*一部、コミックス未収録部分のネタバレ有り。注意。
*ミカサの一人称。そんなに長くない。ミカエレ気味?
*こんなやりとりがあったらいいなあという妄想話。
不覚。まさに、不覚としか言い様がない。
私は、巨人との戦いの最中に油断して、自身に怪我を負ってしまった。
巨人の手の平に捕まって、握り潰されそうになり、アバラを何本か折ってしまったのだ。
幸い、その時は運良く助かって、一命は取り留めたけれども。
それ以後、私は暫くの間、養生を余儀なくされた。
医者の見立てでは、本来なら一ヶ月は安静にしておかないといけないと言われたが、私にはそんな時間などない。
何故なら、エレンとクリスタは出来るだけ早いうちに、この地から逃げなければならなくなったからだ。
内部の敵に追跡される危険性を考えて、二手に分かれて、目的の場所に移動する事になったのだが、エレンには「お前はここに残れ」と言われてしまった。
ミカサ「絶対、嫌」
エレン「何でだよ」
ミカサ「私は、エレンから離れたくない」
エレン「アバラ折ってるくせに何言ってんだ。馬車での移動もきついだろ」
ミカサ「鎮痛剤を限界まで射ってでも、エレンに着いていく」
エレン「何も今すぐついて来なくてもいいだろ。少しの間、せめて骨がある程度くっつくまでは、こっちで養生しとけって言ってるんだよ」
ミカサ「絶対、ダメ」
エレン「わがまま言いやがって……!」
エレンは頭を掻き毟って困惑しているが、ここは絶対に譲れない。
エレンとクリスタは拉致される可能性に加え、命を狙われる危険性も合わせ持つ。
二人はこの世界にとっての最重要人物になってしまったのだ。
だから、絶対に離れてはいけない。何があろうとも。
ミカサ「大丈夫。もうほとんど治ってる」
エレン「脂汗掻きながら立ってる奴に言われたくねえぞ」
ミカサ「汗は、仕方ない。私は汗っかきなので」
エレン「嘘つけ。いつもは涼しい顔をしてるだろ」
そうなのだろうか? エレンがそう言うならそうなのだろう。
エレン「とにかく、ダメだ。ミカサはここで養生して、骨の塩梅が良くなってから、俺達と合流しろ。いいな」
ここで、というのは、トロスト区の療養所の事だ。
今回のエレン奪還作戦では多くの兵士が傷つき、今や調査兵団は壊滅状態に近い程の損害を受けた。
その兵士達が多数、ここでの生活を余儀なくされている。私もその一人だ。
でも、近いうちにエレンとクリスタはここを離れて、別の場所に隠れ住む必要が出てきた。
早くて今日、明日中には、ここを出る予定だ。
本来なら私はまだ、長時間、移動出来るような体の状態ではなかったが、そんな事、言っている場合ではなかった。
私はお見舞いに来てくれたエレンの前でちゃんと動けることを証明したかった。
……ので、多少の脂汗を掻こうとも、そんなことは関係なかった。
とにかく、エレンが移動するのであれば、私もついていかなければいけない。
ミカサ「エレンが止めるなら、その跡を追うまで」
エレン「おまえなあ」
ミカサ「お願い。エレン。ついて行かせて。骨は折れても治る」
エレン「それはちゃんと養生をした場合だ。骨がちゃんとくっついてない回復の途中の段階で下手に動くと、やばい事になるのは知ってるんだぞ」
俺を誰だと思ってるんだ。とエレンは毒ついた。
エレン「もしも変な風に骨がくっついたらどうするんだよ」
ミカサ「その時は、手術をすればいい」
エレン「それが出来る名医がどこにいるってんだ! いいから、俺の言う事きけよ!」
ミカサ「絶対に、きかない」
私とエレンがずっと言い争っていると、その間に、部屋に遅れてやってきたアルミンが、
アルミン「ちょっと、二人共。静かに。うるさいよ。部屋の外まで声が聞こえてたよ」
