岡部「みんな俺から離れていく……」(678)

買ったばかりの携帯から──

 ピリリリリ

着信音。見覚えのない番号──

 ピリリリリ

底知れぬ不安が思考を支配する。
出たくない。

 ピリリリリ

だがそれが止まる気配はない。
意を決して指に力を込める──

 ピッ

その瞬間、周りの景色が琥珀色に包まれ、ぐにゃぐにゃと揺れ始める。
平衡感覚は失われ、立っていられなくなり──


女性「ちょ、ちょっと!? 大丈夫!? しっかりして!」


ごめん……なさい……。



Chapter 1 『分離喪失のデジャヴュ』

……熱い。
からだが──
あたまが──

煮えたぎる熱湯の中にいるみたい。
ボコボコと湧き上がる泡が産まれては消え、産まれては消え──

延々と繰り返される。

見覚えのない記憶の泡が産まれては消え、産まれては消え──

延々と繰り返される。
永遠にも感じられる時間。

まゆり……。

たすけられない?

このまましぬ?

熱はやがて引いていく。
今、深く暗い海の底にいる。

無意識に息が漏れる。また泡。

くりす……。

くりす?
くりすってだれ?

2000年 1月14日



岡部「……ぁ」

女性「あっ!」

岡部「あれ……」

女性「良かった。目を覚ましたのね、倫太郎くん」

岡部「……あ、叔母……さん? あれ……ぼくは……」

叔母「あなた一ヶ月も熱にうかされてて……もう大変だったのよ」

叔母「でも、もう大丈夫だからね」

岡部「ねえねえそんなことより聞いてよ!」

叔母「?」

岡部「夢を見たんだ、すごく長い夢」

岡部「ぼくが大人になるまでの夢!」

岡部「それでね? けんきゅうじょをつくって、色んな仲間もいて!」

岡部「それで……あれ?」

岡部「ぼく……なんで泣いてるんだろう……。おかしいな、夢の話なのに……」

叔母「……大丈夫、叔母さんが付いてるから……」

岡部「ねえ……まゆりは? まゆりに会いたい」

叔母「まゆ……り? 誰かしら」

義叔父「友だちかなんかだろう」

叔母「でも、2000年クラッシュの直後だし……今は東京中が混乱してて……とてもお友達と連絡なんて……」

義叔父「日本──いや世界中も大混乱だ。そのせいで義兄さんたちの葬儀もいつになるか──」

岡部(そう……ぎ……?)

叔母「ちょっとあなた!」

義叔父「まだ8歳だ、葬儀の意味なんて分からんさ」

岡部「ねえ、お父さんとお母さん死んじゃったの?」

叔母「え、え!? す、少し遠くに行っちゃっただけよ」

岡部「今、そうぎって……」

義叔父「……っ」

岡部「うそだ、夢の中では二人ともずっと生きてて……」

岡部「うそだうそだうそだ……」

叔母「倫太郎くん……」

岡部「なんだよこれ……なんだよこれぇぇぇ!」

叔母「倫太郎くん……大丈夫、大丈夫だから……!」

2001年

~小学校~



少年「おかべって頭いいよなー」

岡部「そんなことないと思う」

少年「親がすぱるたなのか?」

岡部「いや、そういう訳じゃないんだけどさ。なんとなく解き方が閃くっていうか、覚えてるっていうか」

少年「またまたー、ガリ勉してんじゃねーのー?」

岡部「はは……」

青年「なあ……母さん、俺、あいつ苦手だよ」

叔母「あいつって誰よ」

青年「倫太郎。年下のくせに妙に落ち着いてるっていうかさ、なんか生意気」

叔母「あんたが子供すぎるの、中学生でしょ?」

青年「そうだけどさー……」

叔母「でも、もうちょっと子供らしくしてもいいのにねぇ……」

叔母「まだ私達に遠慮してるのかしら、もう随分経つのに」

叔母「少し可愛げないわよね」

岡部「……」

岡部(聞かなかったことに……)

 ギッ

青年・叔母「!?」

岡部「……あ」

叔母「あ、や、やだ……いたの? あはは……」

岡部「……す、すみません」

2004年

~中学校~



少年A「なあ、数学の宿題見せてくれよー」

岡部「またか、いい加減自分でやってこいよ」

少年A「いいだろー? 岡部なら宿題なんてちょちょいのちょいだろ!」

岡部「……たく、仕方ないな」

少年A「へへっ、サンキュー!」

~トイレ~



少年A「ったくよー。岡部の奴、また宿題ガチでやってやがった」

少年B「空気読めってんだよな、全問正解とか怪しまれるっつーの」

少年C「つか、ズルでもしてんじゃね?」

少年A「なくはねーよなぁ」

少年B「それで調子乗ってるとしたら痛すぎだろ」

少年C「たまに予言じみたこと言うのも痛いよなー」

少年B「そうそう、あいつの口癖、”なんか見覚えがある”だからな」

少年A「いてーいてー! はははっ」



岡部「……っ」

TV「連れてなど行かせぬぞ! 貴様はこの私の人質なのだからな!」

青年「はははっ!」

岡部「……っ」

岡部「くだらない……ただの厨二病じゃないか」 ボソッ

青年「は?」

岡部「……何がマッドサイエンティストだ!」

青年「……なにTVにケチつけてんだよ」

叔母「ちょ、ちょっと……」

岡部「あ……いや……」

青年「意味分かんね」

義叔父「おいおい、食事中だぞ、二人とも」

岡部「……すみません」

青年「……」

TV「フゥーハハハ!」

岡部(なんだよ……何なんだよコレ)

岡部(デジャブってやつなのか?)

岡部(まゆり……まゆりは今どこで何をしてるんだ)

岡部「……」

岡部(眠れないな、トイレにでも行こう)

  『もう限界だっつの』

岡部「……?」

  『でもねぇ……』

  『俺だって我慢してんの、でもあいつはいつまで経っても塞ぎこんだままだし、暗いし笑わねーし』

  『今日の晩飯んときだって聞いたろ? 事あるごとにわけわかんねーことばっか言ってさ』

  『そう言うな、倫太郎も両親を無くして辛い思いをしてきているんだよ』

  『2000年を境に色々と変わってしまって、混乱してるのよ……』

  『でももう4年だぜ!? 俺だって友達亡くしてたりなぁ!』

  『最近は言わなくなったけど、最初の頃はまゆりがどーとかこーとか煩かったよな!』

  『俺だって、あの頃は辛かったんだぞ!?』

  『論点がずれてきている、ともかく倫太郎はまだ中学生だ、追い出すなんてとてもじゃないができない』

  『そうよ、少なくとも中学卒業までは……ねぇ』

岡部「……っ」

岡部(俺の居場所は……ここじゃない)

岡部(学校にも……家にもないんだ)

2005年春



岡部「記憶を頼りに来てみたが……本当にあったんだな。来たことなんてないはずなのに……」

岡部「大檜山ビル二階……」

岡部「……空き部屋……か」

岡部「……ははっ、ははは」

岡部(ここに来ればまゆりに会えるんじゃないか、そう思ったんだけどな)

岡部(会えるわけがない。当たり前だよな……)

岡部(俺にはもう居場所もないし、家族も、幼馴染もいないんだ……)

男「おい、何してんだ店の前で。客か?」

岡部「え? あ、いや……俺は……」

男「んだよ、ガキか。客って訳じゃあなさそうだな」

岡部「俺はガキじゃ……」

男「ガキだろ、高校生……ってとこか?」

岡部「……中学生です」

男「マジかよ、にしては大人しいな。最近の中坊っつったらギャーギャーと騒がしいのによ」

岡部「……」

男「で? ここらじゃ見ない顔だし、うちの客でもないみてーだけどよ、なんの用だ?」

岡部「……ここの二階って、ずっと空き部屋なんですか?」

男「あん? そうだけどよ」

岡部「なんだかここ、すごく懐かしくて……俺の居場所だった……そんな感じがするんです」

男「居場所? 変なこと言うじゃねーか」

岡部「……俺には居場所がないんです、家にも学校にも」

男「なんだよ、家にも学校にもいたくねえってか?」

男「……なぁ、真冬のマンホールの中──いや、ガキにする話じゃねーな」

岡部「……」

男「……おめーどっから来たんだ? 家は?」

岡部「中野……いや、池袋」

男「池袋っていやー、2000年クラッシュで特に被害がでかかった……」

男「悪かったよ……」

男「……おめーみてーなガキにも色々あるってわけだな」

岡部「……」

男「俺は天王寺裕吾。おめー、名前は?」

岡部(てん……のうじ……)

岡部「岡部」 ボソッ

天王寺「あん?」

岡部「岡部……倫太郎」

天王寺「なんだと? 岡部倫太郎?」

岡部「……はい」

天王寺「なぁおめぇ、鈴さん……橋田鈴って知ってるか?」

岡部(はしだ……はしだ……すず……?)

岡部「聞いたことは……あるような」

天王寺「……そりゃそうだよな、仮に会ったことあるっつっても覚えてるわきゃねーよな……」

岡部「……?」

天王寺「いや、こっちの話だ」

天王寺「なあ岡部、おめー今日からうちでバイトしねーか」

岡部「え? バイト?」

天王寺「っつっても、まだ中坊だからよ、実質手伝いみてーなもんだ」

天王寺「もちろん謝礼もそれなりに出してやる。そんで、おめーが中学卒業したら、ここの二階、格安で貸してやるよ」

岡部「え……?」

天王寺「そうだな、家賃1000円でどうだ?」

岡部「……中学生の俺でも分かるくらい安いですよねそれ……。いや、それとも、一日1000円とかですか?」

天王寺「んなわけねーだろ、月だよ月」

天王寺「あぁ、後、ブラウン管ちゃんを壊したら、家賃アップな」

岡部「……」

天王寺「どうする? 自信なかったら断ってもいいんだがな。欲しいんだろ? 居場所ってやつが」

岡部「いえ、やります、やらせてください」

天王寺「へへっ」

 チャリンチャリンチャリン ガコン

岡部「……?」

天王寺「ほらよ」

岡部「これって……」

天王寺「マウンテンジュー、ガキは好きだろ? こういうの」

岡部「だから俺はガキじゃ……」

天王寺「いいから飲んどけって」

岡部「……」

 カチッ プシュ

岡部「……美味い」

天王寺「そうか、そりゃ良かった」



こうして俺は、手伝いとしてブラウン管工房に出入りすることなった。
とは言え、時代はブラウン管テレビよりも液晶テレビ。
工房の手伝いは忙しさとは無縁だった。
たまに来る貧乏そうなお客の接客の他は、店内の掃除、店長の娘である綯の世話ばかり。

それでも俺は、中野にある叔母の家に帰らない日もあるほど、この場所に入り浸った。
居場所を求めて。
記憶の奥底にある、この場所を──


Chapter 1 『分離喪失のデジャヴュ』END

Chapter 2 『焦躁のサクリファイス』


2006年 12月



天王寺「んじゃ俺はちょっと遠出するからよ、綯の世話と店番、頼んだぞ」

岡部「いってらっしゃい、店長」

天王寺「あ、言っとくが綯に手ぇ出したら殺す」

岡部「だ、出しませんよ……」

綯「ねーねー、バイトのお兄ちゃん、今日は何して遊ぶの?」

岡部「ごめんな綯、今日は店内の掃除しときたいから……」

綯「そっかー……じゃあ私、一人で遊んでるね」

岡部「ホントにごめんな」

岡部(物分りの良い子で助かる)

岡部「さて、と……」

岡部「よっ……」

岡部(TV重っ……)

天王寺「帰ったぞー」

綯「あ、お父さ~ん!」

天王寺「おー、よしよし、いい子にしてたか綯~?」

綯「うん!」

岡部「お帰りなさい、店長」

天王寺「おう、どうだ? 客は来たか?」

岡部「いえ、今日は一人も……」

天王寺「……かー、世知辛ぇなぁ」

岡部「それじゃあ俺、帰りますんで」

天王寺「おい、今日はうちで飯食って行けよ」

岡部「え、でも……」

天王寺「遠慮すんなって、シュークリームも買ってきてるしよ」

綯「わーい! ありがとうお父さ~ん!」

岡部「じゃあ、お言葉に甘えて……」

天王寺「んじゃ車用意してるから、店閉めといてくれや」

天王寺「しっかしおめーもたくましくなったな」

岡部「そうですかね」

天王寺「会った頃なんて、ひょろっひょろしてやがってよ。あー、おい、肉食え肉」

岡部「はい、頂きます」

綯「お父さん、シュークリーム!」

天王寺「おいおい、だめだぞ綯~、デザートは食後って決まってんだよ」

綯「え~」

岡部「はは……」

岡部「それじゃあ俺はそろそろ帰りますね、ごちそうさまでした」

天王寺「送ってってやるよ」

岡部「でも、そこまでして頂くわけには……」

天王寺「おめーの老け顔なら夜道歩いてても大丈夫だろうが、まだ中学生だろ? いらねぇ遠慮すんなって」

岡部「……はは、酷いですよ、それ」

天王寺「うるっせぇ、男はなぁ、ちょっとくれー老けてたほうが貫禄あんだよ!」

岡部(なるほど、そう自分に言い聞かせてるんですね)

~車の中~



天王寺「ったく、また信号まちかよ……」

岡部「……」

天王寺「……もうすぐ高校受験だな、勉強はしてんのか」

岡部「いえ、あんまり」

天王寺「おいおい、高校浪人とかシャレになんねーからな、やっとけよ?」

岡部「大丈夫です、学校の授業はちゃんと受けてますし」

天王寺「まあ、落ちたときは正式にうちのバイトとして雇ってやるからよ、ははっ」

 フラッ……

岡部「……っ」

天王寺「おい、冗談だよ、本気にすんなって」

岡部(あの……女……!?)

岡部「店長! ここまでで結構です!」

天王寺「あ、おい!」

 ガチャ バタン

天王寺「おい、岡部! おめーどこに──」

岡部(さっき道を歩いてた女……どこかで……!)

岡部(どこだ、どこへ行った!)



岡部「はぁっ……はぁっ……」

岡部「くそ……どこに……」

岡部(見たことあるんだ……どこかで! 気になる……会って話がしたい……)

~公園内~



岡部「はぁっ……はぁっ……どこ……に……」

岡部「──あ」

岡部「お、おい!」

女「……」

岡部「こ、こんなところで寝てたら風邪を……」

女「……」

岡部「なぁ……」

 ユサユサ カラン……

岡部(ん? なんだこれ)

岡部「す、睡眠薬!!?」

女「……」

岡部「大変だ……! で、電話! 救急車!」

 ブーブー

岡部(着信……店長!)

