【ガルパン×まどマギ】みほ「私、ほむらちゃん、って呼んでいいかな?」 (124)

・タイトルにあるとおり『ガルパン』と『まどマギ』のクロスSSです。
・2作品の成分比は、7:3くらいで『ガルパン』が多めです。
・それぞれの時期的な設定は、『ガルパン』が全国大会終了後、『まどマギ』はTVシリーズ最終回の少し前くらいです。『叛逆』ネタは含まれていません。
・長編とまではいきませんが、中編くらいの長さがあります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1385030199

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みほ(あれ? 誰かいる……?)

みほ(でも、戦車倉庫の、床の上に寝てるなんて。……ううん、そうじゃない。倒れてるの?)

みほ(どうやって入ったのかな。ここの扉を開ける方法を知ってるのは、私と、あと数人…)

みほ(自由に入れる人は限られてるはず。しかも何だろ、あの服…)

みほ(何かの衣裳みたい。腕に付いてる、この丸い物は何……?)

みほ「あの……寝てるんですか? 床の上ですよ? 服や髪、汚れちゃいますよ?」

みほ(私より、学年が下かな。綺麗な女の子。綺麗な顔した子だな……)

みほ(でも、こんなに踵の高い靴を履いて……。すごく大人っぽい)

ほむら「……う……う……ん……」

みほ「もしかして、具合が悪いんですか? 保健室行きますか?」

ほむら「……!!」ガバッ

みほ「わっ、びっくりした。……気が付きました? 大丈夫ですか?」

ほむら「……」

みほ「どうしたんですか? 平気ですか?」

ほむら「……ここは……」

みほ「倉庫の中ですけど。あの、どうやって入っ……あ、こんなことは後でよくて…」

ほむら「……」

みほ「今はとにかく、体の具合が悪そうだから、保健室へ行きましょう」

ほむら「いえ、それは……うっ」ズキン

みほ「どうしました? 頭が痛いんですか? やっぱりどこか、具合が悪いんですね?」

ほむら「い……いいえ、大丈夫……」

みほ「でも、顔色がよくありません。保健室はそんなに遠くじゃないですから」

ほむら(どこかしら、ここ……。いつもの病院、ベッドの上ではない……)

ほむら(あれは……戦車? 戦車があるということは、軍施設の中?)

ほむら(かなり旧式の戦車みたい。昔の戦車を保管する所かしら。でも、この人は…)

ほむら(どう見ても、高校生くらい。学校の制服みたいな物も着てる。なぜ、女子高生と戦車?)

ほむら(私は魔法少女の姿のまま…時間をもう一度繰り返した時のまま…なぜ……?)

みほ「大丈夫ですか? 何も喋れないほど、ひどいですか?」

ほむら「いいえ……平気です。もう頭は、痛くありません」

みほ「それなら、立てますか? ゆっくりでいいですから」

ほむら「はい、多分……あ」フラッ

みほ「……駄目ですね。無理に立たせてごめんなさい。そのまま座ってた方がいいかも」

ほむら「は、はい……」

みほ「ここへ、保健の先生を呼んできます。ちょっと待っててください」

ほむら「あっ、それは……! それは、やめて……うぐっ」ズキン

みほ「やっぱり、まだ頭が痛いんですね。大きな声なんて出さない方がいいですよ」

ほむら「……うう……」ズキズキ

ほむら(何なの……この頭痛……。それに、人を呼ばれるのは、まずい……)

ほむら(今の状況がはっきり分かるまで、私の姿をあまり多くの人に見られるのは……)

みほ「……何か事情があるんですね。先生を呼ばない方がいい、っていう」

ほむら「……」

みほ「でも私は、放っておくことはできません。具合の悪い人をそのままにしておくなんて」

ほむら「……」

みほ「ちゃんと立てるようになるまで、そばにいます。それは、いいですね?」

ほむら「は、はい……」

みほ「じゃあ、そこに座っててください。お尻の所が汚れちゃうかもしれないけど」

ほむら「……」

みほ「今は、そんなことを気にしてる場合じゃないですから。私は少しだけ、ここを離れます」

ほむら「はい」

みほ「忘れ物を取りに行かなくちゃ。今、この倉庫へ来たのは、そのためだったんです」タタッ

ほむら「……」

ほむら(あの人は、悪い人ではなさそう。可愛い人ね……。可愛い、お姉さん)

ほむら(でもあんな制服、見たことがない。……あの人は、保健の先生、って言ってたわね)

ほむら(ということは、やはりここは学校。どこの学校かしら)

ほむら(状況を把握しなければ……。どうすれば、それをできるか……考えなければ)

みほ「ああ良かった。やっぱり戦車の中に忘れてたんだ……」

ほむら(え? 戦車の中? 戦車に入ったの? 戦車に乗り込んだの? あの人が?)

ほむら(だって、戦車なんて……今まで、私が手に入れてきた武器と、同じで…)

ほむら(戦闘に使う物のはず。戦争で使う、兵器のはず)

ほむら(人殺しを目的に作られて、それ以外に、何の役にも立たない物のはず……)

ほむら(……駄目ね……。自分では、状況を全く理解できない)

ほむら(自分の頭で考えるは、諦めざるを得ない。あの人にいろいろ訊いていくしかない)

みほ「ごめんなさい、放っておいて。どうですか? 具合、少し良くなりました?」

ほむら「あの、ここは……」

みほ「倉庫の中です。戦車倉庫の中。戦車道で私たちが使ってる戦車が置いてあるんです」

ほむら「戦車ドウ?」

みほ「知りませんか? この学園の生徒なら、知らないはずないですけど……」

ほむら「私は……」

みほ「あの、はっきり訊いて悪いですけど、どうやってここへ入ったんですか?」

ほむら「それは……気が付いたら、ここにいて……」

みほ「気が付いたら? どういうことですか?」

ほむら「自分でも分からないんです」

みほ「ひょっとしたら……倒れてたのは、転んで頭を打ったりしたからですか?」

ほむら「……」

みほ「そのせいで、記憶がこんがらがってる、とか?」

ほむら「……」

みほ「そういう話、聞いたことある。もしそうなら大変。頭のことって、後になってから…」

ほむら「あの……」

みほ「やっぱり、保健の先生を呼んできます。私じゃどうにもならない」

ほむら「それは……それは、やめてください! お願いです! 誰も呼ばないでください!」

みほ「え? 何言ってるんですか? 自分で分からないんですよね? 自分に起こってることが」

ほむら「は、はい……。でもそれは、今はいいんです」

みほ「いい? いいってどういうことですか? どうして、いいなんて言うんですか?」

ほむら「……」

みほ「手遅れになったらどうするんですか!? 早く、ちゃんとした人に診てもらわないと!」

ほむら「お願い……お願いします。まだ待ってください……」

みほ「……」

ほむら「訊きたいことが、あるんです」

みほ「……」

ほむら「お願いします……」

みほ「分かりました」

ほむら「ごめんなさい」

みほ「私も、訊きたいことがあります。少しここで休みながら、お話をしましょう」

ほむら「はい」

みほ「整備の時に使う椅子を持ってきます。取りあえず、それに座りましょうか」

ほむら「ありがとうございます」

ほむら(整備? やっぱり、この人が戦車を扱ってるんだわ)

みほ「気分は悪くないですか? トイレは?」

ほむら「それは、大丈夫です」

みほ「ここに飲み物でもあれば、いいんだけど……」

ほむら「構わないでください」

みほ「あ。M3の中へ、あの子たちが何か隠してないかな」

ほむら「本当に、いいですから」

ほむら(あの子たち? 戦車を扱う人が何人もいて、その人たちも学校の生徒ということ?)

みほ「いえ、大丈夫です。ちょっと行ってきますから、待っててください」タッ

ほむら(軍に関係した学校なのかしら。でも、雰囲気が全く違う気がする)

ほむら(旧式の戦車。軍隊らしくない普通の制服。そしてあの人は、可愛い普通の女子生徒)

ほむら(部活で、古い戦車を扱っているとでもいうの? まさか、ね)

ほむら(わけの分からないことばかり。でも…)

ほむら(でも、あの人に会ったのは、よかったのかもしれない)

ほむら(あんなに心配してくれて……。最初に会ったのが、こういう人でよかった……)

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みほ「私は、西住みほです。普通Ⅰ科、2年A組」

ほむら「みほさん、ですね」

みほ「はい。そう呼んでもらって構いません」

ほむら「あ……ごめんなさい、初対面なのに。可愛い人だから、つい……」

みほ「可愛いなんて。ありがとうございます」

ほむら「多分、年上の人なのに……馴れ馴れしくしてしまって」

みほ「その呼び方で、本当に構いませんよ」

ほむら「私は、ほむらです。暁美ほむら」

みほ「え? 暁美さん? ほむらさん? どっちですか?」

ほむら「たまにそう言われます。どっちが苗字で、どっちが下の名前なのかって」

みほ「……じゃあ、暁美さんですね」

ほむら「私は、みほさんって呼んでもいいと言ってもらえました。だから、ほむらって…」

みほ「あ、そっか。じゃあ、ほむらさん」

ほむら「はい」

みほ「また、はっきり訊いて悪いですけど。ほむらさんは、この学園の生徒じゃありませんね?」

ほむら「……はい」

みほ「今度の、練習試合の相手校の人ですね?」

ほむら「は?」

みほ「……ま、そう訊かれて、素直に白状する人はいませんよね」

ほむら「何のことですか?」

みほ「今から、ぶっちゃけ…っていうんでしょうか、そういうふうに話そうと思います」

ほむら「何を、ですか?」

みほ「改めて言います。私が、大洗女子学園戦車隊の隊長、西住みほです」

ほむら「……」

みほ「さっき私、わざとらしく自己紹介をしましたけど…」

ほむら「……」

みほ「私の名前と顔、学年やクラスなんて、とっくに知ってますよね」

ほむら「あの、何のことなのか……」

みほ「ほむらさん。そんな演技をする必要は、もうありません」

ほむら「……」

みほ「私たちも、全国大会の時にやったことです」

ほむら「……」

みほ「隊長の私が指示したわけじゃありませんけど。相手校への偵察があったことは、事実です」

ほむら「私には、本当に何のことなのか……」

みほ「さっき、保健の先生を呼ばれちゃうのを、すごく嫌がりましたよね」

ほむら「……」

みほ「あれで分かったんです。ああ、偵察の人なのか、って」

ほむら「……」

みほ「偵察の最中、相手に見付かる。人を呼ばれちゃう。こんなの絶対、駄目に決まってますから」

ほむら「あの…だから、そうじゃなく……」

みほ「でも、今度のは練習試合ですよ? それなのに偵察なんて…」

ほむら「……」

みほ「確かに私たちは全国大会で優勝しましたけど、警戒されるような学校じゃありません」

ほむら「……」

みほ「ここにある設備や装備を、もう見たと思います。貧弱としか言いようがないですよね」

ほむら「みほさん」

みほ「はい」

ほむら「少し質問していいですか?」

みほ「はい、何でも訊いてください。隠すようなことは何もありませんから」

ほむら「ここはどこですか?」

みほ「え? それは、さっき訊いたと思いますけど」

ほむら「いいえ、そうじゃなく……もっと具体的な、地名などを教えてほしいんです」

みほ「地名? 学園艦での区域名とか、ってことですか?」

ほむら「学園カン?」

みほ「ここは、学園の敷地内ってことしか知りませんけど……。区域名なんてあるのかな」

ほむら「それは……ここには住所がない、って意味ですか?」

みほ「学園艦の、学園の中ですから。分かりきってますよね。本当はあるのかもしれませんけど」

ほむら「あの、さっきからみほさんが言っている、学園カンって何ですか?」

みほ「え?」

ほむら「ここは見滝原ではないんですね?」

みほ「ミタキハラ? 何ですか、それ? 陸の地名みたいですけど」

ほむら「陸、って……どういうことですか?」

みほ「ほむらさん」

ほむら「はい」

みほ「さっきから私たち、話が全然かみ合ってませんよね」

ほむら「……」

みほ「多分ほむらさんは、徹底して、話をはぐらかしたいんだと思います」

ほむら「……」

みほ「偵察してたことがバレた以上、ここにいることなんてできませんから」

ほむら「……」

みほ「早く話を切り上げたいんだと思います。引き止めたりして、ごめんなさい」

ほむら「……」

みほ「もし、もう気分がよくなったのなら、このままここを出て行っちゃっても構いませんよ?」

ほむら「……」

みほ「ほむらさんが来たことを、私は誰にも言いません」

ほむら「……」

みほ「でも、一つだけ教えてください」

ほむら「何でしょう」

みほ「どうやって、扉が厳重に閉められてるこの倉庫へ入ったんですか?」

ほむら「……」

みほ「私は隊長で、ここの責任者です。だから、知りたいんです」

ほむら「……」

みほ「戦車倉庫へ部外者が入っちゃってる。外部からの侵入を、現実に許しちゃってる」

ほむら「……」

みほ「これは、防犯上のすごく大きな問題です。そちらの学校でも同じことだと思います」

ほむら「……」

みほ「ここへ入った方法だけ、教えてください。お願いします」

ほむら「……」

みほ「決してそれ以上、ほむらさんを追及したりしませんから」

ほむら「……みほさん」

みほ「はい」

ほむら「みほさんは恐らく、私のことをすごく変な人だと思っているでしょうね」

みほ「……いえ、そんなことは……」

ほむら「嘘をつく必要なんてありません。私がみほさんの立場だったら、そう考えます」

みほ「……」

ほむら「この服装、話の内容、密室へ侵入していること……全てが、怪しいですから」

みほ「こう言うのは、失礼ですけど…」

ほむら「何でしょうか」

みほ「おかしなことばかりだなぁ、とは思ってました」

ほむら「私はこれから、私自身のことを話そうと思います」

みほ「……」

ほむら「その後で、ここや、みほさんのことを教えてくれますか?」

みほ「……」

ほむら「どうでしょうか?」

みほ「……ほむらさんが、どうしてそういうことを言ってるのか、分かりませんけど…」

ほむら「……」

みほ「了解しました。そちらの話を聞いた後で、こっちの話をしましょう」

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ほむら「信じてもらえないでしょうね」

みほ「……」

ほむら「みほさんが今、私を見ている目付き。それは、頭のおかしい人を見る目付きです」

みほ「……だって……そんな……」

ほむら「……」

みほ「……魔法少女、なんて……」

ほむら「そんなもの、漫画やアニメの中だけにいる存在です」

みほ「はい……。そのとおり、です……」

ほむら「話だけでは、信じてもらえないのが当たり前です」

みほ「……」

ほむら「だから、実際にこれから、みほさんへ魔法を見せます」

みほ「……!!」

ほむら「怖がらないでください。みほさんに何かをするわけではありません」

みほ「で、でも……じゃあ、何を……」

ほむら「例えば、そうですね……私が手に持っている、このジュースの缶」

みほ「はい……」

ほむら「御馳走様でした」

みほ「いえ……私のじゃありませんし。1年生の子たちが、戦車の中に隠してたんです」

ほむら「……」

みほ「隊長の私が許可しなければ、搭乗中の飲食は禁止。最近、そう決めたはずなんですけど」

ほむら「……」

みほ「前にその子たちが、ジュースを戦車の中でこぼしちゃったことがあって…あ、あれ!?」

ほむら「……」

みほ「消えた!? 消えましたよ!? ほ、ほむらさんの手から、缶が消えましたよ!?」

ほむら「みほさん。5メートルくらい先の、床の上を見てください」

みほ「あ……!! 缶が、ある……!? どうして!? どうしてですか!?」

ほむら「これが、私の使える魔法です」

みほ「……」

ほむら「時間を止めたり巻き戻したりできるのが、私の能力です」

みほ「……」

ほむら「私は今、時間を止めました。そして、あそこへ缶を置きに行きました」

みほ「……」

ほむら「その後で元どおりの場所に、元どおりの姿勢で座る。時間を再び動かす」

みほ「……私、には……缶が、消えて…勝手に移動したようにしか、見えない……」

ほむら「そのとおりです」ファサッ

みほ「……すごい……手品ですね……」

ほむら「……」

みほ「……どうしました?」

ほむら「……手品、ですか。まあ、手品みたいなものですね」

みほ「私、ひょっとして、気に障るようなこと言いましたか? もしそうならごめんなさい」

ほむら「いえ、いいんです。……本人がその手品を使うのは、命がけなんですけど」

みほ「命がけ……?」

ほむら(魔力の消耗、ソウルジェム、グリーフシード、そして魔女…)

ほむら(こんなことは、話す必要ないわね。この人をもっと混乱させてしまう)

ほむら(でも、魔法少女であることを明かした以上、これは話しておくべきかも)

