鷺沢文香「図書館はどこですか」 (43)



――10年前のあの日から、私は探していたのかもしれない


※モバマスSS中編、鷲じゃないよ、さぎさわさんメインです
※もちろん二次創作です(いろいろとアイドルの過去なり関係性なりが捏造されています)
※文香の叔父は文香の実家と同じ町に住んでいるという設定です
※過去作と同じ世界線ですがここから読み始めても差し支えありません
※今回ちと長いですがさくさく投下します

過去作
並木芽衣子「休暇旅行」
高峯のあ「銀河通信」
大原みちる「マイケルという名のパン屋さん」
「空からキラリが」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1386621167

文香の叔父の書店


文香の叔父「や、文香ちゃん。棚卸手伝ってくれて助かるよ」

鷺沢文香「いえ……。前々から約束していた事ですし、事務所もきちんと休みを空けてくれたんで」

文香「たまには……ここのお手伝い、したかったですし」

叔父「そう言ってくれると嬉しいよ、ホントに」

叔父「知り合いを頼って、ホラ、そこにいる子たちに手伝わせてるんだけど……」

叔父「やっぱりウチのことをよく知ってる文香ちゃんがいると俄然捗るねえ」

「てんちょーさぁん!この棚、終わりましたぁ!」

「店長!こっちのやつも数えるんですかー!?」

叔父「ちょっと待て!そいつはもう終わったやつだぞ!ダブらせるなよ!」

「てんちょ、う、うわああ!!」


ドンガラガッシャーン!!!


叔父「お、ちょ、だ、大丈夫か!?」

文香「大変……!!」

「あてて……す、すいません!」

叔父「怪我は無いか?まったく……いっぺんにそんないっぱい持つからだ」

叔父「とにかく、今落とした本と積んであった本とを分けにゃならんな……」

叔父「文香ちゃん、ちょっと頼めるかい?」

文香「はい……」

…………


ガサゴソ………


文香「………これ、これと、……これですね」

文香「17……18……19………あれ、あと一冊たりない……?」

文香「…………あ、あった」

文香「…………?この本……どこかで…………?」

私が偶然掴んだ最後の一冊……

少なくとも10年以上は経っているであろう、全体的に色褪せてしまっている

表紙や裏表紙を見ても、所々汚れが目立つ

……古本も扱うこの店でも、もしかしたらもう売り物にならないかもしれない……

そういった事が一瞬心をよぎった

でも、一番に目を引いたのはそのタイトル……


「ボクハ・キミガ・スキ」


……この本、見たことある……?でも、どんな話……だったっけ………?

