登山家(いい仕事が入ったなぁ)
登山家(大好きな山登りができて、しかもお金までもらえるなんて信じられないよ)
登山家(なにしろ頂上まで行って、この石を置いてくるだけでいいんだからな)
登山家(太っ腹な人もいたもんだ)
登山家(とはいえ、この山は世界でも有数の標高を誇り、
今までに踏破できた者はだれもいない……)
登山家(登った者は、いつの間にか麓に戻されているという……。
おそらくは、よほど道が複雑なんだろう)
登山家(そして──)
登山家(ウワサによればこの山の頂上には、魔物ハーピーが住んでいると聞く……)
登山家(腕には美しい羽根、足には鋭い爪を持つ絶世の美女だとか)
登山家(うらやましいなぁ)
登山家(こんな素晴らしい山の頂上で暮らすなんて、気分最高だろうなぁ)
登山家(もし本当にハーピーがいるとしたら、ぜひ色々話を聞いてみたいよ)
登山家(おっと、そろそろ出発するか)
登山家「さ、登山の始まりだ!」ザッ
バサッ…… バサッ……
ハーピー「あら?」
ハーピー「あれは人間……」
ハーピー(あの人間はこの山を登ろうとしているのかしら?)
ハーピー(たまに麓に下りてみると、珍しい光景に出会えるものね。
何年ぶりかしら)
ハーピー(まあ、どうせ途中で力尽きるでしょうけど)
登山開始──
登山家(一歩一歩、この山の雄大さを噛み締めながら歩いていこう)ザッザッ
登山家(いい山だなぁ)ザッザッ
登山家(もっとも、俺が今まで登った山はみんないい山だったけどね)ザッザッ
ハーピー(ふぅん、ペースを乱さず……かなり山に慣れた人間ね)
ハーピー(でもいくら山に慣れてるといっても、
この山を登り切れた人間はいないって知ってるでしょうに……
ずいぶんリラックスしてるわね)
ハーピー(不思議な人間……)
登山家「ふぅ、ふぅ」ザッザッ
登山家(体力の消耗が激しい……)
登山家(やはり、人の手がまったく入ってないだけあって、
今までに俺が経験した山に比べて段違いに険しいや)
登山家(でも──)
登山家(楽しい)
ハーピー(笑った!?)
ハーピー(いくら鍛えていても、人間にはキツイ道のハズよ)
ハーピー(まったく……頭がおかしいのかしら)
登山家(日が沈んできた……)
登山家「もうすぐ夜になるな……初めての山で夜間登山は危険すぎる。
今日はこの辺でキャンプにしよう」
登山家「なにせ地図すらないんだ……慎重にいかないと」
登山家「手持ちの食糧も注意深く消費するようにしよう」
ハーピー(なにが慎重にいかないと、よ!)
ハーピー(この辺りはタイガーの縄張りに近いじゃない!)
ハーピー(まったく……世話が焼けるんだから!)
ハーピー「ねぇ」バッサバッサ
タイガー「おうハーピーの姉さん。
こんな地上近くまで下りてきてるとは珍しいな」
ハーピー「今人間が山を登ってるんだけど……絶対手を出さないでよね」
タイガー「人間?」
タイガー「ああ心配しなくても、俺は人間なんて食いたくねえよ。
ニオイからしてマズそうだ」
タイガー「ナワバリに入ってこなきゃ、なにもしねえさ」
ハーピー「ならいいけど」
タイガー「ていうか、この山で人間食う魔物はいないだろ」
タイガー「なんでいつも人間が来ると、こうやってわざわざ
いいにくるんだ?」
ハーピー「え……そんなの決まってるじゃない」
ハーピー「人間がこの山の過酷さに音を上げるところが見たいからよ」
ハーピー「あなたたちに食べられたら、一瞬じゃない」
ハーピー「それじゃつまらないでしょ」
タイガー「ふうん……」
ハーピー「な、なによ?」
タイガー「ま、そういうことにしておこう」
翌日──
登山家「朝か……」
登山家(空気がいいからか、疲れがすっかり取れてるな)
登山家「さぁ、朝食を済ませたらさっそく出発しよう!」
ハーピー「んぁ……」ハッ
ハーピー「あ、あの人間も起きたみたいね」
ハーピー(さっそくこっそりついていこうっと)バサッ
登山家(昨日よりもさらに道が険しくなってきたな)ザッザッ
登山家(なるほど……たしかに生半可な覚悟では登れないな、これは)ザッザッ
登山家(ペースを乱さないようにしないと……)ザッザッ
ハーピー(ふうん、やるじゃない)コソッ
ハーピー(今までの人間とは一味ちがうみたいね)
ハーピー(でもこの山はもっともっとキツくなるわよ……)
登山家「…………!」
登山家(オイオイ……)
登山家(こりゃあ、ほとんど崖じゃないか……。
かといって迂回したら時間を食いすぎてしまう……)
登山家(指の力と体重移動だけを頼りに、登っていくしかないか……)ガシッ
登山家「よっ」ガッ
登山家「ほっ」ガッ
登山家「よっ」ガッ
ハーピー(へぇ……大抵ここで諦めて引き返すか、
あるいは回り道しようとして迷っちゃうのに器用な人間がいたものね)
登山家「ふぅ……」ハァハァ
登山家(ようやく半分くらいか……)
登山家(落ちたらまちがいなくアウトだな)
パラパラ……
登山家(なんだ……小石……?)
