勇者「俺は勇者様の影武者ですから」(198)

<魔王軍要塞>

勇者「僧侶は回復を、魔法使いは俺たちのサポートを頼む!」

僧侶「任せて下さい!」

魔法使い「了解!」

勇者「行くぞ、戦士!」ダッ

戦士「おうっ!」ダッ

大幹部「コシャクなァッ!」

魔法でパワーアップした二人の剣が、魔王軍大幹部を切り裂く。

ズババァッ!

大幹部「ぐ……はっ……!」

大幹部「魔王様……お許しを……!」ドチャッ…

勇者「よしっ、大幹部を倒した!」

勇者「これでもうこの要塞は、機能を失ったも同然だ!」

僧侶「この要塞は、魔王軍の人間界侵略の要でしたからね……」

僧侶「今回の勝利は本当に大きいですわ」

魔法使い「いよいよボクたちも、魔王に近づいてきたね」

戦士「今度はこっちが攻める番だ!」

勇者「さてと、テントに戻ろうか」

僧侶「……そうですね」ハァ…

魔法使い「戻りたくないなぁ……」

戦士「ちっ、またアイツのお守りの始まりかよ……」

<テント>

真勇者「お~遅かったな、お前ら。なにチンタラやってたんだよ」ゴロン…

勇者「すみません、要塞の指揮官である大幹部に手こずりまして」

真勇者「ったく、大幹部くらいもっとサクサク倒せよなぁ~?」

真勇者「勇者様はあんな敵に手こずるのか、ってこの俺がいわれちゃうじゃんかよ」

勇者「本当にすみません」

僧侶(なにもこんな言い方しなくても……)

魔法使い(安全なテントで寝そべってただけのくせして偉そうに……!)

戦士(相変わらずムカつくヤロウだぜ!)

真勇者「おい、戦士」

真勇者「なにかいいたそうなツラしてたが、いいたいことがあるならハッキリいえよ」

戦士「いえ、別に……」

真勇者「だよなぁ? いえるわけないよなぁ?」

真勇者「お前の実家、オンボロ武器屋を立て直せたのは誰のおかげだ?」

真勇者「お前を魔王討伐パーティに選び、前金として大金を支払ってやった」

真勇者「俺と俺の一族のおかげだもんなぁ?」

真勇者「なにかをいう権利なんて、あるわけねぇよなぁ!?」

戦士「感謝……してます」

真勇者「ふん」

真勇者「……そういや、他の二人もコイツと似たようなもんだったよな?」

真勇者「数人しか生徒がいなかった魔法塾に、ろくに礼拝客が来ない教会」

真勇者「しかし、今やどちらも盛り上がり始めてる」

真勇者「どうしてだ? オイ、いってみろよ」

魔法使い「……勇者様の一族に頂いたお金と、勇者様のネームバリューのおかげです」

僧侶「……本当にありがとうございます」

真勇者「そうだそうだ、大いに感謝しろよ」

真勇者「貧乏人っつうのは、金やチャンスを恵んでやっても」

真勇者「少し時間が経つと、すぐ感謝の気持ちを忘れるから困る」

真勇者「──さて、お前は俺にちゃんと感謝してるか?」

勇者「もちろんです」

勇者「俺は勇者様の影武者ですから」

勇者「勇者様がいたからこそ、俺はこうして活躍できているのです」

真勇者「さすがにお前は分かってるな」ニヤッ

真勇者「俺のご先祖は、大昔に魔王を倒したっていうありがた~いお方だ」

真勇者「さて、俺が生まれるのとほぼ同時期、魔王が復活してしまった」

真勇者「俺はすくすく育ち、魔王も着々と人間界を侵攻する」

真勇者「こうなると当然、勇者の血を引く俺に周囲の期待がかかる」

真勇者「しかし、今や俺の一族は国王ですら従わせることのできない大貴族……」

真勇者「そして俺はその一族の次期当主だ」

真勇者「自分で剣を持って戦うなどありえない」

真勇者「かといって、一族の名誉にかけて尻尾を巻いて逃げ出すわけにもいかない」

真勇者「だから一族は、俺に似た人間を探し、影武者として育てることにした」

真勇者「俺の代わりに魔王と戦わせるためにな」

真勇者「どこぞの田舎で親に捨てられてたクソガキに過ぎなかったお前が」

真勇者「子供の頃からあれほどのエリート訓練を受けられたのも」

真勇者「全て俺がいたからだ」

真勇者「お前が俺に瓜二つだったおかげだ」

真勇者「俺がいなかったら、お前なんかただの凡人に過ぎなかったんだ」

真勇者「いや、あの境遇じゃ今の年齢まで生きられたかすら怪しいよな」

勇者「おっしゃる通りです」

真勇者「さぁて、じゃあ今日の戦いについて詳しく聞かせてもらおうか」

勇者「はい」

僧侶「待って下さい! 今日は激戦だったので、すぐに休んだ方が──」

真勇者「黙ってろ、ビッチ」ギロッ

真勇者「こういうのはな、鮮度が命なんだよ」

真勇者「戦い終わってすぐ話を聞かないと意味がない」

真勇者「そうしないと魔王を倒した後、俺が各地で講演する時に困るだろうが」

真勇者「それに“魔王討伐記”なんて本も出す予定だしな」

真勇者「民衆に俺の口や筆から、リアリティ溢れる体験を伝えるためには」

真勇者「コイツが何と戦い、どこに攻撃をもらい、どう苦しみ、どう勝ったか……」

真勇者「全て俺が体験したことにしなきゃいけないんだからな」ニヤッ

勇者「では要塞突入からお話しします」

勇者「まず、門番の魔族と戦い──」

真勇者「ふんふん」

僧侶(ひどい……勇者さんも疲れてるのに……)

僧侶(この人は本当に自分のことしか考えていない……)

魔法使い(ボクたちが魔王を倒した後、何もしてないこの人が)

魔法使い(得意げに魔王討伐の話をする姿が目に浮かぶよ……)

戦士(だが、俺たちはコイツに逆らえねぇ……)

戦士(コイツのおかげで家が潤ったってのは事実なんだからな……)