ほむら「本“人”っていうのも、実は間違っているんですけど」

みほ「どういうことですか?」

ほむら「私は、人間ではありませんから」

みほ「……」

ほむら「みほさんの私を見る目付きが、ますます、あり得ないものを見る目付きになりましたね」

みほ「……だって……人間じゃ、なかったら……」

ほむら「……」

みほ「……何だって……言うんですか……?」

ほむら「そうですね…やっぱり、魔法少女としか言いようがないでしょうね」

みほ「……」

ほむら「みほさん。ここに、曲がってしまった金属の棒がありませんか?」

みほ「金属の棒? 曲がった?」

ほむら「魔法少女は場合に応じて、人間よりはるかに大きい力を出すことができます」

みほ「……」

ほむら「腕力、握力、跳躍力などはもちろん、視力、聴力…全てです」

みほ「……」

ほむら「本当は、これらを人間と比較するのは変ですけど。力の性質が全く違いますから」

みほ「……ほむらさんは…曲がった棒を……素手で、真っ直ぐに戻せる……」

ほむら「ええ。みほさんの目の前で、実際にそうしてみせれば…」

みほ「……」

ほむら「私が手品を使っているのではない、ということを分かってもらえると思います」

みほ「……いえ……もう、いいです……。見なくても、もう、分かりました……」

ほむら「……」

みほ「さっきは、手品なんて言って、ごめんなさい……」

ほむら「誰でもそう考えると思います。気にしないでください」ファサッ

みほ「……」

ほむら「みほさん。今度はここや、みほさんのことを教えてください」

みほ「あ、そうですね……。じゃあ…」

ほむら「はい」

みほ「ここを出て、外へ行きましょうか。ほむらさんは…」

ほむら「何でしょう」

みほ「さっきのお話だと、学園艦っていう物を知らないみたいです。戦車道も」

ほむら「はい。何ですか、その二つは?」

みほ「もう、日が傾いてます。この薄暗い倉庫なんか出て、外へ夕日を見に行きましょう」

ほむら「夕日?」

みほ「それを見られる場所へ行く途中で、学園艦とか、戦車道とか……いろいろ説明します」

ほむら「はい」

みほ「あ。でも、その格好は…」

ほむら「ちょっと目立ってしまいますか?」

みほ「カッコいいから、素敵だとは思うけど…」

ほむら「それなら元の姿に戻ります」

みほ「え?」

ほむら「これは私の、魔法少女としての姿です。だから普段の、元の姿に戻ります」

みほ「じゃあ、今は……変身してる、ってことですか?」

ほむら「ええ」

みほ「これからその変身をやめて、元の姿に戻るんですね?」

ほむら「そのとおりです」

みほ「……」ジー

ほむら「……あの……」

みほ「何ですか?」ジー

ほむら「あまり…見つめないで、もらえた方が……」

みほ「え? 駄目ですか?」

ほむら「できれば、反対側を向いていたりとか…してほしいんですけど」

みほ「どうしてですか?」

ほむら「人に見られたことなんて、あまりなかったですから……」

みほ「やっぱり変身したり、元の姿に戻るのは秘密なんですか?」

ほむら「いいえ。今は、そういうわけではありません」

みほ「そうですよね。私にさっき話してくれたんだから、もう秘密じゃないですよね」

ほむら「でも、あまり見られるのは……」

みほ「それなら、あっちを向いてます」クルッ

ほむら「すみません」

みほ「……」チラ

ほむら「あの、反対側を向いててくれるって…」

みほ「あれ? バレちゃいました?」

ほむら「見られてる限り、元の姿に戻れません」

みほ「どうしても?」

ほむら「何だか、恥ずかしいというか……」

みほ「うーん…残念。分かりました、じゃあ……」クルッ

ほむら「もういいですよ」

みほ「え? あ、もう姿が変わってる! 今度こそ、こっそり見ようと思ったのに! 早過ぎです!」

ほむら「みほさんって、意外とお茶目なんですね」

みほ「でも…」

ほむら「どうしました?」

みほ「可愛い……。これ、ほむらさんが通ってる、見滝原中学校の制服ですか?」

ほむら「ええ」

みほ「いいなぁ……。私もこういう可愛い制服、着たかったなぁ……」

ほむら「みほさんが着てるこの学園の制服だって、可愛いと思いますけど」

みほ「そうですか? こんなの……例えばこのリボンなんて、真っ黒じゃないですか」

ほむら「おかしいとは別に感じませんよ」

みほ「私、転校生なんです。少し前にこの学園へ来たんですけど…」

ほむら「はい」

みほ「たまに、制服がもっと可愛い所の方がよかったなぁ、って思うんです」

ほむら「でも、自分が行く学校を制服で選ぶわけにもいかないでしょう?」

みほ「それは、そのとおりなんですけど。でも…」

ほむら「……」

みほ「こんな可愛い制服を見ると、やっぱりそう思っちゃうんですよね」サスサス

ほむら「あ……そんな、くすぐったい……」

みほ「いいなぁ……可愛いなぁ……つい、触っちゃいます……」サスサス

ほむら「……あの……ちょっと……」

みほ「あ。制服だけじゃなくて、ほむらさんも可愛いですよ?」サスサス

ほむら「あ、ありがとう、ございます……あの、どうして、後ろに回り込んだり……」

みほ「最初見た時、綺麗な子だなぁって思いましたけど、綺麗だし可愛いですね」サスサス

ほむら「……また前に……もう、そういうことは……」

みほ「こうして触ってると…ううん、見てると、可愛い普通の中学生なのに…」

ほむら「……」

みほ「魔法少女だなんて……人間じゃない、なんて……」

ほむら「本当のことですから」

みほ「でも、さっきジュース飲んだじゃないですか」

ほむら「ええ、そういうのは人間と同じです。飲んだり食べたりしますし、トイレも…」

みほ「あ、トイレで思い出した。早く行きましょう。トイレに寄ってから」

ほむら「そうですね。こんなことをしていたら、文字どおり日が暮れてしまいます」

みほ「もう、気分はすっかり大丈夫ですね?」

ほむら「はい。問題ありません」

みほ「良かった」

ほむら「これ……」

みほ「何ですか?」

ほむら「ジュースの缶、どうしましょう。捨てる所ありますか?」

みほ「それは、どうしようかな……。あ、いいこと思いついた」

ほむら「え?」

みほ「私に渡してください」

ほむら「はい」

みほ「少し、そこにいてください」タタッ

ほむら「……」

みほ「お待たせしました」

ほむら「缶、どうしたんですか?」

みほ「元あった場所へ置いてきました」

ほむら「えっ。それは……」

みほ「少し前に、1年生たちがジュースをこぼして、戦車の中がベトベトになっちゃって…」

ほむら「掃除が大変そうですね」

みほ「もう大騒ぎでした。誰のせいだ、私のせいじゃない、なんてお互いに責任をなすりつけて」

ほむら「それで、飲食禁止にしたんですか」

みほ「でも全然懲りてない。また飲み物を持ち込んでる。だから空き缶を置いといてやりました」

ほむら「後でこっそり飲もうとしたら、もう、中身が空になっていて…」

みほ「飲んじゃったのは誰!?なんて騒いだら…」

ほむら「持ち込んだのを自分たちでバラすようなもの。やっぱり、みほさんってお茶目です」

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みほ「綺麗な夕焼けになりましたね」

ほむら「……」

みほ「ここは、私のお気に入りの場所なんです」

ほむら「……こ、こんな……」

みほ「左舷にあるこの小さな公園は、来る人が少ないから、静かに夕日を見られるんですよ」

ほむら「……こんな……ことって……」

みほ「あ。夕日を見るためには、ある決まった方角へ艦が向いてなくちゃ駄目ですけど」

ほむら「……自分が、いたのは……本当に陸地じゃなかった、なんて……」

みほ「ここへ来るまでに、説明したとおりです」

ほむら「……」

みほ「全長が約7.5キロ。幅は約1キロ」

ほむら「……」

みほ「だけど、これでも小さい方です。私が転校する前にいた所は、もっと大きかったですから」

ほむら「……」

みほ「その学園艦の人口は、10万人以上だったと思います」

ほむら「人口、なんて……。それはもう、街に使う言い方では…」

みほ「だって実際、街ですから」

ほむら「……」

みほ「私たちは今、街の中を通ってきましたよね。ここにある街は、陸のものとほとんど同じです」

ほむら「……」

みほ「街だけじゃなくて自然もあります。もちろん全部、人工的な自然ですけど」

ほむら「山とか、川とか……?」

みほ「はい。戦車道の練習で、そういう場所を走ったりします」

ほむら「こんな巨大な……こんな物が人の手で作られてる、というのはまだ、理解できます」

みほ「……」

ほむら「人工の島、っていう物もあるでしょうから」

みほ「……」

ほむら「でも、これが動いてる……海の上を進んでる、というのが信じられない……」

みほ「それもそうですね。動力ってどんな種類のものなんだろ。今度、調べてみますね」

ほむら「……」

みほ「でも私には、やっぱりほむらさんの方が不思議だなぁ」

ほむら「え?」

みほ「学園艦を知らないほむらさんが、どうして、その学園艦にいるんですか?」

ほむら「……」

みほ「ほむらさんのこと、だんだん分かってきました。ほむらさんは嘘をつくような人じゃない」

ほむら「……」

みほ「ほむらさんは偵察の人なんかじゃない。その名前も偽名じゃない」

ほむら「……もしスパイなら、本名を教える必要などありませんからね」

みほ「最初は、偽の名前を咄嗟に考えたから、苗字と下の名前が…」

ほむら「両方とも下の名前みたいになった、と思ったんですね」

みほ「はい。でもそれは違う。ほむらさんは偽名を使ってないし、偵察の人でもない」

ほむら「……」

みほ「そして今、学園艦のことを知って驚いてるのは、演技なんかじゃない」

ほむら「ええ。心の底から、驚いています……」

みほ「でも今ほむらさんは、その学園艦にいるんですよ?」

ほむら「……」

みほ「どうやって、乗船したんですか?」

ほむら「……」

みほ「そして、扉が厳重に閉められてる戦車倉庫へ、どうやって入ったんですか?」

ほむら「そうなった、原因を……実は何となく、想像できています」

みほ「どんな原因ですか?」

ほむら「でも……そんなこと、現実にあり得るのか…」

みほ「現実には、あり得ないことなんですか?」

ほむら「恐らく……」

みほ「ほむらさん」

ほむら「はい」

みほ「それは、魔法少女と同じくらい、現実にあり得ないことですか?」

ほむら「……」

みほ「学園艦と同じくらい、あり得ないことですか?」

ほむら「……」

みほ「そして、戦車道。ここへ来るまでの間に、ほむらさんはこう言いましたよね」

ほむら「はい……。戦車は、戦争に使う物のはず。戦闘で使う兵器のはず」

みほ「人殺しのために作られて、それ以外に、何の役にも立たない物のはず」

ほむら「はい。確かに、言いました……」

みほ「でもその戦車を使い、女性が純粋な武道、競技として戦車戦をやるのが、戦車道です」

ほむら「……」

みほ「ほむらさんがここにいる原因は、その戦車道と同じくらい、あり得ないことですか?」

ほむら「……」

みほ「私たちは今、魔法少女も、学園艦も、戦車道も、現実にあり得るのを見てきました」

ほむら「……それら以上のことがあっても、それは、現実にあり得る…」

みほ「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません」

ほむら「……」

みほ「ほむらさん」

ほむら「はい」

みほ「今日これから、どうするんですか?」

ほむら「……それは……」

みほ「もう日が沈みました。夜になります」

ほむら「はい……」

みほ「行く所は、あるんですか?」

ほむら「……」

みほ「良かったら…」

ほむら「はい?」

みほ「うちへ、来ませんか?」

ほむら「……え……?」

みほ「それともどこか、行く所があるとか?」

ほむら「いいえ……ありません」

みほ「それなら、うちへ来てください。一緒に御飯を食べて、泊まっていってください

ほむら「そんな……そう言ってもらえるのは、嬉しいですけど…」

みほ「何ですか? 何か問題、ありますか?」

ほむら「あの、みほさんは……気味が、悪くないんですか?」

みほ「気味が悪い? どういうことですか?」

ほむら「こんな、見ず知らずで、頭のおかしいようなことばかり喋っている…」

みほ「……」

ほむら「こんな不気味なものを、自分の家へ入れてしまっていいんですか?」

みほ「私は全然、そんなこと思ってませんよ?」

ほむら「……」

みほ「反対に私は、うちへ泊まっていって、なんてほむらさんへ言ったら…」

ほむら「……」

みほ「すごく警戒されて、断られるんじゃないかと思ってましたけど」

ほむら「警戒? どうしてですか?」

みほ「私だって、ほむらさんにとって見ず知らずの人間ですから」

ほむら「……」

みほ「そんなのにホイホイ付いて行っちゃったら、何をされるか分かりませんよ?」

ほむら「そんな……みほさんが、そんなことをするなんて……」

みほ「ね、ほむらさん」

ほむら「はい」

みほ「ほむらさんはどうして、自分は魔法少女って、私へ教えてくれたんですか?」

ほむら「……それは……」

みほ「もちろん私、分かってます」

ほむら「何を、でしょう」

みほ「もし私がそれを周りに言いふらしても、変に思われるのはほむらさんじゃなく、私自身です」

ほむら「……」

みほ「魔法少女なんて現実にあり得ない。そんな話を信じる人は誰もいない」

ほむら「……」

みほ「それより、あいつは魔法少女だ、なんて口走っちゃう人の方が問題です」

ほむら「……」

みほ「だから私が言いふらす可能性なんかないし、もし言いふらされても、全然平気」

ほむら「はい。そのとおり、です……。そう考えて、みほさんへ話しました」

みほ「それで、どうして、魔法少女だって教えてくれたんですか?」

ほむら「それは……今、自分の置かれている状況を、全く把握できなかったからです」

みほ「……」

ほむら「不用意に動くのは、危険かもしれない。一点に留まって、誰かから情報を集めるのが得策」

みほ「……」

ほむら「私の場合、それはみほさんでした。だけど今の自分は、みほさんにとって限りなく怪しい存在」

みほ「……」

ほむら「そんな私の質問に、みほさんが答えてくれる可能性は低いと考えました」

みほ「確かに、そうかもしれませんね」

ほむら「だから、まず、自分のことを率直に明かそうと思ったんです」

みほ「……」

ほむら「みほさんは私のことを不思議と言いましたけど、みほさんの方こそ不思議です」

みほ「どうしてですか?」

ほむら「みほさんは……みほさんは、どうしてそんなに、優しいんですか?」

みほ「私が、優しい?」

ほむら「さっき、倒れてた私を心配してくれたのは、ある意味普通かもしれません」

みほ「……」

ほむら「具合の悪いのを放っておくことなんてできない。大抵の人はそう考えるでしょう」

みほ「……」

ほむら「でも、変な服を着て、密室に入り込んで、自分のことを魔法少女なんて言ってる…」

みほ「……」

ほむら「こんな不気味な奴へ、どうしてこんなに優しくしてくれるんですか?」

みほ「……」

ほむら「学園艦にいるのに、学園艦のことを知らない」

みほ「……」

ほむら「この学園艦にいるのに、全国大会で優勝した、ここの戦車隊のことを知らない」

みほ「……」

ほむら「こんな怪しい奴へ、どうしてこんなに、優しくしてくれるんですか?」

みほ「ほむらさん」

ほむら「はい」

みほ「もう、お互いに何かを言いあってても、切りがありませんね」

ほむら「……」

みほ「ここは、年上の私に、決めさせてください」

ほむら「……はい……」

みほ「学園の寮にある私の部屋へ来て、泊まっていってください」

ほむら「分かりました……」

みほ「多分、ほむらさんの魔法を使えば、簡単なんでしょうけど」

ほむら「何がですか?」

みほ「ホテルや寮の空き部屋へ入り込んで、勝手に寝ちゃうことなんて」

ほむら「ええ……」

みほ「でも、そういうのはやっぱり、よくないと思います」

ほむら「……」

みほ「私の部屋は狭くて、申し訳ないですけど」

ほむら「いいえ、そんな……」

みほ「あと、私、お料理が上手じゃありません。人に食べてもらえるような物なんて作れません」

ほむら「……」

みほ「だから、外から何か取ることになります」

ほむら「全く構いません」

みほ「寝巻きとかは私のを使ってください。他人の服なんて気持ち悪いでしょうけど」

ほむら「気にしません。何から何まで、すみません」

みほ「それから、一つ、お願いがあります」

ほむら「何ですか?」

みほ「一人だけ、人を呼ぶのを許してください」

ほむら「……」

みほ「ほむらさんにとって、状況はまだ不明瞭。だから、自分のことを知ってる人の数は…」

ほむら「はい」

みほ「その数は、できるだけ少ない方がいいんでしょうね」

ほむら「ええ。そのとおりです」

みほ「でも、私がこれから呼ぼうと思ってるのは、信用できる人です」

ほむら「……」

みほ「戦車道での、私の仲間で、友達です」

ほむら「……」

みほ「私なんかより、ずっと頭がよくて、すごくたくさんのことを知ってます」

ほむら「……」

みほ「だから、さっきほむらさんの言った、自分がここにいる理由…」

ほむら「学園艦を知らない私が、学園艦にいることになった原因、ですね」

みほ「はい。その話を私なんかより、もっと的確に理解してもらえると思います」

ほむら「分かりました」

みほ「余計なことを一切言わない人です。ほむらさんの秘密も、絶対に守ってくれます」

ほむら「信用します。みほさんの信頼する人なんですから」

みほ「我が儘を言ってごめんなさい」

ほむら「いいえ。我が儘なんかじゃありません」

みほ「じゃあ、行きましょうか」

ほむら「はい」

みほ「日が落ちたから、どんどん暗くなってきちゃってますね」

ほむら「みほさん」

みほ「はい」

ほむら「みほさんの言ったのが我が儘なら、今度は、私の我が儘を聞いてください」

みほ「何ですか?」

ほむら「さっきみほさんは、自分の方が年上だからと言って、今日どうするかを決めました」

みほ「はい」

ほむら「それなら、そのこと以外でも、私へ年上らしくしてください」

みほ「どういうことですか?」

ほむら「敬語なんて、使わないでください」

みほ「それは……」

ほむら「いきなり変えるのは、難しいかもしれませんけど」

みほ「いえ。ほむらさんが、その方がいいって言うなら……あれ?」

ほむら「……」

みほ「私、今やっぱり、敬語で喋ってま……あぅ? 喋ってますね、じゃなくて…」

ほむら「みほさん、慌てないでください」

みほ「……うー。どうしても、敬語が出てきちゃって……」

ほむら「慌てたりしたら、全然、年上らしくありませんよ?」

みほ「……どうすれば、いいかな……」

ほむら「……」

みほ「じゃあ、呼び方から変えま……あ、違う。変えるね」

ほむら「はい」

みほ「私、ほむらちゃん、って呼んでいいかな?」ニコ

ほむら「……!!」

みほ「……どうしたの?」

ほむら「……い、いいえ……何でも……」

みほ「変なの。びっくりしたりして」

ほむら「……」

みほ「こういう話し方してほしい、って言ったの、ほむらちゃんだよ?」クス

ほむら「ご、ごめんなさい」

みほ「さ、行こ。もうすっかり夜だよ」

ほむら「はい……」

ほむら(何なの、今のは……?)

