小梅「白坂小梅のラジオ百物語」 (179)

第一夜 神在月

小梅「は、はじめまし、て。本日から始まりました、ラジオ百物語。パーソナリティの白坂小梅、です」
ほたる「アシスタントの、白菊ほたるです」
茄子「同じくアシスタントの鷹富士茄子です」

白坂小梅(13)
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白菊ほたる(13)
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鷹富士茄子[たかふじかこ](20)
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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1365945798

小梅「こ、この番組は……みんなで怪談話を楽しむ……番組。でも、オカルト、だけじゃ……ない」

茄子「超常的なことに限らず、怖い話も、不思議な話も、変な話も楽しんじゃおうっていうことですね」

ほたる「幽霊さんのお話ばっかりじゃ……ないんですね」

小梅「う、うん。心霊関係も多くなる……と思うけど、それだけじゃ……ない」

茄子「怪談と言えるものならなんでもいいんですよね?」

小梅「そう……。あまり、ジャンルを限定するのは……よくない。当人が……わかってなくても、他の人が聞いたら……怪談っていうことも、ある」

ほたる「なるほど……」

茄子「なんでも楽しんじゃう姿勢が大事ですね!」

小梅「うん」

ほたる「楽しむ……。そうですね。それが一番ですね」

小梅「みんなで……怖がったり、ほっとしたり、驚いたりする。……楽しいと思う」

茄子「ですねー。ええと、それでですね。今日は第一回なので、お手紙などもありません。ですから、早速メインコーナーにいってみましょう」

小梅「うん。この番組のメインは……アイドル百物語」

ほたる「このコーナーは、小梅さんが私たちの同業者……アイドルのみなさんの所に取材に行き、怪談を聞かせてもらう、というものです」

小梅「いろんな人に……会うのも、楽しみ」

茄子「そうですねー。ただ、今回は第一回ということで、アシスタントの私、鷹富士茄子の怪談になっています!」

ほたる「茄子さんは……あんまり怖い目にあってる印象が……ないかも」

茄子「あははー。そうですね、怖いっていうのとは違うかもしれませんが……」

小梅「さ、さっきも言ったけど、怪しい話であれば……いい」

ほたる「あ、そっか」

小梅「では、一人目……茄子さん、どうぞ」

 はい。
 それでは、話させてもらいますね。

 これは、私が小梅ちゃんやほたるちゃんくらいの歳の……そう、六、七年前の冬のことです。

 学校から帰る道すがら、友達と別れた後のこと。
 ちょっと海を見ていこうと思って、浜に出たんです。

 ええ、すぐ近くにとっても気持ちのいい海岸があって。
 そうそう、日本の渚百選っていうのにも選ばれたことがあるくらいの場所なんですよ。

 冬でしたから、浜に出ている人は少ないだろうと思ってました。
 とはいえ、有名な場所なので、少しくらい観光客の人がいるだろうとは思っていたんですが。

 浜に出てみると、思った通り、ぽつりぽつりと観光客らしき人がいるくらいでした。

 そろそろ日が暮れ始めてもおかしくない時間でしたから、その人たちも引き上げようとしている感じでしたね。
 私は地元ですしね。ゆっくりと歩きながら、風を楽しんでました。

 冬ですから、一度暮れ始めるとすぐに暗くなっちゃいます。
 だから、空の色が夕焼けに染まり始めたところで、帰ろうと思って歩き出しました。

 ところが、少し行ったところで、なにかゴミ拾いをしている人たちに行き当たったんです。

 浜って、どうしてもゴミがたまるんですよ。
 観光客の人が気をつけててくれても、どこかから流れ着いてくるのはどうしようもないものです。

 たまにボランティアの人たちがずーっと列になってゴミ拾いをしてくれたりするんですよね。
 私も気がついたときは拾うようにしてました。

 ただ、今回は大規模なボランティアの団体ということでもなさそうでした。
 人数も少なめでしたし、夕方にやるってのはあんまりないですからね。

 でも、なんにしても海岸を綺麗にするのはいいことです。
 だから、私も手伝おうと思って、その人たちの集団から少し離れて、ゴミを拾い始めたんです。

 といっても、私はそんなに準備をしているわけではないので、小さいのを拾っては持っていたコンビニの袋に入れて、くらいでしたけどね。

 海に沈んでいく夕日が、あたりを橙色に染めあげていて。
 海に煌めく明るい橙と空からの暗い赤で、あたりがもうなんだかぼんやりしてしまうんですよね、そんな時って。

 近くでゴミ拾いをしている人たちの姿も、あまりよくは見えなくて。
 なんだか夕日を反射する光の柱がゆらゆら揺れているような感じでした。

 自分や、その人たちの影も長く伸びて、まるで、怪獣みたいにおっきな影になっていて。

 本当に、長く長く伸びるんですよ。
 ずーっと先まで……。

 そんな様子を楽しみながら、夢中になって拾っていたら、ふと声がかかりました。

『お嬢さん』

 はい、と顔をあげました。
 その途端、びっくりして声を無くしちゃいました。

 なにしろ、あたりはとっぷりとくれ、声をかけてくれた人の顔も見えないくらいに真っ暗で、空には星がきらきら輝いているんですから。

 そんなはずはありません。
 だって、顔をあげるまでは、夕日を頼りにゴミを拾っていたんですよ?

 多少は暗くなっていたとしても、手元も見えないくらいになれば、すぐわかるはずなんです。

『手伝うてくれてありがとな。やけど、そろそろ自分は上がっとき』
『ここらが潮時よ』

 私の記憶では、男の人も女の人も、歳を取っている人の声も、若そうな声もありました。
 それに、色んな地方の言葉で話していたと思います。

 ただ、口々に、早く帰るよう、彼らは言っていました。

『ごめんねえ、あなたがいるのに気づかずにいた私らが悪いんよ』
『わしらにつきあうと、こうなっちまうんだ』
『他所から来るから、せめて掃除でもしようとして、地元の子に迷惑かけてたら世話ぁない。すまんなあ』

 私が彼らの言うとおりに立ち去ることを告げると、最後にその人たちはそんなことを言って謝っていましたっけ。

 私はどういうことかよくわからず、とにかく家に急ぎました。
 遅くまでどこに行ってたって、お母さんたちに叱られちゃいますからね。

 ところが、家に帰ると、両親は目を丸くして、その後で、飛びついて来ました。
 大丈夫か、大丈夫か、って泣きながら……。

 私は目を白黒させながら、どういうこと? って尋ねました。

 すると、お母さんはあきれながら、こう言ったんです。

『お前、三日もどこに行ってたんだい?』

 って。

 私、ゴミ拾いを手伝ううちに、三日も姿を消していたそうですよ。


 おかしな、話ですよねぇ。

小梅「か、神隠し……」

ほたる「ああ、ありますね……。いつの間にか何日も……っていうの……」

茄子「はい。両親も周囲も、最後は、神隠しと思うしかないってことになってました。家出するようなタイプには思われなかったみたいです」

小梅「冬の……いつ頃?」

茄子「十一月の上旬でした」

小梅「……あ。あの、そ、そこ、もしかして……」

茄子「はい」

小梅「えっと、稲佐の浜っていうんじゃ……」

茄子「あ、よく知ってますね」

ほたる「有名なところなんですか?」

小梅「……タケミカヅチが、オオクニヌシに国譲りを迫った、ところ」

ほたる「え?」

小梅「神話の……舞台」

ほたる「はあ」

小梅「それに……」

茄子「ほたるちゃん、旧暦の十月の異名を知ってますか?」

ほたる「え? あ……えっと、神無月……ですか?」

茄子「はい、正解です。でも、私の故郷、出雲では違います。神在月と言います」

小梅「日本中の神様たちが、出雲に集まる……。稲佐の、浜から……」

ほたる「え?……それって、え?」

小梅「か、茄子さんが会った人たちは……」

茄子「そう、なのかもしれませんね。私にはわかりませんけれど」

ほたる「も、もし、そうだったら……あわわ」

小梅「ふ、不思議」

茄子「私も、不思議です。はい、そんなわけで、アイドル百物語の第一回が終わりました。どうでしたか?」

ほたる「すごい……」

茄子「ほたるちゃん、進行、進行!」

ほたる「あ、ご、ごめんなさい。当番組では、今回のお話の感想のお手紙やメールに加え、各コーナーあての……」




 第一夜 終

 タイトル通り、百物語目指して、ぼちぼち書いていく予定です。
 二、三日に一話程度の更新頻度かと思います。

 それにしても、シンデレラガールズの場合、百人やっても、三分の二未満というのがすさまじいですな。
 765組の十三怪談の時は、なんだかんだで怖い話ばかりになってしまったので、今回はほんわか話や、へんてこな話も入れていきたい所存。
 さすがに1スレで百までいくのも大変だろうから、途中区切っていこうかと思っています。

 なお、出演アイドルは、比較的年齢層が上のほうに偏るのではないかと。
 経験的なことを考えるとどうしても。

 では、また。

第二夜 目


茄子「……さん、ありがとうございました。さて、お便りのコーナーはこのあたりにして、そろそろメインコーナーに参りましょう」

小梅「う、うん。今日から、インタビューしてきて……る」

ほたる「今日は……どなたのところに?」

小梅「柳清良さん……。も、元看護師さん」

茄子「ナースからアイドルに、という異色の経歴の方ですね」

小梅「う、うん。前の仕事の頃の話を……聞かせてもらえた」

ほたる「それは……楽しみ? で、いいんでしょうか」

茄子「いいんじゃないかしら」

小梅「で、では、どうぞ……」

柳清良[やなぎきよら](23)
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○一言質問

小梅「ほ、ホラーは好きですか?」

清良「うーん。血は見慣れてるから、怖いとかあんまりないんですよねー。あ、日本のホラーは苦手かな?」

 こんにちは、小梅ちゃん。

 あ、違いましたね。
 おはようございますでした。
 ごめんなさい、まだまだ慣れなくて。

 それで、今日は怪談……でしたっけ。

 うーん。

 病院は人の生き死にに関わるところだから、たしかにおかしな話はありましたね。
 でも、そういうのって、正直、あんまり面白くはないと思うわ。

 だから、今日は病院に併設された女子寮の話をしましょう。

 私が最初に働くことになった病院は、とっても伝統のある……まあ、別の言い方をすると古いところだったんですね。

 だからなのか、病院の敷地の中に、ナースの寮が併設されていて。

 うん、まあ、今時は寮って言っても町中のマンションを借り上げてたりするものなんですけど。
 そこは古いだけに、土地も持ってたんですね。

 それで、私が入ることになった部屋は、三階の端から二番目の部屋でした。
 左隣はよくしてくれる先輩でしたが、右隣——一番端のお部屋には、誰も入っていないって話でした。

 空いているんじゃなく、倉庫として使っていると、私は聞かされていました。
 たしかに時折人の出入りがあるような音がしていましたね。

 それで働き始めて一月くらいした頃のことでした。
 その日は準夜勤で……シフト的には零時上がりなんですが、寮に戻れたのは一時頃だったでしょうか。

 部屋に入ろうとしたら、右隣の、例の空き室のほうになにか注意が行ったんですね。

 なぜそちらを見ようと思ったのか、自分でもよくわかりませんでした。
 でも、よく見てみてわかったんです。

 その部屋は角部屋だということもあってか少し広いようで、廊下に面した窓が一つあるんです。
 ただ、いつもカーテンがぴっちり閉まっていて、中は見られませんでした。

 そのカーテンが、ひらひら動いていたんです。

 ああ、風でも吹き込んでいるのかな、と思って、気にせずにその日は部屋に入りました。

 それから、何度か、カーテンがひらひら動くのを見ていました。

 でも、なにしろ、ナースの……それも入りたてのナースなんて、もう疲れてとにかく部屋にすぐに入りたいんですよ。
 だから、あんまり気にせずにいました。
 自分の部屋にすきま風が吹き込んでいるわけでもないですしね。

 でも、ある日……見てしまったんです。

 なにをって?



