える「どうして止めるんですか折木さん!」
折木「今出て行ったら死ぬぞ」
える「でも田んぼが……」
折木「落ち着け。無理に下校するなと学校側も言ってただろ」
える「ですが、稲が!稲が倒れてしまったら……!!」
折木「千反田」
える「!」
折木「深呼吸」
える「へ……?」
折木「早く」
える「は、はい!」
える「すぅー………はぁー………」
折木「落ち着いたか」
える「はい」
折木「よし」
える「それじゃあ私は帰って畑を……」
折木「分かってない」
…………
…………………
…………………………
折木「いいか千反田、まず状況を整理しよう」
える「はい………」
折木「ここはどこだ?」
える「……神山高校特別棟4階・地学準備室です」
折木「そこまで詳しくなくていいんだけどな。
ところで俺たちはいまどうしてここに居るんだったかな」
える「それは……」
える「それは……」
折木「もう下校時刻も過ぎたというのにな」
える「その……台風が来ているから、です」
折木「しかし台風が来ているなら寧ろさっさと帰るべきじゃないのか?」
える「………」
折木「それをどうして学校がわざわざ生徒を足止めしてるんだ?」
える「………今すぐ下校するのが危険だと、判断したから?」
折木「そうだな。俺も担任からそう言われた」
える「…………」
折木「…………で、何の話だったかな。今から帰るって?」
える「うぅ……」
…………
…………………
…………………………
折木「しかしいざ『帰るな』と言われてもな」
える「…………」ソワソワ
折木「することもないし、いかんせんヒマだな……」
える「……………」ハラハラ
折木「まぁヒマ自体は大歓迎だが……」
える「ううぅ………」アタフタ
折木「…………千反田」
える「は、はいっ!」
折木「お前まだ余計なこと考えてるな」
える「な、なんのことですか折木さん?」
折木「とぼけるな。目が泳いでるぞ」
える「そんなことは、ない、ですよ……?」
折木「………大方、どうやって俺の目を盗んで学校を抜け出すか考えてたんだろう」
える「ど、どうして分かったんですか!?」
折木「……………」
える「…………あ」
折木「はぁ…………とりあえず、何か飲んで落ち着け。買ってくるから」
える「えっ?」
折木「…………何故驚く」
える「え、あ、ごっ、ごめんなさい!
でも、折木さんがそんなことをおっしゃるとは、思わなかったもので……」
折木「…………らしくないのは分かってるさ。
だが今日は運よく、可処分エネルギーが残ってるんでな」
える「そうですか……」
折木「言っておくがおごりじゃないぞ」
える「分かってますよ」
折木「……それともう一つ」
える「?」
折木「もし俺が買ってくる間に勝手に帰ったら一生口きかないからな」
える「…………その手がありました」
折木「おい」
…………
…………………
…………………………
ガラガラ
折木「買ってきたぞ」
える「………ありがとうございます」
折木「お茶でよかったか」ハイ
える「はい……」
折木「ん………帰らなかったんだな」
える「だ、だって!帰ったら折木さん口きかないっておっしゃったじゃないですか!」
折木「………あー、悪い。本気で受け取るとは思わなくて」
える「ひどいです!」プンプン
折木「………その分だと、もう落ち着いたみたいだな」
える「あっ………」
折木「とりあえず、今は学校の指示を待とう」
える「………そうですね」
…………
…………………
…………………………
える「そういえば」
折木「ん?」
える「福部さんと摩耶花さんはどうされたのでしょう」
折木「委員会の仕事なんじゃないのか?こういう時の総務委員だろ?」
える「大変ですね………」
折木「案外そんなことないんじゃないか?