ほむら(全然、似てないのに。顔も、髪型も、背の高さも、声も……)

ほむら(年齢だって、全然違うのに……)

ほむら(どうしてあんなに、そっくりだったの……?)

今日はここまでです。
既に完結させていますので、全編を土曜日にかけて、投下していく予定です。

~~~~~~~~~~



みほ「麻子さん。はい、お茶」

麻子「ああ、ありがとう。しかし西住さん、本当にいいのか?」

みほ「何が? ほむらちゃんも、はい、お茶」

ほむら「ありがとうございます。私も、本当にいいんでしょうか」

みほ「二人が言ってるのは多分、その御飯のことだよね。全然、気にしないで」

麻子「だが……もう御馳走になった後で、こんなことを言うのは失礼だが…」

ほむら「すごく美味しいお弁当でしたね」

麻子「西住さんが出前を頼んだこの弁当屋は、ここで最も人気があり、かつ高級な宅配食の店だ」

みほ「気にしないで、って言ってるのに」

麻子「ほむらさん、だったな」

ほむら「はい。何でしょう、麻子さん」

麻子「ここは女子校で学園艦。だから、寮で一人暮らしをしてる女ばかり」

ほむら「はい」

麻子「だがその全員が、いわゆる女らしい女とは限らない」

ほむら「私だって、人間だった時も、そして今も、女らしいことは何一つできません」

麻子「私と西住さんもそうだ。我々のように、料理なんて全く不得意な者もいる」

みほ「あ。自分から言うのはいいけど、人に言われると傷つくなぁ」

麻子「だから、外食や宅配食が、最も収益性の高い業種だという珍現象が発生する」

みほ「コンビニやスーパーより儲かってるかも。学食も、遅くまでやってるよね」

麻子「そして我々が今、西住さんに奢ってもらったのが、その宅配で最高峰の食ということだ」

みほ「今夜は、こんなに可愛いお客さんが来てくれたんだもの。これくらい奮発しなくちゃ」

ほむら「そんな……私みたいなもののために。ありがとうございます」

みほ「たまには、こんなイベントがあってもいいと思う」

麻子「確かに、何かで祝うべきかもしれないな」

みほ「それより麻子さん、本題を話してほしいな」

麻子「ああ。ほむらさんがここにいる原因、だったな」

みほ「何だと思う?」

麻子「異世界理論」

ほむら「私も、同じことを考えていました。SFで、よくある話ではありますけど」

みほ「やっぱり……」

麻子「西住さんもそう思ってたか」

みほ「SFなんて全然興味ないけど、その話はすごく印象に残ってるの」

ほむら「自分がいる世界と同じなのに、違う世界。それが、どこかにある」

みほ「本で読んだのかテレビで見たのか、忘れちゃったけど」

麻子「その世界には、同じ自分なのに、違う自分がいるかもしれない」

みほ「うん。そう考えたら、すごく不思議な気持ちになった。だからよく憶えてるの」

麻子「ほむらさんはどう思う?」

ほむら「今、みほさんは不思議と言いましたけど、まさに不思議な話です。でも不思議といえば…」

麻子「ほむらさん自身が、不思議な存在だな」

ほむら「ええ。私がいた世界でもそうでした。だけど、私にとっては…」

みほ「学園艦や戦車道が、不思議なんだね」

ほむら「はい。私の元いた世界ではSFの中にさえ、そういうものはなかったですから」

麻子「……」

ほむら「みほさんが夕方、公園で話したとおりに…」

みほ「何?」

ほむら「魔法少女、学園艦、戦車道が存在するんですから…」

みほ「……」

ほむら「異世界だって、存在するんでしょうね」

麻子「しかし誰も、それが実在することを証明できてない」

ほむら「ええ。私がいた世界でも同じです」

麻子「今、私たちが話してるのは、状況証拠を積み重ねた推論だ」

ほむら「麻子さん」

麻子「何だ」

ほむら「麻子さんが言う状況証拠。その中には、私のことも含まれているんですか?」

麻子「無論だ」

ほむら「麻子さんは、私が魔法少女であることを信じてくれるんですね」

麻子「信じない理由は、ない」

ほむら「目の前で魔法を見せたりしなくても?」

麻子「西住さんが見て、それを私へ話してくれた。今やる必要はない」

ほむら「みほさんを信頼しているんですね」

麻子「ああ。私は西住さんを、嘘どころか、曖昧ことすら言う人じゃないと理解している」

みほ「麻子さん、それって褒めてくれてるの?」

麻子「だが、ほむらさんへ実際に会って話を聞くまで、疑う気持ちがあったことは事実だ」

みほ「それはそうだよね」

麻子「誇大妄想狂か作話症だと思ってた。あるいは、いわゆる中二病を高度に拗らせた子供だと」

ほむら「そう思う方が自然です」

麻子「しかし、ほむらさんの話には矛盾がない。内容に齟齬が全くない」

ほむら「何度も同じことを訊いたのは、それを見付けるためですね」

麻子「作り話なら大抵、繰り返し訊かれているうちにボロが出る」

みほ「お弁当を食べてる間、いろいろなことについて、ずっとそういう訊き方をしてたよね」

麻子「質問攻めにして、せっかくの料理を不味くしてしまったかもしれないが」

ほむら「そんなことはありません。信じてもらうために、私の方でも必要なことでした」

麻子「そうした結果、私は、ほむらさんが喋ってるのは事実だけと判断した」

ほむら「……」

麻子「これが、ほむらさんを信じる理由だ」

みほ「でも、異世界っていうのが本当にあるかどうか、分からないんだよね?」

麻子「さっき言ったとおりだ。誰もその存在を証明できてない」

ほむら「今起こっていることを、最も合理的に説明できる方法…」

麻子「それが、異世界という概念だと推測できる」

みほ「そう考えられる、ってだけなんだね」

ほむら「推測するだけなら、どんなことでも可能です」

麻子「ああ。ひょっとしたら、この世界にも魔法少女がいるかもしれないぞ?」

みほ「いると思う? ほむらちゃん」

ほむら「私は、ほかの魔法少女の気配を感じ取ることができますけど…」

麻子「この学園艦にその気配はないか。腐るほど女がいるのに」

ほむら「はい」

みほ「逆に、ほむらちゃんのいた世界に、学園艦や戦車道があった可能性は…」

ほむら「さっきの繰り返しになりますけど、それはないと断言できます」

麻子「もっとほかの世界が、存在する可能性もあるぞ」

みほ「もっと、ほかの?」

麻子「例えば、空飛ぶ円盤や宇宙人が、地球にやって来てる世界だ」

みほ「どっちも小説や漫画、テレビの中だけの話だけど…」

麻子「魔法少女だって、そうだった。しかし、それが実在する世界があると分かった」

ほむら(インキュベーターというエイリアンがのさばってる世界はあるけど……)

みほ「それなら反対に、魔法少女、学園艦、戦車道がない世界だってあるかもしれないんだね」

麻子「ああ。それらが全て存在しない世界」

ほむら「あるいは、漫画やアニメの中だけにある世界」

みほ「私たちのことが全部、漫画やアニメのことにすぎない世界……」

麻子「そして時折、そうした異なる世界同士の壁を飛び越える者が現れる」

みほ「ほむらちゃんは時間を巻き戻す魔法を使った。その時、何かの原因で…」

ほむら「みほさんと麻子さんのいる、この世界へ飛ばされてしまった」

みほ「扉の閉まってる倉庫へは、外から入り込んだわけじゃないんだね」

麻子「恐らくそこへ、忽然と現れたんだ」

みほ「でも、ほむらちゃんは陸にいたんでしょ? 学園艦が存在しない世界なんだから」

麻子「異世界間の壁を飛び越えてるんだ。そのくらいの移動があっても不思議じゃないかもな」

みほ「あ、そうか」

麻子「だが、見滝原……全然知らない地名だ」

みほ「調べてみる?」

麻子「インターネットか?」

みほ「パソコンなら、さっき少し使ったから起動してある。今はスリープ状態」

麻子「さっき聞いた内容からすると、こういうテクノロジーは概ね同じらしいな」

ほむら「はい。異なる点もありますけど、どちらの方が進んでいるか、などは分かりません」

麻子「違うのはやはり、魔法少女、学園艦、戦車道に関することが主か」

みほ「麻子さん、使う?」

麻子「ああ。少し借りる。み、たき、はら……」カタカタ

ほむら「……」

麻子「ほむらさん、こっちの世界での検索結果を見るか?」

ほむら「……」

みほ「ほむらちゃん? どうしたの?」

麻子「……すまない。私は今、無神経だったな」

ほむら「いえ……」

みほ「麻子さん、どういうこと?」

麻子「ほむらさんの気持ちについて、無神経だったということだ」

みほ「気持ち?」

ほむら「……いいんです。気にしないでください」

みほ「ほむらちゃん。どういうことなのか、訊いてもいい?」

ほむら「はい。何だか……見てはいけない気が、するんです」

みほ「見ては、いけない……?」

麻子「西住さん」

みほ「うん」

麻子「ほむらさんの気持ちは恐らく、さっき西住さんが言った、不思議な気持ちと同じだ」

みほ「あ……」

麻子「不思議どころじゃないな。不気味、と言っていいのかもしれない」

みほ「……」

ほむら「そのとおりです。何だか……こっちの世界の私を、見てしまいそうで……」

みほ「同じなのに、違う自分……もう一人の自分」

麻子「本人にとって、これ以上気持ち悪いものはないだろうな」

ほむら「もちろん私は、そこの中学校にいる一人の生徒にすぎませんから…」

みほ「……」

ほむら「私の名前や画像が、ネット上にあるとは思えませんけど…」

麻子「見滝原に少しでも関係するものさえ、知りたくないのか」

ほむら「はい……」

みほ「麻子さん、その検索結果の画面…」

麻子「これは私たち二人が、無言で見るだけにしておこう」

みほ「うん……」

ほむら「それに…」

麻子「何だ」

ほむら「見たら、そこにいる人を思い出して、頭がいっぱいになってしまう気がして……」

みほ「そうだね……。今は、そこへ帰ることを考える方が先だよね」

麻子「ほむらさん、元の世界へ帰る方法は分かってるのか?」

ほむら「いいえ。ここへ来たのも、自分で意図したことではありませんから」

麻子「来た時と同じやり方を採る、というのは?」

ほむら「試す価値はあるかもしれません。でも…」

みほ「でも?」

ほむら「私は今まで何度も、その魔法を使っています。これはそのうちの1回でした」

麻子「今回は飽くまで、不測の事態か。それが何度も起こるとは限らない」

ほむら「そのとおりだと思います」

みほ「やってみなくちゃ、分からないかもしれないけど……ほむらちゃん自身が、決めることかも」

麻子「私たちに手伝えることなど、何もない。口を出すのは大きなお世話だな」

みほ「ここには、魔法少女や異世界についてのものなんて、何もないしね」

麻子「その二つに関係するのは、小説とかアニメとか、そんな作り話ばかりだ」

みほ「ほむらちゃん」

ほむら「はい」

みほ「帰れるようになるまで、好きなだけ、うちにいてくれる?」

ほむら「……そんな……」

みほ「だけど、あらかじめ言っておくけど…」

ほむら「何ですか?」

みほ「こんな御飯、毎日は食べさせてあげられないよ?」

ほむら「そんなことは、もちろんです。私なんて、何を食べていたっていいんです」

麻子「じゃあ、西住さん」

みほ「何?」

麻子「その分を私に奢ってくれ」

みほ「麻子さんって、たまにすごく失礼だったり、図々しかったりするよね」

麻子「私たちはもちろん、ほむらさんも、まだ今の状況を完全に分かってないだろう」

みほ「こんな目に遭ってすぐなんだもの。驚いてばかりで、頭の中が整理できてないと思う」

麻子「少し落ち着いてくれば、ちゃんと帰れる方法…少なくとも、その手掛かりが見付かるかもな」

ほむら「はい……」

麻子「それまで、ほむらさんの生活を確保する。その方法を考える必要があるな」

みほ「私たちに唯一できるのは、それを考えて実行することだね」

麻子「ほむらさんはこの世界で、住民票も何もない。いないも同然の存在だ」

みほ「誰も、学校へ行けとか言わない。逆にいえば、誰も気にしてくれない。身許がないんだもの」

麻子「だから、それを明らかにするのを強いられるような事態は、絶対に避けるべきだ」

みほ「大きい怪我や病気をしたり、事故に遭ったりしたら、面倒なことになっちゃうね」

ほむら「そういうものはある程度、魔法で回避できると思います」

麻子「多少不便だろうが、昼間に出歩くのはやめた方がいいだろうな」

みほ「さっき、うちへ来るまでの間も、ちょっと心配だったよ。すれ違う人が…」

ほむら「どこの制服だろう、という目でこちらを見ていましたね」

麻子「ここで見掛けるのは我が校の制服しかないはずだからな」

みほ「外出は夕方以降、制服じゃなく私服で、だね。私のを貸すから」

ほむら「分かりました」

麻子「西住さん、いつまでほむらさんを匿っておけると思う?」

みほ「問題はそこなの。そのうち絶対、ここに見慣れない子がいるって周りの人が感づいちゃう」

麻子「それがいつになるか、だな。関係当局の連中に知られたら厄介だぞ。そど子たちとか」

みほ「開き直って、外部の人を寮に何日か泊める申請を出すこともできるけど…」

麻子「いろいろとつまらん詮索をされるぞ。そんな申請などやらない方がマシだ」

ほむら「本当に申し訳ありません。私のせいで皆さんに、心配や余計な手間を掛けさせて……」

みほ「大丈夫だよ。私の親戚です、申請は忘れてましたとか言って、何とかするから」

麻子「いづらくなった場合は私の所へ来ればいい。環境が変われば気分転換にもなる」

みほ「麻子さんを巻き込んじゃって、ごめんなさい」

麻子「気にするな。大体、この部屋にはぬいぐるみしかない。飽きがくるのも早いだろう」

みほ「あ。麻子さん、言ったな。確かに、麻子さんの部屋には本がたくさんあるけど」

麻子「だがうちでは、豊かな食生活は期待できない。西住さんは料理を憶えようとしてるらしいが」

みほ「麻子さん、沙織さんからお料理を教わったりしないの?」

麻子「全く興味がない。私も冷蔵庫くらい持ってるが、中にあるのは調味料だけだ」

みほ「何それ。マヨネーズとかだけなの? 男の子の一人暮らしじゃあるまいし」

麻子「今思い出したが、牛乳を入れてあったな。どうだ、調味料だけじゃないぞ?」ドヤァ

みほ「どうして、そんなことで自慢げな顔できるんだろ。それに、今から牛乳飲んだって…」

麻子「何だ」

みほ「もう手遅れじゃない? 個人差があるみたいだから、よく分からないけど」

麻子「手遅れって、何がだ? 西住さん、私の体のどこを見てるんだ?」

みほ「知ってて言ってるんでしょ?」

麻子「……」ジー

ほむら「麻子さん。今度は麻子さんが、私のどこを見ているんですか?」

麻子「……」スッ

ほむら「どうして、握手なんてしようとするんでしょう」

麻子「どうやらほむらさんは、私と同志のようだからな」

ほむら「魔法少女の私に、そういうことは関係ないし、必要もありません」

麻子「何ということだ、同志の交情も得られないとは。世の中はあまりに過酷だ」

みほ「急に芝居がかって、何やってるの?」

麻子「ステータスも希少価値も、あったもんじゃない」

ほむら「みほさん。麻子さんは何を言ってるんですか?」

みほ「さあ?」

麻子「私は今、深く傷ついた。とっととうちへ帰って寝るとしよう」

みほ「あれ? 麻子さん、泊まっていかないの?」

麻子「こんなに豪勢な夕食を奢ってくれただけでも有難い。御馳走になった」

みほ「明日、学校休みなのに」

麻子「本の続きを読みたいからな。その後、牛乳を飲んで寝る」

みほ「じゃあ、あまり夜更かししちゃ駄目だよ?」

麻子「心配するな。最近、これまでより少し早く起きられるようになった」

みほ「それなら、今度の練習試合の日は、起こしに行かなくて大丈夫?」

麻子「そう期待してくれて構わない」

