男「鶴と姉弟と鬼の恩返し?」 少女「バレンタイン・デイに……ね」 (245)



【少女の家】





「珍しいお客様ね?こんな雪の日に、こんな僻地にどんな用かしら?」


 ……ここにはさる殿方が住まわれていたのではないでしょうか?


「いえ、この場合、お客様自体が珍しいと言うべきかしら」


 あの……


「ごめんなさい。確かにここの前の管理者は男よ。今は私だけれど」


 では、あの方は……よもや身罷られたりなど……


「いえ、そういうわけではないの。ついこの間から、おじさんから私がこの家の管理を任されているの。あの人は多分殺されても死なないわ」


 そういうことでございましたか。


「おじさんの知り合いかしら?」


 はい……


「いつ帰ってくるか解らない人だから……寒いでしょう?まあ上がって。お茶でも入れるわ」


 ありがとうございます。









 ※このSSは! 童話や昔話を交えて、少女と来訪者がだらだら話すSSです。

  言うまでもなく実在の人物、出来事、あらゆる事象とは関係ありませんフィクションです。

  暴力表現、性的描写、寝取られ、人身売買、そういった表現もあります。

  苦手な人はそっ閉じでお願いいたします。

 

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【鶴のお礼参り】





「おじさんも隅に置けないわね」


 何が、でございましょうか?


「こんな美人さんが訪ねてくるなんて」


 恐縮です。そのようなことはございませぬ。


「その美しい服は『ワフク』というのかしら?極東の島国の、『鶴』という美しい鳥を髣髴させるわ」


 お止しになってください。


「漆黒の髪に凛とした佇まいね、それに雪のように白い肌。うらやましいわ」


 貴女様も大層な器量良しに見受けられます。


「でもおじさんは、いつも私を子供扱いするわ」


 まあ、相変わらずですのね。


「本人が一番子供っぽいところがあるけれどね」


 フフ、確かにそうですね。


「可愛いわ」


 ええ、可愛い方でございます。


「話せる人ね」


 何が、でございましょうか?


「いえ、おじさんの事をしっかり理解しているようだったから」


 貴女様こそ。



「その……貴女はおじさんの……」


 いえ……私が一方的に想っているだけ、でございます。


「おじさんも隅に置けないわね」


 あの、貴女様は……


「私は……なんていうのかしら、おじさんに助けてもらったの。でもその後も行く当てが無くて、それでこの家の管理をさせてもらっているの」


 左様、でございましたか。


「よければ、貴女とおじさんの関係を聴いてもいいかしら?」


 構いません。あの方を訪ねたのです。それは当然でございましょうや。


「やはり東の国から来たのかしら?」


 はい……あれはある雪の日のことでございました。







・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・



【 極東の島国  冬  山小屋にて 】





「珍しい客だな?こんな雪の日に、こんな僻地にどんな用だ?」


 この雪に足を奪われてしまい、困り果てております。どうか一晩だけでも宿をお貸しいただけないでしょうか?


「いや、この場合、客自体が珍しいと言うべきか?」


 あの……


「別に構わない。そもそもここは俺の家ではない」


 と、言いますと。


「放置された山小屋だ。俺もこの雪にやられて避難している。入りたければ勝手に入れ」


 ありがとうございます。


「だから、俺の家ではないというに」


 いえ……では失礼いたします。


「白湯でも飲むか?」


 ……いえ、どうぞお構いなく。


「こんな山奥に女一人か。身投げだろうか?」


 いいえ。道に迷ってしまい……貴方様は……


「仕事だ猟師ではないがな。いや、似たようなものか」


 左様、でございますか。


「左様だ」



 よろしければ、何ゆえこちらの山小屋に来られたかを?


「虎バサミにかかった鶴を助けたら吹雪に見舞われた」


 まあ。


「手間取ったせいでこの様だ。気がつけば猛雪だった」


 難儀、でございましたね。


「時々聴こえてくる鳥の鳴き声を辿ったらこの小屋に着いたというわけだ」


 まあ、それは……


「なんだろうか?」


 『鶴の恩返し』、でございましょうか?


「動物が恩返しなどするとは思えんが」


 そうでもないかもしれませぬ。


「何故だろうか?」


 この国では動物に関する御伽噺は数多く記されてございますれば。


「迷信だろう?」


 いえ、それにしては多すぎる、のでございます。


「どういうことだろうか?」



 狐、狸、犬、雀、亀、鼠、蛇、他数多、数えただけでもキリがございません。


「確かに多いな」


 中には人と婚姻を結ぶものも。


「『異類婚姻譚』というヤツか」


 はい。貴方様のお国にも?


「ある。カエルとか白鳥。多くは呪いで人間が姿を変えられているが」


 興味深い話、でございます。


「しかし、異種のまま婚姻するのはそうない。あとは『神』と婚姻するものもあるな」


 恐れ多い話、でございます。


「話を戻すと、それだけ動物に関する御伽噺が多いのは何らかの根拠があってこと、ということか?」


 はい……


「話が飛びすぎだな」


 ともあれ、この国では合点のいかない出来事に関して、何らかの解釈を求むる、のでございます。



「成程?つまり説明の付かない不思議な出来事を?」


 はい。例えるのであれば 『狐の仕業だ』 ……等と。


「御伽噺をまともに捉えるとは……見た目に反してアンタは子供だな」


 まあ、初めて言われました。


「まあ、あれが『鶴の恩返し』だとするのなら妥当かもしれない」


 と、言いますと?


「『命』の恩を『命』で贖った。原話のように嫁に来てくれなくとも構わん」


 成程。


「大体、何故恩を返すのに嫁にくるというのか?」


 簡単な話、でございます。


「何故だろうか?」


 一目惚れ……だった、のでございましょう。


「……馬鹿な」





・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・





【少女の家】





「安心したわ」


 何が、でございましょうか?


「話を聴く限り、その男の人は完璧に『おじさん』ね」


 では私がこちらにいると聴いた殿方は……


「間違いないわ」


 私も安心いたしました。


「それにしても」


 何、でございましょうか?


「話せる人ね」


 そう、でございましょうか?


「そうよ。私も御伽噺が大好きなの」


 貴女様も。


「そうね。当然、『動物の援助話』や『異類婚姻譚』も大好きよ」


 他人とは思えませぬ。


「『ハナサカジイ』や『シタキリスズメ』は典型的な動物の援助話ね」


 はい。それらは私どもの国を代表する御伽噺と言えましょう。



「さっきの話にもでていたけれど、『異類婚姻譚』は世界各国に共通してあるわね」


 まこと、興味深いこと、でございます。


「これは人類が多様な文化を形成していく上で起こった事実を記したもの、とも言われているの」


 と、言いますと?


「端的に言えば族外婚ね」


 成程。つまりは多様な遺伝子を残すための人間の本能と。


「でも私はそこにロマンも求めるわ」


 と、言いますと?


「知らないものに対する憧憬、種族間を越えた『愛』。そこには人が求める本質的な欲求があると思うの」


 素敵、でございます。


「種の繁栄という論理的解釈を置いておいても、それは素晴らしいことだと思うの」


 ですが、同時に身を滅ぼすことにも繋がります。


「……そうね、『自分と相手は違う』、その一点でも殺し合いを始めるのが人間だもの。それに『異類婚姻譚』のほとんどは」


 ええ、『禁忌』ということを犯し、破局の運命を迎えてございます。



「そこには……なにか意味があったのかしら?」


 それこそ人類がもつ本質的な欲求なのかもしれませぬ。


「どういうことかしら?」


 『見てはならないものを見てしまった』。これが多くの場合『禁忌』となってございます。


「所謂『見るなのタブー』ね。『パンドラの箱』を初め、異類婚姻譚の外でも多くある、わかりやすい『禁忌』」


 そもそも『禁忌』とされることをしてみたい。ソレこそが人間の本質的な欲求なのかもしれませぬ。


「それを破局というバッドエンドにつなげることで、物語は何を語りたかったのかしら」


 本質的な『欲求』に相対するものは多くはその逆、『理性』ではないでしょうか?


「それでも世界各地にこういった話が多いということは」


 人の『理性』は度々負けていたのでございましょうね。







・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・



【 極東の島国  冬  山小屋にて 】






 貴女様に奥方様は……


「未婚だ」


 心に決めた方など……


「いない。しばらくの間、一緒に暮らしたヤツならいたが、もう死んだ」


 ではその方の喪に付して……


「どうだろうな。あれとそうなったとは思えないが」


 左様、でございますか。


「左様だ」


 私も未婚、でございます。


「あ、そう」


 …………


「…………」


 何故このようなことを聴くか気になりませぬか?


「心底どうでもいい」


 左様、でございますか。


「左様だ」


 …………


「…………おい、何故近付く?」


 寒うございます。


「左様か」


 左様、でございます。

ミス

>>11

貴女様に奥方様は…… ×

貴方様に奥方様は…… ○



「少し近すぎはしないか?」


 私が……暖めて欲しいと言えば


「…………」


 貴方様はどうなさいますか?


「寒いのか?白湯でも飲むか?」


 結構、でございます。


「あ、そう」


 私が……『鶴女房』のように、貴方様に一目惚れした、と言ったら……


「…………」


 貴方様はどうなさいますか?


「別にどうもせんが」


 冷たいお人。


「お前ほどではない」


 どうして、でございましょうか?私の胸内はこんなにも熱いというのに。


「既にしてその台詞が寒い」


 酷いお方。


「俺の仕事は猟師のようなものだと言ったな?」


 ええ。


「ここにはなにを狩りに来たと思う?」


 さあ。







「 『雪女』 だ」





サンタの人キター!期待!



 …………


「そう呼ばれる女らしい。冬の山小屋に現れて、男とまぐわい、事の後に薬で眠らせ、裸のまま外に放り出すのが趣味のイカレた女だ。もう何人も殺されているらしい」


 恐ろしい話、でございます。


「そう思うか?」


 ええ。とっくに幽霊の仕業だと思われているものと。まさか人狩りをよこすなんて。


「納得のいかないことに関して解釈を求める、か、ほとんどお前の思惑通りだったがな」


 依頼した方はこの山小屋の?


「ああ、お前が殺さなかった若い猟師だ」


 誰にも言ってはならないと言ったのに……


「『禁忌』は破りたがるのが人の常だ」


 ええ、その通り。一つお聴きしても?


「なんだろうか?」


 いつお気づきになって?


「お前は『この国』と言った。そして『貴方様の国にも』と。異人だとは言ってないのにも関わらず」


 成程。


「お前は俺が異人であることを知っていた。異人の殺人鬼を、お前を殺すために、猟師が雇ったことを聴いていたんだ」

 
 間違いございません。




「一つ聴いていいか?」


 何、でございましょうか?


「何故このようなことをしている?」


 ……冬の山小屋に一人いるのはどのような気持ちだと思いますか?


「なんだって?」


 それはそれは寂しいものでございます。吹雪が外障子を叩く音も、人が訪ねてきたのではないかと思えるほどに。


「……そこを見計らってお前が訪ねる」


 左様、私は大層、見目麗しければ、迎えた方の喜びもまたひとしお。


「自分で言うのか」


 他の殿方が申されたことならば。


「成程?」


 一夜の肉欲にまみれた殿方の寝顔はなんともいえぬ安らかなるもの、でございます。


「つまりはそれを地獄に叩き落すのが」










 はい、楽しくて仕方がない、のでございます。






「実に奇遇だな」


 と、言いますと?


「俺がこんなことをしている理由だが」


 ……ええ、わかりますとも。私と貴方様は同じ。






「お前のような馬鹿を地獄に叩き落すのが楽しくて仕方がないから、だ」






 殺人は『禁忌』なれば。


「破りたがるのが人の常だ……では」










 死ね。殺させろ。





・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・





【少女の部屋】





「……雪女の解釈を知っているかしら?」


 語りましたとおり。『冬の寂しさの現れ』、であるかと存じます。


「実はそれだけではないの」


 と、言いますと?


「問題は『何故女性が現れるか』と言うところなの」


 たしかに。男の話はとんと聞きませぬ。そういえば雪男とは、この国では妖怪の類、でございましたわね。


「極寒の中さまようのはその必然性がある職種。つまりは猟師とかね、そして極東の島国では猟師とは男が多い」


 つまりは男が求めるものは必然的に女性、と言うこと、でございますね。


「ええ、死ぬ間際に人間が求めるものは種の保存。つまりは性欲の現れと解釈できるわ」


 成程。


「それにしても、よくあのおじさんから生きて逃げることが出来たわね」


 ええ、『鶴の一声』のお陰、でございます。


「それでおじさんの気が逸れたのね」


 まこと、『動物は恩返しなどしない』と言うこと、でございます。


「それで?おじさんに復讐にきたのかしら?」


 いいえ、それは違います。


「では何故かしら?」



 ……一目惚れ……でございます。


「……マジかしら?」


 マジ、でございます。


「そう言って復讐をしようとしているのではないかしら?」


 たった今、貴女様が言ったのではありませぬか。


「なにを、かしら?」


 『死ぬ間際に人間が求めるものは種の保存』、と。


「つまりおじさんに殺されそうになって」


 はい、すっかりやられてしまいました。


「『つり橋効果』というものを知っているかしら?」


 存じ上げております。しかしこの世に真実などありませぬ。例え錯覚であったとしても、私が感じたならばそれは『事実』として否定は出来ませぬ。


「……そうね。でもおじさんが靡くとも考えがたいわ。あの通りの人だし」


 俄然、燃え上がる、と言うものでございます。それに……


「なにかしら?」










 この国では今日は『愛の誓いの日』、と、聴きました。






「そうね……バレンタイン・デイね」


 こちらをあの方にお渡し頂きたく存じます。


「これは……なにかしら?」


 氷菓子にございます。誓うて毒などは入っておりませぬ。


「貴重な物ではないかしら?」


 私の愛の印にございますれば、粗末なものは出せませぬ。


「渡しておくわ」


 貴女様があの方の奥方様ならば、なお良かったのですが。


「何故かしら?」


 『禁忌』を破りたがるのが人の常。既婚の男を寝取るのはどんなに心地好いでしょう。


「歪んだ性欲ね」


 『愛』、でございます。


「そんなものは『愛』ではないわ。ただの性欲よ」



 『性愛』もまた『愛』の形かと存じます。美しいもの、強いものと感じる他に合一性を求める。私と同じく、美しく歪んだあの方と骨の髄まで一つになる。それは左様な歪んだ形において他ならない、と存じます。


「命がいくつあっても足りない考え方ね。言ったはずよ。『自分と相手は違う』、その一点でも殺し合いを始めるのが人間だ、と」


 まこと、『愛』とはそういったもの。命は愛を求め。愛を求めるには命を賭けなければならない。そんな矛盾性をはらんでいるもの、でございます。


「…………」


 なんのことはありませぬ。もとより『愛』とは歪んだものなのでございます。貴女様の持つ……あの方に対する『愛』、も。


「私を殺すのかしら?」


 いいえ?左様なことはいたしませぬ。


「何故かしら?」


 貴女様を目の前にあの方とまぐわって差し上げます。それはどんなに楽しいことでしょう。



「……帰って」


 また、訪ねます。


「生きた雪女の相手はもうこりごりだわ」


 ……わかりませんよ?


「どういうことかしら?」


 私はもう亡き者、でございます。あの方に殺され、本物の『雪女』となった。と言えば貴女様は信じますか?


「そんなわけが……」


 あるいは、あの方に助けてもらった『鶴』かもしれせぬ。


「ありえ……」


 言ったはず、でございます。この世に真実などないと、例え錯覚であったとしても感じたことは事実として否定できませぬ、と。


「…………」


 どうやら、私は貴女様にとって『雪女』であり『鶴女房』となれたよう、でございますね?




 それでは幾久しく健やかに……




今日はここまで、でございます。



>>15 以前の拙作をご覧になられた方とは。このたびもお目汚しにならない限り、よろしくお願い申し上げます。


 以前の拙作をご覧になられた方がいるようですので、今更ながらですがこれまでの拙作のご紹介をば。


 ジャン「この死狂い野郎が!」
 ジャン「この死狂い野郎が!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1380423771/)


 少女「あなた、サンタさん?」
 少女「あなた、サンタさん?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/news4ssnip/kako/1386/13865/1386511431.html)



 少しだけ投下いたします。



【 垣衣と忘れ草 】






「今日は来客が多いわね」


 何者かの?此処はあの男の家と聞き及んでおったのじゃが……


「尋ねる前に、自ら名乗るのがマナーというものよ、ミス?」


 これは礼を欠いておった。妾は……『垣衣(しのぶくさ)』。あの男とは因縁浅からぬ仲よ。


「『シノブクサ』……貴女もおじさんに用があるのかしら?」


 貴女も、とは解せぬな?よもや主、空き巣狙いではあるまいな?


「いいえ、それは違うわ。おじさんにこの家の管理を任されているの」


 これはしたり、つくづく礼を欠いたもの。済まぬな?


「構わないわ、ところでもう一つ聴いていいかしら?」


 構わぬよ?


「極東の島国の方かしら?」


 違い無い。遠路はるばる来たのはあの男に借りを返すためよ。取り次いでもらえるか?




「穏やかでないわね。なんの借りかしら」


 ん?ああ、妾はアレに恨みのある者ではない。純粋に『借り』があるのよ。


「成程。つまりは『お客様』だったのね?」


 違い無い。『つまりはロクでも無い頼みごとをした者』じゃ。それでどうであろう?取り次いでもらえるか?


「ごめんなさい。おじさんは留守なの」


 なんと、それは困ったもの。


「ともかく中に入って?外は寒いでしょう」


 む、済まぬな。


「構わないわ」






「日に二度も東の国の方と会うとは思わなかったわ」


 ほう?妾の前にも客が?


「……ええ」


 あまり良い客ではなかったようじゃな?


「正直ね」


 気をつけたほうが良い。主様は随分、世間知らずな様子に見受けられる。


「正直ね?」


 見も知らぬ妾を家に入れてくれた、親切な主様の事を思うておるのじゃ。正直に言わねばならん。


「どういうことかしら?」


 かような夜中に容易く戸を開けてはならぬ。妾が悪い人買いであったならば何とする?


「……どうにもならないわね」


 そうであろう。


「対して貴女は世間慣れしているというか……失礼かもしれないけれど『苦労』というものに慣れているようね?」


 違い無い。何せこの通り、名前からしてな?……『垣衣(しのぶくさ)』なぞと名をつけられておるからの?




「『シノブクサ』……どういう意味なのかしら?」


 元は草の名よ。耐え忍んで育つ様からそう名づけられたのよ。いたつき(苦労)を偲ぶ草、とな。


「成程。立派な名前だわ」


 ……そう思うか?


「……あまり良い由来ではないようね?」


 正直な。


「気をつけたほうがいいわ。偽名を名乗るには、貴女は嘘が得意じゃないようだから」


 正直じゃな?


「ええ、貴女を心配しての事よ?」


 これはしたり。しかしまあ、死ぬるほどに嫌いなこの名を名乗ったのは、あの男に合わせてのことなのよ。


「おじさんに?」


 隠すこともあるまい。あれは妾が本当の名を奪われてしばらくの事であった。



【 極東の島国 都の北にて 】






 もし、主様、そこでなにをしておられるのか。


「下手を打った。少し休ませてもらっている」


 ここは妾共の小屋なのじゃが。


「そうか」


 そうであるが。


「駄目か?」


 まあよろしかろう。よもや邪な考えは持っておらぬであろうな?


