ソーニャ「はぁ?」
やすな「そう!私たちは一心同体!」
やすな「何をするにも二人一緒じゃないとダメなんだよ!」ビシッ
ソーニャ「さて帰ろうっと」トテトテ
やすな「……」
やすな「とぉりゃあー!」
グギッ
やすな「ああ~……」
やすな「酷いよ、ソーニャちゃん……」
ソーニャ「お前が飛び蹴りしてくるからだろ!」
やすな「だってぇ、ソーニャちゃん一人で帰ろうとするんだもん」
ソーニャ「だからって飛び蹴りするやつがあるか」
やすな「ねぇ~ねぇ~一心同体ごっこしようよ~」
ソーニャ「なんだそれ……」
やすな「ええ~?ソーニャちゃん殺し屋なのにそんなことも知らないの~?」
ソーニャ「ムカッ」
ソーニャ「そんなこと知らなくても仕事はできる」
やすな「分かったよ。私が一心同体ごっこ教えてあげる!」
ソーニャ「いらん。私は帰るぞ」
やすな「お願い~!一回だけ!一回だけでいいから~!」ダキッ
ソーニャ「うわっ!まとわり付いてくるな!」
ゴンッ
やすな「あいたぁ!」
ソーニャ「ったく、一回やったら帰っていいのか?」
やすな「うんうん!」ハァハァ
ソーニャ「で?一心同体ごっこって何をするんだ?」
やすな「まずソーニャちゃんが私を肩車します!」
ソーニャ「ハァ?」
やすな「さあ、早く早く!帰れないよ?」
ソーニャ「ぐっ……全く何をしているんだ私は」
ソーニャ「ほら、つかまれ」ヒョイ
やすな「キャー!ソーニャちゃん力持ち~!」
ソーニャ「こらあんまり動くな!バランスが崩れる!」
やすな「やっほぉーい!うおー!高ーい!」
ソーニャ「ぐほっ!足をばたつかせるな!」
やすな「よーし、このまま行けぇ!ゴーゴーソーニャ!」
ドガッ、バキッ、ザシュッ
やすな「ギャー!」
やすな「酷いよ~、これが一心同体ごっこなのに~」
ソーニャ「知るか!付き合ってやったんだから私はもう帰るぞ!」
やすな「あっ、もう行っちゃうの?」
ソーニャ「私は忙しいんだ」
やすな「あ!もしかして殺しの仕事!?」
やすな「だめだよソーニャちゃん!殺しは犯罪の始まりだよ!」
ソーニャ「はいはい私は犯罪者ですよ」
やすな「ぐっ、開き直った!」
やすな「最低~!人でなし~!この人殺し~!」
ソーニャ「満足したか。じゃあな」
やすな「ああ、本当に帰っちゃうし……」
~~~
私が帰ると言うと、あいつはとても悲しげな表情を見せた。
まるで今生の別れとでもいうような、そんな顔をほんの一瞬だけ見せる。
ずっと前から気づいていた。
しかし私は気づいていない振りをしていた。
あいつは私と別れてから私を尾行し始めた。
勿論私はそれに気づいている。
あんな馬鹿の尾行を巻くなんて簡単なことだった。
今回のターゲットは敵対する組織のヒットマンだった。
私が行動しているエリア内で何やらこちらの組織について調査しているようだった。
何をしているのかは知らないが、組織の邪魔になる人間は消す。
それが私たち殺し屋の考えだ。
私は腕には自信がある。
それでも今回のターゲットは少し厄介な相手だった。
私はなんとか敵を倉庫街の袋小路まで追い詰めた。
その代償として太ももに深く長い切り傷を負っていた。
ナイフを片手に敵と睨み合っていると、足を伝った血が赤い水溜りを作った。
刺客「はぁ……はぁ……ここまでのようだな……」
ソーニャ「観念したか。大人しくしていれば楽に殺してやる」
敵も手負いだった。
ここまでに右の足にナイフ3本のダメージを与えている。
ここから全力で逃げようとしても私の追撃を交わすことはできないはずだ。
何もこんなことは初めてではない。
躊躇はなかった。
ただ相手を殺すだけ。ただ相手を死に至らしめるだけ。
ただ相手の生命機能が停止するまでダメージを与えるだけ。
そうすれば相手は勝手に死んでくれる。
別に私が殺しているわけではない。
刺客「クッ……誰がこんな所で死んでたまるものか!」
ソーニャ「そうか、それならこちらも本気に――」
その時私は別の方向から殺気を感じた。
この感じ、誰かが私を狙っている!?
コンテナの上にもう一人の刺客がいる!
