アスカ「気持ち悪い」(628)

『じゃあ、始めるわよ』


『うん』


『カウントは30』


『了解』


『さっさと、こんなところからはおさらばしたいわ』


『……』

『ねぇ、アスカ』


『なによ?』


『海って、本当は青色なんだよね』


『はぁ? だから?』


『……』


『ちょっと』


『ごめん、アスカ。……さよなら』


『アンタ、何、言って―――』

人気のない校舎裏で、不良たちが、一人の男子生徒に暴行を加えていた。
被害にあっているのは……僕だ。


シンジ「げほっ!」

不良A「ねぇねぇ、碇君。さっさとお金、払ってくれないとさぁ……君だって痛いの、やだろ?」

シンジ「だ、ダメだよ」

不良B「なんでだよ?」

シンジ「……このお金で、今日の夕飯のおかず、買うんだ」

不良A「おかずぅ?」

不良B「ギャハハハハハハ」

不良C「つーか、俺らそんなんしらねーし!」


不良の蹴りが、腹部を貫く。


シンジ「がはっ!」

シンジ「お願いだよ、今日だけは許してよ」

不良A「今日だけは許すのを許してくださーい」

不良B「いいから出せよ、ゲーセン行くんだから」

シンジ「そ、そんな」

不良A「そこまで嫌がられたらしょうがないなぁ」

不良B「無理やり、はぎ取っちゃいますか?」

不良C「それがいいな」


不良たちが、ジリジリと僕との距離を詰める。
その時、一つの声が届く。


『それくらいにしておきなよ』


シンジ「……!」

不良A「おっ」

不良B「渚君」


皆の視線の先には、渚カヲルがいた。


カヲル「やれやれ、キミたちは……またこんなことをしているのかい?」

不良A「いやー、だってさぁ。なぁ?」

不良B「金がねぇからさ。しょうがねぇんだ」

カヲル「……はぁ。お金って、いくら必要?」

不良A「え、またくれるのかよ?」

カヲル「ああ」

不良B「ひょー、さすが渚君、話が分かるぅ!」

カヲル「気にするなよ……友達、だろ?」

不良C「おう!」

カヲル「一枚で足りる?」

不良A「よゆー、よゆー」

カヲル「そう」


彼は財布から一万円札を取り出し、不良たちに手渡した。


不良B「俺たち、これからゲーセン行くんだけどよ、渚君もどう?」

カヲル「遠慮しとくよ。家庭教師が待ってるから」

不良A「ヒュー、家庭教師だってよ」

不良C「渚君は俺たちと違ってエリートだもんな」

カヲル「からかうなよ」

不良A「ひゃはは」

不良B「んじゃあな、渚君」

カヲル「うん、またね」


不良たちが去っていく。
後に残される二人。


シンジ「……」

カヲル「……」


無言のまま、時が流れる。
僕は、謝礼の言葉を伝えるため、口を開く。


シンジ「あの」

カヲル「……」

シンジ「助けてくれて、ありがとう」

カヲル「……」

カヲル「勘違いするなよ」


しかし、彼は冷たく言い放つ。


カヲル「キミみたいなウジウジしてるやつ、大っ嫌いなんだ」

シンジ「……」

カヲル「助けた? ……冗談じゃない。僕の友達が、無駄な時間を過ごしているのが気に食わなかっただけだ」

シンジ「でも」

カヲル「―――うるさいなッ!」

シンジ「……っ!」


突き飛ばされる。

カヲル「気安く僕に話しかけないでくれないか。虫唾が走る」


うんざりするような表情を浮かべたその顔を、じっと見つめる。


カヲル「なんだよ、その目は」

シンジ「……別に」

カヲル「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」

シンジ「ないよ、そんなこと」

カヲル「じゃあ、気持ち悪い目で、僕のことを見るな!!」


助走をつけた蹴り。
避けることなど叶わず、なすがまま、その蹴りを体に受ける。


シンジ「ぐあ゛っ!」

カヲル「はぁっ、はぁっ……」


直接的な暴力に慣れていないのか、彼の息は上がっていた。


カヲル「ここまでやられて、反撃しないのかよ」


僕はなにも答えない。


カヲル「なに考えてるんだよ、キミは」


僕はなにも応えない。


カヲル「―――もういい」


舌打ちを残し、彼が去っていく。
その背中を見送る。

静寂の中、つぶやく。


シンジ「行った、か」


すると、体の節々が痛んだ。


シンジ「いてて」

シンジ「今日は、こっぴどくやられたなぁ」

シンジ「顔にやられてないだけ、マシか」


シンジ「……」

シンジ「まぁ、僕に遠慮してってわけじゃなく」

シンジ「大事にしないためなんだろうけど」

シンジ「あはは……頭、いいなぁ」

改めて、僕は彼のことを思い浮かべる。


シンジ(渚カヲル)

シンジ(僕とは違う学校に通っている)

シンジ(病院経営もしている医者夫婦の一人息子で)

シンジ(テストでは、常に学年一位)

シンジ(友人関係は広く、教師からの信望も厚い)


しかし。


シンジ(裏では不良との付き合いがある)

シンジ(お金を渡すことで、ボディガード扱いにしてるのかもしれない)

シンジ(タバコを吸っているところも、見かけたことがあったっけな)


シンジ「……」

シンジ「そろそろ、家に帰らないと」

シンジ「ただいま」


帰宅の挨拶を済ませる。
返事はない。


シンジ「おばあちゃん、どこ?」


唯一の同居人である、祖母の所在を確かめるため、家の中を彷徨う。


シンジ「……」

シンジ「……」


シンジ「おばあちゃん?」

シンジ「あっ」


彼女は、台所にいた。


シンジ「ただいま、おばあちゃん」

祖母「……」

シンジ「なにやってんだよ、こんなところで」


僕の存在に気付き、振り向く。


祖母「……おお、シンジ。シンジじゃないか」

シンジ「そうだよ、僕だよ」

祖母「どこに行ってたんだい?」

シンジ「学校だよ。決まってるじゃないか」

祖母「そうかい、そうかい」

シンジ「今、ご飯作るからね」

祖母「……」

シンジ「どうしたの?」


もう一度、僕に気付いた彼女が尋ねる。


祖母「おや、シンジじゃないか。いつ帰ったんだい?」

シンジ「さっきだよ」

祖母「で、どこに行ってたんだい?」

シンジ「学校だよ」

祖母「ああー、学校!」

シンジ「うん」

祖母「いいねぇ、学校……懐かしいねぇ」

シンジ「そっか」

シンジ「今からご飯、作るからね」

祖母「……」


また黙りこくってしまった。
普通の状態と、このような状態を、彼女は繰り返す。


シンジ「おばあちゃんは、居間で待っててね」

祖母「……」


聞き分け良く、居間へと向かった。


シンジ「ふぅ」

シンジ「じゃあ、さっさと作っちゃおうかな」

数十分後、出来た料理を居間へと運ぶ。


シンジ「ご飯出来たよ」

祖母「……」


返事はない。


シンジ「おばあちゃん」


もう一度語りかけると、彼女は僕に気付いた。


祖母「おや、シンジ。学校はもう終わったのかい?」

シンジ「うん」

祖母「それはよかった。学校なんて、懐かしい」

シンジ「そっか。ご飯、冷めない内に食べようね」

祖母「いつもすまないねぇ」

シンジ「気にしないで」

向かい合い、食卓に並んだ料理を黙々と口に運んでいく。
しばらくして、彼女が尋ねてくる。


祖母「今日はどこに行ってたんだい?」

シンジ「学校だよ」

祖母「そうかい、そうかい」

シンジ「お婆ちゃんはなにしてたの?」


しかし、その瞳は虚空を見つめていた。


シンジ「……まぁ、いっか。そんなこと」

祖母「……」

シンジ「ごちそうさまでした」

祖母「……」

シンジ「おばあちゃんも、もういいよね?」


返事はない。


シンジ「片付けるよ」

祖母「……」

シンジ「よいしょっと」

祖母「シンジ」


食器を運ぼうとすると、名前を呼ばれる。


シンジ「ん、なに?」

祖母「ご飯、美味しかったよ」

シンジ「……!」


料理の感想を言われたのは、初めてだった。


シンジ「そっか、ありがとう」

祖母「ええ、ええ」

シンジ「ふふっ」


彼女が嬉しそうで、僕も嬉しかった。


シンジ「~♪」

翌日、学校の教室。
教室の外にまで漏れている話し声。


ケンスケ「でな、そこで敵勢力の機体がグワーッっと!!」

トウジ「……」

ヒカリ「……」


ケンスケ「なんだよ、その無反応っぷり」

トウジ「そら、好きでもないロボットアニメのことを延々語られてもなぁ」

ヒカリ「正直、反応に困る……かな」

ケンスケ「なんでだよ! ロボは男のロマンだろぉ!?」

トウジ「いや、わからん」

ヒカリ「私、女だし」

ケンスケ「そんなぁ……」

賑やかな場所に入るのをためらうのは、いつものことだ。
扉を開く。


シンジ「……」

ヒカリ「碇君、おはよ」


すぐに、僕の姿を確認した洞木ヒカリが話しかけてくる。


シンジ「……おはよう」

ヒカリ「今日は、いつもより遅いね」

シンジ「普通だよ」

ヒカリ「そっか」

シンジ「もう、いいかな?」

ヒカリ「あ、うん」

シンジ「……」


話を打ち切るようにして、足早に自分の席へと向かった。

小さな声。
しかし、どうにか聞こえてしまうほどの会話。


ケンスケ「なぁ、委員長」

ヒカリ「なに?」

ケンスケ「誰彼無しに挨拶するの、やめようよ」

ヒカリ「どうして?」

ケンスケ「どうしてって……」

ヒカリ「挨拶するのは、悪いことじゃないでしょ?」

ケンスケ「そうだけどさぁ」

ヒカリ「鈴原も、そう思うよね?」


トウジ「わ、ワシか? ワシは……」

ケンスケ「トウジは、それ以前に委員長が他の男と話すのが嫌だもんな」ボソッ

トウジ「ん、んなこと言っとらんやろ!」

ヒカリ「?」

ケンスケ「大体さぁ、碇って……あれじゃん?」

ヒカリ「あれって?」

ケンスケ「暗いっていうか、浮いてるっていうか」

ヒカリ「それは挨拶しちゃいけない理由にはならないわ」

ケンスケ「ただ暗いだけならな。でも、あいつって……自発的にそうしてるっていうか」


トウジ「なんやそれ」

ケンスケ「うまく説明できないけどさ、自分から浮くようにしてるように見えるんだよ」

トウジ「ふーん」

ケンスケ「話しかけるなオーラっていうのかな。そういうの、まとってるだろ」

トウジ「あー、ちょっと分かるわ」

ヒカリ「……じゃあ、私が挨拶するのって、間違い?」

ケンスケ「いや、あくまで俺が勝手にそう思ってるだけだからさ」

トウジ「ま、同じ根暗仲間として、気持ちが通じるってとこやろ」

ケンスケ「そうそう、本気出したら俺なんて一言もしゃべらない……って根暗じゃないからな!?」

ヒカリ「あはは」




シンジ「……」

三人の会話を聞いて、僕は思う。


シンジ(洞木ヒカリ)

