桐乃「あいつの知らない物語」 (87)


真っ暗な夜の事だった。見上げてみると
星が降ってきそうな満天の夜空が広がっていた。

『見ろよ桐乃』

『え?どれぇ?』

『あの星だよ』

『あのさんかくの?』

『そうそう。あれ、オリオン座っていうんだぜ?』

『へぇ〜、そうなんだぁ!』

『しかも冬にしか見れないんだよな』

『お兄ちゃんはなんでもしってるね!』

『当然だろー!俺だからな!』

『うんっ!』

これはあたし達の昔の記憶。
子供の頃はよく一緒に遊んでは
こんな風に夜空を眺める事もあった——。


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「…………夢、か」

珍しく懐かしい夢を見た。
あれはまだ、あたしと兄貴が小学生だった頃の話。
ちゃんとした“兄妹”だったあたし達。
尊敬して、自分の目標だった兄貴がいた時だ。
一度すれ違って、“他人”のようになってしまったけど
最近では元に戻りつつある。

「……さむっ」

あー、寒いし眠い……。まだ六時じゃん。
冬の朝は寒すぎて布団から出るのも躊躇われる。
今日は休日だからまた寝るけどね。予定も無いし。

「…………」

——あたしの憧れだった兄貴は、いつの日からか
ただの平凡な人間に変わり果てた。
そんな兄貴をあたしは蔑み、遠ざけ、嫌いになった。
それを境に他人のような関係になる。

だけどあたしの“人生相談”によって全てが変わった。
今ではもう、他人なんかではない。
現実を見てしまえばあたし達は完全な兄妹だ。
でも、一度は他人と認識してしまったからか
あたしの意識はまだ“兄妹”には、なりきれていない。

“他人”と“兄妹”の間を彷徨っているあたし達の関係。
それが苦しくて、辛かった。

「ん〜……」

再び目が覚める。時計を見ると
昼の時間はとっくに越えていた。

「…………」

チラ、と部屋の壁を見る。隣は京介の部屋だ。
あいつはなにやってんのかな?そう思ったあたしは
眠い目をこすりながら、隣の部屋へと足を運ぶ。

「京介ー?」

ノックをしても反応は無い。
なにこいつ。あたしに黙って出かけてんの?
ドアノブを回し、ドアを開ける。
鍵も付いてないのはホント、無用心だと思う。

「あれ?いるじゃん」

部屋に入ると、一人黙々と机に向かっている京介がいた。

「ちょっとあんた!なにシカトしちゃってくれ……っ!?」

ここまで言って、あたしは絶句する。その京介の姿を見て。
今日は休日。冬の日。天気は晴れ。日光が心地よさそう。
いい感じのお出かけ日和だ。


京介は————エロゲーをやっていた。(ヘッドホン付き)

「…………」

   カチッ    カチッ

「…………」

「……グスッ……」

カチッ      カチッ

「…………」

部屋に響くマウスの音と、時折もれる鼻をすする音。
あたしには……虚しく感じた……。

「よっしゃ!トゥルーエンド!」

「……オ、オメデトウ……」

「えっ?」

「…………」


時が止まった、気がした。

振り向いた京介とあたしの視線が交わる。
こいつの目は、限界まで見開いていた。
現実を疑っているような、そんな目。
な、なにか喋らないと……。

「オ、オハヨ……」

これしかなかった!
自分のボキャブラリーの無さに腹が立つ!

「…………」

およそ数秒。
わずかの間を持って京介は切り出す。

「き、桐乃っ!?な、なな何やってんだ!?てかいつからそこに!?」

「あの……ついさっき……です」

「なんだその余所余所しい態度はっ!?」

「いや……だって、さ……」

「だってってなんだよ!?これか!?このエロゲーか!?
休日の昼間っからエロゲーやってる俺に引いてんのかっ!?」

「や、やっぱ京介も……やるんだ……そーゆーの……」

「…………」

「…………」


「お前が貸し付けたゲームだろうがっ!!」


京介の悲痛な叫びが、部屋全体に木霊する。
そんなに必死になんなくてもいいじゃん?
どーせ軽いジョークなんだし?
しかもそれ、すっごい神ゲーなんだから。

「冗談だって」

「そうだとしても、やっぱこう、なんだろ……」

激しく落ち込んでいる。
だったら鍵付ければいいのに。

「……で、なんか用か?」

「えっ?」

「なんか用事でもあるんじゃねぇの?」

し、しまった!何にも考えてなかった!
ただ気になったからなんて、言えるわけない!