「……糞ガキめ」


 糞ガキではない。妾にも名はある。『垣板』と呼ばれておる。


「どうでもいい。子供らしくない子供は『糞ガキ』と呼ぶようにしている」


 失敬な。だから子供でないというに。


「ガキはみんなそう言う」


 ムキになる主様こそ子供であろう。


「む……どうすればいいだろうか」


 大人しくしておることじゃ。妾の父様など、それは泰然自若とされた御仁じゃった。



「成程?ところで一つ聴いていいだろうか?」


 なんであろうかの?


「妾『共』の小屋と言ったが……お前の他に人がいるようには見えないのだが」


 ……弟じゃ。最近はこの小屋でなく男共の小屋で寝起きしておる。


「ならばここは『お前』の小屋ではないのだろうか?」


 いいや『妾共』の小屋じゃ。妾はアヤツの唯一の帰る所なれば。


「成程?それにしても粗末な小屋だな」


 正直じゃな?


「照れる」


 褒めとらぬぞ?


「あ、そう」


 ……奴婢の小屋なれば、粗末なのは当然であろうというもの。


「成程、お前は奴隷なわけか」


 大差無い。運悪く人買いに誑かされこの様よ。


「……どうだろうか。対価なしに休ませてもらうのもバツが悪い。俺ならばお前の問題を解決できるかもしれない」


 ほう、主様はどんなことが出来るのかの?





「人殺し」





 は?



「人殺しならまかせろ」


 ……主様は賊であったか。


「賊である」


 あいにくと下賎の手は借りぬっ。


「随分な言いようだ。下賎なのは事実だが」


 汚らわしい非人め。主のような者がおるから妾共はっ!


「大声を出すな」







 殺すぞ?







 …………


「簡単な話だろう。お前等を奴隷に堕としたクソ共を皆殺しにする。お前等は解放される。俺は楽しい。両方が得をする」


 そして今度は路頭に迷ったその家族が奴婢に身を落とすのか?だから主様は下賎なのじゃ。


「震えて言っても説得力がない」


 うるさしっ。


「逃げないのか?」


 弟がおる。置いては逃げられぬよ。


「ではその弟は何をしていると言うのか」


 …………



「弟は既に心が折れたのか」


 黙れ。


「だからここにいないのだろうか」


 黙れっ。


「置いて逃げればいいものを」


 黙れっ!


「簡単なことだ。ここで保身に走るのは罪ではない」


 逃げるものか。この境遇から逃げても弟からは逃げぬ。例えどんなに卑しくなろうともアヤツから目を逸らさぬ。


「成程、そいつは心まで奴隷になったのだろうか」


 ……あやつは、変わってしまった。此処の主と一緒になって他の奴婢等を……


「成程、察するに拷問を加えているのか。例えば、逃げようとしたヤツ等に対してみせしめに」


 ……その通りだ。


「ならばなおの事逃げてはどうだ?」


 ……何故かの?


「わざと捕まりお前自らを拷問させてはどうだろうか」


 …………


「どうした?そいつの行いを改めさせたいのだろう?」



 ……それでは弟は完全に心が折れてしまうであろう。


「そうかもしれないな。だが少なくとも拷問など止めるだろう」


 無責任な御仁よ。


「当たり前だ。責任などハナから無い」


 それは確かに。


「しかし他に案があるのだろうか。そもそもお前の希望はなんだ?」


 ……妾はともかく弟は世継ぎなれば、アヤツだけでもここから出してやりたい。


「ならば一つだけ思いついた」


 なんと、それは誠かの?


「その代わりお前は地獄を味わった後に地獄に落ちることになる」


 構わぬ。


「即答か」



 無論のこと。


「まあ、いいだろう。ならば覚悟することだ」


 提案するからには手伝いを期待しても良いのかの?


「む……まあいいだろう」


 しかし、主様は怪我などしておるのではなかったか?


「何故だろうか?」


 下手を打って休んでいると。


「ああ……」


 大丈夫かの?







「……食あたりでな」 





・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・





 今日はここまで、でございます。

 次回は一週間ほど掛かりますれば、お許しくださりませ。



【少女の部屋】





と、これこのように、鬼のような案を勧める御仁じゃった。


「間違いなくおじさんね」


 で、あるか。安心したわ。


「本当に無神経なんだから」


 で、あるな。まことに神経が抜けておるような御仁よ。その割には食あたりなど起こしていたがの。


「おおかた拾い食いでもしたのではないかしら。なにせ無神経な人だから」


 成程な、肯けようというもの。


「それにしても人買いに浚われて……大変だったでしょうに」


 されど妾はまだ運が良かったものよ。


「そうは思えないけれど」


 誑かされたのが『女衒』であったらと考えると、な。


「……そうね」


 まこと、人買いとは非人の行いよ。しかれど、いつの時代、どの国にも、ああいった者共はおるのであろうな。


「まさに、人に非ず、ね」


 とは言え、妾も大概運がない。


「まるで『アンジュとズシオウ』ね」



 はて、何のことかや?


「貴女の国の物語よ」


 ほう、そのようなものがあるか。


「ええ。悪い人買いに誘拐された姉弟の話」


 まこと、そのままよな。


「そうね。人買いに浚われた後は、やはり奴隷としてこき使われたわ」


 姉弟はどうなったのであろうか。


「弟のズシオウはその境遇に挫けかけるの。けれど、姉のアンジュは、その似つかわしくない境遇の中で、大きく成長するわ」


 うむ、妾とてそうじゃった。皮肉なことではあるがの。


「詳細は端折るけれど。アンジュの文字通り『決死の覚悟』で、弟のズシオウは囚われの身から脱出するわ。けれどアンジュは……」


 ……他人の気がせぬな。


「ええ。私から見ても、貴女はまるでアンジュのよう。傷つき、自分も泣き出したいのに、逃げ出したいのに、たった一人の弟の為に命を賭ける様は、本当に気高い存在だと思うわ」


 褒めても何もでぬぞ、主様や。それより続きは良いのかの?



「ごめんなさい。おじさんにも人の話を遮るな、と言われているのだけれど」


 構わぬよ。


「それで、おじさんはどんな脱出計画を提案したのかしら?」


 妾と弟とで山仕事に出かけ、そこで弟を逃がす。端的に言えばそれだけじゃ。


「それでは貴女も逃げられるのではないかしら?」


 そこよ。二人で逃げたのであれば、追っ手はすぐに妾共を捕らえよう。だが一人残り、何を聞かれても、いい加減なことを言い続ければ、追っ手は容易く弟の後を追えまい。


「でも、それでは貴女が」


 左様。あの男の言うとおり。妾を待っておったのは地獄じゃった。







・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・



【 極東の島国 都の北 『拷問部屋にて』 】





「まだ生きているのだろうか?」


 主様、か……


「随分こっぴどくやられたな」


 もう、眼も、見えて、おらぬ、よ……


「色んな死体を見てきたが、お前が一番ひどい。何をされたのだろうか?」


 クフフッ……


「何故笑う?」


 何を、『されなかったか』、と、聞かれた、方が、早い、故な……


「成程?」


 弟は、まだ、捕まって、おらぬか……?


「まだだ。どこかに匿ってもらっているのだろうな」


 なに、より、じゃ。ところで、牢番は、どうし、た……?


「寝てもらっている。お前に一つ聴きたいことがあってな」


 なにで、あろうか、の……?


「こんな時にまで弟の心配をするのか?」


 無論、じゃ……妾は、死んでも、構わぬ、が、あやつの、こと、だけが、気がかりで、ならぬ…… 




「一度は外道に成り果てた阿呆に、何故そこまでするのだろうか?」


 妙な、事を、聞く……


「そうだろうか?」


 弟、故な……


「馬鹿な」


 馬鹿な、ものか……


「いや、馬鹿だ。弟が生きていれば幸せか?その幸せは生きていてこそ初めて実感できるものだろう」


 違い、ない……


「では何故だろうか?お前はまさに死にかけている。仮に弟が逃げ切っても、捕まっても、お前は殺されるだろう」


 で、あろうな……


「無意味だ。お前にとって残った結果は、自分の骸だけだ」


 主様は、あれこれと、理屈を、こねるの、じゃな……


「納得は必要ではないだろうか」


 然り、ならば、理屈を、述べよう、かの……


「聴こう」






 主様……人を、愛した、事が、あるかの?






「無い」


 キッパリと、言う、御仁、じゃ……では、何が、愛か、わかるか……?


「知るか」


 で、あろう、な……


「もったいぶった言い方だ」


 例えば、主様……庭に、満開の、花々が、咲いて、いたと、しよう。


「例えばだな」


 そのうちの、一つを、ひたすら、愛でたと、しよう。


「例えばだな」


 それを、失えば、どうなると、思う……


「知るか」


 わからぬ、で、あろうな……その、花を愛でた、者にとって、他の、満開の花々は、もはや、どうでも、よくなる、のじゃ……


「何故だろうか?」


 つまるところ、それが、愛じゃ……


「さっぱりわからん。花は花だろうに」


 愛とは、の、『過程』と、『時間』を経て、初めて、生まれる、ものなのじゃ……


「成程。それで?それが今のお前とどんな関係があるのだろうか?」





 言った、で、あろう。『もはや、どうでも、よくなる』、と……






「つまりは、あの阿呆な弟を失ってしまえば、お前はどうでもよくなってしまうわけか」


 そういう、こと、じゃ……


「何故だろうか?生きる理由など、他に探せばいくつでもありそうなものだが」


 馬鹿な……今の、妾に、他に、何があると、言うのじゃ……


「成程。しかし、それはお前が追い詰められているからだろう。しかも、お前の言う……『愛』か?結局はソレこそが、お前を追い詰めているのではないだろうか」


 そこが、まこと、不思議、よな……


「なんだって?」


 あれが、生まれて、父様と、母様から、受ける、愛は、細くなった、というに……


「そして今お前がこんな様なのも、あの阿呆のせいだろう」


 しかし、の……


「なんだろうか」



 他に、縋るもの、知らず……『姉さま、姉さま』と、鴨の子の、ように、妾の後を、追う、あれが……


「…………」




 愛おしくて、たまらぬ、のだ……




「……馬鹿な」


 男女の、ソレとは、違うで、あろう……されど、決して、それに劣る、モノ、ではない……


「……どれくらいだろうか」


 言えぬ……表せぬ……


「結局、お前は何をしてやりたいのだろうか?」


 ……何でもだ……


「……何だって?」





 ……妾の、可愛い弟、何でもだ……主の為なら……この、姉は……何でもしてあげる……





「……おい?」





・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・




 少し、でございますが。投下いたしました。

 二、三日中に投下いたします。



 ……『安寿と厨子王』と聞いて、ピンとくる方はいないでしょうか?
 >>1は有名なほうだと思いますが……



【少女の部屋】





「凄まじいわね」


 妾が妾であれたのは、あやつが、弟がおるからじゃった。


「極東の島国の人々は『お家』の安泰を第一義とすると聴いたわ。貴女もそうだったのかしら」


 ソレもあるが、二の次よ。


「では何故かしら」


 決まっておる。アレは妾の『弟』故、な。


「……愛していたのかしら」


 当然な。


「即答ね」


 当然な。


「けれど、おじさんの言うことも正しいのではないかしら」


 と、言うと?どういうことかの?


「貴女はその『愛』の為に死にかけたわ。」


 『仁人は身を殺して以って仁を為すことに有り』、と言ってな。


「『ロンゴ』ね。理想だとは思うけれど、命がいくつあっても足らない考え方だわ」


 異人の主様がよく存じておるな。



「そんなに詳しくはないけれどね」


 また『孝弟なる者は其れ仁の本をなすか』、と言ってな、愛の根源は『家族愛』にあると。


「それも『コーシ』ね。とはいえ『仁』はただちに『愛』とはならないようだけれど」


 左様じゃな。作用と本体の差であるとな。とはいえ、主様やあの男の言う通りでもある。


「そうね」


 親兄弟の愛をそのまま他者に行えば、いずれ身の破綻を招こうというものよ。


「貴女の前に来たお客様も同じ事を言っていたわ」


 ほう、左様じゃったか。


「愛の種類は違うけれどね。『美しいもの、強いものと感じる他に合一性を求める』、だったかしら、それも愛の形だと」


 たしかに種類は違おう。だが大差ない。


「何故かしら?」


 親兄弟というものは『初めから合一していることが多い』のよ。それを育むだけの共有した『過程』も『時間』も他より遥かに多い。


「成程」


 故に、守る。それこそ命を賭けてでもな。『過程』と『時間』を共有したものは、人にとって何より愛おしいもの故な。


「身に覚えもあるわ」



しかし、何故、人はソレを美徳と結び付けたがるのであろうな。


「どういうことかしら?」


 『後付に過ぎぬ』、と言っておるのだ。


「何故かしら?」


 どのような形にせよ、愛を求め、愛を授けたい。それは人の本質ではないかと感じるのよ。故に説明が付かぬものであろう、と妾は愚考するのじゃ。


「美しいわね」


 そうではないのよ。


「どういうことかしら」


 『渇き』と同じことなのだ。どれだけ愛情を注ごうと、それこそ身を賭したところで、それが人の本質である限り、際限なく人はソレを求めるのではないかと思うのよ。


「貴女は『愛』と言うものが、そもそもの苦痛の始まりであると考えるのかしら」


 左様であるな。事実、妾は死にかけた。


「後悔しているのかしら」


 いいや?主様は『身に覚えがある』と言っておったな。


「私が愛していたのは人ではないけれどね」


 察するに思い入れ深い、大切なものかの?


「そうね」



 なんでもよい。それが無かったとて、例えるのなら『我が子がいた』と仮定しよう。


「例えばね」


 それを保身ゆえ守れなかったとしよう。


「例えばね」


 命を賭けなかったことに後悔するのではないかの?


「……そうかも知れないわね」


 例えるのなら、ソレを害そうとするものがいたとしよう。


「例えばね」


 あるいはソレを害したものがいたとしよう。


「例えばね」


 己に武力があればどうするかの?


「……排除するでしょうね。無くても立ち向かうかもしれないわ」


 わかるか主様?『愛より人を殺したものも、この世にはそうはない』のじゃ。

 
 故に妾は『愛』とは『美徳』とは程遠いものであるとも思うのじゃ。







・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・


一回休憩

また戻ってきます。

ごめんなさい。本日は更新できそうにないです。

ご覧になられていた方がいたら申し訳ない。

明日には投下いたします。



【 極東の島国 都の北 某所にて 】






「やっと、起きたか。もう一月余りも寝ていたぞ」


 なんと……左様な、までに、か……


「左様なまでに、だ」


 もし、主様、ここは……どこで、あろうか、の……?


「詳しくは知らん。なにせこの国の人間ではないのでな。ただ、あの拷問部屋ではないのは確かだ」


 ……何故で、あろうか?


「なにがだろうか?」


 妾を、救って、何とする。よもや、邪な、考えは、持って、おらぬ、で、あろうな……?


「……糞ガキめ」


 妾は、子供、では、ない……


「いいや糞ガキだ。子供らしくない」


 なにせ……子供では、ないから、の。……


「ガキはみんなそう言う」


 ムキになる、主様こそ……


「ムキになっているのはお前だと思うが」


 む……何故で、あろうかの?


「俺のような殺人鬼の言うことを真に受けてあんな事を実行した。もう少しで死ぬところだ」


 クフフッ……違い、ない……



「ともかくこれで対価は払った。後は好きに生きろ。そのままでは長くはないだろうが」


 結局、妾を助けたのは、何故で、あろうかの……?


「『手伝う』と言っただろう?提案した作戦が完了するまで、お前には生きていてもらう必要がある」


 賊の、クセに、随分と、律儀な、御仁、じゃな……


「別にそういうわけではない」


 本当、は、妾を、憐れに、思った、のでは、ないか……?


「…………」


 クフフッ……


「何故笑う?」


 何、正直な、御仁、じゃと、な……案外、性根は、まともな、御仁なのか、の……?


「殺人鬼にまともな性根があるわけないだろうに」


 然り、まこと、不思議よな……ところで……


「なんだろうか?」


 弟は……どうなった……?



「生きている」


 そう、か……元気に、して、おるのか……


「元気すぎるな」


 ?……どういうことで、あろうか、の……?


「あれから僅か一月余りの間に権力者に拾われてな」


 ほう……


「一昨日、正式にこの地域の国守として配置された」


 アレも、奴婢の身から、開放、されたか……何より、じゃ……


「『外道なのは治っていない』ようだがな」


 なん……じゃと……?


「お前の弟は国守に就いて早々に奴隷制を廃止したんだが」


 流石は、妾の弟よ……一度は、外道となりても、心を、取り戻したか……







「端的に言えば、やつは復讐の為に、お前を捕らえていた一家を全員皆殺しにするらしい」







 ………………




「街中その話で持ちきりだ。これではあの時、俺がぶっ殺した方がまだ救いがあったというものだ」


 その、よう、じゃな……


「処刑法が中々の選定だ。『竹鋸で親族同士の首を引かせる』そうだ。流石の俺もその発想は無かった」


 ………………


「しかも女子供にも一切の恩赦はない。つまりお前の弟は外道に違いないということだな」


 妾の、せい、か……


「その通りだ。どうもこうも、お前が拷問死したものと勘違いしているようでな」


 まったく……手の、かかる、弟、じゃ……


「どこに行くのだろうか?」


 決まって、おる、アレの、もとへ……左様な、外道は、しては、ならぬ……


「無駄だ。間に合うわけがない」


 間に合う……アレは、まだ、引き返せる……妾が、アレに、会えば……


「そういうことではない、足などほとんど動くわけがない。物理的に間に合わない」







 …………主様……







「断る」


 まだ、なにも、言っておらぬと、いうに……


「いい加減にしろ」


 なんと……


「なにが弟だ。所詮お前とは別の人間だろう。お前が気にするべきはお前の事だ。不合理な行動に付き合う気はない」


 なればこそ、頼む、この通り、じゃ……


「どういう意味だ。やめろ、惨めな様を晒すな」


 わかって、おる、妾のこれは、『道理』でも、『法』でも、正当な『情』でも、無い……


「ではどんな理由があってあの阿呆に固執するというのか」


 理由など、ないのじゃ……


「なんだって?」


 父上や、母上が、妾共に、理屈無く、愛を注いでくれた、ように……妾は、アレの最後の、家族として、同じように……


「そのせいでお前の弟はあの人買いをぶっ殺そうとしている」


 然り、然りじゃ……なればこそ、妾が止めさせねば……主様……後生である……


「……俺には人殺ししかできないのだが」



 ……それでも、構わん。


「なんだって?」


 主様……あの……人買い共を……弟が、手をかける前に……









 殺してくれ








「馬鹿な」


 左様、馬鹿で、外道は、妾、一人でよい……


「馬鹿な」


 なんでもする……頭を垂れよ、と、言うのなら、そう、しよう……


「…………」


 この身を差し出せ、と、言うなら、差し出そう……


「……馬鹿な」


 どうか……『憐れ』で……『愚か』な……妾に免じて……


「…………おい?」


 この……通り……







・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・





【少女の部屋】





「……アンジュとズシオウは時を経て色んな形に変化しているの」


 ほう、不思議なことよな。何故であろうかの?


