海底コースに乗った。既にテンパイはしてるみたいだけど……これはまた海底を狙うかな……?)タンッ

衣(奈良の……晩成高校・先鋒――小走やえとか言ったか。鳴いて特に手が進んだ様子はないが……衣の支配の中で紛れを求めたのか? それとも……わざわざ衣に海底を差し向けた……?
 生意気な。今局……出和了りでもよかったが……そんなに地獄が見たいのなら……いいだろう。何度でも見せてやる……!!)タンッ

 十六巡目

優希(デジャヴだじょ!! ヤバいじょ!! なんにもできないじょー!! せめて……誰かが鳴けそうな牌……って、そんなんわかったら苦労しないじょ!!)タンッ

 衣の支配に翻弄される優希。どうにか衣を海底からズラそうと、手を崩してまで豊音にパスを送る。

 しかし……今の豊音の目に、海底ズラしなどといったその場凌ぎの捨て牌は、映らない。

 豊音、あくまで、正面から天江衣を打ち倒す構えッ!!

豊音(六曜の中でも……『これ』はかなり使い勝手が悪いほうだからねー。公式戦で使うのは初めてかも。まあ……普通の人が相手だったら背向で十分対応できるんだけど……さすがに下家の十七巡目リーチは追っかけられない。
 でも……追っかけられないなら……追っかけてもらえばいいだけの話だよねー?)ツモッ

 豊音、イーシャンテンだった手が、この土壇場に来て、進むッ!!

衣(む……宮守の大将がテンパイした……? 妙だな。衣は手を進ませるつもりなんてなかったのに。さては……こいつ……何かしたな……?)

豊音(これで発動条件の一つ目――自分がテンパイしたときに他家がリーチを掛けていない――はクリア。
 そして……あともう一つの条件――他家が、自分がリーチしてからツモるまでの間に、追っかけリーチを放ってくること――も、海底狙いの天江さんなら……この誘い……乗ってくれるよね……!?)

 豊音、イーシャンテンからテンパイ、その不要牌を捨て……曲げるッ!!

豊音「リーチ……!!」スチャ

 豊音、明らかに衣を意識して、不敵に微笑む。

豊音「さあ……追っかけてみー?」ゴゴゴゴゴゴゴ

衣(宮守の大将……何か狙っているな。得意技は追っかけリーチだと思っていたが、追っかけられるのも望むところなのか。衣の支配を打ち破るような局所的な力を感じる……。
 そのせいかはわからないが……この海底はいつもの海底と感覚が違う。和了れるかどうかは五分五分といったところ。感覚を信じるなら、ここはダマで通したほうが無難かもしれない。さて……どうする……?)

 衣、しかし、逡巡は一瞬。

衣(わかっている。ここで感覚に従って様子見に回るような……そんな戦う意思のない麻雀は……衣らしくない!! まだ結果が見えたわけではない……なら、ここは当然勝負するところ……!!
 宮守の大将……好きなだけ罠を張るがいい! 策を巡らせるがいい!! その全てを……衣はねじ伏せる……!!)

 衣、ツモった牌をそのまま卓に叩きつけ、宣言ッ!

衣「通らば――リーチ……!!」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 瞬間、先負と対をなす六曜――『先勝』が発動ッ!!!

 それは、先制リーチをかけた者の第一ツモで和了る先負と、真逆の能力!!!

 先勝は――追っかけリーチをかけた者の第一ツモで、和了る!!!

豊音(天江さん……退くつもりはないってわけねー? それがあなたたち魔物の誇りなんだろうけど……誇りとは同時に……驕りでもある……!!)ゴゴゴゴゴゴ

 十七巡目リーチを放った魔人と魔物……!!

 両者ともに、狙うは闇に包まれた海の底――!!

優希(じょー……なんか魔物が増えたじぇ……)タンッ

豊音(さあ……天江さん……勝負……!!)タンッ

 衣、運命の海底をその手に掴む――!!

 瞬間、盲牌ッ!!

 衣の表情は……!!?

衣(――!? くっ……五萬じゃ……ない……!!?)

 苦渋ッ!!

 衣、唇をかみ締めて、逃した魚を河に流す!!

 即座、魚は魔人の手によって吊り上げられる……ッ!!

豊音「ロン……!! リーチ……河底撈魚!! 2600は2900!!」パラララ

衣「~~~~~~っ!!」

 かくして、魔物と魔人の一騎打ちは、ひとまず魔人に軍配が上がる!!

 しかし、その勝敗は、決して結果ほどはっきりしたものではなく、白とも黒とも言いがたい、グレーッ!!

豊音(今の……本気でヤバかったよー。先勝がまともに発動しているのに……何もかも根こそぎ持っていかれそうな感じがした。
 天江さんがリーチをかけた時点では八割方いけると思ってたんだけどな……蓋を開けてみたら五分五分……まるでトシさんを相手にしてるみたい。できれば、もうこんな心臓に悪い真似はしたくないねー……)

衣(宮守の大将……一点突破とはいえ……一時的に衣の支配を上回るとは。身近によほど強い指導者でもいるのだろうか……鍛え抜かれた粘り強さを感じた。
 確か……インターハイでは咲がこいつと戦ったのだったな。今更ながら、とーかたちと全国で戦えなかったことが悔やまれる……衣も公式戦でこいつと戦ってみたかった……!!)

 衣、失点はしたものの、強敵を前に、気分は高揚。

 豊音、渾身の一撃も、火に油。

 しかし、豊音の一撃は、決して軽くはない。

 それは点数以上に、衣に重く圧し掛かる。

衣(しかし……こいつに追っかけリーチが通じないとなると……迂闊に十七巡目リーチはかけられない。恐らく、こちらの海底狙いに気付けば……また今の力を使うだろう。
 力は拮抗しているが……拮抗しているだけあって……確実に勝てる保障はない。厄介だ……衣は海底で和了るのが好きなのに……!)

豊音(天江さん……これで得意の十七巡目リーチは封じた……よね? ま、意地でもう一回くらいはやってくるかもしれないし、そもそも先勝はリーチをかけてもらえないと発動しないから、ダマで海底狙いをされたらそれまでなんだけど。
 まあ……ダマの海底なら、リーチも一発も裏も消える。県予選の天江さんの牌譜を見たけど……たまに海底でしか和了できないような無茶な形を作るときもあった。
 でも……ダマの海底のみなんてさほど脅威にならない。その辺りまで牽制できたのは大きいかな……)

 他方、魔人と魔物の駆け引きが繰り広げられる中で、やや置いていかれ気味の優希は――、

優希(東場が……東場が終わっちゃうじょ!! 私が東場で焼き鳥断ラスなんて……あのオカルトノッポと風越のタコさんウィンナーにやられたときを思い出すじぇ。
 ううう……困ったじょ。どうすればいいんだじょー……)

 優希、打つ手無しッ!!

タ:99600 衣:120900 姉:95500 や:84000

東四局・親:小走

優希(配牌は決して悪くないんだじぇ……ドラは毎回一、二枚は入ってるし……染め手か平和を狙いやすい形になってる……けど……)タンッ

優希(それもこれも……龍門渕のお子様の手の平の上……東一局のあれは半分くらいマグレだったじょ。このままじゃまたイーシャンテン止まりだじぇ……何か……少しでも……前へ……!)タンッ

優希(ぬ……これでイーシャンテン。混一中ドラ三……いつもなら手広く待ってテンパイ即リーだじょ。それとも……部長みたいに悪待ちでもしてみるか……? 咲ちゃんみたいに大明槓とか……?
 なんて……無理無理だじぇ。私には……のどちゃんみたいな頭もないし……染谷先輩みたいな眼鏡もないじょ。どうせ槓材だって寄ってこないし、悪待ちしたって裏目るだけだじぇ……!)

優希(いつか……もっともっといっぱい練習して……もっともっとたくさん強い相手と戦って……三年生になる頃には……もうちょっと器用に打てるようになってるのかもしれない……!
 でも……今の私には……これが精一杯だじょ……!!)タンッ

 優希、それが衣の支配下にあるとわかっていても、頑なに真っ直ぐ進むッ!!

優希(東場で自分を曲げたくはないじょ……!! そうやって……いつも部長や染谷先輩や……咲ちゃんやのどちゃん相手に食らいついてきたんだじぇ……!!
 これくらいのピンチは……もう慣れっこなんだじょ!!)タンッ

 それは、決して思考放棄でも、自暴自棄でもないッ!

 優希はただ、どこまでも自分を信じて、全力で、真っ直ぐに和了りを目指す!!

 果たして、場が動いたのは……十三巡目ッ!!!

小走「……」タンッ

優希「チーだじぇ!!」タンッ

 優希、混一中ドラ三……テンパイ!!

 優希手牌:7899西西西中中中/(5)34:ドラ西

優希(できれば門前で進めたかったけど……贅沢は言ってられないじょ。とにかくこれで張ったじぇ!! 全員覚悟するがいいじょ!! 東場の主役は絶対に譲らないじょ!!)

豊音(うわー……張ったのかな? この状態でよく張れるな……さすがシロと張り合うだけのことはあるねー……)タンッ

衣(清澄のテンパイ……12000といったところか。テンパイに持っていけるだけで十分なこの場において……リーチに頼らずハネ満手を仕上げてくるとは……全国大会を経て一段と力が磨かれている……)タンッ

小走「……」タンッ  

衣「(だが……それでもまだ衣には及ばない……!!)ポンッ!!」タンッ

優希(うっ……龍門渕のお子様が海底とは無関係に鳴いてきたじょ……これは……下手に打つと刺されるパターンだじぇ……)

 衣の鳴きを受けた次巡、優希が引いてきたのは……一索ッ!!

 優希手牌:7899西西西中中中/(5)34:ツモ1:ドラ西

優希(これはまた……ビミョーなところを引いたじぇ。いつもなら何も考えずに捨てるところだけど……これを抱えても同打点のままでテンパイを維持できる。
 龍門渕のお子様が鳴いた直後に引いた牌……いかにも当たりっぽい……一応抱えておくってのもアリな気がするじぇ。でも、抱えたら抱えたで、こっちの待ちが狭くなる。
 どっちが正解か……んー……考えてもわからんじょ!!!)

 優希、思い悩んだ末、ツモ牌を抱えることを選択ッ!!

 しかし、全ては、魔物の手の平の上ッ!!

 二つの分かれ道――その先にあるのはどちらも……死ッ!!

衣「ロン。対々北……5200ッ!!」パララッ

 衣手牌:①①①⑤⑤⑤1199/北北(北):ロン9:ドラ西

優希(じょーー!!? 悪魔のシャンポン待ち……!!? どっち切っても不正解だったじょ……!!!)

 優希、思わず天を仰ぐ。

優希(うう……散々な東場だったじょ……。龍門渕のお子様と……宮守の超ノッポ……咲ちゃんは本当にこんなの相手によく勝ってきたじぇ……本当に……すごいと思うじょ……)

 優希、悔しさが込み上げる……!

 しかし、涙は見せないッ!!

優希(今回は完敗だじぇ。でも、いいんだじぇ……目標は高いほうが燃えるんだじょ。まだまだ……今は届かなくたって……これから追いつけばいいんだじょ!!)

 優希、静かに席を立って、場の面子に一礼する。

優希「私はこれで失礼するじょ。色々と……勉強になったじぇ。けど……!! 私に勝ったくらいでいい気になるのは早いんだじょ! 私のあとには数絵がいる! のどちゃんも咲ちゃんもいるんだじぇ! 勝負はまだ終わってないんだじょ!」

 優希の強気な言葉に、衣が座ったままで返す。

衣「無論、そのつもりだ。最後まで手抜かりなく勝たせてもらう」

優希「ふふん、せいぜい束の間のトップを楽しんでるといいじょ!」

 優希、そのまま踵を返して、対局室を去っていく。

 唯一手合わせの経験がある衣、やけに堂々とした優希の後ろ姿を見て、後輩の成長を喜ぶ先輩のように、抑えがちに笑む。

衣(清澄の……力は伸びている……少しは知恵も回るようになった……しかし、それでもまだまだ甘過ぎる。もっと腕を磨いて出直してくるがいい……! 衣はいつでも受けて立つぞ!!)

タ:94400 衣:126100 姉:95500 や:84000

 片岡優希、先鋒戦後半、衣の支配下にありながら二度大物手をテンパイするも、和了れず。

 結果、自らが前半戦に作った貯金を吐き出す、マイナス16800の大失点。

 しかし、その表情に、絶望の色はない。

 清澄高校一年・自称切り込み隊長・片岡優希。

 価値ある敗北を手に、戦線離脱ッ!!

@会場某所

 南浦、モニターで東場が終えたのを確認し、対局室へ。

 途中、南浦を迎えに来た優希と鉢合わせる。

数絵「お疲れ、優希」

優希「数絵……ごめんだじょ。負けちったじぇ」

数絵「……その割りに、ヘラヘラと締まりのない顔をしているな。悔しくはないのか?」

優希「そりゃ悔しいじょ。東南戦ならともかく、東風戦で負けるなんて……プライドズッタズタだじぇ」

数絵「なら……どうしてそんな風に笑っていられる? どうして……前を向いていられる……?」

優希「そりゃ、みんなを信じてるからだじぇ!」

 南浦、怪訝そうに目を細める。

優希「前までの私なら……今頃大泣きしてたと思うじょ。県大会の決勝も、前半に出てきた手抜き眉毛と戦ったときも……私は負けて……控え室で泣いたじょ。
 部長は、原点で帰ってきただけ十分って言ってくれたけど……私はもっとチームの役に立ちたかったし……練習に付き合ってくれたみんなの期待に応えたかったじょ。
 なのに……私は試合でいっつも勝てなかったんだじょ」

数絵「それで……今度は開き直ったというのか?」

 優希、南浦の棘のある言い方に、笑顔で首を振る。

優希「そういうことじゃないんだじょ。そうじゃなくて……全国を戦っている途中で……私はものすごいことに一つ気がついたんだじぇ」

数絵「ものすごいこと……?」

優希「私が負けても……清澄は負けないんだじょ」

数絵「…………は?」

 優希、誇らしげに胸を張る。

優希「次鋒の染谷先輩、中堅の部長、副将ののどちゃん、大将の咲ちゃん。みんな……私よりずっと強いんだじょ。
 みんな……県大会でも全国大会でも……私の負けを取り返して……最後には勝ってくれたじょ」

数絵「けど……それは、他の人はそうかもしれないが……でも、いくらチームが勝ったからって、優希が負けたことに変わりはないだろう」

優希「そうだじょ。私が負けたことに変わりはないじぇ。でも、チームが勝ったなら、私の負けなんてどうでもいいって思えるんだじょ」

数絵「どうでもいい……? 負けたことが?」

優希「じょー、どうでもいいは言い過ぎたじぇ。なんというかだじょ……私は、私の勝ち負けに拘らなくなったんだじょ」

数絵「優希が勝っても負けても、チームは勝つからか?」

優希「そんな感じだじぇ。私は……私よりずっとずっと強いチームのみんなを信じるって決めたんだじょ。
 私が泣くのは、先鋒戦で私が負けたときじゃない。大将戦が終わってチームが負けたときだって決めたんだじょ」

優希「そうしたら……先鋒戦が少し違って見えた。私が先鋒戦でやるべきことは、一位を取ることじゃない。みんなの点棒を少しでも守って、できることなら増やすこと。
 そして、最後まで諦めずに全力で打つこと……そういう風に思えたんだじぇ」

優希「インターハイの決勝だって、当然、私は咲ちゃんのお姉ちゃんに勝てなかったじょ。大惨敗だじょ。けど……みんなはそれを責めなかった。よくやった、すぐに取り返してやるって言ってくれた。
 その言葉を聞いて……私は負けたけど……胸を張れたじょ。心から、みんなを応援することができたんだじょ」

優希「今回の対抗戦だってそうだじぇ。部長は最初からこれを『団体戦』って言ってたじょ。だから……私は私のあとに続くみんなを信じる。
 のどちゃんや咲ちゃん、鶴賀の影の薄いの、しらたき糸こんにゃくの大将、のどちゃんの奈良のお友達、あとよく知らないけど関西の二人……」

優希「もちろん、数絵のことも、私は信じてるじぇ!!」

 優希、南浦の右手を両手で包んで、満面の笑みを浮かべる。

優希「数絵が勝つって、私は信じてるじぇ。数絵なら、私の仇を取ってくれるって信じてるじぇ。
 そんでもって……そんな数絵を笑顔で送り出したいから……私は負けても笑っているんだじぇ?」

 南浦、照れたように顔を背け、優希の手を振りほどく。

南浦「やはり……私には団体戦のことはよくわからない。優希の言ってることだって……半分も理解できない」

 言って、そのまま優希を置き去りにし、早足で対局室へ向かう南浦。

 しかし、その右手は、優希の期待に応えるように、高く掲げられていた。

南浦「とにかく……私は今度こそ……勝つ――!!」

優希「おうっ!! 好きなだけぶちかますじぇっ!!」

 南浦数絵――出陣ッ!!

@実況室

すばら「天江選手が片岡選手を直撃いいい! 姉帯選手が流れを止めたかに見えましたが、すぐに突き放しましたあああ!! これが魔物の力なのでしょうか!?
 天江衣選手、その強さを余すところ無く見せ付けて東場終了ですっ!!」

初瀬「いやぁ……本当に尋常じゃない場でしたねぇ」

純「…………なんか妙だな」

すばら「は……? 妙……?」

菫「私も、少し気になることがあります」

すばら「えっ? お二人とも、どうしました?」

純「気のせいならいいんだが……。なあ、初瀬ちゃん」

初瀬「(ちゃん!?)え、あ、はい。なんですか?」

純「初瀬ちゃんトコの小走先輩ってのは、何者だ?」

初瀬「いや、だから、うちの先鋒ですよ」

純「晩成……ってのは阿知賀に負けたんだよな? そんとき、小走先輩と戦ったのは誰だ?」

初瀬「松実玄さん……です」

純「あのドラ娘か……。初瀬ちゃん、悪いんだが、あいつをここに呼んできてくれないか? 話が聞きたい」

初瀬「えっ? 松実玄さんをですか? はあ……わかりました。行ってきます!」ダッ

菫「井上さんも、小走選手のことが気になるんですか?」

純「まあな。あいつがどれほどのもんなのか、対戦経験のあるやつに聞いてみたくなった。どうにも、さっきからうちの衣が不調っぽいからよ」

すばら「不調……!? 天江衣選手が? あれでですか!?」

純「ああ。いくら姉帯がオカルト技を持ってようと、それで衣が海底を和了れねえ……なんてことにはならねえんだよ。
 同じように、いくら片岡が東場に強くたって、火力で衣が劣るはずがねえ。今の5200は衣にしては低過ぎる」

菫「東三局一本場と、先ほどの東四局のことですね。私も、その二局での小走選手の動きに違和感を覚えました。
 もしあれが天江選手の本調子でないというのなら、或いは小走選手にペースを乱されているのかもしれません」

純「そうか……やっぱりあんたもそう思うか」

すばら「あの……できれば私にもわかるように解説してほしいのですが……」

純「じゃあ、まず、東三局一本場。衣が三度目の海底を狙いにいって、姉帯に振り込んだ局だな。このとき、衣は親だった。つまり、誰かが鳴かないと、衣に海底は回ってこない。
 もちろん、衣が本気で海底を狙うなら、自分で鳴くことだってある。さっきの場合、衣は別に海底を狙っていたわけじゃなかったと思うぜ。出和了りするつもりだったようにオレには見えた。
 けど……実際は、小走が片岡の二索をポンして衣に海底を回した。それを受けて、衣は狙いを出和了りから海底に切り替えた」

すばら「まあ……そういうこともあるんじゃないですか?」

純「じゃあ聞くが、なんで小走は二索をポンする必要があったんだ?」

すばら「え……? どうしてでしたっけ……染め手か喰いタン狙い……?」

純「よーく思い出してみろよ。あのとき、小走は既に、二索を暗刻で抱えていたんだぜ?」

すばら「!? そ、そうでしたっけ!?」

菫「ええ……井上さんの言う通りです。しかも、ポンしたあとも小走選手は手の内に二索を抱え続けていました。
 ああいう鳴き方は、どこか清澄の宮永咲選手を彷彿とさせますね。嶺上開花を狙いにいく鳴き――テンパイと同時に加槓するための布石です」

すばら「加槓狙いのポン……? それはつまり、小走選手もまた、宮永咲選手のように、嶺上開花を得意としているということですか?」

純「バカ言うな。あんな魔物が二人もいてたまるかよ」

すばら「じゃあ……」

菫「小走選手は別に嶺上開花を狙っていたわけではないと思いますよ。彼女にとって重要だったのは……ツモ番さえ回ってくればいつでもカンができる――そんな状態を維持することだったんじゃないでしょうか?」

すばら「なんでわざわざそんなことを……?」

純「ニブいぜ、煌ちゃん。そりゃ、衣が十七巡目にリーチした直後に、加槓するためだろ」

すばら「!!?」

菫「カンの効果は何も嶺上牌をツモれるというだけではありません。海底牌を王牌に取り込む、という効果も付随します」

すばら「な……なるほど!!! 小走選手はあのポンで……後々やってくるであろう天江選手の十七巡目リーチを無効化するつもりだったんですね!! 天江選手がリーチしたあとに加槓すれば……天江選手に海底は回らない!!
 あれ……でも、結局小走選手はカンをしませんでしたよ?」

純「そりゃするわけねえよ。あのときは、衣の十七巡目リーチに対して、先に姉帯のほうが仕掛けてたからな。
 というか……小走は、姉帯が衣の十七巡目リーチを打ち破るような何かをするつもりなんだと……それを見越してわざわざ衣に海底を回した感じがするな。あのポンが加槓狙いになっていたのは、ついでの保険みたいなもんだ。
 姉帯が衣を削れそうなら傍観。姉帯の仕掛けが衣に通用しない、または小走自身にとばっちりのあるような場合には、姉帯の何かと衣の十七巡目リーチをまとめて加槓で潰す……そんな意図があったように見える」

菫「さらに言うなら、小走選手が最後まで二索を抱えていたということは……即ち、いつ海底牌が王牌に取り込まれるのか――そのタイミングを小走選手がずっと握っていたということを意味します。
 つまり、あの海底牌は、その前の二局で天江選手が掬い上げたような……確かな形を持った月ではなかった。シュレディンガーの猫みたいなものでしょうか(誤用)。
 いかに天江選手の支配力が絶対であろうと、あの海底牌だけは、小走選手の最後のツモ番まで……生きた牌なのか死んだ牌なのか不確定だった。井上さんの言う天江選手の不調というのは、たぶん、その辺りが原因なんだと思います」

すばら「天江選手と姉帯選手の一騎打ちに見えたあの局の裏で……そんな謀略が……!!?」

純「さて、じゃあ謎は解けたところで、東四局についてもちょっくら考察してみようか」

すばら「お願いしますっ!!」

菫「ま、図式は東三局一本場と同じですよ。小走選手は、恐らく片岡選手の手が進む気配を感じた。それで……今度は片岡選手に天江選手を削らせようとしたのでしょう。
 狙い通り、片岡選手は小走選手の捨てた五索でハネ満の混一中ドラ三をテンパイ。しかし……テンパイさせてはみたものの、姉帯選手のときとは事情が違った」

純「清澄の片岡は、姉帯のようにピンポイントで衣に標準を当てていたわけじゃねえ。東場なのをいいことに、ただ真っ直ぐ突っ走っただけだ」

菫「当然、片岡選手がハネ満をツモる可能性もあります。そうなった場合、一番被害を受けるのは親の小走選手です。
 だから、身の危険を感じるや否や、小走選手は作戦を変更。天江選手に北を鳴かせてテンパイさせ、片岡選手を一瞬で討ち取らせた」

すばら「トップを引き摺り下ろすために他家を利用する……!! しかも、自分の失点が最小限に済むように何重にも保険をかけて……素早く場の変化に対応……!!
 まったくもってすばらですっ!!」

菫「驚くべきはそれだけじゃありません。小走選手にとって、今日の面子は初対戦の相手ばかりです。
 にも拘わらず、小走選手は東一局から東三局のたった三局であの全国レベルの化け物たちの打ち筋を解析し……あの天江衣の支配下にありながらも、見事に打ち回して見せた。
 こと対応力に関しては、うちの照にも匹敵する柔軟さじゃないでしょうか」

純「そうだな。間接的にではあるが、衣の海底を封じて、火力もそぎ落とした。本人はただの一度もテンパイできてねえってのに、大したもんだぜ」

すばら「あ、その、天江選手の火力をそぎ落としたというのも、やはり小走選手が?」

純「ああ。さっきの東四局、衣がテンパイしたのは小走の北を鳴いたからだが、そもそもあの北は、小走が対子で抱えていたのを崩したものだ。どう考えても不自然だろ?
 なんであの終盤まで、あいつは自風でも場風でもない北を抱えてたんだと思う? いや、配牌から対子になってたんならまだわかるぜ。
 けど、あいつのところに最初の北が入ったのは確か五巡目くらいだ。普通なら速攻捨てるだろ、そんな不要牌」

すばら「抱えておいたほうがいい……そう判断するだけの理由があったんですね?」

菫「順当に考えれば、北が天江選手の自風牌だったからでしょう。天江選手の場の支配力を考えれば、セオリー通りの打牌をしていては、天江選手の思う壺になりかねない。
 私でも、それくらいは思い至るかもしれない。ただ……私なら、いざ自分の手が進みそうな状況になれば、さすがに手放すと思います」

純「が、小走はそれをしなかった。八巡目くらいか、まるで北を吐き出せと言わんばかりに、あいつの手が進んだ。捨て牌を見りゃわかるが、あそこで北を手放せば、小走はテンパイまで辿り着けたんだ。
 なのに、小走は頑なに北を抱え続けた。その結果――衣の打点が5200まで引き下げられた」

すばら「北を抱え続けるだけで……そんなことができるんですか?」

純「できるさ。ちょっと考えれば気付くことだ。もし、小走がもっと早くに北を手放したとして、衣がそれを鳴いたとき、本来小走に行くはずだったツモは誰のものになる?」

すばら「誰って……ああ……そういうことですか!!?」

純「そう――衣が小走から鳴けば……本来は小走がツモるはずだった牌が、以降、全て衣に流れるようになる」

菫「ちなみにですが、麻雀では、鳴いた人が鳴かれた人のツモを引き継ぎます。例えば、天江選手のように海底を狙いたいのであれば、本来海底をツモる人――初期状態では南家です――から鳴けばいい。
 まあ、皆さんご存知だと思いますが」

すばら「なるほど……敢えて北を抱えることが、そのまま天江選手の思惑を外すことに繋がるんですね!!」

純「そういうことだ。で、まあ、北を抱え続けた小走のところには、中盤以降、北を捨てていれば衣の手に収まっていたであろう、衣の有効牌が流れてきた。
 具体的には、赤五筒と、一索。もし仮に、小走が北を早々に手放し、衣がそれを鳴いた場合。衣の手はこんな感じになってただろうな」

 衣手牌:①①①⑤[⑤]⑤1119/北北(北):待ち9:ドラ西

すばら「これは……先ほどと似ていますが……点数は全く変わってきますね」

菫「対々北三暗刻赤一……12000ですね。先ほどの5200の倍以上の点数です。まあ、あくまで現行ルール上、の話ですが」

すばら「ん? どういうことですか?」

純「一索と一筒と五筒と自風の刻子を揃えたこの和了りの形――これは世が世なら、役満確定の超大物手なんだよ」

菫「その役の名は『花鳥風月』……非常に風流な古役です」

すばら「ほええ……古役ですか……!」

純「衣のやつはわりとこういう古風な和了りを好む。なんたって『月』が入ってるしな。けど、それも現実では小走に阻まれて、確定とまではいかなかったわけだが。
 ついでに言うなら、清澄の片岡があの場面で一索ではなく九索切りを選んだことについても……オレは評価したいね。
 たぶんだが、衣は一索で和了りたかったはずだぜ。ま、点数は変わらないけどな」

すばら「北を抱える――それだけで古役の役満手をたったの5200に引き下げた……想像以上にとんでもないことをやっていたんですね……!!」

純「ああ。そして……オレの予感が正しければ、ここからが本番だぜ」

すばら「というと?」

菫「ここまで……小走選手は徹底して裏に回っていました。それは、天江選手の支配下で身動きが取れなかった――というだけかもしれませんが……果たして本当にそうでしょうか?」

純「初対面の相手の得意技や引き出しを一通り見ておきたかった――そんな打ち回しにも見えなくはないよなぁ」

すばら「では……もし動くとしたら?」

純「そろそろじゃねえかとオレは踏んでる。だから、南場に入る前に、対戦経験のあるやつの話を聞きたかったんだ。あの打ち回しが偶然なのか……それとも全て計算尽くなのか……」

 と、実況室の扉、開く!!

初瀬「お待たせしましたっ! 連れてきましたよ、松実玄さんです!!」

玄「連れてこられました! みなさんご無沙汰してますっ! で、私になんの御用でしょうか!?」

純「よう、ドラ娘。県大会であの小走ってのと戦ったんだってな。どうだった?」

玄「どうだったって……ものすごく強かったですよ!」

すばら「ものすごく……とはどれくらいですか?」

玄「だって、小走さん、あの先鋒戦で一度も私に振り込みませんでしたから」

純「一度も……ってのは確かにすげえな。いくらドラ娘の手が読みやすいっつったって」

玄「正直……あのとき私が小走さんを相手に勝てたのは幸運が重なったからです。最初の8000オール……あれがなかったら、結果はどうなっていたかわかりません」

菫「最初……そうですね。阿知賀は無名校で、しかも晩成と当たったのは一回戦。データがなければ、対策の立てようがない」

玄「そうなんです。あれは本当に私たちに有利な戦いでした。決勝で当たっていたら、少なくとも先鋒戦――私は小走さんに勝てなかったと思います。小走さん、あの最初の8000オールを見ただけで、すぐに私の体質に気付いたみたいでした。
 先鋒戦、東二局には、もう私の弱点を見抜いて狙い打ちしてきましたよ。南場に至っては、私よりも小走さんのほうが稼いでいたくらいです」

純「お前より稼いだ? 嘘だろ?」

玄「本当です。ね、初瀬ちゃん?」

初瀬「はい。まあ……さすがに最初の8000オールを皮切りにした序盤の荒稼ぎの分を取り返すまではいきませんでしたけど。確かに、先鋒戦の南場は……小走先輩のほうが優勢でしたね」

すばら「ドラ爆体質の松実さんとまともに打ち合って稼ぐなんて……私には信じられません。園城寺さんやチャンピオンならともかく……」

玄「ああ……花田さん……あの準決勝は大変でしたねぇ」

純「思い出話は後にしてくれ。ほかに小走について、なんか客観的なデータはないのか?」

初瀬「先輩は、奈良の個人一位です」

純「はああああああ!!? 奈良一位!? そりゃマジか!?」

初瀬「え……? 知らなかったんですか?」

菫「まあ、私は知っていたよ。私たちの学年で、奈良の小走やえは、長野の福路美穂子と同じくらいよく聞く名前だ」

純「そうだったのか……! あ、でも、奈良の個人戦って阿知賀の面子は出なかったんだよな……?」

玄「はい。なんですけど、私たち阿知賀と晩成さんはインターハイの前に壮行試合をしていて、うちの五人と晩成さんの上位ランカーで入り混じって打ったんですが、そのときのトップも小走さんでした。
 二位はうちのおねーちゃんで、私は全然でしたね」

菫「ほう……あの松実宥を押さえてのトップとは」

玄「小走さんは……本当に打ち方が柔軟なんですよ。打てば打つほど……こちらが勝てなくなってくるんです。あっ、そう言えば、私たち、インターハイの前にいろんなところと練習試合をしたんですけど……」

純「はるばるうちにも来てくれたよな」

玄「ええ……各県の二位さんと戦ったんです。それで……本当に色んな人と打ったんですが、その中で、私たち全員が勝てなかった人っていうのが……二人いたんです」

純「一人は、うちの衣だな」

菫「もう一人は?」

玄「三箇牧の荒川憩さんです」

すばら「まあ……そのお二人にみんなが勝てるようなチームなら、確実に全国優勝できるでしょうね」

玄「はい……で、そのことなんですけど」

純「なんだ?」

玄「よくよく思い返してみれば、晩成さんとの壮行試合――あのとき、私たち五人は、結局、誰も小走さんに勝てなかったんですよね」

菫「それは……興味深いお話ですね」

純(おいおい……衣や荒川憩と同列に語られるレベルかよ……!? 冗談じゃねえ……強い強いっつっても……てっきり風越・池田の同類だと思っていたが……)

玄「なんていうか、本当に本当に、あの県大会の先鋒戦で私が小走さん相手に区間一位を取れたのは、幸運だったんだと思います」

初瀬「来年は、負けませんよ。憧にもよろしくお伝えくださいっ!」

玄「うん! あっ、でも、憧ちゃんは今日は敵さんだからなぁ……」

菫「別に伝えるのはこれが終わったあとでもいいでしょう」

すばら「というか、初瀬さんは新子さんのお友達なんですから、直接言えばいいのに」

初瀬「そ……それはなんというか……恥ずかしいんですっ!!」

 和む四人を余所に、純は衣の身を案じる。

純(衣……!! 気をつけろ……お前が負けるとは微塵も思っちゃいねえが……そいつはただの噛ませ犬じゃねえぞ……!!
 そろそろ何かやってくる……腕の一本くらいは覚悟しとけ……!!)

 先鋒戦後半、波乱の南入――!!

@対局室

 実況室の喧騒など届かない、静かな対局室。

 優希が出ていってからしばらく経ったのち、暖かい風を纏って現れる――南浦数絵。

 待ち受けるのは、いずれも自らの高校を牽引する実力の持ち主。

衣「なんだ……随分と遅かったな。衣に恐れをなして逃げたのかと思ったぞ」

 魔物――長野・龍門渕高校・大将……天江衣ッ!!

豊音「南浦さん、長野の五位なんだってー? 一位と四位は福路さんと竹井さんなわけだから……来年は全国デビュー間違いなし? 今のうちにサインもらっちゃおうかなー」

 魔人――岩手・宮守女子・大将……姉帯豊音ッ!!

小走「ふん、またニワカが一人増えたか……」

 王者――奈良・晩成高校・先鋒……小走やえッ!!

南浦「……よろしくお願いします」

 無名――長野・平滝高校・個人……南浦数絵ッ!!

 四雄、激突ッ!!

>>1です。途中ですいません。夕ご飯を食べてきます。

一時間くらいで戻ってきますので、もしよろしければ保守をばお願いします。

保守ありがとうございました。お待たせしてすいません。再開します。

南一局・親:南浦

 十巡目

南浦(これが天江衣の支配か……先ほどの龍門渕透華と同種の何か……優希が苦労していたのも頷ける。けれど……前半とは違って……今度は優希が道を示してくれた。
 天江衣も絶対ではない……セオリーに縛られないこと……そして……諦めないこと……覚悟して望めば……突破口は開けるはず……!)タンッ

 南浦、意地のテンパイッ!!

豊音(おっとー? こっちはまだサンシャンテン止まりだってのに……この東南コンビは本当に強いねぇ……対して……天江さんはどう出るかな……?)タンッ

衣(南浦数絵……張ったか。18000程度……しかし……それが衣のぶら下げた餌だとは気付くまい……)タンッ

 衣、南浦を釣り上げる準備は万全ッ!!

小走(……)タンッ

豊音「ポンッ!!」タンッ

南浦(む……飛ばされた? いや、これは話に聞いている……宮守の鳴き……!)

衣(宮守の大将……鳴いた瞬間に力が膨れ上がった……これが咲との戦いで見せた――もう一つの得意技か……!)タンッ

小走(……)タンッ

豊音「それもポンだよー」タンッ

南浦(二連続……!? これは……宮守の力なのか……それとも……?)

衣(まただ……また衣の支配が不自然に揺らいでいる……!? しかし……宮守の大将以外に……別段変わった力は感じないが……)タンッ

小走(……)タンッ

豊音(っと……さすがに三連続はないか……けど……今の捨て方……明らかに面子を崩して私に差し込んできてる。そういえば……さっきの先勝のときも……きっかけは晩成の人のポンだったっけ……)

南浦(さて……やっとツモが回ってきたわけだが……)

 南浦、長考。

南浦(ふっ……優希に当てられたか。強敵を前に……私は少し冷静じゃなかったかもしれない。ダマの18000……改めて眺めてみると……こんないかにもな手はないな……)

 南浦、ちらりと、対面の天江の様子を伺う。

南浦(天江衣……二連続でツモ切り……既に張っていると見たほうがいいだろう。そして……今ツモった牌は、途中鳴きが挟まったものの、結局ツモ順は元通りだから、いずれにせよ私がツモっていた牌。
 私のテンパイには絡まない不要牌だ。それも……対面の天江にわりと安全そうなヤオ九牌。当然……私はここで突っ張る選択をしただろう。
 しかし……東四局……あの悪魔のようなシャンポン待ちを思えば……これが安全である保障などどこにもない……)

 南浦、小さく溜息をついて、上家を一瞥。

南浦(晩成の……天江と宮守は気付いているのかいないのかわからないが……モニターで見ていた私にはわかる。相当な手練。
 たぶん……今の宮守への差し込みには隠された意図がある。例えば……私のツモ番を二度も飛ばすことで……頭を冷やせと言いたかったとか……)

 南浦、一度目を閉じて、深呼吸。

南浦(いいだろう。確かに……ここで突っ張るのは、素直という名の愚直かもしれない。
 勝ちを放棄するわけではないが……この面子……石橋を叩いて渡るつもりで打たなければなるまい……ここは我慢が正解……それだって一つの戦い方だ)タンッ

 南浦、ツモ牌を抱え、テンパイを崩す。

 直後――!!