シンジ(鈴原トウジ)

シンジ(相田ケンスケ)


シンジ(普通の学生)

シンジ(普通のクラスメイト)


シンジ(タイプの違う三人)

シンジ(でも、とても仲が良い三人)

シンジ(だから、彼らはクラスの中心として活動することが多い)

シンジ(だから、彼らはクラスのみんなと仲が良い)

シンジ(……僕を除いて)


シンジ「……」

昼休み、僕はお弁当を持って教室を出た。


シンジ(今日は、どこで食べようかな)

シンジ(教室は、ちょっとなぁ)

シンジ(……)


シンジ(屋上は、今日も開いてるかな)

シンジ(開いてたら、いいんだけど)


そして、一つの団体を見かける。


シンジ「……あ」

アスカ「あーもう! うっとおしい!」

女子A「そうよ、あんまりアスカに近づかないでよね」


団体の中央には惣流・アスカ・ラングレー。
それを女子が囲み、少し距離を置いて、男子達が取り巻いている。


取り巻きA「いやぁー、いいじゃないですか、一緒にお弁当くらい」

取り巻きB「そうそう、減るもんじゃないし」

取り巻きC「アスカ様―!」


アスカ「うえぇ……」

女子A「キモーイ!」

女子B「アスカ、いこいこ!」

一風変わった光景を目にしながら、僕は思う。


碇(惣流・アスカ・ラングレー)

碇(アメリカの大学を卒業してるんだっけ)

碇(でも、親が日本へ越してくると同時に、この中学へ転入)

碇(早く日本に馴染むため……だとか)


碇(性格以外は完璧だから、男子にカルト的人気がある)

碇(……いや、その性格がむしろ人気の秘訣なのかもしれない)


碇(そういった要素を除けば、ごくごく普通の女子生徒だ)

碇(実はマザコンって噂を聞くけど)


碇(……)

アスカ「―――ちょっと」


ふと気付くと、目の前に顔があった。


アスカ「私のこと、じっと見てんじゃないわよ」

シンジ「み、見てないよ」


慌てて否定する。
彼女は納得しない。


アスカ「ウソ言わないで」

シンジ「嘘じゃないよ」

アスカ「ホントにぃ?」

シンジ「ほんとだよ」

彼女は僕の顔をジロジロと見つめる。
嘘は慣れている。特におかしな振る舞いをしたつもりはないのだけれど。

そして、彼女が言う。


アスカ「アンタ、どっかで会ったことある?」

シンジ「……!」


僕は驚愕した。
しかし、動揺を表に出してはならない。


シンジ「……いや、話したのは初めてだよ」

アスカ「また、ウソ言ってない?」

シンジ「同じ学校の生徒だし、勘違いすることもあるよ」

アスカ「……」

アスカ「あっそ。ならいいわ」


それだけ言って、彼女は去っていく。


シンジ「……」

取り巻きA「……」

取り巻きB「……」

取り巻きC「……」


取り巻きから注がれる殺意の目線。
僕と彼女が会話していたのが、気に食わないらしい。

逃げるように、屋上へ向かった。

綾波「碇君」


放課後、さっさと家に帰ろうとする僕を呼びとめる声。
綾波レイだった。


シンジ「……なに?」

綾波「日誌のサイン、書いて」


黒板を確認する。
そこには、僕と彼女の名が記されていた。


シンジ「ごめん。今日、日直だったんだね」

綾波「ええ」

シンジ「日直の仕事、一人でやらせちゃったね。本当にごめん」

綾波「いいわ、別に」

シンジ「日誌は、もう書き終わってる?」

綾波「いいえ。半分だけ」

シンジ「残りは僕が書くよ。綾波さんはサインだけ書いて、帰っていいよ」


日誌には、その日の出来事を書き、日直二人のサインを記さねばならない。
そのため、僕はそう申し出たのだが、彼女は首を振った。


綾波「私も残るわ」

シンジ「どうして?」

綾波「仕事だから」


無理に否定する必要はない。


シンジ「そっか」

綾波「ええ」

僕は、日誌を書きすすめる。
彼女は無言のまま、隣に座っている。


シンジ(こういう時って、話しかけた方がいいのかな)

シンジ(出来れば、話したくないけど)

シンジ(でも、綾波に悪い気がする)

シンジ(……それに)


聞きたいことが、あった。


シンジ「綾波、さん」

綾波「なに?」

シンジ「綾波さんの両親は、元気?」

綾波「私のお父さんとお母さん?」

シンジ「うん」

綾波「二人とも、健康そのものよ」

シンジ「そっか」


思わず、笑みをもらしてしまう。
不思議に思ったのか、彼女が問いかけてくる。


綾波「何故、そんなことを聞いたの?」

シンジ「特に意味はないよ」

綾波「……碇君の両親は」

シンジ「ああ、僕が小さい頃に事故でね」


そういうことになっていた。
だから、そう答えた。

しかし、ふと、彼女の顔を見ると、ばつの悪いような顔をしていた。
そして、自分の失態に気付く。


シンジ「あ……ごめん」

綾波「いいえ、私の方こそごめんなさい」

シンジ「謝らないで。話の流れを作ったのは僕だから」

綾波「でも」

シンジ「両親が死んだのは物心つく前だったから、僕にとってはそれが当り前で、本当にいいんだ」

綾波「……」

シンジ「綾波さんに親のことを聞いたのは……ほら、この前の授業参観で、綾波さんの両親は二人揃って来てたでしょ?」

綾波「ええ」

シンジ「それがなんだか微笑ましくて、聞いてみたくなったんだ」

綾波「……そう」

これで、ミスは取り消せたはずだ。
恐る恐る彼女の様子を窺う。すると。


綾波「……でも、あれは少し恥ずかしかったわ」

シンジ「どうして?」

綾波「だって、両親二人揃って来ているところなんて、私の家だけだったもの」


そういって、少し困ったような笑みを浮かべた。

日誌を書き終え、彼女に言う。


シンジ「後は先生に届けるだけだから、先に帰っていいよ」

綾波「でも」

シンジ「少しくらいは僕一人でやらないと、綾波さんに申し訳ないんだ」


冗談めかして言うと、納得してくれたようだった。


綾波「それじゃ、碇君」

シンジ「うん、さよなら」

綾波「さようなら」

ようやく一人になり、僕は思う。


シンジ(綾波レイ)

シンジ(普通の女子生徒)

シンジ(普通に友達を作り、普通に生活をして、普通に笑う)

シンジ(少し内向的で、変わったところもあるけれど)

シンジ(それでも、普通の女子生徒の域を出ない程度)


シンジ(綾波の両親は)

シンジ(綾波ユイ)

シンジ(そして)


シンジ(綾波……ゲンドウ)

シンジ(仲のいい夫婦)

シンジ(何の問題もない夫婦)

シンジ(……まぁちょっと、過保護すぎるけど)

シンジ(綾波の家族は、一般的な幸せを手にしている)

シンジ(僕は、それが嬉しい)


嬉しいはずなんだけれど。


シンジ(でも、同時に少しだけ……寂しい)

シンジ(こんなこと考える資格は、僕にはないのに)


シンジ(……)

帰り道、またしても不良たちに連れ込まれ、暴行を受けた。
今日は金目当てではないらしい。


シンジ「うぐっ……」


不様に横たわる僕に、不良たちは目もくれない。


不良A「あー、スッキリした」

不良B「ゲーセンのパンチングマシーンより、やっぱこれだよな」

不良C「サンドバッグ碇君?」

不良A「点数が良ければ、景品にお財布が貰えますってか」

不良B「そりゃいいわ」

不良C「ギャハハハハハ」

そうして、不良たちは去って行った。
僕も帰ろうと思ったのだが、うまく足に力が入らない。


シンジ(痛いなぁ)

シンジ(でも、怪我が酷いって訳じゃない)

シンジ(立てないのは、怖いから)

シンジ(怖くて、足が震えているんだ)


拳をぎゅっと握る。


シンジ(暴力は怖い)

シンジ(……)

シンジ(でも、戦いはもっと怖かった)

シンジ(もう二度と、あんなこと)


シンジ(……)