 ピッ

天王寺『やっと出やがった……おい! 岡部! おめー今どこに──』

岡部「店長! 大変なんです! 人が! 人が倒れてて!」

天王寺『は? お、おい、そりゃ本当──』

岡部「せっかく会えたのに! ど、どうしたら──」

天王寺『落ち着けって! あー、えっと、とりあえず場所を言え』

岡部「……あ…‥え、えっと……こ、公園! ○○公園……!」

天王寺『分かった、そこで大人しく待ってろ』

~病院~



医者「心配要りませんよ、飲んだ睡眠薬の量はたいしたことはありませんし、最近のは安全性が高いですから」

天王寺「そ、そうか、そりゃ良かった」

岡部「……」

医者「それより、この寒さの中ずっと眠っていたら、危なかったかもしれませんね」

天王寺「ったく、自殺なんてバカなことしやがる」

女「う……」

岡部「あ……」

天王寺「お、目が覚めたようだな」

女「ここ……は」

天王寺「病院だ。感謝しろよ? こいつがいなきゃ今頃あの世行きだ」

岡部「……」

女「……」

天王寺「俺は医者を呼んでくる。少しの間任せたぞ、岡部」

女「おか……べ」

岡部「なぁ、お前に聞きたいことが……」

女「どうして」

岡部「え……?」

女「どうして死なせてくれなかったの!?」

岡部「お、おい!」

女「どうして! どうしてどうして!」

 ガララ

天王寺「何があった!」

看護師「下がってください!」

女「どうしてよぉっ……!!」

岡部「……っ」

天王寺「な、なんだってんだよ一体……」

医者「とてもじゃないが話せる状態じゃありません。今日はもうお帰りになってまた後日……」

翌日

~病院~



岡部「……」

女「……」

岡部「なぁ……」

女「……」

岡部「……」

女「帰って」

岡部「……っ」

女「帰って……帰ってよ!」

岡部「……分かった」

岡部「また……来る」

女「来なくて……いいっ……」

岡部「……」

岡部「……」

女「……」

岡部「なぁ、聞いてもいいか」

女「どうして」

岡部「え……」

女「どうして助けたりなんかしたの」

岡部「それは……聞きたいことが……あったからで……」

女「そんな理由で……そんな理由で助けたの?」

女「人の生き死にを左右させておいて、そんな理由で!?」

岡部「そんなつもりじゃ……」

女「あなたはそれで満足でしょうね……でも私は……っ」

2007年 1月



岡部「……もうすぐ、退院できるんだってな」

女「……退院したところで、どうしようもない」

女「どうすることもできない。どう生きていけばいいのかも、分からない……」

女「家族もいない……私には……居場所がないの……」

岡部「……」

岡部「気持ちは、分かるよ」

女「……適当言わないで」

岡部「俺もそうだったから」

岡部「2000年に両親が死んだが、幸いなことに叔母夫婦に引き取られて面倒見てもらえた」

萌郁「……」

岡部「だけど、想像してた未来はまるで違っていて……」

岡部「窮屈だった、俺の居場所はここじゃないっていつも思ってた」

女「消えてしまいたい、って思ったことは、ないの?」

岡部「どうだろうな……楽になりたいって思ったことはあるかもしれない」

岡部「それでも、生きてさえすれば考えも環境もいずれ変わる」

岡部「きっかけがなんであれ、居場所を作ることだってできる」

岡部「だから……死ぬだなんて、悲しいこと言わないでくれ」

岡部「絶望して一人で孤独に死んでいくなんて……そんなの悲しすぎるよ……」

女「……」

岡部「って、中学生なんかにお説教されても腹立つよな……」

女「え……」

岡部「ん?」

女「あなた……中学生だったの……? てっきり、年上かと……」

岡部「なんだよそれ」

女「見た目より、老けてる、から」

岡部「あのな……」

女「ふふ……」

女「……桐生、萌郁」

岡部「え?」

萌郁「私の、名前」

岡部(入り口の前で確認済みなんだがな)

岡部(まあいい……)

岡部「岡部倫太郎だ」

萌郁「ありがとう、岡部くん……もう少しだけ、頑張ってみようかな」

岡部(あいつが退院すること、店長にも伝えないとな)

岡部(しかし、前向きになってくれたみたいでよかった)

岡部(これで記憶の謎を解く鍵が……)

岡部(って何を考えているんだ俺は!)

岡部(違う、そうじゃない! そんな理由で助けたわけじゃない……! あれは夢、夢なんだよ……!)

岡部(助かってよかった、前向きになってくれてよかったって、思ってる!)

岡部「うぅっ……」

女の子「あの……大丈夫ですか?」

岡部「あ、あぁ……心配要らない、少し立ちくらみが──」

岡部「え──」

女の子「んー?」

岡部「まゆり……? まゆりじゃないか!」

まゆり「え? どうしてまゆりの名前……」

岡部「よかった、無事だったんだな! よかった……本当に……」 ガシッ

まゆり「い、痛いよ!」

岡部「あ……わ、悪い……」

まゆり「え……えっと……」

岡部「なあ、覚えてないか? 俺のこと! ずっとまゆりのこと探してたんだよ!」

まゆり「え? え……あ……」

まゆり「あー! 岡部くんだぁー!」

岡部「そうだよ、岡部だよ!」

まゆり「なつかしいなぁ……小さい頃はよく一緒に遊んだよね~」

岡部「そう、そうだよ……」

岡部「……っ」

まゆり「え? あ、あれ? 岡部くん……? どうして……泣いてるの?」

岡部「え? い、いやっ……な、なんでだ……ははっ……」

岡部「よくわからないけど、まゆりの姿を見たらなんか……ぐすっ……」

まゆり「もう、大げさだよ~」

岡部「ははっ……ま、全くだ……」

岡部「でも、どうして病院にいるんだ?」

まゆり「……」

まゆり「ねえ岡部くん、座って話そうよ。久しぶりに会えたから話したいこともいっぱいあるし」

岡部「あ、あぁ……」



それから俺たちは今まであった出来事を語り合った。
他愛もない話、世間話。
小さい頃の思い出。
2000年クラッシュでまゆりの両親が亡くなったこと。
それに伴い上野にいる叔母に引き取られたこと。
叔母はとても優しく、まゆりを本当の娘のように可愛がってくれたこと。
だけど、次第に話は暗転する。


まゆりは今、完治の難しい病気を患っている──

岡部「見舞い、来るからな」

まゆり「うん」

岡部「がんばれよ」

まゆり「うん、ありがとう、岡部くん」



明るく振舞っていたが、目を見れば分かる。
まゆりは今、とても苦しんでいる。
だったら俺は、苦しみから救ってやりたい。
あの笑顔を守りたい。
連れてなんて行かせない。
そう、心に誓ったんだ。


あれ?

          いつの話だ?

2007年 3月



天王寺「もうおめーも高校生か」

岡部「ええ」

天王寺「よく頑張ったな、今日から2階は好きに使えや」

岡部「ありがとうございます、店長」

天王寺「言っとくけどよ、晴れて一人暮らしだからって、いきなり女連れ込むんじゃねぇぞ!」

岡部「そ、そんなこと……」

天王寺「しょっちゅう萌郁の見舞いに行ってたじゃねーか」

岡部「それは……別にそんな関係じゃないですよ、それに……」

天王寺「それに?」

岡部「勉強も忙しくなるでしょうし、そんな暇ありません」

天王寺「へぇ、おめーが勉強? これまでおめーが勉強してるとこなんてみたことねーのに」

岡部「……俺、医者になりたいんですよ」

天王寺「医者……か、そりゃあれか、例の幼馴染のためってやつか」

岡部「……」

天王寺「おめーの叔母夫婦への恩返しにもなるな。高校の学費は出してもらってんだろ?」

岡部「はい、本当に頭が上がりませんよ」

天王寺「まっ、頑張れや、立派な志だ」

2007年 5月

~病室~

 ガララ

岡部「まゆり元──」

るか「あ、こ、こんにちは……岡部さん」

岡部「あ、あぁ」

岡部(確かまゆりのクラスメートの漆原るか……)

まゆり「……あ、岡部くん。いつもごめんね」

岡部「いや、構わない。それより、いつもより元気が無いみたいだけど、悪いのか? 体調」

まゆり「ううん、そういうわけじゃないんだけど……」

るか「……」

まゆり「……ちょっとだけ疲れちゃったから眠るね?」

岡部「そうか……それじゃ仕方ないよな」

まゆり「ごめんね? せっかく来てくれたのに」

るか「……それじゃあボクも……これで」

岡部「なぁ、どうしたんだ。今日のまゆり」

るか「……」

岡部「何か知ってるんじゃないのか? よかったら教えてくれないか」

るか「で、でも……」

岡部「頼む、教えてくれ。まゆりの力になりたいんだ」

るか「え、えっと……ボク、病室の前でまゆりちゃんの叔母さんとの会話……聞いちゃって……」

るか「き、聞くつもりはなかったんですけど……ボク……」

岡部「いいから早く聞かせてくれ!」

るか「は、はい! それで、その……」

るか「思った以上に入院費の負担が重いみたいで……」

るか「まゆりちゃんの叔母さんもお金を借りてまで頑張ってはいるみたいなんですが……」

るか「これ以上の入院は難しいかも……って話……らしい、です」

岡部「そん……なっ……」

るか「うぅ……」

岡部「国とか自治体はなんとかしてくれないのかよ! そういう制度とかあるんだろ? なぁ!」

るか「それがその……全額を公費負担でというわけにはいかない、とか……そうおっしゃってました……」

岡部「なん……だよそれ……」

るか「あの……岡部さん?」



岡部(どうする……バイトを増やすか?)

岡部(でもそうすれば勉強がおろそかに……)

岡部(いや、そんなの関係ない。入院費が払えなくなってからじゃ手遅れなんだ)

岡部(そうだ、俺が今できることをしろ)

岡部(決めたんだろ? まゆりのこと守るって)

現実は甘くなかった。
俺はただの学生。
当然働ける場所、時間は限定される。

それでも、もがくこと以外に術を知らない俺は、ガチガチのスケジュールの中、バイトと勉強に明け暮れていた。

が、そんな生活が長く続くわけはなく──


岡部「……」

岡部(7時にブラウン管工房を出たら、10時まで次のバイト……)

綯「ねえ」

岡部(少し遅れることを伝えないとな……)

綯「……ねえってば」

岡部(この店で仕事がない時は勉強させてもらおう)

綯「ねえ……顔色悪いよ……?」

岡部「ん? あぁ……綯か……いたのか」

岡部「今俺は忙しい、悪いが一緒に遊んでいられ──」

岡部「うぐっ……」

綯「お、お兄ちゃん!?」

岡部「はぁっ……はぁっ……な、なんでもない……」

~数日後~



岡部(くそっ……時間が足りない……金も足りない)

岡部(なんでまゆりなんだよっ! まゆりが何かしたってのかよっ!!)

岡部「……」

岡部「…………

岡部(今なら……)

 ゴソゴソ



岡部(盗むのか? この金を? 俺に良くしてくれた店長から?)

岡部(それでいいのか? 本当にいいのか?)

岡部(でも、そうしないとまゆりは……まゆりはっ……!)

岡部「……」

天王寺「おい、おめー何してんだ」

岡部「──!?」

岡部「店長、なんでもう戻って……」

天王寺「あん? この時間に戻るっつったろうが」

岡部「……っ」

天王寺「それよりなんだ? 金なんか握りしめて。そりゃおめーの金じゃ……ねーよな?」

岡部「こ、これはっ……」

天王寺「……はぁ」

岡部「……」

天王寺「見なかったことにしてやるからさっさとその金しまえ、くれてやる」

岡部「店長……」

天王寺「遊ぶ金欲しさじゃねーってことは俺がよくわかってる」

天王寺「あれだろ? 例の幼馴染のためだろ?」

岡部「……はい」

天王寺「ただし、もうその幼馴染とやらのために頑張るのはよせ」

岡部「え……?」

天王寺「そうしねーと、おめーまでぶっ倒れちまう」

岡部「で、でも! それじゃあまゆりは──」

天王寺「岡部、なんでそうしてまで必死になる。他所の事情に口出ししてんじゃねえ」

岡部「でもまゆりにはもう……! まゆりを助けられるのはっ……!!」

天王寺「……岡部」

天王寺「おめー、人を殺す覚悟、あるか?」

岡部「……は?」

天王寺「その幼馴染のために、人を殺す覚悟あるかって聞いてんだ」

岡部「ひ、人を……?」

岡部「……」

天王寺「……」

天王寺「冗談だよ、忘れろや」

岡部「いや──」

岡部「ある、あります……」

岡部「俺はまゆりを助けるためなら……」

岡部「目的のためなら手段は……選ばない!」

天王寺「……はぁ」

天王寺「……ったく、冗談のつもりだったのによ」

岡部「……」

天王寺「いいか、聞いちまったらもう戻れねーぞ」

岡部「はい……」



その日、俺は天王寺裕吾の裏の顔を知ることになる。

ラウンダー
FB
SERN

父親のように慕っていた人物の意外な一面。
しかしそれを受け入れるのに時間は要らなかった。
まるで最初から知っていたかのように。

こうして俺は、ラウンダー”地を這う者”として生きることを決めた。
身を裂くような寒さの中、しんしんと雪の降る日のことだった。


Chapter 2 『焦躁のサクリファイス』 END

Chapter 3 『自己防衛のファケレ』


2008年 2月1日

~高校~

ダル「岡部氏岡部氏」

岡部「なんだ」

ダル「最近休みがちだったけどだいじょぶ? 風邪?」

岡部「そんなんじゃない」

岡部(任務のせいで休んでるなんて言えるはずがないだろう)

ダル「あのさ、今日カラオケいかね? アニソン三昧」

岡部「悪いが他をあたってくれ、今日は用事がある」

ダル「ちょ、またすかー! 付き合い悪いっつーの!」

岡部「橋田、お前に付き合ってる暇はないんだ」

ダル「はいはい、厨二病厨二病、厨二病は不治の病」

岡部「だからそんなんじゃないって言ってるだろ」

ダル「つーか橋田っていい加減よそよそしいっつーに」

岡部「橋田は橋田だろ」

ダル「もう! 岡部氏って呼んであげないんだからね!」

岡部「一向に構わん」

ダル「ぐはー、岡部氏デレなさすぎ……」

~病院~

 ガララ

岡部「まゆり、元気か?」

まゆり「あ、岡部くん、いつもごめんね~」

岡部「いいんだ、俺には見舞いに来ることしかできないしな」

まゆり「学校やバイトも忙しいんでしょ?」

岡部「そんなに大したことじゃない」

まゆり「でも、無理はしないでね? まゆりなら大丈夫だから」

岡部「……それを言うなら、俺だって……大丈夫だ」

まゆり「……えっへへ。岡部くんは、優しいねぇ~」

岡部「……っ、そんなんじゃない! 俺はただ──」

岡部「そ、そうだ! 今日はまゆりにプレゼントを持ってきたんだ、誕生日だろ?」

まゆり「ええー!? 覚えててくれたんだぁ。嬉しいな~」

岡部「ほら、開けてみろ」

まゆり「わ~、ありがと~!」

 ガサガサ

まゆり「……っ」

岡部「その髪留め、まゆりに……似合うかと思って……」

まゆり「……」

岡部「どうした? 気に入らなかった……か?」

まゆり「……っ、ううん! そうじゃないの。とっても嬉しいなーって思ってたんだぁ」

岡部「そ、そうか」

まゆり「うん! ありがとう、岡部くん。大事にするね、えへへ」

岡部「気に入ってくれてよかった」

岡部(……そろそろ店長……FBからの定時連絡が入るな)

岡部「じゃあ俺はそろそろ……」

まゆり「え? もう行っちゃうの?」

岡部「ゆっくりしていきたいとこなんだが、これからバイトでな」

まゆり「そっかぁ……それじゃあ、仕方ないよね……」

岡部「また来るからな」

まゆり「うん、それじゃ、またね」

岡部「あぁ、がんばれよ」

岡部(どうせいつも通り、偵察任務だろうな)

 ブーブー

 ピッ

岡部「こちらM3」

FB『M3、任務だ』

FB『我々を嗅ぎまわっている連中が、ある場所に潜伏してるとの情報が入った』

FB『本日19時に奇襲を仕掛け殲滅する』

岡部「……っ」

FB『殲滅はアルファチームが担当する』

FB『M5の調べによると奴らの人数は6人』

FB『仕留め切れずに逃亡を図られる可能性も考慮しておめーには待機メンバーとして加わってもらう』

FB『考えられる脱出ルートはα、β、γの3つ』

FB『殲滅作戦開始とともに、おめーにはγ地点に待機してもらう』

FB『万が一、連中が逃亡してきた場合……』

FB『……殺れ』

FB『……必ず仕留めろ』

岡部「……っ」

FB『どうした、不安か?』

岡部「い、いえ」

FB『気休め程度だが……γルートが脱出ルートとして使われる可能性は一番低い』

FB『18時に○○に集合、詳しいことはM5に聞け』

岡部「……了解」

FB『あまり気負うなよ』

岡部「……分かっています」

 ピッ

岡部「……」

M5「以上で作戦の説明を終わる。何か質問はないか」

 シーン

M5「よし、それではM6はα、M3はγ、俺はβ地点にて待機」

M5「アルファチーム、殲滅に移行しろ」

 「「「了解」」」



~γ地点~



岡部「……」

 パララララ グアア

岡部(始まった!)

