はぐれ勇者の幻想殺し 改訂版 (147)

はぐれ勇者の幻想殺しを加筆修正した改訂版になります。

といっても前スレで完結していたのは第1章までなので、基本的に第1章を書きなおしたという形です。

中身としては『とある魔術の禁書目録』と『はぐれ勇者の鬼畜美学』のクロスオーバー作品になります。

ただしクロスオーバーと言っても最初は序章でほんの少し交差するだけです。

基本的には『とある魔術の禁書目録』に基づく再構成になります。

ただし物語の時系列が大きく変化します。

前スレではハーレム色を含むと書いていましたが、基本的に上琴というカップリングが前提になります。

上琴が好きな人は安心して読んでいただけると思います。

また上琴以外にもいくつかカップリングが出てくる予定ですが、

基本的に王道なものだと思います(いわゆる余りものカップリングは出てこない)。

強い上条さんがコンセプトになるので注意してください。

その他に一部のキャラクターの設定が大きく改変。

上条さんが戦争というものを体験したせいか、シビアな性格になっています。

一応キャラ崩壊しないように気をつけるつもりですが。

これらの注意事項に嫌悪感を持たれる方は読まれないことをお勧めします。

前スレ
はぐれ勇者の幻想殺し
はぐれ勇者の幻想殺し - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1373469687/)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1384036670

序章 帰還編

「――うおおっ!? あぶ、危ねえっ! お前ら、俺達を殺す気かあぁぁ――――っ!!」

「っていうか、掠ったよ? 一歩間違えれば完全にお陀仏だったよね!? 何て言うか不幸だー!!」

 激しく無駄だと分かっていながらも二人の少年は叫ばずにはいられない。
 全力疾走しているためか、その叫びはドップラー効果を伴っている。
 東の空が白み始めた早朝、緑の木々が生い茂った深い森の中の出来事だった。
 凰沢暁月、上条当麻……これが少年達の名前だ。
 そして森の中には不釣り合いな紺と白の色彩で彩られた侍女服とレースのエプロンを纏った女性達がザザザザと小刻みな足音を響かせて二人を迫っている。
 二人に対する追手はメイドだ。
 更にメイド達が構えているものが、より一層その場の異彩を際立たせている。
 長剣、長槍、弓……メイド達の手にはまるで今から戦場に行くかのように様々な武器が握られていた。
 そしてそれらを使ってメイド達は暁月と上条に躊躇ない攻撃を加えてくる。

「夏の浜辺でこれをやれたら、さぞかし最高だろうな」

「こんなバイオレンスな追いかけっこがあってたまるか!! いくら相手が可愛い女の子達でも、とてもキャッキャウフフな雰囲気じゃねえぞ!! それに今は夏でもなければ、ここは海でもねえよっ!!」

 暁月の何処かずれた呟きに上条はツッコマずにはいられない。
 暁月と上条が出会って約五年……いつもこのようなやり取りが続けられてきた。
 それに暁月の言葉には季節や場所以外に根本的な問題がある。
 そもそもここはメイド達が往来する日本の秋葉原のような電脳街でもなければ、地球ですらなかった。
 異世界アレイザード――それがたった今、暁月と上条が大地を踏みしめている世界の名前だ。




 ――五年前、上条はどういう訳かこのアレイザードという名の世界に召喚された。
 そこで上条は同じ境遇の暁月と運命的な出会いを果たすことになる。
 剣と魔法、勇者と魔王、そんな物語のような世界であるアレイザードは人類と魔王ガリウスが率いる魔族の全面戦争に突入していた。
 暁月と上条が跳ばされたのは、勇者がいる魔導大国シェルフィードだ。
 それは何の力も持たない少年だった暁月と上条にとって不幸中の幸いだった。
 勇者レオン、王女リスティを始め、戦士ゼクスや魔法使いルーティエをいった面々は二人を快く迎え入れてくれた。
 既に勇者が存在するこの世界では、異世界から来た二人の少年が英雄になるという物語のような展開になることはない。
 暁月と上条の境遇に同情してくれた彼らは、過去の文献を調べ元の世界に帰る方法まで探してくれた。
 そしてシェルフィードの王都……エルディアの周囲に広がる広大な森、その北側の最奥部に別の世界と繋がる『異界の門』があることが判明する。
 この状況で何もせずに立ち去ることを暁月も上条も良しとしなかったが、二人は完全にこの世界において無力だった。
 二人ともこの世界における最大戦力となりうる魔法の才が無かったのである。

 しかし暁月と上条が元の世界に帰ろうとしたまさにその日、悲劇は起こった。
 魔王ガリウスが率いる魔王軍がエルディアを急襲したのだ。
 そして悲劇はそこで終わらない。
 勇者レオンが命を落としたのだ、魔王の凶刃から暁月を庇って……。
 勇者の死はアレイザードの人々に大きな絶望を齎す。
 人々の糾弾の矛先が暁月に向かうのは自然な成り行きだった。
 暁月を庇える立場にあった王女リスティも恋人であるレオンを失ったショックから、彼女自身も暁月への非難を思わず口にしてしまう。
 そして気付くと暁月の姿は消えていた、唯一の味方だった上条と共に……。
 人々は姿をくらました異世界の二人の少年を激しく罵り、卑怯者呼ばわりしたのだった。

 やがて迎えたエルディア奪還作戦……人類反撃の狼煙となる筈だったこの戦いも戦況は思わしくなく、王都奪還に立ちあがったシェルフィードの兵士達は次第に魔族に追い詰められていく。
 王女リスティを中心とするゼクスやルーティエなど後に魔王討伐の中心パーティとなるメンバーも窮地へと追い込まれ、人類の存亡も最早そこまでと思われた。
 しかしそんなリスティ達を絶対のピンチから救い出し、戦況を大きく変化させる者が現れる。
 それは民衆からずっと卑怯者と蔑まれてきた暁月と上条だった。
 二人は決して逃げたわけでも雲隠れしたわけでもなく、命懸けで神々の住まう『神層界』に赴き、血の滲むような修行に勤しんでいたのだ。
 そこで暁月と上条は『錬環勁気功』と呼ばれる体内で氣を練り上げる操体術を会得し、戦場へと戻って来た。
 そしてリスティ達を救い王都奪還を成し遂げた暁月と上条は一躍英雄となるのだった。

 しかし今でも暁月のせいでレオンが死んだことを快く思っていない人間は少なくない。
 いつしか暁月だけでなく同じく異世界からやって来た上条も彼らの非難の対象になっていた。
 リスティ達とのわだかまりを解消し、共に魔王と戦うことになったのも原因の一つかもしれない。
 レオンを慕う民衆はいつしか暁月と上条を皮肉を込めてこう呼ぶようになる。
 ――二人のはぐれ勇者、と。

 しかし暁月はその悪名を否定することなく、甘んじて受け入れる。
 それどころか寧ろ堂々と自由奔放に振る舞い、その悪名を高めていった。
 まるで自分は勇者ではないと言わんばかりに……。
 そしてそれは暁月ほどではないものの上条も同様で、二人の悪名は次第にアレイザード全体に響き渡っていく。
 魔王を倒す旅の途中で民を虐げる貴族がいれば、その屋敷に殴り込み問答無用でぶっ飛ばしたことも数知れない。
 二人は世界を救うために旅する英雄という以上に、王制を敷くアレイザードの各国家にとって目障りな目の上のこぶのような存在でもあったのである。
 しかし悪名を背負っても暁月と上条は止まることなく突き進み、ついに魔王ガリウスを討ち倒したのだった。




 北の森の最奥が聖域とされているためか、エルディア城の北側に広がる森は手付かずのままになっている。
 そのため舗装された道などある筈がなく、あるのは木々が避けるようにしてできた自然の通り道だけ……。
 一歩間違えれば転がった倒木や伸びた蔓や蔦に足を取られて転倒は免れない森の中を暁月と上条は既に三十分以上走り続けていた。
 しかしその後を追うメイド達の気配が一向に減ることがない。
 どうするものかと思案する暁月と上条の頭上から勇ましい声が響いてきた。

「アカツキ様、トウマ様、ご覚悟っ!!」

 メイド二人が長槍を構えて降って来る。
 左右から二人を挟撃するような形だ。
 しかし捕まるわけにもいかず、二人は彼女達を傷つけることなく撃退する方法を模索する。
 その時、暁月が何処か意地の悪い笑みを浮かべた。

「おいっ、まさか!?」

 上条が相棒の悪だくみに気付いた時は既に遅く、メイド達の攻撃を避けた暁月の手には白い布が握られていた。
 メイド達も自らに起こった異変に気が付いたのか顔を真っ赤にすると、そのまま地面にへたり込む。
 剥ぎ取られたことに気が付いたのだ。
 暁月が手に持っているのはまさに今さっきまでメイド達が身に着けていたショーツだった。

「何だ、足でも挫いたのか? 診てやるから、スカートの下を見せてみろよ」

「ひっ、いやあぁぁ――――んっ!!」

 慌てふためいて逃げていく二人のメイドを見て暁月は満面の笑みを浮かべる。

「なんつーか……効果覿面だな」

「効果覿面じゃねえよ!! ったく師匠といい、お前といい、どうしてそう恥ずかしいことを威風堂々できるんだか……」

 二人に錬環勁気功を教えた師匠、拳聖グランセイズ。
 彼は最強の武術の使い手であると同時に、最強のエロジジイだった。
 そのため暁月は彼から操体術としてだけでなく、かなりスケベな錬環勁気功の使い方を身に付けている。
 それを暁月は旅の中で遺憾なく発揮し、今では「二人のはぐれ勇者は女好き」という噂がアレイザード中で広まっていた。


「別にはぐれ勇者って悪名を背負うことには何の躊躇いもなかったけど、流石に好色大魔王って呼ばれてるのを知った時は傷ついたぞ」

「何だよ、全部俺の責任みてえな言い方じゃねえか? 俺は寧ろ何もしないで、その異名が付くようになったお前の方がよっぽど恥ずかしいよ」

 上条も同じ師匠から修行を受けた以上、暁月と同等のことを行える。
 しかしながら上条がそれを積極的に女性に向けたことはない。
 だが女好きと広まった噂は暁月だけでなく上条も同様だった。
 それは本人曰く不幸だという上条のラッキースケベが原因だ。
 何故か本人は全く意図していないにも拘らず、上条は女性の着替えや川での水浴びなどに遭遇する確率が異様なほど高かった。

「だからあれは全部事故で!!」

「はいはい、男の言い訳は見苦しいぞ」

 その場に立ち止まって言い争いを始める暁月と上条だったが、それが長く続くことはなかった。
 突如として二人の腕にそれぞれ一本ずつロープが巻きつく。
 そしてロープの先の茂みから新たに二人のメイドが姿を現した。

「もう逃げられませんよ、アカツキ様」

「トウマ様、大人しく城に帰りましょう」

 しかし暁月から余裕の表情が消え去ることはない。
 暁月は地面を踏み締めると、力を込めてロープの巻き付いた腕を僅かに引く。
 すると暁月の手にロープを掛けていたメイドが大きく宙を舞った。
 暁月が錬環勁気功を発動させたのだ。
 彼女は吸い寄せられるように、暁月の目の前に……。
 そのまま暁月は抱きかかえるようにメイドを抱きしめた。

「お、美味そうな耳たぶ」

 そしてあろうことか暁月はそのままメイドの耳たぶを甘噛みした。
 するとメイドは恍惚の表情を浮かべて、その場へと崩れ落ちる。
 暁月が錬環勁気功を用いて、彼女の体内を巡る氣の流れを変えたのだ。
 錬環勁気功は様々な転化が可能であり、自らの体内で氣を練れば超人的な身体能力や感覚を得られる。
 そしてそれは他の人間に対しても作用させることが可能だった。
 要するにメイドは暁月によって感度を極限まで高められたのだ。

「はぁー」

 その様子に上条は大きく溜息を吐く。
 そして何処か怯えた表情を見せるもう一人のメイドに諭すように言った。

「お前もこうなりたくはねえだろ? だったら素直に退いてくれ」

 そして上条の言葉に暁月も付け加える。

「それとワルキュリアへの伝言も頼む。 俺達を引き留めようとしてくれる、その気持ちだけ貰っておくってな」

 暁月の言葉にメイドはどこか悔しそうに唇を噛むと、来た方向とは逆の茂みに姿を消した。
 そして残されたメイドの背中に上条が左手を置く。
 彼女の乱された氣の流れを元に戻すのだ。
 上条が意識を集中させると彼女も落ち着いたのか、表情が大分和らいだものになる。

「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます」

「お前達のお陰で最後に良い思い出になったよ」

 そう言って上条は再び森の奥に進むべく立ち上がる。
 しかしメイドが上条を繋ぎ止めるように、その手を掴んだ。

「あのっ、トウマ様!! 以前から私、トウマ様のことをお慕い……」

 しかしメイドの言葉は最後まで続かない。
 上条の頬を矢が掠めたのだ。
 どうやらまだ暁月と上条を諦めてくれる気はないらしい。

「悪い、それじゃあ行くな!!」

 そして暁月と上条は再び森の中を走り始めるのだった。




 やがてメイド長であるワルキュリアを退けると、暁月と上条はいよいよ『異界の門』がある森の聖域へと足を踏み入れる。
 メイド達が暁月と上条を追い掛けていたのは勿論アレイザードの英雄である二人をシェルフィードに引き留めるためだ。
 しかしメイド達も自分達の実力で暁月と上条を捕縛できるとは思っていない。
 なら何故二人を追い掛けるようなことをしたのか?
 それは最後に思い出を作ると意味合いが強い。
 メイド達の中には暁月と上条を慕う者が多かった。
 だがそれ以上に暁月と上条がこの世界を去る決意が固いことを知っている。
 だからせめて最後の思い出にと催されたのが、この大掛かりな追いかけっこだ。
 そして実際にこの追いかけっこを通して、メイド達だけでなく暁月と上条もアレイザード最後の思い出を胸に刻みこむこととなる。

 そのまま二人が聖域の中を進んで行くと、巨大な大木の下に一人の少女が佇んでいた。
 シェルフィードの王女にして旅の仲間でもあったリスティだ。
 今朝城を出る際に他の仲間であるゼクスとルーティエは別れを惜しみながらも、二人を快く見送ってくれた。
 しかしリスティがその場に姿を現すことはなかった。
 そしてワルキュリアの話によると二人にメイドを嗾けたのはリスティの命令らしい。
 先ほどまでの騒動の原因である張本人に向かって二人は歩を進める。
 するとリスティは暁月のことは見向きもせずに、上条に向かってだけ微笑みを浮かべた。
 そんなリスティに上条も笑顔を返す。
 パーティーの中で最年少だった上条は彼らにとって弟のような存在だった。
 しかし上条とリスティはお互いに笑みを浮かべただけで会話を交わすことはない。
 そして上条は暁月に向かって言った。

「それじゃあ、先に行ってるからな」

「……おう」

 そして上条は暁月とリスティを残して、一足先に『異界の門』へと進むのだった。




 暁月とリスティは男女の機微に疎い上条から見ても相思相愛であることは間違いない。
 しかし戦争を終えても二人が結ばれることはなく、そればかりが互いの気持ちを伝えることすらなかった。
 ――魔王ガリウスを倒したとはいえ、暁月と上条ははぐれ勇者だ。
 魔王軍との戦争が最終局面に入る頃には二人を本物の勇者として讃える者が殆どだったが、それでも反対勢力は国内外問わず数多く存在した。
 そんな暁月がリスティを結ばれたら確実にシェルフィードの中に禍根を残すことになり、いつか国を割る可能性すらある。
 ならばいっそ駆け落ちでもすれば良いと上条は思っていたが、責任感が強いリスティが国を捨てることなどできる筈がなかった。
 それに暁月と上条がアレイザードに留まれない理由は他にもあった。
 二人がアレイザードに残れば、はぐれ勇者とはいえ魔王を倒した者として絶大な影響力が残る。
 先ほど挙げた反対勢力の例を見ても、それを疎ましく思う者がいるのは明白だった。
 それは魔族との戦争を終えた後に、人間同士の争いに繋がりかねない。
 だから暁月と上条は決めていた。
 後にアレイザードに遺恨が残らぬよう、アレイザードにおいて異分子である異世界人の自分達だけで魔王を倒すことを。
 そして賞賛も名誉も遺恨も羨望も、全て二人きりで引き受けてこの世界から消えることを……。




 上条が『異界の門』に着いてから十分も経たずに、暁月はすぐに追いついてきた。

「もういいのか?」

「あんまり長い別れは却って辛くなるだけだからな」

「……そうか」

 まだ人を異性として好きになったことがない上条は、大切な人との別れがどれだけ辛いものか分からない。
 しかしそれとは別に五年もの間過ごしてきたアレイザードと別れを告げることに、上条も寂寥感に似た思いを抱いている。
 そしてアレイザードから去ることは兄のような存在であり親友でもある暁月との別れも意味していた。

「それじゃあ俺達もお別れだな」

「……ああ」

 そう言って暁月は笑顔を向けるが、上条は素直に笑みを返すことができない。
 上条と暁月は二人とも地球と呼ばれる星の出身だ。
 しかし同じ地球でも二人が生まれた地球は別世界だった。
 平行世界とでも言うのだろうか、二人のいた地球は所々で異なる部分がある。
 大きな差異を挙げればやはり学園都市とバベルの存在だろうか?
 暁月のいた地球では異世界に跳ばされる人間が数多くいて、バベルとは異世界で異能を得た少年少女達を正しく導くために設立された組織らしい。
 だが異世界に跳ばされるなんて話を、上条は元の世界で聞いたことがなかった。
 そして上条のいた地球では異世界で異能を得るのではなく、科学的に脳開発や薬を用いて超能力を開発する。
 それを行っているのが学園都市だ。
 学園都市では超能力の開発以外にも様々な科学技術が研究されており、外に比べると科学技術が数十年は進んでいると言われている。
 上条もアレイザードに来る以前は親元を離れて学園都市で生活していた。
 そして暁月と上条が同時に『異界の門』を潜ったとしても、元いた世界が異なるため辿り着く先も当然別々となる。

「それじゃあさっきも言ったけど、別れが惜しくなるから俺はさっさと行くからな」

 暁月はそのまま『異界の門』へと足を踏み入れる。
 そんな暁月の背中に上条は声を掛けた。

「悪いな、お姫様の件も全て押しつけるような形になっちまって」

「俺のいた世界の方が異世界に対して理解があるし、色々と誤魔化すにしても俺の方が都合がいいだろ? それにお前に預けるとガリウスの野郎から恨まれそうだしな」

「……お前に言われたくねえよ」

「ハハッ、それもそうだな。 ……それじゃあ今度こそ俺は行くぜ」

「……最後に一言だけいいか?」

 上条の言葉に暁月は振り返る。
 そして上条は暁月の目を見据えて言った。

「俺は暁月に会えて本当に良かった。 お前がこれからしようとしてることは並大抵のことじゃないと思うけど、無理だけはするなよ」

「野郎に心配されても本当は気持ち悪いだけなんだが、まあ他ならぬ当麻の頼みだ。可愛い弟分のためにも、絶対にやり遂げてみせるさ」

 そう答えて暁月は上条に笑顔を向ける。
 上条にとって暁月は常に目標であると同時に支えでもあった。
 暁月がいなければこの世界での冒険を無事に終えられたとは思えない。
 そしてそれは暁月にとってもそれは同じで、例え周りから糾弾を受け続けても常に味方であった上条は大きな心の支えになっていた。
 本来ならば出会う筈がなかった異なる世界に住む二人の少年達……。
 この出会いに感謝しながら二人は元の世界に帰って行く。
 やがて『異界の門』を進む暁月の姿が完全に見えなくなった。
 最後に聞こえたのは「あばよ」の一言。
 そして暁月が元の世界に帰ったことを見送った上条も『異界の門』へと足を踏み入れる。
 不安定な次元が生んだ空間の不連続面、それが異なる次元の世界に通じている証拠だ。
 そして『異界の門』を通った先に見えてきたのは、五年ぶりとなるコンクリートに囲まれた街並みだった。




「……帰ってきたか」

 学園都市第七学区にある窓のないビルで一人の『人間』が笑みを浮かべる。
 男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える『人間』は、弱アルカリ性の培養液で満たされた生命維持槽であるビーカーの中に逆さまになって浮かんでいた。
 広大な部屋の四方の壁は全て機械類で埋め尽くされ、そこから伸びる数十万ものコードやチューブが床を這い、中央の生命維持槽に接続されている。
 窓のないその部屋はいつも闇に包まれているが、生命維持槽を遠巻きに取り囲む機械類のランプやモニタの光が、まるで夜空の星々のように瞬いていた。
 そして『人間』の前には一人の少年が訝しげな表情で佇んでいる。
 染め上げた金髪にアロハシャツ、金の鎖をジャラジャラと首から下げているのを見ると一見ただの軽薄な人間にしか見えないが、サングラスの奥で鋭く光る瞳が語らずとも彼が只者ではないことを示していた。

「それにしてもこのタイミングとは。 ……本当に彼は興味深い」

「何の話だ?」

 直接の上司に当たる『人間』が普段見せない表情をしていることに少年は一抹の不安を覚える。
 目の前の『人間』が碌な人間でないことを少年は誰よりも理解していた。
 一見平和そうに見える学園都市で数多くの残虐非道な実験が行われているのを、裏の世界に住まう彼は良く知っている。
 そしてそれら全てが元を糺せば学園都市統括理事長である目の前の『人間』に辿り着くことも……。
 その『人間』が笑みを浮かべているのだ、碌なことにならないのは目に見えていた。
 そして少年が疑心的な視線を向けているのを特に気にした様子もなく、『人間』は少年に新たな仕事を与える。
 だがその内容は普段から汚れ仕事を行ってきた少年にとって、何処か拍子抜けとも言えるものだった。
 ――ある人物の監視、ただし必要以上の干渉は行わない。
 その命令が意味するものを少年はまだ知らないのだった。

とりあえず序章だけ。
ここは前スレと殆ど変わってません。
第1章は午後から夜にかけての間に投下したいと思います。
今スレもよろしくお願いします。

第1章の第1話を投下します。
完全に前スレとは内容が異なるので注意してください。

第1章 欠陥電気編
1、絶対能力進化

 午後9時過ぎ、既に日も落ちて人気も殆どない夜の街を一人の少女が駆け抜けていた。
 ここは学園都市――外に比べると科学技術が数十年も進んでいると言われる科学の街だ。
 学園都市で行われている研究は単純な工学・化学的技術だけに収まらず、脳を開発することで超能力を実現させるなど、中には完全に常軌を逸したものも存在する。
 そして疾走を続ける少女が着ているのは灰色のプリーツスカートに袖無しのサマーセーター、学園都市でも能力開発において五本の指に入ると言われている名門・常盤台中学の制服だ。
 午後8時20分に門限が定められている常盤台の生徒がこの時間に外を出歩いていること自体が本来はおかしいのだが、その異常さが霞んで見えるほど彼女からは何か鬼気迫るものが感じられる。
 また彼女の手にはお嬢様学校として有名な常盤台の生徒に似つかわしくない軍用ゴーグルが握られていた。




 夜の街を全力で駆け抜けている少女――御坂美琴が自身も深く関係している実験を知ったのはつい先ほどのことだ。
 学園都市の能力者の中でも七人しかいない真に超能力者と呼べる力の持ち主――レベル5。
 美琴はそのレベル5の序列第三位に位置し、発電能力者の頂点に立つ最強の電撃使い『超電磁砲』の異名と共に学園都市でもその名を広く知られていた。
 そしてそんな強大な力を持つ美琴に関してある噂話が少し前から学園都市で広まっていく。

『軍事利用を目的としたレベル5第三位『超電磁砲』のクローンの量産が行われている』

 もちろんそんな話を聞いて美琴の気分がいい筈なく、くだらない噂話と常に一蹴していた。
 しかし最近になって違う場所にいたはずなのに、その時間に美琴を見かけたという話を耳にするようになる。
 そしてとある女子高生との出会いをキッカケに、美琴の日常は終わりを迎えた。
 その女子高生の話を元に、美琴はある研究所に侵入する。
 そこで見つけた資料の中にあったのが『量産型能力者計画』
 美琴のDNAマップを元にしたクローン通称『妹達』の製造は確かに計画されていたのだ。
 深い絶望に襲われる美琴だったが、資料を読み進めると『量産型能力者計画』は望む成果が得られないと『樹形図の設計者』が導きだしたため全ての研究は即時停止、研究所は閉鎖され実験は凍結されたらしい。
 そのことに美琴はホッと胸を撫で下ろす。
 だが彼女にとってもっと深い本当の絶望が存在することを、美琴はこの時まだ知らなかった。




 そして美琴は辺りを見渡しながら目的の人物を探し出すべく走り続ける。
 その人物がいるであろう場所にあったのは壊れた軍用ゴーグルだけ。
 しかしそれが探し人の持ち物であることは間違いなかった。
 嫌な予感と信じがたい情報が美琴の中でどんどん現実味を帯びてくる。
 その考えを払拭するべく軍用ゴーグルの持ち主の捜索を必死に続ける美琴だったが、突如キイィィィィィィンという甲高い鳴動音が辺りに鳴り響き渡った。
 何事かと思わず足を止めた美琴の目の前で、まるで陽炎のように景色が歪み始める。

(何、これっ!?)

