奉太郎「千反田がラブレターを貰った?」(106)
高校生活最初の一年が終わるかという三月の頭。
放課後、俺が部室に入るといきなりそんな話でもちきりだった。
摩耶花「そう、そうなのよ!! ちーちゃんの鞄の中に入ってたの!!」
える「…………///」
奉太郎「ふーん」
里志「はは、あんまり興味なさそうだね。まぁホータローらしいけど」
える「えっ……そ、そうですか……興味無いですか…………」
なぜかしょんぼりする千反田。
俺にどうしろっていうんだ。
摩耶花「あ、こら、なにちーちゃん悲しませてんのよ!! 本当はすっごく焦ってるくせに!!」
奉太郎「焦りは無駄なエネルギー消費だと思う。なぜなら焦った所で何も変わらないからな」
里志「まぁまぁ、二人とも。でもまだ開封してないんだね、それ。早く開けてみようよ」
える「いったいどんな方がこの様なものをくださったのか……わたし、気になります!!」
奉太郎「なぜ俺を見て言う」
摩耶花「えっ、まさかその手紙の差出人を推理するっていうんじゃ……」
奉太郎「…………?」
そんなやりとりをしている間に、好奇心に目を輝かせた千反田が手紙を開封する。
確かに封筒には「この想いをあなたへ」という文字が書いてある。
手紙の内容は……。
『千反田えるさん、僕はずっとあなたのことを見てきました。あなたの見せる様々な表情、その全てが僕にとっては太陽のように眩しい。
ですが、あなたの隣にはいつも折木奉太郎さんがいた。それでも僕は、あなたが幸せならばと自分に言い聞かせて身を引くつもりでした。
でも、気付いてしまったんです。そんなものは都合の良い理由にすがっているだけで、ただの逃げにすぎないという事を。
今日の6時、1年A組でお待ちしております。僕の気持ちを直接伝えさせてください』
里志「こりゃまた……」
奉太郎「…………」
顔が引きつるのを感じる。
なんていうか……重過ぎないかこれ?
しかも俺が千反田の恋人かなんかだと勘違いされているらしい。
千反田の方を見てみると、
える「//////」
奉太郎「おーい」
える「ひゃ、ひゃい!!!」
奉太郎「そんなに気に入ったのかこれ?」
える「そ、そういう事ではありません!! でも、こういったものをいただくのは初めてですのでその……///」
摩耶花「おっ、ちーちゃん満更でもない??」ニヤニヤ
える「ですからそういう事ではありませんってば!! それに摩耶花さんは知っているでしょう!! わたしは……」
そこまで言って千反田は口ごもる。顔は真っ赤だ。
あとさっきから何で千反田はこっちをチラチラ見ているんだ。
奉太郎「どうしたんだ?」
える「な、なんでもないですっ!!」
奉太郎「??」
里志「名探偵も色恋沙汰は専門外、か」
奉太郎「おい里志、どういう意味だ」
里志「さぁね。それで千反田さんはどうするんだい?」
える「わたしは…………気になります」
「「はい??」」
俺と里志と伊原の声がハモる。
える「いつ、どうやってこのお手紙を私の鞄に入れたのか…………わたし、気になります!!」
奉太郎「…………よし、じゃあ俺はこれで」
える「折木さん!!!」
立ち上がる俺の腕をがっしり掴む千反田。
える「わたしは朝登校してきた時には、教科書を入れる前に必ず机の中を確認します! ですが、今朝は確かに何も入っていませんでした!!
