八幡「そして冬休みになった……」 雪乃「……」 (656)
『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』8巻以降の話です。
ネタバレ有りです。
原作といろいろ違うでしょうがそこはスルーで……
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「今日はもう終わりにしましょう」
いつものようにこう言って雪ノ下雪乃は本を閉じた。
本日の奉仕部もこれで店仕舞い、さっさと帰るとするか。
「おう、じゃあな」
「ゆきのん、ヒッキー、また明日」
「さようなら、由比ヶ浜さん、比企谷くん」
12月19日、終業式前日。
本格的に冬が到来した。
特別棟4階の廊下はひんやりとした冷気にすっかりと覆われてしまっていた。
底冷えする寒さに思わずブルッと身震いしてしまう。
冬至を目前に控え、灯りの点っていない廊下は薄暗い。
空には満月から数日たった下弦の月が登り始めていた。
廊下には教室のドアにある円形の覗き窓からわずかに月明かりが差し込む。
そして、うっすらとところどころを白く照らし出していた。
それは、とても頼りげがなく今にも消え入りそうなはかなさを持つ弱々しい灯りだった。
「ねー、ヒッキー……」
後ろを歩く由比ヶ浜が声をかけてきた。
「おう、なんだ」
振り返らずそう答えた。
話の詳細はわからないがなんとなく雰囲気で何の話題かわかってしまったからだ。
「先に言っておくけど、明日部活行けないから……」
含みのある口ぶりだ。
やっぱり、あの話題か。
「おう、わかった」
俺が聞いたところでどうにもならないが、話かけられた以上聞かないわけにはいかない。
ちょうどどこかの教室の前を通ったようだ。
まだ空に姿を現したばかりの月がわずかに照らし出す足元を探るように視線を落としたまま返答した。
「明日、優美子たちと2学期の打ち上げするんだ……」
「おう、そうか」
リア充は節目節目に何かと理由をつけはて打ち上げだとかパーティをしたがる。
たいそうご苦労なこった。
その点ぼっちは、誰にも余計な気遣いすることなく一人静かに好きなように過ごすことができる。
大枚叩いてまで他人に気を遣わねばならないリア充ってなんなんだろうね。
「ゆきのん、結局選挙の時からあんな調子のままだし。冬休みに入る前に何とかしたかったけど、
やっぱり無理だった……。明日は2学期最後の日だからゆきのんと一緒に過ごしたかったけど誘いを
断れなかったんだ。ヒッキーごめんね……」
「別にお前が謝ることじゃねーよ。俺だっていろいろ悪かったと思っているし、そんなこと考えて
いても仕方がない。だから気にすんな」
生徒会役員選挙に関する依頼で、奉仕部は崩壊寸前の状態に陥った。
一月ほど前のできことだ。
俺も雪ノ下も由比ヶ浜も三者三様の考え方を互いに譲ることも互いに歩み寄ることもできないまま、
バラバラに動き出してしまった。
このときは結局、依頼そのものをなかったことにする方法で一応は表面上の対立は解消した。
しかし、全てをうやむやにするそのやり方はとても円満な解決方法だったとはいえず、雪ノ下との間
に大きな禍根を残してしまった。
俺と由比ヶ浜は利害が一致したおかげで、なんとなく以前のような関係に戻ることができた。
だが、俺も由比ヶ浜も雪ノ下との間に生じた大きな溝を埋めることは未だできていない。
表面上は以前と同じように過ごしているものの欺瞞に満ちたうわべだけの関係でしかない。
とりわけ、俺と雪ノ下との溝は由比ヶ浜のものに比べて深くて大きい。
修学旅行の一件のほとぼりが冷めぬ間に起きてしまった生徒会役員選挙での一連の出来事がその
深刻さを決定的なものにしてしまった。
「ヒッキー、本当に心苦しいんだけど、ゆきのんのことお願いね……」
俺がお願いされたところでどうにもならない。
そんなことは、由比ヶ浜もわかっている。
俺と雪ノ下を2人きりにしてしまうことに罪悪感を感じているのだろう。
さっきも由比ヶ浜に言ったが、別にこいつが悪いわけではない。
玄関に着いた俺たちは、それぞれの方向に向かって別れた。
明日は終業式か。
そして、明後日からは冬休み。
楽しいことでも考えて気を紛らわせるとするか。
× × ×
ファー……。
ちょうど小説を読み終えた俺は2学期の疲れから解放されたという安堵感からか大きく伸びをした。
ふと窓に目を向けると空は真っ暗だ。
今日はまだ下弦の月は空に姿を現してはいない。
既に太陽はいずこかに消えてしまったが、窓の向こうは雲の無い穏やかな天気が広がっているようだ。
部室のある4階の窓からは、湾岸エリアのまばゆい光の向こうにポツリポツリと船の灯が点っている。
それらがいつもよりはっきりと見えている。
冬の空気が澄んだ日は寒い。
きっと今日も寒いんだろうな。
「もうそろそろ終わりにしないか」
窓辺で本に向かう雪ノ下に声をかけた。
「ええ、そうね。でも、私はもう少しで切りのいいところになるからそこまでは読んでいくわ。
だから、先に帰ってくれて構わないわ」
視線を動かすことなく雪ノ下はそう答えた。
せっかくの部長様のお言葉だ。
手早く身支度を整え、下校体勢に入った。
「じゃあな」
「さようなら」
これが、冬休み前── 今年最後に雪ノ下雪乃と交わした会話だった。
ここは「良いお年を──」と形式的にでも言うべきだったのかもしれない。
しかし、奉仕部の部室はもうこれ以上うわべだけの言葉なんて必要としていなかった。
この部室にはそれほどにまで欺瞞が満ち溢れてている。
そんな飽和状態の部室にこれ以上、余計なものを添加してしまおうものなら、嘘偽りで真っ黒く染まった結晶でも
生じてしまいそうだ。
雪ノ下は俺を見送ることもなく、俺は俺で振り返ることなく後ろ手でドアを閉めて一年の最後の別れをした。
人気のない特別棟の廊下は今年一番の冷え込みだった。
思わず「さぶっ!」と独り言が出てしまう。
何度も何度も寒さに身震いしながら、暗く長い廊下を歩いていった。
外に出ると一段と冷え込んでいた。
その冷え込みと引き換えに空気は澄んでおり、頭上にはいつもより多く星が瞬いていた。。
しかし、それらをまじまじと見つめるつもりはない。
じきに月が悠然と空を登ってくることだろう。
満月を過ぎたとはいえ、まだまだ月は誇るようにその明るさを保っている。
そんな月が現れるや否や、急に存在感が薄れてしまう星たちの輝きが偽りのものに思えたからだ。
自転車にまたがると迷うことなく校門へと向かった。
明日からはしばらくの間学校がない。
誰にも会うこともなく誰にも咎められることもなく自分一人だけの自由な時間を味わいたい。
そんなことを考えながら校門を抜け出すと俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「比企谷……」
確かにそう呼んでいた。
これは空耳だと無かったことにしたかったが、無理だった。。
暗闇の中にも拘わらずバッチリと目と目が合ってしまったのだ。
さすがにこれは無視するわけにはいかない。
一度は通り過ぎてしまったものの声の主のもとへと戻った。
そこには中学の同級生の折本かおりがいた。
× × ×
「別に謝られることなんかねーよ。それよか、葉山なら知らねーぞ。俺はあいつのこと嫌いだし」
何だってこんなところに居やがるんだ。
また葉山との間を取り持ってくれだとかは勘弁願いたい。
「……。いや、そうじゃないんだ。こないだのことをちゃんと謝りたくて……」
クシュン!
くしゃみをした折本が話題を変えた。
「ところで比企谷、部活やってんの?」
「ああ」
「だから、こんな遅くまで学校に居たんだ」
比企谷のくせにこんな時間まで待たせやがってと文句を言いたいのだろうか。
それにしても、こいつは一体いつから校門の前で待ってたんだ。
こんなことされたら、こいつをこのまま置いて立ち去れなくなるだろ。
「はー……。何の用だが知らないが、いつまでもこんなところに居たら風邪ひくぞ。だから場所替えるけどいいか?」
やっと2学期が終わったと思ったら、最後の最後にまた厄介ごとが一つできてしまった。
それよりもさっさとここから移動した方が良さそうだ。
こうしているうちに雪ノ下がやってくるかもしれない。
この間の葉山の時とのこともある。
あの時、雪ノ下は一体誰を咎めていたのか、一体何を咎めていたのか知らない。
だが、あんな目で睨まれるのはもう御免だ。
これ以上、事を厄介なものにするのはもう御免だ。
「駅の近くの喫茶店でいいか?」
「そこでいいよ」
俺は自転車を降りると押しながら駅の方向に向かった。
折本は無言で俺の跡をついてきた。
どうやら今日はこの冬一番の寒さだ。
顔にまとわりつく潮風がいつもより一段と冷たく感じられた。
× × ×
「店の中ってやっぱあったかいねー」
「ああ、そうだな」
窓に面したカウンター席に並びながらコーヒーを啜る。
俺としてはこいつと話すことなど何もないが、校門の前で長時間待たせてしまっていたのだから仕方がない。
ここは割り切ることにした。
とにかく俺から話すことはない。
しばしの沈黙が訪れた。
コーヒーの湯気が消えかかった頃、折本が口を開いた。
「比企谷、こないだは気分を害することをしてゴメン」
「別に気にしてねーよ」
「でも、葉山君があんなに怒っていたし」
葉山が怒ったから謝るだと。
こいつは上位カーストの人間である葉山が怒ったという事象にのみ理由を求めているではないか。
葉山という存在を権威づけしていなければそこに謝る理由はないと言っているようなものだ。
結局、俺のような下位カーストの人間をゴミ扱いしているほかならない。
こいつは何もわかっていない。
こんなのは謝罪と言わない。
表立った悪意がなくとも潜在的な悪意を含んでいるといってもいいだろう。
言った本人がわかっていないのだからなおさら性質が悪い。
たちまち心の底から不愉快になった。
今にも心ない言葉をぶつけてしまいそうだ。
ぐっとこらえようとカップの中のコーヒーを一気に流し込む。
その苦味にむせてしまいそうだ。
「あらー、比企谷くん、奇遇ねー」
甘ったるい鼻に着いた声が聞こえてきた。
振り返りたくなかったが、仕方なくその方向に顔だけは向けた。
もうわかりきったことではあったが、目の前に現れたのは雪ノ下陽乃だった。
「比企谷くん、雪乃ちゃんほっぽりだしてその子とデートなの? それに浮気だとはお姉さん感心しないなぁ」
「違います。デートじゃありません。それに雪ノ下とも付き合っていません」
思わず語気を荒げてしまった。
「やだなー、比企谷くん。そんな怖い顔をしなくたって」
ただの冗談じゃないのなんて顔をしてこう切り返してきた。
相変わらず喰えない人だ。
むやみに肉体的接触をしてこようものなら、今日という今日はキレてしまいそうだ。
どういうわけか今日の俺は冷静じゃない。
あからさまに怒りをむき出した表情を見せてしまった。
「フフフ。怒った顔もなかな素敵じゃない。だって怒ったときは目が腐っていないんだもん」
売り言葉に買い言葉か。
あからさまに挑発してくる。
雪ノ下陽乃は不敵かつ好戦的な笑みを見せている。
彼女の目は笑っていない。
自分の妹よりも冷たい冷気を放つ鋭い眼光だ。
ひょっとしたら、俺もとうとうこの人を敵に回してしまったのかもしれない。
もしそうであれば、葉山の言うようにこれから徹底的に潰しにかかってくるのだろう。
ならばその時は俺も徹底抗戦あるのみだ。
20歳にもなりながら高校生に刃を向けてくるようなガキにも劣る大人にいいようにされてたまるものか。
自然とさらに強い怒気をこめた表情になっているのが自分でもわかった。
「あら怖いわね、比企谷くん。残念ながら今日は待ち合わせしているからもうキミのお相手はもうできないの……」
氷のような笑みを浮かべ、それ以上に冷淡な口調で話した彼女は、ここまで言うと急に視線をずらした。
そして、その先をしっかりと捉えてこう続けた。
「── ねっ、雪乃ちゃん?」
「!!」
自分でも驚くくらいの速さで体を反転させると目の前に雪ノ下雪乃が立っていた。
雪ノ下は苛烈な眼差しで俺を見ていた。
「雪乃ちゃん、比企谷くんたちのデートを邪魔しちゃ悪いから、さぁ行きましょ」
雪ノ下はそう言い放つ姉にさらに強い不快感をぶつけるような眼差しを差し向ける。
しかし、それはほんの一瞬のことで、急に身を翻したと思うと足早に立ち去って行った。
「あらぁ、比企谷くん。雪乃ちゃんのこと追いかけなくていいのかなぁ。雪乃ちゃんが冬休みに家に帰って
くるなんて急に言い出すものだから、なんかあったのかなと心配に思ってさっきメールしてみたんだー」
雪ノ下陽乃は悪びれずにこう言った。
意地悪を通り越して悪意の塊にしか見えない下卑た笑みを浮かべながら。
「それに、めぐりに聞いてみたら雪乃ちゃん選挙に出ようとしていたんじゃない?」
雪ノ下陽乃の表情はもはや腹黒さを隠そうともせず、醜悪なものだった。
「どうやら今の反応から見るに比企谷くんが雪乃ちゃんを潰しちゃったようね。あら、雪乃ちゃんを追いかけ
なきゃ。バイバーイ」