登山家「!」
登山家(落石だっ!)
ゴロゴロ……
崖の上から、巨大な石が転がってきた。
登山家(まずい、アレに当たったら転落する!
かといって、すばやい動きはできない!)
ビュオッ!
登山家「うわぁっ!?(風っ!?)」
間一髪のところで、横からの突風が石を吹き飛ばし、登山家を救った。
登山家「あ、危なかった……!」
登山家「風に感謝しないとな」
(食糧が入ってた袋を落としてしまったが……石に当たるよりはマシだ)
登山家(この山は自然が豊富だし、食べ物は調達できるだろう)
登山家「よし、登るか」ガッ
ハーピー(ふぅ、羽ばたきが間に合ったわ。
あれぐらいかわせないなんて、ホントどん臭いんだから)
登山家「いよっと!」ガシッ
登山家「ふぅ~……」ハァハァ
登山家(どうにか崖を登りきったな……)ハァハァ
登山家「おや、今度は森が広がってるのか」
登山家(今日中に森を抜けるのは難しいだろうな……。
日没前に森で食糧を集めて、ここでキャンプをするとしよう)
食糧を求め、森の中をさまよう登山家。
登山家(マズイ……)ガサガサ
登山家(全然食べ物が見つからない)ガサガサ
登山家(しかも知らない木ばかりだ……)ガサガサ
登山家(どうする……)
ガササッ
登山家「!?」
登山家「なんだ今の音は……」
登山家(ちょっと怖いが、様子を見てみるか……)スタスタ
すると──
登山家(たくさんの木の実……!)
登山家(しかも、鳥がついばんでる……ってことは毒ではないってことか。
できれば少し分けてもらいたいな……)スッ
ピーピーピー バサバサ……
登山家(あ、飛んでいってしまった)
登山家(せっかくだ、食べさせてもらおう)
登山家「ん」
(木の実の近くになにか落ちてる……)
登山家「これは……羽根?」
(今の鳥たちの羽根にしては、少し大きいような……親鳥か?)
バサバサ…… ピーピーピー
ハーピー「ありがとね、あなたたち」
鳥A『いいえ、このくらいお安いご用でさ』ピーピー
鳥B『他ならぬ姐さんの頼みっすからね』ピー
ハーピー(これで、食糧は大丈夫かな?
──ったく、ホント人間って不器用よね)
翌日──
登山家「今日で三日目か……」
登山家(あの木の実のおかげで、どうにか体力を回復できた……。
メシ抜きじゃ、とてもこの山は登り切れないからな)
登山家(よし、今日はこの森を越えるぞ)
森の中──
登山家(特殊な磁場なのか、なんだか方向感覚が狂うな……。
同じ所をグルグル回っているような気がする)
登山家(もしかして──迷ったか?)
登山家(マズイな、食糧については木の実が豊富だから心配ないけど……)
バサバサッ
登山家(なんだこの羽ばたき音は?)
