瑞樹「片桐早苗はシメられない」 (162)


ガヤガヤ

       ワイワイ




「お客様、お一人様ですか?」


「いえ、奥で待ち合わせで……」

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カッ カッ



「……ふぅ」



「時間は……オーケー、ぴったりね。まったく、人遣い荒いんだから」


「えぇっと」


「……相変わらずわっかりやすいわね」



早苗「あ、みずきっちゃーん!! こっちこっちぃ!!」


瑞樹「うるさぁい! 目ぇ合ったんだからわかってるわ!」

ガタッ


瑞樹「あんまりブンブン手ぇ振らないでよ……恥ずかしい」ストン

早苗「っぷはぁ!! あー、なんかここ若い子多いしねー。ていうかおそーい」

瑞樹「そんなこと言ってないから。断じて理由それじゃないわよ。ていうか酒臭い」


瑞樹「はぁ……何ですでにデキあがってるのよアナタは。それと時間ぴったりなんだからね」

早苗「えー? マジぃ? 超ヤバーい」グビグビ

瑞樹「『あと二十分で来い』なんて言うから。ジャスト二十分よ今。ちょっぱや」

早苗「それはなんか違うわね」

瑞樹「うるさーい。どうせ言葉だけ若作りしたってムダなんだから」


瑞樹「ていうかあなたから始めたんでしょうがっ。激おこ!」

早苗「あはは、チョーウケる!」

「ご注文お決まりでしょうか?」



早苗「あー、あたし生追加ね。あと~……これとこれとこれ!」


瑞樹「私も生ビール一つお願いします。
   それと『ピリッと生タコのわさび漬け』、『柔らかはふはふ!縞ほっけの炙り焼き』と……
   あとは『クセになる!美容と健康におすすめのナンコツぽりぽり揚げ』を」

早苗「………」

「かしこまりました」



早苗「……」

瑞樹「……なによぅ。いつもこのくらい頼んでるでしょ」

早苗「や、おねえさん滑舌いいっすねー。昔なんかやってたんすか?」

瑞樹「えぇそうね、むか……昔でもないけど! 地方局でアナウンサーを少々。おかげで声には自信アリよ」 

瑞樹「人にモノを伝えるときはわかりやすく。省かず丁寧に、それでいて明瞭に!」

瑞樹「ダラけきってるどこかの誰かさんとは違うのよ」フフン

早苗「……相変わらず妙に几帳面よねー」

瑞樹「『妙に』ってなによ! 『妙に』って!」

「生ビール二本になります」



早苗「うはぁ、きたきたっ! この黄金色があたしをおかしくさせるぅ、あいらぶびあ~」

瑞樹「大声出さない……」


早苗「んじゃまっ、メンツも揃ったことだし」

瑞樹「それは私のことよね? ビールじゃないわよね?」


早苗「えぇと……あれ……何回目だっけ?」

瑞樹「えっ? あぁ、確か……」


瑞樹「十三回目、かしらね」

早苗「ホント細かいこといちいち覚えてらっしゃって」

瑞樹「十三回目で終了かしらね」

早苗「なぁああんもう冗談だって! それじゃみずきっちゃん、音頭よろしく!」

瑞樹「こほんっ」

瑞樹「今宵もオトナの美女二人、若い子には負けないわ……飲んだら呑みつくす、呑むったら呑む!」

瑞樹「互いの無事と武運を祈って――第十三回、『苗樹の会』! 始めるわよ?」



瑞樹「………」

早苗「ぷっっふ!!!」

瑞樹「だっ、どうして笑うのよそこでぇ!」

早苗「あーダメだ毎回吹くのよこれっ、あはは、『苗樹の会』! 『苗樹』って! あははははっ!」ゲラゲラ

瑞樹「……良いネーミングじゃないのよぅ」

大人(中身子供)