最後にかけられた言葉は悪意そのものだった。
しかし、彼女の言葉は何一つ間違っていない。
それは全てれっきとした事実だ。
俺の心の中にとんだ置き土産をしてくれたもんだ。
「ひ、比企谷……」
折本かおりの顔からはすっかりと血の気が引いて蒼白になっていた。
「……あの子のこと追わなくていいの? わ、私のせいで……、私のせいで本当にごめんなさい」
今のこの謝罪には悪意は全く感じられなかった。
むしろ本心とみて間違いないだろう。
しかし、それは恐怖による外発的動機付けがそうせたものだ。
そんなものに意味はないし、俺自身意味を求めてはいなかった。
折本はただただ怯えていた。
一番の被害者は雪ノ下姉妹とは全く無関係な折本だろう。
「俺の方こそ、変なことに巻き込んでしまって悪かった」
さっきは折本の言動に腹を立ててしまった。
しかし、それ以上にこいつに嫌な思いをさせてしまったのだ。
今は自分が立腹してしまったことを恥じている。
こいつとはもう二度と顔を合わすこともないだろう。
だが、こいつは俺のことを思い出すたびにこうしてトラウマとして蘇ってくるに違いない。
「私、帰るね。比企谷、さようなら」
「ああ、じゃあな」
コーヒーをもう一杯飲んでから店を出た。
もちろん、そこには雪ノ下姉妹と折本の姿はない。
別に誰かが待っていることを期待していたわけではない。
ついこんなことを考えてしまったのは、いつの間にか姿を見せていた下弦の月が目に入ってしまったからだ。
右半分が抉られながらも無理に球形に見せようとしているいびつな姿の月にゾッとしたのだ。
それはあたかも俺とその周囲の人間関係のようだった。
そして、それは満月のように輝くリア充でありながら、いびつな人格形成がなされている雪ノ下陽乃の姿ともぴったり重なった。
海からの寒風が目を覚まさせるように吹きつけてきた。
ズキン……。
頭が痛い。
この夜、どこでもらったのかさっぱり身に覚えのないインフルエンザを発症した。
40度を超える高熱の中、幾度も幾度もこの夜の出来事から派生した幻覚にうなされることになった。
舟をこいでしまったので、続きはまた明日
× × ×
冬休みも残すところあと3日となった。
終業式の晩に大きなうねりがあったが、それ以降は波穏やかに過ごしている。
強いてあげれば、その晩と次の日に由比ヶ浜からメールが来ていたことだろうか。
インフルエンザに苛まれていた俺は、さらに一日遅れで罹患している旨を返信した。
熱が下がってから3日間は出歩けない。
それきりクリスマスの誘いのメールもぴったり止んだ。
あとは、小町と大晦日の晩に除夜の鐘を突きに行った。
そして、ついでにそのまま初詣に行ってきたことくらいだろうか。
家を出てから由比ヶ浜から初詣の誘いのメールが届いていたが、人ごみの中で気づくことはなかった。
帰宅するとすぐに布団に潜っていたので、夕方まで放置した形になった。
それにしても由比ヶ浜はやたらとイベント好きだ。
さすがはリア充といったところか。
ことごとくイベントを避けているぼっちのことをちっともわかっていない。
こいつは将来、イベント企画会社にでも就職すればいい。
そういえば、まだあったな。
今年は何とこの俺に年賀状が届いたのだ。
一体何年振りだろう。
相手は平塚先生だ。
面倒だったので無視しようと思ったが、自分の命はどうしても惜しい。
だって、人の命は地球よりも重いって言うんだぜ。
仕方ないから小町から一枚ハガキを貰って返信した。
冬休みに入ってからあったことといえばそんなところだ。
そして、今日は材木座に誘われて明日までの2日間の短期のアルバイトをしている。
材木座の紹介だから胡散臭さを感じたが、これはがなかなか良いバイトだ。
春からは週に1、2回放課後に予備校に通おうと思っている。
数学の成績が壊滅的な俺はいくら文系教科の成績が良いとはいえスカラシップを取る望みは薄い。
親に言えば金くらい出して貰えそうだが、小町の高校進学と時期が重なってしまう。
一時的な出費とはいえ、決して少ない額ではないので予備校に安泰に通えるかどうかはわからない。
だからこうして、貯蓄しようと考えたのだ。
「時に八幡よ、その後の奉仕部はうまくいっているのか?」
バイトの休憩中に材木座が尋ねてきた。
「そのことだがバイト上がったら聞いてもらえないか?」
「うむ……。合点承知した」
材木座には奉仕部がうまくいっていないことが伝わったようだ。
「悪いな。時間をとらせてしまって」
「何を言う八幡! 我とうぬの間柄ではないか」
材木座はノータイムで答えた。
話し方がいちいちキモいがこいつはいつも俺の頼みごとを嫌な顔一つせずに聞いてくれる。
選挙の時もこいつにはかなり世話になった。
だからこいつには奉仕部のその後について聞く権利がある。
いや、俺が聞いて欲しいだけなんだが。
藁にも縋る思いで材木座に相談に乗ってもらうことにした。
× × ×
「ふむ。話の流れは相分かった」
バイトを終えた俺と材木座はサイゼでテーブルを挟んで向かい合っている。
ちょうど事の顛末を話し終えたところだ。
相変わらず暑苦しいしゃべり方をする奴だか、俺の話を真剣に聞いてくれる。
だからこれくらいは目をつぶらないといけないな。
「ところで八幡……」
材木座の声が急に拍子抜けしたものになった。
「何だ材木座?」
「あの……、これってそんな複雑なことですか……?」
材木座には理解しがたい内容だっのだろうか。
困惑の表情を浮かべた材木座はすっかり素の話し方になっていた。
「へっ?」
俺も釣られて困惑してしまった。
一体どういうこと?
「言いにくいのだが、これってうぬら2人に拗ねただけじゃないの……?」
「へっ?」
俺はますますわからなくなって上ずった声で訊き返してしまった。
「……つまり、雪ノ下は俺と由比ヶ浜に拗ねているってことか?」
「そうだ。考えてみるがよい、八幡よ。うぬはツイッターのプリントアウトを見せた時、何と言われた?」
記憶の糸を手繰り寄せるまでもなく雪ノ下の言葉はすぐに出てきた。
何度も頭の中でプレイバックしていたので、暗唱できるまでだ。
「ああ、確か……『わかっていたものだとばかり、思っていたのね……』だったな」
しかし、スラスラと言えてしまうことに何か引っかかるものを感じてしまった。
一生懸命思い出しているフリをしながら答える。
「では、八幡、うぬに何をわかっていてもらいたかったと心得ている」
「それは、憶測の域を出ないが……」
「それでもだ。八幡、何と心得ている?」
材木座はすっかりいつもの話し方に戻っていたが、静かに問い続けてきた。
「雪ノ下は選挙規約に精通していた。ひょっとしたら会長になってもいい……、いや、なりたいと思っていたかもしれない。
それにこれは俺の思い上がりかもしれないが、俺と由比ヶ浜と一緒に生徒会をやりたかったのかもしれない……」
「うむ。でも、うぬにはそれについては言い分があるのだろう?」
「ああ、雪ノ下はああやって完璧に見えるかもしれないが、文実や体実を一緒にやってみてあいつに危うさを感じた。
ほかの人間が考えているようにそんな器用に人心を掌握してそつなくこなすことができるとは思えない。
このままにしておいたら潰れてしまうのは自明だ。だから、雪ノ下を会長にさせまいと思った。それに、俺はこれまで
のやり方を否定されたから自分を曲げてみた……」
「ふむふむ。それが裏目に出たのでござろう」
材木座は相槌を打ちながら話を整理した。
「ああ、自分のやっていたことに絶対的な自信を持っていた。これで円満に解決だと妄信していた……」
俺は一体何をベラベラと喋っているのだろう。
こんな自分の内面に立ち入ろうとする話は小町にしかしたことがない。
いや、小町にすらそうそうできるものではない。
俺の心のプロテクターが発動し、とうとう口をつぐんでしまった。
「八幡、どうしたのだ?」
材木座が心配するように問いかけてくる。
「いや……、その……」
自分の心の中が何もかも見透かれてしまいそうで、これ以上は何も話したくない。
わざわざ材木座に話を聞いて貰っているのにだ。
「自分の内面をさらけ出すことが嫌なのか?」
「……。ああ……、済まない」
こいつは本当に材木座なんだろうか。
材木座はまっすぐと俺の目を見ると、一つひとつ言葉を選ぶように静かにこう語りかけてきた。
「八幡よ、もう本当は気付いているのではなかろうか?」
「……」
そうだ。
その通りだ。
「自分が何をなさなければならないのかを」
「……。ああ……」
まったくその通りだ。
「我が『拗ねているだけだ』と言ったことも……」
「……いや、それは違う! そんな単純なものではない!」
思わず声を荒げてしまった。
「ふむ。そうではないと。それは、うぬが色眼鏡で見ているから、フィルターで補正しているからであろう──」
何を言う。
俺は自身と向き合っているし、真実と向き合っているはずだ。
「── ならば問おう。うぬは何を一番守りたかったのだ? うぬは──」
>>55修正版
「ふむ。そうではないと。それは、うぬが色眼鏡で見ているから、フィルターで補正しているからであろう──」
何を言う。
俺は自身と向き合っているし、真実と向き合っているはずだ。
「── ならば問おう。うぬは何を一番守りたかったのだ? うぬは── ?」
× × ×
材木座の最後の言葉が頭の中で繰り返し再生されている。
何度も何度も俺に2つの問いを投げかけてくる。
何を一番守りたかったって?
それはどうしても1つでなければならないのか?
どうしても優先順位をつけなければならないのか?
一度にたくさんのものをまとめて守りたくなることだってあるはずだ。
それともう一つの問いは……。
……さっぱりわからない。
そんなことは今まで考えたことすらない。
それなのになぜか俺の中で全く咀嚼できない。
そして、その問いは心につかえたままになっている。
材木座には別れ際にこうも言われた。
── 折本某との過去のトラウマと決別できたのだから、この問いにの答えにたどり着くことができるはずであろう
俺の中でまだ何かのプロテクターが発動しているようだ。
一体何のトラウマが邪魔しているのか?
それとも、俺は一体何を恐れているのか?
頭の中で様々な思考がグルグル渦巻いて気分が悪い。
これって、バッドトリップとかいうやつなんだろうか。
もともと興味がないからいいけど、薬物には絶対に手を出してはならないななんてを思ったりした。
ファン……
警笛を鳴らして東京行の京葉線が入線してきた。
その音でハッと我に返った俺はとめどもない思考を停止することができた。
今日はあまりにもいろいろなことを考えすぎてとてつもない疲労感を感じている。
座席に座れるといいな。
ドアが開くのを待った。
開いたドアから幾人かが続いて降りていく。
乗車待ちの列の先頭でそれが途切れるのを待ちかねていた俺は、素早く空いている席を探した。
3が日の最終日といえども、そこそこ混んでいるようだ。
向かいのドアの左横にあるロングシートに空席を見つけた。
右から数えて2人目の位置だ。
座席を確保しようと足早に向かう。
その時、1人目の席に座っていた人物と不意に目が合ってしまった。
足元に大きなキャリーケースを置いている雪ノ下雪乃だった。
その姿を見て思わず足がすくんでしまう。
「何を突っ立っているのかしら? 座ったら」
目も合わせずに雪ノ下は抑揚のない平坦な口調でこう言った。
「ああ……」
俺はこれ以上、何も話しかけることはできなかった。
それは長い時間のように感じた。
雪ノ下の隣に座ったはいいが、どうも落ち着かない。
さっきから心がざわついている。
それに雪ノ下を目にしてからというもの、材木座からの問いが再び頭の中でリフレインし始めた。
軽く眩暈を覚えてしまいそうな気分だ。
左隣に座っている雪ノ下がスクッと立ち上がった。
すっかり思考の路地裏をさまよっていた俺は下車駅に着いたことにようやく気付いた。
降り遅れまいと雪ノ下の跡をついて行く。
>>62修正版
× × ×
それは長い時間のように感じた。
雪ノ下の隣に座ったはいいが、どうも落ち着かない。
さっきから心がざわついている。
それに雪ノ下を目にしてからというもの、材木座からの問いが再び頭の中でリフレインし始めた。
軽く眩暈を覚えてしまいそうな気分だ。
左隣に座っている雪ノ下がスクッと立ち上がった。
すっかり思考の路地裏をさまよっていた俺は下車駅に着いたことにようやく気付いた。
降り遅れまいと雪ノ下の跡をついて行く。
足早に歩く雪ノ下がドアの前で立ち止まった。
スーツケースを持ち上げるのに手間取っている。
「ほらよ」
手を差し伸べようとする。
「いいわよ……」
言うが早く俺は取っ手を掴むとホームの上に下ろした。
「ありがとう……」
目をそらし、か細い声で礼を言う。
ここ1か月半のことを考えると素直に礼を言いたくないのだろう。
それでも、落とし前だけはきっちりとつけなければならないという理性が邪魔をしたというところか。
思わず苦笑してしまった。
「何かしら?」
きっと鋭い眼光を向けられた。
こんな光景はいつ振りだろうか?