心に引っかかる違和感を確かめるべく、私は表紙をめくり、記憶を辿る……

『ねえ、ふみかちゃん』

『この本……とってもおもしろいから読んでみてよ』

『……ち、ちがうよ!そういうことじゃなくて……!』

『ぼく、ふみかちゃんのことは好きだけど、それは友だちとしてで……』

『……と、とにかく!読んでね!ぜったいだよ!』

『………ふみかちゃん!』



『………ふみ香ちゃん………文香ちゃん………」


「…………?……文香ちゃん?ちょっと、文香ちゃんってば」

文香「……!!!」

叔父「そ、そんなに驚かなくったっていいじゃない」

叔父「ま、本に囲まれてると時折本が気になって、よく夢中になっちゃうのは」

叔父「本を扱う者たちの宿命ってやつかな?」

文香「す、すみません……」

叔父「ん?その本に夢中になってたのかい?」

文香「は、はい……」

叔父「ちょっと貸して……んー、かなり汚れが目立つな……」

叔父「……文香ちゃん、気になってるならあげるよ」

文香「……え?」

叔父「このまま置いといてもあそこのワゴンに置くしかないし」

叔父「ほら、遠慮せずに」

文香「……あ、ありがとうございます」

叔父「でも、これが全部終わってからね?読み始めるのは」

文香「は、はい……」

叔父「さあ!みんなも本を読んでる場合じゃないぞ、そらそら、仕事しないか!!」

「「「はっ!!す、すいませーん!」」」

その夜

文香「…………」ペラ

文香「……、…………」ペラ

文香「………、………、……」ペラ


1ページ、また1ページと……捲る手が止まらない

そうそう、こういう話だった……

主人公の女の子は……気になっていた

親友の彼女にちょっかいをかけ続けるあの子を……

そして主人公は……だんだんとその男の子のことを知っていき……

…………

…………

そうだ………彼だ

この本を手に取った時……頭の片隅に現れた記憶に映っていた男の子……


文香「…………ユキトくん……」

『ねえ……この漢字、なんて読むの?』


ユキトくん

そうだ、ユキトくんだ

私が小学校に入学して、初めてできた男の子の友だち

学年は確か……ふたつ、上だった

本が好きで、私にいつも読めない漢字を聞いていた……

休み時間じゅうずっと学校の図書室に籠っていた……

私にこの本を貸してくれた……

そう、そして10年前のあの日に……突然、いなくなった……

『ふみかちゃん』

『ごめんなさい……』

『……ぼく、こんどお母さんとお引越しするんだ……』

『……もう、こっちに帰ってこれない……かも』

『ね、最後に……さ』

『ぼく、ふみかちゃんといっしょに行きたいところがあるんだ……』

『こんどの日曜日、お昼にここに来て』

『……そして、ふたりでいっしょに行こうよ』

『……あの、図書館に』

『ね?ふみかちゃん……?』

…………ああ、そうだ

10年前のあの日……そう、彼が指定したあの日曜日……

あの日を最後に、彼は私の前から姿を消したのだ

あの日……私はお昼に待ち合わせ場所に行って………

彼を……待っていたのだ

図書館………そう、森の中にひっそりと佇む、あの図書館に彼は連れて行きたかったのだろう

それが彼との最後のお出かけになるのかと……そう思いながら、彼を待っていた

――結論から言ってしまえば、私はあの日、彼と図書館へは行かなかった

いや、行けなかったのだ

お昼を10分ほど過ぎたころだったか……

私は彼を見た

彼も私を認めたはずだ

彼は、母親の運転する車の中で……急ぐように走る車の中で……

私のいるその場所を……一心に見つめていたのだから………




――その日以来、私はあの図書館には行かなくなった

翌日



モバP『え?もう一日そっちにいたい?』

文香「はい……ちょっとこっちで急用ができて……」

P『うーん……まあ、明日はレッスンだけだし、ちょっと予定をやりくりすれば大丈夫か』

P『どうしたんだ?誰か知り合いにでも会ったのか?』

文香「いえ……ちょっと、行きたいところがありまして」

文香「友だちと……約束した、ので」

P『?そうか。ま、楽しんできな』

文香「はい……すみません」

ブツッ

……これでよし

次はいつ帰ってこれるかわからない

せっかくの休みなのだ

10年間行ってなかったあの場所に行ってから……

彼と『再会』してから帰りたい

そこに……彼の姿はなくても…………

『ふみかちゃん』

『……読んでくれた?』

『………そうだよね。ふみかちゃんにはむずかしかったかもしれない』

『……うん?どうしてか、って?』

『…………ふみかちゃん、桜庭くん……知ってるよね』

『……そう、ぼくと同じクラスの』

『…………ぼく、桜庭くんが…………』

P「………え?文香さんが帰ってこない?」

叔父『そうなんです……彼女の実家にも連絡がないようで……』

叔父『というより文香ちゃん、携帯電話を置いていってて……』

叔父『彼女の母親が連絡しようと電話をかけたら、彼女の部屋から着信音が鳴ったらしく……』