それではいつ、誰が、どうやってこのお手紙をわたしの鞄に入れたのでしょう!?」
奉太郎「そ、そんなのは休み時間とかにこっそりお前の机の中に入れておけば……」
里志「それはどうかな。少なくとも僕はそんな誰かに見られるか分からないリスクはおかせないけどね」
奉太郎「さとしぃぃ~!!」
摩耶花「……まぁ確かにふくちゃんの言うとおりかも」
える「それにわたしは休み時間にあまり席を離れることもありません」
奉太郎「……友達居ないのか?」
える「ち、違います!! お近くの席の方とお話しているのです!!」
千反田の言葉に俺は納得する。
確かに俺もわざわざ歩くのは面倒なので、休み時間の話相手はいつも近くの席の奴だ。
摩耶花「ふふん、なんだかんだ折木だって気になってるんでしょ? 協力してあげなさいよ」
奉太郎「…………分かったよ」
える「ありがとうございます折木さん!!」
里志「あれ、意外とあっさり折れたね。折木だけに」
奉太郎「こうなった千反田はどうにもならない事を知ってるだけだ。それに…………」
里志「それに?」
奉太郎「……いや、何でもない」
俺は前髪をいじって里志から目を逸らす。
里志「それで千反田さんは朝に机の中身を確認するって言ったよね。
それなら放課後に机の中身を鞄へ移す時、その前に鞄の中を確認したりするのかな?」
える「はい、そうですね。もちろん、その時は何も入っていませんでした」
摩耶花「ていうことは、朝から放課後までの間に誰かがちーちゃんの机の中に手紙を入れたっていう可能性が高いわね。
それでちーちゃんはその事に気付かないで、机の中身ごと手紙を鞄の中に入れる……と」
里志「どこかで誰にも見られずに千反田さんの机の中に手紙を入れられるタイミングはなかったのかな?」
える「そうですね…………あ、今日は一度だけ音楽の移動教室がありました! その時なら……」
里志「おっ、それなら真っ先に教室に戻った人が怪しいね。誰か心当たりはない?」
える「……えっと、その……最初に戻ってきたのはわたしとお友達の方でした」
摩耶花「じゃあダメじゃない……」
える「はい……うっかりしてました…………あ!!」
里志「どうしたんだい?」
える「そういえば、今日の音楽の途中に具合が悪いとおっしゃって保健室へ行かれた方がいます!」
摩耶花「ほんと!? 誰か付き添いの人とかは!?」
える「いえ、保健委員の方は必要ないと断っていました」
里志「へぇ……それは結構怪しいね。そうやって保健室へ行く前に教室へ寄って、手紙を机の中に入れる。これならいけそうだ」
える「な、なるほど……!! どうでしょう折木さん!?」
奉太郎「Zzz……」ウトウト
える「お・れ・き・さん!!!!!」
奉太郎「うおうっ!!!」ビクッ
いきなり千反田が近くで大声を出した。
こういうのは心臓に悪いからやめてほしい。
える「もう。聞いていませんでしたよね?」
奉太郎「聞いてた聞いてた。そうだな、確かにそいつが怪しい」
える「折木さんもそう思いますか!?」
奉太郎「……お、おう」
なんかてきとーに言ったのに、純粋な表情で食いつかれてしまった。
これはこれで罪悪感を覚える。
里志「よし、それじゃあさっそく千反田さんのクラスに行ってみようか」
奉太郎「えっ……」
える「はい。まだ残っていらしたら良いのですが……」
里志「その人が差出人なら確実に残っているね。なにせ、今日の6時に千反田さんを呼び出しているんだし」
摩耶花「ほら折木。あんたも行くわよ」
奉太郎「わ、分かった。だがその前にちょっと千反田と話したいことがあるんだ。伊原と里志は先行っててくれ」
摩耶花「え? まぁいいけど……」
そう言って伊原は里志と一緒に部屋を出ていった。