豊音「チー!!」タンッ

 歯を剥き出しにして笑む、魔人・姉帯豊音!!

 魔物・天江衣、あくまで落ち着いて、ツモ牌を手にする。

衣(宮守の大将が三副露……。いや、それよりも……南浦数絵。なぜテンパイを崩した……? 衣の狙いに気付いたか?
 さすが、とーかや池田、それに鶴賀の大将をも個人で上回っただけのことはある、というべきか。清澄のゆーきと特性は似ていても……地力ではこいつのほうが一枚上手……同じ誘いには乗ってこないか)

 衣、南浦に定めていた照準を、外す。

衣(仕方あるまい。立て直すのに二、三巡掛かるかもしれないが……南浦数絵が退いた以上……この手はもう死んだも同然)タンッ

 衣、南浦のオリを受けて、不慮の方向転換。

 それは、ほんの僅かではあるが、確かな隙ッ!!

豊音「それ……! ポン――!!!」

衣(ここで喰らいつかれた……!? くっ……ほんの数巡前まで消え入りそうなほど小さな気配しか漂わせていなかったのに……!!)タンッ

豊音(何を企んでたか知らないけど、やっと出してくれたねー? ぎりぎりまで力を溜めてた甲斐があったよー……!)

小走(……)タンッ

南浦(宮守がこれで四副露……せっかくの親だったが……ここまでか)タンッ

 豊音、十二枚もの手牌を晒し、残るは孤独な裸単騎ッ!

豊音「ぼっちじゃないよー……?」

 しかし、それは、たった一巡の孤独ッ!!

豊音「……ツモ!! 断ヤオドラ二――1000・2000!!」

 友引――発動ッ!!

豊音(いつまでもマイナスに甘んじていられない……! 天江さんはちょー強いし……他の二人もなんか不気味だけど……私だって負けてられないよー!!)

衣(宮守の大将……衣の揺らぎを突いて確実に和了ってくる……打点が低いのがまだ救いか)

南浦(前半の南一局と比べると……大分凹まされたな。我ながら不甲斐ない……)

南:92400 衣:125100 姉:99500 や:83000

南二局・親:豊音

 十巡目

南浦(天江衣の支配下では……セオリー通りに打つのは危険……こうして多少回り道をするのも悪くはないだろう。
 場の支配といっても色々と種類があるのか……天江のそれは先ほどの龍門渕透華のそれと似ているが違うところもある……弱々しいが……まだ南の風は吹いている。
 どんな打ち方だろうと……この風は――私に味方してくれるはず……!)タンッ

豊音「チーッ!!」タンッ

衣(また鳴かれたか……南浦数絵の吹かす風……その流れをうまく掴んでいるように見える。もっと言えば……咲が槓材を手の内に引き込むのと似ているな。
 自分の力を信じられる者は……衣の予想を超えてくる。追っかけリーチといい、先制リーチといい……技巧に富んだ打ち手だ)タンッ

小走(……)タンッ

南浦(ん……鳴けるところが出てきた? 面白い……乱戦になれば……より天江を撹乱できるかもしれない……やってみる価値はある!!)

南浦「チーです」タンッ

豊音「それもチーだよー」タンッ

衣(煩いやつらだ……それで衣を惑わしたつもりか……小賢しい!!)タンッ

豊音「ポンだよー!」タンッ

衣(ふん……鳴きたければ好きに鳴くがいい……)タンッ

南浦(これは……どうする……? 少々強引な気がするが……ここで動かなければ宮守に先を超されるか……?)

南浦「……ポンッ!」タンッ

 南浦、イーシャンテンッ!!

 しかし、それを見て、魔物は微笑む。

衣「…………鳴いたな、南浦数絵?」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

南浦(え……? そんな……いや……まさか……!! 信じられない!! 私と宮守の二人がかりで場を乱したつもりが……それすら手の平の上だったというのか……!? この……化け物め……!!)

衣「宮守のも……鳴いてはリーチをかけられまい。衣に対抗できる唯一の手段を自ら放棄するとは……愚かなことだ」

豊音(んー……? あれ……ちょっと待って……今ぐるぐるしててわかんなくなったけど……そっか! 今の鳴きで海底は……! マズい……マズいマズいよー……!?)

衣「朝生暮死……お前たちの足掻きもここまで……そのまま成す術もなく暗い水底に沈むがいい!!」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 天江衣、本日四度目の――海底コースッ!!

南浦(風が……止んだ? そんな……さっき風が吹いていると思ったのは天江が支配を緩めていたからなのか……? ダメだ……もう何をしても手が進む気がしない……!)タンッ

豊音(困ったなぁ……天江さんの言う通り……鳴いたら先勝と先負は使えない。友引だって……四副露にならないとその効果は発動しない。せめて……あと一度……誰か鳴かせてくれれば……!)タンッ

 そして……間もなく辿り着く、大禍時の十七巡目――!!

南浦(天江衣……龍門渕透華の一見して静かな雰囲気とは違う……牙を剥き出しにした魔物……! こんなの……どうやって打ち倒せというんだ……!!?)タンッ

豊音(あー……とうとうここまで来ちゃったよー……これはもう覚悟を決めるしかない……か……!!)タンッ

衣「……リーチ」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 衣、貫禄の十七巡目リーチッ!!

 供託に出されたたった一本の千点棒が、一瞬で場の空気を絶望色に染め上げるッ!!

 打つ手無し、繰り返される東二局、三局の悪夢ッ!!

 その――次の瞬間ッ!!

小走「チー……」タンッ

 海底に――光射すッ!!!

衣(えっ……?)

豊音(は……?)

南浦(何事……?)

 衣のリーチ宣言牌――その一萬を、下家がチー。

 客観的に見れば、ただそれだけのこと。

 しかし、たったそれだけの出来事を――場の支配者たる衣でさえも、それはあまりに唐突だった――うまく飲み込めない三者。

 そんな魔物と魔人と無名を睥睨するは……奈良に君臨する王者――ッ!!

小走「なんだ? 揃いも揃って呆けた面をして……そんなに一発消しが珍しいのか? まったくニワカにも程があるな」

南浦(いや……一発消しとか……そういうことに驚いているわけではなく……!)タンッ

豊音(天江さんが海底コースに乗ってから……誰も動けなかったっていうのに……どうしてこの土壇場になって……?)タンッ

衣(こいつ……今まで一度たりともテンパイ気配を感じなかったやつが……今だってイーシャンテンに過ぎないというのに……どうしてこの場面で衣の海底を潰せる……? くっ……! 和了れない……のは当然か。なんなんだ……一体こいつ……何をした……!?)タンッ

 そして、鳴きを入れて海底牌を手にした王者は、小さく溜息をつく。

小走「おっと……まさか今日初のテンパイが海底テンパイなんて……ツいているのかツいてないのかわからんな」

衣「晩成の……和了りでないなら早く牌を捨てないか」

小走「まあまあ……そう睨みなさんな。心配しなくても、これはお返ししてやるさ」タンッ

 小走やえ――その最後の捨て牌は、前巡で衣が捨てた……一萬ッ!!

南浦(手出しの一萬……!?)

豊音(喰い替え……!? そんな単純な方法で天江さんの海底を潰したの……?)

衣(いや……違う……。そうか……今感じるこの気配……食い下がり千点……そういうことか……! こいつ……萬子ならなんでもよかったのか……!!)

小走「テンパイ」パラッ

衣「……テンパイ」パラッ

豊音・南浦「ノーテン……」パタッ

 明らかになる……小走やえの策略。

 それは、東三局一本場での加槓には劣るが、衣の海底を、約四分の一の確率で無効化する保険――。

 小走手牌:四五六七八九南南①①/(一)二三

南浦(喰い替えの……鳴き一通……!?)

豊音(なるほど……そういうことか……考えたねー……!)

衣(否……こいつ……それだけじゃない。その捨て牌……衣の海底だけじゃない……『月』までをも的確に掬ってみせたのか……!?)

 三人の視線が、恐らくこの半荘で初めて、小走に集まる。

 小走、思わず、失笑。

小走「どうした……? そんな感心したような目で見て……別に和了ったわけでもあるまいに。
 それともなにか、ニワカにはこの程度の打ち回しが目新しいのか? オメデタイやつらだな……」

 小走、ノーテン罰符を受け取ると、晒した手牌をさっさと崩し、次の対局へと思考を切り替える。

小走「さーて……流れ一本場だ」

南:90900 衣:125600 姉:98000 や:84500

@実況室

すばら「天江選手の海底が不発っ!!? 一体何が起きたのでしょうか!! 解説をお願いします、初瀬さんっ!!」

初瀬「えっ!? 私ですか!?」

すばら「はい。先輩の仕掛け……種明かしをするなら後輩の初瀬さんが適任かと!!」

初瀬「頑張りますっ!」

すばら「その意気やすばら!!」

初瀬「えっと……まず天江選手が十七巡目リーチをしたときの先輩の手牌ですが……こんな感じです」

 小走手牌:一二三四五六七八九南南①⑥

純「一通確定イーシャンテン。雀頭が場風牌だから、五筒や七筒が入っても平和はつかないな」

初瀬「はい……で、先輩はここから天江選手のリーチ宣言牌……一萬を鳴きました。これは、萬子ならなんでもよかったんだと思います。
 天江選手が十七巡目に何を切ってくるか……そこまではっきりとわかっていたとは思えませんが、萬子ならどれでも喰い替えで鳴ける一通の形にしておけば、全体の牌の総数的に136分の36……26パーセントの確率で天江選手の海底を防ぐことができます。
 先輩は、恐らく配牌を見て、一通の形に持っていけると判断したんでしょう。できることならそのまま和了りたかったんでしょうが、それはできなかった。
 しかし、たとえ和了れなくても、一通の形さえ出来ていれば海底無効化の布石にはなる……ただでは転ばないのが、先輩のすごいところです」

菫「まあ……もちろん天江選手が萬子以外を捨てる可能性もありました。海底を防げたのは、26パーセントが小走選手の作戦勝ち、残りの74パーセントは運と見ていいでしょう」

初瀬「そうですね。東三局一本場の加槓のときに比べると、先輩にしては運の要素が強い作戦だったと思います。でも、最後に先輩が海底でテンパイできたのは、純粋な先輩の実力だと思います。
 なぜなら……先輩は天江選手の一萬を鳴いたあと、受けの広い六筒ではなく、一筒を手に残したからです」

 小走手牌:一二三四五六七八九南南①⑥:チー一:捨て⑥

初瀬「先輩は……天江選手の待ちが一筒だと見抜いた。だから先輩は六筒を捨てた。確率に頼らず、テンパイできる道を自力で切り開いたんです。そして次巡……海底を迎えました」

 小走手牌:一四五六七八九南南①/(一)二三:ツモ①

初瀬「ここまで来れば、あとは天江選手の安牌である一萬を捨てるだけです。姉帯選手と南浦選手は張っていませんでしたから、一パーセントたりとも河底なんて可能性はありません。さすがの先輩です」

純「ちゃちゃを入れるようで悪いが、何も一通の形にしなくても、衣の海底を防ぎたいなら、同じことがこんな形でもできるよな」

 こんな形:二三四六七八*******

初瀬「そうですね。これならたった六牌で全萬子を鳴くことができます。しかし、先輩は別に、天江選手の海底無効化を目的に打っていたわけじゃありません。海底無効化は、あくまで和了りを目指すついでの保険。
 飜数を高めるために一通の形を残すのは当然です。あと、さっき言った通り、一通の喰い替えは河底の可能性を完全に消してくれますから、防御の面でも上の形より優れている……と私は思います」

すばら「すばらっ、な解説ありがとうございましたっ!!! そんな初瀬さんの愛する先輩、晩成高校・小走やえ選手っ!! 後半戦開始からチームは最下位を抜け出せていませんが……ここから動きを見せるのでしょうか!!
 それとも天江選手が魔物の力を見せつけ連荘となるのか!? 緊張の南三局流れ一本場ですっ!!」

@対局室

南三局流れ一本場

 十一巡目

衣(晩成の……先ほどは不意を衝かれたが……しかし、相変わらず気配は微々たるもの。それでも……この南三局に来て……こいつは今日初めて和了れるテンパイにこぎつけた。衣の支配の抜け道を見出したか……?
 だが、所詮は1600の安手……衣の親を流してラス親で連荘する腹積もりか……それとも他に何か狙いが……?)タンッ

小走(……)タンッ

豊音(晩成の小走さん……さっきの海底無効化は驚いたけど……嬉しい誤算かな。だって……私が先勝を温存してなくても……小走さんが別のやり方で天江さんの海底を牽制してくれる。
 気分的にすごく楽になったよー……これで心置きなく……友引が使えるっ!!)

豊音「……ポンッ!!」タンッ

 豊音、小走の手牌から捨てられた三筒を、即座に拾うッ!!

衣(宮守の……! 先ほどの失態のせいか……こいつの打牌から迷いが消えている。衣の海底はもう恐くないとでも……?
 しかし……悪いが今回は既に和了りの形を作ってある……四度も鳴かなければ和了れないお前より……速さでも高さでも衣のほうが上だ。それに……晩成の小走……今の一打……さては宮守が鳴くのを待っていたな?
 宮守を相手に先制リーチはかけられない……しかし……宮守が鳴けば話は別だ。好きなようにリーチをかけられるし、安手でも裏や一発で高打点を狙える。悪くない戦略だ。
 しかし……宮守が鳴いたことでリーチをかけられるのようになったのは……何もお前だけではない……!!)

 衣――仕掛けるッ!!

衣「リーチッ!!」タンッ

 刹那――衣の下家から放たれる、轟々たる気運ッ!!

衣(なっ……!? 待て……そんなバカな……!? こいつが和了れるのは安手だったはず……今の一瞬……宮守の鳴きに衣が気を取られていた間に……何が起きた……!!?)

小走「拍子抜けだな……これはニワカどころじゃない。まったくのド素人の打ち筋だ。まさかこんな見え見えの染め手に、そんな危険牌でリーチをかけてくるなんてな。長野の魔物は他家の捨て牌を見ないのか……?」

衣(染め……手……!? 一巡前まで1600だった手が……たった一巡で染め手だと……!?)

 衣、端から順番に、流れるように晒されていく小走の手牌を見て、その仕掛けに気付く!!

衣(はっ……!! そうか……1600……!! 25符2飜――その点数が意味するところは……つまり……!!!)

小走「ロン。七対子混一赤一……12000は、12300」

 小走手牌:一一二二三三[五]七七白白西西:ロン五

衣(先ほど宮守に鳴かせた三筒……あれが衣に対する目晦ましになっていたのか……!! 確かに……この形の七対子なら……三筒を赤五萬に切り替える……たったそれだけの変化で……混一と赤ドラ――計四飜を上乗せすることができる。
 咲が連カンで手を撥ね上げたような特別な力は何も要らない……万人が普通にやってみせる高めへの切り替え。
 しかし……こいつはそれを衣に悟らせなかった。先ほどまでの微々たる気配そのものが……衣を油断させるために張られた伏線……!
 こいつ……今まで大人しくしていたのは……衣の特性を見抜くためだったのか……!!)

小走「龍門渕の……天江衣。片岡や南浦がテンパイしたときの打ち回しからして、他家の和了りの高低を見抜ける便利な感覚を持ってるみたいだが……お前のようなニワカには勿体無い能力だ。
 少なくとも私なら……自分が牌を捨てる毎巡ごとに、他家の手牌をチェックするだろうな」

衣「反論の余地は皆無だ。お前の言う通り、今の振り込みは衣の未熟さゆえの結果。正直……ただの人間にここまでの遅れを取ったのは初めてだ。しかし……次があるとは思うなよ」ゴゴゴゴゴゴ

 衣の身体から溢れ出る、魔物の気配。

 同卓する者が気配に敏感な者なら、反射的に慄いてもおかしくないはないプレッシャー。

 現に、表情を硬くする南浦と、武者震いを抑える豊音の頬には、冷や汗。

 しかし、奈良の王者は、悠然と微笑む。

小走「強気な態度も見方によっては虚勢になる。悪いな、牌に愛された子。もはやお前は恐くない」

衣「言うじゃないか……一般人。果たして、虚勢を張っているのは衣かお前のどちらか……今にわかるだろう。言っておくが、今のような奇策は二度と通じないぞ」

小走「ふん、ニワカめ。大体その考えからして甘いんだ。どうせまた私がお前の油断を誘って討ち取るとか……そういう狡い打牌をするものだと決め付けているみたいだが……どうして私が地力で打ってお前を倒せないと……そんなことがお前にわかる?」

衣「面白い……! そこまで言うのなら、その力……余すところなく見せてもらおうじゃないか!!」

 衣、出力最大ッ!!

南:90900 衣:113300 姉:98000 や:97800

南四局・親:小走

小走(有効牌……という考え方がある。例えば、字牌が一枚あるなら、その字牌の二、三枚目が有効牌になるし、数牌なら、対子・刻子にできる同牌――及び搭子・順子になる前後二つずつの計五種類が有効牌になる。
 そんな……自分にとっての有効牌が……一体この場のどこに潜んでいるのか。それがわかれば……どんな状況にあっても自分に有利に場を進めることができるはずだ……)タンッ

小走(これまでの天江や姉帯の動き……南浦に関してはさっきの前半戦の分も含めて……総合して考えると、私の有効牌は、恐らく山の中にはほとんど埋まっていない)タンッ

小走(有効牌を集めるとしたら……せいぜいがこの序盤、イーシャンテンまで持っていければツいているほうだ。中盤以降――海底牌に近付くにつれて、山牌と河は、ある程度選択の自由がある序盤より、強く天江の支配下に置かれるようになる。
 そこに私が付け入る隙はない。強いて言えば……リーチが絡むときの姉帯が、天江の支配に抵抗できる感じだが、そんなオカルトは私には関係ない。東場のときのように天江を削るアシストをするので精一杯だ)タンッ

小走(山牌がダメで……あとは他家の手牌だが……これも期待は薄い。この重たい場で出和了りができるのは恐らく天江だけだろう。
 また……他家の手から零れてくる浮き牌のうち……天江の有効牌にならないものは……鳴きを駆使する姉帯の有効牌になるはず。
 ということは、いくら他家の手を鳴いて手を進めたところで、姉帯でもなければ和了りにまで持っていくことはできない。手詰まりだ……)タンッ

小走(で……じゃあ一体私の有効牌はどこにあるのか。ごく僅かな可能性として、場の支配者である天江の手の中だ。しかし、そのカードはさっきの七対子で使ってしまった。もう天江を直撃するのは無理。
 そもそも……天江の支配下において自力でテンパイしようと思っても……少なくともこの先鋒戦後半……七対子か国士無双以外に道はなかった。さすがに国士を狙えるほどの器量は私にはない。
 さっきの七対子は半荘に一回来ればいいほうの偶然。門前でテンパイまで持っていけたこと自体が奇跡だったんだ。あんな和了りはもうできない)タンッ

小走(さて……ようやくイーシャンテンか。中盤までにイーシャンテンに届くかどうかは賭けだったが、どうやら間に合ったみたいだな。
 ここからは……天江の支配下にもない……姉帯に掠め取られる心配もない……そんな場の奥の奥まで手を突っ込むことになる。うまくいけば……天江も姉帯も出し抜ける)タンッ

 着実に思考を積み上げていく、小走。

 しかし、和了りを目指しているのは当然、小走だけではない。

 先鋒戦後半オーラス……四者四様の思惑が交錯する。

南浦(オーラス……ここで和了れなければ……私がここに来た意味がなくなってしまう。
 しかし……一向に手が進まない……晩成の小走やえや宮守の姉帯豊音は……天江衣の支配の中でも和了ってみせた……なのに……私のこの体たらくはなんだ……!!)タンッ

豊音(小走さん……特に変わったことをしているようには見えないけど。正直に言って……なんの能力もなく……天江さんを相手にこれ以上何かができるとは思えない。
 私だって色々手を尽くしてみたけど……現状は六曜の力でなんとかするのが限界。一体……今度は何を狙ってるの……?)タンッ

衣(晩成の……あれだけ大見得を切ったからには、何か仕掛けてくるはず。それがなんなのか……衣には見当もつかないが……なんであろうと真っ向から受けて立つ……!!)タンッ

 十巡目

小走(さあ……来たぞ……! この半荘……待ちに待った……千載一遇のチャンス……!! ここが勝負時だ――!!)

 小走手牌:22267③④⑤七八九九白:ツモ2:ドラ二

小走(山牌はダメ……他家の手牌も望み薄……となれば残るは――王牌しかない。その中でも特に……嶺上牌だ。なぜなら、山牌を支配する天江、他家から牌を拾える姉帯に対し……この下家の一年――南浦数絵は、恐らくドラを味方につけている。
 前半戦で見せた、リーのみを裏ドラで親満に持っていったあの打ち筋。南浦が数牌メインで手を仕上げているなら、当然ドラ表示牌――及び裏ドラ表示牌は、彼女の有効牌に近いものになっているだろう。
 今回で言えば、恐らく南浦の手の内には萬子の低めが集まっているはず。となれば、裏ドラやカンドラ表示牌の辺りには、同じく萬子の低めが眠っているに違いない。つまり……王牌のうち半分は、彼女の有効牌になるわけだ。
 ならば……山牌でも、他家の手牌でも、ドラ表示牌でもないのなら……消去法で――私の有効牌は嶺上牌に眠っていることになる……!!)

 小走、伸るか反るかの大博打――四枚集まった二索を……晒すッ!!

小走「(来い……私の有効牌――!!!)――カンッ!!!」パラララッ

 小走の突然の暗槓に、三者、動揺ッ!!

衣(カン……!? しかもイーシャンテンからの……! まさか……こいつも咲と同じ……? いや、違う……咲の強大な気配とは似ても似つかない……これはただのカン。そうそう嶺上牌で手が進むことなどあるまい……!)

豊音(暗槓……宮永さんを思い出すなぁ……そういえば、天江さんも県大会で宮永さんと戦ってるんだよね。私もカンには苦い思いをさせられた……嫌でも緊張するよ……!!)

南浦(カン……!! 小走やえ……私たち三人が宮永咲と対戦経験があることを知っての奇策だろうか……? 否……違う、小走やえは宮永咲じゃない。きっと……彼女には彼女の考えがあって……この場に最適な策として……カンを選んだ……!!)

 奇しくも、カンには思い入れのある三人。

 そうとは露知らず、小走、嶺上牌をツモッ!!

 捲られたカンドラ表示牌は――三萬ッ!!

 それは確かに萬子の低めッ!!

 ここまでは小走の読み通りッ!!

 果たして嶺上牌は――!!?

小走(っと………………は……はははは…………!)

 嶺上牌を見て、思わず笑ってしまいそうになる、小走。

小走「なあ、化け物ども……お前らは……麻雀を打つようになってどのくらいになる?」

 小走、必死に笑いを堪えつつ、まるで世間話を振るように、気さくに三人に話しかける。

 最初に返したのは、魔物・天江衣。

衣「衣は……幼い頃より麻雀を含めたあらゆる遊戯に通じてきたが……自ら麻雀を『打つ』ようになったのは、ごく最近のことだ」

 次に返したのは、魔人・姉帯豊音。

姉帯「ルールとかは昔から知ってたけど……私は村のしきたりがあって外に出られなかったから……まともに人と打つようになったのは去年からだね」

 最後に、無名・南浦数絵。

南浦「私も……麻雀そのものは小さい頃からお祖父さまに仕込まれていましたが……表舞台に出ることはあまりありませんでした。特に団体戦は、編入先の高校が弱小だったので……今は個人戦のみで打っています」

 三人の答えを聞いて、静かに自分の話を始める、小走。

小走「私は……小さな頃から麻雀を打ってきた。小三の頃からマメすらできないほどに、数々の大会に出場して、強いやつや弱いやつ……異常なやつや普通のやつを相手に……何千何万局と戦いを重ねてきた」

 目を閉じた小走の瞼に映るのは……数多の過去の牌譜。

小走「その中で……私は気付いたよ。自分には、例えば宮永照のような、麻雀を打つための特別な才能はない。私に打てる麻雀は一般人のそれと何も変わらない。
 だから……強くなるためには……勝ち残るためには……打って打って打って打って――打ちまくるしか道はなかった」

 小走、瞼を開き、三人の化け物を見回し、自嘲気味に微笑む。

小走「私は……お前らみたいな化け物とは違う。私にはなんの能力もない。お前らみたいな牌に愛されたやつらがふらっと大会に出てきたとき……真っ先に負けていい笑いものになるような……普通の人間だ。
 そんな私は……ただ己の経験と知恵で牌をやりくりすることしかできない……言わばただの蛙だよ。ただし……私は大会を――大海を知っている蛙だ……!!!」

 小走、嶺上牌を手に組み込み、不要牌の白を握るッ!!

小走「お前らになんの事情があるかは知らん! しかし……今の話では三人とも競技麻雀の経験は浅いようじゃないか!! ならば……お前らがどんな能力や才能を持っていようと関係ない……!!!
 まともな大会経験もないやつらに……百戦錬磨の私が負けるわけなかろう!!!!」

 そのまま白を河に捨て――曲げるッ!!!

小走「ニワカは相手にならんよ!!!!」

 その口元には、確信と自信に満ちた、王者の笑みッ!!!!

小走「お見せしよう……!! これが王者の打ち筋だッ!!!!」

 小走手牌:67③④⑤七八九九/2222:嶺上ツモ5:捨て白:ドラ二・四

小走「リーチッ!!」

 小走、オーラスにして初のリーチッ!!

 静寂から一転、俄かに湧く卓上ッ!!

豊音(私がいるのに先制リーチ……!? 何をするつもりなのかわからないけど……小走さん……この背向の豊音を忘れてもらっちゃ困るよー?)ゴゴゴゴゴゴゴ

小走(宮守の姉帯豊音……忘れちゃいないよ。けれど……そっちこそ……大事なことを忘れてるんじゃないか? この場を支配する魔物……天江衣の大好きな……海底撈月のことを……!!)

 小走の暗槓――それは嶺上牌と同時に、後の海底牌をも東家の小走に齎す!!

 必然、餌というには巨大過ぎる『月』に喰らいつく――魔物・天江衣ッ!!

衣「ポンッ!!」タンッ

豊音(ちょっ……私のツモ番が飛ばされた……!? こんなことって……小走さん……じゃあ今までの言動や態度は……全てここで天江さんを鳴かせるための布石……!? 私の先負を無効化するための!? まさか……信じられないよ……!!)

小走(誘いに乗ってきたな……天江衣!! あそこまで煽ったんだ……この勝負……プライドの高いお前なら……一度私に潰された海底撈月で応えてくれるはずだって……信じてたよ!!)

衣(わかっている……晩成の……これでいいのだろう……? 別に挑発など回りくどいことはしなくとも……貴様の誘い程度……衣はいくらでも乗ってやるというのに。
 それがたとえ衣の弱点だとしても……それが衣らしさなら……衣は衣らしさを貫く……!! それが天江衣の打ち筋だ……!!)

 交錯する、衣と小走の視線ッ!!

 衝突する、意地と矜持ッ!!

 衣の支配を振り切るように、力強く山牌に手を伸ばす小走ッ!!

小走(ここから先は……なんの保険も保障もない運任せ……! こういう場面は初めてじゃないが……所詮私はなんの力もない一般人……どちらかと言えば競り負けることのほうが多い……!)

 ツモ牌を握り、その慣れ親しんだ感触を、マメすらできない指先で確かめるッ!!

小走(ただ……それでもたまに勝てるときがあって……これだから……麻雀はやめられないんだよ――!!)

 小走、牌を手牌の右に置き、安堵の溜息。

小走「ツモ……! リーチツモ……1300オール……!」

衣・豊音・南浦「!!!?」

 王者――辛勝ッ!!

小走「まったく……麻雀って楽しいよな……! 一本場……ッ!!」ゴッ

南:89600 衣:112000 姉:96700 や:101700

 先鋒戦後半、ここまで場は終始、魔物・天江衣の支配下にあった。

 しかし、衣の支配は強大ではあっても、絶対ではない。

 魔人――宮守・姉帯豊音。

 王者――晩成・小走やえ。

 両名、その能力と技術をいかんなく発揮し、衣の独走に待ったをかける。

 一方で、一つの和了りもなく、完封に甘んじた者が、二人。

 一人は、既に戦場を後にした、東場最強――清澄・片岡優希。

 そしてもう一人は、今なお苦悶する、無名――平滝・南浦数絵。

南浦(南四局一本場……今現在……私の個人成績はマイナス14500点……まさか全国の化け物たちと自分の間にこれほどの差があるとは……思ってもみなかった)

 自分と自分の祖父の麻雀の正しさを証明するため、ただ自らが勝つことを目的にこの戦いに臨んだ、南浦数絵。

 しかし、もはやその目的を果たすことは、絶望的。

 この場に自分がいる意味を、見失ってもおかしくはない、最悪の状況。

南浦(私なりに手は尽くしたつもりだ。それでも……届かない。触れられない。それほどに……この敵は強い。正直なところ……全く勝てる気がしない……)

 南浦、遠くでこの対局を見ているであろう、自らの師――祖父に思いを馳せる。

南浦(お祖父さま……申し訳ありません。数絵は……今の数絵の麻雀では……この人たちには敵いません……。未熟な私を……お許しください)

 祖父との約束を果たせないことに、潤む、数絵の瞳。

 それでも、南浦は、滲む視界の中、前を見据えていた。

『とにかく……私は今度こそ……勝つ――!!』

 それは、つい先ほど交わした、新しい、もう一つの約束。

 正反対な性質ゆえに、不思議と惹かれ合う、気の置けない友人との、大切な約束。

南浦(せめて……優希との約束だけは……嘘にしたくない……!!)

 友人は、言った。

『今日の対抗戦――もしこれが個人戦だったら、数絵はきっと勝ち上がれると思うじょ。でも、今日は団体戦だじょ。この違いはけっこう大きいんだじぇ?』

 その言葉の意味を、南浦はしかし、決して十全に理解しているわけではない。

『もし、数絵がいつも通りに打っても勝てないくらい敵が強いときは……私の言葉を思い出してほしいんだじょ』

 南浦、苦笑。

南浦(思い出しても……何も変わらないよ。わからない。優希……悪いが……やっぱり私は団体戦に向いていないんだ。私は……団体戦に出ない理由を……チームが弱小だからだと言ってきたが……そうじゃなかったんだな。
 恐らく……私は……チームが強い弱いに関係なく……団体戦には出れないだろう……私には……チームを思う心が……欠けている……)

 涙が溢れそうになる、南浦。しかし、気丈に、目元を拭う。

『私が泣くのは、先鋒戦で私が負けたときじゃない。大将戦が終わってチームが負けたときだって決めたんだじょ』

南浦(確かに……私はもう負けを認めてしまった……この人たちには敵わないと思ってしまった……けど……まだ泣くようなときではないと……なぜか思える)

『私が先鋒戦でやるべきことは、一位を取ることじゃない。みんなの点棒を少しでも守って、できることなら増やすこと。そして、最後まで諦めずに全力で打つこと……そういう風に思えたんだじぇ』

南浦(優希……優希は負けても笑顔で私を送り出してくれた……! ならば……私も……笑顔で優希のところに戻りたい……!)

 先鋒戦後半南場、激しい逆風に倒れそうになった南浦を支えたのは、暖かい南風ではなかった。

 それは、爽やかで軽やかな、東の風。

 南風よりも暖かな――友人の笑顔。

南浦(優希……! 私はまだ……諦めない……! 最後まで……戦い抜く……!!)

 南浦、不屈ッ!!

@実況室

すばら「小走選手がここにきて二連荘! 南四局は一本場となりました! 現在トップの天江選手は南場に入ってからまだ和了りがありません! 小走選手と姉帯選手がすぐ背後まで迫ってきています!!
 まだまだ何が起こるかわからない状況ですっ!!」

菫「和了りがないと言えば、東場の片岡選手も焼き鳥でしたし、南場の南浦選手もまだ焼き鳥のままですね」

初瀬「一年選抜チームの二人にとって、この後半戦は厳しい戦いになっていますよね。同じ一年生として……見ていて不安になります。もし私があの場にいたらと思うと……恐くてたまりません。私なら、きっと今頃逃げ出していると思います」

純「でも……あいつら二人はまだ諦めてねえと思うぜ」

初瀬「そうですね……。しかも、二人とも、どんな状況になっても……笑顔のままでいるんです。それが……私には信じられません」

純「初瀬ちゃんたちを負かした阿知賀の大将や、うちの衣と戦ったときの宮永咲もそうだった。ここぞっていうときにああいう笑顔でいられるやつは……結果云々に関係なく……強いやつなんだと、オレは思う」

初瀬「強い……ですか。強いって、なんですかね……?」

菫「さあ……なんでしょうね。たとえ照に訊いたとしても……あいつは『わからない』って答える気がします」

初瀬「チャンピオンにもわからないんですか。私……私、どうやったら強くなれますかね……」

すばら「私も、後学のためにぜひお聞きしたいですっ!」

菫「井上さん、任せるよ」

純「なんだよ、王者白糸台の三年ともあろうやつが……まあ、別にいいけどよ」

菫「どうぞ」

純「これはオレの考えだけどな。オレは……何かを信じて戦えるやつらが強えと思うよ。やつらの何かを信じる想いってのは、時としてオカルトじみた現象を引き起こすこともあるし、奇跡のように見える偶然をものにしたりする」

純「信じるっつっても、その対象は色々だ。自分の能力、経験、技術、ポリシー……団体戦だったら仲間とかな。
 これは、こと団体戦に限った話だが……自分の仲間を信じられるやつは、たまに、個人戦では絶対にお目にかかれないような、驚くべき打ち方を見せるときがある」

純「実際に……見てみろよ。一年選抜の南浦数絵の手。先鋒戦前半からこれまでずっと、他家を打ち負かそうと高めを狙っていたやつが、一転して安く早く仕上げようとしてやがる。
 このオーラス、終われば次鋒のやつにバトンを渡すことになるこの土壇場に来て……あいつの中で何かの変化が起こったんじゃねえかと、オレは睨んでる」

すばら「しかし……南浦選手のあの穴だらけの手では……今のところはテンパイしてもツモのみ。いわゆるゴミ手にしかなりません。姉帯選手によって先制リーチが封じられているこの場では……あまりに頼りなく見えますが」

純「だから……強いってのは勝ち負けじゃねえんだよ。ノミ手だろうがゴミ手だろうが和了りは和了りだ。別に南浦が負けたからって一年選抜が負けるわけじゃねえだろ?
 次に繋ぐって意味では、南浦は恐らくこの対抗戦で初めて……個人じゃなく一年選抜メンバーとして、最善の選択をしている。それに、点差に縛られてちゃ衣の支配からは逃れられねえ。
 さっきまでのままじゃ焼き鳥間違いなしだったやつが……僅かだが和了れる可能性を掴もうとしてるんだ。あいつは今……見た目以上にものすげえことをやってるんだよ」

初瀬「勉強に……なります」

すばら「ええ……まったくもってすばらです。頼りないとはとんだ失言でした。取り消します」

純「ま、点数的に頼りないのは事実だよ。このまま行けば、南浦が和了れるのはゴミ手で間違いない。だが……それも今のところは、って話だ」

すばら「何か、あそこから手を高めるような仕掛けがあるんですか?」

純「いいや、そんなもんはオレも思いつかねえ。だが……言ったろ? 何かを信じて戦うやつは、時として奇跡としか思えないような偶然をものにするんだよ。
 この勝負……南浦が諦めない限り……最後まで何が起こるかわからねえぜ?」

@対局室

南四局一本場・親:小走

 八巡目

南浦(張った……まさか……この点差で私がこんなゴミ手を張ることになるなど……私ですら予想してなかった。ならば、当然……天江衣にも……これは予想外に違いない)タンッ

姉帯(んー、早いね。リーチは……どうだろう。あんまり高くなさそうだから、場面的にはかけたいはずだろうけど……期待はできないかな。うー……こっちもイーシャンテンだから、先負の準備は万端なのにー!!)タンッ

衣(南浦数絵……張ったか。県大会決勝の咲の連続和了……あの初撃を思い出す……あまりに弱々しい気配。あのときの咲にはまだチャンスが残されていた。しかし、今のお前にはもう後がない。
 もっとも……今はまだ先鋒戦……早和了りも一つの手段。逆転を決める高い手を和了るよりも、時として、負けを覚悟で安手を和了るときのほうが……勇気が要ることもある。
 決してこいつは勝利を諦めたわけではない……他の二人同様、最後まで動向に注意を払わねばなるまい)タンッ

小走「ポンッ!」

衣(晩成・小走……! また仕掛けてきたか。まだリャンシャンテンだろうに……喰いタン狙いか。もしくは……こいつ……衣の支配が王牌にまで及ばないことを見抜いているのか? だとしたら……このポンは加槓への布石……!)

小走(今回は順子ばかりで槓材になりそうなのがこれしかなかったからな。まだ四枚目が場に出ていない以上……無理にでも鳴いておかなきゃ有効牌を手にする手段がなくなる。さあ……頼むから来てくれよ……四枚目……!!)タンッ

南浦(小走やえのポン……また嶺上牌を狙うつもりか……? 宮永咲でもあるまいし、なんの根拠があってそんな打牌を……? それとも……私には見えていないことがあるというのか。まったく……なんて深い場だ……)タンッ

豊音(小走さんはこれでリーチがなくなった。いよいよ先負先勝は狙いにくくなってきたよー……全体効果系は天江さんに押し負ける可能性があるしなー……。
 どうしよう……小走さんに連荘されるのもそれはそれで厄介だよね……じゃあここは……多少無理をしてみるのも吉ってことで!)

