モバP「スマフォって便利だよな」 (118)
P「最近スマフォにかえたんだよな~」
P「それで担当アイドル達から誘われるがままにL○NEってやつに入れられたんだが…」
P「めっちゃ便利じゃん(迫真)」
P「帰った後も可愛いアイドルと文字とはいえ会話できるなんて最高」
P「今日は誰からチャットが入るかなーっと」
あいぽん<ブブブブブブブブブブ
P「さっそくきたか!」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1389538399
藤原肇:こんばんは。今大丈夫ですか?
P「肇か… 思えば肇は毎日俺に対してメッセージを送ってくれるな」
P:おう。こんばんは! ちょうど暇だったんだ。
肇:そうですか、良かったです。私も寮に帰って時間が空きましたので少しプロデューサーとお話しできたら嬉しいなと思いまして…
P「暇になったから俺と会話したいってか。いじましい奴め」
P:俺も家に帰って暇だったし、ちょうど肇と話したいなって思ってたんだ(笑)
肇:もう! すぐに調子のいい事言うんですから。…それでもそんな風に言ってもらえて嬉しいです(はぁと)
P「ハートの絵文字………だと………?」
P「いやまてPよ。女の子がハートの絵文字を使うのに深い意味なんて無い筈だ」
P「焦ってはいけない。落ち着け、落ち着くんだ…」
P「深呼吸だ。フゥー…ハァー、ヒッヒッフゥー」
P「………」
P「………俺もハートで返してみるか」
P:肇が嬉しいって気持ちが、俺には嬉しいよ(はぁと)
P「やっべ。マジでハートつけて送っちゃったよ…」
P「というかこれ、内容かなり突っ込んでないか? こんなの送って気持ち悪がられないかな…」
肇:だったら私も嬉しいです(はぁと) これのままでしたらずーっと平行線ですね(笑)
肇:…でもプロデューサーとずっと二人でお話しできたら、素敵ですね
P「!!!!??」
P「え? これ、まじ? え?」
P「ずっと俺とお話ししたいの!?」
P「しかし、なんか肇って文章だけなら印象変わるな、(笑)って 」
P「機嫌よさそうだし、もう少しぶっこんでみるか」
P:俺もずっと肇と話せたら素敵だと思う。ずっと肇のそばに居られればって…
P「さぁどう出るか」
肇:それって… 本気にしてしまいますよ?
P「え? 本気? なにそれどういうことなの」
P「もしかして肇って俺の事好きなんじゃね?」
P「………いやまて、早計なのはいけない。しっかり確信を持てる証言をだな」
P:俺が本気なんだから。肇にも本気で答えてほしい。
肇:プロデューサーの言いたいこと、わからないです。しっかり言葉にしていただければ応えられるかも知れません。
P「答えを応えに変えてきやがった。応じるつもりなのか肇………」
P「言いたいことわからないなんて、かまとと振りやがって」
P「なんか俺が言うみたいな流れになってるし…」
P「まぁいいだろう。ここまで来て引いたら明日何言われるかわかったもんじゃないしな」
P「いやでも俺プロデューサーだし、肇はアイドルだしまずいよな…」
P「もしばれたらちひろさんに消されそうだな」
P「だいたい、アイドルを守っていく立場の俺が手を出したら駄目だよな!!」
P:はっきり言わないと、ダメか?
肇:できるのであればそうしてもらえると…
P:俺、肇の事好きなんだ。お前は俺の事どう思ってる?
肇:やっと言ってくれましたね! 私も好きです、ずっと好きでした…
P「えんだあああああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!!!」
P「完璧に言わない流れだったのになんで言ってんだよ俺! 勝手に動くな俺の指!」
P「しかも告白成功してるし! 明日事務所行ってどんな顔して肇に会えばいいんだよ…」
P:いやまさか、な……… 肇が俺の事好きなんて思わなかったよ
肇:…私がどうして毎日毎日プロデューサーにチャット送ってたと思ってたんですか(はぁと)
P「ここでハートマーク入れてきやがった」
P「きゅんきゅんするじゃねえか………」
P:よっぽど暇なのかなって(笑)
肇:よほど暇だったとしても、気のない男性にそんなことしませんよ…
P:そっか。もっと早く気付けばよかった
成人式寝坊して行けなくて書き溜めてたんでどんどん行くぜ
あと肇ちゃんで書きだすといっぱいレスつく嬉しい
P:気付いてやれなくてごめんな?
肇:もういいんです。だって今は思いが通じたんですから…
肇:本当は直接言ってほしかったんですけどね(はぁと)
P「oh…」
P「なんか付き合うみたいな感じになってるよ…」
P:じゃあ、肇は俺の彼女ってことでいいか?
肇:もちろんです!
P:わかってると思うけど、誰にも言うんじゃないぞ
P「いや、肇の事嫌いじゃないけどさ…」
P「やってしまった感が半端じゃない」
肇:私たち今から恋人同士なんですね… 感慨深いです
P:浸るのもいいが、ここがゴールじゃないんだぜ? 俺たちはようやく登り始めたんだ、長い長い坂道をよう………
P「俺もノリノリで返信してるけど、いいのかなこれ」
P「………」
P「まぁ肇って可愛いし、気が利くしいいか」
P「棚から牡丹餅どころか鏡餅が出てきた気分だ」
P:それじゃあ夜も遅くなってきたし、また明日だな。お休み、肇
肇:はい。プロデューサーも、お休みなさい。
肇:また明日から、よろしくお願いします!
P「よろしくお願いします、か。俺の方もよろしくな、肇」
P「………ん~」
P「本当は好きな子いるんだけど、まあいいか」
___
数日後
P:今日も仕事お疲れ様。スケジュール詰まってたし大変だっただろ?