「あ、いや、その……」

「なんだよ?」

「……そう!人生相談!人生相談があんの!!」

「…………で、なんでここなんだ?」

「えと、なんでだろね?」

「お前が言い出したんだろーが!」
            
あたし達が来ていたのは近所の公園。
思わず人生相談なんて言ってしまったが
特に何かあるはずもなく、悩みに悩んだ結果
「公園に行こう」となってしまった。

「うっさいなぁ。たまにはいいじゃん?こーゆーの」

「ま、まぁ、確かにそうだが……」

「たまにはこう、話でもしよっか?」

「へいへい」

「……なによ?なんか不服なの?」

「別にそーじゃねーけどよ……」

「じゃあなに?」

「さ、さみぃ……」

「……冬だかんね?」

「なにを当たり前なことを……」

いくら昼間でも季節は冬。そりゃ寒いに決まってるっての。
横目で京介を見やると遠くを見つめてた。震えながら。

——こいつはあたしのせいで
せっかく出来た彼女と別れている。

その彼女は、まぁ、あたしの親友でもある。
表面上では頭のおかしい発言が多いやつだけど
本当は誰よりも優しくて、友達思いなやつ。

そいつは、あたしの京介への“気持ち”に気付いて
自ら身を引いてしまった。自分も傷付きながら。
京介の今の気持ちは分からないけど
あの“黒いの”はこいつの事をずっと好きでいる。

なのに京介は、あたしの事を気にかけて
それに決着をつけるまで彼女は作らないらしい。
結局、あたしがこんな気持ちを抱いたばっかりに
この二人を傷付けてしまった。

「…………」

「どうかしたか?」

「…………」

「おい、桐乃?」

「……うっさいシスコン。少し黙って」

「……なんだよ急に機嫌悪くなりやがって」

「あたしにも色々あんの」

…………はぁ。
ため息が出てしまう。いつもこうだ。
本音を隠して、強がるばっかりで。
素直になれたらどれだけ楽かといつも思う。
だけどこの気持ちを、表に出すわけにはいかない。
あたしのこの“想い”はおかしい事だから。

いつからだろう?京介が気になるようになったのは?
いつからだろう?京介を追いかけるようになったのは?

きっかけはあたしの人生相談。
でもこの気持ちをいつ抱いたのかは分からない。
なんでこうなってしまったんだろう。

この一年半以上にもなる間、色々な事があった。
京介はあたしを何度も何度も救ってくれた。
あいつがいたから今のあたしがある。
そんな京介にあたしは惹かれていった。
見つけてしまったこの想いは——届きはしないのに。

『普通の兄妹に————なりなさい』

あたし達の幼馴染に言われたこの言葉。
今になって、胸に突き刺さる。
この想いを告げた時、必ず不幸になる人がいる。
傷付く人間だっている。だからあたしは、何も言えない。
ここは現実で、エロゲーの世界じゃない。

