澪「嘘つきの誕生日」 (16)
その日その時、私は嘘を吐いたんだ。
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澪「唯」
唯「ん?」
澪「唯の誕生日って今日だったよな?」
唯「うん、そうだけど・・・なになに、プレゼントくれるの?」
その嬉しそうな表情にNOを突きつけなくてはいけないのは非常に心が痛む。
誰彼問わず惹きつける笑顔を自分から突き放すのは自分本位な意味でも心が痛む。
そう、嘘なんて常に自分本位なもの。自分の為の嘘だろうと、相手の為を思って自分が勝手に吐いた嘘だろうと。
とかいう言葉遊びはさておき、これから私の吐く嘘ももちろん自分本位なもの。
このままだと10のマイナスが付く可能性が高いからと嘘で繕ってマイナス2くらいにしようという小賢しい作戦だ。故にいくら心が痛もうとも私は引けなかった。
澪「ごめん、そうじゃないんだ。近いけど」
唯「近いの? なら何?」
澪「・・・誕生日プレゼント、何が欲しい? って聞こうと思って」
私は8割くらい保身の為に昨夜から何度もシミュレートした嘘を吐いて唯に微妙な表情をさせた。
別にそれが目的だった訳ではないけれど珍しい表情を見れると少し嬉しくなる。
・・・最も、所詮は嘘吐きである私にそれを喜んでいい資格があるかは怪しいところだが。
唯「・・・なんでもいいのにー、澪ちゃんが選んでくれたものなら」
澪「・・・唯が何を喜ぶのか、わからなくなって、さ。毎年毎年難産だったんだけど、今年ついにネタが切れちゃって」
唯「そんなに深く考えなくてもいいのになあ・・・」
ある意味では深く考えたその結果がこれなんだけど、ある意味ではまるで考え無しだったからこうなったとも言えるからどう返事をしたものか悩む。
しかしそこは心優しい唯、私の沈黙を私にとって都合のいいように解釈してくれた。
唯「・・・わかったよ。私だって澪ちゃんを悩ませたいわけじゃないからね、あとで街のほうに行って何か探そっか」
澪「え、い、いや、欲しいものを言ってくれれば私が買ってくるんだけど・・・」
唯「だから、だよ! せっかく澪ちゃんが何か買ってくれるんだから、一緒に行かないと損じゃん!」
澪「そ、そういうものか?」
嘘吐き故の後ろめたさから、私はこの身を粉にして脚を棒にして唯の希望を叶えるつもりだった。
しかし、もっと別のやり方のほうが余計に唯が満たされるというのなら、そうするべきなのかもしれない。
唯「そういうものだよ。というわけで部活は休むって部長やりっちゃん達に言っておかないとね。澪ちゃん何時くらいからなら行ける?」
澪「ん、と・・・今日の講義は午前中はキッチリ入ってるけど、午後は早く終わるし少し余裕あるかな」
唯「だよね、水曜はいっつも私達と澪ちゃん達が早く部室に来てるもんね」
澪「・・・それもそうだな」
学部は別になっても毎日部活で顔を突き合わせているし夜も私の部屋で語り合うから4人それぞれの行動パターンとかはだいたい互いに把握出来てしまっている。
そしてそれは私達それぞれと同じ学部の晶、菖、幸にも言えることなんだけど、それは今はいいか。
唯「じゃあ・・・そだね、せっかくだから正門近くのベンチで待ち合わせってことで」
澪「ん、わかった」
・・・こうして、嘘吐きな私の償いの一日は幕を開けたのだった。
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予定の時間に遅れたつもりは全くないにも関わらず、ベンチに佇む唯はまるでそこに1時間くらい前からいるのではないかと錯覚させるほど溶け込んでいた。
何に、と言われると答えに詰まるけど・・・強いて言うなら周囲に、だろうか。あるいは空気に、とか?
