ほむら「やっぱりあなたの方が似合うわね…」タツヤ「?」 (121)

ほむら「ピンクのウィッグも付けて…ほら…」

ほむら「そっくりだわ…」

「ぼくのおねえちゃん」

ぼくのおねえちゃんは、ほむらおねえちゃんです。
ぼくにはきょうだいはいません。
だからほむらおねえちゃんはほんとうのおねえちゃんじゃないけど、とてもやさしくしてくれるからだいすきです。
パパとママもほんとうのこどもみたいっていってます。みんななかよしです。
ほむらおねえちゃんは、むかしから、いろんなことをしてあそんでくれます。
たたかいごっことテレビゲームもいっぱいするけど、いちばんたくさんするのはおままごとです。
ぼくはあんまりすきじゃないけど、ほむらおねえちゃんは、おままごとがいちばんすきみたいです。
これからもいっしょにあそべたらいいなとおもいます。

かなめタツヤ

たつや「だー?」

ほむら「そうよ、このまどか弟を篭絡してしまえば………」

ほむら「どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのかしら」

ほむら「これはこれでアリじゃない!」

きょうは、おねえちゃんといっしょに、こうえんであそびました。
すなばであそんでいたら、ほむらおねえちゃんが大きなおしろをつくってくれました。
ぼくは、ほむらおねえちゃんが、みんなにすごいっていわれてうれしかったです。
でも、つくってくれているときはちょっとひまでした。

すなばからかえろうとしたら、ほむらおねえちゃんに、まどかをかかないの、ときかれました。
まどかというのは、なんだかよくわかりません。
ぼくがむかしかいていた、なにかのキャラらしいです。
しらないといったら、ほむらおねえちゃんはとてもかなしそうなかおをしたので、これからはしってるっていおうとおもいます。

かなめタツヤ

きょう、ほむらおねえちゃんとボールなげをしてあそんでいたら、同じクラスのたかしくんにあいました。
いつもたたいていじめてくるので、こわかったです。
でも、きょうはほむらおねえちゃんが、おいかえしてくれました。
たかしくんがおねえちゃんをいっぱいたたくので、ぼくはなきそうになったけど、ほむらおねえちゃんは、ぜんぜんなきませんでした。
ママはほむらおねえちゃんをかわいいっていうけど、ぼくはとてもかっこいいとおもいます。
かえるときは、なかよくてをつないでかえりました。
ずっとわたしがまもってあげる、といってくれたので、ぼくはとてもうれしくてあんしんしました。
あしたからは、たかしくんもこわくないとおもいます。

かなめタツヤ

(^p^)「おぎゃwwwwwwwwマミしゃんwwwwマミしゃんwwwwwwww」
(^o^)「今日はたかしちゃんの大好きな巴マミちゃんの握手会だわ、たかしちゃんもごきげんね」

マミ「次の人どうぞー」

(^o^)「ほら、たかしちゃんの番よ」
(^p^)「んひwwwwwwあくすwwwwwあくすwww」
マミ「今日は私の握手会にきてくれてありがとーございまーす」
(^p^)「おぎゃwwwwwwぱしへろんだすwwwwwwwwwww」
マミ「はーい!君も元気いっぱいだねー!」
マミ(この子障害者なのね・・・)
(^o^)「あら・・・何その目は?たかしちゃんが障がい者だからって馬鹿にしてるの?」
マミ「え・・・?私そんなつもりは・・・」
(^p^)「ビ――――――――――――――――――」
(^o^)「ほら!たかしちゃんも怒ってるわ!謝りなさい!」
マミ「うう・・・ごめんなさい・・・」
(^p^)「しーね!しーね!」
(^o^)「たかしちゃんは許してくれないみたいね・・・こうなったらあんたの事務所訴えさせてもらうわ!」
マミ「そんな・・・うぅ・・・」

きょうは、ほむらおねえちゃんと、おうちでおままごとをしました。
ピンクいろのかみのけをつけてもらって、リボンもつけてもらいました。
おんなのこみたいではずかしいというと、ほむらおねえちゃんは、いつも、にあってるといいますが、やっぱりあんまりすきじゃありません。

きょうのおままごとは、いっしょにおべんとうをたべるげきをしました。
ちょっとおもしろくなかったし、さいごにほむらおねえちゃんがぎゅっとだきついてきて、ぼくはびっくりしました。
ママがかいだんをのぼってくるおとがしたら、ほむらおねえちゃんはすぐはなれました。
みられたらはずかしいので、よかったとおもいました。