足音がした。
近づく人影が語りかける。


カヲル「また、やられていたんだね」

シンジ「渚、君」

カヲル「キミはどうして」

シンジ「え?」

カヲル「いや、その」

シンジ「……?」

カヲル「……」


なにか言いたげに口をもごもごとさせた後、僕の横にしゃがみ込む。

無言の時間。
やがて、彼が言う。


カヲル「キミは、どうして反抗しないんだ?」

シンジ「反抗?」

カヲル「加害者側の僕がこんなこと聞くの、おかしいのは分かっているけれど」

シンジ「……」

カヲル「どうしても分からなくて。キミの答えが聞きたい」

シンジ「大層な答えは持ち合わせてないよ」

カヲル「それでもかまわない」

シンジ「怖いからだよ」

カヲル「怖い?」

シンジ「暴力を振るうことがね。それに、僕があの人達に敵うわけないし」

カヲル「……いや」


彼は首を振る。


シンジ「えっ?」

カヲル「僕が聞きたいのは、そういうことじゃない」

シンジ「……?」

カヲル「反抗するっていうのは、暴力に暴力で立ち向かうことだけじゃないはずだ」

カヲル「例えば……そうだな、先生や警察に訴えるとか」

カヲル「その先で、なんらかの問題は生じるかもしれないけど、現状でなにもしないよりはマシだろ?」

カヲル「でも、キミはそうしない。しようとも考えていない」

カヲル「まるで、暴力を受けることを享受しているような……そんな様子さえ窺える」

カヲル「そうだね。質問が悪かった。だから、改めて問うよ」


カヲル「どうして、キミは暴力を受けいれているんだい?」

シンジ「……」


彼の目には、僕しか映っていない。
その真っ直ぐさは、嘘偽りを禁じているのかもしれない。

しかし、それでも。


シンジ「受け入れてなんかいないよ。本当に怖いだけなんだ」

カヲル「……」

シンジ「怖くて、怖くて……誰かに助けを求めるのも怖い。ただ、それだけ」

カヲル「……そうか」

シンジ「ごめんね、期待させるだけさせておいて」

カヲル「別に。勝手に期待したのは僕の方さ」


彼は立ち上がる。
続いて、僕も。

カヲル「一応、言っておくけど」

シンジ「なに?」

カヲル「僕はキミに味方しない。これまでも、これからも」

シンジ「うん」

カヲル「……最初から分かっている風に振舞われると、こっちの立場がないな」

シンジ「あはは」

カヲル「じゃあ……」


少しだけ歩いた後、振り返る
そして。


カヲル「この前は、ごめん。あれは少し……やり過ぎだった」


それだけ言って、去って行った。

一人、思う。


シンジ(カヲル君、君はそんなこと、言わなくて良いんだ)

シンジ(今まで通り、僕のことを傷つけてくれていい)

シンジ(君には資格がある)

シンジ(それに)

シンジ(僕は、そうされないといけない)


シンジ(……)

シンジ(……)


シンジ(でも、嬉しかった)

シンジ(ありがとう、カヲル君)

風が吹く。
少し冷たいその風は、秋の訪れを予感させる。

初めて経験する季節。


シンジ(カヲル君)

シンジ(綾波)

シンジ(アスカ)


シンジ(父さん、母さん)

シンジ(ミサトさん)

シンジ(NERVの人たち)

シンジ(学校のみんな)


シンジ(みんな……僕がまだ会っていない人たちも)

シンジ(幸せに、暮らしてくれているといいな)

シンジ(……)

シンジ(きっと、誰もが幸せでいるこの世界)

シンジ(そんな世界は、もしかしたら、都合が良過ぎるのかもしれないけど)

シンジ(……その分の不幸は、僕が背負うから)


シンジ(だから、許して下さい)

シンジ(もう、あんなことは)

シンジ(……)


シンジ「……帰って、ご飯作らないと」


呟き、歩きだす。

しかし、一つの声が僕を呼びとめた。


『ちょっと』


振り返る。
そこに立っていたのは。


アスカ「いじめられっ子。アンタに話があるんだけど」

シンジ「アス―――」


名前を言いかけて、口を噤む。
何故、彼女がこんなところに。

アスカ「話しかけようと思ったら、こんなところに連れ込まれて、不良にボコられて……情けないやつね」

シンジ「……」

アスカ「さっきのやつだけは少し様子が違うみたいだったけど、アイツも不良の仲間なわけ?」

シンジ「渚君は……違うよ」

アスカ「ふぅん? ま、そんなのどうでもいいわ」


一呼吸置いて、アスカは言う。


アスカ「私たち、やっぱりどこかで会ったことあるでしょ?」

シンジ「……っ!」

シンジ(覚えている……?)

シンジ(いや、そんなはずはないんだ)

シンジ(だって、たしかに)


僕は願って。
だからこそ、この世界があるのだから。


シンジ「……会ってないって、昼も言ったじゃないか」

アスカ「だから、嘘なんでしょ。正直に言いなさいよ」

シンジ「嘘なんて、ついてないよ。惣流さんの思い違いだよ」

アスカ「このアスカ様が思い違いなんてするわけないでしょ」

シンジ「めちゃくちゃだよ……」

アスカ「あー、もう! アンタのこと見てると、イライラすんのよ!」

シンジ「そんなこと言われても……」

アスカ「顔もムカツクし、態度もムカつくし、ウジウジしてるところなんて最悪!」

シンジ「ちょっと、惣流さ―――」

アスカ「それ!」


びしっと指をさす。


シンジ「な、なに?」

アスカ「『惣流さん』って呼ばれるの、それが一番違和感バリバリで気持ち悪い!」

シンジ「……」

アスカ「……まぁ、分かってるわよ。自分でも理不尽なこと言ってるって」

アスカ「でも、分からないの」

アスカ「なんで私はこんなにイライラしているの? 何故、どうして?」

アスカ「なにか知ってるなら、教えてよ」

アスカ「ねぇ……碇、シンジ」


いつもと全く調子の違う声。

僕はきっと、その答えになるものを知っている。
言うべきか、言わざるべきか。


シンジ(……なんて、答えは最初から決まっているんだ)

シンジ(これくらいで迷うなら、最初から)

シンジ(……)

シンジ「僕は、何も知らないよ」

シンジ「惣流さんと会話したのは、今日が初めてだ」

シンジ「イライラさせたことは謝るよ、ごめん」

シンジ「でも、それを解決することは出来ない」

シンジ「意味もなく嫌いなものってあるじゃないか」

シンジ「惣流さんにとっては、たぶん、僕がそうなんだと思うから」

シンジ「だから、その……」

シンジ「……ごめん」



アスカ「……」

アスカ「ふーん、そう」

シンジ「分かってくれた?」

アスカ「あくまで白を切るつもりなのね」

シンジ「……」


まったく分かってもらえていなかった。


アスカ「そんなしょっぱい嘘で、この私が騙し通せると思ったわけ?」

シンジ「嘘じゃない」

アスカ「その言葉、聞き飽きた」

シンジ「じゃあ、どうしろって言うんだよ……」

アスカ「どうしてもアンタが口を割らないって言うなら、こっちにも考えがあるわ」

シンジ「……なんだよ」

アスカ「知らない。明日からの学校生活、まともに送れると思わないでよね」


それが捨て台詞だった。
髪をなびかせ、遠くなっていく背中。


シンジ「……」

シンジ「……」


シンジ「相変わらず、だなぁ」

シンジ「自分のことばっかりを考えて」

シンジ「僕の都合なんて、全く考えてなくて」

シンジ「……」

シンジ「でも」

シンジ「ああいう人だから、僕は……」


―――心を?


シンジ「いや」

シンジ「違う、違うよ」

シンジ「……」


シンジ「早く、帰ろう」

シンジ「なんだか、今日は疲れたな……」

翌朝、待ち受けていたのは平凡な学園生活だった。


シンジ(アスカの言っていた、あの言葉)

シンジ(特に意味はなかったのかな?)

シンジ(でも、アスカのことだし)

シンジ(……)


シンジ(考え過ぎか)

シンジ(気にしないでおこう)

シンジ(僕は何も考えず、何もせずに生きるんだ)

シンジ(……)

投下中なんだけど、ごめん。ちょっといいかな。

VIPの調子悪過ぎて、このままだと朝までかかる。
まだ半分も投下終わってないんだ。

朝までかかるっていっても、俺が寝オチする可能性もあるし……。
明日、スレを立て直す手もあるんだけど、どっちがいい?

分かった。じゃあ投下して出来るだけ寝オチしないようにする。
VIPの調子が悪かろうと、かえって猿にならない投下ペースを保てるって考えるわ。
投下中にすまんな。次からは続き。

しかし、そんな思惑を吹き飛ばすような嵐が訪れる。
昼休みのことだった。


シンジ(今日も屋上、開いているといいな)


席を立った僕の腕が、突然つかまれる。


シンジ「え?」

取り巻きA「悪いな、アスカ様の命令で」

取り巻きB「ていうか、俺たちだって、アスカ様に男を近づけるなんて、本当は嫌なんだぜ?」

取り巻きC「だから、痛み分けってことでよろしく」

シンジ「え、え?」


強制連行される僕。
考えが甘かった。

運ばれた先は、当然。


シンジ(アスカのクラスだ)


ふんぞり返る彼女の前に、投げ出される僕。


アスカ「……」


聞かずにはいられない。


シンジ「なんの用だよ」

アスカ「……」

シンジ「話は昨日で終わったじゃないか」

アスカ「……」

おもむろに彼女が口を開く。


アスカ「ちょっとだけ、アンタのことを調べさせてもらったわ」

シンジ「えっ?」

アスカ「友達がいない……っていうより、自分から人を避けているみたいね?」

シンジ「……」

アスカ「だったら、嫌がらせしてやるわ。お昼ごはんは、このクラスで食べなさい」

シンジ「……」

アスカ「私は人気者だから、周りに人はたっぷりいるわよ?」


見渡す。
彼女の女友達はクスクス笑い、取り巻きの男たちは妬みを込めた視線を注ぐ。

シンジ「……なんで」

アスカ「あん?」

シンジ「なんでこんなこと、するんだよ」

アスカ「決まってるでしょ、話はまだ終わってないの」

シンジ「……」


アスカ「口を割るまで、私はアンタに構うのをやめないわ」

シンジ「だから、それは惣流さんの勘違いだって……」

アスカ「私が勘違いじゃないって言ったら、勘違いじゃないの。いい加減、分かりなさい」

シンジ「なんだよ、それ」

僕以外の人たちが、一斉に自分の弁当を広げていく。
女王の命令を受けた従者のようだった。


アスカ「さっさと食べないと、昼休み終わるわよ」

シンジ「あ、うん」


自分の弁当を広げる。


女子A「あ、碇君のお弁当、おいしそー」

シンジ「そう?」

女子B「お母さん、料理上手なんだね」

シンジ「えっと、これは自分で」

女子C「うっそ、自分で!? すっごーい!」

シンジ「……そうかな」

アスカ「どれどれ」

シンジ「あっ」


彼女がひょいっとおかずを抜き取る。


アスカ「ふむ……ま、中々やるじゃない」

シンジ「なんで、勝手に!」


更に。


取り巻きA「アスカ様がそうおっしゃるものを味見しないわけにはいかない」

取り巻きB「勉強のために」

取り巻きC「いざ、実食」

シンジ「ああっ!」


取り巻きの人たちにもたかられ、あっという間に弁当箱の中身は白米のみになった。

取り巻きA「アスカ様、この弁当を参考に、今度お弁当を作ってきます!」

アスカ「いらない。アンタが作ったものなんて食べたくない」

取り巻きA「そんなぁ!」


シンジ「僕のお弁当……」

女子A「はい、私のおかず一つあげる」

シンジ「……あ、ありがとう」

取り巻きB「しょうがねぇな、じゃあ俺も」

取り巻きC「うむ、致し方なし」

シンジ「ありがとう……」


大勢で囲む食事は久々で。
それは、なんだか。


シンジ(いつもより……美味しいや)