「物語には往々にして起きることなのだけれど、編集した人や、翻訳した人の解釈によって大きく意味が変わることがあるのよ」


 ほほう。


「例えば、『アンジュとズシオウという童話』という形になるまでには残酷な描写は削られていくことが多かったわね」


 童どもには聞かせられぬような残酷なことがあったのじゃな。


「ええ、アンジュの『拷問死』。人買いである山椒大夫と三郎親子の『処刑』とかね。もともとの説教話では因果応報や献身を称える話だったの」


 坊主どもの考えそうな話じゃ。


「あとは『罪に対する反動』を民衆が求めていたのかしら。自己投影は物語の醍醐味だから」


 起こりえような。しかし、罪に対するのはあくまで『理性』であるべきが、今の考え方であろうな。


「そういった形で善悪を教え込むのは嫌ね」


 そうか。


「『駄目ではなく』、『嫌ね』」



 それでは、主様。主様は何故その童話がそのような形になったと解釈するのかの?


「ええ、アンジュの献身や愛の素晴らしさだとも思う。けれど私が思うのはその『成長性』よ」


 ほう、『成長性』とな。


「そうね、アンジュもズシオウと同じで、毎日のように泣いて過ごした。けれど、やがて決意するわ。弟を救うために、自分の死をも厭わぬように」


 ふむ……


「十代の少女には似つかわしくないその覚悟。そこに至るまでに『どんな葛藤があったのか、どんな苦悩があったのか、何故そんな事を決断できたのか』」


 …………


「あの物語を本当の意味で知るには、それを『見出す必要』があると思うの。だから、アンジュが拷問されて死んだり、山椒大夫が処刑されなくても、あの物語の素晴らしいところは存分に表現されると思うわ」


 成程な。


「けれど、やはり、そうなるに至った『愛』は、結局のところ、彼女を自滅させているのではないかと思うの」


 左様じゃな。されどな主様。


「何かしら」


 察するに、そのアンジュとやらは、何らかの形にしろ死んだのであろう?


「そうね」


 なれば、それはその『成長の末に死んだ』。その生き方そのものを美化するためには『そこで死なねばならなかった』。それでは駄目かの?



「何故かしら?」


 思うにその話が生まれ出でた国と時代に対し、主様のような異人とでは『死生観』そのものがあまりにも違いすぎるのじゃ。そもそもが輪廻転生を信ずる仏教からの話であろう?異人の主様が納得いかぬのは、むしろ道理であろう。


「それは……いえ、そもそもの話の成り立ちが説教話なのだから、その通りね」


 時を隔てた同じ国出身の妾には、多少はその疑問も合点がいくがの、これから先の未来ではそうはならんじゃろうな。


「成程、貴重な意見だと感じるわ」


 あの男が納得がいかなかったのも、そこが理由なのであろうかの……


「どういうことかしら?」


 あの御仁は『人の温もりを知らぬ』。それ故、妾が何故道理に背いてあのようなことをしたのかが理解できぬのではないかと思っての?


「そうなのかしら?私には違和感は無かったけれど」


 ……左様か


「ええ」



 おそらくは、であるが。


「なにかしら?」


 妾は百度生まれ変わっても、同じ行動をするように思う。


「凄まじいわね」


 おそらくは、であるが。


「なにかしら?」


 愛する子がおる父母という存在は、同じ行動をするように思う。





「……それはどうかしら?」





 そうあって欲しい。否、そうでなければならない。妾はそのように思うのじゃ。


「……まるで説教話のようね」








・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・




今日は此処まで。

見てる方いますかね?



【 都の北 牢獄 】






「これはどういうことだっ!?」


 目の前の凄惨な光景に弟は、驚きより怒りで吼えているようであった。

 さもあらん、目の前で血の海に沈む二人は、明日には自分の目の前で涙を流しながらお互いに殺しあうはずだったのだ。己に対して、おそらくは姉である妾に対して行った非道の報いとして。己の行いを、生まれたことを後悔しながら。


「誰か!誰かある!」


 そう叫ぶも、一向に反応はない。弟はこの館の主である。だとすれば、この声に対してなんの反応もないことは、事の大小はさておき反逆に違いない。しかし、何事かと駆けつける足音はおろか、夜半に喚く事を咎める罵声が返るわけでもなく、弟の声は館に虚しく響くだけであった。


「此れはいかなることじゃっ!この館には不忠者しかおらぬか!?」

「夜中に喚くな」

「ッ!?」


  否、返答はあった。ただしソレは背後から、唐突に、弟の聞き覚えの無い声で。




「何者……ッ!」

「喚くなと言うに」


 何者かを問いただす間もなく床に組み伏せられる。しかし弟を組み伏せたその人影は、ただただ、事務的で抑揚のない声音であり、そこがいっそ不気味である。

 弟は間もなく恐怖を感じているようだった。


「話すのは初めてか。お前の事を話すのは多かったのだが」

「な、何者ぞ……我を国守と知っての狼藉かっ」

「知っての狼藉だ」


 そう平然と答える男に、弟はより一層恐怖を抱いた。奴婢の身から抜け出し、国主として勤めが始まったと言うのに、その体たらくなのは姉として甚だ情けないばかりであるが、それも致し方なきことに思う。

 何せ、弟を組み伏せる男の気配と言ったら。


「間近で見るのは初めてだな。成程、姉にそっくりだ」

「ッ!?姉さまを知っておるのか!?」

「知っている」

「貴様っ!何も……」



 悪鬼のようだとか、明王のようだとか、人は恐ろしいものをそのように形容する。しかし、男はそのようなものでは現すことはできなかった。



「夜中に喚くな、と言った」

「あ、あ、あ、あああ」

「三度目だぞ?この糞ガキ…………」


 祟りであるとか仏罰であるとか、正体の知れぬ恐怖ではない。


「人の話を聴かないヤツは嫌いだ」


 子供が虫の足をもいで遊ぶような、蟻地獄に蟻を投じるような。










「ぶっ殺すぞ?」









 邪気も悪意も無い、ただただ『ソレが死んだ様子が見たいから殺す』。そんな狂気そのものの。ソレがこの男だ。

 さながら弟は今まさに足をもがれようとしている虫であろうか。絶句し、どうか痛く殺さないで、と懇願するかのように口を動かしていた。



「そこの馬鹿親子をぶっ殺したのは俺だ」

「っ!?」

「他にソイツに死んで欲しいやつがいた。俺はそれの代行だ。お前は処刑を楽しみにしていたようだが残念だったな?」



 睨み返す程度の気概は残っていたのか、声は出さないにしても、弟は精一杯の悪意を男に向けていた。それを感じ取っていてか、感じてなおどうでもよいのか、興味なさげに組み伏せた弟を解放する。



「ではな。館の人間はじきに目を覚ます」

「待て……」



 弟よ、拾った命を無碍にしてはならない。次の言葉次第では、お前の目の前にいる男は嬉々としてお前を殺しにかかるのだ。



「……何故だろうか?」

「何故だ……」

「質問をしているのは俺なのだが」

「何故こんな事をした……答えろ」

「どうでもいいことではないだろうか?一日死期が早まっただけだ」

「こいつらは……俺がこの手で殺してやりたかったっ」



 もういい。それ以上口を開くな、弟よ。



「俺を、姉さまを……屈辱と苦痛に沈めたこの腐れ外道どもは、我がこの手で始末せねばならなかった!」

「……お前は復讐の為に外道は死すべきと、その家族も地獄を見せるべきだと、そう言うのか?」

「その通りだっ!人の権利を、自由を奪ったクソどもに生きる権利などあると思うのか!?俺と姉さまだけではないっ!他の奴婢らも……っ!どんな思いで我等が……」

「お前はこいつらと一緒になって逃亡奴隷に拷問を加えていただろうに。外道死すべしであるのなら、お前も殺さなければならないな」



 主様、後生である。それは堪えてくれ。約束したではないか。



「そうしなければ俺も同じようになっていた!」

「お前の姉を拷問したのはそいつ等親子だけだったようだが?」

「ぐ……それはっ!」



 左様、その通り、妾を嬲ったのはその親子だけなれば、他に罪はない、主様。去ぬろう。




「キンダーガーデンのガキでももう少しまともな言い訳をすると思うのだが。まあいい、答えてやろう。その前に一つ聴いていいか?」

「なんだ……?」



 主様、もう止めてくれ。弟は妾を失い我を忘れておるだけなのじゃ。左様、ならば、まともに受け答えなどできるはずもない。



「お前が逃亡していなかったとして、仮にお前の姉が脱走したとする」



 主様、頼む。



「仮に捕まったとする」

「…………」



 答えるでないぞ弟よ。主様、去ぬろう。









「捕まった姉をお前はどうしていたのだろうか?」









「…………ッ!」

「答えられないのか?」

「……答えられるはずもない」

「何故だろうか?」



 喋るな弟よっ、主様っ、約束を違えるのかっ!?



「姉さまに手を上げるなど出来るわけもない……されど、我とて我が身がかわいい。それは……」



 弟よっ!いかんっ!それ以上口を開くなっ!








「姉さまとて……それは同じであったろうに……」








 ああ……



「…………いいだろう、質問に答えてやる」

「…………」



 逃げよ、弟よ。妾の存在にかけてこの男を止めて見せる。逃げるのじゃ。





「俺が『何故こんな事をしているか』だが……」



 何をしておるっ!早く去ねよっ!








「お前等のような馬鹿を地獄に叩き落すのが楽しくて仕方がないから、だ」







「な……」

「もう一つ教えてやろう」

「な、な……」

「お前の姉は、お前の為なら『死んでもいい』そうだ。では……」



 主様っ!!











 お前も死ね。殺させろ





・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・




 今日はここまで、でございます。


>>67様 レスまことにありがとうございます。


 相変わらず需要が気になる>>1の小胆っぷりをお許しください。

 


 今日はここまで、でございます。


>>67様 レスまことにありがとうございます。


 相変わらず需要が気になる>>1の小胆っぷりをお許しください。

 



【少女の部屋】





「弟さんを……」


 ん?


「弟さんをおじさんは殺してしまったのかしら?」


 いいや。『死ぬ程脅しあげた』、というまでじゃな。疑った自分が恥ずかしい。


「何故かしら?」


 あの男はただ仕事をこなしただけではない。妾の意をしっかり汲んでくれたのよ。


「弟さんが外道に落ちないために」


 左様じゃな。二度とあのような愚行には走らまい。いや、出来ぬであろうな。


「弟さんは常におじさんの影に怯えて生きることになるのね」


 それはどうであろうかの?


「何故かしら?」


 クフフッ……何せ、アヤツの名がな?クフフッ……


「一人で笑わないで欲しいわ」


 済まぬ主様。しかし可笑しい。



「弟さんの名前がどうしたのかしら?」


 妾は名を奪われ、新たに名をつけられた。それがつまるところ……


「『シノブクサ』……『死ぬほど嫌い』というのはそういうことなのかしら?」


 左様……それで弟も同じように名を奪われ、新たに別の名で呼ばれるようになったのじゃが。


「どんな名前なのかしら?」


 『我が名を忘れ草』。


「『ワガナヲワスレグサ』?どういう意味かしら?」


 『自分の名前を忘れてしまった』、ということじゃ。左様、その名の通り、アヤツは脅し上げられたことが余程に堪えたのであろう、次に起きた時はあの御仁の凄みを忘れてしまっておったのよ。


「まあ、あまり笑い事ではない気がするのだけれど」


 いいや、あの馬鹿者には良い薬じゃ。しかも可笑しいというのがの、アヤツは人買いに浚われた時、『名はなんというのじゃ』と問われ、恐怖のあまりに自らの名を語ることすら忘れておったのじゃ。それ故ついた名が『我が名を忘れ草』よ。


「……やっぱり笑えないわ」


 いいや。妾はソレが可笑しゅうて堪らぬ。そして安心した。


「……何故かしら?」


 国守となろうと、復讐の鬼となろうと、ましてや奴婢に身を落そうと、あれは妾の知る臆病で可愛い弟なのじゃと思うと、な。


「……成程」



 されど、脅しあげられた事を体はしっかり覚えているようでな。残った人買いの家族は皆開放した。良きかな、良きかな、というわけじゃ。










「……いいえ、それは違うわ」









 …………ほう。それは何故かや?


「良きかな、なんて言うけれど、貴女は幸せになれたのかしら?」


 妾は幸せだとも。それは何度も言うたであろう。あれが生きているだけで……


「そうね。けれど悲しいかな『忘れ草』。私を異人と思って侮っていないかしら?」


 ……どういうことであろうかの?


「『忘れ草』。『ハイク』で使われる言葉だわ」


 …………


「哀しいことを忘れたい心境を表す時に使用されるわ。偶然かもしれないけれど、貴女はそれが楔になっているのではないかしら?」


 …………それは何故かや?


「弟さんの哀しい事といえば、『貴女を失った事に他ならないから』よ」


 弟は、妾の事を忘れてしまった、と?


「それだけではないわね」


 聴かせてもらおうか、主様。……ただし言葉は選ぶことじゃ。妾があれの為なら命を賭けることは、良く存じておろうな?



「ええ、言わせてもらうわ『シノブクサ』」


 ………………


「『偲ぶ草』。『故人への追慕に手向けられる花の事』、ね……」


 ……元来はそうであるな。


「それはこちらの宗教でも似た風習があるの」


 成程な。それは知らなんだ。


「貴女が『死ぬほど嫌い』と言ったのは、本当はそれが理由なのではないかしら?」


 ………………


「『我が身を偲んで欲しい。しかし弟は哀しい事を忘れたい』……」


 偶然じゃ……


「貴女は可笑しくて堪らないんじゃない。『もう笑うしかなかった』のではないかしら?」


 妾を愚弄するか?


「いいえ、それは違うわ」


 では、何故であろうかの?


「貴女は『アンジュの生き方を美化するためには死ななければならなかった』と解釈したわね?」


 確かに。


「私は、そんなことあってはならない。そう思っているからよ」



 どういうことであろうかの?


「いくら死生観が違おうと、『死ぬことで美しく輝く生き方』なんて物語、『私は』許せない。何故なら、『当の本人達の気持ちをなにも考えていない』からよ」


 ほう?


「『生きたい』と思うのはどんな生き物も持つ本質という『事実』。例え『死にたい』と思おうと、結局のところ『生きたい』と思う気持ちは否定できないの」


 然り、それは道理であろう。


「その二つは矛盾しつつも、私達の中で同棲しているものであるのだから、登場人物たちの中にもあるであろうソレを無視して、物語そのものの教訓や解釈のみを抜き出すのは嫌なのよ」


 成程な。


「『駄目ではなく』、『嫌なのよ』」


 それは何故であろうかの?







「私は『彼等を愛しているもの』」







 これは解せぬな。文字に潜む幻影を、主様は愛すと申されるか?


「なにも可笑しいことではないわ。『自己投影』は物語を読むことの醍醐味。それが全てではないにしろ、彼等に己を投影した以上、彼等を愛することになんの不思議があるというのかしら?」


……それで?それが妾になんの関係があるというのじゃ。



「言ったはずよ?『貴女はまるでアンジュのよう。気高く、美しい』、と思うの。貴女ですら貴女自身を否定することは、貴方達を愛する者として、見ていられないわ」


 その言葉はまことにありがたい限りじゃが、可笑しなことを言う御仁じゃの?妾がいつ妾を否定したというのじゃ?


「貴女は弟さんが、自分の為に命を賭けるだなんて思っていなかった」


 それがどうしたというのかの?そんなものは弟の勝手なことじゃ。それにこうも言ったであろう、『馬鹿で、外道なのは妾一人で』…………っ。


「気高く美しい貴女という人間を知った者として、私は貴女の事が本当の意味で知りたい。だからその『憂い』と思えるような『サイン』を見付けたからには見逃すわけにはいかないわ」


 ………………


「たしかにこじつけもいいところ。もし違うのだったなら、どんなことをしても償う。だから教えてもらえないかしら」


 馬鹿な……


「馬鹿でもいい。貴女を知りたいの」







 …………かなわぬの?






「ごめんなさい。貴女を愚弄するつもりはないのだけれど」


 わかっておるよ。そして主様の言うことは、当たらずとも遠からず、というところ故な。


「やっぱり……」


 主様はまことに聡い女子じゃの?あの男とは大違いであるな。


「おじさんは無神経だから」


 左様、まこと、神経の抜けておるような御仁じゃった。


「ごめんなさい」


 構わぬよ。確かにあれが『姉とて我が身が可愛いはず』と言った時、妾は力が抜けそうになった。


「……それは」


 しかしな、主様。それは違うのじゃ。


「……私もそう思うわ」


 ほう?我が弟の意を得たり、かの?聴かせてもらえぬか?



「貴女の不幸を誰よりも哀しんでいたのよ」


 …………うん。


「自分を責めたの。耐え切れなくて、人を手に掛けようとしたの」


 …………うん。


「『何故、自分の身を大切にしなかったのか』、と貴女を責めていたの」


 …………う、ん……


「私も貴女を責めるわ」


 …………ごめん、なさい……


「だから、弟さんが忘れることを、良きかな、なんて言わないで」


 …………う、ん……


「ごめんなさい。貴女ならそんなこと解っていると信じているのだけれど、こんな事を言ってしまって」









 …………構わぬ。それにしても、まことに聡い女子じゃ。


「照れるわ」


 まこと、褒めておるのよ。


「止めてよ」


 よければ弟の嫁に来ぬかや?



「え……それは」


 割と本気で言っておる。妾のように長く時を過ごしたわけでもなく、我が弟の意を得た主様ならばきっと良い嫁となろう。妾の肩荷も降りようというものじゃ。


「よしてよ。私は、そんな」







 …………主様も、『人の温もり』を知らぬのであろう?







「………………」


 単なる否定はさせぬよ?妾を侮ってもらっては困る。


「何故かしら?」


 言ったであろう。妾のとった行動は『愛する子がおる父母という存在は同じ行動をするように思う』、と。


「言ったわ」


 これらはの、本来、理屈で説明できぬが、『ソレを知るものにとっては今更説明の必要もないこと』なのじゃ。


「………………」


 つまり主様は、あの御仁と同じ、『人の温もりを知らぬ』のじゃ。


「…………それは」



 こじつけに過ぎぬ。誤謬であればどんなことをしても償おう。されど我等を『愛している』と言ってくれた主様を、妾は知りたい。


「……私には無理よ、そんな、貴方達の家族になる資格なんてない」


 それは何故かの?


「私には、貴方達のように『命を賭けてまで人を愛することなんて出来ない』」


 …………主様。


「……なにかしら?」


 妾があのような行動に走ったのは、確かに弟に対する『愛』あっての事じゃ。


「そうね」


 しかしな。その行動は決して『美徳ではない』。まして、結果的に『愛ですらない』。そう成り下がってしまった。


「ではなんだというのかしら?」


 他者であっても、自己であっても、対象をそれらのなによりも優先することを、愛とは言わぬのよ。


「………………」












 人はそれを…… 『 差 別 』 と言うのじゃ。










 いいところで、というありがたいお声に、拙いながらお答えいたしたく投下いたしましたっ


 今日はここまで、でございます。
 次回で『安寿と厨子王』編は完結、でございます。


 寒暖の差が激しくありますので、皆様ご体調にはお気をつけ下さりますよう。



「それは…………っ」


 妾は弟の為に、ひいては自分の為に、あの男を頼りとした。『ロクでもないこと』にな。それが差別でなくて、なんと言うのじゃ。


「でも……っ、貴方達は虐げられていたわっ」


 それがなんだというのじゃ。こうも言うたはずじゃ。『罪に対する反動はあくまで理性であるべき』、と。人が人たる所以は『理性の有無』、それもまた『事実』であろう。


「その前提が間違っているのかもしれないわっ」


 ならば人は『愛』故に殺し合いを続けねばならん。それでも人はそれを美徳とつなげたがる。これは大きな矛盾ではないか?