 目を、ですよ



 ええ、目、です。

 カーテンの隙間から、血走った目が一つだけ、見えたんです。

 じっと、その目が、私を見つめていたんです。

 それに気づいた途端、ぞっとして、私は慌てて左隣の先輩の部屋の戸を叩いてました。
 自分の部屋に入ろうとは全く思いもせずに。

 先輩はもう寝ていたようでしたが、私がどんどんと扉を叩くのに起きてきて、そして私の顔色を見て、なにか察した様子でした。

『ねえ、聞くけど、患者さんが亡くなったとかじゃないよね?』

 私が違うと言うと、先輩はため息をつきました。

『あの部屋?』

 次にそう尋ねられて、私はこくこくとうなずくしかありませんでした。

『そっか。残念だけど、あんた、もうここにはいられないよ』

 先輩はそれだけ言って、熱いコーヒーを出してくれました。

 どういうことかさっぱりわからなかったですけど、そのまま先輩の部屋に泊まり、次の日には事務長に呼び出されて、辞めてくれと言われました。
 次の病院は責任をもって紹介するし、そちらのほうが条件はずっといいはずだ、と。

 私もすぐに従いました。

 寮の部屋には二度と戻りませんでした。
 荷物は、病院のほうが後で送ってくれましたよ。

 あの目がなんなのか、あの部屋がなんだったのか、私にはわかりません。

 でも、しばらく後に会った時に先輩に聞いたところによると、見る人と見ない人がいて、見ちゃったら、辞めないといけないんだそうです。
 そういうことになっているんだと。

 そうですね、一つだけ不思議なのは。

 倉庫として使われているはずの部屋に入り込んだ誰かが私を見ていた、とは思いもしなかったことでしょうか。
 周りもそう思わなかったってことは……。

 やっぱり、生きている人では、なかったんでしょうねぇ。

小梅「清良さん、あ、ありがとうございました」


茄子「目……。怖いですね」

ほたる「しかも、一つ……だけ」

小梅「私、みたいに……片目を隠してる人が、隠れてたり……して」

茄子「あはは。それならいいんですけどねえ」

ほたる「普通の人でも、倉庫に隠れて見つめてるのは怖いです……」

小梅「ただ、目の正体が……なんであったとしても、特定の集団の中で、タブーがあって、それに触れた者が、は、排除されるって話は……よく、ある」

ほたる「そこで、正体を探り始めると……大変なことに……」

小梅「ホラー映画だと、そうなるけど、実際は……」

茄子「君子危うきに近寄らず、ってなりますよね」

小梅「そ、それに探っても探ってもわからないことも……多い」

ほたる「それはそれで……怖いです」

茄子「映画はともかく、怪談の場合はわからないままも余韻があっていいように思います。さて、それでは……」




 第二夜 終

ストックが出来たので投下してみました。
清良さん、再登場希望。

では、また。

鯖も復帰したようなので第三夜いきます

第三夜 シャワールーム


茄子「そろそろアイドル百物語のお時間なのですが……」

小梅「きょ、今日は、す、すごい話を聞いてきた」

ほたる「小梅さんがそんなことを言うとは、一体……」

小梅「内容……より、なんていうか……」

茄子「まあ、そのあたりは実際に聞いてみてのお楽しみでしょう。さて、本日はどのアイドルさんのところに?」

小梅「今日は……双葉杏さん」

ほたる「ほうほう」

茄子「では、お聞きください」

双葉杏(17)
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○一言質問
小梅「一番怖いもの……なに?」
杏「仕事」

 んー、今日はなんだっけ?

 ああ、怪談。
 はいはい。

 唄とか踊りとかなくて楽だよね。
 ねー、プロデューサー!
 いっつもこういう仕事にしてくれなーい?

 え? だめ?
 けちだなあ。

 はい?
 とにかく小梅ちゃんと話せ?
 あー、わかったってば。

 えーと、それで、怪談だっけ。
 なに話せばいいの? 杏、あんまりそういうの聞かないからさ。

 ふうん?
 怪しい話ならいいんだ?
 そっかー……。

 じゃ、変な話でもいい?

 うん、いま住んでる部屋のことなんだけどね。

 その部屋って、やっすいんだよー。
 都内にあって、そこそこ交通の便もいいみたいなんだけどさ。
 ま、杏は出かけないから関係ないんだけど。

 ともかく、そんなに狭くもないのに、お家賃三万円!
 うん。
 びっくりでしょ?

 今時ないよねー。
 風呂トイレなしでも、そんな安くならないよ。

 あ、もちろん、うちはあるよ。
 今回はお風呂場の話だし。

 しかもねー。
 トイレと別なんだよ。

 ま、そんなところだからさ。
 なんかあるのかもなー、とは思ってたんだよ、杏も。

 でもさ、杏としては楽に寝てられればいいからさ。
 あと、ゲームとかできればね。

 だから、あんまり気にしてなかったんだ。

 でも……いつだったっけかなあ。
 たしか、夏の頃だと思うけど。

 夜遅くに、お風呂入ったんだよね。
 まあ、お湯はるの面倒だから、シャワーだけだけどさ。

 頭を洗ってたらさ、なんだか、落ちてる泡が赤いんだ。
 もちろん、そんなシャンプーは使ってないよ?

 あれ? って思って手を見ても真っ赤でさ。
 鏡見たら、頭の半分くらい、あかーくなってるの。

 で、手を止めて初めてわかったんだけど、頭になにか落ちてきてるんだよね。
 水滴みたいなのが。



 ぴちゃーん。


 ぱちゃーん。


 ってね。

 まあ、そうなると、上を見上げるよね。

 そしたらさ、いたよ。


 顔の半分つぶれた女が。


 器用だよねー。天井にはりつけるって。
 死んだらみんなあんなことできるのかな?

 もう、なに?
 プロデューサー、うるさいよ!

 え?
 その後どうしたのかって?

 どうもしないよ。
 そいつから落ちてくる血を避けて、頭洗い直してお風呂出たよ。

 うん、それだけ。

 いまもその部屋に住んでるよ?

 どうも何時だか知らないけど、夜中のある時間を過ぎてお風呂場に入ると、出てくるみたいだね。

 なんだろうね?
 あそこで殺されでもしたのかね?

 え?
 ああ、うん。

 確認したりとかしてないよ。
 めんどくさいじゃん。

 ただ、夜中にお風呂入らなきゃいいだけの話だもん。

 ま、ちょっと変なのがいるって、そんな話。

ほたる「だ、大丈夫なんですかね、これ」

小梅「杏さん本人は気にしてないけど、杏さんのところのプロデューサーさんが、お、大慌てしてた」

茄子「たしかにこれは……。でも、特定の時間、特定の場所にしか出ないということは、放っておくべきなのでしょうか」

小梅「……本当に、いるだけなら……無視、するほうがいいかも」

ほたる「そ、そういうものなんですか?」

小梅「こっちが、怖がってるとか、助けたいとか思うと……寄ってくる霊も、いる……から」

ほたる「はあ……」

茄子「触らぬ神にたたりなし、ですね」

小梅「いるだけなら……。見えないけど、本当はそこら中にいるし……」

ほたる「小梅さん!?」

茄子「え、えーと、なんだか怖いことを聞いちゃった気がしますが……次行きます!」



 第三夜 終

本日は以上です。

第四夜 白蛇



茄子「……さて、それでは、今日もアイドル百物語へと参りましょう」

ほたる「今日は……どんなお話でしょうね」

小梅「杏さんと、お、お風呂つながり……ってわけでもないけど、今日も、お風呂の話」

茄子「ほほう」

ほたる「水にまつわる場所には霊がよりつく……という噂話も聞いたことがありますが、実際どうなのでしょう?」

小梅「一概に水があるから、霊が、とは、い、言えないと思う。ただ……」

ほたる「ただ?」

小梅「水は……とっても身近でとっても大事……。だから、色んなイメージが……混じっちゃう」

ほたる「イメージ……ですか?」

茄子「たとえば、農業や漁業を基として生きる場合、水は実りをもたらす根幹であると同時に、様々な害をもたらす存在でもあったりしますね」

ほたる「……水害ですか。たしかに……」

茄子「そこまで大規模でなくとも、上下水道が行き渡っていない時代には、井戸や川が日常の生活とも不可分ですから。
益と害は常に意識の中にあったと思います」

小梅「そ、それに、雨が降って川になって……海に注いでいく……。また、雲を作って……落ちてくる」

茄子「大きな循環のイメージですね」

小梅「う、うん。それが、竜や蛇のイメージとも……交わる。姿だけじゃなくて、脱皮して生まれ変わる……と考えられてた……から」

ほたる「輪廻転生、ですか」

茄子「そうした様々なイメージを包摂しているため、良くも悪くも意識されると」

小梅「そ、そう。清浄なイメージも、怖いイメージも……いっしょに、なる」

ほたる「なるほど……。それで霊も……ということですか」

小梅「う、うん。他にもヴァンパイアは流水を渡れないとか……古今東西、水と怪異が絡んだ話は……多い」

茄子「そんな身近な水の話ですが、今日はどなたから?」

小梅「高垣……楓さん」

ほたる「それでは、どうぞ……」

高垣楓(25)
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○一言質問
小梅「実際に見てみたいモンスターや妖怪……いる?」
楓「天狗ですかね。あの長いお鼻がどうなっているのか……。あ、鴉天狗さんの嘴も触ってみたいかもしれません」

 怪談……。
 小梅ちゃんがいつも見てる映画からすると、血が出た方がいいのでしょうか?

 そうでもない?
 ふむ。

 そうですね、では、あの温泉の話でもしましょうか。

 以前……アイドルになる、ちょっとだけ前のことでした。
 一人でふらっと温泉旅行に行ったことがあるんです。

 ああ、いえ、温泉自体はよく行っていたんです。
 ただ、そのときたまたまおかしなことにでくわした、と言うべきでしょうね。

 さて、温泉です。

 その時、私、露天風呂に、入っていたんです。
 前日にも入っていて、お気に入りだったんですね。

 でも、ゆっくりしていたら、なんだか男の人の声が聞こえてきて。
 混浴ではないはずでしたから、驚きました。

 それで、これは旅館にもよるんですけど、温泉って時間によって男女のお風呂が入れ替わることがあるんです。
 露天風呂と別の湯殿が交互になってたり。

 はい、実はこのとき、露天風呂のほうは、男湯になってたんですね。

 でも、そのときの私は男湯になってるって気づかなくて、ただ、ああ、男の人入って来ちゃったな、困ったなって思ってて。

 しかたないから奥の方に移動したんです。
 逃げたんですね。

 奥の方でやりすごしていれば、出て行くだろうと、そう思って。
 ほら、男の人って、そこまで長く湯につかってなかったりしますし。

 それで、じゃぶじゃぶ進んでいったんですけど、だんだんとあたりが湯気に包まれて、なんだか、先が見通せなくなってしまって。
 もう、周りが真っ白に。

 でも、気にせず進んでいたんです。
 その温泉はどこかに流れ出たりはしていないはずですし、外気の温度によっては湯気がすごいことになるのはよくあることです。

 ただ、ずいぶん広い温泉だなあ、とは思いました。
 なにしろ進んでも進んでも続いているんですから。

 まあ、それも、ちょっとした探検気分が味わえて、お得だなと思ったくらいですけど。
 前日は奥のほうには行きませんでしたしね。

 そうして、ようやく湯気が晴れて、なにか見えたと思ったら、ですね。



 大きな、白い蛇がいました。


 お湯の中から突き出した山みたいな岩場に頭をのっけた、大きな蛇がいたんです。

 本当に大きくて。
 胴体は私の胴と同じくらいあったんじゃないでしょうか。

 長さは……どうでしょう?
 お湯の中に入ってる部分があったので、よくわかりませんけれど、五メートルはくだらなかったと思います。

 その白蛇が、鎌首をもたげ、私のことを見つけて、なにか驚いたような顔をするんですよ。

 いえ、蛇の表情がわかるというわけではないのですが、なんとなく。

 人の言葉になおすとしたら、なんでこんな所に私が入り込んできているのかわからない。
 そう戸惑っている様子でした。

 ああ、困らせてしまったな、とそう思いまして。

 私、持っていた温泉玉子を差し出したんですよ。
 蛇さんの邪魔をしたなら、これをお土産に、と思って

 そうしたら、白蛇がなにか考え込むように私をじーっと見てきて、ぷいっと首をある方向に向けたんですよね。

 あ、これはあっちに行けってことかなと思って。
 素直に、それに応じて、移動しました。

 少し離れてから振り返ったら、私が湯に浮かべた玉子を見て、なにかゆらゆら頭をゆらしていましたっけ。

 それで、もう一度振り向いたら、元の……奥に向かう前の場所に戻っていて。
 もう男の人もいなくなっていたので、不思議な気分のまま、湯を出ました。

 後でまた入ってみたんですけど……。
 あ、女湯に戻った後で。

 そうしたら、全然奥なんてなくて、すぐに旅館の作った板塀に突き当たりました。
 その手前もお湯が続いてるわけじゃなくて、岩地になってて……。

 きっとあの場所に行けたのは、あのときだけだったんでしょうね。

 いま思うと、残念なことをしました。

 え? なにがって?