アスカ「今回だけで済むと思わないでよね」

シンジ「……うん、分かった」


昼休みが終わり、彼女と別れる。
自分のクラスへの帰路を歩きながら、思う


シンジ(……はぁ)

シンジ(関わらないって、決めたのに)

シンジ(けっきょく、あんなに……)

シンジ(……)

シンジ(でも、僕はみんなの幸せを望んでいて)

シンジ(そして、みんなも僕といることを望んでいるとしたら)

シンジ(それなら、僕は)

シンジ(……)

教室は、まだ昼休みの余韻を引きずっていて、もうすぐ授業だというのに、ざわついていた。
その騒音は、かえって僕の孤独を引き立てる。


シンジ(……)

シンジ(そんな考えは、ダメだよね)

シンジ(虫のいい言い訳を用意して、僕自身が幸せになりたがってるだけだ)

シンジ(あんなことをしておいて、僕はまだ)

シンジ(……)


シンジ(大丈夫)

シンジ(アスカだって、いつかは飽きるよ)

シンジ(僕がいなくても、アスカは幸せなんだ)

シンジ(僕がいる必要なんて……)

あれから二週間が過ぎた。

結論から言ってしまえば、僕は彼女との接触をまったく減らせていなかった。
それどころか。


シンジ(……)

アスカ「ヒカリも自分でお弁当作ってるの?」

ヒカリ「うん、料理は好きだから」

アスカ「ふーん」

ヒカリ「アスカも料理、してみない?」

アスカ「いやよ、面倒くさい」

トウジ「出来ないだけやろ?」

アスカ「なんですってぇ!?」

ケンスケ「怒った顔! シャッターチャンス! この写真を後で売りさばくぞぉ!!」

シンジ(なんで、こんなことになってるんだっけ)

シンジ(えっと、アスカが僕の教室でお弁当を食べるって言いだして)

シンジ(何故か、委員長が興味を示して)

シンジ(そしたら当然、トウジとケンスケも一緒になるわけで……)

シンジ(……)


覗きこんでくる影。


アスカ「ちょっと、なに黙りこくってんのよ」

シンジ「あ、いや」

アスカ「ご飯も食べてないし。調子でも悪いの?」

シンジ「別に、そういう訳じゃないけど……」

アスカ「ほんとにぃ?」

トウジ「おうおう、惣流は旦那のことが心配で仕方ないんやな?」

アスカ「は、はぁ!? 意味わかんない!」

ケンスケ「赤面! シャッターチャンス!」

アスカ「アンタも、写真撮ってんじゃないわよ!!」

ケンスケ「ぐはっ! け、蹴るなよ!!」


シンジ「……」

ヒカリ「碇君、本当にどうかした?」

シンジ「え? あ、なんでもないよ」

ヒカリ「保健室行く?」

シンジ「ううん、大丈夫」

ヒカリ「そっか、それならいいけど」

シンジ「……」

ケンスケ「碇、碇」

シンジ「なに?」

ケンスケ「惣流の取り巻きの人のアドレス知らない? ちょっと連絡取りたくてさ」

シンジ「……ごめん、知らない」

ケンスケ「そっかぁ、碇なら知ってるかと思ったんだけど。なら今度、自分で聞くわ」

シンジ「うん」

ケンスケ「ていうか、それ以前に俺、碇のアドレス知らなかったな。教えてよ」

シンジ「え?」

ケンスケ「嫌か?」

シンジ「……そんなこと、ないよ」

ケンスケ「良かった。じゃあ交換っと」

シンジ「……」

アスカ「ちょっとアンタのお弁当もらうわよ」

シンジ「あっ」

アスカ「うーん……相変わらず美味しい。人間、誰しも一つは取り柄があるっていうか」

シンジ「勝手に……」

アスカ「文句あるの?」

シンジ「別に、いつものことだし」

アスカ「専属料理人としての自覚が芽生えているようね」

シンジ「そんなものになった覚えないよ!」

ヒカリ「あはは」


昼休みは、大体いつもこんな感じだ。
アスカの教室で食べることもある。あっちでもあまり変わらない。

綾波「碇君」


放課後、珍しく彼女に話しかけられる。
今日は日直ではない。


シンジ「どうかしたの、綾波さん」

綾波「碇君は、図書委員よね?」

シンジ「それがどうかした?」

綾波「……その、本が借りたくて」

シンジ「うん」

綾波「でも、図書室で本を借りたことがないから、やりかたが分からないの」

シンジ「そうなんだ」

綾波「良ければ、教えてもらいたいのだけれど」

シンジ「……ん、かまわないよ」

綾波「ありがとう」

二人で図書室へ。
並んで歩く。


綾波「ごめんなさい」

シンジ「どうして謝るの?」

綾波「本の借り方……図書室にいる、当番の人に聞くのが普通だと思うから

シンジ「ああ……」

綾波「だから、ごめんなさい」

シンジ「気にしないで」

綾波「でも」

シンジ「じゃあ、この前の日直の時のお返しってことにしておいて」

綾波「……そう」

シンジ「うん」

綾波「……私」

シンジ「?」

綾波「知らない人と話すの、苦手なの」

シンジ「そうなんだ……僕と、同じだね」

綾波「ええ。正直に言うと、碇君もそうだと思ってた」

シンジ「あはは。そっか」

綾波「でも、最近の碇君は違う」

シンジ「……え?」

綾波「前より少し、雰囲気が柔らかくなったわ」

シンジ「……」

綾波「ごめんなさい、こんなこと。偉そうに」

シンジ「いや……別に」


綾波「……」

シンジ「……」

図書館につき、彼女は借りたい本を持ってきた。
図書カードを作り、その本を持ち帰れるようにする。


綾波「本当にありがとう、碇君」

シンジ「どういたしまして」

綾波「じゃあ、また明日」

シンジ「……綾波、さん!」


帰ろうとする彼女を引きとめる。


綾波「なに?」

シンジ「その、綾波さんは……」

綾波「?」

シンジ「綾波さんも、前よりずっと、雰囲気が柔らかくなったよ」

シンジ「って違うや、前って……なに言ってんだろ」

シンジ「えっと、だから、僕は人と話すのが苦手だけど」

シンジ「綾波さんと話すのは……嫌じゃない」


綾波「……」

シンジ「……ごめん、上手く伝えられない」

綾波「碇君」

シンジ「え?」

綾波「ありがとう。私も、碇君と話すのは、好きよ」

シンジ「ただいま」

祖母「おかえり、シンジ」


帰宅すると、祖母が出迎えてくれた。
今日は調子がいいらしい。


シンジ「おばあちゃん、今ご飯作るね」

祖母「学校に行ってたの?」

シンジ「うん」

祖母「そうかい、そうかい」


彼女はどこか楽しそうだった。
なにか良いことでもあったのだろうか。

出来た料理をテーブルに並べる。
二人で向かい合って座る。いつも通りだ。


シンジ「じゃあ、いただきます」

祖母「いただきます」


二人で食べ始める。
ここで、いつも通りじゃないことが起きる。


祖母「シンジの料理は美味しいねぇ」

シンジ「……!」


この前も褒めてもらったとはいえ、料理の感想を言ってもらえるのは珍しい。
やはり、今日は彼女の様子が違うみたいだ。

シンジ「おばあちゃん」

祖母「なんだい?」

シンジ「なにか、良いことでもあったの?」

祖母「ええ、ええ、ありましたよ」

シンジ「ほんとに? なにがあったの?」


彼女は優しい口調のまま、言う。


祖母「最近、シンジが楽しそうで、私も嬉しいよ」

シンジ「……!」

シンジ「僕は最近、楽しそうかな」

祖母「ええ、ええ」

シンジ「そっか……」

祖母「今日は学校に行ってたの?」

シンジ「うん」

祖母「やっぱりねぇ、学校に行くのは、楽しいものねぇ」

シンジ「うん……」

食事の後片付けを終え、自分の部屋へと戻る。
ようやく一人になり、今日言われた言葉を思い出す。


『雰囲気が柔らかくなった』

『最近、楽しそう』


シンジ(……僕は)

シンジ(僕は、変わったのは周りの方だと思っていたんだ)


シンジ(アスカが、僕の手を無理やり引っ張って)

シンジ(人込みの中に連れて行って)

シンジ(そうして、流されるままに周囲との繋がりが出来て)


シンジ(どれだけ自分を戒めても)

シンジ(僕自身が望んでいなくても)

シンジ(勝手に人とのつながりは生まれてしまうんだって)

シンジ(そう、思っていたのだけれど……)

シンジ(……切っ掛けはたしかにあったのかもしれない)


シンジ(でも、僕自身が望んで)

シンジ(僕自身が変わっていって)

シンジ(だから、人との繋がりが生まれていったのかな)


シンジ(もう、誰とも関わらない)

シンジ(誰とも関わってはいけない)

シンジ(そうやって、固く決心したつもりなのに)


シンジ(僕は結局、人との繋がりを求めずにはいられない?)

シンジ(僕は結局、一人ではいられない?)


シンジ(……誰かに迷惑をかけないと、生きていけない)

シンジ(……)

シンジ「変わった……か」


鏡の中の自分と向かい合う。

なにも変わっていない僕。
なにも変わっていないように見えるだけの僕。


シンジ「変わった……」


その時、ふと思った。

変わったのは、自分だけ?