気づいたときにはもう遅かった。
それでも私は後ろへ飛び退く動きを取ったが、やはり間に合わなかった。
真っ直ぐに飛んでくる敵のナイフは私の胸に突き刺さった。
刺客「やったっ!」
やった。ついにやってしまった。
胸に突き刺さったナイフは痛くも痒くもなかった。
私はなす術もなく背中から地面へ落下していく。
ただ私は死ぬんだなと思った。
分かっている。今日こそはこの日が来るんじゃないかと毎日思っていた。
別に相手を恨んだりはしない。
敵が放ったナイフが突き刺さり、私は勝手に死んでいくだけだ。
さっきまで私が追い詰めていた刺客の顔が目に入った。
疲労と痛みと緊張で汗だくになり、強張った顔。
その中に勝利を確信し緩んだ表情が見え隠れした。
もう少しで――もう少しで今日の仕事をやり遂げられたのに。
そうすれば――
明日もあいつと会えたのに。
背中が冷たいコンクリートに着地した瞬間、やすなの顔が夜空に浮かんだ。
なんでだろう……?
どうしてこんな時にあいつのことなんか思い出しているんだろう?
何もこんなときに……。
他にいくらでももっと大切なことがあるだろうに。
――他に大切なものって、なんだ?
地面に溜まっていた血溜りが飛沫を上げた。
無数の赤い粒々が夜空の中のやすなに降りかかる。
私はその血飛沫を手で振り払おうとしたが、体が言うことを聞かなかった。
あいつだけは汚したくない。
私たち一心同体だよ!
バカだなぁ……やすなは。
こんな私がお前と一心同体になれるわけがないんだ。
だってお前は星空の中でこんなに輝いている存在なんだから。
そうだ。そうなんだ。
私にとって大切なものなんて一つしかない。
ソーニャちゃん!
あいつの声が聞こえる。
私もとうとうダメみたいだ。
やすな「ソーニャちゃん死んじゃだめ!」
目の前にいたのは紛れもないやすなその人だった。
ソーニャ「やす……な……」
私はなんとか声を振り絞ってやすなの名を呼んだ。
どうしてこいつがここに?
遠ざかる意識の中で考えることなんてできなかった。
刺客「おい誰だお前は!?」
やすな「ひぃぃ!」ビクッ
刺客「そいつの仲間か!それならお前も一緒にっ!」ギラッ
刺客2「気をつけろ!倒れてる方もまだ息があるぞ!」
刺客「そうか、まずは金髪の方から――」
やすな「やめて!ソーニャちゃんを殺さないで!」
やすなが大の字になって私の前に立ちはだかった。
何をやっているんだこのバカは。
相手は殺し屋だぞ!
そいつは私みたいに手加減してくれたりしない。
くそっ、こんなことなら普段からもっと殺し屋の恐ろしさを教えておけば良かった。
ソーニャ「やすな……だめだ……!」
やすな「ソーニャちゃんは殺させない!」
刺客「何を勝手なことを!そいつは俺を殺そうとしたんだぞ!」
刺客「反対に殺されそうになったらやめてくれなんて、そんな都合のいい話があるか!」
やすな「でも……殺すなんて良くないよ!」
刺客「貴様ずっと隠れて見ていたくせに!」グワッ
刺客「私が殺されそうになってもお前は出てこなかったじゃないか!」
刺客「お前は私が殺されてもただ傍観しているだけだっただろう!」
刺客「殺しが良くないなんてどの口が言うか!」
やすな「うぐっ……でも……でも……」ポロポロ
刺客「泣いても無駄だぞ!」
やすな「うわあああああん!」
やすなは敵に頭を下げ、その場で土下座した。
やすな「ごめんなさあああい!ごめんなさあああああい!」
やすな「どうか許してください!お願いします!」
刺客「な!何をしている!?」
やすなは泣きじゃくって何度も地面に頭を付けて謝り倒した。
やすな「ごめんなさい!ソーニャちゃんを殺さないでください!」
やすな「どうかお願いします!私の友達なんです!」
刺客「バカかお前は!そんなことで済むと思っているのか!」
刺客「いいから退け!」ジャキィィン
やすな「だめええええええええ!」
やすなは私の体に覆いかぶさった。
やすなは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにし、体をがくがくと震えさせていた。
ぎゅっとつぶったその目尻からこぼれだす涙を、私は拭ってやった。
するとやすなの涙は赤い血の色に染まった。
いけない。やすなを汚してしまった。
血を拭おうとさらにやすなの顔をこすると、ますます血で汚れていった。
やすなが目を開いて潤んだ眼で見つめてきた。
ソーニャ「綺麗だよやすな」
刺客2「おい早くやろう!ここに長居すると良くない!」
刺客「……」
刺客2「おいどうした!」
回りの状況は何も見えなくなっていた。
刺客はまだそこにいる。
頭では分かっているが、そんなことはどうでも良くなっていた。
私には目の前のやすなしか見えていない。
私は自分の人生の最期において、やすなに残すべき言葉だけを探していた。
この気持ちを伝えたい。
しかし頭にはそれを表現するにはあまりも陳腐で物足りない言葉しか浮かんでこない。
私は小説家ではなく殺し屋なんだから当然か。
だから私は一番簡単で稚拙な言葉を選んだ。
愛してる
私の意識は途切れた。
~~~
いつの頃だろうか、私が初めて言葉を喋ったのは。
覚えていない。
そんなことを覚えている人間はいないか。
私が初めて喋った言葉って「ちくわ」なんだよ~
おかしいでしょうと、あいつがケラケラ笑う。
お前は自分が最初に喋った時のことなんて覚えているのか?
