玄「I am アホチャー!」(178)
玄「いんたぁねっとでは私がアホチャーって呼ばれていることを知りました。知ってしまったよ……」
玄「でもそんなことないんだよ! 私、本当はおバカじゃない!」
玄「た、確かに同学年の灼ちゃんよりテストの点は悪いけど、進研模試の偏差値は51もあるし……」
玄「旅館のお手伝いも頑張ってる」
玄「お料理だって一生懸命やってるよ!」
玄「だからこれから、私がおバカじゃないことを証明するための旅に出ようと思います!」
玄「目的地は部のみんなのところ!」
玄「まず最初はおねーちゃん!」
玄「おねーちゃん!」
宥「どうしたの玄ちゃん?」
玄「クイズ勝負しようよ!」
宥「クイズ……、何のクイズ?」
玄「えっとね、おもちクイズ!」
宥「うーん。おねーちゃんおもちのことはよく分からないから……」
玄「あれれ」
玄(どうしよう。まずはクイズで知性をプッシュポンするつもりだったのに……)
宥「相手がしてあげられなくてごめんね」
宥「でもどうして突然クイズがしたいなんて思ったの?」
玄「私、もう自分がアホチャーって呼ばれないようにしたくって……」
宥「そう……」
宥「つまりクイズで私に勝って、自分はおバカじゃないんだぞって証明しようと思ったのかな?」
玄「うん」
宥「そっか。それなら私から玄ちゃんにクイズを出してあげるね」
玄「おねーちゃんがクイズを?」
宥「そうだよ」
玄「むむ。確かに、無理に対決形式にしなくても、私自身がクイズに答えられたら知性をあぴぃるできるかも……」
玄「うん! 私おねーちゃんのクイズに挑戦したい!」
宥「決まりね。それなら問題」
玄「ゴクリ」
宥「私の一番の宝物はなーんだ」
玄「おねーちゃんの宝物?」
宥「残り一分」
玄「わ!? 時間制限つきなの!?」
宥「ふふっ。焦らなくても、玄ちゃんなら分かるよ」
玄「私なら分かる??」
玄「ふぅ~む……」
宥「ヒントは、いつも私のそばにあるもの」
玄「!!」
玄「わかった! そのたわわに実ったおもちだね!」
宥「ぶっぶー」
玄「あれれ」
宥「うーん、それでは第二ヒント」
宥「私の宝物は、いつも私に笑顔をくれます」
玄「!!」
玄「わかった! ストーブ!」
宥「ぶっぶー」
玄「あれれ」
宥「そこまで。時間切れ」
玄「ううう……。かなしい……」
宥「正解は――」
玄「でもまだ諦めないよ!」
玄「今度は別の方法でおバカじゃないよって証明するんだから!」
宥「あ、待って玄ちゃ……、お外に行っちゃった」
宥(今の問題の答えは玄ちゃんなんだよ?)
宥(こんなに簡単な問題も分からないなんて……、玄ちゃんのおバカ)
宥(風邪に気を付けて、いってらっしゃい)
 ̄ ̄ ̄ ̄
憧(うーん、と。どっちのデザインのマフラーがアイツには似合うかな……)
玄「憧ちゃんみっけ!」
憧「玄! 珍しいねー、このショップで玄に会うなんて」
玄「憧ちゃんのおねーちゃんからばしょを聞いたんだよ!」
憧「へ? お姉ちゃんに聞いたということは、一度ウチに寄ってからここにきたの?」
玄「うん、そうだよ」
憧「なーんだ。そんならメールなりなんなりしてくれれば予定を調節したのに」
玄「あっ!」
憧「ったくもー、玄ってちょいちょい抜けてるよねー」
憧「こっちとしちゃ見てて癒されるけど、もうちょいあれこれ考えた方が得かもだよ?」
玄「ううう……。おバカポイントが1上がっちゃった……」
憧(おバカポイント?)
憧「それで、わざわざ探してきたぐらいだから何か用事があるんだよね?」
玄「ハッ! そうだった!」
玄「あのね憧ちゃん! 私、憧ちゃんのお悩み相談にのりたいの!」
憧「あたしの相談にのりたい?」
玄「うん! なんでもいいよ」
玄「何かお悩みがあったら玄お姉さんにお任せあれ!」
玄「そうすれば頼れるお姉さんっぽさをあぴぃるできて、おバカポイントを減らせるかなって」
玄(クイズ王の次はクロチャーなんでも相談室で知性をあぴぃる!)