「極論よっ」


 否、何かについて論じるのであれば、それは究極のところまで詰めねばならん。そして極端な例でもない。哀しい現実じゃが、『このような話ゴマンとあろうて』。そして、こうも言うたはずじゃ。『この世に愛ほど人を殺したものもそうはない』と。否定できるかの?


「そんなっ……貴女はまた自分を否定しようと言うの!?」


 落ち着け主様。妾とて、この想いを『差別』と断じるのは腹の収まりがつかぬ。


「だったらっ」


 故に、『家族になろう』、と申しておるのじゃ。



「わからない、わからないわ」


 妾は結局のところ『弟しか』愛することが出来なかった。主様は『人でないものしか』愛することが出来なかった。そこに大きな落とし穴があるのではないかと思う。


「……どういうことかしら?」





 『完全な他者を受容できなかった』。そこに妾共の共通する点があると思うのじゃ。





「物語は『自己投影』したとしても『第三者』として見たとしても、私とは別のものだわ」


 それも厳密に言えば他者ではあるまい。『主様の解釈で一度主様の中に落とし込んだものじゃ』。


「……そうね」


 妾はな、このジレンマに主様が一つの答えを出してくれるのではないかと考えておるのじゃ。故に主様を家族に迎えたい。共に道を歩めば、やがて互いに『愛』なるものの本性を見据えることが出来るやも知れぬ。


「……私が?」


 いや、主様には、もはや答えは出かけておるのかも知れぬ。主様。主様は『妾等を愛する者』と、自分をそのように言ってくれたではないか。それは空言であるか?


「…………正直、何が『愛』か、と定義は出せないわ。けれどその言葉は、私の心の底から出たもの。それは間違いない」



 そうであろう?妾もそうじゃ。あれだけ弟の事を『愛しておる』と言っておきながら、明確にこれが愛であるとは言えぬのじゃ。言ったとおり、結局のところ『差別』に成り下がった。


「でも貴女はおじさんに言ったはずよ。『時間と過程を共有したものに生じるのが愛』と」


 出所の問題だけよ。真理でもなれば、それそのものの本質でもない。


「それはそうだけれど」


 妾は知りたい。妾等、『人類』が持つ、この不可思議な思いは果たして善性のものなのか、それとも『渇き』を呼ぶ邪念であるのか。その答えに行き着いたとき、人は己の本質なるものを見据えることが出来るのではないかと。


「私には……話が大きすぎるわ」


 そんなことはない。主様とて、同じ人ではないか。






「けど……私には、私の『お父様』は……っ『おじさん』だって……っ」





 ……主様のお家になにがあったのかはわからぬ。されど、何度でも言おう。『妾は主様の事が知りたい』。





「……ごめんなさい……もう、帰って……」






 ……左様か。


「ごめんなさい……」


 最後に頼まれてくれぬか?


「……なにかしら?」


 これを、あの男に渡して欲しい。


「これは……何かしら?」


 饅頭であるな。これは皮が薄く、餡が豊富に詰まっておる。我が故郷の名産である。


「貴重なものではないかしら?」


 何、土産ではない。それほどのもではないと礼を欠くかと思っての。


「何故かしら?」









 今日、この日は、愛の誓いの日、と聞き及んだのよ。








「そうね……バレンタイン・デイね」


 本当は『人の温もりを知らぬ』あの男に、ソレを教えようと思った。それが借りを返すことになるのではないかと思っての。


「では、貴女はおじさんを」


 左様であるな。妾と弟の物語を観覧してくれたあの男を好いておる。



「その、つまり」


 決まっておる、夫婦の誓いを立てようと思っておった。それが敵わぬならば、せめて男女のちぎ……


「おじさんも隅に置けないわねっ、隅に置けないわねっ」


 ……よろしく頼む。


「……渡しておくわ。誓って、必ず」


 主様。


「何かしら?」


 主様も必ず召し上がってくれ。


「………………」


 つまりはそういうことである。


「いただくわ。誓って、必ず」


 さて、去ぬるとしよう。だが、主様。嫁の件はまことに考えておいてくれぬか?


「………………」


 妾の望みが叶うならば、主様があの男と、妾の子となってくれれば良かったのじゃが。


「…………ごめんなさい」


 謝ることはない。それでは、な?聡い娘子よ。



「……最後に一つ聴かせて」


 ……なんであろうかの?


「おじさんが弟さんを脅し上げた時、『貴女は何故そこにいた』の?」


 ………………


「眼も見えなくなり。おじさんに着いて行くだけの体力も失った貴女が、その時、なにがあったかを、何故知っていたのかしら?」


 …………さあて、な?


「真面目に聴いているのだけれど」


 妾の見た夢であったかも知れぬ。あるいは、あの男の口から語られたことを見てきたかのように話しただけかも知れぬ。


「貴女は……もう」


 …………さあて、な?


「………………」










 ではな。主様。言うた通り、容易く戸を開けてはならぬぞ?『姉』の……『母』の言うことは聴くものじゃ。







今日はここまで、でございます。


安寿と厨子王がここまで長くなるとは。
原作を知らない方には本当に申し訳ない。

描写や背景ががわかりにくいところがあったら言ってください。


お疲れ様、でございます。







【 泣いた青鬼 】








「ど、どこかへ行ってよっ、ここには誰もいないわっ」


 左様なことを申しても、こうして声が聴こえてきているではござらぬか。


「嫌っ、人攫いなんでしょうっ、私がこの扉を開けた途端に、いきなり刃物を突きつけるのねっ。知っているんだからっ」


 誓ってそのようなことは致さぬ、頼むから開けてくだされ。


「そして口を塞いで、刃物で私の衣服を切り刻むのよっ。恐怖で声も出ず、涙ぐむ私を組み敷いて、そのまま手篭めにするんだわ」


 どこでそんな知識を学んだのでござる。


「私も初めは嫌がるの。けれど、不思議な薬や見たこともない道具を使われて……いやらしいわっ。そして最後は私に飽きて売り飛ばすんでしょうっ。全部お見通しなんだからっ」 


 まっこと想像力豊かな御仁でござるな。拙者はそのような外道ではござらぬ。




「あ、貴方なんか、おじさんが帰ってきたら酷い目に遭うんだから。おじさんは凄いのよ。眉一つ動かさず、人をバラバラにしてしまうんだから、そしてその後、少しだけ笑うの。とっても怖いんだからっ」


 成程、やはりここはあの御方の住まいでござったか。しかし今は留守であったか。


「あ……う、嘘よっ。おじさんはいるわ。すぐに呼んでくるんだからっ」


 いや、しかし、先程誰もおらぬと。


「う、うるさいわね。早く帰ってよっ、キャッ!?」


 !?いかがなされた!?


「い、痛いっ、出しっぱなしにした本に躓いて……」









 大事ござらぬか?


「………………」


 ………………





「イヤアアアアァァァァッッ!!」





 大事ござらぬようであるな。


「どうして入ってきているの!?鍵はかかっていたはずよっ」


 なに、この道具があればチョイチョイっといったところでござる。


「やっぱり貴方、犯罪者ねっ!泥棒ねっ!強盗ねっ!強姦魔ねっ!」



 犯罪者であることは否定できぬが、そこもとが心配だったのでござる。お許しあれ。


「い、嫌……そんな事言って私に乱暴する気でしょうっ」


 だから違うと言うに。どうすれば信じてもらえるのでござろうか。


「しょ、証明しなさいっ」


 命令でござるな。


「私に危害を加えないと、証明しなさいっ」


 うむ…………おお!


「!やっぱり、証明できないのね?このケダモノっ!」


 違う、違う……先程からそこもとは拙者を強姦魔のように考えているようでござるが、少なくともそうではない。


「だ、だったら何だって言うのよ!?」


 これこの通り、でござる。


「!?嫌っ!服なんか脱いで、やっぱり………………女?」


 左様でござる。これで信じていただけだであろうか?


「………………『そっち』の人かしら?」



 違うっ!


「ヒッ!ごめんなさい、殺さないで、犯さないで……」


 あいや、済まぬ。つい声を荒げてしまった。されど、拙者は決して同姓を愛でる趣向は無い。普通に男を好む。


「あけすけね」


 左様。なんとなれば、本日はその用件で参った次第。


「どういうことかしら?」


 こちらに住まわれると聴いた御方に、拙者を娶ってもらおうと……


「…………おじさんに?」


 おお、そこもとは、あの御方の姪御殿であるか?拙者は今後そこもとの……叔母になるのであろうか。ともかく良しなに頼む。


「私はおじさんの姪ではないわ。ただ、あの人の事を『おじさん』と呼んでいるだけなのよ」


 なんと。それでは何故、そこもとはこちらに?


「ここの管理を任されているの」


 成程、左様でござったか。それであの御方は留守と。


「そうよ。でも今日は変わったお客様が多いの。それで、あんな事をしたのだけれど」


 成程、成程。


「貴女もその一人なのだけれど」


 と、言うと?どういうことでござろうか。



「おじさんに求婚してきたのが、貴女で三人目、と言う意味ね」


 ……なんということだ。罪作りな御仁でござる。


「けれど信用しないわっ。そんな事言って、私を浚おうとしているのかもしれない」


 哀しきかな。どうすればそこもとの信用を得られるのか。


「そうね……まずはおじさんとの馴れ初めを聴かせてもらおうかしら?」


 ほう、ほう。左様なことでよろしいのかな?


「もしかしたら貴女が探しているのは『おじさん』じゃない、別人かもしれない。その判断もつくわ」


 成程。ならば承った。そもそも拙者の故郷は……


「当ててみようかしら?極東の島国ね?」


 おお、まこと聡明な方じゃな。左様でござる。


「もう、慣れたわ…………そんなにあの国の女の人がいいのかしら」


 そう、拙者の故郷にて、あの御方とは運命的な『出会い』を果たしたのでござる。


「私も髪を黒くしてみようかな……」






・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・



【 極東の島国 隠の里 】










 『出会え!出会え!曲者じゃっ!首領が討たれたっ、何としても賊を逃がすでないぞっ!』








「成程、中々に手際がいいな。まあ、見失っていては意味もないのだが」


 くっ、殺せっ!


「俺の仕事は基本的に一度に一殺なのだが」


 このまま敵に慰みモノにされるくらいならば、死んだほうがましというものだっ。


「別に殺す気は無い」


 くの一として生まれたからには覚悟は出来ていたが、こんな所で純潔を散らす事になろうとはっ。


「別にレイプする気もない」



 そんな事を言って、拙者の衣服を刻むのであろうっ。恐怖で声も出ず、涙ぐむ拙者を組み敷いて、そのまま手篭めにするのでござろうっ。


「聴け」


 拙者も初めは嫌悪にまみれる。しかれど、妙薬や異形の道具を使われて……汚らわしいっ。そして最後は拙者を肉奴隷として売り飛ばす気であろうっ。全てお見通しだっ。


「人の話を聴けというに」


 貴様なぞに拙者は屈しない。いつか貴様にはこの報いを……


「ぶっ殺すぞ」


 平にご容赦あれ。


「それでいい。先程も言ったように俺の仕事は基本的に一度に一殺だ。お前がこのまま簀巻きにされて黙っているのなら見逃してやる。だから、大きな声を出すな」


 あい、解った。


「即答か」


 左様でござるな。


「俺はお前等の首領をぶっ殺したのだが、なんとも思わないのだろうか」


 まあ、ソレが良かったのかも知らん。



「滅多なことを言う。何故だろうか?」


 首領は、まっこと戦の好きな御仁であったからな。大きな声では言えぬが、ここ最近の近隣諸国で起こった戦は全て首領の手によるものでござる。そして、我等が身を高く売るのよ。腐れ外道と罵られようと致し方なし、でござる。


「知っている。だから俺のような人間に仕事が回ってくる」


 お陰でこの里は同じ忍び衆にも忌み嫌われておってな。いつ大名が軍を差し向けてきてもおかしくなかったのでござる。


「先に俺が派遣されて良かったわけだな」


 ところでこの国の者ではないな。異国の忍びでござろうか?


「似たようなものだ」


 造作も無く首領を殺めたことといい、拙者を殺さず無力化したことといい、それ以前に今の今まで里の者に誰一人、気付かなかったことといい、貴殿はまことに人でござるか?


「照れる」


 褒めてはござらんよ?


「あ、そう」


 褒められたことではないのは、貴殿ほどの達者ならばよく存じておろうに。


「存じている」


 ならば逃げられい。


「そうする」



 あいや、待たられい。


「なんだろうか?」


 貴殿はこの里が変わるきっかけを作ってくれたのかも知れん。


「だからなんだ。俺は殺人鬼で、俺がしたのは人殺しだ。褒められたことではないと言ったのはお前だろう」


 左様。故に礼は言わぬ。だが。


「だが。なんだろうか?」


 次にこの里に来られた時は拙者を訪ねてきてくれ。茶と団子の一つでも進ぜよう。


「忍者に勧められる飲食物ほど信じられないものもそうはない」


 成程。『天にも昇る』味、でござるな?


「あるいは『刺激的』な味かも知れん」


 中々に話せる御仁でござる。


「お前もな」


 では逃げられい。


「それではな。『また、会おう』」





・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・



今日は、ここまで、でございます。

やはり面白い

>>110 ありがとうございますっ!とても嬉しゅうございますっ。
     このまま続けていいものか悩んでおりました。お言葉のお陰でとても捗ります。

 少しだけ投下いたします。



【少女の部屋】






「成程、『出会い』と『出会え』をかけたのね?」


 どういうことでござろうか?


「……いえ、なんでもないわ」


 ははあ、成程、駄洒落かと思ったのでござるな?


「『韻』と言いなさいなっ。あと即答できないなら蒸し返さないで頂戴っ」


 いやいや、直ぐに気づかず申し訳ない。あいや、しかし、馬鹿にする気は無いのでござる。


「本当かしら?」


 我等が一党の通り名も駄洒落のようなものでござってな。


「『隠の里』……とか言ったかしら?」


 左様。『隠』(おぬ)と『鬼』(おに)をかけたのでござる。


「けれどそれは『鬼』というものの本来の用い方だわ。『解りにくいもの、曖昧なもの』だったかしら」


 異人のそこもとがよく存じておられるな。


「ええ、どんな国の伝記でも、私は大好きよ」


 故郷の事を褒められているようで、なんだか拙者も嬉しゅうござる。


「褒めているわ」


 左様でござるか。



「極東の島国の歴史は、それ自体がまるで緻密に伏線の敷き詰められた、壮大な物語のようだもの」


 確かに。あの小さな島国で、起こった出来事はまっこと濃密かつ大きゅうござる。


「あら、世界の大きさを知っているのかしら?」


 それはな。初めは信じられませなんだが、こうして異国の土を踏んだ以上、世界とはかくも広いものかと、今も実感しているところでござる。


「極東の島国は閉鎖的と聞いたの。それでも貴女のような人がいるのね」


 いや、拙者も大差ござらんよ?そもそも忍びの里は閉鎖的社会の最上をいくもの。拙者はそこの出身たれば、田舎者には違いござらん。


「それはそうと……」


 なんでござろうか?



「『NINJA』なのねっ!?」


 いかにも、拙者は忍びの……


「『NINJA』なのねっ!?」


 二回も、でござるか。


「大切なことなのよっ!」


 左様なまでに、でござるか?


「口から火を吹くのね!水の上を自在に渡るのね!凧に掴まって空を飛び回るのね!」


 え…………


「身体がいくつも分身するのでしょうっ?ナイフに刺されても、服を着せた木と入れ替わるのでしょうっ?カエルのモンスターを召喚するのでしょうっ?」


 え…………え…………


「アルセーヌ・ルパンのように変相するのよねっ!口に『MAKIMONO』を銜えて煙と共に消えるのよねっ!素晴らしいわ。まさか本物の『NINJA』に会えるなんてっ!」


 え…………え…………え…………


「成程、さっきの鍵も『NINJA』にかかっては玩具同然というわけね。これは他にも見せてもらわないと、まずは『KAWARIMI』なんてどうかしら?早速このナイフで……」



 し、静まれっ。


「命令ね」


 静まりたまえっ。


「お願いね」


 何故そのような風聞が広まっておるのか。そのようなもの、最早人間ではござらぬ。


「いいえ、それは違うわ」


 何故でござろうか?


「だって『NINJA』だもの」


 わけが解らぬ。勘違いしているようでござるが、忍びの術とはそのような摩訶不思議、荒唐無稽なものではござらぬ。


「……やっぱりそうなの?」


 当然でござる。言ってしまえば忍者とは『何でも屋』でござる。目的達成の為ならばなんでもする。そしてソレを技術体系として残した集団のことでござる。


「傭兵のようなものかしら?」


 確かに戦にも参戦する。その他にも間謀、奪取、暗殺、撹乱。通常の兵法とは違う、『げりら』というやつでござるな。


「現実的ね」


案外そうでなかったりもするのでござる。


「やっぱり『JITU』を使えるのねっ!?」



 確かに術ではあるが、そこもとのソレとは大きく異なる。端的に言うのであれば、そこもとは正に忍びの術中にあると言って良い。


「なにかしらっ!?一体私に何をしたのっ!?」


 そうそう、それでござる。過剰な風聞や、誤った情報を流布することで対象に恐怖や混乱を与える。迷信深い者は、これで在りもしない恐怖に駆られるのでござる。


「成程、人の心理や思考を手玉に取ったわけね」


 左様でござるな。


「おじさん相手にもそうしたのかしら?」


 あの御方に?何故でござるか?


「いいえ、おじさんが『また会おう』だなんて本当に珍しいことだと思ったの」


 里中の忍びを出し抜き、首領を容易く殺めたあの御方に、こんな『子供騙し』が通じるとは思えませぬな。仮に通じたとしても意味はありますまい。


「何故かしら?」


 単純に人間離れしているからでござる。


「そうね」


 おや。ご存知でござったか。


「ゴザルわ。私もそのお陰で救われたから」


 左様でござったか。



「それでは何故貴女は、おじさんに『訪ねてきてくれ』と言ったのかしら?」


 確かにあの御方のお陰でm里全体が変わることに感謝の念があったのかも知れぬ、しかし、それ以前に、あの御方はまるで『拙者らと同じように感じた』のでござる。


「確かに。おじさんから聴いた話によると、戦争中の要人暗殺もやった、と」


 さもあらん。あれほどの忍び、権力者が放っておくわけがござらぬ。人は自分と同じような人間を見つけると、自然惹かれあうモノでござってな。また、他者と出会った時は自然、共通点を探り合うものでござる。


「先程の心理を突いた『JITU』の種ね」


 まあ、同時に『比較』もするのでござるが。また共通点は競争。競争は争いの種ともなる故、そればかりが良いとも限らぬ。それはともかく、どのような共通点や比較にしろ、他人同士が初めに抱く感情は『疑惑』でござる。


「私も貴女を疑ったわ」


 疑うの範疇を大きく逸脱していた気も……


「不法侵入者が何を言うのかしら」


 返す言葉もござらん。しかし『疑惑』とは、『害があるかどうか』だけでは無く、『自分にとって益になるかどうか』、という意味でもある。



「成程、自分とは合わないか、一緒にいて楽しく過ごせるか、を判断するのね?」


 一般的な人間関係であればそうでござる。これは個人間においてだけではなく、国家間ですら、そうであるかもしれませぬな。


「確かにそうね」


 話をまとめると、拙者ら『隠族』と、あの御方は、『似ているところがある』故に、『うまくやれるのではないか』と思っただけにござる。


「成程、勉強になるわ」


 …………あの。


「なにかしら?」


 今言ったことは基本的な『人間関係』でござる。


「…………そうね」


 それが『勉強になる』ということは、つまり、そこもとは、その……



「私に『友達がいない』って言いたいのかしらっ?」


 いえ、左様なことは決して。つまり拙者が言いたいのは……


「ところでっ」


 ……なんでござろうか?