あいつは一瞬きょとんとした表情をしてまたすぐに笑い始めた。
やだなぁ~、お母さんに聞いたんだよ~
それからあいつは自分が覚えてもいない幼い頃の話をべらべらと話し続けた。
こんな時に私は深い「溝」を感じていた。
そして自分が酷く「劣った」「不完全」な人間であると感じていた。
今まで私は一人で生きてきた。
しかし人は自分の本当の姿を見ることができない。
自分がどんな歩き方をしているのか、どんなスープのすすり方をしているのか、
どんな笑い方をしているのか、それを知る手立てがない。
私を補完してくれる人間がいなかった。
ソーニャちゃん!
~~~
目を開いたとき、目の前にはまだやすなの顔があった。
やすなは心配そうに私の顔を覗きこんでくる。
気づくと私は抱きしめられていた。
頭の中が明瞭に晴れ渡るにつれ体に力が入ってくると、私はやすなの背中に腕を回した。
やすな「良かったあああソーニャちゃん!うわああああん!」
ソーニャ「やすな……私……」
私は必死に頭を回転させて状況を整理しようとした。
あれからどうなったのか。
ここはどこなのか。
私はどうして生きているのか。
あぎり「あら~お目覚めですか~」
あぎりがトレーに水を乗せて部屋に入ってきた。
ソーニャ「あぎり、私は一体……?」
あぎり「ソーニャが失敗するなんて珍しいですね~。もう3日くらい寝てましたよ~」
私はコップ一杯の水で喉を潤した。
あぎり「敵はあなたを見逃したんですよ~」
あぎり「やすなさんの土下座が効いたんですかね~」
あぎり「そりゃあもう、おでこから血が出るくらいの必死の頼み込みでしたから~」
私の胸に抱きついているやすなの顔を確認すると、額に絆創膏が貼られていた。
ソーニャ「お前見てたのか?」
あぎり「いいえ~やすなさんから聞いただけです~」
あぎりはまるでいつもの調子でそう言った。
当然だ。こんなことは私たちにとって日常的な出来事だ。
しかしやすなにとっては違う。
普通の人間にとって殺しなど映画かテレビニュース中の出来事でしかない。
今回は誰も殺されなかったが、その寸前の所まで行った。
それだけでもやすなにとっては十分衝撃的な出来事だ。
やすな「わ゛たし、わ゛たしっ……!」エグッ
やすな「ソーニャちゃんが死んじゃうんじゃないかと思って……!」
やすなが初めて見せる反応に私は戸惑い、心を痛めた。
本当ならこいつはこんな思いなどさせてはいけない存在だった。
それなのに私と関わったことでこんなことに――。
ソーニャ「すまない。お前にも迷惑をかけたな」
やすな「だっでぇ……!私も愛してるもん!」
あぎり「あらあら~」
ソーニャ「バッ……!何を言ってるんだ!?」
やすな「ソーニャちゃん言っでくれたじゃん~!愛してるっで~!」
ソーニャ「いや!あれはもうダメだと思って!」
やすな「酷いよ~!嘘だっだの~!」ジュルジュル
ソーニャ「うるさい!いいから忘れろ!」
あぎり「私はお邪魔みたいなので消えますね~」
あぎり「末永くお幸せに~」スゥー
ソーニャ「おいあぎり!」
ソーニャ「ったく、ていうかお前どうしてあんなところに?お前の尾行はまいたはずだが」
やすな「え?私の尾行気づいてたの?」
ソーニャ「当たり前だ」
やすな「うんとね、ソーニャちゃんを見失った後、散歩に出かけてたらたまたま……」
ソーニャ「お前……悪運だけはついてるな」
やすな「そうだ!ソーニャちゃんお腹すいたよね!私何か作るから!」
ソーニャ「お前が?」
やすな「大丈夫大丈夫!ここ私の家だからゆっくりしてて!」
やすなはそう言って勢い良く部屋を飛び出て行った。
その夜は大人しくやすなの世話になることにした。
やすな特製のお粥をあいつは食べさせようとしてきたが、私は全力で阻止した。
その過程で私がその頭に一発パンチをお見舞いしてやると、やすなはいつになく嬉しそうに笑った。
その笑顔を見た私は安心した。
こいつとまだ友達でいられるんだと思った。
だからこそここでの長居は無用だ。
私はあいつが作った夕食を食べ、あいつが沸かした風呂に入った。
そんなことをしているとあいつが「なんか新婚さんみたいだね」と言ってきた。