「ほら、行くぞ」
「もう結構よ」
「エスカレーターでそんなもの転がされたらたまらんからな」
雪ノ下の巨大なキャリーケースをひったくるとエスカレーターに乗った。
俺の一段後ろに置くと雪ノ下は慌ててさらにもう一段後ろに続く。
雪ノ下は何事か小言を言うが俺はどこ吹く風でキャリーケースの取っ手を後ろ手で掴んでいた。
エスカレーターの終端のステップのところで再び持ち上げた。
丁字にぶつかる連絡通路の中ほどまで侵入するとそこでキャリーケースを解放してやった。
「ほら、返すぞ」
「そもそもあなたに貸したつもりはないのだけれど」
まあまあ、そんなに尖るなって。
どうせまた、ステップのところでつかえてしまっていただろうに。
ムッとしてひったくるようにキャリーケースを押し始めた雪ノ下について行く。
「あなた、いつから私のストーカーになったの? 警察に通報するわよ」
振り返りもせずに不快感をあらわにした。
そのおぼつかない足取りで大丈夫なもんか。
こっちはこのあと起きるであろうことを予見できている。
それなのに見て見ぬ振りなんかできるわけないだろ。
しばらく無言で跡をつけたのち、再び雪ノ下からひったくると一足先に改札をくぐった。
案の定、キャリーケースは改札を擦れ擦れで通過した。
ほら見たことか。
お前だったら絶対に引っかかっていたぞ。
だいたいなんだよ、その巨大なキャリーケースは。
中に死体でも入っているのか?
「ほらよ。あとは自分でそれ押して帰れるだろ」
俺はそう言ってキャリーケースから手を離す。
まぁ、こっからは体力の無い雪ノ下でも自力で何とか帰れるだろう。
それに、ここから右側の北口へ行けば俺の家、左側の南口に行けば雪ノ下の住む高層マンション。
どっちみち、ここでさよならだ。
「私は頼んでいないのだから、礼は言わないわ」
雪ノ下は俺を睨みつけながらキッパリと言い放った。
「別に礼なんていらねーよ。俺が好きでやったことだ」
フーッ…… と一つ雪ノ下はため息をついた。
「またその答え……。あなたってやっぱり何も変わっていないのね」
失望の念を視線とともに送ってきた。
「素直に礼を言われりゃ俺の答えも違ってくるんだけどな……」
なぜだかわからないが照れくさく感じててしまった。
思わず頭に手が行ってしまい、ボリボリとしてしまう。
「あら意外な答えね。まさかあなたの口からそんな言葉が……。いいえ、言い直すわ──」
雪ノ下は呆れた表情から急にハッとしたかと思うと今度は凛とした表情で言い直す。
「今まで気付かなかったけれど、あなたも少しは変わってきたのね」
「ああ、さすがに俺も小さなところから変える必要があったからな」
自嘲気味にこう答える。
選挙の時、俺はこれまでのやり方をこいつに否定された。
だから、自分を曲げてやり方を変えてみた。
それでもダメだったけどな……。
ふと、その時の嫌な記憶が鮮やかに蘇ってくる。
あまりにも強烈なその記憶に息が詰まりそうになった。
しかし、意外なことに雪ノ下雪乃も自嘲気味にこう言った。
「ええ、そうね。変わらなければならないわね。あなたも……私も」
こんなに会話が続いたのは本当にいつ以来だろう。
不意に遠く離れた故郷に戻ってきたかのような懐かしさを感じる。
それはとても心地よい感覚だ。
── 俺は雪ノ下雪乃と話がしたい。
今なら自分と素直に向き合って雪ノ下と話すことができる。
「お前明日ヒマだろ。明日の朝9時にあそこの喫茶店で待ってるから来てくれないか」
「勝手に私の予定を改ざんしないでもらえるかしら」
プイとしながら返してくる。
そりゃだって、今からその巨大な荷物を持って家に帰るんだろ。
海外旅行に行ってたのかどうかは知らんが、まだ実家で過ごすのならこんな時間にこんな所に居たりは
しないはずだ。
それにお前の所には運転手がいる。
車にも乗らずに電車に乗っているところを見りゃ、実家で何かあって飛び出してきたんだろう。
どうせお前の事だ。
休み中に誰かと会うとは思えないし、一日中家にいるんだろ。
「ゆ、雪ノ下!」
一体どうしたことだろうか?
自分でもよくわからない。
なんで俺は呼び止めてしまったのだろう?
無駄に記憶力が良かったためにどうでもいいことを思い出してしまった。
無駄に脳みそのしわにしっかりと刻み込まれてしまったどうでもいい情報を。
ただ、それだけのことだ。
でも、思わず雪ノ下を呼び止めてしまった。
「何?」
怪訝そうに雪ノ下が振り返ってこちらを見る。
「あ、あの……」
呼び止めたはいいが、どうも口が回らない。
伝えるのは造作もないはずのことなのに緊張してうまく言葉が繋げられない。
雪ノ下は俺の気配で察したのだろうか。
フーッ…… と一つついたが、急かすことなく俺の言葉の続きを待っていた。
「ゆ、雪ノ下……、誕生日お、おめでとう」
たったこの一言を告げるのに俺の心臓はどうしたものかバクバクいっている。
「比企谷くん……。ありがとう」
これまたどうしたものか。
しばらくの間、俺に仏頂面を見せ続けていた反動だったのだろうか。
今まで見たこともないくらい満面の笑みを浮かべてこう言った。
それは、冬の寒さをものともせず悠然と美しく咲き誇る寒椿のようだった。
そういえば、こいつからこうして名前で呼ばれるのも久しぶりだったな。
きょとんとした俺を置き去りにして、雪ノ下は次第に遠ざかって行った。
今日はここまで
レス番飛ばしてしまった……orz
>>71の次
「朝早く悪いがとにかく来てくれ。ちゃんと話しておきたいことがある」
「別に早くはないわ。冬休みだからといって朝から怠惰な生活を送っているあなたとは一緒にしないで貰えるかしら」
いつしか雪ノ下にはひさかたぶりの笑顔が戻っていた。
そう、見る者誰もが苛まてしまいそうな不自然な笑顔ではなく、男なら誰もが魅入ってしまいそうな素敵な笑顔だった。
そんな笑顔を見せられたら勘違いしてしまうじゃないか。
熱を帯びた頬を見られないように顔を背けながらこう言った。
「とにかく待っているからな」
「ええ、わかったわ」
「じゃあな」
「ええ、また明日」
雪ノ下は身を翻すとキャリーケースを押し始めた。
その次
「ゆ、雪ノ下!」
一体どうしたことだろうか?
自分でもよくわからない。
なんで俺は呼び止めてしまったのだろう?
無駄に記憶力が良かったためにどうでもいいことを思い出してしまった。
無駄に脳みそのしわにしっかりと刻み込まれてしまったどうでもいい情報を。
ただ、それだけのことだ。
でも、思わず雪ノ下を呼び止めてしまった。
「何?」
怪訝そうに雪ノ下が振り返ってこちらを見る。
「あ、あの……」
呼び止めたはいいが、どうも口が回らない。
伝えるのは造作もないはずのことなのに緊張してうまく言葉が繋げられない。
雪ノ下は俺の気配で察したのだろうか。
フーッ…… と一つついたが、急かすことなく俺の言葉の続きを待っていた。
さらにその次
「ゆ、雪ノ下……、誕生日お、おめでとう」
たったこの一言を告げるのに俺の心臓はどうしたものかバクバクいっている。
「比企谷くん……。ありがとう」
これまたどうしたものか。
しばらくの間、俺に仏頂面を見せ続けていた反動だったのだろうか。
今まで見たこともないくらい満面の笑みを浮かべてこう言った。
それは、冬の寒さをものともせず悠然と美しく咲き誇る寒椿のようだった。
そういえば、こいつからこうして名前で呼ばれるのも久しぶりだったな。
きょとんとした俺を置き去りにして、雪ノ下は次第に遠ざかって行った。
これで終わり
やはりバレてしまったか
トリじゃなくスレタイ入れてしまった…… orz
× × ×
「よう、材木座」
「八幡よ、間に合ったか」
気分が良かったせいか、今日は俺から声をかけた。
未だに材木座の問いに答えを出せていない。
特に2つ目の問いは、問自体の意味がさっぱりわからない。
今の俺にこんな問い自体が成立しているのかと首をひねってしまうレベルだ。
材木座はそのことに触れもせず、相変わらず鬱陶しい話し方でどうでもいい話題を振ってくる。
選挙の件以来、こいつに頼りがちな自分がなんとも情けないのだが、頼りがいのある奴で
あることは間違いない。
調子に乗られると困るので面と向かって奴には言っていないが、俺は材木座義輝のことを
友達だと思っている。
俺らしくないって?
そうかもな。
だけど、折本の俺に対する態度からわかったことが一つある。
折本かおりの俺に対する態度は、俺が材木座に対してとってきた態度そのものにほかならなかったと。
材木座ともう二つ三つくだらない会話をすると、仕事の時間になった。
ハーブティーのリラックス効果のおかげだろうか。
あれほど嫌っていた労働に汗かくことが清々しく感じる。
あれっ……?
もしかしてハーブはハーブでも脱法ハーブだったなんてことはないよね。
雪ノ下の挙動もかなりおかしかったし。
休憩時間になった。
さすがにハーブティーの効果はすっかりと影を潜め、やっぱり俺は働きたくないと再確認
するに至っていた。
そうはいってもまだこれから数時間働かなければならない。
自販機コーナーでハーブティーを探すが見つからなかった。
代わりにカモミールティーで一服することにした。
「時に八幡……」
材木座が話しかけてきた。
「おう、お疲れ。何か用か?」
「お主、今日はすっきりとした顔をしているな。昨晩我と話して吹っ切れたのか」
昨日はこいつ、俺のことをうぬと呼んでいたが、今日はお主に変わっている。
こいつの中の設定はいったいどうなっているのだ。
軽くキモさを感じたが、そこには触れないことにした。
「昨日、雪ノ下に会ったんだ」
「ほえっ?」
材木座は素っ頓狂な声をあげた。
「は、八幡、お主ずいぶん攻めに出たな」
「帰りの電車でたまたま会っただけだ。そんで、今朝会う約束をして少しだけだが話をしてきた」
「ほう、それで万事解決というわけか」
材木座は、一人でウンウン頷きながら勝手に納得している。
「いや、お前から千葉方面の電車がすべてストップしているって連絡があっただろ……」
「ふむ」
「それで、話は途中で終わってしまった」
「なーるほどー。それでバイトの後、逢引きをするのだな。ふむふむ」
「なんでそうなる。だいたい、逢引きって何だ。お前は昨晩、俺の話をちゃんと聞いていたのか?」
こいつの頭の中はいったいどうなっているんだ。
「で、もう逢わぬのか」
もしかして、お前の脳内で「会う」が「逢う」とかに勝手に妄想変換されていないよな?