~~~~~~~~~~



みほ「もう髪、乾いた?」

ほむら「はい。ドライヤー、ありがとうございました」

みほ「髪の長い人って大変だね。私も伸ばそうかなぁってたまに思うけど、手入れが面倒臭そうで」

ほむら「慣れればそうでもありませんよ。麻子さんだって長いじゃないですか」

みほ「麻子さんの髪って綺麗だよね。こう言っちゃ悪いけど、不精な人なのに。髪質がいいんだね」

ほむら「みほさん。麻子さんって、すごい人ですね」

みほ「うん。いろいろなことをたくさん知ってるし、頭の回転が信じられないほど速いから」

ほむら「話していて、すごく面白いです」

みほ「やっぱり麻子さんを呼んで良かった。絶対、ほむらちゃんと気が合うと思った」

ほむら「どうしてですか?」

みほ「二人は似たタイプだなぁ、って感じてたの」

ほむら「私なんて、あんなに頭のいい麻子さんの足許にも及びません」

みほ「でも、表情を変えないまま、すごく重要なことを喋るところなんかそっくり」

ほむら「確かに麻子さんは、顔の表情があまり変わらない人ですね」

みほ「可笑しいこともキツいことも、同じ顔で言うの」

ほむら「すごく難しい内容も、その同じ表情で話してました」

みほ「だけどそんな麻子さんでも、苦手なものがたくさんあるんだよ」

ほむら「苦手? たくさん、ですか?」

みほ「うん。まず、高い所。それから、おばあちゃんがいるんだけど、すごく怖い人なの」

ほむら「そういうのが苦手かどうかは、頭のよさに関係ありませんね」

みほ「あと、これはすごく意外なんだけど、お化けが苦手」

ほむら「それは…確かに意外ですね。非科学的なものなんて、鼻で笑いそうですけど」

みほ「理由はよく分からないけど、すごく怖がるの」

ほむら「笑うどころか、話題にすらしない、全く興味がなさそうなイメージです」

みほ「麻子さんを見て、どんな人にも苦手なものってあるんだなぁ、って思った」

ほむら「それにしても、みほさん」

みほ「何?」

ほむら「今夜、麻子さんがみほさんから呼ばれたのは、急だったはずですけど…」

みほ「麻子さんなら、すぐOKして来てくれると思ってたの」

ほむら「……仲のいい、気心の知れた友達、仲間……。そういうのが、羨ましい」

みほ「え?」

ほむら「みほさんの、戦車道の仲間です」

みほ「……」

ほむら「皆さんは、お互いを信頼して……仲間を、信じあっているんですね」

みほ「……」

ほむら「私がいた世界に、私と同じ魔法少女の知り合いが、複数いました」

みほ「仲間がいたんだね」

ほむら「でも私は、決めたんです」

みほ「決めた、って?」

ほむら「もう誰にも頼らない、誰に分かってもらう必要もない、と」

みほ「……」

ほむら「だけど…みほさんたちを見ていると、そう決心する前の私を、思い出してしまう」

みほ「……」

ほむら「ほかの魔法少女たちと、協力しあっていた私。一生懸命だった、あの頃の私を……」

みほ「ほむらちゃんは、その頃に戻りたいの?」

ほむら「……分かりません。でも、みほさんたちが羨ましい、こう思うのは事実です」

みほ「それなら…」

ほむら「何でしょう」

みほ「それなら、もう一回そのみんなとお話をして、協力しあうようにすればいいと思う」

ほむら「……」

みほ「それとも、そうするのは簡単じゃないことなのかな」

ほむら「……はい」

みほ「魔法少女でも、何もかもできるってわけじゃないのか……」

ほむら「魔法少女は、夢や希望を叶える存在。漫画やアニメの中では、そう言われていますね」

みほ「うん。私、何でも可能なのかと思ってた」

ほむら「その漫画やアニメの中で、魔法少女は悪者や、得体の知れない物と戦う存在でもあります」

みほ「そうだね。それで、街の平和を守るんだよね」

ほむら「私たちも、それをするんです。命がけで」

みほ「え……?」

ほむら「それは要するに、殺しあいなんです」

みほ「……!」

ほむら「その得体の知れない物を、倒せなかったら…」

みほ「……」

ほむら「獲物を狩ることが、できなかったら…」

みほ「……」

ほむら「死ぬのは、私たちなんです」

みほ「……」

ほむら「どうしました?」

みほ「ほむらちゃんは…それを何回もしてきた、ってこと……?」

ほむら「ええ。数えるのなんて、とっくに諦めてますけど」

みほ「……駄目……。私、聞いてられない……」

ほむら「……」

みほ「……ほむらちゃんのお話、怖過ぎる……」

ほむら「ごめんなさい、怖がらせたりして」

みほ「ううん……。謝ることなんて、ないよ……」

ほむら「私たちは、そういう殺伐とした存在。それが、本当の姿」

みほ「……」

ほむら「こう、言いたかっただけなんです」

みほ「魔法少女を、やってるのって…」

ほむら「はい」

みほ「仲良しグループが、和気藹々と笑いながら…ってわけじゃないんだね……」

ほむら「ええ」

みほ「……もう、寝よ? 電気、消そう」

ほむら「はい」

みほ「ほむらちゃんを床に寝かせちゃって、ごめんね」

ほむら「そんな。ちゃんとお布団を使わせてもらっています。何も問題ありません」

みほ「じゃあ……」パチン

ほむら「おやすみなさい、みほさん」

みほ「おやすみなさい」

ほむら「……」

みほ「……ほむらちゃん」

ほむら「はい」

みほ「明日、学校休みなんだけど、どうする?」

ほむら「……」

みほ「何かしたいことが、あれば…」

むら「もし、可能なら……お願いがあるんですけど」

みほ「何?」

ほむら「この学園艦のことを、もっと知りたいんです」

みほ「じゃあ明日は、ここを案内しようか」

ほむら「いいんですか?」

みほ「うん。でも、私たちには入れない所もあるよ」

ほむら「行ける所だけで十分です」

みほ「そうだ…買物をしよう。さすがに下着は新しい物を買わないと」

ほむら「……」

みほ「ほかにもいろいろ、必要な物があるなぁ」

ほむら「ますます手間を掛けてしまって、すみません」

みほ「全然平気だよ。じゃ、明日は学園艦の見学と、そのついでに買物だね」

ほむら「分かりました」

みほ「あ。午前中に洗濯と掃除をしとかないと、駄目かな……」

ほむら「それなら、私が手伝います」

みほ「駄目だよ。ほむらちゃんはお客さんなんだから」

ほむら「やらせてください。ただ泊めさせてもらっているだけでは…」

みほ「分かった。じゃあ、掃除を少し手伝ってほしいな」

ほむら「はい」

みほ「私、家事って苦手なの」

ほむら「はあ」

みほ「何だか要領が悪くて、なかなか終わらないの」

ほむら「……」

みほ「手伝ってもらえると、すごく…」

ほむら「……」スー

みほ「……あれ?」

みほ(眠っちゃったのか……急に、眠っちゃったな……)

みほ(きっと疲れてたんだね。いろいろあったから……)

みほ(寝顔が見える……綺麗な寝顔。可愛い、寝顔……)

みほ(こうして見てると、やっぱり、信じられない……)

みほ(魔法少女だなんて……人間じゃない、なんて……)

~~~~~~~~~~



みほ「じゃ、いただきまーす」

麻子「いただきます」

ほむら「お口に合うかどうか、分かりませんけど。私もいただきます」

みほ「……」パク

麻子「……」ムグムグ

みほ「美味しい」

麻子「ああ。旨いな」

ほむら「本当ですか」

みほ「本当だよ。お世辞なんか言わないよ」

麻子「どんな魔法を使ったんだ? 魔法の調味料でもあるのか?」

ほむら「あ。麻子さん、それはひどいです。魔法なんて使っていません」

みほ「でも、こんなに美味しいんだもの。魔法を使ったんでしょ、って思っちゃうよね」

ほむら「みほさんまで…。私はそんな魔法なんて知りません」

みほ「本当に、今までお料理をしたことが一度もなかったの?」

ほむら「このくらい本格的にやったのは、経験がありません」

麻子「その状態でここへ来て僅か1週間。それで、これほど旨い料理をマスターするとは」

みほ「どうして、この肉じゃがにしようと思ったの?」

ほむら「特に理由はありませんけど…みほさんのパソコンを借りて、レシピのサイトを見て…」

みほ「簡単そう、って思ったの?」

ほむら「美味しそうだし…何となく、これに決めたんです」

麻子「これはひょっとして、沙織が作った物より旨いんじゃないか?」

みほ「沙織さんには悪いけど、そうかもしれないね」

麻子「あいつの持ってる料理のキャリアが、どのくらいか知らないが…」

みほ「始めて1週間の中学生に、抜かれちゃったね」

ほむら「前に話していた、戦車道の仲間の人ですね」

麻子「我々が搭乗する隊長車の通信手、武部沙織。結婚情報誌を読むのが趣味という奇特な奴だ」

みほ「男の子の好物は肉じゃが、って固く信じ込んでるの」

麻子「だから、肉じゃがを最も得意な料理としてる」

ほむら「付き合う男子に、食べさせてあげるんですね」

みほ「だけど、そうやったことが一度もないみたいなの」

ほむら「は?」

麻子「男を落とす手口の知識ばかり持ってて、行動や結果が全く伴ってない」

みほ「周りからは、恋に恋する少女とか、婚活戦士ゼクシィ武部なんて言われちゃってる」

ほむら「はあ。そういう人もいるんですね」

麻子「この肉じゃがの旨さだったら…」

ほむら「何でしょう」

麻子「男をつかまえるのは、沙織より、ほむらさんの方が早いかもしれないぞ」

みほ「ちょっと…麻子さん」

麻子「あ、そうか……」

ほむら「……」

麻子「ほむらさん、すまなかった。私はまた無神経だったな」

ほむら「いいえ、気にしないでください」

麻子「……」

ほむら「私には、そういうことは関係ないし、必要もありません」

みほ「ほむらちゃん」

ほむら「はい」

みほ「もうそんなこと、言わないでほしいな」

ほむら「でも、私が人間ではないことは真実ですから」

みほ「確かにそうかもしれないけど。だけどやっぱり、私たちにとっては…」

麻子「ほむらさんは人間の、中学生の女の子だ。私たちの友達だ」

ほむら「……」

麻子「私たちみたいな連中に友達面されても、迷惑なだけかもしれないが」

ほむら「迷惑なんて。友達って言ってもらえて、私は今すごく、有難い気持ちで…」

みほ「それなら、ほむらちゃんは人間で、私たちの友達でいいじゃない」

ほむら「はい……」

麻子「逆に、有難がられるほどじゃないけどな。私たちは」

みほ「ね、ほむらちゃん。麻子さんにあの服、見せてあげなよ」

麻子「あの服?」

みほ「すっごく可愛いんだよ。ほむらちゃんに絶対似合うって思ったの」

ほむら「ショッピングセンターへ行った時に、買ってもらったんです」

みほ「それを着たほむらちゃんは素敵過ぎて、人間じゃないなんて絶対あり得ない」

麻子「ほう、揃って買い物か。二人は順調にデートをしてる、と」

ほむら「ちょっと、何を言ってるんですか。麻子さん」

みほ「そんなこと言ったら、もう一緒に住んでるんだよ? デートも順調もないよ」

麻子「そうだな。いきなり一つ屋根の下に住むことから始まる、ラブコメのような展開だ」

みほ「もう、下らないこと喋ってないで。……ほむらちゃん、あの服」

ほむら「はい。麻子さん、これなんですけど」

みほ「あ。ほむらちゃん、駄目。やり直し」

ほむら「え? やり直し?」

みほ「そういうときは、もっと可愛い見せ方をしないと」

ほむら「可愛い見せ方、って……? どういうことでしょう」

みほ「女の子がよくやるみたいに、“じゃーん”とか言いながら見せるんだよ」

ほむら「はあ」

麻子「それはいいな。ほむらさんはクールな印象だから、逆に面白いかもしれない」

みほ「やってみてほしいな、ほむらちゃん」

ほむら「本当にやるんですか? 私が?」

み・麻「……」ジー

ほむら「もう、二人とも……。分かりました……」

み・麻「……」ジー

ほむら「じゃ…じゃーん。これでーす……」

みほ「可愛い~!」

麻子「本人の雰囲気との、ギャップがたまらないな」

ほむら「何ですか、もう……。私をオモチャにして……」

みほ「じゃあほむらちゃん、そんなことするのは嫌だったの?」

麻子「嫌なら断ればいいはずだが」

ほむら「い…嫌なんて、言ってません……」

みほ「ほら麻子さん。この服、可愛いでしょ」

麻子「ああ、いいんじゃないか。ほむらさんに似合いそうだ」

ほむら「そうでしょうか。こういう服って、今まで着たことがなくて」

麻子「ヒラヒラとか、フリフリといわれるタイプの服だな」

みほ「実際に着た姿を見たら、可愛過ぎて驚くよ」

麻子「今は食事中だからな。私も見たいのはやまやまだが」

みほ「ほかにも似合いそうな服がいっぱいあったから、迷っちゃった」

ほむら「みほさんだって、こういう雰囲気の服が似合いそうですけど」

みほ「私なんか、綺麗で可愛いほむらちゃんに全然敵わないよ。また、服を買いに行こうね」

麻子「何だかまるで、西住さんの着せ替え人形状態だな」

みほ「だってこんなに可愛いんだもの。いろいろ工夫して、もっと可愛くしなくちゃ」

麻子「急にそんな同居人ができて、家事を手伝ってくれて、旨い料理まで食べさせてくれるとは…」

みほ「麻子さん、“ラブコメ”の次は何て言う気? あまり変なこと言わないでよ?」

麻子「私は何も言わないぞ? 私は、“それ何てエロゲ?”などと言わないぞ?」

みほ「ほら言った」

麻子「だが家事をしてくれたり、料理を作ってくれるのは素直に羨ましいな」

みほ「ほむらちゃん。お料理のことは、私が学校へ行ってる間に計画を練ってたの?」

ほむら「はい。私にこんなことができるなんて、自分自身で想像できなかったですけど」

麻子「頭がいいんだから、もともと器用だったんだろう」

ほむら「皆さんへどんな恩返しができるか考えて、思い付きました」

麻子「何を言ってるんだ。恩返しなど必要ない」

みほ「そうだよ。感謝してるのは私の方。家事を手伝ってもらってるんだから」

ほむら「でも、みほさんがいない昼間、私はここで電気を使っています。水も使っています」

みほ「……」

ほむら「それに毎日、食費を出してもらっています。服を借りています」

みほ「……」

ほむら「こんなに素敵な服まで、買ってもらいました」

みほ「そんなの、気にすることないよ」

ほむら「それは無理です。全てお金が掛かっているんですから」

麻子「確かに人が一人、生きるためにはそれなりのものが必要だが」

ほむら「私は今みほさんに、2倍の生活費を掛けさせてしまっています」

みほ「……」

ほむら「この世界へ来た時、制服のポケットへ入っていた現金は、ほんの少しでした」

みほ「……」

ほむら「魔法を使えば確実に、お金を使わないで楽に暮らせますけど…」

みほ「それは、絶対に駄目」

ほむら「……」

みほ「それがどういうことか、ほむらちゃんが分かってないはず、ないよね?」

ほむら「……」

みほ「それをやったら、私は絶対にほむらちゃんを許さない」

麻子「反社会的行為をする存在は、その社会にいる資格がない。そこから排除されるべきだ」

ほむら「だから、なんです。みほさん、麻子さん」

みほ「何?」

ほむら「だから私は、自分にできる恩返しの方法を探したんです」

みほ「……」

ほむら「私にできるのは、魔法を使うことくらいですから……」

みほ「じゃあ、ほむらちゃん」

ほむら「はい」

みほ「ほむらちゃんが私や麻子さんへしてくれる、恩返しの方法を言います」

ほむら「はい。何でしょうか」

みほ「三つだけ。三つだけの簡単なことです」

ほむら「はい。何でも言ってください」

みほ「一つ目は、恩返しなんて言葉を二度と言わないこと」

ほむら「え……」

みほ「二つ目。恩返し以外にも、同じ意味の言葉がありますけど、それも使わないこと」

麻子「恩返しという言葉はもちろん駄目。“お礼”とか、ほかの言葉で言い換えるのも禁止だ」

みほ「私たちへの恩返しとかお礼なんて、必要ないんだもの」

麻子「こうした言葉を使う必要だって、ないはずだ」

みほ「最後の三つ目。肉じゃが以外にも美味しいお料理をマスターして、食べさせてくれること」

ほむら「はい」

みほ「以上、三つです」

ほむら「分かりました」

みほ「ほむらちゃん。できますか?」

ほむら「はい。必ず約束を守ります」

みほ「それなら良し! これで、この話はお終い!」

麻子「何だか西住さん、まるで保護者のようだな」

みほ「え、そうだよ? 私がここでの、ほむらちゃんの保護者」

麻子「肉じゃがの次はどんな料理を食べられるか、期待が持てるな」

みほ「楽しみだよね。チーム恒例のごはん会もあるし、私、太っちゃいそう」

麻子「あれはしばらく、休みでいいんじゃないか? 正直、沙織の料理に少し飽きてきた」

みほ「あ、ひどいなぁ。沙織さんへ言いつけるよ」

麻子「西住さんだって実は、同じことを考えてたんじゃないか?」

みほ「私はそう思ってても、口へ出したりしないもの」

麻子「口へ出さないだけで、やっぱりそう思ってたんじゃないか」

ほむら「あの…」

みほ「何? ほむらちゃん」

ほむら「皆さんに、今度は私からお願いがあるんですけど……」

麻子「私たちに? 私たちがほむらさんへ何をできるんだ?」

ほむら「そんな…今まで、たくさんのことをしてもらっています」

みほ「私たちは、何をすればいいの?」

ほむら「戦車道というものを、見せてほしいんです」

みほ「あ、そうだね」

麻子「そういえば、まだそれを実際に見てもらったことがないな。話ばかりで」

ほむら「戦車道は、私が元いた世界には存在しないものです。だから是非見たいんです」

麻子「ネットを使えば、幾らでも動画を見られるが…」

みほ「私たちは実際の選手、競技者だもの」

麻子「生で見せないという法はないな」

ほむら「学園艦については、大体の様子が分かってきました」

みほ「次は戦車道だね」

麻子「西住さん、次の練習試合か?」

みほ「うん。私もそう考えてた」

ほむら「皆さんが今まで、たびたび話題にしていた試合ですね」

みほ「見てもらうなら次の日曜日にやる、その試合かな」

麻子「規模の小さいことがネックだが」

みほ「紅白戦と同じ規模だものね。でも一応、真剣勝負だよ」

麻子「そうだな。練習試合ではあるが、他校が相手だ」

ほむら「どういうことですか?」

みほ「今度のは、4両同士の試合なの」

麻子「全国大会では、数十両もの戦車が出てくる。それに比べれば見劣りがするということだ」

みほ「でも今、私たちの戦車隊は世代交代の最中で…」

麻子「3年生はもう引退する。だから今回は、3年生を含まないチームの車両だけが参加するんだ」

ほむら「それで、4両だけになるんですね」

みほ「相手もこっちの都合に合わせて、4両なの」

麻子「西住さん。今回の試合は、向こうが徹底的にこちらの条件へ合わせてきたという話だが」

みほ「うん。参加車両数、日時、場所、試合形式は殲滅戦……全部、受け入れてくれた」

ほむら「場所はどこなんですか?」

みほ「通常は陸の広い所でやるんだけど、今回は車両数も少ないし、この学園艦の中」

麻子「向こうがわざわざこちらへ来てくれるそうだ」

ほむら「それなら皆さんは当然、試合会場になるここへ慣れている…」

麻子「いわゆる、庭というやつだ。地形などを熟知してる」

ほむら「練習試合とはいえ、相手校がそこまで不利な条件を呑んだ理由は何でしょうか」

みほ「私は、この試合自体が偵察だと思ってるの」

麻子「我が戦車隊は、何もないに等しい状態から全国大会へ出場して、いきなり優勝した」

ほむら「無名校が突然、全国一強い学校になったんですね」

みほ「普通なら考えられない。だからほかの学校は、その考える材料を探してる」

麻子「だが、練習を常にスパイし続けることは不可能だ」

みほ「できる限り対外試合をさせて、そういう機会に分析材料を集める気だと思う」

麻子「ほむらさん。西住さんと最初に会った時、偵察と間違われたそうだな」

ほむら「ええ。その時は何のことか、全く分かりませんでした」

麻子「西住さんは、諜報活動は既に始まってると思ったんだ」

ほむら「つまりみほさんたちは、全国の学校からマークされているんですね」

みほ「自分たちを買いかぶるつもりなんてないけど、そうかもしれない」

ほむら「じゃあ私は、その試合を見せてもらえるんでしょうか」

みほ「うん、是非来てほしい。私の親戚が見学に来たってことにして、みんなに紹介するよ」

ほむら「戦車道の仲間の人たちですね。さっき話に出てきた肉じゃがの人とか」

麻子「ほむらさんの話を沙織が聞いたら、どう思うだろうな」

みほ「まさか麻子さん、ほむらちゃんが作った肉じゃがの方が美味しいって言う気?」

麻子「なかなか面白いかもしれないぞ。中学生に負けたと知って、あいつがどんな反応をするか」

みほ「意地悪だなぁ。それなら私、会わせない方がいい?」

麻子「いや、絶対会わせよう。ルックスも負けてると思うかもしれないからな」

みほ「それは……。でも、沙織さんだって、可愛いと思うけど……」

麻子「何だ? はっきりしない言い方だな。西住さんらしくない」

みほ「可愛さでいったら……少なくとも、いい勝負かもしれないってことだよ」

麻子「私は、ほむらさんの方に分があると思う。まだ中学生だという若さもある」

みほ「何、その言い方? まるで高校生の私たちが、もうオバサンみたいじゃない」

ほむら「皆さん、もうやめてください。私をそんなに褒めたって何も出ませんよ?」

みほ「あれ? ほむらちゃん、ちょっと赤くなってる?」

ほむら「えっ」

麻子「照れてるのか? ほむらさん」

ほむら「そんな……」

みほ「やっぱり、お料理が上手とか、可愛いとか言われて、悪い気はしないよね」

麻子「私たちからこんなに褒められて、実はまんざらでもないんだろう?」

ほむら「もう……からかわないでください」

みほ「ほむらちゃんの顔が真っ赤です。どうですか解説の冷泉さん」

麻子「ああ、顔面の紅潮ですねえ。情緒的な原因で、血管が変化するんですねえ」

みほ「情緒的な原因? それは何でしょうか冷泉さん」

麻子「ああ、この場合は嬉しさ、喜びということでしょうねえ」

ほむら「ちょっと……! 何ですか皆さん!? 何やってるんですか!?」

みほ「喜び? やはり可愛いと言われて、喜んでるんでしょうか」

麻子「間違いありませんねえ。しかも今、それを誇らしく思ってるのも確実ですねえ」

みほ「可愛いと言われて、得意になってるんですね?」

麻子「女から言われただけで、こんなことになってます。男からの場合は推して知るべしですねえ」

ほむら「もう! だから、私にそういうことは関係ないって、言ってるじゃないですか!」

みほ「この理屈を前から何度も口にしてますけど、解説の冷泉さんはどう思いますか?」

麻子「何だか、自分へ都合の悪い話になると、この理屈を振りかざすような気がしますねえ」

みほ「以前、胸のことを言われて、同じ理屈を口走った時がありました」

麻子「ああ、あれは明らかな逃げでしたねえ。胸の話題を避けるためなのがバレバレでしたねえ」

ほむら「ひどい! そんなこと、はっきり言わなくてもいいじゃないですか!」

みほ「あっ。今の発言は注目です! 胸の話をされたくなかったことを、自分で認めたようです!」

麻子「語るに落ちる、というやつですねえ」

ほむら「私、もう泣きますよ! 今泣いてやる! すぐ泣いてやる!」

『楽しそうだね。暁美ほむら』

ほむら「……え……?」

『人間の言い方を使えば、そっちで楽しくやってるようじゃないか、と言うのが適切な状況だね』

ほむら「な……何……!?」

みほ「何だか、ほむらちゃんの様子がおかしいですが」

麻子「ああ、話を誤魔化そうと必死ですねえ」

ほむら「ち、違います……! そうじゃないんです!」

『こんな所にいたんだね。暁美ほむら』

ほむら(お前、なのね……)

『そうだよ。随分、君を探したよ』

みほ「……ね、ほむらちゃん……どうしたの?」

麻子「何があったんだ……? ほむらさん」

ほむら(いつかやって来ると、思っていたわ。お前が……)

今日はここまでです。
明日の夜、残りを一気に投下する予定です。