真勇者「……ふん、なるほど。こうやって大幹部を倒したってわけか」

勇者「はい」

真勇者「ったく、相変わらず泥臭い戦い方だな」

真勇者「もっとかっこよく倒せよな?」

真勇者「こんな戦いを講演会で話したら、子供のロマン壊しちまうぜ」

勇者「すみません、俺が力不足なもので……」

真勇者「力不足ってか、努力不足だな。俺の影武者のくせに、だらしねえ」

真勇者「つまんねえ話を聞き続けたら、眠くなっちまった」ファアア…

真勇者「んじゃ、俺は勇者専用のテントに移らせてもらうぜ」ガサゴソ…

勇者「…………」

僧侶「やっと終わりましたね」

戦士「ちっ、高貴な血筋の勇者様は俺らと寝るのはイヤだってか!」

戦士「一人だけ専用の広いテントで寝やがって!」

魔法使い「別にいいけどね。ボクもあの人と一緒に過ごすのイヤだし」

魔法使い「あの人のテントが魔物に襲われたら、面白いんだけどなぁ」

魔法使い「多分なにもできずにやられちゃうでしょ、あの人」

僧侶「無理ですよ」

僧侶「このテントでさえ、魔族に対して高度なカモフラージュ機能を持ってますからね」

僧侶「あの人のテントを見破るなんて、おそらく魔王でも不可能です」

戦士「それにもしアイツを死なせちまったら」

戦士「たとえ魔王を倒しても、報酬はパアだからな」

戦士「下手すりゃ、アイツが死んだのは俺たちのせいってなってブタ箱行きだ」

戦士「ったく、イヤになるぜ!」

勇者パーティの旅は続いた。

<都市>

市長「魔物たちを追い出していただき、ありがとうございます!」

市長「おかげでこの都市は救われました!」

市長「さすがは勇者様とその御一行ですな!」

勇者「いえ、礼をいわれるほどのことではありません」

勇者「俺たちは魔族の長、魔王を倒すための旅をしているのですから」

市長「さすがは勇者様。しかし、このままあなたがたを見送っては我が都市の名折れ」

市長「もしよろしければ、今夜食事会などいかがでしょう?」

市長「我が都市の名物料理で、たっぷりともてなしますよ」

勇者「ありがとうございます」

勇者「ですが、この格好のままというわけにも参りませんので」

勇者「一度俺たちのテントに戻らせていただきます」

市長「分かりました。では今晩、市庁舎でお待ちしておりますので」

<テント>

真勇者「ほう、食事会?」

真勇者「よし分かった、俺が出る」

真勇者「そういう仕事は、勇者の血を引く俺がやらなきゃならん」

真勇者「それに、最近はお前らの食糧調達がなってないせいで」

真勇者「ろくなもんを食ってなかったからな」

真勇者「ふふふ、楽しみだ」ジュルリ…

勇者「では、俺はテントで待っておりますので、仲間と市庁舎に向かって下さい」

真勇者「おう」

僧侶(これではあまりにも勇者さんが気の毒ですわ……)

魔法使い(何もしてないくせに、手柄は総取りか……ホントいいご身分だよ)

戦士(くそったれが……!)

<市庁舎>

市長「さあ、どんどん食べて下さい、勇者様!」

市長「酒も料理もたっぷり用意しておりますので!」

真勇者「いやぁ~美味しいねぇ」モグモグ

真勇者「このところろくなもん食ってなかったから、ホント最高だよ!」グビグビ

市長「喜んでいただいてなによりです」

市長「それにしても、勇者様の旅というのはやはり過酷なのでしょうなぁ」

真勇者「まあな」

真勇者「魔王軍やモンスターとの戦いはもちろん、食糧調達も大変なんだ」

真勇者「雑草や虫、毒か分からないキノコを、食べることもしょっちゅうさ」

市長「ふむう、なるほど」

僧侶(自分じゃ食糧を調達したことなんかないくせに……)

魔法使い(いつもボクたちに毒味させてから、食べるしさ)

戦士(よくもまあ、ここまで堂々とほざけるもんだ……)

真勇者「ま、俺にかかれば魔王なんて軽いもんだ」

真勇者「この剣でズバズバッとね」

真勇者「残りの三人なんて、ほとんど俺のオマケみたいなもんさ」

市長「そ、そうなんですか……ハハハ」

市長(勇者様の性格が、先ほどとはずいぶん変わってしまったが──)

市長(酒に酔ったからなのかな……?)

僧侶(一度だって自分で戦ったことなんかないくせに……)

魔法使い(そのオマケや影武者の勇者さんがいなかったら、何もできないくせにさ)

戦士(あ~……一度ブン殴ってやりてえ)

<テント>

真勇者「う~……食った食った」

勇者「お疲れ様です」

真勇者「オイお前、なんで俺が食事会に出られないんだ、とか思ってないか?」

勇者「思っていません」

勇者「俺は勇者様の影武者ですから」

真勇者「ハハハ、だよなぁ?」

真勇者「ここの市長がこんな豪勢な食事会を開いたのはなんでだと思う?」

真勇者「お前らが魔物を追い出したから? ……ちがうな」

真勇者「俺の……勇者の名前があるからだ!」

真勇者「勇者の名を掲げてない、ただの戦士団が魔物を追い出したところで」

真勇者「せいぜい、はした金と土産でも渡されて終わりってところだ」

真勇者「メシの途中、俺を睨んでた貧民トリオにもいっておく」

真勇者「お前らは、俺がいなきゃなんの価値もない人間なんだよ!」

戦士(ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!)

戦士(俺たちゃ、コイツのいうとおりなんの価値もない人間なのかよ!)

僧侶(ですが、この人がいなければ私たちが)

僧侶(だれからも注目されないしがない一般人だったというのは本当の話……)

魔法使い(それに、この人を立てて魔王を討伐し、最後まで仕事をこなせば)

魔法使い(ボクたちは一生遊んで暮らせるほどの報酬を得られる……)

戦士(結局俺たちは)

僧侶(最後の最後まで)

魔法使い(この人のいいなりになるしかないってことか……)

勇者パーティと魔王軍の、果てしない戦いは続いた。



勇者「今日はこの城をなんとしても取り戻す!」

戦士「おうよっ!」



僧侶「全体回復呪文をかけましたわ!」

勇者「ありがとうっ!」



魔法使い「あの植物、ボクの炎呪文でだいぶ弱ったみたいだ! トドメを頼むっ!」

勇者「任せろ!」

ズバァッ!

