やすな「うーん」
ソーニャ「起きたか」
やすな「んー……? ソーニャちゃん……?」
ソーニャ「ああ」
やすな「あれぇ、ここは? 暗くて何も見えないよー、ソーニャちゃん電気つけてー」
ソーニャ「……」
やすな「ソーニャちゃーん? しょうがない自分で……ってあれ、う、動けない」
ソーニャ「……」
やすな「あっ! これは俗に言う金縛りというやつでは!? すごい! 初体験!」
やすな「ソーニャちゃん見て見て! 私いま金縛ってるよ! 金縛りなうだよ!」
やすな「ヤッホーイ!」ビッタンビッタン
ソーニャ「動けてるだろ」
やすな「あれ、ホントだ」
ソーニャ「ここは私の家だ」
やすな「マジで」
ソーニャ「お前は目隠しされてるから何も見えないし、縛られてるから動けない」
やすな「えっ何で!? いつものソーニャちゃんは物理攻撃キャラなのに今日はベクトルが違う!」
ソーニャ「ベクトル?」
やすな「とりあえずほどいてください」
ソーニャ「無理だ」
やすな「え、えっと……私ソーニャちゃん怒らせるようなことしたっけ?」
ソーニャ「そ……それは」
やすな「それは?」
ソーニャ「それは……」
やすな「それは? HEY! YO!」
ソーニャ「」イラッ
ソーニャ「すまんがお前にはしばらくそのままでいてもらう」
やすな「えー、せめて目隠しは取ってよ」
ソーニャ「ダメだ」
やすな「ソーニャちゃんがその気ならこっちにも考えがあるよ!」
ソーニャ「その状態で考えも何もないだろ」
やすな(ふっふっふ……ソーニャちゃんがいる場所は声の方向から大体推測できたからね)
やすな(油断している今がチャンス!)グッ
やすな「くらえーっ! 簀巻きやすなローリングアターック!!」ゴロゴロゴロ
ソーニャ「なっ!?」
やすな「ソーニャちゃん覚悟ー!」ゴロゴロゴロ
ゴン!!
やすな「あべし!」
ソーニャ「私がいるの逆方向なんだが」
ソーニャ「お前を黙らせる方法はいくらでもあるぞ……」カチャカチャ
やすな「すんませんもうしません! 見えないから余計怖い!」
ソーニャ「まったく」
やすな「移動するときはイモムシモードになります」ズリズリ
ソーニャ「キモイからやめろ」
やすな「あ、そういえば今何時?」
ソーニャ「もうすぐ午後7時だ」
やすな「ええっ!? 早く帰らないと怒られちゃうよ、私帰るね!」ズリズリ
ソーニャ「ま、待て」
やすな「?」
ソーニャ「いやその……帰るのもダメだ」
やすな「キャー! ソーニャちゃんたらエッチー!」
ヒュッ
ドス
やすな「ヒイッ今の何!? 何か目の前に刺さった!?」
ソーニャ「……先日、お前に殺しの依頼が来た」
やすな「私殺し屋じゃないよ?」
ソーニャ「そうじゃなくて……お前を殺せという依頼だ」
やすな「またまたー、私を怖がらせようったってそうはいかないよ」
ソーニャ「……」
やすな「な、何か言ってよ怖いよーあはは……」
ソーニャ「……」
やすな「ほ、ほんとに……?」
ソーニャ「……」
やすな「う、うそだよねソーニャちゃん……やだよ、怖いよ……」
ソーニャ「すまん」
やすな「!!」
ソーニャ「組織の命令は絶対だ。私が拒否しても別の殺し屋がお前を殺しに来る」
ソーニャ「だから……」
やすな「……」ゴクリ
ソーニャ「組織にはもうお前を殺したと報告した」
やすな「え……」
ソーニャ「お前がまだ生きていることが知られれば、今度こそお前は殺される。私なんかじゃ手も足も出ないような殺し屋に」
ソーニャ「だから、お前を外に出すわけにはいかない」
やすな「えっと、私のこと助けてくれたの?」
ソーニャ「こんな方法しか……思いつかなかった」
ソーニャ「……すまん」
やすな「……」
ソーニャ「お前は家にも帰れないし、学校に行くことも……もうない」
やすな「そっか……」