きょうのばんごはんは、パパとママとほむらおねえちゃんといっしょにたべました。
ばんごはんはシチューでした。おいしかったです。

かなめタツヤ

きょうは、ほむらおねえちゃんとたたかいごっこをしました。
きょうもぼくがかちました。
ほむらおねえちゃんがたおれたので、おなかをたたいてとどめをさしていると、たっくんはつよいね、といってくれましたが、たぶんほんとうにつよいこなのはほむらおねえちゃんだとおもいます。
たかしくんからまもってくれたし、きょうもわざとまけてくれたんだとおもいます。
ママにいわれたことをおもいだして、まもってくれてありがとう、とおれいをいいました。
そしたら、ほむらおねえちゃんがなきだしてしまったので、ぼくはびっくりしました。
たぶんいっぱいつよくたたきすぎたので、いたかったんだとおもいます。
ぼくがわるいこだったので、ごめんね、というと、ほむらおねえちゃんもごめんねとか、ちがうんだよ、とかいいました。
わるいのはぼくなのに、へんだとおもいました。

わざとじゃなくて、ほんとにまけてたのかもしれません。
つぎからは、ようしゃしてあげようとおもいました。

かなめタツヤ

きょうは、ほむらおねえちゃんとおほしさまをみました。
おうちでおんぶされて、きもちよかったのでねてしまいました。
ほむらおねえちゃんのこえがしたのでおきたら、おうちのやねのうえにいました。
はじめてやねのうえにきたので、うれしかったです。
すこしさむかったですが、ほむらおねえちゃんが後ろからだいてくれたので、すぐあったかくなりました。

それから、ふたりですわって、おほしさまをみました。
せいざのなまえをたくさんおしえてもらいました。
あと、せいざよりもっとむこうのとおくのそらには、かみさまがいて、ぼくやほむらおねえちゃんをみまもってくれているっていうこともおしえてもらいました。
おばけはしんじないけど、ほむらおねえちゃんがいうので、かみさまいるのだとおもいました。

ほむらおねえちゃんのみぎてに、いつものリボンがみえたので、つけられるのかとおもったらちょっといやでしたが、きょうはずっともったままでした。

ばんごはんのときに、ママとパパにまたやねのうえいきたいとおねがいしたのですが、やりかたがわからないといわれました。
ママとパパがしらないことまでしっているほむらおねえちゃんは、やっぱりすごいとおもいました。

かなめタツヤ

今日はしんきゅう式でした。
パパとママだけじゃなく、ほむらお姉ちゃんも来ていたのでびっくりしました。
式のあと、ママとパパはずっとほむらお姉ちゃんとはなしていたので、ぼくは友だちとあそびました。
サッカーをしました。楽しかったです。

かな目タツヤ

今日はサッカーの試合でした。
初めての公式試合できん張しましたが、上手くいったと思います。
ほぼぐうぜんですが、けっしょう点は僕が入れました。
チームメイトにからまれてなかなか良い気分でした。

スタンドには父さんと母さん、あと、ほむら姉ちゃんもきていました。
ゴールしたときは、父さんと母さんが自分がゴールしたみたいにおおよろこびしているのがグランドからも見えました。
父さん母さんがとんだりはねたりするとなりで、ほむら姉ちゃんも、めずらしく手をたたいてよろこんでくれていました。

試合の後、ほむら姉ちゃんと会いました。
本当はもっと話したかったんだけれど、友達がはやしたてるのではずかしくて、ついそっけなく追っぱらってしまいました。
さすがにわるいことをしたと思っているので、今日の夕食にはほむら姉ちゃんもよぶように、お母さんにたのんでみようと思います。

鹿目タツヤ

今日は友達とゲームをしました。
いつものメンバーでいつものゲームをしましたが、今日はみんな熱くなって、叫んだりジャンプしたりして楽しんでいたら一階にいた母さんに叱られました。
全員まとめて怒鳴られました。くそばばあです。

怒られている最中は、めんどうなので他のことを考えていました。
さっきのゲームの試合のことから、次に買うゲームのことになって、いろいろ考えて最終的に昔のこの部屋での思い出のことにまで思いをはせました。お説教はかなり長かったと思います。

最後の最後にかんがえていたのは、ほむら姉ちゃんとやっていた「ままごと」のことでした。
最近あのイヤなリボンも見てないな、と思いましたが、そもそも最近はほむらお姉ちゃん自体にあってないということに気付きました。