私はまた一発あいつの頭を殴ってやった。今度は少し弱めに。
あいつは少し恥ずかしそうに笑った。
ソーニャ「私はそろそろ帰るぞ」
やすな「え!?泊まっていきなよ!まだ怪我治ってないよ!」
ソーニャ「このくらいの怪我どうということはない。お前が手当てしてくれたしな」
やすな「まだダメ!今帰ったら湯冷めしちゃうよ!」
ソーニャ「とにかく私は帰る。今まで世話になったな」
やすな「行っちゃだめ!」ガッ
やすなは玄関のドアの前に立ちはだかった。
ソーニャ「どけ!お前には感謝してるが、これ以上世話になるわけには行かない」
やすな「世話するもん!明日も明後日もずうーっとソーニャちゃんの世話するもん!」
ソーニャ「はぁ?お前一生私の世話をするつもりか?」
やすな「そうだよ!」
ソーニャ「バカかお前は。そんなことしてどうする?」
やすな「ソーニャちゃんを守りたいんだよ!」
心臓がどきっと鳴った。
思いも寄らぬ言葉だった。
そしてすぐにその言葉の意味を理解した。
やすな「ここを出て行ったらあの人たちを殺すの?」
あの人たち、というのは私を見逃してくれた敵の刺客のことだ。
ソーニャ「お前には関係のないことだ」
やすな「だめだよ!あの人たちいい人だよ!だって私たちを見逃してくれたもん!」
ソーニャ「そうかもな。だが殺し屋としては甘すぎる」
ソーニャ「私なら容赦はしない。ターゲットは必ず仕留める」
やすな「絶対ダメ!」
やすなは私に突進してきた。
しかしあいつの攻撃など私に効くわけもない。
私は闘牛士のごとく身をひるがえしてやすなを床の上に押し倒した。
やすなは観念したように抵抗しなかった。
ソーニャ「やすな、世話になったから今日は特別に私の本心を話してやる」
ソーニャ「私はお前を一番の親友だと思ってるよ。本当だ」
ソーニャ「今までお前のようなやつは一人もいなかった」
ソーニャ「だから私のようにはなってほしくないんだよ」
ソーニャ「私の人生はもう壊れてしまった。だがお前はまだ自分の生活がある」
ソーニャ「何かあったら私が守ってやる。だが絶対じゃない」
ソーニャ「だから私にあまり深入りするな。お前は自分の人生を歩むんだ」
私は倒れたやすなをそのまま置いて玄関のドアを開けた。
やすな「ソーニャちゃん!」
その声に私は立ち止まる。
やすな「明日も学校で会えるよね?」
やすな「明日も一緒に遊べるよね?お昼も一緒に――」
ソーニャ「だめだと言ってもまとわりついてくるくせに」
私はそう言ってやすなにニヤリと笑って見せた。
やすなの不安な表情が一瞬でゆるんだのが分かった。
やすな「ああー!絶対明日はいっぱい遊んでやる!」
ソーニャ「ふんっ、なんだそれ」
ソーニャ「じゃあまたな」
私はそう言ってやすなの家を後にした。
名残惜しさを残す言葉は言わなかった。
これでいいんだ。
私たちの関係はこのままでいい。
学校で会って、一緒にお昼を食べて、一緒に帰る。
まるで普通の女子高生の友達同士。
これが私とやすなが近づけるギリギリの距離だ。
私たちは坂に置かれた引き合う磁石のS極とM極だから、これ以上近づけばやすなをこちらの世界に引きずり込んでしまう。
ソーニャちゃんの家に行きたい!
行きたい!行きたい!行きたい!
やすながそう言ったことがあったっけ。
だがごめんやすな。お前を家に招待することはできない。
あの時私はお前を家に連れていこうだなんて本当は思っていなかった。
だって私には帰る家なんてないんだから。
私の寝床はいつもどこかのホテルの一室だ。
居所がばれないように毎月2、3箇所を転々と「引越し」をする。
私には自分の生活なんてどこにもないのだ。
このことはやすなには言うつもりはない。
私はなんとしてでもあいつを守りたい。
だから私たちはいつまでも本当には一緒になれないままいなければならないのだ。
~~~
数秒後、私は全力疾走していた。
向かう先はやすなの家だ。
やすなの家の方向で黒い煙が上がっていた。
まさかと思った。
信じたくなかった。
やすなの家は巨大な炎に包まれていた。
コンビニ行ってくる!