だから、言える事はこれだけだ。。

「ねぇ、京介」

「ん?」

「ありがと、ね。いつも助けてくれて……」

「…………っ!?」

目が飛び出そうな勢いでこっちを見る。
さっきよりも信じられない、見たいな顔して。
す、すっごく腹が立つんですケド……。

「お、おう、ど、どういたしまして」

「動揺しすぎでしょ?あんた」

思わず吹き出してしまう。
慌てる情けない姿も随分と見慣れたものだ。
あたしがお礼をしただけでこうなるのは気になるけどね。

「こう見えてもホントに感謝してんだからね?」

「イマイチそうは見えんけどな」

「いちいちうっさいのよ、あんた」

「あれ?やっぱ貶されてる……?」

「さぁねぇ〜」

こんな調子で会話が止まらない。
気付いたらもう、日が暮れていた。

「もうこんな時間か」

「真っ暗になってんね」

「そろそろ帰るかぁ」

「うん……」

「なんか今日、お前……変じゃね?」

「は、はぁ?意味わかんないし」

「なんつーか、やけに素直っつーか……」

「問題あんの?てか、あたしはいつも素直だし」

「……そうかい」

呆れているような諦めているような、そんな表情。
でもそんな表情が、いつだって優しい。

「なあ、桐乃?」

「なに?」

「さっきさ、俺に礼をしてきただろ?」

「そ、それがなによ?」

「そんなの、必要ねぇと思うんだよな」

「……なんで?」

「そりゃあ、だってよ…………ん?」

「なによ?……って、京介?」

京介が立ち止まる。空を見上げて

「……懐かしいな」

「……え?」

「覚えてるか?桐乃」

「ん?何が?」

「あれだよ、ほら」

京介は空に指をさす。その先にあったもの。

「——“オリオン座”」

子供の頃、よく京介と見てた星座。
あの砂時計みたいな形が印象的だった。

「あぁ。ガキの頃、よく見てたよな?」

「あ、あんた、覚えてんの!?」

驚いた。そんな昔の事、覚えてたんだ。

「当たり前だろ?大切な思い出だよ」

「そ、そっか」

「てゆーか、お前も覚えてんだな」

「ま、まぁね」

「あの頃は仲が良かったよな?」

「うん、そだね」

「今もそこそこ仲はいいか」

「そっかな?」

正直、仲は良くなったと思う。
昔のように。ううん、ちょっと違う。
あたしの中では昔以上に……。

でも京介はきっと、あたしを妹だと認識している。
それが普通で当たり前なんだけど……。

「最近、よく思うんだけどさ」

「え?」

なんとなく、予感がした。

「俺達はさ、色々と遠回りしちまったけど」

「……うん」

その先の言葉が、怖い。

「ちょっと前まで“他人”だった俺達だけど、さ」

きっと京介の口から出てくる言葉は
いつかは聞かされるであろう、その言葉。

「時間はかかっちまったけど——。
今はまた“兄妹”に戻れた気がするんだよ」

「だから桐乃。困った時はいつでも俺を呼べよ?」

「……え?」

本当は分かってた。こうなる事を。

「俺はお前の“兄貴”だからな」

「……うん」

それは京介がさっき言いかけた答えでもある。

「“兄貴”が“妹”を守るのは当然だろ?」

京介からの兄妹宣言。それは絶対的な言葉。
あたしにとってこの真実は、なによりも残酷だ。

「さて、早く帰らねぇと」

「…………」

分かってた事なのに、頭では理解してたのに。
なんで、なんで、こんなに……。

「桐乃?どうした?」

「あたし、ちょっと寄る所があるから先に帰って」

今は、一緒にいられない。
きっと京介を困らせるから。

「親父に怒られるぞ?」

「大丈夫。すぐに帰る」

「そっか。気を付けて行けよ?」

「うん」

歩き出す京介の後ろ姿を
あたしは黙って見つめていた。
そして————。

「……綺麗だな」

目から溢れ出す何かを誤魔化すように
あたしは夜空を見上げる。
あの星達と同じで、距離を置かないとダメなんだ。

「これが、普通なんだよね……?」

兄妹という一線を越えて、この感情を抱いてしまった。
兄であり、恩人であり、それ以上に大切な存在。
絶対に困らせる事はしたくない。

だから。

京介があたしを兄妹としてみるなら
あたしも——。

「うん、分かってる」



——あたしも、京介を兄妹として、
兄貴としてみなきゃいけないよね?

過去の記憶が鮮明に蘇る。

退屈だった日常を楽しいものにしてくれた。
あたしの趣味を批難する両親から守ってくれた。
ケンカしてしまった親友と仲直りさせてくれた。
悩んでる時は遠くまで駆けつけてくれた。
あたしのワガママにいつも付き合ってくれた。

今でも思い出せる。
いつだって助けてくれた事を。

「バイバイ。“京介”」


それは、決別の言葉。

言わなかった。言えなかった。
あたしの京介へのこの想い。
叶わなかった、この想い。

でも、今日でお終い。
だから最後に一度だけ言わせて。
京介。あたしはあんたがね——。

「————大好きでした」


“あいつの知らない、あたしだけの秘密”

明日からは妹として、たっぷり甘えてみよう。
いつも以上にワガママを言ってやろう。
渋々でも、あいつはあたしに付き合うの。

それが“兄妹”ってもんでしょ?


滲んで見えない星達に
——あたしは——そう誓った。

以上になります。この話を使って桐乃ルートも書きたい今日この頃。
ちなみにタイトル及び内容は「君の知らない物語」です。
ありがとうございました!

読んで頂いた方から反応をもらえると励みになります!
桐乃ルートは個人的にもかなり書きたいと思っていますので
変わらず稚拙な文章ではありますが、完成したら投下したいと思います。
ただ、別に一つ手を付けている作品があるので遅くなるかもですが……。

おい別の作品はなんだ教えろ下さい

>>40
某所で投下したあやせルートのお話です。
それを手直しして書き直してる最中なんですけどね……。
ぶっちゃけ言うと、SSは書き始めて日が浅いので
期待できるものでないと思いますよ?

見ている方はいないかもですが、投下させていただきます。

・桐乃「あいつの知らない物語」の京介視点のお話。

・ちょこちょこと更新する予定。

・内容が多少変わっているのでタイトルの追加。

・原作10〜11巻は無かった事に。

以上を踏まえた上でお暇な方はどうぞ。


——今日のように星が瞬くこんな夜は、いつもあの頃を思い出す。
この冷たい空気の中、ガキの頃はよく二人で外に出てたもんだ。

二人で過ごした何気ないあの瞬間が
俺には一生記憶に残るような気がしたんだよな——。


【始まりへ向かう終わりの歌】


この俺は至って平凡な人間である。
普通に生きて普通に暮らす。実に理想的じゃないか?