豊音「カン!」パララッ

衣(今度は宮守が……!? 新しい能力か何かか……? しかし……一見したところ特に意味はないように見えるが……こいつもこいつで底が知れん……不気味だな)

豊音(んー……? なんだ、ちょっとは期待したのになー……これは要らないよー)タンッ

小走(ちょ……それ私の……! だあああ、誰だっ! チーは上家からしかできないなんてルール決めたやつ!!)

衣(宮守のカン……暗槓だからリーチは今後も可能……前局の晩成のカンを受けて、何かを試したのか? しかし、特に宮守にプラスに働くことはなかったようだな。
 ま、晩成のに対しては……どうやらマイナスに働いたようだ。が……待て……これは…………!?
 ……なるほど。どうやら衣に対してもマイナスに働いたか。宮守の……面倒なことをしてくれたな……!!)

小走(ニワカめ……不用意なことを……!! カンをすることによる三つの効果……嶺上牌をツモれる……海底牌がズレる……そして……最後のもう一つのことをもっとよく考えてほしかったもんだ……!
 しかし、もはや言っても仕方がない。これはカンを安易に戦略に取り込んだ私のミスだ。一つ教訓だな。私にはまだカンの研究が足りない。今度……宮永咲の牌譜でも眺めてみるか……)

 直後、小走の手に、四枚目が舞い込んでくる。

小走(これは……誰のどういった思し召しだろうか。加槓ね……まあ、それも一興といえば一興か。いいだろう……大局を見据えて痛みに堪えるのも王者の務め……甘んじて理不尽を受け入れよう。
 ただし……天江衣……姉帯豊音……お前たちも道連れだ……!!)

小走「……カンッ!」カンッ

衣(晩成……!? こいつ……まさか気付いてないのか……? 否――こいつ……わかった上でそんな暴挙を……!! そんなに衣を削りたいのか……!? 一体なぜ……!!?)

小走(ニワカが過ぎるな……天江衣……! 序盤の片岡のときと違って、こちらはもう十分に稼いでいる。ゆえにこういう戦略を選ぶことだってできるんだよ。
 魔物のお前は点を稼ぐことを求められるスコアラーで……一般人の私は言わば繋ぎの捨て駒……原点で次に回せば十分な役回り……ならば当然……! 私はこの骨を切らせてでも……お前の肉を断ちに行く……!
 それが団体戦というものだ……ッ!!)タンッ

 姉帯豊音の暗槓。

 小走やえの加槓。

 嶺上牌が二つ消費され、

 山牌が二つ王牌に取り込まれ、

 そして――!!

南浦(こんな……こんなことが……? 私はただ……優希の言葉を信じて打っていただけなのに……こんなことが起きるものなのか……?)

 捲られる……二枚のカンドラッ!!

南浦(ははは……! ありえない……こんな偶然が重なるのが団体戦の――仲間の力だというのなら……私には……到底理解できるはずがない……!!)

 カンドラ表示牌は一索と五索――即ち、二索と六索が……ドラッ!!

 南浦手牌:一三22456678⑦⑧⑨:ドラ9:カンドラ2・6

南浦(だが……これもまた麻雀だというのなら……悪くない……!! 優希……! 優希の言う通り……団体戦は……私が思ってるよりもずっと……楽しいのかもしれない!!)ツモッ

 南浦、山牌から引いたのは、待ちに待った二萬。

 ツモのみのゴミ手が、暖かい南風を受けて、龍と共に天に昇る――!!

南浦「ツモ……! ドラ四……!! 2000・4000は――2100・4100!!」

 室内であるはずの対局室に、うなりを上げて吹き抜ける突風ッ!!

 風に乗せて手牌を倒した南浦の、長い髪を一つにまとめていた紙紐が、解けてひらりと宙を舞うッ!!

 しかし、そんなことなど気にも留めず、南浦は約束の右手を握り締め、天を仰ぐ。

南浦(優希……見ていてくれたか……!! ほんの……ほんの少しだけど……取り返した……私はぶちかましてやったぞ……!!)

 精根尽き果てた様子の南浦を横目に、上級生三人は、点棒を置いて立ち上がる。

小走(にしても……まさか天江の支配下にありながら……ドラが乗った直後に一発で当たりを引き当てるとはな。南浦数絵……ニワカだが……末恐ろしい一年だ。
 あー……しかし……今日は死ぬほど疲れたな。これだから魔物は苦手なんだ。もっと普通の麻雀が打ちたいよ。
 まあ……でも一応帰ったら今日の牌譜を見直すか……カンのこともそうだし……どうやったらこの面子相手にトップに立てるか検討してみないと今夜は眠れん……)

衣(爆発的な南風……今の今まで我慢して蓄えていた力を……最後に吐き出したのだろう。これが長野で五指に入るという打ち手……個人戦のみの出場だということだが……来年は衣も個人戦に参加してみようか。
 そう言えば……晩成のこいつは……個人で全国に出たりしているのだろうか? あとで聞いてみなければ……)

姉帯(ちゃー……これはやっちゃったよー。先鋒戦終わって三年選抜が四位なんて……ちょっと浮かれ過ぎてたかな? だって……こんな面白い人たちと卓を囲めるなんて……そんなにないことだもん! あの準々決勝も楽しかったけどね……!
 というわけで……早く色紙とペンを用意してこなきゃ!!)

 先鋒戦後半――終了ッ!!

<結果>
一位:天江衣+13100(109900)
二位:小走やえ+5600(97600)
三位:姉帯豊音-5400(94600)
四位:優希・南浦-13300(97900)
 >優希(-16800)・南浦(+3500)
 >優希合計(+4100)・南浦合計(-6200)

<前後半合計>
一位:透華・衣+9900(109900)
二位:優希・南浦-2100(97900)
三位:池田・小走-2400(97600)
四位:シロ・豊音-5400(94600)

@対局室外

 対局室を最後に出た南浦を出迎えたのは、優希。

優希「お疲れさまだじぇ、数絵」

南浦「疲れたよ……慣れないことはするものじゃないな」

優希「でも、カッコよかったじょ」

南浦「ありがとう。そう言ってくれると……嬉しい」

 先鋒戦、二人とも得意の場を打って奮闘するも、総得点はマイナス。

 しかし、その表情は、笑顔。

優希「じゃ、みんなのところに帰るじょ!」

南浦「負けたのに帰るところがあるというのは、不思議な感覚だ」

優希「それがクセになるんだじぇ?」

南浦「ああ……悪くない」

@会場某所

池田「お疲れさまでした!!」

小走「おう、わざわざ出迎えに来てくれたのか。ありがとな」

池田「小走さん……すごい闘牌でした……! まるでキャプテンを見てるみたいで!!」

小走「よせよ、福路さんのほうが私よりずっと強い」

池田「小走さんの強さ……何か秘訣はあるんですか?」

小走「秘訣は……あるにはあるが、お前には教えない」

池田「にゃっ? なんでですか!?」

小走「未来の敵を強くしてどうする」

池田「え……でも、小走さんは三年生ですよね?」

小走「確かに、私はもうインターハイには出れない。が、大学に行けばインカレもあるし、その先だってあるかもしれない。そこでお前と戦うかもしれないだろう?」

池田「そう……ですね。わかりました。あたしも……小走さんと……今度は敵として戦ってみたいです! 全国の舞台か……或いは、互いにプロになったときにでも!」

小走「言うようになったじゃないか、負けたくらいでめそめそ泣いてたニワカが。私に勝てると思うのか?」

池田「勝ちますよ。勝って、今日小走さんに取り返してもらった分を、きっちりお返しさせていただきます」

小走「ふん、いい返事だな。そのときを楽しみにしているぞ。ま、とは言え今日が終わるまでは仲間だ。ともに胸を張って控え室に戻ろうっ!」

池田「はいっ!」

@対局室外

豊音「わっ!? シロ、なんでそんなとこに座ってんの!」

シロ「立ってんのがダルいから……」

豊音「立ってるのはダルいのに、しっかり迎えには来てくれるんだね」

シロ「そんなことより、何やってんの。最下位とか」

豊音「えー? いや、みんな強かったんだってー」

シロ「その気になればなんとかなったくせに……」

豊音「んー? 私のこと、そんな高く評価してくれるの? ちょー意外」

シロ「いや、そうじゃなくて」

豊音「?」

シロ「マイナスで控え室に帰るの……ダルいなって」

豊音「えー!? そう思うなら初めから手加減無しでやればよかったのに!」

シロ「そうだね……まさか豊音が負けるとは思ってなかったから……」

豊音「当て擦り!? 私は最初から最後まで全力だったけどー」

シロ「そうかぁ? もっとできることはあったように見えたけどなぁ」

豊音「じゃあシロがやってみるといいよー。すっごいキツかったんだから」

シロ「こっちだって大変だったよ」

豊音「……ふふっ」

シロ「なに?」

豊音「いや。なんか、全国は広いなーと思って。ちょー楽しい。私、もっといろんな人と打ちたい。これからもずっと……」

シロ「そ。頑張ってね」

豊音「シロも一緒に打とう?」

シロ「………………どうだかね。ダルいし」

豊音「もー! シロそればっかー!!

@会場某所

透華「お疲れ様ですの」

衣「うむ、疲労困憊。見ていてどうだった……? 衣は自分の麻雀を打てていたと思うか?」

透華「もちろんですわ。あんな打ち方は衣にしかできませんの。ただ……南場に入ってから和了りがないというのは、少々衣らしさを封じられていた感じがしますわね。清澄と戦ったときでさえ、海底で親を蹴っていたというのに」

衣「透華は、もっと衣に和了ってほしかったか?」

透華「ええ。本気のあなたは、あんなものじゃなくってよ」

衣「そうか……今の衣では、まだ透華の眼鏡にはかなわないか」

透華「そうですわね。わたくし、もっと強い衣が見たいですわ」

衣「いいだろう。それが衣らしさだというのなら、衣はもっと強くなってやる。特訓、特訓だっ!」

透華「そうですわね。頑張ってくださいまし」

衣「? 何を言ってる。透華も一緒に決まってるだろう」

透華「と……そうですわね。わたくしたちは……家族ですものね」

衣「……ずっと一緒にいてくれるか?」

透華「ええ……ずっと一緒にいたいですわ」

すばら「さあ!! 先鋒戦の熱もまだ冷めていませんが!! 間もなく次鋒戦を開始したいと思いますっ! 対局者は、対局室へ向かってください!!」

@一年選抜控え室

友香「あれ? こんなところに飲みかけのカップ……? あのー、これ誰のでー?」

優希「ああ、たぶん鶴賀の幽霊っ子のだじょ」

穏乃「ふんふん……間違いない! これはモモさんの匂いっ!!」

憧「穏乃……お願いだからそういう野生児みたいな真似しないでくれない? 友達として恥ずかしい……」

穏乃「えー!?」

和「ついでに言うと、高校生にもなって年中ジャージはどうかと思います」

穏乃「ええー!?」

泉「というか、高鴨さん、インターハイのときから気になってたんですけど、そのジャージの中ってどうなってはるんですか?」

南浦「あなた……!? それは触れてはいけないところ……!!」

穏乃「泉さんっ! 見たいですか!? ジャージの中!! 実はまだ憧にしか見せたことないんですけど!!」

憧「ちょっ!? なんか誤解を招く言い方しないでよ!」

咲(穏乃さんたち、元気だなぁ……)

@二年選抜控え室

衣「む……!?」

透華「ヤバげ……ヤバげですわ!!」

玄「はわわわわ!!」

尭深「…………!」

灼「さっきまで普通にしてたのに……」

憩「たぶんやけど……衣ちゃんと透華さんに当てられたんやねぇ」

かおりん「えっ? みなさん、どうしたんですか? 恐い顔して。ねえ、みなさんがなんか変なんですけど…………って、あれ?」

小蒔「………………」ZZZZZZZ

@三年選抜控え室

久「第一回、セーラに着せたい衣装ランキング~! ただしスカートの類は禁止よっ!」

セーラ「ええっ!? いきなりなんやねん!!?」

姉帯「じゃあ……袴っ!!」

セーラ「お、おう。ま、それならええわ」

美穂子「オーバーオールが可愛いかと」

セーラ「可愛いかどうかは知らんけど、それなら持っとんで~」

洋榎「スカートがダメなら、スク水一択やろな!」

セーラ「アホっ、誰が水着でうろちょろするか!」

哩「鎖……もしくは、荒縄」

姫子「包帯ビキニもよかですよね」

セーラ「」

シロ(え……? 新道寺の人たち……え?)

@混成チーム控え室

小走「よろしい……ならばお見せしよう! 王者の指先を!!」

怜「わあっ!? ホンマや!! 綺麗な指っ!! えっ、小走さんマメできひんの!? 小三から!? さすがやわ~。うち、病弱やからすぐマメできんねん」

竜華「それ病弱やからやない。ただ指の皮薄いだけや」

池田「むう……改めてよく見ると、確かに清澄の嶺上使いに似てるな……」

照「…………」

漫「あ、あの……蜜柑、一つもらってもええですか?」

宥「うん。よかったらお茶とおせんべいもどうぞ。はわぁ……炬燵……暖かい……」

末原「なんやこれ、あの二人がおらんなっただけで控え室がカオスやんけ」

すばら「ではでは!! 全国選抜学年対抗戦、次鋒戦の開始ですっ!! 各チームのオーダーは以下の通りです!!」

@一年選抜:大星淡(白糸台)・東横桃子(鶴賀学園)

淡「じゃあモモコ、どこにいるかわかんないけど、予定通りに私が先に行くねっ!」

モモ「任せるっす」

@二年選抜:船久保浩子(千里山女子)・愛宕絹恵(姫松)

Q「絹ちゃん、先がええ? 後がええ?」

絹恵「せやなぁ……個人的には薄墨と被らんのがええなぁ」

@三年選抜:薄墨初美(永水女子)・石戸霞(永水女子)

初美「私が先に行くですよー。お互いそっちのほうが慣れた順番ですしねー」

霞「ええ、お願いするわ。初美がリードしてくれれば、私は守るだけでいいものね」

@混成:染谷まこ(清澄)・加治木ゆみ(鶴賀学園)

まこ「なんじゃ、お前さんトコの一年と当たってしもうたのう。わしゃあ捨て牌が見えんとなんもできんけぇ、頼むわ」

かじゅ「ああ……そちらも、魔物相手だが、健闘を祈ってる」

@実況室

すばら「各選手席に着き、いよいよ次鋒戦前半が始まろうとしていますっ!」

初瀬「先鋒戦がとても長く感じましたが、まだ対抗戦は始まったばかりなんですよね」

純「見所には事欠かねえ面子ばかりだから、見てるほうも疲れるよな」

すばら「弘世さん、ずばり、次鋒戦前半の鍵となるのは誰でしょう!」

菫「鍵かどうかはわかりませんが、やはりうちのバカが心配です」

すばら「大星淡選手ですね!!」

初瀬「大星選手……同じ一年生とは思えないですね」

純「先輩から見てどうなんだ、あいつの強さってのは」

菫「まあ、うちの大将を務めるだけの力があることは確かです。強さも申し分ありません。
 しかし、この間のインターハイのように、力や強さを持っていてもままならない場面というものがあります……あいつには、そういう経験をもっとたくさん積んでほしいですね」

すばら「なるほど。弘世さんは、大星選手の対抗馬になりそうなのはどなただとお考えですか?」

菫「個人的には、清澄の染谷まこ選手を推したいです。もちろん、千里山の船久保選手もうちの誠子を相手にやってくれましたから、期待はしています。
 ただ、両名とも、火力であのバカを上回るのはなかなか大変そうなので、対抗馬となるとやはり……」

すばら「鹿児島県大会・最多得点記録保持者――薄墨初美選手ですね!!」

初瀬「天江選手とともに、高火力選手と言えば名前の挙がることが多い方ですよね」

純「だが……あの日焼け巫女の得意技は四喜和だろ? 大星淡とは相性が悪いんじゃないか?」

菫「かもしれません。なので、ま、その辺りも一つ見所ということで」

すばら「果たして勝利の女神は誰に微笑むのか!? 次鋒戦開始ですっ!!」

@対局室

西家:染谷まこ(混成チーム)

まこ「(薄墨と大星は直に見たしのう……千里山の牌譜も当然チェック済みじゃ。ま、あとは出たとこ勝負じゃろ)よろしゅう」

北家:船久保浩子(二年選抜)

Q「(清澄と永水は反対側やったから、うち的には生で体感するんはこれが初めて。白糸台の大星も超重要人物やし……これは今後のためのええデータが取れそうや)よろしくです」

南家:薄墨初美(三年選抜)

初美「(先鋒戦と違ってインターハイ・ベストエイトのレギュラーがそろい踏みですかー。私ら永水としてはシード校の意地を見せないとですねー)よろしくですよー」

東家:大星淡(一年選抜)

大星「よろしくー」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

@実況室

すばら「始まりましたぁ! 次鋒戦! 起家・大星選手の第一打は……二索だぁ!!」

 淡配牌:四四五七九①④⑧267南西北:ドラ⑧

井上「んな騒ぐようなことかよ」

初瀬「でも、私なら、この配牌で二索はまず切らないですね。普通の人なら、一枚ずつしかないオタ風牌、もしくは、四筒でカバーできる一筒を切ると思います」

菫「これはまた……淡にとってはよくない配牌ですね」

すばら「至って普通の配牌な気がしますが、どの辺りがよくないのでしょう」

菫「手の内に一つも役牌がないところです」

すばら「いきなり意味あり気な発言が飛び出しました! これはもう早速その話をしてしまいましょうか!!」

純「大星淡……あんたがシャープシューターなら、大星は白糸台の『七星《セブンスター》』なんて呼ばれているな」

初瀬「七星……幸運の象徴である『セブン』と、天頂の象徴である『スター』。まさに、輝かしい成績を収めている大星選手に相応しい二つ名です」

※という設定になっていますすいません。

菫「私の二つ名も大概ですが……淡の二つ名もよく的を射ていますね。本当に誰が名づけたのやら。七星の星とはつまり、恒星を指します。
 恒星とは、それそのものが光を放つ星……これは、それを三枚集めるだけで一役になる字牌の見立てです。そして、麻雀に使われる字牌は全部で七種類。
 まさに、異常な引力で卓上の七星を引き寄せるあいつに、ぴったりの二つ名と言えます」

初瀬「字牌を引き寄せる……見ていてわかりやすいオカルト現象ですよね」

純「でも、ただ字牌を引き寄せるってだけじゃねえんだろ? 少し見てりゃ気付くことだが、阿知賀のドラ娘みたいに、決して大星は字牌を独占できるわけじゃねえ。ってか、そんなことが出来たら絶対負けねえしな」

菫「ええ、井上さんの言う通りです。あいつの『引力』には大きく分けて三つの特徴があります。一つ目は、あいつの引き寄せる字牌は、配牌時に手の内にある字牌だけ、ということ」

初瀬「二つ目は、なんですか?」

菫「あいつの能力の発動――場の支配は、配牌後に始まる、ということ。ゆえに、配牌については完全なランダムです。当然、他家の手にも字牌は行きます。
 例えば、この東一局、あいつの手に北が一枚あるわけですが、薄墨選手の手にも北の対子がありますね。この場合、どんなにあいつの引力が強くても、物理的に山から引ける北は一枚だけ、ということになります」

純「次は、最後の三つ目だな」

菫「三つ目は、あくまで『高確率で』字牌を引くだけであって、絶対ではない、ということです。
 もっとも、この確率については、ほぼ確実に嶺上牌が有効牌になる宮永咲選手や、狙って海底を和了れる天江選手に比べると、という話であって、一般的な確率論はとっくに超越しています」

すばら「すばらな説明ありがとうございました! これで、先ほどの『手の内に役牌がない』という発言の意味が理解できますね!!」

初瀬「今の引力の話が本当なら、もし役牌があれば、大星選手はたった数巡で一役確定できるわけですもんね。
 手の内にある字牌がオタ風牌ばかりというのは、確かによくない配牌と言えます」

純「よくないねぇ……。で、そのよくない配牌が、ほんの目を離した隙にあの有様だが……」

すばら「おおっとおおおおおお!! 大星選手!! 残していたドラを吐き出しましたあああ!! 捨て牌と手牌がとんでもないことになっていますっ!!」

@対局室

東一局・親:淡

まこ(薄墨はまだ南家。当然……警戒したほうがいいのは大星淡じゃろな。インターハイ前に牌譜を並べてみたが……なんというか、特徴的な顔を持ったやつじゃったのう)タンッ

Q(白糸台の七星……なんも知らずにデータを見たときはたまげたで。まず目を引くんは、第一打。まったくと言っていいほど字牌を切らへん。
 四風子連打なんてルールがある麻雀や……それだけ字牌――特にオタ風牌は序盤に切られやすい牌。そんな一般論をこいつはあっさり無視する……)タンッ

まこ(さらに驚くべきは……大星の和了る手役の種類じゃ。断ヤオと平和の和了率が異常に低い。確か一パーセント未満じゃったかの。どちらも麻雀に親しむものなら真っ先に覚えるべき役じゃ。
 じゃが……こいつの字牌占有能力を前に……その常識は通用せん)

Q(字牌占有能力と聞くと……なんや字一色・大三元・四喜和を連発する化け物かと思うたけど……それも微妙に違う。
 こいつの厄介なところは……その能力の応用力や。字牌が集まる力を駆使した、大技から小技まで……実に多種多様な和了り)タンッ

まこ(役牌のみ……チャンタに混一、対々、三暗刻……小三元と混老頭……字牌・刻子の絡む役を状況に応じて使い分けてくる。役牌のみで流したかと思えば、次の局には倍満を和了ったりの。
 変幻自在に役を複合させて……こいつは役満に頼らんでも高火力を維持できる。もちろん……役満を和了らないってわけでもないから、更に性質が悪い)タンッ

Q(字牌を暗刻で固められる分……一般人なら鳴いて混一やチャンタを狙うところを……こいつは門前で手を進められる。門前で進められれば、リーチやダマといった戦略も選べる。
 あと注意すべきなんは……わりと多いケースなんやけど……ドラに字牌が来たときのドラ三率。これも脅威やで。ドラが役牌なら、それだけでもうインスタント満貫の完成やないか)タンッ

まこ(じゃが……もちろん付け入る隙がないでもない。天江衣や宮永照よりは、咲や石戸霞に近い魔物……得意分野がはっきりしているタイプじゃ。大星の字牌占有能力は……どちらかと言えば対策が練りやすいほうじゃろな)タンッ

Q(例えば……石戸霞が一色を独占すると、他家が二色で染まるのと同じように……大星が字牌を占有すれば、他家には数牌が多く回るようになる。要するに、大星の和了らない断ヤオや平和を、比較的こっちは狙いやすくなるんや。
 やから、こっちも普段よりテンパイ率が高くなる。大星があまり役満を和了らないのは、ちんたらしとると他家にスピードで競り負けるってわかってるからやろな)タンッ

まこ(まあ……だからこその和了りの幅広さなんじゃろう。大星は……大星自身の能力もそうじゃし……大星を相手にする他家の戦略も心得てる。安易に喰いタンで早和了りなんて狙おうもんなら、浮いたヤオ九牌を叩かれて終いじゃ。
 こりゃあ……骨が折れそうじゃのう)タンッ

Q(一応うちなりに対策は練ってきたつもりやけどな……それがどこまで通用するか……シュミレーションでは得られない結果がきっと見れる……データ派としてこんな嬉しいことはないわ)タンッ

まこ(と……大星はここでドラ切りか……ぼちぼちヤバい感じかのう……!)タンッ

Q(大星が速そうやな……うちが配牌のときから白と東を抱えとるから役満はあらへんと思うけど……この抱えた字牌のせいで手が重い……間に合わへんか……!?)

 一方、淡。

淡(……とかなんとか考えてんのかな。清澄と千里山の眼鏡ズはデータ派だったはず。ま、なにされたって最後には私が勝つけど。ってかもう張ったしね~)

 八巡目・淡配牌:四四五七九南南南西西西北北:ドラ⑧:ツモ八

淡(ほら……私はこんなにも牌に愛されてる。今回はたった三つ星だけど。でも……凡人はこんな手を張っただけでもすぐ騒ぐんだよなぁ……。
 まったく……何がそんなにすごいのかわからない。こんな美しくもなんともない和了り……私にしてみればできそこないだってのに)

 淡、小さく嘆息。

淡「(ま、いいや。他家はまだ苦しそうだし、しょっぱい手だけどここはリーチしておこう)……リーチ」スチャ

初美(おっと……さすがに速いですねー)

Q(捨て牌からして明らかな染め手……しかもほぼ全てが手出しっちゅーんやから……ホンマに化け物やな……!)

まこ「…………悪いのう、ロンじゃ。タンピンドラ一、3900」

初美・Q「!?」

淡「(ちぇー……清澄……張ってたか)……まぁいいけどさ……こんなのくれてやるよ……」

まこ「なんじゃ、大星淡、染め手は好かんのか? それとも……役牌が一つもないのが気に入らんのか?」

淡「はぁ……? いきなりなに言ってんの?」

まこ「その捨て牌でリーチしてきたっちゅーことは、わりゃあ混一でも役牌がないってことじゃろ? ほんで、八巡目なら抱えとる字牌は三種類――南と西と北じゃな。大方、暗刻二つの雀頭一つってとこか。
 三暗刻になっとるんじゃったらダマで満貫確定……四暗刻も見えてくるじゃろうし、単騎待ちに切り替えて誰かを狙い打ったってええ……どちらにしろさすがにテンパイ即リーはないの」

淡「へえ……まるで見えてるみたいだね?」

まこ「みたいじゃない。見えとるんじゃ。いや、見たことあるって言ったほうがええかのう」

淡「そうなんだ……。で、それがどうしたの?」

まこ「どうしたってほどじゃないんじゃが……ただ、混一はわしの好きな役での。が、当のわりゃあテンパっても溜息と来たもんじゃ。
 ちぃーとばかし悔しいけぇ……こういうんはあんまり性分じゃないんじゃが……少し煽っとこうと思ってのう。どうじゃ……やる気は出たかの?」

淡「っ――!!」

 まこの挑発に、淡の顔色、急変ッ!!

淡「はぁ!? なにそれ……? やる気出たって……それどういう意味っ!?」

 淡、席を立ち、千点棒を四本、まこの目の前に叩きつける!

淡「私がやる気出してないとか思ってるわけ? どっかの三年みたいに手ぇ抜いてると思ってるわけ? 心外だなー心外だよー?」

 淡の長髪――脈動ッ!!

淡「私はいつだって誰が相手だって全力1000パーセントで打ってんだよ。あんたらの牌譜だってインハイのときから頭に入ってるし、侮りも驕りも一切ないっ!」

 何かを要求するように、手の平を対面のまこに差し出してみせる、淡。

淡「清澄の二年生……私に勝てるもんなら勝ってみなよ。サッキーの先輩であり、菫先輩とタメ張ったあんたを私は弱いとは思ってない。けど……それでも……最後に勝つのは私だからっ!」

 まこ、苦笑して、淡の手に百点棒を返す。

まこ「ほうじゃの。今のはわしが悪かった。すまん。取り消すけぇ、勘弁してくれ」

淡「そんなのは別にどうでもいいけど……。ってか、こっちこそ、気を悪くしたんなら謝るよ。ゴメンナサイ。
 でも……染め手は苦手ってゆーか……こればっかりは美意識の違いってゆーか。ちなみに、染谷先輩……でいいんだっけ、好きな役満は?」

まこ「緑一色じゃ」

淡「オールグリーンね。いかにもって感じ」

まこ「そういうわりゃあ好きな役満はなんなんじゃ?」

淡「私の好きな役満は――」

 淡、言いかけて、微笑。

淡「この対局が終わるまでに……見せてやるよ」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

淡:94000 Q:109900 初:94600 ま:101500

東二局・親:初美

Q(清澄……大星をその気にさせるとは……なかなかわかっとるやん。手抜きのデータなんか取ってもしゃーないからな。
 宮永照が抜けた来年……インターハイはこいつか宮永妹を倒さへんと千里山の優勝はまずない。本気モードの大星相手に色々試せる機会は有難いで)タンッ

Q(うち調べのデータから見た大星対策……その一、当たる確率の高いヤオ九牌をさっさと切る。その二、手作りはスピード重視。その三、リーチはなるべく控える。
 ま、これでひとまずトビは避けられるはずや。問題は……こいつに勝つにはどうしたらええか……)タンッ

Q(守りにばかり徹しても……大星の火力なら五万点は確実に開く。それを埋めるためには……こちらからも攻めないとあかん)タンッ

Q(大星の字牌占有能力……それは脅威やが……突き抜けた力は同時に弱点になる。変幻自在な大星相手にうまくいく確率は三割くらいやが……ここは敢えて……先制リーチで仕掛ける……!)

Q「……リーチや」スチャ

淡(速いね……千里山の眼鏡もタンピン系かな。でも、その程度の早和了りなら……恐くはないよ……!)タンッ

Q「っ……! ロンやっ! リーチ一発赤一……5200!!」

淡「んむ……!」

Q手牌:二三四[五]六七①①①⑥⑦⑧南:ロン南:ドラ2・③

淡手牌:123一七八東南南白白白發:捨て南:ドラ2・③

Q(ビンゴや……! 大星の字牌占有能力は阿知賀の松実玄と似たところがある。固まってくればくるほど手が窮屈になるんや。ただ……松実玄の場合はドラを捨てられへんのに対し、大星は字牌を平気で捨ててくる。
 わりかし多いのが……既に暗刻になっているオタ風牌切り……他家に対して安牌である確率が高く……手放すことでむしろ役牌の暗刻を増やして高めを狙える一石二鳥の一打。
 若干やけど……大星が先制リーチに対して回すとき……役にならない字牌の暗刻落としはやりがちなパターンや)

淡(南単騎ときたか……そういう狙い撃ちは初めてじゃないけどねー。思い出すなぁ……部活の練習で菫先輩によく射抜かれたっけ。でも……先輩ならまだしも……普通の神経じゃ私相手にそんな薄い待ちでリーチはかけてこない。
 ツモか私以外からの振り込みを期待して数牌の多面張にするのがセオリー。そうしなかったってことは……こいつも私に勝つつもりで打ってるってことだねー。上等だよ……!!)

まこ(千里山の……さすがによく研究しとるのう。そのやり方はわしも考えとったが……実際にやるとなると恐ろしゅうて微妙なとこじゃな。が、どっちにしろこれで大星は字牌単騎を警戒してくるじゃろう。
 となると……なかなか直撃を取りにくくなってくる。さて……どうしたもんかのう……)

 強敵・大星淡を相手に、序盤から果敢に立ち向かう、まこ、フナQッ!

 だが、次鋒戦前半――卓に潜む魔物は……一人ではないッ!!

初美「みなさん、お楽しみのようですねー……」

 風が巡り、死霊を引き連れ動き出す――悪石の巫女ッ!!

初美「そろそろ私も混ぜてほしいのですよー?」ゴゴゴゴゴゴゴゴ

 次局、薄墨初美、一度目の北家ッ!!

淡:88800 Q:115100 初:94600 ま:101500

東三局・親:まこ

 七巡目

まこ(来てしもうたのう……場決めをしたときから覚悟しとったが……役満の親っ被りだけは絶対にゴメンじゃ。東か北が来たら死守あるのみ。っちゅうか、薄墨相手に東・北を躊躇なく切るのは和くらいじゃろうて)タンッ

Q(薄墨初美……東と北を晒して、手の内に南と西を引き込む……永水の四喜和使い。一番楽な封じ方は……大星が東か北を抱えてくれることやけど……果たしてそんな都合よく場が進むか……?)タンッ

淡(さっきからちらちらとこっちを伺ってくるけど……もしかして私に期待してるんだったら今のうちに謝っとくよ……千里山の眼鏡。
 笑えることに……私の手牌には風牌がたった一つしかないんだなーこれが。いつまで経っても寄ってくる感じはしないし……うん……これは面白いことになりそうだよ……)タンッ

初美「カンですよー!」パララッ

 初美、東、暗槓ッ!!

まこ(暗槓じゃと……!? 北家になった途端にこれかい……大星並みの字牌占有体質じゃの……!!)タンッ

Q(カンドラ表示牌は中――ドラは白やな。ってか……しもうた……! 考えたくあらへんから考えへんかったけど……これ……この河……想定していたパターンのうちで一番アカンやつやんけ……!)タンッ

淡(眼鏡ズもそろそろこのヤバさに気付いてきたかな……! なんたって……あの暗槓とカンドラ表示牌以外……未だ場に一枚も字牌が見えてないんだからねー……!)タンッ

初美(さあ……白糸台の七星……! どっちが速いか勝負ですよー!!)タンッ

 初美、カンドラの白をノータイムでツモ切りッ!

Q(だっ……薄墨……それは……!?)

淡「ポンッ!」タンッ

 淡、白鳴き、そして――、

初美「それ……いただきですよー! ポンッ!!」タンッ

まこ(なっ……! 大星がわざわざ北を吐き出した……!? こりゃ……最悪じゃ……!!)

 鬼門に東と北を晒した、悪石の巫女ッ!

 白を鳴いた、字牌占有能力者ッ!

 そして、河に一枚たりとも見えない、字牌ッ!!

まこ(この状況……薄墨が四喜和で……!!)

Q(大星淡が……大三元……!!?)

 次鋒戦前半・東三局――大荒れッ!!

まこ・Q(この化け物どもが好き勝手暴れよって……!!)

淡・初美(私が先に和了る……!!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 そして――十四巡目ッ!!

Q(この緊張感……一打ごとに軽く二、三回は死ねるでー……!)タンッ

淡(三連星は揃ってるのに……やっぱり数牌は思い通りに来ないなぁ……!)タンッ

初美(じれったいですねー……早くぶちかましてやりたいですよー……!)タンッ

まこ(くっ……! あれこれ回してみたが……さすがに限界じゃ……これはもう……覚悟を決めるしかないのう……!!)タンッ

 まこ、決死の非安牌・二筒切り――瞬間ッ!!

??「ロンッ!!」

 果たして手牌を倒したのは――!?

Q「平和……1000や……!」パラララ

淡・初美(先を越された……!!?)

まこ(千里山……! 助かったわ……まさに値千金じゃ……)

Q(ギリギリまでテンパイを維持して正解やったな……清澄なら差し込んでくれると信じてたで……!)

 大星淡・薄墨初美、ともに役満和了ならずッ!!

淡:88800 Q:116100 初:94600 ま:100500

東四局・親:Q

淡(ちょろちょろと……面倒な相手だな。いや……素直に強い……それは認めるよ。現に清澄は団体戦でうちに勝ってるわけだしね……弱いわけがないんだ……それは知ってた)タンッ

淡(麻雀は……強くなればなるほど……勝つのが難しくなってくる。周囲のレベルも上がってくるし……目立てばマークされるようになって……対策を練られる。一対三みたいな状況だってざらにある。
 でも……一握りの本当に強い人は……それでもなお……勝ち続ける)タンッ

淡(私は……凡人とは違う。牌に愛された――選ばれた存在。だから……どんな不利な状況だって格下相手に負けるわけにはいかない。
 策を練られたならその上を……打ち方を研究されたのなら新しいスタイルを……そうやって……常に過去の自分を超えて勝ち続けなくちゃいけない。それが……白糸台で……私がテルから学んだこと……)タンッ

淡(来年になったらテルはいない……そうなったら……白糸台のエースは私だ。全国最強の高校のエース……一万人の頂点……テルと同じところまで上り詰めるには……力を持っているだけじゃダメ……ただ強いだけじゃ足りない。
 私に求められるのはトップを取ること……! それも……テルみたく圧倒的な点差で他を突き放してのトップ……!!)タンッ

淡(けど……この間のインターハイ決勝……私はサッキーに負けた。テルの妹……私と同じ一年生……私と同じ……テルの後を継ぐ資格を持った……牌に愛された存在……)タンッ

淡(私は……まだまだなんだ……私はまだテルと同じ高みに届いていない。この間の大会でそれがわかった。
 今のところはサッキーに一歩リードされてるけど……私はテルの後輩……テルと同じ血は流れてないけど……白糸台のチームメイトとして……テルから意思を受け継いでいるのはこの私だ……!
 私は……もう誰にも負けない……! 頂点に立つまで勝ち続ける……! だから……こんなところで凡人相手に負けてられないんだよ……!)

淡「……チーッ!」タンッ

Q(大星が動いた……? しかも役牌ポンやなくて数牌のチー……これは安いか高いか両極端なパターンやな……また大三元でも張っとったらどないしよ……)

まこ(鳴いてきたのう……こりゃあ……何をしても止められる気がせん……!)

 六巡目

淡「ツモ……中のみ……400・700」

 淡手牌:五六七789東中中中/(一)二三:ツモ東:ドラ⑦

Q(東単騎……それが来るとわかってるからこその待ちやろな。大星やから可能な超早和了り。数牌は鳴いてテンパイに持っていき……能力をフル活用して字牌ツモ……オカルトなしでこのスピードについていくのは至難の業やで)

まこ(さっきの大三元狙いから一転……こういう小技も使ってくるから大星は厄介なんじゃ。薄墨と違うて的が絞れん……しかも……仮に絞れたところでツモまではどうしようもできんしのう……)

初美(また字牌ですかー。常時発動型の能力は応用が利いて羨ましいですよー。って……あれ……ひょっとして私だけ焼き鳥ですかねー?)

淡(さて……次が最後の親番……東場はやり込められたけど……このまま私が黙ってると思わないでよね……!!)ゴゴゴゴゴゴゴ

 淡、中と東の二つ星で和了り、南入――ッ!!