 いえ、どうせなら、あの蛇さんと、お酒を酌み交わしてみたかったなって、そう思いまして。



 ほら、言うじゃないですか。



 うわばみって。

ほたる「……杏さんにも思いましたが、楓さんも、なんというか……」

茄子「肝が太いですね」

ほたる「……はい」

小梅「……楓さんは……冗談なのか、本気なのか……時々、わからない」

茄子「でも、嘘をおっしゃる方ではないですからねえ……」

小梅「う、うん。不思議なことは、いっぱい……ある。で、でも、戻ってこられたのは、本当に……幸運」

ほたる「不運だと……?」

小梅「……昔は、山や川の神様に……い、生贄に捧げられた人がいっぱいいた……」

ほたる「あわわわ……」

茄子「むしろ、いまどきは、そういう不思議に出会うほうがよほどの運だと思いますが」

小梅「それは……そうかも」

ほたる「で、では、今日のアイドル百物語はここまでとして、次は……」


 第四夜 終

温泉楓さんは素晴らしいですよね。
本日は以上です。

第五夜 金糸雀


ほたる「さて……今日もアイドル百物語のお時間です」

茄子「今日はどんな感じでしょう?」

小梅「こ、これまでは……みんな、体験した……自分のお話だったけど、今回は、お、お友達の話」

ほたる「伝聞……ということですか?」

小梅「うん。で、でも、怪談という意味ではそういうもののほうが……本当は多い」

茄子「そうですね。都市伝説などはその傾向が非常に強いですね。
あれの場合、たとえどこか由来がわからない状況でも『友達の友達が……』なんて感じで始まりますけど」

小梅「神話とか、伝承とかの……口承も、そう。どういう風に伝わってきても、長い間に、おきまりの形が出来てくる。
部族の先祖が語るには……なんて」

ほたる「いろんな人を伝わって……語り継がれていくと」

小梅「そう。その間に、話が変形することも……ある」

茄子「語られる間に脚色が加わることもあれば、不要な部分が減らされたり……。
つまりは話しやすいよう、皆が聞きやすいよう変化していくのかもしれませんね」

小梅「う、うん。語りの文化だから、起きること」

ほたる「語られていくうちに、変わっていくことも……怪談の性質の一つだと」

小梅「……ん。かもしれない」

茄子「そのあたりはまた機会を作って考察してみましょう。さて、今日のアイドルは、どなたでしょう?」

小梅「き、桐野アヤさん」

ほたる「では、どうぞ」

桐野アヤ(19)
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○一言質問
小梅「ゾンビに追いかけられたら……どうする?」
アヤ「ホームセンターになんとかたどり着いて武装する」

 あのさ、依頼があってから、ずっと考えてたんだけど、アタシ、怪談として話せるような経験ってないんだよね。
 人に聞いた話なら、いくつか変な話はあるんだけど……。

 あ、それでもいいんだ?

 よし、じゃあ、とっておきのを話してやるぜ。


 これはさ、趣味の友達に聞いた話なんだけど。

 彼女が小学生の頃、家でカナリヤを飼っていたらしいんだ。
 雄と雌のつがいで飼っていて、とってもかわいかったんだってさ。

 ただ、つがいでも色んな条件で、発情期がずれることがあるみたいなんだ。
 そうなると、喧嘩を始めちゃって、時にはつっつきあって殺し合うところまでいっちゃうんだそうだ。

 怖いよな。
 けど、まあ、そういうものなのかも。

 野生なら、そういう『合わない』時は避けてればいいんだろうけどさ。
 なにしろせまい鳥かごの中だもんな。

 狭い上にお互いしかいないから、エスカレートするんだろうな。

 それでさ、そういう時は鳥かごを分けて、離しておくんだって。
 その子のうちのカナリヤも、そういうことがあったんだな。

 それで、雄と雌を別々のかごに入れて、かごも離して置いておいたらしいんだ。
 そうしたらさ、ある朝、雌のほうが消えてたらしいんだよ。

 うん、かごの中に姿がなくて。

 飛んで逃げちゃったのか、と思ったけど、鳥かごもどこかが外れてたりとか、開いてたりする様子はない。

 その子の親も確認したんだけど、逃げられるはずないのに……って不思議がってたってさ。

 ともあれ、消えちゃったものは消えちゃったから、悲しいけど、しかたないなってことになったらしい。

 ただ、せっかくつがいで飼ってたし、その子が残念がるから、親が気を利かせて、新しい雌を連れてきたらしいんだ。
 いきなり一羽になったらかわいそうだろうって。

 それで、馴らしてから、雄と一緒にして、また飼い始めたんだ。

 そうして、しばらくして、なにかの機会で二羽が喧嘩することがあってさ。
 かごを分けて、離して置いておいたらしいんだな。

 そうしたら、また消えた。

 今度は雄のほうが消えちまったらしい。

 逃がしたはずはない。
 もしそうだとしても、家から出られるわけがない。

 玄関も窓も開け放っていたりしないわけだからな。

 さすがにおかしいってことになって、今度は親も別の雄をもらってきたりしなかった。
 それに、その子も、なんだかかわいそうになって、残ったカナリヤを、親戚にあげちゃったんだそうな。

 そのままその家に置いといたら、最後の雌も消えちゃう気がしたんだってよ。
 もちろん、当人も親もそんなことは口にしなかったみたいだけど。

 ……そりゃ、不吉だもんなあ。

 その後は、その子はペットを飼うことはなくなったらしい。

 そのことが気にかかっていたっていうより、趣味が変わっていったせいみたいだな。
 その子は、ドール……人形を集めるようになったんだよ。

 本格的なドールだとお金もかかるし、ペットにいじられて壊されたら大変だからな。

 まあ、でも、別にだからって動物が嫌いになったわけじゃない。
 昔飼ってたカナリヤたちはかわいかったなあと思い出すことも時折あったそうだよ。

 それでさ、最近、ドールが増えてきたこともあって、場所を空けるために、部屋を片付けてたんだって。

 そしたら、昔、誰かから貰った——それが誰なのか、当人は全然思い出せないらしいんだけど——猫の置物に肘をぶつけて、
落としちまったらしいんだ。

 妙にリアルに猫をかたどった陶器の置物でさ。
 アタシも彼女の家に行ったとき、見たことがあるよ。

 それが、落ちた拍子に、割れちまった。
 友達は、あちゃー、って思ったんだけど、ぱっかんと四つくらいに割れちまってるから、どうしようもない。

 ともかく片付けようと屈んだら、なにか出てきてる。

 そう、空っぽだと思ってた陶器の置物の中になにか入ってたみたいなんだな。

 なんだろう、この茶色いのは、とひょいと引っ張り出してみた途端。

 友達は腰を抜かしたってさ。

 そこにあったのは、しわしわにひからびた小鳥のミイラ。
 それも……二体。

 友達が言ってた台詞が忘れらんねえよ。

『ねえ、アヤ。置物でもさ、猫は鳥を獲るんだね』

 ってさ……。

ほたる「ちょっと……ぞっとしてしまいました。うちにある置物も調べた方が……」

小梅「に、人形……。人に限らず、なにかの形を象ったものは、ち、力を持つと、思われてる」

茄子「今回は、それが悪い方に発揮されてしまったと言うことでしょうか」

小梅「う、うん。でも、ここまでのことは……聞いたことがないかも」

茄子「普通に聞く怪談でも、動き回ったとか髪がのびるとかはあっても……」

ほたる「たしかに、食べちゃう……なんて初めて聞きました」

小梅「よっぽどなにかあったのか……。も、もしかしたら……」

ほたる「なんです?」

小梅「最初から、の、呪いの……」

ほたる「……そんな」

茄子「すでに割れてしまった以上、それもわかりませんね。
いずれにせよ置物や人形も、普通は物騒なことはありませんから、皆さんはかわいがってあげてくださいね」

ほたる「そ、そうですね」

小梅「人形と、いえば、アヤさんから、前にもらった……。球体関節……かわいい」

茄子「ほう。いつか見てみたいですね。では本日はこのあたりで……」




 第五夜 終

きりのんの秘密の趣味はドール集め。
ぜひSRではドールを抱えて出てきて欲しい。

そんなわけで、本日は以上です。

第六夜 見える人


茄子「さて、本日もやってきました、アイドル百物語」

ほたる「最近……なんだか、楽しみです」

小梅「色んな人の話……聞けるのは、楽しい、よね」

茄子「一口に怪談といっても、それぞれに特色がありますからね。地方や、その人の経歴や……」

ほたる「きっと、本当に色んなことがあるんでしょうね……」

小梅「人の数だけ、あるの……かも」

茄子「たとえ同じ経験でも受け取り方によってはまるで違うものに見えるかもしれませんしね」

小梅「う、うん」

ほたる「ところで、今日はどなたに……?」

小梅「き、今日は……片桐早苗さん」

茄子「前職が警察官ということで、その頃の話とも予想できますが?」

小梅「うん……。警察の時の……話。でも、事件の話……とかじゃない」

ほたる「ふむ……」

茄子「どんなお話なのでしょうか。聞いてみましょう。では、どうぞ」

片桐早苗(28)
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○一言質問
小梅「一番ぞっとした時って……?」
早苗「すごいとんがってた知り合いが、テレビの中でひらひらの服で子供に笑顔をふりまいてたのを見た時かな」

 はいはーい、小梅ちゃん。
 ラジオ聴いてるよー。怖いねー。

 え?

 うん、まあ、そりゃ、お姉さんも怖いこといろいろ見てるけどね。
 話として聞くのは違うって。

 うんうん。

 で、怪談だっけね。

 うーん。
 やっぱりさ、転職したとはいえ、事件とか事故に関わることを話すのはまずいわけ。
 被害者の人とか遺族にも悪いしね。

 だから、警察の先輩の話をすることにするわ。
 うん。先輩。

 その人は、私よりは一回りくらい上だったかなー。
 あ、男の人。

 それで、現場組の中ではかなり有名な人だった。
 なにしろ、警らの時の検挙実績がとんでもなくてね。

 街を回ったら、必ず一人は挙げてくる、なんて言われてたこともあったくらい。

 それで、その人は自動車警ら隊ってところに配属されてたんだけど……。
 知らないかな?
 たまに警察密着二十四時みたいな番組で出てくるやつ。

 あ、わかる?
 うん、そうそう。パトカーでパトロールするお仕事ね。

 でさ、こういう仕事って、いくら、こいつあやしいなって思って声かけても、そうそうあたらないのよ。

 いや、テレビではうまくいったところをばんばん映すけどね。
 実際は、不審に思っても空ぶりとかってのはよくあるのよ。

 まあ、そもそも声をかけることそのものが目的ってこともあるけどね。
 なにか変だと思ったら、念のためって感じでね。

 でも、いずれにしても、その人みたいに百発百中みたいなことは、普通できないわけ。

 そりゃあね、現場の人間としてみれば、あこがれよ。

 勘なのか経験なのかはわからないけど、とにかくその人の技を盗んでやろうとみんな思ってたわよ。
 少なくともやる気のある奴はね。

 そして、お姉さんはその頃、無闇とやる気だったのだよ。
 ふふん。

 ま、若かったんだけどね。

 自分にも出来るはずだって思い込んで、うん……。
 自分で言うのもなんだけど、がんばったね。

 そもそも、女が自ら隊……これは自動車警ら隊の略称なんだけど……。
 女性が自ら隊に配属されるっていうのは、ほんと最近のことなのよ。

 つまり、普通は男が配属されるところなわけで、女はよっぽど優秀じゃないと配属はされないわけ。
 武道は当然段持ちじゃないとだめだし、運転ももちろん出来ないとだめだし、他の面でもいろいろと、ね。

 ね?
 そんなとこに配属されたお姉さん、どれだけがんばったかわかるでしょ?