「タコわさとホッケとナンコツになります」


早苗「店員の子も略してるわねー」

瑞樹「うっさい」


早苗「かんぱいっ!」

瑞樹「かんぱい♪」


ガチャンッ


早苗「……んぐんぐ、ぷっはぁあああ!! あ゛ぁ゛~~生き返る! あたしの棺桶にはコレ入れといて!」

瑞樹「毎回それがなければまだマシだと思うわ」


早苗「にしても、もう十三回目かぁ。……早いわねぇ、月日が経つのは」

瑞樹「ほんとにそうね……」ゴクゴク

早苗「ねえ、覚えてる?」ポリポリ

早苗「あのお祭りの時は、まだあんたも『早苗さん』だなんて呼んでてさ……今考えると鳥肌モンだわね」

瑞樹「介抱した相手と意気投合するなんてこともあるのね。世界は広いわ」

早苗「あっれー? ほたるちゃん病気だったっけ?」

瑞樹「さなえちゃんがこっぴどく催しちゃって」

早苗「そうそう、あたしってばおびただしい……吐いてないわ!」

瑞樹「……」

早苗「……吐いてないわよね? ね?」

瑞樹「シモの方よ」

早苗「それは嘘でしょ!?」

瑞樹「あーウソウソ。ただぐでんぐでんに酔っ払って道端で焼きイカ片手にごろごろしてただけ」

早苗「よかったわ」ポリポリ

瑞樹「全然よくないわよ……あと何でさっきから私のナンコツ食べてるのよ!」

早苗「あまねく飲みのテーブルに載ったものは等しく分け与えられるべきなのだ。早苗の書・第四節より」

瑞樹「一番楽しみにしてたのにっ……」

早苗「まだ残ってるってぇ。追加で頼んだげるし。みずきっちゃんて唐揚げにレモンかけたら怒るタイプ?」

瑞樹「そういうわけじゃないけど……あなたに横取りされるのが一番むかつくっ」

早苗「強いて言うなら、アンチ・アンチエイジングかしらねぇ」

瑞樹「……互いに足ひっぱってもむなしいだけよ」

早苗「……それもそうだわね」


早苗「お詫びに焼きイカあげる」

瑞樹「いらない」

瑞樹「それと言い忘れてたけど……『みずきっちゃん』っていうのはやめなさい」

早苗「えぇ~? いいじゃないの、かわいい~」

瑞樹「……」

早苗「あ、わかった! 小学校の頃そう呼ばれて男子にからかわれてたとかでしょ! 当たった!」

早苗「今思えばあの頃がみずきっちゃんのピークだったのねぇ」

瑞樹「思い出しちゃうの」

早苗「ん?」

瑞樹「局にいた頃は、周りからよくそう呼ばれてたから」

早苗「………」

瑞樹「『みずきっちゃん』はもう、捨てたのよ」

早苗「……捨てるってのはさ、なんか違くない?」

瑞樹「まあ、そうかもしれないわね。あの頃のことは間違いなく私の中で糧になってるし」

瑞樹「例えようもなく、かけがえのない想い出。だから言葉の綾よ」

早苗「……うん」

瑞樹「でも、私のピークは今だから」

早苗「……」

瑞樹「今、私は本当のわたしでいられてる気がする。過去はやっぱり、過去なのよ」

早苗「……そして未来は確実に足音を立ててやってくる、と。ナンコツあげる」

瑞樹「そうよ。だからこうしてそれに向けて対策を」ポリポリ


瑞樹「余計なお世話よ。おいひい」ポリポリ

瑞樹「それで?」

早苗「へっ?」


瑞樹「早苗が急に呼び出すなんてめったにないことじゃない」

瑞樹「何か話があるんじゃないの?」

早苗「瑞樹……」

瑞樹「『苗樹の会』はいつも事前予約制だもの」

早苗「……」

瑞樹「笑わないの?」

早苗「人の図星ついて、笑えないのわかってるくせに。タチが悪いわね」

瑞樹「うふふ、よく言われるわ。最近は言われないけど」

早苗「こういうこと、というか、私が気軽に相談とかできるのって瑞樹くらいだし……」

瑞樹「そうかしら? まあ、そういう相手に選んでもらえたのは素直に……ちょっと、うれしいわね」

瑞樹「ふふっ」

早苗「まあ安パイっていうか」

瑞樹「ぶん殴るぞ♪」

早苗「話すからタコわさも食べていい?」

瑞樹「立場考えなさいよ!」

早苗「もぐっ」

瑞樹「食べてるし……」

早苗「あたしってこのままアイドル続けてていいのかなぁって」



早苗「……」モグモグ

瑞樹「……」


瑞樹「思いのほかヘビーじゃないの……」

早苗「相談って言ったじゃない」

瑞樹「そ、そうだったわね、ちょっとビール飲むわね」



瑞樹「ぷはっ」

瑞樹「……ふぅ、アイドルを、ねぇ」


早苗「……」モグ

瑞樹「先が見えない? 楽しくない?」

早苗「う~ん、あいにくどっちもノーなのよね。どこまでも行けそうだし、めちゃめちゃ楽しいわ」

早苗「あたしにこの世界を見せてくれたP君には、ほんと何て言ったらいいかわかんない」

瑞樹「……へぇ」

早苗「運命って言葉はあんまり信じないけど、P君と出会えたことは世界中に感謝したくなる」

瑞樹「……」

早苗「やっぱり飛び入り参加みたいなもんだし、いろいろ辛いことや慣れないこともあったけど」

早苗「ガラにもなく緊張で身体が震えることもあったけど」

早苗「あたしの後ろにP君がいるって思ったら、頑張れた。あとでP君が笑ってくれるって思ったら」

瑞樹「……ええ」

早苗「うふふっ、瑞樹には話したっけ? 最初はあたしが見回りしてたらいきなり声かけてきてさ?」

早苗「あの時はヘンな子だなーとしか思わなかったけど、今じゃこんなに胸の中いっぱいでさ」

早苗「仕事が取れたらP君と一緒に喜んじゃうし、失敗してもP君に励まされたら何でもできちゃうし」

瑞樹「……いや、あの」

早苗「なんか最近は話してるだけでふわふわして、目が合うととろけちゃう感じがするのよね」

早苗「P君と一緒に仕事するの楽しいんだけどけっこう切なくて」


瑞樹「ちょっ、待って!!!」

乙女じゃないか(確信)

早苗「えぇなによぉ? 今からイケイケでドンドン盛り上がってくとこだったのにぃ」グデン

瑞樹「……」

早苗「まぁとにかく、楽しいしガンガンやれてるんだけど、なんか不思議な罪悪感みたいなのがあって」

早苗「このまま続けてていいのかなぁって漠然と思っちゃうのよねぇ」ダラーン


瑞樹「あ、P君」


ガタッ!! ガタタァンッッッ!!! 

サッサッ ピッシィイイイイ!!!!