そりゃあ昔からそう思っていたかと言えばそうでもない。
ガキの頃は自分は何でも出来る非凡な存在なんだと思ってた。
けどそれは大きな間違いで、自分の勝手な思い込みだったんだよな。
それに気付いてからは、ただただ平凡に生きようと決めた。

しかしその平凡な俺にも、一つの“悩み”があった。


季節は冬。十二月中旬。
くそ寒い季節がやってきてしまった。
冬といえば去年はこの時期、あいつと2人っきりで
街中を散策したっけ?自作小説の取材とかで。
今思えばコキ使われてただけの気もするが……。

とはいえ、あれからもう一年も経つのか。
平凡を愛する俺にとって実に濃い一年だったと言える。

「ふぁ〜……」

時刻は午後八時。
俺は今、真面目にも部屋で勉強をしている最中だ。
最近は毎日毎日、勉強して過ごしているな。
受験生の辛いところだと本気で思う。

そういや、あいつも受験生のはずなのに勉強してんのか?
そう思ってチラ、とあいつの部屋へと目を向けた。

『うひゃぁ〜〜〜!うへへへへへへぇ〜〜』
「うおっ!?」

してなかった!!
隣から突然聞こえた奇声にビビッてしまう。
あの野郎、またエロゲーではしゃぎやがって……。


「おい桐乃!うるせぇぞっ!」

壁越しに怒鳴りつける。
部屋の壁は薄いので、大声を出せば聞こえてしまう。
それもまた辛いところではあるな。

「…………」

……ん?いつもなら俺が怒鳴ればあいつも何か
怒鳴り返すはずなんだが……?

『あ〜〜もうあたし、死んでもいいぃ〜〜〜〜っ!!』

……ちくしょうっ!浮かれてやがる!ムカツク奴だっ!!
こっちは勉強中だってのに余裕かましやがって!
俺の声も聞こえてやしねぇ!!

「仕方ねぇな……」

直接あいつの部屋に行ってくるか。
ビシッと言って兄の威厳を見せ付けねばな。
やれやれ、めんどくせぇ。


桐乃の部屋に行こうと自室のドアに手をかけた所で、ふと思う。

俺達二人は一時期、“他人”に近い関係になっていた。
互いに無視しあい、ろくに会話すら無い関係。

一年半ぐらい前の“ある偶然”から
俺は桐乃から“人生相談”を受ける事になった。
それがきっかけとなり、いくつかの人生相談を経て
今の関係に至っているわけだ。

“他人”だった、完全に冷えきった関係だった俺達が
現在は互いの部屋を行き来するぐらいの仲には戻りつつある。
“兄妹”なんだからそれぐらい普通なのかもしれないけど。
それでもあんな関係からよく持ち直したもんだと思う。

「兄妹、ねぇ」

なんだろうな?兄妹と言われてもしっくりこない。
もちろん他人か、と聞かれれば答えはNOだ。
だがいつからか俺は、この二文字に嫌悪感を持ってしまう。
納得できない。納得したくない。そんな感じだ。

まあいい。とりあえず今はやかましい妹を止めに行かねば。


「桐乃ー。入るぞー?」

返事も聞かずにドアを開ける。
中には机に向かってエロゲーをやってる桐乃がいた(ヘッドホン付)
ほらな?予想通りだった。

「…………」

「うん……うん……」

「…………」

「……グスッ……」

「…………」

「……ズズッ……」

「…………」

先程とは違って随分と静かになっている。
どうやらシリアス展開を迎えているご様子だ。
パソコンに向かって相槌を打ち、鼻を啜っている。
今日の俺には、何度も見ているはずのこの光景が
…………虚しく感じた……。

「……おい」

「あだっ!?」

俺に気付かないようなので頭にチョップを食らわせた。
驚き振り返る桐乃と俺の視線が交わる。

「あ、あんた!なにしてんのよっ!?」

目は真っ赤になって涙が溜まっている。
あとついでに、少し鼻水が垂れていた。

「お前の声がうるさくて勉強に集中できねぇんだよ」

「はぁ?自分の不出来をあたしのせいにしないでくれる?」

こ、こいつ……!ぶっ飛ばしてぇっ!!
……いかん!冷静になれ!ここはビシッと言わなければ。

「あのな、桐乃。確かに俺は不出……」

「うっさい」

俺の発言はこいつによって一蹴された。
さようなら。冷静。さようなら。兄の威厳。

「て、てめぇ!人が下手に出てりゃあ調子乗りやがって!」

「さっきからなんなの?用事でもあんの?今いいとこなの」

「お前の声がやかましい言ってんだろ!?」

「あんたのほうがやかましいケド?」

「ほっとけやっ!!」

こんなやり取りが日常茶飯事な俺達。
だけど不思議とこのやり取りが嫌いじゃないんだよな。
むしろ……まぁ、嬉しくもある。……Mじゃないぞ?


