P「学生生活でもするか!(2学期)」 (822)
※物語が終わるまで、どうか転載禁止で御願い致します※
SS速報で2つ目のスレッドになります。
過去分は
765プロダクションのプロデューサーが、ギャルゲ主人公のような人生を謳歌する物語です。
設定の都合上、極度のキャラクターの人格崩壊が多々見受けられますので、苦手な方は遠慮なさって下さい。
また物語の進行上、『アイドルマスター』に関わりのない創作キャラクターが登場する事も有ります。脇役・端役程度の活躍しかさせませんが、それらに不快感を覚えられる方は注意なさって下さい。
このスレッドは書きたい時、書ける都合が合った時、書きたいように“ながら”が続いていきます。
ですので、大変恐縮なことでは有るのですが、「乙」という御言葉は極力控えて下さると大変有り難いです。
許されるならば、このSSが完結を迎えたその時にその御言葉がいただければと願います。
駄目なくらいに極端な不定期更新になってしまいますが、どうか永い永い眼で御付き合い下さいますよう、宜しく御願い致します。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1350685202
放課後。
やっぱり俺を残して先に部室へ向かってしまった真たち。
P「どうすれば機嫌なおしてもらえるかな」
怒っていると言うよりは、拗ねているような雰囲気だけど果たして。
──そして、部室に着いた
P「音楽は……聞こえないな」
耳を澄ませるが、部室からは話し声すら聞こえてはこない。
誰もいないのか?
ノックをして反応を窺って、それでも無音のままなのでついにドアに手をかける。
ドアは苦もなく開いた。
P「鍵が開いてるってことはもう来て…うわ暗っ」
土曜日は真に鍵を預けて帰ったので、真たちが来ていなければ鍵は開いていない。
ドアを開いた先は、カーテンが締め切られ僅かな光しか入ってこられなくなっている部室。
P「なんで締め切って……あれ、もしかして誰か居──」
部室の中央まで入って、
背後に気配が感じたから振り返ろうとした瞬間、ずっぽりと頭に何かを被せられた。
感触的に、ナップサックのような布袋のようだけれど。
P「ふがふががが」
喋れない。
『──いまだっ、コレで縛っちゃえ!』
『し、失礼します…!』
『このイスに座らせよ!』
『…ちょっとやりすぎじゃないかしら…?』
P「ふがぅ?」
袋の外から声がする。
いや、部室にいるんだから大体予想はつくけど。
『ふぅ……それじゃあいいよ、袋外して』
『う、うん』
真らしき声の誰かの指示により、雪歩らしき声の誰かが拘束された俺の頭から布袋を剥がす。ちなみに今はイスに座らされて両手足をくくりつけられてる状態です。
P「………」
相変わらずカーテンは締め切られたままだが電灯が点けられていて室内は明るい。
部室の中央にてアンニュイな表情の俺の前に、
憤然と腕を組んでいる真、春香、それに申し訳なさそうな表情をした千早と雪歩が立っていた。
真「プロデューサー、アイドル裁判へようこそ」
……帰りたい。
P「俺は無実だ」
なんの罪も犯していない。……多分。
真「うん、正確にいうとまだ有罪じゃないよ」
うん?
千早「プロデューサーの返答如何によって、判決が変わるということです」
P「だからこその裁判か……」
真「それでは証人H、発言をどうぞ」
呼ばれ、一歩前に出ようとする春香。
だが逡巡して、真に耳打ちをしはじめた。
春香「ちょ、ちょっと真…!」
真「ん?」
春香「私エッチじゃないよ…!?」
真「え……ああ、“春香”だからエイチにしたんだけど…」
春香「それはいらない気遣いだったかなぁ…」
真「じゃあ“天海”のエーでいい?」
春香「う、うん」
耳打ちが終わったらしい。
真「──それでは証人A、発言をどうぞ!」
P「一気に普通になった」
春香「………」
普通と言われて春香が沈んだ。
…しまった、クラスメイトから音楽祭の感想を貰ったとき、「“普通に”可愛かった」と言われまくって気にしていたんだった……申し訳ない…。
気を取り直して。
春香「……私、観ちゃったんです」
真「それはいったい?」
春香「私たちの尊敬するプロデューサーさんが、今朝……綺麗な女性と登校しているのを!!」
P「……なんだと」
戦慄。
恐怖。
あれを観られていた。
あの光景を観られていた?
春香「そのひとは背が高くて、スタイルもよくて、外国のひとなのか髪の毛が銀色で!」
ああ…間違いなく貴音のことじゃないですか…。
千早「…いまだに信じられないわ…」
真「ホント、恋愛関係はテンで聴かなかったのに」
春香「──あっ、それと961女学院の制服を着てました!」
雪歩「く、961ってあの有名校の…!?」
真「お嬢様学校じゃないか!」
千早「いったいどこで知り合ったのかしら…」
まずい。
みんなが変な方向に勘違いしてる。
俺は貴音と(いまはまだ)付き合うようなことはしてないよ!!
P「みんな、勘違いしてるけど俺と貴音はそういう関係じゃ」
春香「たかね! たかねって呼び捨てにしたよ千早ちゃん!」
千早「2人の仲はそれほどなのね……すこし悔しいわ」
雪歩「ど、どうか幸せになってくださいぃ……うぅ…」
P「俺が気を許してる人を名前呼びする癖があるの知ってるだろ! なぁ真!」
真「え? …う、うん」
水瀬(兄)?
知らん!
春香「あれ……そう言えば961で銀髪って……あの有名な『銀髪の女王』!?」
P「なにそれ!?」
千早「…! 聞いたことがあるわ、たしかその美貌とカリスマ性によって、入学してすぐ周囲の人間に推薦され生徒会長に上り詰めた女帝…」
真「そんな女性がいるの…!?」
雪歩「わ、私親戚から入学先に961を勧められたとき、パンフレットに載ってるの見ましたぁ…!」
春香「そう言えば私も! 転校先を探してるときにパンフレット見たよ!」
みんなが一気にワイワイと盛り上がる。
そんな有名人だったのかあの人。
……うん?
P「春香って、961にもいく予定だったのか?」
春香「え? あ、えっと、転校先の候補としてあがってて、結局金銭的な理由でコッチにしたんですけど…」
……前に「急な親の都合でって」聞いたような気がしてたんだけど。
転校したことないからよくわかんないけど、転校ってそんな余裕が有るものなのかな…?
真「そんなことよりプロデューサー! 説明してよせ・つ・め・い!」
しまった!
いまは春香の謎より目の前の危機のが優先だった!
P「説明します。説明するからせめて自由にしてください…!!」
拘束を解かれ、締め跡を確認しながらホッと一息。
P「この前、美希と響が『961女学院』に通ってるって言ったじゃないか」
真「うん。ボクは前から知ってるけど」
千早「…そう言えば」
雪歩「あ…あの、美希さんと響さんて何方ですか…?」
春香「あ、雪歩はあの時居なかったから知らないんだっけ」
雪歩「すみません…」
P「えぇと、美希っていうのは俺のお隣さんで同い年の子で、響っていうのは一緒に暮らしてる“いもうと”のこと」
雪歩「妹さんが…なんか納得ですぅ」
まえに話だけは出したことあるんだけどね。
ところで何故納得?
P「それで2人とも961に通ってるんだけど、その生徒会長さん…四条貴音っていう人とは友達なんだ」
真「へぇ……すごいね!」
千早「でも、それと今朝のことは関係が無いような……」
うぐ。
やっぱり“友達の友達”は通じないか。
P「………」
話すしかないのかな。
ただでさえ信頼が大事な関係性なんだから、嘘や誤魔化しで凌いでもいつかボロが出たときが怖い。
真「ボクてっきり、プロデューサーにお嬢様な彼女が出来たのかとおもってたよ」
春香「わ、私も」
すごくプライベートなことだし、貴音にはとても申し訳無いけれど。
せめてこのメンバーには、理解しておいてもらおう。
P「──それとは別に、」
千早「…?」
P「四条貴音さんの父親と俺の父親が昔馴染みで、俺や四条貴音さんが産まれるよりも前にある約束をしてたんだ」
雪歩「産まれるまえって……ひょっとして…?」
雪歩もお嬢様だからか、感づいたようだ。
ここは思案の余裕無く一気に伝えきろう。
P「四条貴音さんと俺は、『許嫁』なんだって言われた。つい一昨日に」
雪歩「やっぱり…」
春香「………」
真「………」
千早「………」
真「彼女より上がきちゃったよ」
春香「……つまり、ご両親が勝手に決めた相手だから結婚はしない…ってことですか?」
P「お互いまだ10代で、結婚相手を決めるっていうのは早過ぎる話だから、取り敢えず保留というか、先ずはお友達になりましょうって」
千早「それで、今朝はそのひとと?」
P「ああ、向こうから会いに来てくれて、登校しながら話し合ったんだ」
溜め息を吐くように。
みんな事情を理解してくれたのか、肩の力が抜けた。
真「でもそっかぁ……許嫁かぁ……」
雪歩「少女漫画みたい…」
P「どうにもロマンチックにはならないけどね」
真「そんな風に言うけどさ、ホントはもったいなかったんじゃないの?」
P「ひとの人生を縛るかどうかの問題だ。もったいないなんて思うヒマもないよ」
どうにも俺は、ひとの足を引っ張ってしまうことが苦手らしい。
例えば自分と結婚したせいで相手の人生が楽しくないものになったとする。
ちょっとそんなことを考えただけで、恋愛事に関して身が竦み、思考が止まりそうになる。
恋愛って、重大だ。
だからこそ、みんな一所懸命に未来を添い遂げられる相手を探しているのかも知れない。
……今回の『許嫁』騒動は、
俺とって、まだ少し重い話題だった。
P「それで、なんでみんな俺を縛り上げたの?」
真「吊し上げたほうがよかった?」
P「ハハハ、冗談はよし子ちゃんだぜ」
千早「端的に言うと、縛ったのはその場のノリみたいなものです。すみませんプロデューサー」
春香「逃げられないようにと思ったらつい…」
P「“つい…”でひとを縛れる春香は女王様の素質があると思うよ」
春香「え……」
P「……うん? 春香?」
春香「──あ、あははははは、やだなーもープロデューサーさんてばー!」
P「痛い痛い叩かないで」
真「まぁ、プロデューサーに女性の影ありっ! ってなったら、友人として放っておけないからさ。何が何でも話しを聴かせてもらおうと思ってたんだけど…」
千早「あの、プライベートに抵触するのは気が引けたんですけど、『765プロダクション』としてはどうしても気になってしまって…」
雪歩「ぷ、プロデューサーの邪魔はしたくないですから……」
……ああ……そっか、
みんな気を遣ってくれてたのか……心配かけちゃったかな…。
P「不安にさせたならごめん。でも俺、いまはこの『765プロ』のことで頭いっぱいだからさ。恋愛事は、しばらく気にしなくていいよ」
もとからモテてるわけじゃないし…とまで言ったところで、真や春香の視線が冷たくなった。
な、なんだよぅ…。
P「『765プロダクション』の“プロデューサー”をしている間は、色恋にかまけたりなんて絶対にしないから」
春香「……絶対?」
P「うん」
真「……恋愛禁止?」
P「応。少なくとも俺は」
雪歩「ううぅ……」
千早「……まぁ、ストイックなのは良いと思います」
なんだなんだこの妙な雰囲気は。
俺なにか拙いこと言った?
言ってないよね?
話が一段落したところで、だいぶ活動時間をロスしていることに気付く。
今日はみんなに割と重要な話があったから、今のうちに伝えておかねば。
こほんと喉を鳴らしてから、みんなの前で話しを始める。
P「えー、いま我々が目標としているイベント、なんと言う名前かはい千早!」
千早「えっ……『夏を楽しもうキャンペーン』…でしたよね?」
P「うん。じゃあ真、それの開催日、つまり我々のライブが行われる日は?」
真「7月14日、期末テストの前日」
P「よし。……ここまで再確認したところで、みんなと話さなくちゃいけない事があります」
春香「な、なんですか改まって」
P「雪歩、『READY!!』はもう覚えられた?」
雪歩「ひぇっ!? ……あ、あの、その…歌はだいたい覚えましたけど…踊りのほうはまだ……」
P「そう、か。…そうだよなぁ」
雪歩の返答に、腕を組んで考え込んでしまう。
この様子だと、いまから伝える事は雪歩にとって酷かも知れない。
雪歩「…ご、ごめんなさい…踊り覚えるの遅くて、運動苦手なくせにアイドルなんてやろうとしてごめんなさい…!」
P「違う違う違う! 雪歩が謝ることなんてひとつもないから!! それに歌と踊りはみんなでやって行こうって決めたんじゃないか、仮に覚えるのに時間がかかっていたとしても、雪歩が責任感じる必要はないんだよ」
雪歩「…はい…すみません…」
まずい。雪歩を悲しませてしまった状態でこの話題は、追い討ちになりかねない。
……ままよ!!
P「………」
ポケットから取り出したるMD。
今日部室にくる前に、“頼まれていた物が出来た”と渡されたもの。
みんなの視線が集まる中、デッキを操作してそれを再生させた。
千早「……これは…?」
まず、やっぱり千早が反応する。
真「なんていうんだろ、トランス系……でいいのかな?」
流れてきた曲は、真のいうとおりトランス調の音楽。
そして女性…軽音楽部のボーカルの子による歌付き。
春香「……これ、新曲ですよね?」
一度目のサビを過ぎたところで、春香が尋ねてくる。
俺は首肯し、曲を一時停止させた。
P「今回は事前に『こういう歌詞の曲を』とお願いしていたから、初めから歌詞がついてるんだ」
また無茶な注文をしたものだけれど、軽音楽部の皆さんはイヤな顔ひとつせずノリノリで引き受けてくれた。
ヘヴィメタルを主要とする軽音楽部では唄えないような曲が作れて楽しいと言ってもらえ、甘えてばかりなこちらとしても少し嬉しかった。
けれどこの短い期間にこの曲。本当に感謝してもしきれない。
真「まさかプロデューサー、この曲をいまから覚えてイベントで歌えっていうの?」
みんなが黙り、ジッと見つめてくる。
対して放つ言葉は、もう決めていること。
P「──この曲の名前は『First Stage』。俺はこの歌を雪歩に、“ファーストステージ”で唄ってもらおうと考えてる」
沈黙。
みんなが俺の言葉を理解するのに一瞬の間。
こうしてみるとみんなを黙らせる機会がやたら多い気がするな俺。
突拍子もないことばかり言っているからだろうけど。
雪歩「……えーっと……」
P「そういうつもりだから、これからもっと辛い思いをさせてしまうかも知れない。いまのうちに謝っておくな、ごめん雪歩」
茫然としている雪歩に頭を下げて、謝罪する。
このままだと雪歩には、あまりに過酷なスケジュールを強要しすぎてしまうから。
雪歩「えへへ、いいんですよプロデューサー。私、ちんちくりんですけどいまから新しい歌を覚えるなんてとてもとても……とても……と……ても……」
虚ろな瞳で、感情なく笑う雪歩。
猛ダッシュで立てかけていたスコップを掴むと、ドアの前にいた俺を押しのけ──
雪歩「──無理ですうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
走り去ってしまった。
P「雪歩ー、ちゃんと話し合いたいから、出て来てくれないかー」
雪歩「ダメですぅ……私じゃ無理なんですぅぅ……」
消えてしまった雪歩を探していたら、中庭の敷地の隅っこに真新しい「穴」が出来ていたので話しかけた。
薄暗い夕暮れ。穴を校舎の影が覆っているせいで内部はよく見えない。
でも、雪歩の声が返ってきたので間違いなかったようだ。
P「……やっぱり気が早かったかなぁ…」
真「プロデューサー、さっきの話し本気なんだ?」
P「伊達や酔狂であんなこと言わないよ」
きっと雪歩の為になる。
そう思って提案したことなんだけど…。
真「正直、ボクも急ぎ過ぎてると思うよ」
千早「ただでさえ、未完成の曲がある状態なのに…」
P「……『765プロ』としてはまだ2回目のイベント。これだけなら、3人も雪歩もほとんど初めてと一緒なんだから、『READY!!』だけあればいいとは思う」
踏み出した一歩はまだ小さい。
きっと雪歩ならすぐに追いつける。だけど。
P「でも雪歩は3人の『READY!!』を観てるから、きっと自分がみんなの中にいる事に不安を感じちゃうと思うんだ」
雪歩「………」
それほどまでに、音楽祭での披露は完成されていた。
あとからきた雪歩にとって、それはとても重荷になる。
P「『夏を楽しもうキャンペーン』が終わったら、次のイベントはいつになるのかわからない。努力はするつもりだけど、もしかしたら文化祭まで空いてしまうかも知れない」
それまでの間、雪歩を不安にさせたままで居させてはいけない。
自分も『765プロダクション』の一員なんだという自信をもってもらいたい。
それが、この“無茶”の理由。
真「……なるほど、ね」
気持ちは伝わったのだろうか。
真は穴の傍までくると、しゃがみ込んで中に声をかけた。
真「雪歩、いまの話きいてた?」
雪歩「……うん……」
真「どうかな? 雪歩、プロデューサーの言ってることムカつかない?」
雪歩「む、むかついたりなんか……たぶん全部、本当のことだから……」
真「──ボクもさ、手伝うよ」
雪歩「……?」
真「いいでしょプロデューサー。さっきの曲、ボクと雪歩のデュオでも」
P「──ああ、うん。……実のところ誰かに頼む気だった」
特に、真に。
真はズバ抜けてダンスが上手いから、多分新曲のダンスもすぐに考えて覚えられるだろうと思っていた。
雪歩ひとりじゃなく、けれど全員ではなくステージに立って、隣で支えてくれるひとが欲しかった。
真ならきっとダンスのサポートも出来る。
もとから激しく動く曲調じゃないから、信用に足りる。
まさか、真の方から言い出してくるとは思っていなかったけれど。
真「だってさ雪歩。……ボクも手伝う、一緒に頑張るから、ちょっとだけこのバカなプロデューサーのワガママに付き合ってあげない?」
散々な言われよう。
でもその通りだから反論は出来ないししない。
俺は、みんなを駒か何かのように考えてしまいかけていたのかも知れない。
雪歩「……ちゃんが…」
真「うん?」
雪歩「……真ちゃんが、手伝ってくれるなら……」
真「──へへっ、じゃあ決まり!」
真が穴へ向かって手をのばす。
暗闇からニュッと出てきた手がそれを掴んで、真が一気に引き上げた。
学校ジャージを土で汚した雪歩が、気まずそうな表情で現れる。
P「あ……えっと…」
雪歩「……すみませんプロデューサー……迷惑かけて…」
P「なっ、こっちこそ雪歩の気持ちまで考えないで勝手に決めて、本当にごめん」
雪歩に謝らせちゃいけないんだ。
猛省しろ俺。
真「──はいはい! じゃあこの件はこれで終わりね! みんなで部室に戻ろう!」
真が明るい調子で笑顔を向けてくれる。
今日のことは本当に真に気を遣わせ過ぎた。
いくら感謝しても足りようがない。
雪歩「わ、私穴埋めてきますぅ…!」
そうしてみんなで一緒に穴埋めをして、今日の部活はおしまいに。
翌日から、慌ただしい日々が始まったのだった。
【7月の1】
P「プール開きだわっほい」
夏を感じさせる燦々とした太陽が校庭を灼いているなか、俺は白と黒のボールを追いかけ駆けずり回っている。
今日は7月1日の月曜日。
ちょうど来週の頭から試験勉強期間といったこのタイミングで、我が校の『プール開き』は開催される。
プール開きとは言っても、体育の授業があるのは一学年につき週に2度だけ。
それも授業は男子と女子とで分けて行われるため、暑いからといって有り難みを感じられるわけではない。
授業割りはわかり易くすると
月曜日-2年女子(3・4時限目)
火曜日-1年男子(3・4時限目)
水曜日-3年女子(5・6時限目)
木曜日-1年女子(3・4時限目)
金曜日-3年男子(3・4時限目)
土曜日-2年男子(1・2時限目)
といった感じ。
……2年男子の不遇っぷりはなんだ。
せっかくプールが開放されたのに水泳部じゃない限り土曜日までお預けって。
P「へいパス!」
ボールという名の友達を蹴り飛ばして仲間に送る。
体育の授業は“学年毎”なので、いま校庭には2学年全クラスの男子が居ることになる。
種目はサッカー。
男子はクラス関係なく教員の指示で実力でグループ分けされている。
いやに広いことで知られる765高校の校庭を、ある程度に分割しての複数同時試合。
だがそれでも余るグループの男子は出てくるもので、
当然というか、体育棟の屋上から聴こえてくる女子たちの楽しそうなはしゃぎ声と水音に意識をもってかれている。
健全な男子なら仕方無いよね。
P「おわっ!?」
急に敵グループの男子(ふくよか系)が、凶悪な勢いでタックルをかまして来た。
…避けなかったら交通事故並みに吹っ飛んでたぞいまの!?
P「おい、どういうつもり──」
抗議しかけて、息を呑んだ。
男子たちから向けられる視線、その意味に気付いて。
真「プロデューサーがんばってねー!」
千早「菊地さん、そうあまり身を乗り出したら危ないわ」
真「大丈夫だって、フェンス越し。……プロデューサー! ハットトリック決めちゃえー!」
春香「ここからでも聴こえるのかなぁ…?」
体育棟の屋上から。
友達の女子の声援が聴こえた。
多分水泳の順番待ちか何かなんだろう。
春香が首を傾げているが、風向きの関係でプールからの声は結構校庭に届いてる。
ましてや俺がサッカーしているのは建物に近い場所ですし。
P「これはまずい」
『女子からの声援』なんていう羨ましい行為、
しかもそれが水着の女子からともなれば、男子のフラストレーションが青天井と化す。
真「プロデューサーならひとひねりだよー!」
千早「菊地さん、そんなに身を乗り出したら危ないわ(プロデューサーが)」
味方も含めて殺気だった男子たち宥めるために、真に声援の中止をジェスチャーで頼んだ。
だけどそれはうまく伝わらなかったようで、手を振ったのと勘違いしたのかブンブンと振り返してきた。
春香「体育が終わったらいっしょにごはん食べましょーねー!」
やめろ春香。
俺を[ピーーー]気か。
P「…やる気かお前ら」
いつの間にやら、うちの試合だけが中止され俺は男子に取り囲まれている。
なぜこの現代でリアルに四面楚歌の状況に。
P「……はいだらぁぁぁぁぁぁぁ──!!」
体育の授業が終わるころ。
俺たちは校庭で青空を見ていた。
その後の昼休み、真ははしたないからと小鳥先生に怒られたんだそうな。
×真「大丈夫だって、フェンス越し。……プロデューサー! ハットトリック決めちゃえー!」
○真「大丈夫だって、フェンス越しだし。……プロデューサー! ハットトリック決めちゃえー!」
またsaga忘れてました…。
7月13日。
P「お集まりの皆様方」
これは私の痛みです。違う。
P「いよいよ明日となりました『夏を楽しもうキャンペーン』開催日」
春香「はい」
真「なんかあっという間だったね」
雪歩「き、緊張します……」
千早「私たちも一緒だから、あまり怖がらないでね」
雪歩「は、はい…」
P「部活とはいえ、休日を潰すようなことになって悪いと思ってる。──だからせめて、明日に備えて今日は、十分に鋭気を養ってくれ」
授業も終えた放課後に、部活はお休みにして我が家に集まった『765プロ』。
前日から“仕込み”は済ませていたので、
いま食卓には沢山の料理が並んでいる。
春香「これ、全部プロデューサーさんが作ったんですか?」
P「ん? いや、どちらかと言えば“いもうと”の響だよ。俺は仕込みくらい」
響「にぃにに『ごはん作ってくれ!』って頼まれた時は意味がわからなかったけど、こういう事ならおやすいご用さぁ」
真「へー、すごいなぁ」
P「それよりもほらほら! せっかくの食事会なんだからバクバクモリモリ食べよう食べよう」
千早「食べすぎて明日の本番にダウン、なんてことは止めてくださいねプロデューサー」
P「お、応」
そして、帰りの遅い両親を除いた我が家での、前夜祭のような晩餐会が始まった。
千早「今日はごちそうさまでした」
昼食と夕食を兼ねた食事会が終わった後、みんなでテーブルゲームや談笑などを楽しんだ。
そして夏場でのびた陽も沈みきってしまったので、みんなはそれぞれの帰路につくことに。
P「ごはんくらいしか労えなくてごめんな」
春香「そんなことないですよ。すっごく美味しかったです」
雪歩「こうやってみんなと仲良くわいわい出来るの、楽しいです」
P「そうだな……部活してると、こういった集まりとかが出来て楽しいな」
去年はとてもじゃないが部活なんてやっている時間がなかった。
今年はなんというか、学生時代を青春に消費できている感じがして嬉しい。
最初に別れる真の家との分岐点に立って、みんなもう一度顔を見合わせ向き直る。
P「──舞台演目は昨日渡した表の通り。音楽祭と違って今回俺はステージに姿を出さず舞台裏役に徹するから、挨拶や自己紹介なんかは全部みんなに任せることになる。練習はしたし、気を楽にして同じようにしてくれれば大丈夫だ」
女の子だらけのグループに、プロデューサーだからといってこれ見よがしに男が顔を出すべきではない。
実際にステージで踊り歌うのはアイドルで、見てくれた人が応援するのもまたアイドルなのだ。たかだかその成長を手伝った程度の奴が出しゃばっていったい誰が得をし喜ぶというのだろうか。
なので今後のイベントでは、特別な時を除いて基本的にMCは全てアイドル自身に任せることにした。
これは人の前で踊る、歌うアイドルの心の準備にもなるし、観客も親しみやすくなるので利に適っている。
雪歩が不安げに顔を俯かせているが、ポンと頭を撫でて落ち着くようにと宥めてあげた。
P「更衣室はすぐ近くの洋服屋さんが貸してくれるから、取りあえずみんなは私服のまま広場まで着てくれ。ただ衣装だけは忘れないように」
雪歩のステージ衣装も、響の友達が考えてくれた同系デザインのものを765高校の『家庭縫製部』さんに頼んで作成してもらってある。
音楽祭を見て興味を示してくれていたので、依頼は比較的すんなりと引き受けてもらえた。
こうやって、ちょっとづつでも広がっていくアイドルの輪。
果たしてこれはどこまでのびて、どこまで広がっていくのだろうか。
真「それじゃ、また明日!」
P「寝坊するなよー!」
真「プロデューサーこそねー!」
走り去っていく真に手を振って、再びみんなは帰路につく。
P「今日も春香は千早の家?」
春香「はい、家に帰っちゃうと明日間に合わなくなっちゃって」
P「千早は大丈夫なのか?」
千早「あ、はい。前にも泊まりに来たことがありますし」
どうせ独り暮らしですからと呟く千早の表情が暗くなった気がして、それを拭うように春香が千早に抱きついた。
春香「ありがとうね~千早ちゃーん」
千早「ちょ、ちょっと春香…歩きづらいから…」
じゃれ合う2人を見てつい弛んでしまう頬を、力を入れて何とか押さえ込む。
春香は片道2時間というハンデを負っているから、この『部活動』に関して負担を掛けてしまう事が多い。
こうした休日にイベントが重なる日など、移動だけで一手間だ
無理はさせたくない。
でも友達で、仲間なんだから、春香抜きには話し進められない。
春香「……? どうしたんですかプロデューサーさん、そんなジッとみて」
結局現状は、春香の好意に甘えるしかないのが口惜しい。
P「いや、いつも春香には助けられてるなって」
春香「な、なんですかいきなり」
P「感謝してるんだよ。転校してきたばっかりで自分のことが大変なはずなのに、俺のわがままに付き合ってくれて」
春香「何言ってるんですか、それだったら私のほうこそ感謝してますよ」
P「え? なんで?」
春香「だってプロデューサーさんのお陰で、転校してきたばっかりなのに沢山友達が出来たんじゃないですか」
P「………」
その発想はなかった。
春香「千早ちゃんとも仲良くなれたからねー、すりすりすり~」
千早「やっ…春香やめなさ……んっ…!」
雪歩「はわわ…!」
春香が喜んでくれるような事を出来ていたなんて。
なんというか、それは、意識しなかったことで。
“僥倖”とは、こういったことを言うのだろうか。
P「そういえば春香」
春香「はい?」
P「前の学校の友達と連絡とか取ってたりするのか?」
春香「……え、ええ、まぁ」
P「春香?」
春香「てっ、転校しちゃうと話題とかついていけなくなっちゃって、せいぜい月に一度か二度メールするくらいですよー」
P「…そっか」
春香「どうしたんです急に?」
P「いや、せっかく春香がステージに出てるんだから、友達にも見せてあげればいいのにと思って」
春香「や、ヤですよ恥ずかしい!」
千早「私も…高校は仕方ないとしても、中学の頃の同級生に観られたりするのはちょっと…」
P「なんだ勿体ない。あんなに魅力的なのに」
千早「じゃあプロデューサーもステージに立って歌いますか? 妹さん呼びますよ?」
P「残念、俺には魅力がない」
春香「女装します?」
P「どうしてそんな発想に至った」
雪歩「め、メイク道具ならあります…!」
P「いやだぞ!? 始まったばかりの『765プロ』に泥塗るような真似絶対しないからな!?」
千早「ふふ…残念です」
春香「幻の5人目のメンバーですね」
雪歩「あはは…」
P「女子がこわい…!!」
千早「──それでは、私たちはここで」
P「応、2人ではしゃいで寝不足になんてなるなよ」
千早「なりませんよ」
春香「千早ちゃん、買い物していこっ?」
千早「え? いいけど…なにを買うの?」
春香「明日の朝ご飯!」
千早「ちょっとだけなら材料は家にあるけど…」
春香「私が千早ちゃんに美味しい朝ご飯を食べさせてあげるからにはがんばるよ!」
千早「……わかったわ、春香に任せる」
春香「うん!」
P「………」
雪歩「…プロデューサー?」
P「なにあの子たち夫婦?」
翌日、AM09:20。
P「ここでトークを挟みますから、その間に次の曲の準備を…」
会場となる広場に設置された特設ステージの舞台袖。
手伝いをしてくださるという町内会の人たちに機器の操作を説明していると、商店街が次第に活気づいていることに気がついた。
開催初日である今日は「朝市」と言うことで、広場に商店街のお店が出店を出したり、有志でフリーマーケットが行われていたりする。
日曜日と言うこともあってか小さな子供を連れた親御さんや、日曜の朝を持て余している学生っぽい男女の姿も見て取れた。
音楽祭とは較べるべくもないが、これだけの人が居ればやる気は上々というものだろう。
舞台開幕は10時45分。
それは開幕と同時に『765プロダクション』のステージの開始でもあり、
また千早の『眠り姫』をソロで披露してもらう。
そしてその後に自己紹介トークをして、雪歩の『First Stage』に繋ぎ最後は全員での『READY!!』となる。
まだ1時間も先の話しだけど、いまより観客が減ってしまう心配はあまりない。
もう少ししたら商店街のお店たちが開店し始めて、そこでもキャンペーンに準じた催しが各自展開される予定だからだ。
“商店街に留まってさえくれればいい”。広場からの歌声なら、どこに居ても聴こえるはずだから。
聴こえたなら、観ずにはいられないはず。それだけの自負がある。
春香「プロデューサーさーん」
P「お、準備できたか」
真「バッチリだよ」
衣装に着替えたアイドルたちが舞台袖に入ってきた。
やはりもとが可愛らしい子たちばかりなので、狭い場所に集まるとその華やかさが際立つ。
千早「…ほら萩原さん、恥ずかしがっていては駄目よ」
雪歩「うぅ…はいぃ…」
後ろから押されるようにやって来た雪歩が、モジモジと体を縮こませながら俺の前に立つ。
俺だけでなく、開設準備をしていた町内会のスタッフさんたちも感嘆の声をあげた。
普段の雪歩からしたら露出面積が多い衣装が恥ずかしいのだろうか。
顔を真っ赤にしたまま俯いた雪歩は、黙ったまま固まってしまう。
春香「……プロデューサーさん」
脇腹を突かれて、ハッと意識を取り戻す。
P「あー……えっと、可愛いよ」
雪歩「あ、ありがとうございます……」
真「プロデューサーってけっこう女の子に弱いよね」
千早「そうね」
真「オシが強い子とかと話ししたら大変なんだろうなぁ」
春香「ちょっと見てみたい気もするけど」
P「ほらほら、ステージでの立ち回り確認するから上がって上がって」
雪歩「は、はいっ」
真「…逃げたね」
春香「あから様にね」
どうすればいいんだ。
P「……どうだ? 実際動いてみて問題とかあるか?」
真「んー、思ってたよりは狭いけど、まぁなんとかやれる感じかな」
千早「ダンスを“奥行きがない分、左右に移動することを重要”としたのが良かったんだと思います」
雪歩「い、意外とステージって高いんですね…ちょっとこわいかも……」
P「音楽祭の時の方が高さはもっとあったけど」
雪歩「音楽祭は立って歌うだけでしたから、実際こう動いてみると…」
春香「わかる、わかるよ雪歩。私もココで躓いて転げ落ちたらって考えると怖いもん」
P「よしてくれ縁起でもない」
千早「ですがプロデューサー。事実として、ステージの前方に安全装置のようなものは置いた方がいいと思います」
“安全装置”か……!