肇:時間的には少し厳しかったですが、プロデューサーが一緒だったので大丈夫です(はぁと)
P「嬉しい事言ってくれるじゃないか」
P:俺が一緒だったら大丈夫だって… それはどうしてかな?(笑)
肇:もう、意地悪なんですから。
肇:プロデューサーが好きだからですよ… 恥ずかしいです><
P「画面の前で恥ずかしがる肇が幻視できるぜ…」
P「だからこそ言わせてるんだけど」
他にss書いたことある?
肇:私だけに言わせないで、プロデューサーにも言って欲しいです。
P:しょうがないな。一回だけだからな?
P「いつもははぐらかしてしまうけど、偶には言ってやるか。俺も甘くなったもんだ」
P:肇の事、大切に思ってるよ。
肇:…そうではなくて。 からかわないでください!
P:全く、欲張りだな(笑)
ブブブブブブブブb・・・
道明寺歌鈴:こんばんわっ歌鈴です! 今お話してもだいじょうぶですか??
P: 好きだよ。
P「肇の奴、恥ずかしい事言わせやがって。明日二人になったら覚悟しとけよ?」
P「………………」
P「………」
P「…ゑ?」
>>21
あります。たぶんお察しの通りです。
その辺はあとがきで・・・
P「ってええええええええええええぇぇぇい!!! 送り先間違えた!」
P「文字打とうとして丁度通知と重なりやがった…」
歌鈴:え? え? き、急にどうしたんですかっ!?
P「やばい、これはやばい。非常にヤバイ。どのくらいやばいかと言うととりあえずやばい危険が危なくて険しいやばい」
P「しかも歌鈴に送ってるじゃん! 思いっきり担当アイドルだよ…」
P「事務所にばれたらやばい。口止めしなければ!」
P「どう言い訳するんだ?! ただでさえ肇と歌鈴は俺の担当でお互い知り合いなんだし…」
P「………いや、待てよ? 歌鈴には黙っとけば肇の事だってばれないじゃないか」
P「とりあえず肇に…ってうわ!」ブブブブブ♪
歌鈴:も、ももしかして、私の事なんですかっ!?
P「歌鈴については………まぁいいや。置いておこう」
P「明日事務所に行った時に適当に言い訳しとけばどうにかなるだろ」
P「他ならぬ歌鈴だしな…」
P「………」
P「まだ早いけどもう寝るか…」
P「あ゙あ゙~ 気が重たい………明日行きたくねえ」
俺は枕に頭を預けさっさと意識を閉じる様にと瞳を塞ぐ。
床に就くのがいつもより随分早い。
なかなか意識は途絶えず、俺に余計な思考の波が押し寄せていた。
気が重たい、明日行きたくない。
「歌鈴に、嘘をつきたくない」
未だ存在感を示し続ける忌まわしい機械から目を背けるように寝返りをついた。
通知音がどちらからか俺には判断できない。
___
__
_
「おはようございます」
「ああ、おはよう肇」
重い足取りで事務所へ向かっていると、道中、肇に出会った。
出会った、というよりは、待っていたという印象を受ける。
真冬の朝方。日は出ていてもその暖かさを微塵も感じることのない空間の中で。
「こんなに寒いのに… なんでこんなところに立ってるんだよ?」
「昨日、プロデューサーから急に返事が来なくなって… それで、私心配で」
吹き付ける北風に身を晒し続けていた肇の身体はすっかり冷え切っていた。
血の気のなくなった青白い顔から察するのは、それが決して短い時間ではなかったこと。
「そんなことで大事な体を痛めつけるな! お前だけのものじゃないだぞ!?」
「プロデューサー… それって…」
「肇はアイドルなんだから、お前が倒れでもしたらファンが心配するだろ?」
俺は着ていたコートを無造作に肇の頭から被せる。
少々乱暴な仕草だが、込められた気持は労わる慈愛だ。
「………それに、肇は俺の大切な人なんだから」
「ありがとう、ございます………」
少し震えている声は、寒さから来るものだけではないだろう。
俺の思慮に欠けた行動のせいで肇が嫌な思いをしたんだから、少しのリップサービス。
肇が何て言って欲しいか、今俺に何を求めているかなんて、それくらいならわかるさ。
俺たちは、つい先日から恋人同士になったんだから。
「事務所、行くか」
「…はい、行きましょう。一緒に」
どちらから共なく、俺たちは手を握り合った。
実際にそうするのは初めてだが、それが積み重ねてきた当り前の事のように自然で淀み無い動作だった。
相変わらず風は吹きつけているのに、寒さをこれっぽっちも感じない。
重なった手から感じる温もりが、全身を包み込んだような感覚。
そんなのは錯覚だってわかっているのに、それでもその温もりは確かにそこにあると思った。
どうしてだろうな?