直後に母さんには説教を聞いていないことがばれて、さらに追加で説教を食らいました。
くそばばあです。

鹿目タツヤ

今日は久しぶりにほむら姉ちゃんと会いました。
といってもほとんど会話はしていません。

友達と帰る途中、校門の近くで会いました。
なにかを待っているふうでした。
友達にちょっと待つように伝えて近寄っていくと、元気そうだね、安心したわ。と、ちっとも落ち着かない、寂しそうな表情で言われたもので、どう答えていいか困りました。
いろいろ話したいことがあったのですが、お友達を待たせているでしょう?と半分突っ返されるようにして、僕は友達の群れの中に帰還しました。

後ろ髪を引かれて何回か振り返りましたが、ほむら姉ちゃんは動きもせず、じっとこっちを見ていました。
3回目には手を振られました。

あれだいぶ前のサッカーの試合にきてた鹿目のイイヒトじゃね?
と、ずいぶん昔のことをひっぱりだしてきたやたら記憶力のいいバカをしばくことにいそがしく、結局ほむら姉ちゃんのことはおざなりになってしまいました。

こうして日記を書いている最中も、あの寂しそうな微笑が頭から離れません。


鹿目タツヤ



「詢子、ちょっといいかい?」

「なんだ知久?珍しく神妙な顔だね」

「さっき玄関でほむらちゃんを追い返してたけど、いったいどうしたんだい?」

「…ああ」

「しかも真剣な顔して。久しぶりとは言え、晩御飯なんていつも一緒してたじゃないか」

「いや、まあ、そうなんだけどね」

「詢子?」

「…」

「…タツヤもそろそろ『お姉ちゃん離れ』の時期かと思ってね。それでさ」

「はいはい。で本当のところはどうなんだい?」

「…一蹴かい」

「何年一緒だと思ってるのさ?玄関前でほむらちゃんに見せてた…ああいう顔した詢子は、かなり深いとこまで考えて、心を切って鬼になってる時だって知ってるよ」

「…」

「実の娘みたいだって、言ってたじゃないか。僕だってそう思ってる」

「…」 カラン

「…ほむらちゃんが、何かしたのかい?」

「…目だよ」

「目?」

「そう目。タツヤを見る目」

「…えっと、詢子、まさかと思うけど君は…」

「…勘の域を出ないってならそうなんだけどね。でも確かなやつさ。女のカンってやつ」

「…信じられないなあ」

「私たちは『家族』だってことに念を押しといただけさ。その殻を破ってタツヤを傷つけるようなことを考えてるなら、覚悟しろってのも」

「きついなあ。いくらなんでも、らしくないよ」

「…ほむらちゃんのが、ただの愛情ならいいさ。家族ったって籍は入れれる関係だし、タツヤが良いってんなら…年の差だって、まあ」

「…」

「なんか、ね、なんだろうね。今の…ほむらちゃんの目は、違うんだ。もっと濁ってる」

「何だいそれ?」

「…さあね、でも、あの子にはもう少し自問してほしいんだ」

カララン

「ほむらちゃん自身とタツヤの、両方の為にだ」




今日は特に何もありませんでした。
最近思うのですが、中学生になって、なんだか毎日つまらない気がします。
部活のサッカーにも熱が入りません。友達に相談するにしても、黄昏れるにはまだ人生早すぎるだろ、とおおむねバカにされることしかないので、まるで役に立ちません。

前、ほむら姉ちゃんにあってからは、顕著にそう感じるようになった気がします。
その時は、なんとなくまたすぐ会えるだろうと思っていたのですが、あれから暫く経ったいまになるまで、ほむら姉ちゃんと遭遇することはありませんでした。