 ともあれ、なんとかその人に近づこうとして、まずお姉さんは部署から近づいていったわけね。

 それで、同じ部署に入ってみたら、そのすごさがまたよくわかるのよ。

 だって、他の同僚が見過ごしているところを、ずばっと見つけてくるからさ。
 あたし自身も何度も見ていたはずなのに。

 もうね、これはなんなんだろうと、あきれちゃうくらいだった。

 指名手配犯をほとんど顔も見ずにあの車って言って捕まえちゃったこともあったなあ。
 それに、運転してる当人も知らないのに積まれた覚醒剤を見つけたりもあったわね。

 あ、後半のは、運転してたやつもなにも知らずに運び屋に使われてたって後からの調べでわかったんだけど。
 
 もう、ほんと神業。

 だからさ、あたし、その人と組んでパトロールに出たときに、我慢しきれずに聞いちゃったのよね。

『どうして、そんなに検挙できるんですか』

 って。

『知りたいか?』

 って言うから、もちろんうなずいた。

 そうしたら、

『これを持ってみろ』

 って、なにか渡してくるの。

 見てみたら、お守りみたいだった。
 なんの変哲もない、交通安全のお守り。

 わけわからないけど、とりあえず受け取ってみた。
 もし、からかわれているにしても、まずはのってみないとね。

 それで、パトロールを続けていたらね。


 見たのよ。

 ん……。


 向こうから走ってきた車の助手席に血まみれの女が座って、運転席の男をにらみつけているのを、ね。

 もちろん、すぐにサイレン鳴らしてその車止めて、男を引きずり出したら……。


 女は消えてたわ。


 もちろん、シートに血の痕なんかも、無し。

 混乱するあたしに、先輩は言ったものよ。

『わかったろ?』

 って。

 結局、そいつは別の県で三日前に轢き逃げした後、逃げ回ってた男だったんだけどね。

 そりゃあ、教えられないわよね……。

 見えちゃうんじゃ。

 お守りはすぐ返したわよ。なんか残念そうだったけど。
 ま、詳しいことはあたしも知りたくなかったし、ね。

 ああいう人はそれはそれでいろいろと苦労しているんでしょうねえ……。

ほたる「見えちゃうんですか……。あの、小梅さんも……」

小梅(ニコッ)

ほたる「う……。満面の笑みを浮かべられた……」

茄子「そこは触れないでおいたほうが、いいのかもしれませんよ?」

ほたる「……はい」

小梅「け、警察が相手にするような……無念の人は、見えやすい」

ほたる「そ、そうですか」

茄子「心残り……ですか。いろいろとありそうですね……。さて、次のコーナーではそういった霊の……」



 第六夜 終

本日は以上です。
Paは早苗さんが初めてになりますね。

第七夜 追悼集会


茄子「さて、本日のアイドル百物語ですが……」

小梅「じ、実は、今回は、前回の早苗さんと同じ時に、し、収録してきた」

ほたる「へえ。……同じ事務所の方、とかですか?」

小梅「うん……。向井拓海さん」

茄子「仲良しさんなんですね」

小梅「う、うん。昔……からの知り合い、だって」

ほたる「なるほど……」

小梅「な、なので……ちょっと趣向を変えて、そ、そのときの様子を……」

拓海『おい。さっきの質問の答えはなんだよ』

早苗『え?』

拓海『え、じゃねえよ。あれ、アタシのことだろ!』

早苗『そんな、誤解ですよ』

拓海『うわ、なんだよ。気持ちわりぃ言葉遣いすんなよ!』

早苗『そんな。あたしは先輩に敬意を表しているだけですよ、拓海せんぱい』

拓海『なっ! だ、だから、その先輩ってのやめろよ、バカ!』

早苗『なんでですかー、拓海せんぱーい。バカなあたしに教えてくださーい』

拓海『ああ、もう、調子狂うだろ!』




ほたる「ええと……」

茄子「じゃれあってるって感じですよね」

小梅「う、うん。たのしそう……だった」

ほたる「は、はい。では、その……怪談に参りましょう。どうぞ」

向井拓海(18)
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○一言質問
小梅「これまでで一番戦慄した時……は?」
拓海「知り合いの婦警が、アイドルの後輩として事務所に入ってきやがった時」

 おう、小梅。
 こないだ、涼と一緒に飯食いに行って以来だっけ?

 あー、しかし、お前、相変わらずまっちろけだなー。
 ちゃんと飯食ってっか?

 ま、それはいいか。

 で、あー、なんだ。
 怪談だっけか。
 
 うーん……。
 なんかあったけかなあ。

 喧嘩の話とかはあるけど、そりゃ怪談じゃねえよな?

 んー……そうなると.
 あれか。

 アタシがバイクとか好きなのは、当然知ってんだろうけどさ。
 バイク乗りっつっても、いろいろな奴がいんだよ。

 バイクをいじるのが好きなやつ、その中でもカスタムが好きな奴、ただ走んのが好きな奴、遠出するのが好きな奴、
目立ちたい奴、スリルを楽しみたい奴……ってな。

 今回は最後の類の奴の話だ。

 走り屋とか聞いたことあるか?

 え?
 たまにホラー映画に出てきて、最初に殺人鬼に会う役?

 あー、夜道とか走っててか。
 ありそうな話だな。
 だいたい、あの手のは、不良がおかしなことしでかしておおごとになっちまうって感じだろ?

 ん?
 様式美か。なるほどな。

 おっと、話がそれたな。

 ともかく、普通の奴には走りにくい道を、すげえスピードで走り抜けて、技術と度胸を競う。
 そんな奴らだよ。

 そうは言っても、ストイックな野郎ばっかじゃねえけどな。
 連中も目立ちたい欲があって、わざとうるさくしたり、光らせたりなんかもすっからさ。

 ただ、中には本当にひたすら走りの腕だけを追求するバカがいるんだ。

 そこらの連中がやってる派手なだけのレースなんかには目もくれねえ。
 ただただ、自分がどれだけ早くそこを抜けられたかを突き詰めるなんてのがよ。

 アタシの知り合いにも、そういうバカがいた。

 ……うん、いたんだ。

 いまはもう死んじまった。

 そいつは、有名無名とかなんも気にせずに、自分が走りたいところにせっせと通うような奴だった。
 あの峠を抜けるのを二十秒早く出来たんだぜ、とか、当人しか喜ばねえ話を、にこにこと吹聴する野郎だったよ。

 一緒にたむろってたりはしたけど、そこまで親しいわけでもなかったからな。
 黙って聞いてたよ。

 正直、こいつなに言ってんだとは思ったけど、なにしろ本人はすげえ嬉しそうだから、いらつくこともなかったな。

 でさ、そいつが死んだって報せがある日来たんだ。

 ああ、ついに事故ったか、ってみんな思っただろうぜ。
 そりゃあ、ぎりぎりまで速さを追求するような奴はさ、いずれはどかーんと逝っちまうもんだからな。

 でもな、違うって言うんだよ。

 そいつな、幽霊を追いかけて死んだんだって。

 わけわからねえだろ?
 あたしたちもふざけんなって言ってやったよ。

 でも、そいつの一番の親友だった野郎が、マジな顔で言うんだよ。

 自分は、幽霊とあいつが勝負するのを見届けた、ってな。
 ある峠に出るゴーストライダー、そいつを打ち負かそうとして、あいつは死んじまったんだと。

 小梅なら詳しいんだろうけどよ。
 でけえ事故があったとか、事故が連続して起きたってなところでは、自然と幽霊の話も出てくるもんなんだよな。

 たいていはすぐ消えちまう噂だったとしても、な。

 よくあるのは、乗ってるやつがいねえバイクとか車が走ってるってやつだな。
 今回のは、それの変形で、首のない幽霊が乗ったバイクが、峠を走ってるってやつだった。

 ただ、走ってるだけじゃなくて、とてつもなく速いんだと。
 普通のライダーなんかはぶっちぎりで抜き去っていくから、首がないって気づかないやつもいるくらいだったらしいぜ。

 もう、そうなると幽霊話じゃなくて……なんだろうな。
 笑い話だよな。

 でもよ、あいつはそれを信じて、追いかけて、ついにその首無しのライダーと勝負したらしい。

 結果として、自分も死んじまったわけだけどな。

 そりゃアタシらも、親友が死んじまったもんでこいつもおかしくなっちまったか、とは思ったけどさ。
 でも、一番の親友だと誰もが認めてる野郎がそう信じてるんだったら、それを信じてやるのが仁義ってやつだろ?

 だから、そいつの言うとおり、みんなでその峠に向かったんだ。
 何十台もバイクを押し立ててさ。

 追悼集会ってやつだよ。

 どっちにしろ、そこで死んじまったんだからな。
 走ってやるのが供養なんだよ。
 アタシらには、な。

 夜中にそんだけ集まる時点で、周りは迷惑だろうけどよ。
 いまはその是非は置いといてくれ。

 それで、みんなで走ってたわけだけど、真夜中に集団で走ってっから、さすがに、そんなにスピードは出してなかった。

 そこに、後ろからバイクが来んだよ。
 うん、灯りが見えてさ。

 なんだ、誰か遅れやがったか、と全員思ったんじゃねえかな?

 それがさ、そのライトがすげえ速さで追いかけてくんだ。
 そらもう、こっちに突っ込んでくるような勢いでな。

 そうなると、こりゃ、仲間じゃねえってなるわな。
 邪魔するやつがいるぜって、血の気の多いやつが早速切れたりしてたよ。

 だけどな、近づいてくるにつれて、わかったんだよ。
 なにしろぐんぐん近づいてくるからよ。

 見えるんだ。



 突っ込んでくるバイクに乗ってる奴の、首が、無え。


 そう、あいつが追いかけて、死ぬことになった首無し野郎が出やがったんだ。

 アタシらはかっとなって、そいつの進路をふさいでやろうとしたよ。
 そしたら、この集会の言い出しっぺ……あいつの親友が叫んだんだ。

『あいつの邪魔するな!』

 はっとして、みんな振り返ったりミラーを見たりした。

 いたよ。

 首無しライダーの後ろにぴったりくっついて、がちがちにチューンしたバイクにのった、あいつがさ。

 二台は本当に少しも離れずに、突っ走ってた。
 いや、あいつが、首無しに食いついて離さなかったんだ。

 そいつらは、アタシらの横を、とんでもねえ速さで駆け抜けてさ。

 そのまま、崖に直進したよ。

 あいつが曲がりきれずに、落ちて死んだ崖にな。
 下にはぐしゃぐしゃのバイクがまだ残ってるはずの、崖にな。

 でも、曲がりきれなかったんじゃなかったんだ。
 あいつは、追いかけてただけだったんだよ。

 崖の上の空を飛んでく首無し野郎を、な。

『ああ、あいつ、まだ追いかけてやがるよ』
『ばかだなあ。死んでまでよお』

 そんなこと言って、みんな、泣きながら笑ってたよ。

 空を昇っていく二つのテールランプを見つめながら……。


 本当に……バカだよな。

茄子「なんだか……切ないお話ですね」

ほたる「亡くなった方は……。いえ、私たちが言えることではないのかもしれませんね……」

小梅「死者と生者は……き、基本的に、相容れない。は、話が出来る場合もあったり……するけど、それでも……」

茄子「やはり、生きているときとは、違う、と」

小梅「……う、うん」

ほたる「寂しいですが……。きっと、そういうものなのでしょう……ね」

小梅「思いすぎる、のも、い、いけない。ただ……たまに……思い出すのが、いいの、かも」

茄子「そうですね。さて、ここからは話を切り替えまして……」


 第七夜 終

本日は以上です。
拓海は小梅ちゃんを甘やかすタイプだと思います。

第八夜 首


茄子「本日も、アイドル百物語のお時間となりました」

ほたる「今日のお話は……?」

小梅「きょ、今日は、家に伝わる……話」

ほたる「家に、ですか」

茄子「昔から続く家には、言い伝えというか、いろいろなお話が伝わっているようですね」

小梅「う、うん。家によっては地域にある話と……ちょっと違うとか、変化が、ある」

ほたる「世間ではこう言われてるけど……という感じですか?」

小梅「う、うん。そういうのも、多い」

茄子「歴史という意味で見ると荒唐無稽ですが、話としてみると家伝の話のほうが面白いとか、そういうこともよくあるようですね」

小梅「記録……と、記憶による伝承は、違う、から」

ほたる「……なるほど」

茄子「ところで、今日はどなたのところに?」

小梅「えと、佐久間まゆ……さん」

ほたる「では、早速……聞いてみましょう。どうぞ」

佐久間まゆ(16)
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○一言質問
小梅「赤……好きなの?」
まゆ「好きですよぉ。でも、ピンクも赤黒くなったりするのも好きですよぉ?」

 怪談ですかぁ……。 
 まゆ自身はそういう経験ないんですよねえ。

 ああ、そうだ。
 怪談と言えるかどうかはわかりませんけど、我が家に伝わるお話でもいいですか?