瑞樹「………」

早苗「………」


瑞樹「ちょっと前までは彼が来たってダラけたままだったわよね」

早苗「えっ、え、そう? かしら? えっ、ていうか嘘?」アセアセ

早苗「やっ、もっ、なによ? うそ? ウソだったの? ちょっともうやだぁ~」

瑞樹「ええ」

早苗「急にダマすとかひどいじゃないのよっ。こほっ、げほっ、ま、まあね、その」

瑞樹「そうね」

早苗「あたしも淑女のたしなみとやらを身につけたってワケよ? 女としての矜持っていうか」

瑞樹「私ももっと早く気づくべきだったわね」

早苗「オトコのそばでもダラけたままだったら終わってるでしょ! でしょ!?」

瑞樹「あなたは毎回呑んだくれてて覚えてないかもしれないけど」

瑞樹「もう五回目くらいなのよね、『P君との出会いの話』」

早苗「………」



瑞樹「P君のこと好きなの?」


早苗「わぁああーーーーっっっわぁああああああーーーーーっっ!!!!」

「どうかなさいましたか!?」


瑞樹「ほんっっとにもう信じられへん大声出すなドアホ!!! ……あ、うふふ♪ 何でもないですわっ、すみませ~ん」

早苗「ぅなゅぅう……にぃいい……」

瑞樹「二十八歳の大人が座布団に顔うずめてんじゃないわよ」

早苗「むりむり心臓やばいはずかしい無理」

瑞樹「謝れ」

早苗「すみません……」

瑞樹「私じゃない。店員さんに」

瑞樹「もうしません」

早苗「もうしません……」

早苗「……」

瑞樹「まったく……せっかく良い感じのお店なのに早くも出禁食らいたいの?」

早苗「……おみず」

瑞樹「仮にもアイドルなんだし目立たないように努力はしてよね、もう」ヒョイ

早苗「あ、あんがと」

瑞樹「顔真っ赤になったままよ」

早苗「照れてない!」

瑞樹「お酒のせいでしょ?」

早苗「そ、そうよっ」

瑞樹「どうして頭をおさえてるの?」

早苗「さっきぶつけたのよぉ……ど、動揺してるわけじゃないのよ……もぐっ」

瑞樹「あ、ごめんなさいナンコツ渡してたわ。まさかそのまま食べるとは思わなくて」

早苗「……」

瑞樹「……」

早苗「」バクバクバクバリムシャモグ


瑞樹「きゃぁああちょっ!! なんで全部食べるのよ信じられない警察呼んで!!!」

早苗「ちひょふほははふふれ!!」

瑞樹「誰が『地方のアナ崩れ』よイテもうたるぞこのセルライトめぇえええ」ググググ

早苗「ぬぎぎぎぎぃいっ」グググググ

「ほかのお客様のご迷惑となりますので……」


瑞樹「……」

早苗「……」

早苗「……頼んでもよかったのよ、おかわり」

瑞樹「あの空気で頼めるわけないじゃないの……」


瑞樹「はぁぁ……反省しないといけないわね、本当に」

早苗「P君に怒られる……」

瑞樹「そのわりにどうしてだか嬉しそうなのがねぇ」

早苗「~~~」

瑞樹「反省しないといけないわね、本当に。さっきから図星ついてばかりで」

早苗「ちゃ、ちゃうわっ!!」

瑞樹「何であなたまで関西弁なの」

早苗「だって……その、ちがう、んだもの……ちがう、と思うし……」

瑞樹「ふふっ」

早苗「な、なによぉ」

瑞樹「いいえ? 今日は珍しいものがたくさん見られると思って」

早苗「人を珍獣みたいにっ……」プイッ

瑞樹「早苗がまだ二杯目のビールも空けてないのに私がおかわり頼むってのもねぇ」

早苗「んぎゅぅ!? んぐっんぐっんぐ――!!」


瑞樹「あ、それ私の。間接キス」


早苗「んんんん゛ん゛!?」


瑞樹「ごめんなさい早苗ので合ってたわ」


早苗「ぷはああぁぁぁぁ………」


瑞樹「ちなみにビールはもう四杯目よ、覚えてないの?」

早苗「もー!! なんなのもーー!!」

瑞樹「むしろいつもより多いくらいよ、安心しなさい♪」

早苗「あんぽんたん……」

瑞樹「細かいことならいちいち覚えてるけどね」

早苗「きらい! 瑞樹キライ! んべー! どっかいけ!」バシバシ

瑞樹「リアルロリっ子になってきたわね……いたいいたい……」

早苗「クツジョクよっ、瑞樹にこんなからかわれるなんてぇ」

瑞樹「元婦警の有段者なんて、こんな機会じゃなきゃイジめられないじゃない?」

早苗「性格ワル子」

瑞樹「ふふっ、土台が特殊な構図だからかしら」

瑞樹「……お互い、普段は相談されるばっかりだものね」

早苗「……まぁね」プクー

瑞樹「そんな私はあなたの心の中を確かめる方法を知っているのだけど」

早苗「ないわよそんなもの。ないんだから。絶対ない」

瑞樹「元いた職場がこんなことくらいしか話題がなかったのよねぇ」ゴソゴソ

早苗「だ、第一あたしアイドルよ? あんたさっき言ったじゃない。それで、彼はプロデューサーで」

早苗「元いた職場は立場の差をはっきりわからせてくれる場所だったし!」

瑞樹「えぇと、どこのフォルダだったかしら、あぁ、あった」

早苗「あの子年下だし、やっぱり釣りあわないっていうか、残念だけど、あたし……」モジモジ

早苗「そうよ、それにそうっ、P君年下なのよ?」

瑞樹「さっき聞いたわ」

早苗「やっぱりこの持て余すワガママボディはまだまだあの子には早いっていうか」
 
瑞樹「はいこれ」スッ

早苗「でもP君は『年齢なんて関係ない』ってまっすぐ言ってくれるから、あたし……え?」

瑞樹「この前のイベントの打ち上げでね、皆で写真を撮ったのよ。これはその時のなんだけど」

早苗「あたし写ってない!」

瑞樹「それは出てなかったから」

早苗「……」

瑞樹「なんでそこでムクれるのよ……ねえ見て。みんな良い笑顔で写ってるでしょ?」

早苗「そうね……」

瑞樹「凛ちゃんに未央ちゃんに卯月ちゃん、そうそう、この時はきらりちゃんがハシャいじゃって!」

早苗「ふーん……」

瑞樹「杏ちゃんはいつも通りダラけてたけど、きらりちゃんに振り回されてたわね、ふふっ」

早苗「あんたはここね。志乃とか礼子もいる」

瑞樹「ええ。で、こっちに」

早苗「んん? 指でよく見えない」

瑞樹「あぁごめんなさい、こっちにP君が」スッ

早苗「……」

瑞樹「さわやかな笑顔よね、彼だって疲れてるでしょうに。弱音一つ見せずに」

早苗「……」

瑞樹「もうちょっと近くで見る?」


早苗「………」カァアアアア


瑞樹「……ここまでわかりやすいとヒくわね」

早苗「うううぅぅなんでこんなにあっついのどうしてよあたし」

瑞樹「乙女ねぇ」

早苗「ダメこっち見たら絶交! 違うのよ! 違うんだから見るなー!!」カァアアア

瑞樹「だから思いっきり抱き締めた座布団に顔うずめられたら見えるものも見えないじゃない」

早苗「……がないじゃない」

瑞樹「?」


早苗「す、すすっ、すきな男の子みせられたら、しょうがないじゃないっ……!!」

瑞樹「……」

早苗「そういう実験だったんでしょ! これで満足!?」

瑞樹「あぁ……いえ」

早苗「もう、もうっ、どうしてあたしこんな目に……ぜんぶP君のせいだ……」

瑞樹「この写真のP君を見てもらいながらいくつか質問に答えてもらうっていう」

瑞樹「そういう実験だったのだけど」


早苗「消えちゃいたい!!!!」ガッタァン!!


瑞樹「待ちなさい早まらないで!」

早苗「いっそ私以外全員いなくなった方が早いかしらねうひひひひ!」ガッ

瑞樹「落ち着きなさいその手に握った焼きイカじゃ何もできないわ、何より」

瑞樹「P君に怒られるわよ?」


早苗「うぅ……」

瑞樹「効果絶大ね……」

早苗「……」ショボン

瑞樹「ねえ早苗、私が悪かったわ。機嫌を直してほしいの、いじけないで」

早苗「別にいじけてなんかないわよ」プイッ

瑞樹「ほら、P君の写真あげるから、ね?」

早苗「いらないっ」

瑞樹「遠慮なんかしなくても、データなんだから手間なんて」

早苗「いいの! ぜんぶP君のせいなんだから!」

瑞樹「ふぅん……彼が写ってくれてるなんて珍しいのに」

早苗「知ってるわよ! あたしと一緒にだって全然撮ってくれないんだから!」

瑞樹「そ、そう……ねえもしかして」

早苗「そんな若い子たちと一緒に写ったのなんてっ……」

瑞樹「だからさっきからムクれてたの?」

早苗「お酒のせいよっ」

瑞樹「赤くなったりムクれたり大変ね……ということは、私が指をどかす前から感づいてたの?」

早苗「P君がいないわけないでしょ! いつだってアイドルのそばにいてくれるんだから!!」

瑞樹「なんで理不尽に怒鳴られると同時にノロけられてるのかしら」

早苗「P君はいっつも自分のことより他の子ばっか優先して、だから包んであげたくて……あぁんもう!」

瑞樹「責めたり褒めたり忙しいわね……」

早苗「うるさいうるさい……あんたにはわからないわ、あたしの悩みなんて……」

瑞樹「悩み、ねぇ」

早苗「世の中には、上手くいかなくて、どうにもならないことだってあるのよ」

早苗「気づいたのよ、そういうことに……」

早苗「……P君、撮ったんだ……どうしてあたしも、わかっちゃうかな……」

瑞樹「早苗……」


瑞樹「………」

瑞樹「……写真」

早苗「ふぇっ」

瑞樹「私が彼に撮ってって頼んだら、二人で撮ってくれるかしら」

早苗「……」


早苗「………なっ、とっ、と、撮ってくれるわけない! ないわ! 話聞いてた!? あたしだって無理だったのよ!?」

早苗「P君そういうとこすごく潔癖症だもの! 完璧主義っていうか真面目でしっかりしてて甘えたいっていうか」

瑞樹「さっきの写真も皆とだものね」

早苗「そういう子だから安心して任せられちゃって、くっついてたくて……」

瑞樹「実はもう一緒に撮ってて」

早苗「ちょっと!!?」

瑞樹「はいこれ」スッ

早苗「そんなわけ――本当だ!! 本当じゃないのよ! ちょっ、なんなのこれどうしてよー!!」ガタッ!