登山家(このままじゃどっちみち遭難だ。音についてってみるか……)
バサバサッ
登山家(こっちか)ザッザッ
バサバサッ
登山家(今度はあっちか)ザッザッ
バサバサッ
登山家(お次は向こうか)ザッザッ
………
……
…
登山家「おおっ……!」
登山家(羽ばたき音に従ったら、ついに森を抜けられた……!)
登山家(なんとも不思議な森だったなぁ……)
登山家(今日はここでキャンプ、かな)
ハーピー(やれやれ、道案内までしてあげちゃった)バサッ
ハーピー(でも、ここまで来られた人間は初めてね)
ハーピー(さてここからはもう手助けしないわよ。
頂上までたどり着けるかしら?)
翌日──
登山家「さぁ、出発だ!」
登山家(色々あったけど……ようやく頂上近くまでたどり着けた……)
登山家(ここからはもう迷うようなポイントはなさそうだ。
なんとか今日中に頂上に到達してみせるぞ!)ザッザッ
登山家(頂上には本当にハーピーがいるのだろうか。
楽しみだなぁ)ザッザッ
登山家(傾斜がきつくなってきた……でも頂上まであと少しだ!)ザッザッ
登山家(焦らず騒がず一歩ずつ! 山に感謝しつつ登っていこう)ザッザッ
登山家(ん、頂上が見えてきた!)ザッザッ
登山家(あと10歩!)ザッザッ
登山家(9、8、7、6、5……)ザッザッ
登山家(4、3、2、1……)ザッザッ
登山家「着いたぁ……!」ハァハァ
登山家「やったぁ……!」ハァハァ
登山家「おおお……!」
登山家の目の前には、美しい景色が広がっていた。
登山家「なんて素晴らしい眺めなんだろう。
雲と空と地上が絶妙なバランスで混ざり合っている……!
まるで世界の果てまで見渡しているような気さえするよ」
すると──
バサバサッ
登山家(こ、この羽ばたき音は!?)
バサァッ!
登山家「うわぁっ!」ドサッ
ハーピー「ふふふ、無断で私の住処に侵入するとは感心しないわね、人間」バサッバサッ
登山家「あ、あなたは……まさか……!」
ハーピー「ご存じのようね」
ハーピー「この山の主、ハーピーよ」
ハーピー「この爪で八つ裂きにしてあげましょうか?
それとも、羽根の弾丸で全身を蜂の巣にしてあげましょうか?
風で切り裂いてあげるってのもアリかしらね」バサァッ
登山家「…………!」
ハーピー(ふふふ、怯えてる怯えてる。一度やってみたかったのよね)
登山家「……じゃあ、全部で」
ハーピー「へ?」
登山家「この山は美しい……あなたがいることも知っていた。
にもかかわらず、俺はこの足で無断で立ち入ってしまった……」
登山家「あなたの怒りはもっともだ……!」
登山家「俺は……登山家失格だ!」
ハーピー「ちょ、ちょっと待ってよ!」
登山家「はい?」
ハーピー「しないから!」
登山家「え?」
ハーピー「爪で引き裂いたりとかしないから!」
登山家「つまり……許してくれるってこと? どうもありがとう。
じゃあこのまますみやかに下山させてもらうよ」
登山家「本当に申し訳なかった」スタスタ
ハーピー「すぐ帰ることないでしょう!
やっとの思いでここまで来たんでしょう!?」バサッ
登山家「え?」
ハーピー「ちょっとゆっくりしていきなさいよ!」
登山家「は、はぁ……じゃあお言葉に甘えて」
ハーピーの家──
登山家「ずいぶん立派な家だね」
ハーピー「自分で木を切って作ったの。自信作よ」
登山家「へぇ~……ちょっとしたログハウスだよ、これは」
登山家「でもハーピーさん、クギとかはどうやって調達したの?」
ハーピー「地上に下りた時に、麓の町で買ったのよ。
もちろん、人間の格好をしてね」
ハーピー「羽根と足の爪さえごまかせば、見かけは人間と同じだしね」
登山家「なるほど……」
ハーピー「料理はまだまだあるからね」
登山家「いや、こりゃうまい」ムシャムシャ
登山家「ところで、ハーピーさんは料理をいつも作りだめしてるの?」
ハーピー「どうして?」
登山家「だって俺が来たのはハーピーさんにとって予定外の事態だったハズなのに
こんなに料理が用意してあったからさ」
登山家「もし俺のために用意してくれてたなら、ちょっと嬉しいかな、なんて……ハハ」
ハーピー「!」
ハーピー「た、たまたまよ! あなたが来るなんて予想もしてなかったわ!