戦士「このオバケども、俺らに化けやがるぜ!」

勇者「俺たちだけに分かる質問をして、ニセモノを見抜くんだっ!」



勇者「君がやられたら……パーティはオシマイだからな」プスプス…

僧侶「勇者さん、私を守るために攻撃を受けて──!」



勇者「俺の剣に魔法を乗せてくれっ!」

魔法使い「了解っ!」

勇者「受けてみろ、魔法剣ッ!」

ドシュウッ!

<テント>

真勇者「……さてと、今日の戦いについて話してもらおうか」

勇者「はい」

勇者「まず、草原にてトロルの一団と遭遇し──」

勇者「トロルのこん棒で頭部に手痛い一撃を受けてしまいました」

真勇者「おいお~い」

真勇者「そんな話したら、俺の女性ファンが悲鳴上げちゃうだろ」

真勇者「キャ~、勇者様の美しいお顔が~! ってさ」

真勇者「他はいいけど、なるべくカオには攻撃喰らうなよな」

勇者「すみません」

真勇者「──ったく、ホントお前はどんくさいな……」

真勇者「あ~……しゃべったらノド渇いちまった」

真勇者「オイ魔法使い、そこの水筒取ってくれよ」

魔法使い「あなたの方が近いじゃないですか、それぐらい自分で──」

真勇者「ん、俺に意見するのか?」

真勇者「いっとくが仮に魔王を倒せたとしても、俺の一族への報告次第じゃ」

真勇者「お前らを英雄どころか罪人にだってできるんだぜ?」

魔法使い「わ、分かりましたよ」ス…

真勇者「俺がいったらちゃっちゃと動け! グズが!」パシッ

真勇者「ただの水じゃものたりねぇな、酒が飲みてえなぁ……」ゴクゴク

僧侶(飲み水だって手に入れるのは大変なのに……)

戦士(人をアゴで使いやがって……)

戦士(コイツ、このところますます調子に乗ってきたな……)

真勇者「まぁ~た不満そうなツラしてるのがいるな」

真勇者「お前らみたいなのは無駄に体力があるからいいんだろうが」

真勇者「俺みたいな高貴な血筋の身で、こんな旅を続けるのはけっこう大変なんだぜ?」

真勇者「あちこち肩が凝ったりしてよぉ~」コキッ コキッ

僧侶「…………」

僧侶「なんだったら、肩でもお揉みしましょうか?」ス…

真勇者「さわるんじゃねえ、クソビッチが!」

バシッ!

僧侶「あっ!」

真勇者「お前みたいな庶民が、俺に触れられると思ってんのか!?」

真勇者「いっとくが玉の輿なんか期待すんなよ、俺は女の好みにはうるさいからな」

僧侶「うぅ……」

真勇者「ん、もうこんな時間か……そろそろ自分のテントに戻るとするか」

真勇者「じゃあな」ガサゴソ…

戦士「……行ったか」

戦士「ケッ、あのクソヤロウにムカつかねえ日がねえよ!」

戦士「戦いもしねえくせに、口は偉そうだし、鎧だけは豪勢だしよ」

戦士「ま、アイツのおかげで影武者の勇者のために頑張ろうって気にはなるがな」

魔法使い「あのぉ~……勇者さん」

魔法使い「あなたはあの人に口答えはおろか」

魔法使い「ボクたちだけになっても、愚痴一つこぼさないけど……」

魔法使い「あんな人に手柄を全て取られて、悔しくはないのかい?」

勇者「全然」

勇者「俺は勇者様の影武者だから」

勇者「俺は勇者様の影として戦い、世界を平和にすることができればそれでいいんだ」

魔法使い「そ、そうかい……」

魔法使い「君がそれでいいなら、いいんだけど、さ」

魔法使い(これだけ理不尽な目にあっても、こんなこといえるなんて……)

魔法使い(ものすごい忠誠心だ)

魔法使い(まさしく彼こそが真の勇者様だよ)

魔法使い(勇者の血を引く本物の勇者は、勇者どころか人間としてもどこかおかしいし)

戦士(だが、今の世は家柄や血筋をとことん大事にすっからな……)

戦士(どうあがこうが、この勇者は影武者以上の存在にはなれねえんだ)

僧侶(この人がどんなに頑張ろうと、明るい未来は待ち受けていない)

僧侶(本当にかわいそうな人ですわ……)