千反田はキョトンと首をかしげる。
える「折木さん、聞きたい事とは?」
奉太郎「あぁ、まずは――――」
***
俺達が千反田のクラスに着くと、その前で里志と伊原が待っていた。
里志「考えてみれば、その音楽の授業の途中で抜けた人って千反田さんしか分からないから、僕達だけで行っても仕方なかったんだよね」
奉太郎「そりゃそうだ」
摩耶花「ちょっと折木! 気付いてたんなら教えなさいよ!!」
える「まぁまぁ、摩耶花さん。ではみなさん、入りましょう」
そう言って千反田が教室のドアを開ける。
中には数人の生徒が残っていた。
摩耶花「それで、ちーちゃんが言ってた人は?」
える「えっと……あ、あの方です!」
千反田はそう言うと、慌てて一人の男子生徒の近くまで歩いて行く。
える「あ、あの!!! わたしにラブレターをくださったのはあなたですかっ!?」
奉太郎「待て待て待て」
俺は慌てて千反田を制する。
案の定いきなりそんな事を言われた生徒は唖然としている。
男子「え……は、はい……?」
奉太郎「千反田、いろいろすっ飛ばしすぎだ」
える「あ……す、すみません!!」
里志「ははは、まぁ千反田さんらしいじゃないか」
摩耶花「えっと……あなたは今日の音楽の授業の途中で保健室へ行った。そうよね?」
男子「あぁ……うん。ちょっと貧血気味で」
里志「でも、君は保健委員の付き添いを断った。なぜだい?」
男子「それは…………」
奉太郎「…………もういいだろ」
摩耶花「えっ……ちょ、折木!?」
俺が教室を出ていくと、他の古典部員達も後を追ってくる。
背後からは「ちっ」という舌打ちが聞こえてきた。
***
俺達は次に保健室に来ていた。
そこの先生に聞いてみると、確かに先程の男子生徒は貧血でここに来ていて症状を聞く限り仮病ではなさそうだ。
里志「こうなると…………」
奉太郎「仮病じゃないって事はあいつは白だろ」
摩耶花「……じゃあなんで保健委員の付き添いを断ったのよ」
奉太郎「あいつと保健委員の仲が悪いからだ」
摩耶花「あんたてきとーに言ってない?」
える「それはありませんよ、先程の方と保健委員の方はお友達です」
奉太郎「それならケンカ中とかだな。さっきなぜ付き添いを断ったのかって聞いた時、あいつはチラッとある方向を見た。
千反田、あの教室に保健委員のやつは残っていたな?」
える「えぇ、そういえば」
奉太郎「たぶんその保健委員の方を見ていたんだろう。教室を出る時聞こえてきた舌打ちも同じやつだ」
里志「確かに何となく気まずい雰囲気があった気がするね……」
摩耶花「でもなんでそんなケンカ中の二人が揃って教室に残ってるのよ」
奉太郎「さっきの奴は何とか仲直りをしたいと思って居るんじゃないか? 保健委員の方はそれに気付いて何か言ってくるまで残ってるとか」
える「言われてみれば、あのお二人は最近少し余所余所しい所があったかもしれません……」
摩耶花「えっ……じゃああの二人、いつまで残ってるつもりなのよ…………」
伊原はブツブツとそんな事を言う。
里志「んー、ねぇ千反田さん。あの手紙は部室に入ってから気付いた、そうだよね?」
える「はい。わたしは部室で本を読んでいると、摩耶花さんがやってきて……」
摩耶花「それで、わたしが明日の古典の予習をしたいからちーちゃんに教科書とノートを貸してほしいって言ったの。その教科書とノートの間に挟まっていたのよ」
里志「摩耶花が予習なんて珍しいね」
摩耶花「明日先生に指される事を思い出したのよ」
里志「なるほど。それで千反田さん、古典の授業は今日の何限目にあったんだい?」
える「古典は6限で一番最後の授業ですね。………………あ!」