まして歓迎してあげようなんて気はこれっぽっちもないわ!」
登山家「す、すみません!」
(しまった、怒らせたか……)
ハーピー「──にしても、あなたってなんでこの山に登る気になったの?
この山がどういう山か知らないワケじゃないでしょ?」
(事実、私がいなきゃ死んでたかもしれないし)
登山家「今回は仕事ってのもあるんだけど……俺、山が好きなんだ」
ハーピー「山が? へぇ、変わってるのね」
登山家「よくいわれるよ」
登山家「俺には夢が二つあるんだ」
登山家「一つは世界中の山を登ること。
もう一つは、登山の楽しさをみんなに知ってもらうことなんだ」
登山家「世間ではまだまだ登山は危険、通行の一手段に過ぎないという認識が強い」
登山家「俺はもっと登山を親しみやすいものにしていきたいんだ」
ハーピー「ふ~ん、なるほどねぇ」
登山家「でも同時に、むやみやたらに山を登ってはならないという気持ちもある」
登山家「山には元々住んでいる生き物がいるワケだし」
登山家「登山によって、山の環境が損なわれるようなことがあっては
本末転倒だからね」
ハーピー「だからさっき、自分は登山家失格だなんていったのね」
登山家「うん……」
ハーピー「安心してよ、あなたほど山を楽しそうに登る人は見たことないわ。
きっと山も嬉しいハズよ」
登山家「あ、ありがとう!」
登山家「──ってあれ?」
ハーピー「なに?」
登山家「もしかしてハーピーさん、俺が登山してるところを見てたの?」
ハーピー「あ」
ハーピー「え、いや、あの……」
登山家「やっぱり! 木の実の近くに落ちてた羽根はあなたのだったんだ!」
登山家「もしかして落石を吹き飛ばしてくれたり、
羽ばたき音で森の抜け方を教えてくれたのもハーピーさん!?」
ハーピー「あ、あの、えぇと……」
ハーピー「そうよ!」
ハーピー「なにか文句ある!?」
登山家「文句なんかないよ」
登山家「ハーピーさんがいなきゃ、俺は遭難──それどころか死んでたかもしれない。
本当にありがとう」
登山家「あなたは命の恩人だ」
ハーピー「もう照れ臭いな。礼なんていらないって」
登山家「あ」
登山家「これまでこの山の登山者で死者が出てないのも……
もしかして──」
ハーピー「そうよ、私が力尽きた人間を麓まで運んであげてたのよ。
この山で死なれても迷惑だしね!」
登山家「ハーピーさん」
ハーピー「なによ……」
登山家「あなたは本当に美しくて……本当に優しい方だ」
ハーピー「え……っ」
ハーピー「お、お、おだててもなにも出ないわよ、ふんっ!」
登山家「す、すみません」
(しまった、お世辞だと思われたか)
登山家「えぇと、夢の話に戻るけど、ハーピーさんはなにか夢とかあるの?」
ハーピー「わ、私は……」
ハーピー(私の夢──)
ハーピー「…………」
ハーピー「あるワケないでしょ、夢なんて!
人間なんかと一緒にしないでちょうだい!」
ハーピー「魔物はね、日々生きていくのが大変なんだから!
夢を持つヒマなんかないのよ!」
登山家「す、すみません」
登山家「だいぶ夜も更けてきたね」
登山家「そろそろ就寝にしようか」
ハーピー「そうね」
登山家「夜は冷えるから寝袋で……」ガサゴソ
ハーピー「あら、そんなのよりもっといい布団があるわよ」
登山家「えっ、どこに?」
ハーピー「私の羽根よ。これに包まれて眠ると、すっごくあったかいわよ」ファサ…
登山家「羽根!? それってつまり、俺とあなたが添い寝するってこと……!?」
ハーピー「そりゃそうよ、まさか羽根をちぎるわけにもいかないし」
登山家「いや、さすがにそれはマズイんじゃ──」
ハーピー「え、なんで?