そうとでも言わないと、私にとって大事な待ち合わせなのに声をかけるのを躊躇してしまった理由が説明できない。
唯「・・・あ、澪ちゃん」
澪「っ、あ、唯・・・」
唯「じゃあ行こっか?」
声をかけられてもまだどこかふわふわした感覚で唯を眺めていたけど、さすがに立ち上がられると空気も変わる。少し勿体無いと思うほどに。
しかしそんな考えから現実に引き戻すような言葉が次に唯から発せられた。無駄に楽しそうな唯から。
唯「あのねあのね、考えてたんだけどね、せっかくだからゲームしようと思って!」
澪「え、何がせっかくなんだ?」
唯「うーんと・・・せっかく二人っきりで買い物だから?」
澪「・・・うん、それで?」
唯「私はこの買い物の中で、一回だけ嘘を吐きます」
澪「えっ」
一瞬、ドキリとした。
もちろん次の瞬間には偶然の一致だろうという結論を出したものの、ドキリとした。
唯「買い物が終わった時に澪ちゃんにそれを当ててもらいます!」
澪「えっと、当てられなかったら? あるいは当てたら何かあるのか?」
唯「・・・・・・」
澪「・・・・・・」
唯「考えてなかったや」
澪「・・・はぁ。ならとりあえずは気楽にやっていいんだな?」
罰ゲーム目的とかならそこはちゃんと考えてくるだろうし、ただの思いつきだろう。
と私は結論を出した。ついでに律あたりに悪い影響を受けたんじゃないか、とも。
どうせ唯の嘘なんていつぞやのように挙動不審になってバレるに決まっているし、それに今日は唯の誕生日だ、深く考えず唯のお遊びに乗るのもいいだろう。
澪「わかったよ。でも欲しくもないものを欲しいと嘘吐いたら損するのは唯だからな?」
唯「わ、わかってるよ、それはさすがに・・・」
・・・しかし。
結論から言うと、私は唯の嘘を見抜けなかった。
更に言うと誕生日プレゼントとして欲しいものも一切教えて貰えなかった。
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唯「あ、あのぬいぐるみ可愛い! 澪ちゃん見に行こう!」
澪「ああ、もう、ほら、そんな引っ張るなって・・・もう」
唯「ほらほら、ほらっ!」
澪「・・・うん、確かに可愛いな。・・・欲しい?」
唯「ん・・・欲しいけど、これは自分で買うよ」
澪「えっ、なんで?」
唯「私だってバイトしてるから少しはお金あるし。あ、せっかくだから澪ちゃんも同じの買わない? お揃いで部屋に飾ろうよ」
澪「ん、うん・・・いいけど」
私も本当に可愛いと思ったし、お揃いの服とかいうわけでもないから変にからかわれたりはしないだろうし、それは構わないんだけど。
けど、唯がさほど悩まず自分で買うと言い出したのはちょっと意外だった。
私からのプレゼント権を使うには安いとか思ったんだろうか? 最近出費あったからあまり高価なものはちょっとキツいんだけど・・・もちろん、できるだけ無理はするけれど。
とか悩んでいる間に唯が会計を済ませてしまったので、私もそそくさとレジに並び会計を済ませた。
唯「じゃ、次いこっか?」
澪「うん。どのあたりに行こうか?」
唯「うーん・・・適当にブラブラ?」
澪「・・・そうか」
唯「ご、ごめんね、連れまわす形になっちゃって」
澪「いや、唯の誕生日だからそれはいいんだ。ただ、欲しいものがパッと出てこないのがなんとなく唯にしては珍しいなぁと思って」
唯「いやぁ・・・あはは、お恥ずかしい」
前に向かって、見えているものに向かって一直線。良くも悪くもそれが唯のイメージだ。
もっとも、良くも悪くもとは言うけど良い面のほうが遥かに大きい。唯の長所であり魅力だと思ってる、私は。
だから引っかかり(と言うには弱いものだけど)を感じているんだと思う。けど・・・
澪「ま、いいんだけど」
別に構わない。
振り回されるのは慣れてるし、二人きりのウインドウショッピングと考えれば・・・楽しそうだから。
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そうしていろいろな所を巡り、陽が落ちようかという頃。
実際にウインドウショッピングを満喫して帰路に着いた私達は、それぞれが片手に持てる程度の小荷物と小腹に収まる程度のスイーツにお金を使ってしまっていた。
唯「んー、楽しかったー!」
澪「そうだな・・・で、唯」
唯「うん?」
澪「欲しいものは?」
唯「・・・あっ」
最初のぬいぐるみに始まり、何かと唯は「欲しいけれど自分で買う」と言って私にねだりはしなかった。
・・・失敗だったかな。唯なら「これ欲しい!」と満面の笑みでねだってくれると思ってたんだけど、案外言い難かったりするものだったのかもしれない。