里志はこういう台風の時テンションが高くなるタイプだからな」
える「そうなんですか?」
折木「そう。俺には理解できないが」
える「ふふっ、折木さんらしいですね」
折木「……………そうだな。
こんな暴風雨のなか外に出て行こうと考える人間の考えてることはもっと理解できない」
える「………今日の折木さん、少し意地悪です」
折木「そうか?だが実際畑や田んぼに行ってどうするんだ?」
える「!」
折木「見に行ったところでどうする事もできんだろうに」
える「何を言っているんですかっ!」
折木「」ビクッ
える「農家にとって田畑は我が子も同然なんですよ!?」
折木「……………」
える「我が子に危機が迫っているというのに、放っておけるわけがないじゃないですか!」
折木「」
える「…………はっ」
折木「何というか………すまん、軽率な発言だった」
える「すっ、すみません!私ったら興奮してしまって……」
折木「いや、俺の言い方が無神経だった……と、思う」
える「そんなことは…………でも」
折木「どうした?」
える「いえ。その………今年は少し早いですけれど、もうすぐ台風シーズンですよね?」
折木「そうだな」
える「私としては、そんなもの来てほしくはないんですが……」
折木「それはそうだろう」
える「来てしまうものは仕方がありません。ですが……」
折木「ん?」
える「どうして、毎年亡くなる方がいるのでしょうか?」
折木「………あー………」
える「この季節が来るたびに毎年毎年……毎年ですよ?」
折木「確かに、その手のニュースを聞かなかった年がないな……」
える「そうですよね?」
折木「まぁ、交通事故が無くならないのといっしょだろう」
える「交通事故?」
折木「………言い方は悪いが、『運が悪かった』ってことだ」
える「確かに事故はそうかも知れませんが」
折木「だろう?」
える「でも台風は、基本的に家の中に居れば安全ですよね?」
折木「」
える「さっき出て行こうとした私が言うのも何ですが」
折木「………さっき自分で言っただろ『田畑は我が子も同然だ』って」
える「それはそうなんですが……」
折木「ならそういうことなんだろ」
える「でも、それなら何で亡くなるのはお年寄りの方ばかりなんでしょう?」
折木「それは………」
える「同じ農家として、他人事とは思えません!」
える「私、気になるんです!」
折木「」
…………
…………………
…………………………
折木(状況を整理しよう)
折木(学校で足止めを食らっていたら、千反田に『台風のときに年寄りが出て行くのはなぜか?』
と訊かれた)
折木(何を言っているのか分からないと思うが、俺にも分からない)
折木(というか、ハッキリ言って知ったことではない)
折木(ないが………)
折木「………………まぁ、理屈がつけられんこともない」
える「本当ですか?折木さん」
折木「あ、あぁ……」
える「それで、どうしてだと思いますか?」
折木「その前に千反田」
える「はい?」
折木「お前は何故出て行こうと思ったんだ?」
える「え?」
折木「毎年死人が出てるのは知ってたんだろう?
それでもなお出て行こうと思った理由は何だ?」
える「それは………」
折木「…………」
える「………じ、自分は大丈夫だろう、と」
折木「ほう?」
える「その………私はまだ若いですし、うっかり足を滑らせるようなことは、ないかと……」
折木「それだ」
える「それ?」
折木「『自分だけは大丈夫だろう』」
える「!!」
折木「年寄りも高校生も関係ない。
こんな暴風雨の中出て行く連中はみんなそう考えてるに決まってる」
える「あ…………」
折木「それに『自分はまだ若い』、とも言ったな。それも年寄りの常套句だ」
える「あぅ…………」
折木「話は変わるが、田舎の年寄りっていうのは元気だよな」
える「えっ?」
折木「何というかこう、『生涯現役』を地で行ってるというか、
俺などよりもよほどエネルギッシュだとすら思う」
える「そうかも、知れませんね」
折木「そうだ。気を若く保つのは健康にもいいらしいぞ。
…………体がついていけばの話だがな」
える「あっ」
折木「いつまでも若々しいのは結構だが、体が言うことを聞かなくなる年齢っていうのは
必ず来るものなんだよ」
える「…………」
折木「………………悪い。気を悪くしたなら謝る」
える「いえ………その通りだと思います」
折木「…………そうか」
える「…………今年も」
折木「?」
える「今年も、いい稲が育っていたんです」
折木「……………」
える「今年も、みんなで力を合わせて育てていたんです」
折木「……………」
える「何度か様子を見に行きましたが、それは見事なものでした」
折木「………一度見てみたいものだ」
える「いつか、ご案内します……今年は無理かも知れませんが」
折木「……………」
える「分かってはいるんですよ。
『天災はどうしようもない』って。ですけど……」
える「こうしている間にも稲が倒れてしまうんじゃないか。
何か出来ることがあるんじゃないか」
える「…………そう考えると、いても立ってもいられないんです」