 気温や時間的に陽炎は起こる筈がないし、何より謎の鳴動音の説明がつかない。
 そして次の瞬間、辺り一帯を眩い光が包み込んだ。
 突然の光に美琴が目を閉じると、甲高く鳴っていた鳴動音も次第に収まっていく。

「くっ……」

 そして目を閉じていた美琴の耳に入ってきたのは小さな呻き声のようなものだった。
 鳴動音も完全に止み、異変が収まったかどうか確認するために美琴は閉じていた目を薄っすらと開ける。
 するとそこには一人の少年が立っていた。
 いや、彼のことを一言で少年と表現するには些か言葉が足りないかもしれない。
 確かに顔立ちには少年らしさを残しているものの、それとは対照的に彼の表情は妙に大人びている。
 大人が子供の皮を被っている、そんな印象を与える少年だった。

「帰ってきたのか?」

 少年は自分の体を確認するように眺めた後、辺りを確認するようにキョロキョロと周りを見渡していた。
 そこで美琴はハッと我に返る。
 思いがけない事態に動揺してしまったが、今はそれどころでない。
 美琴は本来の目的を果たすためにその場を去ろうとするが、その前に少年が急に話しかけてきた。

「あのー、前に俺達どこかで会ったことない?」

 非常事態であるにも拘らず、あまりに古典的なナンパをしてきた少年に美琴は苛立ちを隠せない。
 しかし相手にしてる時間すらも惜しい状況なので、美琴は少年を無視して先に進む。
 幸いしつこく追ってくるようなことはなく、少しだけ振り返ると少年はその場で静かに佇んだままだ。
 そして美琴は前を向くと再び走り始めるが、何故かその胸中には既視感のようなものが渦巻いているのだった。




「……何やってんだか」

 異世界から帰ってきた上条は思わず一人そう呟いていた。
 次元を越えて異世界を移動すると反動によって少なからず気を失う者が殆どだが、上条には次元シフトに対する耐性があるようで完全に気を失うことはなかったらしい。
 次元を超えて上条の目に入ってきたのは、五年前と全く変わらない無機質な街並みだった。
 上条は共に異世界を冒険した親友から異世界への召喚について多少知識を得ている。
 その中の一つに異世界と元の世界における時間の経過の差異に関するものがあった。
 驚くべきことに異世界から帰還しても、元の世界では全く時間が経過していないらしい。
 つまり上条自身は五年の歳月を経験しているが、この学園都市では全く時間が流れていないことになる。
 だから目の前の景色が変わってなくとも何らおかしいことはない。
 そして目の前にいくら幼馴染の面影を持つ少女がいたとしても、彼女が上条の幼馴染である筈がないのだ。
 上条が異世界に渡ってから時の流れていないこの世界で、彼女はまだ九歳の少女のままなのだから。
 思わず声を掛けてしまったが、先ほどまで目の前にいた少女の年齢はどう見ても中学生以上で幼馴染の年齢と符合しない。
 恐らく他人の空似というものだろう。

「まあ、だからって放っておく理由にはならないんだけどな」

 去り際に見せた苦悩に満ちた少女の表情が上条の脳裏に蘇る。
 彼女が幼馴染であろうとなかろうと上条のすべきことは変わらない。
 彼女が抱えてるものを知る由はないし、他人の事情に首を突っ込む理由もない。
 だが少女を追い掛けることに対する迷いも同様に存在しなかった。
 それは何もしなかったことによる結果を恐れ、何かしたという慰めが欲しいだけの偽善から生まれる行動原理なのかもしれない。
 しかし上条は自らの偽善を認めた上で前へと進む。
 例え偽善であろうと、目の届く範囲で起こりうる不幸を上条に見逃すことはできない。
 上条が異世界で得た力は誰かを守るためのものなのだから。
 そして上条は静かに錬環勁氣功を発動させる。
 錬環勁氣功を会得してから出会った人間の氣を上条は全て記憶しており、それは先ほどの少女のものも同様だ。
 感覚を研ぎ澄ました上条は少女を探し出すべく周辺の氣を探っていくが、その過程である違和感を感じ取る。
 しかし次の瞬間、辺り一帯に大きな爆発音が響き渡った。




 『量産型能力者計画』が凍結されたのを知り安堵したのも束の間、美琴は衝撃的な出会いを果たすことになる。
 ひょんなことから街の子供達に付き合って遊んでいた美琴は、その途中で奇妙な感覚に襲われた。
 まるで自分自身の力を外から浴びせられたような不快感。
 そしてその力を辿った先にいたのは……。

『ッ……あんた何者?』

 答えなど聞かずとも、その場にいた少女の正体は分かっていた。
 灰色のプリーツスカートに袖無しのサマーセーター、そして何よりも自分と寸分違わないと言っても過言でない顔。
 美琴に双子の姉妹など存在しない。
 少女は件の『妹達』に間違いなかった。
 当然美琴は少女から彼女の正体や今どういった状況にあるのか聞き出そうとする。
 しかし少女は天然なのか、それとも意図的なのか、のらりくらりと質問をはぐらかされてしまった。
 木に登って降りられなくなった子猫を助けたり、少女と双子の姉妹であると勘違いしたアイス屋にアイスをサービスしてもらったり、少女に紅茶を奢らされたり……。
 そうこうしている内に時間はあっという間に過ぎて、気付くと既に日が沈んでいた。
 美琴はその後も少女の後を追おうとしたが、少女には何やら実験があるらしく今日は暮らしている施設に戻らないらしい。
 美琴の目的はクローンを生み出した製造者にあったため、その場はそのまま少女と別れることにした。
 しかしその判断を美琴は後に大きく後悔することになる。
 少女と別れた美琴は最初に出会った時に聞かれたパスを元に少女に関するデータを探っていく。
 そしてそこで見つけたのは目を覆いたくなるような深い闇だった。

 『妹達』を利用した絶対能力者への進化方法
 学園都市には七人のレベル5が存在するが、『樹形図の設計者』の予測演算の結果、まだ見ぬ絶対能力《レベル6》に辿り着けるものは一名のみと判明した。
 この被験者に通常の『時間割り』を施した場合、絶対能力《レベル6》に到達するには250年もの歳月を要する。
 我々はこの「250年法」を保留とし、実戦による能力の成長促進を検討した。
 特定の戦場を用意し、シナリオ通りに戦闘を進めることで成長の方向性を操作する。
 予測演算の結果128種類の戦場を用意し、『超電磁砲』を128回殺害することで絶対能力者《レベル6》に進化することが判明した。
 しかし『超電磁砲』を複数確保するのは不可能であるため、過去に凍結された『量産型能力者計画』の『妹達』を流用してこれに代える事とする。
 武装した『妹達』を大量に投下することで性能差を埋める事とし、二万体の『妹達』との戦闘シナリオをもって絶対能力者《レベル6》への進化を達成する。

 それを見た美琴の口からは乾いた笑いしか出なかった。
 自分を殺すという発想もそうだが、二万体の『妹達』を殺すなどとても現実味があるとは思えない。
 しかしこの情報を否定する気持ちとは裏腹に、美琴の脳裏には別れる際に少女が残した言葉が浮かび上がっていた。

『さようなら、お姉様』

 気付くと美琴は資料に書かれた実験が行われる予定の座標に向かって走り始めていた。




「うそ、うそでしょっ!! そんな……やめっ」

 突然響き渡った爆発音を頼りに美琴が辿り着いたのは鉄橋の上だった。
 鉄橋の下は砂利が広がっており、操車場になっている。
 そこでは今まさに、一つの命が摘み取られようとしていた。
 そこにいたのは恐らく先ほどまで一緒に過ごしていた少女。
 しかしあれほど元気だった姿とは打って変わり、その身体は深く傷付き、左脚にいたっては何者かに引きちぎられたように失われている。
 そして彼女の上には何らかの力で飛ばされた機関車の影が……。
 凄まじい衝撃音と共に、少女の姿は機関車の下へと消えていた。

「本日の実験、しゅーりょォー」

 そして操車場に残されたのは一人の少年だけ。
 白い肌に白い髪、そして赤い目をした少年は何が楽しいのか、口元に大きく歪んだ笑みを作って両手を広げていた。

「結構ハデに暴れちまったが、アイツらで片付けられンのかねェ。 まァ、俺には関係ねェが。 とりあえず帰りにコンビニでも寄っ……」

 しかし少年はそこで言葉を止める。
 少年のすぐ隣を凄まじい威力の電撃が迸ったからだ。
 少年の背後にあったコンテナは大きく焼き焦げ黒ずんでいる。

「わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」

 美琴は何も考えずに駆け出していた。
 少年の名前は先ほどハッキングした実験のデータから知っている。
 一方通行――あらゆるベクトルを操るという、美琴より上の序列に位置するレベル5の第一位。
 ベクトルを操るという能力が具体的にどのようなものか分からないが、あらゆる攻撃を受け付けないという話は聞いたことがある。
 レベル5の中でも圧倒的にずば抜けた実力を持つ、まさに最強の存在。
 それでも美琴は止まることができなかった。
 美琴の放つ電磁力によってかき集められた砂鉄の奔流はチェーンソーのように細かく振動し、殺傷能力を高められた状態で一方通行に向かっていく。

ジャリッ

 しかしその時、何者かの足音が美琴の耳に届いた。
 美琴はその足音によって多少冷静さを取り戻し、無関係な人間を巻き込んでしまう可能性を考慮して砂鉄を操っていた能力を解除する。
 一方通行も部外者がいるのを煩わしく思ったのか、不機嫌そうな表情で辺りを見渡していた。
 そして足音の主は『妹達』の一人を押し潰した機関車の影から現れる。
 その腕に機関車によって潰し殺された筈の少女を抱えて……。




「こりゃ間一髪間に合ったとは言えねえな」

 上条は奥歯を噛みしめながら忌々しげに呟く。
 その手には深い傷を負った少女が抱えられていた。




 先ほど出会った幼馴染の面影を持つ少女の氣を探す過程で、上条はある違和感に気が付いた。
 少女と非常に似た氣を無数に周辺から感じたのだ。
 確かに双子の兄弟など似た氣を持つ者は存在するが、それにしてもその数は異常なものだった。
 更にその内の一つが非常に弱々しいものになっている。
 そのことに気を取られていると、急に爆発音が辺りに響き渡った。
 その爆発音はその弱った氣を感じたのと同じ方角から鳴り響いており、どうやら探し人の少女もそこに向かっているらしい。
 そして辿り着いた先では、探し人とソックリな少女が今まさに機関車によって押し潰されるところだった。
 それを見た上条は咄嗟に体内で練り上げた氣を高速に循環させて圧縮。
 その循環と高速を繰り返した上条の体は右腕を除いて青白い光を放ち始めた。
 限界を超えて練り上げられた氣が体から溢れだし、可視できる状態になっているのだ。
 そのまま地面を強く蹴った上条は一気に加速、まさに神速という速度で傷ついた少女の元へと向かう。
 それは鉄橋の上にいた少女が上条の存在に気付かぬほどのスピードだ。
 そして寸でのところで上条は機関車に押し潰されそうだった少女を救出することに成功したのだった。




「……あ、貴方は?」

 腕の中で息も絶え絶えな状態の少女が上条にそう尋ねてきた。
 少女は身体全体に深い傷を負って満身創痍なだけでなく、失った左脚の傷口からは血が留めなく溢れている。
 ハッキリ言ってこのままではいつ死んでもおかしくない状態だった。

「今は喋んな。 俺が必ず助けてやるから」

「……いえ。 この傷ではどう足掻いても助かりません、とミサカは――」

 そこまで言って少女は気を失ったようだ。
 少女から出た名前に上条は思わず苦い表情を浮かべるが、今はそのことについて詮索してる余裕はない。
 限界を超えて氣を使った時間は僅かだったにも拘らず、上条の身体は既に悲鳴を上げていた。
 氣とは循環し練り上げ続けることで無限にその量を増やし続けることが可能だ。
 錬環勁氣功の奥義の一つでもあるその氣功法は使用者に限界を超えた力を与える。
 ――その代償として身体に凄まじいまでの負担を課すことによって。
 しかし上条は身体の痛みを無視して再び体内で氣を練り上げる。
 すると少女の身体を淡い光が包み込んだ。
 陽の光よりも優しい温かさを放つそれは、錬環勁氣功が生み出す内氣功の輝きだ。
 内氣功という氣功法は対象の氣を活性化し、治癒力を高める。
 だが少女の身体は既に治癒力を高めただけでは助かる状態でなく、上条は少女の氣を活性化させると共に自身の氣を流し込んで少女の生命力を補う。
 程なくして少女の呼吸は落ち着き、顔にも血色が戻ってきた。
 もちろん予断は許さぬ状況だが、この状態のまま病院に連れていけば何とか助けられるだろう。
 しかしすぐに少女を病院に連れていくわけにはいかない。
 機関車の影に隠れた上条たちがちょうど死角になる位置で、戦闘が始められようとしていた。
 探していた少女が知らない氣の持ち主に向かっていく。
 その人物が恐らく腕の中の少女をここまで痛めつけた人間だ。
 内氣功による治療をやめるわけにはいかないため、上条は少女を抱えたまま二人が対峙してる間に割って入るのだった。




「あっ、ああ……」

 少年の腕に抱えられた少女を見て美琴は思わず涙ぐんでいた。
 しかし美琴の位置からは少女がどのような状態にあるか分からない。
 もしかしたら既に……。

「心配すんな、まだちゃんと生きてるよ」

 そう言って少年は少女を抱えたまま美琴のところに歩み寄ってくる。
 そして少年の腕の中で確かに呼吸している少女を見て、美琴は完全に泣き崩れてしまった。

「良かった……本当に良かったよぉ」

 しかしそれがまるで興醒めだと言うかのように、一方通行の冷めた声が割って入る。

「チッ、まさか生きてるとはなァ。 余計な手間が増えるじゃねェか」

「テメエか、この子をここまで痛めつけた野郎は?」

 少年は静かに一方通行にそう尋ねた。
 その言葉に美琴は涙を流していた顔を上げる。
 少年の表情を見ただけでは分からないが、彼の放つ雰囲気は明らかに凄まじい怒気を孕んでいた。
 しかし一方通行はそんな少年を前にしても、ただ面倒臭そうに見据え返すだけだ。

「学園都市第一位の前に立ち塞がってまで人形を助けるとは、ご苦労なこったァ」

「人形だと?」

「あン、もしかして部外者かァ? ハハハ、事情も知らずに突っ込ンでくるなンてなァ。 ホンマモンのヒーローか何かかよ、オマエは?」

 そう言って笑う一方通行を、訳が分からないといった様子で少年は睨み付ける。
 そんな少年を嘲笑うかのように一方通行は言葉を続けた。

「教えてやるよ。 そいつは学園都市第三位、『超電磁砲』のクローンって奴だァ。 それも俺に殺されるためだけに用意された使い捨てのなァ」

 その言葉に美琴は表情を歪ませる。
 実験のデータにハッキングして既に分かっていたことだが、やはり絶対能力進化に与している人間から直接聞くのとでは重みが違う。
 そして深く傷ついた少女に目を向けると、美琴の心は大きな罪の意識に蝕まれるのだった。

「レールガン?」

「オイオイ、そこからかよ? まさか外部の人間だっつゥンじゃねェだろォな」

 どうやら自分のことを知らないらしい少年に、美琴も少し驚いた表情を浮かべる。
 少年と直接面識はないが、美琴自身はともかく『超電磁砲』という異名は学園都市でもそれなりに有名な筈だ。
 一方通行の言う通り、本当に外部の人間なのだろうか?
 しかしその疑問と共に、先ほど少年に感じた妙な既視感が今になって気になり始める。


「オリジナルといい、オマエといい、わざわざ人形のために動きまわるなンて理解できねェな」

「っ!?」

 そう言って自分を見た一方通行に美琴は思わず肩を震わせる。

「まさか気付いてねェとでも思ってたのかァ? 今まで9981回も人形を壊してきてるンだ。 人形とオリジナルの力の違いくらいは嫌でも理解できンに決まってンだろォが。 オマエのクローンには世話ンなってンぜ」

「9981回? まさかそんなにこんなことを繰り返してきたのかっ!?」

「そりゃ、二万回人形共を壊さねェとレベル6にはなれねェからな。 もっとも9982体目はオマエのせいで壊し損なっちまってるが」
 
 少年の問い掛けに対して、一方通行の返答はあまりに素っ気ないものだった。
 まるでそんなことは大したことでもないと言うかのように……。
 そして一方通行の狂気がその場の空気を支配していく。

「……何でこんな計画に加担したの?」

「あァ? 何だイキナリ」

「答えて! 既にレベル5第一位という力がありながら、こんなイカレた計画に協力する理由は何!? この子達に恨みでもあったわけ!?」

 一方通行は9981回、人形を壊し続けてきたと言っていた。
 それはつまり今傷を負っている少女の以前も同じようなことがずっと繰り返されてきたということだ。
 そして9981人の『妹達』の命はもう……。
 その間、この実験のキッカケを作った自分は平穏な日常をのうのうと過ごしてきた。
 そのことに美琴は胸が張り裂けそうになる。

「理由? 理由、そりゃあ絶対的なチカラを手にするため」

 そう答えて、一方通行は何かを掴みとるように空に向かって手を握り締める。

「最強《レベル5》とか学園都市で第一位だとか、そンなつまンねェもンじゃねェ。 俺に挑もうと思うことすら許さねェ程の絶対的なチカラ、無敵《レベル6》が欲しィンだよ。 オマエもレベル5なら分かンだろ?」

「何よ……それ? ゼッタイテキなチカラ? ムテキ? そんな……そんなことでアンタはっ!!」

 美琴には一方通行が言っていることが理解できなかった。
 確かにレベル5になって強さだけを追い求めるようになっていた自分がいることは否定できない。
 ただそれでも誰かを犠牲にしてまで力が欲しいと思ったことはなかった。
 そして気付くと美琴はポケットの中にあったゲームセンターのコインを一方通行に向かって構えていた。

「そんなっ、そんなモノのためにこの子達を殺し続けてきたのか――――!!!!」

 美琴の指先からオレンジ色の閃光が放たれる。
 レールガン――美琴の異名ともなっている彼女の必殺技。
 ローレンツ力によって音速の三倍以上まで加速したコインが一方通行に向かっていく。
 しかし……。

「え?」

 一方通行に向かって放った筈のレールガンは、気付くと美琴の目前に迫っていた。

(反射された? これがベクトル操作の……)

 だが気付いた時は既に遅く、レールガンの直撃は避けられない。
 目を閉じる暇すらなかった美琴だったが……。
 バギン、と何かが砕け散るような音が辺りに鳴り響く。
 美琴の前には彼女を守るようにして少年の右手が突き出されていた。
 その少年の姿に美琴の脳裏には数年前の出来事が蘇る。
 かつて巻き込まれた能力者同士の抗争。
 当時はまだレベルが低かった美琴は飛んできた炎の塊に対して身を守る術すら持っていなかった。
 その絶体絶命のピンチから救い出してくれたのが幼馴染の少年だ。
 彼は右手に持つ不思議な力で炎を完全に打ち消してしまう。
 そしてその時の幼馴染の後ろ姿が目の前の少年と重なった。




 一方通行は目の前で起きたことに驚いた表情を浮かべる。
 超電磁砲が放ったレールガンに対してではない。
 能力によって反射したレールガンは超電磁砲自身に直撃するはずだった。
 これだけ殺傷能力の高い攻撃をぶつけられたのだ、正当防衛の言い訳も立つだろう。
 しかし反射したレールガンは超電磁砲を撃ち抜くことなく、その直前で掻き消されてしまった。
 その場にいた謎の少年の右手によって。

(あの状況から人形を救い出してンだから、空間移動系の能力者かなンかだと思ったンだがな。 仮に今のレールガンを跳ばしたってェならレベル4の枠に留まってる筈はねェだろうし、レベル5に空間移動系の能力者がいるっつゥ話も聞いたことがねェ。 ……能力の使用に何か限定的なもンがあって、上からまだ認められてねェってところか? まァなンにしろ、俺の敵じゃねェことは確かだが)

 例え11次元を介した空間移動であろうと、そこにベクトルが存在する限り一方通行のベクトル操作は作用する。
 体内に向かって何か物体を転移されようとも、その前にデフォルトで設定されている『反射』によって防げるのだ。
 それと同様に能力を使っている限りは一方通行を転移させることも不可能になっている。
 つまりどんな空間移動系の能力者でも一方通行の敵にはなりえなかった。
 まるで少年がレールガンそのものを打ち消したかのように見えたため驚いた部分もあったが、タネさえ割れてしまえば怖いものなどない。
 今も凄い形相で自分を睨みつけている少年に向かって、一方通行はつまらなそうに声を投げ掛ける。

「ハッ、ヒーロー気取りもいいが自分が誰を相手にしてるか分かってンのかァ? たかが十八万円で生産できる人形のために、何をそンな必死に……」

「……せえよ」

「何か言ったか?」

「うるせえっつってんだ、聞こえねえのか三下っ!!」

 少年からの怒声に一方通行は顔を歪める。
 本当に少年は自分が誰を相手にしているか理解しているのか?
 先ほど第一位であることは名乗っているため、もしかしたら本当に外部の人間なのかもしれない。
 それともこの世界に絶対的な力の差というものがあることを知らない余程の馬鹿か?
 すると今まで散々相手にしてきた格下達と少年の姿が重なり、一方通行から先ほどまで浮かんでいた余裕のある笑みが消える。
 そこにあるのは少年を虫ケラ程度にも思っていない冷めた目だけ。

「クローンとかレベル6とか、テメエが何でこんな真似をしてるのか俺は知らない。 でも人形だかなんだか知らねえが、今もこの子は確かに生きている。 だからテメエが今後もこんなことを続けようってえなら、二度とこんな真似ができないようぶっ飛ばす!!」

「どォせどこの人形を片付けようにも、オマエが邪魔するンだろォしな。 イイぜ、だったら先に障害物から先に片付けてやるよォ」

>>25の修正



 一方通行は目の前で起きたことに驚いた表情を浮かべる。
 超電磁砲が放ったレールガンに対してではない。
 能力によって反射したレールガンは超電磁砲自身に直撃するはずだった。
 これだけ殺傷能力の高い攻撃をぶつけられたのだ、正当防衛の言い訳も立つだろう。
 しかし反射したレールガンは超電磁砲を撃ち抜くことなく、その直前で掻き消されてしまった。
 その場にいた謎の少年の右手によって。

(あの状況から人形を救い出してンだから、空間移動系の能力者かなンかだと思ったンだがな。 仮に今のレールガンを跳ばしたってェならレベル4の枠に留まってる筈はねェだろうし、レベル5に空間移動系の能力者がいるっつゥ話も聞いたことがねェ。 ……能力の使用に何か限定的なもンがあって、上からまだ認められてねェってところか? まァなンにしろ、俺の敵じゃねェことは確かだが)

 例え11次元を介した空間移動であろうと、そこにベクトルが存在する限り一方通行のベクトル操作は作用する。
 体内に向かって何か物体を転移されようとも、その前にデフォルトで設定されている『反射』によって防げるのだ。
 それと同様に能力を使っている限りは一方通行を転移させることも不可能になっている。
 つまりどんな空間移動系の能力者でも一方通行の敵にはなりえなかった。
 まるで少年がレールガンそのものを打ち消したかのように見えたため驚いた部分もあったが、タネさえ割れてしまえば怖いものなどない。
 今も凄い形相で自分を睨みつけている少年に向かって、一方通行はつまらなそうに声を投げ掛ける。