 パラ パラララ ギャア

岡部(早く終われ……終わってくれ!)

 パラララ ガン ガン ウアア

岡部「……」

 シーン

岡部「……止まった」

岡部(震えが止まらない、くそっ……こんなときに!)

岡部(来るな……来ないでくれ、誰も来ないでくれ!)

岡部(早く……早く殲滅完了の連絡をくれ……お願いだ!)

岡部「……」

 シーン

 ザ……ザ-……

──『こちらアルファチーム、目標6人全員の殲滅を確認した』

岡部「……ふぅー……」

 タッタッタ

岡部「──!」

          『万が一、連中が逃亡してきた場合……』

 タッタッタ

岡部「……ぁ」

男「はぁっ……はぁっ……」

岡部(なんだ? 一体どうして……全員死んだんじゃなかったのか!?)

男「はぁっ……はぁっ……ちくしょう! なんだってこんなことに……」

岡部(どういうことだ? 情報になかった仲間!? それとも目撃者か!?)

男「はぁ……はぁ……電話っ……連絡を……」

岡部(……まずい!)

          『……殺れ』

岡部(あああああああ!!)

 ザッ

男「──!?」

 パーン

男「かはっ……!」

岡部「はぁっ……はぁっ……」

男「う……ぐぁ……」

          『……必ず仕留めろ』

岡部(うぅ、ま、まだ生きてる……んだよな、これ)


           どうした、撃てよ


岡部「!?」

           まだこいつは死んでないぞ
           まゆりのためなんだろ
           なんでもできるんじゃなかったのかよ
           仕留めろよ

岡部「う……」

うわああああああああああああああ
ああああああああああああああああ

 パーン 

男「がぁっ!」

 パーン 

 パーン

 パーン

 パーン

岡部「あああああ!!」

 カチッカチッカチッ

M7「よせ、もう死んでいる」

岡部「……! はっ……はっ……」

岡部「うっ……ぁっ……うぇっ……」

M7「こちらM7、連中の仲間か……もしくはねずみがいたようだ」

M7「問題ない、M3が始末した」

岡部「あ……あぁ……」

M7「M3、余計な心配は無用だ。たとえ一般人だったとしても警視庁への根回しはFBが行なってくれる」

岡部「うぅ……」

~大檜山ビル2階~



岡部「…………」

殺した……俺が。
ぐちゃぐちゃになるまで……。
いや、覚悟はしてたことだろ。
わかってたんだ、いつかこんな日が来るって。

でも──

          『一般人だったとしても』

俺は……俺は……。

 ガチャ

萌郁「あの……」

          どうだ、人を撃った感想は
          どうだ、人を殺した感想は

岡部「……誰だ、お前」

萌郁「え? あの……覚えてない?」

          俺はお前だよ

萌郁「桐生、萌郁……」

          久しぶりだな

岡部「久しぶり」

萌郁「あ、うん……」

岡部「何しに来た」

萌郁「え? ご、ごめん、迷惑だった……かな。遊びに来てもいいって、言ってたから」

          お前、このままじゃ壊れるぞ
          なれよ、俺に
          鳳凰院凶真に

萌郁「あの、岡部くん……?」

          鳳凰院凶真の仮面を、被れよ
          俺ならお前を助けてやれるんだ
          楽にしてやれるんだ

岡部「……なら早く助けてくれ」

萌郁「おか……震えてる」

萌郁「手もこんなに冷たい……」 キュ

          どうした、震えてるぞ

岡部「寒いんだ、とんでもなく寒いんだ」

          寒さのせいだけじゃないだろ
          早く被れよ、ペルソナを

萌郁「岡部くん……!」 ギュ

岡部「……ぁ」

岡部(萌……郁……?)

萌郁「私、君に助けられた……」

萌郁「君のお陰で、生きる意味、見つけられたの」

萌郁「ねえ、全部話して……。君が抱えてる物、私にも背負わせて……」

萌郁「……今度は私が、あなたの力になりたい」

岡部(萌郁……) ギュウ

           やれやれ
           まあいい、いつでも呼ぶがいい
           俺は常にお前のそばにいる
           俺はお前だからな

~半年後~

 ピッ

岡部「FBからの連絡が入った、これから現場へ向かう」

萌郁「了解」

萌郁「……あの、岡部く──」

岡部「仕事の時は岡部と呼ばないでくれ」

萌郁「ご、ごめん……なさい」

岡部「行くぞ、M4」

萌郁「了解……M3」


そう、俺は仮面を被る
今は岡部ではない

俺が名は      我が名は

            鳳凰院凶真


Chapter 3 『自己防衛のファケレ』 END

Chapter 4 『暗中のメテンプシュコーシス』


2009年 4月12日

~学校~

ダル「なぁなぁ岡部氏、僕達もいよいよ卒業の年っすな」

ダル「また一緒にクラスになれて嬉しいお」

岡部「橋田、今俺はものすごく眠いんだ、話しかけないでくれ」

ダル「ええー? 何? もしかして徹夜でネトゲしてたとか?」

岡部「……」

ダル「ちょ、無視すんなし」

岡部「少なくともお前が考えてるようなことじゃないとだけ言っておく」

ダル「3年になって厨二病がちょっとはマシになってるかと思いきや、加速してた件について」

岡部「……」

2010年3月15日

~病室~

 ガララ

岡部「まゆり、元気か?」

まゆり「……」

岡部「ん? どうしたんだ? 調子、良くないのか?」

まゆり「岡部くん……まゆりね、聞いちゃったの」

岡部「……?」

まゆり「まゆりの入院費……払ってくれてたの、岡部くんだったんだね……」

岡部「……」

まゆり「全部、叔母さんから聞いたよ?」

まゆり「ねえ、もうやめようよ……。岡部くんの気持ち、すごく嬉しいけど……」

まゆり「岡部くんずっと無理してた……よね」

岡部「そんな……こと……」

まゆり「このままじゃ、まゆりの知らない岡部くんになっちゃう気がして、怖いの……」

まゆり「もう大丈夫だから……私、岡部くんの重荷になりたくないよ……」

岡部「そんなことない!」

まゆり「……っ」

岡部「そんなことない、重荷だなんて考えたこと無い」

まゆり「なんで? どうして私なんかのために……」

岡部「なんかじゃない、お前がいたから今の俺がいるんだ」

岡部「お前に会いに行こうと思わなかったら、俺は恩人に会うことはなかった」

岡部「きっと今も、自分の居場所を掴めないまま、どこかを彷徨ってたかもしれない」

岡部「決めたんだよ、守るって。どんなことを犠牲にしてもお前の笑顔を守るって!」

まゆり「岡部くん……」

岡部「だから……重荷になってるだなんて思わないでくれ……」

岡部「俺はそんなことっ……一度も思ったことはない」

まゆり「ホントに?」

岡部「あぁ、本当だ」

まゆり「……」

まゆり「……まゆりは愛されちゃってるねぇ……えっへへ……ちょっと照れくさいよぉ……」

岡部「……はは」

          本当にそうか?

岡部「──!?」

          ただの一度もないか?

岡部(頼むからまゆりの前で出て来ないでくれ!)

          お前は嘘まみれだな

岡部(お前は一体誰の味方なんだ!)

          俺はお前の味方だよ
          お前は俺だからな

まゆり「岡部くん……?」

岡部「はっ……」

まゆり「だ、大丈夫? やっぱり、無理してるんじゃ……」

岡部「む、無理なんかしてないさ」

まゆり「でも、バイトもすっごく大変……なんだよね?」

岡部「そ、それはっ……」

まゆり「もしかして危ない事……とかしてない……よね?」

岡部「……大丈夫だ、心配するな!」

岡部「金は……金は……そう、発明品を売って工面してるんだ」

まゆり「そうなの?」

岡部「ほら、俺って理数系には強いだろう?」

岡部「画期的な発明品を売ってるんだ、小さいけど研究所だってある」

まゆり「そうなんだ~、岡部くんってやっぱりすごいねぇ~、えっへへ~」

岡部「そうだ、まゆりもラボラトリーのメンバーに加わるといい」

まゆり「ええー!? いいの~!? まゆり、何もできないよ?」

岡部「心配するな、まゆりはいるだけでいいんだ。ずっと俺のそばに……いるだけで……」

まゆり「ラボラトリーのメンバー……ラボメンかぁ……えへへ」

まゆり「見てみたいなぁ……ラボ」

岡部「だったら早く元気になれよ?」

まゆり「うん……」

岡部「それじゃ俺はそろそろ帰るからな」

まゆり「岡部くん……」

岡部「ん? どうした?」

まゆり「ありがとうっ」

岡部「……あぁ」

 ガララ

岡部「ふふ……」

岡部(まゆりの笑顔……俺は守れるだろうか、いや、守ってみせる)

          自我をコントロールし
          心の中の善と悪を分離させ
          それぞれ独立させたつもりだろうが
          まゆりがお前のそばから姿を消した時
          お前はどうなるかな?

岡部「……」

2010年 5月15日

~ラボ~



ダル「んんんんんんん~~……」

岡部「どうした、そんなに唸って。腹でも痛いのか?」

ダル「いや、なんつーか。……岡部氏、ゴミ量産してどうするんのさ」

岡部「な、なんだと!」

ダル「はっきり言ってセンス無さすぎっしょ……オモチャの光線銃にリモコン仕込んだだけって、アリエンティ、マジアリエンティ」

ダル「あえて言おう、カスであると」

岡部「ぐっ……橋田……殴られたいのかっ……!」

ダル「はいはい、厨二病厨二病」

岡部「大体、俺が4月にラボに誘った時には即断ったくせに、どういうつもりだ」

ダル「だって、秋葉の──それもメイクイーン+ニャン2の近くにあるなんて聞かされてなかったんだもの!」

岡部「メイクイーン……」

ダル「あ、良かったらこれから一緒にどう?」

岡部「結構だ」

ダル「ぐはー! 即答すか。つかなんでよー! フェイリスたんに会いに行こうず」

岡部「だからそのフェイリスが苦手なんだよ、俺は……」

岡部「あいつと話してると頭が痛くなってくる」

ダル「ふーん、まあいいや、じゃあ僕はこれで」

岡部「あぁ……」

ダル「ふひひ、もうすぐ誕生日だしフェイリスたんにイベントお願いしよっと」

岡部(俺は発明に向いてないのか? だが、記憶の奥底でこれらのガジェットを作れと……)

 ゴチャゴチャ

岡部(やはり俺に発明など向いてないようだな……)

2010年 7月28日 14:44

~ATFエレベーター内~



岡部「おい橋田、バナナがゲル状になる理由はまだ分からないのか」

ダル「全くもってイミフ、つーか僕だけに任せてないで岡部も調べるべきだろ常考!」

岡部「俺は色々とやることがあるんだ」

ダル「ったくもー! あなたいつもそうやって言い訳ばかり! 今日だって集合時間に1時間も遅れてきて!」

岡部「気色悪い、殴りたくなるからやめろ。それに、昼頃メールしただろ、遅れるって」

ダル「は? 昼頃? 着てないけど」

岡部「何……? いや、確かにしたはず」

ダル「だから着てないっつに」

岡部「携帯貸せ!」

ダル「あ、ちょ!」

 ピッピ

岡部「ない……消したのか?」

ダル「んなことするわけねーじゃん、つかプライバシーの侵害だお」

岡部「……っ」


かみ合わない会話に戸惑いを覚える俺。


 ポーン


ふと耳に、目的の階に到着したことを知らせる軽快な音がこだました。
同時に鉄の扉が割れ、飛び込んくる光に目を細める。
ゆっくりと鮮明になっていく視界の先にその人物は柱を背に立っていた。


岡部「……ぁ」

岡部「紅莉栖……」


気がつくと俺は──
その女を強く強く抱きしめていた。

2010年 7月28日 17:30



岡部「あの女ぁ……全力で殴りやがって」

          『馬鹿なの!? 死ぬの!?』

岡部「……」 ペタ

岡部(まだヒリヒリする。……くそ、いつもの俺ならこんなことには)

岡部(”あの夢の記憶”は、るかや橋田の時に”蘇っても封印しとく”と強く誓ったはずだったのだが……)

岡部「今日の俺はどうかしてるな」

岡部「きっと疲れてるんだ、さっさとラボに戻ってゆっくりしよう」

~ブラウン管工房前~



岡部「ん?」

天王寺「おう、岡部か」

岡部「もう閉店ですか、今日は早いんですね」

天王寺「今日はバイトの面接があってな」

岡部「バイト? こんな客も来ない店にバイトとは物好きな」

天王寺「おめぇが言うなや」

女「おっはー」

天王寺「……」

岡部「……っ」

岡部(この女……?)

女「あれ? 流行りの挨拶じゃなかったっけ?」

岡部「まさか、バイトというのは……」

天王寺「そのまさかだ」

天王寺「名前は」 鈴羽「阿万音鈴羽」

天王寺「年は」 鈴羽「18」

天王寺「志望動機は」 鈴羽「ブラウン管が好きだから」

天王寺「採用」

岡部「まて、これはコントか?」

鈴羽「そういう君は……誰?」

天王寺「岡部ってんだ、この上を間借りしてるバカだよ」

岡部「岡部倫太郎だ」

鈴羽「ふーん」

 スッ

岡部「ん?」

鈴羽「握手」

岡部「あぁ」

 ギュウ

岡部「……っ」

鈴羽「よろしく、岡部倫太郎」



岡部(牧瀬紅莉栖といい、阿万音鈴羽といい、なんなんだ……一体)

2010年 8月6日

~萌郁のアパート~

 ガチャ

萌郁「あ、岡部くん」

岡部「邪魔するぞ」

萌郁「いらっしゃい。急に、どうしたの?」

岡部「今日、泊めてくれ」

萌郁「え? うん、いいけど」

岡部「ラボに人が押しかけててな、うるさくて敵わん」

岡部(ったく、あいつら、俺の部屋だということを忘れやがって……)

萌郁「マウンテンジュー、持ってくるね」

岡部「あぁ」

萌郁「ケバブも、あるから、一緒に……食べよ?」

岡部「ふー……」

萌郁「……岡部くん、なんだか、最近、変。何か、あった?」

岡部「なんでもない」

萌郁「疲れてる? 仕事にも、身、入ってない」

岡部「なんでもないって言ってるだろ。……少し黙っててくれ」

萌郁「……っ、ごめん、なさい」

岡部「……」

岡部(早くしないと……まゆりが……)

岡部(もう長くない? ふざけるなよ!)