最初は勘違いから始まったのに、今はこんなにも愛おしいと思った。
___
肇は朝からレッスンが入っていたので、事務所に着くと早々にレッスンに向かって行った。
流石に事務所の中までとはいかなかったが、ぎりぎりまで繋がれた俺たちの手を少し呆けた表情でなぞる肇の表情が印象的だった。
俺も、温もりの余韻に浸りつつ、たまっていた事務仕事を消化していく。
肇と握り合っていた手をしげしげと眺める。
事務所の中は温かいが、それだけでなく、そこにはまだ不思議と温かさが残っているような気がした。
あのアイドル藤原肇と手を繋いで歩くなんて、中々できることではない。
しかし、俺はその権利をいつでも行使できるんだ…
「お、おはようございましゅ…」
「………おはよう、歌鈴」
なんて事考えてたら、俺のもう一人の担当アイドル、歌鈴がやってきた。
朝の出来事で、歌鈴の事すっかり忘れてた…
「歌鈴は昼からだろ? まだ早いんじゃないか?」
「えっ!? いや、えへへ…」
いや、わかってるけどさ。聞きたいことがあるんだろ。
でも、歌鈴が言い出さないのならば、俺から言い出す事はしなくていいだろう。
俺が先手を打って、言い訳するのも嫌だ。
歌鈴は荷物を置くこともなく、立ったまま手をもじもじと動かしている。
時折視線をこちらに投げては、何か言いかけるが、結局声をかけることはしない。
「………」
そんなにちらちら見られたら非常に仕事に手が付かないよ…
膠着状態が十数分続く。
勿論その間も歌鈴は立ちっぱなしで、こちらの様子を盗むように窺っている。
…全く隠せていないが。
「なぁ、歌鈴」
「!? は、はい! なんでしゅか!?」
「…今日の服、よく似合ってるよ」
結局根負けして俺から会話を振る。
別に競い合っていたわけではないけれど、どうにもこのままだと仕事が手に着かない。
聞きたいことでもあるのか? なんて、直接聞く程の事はできないけど。
ありきたりな話題だが、これをきっかけに歌鈴が話を続けてくれれば、いずれ核心に触れてくるだろう。
「本当ですか? ありがとうございます」
「ああ、初めて見るな。新しいのだろ?」
一応アイドルのプロデューサーという立場上、彼女らの服装や髪形の変化には目を遣っている。
誉めることで、もっと自分を高めてくれるというのが俺の持論だからな。
「よくわかりましたね… さすがPさんです」
「お前を見てるのが俺の仕事だからな」
歌鈴は照れたように笑った。
いつもニコニコした可愛い顔してるが、自然と零れたその笑みは一層魅力がある。
「Pさんに見てほしくて、がんばって選んできたんですよっ」
「俺の為にってか。嬉しいよ、ありがとう」
お世辞ではなく心の底からそう思ってる。
自信なさ気な発言の目立つ歌鈴だが、俺に対しては真直ぐに感情をぶつけてくる。
俺にだけ特別に接してくれる歌鈴を………いや、言うべきではない。
「………その、Pさん」
「どうした」
笑顔に陰りが生まれ、眉を八の字にした歌鈴が何を言うのかを瞬時に悟った。
俺は飽く迄、皆に対等な立場であり続けるプロデューサーとして、言う事は分かっているつもりだ。
「その… 昨日の、好きだよっていうのは…?」
………肇に対してだけの、俺の特別扱いは許されない行為だ。
だから、言う訳にはいかない。
ましてや歌鈴に言う事は出来ない。
好きだ なんて、歌鈴が俺から受け取るにはあまりにも唐突で場違いな言葉だ。
歌鈴もそれを知っているからこそ、不安な様子で俺の返答を待っている。
………どうして歌鈴を見て不安そうだなんて思ったんだろうな。
わからない、理解できない、知らない。
そんな言葉は逃げだ。
俺にだけ真直ぐであろうとする歌鈴が、今にも崩れてしまいそうな表情で俺を見つめる理由はわかってる。
ずっと前からわかってた事だ。
それに、俺自身も歌鈴には正直にありたいと想像していた。
「歌鈴の事、好きなんだ」
妄想と想像の違いは、実際に起こりうる可能性があるかどうかだ。
だから、俺はその言葉だけを告げた。
>>2
『いじましい』なの?
『いじらしい』じゃなくて?
脳裏を浮かんだもう一人の顔を、思考の外に追いやる。
今俺は歌鈴に相対している。
思いの優劣ではない。今、もう一人は関係ないんだ。
「歌鈴はどうかな?」
俺の事、好きか?
胆の部分はあえて言わなかった。
今の俺たちの間に、余計な修飾はいらない。
歌鈴は何が起きたかわからないと言った様子で、視線を泳がせている。
俺はせわしなく動く歌鈴の視線を見据え、辛抱強く答えを待つ。
だが、不安や気負いはない。だって答えはわかってる。
>>38 その通りです。失礼しました
「私も、Pさんが好きです…」
どれほどの時間が経ったかは分からない。
一分かも知れないし、一時間かも知れない。
もしかしたらほんの数秒かもしれない。
ようやくにして歌鈴が告げた返答は、やはりというべきものだった。
歌鈴の逡巡は、Yes.No ではなく、どう答えるかだったのだろう。
でてきた言葉は至ってシンプルで明瞭。
しかし、その中には包括しきれないほどの思いが詰まっている。
俺たちには着飾った言葉なんていらないって、歌鈴も証明してくれた。
「ありがとう、歌鈴」
「そんな… Pさんこそ、どうして私なんかを」
「なんか、じゃあないよ。歌鈴だから好きになった」
どちらから共なく俺と歌鈴は唇を重ねた。
実際にそうするのは初めてだが、それが当たり前の動作であるように、畝に並んだ花々みたいに自然だった。
何度も繰り返してきたことのように感じた。