シンジ「―――まさか」


その発想は、現実味に溢れていて。
しかし、絶対に現実であって欲しくないものだった。

アスカ「最近、肌寒くなってきたわね―」

シンジ「そうだね」


学校の帰り道、アスカと二人きり。


アスカ「こういうときって、肉まん食べたくなるわね」

シンジ「なる……かな?」

アスカ「買っていこっか」

シンジ「駄目だよ、買い食いは」

アスカ「うっわ、真面目君。そういうのってモテナイわよ」

シンジ「関係ないだろ」

シンジ「―――あっ」


段差につまずき、転びそうになる。
しかし。


アスカ「気をつけなさいよ」

シンジ「……あ、ありがとう」


彼女がとっさに僕の手を掴み、転ばずに済む。


シンジ「……」

アスカ「ちょっと、離してよ」


離さない。
強く握り返す。


シンジ「惣流さん」

アスカ「な、なによ」

シンジ「惣流さんは……優しいよね」

アスカ「はぁ?」

シンジ「色々言いながらも、僕を孤独から救ってくれた」

アスカ「……それは別に、アンタのためじゃないわよ」

シンジ「今だって、とっさに手を差し伸べてくれて」

アスカ「誰だってそうするでしょ」

シンジ「そうかな」

アスカ「……なにが言いたいの?」

シンジ「誰だってそうする。するかもしれないけど」


でも。


シンジ「僕の知ってる惣流さん……アスカも、そうだったかな」

アスカ「……?」

シンジ「アスカは強い人だった」

シンジ「エヴァに乗ってるときも、普段の生活でも、完璧だった」

シンジ「言わなかったけど、憧れていた。僕もそうなれたらいいなって」

シンジ「……でも違う。僕が勝手に、アスカはそういう人間なんだって思ってただけなんだ」

シンジ「アスカだって、僕と同じように……いや、それ以上に悩んでいた」

シンジ「そして、一人で抱え込み過ぎて、押しつぶされてしまった」


シンジ「僕はなにもしてやれなかった。それどころか、そんなアスカに最低なことをして」

シンジ「アスカはもう一度立ち上がったけど、やっぱり手伝ってあげられなくて」

シンジ「そして、結局……」


シンジ「なにも出来なかった」

シンジ「僕のせいで、アスカは酷い目に遭った」

シンジ「だから、僕はもう、二度とアスカには関わらないって決めたんだ」

アスカ「なにを言ってるの……?」


まるで話を理解できていない彼女。

僕自身、自分の言っていることを彼女が理解できるとは思っていない。
しかし、どうしても問いかけたかった。


シンジ「最近、知ったんだ。自分のことは、自分では分からないって」

シンジ「僕は、あのとき確かに、アスカがアスカのまま、新しく生まれ変われるように願ったつもりだったけど」

シンジ「もしかしたら、心の底のどこかで、アスカの方から僕に関わってくれるように願ってしまったのかもしれない」

シンジ「ねぇ、惣流さん」


シンジ「惣流さんは―――アスカじゃないんだよね?」

アスカ「それ、どういう……」


彼女が言葉を言い終える前に、割り込む影があった。


不良A「おやおや、碇くぅん。女の子と手を繋いじゃったりして」

不良B「しかも、かなり可愛いじゃん」

不良C「隅に置けねぇなぁ」


下衆な笑みを浮かべる不良たち。
嫌なタイミングだ。


シンジ「……惣流さん、先に帰ってて」

アスカ「でも」

シンジ「いいから」

アスカ「……うん」

彼女が遠く離れていく。


不良A「女の子を逃がせるなんて、格好いいねぇ、碇君?」

シンジ「どうでもいいじゃないか、別に」

不良B「どうでもいいってことないだろ?」

シンジ「……それより、今日はお金? それとも殴るの?」

不良A「どっちってなぁ、そんなの」

不良B「両方に決まってんじゃん」

不良C「ひゃははは」


シンジ「……」

人気のない場所。
三人の不良たちが代わる代わる暴力を振るっていく。


不良A「オラッ!」

シンジ「う゛ぐっ……」


不良B「碇は、本当に良い声で鳴くなぁ」

不良C「お財布もけっこう潤ってるし」

不良A「殴りがいがあるってもんだよな」

不良B「まったくな」

シンジ「げ、げほ……っ!」

不良たちによる、理不尽な暴力と搾取。
これを設定したのは、他ならぬ。


シンジ(僕自身だ)

シンジ(あんなことをしておいて、のうのうと生きる訳にはいかない)


シンジ(……僕には償いきれないほどの罪がある)

シンジ(これは、自らに与えた罰)

シンジ(こうでもしないと、前の世界のみんなに申し訳が立たない)


シンジ(だから、僕を許して下さい)

シンジ(……許して)

不良B「ウラッ!」

シンジ「がはっ……!!」


暴力を振るわれるにも慣れてきて。
もうすぐ、自分が意識を失うのが分かった。


シンジ「……!」


しかし、僕の目に予想外のものが飛び込む。
何故、戻ってきてしまったのか。


アスカ「……」

シンジ「アス、カ……」

シンジ「どうして……」

アスカ「あんたバカァ!? あの状況で、放っておけるわけないでしょ!」

シンジ「……」

アスカ「アンタには山ほど聞きたいことがあるの、こんなやつらに構ってる時間はないわ」


彼女はずんずんと不良たちへと近づいていく。
近づけば近づくほど、体格の違いが露わになっていく。


シンジ「ムチャだよ……」

不良A「碇の言うとおりだと思うが?」

アスカ「アスカ様の辞書に無茶なんて言葉はないのよ」

彼女が拳を振るう。


不良A「!」


予想外の早さに、不良の防御は間に合わない。
顔面に―――入った。


不良A「……っ! このアマ!!」

アスカ「かかってきなさいよ、このクズ」


不良が襲いかかる。
彼女はひらりと身をかわし、その背中に蹴りをお見舞いする。


不良A「ぐへっ……!」

不良B「なにやってんだ、お前」

不良A「そう言っても、この女、けっこうやるんだよ!」

不良B「アホか」

不良C「……まぁ、そうだとしても」


他の二人の不良も、彼女の目の前に立ちふさがる。


不良C「三対一じゃ、どうしようもないけどな」

アスカ「……女相手に、恥ずかしくないわけ?」

不良C「ぜぇんぜん。お前みたいなクソナマイキな女をボコボコにするのは楽しいよ」

アスカ「最っ低!」

彼女は奮闘する。
男三人相手でも怯まない。


シンジ(でも)


確実に圧されていく。

多勢に無勢だ。
単純な腕力も違う。


シンジ(だから、無茶だって言ったんだ)

シンジ(敵うわけないじゃないか)

シンジ(僕のことなんて、放っておけばよかったんだ)

シンジ(僕と、関わったせいで……)

シンジ(……)

……。


シンジ(……)


……。


シンジ(……)



―――なんで傍観しているんだ?


シンジ(……え?)

関わったから、じゃない。
関わってから、何をするかだ。


シンジ(それは……)


僕だって、分かってるんだろ?
最初から、そんなこと。

でも、怖かった。
関わって、心を開いて……その先で拒絶されるのが怖かった。


シンジ(……そうだよ)

シンジ(僕は怖いんだ。拒絶されることが)

シンジ(だから、こっちから拒絶するんだ)

シンジ(求めなければ、否定されることもないんだ)

でも、求めずにはいられない。


シンジ(……)


求めてしまったんだ。
そうして、引き返せない場所まで歩いてきた。

この世界ではなにも求めないはずだったのに。


シンジ(……そうかもしれない。僕は求めてしまったんだ)

シンジ(その結果が、これだ)

シンジ(アスカが)

シンジ(……)


シンジ(僕が求めてしまったせいだ)

シンジ(やっぱり、僕はなにも欲しがっちゃいけなかったんだ……)

求めた果て。
僕のせいで世界は終わった。


シンジ(……そうだ)


求めた果て。
僕のおかげで世界は始まった。


シンジ(それは……)


誰でも失敗はする。だから諦めるな……そんなことは言わない。

取り返しのつかない失敗はある。
僕は、たぶんきっと、そういう失敗を何度も繰り返した。


シンジ(……)

でも、それは、今ここで何かをしない理由にはならない。
この先で、何もしない理由にはならない。


シンジ(……)


失敗しないように繰り返そう。
だって、僕は生きている。


シンジ(……)


生きているかぎり、欲しがるんだ。
欲求を放棄することはできない。


シンジ(……)

シンジ(でも、駄目だよ)

シンジ(もう失敗してしまったんだ)

シンジ(僕のせいで、アスカが……)

目の前の光景。
多勢に蹂躙されていく彼女。

この光景を、僕は見たことがある。
あのときは、間に合わなかった。


シンジ(……うん)


でも、今度は間に合う。

この先でどうするかは、今は考えなくていい。

今、何をするか。
それだけは僕にも分かっているはずだ。


シンジ(……うん)


失敗を帳消しにすることはできない。
でも、今回だけは僕も力を貸す。

さぁ失敗を取り消しに―――彼女を、守りに行こう。


シンジ「……うん!」

シンジ「やめろ!」

アスカ「……!」


不良と彼女との間に躍り出る。
不良たちが目を丸くした後、せせら笑う。


不良B「何の用だよ、碇ぃ?」

シンジ「アスカに手を出すな。それ以上は僕が許さない……!!」

不良A「おいおい、ナイト気取りかよ!」

不良C「女のためなら必死になれるんだな。ギャハハ」

シンジ「……君たちを設定したのはこの僕だ。だから、僕にはなにをしてもかまわない」

不良B「はぁ?」

シンジ「でも、アスカに手を出すのは違う。そんなの、僕は認めていない……!!」

不良A「何言ってんだ、おま―――」


シンジ「―――僕の世界で、勝手に暴れるなって言ってんだよ!!」


展開した不可視の光の壁。
僕が展開できる最大距離はおよそ10メートル。
射程距離内だった。


不良A「は? ―――がはっ……!」


激突。同時に強烈な発光。
不良の体をコンクリにまでふっ飛ばす。

不良B「おま、なにやって……?」

シンジ「ATフィールド、ヒトの持つ心の壁」

シンジ「僕は、君たちを拒絶する」


展開。同じように、光の壁を衝突させる。
不良の体は上空へと吹き飛び、落下。気絶した。


不良C「―――は? なんだ、これ……?」

シンジ「僕はちょっとだけ、普通の人間とは違うんだ」

不良C「……?」

シンジ「だから、こういうことが出来る」


光の壁を、今度はコンクリにそのままぶつける。
発光とともに鈍い音が響き、コンクリの壁全域に罅が入った。


不良C「!!???」

シンジ「僕たちに手を出すっていうなら……今度はこれを君にそのまま食らわせる」

不良C「い、いや、その……」

シンジ「嫌なら、そこに転がってる二人を連れて、消えろ」

不良C「へ、へへ……」

シンジ「そして、もう二度と僕の前に現れるな!!」

不良C「は、ははは、はいぃ!!」


不良は、仲間を引きずってそそくさと退散した。

シンジ「……は、はぁ」


崩れ落ちるように座り込む。
強い力は、使われる側も、使う側も怖い。


シンジ「良かったのかな、これで……」


自ら罰を受けることを放棄した。
その選択は正しかったのか。


シンジ「分からないや、なにも……」


今は、なによりも疲労が強かった。
このまま寝てしまいたいほどに。

ごめん、間違いなく最後まで投下できない。
このままだと変なところで落ちる。
明日休みだから、昼過ぎにまたスレ立てる……こんな深夜まで付き合わせておいて、本当にごめん。

ごめん、最後に二つ聞かせて。

新しくスレ立てるなら、投下するときは最初からって思ってたんだけど、続きからのがいい?
あと、昼過ぎじゃなくて、夕方くらいから始めてもいいんだけど、そっちのがいい?