「言外に私が『子供騙し』に騙されたと言いたかったのかしらっ?」


 いえ、左様なことは決して。







「………………」


 ………………







「成程っ?『疑惑』ねっ」


 左様でござるか……


「『あなたとは合いそうにないかもしれない』わっ」


 左様でござるか……









・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・


 今日は、ここまで、でございます。


 別にさして重要ではないのですけれど、

>>114の 『KAWARIMI』 を 『UTUSEMI』 に差し替えて頂けると。


少女はやはり乙女だなwwwwww

かわいい乙
おじさんの直接登場はないのかな?



【 極東の島国 隠の里 】





「ふざけるな」


 お怒りでござるか。


「ふざけるな」


 二回もでござるか。


「薬を盛るな、とあれ程言った」


 効かなかったではござらぬか。


「効いたらまずいからふざけるなと言っている」


 くっ、殺せっ!


「簀巻きにされたらソレを言わなければならないのだろうか」


 都で買った『春画』なるモノに、そのような光景が。


「記憶と共に捨ててしまえ、そんなロクでもないもの」


 くっ、殺せっ!


「そうか、では……」


 平にご容赦あれ。



「これは痺れ薬か。俺に耐性があるからいいものの、効いていたらどうするつもりだ」


 何をするか、と聴いたほうが拙者も捗る。


「何をするつもりだったのだろうか」


 それは勿論、ナニを……


「ぶっ殺すぞ」


 平にご容赦あれ。






『あれー、お姉ちゃん、また簀巻きにされてるー』

『あれだよ、『ぼーちゅーじゅつ』に失敗したんだ』






「お前等は子供に何を教えているのだろうか」


 それは勿論、ナニを……


「ぶっ殺すぞ」


 平にご容赦あれ。


「お前等、こぞって寝込みを襲ったり、痺れ薬を仕込んだり、俺をどうしたいというのか」


 決まっておる。この『隠の里』に仲間として迎えたいのでござる。


「その気は無いと言った」


 故に『房中術』を駆使してでもこの里に引きとめようと、皆、苦心しているのでござる。ソレというのに、貴殿は片っ端から簀巻きにして屋根から吊るしおって。



「何度かは半殺しにした」


 ああ、あまりにも女に反応せぬので男色かと思われ、ソレらしいのが二、三人、夜這った時でござるな?


「危うく地獄に叩き落すところだった。なんだ、この里の奴等は馬鹿しかいないのか?」


 そんなことはござらん。皆、貴殿に心を砕いておるだけでござる。


「俺は殺人鬼で、この里に対してやったことは人殺しだ。それも首領をな」


 皆、拙者と同じ考えだったのであろうよ。それにここにいるものは、皆、貴殿と同じようなことをしてきた。今更、他人を責められる立場か。


「確かにお前等だけには言われたくない」


 あけすけ、でござるな。


「照れる」


 褒めてはござらんよ?


「あ、そう」


 しかし、事実、この里の者ならば、貴殿を理解するものは沢山いよう。初めは貴殿の持つ技に嫉妬し、危険視する古株もおったが、今では互いに高めあっているとのことではないか。


「この国の風俗に詳しい年寄り連中から情報を集めるのは悪くない。この国での仕事がやりやすくなる」



 しかし、そうして仲良くなった組頭の娘までも吊るしたのは不味かった。忍びの沽券に関わる故、里の者は貴殿を落とそうと必死でござる。


「一度などその組頭が集団を引き連れて夜討ちに来たぞ。命を落とそうとしてどうする」


 翌日、皆、吊るされておったでござる。


「俺でなければもう百回は死んでいる」


 されど、貴殿は誰一人として殺めなかった。


「………………」


 里の者とて、そこまではせなんだろう。貴殿とて、それはわかっておったろう。そして、この里に居心地の良さを感じているのではござらぬか?


「そうだな」


 ならば、我等の仲間、いや、『友』として、この里に足を埋めぬか?皆、それを望んでござる。


「結局のところ、俺はお前等の術中に嵌ったのだろうか?」


 いや、それは誤謬でござる。


「心理戦はお前等の得意とするところではないだろうか?」


 いや、誤謬でござる。当たり前のことなのでござる。



「何故だろうか?」


 人が人と惹かれあうのは当然の事なのでござる。本能で感じても、理性で考えても、それが人にとって最良故な。


「本来、考えるまでもないということだろうか」


 左様でござる。どう考えてもそれは『益』なのでござる。『開始点と言っても良いかも知れぬ』。一人の人間で、一つのお家で出来ることなどたかが知れておろうに。貴殿がそれを解せぬのは、単純に人間離れしており、なにより『人の温もり』を知らぬからでござる。


「俺がレアケースなだけかもしれない。実際にはみんな試していないだけで、できるかもしれない」


 それは然り。しかれどな、そうして来なければ、人は未だに野で獣を追いかけておったろう。互いに一つの目的のもと、群れとして生きることは、人が一人で居ることより遥かに益が多い。考えてもみよ。一人で米が作れるか?一人で知恵を得ることが出来るか?一人で子を作ることができるか?


「しかし人が集まることで起きる害は無視できない。必ず『差別』が起き、やがて『排斥』になり、他と交わる度に『争い』が起きる。そうして『苦悩』が根付く。『自分と相手は違う』、その一点で殺し合いを始めるのが人間だ」



 それもまた然り。しかし争いや葛藤が無ければ人は、いやさ、この世の全ては停滞するままでござる。それは緩やかな死と何も変わらぬでござろうに。


「お前は戦争を肯定するのか?戦好きの首領を否定していただろうに」


 いいや、戦を肯定するつもりはまるでない。勝とうが負けようが人が死ぬ故な。誰にとってもそれは本懐ではござるまい。


「では何故だろうか?」


 そうした殺し合いの果てに、我々は理性を手に入れたのではござるまいか。


「随分、話が大きくなったな」


 そうでもござるまい。我等の社会に直結してござる。


「何故だろうか?」



 殺人鬼の貴殿に問おう。



「答えてみよう」



 殺人が禁忌とされるは何故か。



「禁忌ではない。ソイツが死ぬことで喜ぶヤツは意外といる。命を拾うヤツもな。起きる戦争も起こらなくなる場合もある。法律は人間が作った。つまり、法律や民意が許されれば肯定される。だからこの世に許されないことなどない」



 では何故それでも、人は殺人を否定するか。



「認めてしまえば社会が立ち行かないからだ」



 それは理性であり、人が知性在る故の結果ではなかろうか。



「…………そうだな」



 この世に許されないことなどないのは、拙者も同意見でござる。しかれど、それは好き放題生きよということではござるまい。貴殿の言うとおり、そうなれば社会そのものが崩壊する。それ故、我等は賢くあらねばならぬのではあるまいか。


「しかしそれでは、人間は『益』の為に苦しんでいることになる。それは大きな矛盾ではないだろうか」


 いや、それも違う。


「何故だろうか?」


 人が集まることで得る恩恵無くしては、落ちる命など、いやさ生まれてこなかった命など数え切れるものではござるまい。そもそも『苦悩』することすら出来ぬでござる。


「成程」


 こうした対話によって『知』を高めあうのも、それを共有する『友』が居てこそ。また、葛藤に『納得する』のも、それを肯定する『友』が居てこそ。苦悩の始まりは『関わり』故かも知れぬが、決着もまた『関わり』なのではあるまいか。


「……そうかもしれない」



 決まった、でござるな。


「簀巻きになっていなければな」


 そろそろ解いてはいただけまいか?


「『忍ぶ』が信条の忍者が、この程度で音を上げるのだろうか?」


 いや、この食い込みがそろそろクセに……拙者、新たな扉を開門しかねぬ……あ、何を。





『おじちゃん、なにしてるのー』





「この馬鹿を吊るす。お前等も来い。こういう馬鹿にならないように」


 くっ、ころ……あんっ。






・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・



>>122 >>123  レスポンス有難うございます。もっと頭でっかちのオンナノコの可愛さを表現したい……

 おじさんの登場に関して言及は控えさせて頂きます。別に大した理由はないのですが。


 くの一さんは、最初、女版『おじさん』にしようと考えていたのですが、蓋を開ければがっかり忍者に。
 どうしてこうなった。


 今日は、ここまで、でございます。多くの県は猛雪で荒れているようです。皆様どうぞ事故等なされませぬよう。

>>1はヒラコー好きと見た

>>133 平野耕太 ヘルシング ドリフターズ 大好きです。あの台詞回しなんともいえません。
本SSでの「自分と相手は違う」は、ぶっちゃけそのあたりが非常に共感できるからです。

>>「JITU」について。ローマ字表記では『術』は確かに『JUTU』なのですけれど
『柔術』の英語表記は Jiu-Jitsu だったりするので 『JITU』にしてみました。
そのほうが日本語かぶれのオンナノコに見えるかなと思いまして。忍殺でも「カトン=ジツ」みたいな。
混乱してしまったようなら申し訳ござい居ません。

追記 >>133 とはいえ台詞回しに関してはぶっちゃけパク……ました。

本日、夜には更新いたします。

進撃シグルイの人だったのか!
両方読んだのはあなたの影響でございます

最高に面白いから楽しみに待ってますの

ちょっとだけ投下します。



【少女の部屋】





「おじさんに何するのよっ!」


 それは勿論、ナニを……


「くどいわっ!どれだけ『ソレ』を気に入っているのよっ!」


 なんと。まあ、実際には何も出来なかったのでござるが。


「…………そこが意外だわ」


 何故でござろうか?


「あの人は、結構その……」


 成程、あんな風を装っていて、実は好色なのでござるな。


「そうね、旅芸人から貴族、ソレが商売の人や王族まで」


 罪作りな御仁でござるな。それとなく拙者もあの御方の好みを探ったのでござるが。


「多分そういうこだわりは、ないのではないかしら」


 そのようでござるな。しかれど、そこもとの言うようにあの御方が好色なのなのであれば、拙者や里の女子共に食指を伸ばさなかったのは確かに解せぬ。


「意外と人の感情に敏感な人だから。人の評価も気にするような人だし」



 成程、後は単純に愛されることに慣れてなかったのかも知れぬな。


「そうかもしれないわ。好意の裏には悪意があると、条件反射で感じるような被害妄想があるのかもしれないわ」


 ましてやそれが己と『同じような』人種のものとなれば尚更、でござるな。


「それはともかく、おじさんは貴方達の里に随分馴染んでいたようね」


 時間はかかったが、いや、『時間がかかったからこそ』、か。


「『共通点を持つもの同士は惹かれあう』。的を得ているようね」


 左様でござるな。それこそが『人間関係の第二段階』、いわば『信頼関係』でござるな。共有した時間と過程は、人にとって重要なものでござる。


「成程、確かに『時間と過程』は大切なものだわ。いえ、時間と過程『こそ』、と言えるかしら」


 その通りでござるな。


「大切なものを『大切なもの』たらしめるのは『それあってこそ』と、私は思うの。目の前にある、それそのものではない。『大切なことは目に見えない』のよ」


 多いに同意するもでござる。しかし、あの御方が馴染んでおられたのはそれだけではない。


「どういうことかしら?」


 『共通点による惹かれあい』も、人と人を引き合わす重要な要素でござるが、『差異』もまた重要なことでござる。




「成程ね」


 わかるのでござろうか。


「例えば私は、物心ついた時から自分の家以外のことは知らなかったわ。だから世界中を飛び回っていたおじさんにとても興味がわいたの」


 成程。我等と同じ理屈でござるな。


「そうなの?」


 左様でござる。先にも言ったとおり、忍びの里は閉鎖的社会の最上を行くものでござる。あの御方と我等『隠族』はその性質は似ておったが、立場はまるで違った。まずはそこがもの珍しかったのでござる。


「人間が二人いれば、必ず『共通点』と『差異』がある。愛し合うにせよ、殺しあうにせよ、人と人は惹かれあうようになっているのね」


 それをあの御方は、そもそもの『苦悩』の始まりと考えておったようでござるな。


「貴女の前のお客様も同じようなことを言っていたわ」


 ほほう?


「人を愛することは『渇き』と同じことだと。命を懸ける程の『苦悩の始まり』であるのに、際限なく人はソレを求める、と」


 …………成程な。


「大きな矛盾なの。貴女が言った通り、人と人とは惹かれあい。それはハッキリとした『益』だわ。そして誰にとっての『益』なのかと考えれば、それは最終的に『自分』になる。けれど時として人は、その『社会』を守るために『自分の』命を懸けるわ」



 この場合、社会というのは『友』であり、『家族』も含まれるのでござるな。


「あるいは『故郷』という、自分を形成する上で根幹となった『文化』もそれに含まれるでしょうね」


 確かに。


「最終的には、それが『自分の為』であるはずなのに。行き過ぎればそれは自分の命を脅かす。これは歴史が証明しているわ」


 例えば、何がござろうか?


「『トロイア戦争』は、『パリスとヘレネの恋から始まった』の。神話的に言うのであれば、ゼウスが人間を間引くためだったらしいけれど、結果その神々ですら、それぞれが自分を崇める人間に加護を授けるために、二分に分かれたわ」


 左様なことが。


「そして『竹馬の友パトロクロスを殺され復讐の為にトロイアを蹂躙したアキレウス』。『国家や愛する家族、戦争の原因になった弟パリスですら見放さず戦ったヘクトール』、その二人の壮絶な殺し合いは、やはり『愛』の為だったわ」







 …………まるで『死狂い』でござるな。







「『シグルイ』?」



 『侍』どもの根幹にある、化け物のような『心得』でござる。


「どういうものかしら?」


 詳しくは省かせて頂くでござるが、要は目的の為に『己の命すら省みぬ』ことでござる。傍目には『死に向かって行進』しているようにしか見えぬ。


「…………それは」


 まことそうなった人間は手がつけられぬ。一人殺めるのに数十人の手がかかると言わせしめたほどでござる。で、あるが、根幹にあるはあくまで『忠義』の為でござる。


「それは……凄まじいわね。理解に苦しむけれど、ある意味、究極とも言えるわね」


 左様でござるな。アレは我等とは『死生観』そのものが違う故、致し方なしでござろう。


「けれど、社会を自分にとっての『益』とするならば、やはり矛盾しているわ」


 しかし、『事実』としてどの国でも同じようなことが起こってござる。愛することが苦悩の始まりであり、時として自分の命を脅かす。されど人は生きるうえで『何故か』人を愛さずにはいられない。


「そうね」



 それは拙者もそうでござった。


「そうなの?」


 うむ。『人間関係』というものの最終段階に繋がるのでござるが。


「何かしら?」


 最終的に『ソレそのものが目的となる』のでござる。


「…………それで、何があったのかしら?」


 あの御方が首領を殺めた後、我等は新たに首領をたてた。そして早速に近隣諸国に友好を結ぼうと使いを立てたのでござる。


「成程、他の国からすれば、貴方達は未だに脅威のままだものね」


 拙者はその密使としての大役を預かった。


「まあ、大仕事ではないかしら」


 左様。されど…………


「何か問題があったのかしら」


 人の心を見透かさねばならぬ我等としたことが、見通しが甘かった。







・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

>>138 前々作をお読みになられた方とは……恐れ入ります。

折角なので、『死狂い』にも触れてみました。また夜に戻ってきます。

 ちなみに『トロイア戦争』は厳密に言うと『史実』としては認められていません。
 言い訳がましいのですが。良しなにお願いいたします。



【極東の島国 山中】





 おお、この匂い、貴殿でござるな?


「気がついたか」


 気がついたとも、ふむ、こうして抱えられているとなんとも夢見心地でござる。


「…………気をしっかり持て」


 貴殿に励まされるとは。明日は雪でも降るのでござろうか?


「案外元気そうだな?」


 友好の密使として派遣されたが、その考え方が甘かったようでござるな。


「その密使であるお前は、相手によってたかって半殺しにされたと。馬鹿かお前等は」


 捕まって拷問されなんだだけマシと言うもの。とはいえ、貴殿が来るのがもう少し遅ければ、箱詰めにされて送り返されるところでござった。いや、感謝、感謝。


「前の首領は腐れ外道だった。ならばこの外交は命懸けになることなど解っていただろうに。どうしてこんな事になるのか」


 致し方なし、我等が仲間の為ならば。


「お前は人が群れるのは『益』の為だと言った。こうしてズタズタになっている様はソレが矛盾していることをよく表せているようだが」



 してはござらん。


「何だって?」


 矛盾してはござらん。


「何故だろうか?」


 『益』の為にある関係は、初めの僅かな間にすぎぬ故。


「今は矛盾しないだけの、別の意味があると言うのだろうか?」


 左様。


「どんな意味だろうか?」


 ソレそのものが拙者にとって命と同じく大事なのでござる。


「馬鹿な」


 馬鹿ではござらん。


「死んでもいいと言うのか」


 そう言っているでござる。


「やはり馬鹿だ」


 そうでござろうか。貴殿は今拙者が死にかけておる故、そう思っているに過ぎぬのでは?


「そうなのだろうか?」



 例えば、『益』となるはずの関係の中で、『損』を飲み込むことなど、ことの大小はあれど、多々あることでござろう。


「それは単に、その関係を失うのがその『損』に比べて、『損』なだけではないだろうか」


 その通りでござる。つまりはそういうことでござるな。


「どういう…………馬鹿な」


 何も違わぬでござろう?ことの大小はあれど、と言った。


「馬鹿な」





 フフ、つまりは『その関係そのものが拙者にとって命を懸けるほどに大切なモノ』と言うことでござるな。





「そんなことが……」


 貴殿は何故そんなに否定するのでござるか?


「理屈にあわない」


 ならば、貴殿は何故拙者を救ったのでござるか?それこそ理屈に合わぬのではござらぬか?


「………………」


 そんなに否定せずとも、ただ単に拙者は……


「止めろ」









 『里の仲間や』、『貴殿が』、『皆と過ごした日々が』、命より大切だと、命そのものだと、言っているだけなのに……







「……人の話を聴けというに」


 本当は、八百長、を、する、腹積もり、でござった。


「どういうことだろうか?」


 拙者、が、諸国の、君主に、暗殺、未遂を、して……


「続けろ」


 里の、仲間、が、それを、守って……さすれば……


「成程な」


 しか、れど、それ、では……首領と、同じに……


「………………」


 せっか、く、貴殿、が、変えて、くれ、たの、に……


「もう喋るな」







 無念……で、ござる……





・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


今日はここまで、でございます。

泣いた赤鬼編は次で最後です。



【少女の部屋】





「やはり命を懸けたのね」


 左様でござるな。


「おじさんの言うように。私も矛盾しているように思えるわ」


 つまり、そこもとの生きるうえでの優先順位は『生きていること』、それが『要』とお考えなのでござるな。


「そうね」


 では、そもそも『生きるということ』がどういうことなのか、という命題に繋がるのではあるまいか。


「話が大きくなったわね。何故かしら?」


 『人間にとって生きる』ということは、単に『生命活動をしていることではない』と、仮定した場合どうでござろう。


「それは…………確かにそうかもしれない」


 人は『関係』をつくる生き物でござる。それは否定のしようがない。


「それを『渇き』と例える程にね」



 左様。どのように人里はなれ、孤高であろうとも、人は一人では生まれることもできぬでござる。『単独を肯定することは、人より生まれ出でた己を否定することにもなる』のではあるまいか。


「……そうかもしれないわ」


 愛を『渇き』と言い、邪念と思う。それは『潜在的な自己を否定することに繋がる故、人は愛を美徳としたがるのでは』あるまいか?