淡:90300 Q:115400 初:94200 ま:100100

南一局・親:淡

 九巡目

淡()タンッ

初美(っと……ここで大星淡の河に字牌が出てきましたかー)タンッ

まこ(大星……手出しの西か。見るからに筒子で染めてる感じじゃけど……ここで西を切ってきたっちゅうことは、暗刻落としで高めに切り替えたっちゅーことかの……)

 まこ、手牌の端、捨てられずにいた一枚の東を一瞥。

まこ(大星が東家じゃから鳴かれんように持っとったが……ここでこいつを切ればわしもテンパイ。大星の手に東がある可能性は高いじゃろうが……西切り後の今なら……この東を切っても和了られることはないはずじゃ)

 まこ、長考。

まこ(例えば……大星が三枚目の東を狙って、東の対子と西の暗刻を持った状態から、暗刻落としで西切りをしたのなら……たとえテンパイを維持していようと待ちは東・西のシャンポン。
 西切りをした以上はフリテンで和了れん。最終的に大星は三枚目の東を手に組み込んで、西を雀頭……待ちを筒子に切り替えて和了るつもりなんじゃろう……)

まこ(この卓の感じ……黙っとっても大星が和了りそうな気がする……千里山も薄墨も手が重たそうじゃし……ここはわしが動くしかないかの……!!)

まこ「通らば……リーチじゃ!」

 まこ、東切りリーチッ!

 しかし――!!

淡「そいつは通らないなー。ロン……! 混一發東……12000!!」

まこ(なっ……東が当たり……じゃと……!? どういうことじゃ……!!?)

淡「テンパイに気を取られて眼鏡が曇ったみたいだねー、清澄。読みが浅いよー?」パラララ

 淡手牌:①①③④⑤東東西西西發發發:ロン東:ドラ二

まこ(西の……暗刻……!? っちゅうことは槓子落としか……!? こいつ……暗槓してリーチでもよかったじゃろうに……わしが東を抱えてるのを見抜いて……わざわざ手出しのフリなんて小細工までして……! 完全にハメられた……!!)

淡「さあ……一本場……!!」ゴゴゴゴゴゴゴゴ

淡:102300 Q:115400 初:94200 ま:88100

南一局一本場・親:淡

 六巡目

Q(マズいで……ここにきて大星が走り出した……どうにか突破口を掴まんと……後手に回ったら毟られる……!)タンッ

 フナQ、自らの対策通りに、序盤はヤオ九牌切り――!

 がッ!!!

淡「ロンッ!」

Q(はぁ!? 嘘やろ……もうテンパっとったん……!? いくらなんでも速過ぎやろ……!!)

淡「七対混老頭ドラドラ……18000は18300!」

 淡手牌:一一九99南南北北白白中中:ロン九:ドラ9

Q(チートイ……!? 確かに……チートイなら字牌を暗刻にしなくていい分……少ないツモでテンパイに持っていけるんやろうけど……!! それにしたって六巡目で親ッパネって……どんだけやねん……反則やろ……!!)

淡「二本場いっくよー……!」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

淡:120600 Q:97100 初:94200 ま:88100

南一局一本場・親:淡

 六巡目

Q(マズいで……ここにきて大星が走り出した……どうにか突破口を掴まんと……後手に回ったら毟られる……!)タンッ

 フナQ、自らの対策通りに、序盤はヤオ九牌切り――!

 がッ!!!

淡「ロンッ!」

Q(はぁ!? 嘘やろ……もうテンパっとったん……!? いくらなんでも速過ぎやろ……!!)

淡「七対混老頭ドラドラ……18000は18300!」

 淡手牌:一一九99南南北北白白中中:ロン九:ドラ9

Q(チートイ……!? 確かに……チートイなら字牌を暗刻にしなくていい分……少ないツモでテンパイに持っていけるんやろうけど……!! それにしたって六巡目で親ッパネって……どんだけやねん……反則やろ……!!)

淡「二本場いっくよー……!」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

淡:120600 Q:97100 初:94200 ま:88100

南一局二本場・親:淡

 一巡目

淡(♪)タンッ

 淡、打、發ッ!

まこ・Q(大星の第一打が字牌……!!? しかもドラの發!!?)

初美(これはこれは……どういうことですかねー?)タンッ

 数巡後

淡(♪)タンッ

初美(あれから……大星はずっと字牌切りですかー……一体何を考えてんですかねー?)タンッ

まこ(大星……このまま字牌を切り続けるつもりじゃろうか……下手をすると今日二度目の流し満貫じゃが……防ぎようにも字牌は大星が根こそぎ引き寄せるんじゃから鳴くに鳴けん)タンッ

Q(發發發北北って……どういう捨て牌やねん。普通のやつならものごっつい裏目っとるなー言うてネタになりそうな状況やけど……これ捨ててんのは字牌占有能力者の大星や……まさか流し満貫でも狙うとんのか……?
 させへんで……鳴けんのなら……先に和了るまでや……!)タンッ

 更に、数巡後――。

初美(テンパイしてるのに和了れませんねー……さっさと誰か出してくださいよー)タンッ

まこ(發發發北北南中中って……頭おかしい捨て牌しよってからに……こんな気持ち悪い河は初めてじゃ……)タンッ

Q(大星……そんな字牌ばっか捨てて……普通に字一色狙うてもよかったやん……! うちはこんなパターンは知らんで……何を企んどる……!?)

 そして……十一巡目ッ!

淡「ツモだよっ。タンピンツモ……1300は1500オールねー!」パラララ

まこ(大星淡のタンピン……!? こりゃあ……役満より珍しいもんを見たのう)

Q(字一色を捨ててタンピンツモ……? って……これは……そうか……こいつそういうこともできるんやな……!!)

初美(なるほどですよー……私の和了り牌を四枚も持ちやがってたですかー)

 淡手牌:三四五678②②③④⑤⑤⑥:ツモ⑦:ドラ發

 淡捨牌:發發發北北南中中東南

 更に、数巡後――。

初美(テンパイしてるのに和了れませんねー……さっさと誰か出してくださいよー)タンッ

まこ(發發發北北南中中って……頭おかしい捨て牌しよってからに……こんな気持ち悪い河は初めてじゃ……)タンッ

Q(大星……そんな字牌ばっか捨てて……普通に字一色狙うてもよかったやん……! うちはこんなパターンは知らんで……何を企んどる……!?)

 そして……十一巡目ッ!

淡「ツモだよっ。タンピンツモ……1300は1500オールねー!」パラララ

まこ(大星淡のタンピン……!? こりゃあ……役満より珍しいもんを見たのう)

Q(字一色を捨ててタンピンツモ……? って……これは……そうか……こいつそういうこともできるんやな……!!)

初美(なるほどですよー……私の和了り牌を四枚も持ちやがってたですかー)

 淡手牌:三四五678②②③④⑤⑤⑥:ツモ⑦:ドラ發

 淡捨牌:發發發北北南中中東南

まこ(考えたのう……大星。確かに……千里山と薄墨は序盤から張っとる感じじゃった。大星が普段通りに打っとったら……手が出来る途中で二人のどちらかに振っとったかもしれん。
 こいつは字牌を切り捨てることで……手の内に数牌を溜め込み……千里山と薄墨の和了り牌を握り潰したんじゃ)

Q(やけど……握り潰すって……第一打のときはなんの判断材料もなかったわけやんな……うちや薄墨の手がええなんてなんでわかったん……?
 っちゅうか……もし仮にわかっとったとしてもや……やからっていきなりドラの發を切れるか?
 そりゃ期待値を考えたら……きっとこのタンピンが正解なんやろうけど……やからって……こんなん人間にできることやあらへんがな……)

初美(いくら私や千里山の手がいいって察知したところでですねー……普通に打ったら振りそうだってカンが働いたところでですねー……人間なら誰しも……自分がドラ三を和了ることとか字一色を和了ることとか……そういう可能性を捨てられないものなんですよー。
 そういう人間らしい迷いを……こいつは配牌の時点で断ち切ってる。まったく……清澄の原村も大概人間離れした打ち手でしたけど……こっちもこっちでとんだ化け物ですねー)

淡「これで……三本場だねっ……!!」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

淡:125100 Q:95600 初:92700 ま:86600

南一局三本場・親:淡

 五巡目

まこ(大星……ここに来て次々に新しい顔を見せてくる。喜怒哀楽の表現も豊かなやつじゃが……麻雀にもそれが現れとる。どれだけ変幻自在なんじゃ……この一年……!)タンッ

Q(さっきのタンピン……あんなんデータにないわ。こっちが自分をよく研究してると見るや……即座に打ち方を切り替える。
 相手に合わせて対策を練り有効な手段を取る――それはなんもデータ派だけの特権やない……こいつは字牌占有なんてけったいな能力を持っとんのに……それに慢心せずうちらをよう見て考えて打っとる……こりゃしんどいで……!)タンッ

淡()タンッ

初美(むー……今回はドラが字牌ですか……とても嫌な感じがしますねー……)タンッ

まこ(そういや……薄墨初美……今のとこ焼き鳥じゃが……点数はさほど大きく減らしとらん。北家の四喜和が目立つが……こういう地味な上手さはさすがシード校の三年っちゅうことかのう。この大星の連荘……薄墨なら……或いは……)タンッ

Q(大星の捨て牌……また順調に染めてる感じやけど……中張牌の多さも目立つ……これはチャンタ・混老頭もありうるで……さっきの七対子のこともある……まだ序盤やけど張っとる可能性はあるし……ヤオ九牌はヤバそうや。
 となると……比較的安全そうなんは……第一打から三連続で切り出してる筒子やろか……?)タンッ

淡()タンッ

初美(サンシャンテンで安牌がないですよー……だんだん凌ぐのも辛くなってきたですねー)タンッ

淡「ロン……! 七対混一ドラ二赤一……24000の三本場は――24900ッ!」パラララ

 淡手牌:[⑤]東東南南西西北北白白中中:ロン⑤:ドラ西

まこ(これは……薄墨を狙い撃ち……!? その手なら余裕で混老頭を上乗せできたじゃろうに……第一打で四筒を切り出したのも……中張牌を出させるための目晦ましか……!!)

Q(っちゅうか……大星は直前ツモ切りやったやろ……それで五筒が当たりって……薄墨を削るためにうちを見逃しやがったんか……こいつ……!?)

初美(へえ……山越で私を狙い撃ちとか……そういうことまでしちゃいますかー……というか……順調に支配する字牌の数が増えてきてるですねー……これは次あたりに大爆発のパターンですかー?)

淡(大成功~! やったねっ……これで直撃コンプリート!! 今回は六つ星だしいい感じに流れに乗ってきたよ……あとはダメ押しのトドメを刺すだけだね……!)

 会心の一撃にほくそ笑む、淡。

 しかし、その余裕は当然、他家の逆鱗に触れるッ!

Q「なに笑うてんねんコラ。見逃しとは……一年坊主がナメた真似してくれたやんけ……!
 セブンスターかマイセンか知らんけど……もうデータとかどうでもええ……箱入りの嬢ちゃんにはうちが世間の厳しさを教えたるわ……!!」ゴゴゴッ

初美「勝負の途中で笑うとはいい度胸ですねー……そんなに私を直撃したのが嬉しいんですかー? まーべつにいいですよー……倍満なんて好きなだけくれてやるですよー……!!」ゴゴゴゴッ

まこ(なんじゃ……どいつもこいつも麻雀は強くても中身は子供じゃな……負けず嫌いは嫌いじゃないがの……まるでうちの一年トリオと卓を囲んどるような気分じゃ……)

淡「ふっふーんっ! そういうことは点数見てから言ってほしいよねー! そんなにトバしてほしいならお望み通り……! じゃんじゃんいくよー……四本場っ!!」

淡:150000 Q:95600 初:67800 ま:86600

南一局四本場・親:淡

 四巡目

初美(配牌からある字牌の処理が面倒ですよー)タンッ

淡「ポンッ!」タンッ

初美(中の明刻……東四局みたいな早和了りならいいんですけどねー)

まこ(中を晒しただけじゃのに……それだけで役満気配が漂ってくる……なんだか手が縛られるような感じがするのう……)

Q(難易度や確率で言えば……大星にとっての大三元はうちらにとっての清一と同じくらいや……そんなホイホイ役満を和了られたら敵わへんな……)タンッ

 九巡目

淡「……カンッ!!」ゴッ

初美(白カンですかー……私も人のことは言えませんが……そんなに役満をチラつかせるとは……はしゃいでますねー?)タンッ

まこ(さっきは槓子を落としてわしから直撃を取ったやつが……今度は大三元の黄色信号を灯す白暗槓じゃと……? 意味がわからん……)タンッ

Q(げっ……!? テンパってもリーのみ確定のイーシャンテンで……よりにもよって發引いたで……)

 フナQ、舌打ち。

Q(大星の能力的に言えば……この中盤で引いた字牌は……大星の引力から漏れた字牌。要するに大星の手の中にない字牌ってことや。
 けど……いくらデータが正しかろうと……中と白を晒しとる相手に生牌の發なんて自殺行為……よほどの確信がないと切れへん……)

Q(役満か……うちは公式戦で和了ったことはないな。洋ちゃんが……今年鹿老渡の佐々野に清老頭ぶちかましとったけど……あの洋ちゃんだって……あれがインハイ初役満やったはず……)

Q(せや……うちは小さい頃からあの洋ちゃんと雅枝おばちゃんとよう卓を囲んどったんや。大星淡……うち的ランキングでは今年のルーキーで一番ヤバいやつ……やけど……こんな字牌娘より……よっぽど洋ちゃんや雅枝おばちゃんのほうが恐いわ……!!)タンッ

 フナQ、確信の發切りッ!

淡(えええっ!? 嘘でしょ……!? 迷った末に發を切った……!! こいつ……さっきのリーチといい……どんだけ図太い神経してんの……!?)

Q(なんやルーキー……意外そうな顔しよって。中と白を晒せば發は切れんと思うたか? 考えがヌルいで……! うちはホンマモンの役満を知っとる……一索と九筒を晒した上で役満気配を消しとった洋ちゃんの役満をうちは見とるんや……!
 それに比べりゃあんたの晒しは中身のないハリボテ……そないなニセモンにビビるうちやないで……!!)

淡(まぁいいか……別に大三元じゃないってバレたからって私の手が悪くなるわけじゃない……さっさと和了って五本場いっちゃうよー!)タンッ

初美(發は通るんですかー……いや……さすがにこれで山越だったら笑えるですよー……)タンッ

まこ(薄墨まで發切り……!? 張っとるんか!)タンッ

淡(くっ……!! こっちもこっちでさっきの山越がまったく堪えてないとか……頭どうかしてるよっ!!)

Q「ほな……リーチやッ!」スチャ

淡(上家のリーチ……下家もテンパッてる可能性大……安牌はない。どうする……? 攻めるか……回すか……!?)タンッ

Q「なんや……学習能力ゼロかいな、字牌使いッ!!」パラララッ

 フナQ、悪い笑み……!!

Q「ロンやっ! リーチ一発……カン裏二つごっそさん! 8000の四本場は9200ッ!」ゴッ

淡(また……字牌単騎……!! このタコ眼鏡……やるじゃんっ!!)

まこ(さすが北大阪の強豪・千里山のレギュラーじゃ……この度胸は同じ二年生として見習わんといかんのう)

初美(あうー……そろそろ和了りたいですよー……)

淡:140800 Q:104800 初:67800 ま:86600

南二局・親:初美

 四巡目

初美(って……和了りたいと思ったらコレですかー。私は早く北家がやりたいってのにですよー)

初美「ツモ……ツモのみ、700オールですよー」パララッ

まこ(安っ……!)

Q(しょぼ……!!)

淡(だっさー!!)

初美(む……なんか心の中で悪口を言われた気がするですよー……見てるですよー……北家になったら全員血祭りの刑にしてやるですからねー……)ゴゴゴゴゴゴゴ

淡:140100 Q:104100 初:69900 ま:85900

南二局一本場・親:初美

 七巡目

まこ(久しぶりに張れたのう……どうしたもんか……リーチするべきじゃろか……ダマのほうがええじゃろか……)タンッ

Q(大星の連荘で忘れそうになっとったけど……ここで薄墨以外の誰かが和了ったら……二度目のアレが来るわけやんなー……)タンッ

淡(さっきの直撃でいろいろ持っていかれたのかな……配牌の時点で星一つ……すっげー微妙な手だよ……)タンッ

初美(さてさて……連荘なんかしたって親っ被りの危険が増えるだけで意味ないですからねー……ここはちゃっちゃと募金して先に進むですよー)タンッ

まこ「……ロンじゃ。タンピン……2000は2300」パララ

初美「はいですよー」チャッ

淡:140100 Q:104100 初:67600 ま:88200

まこ(差し込まれた……? 断ラスのくせに躊躇なく最後の親を捨てるとは……大した自信じゃのう)

Q(あぁあー……これで薄墨が北家……愉快で素敵な第二次魔物戦争の始まりやんけ……!)

淡(また来ちゃったか……別にいいけど……どうせ潰すから……!!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

初美(待ってましたよー……! ここが正念場ですねー……さあ……ぶちかますですよー!!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 迎えた南三局、薄墨初美、二度目の北家ッ!

 しかし、運命の悪戯か、神の気紛れか。

 薄墨初美に配られた牌――その十三枚の中に、東はあれど北はなく。

 代わりに北を手中にしたのは――!!?

南三局・親:まこ

 一巡目

淡(来い……!!)ツモッ

 字牌使い――大星淡、その驚異的な引力でもって、薄墨初美の条件付支配下にありながら、二枚目の北をその手に引き込むッ!!

淡(あはっ……! 一巡目から来てくれるとはね……これで悪石の巫女は鬼門を晒せない……!! 他の風牌は私のところにはないけど……この二枚の北があればもう四喜和はない……! この局はもらった……!)タンッ

 淡、嬉々として数牌切り。

まこ(なんじゃ……大星の表情に余裕が見えるのう……まさか北か東を抱えとるんか……? しかし……こんなに連荘したいのにしたくない親番は初めてじゃの……)タンッ

Q(大星が風牌を抱えたんやとすれば……薄墨の四喜和は封じられたはず。となると、第二次魔物戦争は大星の勝ち……? いや……どっちにしろ魔物どもの好きにはさせへんで。
 清澄……点数的には辛いやろが……うちは全力で差し込まれ体勢とっとくで……頼むから連荘だけは勘弁な……!)タンッ

淡(と……さすがに三枚目は来ないか……でも、今度は吐き出さないもんねっ……この北は雀頭決定ー!)タンッ

初美(………………)

 そして、薄墨初美が動かないまま、対局は中盤へ……!!

 九巡目

淡「ガンガンいくよー! リーチッ!!」スチャ

淡(さあ……どうする悪石の巫女……! これでもう私の北二枚は何があっても場に出てこないよ……!! 最後の親で差し込みなんてふざけたことしちゃって……得意の四喜和はこれで封じた……!! この勝負……私の勝ちだ……!!)

まこ(薄墨が北家のこの局でリーチ……!? 大星……やっぱり北か東を抱えとるんか。いや、どっちにしろ親のわしの危機は変わらずじゃが……)

Q(しもた……先越された……! こっちはまだイーシャンテンやのに……討ち取るつもりがこれじゃ討ち取られるで……!)

 淡のリーチに、動揺を隠せない、まことフナQッ!

 しかし、むしろそれを待っていたとばかりに、動き出す、悪石の巫女ッ!!

初美「まーた余裕の笑みですかー? 懲りない一年ですねー。さっき言ったはずですよー……勝負ってのはー…………最後まで笑っちゃいけないんですよー?」ゴゴゴゴゴゴゴ

淡(なにこの感じ……!? 鬼門は封じたはずなのに……まるで勢いが衰えていない……!!? どーなってんの!!?)

初美「『これ』を姫様たち以外に見せるのは初めてですよー……白糸台の七星……よーくその目に焼き付けるといいですー……北家の私に先制リーチを仕掛けた愚かしさ……猛烈に悔いればいいですよー…………カンッ!!」パラララッ

 薄墨初美、東、暗槓ッ!!!

淡(暗槓……!? いや、ポン以外で鬼門を晒すのにそういう裏技があるのは知ってるけど……! どっちにしろ北は私が二枚持ってる……どう足掻いたって北は晒せないはず……!!)

初美「ところがどっこいですねー……今回は特別なのですー。サイの目が私に味方してくれてるんですよー。半荘で二度しか回ってこない北家で……十二分の一の確率でしか発動できない……これが私の超裏技――ッ!!」

淡(サイの目って……今回は二の二だから……四だけど……って、左四ってこと……!? 北家で左四で暗槓……!!? まさか……そんな……そんなやり方で鬼門が開くの……!!!?)

 親のまこが転がしたサイは――二の二の四ッ!

 王牌となるのは東家の山の左三列と、北家の山の右四列ッ!!

 そのうち暗槓によって捲られるのは――北家の山の右端ッ!!

 それ即ち……山の北東――鬼門ッ!!

初美「暗槓は即捲りですよー……そーれっ!!」

 捲られたカンドラ表示牌は……三枚目の北ッ!!

淡(ちょっ……!? 信じられない……!! カンドラで北を晒すとか……確かに……カンドラが鬼門の位置に来るのは左四のときだけだけど……!!
 この反則的な超裏技……もしかして……あの配牌……私のところに北が舞い込んできたのはこの状況へ導くための罠……!? いやいや! ないない!!)

初美「これで鬼門が開きましたよー……四喜和は当然無理っぽいですけどー……それでもドラ四確定ですからねー……!!」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

淡(この感じ……めっちゃヤバい……!! 瞬間最大風速はテルやサッキー並みかも……!? なのに……私はツモ切りしかできないなんて……!!)

 そして、六巡後――!!

初美「少し遅れたですけどー……私もリーチするですよー?」スチャ

まこ(こんなんオリじゃ、オリッ!!)タンッ

Q(無茶苦茶過ぎるわ……こんなんうちでもオリるで……!!)タッ

淡(~~~~~~~~~~っ!!)タンッ

 淡、苦渋の二筒切りッ!!

 見逃す道理は――無いッ!!

初美「それロンですよー!! リーチ一発混一三暗刻南ドラ四……裏四……!! 数え役満ですよー!!」ゴッ

淡(ちょおおおおおおおおおおお!!!?)

 薄墨初美――対抗戦・初役満ッ!!!!!

淡(数え役満……!? 直撃……この私が……!!? くっ……そんな……連荘で稼いだ分が全部パーなんて……最悪だよ……!!)

まこ(四喜和を封じられても数えで役満に持っていくんか……準々決勝の不発はなんじゃったんかってくらいの化け物っぷりじゃのう……)

Q(げ……カン裏も北やったんかい。これ自動卓やで……なんやイカサマやっとんのと違うか……!?)

初美(さあ……これで勝負はほぼ振り出しに戻ったですよー……!! あと一発……最後にぶち当てて逆転してやりますからねー!!)

 波乱の次鋒戦――次局、オーラスッ!!

淡:107100 Q:104100 初:100600 ま:88200

@実況室

すばら「決まりましたあああ!! 薄墨初美選手の四喜和ならぬ三喜和ッ!! トップ独走だった大星選手がまさかの大失点……!! これでまだまだ次鋒戦もわからなくなってきましたああああ!!!」

菫「あのバカ……永水のことはインターハイ前にあれほど気を付けろと言っていたのに……」

初瀬「これで大分平たくなりましたね。一時はどうなることかと思いましたが」

純「さすがの大星もここまでか? ラス親じゃなかった分、他家は助かった感じかもな」

菫「いや……あのバカには……まだとっておきがありますよ。一瞬で場をひっくり返すようなとっておきが」

純「とっておきねぇ……。そういや、大星はまだ役満を和了ってねえな。この半荘では大三元テンパイが一度、それに二度くらい字一色を和了れそうなときがあったが……確かにあれをやられたらまた点差が開くぜ」

初瀬「その気になれば簡単に役満を和了れるって……同じ人間とは思えません」

純「けどなぁ……北家の薄墨の四喜和が警戒されてるように、大星が役満気配を出せば、東三局みたいに他家は流しにかかるだろ。いくらあいつでも、あの面子が相手じゃそんな思い通りには打てないと思うぜ」

菫「それは……考えが甘いですね」

すばら「甘い、とはどういうことでしょう?」

菫「あいつの『あれ』は……流すとか潰すとか、そういう次元の話ではないんですよ。私でさえ、あいつの七星――『セブンスヘブン』は……止められる気がしません」

すばら「セブンスヘブン……? 直訳すると、七番目の天国ですね」

菫「ええ……七巡目の天国と言えばいいのでしょうか。ある条件が揃ったとき、淡は天国への七階段を昇り始めます。それを初見で……しかも個人で阻めたのは……私の知る限り照くらいのものです」

すばら「大星選手! まだまだ底が見えません!! 次鋒戦もいよいよ大詰め!! 必殺技の炸裂はあるのかっ!!」

菫(淡……お前が負けるとは思ってないが……清澄の染谷の動きには最後まで注意しておけよ。そいつは……あのインターハイ……クセを治した私の矢を一度も受けなかった強敵だ。
 しかも……わかってるか……? この次鋒戦……染谷まこは……まだ眼鏡を外していない……!!)

 まこを強く意識する、白糸台のシャープシューター!!

 果たしてそれは買い被りか、正当な評価か……ッ!?

@対局室

南四局・親:Q

Q「テンパイや」

淡「テンパイ」

初美「テンパイですよー」

まこ「……ノーテンじゃ」

 南四局、一人ノーテンでじわりと引き離されるまこ。 しかし、その力は点差ほど開いていないッ!

 Q手牌:六七八②③④④⑥⑦⑧678:ドラ二

 淡手牌:7899中中中白白白南南南:ドラ二

 初美手牌:二二三三四四[五]五4[5]西西西:ドラ二

 まこ手牌:①①①④④33455669:ドラ二

まこ(危なかったのう……七対子か一盃口でテンパイ取るか迷うたけど……やっぱり四筒を切って正解じゃったの……)

Q(なんやこれ……てっきり持ち合っとんのかと思っとったけど……うちらの手牌の中には互いの和了り牌がほとんどないやん)

初美(最後まで出てきませんでしたねー。これは清澄にまとめて抱えられましたかー……残念ですよー)

 まこ、ぎりぎりで他家をかわす、いぶし銀の闘牌ッ! しかし――!!

淡(千里山と永水の手牌に私の和了り牌が一枚しか見えない……それも安めのほう……ってことは高めは清澄が持ってるのか……さすがだね。けど……それはそれで……望むところなんだよねぇ……)

 それも……或いは魔物の手の平の上か!?

淡(南一局の連荘のときに二つ星から六つ星まで見せることができた……でも……私にはもう一つ上があるんだよね。
 よかったよ……こんな三つ星の倍満で終わらしたくはないなーって思ってたんだ。清澄……今私に振らなかったこと……後悔してももう遅いよ……!!)

 魔物・大星淡――最高潮ッ!!

淡(宣言通りに見せてやるよ……私の大好きな役満……この世で最も美しい……天に輝く七つ星を――!!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

淡:108100 Q:105100 初:101600 ま:85200

南四局一本場・親:Q

淡(あはっ……! やっと来た……待ってたよ……!!)

 淡配牌:二三①①⑦3東南西北白發中:ドラ⑦

淡(南四局一本場でこれか……思い出すなぁ……テルと初めて対局したときのこと……!!!)

 ――回想・白糸台高校麻雀部・四ヶ月前――

親善対局・南四局一本場・親:照

照「……一本場……」コロコロ

淡(め……!! めちゃくちゃ強おおおおおい!! 宮永照……強い強いとは思ってたけど……こんなに強いんだ!!? ホントに人間!!?)

菫(上級生と新入生が手合わせする恒例の親善対局……照と戦ってオーラスまで辿り着いた人間は……去年はいなかったな。今年もいないと思っていたが……驚いた。
 東一局の親倍ツモ……それに……東四局では早和了りで照の連荘を止めてみせた……まあそれは私が差し込んだからだが……いや……しかし……この異常な字牌の固まり方は……もうそういう力だということでいいのか……)

淡(えーと……さっき12000だったから……次は18000だよね……? 直撃どころかツモでトんじゃうよ……! けど……この点差……宮永照が親だから……役満ツモればぶち抜ける……!! こい……私の七星……!!!)ゴッ

 淡配牌:一二五五59東南西北白發中:ドラ8

淡(来た来た来たーーー!!! これで七巡後には私が勝つ……!!! 一昨年と去年のインターハイで無敵を誇った宮永照に……今ここで私が勝つんだ……!!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

菫(おっと……ここに来てまた一段と元気になったようだな……この大星とかいう一年……二度の和了りでは配牌から字牌を一枚も切らずに手を作った……それに……こいつは第一打でまったく字牌を切らない……加えて……時々だが私の手の中に普通に字牌が来ることがある。
 以上三点から……こいつの引き寄せる字牌はいつも決まっているわけではなく……その場その場によって変化するんだと考えられる……まあ……妥当な線では配牌にある字牌を引き寄せるってところか……。
 となると……仮に七枚の字牌全てがこいつの配牌に一枚ずつあった場合……最速で七巡後に……役満ツモか……)

照(…………)

菫(照……大丈夫か……? 次はインパチ……いくらお前でも七巡目までにハネ満は微妙なラインだと思うが……まあ……新入生に負ける照というのもそれはそれで見てみたいがな……)

 四巡目

淡(北来たー!!)タンッ

菫(大星が手から五萬を二枚落としてきた……というか……さっきからツモった牌を手に入れて……捨て牌は迷うことなく手の左端から落としている……これは……やはり七巡目に大爆発コースか……とんだ超新星が入ってきたもんだ。
 どれ……一応鳴いてズレるかどうか試してみるか……)

菫「チー」タンッ

 五巡目

照()タンッ

淡(ははーん!! チーなんて小細工は通じないよー!! 私の引力はブラックホール並みだもんねー!!!)タンッ

菫(無駄……か。ズラしてもブレないとなると……やはりこいつより早く和了るしかない……ということか。が……私は現在喰いタン一向聴でこいつの下家……雀頭をポンできればなんとかなるかもしれんが……普通に打っては間に合わん……)タンッ

 六巡目

照「リーチ……」チャ

菫(照……この対局が始まってから……初めてのリーチか……)

淡(リーチとか関係ないよ……!! これで……テンパイだっ!!)タンッ

照「ロン。リーチ一発三色裏二……18000は18300」

淡「えっ……?」

 照手牌:二三四五六七②③④2349:ロン9・ドラ8・9

菫(照……萬子の一通と平和……それにドラの八索対子を落として……九索待ちか……ここで大星から九索が出ることが……つまりは一発と裏二で三飜上乗せされることが……最初からわかっていたからこその和了りだな。
 まったく……今日こそ勝てると思ったが……相変わらずとんでもないやつだ……)

淡「そ……そんなっ!!」ガタッ

 淡、動転して立ち上がる。その拍子に露になる、手牌ッ!

菫(げ……本当にあと一巡で役満だったのか……こっちもこっちでなんてやつだ……大星淡……)

淡「ま……負けた……!! 私の……七星が……!!!」ウルウル

 ――二ヵ月後――

照「……淡……インターハイ……レギュラーおめでとう……」

淡「ありがとうございます、宮永先輩。これで……また一つ宮永先輩に近づけましたかね……私」

照「そうかもしれない……でも……淡は……それでいいの?」

淡「なにがですか……?」

照「淡は……私みたいになりたいの……?」

淡「それは……だって……宮永先輩は初めて私が心から負けたって思った相手ですから。先輩みたいになりたいと思うのは……当然だと思うんですけど」

照「そっか……けど……来年は……私いないよ……?」

淡「だからこそ……私は宮永先輩みたいになりたいんです。白糸台を背負って立つ……最強のエースになりたいんです。ダメですか?」

照「ダメじゃないけど……ああ……ところで……レギュラー入り……頑張ったご褒美に……何かあげようか……(お菓子とか……)?」

淡「えええっ!!? いいんですか!? じゃ……じゃあ…………テルって呼んでもいいっ!!!?」

照「………………え?」

淡「テルー! テルー!!!」

照「えっと………………ま、いっか……」

 ――インターハイ・団体戦決勝――

淡「わあああああああああああ!!!! ごめん……ごめんなさい……!!! まくられたよおおおおおおお!!!!!」ポロポロ

照「淡……」

淡「うううううう……ごめん……テル……勝てなかったよ……!!」ポロポロ

照「うん……そういうこともあるよ……」

淡「嫌だよ……!!! だって……テルは……テルなら……いつだって負けないもん……!!」ポロポロ

照「わ……私は……」

淡「ごめん……私……まだ全然弱い……!! テルみたいには勝てない……!! けど……私……絶対もっと強くなるから……!! テルみたいに強くなるから……!! 誰にも負けないくらい強くなるから……!!
 それで……来年は……私が一万人の頂点に立って……そんでもって……絶対に白糸台を優勝させるから……!! だから……テル……見ててね……私……頑張る……!!」ポロポロ

照「う……うん……」

菫「おい……十分後には表彰式が始まるぞ。淡、それまでにもう少しまともな顔に戻しておけ」

照「淡……ほら……涙拭いて……」

淡「う……うん……ありがとう……」グズッ

 ――――――

淡(そうだよ……私は……こんなところで負けてられないんだ……!!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

淡(永水の四喜和使い……菫先輩とやりあった清澄の眼鏡……亦野先輩をボコボコにした千里山の眼鏡……この人たちが弱くないことは知ってる……けど……それでも……!
 私はテルみたいに強くならなくちゃいけないんだ……!! 誰が相手だろうと蹴散らす……あんな風に負けて泣くのは……もう二度とゴメンだよ……!!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

淡(さあ……この世の天国を見せてやる……!!)ゴゴゴゴゴ

 淡配牌:二三①①⑦3東南西北白發中:ドラ⑦

 淡、通常なら九種九牌で流してもおかしくはない配牌ッ!!

 しかし……配牌時に手にある字牌を引き寄せる淡にとって、七種全ての字牌が手の内にあるこの配牌は、自身が最も好きな役満への六向聴ッ!!

 七巡目で必ず役満を和了れる……絶好の配牌ッ!!!

淡(流すわけがないよね……!! ほら、これが天国への一段目だ……!!)ツモッ

 淡、東、ツモッ!

 打、三索ッ!!

淡(あと……六段……!!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 一方、対面のまこ、この最終局面に来て、淡の放つ何かが膨れ上がるのを察知ッ!

 それは、同じ魔物・宮永咲をチームメイトに持つまこにとって、馴染み深い感覚ッ!!

まこ(とうとう来たのう。春……咲が西カンからの四暗刻を決めたときみたいな……あの感じじゃ。大星の支配っちゅうのが……一層強くなったような気がする。こりゃあ……鳴いても無意味じゃろうな……)

 まこ、迷いなく三索を切り出した対面を見て、溜息。

まこ(十中八九……例の役満じゃろな。別にわざわざ見せてくれんでも知っとるっちゅうんじゃ。大星淡――七種の字牌を支配する魔物……その魔物が引き寄せる七つの星――その全てを手に含んで和了れる役は……国士無双を除けば、ただ一つじゃ)

 字一色七対子……またの名を――大七星ッ!! 

まこ(大星の配牌に七つの星が一つずつ揃ったとき……この魔物は必ず七巡目に大七星を和了る。役満ツモじゃと……点数状況的には前局安めに振り込んどったほうがマシじゃったろうか。
 どうじゃろう……微妙なとこじゃな。しかし……まさか本当にこの半荘で大星が大七星のチャンスを掴むとはのう……)

 まこ、思わず、苦笑。

まこ(まあ……もちろん……そういうこともあるじゃろうと……削られながらも温存しとった甲斐が……あったってもんじゃ……!!)

 まこ、脱、眼鏡ッ!!

まこ(さあ……こっからが本番じゃあ……! わりゃあ字牌をごっそり集めるけぇ……わしゃあ大好きな染め手を一度も和了れんかった……!
 そのせいで大分点は取られてしもうたが……最後くらいは一矢報いんとのう。七巡目で和了るつもり満々みたいじゃが……そうそう思い通りに大七星なんぞ和了らせんぞ……!!)ゴッ

 まこ、本気モードッ!!

 他方、フナQと薄墨初美は――!

Q(えらいこっちゃ……大星がめっちゃ嬉しそうやん……これ絶対例のやつやろ……親っ被りとか死んでも食らわんで……!)

初美(んー……まあ役満食らったら食らったで霞になんとかしてもらうですよー。もちろんできることはしますけどー……私のこの手じゃ厳しい感じですねー。魔物退治は清澄か千里山に任せるですよー)

 二巡目。

淡(南……とっ!)タンッ

 淡、ツモ、南、打、三萬ッ!

まこ(ありったけのイメージを引き出すんじゃ……! 千里山も薄墨も大星も全国の上位ランカー……牌譜は片っ端から並べた……! 三人とも……捨て牌のクセっちゅうのか……よく見せる顔がそれぞれにある……!!
 それらを重ね合わせて……混ぜ合わせて……現状を把握……!! その上で……わしに都合のいい顔に歪ませるんじゃ……!!!)タンッ

 順調に字牌の対子を連ねていく、魔物・大星淡ッ!!

 イメージを繋ぎ合わせ、細い綱を渡るように一打一打それを追いかけるまこッ!!

 場が動いたのは――五巡目ッ!!

まこ「ほいじゃ……リーチじゃ!!」スチャ

 まこ、大七星一向聴の淡に対し、意地の先制リーチッ!!

 場の緊張が一気に高まる……!!

Q(清澄がリーチ……!?  この半荘で二度目……成立したのは初めてのリーチが……このタイミング……! なんや秘策があるんかいな……!?)

まこ(策やら意味やらあればいいんじゃろうけどのう……! こんなのはハッタリ……ただ役がないからリーチしただけじゃ……!!)

淡(ふん……! 一丁前にテルと似たようなことしちゃって……!! いいさ……止められるもんなら止めてみろ……!!
 私だって……あれから成長してないわけじゃない……テルが相手のときは……左端から切るなんて間抜けなことをして手牌を読まれた……けど……今の私は……もうあの頃の私とは違う……!!)