「ハッ、ヒーロー気取りもいいが自分が誰を相手にしてるか分かってンのかァ? たかが十八万円で生産できる人形のために、何をそンな必死に……」

「……せえよ」

「何か言ったか?」

「うるせえっつってんだ、聞こえねえのか三下っ!!」

 少年からの怒声に一方通行は顔を歪める。
 本当に少年は自分が誰を相手にしているか理解しているのか?
 先ほど第一位であることは名乗っているため、もしかしたら本当に外部の人間なのかもしれない。
 それともこの世界に絶対的な力の差というものがあることを知らない余程の馬鹿か?
 すると今まで散々相手にしてきた格下達と少年の姿が重なり、一方通行から先ほどまで浮かんでいた余裕のある笑みが消える。
 そこにあるのは少年を虫ケラ程度にも思っていない冷めた目だけ。

「クローンとかレベル6とか、テメエが何でこんな真似をしてるのか俺は知らない。 でも人形だかなんだか知らねえが、今もこの子は確かに生きている。 だからテメエが今後もこんなことを続けようってえなら、二度とこんな真似ができないようぶっ飛ばす!!」

「どォせそこの人形を片付けようにも、オマエが邪魔するンだろォしな。 イイぜ、だったら先に障害物から先に片付けてやるよォ」




「悪い、少しの間この子のことを頼む。 俺が多少離れていても、もうしばらくは大丈夫な筈だ」

 そう言って上条は腕に抱いていた少女を少年にオリジナルと呼ばれていた少女に預ける。
 既に内氣功によって少女の治癒力を高めており、生命力を補うには十分の氣を少女に注いでいた。
 内氣功による治療を少し中断しても、病院に運ぶには十分間に合う筈だ。

「あの、私……」

「大丈夫、その子が生きてることを知って泣いてたお前になら安心して任せられる」

「でもアイツの力は普通じゃない!! 一人で勝とうなんて無理よ!!」

「俺のことなら心配するな、それに……」

 上条はそこまで言うと少女の耳元で内緒話するように小声で言った。

(俺の右手があれば大抵の能力には対処できる筈だからな)

 その言葉に少女は驚いた表情を浮かべる。
 上条はそんな少女に向かって微笑みかけると、先に病院に向かうよう促す。

「頼む、今はその子のことを守ってやってくれ」

「……うん」

 そして二人の少女がその場から離れたのを確認すると、上条は再び少年に向き直る。

「……随分とあっさり見逃すんだな」

「オマエを倒すのに一分も掛からねェからな」

「そうか」

 そして上条は再び錬環勁氣功を発動した。
 上条とて五年前まで学園都市で暮らしていたのだ、レベル5という言葉が何を示すかくらいは理解できる。
 尤も五年前にレベル5の存在を聞いたことはなく、今の状況に対する戸惑いは少なからずあったが。
 とにかく手を抜いて勝てるような相手でないことは間違いない。
 錬環勁氣功によって身体能力を高めた上条は地面を蹴ると、少年に向かって一気に加速。
 しかし先ほど少女を助けた時とは違って、無暗に真正面から突っ込む訳ではない。
 先ほどと同等の超高速に、上条は急停止を織り交ぜた。
 そのストップ&ゴーは上条の残像を生み出し、まるで上条が無数に存在するように錯覚させる。
 そのまま少年へと距離を詰めていく上条だったが、今はそれ以上に他のことに気を取られていた。

(もしかしてコイツ……まるで反応できてない!?)

 それは上条にとっても予想外のことだった。
 確かに異世界での戦いにおいても、この錬環勁氣功の奥義を使ったことは少ない。
 それこそ自分と同等かそれ以上の力を持つ暁月との本気の組み手や、師匠である拳聖グランセイズとの修行、そして暁月が魔王ガリウスと一対一の決闘を続けている間に敵の居城で無数の魔族を相手取った時くらいだ。
 だがアレイザード最強の剣士と言っても過言でないゼクスをはじめ、アレイザードには他にもこの攻撃に対応できる人間は少なからず存在すると思う。
 しかしここは異世界アレイザードではない。
 異世界での冒険が長すぎて上条の感覚はある種の麻痺を起しており、気付いた時には既に右拳が少年の顔面に突き刺さっていた。




 幻想殺し――異世界における魔法だけでなく、この世界の超能力を含めたあらゆる異能を打ち消す右手。
 それが原因なのかどうか分からないが、上条は何故か右腕にだけ氣を循環させることができない。
 そのため異世界での戦いにおいて上条は基本的に右手を魔法を打ち消すための防御に用いていた。
 しかし少女が放ったオレンジ色の閃光を少年が跳ね返したのを見て、少年には攻撃を反射する何らかの能力があると踏んで右拳で殴りつけたのだが……。

「どうすっかな?」

 コンテナを背にして完全に伸びている少年を見て上条は思わずそう呟いていた。
 氣を循環することができない右腕での攻撃は左腕に比べて格段に力が劣るのだが、一撃食らわせただけでご覧の有様だ。
 アレイザードでの戦いでは基本的に魔法か何かによって身体能力を強化している相手が殆どだったため特に気にしたことはなかったが、この世界で氣を循環させた左腕で誰かを殴ったらと思うとゾッとする。

「殺すつもりはねえが、二度とこんな真似できないよう程度に痛めつけるなら構わねえだろ」

 そして上条は気絶している少年に向かって歩を進めるが、それを制止する声があった。

「お待ちください」

 上条が振り返った先にいたのは先ほど逃がした少女と同じ顔をした少女達。
 彼女達が近づいてきていることは氣によって感知していたが、実際に目の当たりにすると驚きを隠せない。
 同じ姿をした少女達が上条の後ろで何十人と並んでいた。

「これ以上その少年にダメージを与えられると」

「実験に致命的な誤差を生じる可能性があります」

「予想外の乱入者による介入でしたが」

「現段階で第9982次実験は」

「一時的に保留とされることが決定しました」

「数日中に現状の情報に基づいた再演算を『樹形図の設計者』に申請し」

「その結果を得た後に」

「実験の再開が検討されています」

「あなたがこれ以上」

「その少年との戦闘を継続しようとする場合」

「ミサカ達は武力をもって貴方を排除しなければなりません」

「とミサカは警告します」

 そう言って手に持った銃を上条に向ける少女達。
 まるで全員が一人の人間であるかのようにリレーして喋る少女の姿は確かに異様なものだった。
 しかし上条は銃を向けられたことも、少女達の醸し出す不気味さも気にしない。
 ただ少女達のことを思って懸命に語りかける。

「実験の再開って本当にお前らはそれでいいのかよっ!?」

「貴方が何を憤っているか分かりませんが」

「そもそもミサカ達はそのために生み出されました」

「実験を破綻させられたら」

「ミサカ達の存在理由も同時に消失します」

「作り物の体に借り物の心」

「ミサカ達は単価にして十八万円の」

「実験動物ですから」

 少女達の言葉に上条は悟る。
 彼女達は偽りを言ってない、本心から自分達を実験動物だと言っていることを……。
 きっとこのままでは何を言っても少女達には伝わらない。


「……仮に実験が中止になったら、お前達はどうなるんだ?」

「人間のクローンは国際法で禁止されていますから」

「必要なくたった検体は処分されるのではないでしょうか?」

 その言葉を聞いて上条は表情を歪ませる。
 実験には二万体のクローンが使われると聞いていた。
 単純に第9982次実験という言葉だけを考えれば、後に一万人以上の少女が実験を控えていることになる。
 数人ならともかく一万人を超える人間を救い出す手段を現状で上条は持たない。

「ちなみにそのツリーダイアグラムっていうのが再演算を行うまでに掛かる時間は?」

「学園都市では常に多数の研究の予測演算が行われていますから」

「今日明日に行われるということはないと思われます」

「ただし『絶対能力進化』とは学園都市が掲げる最大の目的ですので」

「少なくとも四日から五日の間に再演算ならびにその結果が得られるのではないでしょうか?」

「そうか」

 上条はその答えに小さく頷く。
 四日間で出来ることは限られてるだろうが、もしかしたら何か解決の糸口が見つかるかもしれない。

「ところでその質問に何の意味があるのですか?」

「とミサカは貴方に対して疑問を投げかけます」

「いや、何でもねえよ。 だけど一つだけ覚えておいて欲しいことがあるんだ」

「何でしょうか?」

「きっと今のお前達は実験動物としての生き方しか知らないんだろうし、きっと出会ったばかりの俺じゃあその考えを変えることもできない。 ただ……」

「ただ?」

「お前達の一人が生きていたことに泣いて喜ぶ奴もいるんだ。 それだけは忘れるなよ」

 それだけ言い残すと上条は少女達から遠ざかるように走り始める。
 恐らく自分よりも今回の件に詳しく、何か解決の糸口を見つけられるかもしれない少女の後を追って……。

次回予告

「Excuse me?」
 『妹達』に対する脳内情報の入力の監修を行っていた少女――布束砥信


(が、外国語!? 取り敢えずここは……)
 異世界から帰還した元勇者の少年――上条当麻


「……何やってるの、アンタたち?」
 絶望に抗うことを決意した学園都市第三位の超能力者――御坂美琴

今回は以上になります。
……某スレの次回予告がかっこいいので思わず真似てしまった。
そして今回の一方通行さんの間抜けぶり。
でも初戦の一方通行さんてこんなところがあったよね?
流れを見てもらえば分かると思いますけど、きっと彼もただじゃ終わらないだろうし。
改めて書きなおす上で上条さんのキャラ崩壊を気をつけるって言ってたんですが……またもや誰条さんに。
でもシリアスな場面じゃ仕方ない部分もあると自分で勝手に納得しています。
新スレを改めて立て直したわけですが、これからも読んでいただけると幸いです。
感想お待ちしています!!

イイネ!

最初の頃の一方さんはほんとヘタレだったよねww
というかカマチー、一方さんのキャラ付け後から考えた感があるしなあww


個人的に、ここは前スレの方が良かったと思う
上条には一人で抱え込んで必死に抗い続けて絶望の淵にいた御坂をすくい上げて欲しかったし
9982号の死や10031号への拒絶は御坂が妹達と向きあうのに大事な過程だと思うし
御坂が実験を阻止しようとする過程でが布束やアイテムと出会って学園都市の闇を知って
学園都市を敵にまわす覚悟を決めたことも無かったことになるのが残念

俺もここは前の方が良かった
こういう言い方だとヒロインが舞台装置って言われるかもしれないが、やっぱり絶望から救ってこそって感じがする
外野がうるさくてすまない

乙  人死には少ないほうがいいから9982号が救われるのは嬉しいかな  続きも待ってる
>>1は自分の納得のいくものを書いていけばいい あれもこれも意見を汲み入れようとして方針がぶれるのが一番まずいと思うよ

いくら何でも外野煩すぎ
確かに俺も上琴好きでこのスレ読んでるけど、別にそれだけが楽しみなわけじゃないな
実験に強化された状態の上条さんが介入するのは痛快だし、別にすぐにフラグを立てなくても物語の進行に合わせてゆっくり仲良くなっていけばいいと思う

乙です!!
ところでこのスレの上条さんは禁書の世界的にどれくらいの強さですか?
聖人より強かったりするのでしょうか?


一方戦を書き直すためにスレ立て直しまでやったのか

このくらいできないと秒殺される超強敵の登場予定でもあるのか?

どうも久しぶりです。
今から続きを投下します。

その前に少しレス返しを

>>32さん
確かに一方通行は初期の頃も含めて、色々と未熟な部分があると思います
ただそれが良くも悪くも一方通行の魅力だと思うので、このssでも一方通行のそういった面を書いていけたらと思ってます

>>33さん>>34さん>>35さん>>36さん
実はこういう風に書きなおすにあたって、このようなご意見が頂けるのは予め分かっていました
そしてネタバレというわけではないですが、自分の中での上琴像について少し語らせていただきます
確かに美琴が上条さんに恋心を抱いたのは鉄橋の上のシーン、ならびに絶対能力進化を止める姿を見てだと思います
ただ美琴はスキルアウトに絡まれていたのを助けられて?から上条さんに対して、
好意とまではいかないですが気にする描写は漫画も含めて多々ありました。
それは歪んだ形だったとはいえ、鉄橋の上での上条さんが来るまでの美琴の独白にもよく表れていると思います

美琴の脳裏には、一人の少年の顔が浮かぶ。
学園都市でも七人しかいない超能力者を軽くあしらうだけの正体不明の力を持ちながら、無能力の烙印を押された年上の少年。
そんな不当な扱いを受けているのに、虚勢でもバッタリでもなく、本当に『どうでも良い』と一言で切り捨てる強さを持つ少年。
絶大な力を持つのに決して奢らず、どんな弱者にもどんな強者にも分け隔てなく対等に接する事のできる、とても強い少年。
そう言えば、ほんの数週間前に美琴とあの少年はこの鉄橋でケンカをしていた。
あの少年は、自分とは何の関係もない不良達をケンカっ早い美琴から遠ざけるために、ピエロに徹してわざと不良達に追われて逃げていたはずだ。
もしも、仮に。
あの時すでに、美琴が街の裏に潜む実験の全てに気づいていて、あの少年に助けてと叫んでいたら、あの少年は立ち上がってくれただろうか?
きっと、立ち上がってくれる、と思う。
美琴にできない事も、あの少年ならできるような気がした。

自分の考えでは絶対能力進化はあくまでもキッカケに過ぎず、例え何も事件がない平和な世界でも美琴は自然と上条さんに恋していたのではないでしょうか?
まああの関係が続いていたら、そうなる前に上条さんが誰かとくっ付いてる可能性は否めませんが(笑)
そして美琴が上条さんへの恋心を自覚したのも、上条さんという人間の本質を知ったからなんですよね
禁書ヒロインの恋心は吊り橋効果と言われることも多いですが、美琴は最初の出会いを含めてゆっくりと熟成するような感じで上条さんへの想いを大きくしています
これが上条さん大好きな自分が上琴が好きな理由で、原作での行動も含めて一番上条さんを想っているは美琴で上条さんを一番幸せにできるのも美琴だと勝手に考えています
(これは完全に個人の考えなので、あまり深く考えないでください)

まあ要するに何がいいたいかというと、このssではすぐに上条さんと美琴の間に明白なフラグを立てるんじゃなくて二人の絆が深まるのを描写していきたいんです
だからあくまでもカップリングは上琴ですが、あまりいちゃいちゃは期待できないかもしれません
二人の日常の会話はできる限り入れていきたいですが
……長々とすみません

>>40さん
自分の中での勝手なランク付けですが、異能の力を抜きにした単純な戦闘力は
アックア(二重聖人)>削板>神裂(聖人)≧上条さん(前回投下分で限界を超えて錬環勁氣功を使った状態)
ただし前回投下分で書かれているように、上条さんがこの状態になれる時間は限られてるので神裂≧上条さんとなっていますが実際の力の差はもっとあると>>1の中での設定はそうなっています

>>41さん
一方通行戦を書きなおしたかったというより、両方の原作の読み込みが甘く前スレで指摘されていたように色々な矛盾が自分の中でも気になったのが一番の理由です
特にここは鬼畜美学を好きで見ている方は少ないと思いますが、そちらの知識がかなり酷いものとなっていました
クロスオーバーと銘打っている以上、ちゃんと両方の原作を踏まえてこれからは書いていきたいと思います

最後に……他のカップリングについてはノーコメントで
ただ上で書いたことが>>1の中での不変の真理となっています

では投下します

2、それぞれの思惑

学園都市第一位との戦いを終え操車場を離れると、上条は今起こっている事件の根本的解決策を求めて二人の少女の後を追った。
すぐに病院に向かう途中の二人に追いついた上条だったが、少女の内の一人は大怪我を負っており病院に着くや否や緊急手術が行われる。
手術が終わるのを待つ上条ともう一人の少女の間に会話は殆どなかった。
少女は手術の成功を祈るように両手を結んで目を閉じている。
氣を読んで手術中の少女の命に別状がないことは分かっていたが、上条がそのことを告げても少女が表情を緩めることはなかった。
それに命に別状がないと言ってもあれだけの大怪我だ、手術が長丁場になつことは間違いないだろう。
しかし上条の予想を裏切って手術中のランプがあっという間に消え去り、執刀医と数人の看護師と共にストレッチャーに乗った少女が手術室から出てきた。
二人は少女の安否を確認するためストレッチャーに駆け寄る。
少女は呼吸器を付けているものの顔色もよく、執刀医も無事に手術は成功したと言っていた。
もちろん医者の言葉を疑うわけではないが、少女の身を案じた上条は自身の手で氣の流れを読んで少女の状態を確認する。
すると千切れていた左脚も無事に繋がったようで、少女の身体全体を氣が正常に循環していた。
もしかしたら再び接合できる可能性があるかもしれないと、操車場を去る際に見つけた少女の左脚を運んできて正解だったようだ。
どこかカエルを彷彿させる面白みのある顔とは裏腹に、執刀医の腕は確かなものだったらしい。
そして少女が運ばれた病室の外で、上条はもう幼馴染の面影を持つ少女と話をする機会をようやく得たのだった。

「あの、あなたってもしかして……」

最初に声を掛けてきたのは少女の方だった。
恐らく上条と少女が考えてることは同じで、少女が何を言わんとしてるかはすぐに分かる。

「えっと、久しぶりになるのか?」

その言葉に少女は顔を歪ませる。
その表情は単に苦痛だけでなく、疑念、驚き、そして喜びなど様々な感情が込められたものだった。

「本当に……本当に当麻お兄ちゃんなの?」

この病院でカレンダーを見た時から、暁月のしていた話と異なることには気付いていた。
異世界と元の世界における時間の差異はあくまでも暁月の世界だけのものだったようで、上条が異世界で過ごしたのと同様にこの世界でも五年の月日が流れていたらしい。
そしてこの世界に帰ってきてから最初に出会った少女は……。

「やっぱり美琴だったのか」

「やっぱりって、今まで一体どこで何をやってたのよ!?」

そう言って自分を怒鳴りつける少女の表情は昔から少しも変わらない。
目の前の少女は紛れもない上条の幼馴染である御坂美琴だった。

「えーと、それを話すと多分長くなるんですが……話さなきゃ駄目?」

「駄目に決まってるでしょうが!! 私だけじゃない、刀夜さんも詩菜さんもどれだけ心配したと思ってるの!?」

「うっ、それは確かに大変申し訳なく思うのですが、こればっかりは上条さんの責任じゃないっていうか何ていうか……」

上条は美琴のまるで自分を責めるような言葉に思わず狼狽えてしまう。
確かに心配を掛けてしまったのはすまないと思うが、異世界に跳ばされたのは完全に不可抗力だ。
それにこの五年間のことを話すには、いくら時間があっても足りない。
状況が緊迫している今、異世界での体験談を語っている余裕はなかった。

「ハァー、今は取り敢えずアンタが無事だったってことが分かっただけで良しするわ」

「お、おう」

美琴もそのことを分かっているのか、大きく溜息を吐いただけで深く追及してくるようなことはなかった。
急に美琴の自分に対する呼び名が変わったことに少し違和感を感じる上条だったが、それを言葉にする前に美琴が深く頭を下げる。

「それとあの子を助けてくれて本当にありがとう。 ……感謝してるわ」

「クローンって言ってたけど、もしかしてあの時の?」

「……うん」

美琴が頷いたのを見て上条は表情を歪ませた。
学園都市における上条の知識は五年前から変わっていないが、それでもクローンがどんなものかくらいは知っている。
そして美琴がかつてクローンの元となるDNAマップを提供したことがあることも……。

「お前にとって辛いことだっていうのは分かってる。 でも話して欲しいんだ、今がどういう状況にあるのか」

「悪いけど、それはできない」

「おいっ!!」

即答だった。
思わず声をあげる上条だったが、美琴の表情から見て取れる決意はとても固い。

「今回の件は学園都市の単純に闇と呼べるような部分だけじゃない、きっと学園都市の上層部も絡んでる」

「どういうことだ?」

「学園都市における超能力開発の最終的な目的を覚えてる?」

「確か……」

「SYSTEM――神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの、レベル5を超えた先にあるモノ。 つまりレベル6を生み出すために行われてるこの実験は学園都市の目的そのものなのよ」

「それってまさか!?」

「樹形図の設計者にこんな馬鹿げた実験の申請が通ったことからも分かるけど、今回の件は学園都市が公に認めてる。 もちろん内容が内容だから明るみに出ることはないでしょうけど、もし実験を止めようとすれば……」

「……学園都市を敵に回すってことか」

上条の言葉に美琴は顔を伏せる。
建前上学園都市は日本の一都市とされているが、その行政・立法・司法は統括理事長および統括理事会によって独自に運営されており、その他の外交・軍事・経済・警備体制も非常に独自性が高いため、実態は独立国家とそう変わらない。
つまり学園都市の意に逆らうということは一国家を敵に回すことと同義なのだ。
いくら強大な力を持とうとも、個人で相手取れるような敵ではないだろう。

「今まで何をしてたのかは知らないけど、せっかく無事に帰ってきたんだから。 私のことは気にしないで、刀夜さんと詩菜さんに元気な顔を見せてあげなさいよ」

「もちろん父さんと母さんにはちゃんと帰ってきたって伝えるさ。 でもお前はこれからどうするんだよ?」

「え?」

「五年間会ってなくたって、お前がこんな状況を黙って見逃せる人間じゃねえってことくらい分かってる。 実験を止めるために一人で戦おうとしてるんじゃないのか?」

「……私が蒔いた種だもの、自分の手で片をつけるわ」

「それが筋違いって言ってるんだよ」

「筋違いって何よっ!? 私が不用意にDNAマップを提供したせいで、もう9981人の命が失われてるのよ!! これは私自身が背負わなくちゃいけない罪なんだから!!」

「……確かにDNAマップを提供しちまったお前にも責任があるっていうならあるのかもしれない。 でも俺はお前がDNAマップを提供した理由を知ってる。 それは間違った使われ方をされちまったけど、あの時のお前の気持ちまで間違いだったなんて言わせない!!」

美琴がDNAマップを提供したのは筋ジストロフィーの子供達の治療が目的だった。
当時レベルはまだ低かったものの電撃使いとしての能力に目覚めていた美琴の能力を解析して植え付けることができれば、通常の神経回路を用いなくても筋肉を動かすことが可能かもしれない。
自分の力が病気の人の役に立つと無邪気にはしゃいでいた幼い頃の美琴の姿が上条の中で鮮明に思い出される。

「もちろん実験を潰すのを止めろなんて言わねえよ。 だけどな、だからって一人で戦わなくちゃいけない理由にはならねえだろ」

「でもこれは私の罪で、無関係なアンタを巻き込む訳には……」

「ああっ、くそっ!! ホント、お前は昔から頑固で変わらねえな」

今の置かれてる状況を考えれば美琴が一人で思い悩むのも理解できる。
それに自分の身を案じて巻き込むまいとしているのは明白だった。
だが例え美琴に拒絶されようと、上条自身の実験を止める意思は変わらない。

「そっちがそういう態度を取り続けるなら、俺も態度を改めなきゃならない。 悪いが力づくでも言うことを聞いてもらうぞ」

どうすれば美琴の考えを変えられるか、その答えを上条は異世界で嫌というほど見てきている。
女の涙を止めるためなら何でもするという美学の下、親友である暁月は錬環勁氣功の『スケベ』な使い方を遺憾なく発揮していた。
その効果は覿面で、実際に暁月は多くの女性の涙を止めることに成功している。
自称・紳士である上条は暁月のように無闇に錬環勁氣功を使う気はないが、目の前にいるのは大切な幼馴染だ。
例え表面上は泣いていなくても、彼女の心が悲鳴を上げていることは嫌でも分かる。
そして上条は……。

「……え?」

美琴は何をされたか理解できずに、疑問の声をあげる。
上条がしたのはただ美琴の額を右手の人指し指でトンと突いただけだった。
力づくで言うことをきかせるという言葉に少し不穏なものを感じていたのだろう。
美琴は訳が分からないといった様子で上条の顔を見つめてくる。