「成程、それが真理かどうかはわからないけれど、理には適っているわ」


 で、ござるな。


「それで?それがどう繋がるのかしら?」


 つまり、『関係』は『他者であると同時に、自己そのもの』、と言ってもいいかもしれぬ、と思うのでござる。


「そうかしら?」


 考えてもみられい。『自己が自己であると』保障してくれるのは、『第三者』でござる。


「けれど、その第三者の正気だって、ソレを保障するのはまた別の第三者よ。堂々巡りだわ」



 左様。また、その第三者の評価を感知するのも、結局は『主観』でしかない。


「だったら」


 されど、拙者が申しておるのはそういうことではござらぬ。この世の在り方の話ではござらぬ。


「どういうことかしら?」


 『自己が自己であると』保障してくれるのは『第三者』であると、そう人が知っているのなら。人の本質的な欲求、つまり『愛』の正体は『理解してくれること』ではないかと思う、そう言っているのでござる。


「それでも、それが生きることより優先されることとは……」


 本当にそうでござるか?


「え…………?」


 そこもとは『自分のものではないかもしれない、他人の人生かもしれない』ものが本当に大切なのでござるか?


「それは……正直、重要では無いかもしれない、けれど、それとこれとは」






 『自己を自己として認識できない』。これを、死ぬことも出来ない『絶望』、というのではござらぬか?







・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・






【 極東の島国 隠の里 】







 皆の衆?どうしたでござるか?


「あの……馬鹿者が……ッ!」


 組頭……しまった、今は首領でござったな。どうしたのでござる。


「こんな、こんな事……ッ!」


 奥方?…………それは、文でござるか?


「こんなもの……誰が信じると言うのじゃ。阿呆め」


 どれどれ?これは……あの御方の字でござるな。









 …………馬鹿な。









「俺はお前らが大嫌いだった」



「家にあがったらでてくる、落ち着く味のあの緑色のお茶が大嫌いだ」



「だからお前等の嫌がることをしようと思った」



「ということで、各国の大名を訪ねたのだが」



「何故か暗殺者扱いされた」



「全部お前等のせいだ」






 これは……これは、拙者の役目ではござらぬか……ッ!







「俺はお前等が大嫌いだった」



「子供までが俺によこす、あの甘ったるい水飴が大嫌いだ」



「ちなみに『ヨーカン』もっと嫌いだ」



「もうこの国では仕事は出来ないから出て行こうと思う。この国でやりたいことも全部終わったしな」



「俺が半殺しにした大名が、そういえば勢い余って一人地獄に叩き落したが、多分お前等に頭を下げて護衛を依頼するだろうが、もう俺はいない。残念だったな」



「これから仕事の忙しさと、悔しさで夜も眠れないだろう。残念だったな」






 こんな、童子でも、書かぬような、拙い、もの……




「最後に俺が、どうしてこんな事をするのか教えてやろう、つまりだ」



「お前等のような馬鹿を地獄に叩き落すのが楽しくて仕方がないからだ」









 納得が、いくわけっ、馬鹿者…………ッ!






「死ね、殺されろ」







 馬鹿者おぉぉぉぉっっ!!!!






・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


>>160 訂正

「ちなみに『ヨーカン』もっと嫌いだ」 → ×

「ちなみに『ヨーカン』はもっと嫌いだ」 → ○



【 少女の部屋 】






「『泣いた赤鬼』を知っているかしら?」


 いや、聞いたことがござらぬな。


「それも仕方ないわね、あまり古い御伽噺でもないから」


 どんな内容の話なのでござろうか。


「人間と仲良くなりたい赤鬼がいて、お菓子を用意したりして、人間を自分の家に招こうとするの」


 ふむ、拙者ならば絶対に行かぬでござるな。仲間と共に、四方から火を放つやも知れぬ。


「そんなことをするのは、貴女やおじさんぐらいなものよ」


 そうでござろうか?


「普通は怖がって近付かないわ」


 成程。



「そして赤鬼はソレに拗ねてしまうの、けど、友達の青鬼の妙案のお陰で、赤鬼は人間と仲良くなることが出来たわ」


 おお、種族間を越えた友情でござるか、なんだか身につまされる話でござる。


「けれど、その手段は言ってしまえば『八百長』だったの、結果青鬼は赤鬼との生活を諦めざるを得なかったわ」


 ………………


「最後に赤鬼は、青鬼が消えたしまった真意を手紙で知って、泣くの」


 ……さしずめ拙者は、役目を奪われた、マヌケな青鬼でござるな。


「この話、私は大好きよ。けれど大嫌いでもある、複雑な気持ち」


 何故であろうか。


「絵本として、完成されていると思うの」


 ほほう。どういうことでござろうか。


「赤鬼の真心を見た目で判断した人間は醜いのか。不誠実とも言える青鬼がとった手段は正義だったのか。そして、赤鬼は何故泣いたのか」



 ふむん。


「その解釈は果てしないわ。読み手が『思考する』余地が有り、且つ、人を正しい方向に導く材料に溢れていると思うの。だから、教育材料としてのこの絵本は、ある種最高と言ってもいいと私は思うわ」


 成程。


「けれど私は、物語の教訓や解釈の為に、登場人物が傷つくなんてあってはならないと思うの、何故なら、彼等の事を何も考えていないもの」


 そう至ったのは何故でござろうか?







「私は『彼等を愛しているもの』」








……左様でござるか。


「ゴザルわ…………ねえ、『青鬼』さん?」


 ……なんでござろうか?


「私は貴女が大好きよ?」


 …………拙者は、物語の人物ではござらん。


「いいえ、それは違うわ」


 何故でござろうか?


「そういう意味では無いの」


 では、どんな意味でござろうか?


「貴女は、宝石のような物語を私に聴かせてくれたわ」


日中に『泣いた赤鬼』は終わらせたかったのですが・・・…
あまりにも眠たいので、今日はここまでとさせてください。



 拙者は、あの御方と拙者の馴れ初めを語ったに過ぎぬでござる。そう言われても、反応に困るでござるな?


「でもそのお陰で、私は貴方達『隠族』の素晴らしさを知ることが出来たわ、おじさんの事も、もっと知ることが出来た」


 ………………


「遠く離れた土地の人間同士でも、こんなにも似ているところがあって、同じ人間なのにこんなにも違うことがわかった。それでもそれが惹かれあうんだもの」


 不思議でござるな。


「それを素敵、と言っているの」


 …………ありがとう。






「ところで……」


 なんでござろうか?


「私は女よ」


 拙者も女でござるな。


「私はおじさんが大好きよ?」


 拙者もそうでござるな?


「これは『共通点』と言っていいかもしれないわ」


 左様でござるな。



「遠く離れた者同士、髪の色も、瞳の色も違う二人が……不思議だわ」


 左様でござるな。


「………………」

 ………………


「ところで……」


 なんでござろうか?


「私は読書が趣味、いえ、得意と言っていいわね」


 拙者には逆立ちしても無理でござる。逆立ちは簡単に出来るでござるが。


「私は逆立ちなんか出来ないわ」


 運動不足ではあるまいか?


「放っておいてちょうだい。これは『差異』と言うものよ」


 左様でござるな。


「似た者同士だったはずなのに、不思議だわ」


 左様でござろうか?


「ゴザルわよ」


 それ、気に入ったのでござるか?


「ゴザルわ」


 左様でござるか。


「ところで……」


 あの…………



「なにかしら?」


 先程から、何が言いたいのでござるか?


「つまり……その」


 ……ははあ、つまりそこもとは拙者と友の契りを……


「導き出せるなら聴かないで頂戴っ」


 ………………


「………………あ」


 可愛い。


「ち、違うわっ。わ、私はただ、素敵な話を聴かせてくれた、あ、貴女と、じゃなくて、貴女をもっと知りたくて……」


 可愛い。


「べべ別に、友達なんていらないんだからっ」


 その割には『人間関係』の話を神妙に聴いていたでござるな……


「………………くっ、殺しなさいっ!」


 愛でたい。


「や、止めなさいっ、『そっち』の人かしらっ?」



 違うっ……と言いたいところでござるが、拙者、新たな扉を開門するところでござる。


「へ、『HENTAI』ねっ!?知っているんだからっ。貴方達の国ではっ、そのっ、男と男や、女や女同士はおろか、どど、動物とか、タコとか……とにかく知っているんだからっ」


 それは、そこもとの国でも変わらぬであろうて、ところで、もう辛抱堪らぬ。


「や、止めなさいっ、このナイフで……」



 安心してその身を任せられい。なあに、天井のシミを数えている間に……否、拙者の『房中術』は女人相手もいけるでござる。故に、『えなと』より突き上がる炎にも似た劣情に心を委ね、滴る愛液に蒸れる肢体で共に絡み合い、甘美極まる快楽の坩堝へとその身を堕とそうぞ。



「『HENTAI』ねっ、やっぱり貴女、『HENTAI』ねっ!言葉遣いおかしいクセに、なんでそんな卑猥なセリフは流暢なのよっ!?」



 国の情勢を知るは『奥』に踏み入ることも肝要でござる。拙者を知りたくば拙者の『奥』に踏み入ることも肝要なり。さ、覚悟めされい。


「ただの駄洒落ではないかしらっ!駄洒落ではないかしらっ!」


 『韻』と呼ぶでござる。


「止めなさいっ!そんなこと言って『処女のくせに』っ!」


 しょ、しょ、処女では、ごご、ござらぬっ!何をここ、根拠に!?


「さっきの話でそう言っていたじゃないっ、あと、その反応だけで充分よっ」


 くっ、殺せっ!


「貴女が言う分にはくどいわっ!」


 そこもととて、生娘でござろうてっ。


「…………ッ!」


 ……………………?


「…………なんでもないわ」


 …………左様でござるか。

ちょっと休憩

マダー


SS速報復活したのですね。

2月中に終わらせるつもりがこんな事になるとは。


ホワイトデーまでには……っ!



投下いたします。


>>174様 お待たせいたしました。
日を過ぎてもそう仰って頂け、不肖、私、感謝の極みにございます。



「ごめんなさい」


 なにが、でござろうか?


「……いいえ、なんでもないわ」


 ふむん……いや、無理には聞かぬでござる。


「その……いつか言うわ」


 いつか、でござるか?


「ま、また遊びに来てくれるかしら?」


 ……………拙者、まことに葛藤しているでござる。


「そ、そうっ。ええ、いいのよ、仕方がないわ。貴女と私は今日初めて会ったのだし。ええ、いきなり友達になりたいだなんて、困るわよねっ?それにここは貴女の故郷からとても離れたところだものっ」


 うむ?いや、そういう意味でなく……


「いいの、気を遣わないで?私は貴女に対してとても失礼な態度を取ったし、仕方ないわ。怒って出て行かなかっただけ、素敵な話を聴かせてもらっただけで良かったことにするわ。だから、気にしないでっ?」


 あの…………


「ごめんなさい、私、おじさん以外の人とほとんど話をしたことがなくって、もしかしたら、貴女がとても傷つくことをたくさん言ったかもしれないわ。でも……」



 渇っ!



「ヒッ……」


 あいや、済まぬ。そこもとが勘違いしておったので、ついムキになってしまった。


「ごめんなさい。怒らないで……」


 怒っておらぬよ?そもそもことの始まりは拙者がそこもとをからかったことにござる。その後も、回りくどい言い方をしたならば、謝らぬといかぬのは拙者でござろうて。


「え……」


 『葛藤しておる』と言ったのは、あの御方との関係にござる。


「おじさんが?」


 左様。拙者の目的は、あの御方に娶ってもらうことなれば、そこもととはどういった関係になるのであろうかと思ってな。


「それは……」


 そこもととて、あの御方を好いておられるのでござろう?


「そう言ったわ。私はおじさんが大好きよ?」


 『どういった好き』かはこの際置いておくとして、例えば、拙者の望みがかなったとしよう。


「例えばね」


 そこもととあの御方、拙者とそこもと、その関係性は気まずいモノになるのではないかと思ってな。



「成程、確かになんとも言い表せない関係ね。けれど貴女は『関係の為に人は命を懸ける』と教えてくれたわ」


 ふむん。


「だからこそ、そんな貴女であれば、私は、その私なんかでも、友達になれるのではないかと……」


 まず、勘違いしないでいただきとうござるが。


「…………ええ」


 左様に神妙な顔をいたさずとも、拙者はそこもとを里の者と同じく、好ましいと思った。


「それは……」


 故郷の風土を、歴史を、民の性質を知り、且つ、拙者の事を知り。『理解してくれ上で』、そこもとは拙者等を『好きだと』、そう言ってくれた。


「そうね」


 それは本当に嬉しかったのでござる。そんなそこもとに、『友になどなりとうない』等とどうして言えようか。


「じゃあ……」


 話はこれからでござる。それ故、葛藤しているのでござる。


「どういうことかしら?」


 そこで先程の話に戻るのでござるが。


「ええ」


 しかし『それ故』、『尚の事、』あの御方を挟んだ拙者等関係は、良からぬものへとなるのではないかと思ってな。



「……何故かしら?」


 先程言ったとおり、拙者はあの御方や故郷の仲間等との関係に命を懸けた。


「そうね」


 それ故、その関係を崩壊させる原因が、そこもととの仲にあった際、拙者は自分でもどうなるのか予測が付かぬのでござる。


「それは……私にもわからないわ」


 うむ。こんな事考えたくないが、もしかすれば、拙者はそこもとに対し『義絶』をもって報いる可能性は否定しきれぬのでござる。


「けれど、そんなこと起きないかもしれないわ。いいえ、してたまるものですかっ」


 しかしな。『友情』とは度々『性愛』による裏切りにより、凄惨な争いと殺戮を生み出してきた。それはそこもとが歴史を介して説明していたでござろう。


「それは……」


 当人同士の話で済む『性愛』は、『友情が絡むことによって』さらなる大きな争いを生む。これは無視できるものではござらぬ。なんともあれ、拙者ら忍び、いやさ人間は、そういった人の心をもてあそんで戦や裏切りを引き起こしたこともある。



「貴女は自分が持っている感情を否定しようと言うの?」


 いいやそうではござらぬ。


「わからないわ」


 拙者等はこの感情を『美徳』としようとしている。それはわかるでござろう?


「ええ、貴女はそれを『否定してしまえば自分をも否定することに繋がるから』、と言ったわ」


 左様。あるいは単に『自分は善なる者と思いたい』心の現われやもしれぬ。人によってそれは違うであろう。ただ、我等は我等のこの不可解な感情を、本当に『否定されることを恐れるゆえ、美徳としたがるのであろうか』、とそう思ってな。


「どういうことかしら?」


 『関係そのものに命を懸ける』、と言ったところで、どの道それは『自己の為である』のでござる。結局、『相手を見ていない、独りよがり』なのではないかと。


「見返りを求めない愛などない、そういうことかしら?」


 究極的にそうなのかも知れぬ。しかし……


「なにかしら?」


 そこもとを見ていると……なにかを悟れそうな気がするのでござる。


「貴女もそんなことを言うの?」



 貴女も、とは、以前どなたかに言われたことがあるのでござろうか?


「貴女の前のお客様よ、私が『この不可解な感情に一つの答えを出してくれるのではないか』と」


 また、大きく張られたものでござるな。


「頭が痛くなるわ」


 成程……しかし……


「なにかしら?」


 拙者もそこもとに一点張りしとうなった。


「止してよ」


 いいや。張る。もし……


「……なにかしら?」


 拙者と……友の契りを交わしてはもらえまいか?


「…………それは、見返りを求めてかしら?」


 それもある。言ったとおり、人との関係の初めは『益』からなるもの故。


「正直ね」


 照れるでござる。


「褒めてないわよ」


 あいや済まぬ。しかしな……偶然にしてもできすぎておる、と思いましてな。


「何故かしら?」








 今日は、愛の誓いの日、でござる。






「そうね……バレンタイン・デイね」


 拙者は今日、そこもとにこの『愛』を誓おう。



「本来は恋人達の誓う日だわ」


 関係ない。それに劣るものとはどんな輩にも言わせぬ。


「……熱いわね」


「本来は恋人達の誓う日だわ」


 関係ない。そして、それに劣るものとはどんな輩にも言わせぬ。決して。


「……熱いわね」


 そして、そこもとが心の底から拙者を信じてくれた時、教えてはくれまいか?


「……なにをかしら?」


 『赤鬼のもとを去った青鬼は、見返りを求めていたのか、否か』……をでござる。


「…………」


 これを……


「これは何かしら?」


 『羊羹』という。これは黒砂糖を使用したものだが、保存も利く。こちらは煎茶でござる。


「貴重なものではないかしら?」


 左様。そして、あの御方の好物でござった。


「渡しておくわ、誓って、必ず」


 否。


「何故かしら?」


 そこもとにこそ、味わって頂きたい。


「いいのかしら?」



 かまわぬ。かなう事ならば、あの御方の前で、これ見よがしに、羊羹を口にし、甘さが口内にひろがる絶妙の機に合わせ、茶を啜っていただきたい。


「酷くないかしら?」


 かまわぬ。あの御方の手紙には『大嫌い』とあったゆえ。いい薬でござる。


「頂くわ、誓って、必ず」


 茶は沸騰した湯ではなく、少し冷ましたものを注ぐ。紅茶とは淹れ方が違うゆえ、お気をつけあれ。


「どうせなら貴女も……」


 いや……拙者はそろそろ引けることとしたい。


「……寂しいわ」


 ……可愛い。


「止めて頂戴っ」


 いつかまた……


「ええ……いつかまた」


 ではな?遠く離れた、異国の友よ。





「…………本当に会える?」


 …………どういうことでござろうか?


「貴女は……」


 ふむん。






「『死んでいる』のではないかしら?」


 ………………



「私はね……一度現実から逃げたことがあるの」


 ほう……


「お父様は……私を愛してはいなかったみたい」


 なんと。


「それで、妄想の世界に逃げたの。大好きな物語の人物達と、毎日のように会話し続けたわ」


 ………………


「やがて妄想と現実の区別ができなくなったわ。そんな時、おじさんに出会ったの」


 成程……


「教えて、貴女は……私の友達は、生きてここにいるのかしら?」


 ………………


「どうして答えてくれないの?」





 『隠』。




「え?」


 『現世と常世の境界が曖昧なモノ』……それが変じて『鬼』となった。


「わからないわ」


 では、その境界を決めるのは誰でござろうか?



「人間が知覚できるのは脳で感じたことだけではないかしら?けれどそれなら……」


 そこもとが言ったとおり、世界は曖昧なものでござる。知覚した事象が妄想であるか、そうでないかなど、証明のしようがない故な。しかし『我、思うゆえ、我有り』とも言う。


「……はぐらかさないで」


 違う。


「では何故かしら?『はい』か『いいえ』。そのどちらかしか答えはないはずよ」


 そのどちらを言っても結果は変わらぬからでござる。


「言ってみなければわからないわ」


 いいや、わかる。そしてこれはそこもと自身が乗り越えねばならぬことでござる。


「何故かしら?」





 そこもとは……拙者が見えておらぬのでござろう?





「…………え?」





 先程から……どこを向いて話しているのでござるか?