近所の家にパトカー集結してて焦った
ソーニャ「やすな!」
家の敷地に入って行くと、燃え盛る炎のすぐ脇にやすなはいた。
ソーニャ「熱い……!」
ソーニャ「やすな!無事だったか!」
やすなの傍らには犬の死骸が2体横たわっていた。
それはあいつが飼っていた2頭の犬だった。
火事に焼かれて死んだのではない。明らかに何者かに殺されていた。
やすなは両手を地面に着いてそれをじっと見つめていた。
ソーニャ「やすな!」
私はやすなの正面に回ってあいつの両肩を掴んだ。
ソーニャ「どうした!?何があったんだ!」
ソーニャ「両親は?お父さんとお母さんはどうした!」
やすなはぼーっと私の顔を見つめてきた。
あいつは驚きもせず、悲しみもせず、また取り乱しもしなかった。
どうしてそんなに落ち着いていられるんだ!?
お前の家が燃えているんだぞ!
次の瞬間私ははっと息を呑んだ。
あいつはただ無表情のまま涙を流した。
肩を掴む手が震えた。
やすなは壊れてしまったんだ。
電池が切れたカラクリ人形のように気の抜けた顔で、あいつはただ涙を流していた。
やすなは泣くことができなかった。
取り乱すことも、驚くことも、みんな誰かに奪われてしまったんだ。
私が守るべきだったのに、守ると言ったのに――
やすなから何もかも奪い取ったのは私だ。
キルミーssっていっつも書き方似てるよね 同じ人なのか
ソーニャ「やすな……やすなあああああああああ!」
私はやすなをぐいと引き寄せて抱きしめ、顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。
ソーニャ「やすなああああああ!うわあああああ!」
やすな「……」
遠くから消防車の音が聞こえた。
このままだとやすなは救急車で運ばれるか、警察に保護されるだろう。
家に火を点けた敵は、今頃やすなが死んでいると思っているのかもしれない。
もしかしたら私も一緒にこの家にいたと思っているかもしれない。
とにかく私たちの存在がばれてはいけない。
私は一旦やすなの体を離し、その手を掴んだ。
ソーニャ「逃げよう」
>>80
まどまぎSSしか書いたことないです
~~~
そうは言っても私たちに逃げられる場所などほとんどない。
頼れる場所はあぎりの家しかなかった。
ソーニャ「悪いな」
あぎり「いいえ~仲間ですから~」
あぎりはいつもと変わらぬ様子で私たちを家に上げてくれた。
一人分だけ布団を貸してくれると言うので2階の部屋でやすなを寝かせた。
やすなは何も言わず、大人しく布団に入った。
居間で一息ついていると、あぎりは麦茶を持ってきてくれた。
あぎり「そうですか~、やすなさんも敵のターゲットになってしまったんですね~」
ソーニャ「そうですかって……私のせいであいつを巻き込んだんだぞ!」
ソーニャ「それであいつの家も……家族も……」
あぎり「それで、ソーニャはやすなさんをどうするんですか~?」
ソーニャ「……」
ソーニャ「私はあいつを守ってやりたい。こうなった責任は私にある」
あぎり「そうですね~確かに責任はあなたにあります」
あぎり「あなたはただの一般生徒と親しくなりすぎました」
あぎり「でもその責任の取り方はどうでしょ~」
ソーニャ「どういう意味だ?」
あぎり「あなたはやすなさんを一生守り続けて行くつもりですか?」
ソーニャ「それは……」
あぎり「それは組織が快く思わないんじゃないでしょうか~」
あぎり「組織はあなたにず~っと殺し屋として働いて欲しいと思っていると思いますよ~」
ソーニャ「殺しの仕事は続けられる!」
あぎり「さあ~それはどうでしょうか~」
あぎり「お荷物を抱えたあなたが今まで通りの仕事をこなせますか~」
ソーニャ「私にどうしろと言うんだ!」
ソーニャ「あいつは何もかも失ったんだぞ!」
ソーニャ「私が守ってやらなくて……どうするんだ!」
あぎり「それは自分で考えてください~あなたの人生ですから~」
あぎり「それじゃあ私はそろそろ寝ますね」
あぎりはそう言ってそそくさと部屋を出て行った。
自分の人生なんて――私にはないんだ。
組織のために自分を犠牲にする毎日だ。
仕事の邪魔になるものは何も持たなかった。家族さえも。
私はやすなが寝ている2階の部屋に行った。