里志「という事は手紙が入れられたのはその授業が終わってから部室に来るまでの間、という事になるね。教科書とノートの間に挟まっていてその授業の時に気付かないわけがない」
える「そ、その通りですね……!」
摩耶花「なるほど、それならかなり絞れるわね……。何かなかった、ちーちゃん?」
える「えっと…………あ、わたし、壁新聞部に行きました!」
里志「壁新聞部?」
える「はい。家のことで少し遠垣内さんにお話があって」
摩耶花「遠垣内先輩に? あれ、でもあの人ってもう壁新聞部は引退したんじゃ……」
える「最後に入須さん特集で書かせてほしいとお願いしているみたいです。部室には入須さんも居ました」
里志「おぉ、確かにあの女帝特集ともなると注目度も高そうだね!」
える「はい。ですが入須さんは渋っている様子で…………」
摩耶花「うーん……そうだ、ちーちゃん。その時鞄はずっと持ってた?」
える「鞄…………そういえば、一度机の上に置いて過去の新聞を拝見させてもらっていました」
里志「つまりその時は鞄に注意を向けていなかった…………という事は」
摩耶花「もしかして……遠垣内先輩?」
里志「卒業する前に……っていう気持ちはあるかもしれないね。それにどちらも名家だし……」
える「えっ……えぇ……!?///」
摩耶花「ふふ……いよいよピンチね折木? あの先輩、結構イケメンだったし……」ニヤニヤ
奉太郎「Zzz……」
摩耶花「…………」
里志「はは、ホータローはベッドで熟睡みたいだね」
先生「ちょっとー、健康な子は家のベッドで寝なさいねー」
奉太郎「んぐ……?」
える「…………もうっ!!」プクー
目が覚めると、なぜか伊原が冷ややかな目で見ていて、千反田も頬を膨らませていた。
***
知らない内に壁新聞部に行くという事で話は決まっていて、俺も引きずられるように連れて行かれる。
奉太郎「……つーか、それだと千反田には気付かれなくても入須先輩の方が気付くかもしれないだろ」
里志「それなら二人はグルって事だね」
奉太郎「グル……ねぇ」
そんな事を話している内に壁新聞部の部室前まで辿り着く。
赤外線センサーはもう外したらしい。
千反田が扉をノックすると、遠垣内先輩が出てきた。
遠垣内「あれ、どうしたんだ? 何か忘れ物?」
える「わ、わたしにラブレターをくださったのはあなたですかっ!?」
遠垣内「…………へ?」
奉太郎「だから落ち着け千反田」
入須「何やら面白い言葉が聞こえてきたな」
そんな声が聞こえたと思ったら、奥から入須先輩が出てきた。
その姿に、俺は思わず半歩下がってしまう。どうもこの人は苦手だ。
とりあえず里志と摩耶花がある程度の事情を説明する。
すると入須先輩がジト目で遠垣内先輩を見る。
入須「……つまり私とこの子、どちらでも良かったという話なのですか?」
遠垣内「ち、違う、誤解だ!! 俺はそんな手紙なんて知らない!!」
摩耶花「どっちでも良かったって何の話ですか入須先輩?」
入須「実は先程遠垣内先輩に告白されてな」
「「えっ!!?」」
千反田、里志、伊原の声がハモる。
遠垣内先輩は慌てて、
遠垣内「お、おい!!」
入須「すみません。しかし誤解であるならこれが最も早く解ける方法なのでは?」
遠垣内「それは……そうだが…………」
奉太郎「なるほど、既に恋人がいる遠垣内先輩はありえない……と。分かりましたそれでは失礼します」
入須「それも誤解だ折木くん」
俺はそそくさと立ち去ろうとするが、それを後ろから入須先輩に呼び止められた。
里志「誤解とは?」
入須「私は告白をされたが、承諾はしていない」
摩耶花「つまり…………フッた?」
える「まぁ」
遠垣内「…………」ズーン
こういうのを傷に塩を塗ると言うのだろうか。