憧(だからさっきから聞こえるおバカポイントってのは一体なんなのよ……)
憧「あー。そんなら、ちょうど一つ相談事が」
玄「どんとこい!」
憧「こっちのチェックのマフラーと、ボーダーのマフラー」
憧「どちらがシズに似合うと思う?」
玄「穏乃ちゃんへのプレゼントにするの?」
憧「うん、まあ……」
玄「ふぅ~む、なるほどなるほどなるほどー」
玄「ふむなる~」
玄「うん、わかった」
玄「どちらのマフラーもシズちゃんによく似合うと思うよ!」
憧「や、それじゃ答えになってないって」
玄「ううん。これが答えだよ」
玄「だってシズちゃんのことを近くで見てきた憧ちゃんが悩むぐらいなんだもの」
玄「どっちのマフラーも、世界で一番穏乃ちゃんに似合うマフラーのはずだよ」
憧「……」
玄「それでも、もしどうしても決めかねるのなら」
玄「憧ちゃんが先に手に取った方のマフラーが少しの運命ぶんだけ上かも! なんてね!」
憧「なるほど、ね。どちらのマフラーもシズに似合う、か」
玄「うん!」
憧「ありがとう玄。参考になった」
玄「よかったぁ!」
憧「実は未だに両方捨てがたい心情だけど、玄の言う通り先に見つけた方のマフラーにするよ」
玄「お役に立てて何よりです!」
玄「あ。……ところで、憧ちゃん」
憧「ん?」
玄「どうして穏乃ちゃんにプレゼントをあげようと?」
憧「!!?」
憧(ななな何勘繰ってきてんのよ玄は!?)
憧「そっ、それはあれだよ! もうクリスマスが近いから、それで……」
玄「でもお友達の中でも穏乃ちゃんにだけプレゼントを選ぶなんて、なんだか不思議」
憧「うっ。そうかな……?」
玄「あっ! もしかして憧ちゃん、シズちゃんのことが好……、むぐぐっ!?」
憧「わー! わー! それ以上大声で喋るなー!」
玄「むぐー!」
憧「すぐお会計済ませてくるから! 人混みの外に出るまでは、声をカットアウト!」
玄「酷い目にあった……」
憧「それはこっちの台詞。危うく羞恥プレイよ……」
玄「それで、憧ちゃんは穏乃ちゃんに告白でもするの?」
憧「こくはっ!? む、む、無理無理無理!」
憧「だって、アイツとあたしが付き合うなんて……」
憧「付きあ……、ううっ」
憧「はーっ。付き合いたいなあ」
玄「それならファイトだよ憧ちゃん!」
憧「無理だよ……。明らかに脈無しだもん……」
玄「そうかなぁ?」
憧「そもそも同性だしコクってもただキモいって思われるだけが関の山だって」
憧「むしろ玄は、よくさっきのマフラー選びからあたしがシズを好きだなんて答えに至ったよね」
玄「えへん」
憧「普通は女同士のプレゼントという手がかりだけじゃ、そんな解は導けないでしょうに……」
玄「どうして?」
憧「どうしてって、生物学的には男女で恋をするのが普通だし、女同士なんてのはアブノーマルで……」
玄「でも実際に憧ちゃんは女の子のシズちゃんが好きなんだよね?」
憧「……うん。好き」
玄「ほら! 女の子だって女の子に恋するんだよ」
憧「それはあたしが異常なだけだよ」
憧「きっとシズは、あたしの想いなんて受け入れては……」
玄「いい子だよ」
憧「えっ」
玄「シズちゃんはいい子だよ」
玄「あの子は憧ちゃんの気持ちをきちんと真剣に考えてくれる子だよ」
憧「でも……」
玄「シズちゃんを決めつけて最初から諦めるのはよくないよ」
憧「あっ……」
憧「……」
憧「そうだね。玄の言うとおりだ」
玄「!!」
憧「幼馴染みのあたしから見ても、アイツ凄く優しい奴なんだよね」
玄「うんうん! 私もそう思う! この前もあんパンとメロンパン半分くれたんだよ!」
憧「さすがに菓子パン引き合いに出されても、それはうーんだけど……」
玄「あれれ」
憧「少しだけ勇気、出してみよっかな」
玄「がんばって憧ちゃん!」
憧「うん……。頑張ってシズに気持ち伝えてみる!」
憧「今日はなんかありがとね」
憧「吹っ切れることができたのは玄のおかげ」
憧「玄がいなきゃ、ひょっとしたら一生くすぶってたかも……」
玄「ううん。こちらこそありがとう憧ちゃん!」
憧「へ? そ、そりゃどーも……、でいいのか?」
憧「礼を言われるようなことした覚えはないんだけど……」
玄「してくれたよ」
憧(あれ? あたし何かしたっけ?)