P「よしきた! 任せい安全装置!」
真「なんとかなるの?」
P「すごく原始的な方法で」
千早「……なんだかプロデューサーの考えがわかったような気がします」
P「お。さすがちーちゃん察しがいいな」
千早「ち、ちーちゃん…!?」
P「なんだったら最初のソロが終わったら真っ先に落ちてもいいぞ」
千早「遠慮します」
真「なんなのさ、その安全装置って」
P「ん? なんてことはない、ただ毛布を敷いて最低限の備えをするだけだよ」
真「……絶対それだけじゃないでしょ」
P「あと俺が黒子に扮してやさしくキャッチするよ」
真「………」
P「な、なんだよ」
真「バカっぽい…」
P「言うなよ。自分でも思ってるんだから」
でもステージの外観を壊さずにできることとなると、とても簡単なことしかないんだ。
春香「私、プロデューサーさんを信じてます!」
雪歩「わ、私も…!」
千早「要は落ちないように気を付ければいいだけですよね?」
P「ああ、それが一番だ」
真「へへっ、ボクでも受け止められるかなプロデューサー?」
P「当然、やらしくキャッチしてやるさ」
……おっと咬んでしまった。
春香「いま“やらしく”って言いました?」
P「言ってないよ」
真「したらグーでいくからね」
P「濡れ衣だ」
千早「プロデューサーだから、心配しなくても良いんじゃないかしら」
雪歩「あ、あの……がんばります」
P「そうそう! だから落ちなければいいんだよ落ちなければ!」
真「フリ?」
P「“怪我をしろ”なんてフリするか」
春香「そうですよね……よしっ、張り切っていきます!」
千早「張り切りすぎてステップ間違えたら駄目よ」
春香「うっ……うん、がんばるよちーちゃん…」
千早「春香まで…!?」
──ただいまより、『夏を楽しもうキャンペーン』特設ステージにて、765高校の学生有志による部、『765プロダクション』のライブを開催いたします──。
商店街に響き渡るアナウンスを確認したあと、俺は舞台袖に立つ千早のそばに行く。
P「…緊張はしてるか?」
千早「まだ2度目ですし、こういう舞台に立つことは、たぶん今後も慣れないと思います」
P「そうか……無理に緊張を解そうとするのは逆効果になりがちだから、気を付けてな」
千早「はい、大丈夫です」
周りを見る。
春香も、真も、雪歩も、先陣をきる千早へ、言葉に出さないまでも強く応援の念を送っていた。
円陣を組み、手と手を重ね合う。
誰が言い出すのかと訊くまでも無く、みんなの視線は千早に向かう。
千早「な、『765プロ』ぉー…」
一同「オー!!」
そして開幕。
響き渡る『眠り姫』の歌。
最初は興味半分、冷やかし半分でやってきていた観客達。けれど誰1人として、途中に席を立つ人は居なかった。
日曜日の朝、まだ静けさを残している商店街に流れる歌声は、次々とひとを惹きよせ観客席を埋めていった。
やっぱり、千早の歌はすごい。
将来は、歌手を目指した方が良いと本当に心から思う。
春香「みなさんおはようございます! 私たち、765高等学校で『765プロダクション』という部活をやっています! あ、会社名とかじゃないですよ?」
千早の歌が終わりたくさんの拍手が向けられるなか、舞台袖から春香たちが現れて、一同に列んで部活の概要説明と自己紹介を始める。
部活についての反応は人それぞれで、先ほど拍手をくれた人でも鼻で笑ったり、感心したりとまちまちだった。
一曲唄って緊張が解けたのか、素の表情でステージに立っている千早。
不安げにぎこちない笑みを浮かべている雪歩に、それをそばで支えてあげている真。
場馴れしていないのは仕方の無いことで、多少の表情の崩れは責めるようなことじゃない。
観客の熱だって、音楽祭に比べたら雲泥もの差がある、
けれど、そんな状況でも春香は、始終溢れんばかりの笑顔だった。
なにがそんなに楽しいんだろう?
なにがそんなに嬉しいんだろう?
小さな疑問をもった観客が、春香に注目し始める。
いまにも声をあげて笑い出しそうなくらい明るい笑顔を向けられて、
つい、観ている側も頬がほころんで、笑顔になってしまう。
それは魔法のようだった。
春香が笑うだけで、周りのひとたちは笑顔になった。
春香がステージの上を少し動き回るだけで、周りのひとたちが楽しい気持ちになった。
春香にリーダーを任せたのは、確かにその生来の明るさが起因している。
けれど、ここまでの魅力を発揮するなんて、思いもよっていなかった。
音楽祭とはまた違う、観客との距離が近いからこそ伝わる魅力。
春香はまさに、アイドルを体現していた。
春香「──それではそろそろ次の曲、いってみたいと思います!」
春香の声に、ビクりと雪歩の肩が震える。
春香「私たちデビューしたのがつい最近のことなんですけど、ここに居る雪歩ちゃんは、私たちがデビューした後に入ってくれた、今日が初ステージのデビュー記念日になります!」
すっかり春香の魅力に引き込まれている観客が、「おぉー」と関心の声をあげた。
春香「…雪歩、笑って笑って」
雪歩「は、はいっ」
雪歩と真を残して、千早と春香は舞台袖に消える。
去り際に笑顔を向けてくれた春香に精一杯の笑顔を返して、雪歩は顔を上げる。
大勢の、人。
雪歩「はぅ…!」
演目の順が上手く作用して、気付けば会場は満席。
さらには出店の品を食べながら立ち見をする人たちによって囲うように、広場は人で埋め尽くされていた。
真「あはは…すごい人の数…」
再三だが、観客の数は音楽祭の時に比べたら少ない。
けれどいま目の前にいるのは同じ学校の生徒というくくりではなくて、
ほとんどが見たことも話したことも、自分の存在すら知らなかったで在ろう人たちばかり。
雪歩「あ……うぅ…」
足が竦んだ。
臆病な自分なんかがこれほどの舞台に立っているだなんて、雪歩には冗談のように思えていた。
漠然とした恐怖が体に巻きつくようで気持ち悪く、
いっそこれが夢であったならと取り留めのない現実逃避に走ってしまう。
真「雪歩」
そんな、震えたまま動かない雪歩の手を包んだのは、真の、温かな手だった。
雪歩「真ちゃん…」
真「怖いよね。ボクもだよ」
雪歩の様子から事情を察してか、観客が静かに見守ってくれるなか、2人は手を繋ぎ合う。
真「…怖いけど、怖がる必要なんてないよ」
自分の言葉に多少の矛盾を感じて苦笑しながら、真は続ける。
真「なにがあっても誰も雪歩を怒ったりしないし、責めたりなんかもちろんしない。だってボクたちあんなに沢山練習したもの。“なにか”なんて、絶対に起こらないよ」
真摯で、力強い真っ直ぐな視線。
それを正面から受け止める雪歩は、真の手がまだ震えてることを知っている。
雪歩「……うん、ごめんね真ちゃん」
力強い返しがきて、2人の手は一層強く繋がれる。
雪歩「私、頑張るね。初めてのステージ、真ちゃんと立てたって、胸を張れるように頑張るから…!」
真「そうだよっ、ボクと雪歩の、初めてのステージなんだから!」
頷き合う2人。
再び観客に向き合うと、割れんばかりの拍手と応援する歓声が聴こえてきた。
雪歩「っ…イ、イェー!!」
雪歩の声に観客も返す。
雪歩「イェーィ!!」
真「イェーイ!!」
広場のボルテージが上がっていき、息を調えた雪歩は笑顔を観客に振りまいた。
雪歩「萩原、雪歩といいます、よろしくお願いします…!」
真「真ちゃんでーす!!」
既に自己紹介は終えている2人だが、改めての挨拶に観客は声援を返した。
雪歩「き、聴いてください! 私と…真ちゃんのデュオです!」
真「曲名は──『First Stage』!!」
観客の反応は上々と言えた。
やはり立ち去る人は居らず、食べ物を食べたり携帯電話をイジっていたりはしても、決してその場から動こうとはしない。
知らない女の子の、聴いたこともない歌を観ていてこの反応なら、初ステージとしては充分。
これ以上を望むのは罰があたるというものだ。
──あまり激しくはない、けれど華やかに踊る2人をステージ脇から眺めてつい見とれてしまっていたら、いつしか曲は終わりを迎える。
わずかに息を切らせて、少しの汗を額に浮かべながらも、2人は楽しそうに笑顔を観客へ向けて手を振っている。
観客も、それに応えるように拍手と声援を返す。
すると両サイドのステージ脇から春香と千早が上ってきて、観客と同じように雪歩と真に拍手を贈りながら、4人並んだ。
春香「次が最後の曲で、4人全員で歌います。どうか最後まで聴いていってください!」
4人は観客へ一礼をして、ダンスの為の配置に移動する。
直後、流れ出す曲は『READY!!』。
拍手は喝采。
日曜日の朝とは思えないくらいの賑わいをみせて、
『第一回765プロダクション出張ライブ』は無事に終幕となった。
「お疲れ様でしたー!」
無事にステージを終え舞台袖へとかえってきた4人を労ったあと、裏方を手伝ってくれた町内会の皆さんにお礼を言う。
お疲れ様、楽しかったよと言ってもらえるのは本当に嬉しいくて、何度も何度もお礼を言って、感謝をして頭を下げた。
──少しして、4人が着替えるために席を外している間、俺は舞台裏から出て一般客として広場からステージを眺めていた。
もう次の演目が始まっていて、有志による和太鼓の力強い演奏が行われている。
周囲を見渡す。さっきまであれほど居た来場客の姿はまばらになっていて、少し寂しい印象を受けた。
ある人は帰ってしまったのかも知れないし、または開店し始めた商店街のお店や出店などを見て回っているのかも知れない。
765プロのステージがあれだけの集客率を出せたのは、やはりそれだけの実力があるからと思っていいのだろうか。
それとも、ただ運が良かっただけなのか。
P「きっと前者ではあると思うんだけど……うーん…」
自信が、無い。
彼女たちの魅力を疑っているのではなく、
何かを読み違えた場合にくる、彼女たちへの負担や不安を心配してしまう。
P「せめて、夏中にもう1つステージに立てれば……」
「暗い顔してどうしたの?」
P「ああ、いえ。ちょっと未来のことを考えてて」
「あらぁ……でも、未来のことばかり考えてたら気が滅入っちゃわない?」
P「あはは、そこまで深刻なことは考えてませんけど……あずささん?」
あずさ「はい?」
P「いつからここに?」
あずさ「うふふ、ついさっき。驚かせちゃったかしら?」
P「…いえ、あずささんですから、そんなには」
あずさ「それはどういう意味かしらぁ?」
P「傍に居てくれると安心できますから、恐がったりはしませんよって意味です」
あずさ「…あらあら…」
やよい「おにーさん! おはようございますっ!」
P「うぉあビックリしたぁ!!」
やよい「あ…ご、ごめんなさい」
P「…あずささんの不意打ちなら予測の範囲内だけど、まさかやよいに驚かされるとは思わなかった…」
やよい「あうぅ…」
あずさ「うふふ、今日は私とやよいちゃん2人で来たのよね?」
P「あれ、そうなんですか」
あずさ「ほら、今日は商店街で朝市があるでしょう? いろいろな物が安く買えるから」
やよい「はっ、はい! いっぱい買いました!」
P「うわ、すごい量だな……これじゃあ重いだろ?」
やよい「へっちゃらです!」
あずさ「あら~」
真「プロデューサー!」
着替えが終わったのか、私服姿に戻った真が駆け足で近付いてくる。
真「へへっ、みてよ、商店街のオジさんたちがこんなにお裾分けしてくれ…」
両手いっぱい、抱えるようにジュースや食べ物を持っている真は、けれど急にその足を止めて、視線だけを俺や隣にいるやよい、あずささんに向けた。
真「まただよ…」
なんか盛大にため息吐かれたんですが。
真「──みんなー、プロデューサーがまた女の子侍らせて遊んでるよー」
千早「は?」
春香「うぇ!?」
雪歩「はうっ!」
後方から、同じく荷物を抱えてやってくる他の3人に向けて真が声を張った。
まてよ真おかしいだろその台詞の全てが現実とかけ離れてるだろ。
やよい「は、はべら…?」
あずさ「うふふ~。“また”って言われるくらいモテモテなのねプロデューサーちゃんは~」
わぉ!
あずささんの笑い声が怖いよ!
春香「わぁ、プロデューサーさんの幼馴染みさんなんですかぁ」
あずさ「ん~、幼馴染みというよりは遊び友達…のほうが正しいかも。プロデューサーちゃんにはほら、美希ちゃんがいるから」
真「幼馴染みが1人だけじゃなくちゃいけないってこともないと思うけど…。ね?」
雪歩「ひゃい!? え、あ、うん!」
やよい「だ、大丈夫ですか雪歩さん」
雪歩「う、うん、大丈夫……そうだよね、昔会ったことあるだけじゃ幼馴染みですらないもんね……」
やよい「うぅ…?」
広場近くのベンチに腰掛けて、ガールズトークに花を咲かせている女子一団。
迂闊に入りこめるはずもなく、かといって1人立ち去る事もできず、付かず離れずの間をあけて座るしか出来ないチキンな俺です。
千早「………」
P「…千早?」
千早「………」
なにをそんなに凝視して……あずささん?
千早「くっ…」
何やら思うところがあったようだ。よくわからないけれど。
本当によくわからないけれど。
きっと前世で姉妹だったとか、そんな感じに違いない。
……何を言ってるんだ俺は。
その後、
あずささんの家にみんなでお呼ばれになって、今日のライブの感想や普段の練習の様なんかを話して賑やかに過ごしたあと、
時計が午後の始まりを告げたので、そろそろお暇しようと言うことになった。
あずさ「お昼も一緒にどう?」
P「ありがとうございます。でも、今日は何も言わずに来ちゃいましたから、たぶん家にもう用意してあると思います」
真「ボクも、お昼は帰って食べるって言っちゃった」
雪歩「わ、私も…」
千早「私は特に用は有りませんけど、帰って期末の最終確認をしないと」
春香「はぅ!」
テストの話をされて春香が身悶えてる。
春香「ち…千早ちゃーん…」
千早「ダメよ。ちゃんと自分でやらないと。もう明日なのよ?」
春香「英語がどうも怪しくて…」
千早「……要点だけおさらいしてあげるから、このまままたうちに来る?」
春香「──うんっ!」
春香がパッと笑顔を取り戻すのを見て、俺たちもつい笑ってしまう。
P「それじゃああずささん、お邪魔しました」
あずさ「またいつでもいらっしゃい」
手を振ってくれるあずささんを前に、やよいだけ俺たちとは反対へ向かう。
P「やよい、本当に大丈夫か?」
やよい「うっうー! へっちゃらですよー!」
あずささんの家を前にすると、俺たちは帰る方向が真逆になる。
それはわかっていたことだけれど、やよいを1人だけ仲間外れにするみたいで、どうにも落ち着かない。
真「プロデューサー…」
遠くなっていくやよいの背中。
何か言いたげに、真が俺を呼ぶ。
P「……それじゃあ俺たちも帰ろう。みんな、今日は本当にお疲れ様」
そして、“みんな”は家路を帰り出す。
誰も何も訊かず、誰も何も言わない。
いまだ玄関で俺たちを見送ってくれているあずささんも、ニコニコとした笑顔のままなにも言わない。
だから俺は、家とは反対の方向へと駆け出した。
やよい「ふぅ…ふぅ…」
パンパンに膨らんだ買い物袋を両手に持って、一歩ずつ、一歩ずつとゆっくり歩いていくやよいの後ろ姿。
先程別れた時とは明らかに歩くペースが違う。
無理していたのか、疲れてしまったのか。
やよい「…はやく、長介たちのご飯作ってあげないと…」
誰も聴いていないと思ってボソりと漏らしたのだろう言葉。
それは泣き言でも弱音でもなくて、純粋に家族を想う気持ちだけが込められたものだった。
走り寄っていたのとバカみたいに良い耳のお陰で俺はその呟きを聴き取ることが出来て、そしてすぐにやよいの隣に辿り着いた。
P「やよい、手伝うよ」
やよい「はぇ? おにーさん…?」
キョトンとした、なんで俺がいまここに居るのかわからない様子。
P「それ、本当はすごく重いんだろう?」
やよい「あ……」
手に持った荷物を指差されて、“なにか気まずそうな”表情を浮かべるやよい。
でもそれは一瞬のことで、すぐに太陽みたいな明るい笑顔を見せてくれる。
やよい「あ、朝早起きだったから、ちょっぴりねむくなっちゃっただけかなーって」
やよいの笑顔。
それはただ在るだけで信じるべきものだし、決してそれを喪わせるようなことはしてはいけないもの。
だけど、いまこの時の笑顔は、盲信するわけにはいかないんだ。
P「やよい、お手て見せてごらん」
やよい「え? …あの…はい」
袋の1つを地面に置いて、自由になった手を俺に差し出してくる。
何も訊かずに言う通りにしてくれるあたり、もうちょっとヒトを警戒する癖をつけさせた方がいいかも知れない。
P「………」
俺と比べてとても小さなやよいの手のひらは、買い物袋が強く食い込んでいたせいで赤くなってしまっていた。
きっともう片方の手も同じなんだろう。
やよい「…あ、あのおにーさん…そんなに見られるとなんだか恥ずかしいかも…」
照れているやよいは可愛いけれど、いまこの手を放してまたやよいに荷物を持たせることは、自分の中で許せなかった。
少し汗ばんでいる手を包むように握って、腰を落とし目線の高さを合わせる。
もう片方の荷物も下ろさせて、目と目を向かい合わせ話しかける。
P「…こんなになるくらいの荷物を持って、重かっただろ」
やよい「う…へ、へっちゃらなんです!」
P「やよい」
ふたりきりになって、なおも強がって見せようとするやよい。
怒るわけではなく、叱るわけでもなく。ほんの少しだけ、窘めるように力を込めて名前を呼んだ。
P「…やよいはお姉ちゃんだから、弟たちのためならなんでも頑張れちゃうんだな」
やよい「え、えっとぉ…」
P「大丈夫。みんな、やよいが頑張ってることはわかってるから」
さっきまで一緒だったあずささんや、やよいの親友である伊織。それに春香たちだって、1人で大きなの買い物袋を持っている姿を見れば、やよいが家族想いなのであろう事は想像がついたはずだ。
P「長介たちからみても、友達の俺からみても、やよいは立派な、自慢の『お姉ちゃん』だよ」
やよい「……ほんと、ですか…?」
P「やよいに嘘ついたりしないよ」
やよい「──あ、ありがとうございます!」
両腕で目一杯勢いをつけてのおじぎ。
表情は喜色満面といった感じで、「お姉ちゃん」と認められたことが本当に嬉しかったんだろうと思う。
…でも、だからこそ。
P「だからやよい」
やよい「はい?」
P「この荷物、やよいの家まで俺に運ばせてくれないかな」
やよい「えっ…で、でもそんな悪いです、おにーさんにそんなことしてもらえません」
やっぱり、遠慮する。
“お姉ちゃん”だから、自分のするべきことを他の人に任せてしまう事に抵抗感がある。
P「なあやよい?」
やよい「…?」
P「俺はやよいのなんなのかな?」
やよい「えっ……あの…その……おともだち……ですか…?」
何故そんなに思考するんだ。
P「そう、友達だ。さらに言うと、やよいずっと年上の“お兄さん”だ」
やよい「あ! はい! おにーさんは“おにーさん”です!」
P「──だからさ、俺もやよいのために“お兄さん”をしたいんだ。ダメかな」
やよいは家族の中では一番上のお姉ちゃんかも知れないけれど、
やよいの周りには、やよいを想う人たちには、もっと上のお兄さんやお姉さんたちが居るんだよと。それを教えてあげたくて。
やよい「やよいの…おにーさん…」
P「ああ、そうだな。俺はやよいのお兄ちゃんになろう」
こんな妹がいたら毎日が楽しいだろうな……とか言うと響が泣くな。ごめん。
P「やよいは“お姉ちゃん”のままでいい。でも、俺にくらい…“お兄ちゃん”くらいには、気を張らず、子供らしく甘えてほしいんだ」
放した手を、やよいの頭にのせてゆっくりと撫で下ろしていく。
やよいは少しの間呆然としていたけれど、
ぎこちなく動いた手が俺の袖を掴んで、呟いた。
やよい「……えへへ……私の、おにーさん……」
P「ゼェ…ゼェ……あ、危なかった……」
照れ笑いするやよいが可愛すぎて死ぬかと思った。
やよい「お、おにーさん? だいじょうぶですか!?」
P「やよいは可愛いなあ!」
やよい「うぇい!?」
いかん、興奮が口から出てる。
P「……よし、じゃあやよいの家まで一緒に帰ろうか」
やよい「あ…で、でもそのお買い物袋、ほんとうはすごく重くって、おにーさんにだけ持たせるのはいけないです…」
P「ははは、体力しか取り得がない男をナメたらいけないよ。どらどら…よいしょっとぉ──!?」
お、重…!?