俺は少し気の毒になって、相当落ち込んでいる様子の遠垣内先輩を見る。
奉太郎「えっと…………なんか、すみません。俺達はもう行くんで……」
入須「折木くん」
奉太郎「はい?」
入須「私には気になっている男がいる。だから、彼の告白を断ったんだ」
奉太郎「そうですか…………まぁ入須先輩なら誰でも受け入れてくれると思いますよ」
入須「それは本当か、折木くん?」
奉太郎「えっ……はい、少なくとも俺はそう思いますけど……」
入須「…………」
奉太郎「…………」
入須「…………」ジー
奉太郎「…………じゃ、じゃあ俺達はこれで」
みんなが目を丸くして、俺と入須先輩の事を交互に見ていた。
俺はそんな視線、そして入須先輩自身からの視線に耐え切れずにその場を後にした。
***
俺達は部室まで戻ってきた。
先程から伊原が凄くうるさい。
摩耶花「ちょっと折木!! だからあんたはどうすんのよ!!」
奉太郎「だからなにが」
摩耶花「入須先輩のことよ!」
奉太郎「……今は千反田のラブレターの差出人だろ」
摩耶花「ちーちゃん! ちーちゃんも気になるよね!?」
える「……はい。わたし、気になります」
千反田は真剣な表情で真っ直ぐ俺を見てくる。
奉太郎「…………」
える「…………」ジー
奉太郎「…………分かった」
える「ありがとうございます!!」
里志「相変わらずホータローは千反田さんの『わたし、気になります』には弱いね」ニヤ
奉太郎「うるさいぞ里志。それで、さっきの入須先輩の言葉なんだが……」
千反田と伊原がゴクリと喉を鳴らす。
奉太郎「あれはおそらく、遠垣内先輩の事を気遣っての言葉だ」
える「え?」
摩耶花「は?」
千反田と伊原がキョトンとする。
奉太郎「まず、さっきのやり取りで遠垣内先輩は心にダメージを負った」
里志「そりゃあね……」
摩耶花「でも、それで何で入須先輩はあんな事言ったのよ。あれじゃどう見ても入須先輩が折木のこと……」
奉太郎「あぁ。“そう見せる事”があの人の目的だったんだ」
える「そう見せる事……ですか?」
里志「入須先輩がホータローに惚れてるように見せるのが、遠垣内先輩の事を気遣っているっていう事になるのかい?」
奉太郎「入須先輩のクラスの自主制作映画の件は覚えてるよな? 俺が探偵役……いや、脚本家に選ばれた時の話だ」
摩耶花「あー、あんたがまんまと入須先輩に乗せられちゃった時の事でしょ」
里志「ホータロー完全敗北の時だね」
える「ちょ、ちょっと摩耶花さんも福部さんも言い過ぎですよ」
奉太郎「…………その時に、入須先輩は俺を選んだ理由について『三人の人物から君の力について聞いた』と言った。
一人は千反田える。一人は学外の人間。一人は遠垣内将司」
摩耶花「なによ、『俺ってすげーんだぜ』アピール?」
奉太郎「違う。例え買いかぶりでもなんでも、遠垣内先輩は俺ができる人間だと思い込んでいるって事が重要だ」
える「えっと……話が見えないのですが……」
奉太郎「告白した相手に『他に好きな人が居る』と言われてフラれたとする。
そういう時、その好きな人というのが誰だか分からない状態よりも、自分も知っていてそして一目置いている相手の方がまだ諦めがつくと思わないか?」
里志「……確かにね。入須先輩が考えそうなことではある」
摩耶花「でもそれって無理矢理すぎない? わたしはただ素直に入須先輩が折木のこと好きなんだって捉えるのが自然だと思うけど」
える「わたしもその……摩耶花さんと同意見です」
奉太郎「本気で口説くつもりなら、あの人は二人きりという状況を作ると思うけどな」
摩耶花「それは…………」
える「……確かに入須さん、何か頼みごとをする時は人目のつかない所で異性にって言っていました…………」