「いや、今日はバイトのあと話の続きをしてくる。今のところは何とか解決できそうな感触
はある」
材木座の妄想が怖いので「会う」という単語を用いないようにする。
とにかくお前の妄想キモすぎるぞ。
「そうか。八幡よ、お主の健闘を祈るぞ」
「ああ」
こうして休憩を終えた俺たちは再び仕事を始めた。
こんなところで
× × ×
8時になった。
2日間の短期のバイトがようやく終わった。
署名捺印と引き換えにバイト代を貰うと材木座と別れて駅の方へと急ぐ。
コートのポケットからスマホを取り出すと雪ノ下からのメールを受信していた。
メーラーを起動してメールを開くと思わず苦笑してしまった。
-------------------------------------------------------------------------
受信日時:1月4日20:00:00
差出人:雪ノ下
題名 (none)
本文「バイト終わったかしら」
-------------------------------------------------------------------------
なんだよこのメール、突っ込みどころあり過ぎだろ。
まず送信時刻だ。
8時ジャストって何?
しかも秒単位で。
お前ちょっと気が早過ぎだろ。
それから、題名くらい打て。
それに本文短すぎ。
せめて「お疲れ様」くらいあったっていいのではないかい。
何というかこれぞ雪ノ下て感じのメールだ。
本当に仕方なくメールしたわという心情がありありと滲み出ている。
さて、電車に乗ってからレスするか。
今晩はこの冬一番の冷え込みになるそうだ。
これから喫茶店に向かうが、それまで温かいものを我慢だなんてできそうにない。
そんなことを考えていると、おあつらえ向きにちょうど目の前ゲーセンの軒先に自販機がある。
ホットのカフェオレを買って軒下で暖を取ると、少し生き返った気がした。
おっと、こう悠長にしていられない。
雪ノ下を待たせないように急がないとな。
ポツポツ……、ザー……。
軒下から動こうとしたその瞬間、雨に打たれた。
驟雨だ。
くそー、ここで雨宿りしてー。
恨めしそうに店内を覗くと一台のゲーム機が見えた。
「!」
これならちょっとぐらい雨宿りしても雪ノ下は咎めたりしないよな……。
× × ×
さっきからたて続けに雪ノ下の火のついたような催促メールが届いている。
何これ新手のスパムメールかよ。
俺のメールボックスがパンクしてしまうぞ。
最初のメールは「まだかしら」だった。
俺は「駅に着いたらメールする」とレスしたものの雪ノ下は合点がいかないようだ。
次のメールからは「どこかしら」に変わった。
そのつど俺は「もうすぐ稲毛海岸に着く」だとか「検見川浜に停車中」とレスを返す。
京葉線ユーザーの雪ノ下は所要時間がいかほどのものかについては当然熟知している。
それなのに、いちいち俺の所在確認のためのメールを送ってくる。
氷の女王は相当お怒りらしい。
きっと今日の寒波もこの女王様の仕業に違いない。
うわっ……、また来たぞ……。
雪ノ下の苛烈さや執念深さは身をもって熟知していたつもりであったが、ここまでも
凄まじいものだとは思ってもいなかった。
そういえば、こいつの見てくれに騙されて未だに告白して轟沈する者が後を絶えない
そうだ。
これから告白しようと思っている連中に告ぐ。
心を折られたくなければやめとけ……と。
『間もなく海浜幕張、海浜幕張。お出口は――』
ようやく駅に着きそうだ。
こりゃ、雪ノ下に会ったらもうアレだな。
俺の必殺技「土下座」、これしかないな。
それでもダメなら「エクストリーム土下座」をするまでだ。
ドアが開くとワインレッドのラインカラーの車両を真っ先に飛び出して改札めがけて走った。
階段を駆け下り改札を飛び出すと、仁王立ちした雪ノ下の姿が見えた。
ここまでです
「比企谷くん、一体いつまで待たせる気かしら」
冷たい冷気を放つような視線と口調で背筋が凍りつく。
やはり、今日の寒気はこいつのせいだろう。
それにしても寒いな。
「雪ノ下、なんでこんなところにいるんだ。おまえん家すぐ近くなんだから、家で待ってるな
り喫茶店に入ってるなりしてればよかっただろ」
合理的な雪ノ下がなんで好き好んでこんな寒いところで待っているのか俺にはさっぱり
理解できない。
「雨が降っているからよ。比企谷くん、あなた今朝会った時に傘を持っていなかったでしょ。
だから、濡れないようにと思って傘を持ってきたのよ」
今朝の様子といい、今の様子といい今日の雪ノ下はなんだか変だ。
悪いものでも食ってしまったのか。
「そう言う割には傘を1本しか持っていないのだが……」
「ひ、比企谷くん、話をはぐらかさないで貰いたいのだけれど。なぜ来るのがこんなにも遅
いのかしら」
話をはぐらかしたのはお前の方だろ。
何顔を真っ赤にして焦っている。
ほんと、今日のお前絶対変だぞ。
「いや、ちょっと、その……、ゲーセンでな……雨宿りしてたんだわ」
ちょっとだけと思って入ったはいいが、15分もいたからな。
こればかりは責められても仕方ない。
「それは雨宿りではなくて油を売っていたの間違いではないのかしら。どうせ、いかがわしい麻雀ゲーム
でもしていたのではなくて」
「さすがに今日はしないわ。……いや、俺は断じてそんなものは……」
いつだかゲーセンに行った時にもこんなことあったな。
あの時は小町のせいで雪ノ下に睨まれたよな。
いや、今も超睨んでいてとても怖いです。
「まあ、いいわ。行きましょう」
駅を出ると雨は既に止んでいた。
そのかわり、一段と冷え込みが厳しくなっている。
口を開くだけで体力を消耗してしまいそうだ。
ふたり無言のまま足早に喫茶店へと急いだ。
大幅に手直しをしているので小出しになってしまいます
ちゃんと終わるかな……
× × ×
カチャ……。
ミルクティーのカップをソーサーに置く音が貸し切り状態の店内に遠慮がちに響いた。
夜が更けるにつれて、寒さがますます厳しくなってきた。
猫舌の俺も今日ばかりはさすがに冷めるまで待つことができずに飲んだ。
おかげで舌がヒリヒリする。
「比企谷くん、大丈夫かしら」
心配そうに雪ノ下が俺の顔を覗く。
こいつが俺に気遣いを見せるとは珍しい。
だからこんな天気なのだろうか。
「ああ、大丈夫だ。朝は中途半端に話が終わって済まなかったな」
「いいえ、仕方ないわ」
俺が激しく遅刻したせいで、さっきまでムスッとしていた雪ノ下が柔和な笑みを見せる。
「ミルクティーを飲んで生き返ったところで、早速本題に入ろうか」
「ええ」
雪ノ下の表情がキュッと引き締まる。
「まずはな、選挙の時は雪ノ下に色々と不快な思いをさせてしまった。本当にすまなかった」
深く頭を下げて雪ノ下に謝罪した。
本当はこんな言葉で始めるつもりはなかった。
具体的に謝罪のポイントについては何も触れられていない。
我ながら失敗したと思った。
案の定雪ノ下は納得していない。
「比企谷くん、あなたらしくない要領を得ない謝罪ね。『色々』とは具体的に何を指すのかしら」
雪ノ下にはあからさまに不快な態度で返されるかと思っていた。
しかし、俺が話の糸口をうまく見つけられなかったことを察してくれたのだろう。
話を切り出した時のキュッと引き締まった表情を崩すことなく、穏やかな口調で返してきた。
「こうして時間を割いてもらっているのにすまない。予め頭の中で整理をしてきたつもりだが、
ただのつもりだった。うまく説明するのに時間がかかるかもしれないが、お前の疑問、質問に
対してはすべて答える。だから、もう少し付き合ってもらえないか」
「ええ、いいわよ。私もそのつもりよ」
雪ノ下の表情がほんの一瞬穏やかなものになった。
こいつも一応、俺との和解を望んでいるようだ。
ただ、そこが問題だ。
当初考えていたよりも難しいものに感じられた。
まずはこんなところで
レスどうもです。
一度は完成させたのでしたが、綻びだらけで書き直しです…… orz
書き溜めがないのでいつものようにハイペースとは敷きませんがご容赦ください。
では、もう少しだけ投下します
「こないだの選挙のことを振り返ってみたい。」
「続けて」
「修学旅行が終わって最初の登校日に依頼が入ってきた。折しも修学旅行では俺とお前
との間に溝が生じてしまった」
「ええ、そうよ。そのことについては思うところがあるわ」
雪ノ下はテーブルの上に置いた自分の手をキュッと結んだ。
やはりこのことについては納得しかねている。
まだ言い足りないようだが、そこは先を急がず堪えているようだ。
「その件については俺も思うところがあるが、後から触れさせてもらいたい」
まずは選挙のことをスッキリさせたい。
その時の俺の思い込みが事態を悪化させたからだ。
もちろん修学旅行のことが根底にあるが、その上に堆積したものをまずは除去せねばならない。
「それについては、この後のあなたの話す内容次第だわ」
「依頼が来た時正直なところこれは無理だと思った。そこで俺は応援演説で失敗させて
一色を落選させようと考えた。しかし、それは否定された」
「そうね。それは認める訳にはいかないわ。一色さんの評判を落として迷惑をかけるこ
とになるし……。でも、そんなことはこの際、問題ではないわ」
俺の話を聞いた途端、雪ノ下の表情がみるみる曇ってきた。
そして、ゆるく結んでいた雪ノ下の手が固く握りしめられた。
かと思うと次の瞬間、急に語気が強いものに変わった。
「……それよりもあなたはまた自分を犠牲にして悪役を買って出ようとした。なぜあなたは、
あなたは……」
雪ノ下は瞬きもせずに俺の目を睨みつけてくる。
それは単なる怒りだけのものではなかった。
確かに雪ノ下の目からは最初は怒りのようなものを感じた。
しかし、それはだんだんと違うものに変わってきた。
とても哀しげなものに見えた。
ただ、それは葉山のような憐れみとは違う種類のものだ。
見ていてとても胸が締め付けられ、心苦しさを感じる。
「……」
雪ノ下はなおも俺の目を見つめている。
俺は言葉を失っていて、何も答えられない。
たかだか数秒のことに過ぎないが、長いこと時間が止まったような気がした。
それまで、じっと俺の目を見つめていた雪ノ下が瞬きをした。
今までかけられていた魔法が急に解けたような感覚にとらわれた。
「ゆ、雪ノ下……」
ようやく口を開くことができた。
しかし、何と続けたらよいのだろうか?
このあと、ひたすら会話が続きます
もうちょっと整理してから続きを投下します
どもです
次回投下分の目途が立ったので、本日の最終分です
一応ここまでで一区切りです
「比企谷くん、ごめんなさい。思わず感情が高ぶってしまったわ。私としたことが……」
急にハッとして我に返った雪ノ下は、努めて平静を装うようにして再び穏やかな口調に戻る。
「次の部分だけは私に言わせてもらうわ──」
俺が再び口を開こうとすると、それを遮るように雪ノ下が話し出す。
まだ単なる事実確認だから良しとするか。
「そして、私と比企谷くんは決裂した。奉仕部は自主参加となり、私は私の方法で比企谷
くんは比企谷くんの方法で依頼にあたることになった。由比ヶ浜さんは……、由比ヶ浜さ
んの真意は未だに計り兼ねている……。ただ、私が彼女に相談せずに平塚先生に立候
補することを伝えていたのは申し訳なく思っているわ」
辛いことを思い出すように雪ノ下は静かに語った。
奉仕部が自主参加になってから共に行動していた由比ヶ浜に一言も相談せずに会長に立
候補しようとしたところについて反省しているようだ。
これは今回の選挙の件で俺が犯した最大の過ちと同じだ。
俺は雪ノ下雪乃のことを理解したつもりになって、こいつなら理解してくれるだろうと
いう思い込みで失敗した。
雪ノ下もまた由比ヶ浜結衣に対して同様の思い込みを抱いて失敗した。
そのことについては理解しているらしい。
しかし、まだ何か引っかかる。
何かが違う。
雪ノ下自身が平塚先生に訊ねた「勝負」の結果のくだりについて全く触れられていない。
それに、「由比ヶ浜の真意を未だに計り兼ねている」という言葉が気になる。
雪ノ下は何かを隠すために俺との「勝負」に触れなかったのではないだろうか?
「由比ヶ浜の真意を未だに計り兼ねている」とは一体何を意味しているのだろうか?
