伊織「あれから10年……」(156)

※モバマスの龍崎薫ちゃんが出ます

薫「せんせぇ、さよならー」

P「はい、さよなら。また明日ね。お菓子食べすぎちゃ駄目だよ」

薫「はーい!じゃーねー!」

P「はい、それじゃあね」

伊織「……アンタ、小学校の先生にでも転職したの?」

P「へっ?……い、伊織……か?」

伊織「久しぶりね」

P「……ああ、久しぶりだな」

……

―喫茶店―

P「3年ぶり……くらいか?」

伊織「そうね。アンタ、年賀状くらいしか出さないんですもの」

P「いやー、ははは……」

店員「ご注文お決まりでしょうかー?」

P「アイスコーヒーで」

伊織「……私も、同じものを」

店員「かしこまりましたー」

P「……オレンジジュースじゃないのか」

伊織「……そういえば、そうだったわね」

P「心境の変化ってやつか」

伊織「そうね」

P「……」

伊織「……」

P「旦那さんはどうよ?」

伊織「どうって?」

P「仲良くやってんのかな、と思って」

伊織「……ええ、ごく普通に夫婦やってるわ」

P「……そりゃ良かった」

伊織「……」

P「家事とかやってるのか?」

伊織「ごく普通に夫婦やってるって言ってるじゃない」

P「マジか……。信じられんな……」

伊織「それより、アンタどうなのよ?小学生受け持ってるの?」

P「あ、まあ、今のところな」

伊織「……」

P「おいおい、何だその表情……」

伊織「オカシイと思ってたのよね。あずさや小鳥や律子に全く反応しないんですもの」

P「何だかよくわからないが、今伊織は俺のことを誤解していると思う」

伊織「担当アイドルって自分で選べるんでしょ?」

P「…………ウチの方針だからな…………」

伊織「……私も、待つんじゃなくて、もっと早くから……」

P「おいおい……」

伊織「もう私おばさんだから、全然駄目ね……」

P「何言ってるんだ。俺からすりゃまだ若いって感じだぞ?」

伊織「……別に無理して持ち上げなくていいのよ?」

P「……別に持ち上げてるわけじゃないんだ」

伊織「今日だってお化粧してないし」

伊織「髪だってぼさぼさだし」

伊織「服だって地味だし……」

P「……」

P「伊織……今日はどうしたんだ?」

伊織「アンタの顔が突然見たくなったのよ。本当よ?」

P「伊織……ちょっと痩せたか……?」

伊織「……」

P「別に答えたくないなら答えなくていいからな?」

P「何かあったのか?」

伊織「……」

P(伊織、今、幸せなのか……?)