体くっつけてあっため合うなんて、この山ではみんなやってるわよ」
大きな翼に登山家とハーピーの体が包まれる。
ハーピー「じゃ、おやすみ」ファサッ
登山家「おやすみなさい……」
(これってハーピーさんに抱き締められてるようなもんだよな)
ハーピー「すぅ……」
登山家(ホントにあったかい……)
登山家(それに顔が近い……)
登山家(しゃべってる時はあまり意識してなかったけど、
ホント美人だなこの人)
登山家(興奮しちゃって……ね、眠れない……)
翌朝──
ハーピー「おはよう、よく眠れた?」
登山家(ほとんど眠れてない……)クラッ
「バ、バッチリ」
ハーピー「よかった。寝袋で寝てた方が具合がよかったなんてことになったら
あなたに悪いからね」
ハーピー「ところであなたはどのくらいここにいられるの?」
登山家「そうだなぁ、いつまでもいたいところだけど……
今回はあくまで仕事だし、明日には出発させてもらうよ」
ハーピー「もっとゆっくりしてけばいいのに」
登山家「あんまり遅くなって、失踪者扱いにされてもマズイしね」
ハーピー「じゃあせっかくだし、今日はあなたを連れて飛びまわってあげましょうか」
登山家「え?」
ガシッ
ハーピーは男の両肩を足で掴んだ。
登山家「ちょ、ちょっと待って」
ハーピー「さぁ行くわよ」
登山家「え、どこへ?」
ビュオッ!
登山家「うおおあああああっ!!?」
ビュオオオオオッ!
ハーピー「人間は飛べないから、こういうのは初体験でしょ」
ビュオオオオオッ!
ハーピー「どう?」
ビュオオオオオッ!
ハーピー(返事がない……?)
登山家「えへ、えへへ……」ピクピク
ハーピー(失神!?)
頂上に戻り──
登山家「おえぇぇっ……!」ビチャビチャ
ハーピー「ごめんなさい、ごめんなさい」ナデナデ
登山家「ご、ごめん……貧弱な体で……。
やっぱり俺は地に足がついてた方がいいようだ」
ハーピー「私が悪かったのよ。ちょっとスピード出し過ぎたみたい。
あれでもまだ最高速度の半分程度だけど」
登山家(あ、あれで半分なのか……)ゲッソリ
登山家「ハーピーさん」
登山家「あなたは飛べるのに、この山を出ようと思ったことはないのかい?」
ハーピー「そうねぇ……」
ハーピー「ないこともないけど──」
ハーピー「なにかきっかけがあったら、って感じかな。
でもよほどのことがないと出ないでしょうね」
登山家(まあたしかに……あれだけのスピードで飛べるんなら
わざわざ住処を変える必要もないしな)
そして──
ハーピー「じゃ、おやすみ」ファサッ
ハーピー「気分が悪くなったらいってね」
登山家「お、おやすみなさいっ!」
ハーピー「すぅ……」
登山家(二日連続で眠れそうもないなこりゃ……)
翌朝──
登山家「じゃあそろそろ下山するよ、ハーピーさん」
ハーピー「気をつけてね」
登山家「あ」
(おっと忘れるところだった。この石を置いてこなきゃな)
ハーピー「なに、その石?」
登山家「今回の仕事の内容なんだ。
この石を山頂に置いてきてくれって……変な依頼だろ?」
登山家「特に環境を汚すシロモノでもないし、置いてってもいいかい?」
ハーピー「ふうん……かまわないけど」
登山家「ありがとう」コトッ
登山家「じゃあ今度来る時は、ハーピーさんの力なしで登り切ってみせるよ!」
ハーピー「……できるかしらね、あなたに」
登山家「もしできたら──」
ハーピー「できたら?」
登山家「いや……なんでもないよ。できたら話す」
ハーピー「ふうん、まあいいけど」
ハーピー「じゃあまた来てね、絶対よ」
登山家「うんっ、また来るよ!」
見送った後──
ハーピー(私の夢は──)
ハーピー(最初にこの山を頂上まで登った男性と、ずっと一緒に暮らすこと)
ハーピー(私の夢を叶えようとすれば、おそらく力ずくでできる)
ハーピー(でもそれは、あなたの夢が叶わなくなることも意味する……)
ハーピー(だから私の夢は諦めるわ。
あなたは頑張って、自分の夢を叶えてね……)