「まぁいいから。ちょっとこっち来てよ」

「あぁ?」

「ほら、早く!」

そう言って椅子を用意し、桐乃の隣へ座る。
最近はこんな事が多い。前までは俺が部屋に入るのも
かなり嫌がってたのにな。随分と丸くなったもんだ。

「見てよコレ!かわいくない!?」

「…………えぇ?」

パソコンの画面に指を差して言った。
映っているのはエロゲーのCG。

「この子のルートがマジ泣けるんだって!」

「そ、そうか……随分と興奮してるな……」

「あ、やばい……鼻血……」

……女としてそれはどうなんだよ?
俺はごく普通な男子高校生だ。
嗜む程度にはエロゲーだってやるさ(こいつのせい)
しかし妹と一緒というのはいまだに抵抗がある。


「……と、いうわけで」

「…………あ?」

「このゲーム貸してあげるから」

「なんで?」

「わかんないの?クリアしろって言ってんの!」

どうやら強制のようだ。
話しの展開の早さについていけない。

「あのな?俺って一応、受験生なんだけど?」

「それがなによ?息抜きぐらいすんでしょ?」

「勉強の息抜きがエロゲーかよ……」

「いいじゃん?それ、マジで神ゲーだし!」

まったく、この妹様は……。
頭の中はエロゲーでいっぱいか?
随分と余裕なもんだな。

「……そういえばお前、受験勉強しねぇの?」

「……っ!?」

桐乃の動きが止まる。
ん?なんだ?


「というより、進路どーすんだよ?」

「えと……」

「前にも聞いたが、そん時は秘密だって言ったよな?」

「ま、まぁそうだケド……」

「そろそろ教えてくれても良いんじゃねーの?」

「……それはー……」

なんでそんな言いにくそうなんだ?
どうせどっかの進学校に行くんだから隠す必要もないだろ?

「……ま、まだ秘密っ!」

「あぁ!?何で隠すんだよ?」

「うっさい!乙女の秘密を探ろうなんて、デリカシーなさすぎ!」

お、乙女っ!?誰がだよ!?
俺を笑い[ピーーー]気か!?
大体、乙女がエロゲーなんてやらねぇだろ!


「……やれやれ」
「な、なによっ!?」

「別に?てかそろそろ部屋に戻るわ。静かにしてろよ?」

「いちいちうるさいなー。早く帰れば?」

こいつもいちいち一言多いやつだ!いつもの事だがな!

「あと、コレね?」

そう手渡されたのは、桐乃がやってたエロゲーだった。
マジか。本気でやらせる気かよ……。

「一週間あげる。それまでにコンプすること!いい?」

「……わ、分かった」

何を言っても無駄なのは経験上心得ている。
とりあえず素直に受け取っておくことにした。
正直、めんどくさい。
……さて、気を取り直して勉強すっか。


『見ろよ桐乃』

『え?どれぇ?』

『あの星だよ』

『あのさんかくの?』

『そうそう。あれ、オリオン座っていうんだぜ?』

『へぇ〜、そうなんだぁ!』

『しかも冬にしか見れないんだよな』

『お兄ちゃんはなんでもしってるね!』

『当然だろー!俺だからな!』

『うんっ!』

これは俺達がちゃんとした兄妹だった頃の記憶。
よく二人で外に出ては夜空を眺める事もあった。
あれから随分と時間が経つ。こんなありふれたような記憶が
俺はずっと、忘れられないでいた。

ここで一旦切ります。


「——はかどらねぇ〜……」

余計な事を考えてたら勉強に手がつかなくなっちまった。
くそ、なんか小腹が減ってきたな……。
下に行って食いもんでも探してくるか。

「お袋〜。なんか食うもんある?」

「なにもないわよ?」

「まじかよ……」

リビングに入った俺への母上からの一言である。

「あらなに?お腹空いたの?」

「少しな」

「困ったわねぇ。丁度、食材切らしちゃってるのよ」

「まぁいいや。ちょっとコンビニ行ってくるわ」

「あらそう?気を付けて行くのよ?」

「へいへい」

やれやれ。財布を取りに戻らなきゃな。
ついでに上着も取ってこねぇと。


「京介」

リビングから出ようとした俺に届く渋い声。

「なんだ?親父?」

「……ちょっと、こっちに来い」

おいおい。まさかこんな時間に外出するなとか
言うんじゃないだろうな?
もう高校生なんだぜ?勘弁して欲しいものだ。

「……お前に聞きたいことがある」

「俺に?」

「あぁ。桐乃のことだ」

親父の顔は真剣そのものだ。
迫力のある顔がさらに増して……怖すぎる。

「どうした?」

「いや、なんでも……」

妙に緊張してきてしまう。何を聞かれるやら……。


「……最近、桐乃に変わったことはあるか?」

「……変わったこと?」

「そうだ。どうもあれの様子が気になってな」

「?どう気になってんの?」

親父の言いたい事がよく分からなかった。
あいつが変わってるのはいつもの事だろ?
いつも通り馬鹿にされっぱなしだったんだぜ?

「こう、落ち着きがないというか、浮かれているというか……」

「……ごめん親父。そんな印象これっぽっちも無いわ」

あるわけないだろ。

「そ、そうか。ならいい」

漫画なら俺の頭には?マークが浮いてるなこれは。
一体なにが言いたかったんだ?

「あらあら。お父さんたらねぇ〜」

「お、おいっ!」

疑問符を浮かべる俺に、お袋が話しかける。
親父はなんか……焦ってた。


「桐乃の様子がおかしいから、彼氏が出来たんじゃないかって
ずっと言ってるのよ?」

「……彼氏が?」

「……余計なことを……」

「親父……」

娘に彼氏が出来たかもって不安になってんのかよ!
驚かせやがって!緊張して損したわ!!
……そういやこの人、偽彼氏の時に部屋に引きこもってたもんな。
いやまぁ気持ちは分かるけどさ。

「なんだその目は?」

「なんでもないっす!」

「だが、お前が分からないなら大丈夫だろう」

「お父さんが本人に聞けばいいのにね?」

「母さんは黙っていなさい!」

「ふふっ、分かりました」

「……全く」

今度はなんか安心した様子だ。
心の中で苦笑してしまう。


「でもあたしも、お父さんみたいな心配はしてないけど……」

「べ、別に心配などしていない!」

「あらそう?誰かしら?あたしに散々、桐乃のことを……」

「京介。出かけるなら早めに帰るんだぞ?」

お袋の言葉を遮って話しを逸らそうとする親父。
ごめん。もう手遅れだから……。

「あ、あぁ。……で、お袋。心配してないけど?」

「そうそう。あたしも桐乃の様子は変だと思うの。少しだけね?」

「お袋も、か?」

「あの子も楽しそうにしてるからそっとしておこうとは思うんだけど」

両親揃って同じ意見か。
全くそんな感じはしないと思うんだけどなぁ。

「あ、もしかしたら好きな人はいるのかもねぇ〜?お父さん?」

「……ぐっ……」

意地悪そうな顔でお袋は親父に言った。
もうやめてやれよ。親父、泣きそうだぞ?

「ふ〜ん。それとなく桐乃に聞いてみるわ」

「……京介」

「え?」

「…………頼んだぞ」

親父の声は、いつになく力がこもっていた。
どんだけだよこの人!


二階に戻った俺は桐乃の部屋の前に立っていた。

「“彼氏”……か」

この言葉が引っかかっていた。
あの偽彼氏騒動の時も“複雑”な気持ちはあったが今は違う。
絶対的な“嫌だ”という、明確な意思が俺にはある。
彼氏なんか作って欲しくないという意思が。

親父の勘が当たっていたら困りものだが
心配もしてるし、一応話は聞いておく事にするか。

「おい桐乃ー。コンビニ行くけど欲しいもんあるかー?」

とりあえず物で釣ろうと考えた。
……しかし返事がない。まだエロゲーやってんのか?
と思っていたら少しだけドアが開かれる。

「あ、あたしも……行く」

ドアの隙間から片目だけ覗かせながらそう言う。
珍しい事もあるもんだ。いつもなら命令されるのに。

「そっか。支度できたら呼んでくれ」

「分かった」

事務的な会話でその場は終わる。
機嫌悪くねぇか?いや、だったら行くなんて言わねぇか。
イマイチよく分からん。


…………遅い。
たかがコンビニ行くぐらいで時間がかかりすぎだ。
あれから十分以上は過ぎている。
女の身支度は時間がかかるというが、コンビニだぞ?
これ以上はもう待てん。

「まだかー?早く行こうぜ?」

『今行くー』

「……ったく」

どうやら準備ができたようだ。
長いこと待たせやがって。

「お待たせー」

中から着替えを済ませた桐乃が出てきた。
うんうん。流石はモデル。服装もなかなか立派だ。
ほんのりメイクもしてやがる。

「……って、何で着替えてんだ?」

外出用の服装に着替えてやがった。
いや確かに外出するけども。こいつのそれは
完全に友達と遊ぶ時用というかなんというか。
ちょっと外に出るだけ、には相応しくはない……と思う。
そんなオシャレな格好だ。


「ナニ?そんなのあたしの勝手でしょ?」

「そりゃそうだが……」

俺なんかジャージ姿だぞ?
何でお前はそんな気合入れた格好なんだよ?

「へへ〜。どーよこの服?超可愛いっしょ?」

買ったばっかなんだよねぇ〜。と笑顔で見せびらかす。
そんな桐乃の表情はとても、眩しかった。

「————っ」

——それと同時に自分の中で、ドクンと跳ねる鼓動。
それが何なのか……俺は知っている。

「あ、あぁ。似合ってるぞ?」

——“兄妹”という言葉に納得したくはない理由も
……本当は分かっている。

「……なんか素直じゃん?」

——だけど認めるわけにはいかない。

「ま、シスコンだから仕方ないっか?」

——自分の中に芽生えているこの“感情”を
認めてしまう事が怖いからだ。

「……ほっとけ」

——この感情は、“普通じゃない”から。


——きっかけはこいつの人生相談。
でもこの気持ちをいつ抱いたのかは分からない。
なんでこうなってしまったんだろう。

この一年半以上にもなる間、色々な事があった。
俺は桐乃の人生相談を何度も受けてきた。
随分と理不尽な目にも遭ったとは思う。

最初はただ何となくだった。
こいつの人生相談を受けていくうちに
いろんなこいつの表情を見てきた。

他人であった時期が無ければ、こうならなかったと思う。
だが、もう手遅れだ。もう気付いちまった。
それが日に日にでかくなり、俺を悩ませる。
常識を考えれば当然悩む事だ。