 はい、そうですか。
 ありがとうございます。

 ええと、まゆの家系って、昔は武士をやっていたらしいんですよ。
 もうずっと昔ですけど。

 それで、江戸時代は、藩の中で、上の下から中の上くらいの役職をもらう家柄だったらしいんですね。
 ご家老さまとかそこまではどうやってもいかないけど、貧乏ってわけでもないってくらいですか。

 それで、ある人の時に、藩のお金を使い込んだって疑われたんです。
 ええ、もちろん、実際にはやっていなかったんですけど。

 役職の上でのことか、それとももっと別のことがあったのか。
 まゆのご先祖さまは、同僚に陥れられちゃったみたいなんです。

 ひどい話ですよね。

 でも、よほどうまく罠をしかけたのか、もしかしたら、賄賂とか汚いことがまかり通ったせいか……。
 ご先祖さまの無実の訴えは取り上げてもらえませんでした。

 当時の武家ですから……。
 そうですね。切腹です。

 切腹が決まると、その実行の日まで、他のお家に預けられるんだそうです。
 逃げられたり、勝手に死なれたりしたら困るんで、監視の目が届くところで軟禁されちゃうんですね。

 ご先祖さまは、よりにもよって陥れた張本人の家にお預けになったそうです。

 その人が、上役になってしまっていたそうで。

 ご先祖さまに罪をなすりつけ、その人自身が横領したお金を賄賂としてばらまいて、高い役職を手に入れてたって話もあります。
 ただ、詳しくはわかりません。

 ご先祖さまも、その頃になると、その人の計略にはまってしまったということは察していました。
 きっと、悔しくてしかたなかったことでしょう。
 証拠を集めようにも、もはや身動きがとれない状況ですから。

 家人と会うことを許される数少ない機会に、ご先祖さまは必ず『仇は自ら取る』と言っていたそうです。
 聞く方はどういうことか、わからなかったみたいですけど。

 そして、切腹の当日。

 検分のために派遣された侍たちと、屋敷の主であり、己を策謀にかけた男が見守る中、ご先祖さまは自らの体に刃を突き立てました。

 そして、介錯の刀が振り下ろされ、その首は落ちるはずでした。


 ところが。

 首は飛びました。

 刀で切り落とされた勢いか。
 あるいはもっと別の力が生じたのか。

 飛んだ首は仇である男の首にかぶりつきました。
 しかも、相手の首の肉をしっかりと噛み抜いたんです。

 頸動脈を噛みちぎり、首の肉の半分ほどをそぎ落とし、ご先祖さまの首は地に落ちて、そして、たしかに、にやりと笑みを刻んだとか。

 そう、ご先祖さまはまさに自ら仇を討ったんです。

 そして、これほどのことを成すとは、なにかあるに違いない、と改めて調べが行われ、無実が明らかとなりました。
 これによって、佐久間の家は存続したんです。

 ……と、ここまでがおじいさまをはじめとした我が家の男衆に聞いた、表向きの話。


 佐久間の女にだけ伝わる裏の話が、あります。

 実は、ご先祖さまが切腹を申しつけられてから、実際にそれを行うまで、結構な期間があったそうなんです。
 藩の公式の行事とか……そういうものと近い日に切腹させるのはあんまりよくないと思われていたみたいですね。

 はい?
 血の穢れですかぁ?

 当時はそういう考えだったと。
 ふむ……。

 まあ、そんなわけで、延び延びになってしまっていたらしいんですね。

 考えてみてください。
 なにをすることも許されず、憎むべき相手の屋敷の一室に押し込められて、ただひたすら日々を過ごさなきゃいけないという状況を。

 気が滅入ってきてしまいますよね。

 怒りも憎しみも、なにかの動きがあるからこそ維持できるものなんでしょうね。
 ただただご飯を食べて生きるだけの日々では、そういう感情もすり減っていってしまうものみたいです。

 ご先祖さまも最初の頃は絶対に仇を討つのだという強い意志を持っていたようですが、それもだんだんと弱まっていってしまっていたみたいです。

 都合良く敵である元同僚が嫌味でも言いに来てくれれば、かえって奮起したのかもしれませんが……。
 顔すら見せなかったみたいですから。

 面会の度に調子が弱まっていく夫を、妻は出来る限り力づけようとしていました。

 しかし、いかに妻といえど、ずっと一緒にいられるわけでもありませんし、苦しみを分かち合えるわけでもない。

 彼女の励ましは一時の力になっても、次に会った時にはその力は失われ、さらに弱っている夫の姿を見ることになっていたんです。

 ここに至り、妻は夫に打ち明けました。

『我が子は、あなたの胤ではありません』
 と。

 驚いた夫は、では、誰の子であるのかときつく問いただしました。
 妻は、言いました。

『この屋敷の主と密通いたしました』

 彼女は艶然と微笑み、冷然と言い放ちます。

『なぜ、あなたが策謀の犠牲となったのか。そして、それをはねのけることができなかったのか、ここに至るまでわからぬとは、なんと愚かしい』

 驚きを通り越し、自失する夫に、彼女はたたみかけます。

『我が子はいずれとある家の養子となることが、内々に決まっております。しかし、それは佐久間の血が残ることを意味しない』

 己を嘲笑う妻を、夫は恐怖の目で見ていたと言います。

『妻を寝取られたことにも気づかぬ愚かな当主のおかげで佐久間の家は絶えるのです』

 それだけを言い捨てて彼女は夫が閉じ込められている部屋を出、そして、その後、二度と屋敷を訪れませんでした。

 彼女が立ち去る時、背後から、獣の吠え声のような慟哭が聞こえてきたと言います。

 そして、再び彼女が夫にまみえたのは、切腹のその場。

 もちろん、公に立ち会うことなどは出来ません。
 藩の重臣の一人が憐れを催し、彼女が密かに邸内に入れるよう手引きしてくれたのでした。

 顔を隠し、木陰に立っていたとしても、彼女の姿を見間違える夫ではありません。

 妻をにらみつける憤怒の相は、それはそれは恐ろしいものであったと伝えられます。
 さらに、仇を見る視線は、狂気に満ちていたとも。


 そして、夫の首は飛びました。

 しばらく後、夫の無実が明らかとなり、佐久間の家の継承が認められたその日、妻は己の喉を突いて、夫のもとへ旅立ちました。

 もちろん、妻は密通などしていませんでした。

 全ては、夫に本懐を遂げさせるため。
 自らが憎まれ、さげすまれることで、彼女は夫の意志を奮い立たせたのです。

 この話をしてくれた時、おばあさまは言ってましたっけ。

『男などというものはな、一度決めても心が萎える。私ら女はそれを支えていかねばならん。頭で考えるな。肚で思え』

 まゆもそう思います。

 男の人は、時に自分の気持ちさえわからなくなるものです。
 だから、そんなときはまゆが思い出させてあげようって、そう思うんです。

茄子「ええと、その、なんといいますか……」

ほたる「せ、凄絶ですね」

小梅「う、うん」

茄子「亡くなってまで復讐を遂げた男の方もすさまじいですが……」

小梅「お、女の人は……よく、祟る」

ほたる「……たしかに……」

茄子「思いの深さ故、でしょうか……」

ほたる「背筋が……冷たいです」

小梅「つ、次のコーナーでは、有名な怪談の中の、女性の話を……」



 第八夜 終

本日は以上です。
まゆの一族は思いの強い人ばかりでしょう、きっと!

第九夜 間違い


茄子「さて、それではそろそろ本日のアイドル百物語へと参りましょうか」

小梅「こ、今回は、ちょっと興味深い……話?」

ほたる「興味深い、ですか?」

小梅「う、うん。なんというか……。あるんだろうなとは思うけど、あんまり聞いたことがないというか……」

茄子「いったいどんなお話なのでしょう……?」

小梅「あ、あと、迷惑、かも」

ほたる「……たいていの怪談話は、当事者には迷惑では……」

小梅「そ、そう? 面白いのに……」

茄子「そうですねえ。普通の人はお話くらいでとどめておきたいんじゃないかと思います。
こうして怪談を聞いたり、映画を見たりは私も好きですよ?」

小梅「……うん。楽しいよね」

ほたる「ただ、自分の身に起こると……」

小梅「……たしかに、あんまり、呪われたり……すると……」

茄子「ともあれ、今日のアイドルさんを紹介してください」

小梅「きょ、今日は、仙崎恵磨さん」

ほたる「それでは、どうぞ」

仙崎恵磨(21)
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○一言質問
小梅「す、好きな都市伝説とか……ある?」
恵磨「ピアスあけたら、視神経が出てくるやつ! あれ、はじめ知ったとき怖くてねー。いまはピアスの穴あけるのにも慣れちゃったから笑える」

 やっほー!!
 え?
 声が大きい?

 あ、ごめん、ごめーん。
 そっか、録音してるからね!
 適量でねっ!!

 それでそれで、今日は怪談だよね。

 あるよー。
 怪談。このアタシの経験談!

 っても、一回こっきりだけどね。
 でもねー。
 その一回がひどかったんだ。うん、マジマジ。

 まあ、いわゆるシンレー体験ってやつなんだろうけどさー。

 アタシが高校生の頃……うーん。
 あれは、二年の夏だったかなー。

 夜、寝てたんだよね。

 でも、まだ寝入ってからそれほど経ってなかったんじゃないかな。
 寝る前にタイマーでつけといたエアコンがまだ動いてたからさ。

 ふっと目が覚めて、あれ、なんで? って思ったわけ。

 それこそ、部屋が暑くて起きるとか、喉渇いて起きるとかするには、まだ全然寝てない感じだったから。

 そしたら、気配がすんの。

 自分以外の……。
 んー、なんかがいる感じ。

 『誰か』とは思わなかったな。

 親とかが入ってきたとかって感じとは、えらい違ってたから。

 なんか……うーん。
 なんて言ったらいいかなー。

 じゅくじゅくと腐ったもの触っちゃったみたいなきもちわるーい感覚?
 そんな感じでさ。

 思わず、アタシ、かけてたタオルケットを頭からかぶっちゃったよ。

 それからも、なにか部屋の中を這いずりまわっているような気がしてしょうがなかったんだけど……。

 タオルケットの中で冷や汗かいてたら、いつの間にかそれもなくなって、寝ちゃってた。

 うん。起きたら普通でねー。
 部屋の中のものが動いてるとかもなくて。

 夢だったのかって笑えて来ちゃったよ。

 でもさ、それが夢じゃなかったんだよね。

 うん、来たんだよ。
 次の日も。

 今度はまだ眠れてないときだったけど、同じ感覚。

 またタオルケットかぶりたくなったんだけど、そこで、はって気づいたわけ。

『なんでアタシの部屋で怖がらせられなきゃいけないわけ?』

 ってさ。

 一度そう思うと、猛烈に腹が立ってきてさ。

 幽霊だかお化けだかなんだか知らないけど、生きてないもんが、人間サマの世界に干渉すんなって話。

 もうかっかキテルもんだから、怖いとか全部すっ飛んで、こうなったら、そいつに向かい合ってやろうって思っちゃったんだわ。

 で、跳ね起きて、ベッドの上から、部屋をぐるって見回したの。

 最初は、なんもいないって思ったんだけど、いたよ。

 うん。
 なんと、エアコンの吹き出し口!

 そう、にゅーって、出てくるの。
 あの狭い吹き出し口から。

 どう言えばいいのかなー。

 あ、あのさ、ロード・オブ・ザ・リングってあったでしょ?
 そう、映画の。

 あれで、ゴラムとかいうのがいたの……わかる?

 うん。
 あのへんてこなちび。

 あれを、もっと、こう、凶悪にした感じ?
 凶悪っていうか、ぐにょぐにょっていうか……。

 関節とか間違った方向についてて、膚は生きてる動物の膚じゃなくて、ゴムみたいな感じだったかなー。
 ああ、違うなー、泥細工みたい?

 ともかく、まあ、変なのがぐにゃーってなりながら出てきたわけ。

 いま思い返すと、ちょっと震えが来る感じなんだけど、なにしろキレてるからね。
 もう、こっち来てみろ、みたいな感じですわ。
 ぶったたいてやるから、って勢いね。

 それで、あっちも、アタシが見てるのに気づいたんだろうね。

 いやらしーい笑い顔浮かべてアタシのこと見るの。

 おどかしてやるつもりだったんだと思うな。
 うん。そのときまでは。

 そいつってば、アタシの顔見た途端、どうしたと思う?

 びっくりした顔してたんだよ!