あー、じゃあ夕方くらいから続き投下するわ。あと80レスくらい?
ほんと、すまんね。おやすみ。

大丈夫か?

おし。保守どうもね。
次から投下。猿なければ2~3分置きくらい。

しかし。


アスカ「ちょっと」

シンジ「……」

アスカ「ちょっと!!」

シンジ「あ、アス―――惣流さん」

アスカ「なんで言いなおすのよ」

シンジ「それは……」

アスカ「カッコよく割り込んできた癖に、締まらないわね」

シンジ「ごめん」

アスカ「あ、その、カッコよくは……なかったけど」

シンジ「?」

シンジ「体、大丈夫?」

アスカ「少し痛むくらい」

シンジ「そっか……良かった」


彼女が無事なら、それでいい。
帰ろうとする。


アスカ「は? どこ行く気?」

シンジ「どこって……帰るんだよ」

アスカ「はぁ!?」

シンジ「え?」

アスカ「説明していきなさいよ!」

シンジ「説明?」

アスカ「私が私じゃないって言ってたのとか、さっきの超能力のこととか、全部!!」

シンジ「……」

シンジ「ごめん、話せない」

アスカ「どうして?」

シンジ「どうしても」

アスカ「……」


シンジ「ねぇ、惣流さん」

アスカ「なによ」

シンジ「巻き込んじゃって、ごめん」

アスカ「別に」

シンジ「でも、分かったろ。僕なんかに関わっても、良いことはなにもないんだ」

アスカ「……」

シンジ「だから、もう放っておいてくれないかな」

アスカ「……」

アスカ「嫌よ」

シンジ「……なんで」

アスカ「この私が言いなりになると思う?」

シンジ「それは」

アスカ「そもそも……私はアンタと関わって良いことなかったなんて、言った覚えないんだけど」

シンジ「……!」

アスカ「どうして頑なに人を拒絶するの? アンタが隠してることと関係があるの?」

シンジ「……」

アスカ「だったら聞かせてよ。今度こそ」

シンジ「……」

シンジ(僕は話した方がいいの?)


僕に聞かないで。
僕自身で決めないといけない。


シンジ(でも、分からないんだ)

シンジ(いくら考えても……)


答えが出ないのが結論なんだ。
そのまま話せばいい。


シンジ(それは駄目だよ)


どうして?


シンジ(だって、そんなの)

シンジ(……他人に全てを委ねる行為じゃないか)

シンジ(心を開くってことじゃないか)

シンジ「……」

アスカ「……」


僕はなにも話さない。
僕はなにも話せない。

無言のまま、隣り合う。
拒絶しているとは、とても言えない距離。

答えは出ている。

あとは一歩踏み出すだけ。
しかし、その一歩が踏み出せない。

そうして、口を開いたのは。


アスカ「ねぇ……シンジ」


彼女の方だった。

シンジ「……なに?」

アスカ「さっきの、超能力みたいなやつ。名前なんだっけ?」

シンジ「ATフィールド?」

アスカ「そう、ATフィールド」

シンジ「それがどうかした?」

アスカ「あれ……私に向かってやってみてよ」

シンジ「……え!?」


思いがけない言動。


シンジ「出来ないよ、そんなこと!」

アスカ「どうして?」

シンジ「あ、危ないから」

アスカ「ふーん」

シンジ「ふーんって……」

アスカ「いいから、やってみて」

シンジ「そんな……」


やってみなよ。


シンジ(え?)


大丈夫。
彼女は傷つかない。


シンジ(でも)


彼女の前に展開するだけでいい。


シンジ(……)