ここは現実で、エロゲーの世界じゃない。


「寒ぃ〜……」

俺達はコンビニへと向かっていた。
やはり夜はかなり冷え込む。
もっと厚着してこりゃ良かった……。

「つーか何で付いて来たんだ?」

「なんか理由がないとダメなの?」

「そーじゃねぇけどさ」

「じゃあいいじゃん」

いつも通りの桐乃節である。
我を通すそれは相変わらずだ。

「あんたこそ、こんな美少女と一緒で嬉しいくせに」

「……そ、そうっすね」


自分で言い切る辺り、流石だと言っておこう。
こりゃ親父の心配も杞憂で済むんじゃないか?
何も変わったところはないぞ?

「〜〜〜〜♪」

「…………」

……いや、浮かれているという意味では
確かにおかしいような気がしてきた。
鼻歌なんか歌ってるし。

「にしてもお前、なんか楽しそうだな?」

「そう?気のせいじゃない?」

「ふ〜ん」

……どうも気になるな。
とりあえず探りを入れてみるか。


「な、なぁ。桐乃」

「なによ?」

「最近、変わったことでもあったか?」

「はぁ?ナニそれ?」

「例えばその、彼氏ができた……とか?」

「…………はぁっ!?なに言ってんのあんた!?」

もの凄い剣幕で詰め寄ってくる。怖い。
てか声がデケーよ!時間を考えろ時間を!

「た、ただ聞いただけじゃねぇか。怒るなよ……」

そもそも何でそんな形相になるわけ?
般若みたいになってんぞ……?

「あ、あんたが変なこと聞くからでしょ!?」

「べ、別に変じゃないだろ……」

「うっさい!あたしに彼氏とか?バッカじゃないの!?」

なんで俺がこんなボロクソに言われにゃならんのだ!
親父の心配も考慮して聞いただけなのに……。


「……いい?この際だから言っておくけどね」

「は、はい」

「あたしは別に彼氏なんか欲しくないの」

「そ、そうですか」

「あたしにはね、可愛い妹がいれば充分!!」

「いもうと?……お前……まさか……」

「そう!家であたしの帰りを待ちわびてる妹達っ!」

「…………」

エロゲーかよ!
こ、こいつ、いよいよヤバイんじゃないのか?
彼氏の前に医者じゃないかと心配になってきた……。

「だからあたしに“そんなこと”聞かないで!いい!?」

「わ、分かったよ。たださ、親父もお袋もお前を気にしてるぞ?」

「……え?」

「妙に元気だから好きな人でもできたんじゃないかってさ」

「…………そっか」

「……?」


そこで話は終了した。目的地に着いたからだ。
何しに来たんだか忘れちまったよ。

「あたし、何しに来たんだっけ?」

「そんなん知るか!」

ま、いっかと店内を見て回る桐乃。
こいつの行動はよく分からんことが多いな。
なんの理由も無しに付いて来るとは思えんのだが。

「京介。コレ買って」

「あん?」

渡されたのはファッション雑誌。
こいつ、これを買わせるために来たのか?


「別に良いけどよ。これ買いたいだけだったら
俺に頼んどきゃ、わざわざ来る必要もなかったんじゃねーの?」

「……あんたに頼んだら違うの買ってきそーだし?」

「なるほどね」

どうやら信用されてなかったらしい。
まぁ、こんなに種類が多いと間違える自信はある。

「っと、食い物買いに来たんだったな」

「あんた、そんなことも忘れてたの?」

「お前にだけは言われたかねーんだけど?」

「あたしは可愛いから良いの。あんたはダメ。京介だから」

何言ってんだこいつは?
にしても何を食おうか悩むな。
なんか食欲が無くなった気がする。


しかしここまで来た以上は
何か買わないと気がすまない。

「……肉まんでも買っておくか」

「こんな時間に食べると太るよ?」

「別に少しなら構わねぇさ」

「いいよねぇ。モデルやってるとそんなこと言えないし」

「お前は少しぐらい太れよ。細すぎんだよ」

「……あ、あんたは、その方が良いと思う?」

「ん?まぁ、そうかな?」

「そ、そう……」

「……ん?」

どうも何かがおかしいような……。
こっちの調子が狂ってくるわ。

「とにかく買ってくか」

本来の目的である食料と雑誌の精算を済ませる。
買って気付いたけど、ファッション誌って地味に高いのな。
この薄さでこの値段はちと割りに合わないんじゃないか?