―外―

伊織「……今日は楽しかったわ、久しぶりに話もできて」

P「ああ……」

P「たまには事務所に遊びに来いよ」

伊織「ええ」

伊織「それじゃ……きゃっ!」

P「お、おい伊織!」

伊織「痛っ!!」

P「す、すまん。強く掴み過ぎたな……」

P「!!」

伊織「……っ!!こ、これは……」

伊織「ち、違うのよ……」

P「伊織……、俺はまだお前のプロデューサーのつもりなんだ」

P「話してくれ」

伊織「う……うう……」

P「お、おい、な、泣くなよ」

P「そうか……旦那さんがな……」

P「ドメスティック・バイオレンスってやつか……」

伊織「……わ、私が悪いのよ……!」

伊織「……何をやってもう上手くできないし……」

伊織「……だから……」

P「伊織……」

伊織「私……お料理も下手くそだし……」

伊織「見た目が悪いものしか作れないから……」

伊織「だからあの人、いつも怒って……」

伊織「テーブルの上メチャクチャにして……」

伊織「もう……家にも帰ってこなくなっちゃって……」

伊織「たまに帰ってきてもいつも機嫌悪くて、怒ってばかりで……」

伊織「でも……私が……しっかりしてないから……」

P「伊織!!」

伊織「な、何?」

P「明日から、ウチの仕事手伝ってくれ」

伊織「で、でも……」

P「頼む!」

伊織「……うん……」

―次の日―

伊織「お、おはようございまーす……」

薫「あー!昨日のおねえちゃんだー!」

P「こらこら、薫ちゃん。しっかり御挨拶は?」

薫「はーい。おはようございまー!!!」

伊織「お、おはようございます」

P「今日からよろしくな」

伊織「ええ……」

P「今事務員不足でなー」

伊織「そうなの?」

社長「そうなんだよ」

伊織「あら、社長……えっと、お久しぶり」

社長「まあそんなにかしこまらないで」

伊織「ええ」

律子「あらっ、来たわね?伊織」

伊織「律子?」

律子「話は聞いてるわ。みっちり仕込んであげるからね」

伊織「ちょっと、何よこれ?」

P「あはは、律子は今、プロデューサー兼事務のリーダーでな」

伊織「ちょっと帰りたくなってきたわ……」

律子「こっちの書類は……」

伊織「これはどうやって……」

P「ふむふむ、真面目にやってるな」

薫「せんせぇ、そろそろお仕事じゃないの?」

P「し、しまった……」

薫「せんせぇ、なんかそわそわしてる」

P「ああ、伊織と仕事するのは久しぶりだからね」

薫「ふーん……?」

―3年前―

P「すまん……」

伊織「……謝らないで」

伊織「……私、もう待たないわ」

P「……」

伊織「はい、これ」

P「これは……?お、おい、伊織……」

伊織「うさちゃん、あんたにあげるわ」

P「しかし……」

伊織「これで、今までの私とはお別れね」

伊織「大事にしなさいよ?」

P「あ、ああ……」


P(その後しばらくして、水瀬グループのCMに出てた若手俳優と伊織の結婚が発表された)


