雪歩父「…娘は、アイドル」 (27)
「旦那様!」
「何だ」
「お嬢様がテレビに出ております!」
「何だと?見に行く」
我が愛娘が芸能界デビューしてからと言う物、使用人達がこぞってテレビの前に集まるようになった。
仕事が片付いてれば文句も言わないし、娘が若い衆にもかわいがられていると言う事実は、実に喜ばしい。
が、同時に雪歩の身を案じる私の心は気が気ではないと言うのもまた事実だ。
そう、まるで百合の花の様な可憐で、美しく、そして可愛らしい我が娘。
心配にならない方がおかしい。
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『きょ、今日は都内にあるカフェにお邪魔してます、ここのオススメは、毎日ご主人が手作りされると言う自家製ロールケーキだそうです。こんにちはぁ』
「いいなぁ、雪歩お嬢さん可愛いなぁ」
「…」
「い、いえ、そりゃあ旦那様のお嬢さんでいらっしゃるわけで」
まだ若い、弟子入りしたばかりの庭師が脅えたような眼でこちらを見る。
…何も言って居ないのだが。
「……年々、妻に似ていくのだ」
「…へい、奥様の嫁入りの頃を思い出します」
長年、この家の庭の手入れをしてきた庭師も、懐かしそうに目を細めている。
「お嬢様、最近は凄く明るい顔をしていらっしゃいますものね」
私の妻とほぼ同い年の家政婦も、同じような表情だ。
「いやぁ、お嬢さんがこうしてテレビに出るなんて、なぁ」
「そうですねぇ…あんなに小さかったお嬢様がねぇ…」
「…庭の手入れは」
「へい、あとは裏庭の片づけだけです」
「頼むぞ」
「へいっ!」
「畏まりました!」
「今晩の支度は」
「はい、今日は鰈の煮付けと金平牛蒡、それに浅蜊の味噌汁を」
「…そうか。今日は雪歩も食事は家で食べる筈だ」
「はい、滞りなく」
「…私だ。今日は…何?延期…そうか、それならば仕方なかろう。うむ、では…」
私は、萩原建設の社長だ。曽祖父の代から続く会社は、大型商業施設から道路工事まで、幅広く手がけている。
「…暇になってしまった」
予定されていた会議が延期になってしまい。今日の日程が空いてしまった。
「…ふむ、アルバムの整理でも」
自分の書斎には、仕事のための資料の本のほかにも、大量のアルバムがある。
全て、雪歩を写したものだ。
私自身、歳を取ってからの子だった。
そのせいなのか、自分で言うのも恥ずかしい話だが、親馬鹿であることは承知している。
「…こんなこともあったな…」
二歳か三歳の頃の写真か。
私に抱き上げられている雪歩は、泣きじゃくっている。
それを、隣で妻が笑ってみている。
どうやら、会社の創立記念日の写真だ。
「…若い衆も、雪歩は怖がって近づこうとしなかったな…」
向こうは可愛いから頭を撫でたりするのだが、雪歩にとっては怖くて仕方なかったようだ。
まあ、皆図体はデカいからだろう。
「…小学校か」
体に似合わない、大きなランドセル。
黄色い通学帽に白いワンピース姿の雪歩。
進級していくごとに、ランドセルは小さくなり、そして、中学生の制服を着た卒業式。
中学へと進み、高校の卒業式。
そのたびに、年甲斐も無く涙を流し、妻に笑われたな…
そして…
「…765プロ、か」
事務所に入った頃に撮ったらしい、集合写真。
まだ、板につかない衣装や、硬い表情が、その頃の心境を忍ばせる一枚だ。
「…いつの間にか、大きくなったものだ…」
男性が近づくだけで泣きじゃくり、犬が吠えれば失神するような子が、今ではテレビに出ている。
来月には、舞台もあるようで、これには雪歩からも招待を受けている。
「…」
アルバムの写真、一枚一枚の思い出を振り返っていると、いつの間にか部屋は薄暗くなぅていた。
「私としたことが、こんな時間まで」
『旦那様、雪歩お嬢様がお帰りになられました、お連れの方もお見えです』
「連れ…?」
家政婦の声に、私は首を捻る。
雪歩は、あまり自宅に友人を連れてこない…連れて来てもいいといつも言っているのだが。
「今行く」
既に食堂には妻と娘、住み込みの家政婦、それと…
「あ、雪歩のお父さん、はじめまして、菊地真と言います」
「菊池君か。いつも、テレビで見させて貰っているよ、大活躍のようだね」
「いえ、とんでもないです」
黒のショートカット、雪歩と真逆の性格にも思えるこの少女のことは、雪歩の話にも良く出てくるから知ってはいた。
こうして、実際に会うのは初めてのことだが。
「さあ、あなた、座ってください、折角今日は私も気合を入れて作ったのですから」
「やはり奥様の料理には及びませんわ」
「あら、杏美さんの煮付けは美味しいって主人も言っているのよ。妬けちゃうわ」
「こら、お前。お客様の前だ」
「あら、照れちゃって、年甲斐もありませんこと」
「…食べるか」
「はい」
「いただきます」
「「「いただきます」」」
程よく味の浸みた鰈を頬張る。
「…旨い」
「はい、とてもおいしいです」
「あら、そう。真ちゃんのお口に合ってよかったわ」
「ふふっ、お母さんの料理上手なんだ、私も、お母さんからいろいろ聞いてるんだけど」
雪歩の手料理か…
いつか食べてみたいものだな。
食事中は、妻と娘と菊地君が終始話しているのを聞いていた。
娘の笑顔を、見ていると、私も幸せになる。
久々に、食卓にも華が…いや、妻に華が無いわけではもちろんないのだが。
食事を終えて、今度は居間で寛ぐ。
妻と雪歩の話を聞きながら、食後の茶を啜る。
妻と雪歩と菊地君は、相変わらず話に花が咲いているようだ。
「それでね、真ちゃんがね――」
「あら、そうなの…うふふっ」
「もうっ、雪歩、それは――」
「…酒を頼む」
「あら?珍しいですわね」
「ん…たまにはな」
家政婦の杏美が、手早く熱燗を用意してくれたので、それを煽る事にする。
「あ、あの、お父さん、お注ぎします」
「…」
未成年者に酌をさせていいものか?