~~~~~~~~~~



QB『暁美ほむら。僕は君を見付けたよ』

ほむら(どこ? どこにいるの? 姿を現しなさい、インキュベーター)

QB『慌てるとは君らしくないね。僕がどこにいるか分かるだろう?』

ほむら(……お前は……今、どこにもいない。それなら、どこから声がしているの?)

QB『今の君からすれば、元の世界、という場所さ』

ほむら(そこから、声だけで……テレパシーで話しているのね)

QB『こうすることが可能とは、僕たちも今まで知らなかったけどね』

ほむら(お前が知らなかった? お前たちが?)

QB『異世界について僕たちはその存在を認識済みだ。でも、実証はできていなかったのさ』

ほむら(お前たちにとってすら、理論だけの存在だったというの?)

QB『解明は進んでいるけどね。まだ僕らが、実体とともに異世界間を移動するのは不可能だ』

ほむら(テレパシーができるだけ、そして、異世界で起こっていることを感じ取れるだけなのね)

QB『限定的だけど、力の作用もできるよ。君を探している過程でこれらが可能と分かった』

ほむら(私はお前たちに貢献してしまったのかしら。忌々しい)

QB『僕たちはこれらのことしかできない。でも君は実体とともに、つまり丸ごと、そこにいる』

ほむら(自分で望んだ事態ではないわ。こうなった原因は何?)

QB『それを解明するのが、恐らく最も困難だ。まったくもって君はイレギュラーな存在だね』

ほむら(感情のないお前が、まったくもって、なんて言葉を使うのはおかしいと思わない?)

QB『人間の語彙を使いこなせているということさ』

ほむら(それで、用件は何なの? 今は食事中よ。遠慮してもらえるかしら)

QB『その用件を手短に済ませよう。部屋の外へ出てくれないか』

ほむら(食事中と言ったはずよ)

QB『異世界にいる君へ接触することは、簡単ではない。その機会は限られているんだけどね』

ほむら(……分かったわ)

みほ「どうしたの? ほむらちゃん……」

ほむら「ごめんなさい。少し、気分が昂ぶってしまったみたいで……」

麻子「……」

ほむら「外へ出て風に当たってきます。大丈夫ですから、心配しないでください」

みほ「じゃあ、御飯を片付けないで待ってる」

ほむら「ありがとうございます。すぐ戻りますので」

麻子「ほむらさん」

ほむら「はい」

麻子「後で、事情を説明してくれるな?」

ほむら「……」

麻子「どうした?」

ほむら「……は……はい……」ガチャ

麻子「……」

ほむら「……」パタン

QB『髪の長い方の少女は、知能水準がかなり高いようだね』

ほむら(お前、力の作用が可能と言っていたわね。あの皆さんへ何かする気?)

QB『そうする理由も、必要もないさ』

ほむら(忠告しておくわ。皆さんへ手を出したら、ただでは済まさない)

QB『部屋の前へ立ったままでいいのかい?』

ほむら(お前が気を遣うなんて、珍しいわね。……外にある階段の、上の方へ行く)

QB『そういう場所なら、ほかの人間が来る可能性が低い。でも、声を出さない方が賢明だ』

ほむら(今は夜だから当たり前。いちいちうるさいわね)

QB『僕の用件は分かっているはずだ』

ほむら(ええ。元の世界へ戻れ、と言うんでしょう?)

QB『そうだ。異なる世界の何かが、ほかの世界へ紛れ込む。これによる影響は未知数だからね』

ほむら(……)

QB『だからできる限り早く、元の世界へ戻るんだ。暁美ほむら』

ほむら(私だって、その方法をいろいろ調べたわ。でも…)

QB『何を言っているんだい?』

ほむら(……)

QB『その世界にいるままで、それを知ることができるなんて、君は最初から思っていないだろう?』

ほむら(……)

QB『理解しているはずだ。一時的な感情による、非合理的な行動に価値はない』

ほむら(……はっきり、言ったらどうなの?)

QB『その世界への感情を断ち切り、元の世界へ帰る作業を実行すべきということさ』

ほむら(……)

QB『こうした内容を説明しなくては、分かってもらえないのかい?』

ほむら(……)

QB『君がそんなに低劣な存在だとは、考えられないけどね』

ほむら(そこまで、言うのなら…)

QB『何だい』

ほむら(お前が、手を貸してくれるとでも言うの?)

QB『もちろんさ』

ほむら(……)

QB『僕が今、君へ話し掛けているのはそのためだ。これも、君は理解しているはずだよ』

ほむら(……)

QB『繰り返しになるけど、君がその世界にいることで発生する影響は未知数だ』

ほむら(どんな影響が、どこに出るか分からない…)

QB『僕も君も、それを望んでいない。珍しく考えることが一致するね』

ほむら(……)

QB『さらにいえば、君のソウルジェムは今、かつてない速さで濁ってきている』

ほむら(……)

QB『グリーフシードを幾つか持っているね。でも…』

ほむら(ええ、そうよ。グリーフシードも私のソウルジェムも、そう遠くない将来に、限界よ)

QB『君はその世界へ、魔女を出現させるつもりかい?』

ほむら(……)

QB『この点についても、僕と君の考えは一致していると思うよ』

ほむら(分かっているわ。そんなことになったら、取り返しがつかない)

QB『異世界にいることは、ソウルジェムへ大きな負荷を掛けるんだね』

ほむら(……)

QB『イレギュラーな存在である君は、こうした情報を僕たちへ提供する存在でもある』

ほむら(……)

QB『僕たちは、感謝、という感情を君に対して持つべきなんだろうね』

ほむら(グダグダと余計なことを喋っていないで、私がどうすべきか言いなさい)

QB『魔法少女の姿になり、そこから上方へ跳躍するんだ。可能な限り上方へ』

ほむら(え? そこ、って……ここから?)

QB『その瞬間に僕は、異世界間の移動を可能にすると考えられる力を、君へ作用させる』

ほむら(ここ、ということは……今、ということ?)

QB『言うまでもないさ。どうかしたのかい?』

ほむら(今、やれって言うの? 今、元の世界へ帰れと言うの?)

QB『それなら、いつやるんだい?』

ほむら(……)

QB『暁美ほむら』

ほむら(何……?)

QB『もう一度言うよ。一時的な感情による、非合理的な行動に価値はない』

ほむら(……)

QB『君はその世界に、愛着、という感情を持っているね』

ほむら(……)

QB『そこにいるままで知るのは不可能と分かっているのに、元の世界へ戻る方法を調べる』

ほむら(……)

QB『その世界における自分の運命を知っているのに、元いた場所へ戻るのをためらう』

ほむら(……)

QB『こうした非合理的で、何の価値もない行動は、愛着という一時的な感情によるものだ』

ほむら(黙りなさい! 自分で分かっているわ、そんなこと……!)

QB『君の了解を得ないまま、今すぐ力を作用させることもできるよ。いわゆる、問答無用だ』

ほむら(……)

QB『でもその場合、深刻な影響がその世界に出る。それは、ほかの世界へ及ぶ可能性がある』

ほむら(……)

QB『暁美ほむら。その世界への感情を断ち切り、元の世界へ帰る作業を実行するんだ』

ほむら(……)

QB『あの少女たちへの感情を断ち切るんだ。もう、その世界へ関わってはいけない』

ほむら(……私がここにいることは、あの皆さんへも、影響を与えるかもしれない……)

QB『君がそれを理解するまでに、これほど時間を要するとは思わなかったよ』

ほむら(……)

QB『暁美ほむら?』

ほむら(……分かったわ……)

QB『……』

ほむら(手間を、掛けさせたわね)

QB『今でいいんだね?』

ほむら(それだけは、待ってほしい)

QB『……』

ほむら(戦車道の試合は、次の日曜日……)

QB『……』

ほむら(だから、日曜日の、夕方……)

QB『そっちの世界でいう、次の日曜日の夕方』

ほむら(その時に私を、もう一度探して頂戴。その時に、私は帰る)

QB『分かった』

ほむら(それから…)

QB『……』

ほむら(一つだけ、知っておきたいことがある)

QB『何だい』

ほむら(今回のことについて、その記憶はどうなるのかしら)

QB『なぜそれが、君の関心事になるんだい? 理由について推測はできるけどね』

ほむら(質問に質問で答えるほど、お前は愚かな存在だったの?)

QB『それはさっき僕が言ったことへの、意趣返し、という行為かい?』

ほむら(いいから訊かれたことへ答えなさい)

QB『回答は、君を大いに失望させるものだよ』

ほむら(……まさか……)

QB『これもまだ不明の点が多いけど、最も可能性が高いのは今から言う二つのことだ』

ほむら(……)

QB『まず君は、その世界に関する記憶を保持したまま、元の世界へ帰るだろう』

ほむら(自分のいる世界が変わっても、記憶を持ち越せるのね)

QB『次に、その世界では、君がいた一切の痕跡が抹消される』

ほむら「何ですって!?」

QB『声を出していいのかい?』

ほむら「う……」

QB『君は今、あの二人の少女について考えているね』

ほむら(そうよ……あの皆さんは……私のことを、全て忘れてしまうということ?)

QB『そうだよ』

ほむら(そんな……どうにかならないの!? どうにかしなさい! インキュベーター!!)