………俺はいつも、歌鈴とこうなれればいいのにって思ってた。
結果論だが、妄想に近かったものは、今確かに実現している。
少し手を伸ばせば掴めた幸せを、俺はみすみす見過ごしていたんだな。
「わかってるかもしれないけど、皆には秘密だぞ?」
「わかってます。だいじょうぶです」
「二人だけの秘密だからな?」
最終確認の返答は言葉でなく抱擁だった。
腕の中の歌鈴の温もりが全身に浸透していくようだ。
「好きだよ、歌鈴」
「私もです、Pさん…」
好きだって言葉が、惜しげもなく言える。
好きな相手だから当然かもしれないけれど。
でも、その感覚は何故か新鮮に感じた。
歌鈴になら、いくら言っても足りないくらいだって思えるくらいに。
___
『好きだよ って、肇に言ったんだ』
本当はそう言うつもりだった。
歌鈴に嘘をついたり、誤魔化したりしたくなかったから。
でも、言わなかった。
しかし俺は、本当の事だけを歌鈴に告げた。
歌鈴が好きだ。全く持って本当の事だ、一抹の虚偽も含まれていない。
そうして、俺と歌鈴の気持ちは通じ合ったし、万事解決している。
………いや、万事とは言い難いか。
嘘は言っていない。しかし、全ての真実を告げた訳ではない。
そこにもう一人の存在が居ることを、俺は歌鈴に告げていない。
言わなかったのではない。
言えなかった。
もう一人… 肇の事も、好きなんだ。
根付いている歌鈴への感情、萌芽した肇への感情。
正直なところ、念願叶った歌鈴への感情が大きいが。
でも今すぐに肇を切り捨てるなんて、そんな事俺にはできない。
肇の温もり、歌鈴の温もり、どちらも俺を満たすには十分すぎるほどだ。
いずれは肇を切らなければならないだろう。
だけど、今の、少しの間くらいは、二つとも俺のものにしたっていいじゃないか。
できることなら、どちらもずっと俺のものであってほしいと思うけれど、歌鈴に対してあまりに不誠実だ。
それに、もしかしたら、この充足感は肇によるものかもしれないだろ。
性急な判断は事を見誤る。
___
__
_
結果として俺は歌鈴とも肇とも関係を持つことになった。
でも、歌鈴も肇もその事を知らない。
自分だけが特別だと思ってる。
世間様から言わせれば二股なんて下世話な言葉で一蹴されるのだろうが、そんな風には思って欲しくない。
俺には二人ともが必要なんだ。どちらにも真剣でありたい。
でも俺だって人間だ。だからいずれはどちらかを贔屓するようになる。
歌鈴だけが特別、肇だけが特別。そういう日が来るって事だ。
俺の中では依然歌鈴への気持ちが大きいが、肇が好きだって言うのも本心だ。
つまり、何が言いたいのかというと。
「二人とも、お疲れ様。二人そろっての仕事は初めてなのによくできていたよ」
「うぅ~ 私カミカミで肇ちゃんに迷惑かけてしまいました…」
「そんな事ないですよ歌鈴さん。私は口下手なので、歌鈴さんのお蔭でとても助かっていました」
………三人そろっての仕事の後、非常に気まずいって事。
その気まずさを感じているのは俺だけなんだろうけど。
気まずいだけでなくて、ばれたらどうしようって気持ちも大きい。
なんだかんだ言っても、やっぱり俺が浮気しているって状況に変わりはないから…
「プロデューサー、このあとお時間あれば一緒にお食事でもどうでしょうか?」
ほーら、肇がなんか言ってるよ…
歌鈴が居るのに、俺だけを誘ってくる。
歌鈴と肇の親交が深い訳でもないが、二人で仕事を終えた後、その相手を誘わないのは不味いだろ。
「いいですねっ! 私もPさんと肇ちゃんと行きたいです!」
「…っ」
歌鈴はと言えば、気を遣ってか三人でと挿げ替えていた。
…いや、気を遣ってでは無いな。単に気付いていないのだろう。
歌鈴からすれば、肇が俺だけを誘うってのはあり得ない選択のはずだから。
小さな舌打ちの音が聞こえた気がした。
「肇ちゃん………?」
「いえ、そうですね。三人で行きたいです」
…聞き違い、では無かったようだ。
正面に立っている俺だけが、鋭く細められた瞳が歌鈴を睨む様子が見えた。
真横にいる歌鈴は気付かなかっただろう。
「この後は特に用事もないし、いいよ。三人で行こう」
三人で、という部分を強調した。
歌鈴も肇も、お互いの認識は違えど意味を悟ってくれるだろう。
お前と俺は付き合ってるけど、皆には秘密だから誰かに怪しまれる行為はしない。
歌鈴は遵守してくれている。
いや、単純に肇に対して、出し抜いて二人だけになりたいという黒い部分を持っていない。
肇はどうだろうか。
正反対だ。
歌鈴を置いて、俺と二人になろうとする。
それが普通の反応かもしれないし、男冥利には尽きる。
俺を求めてくれるのは大いに結構だが、約束を守れないのは非常に戴けない。
「二人とも、何が食べたいかな? まだ時間があるから考えといて」
俺は置きに行った返答でその場を後にした。
歌鈴と肇が何やら話している様子が窺える。
だが、険悪な様子も見えないので、心配はいらないだろう。
しかし、肇の独占欲には驚きを隠せない。
俺が歌鈴ともできているなんて肇は知らない筈だ。
歌鈴に対抗意識を燃やしたってどうしようもないじゃないか。
俺は肇の前で歌鈴に対して何か行動をしたことは無い。
歌鈴の前でも同様だ。
歌鈴は俺を信頼してくれているが、肇は俺を信頼していないのだろうか。
双方の信頼を裏切った行為を率先して行っているのは俺の方だって自覚はある。
それでも、さ。
歌鈴も肇もその事を知らないんだから。
この場合、肇が一番俺を裏切っているんじゃないか?