 もうね、その瞬間わかったの。
 あ、こいつ、人違いしやがった、って。

 わかるでしょ。こう、場違いな人が、なんか驚いたと同時にすっごく困ったような顔つきになるの。
 あれと同じ。

 それで、ひゅるんってエアコンの中に逃げ戻りやがって。

 うん、それ以来出てないよ。

 たぶん、隣とか、別の家と間違えたんじゃないの?
 変な感じもしないしね。

 ほんっと、人騒がせだよ。

 アタシのほうは逃げられて怒り心頭でがんがんエアコンたたいてたら、びっくりして起きてきた親に怒られたっていうのにさー。

 迷惑かけたほうは出てこないだけで済むとか、ほんと不公平!

茄子「ええと、これはなんと言いますか……」

ほたる「するんですね、人違い……」

小梅「ひ、人全体への怨みになるんじゃない、個人への怨みとかだと……ありえる……。でも……珍しい」

茄子「たしかに……」

ほたる「……間違いでも、そのまま脅かしてきそうなものですが……」

小梅「きっと……あっちはあっちで脅かしたりするのも……力がいる、から……」

ほたる「怨む相手に会う前に消耗してはいけないと……。なるほど、計算できる幽霊さんですね……」

茄子「それでも、間違いで出てくるのはやめてほしいですね」

小梅「う、うん」

茄子「さて、こんな話が聞けたところで、次のコーナーでは、落語などに登場するコミカルな幽霊について特集を……」


 第九夜 終

本日は以上です。
恵磨ちゃんは怪談話にはあわないかなとも思ったけど、そうでもなかった。

さて、スレ全体の展開ですが、13夜で1シーズンを区切ろうかと思います。
奇数シーズンが13夜、偶数シーズンが12夜の全8シーズンで行こうかと。

第十夜 電話ボックス


小梅「さて、今日もアイドル百物語のお時間、です。……い、言えた」

茄子「楽しみですね♪」

ほたる「今日はどんな感じですか?」

小梅「ええと……今日は、比較的オーソドックス……かも」

茄子「ほほう」

ほたる「他にもよく聞く……というような?」

小梅「……ちょっと違う? でも、きっかけはよくある……かな?」

茄子「ああ、導入が同じでも……っていうお話は、物語でもいろいろとありますね」

小梅「う、うん。特にホラーものは……最初のきっかけはパターン化されてたり……する」

ほたる「……行っちゃいけない場所に行ってしまったり……。壊してはいけないものを壊したり……」

小梅「うん、うん」

茄子「今回は、どんなものなのでしょうねぇ。さて、それで、どなたのところへ?」

小梅「今日は……工藤忍さん」

ほたる「……それでは、どうぞ……お聞きください」

工藤忍(16)
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○一言質問
小梅「一番嫌な死に方は……どんなの?」
忍「雪下ろしで落ちてきた雪の塊に巻き込まれて圧死かなあ。だって、下手したら次の春まで見つからないよ?」

 こんにちは、小梅ちゃん。

 今日は怪談だったね。

 怪談って、アイドルとは相容れないような気がしてたけど、ラジオ聞いてると、案外悪くないなって思えてきたよ。
 よく考えたら、昔から、芸能人の怪談話ってそれなりに聞くもんね。

 うん。そうだね。
 アイドルだからこそ面白いってのもあるんだろうね。

 じゃあ、アタシの話にいこっか。

 これはね、肝試しの話。
 まあ、定番だけど、聞いてみてよ。

 アタシは、青森から出てきてるんだけど、まあ、たまには帰るんだ。

 最初の頃はね、意地になって帰ろうとしなかったけど……。
 ああ、いや、それはいいか。

 ともかく、お盆の頃にも、少しだけ帰ってたの。
 ほんと、顔出すくらいだけどさ。

 そうなると、やっぱり地元の友達とも久しぶりに顔をあわすわけで、遊びに行きたいわけだけど……。

 そのときは、ちょっとスケジュールがきつくてさ。
 昼間に空いてる日がなかったんだよね。

 それで、友達たちが、どうせ夜中に出て来るなら、肝試しやろうよって話をしてきて。

 夏だし、そこまで遅い時間じゃないからってOKしたんだ。
 肝試しって言っても、慣れてる場所での話だったし。

 場所はとある神社。

 別に放棄されてるってわけでもなくて、手入れはされてるとこ。
 でも、神主さんとかは見たことないかな?

 地元だから、よく知ってるし、怖いとかってのもあんまりなかった。
 結局の所は、夜中にみんなで出かけて、わいわいやるのが目的だったしね。

 それで、みんなでその神社の近くまで行ってね。
 肝試しに挑戦することになったんだ。

 一人一人、参道を通って、石段を登って、神社の鳥居をくぐって戻ってくるって、それだけなんだけどさ。

 みんながキャーキャー言い合いながら行っては帰ってきて……最後に私の番。
 町中じゃなくて、周りに灯りがほとんどないもんだから、それなりには雰囲気出てたかな。

 唯一の灯りは、普通の道から参道に折れ曲がるその角に立った電話ボックスについてる蛍光灯だけ。

 ただ……ね。

 その電話ボックスに人がいたんだよね。

 長い髪の女の人。
 白いワンピースでさ、受話器を持って顔をうつむけてるものだから、髪に隠れて顔が見えない。

 正直、不気味だった。

 でも、肝試しとか言って怖がってるのはこっちだもん。

 普通にそのあたりに住んでる人だっているんだよね。
 そう考えたら、迷惑かけちゃいけないなと思えてきて、あんまりそっちを見ずに進んでいったんだ。

 でも、なんとなく、こう……。

 えっとさ、小梅ちゃんもアイドルだったらわかると思うけど、アタシたちって、この仕事始めてから、人の視線ってわかるようになってない?

 わかる?
 そうでしょ?

 やっぱり人に見られ慣れてる仕事だからか、感じちゃうんだよね。

 そのときもそうだった。

 うつむいて髪で隠れてるはずなのに、なんか……膚にまとわりつくような視線が、ずーっと追いかけてくる。
 そんな、気がしたんだ。

 アタシはそれを振り払うように早足になって、参道を進んで……神社までたどり着いたの。

 神社は、特に変わったこともなかったよ。
 もうその頃には夜の暗さにも慣れて、あたりもだいぶわかってたし。

 ああ、懐かしいなあ、昔、かくれんぼしたよなあとか思ったりして。

 ただ、問題は戻る時だよね。
 どうしても電話ボックスが目に入るもん。

 そっちのほうに向かうんだし、唯一の人工の灯りだし。

 神社にいる間にあの女の人いなくなってないかなー、ってちょっと期待してたけど、だめだったよ。

 うん、いたよ。

 相変わらず、受話器を持って、うつむいてた……と思う。

 っていうのはね、なるべく見ないようにしてたの。

 こう、見てはいるんだけど、灯りをぼんやりと見てるみたいな、焦点の外し方?
 こう、なんとなしに広い範囲を見るみたいなやり方で、見てた。

 あとね……ねっとりと粘つくような視線も感じたけど、あっちも警戒してるんだろうって思うようにしたんだ。

 だって、夜中の女の子の一人歩きだもん。
 不審げに見られてもおかしくないよね?

 女の人は動くこともなく……これは電話ボックスの中だから当たり前だけど……立ってたよ。

 そうして、特に何事もなく、アタシは友達のもとに戻った。

 電話ボックスの横を通り過ぎる時、女の人が顔を少しあげて……口元が見えたような気がするけど、
そっちをしっかり見たりはしなかったから、定かじゃないかな。

 うん、きっと……。
 笑ってたなんてのは、アタシの妄想。

 それで、合流したあとはみんなで騒ぎながら帰って、肝試しは終わり。

 ただ、さ。

 翌日、東京に戻るって時に見送りに来てくれてた子たちと話をしたんだ。
 うん、前日の肝試しの話。そこには来てなかった子もいたしね。

 昨日は不気味だったよー、あの人どこの人かなー、なんて感じで。

 そうしたら、その友達たちがおかしなこと言うんだ。


 電話ボックスなんかあるはずないって。


 肝試しに来た子は、こう言うの。
 電話ボックスもなくなって、灯りが全然ないから、肝試しに使ったんだって。

 来てなかった子も言うの。
 そこにはもう電話ボックスはないはずだって。

 私が東京に出てる間に電話ボックス、撤去されちゃってたんだって。

 じゃあ、あれは、なんだったのかなあ……。

ほたる「……これは……」

茄子「肝試しはたしかにありがちですが、幽霊を見たというのでもなく、呪われたというのでもない。不思議なお話ですね」

小梅「う、うん。でも……あるはずのないもの……を見るっていうのは、たまに、ある」

ほたる「女の人はともかく、電話ボックスまで……ですか」

小梅「もの……なにかの建物とかも、幽霊みたいになったり……すること、ある」

茄子「その場所に残るのは人などの生き物だけではないと」

ほたる「場所そのものの記憶……とかでしょうか?」

茄子「それもロマンチックですね」

ほたる「怖い、ですけど……」

小梅「もしくは……時空間の乱れ、とか」

ほたる「一時的に昔に……?」

茄子「それはなかなか面白い説ですね。時と空間の乱れと言えば、不思議な話がいろいろと……」


 第十夜 終

本日は以上です。
携帯電話が増えて電話ボックスの採算が取れないのも理解できますが、減りすぎるのも困りますよね。

第十一夜 星


茄子「さて、本日もアイドル百物語のお時間となりました」

ほたる「……今日はどんなお話なのでしょうか」

小梅「きょ、今日も、まゆさんと同じく家に伝わる……お話」

茄子「ほほう」

ほたる「……佐久間まゆさんのお話は、実に鬼気迫るものでしたけど……」

小梅「今回は、ちょっと違う……かな?」

茄子「情念や執念のお話とは違う……ということでしょうか」

小梅「……うん。明るめの……お話」

茄子「なるほど。とはいえ、中身は聞いてみないとわかりませんね。それで、今日はどなたのところへ?」

小梅「う、うん。櫻井桃華ちゃん」

ほたる「……それでは、お聞きください」

櫻井桃華(12)
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○一言質問
小梅「もし悪魔が現れて、願いを一つ叶えてくれると言ってきたら……なんて言う?」
桃華「とっとと地獄にお帰りなさいまし」

 ごきげんよう、小梅ちゃん。

 今日は怪談でしたわね。
 怖いお話でなくとも良いと聞きましたけれど?

 ええ、そうですの。
 わかりましたわ。

 では、不思議なお話を一ついたしましょう。

 これは、徳川の世が終わり、明治のご一新がなった。
 そんな頃のお話ですわ。

 その頃の商家は、奉公人も共に暮らしているのが普通でした。
 時代劇などでもおなじみの風景ですわよね?