やよい「だだ、だいじょうぶですか!?」
P「おういぇ……のぅぷろぐれむ…」
やよい「おにーさんががいじんさんに!?」
…いや、冗談抜きにコレは重い。
やよいが持っててたからってナメてたのは俺の方だ。
P「まぁでも、これくらいなら持ったままスクワットぶっ続けで1時間やるくらいは出来るかも」
やよい「やる必要性がないと思いますー…」
P「──それじゃあやよい! はやいとこ帰って長介たちに昼飯作ってやるか!」
やよい「あ……はいっ! おにーさん!」
そうして今日は、思いもよらずやよいとの距離を縮めることが出来た。
“友達の妹の友達”っていう微妙な繋がりが強かったから、こうやって直接仲良くなれたことがすごく嬉しい。
これからはやよいが自慢できるくらい立派な“お兄さん”を目指していこうと、そっと心に誓った俺なのでした。
考え付く限りの謝罪の言葉が全て浅はかに感じてしまう程の、
このスレッドを御覧になられて下さっている皆様への御無礼な行為、本当に申し訳有りません。
散々と更新遅延を繰り返している中、訳も話さず生存報告もせずにひと月もの間の放置してしまいました。
「仕事が忙しい」は言い訳にすらなるものではなく、それならば睡眠時間を削ってでも更新するのが筋と云うもので、
今現在更新が遅れています強い理由は、簡潔に申しますと自分が「アイマスへの愛の足らなさ」を痛感してしまったからです。
…詳しくは割愛させていただきたいのですが、けれど自分が精神的ダメージを負ったからといって、このSSを読んで下さっている皆様を待たせてのは剰りにも自分勝手が過ぎると、
最近やっと立ち直った次第です。
それでもひと月かかりました。本当に申し訳有りません。
本年内の再開は間に合いそうになく五体倒置で謝罪する他ないのですが、新年になりましたら早い内に更新が出来ると思います。
最後まで必ず書きます。
屑で糞で汚物を煮詰めたような駄文では在りますが、それまでの存在を御許し下さい。
本年は本当に有り難う御座いました。
もしも気が向くことが御座いましたら、来年も宜しく御願い致します。
皆様方がよいお年を迎えられますように。
【7月の2】
目覚まし時計が、ささやかな音量で起床の時間を告げてくれている。
ゆっくり、モゾモゾと、まるで蛹から羽化する昆虫のような速度で体を動かして、止める。
なんやかんやと、今日という日を楽しみにしていたせいか熟睡出来なかった意識を無理矢理に起こし、思い切ってベッドから跳ね起きた。
P「おはようございます」
時刻はやっと空が白みはじめた早朝。
例によって日射しなんか入りようのない真っ暗な部屋で、ボーッと二度寝しそうになるのを堪えて着替えを持って部屋を出る。
眠気覚ましにシャワーを浴びて、あがったら朝のニュースを観ながら朝食を作る。
義母さんよりも先に起きたついでに家族分の量を用意して、自分の分だけ先に食べてしまう。そうして皿を流しに返したら、部屋に戻って身支度を整えた。
服装、よし。腰掛けのバッグ、よし。財布に電車パス、家鍵に携帯電話、ハンカチちり紙、よし。
最後に着替えや洗顔料等の小物が入った旅行バッグを確認して、準備は完了。
P「えっと……」
一瞬、窓の方に視線を向けて、美希に挨拶して行こうか迷う。けれど俺に合わせて起こすのも悪いなと考えて、「いってきます」と言葉だけかける。
P「ふんふふーん」
鼻唄まじりに部屋を出るとタイミングよく隣の部屋、つまり響の部屋のドアが開いて、毛むくじゃらの巨躯がモソりと姿を見せた。
P「おや、いぬ美さんじゃないですか、おはよう」
いつからか自力で部屋のドアを開けれるようになったいぬ美。普段はこの特技によって俺の布団が毛だらけにされるのだが。
毎年のことだけれど──俺がしばらく留守にする事を感づいているのか、撫でてくれと言わんばかりにグリグリと頭を擦り付けてくる。
腰を落とし、眉間から頭にかけてや首もとなどのいぬ美が喜ぶ場所を丁寧に撫でてやると、
パタパタと尻尾を振ってもっともっととせがんでくる。
P「ごめんな、もう出ないといけないから」
再び立ち上がったと同時。
開きっぱなしだったドアから、響が顔を出したのが見えた。
響「……にぃに…もういくの…?」
P「ああ、うん。起こしちゃったならごめんな」
響「うぅん…」
寝ぼけ眼。
明らかに視点が正面を向いていない。
普段は一つに纏めている量が多く長い髪の毛も、当然いまはおろしたままで廊下の薄暗さも相俟って幽鬼のように見えなくもない。寝起きの女の子に失礼だな俺。
P「もう行くから、響はまだゆっくりしてなさい。朝飯は作ってあるから」
響「…送るぞ…」
P「気持ちは嬉しいけど、危ないからいいよ」
そんなポケポケとした状態じゃ、送ったあとに部屋へ戻る途中階段でコケそうで怖い。
響「……にぃに」
P「うん?」
響「……いってらっしゃい」
P「いってきます」
傍まで寄って顔にかかっている髪をわけて、丁度額に手の平を押し当てるようにして指先で頭を撫でてやる。
響「あがー……」
いぬ美の後だったのでつい力強く乱暴な感じになってしまったけれど、響は怒ったりはせず、むしろ満足げに笑いながらいぬ美と一緒に部屋へ戻っていった。
……響……お前までイヌみたいになっちゃダメですやん……。
それはともかくとして。
いざ準備万全となった俺は、まだ就寝中の両親を起こさないように静かに家を出る。
いまからなら、朝一の電車を乗り継いで昼過ぎには着けるだろう。
夏休み初日。
俺はおばあちゃんと悪戯好きの従姉妹が待つ田舎へと、独り向かう。
P「ふあぁ…」
車窓からのんびりと景色を眺めていると、つい欠伸が出た。
既に何度か乗り換えをして、あとはこの鈍行に揺られていれば目的の駅に着くという状況。
時刻はもうすぐ12時になろうとするところ。
あれだけ早くに出たのにこの時間とは流石に遠く感じてしまうが、そのぶん都会から離れて静かに過ごせるいい場所だと俺は思っている。
おばあちゃんの住む村は山に囲まれているが、その位置が高いのでどちらかというと“大きな山のテッペンをヘコませたカタチ”をした盆地という様相。
内陸の方角へ山を下りれば町が在るし、反対の方角へ下りれば小さな港町が在るという中間地帯。
親父と親父の弟さんはそこから町の学校に通って、四条パパとはそこで知り合ったんだとか。
親父は家を出て結婚してしまったけれど弟さんは残って、近所に少ない“お医者さん”になろうとして頑張っていたらしい。
村出身の女性と結ばれて双子の女の子に恵まれて、割りと最近町の方で念願の開業医になれたとのこと。
……けど娘は町に行って友達と離れるのがイヤだと言って、結局中学校までは港町の方の学校に通っている。
だから、弟さん夫婦は町暮らしで、従姉妹2人はおばあちゃんの家で村暮らしをしている。
P「……ん、次か」
車内に流れるアナウンスで、降車する駅の名前が読み上げられた。
駅は町に面した場所にあり、着いたら着いたでまたしばらく徒歩での移動がある。
それも、おばあちゃん達に会えるのだったら苦ではない。
P「んー……」
電車を降りた瞬間、それまでやんわりと涼しい車内の空気に馴れていた為か、真昼の太陽による熱気に肌を焼かれ、すぐに汗が出てきて肌を湿らせた。
ホームと呼ぶのも適切ではないような雰囲気である簡素な田舎駅。
まだ去年頃に配備したばかりという電子パス対応の改札口を出る。その際、1人だけ受付の中にいた駅員さんに明るく挨拶もした。
P「えっと……」
駅の作る影に入り直射日光から隠れながら、周囲を見渡す。
この駅が町に近いとは言っても、辺り一面は何も無い平原と言ってもいい場所だ。
本当に町に行きたいのならもう1つ先の駅で降りた方が楽で、ここで降りたのはその方がおばあちゃんの家に近いからに他ならない。
事前に連絡をしてあるので、毎回この時間帯になると誰かしら──主に親父の弟さん等が車で迎えに来てくれていたりするのだけれど……。
P「…いないな」
待ち合わせに早すぎた?
いや、むしろ時間はかかったくらいだ。
じゃあ遅れすぎた?
去年より20分もズレていないはずなんだけど…。
P「……ん?」
キョロキョロと人影を探していた矢先。
駅から歩いて1分ほども離れていない大きな樹の木陰の下に、不思議な雰囲気をした人物──少女が立っているのが見えた。
その少女は、真っ白なワンピースを着ていた。
派手な刺繍はされておらず、かと言って布1枚で作られたような簡素なものでもない。
新品なのか手入れがなされているのか、そよ風にたなびく白い布地には一片の汚れも見受けられない。
頭には鍔の広い、それもまた上質なもので在ろうとわかる麦わらの帽子を目深にかぶっていて、その少女の背が思いの外小さかったこともあってか、顔や表情はちょっと近付いたくらいでは視認出来ない。
誰かを待っていると云う風ではなく、また手には何も持っておらず出掛けている最中という風でもない。
あまりにもそこに居ることの存在感があって、
また逆に目の前に居ることに途轍もない違和感──まるで白昼夢でも見ているような感覚に襲われながら、一歩ずつ、少しずつ、俺は少女に近付いた。
P「…あ、あの…」
………。
2mもない互いの距離。俺自身が大樹のつくる木陰の中に入ってしまうほどの近さまで来て尚、少女は現実味を帯びない。
ここまで近付いて、少女の髪が栗色で肩の下までのびるほどの長さであることが改めて認識出来たが、俺は対して気に留めなかった。
P「…あの、この辺りに車で迎えに来たような人とか見掛けませんでしたか?」
話しかける。
少女の背丈から考えて明らかに自分より年下であるとわかってはいたのだが、何故か口調が丁寧になってしまった。
これも少女の神秘性故か。
………。
何も言わず、少女が体ごとこちらを向いた。
ほんの僅かな動作ではあったが、そよ風が働いたことでワンピースが綺麗に翻り、まるで踊っていたように少女の動きに華を添えた。
………。
少女は何も言わない。
ゆっくりと、俺の顔を下から覗き込むように、両指を後ろで組み上体をやや前傾させてきた。
表情は、まだ見えない。
これだと向こうからも俺の顔は見えていないはずだ。
少しずつ、少女の顔のラインが見えてくる。
ワンピースの前傾姿勢を斜め前から覗いているので無防備な少女の胸元がすんごいことになっているのだがそんな所を見ている精神的余裕などなくて。
やっと、少女の口元が見えたと思ったところで、少女の口角が上がり、何かを呟いたのが読み取れた。
それは、たった一言の小さな言葉。
「ひっかかったぁ」
P「──!!?」
その、少女の、言葉を読み取った瞬間、
俺は、少女の言うとおり、まんまと“ひっかかった”ことを、認めざるを得なかった。
「もらったぁ──!!」
索敵行為、回避運動。
そのどれも、間抜けで愚鈍な俺には行うことが許されず。
少女の正体に気付いた刹那、俺が驚きで仰け反るよりも早く、樹の枝から下り──いや落ちてきた“存在”が、俺の背中にのしかかり肩腰膝に急激な負荷を与えてきた。
ズドン。
そう表現するのが最適と思われる衝撃。
脚がふらつき、体幹のバランスが崩れる。
だが、倒れるわけにはいかない。
ここでもし俺が倒れては、背中の存在が怪我をしてしまうかも知れないから。
P「ぐ…おぉぉ…!!」
俺には、この痛みに耐えるしか選択肢はないのだ。
亜美「おぉー! すごいすごい兄ちゃん! よく耐えたねー!」
俺の背中にいる“樹の上から落ちてきた少女”が笑う。
真美「まさかここまで上手くいくとは思わなかったっしょー!」
俺の前にいる“麦わら帽子をかぶった少女”が笑う。
P「……亜美、真美ッ…! お前らなぁ…!!」
亜美「イタズラ大成功ー!」
真美「イェーイ!」
いまだ衝撃でプルプルピクピク突っ立っている俺を完全に無視して、俺の頭越しに2人の少女がハイタッチを交わした。
彼女たちの名前は、双海亜美と双海真美。
背中にいるのが妹との亜美で、目の前にいるのが姉の真美だ。
2人は親父の弟…叔父さん夫婦の双子の娘で、俺の従妹で、いまはおばあちゃんの家に暮らしている、
悪戯好きの、笑顔が可愛い女の子だ。
ごめんなさい。
1日最低1書き込みを目指していきます。
本当に済みません。
キャラクターにブレが見受けられるやも知れません。
申し訳御座いません。
P「えぇっと…、今日は2人がお迎えに来てくれたのか?」
亜美「まぁね!」
真美「パピーがお仕事だからちかたないね!」
亜美と真美、2人が並ぶとまるで鏡合わせのように動きがシンクロする。
もっとも、いまは真美が白ワンピースの恰好なので見分けはつきやすいけれど。
P「でも家から随分距離があるだろ? 電話とかで連絡くれてれば、別に俺1人で行けたのに」
亜美「お出迎えがないと、兄ちゃんがさびしがるかなーと思ってさー」
真美「真美たちもはやく兄ちゃんに会いたかったからさー」
本来なら“車で移動しよう”と考えてしまう道程。
この暑い中1時間以上も歩いてくるのは、まだ小さいこの従姉妹たちには大変なことだっただろう。
P「俺も2人に会いたかったよ。ありがとう」
素直にその心遣いに感謝を述べると、双子少し恥ずかしそうにニヘらニヘらと笑った。
P「お礼に自販機でジュースでも買ってあげよう。何が飲みたい?」
亜美「今世紀最後の力水!」
真美「バニラコーラ!」
P「いま売っているもので頼む」
P「くぅー……暑い、重いぃ…!」
歩いてお婆ちゃんの家に向かうには、駅から少し歩いて山に入り、山道を登っていく必要がある。
車であれば迂回すると舗装された道路があるので早いのだが、この際贅沢などは言っていられない。
付き添いであるはずの双子は楽しそうに歌を口ずさみながら悠々と歩いていて、お土産や宿泊の荷物を持っている俺とは大分差がついていた。
P「これが野生のちからか……」
意味が有るんだか無いんだかよくわからない感想を抱きながら、さっき買ってリュックのポケットに入れておいたスポーツドリンクを飲む。
P「ん……ぷひぃ~…」
亜美「兄ちゃん大丈夫~?」
真美「やっぱり真美たちも荷物持とっか?」
先に行っていた双子が俺を待っていてくれて、途中から歩幅を合わせて一緒に歩くかたちになる。
P「いや、この荷物結構重いから、女の子には持たせらんないよ」
痛くなってきたので、肩に食い込む紐の位置を直す。
真美「でも真美たちお迎えに来たんだからさー」
亜美「なーんかお手伝いしときたいとこですなー」
P「気持ちだけ受け取っとくよ」
亜美「兄ちゃんを亜美たちで持てばいんじゃない?」
P「やってみろ」
真美「いっそ荷物棄てちゃうってのは?」
P「なんという暴論だ」
亜美「たったいまー!」
真美「たっだいまー!」
P「お邪魔しまーす」
汗だくになりながら、なんとか辿り着いた祖母の家。
玄関から中に入ると、懐かしく感じるお線香の匂いがしてきた。
祖母「まあまあいらっしゃい。暑い中よく来たね」
P「おばあちゃん、久しぶり」
声を聞きつけて奥から現れた祖母と、握手を交わす。
父さんの母であるおばあちゃんは、年齢60代の半ば。
まだ髪の毛も黒いものが多く、どちらかというとふくよかな体型でシワも目立ちにくい。
健康的な生活によって活力に満ち溢れているのが、繋いだ手から伝わってきた。
P「おばあちゃん元気にしてた? たまにしか電話出来なくてごめんね」
祖母「いいよいいよ、こうして会いに来てくれるんだから。亜美、真美、アンちゃんの荷物部屋に運んであげなさい」
真美「りょうかーい!」
亜美「ラジャー!」
声に従って、双子が置いていた荷物を素早く移動させる。
祖母「さぁさぁ、アンちゃんも中に入って。冷たいお茶でも飲みなさい」
P「うん」
亜美「ねぇ兄ちゃーん」
P「んー?」
真美「宿題手伝ってー」
P「……まだ夏休み初日だぞ」
亜美「だからぁ、イヤなものははじめのウチにケリつけておこっかなーと思ってさー」
真美「せっかく兄ちゃんがいんだから、手伝ってもらわないと損じゃん?」
P「まず自力でやってわかんなくなってから訊きにきなさい」
真美「はい兄ちゃん! わかりません!」
亜美「同じく!」
P「そこに並べ」
亜美「……えぇっと、校庭の横ハバがxで、その半分が55メートルだから…?」
真美「いち気圧では0℃で個体、100℃で気体…」
居間のテーブルで、向かい合うように宿題に取り組む亜美と真美。
本人たちにやる気が乏しいだけで、実際にやってみれば2人とも頭は良い。
学年上位とはいかなくても、少なくとも平均は上回っているはずだ。
俺が手伝えることなんてほとんどなく、2人は黙々と勉強を進めている。
時刻は16時過ぎ。
夏になって陽が沈むのがのびて居るからか、空はまだ青いまま。
亜美「兄ちゃーん」
P「んー?」
亜美「兄ちゃんは宿題やんないのー?」
P「持ってきてるけど、今日のところはやる元気ないなぁ」
真美「はやいうちやっとかないとめんどーだよ」
P「まぁ、そうだな」
祖母「アンちゃん晩ごはんははやい方がいいかい?」
P「あっと、昼飯をちゃんと食べてないんで出来れば」
祖母「はいはい」
言うや、おばあちゃんは夕飯の準備に取りかかる。
久しぶりの祖母の手料理だ。
……( ・`ω・´)キテタ…ダト!?
亜美「たったいまー!」
真美「たっだいまー!」
狙ってる?狙ってるのか??
P「食べた食べたぁ…」
現在18時前。
早めに用意してもらった夕飯をこれでもかと言うくらい食べて膨れたお腹を、居間で大の字になりながらさする。
真美「本当によく食べたね兄ちゃん」
亜美「そのカッコちょーオヤジくさいよー」
性別の差か年齢の差か、はたまた体積の差なのかか、俺よりも大分少ない量の夕飯しか食べなかった双子は、
デザート代わりの冷凍チューペットを2人で割ってガジガジと噛んでいる。
腹をつつくな。
祖母「いやぁ、男の子がいると作り甲斐があるね」
P「あ、片付け手伝うよ」
祖母「大丈夫大丈夫、アンちゃんは休んでなさい」
亜美「そだよー兄ちゃん」
真美「いっしょにあそぼーよ!」
祖母「その前にあんたたちはお風呂沸かしてきなさい」
亜美「ちぇー」
真美「兄ちゃんと遊ぶヒマがないじゃんー」
P「今年はゆっくり出来るはずだから、明日でも明後日でも遊べるよ」
不貞腐れたように唇をとがらせる双子を撫でて労ってあげる。
よほど時間が惜しいのか、双子はそそくさとお風呂場へと移動していった。
P「おばあちゃん、肩揉もうか」
祖母「あらほんとに? ありがとう、お願いするわ」
孝行がしたくて、居間で寛いでいる祖母にマッサージをすることにした。
体格差があり、年齢とともに弱さが出ている肉体を痛めつけないように、慎重に力加減をして按摩していく。
祖母「はぁー気持ちいい…」
P「結構凝ってるね、亜美と真美はしたりしないの?」
祖母「あの子たちはねぇ、普段は色々してくれるんだけど……アンちゃんがくるとワガママちゃんになっちゃうのよねぇ」
俺の所為とな。
祖母「父親が町医者なんてやってるから休みがなかなかとれないでしょ? だから歳が上の、アンちゃんと遊べるのを楽しみにしてるのよ」
P「…そっか」
まだ小学生だもんな。
子ども同士で遊ぶのもいいけど、親に甘えたかったりするのかな。
俺は、義母さんには遠慮しちゃってなかなか甘えられなかったし、親父に対して甘えるなんて発想は無かった。
響も、母親はともかく義父に甘えるのは抵抗があっただろうか。
“親ではない身内”として、互いにシスコンなんだかブラコンなんだかと思うくらいいままで仲がよく在れたのも、そういう共依存性があったからなのだろうか。
だとしたら、俺は、あの双子の『甘え』をちゃんと受け止めてあげないといけない。
傍に居てあげられる間は、寂しさなんて無縁なくらい楽しませてあげよう。
祖母「だからアンちゃん」
P「うん?」
祖母「こっちに居るあいだ、私のことはいいから、あの子たちと遊んであげてちょうだいね」
P「……うん。ありがとうおばあちゃん」
考えることは一緒か。
2人で笑い合っていたら、お風呂場から双子が勢いよく戻ってきた。
真美「――ばぁちゃんばぁちゃーん!」
亜美「お風呂ピッカピカにみがき終わりましたぜーぃ!」
祖母「はいはい、じゃあお湯張るからアンちゃん入りなさい」
P「おばあちゃんからでいいよ?」
祖母「いいのいいの。こういうのは男のひとが先って決まってるのよ」
申し訳ない……でも確かに、昔からおばあちゃんの家では親父や俺が先に入ってたな。
なにか慣習のようなのがあるのだろうか?
P「ふひぃー…」
石釜造りの浴槽に張られた熱めのお湯に半身までつかると、気持ちよさのあまり吐息がもれた。
P「窓の外には夜の山々とお月さま……気持ちいいなぁ」
普段都会で入っているお風呂とは解放感が違う。
家と家とが離れている田舎であるからこそだろうか。
ボケーっと月を眺めていると、脱衣場の方から人の気配がした。
亜美『兄ちゃん兄ちゃーん』
P「おー?」
亜美『湯かげんはドーダイ?』
P「ああ、大丈夫だよ。昔と違って釜焚きじゃないから」
双子が生まれる少し前まで、祖母の家のお風呂は外でお湯を焚き沸かすタイプの、言ってしまえば古いお風呂だった。
でも双子が生まれるのを切欠に、あと祖父母の生活を楽にさせる為に、親父と叔父さんとでこの家に家電革命を起こしたそうな。
だからいま、このお風呂は見た目こそ石釜造りなものの、湯沸かしから保温まで全て電気の力を利用している。
科学ってすげえ。
真美『ねぇ~にぃちゃ~ん?』
P「へいへい?」
亜美『亜美たちもいっしょに入っていーい?』
P「え? 別にいいけど、3人じゃ狭いだろ」
亜美『亜美たちならだいじょーぶだよ!』
真美「おっジャマー!」
もとより尋ねる前から入る気だったのだろう。
話を落ち着けるよりもはやく、ガラガラガラと双子が浴室の戸を開けて入ってきた。
亜美「兄ちゃんのお背中流してさしあげますぜ!」
真美「将来ハゲないよーに頭もキレイキレイしてやりますぜ!」
P「いや、どっちももう洗ったからいいよ」
亜美「……なん、」
真美「だと…!」
掛かり湯だけして入るのは俺の後に入る人に悪いから、先に洗ってしまったのです。
まぁ、そんなことはともかく。
P「亜美、せめて体にタオル巻くくらいしなさい」
戸を開け放った双子のうち、妹の亜美は体になにも纏っていない――つまり全裸だった。
それは、これからお風呂に入ると言うんだからおかしくは無いけれど、この場合は隣にいる真美みたいにタオルを巻いておくべきだ。
亜美「えー、べつに気にしないし」
P「女の子なんだから、もっと恥ずかしがりなさい。なぁ真美」
真美「え? …あー…」
えへへと、照れたように笑う真美。
双子でも、若干真美のほうが“女の子意識”が有るらしい。
どこで差がついた。
P「ふぅ…ほら2人とも、風邪ひいちゃうからはやくおいで」
真美「ほいほ~い」
亜美「よろよろ~」
亜美「あっはは~ん」
真美「うっふふ~ん」
P「………」
せまい。
もとから親子2人で入るくらいが精々の大きさの浴槽に高校生1人と小学生2人はセマい。
あつい。
もとから高めに設定してある湯船の中で胡座をかいていたのだが、両腿の上に双子が座って密着してくるので人肌も合わさりアツい。
あと太腿に感じる感触が超柔らかい。
なんだこれ…!!
P「もう上がっていいですか」
真美「まだ入ったばっかじゃーん」
亜美「だらしないですな江戸っ子はー」
P「我慢ができないゆとり教育の寵児なので」
東京生まれが全員江戸っ子だと思うなよ…!?
亜美「んー、じゃあ亜美たちの頭洗ってくれたら上がってもイーよ」
P「あたま?」
真美「兄ちゃんはもう洗っちゃったみたいだから、だったら真美たちがお願いしよっかなってね」
なるほど…。
つまるところ、ただスキンシップが取りたいだけなのか。
ちょっとでも一緒になにかをしようと、考えてくれている。
なんと言うか、子供とはいえ女の子にここまで好かれているのは素直に嬉しい反面、なぜか照れくさい。
P「――わかった。じゃあ交代で順番ずつな」
笑顔で頷いてあげると、2人は両手を上げて喜びを表現する。
……だから亜美は恥ずかしがって。
P「まず洗う方から出てもらっていいかな」
真美「じゃあ最初は真美からでいい?」
亜美「おっけー」
双子が順番を決め合うと、左側に座っていた真美が狭い浴槽の中に立ち上がる。
鼻先三寸と言ったところに小さなお尻があるが、真美はタオルを巻いているので安心して上がるのを待つ。
真美「よっこい…せっと!」
P「ブゥゥ――!!」
亜美「うわっ! 兄ちゃんキタナっ!!」
油断していた時に不意打ちを喰らい、普段出ないような声が漏れた。
…えぇと、俺は肩がちょっと出るくらいまで湯船に浸かっていて、目の前には真美の臀部があった。
まず真美が左足を上げて、浴槽のフチを跨ぐように出した。
そして今度は床についた左足を軸に右足を上げて浴槽から出した。
右足を上げた。
俺の方向に向けて。
タオルは臀部を隠すので精一杯の丈しか無かったにも関わらず。
P「………」
真美「兄ちゃーん、どったのー?」
亜美「返事がない、ただのアカバネのようだ」
それを言うなら屍だ。
……入ってくる時には亜美が居たから両方見ないように意識していたから……本当に不意打ちだった……。
真美「ヘイヘイ兄ちゃんカモーン」
P「ああ、はい。よいしょっ…と」
ペタンと床に座り込んだ真美が催促してくるので、俺も亜美を横に退かせて立ち上がる。
ちなみに、2人が脱衣場に現れた時点で腰にはタオルを巻いてある。
そのまま湯船に浸かってたのはマナー違反だけど……致し方無かったんだ。
亜美「む~。2人ともタオル巻いてるから亜美だけバカみたいじゃーん!」
P「女の子としてはそんなもんだと思うぞ」
羞恥心的な意味で。
亜美「ジーサン…!!」
悔しそうに顔を歪める亜美。
じいさんてなんだ?
……ああ、『ジーザズ』って言いたかったのかな。口悪っ!
P「さて、洗うか」
真美「じゃあじゃあ兄ちゃん、あぐらかいてあぐら!」
P「うん?」
言われたとおりに胡座をかく。何事。
真美「えっへへー、そりゃっ!」
胡座かいて一段高くなった左腿に頭をのせて、枕にされた。
これは…。
P「子供の髪を洗ってあげる体勢じゃないか」
真美「いーじゃんいーじゃん、フツーに洗ってもらうより楽しーからさぁー」
亜美「次亜美にもやってよね!」
…これは甘えたい、のか?
P「じゃあ洗うぞー」
真美「はーい」
カコカコとシャンプーを手のひらに出して、ネチョネチョと両手を揉むようにして泡立てる。
ある程度に泡ができたところで、仰向けになったまま瞼を瞑っている真美の髪へと手を向ける。
ワッシャワッシャ、ワッシャワッシャ。
真美「ふやぁぁぁ…気持ちいいぃ~」
P「どこかかゆいところはございませんか」
真美「んっと、だいじょうぶ」
満足そうに口元を弛ませている真美の顔を眺めながら、少し頭を持ち上げたりなどして後頭部も洗っていく。
指の腹を使い、あくまでも“揉むように”を心がけて。
P「……それにしても、本当にのびたよなぁ髪」
一年間は会っていなかったのだから、のびていること事態はなにも不思議ではないのだけど。
P「いままでずっと同じ髪型だったのに」
真美「んっふっふ~、今日のイタズラのためにのばしておいたんだよ~」
亜美「ちゃんと兄ちゃんが引っかかってくれたから大満足だよ~」
くそう。
名も知らぬ美少女にまんまと釣り上げられてしまった事実が悔しい。
…ありのまま美希に話したら怒られそうだ…。
真美「兄ちゃんも驚かせられたことだし、はやく切って元にもどさなきゃだねー」
P「え、なんで?」
真美「え? だってイタズラはかんりょーしたし、やっぱ亜美とオソロのほうがいいもん」
髪は女の命と言うのに何だそのイタズラに対する前傾姿勢は。ちょっと尊敬するわ。
P「似合ってて可愛いのにもったいないな…」
真美「うひゃぃ!?」
おろせば肩よりも下にいく髪を、洗いながら梳くように撫でる。
昼間は確かに騙されたけど、あの美少女が真美とわかったところで真美が可愛くないという結論には至らないわけだから、つまり。
P「この髪は真美に似合ってるから、無理に揃えようとしないでこのままにしてみたらいいんじゃないかな」
真美「あ……う、うん……あぅあぅ…」
上から顔を覗き込むと目を開いていた真美と視線がかち合った。
何でか赤面している真美は目に見えて狼狽えたえるとソッポを向いてしまった。
なんだどうした。
P「はい、じゃあ次は亜美の番な」
亜美「うーぃ…」
取り敢えず真美は洗い終わったので、双子交代。
真美が一気に無口になったのと同じく、亜美も何故だか膨れっ面で口数が少なくなっている。
P「あ。亜美待った」
亜美「…?」
亜美が浴槽から立ち上がる前に、脱衣場から亜美用のタオルを取ってきて渡す。
P「出るならコレ巻いてな」
亜美「えぇ~? いままでつけてなかったんだからいーじゃん?」
受け取り、やや面倒臭そうに体に巻きつける。
P「亜美は女の子で、俺は男の子だからさ」
亜美「兄妹みたいなモンじゃーん! 男の子とか女の子とか意識する兄ちゃんがヘンなんだよー!」
真美「兄ちゃんのエッチー」
P「…えっ、俺が非難されるの?」
ワッシャワッシャ、ワッシャワッシャ。
P「バズー…バラバズー…バラワッシャ…オオワッシャ…」
亜美「兄ちゃーん」
P「応? どうした、目に泡飛んじゃったか?」
亜美「そうじゃなくて…あのさ、」
P「ああ」
亜美「亜美も髪のばそっかなって」
P「髪って…真美みたいにか?」
亜美「う、うん」
言われ、湯につかりこちらを見ている真美と目が合う。
真美も少し驚いてる様子だ。
P「どうした急に」
亜美「べつに……ただ亜美もちょっとイメチェンしてみよっかなって思ってさぁ…」
なにか含むところがある言い方。
先ほどの膨れっ面に関係があるとみて、亜美の頭皮をマッサージしながら前後の記憶を回想する。
………。
……?