我ながら明快な答えが出せたと思った。
一般的な意見ではないだろう。
けど、別に俺達は一般的な次元とは別の所に立っている。
二人は大衆の憧れの的であるアイドル。
俺はその二人を導くプロデューサー。
そして俺は、その二人ともを自分のモノにしている。
想像もつかない事だろ? いくら手を伸ばしたって掴めない栄誉を俺は俺の手で手に入れている。
俺は特別なんだよ。一般的な意見何て知るか。
知ったことではない。気にすることもない。
それに、感謝してほしいくらいだ。
もうすぐ、一人は返してやるんだから。
___
「Pさん…」
「どうした歌鈴? 行きたいところ決まったのか」
しばらくすると、歌鈴がこちらに歩み寄ってきた。
肇と話していた筈だが、肇の姿は無い。
「肇はどこ行ったんだ? 二人で話してただろ」
「えっと………」
きょろきょろと辺りを見渡してみるが、肇の姿は確認できない。
肇の事だから、直接俺に言いに来るかと思ったんだが…
「それよりもPさんに聞きたいことがあるんです…」
肇ばかり気にしていたが、歌鈴がそう言っているので目を歌鈴に向ける。
歌鈴はどことなく不安気な様子で俺の前に歩み寄る。
だが、俺と目を合わせることをせず、視線の置き場を迷っているように見える。
「…なんだよ?」
「ええっと、その…」
なんだ、何て聞きながら、俺は背中を冷たいものが伝った気がした。
それに、俺には何でも話してくれる歌鈴が、珍しく言い淀んでいる。
歌鈴の様子から、肇が何を言ったかわかったような予感がした。
「なぁ、歌鈴。俺には何でも包み隠さず言ってくれよ」
「そ、そうなんでしゅけど…」
「俺達、恋人だろ?」
もし、俺の予感が的中しているとすれば、あまりにも白々しい愚かな言葉だと思った。
でも敢えて言った。
肇は関係ないって、歌鈴を安心させてやりたかった。
お前の心配しているようなことは無いって。それは肇の虚妄だって。
………それに、歌鈴は俺を信頼しきっている、こう言っておけば俺が悪いって思わないから。
「とっても言いにくいんですけどね…」
「ああ、お前が言ってくれるまでいつまでも待つよ」
それでもなお、歌鈴はまだ迷っているようだった。
俺は助け舟を出したい衝動に駆られるが、そんなことはできない。
余計なことを言ってしまえば、歌鈴が俺と肇の事を怪しむかもしれない。
いや、既に怪しんでいるから迷っているのだろうが。
その迷いを確信に変えさせてはいけない。
飽く迄、俺に非は無いってスタンスを貫かねばならない。
………すべて、肇が悪いって事を歌鈴に信じさせないといけない。
出来ると思った。
歌鈴は俺に全幅の信頼を寄せている。
それに、歌鈴は少々単純な部分がある。
だからこそ、俺なら歌鈴を言いくるめられるって、過信じゃない。
「肇ちゃんが、Pさんと付き合ってるって…」
「な、なんだって………?」
「だから、Pさんには必要以上に近付かないでって、そう言われました…」
「………どうしてそんな嘘を」
予感は的中した。外れるとは思っていなかったけど。
我ながらいい演技力だと思った。
握った拳は力みで白み、苦悶と戸惑いの表情を零す。
放たれる言葉を予想できていたからこそできたんだとは思うけど。
流石の俺もいきなりそんな事言われたら焦るだろうしな。
表情とは裏腹に、俺の思考は恐ろしく冷やかに冴えわたっている。
これから、俺の名誉に傷をつけぬように歌鈴を誘導しなければ、と。
「それで………歌鈴は、俺と付き合ってること言ったのか?」
「言ってないでつ…」
これは予想外だった。
言われっ放しで歌鈴は引いてきたというのか。
「うぅ…ぐすっ………ふえぇ」
………だからこそ、俺の眼前で惜しげもなく涙を零し続けているんだろうな。
「そうか……… 俺との約束、守ってくれたんだな」
上出来だよ、歌鈴。
「Pさんと、ひみつですって約束しましゅたからぁ…」
「ありがとう、歌鈴…」
俺は泣き続ける歌鈴を胸に抱き寄せる。
我慢してきた歌鈴を労わる表情で。優しさに満ちた表情で。
「俺が肇と付き合ってるなんて、そんな事あるわけないから」
「うぅ…はい、でも、でも………」
「俺は歌鈴と付き合ってる。それにこんなにも歌鈴のこと好きなのに、浮気なんてするわけない」
「私も、Pさんのこと信じてました…」
「………そうだな」
歌鈴を更に強く抱き寄せる。
歌鈴も完全に俺に身を預けてきた。
ついにダムが決壊したように大声で泣き始めてしまう。
まるで、俺は全然悪くないって、そう言ってくれてるみたいだ。
歌鈴、俺が何に対して『そうだな』って言ったと思う?