QB『無理だよ』

ほむら(……あ……でも、お前は今、可能性と言ったわね。そうならない可能性も…)

QB『極めて微細な記憶は残るかもしれない。その可能性についても知りたいかい?』

ほむら(……もう…もう、いいわ……。やめなさい……)

QB『君が元の世界へ戻ることによって、元の世界への影響も、その世界への影響も防げる』

ほむら(……)

QB『その世界への影響とは、あの少女たちが君に関する記憶を持つことも含まれるんだ』

ほむら(……これも、理解しているはずだ、と言うのね……)

QB『そのとおりさ。その世界には魔法少女も、魔女も、僕たちも存在しない』

ほむら(存在しないものが、存在した。そんな記憶を持つことは、あり得ない……)

QB『人間が持つ記憶は消去されるだろう。でも君は魔法少女だ。君が持つ記憶は保たれる』

ほむら(私はこの世界で、みほさんと、麻子さんと、いろいろなことをしたのに)

QB『君がしたことは全て、ほかの誰かがやった、又は、誰もやらなかったことになるだろう』

ほむら(私は二人に、料理を作って、食べてもらったのに)

QB『ほかの誰かが作った、又は、誰も何も作らなかったことになるだろうね』

ほむら(そんな……私のことを、全て……全て、忘れてしまうなんて……)

QB『暁美ほむら』

ほむら(何……?)

QB『次の日曜日の夕方だ。分かっているね?』

ほむら(……分かって……いる、わ……)

QB『じゃ。その時に』

ほむら(……)

ほむら(……私の、ことを……)

ほむら(……みほさんも、麻子さんも、忘れてしまう……)

ほむら(……私のことは、全て、なかったことになってしまう……)ガチャ

ほむら「……」パタン

みほ「あ、ほむらちゃん。大丈夫?」

ほむら「はい……」

みほ「御飯、どうする?」

ほむら「大丈夫です……。食べて、しまいます」

みほ「……あ……」

麻子「……ほむらさん」

ほむら「え?」

みほ「ほむらちゃん……顔…どうしたの……?」

麻子「そんな、顔を……」

ほむら「顔? 顔が、どうしました?」

麻子「ほむらさんも…そんな顔を、するんだな」

ほむら「どういうことですか? 顔がどうかしましたか?」

みほ「そんな、怖い顔……」

麻子「後ろに鏡がある。見てみろ」

ほむら「……」クルッ

みほ「……」

麻子「……」

ほむら「……いえ、これが…」

みほ「何……?」

ほむら「これが、私の顔です……。元の世界にいた時の、私の顔です」

みほ「そんな……」

ほむら「私は元いた世界で、いつもこんな顔をしていました」

みほ「いつも、って……いつも、そんな怖い顔をしてた、って言うの?」

ほむら「はい……」

みほ「……」

麻子「……ほむらさん」

ほむら「はい。麻子さん」

麻子「ほむらさんがそれを食べ終わったら、私はうちへ帰る」

ほむら「はい」

麻子「送ってくれないか」

ほむら「え? 私が?」

麻子「ああ」

ほむら「……はい。分かりました」

みほ「ね、どうして? 麻子さん」

麻子「ほむらさんとゆっくり話をしたいからだ」

みほ「ここで今、話せばいいと思うけど」

麻子「……」

みほ「二人だけで、何を話すの?」

麻子「別に、西住さんの悪口なんか言わないぞ」

みほ「麻子さん、ふざけないで」

麻子「怒ってるのか? 西住さん」

みほ「怒ってなんかないけど」

麻子「私がほむらさんと二人だけで、話をしてはいけないのか?」

みほ「そんな……誰も、そんなこと言ってないよ」

麻子「西住さんは、ほむらさんを独占したいのか?」

みほ「な、何それ? おかしなこと言わないで」

麻子「西住さん」

みほ「何?」

麻子「今の、私たちの会話…」

みほ「それが何?」

麻子「まるで、同じ男を狙うライバル同士のようだったぞ?」

みほ「ま、麻子さん。何てこと言うの」

麻子「まあ相手は美少女中学生だからな。西住さんと私が獲りあう状況もあり得るかもしれん」

みほ「ちょっと……もう、変なことばっかり言わないで」

麻子「西住さんが、ほむらさんと私の仲を妬くからだ」

ほむら「あの…麻子さん? 仲とか、妬くとか、話してることがいろいろおかしいんですけど?」

麻子「どこがだ? ほむらさんは今モテモテで、再びまんざらでもないんじゃないか?」

ほむら「な、何ですかモテモテって? ますます話してることがおかしいですよ?」

みほ「また赤くなっちゃって。私たちからこんなに好かれて、嬉しいよねー?」

ほむら「もう……! 私をからかって、何がそんなに楽しいんですか!? もう知りません!」

みほ「……ほむらちゃん」

ほむら「はい?」

みほ「顔が、戻った」

ほむら「えっ」

みほ「私たちと話して、ふざけあってる時の顔。それが、私たちの知ってるほむらちゃんの顔」

ほむら「……」

みほ「この世界での、ほむらちゃんの顔だよ」

ほむら「……」

麻子「元の世界のことは関係ない。この世界でのほむらさんは、そういう顔だ」

ほむら「……」

みほ「ほむらちゃん」

ほむら「はい……」

みほ「もう、さっきみたいな怖い顔……しないでほしい」

~~~~~~~~~~



ほむら「麻子さんが住んでいる所は、みほさんのマンションから遠いんでしょうか」

麻子「それほどでもない。だが、西住さんの部屋へ戻る道は、歩きながら憶えていく方がいい」

ほむら「はい。でも、その必要はあまりないでしょう」

麻子「魔法を使って帰るのか」

ほむら「ええ。そうするつもりです」

麻子「……」

ほむら「今夜も綺麗な星空ですね。こんなに素敵なものを毎日見られるなんて」

麻子「晴れていれば、だが。学園艦での生活は不便なこともあるが、これは誰もが認める長所だな」

ほむら「外洋にいるから可能なんですね。もう、陸の夜空なんて見る気がしません」

麻子「陸、か」

ほむら「少し前にここへ来たばかりなのに、こんな言い方をするようになってしまいました」

麻子「……」

ほむら「まるで、学園艦に住んでいる人みたいですね。自分でもおかしいです」

麻子「だが、さっき…」

ほむら「……」

麻子「来たんだな?」

ほむら「麻子さんは頭がいいだけではなく、勘も鋭いですね」

麻子「当てずっぽうに言ってるだけだ」

ほむら「……」

麻子「ほむらさんが元いた世界からの、お迎えか」

ほむら「ええ……」

麻子「いつだ?」

ほむら「今すぐ、と言われました」

麻子「じゃあ、拒否したのか?」

ほむら「日曜日の練習試合。それを見せてもらった後の、夕方…」

麻子「次の日曜日の、夕方…」

ほむら「私は、元の世界へ帰ります」

麻子「そうか」

ほむら「はい」

麻子「元の世界でも、元気でやってほしい」

ほむら「ありがとうございます。麻子さんたちも」

麻子「ああ」

ほむら「……」

麻子「だが……私はいいとして…」

ほむら「何でしょう」

麻子「このことを、西住さんへどう伝えるか。それが問題だな」

ほむら「……」

麻子「西住さんは今、ほむらさんを妹のように可愛がってる」

ほむら「……」

麻子「あの人は、ほむらさんを実の妹のように見てる。そう思わないか?」

ほむら「……そうですね。そんな雰囲気だと思います」

麻子「さっきのようにからかってみたり、そうかと思えば服を買ってあげたり」

ほむら「……」

麻子「三つの約束。あれを言ってる時は完全に、お姉さん気取りだったな」

ほむら「……」

麻子「私は、あんなにはしゃいでる西住さんを見たことがない」

ほむら「そうなんですか」

麻子「あの人は少し前に、ほかの学校からこの学園へ転校してきた」

ほむら「以前、そう聞きました」

麻子「その時、まるで逃げるように故郷を離れたらしい。今は実家と和解したようだが」

ほむら「そんなことが、あったんですか……」

麻子「穿った見方かもしれないが、西住さんは家族に対して、複雑な感情を持ってるに違いない」

ほむら「……」

麻子「愛憎相半ば、というやつだ。でもやはり、離れて暮らす寂しさを感じてるだろう」

ほむら「……だから私を、実の妹のように見ている……」

麻子「無論、他人で、友達だ。妹みたいと、はっきり思ってるわけじゃないだろう」

ほむら「……」

麻子「でも、ほむらさんと一緒に暮らし始めて…」

ほむら「妹ができた、家族ができた…と、感じてるんでしょうか」

麻子「ああ。恐らく、な」

ほむら「だけど、私は……その、“妹”は…」

麻子「ここから、去ってしまう」

ほむら「そう知ったら、どういう反応をするか…」

麻子「想像なんて、したくもないが」

ほむら「でも、伝えないわけにはいきません」

麻子「そうだな。たとえ、自分にとって大切な人が、いなくなってしまっても…」

ほむら「……」

麻子「その人の思い出さえあれば、その大切な人は、思い出の中にいられる」

ほむら「……」

麻子「自分が思い出を持ち続けてる限り、一緒にいられる」

ほむら「……」

麻子「だから、西住さんと私は、ほむらさんのことを絶対に忘れない」

ほむら「……」

麻子「……どうした?」

ほむら「麻子さん。実は、それは…」

麻子「それ?」

ほむら「それは……できないん、です……」

麻子「何だと? どういうことだ?」

ほむら「皆さんの、記憶は…」

麻子「まさか…」

ほむら「はい。その、まさか…です……」

麻子「記憶を、消されるのか。ほむらさんに関する、記憶を」

ほむら「はい……」

麻子「西住さんと私の記憶が、変えられてしまうのか」

ほむら「誰かが、皆さんの記憶を操作する、ということではないらしいんです」

麻子「……」

ほむら「でも、私に関する一切の記憶は、消えるそうです」

麻子「……」

ほむら「ほんの少しだけ、残るかもしれません。でもそれは、本当に微かな記憶だそうです」

麻子「……」

ほむら「私はこの世界で、あり得ない存在です」

麻子「……それが、元のあり得ない存在に戻る。この世界から消える」

ほむら「そうなった時、あり得ない存在に関する記憶は…」

麻子「その記憶も、あり得ないものになる。……消滅、する」

ほむら「はい……」

麻子「しかし、西住さんと私が、ほむらさんと一緒にいる時間を過ごしたことは事実だ」

ほむら「その事実や経験は、なかったことになるそうです」

麻子「そんな……」

ほむら「私がしたことは全て、なかったことになるか、ほかの誰かがやったことになるそうです」

麻子「そんな……そんなこと…」

ほむら「……」

麻子「そんなこと……どうにかならないのか? どうしようもないのか?」

ほむら「麻子さん。私を元の世界へ戻すのは、その世界にいる宇宙人のような存在です」

麻子「……」

ほむら「麻子さんは、宇宙人やUFOの来ている異世界もあるかもしれない、と言っていましたね」

麻子「ああ」

ほむら「私がいた世界は、まさにその、宇宙人が来ていた世界なんです」

麻子「……」

ほむら「そいつらの持っているテクノロジーは、地球上のものが全く比較にならないほど高度です」

麻子「そのテクノロジーでも、どうにもならない……」

ほむら「そいつは、そう言っていました。異世界についての解明は、まだ不完全だと」

麻子「じゃあ、ほむらさんの記憶はどうなるんだ?」

ほむら「私の方は、そのままだそうです。私は皆さんのことを、絶対に忘れません」

麻子「……そうしてくれると、嬉しい」

ほむら「私は人間ではありません。魔法少女だから、記憶の持ち越しが可能らしいんです」

麻子「そうか……」

ほむら「私は、帰りたくなんかありません」

麻子「……そう思うなら、帰らなければいい」

ほむら「でも私には、元いた世界で、やらなければならないことがあります」

麻子「……」

ほむら「私が魔法少女になった理由、今の私の、存在理由を懸けたことです」

麻子「……」

ほむら「だけど…私はこの世界へ来て、ほんの少しの間でも皆さんと一緒にいられて、幸せだった」

麻子「……」

ほむら「信頼しあってる仲間同士の、暖かい雰囲気…その中にいられて、幸せだった」

麻子「……」

ほむら「その中にいると、まるで私が、人間だった頃に戻ったみたいに思えたんです」

麻子「ほむらさんは私たちにとって、人間以外の何ものでもない。何度も同じことを言わせるな」

ほむら「……」

麻子「確かに魔法少女かもしれない。だが私たちにとっては人間で、私たちの仲間だ。友達だ」

ほむら「ありがとうございます。でもやっぱり、私は違うんです」

麻子「……」

ほむら「人間ではない私は、やっぱりこの世界で異質な存在です。いてはいけないんです」

麻子「……」

ほむら「帰りたくなんかありません。でも、そうしなくてはいけないんです」

麻子「まるで、このままだと、何らかの不都合が発生するみたいな言い方だな」

ほむら「はい。私がこの世界にいることで、ここへ何が起こるか分からないそうです」

麻子「……」

ほむら「私が元いた世界にも、何が起こるか分からないそうです」

麻子「……」

ほむら「その影響は出始めているか、既に出てしまっているかもしれません」

麻子「……」

ほむら「それに、私自身がもう、限界なんです」

麻子「ほむらさんが、限界?」

ほむら「魔法少女には寿命のようなものがあります。それが私へ、間もなく来ます」

麻子「……」

ほむら「寿命を少しずつ延ばす手段は、あります。でも…」

麻子「ここにいる限り、それができないのか。この世界で、魔法少女はあり得ない存在だから」

ほむら「そのとおりです。元の世界でのみ、可能なんです」

麻子「ここにいたら死んでしまうのか?」

ほむら「ただ死ぬだけだったら、どんなにいいか分かりません」

麻子「どういう意味だ?」

ほむら「寿命の来た私は、私ではなくなります。全く別のものになってしまいます」

麻子「……」

ほむら「それが、魔法少女の運命なんです」

麻子「……」

ほむら「魔法少女は、夢や希望を叶える存在。でも、別のものになった私は逆の存在になります」

麻子「人々を不幸にする存在、とでも言うのか」

ほむら「はい。この世界の人々を不幸にし、災厄をもたらし続ける存在になるでしょう」

麻子「……」

ほむら「そしてこの世界に、それを止める手段は何もありません」

麻子「そんな……そんな話は、荒唐無稽だ。信じるのは無理だ」

ほむら「なぜですか? 麻子さんは私が魔法少女であることを、信じてくれたはずです」

麻子「信じられない、という意味じゃない。信じたくないんだ」

ほむら「……」

麻子「だが、事情は理解した」

ほむら「……」

麻子「私たちはほむらさんも、ほむらさんに関する記憶も、諦めなくちゃならない」

ほむら「……」

麻子「そういうことだな。理解した」

ほむら「私は麻子さんの、そういう頭の回転が速い、頭の切り換えの速いところが大好きです」

麻子「他人から好きと言われたのは、生まれて初めてだ」

ほむら「私は他“人”ではありませんけど」

麻子「おい。もう二度と、そんなことを言うな。怒るぞ」

ほむら「……ごめんなさい」

麻子「だが、ほむらさん」

ほむら「何でしょう」

麻子「西住さんへは、どうするんだ?」

ほむら「みほさんへ? どうする、って?」

麻子「同じ内容を説明するつもりか? あの西住さんへ」

ほむら「……」

麻子「あの人は、普通の感受性を持つ女子高生なんだぞ?」

ほむら「はい……」

麻子「無論、戦車道での西住さんは、我々の信頼する極めて有能かつ勇敢な隊長だ」

ほむら「……」

麻子「今度の試合を見れば分かる。隊長の的確で大胆不敵な指揮により、相手校は必ず殲滅される」

ほむら「……」

麻子「だがやはり西住さんは、心優しい、普通の女子高生なんだ。私のような変人とは違う」

ほむら「変人だなんて。麻子さんは…」

麻子「私のことなんてどうでもいい。とにかく、今話したのと同じ内容を言う気か?」

ほむら「それは…そんなことをしたら、みほさんは耐えられないでしょうね」

麻子「そう思うだろう?」

ほむら「私たち魔法少女は、悪と戦う存在です」

麻子「……」

ほむら「でもその戦いとは、悪との単なる殺しあいです。以前、みほさんへそう話しました」

麻子「どんな反応をした? 大体想像はつくが」

ほむら「怯えて、しまいました……」

麻子「だろうな」

ほむら「それ以来、魔法少女としての私がどんなものなのか、一切言っていません」

麻子「ほむらさん」

ほむら「はい」

麻子「西住さんへ何も言うな。何も言わないまま、元の世界へ戻れ」

ほむら「え……?」

麻子「それが、あの人を悲しませたり怯えさせたりしない、唯一の方法だ」

ほむら「そんな…」

麻子「……」

ほむら「麻子さん。麻子さんは私に、みほさんへ何も伝えないまま、消えろと言うんですか?」

麻子「残酷な、ようだが……」

ほむら「それは……そんなことは、絶対にできません」

麻子「……」

ほむら「麻子さんの言うことでも、それだけは聞けません」

麻子「だが、ほむらさん」

ほむら「何でしょう」

麻子「私たちが持つほむらさんに関する記憶は、なくなってしまうんだろう?」

ほむら「そうです」

麻子「ほむらさんはこの世界に、いなかったことになってしまうんだろう?」

ほむら「そのとおりです」

麻子「それなら、日曜日まで普段どおりの生活を送れ」

ほむら「……」

麻子「その間、西住さんへ何も伝えるな。そしてそのまま、元の世界へ戻れ」

ほむら「……」

麻子「それが、西住さんを悲しませない唯一の方法だ」

ほむら「そんな……麻子さん、どうしてそんなことを言うんですか?」

麻子「……」

ほむら「みほさんへお別れを言うな、何もするな、ってことですか?」

麻子「……そうだ」

ほむら「何もせずに消えて無くなれ、どうせ後には何も残らないんだから、ってことですか?」

麻子「……そんな言い方をするな」

ほむら「そう言ってるのと同じじゃないですか。麻子さんが、そんなことを言うなんて……!」

麻子「……」

ほむら「麻子さん……! 何とか言ってください!」

麻子「それなら…私が、話す」

ほむら「えっ」

麻子「私が、ほむらさんのことを西住さんに話す。その方がいいだろう」

ほむら「……」

麻子「私が、お別れだということを話す。だが記憶や、ほむらさんの寿命とやらのことは話さない」

ほむら「……」

麻子「そしてほむらさんは、これまでと何ら変わることなく、普段どおりの生活を送れ」

ほむら「麻子さんは…」

麻子「何だ」

ほむら「日曜日、試合の後。夕方、私が帰る直前にそれを言うつもりですね?」

麻子「そのとおりだ。西住さんが動揺してしまう可能性を考えると、それが最善のタイミングだ」

ほむら「……」

麻子「私はあの人の仲間で友達だが、同時に部下の隊員でもある」

ほむら「……」

麻子「その私が採るべき、最善の選択肢だ」

ほむら「以前みほさんは、麻子さんを、余計なことを一切言わない人と話していました」

麻子「……」

ほむら「そのとおりですね。必要なことしか喋らない、というわけですね?」

麻子「ああ。不必要な内容を話すことは、まさに不必要だ」

ほむら「訊かれない限り、その内容を言う必要はない…」

麻子「人によっては、それを卑怯だと思うだろうけどな」

ほむら「でも、私にも同じような経験があります」

麻子「今回みたいな話か?」

ほむら「ええ、似た内容です。魔法少女の、運命の話です」

麻子「……」

ほむら「前もって話しても、信じてくれた人は今まで一人もいなかった」

麻子「……」

ほむら「私はある時から、その内容を人に話す必要はないと考えるようになりました」

麻子「……」

ほむら「後から“どうして教えてくれなかったの?”と言われましたけど…」

麻子「どうせ信じてもらえない。それなら、言うだけ無駄だな」

ほむら「麻子さん」

麻子「何だ」

ほむら「私がみほさんへお別れを言うことを、許してくれるんですね?」

麻子「ああ。だが、別れの言葉以外、何も喋るな」

ほむら「分かっています」

麻子「西住さんは…泣くだろうな」

ほむら「……」

麻子「私たち戦車道の仲間は、西住さんの涙なんて見たことがない」

ほむら「……」

麻子「あの人は、全国制覇を達成しても泣かなかった。決勝で勝っても表彰式でも、泣かなかった」

ほむら「……」

麻子「だが、ほむらさんと西住さんとの関係には、仲間や友達以上の親密さがある」

ほむら「……」

麻子「ほむらさんは今、擬似的な関係ではあるが、あの人の妹なんだ」

ほむら「……」

麻子「西住さんはその妹と、永遠のお別れをしなくちゃならない」

ほむら「はい……。永遠なのは、確実です」

麻子「ほむらさんは、西住さんに泣かれるだろうな。ほぼ間違いなく」

ほむら「私は、そんなもの…見たくありません。みほさんに泣いてほしくありません」

麻子「だが、今決めたやり方で異存はないな?」

ほむら「ええ……」

麻子「西住さんへ何も伝えないまま、元の世界へ戻れ、という私」

ほむら「そんなことはできない、どうしてもお別れを言いたい私」

麻子「その、妥協点…おかしな言い方かもしれないが…それが、今話したやり方だ」

ほむら「はい」

麻子「あとは……西住さんがどのくらい、冷静でいてくれるかが問題だが……」

ほむら「麻子さん、左舷の公園を知っていますか?」

麻子「左舷の公園? 左舷には幾つかあるぞ」

ほむら「みほさんの、お気に入りの場所という…」

麻子「……街を抜けた所にある、あそこか。あまり人が来ない、いわゆる穴場だな」

ほむら「私は、お別れの場所をあそこにしようと思います」

麻子「そうか」

ほむら「みほさんと私の、思い出の場所なんです」

麻子「私も行っていいか?」

ほむら「もちろんです。私は帰る時、是非、二人に見送ってほしいと思っています」

麻子「……この辺りまでで、いい。送ってもらって、すまなかった」

ほむら「もうおうちは、近くですか」

麻子「ああ」

ほむら「麻子さん。もしかして、麻子さんとこうして話すのは、これが最後でしょうか」

麻子「恐らく、そうだな。練習試合の日にゆっくり会話してるような暇はないだろう」

ほむら「……」

麻子「そして、その後の夕方。私は西住さんを宥めるので手一杯かもしれない」

ほむら「それなら、麻子さん」

麻子「何だ」

ほむら「麻子さんへ、見せたいものがあります」

麻子「見せたいもの?」

ほむら「はい」スッ

麻子「……何だ? その、ペンダントの先っぽみたいな物……」

ほむら「これが、本当の私です」

麻子「……」

ほむら「これが私の、本当の姿です……!」

パアア……