もしかして、俺が真美に“可愛い”って言ったからかな?
P「なあ亜美」
亜美「ん?」
P「俺は、いまの亜美の髪型も可愛くて好きだよ」
亜美「あふん!?」
突然の言葉に驚いた亜美がギョッと瞼を開ける。
そこにタイミング悪く泡を流すためのお湯がフォールアウト。
亜美「ギャー!」
P「あ、ごめん亜美」
亜美「うぅ…ひどいよ兄ちゃん…」
P「ごめん」
なんとか流し終わり、双子揃って湯船に戻したあと俺だけ洗い場に座り2人と向き合う。
泡は入らなかったとは言え、仰向けでぬるま湯を顔面に直撃させた亜美は目元をクシクシと擦っている。
あまりやると眼球が傷つくから気をつけないと。
P「それで……あのな、俺は2人の髪型は両方好きだって言ったよな」
真美「うん」
P「真美の髪型はなんていうか、女の子らしくて可愛いよ。いままで子供だと思ってた真美が、ちょっと大人びて見えた」
真美「兄ちゃんそれ褒めてないっしょ」
そんなばかな。
亜美「…じゃあ亜美は子供っぽいままなんじゃん。亜美だけ大人っぽくないってことでしょ?」
P「まあ、そうなる」
亜美「じゃあやっぱり亜美も髪のばしたいよー」
そうは言うけどな。
P「俺は、亜美の髪型が昔のままなことが嬉しいよ」
亜美「……どゆこと?」
P「単純な話、変わらない亜美を見てると安心するんだ」
真美「えっ! 真美だと不安になるの!?」
P「それは違うかな。真美の場合は、『子供だと思ってた従妹が成長してて嬉しい』って感じだ」
真美「…そっか」
P「亜美の場合は、『昔から知ってるままの従妹でいてくれて嬉しい』、かな」
亜美「それが安心なの?」
P「1年も会ってないと、女の子はすぐに成長しちゃって俺なんかからは離れて行っちゃうだろうからさ。年上としてそれは嬉しいことなんだけど、俺は小心者だから『変わってない』ってことについ喜んじゃうんだ」
亜美「――そんなわけっ…!」
真美「ないじゃん!」
急に、浴槽から身を乗り出すように顔を近付けてきた2人。
びっくらこいた。
亜美「亜美たちが兄ちゃんから離れるとかありえないっしょー!?」
真美「そーだよ! むしろ真美たちは兄ちゃんが遠くに行っちゃわないかって――あ…」
亜美「…おぉ…」
文字通りの波濤の如き勢いで迫っていた2人が急停止する。
勢い余って言うつもりのない心情を吐露してしまったらしい。
P「ありがとう」
顔を真っ赤にして硬直している2人の頭を撫でてあげて、肩をおしゆっくりと湯船につからせる。
P「…まぁ、あれさ。俺にとっては髪型は個性だから、“双子だから”って理由をつけてまで一緒にする必要はないと思うんだ」
亜美「……ホント?」
真美「真美たち、同じにしなくて変じゃない?」
P「うん? だって、双子って言っても亜美は亜美だし真美は真美じゃないか」
同じようだったとしても、同じではないから。
P「俺は短い髪の亜美が好きだよ。でも、例えのばしても俺は長い髪の亜美が好きだよ」
亜美「うぁ…」
P「それに長い髪の真美が好きさ。長いのに飽きて短く切ったとしても、短い髪の真美が好きだよ」
真美「うぁうぁ…」
変に、説教くさくなってしまったかも知れない。
俺はただ、この一言が言いたかっただけなのに。
P「俺は亜美と真美が“双子だから”好きなんじゃなくて、双子なのか“亜美と真美だから”好きなんだよ。叔父さんもオバさんもおばあちゃんも、おじいちゃんだってそうな筈だ」
もう一度2人の頭を撫でる。
いまの会話の何かが琴線に触れたのか、感極まった2人がお風呂飛び出してきて、抱き留めた俺は後頭部を強く打ちつけたてしまった。
P「痛ぃ…」
お風呂から上がって。
今はおばあちゃんが入っている時間帯に、あてがわれた客間…と言うか空き部屋で氷嚢を頭に載せていた。
浴室で打った頭はタンコブが出来るほどではなかったけれど、中々に痛かった。首にも少しダメージがきたし。
亜美「ごめんねぇ、兄ちゃん」
真美「ちょっとやりすぎたよ…」
俺の居る、もう既に敷かれていた布団の上にのらないようにして、双子が並び座っている。
P「2人が怪我しなくて良かったよ」
悪気はないのだから、俺が怒る理由も2人が反省する必要もない。
子供ってそう言うものだ。
P「あっ…と、そういえば忘れてた」
真美「なにが?」
P「ほい、亜美真美ぴーっす」
急に携帯電話のカメラを向けられて、一瞬戸惑うものの、2人は持ち前のノリの良さで即座にポーズをとる。
お互いに肩を回して、空いた手で顔の横に不等号のようなピースサイン。
それを遠慮なく撮影させてもらって、すぐにそのデータを『添付』させ、ちょこッと文章を書いて送信。
亜美「兄ちゃんどったの?」
P「いや、響に1日1メールするって約束してたから」
正確に言えば、メールを催促したのは美希だけど。
亜美「ああ、兄ちゃんの亜美たちと『妹の座』を争うライバルですな」
真美「1日1メール…ソクバクされてますなぁ」
響はイモウトで2人はイトコだから争うも何もないんだけどなぁ。
あと束縛…みたいなことを要求しているのは響じゃなくて美希なんだけどな。
美希のこと説明すると絶対色々根掘り葉掘り訊かれるから言わないけど。
P「……お、返信がきた」
件名『ハニーはロリコン?』。
まてこら。
亜美「ねー兄ちゃん」
真美「こっちむいて?」
妖精か俺は。
P「2人ともそろそろ寝る時間じゃないのか?」
只今の時刻は22時。
俺が小学生だったときはもう寝てる時間帯だ。
最近の子供はどうなのかわからないけれど、田舎だし、夜更かしする事も無いだろう。
亜美「だからさー兄ちゃーん」
真美「真美たちといっしょに寝よー?」
P「一緒に……確か2人って2段ベッドで寝てたよな?」
亜美「うん」
真美「気分で上下かえますな」
P「狭すぎるから無理だよ」
亜美「亜美たちがこのフトンで寝ればよくない?」
……美希とメールでやり取りをしている合間に一度双子が部屋に戻ったと思ったら、枕を持参していた。
P「いや、やっぱり狭いから無理だよ」
真美「だいじょ~びだいじょ~び、真美たちスリムなデルモ体型だから~」
デルモ体型かっこわらい。
P「……せめてもう一枚敷いて並べて寝ような」
亜美&真美「はーいっ」
P「………」
ぎゅうぎゅう。
真美「………」
ギュウギュウ。
亜美「………」
牛牛。
P「もーもー」
亜美「どうした兄ちゃん」
真美「数えるのはヒツジだよ」
いや知ってるよ?
牛が3つで「犇(ひし)めく」って読むよね。
P「お2人さん…近くない?」
近いというかほぼ密着状態だけど。
2つ並べた敷き布団の真ん中、連結部に横になった俺の両腕に、双子が抱きつくように密着してきていた。
掛け布団は2枚が半分ずつ俺に掛かっている状態。
正直重い。
亜美「こうしないといっしょに寝てる意味ないっしょー」
そんなものなのか。
真美「兄ちゃん兄ちゃん」
P「うん?」
真美「手ひらいて」
言われるがまま、真美が抱きついている方の手をパーにする。
すると真美の手が腕を辿るように下りてきて、2人の手が噛み合うように重なり合った。
真美「…えへへ…」
なにが照れることだったのか、豆電球の灯りの下でもわかるくらいに真美が頬を紅潮させて布団に顔を埋めた。
亜美「あー、亜美もやって兄ちゃーん」
真美の様子から察したのか、亜美も同じように手を絡ませてくる。
子供とはいえ、両手に、華。
絡ませている分、俺の半袖のパジャマから露出している腕は、2人の体から伝わる熱をたった布1枚隔てただけでほぼダイレクトに受け続けている。
暑い。
熱い。
柔らかい。
翌朝。
何時の間にか双子に掛け布団を両方とも引っ剥がされていたから仕方無く丸まる様にして気持ちよく眠っていたら、
突如のし掛かって来た謎の存在に叩き起こされた。
亜美「兄ちゃん朝だよ起きよーよ!」
P「……いま何時…?」
亜美「えっと、5時くらい」
なん…だと…!?
P「なんでこんな朝早くに…」
亜美「今日は兄ちゃんといっしょに学校いこーって話しになって」
P「学校…?」
そう言えば、いままで遊びに来ていた時も双子は朝早く出て学校に向かっていたような。
夏休みの恒例イベント「ラジオ体操」に行ってるらしいけど。
亜美「学校まで1時間くらいだから、これくらいの時間に起きるんだよー」
P「そうだったのか…」
去年までは陽が昇るまで寝かせてもらってたから、いつも朝は双子が居ない状態だったので知らなかった。
亜美「ねぇねぇ、よかばいよかばい?」
何故方言。地域違うし。
P「わかった、いいよ」
2人の通っている学校には興味があるし、もしかしたら友達や同級生から普段の2人の話しなんかが聴けるかも知れない。
そんなことを考えたりしつつ、俺は亜美を上から退かして起き上がった。
P「おはよー」
祖母「あらアンちゃん、おはよう」
真美「おはよー兄ちゃん、もう出来るよー」
顔を洗おうとして洗面台に向かう途中、台所の前を通ったのでそこに居るおばあちゃんと真美に朝の挨拶をした。
P「真美も手伝ってるのか」
真美「そだよ」
祖母「今年に入ってからかしらねぇ、この子、急に料理がつくりたいだなんて言い出して」
お鍋の中をお玉で混ぜながら、おばあちゃんが笑っている。
真美「いや、ほらっ! ちょっとくらいばーちゃんのお手伝いしよっかなーと思って!」
照れているのか、若干うろたえておられる。
その素振りが可愛く思えた俺はつい、そんな真美の頭を撫でてしまう。
P「…そう言えば真美だけなのか。亜美は手伝ったりとかは?」
真美「お皿を出したりするの手伝ってくれるよ」
…ふむ、姿外見が全く同じ双子であっても、生活での優先順位や行動力などには僅かな差違が見られるんだな。
P「もう空は明るいんだなぁ…」
亜美「夏だからね」
真美「じゃなきゃばーちゃんも、真美たちがこんなにはやく家出るの許してくんないからね」
P「まあそうだろうな」
亜美と真美、2人に両の手を牽かれるようにして学校への道を往く。
駅の方角とは真反対の山道。けれど比べて距離は短く、少し山道を登っただけですぐに海が見えた。
山の上から見下ろせるのは、大きな海と小さな港町。
いや、実際には平均的な規模の町だと思うけれど、遠近法でそう感じる。
P「絶景だな…」
腰掛けバッグからデジカメを取り出して、一枚だけ撮影する。親父の私物を借りた物で型が大分古いのだけど、景色は綺麗に写すことが出来た。
亜美「兄ちゃーん、はやくはやくー!」
真美「せっせか歩かないと間に合わないよー!」
双子は既に山を下りはじめている。
2人にとってこの景色は“あたりまえ”なんだろう。
子供が育つにはいい環境だなと思った。
所々申し訳程度に舗装された山道を下りて、たどり着いた港町をさらに奥、海辺の方へと進んで行く。
P「まだ歩くんだな」
真美「学校は海のそばにあるからもうすこしだけね」
P「へぇ…」
亜美「グランドの外がすぐ浜だから、サッカーでホームラン打つと池ポチャしちゃうからサーブが相手コートになっちゃうんだよー」
P「おまえはなにをいっているんだ」
いや、云わんとしてる事は解るけども。
亜美「…あっ、吉川のじっちゃんオハヨー!」
真美「高木さん家のじーちゃんもハヨー!」
町を通過している最中、2人は通り過ぎる家々の、丁度外に顔を出していた人たち、散歩中の人たちに朝の挨拶をしていた。
通学路だけあって顔見知りばかりなのか、皆が皆2人に笑顔で返事をする。
…手を繋いでいる俺のことは何やら訝しむように見ているけど。
P「みんな仲良しなんだな」
真美「ご近所づきあいってやつですな」
亜美「みんなやさしくて好きなんだー」
ご近所付き合い……まぁ、確かに近所は近所…なのかな?
P「そういえばあの海って、前にみんなで行ったことあるよな?」
亜美「そだね」
P「前は叔父さんの車で、外から山を迂回するようにしてたけど、もしかして歩いた方が早いのか?」
真美「コッチの道は車通れないから、歩いたほうが一直線なぶんはやいね」
亜美「だから亜美たち、海に行きたいときは2人で歩いてくよ」
真美「でもばーちゃんたちはあの道歩くのしんどいみたいだから、みんなで行くときは車がいいよね」
P「そっか……でも『徒歩』の圏内に海があるのは楽しいな」
真美「ラジオ体操のあとで海入ろーね!」
亜美「水着はもってきてるし!」
ガバッと、亜美が手に持っていた水泳袋から俺の海パンを取り出して見せた。
P「いつの間に俺のカバンから水着を抜き取ったんだ…」
亜美「寝ているスキですぜダンナ」
油断もなにもあったものじゃないな…。
やる気ないならもうやめろよ
たまに更新しても1、2レス
真面目に更新してる奴らがバカみたいだな
書いてる奴擁護すんのはキメェと思うけど、>>352の言ってることは的外れすぎるだろ
別に金払って読んでるもんでもねぇのに書くことへの「義務」とか「責任」とか押し付けんな
>>1が好きでかいてる[田島「チ○コ破裂するっ!」]を好きで見に来てるんだから「もっとシコシコしろよ!他のヤツらはテクノブレイクするくらいシコってんだぞ!」って比較されてもなぁ、スジ違いだろ
このスレの[田島「チ○コ破裂するっ!」]が気に入らなけりゃそもそも見るのやめろよと
亜美&真美「とうちゃーく!」
町の中を歩いて、大分海の近くまでやって来た。
その学校は早朝にも関わらず門扉が開放されていて、校舎の向こう側に在るであろう校庭から人気を感じられる。
P「小中混ざった学校なのか」
門扉横に設けてあった学校の看板を見て、この学校の特性を知る。
亜美「んーと、敷地がいっしょで、なかに『小学校校舎』と『中学校校舎』があるよ」
真美「目の前にあるのが小学校校舎だよ」
校庭や体育館、プールなんかは時に合同だったりローテーションだったり等して、言うなれば“シェア”をすることで無駄を無くそうとしているらしい。
がんばってるな経費削減。
真美「ほらほらぁ! はやくいかないとチコクなっちゃうよ!」
亜美「チコクだとスタンプ押してもらえないから最後の日にお菓子もらえないよ!」
P「そんなちゃっちぃご褒美につられているだと…!?」
どんだけ無垢なのこの子たち。
俺なんかは「駄菓子かよ! カントリーマァムくらいくれよ!」とかバカ言ってたクソガキだったんだけど。
亜美「――さっちゃーん! おはよー!」
校庭に歩いていくともう何人も、クラス2つ分くらいの人数の子供たちが集まっていて、ラジオ体操が始まるまでのあいだ雑談等を行っている。
亜美は友達であろう女の子を見つけると俺から手を放して、軽い足取りで女の子のもとまで走っていった。
P「友達?」
真美「いっこ上のセンパイ。とってもいー子でからかうと楽しいよ!」
年上をからかうなよ…。
……今更か。
『足を肩幅に開いて前屈運動ー』
大人も子供も、分け隔てなく集まってラジオ体操に興じている。
一応余所者だから、俺は端っこの方で全体に合わせるように軽めに。
早朝とはいえ既に初夏の熱気を感じはじめていて、体操が終わった頃にはみんなじんわりと汗をかいていた。
スタンプを捺してもらった2人が、笑顔で駆けよってくる。
亜美「スタンプおしてもらったー!」
真美「まだまだ道のりは遠いですなぁ」
P「夜にヘソだして寝て風邪ひいたりでもしなければ、2人なら楽勝だろ」
亜美「おへそは出すものっしょ」
真美「最近のギャルならヘソ出しなんてフツーフツー」
P「家で寝るときにヘソ出しルックって誰に見せてるんだよ」
真美「んー、兄ちゃん?」
P「のーせんきゅー」
亜美「ヘソ出しといえばさっちゃんだよね」
真美「あ! そーだ、これから泳ぎにいくの、さっちゃんも誘おうよ!」
亜美「ワォ! ナイスアイディアだよ真美!」
P「お、おい、友達だからって相手の都合も考えてな…」
亜美「さっちゃん発けーん!」
真美「確保するぞ亜美隊員!」
ラジャー! と、元気よく走り出していく双子。
その視線の先には、澄ました表情で帰路に着こうとしている先程の女の子の姿。
急に亜美に進路を塞がれ、ビクりと驚いた……いや、あれは怯えているな。
早足で横を通り抜けようとしたところを、今度は真美に邪魔される。
困り果てている女の子…さっちゃんを囲むように、2人はカバディカバディと言いながらグルグルと包囲を狭めていく。
鮫かアイツら。
P「コラ。ひとを困らせるなって言ってるだろ」
亜美「あんっ」
真美「やんっ」
2人の襟を引っ張って女の子から離す。
不安げな表情で成りゆきを見ていた女の子は自分の身の安全が確保されたことを知り、笑みを浮かべながら悠然と立ち上がった。
なるほど、ポジティブさが持ち味らしい。確かにからかいたくもなるか。
真美「ちょっと遊ぼーとしただけだよー」
亜美「ちなみにいまのカバディ最長記録だったんだよー」
イタズラっ子たちの肺活量なんて興味無いわい。
P「用件が有るなら手短に。この子にも用事が有るかも知れないだろ?」
亜美「あー……んっと、さっちゃんて今日これからマーヒー?」
真美「真美たち海に行こーと思ってるんだけど、さっちゃんもこない?」
改めて、面と向かってお誘いをする。
さっちゃんは少し驚いた風だったけれど、大して考えた素振りもなく、キッパリと答えた。
――今日はこれから夏休みの宿題を片付けますので――。
双子があからさまにイヤそうな表情をした。
これから遊ぶと言うときに、あまり意識したくないことだったらしい。
真美「そっかそっか、じゃあまたね!」
亜美「今度宿題写させてよね!」
P「まてコラ」
さっちゃんと別れて。
いまは水着に着替えられる場所に連れて行ってもらっている。
どうやら学校の、プールの更衣室をそのまま使わせてもらうらしい。
P「学年違うのに宿題写させてってどういう事だ」
亜美「あ、あれはほらっ、シャコージレーってヤツだよ兄ちゃん!」
不正行為の約束を挨拶のように取り交わすとかイヤ過ぎるんですが。
真美「まー、今回は兄ちゃんがいるから楽勝だねー」
P「手伝わせる気か」
真美「困ってたら助けてくれるっしょ?」
……それは、まあ。
可愛い従妹のお願いですし?
亜美「あっ。じゃあ兄ちゃんはこっちね」
P「ん? 応、了解」
いつの間にか到着していた。
真美「じゃあ真美たちは隣だからあとでねー」
そう言って、隣接する女児更衣室に向かっていく。
P「………」
2人が更衣室に入っていくのを見届けてから、自分も男児更衣室に入る。
P「…風呂は一緒で着替えは別ってなんなんだろうな」
一緒に着替えたかったわけでは無いけれど、
思春期の少女の線引きがいまいちよくわからないなと思った。
P「準備できたかー?」
海パンに着替えてから、移動時を考慮して上にティーシャツを着ておいた。
更衣室の外から双子に声をかけると、ノリノリな様子で飛び出してくる。
亜美「バッチシだよ!」
真美「いざゆかん、大海原へ!」
双子は水着に着替えたのだろうが、首から下をすっぽりとタオルで隠してまるでミノムシのような恰好だった。
P「歩くとき危ないぞ?」
亜美「だいじょびだいじょび~」
真美「“ゆとり”があるから手くらいなら出せるよ」
そう言って、タオルの下から両手を隆起させてみせる。
例えるならオバQのよう。
P「まあ大丈夫かな……じゃあ、行くか」
全員の荷物をひとまとめにして担ぎ、2人に案内されるまま海への道を歩く。
学校の裏から、まるで隠し路のように狭い路地が続いている。学校の授業等で海に向かう際に、よく利用するものらしい。
そんなに歩くことなく砂浜に辿り着き、快晴の空と穏やかな海が視界いっぱいに入ってくる。
呼吸して感じる潮風が、足の裏から伝わる砂浜の熱が、海に来たんだということをハッキリと教えてくれる。
もう叫ばずにはいられない。
P「――海だーっ!!」
亜美「あみだーっ!!」
真美「まみだーっ!!」
P「さてと」
背負っていたリュックサックを置いて、中からレジャーシートを取り出して敷く。
一緒に持ってきた、小型のパラソルも突き立てて、陣取りは完了。
…とは言っても、まだ早いからか人気は無い。ちょっとした貸し切り気分。
P「準備体操するぞー」
亜美「いぇー!」
真美「おー!」
陣地作りを傍観していた双子は、息を合わせてタオルを脱ぎ捨てる。
プロレスラーの入場が如く。
P「……スク水?」
亜美と真美が身に纏いタオルの下に隠していた水着は、砂浜とは微妙にミスマッチな紺色のスクール水着だった。
因みに新しい方の。
真美「んっふっふー。普段から着なれている水着をえらぶのは、事故を起こさないための基本なのだよ」
亜美「市民プールとかいくときはフツーの水着着るけどねぃ」
P「なるほど…」
てっきり、と言うか。この2人なら、オシャレのために華やかな水着を見せてくれるのでは、と、期待していた自分がいた。
まあ、スクール水着を着た2人にも、相応に子供らしい可愛さがあるので良しと思うことにする。
それにしても、胸元にゼッケンまで付いて本当にお子様みたいな……。
P「……うん?」
亜美「どったの?」
P「いや…2人とも、ゼッケンに【1-1】って書いてあるけど」
亜美「あーこれ?」
真美「うちの学校ってクラス少ないからさー、双子でもおんなじクラスになりやすいんだよー」
P「いや、そうじゃなくて……それ、小学1年の時の水着ってことか?」
まさか。
そんな筈はないと、頭では理解しながらも。
亜美「なーに言ってんのさ兄ちゃん」
目の前の現実を、受け止めきれなくて曲解しようとしてしまう。
真美「真美たち“チューガクセー”なんだから、チューイチの水着に決まってるっしょー?」
P「あ、そう……チューガク……中学、チューガクセー……あ、ああ! 中学生か! なるほど!!」
そうか!
ずっと小学生の高学年だとおもっていた、目の前の双子は、今年の4月で中学生になっていたのか!
P「あははは、てっきり俺は2人がまだ小学生かと――」
―――。
亜美「…兄ちゃん?」
真美「真美たちを小学生だとおおもいでしたか?」
P「あ、はは、ははは……」
中学生?
誰が? 2人が?
いやそんな。
そんなバナナ。
だって、2人が中学生ってことは、
俺は中学生と一緒に風呂に入ったと言うのか。
小学生、なら、まだいい。まだ子供だ。保護者気分だ。
けど、中学生は、ダメだろう。
それは、もう、犯罪だろう。
ましてや、俺、昨日、風呂で、真美の、真美の……
P「いっそ殺せ!!」
真美「どゆこと!?」
亜美「亜美たちみたいなれでぃーを子供あつかいしたからって、死刑はオモすぎじゃない!?」
くそう、くそう!
改めて思い出して意識してるんじゃない俺!!
2人は従妹だ。妹みたいなものだ。家族なんだから裸くらい平気だ。
取り敢えず今日からお風呂と同衾は避けて、なるべく何時も通り接しつつも男女の差異を教えていけば――
亜美「ねー兄ちゃん、どうしちゃったのさぁー」
むにん。
真美「はやく海いこーよー」
ふにん。
両腕に、双子が水着姿の体を密着させるように抱きついてきた。
P「うわあぁぁ――!!」
ダメだ。冷静になればなるほど意識してしまう。
こんなんじゃダメだ。
そうだ、「中学生」と意識するからダメなんだ。
小学生よりは多少大人びていても、中学生も同じ子供に過ぎないのだから。
…こども。
そう、子供だ。
俺の周りにいる子供に当てはめればいいんだ。
昨日のことがあるから、ちょっとばかりこの従妹ズを意識してしまっているけれど、
本来俺は子供に欲情なんてしないはずだ。…はずだ。
おっきいの好きだしな!
そうすると、俺の周りの子供と言えば……
『響』
……まぁ、義妹だしセーフで。
『伊織』
おお、そうだいおりんがいた。あのオデコは見てて撫でたくなる、愛でたくなる。
よし、いおりんオーケー。この気持ちに疚しさはない!