わからないだろうな。
俺自身も把握しきれないほどの意味を含んでると思うよ。
強いてあげるなら………
そうだな、肇はいらないって事かな。
こんなに歌鈴を悲しませて、一時でも愛しく思った俺が悪い奴みたいじゃないか。
約束も守れない、俺の愛する歌鈴を泣かせる。
断罪してやらないといけないな。
「なぁ、歌鈴」
「ぐすっ…なんでしゅか………?」
「今日、どこ行くか決めたか?」
「えっ…」
「心配しなくていいよ」
大丈夫だって、歌鈴の耳元で囁く。
歌鈴は少しこそばゆい様な顔をして、顔を赤らめる。
「俺が、肇にしっかり言ってやるから。歌鈴と付き合ってるって」
「はい…」
歌鈴は俺を信じきっている。
心酔していると言っても過言じゃないだろう。
俺のいなかった場で肇に色々と言われても、全く俺を疑わなかったことからもわかる。
だから、今から三人の場で肇を糾弾する。
肇が俺に何を言ったって歌鈴は信じないだろうから。
普段ならそんなことは無いんだろうけど、他ならぬ俺が関与している。
だから肇の言葉になんて耳を貸さない。
糾弾だけじゃない、肇に俺と歌鈴の絆を焼き付ける事で贖罪を認めてやるよ。
「肇を探してくるよ」
そう言って歌鈴を離し、スマフォで肇の番号を呼び出す。
乾いたコール音は長く鳴り響くことなく、肇を呼び出した。
スマフォって便利だよな。
___
__
_
「特に希望もなかったし、せっかく三人そろったんだからな」
俺達はかなり立派な日本料理屋に来た。
由緒正しく、かなり歴史の長い所って話だ。
外装や庭園にかなり気合が入っている。
「よく接待で使ってるんだ」
それに、全席が個室になっているという贅沢使用だ。
………かなり都合がいい。
「私、こんな所に来るの初めてです、プロデューサー…」
ありがとうございますって肇がポツリと呟いた。
「いいって事よ、お前の為に来たんだから」
「私の為になんて…」
そう、お前の為に来たんだよ、肇。
…ちょっと歌鈴に睨まれたけど。
俺達の下らない痴話喧嘩を他の人に見せるなんて恥ずかしいからな。
こんなに御誂え向きな場所は無いって事だ。
「何食う?」
「う~ん、よくわかんないでしゅ…です」
「私も同じです。プロデューサーが決めて頂けますか?」
「じゃあ、俺が適当に頼むよ。刺身盛り合わせとかでいいか」
「プロデューサーの選んでくれたものでしたら、何でも…」
肇は見たこともない程の満面な表情で、俺に微笑みかけてきた。
瞬間、空気が少し重くなったような気がした。
歌鈴は哀しげな表情で俺をちらりと見た。
歌鈴を一瞥し、わかってるよと目配せする。
当の肇は、飄々としている。歌鈴と話した後だというし、恐らくわざと言っているのだろう。
肇は、歌鈴が俺に好意を寄せているって知っているんだろうな。
でも肇には誤算があるよ。
………俺は歌鈴が好きだって事。
肇、お前じゃないんだよ。
「…っと、料理の前に、少し話があるんだが」
有体に言えば、邪魔なんだ。
「なんでしょうか?」
この場には俺以外では、歌鈴と肇、二名が居るというのに、肇はまるで自分だけが話しかけられたように返事をする。
達筆だが何処か物悲しい御品書きの文字から目を外すこともなく、俺は淡々と続ける。
「肇、歌鈴に今日言った事、俺にも教えてくれないか」
「………歌鈴さんから聞いたんですか?」
肇の声のトーンが少し下がった。
少し重かった空気は、肇をも巻き込み俺達全員を押し潰してしまいそうな重圧を感じる。
肇は歌鈴を冷めた目で一瞥する。
「私とプロデューサーが、好きあってお付き合いしてるって、お話しました」
その目から冷たさを感じると同時に、深淵の様な暗さを見た。
でも、奥に潜む眼光は、歌鈴を通り越し俺を見つめていると思った。
………確証された勝利を見据えているようにも感じる。
「本当なんだな、歌鈴?」
「…はい、肇ちゃんから確かにそう聞きました」
歌鈴に確認する。
もし歌鈴が肇に気圧されて否定したら、肇はもう少し虚構の幸福に溺れていられたかもしれない。
でも、歌鈴はしっかり肯定した。言質は取った。
なあ、肇。
ストイックに仕事に取り組むのもいいが、俺以外とももうちょっと仲良くしとくんだったな。
当り前だが、この場に肇の味方は居なくなってしまった。
全ては、俺を惑わして、邪魔をしてきたお前が悪いんだ。
「俺と肇が付きあってる………」
「はい、その通りです」
臆面した様子何て一抹も含まれていない顔で言ってのけた。
「でたらめ言ってんじゃねえよ」
たったの一言だが、余裕の表情を一瞬で強張らせる程度の威力はあったようだ。
「え…、なんで、嘘ですよね………?」
「だから、でたらめな事言うなって言ってるんだ」
続け様にもう一発。
簡素な言葉だが、俺の心情をよく反映したいい言葉だと、そんな風に思う。
「そんな、なんでそんな事… 好きだって言ってくれましたよね…?」
軽いジャブのつもりで放っていたが、どうやら利き手のストレート程の威力だったようだ。
姿勢よく座布団に正座していた肇は、中腰でテーブルに身を乗り出す。
焦った表情……… というより、蒼白で、何が起こっているかわからないと言った様子だ。
「逆に聞き返すが、俺がいつお前に好きだなんて言ったんだ?」
したり顔を必死に抑えつつ、感情を込めずにそう言った
実は、肇と関係を持ってからというもの、肇に好きだなんて言ったことがない。
そもそも直接肇に好きだって言った事が無い。
偶然のようだが、きっと心の底では肇の事を好きではなかったからセーブしてたんだろうな。
歌鈴は沈黙を守り座ったまま、肇を横目に睨んでいる。
歌鈴の中では肇は完全に悪者になっているんだろうな。
と言うより、俺がそう差し向けたんだけど。
「なんでそんな意味の分からない嘘ついたんだ」
「う、嘘なんかではないです………! だってプロデューサーが言ってくれました!」
いつもの落ち着いた口調は見当たらない。
言葉には少々の気迫と言うか、怒気すらも感じる。
「迷惑なんだよ。お前は俺にとって担当アイドルってだけなんだ」
「特別だって、大切だって言ってくれたじゃありませんか………」
「だから言ってないだろそんな事。妄想と現実の区別くらい付けろ」
「違います、忘れてしまったんですか…!?」
「だからさあ、俺が好きなのは、付き合っているのは………」
一息ついた。
捲し立てるだけでは、言葉は重みを失っていく。
歌鈴を横目で盗み見る。
相も変わらず下を向き、沈黙を保っている。
来たるべき判決の時を待つ罪人のようだ。
でも、歌鈴は罪人じゃない。
俺が罪を告発し、肇を断罪する。