~~~~~~~~~~
10


麻子「……」

ほむら「時間遡行、その能力を持つ魔法少女……暁美ほむら」

麻子「……」

ほむら「これが私の、本当の姿です。魔法少女の姿です」

麻子「……そうか」

ほむら「ええ」ファサッ

麻子「じゃあ…」

ほむら「はい」

麻子「じゃあ気をつけて、西住さんのマンションへ帰れ」

ほむら「は?」ガク

麻子「何だ? どうしてズッコケるんだ?」

ほむら「い、いえ。な、何でも……」

麻子「西住さんの部屋へ帰るんだろう?」

ほむら「え、ええ。帰ります」

麻子「さっき、魔法を使って帰ると言ってたからな」

ほむら「……確かに、この姿になったということは、帰るということですけど」

麻子「どうかしたのか?」

ほむら「いえ……。麻子さんは…驚いたり、しないんですね」

麻子「驚く? 何に驚くんだ?」

ほむら「この姿を、見て……」

麻子「ほむらさんが魔法少女であることは、西住さんからも、ほむらさん自身からも説明されてる」

ほむら「……」

麻子「今さら何に驚くんだ? 早く、気をつけて帰れ」

ほむら「……」

麻子「あ。気をつけて、なんて言う必要はないか」

ほむら「……と言いますと?」

麻子「空を飛んだりするんだろうから、あっという間に着くな」

ほむら「それはまあ……そんな感じですけど」

麻子「気をつけるも何もない。車や、無灯火の自転車なんて関係ないな」

ほむら「……」

麻子「この学園艦にもいるんだ。夜に無灯火で自転車へ乗るバカが」

ほむら「あの…」

麻子「何だ」

ほむら「それだけ、ですか?」

麻子「それだけ? どういう意味だ?」

ほむら「いえ……」

麻子「それなら早く帰れ。西住さんが待ってる」

ほむら「あの……もうちょっと、何かないんですか?」

麻子「何を言ってるのか分からん。早く帰った方が、西住さんも早く寝られていいと思う」

ほむら「それはそうですけど……。知的好奇心の強い麻子さんのことですから、あの…」

麻子「さっきから何だ。早く言え」

ほむら「魔法を使ってみせろ、とか…その盾は何だ、とか…言われるんじゃないかと……」

麻子「そういえば腕に何か着けてるな。それで魔法を使うのか」

ほむら「はい。魔法少女はそれぞれ、使える魔法が異なります。私の場合は…」

麻子「そうか。分かった」

ほむら「え? まだ全部言い終わって…」

麻子「この世のものじゃないんだから、方法や原理なんて、私はどうせ聞いても理解できない」

ほむら「それは……。原理なんて、自分でも分かりませんけど」

麻子「お互いに分からないものを語ってどうするんだ」

ほむら「まあ、確かに……。じゃあ魔法を見たりとか…」

麻子「その必要はない。最初会った時に言ったぞ。西住さんが見て、私へ話してくれた」

ほむら「でも今、目の前でこの姿になったんだし…」

麻子「何だか光や音が出るみたいだからな。もう夜も遅い。近所迷惑だ」

ほむら「別に、そんなもの出ませんけど。ショーとかアトラクションじゃないんですから」

麻子「だが私も、その姿に興味がないわけでもない」

ほむら「え? え、ええ。そうですよね。それは当然のことでしょう」ファサッ

麻子「何だ? 今の、そうこなくちゃ、みたいな顔は?」

ほむら「さあ? 何のことですか?」

麻子「ほむらさん、その服へ少し触ってもいいか?」

ほむら「……」

麻子「表情が一変したな。今度はどうして、そんなに警戒した顔になるんだ?」

ほむら「あの…」

麻子「相変わらず歯切れが悪いな。さっさと言え」

ほむら「この世界の女の子って、他人の体に触りたがる習性でもあるんですか?」

麻子「何のことだ?」

ほむら「だって、みほさんも私へ触ったし…」

麻子「何だと? 西住さんはもう触ったのか?」

ほむら「みほさんの場合は、制服姿の時でしたけど」

麻子「西住さんが触ったなら、私も触っていいということだな」スソソソ

ほむら「えっ。い、いきなり、そんな……」

麻子「見たことがない素材だ。これはやはり、この世の物ではないな」スソソソ

ほむら「や、やめ……あ……でも、みほさんより、上手……」

麻子「ちょっとバンザイの格好をしてくれ。ふむ、思ったとおりだ。縫い目がどこにもない」スソソソ

ほむら「……そんな所は……そこは駄目……」

麻子「体に張り付いてるが、遠くから見ると普通の服。どういう構造になってるんだ?」クイ

ほむら「あっ……指は……それは嫌……」

麻子「ふーむ、不思議な物だな。分かった。ありがとう」

ほむら「え……? もう? そんな、途中で……」

麻子「途中?」

ほむら「い、いいえ。何でも……」

麻子「じゃあ早く帰れ。西住さんが心配する」

ほむら「……」

麻子「どうした?」

ほむら「麻子さん」

麻子「何だ」

ほむら「そのみほさんについて、訊きたいことがあって…」

麻子「西住さんについて?」

ほむら「ええ。みほさんは最初、どうして私を部屋に泊めてくれたんでしょうか」

麻子「そういうことは、本人へ直接訊けばいいだろう」

ほむら「もちろん、部屋に来てほしいと言われた時に訊きました。でも…」

麻子「何だ」

ほむら「はぐらかされてしまったんです。理由なんてどうでもいい、みたいな感じで……」

麻子「……」

ほむら「それに、私はその時、戦車道に関してかなり失礼なことを言っていました」

麻子「どんなことだ?」

ほむら「戦車は人殺しの道具のはず、と…」

麻子「事実じゃないか。武器を扱うほかの競技と同じだ。元は凶器だった物を運用するんだ」

ほむら「でも、家元の娘であるみほさんへ向かって…」

麻子「だからこそ西住さんは、面と向かってそんなことを言われても、何とも思わないだろう」

ほむら「もう、そういう状況に慣れている、というわけですか」

麻子「恐らく、な。あの人は戦車道に関して、ありとあらゆる経験をしてきたに違いない」

ほむら「……」

麻子「西住さんは、生まれた時から戦車に乗ってるような人なんだ」

ほむら「じゃあ、私を自分の部屋に呼んだ理由は…」

麻子「飽くまで、推測だが…」

ほむら「はい」

麻子「西住さん自身も、それを分かってないと思う」

ほむら「……」

麻子「しつこく同じ質問をしても、そうしたかったから、くらいの答えしか返ってこないだろう」

ほむら「でも、変な服を着て、密室の倉庫に入り込んで、自分を魔法少女と言ってる、こんな…」

麻子「ほむらさん。以前、こういうことがあった」

ほむら「……」

麻子「戦車道の全国大会、決勝の試合でのことだ」

ほむら「……」

麻子「我が戦車隊は、横一列に並んで渡河の最中だった。1両が故障し、河の真ん中で立ち往生した」

ほむら「……」

麻子「その車両は、今にも流されそうになった。後方からは相手校の重戦車隊が迫ってる」

ほむら「……」

麻子「故障した車両の搭乗員たちは、自分たちに構わず前進してくれ、と西住さんへ頼んだ」

ほむら「みほさんは、どうしたんですか?」

麻子「答えはもう、分かってるだろう?」

ほむら「……はい。仲間を、助けたんですね」

麻子「渡河中の全車両をワイヤーで結び、故障車を牽引した。全車が共に、対岸へ辿り着けた」

ほむら「……」

麻子「前進することより、そうすることを選んだ」

ほむら「……」

麻子「西住さんは、そういう人だ」

ほむら「私を部屋へ泊めてくれたのも、今でも、そうしてくれているのも…」

麻子「同じだ」

ほむら「……」

麻子「飽くまで、推測だけどな。西住さんは、そうしたかったんだ」

ほむら「……」

麻子「逆に、ほむらさんへ訊いていいか?」

ほむら「何でしょう」

麻子「部屋へ来いと言われた時、西住さんへ付いて行くのに、不安はなかったのか?」

ほむら「それは…みほさんは私と違って、怪しくなどありませんから」

麻子「誰がどう見ても、善良で大人しそうな美少女高校生だな」

ほむら「はい。異世界から来た私に、行く所はなかったですし。それに…」

麻子「何だ」

ほむら「みほさんは私が元いた世界の、大事な友達に似ているんです」

麻子「友達に?」

ほむら「私の、一番の……最高の、友達です。クラスメイトで、私とは違い普通の人間です」

麻子「じゃあ中学生だろう? それなのに似てるのか?」

ほむら「みほさんはその友達と、何もかも違います。でも、そっくりだと思ってしまうんです」

麻子「どういうことだ?」

ほむら「自分でも、どうしてそう思うのか分かりません。年齢、顔、髪型、身長、声…」

麻子「……」

ほむら「全てが違います。でも似ているんです。何だか、可愛らしくて…」

麻子「……」

ほむら「年上の人を可愛いなんて言うのは、変だし、失礼だと分かっています」

麻子「……」

ほむら「でも、本当にそうとしか…可愛いとしか、言いようがなくて……」

麻子「そうか」

ほむら「はい……」

麻子「……」

ほむら「麻子さん。麻子さんは私のことを、どう思っていましたか?」

麻子「私か」

ほむら「はい」

麻子「私がほむらさんとこうして話すのは、さっき話したとおり、今が最後だ」

ほむら「ええ」

麻子「ほむらさん。最後だから、言う」

ほむら「何でしょう」

麻子「私は、ほむらさんが怖かった」

ほむら「……」

麻子「怖くて怖くて、たまらなかった」

ほむら「……」

麻子「どうした?」

ほむら「麻子さん。何ですか、それ? 誰がそんなこと、信じるんですか?」

麻子「……」

ほむら「怖かった、って……私が人間じゃないから? それとも、この世界の存在じゃないから?」

麻子「……」

ほむら「今まで、あんなに親しくしてくれて。さっきは、怒ってくれて。それなのに…」

麻子「……」

ほむら「今さら、怖かったなんて言われても。そんなこと、誰が信じると思ってるんですか?」

麻子「怖かった、理由は…」

ほむら「はい」

麻子「私はお化けが、苦手だからだ」

ほむら「……」クス

麻子「ほむらさんの笑った顔を、今、初めて見た」

ほむら「麻子さん」

麻子「何だ」

ほむら「おやすみなさい」

麻子「ああ。おやすみ」

ヒュッ

麻子(一瞬で消えたな。ほむらさん)

麻子(飛び立ったのか、浮き上がったのか、それとも、跳んだのか…)

麻子(それすら、見えなかった)