――――

――

―夕方―

P「……」

伊織「ちょっと……」

P「……」

伊織「返事しなさいよ!」

P「うお!!」

P「な、なんだ、伊織か」

伊織「今日の仕事終わったから、挨拶に来たのよ」

P「おう、お疲れ?どうだった?事務仕事は?」

伊織「思ったより大変ね。小鳥はいつも一人でこんなことしてたのね」

P「そうだろうな」

律子「お疲れ様ですー。伊織、結構筋が良いわね。期待できるわ」

伊織「事務作業に筋とかあるわけ?」

律子「そりゃ、あるわよ。伊織は結構気が付くタイプだから」

伊織「そんなこと……」

P「これからもよろしく頼むよ」

―数週間後―

スタッフA「どうしよう……」

伊織「あら?どうしたの?」

スタッフA「それがその……手違いがあったみたいで……

  薫ちゃんの仕事が長引く仕事だったので、プロデューサーさんが

  別の打ち合わせに行ったみたいなんですが……」

伊織「あ、それって……私も連絡受けてた……」

伊織「え?でも薫ちゃんの仕事って、確か夕方まで……」

スタッフA「それが、もう終わってしまったみたいで……」

伊織「場所は○×テレビね……。私迎えに行くわ」

スタッフA「ええ?でも、ここからだと1時間以上……」

伊織「近道があるのよ。40分で着くわ。

  あなたはプロデューサーと連絡を取って頂戴」

スタッフA「はい!」


伊織「これをやるのも久しぶりね」

伊織「乗換駅まで自転車でぶっとばすのが近道」

伊織「ランクが低いころは時々やったわね……あいつと……」

伊織「さて、待ってて、薫ちゃん!」

―しばらく後 ○×テレビ―


P「はぁはぁ……ようやく着いたか……」

薫「せんせぇ!おそいよ~!」

P「ご、ごめんよ……」

薫「でも、急いで来てくれたみたいだしゆるしてあげる!」

伊織「やっと着いたのね?」

P「伊織……」

伊織「全くもうっ!何やってるのよ!」

P「面目ない」

薫「伊織ちゃんが来てくれたから、ちっともさびしくなかったよ!」

伊織「そ、そう?」

P「じゃあ、俺ちょっと挨拶に……」

伊織「ディレクターには挨拶しといたから、手短にしなさいよ」

P「おう……何から何まで……流石伊織だな」

薫「そうそう、せんせぇ、たよりないんだから」

P「面目ない」

伊織「……ふふっ……」

―帰り―

P「挨拶してきたよ。じゃあ帰ろうか」

薫「うん!」

伊織「あ、そういえば」

P「?」

伊織「あんた、自転車回収してきて」

P「自転車ってまさか……」

伊織「近道、使ったのよ。もうへとへとよ」

P「……」

伊織「昔よりお腹出てるし、ちょうどいい運動じゃない」

薫「せんせぇ、おなかぷにぷにー」

P「……自転車で帰ります」

―事務所―

律子「聞きましたよ」

P「ああ、伊織のおかげで助かった」

律子「……」

P「どうした?」

律子「いえ。伊織、最初に比べてだいぶ笑顔が増えてきましたね」

P「ああ。自信を失ってたみたいだから……

 今の伊織に必要なのは何よりも自信だ」

律子「そうですね……」

社長「お疲れ様ー。あれ?伊織君は?」

律子「あ、もう帰りましたよ」

―数日後―

薫「あれー?伊織ちゃん何してるの?」

伊織「あっ……、その、お茶をいれようかなって」

薫「へー」

伊織「うん」

薫「せんせぇなら、さっき席にもどってきてたよ?」

伊織「な、なんであいつが出てくるのよ」

薫「あれ?せんせぇにお茶いれるんじゃないの?」

伊織「べ、別に誰にだっていいじゃない」

薫「ふーん」

薫「あ、そっちのお茶の方がたかい奴だよ」

P「疲れた……」

伊織「あらそう。はいお茶」

P「……」

伊織「何よ?」

P「伊織がお茶を入れてくれたという事実に感動してるんだよ」

伊織「大げさね……。飲まないなら持ってっちゃうわよ」

P「いただきます」

伊織「雪歩みたいに上手にいれられないけど……」

P「……」ズズー

伊織「私、あんまりこういうの上手くないから……」

P「……」

伊織「ちょっと……何か言ってよ……」

P「美味い……」

伊織「ちょ、ちょっと、泣かないでよ!」


薫「伊織ちゃんやったぁ!」

律子「伊織……」

律子「だいぶ、元気になりましたね。伊織」

P「ああ」

律子「……大丈夫なんですか?その……旦那さんの方……」

P「……」

社長「言ってあげなさい。律子君も心配だろう」

P「社長……。そうですね……」

P「旦那さん、もう、結構長いこと家には帰ってないらしい」

P「半別居状態……って感じのようだ」

律子「そうですか……」

律子「……旦那さん、暴力振るってるんですよね?」

P「……」

律子「私、許せません、そういうの」

社長「……ああ、そうだね」

―数日後―

P「おはよー」

伊織「……おはよう」

P「!伊織、どうした!?」

伊織「べ、別に何でも……」

P「伊織……またなのか……」

伊織「その……久しぶりに帰って来たら……」

伊織「凄く酔ってて……」

伊織「働き始めたのもあんまりよく思ってないみたいで……」

伊織「酷く暴れて……」

伊織「でも……近頃生活費も入れてくれないし……」

伊織「う……」

伊織「……あ、あれ?私……」

伊織「私……どうしたら……どうしたらいいのかしら……」

P「伊織……」

伊織「……助けて……」

P「ああ」

P(その後、しばらく伊織は泣き続けた)