しかしまあ、悪くない…
「頼む」
「へへっ、ボク、父さんの晩酌にはよく一緒になっておつまみ食べてたりしてたんです」
「あら、お父さん珍しいですね」
「…偶にはな」
「…ヒック」
健康に気を使い、最近は控えていた酒だが、久々に飲むと何とも心地よいものだ。
妻と娘とその友人に囲まれての晩酌というのも乙なものである。
「…菊池君、話がある」
「え?」
「…あ、あの、お父さん?」
雪歩が、心配そうな目で見ている。
何、とって食うようなことはないから安心しろという。
「雪歩…お前も…ちょっと席を外せ」
「…?」
「菊地君と、話がある」
「…お父さん、酔ってる?」
「あなた、酔ってるでしょう?」
「…まだ酔ってない」
「…」
「…雪歩、少し席を外しましょう」
「え?あ、はい…」
妻と雪歩が席を外したのを確認して、私は菊地君に向き直る。
「菊地君…」
「はい」
「…娘のこと、どう思っているのかね?」
「え?」
「雪歩のことをどう思っているのかと聞いている」
「えっ…そ、そりゃあ、その、とても、良い子だと」
「具体的には!」
「…そ、その、なんていうか。とても引っ込み思案で、臆病な子ですよね…」
「ほぅ」
「で、でも、その、雪歩自身も、そのことを気にしてて、それを変えたいと言って、765プロでアイドルを始めたじゃないですか…」
「…」
「雪歩、すっごく頑張ってます。男の人が苦手というのも、その、大分落ち着いてきて…犬は、まだちょっと怖いみたいですけど」
「…つまり、どうなんだね」
「…ボ、ボクは」
「雪歩のことが好きなのか、どうなのか!」
「…雪歩の事…好きです…大好きです!ひた向きに頑張ってる雪歩のことが…好きです」
菊地君の目を見て、私は分かった。
この子は、本当に雪歩のことを好いていてくれるのだと。
「…そうか…そうか…よく言ってくれた…」
「…?」
「君になら、安心して雪歩を任せられる…」
「はい?」
「…雪歩を…頼む…」
「お、お父さん?」
涙が止まらなかった。
愛する娘に、こんな子が付いていてくれていたことが嬉しかった。
これなら、私も安心だ。
「…これからも、雪歩と仲良くしてやってくれ」
「あらあら、やっぱり」
「あ、あの、お母さん」
「この人、お酒を飲むとこうなのよ。意外に強くないのね」
「はぁ」
「ほら、あなた、もう寝ましょう」
「菊地君、娘を頼んだぞぉー!」
「…ん?」
「あら、起きられましたか?おはようございます」
妻が、もう身支度を済ませて、何時もの着物姿だ。
…どうも、頭がうまく回らない。
縁側の向こうの庭は、もう明るくなっているから、朝だ。
「…居間で酒を飲んでいたはずだが」
「もう朝ですよ。杏美に風呂を用意させましたから」
「菊池君は?」
「雪歩の部屋に泊まって、今日はもう出かけました」
「…何だかとんでもない事を私は言ったような」
「さあ、気のせいじゃありませんか?」
「そうか…分かった、風呂に入ってくる」
風呂から上がると、既に朝食の用意が整っていた。
テレビには、朝のニュース番組の特集コーナーで笑顔を見せる雪歩が居た。
「…今日も、雪歩は可憐だな」
「ええ、奥様と旦那様のお嬢さんでいらっしゃいますもの、当然ですわ」
「…そうだな」
「あら、珍しい、いつもは照れ隠しで咳払いでもするのに」
「…娘が可愛くない父親など居らんよ」
…私の可愛い、自慢の娘だ。
さて、しかし、昨晩、菊地君にとんでもない勘違いをしていたような気がしたのだが…
「気のせいだな…」
終
雪歩のお父さんってどんな人だろうと思いながら書いたらこうなってあらら。
菊地の地を池ってやっちまった、穴掘って埋まってきます。
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