と、言って私達の間に割り込んできた。
ミカサ「………ごめんなさい」
私は、ベッドの上に座った。それだけで、顔が歪んでしまうけれども。
今はこうやって、痛みを堪えながらでも動くことは出来る。
アバラが折れたその日は動くことも出来なかったけれど。
今は鎮痛剤で誤魔化しているし、やってやれない事は無いはずだ。
なのにエレンは止める。私とアルミンを砲弾から守った時のように置いていこうとする。
それがとても腹立たしかった。
エレン「悪い。俺も言いすぎた」
エレンは暗い顔でアルミンに答えた。
エレン「アルミン、お前の意見を聞かせてくれ。今のミカサの体の状態で、隠れ家まで馬車で安全に移動出来ると思うかどうか」
恐らくエレンはアルミンにも止めて欲しくてそう言ったのだろう。
アルミン「それはエレン次第だと思うよ」
しかしアルミンもまた暗い顔で、そう即答した。
アルミン「ミカサはエレンが傍にいれば、大抵の事はやりこなすからね」
アルミンはエレンと私の板挟みになると冷静に中立の意見をくれる。それが非常に有難かった。
エレン「それは、無理してるって事だろ」
アルミン「そうだよ」
エレン「これ以上、俺は無理して欲しくはねえんだが……」
アルミン「今更何言ってるのさ」
アルミンは大きなため息をついて言い返した。
アルミン「そもそも、エレンの奪還作戦で何人死んだと思ってるの」
エレン「………………」
アルミン「皆、極限まで無理してるよ。それこそ死ぬギリギリのところまでの、死線をくぐり抜けて来たんだ。今更、骨のひとつやふたつ、折れてようが、どうにでもなるよ」
エレン「アルミン…………」
アルミン「出発は明日の朝一だよ。荷物まとめよう。ミカサ、僕がやってもいい?」
ミカサ「ありがとう。アルミン」
アルミン「動ける人間が助けるのは当たり前だからね。エレン、邪魔だからどいて」
アルミンがエレンに冷たい。珍しい光景だ。
アルミンは私の荷物をちゃちゃっとまとめてくれている。
それを見つめるエレンの表情は、とても複雑そうだったけれど……。
エレン「……悪かった。アルミン、聞き方を間違えた。ミカサを隠れ家に連れて行く出来るだけ楽な方法を教えてくれ」
そう、気持ちを切り替えてエレンが言ったので、アルミンの表情が一転して明るくなった。
アルミン「その方法ならミカサ自身に聞くのが一番いいよ」
エレン「え?」
アルミン「怪我してる時ってさ。痛みとの戦いだろ? 気を散らすのが一番いい。だから移動中、エレンはミカサの気を紛らわしてあげる事に専念すればいいと思うよ」
エレン「そ、そうか……それもそうか」
エレンはアルミンの言葉で納得したのか、その手でいくかと決意したようだ。
エレン「ミカサ、どうする? 俺が出来る限りの事はしてやるよ」
ミカサ「本当?」
エレン「ああ。それで道中の痛みを紛らわせるなら安いもんだ」
私はその時、ほんの少しだけ悪戯心が芽生えてしまい、ついつい、エレンに甘えてしまった。
ミカサ「分かった。では、馬車の中では………」
ほんの冗談のつもりで言ったその一言がまさか本当に実現するなんて、その時は思わなくて。
エレンの優しさにつけこみ過ぎたと後で反省する羽目になる。
馬車はエレン、アルミン、私、リヴァイ兵長、ジャンのメンバーで移動していた。
クリスタは、ハンジさん、モブリットさん、コニー、サシャの方の馬車に乗っている。
私達は二手に分かれて別々のルートで隠れ家まで移動する事になった。
何故なら、その隠れ家までのルートを敵と思われる勢力に気づかれない為だ。
危険性を分散する為に必要なことだと、リヴァイ兵長が決めたのだ。