岡部(早くDメール……電話レンジの仕組みを解明して……)

岡部(過去を……今を……未来を変えなくては)

 ブーブー

岡部「……FBから? 定時連絡の時間ではないはずだが」

萌郁「え?」

 ピッ

岡部「こちらM3」

FB『M3、ヘマったようだな』

岡部「……? なんのことです?」

FB『今、お前を探ってる奴らがいる。俺んとこにも聞き込みに来やがった』

岡部「……っ!」

FB『恐らく相手はユーロポールの捜査官だ』

岡部「なぜ……バレたんだ」

FB『知らねぇよ。いつも冷静なおめーらしくもねーミスだな』

FB『このことは本部には内緒にしといてやる』

FB『ともかく、自分のケツは自分で拭くこった、サポートはしてやる』

岡部「……了解」

 ピッ

萌郁「……FBは、なんて?」

岡部「俺の正体がバレたかもしれない。相手は……ユーロポールの捜査官」

萌郁「……っ」

岡部「殺すしか無い、今捕まるわけにはいかない」

萌郁「岡部くん。私も、力になる」

岡部「……勝手にしろ」

8月15日 17:00



男「……おい、応答しろ、おい」

          甘いんだよ
          それでこの俺を出しぬいたつもりか?

 チャキ

          恨みはないが、死ね

 ズキッ

岡部「……ぐぅっ!」

岡部(ここのところ頻発してる頭痛……くそ、こんなときにっ……)

岡部(俺は……俺はまゆりのためにも……立ち止まるわけには……いかないんだよっ!)

 ザッ

男「──!?」

 ズブッ

男「ぁ……が……」

岡部「ふっ!」

 ズッ

 ビシャア

男「あ……ぁ……ぁ」

 ドサッ

岡部「はぁ……はぁ……」

岡部(俺は一体、いつまでこんな事を続ければいいんだろうな)

 ズキン

岡部「あぐっ──!?」

8月15日 17:04



萌郁「ええ、そう。FBの予想通り、相手は、捜査官だった。……ユーロポールの」

萌郁「大丈夫。……2人とも、始末した」

萌郁「……目標αは、ガード下。目標βは、そこから離れた、路地に、死体、転がってる」

萌郁「……了解」

 ピッ

萌郁「……M3、目標ブラボーも、排除してきた。後始末は、FBが。私たちは撤収を」

岡部「……萌郁」

萌郁「!? 初めて、名前、呼ばれた。こういう場では、本名呼ぶのは、まずいわ。コードネームを」

岡部「それより……なぁ」

萌郁「……?」

岡部「”思い出した”んだ、全部──」


そう、全部──

世界線変動率 0.571046%

2010年 8月17日 17:00



もうすぐ、まゆりが死ぬ。

まゆりを救うためには最初のDメールのデータを消し、β世界線へと飛ばなくてはならない。
だがβ世界線にいけば、今度は紅莉栖が死ぬ。

なんでだよ……なんでなんだよ……こんなの、ひどすぎるだろっ……。
何かまだ、手があるはずだ! 諦めるな! 紅莉栖を見殺しになんて……俺にはできない!

俺は世界に抗う……!

だがどうすればいい。
ありとあらゆる可能性を考えても、答えは見つからなかったじゃないか!


岡部「ダメだ! 考えてる暇はない、そろそろまゆりが死ぬ時間だ! ここは一旦タイムリープして──」

          『逃げるの?』

岡部「……」

          『逃げたって、苦しくなるだけよ!』

          『何度タイムリープしたって、1%の壁は超えられない!』

岡部(やってみなきゃ、わからないだろう……!)

岡部(鈴羽……こんな時鈴羽がいてくれればどれだけ心強かったか……)

岡部(鈴羽だったら何と答えてくれただろうか……)

          『何年かに一度、世界線が大きく変動する大分岐のような年があるんだ』

          『湾岸戦争があった1991年、2000年問題があった2000年、そしてタイムマシンが開発された2010年』

岡部(2000年……)

岡部(今ここで、俺がタイムリープに付いて回る48時間の限界を超えたらどうなる?)

          『48時間を越えて跳躍すると、脳の物理的な状態の齟齬が大きすぎて障害を引き起こす可能性がある』

岡部「……っ」

岡部(いや、天王寺綯は48時間を繰り返してきたとはいえ、15年後から来たと言っていた)

岡部(人格も15年後の綯だった……よな?)

岡部(なら……俺にだって……!)

          『障害を引き起こす可能性がある』

岡部「くっ……」

岡部(俺が初めて携帯を手にしたのは、1999年の誕生日に買ってもらった時)

岡部(届く。2000年に。あの時代の鈴羽に)

岡部(確か誕生日の夜、急な発熱で倒れたが……)

岡部(大丈夫、鈴羽は2000年の6月までは生きているはず。成功したら必ず鈴羽とコンタクトを取るんだ!)

岡部(10年もあれば何かしら対策が見つかる、きっと……見つけてみせる)

岡部(設定完了……番号は……確か……)

 ピッピッピ

岡部「1999年へのタイムリープ……」 ゴクッ

          『忘れないで』

岡部「紅莉栖……俺はっ……」

          『あなたはどの世界線にいても一人じゃない』

岡部「お前もっ……」

          『──私がいる』

岡部「助けるっ!!」

 ピッ

その瞬間、周りの景色が琥珀色に包まれ、ぐにゃぐにゃと揺れ始める。
平衡感覚は失われ、立っていられなくなり──


Chapter 4 『暗中のメテンプシュコーシス』 END

Chapter 5 『暗黒回帰のハイド』


世界線変動率 2.615074%

2010年 8月15日 17:04



岡部「ははは……そうか、そういうことだったのか。あの夢の正体も、記憶の正体も」

岡部「全部、あったことだったんだな」

岡部「俺の10年はなんだったんだろうな。タイムリープして……こんな、冗談みたいな世界線で……」

萌郁「M3……? タイム……?」

岡部「俺がやったことといえば2000年問題を引き起こし──
   まゆりの両親、俺の両親を含め、多くの人間を死に追いやり──
   まゆりを苦しめただけ──」

岡部「そしてまゆりも結局助からない……助けられない」

岡部「はは、ははは……」

萌郁「M3、しっかりして、よく、わからないけれど」

岡部「……」

岡部「…………」

岡部「……待てよ?」

岡部(冷静になって考えてみるとおかしい、腑に落ちない)

岡部(タイムリープしたところで世界線を大きく変動させることはできないはず)

岡部(にも関わらず、俺のいたα、βにも似通わない世界線へと変動を遂げた)

岡部(1999年12月14日に跳躍した後の俺は、記憶の通り、その後一ヶ月の発熱に倒れ──)

岡部(1月14日に気がついた時、記憶のほとんどはモヤがかかったような状態に陥り、単なる夢だったと思い込んだ)

岡部(おかしいじゃないか、俺は過去を変えるような行動は起こしていない)

岡部(なのになぜ世界線が変わった? それも、2000年問題が引き起こされるほどの大分岐)

岡部(俺のタイムリープそのものがファクターだったと? いや、そう考えるのは早計すぎる)

岡部(ともかく紅莉栖……それに鈴羽の意見も聞きたい、あいつらならば力になってくれる)

萌郁「……待って、M3!」

岡部「触るな」

萌郁「っ……どこへ、行くの? FBからは、待機命令がっ……」

8月15日 17:36

~ラボの前~



岡部「紅莉栖」

紅莉栖「ぁ、お、岡部っ……」

岡部「よかった、お前に頼みが……」

鈴羽「噂をすれば……ってやつか」

岡部「鈴羽、お前にも頼みがある。お前はタイムトラベラー……だよな?」

鈴羽「っ……なんであたしが、タイムトラベラーだって知ってんの!?」

岡部「なんでって……」

鈴羽「確かに、ラボメンのみんなに話した。岡部倫太郎以外のラボメンにはね」

岡部「なに?」

鈴羽「お前はあたしの情報をどうやって手に入れた? 内通者か?」

紅莉栖「鈴羽、やめて……。ただでさえ私、何を信じていいか……分からなくなってるのに……」

鈴羽「岡部倫太郎、一緒にいた桐生萌郁って女は、何者なの?」

岡部「あいつは……」

鈴羽「ラウンダー?」

岡部「……」

鈴羽「肯定ととって構わないみたいだね」

紅莉栖「そんなことより! 何かいうことはないの?」

岡部「……なんのことだ?」

紅莉栖「何も言わないつもり!?」

岡部「俺のことはどうでもいい」

紅莉栖「見たのよ、さっき、ガード下で」

岡部「……っ!」

岡部「見たって、何を……」

鈴羽「お前が、ユーロポールの捜査官を殺す所だよ」

鈴羽「服に血が付いてるよ」

岡部「待ってくれ、説明すると長くなるが──」

紅莉栖「ねえ岡部、全部嘘だったの? 私たちを騙してたの?」

岡部「だから説明をさせてくれ、Dメールを使うなりして世界線を変えれば──」

紅莉栖「使うってどうやってよ! 電話レンジの仕組み、まだ解明してないのに!」

紅莉栖「放電現象がいつ起きるかも不明確でしょ!?」

岡部「その原因は、42型ブラウン管TVだ、あれが付いてる時だけ──」

鈴羽「なぜ、それを知っている」

紅莉栖「ぁ……」

鈴羽「あたしたちは電話レンジの仕組みについて、この一週間ずっと話し合ってきた」

鈴羽「岡部倫太郎、お前も含めてね」

岡部「……確かに、そうだ」

鈴羽「そこでは何も言わなかったくせにさ」

鈴羽「今のはまるで……最初から知っていたような口ぶりじゃん」

紅莉栖「わかってて黙ってたの?」

鈴羽「お前は嘘まみれだね」

鈴羽「あたしがいた2036年でもそうだった」

鈴羽「嘘と裏切りだけで世界を手に入れたお前はさ」

鈴羽「その嘘を塗り重ねるために、数多の命を奪い続けてる」

鈴羽「だからあたしはタイムトラベルして来たんだよ、未来を変えるために」

岡部「だったら話は早い、今すぐ世界線を変えよう。こんな世界線は誰も望んじゃいない」

紅莉栖「あんた……あんた……なんであんなこと……」

紅莉栖「ねえ、あの子……まゆりはもう長くないんだから、もう悲しませるような真似は……やめてよ……」

岡部「紅莉栖、頼む、信じてくれ。俺は別の世界線から来た。いや、正確には”別の世界線の記憶も持っている”」

岡部「なかったことにすれば……α世界線に戻れば……」

岡部「……っ」

α世界線に戻ったところでまゆりは助からない。
まゆりを助けるためにはそこからさらにβ世界線へと移動しなくてはならない。
しかしそうすれば今度は紅莉栖が──


紅莉栖「警察を……呼ぶわ」

岡部「紅莉栖。やめろ、やめてくれ。そんなことしても無駄だ」

紅莉栖「あんたはそうやって、自分のしたことを嘘で覆い隠していくのね……」


やめろ。


紅莉栖「次は……」


やめてくれ。


紅莉栖「次は私も殺すの!?」


ああああ……。

 カランカラン

鈴羽「スタングレネード!?」

 バン

 キィィィィン

萌郁「岡部くん! 逃げて!」

鈴羽「くっ……仲間か!」


────
───
──


萌郁「あそこには近づかない方がいい、もう正体、知られちゃったから……」

岡部「まゆりに……まゆりに会いに行ってくる……」

萌郁「岡部くん……」

8月15日 18:13

~病室~

 ガララ

岡部「まゆり……」

まゆり「あ、岡部くんだぁ」

るか「岡部さん、今日はもう来ないかと思いましたよ、椅子どうぞ」

岡部「まゆりっ……」

岡部(俺は結局お前を苦しめただけ……赦してくれ……)

まゆり「岡部くん……どうしたの?」

岡部「……いや……なんでもない」

まゆり「……今日の岡部くん、なんだかとっても悲しそうだよ……?」

岡部「いや、本当になんでもないんだ」

るか「……あ、ボ、ボク、飲み物買ってきます」

るか「まゆりちゃんはオレンジジュース、岡部さんはマウンテンジュー、ですよね」

まゆり「ありがとう~、お願いするね?」

岡部「あぁ、頼む……」

るか「それじゃあ行ってきますね」

岡部「相変わらず、この病室には写真がいっぱい飾ってあるんだな……」

まゆり「うん、こうしてるとね~。なんだか昔を思い出して、ほわほわ~って気持ちになるのです」

岡部「はは、懐かしいな、この遊園地よくいったよな」

まゆり「え? 行ったのは、一回だけだよ?」

岡部「あ……そうか、そうだったよな」

まゆり「岡部くん?」

岡部「……」

まゆり「私ね? 岡部くんにはすごく感謝してるんだよ」

まゆり「まゆりのこと色々気にかけてくれて、髪留めもプレゼントしてくれて、入院費まで出してくれて」

まゆり「本当にね、どれだけ感謝しても、足りないのです、えへへ」

岡部「はは……その髪留め、付けててくれたんだな」

まゆり「あ、だめっ!」

岡部「……ぇ?」

まゆり「ごめんね……」

まゆり「この髪、医療用のウィッグだから……」

まゆり「……もうまゆりの髪は殆ど残ってないのです」

岡部「……」

まゆり「治療の副作用、でもね? そのおかげで、クリスマスまでは生きていられるかもって希望が出てきたんだぁ」

まゆり「クリスマスにはサンタさんに、もう少し時間をくださいって、お願いしようかな」

岡部「……っ」

岡部「あぁ……がんばれよ……」

まゆり「うんっ」

岡部「……少し、風に当たってくる」

みんな俺から離れていく……。
わかってるんだ、これも全部自業自得だって。
こうなったのも俺が不用意に過去を改変したせいだ。


岡部「でも、こんなの……きつすぎるだろっ……」


何か、何かあるはずだ……世界線を元に戻す方法が。

冷静になれ。

今までだってそうしてきたじゃないか。

8月16日 13:51

~萌郁のアパート~



萌郁「岡部くん……大丈夫? 顔色、すごく悪い……)

岡部(頭が割れそうだ……)

岡部(混在する記憶、離れていくラボメン)

萌郁「おか……べくん……」

岡部(助けられない……まゆり)

岡部(……いや、考えろ。世界線を戻す方法を……2000年問題、2000年問題さえどうにかできれば……)

 ブーブー

 ピッ

岡部「……もしもし」

FB『……M3か?』

岡部「……はい」

FB『……仕事だ』

FB『もっとも、仕事とすら呼べるもんじゃねーがな』

FB『未来ガジェット研究所のタイムマシンを持って来い、本部に搬送する』

岡部「……っ」

FB『……発明サークルの奴らが抵抗してきた場合は殺せ』

FB『ただし、開発者の2人は殺すな、確保してSERNに連行する』

岡部「……」

岡部「なんとか……なりませんか」

FB『質問は受け付けない』

FB『作戦開始は3時間後だ』

FB『M3とM4は先行し、アルファチームとして突入しろ』

FB『バックアップとしてブラボーチームが応援に入る』

FB『お前らはタイムマシン確保を最優先だ』

岡部「……」

FB『……はぁ』

FB『迷ってんならよ、今決めろや。
  どっちにつくのかな。
  覚悟がねーなら選ばないことを選べ、流されろ、従え』

岡部「……いえ、問題は、ありません」

FB『……』

 カチャッ

 ツーツーツー

岡部「……」

萌郁「FBは、なんて?」

岡部「電話レンジ……タイムマシンを回収しろ、と」

萌郁「……そう」

岡部(どうする……電話レンジが回収されてしまえば、過去改変を行うことができなくなる)

岡部(それはつまり俺はこの世界線から移動することができなくなるということ)

岡部(いや……鈴羽のタイムマシンを使えばあるいは……。しかし……乗ってしまえば戻ってこれない……)

岡部(……どちらにしても、今の鈴羽は俺に電話レンジもタイムマシンを使わせる気はないはず)

岡部(未来の俺……鳳凰院凶真……俺は一体なぜ……?)

岡部(いや、考えるのは未来のことじゃない、今のことだ。……どうすればいい)

岡部(そもそも、Dメールで大分岐のような変動を起こせるのか? 2000年問題が起こった原因も分からないのに?)