P「ええ、確かに彼女とはお昼に電話しましたよ」

P「なんでも、友だちと約束したとかで行くところがあるって」

P「でも、まだ夕暮れ時じゃないですか。心配することもないんじゃないですか?」

P「彼女ももう大学生ですし」

叔父『いや、文香ちゃん……どうやら「図書館」に向かったらしくて……』

P「……は?図書館?」

文香「…………」ザクッザクッ


……最初にこみあげてきたのは、不安だった

その図書館は、私の実家の隣町の、ずっと端っこあたりにあるということも思い出していた

10年も前の色褪せた記憶を頼りに、隣町までバスで行き、山々に繋がる林道を歩いた

コンクリートで舗装された道路をしばらく歩き……いつか来た、整備された砂利道に入ったはずだ

なのに、目の前に広がるのは草、草、草……

まるで10年間、私が来なかったことで誰も寄り付かなくなってしまったかのように

目の前のかつての小道は荒れ果てていた

それでも、私は図書館に行くために……

『ユキトくん』の面影を追うために……

道なき道を、いつか来たはずなのに初めて通る道を、この細い腕で切り開きながら歩いていった

『ふみかちゃん』

『…………ふられちゃった』

『桜庭くん………、やっぱり、女の子じゃないと好きになれないんだって』

『ぼくのこと……』

『男なのに男を好きになるやつは……キモチワルイ……って』

『………………』

『…………ありがとう』

『………うん、ふみかちゃんはやさしいな』

『きっといいお嫁さんになれるよ』

『………あはは…………』

陽もだいぶ傾いてきた

ようやく道が開け、私は林の中の広場に出た




――図書館は、そこにあった


――いや、その輪郭だけは、あった




もう長いこと使われていないのだろう

剥き出しのコンクリートには所々ひびが入っており、壁沿いに植物がツタを伸ばしているところもある

正門近くの掲示板にはただ一枚……色褪せて朽ちかけた「閉館のお知らせ」が貼ってあり

入り口にあるはずの看板も取り除かれている



――ああ、もう、遅かったのか


地元でずっと暮らしていたはずなのに、どうして今まで忘れていたのだろう

私のことを知る人たちなら、誰かが教えてくれていたはずなのだ

……いや、実際教えてくれていたのだろう

そう……私が……意図的にそれを聞かなかったことにしていたのではないか?

……いずれにしろ、もう遅い

私がこの図書館を忘れようとすることで、突然いなくなってしまったユキトくんを忘れようとしていたのだ

果たせなかった約束……

彼のせいではないと知っていながらも、あの時は彼を恨んだ

どうして来なかったのか、と………

でも、今は違う

彼との思い出の地がこのようになってしまった今……

その喪失感とともにどこからともなく押し寄せる後悔が囁くのだ……

来なかったのは、私のほうなのだ、と………


文香「どうして、……どうして、来なかったんだろう……」



廃墟の中は、当然といえば当然だが、がらんどうだった

本も棚も掲示物も、蛍光灯の一つすらなかった

窓はかろうじて設置されているといった程度で、ところどころひび割れていた

すきま風がびゅうっと鳴り、私の体をすり抜ける

風は冷たかった

一歩、また一歩と歩くたび、足音が響き渡る

私の影だけが、何も無い図書館に映し出される

あたりはだんだんと暗くなってきていた

私の心も、あの太陽と同じ……だんだんと沈んでいくように感じた



『……どう?この図書館』

『すっごくきれいでしょう?』

『………え?疲れちゃった?』


在りし日の思い出が、次々に脳裡をよぎる


『ほら、この本見てよ、すっごく面白いんだよ』

『この本なんか、ふみかちゃんにぴったりだと思うよ』

『ほら、利用者カード、作ってあげるよ』


そうだ。あのカード……彼がいなくなってすぐに捨ててしまったっけ




『ふみかちゃん、ここに座ろうよ』

『ほら、ここからだと入り口の花たちがきれいに見えるよ』

『さ、となり、どうぞ』


――そう、ここだ……彼と座った、お気に入りの場所

私はあの頃と同じようにそこに腰を落とし、窓の外を見た

外を見ても、在りし日の花々はもうないし、太陽も沈みきったのか、薄暗い中では全てが見えづらい

それでも、確かにこの場所だった



『……ふみかちゃん』

『……ありがとう……』

『ふみかちゃんだけだ……僕のことを、きらいにならないのは……』


ユキトくんは、桜庭君に想いを告白したあと、ずっと苦しんでいた

クラスのみんなから白い目で見られていたと言っていた

担任の先生からも何か言われたようだ

でも、彼が苦しんでいた一番の理由は……



『……ぼく、まだ桜庭くんが好きなんだ……』

『まだ、諦めたくない……』


私も、そんな彼を見ていると苦しかった

彼と同じ痛みを……私も感じていたのかもしれない




――なぜ?




そんな言葉が頭の中で響く

なぜ?

なぜ?