その道中、私はなんと、エレンに自身の腰を抱いて支えて貰ったまま座って乗っていた。
物凄く、近い。
顔だって、その……き、キスが出来る距離。
要は馬車の揺れを、エレンの体でクッションにしているのだ。
馬車を運転しているのはリヴァイ兵長で、その助手席にはジャン。
馬車の中にはアルミン。私の正面に座ってうとうとしている。
疲れているのだろう。無理もない。
精神的疲労は皆、ピークに達している。
隠れ家に着いたら、少しは落ち着けるだろうけど。
でも、敵に見つからないように生活しないといけないので下手な事は出来ない。
……と、今後の事でも考えないと、意識がすぐにエレンの唇や瞳に吸い寄せられてしまう。
ふ、不謹慎だと分かっているのだけども。
心臓が、緊張して、その、あの。
こ、こんな風にエレンが私のわがままをあっさりきいてくれるなんて、思わなくて。
今までは「出来るか! んな事」と突っぱねられる事が多かったからか、反応に困る。
エレン「痛くねえか?」
ミカサ「うん。今は痛くない」
エレン「鎮痛剤の効果は最大で6時間くらいだから。多分、隠れ家に着く頃には薬切れると思うけど、痛かったら、痛いって絶対言えよ」
ミカサ「うん。分かってる」
エレンは真剣に私を気遣ってくれている。
その思いを利用してこんな事をしている自分にちょっとだけ、罪悪感がある。
でもごめんなさい。エレン。私、今、物凄く、幸せ。
エレン「巨人は憎たらしいけれど、さ」
ミカサ「うん」
エレン「巨人の再生能力だけは、ある意味では便利なんだよな」
ミカサ「………そうね」
エレン「それに俺はもう、痛いって感覚を長く味わってねえんだ」
そう呟いたエレンの瞳には影が写っていた。
エレン「腕無くなったりした時、最初は、痛いんだけどさ。今はあっと言う間に治るから、治っちまえば、痛みを忘れちまう。昔、骨一本、折っただけでも物凄く長く痛がってた自分を遠くに感じるんだ」
ミカサ「………そうなのね」
エレン「ああ。だから、その……ミカサの気持ちを、共感出来なくて、ごめん」
何故そんな事を謝っているのか良く分からなかったけれど大したことではないと思った。
エレン「そもそも、もっと早く俺が………」
ミカサ「エレン、それ以上はダメ」
エレンでなくとも、人間は思考回路が下降するとよけいな事を考えてしまうものだ。
今は何も考えなくていい。ただ、無事に隠れ家に移動する事だけを考えるべき。
そう思って、私はエレンに対して首を左右に振った。
エレンは今にも泣き出しそうな顔をしていたけれど、寸前で堪えて私の肩の方に自身の顔を預けてきた。
エレンの、息が、わ、私の、首筋のマフラーにかかっている。
ま、マフラーがなかったら、直接、息がかかっていただろう。
ま、マフラーをしていて良かった。うん…。
もたれかかっているエレンの体温が心地よくて、痛みは気にならなかった。
私にとっての、一番の鎮痛剤はエレンなのだ。
そんな訳で、馬車の中ではそれ以上、何も話さずに、暫くいたんだけども。
突然、馬車が急停止して、急に方向転換をしたのでびっくりした。
エレン「な、なんだ…?」
エレンは慌てて起きて私を支えてくれた。今の衝撃は一体……。
アルミンが運転手のリヴァイ兵長に確認すると、
アルミン「追っ手をまいてるって。つけられてるみたい」
エレン「!」
アルミン「しばらく乱暴な運転になるけど、我慢しろ、だってさ」
私は頷いて、そしてエレンにしがみついた。
確かにさっきよりスピードが段違いになった。
今までは私の怪我の塩梅と、クリスタ達との進行の兼ね合いでスピードは遅めにしていたんだけども。
追っ手がいるなら話は別だ。
リヴァイ兵長の本気の手綱捌きでなければ、逃げきれないだろう。