初美「それカンですよー!」

Q・まこ・淡(!!!?)

初美(ま、カン自体に意味はないんですけどねー……こんな鳴きで大星淡の大七星を止められるなんて思ってはいないですよー。
 ただ……大星がどうとか清澄がどうとかそういうことじゃなくてですねー……私の個人的なプライドってやつですかー……このまま役満を和了っただけの三年みたいに思われるのは嫌ですからねー……一応私なりに三年生の威厳ってやつを見せとくですよー……!)タンッ

まこ(今のカンはまったく予想できんかったの……っちゅうか……なんのつもりかと思ったらそういうことか……薄墨初美……なんじゃ……見た目通り子供みたいなやつじゃの……カンドラのこととか何も考えとらん……どんだけ負けず嫌いなんじゃ……)

Q「(わけわからへん……! けど……とりあえずカンドラいただきや……!)……それ、ポンやっ!」タンッ

まこ(おっと……ツモ飛ばされてもうたのう……)

初美(千里山……この大星と清澄の一騎打ちみたいな状況で貪欲にカンドラを鳴いてくる……その図太さだけは魔物級ですねー)

 そして……淡に六度目のツモが回ってくる……!!

淡「リーチだのカンだのポンだの……さっきから煩いなぁ……!」ゴゴゴゴゴゴゴゴ

 淡手牌:①東東南南西西北北發發白中:ツモ中:ドラ⑦・五

淡「そんなことで私を止められると思ってるの……?」

初美(思ってませんよー)

Q(ちょっとやけど思っとる)

まこ「もちろん……止めるつもりじゃあ……!!」

淡「あっそう……! 止まらないけどね――!!」タンッ

 淡、打、一筒ッ!!

淡「清澄……約束通りあと一巡で見せてあげるよ。私の一番好きな役満をね……!」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

まこ「ほうか……そりゃあ……残念じゃが、また次の機会にしてくれんか?」

淡「……はぁ?」

まこ「大星淡……わりゃあ強い。能力もそうじゃし、打ち方の柔軟さも、打牌のセンスも……ピカ一じゃと思う」

淡「そうだよ……私は最強なんだから」

まこ「じゃが……強過ぎることが弱点になることを……わりゃあまだ知らんようじゃのう……」

淡「なに言ってんの……?」

まこ「その捨て牌……三索、三萬、二萬、ドラの七筒に……一筒」

淡「そうだよ。見ればわかる」

まこ「わりゃあ強い……何が強いって……必ず字牌が寄ってくる己の能力を決して過信せんのが強い。白糸台でよう鍛えられとるんじゃろうな。わりゃあいつだって……万が一何かの不都合があったときに対応できるよう……きっちり保険をかけて捨て牌を選んどる。
 それはこの半荘ずっとそうじゃった。例えば最初の東一局。わりゃあ染め手を狙いつつ……ドラをぎりぎりまで抱えとった。ドラを手に残しておいたほうが何かと応用が利いていいと思ったんじゃろう。じゃが……そういう周到さが……今回はアダになったのう……」

淡「何が……言いたいの……?」

まこ「その……使い勝手のいいドラよりも後に残した一筒……そりゃあ配牌のときに対子じゃったんじゃろ……? もしも他家が速そうなとき……字牌を捨てて一巡早く七対子混一混老頭を和了れるように最後まで取っておいたんじゃろ……? 違うか……?」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 淡、動揺ッ!!!

淡「そ……んな……!? でも……一筒は――!!?」

まこ「ほうじゃな。千里山が二巡目に一枚捨てていて……しかも薄墨の二筒カンが壁になっとるから……完全に地獄単騎じゃのう……」

淡「地獄単騎って……そんな……それは清澄の中堅の得意技……!!」

まこ「安心せえ……久の悪待ちと違うて……わしの地獄単騎じゃどうせ裏も乗らん……!!」

 まこ、手牌を倒すッ!!

まこ「ロンじゃ……ッ!! リーのみ……裏乗らず……!! 1300は1600じゃ!!」ゴッ

淡「う……嘘だよっ……!!? 私の七星が……そんな……!!!?」プルプル

まこ「そういうこともあるのが麻雀じゃ。初心者相手に役満の親っ被りを食らったりの……勝負なんてままならんことばかりじゃて」

 勝負を終え、まこ、眼鏡を掛けなおす。

 クリアになった視界で真っ先に見えたのが、顔を真っ赤にして震えている大星淡の姿。

淡「う……ううう…………!」ウルウル

まこ「え……? ど、どうしたんじゃ……?」アセアセ

 淡、堰、決壊ッ!!

淡「うう……うわあああああああああああん!!」ボロボロ

まこ(えええー!? 泣きよった!?)

Q(いきなりどないしたん……!?)

初美(びっくりですよー……!)

 淡、目に涙を溜めて、しゃくり上げながら三人を睨みつける。

淡「みんな……みんなして私を狙い撃って……ひっく……雑魚のくせに……!! でもでもっ! それでもトップは……ひっく……私だもんね……!! ザマーみろっ!! くや……悔しくなんか……ないもんっ!!!」ダッ

 淡、逃走ッ!!

 対局室に残された三人、バツが悪そうな顔で互いを見やる。

まこ「ま、お疲れじゃ」

Q「お疲れさんですわ」

初美「お疲れですよー」

まこ・Q・初美「………………(なんか気まずいっ!!)」

 次鋒戦前半、微妙な空気のまま……終了ッ!!

<結果>
一位:大星淡+8600(106500)
二位:薄墨初美+7000(101600)
三位:船久保浩子-4800(105100)
四位:染谷まこ-10800(86800)

@会場某所

 トップを取ったものの、自分の目指す麻雀とは程遠い結果に、泣きながら会場をさ迷う、魔物・大星淡。

淡(うう……大七星が和了れなかったよ……数え役満なんて食らっちゃったよ……字牌単騎に二度も振り込んじゃったよ……ううううう……!!)フラフラ

 大星淡、純粋得点、62200点ッ!

 純粋失点、53600点ッ!!

淡(こんなんじゃ……何も変わってない……!! 白糸台に入ったときから全然進歩ない……こんな弱っちい私なんかじゃ……テルに笑われちゃう……!!)ポロポロ

 敬愛する先輩の普段はあまり笑わない顔を思い出して、更に涙がこみ上げる。

 と、そこへ――。

照「淡……」

淡「えっ……? テルー……?」

 廊下の角から紙袋を片手に現れる、宮永照。更に後方から、

菫「なんだ……こんなところにいたのか」

淡「菫先輩……」

 実況室から駆けつけた弘世菫。続いて、

尭深「…………」

淡「尭深先輩……」

 二年選抜の控え室を抜け出してきた渋谷尭深。ついでに、

誠子「お疲れサマ」

淡「選抜漏れした亦野先輩……」

誠子「頬っぺたつねってやろうかお前」

 観戦室から走ってきた亦野が合流し、全員集合する白糸台レギュラー陣。

淡「どうして……みんな……私が負けたから……?」

誠子「いや……どう見ても勝ってただろ」

菫「くれぐれも他校の皆さんの前ではそういうこと言うなよ」

淡「じゃあ……なんで……?」

尭深「……心配した……」

誠子「そうそう。様子見に来ただけ」

菫「後輩が泣いてるんだ。駆けつけない先輩がどこにいる」

淡「……よけーなお世話……」

誠子「弘世先輩、こいつやっぱシメていいっスか?」

菫「ああ、構わん」

淡「えええー!? 暴力反対っ!! 麻雀で私に敵わないからって!!」

誠子「なんか言ったかー!? お前の弱点は知ってるんだぞー? 脇腹だろー……? ここが弱いんだろー!!?」モミモミ

淡「ちょっ……!! もうううう……いやあああああ……!!」ジタバタ

 じゃれ合う淡、誠子。傍観する菫、尭深。チームメイトに囲まれて、笑顔を取り戻しつつある、淡。

 そんな淡に声を掛ける、宮永照。

照「淡……」

淡「ん……なに?」

 振り返った淡の頭に、優しく手を乗せる、照。

照「あのね……淡」

淡「うん……」

照「淡は、私じゃない。私の真似は……しなくていいから……」

 淡、俯いて、唇を噛む。 

淡「で、でも……! テルは私の目標だから……! 私もテルみたいに強くなりたい……! テルと同じ場所で麻雀をしてみたい……!!」

 淡、恐る恐る、上目遣いに照の顔を伺う。

淡「それも……ダメ……?」

 照、なるべく柔らかい表情で、首を振る。 

照「もちろんダメじゃない。でも、淡には、淡らしく、淡のままで強くなってほしい。私のことを目指しても私には届かないし、私を超えることだって……できないよ?」

 淡の目が、きゅうっと小さくなる。

淡「照を……超える……?」

照「うん……目標にしてくれるのは嬉しい。けど……私みたいに強くなりたいって……それじゃ私には勝てないんじゃないかな。私に勝てない人に白糸台は任せられないなぁ……なんて……ハハハ……」

 照、らしくないことを言っているせいか、若干うまく笑えていない。

照「とにかく……淡は私にないものいっぱい持ってるから。淡は淡の麻雀を打って……それで来年……全国で……団体戦でも個人戦でも一位になってみせて。それだったら……私の持ってる個人戦の優勝カップ……安心して……淡に渡せる……」

淡「…………うんっ!! 頑張るっ!!!」

照「よかった。じゃあ……指切り」

 小指と小指を絡める、淡と照。それを微笑ましく見守る、菫、尭深、誠子。

淡「ところでテルー、その紙袋はなに?」

照「ああ……これ。小走さんの持ってきた大仏サブレと、加治木さんのリンゴクッキーと、末原さんのたこ焼きせんべい。美味しかったから……頑張った淡にあげようと思って」

淡「わあああ!!? いいの!? やったー!!!」

 全国屈指の魔物・大星淡。

 しかしてその実体は、チームで唯一の、一年生レギュラー。

 対局が終われば、その姿はどこの高校にでもいる、平凡な麻雀部員と変わりない。

 良き先輩たちに愛されて、甘やかされて、あやされて。

 すくすくと、ひたむきに天頂を目指すのだった。

@会場某所

かじゅ「お疲れ」

まこ「ほうじゃな……最後までえろう疲れたわ」

かじゅ「まあ……相手が相手だったからな」

まこ「すまんの、大分削られてしもうた」

かじゅ「すぐに取り返す――と言いたいところだが、あいにくこちらも余裕はない」

まこ「じゃが、あんたなら消える後輩が見えるんじゃろ? その分だけマシじゃろうて」

かじゅ「いや……どうだかな」

まこ「ん?」

かじゅ「いつもならぼんやりと見えている……というより見せてくるのだが……今日はそうではないようだ。同じ会場にいるのにまだ挨拶も交わしていない。特別観戦室にも来なかったしな。
 チームが別々である以上、馴れ合うつもりはない……ということなのだろうか。なんにせよ……いつものようにはいかないだろう」

まこ「弱気じゃのう。ま、あんたのおかげで混成チームはここまで来れたけえ、どういう結果だろうと誰も文句は言わん。好きなように打ってくれりゃええ」

かじゅ「そんな風に言ってもらえると気が楽だよ。そうだな。せっかくの機会だ。全国レベルの麻雀を肌で感じてくるとしよう」

まこ「おう、その意気じゃあ!」

かじゅ「うむ……行ってくる!」

@会場某所

霞「お疲れ様。随分苦戦したみたいね」

初美「字牌使いにあと一歩届かなかったですねー。後は任せるですよー」

霞「そうねぇ……さすがに次鋒戦で守ってばかりじゃ、みんなに怒られちゃうかしら」

初美「頼んだですよー。二年選抜はまだ姫様を温存してるんですからねー。こないだ天江衣と龍門渕透華がうちで暴れたせいで……今日の姫様は最高にヤバい状態ですー。取れるときに取っておかないとですよー」

霞「ええ。姫様ったら、この次鋒戦が始まったときに一度寝に入ったみたいだから……きっと対局のときには二度寝状態になるでしょうしね」

初美「よろしくですよー」

霞「ふふ。苦手分野、いかせてもらうわ」

初美(めちゃめちゃ楽しそうですよー……本当に苦手なんですかねー?)

@会場某所

絹恵「お疲れ~」

Q「ごっつい疲れたでー。絹ちゃんもガンバってなー」

絹恵「ハハ……まあできるだけやってみるわ」

Q「なんや、絹ちゃんは洋ちゃんと違うて謙虚やなぁ。うちらの仲やん。隠さんで教えてな。なんや、秘策があるんちゃう?」

絹恵「ええっ!? なんでわかったん!?」

Q「長い付き合いやからな。で、何を狙っとん?」

絹恵「そんなん見てのお楽しみや。別に秘策とか、必殺技とか、そんなんやないし、期待せんといて。うちは浩ちゃんみたいに上手くできる自信ないしな」

Q「なんやーやる前から言い訳並べてたら勝てるもんも勝てへんで。洋ちゃんも見てるやろから、気張ってなー!」

絹恵「おねーちゃん…………せやなっ!」

@会場某所

 チームメンバー同士、激励を交わして対局に臨む面々。

 そんな中、一年選抜・東横桃子は、一人、集中を高めていた。

モモ(先輩……先輩は……私がほしいって言ってくれたっすよね。あれは……どういう意味だったっすか……? 団体戦のメンバーがほしかったっすか……? 強い仲間がほしかったっすか……? 誰でも……よかったっすか……?)

 インターハイ決勝を終え、引退するかに思えた、加治木ゆみ。

 しかし、その決勝での打ち回しや、後の四校合同合宿において、かじゅはその力を認められ、少しずつモモを――鶴賀の枠を飛び出して麻雀をするようになった。

 今回の対抗戦も、モモや香織の敵として、混成チームを率いている。

 その中には、宮永照を筆頭に、全国のトップランカーがちらほらと。

 憧れの先輩がどんどん遠くにいってしまいそうで、モモは、不安だった。

モモ(私は先輩の特別なんだって……何があってもそれは変わらないんだって……ずっと思ってたっす。でも……それは私の勘違いだったんすね。先輩はもう……インターハイ決勝の頃の……鶴賀を引っ張っていた先輩とは違う。
 あのときは……先輩にとって鶴賀が全てだったっすけど……今の先輩の周りにはたくさんの人がいる。私たちだけが知っていた先輩のすごさが……みんなに認められるようになった。それは嬉しいことっすけど……それ以上に……寂しいっす……)

モモ(私はこれからも……先輩の傍にいたいっす。先輩と一緒に麻雀を打っていたいっす。先輩が……全国レベルの人たちや……プロの人たちと麻雀を打つようになっても……先輩の特別だけは誰にも譲りたくないっす。
 私はいつまでも……共に戦う仲間として……先輩に『ほしい』って言われていたいっす。でも……きっと今のままの私じゃ……宮永照みたいな強い人たちに囲まれた先輩に……前みたいに見つけてもらえるかどうか……わからないっすよね……)

モモ(だから……私は今日先輩に勝つっすよ……! 先輩だけじゃない……全国の強い人が相手でもトップを取るっす……!
 同じ学校の後輩だからじゃなくて……他にメンバーがいないからじゃなくて……私だから『ほしい』って言ってもらえるような……そんな強い私に……なってみせるっす……!!)

モモ(先輩……見ていてください……! 世界中の誰にも見つけてもらえなくていい……先輩にだけはずっと見ていてもらえるような……そんな私に……私はなってみせるっす……! そして……堂々と……先輩の前に立ってみせるっす……!!)

モモ(そのときは……また……初めて会ったときみたいに……私を求めてくれるっすよね……先輩……?)

 ステルスモモ、かじゅへの熱い思いを胸に、人知れず発進ッ!!

@実況室

すばら「おっと、弘世さん、お帰りなさいですっ!!」

菫「お待たせしました」

純「ったく、大星が泣き出した途端に走って出ていくとは、なんだかんだ言って後輩想いのいい先輩じゃねえか」

菫「三年として、一年の面倒を見ないわけにはいかないってだけですよ。まあそれに、あんなんでもうちの大事な次期エース候補ですからね」

初瀬「先輩後輩といえば、この次鋒戦後半、長野の鶴賀学園同士の対決が見られますね」

すばら「三年の加治木選手と、一年の東横選手ですねっ!!」

純「長野の個人戦を見る限りだと、加治木のほうが一枚上手って感じがするけどな」

菫「対決……或いは、協力も可能ですよね。この対抗戦、今後も同じ高校の選手同士が重なることが出てくるでしょうが、その最初の例として、この二人がどういう戦い方をするのか、興味深いところです」

すばら「さあ!! 場決めも終わり、各選手席に着きましたっ!! 次鋒戦後半……スタートですっ!!」

@対局室

東家:愛宕絹恵(二年選抜・姫松)

絹恵「(鶴賀の二人はあんまりデータがあらへんかったけど……さすがに宮永咲や天江衣レベルってことはないやろ。とりあえず……当面のうちの敵は永水のおっぱいお化けや)よろしくです」

西家:加治木ゆみ(混成チーム・鶴賀学園)

かじゅ「(姫松の愛宕絹恵、永水の石戸霞……どちらも清澄と戦ったところを見ていた。
 そのとき……私ならどう打つか……色々と戦略は立ててみたが、まさかこういう形で対局することになるとはな。あとは何より……モモのことが気になる……)よろしく」

南家:東横桃子(一年選抜・鶴賀学園)

モモ「(先輩……こうやって真っ向から敵として戦うのは……初めてかもしれないっすね。私……先輩に見てもらえるよう……最初から飛ばしていくっすよ……!!)よろしくっす」

北家:石戸霞(三年選抜・永水女子)

霞「(長野のお二人は……清澄や龍門渕の方々ほど異彩な感じはしないけれど……一筋縄ではいかなそうね。姫松さんのほうも……初美相手にしっかり打っていた人だし、要注意と。まあ……できることをやりましょう)よろしくお願いします」

 次鋒戦後半――開始ッ!!!

>>1です。三時には眠れたらいいなと思っています。まだ半分も終わってませんが、それまでどうぞお付き合いください。

東一局・親:絹恵

絹恵(浩ちゃんの言う通りや……やる前から弱気やったら……勝てるもんも勝てへん)タンッ

絹恵(今日のうちのターゲットは決まっとる……永水の石戸霞……末原先輩がてこずった……一色独占のおっぱいお化け……)タンッ

絹恵(おねーちゃんに認めてもらうには……麻雀で強くならへんとあかん。麻雀で勝たなあかんねん。言うても……さすがにおねーちゃんと戦うことになったらどうしようかと思うてたけど……この石戸霞ならちょうどええわ。
 全国でもトップクラスの化け物……あの末原先輩が……おねーちゃんに認められてる末原先輩が……苦労してやっつけた魔物を……うちが倒す……!)タンッ

絹恵(あのインターハイのあと……石戸霞や姉帯豊音の研究は末原先輩と一緒にやった……その成果を……今日は見せたるで……)タンッ

絹恵(テンパイ……石戸霞……まだ動いてくる気配はない感じやな……なら……この親で稼がせてもらうで……!!)

絹恵「リーチやっ!」

 愛宕絹恵、打倒・石戸霞に向けて強気のリーチッ!

 姉に認められたい――その思いを、一打に込める!!

 しかし、本人の思惑とは裏腹に、控え室で見守る愛宕洋榎や末原恭子からは、絹恵のリーチはあまりに不用意に映った。

 なぜなら、既に二巡前に下家がリーチをかけていて、絹恵はまるでそれが見えていないかのように、明らかな危険牌でリーチを放ったのだから……!!

モモ「いいんすか……それ、ドラっすよ?」ユラッ

 ゆらり……と影がその姿を現す――!!

絹恵(え……!? なんや……これ……どういうことや……!?)

 気付けば、絹恵の目に、初めて下家の捨て牌が見える。否、露になったのは、捨て牌だけでなく……!!

モモ「ロンっす……リーピンドラ一……3900っす」

 絹恵、動揺ッ!!

絹恵「ちょ……! 嘘やろ……あんた、リーチ宣言はっ!?」

モモ「したっすよ」

絹恵「そんな……」

 絹恵、混乱ッ!!

絹恵(わ……わけがわからへん……! リーチしたとか絶対嘘やろ……いや……やけど嘘やったら審判が止めるか……?
 いやいや……落ち着け、うち。仮にこいつが言う通りにリーチ宣言してたとしてや……うちの耳がそれを聞き逃したんだとしてや……それにしたって捨て牌が曲がれば……リー棒が見えれば……なんぼなんでもリーチには気付くはずや。
 やのに……こいつの捨て牌は……今の今までずっと見えへんかった。それとも……見てへんかった……? いや……まさか……見られへんのか……? これからずっと……?)

 絹恵、今一度、対戦者の情報を記憶の底から引っ張り出す。

 長野・鶴賀学園・東横桃子。

 奇しくもモモもまた、絹恵と同じ副将で――。

絹恵(せや……! こいつ……どっかで見た顔や思うたら……長野の県大会で原村に勝っとったやつやん……!
 あのときは原村視点で見とったから……別になんも気にならへんかったけど……言われてみれば龍門渕のが何度か今みたいな不用意な振り込みをしとった……! こういうことやったんか……?
 けど……龍門渕が初めて振り込んだんは前半の終了間際やなかったっけ……? 序盤はこいつがリーチしてもみんなきちっとオリとったはずや……)

 動揺を隠せないのは、何も絹恵だけではなかった。

霞(全国には色んな人がいるのねぇ。大抵の不思議能力は……例えば清澄の宮永さんや遠野の姉帯さん……或いは初美のように……どちらかと言うと『場』に対して働きかけるパターンが多い。
 対してこの一年生は……本人の特性が他者――『人』に対して働きかける。こういうのは……ツモをズラすとか……麻雀のルールの中でどうにか対応できるようなタイプの力じゃない。
 昼間の空に浮かぶ月のように……暗闇で読む本のように……見えないものは見えない。よほど特殊な状況にならなければ……最後まで見破ることはできないでしょうね)

かじゅ(驚いた……モモのやつ……いつの間にこんな消えるのが上手くなっていたんだ? 半荘一回だけなら私が有利と思ったが……これでは全く逆じゃないか。
 信じ難い……普段のモモを知っていて……特に警戒していた私ですらこの東一局から見えないなんて……姫松や永水は当然見えていないだろう。モモのやつめ……一体何をした……?)

絹恵(くっ……! うちは石戸霞を倒さなあかんっちゅうのに……こないな無名校の一年なんかにやられとったら……おねーちゃんに笑われてまう……! なんとか……なんとかせな……!!)

モモ「さあ……これで私の親番っすね……!」ユラッ

モ:110400 絹:101200 霞:101600 ゆ:86800

東二局・親:モモ

モモ(甘いっすよ……先輩。先輩に見つけてもらって……ありのままの私で戦っていた県大会のときとは違うんす)タンッ

モモ(あの決勝で……清澄のおっぱいさんみたいに私が見える人もいるんだってことがわかった。
 私は調べたっす……どうして清澄のおっぱいさんには私が見えたのか。四校合宿のときにそれとなく探ってみたら……おっぱいさんは『リアルの情報に惑わされない訓練』をしたっていうじゃないっすか。
 リアルの情報に惑わされなければ……私のステルスは通じない。それはつまり……リアルの情報を断ち切ることができない人間には……私のステルスは見破れないってことっす……!)タンッ

モモ(そして……リアルの情報を完全に断ち切れる人間なんて普通はいない。なら……一体周囲が私の何に惑わされているのか……それがわかれば……私はもっとうまく消えられるようになる。私のステルスには……まだまだ上があるって気付いたっす……!)タンッ

モモ(影が薄いっていう特性だけを武器にしていた以前とは違うっす。街に出たり……先輩たちと打ったりする中で……私は私のステルスを……才能を……磨いたっす。それはもうただの才能じゃない……技術っす……!
 技術は……訓練を積むことで……どこまでも進化する……!!)タンッ

モモ(私が白糸台の大星淡と組んだのも……私のステルスを序盤から発動させるための布石っす……あんな目立つやつがさっきまでここで暴れていた……その光はあまりに強い……私の存在が掻き消されてしまうほどに……)タンッ

モモ(さあ……先輩……! 先輩にも見せたことのなかった進化版ステルス……止められるものなら止めてみるっす……!!)

モモ「……リーチっす……」スチャ

 モモ、誰にも悟られることなく二度目の先制リーチッ!

 その迷彩を見破れる者は……場に一人もいないッ!!

絹恵(なんやこれ……ホンマに見られへん……! 目を凝らそうとしても……どうしても意識が逸れてまう。もう十巡目やけど……もしかしてまたリーチしとるん……?)タンッ

かじゅ(練習のときでも何度か完全にモモを見失うことがあったが……未だに慣れないな。かと言って……後手に回ると手がつけられなくなる……どうにかしなければ……)タンッ

霞(困ったわね……他家の捨て牌と……そこから予想できる手牌……それらを総合すれば消去法である程度鶴賀の子の手は推測がつくけれど……所詮は気休め程度。
 攻撃モードに入れば捨て牌が見えようと見えまいと関係なくなるけれど……まだ半荘は始まったばかり……もう少しだけ様子を見ましょう……)タンッ

 三巡後

モモ「ロンっす……リータンピン……裏はなし。5800っす」

霞(あらあら……上家が三筒だったから……スジで六筒と思ったけれど……こんなことなら九筒対子を先に崩せばよかったかしら……それなら2900で済んだのにね……)

絹恵(防御が得意な石戸霞が振り込んだ……!? じゃあ……石戸にも見えてへんのか……なんちゅう一年やねん……鶴賀……東横桃子……!!)

かじゅ(永水も姫松もやはり見えていないか……これは……ますます私が突破口を開かなければ……)

モモ「……一本場っす……!」ユラッ

モ:116200 絹:101200 霞:95800 ゆ:86800

@実況室

すばら「一年選抜・東横選手ッ! 開始早々の二連荘で一気にトップに立ちましたあああ!!」

初瀬「なんだか他家が東横選手のリーチに対してあまりに無警戒に振り込んでいるように見えますが……一体何が起こっているんでしょう……」

菫「まさかとは思うが……他家には東横選手のリーチが見えてないのか……?」

純「ご明察。聞いた話だが、リーチはおろか、捨て牌もまったく見えなくなるそうだぜ。ただ……オレの聞いた話じゃ、対局の序盤は普通に見えるってことだったんだが……どうやらそうじゃねえらしいな。あいつ……県大会のときから進化してやがる」

初瀬「捨て牌が見えないって……そんなの麻雀として成立しませんよ」

純「だが、別にあいつはルール違反をしているわけじゃねえ。こうやってビデオ越しに見る分には、ただ他家が不用意な振り込みをしているなぁとしか思わねえだろ?」

菫「捨て牌ごと存在を消す能力ですか……一見使い勝手がよさそうですが……使いこなすのは大変そうな気がしますね。
 私のプレイスタイル的には欲しい能力ではありますが……例えば、清澄の竹井選手のように、捨て牌を見せることで相手を混乱させる打ち方を好む人にとっては、むしろマイナスに作用するかもしれません」

純「だな。少なくとも、場を荒らしたいオレには向いてねえ能力だ。初瀬ちゃんはどうだ?」

初瀬「私は……持て余す気がしますね。というか……もしそんな能力を使いこなせるんだったら……普通に打っても十分に強いんじゃないですか?」

@対局室

東二局一本場・親:モモ

かじゅ(モモ……全国区の上級生を手玉に取るとは……大したものだ……)タンッ

かじゅ(本来……ステルスそのものは……捨て牌が見えなくなるというインパクトほど……実際の勝負では脅威にはならない。
 なぜなら……モモはステルスと引き換えに……鳴けないというハンデを負っている。ステルスを維持するためには……その特性上……門前で手を進めなければならない。
 となると……鳴きを駆使して自由に打ち回せる他家のほうが……有利と言えば有利……)タンッ

かじゅ(ただ……モモのテンパイ速度は……私よりもずっと速い。鳴けないハンデを背負ってもなお……デジタル最強の原村和と渡り合えるほどのスピードをモモは持っている。
 その力だけでも十分にモモは全国区なんだ……ステルスとは何も消えるだけの戦闘機じゃない……機体の性能自体が……そもそも優れている。だからこそ……ステルスという特性が最大限に発揮される……)タンッ

かじゅ(モモに惚れ込んだのは私だ。モモの強さは私がよく知っている。今更驚くようなことではない……モモなら……たとえ相手が全国五指の強豪・姫松でも……シード校の永水でも……十分に通用すると思っていた……)タンッ

かじゅ(いいだろう……モモ。モモがモモの麻雀を全力で打つというのなら……私もそれに応えよう……!)タンッ

 十一巡目

絹恵(そろそろまたヤバいんちゃうか……? ちゅうか……こんな捨て牌の見えへんやつがおったら……フリテンが恐くておちおちリーチも掛けられへんやん……)タンッ

モモ「(姫松の眼鏡さんと永水の超おっぱいさんはまだ私のステルスに対応できてないみたいっすね……悪いっすけど……その隙は見逃せないっすよ……!)……リーチっす……」スチャ

かじゅ(モモの平均テンパイ速度を考えると……リーチがかかるとしたらそろそろか……先にツモってしまいたかったが……それもできそうにない。なら……やり方を変えるまで……!)タンッ

霞(消える力……いくつか対策は思いつくけれど……一番簡単なのはツモってしまうことよね。他には……例えば、和了らせないこと……とか)タンッ

かじゅ「ポン」タンッ

モモ(先輩が動いた……何をしてくるつもりっすか……?)

霞(さすがチームメイト……よく心得ているわね……そう……それも一つの手。そうね……これはいかが?)タンッ

かじゅ(む……惜しいな)

絹恵(永水が妙なところを切り出してきよったな……それにさっきの鶴賀の三年生のポン……はあ……なるほど……確かにそういう潰し方もアリやんな。いつまでも親で連荘されたら敵わん……そういうことなら……ここはあんたに任せるで……!)タンッ

かじゅ「ポンだ……!」タンッ

モモ(先輩……! まさか私にツモを回さないつもりっすか……!?
 というか……永水の超おっぱいさんも姫松の眼鏡さんも……今わざと生牌を手から出したように見えたっすけど……さっきの先輩のポンを見ただけでもう合わせてきたってことっすか……? いくらなんでも空気読め過ぎっす……!)

かじゅ(姫松も永水もこちらの意図を一瞬で理解してきた……驚異的な対応力だ。これが全国レベル……面白い……!)

霞(さて……この辺りかしらね……)タンッ

かじゅ「ロン……断ヤオ赤一、2000は2300」パラララ

霞「……はい」チャ

モモ(私の親がたった二回で流された……!? 三人とも私が見えていないはずなのに……先輩以外は初めての対局のはずなのに……もうステルス対策を練られている……!? 手強いどころのレベルじゃないっすね……上等っす……!!)

かじゅ(的確な差し込み……有難いことだ。しかし……永水の石戸霞か……これは後が恐いな)

霞(鶴賀さん……今回は特別よ。もちろん……この点棒は後できっちり返してもらうわ)

絹恵(ひとまず親は流れたな……今ので少しヒントはもろた。見えへんもんはもう見えへんってことでええ……それならそれで戦いようはあるで……)

モ:115200 絹:101200 霞:93500 ゆ:90100

東三局・親:かじゅ

霞(存在を消す力……それは便利そうだけれど……存在を消すということは……場から自分だけが切り離されるということ……つまり……少なくともテンパイまでは独力で手を進めないといけない……それははっきりとしたデメリットだわ)タンッ

絹恵(消えとるほうは鳴きを入れられへんみたいやな……そんでもって……消えられとるほうはフリテンを警戒せなあかん。手牌にもよるやろうけど……待ちが多くてツモれる確率が高いんやったら……若干うちらのほうに分がある……)タンッ

霞「ポン」タンッ

絹恵(永水が仕掛けてきよったか。ここはうちも攻めるで……石戸霞は恐らく安手……多少の無茶は通せる……!)タンッ

モモ(永水の超おっぱいさん……先輩みたいに私のツモを飛ばすつもりっすか……?)タンッ

かじゅ(さっき協力させておいてなんだが……親は私……この場は譲れない……)タンッ

霞「チー」タンッ

かじゅ(チー……? となると……モモのツモを飛ばしに来てるわけじゃないようだな。狙いは……早和了りか……!!)

絹恵「それ、チーや!」タンッ

モモ(眼鏡さんも鳴いてきたっすか。早々にツモる気満々って感じっすね。確かに……さくさく鳴いて場を進められると……門前の私にはきついっす……)タンッ

かじゅ(永水と姫松の早和了りについていくのは……上家がモモの私では難しいか。さっきの和了りでステルス対策のヒントを与えてしまったようだな……できれば……親っ被りにしても安めであってくれ……!)タンッ

霞「あら……ツモだわ。断ヤオ赤二……1000・2000いただきます」パララ

絹恵(しもたぁ……! 先越された……! ほぼ原点やし!! もうさっきからええとこナシやん!)

かじゅ(ひとまず差し込み分を取り戻した、って感じの和了りに見えるな。他家を利用したり自ら和了ったり……このあたりのバランス感覚はさすがとしか言いようがない)

モモ(何もさせてもらえなかったっすね。こういう風に打ち回されるのは……県大会ではなかったことっす。たまに練習で先輩が色々試してくるくらい。
 この人たちは……私のステルスに対してもう対応し始めている……全国の壁はなかなか厚そうっすね……!)

モ:114200 絹:100200 霞:97500 ゆ:88100

>>1です。すいません、ちょっと眠気が限界に達してしまいました。せめて次鋒戦は終わらせたかったのですが、今の集中力では無理そうです。

また、続きは明日、八時間後くらいに書き込めればと思います。

今日は遅くまでお付き合いいただきありがとうございました。明日までスレが残っていたら、そこから書き始めます。

中途半端で申し訳ありません。今日は、長々とお付き合いいただき、支援保守ありがとうございました。

おはようございます。>>1です。お待たせしました。保守ありがとうございました。本当に感謝です。

では、>>564の続きからです。次鋒戦、再開します。

東四局・親:霞

かじゅ(永水も姫松も……ツモ狙いということだろうか。確かに、常にフリテンの危険が伴うモモ相手では……それが最も無難な対策だ。
 しかし、ツモばかりでは……よほどの火力がなければモモのリードを削ることはできない。ここは……やはりモモから直撃を取りたいところ……)タンッ

かじゅ(だが……私は原村和とは違う。デジタルの化身ではない……どちらかと言えばアナログ派だ。そんな私がどうやってステルス状態のモモから直撃を取るのか……ヒントは……個人戦でモモから鳴いてみせたという……魔物・宮永咲だ……)タンッ

かじゅ(どういう理屈でモモのステルスを見破ったのかは知らないが……宮永咲はモモの出した槓材だけは見えたのだという……いかにも嶺上使いのやりそうなことだ。
 無理矢理理屈をつけるなら……宮永咲にとって槓材は場で最も目に付く存在……その光がモモのマイナスの気配よりも勝ったから……見ることができたのだろう。モモのステルスだって完璧じゃない。どんなに影で覆い隠そうと……強い光は僅かな隙間から漏れてしまうものだ。
 宮永咲にとって槓材は光……つまるところ……『ほしい』牌だったってことだ)タンッ

かじゅ(どうやら……他の二人はステルスを見破ることを端から諦めているようだ。モモをいないものとして……出和了りにはフリテンの危険性が伴う……終盤になればいつ和了られるかわからない……。
 そういう縛り……システムなのだと捉え……その中でどう打てば点を稼げるかを模索しているように思える……)タンッ

かじゅ(もちろん……それが現実的で堅実的な戦い方だ。彼女たちは……そういう縛りの中でさえ……モモを上回れる自信があるのだろう。しかし……さすがに私には……ツモだけで他家を押さえ込めるほどの力はない。
 ならば……モモから直撃を取る以外に……私に活路はない……)タンッ

かじゅ(モモ……少しずつだが……こうして打っているうちにお前の気持ちは伝わってきたよ。モモは勝ちたいのだな。私だけじゃない……全国区の猛者相手に勝って……その成長した力を私に見せたいのだな。
 そうすれば……そうしなければ……私の傍にいられない……そんなことを考えているのだろう。確かに……最近はモモの相手ばかりというわけにはいかなかったからな……寂しい思いをさせて……すまなかった……)タンッ

かじゅ(モモの気持ちは受け取った……今度は私の気持ちを見せる番だ。モモ……お前は……私がお前から離れていくように感じたのかもしれないが……それで寂しかったのかもしれないが……私だって……寂しかったんだぞ……!
 今こうして……ちゃんとお前と打てて……私はとても満たされている……! 私はやっぱり……お前が欲しいよ……モモ……!!)タンッ

かじゅ(モモ……私はお前をいないものとして扱ったりはしない……お前はそこにいる……確かに存在している……! 私はお前を信じているんだ……!
 見えなくても……気配がなくても……お前はいつだって私の傍にいてくれるって……信じてるんだ……!!)