次に会えたらいっぱい話そうと思います。
そうしたら、このよくわからない気持ちにも、何かの答えが出るかもしれません。


鹿目タツヤ



書き終えてペンを置くと、深呼吸をひとつ。

…ついたつもりが、ため息にしかならなかった。

胸の奥から湧きあがるような焦燥は形にならず、明らかな感情を作る前に霧散してしまう。

「…気持ち悪いなあ」

我ながら、と出かけた言葉を噛みつぶしながら、ライトを消し、ベッドにもぐりこむべくイスから立ち上がった。

ベッドの方へと振り向いた。…と、視界の真ん中で白点が遊んだ。

何かがすぐ目の前を舞っていると気付くのに、時間はいらなかった。


「…羽?」


キラキラと仄かに光を反射しながら、白い羽毛のようなものがふわふわと落ちてくる。

「なんでこんなもの」

布団が破けたかな?とおぼろに思いながら。何の気なしにその羽を両手ですくい取った。



瞬間、世界が白く染まった。

魂でも飛び出たみたいだった。全身の感覚はとろけて混ざり、それでも目と耳から伝わるものだけははっきりと感じ取ることができた。

上も下も分からない中で、目の前に1人の女の子が現れた。


ちっちゃくてかわいくて、でもどこか神々しい。

桃色の髪の毛に、リボンをしている。ほむら姉ちゃんが持ってたやつ。


まどか。なんだっけな、どこで聞いたかも忘れた誰かの名前が、思考の裏っかわを撫でた。

逡巡するみたいに、目をあっちこっちしていた女の子が口を開いた。


「…タツヤ、タツヤ」


「…タツヤ。会いたかった。パパとママも…そっか、元気なんだね。良かった」



初対面の人に、涙目でそんなこと言われても困る…とは、何故か思わなかった。

不思議と懐かしい声だった。

「おいていっちゃって、ごめんね。いっぱい話したいことはあるんだけど」

と、女の子は続ける。こっちからも色々言いたいこと聞きたいことがあったはずなんだけど、思考がばらばらになってまとまらない。あと喋れない。


「時間がないから、これで」


全身(?)を包み込むあったかさで、自分が今抱きしめられているんだと分かった。

熱を帯びた思念の渦が冷えていく。ほむら姉ちゃんに抱きしめてもらってるみたいだな、と思った。


「一方的になっちゃったけど、ごめんね」

女の子は、(たぶん耳元で)囁くように話す。


「ほむらちゃんを1人にしないであげて」

「もう、きっとタツヤにしかできないことだから、お願い」


女の子の身体が離れていく。遠ざかって、二度と近づけない場所に落ちていく。


「…会いに行ってあげて。今すぐに」

最後のセリフが、どんな顔で発せられたのかは分からなかった。

ふっと意識を取り戻したら、そこは特に何も変わることなく部屋の中だった。

何か大事な夢を見ていた気がするけど、一体なんなのか、どんな内容だったのかは全然思い出せなかった。

ただ突き動かされるように、飛びつくみたいにして机にもう一回向かい合うと、ついさっき書いたばかりの日記の、その下2行をペンでぐしゃぐしゃに潰した。

悲しくもないのに流れてくるわけのわからない涙から帳面を庇いながら、修正版本日のタツヤ日記を書きあげると、今度は机をふっとばす勢いで立ち上がった。

クローゼットをひっかきまわして余所行きのコートを着て、階段を駆け下りて、晩酌中の母さんの制止にも聞く耳もたず、玄関でシューズを履いて、冬空に星座ひろがる夜道に飛び出た。


息を切らして走った。何が何だか自分でもわからない。

でも、向かう先は決まっていた。

辿り着いた家の表札には、「暁美ほむら」としっかり記されていた。

しばらく肩で息をして呼吸を整えると、チャイムを鳴らした。

鳴らしながら窓から屋内の様子を探る。

窓は夜空の星座をまるまる映すくらいには暗い。普通に考えると、寝ているか、中に誰もいないのか。

迷惑至極というか、とち狂ったことに、その時点で退くという発想はなかった。

チャイムに反応して誰も出てこないのを確認すると、近くのプランターに手を伸ばし、生えている観葉植物の幹をひっつかみ、それを引っこ抜いた。


引っこ抜いた後に残ったプランターの底、にぶく乳白色にひかるカードキーを躊躇なく手にすると、感知機に通す。

自動ドアはあっさりその口を開いた。

真っ暗な部屋の中、ひたりひたりと歩みを進めた。

不審者のような挙動というか不審者そのものなのだが、もう構っていられない。自分の身体のどこかで燃えている何かが、考えることを許さない。

ゆらり廊下の行き止まりまで進み、寝室の戸をあけると、ベッドの上に、掛け布団に覆われたこんもりと盛りあがる小山があった。


その中からすすり泣く声がするものだから、もう居てもたってもいられなかった。


「ほむら姉ちゃん?」

と、呟くように呼び掛けると、掛け布団がびくりと反応した。

するすると布団とベッドの繊維がすれる音がして、掛け布団の一部がめくれあがり、こっちを向いた。


「…た、っくん?」

と出てきたほむら姉ちゃんの顔はひどいもので、月明かりだけでも、泣きはらした目元がくっきり見えた。

「…ほむら姉ちゃん!」

と思わず駆け寄る。


「来ないでッ!!」

きっと傷つけちゃうから、と弱弱しく続けるほむら姉ちゃんに圧され、びくりと足を止める。


怖いわけじゃなかった。傷つけちゃうといいつつ、言ってる本人が砂場の城のように崩れてしまいそうな様子の、初めて見る、こんな弱弱しいほむら姉ちゃんに、自分が触れていいものか。