勇者「……ん、みんな、考え込んでしまってどうしたんだ?」

勇者「いよいよ魔族の領地に近づいてきたし、明日も激戦が予想される」

勇者「余計なことは考えずにゆっくり休もう」

僧侶「え、ええ、そうですね……」

魔法使い「う、うん分かってるよ。休息も戦いっていうしね」

戦士「明日も……頑張ろうな!」

勇者「うん、おやすみ!」

<闇の大地>

戦士「ここが魔王軍の領地、か」

戦士「こんな見晴らしのいい場所でも、あちこちからヤバイ気配がするぜ」

僧侶「えぇ、魔の瘴気もこれまで以上に濃くなっています」

僧侶「気温は普通なのに、細かい震えが止まりませんわ」

魔法使い「魔族もこれまで以上に強くなるんだろうなぁ」

魔法使い「魔力切れを起こさないよう、魔法をうまく使っていかないと」

勇者「だけど、それだけ勝利も近いってことだ」

勇者「あそこにそびえ立つ魔王城……」

勇者「俺たちが、あの中にいる魔王を倒せば人類の勝利だ!」

<テント>

真勇者「う、うぅ……」ガタガタ

真勇者「こんな土地に留まるのはまっぴらごめんだ」

真勇者「さっさと魔王をブッ倒してこい!」

魔法使い「ムチャをいわないで下さい」

魔法使い「闇の大地では、魔の瘴気のせいで魔族が数段パワーアップしてるんです」

魔法使い「いや、むしろ本来の力を発揮できるというのが正しいでしょう」

真勇者「うるさい、俺に口答えするなっ!」

魔法使い「……すみません」

真勇者「もういい、テントに戻る」スクッ

真勇者「さっさと魔王を倒す手はずを整えろ、グズども!」ガサゴソ…

勇者「はい!」

戦士「ふん、ざまあねえぜ」

戦士「ろくすっぽ戦ってない身じゃ、ここの瘴気はこたえるんだろうよ」

僧侶「えぇ、なんだか顔色も悪くなっていましたし」

僧侶「不謹慎ですが、少しいい気味だと思ってしまいました」

魔法使い「こんな時までボクらに悪態をつける根性は、さすがってとこだけどね」

魔法使い「ま、しばらくは大人しくなるだろうさ。闇の大地さまさまだ」

勇者「だけど勇者様のいうとおり、敵地でグズグズしてると勝率はどんどん下がる」

勇者「多少危険は増すが、明日からは進撃スピードを上げていこう!」

戦士「おう!」

魔法使い「了解!」

僧侶「はい!」

勇者パーティの戦いは、加速度的に過酷さを増していく。

戦士「なんだ、あのデカイのは!?」

勇者「ドラゴンだっ! 火を吹いてくるぞ、気をつけろっ!」



僧侶「すぐ毒を治療しますね!」パァァ…

勇者「あ、ありがとう……!」ヨロッ…



魔法使い「くそっ、なんで通用しないんだよ!」

勇者「あの怪物には魔法が通じないみたいだ! 無駄撃ちはよせっ!」

戦士「くそったれ! 剣が通じねえ!」

勇者「敵の硬さが尋常じゃないからな……連撃でなく一撃で勝負するんだ!」



僧侶「ハァ、ハァ、ハァ……」ガクッ

勇者「回復呪文の唱えすぎか! みんな、なるべく傷を負わないよう戦ってくれ!」



魔法使い「しまった……魔力切れか……!」

勇者「ここは引き受ける! 一度下がって魔力を回復するんだ!」

<テント>

勇者「ただいま戻りました」ヨロッ…

真勇者「おう、ご苦労」

真勇者「さてと、今日の戦いについて聞かせてもらおうか」

勇者「はい」

僧侶「勇者様、ちょっと待って下さい!」

僧侶「今日は本当に激戦で……勇者さんは本当に疲れてて……」

戦士「休ませてやって下さい!」

魔法使い「ボクからも、お願いします!」

真勇者「…………」

真勇者「ダメだ」

魔法使い「なんでですか!?」

真勇者「いいか、貧民トリオ」

真勇者「俺はお前らよりコイツとの付き合いは長い」

真勇者「俺がガキの頃に、コイツは影武者として拾われ、育てられてきたんだからな」

真勇者「だから分かるんだよ」

真勇者「まだしゃべる元気ぐらい、残ってるよなぁ?」ニヤッ

勇者「はい、問題ありません」

戦士「そりゃアンタにいわれたら、断れねえからだろうが!」

真勇者「なんだその口の聞き方は」ギロッ

真勇者「俺がその気になれば、お前や実家に残された家族、落ちぶれさせるどころか」

真勇者「最上級の凶悪犯にだって仕立て上げられるんだぞ?」

戦士「い、いや……それだけは……」

勇者「……以上が今日の戦いの内容です」

真勇者「まったく魔族如きに手こずりやがって」

真勇者「まあいい、これで俺の“魔王討伐記”はますます充実する」

真勇者「リアリティ溢れる俺の物語に、感動する民衆が目に見えるようだ」

真勇者「さてと、それじゃ俺は自分のテントに戻るとしよう」

真勇者「じゃあな」ガサゴソ…

戦士「……くそっ!」

戦士「なんもしてねえくせに、偉そうに!」

戦士「いっつも超安全なテントで引きこもってる分際でよぉ!」

魔法使い「彼の場合、脅しが脅しじゃないからね」

魔法使い「にしても、今日は本当にひどかった。もう少しでボクが殴りかかってたよ」

僧侶「勇者さんもたまにはちゃんと断らないと……」

勇者「いや、いいんだよ」

勇者「俺は勇者様の影武者だから」

戦士「影武者、影武者ってよぉ!」

戦士「お前には自分の意志ってもんがねえのかよ!」

勇者「あるさ」

勇者「君たちがそれぞれ望みがあって、このパーティに加わったように」

勇者「俺が望むのは勇者様の影として、魔王を倒すことだけ」

勇者「本当にそれだけなんだ」

戦士「くっ……!」

戦士(すげぇ……すげぇよ、コイツ!)

僧侶(この人こそ、本当に勇者として称えられるべき人ですわ!)

魔法使い(勇者さんがいなきゃ、ボクらはここまで来れたかどうか……)

そしてついに、来るべき日が訪れる。

<テント>

勇者「勇者様、明日いよいよ魔王城に突入します」

真勇者「お、やっとか」ゴロン…

真勇者「ようやく俺が魔王討伐の栄誉を勝ち取る時がきたか」

勇者「はい」

勇者「必ずや影武者として、魔王を倒してみせます!」

真勇者「よしよし、気合が入っているな」

真勇者「貧民トリオ。お前たち三人も、最後まできっちり仕事をこなせよ?」ニヤッ

戦士「はい……」

魔法使い「分かりました……」

僧侶「そうします……」

<魔王城>

ザンッ ズシャアッ!

門番「ギヤァエエェェ……」ドサァッ

戦士「ったく、門番ですらこのタフネスかよ……イヤになるぜ」

僧侶「いざ扉を前にすると、緊張しますね……」

魔法使い「うん、ここに入ったらもう後戻りはできない」

勇者「だけど大丈夫!」

勇者「ここまで来れた俺たちなら、必ず魔王を討ち取れる!」

勇者「行くぞっ!」

戦士「おうっ!」

魔法使い「了解っ!」

僧侶「はいっ!」

ギィィィィ…… バタン……!

戦士「トドメだぁっ!」

ズバァッ!