そんな疑念や疑問が湧いたが、その時の俺にはそこに触れるのが憚れたのであった。
ではまた明日
「……そうか、やはりそうだったのか……」
雪ノ下はため息交じりに頷いた。
そして、何かを語り始めようとするが、再び機先を制して口を封じることにした。
雪ノ下、すまない……。
雪ノ下……、お前をもう一度地の底へと落とさなければならない……。
それは雪ノ下雪乃に対してあまりにも冷淡かつ苛烈な言葉だっただろう。
それは雪ノ下雪乃にとっては自身を全否定されたと感じる言葉だっただろう。
しかし、俺はためらうことなく言った。
「でもな、あの時、例えお前の想いに気付いていたとしても、やはり俺はお前のやり方を認めなかった」と。
どもです
>>244修正版
「……そうか、やはりそうだったのか……」
雪ノ下はため息交じりに頷いた。
そして、何かを語り始めようとするが、再び機先を制して口を封じることにした。
雪ノ下、すまない……。
雪ノ下……、お前をもう一度地の底へと落とさなければならない……。
それは雪ノ下雪乃に対してあまりにも冷淡かつ苛烈な言葉だっただろう。
それは雪ノ下雪乃にとっては自身を全否定されたと感じる言葉だっただろう。
しかし、俺はためらうことなく言った。
「でもな、あの時、たとえお前の生徒会長への想いに気付いていたとしても、やはり俺はお前のやり方を認めなかった」と。
更新はまた晩にします
レスどうもです
すっかりし忘れていた伏線回収したら文章がくどくなっちゃった
やっぱりいつものように書き上げてから投稿しないとダメですね
完全に失敗です…… orz
22時台に更新します
投下開始します
すっかり遅くなりました
冗長さがいつもの5割増しです
どうかご容赦を
「えっ……! なぜっ!!」
雪ノ下は絶句した。
そして、一瞬失望の表情を見せたかと思うと、たちまち険しいものへと変わっていく。
眉根を寄せた顔はぴくぴくと引きつっている。
それだけではない。
肩を震わせ、全身で怒りを表現しているかのように見える。
「そ、それは、一体どういうことかしら! い、一体何の不満があるのかしら!」
雪ノ下は声を荒げた。
これまで溜め込んできたものを全て俺にぶつけてくるぐらいの強さで。
さっき、喫茶店で雪ノ下に不自然さを感じたことが二つあった。
── 一つは、平塚先生に「勝負」の勝敗を訪ねたくだりをスルーしたこと。
今の反応からもわかるとおり、察して欲しいという願いがあったのだろう。
しかし、その願いさえも俺は粉々に砕いてやった。
── そして、もう一つは「由比ヶ浜の真意を未だに計り兼ねている」という言葉だ。
きっと、これも俺に共感してもらいたくてこう言ったのだろう。
確かに由比ヶ浜の立候補については俺も思うところがある。
だけど、俺は雪ノ下に寄り添って共感的に理解するつもりはない。
「私のやり方に一体何の不満があるのかしら! 答えなさい、比企谷くん!」
目を血走らせながら雪ノ下はなおも食い下がってくる。
その感情の爆発させる様はまさに疾風怒濤と言っていいだろう。
しかし、感情に対して感情で返しても何も解決しない。
新たな怒りや憎しみ以外は何も生み出されない。
ただ、不毛な化学反応の連鎖で堂々巡りになるだけだ。
俺もいつまで理性を保てるかわからないが、理路整然と語りかけることにした。
「雪ノ下、それはお前の思い上がりだ。だいいち、奉仕部はどうするつもりだったんだよ?」
雪ノ下は開きかけた口を閉じる。
そして、深呼吸を一つして答える。
「生徒会も奉仕部も両立するつもりだったわ」
さっきまでの勢いが嘘のような静かな語り口でこう言った。
雪ノ下の目には凛然とした輝きが戻った。
その目からは一点の曇りも感じ取れない。
だが、お前の言っていることは幻想に過ぎない。
そんなに現実は甘くはない。
「でも、『つもり』はあくまで『つもり』だ。実際はどうだ。俺はお前と袂を分かち、由比ヶ浜
は由比ヶ浜で会長に立候補しようとした。お前の考えてやって来たことは全て水泡に帰したぞ」
「それは、あなたたちが勝手にしたことじゃない!」
雪ノ下の語気が再び強くなった。
かと思うと、それも長くは続かなかった。
雪ノ下のトーンがここで急に下がり始める。
「あなたたちが……、あなたたちが……」
雪ノ下は寂しげな表情を浮かべている。
あたかも、それまで信じていた者に裏切られ、一人置き去りにされた者のように。
「雪ノ下、さっき喫茶店でこう言っていたよな。『由比ヶ浜の真意を未だに計り兼ねている』と。
俺が去った後も、お前の傍でずっと支えてくれると思っていた由比ヶ浜まで立候補すると言い出した。
そのことを言っているんだよな?」
「ええ……」
もはや雪ノ下の言葉には力がない。
一度傷つけられた心をまたこうやって踏みにじられているのだ。
さしもの雪ノ下も心が折れかかっている。
「俺も正直、由比ヶ浜の考えていることはさっぱりわからん。仮にあいつが生徒会長になったところで
お前と首を据えかえただけで何も状況は変わらない。むしろ、あいつの実務能力を考えるとかえって不安だ」
あいつはあいつなりに自分の考えを述べ、生徒会のことは適当にやると言った。
だが、その言葉の実効性に乏しく思える事については雪ノ下と何ら変わらない。
雪ノ下は力なく頷く。
「それに、俺が一色をその気にさせなければ、結局のところお前が当選していただろう。
そうなれば、由比ヶ浜はただ徒にお前との間にひびを入れただけの徒労に終わっていただろう。
だから、はっきり言って由比ヶ浜が何を考えているのか俺にはさっぱりわからない」
雪ノ下はなおも弱々しく頷くが、縋るような目で俺を見つめてくる。
そんな目で見るなよ……。
お前の気持ちはわかるが、その気持ちに寄り添ってやることはできない。
心を鬼にして言う。
「でも、あいつは言ったんだ。『奉仕部が好きだ』と。『奉仕部を守りたい』と。それは、俺も同じ思いだ。
俺も奉仕部を守りたかった……」
「つ、都合のいいことを言わないでよ!」
雪ノ下は残された最後の力を振り絞るように抗議した。
「あなたも由比ヶ浜さんも私のやり方を批判した。でも、その由比ヶ浜さんも結局、私と同じことをした。
あなたは私を批判したけど、由比ヶ浜さんを批判していないじゃない。そんなのフェアではないわ!」
雪ノ下の言うことはもっともだ。
別に俺は由比ヶ浜を擁護するつもりは全くない。
ただあの時、由比ヶ浜の行為を咎める気も押し留める気も起きなかっただけだ。
だから雪ノ下雪乃の今の発言は間違っていない。
その通りだ。
でも、違う。
何かが違う!
そう思う理由は別にある。
でも俺はそれが何かは知らない。
「!……」
くそっ!
またこれが理由かよ……。
そんなのが理由だとは知りたくもない。
そんな理由知ってたまるものか……。
俺はそんな理由は認めたくない。
しかし、そこからは逃げ切ることはできないようだ。
「比企谷くん……。あなたは『奉仕部を守りたい』と言った。でも、違う。あなたは、一体何を一番守り
たかったのかしら。いいえ、違うわね、一体誰のことを一番守りたかったのかしら……」
またその問いかよ。
昨日、材木座にも同じことを言われた。
それ以来、頭にこびりついて離れないその問い。
どこまでもどこまでも俺を追いかけてくる。
なぜ、どいつもこいつもこんなことを聞きたがるのか。
いい加減うんざりしてくる。
それだけではない。
この問いに向き合えば向き合うほど、何度も繰り返し同じ解が導き出される。
そんなはずはないと否定してもだ。
そんな解を出すことしかできない自分にうんざりさえしてしまう。
「さっきあなたは、由比ヶ浜さんが立候補したところで、私が勝つと言ったわね……」
雪ノ下はいったん言葉を区切った。
俺の答えを待っているのだろう。
「ああ……」
俺の答えを聞き遂げてから、言葉を続ける。
「結局のところ、私が選挙で勝ったらあなたのところに皺寄せが行く。だから……、だからあなたは
そうならないように自分自身のことを一番に守りたかったのよ!」
「違う!! そんなんじゃねー!!」
つい、ムキになって興奮してしまった。
自分でも驚くくらい大きな声で叫んでしまった。
雪ノ下陽乃をして「理性の化け物」と言わしめたこの俺が。
そんな俺が感情を爆発させてしまった。
雪ノ下は目を白黒して驚いている。
親にもこんなデカい声で叱られたことはないのだろう。
ショックのあまり泡を喰っている。
雪ノ下には悪いがそのまましばらく黙っていて貰いたい。
俺の頭も既にパンク寸前の状態になっている。
こんなところで
ではまた明日
レスどうもです
帰宅しました
飲みすぎた
酔ってスレ上げてしまった…… orz
1時半過ぎに5レス程度投下予定です
すみません
ごめんなさい、俺が上げてしまった
>>294
気にしなくてもいいですよ
酔い覚ましにシャンパーニュロゼ飲んでるのでもうちょっと待ってください
投下開始します
すみません……
突っ伏して寝てしまいました
本当にごめんなさい
× × ×
ようやく頭の整理がついた。
ここはスッキリするところだったはずなのに、むしろ気分がすこぶる悪くなってしまった。
雪ノ下はすっかり怯えた目で俺のことを見ている。
でも、決して俺から視線をそらそうとはしない。
俺が取り乱して吐き出した言葉の続きを聞こうと待っている。
本当にこいつの精神力は大したものだ。
ハハハ…… と乾いた嗤いが自然と出てしまう。
何が理性の化け物だよ。
思いっきり感情むき出しになってんじゃないかよ。
雪ノ下陽乃が発した言葉に過剰なまでに反応しただけじゃないかよ。
あとは自分で勝手に自滅して自己暗示にかかっていただけだったじゃないかよ。
それに何だ、感情を出さないのがクールでかっこいいと自分に酔っていたんじゃないかよ。
俺は自分の愚かさに、自分の滑稽さに反吐が出てしまいそうだ。
材木座よ、それにしても随分と面倒な問いをしてくれたものだな。
── ならば問おう。うぬは何を一番守りたかったのだ?
ああ、そうだ……。
ここまでムキになって否定したんだから、もういい加減認めてやるよ。
じゃないと引っ込みつかねーしな。
だから、この解でいいんだろ。
いや、もういい加減こんな投げやりな態度じゃダメだろ……。
何度熟考に熟考を重ねても導き出されたのはたった一つだけの解。
今までも、これからも決して変わることのないだろうこの解。
ここまでくれば、もはや結論だろう。
だからもうこの結論からは逃げない。
自分の気持ちからも逃げない。
自分の気持ちに素直になって雪ノ下に伝えなければならない。
スーッと息を深々と吸い込む。
ようやく決心がついた。
静かに見守る雪ノ下の目をまっすぐに見つめて口を開いた。
「雪ノ下、俺が一番守りたかったのは……、一番守りたかったのは……。
雪ノ下雪乃、お前の事だ!」
「ひ、比企谷くん……」
雪ノ下の声は震えている。
だが、どういう類の震えなのかはまだわからない。
俺は雪ノ下の一挙手一投足を見逃さすまいと息を飲んで見守った。
雪ノ下が再び口を開いた。
「な、なら……、なぜ……、なぜ私のやり方を認めてくれなかったのかしら……」
雪ノ下の目にはもう生気がない。
俺の言葉は雪ノ下には届かなかった。
続きはまた晩になります
本当にすみませんでした
乙
ぬわああああきになるううう
>>311
何とか続き書きますので晩までお待ちを
シャンパーニュロゼは、ららぽーとTOKYO BAYの北館で買いました
ほかにどこで売っているのかはよくわかりません……
イオンでたまたま手に入ったけど、シャンパーニュロゼは専門店にもなかなか置いてないね。
通販で買うのが確実だと思う。
いつものお時間になったので投下します
「なぜ……。なぜ……」
雪ノ下は今にも泣きだしそうだ。
「なぜ……………………」
ついにその声が途切れた。
雪ノ下は嗚咽を漏らしながら泣いている。
俺は一番守りたかったはずの雪ノ下雪乃を泣かせてしまった。
胸がズキズキと痛む。
俺はこんな雪ノ下雪乃の姿を見たくなかった。
だから、そうならないように守りたいと思ったはずだ。
それがこの様である。
何という皮肉だろう。
俺はさっきから何度も口を開きかけては、口を閉じている。
意を決して伝えた言葉が雪ノ下には届かなかった。
だから、ちゃんと伝わるように話さなければと思っているのだが、その自信がない。
俺は伝え合うという言葉が嫌いだ。
伝えることなんて相手に話しかける勇気さえあれば誰だってできる。
例えば相手に「バカ」と暴言を吐く。
これだって伝える行為だ。
これに対して相手から「ふざけんな」と返される。
これだって伝える行為だ。
所詮、伝え合うなんて相手のことを考えないで互いに一方通行のやり取りをしているに過ぎない。
しかし、相手に伝わるようにすることは容易ではない。
現に俺の言葉雪ノ下雪乃には伝わらなかった。
その結果、こうやって悲しませ泣かせてしまうことになった。
ぼっちの俺には伝わり合うような人間関係を築く相手なんかいない。
だから、俺の考えていることが正しいのかわからない。
だけど、雪ノ下雪乃とはこういう人間関係でありたかった。
雪ノ下雪乃とは互いの考えが伝わり合っているものだと思っていた。
だが、それはすべて身の程知らずな俺が勝手につくり上げていた幻想に過ぎなかった。
そんなことを考えると、どうしても開きかけた口をつぐんでしまう。
これ以上伝わらなかったらどうしようという不安が俺の心を蝕んでくる。
再び口を開いて失敗したら新たなトラウマになってしまうだろう。
そんな恐怖に立ち向かえず、守りに入ってしまう自分がいる。
俺はいつものようにそんな自分が嫌いになりかけていた。
寒々とした空気が支配する時間がただ闇雲に過ぎていた。
静寂そのもののリビングにどこか遠くの救急車のサイレンが聞こえてくる。
雪ノ下雪乃はその手音にピクリと反応し、垂れていた頭をゆっくりともたげようとする。
── 時間切れだ!