里志「はは、そういえばホータローがやられた時も茶屋で二人きりだったんだっけ」
奉太郎「うるさい」
摩耶花「で、でも……そんなの……」
伊原はまだ納得していない様子でこちらを見ている。
俺は軽く溜息をついて、
奉太郎「あぁ、これはただの俺の推論だ。だが、少なくとも俺はこう思っているからどうするつもりもない、という事だ」
摩耶花「…………むぅ」
える「それでは折木さん、一つ聞かせていただけますか?」
奉太郎「なんだ?」
える「折木さんは、入須さんの事は好きですか?」
奉太郎「…………苦手だ」
える「…………」
奉太郎「……なんだよ」
える「……いえ…………ふふ、そうですか」
千反田は俺の言葉ににっこりと笑う。
てっきり、『折木さんは入須さんの事を誤解しています』なんて説教されるかもしれないと思っていただけに意外だった。
***
気付けば約束の時間の30分前になっていた。
外はすっかり真っ暗だ。
里志「……はぁ、これは分かりそうにもないね。ホータローもいつも以上にやる気がないみたいだし」
奉太郎「失礼な。俺だって真剣に考えてたが分からなかったんだ」
摩耶花「へぇ、名探偵折木奉太郎の推理も完璧じゃないのね」ニヤニヤ
奉太郎「推理じゃなくて推論だ」
える「あの……わたしは……」
千反田は気まずそうにもじもじしている。
まぁ手紙を貰った当人なので当たり前か。
千反田の言葉に伊原は少し考え込んで、
摩耶花「……ここからはちーちゃん一人で手紙に指定された場所に行ってもらう事になっちゃうかな。
さすがに人の告白の場面までついていくのはちょっとアレだし」
里志「まぁ既にこうして差出人を探し出そうとしている時点でアレだけどね。でもどうやら僕達の負けみたいだし、ここら辺で大人しく引いておこうか」
奉太郎「そうだな。俺もそれがいいと思う」
摩耶花「あんたはただ面倒くさいだけでしょ。もう、これでちーちゃんが告白をオッケーして彼氏ができちゃったらどうすんのよ?」
奉太郎「……さぁ」
里志「はは、無駄だって摩耶花。省エネ主義のホータローが自分から恋愛事に首を突っ込むなんてないない」
える「…………」
奉太郎「……千反田?」
える「……いえ、何でもありません。分かりました。わたし、一人で指定された場所へと行きたいと思います」
摩耶花「折木のバーカ」
奉太郎「だから何なんだ一体……」
俺は責めるような目を向けてくる伊原に対して、ただ溜息をつくしかなかった。
その後、古典部は千反田を残してそれぞれ帰路に就く。
***
午後6時。1年A組。
真っ暗な教室に、一つの影が佇んでいるのが見える。
俺は何の躊躇もせずに足を踏み入れる。
奉太郎「いくら待っても千反田は来ないぞ、伊原」
ビクッと影が震える。
近づけばよく分かる。同じ古典部で小・中学校と9年間同じクラスの腐れ縁、伊原摩耶花だ。
摩耶花「な、なんであんたがこんな所に居るのよ!」
奉太郎「それを言ったらお前もだろ」
摩耶花「わ、私はちーちゃんが心配で……」
奉太郎「……今回のラブレターの件、俺にはいくつか気になることがあった」
摩耶花「…………なによ」
奉太郎「まず最初に、千反田が『手紙の差出人について気になる』と言った時、お前は『まさか差出人を推理するっていうんじゃ……』と言った」
摩耶花「それがどうしたのよ。いつものパターンじゃない」
奉太郎「確かにその言葉が“手紙を開封した後”のものだったら自然だったかもな」
摩耶花「…………」
奉太郎「だが、違った。その時はまだ手紙は開封されていなかった。
そして『差出人を推理する』という言葉は手紙の内容にそいつの事が書いていないという前提の下でないと出てこないはずだ。どうしてお前はそう思ったんだ?