岡部(そして起こせたとしても、Dメールによる事象のコントロールは難しい)

岡部(2000年問題を阻止するとなればなおさらだ)

岡部(となると──)

岡部(強引ではあるが……)

岡部「萌郁、俺を助けてくれるか?」

萌郁「え? もちろん、岡部くんのため、なら」

岡部「今から言うことをよく聞け」


俺は立ち止まるわけにはいかない。
犠牲にしてきた全ての思いのためにも。


Chapter 5 『暗黒回帰のハイド』END

Chapter 6 『哀心迷図のカイン』


私の知るあなたは、ジキル博士ではなく、ハイド氏だった。
彼が私に見せる顔は仮面。
彼は私を本当に必要としてるわけじゃない。
本当に必要してるのは別の人。


萌郁「そんなっ、そんなことしたらっ……過去を変える前に岡部くんが……死んじゃう……」

岡部「大丈夫だ、俺は絶対に死なない」

岡部「この世界線での俺は2036年時点でも生きている、つまり今の俺はどうやっても死ぬことはない」

萌郁「よく、分からない……」

岡部「不死身ってことさ」

萌郁「冗談は、やめて」

岡部「冗談なんて言っていない」

萌郁「でもっ……」

岡部「信用してもらうには誠意を見せる必要がある」

萌郁「でもっ、わざわざそんな危険な真似しなくてもっ」

岡部「誠意を見せるにはどうしたらいいか」

岡部「命をかけることだ」

岡部「俺は一人でもやる」

萌郁「……」



私は……どうしたいんだろう。
彼の望みが叶ったら、私と彼との関係はどうなるの?
過去が変わるってどう変わるの……?

それでも、私は──


萌郁「分かった……私、やる……」

岡部「すまない、お前には辛い選択をさせることになる」

萌郁「謝らないで、本当に辛いのは、岡部くんだと、思うから」

岡部「辛くなどない、俺がやらなきゃダメなんだ」

萌郁「どうして、そこまで……」

岡部「……」

岡部「お前こそ、どうして俺に力を貸してくれるんだ? ラウンダーを裏切ることになるんだぞ」

萌郁「……岡部くんは、私に生きる意味、くれたから」

萌郁「私にとって、FBは父、岡部くんは……兄のような、もの」

岡部「そのFBも裏切ることになる」

萌郁「……いえ、岡部くんは……兄以上の特別な、存在」

岡部「……」


そう──


萌郁「岡部くんの……力に、なりたい」


ただ、それだけ──

8月16日 16:32

~ラボの前~

 ガヤガヤ

岡部「……」

岡部「よりによって、ほぼ全員集合とはな」

岡部「……時間はない、このまま作戦開始だ」

萌郁「……岡部くん」

萌郁「キス、するね」

岡部「──んっ、おまっ、何を」

萌郁「……終わったら、ケバブ、もう一度一緒に、食べたいね」

岡部「……」

岡部「作戦通り、最初に俺がラボに入りあいつらと話をする。萌郁はタイミングを見計らって……頼む」

萌郁「了解」

 ガチャ

  「岡部!」

  「うおぉう、びっくりしたぁ!」

  「岡部さん!」

  「倫太郎!」

  「何しに……来たの?」

  「みんな、聞いてくれ」

萌郁(……始まる……できるの? 私に……)

萌郁(岡部くん……岡部くん……)

  「捜査官を殺したのも、今捕まるわけにはいかなかったからだ」

  「まゆりを助けるためだった、信じてくれ」

  「まゆりをっ……だしに使わないで!」

  「岡部さん……すごく悲しそうな目……してます」

  「倫太郎……嘘は言ってないニャ……」

  「嘘だよ、そんなことあるはずがない」

  「で、でもフェイリスたんのチェシャーブレイクは……」

  「こいつは2036年では自らを神格化し、鳳凰院凶真と名乗ってる。さっきもそう言ったでしょ」

  「嘘なんかじゃない。こんな世界線は変えなきゃいけない……そう思っている!」

  「……みんな、俺が……信じられないのか?」

萌郁(合図……岡部くん……)



 バタン


萌郁「動くな! 全員両手を上げろ!」

鈴羽「ラウンダー!?」

るか「ひっ……じゅ、銃!?」

紅莉栖「岡部、これは一体……」

岡部「……」

萌郁「タイムマシンはSERNが回収する」

萌郁「開発者の牧瀬紅莉栖、橋田至……岡部倫太郎は付いてきてもらう」

フェイリス「倫太郎も!?」

萌郁「抵抗するのなら、容赦はしない」

ダル「ちょ、ど、ど、ど、どういうこと? 岡部はラウンダーを裏切ったってこと?」

鈴羽「……」

萌郁「抵抗するのなら容赦はしない、もうすぐ仲間もくる」

岡部「萌郁、無駄だ。こっちには鈴羽と俺がいる」

萌郁「手をあげろ! 岡部倫太郎!」

紅莉栖「岡部っ……」

岡部「俺は電話レンジを渡す気はない」

萌郁「……喋るな! 手をあげろ!」

るか「お、岡部さん、ダメです……撃たれちゃいます……」

岡部「俺は、電話レンジを使って、過去を変える!」

萌郁(岡部くん……! 岡部くん岡部くん岡部くん……!)

 カチャ

フェイリス「り、倫太郎……ダメ……」

萌郁「……」

岡部「……」

萌郁(岡部くんのために、岡部くんのために、岡部くんのために……岡部くんを……!)

萌郁(……ダメ……ダメ! やっぱり撃てない……)

鈴羽「茶番だね……」

鈴羽「……はっきり言いなよ岡部倫太郎、目的は何?」

岡部「……何のことだ」

鈴羽「何を企んでいる?」

岡部「手厳しいな……」

鈴羽「今の君はどうやっても死なないからね」

鈴羽「ラボのみんなを信用させてDメールを送ろうったってそうは行かないよ」

岡部「なにを、バカな……」

萌郁「しゃべるな! 撃つぞ」

岡部「……」 チラッ

萌郁(岡部くん……私には、できないよ……)

  ガタッ ガタタッ

ダル「わああ! な、なに!?」

M5「裏切ったようだなM3」

紅莉栖「きゃ、きゃああ!」

M6「M4、開発者は殺すなとの命令だ」

鈴羽「くっ……!」

萌郁(ブラボーチーム!? そんな! 早すぎる!)

ダル「わああ、やめて、撃たないで!」

M7「開発者三名の他は──」 カシャ

るか「ひっ……」

フェイリス「ぁ……」

鈴羽「くそ……!」

岡部「やめろ……」

M7「必要ない」

岡部「やめろおおおおおおお!!」


 パララララ


岡部「あがっ……! はぁ……ぁぁぁ……」

M6「チッ、バカが」

萌郁(岡部くん──!!)

鈴羽「……っ」

紅莉栖「岡部……フェイリスさん達を庇って──いや、いやぁぁ!」

岡部「ぐっ……あぁっ……」

るか「岡部さん! 岡部さぁん!! 死なないで……死なないでぇぇ!」

M5「M4、タイムマシンを回収しろ」


          『大丈夫だ、俺は絶対に死なない』

          『この世界線での俺は2036年時点でも生きている、
           つまり今の俺はどうやっても死ぬことはない』

          『よく、分からない……』

          『不死身ってことさ』

岡部「うぅっ……」


──でも、あなたは突っ伏したまま、今にも動かなくなりそうで。
つま先に触れるおびただしい量の血がそう訴えていた。

M5「M4! 早くタイムマシンを──」

萌郁「いや…………いやぁぁぁぁ!!」

 パーン

M7「がはっ!」

M6「な、M4……貴様!」

M5「裏切るのか!」

鈴羽「くっ……よく……分からないけど、とにかくこいつらを──」

 ダーン ダーン

M6「ぐぁっ!」

ダル「わぁぁ!」

M5「くそっ!」

 パララララ

紅莉栖「きゃあああ!」

鈴羽「このっ……!」

 ダーン ダーン

M5「くっ、ちょこまかとっ……」

 パラッ パララッ

 ダーン ダーン

M5「うがっ!」

鈴羽「ふー……」

鈴羽「なんとか……片付いたみたいだね」

萌郁「岡部くん! しっかりして岡部くん!」

岡部「……ばか、だな、それじゃさくせんのいみ、ないだろ」

フェイリス「あ……り、倫太郎! 死んじゃいやぁぁ!」

岡部「しんぱい、するな……おれは、しなない」

紅莉栖「救急車、早く……救急車!!」

岡部「よぶな……きいて、くれ」

るか「でも、このままじゃ岡部さんが!」

岡部「たのむ、よばないでくれ……いまは……はやく、かこ……かえっ……」

鈴羽「……とにかく、応急手当を。誰か車を用意して、この場所はもう危ない」

ダル「で、でも、誰も免許持ってなくね……?」

萌郁「わ、私が……近くに、車停めてある……」

鈴羽「……お願い」

岡部「……」


どうか死なないで……。
お願い……。
お願いだから……。

8月16日 16:50



萌郁「車、用意して、きた……」

鈴羽「……さ、運ぶよ。手伝って、橋田至」

ダル「お、おう……」

岡部「うぐっ……」

るか「岡部さん……死に、ませんよね? 大丈夫、ですよね?」

紅莉栖「今はなんとも言えない……奇跡的に一発も急所に当たってないけれど、出血が多すぎるわ……」

鈴羽「大丈夫だよ、こいつは死なない。絶対にね」

フェイリス「こんなに血だらけなのに……?」

鈴羽「アトラクターフィールド理論……世界線の収束ってやつ、生存が約束されてるんだ」

萌郁(岡部くんが言ってたのと同じ……)

紅莉栖「ね、ねえ、電話レンジはどうするの?」

萌郁「……大きめのバンだから、全員乗っても、余裕、ある」

鈴羽「……持っていったほうがよさそうだね」

8月16日 18:25

~ラジ館内~



紅莉栖「ひとまず、応急手当は終わったけど……」

ダル「ぼ、僕達これからどうなっちゃうん? つかラ、ラウンダーのおねーさんは一体……」

鈴羽「はぁ……もう訳がわからない」

萌郁「……」

岡部「うぅっ……」

るか「岡部さん!」

フェイリス「目を覚ましたの!?」

岡部「ここは……俺は一体……」

紅莉栖「ここはラジ館内。あんた、フェイリスさん達を庇って撃たれたのよ」

岡部「……さすがにもうダメだと思ったが、やはり世界線の収束によって死は免れたということか」

岡部「うぐっ……」

紅莉栖「無茶しやがって……バカ……」

岡部「ふ……お前らが……話を聞かなかったせい……だろう」

紅莉栖「……それについては……謝るっ……」

岡部「もっとも、捜査官を殺したのは確かなのだから、無理もない……のかもな」

鈴羽「説明して岡部倫太郎、お前は一体何をしようとしている」

鈴羽「世界線の収束によってお前の死は否定されるにしても、あんなの……無茶すぎる」

岡部「言っただろう、まゆりを助けるため、だと」

るか「ボクたちを庇ったのは……どうして……」

岡部「……知らん、体が勝手に動いていただけだ」

フェイリス「倫太郎……」

岡部「ともかく……未来の俺が何を考えてるのかは知らないが、今の俺はそのためだけに動いている」

萌郁「……」

岡部「……そのためなら手段は選ばない、そう決めたんだ」

紅莉栖「岡部……」

鈴羽「……全部話してみて。信じるかどうかは……別だけど」

岡部「……あぁ」

岡部くんは時折痛みで顔を歪めながらも、冷静に話してくれた。


彼の持つ能力のこと。
その能力で幾つもの世界線を漂流したこと。
α世界線では、椎名さんが世界に殺される運命にあったこと。
IBN5100を使いα世界線からβ世界線に移動することで、椎名さんを助けようとしたこと。


そして”クラッキングを実行することができなかった”ため、タイムリープの限界を超え、この世界線に来てしまったこと。
2000年問題を阻止し、α世界線を戻るのが、今の目的なこと。


紅莉栖「ふむん……」

ダル「それが本当だったらラノベ作家になれると思われ!」

るか「ボク、何がなんだか……」

鈴羽「リーディングシュタイナーなんて能力、信じがたい話だけど……」

鈴羽「世界線をまたいでも記憶が継続する力を、本当に持っているのだとしたらお前の話に矛盾はない」

フェイリス「り、倫太郎は嘘を言ってないのニャ、た、多分……」

鈴羽「確かに、世界線をまたげば椎名まゆりを助けることができるかもしれない」

鈴羽「でも、この世界線でも椎名まゆりは近いうちに死ぬ」

岡部「だから、それを回避するために──」

鈴羽「結局、お前は何がしたかったんだ」

岡部「……っ」

鈴羽「いたずらに世界線を変えて、数多の人間を死に追いやって」

鈴羽「かと思ったら、今度はそれをなかったことにしようとしている」

鈴羽「ちょっと勝手すぎるんじゃない?」

鈴羽「この世界線に幸せを見出している人はどうなる? その人の気持ちを考えたことは?」

萌郁「……っ」

岡部「そ、それはっ……」

紅莉栖「ちょ、ちょっと鈴羽、言い過ぎよ……」

鈴羽「……確かに、ちょっと言い過ぎた。不本意だけど……謝罪する。……ごめん」

鈴羽「……実際は、あたしのやろうとしてることも同じなんだよね……」

鈴羽「あたしも……未来を変えるためにやってきたんだから」

岡部「鈴羽……」

鈴羽「ごめん、思わず頭に血が上っちゃったよ」

鈴羽「あたしも、ずっと葛藤があったから……」

鈴羽「こんな世界なんて変えてやる! なんて思っててもさ」

鈴羽「時々分からなくなるんだ。あたしや一部の人間の思いだけで変えてもいいのかって」

鈴羽「確かにあたし達にとって、2036年は酷い世界だった」

鈴羽「それでも……そこに生きる人達にも、それぞれ幸せを見出してたかもしんないんだよね」

萌郁「……」


世界線が変動してしまったら、私と岡部くんの関係はどうなってしまうのだろう。
少なくとも、今までのようにはならないよね……。
もしかしたら、彼と出会ってすらいないかもしれない。

彼に聞くのは……簡単。
でも聞くのが……怖い。

鈴羽「まっ、信じる信じないにしても、あたしは未来を変えなきゃいけない」

岡部「やってくれるのか?」

鈴羽「それがレジスタンスの仲間や、父さんとの約束だからね。あたしはやるよ」

鈴羽「迷ってちゃ……ダメなんだ」

岡部「父さ……そういえば、お前は父親の正体について知っているのか」

鈴羽「え? あー……うーん」

岡部「なんだ、微妙な反応だな」

鈴羽「……」 チラッ

岡部「……」 チラッ

ダル「う、うぇ?」

鈴羽「はー……あたしの父さん、カッコ良かったんだけどな」

岡部「……なるほど」

萌郁(なにかしら、この分かり合ってますオーラ……ちょっと悔しい)