社長「……伊織君、様子が……」

P「ええ……またのようですね……」

社長「そうか……働き出してから表情が明るくなったから喜んでいたが……」

P「ええ……」

社長「こんな時に何だが……」

P「どうしました?」

社長「伊織君に、オファーが来てる」

P「は……?」

社長「まだ内々の話だがね。この前、伊織君、テレビ局に行っただろう?」

P「ええ」

社長「そこで、お偉いさんが見初めたらしい。イメージピッタリだって」

P「イメージ?何かのCMですか?」

社長「ドラマだよ。国営放送の、大河ドラマだ。準メイン級の役柄だな」

P「はあ?」

社長「……」

P「し、しかし伊織は……」

社長「私も、正直迷っている」

P「ええ……」

社長「……君に、任せてもいいだろうか?」

P「……はい!」

社長「まだ時間はある。ゆっくり進めたまえ」

P「……」

―高木家の墓 前―

P「順一郎会長……、お久しぶりです」

P「……」

P「俺、どうすればいいですかね……?」

P「いえ、答えはもう決まってるんです。ただ、勇気が出ないだけなんです」

P「今から俺がやることを見たら、多分会長は怒るでしょうね」

P「まっすぐ育たなくて、すいません、会長」

―某喫茶店―


悪徳「どうも」

P「いやー、どうもこんにちは」

悪徳「どうしたんですか?今日は?」

P「ちょっと、面白い話がありまして」

悪徳「……と、言いますと?」

P「コレです」

悪徳「へえ……なるほど……あの坊ちゃんがね……」

悪徳「家庭内暴力に……別居、離婚疑惑ですか……」

悪徳「爽やかなキャラで売ってますからね。こりゃいいネタだ」

P「……でしょう?」

悪徳「しかし……」

悪徳「コイツ……あなたの所の……水瀬伊織、のダンナでしょ?」

悪徳「いいんですか?」

P「私はあなたが何を言ってるのかよくわかりませんね」

P「ただ、あなたの記事が好きなだけですよ」

悪徳「へぇへぇ、まあボチボチやらせていただきますよ」

P「良い記事、期待してます」

悪徳(死んだような目をしやがって……)