やすな「ソーニャちゃん」
私が部屋のふすまを開けるなりあいつの声が聞こえた。
ソーニャ「まだ起きてたのか」
やすな「うん」
私は布団の横に腰を下ろした。
やすな「ソーニャちゃんは寝ないの?」
ソーニャ「一応今夜は寝ずに見張っているつもりだ」
やすな「ありがとうね、ソーニャちゃん」
ソーニャ「やすな……」
私には礼を言われる資格なんてないんだ。
やすな「さっき私のために泣いてくれたよね」
やすな「突然のことだったから私気が動転しちゃって、どうしたらいいか分からなかった」
やすな「泣けばいいのにそれが分からなくなっちゃった」
やすな「でもソーニャちゃんが私を抱きしめて、泣いてくれて」
やすな「あの時私嬉しかったよ」
やすな「そうだよね、思いっきり泣いたら良かったんだよね」
やすな「だってお父さんもお母さんも死んじゃって」
やすな「ちくわもちくわぶも死んじゃって、家もなくなって」
やすな「私……私……」ヒック
やすな「うわああああああああああああああ!」
やすな「お父さああああん!お母さああああああん!」
ソーニャ「やすな!」
私は泣き叫ぶやすなをすぐに抱きしめてやった。
やすなも私に抱き付いて思い切り泣いた。
ソーニャ「泣けやすな。それでいいんだ。泣いていいんだよ」
やすなは決壊したダムのように泣き続けた。
それが収まるまでには2時間以上の時間が経過していた。
とうとう眠くなったやすなは再び布団の中に戻った。
やすなが私を離そうとしないので、仕方なく一緒に布団に入った。
ソーニャ「やすな、こんな言葉で私の罪が洗われるとは思わない」
ソーニャ「でも言わせてくれ。ごめんやすな。私のせいでこんなことになって」
ソーニャ「私はお前の人生の責任を取る。私のこの命と人生を全てお前に捧げよう」
ソーニャ「私が一生お前を守ってやる。組織には邪魔させない」
ソーニャ「組織を抜けてお前と一緒に逃げる」
ソーニャ「どこまででも逃げてやる。絶対に捕まったりなんかしない」
ソーニャ「おい寝てるのか?」
やすな「……」
ソーニャ「愛してる、やすな」
~~~
朝の5時だった。
やすなはぐっすりと眠っている。
私はもちろん一睡もしていない。
普段から鍛えている私にとっては、一晩寝ずに過ごすことなど朝飯前だ。
私は布団から出て一階のトイレに行った。
トイレを出て階段を登ろうとすると、突然私の目の前に人影が現れた。
とっさにナイフを出して後ろに引いた。
よく見ると相手はあぎりだった。
ソーニャ「なんだあぎりか。驚いたぞ」
あぎり「あら~ごめんなさ~い」
私は一度出したナイフを仕舞おうとした。
あぎり「あ、そのナイフ、まだ仕舞わない方がいいですよ~。きっと使いますから」
ソーニャ「は?」
ソーニャ「あぎり!?お前なんで手裏剣なんか……」
あぎり「盗み聞きはよくないと思ったのですが~、聞いちゃいました。あなたの決断」
ソーニャ「あぎり……」
あぎり「組織から逃げられると思ったんですか~?」
ソーニャ「ぐっ」ギリッ
ソーニャ「私を殺すのか!?」
あぎり「悪く思わないでくださいね~。これでもちゃんと説明してあげてから殺すんですから~」
あぎり「大丈夫ですよ~。あなたの後にやすなさんも殺してあげます」
ソーニャ「あいつを殺させなんかしない!」
あぎり「じゃあいきますよ~いちにーのー……」
~~~
私は一面のバラとチューリップの花畑を見ていた。
どうやってあぎりを殺したかなんて思い出したくもない。
ただ最後に私はあぎりの体に何回もナイフを突き立てていた。
こいつが変わり身の丸太でないことを確かめるためにその体を引き裂き、血を舐め、内蔵を掴み取った。
気が付くと階段下の廊下は血の川となっていた。
100ゲットオオオオオオ!!!
ふと階段の上を見るとやすなが立っていた。
時間は7時になっていた。
見られた。
やすなには見られたくなかった。
やすなが冷たい目で私を見ているような気がして、思わず目線をそらした。
私はずたぼろになったあぎりの横で膝を付いた。
やすなは殺しに関わってはいけないんだ。
きっとやすなは人殺しなんてものを受け入れることなんてできない。
ひどいよ!あぎりさんを殺すなんて!
私は軽蔑されるんだ。
見損なったよ!人殺しなんて最低!