そう思った瞬間、俺は無意識に口を開いていた。
自然と言葉が流れるように出てくる。
「雪ノ下、もう一度言わせてくれ。俺があの時に、いや、いつも一番に守りたかった人、それは雪ノ下雪乃
お前の事だ── 」
とりあえずこんなところで
>>315
確かにあまり売っているのは見かけないですね
マイナーな紅茶なのかな?
店ごとにブレンドが違うのか通販で試してみるかな
>>323修正版
寒々とした空気が支配する時間がただ闇雲に過ぎていた。
静寂そのもののリビングにどこか遠くの救急車のサイレンが聞こえてくる。
雪ノ下雪乃はその手音にピクリと反応し、垂れていた頭をゆっくりともたげようとする。
── 時間切れだ!
そう思った瞬間、俺は無意識に口を開いていた。
自然と言葉が流れるように出てくる。
「雪ノ下、もう一度言わせてくれ。俺があの時に、いや、いつも一番に守りたかった人、それは雪ノ下雪乃
お前の事だ── 」
どもです
再投下します
雪ノ下は抜け殻になったような無表情な顔で俺に正対する。
「俺は雪ノ下雪乃が傷ついたり、傷つけられたりする姿を見たくない。俺は雪ノ下雪乃が潰れ
たり、潰されたりする姿を見たくない」
雪ノ下の表情は変わらない。
でも、諦めるわけにはいかない。
これが最後のチャンスだからだ。
「俺は文実の時も体実の時もいつもお前の事を見ていた。お前は間違いなく優秀だし有能だ。
でも、そんなお前でもどうにもできないことがあった。そんなときもお前は誰かのせいにはせず
自分を律し、自分の力で立ち続けようとした。そんなお前に、そんなお前の生き方に俺は憧れを
抱いていた」
この程度の言葉で雪ノ下の心に伝わったとは思っていない。
それは当然のことで、屍のような表情で俺を見ている。
「だけどだ……、そんなお前がもがき苦しんでいる姿を見るのが嫌だった。
そんなお前の姿を見たくはなかった。俺が見たい雪ノ下雪乃はいつも凛然
としていて力強く、自信に満ち溢れ、気高く気品を纏った姿で咲き誇っている。
そんな高嶺の花のような雪ノ下雪乃だ」
ようやく雪ノ下の心に達することができようだ。
キッと俺のことを睨むと強い口調でやっと俺に言葉を返してくる。
「それは、あなたが勝手に作り上げた幻想よ!」
「ああ、そうだ。俺は自分の中で雪ノ下雪乃という人間の理想像を勝手に創りあげていた。
いそして、俺はそんな雪ノ下雪乃とわかり合えているという幻想を抱いていた。
しかし、それがたとえ幻想であったとしても、作られたものであったとしても、俺は雪ノ下雪乃が
傷だらけになる姿は見たくはない」
「それは自分勝手な理由よ。あなたに私の一体何がわかるっていうのかしら!」
雪ノ下は不快感を露わにしている。
しかし、しっかりと喰いついてきている。
まだ俺には挽回のチャンスがある。
「ああ、お前の事は知っているつもりだったが何も知らない。だけど、お前の事を知りたい。
もっと知りたい。お前とは理解し合いたい。それにお前の傷つく姿はもう二度と見たくない。
お前の事を傷つけるすべてのものからお前を守りたいんだ」
「嘘よ、嘘よ。どうして、私の気持ちを分かってくれない、いいえ、わかろうとしないあなたが
そんなことを……」
材木座の問いが再び頭をもたげた。
俺はその問い自体が成立しないと否定した2つ目の問いだ。
── うぬはもしかして恋をしているのではないか?
ああ、そうだ。
俺は雪ノ下雪乃に恋をしている。
多分……、いや、間違いない。
今なら自信をもって答えることができる。
「雪ノ下、俺は……、俺は雪ノ下雪乃のことが好きだ。俺は雪ノ下雪乃に恋をしている。だから、お前の
事を守りたいんだ──」
こんなところで
では
やっと追い付いた
ガハマさんのあのSSを書いてた人かな?
面白い
>>335
違います
ガハマさんのを書いたことはありません
レスどうもです
大人げなかった…… orz
酒場放浪記の後、投下します
レスどうもです
本日分投下します
な、何だと……。
この状況でこんな返事をもらうことを予想できる奴はいるだろうか?
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。
ハハハ……。
自分でもどういう類のものかわからない笑いが口からこぼれる。
笑いなのか嗤いなのかとにかくわからない。
「比企谷くん、比企谷くん……」
雪ノ下雪乃の声で我に返る。
そう、俺は雪ノ下雪乃にフラれてしまった。
「……比企谷くん、私の話をちゃんと聞いているのかしら?」
ムスッとした顔で言われる。
用が済んだらさっさと帰れとでも言っているのだろうか?
傍らに置いたカバンに手を伸ばそうとすると一言。
「私の話を最後まで聞いていたのかしら?」
とても疑問文だとは思えないドスの利いた声とともにギロリと睨まれる。
「あ、あ……、前半しか聞いてない……。あとは……、頭に入らなかったわ……」
実際のところは耳に入ってきた記憶もない。
放心状態だったからだ。
ハァー……と深いため息をついた雪ノ下は、額に手をやり呆れかえっている。
「どこまで聞いていたのかしら?」
ジトっとした目を向けながら呆れ果てた口調で訊ねてきた。
「前半しか聞いてない……」
トラウマになりそうなので、「ごめんなさい」という言葉だけは意地でも口にはしたくない。
「そう、『ごめんなさい』までは聞いていたのね」
雪ノ下は容赦がない。
一番聞きたくない言葉をさらりと言いやがった。
俺の砕け散ったガラスのハートのかけらを思いっきり踏みつけるなよ。
「あ、ああー……」
やべー、俺泣きそうだ……。
早く家に帰って小町に慰めてもらいたい……。
「仕方ないわね……。もう一度だけ言うわよ。しっかりと最後まで聞きなさい」
本当にこいつは容赦がない。
睨みつけながらこう言いやがった。
はぁー……。
これ以上聞きたくないんだが……。
「じゃあ、言うわよ……。 ごめんなさい……」
「うわー……!!」
思わず大声が出てしまう。
なんでそっから言うんだよ!
「比企谷くん! あなた、私の話を聞く気があるのかしら!」
いや、その口調、人に物を訊く言い方じゃねーぞ。
「頼むから、その後からにしてくれ……」
あまりにも雪ノ下が怖いので目をそらしながら答える。
こんな怖い思いをするのなら、いっそそのままフッてくれた方が気が楽だ。
「ごめんなさい。今は無理」
俺が反応できないようにノーモーションでいきなり言った。
「さすがにあなたでもここまで言えばわかるでしょ……」
なぜお前ががもじもじするんだ?
雪ノ下はそっぽに向けて赤面していた。
「何のことかさっぱりわからんのだが……」
頭が混乱してきた。
「あなた、本当に馬鹿なのかしら。国語学年3位のくせにこんなこともわからないのかしら。
あなたの目が腐っていることは知っていたのだけれど、ついに頭まで……」
一気に畳みかけるように口撃を開始してきた。
「おい、ちょっと待て! お前も国語学年1位のくせに俺の心情を読み取れんかっただろ」
雪ノ下は「うっ……」と言葉を詰まらせた。
ヤバイ……、俺こいつのこと泣かしてしまうかもしれない。
そうなる前に早々に立ち去った方がよさそうだ。
ぼっちの持つ第六感がそう言っている。
「これ以上、話してもまた喧嘩しそうだから今日のところは帰るぞ」
そう言いながら立ち上がると、
「待ちなさい!」
と腕を思いっきり引っ張られる。
その反動で体がよろめいてしまう。
「あ、危ねーな。何だよ」
「お願い……、ちゃんと話を聞いてもらえるかしら……」
さっきまでの態度が一変し、急にか細い声で言われた。
何だよ、そんな目で見ないでくれないか。
泣きたいのは俺の方なんだけど。
とりあえずここまでです
グダグダになってしまった
どもです
では続き投下
× × ×
「ほら、雪ノ下。紅茶淹れ直したぞ。これでも飲んで落ち着け」
なぜかすすり泣いている雪ノ下の前にティーカップを差し出す。
どう考えてもこの場面で泣いているのは俺の方じゃねーのか。
雪ノ下は紅茶に一口、もう一口と手を付けているうちに少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
そして、カップをソーサーに置くと再び口を開き始める。
「比企谷くん、あなたはさっき私に何と言って告白したのかしら?」
「おい、お前。俺にもう一度恥をかかせる気かよ……」
何この罰ゲームは?
