タイムスリップの夏 (36)
「負けた奴は罰として好きな女の子に告白すること」
今時中学生でも面白がらないような罰ゲームである。だが、そういう訳でもう高校も二年生になるというのに、友人たちとの勝負に負けた中川秀一は昼休みの屋上にかねてからの想い人である坂上瑠璃子を呼び出すことになった。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1384246956
夏の残滓がまだ色の濃い屋上で、水を打ったように静まり返る屋上で、中川は静かに心臓の鼓動を加速させていた。
「やめときゃよかった」
中川は口の中でそう後悔した。最初にやろうと言い出したのは[禁則事項です]だった。今にして思えば実に下らないゲームである。
「小便のキレが一番悪かった奴は罰ゲームな」
アホだった。だが他にやることもなかった。とにかく暇だったのだ。中川をはじめ連れたってトイレに赴いた四人の男子高校生は、この実に下らないゲームに嬉々として賛同した。
こうして、四人はちょうど四つの小便器に横一列にきれいに整列して、ほぼ同じ手つきで制服ズボンのチャックを下ろし、[禁則事項です]の掛け声と共に放尿を開始した。
一番最初に水洗ボタンに手を掛けたのは[禁則事項です]だった。所要時間たったの十秒。世界記録にも手が届こうという好タイムである。それというのも、[禁則事項です]はこの勝負を見越して先にトイレを済ませてきていたのだが、当然他の三人はそれを知る由もなかった。
それから二着、三着とテンポよく水を流した。記録は実に三十秒と三十二秒弱。その平均的記録に、二人の男子高校生はなぜか少し不満を感じながらも罰ゲーム回避にそっと胸を撫で下ろした。
そして、一分と十二秒。五十メートル走を二桁のタイムで走る[ピザ]を見るような目つきで、三人は中川を僥倖した。中川のキレは今シーズン最低の不調だった。上司との飲み会で酔っ払った新人社員が最寄駅のトイレでするそれよりも、キレは鈍かった。
「おせーよ」
狭いトイレに声が響く。[禁則事項です]だった。
「でも、これでお前罰ゲーム決定な」
謎の悔しさと敗北感が体中に渦巻くなかで、中川はむんずとズボンのチャックを上げる。
「何すりゃいいんだよ」
不満たっぷりに、[禁則事項です]に視線を投げる。そんな中川をよそに[禁則事項です]たちはトイレの洗面台の前で鳩首凝議に興じ、やがて「よし、それで行こう」と三人同時にうなづいた。
「お前さ、今から坂上に告れよ」
は? 一瞬時が止まった。中川はうろたえた。
だがそれも無理はない話なのだ。それというのも、[禁則事項です]はよく中川や他の友人を誘ってはこの手の「罰アリ、反則アリ、何でもアリアリのルール無用」のしょうもない賭け事を仕掛けることが多いのだが、これまでにおいての大抵の罰ゲームは、やれジュースを人数分買ってこいだのやれ禿げた担任に「それはヅラですか?」と聞いてこいだの、思春期の男子特有の可愛げのあるものばかりだったのである。
それがどういう風の吹き回しか。急に「好きな女の子に告白してこい」である。普段の罰ゲームとのギャップに、中川が半ば思考停止に陥るのも理解できよう。
「待てよ。いきなりヘビーすぎんだろ」
ようやく中川が異議を申し立てた。しかし、[禁則事項です]率いる三人の裁判官はすぐさま却下した。
「駄目だ。もう決定したことだからな。中川、今から告ってこいよ。そんで、砕けて来いよ」
振られる前提で物言う[禁則事項です]に少し腹立たしさを覚えながら、それでも中川は反撃する。
「いやいやいやいや。いくらなんでもそれは」
「ゴタゴタいうなよ。ほら、行った行った」
三人に無理やりトイレの外まで引きずられ、勢いよく背中を押されながら、
「場所は、――そうだな、屋上がいい。鍵は開けといてやるから、そこに坂上連れて来い」
本気かよ? とまだ冗談半分で話を聞く中川の顔を真っ直ぐに見据えて、[禁則事項です]は冷ややかに笑い、