こうして登山家は下山を果たし、依頼人のもとに向かった。
魔法使い「おおっ、ご苦労様。よくぞ戻ってきてくれたね。
例の石は山頂に置いてきてくれたかい?」
登山家「えぇ、ちゃんと置いてきました」
魔法使い「山がなによりも好きだと豪語するだけのことはある。さすがだ」
魔法使い「今までも30人ほどに依頼をしたが、ようやく達成してもらうことができた」
魔法使い「これは約束の報酬だ。受け取ってくれたまえ」ジャラッ
登山家「ありがとうございます」
魔法使い「ところで、頂上にウワサ通りハーピーはいたかい?」
登山家「はい、とても美しく優しい女性でした」
魔法使い「そうか、いてくれたか……。
しかもウワサの通り美しい女性、ときた。
これで君に払った報酬も無駄ではなくなる……クックック」
登山家「あの……」
魔法使い「なんだい?」
登山家「あの石はいったい……?」
魔法使い「…………」
魔法使い「君に話す必要はないが──」
魔法使い「……まあいいだろう。
あの山を踏破した君にも、私の目的を知る権利くらいはあるだろう」
魔法使い「あれは……移動呪文の受信装置の役割を担うものだ」
登山家「呪文の……受信ですか?」
魔法使い「分かりやすくいうとだね」
魔法使い「あの石が置かれている場所に、
私は一瞬でワープすることができるというわけだ」
魔法使い「君のおかげで、私は労せずしてあの山の頂上へ向かうことができる」
登山家「!」
登山家「ちょ、ちょっと待って下さい、魔法使いさん!
頂上に行ってあなたは何をする気です!?」
魔法使い「美しく、魔力を秘め、さまざまな能力を持つといわれるハーピー。
……ぜひとも私だけのペットにしたい」
登山家「なっ……!」
登山家「待って下さい! そんなことをしてなんになるんです!?」
魔法使い「ん?」
魔法使い「なぜ人間である君がハーピーをかばう?」
登山家「俺は山頂で、彼女と色々話しました」
登山家「彼女は悪い魔物ではなく、山で静かに暮らしているだけです。
そっとしておいてあげて下さい! お願いしますっ!」
登山家「この報酬はお返ししますから!」
魔法使い「今さらなにをいっている。
君との関係は、金を渡した時点で切れている。
さっさと帰りたまえ」
登山家「ううっ……」
魔法使い「私は明日、数名の兵を雇ってあの山の頂上に乗り込むつもりだ」
魔法使い「抵抗しなければ良し。
もし抵抗するようなら──剥製にするというのも悪くない」ニィッ
登山家「…………!」
登山家(ハ、ハーピーさん……)
登山家「さ、させるかぁっ!」ダッ
魔法使い「ふん」
ドンッ!
魔法使いの右手から放たれた衝撃波に、吹き飛ばされる登山家。
登山家「が……は……っ!」ドサッ
魔法使い「なにを血迷っているんだ……とっとと金を持って失せろ。
今度私に向かってくるようなら、命をもらうぞ」
魔法使い「ま、その方が依頼料が丸々浮いてありがたいがね」
登山家「う、うぐぅ……っ!」ヨロッ
結局、登山家に魔法使いを止めることはできなかった。
登山家「が、かはっ……!」
(まだ痛い……あんなに非力そうなのに、すごい攻撃力だ……)
登山家(ちくしょう……まさかこんなことになるなんて……!)
登山家(このままじゃハーピーさんが……!)
登山家(かといって、俺じゃあの魔法使いを倒すってのはとても無理だ……。
無駄死にするだけだ……)
登山家(俺にハーピーさんを守る方法があるとしたら──)
登山家(魔法使いたちが山頂にワープするよりも早く、
俺が山頂にたどり着いてあの石をどうにかするしかない!)
登山家(急がなければ──!)
登山家は再び山に向かった。
登山家(もう時刻は夕方になる……。夜の登山が危険なのは、いうまでもない)
登山家(でも……登らなければ!)
登山家(なんとしても一日で登りきらなければ!)
登山家「うおおおおっ!」ダダダッ
しかし──
タイガー「ガルル……」ズンッ
登山家(虎の魔物!?)