悪徳「ま、期待しといてください。それじゃ、また」

善澤「……」

P「おや、いらしてましたか」

P「どうぞどうぞ、お掛け下さい」

善澤「……あまり彼と関わらないほうが……」

P「私は彼の記事、結構好きですけどね」

善澤「そうかい……」

善澤「それで、今日はどうしたんですか?」

P「実は……」

―事務所―

伊織「……いる?」

P「おーう、伊織、こっちこっち」

伊織「その……、昨日は……」

P「……まあ、何も気にするな」

伊織「話って?」

P「ああ、伊織、仕事する気はないか?」

伊織「仕事……って、今もしてるじゃない?」

P「そっちじゃないんだ」

伊織「そっちじゃないって……まさか……」

P「ドラマの仕事が来てる。結構大きい役だ」

伊織「……え……」

伊織「む、無理よ!私、3年も芸能活動してないのよ?」

P「俺が全面的にサポートする」

伊織「え……?」

P「もう一度、お前のプロデューサーとして働かせてくれ。頼む」

伊織「……」

伊織「少し、考えさせて……」

律子「どうでした?」

P「うーん、難しいな……」

律子「そうですか……」

薫「伊織ちゃん、ドラマでるのー?」

P「うん、伊織がその気になればね」

薫「へー、いいなあ……」

P「あ、薫ちゃんは別口で仕事が来てるから」

薫「本当!?」

スタッフ「あ、プロデューサーさん、ケータイ鳴ってましたよ」

P「やべっ」

薫「せんせぇ、ドジだなあ」

律子「本当ね……」




P「こんにちは。お久しぶりです」

??「君か。どうしたのかね?」

P「ええ、実は、伊織のことでお話が」

??「伊織の?」

―次の日 事務所―

伊織「……いる?」

P「おーう、いるぞー」

伊織「昨日の話なんだけど……」

P「ああ」

伊織「……あんたが私に付くのよね?」

P「ああ」

伊織「薫ちゃんは……どうするの?」

P「実は、同じドラマの仕事が来てる」

伊織「はあ?」

P「子役でな。無理やりねじ込んだ、とも言うが」

伊織「……」ハァ…

P「あ、呆れ顔」

伊織「やるわ。しっかりサポートしなさいよ」

P「ああ、任せてくれ」

伊織「でも、何で私に……」

P「国営放送のお偉いさんと会った?」

伊織「ああ、何か○×テレビに来てたわね?」

P「その人が推したらしい」

伊織「そう」

P「あと、最近低視聴率に悩む大河の起死回生の一手ってところかな?」

P「元Sランクアイドルが大役で復帰!みたいな」

伊織「は……?」

P「え?いや、元Sランクアイドルが……」

伊織「その前!」

P「ああ、言ってなかったっけ。仕事、大河ドラマ」

伊織「……大役?」

P「主人公の妻。ああ、主人公は宇喜多秀家って言って」

伊織「頭痛くなってきたわ……」

P「大丈夫か?」

伊織「あんた、昔っからそうよね!大事なことは後回しにするんだから!」

P「すまん」

P「あと、もう一つ話がある」

伊織「何よ?」

P「別れてくれ」

伊織「……」

P「旦那さんと別れてくれ」

伊織「それは……プロデューサーとして言ってるの?」

P「どう取ってもらっても構わない」

P「頼む、この通りだ!」

伊織「……このバカ……」

社長「どうだった?」

P「ドラマは、受けてくれました」

社長「そうか。やはり君に任せて正解だったな」

P「それはどうも」

社長「それで……?」

P「離婚の方は、何とも……」

社長「……青痣がある状態で、ドラマには出せん」

社長「それに……長丁場になる。メンタルのサポートもしっかりしないと、

  最後まで持たないだろう」

P「ええ……」

―次の日―

伊織「……いる?」

P「いるよ」

伊織「……ここで事務の仕事するようになって、楽しかった」

P「そうか」

伊織「私、誰かに必要とされるのって、凄く久しぶり……だったから」

伊織「あの人と結婚して……ずっと怒鳴られてたから……」

伊織「……そんなことも、忘れてたわ……」

P「……」

伊織「別れるわ、あの人と」

P「よく言ってくれた」

伊織「でも……私、どうすればいいのか……」

伊織「暴力だって……私が駄目な妻だったから……」

P「伊織、伊織は何も悪くないよ」

P「辛かったら、逃げたっていいんだ」

伊織「……」

P「これを渡しておくよ」

伊織「これ……、何の鍵?」

P「765プロアイドル用、マンションの部屋の鍵」

P「マスコミをシャットアウトするためにすげー複雑な名義になってる」

P「自由に使ってくれ」

P「あとそうだな、弁護士事務所に行くか」

―数日後―

律子「プロデューサー!これ、スポーツ新聞、見てください!」

『イケメン俳優○○、妻と別居!!離婚秒読み!!暴力も!!』

P「へえ……」

律子「これ、伊織の旦那さんのことですよね?」

『毎晩のクラブ通い!浮気!何日も自宅には戻らず……』

P「そのようだね」

P(きちんと裏取ったな……流石……)