『やよい』
――なんだ、天使か――。
P「ふぅ、お待たせ2人とも」
亜美「あ。正気にもどった」
真美「いったいゼンタイ、兄ちゃんてばどーしちゃったのさ」
P「ちょっと2人が中学生であることに驚いただけだよ」
真美「ちょっとって…」
亜美「この間じつに10分である」
P「あはははは、2人とも可愛いなあ!」
そうだ。
やよいの1っこ下だと考えれば、なんて言うことはない。
裸がなんだ。風呂がなんだ。
かわいいかわいい従妹じゃないか。
…ありがとうやよい。やよいのお陰でお兄ちゃんは人道を踏み外さずに済みました。
聖天使やよい様として心に信仰しておこう。
それから。
心を清められた俺は、双子と一緒に浜を走ったり、海をブイまで競泳したりして遊んで過ごした。
段々と人気が溢れてきて、お昼を少し過ぎたくらいに、例の…そう、さっちゃんと言う子が水着姿で現れた。
午前中に猛スピードで宿題を済ませて、亜美や真美と遊ぶ為に駆けつけてくれたらしいかった。
宿題があまりにも簡単すぎてヒマが出来てしまったので仕方なく来てあげました…と、ドヤ顔で告げてきたけれど、擦れ違うように俺たち3人が昼食のために家に帰ることを伝えると、ションボリと落ち込んでいた。
また明日遊ぶ約束をして、バイバイ。
昼食を食べ終わって、食休みをしたら3人揃って宿題の続きに取り掛かる。
従妹2人の宿題は教えてあげられるけれど、俺の方はそうはいかないので、中々進まない。
気分転換に宿題をしている双子をケータイで撮って、美希に送っておいた。
直後に返信。
美希『帰ったら宿題移させてね』
そもそも学校が違う。
P『帰るまでに終わらせてないと夏祭りいっしょに行けないな』
発破をかけておいた。
海で遊んだりご近所の畑を手伝ったりと、毎日の様に日中を外で過ごした俺の肌はこんがりと小麦色に焼けていて。
一緒に遊んでいた亜美と真美もまた、健康的に日焼けしていた。
そんな風に一週間ほど過ごして、もうすぐ帰らなくちゃいけないのかと、浜辺を独り歩きながら考えていたら。
P「あれ?」
貴音「おや?」
人気の薄れた浜辺の端っこで、思いもよらない人物と出会った。
貴音「…驚きました。よもや、父の実家に帰りあの街を離れてなお、貴方様とお会いできるとは」
実家。
……ああ、そう言えば親父同士が“幼馴染み”だと言うのだから、
互いが実家に帰ればこうやって出会うのは必然と言える。
まぁ、日取りと時間と場所を打ち合わせず出会ったというのは、それだけで奇跡と呼べる低い確率だと思うけれど。
P「俺も、まさかこんなところで貴音と会えるなんて思ってもなかったよ」
貴音「こう云うことを、合縁奇縁というのでしょうか」
……年上に向かって砕けた物言いをするのは未だに慣れない。
でも貴音本人の希望だからなんとかしよう。
貴音「貴方様も、帰省中なのですか?」
P「あぁ、うん。親父が仕事で来られないって言うから、俺1人だけで」
俺は水着にパーカーを羽織った姿。貴音はドレスのように装飾の付いたワンピースに、同じデザインの帽子を冠っている。
木陰に入って近況報告程度の他愛もない話をしていると、後ろから騒がしい声が近付いてきた。
亜美「――ひどいよ兄ちゃん! 亜美たちを埋めてホーチプレイするなんて!」
真美「あやうく干からびてカッパになるところだったじゃん!」
P「いや、さっちゃん達がそばに居たから平気だと思って」
干からびて河童になるとは新境地。
亜美「それにしても…! って、あり?」
貴音「どうも、初めまして」
やいのやいのと騒いでいた双子が、視界に貴音を捉えるや大人しくなる。
真美「はっ、はじめまして!」
P「えっと、この2人は親父の弟さんの娘で、つまり俺の従妹なんだ」
貴音「なんと、そうでしたか。…あまり、似てはいないのですね」
P「親父と叔父さんがそもそもあまり似てないからなぁ…。完全に父方フェイスと母方フェイスで分かれてる」
亜美「…ちょっと、ちょっと兄ちゃん…!」
P「うん?」
亜美「亜美たちに紹介しないで話しをすすめないでよ…!」
真美「こんなゴイスーなチャンネーと兄ちゃんが知り合いだとか聴いてないよ…!」
あれ? 貴音のことは話して無かったっけ?
P「あぁ、えっと…」
亜美「――御紹介に与りました、双海亜美と!」
真美「双海真美! 不肖な兄ちゃんの従妹やらせていただいてまっす!」
“不肖ながら”でなくて俺を不肖と言い放ちおったぞこのベイビー共。
貴音「これはこれは…」
2人の自己紹介が面白かったのか、笑顔を湛えて深々とお辞儀を返す貴音。
貴音「私は、四条貴音と申します。そちらの御方の妹君と同じ学び舎に通って居りまして、妹君は私にとって、掛け替えの無い友人となっています」
P「貴音のお父さんはウチの親父…2人からしたら伯父さんと幼馴染みでさ、そう云う縁があって俺とも友達になってる」
補足するように、貴音の言葉に俺の言葉を繋げる
……許嫁云々はもう、確実に香ばしい薫りが漂いまくっている地雷原なので絶対に口に出さない。
亜美「…まさか兄ちゃんがこんな美人な女の人と知り合いだったとわ……」
真美「モーテンだったね、亜美」
P「そんなに驚かれることか」
亜美「だってスゴいじゃん! お姫さまみたいだよこの人!」
真美「でも全然お金持ちそうなツンケンした雰囲気がないよ! お姫ちゃんだよこの人!」
貴音「私とて、お2人と生き方を同じくする只の一介の人間に過ぎません。どうかそう畏まらずに……」
亜美「…どうする?」
真美「…どうしよ?」
P「本人が言ってるんだ。ちゃんと相手のことを考えて、それに失礼がなければ大丈夫だよ」
2人はその程度の考えは常に頭に置いて行動している。
だからこそ、悪戯を繰り返していてもつい許してしまう。
時と場所とタイミングを選ぶ、天性の直感と呼べるものを持っているようだ。
亜美「わかった! じゃあ『お姫ちん』で!」
P「まてコラ」
貴音「素敵なあだ名、有り難く頂戴致しましょう」
P「えっ!?」
真美「わーい! じゃあね、真美たちのことも『亜美』と『真美』でいいよ!」
貴音「わかりました。亜美、真美、改めて宜しくお願いします」
亜美「いやいやこちらこそですな真美さんや」
真美「こんな美人な友達ができるなんてガンプラですな亜美さんや」
P「ガンプラ…?」
…………ああ、眼福か。
――そうして貴音と亜美、真美の3人は、瞬く間に仲良しになってしまったのだった。
人生って不思議だな。
P「ごちそうさまでした」
亜美「ごちそーさまでしたー!」
真美「ごちそーさまでしたー!」
貴音「ご馳走様でした」
夕飯を食べ終わったことを、笑顔で唱和して祖母に伝える。
祖母「はい、お粗末様でした」
それに祖母も笑顔で返し、立ち上がって食器等を片付け始める。
亜美と真美もそれを手伝い、台所に消えてしまう。
P「………」
貴音「………」
残され、食後のお茶を啜る2人。
P「えっと、」
貴音「は、はい」
P「…なにか話したいことがあった…のかな」
貴音「それは……」
昼での邂逅を経て、雑談と少しの浜遊びを終えた後、家に帰るため、途中まで送って別れようとしたのだけれど。
別れの際、離れようとする俺の袖を、貴音の指がつまんでいた。
振り解けば簡単に振り解ける程度の拘束だったが、そんなことが出来ようはずも無く。
実家に連絡だけ入れるように話しをして、ウチに連れてきた次第。
夕飯を終えて、時刻は18時と30分弱。
話しを聴く時間は、充分にあった。
貴音「プロデューサー」
P「はい?」
貴音「プロデューサーは、“アイドル”がお好きですか?」
P「……えぇっと…?」
アイドル。アイドル?
そりゃあ、男の子ですし、好きですよ。立場的に、『ウチのアイドルたち』も、そりゃあ好きです。
…でも、なんだろう。貴音の言うニュアンスは、“そういう意味”ではないような。
貴音「申し訳有りません。言葉を急ぎすぎました」
自らの言葉の不明瞭さを自覚してか、首を振って訂正する。
貴音「例えば、の話になりますが」
P「うん」
貴音「私が…その、布地が少なく、肌を多分に露出するような服飾を身に纏い、大勢の人々の前で舞い、踊り、歌うようなことをしたとして……プロデューサーは、どう思われるのでしょう」
P「…貴音が…」
華やかに舞い、煌びやかに踊り、弾けるように歌う。
要は、『アイドル』っぽいことをしたとすると、と言うことか。
P「超観たい」
一拍考えてから、全力で肯定して頷く。
貴音「ま、真ですか…?」
P「え? だって“貴音がアイドルになったら”って話だろ? それはもう是が非でも観たいし聴きたいし応援したいよ」
こんなに美人で、それでいて可愛い女の子のアイドル。そしてそのステージ。
それこそ男であれば、観たくないわけがない。
貴音が765校の生徒だったら、是非プロデュースしたいところだったのだけれど……。
P「…そう言う話をするっていうのは、もしかして貴音、アイドルデビューするのか?」
貴音「いえ、単なる例え話です。どうか額面通りに受け取らないでください」
そうなのか…。
例えだったとしても、結構現実味のある話だと思うんだけどな…。
幾ら御令嬢とはいっても、これだけの素養をもった人材を見逃すのは、俺なら出来ない。
世の中のスカウトマン見る目無いな。
貴音「…私が、」
P「…?」
貴音「どのような姿になったとしても、プロデューサー…貴方様は、私を変わらず見てくださいますか?」
P「……なにを言ってるんだ」
貴音の、真剣な想いを込めた瞳に、真摯な眼差しを返す。
P「大切な、大事な友達なんだ。俺の貴音を見る目が変わったりなんか……少なくともマイナスの意味では有り得ないよ。信じてくれ」
暫くの間、視線と視線が交差しあっていたかと思うと、貴音が深々と頭を下げてきた。
貴音「有り難う御座います、貴方様。その言葉をいただけて、私の中の迷いは雲散霧消と消え去りました」
P「そっか。なら良かった。…でも、頭下げるのはやめようか。お願いですから」
話も終わり帰ろうとする貴音を、家まで送ろうと申し出たのだけれど、
貴音「いえ、既に連絡は済ませておりますので」
と告げられ、玄関先にやって来た送迎車までの見送りとなった。
貴音「――では、私はこれで。不躾な訪問、大変失礼致しました」
祖母「いいのいいのそんなの。四条ちゃんのところの娘さんが遊びに来てくれたんだもの、こっちもろくなお持てなしが出来なくてごめんなさいね」
亜美「お姫ちんお姫ちん! また遊びに来てね!」
真美「真美たちはもぅ友達だかんね!」
貴音「勿論です。次の機会には是非、二人を私の家に招待致します」
最後に、別れの挨拶を済ませた貴音と、視線が合う。
P「じゃあ」
貴音「はい、また」
短く済ませると、貴音は黒光りする高級車に乗り込み、車は音も静かに走り去って行ってしまった。
P「……大丈夫かな」
話したことでだいぶスッキリしたようだったけれど、
それでもあんなに思い詰めていたのだから、また何時そうなってしまうのか、不安に駆られる。
背負いこむ前に、打ち明けられる人が、若しくはそれに察することの出来る人が傍に居られれば良いのだけど。
真美「ねぇねぇ兄ちゃん?」
P「…ん? どうした?」
亜美「“許嫁”ってなんのことかなぁ?」
P「……!!」
殺気!
P「2人とも…聴いてたのか!?」
亜美「ちょーっとだけね?」
真美「で? 兄ちゃんどういうことなのさ、真美たちというものがありながら!」
……ああ、説明が面倒くさい……。
貴音「………」
使用人の運転する車の後部座席。
寛げる為に、充分な広さを設けられている車内に於いて、
然し四条貴音は脚も閉じ、両手を膝の上に載せて、無駄なく小さく座っている。
貴音「少し遅くなってしまいましたね…」
手提げのバッグから取り出した携帯電話の液晶に表示された現在時刻を見て、誰にともなく呟く。
待ち受け画面に表示されている、“とある青年”の――幼少時代に隠し撮られた写真データを見て、微笑む。
使用人「御夕飯はどう致しましょう」
貴音の呟きが聞こえていたのか、運転していた使用人が尋ねてきた。
貴音「いつも通り、いただきます」
普段の生活から、生徒会長の職責等で帰りの遅くなることが多い貴音は、家に帰れば夕食が午後8時になってしまう事など“ざら”であり、
このまま車に揺られていれば、父の実家に帰り着くのも同じくらいだろう。
たったいまプロデューサーの元で夕飯をご馳走になったばかりだが、健啖家の貴音はそれくらいは問題無く摂取する。
表情には出さないものの、『プロデューサーと一緒の卓』と云う事実は、貴音を存外緊張させていた。確かに美味しかったはずの食事が、いまは献立を覚えていない程に。
貴音「…あまり、食べた気がしませんでしたね…」
緊張の余り。
食事の用意をしてくれたプロデューサーの祖母に申し訳が無いと思いながらも、だがやはり、プロデューサーの食事風景を間近で見られたことの嬉しさが勝り、頬が弛む。
タイミングよく携帯電話の液晶が光を消して、真っ暗な画面に、鏡のように映った自らの顔。
羞恥心に駆られた貴音は、中断していた操作を慌てて再開させる。
――アルバム帳を開き、ある人物のアドレスを表示。
メールで伝える内容では無いので、通話ボタンを押した。
貴音「………」
2つの呼び出し音のあと、『相手』の声が返って来る。
貴音「夜分に失礼します。四条貴音です」
向こうも携帯電話なので解りきっているだろうが、貴音は普段通り、礼儀を以て名乗る。
『相手』も普段通り…“軽く、作ったような明るい口調”で返してきた。
貴音「先日のお話しの件で……はい、そのことなのですが…」
電話が来た時点で察していたのだろう。『相手』はテンポよく話しを進めていく。
貴音「――お引き受けすることに致しました」
この貴音の言葉によって、『相手』の目論見は良い方進む。
きっと電話の向こうでは満面の笑みを浮かべているだろう。声が震えている。
貴音「…はい。はい……ええ、承知しております」
そうしてもう二、三言会話をした後、貴音は静かに通話を切った。
目を瞑り、今し方の通話内容を頭の中で反芻させて、整理する。
貴音「……見ていてください。貴方様……」
瞼を開いた先にある待ち受けに向けて、呟きが零れた。
P「明日には家に帰るのか……」
あれから2日が過ぎ、遂に10日間の帰省が終わらんとする、最後の夜。
最後の日くらいはと、叔父さん夫妻も時間を空けて帰ってきて、ささやかながら宴会のように夕餉を楽しんだ。
仕事の疲れもあってか、叔父さんはすぐ酔いつぶれてしまい、奥さんが部屋まで引きずっていった。
お祖母ちゃんも後片付けをしたら早々に寝室に入ってしまい、
俺は1人で布団に寝転がっている。
楽しい時間だった。
今までも仲が良かったつもりだったけれど、従妹の双子とは更に仲良くなれた気がした。
もう遊ぶことは無いかも知れない、名前も覚えきれないくらいの大勢の子供たちと遊んだりした。
猛暑を越える炎天下の中、山で海で畑で川でと、アウトドアな遊びをエンジョイし過ぎていたせいで、この短期間に皮が2回も剥けたりした。
いまはヒリヒリとして痛い。
P「……さっちゃんの名前くらい、ちゃんと訊いておくんだったな……」
結局、地元の子供の中で一番遊んだのが彼女だった気がする。
大勢で遊んでいるときも、一緒に組んだりすることが多かったせいだ。
田舎の子にしては…と言うと、この土地に対して失礼になってしまうけど、
すごく“おしゃま”な、見栄えも可愛らしい女の子だったので、たぶんすごくモテてるだろう。
実際、男の子たちからの敵視が酷かった。
P「…ああいう子が、将来アイドルになったりして大成したりするんだろうな…」
天性のカリスマか。
……天性のイジられ体質の方が正しいか。
亜美「…ねぇ真美。兄ちゃんがまた別のナオンの話しをしてやすぜ」
真美「うん亜美。…こんなにプリチーな従妹を2人も独占しておいて、ひどい話だよね」
襖の隙間から部屋を覗き観ていた双子がなんか言ってる。
P「……まぁさっちゃんにはアドレス教えてもらってるし、メル友になって教えてもらおーっと」
亜美「…!」
真美「メっ、メル友…!?」
まぁ、嘘ですけど。
亜美「――兄ちゃん!」
勢いよく襖が開かれた。
真美「さっちゃんに手を出したらゆるさないかんね!!」
枕元に仁王立ちしてきた。
どうでもいいけどパンツが見える。
P「ほう、どうゆるさないと言うのかね」
亜美「兄ちゃんが寝てる間にゲッチュした、ケータイに入ってる女の人のアドレス全部に、」
真美「真美たちの裸の写メを送りつけっかんね」
P「お前ら鬼か…!!?」
手口が子供の発想じゃない。
それは確実に俺を[ピーーー]手だ。
小鳥さんとかのだって在るんだぞ!!
P「…ただの冗談だよ。一応、折角仲良くなったんだからと思ってさっちゃんにはアドレス訊いたんだけど、」
パシャ。
襟首を引いて胸を撮るな。
P「さっちゃんのケータイ、直前に“誰かさん”が水ぶっかけてくれたせいで水没しててさ。涙目になってたぞ」
亜美「………」
真美「………」
P「謝っておきなさい」
亜美「うん…」
真美「さっちゃん、なにも言ってなかったよ…」
互いに暇を、なんというか持て余していたので、折角だからと、布団の上に座らせて3人で向かい合う。
P「亜美、真美。今年も本当に有り難う御座いました」
亜美「わ、わわわ、やめてよ兄ちゃーん!」
真美「真美たちが寂しくなっちゃうじゃん!」
P「いやでも本当に、今年の夏は2人のお陰で楽しく過ごせたよ」
いままでの実家での夏休みの過ごし方といったら、海には車で行く程度の、あとは山や畑でバタバタと遊んでは戻ってダラダラするという、大変自堕落なものだった。
2人の相手も、家に居る時にしか満足にしてあげていなかったし、他の友達を伴って遊ぶだなんて、想像もしていなかった。
P「友達が増えた。2人のことをもっと知れた。それだけで、この夏休みは有意義なものになって胸を張って言えるよ」
亜美「兄ちゃん…」
真美「……もっと遊んでいけばいいのに…」
P「そこはまあ、俺は俺でやることが有ってさ…」
部活動をするにあたって、8月は目一杯行動したい。だから、こうしてのんびりと遊べるのは7月までだ。
亜美「……もっと遊びにきてよ」
P「そうだな…次は、余裕があれば冬休みになるか」
真美「絶対だかんね!?」
P「うぅ…約束は出来ない…」
冬なんて、何がどうなっているのか見当もつかない。
――そして、夜が明けて。
目が覚めたらもう、亜美と真美はラジオ体操に出掛けていた。
顔を洗って、朝食を食べたあと、
少しだけ、ほんの少しだけのんびりと過ごしてから、お昼になる前にお祖母ちゃんの家を後にした。
2人はまだ、帰ってきていなかった。
P「…すこし薄情だったかな…」
ガタンゴトンと、来たときと同じように鈍行に揺られての帰り途。
でも、2人を待っていて帰るのが遅れてしまうのは本末転倒というか。だから仕方無く、お祖母ちゃんに伝言だけ頼んで出立してしまった。
P「嫌われるかなぁ……それはイヤだなぁ……」
響たちの待つ家に帰ることに不満は無いけれど、あの双子の気持ちを考えるとつい陰鬱としてしまう。
P「………」
もうどうしようもないこと。
そう割り切って、俺は眠る事にした。
我が家に帰り着くまでは長い。
きっと夕方頃だろう。
そうすればもう今日は行動出来ることは何も無いので、明日からの忙しさに備えて、今は。
重い荷物を持って歩き続けること暫く。
最寄り駅から我が家まで、ようやくと言った距離まで辿り着いた。
夏休みで、響は家に居るだろうか。
「今日帰る」としか伝えていないから、もしかしてまだ友達と遊んでいるかも知れない。
今日は母さん居たかなぁ、母さんも響も居なかったら、俺が夕飯の準備した方がいいかな。
……なんて考え事をしている内に玄関に到着。
P「まあその時はその時だわさ」
ガチャンと鍵を開けて中に入る。
P「ただいまー」
リビングに人の気配。誰かは居るようだ。
…ドタドタドタ…!
何だろう。2階から複数の足音が駆けて来るような。
P「おーい、響ー? どうかしたのかー?」
響『――あっ、にぃに!?』
…うん? 響の声がリビングからしたぞ?
じゃあいま2階から下りて来てるのは――
亜美「――やっほー兄ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!」
真美「おじゃましてるよぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」
お揃いの黄色いパーカーに半ズボンを穿いた、双子。
P「なにゆえ!!?」
手すりに腰を掛けて、勢い良く滑り降りてきた黄色い砲弾を受け止めたせいで、もんどり打って倒れてしまう。
奇襲が成功したから、俺に馬乗りになって喜んでいる亜美と真美。
幻覚ではないようだ。
…でも、なんで、ここに?
P「――ゲホッ、ゴホッ」
真美「兄ちゃん大丈夫?」
P「突撃してきた側の言う事じゃないよな…?」
双子を退かして、ダメージを負った体を何とか立たせはするも、胸部と腹部の痛みのせいで咳き込んでしまう。
P「それで……なんで2人が居るんだ?」
至極単純な、単刀直入な質問。
現実としていまココに居るのは確かとしても、俺より先に出ていたとは思えない2人が、俺よりも先に家に居ることが信じられない。
俺が乗っていた電車は“鈍行しかない”田舎路線だったんだ。後から出発して、追い越せるわけがない。
「――それにつきましては、私の方から御説明致しましょう」
声。
リビングの戸を開け、廊下に出てきたのは。
P「貴音…!?」
貴音「お邪魔しております」
どういうこっちゃねん。
響「にぃにー!」
そして貴音を追うように現れたマイシスター。
P「響、ただいま」
響「あ、おかえり…」
何だかすっごく「これから文句を言わせていただきますわよお兄様」と云う雰囲気を醸し出していたので、挨拶をすることで牽制しておく。
帰った早々に説教されるのは辛い。
P「じゃあみんな、リビングに集まろうか」
父さんは仕事で帰っておらず、
母さんも昼から出掛けたきりだという我が家。
夕方のリビングに、
俺と、響と、貴音と、亜美と真美がテーブルを囲って向かい合っていた。
P「貴音、どうもありがとう」
貴音「は、はい…?」
P「あれだろ、亜美と真美が、ウチまで連れて行ってくれるように貴音に頼んだんだろう?」
車で高速道路を利用したのなら、俺よりも早く着けるのは当然と言える。
貴音「いえ、私も丁度こちらに戻るところでしたので」
P「それでも、ありがとう。ほら、2人も改めてお礼言っておきなさい」
真美「えへへ、あんがとね、お姫ちん!」
亜美「愛してる!」
貴音「ふふ…こちらこそ、お礼をせねばならぬ立場ですから…」
響「お礼? 貴音、なんかしてもらったの?」
亜美「えっとね、お姫ちんが欲しがってた写し…」
貴音「亜美?」
亜美「……ナンデモゴザイマセン」
なんなんだいったい。
――要するに。
今日の朝。
双海亜美と双海真美の2名は、学校のラジオ体操に向かったと見せかけて、その実は友達へしばらく出掛けることの挨拶に行っていたらしい。
そしてその足で、いつの間にか入手していた四条家の実家の住所へ向かい、貴音とコンタクトをとり計画を伝えた。
狙ったわけでは無いそうだが、2人が家に帰ったのは俺が出発して10分ほどした後だったらしい。
帰るや否やお祖母ちゃんに夏休みの計画を打診して、短い問答の末に了承を貰う。
慌てて準備をするとすぐ貴音の家の車がやって来て、2人はそれに乗り込み、発車。
車は順調に目的地を目指し、俺が帰る1時間前には着いていたとのこと。
貴音が訪ねてきたと喜び暢気に玄関を開けてしまった響は、
その隙を突いたほぼ初対面の双子姉妹の侵入を許してしまい、更にいい様にからかわれ遊ばれて、大変だったのだと言う。
P「なんというか……ごめんな」
響「まったくだぞー」
頬を膨らませてプリプリと怒っている。かわいい。
P「2人はいいのか? コッチに遊びにきてたら、ラジオ体操受けられないぞ?」
亜美「兄ちゃん、青春の1ページはお菓子なんかと同じにできないんだよ」
真美「たまにはイイじゃん?」
P「いや、2人がいいならそれでいいんだけど。…お祖母ちゃんは?」
真美「パピーが夏休みに入るから、代わりに帰ってくるよん」
亜美「夏休みのあいだ、診療所は他のお医者さんに任せるんだって」
P「なるほど」
8月中を他の医者と分けて、交互に夏休みをとるのか。
響「なぁ、亜美と真美はウチに泊まるのか?」
P「そう言えば、部屋が無いな」
亜美と真美をそれぞれ俺と響の部屋で寝かせるのが精一杯だ。客間なんてものはないからな……。
貴音「それでしたら、私にお任せ下さい」
トンと、その豊かな胸を張るように叩いて、貴音が笑った。
貴音「亜美と真美は、夏休みの間私の家でお預かりいたしましょう。客人として持て成し、不自由はさせないよう努めます。勿論、帰りの際は我が家の者が家までお送りします」
P「え……いやでも、ウチの話に“四条さん”の家を巻き込むのは…」
この場合の“四条さん”は、特に四条パパのことを指す。
貴音「父ならば、既に使用人に命じて客室を整えさせています」
パパノリノリだった。
貴音「父はプロデューサーのお祖母様には、学生の時分にお世話になったとよく話しておりました。今回、この様な機会で以てその御恩が返せるならと、大変喜んでいます」
うぅん…。
そうまで言われたら俺が何か言ってゴネることになってしまうのは申し訳無い…。
でも顔もちゃんと見たこともない人に頼りっきりというのも……。
真美「兄ちゃーん…」
亜美「真美たちいい子にするからさぁ…」
貴音「どうか、遠慮なさらずに。私からしても2人は友人、是非、我が家に招待させて下さい」
P「………」
………。
P「……そうまで、言って貰えるのなら、御厚意に甘えさせてもらおうかな」
実際、当人で在る亜美と真美がノリ気で、
さらに貴音側が提案を良しとしているのなら、俺がどうこうと言う立場では無い。
P「2人を、宜しくお願いします」
亜美&真美「よろしくおねがいしまーす!」
貴音「こちらこそ、宜しくお願い致します」
響「…お茶を淹れてる間に話が終わってたぞ…」
双子の処遇(?)が決まった瞬間。
長期戦になるだろうと見越していた響が、湯呑みを5つ持ってキッチンから出てきたところだった。
貴音と双子が帰って。
すれ違うように帰宅した義母さんと響と3人で夕飯を食べて、俺は自分の部屋に引きこもった。
やっぱり、旅行から帰ったら先ず自分の部屋でのんびりしたくなる。
響にはお土産は渡して、田舎の感想はまた明日以降に話そう。
そうな風に考えながら部屋に入ると、
P「……なん、だと…?」
部屋が荒らされていた。
田舎へ行く前には確かに整理整頓して出た筈が、物が散乱してかなり汚くなってしまっている。
なんだ? 強盗でも入ったのか?
…いや、家にそんな様子は無かった。窓から侵入して俺の部屋だけ被害に…と云う線も無い。
俺の部屋の窓は隣の家の美希の部屋の窓と隣接していて、小さな隙間から陽光が射し込むのがやっとだからだ。
美希の家から侵入してきたのなら別だが、そもそも窓が施錠された状態で且つ無傷なのだからそれも有り得ない。
P「………」
荷物を床に置いて、冷静に状況を判断する。
2階。俺の部屋。家捜し。侵入者。悪戯。
P「……いたずら?」
脳裏に過ぎる、双子の笑顔。
そういえば、俺が帰って来た時、あの2人はどこにいた?
ドタバタと、上の階から、俺目掛けて……。
P「………」
改めて、部屋の現状に目をやる。
荒れている。まるで“何かを探すかのよう”に。
Piriririri…Piriririri…。
亜美『――やっほー兄ちゃん。どったのー?』
数度のコールの後、繋がった電波の向こう側から亜美の声が聴こえてくる。
更に亜美の後ろからは騒がしい声も聴こえてくるので、真美も近くに居るのだろう。
普段の双子ならもうお風呂に入って寝る支度を始めていてもいい時間だが、
流石に夏休み、しかも友人宅に外泊ともなるとテンションが上がり調子で抑えがきかないらしい。
それは、兎も角。
P「亜美」
亜美『んー?』
P「返せ」
亜美『……おぉぅ…はやいね兄ちゃん』
P「よりにもよって、ピンポイントで俺の大事なモノ2つを2つとも持って行かれたからな」
親父から譲って貰った日高舞の1st写真集と2nd写真集をな!