こんな間違ったことをしている私を心の中では糾弾しているのだ。
やすなが勢いよく階段を下りてきた。
私はやすなに殴られるのかと思った。
しかし予想に反してやすなは私に後ろから抱き付いてきた。
ソーニャ「やすな?」
やすなは何も言わずに私の血に汚れた、ナイフを持った手を握ってきた。
まるで自分も一緒にナイフを持っているとでも言うように、ぎゅっと力強く握られた。
やすなは泣いていた。
やすな「ソーニャちゃん……、ソーニャちゃん……!」
ソーニャ「やすな……」
やすな「ソーニャちゃん一人だけじゃないよ」
やすな「私も……私も一緒だから……!」
そうか。
そうだったんだ。
どうして気が付かなかったんだろう。
この手はもはや私だけのものではない。
私が自らの手であぎりを殺したこと、それはやすなにも同じ罪を着せることになるのだ。
ソーニャ「やすなぁ……」ポロポロ
やすな「大丈夫だよソーニャちゃん……」
やすな「私も……一緒に背負うから……」
人は時としてあえて辛く悲しい道を選択するときがある。
私が組織との決別を誓ったのと同じように、やすなも私と共に生きるという生半可ではない決断を下したのだ。
私たちはまた大声を上げて泣いた。
~~~
私たちはあぎりの家を出た。
外は雨が降っていた。
私たちの足跡を消してくれる恵みの雨だ。
私はやすなの手を引き、走った。
途中で学校の横を通るときにやすなが歩みの速度を緩めるのが分かった。
やすなは私の手を離して立ち止まった。
ソーニャ「やすな」
やすなは私たちの通っていた教室の方をじっと見て、一体何を思っているのだろうか。
ソーニャ「やすなお前――」
やすな「ううん、大丈夫」
あいつは私の言葉をさえぎった。
やすな「もう私大丈夫だから」
やすな「忘れ物がないかなと思って」
やすな「でももうここには何もない」
やすな「行こうソーニャちゃん」
やすなは私の手を握ってきた。
ソーニャ「ああ」
私たちは再び走り出した。
まずはこの町を去らなければならない。
その後はなんとか国外へ脱出する方法を考えるのだ。
しかしそう簡単にはいかないようだ。
私たちは追われる身となった。
追う方も私たちを消すために必死だ。
刺客2「また会ったな」
ソーニャ「貴様は……」
あの時私が追っていた敵の刺客の仲間だった。
私に重傷を負わせたあいつだ。
やすな「ソーニャちゃん……!」
ソーニャ「お前は下がっていろ」
やすな「でもっ……」
ソーニャ「素人に出る幕はない」
ソーニャ「大丈夫だ。私は死なない」
刺客2「お前だけは絶対に殺してやる!」
ソーニャ「そうはいくか。私にはやらなければいけないことがある!」
刺客2「知るか!私にはもう何もないんだ!」
相手はそう言ってナイフを素早く3本飛ばしてきた。
私はそれがやすなに当たらないように自分のナイフで全て弾いた。
ソーニャ「やすな!隠れていろ!」
私はナイフを両手に走り出した。
片方のナイフを敵の胸めがけて飛ばした。
敵は後ろにジャンプしてそれを避ける。
私は相手が地面に着地する瞬間を狙って、力いっぱいナイフを突き立てた。
ガキンと大きな音を立てて両者の刃がぶつかり合った。
刺客2「あいつを返せ!」
ソーニャ「何のことだ!」
刺客2「お前のせいであいつは死んだんだ!」
ソーニャ「なんだと!」
私は一旦後ろに飛び退いた。
すかさず敵に向って無数のナイフを投げつけたが、相手は全てかわした。
今度は敵の方から向ってきた。
強力な一撃を私は自分のナイフで防いだ。
ソーニャ「どういうことか説明しろ!」
刺客2「あいつは殺し屋になるには優しすぎた」
刺客2「お前を見逃したあいつは組織によって消されたんだ!」
刺客2「お前らさえいなければ!」
敵の膝からナイフの刃が突き出した。
敵はその膝で私にキックを入れてきたが、私は素早くそれを回避した。
刺客2「まだまだあ!」
今度は敵のかかとからナイフの刃が現れた。
敵は豪快な回し蹴りで私を狙ってきた。
その長い足は完璧に私を捉えていた。
真っ直ぐに私の顔めがけて飛んでくるキックを見て思わず腕で顔を庇った。
ゴツンと、私の足元が地面に突き刺さっていたナイフに引っかかった。
そのお陰で私は地面に尻餅を突いて倒れ、相手のキックを避けることができた。
しかし状況は好転しなかった。
無様に地面に手を付いた私の目の前に敵が立ちはだかった。
殺気だった目が私に「少しでも動いたら殺すぞ」と警告を出していた。
私は一歩も動けなくなった。