雪ノ下は不快そうに返してくる。
「私に告白することが恥だと言いたいのかしら?」
怖ぇーよ、その顔。
泣き顔かわいかったからもっかい泣いてくれねーか。
「んなわけねーだろ……」
「ならもう一度言いなさい!」
だから怖いって。
とにかく怖い。
あまりにも怖いので観念して言うことにします。
だから、もう睨むのやめて貰えませんか。
「ゆ、雪ノ下……、俺と……」
こんなこと2度も言わせるなよ……。
みるみる紅潮してくるのがわかる。
「違うわ! その前よ!」
やめろ、その顔。
睨むなよ。
今晩夢でうなされてしまいそうだぞ。
それにお前の日本語、よくわからんぞ。
今のだって相当恥ずかしかったんだぞ。
「俺は……雪ノ下……雪乃のことが……好きだ……」
消え入りそうな声でぼそぼそ言う。
「聞こえないわ。もう一度」
何この羞恥プレー。
どんだけSなんだよ、こいつは。
「俺は雪ノ下雪乃のことが好きだ。雪ノ下雪乃に恋をしている……」
開き直って言ってやった。
「そ、そ、そ……、そう言ったわね……」
顔を真っ赤にして答える。
羞恥に悶える雪ノ下。
もうこれ以上正視に耐えない。
俺を悶絶させる気か。
俺にはデレはないんだよ。
「つまり、その、お前は『愛している』と言ったのに俺はそこまでは言っていないと
言いたいのだな」
ついに耐えられなくなった俺が代わりに言葉を繋いだ。
「え、ええ……。だから、その……、あ、あなたにそう言ってもらうまでは付き合うわけには
いかないわ」
め、めんどくせー。
なら言ってやるよ。
「雪ノ下、愛してるよ」
恥ずかしいのでさらっと言ってやった。
「あ、あなた、私のことを小馬鹿にしているのかしら……」
雪ノ下がプルプルしながら怒る。
いや、ほんとめんどくせー。
こりゃ千年の恋も冷めてしまうって。
恨みつらみが籠った目をしながら雪ノ下は続ける。
「私はあなたに行動で示して貰いたいのだけれど……」
何を言いたのかよくわからない。
無暗に反応してもうこれ以上地雷を踏まないように続きを待つことにする。
「あなたは『少しずつ変わる必要があった』と言ったわね?」
「ああ」
「だから、行動で示して貰えないかしら。それに、私自信も少しずつ変わる必要があると言ったの
だからそうするつもりよ……」
「ああ、わかった」
もうこれ以上話すこともあるまい。
互いの想いを確かめ合い、進むべき道が定まったのだから。
「あと、平塚先生が提示した勝負もまだ雌雄が決していないわ」
しかし、雪ノ下は取ってつけたように話を続ける。
俺は雪ノ下らしくない行動に一瞬戸惑いを感じながらも、話を合わせる。
「ああ、そうだな……」
ここまで来たら、もうこんな勝負には意味はない。
茶番もいいところだ。
これからは雪ノ下と議論を尽くし最善の方法を模索して奉仕部の活動進めていくことになる。
雪ノ下もそんなことはわかっているはずだ。
「ええ、そうよ……」
目をそらすように答えた雪ノ下の顔には翳りの表情が見て取れた。
やはり、雪ノ下雪乃もわかっていた。
そう、由比ヶ浜結衣の気持ちに。
俺も雪ノ下もあれほど嫌っていた馴れ合いを選んでしまった。
これからは依頼に対する方針で正面切って対立し、決裂することはない。
だから、あの勝負は雌雄を決することのない出来レースに過ぎない。
だから、卒業まで3人の関係に波風を立てないようにするための方便にしか過ぎない。
しかし、そんな嘘偽りを受け入れてしまう自分に嫌悪することはなかった。
由比ヶ浜が会長に立候補することを決意した時、俺はそれを否定しなかった。
きっと、あの時からこうなってまでも雪ノ下との本物を得ることを心の奥底のどこかで望ん
でいたのであろうから。
ではまた明日です
帰宅しました
寝る前に投下です
だからといってほかの方法は何も浮かばない。
仕方がない。
このまま続けるか……。
「それに俺だけじゃなく随分といろんな人間を巻き込んでくれましたよね。折本にその友達、ついでに
葉山も。そんでもって小町にまで電話を掛けて来てくれて迷惑もいいところなんですが、これも『雪ノ
下家の問題』ってやつなんですかねー」
そっちが舐めてかかってくるなら、こっちは小馬鹿にしてかかるまでだ。
こういうプライドの高い人間は格下と思っている相手から愚弄されることを良しとしない。
プライドが許さないだろう。
それなら卑屈に陰湿に迫って失点を燻りだしてやる。
しかし、この程度のジャブをもろともする雪ノ下陽乃ではない。
まだまだ余裕の表情で返してくる。
でも、少なからず俺の言葉に内心イラッと来たはずだ。
「あら、比企谷くん。今の様子を見るにこれから雪乃ちゃんとデートするところなんでしょ。
いずれは末永く雪ノ下の人間とうまくやっていかないといけないことになるのだから、これも
立派な『雪ノ下家の問題』だと思うなー」
かなり強引な返しだが、揺るぎない自信満々の態度を見せる雪ノ下陽乃。
俺も人のことは言えないが、よくもまぁこんな減らず口を次から次へと出てくるものだ。
さすが雪ノ下雪乃の姉ってところだ。
とりあえず俺の目論見通り、雪ノ下陽乃は俺の話に乗ってきている。
このまま雪ノ下に流れ弾が行かないように次の一手を打つまでだ。
「そういう割には、終業式の日のアレは何ですかね。折本と居るところに雪ノ下を呼び出すわ、
折本のことを彼女だと吹き込むわ。一体どういう風の吹き回しなんですかねー」
要領を得ない話でダラダラと時間を空費させて、引き延ばす。
雪ノ下陽乃はこの展開にそろそろ飽きて来ているはずだ。
じらしたところで次の新たな一手を打てばいい。
「平坦な恋愛なんてつまらないじゃない。障壁があってこそ燃え上がるものでしょ。
比企谷くん、あなたみたいなつまらない底辺の人間にとっては雪乃ちゃんは本来手の届かない
高嶺の花なのよ。
どういう訳か雪乃ちゃんは変な熱病にあてられて血迷ったみたいだけど、勘違いしてもらっちゃ
困るのよねー。だからお姉さんとしては、あるべき姿になるようにしているだけなんだけどなー……」
この手の安い挑発には俺は乗らない。
この程度の罵詈雑言くらいじゃ俺の気持ちは掻き乱されない。
こんなものはとうに慣れている。
俺の斜め後ろに入る奴に普段もっとひどい扱いを受けているからな。
ただ、雪ノ下陽乃の放っている言葉は俺だけに向けられたものではなく、妹である雪ノ下に対
しても向けられているものである。
雪ノ下がこの安い挑発に乗ってしまわないか心配だ。
「……ねっ、雪乃ちゃん」
いきなりのカウンターパンチを喰らった。
コートの裾を掴んでいた雪ノ下の手が離れた。
それはあたかも係留していた船が鋲から離れてしまったかのようだった。
急に俺の身が軽くなり、不安定に宙に浮いてしまった気がした。
雪ノ下に応戦させてはならない。
咄嗟に言葉を繰り出す。
「じゃあ、そろそろ本題に入らせてもらいましょう── 」
雪ノ下陽乃は再びこちらに視線を向ける。
「何、何……。面白い話でも聞かせてくれるの? 比企谷くんの話に飽きてきちゃったからねー」
嫌味たっぷりに返してくる。
なら俺もたっぷり返してやる。
「話が合いますね。俺もあなたの醜悪な笑顔を眺めているのに飽き飽きとしていたところです……」
雪ノ下陽乃は憮然とした表情になる。
そろそろ仕上げだ。
「雪ノ下さん、あなたもう二十歳ですよね? いい歳した大人が高校生に見苦しいちょっかいをかけて、
右往左往している姿を高みの見物しながら嘲笑している。それが大の大人のやることなんですかね。
あなたは本当に誰からも愛されていないからそんな歪な人格が出来上がった。この底辺の俺が本当に
憐れんでしまうくらい寂しい人間なんですね……」
「比企谷くん、やめなさい!」
雪ノ下雪乃のそんな怒声とともに頬に衝撃が走った。
「これ以上私の家族を愚弄することはこの私が許さないわ」
雪ノ下は凄い剣幕で俺を睨んでくる。
俺を打った右手はそのままの高さの位置で留まっていたが、ぴんと伸びていた指先は畳み込まれ握り
拳へと変わっていた。
そして、その手はわなわなと震えていた。
「それから、姉さんも姉さんだわ。もうこれ以上他人を巻き込むのは止めてもらえないかしら。私を潰
したければ回りくどいことなんかしないで、直接この私に刃を向けたらどうなのかしら」
雪ノ下は一気にまくしたてると、ハーハーと息を切らしている。
雪ノ下陽乃は一瞬、目を真ん丸にしたが、すぐに元の不快な笑みに戻った。
「あー、つまらない。とんだ茶番を見せられたわ。……都築、出してちょうだい」
あっけない幕引きだった。
結局、俺のしたことは無駄な足掻きだった。
やはり俺は雪ノ下陽乃にはかなわない。
完敗だ。
それと雪ノ下陽乃の言う「茶番」の意味が分からなかった。
しかし、その意味を考える間もなく答えは出た。
「馬鹿―― 」
グスッ…… と音を立てながら雪ノ下雪乃はそう言った。
そして、俺のコートの二の腕を両手で掴むとそこに顔を埋めた。
「どうしてあなたはそうやって自分自身を傷つけるような方法をとるのかしら── 」
言い訳なら出そうと思えばいくらでも出すことはできる。
だが、そんなことを考える気にはなれなかった。
冷たい海風がヒリヒリする頬に染み込む。
「……だから、あなたとは付き合うことはできないのよ── 」
雪ノ下の言葉が全身に重くのしかかった。
こんなところで
では
出張、忘年会、外出と数日フラフラしてました
では、投下開始します
× × ×
雪ノ下陽乃と一戦を交えたおかげで、とてつもない疲労感を感じている。
やっぱりあの人の相手は疲れる。
茶番だと一言言い残して去って行ったが、後味の悪さは半端ではない。
事もあろうか守ろうとしたはずの雪ノ下雪乃から思わぬダメージを喰らってしまった。
こりゃもうパンさんを取りに行くって雰囲気ではない。
せっかく和解できたっていうのに雪ノ下との距離がまた一歩遠ざかった気分だ。
「なぁ、雪ノ下。今日は止めにしないか?」
「ええ、そうね……」
当然の流れだ。
でも、明日からまたどうやって接したらいいんだ?
考えるだけで気が重い。
雪ノ下に掛けた言葉とは裏腹にこのまま帰るわけにはいかないという心境になっている。
しかし、この流れで誘っても断られかねない。
そこでさり気なく雪ノ下の気持ちを探ることにした。
「腹減ったから飯買って帰るわ」
「カレーならまだ残っているわ……」
雪ノ下も同じことを思っていたのか、見事なまでの模範解答で喰いついてくれた。
とりあえずホッと胸を撫で下ろす。
さて、ここからが肝心だ。
「比企谷くん、お待たせ」
雪ノ下から紅茶を受け取ると食後の一服となった。
フルーティーだが、どことなく上品さを感じる味を楽しむ。
部屋の中には紅茶の芳香がほんのりと漂っている。
そのせいか、特に会話は交わしてはいないがリラックスした気分になる。
カップの中に残っていた最後の一口分を飲み干すと雪ノ下に声を掛けた。
「なぁ、雪ノ下……」
窓の外に広がる海を見つめながらカップに口をつけていた雪ノ下は静かにこちらを向いた。
「良かったらこれから改めて一緒にパンさんを取りに行かないか?」
それは想定外の質問だったのだろうか。
しばしの沈黙ののち答えた。
「……え、ええ。行きましょう……」
高層マンションのエントランスを出ると暖かな日差しが迎えてくれて、心地が良い。
しかし、アスファルトの上のシャーベットはさらにだらしなく溶けて全体が薄茶色に染まっていた。
まるで雪ノ下陽乃の置き土産のように感じられて、ちょっとした鬱を感じる。
煉瓦敷きの階段から歩道に降りると水をはじく音がした。
「雪ノ下、足元が悪いが付き合ってくれ」
一応、サービスで気遣いの言葉を掛けておく。
「私は底の高いブーツだから大丈夫よ。それよりも比企谷くんの方こそ、短靴だから濡れそうね」
とクスッと微笑んだ。
どうやら機嫌が直ったらしい。
このまま機嫌の良いうちにさっさとパンさんを取ってしまって後顧の憂いは断っておきたい。
左に曲がると駅に向かう道が続くがそちらには向かわず、右の方向へと体の向きを変えた。
「比企谷くん、駅とは反対方向なのだけれど……」
困惑した声色で雪ノ下は言った。
「ああ、お前ん家でのんびりし過ぎたから近場にするわ。それに昨日遅くまで付き合ってくれたからお前も疲れているだろ」
正直なところ俺も疲労を感じている。
昨晩のこともさることながら、さっきの雪ノ下雪乃との件でもかなりのエネルギーを使った。
「近場ってどこ……?」
雪ノ下はまさかという表情をしている。
ああ、そのまさかだ。
「近場ってイオンモールくらいしかないだ……」
「駄目よ!」
言い終わる前に雪ノ下が血相を変えて返してきた。
「だって……、一緒にいるところ……、誰に見られるかわからないわ……」
俯き加減に消え入りそうな声で続けた。
フラれたとはいえ「愛している」とまで言われた相手に拒絶されるのはちょっと辛い。
しかし、嫌がる雪ノ下を無理やり連れて行って元の木阿弥と化してしまうことだけは避けなけれ
ばならない。
「さいですか。昨日のゲーセンも街中にあるからダメだな。なら、ららぽーとでいいか?」
「ええ、そこならいいわ」
× × ×
「……」
「……」
俺と雪ノ下は息を殺してクレーンの挙動に目をやっている。