社長「ほう……善澤、どこから嗅ぎつけたのか……」

『水瀬伊織、大河で芸能活動復帰確実!』


prrrrrrrr

P「はい、俺です」

弁護士「どうも」

P「首尾はいかがですか?」

弁護士「守秘義務があるので、詳しいことは申し上げられませんが」

弁護士「今朝の記事、かなり堪えたようですね」

弁護士「大人しく話を聞いてました」

P「なるほど。またよろしくお願いします」

弁護士「ええ」

P「仕上げにかかるか」


―数日後 某クラブ―


旦那「クソッ!!」

冬馬「おいおい、飲み過ぎだぜ」

旦那「どいつもこいつも!俺の気も知らないで!!」

冬馬「荒れるなよ」

旦那「おい、もうウイスキーロックでもう一杯!!」

冬馬「ん……?」

旦那「どうしました?」

冬馬「あれ……765プロのプロデューサーじゃねえか?」

旦那「765プロぉ!!?クソが!!」

冬馬「お、おい!」

旦那「テメエか!765プロのプロデューサーってのは!!」

P「ええ、そのとおりです。おや……あなたは伊織さんの……」

P「どうもこんばんは。こんな所で奇遇ですね」

旦那「テメエ!!馬鹿にしてんのか!!お前が伊織に変なこと吹き込みやがったんだろ!!」

P「変なこと……?」

P「ああ、離婚のことでしたら、私は別に」

P「記事、読みましたよ。随分派手におやりになってるようで」

P「まあ、あれでは離婚になっても仕方ないですね」

旦那「この野郎……!!」

P「そういえば、私と伊織さんの仲を疑って、随分興信所使ったようですね?」

P「何も出てこなかったでしょう?当たり前です」

P「離婚されるのは、100%あなたの責任ですよ」

P「伊織さんは大きな役で芸能界復帰します」

P「あなたに縛られるのもここまででしょうね」

冬馬「お、おい、止めとけよ……」

旦那「ぶっ殺してやる!!」

ドカッ

P「ぐあっ!!」

冬馬「何やってんだコラ!!」

旦那「はぁはぁ……コイツが悪いんだ……」


パシャッ パシャッ

冬馬「やべえ、記者だ……」

旦那「そんな……」

P「いてて……」

冬馬「お、おい、無事か?」

P「ええ、何とか」

冬馬「お前、終わりだな……」

旦那「……」

悪徳「あれ?Pさんじゃないですか?」

P「おや、これは悪徳さん。いやはや、恥ずかしい所を……」

悪徳「いや、私も、新しいネタのために結構張ってましたからね」

悪徳「まさか、渦中の人の暴力の瞬間を撮れるとは思っていませんでしたが」

旦那「この野郎!!カメラよこせよ!!」

冬馬「いい加減にしねえか!!お前本当に終わるぞ!!」

旦那「くっ……」

P「私が被害届を出せば、あなたどうなるんでしょうね?」

旦那「……」

P「でも、幸い、この記者さんは、私の知り合いだ」

P「この記者さんと、私と、そこの彼が黙っていれば、この暴力は無かったことになる」

P「あなたの態度次第では、無かったことにしてあげてもいいですよ?」

旦那「金か……?」

P「何言ってるんですか?私は、ウチの大事な商品である伊織さんと

 あなたに離婚して頂きたいだけですよ?」

P「お願いします、離婚してあげてください」

冬馬「お、おい、アンタ土下座しなくても……」

旦那「この野郎……」

水瀬父「これは何の騒ぎかね?」

旦那「お、お義父さん……」

水瀬父「……この惨状を見るに、どうも記事は本当らしいね」

旦那「ち、違っ……」

水瀬父「黙れ!!この愚か者が!!」

旦那「ひっ……」

冬馬「あ、逃げた……」

水瀬父「では、私も失礼するよ」

P「どうも、本日はこんな所までお越しいただきまして」

水瀬父「あの男は私の前では大人しくしていたからね。

  君の話を聞かなければ分からなかったことだろう」

P「……」

水瀬父「しかし……君は本当にP君か?」

P「と、言いますと?」

水瀬父「……その死んだような目。以前の君とは別人のようだ」

P「……」

水瀬父「まあ、ともかく君には感謝しているよ。では、失礼」

冬馬「しかしヒヤヒヤしたぜ……」

悪徳「本当ですよ。いくら私でも目の前で人が刺殺されるのは御免ですよ?」

P「ははは……ナイスな登場でした。あいてて……」

悪徳「まさか我々がグルだとは思わんだろう」

冬馬「あの馬鹿が刃物出さなくて良かったな」

P「……多分、彼はそんな度胸無いんじゃないかと思ってね」

悪徳「?」

P「彼は、俺に似てるからね。内面が。顔はあっちの圧勝だけど」

P「水瀬伊織の煌きに耐えきれなかった、似たもの同士だよ」

冬馬「……あのさ」