大悪魔「ギャアアアアアッ!」ボシュゥゥ…

勇者「よくやってくれた!」



僧侶「回復しました!」

勇者「ありがとう! ──うおおおおっ!」

ドシュッ!

闇騎士「ぐふっ……この吾輩を倒すとは……さすがは勇者……」ドサッ



魔法使い「魔力では劣っても、実戦経験なら負けない!」バッ

ズオアアアッ!

側近「ぐおおおおっ! 私が、魔法で敗れるとは……無念……!」ガクッ

勇者(ついに側近を倒した……残るは魔王だけだ!)

<魔王の部屋>

魔王「フハハハハハハ……!」

魔王「勇者よ、よくぞここまでたどり着いた」

魔王「さすがはかつてワシを倒した勇者の血を引きし者、といったところか」

勇者「…………」

戦士「──そうだ! コイツは勇者の血を引く男なんだ!」

勇者「!」

戦士「お前なんか敵じゃねえぜ!」

魔法使い「そうだ! 今こそ伝説を再現してやる!」

僧侶「覚悟なさい、魔王!」

魔王「威勢のいい人間どもだ……あの死闘を思い出す。よかろう、来い!」

勇者「行くぞ、魔王っ!」

勇者「はああああっ!」ダッ

戦士「うおりゃあっ!」ダッ

ガキンッ! ギィンッ! ギンッ!

勇者「くっ……!?」

戦士「なんだ、あのマントは!? 全然剣が効かねえ!」

魔王「フハハハハ、勇者よ! この程度か!? 期待外れもいいところだな!」

ズオアアアアッ!

強烈な衝撃波で、勇者と戦士が吹き飛ばされる。

勇者「うぐっ……!」ドサッ

戦士「ぐあああっ!」ズダンッ

僧侶「すぐ回復します!」

魔法使い「喰らえっ!」

ボワァッ!

魔王「笑止!」バシュッ

戦士「ちっ……魔法も手で弾かれちまうか!」

魔法使い「いや……ちょっと待って」ボソッ

魔法使い「なんで剣も通じないあのマントがあるのに、ボクの魔法は手で弾いたんだろ」

戦士「そういや……たしかに」

僧侶「なるほど……もしかしてあのマントは魔法に弱いのかもしれませんね」

魔法使い「弱いとはいかなくとも、効くってことはまちがいなさそうだ」

魔法使い「だったら──」

魔法使い「ボクの魔力をありったけ、全てブチ込んでやれば、マントを破れるかも!」

勇者「分かった、君が魔力を解放するまでの時間、俺たちで稼ぐっ!」

勇者「行くぞっ!」ダッ

戦士「おうっ!」ダッ

魔王「バカめ、キサマらの剣など通用せんわっ!」

ガンッ! ガギンッ! ギィンッ! ゴッ! ガァンッ!

勇者「まだだっ!」

戦士「うおりゃあっ!」

ギンッ! ゴッ! バギンッ! ガキッ! ギィンッ!

魔王「無駄だというのが分からぬか!」

バキィッ!

勇者「がっ……!」ドサッ

魔王「今トドメをくれてやる!」

ビィッ!

魔王の指から光線が放たれる。

ドシュッ!

戦士「ぐおっ……!」

勇者「戦士!」

戦士「へっ……こういう時お前をかばうのが……俺の仕事だろ?」ドサッ

魔王「つまらぬマネを……次こそ勇者を──」バッ

魔法使い「残念、今度はこっちの番だ!」

魔法使いが両手に集めた全魔力を、魔王めがけて叩き込む。

ズドォォンッ!

魔王「しまった、ワシのマントが……!」ボロッ…

魔法使い「へへ、ざまあ……みろ……」ガクッ

僧侶「決めて下さいっ!」

勇者「うおおおりゃあああああっ!!!」

魔王「おのれぇぇぇっ!!!」





     ザ ン ッ 





勇者(や、やった……!)