「結局アンタは何がしたかったわけ?」

「少しでもお前が自分の気持ちを吐き出せるように、素直になれるツボを押してやろうと思ってな」

「訳が分からないんだけど。 それに素直になるって別に私は……」

「あのなあ、いくら強がったってお前はまだ十四歳の女の子だろ? 辛い時は辛いって言ってもいい、助けて欲しい時は素直に助けを求めたっていいんだぞ」

「っ!?」

その言葉に少し表情を固くした美琴を見て、上条は自分の考えが正しかったことを確信する。
確かに美琴は昔から正義感が強い少女だったが、それでも今の状況は単に正義感が強いだけで耐えきれるようなものではない。
しかし美琴は心に深い傷を負っているものの、自分の罪から目を逸らさず現実と戦おうとしている。
そして美琴が頑なに一人で戦おうとしている理由を考えた時、今の美琴が置かれている立場が思い浮かんだ。
学園都市の第三位『超電磁砲』、学園都市の第一位と名乗った少年は美琴のことをそう呼んでいた。
レベル5の第三位ともなれば、きっと周りからは羨望の眼差しを向けられ、寄せられる期待も多大なものだろう。
だが時にそういった羨望や期待は人を孤独へと追いやる。
ましてや美琴はまだ十四歳の中学生に過ぎず、その孤独によって何でも一人で抱え込もうとするほど追い込まれてしまっていてもおかしくない。
それならば上条がすべきことは錬環勁氣功を用いて無理に訴えかけることではなく、単に本来の美琴の姿を引き出してやればいいだけだ。
今の状況でそれができるのは、決して自惚れではなく自分だけだと思う。

「それにお前が本当にあの子達を救いたいって思ってるなら、尚更一人で何でも背負いこまない方がいいに決まってる。 具体的に俺に何ができるか分からないけど、それでも少しは力になれるかもしれないしな」

「……何でよ? さっきだってあの子を逃がすためとはいえ、一人で一方通行の相手まで引き受けて……。 この件とアンタは無関係なんだから、見て見ぬ振りをすればいいだけじゃない!!」

「あのなあ、さっきから無関係無関係って……。 確かにお前にとっちゃ俺はもう他人なのかもしれないけど、俺にとってお前は五年前から変わらない大切な幼馴染だ。 そんなお前を放っておけるわけねえだろうが」

「ご、ごめんなさい、他人とかそういうつもりじゃ……」

「そりゃ五年も顔を合わせてなかった人間が突然出てきて、いきなり信用しろっていうほうが無理な話だとは思うけどな。 でもだからこそ俺の前で肩肘張る必要はないんじゃねえか? 俺が知ってるのはレベル5なんて関係ない普通の女の子の美琴だけなんだからさ」

「ずるいわよ、そんな言い方されたら私……」

「とにかく俺は自分自身の意志であの子達を助けるために、お前の力になりたいと思ってる。 だから俺が自分を貫くためにも、お前に協力させてくれないか?」

「……本当にこんな私の力になってくれるの?」

「当たり前だ」

「全ての元凶である私が救いを求めるのは虫が良いってことは分かってる。 それでも私は……」

上条を巻き込むことにまだ躊躇いを感じているのだろう、
その表情に戸惑いと罪悪感を浮かべながらも、美琴は『絶対能力進化』とその前身である『量産型能力者計画』について語り始める。
そしてそれと同時に上条の『絶対能力進化』の実験を止めるための戦いが始まるのだった。




一方通行が目を覚ましたのは薄暗い部屋の中だった。
その部屋には見覚えがあり、確か数多くある『絶対能力進化』に関わる研究所の一室だった筈だ。
研究所というより計算室といった感じの内装で、四方の壁を業務用冷蔵庫のような最新式の量子コンピュータが埋め尽くしている。
そして意識が覚醒したの束の間、一方通行は頬に激しい痛みを感じた。
能力が発現してからずっと忘れていた感覚に戸惑いを覚えると同時に、酷い眩暈に襲われる。

「ようやく目が覚めたか?」

その言葉にまだ上手く体を動かせない一方通行は視線だけを声の主に向ける。

「だがまだ無理に体を動かさない方がいい。 頬骨は複雑骨折、お前がここに運び込まれた時は脳震盪も起こしていたからな」

白衣を着た何処か顔色の悪い男の名前は天井亜雄、『絶対能力進化』の実験を推し進める研究者の一人だ。
天井は一方通行と一瞬だけ目が合うと、すぐに目の前のモニターに視線を戻してしまう。
頬骨の骨折と脳震盪という言葉を聞き、一方通行は意識を失う前に何が起こったか記憶を辿る。

「そォか、俺はあの三下に……」

「想定外の乱入者だったとはいえ、お前が他人に倒されるとまでは誰も予想していなかった。 今はお前が倒された時の状況をデータ化し、樹形図の設計者に再演算の申請を行うための準備に追われている状況だ」

「チッ」

どこか忌々しげに言う天井に対して、一方通行は舌打ちを返す。
彼にとってもあの敗北は予想外のものだった。
それも為すすべなく一方的に叩きのめされた完全な惨敗。
あの乱入者によって学園都市第一位としての自信だけでなく、強さ以外に自分の価値を証明するものがない一方通行は己の存在意義すらも完全に打ち砕かれていた。

「舌打ちをしたいのはこちらの方だ。 もしこの実験が頓挫でもしたら私は……」

「うるせェな、オマエの身の上話なンか知ったこっちゃねェンだよ。 言われなくても俺が負けることは二度とねェから安心しろ」

「そんな保障がどこにある? あんな惨めに敗北したくせに、よくもそんな偉そうな口を……」

しかし天井の言葉が最後まで続くことはない。
一方通行はベクトルを操作し一瞬で天井の背後へと移動すると、そのまま天井の体を研究所の床に叩きつけていた。

「がぁっ!?」

「今は虫の居所が悪ィンだ。 命が欲しけりゃ、あンまり舐めた口利ィてンじゃねェぞ」

一方通行の形相に思わず天井が悲鳴をあげようとしたその時、ドアを開いて何者かが部屋の中に入ってきた。

「あらあら、あまり穏やかな状況とは言えないわね」

「芳川かァ?」

芳川と呼ばれた女性は同僚である天井が組み伏せられていることは特に気にならないのか、そんな殺伐とした雰囲気の部屋にズカズカと足を踏み入れてくる。
そして一方通行と天井の近くにまで寄ると、天井のことを見下ろす形で用件を告げた。

「私の担当していた分の解析は既に終わったわ」

「やはり君は優秀だ。 私もあと小一時間ほどで作業が済む。 ……尤もこの状態のままでは、それも叶わないがな」

天井の言葉に芳川は一方通行へと視線を移す。

「あなたもまだ無理はしない方がいいんじゃないかしら? 怪我だって決して軽いものではないんだし」

「チッ、分ァったよ」

芳川の言葉に一方通行は仕方なく天井の上から立退く。
天井の表情はまだ怯えたものだったが、少しだけ休憩すると言って部屋を出ていった。
芳川はそんな二人の様子を見て大きく溜息を吐いたが、何か思い出したように再び一方通行に声を掛ける。

「ところで例の乱入者についてなんだけど」

「あの三下の情報について何か分かったのか?」

「一応ね」

「なンか含みのある言い方じゃねェか?」

「まず初めに彼の名前は上条当麻、学園都市の書庫によると恐らく十五歳で現在のレベルについては分からないわ」

「恐らく十五歳って、いくらなンでも曖昧すぎやしねェか? 現在のレベルが不明ってェのも腑に落ちねェンだが」

「だって彼、この五年間行方不明だったんだもの」

「行方不明だァ?」

「衛星の監視カメラの映像と書庫のデータを照らし合わせると本人である確率は99%以上らしいけど、まあ別人である可能性もないとは言い切れないわね」

「……」

「失踪当時の年齢は十歳、身体検査による能力の判定はレベル0ね。 仮に本人だとしても、今も無能力者ってことはないでしょうけど」

その言葉に一方通行は乱入者の少年との戦いを思い出す。
正直どのようにして倒されたのかすら記憶は曖昧で、覚えているのは気付いた時には少年が目の前にいたということだけ。
次の瞬間には反射を破られ殴り飛ばされていた。
そして少年が反射を破ったとするならば、オリジナルのレールガンを打ち消したことにも合点がいく。
レールガンを打ち消し、自分の反射を破ったことからも、少年の力は相手の能力を無効化するものと見て間違いないだろう。
尤もレールガンを打ち消したのも、反射を破ったのも位置的に見て右手であるため、それが偶々なのか効果範囲が右手だけなのかは分からないが。
そして能力を無効化することが少年の力とするならば、他にも腑に落ちないことがある。
機関車に押し潰される直前だった人形の一体を救い出したこと、そして殴られる直前に見せた少年がまるで数人に分裂したかのような現象。
そこに何らかしらの力が働いていることは間違いない。

「まさか多重能力者とでも言うンじゃねェだろォな」

「どうかしら? ただ彼の姿が数人に分かれたように見えた現象のタネは分かったけれど」

「残像だろ?」

「あら、気付いていたの?」

「最初は人形を機関車の下から連れ去ったのも、オリジナルのレールガンを打ち消したのも空間移動系の能力だと思ってたンだがな。 仮に連続で転移を繰り返したとしても、点と点を移動している以上あんな風に分身してるようには見えねェ筈だ。 そして空間移動系の能力者じゃねェとすると、人形を救い出したことも含めて考えられるのは……」

「彼は高速で移動することが可能な何らかしらの能力を持っている。 監視衛星からの映像をスロー再生したら彼が高速で移動しているのを確認できたわ」

「分身したように見えたのは高速の移動に静止の動作を加えることによって生み出された残像ってことだろ。 それだけの速さで動けるなら人形を救い出すこともわけねェだろォからな」

一方通行はそこで一旦言葉を止める。
そして芳川の顔を正面から見据えると、確認するように言葉を続けた。

「それで、そンなことだけ話しにきたわけじゃねェンだろ?」

確かに実験に介入されたことを考えれば、乱入者の話題があがっても不思議なことはない。
しかし『絶対能力進化』は『樹形図の設計者』によって演算された二万通りの戦闘シナリオを完遂することで達成されるという緻密な実験だ。
本来ならば今後そのような事態にならないよう細心の注意を払うのが当然の措置で、少なくとも一方通行自身に乱入者についての余計な情報は必要ない。
にも拘らず芳川は乱入者の素性を洗い出しただけでなく、わざわざ丁寧にその能力の解析まで進めて一方通行に伝えていた。
そこには何らかの意図がある筈だ。

「そうね、本題はここから。 今回の件を受けて、研究者達の間でもこの実験における成果に疑問を抱く人間が現れているわ」

「……俺があの三下に負けたからか?」

「あの映像を見ても彼が只者でないことは確かだけどね。 でも彼に関する正確な情報は簡単なプロフィールと、少なくとも五年前の時点ではレベル0だったということしかないのよ」

一方通行は芳川の言葉にある引っ掛かりを覚える。
それは一方通行もかつてから疑問に思っていたことだった。
しかし仮にそれが事実だとしても、一方通行がレベル5の第一位であるということは変わらない。
だからこの場で深く追及するようなことはしなかった。

「あなたがこの実験に参加した理由は『最強』を超えて『無敵』になるためだったわよね?」

「あァ」

「あなたの中で『最強』と『無敵』という言葉が持つ意味は違うものかもしれない。 でも傍から見れば最強も無敵も大した違いはないのよ」

「……」

「あなたがレベル6になる可能性があると導き出されたのは単に能力の強さによるものだけではないわ。 能力の成長の方向性も含め、様々な要因を考慮した上であなたが実験の被験者に選ばれた。 そもそもレベル5の序列自体が単に強さによるものではないのだけれども、そんな事実を捻じ曲げてしまうほどレベル5の第一位=最強という認識が研究者の間ですら持たれている」

「……つまり乱入者に負けて『最強』ですらなくなった俺が本当にレベル6に到達できるか疑問視されてるってわけか?」

「そう思っているのは本当に一部の研究者だけよ。 でも下手に離反者が出ると、この実験が明るみに出る可能性も捨てきれないから」

「要するにオマエらは弱気になってる研究者共に俺が最強ってことをもう一度証明しろって言いてェンだろ?」

「話が早くて助かるわ」

「面倒臭ェけど、やるしかねェな」

「……あなたは本当にそれでいいのかしら?」

「どォした、急に?」

「この実験は人道的に見てどうかはともかく、レベル6を生み出すという大義がある。 でもあなたがこれからしようとしているのは……」

「何をいまさら躊躇う必要があるってェンだよ? そもそも最初に邪魔してきたのはあの三下の方だろォが。 俺が『無敵』になるのを邪魔しよォって奴は何者だろォと叩き潰すだけだ」

「……そう、あなたがそれでいいなら別に構わないのだけれどもね」

「時間と場所が決まったら連絡しろ」

それだけ言い残すと一方通行は部屋を出ていく。

「あなたの決断を否定するつもりはないわ。でもあなたが『無敵』を目指した本当の理由は一体何だったのかしら?」

そして残された芳川は、彼女以外誰もいない部屋で一人そう呟くのだった。




第七学区にある病院に駆け込んでから数時間、美琴から全ての事情を聞いた上条は病院にあるソファーで仮眠を取っていた。
本来なら二日程度は睡眠を取らなくても支障はないのだが、休める時は休んだ方がいいに決まってる。
それに身体の限界を超えて錬環勁氣功を使った反動も完全に消え去ったわけではない。
限られた時間の中でこれからしなければならないことを考えれば、万全を期すに越したことはなかった。
しかし心地よかった眠りも何者かが近づいてくる気配によって妨げられる。
何か訳ありだということを悟ってくれたのだろう、『妹達』の一人9982号の病室は一般病棟から離れた特別病棟に用意されていた。
どうやら今現在その病棟に入院している患者はいないらしく、上条の他には入院している9982号と彼女に寄り添っている美琴しかいない。
目を覚ました上条は咄嗟に二人の氣を確認するが、二人とも病室の中で眠っているようだ。
そして今の時刻は夜明け前で、昨夜の時点でいなかった患者が新しくやって来たとは考えにくい。
氣を探る範囲を広げると、夜勤だった看護師達も今は一般病棟にある宿直用の部屋で休んでいるのが確認できる。
そうなると考えられるのは……。

「Excuse me?」

そして訪問者はすぐに上条の下に辿り着いた。
上条が仮眠を取っていたソファーは9982号が入院している病室の正面に設置されている。
緊急事態に備えて、元あった場所からこの位置まで運んできたのだ。
ちなみに病室にはベッドが二つしかなく、そこはもちろんレディーファーストということで入院している9982号の他に美琴が使用している。
美琴は上条にベッドを使うよう言って譲らなかったが、流石にそこは男としての矜持がある。
それに病室の中で待機しているよりも、こうやって入り口付近にいた方が何かあった場合に色々と対処しやすい。
現に今も美琴と9982号がいる病室に入られる前に、こうやって訪問者と対峙できている。
しかしそれ以上の問題が上条に降りかかっていた。

(が、外国語!?)

訪問者は上条と同じか少し年上くらいの少女だった。
少し陰気な雰囲気を纏っているものの、敵対するような意思は感じられない。
尤も昨日の晩に入院したばかりの9982号がいる病室にこのタイミングで訪れているのだから、実験の関係者であることは間違いないだろう。
更に少女に対して警戒を深める上条にとって、少女から出てきたのが未知の言葉ともなれば混乱するのが道理だった。

(くそっ、どうする!? 流石に相手の素性も分からないまま美琴達に会わせるわけにもいかねえし)

確かに少女から敵対するような意思は感じられないが、それはあくまで上条の主観に過ぎない。
実験と直接関係がない上条はともかく、美琴や9982号を狙っていないとは限らなかった。

(そもそも何語かすら分からねえし、取り敢えずここは……)

そして上条は大きく一回深呼吸すると、意を決した様子で口を開いた。

「は、ハロー?」

上条が唯一知っている外国語である英語、その中でも基礎中の基礎の挨拶を上条は少女に放つ。
世界共通語とまではいかないが、英語が世界で最も流通している言語だという知識くらいは上条にもある。
しかし少女は上条の挨拶に顔を顰めると、再び口を開いた。

「Hello? If anything 今は Good Morningと挨拶した方が正しいと思うのだけれど?」

「イフエニシング? っていうか日本語!?」

「日本人が日本語を使うのがそんなにおかしいかしら?」

「だったら最初から日本語だけ使えよ!!」

上条は思わずそう口にするが、少女は訳が分からないといった様子で小首を傾げている。
恐らく少女の口癖か何かなのだろうが、英語の知識が全くないと言っても過言でない上条にとっては前後の会話の流れが把握しづらいことこの上ない。
上条はこの五年間異世界で生活していたため、今現在の学園都市における知識だけでなく、このように英語といった最低限の教養も足りない状態だ。
しかし例え英語の知識が殆どないにしても『Excuse me?』という挨拶自体は英語において完全な基本なので、例え異世界に跳ばされた当時十歳だったとしても上条が知っていて何らおかしなことはないが……。
それに上条の事情など知らない少女からしてみれば、いきなり理不尽にキレられたようなものだ。

「Let's see……何を怒っているか分からないけど、あなたが上条当麻で間違いないわよね?」

「何で俺の名前を知っ……」

いきなり自分の名前が出たことに上条は少し驚く。
そして真相を聞こうと少女に詰め寄ったが……。

「へ?」

ボスッという音と共に、上条の顔面は何かやわらかいものに包まれていた。

「……こういった場合はどういう反応をすればいいのかしら?」

声のした方を上条が見上げると、そこにはジト目で自分を見下ろす少女の顔があった。
まだ限界を超えて錬環勁氣功を使った反動が抜け切れてなかったようで、足が縺れて少女の胸にダイブする形で躓いてしまったらしい。

「ご、ごめん、すぐに退くから……」

しかし上条が体勢を整えるよりも早く、別の少女の声がその場に割って入った。

「……何やってるの、アンタたち?」

上条が振り返った先にいたのは、何故か鬼の形相で仁王立ちしている美琴の姿だった。




「……Well,そろそろ本題に入ってもいいかしら?」

何故か実際に被害に遭わせてしまった少女ではなく美琴から上条は長々と説教を受けていた。
有無を言わさぬ美琴の説教に訪問者である少女も割り込むことができずにいたのだが、流石にこれ以上は待ち切れなかったのだろう。
少女の言葉によって我に返った様子の美琴は上条から少女に向き直る。

「……久しぶりね、布束砥信」

「As expected 私のことは調べ上げていたみたいね」

布束という名前には上条も聞き覚えがあった。
美琴が『絶対能力進化』を知るキッカケを作った女子高生だと聞いている。
そして彼女も実験を止めるために動いているのではないかと美琴は推測していた。
しかし布束に対する美琴の態度は友好的なものとは言えず、緊張した空気が張り詰める。

「アンタもあの実験に関わっていたんでしょ?」

「……ええ」

「何であんなことができるの? レベル6なんて本当にあんなことをしてまで欲しいものなの?」

「あの計画に参加している人間は私も含めてどこかイカれてるということは否定しないけど、理非善悪を言っているなら話が変わるわ。 例えばガンを完治する治療薬の開発のメドが立ったとして、それにモルモット二万匹の実験データが必要だとしたら、あなたはどうするかしら?」

「……つまりあの子達はモルモットと同じだって言いたいわけ?」

「少なくても彼ら研究者にとっては同じことなの。 レベル6に至るために人工的に製造されたモルモット。 もちろん私利私欲でやっている人間もいるし、本当にネジが外れている者もいるわ。 でも彼ら研究者には殺人を犯しているという認識はないの。 ……私もそうだったから」

「だったら何で実験を妨害するようなことをしてたの? マネーカードをバラ撒いてたのもそのためなんでしょ?」

布束はマネーカードを街中にバラ撒くことによって監視カメラの死角を人の目で補完し、そこで行われる筈だった実験を阻止しようとしていたらしい。
尤もこの話を聞いた時は美琴も布束の言う実験が何を指しているのか分かっておらず、もっと早く気付いていればと後悔していた。
ただ仮に美琴が実験に気付いて止めに入っていたとしても、美琴の力が一方通行に届くことはなかっただろう。
操車場での一方通行の態度を見れば、下手をすると殺されていた可能性すらある。
美琴が無事だったことに安堵すると同時に、その裏で失われていた命があることを考えると上条はやるせない気分に陥るのだった。

「我ながら単純だとは思うけど……」

そして布束は静かに語り始める。
『妹達』の一人が外部研修をするに当たって初めて外の世界に足を踏み入れた時のことを。



『外部研修に出るにあたって聞いておきたいことはあるかしら?』

『外の空気は甘いのでしょうか、それとも辛いのでしょうか?』

『……何を言っているの?』

『外部の空気はおいしいと教わりました。 ミサカは甘いほうが好みなのですが、とミサカは自分の好みを吐露します』

『……まあ、実際に出てみれば分かるわよ』


『……失望させちゃったかしら?』

『……いえ、そんなことはありません。 様々な香りが鼻腔を刺激し胸を満たします。 一様でない風が髪をなぶり身体を吹き抜けていきます。 太陽光線が肌に降り注ぎ頬が熱を持つのが感じられます』


『世界とは……こんなにも眩しいものだったのですね』




「あの時から私は彼女達を造り物とは思えなくなった。 世界が歪んだ醜いものにしか見えていなかった私よりも、彼女の方がずっと人間らしいと思ったから……」

そこまで言って布束は言葉を一旦切った。
彼女にも何か思うところがあるのだろう、何かを思い出すように布束は目を細めている。

「今日ここに来た理由の一つは、あなた達にお礼を言うつもりだったの」

「お礼?」

いきなりそんなことを言われても心当たりがない上条はそう聞き返す。
すると布束は病室の入り口越しに部屋の奥にあるベッドにに視線を向けた。

「そこの病室で眠ってる彼女が、今の私の話に出てきた個体よ」

「……そうだったのか」

「No doubt それが偶然に過ぎないことは分かっているわ。 それに私は実験を止めるために動いていたけど、彼女個人を助けようとはしていなかった。 Certainly 私も他の科学者達と大差ないのでしょうね。 ……But あなたは違うでしょ?」

そう言って布束は上条から美琴に向き直る。
そんな布束の視線から目を逸らさずに、美琴も真っ直ぐに彼女の目を見据え返した。

「彼女が殺されたと勘違いして、あなたは逆上して一方通行に襲い掛かった」

「うっ、何でそれを……」

「学園都市全体を常に監視衛星が監視してることは知っているわよね?」

「……やっぱり、この実験は学園都市が認めてるものなのね」

監視衛星であの時の状況が確認できるにも拘らず、警備員や風紀委員が動いた気配はまるでない。
どこまで学園都市のセキュリティに対して実験の関係者の手が回っているかは分からないが、そのことは少なくとも現状で公的な手段に則って実験を阻止することが不可能なことを示していた。

「At least あなたは私と違って彼女達の死に憤ることができる真っ当な人間の筈よ。 そんなあなたは……彼女達をどう見るの?」

布束の問い掛けに美琴は少し顔を顰めながらも即答した。

「……私はクローンなんていきなり言われても、あの子達をすぐに同じ人間だなんて思うことはできない」

「……そう」

美琴の言葉が期待していたものと違ったのだろうか?
布束の表情に少し翳りが差す。
しかし美琴の答えはそこで終わったわけではなく、布束に対して美琴は言葉を続けた。

「でも私はあの子達について何も知らない。 どんなことを考えて、どんな風に喜んで……そして何に悲しんだり怒ったりするのか」

「あなた……」

「私は全ての元凶として、あの子達のことをもっと知らなくちゃいけない。 だからこれ以上、あの子達を死なせるつもりはないわ」

不器用で飾り気のない言葉ながらも、却ってそれが美琴の決意の固さを窺わせる。
そのことを布束も悟ったのか、少し表情を崩しながら会話を続けた。

「……思ったよりも素直な反応ね。 これもそこにいる彼のおかげかしら?」

「なっ!? 別にコイツは関係な……」

美琴の言葉に上条は思わず苦笑いを浮かべる。
最初にお兄ちゃんと呼ばれた以外、アンタやらコイツやらと美琴の態度は昔に比べて随分と余所余所しい。
この五年で上条自身だけでなく美琴もそれなりに成長しているため、すぐに昔のような関係に戻るというわけにはいかないのだろう。