俺はそういうラブレターとかいうものに詳しいわけでもないが、普通は差出人の名前とかは入っているものだと思うけどな」
摩耶花「…………それは」
奉太郎「もう一つ気になったことは、お前は千反田のクラスでケンカ中の二人組。あいつらがいつまで教室に残っているのか、やけに深刻そうに気にしていた。
千反田のクラス……つまりこの1年A組だ。まぁあの二人はもう帰ったみたいだけどな」
摩耶花「ちーちゃんだって人が居る所で告白されたくないでしょ」
奉太郎「だがそれをどうにかするのは手紙の差出人の仕事じゃないか? お前はまるで自分自身の事であるかのように困った表情をしていた」
摩耶花「そんなのは折木がただそう思っただけよ」
奉太郎「……確かにな。それじゃあ他に気になったこと……手紙に指定された時刻と場所だ」
摩耶花「時刻と場所って、6時に教室のどこがおかしいわけ? 誰もいなくなる時間帯じゃない」
奉太郎「もし千反田が6時までに手紙に気付かなかったらどうするんだ?」
摩耶花「…………あ」
奉太郎「手紙は古典の教科書とノートの間に挟まっていた。しかも手紙が入れられたのは6限の古典の授業の後。
千反田は部室で本を読むからそれからずっと鞄を開けないという事はないが、それでも気付くかどうかは分からない。
それなら朝早くに下駄箱に入れておくとかして、確実に夕方6時前に気づいてもらえる方法をとった方がいいはずだ」
摩耶花「…………」
奉太郎「そして現に、千反田は部室で鞄から本を取り出しても手紙に気付かなかった。
それじゃあどうやって気付いたのか。伊原、お前に古典の教科書とノートを貸してほしいと頼まれて取り出したからだ」
摩耶花「…………そうね」
奉太郎「千反田のクラスの男子が怪しいって全員が部室を出る前。俺はお前と里志を先に行かせて、その時の事を千反田に詳しく教えてもらった。
最初に手紙に気付いたのは伊原、お前らしいな。千反田から古典の教科書とノートを受け取って、お前がそれの間に挟まっている手紙を見つけた」
摩耶花「…………うん」
奉太郎「元から手紙なんて入ってなかったんだろ。ただお前が手紙を取り出して、教科書とノートの間に挟まっていたと言えばいいだけだったんだ。
お前は教科書とノートを千反田から受け取ってこう言ったらしいな。『ちーちゃんはこっちは気にしないで本読んでていいよ』ってな」
摩耶花「…………」
伊原は何も言わない。
ただ俯いているだけで、この暗さでは表情もよく分からない。
奉太郎「……言っとくが、これは全部俺の推論だ。証拠なんてない。俺は名探偵なんかじゃないからな。
お前はその気になれば『そんなのただの妄想だ』と押し通すこともできる」
摩耶花「そう……そう、よね……」
奉太郎「だが、これだけは答えてくれ。お前は里志の事が好きなんだよな?」
摩耶花「……? うん、そうだけど……なんで今更……」
キョトンと首をかしげる伊原の言葉に、俺は少し気まずさを感じて前髪をいじりながら、
奉太郎「その……お前が差出人だとすると、理由が分からなくてな……。
もしかしたらお前にそういう気があるのかと……あ、いや、俺は別に同性愛を否定するつもりはないが……」
摩耶花「…………は?」
奉太郎「だ、だからお前が千反田の事を好きなんじゃないか……という事だ。友達とかそういう意味ではなく」
摩耶花「ぶっ!!! ちょっと、あんたいきなり何言い出してんのよ!!!」
奉太郎「お、俺だってそれはないと思った! ただ一応確認というか……」
摩耶花「当たり前でしょ!! あの手紙は……!!」
そこまで言って、伊原は凍りついた。
奉太郎「……それで、あの手紙は?」
摩耶花「……うぅ、分かった認めるわよ!! あれはわたしの仕業!! でも動機とかは教えてあげないから!!」
奉太郎「なんでだよ……」
摩耶花「ふん、あんたのお得意の推論で当ててみなさいよ」
奉太郎「部室で言っただろ? 俺も真剣に考えたけど分からなかったって」