歌鈴は何も心配しなくていい、全てを俺に任せてくれれば何だって上手くいくんだ。
「歌鈴なんだから」
キッと睨んだ様な視線で肇を見据えつつ、言い放った。
「え………?」
肇はポカンとした顔で固まる。
肇からすれば確かに予想外の答えだったであろう。
歌鈴は黙ったままだが、少し晴れやかな表情で俺を見つめている。
表情だけで両者の雌雄が見て取れる様だ。
「歌鈴さんと、付き合ってる…」
正気に戻った肇が、一語一句確かめるように呟く。
誰かに言うというよりは自分に言い聞かせる様に。
現実を確かめるように。
「………そんな事、ある訳ないじゃないですか!」
唐突に肇が言った。
放たれた言葉は獣の慟哭のように荒々しい。
生まれてこの方見たことのない様な激情を孕んでいる。
「プロデューサーは、私が好きだって! それにどうして歌鈴さんなんかと付き合うんですか!?」
防波堤が決壊したように本音が流れ込んでくる。
言葉遣いこそいつも通りだが、普段の穏やかな肇は微塵も感じられない。
「………私なんかと、ってどういう意味ですか?」
「歌鈴…」
始終黙って顛末を見守っていた歌鈴が重い口を開いた。
紡いだ言葉には、溢れ出る敵意が如実に見て取れる。
「私では、Pさんに似合わないって、そういう意味なんですか?」
「…歌鈴さんは、関係ないです」
肇は憎々し気な表情を隠そうともしない。
それでも、歌鈴に対して言葉を投げ返すくらいには理性は残っているんだろう。
「私の話をしていたのに、関係ないってことはないですよね?」
「私はプロデューサーとお話ししているんです。少し黙っていてもらえませんか」
今の今まで、口を挟まず逃げていたみたいに。 って肇が呟いた。
「自分の事の筈なのに、話には一切入って来ずに、プロデューサーに任せて逃げていたではありませんか」
「………!」
今度は俺が押し黙って場を見つめていた。
別に誰に言われた訳でも無いけど、自分からそうしていた。
女同士の言い争い程不毛なものは無い。
俺はもう俺の為すべき事はやってのけた。
「肇ちゃん… よくそんな事が言えますね」
物言いこそは穏やかだが、肇の言葉はどうやら歌鈴の逆鱗に触れてしまったらしい。
「本当の事ですから、歌鈴さんはずっと座っていただけではないですか」
………小さく舌打ちが聞こえた。
歌鈴によるものだ。
本当に小さな音だったのに、嫌に響く音だった。
「………Pさんに、捨てられたくせに」
「え………」
「Pさんに選ばれなかったからって、嫉妬するのはやめてくれませんか?」
…あの歌鈴が、こんな事言うなんてな。
肇だってそうだったが、アイドルともあろうものが一人の男を取り合って醜い口論を交わす。
さらに面白いことに、俺がその中心に立っているんだ。
可笑しくて可笑しくて、大声で笑いだしそうになるのを必死に堪える。
しかもアイドル道明寺歌鈴は、俺を守るために肇を罵る。
なあ、歌鈴。
新しいお前の姿を見つけるために、どんどんお前への愛情が深まっていくんだ。
もっと新しい一面を見せてくれ。
「私とPさんの邪魔、しないでください」
私たちの前から、消えてくれませんか?
「………………っ」
肇の表情は苦痛を受けたように歪んだ。
でも一瞬だった。今は幽鬼ように白く、儚い。
今触れてたら、崩れ落ちてしまうんじゃないかって、そんな下らない事を思う。
「………帰ります」
そう言って物音も立てず立ち上がる。
不気味なほど、不確かな存在感。本当にそこに居るのかすら訝しんでしまう。
「わかった」
俺は余計なことは何も付け加えず、一言だけ投げかける。
歌鈴は何も言わない。
「明日も仕事だからな」
心無いようだが、仕事はきっちりしてもらわなければならない。
「………」
襖の滑らかな音だけを残し、肇は出ていった。
返事は無かった。当然かもしれないが。
「Pさん…」
「なんだ、歌鈴?」
「怖かったでしゅ………」
胸元に軽い衝撃。
歌鈴をしっかりと受け止める。
「Pさんが… 肇ちゃんにとられちゃうかもしれないって………」
気丈に振る舞っていたんだろうな。
抱きとめた胸元から水気を感じる。
「よしよし、泣かなくていいんだ」
「ぐしゅ… ふえぇ………」
胸に抱いた小さな温もりに手を添える。
「ありがとうな。俺の為に頑張ってくれて…」
「私も… Pさんのお役にたちたいっておもったんでしゅ…」
頭を愛しむ如く撫でる。
温かいと、これさえあれば良いって、そう思った。
「これからも、ずっと一緒だから」
「っうぅ… はい………」
歌鈴を抱きながら、肇は明日来るのかなって思った。
肇は売れっ子だ。仕事に穴をあけてもらっては困る。
………だけど、このまま来なくなってもいいかなって思った。
確実に気まずいだろうし、歌鈴は不安になるだろうし。
まぁ、明日の心配は、明日すればいいか。
「歌鈴」
「なんでつか………?」
「晩御飯、食べようか」
予想通りの展開だったし、いい店に居るんだから来た目的を果たしてもバチは当たらないだろう。
___
「プロデューサーさん! 大変です!」
翌日、眠い目をこすりながら事務所に来た俺を、事務員のちひろさんが慌てた様子で出迎えた。
歌鈴は未だ来ていないようだ。
なぜ眠いのかは察してくれ。
「どうしたんですか? 朝っぱらから…」
「のんびりしている場合じゃないですよ!」
ちひろさんはかなり切迫した様子だ。
こんな表情を見られることは滅多にない。
余程の事態が起きたのだろうか。
「肇ちゃんが、寮からいなくなったって…」
「肇が………?」
「置手紙があって、事務所を辞めますと、それだけ書いてあったそうで…」
内心ドキリとした。表面に出さなかった事を誉めてほしいくらいだ。
「荷物も全部置いたままだそうです…」
心配したような顔を模る。中々名役者だよな俺って。
「貴重品も、全てですか…?」
「はい………」
「プロデューサーさん、何か知りませんか?」
「いえ、わかりません… 昨日は仕事終わった後、それっきりでしたから」
勿論、嘘だけど。
歌鈴が居ないのも好都合だ。余計な事を言われる心配もない。
「警察に捜索願を出しましょう」
「わかりました、非常事態ですし、なんだかただ事でない雰囲気ですからね…」
「俺は、心配なんでその辺探してきます!」
「あっ! プロデューサーさん!」
呼び止めるちひろさんの声を無視して俺は外に飛び出した。
しばらく当てもなく走って、事務所から距離が離れたことを確認する。
「………あははは!」
神妙だった顔を歪ませて高らかに声を上げた。
笑いが止まらなかった。ここまで思い通りに進むなんて!