かじゅ「……リーチ」スチャ

霞(リーチ……? どういうことかしら……同じ高校の先輩とは言え……彼女もまた……私たちと同じで東横さんを見失っているものだと思っていたけれど。
 まあ……単純に待ちが広いからリーチをしたとも考えられるけれど……その……わざとらしいくらいに染め手を匂わす捨て牌……何か隠された意図がありそうね。まあ……ここは傍観させてもらいましょう。私はオリさせてもらうわ……)タンッ

絹恵(鶴賀の三年生……序盤から見え見えの萬子染めやったけど……まさかリーチをかけてくるとは思わへんかったな。確かに……染め手なら多面張にしやすい……鶴賀の一年生相手なら……広い待ちでリーチってのもアリやと思う。
 けど……何かおかしいで。やって……鶴賀の三年生は一年生の下家や……っちゅうことは……たとえ鶴賀の一年生が前巡に和了り牌を出しとって……それを見逃したとしてや……直後に自分のツモ番を経るんやから……ダマならうちや永水から直撃を取ることだってできる。
 リーチしてもうたら……それができひん……純粋にツモに頼ることになる……何を考えとるんや……?)タンッ

モモ(先輩がリーチ……? まさか……私のことが見えてるっすか……? いや……それはないっす。今の先輩に進化した私は見えない。見えるはずがないっす。
 なら……迷うことはないっす。先輩がツモ狙いに行くのなら……私はそれより先に和了るまで……最高速で飛ばすっすよ……!)タンッ

かじゅ(よし……計画通り……永水と姫松はこちらを警戒してくれている。当然だ。こんな見え見えの染め手でリーチをかけてきた者に対して……普通の人間なら萬子は切れない。それでいい。
 この染め手……最初から永水と姫松が振り込んでくれるとは思っていない。この場で私の和了り牌を出すのが……ステルス状態で絶対に振らないと思い込んでいるモモ一人……そういう状況を作れれば……手はチャンタでも国士でもよかった。
 とにかく……私の待ちが解りやすい状態でリーチをかければ……それで他家はオリるか回すかしてくれる。
 それで十分……見えないモモから直撃を取ろうというのに……見えてる他家を見逃してフリテンになるなんて状況は嫌だったからな……悪いが……ここは私たちの一騎打ちの場にさせてくれ……!)タンッ

 かじゅ、たった一人、モモから打ち出される可能性のある和了り牌を、じっと待つ。

かじゅ(集中しろ……モモの全てを感じるんだ……五感から第六感まで……総動員してモモを見つけろ……!
 あのとき……初めて会ったときには……どんなに欲しいと思ってもまったく見えなくて……我慢できずに叫んでしまったが……しかし……今の私なら……! お前と多くの時間を過ごした今の私なら……!! お前を見つけられる……!!
 私は……きっと世界中の誰よりも……お前のことをほしいと思っているんだ……!! 蒲原は匂いでお前を見つけられる……宮永咲は槓材だけだが見破った……ならば……お前のことをこんなにも欲しいと思っている私に……お前が見つけられないはずがない……!!)タンッ

モモ(テンパイ……! やっと先輩に追いついたっす……この巡目ならリーチをしてもいい……ただ……そうなるとこの溢れた萬子を切ることになるっすけど……いやいや……! 何を臆することがあるっすか……!
 今の私は過去最高のステルス状態……たとえ先輩でも……私を見つけることなんてできないっす……! 真正面から突破するっすよ……!)

モモ「……通らば……リーチっす……!」ユラッ

 モモ、追撃体勢ッ!!

 加速する戦闘機ッ!!

 しかし、その加速は、モモ自身の迷いを振り切るための苦肉の策ッ!!

 かじゅには見えているのかもしれない――その疑念を払拭するための、本来なら不必要だった加速ッ!!

 それを見逃す、かじゅではないッ!!

かじゅ(今……一瞬だが……空気が揺れた……? ほんの僅かだが……モモの気配が濃くなったような……!?)

 かじゅ、モモの影の、揺らぎを察知ッ!!

 その揺らぎから垣間見えたのは……微かな光ッ!!

かじゅ「っ……! 見つけたぞ……!! モモッ……!!」パラララ

モモ(なっ……!?)

かじゅ「ロン! メンホン……裏なし……8000ッ!!!」ゴッ

 勢いよく手牌を倒したものの、実のところ、かじゅにはまだモモの捨て牌がはっきりと見えたわけではなかったッ!!

かじゅ「(これでチョンボだったら私はいい笑い者だ……!)さあ……モモ……捕まえたぞ……姿を見せてもらうか……!!」

 明らかになる、モモの捨て牌。

 横向きになったそれは――二萬ッ!

 まさしく、かじゅの和了り牌……!!

モモ「そんな……信じられないっす……!! 先輩……どうやって私を見つけたっすか……!?」ユラッ

かじゅ「モモ……甘いな。私は……お前が思っている以上に……お前に惚れ込んでいるんだよ。たとえ見えなくたって……見つけてみせる……捕まえてみせる……! そして……この先もずっと……放すつもりはないからな……!!」

 かじゅ、点棒を受け取ると見せかけて、モモの手を掴む。

モモ「先輩……先輩は……私がほしいっすか……? こんな私で……いいっすか……?」

かじゅ「ああ……いいに決まってる。世界中の誰もがお前を見つけられなくても……私だけはお前を見つけ出してやる。お前がステルスを進化させるというのなら……私も……私のレーダーを進化させて対応するまでだ。
 モモ……私から逃げられると思うなよ……!!」

モモ「……はいっ!!」

 かじゅ、愛の力でステルスを撃破ッ!!

 魔物・宮永咲でも成し得なかったモモへの直撃を達成――ッ!!

霞(なるほど……あの染め手にはそんな意図があったのね。あのリーチ以降……場に萬子が出たのは……鶴賀の東横さんの今の一打が初めて。いくら彼女が影で覆い隠そうとも……その牌はあまりに目立ち……際立つ。
 なんにせよ……これは私や姫松さんには真似できないわね。同じ高校で……親しい仲だからこそできる芸当……お見事ね)

絹(鶴賀の一年生……いくら消えられる言うても……原村相手に一度は振り込んだ経験があるんや。どうしても……明らかに危険とわかっている牌を切るには……気持ちの面で無理が出てくる。
 しかも……今回はその危険牌でリーチ宣言までしとるんや……普通の人間やったら……緊張や動揺を隠せないのが当たり前。鶴賀の三年生は……その隙をうまいこと突いたっちゅうか……そういう隙を見せるように仕組んだって感じやな。
 さすがに……先輩のほうが一枚上手やったってことか)

かじゅ「さあ……モモ、戦いはまだこれからだ! お前が強くなったのは認めるが……私もそう簡単にはやられんぞ!!」

モモ「望むところっす……! 先輩……今日は最後まで思いっきり楽しむっすよ……!!」

 モモ、かじゅ、和解ッ!!

 次鋒戦後半、いよいよ南場へ突入――!!

モ:106200 絹:100200 霞:97500 ゆ:96100

南一局・親:絹恵

絹恵(っちゅうか……ヤバいで……鶴賀の一年生に気を取られてるうちに気付けば南入……うちだけ焼き鳥やん。
 対抗戦は前後半で人が代わるから……たった半荘一回しか戦えへん……実力に開きがなくとも大差がつく可能性がある上に……こうやって見たことのない能力を全開にされたらそりゃきっついわ。
 しかもまだ永水の石戸が例の攻撃モードに入っとらん……この親……大事にせな……!)タンッ

モモ(先輩……私……先輩が私のステルスを見破ってくれて……悔しいっすけど……本当はかなり嬉しいんすよ。
 それは……もちろん先輩に見つけてもらえたことが最大の理由っすけど……それとはまた別に……嶺上さんみたいな……一時的にステルスを見破ってくる人用に考えていた技を……こうして先輩に見せることができるっていうのも……二つ目の理由としてあるっす。
 先輩……私の成長が……進化版ステルスだけだと思ったら大間違いっすよ……! それを……今見せてあげるっす……!!)タンッ

かじゅ(変だな……いくらさっきの和了りがあるとは言え……若干だが……モモの姿が見える。捨て牌もぼやけているが……集中すれば見えないこともない。
 まるで天江が一旦支配を緩めたときのような感じだ……素直に好機とは思い難い……悪い予感しかしないな。モモのやつめ……まだ奥の手があるというのか……?)タンッ

霞(妙ね……鶴賀の一年生が見えるわ。てっきり最後まで消えたままだと思っていたけれど……それとも……さっき先輩に一撃をもらったのが堪えたのかしら……?
 いえ……この場に全国選抜として出てきた一年生が……たとえ長野の無名校の新人であろうと……そんなヤワな打ち手なはずがないわ……何か……仕掛けてきているのね……)タンッ

絹恵(さあ……張ったで! タンピン三色ドラドラ……こないな絶好手……そうそう作れへん。親やしダマでぶちかます……今局からなぜか薄ぼんやりと鶴賀の一年生の捨て牌も見えとるしな……東一局の借りは返させてもらうで……!)タンッ

モモ「……リーチっす……」ユラッ

かじゅ(モモがリーチした……のが見えるなんてやはり有り得ないな。姫松も大きそうなのを張っている感じがする……ここはオリておくか……? しかし……オリるにしても何を切ったものか……)

 かじゅ、しばし手が止まる。

かじゅ(モモのリーチ宣言牌……はっきりとはわからないが……恐らくドラの四索……これは……姫松や永水にも見えていると思っていいだろう。なら……この四索に合わせて打つのが無難か。
 それなら、モモには振らないし……仮に姫松の和了り牌でも……フリテンで私が振ることはない……)タンッ

 かじゅ、モモに合わせ打つ四索切りッ!!

 それが……モモの仕掛けた罠だとは、気付かないッ!!!

モモ「引っかかったっすね……先輩……?」パラララ

かじゅ(なん……だと……!?)

モモ「ロンっす……! リーチ一発ドラドラ……裏は乗らず……8000……!!」

かじゅ(バカな……! 四索単騎だと……!? しかし……四索はたった今モモが捨てたはず……!!?)

モモ(驚いてるっすね……先輩……けど……いつから私のリーチ宣言牌が四索だと錯覚していたっすか……?)

 かじゅ、明瞭に見えるようになったモモの捨て牌を、今一度確認ッ!!

 そして――驚愕ッ!!

かじゅ「さ……三索リーチ……!!?」

モモ「どうしたっすか……先輩? まさか……三索と四索を見間違えたとか……? まあ……確かによく似てるっすよね……半分は同じ柄っすから……」ユラッ

 モモ、その影を、三索の上半分だけを覆うように、ゆらりと調整してみせる。

絹恵(な……なんやねんこれ……!? 捨て牌が三索のようにも見えるし……四索のようにも見える……!? いくら捨て牌を消すのが得意言うても……部分的に消すとか……そんな細かいことまでできんのかいな……!!
 っちゅうかそれ軽くイカサマちゃうん!?)

霞(ただ……注意深く見れば……三索か四索か……どちらとも判断できないと気付くはず。
 なのに……鶴賀の三年生は……この半分だけの三索の柄を見て……四索だと思い込んでしまった。それはきっと……この場に限っては……三索よりも四索の柄のほうが強く想起されるからなんでしょうね。
 なぜなら……四索はドラ。それが手牌にあったのだから……鶴賀の三年生は……場が始まったときからずっと四索を気にして打っていたはず……その残像が頭に残っていて……三索という可能性に思い至れなかった……)

かじゅ(モモのやつめ……ここまでステルスを自在に操れるようになっていたのか……!? しかも……それを応用してこの私に心理戦を仕掛けてくるとは……本当に強くなったな……!!)

モモ(名付けて……ステルス限定解除ッ!! 先輩……甘いのは先輩のほうっすよ……! 一度見破られたくらいで地に墜ちるほど……私のステルスは安くないっす……!!)

 モモ、直撃の分をすぐさま取り返し、親番ッ!!!

モ:114200 絹:100200 霞:97500 ゆ:88100

南二局・親:モモ

絹恵(なんやねんなんやねんなんやねんなーもー!!)タンッ

絹恵(ここはびっくり人間ショーの会場やないで! 雀卓や! 消える捨て牌か魔球か知らんけど……そんなホイホイ思うように場を進められてたまるかいな……!!)タンッ

絹恵(しもうたな……石戸霞を意識し過ぎやったかもしらん。点数よう見てみいや、自分。鶴賀の一年生が断トツやん。
 うちら二年選抜は次鋒戦始まったときは天江さんの活躍でぶっちぎりトップやったのに……それがここにきてほぼ原点……!
 個人的な思惑はどうあれ……こんなに削られたんはうちの責任や……なんとかして取り返す……石戸霞を相手にするんはそれからでもええ……!!)タンッ

絹恵(鶴賀の一年生……今度は完全に消えよったな……さっきみたいな奇策は一度っきり。やっぱりこいつは見えへんねん……見えへんのやったら……ツモればええだけの話やろ……!!)タンッ

絹恵「リーチや……!!」スチャ

モモ(強引に曲げてきたっすね……序盤みたいに鳴いて早和了りを狙ってくるんであれば……トップを守れそうだと思ったんすけど……そうはいかないっすか)タンッ

かじゅ(姫松のリーチ……モモの上家にいるせいで……ダマでも常にフリテンの可能性が付き纏う。それならいっそリーチしてしまうというのは……点数状況的に正しい判断だろう……)タンッ

霞(張り切ってるわねぇ。この姫松の愛宕さん姉妹は……アベレージも高いし……洋榎さんがうちの春を振り切ったように……多少不利な状況でもここぞっていうときに力を発揮してくる。
 ここで彼女が和了るようなら……この先最後まで波に乗っていく可能性があるわね……いよいよ私も……守るばかりではいられなくなるかしら……)タンッ

絹恵「……! ツモや! リーチツモ一発……のみっ!! 1000・2000やっ!!」パラララ

モモ(薄っ!! よくそんな待ちでリーチしてきたっすね……!! ペンチャンで……しかも場に二枚も見えてるじゃないっすか……! けど……それを一発で持ってくるあたり……さすがは全国レベルっす。
 この勝負……半荘一回で助かったのは……むしろ私のほうだったのかもしれないっすね……)

かじゅ(これが全国レベルか……その強引さは見習わないといけないな。未知の敵が相手……その上……手はリーのみで待ちも絶望的……そんな逆境でも……全力で勝ちに来て……和了りをものにする。
 姉の愛宕洋榎は無論スター選手ではあるが……妹のほうも……姫松で副将を務めるだけの器がある。最後まで気を抜けないな……!)

絹恵(っしゃー! 少しやけど回復……!! もう一発……デカいのかませばトップ奪取もいけるで……!! 見ててや……おねーちゃんっ!!)

霞(ふんふむ……さすがねぇ。初美を相手にプラスで終えただけのことはあるわ……堅実な上手さも……強引な突破力も兼ね備えている。これで二年生だというのだから……姫様や天江さんがいなければ……もっと注目されてもいい選手よね……)

 霞、溜息ッ!!

霞(なるべくなら……姫様を刺激してしまうこの力は……最後まで使いたくなかったんだけれど……)

 霞、微笑ッ!!

霞(鶴賀の消える一年生……その先輩の三年生……姫松の愛宕絹恵さん……みんな全力で戦っている……こちらも全力以上で当たらなければ……失礼よね……)ゴゴゴゴゴッ

 直後、降臨する……最凶の神ッ!!

 放たれる魔物のオーラッ!!

絹恵(ちょ……間近で体感するとえらい禍々しいなっ!! 石戸霞の攻撃モード……この土壇場でやっとお出ましかいな……!! 恐ろしいけど……待っとったで……!!)

モモ(この感じ……あの大将戦のやつっすか……!! あれをやられると……鳴けない私のステルスはむしろ不利……けど……それならそれで……ステルスに頼らず打ち勝ってみせるっすよ……!!)

かじゅ(とうとう来たか……先鋒戦での龍門渕と天江衣……先ほどの大星淡と薄墨初美……今日は最初から最後まで魔物パレードが続きそうだな……!!)

 姫松大将・末原をして永水で一番ヤバいと言わしめた怪物が……ついに顕現ッ!!

 しかし、三者、慄きはするが、臆しはしないッ!!

霞(さあ……これでもう待ったなし……私にもこれは止められない……しかも私はラス親……誰も何もできなければ……とてもひどいことになるわよ……?)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 次鋒戦後半――戦いは佳境へ突入ッ!!

モ:112200 絹:104200 霞:96500 ゆ:87100

南三局・親:かじゅ

 十巡目

絹恵(さてさて……一丁やったるで……! と……言いたいところやねんけど……マズいで……実際はこんな状態になるんかいな……! 絶一門……いざ目の前にしてみると壮絶やで……!!
 末原先輩……コツはサンマや言うてはりましたけど……これは想像以上に厳しいですわ……!)タンッ

モモ(永水の超おっぱいさん……フリテンの心配がない一色独占は私に対して有利とか思ってるんすかね。まあ……その通りっすけど。
 でも……私はずっと……他家から無視された状態で麻雀を打ってきた。どんな状況でも門前で手を進めて他家を出し抜いてきたんす。
 この絶一門……私にとってはむしろ来る牌が絞れて助かるっすよ……そりゃ……一色のほうが速いかもしれないっすけど……こっちだって……速度では負けられないっす……!!)タンッ

かじゅ(石戸霞の一色独占……山牌の数が限られている以上……終盤になるほどその支配が緩やかになる……ならば……序盤はなるべく石戸霞の手を遅らせて……なおかつ速攻を狙っていけば……かわせなくもない。
 そのために最も効率的なのは……姫松から鳴くことだ。そうすれば……石戸のツモはモモに行く……モモと石戸の二人に同時にブレーキを掛けられるはずなんだ……。しかし……それはあくまで机上の空論に過ぎないが……!)タンッ

 三者三様、思惑、錯綜ッ!!

 しかし……その力は、あまりに凶大ッ!!

霞「……ツモです」パラララ

絹恵(速っ……!!)

モモ(くっ……間に合わなかったっすか……!)

かじゅ(速い……だけじゃない……!! これは……!?)ゾッ

 晒される手牌ッ!!

 見事に染め上げられた役――それは他家の心をも絶望色に染めるかのよう……!!

 魔物・石戸霞、希望という名の一色を他家から絶ち、静かに仕上げた和了りの形は、綺麗に並んだ、筒子の車輪……ッ!!

霞「ツモ……門前清一タンピン一盃口ツモ……4000・8000」

 霞手牌:②②③③④④⑤⑥⑥⑦⑦⑧⑧:ツモ⑧:ドラ7

絹恵(はあっ……!? 高め大車輪やと……!? いやいやいやいや!! ありえへんやろがっ!! アホかこいつ……! そんなん実戦で初めて見たわ……ホンマに人間かいな……!!?)

モモ(しかも……超おっぱいさん……八筒は三巡前に一回捨てて……そこから手替わりはしてないはずっす。ってことは……巡目的に私のテンパイを警戒して……この場は仕方なく五筒を待たずに倍満で済ませたってことっすか……!!?
 化け物レベルが半端じゃないっす……どんだけっすか……!!)

かじゅ(フリテンツモだと……!? いや……まあ……確かに一色独占している以上……フリテンツモはよくあることで……さほど珍しくはないのだろうが……それにしたってその手牌はいくらなんでも常軌を逸している……!!
 恐らく……モモの動きが見えないから……この巡目で打ち止めにしたのだろうが……もし他家の手が苦しいと見れば……ここから八筒切りリーチで五筒を待ってもおかしくはなかっただろう。
 ひとまず……モモのステルスが牽制になったおかげで助かった……のか……?)

霞「では……ラス親……いかせていただきますわね……!」ゴゴゴゴゴゴゴ

 石戸霞、一瞬にしてトップを奪い去るッ!!

 果たしてこの差は開くのか、否かッ!!

 次鋒戦後半オーラス……決着は間近ッ!!

モ:108200 絹:100200 霞:112500 ゆ:79100

@実況室

すばら「すばら……すばらとしか言いようがありません……!! 三年選抜・石戸選手ッ!! 高め大車輪テンパイからのフリテンツモで倍満ッ!! しかもここからはラス親ですっ!!!」

純「うちの透華や衣……それにさっきの大星や薄墨も大概だが……こいつもこいつで化け物過ぎるだろ……」

初瀬「ちょっと……眩暈がします……」

菫「この石戸選手が大将を務めてなお……勝ち上がったのは清澄と姫松ですからね……本当に全国はわかりません」

純「姫松か……総合力で永水を下した南大阪の強豪。あの眼鏡ちゃんも……その姫松の一員なわけだが……あいつがどう動くかが、石戸霞を止める鍵になるかもな」

初瀬「確かに、姫松さんは直に永水と卓を囲んでいるわけですからね。インターハイが終わって少ししか経っていないとはいえ……まったくの無策とは思えません」

菫「楽しみなオーラスですね」

すばら「さあ……! 石戸選手の強力無比な一色独占に他家はどう動くのか……!! 次鋒戦後半……オーラスですっ!!」

@対局室

南四局・親:霞

絹恵(配牌はまずまず……逆に言うと……ここで仕留めな……次はいつチャンスが回ってくるかわからへん。
 唯一永水と対戦経験のあるうちが……この石戸霞を止めなあかん。こいつに勝って……そんでもって……おねーちゃんや……末原先輩や真瀬先輩に認めてもらって……みんなに安心して卒業してもらうんや。
 そのためには……まずはテンパイに持っていくこと……来る牌は二色……いつもより読みやすいはずなんや……頭フル回転でいくで……!!)タンッ

 六巡目

モモ(配牌からツモまで微妙っすね……どうしたもんっすか……これじゃまたごっそり持っていかれるっす。なんとなく……姫松の眼鏡さんが何か狙ってる感じがするっすけど……その意図は読み取れない。
 だったらいっそ……ここは先輩に任せるのも一つの手かもしれないっす。先輩なら……私のパス……ちゃんと受け取ってくれるっすよね……!)タンッ

 モモ、ステルス限定解除ッ!!

かじゅ(っと……これは……突然モモの捨て牌が見えるようになったな。姫松と石戸霞は何も反応を示さないということは……私だけに見せているのか……?
 なるほど……モモめ……さては手が重いのか……自分では石戸霞を止められないと見るや……躊躇いなくこの私を利用するとは。まあ……期待されているということだろう……先輩冥利に尽きる……!!)

かじゅ「チーッ!」タンッ

霞(ん……鶴賀の三年生が……消える一年生の捨て牌を拾った……? 私には相変わらず闇に包まれたままに見えるけれど。
 なるほど……さっきまで対決姿勢だったかと思えば……今度は手を取り合っている……いいわね……先輩後輩って……微笑ましい)タンッ

絹恵(石戸のツモがズレた……! これはラッキーや……うちがやろうとしてたことを鶴賀コンビが勝手にやってくれた。なんや……鶴賀の一年生は先輩だけに捨て牌を見せたんか……? 器用なことしよる……なんにせよ……これは千載一遇やで……!)タンッ

モモ(これで……超おっぱいさんのツモは姫松に、先輩のツモが超おっぱいさんに回るっす……二人ともこれで手が遅くなる……先輩……今のうちっすよ……!!)タンッ

かじゅ(わかっているよ……モモ……私だって伊達に天江衣と戦ってないさ……こういう特殊な場には……多少だが慣れているつもりだ……!)タンッ

石戸(まあ……ツモをズラしてくる戦略は……何度か経験があるわ。けれど……私の色はまたすぐに私のところに戻ってくるのよ……なぜなら……)タンッ

絹恵(今まで見られへんかった萬子……今局は初対面やな……けど……悪いな……こっちは筒子と索子で手を進めてきたんや……こんなん来ても邪魔なだけやねん……!)タンッ

石戸「ポン」

モモ・かじゅ(!!?)

石戸(ふふ……たとえ他家に私のツモが流れたところで……みんな二色で手を進めているわけだから……まともに和了りを目指すならすぐに私の色は吐き出される……私はそれを鳴き返せばいいだけ。
 簡単にツモ順を元に戻せる。まあ……数巡待てば……そんなことをせずともまた私のツモは染まるようになってるから……鳴かれたところですぐに追いつけるんだけれど。残念ながら……鳴くだけじゃ私を止めることはできないわよ……?)ゴゴゴゴゴゴ

絹恵(石戸霞……順調に染めてるみたいやな……対してうちは……まだリャンシャンテン……このままじゃまたツモられる……せっかく巡ってきたチャンス……鶴賀コンビの思惑を潰してまで我を通したんや……それだけは勘弁やで……!!)

モモ(姫松の眼鏡さん……なんで鳴かれるってわかってて超おっぱいさんの色を吐き出したんすか……!? ちょっとくらいは堪えてほしかったっす……!!)タンッ

かじゅ(姫松の……当然……モモから私が鳴いたという不自然さには気付いているのだろうし……その意図も把握しているはず……それでも石戸霞に鳴かせたということは……姫松……さてはオリてないな……!!)タンッ

霞(さて……このまま混一で待ちたいところだけれど……そうはいかないのがこの状態の辛いところよね……一度攻撃に回ったら……私にも制御できない……ひたすらに……容赦なく……高く高く手を進めていく……)タンッ

絹恵(イーシャンテン……あとちょっとや……!! やけど……石戸霞ならもうテンパっててもおかしくない……なら……ずうずうしいかもしれへんけど……もう一回だけ時間稼ぎ頼むで……鶴賀の三年生……!!)タンッ

かじゅ「……! ポンッ!!」タンッ

霞(あら……?)タンッ

絹恵(どや……石戸霞……! これであんたのツモは闇の中や……どうせしばらくしたら元に戻せるんやろうけど……これで鳴き返しは封じた……うちが張るまで三回くらい休んどれ……!!)タンッ

モモ(今度はこっちに萬子を寄越してきたっすね……何を考えてるんすか……姫松の眼鏡さん……。けど……これは好都合っす……ステルス状態の私なら……萬子を切っても超おっぱいさんは鳴けない。この隙に和了っちゃってくださいっす、先輩……!!)タンッ

かじゅ(姫松の……ここに来て私へパスを送るとは……時間稼ぎをしろということか……? まだ手が出来上がっていない……とか? いや……まあ……それならそれでいい。
 すぐ横でモモが見ている以上……そちらにどんな意図があろうと……私は私で和了りを目指す……!!)タンッ

霞(鶴賀の三年生が着実に手を進めてきてるわね……まあ……その二副露なら……さほど高い手にはならないでしょう。鶴賀の三年生が和了る分には……それはそれで構わないわ。問題は……姫松さんね……何が狙いかしら……?)タンッ

絹恵(来たで……テンパイ……!!! ここが天下分け目の関が原や……!!! おねーちゃん……見ててや……! 私……石戸霞に勝ったるで……!!)

絹恵「リーチやっ!!」スチャ

霞(リーチ……?)

かじゅ(姫松……動いてきたか……!!)

モモ(少し嫌な予感がするっすね……ステルス状態にあるとは言え……この人もまた全国区の選手……清澄の嶺上さんみたいに……何かのはずみにステルスを見破ってこないとは言い切れない。
 二色染めなら……待ちは筒子か索子……じゃあ……ここはせっかくなんで……超おっぱいさんから貰った安牌を使わせていただくっすよ……)タンッ

 モモ、念には念を入れて、霞のツモを引き継いで手に入れた萬子を、一発回避の安牌として活用ッ!!

 しかし――それが運命の分かれ道ッ!!!

霞「それ……ポンです……!!」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ

かじゅ(何……!? 石戸霞がモモから鳴いた……!!? バカな!!?)

モモ(しまっ……この人も……嶺上さんと同類なのをすっかり忘れてたっす……!! 嶺上さんに槓材が見えるのと同じ……私の影に覆われた捨て牌を……この人は……色に反応して拾った……!! マズいっす……これでツモ順がまた元通りに……!!)

霞(ごめんなさいね……鶴賀の消える一年生。一瞬だけれど……確かに……二色に染まったあなたの捨て牌の中で……私の色は光って見えたわよ……!)ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 霞、これで二副露ッ!!

 当然のように、テンパイッ!!

霞(これで混一から清一断ヤオに手替わり……二、三巡で対々がつくだろうから……最大で8000オール……まったく……この身に宿る神様は……どこまでも貪欲で攻撃的ね……)タンッ

 霞、打、西ッ!!

 モモとかじゅの脳裏に過ぎる、前局の悪夢ッ!!

 が――ッ!!!!

絹恵「やっぱり……末原先輩の言うた通りやったな……!!」ゴッ

 絹恵、姉を彷彿とさせる、今日一番の気迫ッ!!

絹恵「永水の石戸さん……あんたの一色独占能力……普段の固い打ち方とは真逆の……超攻撃的闘牌……!! その化け物じみた能力の……唯一の瑕……うちの末原先輩はあの大将戦で見抜いてんで……!!
 あんた……一旦そのモードに入ったら……自分の意思ではオリられへんのとちゃいますか……!!?」

 絹恵、眼鏡に手をやって、確信の笑みッ!!

絹恵「いくら強かろうと……そないな意思のない麻雀に負けるほどうちらは甘くないですわっ!!」ゴッ

 絹恵、堂々とその手牌を倒すッ!!

絹恵「リーチ七対ドラドラ……裏は乗らずで8000ですっ!!」パラララ

 絹恵手牌:①①②②44668899西:ロン西:ドラ7・裏④

霞(こ……れは……!? 西単騎……?)

 霞、息を飲む。

霞(その西……最初から持っていた字牌で私に照準を定めたのかしら……? いや……違うわね。あのとき……鶴賀の二人が協力して……二巡だけ私のツモが彼女に回ったあのとき……一巡目でこの西を手に入れたのね。
 そのあと……私が手の内の字牌を崩して清一に向かったのを見て……西が出てくると踏み……リーチをかけた。
 お見事ね……確かに……普段の私なら……その少し不自然な捨て牌……七対子で字牌単騎もあると思い至れる。字牌を抱えたまま混一で流すこともできたでしょう。けど……この状態の私にはそれができない。
 そこを的確に突いてくるとは……やはり……姫松さんは強いわ……愛宕絹恵さん……これで二年生なのだから……私たちが抜ける来年は大変よ……姫様……)

絹恵(しゃー!! これでトップタイ……!! 裏が乗れば石戸霞や鶴賀の一年もまとめてぶち抜けたんやろうけど……それはさすがにおねーちゃんレベルの運が必要やろか。なんにせよ……うちが止めたったで……!!
 鶴賀の二人がおらんかったら無理やったかもしれへんけど……うちが……あの石戸霞に一発食らわせたで……!! これで少しは……少しはおねーちゃんに近づけたかな…………どうかな……おねーちゃん……!!)

かじゅ(最後は姫松に持っていかれたか……残念。結果は私だけマイナスか……せっかくモモにパスまで出してもらっておきながら……不甲斐ない。
 しかし……モモとこうして真剣勝負ができたこともそうだし……全国レベルの高さも十分に感じることもできた……負けはしたが……悔いはない……!)

モモ(最後の最後で並ばれてしまったっすか……一応私の獲得点数はプラスっすけど……個人成績で言えば順位は三位……序盤の不意打ちがあってもなお勝てなかった……普通の大会でまともにやりあってたら完全に撃ち落されてた感じっすね。
 眼鏡さんと超おっぱいさん……全国でも屈指の強豪校のレギュラー……その実力は半端じゃないっす。私は……まだまだっすね……全国で勝ち抜けるほど強くはないっす。
 けれど……この半荘で……その高みまでの距離が少しだけ掴めた気がするっす。来年は……行くっすよ……全国……!! そして……応援に来た先輩の前で……いっぱい活躍して……いっぱい褒めてもらうっす……!!
 くー!! 負けてられないっすよっ!!)

霞「では……お疲れ様でした」ペコリ

絹恵「またよろしくお願いしますわ!」ペコッ

モモ「こちらこそ……こんな私でよろしければ」ユラッ

かじゅ「いい勉強になった。感謝する」ペコ

 次鋒戦後半、互いに持てる力をぶつけ合い、四者晴れ晴れとした表情で、終了ッ!!!

<次鋒戦後半結果>
一位:愛宕絹恵+3100(108200)
二位:石戸霞+2900(104500)
三位:東横桃子+1700(108200)
四位:加治木ゆみ-7700(79100)

<次鋒戦前後半合計>
一位:淡・モモ+10300(108200)
二位:初美・霞+9900(104500)
三位:浩子・絹恵-1700(108200)
四位:まこ・かじゅ-18500(79100)

@会場某所

 対局を終えたかじゅとモモ。

 二人は、揃って対局室を出ると、控え室へ戻る途中にあるベンチで、足をとめた。

 並んで座る、かじゅとモモ。

かじゅ「モモ……控え室に戻らなくていいのか?」

モモ「先輩こそ……チームの代表者じゃなかったんすか……?」

かじゅ「そうなんだが……もう少し……こうしてお前といたくてな」

モモ「私もっす……」

 ベンチに座り、寄り添う二人。

 それは、もし通りかかった者がいたならば――。

友香(あれ……? ねえねえ、あれ鶴賀の三年生でー? なんでこんなところでー?)コソッ

泉(疲れてはるんやろ。そっとしといたほうがええですよ)コソコソッ

 この通り、かじゅ一人が戦いの疲れを癒しているように見えただろう。

 しかし、それは確かに二人なのだ。

 強い絆で結ばれた、二人なのだった。

@会場某所

初美「お疲れサマですよー」

霞「あら……わざわざ迎えに来てくれたの……?」

初美「私だけじゃないですよー」

はるる「」ポリポリ

巴「っていうか……お祓いしないとマズいでしょ」

霞「それもそうねぇ」

小蒔「霞ちゃん、お疲れっ!」

霞「あら……小蒔ちゃん。これから対局?」

小蒔「うん……そうだけど、どうかした?」

霞「ううん、なんでもないわ。二年生チームはトップタイだから、小蒔ちゃんも頑張ってね」

小蒔「うんっ!! 霞ちゃんや初美ちゃんに負けないように打ってきます! それでは……またあとでっ!!」

 握り拳を作って、笑顔で対局室に向かう、神代小蒔。

 しかし、その後ろ姿を見守る永水女子の四人の顔は、多少、緊張していた。

霞「巴ちゃん……悪いわね。今日はもう一回お祓いしてもらうことになりそうだわ」

巴「いえいえ……そのために来たようなもんだから……」

初美「相手が誰だかはわからないですけどー……同情するですよー」

はるる「」ポリポリポリ

 と、その背後から――。

憩「あれ……? 永水の皆さん……なんやおそろいで」

霞「あら……あなたは……三箇牧の」

憩「荒川憩です。今日は中堅で小蒔ちゃんと組ませていただきます」ペコリン

霞「へえ……そうなの……」

巴(うわっ……二年選抜のオーダー組んだやつ誰よ……よりにもよって姫様と荒川憩を組ませるなんて……!)

初美(これは……中堅のあの二人には申し訳ないですけどー……私と霞は次鋒で正解だったかもですねー)

はるる()ポリポリポリポリ

@会場某所

絹恵(ふうー……しんどー……って、浩ちゃんのやつ、迎えに来ーへんのかーい。ま、ええけど……)

 愛宕絹恵、精根尽き果てたといった風に、通路の端にしゃがみ込む。

 と、そこに通りかかる人影。

洋榎「よっ、絹っ!」

絹恵「お……! おねーちゃん!? なんで!!?」

洋榎「なんや……そんな驚くことないやろ」

絹恵「いや……やっておねーちゃん今回は敵やから……まさか迎えに来てくれるとは思っとらんくて」

洋榎「あーちゃうちゃう。絹の迎えやない。うちがこれから対局なだけや」

絹恵「あ……じゃあ、インターハイと同じで中堅なんやね」

洋榎「せや。ま、どこに置かれようとうちはいつも通りがつーんと勝つだけやけどなー」

絹恵「おねーちゃんは……強いからなー……」

 絹恵、小さく溜息。洋榎、それを知ってか知らずか、軽やかに絹恵の背中を叩く。

洋榎「なに言うてんの自分。絹も頑張っとったやんけ。さっきの次鋒戦後半、絹がトップやったやんか」

絹恵「え……おねーちゃん……?」

洋榎「ま、うちなら最後の和了りは華麗に裏を乗っけてチームを単独トップにしてたとこやけどなー。そこらへんが絹の甘いとこや。やけど……さっきのはむっちゃカッコよかったでー?
 うちなー、控え室でな、あれうちの妹なんやでーって他県のやつらに自慢しとったんや」

絹恵「おねー……ちゃん……!!」

洋榎「絹もなー、もうちょいちょいっと強かったらうちとタメ張れるようになんでー。やから、もっと気張って……自信持って打ちや。せやったら……安心して姫松を絹に任せられるわっ!」

絹恵「う……うんっ! 頑張るでっ! うち、もっと強くなんねんっ!」

洋榎「頼んだで。ほな、おねーちゃんが麻雀の見本見せたるから、絹も控え室で自慢するとええで。あれが自分のおねーちゃんやー言うてな。ま、この愛宕洋榎を知らんやつなんておらんやろけどなー」

絹恵「うんうん……! せやな! おねーちゃんは有名人やからなっ!」

 ちなみに、その影では。

Q(先輩方……空気読んでくださいよ……! 今出て行ったらなんもかんもぶち壊しですからね……!!)

セーラ(わ……わかっとるわそんなこと!)

怜(愛宕姉妹……妹のほうは……なかなかのふとももの持ち主と見た……!)

竜華(なんやあんた……! また浮気かいな……!!)