冬馬「昔からお前らを見てる方から見た感想だけど」

冬馬「お前と奴は違うよ」

P「ははは、そりゃどうも」

冬馬「つっても、超が付く鈍感のお前には分からないだろうけどな」

P「……?」

冬馬「やっぱ分かんねぇか」

―次の日―

伊織「ど、どうしたのその顔……?」

P「いやー、こけちゃって」

伊織「嘘……」

伊織「あの人が、素直に離婚に応じるって言ってきたわ」

伊織「あんたね?」

P「……」

伊織「答えなさい」

P「はい……」

伊織「私、あんたが殴られてまで助けてほしくない」

P「はい……」

伊織「もっと自分を大事にしなさい」

P「はい……ははは……」

伊織「何がオカシイのよ?」

P「いつもと立場が逆だな、と思ってさ」

伊織「……バカ……」

律子「プロデューサー……」

社長「それで、どうだって?」

P「何とか、片付きそうです」

律子「ふー……」

社長「……ご苦労さん」

P「ええ……」

社長「しかし、大変なのはここからだよ。3年ブランクがあっていきなり大役だからね」

律子「そういえば、本が大量に届いてましたよ?」

伊織「そ、その資料何……?」

P「何って……、今度の大河に関係しそうな資料だけど?」

伊織「凄い量ね……」

P「大丈夫、読むのは俺だから」

薫「せんせぇ、お勉強?」

P「そうだよ」

薫「ふーん?ねぇ、大人になるとお勉強楽しくなる?」

P「さあ、あんまり楽しくないと思うけど。どうして?」

薫「せんせぇ、今とっても楽しそうだから」

薫「それに、すごくやさしい顔してるよ」

P「……そう……か」

P「うん、今は凄く楽しいよ」

―深夜―

prrrrrrrr

P「こんな時間に電話か……」

P「はい、俺です」

伊織「あ、その……ごめんなさい。こんな夜中に」

P「いや、大丈夫だ。どうしたんだ?伊織」

伊織「その……どうしても眠れなくて……不安で……」

P「……そうか。じゃあちょっと話そうか」

伊織「うん……」

―次の夜―

prrrrrrrr

伊織「は、はい……」

P「伊織か?俺だ」

伊織「うん……どうしたの?」

P「用は特にない」

伊織「は?」

P「伊織の声が聞きたくなった」

伊織「そう……」

P「台本の合わせでもするか?」

伊織「ええ、いいわよ」

P「そうか」

伊織「あ、あの、プロデューサー」

P「どうした?」

伊織「ありがとう……」

―8月 クランクイン前日―

伊織「……」

P「いよいよだな……」

伊織「そうね……」

P「緊張してきた……」

伊織「あんたが緊張してどうすんのよ」

P「そんなこと言ったって……」

伊織「一緒に準備してきたじゃない。もうここまで来れば、あとはやってみるだけよ」

P「……」

伊織「……何よ?」

P「何というか、アイドルの伊織をプロデュースしてた時のことを思い出した」

P「調子が戻ってきたな」

伊織「そうかしら?」

P「ああ、そんな伊織にプレゼント」

P「今年の誕生日はゴタゴタしてたし」

伊織「べ、別にそんな、プレゼントなんてしてくれなくても……」

伊織「な、何かしら?」

伊織「……!!これ……」

P「うさちゃん、修理して綺麗にしてもらったんだ」

P「お帰り、伊織」


薫「せんせぇ、やったぁ!!」

律子「ふー、いつ渡すのかドキドキしたわ……」

社長「手に汗握るね!」

―クランクイン当日―

薫「せんせぇ、似合う?」

P「ああ、とっても似合うよ」

薫「本当?えへへ……」

伊織「薫ちゃんかわいいわ!子役の皆は今日着物なのね」

P「伊織は出番ちょっと後だからな」

???「伊織ちゃ~ん」

???「伊織ちゃーん!!」

伊織「……!!その声……あずさ……やよい……」

あずさ「私達も出るのよ~」

やよい「伊織ちゃん!いいドラマにしようね!!」

伊織「え?でも、そんな話聞いてない……」

P「ドッキリ大成功!いやー、隠すの苦労した」

あずさ「趣味が悪いですよ、プロデューサーさん」

やよい「わ、私はやめようって、言ったんだけど」

伊織「プロデューサー?!」

P「わっ……、ほら、インタビュー始まるぞ」

記者「3年のブランクについてはどのようにお考えでしょうか?」

伊織「そうですね……いろいろな所で、感覚のずれを実感することはあります」

伊織「でも、この3年間、私はいろいろな経験をして、いろいろな事を

  乗り越えてきました。豪姫の役は、今の私だからこそ出来る役だと思います」

伊織「それに、私は周囲の人に恵まれてますから……」

伊織「ねっ!」

やよい「わわっ、いきなり振らないで伊織ちゃん」