ソーニャ「ここにいれば命だけは助かる。私の出来る範囲で……お前に不自由は、させないから……だから……」
やすな「ソーニャちゃん、泣いてるの……?」
ソーニャ「なっ、泣いてなどいない」
やすな「くそー、目隠しされてなかったらソーニャちゃんの泣き顔見れたのに」
ソーニャ「泣いてないって言ってるだろ」
やすな「そういうことなら縛ったりしなくても私逃げたりしないよ?」
ソーニャ「まだお前のことを信じきれない。我慢しろ」
やすな「ほんとなのにー」
ソーニャ「それに自由にしたら家の物をいくつ壊されるか」
やすな「そんなことしない!」
ソーニャ「どうだか」
やすな「壊すときはなるべく安そうなのにするから」
ソーニャ「おい」
やすな「ねえねえソーニャちゃん」
ソーニャ「なんだ」
やすな「お腹すいた」
ソーニャ「……パンでも食うか」
やすな「食べる!」
ソーニャ「待ってろ」
・・・
ソーニャ「持ってきたぞ」
やすな「あーん」
ソーニャ「ん?」
やすな「だって手使えないから」
ソーニャ「あー……」
やすな「ちょーだーい」
ソーニャ「ここに置いとくから勝手に食え」ポイ
やすな「あれ、私あんまり大事に扱われてない!?」
やすな「くそぅ! くそぅ! おいしい! くそぅ! おいしい!」ムシャムシャ
ソーニャ「お、おい冗談だよ! 床が汚れるからやめろ!」
やすな「食べさしてくれるの!」
ソーニャ「……しかたないな」
やすな「口移しとか結構ポイント高いよ」
ソーニャ「誰がそんなことするか! 何のポイントだ」
やすな「いっちょズボッとお願いしゃっす!」アーン
ソーニャ「ほら」ズボ
やすな「モガ!?」
ソーニャ「好きなだけ食え」
やすな「ほっほほーははん はんあうおほふひいいえはいえほ!」
(ちょっとソーニャちゃん パンまるごと口に入れないでよ!)
ソーニャ「何言ってるか分からん」
やすな「もっと食べやすくちぎってよー」
ソーニャ「注文の多いやつだな、ほら」
やすな「ありがとー♪」パク
ソーニャ「ほれ」
やすな「おいひい」パク
ソーニャ「まだ食うか?」
やすな「うん」
ソーニャ「ほい」
やすな「!」ピコーン
やすな「ムシャーーーーー!!!!」ガブ
ソーニャ「ギャーーーーーー!!!!」
ソーニャ「私の指はうまかったか?」ゴゴゴゴ
やすな「ふ、ふつうに食べてるだけじゃ退屈だと思いまして……」
やすな「食べたら眠くなってきたよ」
ソーニャ「お前は単純でいいな……」
やすな「でもずっと目隠しされてるからあんまり眠る気にならない」
ソーニャ「そういうもんか」
やすな「しかし起きていてもやることがない」
ソーニャ「寝たくなったらいつでも言え」
やすな「えっなになに!? 子守唄でも歌ってくれるの!?」
ソーニャ「いや、どうしても眠れないなら睡眠薬とかあるから」
やすな「殺し屋御用達の睡眠薬ってあんまり飲みたくないんですけど……」
ソーニャ「夢も見ずこんこんと深い眠りにつける」
やすな「それ飲んだあとちゃんと起きられるよね!?」
10分後
やすな「zzz」
ソーニャ「眠くないって言ってたくせに……」
ソーニャ「よいしょ」
ソーニャ「ちゃんとベッドで寝ろ」ポフ
やすな「むにゃ……」
ソーニャ「……」
やすな「zzz」
ソーニャ「おやすみ……やすな」
翌日
やすな「むくり」
やすな「んー……朝なのに暗い……?」
やすな「ってそうだ、私ソーニャちゃんに誘拐されて目隠しされてたんだ」
やすな「あれ? でも手足縛られてたのが解かれてる! ソーニャちゃん解いてくれたのかな?」
やすな「目隠しは……勝手に取ったら怒られるかな」
やすな「ソーニャちゃーん、どこー」フラフラ
ソーニャ「呼んだか」
やすな「あ、いたー。これ縛ってるの解いてくれたの?」
ソーニャ「……寝苦しいかと思ってな」