刺客2「私は彼を愛していた」
刺客2「本当は彼に殺しなんてして欲しくなかった」
刺客2「でも組織から逃げることなんてできない」
刺客2「いや違うかな。殺人という行為そのものから逃げられないんだ、私たちは」
刺客2「なあそうだろう?」
本当にその通りなのかもしれないと思った。
私の目の前に立っているのは敵ではなくやすなだった。
敵はやすなの足元に倒れていた。
その背中にはナイフが突き刺さっている。
やすなは不安そうな表情で、小さくなって震えながら私の方を見ていた。
これでいいんだよね?と私にすがるような目で言っていた。
敵が突然苦痛に満ちた表情をしたかと思うとその場に倒れこんだ。
後ろに立っていたのはやすなで――
私はその状況を飲み込むのに時間が掛かった。
その間約1秒間。
戦闘中の殺し屋としては長すぎる長考だった。
私は立ち上がり、やすなの手を取ってその場から駆け出した。
ソーニャ「よくやったぞやすな」
私はそれしか言えなかった。
ソーニャ「よくやった」
それ以外の何を言ったとしても、私たちは耐えられなくなってしまうのだと思った。
この時の私たちは決して後ろを振り返らず、毅然としていた。
この時やすなの手が震えていたように感じたのは全力で走っていたせいで、
私の頬に涙が伝ったような気がしたのは雨が降っていたせいなんだ。
選択した道に間違いなんてなかった。
~~~
あれから数年経った。
私たちはロシアの田舎にある小さな村に隠れ住んでいた。
ここには外国人を拒否するやつもいるが、私と一緒にいる限りはやすなに危害が加えられることはなかった。
やすなも言葉が分からないなりに近所と打ち解けようと努力していた。
私たちの家は木で作った小さな小屋だった。
窓を開ければ朝の清清しい空気があっという間に家の中を満たした。
私がテーブルの上を布巾で拭いている間、やすなは朝食の支度をしていた。
花瓶のある台には写真が飾られている。
それはまだ日本にいた頃の写真だ。
私たちがいつも使っていた学校の空き教室で、私とやすなとあぎりの3人で撮ったものだ。
それは私があの頃いつも持ち歩いていたものだった。
やすなが写っている写真はこれ1枚しか持っていなかったのだ。
この写真を見るとあの頃の平和で楽しかった時間が蘇ってくる。
そして同時にあぎりを引き裂いた時の花畑が鮮明に頭の中に再現されるのだ。
私の罪はやすなの罪でもある。
二人で背負えば罪は半分に軽くなる。
コンコンと玄関のドアが叩かれた。
ソーニャ「私が出る」
いたのは近所に住んでいる老婆だった。
老婆は訛りの強い言葉で私に話しかけ、カゴいっぱいの野菜を渡してきた。
私はごく標準的なロシア語で礼を言った。
老婆は家の奥にいるやすなに小さく手を振ると帰っていった。
ソーニャ「ほら、近所のおばあさんが野菜をくれたぞ」
やさな「わあ!」
やすなの表情はぱっと明るくなり、すぐに暗く不安そうな顔になった。
やすな「……あのおばあちゃん何か言ってた?」
ソーニャ「お前あのおばあさんが野菜を運んでいるところを手伝ってやったらしいな」
ソーニャ「すごい助かったって言ってたぞ。これはそのお礼だってさ」
私はそう言いながら自分も誇らしい気持ちになった。
やすな「本当に!?」
やすなの表情がまた一気に明るくなった。
やすな「早速切って朝のサラダに入れるね!すごい新鮮そうだもん」
やすなの愛は私の愛でもある。
二人で分ければ愛は何百倍にも大きくなる。
やすなは野菜を抱えて台所へ入って行った。
その朝のサラダはおばあさんのお陰でやけに大盛りだった。
やすな「おいしいねソーニャちゃん」
そう言うやすなの笑顔は私には眩しすぎるくらいだ。
でも私は気づいている。
あいつは昔と変わらない笑顔を今でも作っているのだと思っているのかもしれないが、
今のあいつの笑顔は昔とは確実に違う。
あいつの頬を流れたいくつもの涙が、あいつの顔を変えたのだ。
星空で輝いていたやすなはもういない。
でも今はこうして私の傍らにいてくれる。
そのことが私には最高に幸せなことなんだ。
やすな「ねえ、ソーニャちゃんはどう?」
ソーニャ「ああ、おいしいよ」
私たちは一心同体だよ。いつまでも。
おわり
このSSがまとめに載ったらキルミー2期決定!!
乙乙
最後に野菜を持って来たおばあさんがあぎりさんなのかと思った
>>145
秘密(はぁと
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