瑞樹「さっき言ったイベントのあとで頼み込んで、こっそり撮ってもらったのよ。うふふ」

早苗「うふふ、じゃないわ……なんで、P君、あたしとは……」

瑞樹「けっこう拝み倒したのよ? 彼とどうしても撮りたかったから、あの手この手を使ってね♪」

早苗「あの手この手って……瑞樹とまで……なに、すごい、くっついてる……」

瑞樹「そう? 一緒に撮るんだしこんなものじゃない?」

早苗「ううぅ……胸いたい、ずきずきする……」

瑞樹「大丈夫?」

早苗「くるしいわよっ、あんた、あたしがP君のこと好きなの知ってて」

瑞樹「ひけらかしてごめんなさいね、でもこれを撮った時は知らなかったかもしれないし、許して?」

早苗「フザけた言い方ねっ」

瑞樹「有罪?」

早苗「あんたそんなに性格悪かった? しかもさっきからP君のこと『彼』とか言って……!」

瑞樹「それはあなたもじゃないかしら……」

早苗「もしかしてっ、もしかして……瑞樹、あんた、P君と」

瑞樹「……」

早苗「つきあってるの……?」

瑞樹「……さぁ、どうかしらね?」


早苗「うううぅぅぅっ、もうっ、もう!! シメる!!! タイホよタイホ!!」

瑞樹「私たちが警察呼ばれるだけよ」

早苗「シメるったらシメる!!」

瑞樹「それ最近よくP君にも言ってるわよね。いえ今までもそうだったかしら」

瑞樹「でもこの頃はその勢いもなくなってきて、『シメる』って威勢よく言っておきながら実際はP君にぎゅうぎゅう好き放題に抱きついてるだけで」

瑞樹「そのせいでP君が耳まで真っ赤になってるのをあなたはそれはもう幸せそうにニヤニヤしながら眺めて『うりうり~』とか言って余計にひっついてじゃれてたりするけど」

瑞樹「あれ痴女みたいだから止めた方がいいわよ?」


早苗「……」

早苗「………あたしの生きがいがぁ」グスッ

瑞樹「そ、そこまでなの!?」

早苗「だって、だってぇ……あれやんないと、一日はじまんないのよぉっ……P君成分がぁっ」

瑞樹「あぁもうそんな泣きべそまでかいて」

早苗「かいてないぃっ」ウルウル

瑞樹「かいてるじゃないの!」

早苗「ひっく、うぇっ……いやよぉ……あれやんないと、P君にさわれないよぉ……」

瑞樹「わかったわかったさわっていいわよ! ね!?」

早苗「っぅう、ひっく、すんっ」

瑞樹「とにかく落ち着いて、ほら、お水飲んで」サスサス

早苗「P君……Pくぅん、やだぁ……おねえさん、あいたいよぉ……うぇええっ」

瑞樹「泣き上戸になるなんて十三回目で初めて知ったわよ……」

早苗「うええぇぇ……Pくぅうううんっ……」

瑞樹「……まあ、私のせいなのだけど」サスサス

スンッ  グスッ


早苗「……」

瑞樹「はぁ……もう」

瑞樹「張り合いがないというか、頑張った甲斐がないというか」

早苗「……」

瑞樹「それだけP君にメロメロってことなのかしらね」


早苗「……最近」

瑞樹「ん?」

早苗「あたし、思うのよ」

早苗「あたしのおっぱい、P君のためにでっかくなったんじゃないかって」

瑞樹「それに私はどう反応すればいいの……さっき自分の身体はP君には早いとか何とか」

早苗「……」

瑞樹「彼と付き合ってなんていないから、安心して?」

早苗「し、知ってたわ」

瑞樹「どうだかね」

早苗「それと……さっきの、違うのよ……泣いてないからね、あたし」

瑞樹「はいはい、そういうことにしておくわ」

早苗「泣いてないのよ、絶対……」グシグシ

一旦このへんで中断します。一応書き溜めてあるので明日中には終わらせたい
それとIDがけっこう変わっちゃってるんですが、どうかお気になさらず

瑞樹「それでメロメロは否定しないのね?」

早苗「……否定したら、ばれちゃうじゃない」

瑞樹「意味通ってないわよ。要するにベタボレってことなんでしょ」

早苗「要するなばか」

瑞樹「バカで結構よ。少なくとも今のあなたよりはマシだもの。言うまでもなく間違いなくね」

早苗「ちょっ」

瑞樹「あら? 何か文句でもあるのかしら? 私は事実を述べたまでだけれど?」

瑞樹「バーカバーカ。アホ早苗。ボケナスのアホンダラ」

早苗「~~~っ」


早苗「チョーシに乗ってるでしょあんた!! さっきから言いたい放題! あたしだってねぇいろいろ考えてっ」



瑞樹「早苗」

早苗「……っ」

瑞樹「それが余計だって言ってるのよ。気づかないの?」

早苗「……何ですって?」


瑞樹「いろいろ話をしたけれど、どうやら相当に重症みたいだから」


瑞樹「下手に小手先とか駆け引きとか試すみたいなマネはやめてわかりやすく言ってあげるけど」


瑞樹「今のあなた、ポンコツよ?」


早苗「な……んて?」

瑞樹「耳まで遠くなった? さすがにそっちまでは面倒見きれないわよ、私は医者じゃなくてアイドルだから」

早苗「……ハッ。女子レスラーの間違いじゃないの? 煽りっぷりだけは褒めてあげるわ。ひょっとしてそっちが天職だったとか?」

瑞樹「やだ、眉間の小じわまでよ~く見えるわ。今この瞬間にも老化が進んでるのかしら」

早苗「だとしたら今この瞬間にも多大なストレスを受けてるせいね。姑のお小言みたい」

瑞樹「メンタル弱いわよ元婦警」

早苗「声低いわね元アナウンサー」

瑞樹「アホ」

早苗「ブス」


瑞樹「………」

早苗「………」

早苗「いいじゃないやったるわよかかってきなさいよっ今のあたしは人生でいっちゃんムシャクシャしてるんだから――」



「お待たせしました。生ビール2つです」



早苗「って……へ?」

瑞樹「ありがとう。これからちょっと……いえ、もっとうるさくなるってマスターに伝えておいて」

早苗「なっ、は……?」

瑞樹「……」

早苗「……あんた、いつ追加頼んだの」

瑞樹「さっきハンドサインで少し」

早苗「何、それ、そんなの」

瑞樹「筋金入りの常連みたい? 私ここに来るのが初めてだなんて言った?」

早苗「それは――」

瑞樹「私が言う『良い感じのお店』っていうのは」

瑞樹「例えばご主人ともとっくに懇意で多少の無理も融通してもらえてお客の人種も選んであって」

瑞樹「その気になれば人払いしたって本気で取っ組み合ったって黙っててもらえるようなお店のことよ?」

早苗「―――」

瑞樹「さっきまでの子は新入りかしらねぇ、今日は若い人も多いし。まあいいわ」

瑞樹「この場所を指定した時点で、私のフィールドだったってこと」

早苗「……」

瑞樹「深い気配りに声も出ない?」

早苗「性格ワル子ってのは撤回するわ……タヌキ女」

瑞樹「ふふっ、シメてもいいって言ってるのよ? 今ので二回シメ損ねてるわ。細かいのを合わせれば四回ほど」

早苗「そう言われてやる奴はバカでしょ……人を猛獣みたいに。安売りはしないっつーの。今のだってフリよフリ」

瑞樹「そうね、それはP君のために取っておきなさい」

早苗「あんた、全部計算ずくなのね」

瑞樹「そうね……これも『試すみたいなマネ』だったかしら。どうしてもつい癖で」

早苗「気にしてないわよ。おかげでいい感じに冷めたわ」


早苗「まるでライブの前みたいな気分」

瑞樹「良かった、心配してたのよ? こんなことになって後悔してるんじゃないかって」


瑞樹「私は安パイなんかじゃないわ。むしろ最悪の人選したわよ、あなた」


早苗「……意外に細かくて几帳面で、意外に根に持つタイプで」

早苗「そして意外にあたしと同じくらい血の気が多いのが、川島瑞樹って女だったわね」

瑞樹「ふふっ。……私が追加で飲むなら、早苗も飲むんでしょう?」グッ

早苗「当然」グッ


ガチャンッ!


瑞樹「飲み比べと行きましょうか。ここからが――」


瑞樹「本番開始よ」

ゴクゴクゴクッ!


ゴトンッ!!


ゴクゴクゴクゴクゴク!!



「お、おい、あそこすごいぞ。さっきトイレ行ったときに見かけて――」

「ホントかよ!」「何杯もだよ、止まらないんだ!」


ゴクゴクッ ゴトンッ!!


瑞樹「っはぁっ! 周りのために気をかけたり心配してやることはあっても」

ゴクゴクゴクゴク

瑞樹「あなた自身のことでウジウジしてるなんて、どういう風の吹き回し……?」

「しかもすごい美人でさ! いや美人っていうか片方はロリっぽくて」


ガチャンッ!!


早苗「だからさっきからうるさいのよ、あたしの勝手なのにピーチクパーチク」

ゴクゴクゴクゴクッ!

早苗「悩んだらいけないわけ? 立ち止まったらいけないわけ? あたしだって人間よっ」


「み、見に行ってみるか?」「ちょっとくらいなら……」


早苗「それとも相談そのものを否定するつもり!? 引っくり返すつもり!?」


ゴクゴクゴクゴクゴクゴクッ!


ゴトンッ!!!