私は歯を食いしばって暫くの間、その衝撃に耐えた。
そして数十分が経っただろうか。
速度が元に戻り、安堵する。もう、追っ手をまけたのだろうか。
エレン「大丈夫か、ミカサ」
ミカサ「うん、大丈夫」
エレンにしがみついていたおかげで、大丈夫……。
と、言いたいところだけど、本当は物凄く、痛かった。
本当のところを言えば、呼吸をするのもまだ辛い。
骨が折れてから三日目の強行移動なのだ。
骨はまだ完全にはくっついてないだろうし、動かない方が安全だけども。
隠れ家に着いたら、まずは寝よう。それから先は、その時考えよう。
私が唇を震わせて先の事を考えながら痛みに耐えていると、エレンが「やっぱり」といった顔をした。
あの時も、同じ顔をしていた。
エレンを奪還して、壁の内側に戻れた時に、私が担架に運ばれた時も、この顔だった。
あの時も、「大丈夫」と私は言った。
だから今度も同じように言わないといけないと思った。
ミカサ「大丈夫。平気。エレンがいるから、痛くない」
エレン「………すまねえ」
ミカサ「謝る必要はない」
私とエレンのやりとりを、アルミンは横目で眺めながら、馬車の外もチラチラ見ている。
アルミンの視線をエレンは意識してないようだが、エレンは私の方だけ見ている。
エレン「…………」
その時、エレンは何故か私の体をもっと強く引き寄せた。
ミカサ「? エレン?」
エレン「痛みを紛らわす方法で、昔、親父に聞いたことがある」
ミカサ「どんな方法?」
エレン「体が冷えると痛みは酷くなるって。だから「手当て」をするっていうのは、あながち間違いじゃねえんだと」
そう言ってエレンは自分の手を私の服の上から、患部に優しく撫でる程度に触った。
エレン「手の体温を使って痛みを和らげる方法だ。原始的なやり方だけど、昔はそういう方法で一晩中、温めて治療する方法もあったらしい」
ミカサ「そ、そうなの?」
エレン「まあ、眉唾物かもしれんが、やらんよりマシだろ」
そう言ってエレンは私の脇腹を圧迫しないように気をつけながら、触ってくれた。
ほ、本音を言えば、その、触られるだけでもかなり痛いけれど、でも、エレンに触られると、その、嬉しい……ので、どうしたもんかと悩む。
その、うっかり、感じている自分もいるので、あまり長くは触らないで欲しいのだけども。
ミカサ「え、エレン……その辺でいい」
その時は理性が勝った。エレンにそう訴えて、邪な気持ちを振り払った。
ミカサ「あまり触りすぎるとかえって痛い……」
エレン「え、まじかよ。それ早く言えよ(さっ……)」
手を引っ込めて、エレンはその手を困ったようにわきわきした。
エレン「ダメか……いい方法かと思ったんだがな」
ミカサ「大丈夫。エレン。私は、もう、十分、幸せ」
幸せが痛みを緩和する。それは紛れもない事実だ。
エレン「ん? 幸せ? 何の話だよ」
ミカサ「私は今、幸せなので、大丈夫という話」
エレン「………?」
エレンはハテナを浮かべて眉間に皺を寄せている。
エレン「お前はたまに訳分からんこと言うよな」
と、愚痴って、エレンはそれ以上、喋らなかった。
そして私達は何とか無事に隠れ家に到着した。
リヴァイ兵長は私達を降ろした後、そのまま次の目的地に移動していった。
今度はクリスタのいる馬車へリヴァイ兵長が合流するのだそうだ。
隠れ家は私が小さい頃に住んでいた家の造りに少し似ている。
そんなに大きくもないが、皆で住むにはまあ、やっていけるだろう。
私はエレン達に隠れ家のベッドに運んで貰った後、気を失うように眠った。
気を張り詰めていたせいか、眠りにつくのはあっという間だった。
多分、エレンもアルミンもジャンも、似たような状況で、すぐに眠ったのだと、その時の私は思っていた。