 まあ、時代劇では、盗賊に襲われて住み込みの一人が手引きしていたなんて話のほうが多いわけですけれど……。

 このお話は、とある京の商家に奉公していた女中の話ですの。
 この人は、働き者ではあるものの、目立つ所もなく……そうですわね、実に地味に、けれど堅実にそのお店で働いておりましたわ。

 ところが、ある夜、寝所で髪をくしけずっていると、なにか明るいものが畳に落ちるのに気づきましたの。

 なにが……と思って見直すと、もうそれは消えていたそうですわ。

 小首を傾げながら、また櫛を通すと、明るい……火花のようなものが飛びますの。

 どうやら髪に櫛を通すと何事か起こるようだ、とはわかりましたが、髪がくしゃくしゃのままでは寝ることもできません。

 困り果てた女中は奥方のところへ走り、事の次第を話しましたの。
 結局、主人と奥方の目の前で、彼女は髪をくしけずりました。

 すると、先ほどよりさらに激しく……そう、火焔と言えるようなものが、まるで露のようにはらはらと落ちていったそうですわ。

 その炎は熱くなく、燃え移ることもなく。
 誰かが触れる前、あるいは畳に落ちきる前に消えてしまったそうですけれど。
 
 これは何事かと商家の人々が皆集まって、女中が髪に櫛を通す度に星のような火花が落ちるのを眺めやったそうですわ。

 結局、別の櫛を使っても彼女の髪から火は起き、他の者が彼女の櫛を使っても他の者の髪から火が起きることはありませんでしたの。

 このことを恐れ怪しんだ主人は奥方の制止も聞かず、この女中を追い出してしまいましたの。
 ひどい話ですわ。

 そうして、女中は生きるためにほうぼうを歩き、結局、神戸の港に至ったようですの。
 その頃は、外国に向けて開港してしばらく経ち、そのあたりがどんどん発展して行く時期だったようですわね。

 しばらくそこで生きる道を見つけていた女中でしたが、ある日、身なりのいい男性がやってきました。
 そして、あなたの髪からは火星が走ると聞くが本当か、と尋ねましたの。

 女中はたいそう恥ずかしがりながら、それを認めましたわ。
 なにしろ店を追い出された元ですものね。

 恥ずかしがるのも理解できますわ。

 ところが、男性はそれを聞いて大喜び。

『衣を脱ぎ、髪を梳く時に火が現れるは、陽気あふれる証拠にして、貴徴、あるいは寿徴なりと、唐土の古き書に言う』

『ぜひ、我がもとへ来たれ』

 男性はそんな風に女中を誘ったそうですわ。

 その後二人は結婚し、男性が手がけた事業は当たりに当たり……この櫻井の家の基を作り上げましたの。

 そう、髪より星を放つ女性とは、わたくしの祖先であり、彼女を見つけ出した男性とは、櫻井家中興の祖と言われる方ですの。

 このお話を聞いて思いましたの。
 スターというのは、文字通り光り輝く人物なのだと。

 そう、わたくしは、星を産む者の裔に生まれ、ファンのみなさまに光を届ける者となるのですわ。

茄子「たしかに、明るいお話でしたね!」

ほたる「……櫛を通す度、星が落ちてくるなんて……。きっと……綺麗なんでしょうね」

小梅「う、うん。でも、不気味に思う人も、中には……」

茄子「最初の商家の人たちですね」

ほたる「でも……。そこにいたら、もしかしたら」

茄子「そちらの家が栄えていたかもしれませんね?」

小梅「う、うん。そういうことも、あるかも……しれない」

茄子「不思議ですねえ……」

ほたる「でも……昔話では、せっかくの幸運を取り逃がす人は……出てきますよね」

小梅「うん。……たいていは、いじわるな人……」

茄子「そうですね。では、ここからは、伝承などに残る幸不幸の兆しや徴といったものを特集していきたいと……」


 第十一夜 終

本日は以上です。
たまには怖くないのもいいですよね。

第十二夜 ゴールテープ


茄子「本日もそろそろ、アイドル百物語のお時間です」

ほたる「今日は……どんなお話が聞けるのでしょう?」

小梅「きょ、今日は、ある意味で古典的なお話……。学校、でのお話、だから」

茄子「そういえば、学校に関わる怪談話は多いですね?」

小梅「……人が集まるし……。歴史もあったり、するから……」

ほたる「なるほど……」

茄子「それに、こういうお話が好きそうな年頃の子たちがたくさん集まりますしね」

小梅「うん。ただ、今日は……校庭でのお話だから……珍しめかも?」

ほたる「たしかに校舎の中のほうが……多そうですね?」

茄子「校舎の中は人工的な闇が出来ますからね。校庭では、なにかあったら、すぐ外に逃げられそうですし」

小梅「うん。でも、部活動関係は、校庭が舞台なのも……ある」

ほたる「今回も……そうなのでしょうか?」

小梅「う、うん。陸上部の、北川真尋さんだから……」

茄子「さて、どんなお話を聞かせてくれるのでしょうか。それでは、お聞きください」

北川真尋(17)
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○一言質問
小梅「五感のどれかで脅かされるとして……どれが一番怖い?」
真尋「うーん。音かなあ。やっぱり見えないのに音がするとか不気味だよね」

 やっほ!
 小梅ちゃん、久しぶり!

 元気?
 相変わらず白いねー。運動してる?

 嫌い?
 そっかあ。

 まあ、アイドルのレッスンしてたら同世代よりは体動かしてるかな?
 私もレッスン重ねてスタミナついたしね。

 ああ、違った。
 えーと、怪談だよね。

 うん、少しは知ってるよー。

 私、陸上部なんだけどさ。
 陸上にまつわるユーレイ話とか結構あるよ。

 寮の中を、壁をぶち抜きながら走り回る霊がいる話とか。
 困った寮生たちがゴールテープはっておいたら、ゴールした幽霊がそれ以来出てこなくなったんだって。

 あとは、夕暮れの校庭をぽっちゃりめの女の子が走っていて、ダイエットのために走ってるんだけど、一緒に走らないかと誘ってくるとかね。
 これは、走り始めると、一周回るごとにどんどんやせていって、最後はがりがりの骨と皮だけになった化け物に襲われちゃうんだって。

 頭からばりばり喰われちゃうらしいんだけど、どうやって伝わったんだろうね?

 ただ、たいていはランナーの話だよね。高跳び選手の幽霊とか砲丸投げの選手が……とか聞かないね。
 なんでだろ?

 やっぱりランナーのほうがみんな知ってるから?
 むむむ、メジャー故にか!

 今回のお話も、ランナーがらみ……かな。

 運動系の部活にはたいてい、長期休みごとに強化合宿みたいなのが設定されてるんだけどさ。

 うちの部でも、夏の間は少し涼しい地域……高原っていうのかな。
 そういうところに行くんだよね。春休みも、一年だけは行くんだけどね。

 元々はそこにあった学校の陸上部と交流を兼ねてってことだったんだけど、いまは地域が過疎化して、廃校になっててね。
 夏と春に合宿で使うときに掃除するって条件で、かなり自由に使わせてもらってたみたい。

 おかげで、初日は部員も草むしりとかにかり出されるんだけどさ。

 他の部活に遠慮せずに校庭全面使えるし、校舎に泊まるもんだから、部員以外には誰もいなくて騒ぎ放題だし、みんな楽しんで使ってたんだよ。

 草むしりだって、地域のおじいちゃんたちとか来てくれてね。そういう交流みたいなのも楽しかったしさ。

 ただ、一つだけ条件があって、暗くなったら、校庭を使わない。
 そういう約束はあったみたい。

 そりゃあ、照明があるわけでもないしさ。
 暗くなったら練習をやめるのが普通だよね。安全管理って意味でも、普通だと思う。

 だけど、うちの部では、それは幽霊が出るからだって言われてた。

 いつ頃から言われてたのかはわからないけど、先輩のずっと先輩から伝わってきてる、そんな噂話だったみたい。

 ただし、なにが出るかはさっぱりわからないんだよね。
 暗くなっても走ってたら、おかしなものを見ることになるよ、って脅される。
 それだけなんだよ。

 脅してくる先輩方も、この話は夜に外に出て行きたがる子供たちを抑えるために大人たちが考えたんだろうな、くらいに思ってた人も多かったと思うよ。

 うん、私もそう思ってた。
 単なる戒めみたいな感じでさ。

 ところが……見ちゃったんだなあ。

 うん。
 私自身がね。

 いや、どうしても納得いかなくてね。
 その日の走りに。

 もう少し、もう少しってやってたら、日が落ちて来ちゃって。
 もう先輩もコーチも中に戻っちゃってさ。

 いや、早く入れとは何度か注意されたんだけど。

 あと一回、あと一回って粘ってる間に……真っ暗になっちゃった。

 ああいう所って、日が落ちるの早いんだよね。
 もう、山の間に太陽が隠れたら、あっという間に暗くなるの。

 そんな中でも、もう何十回、何百回と走ってるコースだから、頭の中に周りの風景が浮かぶんだよね。

 ここに白線が引かれてて、あそこがゴールで……って。

 だから、最後に一走りして、それで終わろうと思った。
 うん、かなり暗い中でね。

 そうして、走り始めて……。
 自分でもそれなりに納得のいくスタートも切れたし、体の動きも悪くなかった。

 よしっ、ってテンション上がったんだ。

 このまま駆け抜けて、そのまま、校舎に戻ろうって。

 そうして、ふっと前を見つめたら、なにかおかしいんだよね。

 ゴールに、ゴールテープがある。

 いや、普通だよ?
 そういう形式の大会の時はね?

 でも、練習の時にゴールテープなんかはるわけないし、ましてや、真っ暗な中で、ゴールテープなんか見えるわけない。

 そう考えた途端、足の勢いが落ちちゃってさ。
 走るのやめて、歩くような感じになって。

 そうしたらね、すーっと遠ざかるの。

 うん、ゴールテープが。

 暗闇に白く浮かび上がるような感じのゴールテープがすーって遠ざかっていく。

 いま思い返して残念なのは、そのゴールテープの端がどうなってるのか見なかったことかな。

 いや、もうそのときは呆然としてそれを眺めるしか出来なくて、観察するとか無理だったんだけどね。
 いつの間にかどこかに溶けるように消えちゃってたし。

 いやあ、でもさあ。

 幽霊が出るとは聞いていたけど……。

 まさかゴールテープの幽霊とは……ねえ。

茄子「ゴールテープの幽霊……?」

ほたる「なんというか……なんなんでしょう?」

小梅「ゴールテープみたいにはっきりしたものじゃないけど……。ぬ、布みたいなものが……飛んでるっていう話は、実は、それなりに……ある」

茄子「そうなんですか?」

小梅「うん。有名なのが一反木綿」

ほたる「ああ……!」

小梅「一時期なら……UFOって言われてたものもあるかも」

ほたる「それでも、これは……」

茄子「陸上部の真尋さんがゴールテープというからには、きっと、よく似ていたのでしょうし……」

小梅「うん……。でも、本当はなんだったのか……」

ほたる「……謎ですね」

茄子「謎です。さて、次のコーナーでは、そういったよくわからないものの目撃譚について……」


 第十二夜 終

以上です。
今日は純粋にヘンな話。

第十三夜 管狐


茄子「さて、今日もアイドル百物語の時間となりましたが……」

ほたる「……ええと、今日は、事前に少し解説があるんですよね?」

小梅「う、うん。今日は、憑き物の話が出てくる、から……」

ほたる「いわゆる……狐憑きというやつですか?」

小梅「うん……。でも、人に『獣のようななにか』が取り憑くお話は日本各地にある」

茄子「管狐が、東北、東海地方、オサキが関東地方、人狐は中国地方、野狐は九州地方、犬神が西日本全般で、沖縄に至るまで。
狸憑きは少ないが、四国などに見られる……とこの資料にはありますね」

ほたる「狐が多いですけど……狐と言ってもいろいろなんですね?」

小梅「き、狐と名はついてるけど、実際は、イタチとかテンとかオコジョとか……小さめの動物のイメージが……多い」

茄子「オサキについては、八犬伝で有名な曲亭馬琴さんが、『イタチに似た小さな獣』と書いているそうですね。
元々は九尾の狐の金毛が飛んで分かれたものだとか……」

ほたる「不思議なものですね……」

小梅「王子稲荷神社があるから、江戸一帯にはオサキが入れない……っていう伝承も、ある」

ほたる「……お稲荷さまに弱いんですか」

小梅「王子稲荷神社の祭神は、と、東国三十三ヶ国の狐の総大将だから……」

茄子「狐世界にも序列があるということですね。さて、これらの憑き物は、人に取り憑くだけではなく、家系に憑くこともあると思われていたようです」

小梅「うん。個人じゃなく、家に憑く場合は……その家に幸運をもたらすとされていた」

ほたる「……いいことですね!」

小梅「ううん。あんまりよく、ない」

ほたる「なんでですか?」

茄子「これらの憑き物がもたらす幸運や富は、神仏の加護とは違い、代償を必要とされていると考えられていたようなんです。
たとえば、一族の者がむごい死に方をするとか……」

小梅「周囲の人間が……不幸になるとか……」

ほたる「……そんなっ!」

小梅「さ、さらに進んで、管狐なんかは、積極的に憑いている家系の人間が使役できると……考えられていた」

茄子「恵まれた相手を呪い、その幸運を盗み取って使役者に持ち帰る……と」

ほたる「ひどい……」

小梅「だから、その家……憑き物筋は、とても差別された……」

茄子「最初は憑き物が出たという理由から、それが高じて、あの家系は人に祟ると噂されて……という感じですか」

小梅「うん。実際に……憑き物とか関係なく、お金持ちだからって妬まれて、無理矢理憑き物筋に仕立てられたり……」

ほたる「……ひどい話です」

茄子「ええ、ひどい話です。しかし、そういった差別があったという事実はあります。
今回のお話は、そういったことを前提として聞いていただきたいものになります」

ほたる「どなたの……お話なんです?」

小梅「持田亜里沙……さん」

茄子「それでは、聞いていただきましょう」

持田亜里沙(21)
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○一言質問
小梅「……鬼の手?」
亜里沙「ウサコちゃんウサ♪」

 小梅ちゃん、いらっしゃいませ。

 ありさ先生、お話するのは大好きよ。
 寝かしつけるときに、色んなお話をしてあげると、みんな喜ぶの。

 ただ、あんまり怖いお話はしてこなかったけど……。
 でも、怖いお話も知ってるのよ。

 とても悲しくてつらくて怖い。
 今日はそんなお話をしましょう。

 これは、ありさ先生のひいおばあさんのお話。

 ひいおばあさんは、産婆さんをしていました。

 小梅ちゃんは、産婆さんって知ってるかな?
 うん、そうそう。

 赤ちゃんが生まれてくるときに、お母さんの手助けをするお仕事ね。

 小梅ちゃんの世代だとあんまり一般的じゃないと思うのだけれど、よく知っているわね。

 え?
 昔の怪談に出てくる?