……答えははじめからわかっていたはずだ

文香「……私は………私、ユキトくんの、こと」


――好きだったんだ


そう言葉にして……私ははじめて、涙があふれた



『ふみかちゃんも、本が好きなんだね』

『ぼく、本を読むのにすごくいい図書館、知ってるんだ』

『ここからちょっと遠いけど……』

『大丈夫、ぼくが連れてってあげるから』

『行こう、図書館に』



図書館……ああ、図書館………

ここじゃない、ここじゃないのだ

本のない図書館なんて、彼がいない図書館なんて、それはもう図書館ではないじゃないか



――では、どこにあるの?



       ”わたしが彼と 落ちあうはずの”

        ”約束の場所 どこですか”



………

……





『……ふみか、ふみかちゃん……』

『ふみかちゃん…………ふみか……」

「ふみか………文香…………!」

文香「…………ん……」

P「文香!おい、文香!大丈夫か?俺が見えるか!?」

文香「……ぷろ、でゅーさー……さん?」

P「ああ、文香!こんなに手が冷たくなって……」

文香「ぷろでゅ、さー……さん、ぷろでゅーさーさん……」

P「どうし……文香、なんで……泣いて………?」

文香「プロデューサーさん……図書館は……」

P「え?」








文香「図書館は……どこですか…………?」





翌日・文香の叔父の家



P「すみませんでした……泊めていただいて、ありがとうございます」

叔父「いいえ……こちらこそ、文香を見つけて家まで連れて行って頂いてありがとうございました」

叔父「このまま見つからなかったらどうなることかと……」

P「いやあ、貴方から電話をいただいた時にいてもたってもいられなくなっちゃって」

P「事務作業を事務所の人に全て押し付けてここまですっ飛んできて正解でした」

叔父「ああ、それは申し訳ないことを……」

P「結果的に、文香さんの命を救ったとなれば瑣末なことです」

P「事態が事態でしたので、直近の彼女のお仕事をすべてキャンセルさせました」

P「もうしばらくは彼女をゆっくりさせてあげましょう」

叔父「本当に何から何まで……彼女の両親にかわってお礼をさせてください」

叔父「ありがとうございます」

P「それで、彼女は今……?」

叔父「今朝ほど私の兄……つまり彼女の父から連絡がありまして……」

叔父「少々落ち込んではいるものの体調は良いそうで……」

叔父「昨日のことを覚えているらしく、貴方に会いたい、と」

P「そうですか……」


ピンポーン


叔父「おや、噂をすれば……」

叔父「Pさん、行ってあげてください……」

P「え、あ、はい……」


ガチャリ

P「……文香」

文香「あ、プロデューサーさん……その……」

P「体は……大丈夫か?」

文香「はい…………あの、昨日は……ご心配をおかけしました」

文香「私……父や母、叔父にも迷惑をかけてしまって……」

P「文香……」

文香「…………あの、プロデューサーさん」

P「ん?」

文香「私……実は、探している人がいるんです」

文香「遠い昔に……いなくなって……もうどこにいるのかわからない………」

P「…………」

文香「もし……私がアイドルとして………テレビに出て」

文香「たくさんの人が……私のことを見るようになったら………」

文香「その人も……私を見てくれると思いますか?」

P「………………」

P「……うん、きっと文香を見てくれるだろう」

文香「……………」

P「……………」

文香「………私、これからも……アイドル、続けていきたいです」

文香「アイドルとして……私が頑張っている姿を、彼に……あの人に見せてあげたいんです……」

P「文香……」

文香「プロデューサーさん……これからも……」







文香「これからも…………よろしくお願いします……!」

おわり



SSのモチーフは谷山浩子「図書館はどこですか」(フィンランドはどこですか?)です
本編の一部に歌詞を引用しています
書き出すと止まらずにここまで長くなってしまいました
くどいようですがこれは二次創作であるので、多少の改変があってしかるべきなのです
特に鷺沢さんの設定……新カードが出たらあっさり覆りそうですよ、はい

ちなみに、「ボクハ・キミガ・スキ」は実在する小説&歌です(もちろん谷山浩子作)
……とはいっても、小説のほうはもう廃刊してるようで私も手に入れてません
曲のほうは同名のアルバムに収録されています

次は

前川みく「素晴らしき紅マグロの世界」
有浦柑奈「ゆりかごの歌」
?????「犬を捨てに行く」

のどれかです……とはいっても予定は未定……

ではHTML化します

幸子で『ガラスの巨人』
杏で『意味なしアリス』とか書く作業もしてほしい

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