亜美『ちょ、ちょっと借りただけだから…』
P「なら一言ことわりを入れてくれ。帰ったら部屋を漁られて宝物が強奪されてたとか気分が悪いから」
亜美『……ごめん……』
P「…まぁ、汚さないで丁寧に扱って、尚且つ早急に返してくれればいいよ」
亜美『わかった。じゃあ明日か明後日にでももってくね』
P「応」
ふぅ…俺の宝物はなんとか無事にかえってきてくれるみたいだ。えがったえがった。
貴音『……真美、殿方というものは皆が皆、こうも肌を露出した姿を好むのでしょうか』
真美『んー、じっさい売れてるんだからそうなんだよ。たぶん』
貴音『ふむ…』
P「ちょっと待って亜美やめて今すぐそれ読むのやめろやめて今すぐッ!!」
俺の心が無事に済みそうにないから!
貴音『面妖な…』
P「眠い…」
今日は早く休むつもりだったのに。
亜美&真美に荒らされた部屋を片付けていたら、何時の間にか0時に差し掛かろうとしている現実。これが悲劇か。
P「ご丁寧にベッドの下のモノまで引っ掻き出しておきながら、どうしてアダルトな本には目もくれずにタンスの最上段の引き出しの底にジップロックで封をして隠していたお宝を見つけられるんだ……」
アダルトな本の守備範囲が広過ぎたからか?
そもそも女子中学生って、男の“こういう側面”を気持ち悪がるものじゃないのか?
P「……寝るか」
考えていても埒があかない。
過ぎた事だ。あの双子を俺の部屋への出入りを禁ずる事で許してあげよう。
怒ってなんかないよ。
P「…さよなら文月、こんちわ葉月…」
眠さのあまりわけのわからないことを口走ると、やがて視界は暗く――。
「………」
ギシギシ。
「………」
ギシギシ。
我が家が。ご近所が。全てが寝静まった、耳鳴りがするほどの静寂が支配する深夜。
廊下が小さく軋む音がした。
規則的に、最小限の音で済むように注意を払っているのがよく解る、慎重な足運び。
それは夜中の来訪者だった。
来訪者は丁寧にも玄関口から侵入し、自らの靴を回収すると真っ直ぐにプロデューサーの部屋を目指して来ていた。
来訪者は部屋の前に着くと、ノックもせずに戸を開ける。
窓の外から満足に光源を取り込めない筈の、ただただ暗闇であるはずの空間を危なげなく歩いて、ベッドの上に横たわっているプロデューサーを眼下に見据える。
普段であれば此れ程の、手をのばせば届く程の距離まで人が近付けば、プロデューサーは反応する。
だがプロデューサーは気付かない。
日中の移動と夕方の騒動と夜の掃除によってバカみたいに高いプロデューサーのタフネスは確実に削り取られていて、今は完全な休眠状態に陥っていたから。
それを知ってか知らずか、来訪者はほくそ笑む。
ギシリ。
今度はベッドを軋ませる来訪者。
肌着と下着の上下にタオルケットを掛けただけの無防備な姿を晒しているプロデューサーに馬乗りになるようにしゃがんで、その口を、耳元に近付けて、そっと呟く。
「おかえりなさい、ハニー」
プロデューサーは飛び起きた。
美希「ほんのおちゃっぴいなの」
P「おちゃっぴいで不法侵入されてたまるか」
美希「不法侵入じゃないよ! ちゃんとハニーのお義母さんから『なにか有った時のために』って渡された鍵を使って入ってきたよ!」
P「それは俺の寝込みを襲う理由にはならないよな?」
美希「いまは反省してるの…」
疲れている上に寝起きな為、大変表情が険しくなっている俺を見て、
タオルケットで簀巻きにされている美希がしょぼくれる。
と言うか、そんな鍵の存在全く知らなかった。
そりゃ、幾ら窓に鍵を掛けても侵入して来るわけだと改めて納得――否、諦観する。
P「明日の朝来ればよかっただけじゃないか」
美希「久し振りにお姉ちゃんと会ってお買い物して帰ってきたら、部屋の向こうからハニーの気配がしたの。迷惑かなって、窓越しにハニーの寝顔を見るだけでガマンしてたんだけど…」
P「ガマンならなかったと」
美希「ヤバいと思ったけどハニー欲を抑え切れなかったの」
ハニー欲ってなんだ。
黄色いクマさんが定期的に蜂蜜を欲しがるアレか。
P「……まぁ、そのなんだ」
美希「の?」
P「ただいま、美希」
美希「――おかえりなさいっ!」
簀巻き状態で唯一出ている頭を撫でると、満面の笑みが返ってくる。
家族以外に、こうまでして会いたがってくれる人間がいるのは実に幸せなことだと改めて思う。
その後は、もう本当に眠気が全身にまとわり付いて四肢が満足に動かせない程にまでなっていたので、美希には御退場願った。
美希「帰りは窓からでいいよね」
P「危ないからやめなさいと言ってるはずですけど」
美希「答えは訊いてないっ」
キリッ!
P「…だいたい、美希の部屋の窓は開いてるのか?」
美希「ハニーが何時でも来れるように、美希の窓はほとんど鍵開けっぱだよ?」
危ないな。
P「例えばウチに強盗が入ったとする。その強盗が窓を伝って美希の部屋にまで押しかけてきたらどうする」
美希「そんなこと、絶対じゃないけど有り得ないって思うよ?」
P「可能性がある限り不安は尽きないんだ。頼むから、美希は美希で鍵を掛けてください」
美希「ぶー」
P「約束な」
美希「…はぁーい」
よしよし。
人間なんだから掛け忘れることもあるだろうけど、取り敢えずは施錠状態を前提にしておければそれでいい。
【8月の1】
進学校だからと言うわけではないけれど、765高校には夏休みに二度、『登校日』というものが設けられている。
8月1日の木曜日。
今日はその内の一つ、学級登校日。
P「夏休みなのに制服に着替えるってやっぱり違和感あるよなぁ」
小学校時代も中学校時代も、休みと呼べるものは全て遊び通してきたが故に、この制度は馴染みが薄い。
真「最近は無い学校が多いらしいね」
P「なんでうちには有るのかな」
春香「でも、夏休みの宿題の進捗状況とか聴いて回って、…あぁ、やっぱりみんなまだそんなものなんだなぁ…ってなれるのは良いことだと思いますよ!」
千早「春香? あなた、『8月までには宿題終わらせとくね!』って豪語していなかったかしら」
春香「えっ!? う、うん、モチロン!」
千早「毎日メールしてて、私が宿題はどう? って訊くと、いつも『バッチリバッチリ!』って返答してきたわよね?」
春香「う…うん…」
千早「春香」
春香「………」
千早「……何が出来てないの?」
春香「あいきゃんのっとすぴぃくいんぐりっしゅ」
千早「…また帰りにウチに寄って行きなさい」
春香「ありがとう千早ちゃんっ!」
真「あはは、春香は期待を裏切らないなぁ」
雪歩「ま、真ちゃん、それはあんまりだよ」
P「そうだ真。お前だって実は宿題終わらせてないんじゃないか?」
真「へへっ! こーみえてボクはもう終わらせてるもんねーっだ」
…なん…だと…!?
P「まことか!?」
真「まことだよ!!」
…なんということだ…。
P「真が真でなくなってしまった…!!」
真「プロデューサーの中でボクってどんな風に観られてるのかな…」
雪歩「あ、あのっ、真ちゃんは私と一緒に何度かお勉強会をしてて、その間に済ませたんですぅ…!!」
お勉強会とな?
P「雪歩は下級生だから、結局真は1人で宿題をした事になるぞ?」
勿論そうするのが当然だと思うけど、それだと“お勉強会が成果を出した”という言葉と符合しないような…。
真「――それがさぁ! 雪歩ってばボクが解らないで困ってる問題をスラスラっと分かり易く教えてくれて、宿題が思った以上にはかどっちゃったんだよ!」
雪歩「そ、そんなことないよ…真ちゃんの実力だよ…」
P「………」
そう言えば、雪歩って新入生代表だったよな。
代表は成績以外の要素も踏まえて選ばれると聞いたけど、
やっぱり相応に頭良い人が選ばれるってことか。
2年の問題なんてヘでもないのだろう。
P「流石ですお嬢」
雪歩「プロデューサー!?」
真「そう言えば、961女学院にもそういうイベントがあるんだよね?」
P「ああ、今日も響が駆り出されてるな」
――961女学院には、『上級生が下級生の勉強を見て学力の向上と維持を図る』と言う名目で、月に2度の勉強会が行われる制度が有る。
勉強を教える上級生は毎回学校側が4人を選定。
対して勉強を見てもらう参加者は定員30人の予約制。
選ばれた上級生の中には必ず“生徒会役員”が含まれており、
下級生にとって雲の上の存在にも近い「生徒会のお姉様」と親密になれるのならばと、
毎回予約の倍率は3倍4倍にまでなるらしい。
普段は放課後から行っているらしいが、夏休み等の連休に当たってしまった日は昼から夕方までやる。
下級生はお姉様と触れ合える時間が増えて嬉しいかも知れないが、
場合によっては受験や進路で悩んでいる上級生には酷な制度とも言える。
まあ、上級生には見返りとして校内評価…内申が上がったり、961附属大学への推薦(確定)や、望めば希望の職種への就職の口利きまで行ってくれると言うのだから、
「やらない手はない」と考えるかもだが。
P「…大事な青春時代を、将来への打算で浪費するのも考えものだと思うけどなぁ…」
千早「それで、プロデューサー」
P「うん?」
夏の日射しがまだ強いお昼時。
『学級登校日』に行うことなど内容なんて少し長いホームルーム程度なので、
俺たちはそのまま、部活動に向かう生徒たちに倣って、部室に籠もり駄弁っていた。
その際クーラーを嫌う千早のために空調は送風の状態にしていたのだが、
伽藍とした教室とはいえ、5人もの生徒が会話を続けていては発汗等により増した空気中の水分量や熱量は空調の循環機能を上回ってしまっていた。
いま千早が窓を開放してくれたことで、風に運ばれた涼しい外気が教室に流れ込んできて、
逆に飽和していた熱気と水分…水蒸気は外へと流れ出していく。
千早「夏休み中の、部の活動方針について尋ねたいのですが」
風によりわずかに乱れた髪を直しながら、千早が問う。
P「ああ、いまから話すよ」
会っていきなり説明では機械的過ぎてつまらないだろうと思い、先ずは近況報告を…と考えたのだが、思った以上に話し過ぎていたみたいだ。
P「――さて『765プロダクション』の皆様! 8月の部活動として、私プロデューサーが参加を企画するイベントを発表させていただきます!」
大仰に教壇へと立ち、元気いっぱいに声を張り上げながら全員の顔を見る。
チョークを使い、デカデカと書き上げたその名前は――
P「――町内夏祭りの、櫓舞台だぁっ!!」
ある程度の報告を終えた。
夏祭りは、毎年町内で8月の末頃に行われている伝統の物。
祭り自体は16時頃から始まるが、櫓の周りを踊って歌い始めるのは18時を過ぎてから。
その2時間の空白では櫓の舞台ががら空きで、毎年町が手配したイベントが行われたり、聞いたことが有るようで無いようでいてやっぱり無い歌手が歌を唄ったりしてお祭りを盛り上げるのに一役買っている。
そして今年はその舞台に『765プロダクション』を出させてもらえる様、打診をするということ。
真「夏祭りかぁ…」
春香「この間のキャンペーンの時も成功してますし、きっと今回もオーケーしてくれますよ、プロデューサー!」
報告が終わり、いまは下校途中の帰り道。時刻は13時を回ったところ。
千早「今回は、新しい曲は用意するんですか?」
P「いや。毎月毎月新曲を頼んでばかりって言うのも頼り過ぎだし、夏祭りまでは練習する機会も少ないから今回はキャンペーンの時と同じ構成で行こうと思ってるよ」
今日が8月1日で、祭りは30日。間には20日の全校登校日が有るだけで、
全員で精力的に集まれる機会が極端に少ない。
特に春香。通学に2時間も掛けているから単純に大変で有るのと、移動にかかる交通費が嵩み過ぎてしまう。
普段は定期券で通学しているようだが、8月はこうして登校が少ないから定期は購入していない。
会えば会うだけ、春香の負担が増してしまう。
真「そーなるとさぁ……夏休みって結構遊べそうだよね?」
P「うん? …まあ、個人で練習をしておいてもらえるなら、特に指示しておく事はないな」
真「じゃあさ! 8月はみんなで色々遊びに行ったりしようよ!」
春香「遊びにって、例えば?」
真「そうだなぁ……山とか!」
千早「山…キャンプ、ということかしら?」
真「日帰りのサイクリングでもいいよ」
P「殺す気か」
こちとらママチャリじゃい。
春香「やっぱり夏と言ったら海じゃないかな」
雪歩「海かぁ…」
P「でも、8月入っちゃうとどこも海は込んじゃうんじゃないか? 俺は7月の間に遊び倒したけど」
千早「田舎に帰っていたんですよね?」
P「すごく海が近いところでさ。海だけじゃなくて田舎の子供たちと外で遊びまくってたらこんなに焼けたよ」
雪歩「ぶ、部室で会った時、校長先生が制服着てるのかとおもいましたぁ…」
真「ホント、プロデューサーが松崎しげるになっちゃったのかと思った」
春香「焦げてる」
P「そんなに黒くないわい」
雑談しながら歩いていたら、何時の間にやら分岐路に。
千早と春香、それに雪歩はここで別れなくちゃいけない。
真「夏休み、どうしよっか。」
P「別に、無理してみんなで遊ぶことも無いんじゃないか?」
みんなもそれぞれ事情が有ろうに。
真「ふーん? じゃあプロデューサーは、ボクたちが泳ぎに行くーって言っても、ボクたちの水着姿なんか観たくないんだー?」
なにそれ超観てぇ。
スクール水着じゃなくて個人が選んだ水着超観てぇ。
P「超観てぇ!!」
声に出てた。
千早「プロデューサー、声が大きすぎます」
P「あ、ごめん」
雪歩「はうぅ…!」
春香「落ち着いて雪歩。プロデューサーは思ったことをつい口走っちゃうタイプだから!」
私は単細胞。
真「…えーっと…」
言い出した真本人が困っている。
なんだよ! 素直な気持ちで本当の気持ちを口にしただけなのに!
真「……水着、観たいの?」
P「ま、まぁ、そりゃあ……ね?」
千早「いえ、同意をもとめられても」
さすがちーちゃん、いつでも冷静ね。
でもこの場は助けて欲しかった…!
P「……あ! そうだ!」
雰囲気を変えようと、努めて明るい声を出してみる。
P「水瀬を誘わないか?」
真「水瀬を?」
そう。今日は家で用事が有るからと、珍しく早く帰った我が親友。
P「水瀬に頼めば、きっとプールとかなら空いてる場所を用意してくれそうな気がしないでもない」
春香「よ、弱気な意見ですね…」
いや、だって水瀬とは金持ちだからって連んでるわけじゃないから、
いざこう言うとき、その力に頼るのが若干憚られるんだよな…。
P「とりあえず、俺から連絡入れてみるよ」
細かい事が決まったらメールで連絡を入れ合う約束をして、
俺たちはそれぞれの帰路についた。
自宅に帰って、自分の部屋に入るやすぐにケータイで水瀬(兄)へ連絡を入れる。
P「よう水瀬。いま大丈夫?」
丁度用事が済んだところだよと、
電話の向こうで寛いでいる様子の吐息が零れている。
P「いやさ、もしよかったら……と言うか、水瀬に頼み事が有って」
珍しいねと、明るい声が返ってくる。
自分でも、水瀬を頼ることの珍しいさに驚いている。
水瀬は“何の気なしに”隣に居て、俺が「こうしよう」と思って行動した時には“待っていたかのように”先に居て、露払いをしてくれていた。
水瀬は「楽しいと感じたこと」を本能的に優先するが、それに俺は凄く助けられていて、去年の生徒会打倒の際にはその存在は大きな支えとなっていたのだ。
当たり前のように助けてくれていた友人に、改めて助力を乞うというのは、なんというか、心苦しい。
P「水瀬とさ、プールに行きたいと思ったんだけど、どっかゆっくり出来る場所とかないかな?」
直後。
ドンガラガッシャーンと、
電話の向こうで激しい転倒音が聴こえた。
P「水瀬? 大丈夫か? …え? あ、うん。765プロのみんなも一緒に……俺? そりゃ、プールだったら泳ぐと思うけど……」
なんだ? やけに水瀬の息が荒い。
いまのドンガラでどこかぶつけたりしたのかな。
P「ああ、うん。わかった、助かる。…じゃあ、いまからもう少ししたら…ああ、了解。水瀬も無理しないでな、うん。はいはい、バイビー」
……通話終了。
何か夏休みの日程を相談したいから、水瀬家に来てくれないかと誘われてしまった。
断る理由もないので受けてしまったけど、水瀬は忙しくないのだろうか。
あとやたらとプールで俺が水着に着替えるのかどうか訊いてきたのが気になる。
女の子が沢山いるのに男が2人だと恥ずかしいからかな。
ピンポーン。
P「お?」
身仕度を調えて、今まさに玄関を出ようとした瞬間にチャイムが鳴った。
丁度靴を履いたところだったので、玄関扉の覗き窓から外を窺う。
が、人影は無い。
P「イタズラじゃあるまいな……」
ピンポンダッシュなんて、小学生の頃にあずささんの家でやって、まんまと誘き出されたあずささんに後ろから抱き付くと言うイタズラ以来だ。これは“した方”の思い出だけど。
そう、あずささんに後ろから抱き付……
………。
いい思い出だな。
P「まあいいや、はやく水瀬の家に行こう」
ガチャ、
亜美&真美「兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃ…!!」
バタン。
P「………」
玄関開けたら従妹が殺到。
2人だけだけど。
どうやら覗き窓の死角になるほど扉に接近していたせいで発見出来なかったようだ。
ガチャ。
亜美&真美「兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃ…!!」
P「えぇい、鎮まれ双子姫!」
仕方無く、一度家の中に上げる事にした。
2人は差し出された麦茶を一気に飲み干すと、背負っていたリュックから本を2冊取り出す。
亜美「ほい兄ちゃん、昨日のヤツね」
真美「どうもありがとうごぜぃやした」
貸したわけではないが、借りたことへの礼を言われた。
もう叱るつもりもないので、反応に困る。
P「もうしないでくれよ?」
真美「前向きにケントーさせていただきます」
亜美「善処いたします」
自重する気ゼロだなこいつら。
P「それで、今日は貴音は?」
亜美「お姫ちんなら学校行ったよー」
真美「登校日ってやつだって。都会の学校はおそろしいですなぁ」
P「あ…そうか、登校日か」
通りで、窓の向こうから美希の気配がしないと思った。
P「じゃあ、2人だけで来たのか? 詳しくは知らないけど、かなり遠いかったんじゃないか?」
真美「いやぁ、まぁ…お恥ずかしながら…」
亜美「亜美たち……迷子、になってしまいましてね…?」
当然の帰結と言える。
亜美「それでね、トホーにくれる亜美たちを、すっごいおっきいお姉ちゃんが助けてくれたんだよ!」
P「おっきいお姉ちゃん?」
なんだねそれは。
真美「んっとね、すっごいバインバインだった」
亜美「兄ちゃん家に行きたいって言ったら、『あらあら~』って笑って手を引っ張ってくれてね、」
真美「気が付いたらココの前にいたんだよ」
……ほほう。
P「その人はどうしたんだ?」
真美「すぐ居なくなっちゃった」
亜美「きっとアレは困った亜美たちを助けるためにあらわれた神様だったんだよ」
真美「あらあらって言ってたから『アラー』って呼ぼうね亜美」
P「それはやめなさい」
話を聞くに、どうやらこの双子は通りすがったあずささんに助けてもらったらしい。
今度お礼を言わなければ。
っていうかこの双子、あずささんの声真似がやたらと似てるんですけど。
一瞬本物が近くに居るのかと思った。
P「――それじゃあ、帰りはどうするんだ? 言っとくけど、俺は貴音の家知らないからな?」
そう話しを切り出すと、亜美は右手の親指と人差し指で作った「L」の字を顎に添えて不敵に笑った。
亜美「んー。それは今日、兄ちゃんと夕方まで遊んだあとでお姫ちんに電話すればバンジー解決ってやつですよ」
P「すまん、俺これから出掛けるんだ」
いままさに出ようとしていたところだし。
真美「…なっ、なんだってぇー!?」
予定していたプランが崩れたからか、一気に慌てはじめる2人。
頭は悪くはないはずなのに、やはり子供だからか計画はどこか抜けている。
P「同じ高校の友達の家にお呼ばれしたからさ」
真美「えぇー」
亜美「そんなのってないよー」
とは言ってもな……お、そうだ。
P「じゃあ2人も一緒に来るか?」
亜美「――いいの!?」
P「向こう…俺の友達は構わないって言うさ。だから俺からの指示としては、絶対に迷惑を掛けないこと。これだけ守ってくれればいいよ」
真美「わーい! いくいくー!」
亜美「これで夕方まで立ちオージョーしなくて済むよー!」
椅子から跳ね下りて喜びを示す亜美と真美。
急に決めたことだけれど……まぁ、歳も近いし、案外伊織なんかと仲良くなれるかも知れないよな。
念の為に水瀬に一報だけ、メールをしておこう。
真美「うおぉー!」
亜美「でっかー!」
水瀬家に到着して門をくぐるや、俺の両隣に並んで歩いていた双子が驚愕の声を上げる。
亜美「なにこれ! ちょー豪邸じゃん!」
真美「博物館かなにかじゃないの!?」
P「正真正銘、進行形で人の住んでいる家だよ。ほら、入った入った」
門から俺たちを迎えてくれていた執事さんが玄関の扉を開けて待っていたので、会釈をして入らせてもらう。
扉が閉められるのとほぼ同時に、玄関ホールの奥にある階段から、水瀬(兄)が下りて来るのが見えた。
P「おっすおっす」
にこやかに笑って、簡単な挨拶をする。
すると水瀬が、俺の後ろに隠れるようにして様子を窺っている双子に目線を向けた。
これがさっき言っていた子たち? と問われ、頷く。
P「ほら、俺の友達の水瀬な。」
亜美「ふ、双海亜美だよー」
真美「双海真美だよー」
先刻までの元気がない。
もしや水瀬のもつイケメンオーラにあてられているのでは。
P「怖がられてるな」
あははと笑い、水瀬は一歩後ろに下がると俺を手招きしてきた。
双子をそのままに、水瀬に近付く。
されるがままに今度は双子に向き直って、直立不動。
すると、水瀬がまるで見せつけるかの様に俺の腕に抱き付いてきた。
ご丁寧に片足まで上げて、まるでハシャいだ女の子みたいに。
亜美「―――」
真美「―――」
その瞬間、2人に電流が疾る。
ガバッと、
水瀬から奪い取るように俺を引き寄せ、
2人揃って腕に抱き付き体を密着させてきた。
視線は水瀬に。
まるで、縄張りを奪わんとする敵を見据える犬か猿の如し。
だが、対する水瀬(兄)は微笑みをたたえたまま。
おちょくられてる…。
P「…えっと、取り敢えず水瀬はもうヒマなのか?」
埒があかないと思い尋ねてみると、実はもう少しだけやる事が残っているとの返答。
それまで来客室で待っててと言われ、
大人しく亜美と真美を連れて勝手知ったる来客室へと向かう。
真美「……兄ちゃん」
P「うん?」
真美「なんなのさっきの人」
P「なんなのって…だから、高校の友達だよ」
亜美「ホモだち…!?」
ちょっとまてコラ。
真美「兄ちゃんてば、真美たちのせくちーな魅力にノックアウツされないと思ったら……そーいう人なの…!?」
いや、可愛いとは思ってるよ?
ただせくちーとは程遠い。
亜美「これは大マンタイだよ真美ぃ!」
真美「このままじゃ、兄ちゃんがボ○ギノール愛用者になっちゃうよ亜美ぃ!」
だれかこの2人をとめてくれ。
騒ぐ2人をおいて、トイレに行くと部屋を出てきた。
あのままだとどんな発言も裏返しに受け取られそうだったので、弁明そのものを放棄。
実はトイレは部屋に備え付けてある。
そもそも便意そのものが嘘なので、適当に時間を潰してから戻ることにしよう。
P「……おや」
廊下の先。
ティーセットを載せた台車…カート? を静かに押して歩くメイドさんを発見した。
主に伊織に付いて御世話をしていて、何度も遊びに来る間に世間話をする程度には仲良くなった人だ。
P「こんにちは」
歩み寄りながら話しかけると、あらいらっしゃいませと笑顔を返される。
P「水瀬にお呼ばれして来たんですけど、水瀬がヒマになるまで少しブラブラしてました」
世間話をすると、メイドさんの口角がわずかに上がる。
なんというか、“ニヤニヤ”と形容出来る表情になっている。
…知っているぞ。
この人とあと1人、伊織付き2人のメイドさんが、俺と水瀬(兄)の関係をアレな目で見ているのを……。
そしてそれを題材に創作活動を行っているのを…!!
俺の周りには男と男の友情を純粋な目で見てくれる人が少ない。
P「それは伊織にですか?」
表情の変化には気付かないフリをして、話題を振ってみる。
聞くに、どうも伊織はこの時間に夏休みの宿題を少しずつこなしているらしい。
このティーセットは、伊織が集中するために頼んだ物とのこと。
P「…それ、俺に運ばせて貰えませんか?」
ちょっとした悪戯心が湧いて、メイドさんから仕事を奪ってみる。
私がやることだからと一度は断られるが、
P「丁度伊織にも挨拶しておこうと思ってたところなんですよ。それにほら、お茶汲みだったら水瀬によくやるから慣れてますし」
とやや強引に通すことで計画通りに事は進んだ。
去り際に『お金持ちのお坊ちゃんとその同級生の少年執事』とかいう妄言がニヤけ面のメイドさんから漏れていたが、気にしない事にする。
……気にしない。
メイドさんから紅茶セットを預かって、無事に伊織の部屋まで辿り着いた。
けれど、俺の悪戯はここから始まる。
ここからは一切のミスも許されない……いくぞ!!
コンコン。
伊織『誰?』
P「紅茶をお持ちしました」
(裏声)。
伊織『あぁ…ありがと、入って』
P「失礼致します」
(裏声)。
…ドアを開けて入ると、いつかと同じピンク色多めな装飾がなされた部屋が視界に広がる。
伊織は勉強机に向かったまま――俺に背を向けたままで、
侵入してきた人物がメイドさんではなく俺だという事に気付く様子もない。
にひひっ、プロデューサー奥技の一つ『七色声域』を以てすればこの程度の詐称は造作もないことですわよ。
ただの裏声だけど。
伊織「淹れたらそこに置いてくれる?」
P「かしこまりました」
伊織はペンを走らせたまま、机の横にある台座を指差す。
白くて柔らかそうな指だなぁ。
伊織「………」
俺が紅茶セットを駆使して一から紅茶を淹れている間、伊織は無言で宿題を進めている。
そんなに難しい内容なのだろうか?