やすな「ソーニャちゃんが優しい! やっと慈愛の心に目覚めてくれたんだね!」ダキッ
やすな「あれっソーニャちゃん何だか硬いし冷たいよ!? どうしたの、大丈夫!?」
ソーニャ「お前が抱きついてるのタンスなんだが」
ソーニャ「もう目隠しも取っていいよ、世話するの面倒だし」
やすな「うーん、でもずっと目隠ししてたから取るのももったいない気が」
ソーニャ「何がどうもったいないんだよ……」
やすな「目が見えない分感覚が冴えて音や空気の流れで相手の位置を把握できるようになったり」
ソーニャ「さっき私と間違えてタンスに抱きついてたろ」
やすな「あれはソーニャちゃんの位置を測るためわざと失敗したのさ……」
ソーニャ「意味が分からん」
やすな「んん? それとも本体の方に抱きついて欲しかったのかな???」
ソーニャ「誰が」
やすな「大丈夫、こんどは迷わずソーニャちゃんの胸に飛び込むから! 行くよソーニャちゃん!」
ソーニャ「いいから目隠し取れ、壁に話しかけてるぞお前」
やすな「これどうやって取るの?」
ソーニャ「いま外してやる」
やすな「どうも」
ソーニャ「取れたぞ」
やすな「まぶしい!」
ソーニャ「昨日からずっと付けてたからな」
やすな「うー、目が開けらんないよ」
ソーニャ「そのうち光に目が慣れる」
やすな「やはり……視力と引き換えに研ぎ澄まされた感覚を……」
ソーニャ「まだ言うか」
やすな「なんかもう目を開けたら負けな気がしてきた」
ソーニャ「どこまで引っ張る気だ」
やすな「うーん……ソーニャちゃん私の前に立って?」
ソーニャ「今度は何だ」
やすな「ちゃんと前にいる?」
ソーニャ「ああ……」
やすな「んー……えい!」
ソーニャ「……」
やすな「おおおー、ソーニャちゃんだ! ソーニャちゃんがいる! ソーニャちゃんが見えるぞ!」
ソーニャ「な、何だよ」
やすな「最初に見るのはソーニャちゃんがいいなーって」
ソーニャ「は?」
やすな「それにしても何の変哲もないソーニャちゃんだね、あんまり面白くないよ」ジロジロ
ソーニャ「面白くないものは二度と見れないようにしてやろうか……」
やすな「やめて! 目はやめて! 面白いものも見れなくなっちゃう!!」
やすな「ここがソーニャちゃんの家?」
ソーニャ「まあな」
やすな「けっこう普通だね」
ソーニャ「普通で悪かったな」
やすな「もっとこう侵入者対策のワナでもあるのかと」
ソーニャ「そんなものあったら自分が危険だろ。そもそも侵入される時点で殺し屋失格だ」
やすな「ふーん……あっテーブルの上にジュースがある! ちょうど寝起きで喉乾いてたんだー!」
ソーニャ「あ、おいそれは……」
やすな「プハー! あんまりおいしくなかった! これ何のジュース?」
ソーニャ「昨日調合してた毒薬だ」
やすな「」
ソーニャ「解毒剤だ、飲め」
やすな「ひどいよ! 私が死んじゃったらおばけになって一生つきまとうからね!!」
ソーニャ「お前の胃はバカだから平気だろ」
やすな「うっ……」
ソーニャ「ん?」
やすな「ぐふう……」バタッ
ソーニャ「お、おい……冗談はよせ」
やすな「……」
ソーニャ「げ、解毒剤飲んだろ! 起きないと本気で怒るぞ!」
やすな「……」
ソーニャ「やすな! おい! やすなっ!!」
やすな「……」
ソーニャ「……」
ソーニャ「……」コチョコチョ
やすな「……」プルプル
ソーニャ「」ジリジリ
やすな「ほんの遊び心ほんの遊び心」
ソーニャ「次やったらマジで殺すからな……」
やすな「すいませんでした」
ソーニャ「ふざけてないで、とっとと朝飯食え」
やすな「あれっ私のご飯あるの?」
ソーニャ「……早く食え」
やすな「わー、パンと野菜スープおいしそう! これソーニャちゃんが作ったの?」
ソーニャ「ま、まあな」