アスカ「やる気になった?」

シンジ「言っておくけど、さっきみたいにはしないよ」

アスカ「ええ」

シンジ「……」


光の壁を展開する。
可視化されていなくても、圧倒的エネルギーの塊は、その場に存在していることを誇示している。


アスカ「……」

シンジ「惣流さん!?」

アスカ「黙って」


彼女が、ゆっくりと、その光の壁に手を伸ばしていく。

そして、触れた。

シンジ「……!」


ATフィールドが、物理的接触を受けた時の発光を行わない。
彼女の手は、なにもない空間を通過していくだけのようだ。


アスカ「……」


指先が、腕が、右半身が……そして、全身が壁を通り抜ける。
彼女の顔が、目の前にやってくる。


アスカ「ふぅ」

シンジ「そんな、どうして」

アスカ「どうしてって、アンタが言ったんじゃない」

シンジ「……?」

そう、僕自身が言ったのだ。
ATフィールドは心の壁だと。


シンジ「あ……」

アスカ「なんとなく、出来ると思ったのよね」

シンジ「心の壁……」

アスカ「結局、アンタは心の底では、拒絶なんかしてないのよ」

シンジ「僕は」

アスカ「安心しなさい。私も同じだから」

シンジ「……うん」


アスカ「だから、話して。隠していること全部」

シンジ「……」

シンジ「きっと信じてもらえない」

アスカ「信じるわよ」

シンジ「僕の話で、惣流さんは自分というものを見失ってしまうかもしれない」

アスカ「私を誰だと思ってんの?」

シンジ「……」

アスカ「アンタはなんの心配もしないで、私に任せときゃいいのよ」

シンジ「あはは……男前だね」

アスカ「まぁね」


シンジ「……」

アスカ「……」


シンジ「―――最初に話さないといけないのは、エヴァのこと」

僕は彼女に全てを語る。


前の世界。

エヴァ。

父さん、綾波、アスカ。

カヲル君、使徒。

サードインパクト。


彼女は黙って聞いてくれていた。
荒唐無稽な話だ。話について行くだけでも難しいのかもいしれない。

そして、話は最終章。


あの、赤い海へ。

アスカ『いつまで泣いてるの』

シンジ『……』

アスカ『黙り続けて、そのまま死ぬ気?』

シンジ『……』


アスカ『それもいいかって、今思ったでしょ』

シンジ『……』

アスカ『そういうとこ……大っ嫌い』

シンジ『……』

シンジ『……アスカは』

アスカ『なに?』

シンジ『どうするんだよ、これから』

アスカ『さぁ、どうしようかしら』

シンジ『決まってないのかよ』

アスカ『私が決めてたらどうするの? その後ろをついて行こうとでも思った?』

シンジ『それは……』

アスカ『なんでも他人任せなのね、アンタって』

シンジ『……』

アスカ『そのせいで、こんな風になったっていうのに』

シンジ『……!』

シンジ『このっ!』

アスカ『……ちょっと、離しなさいよ』

シンジ『じゃあ、どうすればよかったっていうんだよ! 僕は……っ!!』

アスカ『知らないわよ。自分で考えろって言ってんの』

シンジ『ううう゛っ!!』

アスカ『離せ』

シンジ『……ぐそっ、うう、ううう゛ううう』

アスカ『……』

シンジ『ううう゛ううううう……!!』

アスカ『そろそろ落ち着いた? 泣き虫』

シンジ『……うるさいな』

アスカ『大丈夫みたいね。なら、行くわよ』

シンジ『行くって、どこへ?』

アスカ『どこかへ』

シンジ『なんだよ、それ』

アスカ『ここにいるよりマシでしょ』

シンジ『……』


僕らは歩いた。
どこまでも赤い海が追いかけてくる世界を。

当然、他の人はいない。
僕とアスカの二人だけ。

……すごく、怖かった。

二日ほど歩き続けて、発見したものがあった。


アスカ『見て』

シンジ『エヴァの残骸……?』

アスカ『ええ』


目視と共に、頭の中に莫大な情報が注ぎ込まれた。
不可解な感覚。

アスカも同じ感覚を味わったようで、僕らは顔を見合わせる。


アスカ『これ』

シンジ『うん、そうみたい』

アスカ『世界改変の鍵……』

アスカ『必要なものは、アダムとリリス』

シンジ『世界の鍵』

アスカ『生命の海』

シンジ『……』

アスカ『……』


シンジ『どうするの?』

アスカ『決まってるでしょ。もう一度、世界を作り直すのよ』

シンジ『でも』

アスカ『怖いの?』

シンジ『……』

アスカ『アンタがなんて言おうと、私はやるわよ』

シンジ『……』

アスカ『どうしても嫌なら、人と接触しないでいられるように願えば?』

シンジ『え?』

アスカ『一時的にだけど、私たちは神に近い存在になる。作り変えた世界の存在に影響を与えることが出来るわ』

シンジ『……』

アスカ『一生神様でいることも可能よ。世界の人間は、私たちの言うことにずっと従いなさいって願えばいいんだもの』

シンジ『そんなこと、しないよ』

アスカ『そりゃそうね。そんな世界はまっぴらごめん』

シンジ『……』

シンジ『アスカは、なにか願うの?』

アスカ『……』

シンジ『アスカ?』

アスカ『ママと一緒に、普通に暮らしたいって……それだけ』

シンジ『そっか』

アスカ『シンジは?』

シンジ『僕は』


そして、思いつく。

自分の理想の世界。

アスカ『なに?』

シンジ『僕も、アスカと同じようなものだよ』

アスカ『あっそ、アンタってファザコンだもんね』

シンジ『……』


アスカ『どうする? 今すぐ始める?』

シンジ『うん』

アスカ『そう、じゃあ』


アスカ『始めるわよ―――』

カウントは30秒だった。
しかし、僕はアスカより早く、世界の改変を開始した。

その結果出来たのが、この世界。
僕の望む通りに作り上げられた世界。

願ったのは、二つ。

僕に罰を与えること。
みんなが幸せに暮らせること。

改変は概ね上手くいった。
皆は幸せに暮らしている。僕に罰は与えられている。


シンジ「……求めなければ、全てうまくいったはずだった」


唯一の失敗があった。

アスカ「失敗って、なによ?」

シンジ「……自分のことは自分では分からないって、さっき言っただろ?」

アスカ「それがどうかした?」

シンジ「僕にはそんなつもりなかった。でも、無意識のうちに願ってしまったんだ」

アスカ「だから、なにを?」


シンジ「―――アスカが、僕に優しくしてくれて……構ってくれるようにって」

アスカ「……!」

シンジ「惣流さんはイライラするって言った」

シンジ「それはたぶん、自分の意志では、僕に干渉するつもりがなかったから」

シンジ「でも、僕の願いの影響で、関わらずにはいられない」

シンジ「心の反発が、不快感を現していたんだ」


シンジ「……」

シンジ「惣流さんが優しくしてくれるのだって」

シンジ「惣流さんの意思ではなくて」

シンジ「僕が望んだから」

シンジ「神様になりかけた僕の、ワガママが……」


シンジ「最低だ。本当に」

シンジ「……」

シンジ「ごめんなさい……ごめんなさい」

アスカ「……」


謝罪を繰り返す。
許してもらえるとは思っていない。


シンジ「……」

アスカ「なるほどね」

シンジ「……」

アスカ「だから、私は私じゃない、か」

しばらくして、彼女は口を開く。


アスカ「イライラしてた理由。納得がいったわ」

シンジ「ごめん」

アスカ「とりあえず謝るのやめなさいよ。こっちはスッキリしてるんだから」

シンジ「……ごめん」

アスカ「はぁ……。まぁそれはともかく、気になることがあって」

シンジ「……」

アスカ「アンタがいう世界改変、本当に一人でやったの?」

シンジ「……?」

アスカ「前の私も優秀だったんでしょ? アンタ如きに容易く出し抜かれる?」

シンジ「それは……」


アスカ「きっと無理ね。私が私であるなら」

アスカ「そもそも、そんな大仕事を、たった数秒だけ行動を早めただけで、全部自分一人で行えるとは思えない」

アスカ「だから、その……すごく不本意なんだけど」


彼女は溜息一つ置いて、言う。


アスカ「私が、優しくしたり、構ったりするのは……前の世界の私が願ったことなんじゃないの?」

シンジ「……!」

シンジ「……都合が良過ぎるよ」

アスカ「でも、私はそっちの方が納得いくわ。私は私。他の誰にも指図されない」

シンジ「……」

アスカ「きっと、アンタがそれを否定するのは、他人が自分を認めるわけないって思っているから……自分を認められないから」

シンジ「……うん」

アスカ「でも、私は私を信じて、アンタを認めている。自分が思うように生きている」

シンジ「……」

アスカ「自分を認められないなら、アンタを認める私を認めなさい」

シンジ「……!」

僕は、赤い海の世界を思いだす。
歩き続けた二日間。

会話は殆どなかった。
必要最低限以外では顔を見合わせることもない。

アスカの背中を追っていく僕。

それが、すごく怖かった。
それが、すごく恐ろしかった。

……でも、同時に。

つかず離れずの距離にある背中を見て。

酷く、安心したのだ。


シンジ「僕は」

アスカ「……」

シンジ「僕は……アスカのことを、受け入れても良いの……?」

アスカ「聞かないで」

シンジ「……!」

アスカ「自分で考えて、自分で判断して」

シンジ「……」


彼女の首筋へ手を伸ばす。
今度は、力は加えない。

なぞるようにして、その手を上へ。
頬を優しく撫でる。


シンジ「温かい」

アスカ「知らなかった? ヒトって温かいのよ」

シンジ「……」

堰を切るように、涙があふれ出す。
地面に出来あがるまだら模様。

嗚咽を漏らす僕。
彼女はそれを見て、優しく。



アスカ「気持ち悪い」



そう、言った。

次の日、僕は隣町の中学校の校門に立っていた。

シンジ「あっ」

カヲル「……!」

シンジ「渚君」

カヲル「碇、シンジ君」

シンジ「君を待ってたんだ」

カヲル「……場所を変えよう。ここは少し目立つ」

シンジ「うん」

人気のない場所まで移ると、彼が言う。


カヲル「聞いたよ、不良たちをこらしめたんだって?」

シンジ「こらしめたっていうか……まぁ、その……そうなるのかな?」

カヲル「キミのことを化物扱いしていたよ。そんな力があったなんて知らなかった」

シンジ「大げさだと思うけど」

カヲル「……次は僕ってことだろ?」

シンジ「えっ?」

カヲル「分かってるさ。これまで酷いことをしてきたんだ。……報復を受ける覚悟くらいは出来ている」


彼は手を広げ、目を瞑り、無抵抗をアピールした。

シンジ「ちょ、ちょっと待ってよ!」

カヲル「なんだい?」

シンジ「僕はそんなつもりでここへ来たんじゃない! 報復なんて、考えてもないよ!」

カヲル「……じゃあ、なにしに?」

シンジ「それは、その」


悩みぬいた結果。
僕はやっぱり、彼とはこういう関係になるべきだと思った。

償いの方法は、一つだけではない。


シンジ「……カヲル君と、友達になりに来たんだ」

カヲル「は?」

カヲル「なんの冗談?」

シンジ「冗談なんかじゃないよ、本気で言ってる」

カヲル「だとしたら、頭の病気だ。良い医者を紹介するよ」

シンジ「至って健康だけど」

カヲル「……理由がわからない」

シンジ「理由は、カヲル君と友達になりたいから。それだけだよ」

カヲル「しかし」

シンジ「答えを聞かせて、カヲル君」

カヲル「……」

カヲル「……断る」

シンジ「どうして?」

カヲル「メリットがない」

シンジ「メリットならあるよ」

カヲル「ふぅん、聞かせてよ」

シンジ「僕は、あの不良たちよりは役に立つ」

カヲル「……!」

シンジ「……」

カヲル「なるほど、確かにそうかもしれないね」

シンジ「……もっとも、そんなのは形式上の理由に過ぎないんだ」

カヲル「どういう意味?」

シンジ「だって、友達が欲しいのは、カヲル君の方だから」

カヲル「……なんのことだ」


話を続ける。


シンジ「だってそうだろ?」

シンジ「お金がなかったら、アイツらは君のことを友達だなんて言わないよ」

シンジ「君自身、それは分かっていたはずだ」

シンジ「それでも、誰かと一緒にいたかった」

シンジ「寂しかったんだ……カヲル君は」

カヲル「分かったような口をきくな」

シンジ「分かるよ。僕も同じだから」


カヲル「……」

シンジ「友達の作り方なんて、知らないんだ。どれだけ頭が良くても、教科書には載ってないから」

カヲル「……黙れ」

シンジ「ああいうやつらは、お金さえ渡せばすぐに近づいてくるから、楽だよね」

カヲル「黙れ」