P「お待たせしました」
(裏声)。
スッと、音をたてないように台座にティーカップを置いて、すぐさま忍び足で大きく下がる。
伊織「ありがとう」
丁度勉強の方も一段落ついたのか、両腕を天井に向けて伸ばした後、置かれたティーカップを手に取った。
伊織「…? あれ、いつもより味が濃いわね…というかちょっと苦いわ」
P「も、申し訳有りません。すぐにお取り替え致します…!」
(裏声)。
伊織「いいわよ。ちょっと根を詰めすぎちゃったみたいだから、これくらいで丁度良いわ」
P「流石、いおりんはやさしいなぁ!」
(地声)。
伊織「ブ―――!!?」
P「あらやだきちゃない」
唐突に地声に戻したからか、不意の驚きを受け盛大に噴き出すいおりん。
ノート片付けたあとで良かったね。
伊織「ケホッ、ゴホッ、カハッ……あああアンタ! いいつからココに居たのよ!!」
P「さっきからだけど。ほらほらいおりん、拭いてあげるから顔コッチ向けて」
伊織「自分で拭けるわよ! あ、アンタ、誰の許可を得て勝手に私の部屋に…!」
P「さっきいおりんが入ってって言ったんじゃないか」
伊織「え…?」
P「お口元が汚れております。ジッとしていて下さいね」
(裏声)。
伊織「…!?!?」
驚きのあまり混乱状態に陥っている隙に、濡れた顔や机をタオルで拭いて綺麗にする。
P「ほい、綺麗になった。いおりんかわいいよいおりん」
伊織「―――」
スッ、と立ち上がる伊織。
俯いていて、表情は読めない。
P「俺の紅茶不味かったかな。結構上手く出来たほうだと思ったんだけど、やっぱり本職さんには適わないか」
ヒタヒタと歩み寄って来る伊織に嫌な予感がしながらも、俺は避けずに逃げずに、漫然として待ち構える。
P「なぁいおりん、どうやったら上手く――」
伊織「――“いおりん”て呼ぶなヘンタァ―――イ!!!」
P「すみませんッ!!」
回転を用いた強烈な回し蹴りが炸裂。
伊織「へぇ、そう。お兄様によばれて来たわけね」
P「はい…」
伊織「それで? 私の部屋に来た理由は?」
P「そ、それはもちろん伊織様に御挨拶をせねばという忠誠心からでグフゥ!」
伊織「それでなんで、私を驚かせるようなまねをするのよっ!」
P「ガフゥ!」
俺はいま床に頭をつけている。
ソファーに腰掛けた伊織の前で、さながらフットレストのようなポジションで。
伊織が一言発する度に、俺の背中に踵が落とされ、またはグリグリとなじられる。
なんという御褒美。
P「いやぁ、伊織が勉強勉強で気を張りすぎてないかなーっと思って」
伊織「余計なお世話よ!」
P「ゴフゥ!」
ああ、こうして土下座しているだけで伊織自ら足の匂いを俺の背中になすりつけてくれるとは……まるでマーキングだな。
P「俺はいつでも伊織のものなのに」
伊織「この期に及んでなに言ってるのよ!?」
P「いや、踏む時は靴を脱いでくれる伊織はやさしいなぁと感動した」
伊織「――だっ、だって靴だと痛いじゃない…」
なんだこの可愛い生き物。
P「俺を悶え死にさせる気かっ!!」
伊織「きゃあ!?」
あ。
興奮のあまり、急に立ち上がったものだから。
背中にあった伊織の足が、肩にのっかるようなカタチで上昇して。
伊織がひっくり返らないようにと、咄嗟に中腰姿勢で停止した俺の視界に。
片足だけ大きく開いたせいで、伊織のスカートの中身がバッチリ映ってしまって。
なんというか。
なんていうか。
P「ごちそうさまです」
伊織「――出てけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
P「ただいまー」
真美「おっ、兄ちゃんおかおかー」
亜美「いやに長かったね。便秘?」
伊織の部屋を叩き出されて、適当な時間を潰すことが出来たので戻って来た。
双子は全力で寛いでいる。
P「今日呼んでくれた友達の、妹と戯れてた」
伊織という人物は、俺の持つ変態性をフルに働かせても、ヒくことなく全力でツッコんでくれる大変有り難い存在である。
俺だって人間だから、思春期だから、人並み以上のアレコレが有ったりするわけで、
それを“ああいう”変態行動に移す事で発散、昇華させてもらっている次第。
伊織本人からしたらトンだ迷惑なのだろうけど、でも伊織は本気で拒絶をしたりはしない。
あのツッコミの手際の良さとお仕置きのノリの良さから鑑みるに、
多分俺の行動の意図をある程度読んでいるんじゃないかと思う。
それでも尚、会う度に俺とじゃれついてくれるのは、彼女の度量が相応に広いからなのだろう。
水瀬(兄)共々、彼女もまたいまの俺を構成する要素足りうる、掛け替えのない友人の一人だ。
……因みに発散仕切れなかったりする変態性は響等の他の人間に被害を及ぼしていることが多々有る。
たまにだけど!
真美「…はあぁ~」
亜美「ヤレヤレですな」
大仰に、盛大にため息を吐かれた。
亜美に至っては両掌を上に向けてわかりやすく呆れてくれている。
P「なんだよ」
亜美「またですよマミーゴ」
真美「兄ちゃんのプレイボールっぷりはさすがですな」
P「俺はいつから野球関係者に…!?」
察するに、女友達が多いことに呆れているらしい。ヤキモチもあるかもしれない。
P「時間があったら、後で亜美と真美にも紹介するよ。中学2年生で歳が近いから、きっと仲良くなれると思うんだ」
亜美「……ちゅ、中坊ですと…!?」
真美「チューボーですよ…!?」
星3つです。
亜美「ま、まずいよ真美! 兄ちゃんが亜美たちの魅力にやられちゃったせいで、遠くに住んでる亜美たちより現地のナオンに手を出しちゃってるよぉ…!!」
真美「ま…まさか真美たちのせくちーアタックがこんなとこでヒラメに出るなんて…!!」
もう何からツッコんでいいのかわかりませぬ。
コンコンと、ドアがノックされて続け様に水瀬(兄)が入ってきた。
どうやら用事が済んだようだ。
P「助かった。このまま2人との問答を続けてたらツッコミキャラにメガ進化するところだった」
ツッコミは好きです。
でもボケる方はもっと好きです。
亜美「真美! ふぉーめーしょんハンバーガーだ!」
真美「オリンピック招致!」
わけの判らないことを叫びながら、ソファーに腰掛けた俺の両隣に双子が陣取る。さながら、2人がバンズで俺がパティの様。
レタスとチーズを所望する。
P「それで、夏休みに遊ばないかって話しなんだけど…」
テーブルを挟んで対面に座った水瀬へ、今日遊びに来た本題を告げる。
率直に言えば、水瀬を含めた俺の友達みんなと遊べる場所を提供してくれないかという打診。
水瀬はにこやかな表情のまま俺の話しを聞いてくれて、合間合間に提案を出したり、細かな予定を埋めるように話を進めてくれた。
俺は水瀬にお願いする立場で臨んだのに、水瀬の中では話しをする前から決定事項になっていたらしい。
ヤダなにこのイケメン。
友達だ。
P「じゃあ、取り敢えず来週の土曜日に」
遊びに行く日取りを暫定的に決めて、あとは春香たちに都合が合うかを訊いて微調整をしていくことになった。
真美「ねぇ兄ちゃーん」
亜美「亜美たちも行きたーい」
P「そのつもりだよ。……良いよな?」
双子の参加は、先程の会話で前提条件に含まれていた。
水瀬は大きく頷くと、「許嫁さんも連れておいでよ」と笑う。
ちょっと待って。
P「なんで水瀬が俺の許嫁の話知ってるんだよ」
あれは、俺を含む当事者と家族と、あとは美希と765プロのみんなしか知らない筈だけど。
訝しむ俺に対し、
水瀬は人差し指を口の前にもってきて、「それはヒミツです」とウィンクを返してくる。
前生徒会を打倒する際に、水瀬の集めてくれた情報が如何に強力な武器として役に立ったか。
情報を蒐集する能力に於いて、水瀬は才能が突出している。
その事実を改めて認識させられたような気がして、
俺は合わせる様に薄く笑って、水瀬のもつしたたかさに感心したのだった。
P「じゃあ、そろそろ帰るよ。忙しいのにお邪魔しちゃってごめんな」
水瀬はそんなことないよと首を横に振ると、外まで見送ろうとして立ち上がる。
P「ああ、いいよ。このまま帰るから、わざわざ見送りに来てくれなくても。…ほら亜美、真美、帰るよ」
水瀬もまだ忙しいだろうから、見送りは遠慮しておこう。
亜美「うーぃ」
真美「おジャ魔法少女!」
そして部屋を出て、玄関ホールまで来たところで、今度は水瀬(妹)と遭遇した。
P「やぁ伊織」
伊織「………」
返事がない。と言うか目線すら合わせてくれない。
さっきのことをまだ根に持っているのか。
P「パンツのことならもう気にしてないからいいよ?」
伊織「なんでアンタが許す側になってるのよ!?」
P「恥ずかしくって顔を合わせ辛いのかと思って」
伊織「まだアンタがうちにいたことが不愉快で無視しようとしてただけよ!」
P「でも無視しきれなかったんだな。オチャメないおりん」
伊織「誰か! 棒を! この変態を退治するための武器をちょうだい!」
おぉっと。
トマトみたくオデコまで顔を真っ赤にした伊織が戦闘態勢に入ろうとしている。コレは拙い。
早いところ逃げ出さなければ。
P「亜美! 真美! ズラかるぞ――」
――と振り向いた時。
双子の姿は無く。
伊織「きゃあっ!?」
悲鳴に再び前を向くと、伊織の左右の腕に絡みつくように、双子が抱き付いていた。
真美「んっふっふ~」
伊織の右腕に抱き付いた真美がいやらしく笑う。
亜美「これが兄ちゃんの言ってた妹さんですなぁ?」
伊織の左腕に抱き付いた亜美が楽しそうに笑う。
伊織「ちょっ、ちょっとなんなのよこの子たち……ちょ、髪が、髪が顔に…!」
左右から自由を奪われて身動きがとれなくなっている伊織の顔に、丁度双子の結った髪の毛が当たって実にこそばゆさそう。
P「俺の従妹の双海真美と双海亜美、中一。今日ヒマそうだったから、一緒に連れて来てたんだ」
伊織「そ、そんなのはいいからたす、たすけ…」
亜美「え~? “そんなの”ってヒドくな~い?」
真美「真美たちの大事な個人ジョーホーだよー?」
双子は身をくねらせ、体を更に密着させ、敢えて髪の毛を顔に当てている。なんて地味なイタズラだ。
普段俺の腕に抱き付く時は今とは左右逆のポジションなので、態となんだろう。最早嫌がらせの領域。
伊織「…あ、アンタたち……いい加減に…!」
P「――それで、そのお嬢さんがさっき会った水瀬の妹で伊織ちゃんな。生粋のお嬢様だけど人当たりが良くて面倒見のいいお姉さんだから、2人とも仲良くしてもらうんだぞ」
亜美&真美「はぁーい!」
伊織「………」
P「どうした伊織」
伊織「べっ、別にどうもしないわよ…」
褒められて更に持ち上げられたせいで怒るに怒れなくなる伊織。
本当にイジり甲斐が有る子やなぁ。
P「伊織はいままでずっと勉強してたのか?」
伊織「宿題なんて今日の分はとっくに済ませたわよ。いまは蔵書室から読書感想文用の本を取ってきたの」
亜美「ぞーしょしつ…!?」
真美「おウチに図書室みたいのがあんの!? パねぇ! いおりんパねぇ!」
上の方のお兄さんの趣味だっけ。いや、お父さんだったかな。
P「今日の分て、もしかして伊織、宿題を分けてやってる?」
伊織「当たり前じゃない。毎日勉強をする事を怠らないための宿題なんだから」
……おぉぅ。
真美「亜美、お嬢様だよ。コーキなお嬢様がいるよ…!」
亜美「『のーぶらおぶるーじゅ』ってヤツだね真美…!」
ノーブラの口紅?
伊織「……なんというか、」
P「うん?」
伊織「アンタの従妹って感じね」
P「かわいいだろう」
伊織「大人しくしてればね…」
P「いおりんだってかわいいよ」
伊織「はいはい、ありがと」
別れを惜しみながらも、もう夕方になっていたので帰路につく3人。
別れ際、背中に向かって塩を撒かれたのは伊織流のちょっかいなんだろう。おちゃっぴぃな奴め。
P「どうだ? 伊織とは仲良くなれそうか?」
亜美「うん!」
真美「いおりんかわいいね!」
俺がふざけて言ったのを覚えてしまったのか、2人は伊織を「いおりん」と呼ぶようになってしまった。
でも俺が呼ぶ時ほど伊織は怒らない。ツンデレ?
真美「なんてゆーか、いおりんには安心感があるよね」
亜美「そうそう! どんなイタズラしても、プッツン切れるんじゃなくてちゃんと叱ってくれそうなんだよね」
P「ああ、それはわかる」
亜美「あぁ、もっといおりんにイタズラしたい…!」
真美「もっといおりんとイチャイチャしたい…!」
なんか興奮してるぞこの子たち。
P「来週の土曜日にみんなでプールで遊ぶから、その時にな」
亜美&真美「はーい」
P「あ、ちゃんと貴音にも伝えてくれよ? とりあえず、その日に遊びますってことだけは」
亜美「らじゃらじゃー」
真美「おまかせあれー」
家に帰り着き、亜美と真美は貴音に連絡を取って、迎えの車を寄越してもらった。
いつか見た、黒塗りの高級車が家の前に着くと、2人ははしゃいだ様子で乗り込んでいく。
挨拶代わりに運転手の人にお辞儀をするが、表情一つ変えずに無視されてしまった。仕事第一な人のようだ。
P「さってと…」
響や美希にも、遊びに行くことを伝えておかなければいけない。
響は生徒会の役員だと言うし、件の『勉強会』が有るから都合が合わないかも知れないが…。
P「美希なら問題ないよな、多分」
毎年夏休みを利用して家族旅行に出掛ける星井一家。
でも、今年は父親の都合で行けないらしい。
だからきっと、美希ならスケジュールは空いているはずだ。
響「ただいまー。ねぇ、いま来てた車って貴音の家のだよね?」
双子を見送ったまま立ち尽くしていると、タイミングよく響と美希が並んで帰って来た。
2人とも酷く疲れている様子で、美希に至ってはぐったりと、半ば響に引き摺られるような有り様になっている。
P「お、おい、大丈夫か2人とも」
響「大丈夫じゃない……にぃにコレなんとかして…!」
美希「ふぁいとー。響ならできるのー」
高々登校日の1日、2日でここまで疲れるものか…?
昨日はあんなに元気いっぱいだっただろうに。
P「…取り敢えず、お茶でも淹れるからリビングに行こう」
リビングにて。
テーブルに突っ伏すような姿勢で座っている響と美希に、熱めに淹れた緑茶を差し出す。
響「はぁ~…」
美希「あふぅ…」
P「かなり疲れてるみたいだけど、いったいどうしたんだ?」
響「やぁ、ちょっと学校で疲れるようなことがあって……」
P「運動会でもしたのか」
響「あー、そっちの方がいくらかマシかなぁ…」
美希「楽しいけど、慣れないことしたせいでドッと疲れたの…」
P「ふむ…?」
要領を得ない。
P「話しはよく見えないけど、辛かったり苦しかったりすることがあるなら、相談してくれな」
響「あいさー」
美希「なのー」
……ダメだ。
2人から覇気を感じられない。
何か、俺に出来ることが有れば良いのだけど。
P「――なぁ、2人とも。来週の土曜日って空いてるか?」
美希「土曜日……響どう?」
響「来週なら、多分大丈夫」
P「よかった。うちの部活仲間とか、亜美と真美とかを誘って、水瀬の用意してくれるプールで一緒に遊ぼうと思ってたんだ」
美希「プール…?」
P「海は混んでそうだから、水瀬に空いてそうなところを探してもらってるんだ。……ほら美希、水着新調してたし、丁度良いかなと思って」
響「プールかぁ…いいなぁ」
2人が、瞼を閉じて見知らぬプールで過ごす一時を想像する。
美希「それって、貴音も来るの?」
P「ん? ああ、今晩にでも双子が誘うはずだけど…。でも貴音も忙しいだろうし、必ず来るとは限らないよな」
美希「いくの! 美希絶対いくの! そんでもって貴音も絶対、なにがなんでも来るの!」
響「もちろん自分も行くぞ!」
2人が元気よく、中腰気味に腰を浮かせて乗り気を見せてくれる。
P「そっか、よかった。一応、他のみんなにも今日の内にスケジュールを訊いてみて、無理じゃなさそうだったらそのまま来週の土曜日…って予定だから、そのつもりで頼む」
美希「了解なの!」
響「プール……どうしよっかな、水着新しくしちゃおうかな…」
美希「また胸ちぢんじゃったの?」
P「ただでさえ(身長が)小さいのに…」
響「違うから、縮んでないから! ちょっと測定の時に、測り方が変だったから誤差が出ただけだから!」
美希「でも誤差3cmは無いっておもうな」
P「風船じゃないんだから」
響「うがーっ!!」
でも、±5cmは誤差の範囲だと誰かから聴いたような。
誰だったかな。
美希をなんとか自宅に帰し、
夕食を終えて、自室にて春香に電話を掛けている。
P「…ってことになったんだけど、大丈夫かな」
春香『はいっ! それはもう! 私、千早ちゃんと新しい水着買って張り切っちゃいますよ!』
水瀬と決めた話しを説明して、来週の土曜日へ準備することを促した。
電話越しの春香の声は嬉しそうで、はしゃいでいる姿が目に浮かぶようだった。
春香『千早ちゃん、明日は水着買いに行こう!』
千早『それは構わないけど、なら今日中に宿題を片付けなくちゃいけなくなるわよ?』
春香『ははは、やだなー千早ちゃんてば。いまはプールの話をしてるんだから宿題なんて忘れちゃおうよ』
春香が現実逃避を始めている。
これはまずい。
P「…えっと、千早も傍にいるのか?」
千早『あ、はい。あの後、春香は私の部屋に来てずっと宿題をしていましたから』
春香『今日はこのままお泊まりです!』
P「ああ、なるほど」
まだ終わっていないのか。
春香はそんなバカな子ではなかったと思うんだけどな…。
……?
P「春香」
春香『はい?』
P「最初から泊まる気だっただろう」
春香『のヮの』
千早『春香。とぼけた顔はプロデューサーには見えていないわ』
春香『そうだった…!』
漫才のような遣り取りだな。
P「春香は本当に千早が好きなんだなあ」
千早『はい?』
春香『はい! それはもう! 愛してると言ってもいいですね!』
千早『春香っ!?』
春香『千早ちゃん! 愛してるよぉ!!』
千早『ちょ、ちょっと春──きゃあ!』
………。
………。
たぶん、ケータイの通話設定をハンズフリーの状態で起動させていたんだろう。
だから春香と千早と、同時に通話出来ていたのだけれど。
放置された電話。
遠くに聴こえる、2人の女の子のじゃれついている声。
…春香が千早にじゃれついている声。
盛り上がっているらしく、「おーい」と声をかけても返事はない。
おや。
春香が千早をくすぐり始めたようだ。
どこか…いや恐らく“脇”であろう弱点を攻められて千早が漏らす声は、なんとも言えず艶っぽく。
P「……あの、真にも伝えなくちゃいけないからもう切るな」
そう一言だけ言い残して、俺は通話を切った。
切り際に一際大きな千早の嬌声が聴こえた気がしたが、
その後の2人を知る者は、当事者を除いては他に居ないのだった。
通話を切ったあと、すぐさま真にメールを送る。
少し待つと、向こうから電話が掛かってきた。
P「ハロー」
真『こんばんわ』
P「早速なんだけど、プール、来週の土曜日でいいか?」
真『来週の、土曜日ね』
ちょっとまってねと、電話の向こうで何やら動いている気配がした。多分カレンダーとかを確認しているんだろう。
真『うん、オッケーだよ。なーんにも予定無い』
P「よかった。じゃあ、細かくはまた後日にメールするから。水着だけ用意しておいてくれればいいよ」
真『あ、うん』
先程の春香との電話を反省して、用件だけを簡潔に伝えてみたのだけれど。
……なんと言うか、事務的で寂しい。
P「…あ、春香が明日、千早と新しい水着買いに行くって言ってたぞ」
真『春香が?』
P「今日、別れてからずっと千早の家に居てそのまま泊まるんだってさ」
真『あはは、春香と千早ってホントに仲が良いね』
俺と同じ感想を抱く真。
確かに、あの2人は最近出逢ったばかり、しかも春香は転校して来たばかりで、接点なんて欠片もなかった筈なのに。
たった数ヶ月で周囲が夫婦と感じるほどの仲になっているのだから恐れ入る。
P「そのことなんだけどさ」
真『うん?』
P「…なんていうか、俺の考えすぎだったり、勘違いだったらそれでいいんだけどさ」
真『うんうん』
P「……春香って、“家に帰りたがらない”時ない?」
真『え…』
いま口に出したのは、確証もない単なる臆測。
なんとなく。本当になんとなく、春香を見ていて感じたこと。
P「家でイヤなことがあるとか、そう言うんじゃなくて、その…あぁもうなんて言うかな、“帰ると疲れる”っていう感じでさ」
真『……それは、春香が2時間かけて通学してることを踏まえて?』
P「わからない。本当にただの臆測なんだ。正直いま言う必要もなかったと思う。ごめん」
会話が途切れて気不味くなったから出した話題とはいえ、チョイスが悪過ぎた。
こんな話題、振られた方が困るだろう。
真『いや、プロデューサーの言ってることわかるよ』
P「えっ……本当か?」
真『うん。僕も上手く説明出来ないけど、確かに、いまプロデューサーが言ってた様子は有ったと思う』
P「……そっか」
真も感じるのか。
…いったい春香はなにを抱え込んでいるんだろう。
真『……プロデューサー?』
P「ああ」
真『コレは、普段変にカンがいいプロデューサーが“独りじゃ確証を持てなかった”ことだとおもうから』
P「うん」
真『──春香が自分から言ってくれるまで、追及したり勘ぐったりするのはしない方がいいと思うよ』
P「そうだな。話したくない、話し辛いから話さないんだもんな」
真『そうだね。何かあったら、その時は力になってあげようよ』
お節介をやくなと。
人には『入ってはいけない場所』もあるのだと、真は言った。
──俺が、“真にもおなじことを感じている”ことを知っているのだろう。
丁度良く、春香を例えにして牽制をした。
友達なはずなのに。
仲のいいクラスメイトであるのに。
真はどこか、俺と一歩距離を置いている。
それは心地のいい距離だけど、そこから先へは決して近付けない。一歩詰めれば一歩下がられるから。
P「………」
真『……プロデューサー?』
P「あ。ああ」
真『じゃあ雪歩へはボクから連絡しておくから、細かいことは宜しくね』
P「あ…ああ、うん。了解」
それじゃあねと、通話を切る。
明らかに、俺の考えを見透かして、話題が振られる前に話しを終わらせていた。
P「……女の子って難しいなぁ……」
──春香も真も、俺との距離を保つ理由には、
ある“たった一つの感情”の機微が関係しているだけ…なのだが。
この時の俺は、それに気付く気配すらない。
8月4日の日曜日。
夏休みと言っても特別やることもなく、週末のプールまでイベントと呼べるものも無いので散歩に出ている。
空は弛緩した気持ちにさせる、雲が散り散りと見られる晴天。
視界の先に、初めて見る組み合わせの2人を捉えた。
P「こんにちは」
あずさ「あらぁ、プロデューサーちゃんこんにちは」
声を掛けると右の人──あずささんは、にこやかに返事をしてくれる。
白いワンピースに、上はレース生地の肩掛けを羽織っている姿。
律子「………」
左の人、律子は眉間にシワをよせて、「なんでこんなところでエンカウントするのよ…」と言う目つきをしている。
こちらはヒラヒラもせず、カジュアルな雰囲気のパンツスタイルだ。
P「こんにちは」
律子「…こんにちは」
見るからに渋々。
P「律子の私服姿って、そういえば初めてみるような…」
いままで学校外で会うことがなかったので、当然と言えば当然なのかも知れない。
律子「えっ」
P「えっ?」
律子「……まぁ、そうですね。高校では学外で会うことも無かったですもんね」
ん? なんだいその反応は。
まるで高校より前に会ったことがあるみたいじゃないか。
あずさ「プロデューサーちゃんは、お散歩かしら?」
P「はい。特にすることもなくて、のらりくらりと赴くままに」
律子「宿題は済んだんですか?」
P「そんなのパーペキよ」
律子「またそんな古い言葉…」
おっ、律子に通じるとは思わなんだ。
P「あずささんと律子は、井戸端会議?」
あずさ「もぉ、そんなおばさんみたいに言わないでぇ」
律子「偶然、私が図書館に行こうとしていたら出会っただけですよ。少し久しぶりでしたので、世間話をいくつか」
P「なるほど。図書館には宿題しに?」
律子「ええ。静かですし、涼しいし、家でエアコンつけてやるより光熱費が浮きますから」
…なんか妙に所帯染みてる……悪いことじゃないけれど。
P「律子がまだ宿題終わらせてないなんて意外だな。チャチャっと効率良く済ませているものだと思ってた」
律子「長いお休みの宿題は、学校生活と同じように『毎日家でも勉強するため』に出されているんですよ?」
あずさ「そうそう。自分で小さく分けて、1日1日、勉強することを怠けないようにするのよね」
……そう言えば、伊織も同じようなこと言っていたような。
律子「宿題をただの『課題』だとか『苦行』だとかと考えて先に全部終わらせてしまうと、休みボケして2学期から勉強についていけなくなりますよ?」
P「…だ、大丈夫だよ。やれば出来る」
あずさ「あらあら、プロデューサーちゃんたら」
律子「………」
律子の視線が痛い。
律子「…まあ、いいです。それが、プロデューサー殿のやり方なら」
P「……!」
ティンときた!
P「あの、2人とも今週の土曜日って空いてるかな」
律子「なんですか、急に」
P「いやさ、水瀬に頼み込んで、うちの義妹や従妹とか、部活のみんなも集まってプールに行くことになってるんだ」
あずさ「あらぁ、デートのお誘いかしら?」
P「2人きりってわけではないですけど、そんな感じです」
みんなでワイワイ思い出作り。
グループ交際ってこういうのを言うのかな。いや、違うか?
律子「プール……あずささんはわかりますけど、なんで私まで誘うんですか」
P「え? なんでって…なんで?」
律子「気を遣って下さったのは嬉しいですけど、なにも楽しいこと有りませんよ? …あずささんと違って寸胴ですしね」
P「…うん?」
なんだろう。
質問の、意図がわからない。
あずさ「うふふ…」
困惑している俺を見て、あずささんが──この人にしては珍しく──意地悪そうに笑っていた。
P「な、なんですかあずささん?」
あずさ「うふふ。そうねぇ……プロデューサーちゃん。プロデューサーちゃんは、律子さんの水着姿って、見てみたい?」
え?
P「なに言ってるんですか。見たいからこうして、律子をプールに誘ってるんじゃないですか」
律子「ぶっ」
あずさ「あらあら~。…ですって、律子さん」
律子「………」
P「…律子?」
律子「…本気で誘ってたんですね」
P「俺は女の子を誘うときに冗談言えるほど余裕のある男じゃないよ」
律子「……わかり、ました。そこまで仰るんでしたら、まぁ、丁度ヒマでしたし……」
済みません済みません…!!
【8月の2】
約束の土曜日。
朝は07時30分。
待ち合わせ場所である765高校の校門前でみんなを待っている。
美希「うにー……眠たいのぉー…」
響「だから昨日ははやく寝ておきなって言ったのに」
美希「ちゃんと夜の9時には寝たよー」
響「それでなんでそんなグッタリしてるんだ…」
美希「寝すぎて眠いの」
キリッ!
響「先生…この子はこの先大丈夫なんでしょうか」
P「これは不治の病。もう手の施しようがないです」
美希「あはっ、“いばらひめ”みたいになったらハニーがキスで起こしてくれる?」
P「眠りつづけていたらもうおにぎりを食べさせることも出来なくなるな」
美希「呪いになんか負けないの! ちゃんと起きるからおにぎりちょーだい!」
P「その言葉がききたかった」
響「なんなんだろうこのコント」
朝御飯としと作ってきたおにぎりを一つ美希に与え、自分でも一つ頬張る。
P「響も食うか?」
響「うー……これから泳ぐのにおにぎりはなぁ…」
スタミナつけなくちゃ泳いでてバテちゃうだろう。
美希「ねぇ、それ中身なに?」
P「牛しぐれ」
美希「こっちのザワークラウトだったの…」
P「おいしいだろう?」
美希「おにぎりの神さまが雷おとすレベルだっておもうな」
8時集合の予定で早めに来たが、おにぎりを食べている間にみんなチラホラと集まってきた。
先ず、真。
真「おっはよー!」
P「応、おはよう!」
真「へへっ、楽しみでここまでジョグ気味で来ちゃったよ」
次いで雪歩。
雪歩「おはようございますぅ…」
P「ああ、おはよう。眠くはないか?」
雪歩「はっ、はい、大丈夫です」
それから少しして、あずささんと律子が並んでやって来た。
あずさ「みんな、おはようございます~」
律子「…おはようございます」
P「おはようございます! …おはよう律子」
律子「なんで言い直すんですか」
P「来てくれてありがとう」
律子「…べつに…」
あずさ「あらあら」
P「あとは貴音たちと水瀬…ん?」
ポッケの携帯電話に着信反応。千早からメールきていた。
P「───」
……千早からッ…メール…だとっ…!?