早苗「あんたがあたしを決めつけてんじゃないわよ!!」



「や、やっぱりやめておこう……」「そ、そうだな……」

瑞樹「やるかやらないかで悩んでるなら、喜んで背中を押すわ」

瑞樹「でもあなたはそうじゃない」

早苗「な……」

瑞樹「悩んでるんじゃなくて、進まない理由を探してるだけ」

瑞樹「後ろを向いて突っ立ってるだけよ」

早苗「わけわかんないっ」

瑞樹「でしょうね」

早苗「何が言いたいのよ……!」 

瑞樹「今の早苗は早苗じゃない」

早苗「っ」

瑞樹「私の知ってる早苗は……こんな簡単なことで塞ぎ込まないはずよ」

早苗「さっきも似たようなこと聞いたわ。随分知った風な口ね」

瑞樹「だってあなたのことだもの」

早苗「だったらそれも簡単な話よ……あんたの知ってるあたしが、本当のあたしと違うってだけ。間違ってるってだけ!」

瑞樹「ありえない。そうは思わない」

早苗「どっからっ……そんな自信が」

瑞樹「……」

早苗「不毛だわ、こんなやり取り。水掛け論よ」

早苗「あたしにだってわからなくて、モヤモヤしてムカついてっ、考えるほど寂しくなることなの!」

早苗「だからあんたが知らなくたって仕方のないことなのよ!!」

瑞樹「そうかしら。証明してみせるわ。あなたの前で」

早苗「瑞樹っ……」

瑞樹「そう、これは簡単な話よ」

瑞樹「ねえ早苗……あなた、P君が担当から外れたらどうするつもりなの」

早苗「え……」

瑞樹「もしP君があなたのプロデューサーじゃなくなったら」

瑞樹「あなたはそれでも、アイドルを続けられる?」

早苗「……あたし、は」

早苗「わから、ないわ……」

瑞樹「そう。最低ね」

早苗「しょうがないじゃないっ……それで答えが出せるなら苦労してない!」

瑞樹「ファンの皆に失礼。P君にだって失礼。そして何より」

瑞樹「今まで努力を積んだあなた自身に失礼」

瑞樹「きっとそうなれば、あなたはアイドルであることも、P君と一緒にいることも失うのでしょうね」

早苗「わかってるわよ! そんなの何度も考えたわよ! ナメんじゃないわよ!!」

瑞樹「早苗」

早苗「応援してくれる皆の笑顔と、支えてくれるP君の笑顔……何度も、数えるのがイヤんなるくらい頭によぎった!」

早苗「キツくてヘコんで、グチャグチャになって……だから、あたしは、あんたにっ……!」

瑞樹「……」

早苗「でも……あたし、ビビってるのかもね……」

早苗「あんたに見透かされるのが、怖いのかもね」

早苗「いいわよ。一思いにやっちゃって」

瑞樹「手段と目的が逆転してるのよ、あなたは」

瑞樹「アイドルをやるためにP君といるんじゃなくて、P君といるためにアイドルをやってる」

早苗「―――」

瑞樹「それが言い過ぎなら、今の自分がアイドルのためにあるのか、P君のためにあるのか、わからなくなってる」

瑞樹「彼に嫌われるのが怖い。立場の差もある。気持ちを口にしたら拒まれるんじゃないか。幻滅されるんじゃないか」

瑞樹「この関係が崩れるんじゃないか」

早苗「~~~」

瑞樹「でもアイドルは続けなきゃ、P君といられなくなる。アイドル活動は楽しい、けどそれはP君と一緒だから?」

瑞樹「本当にアイドルであることが楽しいの? 一体どっち?」

瑞樹「『あたしは純粋にアイドルであることと向き合えてる?』」

瑞樹「『あたしはこのまま、アイドルを続けててもいいの?』」

瑞樹「『この腑抜けた状態で続けていられるの?』」

瑞樹「……こんなところでしょう」

早苗「……」

早苗「……一つだけ」

瑞樹「何?」

早苗「あたしはアイドルでいられなくなることも、P君といられなくなることも怖くない。いっそどうでもいい」

早苗「ただあたしの周りの皆を……ファンの皆を、そしてP君を、悲しませることに比べればね」

瑞樹「半端な態度は裏切りになる?」

瑞樹「あなたも実際は、私と同じくらいに律儀で、気遣い屋よね」

早苗「うる、さい……」

瑞樹「いずれにしても今の早苗は見ていられない。いいえ、見れたもんじゃないわ」

瑞樹「いっそニセモノに近いくらいよ」

早苗「どうしろって、いうのよ……あたしにどんな手があるって」

瑞樹「私の知ってる早苗を思い出せばいい。そして取り戻してくれればいいだけ」

早苗「っ!!」

早苗「……あんたは、結局それなのね。堂々巡り。同じことしか言えないっつーの?」

瑞樹「……」

早苗「ビビってるって素直に白状したのがバカらしくなってきたわ」

早苗「見ていられないんじゃなくて、見もせずに決めつけてるだけでしょ、あたしを」

早苗「あたしにあんたの勝手な理想を押しつけてるだけにしか聞こえないっつーのよ!!」

瑞樹「……」

早苗「フザけんじゃないわよ、あたしはあたしよ! あたしっていう人間は今あんたの目の前にいるのよ!」

早苗「あんたの中の早苗さんとやらは余計でジャマで今ここで役に立たないのよ!!」

瑞樹「よくそんな口が利けたものね」

早苗「はぁっ!?」

瑞樹「私があなたに理想を押しつけてる……ええ、そうね、否定はしないわ。むしろその通りよ」

瑞樹「でもそれは、あなただって同じでしょう?」

早苗「あ……っ」

早苗「あたしが、誰に」

瑞樹「あなた自身によ。そして周りの環境に」

瑞樹「好きだってわかってて、気持ちが抑えきれないくらいなのに、釣り合わないだのなんだの言い訳して取り繕って」

瑞樹「嫉妬しちゃうくらい明白なのに勝手に絶望して、いじけて」

瑞樹「いざ誰かが奪う素振りを見せたらそれは阻止したい? 呑気にもほどがあるわ」

早苗「……っく」

瑞樹「あなたは理想に逃げてる。変わっていく自分を見て見ぬフリして」

瑞樹「現実が安穏と進んでいくことを願ってる」

瑞樹「人は変わるわ。現実と向き合わなきゃいけない時は必ず来る」

瑞樹「それを誰よりも一番わかっているのは……あなただと思っていたのだけれど」

早苗「ぅ……」

瑞樹「いつまでも、お祭り気分じゃいられないのよ……」

早苗「……ぐ、ぅううっ……!!」

瑞樹「……」


瑞樹「でも、それでも」

瑞樹「だからこそ光輝ける女を、私は一人知ってる」


瑞樹「その壁から逃げるんじゃなくて、立ち向かって、ぶち壊して」

瑞樹「どこまでも前に突き進んでいける女をね」


早苗「……それ……って……」


瑞樹「ねえ早苗。もし私の物言いが上から目線だって思ってるなら、全く逆よ」

瑞樹「私ね」

瑞樹「ずっと前からあなたに憧れてた」



早苗「へ……?」

瑞樹「……」

早苗「みず、き?」

早苗「な、なにこっぱずかしいこと言って」

瑞樹「こんなこと、冗談で言えるわけないでしょ」

早苗「……ほ」

早苗「ホン……キ? ほんとなの? あんた……」

瑞樹「知り合えた最初の時から、あなたみたいになりたいって思ってたわ。そこに偽りはないって言いきれる」

早苗「なぁあっ!?」

瑞樹「確かにこうして話すようになってからは、散々手を焼かされたり失態を目にしたり幻滅すること多数だったけど」

早苗「オイ」

瑞樹「それでも私があなたを見捨てなかったのは、根底にあなたへの憧れがあったからよ」

早苗「かなり上から目線なんだけど!?」

瑞樹「私は、私のアイドル人生は」

瑞樹「マイナスから始まったの」

早苗「瑞樹……」


瑞樹「アイドルになる前の私は、それはもう恥ずかしいくらい夢にあふれてた」

瑞樹「地方局のアナウンサー部に入って、念願のアナウンサーになれて、さあ今から私が世界の主役だってくらいに」

瑞樹「でも実際は、当然そんなに上手くいくはずもなくて」

瑞樹「原稿を読んだり、スタッフの皆と一つのモノを作り上げるのは楽しかったわ……でも、それだけだった」

瑞樹「私の個性を認めてもらえたり、自分を表現できるなんてことはなかった。そもそも求められもしなかったから」

瑞樹「ウジウジしてるうちに時が経って、キラキラした若い子に追い抜かれて、出番を奪われて」

瑞樹「悔しかった。擦り切れそうだった」

早苗「……」

瑞樹「そんな時にP君と出会えたのは、私の人生の幸福の一つね」

瑞樹「決心してアイドルになった。最後のチャンス。私は気負ってた」

瑞樹「チャレンジする心を捨てない限りやっていけるって、何度自分に言い聞かせても不安だった」

瑞樹「結果としては幸せだったわ。P君に変えてもらえて、アナウンサーのままだったらと思うとゾッとするもの」

瑞樹「でも、負い目は残ってた。隅っこにジクジクとね」

瑞樹「私は追われてこの世界に来た人間。これは嫉妬から始まった道のり」

瑞樹「上を目指すんだって意気込んで、覆い隠してた部分もある」

瑞樹「アイドルになった私は、少しだけ、無理して夢を見てた」

早苗「……あんた」

瑞樹「幸せなのは本当。一生続けたいのも本当。迷っていたのも本当」

瑞樹「『私はアイドルであることと向き合えてる?』」

早苗「!!」

瑞樹「夢を、理想を、逃げ場にしていないかって……」

早苗「………」

瑞樹「そうしてすぐに、もう一つの大きな、私の人生の幸福がやってきた」

早苗「え……?」

瑞樹「ねえ、覚えてる?」

瑞樹「あのお祭りの時は、初対面ではなかったわ。その前にもちろん顔合わせもしてた」

瑞樹「でも、私たちが親しくなった『最初』は、間違いなくあの時だった……」




 ――だ、大丈夫ですか? 