シンジ「でもね、そんな関係じゃ、距離は近づいていても、心はずっと離れた場所にあるんだ」

カヲル「―――黙れって言ってるだろ!!」


胸倉を掴まれる。
首元が締まって、苦しい。

カヲル「ああ、そうだよ。僕はなにも知らない」

シンジ「……」


カヲル「分からないんだ。普通の人が出来ていることが、何故か出来ない!」

カヲル「本に載っているようなことならすぐに理解できる。でも、ヒトの心なんてものは本に載っている情報がすべてじゃない」

カヲル「体面だけ取り繕うことは出来ても、僕の中身はカラッポなんだ」

カヲル「……教えてくれよ、碇シンジ」

カヲル「君は何故、そんなことを言う?」

カヲル「ヒトって、なんなんだよ……?」


彼の唇が震えている。
生まれたての赤ん坊のように、縋るものを欲している。


シンジ「僕にだって、ヒトがなにかなんて分からない」

カヲル「……」

シンジ「でも、一つ目の質問には答えられる」

カオル「……教えてよ」

シンジ「僕は、君に会うために生まれてきたんだ」

カヲル「……!」


彼の手から力が抜ける。
呼吸が楽になった。


シンジ「……」

カヲル「なんだよ、それ」

シンジ「……」

カヲル「同性のヒトに言う台詞じゃ、ない」

カヲル「それなのに、どうして僕は」

カヲル「こんなにも嬉しいんだ?」

カヲル「どうして、僕は……」


呟き、打ちひしがれる。


僕たちの関係は、今日を境に変わる。
そして、ようやく、彼は生まれ変わることが出来たのだと思う。

シンジ「綾波さん」


学校の昼休み、僕は彼女に話しかける。


綾波「なに」

シンジ「良ければ、一緒にお弁当を食べたいんだけど」

綾波「……え?」

シンジ「駄目かな?」

綾波「そうではないわ」

シンジ「じゃあ、是非」

綾波「……ええ」

シンジ「よかった」


二人、屋上へ向かう。

綾波「……ここへ来るのは初めて」

シンジ「そうなんだ」

綾波「でも、良いの?」

シンジ「なにが?」

綾波「惣流さん」

シンジ「アスカが、どうかした?」

綾波「付き合ってるんじゃないの?」

シンジ「……な、なに言ってるんだよ!」

綾波「ちがうの?」

シンジ「ちがうよ! アスカとは別に……そ、そんなんじゃない!」

綾波「そう」

シンジ「はぁ、もう……」

綾波「ごめんなさい」

シンジ「あ、いや、別にいいんだけど」

綾波「……」


風を受けて髪をかきあげる彼女。
朗らかな秋空が広がり、季節に反して暖かい。


シンジ「綾波さん」

綾波「なに?」

シンジ「変なお願いになっちゃうけどさ」

綾波「ええ」

シンジ「……お弁当、交換しない?」

シンジ「駄目かな?」

綾波「いいえ、構わないわ」


一回り小さいサイズのお弁当が、僕の手元に置かれる。


シンジ「食べきれなかったら、残してくれていいよ」

綾波「そういうわけにはいかないわ」

シンジ「一応、綾波さんが苦手なものは入れてないつもりだけど」

綾波「どうして私が苦手なもの、知ってるの?」

シンジ「え? それは……」

綾波「……」

シンジ「か、勘で?」

綾波「そう」

綾波「食べていい?」

シンジ「どうぞ」


丁寧な箸使いで、食べ物を口へと運ぶ。


シンジ「どうかな?」

綾波「美味しいわ」

シンジ「良かった」

綾波「……碇君は、自分でお弁当を作っているのよね?」

シンジ「うん」

綾波「すごいわ」

シンジ「そんなこと、ないと思うけど」

綾波「碇君も、食べて」

シンジ「わかった」

綾波「私のは、お母さんが作ったものだけれど」

シンジ「知ってる」

綾波「……?」


お弁当の中は、女の子用らしい、カラフルなおかずで溢れていた。
健康にも気を使っているのか、あるいは彼女の嗜好なのか、野菜が多い。

玉子焼きを、口へと運ぶ。


綾波「美味しい?」

シンジ「うん」

綾波「そう」

シンジ「ほんとに、美味しいなぁ……」

綾波「碇君」

シンジ「ん?」

綾波「どうして、泣いているの?」

シンジ「えっ」


気付くと、頬を温かいものが伝っている。
視界が滲み、慌てて手で拭う。


綾波「もしかして、口に合わなかった?」

シンジ「そんなことないよ」

綾波「じゃあ、どうして?」

シンジ「……嬉しくて、かな」

綾波「嬉しい?」

シンジ「綾波さんに料理が美味しいって言ってもらえたことと、綾波さんの家のお弁当を食べれたことが、嬉しいんだ」

綾波「大げさね」

シンジ「そうだね。最近、涙もろくなってるのかもしれないや」

綾波「それに、そういう時は泣くんじゃなくて」


二人の視線が交わる。


綾波「笑うのよ」


彼女の笑みにつられて、僕も笑った。

前の世界の人たちのために苦しむ。
最初に出した答え。


シンジ(でも)


前の世界の人たちのために、幸せになる。
それが、今の僕が出した答え。


シンジ(正しいのかは分からないけれど)


僕の幸せは、隣の人の幸せになる。
隣の人の幸せは、またさらに隣の人の。

幸せは、そうやって世界中に充満していくのではないかと、僕は思う。
恣意的な結論な気もするが、それでいい。

少なくとも、僕の知るみんなは、幸せに暮らせているのだから。

エピローグ


待ち合わせの時間に遅れ、必死に走る。
駅には、苛立っている様子の彼女がいた。


アスカ「この私を待たせるなんて、いい度胸してるわね?」

シンジ「ご、ごめん」

アスカ「理由は?」

シンジ「……寝坊」

アスカ「……」

シンジ「ごめんなさい……」


アスカ「この私が? アンタなんかと? 二人きりで出かけてあげるっていうのに? 寝坊?」

シンジ「ぐ、グリグリしないでよ!」

アスカ「はぁ……まぁいいわ。それで、今日はどこに行くつもりなの?」

シンジ「えーっと、海に行こうかなって」

アスカ「海ぃ!? もうすぐ冬だっていうのに!?」

シンジ「嫌?」

アスカ「別に嫌ではないけど……」

シンジ「良かった。どうしてもアスカと二人で海を見に行きたかったんだ」

アスカ「ふーん」

シンジ「どうかした?」

アスカ「べっつにー?」

切符を買い、改札を抜ける。
僕は足を止める。歩いていった僕が、振り返る。


シンジ「……どうしたの?」


ここから先は、僕一人で行くべきだと思う。


シンジ「えっ?」


彼女が、アスカと違うように、僕らもどこかが違っている。
そろそろ決別するべきなんだ。


シンジ「そんな……」

大丈夫、これでお別れじゃない。

世界は一つだ。個々に分かれていても、全ては完全に分離することはできない。
あの赤い海のように。


シンジ「……」


行きなよ。彼女が待っている。
これ以上遅れたら、怒らせてしまう。


シンジ「……ありがとう」


礼を残し、僕が遠ざかっていく。
そして、僕もまた。

魂だけの存在になった僕。
なによりも自由で、なにものにも縛られていない。

見に行きたいものがある。

だから―――

―――小さな居酒屋に、彼女たちはいた。


リツコ「結局、結婚しちゃったのね……」

ミサト「まぁ、ねぇ」

加持「人生の絶頂期ってやつだな」

ミサト「別にそこまで幸せじゃないわよ」

加持「そうか? だったら、これからもっと幸せにしてやんないとな」

ミサト「うっ」

リツコ「はいはい、ごちそーさま」

―――公園のベンチに、彼らはいた。


シゲル「あ゛ー、疲れた……」

マヤ「やだ、親父臭いですよ」

マコト「そうは言っても、僕たちも順調に親父に近づいてますよ」

シゲル「仕事してると、時間が経つのはえーもんなぁ」

マコト「となると……」


マヤ「……わ、私はまだまだピチピチですよ!?」

シゲル「ピチピチって」

マコト「そのワードセンスがすでに」

マヤ「い、いやー!」

―――ショッピングモールに彼と彼女はいた。


ヒカリ「ほら、これなんていいんじゃない?」

トウジ「んー、よくわからん」

ヒカリ「もう、妹さんへのプレゼント探すから、手伝えって言ったのは鈴原の方でしょ!」

トウジ「まぁそうやけど……それは口実っていうか」

ヒカリ「え?」

トウジ「な、なんでもあらへん! よーし、しっかり探すでー!」

―――とある一室に、彼はいた。


ケンスケ「これなんてどうだ! 牛乳をこぼす惣流!」

取り巻きA「買った! 400円!」

取り巻きB「甘い! 600円!」


ケンスケ「よし、600円で売った!!」

取り巻きB「よっしゃあああああああ!!」

取り巻きA「くそ……まぁアスカ様のへそチラ写真をGETしたし、今日はいいか……」

―――僕の家に、彼はいた。


カヲル「すみません。シンジくんは御在宅でしょうか」

祖母「いいえ、ごめんなさいねぇ。今日は出かけてて」

カヲル「そうですか。じゃあ、また今度」

祖母「あらあら待って、どなたか聞いておかないと」

カヲル「ああ、僕は渚カヲル」


カヲル「碇シンジ君の……友達、です」

―――マンションの一室に、彼女たちはいた。


冬月「ふむ、美味い」

綾波「本当ですか?」

冬月「ああ、ユイ君に負けず劣らずだな」

ユイ「それはちょっと聞き捨てなりませんけど」

冬月「そうか、済まない」

ユイ「ふふっ」


冬月「しかし、味見係とは……あやつに任せておけばいいのではないか?」

綾波「お父さん?」

冬月「ああ」

綾波「お父さんは、嫌だって」

冬月「何故だ」

綾波「……」

ゲンドウ「……」

冬月「どうした」


ユイ「レイは男の子にお弁当を作るために、料理の勉強してるから、手伝ってあげたくないんですって」

綾波「お母さん!」


冬月「なに、それは本当か?」

ゲンドウ「ああ」

冬月「なるほど、難儀だな」

ゲンドウ「……」

―――そして、海岸に僕らがいる。


アスカ「この季節の海っていうのも、悪くないわね」

シンジ「走ったりしたら、危ないよ」

アスカ「あら、無敵のシンジ様が守ってくれるから平気でしょ?」

シンジ「出来る限りはするけど……今の僕は弱いよ」

アスカ「なんで?」

シンジ「ATフィールドは、ついさっき使えなくなったし」

アスカ「え? なんで?」

シンジ「そういうものだから」

アスカ「……アンタって、時折わけわかんないこと言うわね」

シンジ「格闘技でも始めようかな?」

アスカ「似合わない。やめときなさい」

シンジ「ちゃんとアスカを守れるようになりたいし」

アスカ「守ってもらいたいなんて言ってない」

シンジ「でも」

アスカ「一緒にいるだけで、いいのよ」

シンジ「……!」


アスカ「ね?」

シンジ「……うん!」

青い海の続く海岸を、二つの人影が歩いていく。
潮風が吹き、独特の匂いが鼻をくすぐる。


僕の方こそ、ありがとう。

また会える日まで、さようなら。



この世界に生まれ落ちて。


おめでとう。





終劇


婆ちゃんは何だったん?

オワタ
投下の不手際多すぎてごめんね。
あんまり長いのはもう書かないと思うし、そういうの書いたとしてもSS速報? に投下するようにするわ。


>>545
シンジ君の不幸の要素を付け足すためだけにいれたの。不良と同じ存在。
んだけども、書いてる途中でやめて、他の人から見たら苦労してるように見えるけど、シンジ君は不幸に思ってない感じにしたの。
そしたら説明不足になっちゃって、これなら最初から入れない方が良かったなと思ったんだけど……まぁいいかって。

それとペンペン忘れてたわ。あー。

くぅ~選挙に疲れましたw これにて政権与党完結です!
実は、国民が騙されてチェンジしてしまったのが始まりでした
本当は与党やるはずじゃなかったのですが←
ご厚意を無駄にするわけには行かないので日本ぶち壊してみた所存ですw
以下、大敗を喫したゆかいな仲間たちのみんなへのメッセジをどぞ

管「みんな、今まで民主と友達でいてくれてありがとう
ちょっと売国なところも見えちゃったけど・・・気にしないでね!」

前原「いやーありがと!
ミンスのキモさは十二分に伝わったかな?」

仙谷「こんなのが与党だったなんてちょっと恥ずかしいよね・・・」

枝野「こんな政党を選んでてくれてありがとな!
正直、に言った私のただちに影響はないって気持ちは本当だよ!」

鳩山「・・・クルッポゥ」フリフリ

では、

管、前原、仙石、枝野、鳩山、野田「皆さんありがとうございました!」



管、前原、仙石、枝野、鳩山「って、野田君まだ死んでなかったの!?
改めまして、ありがとうございました!」

本当の本当に終わり

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