あずさ「うふふ……」

―撮影半ば―

伊織「うーん……」

P「どうした?」

伊織「秀家が八丈島に流された後、金沢に移った後のシーン……」

伊織「演出がひたすら暗いのよね」

P「うん」

伊織「でも、金沢よ金沢。見るところいっぱいあるじゃない?」

伊織「生活を楽しむところを半分くらい見せたほうがいいと思うの」

伊織「辛いことがあっても、辛いだけじゃやっていけないわよ……」

伊織「ちょっと、監督と話してくるわ」

P「そ、そう……。あんまり喧嘩するなよー……」

―撮影終盤―

薫「伊織ちゃーん!!」

伊織「あれ?薫ちゃん……どうしたの?」

薫「なんかねー、もう一回出てもいいよって」

やよい「豪姫の娘さんの役だよ!」

あずさ「好評だったから、急遽出番が決まったんですって」

P「ウチのアイドルはかわいいからな……」

伊織「クランクアップ、間近ね……」

P「ああ、伊織のどこか飄々とした豪姫はかなり好評だったな」

P「ラストシーンが秀家じゃなくて豪姫の楽しげな最期に変更されるくらいに」

伊織「あっという間だった気がするわ……」

伊織「夢中だったし……」

P「伊織、すっかりアイドル時代に戻ったな」

P「いや、それ以上か?」

伊織「あら、それはあんたもじゃない?」

P「へ?」

伊織「久々に会った時、あんた目が死んでたわよ?」

伊織「最近、昔みたいな感じに戻ってきたわ」

P「そ、そうか……?」

伊織「そんなに伊織ちゃんに会えたのが嬉しかったのね?」

P「……ああ」

伊織「ちょ、この年で伊織ちゃんは恥ずかしいでしょ?ツッコミなさいよ!」

P「伊織にまた会えて嬉しかったよ」

伊織「……な、何言ってるのよ……」

―クランクアップ―

伊織『……』

伊織『眠たくなってきたわ……』

伊織『神様の御許へ……また会えるわね……あなた……』

伊織『……』

監督「カーット!!」

P「伊織、お疲れ様」

伊織「ありがと」

薫「伊織ちゃん、お疲れ様ー!」

やよい「伊織ちゃん、私、感動しちゃったよ……」

あずさ「すごくいいラストだったわ~」

監督「お疲れ様」

伊織「あ、監督……」

監督「いやー、もう喧嘩できないかと思うとさみしいね」

伊織「その節は、どうもご迷惑を……」

監督「いいのいいの。また呼ぶから、よろしくね」

伊織「はいっ」

―事務所―

P「何とか、上手く行ったな……」

伊織「ええ……」

伊織「こんなにぐったりしたのは解散ライブ以来よ……」

P「ははっ……あの時も大変だったな」

伊織「あんた、あの頃から何にも言わずに決めるんだもの」

伊織「あの日、あんたに出会ってなかったら、私、どうなってたのかしら?」

P「薫ちゃんと一緒に事務所前でばったり会った日?」

伊織「あんたと初めて会った日よ」

伊織「こんなバカっぽい奴をプロデューサーにするなんて、社長オカシイんじゃないかしら

  って、思ったわ」

P「……」

伊織「その後すぐ分かったわ。私にはこの人しかいないって」

伊織「初めて会ってから10年よ、10年!」

伊織「あんたのこと、ずーっと好きだった……」

P「……」

P「俺は、初めて会った時、このクソ生意気なガキを押し付けるなんて、

 社長おかしいんじゃないかと思ったよ」

伊織「な、なんですって」

P「その後すぐ分かったよ。この子はトップに立つ器だって」

P「だから、俺みたいな奴が可能性を縛っちゃいけない、そう思ったんだ」

伊織「……」

P「ずっと好きだったよ」

伊織「私、あんたと一緒じゃないと輝けないわ」

P「俺は、お前を輝かせるために生きてる」

伊織「……」

P「……」

伊織「ずいぶん、回りくどいプロポーズね」

P「そ、そうか?それでは」

P「俺と結婚を前提に付き合ってください!」

伊織「ま、考えてあげなくもないわよ。にひひ!」

伊織「……今度こそ、幸せにしてよね」

薫「すごーい……大人の会話だぁ……」

律子(大人……?)

社長「うんうん……」

やよい「伊織ちゃん……良かったね……」

あずさ「あ、春香ちゃん?えーっと、今ね……」


終わり

ちなみに、DVに関しては
・あなたは悪くない。殴る奴が悪い
・人格を否定する、大切なものを捨てるなども暴力です
 もちろん女→男のDVもありえます
・近頃は、警察、行政、弁護士会、NPOなどが相談窓口を設けてます
 必ず話を聞いてくれるところはあります

読んで下さった皆さん、ありがとうございました

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