肇、お前の事見誤ってたよ。
こんなに俺に都合のいい奴だったんだな。
往来のど真ん中で声を上げて笑う何て、怪しさ極まりないが、そんな事どうでもよかった。
確証に近い予感が脳裏を駆け巡った。
荷物をすべて置いてまで家出なんてするだろうか?
これでもう、俺と歌鈴が脅かされることは無い。
歌鈴が悲しむ事もない。
ありがとう、肇。
願わくば、このまま俺達の前に現れない事を。
___
__
_
ポケットに入れたスマフォが振動している。
歌鈴からだろう。
俺はボタンを操作しながら、道を急ぐ。
せっかく二人きりの休日なのに、まさか寝坊するとは…
「すまん歌鈴! 寝坊した、今大至急向かってるから!」
『も~ Pさんから誘ってくれたのに、遅れないでくださいよっ!』
電話だってのに、歌鈴の声は透き通って聞こえる。
一昔前からは考えられない進歩だ。
やっぱりスマフォって便利だな。
悪い悪いって謝りながら、通話を切る。
もうすぐって距離でもないのに、足を速めてラストスパート。
歌鈴が寒い中俺を待ってるんだから仕方ないか。
うわ、きっつい………
肇が失踪してから、もう一年が経った。
正確には364日。
つまり、俺と歌鈴が本当に結ばれた、今日は一年目の記念日だ。
警察に捜索願が出されたが、未だに発見には至っていない。
勿論実家に連絡したが、帰っている事もなかった。
それどころか、何の連絡もいっていなかったという。
その事で、肇のプロデューサーだった俺は大目玉をくらった。
でも、俺のプロデュースで結果が出ていたことと、事件の前に肇が俺の事をしきりに誉めながら話していた事から、藤原家よりお達しが出て、俺はクビを免れた。
未だ捜索は続けられているが、成果は上がっていないという。
俺はと言えば、完全に、とは言えないが殆どを忘れ、歌鈴とこっそり交際を続けている。
歌鈴も、一時期は気にして塞込んでいたが、今ではそんな面影はない。
「はぁ、はぁっ… もうすぐだ…!」
遠くから手を振る見慣れた姿が見えた。
歌鈴だ。
俺は限界突破して、更にスピードを上げる。
………実際は、芋虫が這っている様な速度だが。
気持ちの問題だよ。
「Pさん! 三十分も遅刻してましゅ… ますよ!」
「ハァ、ハァ… っく、す、すまない…」
「………しょうがないから、許してあげますっ!」
歌鈴は照れた顔で手を差し出してくる。
俺もそれに応じる。
そんなに怒っている訳でも無いけど、こうして手を繋いで歩くだけで歌鈴は許してくれる。
「今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」
「もう決めてあるんだ」
「今日、何の日か覚えてるか?」
かっこ悪いから、上がった息を隠しながら話す。
「もちろんです!」
「私とPさんの一周年ですね!」
「そうだ。だから、俺たちが結ばれたあの店を予約しといたんだ」
「あの店、ですか…? あっ………」
歌鈴の顔が少し曇る。無理のない事だ。
俺でさえ少々躊躇ったんだから。
でも、もう何も心配いらないから。
「…行こうか」
繋いだ手を、優しく引く。
口にはしないけど、歌鈴に大丈夫だって、何も心配いらないって伝えるために。
「………はいっ!」
それが伝わったようで、歌鈴はもとのニコニコした顔に戻っていた。
歌鈴と手を繋いで歩く。
何が嬉しいのか始終笑顔の歌鈴に、こっちまで笑みがこぼれる。
もう俺達の間には何の心配もいらないだろう。
その要素は全てなくなった。
………今、肇がどこで何をしているかなんて俺は知らない。
それでも構わないと思った。
一度の気の迷いでも好きになった女が、例え憎しみや恨みだけだとしても俺の記憶で満たされているなんて、なんだか笑えてくる。
もし歌鈴が居なかったらお前でもよかったんだがな。
でも今は、俺が真に愛した女は、俺への愛情と享受する愛情で満たされている。
それで十分だ。何も不足は無い。
肇、お前は最初からいらなかったんだよ。
どこにでもいってしまえ。
俺は肇に割いた愛情を、歌鈴に注いで生きていくから。
終わり!
コメントくれた方、間違いの指摘くれた方、ありがとうございました。
実は先日、これまで書いたssのせいで知り合いの肇Pの方にスカイプで小一時間怒られました。
今までのssもあまり評判がよくなかったのでもう書かないつもりでしたが、「肇ちゃんを愛するssを書いてこい」と言われたので書いた次第であります。
多分また怒られます。
いままでの↓
モバP「ダブルクリック!!」
モバP「愛してるって形」
モバP「いつまでもこのままで」
依頼出してきます。
話し的にはガチクズしかいないけど割と面白い 乙
けど二度も三度も同じアイドルで書くのは風評被害が広まるばかりなのでもっと別な娘でやってくれれば
>>106 歌鈴と肇ちゃんが好きすぎてこの二人でばかり書いてしまいます。
以後気を付けまする・・・
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