玄「だって憧ちゃんとお話したおかげでタヨレルチャーポイントUP!」
玄「あんどー、アホチャーポイントダウンなんだもん!」
憧「??」
 ̄ ̄ ̄ ̄
灼(暇……。今日はお客さん来ないな……)
灼(寒いとみんな出不精になるのかな)
灼(あ。誰かきた)
灼「いらっしゃいま……、って、なんだ玄か」
玄「ナンダクロじゃなくてマツミクロだよ」
灼「えっと……、なんかごめん」
玄「分かればよろしい」
玄(さて! ここではアカデミックに知性をあぴぃるしようかな!)
玄「突然ですが灼ちゃん!」
玄「今日の私は松実玄ではありません! 実は私は……」
灼「今さっき自分でマツミクロって名乗ってたばかりだと思……」
玄「あ……」
灼「……」
玄「知的な登場シーンを失敗したので入店からやり直します」
灼「え?」
灼「あ、本当に店から出てった。なんなんだろう?」
灼「よく分からな……」
玄「たのもー!」
灼「また入ってきた……」
玄「さて。さっそくですが灼ちゃん。私は誰でしょう」
灼「松実玄」
玄「ぶぶー! 正解は経営コンツェルン玄でした!」
灼「コンツェ……?」
玄「本日私経営コンツェルン玄は、鷺森れぇん経営改善のお手伝いに――」
灼「あの」
玄「うん?」
灼「それコンツェルンじゃなくてコンサルタントの間違いだと思……」
玄「おー。イッツ玄ジョーク!」
灼「素で間違えたんでしょ」
玄「そうとも言うかな」
灼「で、Sagimori Lanesの経営改善をお手伝い、だっけ?」
玄「うむ」
灼「たしかにウチの店は最近客の入りがよくない」
灼「何か対策を講じる必要はあるかもしれないと私も思……」
灼「でも……、玄がコンサル?」
玄「うん! 松実館の娘として、サービス業の秘訣を全力でご教授だよ!」
玄「そうすればお客さんもタヨレルチャーポイントもゲット間違いなし!」
灼(タヨレルチャーポイント? なんだろそれ)
灼(経済分野の用語なのかな)
灼(まあ話を聞くだけならいいか)
玄「ではさっそくですが鷺森灼ちゃん被告!」
灼「被告って、私は何を訴えられたの……」
玄「このお店には今日一日で何人のお客さんがきましたか!?」
灼「えーと。玄抜きで9人、かな」
玄「うわわ、少ない。それはなかなかのなかなかだね」
灼「うるさ……」
玄「そんなのでやってけるの?」
灼「やかまし……」
灼(とはいえ状況をあまり楽観視できない数字なのは事実)
玄「今のカウンセリングからわかったことがあります」
灼「これカウンセリングだったんだ」
玄「もっとお客さん呼ばなくちゃ!」
灼「簡単にそれができれば苦労はないよ」
玄「ふふふ! それができるんだよ!」
玄「そのために私、松実玄がいるんだから!」
灼「松実玄じゃなくて経営コンサルタント玄じゃなかったの?」
玄「そのために私、経営コンツェルン玄がいるんだから!」
灼「ツッコミが追い付かな……」
玄「ねえ、灼ちゃん」
玄「たくさんのお客さんが来る場所って、どんなところだと思う?」
灼「うーん。そんなに漠然とした質問されても急には……」
玄「難しく考える必要はないよ」
灼「単純に需要のある場所、とか?」
玄「ぶぶー! ぶっぶぶっぶぶっぶー!!」
灼「壊れたクラクションか」
玄「答えは、お客さんが好きになってくれるような場所、だよ」
玄「私もね、松実館のお手伝いをするときは、精一杯のおもてなしをって頑張るんだ」
玄「そうすることでお客さんに、またここに泊まりたいなって心から思っていただけるよう心掛け……」
灼「あのー」
玄「うん?」
灼「そもそもウチは新規客の少なさに悩んでるんだけど……」
玄「へ?」
灼「リピーター率そのものは高いから、そのアドバイスはあまり活かせないと思……」
玄「あれれ」
玄「ふむなる~。つまり灼ちゃんは、完全に新規のお客さんを呼び込みたいと」
灼「そういうことになる、かな」
玄「だったら簡単だよ!」
玄「このお店を、皆がつい入ってみたくなる場所にすればいいだけだもん!」
灼「皆が入ってみたくなる場所……」
玄「うん!」
灼「それってどんな場所かな?」
玄「へ? それは、えーと……」
玄「わっ、私なら、おもちのあるところには入りたくなるかも!」
灼「それだとボウリング場じゃなくていかがわしいお店になると思……」
玄「それはそれで」
灼「駄目だろ!」
灼「大体おもちのお店なんて……」
灼(ん? おもち?)