「んぅ~……」



 ――ほら、ケガしたら大変ですから、ちゃんとつかまって……


「あ~ごめんね~……肩借りる……」

 
 ――ええ、どうぞ


「よっこらしょ……っと」


 ――ん……


「ちくしょー! あたしとしたことが呑み潰れちゃったわぁ……んにゅぅ~、お祭り楽しすぎぃ……」グラグラ


 ――も、もう少し体重をかけても平気ですよ、早苗さん


「………」


 ――早苗さん?

「なーんか気持ち悪いわね~」


 ――え゛っ、は、吐きそうですか!?


「違うわよ……そうじゃなくて、そのしゃべり方」

 
 ――え?


「確か同い年だったわよね? それにアイドル歴でいったら、この世界はあんたの方が長いんでしょ?」

 
 
 ――ええ……そうです、ね



「だったらトーゼン『早苗』でいいでしょー? そん代わり、あたしもタメ口にさせてもらうけどね!」

 
 ――というより、もうとっくにタメ口じゃない……早苗

 
「あはは! ねえ、それでさ~、元女子アナだったっけ? さっきも見させてもらったけど、さすが手馴れてるわよね!」

 ――そう? そう言ってもらえると……ちょっと、嬉しいわね


「余計にあたしなんかよりベテランってことじゃないの。似たような業界っぽいし。こっちに来たのは事情があるの?」


 ――………


「あー、あたし、マズった? ……わよね」

 
 ――いえ、そんなこと。……挑戦したかったから、かしら? あの世界であのまま終わるのは悔しかったから


「……へー、なるほどねぇ」




「で、その結果は?」


 ――大成功よ。お生憎様


「でしょーねー、だから聞いたのよ、あはは!」


 ――ふふっ、ふふふっ!

 ――……でも


「んー?」


 ――たまに……たまにね。思うことがあるの


「うん……」

 
 ――答えはわかりきってるのに、もう一人の自分がからかうみたいに聞いてくるのよ

 
 ――『お前が進んできた道は正しいのか』って


「………」


 ――あの頃に戻りたい、なんて感傷じゃなくてね


 ――ただ、今の私は、あの時憧れた自分になれているのかって……不意に確かめたくなるの

一旦中断。少し休憩します

「ないわね。ありえない」


 ――え……!?


「んー、だって色々考えても意味ないっていうか、結局答えは一つだし?」



「あたしがやりたいって思ったんだから、正しいに決まってるじゃない」

 ――そ、それはっ……


「難しいこと考えないでやりたいようにやりゃあいいのよー!」


 ――婦警からアイドルよ、躊躇はなかったのっ? 


「公務員よりもこっちの方が楽しそうだったし? お堅いオシゴトってあたしには向かないかなーって思ってたから!」


 ――その時の覚悟を引きずってたりとかは!?


「後戻りできないのは実際のトコ仕方ないし、親が知ったらぶっ倒れそうだけど、いいのよ!」


「あたしの人生、もうP君にあずけちゃってるしね! 全部任せちゃうわ!」

 ――……


「どうしたのよ、黙り込んで」


 ――あなた、大物ね……


「うっひっひ! じゃあ、そんな大物からアドバイスよ。いいこと? みずきっちゃん」


 ――な、なにその呼び方っ


「後ろを振り返っても何も転がっちゃいないわ。つまらないだけ。あたしたちは今を生きてるの」


「過去はやっぱり、過去なのよ」


 ――……早苗



「人生、楽しんだもの勝ちでしょうっ♪」

 ――………


 ――……わかったわ……わかった、けど


「ん?」


 ――その『みずきっちゃん』って呼び方は認められないわ、訂正しなさいっ!


「え? って、ちょっフザけっ、揺らさないでよ、吐くっ、吐くわーーっ!! いいじゃないの可愛いじゃないの!!」


 ――背中のあたりがムズがゆくなるのよあなたに言われると余計にね~~!!


「知らないわよっやめっ、やめてみずきっちゃんタイホするわよこの若作り女ーーー!!」


 ――いいからさっさと訂正しなさい全国にリポートしてやるわよこのロリ年増~~~っ!!!