しかし実際は、全然違っていて、私は後で物凄く反省した。
この時、さっさと寝るなんて愚行をするべきではなかったと。
その事を後でエレンに言ったら「ミカサは寝てていいんだよ」と言った。
それがまた、物凄くなんとも居た堪れない気持ちにさせられた。
翌日の朝、私はまだしっかりとは起き上がれなくてベッドの中で天井を見上げていたけれど。
エレンは私のところに朝食を持ってきて、それを食べさせようとしてきた。
私は慌てて起き上がり、自分の失態をますます恥じる。
ミカサ「エレン、朝食を作ってきたの?」
エレン「いや、これはほとんど携帯食だけどな」
ミカサ「でも、何もかもエレンにさせて……」
エレン「俺だけじゃねえよ。ジャンとかアルミンも手伝ってくれてる」
ミカサ「そうだけども……」
エレン「今夜中にはクリスタ達もこっちに合流するだろ。そうすればもっと分担できる」
私達の方が半日程度、早く隠れ家に到着したのだ。
クリスタの馬車は別ルートをわざと通って、遠回りしてこっちに向かっている。
エレン「ミカサは早く体を治せ。その為に出来ることなら俺は何でもやってやる」
ミカサ「……………」
私は二人きりなのをイイ事に、少しだけ甘えてみた。
ミカサ「で、では……頭を撫でて欲しい」
エレン「こうか? (ナデナデ)」
ミカサ「うん………」
癒される。エレンに触られると本当に、心の底から癒される。
ストレスがふっと抜けていくのを体中に感じて、私はついつい、うっとりと両目を閉じた。
そうして暫くゆったりと自身をエレンに預けていたら、
エレン「これだけか?」
ミカサ「ん?」
エレン「他に何かいい手がねえかな」
ミカサ「……………」
私の心は揺れた。揺れに揺れたけれども、自重した。
ミカサ「いい。エレン」
エレン「ん?」
ミカサ「今、幸せだから、これ以上は、いい」
エレン「それ、この間も言ってたな。だから何の話だよ」
ミカサ「幸せを感じれば、痛みも和らぐという話」
エレン「え? そういうもん?」
ミカサ「うん。そういう話」
エレン「馬鹿、だったらそれを先に言えよ」
と、エレンは口を尖らせた。
エレン「そういう事なら、幸せな気分にさせればいいんだな?」
ミカサ「え?」
エレン「じゃあ、お前のわがままを聞けばいいよな? なんか言ってみろ」
ミカサ「えええ?」
どうしてそういう結論になるの?
私はただ、エレンといるこの時間が幸せで、それ以上はもう要らないのに。
ミカサ「そ、そんなこと言われても」
エレン「ん? なんかねえのかよ」
ミカサ「急に言われても、頭をナデナデしてもらう以上の、ストレス発散は……」
エレン「………………ストレスで思い出したが、お前、あれから着替えてねえな」
ミカサ「え?」
急に話題の方向性が変わり、戸惑う。
エレン「その体じゃ風呂にも入れんし当然だけど。せめて着替えた方がいいんじゃねえか?」
ミカサ「面倒臭いのでまだいい」
エレン「でも、体とか痒くないか?」
ミカサ「痒いけど、いい。息をするのがまだ、辛いので」
エレン「………………」
エレンはその時、ピクっと不機嫌になった。
まずい。この顔は、怒りを溜めてる時のエレンだ。
エレン「…………息するのも辛いって、今、初めて言ったな」
ミカサ「うぐっ………」
まずい。まずい。まずい。
エレンの釣り目が、ますます釣り上がる。
エレン「お前な、なんでそう、俺の前ですぐ自分の事を隠す!」
ミカサ「ぐぐぐ……」
エレン「俺はそんなに頼りないのか、くそ……情けねえ!」
ミカサ「エレン、そんなことない。エレンは………」
エレン「言ってくれよ! 頼むから! 俺はお前に我慢されんの、辛いんだぞ!」