岡部「それで、未来を変える具体的な方法についてだが……なにか案はあるのか」

鈴羽「んー、それがさ、世界線を変える鍵は岡部倫太郎が握ってる、としか聞いてないんだよね」

紅莉栖「岡部が?」

鈴羽「そう」

鈴羽「でも実際にどう握ってるのかは分からない。岡部倫太郎を抹殺することなのか、再起不能にすることなのか」

岡部「おい……」

るか「そ、そんな! だめです! 岡部さんは悪い人なんかじゃ……」

鈴羽「……冗談だって」

鈴羽「ともかく、レジスタンス内ではそういうことになってたんだ」

岡部「……そうか」

岡部「……俺の認識によればα、β世界線とこの世界線の大きな違いは、2000年クラッシュの発生の有無に起因する」

紅莉栖「つまり、2000年問題を阻止すれば、世界線は変わるってこと?」

岡部「そうだ、現に2000年問題が起きなかった世界線を経験しているからな」

ダル「2000年問題が起きなかった世界線があるん? 想像できんわな」

フェイリス「確かに、そうニャ」

るか「ボクたちの中では、当たり前の認識ですからね……」

紅莉栖「2000年問題……」

紅莉栖「年号を2桁で管理しているコンピュータが、2000年を1900年と誤認してしまい、処理を続行できなくなる問題のこと」

萌郁「表向きは、ね」

紅莉栖「え? ど、どういうこと?」

岡部「昨日、2000年問題について詳しく調べたところ、1つの疑問点が浮かんだ」

岡部「萌郁の調べによると、SERNは1999年時点において、ワクチンプログラムの開発に成功している」

るか「あ……確かに、ボクも聞いた事あります」

岡部「にも関わらず、壊滅状態の地域もあれば、被害の少ない地域もある。かと思いきや、全く無傷な地域だってあった」

フェイリス「ワクチンプログラムを使わない、もしくは使えなかったとかはないのかニャ?」

岡部「おかしいと思わないか、世界規模で懸念されたバグだぞ」

岡部「少なくとも、甚大な被害を引き起こすと予想されるコンピュータへは最優先でワクチンが当てられたはずだ」

フェイリス「確かにそうだニャン」

岡部「そして、被害の地域にバラつきがあること、このことから1つの結論を導き出すことができた」

ダル「つまり、どういうことだってばよ」

萌郁「薬を作ってから毒をまく、SERNの常套手段」

萌郁「いえ、その薬こそが、毒、だったのかも」

紅莉栖「ええっ!? ちょ、説明しろ!」

岡部「被害の大きい地域には、必ずといっていいほど名高い研究所が設立されており」

萌郁「2000年クラッシュ後は、どれも、再起不能な状態、だった」

岡部「研究の分野は主に素粒子物理学や物理工学系」

鈴羽「それって、もしかして……」

岡部「あぁ、2000年クラッシュは、誤作動などではなく──」

岡部「ニセのワクチン──いや、ウィルスによって人為的に発生させられたものだったのかもしれない」

萌郁「目的は、タイムマシン研究を行わせないため……」

紅莉栖「そんな……」

岡部「SERNはエシュロンを使い全世界のタイムトラベルに関する情報を集めている」

岡部「これはどの世界においても共通なはずだ」

岡部「すなわち、SERNは大小問わず、タイムトラベルについて研究している機関を監視──」

岡部「脅威に感じたSERNは、機関にニセのワクチンを掴ませ、潰した」

岡部「以上が2000年問題に関する俺と萌郁の推察だ」

萌郁「もちろん、カムフラージュだったり、経済の壊滅を目的として潰された地域もあったかも、しれない」

紅莉栖「もしそれが真実だとしたら、許せない……」

岡部「もう1つ分かったことがあるが、ワクチンプログラムの開発にあたった人物は自殺している」

萌郁「責任を感じて、なのか、消されたのかは……わからない」

鈴羽「なんてこと……」

ダル「うわー、SERNパネェっす……マジパネェっす……」

鈴羽「だとすると、未来を変える具体的な案──」

鈴羽「それは2000年までに、ウィルスに対するワクチンを開発、世間に公表する」

鈴羽「あるいは、SERNサーバー内にクラッキングを仕掛け、ウィルス自体を無害なものに改竄してしまう」

岡部「そうだ」

岡部「……が、やれるか?」

鈴羽「オーキードーキー、なんたってあたしは……」 チラッ

鈴羽「いや、なんでもないや」

ダル「お、おう……?」

鈴羽「ともかく、2036年の技術でSERNを出しぬいてやればいいんだね!」

岡部「……もっとも、今語った推察が当たってる証拠はどこにもない」

岡部「それとSERNのサーバー内にクラッキングを仕掛けるのであればIBN5100も必要になってくる」

岡部「恐らく、2000年クラッシュの計画は、最重要機密に近い扱いだろうからな」

鈴羽「とーなると……1999年じゃなくて、余裕を持って跳躍したほうがいい、ってことかな」

岡部「あぁ」

鈴羽「さて、と。そうと決まったらグズグズはしてられない、早速過去へ飛ぶよ」

岡部「待ってくれ、最後に……謝罪の言葉をっ……」

鈴羽「ん?」

萌郁「……っ」

岡部「……まゆりと話をさせて欲しい」

鈴羽「でも、今の君が出歩くのは……」

るか「あ、でしたらボク、病院から電話してくれるよう頼みにいきましょうか?」

フェイリス「ニャニャ、だったらフェイリスも行くニャン、ルカニャンを一人にするわけには行かないニャン」

ダル「あ、だったら僕も」

岡部「橋田、お前はここにいてやれ」

ダル「えー、なんでさー! か弱い乙女二人を出歩かせるなんて紳士のやることじゃないお!」

るか「あの、ボクたちでしたら、大丈夫なので……ここ歩いて10分も掛かりませんし……」

紅莉栖「やんわりと断られてる件について」

ダル「ぐはー……」

岡部「じゃあ頼んだぞ」

るか「任せてください!」

岡部「二人とも俺を信じてくれてありがとう、礼を言う」

フェイリス「フェイリスは最初から倫太郎のこと信用してたニャン!」

萌郁(最後に話したいのは……椎名さんかぁ……)

萌郁(……そうよね、岡部くんにとっては、椎名さんを助けるためにやってきたんだものね……)

萌郁(何……期待してたのかしら、私ってば)

鈴羽「にしても、世界線を変える鍵は岡部倫太郎が握ってるだなんて……よく分かったなぁ、誰だか知らないけれど」

岡部「俺の能力を考えれば、そこに行き着くのは難しことではないだろう」

ダル「でもそれっておかしくね?」

ダル「岡部のリーディングシュタイナー……だっけ? を知ってるのって、限られた人だけじゃん? 例えばボクらみたいな──」

岡部・紅莉栖「あぁ、なるほど」

ダル「んぇ?」

鈴羽「ともかく、これでレジスタンスの創設者に顔向け出来る」

岡部「創設者……とある世界線では創設者は俺だったりしたんだが、この世界線では誰なんだ? 気になるな」

鈴羽「君が創設者ぁ~? バカも休み休みいいなよ、冗談にもなんないって」

岡部「くっ……俺が動けないのをいいことに……」

鈴羽「うちの創設者はね、天才的頭脳で鳳凰院凶真の策略の数々を打破してきた、そりゃもう、すっごい切れ者なんだから」

岡部「ほう、それは興味深いな」

鈴羽「おかげで、数ある反体制組織でもうちほどの勢力を持った組織は他になかった」

鈴羽「おまけにその創設者は女性。聡明で凛としてて、みんなの憧れの的だったらしいよ」

ダル「うひょー! 女ボスktkr」

紅莉栖「へぇ……すごい。尊敬しちゃうわね」

萌郁「……」

萌郁(すごい人……岡部くんと対等に渡り合うなんて……)

岡部「御託並べはほどほどにしろ。で、誰なんだ」

鈴羽「……えっと、それが、実際に会ったことはないんだ」

岡部「なんだ、知らないのか」

鈴羽「ある年を境に中々表舞台には出てこなくなっちゃったから……」

岡部「レジスタンスという立場を考えれば不思議じゃないな」

鈴羽「コードネームは世界でも知られてるんだけどね……」

紅莉栖「へぇ、なんて言うの?」

鈴羽「栗悟飯」

紅莉栖「ぶっ!」

岡部「……」

ダル・鈴羽「ん?」

萌郁「……?」

 ブーブー

 ピッ

岡部「……もしもし」

まゆり『岡部くーん、こんばんは~』

岡部「あぁ……元気にしてたか?」

まゆり『うん、今日は体調すっごくいいんだぁ』

岡部「わざわざ電話してもらってすまない。本来なら、俺から会いに行くべきなのに」

まゆり『ううん、そんなの全然気にしなくていいよ~、いつもお世話になってるのはまゆりだもん!』

岡部「……はは、今日のまゆりはホントに元気そうだな」

まゆり『……そういう岡部君は……なんだかとても辛そうな声だけど、大丈夫~……?』

岡部「いや、なんでもない。少しマウテンジューを飲み過ぎて腹が痛いだけだ」

まゆり「あはは、岡部くんってば好きだもんねぇ~、マウンテンジュー」

岡部「……まゆり」

まゆり『ん~?』

岡部「病気、治るといいな」

まゆり『……うん、そうだね』

岡部「それじゃあ、切るな。いきなり電話なんかかけさせて、悪かった」

まゆり「ううん、気にしないで? 嬉しかったよ」

岡部「本当に……ごめんな……がんばれよ」

まゆり「え? う、うん、岡部くんも、頑張って」

岡部「あぁ……」

 ピッ

岡部「ふー……」

紅莉栖「全く、まゆりが相手となると人が変わったみたいに優しくなるんだから」

岡部「うるさいカメハメ波、少し黙れ」

紅莉栖「なっ!?「

紅莉栖「ちょ! あんたっ! それ、それをどこでっ!」 ガシッ

岡部「ぐぁっ! き、貴様! 今の俺に触るな! いて、いてて!」

ダル・鈴羽・萌郁「……?」

鈴羽「さて、今度こそあたしは行くね」

ダル「阿万音氏~、もう行っちゃうん?」

鈴羽「早く今を変えないと……きついでしょ、体」

紅莉栖「そうよね……途中から忘れてたけど、体中風穴だらけだもの……岡部ってば」

岡部「これくらい、大したことはない」

鈴羽「……今なら分かる気がするよ」

岡部「……?」

鈴羽「今の君はさ、2036年での悪逆非道の限りを尽くした鳳凰院凶真とは似ても似つかない」

鈴羽「ただひたすら椎名まゆりを救うことに必死になってる」

鈴羽「……見てて危なっかしくなるくらいね」

鈴羽「椎名まゆりを救うためならいかなる手段も問わず行動するペルソナ」

鈴羽「仮面の下で膨れ上がった悪意の塊。きっと……2036年の君はそれを抹殺しようとしていたのかな」

鈴羽「椎名まゆりを殺した世界を否定することで──」

岡部「……我ながら迷惑な話だ」

鈴羽「それじゃ後は任せたよ、岡部倫太郎」

鈴羽「あたしは手助けするだけ。椎名まゆりを救うのは君だよ」

鈴羽「きっと、未来を変えてみせるね」

岡部「あぁ……頼んだぞ」

ダル「阿万音氏~! 頑張れよ~、僕たち見てるからな~!」

紅莉栖「いってらっしゃい、鈴羽」

萌郁「……頑張って」

鈴羽「ふふ……」

 プシュー バタン

岡部「……」

萌郁「……」

 シュー

あ、タイムマシンが輝いている──
世界が……変わる。
岡部くんと私の関係も……変わる。

岡部くん、今あなたは何を思っているの──?
誰のことを考えてるの──?


Chapter 6 『哀心迷図のカイン』 END

Chapter 7 『自己喪失のアポティヒア』


紅莉栖……すまない。
俺はこれからお前を見殺しにする選択をしなくてはならない。

そして萌郁……お前にも申し訳ないことをした。
最初はただ、お前を利用していただけなのかもしれない。
記憶を取り戻す鍵。もしくは単なる仕事仲間として──

でも今はただの仲間じゃない。
まゆりや紅莉栖たちと等しく大事な仲間だ。
お前も俺のことを特別な存在だと言ってくれた。

その気持ちを俺はなかったことにしてしまう。
今の関係をなかったことに──



岡部「ありがとう、萌郁。さようなら……また、会おう」

萌郁「……っ」

岡部(タイムマシンが……消えるっ!)

萌郁「行っちゃった」

ダル「阿万音氏ぃ~!」

紅莉栖「あら、やけに残念そうね、橋田」

ダル「なんか他人って気がしなかったんだお」

紅莉栖「告白しとけばよかったのに、時間を超えた恋愛なんてロマンティックじゃない?」

ダル「ちょ、超えるのは次元だけでおkだお!」

紅莉栖「はいはい、ワロスワロス」

岡部「……」

萌郁「どうしたの、岡部くん、浮かない顔、して」

岡部(おかしい、妙だ)

岡部(確かに……俺は物理的タイムトラベルで生じる世界線の変動を経験したことはないからはっきり断定することはできない)

岡部(しかし、鈴羽が過去に飛んだ時点でイレギュラーが生じ過去は変わるはず)

岡部(鈴羽が2000年問題を阻止したのであれば、リーディングシュタイナーが発動しなくてはならない)

岡部(だというのに──)

ダル「2000年問題かぁ、不謹慎ながらも当時は少しwktkしてますた、サーセン!」

萌郁「本当に、不謹慎……」

紅莉栖「ね、ねえ岡部、ちょっと……いい?」

岡部「……紅莉栖も気づいたか」

紅莉栖「うん……阿万音さんがタイムトラベルした時点で過去は変わり、今も変わる」

紅莉栖「なのに今私たちは”2000年問題が起こったこと”を覚えてる」

岡部「そのようだな」

紅莉栖「リーディングシュタイナーを持ってる岡部ならともかく、私たちも覚えてるってことは──」

紅莉栖「過去は変わっていない……」

岡部(これは……この状況は……)

          
           くくく……失敗した。
           まゆりは助からない。


岡部「……っ」

岡部(出て……来るな!)

 コツコツコツ

岡部「……誰か来る」

ダル「フェイリスたん達じゃ?」

岡部「いや、この足音は……」

 コツコツコツ

岡部「……」

天王寺「よう」

萌郁「FB……!」

紅莉栖「店長さん!?」

天王寺「裏切ったみてーだな、M3、M4」

ダル「ちょ! ど、どういうことなん!?」

岡部「FB、俺達の上司で──」

萌郁「──ラウンダー、よ」

紅莉栖「そんな……なんで店長さんが……」

天王寺「まさかとは思ったが、ホントに裏切るとはな」

岡部「……」

天王寺「ったく、ボロボロじゃねーか」

天王寺「しかしやってくれたぜ、片付けるの大変だったんだぜ、死体」

天王寺「まぁ……おめーは目的のためなら手段は選ばない男だからな」

萌郁「FB……どうして、ここが……」

天王寺「おい、うちのバイトはここにいねーのか? なんだよ、うちのバイトだけハブってんのか?」

岡部「まさか……フェイリスとるかを!?」

天王寺「おめーにしちゃ無用心だったな、M3」

岡部「くっ……」

天王寺「さあ、タイムマシンの在り処を教えろ。ラボから持ちだしたんだろ?」

天王寺「言わなきゃ……わかってるよな」

岡部「この……罪のない人間にまで手を──」

岡部「……っ」

天王寺「そうだな。おめーがそれを言えるはずねーよな」

紅莉栖「岡部……ど、どうするの?」

萌郁「……っ」

岡部「萌郁、よせ」

天王寺「わーかってねーみてーだなM4、銃を降ろせ」

天王寺「俺が戻らなかったら他のラウンダー達に命令が通達するように仕向けてある」

天王寺「この先は言わなくても分かるだろ? 幼馴染を苦しませて死なせたくはねーよなぁ」

岡部「くそ……!」

岡部「……分かった、渡す……渡すから……誰も、傷つけないでくれ……」

萌郁「岡部く……ん」

天王寺「それでいい」


これでDメールを送ることも叶わなくなる。
抵抗すればまゆりやフェイリス、るかも傷つく。
どうしようもない。

そして放っておけばまゆりが死ぬ。
どうしてだよ……なんで俺から奪うんだよ……。
どうして引き離すんだよ……。

岡部「結局あなたも目的のためなら手段は選ばないというわけかっ……!」

岡部「俺はあなたのことを尊敬していた! なのにっ……!」

天王寺「裏切っといてよく言うぜ」

岡部「あなたも俺の気持ちは分かっていたはずだ! まゆりを救うのにどれだけ必死になっていたか!!」

天王寺「……はぁ」

天王寺「おめーらが裏切ったこと、本部には内緒にしといてやる」

天王寺「開発者の二人もすでに逃げたって報告してやる」

天王寺「だから今後、俺に近づくな。別の地域で1からやり直せ」

岡部「……」

天王寺「甘ぇな、俺も……」


それじゃ……意味が無い。
俺だけ別の場所でやり直したって意味が無い!
俺の居場所はそんなところにない!