瑞樹「……私と同じ境遇で、私と同じ想いを抱いてるんだって、勝手に思ってた」

瑞樹「でもそれは考え違いだった」

瑞樹「あの時、あなたという人間に出会えたおかげで、私は救われたの……本当よ?」

早苗「……」


瑞樹「ああ、この人みたいになれたらいいなって」

瑞樹「何の気負いもなしに『楽しい』って、『やりたいからやるんだ』って」


瑞樹「今でもたまに昔を思い出すわ。けれど今なら、迷いなくはっきりと言える」

瑞樹「私が進んできた道は正しい」

瑞樹「何かを始めるのに遅いことはないって、この私が証明してみせる」

瑞樹「川島瑞樹を見てくれている全ての人に。そう思わせてくれたあなたにも」

早苗「あたし、は……」

瑞樹「早苗、初恋なんでしょ?」

早苗「―――!!?」

早苗「えっ、いや何言ってっ、いやねぇっまったく……あたし、瑞樹っ」

早苗「あたしね……」

早苗「……バカ、よね……あたし」

瑞樹「あなたがどんなに自分を貶めても、私はあなたに幻滅しない」

早苗「っ……」

瑞樹「私があなたを許すわ。誰よりも早苗を見てきた私が」


瑞樹「……理想くらい押しつけるわよ。だってあなたはアイドルで」

瑞樹「私はあなたのファンなんだもの」


早苗「……みず、き」

瑞樹「でもね、何度も言っちゃったけど……その、気にしなくていいのよ」

早苗「?」

瑞樹「だから……私の理想がどうこうっていうのは……」


早苗「……」

瑞樹「……」


早苗「ぷっ……ふふっ」

瑞樹「なっ、早苗っ?」

早苗「うふふっ……あはは、どっち、あっははっ、どっちなのよもうっ……あはははは!」

瑞樹「やっ、なに、なんで笑うのよもう!」

早苗「いやー、うふふっ、ごめんごめん、ふふっ……失礼しちゃったわね、悪気はなくって……うふふっ」

瑞樹「こっちは真剣だっていうのに……」

早苗「わかってる。だからこそ、嬉しいのよ。笑っちゃうの」

瑞樹「つ、つまりっ、私が言いたいのはね!」


瑞樹「……あなたはただ、あなたであってくれればいいの。いつだって自由な早苗でいてくれれば」

瑞樹「私が何かを言ったからとかじゃない。あなたは何にも縛られない」

早苗「うん……」

瑞樹「現実は変わる……いつどうなるか、何が起こるかわからない」

瑞樹「それを全て知ったうえで、そんな常識は関係ないって笑い飛ばして」

瑞樹「楽しまなきゃ損だから、ただ今を目いっぱい楽しむだけだって」


瑞樹「現実はお祭りじゃない……だからこそ、盛大にお祭りをやるの」

瑞樹「子供っぽく見えるけど、そんな誰よりも大人の女が」

瑞樹「私の憧れたアイドル」

早苗「やっぱり……なんだか笑っちゃうわ」

瑞樹「奇遇ね。私も同じ気分よ。けど方向は真逆だわ」

瑞樹「あなたは『私の早苗』を聞いて笑うけど、私は今のあなたを見て笑うの」

早苗「瑞樹――」

瑞樹「あなたの悩み? 世の中にはどうにもならないことがある? そういうことに気づいた?」

瑞樹「ちゃんちゃらおかしいわよっ……!」

瑞樹「あなたは最初から、アイドルになった時からっ、周りが決めたルールなんて必要としてなかった!」

瑞樹「それに従うこともなかった、従うとしたらあなたの中にある信念、ただそれだけだった!!」

早苗「!!」

瑞樹「ビビってんじゃないわよ、計算なんかしてんじゃないわよ」

瑞樹「どうして『どっちも』じゃいけないのよ!」

瑞樹「P君もトップアイドルの座も、まとめて手に入れてみせなさいよ!!」

瑞樹「理由なんて『そうしたいから』、それだけで十分でしょう!?」

瑞樹「それが片桐早苗って女よ! 私の理想でも何でもない、あなた自身の力よ!!」

早苗「あ、あたしがそんなうぬぼれたってねぇっ!」

瑞樹「うぬぼれ? 上等じゃない、今よりももっとずっとたくさんたくさんっ、うぬぼれてみせなさいよ!」

瑞樹「私たちはいつだってそうやって道を切り開いてきた!!」

瑞樹「あんた一人がうぬぼれるんじゃ足りないって言うなら、あんたの一番のファンも巻き込んだっていい!」

瑞樹「ねえ早苗」

瑞樹「私たちは見た目も性格も、考え方も真反対で」

瑞樹「時にはアイドルとしてのやり方だってぶつかってきたかもしれないけど」



瑞樹「……親友、でしょ?」

早苗「………」

早苗「そう、ね……」


早苗「平気でこんなに、クサいセリフ吐けちゃうのも、川島瑞樹って、女だったわね……」

瑞樹「……ふん、余計なお世話よ」

早苗「わかってる……だからこそ」

早苗「こんなに嬉しいのね……」


早苗「ふ、ふふっ……」

瑞樹「……」

早苗「……ぅ」


早苗「~~っ、ぅっ……く、ぅうううっ……」

瑞樹「……ついでだから、私の方からも余計なお世話を焼いてあげるわ」

早苗「え……っ?」

瑞樹「あなた、気づいてないのね。それとも気づかないフリをしてたのかしら」


瑞樹「どうしてP君が、あなたと写真を撮りたがらないのか」


瑞樹「いや、撮れないのか」


早苗「―――」

瑞樹「今あなたの頭に浮かんだのが、そのまま答えよ」

早苗「……そん、な」

瑞樹「単純、でしょ?」

早苗「………っ」

早苗「……あたし、あたしっ……!」

瑞樹「私はちゃんと言ったわよ」

瑞樹「やるかやらないかで悩んでるなら、いくらでも応援するって」

早苗「あたしっ……P君のこと、好きでいていいの……?」

瑞樹「許す」

早苗「トップアイドルを目指してもいいのっ?」

瑞樹「許す」

早苗「周りに迷惑かけるかもしれなくても、あたしのやりたいことを追い求めて、突き進んでっ……」

瑞樹「許す。そうじゃなきゃ許さない」

瑞樹「私は、そんなあなたの親友でいたい」

早苗「ぁ……ぁあっ……」

瑞樹「やらないうちから心配なんて許さないわ」

瑞樹「行け、早苗」

瑞樹「周りなんか気にするな」

早苗「ぁあああっ……!」


瑞樹「ナメんじゃないわよ、あなた一人の世話くらい」

瑞樹「こっちは……とっくに『最初』の時から、引き受けてるんだから」



早苗「うぁあああああっ……!!!」





早苗「………」


瑞樹「………」


早苗「……ねえ、あのさ」


瑞樹「なに?」


早苗「えぇと、その」


早苗「……タヌキ女ってのは、改めるわ」

瑞樹「また随分と前の話題を……」

早苗「やっぱりあたし」

早苗「あんたのこと、みずきっちゃんって呼びたい」

瑞樹「……」

瑞樹「……はぁ、わかったわよ」


早苗「………」

瑞樹「そこでそんな満面の笑みを浮かべないの」

早苗「うひひっ、よしよし、そうこなくっちゃね!」

瑞樹「現金ね、まったく……」

瑞樹「おまけに物好きで頑固者。苦労させられるわけだわ」

早苗「二番目と三番目は、あんたに言われたくないわね。たった一人の酒臭い女に、真剣にどこまでも付き合っちゃって」

早苗「……あんたくらいしかいないわよ、そんな奴」

瑞樹「随分と殊勝ね。もしかしてまだ治ってないのかしら」

早苗「色々なお礼としてナンコツおごったげるわ。そういう話だったでしょ?」

瑞樹「最高ね、あなた」

早苗「……結局一番目も当たってんじゃないのよ」

瑞樹「……ぷっ」

早苗「ふふっ」

早苗「あはっ、あっははははは!」

瑞樹「ふふっ、うふふっ!」



早苗「あ~あ……ほんっと……最高だわね……」

瑞樹「……」


瑞樹「……ねえ、早苗」

早苗「うん?」



瑞樹「顔グッチャグチャだから化粧直してきたほうがいいわよ」

早苗「このタイミングでそういうこと言う!?」

早苗「あんたねぇ空気読みなさいよ!! 今のはこれからあたしが良い感じのこと言ってしみじみする場面でしょうが!」

瑞樹「事実を指摘しただけでしょうが」

早苗「なんなのその言い草! ムキーッ!! いいわよそっちがその気ならっ……せっかくあんたを感動させること言うつもりだったのに!」

瑞樹「あー結構」

早苗「きらい! 瑞樹キライ! んべー!!」

瑞樹「そうね」

早苗「どっかいけ! じゃなきゃあたしが行くわよ化粧室! バーカ! アホ瑞樹!!」

早苗「言っとくけどさっきのだって泣いてなんかないんだからね!!」ガタッ!

瑞樹「わかるわ」

早苗「バーカ! アホ瑞樹!!」

早苗「………」


早苗「……でも」



早苗「ありがと」




瑞樹「……」


瑞樹「どういたしまして」



タッタッタッ




瑞樹「……」


瑞樹「………ふぅ」


瑞樹「……」

瑞樹「ようやく、一仕事終わったわ……ここまで随分かかっちゃったわね」


瑞樹「ほんと、あたしって何なのかしらね……」


瑞樹「こんなに苦労させられちゃって」


瑞樹「ねぇ、見てる? P君……」




 ――ねえねえP君? お願いがあるのだけれど!


 ――うんうん、ちょっと聞いてくれるかしら?


 ――……どう? オッケーよね?


 ――え~いいじゃないのぉ、さっきみんなで撮ったじゃない、だったら私と二人で撮るのも一緒でしょう?


 ――全然違う? もう、細かいこと気にしないの! 私とだったら平気でしょ?



 ――……早苗じゃないんだし

 ――ふふっ、気づいてないと思った?


 ――でもP君、賢明な判断かもね。日頃のふるまいでバレちゃうくらいなんだし


 ――早苗と一緒に写真なんか撮ったらどんな表情になることやら。それが怖かったんでしょ?


 ――潔癖症ね。慎重すぎるくらい


 ――……でも、早苗にはそれくらいがいいのかもね

 ――ねえ、私に少し任せてくれない?


 ――何って、悪いようにはしないわ。すこ~し策を凝らすだけよ♪ 

 
 ――ほらほらっ、もっと近くに寄って? この写真を道具に使って、色々してみちゃうだけだから♪


 ――ほぉらぁ、そんなに恥ずかしがらなくたって! 私がセクシーなのはわかるけど!



 ――え? 恥ずかしがってない?

 

 ――真顔で言われると……微妙に傷つくのだけど……


 ――……P君って、ロリコン?



瑞樹「ほんと、私にとって実入りなんてあったもんじゃないわ……まったくぅ……」


瑞樹「んっ、んっ……」


瑞樹「ぷはぁっ」



瑞樹「……」


瑞樹「『私って何なのかしら』……?」


瑞樹「決まってるじゃない、アイツの親友よ」

『やっぱりあたし』

『あんたのこと……みずきっちゃんって呼びたい』



瑞樹「あんな一言くらいで、どうしようもなく嬉しくなって……」



『いいこと? みずきっちゃん』



瑞樹「背中がむずがゆくなるくらい、温かい気持ちにさせられて」



『いいじゃないの、かわいい~』



瑞樹「過去のことを持ち出してまで、照れ隠しして……」

『……でも』



『ありがと』



瑞樹「……本音を見せられれば、それはまぁ、やった甲斐もあったかなぁって……」


瑞樹「……」

瑞樹「これって、ツンデレってやつなのかしらね」



瑞樹「アイドルミズキ、新境地……」


――――――――――――――――――

―――――――――――

―――――




タッタッタッタッ!!