麻子(さて。本の続きを読んでから、牛乳を飲んで寝るか)

~~~~~~~~~~
終章


麻子「今日も、夕日が美しいな」

みほ「……」

麻子「夕日も星空も毎日、美しい。毎日だから飽きそうなものだが、そうならないのが不思議だ」

みほ「……」

麻子「お。見ろ、西住さん」

みほ「……」

麻子「相手校の戦車隊を載せた輸送船が、我が艦から離れていく」

みほ「……」

麻子「変な学校だったな。わざと負けるようなことばかりしてた」

みほ「……やっぱり、試合自体が偵察だったね」

麻子「重戦車、中戦車、自走砲、軽戦車が1両ずつ」

みほ「それぞれに対して、こっちがどんなことをするのか試してた」

麻子「故意に逃げ回ったり、真正面から来たり、そうかと思えば奇襲を仕掛けたり…」

みほ「うん。いろいろなパターンの攻撃と防御をしてた」

麻子「かなり計画的だ。背後に、複数の学校が絡んでる可能性もあるな」

みほ「今回の学校は、その代表で対戦相手になっただけかも」

麻子「その連中がデータを共有して、“大洗シフト”みたいな対策でも立てるつもりか」

みほ「こっちは毎回、全力でやるしかない立場なのに」

麻子「御苦労なことだな」

みほ「麻子さん」

麻子「何だ」

みほ「そんなことは、後でいいよ」

麻子「……」

みほ「本当なの? 今が、お別れって……」

麻子「ああ。本当だ」

みほ「……」

麻子「いつか、こういう時が来る。西住さんだって分かってたはずだ」

みほ「……」

麻子「ほむらさんはこの世界の人じゃない。元の世界へ帰らなくちゃいけない」

みほ「……」

麻子「あの夜やって来たお迎えに、即刻戻れ、と言われたそうだ」

みほ「……」

麻子「だがほむらさんは、今まで待ってくれた。戦車道の試合をあんなに見たがってたからな」

みほ「でも、こんな、急に……」

麻子「それなら西住さんは、試合の前に聞いても平気だったか?」

みほ「……」

麻子「試合の前に、ほむらさんが帰ることを聞いても、平気だったか?」

みほ「……」

麻子「無論、我らが隊長は、そんなにヤワじゃないだろうが」

みほ「ううん……それは確かに、分からなかった。私、動揺したかもしれなかった」

麻子「西住さん」

みほ「何…?」

麻子「ほむらさんを、笑顔で見送ってやれ」

みほ「……」

麻子「どうした? もうすぐここへ来るぞ」

みほ「……」

麻子「そんな顔をするのは、やめるんだ」

みほ「……無理……」

麻子「……」

みほ「そんなの、無理、だよ……」

麻子「じゃあ、泣いたりするなよ? 泣かれれば、ほむらさんだって悲しい」

みほ「この場所……」

麻子「何だ」

みほ「この、左舷の公園……。初めて会った日に、ほむらちゃんを連れてきた場所なの」

麻子「……」

みほ「あの時も、夕方だった。二人で夕日を見ながら、お話をしたの」

麻子「思い出の場所、思い出の場面か。別れの場所を同じにしたんだな」

みほ「ひどいよ、ほむらちゃん……」

麻子「ひどいって、何がだ?」

みほ「どうしてこんな、残酷なことするの……」

麻子「何が残酷なんだ? ほむらさんは、思い出の場面を大切にしたかったんだ」

みほ「……」

麻子「西住さんとの思い出を、もう一度、噛み締めたかったんだ」

みほ「……ほむらちゃんにとって、その場面はこれから、思い出の中だけにある」

麻子「……」

みほ「でも…私はどうなるの? 私は、ここにいるんだよ?」

麻子「……」

みほ「これから、この場所へ来るたびに、ほむらちゃんのこと思い出しちゃうんだよ?」

麻子「……」

みほ「これが残酷じゃないって、どうして言えるの?」

麻子「……それは……」

みほ「あ……麻子さん、見て」

麻子「……来たか。ほむらさん」

みほ「あの、姿……」

麻子「魔法少女の、姿だ」

みほ「見たことあるの? 麻子さん」

麻子「ああ、一度だけ。あの夜、うちまで送ってくれた時だ」

ほむら「お待たせしました。みほさん、麻子さん」

みほ「ね、ほむらちゃん。どうしてその格好してるの?」

ほむら「……」

みほ「もう、夜になるよ。私の部屋に帰るんだよ?」

ほむら「……」

みほ「途中で、買い物していこう。今夜は、私が何か作るから」

ほむら「……」

みほ「私だって、お料理を練習してるんだよ。ほむらちゃんの腕には、全然敵わないけど」

ほむら「……」

みほ「ね、だから、普通の姿に戻って。そのままじゃ帰れないから、ね?」

ほむら「みほさん、それはできません」

みほ「どうして? どうしてそんなこと言うの? もう帰ろう、ね?」

ほむら「私が帰るのは、みほさんのお部屋ではないからです」

みほ「私の部屋じゃなかったら、どこへ帰るって言うの? この学園艦でどこへ行くって言うの?」

ほむら「私が帰るのは、この世界のどこかではありません。私が帰るのは、元いた世界です」

みほ「わけの分からないこと言わないで。ほむらちゃんはここに住んでるんだよ?」

ほむら「私はここの住人ではありません。私は、ここにいてはいけないんです」

みほ「何言ってるの? いちゃいけないなんて誰が言うの? そんなこと誰も言わないよ」

ほむら「私が決めたんです。私が、この世界からいなくなろう、と決心したんです」

みほ「いなくなるなんて言わないで。そんなこと、私がいいって言うと思ってるの?」

麻子「西住さん、笑って見送れと言ったはずだ」

みほ「麻子さん、どうして平気なの? 友達が……大事な友達が、いなくなっちゃうんだよ?」

麻子「私たちには、どうすることもできないんだ」

みほ「ほむらちゃん。私、どうすればいい? どうすれば、ほむらちゃんはここにいてくれる?」

ほむら「みほさん、そういうことではないんです」

麻子「私たちが何をしようと無駄なんだ、西住さん」

ほむら「みほさん。麻子さん」

みほ「う、うん、何?」

ほむら「短い間でしたけど、いろいろお世話になりました。ありがとうございました」

麻子「お礼を言うのはこっちだ。一緒にいて楽しかった」

みほ「ほむらちゃん、何言ってるの? どうしてそんなこと言うの?」

ほむら「みほさん。さっきお部屋で、私が使った物を全て処分してきました」

みほ「な、何それ? どうしてそんなことするの?」

ほむら「私が使った物で、みほさんが今後使わない物。それを全て処分してきました」

みほ「ほむらちゃんが何言ってるか分からない。どうしてそんなことするの?」

ほむら「私がいた痕跡は全て消えるらしいので、必要ないことだったかもしれませんけど」

麻子「そうなのか」

ほむら「はい。でも私は、自分の手でそれをすることにしました」

麻子「区切り、か」

ほむら「みほさん。お借りした物は全て、もう一度洗うなどして、綺麗にしてきました」

みほ「どうして? そんな必要ないのに。これから部屋に帰るんだよ?」

ほむら「買ってもらったあの服は、みほさんが着てください」

みほ「どうして私が着るの? あれはほむらちゃんのために買ったんだよ?」

ほむら「みほさんは可愛らしいから、あの服はすごくよく似合うと思います」

みほ「可愛いのは、ほむらちゃんの方。だからあれがよく似合うのは、私なんかじゃない」

ほむら「私は、いろいろなことをしてもらったのに、何も恩返しができなかった」

みほ「……!」

ほむら「本当にごめんなさい。私はみほさんと麻子さんへ、何もできなかった」

みほ「ほむらちゃん、今…」

ほむら「はい」

みほ「今、約束を破ったね?」

ほむら「恩返し、という言葉ですね」

みほ「分かってるのに、どうして言ったの? 約束したよね?」

ほむら「恩返しでなければ、お礼ですね。私は、何もできなかった」

みほ「…今、二つ目の約束も破ったね? 同じ意味の言葉を使うのも禁止、っていう」

ほむら「私が皆さんへ何もできなかったことは、事実ですから」

みほ「恩返しなんて、お礼なんて必要ない。だから、その言葉を言わない約束をしたんだよね?」

ほむら「私は、三つ目の約束も果たせません」

麻子「肉じゃが以外の料理、だったな。それは残念だ」

ほむら「この世界へ来たことで、お料理を憶えることができましたけど」

麻子「楽しみだったが。また沙織の作った物でも食べるとしよう」

ほむら「麻子さん。作る人はいつも、美味しく食べてもらおうと思っているんですよ?」

麻子「ああ、そうだな。これからはあいつの料理も、感謝しつつ食べるか」

ほむら「私はこの世界へ来て、そのことが分かりました」

みほ「何よ……ほむらちゃん」

ほむら「はい」

みほ「ほむらちゃんは、お料理の約束も破る、ってこと?」

ほむら「はい。私は結局、何も約束を果たせませんでした」

みほ「何よ……! ほむらちゃんは、約束を全部破った!」

ほむら「……」

みほ「もうほむらちゃんなんて、大嫌い!」

ほむら「……」

みほ「ほむらちゃんなんて、もう、どこへでも行っちゃえ!!」

麻子「西住さん、落ち着け! 何てことを言うんだ!」

ほむら「いえ、いいんです。麻子さん」

麻子「ほむらさん?」

ほむら「相手を傷つけずに、別れる方法。それは、嫌われること」

麻子「……」

ほむら「このくらい、私だって知っています」

みほ「……ぐすっ……ううっ……」

ほむら「あ……みほさん……」

麻子「……ついに、泣き出してしまったか」

みほ「ぐすっ……ほむらちゃん、何言ってるのよぉ……」

ほむら「……」

みほ「嫌いになんか……なれるはず、ない……」

ほむら「……」

みほ「私たち、せっかく、会ったのに……せっかく、友達に、なれたのに……」

ほむら「……みほさん……」

麻子「……ほむらさん」

ほむら「はい……」

麻子「もう、行け」

ほむら「……」

麻子「私たちのことは、心配するな」

ほむら「はい……。では…麻子さん、お願いがあります」

麻子「何だ」

ほむら「みほさんを、抱き止めていてください」

麻子「始めるんだな」

ほむら「ええ。元の世界へ帰る作業です」

麻子「そばへ行ったら危険なのか」

ほむら「はい、恐らく。私へ、異世界間を移動する力が働くはずですから」

みほ「嫌ぁ……ほむらちゃん……行かないでよぉ……」

麻子「西住さん、そこから動くんじゃない」ギュッ

みほ「麻子さん、何するの? 放して」

麻子「ほむらさんへ近づいちゃ駄目だ。ここで大人しくしてるんだ」

ほむら「……インキュベーター!」

麻子「インキュベーター?」

ほむら「インキュベーター、見ているんでしょう!?」

麻子「ほむらさん、何をやってるんだ?」

ほむら「私が元いた世界から、ここを見ている奴がいるはずです」

麻子「……」

ほむら「麻子さんの言う“お迎え”です。私は今、そいつに話し掛けています」

麻子「……」

ほむら「あの夜、私はそいつとテレパシーで会話しました。でも、もうその必要はありませんね」

麻子「……そうだな」

ほむら「そいつの声は麻子さんたちに聞こえません。少し、気味の悪いものを見せますけど」

麻子「虚空に向かって呼び掛けるほむらさんは、確かに少々不気味だな」

ほむら「……インキュベーター、声を聞かせなさい!」

QB『賢明だね、暁美ほむら。君へ近づくことはその少女たちにとって危険だ』

ほむら「どうすればいいのか言って頂戴」

QB『この前と同じさ。その場から可能な限り遠く離れるように、跳躍するんだ』

ほむら「そうしなければ、この皆さんが巻き込まれてしまうのね」

QB『君以外の物質は、僕がこれから作用させる力に耐えられない』

ほむら「もし巻き込まれたらどうなるの?」

QB『人間なら消滅する。一瞬で崩壊して跡形もなくなる、ということさ』

ほむら「……」

QB『それから、君がいる建造物。人間が作った物にしてはかなり堅牢なようだ』

ほむら「ええ」

QB『でも、大穴が開くよ。その建造物は巨大な艦船の形状をしているね』

ほむら「この世界に存在する、学園艦という物よ」

QB『君の周囲に展開する空間変異へ巻き込まれたら、大規模かつ致命的な損傷を受ける』

ほむら「……」

QB『確実に、沈没するよ』

ほむら「……分かった。海の上空へ向かって跳ぶわ。用意はいい? インキュベーター」

QB『僕はいつでも構わないさ。暁美ほむら』

みほ「ほむらちゃん、何してるの? 早く私の部屋に帰るよ?」ジリッ

麻子「西住さん、動くな! ほむらさんへ近寄ろうとするな!」

みほ「麻子さん、放して! これ以上そんなことされたら、怒るよ!?」

ほむら「みほさん」

みほ「う、うん、何? ほむらちゃん」

ほむら「私は、みほさんとお友達になれて嬉しかった」

みほ「私も、嬉しかった。……ううん、嬉し“かった”じゃない。今、嬉しいんだよ」

ほむら「あんなに、可愛いって言ってもらえた。お料理を、褒めてもらえた。今でもそれが、自慢です」

みほ「うん。だから、また美味しいお料理を作って。お願いだから」

ほむら「望んで、この世界へ来たのではなかった。でも、ここへ来て、本当に良かったと思います」

みほ「それなら、行かないで……! ずっと、ここにいて! どこへも行かないで!」

ほむら「麻子さん、お元気で。さようなら」

麻子「ああ。ほむらさんも元気で。さようなら」

ほむら「さようなら。みほさん。お元気で」

みほ「嫌ぁぁ! 行かないで! ほむらちゃぁぁん!!」

ヒュッ


みほ「……」

麻子「……」

みほ「今、何か……飛んだ?」

麻子「いや……飛んだ、ような。何も飛ばなかった、ような……」

みほ「ちょっと……麻子さん、何やってるの?」

麻子「あ、ああ、すまない。どうして私は、西住さんを抱きかかえて……」

みほ「私…」

麻子「何だ」

みほ「泣いてる。何で、泣いてるんだろ……?」

麻子「いや……私へ訊かれても、困るが」

みほ「それに、私たち…」

麻子「ああ。どうしてここに、二人だけで一緒にいるんだろうな。練習試合があった日なのに」

みほ「……でも……」

麻子「どうした?」

みほ「……ね、麻子さん」

麻子「何だ」

みほ「これから私の部屋へ来て、一緒に御飯、食べない……?」

麻子「いいのか? 西住さんが御馳走してくれるのか?」

みほ「うん、もちろんだよ。私が何か作るから」

麻子「それは有難い。西住さんは最近、料理を憶えようとしてるんだったな」

みほ「何がいい? 途中で材料を買っていこうよ」

麻子「……」

みほ「何でも言って? 何がいい?」

麻子「……肉じゃが」

みほ「え?」

麻子「肉じゃが……」

みほ「……肉じゃがといえば、沙織さんだけど…」

麻子「いや。沙織の作る肉じゃがとは、違って……」

みほ「……麻子さん。実は、私も…」

麻子「西住さんも?」

みほ「うん……。どうしてなのか分からないけど、肉じゃがを食べたいなぁ、って……」

麻子「……」

みほ「でも……それって、沙織さんのじゃなくて…」

麻子「ああ。だがそれなら、誰が作った物なのか…」

みほ「とにかく、今夜は、私が作るよ」

麻子「私は何か、することがあるか?」

みほ「じゃあ麻子さんも手伝って。お料理くらい憶えないと」

麻子「興味など、全くないが」

みほ「……」

麻子「どうした? 西住さん」

みほ「……寒い……」

麻子「寒い? 具合でも悪いのか?」

みほ「ううん……。そうじゃ、ない……」

麻子「……」

みほ「何だか……すごく、寂しくて……」

麻子「……」

みほ「ね…麻子さん」

麻子「何だ」

みほ「晩御飯を食べて…そのまま私の部屋へ、泊まっていかない……?」

麻子「ああ、構わない。だがそれなら、一度うちへ戻って、荷物を取ってくる必要があるな」

みほ「明日は月曜日だものね……。我が儘を言って、ごめんさない」

麻子「いや、気にするな。……しかし西住さん。どうしたんだ、急に?」

みほ「……」

麻子「今日の練習試合と、何か関係があるのか?」

みほ「ううん。それは、全然関係ない……」

麻子「……」

みほ「今日のことは、後で車長会議の議題にするし……。今は、全然関係ない……」

麻子「……」

みほ「……何だか、寒くて……寂しくて……。理由なんて…ううっ…全然、分からない、けど……」

麻子「あ……泣くな、西住さん」

みほ「ごめんなさい……ぐすっ。今夜は……一人で、いたくないの……」

麻子「私が一緒にいてやる。だから泣くな」

みほ「うん……ありがとう……ぐすっ……」

麻子「寂しいのは……私も、同じだ」

みほ「麻子さん、も……?」

麻子「ああ……何だろうな、この気持ち。原因の分からない、喪失感」

みほ「……」

麻子「だが、西住さん」

みほ「何……?」

麻子「肉じゃがを作ってくれるんだろう? 泣いてたら料理なんてできないぞ」

みほ「……そうだね。沙織さんのより、美味しいものを作らないと」

麻子「ああ。肉じゃがでも、それ以外でも」

みほ「うん。私が代わりに、美味しいお料理を作れるようにならなくちゃ」

麻子「代わり? 代わりって、誰の代わりだ?」

みほ「……そういえば、誰だろ……。私は今どうして、代わり、なんて言ったのかな」

麻子「まあとにかく、代わりに旨いものを作ってくれ」

みほ「そうだね。肉じゃが以外にも美味しいお料理を作る、それが約束だったものね」

麻子「約束?」

みほ「……誰との約束なんだろ。私、そんなこと誰と約束したのかな」

麻子「だが、その約束を代わりに果たすことが、恩返しになる」

みほ「あ、麻子さん。“恩返し”って言葉を使っちゃ駄目だよ」

麻子「ああ、そうだったな。“お礼”などの、同じ意味を持つほかの言葉も、だったな」

みほ「それも約束だよね」

麻子「しかし、それも約束? どうしてそんなことが約束なんだ?」

みほ「……それも、どうしてなんだろ。私、どうしてそれが約束って思ったのかな」

麻子「だがとにかく、それが約束だったな」

みほ「うん」

麻子「三つの約束、だったな」

みほ「うん。私が代わりに、約束を果たすよ」

麻子「それがやっぱり、恩返しになる」

みほ「うん。それがやっぱり、恩返しになるんだよ。さ、行こ。麻子さん」

麻子「ああ」


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