 そうなの。
 たしかに、昔は生活に密着していたものね。

 さて、ひいおばあさんは、第二次世界大戦の前から産婆さんをしていました。
 その後、戦争が激しくなってきた頃に、疎開を兼ねて故郷に戻り、そこに落ち着きました。

 ありさ先生の故郷は長野県。
 諏訪大社のあるあたりより少し北側が、ひいおばあさんにとってもふるさとです。

 ひいおばあさんは、故郷の村を中心にいくつかの村を巡り歩いて、
お産の助けをしたり、妊婦さんや、子供を産んだばかりの若い母親たちに指導をしたりしていました。

 本当は村ごとに産婆さんがいればいいのでしょう。
 けれど、戦中戦後の混乱期とそれに続く復興期はどこも人手が足りず、特に地方ではなかなかそううまくいかなかったのです。

 さて、故郷周辺で活動を初めて、十年ほど経ったある年。
 ひいおばあさんが通う村の一つで、女の子が行方不明になりました。

 ひいおばあさん自身が取り上げた子だったこともあり、ひいおばあさんも大層心配しました。

 でも、結局、遺体となって見つかってしまったのです。

 村近くの山にある沼でおぼれてしまったようでした。

 その女の子のお家はお母さんが既に亡くなっていて、お父さんと女の子の二人きりでした。
 一人遺されたお父さんの嘆き悲しみようは、それはもう尋常ではなかったと言います。

 人の少ない寂しい葬儀で、目が溶けそうなほど泣き続ける父親の姿に、ひいおばあさんは同情しきりだったようです。

 ひいおばあさんも夫を亡くし一人娘——私のおばあさん——を女手一つで育ててきたこともあって、なおさらだったかもしれません。

 とはいえ、ひいおばあさんに出来たのは葬儀やその後の細々としたことを手伝うことぐらいでしたけれど。
 それでもその父親は心慰められたようでした。

 というのも、この一家は、その村の中ではつまはじきにされていたからです。

 その理由を、ひいおばあさんはよく知りませんでした。
 よそ者の産婆として踏み込んではいけない部分というのもありますから……。

 ただ、昔からの確執が尾を引いているのではないかと考えていました。

 実を言うと、この村は、江戸のはじめの頃までは二つの村だったのです。
 それが、江戸の中頃にかけて、川の上流にあった村が田畑を広げ、結局、川の下流にあった村を呑み込んでしまったのでした。

 その一家は元々下流側の村の人間にあたります。
 それが村内の扱いに影響しているのだろうと、ひいおばあさんは考えていました。

 さて、娘の葬儀から四ヶ月ほどが経ったある日。

 別の村でそろそろ子供が生まれそうな妊婦さんの面倒を見ていたひいおばあさんのところに、件の父親が現れました。

 どうした、と尋ねるひいおばあさんに、父親は言いました。

『しばらくうちの村には近づかないほうがいい』

 一体、なぜそんなことを言うのか問い詰めると、父親は寂しそうに笑って、

『騒がしくなるので、迷惑をかけられない』

 というようなことを言って帰って行ったそうです。

 その後、かなりの難産の子供を取り上げ、少し落ち着いてから、あれはなんだったんだろうと思っていると、驚くべき報せが届きました。

 例の父親が失踪し、その夜には、村の名主さんの息子が井戸に落ちて亡くなったというのです。
 しかも、村の人間は、失踪した父親が子供を殺したのだと決め込んで、山狩りをしていると。

 なにがどうなってそんなことになったのか、ひいおばあさんには想像もつきませんでした。

 例の父親は、人を殺すような為人ではありませんでした。
 それに、名主の息子とのつながりもわかりません。

 亡くなった娘であるならば、名主の子供とはそう年が離れていませんでしたから、遊んだりはしていたでしょうが……。

 いずれにせよ、名主もその家族も見知った人間です。
 なにより、名主の息子はひいおばあさんが取り上げた子のうちの一人でした。

 ですから、ひいおばあさんは慌てて村に向かおうとしました。

 しかし、そのときひいおばあさんがいた村の人々がひいおばあさんをかなり強く引き留めました。
 ついには村長さんが出てきて、行くなと言ってきたくらいです。

 ひいおばあさんは皆の必死の勢いに疑問を持ち、きちんと理由を話してくれるなら行くのをやめようと言いました。

 皆はそれでもかなり渋りましたが、結局、村長が代表してひいおばあさんに事の次第を話してくれることとなったのです。

『例の男は、クダ筋なんだ』

 そう、村長さんは言いました。
 管狐という妖怪のようなものが取り憑いた家系をそう呼ぶことは、ひいおばあさんも知っていました。

 そして、そこで、村での一家の扱いのひどさにも理解が及んだのです。

『クダ筋と言っても、今時はなにが出来るわけでもない。だが、クダ筋というだけで……』

 同じ人間扱いしないようなひどい取り扱いは残っている、ということでしょう。

『そして、子供は親のやることをよく見ている』

 ひいおばあさんは嫌な予感を覚えました。

『娘は、見殺しにされたという。遊びの途中、沼にはまり、助けを求める娘の周りで、子供らが、クダ筋の娘など助ける必要はないと笑って見ていたと』

 子供は、無邪気だと言います。
 たしかに一面ではそうでしょう。

 子供たちは、悪意まで素直に受け止め、それを実行に移してしまうのです。
 自分たちが悪いことをしているなどという自覚すらなく。

 大人たちが同じ大人である父親に手ひどく当たるなら、その娘への扱いはどれほどぞんざいでもいいと考えてしまう。

 あまりに普通に受け止めていたこと故に、そのことに疑問すら覚えない。
 そういうもののようです。

 ある意味、村全体が、女の子を死に追いやったと言えるでしょう。

 そして、亡くなった名主の息子も、その悲しくも残酷な子供たちの一人だったわけです。

『山狩りをした者らは、そのことを知っていたんだ』

 名主の息子が亡くなったのは、事故ではなく父親の復讐だと村の人々は考えました。
 そして、彼を見つけ出すために山狩りをしたということでしょう。

 そこで、村長の物言いにひいおばあさんは気づきました。
 父親は既に見つかっているのだと。

 父親まで、村の人間に殺させるわけにはいきません。
 殺人だというなら警察に届けるべきだとひいおばあさんが言うと、村長はゆっくり首を横に振りました。

 父親は、見つかったときには既に亡くなっていたそうです。
 しかも、かなりむごい姿で。

 いかに怒りにかられた村人であっても正視することも出来ぬような有様だったらしいと、村長は続けました。

『クダ筋の裔として、出来る限りの呪いをかけるため、自らを生贄としたんだろう』

 そんな莫迦なことがあるわけがないと言うひいおばあさんに、村長は言いました。

『遺体は山に入ってたった一日で、体中にトンネルのような穴が空くほど獣に食い荒らされていたそうだ。
その周囲には獣毛が一房ずつ針で縫い止められた札が散らばっていたとか。
札には村中の屋号が、血文字で描かれていた。ここまで聞いて、ただの死に様と思うかね』

 村長は悲しそうに問いかけた後で、続けました。

『あの村は呪われた。私らには、その呪いの効果があるかどうかもわからん。わからんからこそ、あんたを行かせるわけにはいかないんだ、産婆さん』

 その言葉の真剣さに、ひいおばあさんはそれ以上なにも言えなかったそうです。

 その後、ひいおばあさんは、件の村へ行くのをやめました。
 周囲の村々の人たちからも、やめるように言われたからです。

 なによりも、例の父親自身に——まるで遺言のように——近づかぬよう言われていたのですから。



 村はそれから十年ほどで消えてしまいました。

 住人たちが次々と転居していったからです。
 まるで、逃げ去るように。

『逃げられはしなかったろう……』

 ひいおばあさんは悲しそうにそう言っていたと、私のおばあさんは言います。

 それというのも、ひいおばあさんを引き留めた村長さんに、詳しい事情を知らせた人物。
 これは、山狩りで実際に父親の遺骸を見つけ、あまりの恐ろしさに村を抜け出てきた男だったのですが……。

 この人が、移った先の村で、一年も経たず亡くなってしまっていたからです。

 その人だけならば、過去のことを悔やんで、そのために体調を崩したとも思えます。
 けれど。

『どの村に逃げた者も、みんなそうなった』

 ひいおばあさんが知っている限り、近隣の村に移った者は、誰一人助かってはいないそうです。

『ある日、門柱やら玄関に、オコジョの尻尾のようなものが打ち付けられる。
まるで生きた獣から引き抜いたかのように血がべっとりとついた尻尾が、小刀で深々と打ち付けられてるんだ。
そうして……しばらくすると、その家の人間は、皆死んでしまうんだよ』

 事故死や病死……。
 けして、不自然な死ではなかったと言います。

 けれど、皆、死んでしまうのだと。

 どこか遠くに逃げ去って生き残った者がいるのかどうか、ひいおばあさんも、私も知りません。
 これが、果たして呪いなのかどうかもよくはわかりません。

 ただ、娘を見殺しにされた父親の無念と憎しみは、とてつもなかったであろうとは想像できます。

 恨まれて殺されるのでも、病や事故で亡くなったのでもなく、助かるはずなのに見殺しにされることの、なんと惨いことか。

 ひいおばあさんは、その父親のことを、こう言っていたそうです。

『あの人は、きっと悔しくはなかっただろう。
悔しいというのは、ああ出来たのではないか、こうなったのではないかと思う気持ちから出てくるものだ。

それは、望みを、期待を持っているからこそのものだ。
あの人にあったのは、絶望と憎しみだけだった。

だから、あんな風に自分で地獄に堕ちたんだ。

誰も彼もを道連れに』

 それは、きっととても悲しいことです。

 本当に、悲しく、恐ろしいことです。

茄子「……なんと、言っていいものやら……」

ほたる「……うぐっ、ひくっ……」

小梅「な、泣かないで……」

ほたる「で、でも、こ、こんなの……」

茄子「誰も救われない話は怪談には多いとはいえ……」

ほたる「……あんまりです」

小梅「うん……。かなり、きついお話……」

茄子「亜里沙さんは、元保母さん、ですよね」

小梅「う、うん」

茄子「子供を相手にしてきた人が、これを語る……。重いものが……ありますね」

小梅「う、うん。でも、これは、型どおりの、差別はいけないとかそういうことを言いたいんじゃなくて……」

茄子「ええ、そこは、各々が考えるべきことで、押しつけることではありませんね」

ほたる「私は……ただただ、悲しいです」

小梅「……うん。苦しい、ね」

茄子「……ふぅ。あまりのお話にいろいろと衝撃を受けてしまいましたね。ほたるちゃん、大丈夫?」

ほたる「あ、はい。すいません。お聞き苦しい声を……」

茄子「いえいえ。とはいえ、ずっと引きずってもしかたありません。切り替えていきましょう! そう、ここで重大発表です!」

小梅「うん。実は、今回で、第一シーズンが終わり。次回から、だ、第二シーズンに入る」

ほたる「……なんと、次回はゲストさんもいらっしゃるんですよね!」

小梅「うん。第二シーズン第一回はりょ、涼さん……。松永涼さんが来てくれます」

茄子「楽しみですね! では、そろそろお別れの時間が近づいて参りました」

ほたる「白坂小梅のラジオ百物語」

小梅「次回もあなたに……悪夢、見せてあげる」



 第十三夜 終

 そんなわけで、今回で、第一シーズン終了です。
 最後は陰惨な話になってしまいましたね。

 この板的にはゆっくり百話やってもいいのでしょうが、個人的に区切りがないとつらいので、八シーズンで百話目指して、順次やっていく形にします。
 またある程度ネタがたまったら、第二シーズンのスレを立てる予定でいます。

 おつきあい、ありがとうございました。

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