早苗「おぉ~い! みずきっちゃーーーーん!! お待たせーーー!!」

瑞樹「うるさぁい! そんなに叫ばなくたって聞こえてるわよ!」


瑞樹「あんまりそう呼ばれるとありがたみがなくなるじゃない……」

早苗「は? 何の話よ」

瑞樹「こ、こっちの話っ」


早苗「ふぃー食った食った、呑んだ呑んだ~♪」

瑞樹「ふぅ……外、けっこう冷えるわね。早く行きましょうか」

トコトコトコ


瑞樹「……あぁ、そうだ、会計任せちゃって悪かったわね」

早苗「いいってことよ。こんなのどうってことないわ。新生『片桐早苗』は細かいこたぁ気にしないんだから!」

瑞樹「生まれ変わる前からそうだったような気がするけれど……」

早苗「聞こえないわ~~細かいこと気にしないから聞こえないわぁ~~」

瑞樹「もう……」


早苗「……まぁ、今日くらいは受け取っといてよ」

瑞樹「……はいはい」

早苗「あたしにも一応メンツってものはあるんだから、その……ね?」

瑞樹「そうね」

早苗「ふ、二人だけの秘密ってやつよ、親友、二人だけの」

瑞樹「もちろん言いふらしたりなんかしないわ。それに、取り立てて気にするようなこと?」

早苗「みずき……」

瑞樹「私はあなたに幻滅しないって言ったじゃない。何を今さら」

早苗「そ、そうよねっ」

早苗「あんたは……そういうやつよね!」

早苗「んふふっ、あたしってば、ホント良いダチ持ったもんだわ! サイコーの気分! これからも順風満帆ね!」


瑞樹「たとえ私との呑み比べに負けたとしても」


早苗「」

早苗「……ちょっと待ちなさい、あれって言い合ってるうちにうやむやになった感じだったじゃ」

瑞樹「なにバカなこと言ってるの。私はちゃんと数えてたわよ。私が[ピー]杯であなたが[ピー]杯」

早苗「ちょっ……そんな出し抜くみたいなマネっ、無効に決まってるでしょ無効!」

瑞樹「私の勝ちってことでいいじゃない」

早苗「ありえない! どんな勝負事でも負けるのだけはイヤ!」

早苗「だいたいねぇ、あたしは勝負する前から杯数あったんだからハンデ背負ってたようなもので」

瑞樹「敗者の言い訳ね」

早苗「こんの女ぁああーーっ!! もう一軒よもう一軒っ、そこでケリつけようじゃない!」

瑞樹「イヤよ」

早苗「なぁっ!?」

瑞樹「私は今そんな気分じゃない」

早苗「……な、なにかあったの?」

瑞樹「……」

瑞樹「さっきのお店」


瑞樹「合コンやってたんですって」


早苗「………」

瑞樹「どうして気づかないのよ!! どうりで若い人が多いわけだわ! いつもはもっと落ち着いた雰囲気だもの!」

瑞樹「しくじったわ私としたことがっ……!!」

早苗「あ、うん」

瑞樹「早苗ぇっ、あなたも言いなさいよ気づいてたんでしょ!?」

瑞樹「あんな若い子たちなんて『ウェーイ』とか『チョベリグー!』とかハシャいでたはずよ目につくでしょ!?」

早苗「こっちもうるさくしてたし……」

瑞樹「こんなこと今までなかったのよ!? だから私マスターを問い詰めたの!」

瑞樹「『店員も客も若いのを取り入れる』? 『新陳代謝』? 『広い層を獲得しなきゃ生き残れない』!?」

瑞樹「こだわりを持ち続けるのがこの時代大事なんでしょうが!!」ムキーッ!

早苗「そ、そうね」

瑞樹「だから私だってずっとフレッシュな女の子アイドルをっ」

早苗「それはどうかと思うわ……」

早苗「というかあんたねえ」

瑞樹「もうあの店アウトね。用無しだわ。十四回目からは別の場所よ」

早苗「『この場所を指定した時点で、私のフィールドだったってこと。キリッ!』とか言ってたじゃない」

瑞樹「うるさいうるさい! 変えるったら変えるの!」

早苗「そもそもさー、合コンがあったからって反発するようなこと?」

瑞樹「あー!! 今言っちゃいけないこと言ったわね! 一番デリケートな部分に土足で踏み込んだわね!!」

瑞樹「くぅううっ、これがカップル目前の女の余裕ってやつなの? 恋愛強者? リア充ってやつなの!?」

瑞樹「ツンデレミズキくやしい!!」 

早苗「あんたおかしなことになってるわよ!」

瑞樹「ふん、いいわよいいわよっ、今は余裕でもそのうち足をすくわれるわ」

早苗「助けてくれたのあんたでしょ……」

瑞樹「あなたなんて……さっきの店でネタをつかんだ若い小僧どもにP君とのこと言いふらされて」

瑞樹「世間に広まって邪魔されて、そのまま破局を迎えるといいわっ……」

早苗「………」


早苗「上等じゃない。来るなら来いってのよ」

早苗「だって、あたしにはそんなもの関係ない」


瑞樹「……」


早苗「あたしの道を邪魔するってんなら、全力でねじ伏せてやるだけよ」


瑞樹「……」

瑞樹「……ふふっ」

瑞樹「……あ~あ、とんだ化け物を育てちゃったみたいね」

早苗「それでもいいわ。ファンの子たちと……それとP君にさえ良く見えてればね」

瑞樹「はいはい、こっちがお腹一杯よもう……ふん、いいわいいわ」

瑞樹「私はアイドル一直線、アイドルはみんなの恋人、だから独り身でいたって許されるんだから~!」クルクルー!

早苗「何なのその理屈……あっははは!」


瑞樹「ねえ早苗ー」

早苗「なによぉ」


瑞樹「今夜はー……飲み明かすわよー」

早苗「……」


早苗「最初っからそのつもりだっつーの! うっひっひ!」

瑞樹「あ、P君だ」


早苗「はぁ? なによ、もうその手は食らわない、ん、だから……」




早苗「………………」

瑞樹「うふふっ、P君、今来たところ? そう、よかった♪」

早苗「……」


早苗「ってちょぉおおおおっっっと待ちなさいよどうしてホントにP君がここにいるのよなんでやだちょっとぉ!!!」


瑞樹「ごめんね~、こんな夜遅くに急に呼び出しちゃって。でも、話した通り大切な用事があってね」

瑞樹「だからあなたも急いで来てくれたのよね? あーはいはい、わかってるわ」


早苗「は? ……は?」

瑞樹「んー、なぁに早苗?」


早苗「あんた……あんたっ……まさか……まさかまさか……」

瑞樹「ほぉらぁ、せっかくP君が来てくれたのよ? いつもは慎重な彼も今日限りは覚悟を決めて、ね?」

早苗「いいい、い、いつの間にっ……!!」

瑞樹「さっきあなたが化粧しに行ってた間に」

早苗「連絡したのぉ!? どうしてっ」

瑞樹「どうしてって、決まってるじゃない」

瑞樹「P君~? わかってると思うけど用事っていうのは私じゃなくて」


早苗「今まで外でしゃべってたのも……P君を待つための時間稼ぎっっ……」


瑞樹「そうそう! もう今夜バシっと決めちゃって! 良い感じの雰囲気になったら私は退散するから~♪」


早苗「瑞樹っ……あんたって奴はぁああっ……」


瑞樹「え? お見合いのおばさんみたい? P君相変わらず私には厳しいのね!」

早苗「こぉらぁあああ瑞樹ぃいい!! あたしに黙って毎度毎度許さないわよあんたぁああ!!!」

瑞樹「お、きたわね新生『早苗』♪ ガツンと言っちゃえっ♪」

早苗「シメるっ!! シメる!! あんただけはもぉおおーーーっっ!!!」

瑞樹「あら、目の前にP君がいるけど平気?」



早苗「っ!? いやだわP君見ないでっ、ていうかもう今さらっていうか、大好きなのよばかやろーー!!!」


早苗「あーっうるさいうるさい! 人に聞かれようが何だろうがいいのっ、あたしがそうしたいんだから!!」


早苗「P君っ、大好きよぉーーーーっ!!!」


早苗「んもう止めるなっ、愛してるんだからばかぁあああーーーっ!!」




瑞樹「……ふふっ」




瑞樹「がんばれ……早苗」


  



                                      おしまい

イジられ早苗さんとイジる瑞樹お姉さんが書きたかった
と思ったら予想以上に長くなってしまった。読んでくださった方ありがとうございました

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