ミカサ「我慢、してない。私は、してない………あ、いたたた」
胃がキリキリしてきたら急に脇腹の痛みがぶり返してきた。
エレンはその瞬間、直様青褪めた。
エレン「悪い。怪我人に怒鳴ってる場合じゃなかった」
ミカサ「エレン、その…………」
エレン「ああもう………何でこう、うまくいかねえんだろ」
頭を掻き毟って自分に腹を立てているエレンはまるで幼少期のエレンと同じだった。
昔から、エレンはこういう感じで自分に腹を立てることが多い。
自分が「出来ない」事や「情けない」事を極端に嫌う部分がある。
何故、そうなのかはよく分からないけれど、昔からそうなのだ。
エレン「俺がミカサのストレスになってどうすんだ……」
ミカサ「そ、そんなこと、ないのに」
エレン「いいから。もう、俺の事を殴ってもいいぞ」
それは無理な相談だった。
ミカサ「エレン、その………困らせないで欲しい」
私が今まで、エレンをぶっ飛ばした時にはちゃんと理由があった。
特に理由のない暴力なんて、ライナー以外に振るった覚えがない。
私はよほどの事がない限り、エレンに暴力は振るいたくない。
エレン「ああ、分かってるけどな」
エレンはすっかりしょげながら、背を丸くしてベッドに座った。
エレン「俺もいろいろ、いっぱいいっぱいなのかもしれん……」
ミカサ「エレン………」
エレン「いろんなこと、一気に起き過ぎて頭、疲れてんのかも」
ミカサ「そうね。その通りだと思う」
エレンはエレンで疲れている筈なのだ。
ライナーとベルトルトが裏切り者だと分かり、巨人化して、ライナー達と戦って、ライナーに拉致されて、巨人の大群と遭遇して、ハンネスさんが亡くなって……。
あれだけの地獄の中をギリギリで生きて帰ってこられたのも、エレンの不思議な力のおかげだ。
アレがなかったら、今頃、私達はこうして会話をしていない。
ミカサ「だから私にばかり気を遣わなくていい。エレンも少し休んだ方がいい」
エレン「………お前が朝飯食うの、見終わったらちょっと休む」
ミカサ「エレンはもう食べたの?」
エレン「先に食った」
私はエレンに朝飯をのせたトレイをベッドの上に置いて貰って、太ももの上に食事を乗せて食べた。
まだ、噛むのも少々辛いけれど、食べなければ回復しない。
食べ終わって、エレンに皿を渡すと、私はゆっくり体を動かしてまた天井を見上げた。
エレンは今頃皿を片付けてくれているだろう。
こんな風にゆったりとした時間を過ごせる贅沢は多分、今だけだ。
今のうちに出来る限り体を休めなければいけない。
…………ん?
ミカサ「エレン、何か忘れ物?」
エレンが何故か私のところに戻ってきた。
エレン「いや、もう何か面倒くさいからさ」
ミカサ「ん?」
エレン「久々に、一緒に寝ようぜ」
ミカサ「え?」
エレンはそう宣言して何故か急に私の横に「お邪魔する」と言いながら勝手にベッドの中に入ってきたのだ。
ミカサ「え? え? えええ?」
エレン「うるさい。寝かせろよ。俺、昨日もろくに寝てねえんだよ」
ミカサ「それはさっき聞いたけれども。夜通しで私の様子、見てたって聞いたけども」
そう。エレンとアルミンとジャンは交代で眠っている私を見ていてくれたらしい。
もし夜中に起きて、私が何か用事を言いつけた時にすぐに対応できるように、三人で看病体制でいたそうなのだ。
エレン「だからちょっと眠いんだよ。いいだろ。寝る」
ミカサ「いや、自分のベッドで寝れば………」
エレン「俺だって、幸せな気分になりたいんだよ。そうすりゃ頭の疲れも早く取れるだろ」
ミカサ「え……?」
エレン「じゃあ、お休み」
そう言ってエレンは本当に私の横で眠ってしまった。
はわわわ。寝顔のエレンが可愛い。キュンキュンする。