摩耶花「……あれってそういう意味だったんだ」
奉太郎「とりあえず、普通に考えれば千反田をからかって反応を楽しむとかだと思ったが、観察してみるとお前はむしろ俺の反応を楽しんでいるようにも思えた」
摩耶花「分かってるじゃない」
奉太郎「いや、わけ分からん。千反田にラブレター出して、何で俺の反応を期待するんだ」
摩耶花「…………はぁ」
伊原はまるでどうしようもない子供を見るように溜息をつく。
何だかよく分からないが物凄くバカにされている感じはする。
摩耶花「……もういいわ、ちーちゃんに聞いてよ」
奉太郎「千反田に?」
摩耶花「うん。今の話を全部伝えれば分かるはずだから。それじゃあね、なんかわたし疲れちゃった」
奉太郎「あ、おい!」
俺は慌てて呼び止めるが、伊原はそのまま教室を出ていってしまった。
暗い教室には俺一人がポツンと取り残された。
***
帰り道。
暗い中を俺と千反田は並んで校門を通る。千反田の方は自転車を押している。
もうすぐ春とはいえこの時間はまだまだ寒さが厳しく、俺は白のコート、千反田は黒のコートを羽織っている。
奉太郎「――――というわけだ」
える「……そう、ですか」
千反田には事前に差出人の当てだけは軽く言って、俺が教室へ行くと説得した。
その時の条件が後で全部詳しく教えてほしいという事なので、最初から説明していたわけだ。
奉太郎「そういえば、千反田なら伊原の動機が分かるって言ってたが、どうだ?」
える「…………折木さん」
奉太郎「ん?」
える「折木さんはどうして今回の件について、ここまでやる気を出してくださったのですか?
こんな遅くまで学校に残ってまで……」
奉太郎「……やらなくてはいけない事は手短に、だ。もしかしたらお前と伊原で面倒な事になっているかもと思った。
それなら早い内に解決したほうがいいだろう。俺は短縮は好きで省略はもっと好きだが、先延ばしは好きじゃないんだ」
>俺は短縮は好きで省略はもっと好きだが、先延ばしは好きじゃないんだ
このセリフかっこいいな
える「…………大丈夫です、そこまで大きな問題ではありませんよ」
千反田は少し俯いてそう言う。
奉太郎「……そうか? それならいいんだが。それで、伊原の動機っていうのは……」
える「秘密です♪」
奉太郎「さいですか」
いたずらっぽく笑う千反田に、俺は溜息をつく。
まぁ、この様子ならそこまで無理をして聞き出すこともないだろう。
そうやって俺が少し安心していると、
える「折木さん」
奉太郎「ん?」
える「……あの、そ、その…………」
奉太郎「……?」
なにやら千反田がもじもじしている。
それから上目遣いで、
える「もし、わたしが本当にラブレターをもらったら…………それでも折木さんは気になりますか?」
俺は少し考える。
答えは割と簡単に出てきた。
奉太郎「…………気になるかもな」
千反田が立ち止まった。
俺も釣られるように立ち止まって、後ろを振り返る。
二人は無言で見つめ合い、風が木々を揺らす音だけが辺りに響く。
沈黙を破ったのは千反田だった。
そしてその声は、わずかに震えていた。
える「そ、それは……差出人について……ですか?」
奉太郎「いや…………千反田の返事が、かな」
える「…………そ、その、それは……どういう…………」
千反田の微かに潤んだ瞳や真っ赤な顔は暗い中でもよく分かる。
俺は少し気恥ずかしくなり、視線を逸らす。
するとちょうど、蕾がつき始めた桜の木が視界に入る。
「…………桜はまだ咲かないな」
話を逸らすにはあからさま過ぎたかもしれない。
案の定、千反田はキョトンと呆然とする。
……だが、それからすぐに。
千反田は嬉しそうに、にっこりと笑った。
何となく、伊原の動機というやつが分かった気がした。
これでおしまい
アニメが終わっちゃった悲しみでカッとなって書いた。後悔はしていない
>>75
そりゃ原作のセリフだもんよ
このSSまとめへのコメント
何これめちゃくちゃ出来良いやん