ここまでの釣果は無し。
しかし、あともう少しでパンさんがゲットできそうだ。
「あーーーー」
「あーーーー」
ふたり同時に落胆の声をあげる。
虚しくもあと一歩というところでパンさんは落下した。
だが、そのパンさんは次で確実に取れそうな姿勢で落下してくれた。
今度こそきっちりと仕留めてやる。
そう思って手元を見るとさっき積み上げたばかりの百円玉が瞬く間に無くなっていた。
両替機で千円札を崩して戻ってくると雪ノ下は勝ち誇った顔をして取ったばかりのパンさんを
見せつける。
「おい、雪ノ下…… 」
「何かしら、へたっぴさん。あなたがもたもたしている間に私はたった一回で手に入れたわよ」
雪ノ下はちゃっかりと漁夫の利を得ていやがった。
これまでの俺の千円はいったい何だったのか。
抗議をしたところで、「勝負とは非情なものなのよ」とか言われそうなので黙ることにした。
「比企谷くん、腐った目でボーっとしていないで早く次のを取りなさい── 」
× × ×
ワインレッドの帯のついた電車で俺たちは帰路についている。
行きに乗ったのとは違うタイプの新型車両だ。
新型といっても他の路線では既にメジャーになっているので京葉線に限っての話だ。
京葉線には同じラインカラーがついていても様々なタイプの車両が走っている。
こういうと聞こえはいいが、要は他路線のお下がりが宛がわれているだけだ。
そういえば京葉線を走っているのはワインレッドだけではないな。
中学の頃まではスカイブルー一色に全面塗装が施された旧型車両も走っていた。
ギシギシと軋みながら豪快なジェット音を立てていた。
ほかにも東京に近い辺りまで行くと武蔵野線のオレンジの帯の車両も同じ線路を走っている。
鉄ちゃんには夢のような路線なんだろうが、俺にはそういう趣味はない。
そんなことをおぼろげに考えながら睡魔と闘っている。
雪ノ下は正月限定のパンさんをフルコンプした充足感からか俺の肩にもたれながら
すやすやと眠っている。
眠りにおちながらも大事そうに抱えているトートバッグの中には7体のパンさんが
入っている。
昨晩は4種類あるうちの1体を雪ノ下にプレゼントした。
だから計算上はあと3体のはずだが、そうは問屋が卸さぬだ。
狙いを定めたはずなのにどういうわけか重複したものが取れてしまう。
そのたびに雪ノ下から「また同じものを取ってどうするつもりかしら」と痛罵される
のだが、「それはいらないわ」と決して言われない。
悪態をついておきながらちゃっかりバッグの中に収めていたのだ。
結局、一日分の労働の対価以上の金額を支払って俺は6体のパンさんを取った。
しかし、雪ノ下に労いの言葉は掛けられていない。
それは俺が直接取ったのは昨日の分を含めて3種類だったからだ。
残りの1種類は雪ノ下が手柄を横取りするように取ってしまった。
俺の多額の投資は決して報われることはなかったが、それでもいい。
雪ノ下が安心しきったように眠っているのだから。
× × ×
1月6日、放課後 ──
購買の自販機でMAXコーヒーを買った俺はいつもより時間をかけてその甘みを心ゆくまで
味わった。
その後、宛てもなく校舎内をブラブラした。
生徒会室の前を通ると一色いろはの声が漏れ聞こえてきた。
足を休ませてみると、一色の声がところどころ明瞭なものとして廊下まで届いてくる。
どうやら他の生徒会役員に指示を出しているようだ。
「会長、わかりました」
この返事が聞こえると、一色はさらにまた何か指示をしている。
一色の声が止むと再び、役員から甲斐甲斐しい返事が返ってくる。
めぐり先輩の付きっ切りの後輩指導のたまものか、それともうまいこと葉山とお近づきになって
助言をもらったのか、もともとの一色自身の資質かは知らないが今のところうまく機能しているよ
うだ。
なら一色いろはを祭り上げて会長にしてしまったことを気に病む必要はない。
どうせ何か困ったことがあれば奉仕部に依頼しに来るだろうしな。
急に身が軽くなった感じがしたので、再び歩みを始める。
そろそろ部室に戻るとするか。
「おーい、戻ったぞー」
いつものようにぶっきらぼうに言って部室に入ると、そこは懐かしさを感じる在りし日の奉仕部
へと戻っていた。
「比企谷くん、あなた一体どこで油を売っていたのかしら。いえ、売っているのがあなただと
わかったら誰も近寄っては来ないわね。傷つくことを思い出させてしまってごめんなさい」
「むしろお前の言葉が一番俺を傷ついているんだが……」
いつもの雪ノ下に戻っていた。
由比ヶ浜とも和解したのだろう。
「そんなことよりもヒッキー、ゆきのんと仲直りしたんだよ」
そんなことって何ですか、そんなことって。
由比ヶ浜にも軽く傷つけられたが、本人は全く意に介していないようだ。
まあ、こいつはアホの子だから仕方がないか。
「ゆきのーん、大好きー」
そんな由比ヶ浜は雪ノ下に抱き付く。
いつも見ていたゆりゆりしい光景だ
「ちょっと、由比ヶ浜さん離れなさい。暑苦しいわ」
頬を真っ赤に染めながら、由比ヶ浜を振りほどこうとする。
ええではないか、ええではないかと悪代官風に応えてしまいたくなりそうなシチュエーションだ。
あなた方は本当に仲が良くていいことですねと自分の席について読書を始める。
紅茶の香りが再び漂うようになった奉仕部は今日も平常運転だ。
× × ×
「今日はもう終わりにしましょう」
いつものようにこう言って雪ノ下雪乃は本を閉じた。
本日の奉仕部もこれで店仕舞い、さっさと帰るとするか。
でも、今日はその前に……。
「ねーねー、ゆきのん、サブレの餌を買って帰るから一緒にペットショップに行かない?」
由比ヶ浜はいつものハイテンションでこう言った。
3学期初日から元気で結構なこと。
こいつは将来5時から女になりそうだな。
「今日は疲れているから遠慮するわ」
「そっかー。ゆきのんってあんまり体力ないもんね。で、ヒッキーは?」
「断る」
「即答だし。じゃあ、サブレがお腹を空かしているから帰るねー。ゆきのん、ヒッキー、また明日」
そう言うなり部室を飛び出しって行った。
「あいつはサブレが腹空かしているのわかっててペットショップでゆっくりするつもりだったのか」
「サブレが不憫でならないわ」
雪ノ下は額に手をやりながらそう答えた。
「それはそうと、私たちもそろそろ出ましょう、最終下校時刻よ」
「雪ノ下、ちょっと待ってくれ」
急いでカバンの中をまさぐる。
「どうしたの、比企谷く……」
「ほら、これでフルコンプだ。これで文句ないだろ」
昨日俺が取り損ねた最後の1種類のパンさんを差し出す。
「こ、これはどうしたの……?」
狼狽している雪ノ下の手に鋭い爪をとがらせているパンダを押し付ける。
「これか? あの後な小町に頼まれたお遣いついでにイオンモールで取って来たわ」
昨日は雪ノ下をマンションの前まで送った後、駅で自転車を回収してから 再びクレーンゲームに
挑戦したのだ。
小町のお遣いとはもちろんでまかせである。
追い金を払うこと1500円、何とか手に入れのだ。
「ひ、比企谷くん……。ありがとう……」
雪ノ下はパンさんを抱きしめると頬ずりしている。
何これ、自分がされているみたいでこそばゆいんだけど。
そんな雪ノ下を見ているうちに何かにあてられてしまった、そうとしか言いようがない。
俺は今はまだ我慢しなければならない雪ノ下雪乃との本物がどうしても欲しくなった。
「なぁ、雪ノ下……。俺と付き合ってください── 」
「── ごめんなさい。今は無理」
「ちゃんと最後まで聞いてくれるようにはなったんだな」
「ええ、そうよ。質問の内容次第では返答も異なるのだから」
「おいおい、今のは質問扱いかよ」
俺クラスの超S級のぼっちだと告白すら告白と受け取られないのね。
雪ノ下さん、それはちょっと酷過ぎませんか?
「ええ、そうよ」
ちょっと拗ねて身支度を始めようとすると、
「ちょっと待ちなさい」
と雪ノ下に呼び止められた。
雪ノ下の方に顔を向けると俺の目をしっかりと見つめながらこう言った。
「あなたとは友達になるつもりはないわ。いえ、むしろ友達程度で終わるつもりはないわ── 」
その澄んだ瞳に吸い込まれそうになる。
「だから、今はこれで我慢なさい。これは、あなたにだけしか見せない私の姿よ── 」
その時の雪ノ下の姿は一生忘れることはないだろう。
とびっきりの笑みを浮かべたかと思うと、ゆっくりと片目をつむり、軽やかに小首を傾げた。
みるみる間に俺の体温が上がっていく。
これ以上直視できない眩しさだ。
思わず目を背けてしまう。
「……比企谷くん、この私がこんな恥ずかしいことをしたのに目を反らすとはいったいどういう了見かしら?」
ムスッとした口調で突っかかってきた。
「いや……、その……、なんていうかぼっちはこういうのには弱いんだわ……」
今の心境をと訊ねられたところで的確な表現が見当たらない。
言葉にならないってこういうことなのか。
「雪ノ下……、悪いがもう一回……」
「嫌よ。断るわ」
間髪を入れず即答しやがった。
「ああ、そうですか」
「ええ、そうよ」
そう言いながら雪ノ下は満面の笑みを見せる。
これでも十分に目を反らしてしまいたくなりそうな笑顔だからもうこれ以上の贅沢は望まない
でおくか。
そう考えながらやっぱり目が泳いでしまっている俺。
こりゃ通報されても仕方ないくらいきょどっているなと自分でもわかってしまう。
そんな俺を見ながら雪ノ下はクスクスと笑う。
「比企谷くん、さっきの姿が見たいのならこれから精進なさい── 」
× × ×
部室を出ると特別棟の廊下には暗がりが広がっていた。
朝に出た三日月はまだ空に輝いているはずだか、その月明かりはまだ弱々しいせいか廊下には差し込んで来ていない。
慣れた手つきで施錠しながら雪ノ下はいつものように言った。
「私は鍵を返してくるからここでいいわ」
「じゃあな、雪ノ下」
「さようなら、比企谷くん。また明日」
雪ノ下に背を向けて暗がりの中を突き進んで行く。
雪ノ下とは完全にこれまでの関係に戻ったことを再認識した次第だ。
しかし──
「待って、比企谷くん!」
「何した?」
振り返ってこう答えると、雪ノ下は言った。
「やっぱり職員室までついてきてもらえるかしら。平塚先生に『元の』奉仕部に戻ったことを報告したいから」
「ああ、平塚先生にも心配かけたからな。『元の』奉仕部に戻ったことを伝えた方がいいな。『元の』な」
「ええ、そうよ。『元の』よ」
雪ノ下と俺は繰り返して「元の」という言葉を強調して言った。
俺も雪ノ下も互いに嫌っているはずの嘘をついている。
確かに表面的には奉仕部は元の姿に戻った。
いや、表面的なことを指すのであれば既に生徒会役員選挙の後には元の姿に戻っていた。
だが、同じ表面的なものでも今とその時とは意味合いが全く異なる。
由比ヶ浜結衣は比企谷八幡と雪ノ下雪乃のやり取りを知らない。
由比ヶ浜結衣が最も恐れているふたりのやり取りを知らない。
嘘、偽りに塗られた馴れ合いはいつかは綻びを生み出して全ては灰燼に帰してしまう。
そんなことはわかっている。
馴れ合いは比企谷八幡も雪ノ下雪乃も最も嫌っているはずの関係性だった。
しかし、今は違う── 。
俺が守りたかったのは……いや、一番守りたいのは雪ノ下雪乃だ。
そのことに気付いてしまった。
そして、そう……、比企谷八幡も雪ノ下雪乃も互いに相手に求めていた本物が全く同じものだということに
気付き、それをわかり合っている。
── だから、今はこのままでいい
改めて自分の気持ちを確認すると雪ノ下の隣に並んで職員室に向かった。
─完─
これで空白の時間を書いたおまけは終了です
レスをくれた皆さん、最後まで読んでくれた皆さん、どうもありがです
>>569修正版
左に曲がると駅に向かう道が続くがそちらには向かわず、右の方向へと体の向きを変えた。
「比企谷くん、駅とは反対方向なのだけれど……」
困惑した声色で雪ノ下は言った。
「ああ、お前ん家でのんびりし過ぎたから近場にするわ。それに昨日遅くまで付き合ってくれたからお前も疲れているだろ」
正直なところ俺も疲労を感じている。
昨晩のこともさることながら、さっきの雪ノ下陽乃との件でもかなりのエネルギーを使った。
「近場ってどこ……?」
雪ノ下はまさかという表情をしている。
ああ、そのまさかだ。
「近場ってイオンモールくらいしかないだ……」
「駄目よ!」
言い終わる前に雪ノ下が血相を変えて返してきた。
>>577修正版
「おーい、戻ったぞー」
いつものようにぶっきらぼうに言って部室に入ると、そこは懐かしさを感じる在りし日の奉仕部
へと戻っていた。
「比企谷くん、あなた一体どこで油を売っていたのかしら。いえ、売っているのがあなただと
わかったら誰も近寄っては来ないわね。傷つくことを思い出させてしまってごめんなさい」
「むしろお前の言葉が一番俺を傷つけているんだが……」
いつもの雪ノ下に戻っていた。
由比ヶ浜とも和解したのだろう。
このSSまとめへのコメント
読みにくいです
それな
シャンパーニュロゼ……。
色々と、シーンが飛びすぎて読みにくい
飛びまくりなのに大事な部分は無駄な文を入れまくってくどいっていうのが尚酷い。