「…………え?」









 私のことが見えている、のでございましょう…………貴女様?


 今日はここまで、でございます。



『決着』






「雪女……」


 『鶴女房』、と呼んで欲しゅうございます。


「貴女はまだおじさんのお嫁さんではないわ」


 それも時間の問題、でございます。約束どおり、また来ました。


「一方的に告げたものを貴女の国では約束と言うのかしら?」


 これは失礼いたしました。『宣言どおり』、参りました。


「推参よ」


 それもそのはず、もとより一方的、でございますならば。


「言ったとおり、お呼びでないわ。そして『帰って』。こうも言ったはず」


 これは異なことを……


「わからないわ」


 貴女様?お呼びでないにしろ……


「なにかしら?」




 私が、否、他者を認識できておらぬ、のでございましょう?




「……いいえ、それは」


 否定できますか?言ったはず。この世は曖昧、自己も他者も、世界も、それが『胡蝶の夢』かも知れぬことを人は証明し得ぬのです。



「……そうかもしれないわね。けれどそれがなんだと言うのかしら?」


 故に、私がここにいるのは、貴女様がそれを造り出しているやも知れぬのですよ?


「我、思う故に、我有り。とも言うわ」


 自己が自己を認識したとして、それがなんの保障になりましょうや?事実、貴女様は壁を向いて話しておられるのですよ?


「だからと言って貴女を肯定することには繋がらないわ。そして私が壁を向いて話している、その保障もない」


 否定することにもなりえませぬ。


「否定なんてする気はないわ。『帰って』。それだけよ」


 おお、恐ろしや……いえ、恐れているのは……


「止めなさい」




 貴女様、でございましょうね?




「…………」


 初めてできた友、と言える存在が、己の妄想の産物と認めるのが恐ろしいのでございましょう?


「それは……」


 雪女の解釈を覚えておりますか?


「貴女が言ったことね」


 左様、でございます。『冬の山小屋に一人いる人間の寂しさは、雪が戸を叩く音ですら来訪者のように思える』。貴女様のよう、でございますね?


「…………」



 なんのことはありませぬ。貴女様は人恋しい故に、一夜の夢を見ていたに過ぎませぬ。あるいは……


「止めなさい……」




 貴女様はいまだ 虜の身 なのかも知れませぬ。




「違う……」


 左様、でございますか?それを信ずる証拠はあるのですか?


「証拠なんてないわ、脳が誤認しようと、しまいと、この世が曖昧であろうと、私達はその世界で生きるしかないもの」


 信じるに値する『友』となるものが『曖昧』であってもでございますか?


「妄想……ではないわっ……あの人達は」


 貴女様が心の底から求め、それが具現化したとは?それともそんなことは望んでいない?


「私が望んだものはっ……妄想の産物じゃないわっ」



 ならば、そうと言いなさいませ。死に瀕した殿方が『種の保存』を求めるように、己もまた人恋しさ故に『親兄弟を求めた』『友を求めた』。しかし、そうではない、と仰せなら、そう言いなさいませ。



「違う、そうじゃない」


 何が、でございますか?ならば『友は要らぬ』と?『おじさん』がいればそれでいいと?


「どちらも欲しい、欲しいのよ」





 なんとも欲張りな話でござるな?





「え……」


 拙者も言ったではござらぬか。『性愛』と『友愛』はぶつかり合い、度々凄惨な殺し合いを演じてきたと。どちらも求めるなど欲張り以外の何でもござらぬ。


「おじさんに求めているのは『性愛』なんかじゃないわっ」


 ほほう?左様でござるか?


「そうよっ、おじさんはおじさんよっ」





 では、主様があの男に求むるは、『家族愛』であろうかの。主様?





「貴女までっ」


 おかしいの?主様があの男に求むる『愛』は左様なものだけではなかったように思えたのじゃが……


「そんなことがどうしてわかるのよっ」


 わかるとも、妾は主様を愛しておるゆえな?そしてあの御仁の事も愛しておる。故に筒抜けじゃ。


「いい加減なことを……」







 そうだろうか?





「おじさん……」


 お前から『体の関係を求めた』こともあった気がするが。


「あれはっ、おじさんをからかうつもりで……」


 そうだろうか?その割にはこの女共が俺を訪ねてきたことをよく思っていないようだが。


「それは……それは……」



 私は『性愛』を求めているのでは無いかと……



「違う……」



 妾は『家族愛』かと思う……



「違うっ」



 拙者は『友愛』かとも思うのでござるが……



「違うっ!」


 成程。


「止めて……おじさん……」




 『全部』 ではないだろうか?




 まあ。

 なんと。

 ほほう。



「そうじゃない……そうじゃないの……」



 『家族』として欲し。


 それに『性愛』も求め。


 しかも『友』まで得ようとは……


 貪欲 極まりないな。



「止めて……」


 いや、主様、それは違う。


「そうよ、違うの」


 この娘は『渇愛』の地獄に囚われておるのじゃ。


「っ!!」


 人の抱える業のなんと深いことよ。憐れであるな、主様?


「私は……私は……」


 どういうことだろうか?


「違うのおじさん、そういうのではないの」


 相変わらずの朴念仁でござるな。つまりでござるな。


「止めてっ!違うったら!!」




 主様に『父』や『兄』としての役割を求め。


 拙者等を『友』とした上で。


 貴方様と『交わりたい』


 そう思っているのか……







「………………」







 変態、でござるな。


 妾も流石に弟と交わろうとは思えぬ。


 皆様、左様に悪く言うものではござりませぬ。貴女様?ワケを話していただけますね?


 ああ……そういえばお前は……



「っ!?おじさん!止めて!」



 父親とは……


「止めてったら!そうじゃないっ!そんなこと望んでないのよっ!!」




 『犯されること』だけが唯一の繋がり、だったな?




「イヤアアァァァァッッ!!!!」


今日はここまで、でございます。

ことの有様の解釈はさておき、文章そのものがわかりにくくないかハラハラしてます。大丈夫でしょうか?


急に人物が増えた?

乙。いつも楽しみにしてる
前作読んでると状況がわかるんだけど、今作からの人は???ってなるかも




・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・





 おびただしい本に埋め尽くされた自室。それが世界の全てだった。


 世界中から取り寄せられた様々な物語、百科事典、辞書。それが自分にとって世界の全てだった。監禁され、思考することも、言葉を発することもなくなった自分に、父親が与えた唯一のものがそれだった。


 本の中は世界が広がっていた。


 神話、歴史、寓話、御伽噺、冒険譚、ファンタジー。それらは自分に知性と知識を与え、希望そのものだった。そしてそれは絶望を色濃くもした。


 父親は毎日のように己を責め立てた。


 肉体的に、精神的に、性的に、人間の尊厳という尊厳を粉々にして愉悦を感じていたのだろう。そんな生活を続け、いつしか己の精神は分裂していた。


 父から受ける責め苦から開放されている束の間、本の世界に入り浸り、やがてソレは自分の目の前に現れるようになった。



 アイソーポスの寓話。


 グリム兄弟の編集。


 ニホンのムカシバナシ。


 アンデルセンの童話。


 オスカー・ワイルドの児童文学。


 他にもありとあらゆる物語の人物と会話を果たしてきた。いつしか自分は言葉を取り戻した。その時は妄想と気付かなかった。そしてそんな様子は父の逆鱗に触れた。浴びせられる暴虐は更に威力を増すこととなった。けれど苦しくなかった。部屋に帰れば、また彼等と話が出来る。それだけで自分は満足だった。


 一人になっては夢想し、父に呼び出されては暴力によって覚醒し、そんな毎日だった。





 「あなた、サンタさん?」


 確かそんな言葉だったような気がする。雪の降る聖夜に、自分と『おじさん』は出会った。


 おじさんが纏うコートは返り血まみれで真っ赤になり、手には依頼によって殺害した相手の首を持ち帰るために持参した袋を持っていた。



「全く持って違う」



 おじさんが言ったのはそんな言葉だった気がする。曰く、お父様を殺しに来たのだと。騒げばお前も殺すと。


 その時思った。遂に来てくれた、と。自分を雁字搦めにしたこの呪縛から解き放つ為、愛する物語は遂に具現化してくれたのだと。


 毎夜、毎夜、丸める背にひたすら浴びせられる暴力、吐きかけられる侮辱と罵声、自ら父親に股を開くことを強要されるこの日々に、遂に終止符がうたれるのだと。


 結論から言うとその通りになった。


 しかし『おじさん』は物語の人物なんかではなかった。


 確かに現実離れした人だ、狂っている、けれど『悩み』『葛藤し』『人から愛され』『自分も人を愛したい』、どこまでも『人間』だった。


 解放され、おじさんとともに生活することになった。この人なら、きっと愛してくれると思った、そして私も愛すことが出来ると思った。












 これは異なことを……



「なにが、かしら」


 愛されたこともない人間が人を愛すことなど出来ませぬ。


「そんなことは」


 いいえ、それは違います。


「どうしてかしら?」


 皆が愛の経験を語ったにも関わらず、貴女様やあの方は釈然としなかった。そこに全てがあるのです。故に『人の温もりを知らない』、そう言われるのでございます。


「わからないものはわからないわ」



 愛とは経験から生まれる感情だと申しているのだ、主様。親から愛を授かり、『自分は必要な人間だ』と悟り、やがてその自負は『自己愛』となるのじゃ。



 そしてソレを他者にも知ってもらいたくなり、それに負けないくらい美しく強い他者も知りたいと思う。これが 『合一性を求める』 根幹でございます。



 親御殿より愛を授からなかったそこもと。人殺しの禁忌を生業とし、後ろめたさのうちに生きるあの御方。どちらも『自己を愛しておらぬ』。故に『人の温もりを知らぬ』。そういうことでござる。




「それは……否定できないわね」




 そうだろう?お前では俺を愛すことは出来ない、そして俺もお前を幸せにすることは出来ない。



「おじさん……」


 私が求めるは『性愛』、でございます。


「あけすけね」


 されど、はっきりとした形であの方を求めることができます。あの方に愛を教えて差し上げることができます。


「……そうかもしれないわね」


 それでは、主様?主様はどうするべきであろうかの?


「どういうことかしら?」


 おぼろげた意識の中でも、あの方を好いておられるのでございましょう?左様ならば、あのお方にとって一番『利』となることをすべきではございませんか?


「どうすればいいのかしら?」


 ここより去ればいいのではござらぬか?


「貴方達の誰かだったらおじさんを幸せに出来るのかしら?」



 ええ、できますとも。


 アヤツに人の温もりを教えよう。


 拙者も負けておらぬでござる。


「成程」


 性の合一を求め。


 家族の和を求め。


 友としての協調を求め。


 人ならざる私達でこそ、人ならざる狂気をはらんだあの方を心の底より『理解』できる。愛することが出来る。

 そして今ですら、私どもを、あの方以外の他者を、夢想と区別の付かない貴女様よりは、よほどにあのお方を 『理解』 しております。


「…………」


 …………貴女様?
















「いいえ、それは違うわ」



 まあ……


「おじさんを『理解』しているですって?冗談にしても笑えないわ」


 何を仰るのでしょうか……


「おじさんは人ならざる狂気を持っている。けれど人間よ。当たり前のように、『悩んで』『葛藤して』『人に愛され』『人を愛したい』。けれど異常な『武力』があったから、やりきれない思いをそのまま行動にしてしまうの」


 それが異常でなくなんだというのでしょうか?


「貴女に『覆しようのない武力』があった時、貴女は正気でいられるのかしら?」


 少なくとも、あのお方のようにソレを生業とはいたしません。


「おじさんが『どうしてあの仕事をしているのか』、貴女は聴いたはずよ?そして、他者を平然と食いモノにする外道が、自分を愛してくれた人に危害を加えたとき、貴女は正気でいられるのかしら?」


 …………


「貴方はおじさんの事を『理解』しようとなんてしてないわ。そんな強くて、優しいおじさんに、ただ『理解』してもらいたいだけ、独りよがりなのよ」



 自慰の如く妄想にふけ、壁に向かって話しかける貴女様に『独りよがり』と言われるほど滑稽なことはございませぬ。


「そうね……説得力に欠けると思うわ」


 ならば……


「だからこうするの」






・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・






 手に持っていたナイフを振り上げ左肩を刺し貫く。

 聴き慣れない音と焼け付くような痛みは、しかし朦朧としていた己の意識をハッキリと覚醒させた。






「なんと言うことを……っ」





 もういない。己と、目の前の雪女以外、この部屋には誰もいない。

 女忍者との対話の時から握っていたこのナイフが、こんな形で役に立つとは思っていなかったが。



「生憎ね……夢から醒める方法は熟知しているのよ」



 痛みによる覚醒。それは自分にとって骨の髄にまでしみこんだ方法。幾度となく父から行われた忌まわしいその記憶も、ここぞという場面で役に立ってくれた。

 『痛み』に支配された脳は、それだけしか感知できない。どんな美徳も、どんな悪徳も吹き飛ぶ。それもまた事実なのだ。



「初めまして、と言うべきなのかしら?」


「………………」




 許せない。

 そんな感情が自分を支配していた。




 『おじさん』を侮辱したこと。

 今は存在しているかもわからない『友達』を夢幻と切り捨てたこと。

 そして、その『友達』を利用して、『思想を押し付けようとした』こと。



 絶対に許してはならない。泣いて謝るまで許してやるものか、と。





「目にモノ見せてやるわ……雪女」

一旦休憩。多分夜に戻ってきます。



「目にモノとは、穏やかではございませんね、貴女様?」

「貴女にも同じ目にあってもらう。そう言っているのよ、雪女?」

「これはこれは……私に妄想癖などなければ、貴女様と同じ景色は見ることは敵いませぬ」

「さて……それはどうかしらね?」



 おお、我が友よ、目を覚ましたでござるか。



「ゴザルか、じゃないわよ、急にこっちに矛向けちゃって、少し泣きそうになったんだから」



 可愛い。



「止めなさい」

「何をするかと思えば、一人芝居、でございますか?そのようなことをしても私には何も見えませぬよ?」



 主様、あまり姉を……母を心配させるものではない。もう駄目かと思ったぞ。



「ごめんなさい。もう大丈夫よ?一緒にこの人をやっつけてくれるかしら?」



 穏やかではないの?



「本当の妹にはなれないけれど、後で『お姉さま』と呼ばせて……」



 承った。



「即答ね」



 承った。



「二回も、ね」



 その……拙者も。


「貴女は止めておくわ」



 どうしてでござるか!?どうしてでござるか!?あ、なんでござるか、そちらの方は!?初対面で人の顔みて鼻で笑うなどと失礼ではござらぬか!



「その、貴女は私の、と、友達だもの……駄目かしら?」



 拙者、新たな扉を開門するところで……



「止めなさい」

「おぞましい……また妄想にふけるのですか?」

「あら?貴女にはそう見えるのかしら?」

「何を……」



 主様、その御仁は何故妾どもが見えておらぬのじゃ?



「仕方がないのよ、『この人少しおかしい』の。多分、『幻覚でも見ているのではないかしら』?」

「それは貴女様で……」

「その根拠はどこにあるのかしら?先程から『この世界は曖昧だ、今見えているものに保証などない』と声も高々に言っていたのはどこのどなただったかしら?」



 成程、成程、痛ましい女でござる。



「言ってあげないの、さて雪女?話を戻しましょうか?」

「……と、言いますと?」

「『愛』がどうだのと言って、私とおじさんを否定してくれたわね。貴女の価値観を押し付けようとしていたわ」

「事実を申し上げたまででございます。あのお方も貴女様も、『愛』を『人の温もり』を知りませぬ。故に貴方様方二人では幸せにはなれぬかと」



 ほほう……肉欲にまみれたいだけの阿婆擦れが、妾の夫と娘に対して随分と言うではないか。



「結構口が悪いのね」

「事実を……」

「貴女の事ではないわ」



 妾は事実を言ったまでじゃ。



「まあ確かにそうね?ねえ雪女?『愛を知らない』とか、先程からご高説だけれど、貴女の言う愛は『自己愛』を前提として『他に合一性を求め合う』。これでよかったかしら?」

「……間違ってはおりませぬ」

「肝心の『おじさんの意思を無視してそれを言うのかしら』?」



 成程、この女、あの御方に袖にされておるのでござるか。



「貴女と同じく、いいえ、それどころか嫌悪の元に殺されそうになっているわね」



 くふふっ、そんな様であの御仁と愛を結ぼうと?



「さっきも言ったけれど、貴女は『おじさんに理解してもらいたい』だけよ、方向性は違えど人を殺すことで愉悦を感じる。その『共通点に惹かれているだけ』。まだスタートラインでしかないの、そしてその思いは一方通行よ。なにせおじさんは『貴女のようなお馬鹿さんをぶっ殺すのが楽しいのだから』。『独りよがり』なの」



 おや、どこかで聴いた話でござるな。



「貴女との対話が活きているわ」



 嬉しゅうござる。



「けれども、自己すら愛せない貴女様よりは余程に救いがあるというもの……」

「確かに、さっきまでの私ならそうでしょうね……けれど今は違うわ」

「何を急に……貴方様は親御様より愛を受けなかった。ならば自己すら愛する環境を損なっていた。自明の理と言うものではございませぬか」

「いいえ、それは違うわ」



 妾が、


 拙者が、



「そうね、私にはこの数時間で、私の事を肯定してくれた人がいる。私はあの人達が大好きなように、私の事を愛することが出来る」



 照れるの。


 照れるでござる。



「可愛いわね」



「人恋しさに呼び出した妄想に何を言っておられるのか……呆れて言葉も紡げませぬ」

「ふふっ」



 くふふっ。


 むふっ。



「……なにがおかしいのでしょうや」

「あのね?知っているでしょう?『ソレ』は私にとって日常だったのよ?そして『大好きなおじさんですら』、初めは知覚することは出来なかったの」

「それがなんだと言うのです?」

「『隠』だろうと、なんだろうと、私にとっては全てが存在しているの。いいえ、存在させることが出来る。そろそろ貴女にも見えてきているのではなくて?」

「おぞましい……」



 そもそも、前提がずれておるのかもしれぬでござるな?



「どういうことかしら?」



 その女が『我々はおらぬ』と言ったこと自体、そこもとを絶望させるための虚言であるということでござる。



「ああ、確かにこの人が嘘を言っている。それだけで充分反論することが出来るわね、だって私はソレを認知できないのだもの」

「さしたる証拠もなくそのような……」

「貴女も証明できないわよね?眼の見えない人に空の青さを教えるくらい無理な話だもの。けれど可能性はいくらでもあげられるわ」



 出歯亀していたでござるか?


 耳を当てていた、とかかの?



「あるいわ単純にでっちあげた、とも考えられるわ」

「…………」

「黙ってしまったわね。話を戻すわよ?さっきから言うように貴女の語る愛は『独りよがり』よ。そんなモノは愛ではない。ただの『愛欲』ね」

「それもまた愛の形でございましょう」

「いいえ、それは違うわ。貴女はとてもいいことを言っていたのに覚えてないのかしら?」



 世迷い事しか言っておらぬように思えたのじゃが……


 拙者も同感でござる。



「何を……」

「『心の底から理解できる』、と……それは一方通行では不可能なことでは無いかしら?そして私はそれこそが『大いなる愛』に通じるものだと思うわ」



 大いなる愛?