「もしやらなかったら、その時はわかってるよな」
わからなかった。不思議と(ゲームの内容自体が軽いものだったからだろうが)これまで罰ゲームをサボったヤツなど一人もいなかったのだから。だから、罰ゲームを受けなかった人間を中川は知らなかった。
[禁則事項です]の右隣で偉そうに腕を組んでいたもう一人の友人(記録三十秒)が中川に言って聞かせるように嫌みったらしく、
「この前さあ、いたんだよね。罰ゲームすっぽかしたやつ。ほら、二組の山本知ってるだろ? あいつが先週ゲームに負けて、罰を受けるはずだったのにおれは知らねえとか言って帰りやがったんだ」
そこで一拍置いて、再び勿体付けるような口調で、
「そんでそれから三日間、山本は学校休んだ。何があったのか、俺の口からはとてもじゃないけど言えねえな」
ごくり。中川は無意識に喉を鳴らした。[禁則事項です]の左隣で天然パーマの髪の毛を弄っていたもう一人の友人(記録三十二秒)が、口を開く。
「あれは、おそろしい出来事じゃった」
山籠もり歴三十年の仙人のような口調で、ぽつりと言い放つ。中川の背中を得体のしれない汗が走った。
もはやイジメだ。中川はそう思った。さっきまでの[禁則事項です]たちとは違う、もはやたちの悪い児童漫画なんかに出てくるガキ大将だ。おれのものは、こいつのものなのだ。
だが、中川は落ち着きを取り戻し始めていた。[禁則事項です]との付き合いは、高校入学からではあったが、それなりに長かった。
「そんなこと言って、お前らホントはからかってるだけだろ」
[禁則事項です]は吹きだしたようにふひひと笑った。両脇の三十秒と三十二秒もつられたように笑う。
「ばれたか。でも、山本が罰ゲーム投げたのは本当だぜ? だから、体育の時間中にあいつの制服を隠してやった」
三十秒が補足する。
「その後あいつは体操着で昼休みまで過ごしたらしいぜ。でも、次の日には元気で学校に来てたけどな」
三十二秒が続いて、
「その後ちゃんとジュースもおごってもらったし」
「一件落着ってわけだ」
ちゃんちゃん。[禁則事項です]がニヒルに笑う。その笑みに中川が安堵していると、
「でもよ。お前さ、ホントに坂上に告白してみろよ」
またその話か。中川は高校一年の時の林間学校二日目の夜のテントで、[禁則事項です]にその話をしたことを心の底から後悔していた。それ以来というもの、何かにつけてはそれダシにからかわれているのである。
でもよ。お前さ、ホントに坂上に告白してみろよ」
またその話か。中川は高校一年の時の林間学校二日目の夜のテントで、[禁則事項です]にその話をしたことを心の底から後悔していた。それ以来というもの、何かにつけてはそれダシにからかわれているのである。
「するにしても、罰ゲームで告白なんか嫌だよ」
それは相手にとっても失礼だ。と、中川は思う。告白するならもっとこう順序を決めて、
「罰ゲームにでもしなきゃ、おまえ坂上に告白しないだろ。いつまでじっと眺めてるつもりだよ? おまえそれでもチンコついてんのか?」
一理ある。不覚にもそう感じてしまった中川は慌てて、
「だから、このままじゃ終わらせないって何度も言ってるだろ。ほっといてくれよ」
そうなのだ。おれにはおれのやり方があるのだ。だが、赤子のように駄々をこねる中川に苛立たしさを感じたのか、[禁則事項です]の声にトゲが生える。
「駄目だ。今を逃したらおまえは絶対にこのまま終わる。わかったらとっとと屋上に行って来いよ。坂上もおれらが上手く呼んどくからさ」
我らは恋のキューピッド、と言わんばかりに三人は示し合わせたかのように動き始めた。まず三十二秒が中川の後ろに素早く回り込み両脇に腕を入れて力一杯落ち上げる。わずかに体の浮いた中川の足元をすかさず三十秒ががっちりと掴み、担架で人を運ぶようなフォーメーションが完成した。
「それではお一人様。屋上まで」
「あいあいさー」
がんばってなー。悪そうな笑顔で手を振る[禁則事項です]が、運ばれていく中川の視界の奥へと消えて行った。