折木「………………」
える「…………すみません。愚痴みたいなことをお聞かせしてしまって」
折木「……………これは俺の勝手な想像だが」
える「はい?」
折木「さっきお前は、『農家にとって田畑は我が子も同然』と言ったな」
える「…………はい」
折木「ならお前の両親も、田畑と同じくらいお前を大事に思っていると思うぞ」
える「!」
折木「…………いや、違うな。
娘より畑が大事な親なんていないんじゃないか」
える「………そう、でしょうか」
折木「きっとそうさ」
える「…………」
折木「それにな」
える「?」
折木「お前の身を心配してるのは家族だけじゃない。
お前に危険が及べば、きっと伊原や里志だって死ぬほど心配するに決まってる
そうでなくても、お前は普段から少々危なっかしいからな」
える「…………」
折木「………………俺だって心配だ」
える「!!!」
折木「と、とにかくだ。お前は気負い過ぎなんだよ。
もう少し肩の力を抜いたほうがいい」
える「…………そうですね」
折木「………話し相手がお前でよかったよ」
える「えっ?」
折木「里志や伊原なら間違いなく言うからな。
『お前が言うな』とな」
…………
…………………
…………………………
ピーンポーンパーンポーン
放送『校内の生徒の皆さんにお知らせします』
折木「お」
放送『ただ今、大雨・暴風警報が解除されました。お家の方を取るなどして、
安全な方法で速やかに下校してください。繰り返します……』
折木「………帰れるみたいだな」
える「ですね」
折木「意外と早かったな」
える「台風は上陸すると勢力が弱まりますから」
折木「なるほど」
>>93訂正
×>放送『ただ今、大雨・暴風警報が解除されました。お家の方を取るなどして、
安全な方法で速やかに下校してください。繰り返します……』
○>放送『ただ今、大雨・暴風警報が解除されました。お家の方と連絡を取るなどして、
安全な方法で速やかに下校してください。繰り返します……』
える「でも、家に連絡ですか……」
折木「生徒が携帯を持っているのが前提の放送だったな」
える「どうしましょう……」
折木「職員室かどこかで借りればいいだろ」
える「いいんでしょうか?」
折木「渋ったら言ってやればいい。
『携帯電話なんて学校に持ってくるわけがないじゃないですか』ってな」
える「…………ふふっ、そうですね」
折木「だろ?」
…………
…………………
…………………………
ガラガラッ
える「お電話、借りられました!」
折木「そうか。で、家の人は何と?」
える「はい。あと15分ほどで迎えに来てくれるそうです」
折木「そうか………じゃあ俺も帰るか」
える「え?折木さんもお家の方に連絡されたんですか?」
折木「いや、俺は別に」
える「えっ」
折木「ほら、俺はお前と違って歩いて帰れる距離だしな」
える「そんな、ダメです!危ないです!」
折木「だが、ホラ見てみろ。雨脚もだいぶ弱く…」
ザァーーーザァーーーーッ
ビュオーーーーーーーーーーーーウ
ゴロゴロピッシャーーーーーン
える「横なぶりですね」
折木「」
える「折木さん」
折木「な、何だ」
える「まさか、お家に連絡されるのが面倒、などと言うことは……」
折木「」ギクッ
える「折木さん!」
折木「…………………な、何だ」
える「さっき私に仰いましたよね。私が危ない目に遭えばみんなが心配すると」
折木(こいつが伊原みたいな嫌味を言い出したら世も末だな……)
える「私も同じです!」
折木「何?」
える「折木さんが危険にさらされたら、私も心配です!」
折木「」
える「そうです、いいこと思いつきました!」
折木「…………言ってみろ」
える「私が折木さんをお家までお送りします!」
折木「何だと?」
える「うちは車で来てくれるそうなので、それで折木さんの家までお乗せします」
折木「いや、それは………」
える「だめでしょうか?
もしかして、何か都合の悪いことでも?」
折木「いや、そうじゃない。そうじゃないが……悪いしな」
える「そんなことはありません!折木さんにはお世話になりっぱなしですから、これくらいは!」
折木「あー………」
える「………だめですか?」
折木「」
…………
…………………
…………………………
折木(結論から言おう)
折木(俺は千反田の好意に甘えて家まで乗せてもらうことにした)
折木(車を回してくれたのはどうやら親父さんだったようだ)
折木(千反田父………初めてお目にかかった)
折木(それと分かったことがもう一つ。
千反田は家でも同じような感じらしい)
折木(一日学校であったことを嬉しそうに報告する千反田の姿は……
当り前だが、少し子どもっぽかった)
折木(だが千反田よ)
える「……それで、折木さんが『自分も心配だ』って言ってくださって……」
折木「これは何の拷問だ」カァァ
おしまい
終わりん。
遅くてすまんかったな。
オレもP4Gやりながら寝るわ。じゃあの。
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