灼「……」
灼(寒いこの季節、新規の人がついつい入りたくなるのは……)
灼(あたたかい場所)
灼(軽食としてあたたかいおもちのお雑煮でも売り出せば……)
灼(リピーターさんの腹ごなし用にも、新規客の呼び込みにも繋がりそ……!)
灼「もしかしたらいけるかも」
玄「お。灼ちゃんもおもちのよさに目覚めてくれたの!?」
灼「それはない」
玄「あらら」
灼「でも、玄の言葉がヒントになったのは確か」
灼「だからありがとう玄」
玄「!!」
玄(よく分からない内にまた1つ知的になってしまった!)
玄(じ、自分の才能が怖い……)
 ̄ ̄ ̄ ̄
穏乃「二人きりで話ってなに?」
憧「あのね、シズ」
穏乃「うん」
憧「あたし……、あ、あたし……」
(憧)(シズ) ←距離10メートルぐらい?→ 〃〃〃(玄)〃〃〃←草むら
玄(シズちゃんに会いにきたらとんでもない場面に遭遇しちゃった)
玄(おねーちゃんどうしよう!?)
憧「あたし、……ズのこ……き……」
穏乃「えっ?」
穏乃「ごめん、今の上手く聞き取れなくて……」
穏乃「もう一回言ってくれる?」
憧「……」
穏乃「あこー?」
憧(どう、しよう……!)
憧(緊張しすぎて、頭の中が真っ白になっちゃった!)
穏乃「憧ー?」
憧「うっ、うん……」
穏乃「お前なんか様子が変だぞ?」
憧「ご、ごめんなさい……」
穏乃「や。謝ることなんてないよ」
穏乃「ただ、顔も赤いみたいだし、風邪でもひいてるのかなーって心配で」
憧(か、顔赤いの!? 今のあたし!)
憧(あ、やばっ。意識したら、余計にほっぺが熱く)
玄(……)
憧(やだっ! やだやだっ! こんな赤面なんてしたら、気持ちがバレちゃう!)
憧(あ、でも……、そもそもあたしはシズに想いを伝えるために……)
憧(あれ……)
憧(あー、もー……、何よこれ。頭がゴチャゴチャで……)
憧(どうしよう……、泣けてきた……)
玄(憧ちゃん……)
玄(今私が、助けてあげるからね)
穏乃「憧……。体調が悪いなら家まで送るから、本当に無理しなくても……」
憧(優しいな……)
憧(この優しさに甘えちゃおっかな)
憧(熱っぽいって嘘ついて誤魔化して、そうすれば、少なくとも現状維持は……)
TELLLLL TELLLLL
憧(え……?)
穏乃「えと、憧の携帯かな?」
憧「あ、うん……。メール……」
穏乃「いいよ。私のことは気にせず見なよ」
憧「……」
from:松実玄
大丈夫。
ありのままの気持ちを伝えるだけで大丈夫だよ。
憧ちゃんと穏乃ちゃんのこと、小学生のころから知ってるもん。
だからわかるよ。
素直な心を伝えるだけで大丈夫。
がんばって、憧ちゃん!