天王寺「おいM4、案内しろ」

萌郁「は、はい……」

 コツコツコツ


ああ、これは罰だ。
きっと罰なんだ。
まゆりを助けるためとはいえ、罪のない人間に手をかけてきた報いだ。
だから世界は俺にこんなに辛く当たるんだ。


また……みんな俺から離れていく……。










 ブーブー ブーブー


────
───
──

──くん!
──かべくん!


萌郁「岡部くん!」

岡部「……っ! 俺は……一体……」

ダル「桐生氏と店長が階段降りてった後、放心状態だったお……」

岡部「そうか……」

 ブーブー ブーブー

岡部「……?」

 ピッ


From:M4
Sub:
本文:FBが後で御徒町の家に来いって
    内緒の話があるみたい

岡部「……」

岡部「橋田、そういえば紅莉栖はどこへ?」

ダル「あぁ、まゆ氏のとこに行くって言ってたお」

岡部「そうか……」

岡部「橋田、お前は紅莉栖のことを頼む。FBはああ言っていたが紅莉栖の身が心配だ」

ダル「え、ええ!? まだ危険なんすか!?」

岡部「わからないから頼んでいるんだ」

ダル「う、えっと……オーキードーキー!」

萌郁「それじゃ、岡部くん……肩」

岡部「あぁ、たの──うぐっ!」

萌郁「ごめん、なさい……まだ、痛むよね」

岡部「……大丈夫だ、気にするな」

8月16日 19:30

~天王寺家~



天王寺「来たな」

岡部「一体どういうつもりです? 近づくなと言ったり、来いと言ったり」

天王寺「まあ座れや、萌郁もな」

萌郁「……さ、岡部くん、座って……」

岡部「あぁ……すまない」

岡部「う……くっ……ぅっ……」

天王寺「ったく、何発撃たれてやがんだ。ホントに死ぬぞ岡部」

岡部「問題はないですよ、この世界では俺は死ぬようにはなっていない……」

天王寺「……? まあいい、話ってのはつまり、あれだ」

天王寺「これを……」

 ピラッ

岡部「手紙……?」

天王寺「今日になったらおめーに渡すように言われてたんだよ」

岡部「……これは……この手紙は……橋田鈴から!?」

天王寺「ったく、よりによってなんで今日なんだか」

岡部(この世界線でもFBは鈴羽の世話に……)

岡部(そう言えば出会った時にも……)

          『なぁおめぇ、鈴さん……橋田鈴って知ってるか?』

岡部(因果はある程度収束するということか……例え大分岐によって変動した世界線でも…‥)

天王寺「茶、淹れてくるからよ。読んでろや」

岡部「……」

岡部(読むのが……怖い)

 パラッ

 岡部りん太郎様


おひさしぶりです。あまねすずはです。はしだいたるの娘です。

あなたにとっては、つい数時間前以来のことかもしれない。


今は、西暦2000年の、6月13日です。
これをあなたが読んでいる、だいたい10年前ということになります。


結論だけ、書く。


失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した
あたしは失敗した失敗した失敗した失敗した
あたしは失敗した失敗

今は、西暦2000年の、6月14日です。
これをあなたが読んでいる、大体9年前、10年前になります。


失敗した。


ワクチン、いや、ウィルスが配布される1999年12月15日15時
それを阻止するためにあたしは14日、SERNサーバー内クラッキングを仕掛けることにした

訳あってクラッキングは15日朝にした、でも問題なかった、間に合ったはずなんだ
あたしは確かにクラッキングに成功した
でも失敗した
あたしは確かにウィルスを改ざんした
でも失敗した
それがSERNにバレた形跡もなかった
でも失敗した


恐怖の大王は落ちた
予言より半年も遅れて



失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した
あたしは失敗

何が原因なのクラッキングはうまくいかなかったいやうまくいったはずだった

ゴメン


ゴメンね


あたしは、なんのためにこの歳まで生きてきたんだろう



あたしの計画は狂ってしまった。
その原因を、この1年考え続けていた。



そして、わかった。


12月14日と15日の間に、何者かがあたしのPCに忍び込んだ。
いや、盗み見たんだと思う。
そしてあたしの用意したウィルスを有害なウィルスへと書き換えた。

あたしはあの日、クラッキングを仕掛けなければならなかったんだ。
あの日を逃したらダメだったんだ。
でももう遅い。

訂正

そしてあたしの用意したウィルスを有害なウィルスへと書き換えた。


               ↓

そしてあたしの用意した偽装ウィルスを有害なウィルスへと書き換えた。

ゴメン。
ゴメン。
ゴメン。

こんな人生は、無意味だった──


なんだよこれ……・。
ああ……俺はまた鈴羽に絶望を味わわせて──

俺はまた──
俺は──


Chapter 7 『自己喪失のアポティヒア』 END

Chapter 8 『恩讐のディーレクトゥス』


俺は──
俺は変わったか?
なあ、鈴さん。


天王寺「茶入ったぞ。まっ、ゆっくり飲んでけや。会うのは……最後になるだろうからな」

萌郁「……っ」

岡部「……」

天王寺「どうしたんだよ、固まっちまって」

岡部「FB……鈴……橋田鈴とはどういう関係だったんで……」

天王寺「……昔世話んなった人だよ」

岡部「FB、あなたは……橋田鈴の正体──いや、使命を……ご存知ですか?」

天王寺「……」


鈴さんの使命、それは恐らく──
2000年問題の阻止──だった。

天王寺「なんのことだ?」

岡部「……邪魔したのはあなたなのか?」

天王寺「その手紙に何が書いてあるのかわかんねーけどよ、もう終わったことだろ?」

岡部「終わったことだと……?」

岡部「橋田鈴は……鈴羽はそんなことをさせるためにあなたの世話をしたんじゃない!」

天王寺「お前に何が分かる! お前に鈴さんの何が分かるってんだ!」

岡部「分かるさ……彼女はさっきまで、ほんのさっきまで近くにいた」

天王寺「何言って……」

岡部「ずっとあなたのそばにいたんだよ……」

天王寺「なっ……」

天王寺(鈴さんがうちのバイトだと?)



          『なあ鈴さん』

          『ん?』

          『あんた、なんで縁もゆかりもない俺にここまで親身にしてくれるんだ?』

          『そうだね……』

          『人は巡り巡って誰かに親身にしてもらうことになってる』

          『だから君もいずれ誰かに親身にしてあげる事だよ』

          『……』


だから俺は、こいつらをどうにかして救ってやりたかった。
鈴さんや綴が俺にしてくれたように。

岡部「話してくれませんか?」

天王寺「……何をだよ」

岡部「あの日……1999年12月14日に何があったのかを」

天王寺「聞いてどうする」

岡部「鈴羽は……未来を変えるために……変えるためだけに……タイムトラベルして自分の時間を犠牲にしたんだ」

岡部「それなのに……使命を果たせないなんて、あんまりじゃないか……」

天王寺「……」

天王寺「……鈴さんには悪いと思ってるよ。だがな、俺にはどうすることもできなかったんだ」

岡部「……」

岡部「……後悔してるんだな? ならば過去にDメールを送るんだ、そうすれば鈴羽もあなたも救──」

天王寺「過去を変える? 次は綯の命まで危険に晒せってのか」

天王寺「SERNを裏切ればどうなるかってことくらい……痛いほどわかってんだ、俺はよ」

岡部「だが……!」

天王寺「綴……綯の母親はSERNに殺された、俺のせいでな」

萌郁「……っ」

天王寺「ここまで言えばもう分かるだろ、俺のことはともかく、綯まで巻き込むわけにはいかねえんだよ!」

岡部「し、しかし、綯は世界線の収束で命は保証──」

天王寺「もう話す気はねえ! 茶飲んだらさっさと帰れ。そして──」

天王寺「二度と面見せんな」

岡部「それでは鈴羽もまゆりも……救われない……あんまりじゃないか……!」

 プルルルル

 プルルルル

天王寺「電話か……」

 ピッ

天王寺「……」

天王寺「……っ」

萌郁「……?」

天王寺「……っ!?」

岡部「FB……?」

天王寺「……いや、問題はない。……了解した」

 ピッ

萌郁「大丈夫……? すごい、汗……」

天王寺「……大丈夫だ、それより──」

天王寺「未来ガジェット研究所に行くぞ」

岡部「ラボへ……?」

萌郁「そんな、どうして、いきなり……?」

天王寺「タイムマシンも持っていく」

萌郁「……え?」

岡部「電話レンジを?」

8月16日 20:00

~ラボ~



天王寺「……」

岡部「なぜラボに電話レンジを……?」

天王寺「送る準備、してくれや……」

萌郁「もしかして……」

天王寺「そう、送るんだよ、Dメール。過去の俺によ……」

岡部「でも、なぜいきなり……」

天王寺「もうな、流されんのはやめたんだ」

岡部「……その前に、話してくれませんか、あの日のことを」

岡部「1999年 12月14日に何があったのかを──」

天王寺「……分かった、よく聞いとけよ」


そう、話さなきゃならねえ──
ずっと、後悔してきたから。
きっと、俺がこいつを変えちまったから。

1999年 12月14日 


 プルルルル

 ピッ

天王寺「こちらM2」

男『私だ』

天王寺「……」

男『仕事だ。要観察者、橋田鈴が所持しているPCをなんとか探ってほしい』

天王寺「……なんだと?」

男『彼女は何年も前から我々SERNにハッキングを仕掛けてきている、目的はいくつか考えられるものの不明だ』

男『だが、近いうちに何かを仕掛けてくる可能性がある』

天王寺「何を……仕掛けるんだ?」

男「……」

男『……それが分からないからこうして君へ電話している』

天王寺(鈴さんは何をしようと……?)

男『要観察者は今、どこにいる?』

天王寺「よ、要観察者は……病院だ」

男『病院? 体調でも崩しているのか?』

天王寺「いや……どうもついさっき、目の前でガキが倒れたらしく、付き添ってるらしい」

男「……」

天王寺「しばらく戻らないかもしれない……そう言っていた」

男『好都合だな』

男『M2、君はこれから、要観察者の自宅に向ってくれ』

天王寺「……了解」

男『30分後、コンピュータに精通しているM1をそちらに向かわせる』

男『彼がPC内のデータを探っている間はサポートに回って欲しい。万が一要観察者が戻って来ることがあれば……殺せ』

天王寺「……りょ、了解」

男『以上だ』

~橋田家~



M1「……これは驚きました」

天王寺「何か……分かったのか」

M1「彼女はどうやら2000年クラッシュを防ごうとしてるみたいですよ」

天王寺「2000年クラッシュ? コンピュータが誤作動を起こすっていうあれか」

天王寺「でもよ、そんなの個人で防げるもんじゃねーだろ」

M1「なるほど、あなたは知らされてないのですね」

天王寺「……?」

M1「あ、内緒ですよ?」

天王寺「あん?」

M1「SERNは2000年クラッシュを人為的に引き起こそうとしてます」

天王寺(何……?)

M1「バグを防ぐためのワクチンは実はウィルス」

M1「そう、薬だと思って飲んだら毒だったっていうオチですよ、愉快でしょ?」

天王寺「……っ」

M1「そのウィルス──アンゴルモアが明日ばら撒かれるんですが、どうやらターゲットはこれをクラッキングで改竄しようとしてるみたいです」

M1「アンゴルモアに非常に似通ったプログラムがあったので、気になって覗いてみたのですが
  中身はなんのことはない……誤作動のごも起こさせない様な欠陥品でした。ガッカリです」

天王寺「つまり彼女は、SERNサーバー内のウィルスを改ざんして、2000年クラッシュを阻止しようと……?」

M1「でしょうね、きっと情報を覗きみた際に計画に気づいたんでしょう、健気なことです」

天王寺「……なあ、2000クラッシュなんて起こしてどうしようってんだ」

M1「それは、あなたの知る必要の無いことです」

天王寺「……」

M1「不安ですか? 大丈夫、この地域はさほど被害が出ないと思いますよ」

天王寺「おい、どういうことだ」

M1「おっと、ちょっと喋りすぎました」

M1「これでよしっと」

天王寺「何をした」

M1「無事に2000年クラッシュが起こるようにしただけですよ」

天王寺「……無事にって、おい……」

天王寺(鈴さん……俺はどうしたら……)

天王寺(あんたには世話になった、恩を讐で返すような真似はしたくない……)

M1「変な気は起こさないほうがいいですよ。最近お子さん、生まれたんですよね?」

天王寺「くっ……」

──2000年 1月1日


恐怖の大王は予言の半年遅れて落ちた。


たくさん人が死んだ。
結局俺は流された。
選ばないことを、選んだ──


Chapter 8 『恩讐のディーレクトゥス』 END

Chapter 9  『収束のデスペディーダ』


8月16日 20:32

~ラボ~



岡部「……電話レンジの設定、完了です。42型ブラウン管も点灯済み」

天王寺「……」

岡部「では……放電現象が発生したらメールを……」

天王寺「なぁ岡部、別の場所から送ることって出来んのか?」

岡部「可能ですが……」

天王寺「なら俺は下に行ってブラウン管眺めながら送ることにするよ」

岡部「……分かりました。それでは激しく揺れだしたら、メールの送信をお願いします」

萌郁「……私、FBと一緒に、いる」

岡部「……萌郁?」

萌郁「さっき、岡部くんからは聞いたから、お別れの言葉」

岡部「そうか……今度こそ、本当に別れになるんだよな」

萌郁「名前……呼んでくれて、嬉しかった」

岡部「……さよなら……萌郁」

萌郁「うん……さよなら、岡部くん、また……会えるんだよね、それがたとえ、今の私じゃなくても……」

岡部「……」

岡部「……店長も、色々とすみませんでした」

岡部「まだガキだった俺に良くしてくれたこと、感謝しています」

天王寺「気にすんなよ、俺はただ恩を返そうと思っただけだ」

天王寺「……」

天王寺「──なぁ岡部」

岡部「……なんです?」

天王寺「人間がどれだけ科学を進歩させようと、所詮ただの人間だ」

天王寺「決して神のようにはなれねえ」

岡部「……?」

天王寺「年寄りの戯言だよ、聞き流せや」

────
───
──


岡部「しかし……なぜ店長はDメールを送ろうなどと……」

岡部「電話を取る前は頑なに拒んでいたはずだが……」

岡部(電話! もしかして──)