すばら「お待たせしましたあああ!! 全国選抜学年対抗戦もとうとう中堅戦までやってきましたあああ!! 各チーム、オーダーは以下のようになっていますっ!!」

@一年選抜:森垣友香(劔谷)・二条泉(千里山女子)

友香「驚いた。泉さん、なんか先輩ばっかみたいでー?」

泉「ホンマや……じゃあ、セーラ先輩とかぶらんほうにうちが出るわ。さすがに卓に三人千里山はマズいやろ……」

@二年選抜:神代小蒔(永水女子)・荒川憩(三箇牧)

小蒔「荒川さんは、前半と後半のどちらがいいですか?」

憩「うちはどっちでもええよー。ほな、あっち向いてホイで決めよか?」

@三年選抜:愛宕洋榎(姫松)・江口セーラ(千里山女子)

洋榎「なんや知った顔ばっかりやなー。劔谷に千里山に三箇牧……あとは晩成でもおったらなー……完全に近畿大会なんやけど」

セーラ「洋榎さんは近畿大会かもしらんけど……フナQ以外の千里山が勢揃いって……俺らからしたら部活の順位戦のノリやで、コレ……」

@混成チーム:園城寺怜(千里山女子)・清水谷竜華(千里山女子)

怜「おおおおおお!! 巫女さん……!! 巫女さんのふとももっ!!」

竜華「ほな……怜は巫女さんの出るほうなー。となると……当然うちの相手はナースやなっ!」

@実況室

すばら「中堅戦が間もなく始まろうとしていますっ!! 鹿児島の神代選手を除けば全員が近畿勢っ! うち六人が大阪府の選手です!!」

初瀬「激戦区大阪……その中でも選りすぐりのトップランカー……近畿大会で必ず名前の挙がる方々ばかりです。かく言う私も近畿地区なので……観客席からよく見ていましたが……こうして勢ぞろいとなると、本当に壮観ですね」

純「姫松と千里山からは合計で九人参加してるからな。ま、こういうことも起こるとは思ってたぜ」

菫「注目すべき選手ばかりで目移りしてしまいそうですね。ただ……まあ、当然一人だけ異彩を放っているのは……なんと言っても彼女だと思いますが」

すばら「唯一の非近畿勢……永水の神代小蒔選手ですねっ!」

純「強い弱いは別にして、何をやらかしてくるかわかんねえって意味では……あいつがこの中堅戦の目玉……もとい台風の目だろうな」

初瀬「先ほどの薄墨選手や石戸選手と同じ高校というだけで……身震いしてしまいそうです」

菫「果たして鬼が出るか蛇が出るか……楽しみな一戦です」

すばら「それでは……各選手席に着いたところで――中堅戦前半を開始いたしましょうっ!!」

@対局室

東家:一年選抜・森垣友香(劔谷)

友香「(私ら劔谷が勝てなかった千里山の昨今ダブルエース……それに秘境のお姫様が一人……こりゃかなり面白そうな卓でー!)よろっ!」

北家:三年選抜・江口セーラ(千里山女子)

セーラ「おっ、怜が前半に出てきたかー。(そういや怜が活躍し出したのは最近やからな……竜華とは何度か公式の個人戦でぶつかっとるけど……怜とガチで敵同士なんは初めてやないか?)ほな……みんなよろしくなー」

西家:混成チーム・園城寺怜(千里山女子)

怜「お手柔らかにな、セーラ。(ふふん……残念ながら……セーラなんて眼中にないんや……うちの狙いは永水の巫女さん……おっ、劔谷の副将もなかなかのもんで……さすが全国選抜はええふとももしてはりますなー!)他のお二人もよろしゅう」

南家:二年選抜・神代小蒔(永水女子)

小蒔「みなさん、今日は最後まで、よろしくお願いしますっ!!」ペコリ

 中堅戦前半――開始ッ!!!

@実況室

すばら「さあ……始まりました中堅戦前半!! 起家は兵庫県・劔谷高校の森垣友香選手ですっ!」

初瀬「森垣さんは、どことなく、伝統的で物静かなイメージの劔谷の人たちとは少し違う感じがしますね。型破りというか。インターハイの準々決勝では、千里山の船久保選手と阿知賀の鷺森選手を相手にプラス23200点のトップを取っています」

純「オレはよく知らないやつだが、どんな打ち方をするやつなんだ?」

初瀬「全体的に火力は高めですね。インターハイではいきなり親の倍満を和了っていました」

菫「若さが溢れている感じがしますね。先が楽しみな選手です」

@観戦室

澄子「みんなはどう思いますか、友香……勝てると思いますか?」

梢「わかりません……相手はあの江口セーラと」

美幸「園城寺怜だもんなもー」

莉子「神代小蒔もいますしね……」

美幸「でももー」

澄子「?」

美幸「友香は……あのインターハイのあと……私たちが負けた千里山と阿知賀の牌譜をよく研究してたもー」

莉子「そうですね……遅くまで部室に残って。千里山や阿知賀だけじゃないです。全国の強豪校……個人戦の上位選手……いろんな人の打ち方を研究していました」

美幸「私や梢ちゃんはもう引退で……たぶん競技麻雀をやるのはインターハイが最後だったからもー、あの試合をどこか思い出としてみてるところはあったもー」

梢「でも……友香は私たちとは違うものを見ている気がします。私たちは……ベスト16に残れただけでどこか満足していましたが……友香はそうじゃない。来年、再来年……もっと先まで見据えているんだと思います」

莉子「友香ちゃんは……勝つつもりで戦ってますよ。私をまくった高鴨さんと同じチームで……」

梢「私に三万点差で勝った江口セーラと……」

美幸「私に五万点差つけた園城寺怜に……勝つつもりで戦ってるもー」

澄子「そういえば、あの子、開会式のときに言ってましたね。劔谷を代表して勝ちたいと思いますって……」

莉子「友香ちゃんなら……やってくれます!」

美幸「そうだなもー。みんなで信じて見守ろうもー!!」

@対局室

東一局・親:友香

友香(みんな、今頃観戦室で見てるかな。私……頑張るんでー。あのインターハイ……美幸先輩は……園城寺怜や宮永照を見て……世界の違いを感じるって言ってた。莉子は……負けた後……牌を握るのが恐いって言って……ずっと泣いてたっけ)タンッ

友香(私は……みんなが弱かったとは思わない。けど……それでも足りないものがあったのは確かなんでー。
 だから……勝てなかった。私はそれを埋めたいと思う……あんな……たった一回のトーナメントで……全てが決まったとは思わない。私たちはまだまだ強くなれるし……もっと上を目指せるんでー)タンッ

友香(世界が違うなんてことはないんでー……! 園城寺怜も……江口セーラも、牌に愛された子とか言われてる神代小蒔も……ただ私たちから見れば高いところにいるというだけで……その山の頂……宮永照が頂点に立つ山は……どこまでも陸続き。
 険しいけれど……一歩一歩前に進んでいけば……辿り着ける。それを――今日、私が証明してやるんでー!!)タンッ

 四巡目

友香「リーチでー!」クルッ

小蒔(わっ……親リー! これは振り込めませんっ!)タンッ

怜(一巡後に……8000オール? 劔谷の一年生……いきなり無茶苦茶やな。セーラ……これ鳴けるか?)コホッ

セーラ(高そーで嫌な感じやな。む、怜が危なそうなところを切ってきた……? ははん、さては鳴かんとあかんパターンか。ええで……それは鳴けへんけど……協力したる……)タンッ

怜「(おおきに……)ポン……」コホッ

セーラ(ん……ちょい待った……? ってことは……これが劔谷の和了り牌? なんや……こんなん抱えとったらテンパイできひんやん! 怜のやつ……こないな面倒な牌を俺に回すとは……ええ度胸やんけ!)タンッ

怜(いや……そんな睨まれても……うちの牌で鳴けへんかったセーラが悪い。せやったら巫女さんに掴ますことができたんや)

友香(一発ならずでー。ま、わかってたけど。一巡先が見える園城寺怜が相手ではそうそう一発は狙えない。ま……ダマでもリーチかけてても園城寺には和了る未来が見えるわけだから……ここはリーチが正解だったはずでー。
 園城寺だっていつでもズラせるわけじゃないし。神代小蒔が振り込んでくる可能性もあるし。私のツモはあと十回以上残ってる。和了るチャンスはまだまだあるんでー!)タンッ

小蒔(うう……安牌ないですね! で、でも……頑張りますっ!!)タンッ

怜(さて……さっきの8000オールを見たから劔谷の和了り牌はわかっとる。ここは他家のために安牌を増やしつつ……ゆっくりテンパイを目指すとしよか……)タンッ

 終盤

怜(って……劔谷の子……めちゃめちゃ引き強いなー! あれから二回も鳴くことになるとは思わへんかった……カンチャンで和了り牌が三枚しかないっちゅうのに……ズラしてもズラしてもツモで引いてくるとかプチ化け物やでこの子。
 東一局やいうのにもう疲れたわ……全部セーラのとこに送れればうちもセーラもテンパイできたんやろうけど……そう上手く鳴けたら苦労せんわな。結局一枚ずつみんなのところに回してしもうた。これじゃ親以外はノーテンやろなー)コホッ

セーラ(だあああ……怜から回された牌が最後まで浮いてもうた!)タンッ

友香(園城寺……三副露か。もし全部私の和了りをズラすための鳴きだったら……もうどうやったって和了れんでー)タンッ

 流局ッ!!

セーラ「ノーテン」

友香「テンパイでー」

小蒔「ノーテンです」

怜「ノーテン」

友香(まあ……そう簡単には和了らせてくれないと思ってたけど。勝負はまだまだ始まったばかりなんでー!)

怜(せやな……勝負はまだ始まったばかり……こっからが本番やで……)ゴゴゴゴゴ

友:110200 神:107200 セ:103500 怜:78100 供託:1000

東一局一本場・親:友香

怜(劔谷の一年生……直に対戦してみるとやっぱ強いなー。あの準々決勝……フナQが『あいつは放っておくしかなかった』ゆうてたからなー。別に不思議能力を持っとるわけでもないんやろ。ただ単純に強い。ええなあ……そういうの……憧れるわ)コホッ

怜(うちは麻雀が強いわけやないねん……ちょっと人より先が見えるだけや。地力では劔谷の一年生のほうが上。一年だった頃のセーラにだって……能力ナシで戦ったらまず勝てへんやろな)コホッ

怜(やからやろか……強豪校の一年生レギュラーっちゅうんは……どうしても憧れてまう。それも……純粋に麻雀の技術を高めてレギュラーになったような……泉とか、この子とか、阿知賀の二人、それに清澄の原村和とかな)コホッ

怜(一巡先が見えへんようになったら……うちはきっとあの子たちには勝てへん。実際……インターハイでは能力の通じひんチャンピオン相手に何もできひんかった。ダブルとかトリプルとか……そりゃ死ぬ気で頑張ったけど……麻雀でなんとかしたんと違う。
 その点……新道寺はすごかったわ。あとで二回戦の牌譜をちゃんと見てみたら……宮永照相手に先鋒戦で他校がトバんかったのは新道寺が頑張ったからやったもんな……)コホッ

怜(うちはまだ……一巡先を見るんを……どっかでズルしてると思うてる。そりゃ……天江衣みたいに自分の能力に誇りを持って戦ってる人もいっぱいおるやろ。大星淡みたいにとんでもない能力を持ちながらも慢心しない子もおるやろ。
 けど……うちはそうやない。うちは……どれだけ勝っても心は三軍なんや。セーラや竜華が……活躍してるのを見て……世界が違うなーって憧れてるだけの……応援席でチームの勝利を祈ってるだけの……その他大勢や)コホッ

怜(やけど……! そんなうちの三軍根性を見抜いてても……見抜いてたからこそ……監督はうちをエースにしてくれた。セーラや竜華にも……うちが千里山のエースやって認められた。そんなんもう……死ぬ気で頑張るしかないやん……!!)コホッ

怜(みんながうちを認めてくれてる。うちが心の中で何を思うてても関係なく……みんながうちを千里山のエースやって言うんや。その期待は……重たいけれど……応えたい。インターハイで負けて強くそう思えたんや。
 やって……三軍やった頃のうちみたいに……華々しい舞台で戦う強い人を……すごいなー言うて見てる子は……千里山にだって他の高校にだっていっぱいおる。
 今はたまたま……どういうわけかうちがその強い人ってことになっとって……せやから……強い人に憧れる人の気持ちがわかるから……そういう子たちの期待に応えるためにも……うちは勝ちたい……!)コホッ

 八巡目

友香「またまたリーチでー!」

怜(せやろな……そこでリーチやろな……そんなん……一巡前から知っとったで……!!)

怜「ほな……うちもリーチや」トッ

セーラ(おおお!! 来たで来たでー……怜の絶対一発リーチ。ま、逆に言うと……これでズラせたら怜のリーチはただのリーチや。未来予知能力の弱点やな……怜は未来が見えるけど……その見えとる未来が……行動を起こすことで他家にも伝わってまう)タンッ

友香(江口セーラ……園城寺のリーチに対して動揺なし……!? ってか鳴く気もなしでー……!? ちょ……これは……困ったことになったんでー!!)タンッ

小蒔(ま……また先にリーチされてしまいました……しかも二家同時……どうしましょうっ!?)タンッ

 小蒔の出した牌、誰も鳴かずッ!!

 瞬間、未来は不確定から、確定へッ!

怜「……ツモ! リーチ一発ツモ赤一……2000・4000は2100・4100」パララ

セーラ(ま、せやろなー)

友香(親っ被り……さっきのも合わせて二本もリー棒持っていかれたんでー……!)

小蒔(はう……! 一発! すごいです!)

怜(セーラ……動いてこんかったな……何を考えとるんや……?)

友:105100 神:105100 セ:101400 怜:88400

東二局・親:小蒔

セーラ(なんや……怜……自分がリーチしたらみんなこぞって鳴きに来るとでも思てんのか……?
 そんなことないで……そりゃ……怜の一発率は半端やないけど……普通に打ってたって一発は来るし……一発消しやって……状況によってやるときもあればやらへんときもある。それだけのことや……)タンッ

セーラ(麻雀は……相手の和了りを潰したもんが勝つんと違う。最終的に一番点を稼いだもんが勝つ競技や。俺が怜のリーチに反応しなかったのやって……簡単なことや。
 怜……一発で和了りたいなら好きなだけ和了るとええで……俺はその上を行くだけのことや……!!)タンッ

 五巡目

セーラ「ほな……反撃開始といこかっ! リーチやッ!」スチャ

友香(こっちもか……江口セーラ。二年で名門千里山のエースになった……関西でも屈指の高火力選手……!)タンッ

小蒔(ま……また先制リーチ! みなさん速いですねっ! め、めげませんよっ!)タンッ

怜「チー……」タンッ

セーラ(っと……なんや……さすが俺……一発やったんか。ま、一発消しくらい……誰だってようやるわな。怜……そんなんで俺を止めた気になっとんのやとしたら……大間違いやで……!)タンッ

友香(園城寺が鳴いたってことは……これが江口セーラの和了り牌。オーケー……これなら回せる。こっから追いつくんでー!)タンッ

小蒔(できることを……やります……!)タンッ

怜(こうやって鳴くと……少しの間未来が見えなくなるんが辛いな……)タンッ

セーラ(怜……怜は未来予知が反則かなんかやって思うてて……それで俺からエースの座を奪ったこと……気に病んでたみたいやけど……)タンッ

セーラ(そんなこと……関係ないねん。能力とか……関係ないねん。どんな競技やって……生まれ持った才能……人にはない特別……そういうもんを武器にして戦ってるやついっぱいおる。
 俺は女やけど……女やってだけで……例えば男より速く走ることができひんのやで……? やけど……それがなんやねん……!!)タンッ

セーラ(みんな同じ力で……同じ土俵で戦ってたってオモロないやん……!! 世の中……強い弱いがバラバラで……能力もバラバラで……いろんな人がおる! やからこそ……その中で勝ちたいって思えるんやろ……!!
 一巡先が見える? 見ればええやん! 鳴いて速攻? 鳴けばええやん! 連続和了? させときゃええやん!! 俺は俺の麻雀で勝つだけやっ!!)タンッ

友香(さあ……こっちも張った! さすがに追っかけはしないけど……園城寺の気が江口セーラに向いてる今は和了るチャンスでー……!)タンッ

小蒔(劔谷の人……危ないところを切ってきましたね……こちらもテンパイしている感じでしょうか……!)タンッ

怜(セーラ……うちがおっても和了る気満々やな……! その真っ直ぐさは……先輩相手に堂々と打っとった一年の頃と……変わってへん……!!)タンッ

セーラ(ズラされようとなんだろうと……和了れんときは和了れんし……和了れるときは和了れるんや……!! 麻雀って……そういうもんやろ……!! なあ……怜……!!)

 セーラ、ツモ牌を、手牌の横に叩きつけるッ!!

セーラ「ツモや……! タンピン一盃口赤一ツモ……裏一……!! 3000・6000ッ!!」

友香(うっわー……相変わらず高っけー!)

怜(一発消しても打点は変わらんかったか……! やっぱ……セーラはカッコええなあ……! 憧れるわ……!! 千里山のエースは……誰がなんと言おうと……やっぱりセーラしかおらんな……!!)

小蒔(お、親っ被りですか……!?)

友:102100 神:99100 セ:113400 怜:85400

東三局・親:怜

友香(千里山の二人……さすがの強さでー。江口セーラを相手にするなら……満貫以上の手じゃないと稼ぎ負ける。園城寺を相手にするなら……せめて両面以上の待ちじゃないと鳴いてツモが潰される。なにその縛り……! ま、望むところでー!)タンッ

友香(千里山はレギュラー五人が全員この対抗戦に出てるから……出れなかった人のこととか考えないで……自分の麻雀を打てばいいだけ。
 対して私は……出れなかったみんなの分まで頑張るって縛りを最初から設けてるんでー……今更満貫縛りだろうが両面縛りだろうが……どんとこいでー!!)タンッ

友香(さて……このタイミングでこれが来たかー……どーしよ。普通に打ってたら千里山の二人に持っていかれる感じがする……なら……ここは麻雀らしく……大博打してみるんでー!!)

友香「……カンッ!!」パララ

小蒔(暗槓ですか! しかも……晒したのがドラの北……!? 劔谷の方……これでドラ四ですね……!!)

友香「さーて、カンドラ表示牌はー……いっし西ッ! またまた北ドラでー!!」タンッ

小蒔(カンドラ北……!! ド……ドラ八……!!?)タンッ

怜(見えとったけど……現実になると一層迫力が増すでコレ。まあ……普通に打っとればうちなら振り込まんけど……これはツモられても相当痛い。ただ……この子の引きの強さを考えると……ズラしても和了られるような気もするわ。
 ほな……普通に打っててもあかんな……ここは……速攻で流してみよか……!)

怜「チー!」コホッ

セーラ(お……? 怜が鳴いた? 劔谷はまだ張ってないような感じやけど……ってことは、ズラしの鳴きやなく速攻の鳴きか。へえ……全然昔より頭回るようになっとるやん……今の怜なら一巡先が見えなくたって……十分イケてると思うで……!!)タンッ

友香(ほい来たテンパイ……! しかも絶好の三面張ッ!! まさかの園城寺がナイス鳴きっ! これはいくしかないんでー!!)

友香「リーチでー!!」クルッ

怜(む……さっき鳴いて未来変えてもうたから……今はわからへんけど……なんやまた一発でツモりそうやな……させへん……うちが先に和了る……!!)

怜「ポンや……!」コホッ

セーラ(仕掛けてきよるなー……怜。やけど……そういうんが裏目に出るのもまた……麻雀やで……!!)タンッ

友香「ツモ……!! リーチツモドラ八……裏は乗らずで4000・8000でー!!」パララ

怜(ぐ……倍満……!? たまに無理して仕掛けてみたらこれかいな。こりゃ大打撃やで……!!)

小蒔(み……みなさんだんだん手が高くなってます……!!)

セーラ(劔谷の一年生……先が楽しみなええ選手やな。俺はそういう高いの大好きやで……もちろん自分が和了るときはやけど……!!)

友香(これでトップでー! みんな見てるー!? 私……千里山が相手だって全然負けてないんでー!! 最後まで応援よろっ!!)

 ここまで、園城寺怜、満貫! 江口セーラ、ハネ満! 森垣友香、倍満……!!

 対局はまさに高打点の叩き合いの様相……ッ!!

 そんな中、一人和了りのない永水・神代小蒔は――!!

小蒔(す……すごいです……目も眩むような打ち合い……! なんだか……なんだか頭がくらくらして…………眠くなってきました………………)ウトウト

 魔神の覚醒――目前ッ!!!

友:118100 神:95100 セ:109400 怜:77400

@実況室

すばら「森垣選手の倍満が決まりましたあああ!! 一年選抜・森垣選手、千里山のダブルエースを相手にまったく引けを取っていませんっ!!」

初瀬「今の北カンのような強気の打ち方は、とても好感が持てます。同じ一年生として、森垣選手には頑張ってほしいです!」

純「大星や鶴賀の東横のときは、同じ一年とは思えないとか麻雀として成立してないとか言ってたのに、初瀬ちゃんは非オカルトに甘いなぁ」

初瀬「すいません……。でも、誰だって親近感が湧く人を応援したくなりません?」

純「そうか? オレはどっちかっていうと、衣みたいに途方もなく強いやつのほうが見ていて気持ちいいけどな」

菫「私は……照の麻雀に親近感や気持ちよさを抱いたことはないですね。私の場合、いつかあいつに勝ちたいと思ってますから、馴れ合ってる暇なんてありません。
 そういう意味では、初瀬さんにとってうちの淡なんかは……敵として厄介だから親近感が湧かない……つまり、初瀬さんはゆくゆく淡と戦って勝つことを考えている……と言えなくもない」

初瀬「いや……さすがにそこまでは……」

純「ま、オレにとって衣は敵になりえないからな。常に味方だから、勝てなくたって別にいいんだよ。あいつの強さは、オレの強さみたいなもんだ」

菫「今対局している面子でいうと、千里山の園城寺選手は、どこか江口選手に憧れている感じがしますね。かたや、二年の秋まで無名だったエース。かたや、一年生のときからベンチ入りしていて二年生から堂々デビューしたエース。
 園城寺選手は去年の秋季大会までずっと三軍だったと聞きます。色々と、思うところがあるのでしょう」

初瀬「森垣さんなんかは、見ていて、憧れって感情とは無縁な感じがしますね。誰が相手だろうと勝ってやる……そんな気迫を感じます。千里山の江口選手もそんな感じですよね」

純「憧れかぁ……考えてみりゃ面白いよな。例えば、初瀬ちゃんは、小走先輩に憧れてるんだよな。小走先輩みたいになりたいと思うか?」

初瀬「もちろん! 先輩は私の憧れで、目標で、いつか対等な立場に立ちたいと思ってます」

純「オレの場合、衣が好きだが、衣になりたいとは思わねえな。強いやつに憧れるやつってのはいくらでもいるけどよ、強いやつの側からしてみれば、案外、どこにでもいるような普通のやつに憧れを抱いたりするのかもしれねえ。
 さっきの石戸霞なんかは、化け物みたいに強いが、もっと別の何かを求めているように見えなくもなかった。鶴賀の二人のこと、羨ましそうに見てたもんな」

菫「面白い問題提起ですね。うちの淡は強いですが、もっと強い照に憧れています。照みたいになりたいと言っていた。しかし……照はどうなんでしょうね。あいつは、何を目標にして、何に憧れているのか。気になるところではあります」

初瀬「チャンピオンですか……あそこまで強いと、もはや、憧れとか畏れではなく……ただただ遠いなぁとしか思えなくなってきますね」

純「そう言ってやるなって。うちの衣じゃねえが、あいつら魔物も人間なんだよ。友達になっちまえば何も遠い存在なんかじゃねえ。そんな風に敬遠されるのは、向こう側にしてみりゃけっこう寂しいもんなんだぜ?」

菫「まあ、強過ぎる力は他人を遠ざけますからね。初瀬さんみたいに感じるのも致し方ない。けれど、これは知っていてほしいです。強い力を持つ人には……本人にしかわからない苦悩がある」

初瀬「なるほど。じゃあ……神代選手も……そうなんですかね」

純「さあ……わからねえな。見た感じ、あんま悩んでるようには見えねえが」

菫「巫女さん仲間も多そうですしね」

初瀬「ふむ……なんだか、少しだけ、強い人たちのこと……理解できそうな気がしてきました。
 この対抗戦が始まったときは……ここに出てくるような人と卓を囲むなんてできっこない……そう思ってましたけど、今なら、一回くらいは一緒に麻雀を打ってみたい……強さを肌で感じてみたい……そう思えなくもないです」

純「いい心掛けだな。が……果たして、神代小蒔の全力を見て……同じことが言えるかな、初瀬ちゃん?」

初瀬「え……」

菫「神代小蒔選手……対抗戦が始まる前、照は彼女のことを、自分より異質だと評価していました。ここまでは大人しいですが……そろそろ何かが来そうな予感がします。
 天江選手と淡に続いて……今日三人目の牌に愛された子……一体どんな闘牌を見せてくれるのやら」

初瀬「お、お二人とも……脅かさないでくださいよー!」

@対局室

東四局・親:セーラ

友香(暫定トップ……けど……まだまだ大変なのはここからなんでー。私の今日の目標は……みんなに……目の前の化け物たちが勝てる相手なんだと証明すること。
 今は確かにトップだけど……これは私の運がたまたまよかっただけ。それじゃダメ……下手したら私まで世界が違う人扱いされる……そんなの嫌なんでー)タンッ

友香(ターゲットは……やっぱり園城寺怜……! 美幸先輩……見ててくださいよ……! 先輩に五万点差つけた化け物にも……やり方次第で勝てなくはないんだって……私が証明してみせるんでー!!)タンッ

怜(なんや……劔谷からごっつうマークされとる感じするわ。まあ……うちとセーラは劔谷の三年に勝っとるからな。その弔い合戦のつもりなんやろか。
 セーラなら……喜んで受けそうやな。うちはそういう暑苦しいの苦手やけど……せやけど……別にむざむざ負けてやる気はあらへんで……!)コホッ

友香(園城寺怜の未来予知は……いつでも見えてるわけじゃない。牌譜と睨めっこしてようやく見つけた……ほんの僅かな隙。園城寺はよく他家のツモ和了りを消すけど……消したあと数巡だけ……何度か……一巡後に裏目ることがあった。
 二巡裏目りはけっこうあったけど……一巡裏目りはほとんどない。そして……そのほとんどないうちのほとんどが……何らかの形で園城寺が動いた直後に起きてる。
 たぶん……この人……予知した未来と違う打ち方をすると……数巡の間は未来予知が使えなくなるんだ……そこが攻略の糸口でー!)タンッ

怜(っと……また劔谷のツモか。七対ドラドラツモ……待ちは五筒か……満貫やないか。させへんで……!)

怜「チー」コホッ

セーラ(今日はよう鳴くなー怜。たぶんツモ消しなんやろうが……俺やないとすると劔谷か。
 ただな……怜……得意技を得意になってやり過ぎると逆に狙われんで。まあ……怜のツモ消しはせざるを得ない得意技やからな。せんかったらせんかったで和了られるのがわかっとるわけやから。
 やけど……チャンピオンが打点を上げんとあかんっちゅうのと同じで……せなあかんことってのは……能力に振り回されて自分の意思とは関係なく打ってまうってのは……相手からすれば……付け入る隙になるんやで……)タンッ

友香(鳴いたな……園城寺……!! この場……江口セーラと神代小蒔は重たそうな感じだから……今のはきっと私のツモをズラすための鳴き……ってことは……私はここでツモだったはずでー……ってあれ……?)

 怜がツモをズラした直後、友香の手に舞い込んできたのは、やはり和了り牌の五筒ッ!! しかも高めの赤ッ!!

友香(へえ……これはなんなんだろ……和了っとけってことでー……? 麻雀の神様……もしいるんだとしたら気紛れ過ぎでー……!
 けど……私は神様に好かれなくたっていい……牌と仲良くなれなくたって別にいい……私は私の仲間に好きになってもらいたいんでー……!!)タンッ

 友香、和了り拒否ッ!!

 その一打の不可解さを理解できたのは、この場では未来を見た怜一人ッ!!

怜(はあ!!? なんやねんそれ……!!? 意味が……意味がわからん!!? ツモ切りで赤五筒……!?
 まずズラしたのに高めで和了ってきたことにびっくりやけど……それ以上に……ハネ満和了り拒否ってどういうことやねん!!? 何考えてんのや……この一年……!!?)

友香(へえ……驚いてる驚いてる。なるほど……園城寺の見える未来は一通りだけなんだ。自分が改変したあとの未来は……園城寺には見えない……!!)

小蒔(なんだか上家が危ない気がしますね……と、五筒ですか。一応、合わせておきましょう)タンッ

怜(って……うちのツモまで赤五筒かいな。半端ないなこの子……さっきの巡目……うちは鳴くとしたら劔谷本人から鳴かへんと……それ以外のズラしは意味なかったってことやんな……チャンピオン並みの引きやで……この子……!)コホッ

セーラ(うえ……何コレ……劔谷から全員がツモ切り五筒って……気持ち悪っ!!
 なんや……筒子一通行けるかと思うてたけど……五筒が三枚も見えてんのやったら……タンピンにシフトやな……いくら怜の赤五筒が鳴けるからって……鳴き一通なんて俺は絶対やらへんで……)タンッ

友香(さあて……これで張り替え……完了……!!)タンッ

小蒔(五筒がこれで涸れましたか。上家……筒子に染めているようには見えません……これは通るでしょうか)タンッ

怜(劔谷……今張り替えよったんか……!? まさか……この子……うちが未来改変するとちょっとの間一巡先が見えなくなるんを見抜いてるんか……!!? それでわざわざ張り替えやすい七対子を選んだんか!!
 実際……和了りが見えたときは不思議や思うたんや。七対子みたいな単騎待ちや東一局みたいなカンチャン待ちは……和了り牌が少ない分うちにツモを潰されやすい……それを踏まえて……さっきは三面張で和了ってきた……やのになんでまた単騎なん……ってな。
 今の打牌……間違いないで……狙って張り替えをしたんや……! うちの未来予知の弱点を突くために……!! ハネ満ツモまで捨てて……!!? 信じられへん……想像以上ちゅうか想定範囲外やわ……この子……!!)コホッ

セーラ(ええ感じに真ん中に寄ってきたな。ヤオ九牌さん、ほな、サイナラ!)タンッ

友香(さっきから和了れ和了れうるさいよ神様……ただの和了りなんて私の眼中にはないんだ……狙うは園城寺怜からの直撃のみ。絶対に成し遂げて……みんなに見せてやる……!
 園城寺怜……一巡先を見る者……! あなたには……未来が見えるのかもしれない……けど……!! それは見えるだけであって……私たち劔谷の未来は……誰にも奪えないんでー!!)タンッ

小蒔(安牌……増えました……!)タンッ

怜(くっ……あと一巡もすれば未来が見えるようになんのに……! まだ見えへんか……しかもこんなときに限って……安牌ないやん……!!)

 怜、困惑ッ!!

怜(この状況を狙って作ったんか……劔谷……!! こないな……こないな打ち方……うちは知らんで……!! 絶対思いつかん……思いついてもやろうと思わん……仮にやろうと思うたとしてもできる気がせえへんわ……!!)

 怜、一周回って、苦笑ッ!!

怜(ああ……振り込みが恐いのなんて久しぶりやわ……! そういや一年の頃はようセーラや竜華にボコられとったっけ……懐かしいで……この感じ……何をやっても負けてまうような……追い詰められる感じや。
 そういうんを……弱いなりにぎりぎりでかわしていくんが……楽しかったな。ごくたまーにそれでセーラや竜華に勝てたときは泣くほど嬉しかったなぁ……! ええやん……劔谷……!! あんたオモロいで……!!!)

 怜、場を眺めて、捨て牌を選ぶ。

 手に掴んだのは、一筒ッ!!

怜(本来七対子にヤオ九牌はむしろ危険や。劔谷の七対子は断ヤオと複合できひん感じやったしな。かなりの確率でありえる。
 やけど……前巡……劔谷が待ちを変えたあと……神代もセーラも一筒を切っとる。そのあと劔谷は手替わりしてへんから……もしこの子が一筒で待ってんのやとしたら……地獄単騎でその上山越。
 まあ……ハネツモ和了り拒否をしたこの子ならやりかねん……狙いはうちみたいやし……せやけど……そんなん一々考慮しとったら何も切れなくなるわ。
 ジャンケンでグー出す言うてる相手にパー出そうかなどうかな悩むのと一緒や。答えはあらへん。未来が見えへん今のうちに頼れるのは……確率だけや。その確率が……一筒が最も安全や言うてる。これで振り込んだら……相手が一枚上手やった……それだけの話や……!!)タンッ

 怜、覚悟の一筒切りッ!!!

 劔谷・森垣友香の待ちは果たして――!!

友香(みんな……!! 莉子……! 澄子先輩……梢部長……美幸先輩……!! 見てますか……!!? 私……化け物を捉えましたよ……!!! 私らのいる世界は……どこまでも繋がってるんでー!!)

 友香、力強く手牌を倒すッ!!

友香「それロンでーッ! 七対子ドラドラ……6400でー!!」ゴッ

怜(あ……和了り拒否からの山越地獄単騎……!? ホンマにようやってのけよったな……!!? 和了られといてなんやけど……素直に感動やわこんなん……!!!)

セーラ(うっわ……嘘やろ……なんやその和了り……!? わけわからへん!! たぶん……怜から直撃を取りたかっんやろけど……点数的にはハネ満ツモのほうが削れたやん……! 点数度外視で直撃狙いって……俺やってそんな無茶はやらへんで……!!)

小蒔(ふわっ……!! これ……三巡前にハネ満和了り拒否……!? それに私の一筒を見逃しですか……!!
 よくわかりませんが…………すご過ぎて何がなんだか………………どうしましょう……………………とても眠いです…………………………)ZZZZZZZZZZZ

友香(みんな……私……やりましたんでー!!!)ピース

友:124500 神:95100 セ:109400 怜:71000

@観戦室

莉子「友香ちゃん……!! カメラ目線でピースしてる……!!」

梢「なんだか無茶をしていると思ったら……そういうことですか」

澄子「そういうこと、とは?」

美幸「たぶん私らに見せたかったんだもー。私らが勝てなかった千里山……でも……それは決して勝てない相手じゃなかったってもー」

澄子「あの子……そんなことを考えて打ってたんですか……」

梢「ええ……あの七対子も……きっと莉子を励ますための和了りだと思いますよ」

莉子「はい……! 友香ちゃんの……頑張れ……負けるな……って声が聞こえた気がします……!!」

美幸「なんだかなーもー……引退する気だったけど……まーた麻雀やりたくなってきたなもー!」

梢「そうですね。インターハイは終わってしまいましたけど……もう少しだけ……みんなと一緒に打ちたいものですね」

澄子「まだコクマとかがありますよ……! 先輩方……また一緒にやりませんか?」

莉子「それがいいです! 私も……友香ちゃんに負けないくらい頑張って……強くなってみせますっ!!」

梢「そうですね……友香が帰ってきたら……みんなで今後のことを話し合ってみましょうか」

美幸「でも……今は先のことよりも……とにかくみんなで友香を応援するもー!」

莉子「はいっ!」

@実況室

すばら「あ……あの園城寺さんが振り込んだ……!!!!?」

純「煌ちゃん煌ちゃん、実況忘れてるって」

すばら「はっ!? これは申し訳ありませんっ! あまりに森垣選手がすばらなことをやってのけたので……驚いてしまって……!!!」

菫「花田さんは園城寺さんと打ってますからね、驚きもひとしおでしょう」

初瀬「あんな和了りを見たら誰だって驚きますよ。本当にすごかったです。きっとかなり園城寺選手の牌譜を研究したんでしょう……私も見習わなくてはいけませんね」

菫「そういえば、園城寺選手はインターハイで照に振り込んでいましたが、彼女がリーチ時以外に振り込んだのは、あれが公式戦では初なんだとか。ということは、これが二度目ってことになるでしょうね」

すばら「まさにセカンドインパクトッ!!」

初瀬「えっ? なんですかそのワードチョイス……」

純「これで一年選抜が頭一つ分抜け出したな」

すばら「はいっ! というわけで、南入しました! 今しがた、ハネ満和了り拒否――からの山越地獄単騎で園城寺選手からまさかの直撃をものにした森垣選手の、親番ですっ!」

菫「直撃も火に油というか、江口選手や園城寺選手がまた一段と加速した感じがします」

初瀬「本当ですね……わっ、江口選手……六巡目でハネ確リーチ……! また高いのを張りましたねっ!」

純「江口セーラのリーチに園城寺は動かない、か。一発はないってことだな」

すばら「一方、親番の森垣選手はさっきの無茶が祟ったのか、少し苦しい手牌ですっ! これは鳴いて流しに行くでしょうか?」

菫「セーラ選手の打点が高いのは周知の事実ですからね。振り込む危険を犯して無理に連荘を狙うより、トップの今は素直にオリというのが妥当な気がします」

すばら「おおおっと、森垣選手、面子を崩してきました! これはベタオリかっ!!」

純「と、園城寺も張ったな」

初瀬「リーチ……はかけませんね」

菫「一発狙いと、江口選手のツモ消し……当然のダマでしょう」

すばら「江口選手はツモならず……! これは園城寺選手には見えていたのでしょう……っと!! その園城寺選手っ!! 一巡待ってからここでリーチをかけてきましたあああ!! これは園城寺選手が江口選手を出し抜くのか!?」

純「江口セーラがやっちまったって顔してるなぁ……」

初瀬「そうですね……この南一局は、これで終わりでしょうか」

菫「いや……もちろんそうとは言い切れませんが……しかし十中八――」

 その――瞬間ッ!!!

 テンポよく和やかに会話が進んでいた実況室に押し寄せる……津波のような圧倒的悪寒ッ!!!!

すばら・菫・純・初瀬「――ッ!!!!?」ゾゾゾッ

 その破壊力はさながらセカンドインパクト……ッ!!

 衝撃は、実況室だけではなく、会場中に伝播するッ!!!