「That aside 私達の目的は同じって認識でいいかしら?」

「……そうね。 目的が同じである以上、協力するかはともかく最低限情報を共有することは必要でしょ」

美琴の言葉に布束も頷く。
すると布束は美琴から上条へと視線を移す。

「あなたは恐らく私達が取ることができた道とは別の活路を見出してくれた」

「俺が?」

「……でもそれはこの実験を中止に追い込む活路を切り拓くと共に、結果としてあなた自身がこの実験に深く関わることになってしまった」

「ちょ、ちょっと待って!! コイツが実験に深く関わってしまったってどういう意味よ!?」

布束に対して美琴は怒鳴り声をあげる。
美琴自身も上条に実験を止める力になって欲しいと頼んでいたが、それでも本心から納得していたわけではなかったのだろう。
そんな美琴の気遣いを嬉しく思いながらも、上条自身は布束の言葉を黙って聞いていた。

「一方通行の次のターゲットは『妹達』じゃない。 ……あなた自身よ、上条当麻」

以上になります
前に比べて少しでも上条さんらしさを出せてればいいんですが
そして一方通行はここからは真骨頂です
まあ結末は決まってるので何とも言えませんが
ご意見や質問などがあれば、受け付けています
またArcadiaでも同タイトルで作品を投下しています
あちらは後で気付いた間違いなどを直したものを投稿してます
こちらで何か言いづらいことも、あそこは酷評上等の場所なので全然気にしないでビシバシ厳しい意見も大歓迎です
それによって話の中身が変わることはありませんが、改善できる点や参考にすべき点があったら今後に活かしていきたいと思います
では感想お待ちしています

……次回予告は自分には無理でした
次章に入る時だけに留めておきたいと思います

乙です

>>42
>>33ですが、御坂の恋心より、御坂と妹達の関係のことを指摘したつもりなんですけど……
妹達編でのことは全て、御坂美琴というキャラを構成するにあたって必要なんじゃないのかな? って
まあ、あくまでも個人の意見なんですけど

ちょっとだけ返レスを

>>59さん
仰る通りだと思います
原作では絶対能力進化の全体を通して御坂美琴のキャラが綺麗に描写されてました
ただ別に自分は何も妹達を必要以上に殺さなくても御坂美琴というキャラを構成は可能だと思いますし、それこそが再構成の醍醐味だと思っています
原作では妹達が今も殺されている可能性があると知りつつも、美琴は研究所の破壊に向かっていました
これは今回の布束のセリフと少し引っかけているのですが、あの段階で美琴は妹達を救うというより実験を阻止するのがメインだったわけです
もちろん美琴が選べる選択肢はそれしかなく、実験を阻止することが妹達を救うことに繋がることは分かっています
ただこのssでは9982号が助かっており、実験自体も少し遅延されています
要するに妹達の死とは違った形で妹達と向き合うチャンスができたわけです
それに実際は死んでいなくても、9982号が機関車に押しつぶされそうになった光景は今まで同じようなことが繰り返されてきたと美琴のトラウマに十分なっていると思います
死んでしまった妹達、今生きている妹達、美琴が彼女たちにどう向き合うかが本質的に大切なことだと個人的に思っています
そのことに違和感を感じられるのであれば完全に>>1の力量不足なわけですが、今回は特に構想していた内容を変えるつもりはありません
どうしても無理な場合は大変申し訳ありませんが、このssはこういうものだと割り切っていただくしかないと思います
まあ完全に>>1の妄想なわけですし、これ以降も無理だと思われるなら切り捨てていただいても構いません
ただ>>59さんのようにご意見をくださるのは非常に励みになるので。できれば今後もアドバイスなどをいただけると嬉しいです

長々とすみませんでした

>>60
返レスありがとうございます
おかげで納得できました



サンドバックにボコられ続けるに似た実験を行う一方へ合掌

>>63
まあ原作の一方通行は喧嘩慣れしてる上条さんに負けるレベルで、ここの上条さんは戦闘慣れしてるからね
ただ今回の投下で能力の本来の本質である限りなく本物に近い推論を導き出す片鱗を見せてるから一筋縄ではいかない可能も

>>58
少なくても今の段階であと一回は強化可能だから、切るのは早計かもしれないよ
まあそもそも神崎なんてキャラはいないわけだが

10時15分過ぎに投下します
皆さんの続きを楽しみにしてるという声が嬉しくて堪りません

>>62さん
納得していただけたようでよかったです
まだ実際はそこら辺の描写ができてるわけではないので、少しでも期待に添えるようなものが書けるよう頑張ります

>>63さん>>64さん
まあ基本的に原作の上条さんも命懸けとはいえ勝てる相手ですから
ただ単純に上条さん無双にならないようには注意するつもりです
まあ戦闘描写が雑なのは前スレからお察しだと思うので、それ以外の部分で少しでも補えればいいと思っています

ちなみに今回は誰条さん化が激しいので注意
強いていうならばネガ条さん風味が強いかもしれません

3、束の間の日常

病院の中庭にあるベンチの上で上条は一人、空を見上げていた。
この世界に戻って来てから初めて見る青空はやはりアレイザードのものとは違って見える。
そして上条はアレイザードで目の当たりにした一つの悲劇を思い出していた。

「アイツらが今回の件を聞いたらどう思うかな?」

悲しみから壊れてしまったかつての勇者。
そしてそれら全ての悲劇を背負って汚名を被った『真』のはぐれ勇者。
二人の親友の姿を思い浮かべて上条は大きく溜息を吐く。
異世界に渡る前は自分に降りかかる不幸は別として、世界に対する疑問など持ったことがなかった。
暁月と違って元の世界に戻ってからの明白な目的があったわけでもない。
しかし帰ってきて初めて知った現実を前に、自分に何ができるか上条は迷っていた。
『妹達』を救う手立てが見つかった今、本来なら迷うことなど何一つない筈だ。
既にその手を血で汚している自分が、今更善人ぶる必要などないのだから。
しかし最悪の場合、これから自分がしなければならないことを考えると自然と上条の手は震えていた。
それを見て上条は思わず自嘲めいた笑みを浮かべる。

「暁月は今回のようなことがあったら何も迷ったりしねえんだろうな。 ……結局俺はどこまで行っても臆病ってことか」

かつて暁月と共に異世界で皮肉を込めて呼ばれていた、はぐれ勇者という悪名。
しかし例え蔑称であったとしても、その呼び名は本来強い信念を持った暁月のような男にだけ許されるものだ。
異世界での戦いにおいて上条は自分の意思に従って戦ったというより、どちらかというと暁月に追従する形で戦火を駆け抜けてきた。
全ての発端となったあの事件も、全てを終わらせるための戦いも、暁月一人に全ての業を背負わせて……。
それを暁月は優しさだと言ってくれた。
だが優しいという言葉はとても便利で、それと同時に非常に都合のいいものだと上条は思う。
少なくとも上条はその優しさによって暁月の重荷を一緒に背負うことができなかった。
できたことと言えば、暁月と共に周りからの侮蔑を受け続けたくらいだ。
偽善使い――結局自分が行く着く先はそこなのだろう。

「調子はどうかしら?」

そんな物思いに耽っていた上条だったが、突然何者かにベンチの後ろから声を掛けられる。
上条が振り向いた先にいたのは、先ほど出会ったばかりの布束砥信だった。

「んー、特に問題ねえかな」

予め布束が近づいてきていることは氣を感じ取って分かっていたため、平静を装って上条は答える。
実験を止める要は自分にあるのだ、下手に動揺している姿を見せるわけにはいかない。

「そう、それは良かったわ」

幸い布束は上条の心情に気付いた様子もなく、上条の返事に頷いただけだった。
実際に体調に関しては殆ど問題ない。
まだ限界を超えて錬環勁氣功を用いた反動は抜け切っていないものの、あと数時間もすれば全快するだろう。
少なくとも夜から行動を開始するのには問題なさそうだ。

「それよりもお前は学校に行かなくていいのか? 布束も一応学生だろ?」

「私は実験に呼び戻されてからは、学校を休学していたから」

布束は『絶対能力進化』の前身である『量産型能力者計画』から『妹達』に関わっていたらしい。
『絶対能力進化』の実験が開始された時期とそのペースを考えると、確かに学校に通ってる暇などなかったかもしれない。

「Incidentally 一つ聞きたいことがあるのだけれど?」

「何だ?」

「あなたは私について何も追及しないの?」

布束の言葉に上条は眉を顰めた。
上条と美琴が幼馴染であることを布束は既に知っている。
確かに上条から見れば布束は幼馴染の善意を踏みにじった人間に当たるだろう。

「そりゃ『絶対能力進化』は当たり前として『量産型能力者計画』も、俺にとっては絶対肯定できるようなもんじゃねえよ。 でもだからって今の状況でお前を糾弾したって意味はねえし、そもそも俺にはそんな資格もないしな。 本当に罪悪感を感じてるなら、俺にそんなことを聞く前にやるべきことがあるんじゃねえか?」

それが上条の率直な思いだった。
もちろん布束のしてきたことは上条にとっても簡単に許せるようなことではない。
だが今は実験を止めるために動いている布束を頭ごなしに否定するつもりも上条にはなかった。

「……その通りね。 これは本来私達が背負わなければならない罪なのに、彼女にも同じ重荷を背負わせてしまった。 But 彼女は恐らく自らの罪悪感から私のことを糾弾することができない。 Consequently 私は第三者であるあなたに糾弾されることで、罪の意識を軽減したかっただけなのかもしれない」

「その気持ちは分かんなくもねえけどな。 でも実験を完全に止めるためには、お前や美琴の協力が必要だからさ。 今はやるべきことに集中しようぜ」

「厳しいのか優しいのか、よく分からないわね。 Although 気持ちが少し楽になったわ、ありがとう」

そう答えた布束の表情は先ほどまでと比べて、少し穏やかなものになっていた。
泣いている女の子の涙を止めたいと思ったなら、何としてでも止めてみせる。
泣いている女の子の涙を愛しいと思ったなら、優しく抱きしめてる。
泣いている女の子の涙を正しいと思ったなら、黙って一人にしてやる。
泣いている女の子の涙が嘘だと感じたなら、その理由を尋ねる。
基本的に女が泣いていたら何をしてもいいというのが、はぐれ勇者である暁月が掲げる美学だ。
暁月の美学ほど極端なものではないが、やはり上条も好んで女の子の泣き顔を見たいとは思わない。
この五年間で上条が異世界で学んだことは単なる戦い方だけではなかった。
エロじじ……偉大な師匠である拳聖グランセイズの下で上条は単に錬環勁氣功のスケベな使い方だけでなく、女性に対する心遣いもみっちり叩き込まれている。
尤もそれについては暁月と違って才全く才能がないと言われていたが……。
グランセイズによると上条には何か決定的に欠けているものがあるらしい。
ただ今回に限っては布束の反応を見るに、上条の言葉も少しは彼女の心を解す役に立ったようだ。
同じことを伝えたくとも、言葉によっては相手を大きく傷つけてしまうことがある。
意識せずとも自然に相手にとって必要な言葉が出てくる点は、グランセイズも上条の才能を認めていた。

「それにお前は美琴を巻き込んだみたいに言うけどさ、きっとアイツにとったら何も知らずにいることの方が残酷だと思うんだ」

「待っていたのが、こんな現実でも?」

「……アイツは優しいんだよ。 例え自分に関係なくても、目の前で起こった悲劇を止められなかったのは自分の責任だって思っちまうくらいにな」

上条と美琴の父親である刀夜と旅掛は商売敵ながらもプライベートでは意気投合し、二人が生まれる以前から両家の間には家族ぐるみの交友があった。
そしてそんな二組の夫婦の間に生まれた愛息子と愛娘が仲良くなるのは自然な流れだろう。
優しい両親達に囲まれた平穏な日々。
しかしそんな幸せな日々も長くは続かない。
上条は学園都市に来る以前から怪我の絶えない子供だった。
本来やんちゃ盛りの子供に怪我が多いことは、何らおかしなことではない。
ただ上条はその怪我の原因が異常だった。
不意に飛んできたボールが頭に直撃するのは当たり前、酷い時には落下した看板の下敷きになったことさえある。
上条の怪我はいつも彼自身に問題があるわけではなく、必ず何らかしらの『不幸』が原因だった。
だがそんな理不尽が襲い掛かっても、上条自身は決して『不幸』だったわけではない。
優しい両親に大切な幼馴染とその家族、彼らさえいれば上条は幸せだった。
しかしそんなささやかな幸せすらも、近所の人間が発した何気ない言葉によって唐突に終わりを迎える。

『あの子には何か憑いているのではないか?』

その心無い言葉に上条の両親はもちろん憤慨したが、所詮取るに足らないものと大して気に留めることはなかった。
しかし周囲の人間が上条を見る目はその言葉を皮切りに次第に歪んだものへと変わっていく。
最初に近所の大人たちは自分の子供を上条に近づけないようになった。
それはある意味、当然のことだったのかもしれない。
上条がいつも何らかしらの『不幸』で傷を負っているのは事実なので、自分の子供が巻き込まれないよう対処するのは普通だろう。
実際は上条の両親や仲の良かった美琴の家族を含め、周囲の人間が上条の『不幸』に巻き込まれたことなどなかったのだが……。
だがそれでも上条に対する悪意は増していく一方で、いつしか何か憑いているのではなく上条自身が災厄を呼ぶ『疫病神』と呼ばれるようになっていた。
近所の子供達からは石を投げつけられ、大人達も怪我を負った上条を見て嘲笑うだけ。
そして上条にその後の運命を決定づける悲劇が襲う。
恐怖によるものなのか、悲しみによるものなのか、上条はその時のことをハッキリと覚えていない。
覚えているのは焼けつくような痛みと、自分の命が急速に失われていく感覚だけだ。
後から聞いた話によると借金を背負った男に包丁で刺されたらしい。
動機は『疫病神』がいるせいで自分が借金を背負うことになったという俄かには信じがたい身勝手なものだった。
その後も事件を聞きつけたマスコミが霊能番組と称して上条がまるで化け物であるかのように放送したり、幼かった上条は何とか命を取り留めたものの心に大きな傷を負うことになる。
次第に憔悴していく上条を見て上条の両親は苦悩の末に大きな決断を下した。
上条を学園都市に入学させることに決めたのだ。
学園都市――最先端の科学技術を実用化・運用しているというオカルトとは無縁の街。
そこでは『幸福』や『不幸』など迷信じみたものは存在しない。
そしてそんなものを信じて上条を虐げる者も……。
しかし学園都市に入学するということは上条と両親の別離も意味していた。
学園都市は外部に機密が漏洩するのを防ぐため、基本的に外との行き来が制限されている。
また学園都市における学生も親元を離れての寮での生活を送る者が殆どだ。
例え離れ離れになっても大切な息子を守る、それが上条の両親が下した決断だった。
やがて幼稚園を卒園すると同時に、上条の学園都市への入学が決まった。
しかしそこで上条にとって予想外のことが起こる。
幼馴染の美琴も一緒に学園都市に向かうことになったのだ。
当時はまだ幼かったため、どうして美琴まで一緒に学園都市に行くことになったのかは分からない。
そして学園都市に来てからというもの、美琴は友達と遊ぶ暇も惜しんで能力開発に勤しんでいた。

『今度は私がお兄ちゃんを守ってみせるから』

それが当時の美琴の口癖で、その言葉を守るかのように美琴は基本的に上条の傍を離れようとしなかった。
そんな美琴に対して、その頃は色々と荒んでいた上条は酷い言葉を口にしてしまったこともある。
しかしそれでも美琴が上条の傍を離れることは決してなかった。
きっとそんな美琴の優しさに上条は救われていたのだろう。
少しずつではあるが、上条も少しずつ以前のような明るさを取り戻していった。
尤も学園都市での平和な時間も長くは続かず、異世界に召喚されたことで美琴とも今まで離れ離れになってしまっていたが……。

「これが俺の中のアイツに対するイメージの押し付けだってことは分かってるさ。 実際は五年も会ってなかったんだから色々と変わってる部分もあるだろうし、普通だったらこんなこと知らずに平和に過ごせた方がいいに決まってる。 ただ例えそうだとしても、今のアイツもこんなことを知りながら黙って見逃せるような奴じゃないってことくらいは分かるつもりだ。 それに無事に実験を止められたとしても、今回の件は簡単に終わらせられるような問題じゃないだろうしな。 それこそアイツは一生消えない心の傷を負ってるだろうし、その傷をこれから先もずっと抱えていくことになるかもしれない」

「Therefore あなたは彼女のために戦うの?」

「アイツのためっていうか、自分のためだな。 アイツのために戦うんじゃない、俺がアイツの力になりたいから戦うんだ」

「Maybe あなたは彼女のことが好きなのかしら?」

「はぁ? 何でいきなりそういう話になるんだよ?」

「Because あなたの言葉は、一途に想い続ける相手のために悲壮な決意をした男のものにしか聞こえないんだもの」

「……正直、布束からそんな言葉が出てくるとは思わなかった」

「失礼ね、これでも一応女なのよ。 人間の感情を研究するために恋愛映画くらい見るわ」

「前後の言葉に脈絡が伴ってないんですけど!?」

冗談で言っているだけだと思いたいが、布束の経歴を考えると生粋のマッドサイエンティストとしての言葉に聞こえなくもないから怖い。
ただ布束が上条の美琴に対する思いに興味があるのは確かなようで、上条の顔をジッと覗き込むようにして答えを待っている。
その無言の圧力に黙っていても逃れられないと、仕方なしに上条は口を開いた。

「そりゃ大切な幼馴染なんだし、好きか嫌いかで聞かれたら好きに決まってるさ。 ただお前の言ってる好きがどういう意味か分からねえけど、俺の中じゃアイツがまだ九歳だった頃の印象の方が強いって感じかな。 それに……」

美琴が学園都市に来るキッカケもあの事件だったとしたら、全ての元凶は自分の不幸のせいだということになる。
自分がもし包丁で刺されるようなことがなければ……。
自分がもし不幸でなければ……。
そう考え始めるとキリがないので、上条は無理やりその考えを押し止める。
ただ不幸に怯えていた上条にとって、自分の不幸に周りの人間を巻き込んだことが無かったのは唯一の慰めだった。
そしてその慰めも大切な幼馴染である美琴をこのような形で不幸に陥れてしまったことによって脆くも崩れ去ってしまう。
結局自分の不幸は周りの人間も巻き込んでしまうものだった。
そんな自分にこれから先も人を好きになる資格などあるのだろうか?
かつての自分と違い不幸を言い訳にして現実から目を逸らすつもりはないが、自分が幸せになっている姿を上条は想像できなかった。

「……まあそれについてはどうでもいいとして、こっちからも一つ聞きたいことがあるんだけどいいか?」

上条は半ば誤魔化すようにして話題を変える。
しかしそれは単に布束の質問から逃れるためだけではない。
美琴から今起きていることの背景と全貌を聞いた時から、上条には気になっている点があった。

「何かしら?」

布束も上条の表情から単に話題を逸らそうとしている訳ではないことを悟ったのだろう。
彼女の表情にも緊張した色が戻る。
そして『絶対能力進化』の前身である『量産型能力者計画』から実験に深く関わっていたという布束に、上条は自らが抱いていた疑問をぶつけた。

「量産型能力者計画の本当の目的って何だったんだ?」




美琴は頬杖をついて教室の窓から青空を見上げていた。
教室の教壇では英語の教師が授業を続けているが、残念ながら講義の中身は全く耳に入っていない。
傍から見れば美琴の授業態度は決して良好なものではなかったが、そもそも英語も含め数ヶ国語を完璧にマスターしてる美琴にとって今の授業はさして重要なものでもなかった。
それにいくら授業態度が悪かろうと、まだ年若い女教師が注意してくるようなことはないだろう。
何故かそのことに少し寂しさを覚えながらも、それがレベル5としての自分の立ち位置なのだと美琴は無理やり自分に言い聞かせる。
今まで能力のレベルを上げるために多くのものを犠牲にしてきた。
もちろんそれは自分が望んでしてきたことなので後悔はしていない。
ただ守りたかった相手がいなくなってからも能力の開発に勤しむ日々は、どこか色褪せたものだったということも事実だった。
そしてそんな色褪せた日々を対価として手に入れたレベル5という力も、最悪の形で美琴を裏切ることとなる。
かつて筋ジストロフィという病気の治療のために提供したDNAマップ。
そのDNAマップを基に2万人のクローンの少女達が殺されるためだけに生み出されていた。
美琴が初めて出会ったクローンの少女は奇跡的に助かり今も病院で治療を受けているが、それでも美琴の罪がなくなるわけではない。
実際に美琴は少女が殺されかける現場を目撃している。
今まで同じようなことが繰り返され続け9981人もの命が既に失われていることを考えると、美琴の胸は張り裂けそうになるのだった。

(……お兄ちゃん)

そして最悪の状況の中、美琴は幼馴染である上条と再会した。
美琴が幼い頃からずっと追いつき守りたいと願い続け、行方不明になった後も決して忘れることができなかった少年。
かつて美琴のヒーローだった上条は、今も変わらずヒーローのように駆け付けてくれた。
本当は五年ぶりに再会した上条に話したいことがたくさんあった。
本当は自分にとってヒーローだった上条に縋りたい気持ちもあった。
しかしそれを許してしまえば昔と変わらず、きっと自分のために上条を危険に巻き込んでしまう。
だから美琴は昔の呼び名で上条を呼ぶことができなかった。
今はもう昔とは何もかもが変わってしまっているのだから。
しかしそれでも上条は昔と変わらず自分に接してくれた。
五年間会っていなかったからこそ、自分達の関係は昔のまま何も変わらないと。
その言葉は周りからの期待と羨望によって半ばノイローゼ気味になっていた美琴にとって、何よりも望んでいたものだったのかもしれない。
そのことに美琴は上条を危険に巻き込んでしまうことが分かっていても、自分の弱さを吐き出してしまった。
そして結果として、自分が背負うべき重荷を上条に全て押しつける形で事が進んでしまっている。
美琴はまだ上条がこの五年間何をしていたか詳しく話を聞いていない。
ただ昔は右手に不思議な力を持つだけだった上条が、今はあの状況で少女を救い出せるような他の力を得ていることは分かっている。
しかしだからといって、学園都市第一位である一方通行と一人で戦うような真似をさせていい筈がなかった。

(結局今も昔も私のせいでアイツに重荷を背負わせることになっちゃうのか……)

それでも上条はそんな事態に巻き込まれたに拘らず、昔と変わらぬ笑顔で微笑んでいた。
自分が戦うことで実験と中止に追い込めるなら、それに越したことはないと言って……。
しかしその笑顔の裏に上条が苦悩を抱えていることを美琴は知っていた。
例え五年間離れていたとしても、両親を除いて上条と過ごしてきた時間が一番長い美琴には分かる。
恐らく上条は今回の件も全て自分の不幸が招いたことだと責任を感じているのだ。
あの事件さえなければ、美琴が学園都市に来ることはなかったと思っているのだろう。
確かに美琴が学園都市に来なければ、このような実験が行われることはなかったかもしれない。
だが上条には一つだけ勘違いしていることがあった。
それはあの事件が決して上条の不幸が招いたことではないということだ。
美琴はあの事件の真相を知っている。
そして本来ならば、その真実は不幸に苦しむ上条に真っ先に教えなければならないものだった。
しかしその真実を上条に伝えることを、美琴は他ならぬ父親の旅掛によって口止めされていた。

『美琴ちゃんが本当に当麻君の幸せを願うなら、パパが良いと言うまで当麻君に本当のことを話しちゃいけないよ』

まだ幼かった美琴は旅掛のその言葉をずっと守り続けていた。
それが本当に上条の幸せに繋がることを信じて……。
だがその真実を伝える前に上条は行方不明になってしまい、そのことが原因で今も美琴は旅掛と絶縁状態が続いている。
そして今も上条はあの事件の真相を知らないまま苦しんでいた。
本当は上条がそのことで思い悩んでいることに気付いた時に、真実をすぐに伝えるべきだったのかもしれない。
しかし冷静に考えると、旅掛が意味のないことを約束させるとも美琴には思えなかった。
だからすぐに上条が帰ってきたことを旅掛に伝えようと思ったのだが、いつも通り海外を飛び回っているのか連絡がつかない。
上条の両親に連絡を取ることも、今回の件に片が付くまでは上条自身によって止められていた。

(結局、今の私にできることは何なんだろう?)