唯「・・・まぁいいや。澪ちゃんを一日独占しちゃったから、それが誕生日プレゼントってことで! これで充分だよ、私は」
澪「いや、それは・・・そんなことだけじゃ・・・駄目だ」
そんな程度じゃ駄目なんだ。嘘を吐いて結果的に唯を連れ回したんだから、それを帳消しにできるくらいのものを贈らないと私は許してもらえない。
もっとも、そんな私の事情なんて唯にはわかるはずもないんだけど、それでも。
唯「そんなことだけ、じゃないよ。これはとっても大きなことだよ、澪ちゃん」
しかし、唯は優しく笑ってそんな『私』を全て否定する。
唯「いつも、澪ちゃんの周りには誰かがいる。大学生になって友達も増えた。そんな澪ちゃんが私のためだけに時間を割いてくれたんだから、これはかけがえのないプレゼントだよ」
澪「・・・そんなの、唯にだって言える事じゃないか。むしろ私より唯に言える事だよ」
唯「ううん、あの時澪ちゃんが声をかけてくれなければ、こうならなかったんだよ。澪ちゃんが先に私の為に時間を割いてくれたんだよ。私は私の為にそれに乗っかっただけだもん」
澪「そんなの・・・」
何か言い返したかった。目的を達していないからか、意地になりたかった。
でも何故だろう、今の唯には何を言っても上手く言い返され、言い包められる予感しかしない。
ということは、きっと唯の本心なんだろう、これは。
心からそう思っているから、迷いなく言い切れる。これに限らず唯の言葉はいつもそういうものだけど。
でも、そうだとしたら一つだけ引っかかるところがある。
澪「・・・なあ唯。結局、今日の嘘って何だったんだ?」
唯「あー澪ちゃんが露骨に話逸らしたー」
澪「・・・それはごめん。でもわからなくて」
唯「んー・・・教えてあげないっ」
澪「ええっ!?」
唯「当てたときのご褒美とか決めてなかったじゃん。だから、当てたら教えてあげる、当てられなかったら教えてあげない、ということで!」
澪「なんか違う気もするけど今の私には結構効くな、それ・・・」
気になって仕方ないし、気づけなかったことを悔やむし、気づけない自分に落ち込む。つまり効果覿面。
だからこそ。効果覿面だからこそ、悔い改めるためにも是非にでも答えが知りたい。
そこで私は、一枚のカードを切った。何の考えもなしに、ただ知りたいがために、自分で禁じたはずの手札を切った。
澪「・・・唯、実は私も、今日一つだけ嘘を吐いてたんだ」
唯「えっ!? そうなの!? いつの間に?」
澪「・・・教えて欲しい?」
唯「・・・むむ、なるほど、互いに教え合おうということだね?」
澪「そういうこと」
唯の興味の方が先行してくれたのは本当にありがたい。嘘を吐いていたことを責めず、興味を持ってくれたのだから。
もっとも、誰かを責める唯なんて想像しにくいけど・・・でも、何の宣言もなく最初から嘘を吐いていた私は、本来なら責められてもおかしくはない。
だから、全部正直に白状しよう。心優しい唯へ嘘吐きが見せるべき、せめてもの誠意だ。
・・・正直、とても情けない上に恥ずかしいことだけど。
澪「私から言うよ?」
唯「う、うん」
唯が頷いたのを確認し、私はポケットから一つの袋を取り出す。
朝からずっとポケットの中にあった、かわいらしい小ぶりの袋。
澪「・・・はい、これ、誕生日プレゼント」
唯「え・・・えっ?」
澪「ごめん、実は買ってあったんだ」
唯「・・・つまり、買ってないっていうのが・・・」
澪「うん、嘘だった」
唯「で、でもどうして? あっ、っていうか開けてみていい?」
澪「あ、あっ、ちょっと待って先に理由を言わせて!」
唯「う、うん、わかった・・・」
ふぅ、と一つ深呼吸。
言うしかない。保身の為に吐いた嘘の、その理由を。
澪「唯に似合うかな、と思って買ったんだ、それ」
唯「う、うん、ありがと」
澪「・・・でも、買った後で気づいたんだ。私が似合うかなと考えてた唯は、高校からずっと変わってないんだ」
唯「・・・? どゆこと?」
澪「端的に言えば、唯はもうこういうの貰って喜ぶ歳じゃない、っていう可能性を考えられなかったというか」
唯「えー、私そんなにシュミ変わった覚えないよ?」
澪「そうだとしても、そうだという確信が私の中になかったんだ。今の唯はもしかしたら・・・って可能性を考え始めたら、どんどん怖くなってきて」
唯「・・・それで、買ってないって嘘を吐いて?」
澪「・・・うん。唯が望むものを買えば安全だな、っていう考えに至ったんだ」
実際は気にする必要なんて無かったのかもしれない。
でも、そうとも言い切れなかった。大学に入って、唯の意外な一面や成長した姿を見てきたから。