やすな「おいしいー、ソーニャちゃん料理もできるんだ」モグモグ
ソーニャ「栄養管理も殺し屋の仕事だからな」
やすな「へえー。でも朝ごはんは納豆にお味噌汁の方がよかったなあ」モグモグ
ソーニャ「てめえに食わせる飯はねえ!!」ガッ
やすな「あ、あれっ!? 私何か悪いこと言った!?」
やすな「ごちそうさまでした」
ソーニャ「おう」
やすな「こういうときはお粗末さまでしたって言うんだよソーニャちゃん」
ソーニャ「知ってるけど自分を卑下してるみたいで言いたくない」
やすな「もー、礼儀がなってないんだから」
ソーニャ「お前も言うほど礼儀正しくないだろ」
やすな「またまたー、私ほどのおりこうさんはいないよ! ソーニャちゃんのお手本になるように正しいマナーというものをお見せしよう!」
ソーニャ「また始まった……」
やすな「まずは朝食のお皿! 食べ残しもなくキレイ!」
ソーニャ「ふむ」
やすな「スプーンについた汚れもきちんと舐め取ります」ペロペロ
ソーニャ「やめろ汚ねえ」
やすな「そういえばこのスプーンって普段はソーニャちゃんが使って……」
ソーニャ「かっ、返せ!」バッ
やすな「ああん」
やすな「寒いと思ったら窓の外けっこう雪積もってるね。しかもこのお家……森の中?」
ソーニャ「秘密の隠れ家だからな。私しか知らない」
やすな「すごい、秘密基地! カッコいい! どこの森なの、ひょっとして北海道とか!?」
ソーニャ「いや、その……」
やすな「もったいぶらないで教えてよぅ」
ソーニャ「シベリア……」
やすな「へ?」
ソーニャ「シベリアなんだ、ここ……」
やすな「しべ……りあ……?」
ソーニャ「その、国内だと危ないと思って……すまん、こんな遠くまで勝手に」
やすな「あ、それはいいんだけど、私のためにしてくれたことだし」
ソーニャ「そ、そうか……」ホッ
やすな「ところでシベリアってどこ?」
ソーニャ「えっ」
ソーニャ「ここ、世界地図のこの辺りだ。こんなことも知らないのか」
やすな「地理は苦手でして……でもどうやって私のことここまで運んできたの?」
ソーニャ「殺し屋なんてやってると、いろいろと融通をきかせられるからな」
やすな「ふうん」
ソーニャ「ま、お前は生きてる分すこし面倒だったがな」
やすな「え、生きて……?」
ソーニャ「詳しく聞きたいか? 仕事で仕留めた奴をその後どうするか……」
やすな「聞いちゃいけない気がするので遠慮します!!」
やすな「それにしてもソーニャちゃんの家って殺風景だね」
ソーニャ「無駄がない方がいいだろ」
やすな「私が来るからって部屋の片づけしなくても良かったのに」
ソーニャ「してない、普段からこうだ」
やすな「ソーニャちゃんが実はカワイイモノ好きでぬいぐるみ溜めこんでたりしてても私は構わないよ?」ムフフ
ソーニャ「そんなもの持ってても邪魔なだけだろ」
やすな「きっとクローゼットの奥にはソーニャちゃんの私物が~」ゴソゴソ
ソーニャ「こら、勝手に漁るな!」
やすな「おおっ! 何だか可愛いクマさんのぬいぐるみをはっけーん!」
ソーニャ「あ、それは……」
やすな「恥ずかしがらなくてもいいよ~、ソーニャちゃんも女の子だもんねこういうの興味あるよね~?」
ソーニャ「触ると感電するトラップが仕込まれて」
やすな「アバベバベボバババベボバビ!!」
やすな「そんなの無造作にしまっとかないでよ……」
ソーニャ「なくしたと思ったらここにあったのか」
やすな「あっでも今の電撃で閃いたよ! 可愛いぬいぐるみでも置けば侘しい風景にも温もりが!」
ソーニャ「侘しくて悪かったな!」
やすな「丁度ソーイングセットが引き出しにあったからぬいぐるみを作りましょう」
ソーニャ「はあ」
やすな「ほらほらソーニャちゃんも一緒にやろうよ♪」
ソーニャ「やだよ」
やすな「ん? ひょっとしてこういうのはニガテ? 私は得意だよ? 教えたげようか? んん?? んん~~~???」
ソーニャ「」イラッ
ソーニャ「針の扱いならたぶんお前より慣れてるぞ……」スッ
やすな「やめてソーニャちゃん針は布に向けて使うんだよ人に向けちゃだめだよ」
やすな「じゃあ私はソーニャちゃん人形作るからそっちはやすなちゃん人形ね」
ソーニャ「さっさと終わらせてやる」
やすな「かわいくできた方が勝ちね、よーいスタート!」
ソーニャ「ふん、道具の扱いはお前よりずっと上だ」
やすな「むむっ聞き捨てならない発言! 私だって工作は好きだもんね!」
・・・
ソーニャ(しまった……負けたくなくて普通にかわいく作ってしまった)つヤスナニンギョー
ソーニャ(これを見せたら……)
『やっぱりソーニャちゃんもお人形さんとか好きなんだねえ』ニヤニヤ
ソーニャ(くっ……しかしブサイクにしても)
『苦手なら私が教えてあげたのにー』ニヤニヤ
ソーニャ(どっちにしろムカつく……!)
やすな「できたー!」
ソーニャ「」ビクッ
やすな「ソーニャちゃんはまだ?」
ソーニャ「あ、いや……」
やすな「できたの? 見して見して!」
ソーニャ「……」
やすな「照れずに見してみなよーほれほれ」
ソーニャ「くっ……ほら」
やすな「お、意外に上手」
ソーニャ「……何だ、それだけか」
やすな「?」
ソーニャ「いや、お前のことだからバカみたいに煽ってくるかと思って」
やすな「ソーニャちゃんの愛の結晶にケチつけるようなことはしないよー」
ソーニャ「そうか……愛?」
やすな「それにしても、ソーニャちゃんから見た私って結構かわいいんだねえ」ニヨニヨ
ソーニャ「……」ブチブチ
やすな「あーっ私の人形の首がー!?」
やすな「ひどい! 私になんてことするの!!」
ソーニャ「ムカついたとき当たるのに便利だなこれ」
やすな「ぼ、暴力反対! ドラマチックバイオスフィアの兆候だよ!」
ソーニャ(ドメスティックバイオレンスだろ……)
「で、お前の作った人形は」
やすな「これ!」
ソーニャ「ふーん」
やすな「どう?」
ソーニャ「普通」
やすな「ええー」
ソーニャ「私の方が上手だな」
やすな「私のソーニャちゃんの方がかわいいよ、ねーソーニャちゃん」
やすな「ウン ワタシノホウガ ホンモノヨリ ズットカワイー」
ソーニャ「」ブチブチ
やすな「ああーっ! やすな人形にあたらないでー!」
やすな「人形はこの辺に並べて飾っておこう」
ソーニャ「私はちょっと外出してくるぞ。食料を買ってくる。二人分の蓄えがないからな」
やすな「私も行くー」
ソーニャ「お前は外でたらダメだって言ったろ」
やすな「だって一人でいてもつまんないし心細いよー」
ソーニャ「ダメだ」
やすな「行ーきーたーいー!」
ソーニャ「ダメだと言ったらダメだ!」
やすな「ぶーぶー! じゃあ待ってるあいだ暇だしせめて外で遊びたいー!」
ソーニャ「外で?」
やすな「家の周りだけで遊ぶからー」
ソーニャ「しかしな……」
やすな「ソーニャちゃーん」
ソーニャ「……分かった。ただ、万一誰かが来るようなことがあったらすぐに隠れろよ」
やすな「やったー!」
ガチャ
やすな「うわっ外寒い!」
ソーニャ「中にいてもいいんだぞ」
やすな「耐えられなくなったらそうするー」
ソーニャ「あまり家から離れるなよ」
やすな「はーい」
ソーニャ「じゃあ行ってくる」(心配だ……)
やすな「行ってらっしゃーい!」
・
・
・
私が帰ってくると、玄関の前に雪だるまが二つ、門番のように並んでいた。
体に頭が乗っかった形の、日本式の二段だるまだ。
雪だるまを満足げに眺めつつ一休みしていたやすなは、私の姿を見つけるなり、ぶんぶん手を振り寄ってきた。
やすな「ソーニャちゃーん! おかえりー!」
ソーニャ「これ、お前が作ったのか?」
やすな「うん! いい出来でしょー! これが私で、こっちがあぎりさん」
やすなはぺちぺちと雪だるまの頭を叩きながら、友達の紹介をするみたいに言った。
確かに似ていないこともない。似ているとも言い難いが。
やすな「ちょっと休憩してから、次はソーニャちゃんの作ろうと思ってたとこ」
ソーニャ「いいよ作らなくて」
やすな「えー。せっかく二つ作ったんだからソーニャちゃんのもないとー。ソーニャちゃんは私とあぎりさんの間に作ってあげるね!」
ソーニャ「そこに置いたら玄関が塞がれるだろ」
やすな「え? ……ああっ、しまったー!」
ソーニャ「気づけよ」
やすな「くそぅくそぅ! こうなったら雪だるまの位置を移動して」
ソーニャ「壊れるぞ」
やすな「大丈夫だいじょうぶ、ゆっくり押せばー……」
ズボッ。
という効果音が聞こえそうなくらいの見事さで、雪だるまの脇腹に、やすなの両手が埋まった。
結局ソーニャだるまは、修繕されたやすなだるまの隣に建造された。
やすなは「あぎりさんが一人ぼっちになっちゃうから」と言って、あぎりだるまの隣にも小さい雪だるまを一つ作った。
このバカのことだから、忘れて踏み潰してしまいそうな気がする。
やすな「ちゃんとお菓子買ってきてくれた?」
そんなことは頼まれていない。
やすな「えええーっ!? 無いの!? ロシアのお菓子楽しみにしてたのにないの!?」
ソーニャ「なら、あらかじめ言えよ」
やすな「忘れてたんだもん! あらかじめ言えよってあらかじめ言っておいてよ!」
ソーニャ「はあ?」
やすな「あああ~、枯れるぅ~。お菓子がないと枯れるぅぅ~」
ソーニャ「勝手に枯れてろ」
そんなやりとりを、私たちはしばらく続けた。
やすなが煽り、私が反撃する。日本にいたときと変わらない、どうでもいいような掛け合い。
自分たちはまだ日本にいて、平和に学生をしているんじゃないかという錯覚さえ覚えそうだった。
もしかすると、やすなは、そうすることで自分を安心させたかったのかもしれない。
ありふれた日常だったことを今も続けることで、二度と帰れないという不安を、和らげようとしていたのかもしれない。
やすなは、この状況をどう思っているのだろう。
他人の気持ちを量るということが、私は苦手だった。
やすな「そういえば、昨日どこで寝たの?」
唐突にそんなことを聞かれた。
やすな「ほら、この家、ベッドひとつしかないから……」
ソーニャ「リビングのソファーで寝た」
やすな「じゃあ今日は?」
ソーニャ「今日もソファーで……」
やすな「だ、だめだよ、体痛めちゃうよ!」
ソーニャ「仕方ないだろ。二人分のベッドは無いんだ」
やすな「じゃあ一緒に寝よう!」
ソーニャ「はあ?」
攻防の末、最終的に私が折れて、一緒に寝るということになってしまった。
やっかいなことになった。こいつの寝相が悪くないことを祈るばかりだ。
二人ともわりと小柄だったということもあり、ベッドに入ってもどちらかが転げ落ちるようなことはなかった。
明りを消し、ここぞとばかりに纏わりついてくるやすなをあしらっているうちに、自然と毛布も温まってきた。
ソーニャ「邪魔だ。いいかげん離れろ」
やすな「やだー」
払っても払ってもしつこくくっ付いてくるので、私はそのうち構うのをやめた。こうまでしつこいと、相手をしても無駄に体力を消費するだけだ。
やすなは満足そうに、私の左腕に絡みついている。苦労して今夜の獲物を手に入れたといった感じだ。
やすな「ソーニャちゃん」
ソーニャ「なんだ?」
やすな「ありがとうね」
ソーニャ「……何がだ」
やすな「私のこと、助けてくれて」
ソーニャ「……」
助けた、のだろうか。
やすなの命は助かった。彼女の日常を犠牲にして。家族、友人、学校、帰る場所、平凡な将来――それらすべてを、日本に置き去りにして。
私は正しかったのだろうか。もっとベストな選択が、他にもあったのではないか。
返事をせずに黙っていると、やすなの方が口を開いた。
やすな「私、自分のこと不幸だなんて、思ってないよ」
ソーニャ「……」
やすな「そりゃあ、誰もいないところに一人でいろって言われたら嫌だけど……ソーニャちゃんはこうやって、私のそばにいてくれてるから。
ソーニャちゃんとまた一緒にいられて、私、幸せだよ。ソーニャちゃんがいれば、毎日楽しいもん」
やすなはそういって、屈託なく笑ってみせた。
無邪気で優しい笑顔は、ほんの少しも陰ることなく、あの頃と同じ眩しさをみせていた。
失くした日々からただ一つ、私が持ち出して来れたもの。その大切さを、改めて知らされた気がした。
やすな「明日も明後日もその次も、ずっとソーニャちゃんといっしょだよね」
私の左腕に絡みついたやすなの両腕に、ぎゅっと力がこもった。
大事なものを抱き寄せるように。
やすなにとっての平和な日々は、ここにちゃんとあるのだと、私に言い聞かせるように。
彼女の心の内までも、そっと差し出すようにして、やすなの体温が、私の身体にゆっくりと染み込んでいった。
その暖かさを感じながら、私は、不意に、あの雪だるまのことを思い出していた。
玄関の前に並んだ、私とやすなの雪だるま。私たちにとって、これから日常となるかもしれない風景。
二人仲良く寄り添うように、リビングに飾られた人形たちも、いずれ私たちの日々に溶け込み、当たり前になるのだろう。
すべて、やすなの作ってくれた風景だった。
やすなが、ここにいてくれてよかった。心の底から、そう思った。
やすな「ふわぁ~あ……私もう寝るよ。おやすみ、ソーニャちゃん」
私は返事をしなかった。
返事をすれば、声に涙が滲んでしまいそうだった。
ただ、何も言わず、歪んだ視界で、暗い天井を見上げていた。
気付くと、やすなの規則正しい寝息が聞こえてきていた。
毛布をやすなの口元まで引き上げてやりながら、その寝息のリズムを、心に深く刻み込んだ。
私がこれから一生背負い、守り抜かなければならないもの。
それを忘れないように、じっと彼女の寝顔を見つめていると――
ふと、日本にいたころと変わらない、今日のやすなの行動の数々が、思いだされた。
自分が不安だから――と、そう思っていたが、やすなの平和な寝顔から、今は別のことを察していた。
もしかするとやすなは、私を安心させようと、ああして普段通りの明るさを振りまいていたのかもしれない。
私の内心をそれとなく悟り、不安に思っていることなどないと教えたくて、あんな振る舞いをしていたのではないか。
他人の気持ちを汲むのが苦手な私の、当てずっぽうの憶測だった。
それでもたぶん、これが正解なのだろう。
やすななら、そうするだろうと思うから。
そんなことを考えながら、やすなの体温と寝息に導かれるようにして、私も目を閉じた。
今までのこと、そしてこれからのことが、泡のように浮かんでは消え、やがて、そんなことはどうでもいいじゃないか、という思いが、心の中に生まれた。
私がいて、傍にあいつがいる。明日も、明後日も、その次も、いっしょに――それだけで、いいじゃないか。
ひどく安らかな暗闇の中で、聞こえてくる呼吸のリズムが、はたして誰のものであったかも分からなくなったころ――
私たちは、幸せな夢の中にいた。
学校、家、公園、海、放課後、帰り道、夕暮れ――
どこか懐かしい響きに包まれた、平和で穏やかな世界で。
当然のように、日々を過ごしている私たちが、いた。
おわり
このSSまとめへのコメント
こういうのでいいんだよこういうので
原作に忠実なデレのないソーニャ、キャラクターのイメージを壊さない程度の創作…