危険を顧みずこんな自分の力になると言ってくれた上条。
そして何より今も危機的状況にある『妹達』。
全ての元凶である自分が彼らのためにできることは何なのだろうか?
『絶対能力進化』を無事に止めることができても、『妹達』には残酷な現実が待っている。
9982号の治療をしたカエル顔の医者は彼女が単に大怪我を負っているだけではなく、他にも大きな問題を抱えていることを突き止めていた。
『妹達』は体細胞クローンであるが故に元々短命で、それに加えて急速に成長促進されたことによりホルモンバランスが大きく崩れ、更に寿命が短くなってしまっているらしい。
何故かカエル顔の医者は最初から『妹達』の正体について知っていたようで、『絶対能力進化』を止めることができたならば『妹達』の寿命に関する治療を行うことを約束してくれていた。
カエル顔の医者が今回の件について色々と知っていることを不審に思わなかったわけではないが、カエル顔の医者には美琴自身も過去に何度か世話になったことがある。
今は彼の言葉を信じて実験を止めることに集中しなければならない。
しかし実験を止めるに当たって一番の負担を強いられているのは全ての元凶である美琴ではなく上条だった。
今日の朝方に布束と再会してから、これからどう動くかは既に話しあっている。
何があっても確実に実験を止めるために、今夜から行動を開始することも決まっていた。
そして上条は実験の障害として一方通行のターゲットにされただけでなく、今夜からの行動にも加わると言っている。
今更ということは分かっているが、やはり美琴は上条を必要以上に危険に巻き込みたくなかった。
だが確実に実験を止めるためには、戦力が多いに越したことはないのも事実だ。
詳しい理論や理屈は分からないが、今の上条が具体的にどんなことができるかは説明を受けている。
あらゆる事態を想定した場合、上条に同行してもらった方が実験を止める確率が上がるのは間違いないだろう。
上条に色々と重荷を背負わせなければならないことを歯痒く思いながらも、美琴は上条の提案を受け入れるのだった。
そして夜から行動を開始するまでの間、何故か美琴は普段と変わらず学校に登校している。
本当はこんなことをしている場合でないことは分かっているのだが、上条に今日は普段と変わらぬ一日を過ごすよう言われたのだ。
それはきっと上条なりの気遣いなのだろう。
美琴は自身が深く関わる悪夢のような現実を知ってしまった。
例え実験を止めることができても、何も知らずに過ごしていた日々に戻ることはできない。

「お姉様?」

そして美琴が一人これからのことに考えを巡らせていると、何者かに突然そのように声を掛けられる。
昨日の夜に耳にした言葉と重なり、美琴は思わずビクッと震わせた。

「お姉様、大丈夫ですの?」

「……何だ、黒子か」

顔を上げた先にいたのは常盤台の後輩でルームメイトでもある白井黒子だった。
白井は心配そうに美琴の顔を覗き込んでいる。
よく見ると教室からクラスメイトは誰もいなくなっていた。
気付かない間に今日の授業は終わっていたようだ。

「本当に大丈夫ですの? 今朝寮に帰って来てから、あまり元気がないようでしたが」

「アハハ、今朝は色々とありがとね。 それに寮監にも色々と誤魔化しててもらったみたいで」

「いえ、お姉様が黒子に黙って無断外泊することなど今までありませんでしたから。 それよりも本当に何も問題ありませんの?」

「うん、本当に大丈夫。 ごめんね、心配かけちゃって」

白井は後輩であるものの、美琴にとって気兼ねなく話ができる数少ない友人だ。
まだ知り合ってからの時間は短いものの、既に何回も助けてもらっている。

「それならいいのですけれども」

「それよりもわざわざ二年生の教室にまで来るなんて、何か用があったんでしょ?」

「いえ、何回か携帯電話の方に連絡を入れたのですが」

「あっ、本当だ。 ごめんね、マナーモードになってたみたい」

携帯を見ると、着信6回、受信メール15通と表示されている。
時計を見るとまだ授業が終わってから20分も経っていないため些か連絡の回数が多すぎる気がしなくもないが、普段の白井を知っている美琴にとってはいつもと変わらぬ光景だった。

「今日は風紀委員の方が非番なので、たまには放課後に二人きりでデートでもどうかと……」

「デートって、アンタねぇ……。 それに悪いけど、今日は少し用事があるから」

「……またあのカエル巡りですの?」

「う、うるさいわね、好きなんだから仕方ないじゃない!! それにカエルじゃないって何回も言ってるでしょ!! ゲコ太よ、ゲコ太!!」

「全く、お姉様は。 子供趣味もそろそろ卒業して、常盤台のエースとしての自覚を……」

「……」

美琴は白井の言葉に思わず顔を顰める。
別に好きなキャラクターを子供趣味と否定されたからではない。
常盤台のエース――常盤台の生徒だけでなく、自分の存在を知る多くの人間から美琴はそのように呼ばれていた。
レベル5である美琴は実際に名門である常盤台でもずば抜けた力を持っており、確かにエースと呼ばれるに値する存在だろう。
だから美琴も今更そう呼ばれることを拒むようなことはしない。
ただ仲の良い白井にまでそのように呼ばれると、否応でも友人としての距離を感じずにはいられなかった。

「お姉様、聞いてますの?」

「えっ? うん、ちゃんと聞いてるって。 それと今日は別にゲコ太グッズを探しに行くんじゃないわよ」

「あら、そうなんですの? でもそれ以外にお姉様に用事があるとなると……ハッ、まさか殿方とお会いになるんてことはありませんわよね!?」

「へ?」

「まさか、図星!? お姉様の知り合いの殿方となると、常盤台の理事長の孫くらいしか。 キィー、あの腐れインチキ優男め、お姉様を誑かして許しませんの!!」

「だーかーら、違うっつうの!! それにあんまり表立って海原さんのことを馬鹿にしてると、後で問題になっても知らないわよ」

「例え理事長を敵に回しても、お姉様の貞操は守ってみせますの!!」

「あー、もう!! 本当にアンタは人の話を全然聞かないんだから!!」

全く話を聞かない白井にウンザリする美琴だったが、それでもこんな他愛もない会話に少し緊張が解れているのも事実だ。
確かに多少の距離感は感じられても、美琴にとって白井はかけがえのない友人なのだろう。
しかし二度と今と同じ日常に戻ることはできない。
何も知らずに過ごしていた頃とは、自分の置かれた立場も状況も何もかも完全に変わってしまっている。
そしてその後もしつこく付き纏ってくる白井を撒いて、美琴は上条達の待つ病院に急ぐのだった。




(拙いことしちまったかな?)

病院に戻ってきた美琴の顔を見て、上条はそう思わずにはいられなかった。
美琴の表情からは簡単に窺い知れないような強い決意を感じる。
上条が美琴に今日一日は普段と変わらぬ時間を過ごすよう勧めたのは、決して日常への未練を断たせるためではない。
寧ろ逆に自分の帰るべき場所を再認識させるためだった。
五年間ずっと離れていた自分では美琴の力になることはできても、残念ながら居場所になるようなことはできない。
だから黙って美琴を送り出したのだが、それが却って裏目に出てしまったようだ。
今になってその思いを伝えようにも、現状で美琴の決意に水を差すのは躊躇われる。
どうしたものかと悩んでいた上条だったが、そんな二人の下に治療を続けていた9982号の意識が戻ったという知らせが入った。
それを聞いて美琴の顔には一瞬不安や罪悪感といった感情が浮かんだが、すぐに元の覚悟を決めた表情に戻る。
そして上条は美琴と共に病室に向かうと、布束が先に扉の前で待っていた。
しかし上条達が病室に入ろうとしても、布束はそこを動こうとしない。

「入らないのか?」

「……今の私には彼女に会わせる顔がない。 私が彼女に会うのは全てが終わってからにするわ」

それも一つの考え方だろう。
布束が『妹達』に対して強い負い目を感じているのは知っている。
もしかしたら簡単に心の整理がつけられないのかもしれない。
だから上条も布束に対して無理強いするようなことはしなかった。
そしてふと美琴は大丈夫なのかと、隣に立つ美琴の方に視線を移す。
しかし美琴の表情はやはり先ほどと変わることはなかった。
そのことに少し不安を覚えつつも、上条は布束をその場に残して病室に足を踏み入れる。

「あなたは……」

「身体の具合はどうだ?」

「全快とは言い難い状態ですが問題ありません、とミサカは自らの状態について返答します」

9982号は視線を病室に入ってきた上条の方に向けて、そう答えた。
体中に巻かれた包帯が痛々しいものの、確かに顔色を見ると体調そのものは良さそうに見える。
試しに氣の状態を探ってみたが、接合された左脚にも問題はなさそうだ。
昨日の晩に大怪我を負ったばかりだとういうことを考えると、驚異的な回復だった。
それだけあのカエル顔の医者の腕が確かだということだろう。
9982号を搬送した先がこの病院だったことも、今にして思えば幸運だったのかもしれない。

「お姉様も来てくださったのですね」

「……うん」

そして上条に続く形で病室に入ってきた美琴に対して9982号は軽く会釈をする。
美琴は9982号に対して小さく頷くと、そのまま9982号が横になっているベッドに寄り添った。

「ごめんね、あの時に気付いてあげられなくて」

「何のことですか?」

「実験のことよ」

話によると美琴は実験が行われる直前まで9982号と一緒に過ごしていたらしい。
きっとその時に実験に気付けなかったせいで、9982号が大怪我を負うことになってしまったと責任を感じているのだろう。
そしてそんな美琴を見て、表面上は分かりづらいが9982号もまた困った表情を浮かべていた。

「……いえ。 ミサカが本来は無関係である筈のお姉様に不用意に接触してしまったことで、お姉様にまで余計な気苦労を掛けることになってしまいました。 申し訳ありません、とミサカは謝罪の言葉を口にします」

「アンタは……」

「どうかなさいましたか?」

「ううん、何でもない」

「……そうですか」

そこで二人の会話は一旦途切れる。
何となく気まずい沈黙が続くものの、上条は二人の間に割って入って仲を取り持つようなことはしなかった。
『絶対能力進化』の実験はともかく、美琴と9982号の関係は二人だけの問題だ。
実験が行われるまで美琴と9982号がどのような時間を過ごしていたか上条は詳しく聞いていない。
それこそ美琴が9982号に対してどのような感情を抱いているかも知らないのだ。
美琴が布束に向けた言葉はあくまでも『妹達』全員に対するもので、同じ時を過ごした9982号個人に向けたものではなかったように思う。
そして沈黙を先に破ったのは9982号の方だった。

「実はお姉様にもう一つ謝らなければならないことがあるのですが……」

「何?」

「お姉様に頂いたプレゼントを失くしてしまいました」

「プレゼントって……もしかしてあの缶バッチ?」

「はい。 いくら若干引くほどの子供趣味なものだったとはいえ、お姉様から初めて頂いたプレゼントだったのに、とミサカは未練がましく溜息を吐きます」

「随分と余計な言葉も聞こえた気がしたけど、そんなことは気にしなくていい……ともいかないわよね」

そう言うと、美琴は何故か意地の悪い笑みを浮かべる。
そのことに9982号だけでなく、上条も思わず怪訝は表情を浮かべていた。
確かに今回の件に関して、美琴に責任はあっても罪はないと上条は考えている。
だから必要以上に自分を責めるのではなく、『妹達』のために何ができるか考えて欲しいと願っていた。
しかしそれでも今の状況で美琴がそんな笑みを浮かべる理由が全く分からない。

「アンタは私があげたプレゼントをなくしてしまったことを申し訳なく思ってるのよね? だったら一つだけ私の言うことを聞いて欲しいんだけど」

「何か理不尽なような気もしますが、ミサカにできることなら何でも……」

「それじゃあ、お願いするわね。 ……アンタには私の一つ下の妹として、私と一緒に他の『妹達』の姉になって欲しいの」

「それはどういう意味ですか、とミサカはイマイチ要領を得ないお姉様の要望に疑問を呈します」

「まあ簡単に言えば、私と一緒に下の妹達の面倒を見てもらいたいってことかな?」

「しかしミサカ達は単に製造された順番が異なるだけで、姉妹と呼べるような関係ではありません。 それにミサカ達は同一振幅脳波によって意識を共有しており、基本的に同一の存在で……」

「ミサカネットワークってやつね」

ミサカネットワーク――クローン人間である『妹達』特有の同一振幅脳波を利用した電磁的情報網。
その存在は上条も美琴と一緒に布束から話を聞いていた。
『妹達』はこれを介して意識を共有しており、テレパシーによって言葉だけでなく視聴覚などあらゆる情報を『妹達』間で送ったりすることが可能らしい。

「既にご存知だったのですね。 ミサカ達単体は脳の構造に例えると一つの脳細胞のようなものに過ぎず、例えミサカ一人が消えたところでダメージを負うことはあってもミサカネットワークそのものが消えることはありません。 ですからミサカ単体は作り物の体に借り物の心、単価18万円の実験動物としての価値しかないですから。 ミサカネットワークを介して記憶の共有も可能な以上、決して姉妹と呼べるような関係では……」

「……でも例え記憶を共有していたとしても、私が一緒にアイスを食べたり紅茶を飲んだりしたのはアンタだけなのよ」

すると美琴が9982号の言葉に割り込むような形で喋り始める。
その言葉に9982号は少し驚いた表情を浮かべたが、黙って美琴の話を聞いていた。

「こういう言い方は無責任に聞こえるかもしれないけど、私は他の『妹達』について何も知らない。 だけどアンタのことについては多少は知っているつもりよ。 初めて会った時に子猫を助けたことも、今も私のことを気遣ってくれていることも……借り物の心なんかじゃない、全部アンタ自身の優しさなんじゃないの?」

「いえ、それは単に実験動物であるミサカよりは価値があると感じたからで……」

「だとしてもアンタは自分以外のものに対して慈しむことを知ってる。 だからその気持ちを自分にじゃなくていい、他の子達に少しだけ向けてもらいたいの」

「……」

「今までの考え方をすぐに変えることは難しいと思う。 偉そうなこと言っときながら、私自身も姉っていうのがイマイチどういうものか分かってないし。 でも昨日一日アンタと過ごした時間は本当の姉妹みたいだったのかなって……」

「お姉様……」

「昨日アイスクリーム屋さんのおじさんに双子って言われた時、私はアンタのことを妹じゃないって否定したじゃない?」

「はい」

「何も知らずに感情的になっていたとはいえ、酷い言葉だったと思う。 ……ごめんなさい」

「お姉様から見ればミサカ達は確かにDNAが同一なだけの存在に過ぎませんから、あの言葉も間違いというわけでは……」

「そうね、私もアンタ達にとったらDNAマップを提供した単なるオリジナルってところなのかしらね。 でも……」

そこで美琴は一旦言葉を区切ると9982号の目を真っ直ぐと見据え直す。
そして美琴の表情に何か感じ取ったのか、9982号も美琴から目を逸らそうとしなかった。

「……でも私はDNAマップを提供したお姉様《オリジナル》としてじゃない、家族としてアンタ達の姉になりたいのよ!!」

「お姉様、それって?」

「都合のいい話だってことは分かってる。 今まで9981人も見殺しにしておいて今更ってこともね。 きっとすぐにアンタ達を私の本当の妹として普通に生活させてあげることも難しいと思う。 それでも私はアンタ達に本当の姉だって認めてもらいたいから」

9982号は未だ美琴の言葉に理解が追いついていないようで困惑した表情を浮かべている。
そんな9982号を見て美琴は小さく笑った。

「そんなに真剣に悩まなくいいわよ。 取り敢えず今のは私のアンタ達に対する決意表明みたいなもんだから。 でもこれからは色々と覚悟しておきなさいよ」

美琴は日常を断ち切ったわけではなかった。
ただ今までとは異なり、10019人の妹が加わった新しい日常を迎えるだけ。
だが美琴の決意を実現するのは、言葉にしたほど容易いものではない。
例え『絶対能力進化』という確実な死の運命から抜け出すことができたとしても、『妹達』に残された問題は山ほどある。
カエル顔の医者が治療の約束をしてくれているが、無理な成長促進と体細胞クローン故に短命だという問題。
そして本来は存在しない筈の彼女達が普通の生活を送ることができるような環境作り。
他に数多くある問題も一筋縄ではいかないようなものばかりだ。
しかし美琴がそれらに関して妥協するようなことは決してないだろう。

(本当に強いな、コイツは……)

今は明るく振る舞っているものの、9982号に会う前の美琴の表情を見れば決して楽天的でないことは分かる。
その根源にあるのは9982号が美琴に見せた気遣いと同様の感情だろう。
自分の心配など杞憂に過ぎなかった。
美琴は現実を受け止めた上で、しっかりと前に進もうとしている。
ただその過程で時には辛いことや挫けそうなこともあるかもしれない。
具体的に自分に何かできることがあるのか、それどころか自分にそんな資格があるのかどうかすら分からない。
しかしそれでも上条は素直にそんな美琴の力になりたいと思うのだった。




「製薬会社からの依頼?」

『そうそう、もしかしたら研究所が襲撃されるかもしれないから防衛をよろしくって』

「もしかしたらって、襲撃されることが確定してる訳じゃないんですか?」

『あくまでも可能性がある程度だって』

「毎度毎度ふざけてんの? アイテムは何でも屋って訳じゃないでしょうが!!」

『もう、私だってやりたくて受けた訳じゃないっつーの!! でも襲撃があるないに関わらず報酬はちゃんと出すってさ』

「マジで? それって結局おいしい仕事ってことじゃん!! ねえ麦野、せっかくだから引き受けようよ」

「でもねー、流石に私達の株が下がるっていうか」

『全くこいつらときたら、いつもいつも文句ばっかり言ってー!! でもせっかくだから一つやる気を出させる燃料を投下しようかな』

「やる気を出させる燃料?」

『実は今回の以来と並行して、上からも一つ依頼を受けてるのよねー』

「上からの依頼と並行する形ってことは、それだけ今回の依頼主は上に対して超影響力を持つ相手ってことですか?」

『うーん、そういう訳じゃなくて上が今回の依頼に便乗したって感じかも』

「……それで上から依頼っていうのは何なの?」

『今回の襲撃者の中に黒髪でツンツンした頭の男がいたら、生け捕りにしてこいってさ』

「襲撃者が来ること自体も確かじゃないのに、そのターゲットが来るかどうかも分からないの?」

「でもその口振りからすると、ターゲットの身元は割れてるってことですよね? それなら何故こちらから襲撃しないのでしょう? 不意を討った方が超楽勝だと思うのですが」

『そりゃまだ実際に襲撃を受けたわけじゃないのに、こっちから攻撃を仕掛けるわけにもいかないでしょうが。 それに上からの依頼に妙な疑問を抱くことは身を滅ぼすことに繋がるのは重々承知してると思うけど』

「……」

「それはともかく生け捕りっていうのは始末するより難易度が高いのだけれど?」

『生きて右腕がある状態だったら、後はどうなってても構わないみたい』

「その条件も超不審にしか思えませんね」

「それで上からの依頼の報酬は?」

『……暗部からの解放』

「は?」

『良かったわね。 今回の依頼を遂行できれば、あなた達も晴れて表の世界の人間よ』

「そんな与太話が信じられると思ってるのか、テメエは!!」

『信じる信じないは勝手だけど、あなた達には結局選択肢なんてないことは分かってるわよね?』

「……」

『まあ失敗しても特にペナルティがあるわけじゃないから、気楽にやればいいんじゃない?』

そして四人の少女は学園都市の闇の中、静かに動き始めるのだった。

以上です。
次回からは稚拙な戦闘描写が入ってきます。
あと今更ですが少し注意書きに付け加えを……。
ここの上条さんはシビアであると同時に、ネガ条さんでもあります。
そしてこのssの上条さんは単に主人公なだけじゃありません。
そこら辺がこれから伝わっていけばいいかなって思ってます。

いつも通り感想などが頂けたら嬉しいです。
他にも疑問に思った点や改善した方がいい点があったら、ビシビシ言ってください。
……次回はなるべく早くこれたらいいな。

>>89の依頼の一つが以来になってます
恥ずかしい

すみません、一つ質問です
次の投下でエロ描写は必要でしょうか?
上琴なのに美琴のものではありませんが……
別に省いても何の問題もない上に、自分は今までエッチいものなんて書いたことがありません
必要がないなら、その部分はズバッと削ります
ホント、どうしようもない質問をすみません

お騒がせしました
一応書き終わってはいるので、試しに投下してみます
今日まで仕事なので今日の夜から明日の朝にかけて仕上げて、明日の昼前には続きを投下すると思います
よろしくお願いします

昼に投下すると言っていたのに遅くなってすみません
色々と立て込んでおり、この時間になってしまいました
いつも乙や感想レスをありがとうございます
それと昨日はわざわざくだらない質問に答えてくださった方もありがとうございました

では投下します

4、暗部との邂逅

「……凄いな」

上条は美琴の携帯端末からによるハッキングを見て思わずそう呟いていた。
美琴がハッキングを始めてからものの数分で、『絶対能力進化』に関係する研究所は七割方壊滅に追い込まれている。
しかし美琴は忌々しげに舌打ちすると、手にしていた携帯端末をポケットに仕舞い込んだ。

「思ったよりも早く気付かれちゃったわね」

「となると、こっからは直接殴りこみか」

上条は自分が『絶対能力進化』を続ける上でイレギュラーな存在として一方通行のターゲットになったことを知った後、美琴や布束と共に実験を止めるための策を考えていた。
一方通行を倒すことで実験を中止に追い込めるならそれに越したことはないが、上条の存在はあくまでも実験にとってイレギュラーなものであり、一方通行に再び勝利したとしても確実に実験を中止に追い込めるとは限らない。
尤も上条には一方通行に勝利した場合において確実に実験を止める手段を考え付いていた。
しかしそれは上条だけでなく、美琴や他の人間にまで余計な重荷を背負わせてしまうかもしれない。
最終的にその決断を下さらなければならない状況になるまで、上条はその方法を美琴達に明かすつもりはなかった。
また万が一にも上条が一方通行に敗北してしまうという可能性もある。
明らかに戦闘慣れしていない一方通行に負けるとは上条も思っていないが、仮にも相手は学園都市のレベル5第一位だ。
単に能力だけでなく学園都市で一番の頭脳を持つと言われる一方通行が、実験を遂行する上で一番の障害となっている上条に対して何の対策もしてこないとは考えにくい。
自分が負けた場合も想定して、上条は別の方面から実験を止める手段も模索しなければならなかった。
そして実験を止める方法を考えていく中で単純に思いついたのが、実験に関係する研究所を片っ端から潰していく方法だ。
この方法では実験を止めることに繋がらないと布束は難色を示していたが、何にしろこんな実験に携わっている研究所をこのまま放っておくわけにはいかない。
例え実験を止めることに直接は繋がらないとしても、研究者達に対する牽制くらいにはなる可能性もある。
布束も完全に納得した訳ではないようだったが、こちらの言い分にも一理あるとそれ以上は無理に止めてくることはなかった。
ただ問題なのはどんな手段を用いて研究所を襲撃しようとも、こちらの素性が割れてしまう可能性が高いことだ。
上条の素性は既に実験の関係者に知られており、今の状況で研究所に襲撃を掛ける人間など自然と限られている。
いくら大義名分があろうと、傍から見れば研究所の破壊などテロ行為と変わらない。
自分はともかく美琴にまでそのような汚名を被せることを、上条は躊躇っていたのだが……。

『本来は私が背負わなくちゃいけないことを、アンタ一人に全て押しつけられるわけないでしょうがっ!!』

そのように上条は美琴から怒鳴られてしまった。
確かに美琴の性格を考えれば、上条一人に全て押しつけることを良しとはしないだろう。
それに『妹達』を救いたいという思いは上条も美琴も変わらない。
美琴が9982号に宣言した決意は、隣で聞いていた上条にも偽りのないものに聞こえた。
姉として何ができるかはまだ分からないが、今はとにかく『妹達』と本当の姉妹になるために戦う。
そんな美琴の意志を尊重し、上条は美琴と共に戦うことを決断したのだった。