魔王「ぐ、は……!」

魔王「このワシが……やられる、とは……!」

魔王「さす、がは……勇者の血を引きし者……」

魔王「……といいたいが」

魔王「この剣閃……キサマ、かつての勇者の子孫ではないな?」

勇者「……ああ」

勇者「俺は勇者じゃない」

勇者「俺は……勇者様の影武者だからな」

魔王「やはり、な……」

魔王「だが……キサマもまた、紛れもなき勇者、よ……」

魔王「こ、のワシを……倒したの……だからな……」



ついに勇者の手によって、魔王は再び消滅した──

戦士「や、やった……!」

戦士「俺たち、やったんだ!」

戦士「俺たち、ついに魔王を倒したんだ!」

魔法使い「うん、ボクたちの勝ちさ!」

魔法使い「それにしても、さすがは勇者さんだ」

魔法使い「あの恐るべき魔王を、まさに一刀両断しちゃったんだからね」

僧侶「あらあら、皆さん」

僧侶「回復しないうちにあまりはしゃぐと、傷が開いてしまいますよ」フフッ

僧侶「でも……この一年余りの旅が、これでようやく終わりを告げたのですね……」

勇者「みんな!」

勇者「魔王を打倒できたのは、紛れもなくみんなのおかげだ!」

戦士「なにいってんだ、お前のおかげだよ」

魔法使い「勇者さんの勇気があったから、ボクらはここまで戦えたんだ!」

僧侶「本当にお疲れ様でした……」

勇者「ありがとう……!」

勇者「これで勇者様もお喜びになるだろう!」

勇者「さあみんな、報告のために外のテントに戻ろう!」

戦士「……ああ」

魔法使い「そうだね……」

僧侶「戻りましょうか……」

<テント>

真勇者「ついにやったか、ボンクラども!」

真勇者「もっともお前らがもっとしっかりしてれば」

真勇者「こんな長い旅にならずに済んだだろうがな」

真勇者「わざわざこんな地の果てまでついてきた俺に、大いに感謝しろよ!」

勇者「本当にありがとうございました、勇者様」

戦士「…………」

魔法使い「…………」

僧侶「…………」

真勇者「さて、と」

真勇者「貧民トリオ、お前たちには最後の仕事が残っていたよな」

真勇者「この影武者──ニセ勇者をお前らの手で殺せ」

真勇者「コイツを生かしておくと、自分が魔王を倒したと吹聴する恐れがある」

真勇者「この世に勇者は二人もいらないからな」

真勇者「旅立つ前に説明したが、コイツを殺すまでがお前ら三人の仕事だ」

真勇者「コイツをこの場で殺せば、お前たちには約束の報酬を与えてやろう!」

真勇者「一生遊んで暮らせるほどの金をな!」

戦士「…………」

魔法使い「…………」

僧侶「…………」

真勇者「さあ、やれ!」

勇者「なるほど、これがあなたの計画だったというわけですか……!」

真勇者「そういうことだ」ニヤッ

戦士「断る」

魔法使い「同じく」

僧侶「私もです」

真勇者「な、なんだと!?」

真勇者「俺に逆らったら、魔王討伐の恩賞を得られなくなるだけでは済まんぞ!」

真勇者「お前らの家族、いや故郷ごと俺の一族でもって叩き潰すぞ!」

戦士「……関係ねえよ」

戦士「たしかに俺たち三人は“魔王を倒し、その後影武者を殺す”までを条件に」

戦士「金を受け取り、パーティに加わっちまった……!」

戦士「だがよ……この一年、一緒に必死に戦ってきたコイツを」

戦士「テントでぬくぬくしてたてめえのために殺すなんて」

戦士「できるわけねえだろうがっ!!!」

魔法使い「それに幸いなことに、勇者様と影武者の彼は瓜二つ」

魔法使い「ここであなたを殺して、あなたの死体を影武者として提出しても」

魔法使い「あなたの一族にもきっと分からないでしょう」

僧侶「申し訳ありませんが、私たちはあなたではなく」

僧侶「影武者の勇者さんこそが勇者として認められるべきだと思っています」

僧侶「子供の頃からあなたの影武者として育てられてきた勇者さんなら」

僧侶「今後あなたになり代わることもたやすいでしょうから」

真勇者「そ、そんな……!」

真勇者「この貧民どもがぁっ……! 俺を裏切る気か……!」

勇者「勇者様」

勇者「あなたの計画は完璧だった。ですが、失敗に終わります!」

真勇者「ひっ……!」

戦士「そういうことだ」チャキッ

戦士「あばよ、勇者の血を引くニセ勇者様よぉっ!」

ブオンッ!

勇者「やめろっ!!!」

戦士「!?」ピタッ

真勇者「!?」

戦士「な、なんで止めるんだよ!」

戦士「このクソヤロウの計画が失敗に終わるっていったのは、お前だろ?」

勇者「ああ、そうだ。計画は失敗に終わる」

戦士「……どういう意味だよ」

勇者「つまり、勇者様の計画は──」

勇者「本来ここで俺を殺す予定になっていたお前たち三人が」

勇者「契約を破って勇者様を殺すよう仕向けること、だったからだ」

戦士「は!?」

魔法使い「なっ……!?」

僧侶「え……」

勇者「……そうでしょう、勇者様?」

真勇者「なにをバカなこといってやがる!」

真勇者「そんなもん、ただの自殺じゃねえか!」

真勇者「俺の目的は影武者であるお前を殺し、唯一無二の勇者になることだ!」

勇者「そう、それこそがあなたの一族の計画だった」

勇者「しかし、あなたは一族に抗うため、この三人が自分を殺すよう仕向けた!」

魔法使い「なにいってるんだよ!」

魔法使い「この本物の勇者様ははっきりいって最低の人間だ」

魔法使い「一年間一緒に旅してきて、いい人だなんて思ったことは一度もなかった!」

魔法使い「そんな人が、なんで自分が死ぬような計画を……」

勇者「簡単な話だ」

勇者「最低な人間を演じなければ、君たち三人は勇者様を裏切れないからだ」

勇者「もし勇者様が旅の途中、俺や君たちにわずかでも情をかけていたら」

勇者「君たちは勇者様を裏切れなくなってしまっただろう」

勇者「仮に裏切ったとしても──」

勇者「勇者様を裏切ったことによる罪悪感は、多大なものになっていただろうからね」

僧侶「で、ですが……」

僧侶「この人が私たちのイメージのような悪い人間ではない、という」

僧侶「証拠はあるんですか?」

勇者「ある」

勇者「勇者様、いつも身につけてるその豪華な鎧……今すぐ脱いで下さい」

真勇者「……断る」

真勇者「なんで、お前らなんぞに高貴なる俺の肉体を──」

勇者「じゃあ俺がムリヤリ脱がします」ガチャガチャ…

真勇者「や、やめろぉぉぉっ!」

すると──

戦士「なっ……!?」

魔法使い「ウソだ……!」

僧侶「これは……」

真勇者の首から下は、無傷と呼べる箇所がないほどのありさまだった。

真勇者「くっ……!」

戦士「なんでだ……」

戦士「なんでだよ!? アンタ、人知れずだれかと戦ってたってのか!?」

勇者「いや、そうじゃない」

勇者「勇者様……」

勇者「あなたがいつも俺に、どう戦ったか詳しく話すよういっていたのは」

勇者「俺が負った傷を、自分の体にも同じようにつけるためだったんでしょう?」

真勇者「…………」

>>126
その展開もいいな

僧侶(私が本物の勇者様を回復したことは一度もない……)

僧侶「これほど多くの傷、魔法で回復もせずに放置していたら」

僧侶「今やまともに体を動かすことすら困難のはずでは──」ハッ

僧侶「ま、まさか……」

僧侶「旅が進むにつれて、あまり動かなくなったり、顔色を悪くされていたのは……!」

勇者「ああ」

勇者「全て自傷行為による体調悪化によるものだろう」

勇者「勇者様は怠けるフリでごまかしていたがね」

勇者「僧侶が体に触れることを拒んだのも、おそらくそのためだ」

勇者「体に直接触れれば、僧侶なら勇者様の体調に気づいてしまうだろうから」

真勇者「…………」

>>127
俺は途中まで

真勇者「お前は俺の影武者だからな…っ」パンパン

勇者「んっ…はい、勇者様…///」

かと

真勇者「いつ……気づいた?」

勇者「……旅を始めて半年ぐらい経った頃です」

魔法使い(そういえば、その頃からボクらが傷を負うことも多くなったっけ……)

勇者「奇しくもあなたが前におっしゃったように」

勇者「俺と勇者様は、子供の頃からの付き合いです」

勇者「だから……気づくことができたんです」

戦士「だけど、なんで勇者様は自分の体を傷つけるようなマネをしてたんだ……?」

真勇者「……共有したかったからさ」

真勇者「俺は勇者の血を引きながら、戦いの才能はこれっぽっちもない」

真勇者「いつも代わりにお前たちを戦わせて……」

真勇者「情けなくて、悔しくて、申し訳なかった……」

真勇者「一緒に旅をしてて、そんな感情に俺自身、押し潰されそうだった」

真勇者「だから──」

<勇者専用テント>

真勇者『今日の戦いは、と』

真勇者『まず下腹部にドクロ騎士から一撃を浴びたんだったな……』ス…

ドスッ……!

真勇者『ぐうっ……!』ブシュウ…

真勇者『次は……ゴブリンから顔面に一撃をもらったっていってたな』

真勇者『顔面にやったらバレるから、代わりに肩にしとくか……』ブンッ

ガツンッ!

真勇者『ぐうぅっ……いてぇぇぇ……!』ズキィ…

真勇者『だがこんなもの、アイツらが受けた痛みに比べれば……!』

真勇者『次は──』

ザクッ……!

僧侶「この一年、ずっとそんなことを繰り返していたなんて……!」

真勇者「そんな憐れむような目で見るなよ……」

真勇者「あくまで俺自身のやましさを解消するためにやってたことだ」

真勇者「俺が自分を傷つけたところで、魔王討伐のなんの足しにもならねえしな」

勇者「そして徹底して悪人を演じ──」

勇者「俺の始末までを命じられた戦士たち三人が、あなたを裏切るよう仕向け」

勇者「俺を勇者にするというシナリオだったんですね」

真勇者「ふん……ま、そんなとこだ」

真勇者「俺はうんざりしてた」

真勇者「勇者の血を引いておきながら、戦いの才能がない俺にも」

真勇者「用が済んだら始末するつもりの影武者を立ててまで」

真勇者「勇者の子孫という名誉にしがみつこうとする──」

真勇者「俺の一族にもな」

真勇者「なるべくお前たち三人には罪悪感を与えたくなかったから」

真勇者「お荷物のクソヤロウのまま殺されたかったが、こうなったらしかたねえ」

真勇者「もう一度命令する」

真勇者「戦士、魔法使い、僧侶……俺を殺せ!」

真勇者「俺を殺さなきゃ、アイツを殺さなきゃならなくなるぞ!」

真勇者「死体も見せずに納得するほど、俺の親父たちは甘くねえ!」

真勇者「契約を破れば、本当にお前らの実家や故郷は破滅させられるぞ!」

戦士(くそう……!)

魔法使い(ずっと一緒に戦ってきた勇者さんを殺すなんてできない!)

魔法使い(だけどこんな話を聞いてしまったら、本物の勇者様を殺すことも──!)

僧侶(神よ、私たちはどうすれば……!)

真勇者は親父達には出来る奴だと思われてるのか

真勇者「迷うなっ!」

真勇者「勇気を振り絞り、先頭に立って魔王軍に挑んだのはだれだ!?」

真勇者「魔王に怯える人々や、共に戦うお前らに勇気を与えたのは、だれだ!?」

真勇者「影武者であるコイツだろうがっ!」

真勇者「いや、コイツは影武者なんかじゃない、本物の勇者なんだ!」

真勇者「一方の俺は何もしていない……勇者でもなんでもないんだ……!」

真勇者「勇者と勇者でないヤツ、どっちが生き残るべきか、だれだって分かる!」

真勇者「さあ、早く俺を殺せっ!」

戦士「ぐっ……!」

魔法使い「うぅっ……!」

僧侶「ですが……!」

勇者「待って下さい、勇者様」

真勇者「……なんだ?」

勇者「俺は影武者としてあなたの家に拾われて以来」

勇者「ずっと、あなたになり代わりたい、本物になりたいと願っていました」

勇者「さっき僧侶がいったとおり、なりすます自信もあった」

勇者「あなたの命を奪いたいと思ったことも、一度や二度ではありません」

真勇者「なら、いいじゃねえか。ここで俺が死ねばお前の夢は叶う」

勇者「しかし」

勇者「あなたが密かに俺と同じ箇所に自ら傷をつけていると悟った時」

勇者「俺は自分を恥じました」

勇者「俺は自分が逆の立場だったら、果たして同じことができただろうか、と」

勇者「そしてなにより──あなたと痛みを共有してるということが本当に嬉しかった」

勇者「だから俺はあなたの自傷行為に気づいていながら……」

勇者「魔王軍との戦いを正確に報告してきました」

勇者「俺は無傷だと報告すれば、あなたは自分を傷つけずに済むと知りながら……!」

勇者「俺は最低の人間です」

勇者「申し訳ありません……!」バッ

真勇者「ふっ、謝るなよ……」

真勇者「むしろ、お前の痛みを少しはまともに分かち合えてたって分かって」

真勇者「俺は嬉しい……」

勇者「そして俺は決意しました」

勇者「俺はこの方の影として戦うと、この方の影として魔王を倒すと」

勇者「この方の影として死ぬと……!」

勇者「俺が人々や仲間たちに勇気を与えたというのなら」

勇者「俺に勇気を与えてくれたのは、他ならぬ勇者様、あなたです!」

勇者「俺が勇者だというのなら、あなたもまた紛れもなく勇者なのです!」

勇者「俺は勇者であるあなたの影でいられたことを、心から誇りに思っています!」

真勇者「バカいえ……俺は勇者なんかじゃ……」

真勇者「…………」

真勇者「ありがとう……」

戦士(なるほどな……)

魔法使い(勇者さんの忠誠心の源がどこにあったのか──)

僧侶(ようやく理解できたような気がします……)

勇者「だから──」チャッ

勇者「この命、勇者様に捧げます」ス…

勇者「用済みになった影は……もはやこの世に不要なのです」グッ…

首筋に剣を押し当てる勇者。

真勇者「バ、バカ! やめろ!」

真勇者「魔王を倒したお前が死んでどうすんだっ!」

勇者「僧侶、勇者様の傷……今からでも治せるものはあるはず」

勇者「どうか治してあげてくれ……」

僧侶「剣を降ろして下さい!」

戦士「やめてくれぇっ!」

魔法使い「ダメだっ!」

真勇者「死ぬなぁっ!!!」

───
──

<勇者一族の屋敷>

当主「おおよくぞ戻った、私の可愛い息子よ!」

当主「魔王討伐の件はすでに私の耳にも入っておる」

当主「……ところで、影武者はちゃんと始末しただろうな?」

真勇者「はい、この棺桶の中に入っております……父上」ガタン

当主「ふむふむ、お前とそっくりな人間の死体を見るのは心苦しいが」

当主「こうせねば、我が一族の名誉を守れんからな」

当主「これでお前は世界でただ一人の勇者というわけだ!」

真勇者「はい……」

当主「では約束通り、お前たち三人にも報酬を用意しよう」

戦士「ども……」

魔法使い「……ありがとうございます」

僧侶「これで……教会を立て直せます」

真勇者「ところで父上、影武者の死体はどうしましょう?」

当主「もうそいつは我が一族とはなんの関係もない人間だ」

当主「適当に始末しておけ」

真勇者「……分かりました」

真勇者「じゃあ僧侶、お前のところの墓地に埋葬を頼めるか?」

僧侶「はい、もちろんです」

僧侶「丁重に埋葬させていただきます」

僧侶「勇者様のご一族にとっては単なる影武者でも──」

僧侶「私たちにとっては、かけがえのない大切な仲間でしたから……」

当主「ふん」

当主「では私は忙しいのだ。報酬の件はまたあとで連絡をする」

ギィィ…… バタンッ

<教会>

勇者の死体「…………」

真勇者「おい、もういいぞ」

ボワンッ!

オバケ「これで俺は自由の身なんですよね?」

戦士「おう、どこにでも行け。ただし悪さするんじゃねえぞ」

オバケ「もちろんですよ~」

オバケ「じゃ、サヨナラ~」ヒュルルルル…

真勇者「……ぷっ」

真勇者「ワハハハハハッ!」

戦士「ギャハハハハハッ!」

魔法使い「アハハハハハッ!」

僧侶「ふふふっ……」

魔法使い「それにしても、よくあの場面で思いつきましたね」

魔法使い「旅の途中で戦った、ボクらに化けるオバケを捕まえて利用するなんて……」

真勇者「俺はお前たちの戦いをアイツからよく聞いてたからな」

真勇者「ただの死んだフリじゃ絶対バレるが」

真勇者「オバケなら死んだフリもお手のものだったしな」

真勇者「ただ、親父が“ウチで丁重で埋葬する”なんていいだしたら危なかったが」

真勇者「あの親父がそんなこというはずないってのも分かってたしな」

真勇者「……しかし、ホントうっかりしてたな」

真勇者「もっと早くこれを思いついてりゃ」

真勇者「どっちが本物だの、どっちが死ぬだの、大騒ぎしなくてよかったんだがな」

僧侶「ふふっ、仕方ありませんよ」

僧侶「命の二択という極限状況が、この閃きを生んだんでしょうから」

戦士「はぁ~……」

戦士「実際、オバケと戦った俺たちが思いつけねえとは情けねえ……!」

僧侶「まあまあ、いいじゃありませんか」

僧侶「おかげで二人の勇者様は、どちらも死なずに済んだのですから」

魔法使い「結果オーライだね」

ガサゴソ……

勇者「その様子だと、うまくいったみたいですね?」

真勇者「おう、まんまと出し抜いてやったよ」

ハッハッハッハッハ……!

真勇者「さて、と」

真勇者「そろそろお別れだな」

戦士「俺は今回の報酬で、武器屋をなんとか立て直してやらぁ!」

魔法使い「ボクも、魔法塾を繁盛させてみせるよ!」

僧侶「私もこの教会を……人々からもっと愛されるようにいたします」

真勇者「魔王を倒したお前たちなら、きっとやれるさ」

真勇者「俺も誇りを失った一族を、なんとか変えてみせる!」

真勇者「……で、お前はどうするんだ?」

勇者「俺は旅に出ます」

勇者「いくらオバケを身代わりにしたといっても」

勇者「この国にいるのは、お互いのためによくありませんからね」

真勇者「……たしかにな」

真勇者「すまねえな、お前には世話になりっぱなしだ」

真勇者「本来なら、お前がこの国に残るべきだってのに……」

勇者「いえ、俺はこの手で魔王を倒せたというだけで十分満足していますし」

勇者「それにあの時、勇者様があのアイディアを思いついたから」

勇者「俺は今こうして生きているのです」

勇者「ならばこの生き永らえた命、引き続き人々のために使います」

勇者「なぜなら俺は──」

勇者「勇者様の影武者ですから!」



そして──

一年後──

<勇者一族の屋敷>

当主「なんだ!? この面白くない記事は!?」グシャッ

真勇者「どうしたんですか、父上」

当主「なんでも遠い異国の地で、お前にそっくりな男が」

当主「魔王軍残党を退治したり、盗賊団を壊滅させたりと大活躍し」

当主「人々から“影の勇者”などと呼ばれ、慕われているそうだ!」

当主「何者かは知らんが、我が一族でもないのに勇者の名を冠するとは不届きな輩だ!」

当主「いっそ制裁を──」

真勇者「放っておきましょうよ」

真勇者「影の勇者、なんてなかなかシャレてるじゃありませんか」

真勇者「勇者の血を引く一族というのは、もっとドンと構えておくべきでしょう」

真勇者「ねぇ?」ニヤッ

当主「ぐっ……!」

当主(こいつめ、前までは私のいうことに従うことしかできなかったのに)

当主(魔王討伐の旅を終えてから急激に、私以上の威厳を身につけおった……!)

真勇者「それに俺は──」

真勇者「勇者が二人いるってのも、なかなかオツなものだと思いますよ」





<おわり>

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