今度は恋のキューピッド、とっても頼れる知的な松実玄より
憧「あのね、シズ……」
穏乃「うん」
憧「あたしずっとずっとシズと一緒にいたいんだ」
穏乃「ありがとう。私もずっと憧の友達でいられたらいいなって……」
憧「んーん。それじゃダメ」
憧「シズだってわかるでしょ……?」
憧「友達関係は……、糸みたいに心細いよ」
憧「中学離れても仲良しを続けられると思ってたのに、いつの間にか距離が空いていた」
憧「そんな経験があるから、分かっちゃうもん」
憧「友達のまま永遠なんて、難しいんだよ……」
穏乃「そう、だね」
憧「だからあたし、シズとは友達より強い結び付きが欲しいの」
憧「なんか重くてごめんね」
憧「でもあたし……!」
憧「あたし……、シズが大好きだから」
穏乃「憧……」
憧「キスしたいなって、感じちゃうの」
憧「ずっとシズの隣にいたいの」
憧「離れる未来は嫌だよ」
穏乃「……」
憧「だからどうか、あたしをシズの恋人にしてください」
憧「あたしがシズを呼び出したのはこのことを伝えるため」
穏乃「そうだったんだ……」
玄(ドキドキ……)
憧「はーっ、言いたいこと言ったらスッキリした!」
憧「なーんかあれだね! 溜め込むのはよくないわ!」
憧「好きだぞ、シズ! 好き好きすきー!」
憧「なーんて、ね……」
憧「こんなこと言いながらも心臓破裂しそうだよ……」
憧「……」
穏乃「憧」
憧「うん」
穏乃「憧。私さ」
憧「うん……」
穏乃「想像してみたんだ。憧と一緒の未来」
憧「どんな感じ……、だった?」
穏乃「そしたらね。すごくドキドキしてきた」
憧「……!」
穏乃「憧とずっと一緒の未来って、なんか考えただけでめちゃくちゃ楽しそうだなって」
穏乃「その光景を思い浮かべるだけで胸が高鳴って!」
憧「シズ……」
穏乃「2人ともドキドキして、憧と私おんなじだね」
玄(わーい! わーい!)
穏乃「だから憧。私も憧と……」
憧「……」
穏乃「憧?」
憧「ごめっ……」
憧「なんか……、しゃべると……、泣きそうでさ……」
穏乃「ええー。泣くことぐらい今さら気にしなくていいじゃん」
穏乃「だって憧の泣き顔なんて小さい頃から何度も――」
憧「もぉー……」
憧「それでも変な顔見られんのは……、嫌なのよ……」
憧「女心わかってよ……、バカぁ……」
穏乃「えへへ、ごめんごめん」
穏乃「それじゃ憧! 私の胸に飛び込んでこい!」
憧「え……?」
穏乃「ほら。そうすれば顔を隠して泣けるでしょ?」
憧「……うん。じゃあ飛び込む」
穏乃「おうともー。よいしょ、と」
憧「あー……、うー……」
憧「シズの胸はあったかいや……」
穏乃「そうかな? 自分じゃよくわかんないな」
穏乃「それにあったかいのは憧の方こそだよ」
穏乃「憧を抱き締めるとこんなにあったかいんだってはじめて気付いた」
玄(よかったね憧ちゃん)
玄(……そうだ!)
玄(いいこと思い付いた!)
憧「うりうりうり」
穏乃「ちょっ、止めろって!」
憧「やめてあげなーい」
穏乃「あはは! 胸に頭ぐりぐりされるとくすぐったいって!」
憧「ふふ……」
玄(うーん。うーん)
玄(ここらへんかな?)
憧(シズの腕の中。近くて遠かったこの場所)
憧(あたしやっと、やっと、たどり着けたんだね)
憧(感じる熱がたまらなく嬉しいよ……)
憧(シズ大好き)
憧(……それと、ありがとう玄)
憧「ねえシズ。今からキス……」
じー、がしゃ! じー、がしゃ!
ぱしゃっぱしゃっぱしゃっ!