タイガー「ここは俺のナワバリだぜぇ、人間如きが足を踏み入れ──」
登山家「頼むっ、どいてくれっ!」
タイガー「あ?」
登山家「この山の主が……ハーピーさんが危ないんだっ!」
タイガー「なんだと!?」
話が通じる相手と分かると、登山家はタイガーに全てを話した。
タイガー「話は分かった」
タイガー「──が、俺は崖は登れねぇから、そこまでしか連れていけねぇ」
登山家「それで十分だ! ありがとう!」
タイガー「飛ばすぜぇっ! 振り落とされんなよ!」ダダダッ
タイガーの背に乗せてもらい、登山家はあっという間に崖までたどり着いた。
タイガー「絶対ハーピーの姉さんを助けてやってくれよ!」
登山家「任せてくれっ!」
登山家「はっ」ガッ
登山家「よっ」ガッ
登山家「ほっ」ガッ
───
──
─
登山家は一回目とは比べ物にならないスピードで、崖を登り切った。
登山家(もう朝になってしまった……でも、まだ間に合う!
おそらく魔法使いたちが山頂にワープするのは昼頃のハズ!)
登山家(今度は森か……!)
登山家(前みたいにハーピーさんの道案内はないが、前進あるのみ!)
登山家「ハァッ……ハァッ……」ガクッ
登山家(ダ、ダメだ……やっぱり迷う……)
登山家(こうしている間にも、ハーピーさんの命が……!)ハァハァ
すると──
鳥A「ピーピー」バサバサ
鳥B「ピーピー」バサバサ
登山家(これは……木の実をついばんでた鳥たちだ!)
「もしかして道案内をしてくれるのか!?」
鳥A&B「ピーピーピーピー」バサバサ
登山家「(多分してくれるんだろう)……ありがとう!」
登山家(よし、鳥たちのおかげで森を抜けられた!)
登山家(といっても時間はない……! もう昼になっている……!)
登山家(あとはもう頂上に向かうだけだ!)
登山家「うおおおおっ!」ダダダッ
鳥A『…………』
鳥A『おい、なんでお前あの人間を助けた?』ピーピー
鳥B『お前こそなんでだよ』ピー
鳥A『そりゃあ姐さんが目をかけてた人間が、
必死こいて山登ってたら助けないワケにもいかないだろ』ピーピーピー
鳥B『まぁな』ピー
頂上へ通じる最後の山道──
登山家(あと少し……だが、もう魔法使いたちが飛んできてもおかしくない時間だ)
登山家(俺のせいだ……!)ハァハァ
登山家(俺があんな依頼を受けたから……!)ハァハァ
登山家(頼むハーピーさん)ハァハァ
登山家(無事でいてくれっ……!)ハァハァ
登山家「ハーピーさんっ!!!」
ハーピー「うわっ!?」ビクッ
登山家「あ……」
登山家「よかった……無事だったんだね……!」グスッ
ハーピー「ちょっとどうしたの!?
この間下山したばかりなのに、そんなボロボロになって!」
ハーピー「ほら、羽根で涙を拭きなさいって」スッ
ハーピー「なにか忘れ物でもしたの?」
登山家「ち、ちがうんだ……早く逃げてくれ。
もうすぐあなたを狙う人間たちがやってくるんだ!」
ハーピー「人間……?」
ハーピー「ああ、もしかしてあの人たちのこと?」
登山家「え?」
ハーピー「全員私の家で寝てるけど」
登山家「ええっ!?」
ハーピー「いきなり私の前に現れて、なにやらわめいた後、
倒れちゃったのよ」
ハーピー「とりあえず寝かせたけど、全然よくならなくて困ってたのよね」
登山家(どういうことだ……!?)
ハーピーの家──
魔法使いと雇われた兵士たちが、苦しそうにうなっていた。
「う~ん……」 「か、体が……」 「ううぅ……」
魔法使い「うぅ……く、苦しい……」ハァハァ
登山家「…………」
登山家「これは……高山病だ」
ハーピー「高山病?」
登山家「空気の薄いところだと、人間は体調を崩してしまうことがあるんだ」
(山に慣れてない彼らがいきなりここに飛んできたら、
こうなるのは当然だったんだ……)
ハーピー「人間って不便ねえ」
ハーピー「どうすれば治るの?」
登山家「ハーピーさんが介抱していたおかげで重症には至ってないから、
空気がたっぷりある地上に戻ればそのうち治ると思う」
ハーピー「なぁんだ、よかった。
じゃああとでまとめて地上に運んでいけばいいのね」
登山家「それで大丈夫なハズだ」
ハーピー「……ところであなた、私を心配してくれたの?」
登山家「そりゃそうだよ!