「……美味い」

帰り道。俺は買ったばっかの肉まんを頬張っていた。
寒い日のこれは格段に美味さを増す気がする。

「あんた、顔キモいんだけど……」

「お前!いきなり傷付くようなこと言うなよ!」

「肉まん一つで幸せそうな顔しちゃってさ……」

余計なお世話だっつーの!
美味いもん食ってる時は誰だって幸せを感じるだろ?

「へいへい。俺は単純だからな」

「うん。知ってるケド〜?」

「……じゃあお前は、どんな時が幸せなんだよ?」

「え?あたし?」

どうせエロゲーやってる時だろ?
おもいっきり鼻の下伸ばしてるからな。
あの締まりのない顔ときたら目も当てられん。


「うーん。なんだろね?」

「へ?」

「なによ?」

「てっきりエロゲー、なんて言うかと思ってさ……」

「……間違いじゃないけど、何か違うってゆーか……」

まさに予想外な事だ。
あの桐乃だぞ?エロゲーを愛してやまないこいつが
「何か違う」って言いやがったぞ!?
こりゃ明日は大雪が降るかもな。

「あたしさぁ、時々思うんだよね?」

「なにをだ?」

「幸せって言葉はさ、口にするのはすごく簡単だけど、
それって本当の幸せじゃないと思うの」

「どーゆーことだ?」

「簡単に出ちゃうものほど偽物なんだよ、きっと」

「……偽物?」

えらく哲学的な事を言い出した。
どうしたんだ?キャラじゃないだろ?
いつも楽しそうにしてるじゃないか。


「なんていうかな?楽しい、とかそんな感じ?
ただそれだけで幸せを感じる人は多いと思う」
「それじゃダメなのか?」

「ダメ。そんな軽々しく口にしていいものじゃないから。
……ま、あんま人のこと言えないけどねぇ」

少なくとも桐乃の中ではこんな見解らしい。
分かるような分からんような……。

「あたしも何回も口にしちゃってるから……」

「ああ、確かに……」

主にエロゲーやってる時は頻繁に言ってる。

「……本当の幸せは、そう簡単にはなれないし
きっと言葉にも出来ないんだぐらいのことなんだよ」

「…………桐乃」

難しい話だ。人のよって全然違う意見も出るんだろうな。
少なくとも俺は、そこまで深くは考えた事は無い。
……幸せ……ね。


「じゃあ、お前は本当の幸せってのにどうしたらなれるんだ?」

「……んー……それは〜……」

「なんだ?」

「ちょっとした条件をクリアしたらかなぁ……」

「条件?」

「……あたしが幸せになるための条件」

「ならそれを教えてくれよ?」

「……えーと……んー……」

「…………?」

なかなか言い出せずにいる。
あるんだったらすぐに言えるもんだろ?
めちゃくちゃ気になるじゃねぇか。


「どうした?」

「ば、バカにしないって約束する?」

「なんだよ急に?」

「いいから!約束するなら教えたげる!」

「はいはい。バカにしたりしねぇよ」

こんなやり取り、前にもあったような……。
気のせいだったか?

「んじゃあ教えたげる。あたしが幸せになる条件は……」

「…………」

さて、どんな答えが出てくるのか。
期待と不安でいっぱいになってきた。
どちらかといえば不安の方が大きいが。


桐乃の幸せになる条件。それは————。

「……自分の願いが叶ったら……かな?」

思わず目が丸くなる。
意外とまともだった事に驚いた。
まさかこんな乙女チックな内容だとは。
もっととんでもねぇもんだと思ってたのに。

「へぇ。そりゃどんな願いだ?」

「ふっふーん。そこまでは教えなーい!」

「……言うと思ったよ」

そんな甘くないのは百も承知さ。
こいつの性格を考えてみりゃ分かりきってる。

「ナニ?気になっちゃう?」

「……別に?」

もちろん、気にならないといえば嘘になる。
ここで詮索しても意味が無いだろうと結論付け
諦める事にする。


他愛も無い会話を続ける俺達。
ふと、空を見上げる。

「…………」

そこには満天の星が広がっていた。
それはいつか二人で一緒に見てた光景。

「ねぇ京介」

「ん?」

いつも一緒だった俺達は一度すれ違って
随分と長い時間、距離の開いた関係になってたけど、
今はまたこうやって一緒にいる。

「あんたはどうすれば幸せになれる?」

それは桐乃の言う、“偽物”じゃない方の幸せだよな?
簡単になれないってのは俺も同じ意見だ。


「……そうだなぁ」

あまり考えた事は無いが、答えはすぐに出た。
俺がこいつに言える、俺が幸せになる条件。

「自分の願いが叶ったら……だな。教えねぇけど」

「…………ケチ」

その内容は言えるわけがないだろ?
俺がこの時、何を考えたと思う?

「さ、早く帰るぞ?」

「はいはい。お父さんに怒られるしねぇ」

「そーゆーことだ」

もし願いが叶うなら、こんな時間がずっと続けばいいのに。
なんて、クサイ考えが思い浮かんじまったんだよ。

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