「大言壮語を」

「いいえ、それは違うわ。私達がいつか見つけなければならないもの。誰もが、永続的に、理解し合う為、必要なものなの」

「やはり大言壮語でございますね」


キリが悪いけれど、今日はここまで。

>>196 >>197 ある程度補完したつもりですがどうでしょうか?
わかりにくいかもしれませんがよろしくどうぞ。今後とも精進いたします。



「愛とは独善的なもの。美徳とは対極の位置にある。それは歴史が証明してきたことでしょうに。貴女様の言を借りれば『自分と相手は違う。その一点で人は殺しあえる』、でしたか?」


 ふむん。美徳の対極にあるか否かは置いておくとして、しばしば争いの種となるは否定できぬな。


「故に、愛とは近しい者にしか与えることは出来ぬのでございます。より近しいものとなる為、その為にこそ人と人とは交わるのでございます」


 その理屈で言うのであれば、同姓は分かり合えぬものでござるか?


「いいえ、それは違うわ」


 なんと。

 ほほう?


「これはこれは、貴女様のようなお子様にはまだ早い話であったかもしれませぬね?人と交わることの何たるかを知らない貴女様が何を言おうと私には届きませぬ」

「望まないソレはただの苦痛でしかないわ。『私が言うのだから間違いない』」

「…………」

「貴女にはわからないでしょう。暴力や圧力を背景に、力ずくで組み敷かれるつらさが、屈辱が、苦痛が。性愛が独善的なものであるのなら、それは大きな矛盾をはらむことになるわ」



 主様……

 友よ……


「望む者にとってそれはなんとも言えない『快楽』なのでしょう。けれどそれは己の征服欲と独占欲を、性の営みを通じて背徳的な快感に浸っているだけに過ぎないわ。独善的な愛はただの『欲』。わかるかしら?」

「なんですって……!」

「遠回りしたけれど……そもそも『性愛』なんて両者の合意があってしかるべきものよ?そんな思春期の男の子ですら理解して自制しているのにもかかわらず、よくもまあそんなに頭が春一面になれること。恥を知りなさい」


 結構口が悪いのだな、主様。


「事実を言ったまでよ」

「……両者の合意があったところで、『独善的』なのは変わりありますまい」


 ほほう?以外にしぶといの。


「どうしてかしら?」

「互いに利害が一致するだけの、肉欲を求め合う関係もあると言っているのでございます……!」


 なんともはや、遂に自分の持つ感情は『愛』ではないと開き直ったか。



「馬鹿馬鹿しいっ。何を知った風に小娘がっ!『大いなる愛』?お前も言ったとおり、一点違うだけで殺しあうのが人間と言うもの!『愛』など下らない戯言だっ」

「…………」

「一皮剥けば糞の詰まった肉袋が何をほざくっ!『家族愛』!?下らないっ。それを規範とした国家が差別と狂気に満ちたものになった歴史をお前は知らないのかっ!?その家族に虐待を受けたお前がソレを掲げるのか!?」


 なんとまあ……


「『友』などと言う曖昧な関係性もそうだっ!相対する別の集団には義絶と悪意を持って報いるくせに何をほざくっ!そんなものがあるせいで人は殺し合いを続ける。他を排斥するっ!」


 見るに耐えぬでござるな……


「人は理解しあうことなど出来ないっ!人と向き合えないようなちっぽけな小娘がっ!弱虫がっ!ふざけたことを言うなっ!」



「私はもう、決して人から逃げたりしない、目を逸らしたりしない。『人がどんな外道に堕落し果ようとも、その人を愛する限り』ソレができる人間を知っているもの」



「何を……っ!」



 妾の可愛い妹御……妾はいつでも共にある。



「他愛のない共通点や、物珍しいだけの差異や、『益』で始まった関係でも、育まれた過程を経て、人はやがて『それに命を懸けることができる』と知ったもの」



 拙者の掛け替えのない友よ。この思いがまがい物などと決して言わさぬ。



「それですら独善的でしかないっ!ソレとは別の他に理解されぬうちに朽ち果てるのが当然と言うものっ!」

「そこが到達点ではないからよ。貴女は言ったわ。親からもらった愛がやがて自己愛となり、それを他者へと繋げていく。同じことなの、多くの関係性の中から『人から理解される喜びを知り』『人を理解する喜びを知る』」



 ああ、やはり……

 拙者等が期待したとおり……



「それは性や家族や友の枠を超えることが出来、やがて多くを繋ぐことが出来るわ。これが『美徳』以外のなんだと言うのかしら?だからこそ『大いなる愛』と言ったの」



 答えを出したのじゃな、主様。



「『人の人生は、それ自体がまるで緻密に伏線の敷き詰められた壮大な物語』、国家、いえ、世界の歴史だってそうよ。私は読み解いてみせる。行間に込められた筆者の思いを受け止めるように。隠喩に込められた物語の真実を見抜くように。究極的な自己投影と客観の果てならそれが出来る」 



「何を言うかと思えば……『人は物語等ではない』、生きて、血を吐き、のた打ち回る。そのくせなんの理由もなく生まれ、何の理由もなく死ぬ。降って湧いた様な幸、不幸に左往右往。紙に染み込んだ墨などで語りきれるものではない混沌そのものだっ!」



 いや、それとは別の話じゃ。で、あるな?主様。


「その通りね、そもそも次元の違う話よ」

「アッハハハッ!結局、夢想に浸り自慰を続けるのか?滑稽極まりない。懐刀で腕を貫こうと同じことではないかっ。やはりお前は虚構と現実の区別も付かない愚か者だ」



 この女は『人は理解し合えぬ』という妄執に囚われておる。言葉を選ぶのじゃ、主様。



「『理解する』というその一点において、『読むことと向き合うことは』同じことなの」

「だからなんだ」

「例えば貴女は『雪女伝説』を深く解釈していたわ。その伝説が生まれた経緯や、人に潜む願望を踏まえて、それはもう丁寧に。それは物語を綴った、『人そのものへの理解』ではないかしら?」

「っ!」

「例え内容が虚構であっても、物語には物語の論理というものがある。それを悪癖という意見もあるし、『デウス・エクス・マッキーナ』が常であることもあるでしょう。それでもそれを知ることは一つの『理解』よ。そして現実の世界だって、案外そんなものでしょう?」



 まあ妾も運が悪かったと言えばそれまでであるしな。


 拙者もでござるな。



「『なんの理由もなく生まれ、何の理由もなく死ぬ。降って湧いた様な幸、不幸に左往右往』。貴女が言ったことよね?そして、それでも『原因があり結果がある』。それを理解しようとすることに貴賎もなければ種別もない」


 この世は『曖昧』であるという考えならば、尚更でござろうな。


「綺麗ごとかもしれない。『物語になる前に』消えていく人生だってあるでしょう。誰からも望まれない『誰も知らない不幸な結末』を迎えることだってあるでしょうっ」

「その通りだっ!そして『誰もが目を背く醜いもの』もあれば『消えて失せることが望まれる』人生を持った人間がこの世には溢れかえっているっ!理解などできるものか!」


 否。

 それは違う、でござる。



「お互いがソレを理解しようと歩みよることこそが、やがて『おおいなる愛』になるのだと言っているのよっ!」

「下らないっ!下らないっ!大言壮語も大概にしろっ!」



「夢に見る程に!手に触れるほどに!私は人を理解してみせるわっ!教会の教義とは違うけれど、右の頬を張られたなら左の頬を差し出しても相手が何故そうするのかを理解したいっ!『そうしてみせると今日ここで誓うわ』っ!」



「出来るはずが有りますまい!誰しもを理解するなどと、聖者でもなければ到達できる境地ではないっ!紀元前から言われ続けているその道理を今だ成し遂げた者は一人としていないっ!」




 それは然りであるな。でなければ、我等はあのような目には遭わなかったであろう。

 理解したい、されど人はそれでも悩み苦しむ。己が利の為に争う、奪う、殺す。それもまた事実。



「大体それができたとからいって、『渇きの如く永遠に満たされぬ』この感情に終止符を打つものではないっ!なんの整合性もないっ!」

「それは求めているだけだからよっ!親兄弟を、友達を、自分の子供を当たり前のように『ただ慈しみ愛すること』に『与え続けることに』っ!人間はなんの葛藤も疑問も持たないわ!それをお互いにする為には心の底から理解することが必要だと何故わからないのっ!?」

「出来るはずがないっ!!『そんなことは誰も望んでいない』っ!!それこそ『独善的でありましょう』っ!!」




「いいえっ、それは違うわっ!」



「っ!?」



 人が『それを本質的に望んでいる』ことを証明できるのか主様。

 心臓が痛いでござる。



「お願い、私を信じて……」


 主様、血色が……



「……歴史的『事実も』っ!『物語も』証明しているっ!世界中に散らばる『異類婚姻譚』は、人は他者を理解したい、人は人を愛さずにはいられない、それを書き綴った『大いなる愛の物語』そのものじゃない!!」

今日はここまで、でございます。

>>1は何者なんだ…

1ってもしかして京極とか好きじゃない?
京極好きの俺からしたらむっちゃ面白いわ。
読んだことないならまじお勧めだよ。



>>224 大した学があるわけでもないリーマンです。楽しんでいただけていれば幸いです。


>>225 京極夏彦は大好きです。『京極堂シリーズ』は全巻読めてはいないものの、『姑獲鳥の夏』を読んだときは衝撃を受けました。正直影響も受けていると思います。
密室での対話という点も、『死ねばいいのに』は面白かったですね。
拙作を楽しんでいただけるのであれば、これはもう望外の喜びであり、今後とも精進いたします。

 わかりにくいところがあれば言ってください。良しなにお願い申し上げます。

 この話も佳境とあいなりましたが、本日は投下なし、でございます。
 明日には完結させます。以上、レス返しでございました。
     




「ち、違うっ……そんなものは族外婚を美化する為の説教だっ。種の繁栄に必要だからそう謳っているだけだ、そして人が他を排斥する事実を否定する根拠にはならないっ」



 然り。そして誤謬じゃな。

 その通りでござる。何故そこまで導き出しておいて……



「二人の言う通りよっ!!『族外婚が種の繁栄の為』であるというのなら、それは『遺伝子レベルで私達は他者を必要としている』ということがわからないのかしらっ!?現実的にも心情的にも他を理解したいっ、いいえっ!しなければならないのよ!!」

「出来るはずがないと言っている!!」

「貴女ですら私は理解したい!だって貴女に会わなければ、こんなに『愛』について考えることは出来なかったものっ!」

「や、止めろ……」


 遠い異国にあり、されど誰よりも近くにあろうとする我が友よ……


「違う……違う……」


 聡き気高く美しい、妾の可愛い妹御、主様はこの女までも……


「何故そんなに否定するの!?私はただ……私はただ……っ!」









「『私はあなたが大好きよ』って!そう言っているだけじゃない!!」



「止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!」






「『そうしてみせる』と誓ったわ!そしてだからこその『今日この日』なの!!」


「だって『今日は愛の誓いの日』っ!『聖なる日、バレンタイン・デイ』だものっ!遥かな昔から今日この日迄に多くの愛が生まれ、『人は人の為に愛することが出来る』と証明された、『大いなる愛の日』だものっ!!」







 お願い、私を信じて……




 『種の繁栄には多様な遺伝子が必要』。それならば、出会い、殺しあうだけの存在であるのなら、人はいずれ死に絶える。



「止めて……憐れまないで……私は……私は……っ」

「貴女が大嫌いと……初めはそう思ったわ」



人は出会えば必ず争う。それは決して否定できるものではござらぬ。『共通点』があっては優劣を決め、『差異』があってはそれを排斥しようとするのでござる。 



「何を……っ」

「そして、泣いて謝るまで許してやるものか、とも思った」


 しかし、人は『共通点に惹かれる』『差異に惹かれる』、そしてやがては合一することすら求める。それもまた、否定できることではござらぬ。


「…………」



「けれど話していくうちにどんどん哀しくなった。一心不乱に愛を否定する貴女が気になった。そうなるに至るまで、貴女は一体どれほど酷い目にあったのだろうと」



 受容し、向き合い、合一すれば他者の視点が見れる。客観としても主観としても『その者の世界を理解できる』。そして何においてもそれを守りたくなる。



「憐れむなっ……私は……私は……っ」

「『今日、この日にお菓子をもらえるだけで、渡すだけで』そして『大好きだって、そういうだけで、言われるだけで』、人は幸せになれるんだって、その事を知ってもらいたかった。結局、押し付けてしまったけれど……」



 主様は、それを基盤として他者と交わろうとするのじゃな。『決してなだらかでない、苦難そのものであるような』その道を、『我等を肯定するために』歩むのじゃな。



「う……う……」




「泣かないで?『人が理解されたい』生き物『ならば』、理解し合えないと嘯くのは欺瞞でしかないの、そしてそれは……」






『死ぬことすらも出来ない絶望に繋がる』の。





 
「貴女も、後ろ暗い世界をひたすら歩む『おじさん』も理解したい。本当の意味で『私はあなたが大好きよ』って、いつの日か言ってみせるもの……」






「いつか……お父様の、事、だって……」






 よくやった、妹よ、娘よ。



 ありがとう、我が友よ。

一旦休憩。今日はゆっくり更新します。



・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・





 我が友?済まぬ、忘れ物を……これはっ!?

 この匂い、毒香というより、阿片かっ。我が友、気を確かに……いかん出血しておるのか!?

 この刃の向き、自傷……よもや自決を図ろうなどと……





 主様?もう一度だけでも妾の話を……誰ぞおるのかの?


 む?


 ……貴様、何者じゃ。その娘に何をした?返答しだいでは生かして返さぬぞ。


 この御方のお身内……ではなさそうでござるな。


 賊め、刺し違えてでも……


 至急に扉と窓を開けるでござるっ。なるべく息を吸うな、湯を沸かせっ!


 ………………


 怪我をしておるっ!早く動けっ!


 ……わかった、後でわけを聴かせてもらうからの?


 あいや、またれい、先に炉の灰を掻き出せ!阿片を炊いておったに違いござらぬっ!


 自決を図ったと言うのかっ!?主様、何故このようなことを……っ!






『暖かい……』



 それにしては妙でござる。表扉は開け放たれていた、何者かが……こんなに冷たくなって……っ!


 手先を揉んではならんっ!心の臓に凍てついた血が流れれば死ぬ!凍傷ならば指を一本一本しゃぶるのじゃっ!


 どうしてそんな事を知って……いや、わかった!







 これは『まっち』であるな?確かこれをこうして……よし灯ったっ!


 よし、血は止まった……忍びで良かったでござる……


 貴様、乱破か……何故この娘に近付いた……


 後で言う。それよりもうよい、窓を閉めよ。


 命令するでないわっ!…………これを娘御に。


 白湯か……しかたないっ、ここは拙者が口移しにて……


 ならぬ。貴様からは邪なものを感じる。これは姉である妾の仕事じゃ。んっ……


 あ……おのれ……






『ありがとう……』



 どうして、こんな事になったのじゃ主様……


 起きたらば理由を聴かせてもらうでござる……


 説教じゃな……ただでは済まさぬ……よくも妾の目の届くところで……


 あの…………


 なんじゃっ!妾は今気が立っておる!


 その、少しは手心を……

 
 ならぬ、これは妾共、家族の問題じゃ。泣いて謝るまで許してやるものか。

 
 ……泣いて許しを請う我が友……いかん、拙者新たな扉を……


 っ!?死ねっ、この俗物がっ!!






『私はあなた達が大好きよ……』


・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・







「…………おじさん?」

「起きたか」



 目を覚ますとそこには自分のよく知る男がいた。結果的に虜の自分を解放した。結果的に自分に居場所をくれた、そんな間柄の男だ。



「いつの間に帰ったの?」

「ついさっきだな。思ったより長くなった」



 『何をしに』は聞かないようにしていた。おじさんは、好んでそれをしている。けれど決してそれが良いことでは無い事を知っている。そんな彼を中途半端な正義感で責める気は無い。しかし……



「今回はどこへ行っていたのかしら?」

「お前が好きな極東の島国だ。『何故か』『たまたま』お前の父親が育てた麻薬ルートの発生源を叩き潰すことになった」



「…………例えば、『それを使って悪いことをしている人を懲らしめたり』」

「む……」


 今日は、『答えあわせ』をどうしてもしたかった。


「『麻薬草の栽培している奴隷を解放したり』」

「む……」


 答えなんて本当はわかっていたが。


「『その為に奴隷を捕まえようと戦争する人をやっつけたりした』のね?」

「…………結果的にな」

「『何故か』『たまたま』……ね?」


 そう言ってクスクス笑うと、この人はいつもお決まりのセリフを言う。




「……糞ガキめ」




「…………そういえば、おじさんにお客様が来たわ」

「…………誰だ?」

「そんなに構えないで、みんなお礼を言いに来たのよ」



「……仕事で誰かに礼を言われたのはお前が初めてだったな」


 おじさんの職業からしてみればそうなのだろう。そしておじさんの持つ『後ろめたさ』が現れる、数少ない表現はその言葉から感じた。


「いいえ、恩返し、と言っていいかもしれないわね?……『鶴と、姉弟と、鬼の』」







「『鶴と姉弟と鬼の恩返し?』」


「『バレンタイン・デイにね……』」





 氷菓子、饅頭、羊羹。どれもこの国には似つかわしくない、そして『おじさん自身も』自分が受けるには相応しくないと勝手に断じているのだろう。けれどそれは『確かにそこにあった』。



「…………私の方はどうだったか聴いてくれないの?」


 今日はどうしても『ソレ』を言いたかった。聴いて欲しいのだ。


「なにかあったのだろうか?」

「友達が出来たの」

「…………馬鹿な」


 非常に心外だ。


「そこでそう言うところが無神経なのよ」

「…………そうか」

「そういえばお姉さまも出来たわ」

「…………馬鹿な」

「そこでそう言う……いえ、傍で聞けば確かにそうかもしれないわ」



 それでも出来たのだ、この家以外に自分の居場所が。



「……俺は」

「なにかしら?」

「…………俺はもう、必要ないだろうか?」



 突き放すとも取れるような言葉。けれど違う、おじさんが知らない間に、自分はまた深くおじさんの事を知っている。だからこそわかる。これはそういう言葉ではない。








「いいえ、それは違うわ」

「何故だろうか?」






 いつか、愛を必要としない世界がくるのかもしれない。賢く生き、自己を優先すべき社会が生まれるのかもしれない。己の身を守るため、近しい者だけを守るため。



「決まっているじゃない」

「おい、なんで近付く?」



 愛を言葉にするのは陳腐で、恥ずべき事とさえ思われるのかもしれないけれど。それでも『今日、この日くらいは こう 言ってもいいのではないだろうか』。



「ねえ、おじさん?」

「…………」



 ワレンティウスは処刑されても愛する者同士を祝福し続けた。きっとそれは、自分の殉教した日がそんな扱いになるなんて思ってなかっただろうけれど。








「私はあなたが大好きよ?」

「……糞ガキめ」






 多分、今日、この日だけは世界中で愛しあう人達が、いつもより多いのだから。


「ねえ、おじさん?」

「……なんだろうか?」





「お帰りなさい」

「………………た、」









 ただいま……


     男「鶴と双子と鬼の恩返し?」少女「ヴァレンタイン・デイに……ね」      fin


 くう~、疲れましたw
 毎度突っ込みどころが多い拙作ですが、暇つぶしにでもなったのでしたら幸いです。


 需要は少なく、ご覧になられていた方は少ないかもしれませんが、レスありがとうございました。


 明日はホワイトデーにもかかわらず、渡す予定が母しかないということは、つまりそういうこと、でございます。



 それでは皆様。幾久しく健やかに。

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