いや、大学に入って別の学科になり多少距離が開いたことで、私の眼に映る唯の姿がかえって少し新鮮になっただけなのかもしれない。
それでも、気づいてしまったら戻れなかった。
変わることが悪いとは言わない。私だって身に覚えはあるから。
ただ、近しいと思ってた人のそれに気づけないことがとても怖くなったんだ。
もっともっと気づいていないところがあるんじゃないか、って・・・
澪「もしかしたら知らないうちに、唯は私の知らない唯になってるんじゃないか、って・・・怖くなったんだ」
唯「か、考えすぎだよー、そんなの・・・」
そうは言ってくれるけど。
澪「ついさっきも、唯の嘘に気づけなかった」
唯の嘘にも気づけないくらい、私は最近の唯っていうのがわからないんだ。
そして気づけなかったことを悔やんだし、気づけない自分に落ち込んだ。
学科が違うんだから、唯と多少離れてしまうのは仕方ない。でも、これではまるで、私が「仕方ない」を言い訳に唯のことを知ろうとしなくなった、そんな風にも見える。
実際、「唯の嘘はわかりやすい」と高を括っていてこの様なのだから・・・
唯「あ、あのね澪ちゃん! 私の嘘はね、その、ちょっとズルい言い方しちゃったから気づかなくても仕方ないっていうか、その・・・」
澪「・・・?」
唯「・・・私もね、澪ちゃんの嘘に気づけなかった。そのことが、今、とっても悔しい」
澪「それは私が黙ってたから・・・」
唯「うん、だから、言ってくれてありがとう、澪ちゃん。おかげで私はこの気持ちが間違いじゃないって思えたよ」
ありがとう、と言われ面食らう。責められるどころかお礼を言われるだなんて。
そして、唯の気持ちって・・・?
唯「私の嘘はね、「澪ちゃんを一日独占したから誕生日プレゼントは充分」ってあたり」
澪「・・・辺り?」
唯「誕生日プレゼントとして充分っていうのはホントだよ。でも澪ちゃんとの時間が誕生日プレゼントだけじゃ足りないよ」
澪「えっ・・・」
唯「今日だけで充分、って意味に聞こえたなら嘘になるんだ。もっと一緒に遊んだりしようよ。学科が違うから休みが合わせにくいのはわかるけど・・・一緒に勉強とかでもいいから」
澪「・・・いや、それこそ学科が違うから同じ範囲の勉強が出来るかもわからないぞ」
唯「あっ、そっか・・・」
と言ってみたものの、それ自体は凄く嬉しい申し出だ。
学科の同じ晶に任せる方が確実なんだろうけど、唯を起こすのも任せちゃってるしな、うん。私が受け持てるなら受け持ってみてもいいかもしれない。
少なくとも、試してみる価値はあると思う。
澪「・・・いつの間にか、そういう話もあまりしなくなってたんだな」
唯「学科が違うとどうしても気後れしちゃうよね」
澪「でも、共通科目とかなら充分いけるはずだし」
唯「だよねっ!」
・・・全く、表情がコロコロ変わるな、唯は。
もちろん、そこが見ていて飽きない、唯のいいところなんだけど。
そして、もっと見ていたいところなんだけど。
唯「あっ、そうだ! プレゼント、もう開けていい?」
澪「あ、うん・・・気に入らなかったら言ってくれ。次は頑張るから」
今の唯は気に入らないのでは? という不安はまだある。
でも今しがた、もっと今の互いのことを知る時間を作ると約束したから、怖くはない。
唯「あ、かわいいヘアピン! スプーンの形?」
澪「う、うん。ティースプーンみたいだと思って」
唯「すっっっごくかわいいよ! ありがとう澪ちゃん!」
満面の笑みとともに唯が抱きついてくる。
なんだかこれも結構久しぶりな気もする・・・妙に刺激的だ。
唯「なにさー、「唯の好みがわからないっ」とか言っといてー。ドンピシャじゃん澪ちゃん!」
澪「よ、良かった・・・じゃなくて! わ、わかったから離れろっ!」
唯「えっへへー。ありがとね、澪ちゃん」
澪「う、うん。どういたしまして・・・」
・・・初冬ゆえに早くも陽が沈んでしまった中でも、唯の笑顔は輝いて見える。
誕生日とかプレゼントとか関係なく、この笑顔はいつまでも眺めていたい。そう思う。
澪「・・・っていうか早く帰らないとな。パーティー始まっちゃうぞ」
唯「おお! ケーキ準備してくれてるんだったよね、楽しみだなぁ~」
澪「さっきパフェ食べてた気がするんだけどな・・・」
唯「まあまあいいじゃん。ほら、行こ! 澪ちゃん!」
そう言って、唯が私の手を取る。
その髪に光るいつものヘアピンの上に、私の贈ったヘアピンを光らせながら。
おわり
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