彼らがここにやってきたのは俺のせいでもあるし……」
ハーピー「俺のせいって、どういうこと?」
ハーピー「──なるほど、あの石がねぇ」
登山家「ごめん……!」
ハーピー「わざとじゃないんだし、別にかまわないわよ。
普通の石じゃないってのは、なんとなく分かってたしね。
あとで壊しておくわ」
ハーピー「それに、高山病ってので倒れた方が彼らには幸運だったでしょうね」
ハーピー「仮にまともに戦っても、あんな人間たちにやられるほどヤワじゃないもの」
登山家(たしかに……いくら魔法使いたちが強いといっても、
あのスピードで自在に動ける彼女には歯が立たなかっただろうな)
登山家(結局……全ては俺の思いすごしだったワケか。
でもまあ、無事でなによりだけど)
ハーピー「ところで……すごいじゃない」
登山家「え?」
ハーピー「最初は私の助けを借りつつも登るのに四日もかかった山を、
たったの半日で登るなんて」
登山家「あ、そういえば……!
まあ、途中で虎の魔物や鳥たちに助けられたおかげだけど」
ハーピー「それだけ私が心配だった?」
登山家「心配だったよ……ホントに二度と会えなくなるんじゃないかと思った」
ハーピー「ありがとう」ファサッ
登山家「い、いやぁ、俺なんて結局なにもしてないし」
登山家「ハ、ハーピーさん」
ハーピー「?」
登山家「俺、もしハーピーさんの力を借りずにこの山を登れたら
いおうと思ってたことがあるんだ」
登山家「まさかこんなに早く実現するとは思わなかったけど……
いわせてもらう!」
ハーピー「え、なになに?」
登山家「ハーピーさん……俺と一緒に世界中の山を登らないか?」
ハーピー「!」
登山家「今後登山技術が発達したら、
あの魔法使いみたいなことを考える人が増えるかもしれないし……。
いつまでもここにいたら、危ないと思うんだ」
登山家「それに……」
登山家「それに──」
登山家「俺、もっとハーピーさんと一緒にいたいんだ!」
ハーピー「…………」
登山家「あ、でも飛ぶのは怖いからあんまりナシで……」
登山家「どう、だろ……?」チラッ
ハーピー「ふふっ……」
ハーピー「いいわよ」バサッ
ハーピー「登山する時は、あなたのルール(徒歩)に従ってあげる」
ハーピー「ただし、あなたも空に慣れるようにしてね。
普段の移動は空にした方が絶対早いもの」
登山家「あ、ああ……が、頑張るよ……」
(慣れられるかなぁ……)
ハーピー(私が山を出るきっかけ──まさかあなたになるとは思わなかったわ)
ハーピー(でもまさか……こんな形で夢が叶うとはね)
ハーピー「よろしくね、登山家さん」
登山家「こちらこそよろしく、ハーピーさん」
ハーピー「さてと、じゃあまずはあの人たちを戻してやらないとね。
いつまでも寝てもらっててもジャマだし」
登山家「これで彼らも、少しは山の怖さってのは知っただろうさ」
こうして魔法使いたちは地上に戻された。
魔法使い「もう二度と高山の頂上にワープなんてしないよ」
※後日、週刊魔法雑誌のインタビューにて
ハーピー「じゃあまずどこに行く?」
登山家「えぇとここから西にある山脈なんてどうだい?」
ハーピー「じゃあ爪で持ち上げられるのは怖いでしょうから、私におぶさって」
登山家「さ……最初はゆっくり飛んでくれよ、後生だから」ガシッ
ハーピー「はいはい」バサッ
登山家「うわわっ! 高いぃ~!」
こうしてこの山からハーピーは旅立ってしまった……。
しかしこれ以後、世界各地で山を登る若い男性とハーピーの目撃例が相次いだという。
~おわり~
ハーピー「なんで山に登るの?」
登山家「他にすることが無いからさ!」
ってネタ思い出した
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