玄「わわっ!? 携帯電話のカメラが暴走した!?」
憧「」
穏乃「」
穏乃「玄さん!? いつからそこに!?」
玄「え、えへへ……。二人のメモリアルを記念撮影しようかと……」
憧「くーろー!?」
玄「わー! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
憧(もうっ……、いろいろと台無しだよ)
憧(でも、ま……。いっか)
憧「ねっ、シズ!」
 ̄ ̄ ̄ ̄
玄「マハリー玄なんとかヤンバラヤンヤンヤン」
玄「おもちーの国ーからやーってきた」
玄「ちょっと知的な女の子」
玄「クロチャー、クロチャー」
玄(今の時代情勢を鑑みるに、魔法使いサリーよりおもち使いクロチャーの方がヒットしそうな予感!)
玄(なんて考えてるうちにお家に到着ー!)
玄(今日はいろいろあったなぁ……)
玄「ただいま、おねーちゃん!」
宥「玄ちゃ~ん、おかえりなさ~い」
玄「もー。おねーちゃんまたコタツムリ」
玄「ねえねえおねーちゃん!」
宥「うん?」
玄「私、出掛ける前とどこか変わったと思わない?」
宥「んん?」
玄「ほらー。少し頼れるオーラが出てるとか、大人っぽくなったとか……」
宥「……ふふっ」
宥「こっちにおいで、玄ちゃん」
玄「もー、質問に答えてよおねーちゃん」
宥「いいから。おいで」
玄「はーい」
玄「よいしょ……」
宥「ぎゅーっ」
玄「わ!?」
宥「玄ちゃんつかまえた」
玄「つかまった……」
宥「こんなに冷えちゃって。外は寒かったでしょ」
玄「平気だよ!」
宥「玄ちゃんは凄いねぇ。私は、やっぱり冬のお外は苦手かな……」
宥「私にできなくて玄ちゃんにはできること、これで1つ見つかったね」
玄「あ……」
宥「玄ちゃん。玄ちゃんはきっと、自分で思ってるよりもずっと頑張れる子なんだと思うよ?」
宥「だから……、無理して変わろうとしちゃ、ダメ」
宥「急に背伸びすることなんてないんだよ」
玄「……」
宥「ほんわかしてるのは、玄ちゃんのいいところだから……」
宥「玄ちゃんは本当は凄く頑張れる子だって、おねーちゃんも皆もわかってるんだから……」
宥「別人みたいになろうとする必要なんてないんだよ?」
玄「でもぉ……、私、アホチャーとかバカチャーとか言われて……」
宥「そんなあったかくない言葉真に受けちゃダメ」
宥「玄ちゃんは今のままでも十分、私の宝物なんだから」
玄「……おねーちゃあん!」
宥「よしよし」
玄「ねえおねーちゃん」
宥「うん?」
玄「おねーちゃん大好き!」
宥「私も、玄ちゃんが大好きだよ。いつも玄ちゃんに助けられてる」
玄「本当……?」
宥「うん。本当だよ」
玄「私もおねーちゃんに助けられてる……」
宥「それなら私達、いい姉妹だね」
玄「うん!」
 ̄ ̄ ̄ ̄
えぴろーぐ
隙間風にほの揺らぐロウソクの灯りのように。
ぷかぷか気紛れに満ち引くインターネットの潮なんかよりも。
大切で大切な大切を以前の私は見失っていたような気がします。
「そんでシズったらね、あたしに向かって大胆にも……」
「ちょっ!? その話はやめろよあこー!」
憧ちゃんと穏乃ちゃんは、前よりもっともっと仲良くなりました。
時々仲良すぎるぐらいです。
「いけるねこれ!」
「は、ハルちゃんがそう言うなら、お店で出してみよっかな……」
灼ちゃんはおもちのお雑煮をお店で出すことにしたようで、よく赤土先生に味見をお願いしています。
「玄ちゃ~ん」
「なーに、おねーちゃん」
大好きな姉が私を呼ぶ声。
インターネットに惑わされて、無理に自分を変えようとした私は、やっぱり評判通りのおバカだった。
だって、もっと大切な声が私の周りにはあったこと、気付けてなかったんだから。
「玄ちゃんあったか~い」
「えへへ。おねーちゃんもあったかい!」
だから私は自戒と、誇りを込めて、胸を張りながらこう言います。
私はアホチャー。
英語で言うと、「I am アホチャー」。
でも、だからどうした。
私はそれでいいんだ、と。
北風の強いある日。
6つの影が、冬の阿知賀にあたたかく伸びていました。
おわり
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