申し訳ない気持ちと、でも凄く嬉しい気持ちが混ぜこぜになる。
こんなに幸せな気持ちにしてくれるエレンに感謝する。
本当に、ありがとう。エレン。
私がそんな風に内心、両手を組んで感謝していると、
アルミン「あらら……エレン、こっちにいたんだ」
その時、アルミンが部屋にやってきた。ジャンをつれて。
ジャン「あー! エレン、てめえ何、ミカサの横で寝てやがる!」
ミカサ「ジャン! エレンを起こさないで! しー!」
ジャン「くっ……(なんて羨ましい!)」
アルミン「起こすの可哀想だし、そのままでいいんじゃない?」
アルミンがそう言ってくれたのでジャンは渋々退散してくれた。
私はそんなエレンの可愛い寝顔を見つめながら一緒に瞼を閉じたのだった。
エレンと一緒に添い寝をするのを繰り返していくうちに、私の体は大分良くなった。
今では薪割りやそれ以外の雑用もある程度は出来るくらいに回復している。
天気のいい日は一気に薪割りをするいい機会だ。
エレン「おい、ミカサ……薪割りはまだ早いんじゃねえか? いくら何でも」
薪割りの音に気づいてエレンも外に出てきた。
私はふう、と一休みして、言った。
ミカサ「体は動かさないと鈍るので」
エレン「そりゃそうだが………何でも程度ってもんが」
と、エレンはブツクサ言っているが、無視をする。
エレン「………言っても無駄か、これ」
エレンは諦めたようだ。長年連れ添っているので、理解も早い。
エレン「全く。まあ、それだけ回復したんならいいけどさ。あんま無理はするなよ」
ミカサ「うん」
パコーン!
今日の分が終わった。
ミカサ「ふう。次は洗濯をしよう」
エレン「洗濯はもう終わってる。クリスタが終わらせてた」
ミカサ「え? そうだったの? それは申し訳ない事をした」
エレン「いいよ。つかお前、働き過ぎだ。少し休め」
ミカサ「では小休止をいれよう」
そして私はエレンにお茶を入れて貰い、テーブルの席について休憩する事にした。
エレン「はー……まだ一週間くらいしか経ってないのに、よくそれだけ動けるようになったな」
ミカサ「そう?」
エレン「驚異的な回復力だと思うぞ? 普通ならまだ動き回れねえよ」
ミカサ「そうだとしたら、それはエレンのおかげね」
私は素直に感謝の気持ちを伝えた。
ミカサ「私の怪我が早く治った理由は、それしか考えられない」
エレン「俺、別に大したことしてねえけどな」
ミカサ「そんなことない。エレンはいつでも、私に元気をくれる……ので」
そう伝えるとエレンは紅茶を飲みながら複雑そうに視線を逸した。
エレン「一緒に添い寝してただけで、こうも違うもんか?」
ミカサ「うん。違う。全然違う」
エレン「まあ、ミカサがそう思うならそれでいいけどな」
と、言いながらエレンは二杯目の紅茶を飲んだ。
エレン「ま、親父が言ってた「手当て」というのもあながち嘘でもなかったみてえだな」
ミカサ「ん?」
エレン「だってそうだろ? 人肌が一番、温もるじゃねえか」
そう言ってエレンがちょっとだけ顔を赤くして笑ったのが、私の何よりの、治療薬だった。
(ミカサ「私の怪我が早く治った理由」おしまい☆)
ミカサ、アバラ折ったのに治るよ早いよ! というスレを見かけたので、
きっとエレンが傍にいるから治るのが早かったんだと妄想した結果がコレだよ。
隠れ家に全員、一気に移動したのか、二手に分かれて移動したのか。
原作ではエレン達はいっぺんに移動したっぽい気がするけど、
ここでは二手に分かれて移動させました。妄想すんません。
このSSまとめへのコメント
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