それからまだ十分と経っていない。昼休みにしては妙に静かな屋上で、中川は体を強張らせていた。思えば中川は[禁則事項です]たちにハメられたのだ。三十秒と三十二秒の妙に統率のとれたチームワークと屋上の鍵を開ける手際の良さを目の当たりにして、中川はようやく理解した。
だが、心のどこかでほっとしている自分がいることにすでに中川は気づいていた。思えばこれまでの十七年間、恋愛経験など当然なく、青春らしい青春を謳歌できなかったくそったれの人生だった。しかしそんなクソまみれの日常に、ようやく春が訪れるのかもしれないのだ。
当然の如く、期待は胸を高鳴らせていた。それどころか、告白して付き合ってデートしてその後にそういう関係になった時のことを想像して、中川は股間を隆起させてしまっていた。思春期真っ盛りの男子の想像力というのは、まったくとどまることを知らない。体中からあふれ出る、イカ臭いリビドー。
おれは阿呆だ。中川はしばし自己嫌悪に陥った。屋上で一人、何を舞い上がっているのだ。「静まれ」ささやくように、中川は自分に言い聞かせた。
生暖かい風が、屋上を洗うように吹き抜ける。もうすぐここにあの坂上瑠璃子がやって来る。
話したことなど、ほとんど無かった。でも、可愛かった。とびきりに可愛くて、長い髪はつやつやで、目の前を通り過ぎるとわずかにいい匂いが香って、その度に硬くなった。
でも、勝算はあった。それは確率にしてしまえば何万何千分の一であったが、数字など今の中川には関係なかった。
ごくり。唾を飲んで、中川は己が炎を静かに燃やした。台詞は、何でもいい。ベタに「好きです、付き合って下さい」でもいいし、変化球で「今から君のために愛を唄うよ」でもいい。……。冷静に考えて、それはないなと思い至る。
がんばってなー」
[禁則事項です]、おれがんばるよ。男になるよ。そう思っていた時だった、
がちゃり。
屋上のドアが開いた。心臓は爆発しそうな勢いで運動を始める。鼓動が耳にまで伝わる。顔は熱く、目玉が零れ落ちそうなぐらいの目力でそのドアの先を僥倖した。
ゆっくりとドアを開けて入ってきた。
大人だった。
坂上じゃなかった。
中川の周りの時が一瞬止まる。その直後に押し寄せるように深いため息が襲った。
「ビビらせんなよ」
心の底から口の中でそう呟いて、がっくり肩を落とす。見れば入ってきた大人は女性である。身長は中川と変わらないぐらい、顔立ち的には三十路ぐらいに見える。その女性は屋上に入ってきたかと思うと、ひっきりなしに首を回して何かを探すように周りをきょろきょろしていた。
あっ。
中川と目があった。とも思ったら物凄い勢いでその女性は中川めがけて走っていた。その女性の顔が近づくにつれ、中川はあることに気が付いた。
「泣いてる」
思わず口にした。そう、なぜかその三十路の女は顔面をくちゃくちゃにして泣いていたのだった。泣きながら、鬼気迫る勢いのまま中川めがけて思いっきり抱きついた。胸のあたりに硬いブラジャーの感触を感じた。女性は中川の肩に顔をうずめながら、
「うえええええええええん。あいだがったよおおおおおおおおお」
中川は、理解するのを止めた。
終わり。クソ駄文に付き合ってくれてありがとな~。
まあ、でも、楽し、かった、よね?
おいタイムスリップはどこに行ったんだ
>>32
読んでくれたのかあ。ありがとなー。
続きはあるんだけどクソ長いし禁則事項ばかりで読みづらいしなろうサイトにでもあげるわ。
続きの方はちゃんとタイムスリップものになってるよー。
>>32
読んでくれたのかあ。ありがとなー。
続きはあるんだけどクソ長いし禁則事項ばかりで読みづらいからなろうサイトにでもあげるわ。
暇でどうしようもなかったらちらっと覗いてみてねー。
what!?
とっととこのスレ消してくれ
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません