「いい、そー君?作戦概要の確認」
職員室の扉の前。一組の男女がなにやらひそひそと、深刻な表情で密談していた。
一人は深い桃色の挑発のかわいらしい少女。いかにも元気そうな女の子だ。
「テロリストに捕虜にされた織斑の救出だ」
「段取りは覚えている?」
「俺が奴の注意を引き付けている隙に、君が織斑を脱出口に誘導する。その後、速やかに標的を処理する」
もう一人は学生服の男子生徒。むっつり顔で愛想の欠片もないへの字口。油断もすきもない佇まいは、歴戦の兵を思わせる。
「うんうん、ふっふっふ。私から、ちーちゃんを奪おうなんて百年早いよ……ッ!」
「まったくだ。奴はこれからテロという行為の手痛い教訓を学ぶことになるだろう」
暗い笑みを浮かべた少女は、腕組して頷いて見せた。
「じゃ、最終確認。本作戦の最優先目標は?」
「織斑に気づかせないことだ」
「そうッ!学生たちはまだ、この状況に気づいていない。学校中がパニックになるのは避けたいしね」
「しかし、やはり応援を待つべきだ。テロリストが本当に一人とも限らん」
「そー君は私の情報を疑うのかな?」
なにやら強引な論法には反論せずに、少年は上着の中に手を突っ込んだ。
深く息を吐き、そして吸い込む。
「では、作戦開始だ」
少女はインカムを少年に渡した。
「うん、じゃ健闘を祈ってるよ」
ノック二回の後、間髪入れずに扉を開け、失礼します、と言いながら職員室に入っていく。
ずかずかと職員室の中ほどまで進み、その途中、しっかりと目標の位置を確認することを忘れない。
そして、彼の担任である若いスーツ姿の女性に声をかけた。ちょうど標的に向き合う立ち位置で。
「ご苦労様です、神楽坂先生。お仕事中、恐縮なのですが少しよろしいでしょうか?」
「あら、相良君。かまわないけど」
少し困惑しながら、神楽坂教諭は微笑みながらそれに答えた。デスクから視線をはずし、椅子をきしませて一度伸びをした。
「昨今の中東紛争の現状についてなのですが、先生はどのようにお考えなのでしょうか?」
「は、はぁ……?」
「自分は……」
少年は持論を展開した。一気にまくし立てるように、神楽坂教諭に口を挟み余地を与えない。
反撃の余地を与えない。交渉の場を与えるのはテロリズムを助長させてしまうからだ。彼はそのあたりの事情を良くわきまえていた。
「……というわけで、Rk-92は非常にいい機体なのです。……失礼、話がそれました」
「あのね、相良君。趣味もいいけど、勉強も大事よ?この間の古典のテスト、ちゃんと勉強してた?」
「はッ、恐縮であります」
何が恐縮なのかサッパリ分からない返答だった。
と、その時。
不意に、しゅぱぁっ、という手持ち花火のような音がしたかと思うと、少年の背後で、濃密な白煙が膨れ上がった。
「えッ……?!」
誰かがそういうより速く、白煙は一気に立ち込めて、職員室の中の視界をゼロにしてしまう。
ごほッ、ごほッ、と誰もが咳き込み、悲鳴が耳を突く。大混乱が場に舞い降りた。
スプリンクラーが作動し、部屋の中は豪雨に見舞われる。少年はその状況に、ミャンマーで経験した、ジャングルで遭遇したスコールを思い出した。
あの時はひどい物だった。味方の一人がゲリラのトラップで負傷し、奇襲を受けて隊が孤立したのだ。あそこから生還できたのは奇跡に等しかった。
『そー君ッ、目標確保!制圧任務開始ッ!』
「了解」
渦巻く悲鳴をことごとく無視し、少年は標的の場所まで即座に移動する。
足音をしのばせ、気配を殺し、迅速かつ慎重に任務の遂行を図る。
そして、標的の背後に静かに回ると、その男性教員の襟首を掴み、力任せに引き倒すと、くるぶしに隠していたリボルバーを高等部に押し当てた。
「愚かなことをしたな。この程度で俺を出し抜けるとでも思っていたか」
悶絶し、口から泡を吹く男性教諭に、少年は相変わらず銃口を向けたまま続ける。
「吐け、貴様は一体何処の組織の……」
すぱんッ!
小気味良い音が室内に鳴り響いた。
同時、驚愕した。少年は頭頂部に痛みを覚えたこの瞬間、死すら覚悟する。
敵は一人ではなかったのだ。仲間が他にもいて、その窮地に自分を排除しに来たのだと悟る。
「いいから来い……、馬鹿者……ッ!!」
煙の中から現れた影が、少年の手を引き、まっしぐらに職員室の出口へと向かい走り出した。
少年は再度驚愕する。何せ、彼はこの声の主のことを良く知っていたのだ。
その人物に攻撃された。そして今、自分はこの場から排除されようとしている。つまり、この状況が示す答えは一つ。
「馬鹿な、何故君が……裏切りなど」
「やかましい……!」
ずぱんッ!
威力に割り増しである。
「ぐふ……ッ」
思いがけない人物の裏切り行為に、少年は衝撃を受けながら、がっくりと崩れ落ちた。
影の主は、そんなことは意にも介さず、さらに足を速めて離脱していく。
インカムの向こうから聞こえてくるゲラゲラと笑う声が、非常に耳障りだった。
~~~~~~~~~~
「つまり、裏切りではないと……?」
「むしろ救援だ、馬鹿者!何をしてくれたんだ、お前たちは?!教員たちから文句を言われるのは私なんだぞ?!」
少年――相良宗介の前に憤怒の形相で仁王立ちする少女は語気を荒げていった。
学生服に身を包んだ高い身長、良く鍛え上げられた肉体はすらりとしており、狼を思わせる吊り目の少女、織斑千冬は腕を組み、ありありと怒りを示している。
場所は変わって、ココは学校の屋上。
二人ともスプリンクラーの水を頭からかぶって、全身ずぶ濡れだ。
気の弱い物なら気絶しかねない凶悪な視線を受けてなお平然としていられるのは、宗介が良く訓練されていたからに他ならない。
「しかし、俺は君がテロリストに狙われているという情報を入手したのだ」
「……、それは、誰からの、情報だ……?」
「篠ノ乃からだが」
ずどんッ!
千冬の強烈なストレートが宗介の頬を見事に打ち抜いた。到底、人間が殴られた音とは思えない、重低音だ。
宗介は背を大きく反らして、そのまま地面に倒れた。およそ三秒、微動だにせず突っ伏した後、むくリと起き上がって。
「痛いじゃないか」
「やかましい!こ……のっ、戦争ボケが!まず、束の情報だという事に疑いを持てッ!」
「しかし、篠ノ乃の情報もバカにはできんぞ?」
「言い訳をするな!凄腕の傭兵だか、AS乗りだか知らんが、その前に一般常識を覚えろッ、馬鹿者が!」
「むぅ……」
宗介は額に脂汗を浮かべ、きびしい顔つきのまま俯いた。何処となく傷ついたようにも見える。彼は彼なりに努力していたのだろう。
悪気がない分、余計に始末が悪い。
千冬は頭を抱え、深いため息を吐いた。
宗介は幼い頃から海外の紛争地帯で育ち、平和な日本での常識がまったくない。
やること全てが空回りして、周囲に大迷惑をかけてしまう。
もはや天災のレベルだ。暴走しかしない。
どうしてこんな厄介な男の世話を焼いているのか、ふと考えてしまうことがあるが、悲しいことに千冬にはこの手の存在に耐性があるのだ。
でなければ、とっくの昔に友達をやめていただろう。
それに、恩義もあった。
なにより、宗介の本当の姿を知っている。
真実、彼は戦争屋であり、平和からひとたび離れれば、一流の戦士へと早変わりする。そして、今なお現役の兵士なのだ。
ある出来事で、それを知った千冬はそれゆえに、彼から離れられないのだ。
「まあ、それでも、お前の行動にしては珍しくスカッとした。狭山先生はねちねちと鬱陶しかったからな」
「そうか」
それは彼女なりのフォローだったのだろう。ニッ、と笑い、宗介に笑いかけた。
「ソースケ。夕飯、食べていくか?」
「君が作るのか?」
「…………、一夏だ」
「なら、ご馳走にならろう」
「おい、今のはどういう意味だ?」
「ふむ……」
宗介は一瞬、黙り込んだ後……。
「いや、問題ない」
すぱんっ。
と、今度は何処からともなく取り出したハリセンで宗介の頭を叩いた。
おわり
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