(……それに俺一人じゃこうスムーズにはいかなかっただろうしな)

そして美琴の能力を活かした電脳戦。
実験の内容を考えても研究所のセキュリティは厳重だったはずだが、美琴は何の苦もなくその防衛線をやすやすと突破している。
単に力づくの方法しか考え付かなかった上条には決してできない芸当だ。
上条は美琴の能力を単なる電撃使いとしか認識していなかったが、美琴の能力の本領は今回のように多様な応用が利くことにあるのだろう。
その力は人を傷つけるだけでなく、きっと人を助けるのにも役立てることができる筈だ。
幼い頃の純粋な善意を踏みにじられている美琴にとって酷なことは分かっているが、いつか美琴が自分の力に誇りを持てるような時が来ればいいと上条は思う。

「ここから先は後戻りできないけど大丈夫か?」

「何を今更? こんな実験をしてる連中を放っておくわけにいかないでしょ?」

そして気休め程度に常盤台の制服から私服に着替えた美琴と共に、上条は残りの研究所に向けて走り出すのだった。




「……これで残り二基ね」

上条と共に美琴が研究所の襲撃を始めてからおよそ24時間、既に把握している研究所の破壊は殆ど終わっていた。
研究所のセキュリティシステムを美琴が乗っ取ると、後は二人で研究所の資材の破壊に向かう。
美琴一人でも研究所の襲撃自体は可能だったろうが、上条がいたお陰で確実に効率が上がっていた。
基本的に警報を誤作動させて所員と警備員を遠ざけてから機材を破壊するという手順を取っていたのだが、それでも確実に研究所の職員全員が退避しているとは限らない。
しかし上条の周りに人がいるか把握できる能力のお陰で、周囲の警戒に余計な神経をすり減らさずに済む。
また施設の破壊も実験のデータなどは美琴の能力を使って完全に消去しなければならないものの、機材の破壊は上条も共に行っているため美琴に掛かる負担がかなり減っていた。
そして何よりも大きかったのは……。

「どうだ、楽になったか?」

「……うん、ありがとう」

上条が添えていた左手が背中から離れると、美琴は調子を確かめるように自分の体を見渡す。
すると疲労によって重たくなっていた体が、まるで羽のように軽く感じられた。
そして疲労が消え去っているだけでなく、体力までもが完全に回復している。
ここまで休まずに美琴が動いてこられたのも、このように上条の力によって支えられてきたからだった。

「それにしても、これって一体どういう理屈なわけ?」

「理屈って言われてもなあ。 俺の氣――生命力みたいなもんを分け与えてるっていうか……」

「生命力ってアンタは問題ないのっ!?」

「あー、言い方が悪かったか? 別にそんな大げさなもんじゃなくて、今俺がやってるのは少し体力を分け与えてるくらいだ」

「でも私のせいでアンタに負担が……」

上条の力によって休まず研究所の破壊を続けてこられたが、それは少なからず上条の負担になっていた。
今は何に代えても実験を止めることを優先しなければならないことは分かっていたが、それにしても上条一人に負担を掛けすぎている。
上条に負担を強いている自分の力不足を美琴は恨めしく思うのだった。

「そんなこと言ったら俺一人じゃ実験のデータなんて削除できなかっただろうし、こんなに早く研究所を潰すことだってできなかった。 だから俺に対して、お前が負い目を感じる必要なんてねえんだぞ?」

「でも……」

「……じゃあさ」

そんな美琴の悩みを察したのだろう。
上条は少し考え込むと、何か思いついたように笑顔を浮かべる。
そして上条は美琴に対して次のような提案を持ちかけてきた。

「もし俺が困ったり力になって欲しい時が来たら、今度はお前が俺の力になってくれよ。 それで今回の件はチャラってことにしないか?」

その言葉が上条の気遣いだということが分からないほど、美琴も鈍いわけではない。
そしてその笑顔の裏で上条自身が今回の件に関して責任を感じていることにも気づいている。
そんな上条を前に美琴はあの時の真実を伝えたいという衝動に駆られるものの、やはりまだ旅掛の言葉の真意が気に掛かっていた。
だから上条に本当のことを伝える代わりに、美琴は自分の心に強く誓う。
もし上条に何かあったら、今度は自分が上条の力になってみせる。
そして今度は何があっても上条の傍を決して離れないことを――。
美琴は上条に対して力強く頷き返すのだった。




「……これで完成」

布束はパソコンのディスプレイから目を離すと大きく息を吐く。
そして傍らに置かれた携帯に目をやるとメールが届いていた。
中身は研究所の破壊の進行状況で、既に残り二基のところまで進んでいるらしい。

「思ったよりもずっと早かったわね。 But 間に合ってよかった」

布束は上条と美琴が研究所を破壊するのに同行していなかった。
単純に戦力として役に立たないからだ。
対人の格闘戦にはそれなりに自信があるものの、それが研究所のような施設の破壊に役立つとは思えない。
だから研究所の破壊は上条と美琴に任せ、布束はかつてから開発を進めていた実験を止めるためのプログラムの完成を急いでいた。

「彼女はあまり良い顔をしないでしょうけどね」

布束が用意したプログラム、それは人間の恐怖の感情を解析して作った擬似的な人格プログラムだった。
しかしそれはあくまでも擬似的なものに過ぎず、本当の感情が芽生えるわけではない。
特に『妹達』と本当の姉妹になると決意した美琴にとっては、寧ろ人工的な感情など許せないものだろう。
だからこのプログラムは今の方法で実験を止められなかった時にだけ使うつもりだった。
擬似的とはいえ人間らしい感情を得れば、恐らく『妹達』も擬似的な反応を示せるはずだ。
死を当然のこととして受容してきた『妹達』の中から、その運命を嘆く者が現れるかもしれない。
その姿に実験動物以上のものを感じ取る研究者が現れるかもしれない。
そして万が一にもありえないことだが、戦いたくないという『妹達』の声があの第一位の心を動かすことも――。

「At any rate 今の私には彼らを信じて待つことしかできない」

本当は自分が果たさなければならない責任を共に背負ってくれた上条と美琴。
そして今も上条と美琴は戦っている。
二人の力になれないのを歯痒く思うものの、今できることは自分の戦いをやり抜くことだけだ。
布束は二人の無事を信じて、プログラムの最終調整に取り掛かるのだった。




「むぎのは今回の依頼についてどう思う?」

「何が?」

麦野沈利は隣に立つ少女――滝壺理后の突然の問い掛けに顔を顰める。
しかし滝壺はそんな麦野の態度を気にした様子もなく、無表情のまま言葉を続けた。

「私達がここに待機してから、既に他の研究所が数件襲撃されてる。 でもクライアントは私達にそこに向かうよう命令しなかったよね? そして残る研究所は二基だけ。 本当に研究所を防衛するつもりはあるのかな?」

普段はボォッとしていることが多い滝壺がそこまで冷静に状況を分析していることは、付き合いの長い麦野にとっても意外なことだった。
いつもの仕事の際も滝壺は麦野の指示に従って、淡々と依頼をこなしている印象が強い。
そんな滝壺が自分から積極的に今の状況に考えを張り巡らせている。
それだけ上から提示された報酬は滝壺にとって衝撃的なものだったのだろうと、麦野は適当に当たりをつけていた。

「単純に他の研究所が完全なダミーだったのか、それとも例え潰されても他に何らかの策があるのか? ただここの研究者の慌てようを見ると、どちらにも思えないのよね」

「もしかしたらここの人達は何も知らされてないのかもしれないね」

「まあ、その可能性は高いんじゃない? きっとどこの研究所も潰されて問題はないんでしょうけど、少なくてもここの研究者共はそれを知らされていない。 だから襲撃を恐れて、戦々恐々としてるんでしょ」

きっとこの研究所が携わっている実験の責任者は襲撃者を撃退できれば御の字程度に考えているのだろう。
実際は研究所が全滅しても問題ない。
だから依頼を果たせなくとも麦野達にデメリットは何もない。
それはある意味、気楽な仕事と言える。
ただ麦野が気に入らないのは、そんな意味のない依頼がわざわざアイテムに任せられているということだ。
学園都市の暗部組織であるアイテムが抱える闇は決して甘いものではない。
暗闇の五月計画の産物である絹旗最愛。
学園都市で唯一無二の能力を持つ滝壺理后。
そして学園都市で最上位の力を持つレベル5第四位である麦野沈利。
フレンダだけは本来表にいてもおかしくない人間だが、彼女も相当歪んでいる部分がある。
そんな自分達が軽く見られているのが、麦野は気に入らなかった。


(それに上からのもう一つの依頼も何だか気に食わないしね)

襲撃者の中に黒髪でツンツンした頭の男がいたら生け捕りにする。
その襲撃者の特徴自体もふざけたものに聞こえるが、麦野にとって問題なのはアイテムがまるでその襲撃者の当て馬にされていることだ。

『デメリットはないから気楽にやればいい』

電話の女の口調から察するに、恐らくその依頼は失敗することが前提で要請されている。
結局アイテムが上から甘く見られていることに違いはなかった。
それが麦野は何よりも気に入らない。
正確にはアイテムというより、自分が舐められていることに麦野は腹を立てている。
そもそも麦野はアイテムのメンバーに仲間意識のようなものは殆ど持っていない。
ただ単にアイテムが軽く見られるということは、アイテムのリーダーを務める麦野自身が軽く見られていることと同義なだけだ。
能力研究の応用による利益とやらでレベル5の序列としては第四位に収まっているものの、単純な戦闘力だけなら麦野は他のレベル5にも簡単に遅れを取るつもりはなかった。

(ここら辺で上の連中を見返してやるのも悪くないかもね)

そして襲撃者を知らせる警報が研究所に鳴り響く。

「むぎの」

「ええ、さっさと依頼をこなしちゃいましょうか?」

他の二人のメンバーは既に襲撃者を撃退するための配置につかせている。
本来は他の研究所にもメンバーを配置しておくところだが、麦野は研究所の防衛よりも上からの依頼を優先していた。
例え襲撃者がどんな能力を持っていようと、滝壺の能力があれば追い詰めること自体は容易い。
そしてそこからは自分の力を使って嬲ればいいだけだ。
上からは襲撃者の息があり右腕さえ残っていれば、後はどのような状態であっても構わないと言われている。
麦野はその表情に残虐な笑みを浮かべて、襲撃者を迎え撃つためのポイントへと向かうのだった。




「何かあったの?」

美琴にそう尋ねられ、上条は研究所の内部に向けていた集中を一旦解く。
今まで上手く行き過ぎだと思ってはいたが、ここにきてそうもいかなくなったらしい。

「どうやら今回は手荒い歓迎がありそうだな」

「それって?」

「ああ、何人かが俺らのことを待ち構えてるみたいだ」

美琴の力で誤作動を起こした警報によって、今までと同じように多くの人間は待避を始めている。
しかしその中で明らかに他とは違う動きをしてる者達の氣を上条は感じ取っていた。
美琴が最初に実験に関わる研究所にハッキングした際に得た研究所の内部構造は、上条もしっかりと把握している。
そして目的地としている研究所の機関部と『絶対能力進化』の実験データが保管されているであろう独立した区画に続く通路全てが、迎撃者達によって塞がれているようだ。

(機関部に続く通路が二人と一人、そしてデータの保管場所の前に一人か……)

あくまでも今の目的は研究所を破壊することで、無理に迎撃者と戦う必要はない。
ただ実験データの削除は少なからず時間が掛かるため、迎撃者達を足止めするか戦闘不能に追い込む必要がある。
そして問題なのはここが学園都市で、迎撃者に能力者がいる可能性があることだった。
超能力の開発が行えるのは一定の年齢層に限られており、それに伴い学園都市の能力者は学生しか存在しない。
普通なら『絶対能力進化』のような実験に携わっている研究所の警備を学生が務めることはないだろうが、一方通行や布束のような例もある。
学生だからといって学園都市の闇と無関係とは言い切れない。

(相手の能力によっては面倒なことになるかもしれないし、どうっすかな?)

錬環勁氣功を用いれば氣を探って相手の位置などを探ることはできるが、知らない人間の戦闘力や能力が分かるほど万能なものではない。
つまり未知の敵と戦う時は、出たとこ勝負をしなければならないこともあるということだ。
もちろん異世界でもそのような戦いは何回も経験していたが、異世界における魔法は元素魔法による攻撃など知識さえあれば何とか対処できるものが多かった。
それに対して学園都市で開発される能力は多種多様で、中には上条の想像がつかないような能力も存在するかもしれない。
単純な戦闘ならどんな能力者が相手でも簡単に遅れを取るつもりはないが、場合によっては逆にこちらが足止めを食らってしまう可能性もある。
まだ相手が能力者だと決まったわけではないが、あらゆる事態を想定して用心するに越したことはなかった。

「やっぱりここの端末からじゃ研究所内の実験データを削除することは難しいか?」

「そうね、他の研究所でも実験のデータそのものはサーバーから独立した場所で保管されてたから」

研究所の外側に取り付けられた端末からハッキングしている美琴に上条はそう尋ねるが、やはりそう簡単に事は進まないらしい。
どこの研究所も表向きは普通の実験施設になっているため、『絶対能力進化』に関わる研究データは隔離された区画に保存されていた。
やろうと思えば外から研究所そのものを破壊することはできるだろうが、実験のデータだけは完全に消去しなければならない。
研究所の破壊する上での目的を達するためには、必ずデータの保管場所には行かなければならなかった。

「何があるか分からねえから、取り合えずお互い傍を離れないようにな」

「……うん」

そして美琴の力によって電子ロックを解除すると、二人は研究所の中へと進むのだった。




「ちょっとちょっと、結局どうなってるって訳よっ!?」

フレンダ=セイヴェルンは自分に向かって真っ直ぐ進んでくる少年に対して、悲鳴にも近い叫びを上げていた。
予め侵入者がどのような経路で襲撃してくるかは予測を立てていたため、そのルートにはありったけのトラップが仕掛けられている。
しかし侵入者はその通路を通ることなく、フレンダが潜んでいた天井裏のダクトに直接向かってきたのだ。
まるで最初からフレンダの位置を特定してたかのように……。

(取り合えずここじゃ、逃げててもジリ貧になっちゃう訳よ)

急いでダクトから抜け出すと、フレンダはトラップが仕掛けられている通路へと降り立った。
すると少年もフレンダの後を追うように通路へと足を踏み入れてくる。
そしてその瞬間、少年を巻き込むようにして爆発が巻き起こった。

「やった?」

爆発と言っても、そこまで大規模なものではない。
ここは建物内なので、下手に大きな爆発を起こすと建物そのものが瓦解してしまう可能性がある。
そうなれば研究所の防衛という依頼が果たせないし、何より自分の身が危ない。
だが人間一人を戦闘不能に追い込むくらいなら、十分な威力の筈だ。
もしかしたら死んでしまっている可能性も捨てきれないが……。
しかし爆煙が晴れた後も、そこには死体はおろか重症を負ってる少年の姿も見当たらなかった。

「これで終わりか?」

そして背後から聞こえてきた声にフレンダは背筋を凍らせる。
フレンダが振り返った先にいたのは、深く被っていた帽子が外れた少年の姿だった。

(黒髪のツンツン頭、やっぱりコイツが今回のターゲットの!?)

咄嗟にフレンダは少年から距離を取ろうとするが、それよりも早くフレンダの背中に少年の左手が触れる。

「え?」

次の瞬間、フレンダの体は操り人形の糸が切れたように床へと崩れ落ちてしまう。
意識や思考はしっかりしているにも拘らず、体だけが言うことを聞かない。
体の感覚が麻痺しているのかどうかは分からないが、痛みのようなものも感じなかった。

「心配すんな、後遺症が残ったりするようなことはねえから。 ただ氣の流れを乱したから、しばらくは動けねえだろうけどな。 取り合えず研究所を破壊し終えるまでは大人しくしててくれ」

言ってる意味が分からない部分もあるが、取り合えずその言葉にフレンダはホッと胸を撫で下ろす。
確かに報酬がいいだけでなく、スリリングな暗部での仕事は魅力的なものだ。
傲慢な能力者の裏を掻いた時や、相手の命を握っていることを実感した時など、簡単には言い表せないような快感を覚えることも多い。
しかしあくまでも友達との遊びの延長線のような仕事で命を落とすのは流石に馬鹿げている。


「データの削除は終わったわよ」

するとフレンダが本来防衛しなければならなかった筈の部屋から一人の少女が出てくる。
どうやら気付かぬ間に侵入を許してしまっていたようだ。
そもそもこの研究所が具体的に何の実験をしているかフレンダは知らない。
ただ彼らにとってはこんなリスクを冒してでも止めなければならないものだったのだろう。
彼らの抱える事情になど全く興味はないが、去るなら去るでさっさと居なくなって欲しい。

「大丈夫だった?」

「ああ、問題ない。 それより他の奴らもこっちに向かってるみたいだから、面倒くさいことになる前に一回外に出よう」

「でも機関部の破壊が……」

「研究所自体の破壊は外からでもできる。 実験のデータは破壊できたんだし、今は無理にリスクを負う必要はねえだろ?」

「分かった」

ようやく研究所を去る気になったのだろう。
外から研究所を破壊するという言葉に一抹の不安を覚えるものの、麦野がこの場に来て戦いが始まる方が余程危険だ。
役割を果たせなかったためお仕置きは免れないだろうが、戦いが始まって麦野の能力に巻き込まれたらそれどころでは済まない。
そして侵入者の二人がその場を後にしようとしたその時……。

「危ねえっ!!」

侵入者の少女と共にフレンダは少年によって床へと押し倒されていた。
その直後に少年の頭上を白く輝く光線が突き抜けていく。
それは紛れもない麦野の能力『原子崩し』による破壊の光だった。
そしてコツンコツンと複数の足音がこちらに近づいてくるのが聞こえる。
少年は少女を抱きかかえると咄嗟に通路の出口に向かって姿を晦ませた。


「取り逃がしちゃったみたいね、フレンダ」

「麦野……」

明らかに自分を非難する声音を含む麦野の言葉に、フレンダは体を震わせる。
しかし麦野はそれ以上関心がないのか、フレンダを除いた形で会話を進める。

「滝壺、相手の位置は?」

「……研究所の出口に向かって凄いスピードで移動してる」

「そう簡単に捕まえられそうもないわね。 さて、どうしようかしら?」

「無理に深追いする必要はないのでは?」

「うーん、それはちょっと私のプライドが許さないのよね。 フレンダ、侵入者の数は?」

そこでようやくフレンダは話を振られる。
先ほどまで一緒にいた侵入者の顔を思い浮かべて、フレンダは麦野の質問に答えた。

「……男と女の二人。 そして男の方が例のターゲットだと思う」

「となると尚更、逃がす訳にはいかないわね」

「むぎの、少しおかしい」

「何が?」

「AIM拡散力場を一人分しか捕捉できてない」

「……フレンダ、侵入者達の能力は?」

「たぶん女の方が今まで研究所をハッキングしてた発電能力者。 ……でも男の能力は結局分からなかったって訳よ」

「使えないわね」

「……」

そう言われても仕方のないことだった。
役割を果たせなかっただけでなく、フレンダは最低限の足止めすらできていない。
その挙句に侵入者について有益な情報を何一つ引き出せていないのだ。

「……まあいいわ。 一人で動ける?」

「……ごめん」

「絹旗、フレンダの奴を運んでやってちょうだい」

「了解しました」

「麦野、あの……」

言い訳できるような要素は何一つない。
ただフレンダは友人に向かって気をつけるよう伝えたいだけだった。

「行くわよ、滝壺」

「……うん」

しかし麦野はフレンダの声を無視して侵入者を追っていってしまった。
そして絹旗に担がれた状態で、フレンダも研究所の外へと向かう。
途中で研究所を大きく揺らす振動があったものの、無事に研究所の外に辿り着くことができた。


「取り合えず待たせてる移送車の中で休みましょう」

「絹旗、助かったって訳よ」

「……この世界で利用価値がない人間は超簡単に消されてしまいますよ」

「……」

「とにかく今は休んでください。 私は麦野達の支援に向かいますので」

「……気をつけてね」

「……ありがとうございます。 ではまた」

麦野達の後を追って駆けていく絹旗の後姿を見てフレンダは大きく溜息を吐く。
今までも依頼の大事な場面でポカをして仲間からの冷たい視線に晒されることは何度もあった。
そして絹旗の言葉も自分を気遣ってくれてのものだということは理解できる。
ただ自分達の関係はあくまでも仕事仲間なだけであって、自分が思っているような友達というわけではないのだろう。
フレンダ自身も彼女達に友人として信用されるような行動を別段したことがなかったので、それは当然のことなのかもしれない。

「結局本当に信用できるのは自分だけって訳よ」

しかしそう言いつつも、フレンダの脳裏には侵入者の少年の顔が浮かび上がっていた。
滝壺が既に能力を発動させていたことからも、麦野はただ闇雲に能力を使ったわけではないだろう。
現に『原子崩し』による光線もフレンダを巻き込むようなものではなかった。
ただ例えそうだったとしても、あの少年がそのことを知る由はない。
にも拘らず、あの少年は敵である筈の自分をも庇うようにして動いていた。
暗部に身を置いているフレンダにとって少年の行動は甘いとしか言いようがないものだったが、それと同時に新鮮にも感じられる。

「たまにはフレメアと遊んであげるかな」

そして何故か自分が唯一守らなければならない存在である妹のことを思い出して、フレンダはそう呟くのだった。




研究所の機関部を外から破壊することに成功した上条はすぐにその場を離れるつもりだった。
しかし立ち去ろうとする上条と美琴の前に二人の少女が立ち塞がる。
目的を果たした以上、その場に留まる必要は全くない。
上条達は二人の少女を無視する形で研究所を離脱したのだが……。
既に随分長い距離を、上条は美琴を抱えた状態のまま走り続けている。
最初は抱かれたまま移動することを美琴は渋っていたが、その方が速いのだから仕方ない。
しばらくすると美琴も大人しくなったので、一応納得はしてもらえたのだろう。
しかしそんなことはどうでもいいほど、二人は緊迫した状態に追い込まれていた。

「くそ、また駄目か!!」

完全に撒いたと思ったのに、上条達を正確に追いかけてくる複数の氣を感じる。
先ほどからずっとこの繰り返しだった。
相手は車に乗って移動しているらしく、それなりに距離を取ってもすぐに追いついてきてしまう。
どうやら相手にもこちらの位置を正確に捕捉できる能力者がいるらしい。
車の入ってこれない路地裏に逃げ込もうとも考えたが、既に遅い時間であるにも拘らずかなりの数の人間が屯しているようだ。

「多分、スキルアウトの人間が彷徨いてるんだと思う」

「スキルアウトって――ああ、あの怖そうなお兄さん達のことか」

上条が異世界に跳ばされる前からスキルアウトは存在している。
頭をスキンヘッドに丸めたり、派手なシャツを着ていたり、あまりお近づきになりたいとは思わない人間の集まりだった。
しかしだからといって無関係な人間を巻き込むわけにはいかない。
上条は路地裏に逃げ込むことを諦めて、大通りを走り続ける。
まだ体力に余裕はあるものの、いつまでも追いかけっこを続けるわけにはいかなかった。
既に残りの研究所は一基となっており、こんな所で足踏みしている暇はない。
そして上条にはもう一つ気に掛かっていることがあった。
追跡者の一人の氣が段々と弱まっているのだ。
どういう訳か時間を追うごとに、徐々に衰弱していっている。
このまま逃げ続けていたら、自然と相手は自滅することになるかもしれない。

(本当は放っておいてもいいんだろうけど)

研究所にいた時からその氣の持ち主は確認できていたため、追跡者の仲間であることは恐らく間違いないだろう。
本来なら相手の体調を気遣う必要など全くないのだが……。


「ちょっと、大丈夫?」

「ん?」

その声に美琴の方へ視線を向けると、美琴は心配そうな表情で上条のことを見上げていた。
そして上条と目が合った瞬間、何故か美琴の頬は急に朱く染め上がる。
そんな美琴の表情を上条が訝しげに眺めていると、美琴は我に返った様子で何かを誤魔化すように大きく咳払いをした。
そうすることでようやく落ち着いたのか、再び美琴は真剣な声音で上条に尋ねてくる。