@観戦室

莉子「うっ……!!!」クラッ

美幸「ええ……莉子っ!!? 大丈夫かもー!!?」

梢「今のは……!?」

澄子「恐らく……!!」

莉子「……ゆ……友……香…………ちゃん……」パタッ

美幸「誰か助けてくださいもーーーーー!!!?」

@三年選抜控え室

霞「あらあら……来てしまったわねぇ」

初美「二度寝ですよー……」

久「みんな、気分が悪くなったら無理せず医務室に行ってね」

美穂子「上埜さんと一緒なら喜んで……//////」

哩「姫子、大丈夫と?」

姫子「はい……なんとか」

シロ(うわー……これ準々決勝のときとは段違いだな……こんなのが相手じゃなくてホントよかったー……)

豊音「わわわわっ!!!? 去年テレビで見たやつっ!! すごいすごいっ!!! 神代さんの相手もしたかったー!! これ生で感じたかったー!!!!」

@二年選抜控え室

衣「ほう……」

透華「ヤバげ……今日一番のヤバげですわ!!」

絹恵「なんや頭痛くなってきたわ……」

Q「うちも……」

尭深「……大丈夫……?」

灼「玄、生きてる……?」

玄「…………」フルフル

かおりん「えっ? みなさん、何をそんなに恐い顔してるんですか?」ケロッ

@一年選抜控え室

穏乃「おおおお……園城寺さんがリーチしたっ!! これはまた一発ツモが来るのかー!!? 森垣さん、頑張って! 鳴いてっ!!」

憧「いや……穏乃、あんた今騒ぐポイントはそこじゃないでしょ……」

和「そうですよ。ただの追っかけリーチに騒ぎ過ぎです。あと、また一発とか、そんなオカルトありえません」

優希「いや、和ちゃんもズレてるじぇ……」

南浦「優希……あなたよくこんなのと戦って生きて帰ってきたわね」

淡「んー……どうだろう。インターハイの準々決勝とは全然違う感じがするなぁ……一体いくつ持ってんだろうねぇ……」ウネウネ

モモ「森垣さん……大丈夫っすかね」

咲「あの人は……たぶんこういうの強いと思う。それよりも……お姉ちゃんに病院送りにされた園城寺さんが……心配だなぁ……」

@混成チーム控え室

末原「うっわ……『ザ・魔物ヒットパレード☆』って今度はこいつかいなっ! 勘弁してくれやー……!」ガクブル

かじゅ「これは……満月時の天江衣と同じか……或いはそれ以上だぞ……!」ゴクッ

小走「ふうん……面白いじゃないか」

宥「あれ……なんだか……寒気が増しました……?」

照「ホットココア……買ってくる?」

まこ(うおっ、チャンピオンが今日初めて喋りよった!? わしゃこっちのほうがびっくりじゃ!!)

漫「先輩ー? どうしたんですかー?」ケロッ

池田「なんだ? みんなして頭痛かー?」ケロッ

@対局室

南一局・親:友香

小蒔()ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 八巡目

セーラ(これは……えらいヤバいで……!! 警戒しとらんかったわけやないけど……こんな突然出てくるんはさすがに予想外やで……!! リーチかけてもうてるやんか……!!
 やけど……怜が追っかけたんやから……とりあえずこの場は大丈夫なはず……やんな……?)タンッ

友香(これは……神代小蒔の雰囲気が変わった感じでー? どうしようかな……江口セーラの捨て牌鳴けるけど……ここはズラさずに園城寺に和了ってもらったほうが得策でー……?)タンッ

小蒔()タンッ

怜(…………っと、危ない危ない。今一瞬……意識飛んどったわ。えっと……今うちのツモやんな。大丈夫。まだ生きとる。神代小蒔……ついに動き出しよったか……やけど……ここはうちが終わらせる……魔物退治は次局からや……!)

 怜、未来予知した一発ツモッ!!

 しかし……和了り牌、来ずッ!!

怜(は……? んな……んなアホな……え? 誰も鳴いとらんよな? なんやこれ? 今何が起きとん……?)

@特別観戦室

憩「へえー! こないなことが起きるんやねー!」

洋榎「なんや一発ちゃうんかーい! ま、そういうこともあるやろな~」

泉(いやいやありえませんよっ!! 園城寺先輩が……鳴かれてもいないのに一発で和了られへんなんて……!?)

竜華(と……怜……!!)

@対局室

怜(まあ……和了れへんのやったら仕方ないわ……信じられへんけど……これは捨てるしかあらへんな……)コホッ

セーラ(はああああ!? 怜……!! 一発ちゃうんか……!! どないなってんねん!!!?)タンッ

友香(園城寺が一発ならず……!? 神代小蒔……一体何をしたんでー?)タンッ

小蒔()タンッ

 十六巡目

小蒔「ロン……門前清一平和一盃口一通……16000」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

セーラ「お、おう……」チャ

怜(神代小蒔……うちの和了り牌……あのとき来るはずやった三筒を……手に三枚も抱えとる……?
 嘘やろ……こいつ……鳴きもせず未来を変えよったんか……? あの……なんか出てきた瞬間……あれだけで……触れもせず山牌の並びを捩じ曲げよったんか……? ありえへんやろ……)クラッ

友香(これはオリてて助かったパターンでー。さて……園城寺の次は……全国区の魔物が相手か……けど……これはさすがにキツいかもでー!)

 神代小蒔、ついにその身に女神を宿すッ!!

 六女仙を従える――霧島神境の姫……満を持して降臨ッ!!!

小蒔()ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

友:124500 神:113100 セ:92400 怜:70000

すいません、キリがいいので昼ご飯を食べてきます。一時間くらいで戻ると思います。

よろしければ保守お願いします。では、また後ほど。

今更だけど、アコチャーは穏乃って呼ばない。
シズって呼ぶよー。

保守・支援ありがとうございました。再開します。

>>710 すいません。そうでしたね、シズは特別でしたね。ありがとうございます。以降見つけたら直しておきます。

@実況室

すばら「さて……園城寺選手がまさかの一発ならずで……神代選手が江口選手から倍満を和了り……南二局に突入したわけですが……!!!」

純「せめて……神代の覚醒がもう少し遅ければなぁ……親番で連荘って可能性を潰せたかもしれねえが……」

すばら「開始早々から……場がとんでもないことになっておりますっ!! これは……石戸霞選手の一色独占より……さらに惨いっ!!!」

菫「恐らくは……これが神代選手の最高状態でしょう。これは……天照大神の中で最も強い支配力を持っているんじゃないでしょうか……それくらい……現実離れした場になっています……」

初瀬「こんなオカルト……ありえてほしくありませんっ!!」

純「ところが現実にありえてるんだなぁ……。どうだい、初瀬ちゃん、あいつと卓を囲めるか……?」

初瀬「ううう……が……がが……頑張りますっ!!」

菫「ナイスガッツですね。私は絶対嫌ですが」

初瀬「ええっ!? なんでですかっ!!?」

菫「だって……あれでは神代を射抜けない。そんな荒れ場はご免です」

純「そうだな……確かに、あれから直撃を取るのは鶴賀の東横以上に無理そうだ」

すばら「さあ……!! いよいよ全国区の魔物が眠りに憑いてその眠りから覚めました!! ちょっと何を言っているのか自分でもわかりません!!! 果たして他家に成す術はあるのか……!!! 全力で見守りましょうっ!!」

@対局室

南二局・親:小蒔

友香(これは……本当に現実でー? 悪夢のほうがまだマシ……最悪の冗談か何かであってほしいんでー……けどまあ……これに勝たないと私の目標は達成できない……考えろ……どうにか戦う方法を……考えるんでー!!)タンッ

小蒔()タンッ

怜(これ夢ちゃうやろな……うち……さっきの衝撃でやっぱ死んだんと違うか……?
 なら……こっからは何があってもうちの夢オチ言うことで……目覚めたときは……竜華のふとももの上におるんがええな……って!! 現実逃避はあかん!! それはさすがに三軍以下やっ!!)コホッ

セーラ(これで……神代は五連続萬子切り……対して俺の手牌と……怜と劔谷の捨て牌には……筒子と索子と字牌しかあらへん。これは……石戸霞からの類推やけど……正真正銘の一色独占能力か。
 なんちゅうか……俺も宮永照とかその他いろんな強いやつと打ってきたけど……こないなアホな状況は初めてやで……)タンッ

友香(一色独占……永水の石戸霞は……数牌36枚と字牌28枚……合わせて64枚をその支配下に置いていた。
 ただ……配牌とツモは合わせて13足す18の31牌……当然……終盤になれば支配から溢れる牌が出てきて……他家の絶一門も崩れる……序盤を鳴いて凌いだりすれば……或いは石戸から直撃を取ることも可能。
 実際……さっきは姫松の愛宕絹恵が上手く石戸のツモ番を食って直撃を取っていた……違うパターンでは……インターハイで清澄が王牌から和了り牌を掠め取って翻弄していたっけ……が……しかしでー……)タンッ

小蒔()タンッ

怜(神代小蒔……もし仮に……この巫女さんが数牌36枚を完璧にその支配下に置いとるんやったら……その支配から溢れる牌はたったの5枚。
 それが王牌に含まれてもうたら……最後の最後までうちらの絶一門は解けんことになる……要するに……神代はうちらに振り込まんし……うちらは神代から和了れん……)コホッ

セーラ(せやけど……振り込まんとか和了れんとか……そんなんは……さっきの次鋒戦で鶴賀の一年生が似たようなことをやっとった。
 問題はそこやないねん……同色の数牌ばかりをひたすらにツモっていくんやったら……そんなん……どうなるかなんて日の目を見るより明らかやん……)タンッ

友香(ほぼ百パーセントの確率で……毎局九蓮宝燈……ッ!!!!)タンッ

小蒔()タンッ

怜(緑一色……字一色……古役なら大車輪や百万石、黒一色とかやろか……染め手系の役満は数あれど……九蓮はその最高峰や……天和、字一色七対子、四槓子並みの難易度を誇る……最も出にくい役満の一つ……!)タンッ

セーラ(せっかくやし一回くらい実物拝んでみたい気もするけど……神代の親番でそれはないな。せめて子の役満やないと……親の役満で連荘なんかされたら……もう立て直しがきかなくなるで……!)タンッ

友香(とりあえず……さっきの石戸霞の例もある……鳴いてツモがズレるか試してみるんでー!!)

怜(あかん……! それはあかん……!! その未来はもう見えとったんや……劔谷……!!)

友香「チー」タンッ

小蒔()タンッ

 友香、戦慄ッ!!!

友香(げ……!? ズラしたのにツモ切り萬子……!!!? いくらなんでもひど過ぎるんでー!!)

怜(やっぱりか……その鳴きではズレへん……! わかっとった……その未来は見えとった……なら……うちの知らない未来は……どうや……!!)コホッ

セーラ(ん……怜が妙なところを出してきよったが……なるほど……そういうことかいな。了解やで……怜……そのパスもろた……!!!)

セーラ「チー!」タンッ

友香(千里山コンビ……! これは……私の鳴きとは違う……未来が見える園城寺が絡んでいる鳴きなら……いくら神代だって……!!)タンッ

小蒔()タンッ

 戦慄――再びッ!!!

友香(でっ……!!? でええええええええ!!?)ゾッ

セーラ(またツモ切り萬子やと……!!? 今……怜からの……未来が見えとる怜からのパスでツモをズラしたんやで……!!? どうなってんねん……!!)ゾッ

怜(う……嘘やろ……!! そんな……ありえへん……!! やって……うちの見た未来では……神代が今ツモ切りした牌は……劔谷がツモ切りするはずやった九索やないとおかしいやろ……!! なんでズラす前と同じ牌をツモ切ってんねん……!
 っちゅうか……うちのとこに来た牌も……さっき見た未来で神代がツモ切りしとった萬子になるはずやろ……!! なんで九索やねん……これはまさか劔谷のツモやったやつか……んなアホな!!
 なんやこれ……うちの未来予知が……おかしくなっとんのか……!?
 いやいや……それは違う……さっきまでは正常に見えとった……それが……うちが未来を改変した途端に狂った……っちゅうことは……神代の支配力が……うちの未来予知の上を行っとるってことか……!!?
 さっき三筒を一発ツモできひんかったのと同じ……うちの未来予知を狂わすほどの……支配力……!! そんなん……チャンピオンかて……うちの未来改変で阿知賀に振り込んだんやで……!! 無茶苦茶やないか……!!)コホッ

セーラ(怜が目に見えて動揺しとるな……っちゅうことは……怜の見た未来ではありえへんことが……今起きたってことやんな。
 それだけ神代の支配が半端やないってことか……さっき怜が一発ツモを逃したとき……そんな予感はあったが……しかし……怜の未来予知がこの場においては絶対やないとなると……こりゃ本格的にヤバいで……。
 怜の未来予知の上をいく力……チャンピオンのときみたいにダブル・トリプルで対応できる類の能力やないってことか……まあとりあえず……今神代がツモ切りしたっちゅうことは……まだ九蓮テンパイってわけやないんやろうけど……それも時間の問題やろな……!)タンッ

友香(ええっと……もし仮に……数牌36枚をランダムに引いていくとして……九蓮ってだいたい何巡目くらいに出来上がるんでー……? 次が九巡目だけど……いずれにせよ……海底までには間違いなく和了ってくるんでー……!!?)タンッ

小蒔()タンッ

怜(今度は手出し……また萬子……! っちゅうことは……九蓮に向けてまた一歩手が進んだってことかいな……!! もう嫌や……!!)コホッ

セーラ(怜……心折れたらあかんで……!! まだや……まだ神代が和了ったわけやあらへん……諦めんのは早いでっ!!)

セーラ「ポンッ!」タンッ

怜(セーラ!? 二副露……!! うちの知らん未来……! まさか……テンパイか……!?)

セーラ(当たり前田のクラッカー……!! 二色麻雀なら……三麻でようやったやんか……!!)

怜(さ……さすがセーラ!! よっ、千里山のエース!!!)

友香(江口セーラ……張ったのか……! どこでー? どこが当たりでー!!? ここっ!!)タンッ

セーラ(だああああ……っ! 惜しいで……劔谷……!! その一つ隣やっ!!)

 完全に協力態勢を作った、怜、セーラ、友香ッ!

 しかし、一致団結して魔神に向かおうと湧いた、その直後ッ!!

 戦慄……三度ッ!!!

小蒔「ツモ……門前清一……6000オール……」パラララ

友香(うっわ……それマジでー……?)ゾゾッ

怜(そんな……! 嘘やん……!! セーラが鳴いた直後やで……!? うちが見た未来とはツモ順がズレとるんやで……!? しかも……しかもセーラが鳴かなかった未来では……あんた……その一萬をツモ切りしとったはずやん……!!!)ガタガタ

セーラ(ははっ……これは……笑うしかないで……!!!)ゾワッ

 晒された神代小蒔の手牌……!!

 それは点数以上に、三者の心を抉るッ!!

 小蒔手牌:一一一二三三四五六七八九九:ツモ一:ドラ7

 戦慄の――高め九蓮宝燈……ッ!!!

友香(高め九蓮……初めて見た……!! いや……手牌と捨て牌全部一色染めっていうのも……モチ初めて見たけど……!!)

怜(なんやこれ……!? ズラしても崩せん一色独占……アテにならへん未来予知……ほんでもって……セーラが和了るかと思いきや……見透かしたようなメンチンツモ……!!?)

セーラ(さらに悪いことに……これで……神代小蒔は……連荘や……!!!)

小蒔()ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

友香・怜・セーラ(この……化け物……!!!)

友:118500 神:131100 セ:86400 怜:64000

@実況室

すばら「こ……これは……なんと言ったらいいのでしょう……!!!」ゾゾゾゾッ

初瀬「すいません……私、ちょっとトイレで吐いてきます」フラフラ

純「あー、初瀬ちゃん、トイレ行くついでに永水のやつ誰か連れてきてくれー!!」

初瀬「わか……っうぇ……りました……!!」ダッ

菫「想像を絶するとはこのことですね。私なら……そうですね、速攻で他家を射抜いて神代選手の親を流し、あとは役満を食らおうがなんだろうがとにかくトバずに帰ることに全力を注ぎます」

純「速攻ねぇ……それができりゃあ苦労しないが。普通に打ってりゃ一色の神代のほうが二色の他家より早いわけで」

菫「井上さんならどうしますか?」

純「オレにはちょいと荷が重そうだな。見た感じ鳴きが通用しないっぽいし」

菫「鳴きの無効化ですか。確かに、一巡先が見える園城寺選手がいろいろ動いたというのに……神代選手はお構いなしに一色独占してましたからね」

すばら「何か……攻略の糸口のようなものは……?」

純「天に祈れ」

菫「気を強く持つことですかね」

すばら「お二人ともっ!! 解説を投げないでくださいっ!!」

初瀬「戻りましたー!!!」バンッ

菫「初瀬さん、随分と早かったですね」

純「顔色もよくなってるな。で、永水のやつは……って、ん?」

初瀬「すいません、永水の人を連れてこようと思ったんですが……その必要はないって………………先輩が/////」

小走「ニワカに解説はできんよっ!!」ドンッ

 王者、見参ッ!!

すばら「あ……あなたは……!? 晩成・小走やえ選手ッ!!? どうしてここにっ!!?」

小走「観戦してたら解説の初瀬が吐きそうだって出て行くのが聞こえたからな。心配になって来てみたんだ」

純(いや……それにかこつけてしゃしゃり出てきただけのような気がするが……)

菫「それで、小走さん、何か、神代攻略の目処は立ちましたか?」

小走「ま、多少はなっ!」

すばら「すばらっ!! ぜひお聞かせくださいっ!」

小走「そうだな。まずはっきりさせておきたいのは、神代が九蓮を和了る確率だ」

すばら「おおおお!! 数学的視点から入るとは!! さすが奈良の名門・晩成高校ッ! 偏差値70ッ!!!」

純(な……70ッ!!? み、見えねー……!!)

小走「さっき観戦しながら、私なりにちょっと計算してみたんだ。決して正確ではない、荒っぽい仮定に基づいた計算だがな。それでも、さほど的外れではないと思う」

菫「この一局の間に確率計算を終え……さらには攻略法まで見つけてくるとは……さすが奈良王者は違いますね」

小走「揶揄かうのはよしてください、シャープシューター。弘世さんだって気付いてるでしょう?」

菫「まあ……神代の打ち方のクセについては、なんとなく。しかし、九蓮和了の確率まではさすがに……」

初瀬「それで、先輩っ! 神代の九蓮、和了る確率はどれくらいなんですか!?」

小走「慌てるな、初瀬。王者はいついかなるときも、悠然と構えておくものだっ!」

初瀬「はいっ!」

純「いいから早く教えろよ」

小走「そうだな。勿体振るようなことじゃない。というわけで、私の計算では、神代が九蓮を和了る確率……まあ一つの目安として今神代がメンチンを和了った十巡目を区切りとしよう。十巡目で神代が九蓮をツモる確率は、約14パーセントだ」

すばら「十巡目九蓮が……14パーセント……!! 十回に一回以上……!!」

小走「計算の過程を知りたい人ー?」

一同「………………」

小走「まあ、いい。もしいたなら、小走やえによる受験生のための高校数学講座が始まるところだったんだが」

菫(それはそれで聞いてみたい気がしないでもない……)

小走「で、まあ、十巡目までにそれくらいで、そこから十八巡目――最終ツモまでに和了る確率は、ま、九割以上あると見ていいだろう」

初瀬「なんだか……よくわかりませんが、数字に落とし込むことで、少し恐怖感が減った気がします、先輩!!」

小走「魔物など所詮そんなもんだ」

純「で、神代の攻略法ってのはなんなんだ? さっき、シャープシューターが打ち方のクセとか言ってたが」

小走「なに、簡単なことだよ。あいつは……今の神代は……恐らく人間じゃない。別の何かだ。そういうやつの大半は、一定の法則に従って動いてる――言ってしまえば機械みたいなもんなんだ。さて、ここに麻雀牌を持ってきたわけだが……」パラパラ

純(用意がいいな……!!)

小走「例えば、配牌がコレで、以降、十巡目までのツモがこんな順番だったとして、みなさんならどうやって打つ?」

 仮配牌:1122333677899
 仮ツモ:3→4→5→8→8→9→4→6→5→1→……

純「3をツモって7切って、4をツモって3切って、次巡に5をツモって和了りだな。メンチン平和一盃口ツモ……これだけで倍満確定だ」

小走「そう……それが最速だ。もし、あれが人間だったらそういう風に打つに決まっている。九蓮なんて必要ない。三巡目親倍ツモで連荘……競技麻雀ならそれで十分」

すばら「神代選手は……どう打つんですか?」

菫「彼女のクセ……というか、プログラムみたいなものでしょうか。その法則に従っていけば、まず3をツモ切りします。次に4をツモって2を捨てます。次は5をツモって7を捨てます。次の88はツモ切りで、9をツモって3切り。
 465をツモ切って、1でフィニッシュですね」

小走「ご名答。さすが弘世さん」

初瀬「一体……どんな規則性が?」

小走「九蓮に必要なのは1・9が三枚、2~8が一枚ずつ、プラスどれか一枚だ。神代は、それ以外の、九蓮に不必要な牌のうち、まずは重複している牌から捨てていく。これが第一法則。優先順位は、対子、暗子、槓子の順だ」

菫「上の例でいけば、2の対子と7の対子から優先的に切っていくわけです」

小走「で、第二法則。対子や暗刻が複数ある場合、数字の若いほうから切っていく」

純「へえ……随分妙な切り方をすると思ってたが……そんな規則性があったのか」

小走「最後に第三法則。九蓮の形に不必要な牌をツモった場合、第一第二法則に関係なく、即ツモ切りする。上の例で言えば、最初の3のツモ切りがそれに相当するな」

初瀬「す……すごい……!! たった一局見ただけなのに……!!」

すばら「それで……その法則から導き出される攻略法とは……!?」

小走「この法則から、神代小蒔は九蓮以外は眼中にないということがわかる。例外は、さっきみたいなケース。他家のテンパイを察知したとき、ツモって来たのが和了れる牌なら、仕方なくメンチンを和了る。
 しかし、基本的には、あの魔物は九蓮に向かってただひたすらに、規則的に打っていくだけの機械だ」

純「なるほどな……攻略の糸口が見えてきたぜ」

小走「九蓮以外を和了ることを考えてないのだから、当然、上の例でいうところの、三巡目親倍ツモとか、そういう手の打ちようがない和了りはしてこない。なぜなら、倍満だろうが三倍満だろうが数え役満だろうが、それは九蓮じゃないからだ」

初瀬「つまり……九蓮を目指す以上は……どうしても手が遅くなる……!!」

小走「そういうこと。速攻でメンチンを連荘し続けるプログラムだったら、アレには誰も勝てんよ。けど、そうじゃない。アレは人じゃないから……メンチンで十分……みたいな人間らしい価値観では動かない。それが、弱点その一だ」

菫「弱点その二は、なんでしょう?」

小走「さっき、他家のテンパイ気配を感じたらメンチンでも先に和了るケースがあると言ったが、それができるタイミングは、限られている」

すばら「おおおおっ! どういった具合に!?」

小走「もう一度、仮配牌と仮ツモを眺めてみよう」

 仮配牌:1122333677899
 仮ツモ:3→4→5→8→8→9→4→6→5→1→……

小走「これで神代の手牌がどんな風に進んでいくかというと、以下のような感じだ。で、テンパイしてるときに○を、イーシャンテン以下のときに×をつけてみる。そんでもって、テンパイしていて且つメンチンを和了れるケースに●を付けてみる」

 一巡目:1122333677899:ツモ3×
 二巡目:1122333677899:ツモ4×
 三巡目:1123334677899:ツモ5×
 四巡目:1123334567899:ツモ8○
 五巡目:1123334567899:ツモ8○
 六巡目:1123334567899:ツモ9○
 七巡目:1123345678999:ツモ4●
 八巡目:1123345678999:ツモ6○
 九巡目:1123345678999:ツモ5○
 十巡目:1123345678999:ツモ1☆九蓮和了!

小走「まあ、ざっとこんなもんだ。この仮配牌と仮ツモの例では、神代は四巡目以降ずっと張ってたものの、和了り牌が来たのは七巡目と十巡目の二回だけ。要するに、そうそう都合よく他家の和了りを潰すことなんてできないってことだ」

すばら「つまり……あの神代小蒔選手に対抗するためには……どうしたらいいのでしょう!!?」

小走「ひたすらに速攻あるのみ。神代が和了る前に和了れ。和了り続けろ。それなら負けることはない」

すばら「うわわあああ!! 散々引っ張ったあげくものすごく現実的で普通の答えが返ってきましたああああっ!!」

小走「非現実的で異常な答えなんて返したところで、誰も実行できないだろうが」

菫「おっしゃる通りですね」

小走「ま、そういうわけでだな。十巡目が一つのデッドラインだと思ってほしい。それまでになんとか和了るしかない。二色で手を作っているんだし、三人で協力すれば一人くらいは早和了りできるやつが出てくるだろう。
 他家のテンパイ気配を察知したら、即差し込み。もしくは、さっきみたいに鳴いて速攻。鳴く場合は、神代のツモ番を飛ばせれば一石二鳥だな。ま、もちろん早和了りがメンチンで潰されることもあるだろう。
 が、それだっていつでもできるわけじゃない。たとえ神代がテンパイしていようとも、大体二~四巡に一回くらいしか神代はツモれないはずだ。その隙に和了ればいいだけのこと」

すばら「おおお!! なんだかよくわかりませんがイケそうな気がしてきましたっ!!」

小走「ま、これはあくまで負けない戦い方だがな。勝つとなると……少々賭けに出なきゃならん」

すばら「か……勝つ戦い方があるんですか!? あの神代選手にっ!?」

小走「当然っ! ただ規則的に打って九蓮を目指すだけのニワカなど……相手にならんよッ!!」

初瀬「先輩……素敵ですっ!! で、どうやって戦えば勝てるんですか!?」

小走「それは教えないっ!!」

すばら「ずこー!」

純「ま、自分で考えろってことだな。初瀬ちゃん、先輩にばかり頼ってちゃ、いつまでも強くなれないぜ?」

菫「そうですね。どうやったら勝てるか……それを考えるのも、訓練の一つです」

初瀬「なるほど……頑張りますっ! 先輩、私も色々考えてみるので、あとで答え合わせしましょう!!」

小走「おう、楽しみにしている。じゃ、初瀬の体調も回復したことだし、私はこれで失敬する。また何かあったら呼んでくれ。どんな魔物も私が丸裸にしてやるよ。ではっ!」ダッ

 王者、去るッ!

純「さて……なんだか胡散臭い気もするが……これで少しは光が見えた、のか?」

すばら「私たちは……まあそうですね。一応、神代選手対策はある程度練れたと思います。ただ……あの場にいる三人が……どうするのかまでは……なんとも」

菫「彼女たちなら心配は要りませんよ。この対抗戦に出てくる選手は……みな一筋縄ではいかない。遠からず、同じ結論に辿り着き、実行してみせるでしょう」

純「けど……せっかくだから一度くらいは生で九蓮を見てみたいもんだなぁ」

初瀬「井上さん、完全に傍観者目線ですね……」

すばら「さあああ!! どうなってしまうのか、中堅戦前半……!! 神代選手の連荘は止まるのか!? 九蓮宝燈和了の歴史的瞬間は訪れるのか……!! 大注目ですっ!!」

@対局室

南二局一本場・親:小蒔

友香(相変わらずの絶一門……しかも神代小蒔はまた一色切り。今度は筒子の九蓮狙いでー)タンッ

小蒔()タンッ

怜(あかん……さっきので大分心が折れた。一巡先を見て……それで未来改変しとるのに……神代の支配力はその上を行く。
 どうやっても神代の一色独占を止められへん。そういえば……阿知賀の松実玄……どんだけ鳴いても……うちが未来を変えようと変えまいとお構いなしに……ドラを一人で独占しよったな。あれと似たようなもんやろか。
 いやいや……阿知賀の松実玄はそれが弱点になっとった……たとえ支配力はあの子のほうが上でも……あの子から直撃を取る方法はいくらでもあった……やけど……神代はそうもいかへん。一色独占とドラ独占は全然ちゃう……神代からは……直撃が取れへん)コホッ

セーラ(なんや……怜……顔が死んどんで……! それがチャンピオンと戦って一度しか振り込まへんかった千里山のエースの顔かいな……!!
 そら……未来予知が通じんのは辛いやろけど……未来を変えようと変えまいと特定の牌を独占できるって……そんなん要するに松実玄と同じってことやろ……! それが……たまたまドラやなくて一色独占やってだけの話やないか……!
 何をそんなに絶望しとんねん!!)タンッ

友香(園城寺……なんだか顔色悪いけど大丈夫でー? じゃあ……まあ、病人もいることだし……ここは私がさっさと和了って終わらせるんでーよろっ!!)

友香「チー!」タンッ

小蒔()タンッ

怜(また……鳴いても筒子のツモ切り……これは見えとったけど……どないせえっちゅうねん……劔谷は鳴いて速攻でいくんかわからんけど……それ……さっきセーラがやってダメやったやん。
 セーラでダメやったんを……いくら劔谷の一年生がすごいかて……できるわけあらへん……まして……うちには無理や……)タンッ

セーラ(怜……!! しっかりせえよ!! 鳴いて速攻はこの場の最善策なんやって!! それくらい……さっきの神代の捨て牌をちゃんと見てれば気付くことやろ……!!
 こいつはメンチンを狙っとらん……端から九蓮に向かって機械的に動くだけの人やない何かや……! 速攻しようって意思を持った人間が三人で協力すれば……いくらでも突破できるんや……!!
 しかも……三人のうち一人……怜は未来予知能力を持ってるんやで……!! さっき俺の和了りが潰されたのはたまたまなんやって……!! 頼むから目ぇ覚ましてくれ……怜……!!)タンッ

友香(うっ……それ鳴けないんでー!)タンッ

小蒔()タンッ

怜(次巡……まだ神代は和了らんか……やけど……これもアテにならんよな……劔谷が鳴いて手を進めたりしたら……またあっさり神代がメンチンツモるかもわからへん……)タンッ

セーラ(こ……の…………ドアホがッ!!!!!!)

 いつまで経っても腑抜けた闘牌を続ける怜に、セーラ、怒号ッ!!!

セーラ「だあああああああそれチーーーーーーーーーーやっ!!!!!!!」

友香(うわっ!!? え、なに? びっくりしたんでー!!!?)

怜(え……? なんや? セーラ……いきなりどないしたん……!?)

セーラ「怜ッ!! 答えやッ!! 千里山のエースは誰やねん!!!!!」

怜「え……? セーラ……?」

セーラ「ちゃうわボケええええええええええええええ!!!!」

怜「え……? ええ……?」

 怜、困惑。セーラ、溜息。

セーラ「もううううう…………なんで俺やねん! 千里山のエースは自分やろ、怜! 俺は元エース! なんでそんなこともわからんねん!!」

怜「いや、そんなこと言われても……」

セーラ「あああじゃあもうそれでええわ! 今だけな!! 今だけ俺が千里山のエースな!! ほんで怜は三軍や!! もうええからそこで大人しく俺の応援でもしとれっ!!」

怜「はあ…………」

セーラ「ほな、えろう騒いで失礼しました。続けますわ!」タンッ

友香(わけわからんでー)タンッ

 直後ッ!!!

セーラ「ハイそれロンや。一通ドラ一赤一。3900は4200な」

友香「え………………マジでー?」

 唐突な和了りに、振り込んだ友香、驚愕。

 しかし、それ以上に驚愕したのが……。

怜「えええええ!? セーラ!? なにいきなり和了っとん!!? うちそんな未来見てへんで!? しかもザンクて!! しょぼ過ぎやん!!」

セーラ「当たり前やろ!! 誰がこんなどっかの一年みたいな鳴き一通なんて和了るか!!! そらさっきまでは和了る気なかったわっ!! やけど怜が俺のことエースや言うから……しょーがなくなりふり構わず打ったんやろ!!!
 常に勝ちに行くんが千里山の麻雀!! 勝つためにはプライドもなんも捨てたるわ!!! ほんで…………本当の今の千里山のエースは怜やねんで!!! しっかりせえよ!! 終わってもないのに負けた顔すなっ!!!
 エースがそんなザマじゃ……竜華やフナQや泉……他の部員にも笑われんで!!! この対局はみんなが見とるんやぞ!!!!」

怜「!! みんなが……見とる…………!?」

 園城寺怜――関西の名門、全国ランキング二位、千里山女子の現エース。

 多くの部員が、その勇姿に憧れ、その頂を目指し、日々鍛錬に励む。

 かつては、その多くの部員のうちの一人だった、怜。

 応援席から、エースの活躍する姿を、ずっと見ていた……。

セーラ「怜……俺ら三年やで? しかもレギュラーやで? 怜にいたってはエースなんやで? そんな俺らがシャキっとせな、後輩に示しがつかへんやろ。
 誰が相手やろうと関係ない。どんなに力の差があっても関係ない。千里山の麻雀はトップを取りに行く麻雀や。それがわかったら……サイコロ回しや。次は怜の親番やで」

 怜がずっと見ていた元エース、江口セーラは、そう言って笑った。

怜「ホンマ……セーラは……カッコええな……!! ふとももは全然ダメやのに……麻雀しとるときだけは……ホンッッッマにカッコええなあ……!!!」ウルッ

セーラ「な……泣くなや、気持ち悪いっ!」

怜「泣いとらんで。これは…………血や」

セーラ「アホ! そんな透明な血があるか!!」

怜「せやかて……うち病弱やから……」

セーラ「病弱関係あらへん! 血の色に病弱関係あらへんやん!!」

怜「ハハ……しょぼいツッコみ……点数で言うたらザンクやで」

セーラ「やかましいわっ!!」

 怜、笑いながら目元を擦り、大きく息を吸い込む。

怜「せやな……うち……弱気になっとったわ。親番回してくれて、ありがとな、セーラ。こっからは……千里山の真のエース――園城寺怜に任しとき!」

セーラ「おうっ! ま、今日は残念ながら俺は怜の敵やからな。もちろん怜の好きなようにもさせへんけど!」

怜「望むところやで。ザンクで刻むしょっぱい元エースなんかに負けへんわ!」

セーラ「やからっ! 今の和了りは忘れてや!! 蒸し返されると恥ずかしいわホンマ!!」

 と、漫才も酣――。

小蒔()ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 魔神、無言の圧力ッ!!!

セーラ「…………早くしろやて」

怜「言われんでも…………わかっとるわ!!」ピッ

 賽を回す、怜ッ!!

 多少の疲労はあるものの、その口元には、不敵な笑みッ!!

怜「さあ……一発ぶちかましたるで……!!」

 中堅戦前半、佳境ッ!!

友:114300 神:131100 セ:90600 怜:64000

南三局・親:怜

怜(と……意気込んだものの……どないしよ。チャンピオンとはまた違う無茶苦茶さや。チャンピオンは……うちの未来改変に対して……改変しようとしまいと同じ結果になるように支配しとった……牌の並びまでは動かせへん。
 うちが二索を避ければ、新道寺が五索を振り込むとか……そういう感じや。やけど……神代はそうやない。うちが何をしようと……何を見ようと……神代の一色は崩れん。うちらの絶一門も解けん……)タンッ

怜(強いて隙があるなら……さっきのメンチンの手牌と捨て牌……神代は九蓮以外和了るつもりがないってことがわかる……それゆえに……普通に一色で手を進めるよりは格段に手が遅くなる……。
 言うても……さっきは十巡目で九蓮テンパイやったんやから……中盤を過ぎればいつ役満を和了ってもおかしくない。うちらに残された道は……神代が九蓮をテンパイするまでの序盤……ここで何をできるかや)タンッ

怜(セーラや劔谷はひとまず早和了りで場を流すことを狙った。そらまあ……それが無難やろな。うちら三人のうちの誰かがテンパイに持っていければ……二色やし……差し込みはわりと簡単やろ。一巡先が見えるうちもおるしな。
 そうやって……南三局と南四局……流して流してホナサイナラって……それで……それなら傷はこれ以上深くならんやろけど……本当にそれでええんかな……)タンッ

怜(セーラは言うとった……いついかなるときも……誰が相手やろうとも……常にトップを目指すんが千里山の麻雀やて。現状……トップは神代で二位が劔谷……うちとセーラがマイナスや。
 こないな状況で……せっかくの親番や言うのに……神代の役満が恐いからいうて即流ししてまうような……そんな気の抜けた麻雀を千里山のエースが打つやろか……? 否……打たへん……!!)タンッ

怜(うちは……千里山のエースとして……簡単にこの親番を捨てることは許されへん……! なんとかして……神代小蒔を引き摺り下ろす……この対局を見てる千里山のみんなの……期待を裏切るわけにはいかんのや……!!)タンッ

怜(なんて……言うてたらテンパイしてもうた……さすがうちやな!!)

 怜手牌:222456789②②②[⑤]:ツモ3:ドラ七

怜(こういう普通の未来予知はまだアテになる……鳴いて神代のツモをズラそうとするとなんやわけわからんようになるけど……普通に門前で手を進める分には……うちの見た通りの未来になる。
 当然、一巡後に裏目ることがない分……テンパイ速度は一般人より早い。さて……赤五筒切れば索子の六面張……高め一通やけど……次巡で和了れるやろか……)ギュルル

 怜、一巡先を見るッ!!

 果たして未来は……ッ!?

怜(と……最安めの四索ツモやん。どないしよ……リーチかけとくか……? そしたらリーチ一発ツモ……2000オール。ぼちぼちか……?
 やけど……神代がどう動くかやな。うちに今見えたんはドラの七萬ツモ切りやけど……うちがテンパイしたこの巡目……今の神代が七萬でメンチンを和了れる手牌なんやったら……この未来予知はアテにならん。
 うちのテンパイを察知してツモ切りせんと和了ってくるやろ……リー棒持ってかれんのも嫌やしな……せめて……神代が今張っとるんか張ってないんかわかれば……)コホッ

 怜、小さく咳をして、目を瞑り、集中を高める。

怜(しゃーない……今の神代相手に出し惜しみしとるような余裕はないもんな。見えてるもんは多いほうが今の神代の手を読みやすいはずや……ここは……ちょっときついけど使うしかないやろ……!!)

 怜、開眼ッ!!

怜(ダブル……ッ!!!)ギュルギュル

 一巡先の……その先に見えたものは……!!!

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