逡巡は一瞬だった。誰かに肩を押された気がした。


布団の上からそっとほむら姉ちゃんを抱きしめると、その身体の震えが伝わってきた。

しばらく、布団の山を抱きしめ続けた。

ほむら姉ちゃんが出てきてくれる様子はない。でも、振りほどかれることもなかった。

何かを言わなきゃいけない筈だけど、何を言えばいいのかわからない。

頭の中で言葉を紡いで、評価し、落第点をたたきつける。あれでもないこれでもないと紡いでは投げ紡いでは投げを繰り返していると、ふと何かが下りて来る感覚がした。


言葉は自然と、口をついて出た。

「ひとりぼっちになっちゃ、だめだよ。ほむら姉ちゃん」


ほむら姉ちゃんの痛みは僕の痛みだ。何のちからにもなれないなんて、嫌だよ。そんなことを言った気がする。

俄かにひとつ、大きな震えが腕を通して伝わってきた。

しゅるしゅると掛け布団が滑りおちていって、その中から、ほむら姉ちゃんが半分くらい出てきた。

間近で見るその顔はさっき感じたよりもっとひどいもので、真っ赤なほっぺたから、今度は鼻水まで見えてしまった。

「う、うう”!ううう…!」

抱きつき返してきたほむら姉ちゃんは、想像していたより軽かった。気がする。

「ごめ、ごめんなざい…わだっ、わたし、意気地無しだから…!」

ほむら姉ちゃんの背中を撫でながら、嗚咽がやむのを待った。

さっきかける言葉を考えていたときよりは、ずっと短い時間で済んだ。

小さく震えて、なおも時折しゃくりあげながら、ほむら姉ちゃんはとつとつと語った。


ほむら姉ちゃんが、その昔、親友を亡くしたこと。

助けられたはずなのに、無力で、助けられなかったこと。僕がその子に似ていたこと。

僕とその子を重ねて、可愛がっているうちに、無意識に湧いて出た情のこと。


母さんに言われたこと。

目を逸らしていた自分の中の歪みを叩きつけられ、自問自答を繰り返したこと。

繰り返すうちに、自分の好意は本当の自分の感情なのか、代用品としての思いに起因するものなのか見失ってしまったこと。



迷子の子供みたいだな、なんて罰当たりなことを考えてしまった。

魂まで濁ってしまいそうな、ナニカの感情にのみ込まれる前に片をつけなくては大変なことになると。

ほむら姉ちゃんは手の届かない遠いところに行ってしまうんじゃないかと漠然と思った。

焦りの理由はこれだったのだろうか。何にしても、返す答えは決まっている。


謝罪を繰り返し始めたほむら姉ちゃんのセリフをさえぎって、かい抱く腕により一層力を込めた。


こうして僕のことを思って、悩んで傷ついているほむら姉ちゃんの全てを、どうして嫌いになれるだろうか。


「どんな姿がほむら姉ちゃんの『本当』でも、ぜったい僕は嫌いになったりしないよ」


ぼくは、あなたが、大好きです。


…若干十数歳の子供が放っても説得力がない科白だろう、と言ってから思ったけれど、ほむら姉ちゃんには、少なくとも今の僕の気持ちは伝わったらしい。

ほむら姉ちゃんは泣きやまなかった。でも、流す涙の種類は変わっていたと思う。


お互いつぶれるほど抱きしめあって、夜が明けるまでそうしていた。

根拠も何もありはしないし、もし心に矛盾があれば、いつ破局が訪れるかも分からない。

誰が見ても、うまくいく可能性の方がきっと少ないんだろう。でも、僕は神様を信じている。

信じる者は救われる。じゃないけど、なんとなく、誰かが見守ってくれている気がするのだ。

その大きな心にくるまれて、守られている限り、僕らの未来に絶望はないとも。



星座は地平の彼方にその身を落とし、反対側から太陽がひょっこり顔を出した。早、窓の向こうから光が差してきた。


星と朝日の境目、空のずっと向こう、もう見えなくなってしまった光だけど。

彼女は、きっと今も僕らのことを見守ってくれている。





おわり

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