「こんな状態で私が言うのもなんだけど、何かあったなら私にも教えなさいよ? アンタ自身が言ったんじゃない、困ったことがあったら力になって欲しいって」

「……そうだな」

どんな決断を下すにせよ、今の状況では美琴の同意が必要になる。
上条は正直に追跡者の中の一人がどんどん弱まっていることを美琴に伝える。

「そいつはそんなに拙い状態なわけ?」

「……多分な」

こうやって逃げ回りながら話している今も、氣は止まることなく弱まり続けていた。
このままでは恐らくそう長く掛からずに、取り返しのつかない状態になる。

「でも何でそんな状態になったのかしら?」

「ごめん、それは俺にも分からない。 でもアイツらが俺達のことを追いかけ始めてから急に弱まったみたいで……」

「だったら、私達が逃げるのをやめれば?」

「確証はないけどな。 もしかしたら俺達の位置を特定する能力が凄く負担の掛かるものなのかもしれない」

他にも追跡者は数人いた。
弱っている人物の傍には先ほど光線を放ってきた能力者と、恐らく車を運転してると思われる人間。
そして更に離れた場所では、研究所にいた残り一人と他に二人が上条達のことを追っているようだ。
断言はできないものの、弱っている人物が上条達の位置を捕捉している能力者である可能性は高いだろう。
だとすると上条達が逃げることさえやめれば、能力の使用によって掛かる負担も解消されるかもしれない。

「分かった、どこか適当な場所で迎え撃ちましょう」

「いいのか?」

「この戦いはあの子達を守るためのものだから。 その戦いで死人を出すわけにはいかないわよ」

「……そうだな」

思えば研究所の破壊も、美琴は常に死人が出ないよう気遣っていた。
本来なら『絶対能力進化』に携わっていた研究者など、美琴にとって憎しみの対象でしかない。
それでも美琴は少なくとも必要以上に相手を傷つけることを躊躇っている。
それは実際に人が人を殺す戦争を体験している上条から見れば、甘さとしか呼べないものだった。
しかし本当はそれが一般的な感覚なのだろう。
明らかに異常なのは、そのことを甘いと思ってしまう上条の方だった。
そんな自分に対して嫌悪感を持つと共に、美琴がこのような状況にあっても歪んでいないことに上条はホッとする。
美琴はこんな悪意に塗れた幻想からまだ日常へと帰ることができる。
例え険しい道のりでも明るい未来を掴めるはずだ。
そのために上条がやるべきことは決まっていた。

「この先に確か広い更地があったはず。 そこだったら誰も巻き込まないで済むと思う」

「分かった」

上条は美琴の言葉に頷くと、案内された更地へと向かうのだった。




「やーっと、観念したか? ちょこまか逃げ回りやがって、面倒臭いったらありゃしない」

更地で待ち構えていた上条達の前に現れたのは茶髪の女だった。
恐らく年齢は上条より少し上くらいだろう。
女からは一見上品な印象を受けるものの、それとは対照的に薄ら寒いものを上条は肌で感じ取っていた。
ただ佇んでいるだけなのに、女の隠し持つ残虐性が顔を覗かせている。

「……」

そして上条は無言のまま女のことを見据えていた。
周囲の氣を探るが、女以外に周辺で待機している人間の氣は感じない。
どうやら弱っている人物は離れた位置で待機しているようだ。
また周りに女を支援する人間が一人もいないということは、暗に女が持つ力の強大さを物語っている。
二人だけでいくつもの研究所を短時間で破壊している上条と美琴の力が過小評価されているとは考えにくい。
しかしそんな上条と美琴の力を踏まえた上で、女は一人だけで上条と美琴の前に現れたのだ。
女が先ほど光線を放ってきた能力者だということは分かっているが、女の能力の本質が何なのかまでは分かっていない。
慎重になるあまり後手に回って追い詰められてしまっては元も子もないが、だからといって警戒を怠るわけにはいかなかった。

「なるべく早く片を付けたい。 必ず回避を優先して、もしもの時は援護を頼む!!」

「ええ!!」

美琴の返事を皮切りに上条は女に向かって加速する。
力が未知数の相手に、こちらも力を出し惜しみする余裕はない。
氣を一気に練り上げて錬環勁氣功の奥義を発動した上条の身体を青く輝く氣の奔流が包み込む。
そして上条が見せたのは、一方通行と対峙した時と同様の超高速のスピードに停止を織り交ぜることによって生じる無数の残像。
しかし一方通行と違って、それを前にしても女に慌てた様子はない。

「そんなの一気に薙ぎ払えばいいだけだろうが!!」

その叫びと共に、圧倒的な破壊を撒き散らす白い光線が放たれる。
しかしそれは上条を狙ったものではなかった。
白い光線が発射される寸前に宙へと投じられた一枚のカード。
そのカードに当たった瞬間、白い光線は幾重にも分裂して上条と残像全てを焼き払うように襲い掛かった。

「くっ!?」

上条は咄嗟に地面を蹴ると、何十もの光線の弾幕から逃れるように大きく跳躍する。
研究所の鉄筋で出来た壁を易々と貫いていたことからも、あの光線が錬環勁氣功を用いて身体をいくら強化しようと安易に受け止めてはならない威力であることは分かっていた。
そして上条が後方へ退くと同時に、青い閃光が女へ向かって迸る。
発電能力者の頂点に立つ美琴が放つ最大10億ボルトもの電圧を誇る電撃の槍。
もちろん今は人を殺さないよう電圧を調整しているものの、それでも大の男ですら一撃で行動不能に追い込める程度の威力は籠められている。
しかし目の前に迫った電撃を前にしても、やはり女にはまるで動じた様子が見られなかった。


「躱され――いや、私の電撃が強制的に曲げられてる!?」

美琴の放った電撃の槍は確かに女へと直撃したように思われた。
だが絶対のタイミングだった筈の電撃は、どういう訳か女を避けるようにして後方へと受け流されてしまう。
それはまるで不可視のバリアーか何かが女の周りに張られているかのようだった。
学園都市で開発された能力は一人の人間に対して一つに限られている。
そのため上条達を襲った白い光線も、美琴の電撃から女が身を守った能力も、本質的には同じものである筈だ。
しかし上条には女の能力の正体が見当もつかない。

「そもそも私の力で生け捕りとかいうのが面倒なのよね。 取り合えず死なないように、勝手に足掻いてちょうだい」

滅茶苦茶な言い分と共に、今度は同時に四本の白い光線が放たれる。
そしてそれぞれの光線がカードを介することによって、先ほどとは比べ物にならない遥かに多くの光線が上条たちに襲い掛かった。
上条は瞬間的に自分の右手に目をやるが、残念ながら右手に宿る力は目の前に脅威に対して殆ど役に立ちそうにない。
上条の右手に宿る『幻想殺し』は異能の一部に触れさえすれば、無効化が炎が燃え広がるように全体に広がっていく。
つまり「一塊の異能」であれば、複数の異能の集合であろうと範囲攻撃であろうと触れただけで打ち消すことが可能なのだ。
しかし目の前に迫る光線は分裂することによって、それぞれが完全に独立した形になっている。
面状の飽和攻撃に近いが、実際は手数によって範囲を広げた点状の攻撃。
これでは上条の『幻想殺し』で全てを打ち消すことは叶わない。
いくつかの光線を打ち消すことはできても、瞬く間に他の光線によって蜂の巣にされてしまう。
上条は美琴と共に距離を取って光線から逃れようとするが……。

「痛っ!?」

まだ錬環勁氣功の奥義を使用してほんの少ししか時間が経っていないにも拘らず、早くも反動が上条の身体を襲っていた。
この24時間休みなしに研究所を破壊し続けたことに加え、少なからず美琴の回復にも上条は自分の氣を使ってしまっている。
思った以上に上条の身体に掛かっていた負担は大きなものだったらしい。
そして身体を襲った痛みに足を止めた一瞬が、まさに上条にとって命取りになろうとしていた。


(取り合えず美琴だけでも逃がさねえと!!)

ここは野外であるため、美琴にとっても磁力を使って移動できるような場所が存在しない。
上条は激しい痛みを感じながらも錬環勁氣功の奥義を止めることをしなかった。
氣の奔流を纏っている今の状態なら、あの光線に耐え切ることができるかもしれない。
しかしそれは一か八かの賭けのようなものなので、美琴だけは確実に安全な場所に逃がさなければならなかった。
そして上条は美琴の服の袖口を掴む。
少々乱暴なやり方だが、遠くまで美琴のことを投げ飛ばそうというのだ。
美琴の能力があれば着地の際も大怪我を負うようなことはないだろう。
だが美琴は上条の意に反して、力ずくで袖口を破ると上条と光線の間に割って入った。

「おいっ!?」

「大丈夫、任せて!!」

上条は再び美琴を無理やり逃がそうとするが、すぐにその必要がないことを悟った。
美琴が手を伸ばした先で光線が大きく捻じ曲がり、上条と美琴を避けるように後方に流されていく。
それは先ほど少女が美琴の電撃を受け流した光景によく似ていた。
そして完全に無数の光線による攻撃を耐え抜くと、美琴は振り向きざまに笑顔を向ける。

「アイツが私の電撃を曲げた時から予想はしてたけど、アイツの能力の根っこは私と同じもの。 だから私もアイツの力に干渉できると思ってね」

「だからって無茶しすぎだろ!!」

しかし上条はそんな美琴に対して思わず声を荒げていた。
電撃使いの頂点に立つ美琴が推察して出した結論なのだから、きっと美琴の言っていることは正しいのだろう。
それでも上条は美琴の行動を頭で理解できても、心で納得することができなかった。

「無理をしてるのはお互い様でしょうがっ!! 研究所でだってアンタ一人が戦って、今は私が自分にできることをやっただけじゃない!!」

「それでも俺はお前になるべく危険な真似はさせたくねえんだよっ!!」

「それは私だって一緒よ!! 色々と巻き込んじゃって申し訳なく思ってるけど、だからって私がアンタ一人に何でも押し付けられると思ってるの!?」

負けじと言い返してくる美琴と上条の会話は半ば口論になりかけている。
恐らく上条も美琴も根本にある気持ちは変わらない。
しかしそれが互いを思うが故のものであるため、二人の意見が噛み合うことはなかった。

「……取り合えず、話は後だ。 今はそれどころじゃねえしな」

「……分かったわよ」


そして上条は女の方に再び意識を向ける。
もちろん美琴と言い争いをしている間も、女から集中を解いていたわけではない。
しかしその間、女は上条達に攻撃してくるような素振りを全く見せなかった。

「これは予想外……いえ、ラッキーだったと言うべきかしらね」

すると女は突然そう呟いて、小さく笑みを零した。
たったそれだけで、女の放つ狂気じみた空気がその場を支配していく。

「まさかこんな場所で出会えるとは思ってなかったわよ。 ねえ、常盤台の『超電磁砲』?」

女に美琴の素性が割れてしまったことに上条は顔を顰める。
研究所の破壊を続ける上で、美琴の素性がバレてしまう可能性があることを考慮していなかったわけではない。
それでも『妹達』を救うために力になりたいという美琴の意志を尊重し、共に戦うことを決断したのは他ならぬ上条自身なのだから……。
しかし『絶対能力進化』の実験が表沙汰にできるようなものでない以上、実験を止めることさえできれば美琴が表立って狙われるようなことはなくなる。
そのように上条は考えていたのだが、ここにきて状況が変わってしまったようだ。
目の前の女は研究所への襲撃者を迎撃するという目的とは別に、『超電磁砲』としての美琴個人に興味を示している。
そして女が美琴に対して抱いている感情が好意的なものでないことは間違いなかった。
理由は分からないが、女は美琴に対して強い敵愾心を持っている。
例えこの場を切り抜けられても、それが今後も美琴の危険に繋がりかねない。
そうなると想定していた対処法も改めなければならなかった。

「まさか上を見返す材料が他にも転がり込んでくるとはねえ」

その言葉と共に、美琴に向かって白い光線が放たれる。
しかし今度は上条が美琴の前に出て、それを右手で打ち消した。
そのことに女は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに何か納得した様子で再び笑みを浮かべた。

「なるほど、そしてそれが例の右腕と……。 多重能力者だとしたら確かに上が興味を持つのも納得ね」


(コイツ、『幻想殺し』を知っている?)

多重能力者というのは恐らく氣を使った戦闘と『幻想殺し』を見て言ったのだろう。
確かに知らない人間から見たら、そう見えるのは不自然なことではない。
だがそれとは別に、まるで最初から『幻想殺し』の存在を知っていたかのような女の言葉が気に掛かる。
『幻想殺し』はその性質上から学園都市の時間割で能力として測定されることはない。
そのため異世界に渡る前からも、その力を知っているのは一部の親しい人間だけだった。
女の言う『上』という言葉が何を指し示しているのかまでは分からないが、恐らく碌でもないものに違いはないだろう。

「男の方は殺すなって命令を受けてるけど、『超電磁砲』の方はどうしたって問題ねえよな? 能力研究の応用が生み出す利益が基準なせいで、テメエが三位で私が四位? ここでテメエをブチ殺せばそんなの関係ねえって証明できんのかねぇ?」

その言葉と共に女は先ほどと同じようにポケットからカードを取り出す。
しかし女に攻撃する暇を上条は与えなかった。
女が広範囲における、しかも『幻想殺し』で防ぎ切れないような攻撃手段を持っている以上、残像を組み込んだフェイントは意味をなさない。
よって最速で女に辿り着ける一直線を上条は超高速で駆け抜ける。

「は?」

女には上条が一瞬で目の前に現れたように見えたのだろう。
間抜けな声を女が上げた時には、上条の左手による掌底が女の額に叩き込まれていた。




「意識はある筈だぜ、手加減したからな」

上条の言葉通り女は倒れるようなこともなく、ただ立ち尽くしている。
しかしそれ以上の行動を上条は許さない。

「何をしやがった?」

そして身体を動かすことができない女は憤った様子で上条を睨みつけてくる。

「全身の氣の流れを狂わせた……しばらくは動けねえよ」

科学の街である学園都市の住民では上条の言ってることが理解できないのだろう、女は訝しげな表情を浮かべている。
そもそも学園都市だけでなく、この世界全体でも上条の力を理解できる人間が存在するとは限らない。
そのことについて言及しても無駄だろうと、上条は話を進めた。

「えっと、それじゃあ取り合えず、お前達を雇った人間を教えてもらえるか?」

女が『絶対能力進化』の直接の関係者でないことは分かっていた。
『絶対能力進化』の関係者であるならば、この状況で研究所に襲撃を掛ける発電能力者など美琴しかいないことは知っているだろう。
だから先ほどの『上』という言葉が何を示すのかも含めて、尋ねてみたのだが……。

「……」

返ってくるのは沈黙だけだった。
その後もいくつか質問を続けるが、やはり結果は変わらない。
このような仕事を引き受け、上条や美琴の命を容赦なく狙ってきたことからも、恐らく女は裏の仕事を生業とする人間に間違いないだろう。
尤も生け捕りにするよう命じられていたらしい上条に対しても容赦ない攻撃を仕掛けてきた女に暗部の人間としての適正があるとは思えないが……。
だがそれでも裏の人間が不必要に情報を漏らさないのは基本中の基本だ。
これも想定していた範囲内なので、特に上条が動じることはない。
しかし本当の問題はここからだった。


「じゃあ最後に一つだけ、今後は俺達に手を出さないって約束してくれ。 そうすればこれ以上お前に手は出さない」

今回はたまたま研究所に対する襲撃者を迎撃するという形で、女と美琴は対峙することになった。
本来なら目的を達成できなかった今、裏の人間である女が美琴を狙う必要はなくなった筈だ。
しかし裏の人間としては行動が徹底されておらず、個人的に美琴に対して敵愾心を持っている女がどう動くか分からない。
そして女の返答は上条が悪い方向に予想していた通りのものだった。

「ハッ、上から物を言ってるんじゃないわよ。 必ずテメエらを追い詰めて八つ裂きにしてやる。 それが嫌なら殺しやがれ!!」

思っていた以上にプライドが高い女の言葉に今度は上条が顔を顰める番だった。
隣に立つ美琴に視線を移すとやはり戸惑った表情を浮かべている。
恐らくこのようなタイプの人間に出会ったことがないのだろう。
そして上条達に女を殺すという選択肢はなかった。
命を狙われたのだ、既に女は上条や美琴にとって敵と呼ぶべき存在と言っていい。
しかし美琴の今後を考えると、やはり死という形で女との決着を付けるわけにはいかなかった。

「あんまり気は進まねえけど、やるしかねえか……」

そう言って上条は女の前に出ると、女の肩に左手を添える。

「えっと、美琴の携帯って動画の撮影ができるか?」

「そりゃできるけど、何に使うの?」

「……これから起きることを全部撮影しといてくれ」

上条の意図することが分からかったのだろう。
美琴は不審な表情を浮かべたまま、携帯を取り出す。
そして美琴は今まで見たこともないような艶かしいものを目の当たりにすることになるのだった。




「んあっ、ふああああぁぁっ!!」

まだ数分しか経っていないのに、何度目になるか分からない。
麦野は躰をビクンと仰け反らせ、極まった声を上げる。
目の前の男はただ自分の肩に触れているだけなのに、今まで感じたことのない未知の快楽が麦野のことを襲っていた。
今の下着の状態を考えれば、それがどういった類の快楽なのかは理解できる。
しかし知識はあっても経験があるわけではないので、麦野はその感覚に恐怖にも似た感情を覚えていた。

「取り合えず、こんなもんでいいか」

そう言って男は手を離すと、超電磁砲の方へ歩み寄る。
そして彼女から気味の悪いカエルを模した携帯を受け取っていた。
超電磁砲が物凄い形相で男を睨み付けていたようにも見えたが、そのことを理解できるほど麦野の頭は回っていない。

「あー、悪いけど今のお前の痴態はしっかりと保存させてもらった。 これがどういう意味か分かるよな?」

麦野は男の言葉を反芻して、ゆっくりと状況を整理していく。
暗部の人間である麦野は普段から表を歩けないほどではないが、やはり目立つようなことは避けなくてはならない。
そして目の前にあるのは自分の痴態が保存された携帯。
麦野は男が言いたいことを理解して、背筋がゾッと冷えるのを感じた。

「テメエ!!」

「もちろん俺だってそんなことをするつもりはないし、したくもない。 でも状況によっては……」

「くっ!!」

これから先、麦野が目の前の男や超電磁方を襲うようなことがあれば今の動画をばら撒く。
要するに男は麦野のことを脅しているのだ。
自分で今の動画を見たわけではないのでハッキリした状態は分からないが、そうなれば暗部としてだけでなく一人の女としても終わってしまう気がする。
暗部に堕ちてから人並みの感情は捨てたつもりだったが、やはり本能的に拒絶してしまうことも存在した。

「何かない限りは絶対にこの動画を公開するような真似はしない、約束する」

恐らく男の言葉に偽りはない。
ただの快楽のためにそのような下種なことをする連中と違って、目の前の男は純粋に麦野と取引する材料を作るためだけにそのような手段を取っただけだ
それにどうやってあのような状態に陥れられたのかは分からないが、実際に身体を汚されたわけでもない。
男にとっても必要なく動画を公開するメリットはない筈だ。
確かに男や超電磁砲の存在は気に入らないものの、麦野にも今はリスクを背負う必要がなかった。

「分かった、これで取引成立だ」

麦野が頷くのを見て、男と超電磁砲はその場から去っていく。
そして残された麦野はというと……。

「……さて、どうしようかしら?」

未だ麦野は火照りが収まらず、身体が疼いて仕方がなかった。
しかしまだ体を動かすことができないため、自分で慰めることもできない。
やがて絹旗が救援に現れるまで、麦野はもどかしい感覚に苦しみ続けることになるのだった。




「あのー、美琴さん。 やっぱり怒ってらっしゃいます?」

「当たり前でしょ、この変態!!」

先ほどから上条が美琴に話しかけても、ずっとこんな調子で会話にならない。
やはり女子中学生には刺激が強すぎたのだろうか?
上条だって好きであのような手段を取ったわけではない。
錬環勁氣功は単に自分の身体能力を強化したり感覚を引き上げるだけでなく、他の人間にも作用させられる。
先ほどは女の性感を極限まで引き上げたのだ。
その上で氣の流れを少し操作することによって、女を甘美な感覚で満たしていた。
それだけであの状態なのだから、もし敏感な場所に触ったりでもしたら更に大変なことになる。
しかし流石にそれ以上のことを上条はするつもりがなかった。
というよりあの状況で上条自身も既にいっぱいいっぱいであり、とてもじゃないがそんなことはできなかっただろう。
今まで上条は様々なハプニングに見舞われ、女性の裸を目撃したり、実際に触ってしまったこともある。
だがそれらは決して上条が自分の意志で行ったわけではない。
これまで体験したことに比べて、上条は未だ初心な少年のままだった。

「だからあれは、ああするしかなかったって言ってるじゃねえか?」

「だからってあんな……」

そう言って美琴の顔は再び真っ赤に染め上がる。
やはり美琴にとってあの光景は刺激が強いものだったらしい。

「本当に悪かった、お前がいるのをちゃんと考慮しておくべきだった。 すまん!!」

「……はぁー、もう良いわよ。 理由があるのは分かってるんだし、私の方も大人気なかったわ」

思わずまだ子供じゃねえかとツッコミを入れそうになるが、どうやら頭を下げることで一応は納得してもらえたらしい。
流石に気まずい空気のまま過ごすのは嫌だったため、上条はホッと胸を撫で下ろす。

「ああ、それとさっきのデータは削除しといていいぞ」

「えっ?」

「いくら脅迫材料を持ってたって、それを無視して先に攻め込まれたら意味がないからな」

「それじゃあ何のためにさっきはあんなことやったのよ?」

「もう分かってると思うけど、アイツはきっと暗部の人間だ。 少しぶっ飛んだ部分もあったけど、基本的にそういう人間は自分にとってのデメリットをしっかり把握できる。 だから無理やり取引の場を設けることで、頭に上ってた血を冷やしてやったんだよ」

「でもそれだと……」

「まあさっきの取引が役に立つとは限らないな。 でも何があっても、お前のことは守ってみせるから」

「っ!?」

「どうかしたか?」

「な、何でもないわよ!!」

何故か再び顔を赤くする美琴に上条は不思議そうな顔を向ける。
そしてますます美琴の顔は赤く染まっていくのだが、ふと何か思い出したように美琴の表情は真剣なものへと変わった。


「それにしてもあの子は大丈夫かしら?」

「……どうだろうな?」

上条達は女と戦った更地を離れると、すぐに衰弱している人物の下へ向かった。
しかし上条達が駆けつけた時にはピンク色のジャージを着た少女は既にかなり弱っており危険な状態だった。
すぐに内氣功による簡単な応急処置を行うが、中々回復する様子が見られない。
薬物を多用した副作用にも見えたが、単に毒物が体を蝕んでいるだけならば内氣功によって浄化が可能な筈だ。
何とか少女の状態を安定させることには成功したものの、上条の力でも原因が分からない少女の症状のこれ以上の回復は見込めなかった。
本当はすぐに病院に運ぶべきなのだろうが、少女も恐らく暗部の人間であるため下手に手出しすることができない。
救急車を呼んだり病院に運び込もうとも、そちらにまで危険が及んでしまう可能性がある。
そのため少女が落ち着いたのを見計らって、上条達は黙ってその場を後にしたのだった。

「まあ気持ちは分かるけど、今はこっちを優先しなきゃな」

「……うん、分かってる」

やがて上条達の前方に残り一基となった研究所が迫ってくる。
そして『絶対能力進化』を止めるための戦いは大きな転機を迎えようとしていた。

以上になります
エッチい描写があるのは麦野でした
しかし結局今回は微エロに落ち着けることにしました
上琴を銘打っているのに、必要以上に他キャラのエロは必要ないなと
変な質問をしたにも拘らず、こんな形ですみません
また何故か投下の最中に気づくのですが、文章がおかしいところが多々あります
一応arcadiaの方にも訂正したものを投稿してますので、気になったらそちらを見てください
そして今回から戦闘描写が入ってきました
まあ自分なりに頑張ってるつもりですが、中々上手くいきません
アドバイスなどがいただけたら嬉しいです
今回も不明な点や改善した方がいい点があれば言って下さい
感想お待ちしています

最後に一つ、よいお年を

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