 ガチャリ

紅莉栖「は、はろー……」

紅莉栖「あ、岡部……!」

岡部「紅莉栖……どうしてここに……」

紅莉栖「あの……店長さんの家に行って綯ちゃんに聞いたら、ラボに行くって言ってたから……」

岡部「なに? 店長の家に行ったのか?」

紅莉栖「いや、あの……」

紅莉栖「隠してもしょうがないわよね……」

岡部「……」

紅莉栖「これ……見て」

From:chris-m@docono.ne.jp
Sub:
本文:タイムリープ


 ピッ



From:chris-m@docono.ne.jp
Sub:
本文:マシン作って


 ピッ



From:chris-m@docono.ne.jp
Sub:
本文:岡部を助けて

岡部「これは……送信日時が未来の日付になっている!」

紅莉栖「そ、Dメール。未来から……。送ったのは多分私……」

紅莉栖「タイムリープマシンの構想自体は、すでに私の頭の中にあったから……。さっき抜けだしてパーツを買ってきたの」

岡部「お前……電話レンジを改良するためにラボ……店長の家に?」

紅莉栖「電話レンジを改良してタイムリープも出来るようにしたいって言えば、店長さんも了承してくれるかなって思って」

岡部「……全く、無茶を……。お前は今、ラウンダーに追われてるんだぞ」

紅莉栖「だって、岡部の力になりたかったんだもの……」

岡部「紅莉栖っ……!」


          『忘れないで』

          『あなたはどの世界線にいても一人じゃない』

          『──あたしがいる』



紅莉栖「ふぇっっ!? ちょ、あんた何いきなり抱きついて!」

岡部「……すまない、紅莉栖」

俺はこれから、お前を……。
お前を見捨てる選択をしなくちゃいけないんだ。
なのに、お前は……そんな俺に力を貸してくれる。


岡部「すまない……」

岡部「どうしてお前なんだよって思ってた……」

紅莉栖「おか……」

岡部「本当に、すまない……俺はお前を……助けられない……」

紅莉栖「よく、分からないけれど……」

紅莉栖「最初会った時も、こうやって、いきなり……抱きしめられたのよね」

岡部「あぁ……そうだったな」

紅莉栖「ふふ、あんたってばホントに強引なんだから」

岡部「今度は、殴らないんだな……」

紅莉栖「当たり前、でしょ。今のあんた……こっちが痛くなるくらい弱々しいんだもの……」

────────────────────────────────────────

天王寺「ったく、いつもイライラさせられてたあの揺れを待つ日が来るたぁ夢にも思わなかったぜ」

萌郁「FB……過去が変わったら私たちの関係、どうなるの、かな」

天王寺「……さあな」

萌郁「また、会えるよね」

天王寺「そうだといいな」

萌郁「FBは……私にとって、父みたいな存在、だった」

天王寺「……俺もお前のことは娘みたいに思ってたよ」

────────────────────────────────────────

紅莉栖「電話レンジ、改造しなくていいの?」

岡部「問題ない。近いうちに完成されるマシンを使って跳躍してきた人物がいる」

岡部「その人物がすでにDメールを送るために待機している」

紅莉栖「……そっか……ちゃんと、力になれたんだね、私」

岡部「あぁ、お前の作ったマシンの出来はガチだった」

紅莉栖「と、とと当然でしょ! なんて言ったってこの私が手がけたんだからっ!」

────────────────────────────────────────

萌郁「覚えてる? 綯ちゃんがみんなで一緒にプールに行きたいって言った時」

天王寺「はは、忘れもしねーよ。あの時、頑なに拒んだんだよな、岡部」

萌郁「そ……プールなんて、子供の行くところ、だって」

天王寺「実際には泳げねえからだったんだよな。そっちの方がガキだっつーの」

萌郁「ふふ、岡部くんの、数少ない欠点」

天王寺「……あぁ、あん時は傑作だった」

────────────────────────────────────────

 バリバリバリバリ

岡部「放電現象、始まった……」

紅莉栖「岡部……目、閉じて」

岡部「え?」

紅莉栖「いいから、早く閉じなさいよ!」

岡部「あ、あぁ……」

────────────────────────────────────────

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

天王寺「……来たか」

萌郁「……」

天王寺「……」

────────────────────────────────────────

紅莉栖「……」


ふと……・
唇に触れる柔らかい感触。


岡部「紅莉栖……お前……」

紅莉栖「……っ」

紅莉栖「キス……だけだからな!」

────────────────────────────────────────
To:future-gadget8@hardbank.ne.jp
Sub:
本文:覚悟を決めろ
   流されるな
   選択しろ


天王寺「頼んだぞ……1999年の俺……」

 ピッ

萌郁「……」

萌郁「さようなら、私のお父さん。きっとまた、会おうね……」


その瞬間、周りの景色が琥珀色に包まれ、ぐにゃぐにゃと揺れ始める。
平衡感覚は失われ、立っていられなくなり──

やがて世界は元の形へと収束する。


Chapter 9 『収束のデスペディーダ』 END

Last Chapter


ここ……は?

ラボのようだ。
目の前には紅莉栖、世界線が変わる前と同じ光景。
だが、体中の痛みは消えている。


岡部「紅莉栖……」

紅莉栖「岡部……あんたは選ばなくちゃいけない。分かってるはずよ」

岡部「あぁ……分かっている」

紅莉栖「まゆりか……私か……二人共選ぶなんて都合のいい話は……ない」

岡部「……分かっている」

戻ってきたんだな。
すまない……みんな。
俺が逃げだしたばかりに。
二人のどちらかを選ばなかったばかりに。

色んな思いを犠牲にしてしまった。
辛い思いをさせてしまった。

でも俺はもう逃げない、選ぶよ。



 ガチャ

まゆり「ずるいよクリスちゃん、まゆしぃもその話に加わる権利はあるのです……」

岡部「まゆりっ!」

紅莉栖「ま、まゆり!?」

まゆり……良かった。
久しぶりにお前の元気な姿が見れて嬉しいぞ。


るか「そ、そうですよ! そんなのず、ずるいですっ」

フェイリス「凶真はフェイリスを選ぶのニャ! 2人は前世からのつよ~い絆で結ばれてるニャン!」

紅莉栖「ちょ! おま! い、いつから……!」


ん?
なんだこれ。

鈴羽「そもそも牧瀬紅莉栖と椎名まゆり、二人から選ぶって前提がおかしいんだよね」

萌郁「そう、抜け駆けは、だめ」


鈴っ! 鈴羽!? 鈴羽だ!
なんでいるんだよ、お前はすでにタイムトラベルしてるはずじゃ……。


岡部「おい鈴羽、お前はSERNのディストピア構築を回避するために1975年に飛んだはずでは……」

鈴羽「え? SERN? ディストピア? なにそれ」


会話が噛み合っていない、これはもしや……。

紅莉栖「と、というか、ぬ、抜け駆けなんて、してないわよ!」

鈴羽「いや、してたね、絶対」

萌郁「確率を2分の1まで高めて、あわよくば、選ばせる」

フェイリス「汚いニャンさすがクーニャンきたないニャン」

るか「ボ、ボクだって……岡部さんと……」

まゆり「みんなぁ、だめだよぉ……オカリンが困っちゃってるよ~」

まゆり「オカリンの気持ち考えてあげようよ~……」

紅莉栖「まゆりの言うとおりね!」

フェイリス「フェイリスたちを除け者にして選ばせようとしてたのはどこの誰かニャーン?」

鈴羽「そうだよー!」

るか「ボ、ボクだって、岡部さんに……」

萌郁「選ばれ、たい」


「オカリン!」 「岡部!」 「岡部……くん」 「岡部さん!」 「凶真ぁ~!」 「岡部倫太郎ーっ!」


みんな俺の近くに集まってくる……。
わかっているんだ、これも全部自業自得だって。
こうなったのも俺が不用意に過去を改変したせいだ。

まゆり「あれ~……オカリン、どうして泣いてるの……?」

岡部「でも、こんなの……きつすぎるだろっ……」


世界線変動率 3.08106%


Last Chapter 『比翼恋理のジキル』 END

Epilogue 『異世界線のアナザーヘブン』


8月18日



昨日、10年ぶり──俺の主観では──に池袋の実家に戻ってみた。
そこには遠い昔に見た元気な両親の姿があり、思わず目頭が熱くなる。
が、必死に堪える。知る必要のないことだから。
ただ俺は一言、随分放ったらかしにしてすまない、とだけ伝えた。

もっとも、両親は何を勘違いしたのか”だったら店番を頼む”と言ってきたのだったが。


秋葉にも違いはあるだろうかと、歩きながらあちこち眺めてみる。
街を行き交う人はかつてのように様々な顔を覗かせている。
その表情は、2000年問題の爪痕が深く残ったあの世界線よりも随分明るかった。

~ブラウン管工房前~



鈴羽「うーっす、岡部倫太郎ー」

岡部「鈴羽か」


俺はこの世界線での記憶が無い。俺は鈴羽から、それとなく聞き出してみる。
これまでどう過ごしてきたのか。なぜ鈴羽がタイムトラベルしてきているのか。


鈴羽「それで父さんってば、コミマの中心で萌え萌えキュン! だもんね、あはは!」

岡部「……それは見てみたかったな」

鈴羽「え? 君もいたじゃん」

岡部「え? あ……そ、そうだったな」


どうやら俺はダルとその嫁の仲を取り持ったらしい。
──こいつの存在を消さないために。
そのお礼に未来の情報を一つだけ教えると言ってくれた。

──安心した。
未来ではディストピアも構築されず、鳳凰院凶真もラボのみんなと仲良くやっているらしい。

ありがとう、鈴羽。これで肩の荷が降りた。

~メイクイーン~



岡部「……」

フェイリス「あ、凶真ぁ~! おかえりニャさいませ~、ご主人様!」


俺はこの場所が苦手だ。
俺の居場所ではない、そう思っていた。
だが──


フェイリス「それで~、凶真は冥界より召喚されし黒き堕天使、4゜Cの策略からフェイリスとメイクイーンを守ってくれたのニャ!」

岡部「当たり前だ、俺の目の黒いうちはそんな奴の好きにはさせん」

フェイリス「ニャフフ、凶真はフェイリスの王子様なのニャ!」

岡部「俺は王子様などではない! あえて言うならば、地を這う者!」


このやりとりも随分と懐かしく感じる。
と言っても、俺にとっては記憶のみが存在するやりとりだけなのだが。
たまにはこういうのも悪くない。
もう居場所を失う恐怖に怯えなくてもいいのだから。

~柳林神社~



岡部「るか」

るか「あ、お、岡部さん! こんにちは!」


るかは神社の境内で掃き掃除をしていた。
相変わらず巫女装束が似合っている。
竹箒を持つその姿はとても可憐で、思わず見とれてしまうほどだ。


るか「それで、岡部さんはボクの修行に付き合ってくださって……」

るか「信じて素振りを続けていれば、清心斬魔流 の奥義を会得できる、と……」

岡部「あぁ、そうだ、信じていれば何事も乗り越えられる」

るか「はい……、ボク、頑張ります」


そういえばこの世界線のるかは男なのだろうか? 女なのだろうか?
いや、よそう。
るかは俺を慕って付いてきてくれる。
俺のことを信じてくれる。
男だとか女だとか、そんなことはどうでもいい。

~萌郁のアパート~



岡部「邪魔するぞ」

萌郁「あ、岡部くん」


相変わらず部屋が雑然としている。
空のインスタント食品の容器。無造作に転がっている缶。積み上げられた雑誌。片付けられない女。
あの時の俺はこんな状態の部屋が好きだった。
綺麗にしてあると、汚れた俺が入ってはいけないと思うから。


岡部「相変わらずだな」

萌郁「……また片付け手伝ってくれる?」

岡部「……ああ」

岡部「それと、ケバブ……買ってきた。一緒に食おう」

萌郁「ありがとう、岡部くん」


今度は俺がこいつの力になってやろう。
もうペルソナを被る必要はないのだから。

~ラボ~



ダル「オカリーン! ハーレムとか許さない、絶対にだ!」

岡部「おい、何の話だ」


橋田至、マイフェイバリットライトアーム。
α世界線においても、あの世界線においてもタイムマシンを作り上げ、歴史を動かした男。
もしかしたら、俺なんかよりずっと苦悩があったのかもしれない。


岡部「なあ橋……ダル」

ダル「ちょ、ハシダルって、変なあだ名つけんなし」

岡部「というかお前にはすでに阿万音由季という彼女がいるだろう」

ダル「それとこれとは話が別! ラボでラブチュッチュ*6とか無理! 死ぬ! 僕が死ぬ!」


相変わらず飛ばしている。
あの世界線においてもこういう会話で、いくらか救われていたのかもしれないな。
そして、おまえがいてくれたからこそ、俺はこの世界に来ることができた。
まゆりも紅莉栖も死なない世界線に。
ラボメンが元気に笑っている世界戦に。

ありがとう、お前は最高の相棒だ。

紅莉栖「ちょ、ちょっと岡部……」

岡部「なんだ?」

紅莉栖「あんまり、見ないでよ……なんなのよ、一体」

岡部「いや、なんでもない」


サイエンシーに論文が載った天才少女。
気が強すぎるのが玉に瑕だが、何度も俺を地の底から救い上げてくれた女。


紅莉栖「ったく、私のホテルに泊まったからって”そういうこと”はまだ、ダメなんだからな! だからイヤラシイ目つき禁止!」


な、なに!? ホテル!?
泊まったのか!? 俺が? 紅莉栖と!?


まゆり「いいなー、まゆしぃも一緒に泊まりたいなー」

岡部「それは、どっちと……だ……」

まゆり「それはもちろん、どっちともだよ~、えっへへー」

岡部「……なるほど」


この笑顔に何度励まされてきたか。
俺はようやく、こいつの笑顔を守ることが出来た。


まゆり「またみんなでプールにも行きたいねえ~」


プール!? 行ったのか!?
勘弁してくれ……。
体を動かすのは得意なんだが水泳だけは唯一ダメなんだ。


紅莉栖「岡部がかわいそう、また溺れるわよ」

まゆり「大丈夫だよ~、今度こそ泳げるようになるよオカリン!」


やっぱり溺れたんだな。

まゆり「だからまた行こうね~」

紅莉栖「そ、その時は私も……お、教えてあげるから、泳ぎ……」

岡部「……ふふ、それではその時はお願いしようか」


どうもこの世界線の俺は色恋沙汰ばかりだったようだ。
やれやれ、この世界線に適応していくのは骨が折れそうだな。


          ならば俺が変わってやろうか?
          俺ならばスイーツ(笑)も軽くいなしてやるぞ
          フゥーハハハ!!

それも悪くない。
が──遠慮しておく。
もう俺には必要ない。

          そ、そうか……

~天王寺家~



岡部「こんにちは」

天王寺「おう、岡部じゃねえか、どうした」

岡部「いえ、たまたまた近くによったもので」

天王寺「そうか、まあ上がれや」


FB……天王寺裕吾。
居場所を探していた俺を救ってくれた恩人。
俺に家族のぬくもりを与えてくれた第二の父。


綯「オカリンおじさん、こんにちは……」

岡部「綯、俺はおじさんではない」

綯「ひぅっ……」

天王寺「こら岡部! 綯をビビらせてんじゃねえ! 殺すぞ!」


相変わらず娘を溺愛しているようだ。あまり変わっていないようで安心した。
そしてどうもこの世界線の綯は俺が怖いらしい。
α世界線では逆に俺をビビらせてくれたのに。

天王寺「ったくよぉ、いつもこれだ。今度綯をビビらせたら家賃アップな」

岡部「はは、それは横暴ですよ……」

綯「あ、お母さん!」


え──?


綴「あら、そちらの方は?」

天王寺「あぁ、工房の二階を間借りしてる岡部ってんだ」

岡部「あなたは……」

綴「いつも主人がお世話になってます。天王寺綴です、よろしくお願いしますね、岡部くん」

          『綴……綯の母親はSERNに殺された、俺のせいでな』

岡部「そうか……変えることが出来たんですね……」

天王寺「あん?」

岡部「いえ、なんでもないですよ」


これがシュタインズゲートの選択というやつか。

Epilogue 『異世界線のアナザーヘブン』 END

支援に感謝
長々と付き合ってくれてあんがと
だーりん、ブラウニアンモーション、ハイド、アンダーリンと
色々混ぜてるので原作だけの人は分かりにくかったかもねごめんね

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