P「どれどれ……お? これ春香が打ってるのか」
来ないなと思っていたら、なんでも春香が寝坊してしまって、
慌てて準備をしていたら春香のケータイを前日充電するのを忘れていて、
いま千早のケータイを借りてこのメールを打ちながら2人で急ぎこちらに向かっているとのこと。
P「…遅れるのはかまわないから、怪我とかしないようにお願いします…っと」
真「春香たち?」
P「うん。ちょっと遅れるかもって」
真「大丈夫かな」
P「慌てすぎて怪我とかしないか不安だな」
律子「如月さんと一緒なんですか?」
P「ん? ああ、昨日千早の家に泊まって、朝一緒に来る予定だから」
律子「仲良いんですね、あの2人」
P「はるちはわっほい」
貴音組と水瀬、どちらが先に来るかなと考えていたら、
みんなが集まっている場所のやや後方に、黒塗りのリムジンが停まった。
助手席にいた黒服の人が降りて、後部座席のドアを開ける…と。
真美「エッちゃんありがとー!」
亜美「ありありー!」
亜美と真美が元気いっぱいに、そして貴音がゆっくりと車内から出てくる。
貴音「では、いってまいります」
貴音はドアを開けてくれた黒服に小さく会釈をすると、双子を引き連れて歩いてきた。
ドアを閉めた黒服さんが俺の方を向き、御辞儀をして車に乗り込む。
「貴音お嬢様を宜しくお願いします」という意味だと理解できたので、こちらも会釈を返した。
貴音「おはようございます、あな…プロデューサー」
P「ああ、おはよう貴音」
亜美「おはおはーっ!」
真美「グモグモーっ!」
P「2人は挨拶を統一しなさい」
貴音「本日は、お招きいただきありがございます」
P「いえいえこちらこそ、夏休みとは言っても用事も有るはずなのに、忙しい中来てくれてありがとうございます」
深々とお辞儀をされてしまったので、こちらも深々と返す。
お互いほぼ同時に、やや貴音が遅れるように頭を上げて、笑い合う。
亜美「なんかさぁ、かたくるしくない?」
真美「他人ジョーギすぎませんかおふたりさん?」
P「いや、至って普通だけれど」
2人が特別フランクすぎるんだ。
P「ところで、さっき呼んでた『エッちゃん』って名前?」
真美「んーん」
亜美「エリんところに『SS』ってバッジ付けてるからエッちゃんだよ」
真美「車を運転してたのがエッちゃん1号で、ドア開けてくれたのがエッちゃん2号ね!」
P「ヒドい名前だ…」
貴音「ふふ……ですが、存外彼らは気に入っているようですよ?」
なんだと…!
貴音「先程の車内でも、互いに『なぁ1号』、『なんだ2号』と呼び合っておりましたから」
P「うぅん…黒服さんたちの琴線がわからない…」
真「…ねぇ雪歩」
雪歩「なぁに、真ちゃん」
真「プロデューサーって、本当に『銀髪の女王』と知り合いだったんだね」
雪歩「なんだか違う世界の人みたいだよね…」
律子「──あの、いまプロデューサーと話してる人って、もしかして961女学院の生徒会長?」
真「うん、そうだよ」
律子「なんでそんな人がプロデューサーと仲良いのよ…」
真「あ、そっか律子は知らなかったんだっけ」
律子「なにを?」
雪歩「あ、あの…プロデューサーのお父さんが、あの人のお父さんとお友達なんだそうです…」
律子「ああ…、そういう繋がりなわけね…」
真「それとほら、いまプロデューサーに近寄っていった子がプロデューサーの妹で響って言うんだけど、あの子も961女学院に通ってて友達なんだって」
雪歩「961女学院ってすごいお嬢様学校だから、ちょっと気後れしちゃいます…」
律子「へぇ……そう言えば、親同士が友達って聞くとつい『許嫁』とか邪推しちゃうけど、プロデューサーならそんな心配なさそうよね」
真「えっ」
雪歩「はぅ…」
律子「……えっ?」
真「ボクの名前はなんでしょう」
律子「真」
真「そういうことなんだよ」
律子「…嘘でしょ…」
初対面の人もいるので、全員が揃うまでの間にみんなの仲を取り持つように話して回る。
すると8時を僅かに過ぎたくらいに、遠くから大型のバスが走って来るのが見えた。
なんというか、社員旅行とかで用意するタイプの大型バス。
バスは俺たちの前までくると静かに停まり、ドアが開くと中から水瀬(兄)が降りてきた。
P「おお水瀬、おはよう」
ハグを求められたので、挨拶と共にしてあげる。
P「また随分と大きなを用意してくれたんだな……いや、大所帯になっちゃったから有りがたいは有りがたいけれど」
話しをしていると、水瀬の後ろからメイドさんが降りて来て、バス側面に在る「荷物入れ」のハッチを開けてくれた。
P「あっと、大きな荷物とか、座席に置くと邪魔になりそうな荷物はココにいれといてくださーい」
様子を見守っていた女の子たちに声をかけて、メイドさんと一緒に荷物をしまっていく。
──と言っても、大体は水着くらいしか持って来てはおらず、大した量では無かったけれど。
亜美「おやつは持ってていい?」
P「いいよ。ただバスで食べ過ぎて、気持ち悪くなったりしないようにな」
真美「らじゃらじゃー」
P「よいしょっと……みんな乗れたかな?」
ハッチを閉めて周囲を見渡すも、居るのはメイドさんだけ。
先日も会った、伊織付きのメイドさんだ。
P「今日は1日、宜しくお願いします」
運転席にいるもう1人のメイドさん──こちらは水瀬(兄)付き──と合わせて、改めて挨拶をする。
かまいませんよと微笑んでくれる2人。……この2人がひっそりと同人活動に勤しんでいることを、俺は知っている。
P「あとは『はるちは』を待つだけ……お?」
座席の確認をしようと、車内に乗り込んで気が付く。
バスの、一番奥の広い席に腰掛けて、神々しくも腕と脚を組み、まるで射抜くかのような視線で俺を睨めつけてくるあの少女は──。
P「伊織っ…いや、いおりんじゃないかっ!!」
伊織「なんで言い直すのよ!?」
端的に言うと、
水瀬(兄)に誘われて伊織も来ることになった。
そして、さらに伊織に誘われるかたちで、
やよい「うっうー! お兄さん、お久しぶりですー!」
長介「こんにちわ」
やよいとその弟妹たちも来ることになったという。
P「これは……本当に大所帯だな」
水瀬グループ謹製の特注バス。「乗客の皆様方の心身をリラックスさせるためにゆったりとした快適空間を実現」と謳われている車内が、賑やかなことこの上ない。
しかもその殆どが見目麗しい女性たちであるのだから、自然とテンションも上がってきてしまう。
P「春香たちはまだかな……おっ!」
車外に出て千早と春香の到着を待っていると、
少しした後に、こちらに向けて走っている少女2人を発見した。
P「このバスに乗っていくからー、焦らなくていいぞー!」
声をかけるが、2人のペースは落ちない。
千早「はぁ…はぁ……遅くなってすみませんプロデューサー」
P「一緒に遊びに行くんだから、謝ることなんてないよ。ほら、」
先に千早が軽く息を切らせて到着し、荷物だけ預かって乗車してもらう。
春香「うわーん! プロデューサーさんごめんなさーい!」
それからやや遅れてバテ気味になった春香が辿り着き、やはり荷物を預って乗車してもらおうと──
春香「わきゃあっ!?」
した、瞬間。
P「危ない!」
ステップを踏み外した春香が、つんのめって倒れそうになるのを、“堪えた”結果。
今度は重心が後ろに偏りすぎて、堪えきれず倒れて来た体を、傍にいた俺がなんとか受け止める。
そして。
ふにょん、と。
春香「ひゃぁんっ…!」
むぎゅっ、と。
春香「はうぅ…」
女の子のやわらかい感触と、女の子のあまい香りを、
私は両腕の中に感じることとなり。
P「……ぼくはわるくない」
女性陣からの視線に射殺されることとなり。
伊織「いまからでもアイツだけ置いて行ってもいいんじゃないの?」
春香「あの、さっきのは私が悪かったし、プロデューサーさんは私を助けてくれだけだから、ね?」
テレビ番組なんかでよく見る、「コ」の字型に席が配された後部座席に座っている伊織が、前の座席にいる俺に聴こえてくる声量で辛辣な言葉を吐く。
伊織の近くに座った春香がさっきの“事故”について擁護してくれるが、
今まで散々と俺のセクハラを受けてきた伊織には、あれが事故だとは思えないらしい。
伊織「だってこれからプールに向かおうっていうのよ? プールよプール。あんなヤツ、女の子の露出した肌を見て興奮しまくるに決まってるんだから!」
そりゃあ、興奮しないと言ったら嘘になりますけどね?
伊織「きっと目線が合っただけで妊娠させられるに違いないわ…」
亜美「マジでじま!?」
真美「マージマジマジーロ!?」
響「ひとのにぃにを何だと思ってるのさ!?」
伊織「変態」
女性陣が、俺の話題をきっかけに打ち解け合っている一方で。
俺はバス前部にあるボックス状になった4人掛けの座席で、水瀬(兄)とオセロをしていた。
通路を挟んで反対のボックスでは、長介、かすみちゃん、浩太郎、浩司が、伊織付きのメイドさんとウノを遊んで盛り上がっている。
何故だか長介がメイドさんの膝の上に座らされているが、そこは流石のラッキースケベ師匠と崇めておこう。
P「今日はありがとうな。大所帯な上に、バスまで用意してくれて」
俺の白で、水瀬(兄)の黒を追い詰めていく。
P「これからいくプールも、水瀬の会社の物なんだろう? なにからなにまで、厚かましくてごめんな」
そう謝ると、水瀬は黒で角を取って形勢を巻き返しつつ、「お代はラヴでけっこう」と笑った。
P「……ふふふ、ならば喰らえ、角を取ったくらいで勝った気になるなよアタック!」
一時は黒が勝っていた盤上が、一気に白で染め上げられていく。
この勝つか負けるかの時に繰り出す起死回生の一手がたまらない!
水瀬が「ふえぇ……プロデューサーのラヴで真っ白にされちゃったよぉ…」とか言っている。
イケメンがふえぇとかやめろ。
イケメンじゃなくてもやめろ。
P「あとどれくらいで着く?」
大分バスに揺られていたなと思い、目的地までの時間を尋ねる。
すると水瀬ではなく、反対側で長介のほっぺたをむにむにとイジっていたメイドさんが、「このペースですとあと20分弱もすれば」と答えてくれた。
…ぃよし!
楽しいプールの始まりだっ…!!
バスが到着したのは、とある建物の正面玄関。
水瀬が有している山を、自然に配慮しつつ開拓する事で造られた、
水瀬グループ専用、全季節対応型レジャー施設。
その名も、『竜宮城』。
山の中なのに竜宮城ってどう言うこっちゃねんと思われるかも知れないが、“水”瀬のつくった“楽園”のような施設だから竜宮城らしい。
パンフレットにそう書いてあった。
だがその名前に負けないくらい「水」に関する設備は充実していて、プールにスパに人工の温泉に、それにブリッツボールも出来たりする。
……ブリッツボールは無理だった。ちくしょう。
ともあれ、
プールは隣接されている焼却場の熱を利用している温水プールなので、夏でも冬でも入りたい放題だ。
玄関から入ってすぐに、男女分かれて更衣室へと向かった俺と水瀬(兄)は、早々に着替えてもう中で待っている。
因みに、長介と浩太郎と浩司も一緒に着替えたので傍にいる。
流石の師匠と言えども、コレばかりは許容出来なかったので無理やりにでもと連れて来た。
…いや、抵抗はしなかったけれど。
P「いやぁ、楽しみだなぁ長介」
長介と2人、並びながら準備体操をしておく。
やんちゃな浩太郎と浩司は、面倒見のいい水瀬(兄)が伴ってくれている。
長介「えっ…あ、うん…」
P「みんなどんな水着を着てくるんだろうなぁ」
長介「どうかな…ウチらはこの間と同じだし、伊織姉ちゃんも一緒だと思うけど…」
P「ああ、そうか。長介たちは割りと最近一回来てるんだな」
そう言えば伊織の誕生日の頃にそんな話しを聞いた気がする。誘われもしたか。
長介たち高槻家の水着は、その際に伊織に新調してもらったものらしい。
俺のは田舎に行った時と変わらず、体操着のようなデザインの海パンだ。動き易さ第一。
P「そういえば長介、もしかして前にココに来たときラッキースケ──長介?」
長介の意識が余所へ向かっていることに気が付いて、その視線の先を追う。
視線の先には、準備体操をする水瀬(兄)の姿が。
長介「………」
ゴクリと唾をのむ音がした。
俺は長介の考えていることを察し、優しく肩に手をのせる。
P「いいんだ長介。水瀬は気にしなくていい。アイツは規格外だから。お前が気にするようなことはなにもないんだ」
恐らくは、先刻更衣室で着替えている時に、水瀬の着替えを見てしまったのだろう。
正確には、水瀬の持つ男性の……シンボルを。
容姿端麗、品行方正、文武両道、人格清廉。
およそ考えつく限りの美辞麗句を並べてみて、その全てが当てはまってしまうと云う人生のヴィクトリーロード驀進中の水瀬(兄)。
そんな天に二物も三物も与えられた彼は、股間の逸物にも男性としての才を余すところなく注がれていた。
俺自身は平均並みであり、コンプレックスに感じていることはなにも無い。
が、流石の水瀬と比べられては、劣等感は感じてしまう。
まだ小学生の長介であれば、尚更のことだろう。
準備体操を終えた水瀬(兄)が、浩太郎と浩司を連れてこちらへ向かってくる。
長介は一瞬の緊張を見せるものの……フッと息を吐き、彼を「到達できない神域」とし、達観した。
P「偉いぞ長介。お前は今日、また一つ大人になった」
長介「……はい!」
強く手と手を握り合い、2人の間に紡がれた絆を確かめるように、力を込める。
長介……コイツは大物になる…!!
そうこうして女子を待つ間、時間を潰すのに山の景色を楽しんでいると、山の向こうでは空模様がややどんよりとしているのが見えた。
P「出発したときは結構晴れてたんだけどなぁ。山の天気は崩れやすいっていうし、こりゃ一雨くるかな……」
まぁ、屋内プールなので雨が降っても関係は無い。
景色が楽しめなくなるのは残念だけれど、我々はそもそも遊びに来ているのだ。
女子と。
それもとびきりの可愛い子ばかりと。
景色なんて観ているヒマはないね!!
春香「──プロデューサーさーん…!」
P「きたかっ…!!」
春香の呼び声。
それと同時に複数の人の気配を感じて、俺は胸を高鳴らせながら振り返る。
すると──。
春香「遅れてすみませーん!」
真「おまたせぇー!」
先頭を春香が歩いてくる。
並んで真が歩いてくる。
その後ろにも、色鮮やかな水着に身を包んだ女の子──いや天使たちが続いてくる。
P「……水瀬」
隣にいる、親友の呼ぶ。
P「今日は、本当に、ありがとう…!!」
気付けば俺は号泣していた。
涙は、幸せな気持ちになっても出るものなのだと知った。
伊織に気持ち悪がられた。
誤字脱字と改行ミスが目立ちます。
申し訳有りません。
先ず、春香が千早の手をひいてやってきた。
春香「プロデューサーさん! どうですかこの水着!」
どう? と訊ねられて。
つい目線が顔より下に向かってしまって。
春香の水着姿を目の当たりにして、「意外と着痩せするんだな…」と思うも、先程バスであった出来事を、あの柔らかさを思い出し。
赤面してしまう。
春香の水着は、大胆な三角ビキニ。自身のイメージカラーにしているのか、赤を基調としたデザイン。
スタイルも相俟って普段よりグンと大人っぽく見えて、けれども普段通りの無邪気な笑顔とのギャップが、
なんというか、こう、凄い。
P「あ、あぁ……似合ってる、よ」
羞恥心か照れなのか、つい歯切れの悪い返事をしてしまい、途端に春香がむくれっ面になる。
春香「もー、プロデューサーさんてばどこ見てるんですか! 私じゃなくてコッチですよ、コッチ!」
うん?
春香が見て欲しかったのは自分の水着ではない?
となると、その手で連れてきた千早と言うことに──
千早「ちょっ…やだ、春香、恥ずかしいわ…!」
春香「ここまできて恥ずかしいもないよっ! …ホラホラプロデューサーさん、どうです? 千早ちゃんの水着姿ですよ!」
──言葉を失った。
普段から、ピッチリとした服装しか見せてくれなかった千早が。
ラフな姿、肌を露出する恰好なんて、それこそステージ衣装くらいなものだった千早が。
水着を着ている。
それも、惜しげもなく肌を晒す、青色の、ビキニ。
春香「千早ちゃんの水着、私の水着と色違いでお揃いなんですよ!」
言われて、確かに同じデザインであることを知った。
けれど、スタイルの差異や肉付きの個人差、果てはお肌の張りからその色に於いて、2人のもつ魅力は「別のもの」なのだと改めて理解した。
千早は、細い。
ヒョロガリというわけではなくて、とてもしなやかに、無駄を一切省いたかの様に、細いのだ。
本人が密かに気にしているようだが、その、確かに胸部や臀部にボリュー…脂肪が足りていないように見える。
けれどそれでいいんだ。
この細さに、そんな不釣り合いな“丸み”や“柔らかさ”があったところで、蛇足もいいところ。
如月千早のスタイルは、既に完成されている。
その“しなり”は豹の如く。
わずかに浮き出た肋骨のラインも扇情的で、自慢の歌唱力を裏付けする引き締まった腹筋も、つい触り撫でたくなってしまう。
──けれどもこうして、異性の前に出ることで紅潮した肌は、彫刻のように美しい肉体を持った少女が、確かに年頃の乙女であることを感じさせる。
春香のときにも言ったが、
なんか、こう、ギャップで、凄い。
千早「ちょちょちょっとプロデューサー!? いくらなんでも直視し過ぎですっ!」
P「──ハッ!?」
春香「千早ちゃんすごい見られてたね……ちょっとプロデューサーさん怖かったです」
そんなに!?
春香「まぁ千早ちゃんですもんね! 仕方ないから許してあげましょう!」
P「ありがとうございます!!」
千早「春香は私のなんなの…!?」
P「ちょっと腹筋触らせてもらってもいいですか」
千早「ダメです!」
雪歩「──きゃあぁぁ!」
朗らかな談笑のなかに入り込む、雪歩の悲鳴。
驚いて声の方角を見やると、プールサイドで雪歩がうずくまり、それを真が、倒れないように支えているのが見えた。
P「どうした雪歩ー!」
春香と千早に目配せで離れることを伝えて、俺は雪歩たちのもとへ気持ち急ぎながら大股歩きで近付く。
雪歩「ひぅ!? 男の人っ…!!」
真「落ち着いて雪歩、ほらコレ、プロデューサーだから!」
P「コレ呼ばわりだと…!?」
いったい何があったと言うんだ。
久しぶりに雪歩が臆病モードに入っているじゃないか。
真「いや、それがさぁ…」
“なにか”に怯える雪歩の肩に手を置きながら、真が視線だけでその元凶がなんなのか伝えてくる。
視線の先には、水瀬(兄)。
P「ああ…」
しまった。
これは、配慮しておくべきだった。
水瀬には悪気は一切無いのだろうが、いまの水瀬は、存在そのものが『罪』なのだ。
なにせブーメランタイプ。
水瀬の均整のとれた肉体美、その魅力が遺憾なく発揮される水着を着ているのだから。
その魅力とは、股間部の強調具合を含めてのもの。
これほどの存在感。男性恐怖症の雪歩には、いっそ凶器にも見えるだろう…。
P「大丈夫だ雪歩。あいつは水瀬。こわくない、こわくないから。あいつは雪歩に危害を加えたりしないよ」
心を固めている氷を解かすように。
雪歩の心のカマクラを少しずつ崩していく気持ちで、真と一緒に声をかける。
真「そうだよ雪歩。どっちかというと危ないのはプロデューサーだと思うから、雪歩はなんの心配もしなくてもいいんだよ?」
P「…なんで俺が危ないの?」
真「え? ……言えないよそんなこと…」
なにやだこわい…何で頬を赤らめて目線をそらすの!?
あといまの真すごい可愛いから写真を撮りたいんだけどケータイは更衣室だったぁーしまったぁぁぁ!!
雪歩「…ぐす…プロデューサー……がんばってくださいぃ…」
涙目でうずくまっていた雪歩がやっと顔を上げて……心配されてる!?
P「いや、まぁ、ほら。言った通り、水瀬は(見た目以外には)害はないからさ、せっかくプールに来たんだから、楽しい気持ちで遊ぼう? な?」
真が雪歩の左手を握っていたので、俺は右手をとって、少しでも安心出来るように握ってあげる。
やがて雪歩は小さく頷くと、両手足に力をこめて、ゆっくりと立ち上がった。
雪歩「すみませんでした…」
雪歩が申し訳なさそうに俯いている。
P「いいのいいの。……えっと、水着、雪歩に似合ってて可愛いよ」
明るい話題に変えようと考え、ここは雪歩と真の水着の話しをしようと決めた。
雪歩「あ、ありがとうございますっ」
真「へへー、いいよねぇ雪歩! 一緒に買いに行ったんだけど、一目みてビビビッときたからススめちゃったんだ!」
P「真のチョイスなのか、いいね」
真のセンスに共感し、パッチンパッチンガシンガシンとアルゴリズムなタッチをする。
──雪歩の水着は、
雪歩がもつ印象にピッタリな、真っ白なビキニ。
ビキニとは言っても春香や千早のようなキッチリとした三角の布ではなく、
全体的にヒラヒラとした、フリルを模した装飾が施されており、三角ビキニのもつ「大人っぽい」イメージよりも「女の子らしさ」を強くアピールしていて、
普段大人めの雪歩に驚くほどマッチしていて大変素晴らしい。
雪歩「真ちゃんがすすめてくれたから、コレにしたんですけど…す、すこし落ちつかないですぅ…」
P「いや、本当にピッタリだ。自信をもっていいよ。雪歩はすごく可愛い」
雪歩「はうぅ……」
P「それなのに、さ」
真「うん?」
P「真の水着はなんなんだそれ」
真「フフーン! ボクの水着も、店員さんに訊いてオススメのを選んでもらったんだ!」
P「ほほぅ…」
真の、水着は……水着…?
まず、トップスが無い。
いやトップスと表記していいのか分からないだけで、ちゃんと着てはいる。
安全ベストのような、チョッキのような水着を。
ボトムスこそ、ローライズなズボンと言った感じで、真のもつ健康的な印象とお尻の魅力を存分に見せつけてくれているものの。
上が。
色気のかけらも。
ありゃしねぇ。
P「……黒いな」
真「うん! ちょうどボクの好きな黒色があってさ! 赤いのと迷ったけど、雪歩に選んでもらってこっちにしたんだ!」
ああ…。
真ちゃんてばすごい笑顔でいらっしゃる…。
きっと店員さんが勧めてくるままに選んで、「お似合いですよ」、「素敵ですよ」と褒められたのだろう…。
いや、実のところすごく似合っている。
似合ってはいる…が、その「似合っている」は、本来真が望んでいるはずの「女の子らしい水着☆」とはベクトルが違うモノだということに……
本人はまだ、気が付いていないようだ…。
美希「あはっ! 真くん、その水着すごい似合ってるの!」
話しを聞いていたのか、横から美希が真の腕を絡めるように抱きついてきた。
真「そ、そう? …えへへ、ちょっと女性らしさとは違うと思ってたんだけど、似合ってるんならいいかな…」
美希「うん! すっごく格好良いの!」
ちょ。
真「……格好良い?」
美希「格好良いよ?」
真「……雪歩もそうおもう?」
雪歩「ふぇっ!?」
急に振られて驚くものの、少しの思案の後、頬を染めながら頷く雪歩。
真「……プロデューサーは?」
恐る恐るといった感じで、
まるで確認をとるかのように、順々に感想を尋ねていく真。
もうこの際だから、率直な感想を言ってしまおう。
P「『かわいい』とは違うかなぁ」
真「──もー! なんだよみんなしてぇ! せっかく新しい水着で、みんなのボクに対する印象を変えてみせようと思ってたのにぃ!!」
なんだろう。
その目的でこんな水着を選んでしまうあたり、真にはなにか決定的なセンスが欠けているような。
雪歩の水着はセンス良かったのになぁ…。
ところで、こうやってわんわんと喚き散らしている真はなんともかわいい。
普段がキリッとしている所為か、ギャップが胸にキュンとくる。
…おや? もしや俺はただのギャップ萌えなのかな?
美希「ねぇねぇハニー、ミキはミキは? かわいい?」
そう言って真から離れると、くるりとその場で一回転してみせる。
腰に巻いたパレオとボリューミーな膨らみが、その動きに合わせて揺れて視線をそらす。
P「う、うむ。なかなかどうして、プールで見たほうが一層似合ってると思うよキミぃ」
緊張して校長みたいな喋り方になった。
美希「あはっ」
美希の水着は、夏休み前に俺の部屋で見せてもらった物と同じ。
上下ともライトグリーンビキニだが、腰に同系色のパレオを巻いている。
若葉の色が目にも鮮やかな、バランスの良い肢体をもつ美希によく似合った水着だった。
P「響はどうした? 先刻まで一緒に居たよな?」
美希「響だったら後ろにいるよ?」
P「なにっ…!?」
即座に振り返る。
すると確かにすぐ真後ろに、これまた華やかなライトブルーの水着を着た我が義妹が居た。
ややご機嫌ナナメのようで、腕を組んで頬を膨らませている。
どうでもいいけどそのポーズ胸が強調されるから遠慮してくれないだろうか。目のやり場に困る。
P「おこなの?」
響「べつに!」
「おこ」じゃないか。
P「響は水着新調してないのか」
響「……必要なかったから」
P「響? 小さくなったら小さくなったで、ちゃんと体に合ったサイズを着けないと…」
響「うがー! だから縮んでないってばー! 測り方が間違ってただけさぁ!」
P「あっはっはっは。…でも響、減ってはいなくても成長くらいしてる筈だろ? それなのに去年と同じ水着ってことは……」
もしかこの子、
まったく成長していない…?
響「違う! 違うよ!? ちゃんと成長してるからね!? ただコレ水着だし、ちょっとのサイズ差くらい問題無いから着てるだけだってば!」
P「そうなのか」
響「当たり前でしょ!」
ふむ…。
でもそれだったら、みんな新調しているんだし、響もしても良かったのではと考えてしまう。
べつに、いま着ているツーピースに不満があるわけではなくて。
ただ、女の子だったら色々と新しくしたくならないのかなと、思っただけなんだ。
響「……去年にぃにが気に入ってくれた水着だからまた着ただけなのに……」
P「え? なんだって?」
響「なっ、なんでもない!!」
P「去年俺が気に入ったって褒めたから今日まで大事にしていたって? まったく響はかわいいなぁ!!」
わしゃわしゃわしゃ!!
よーしよーしよーし!!
響「うにゃー! 聴こえてるんじゃないかー! あ、頭撫でるのやめてよー!」
P「はい」
響「あっ…」
言われた通りやめたら寂しそうな表情になった。
なんだこの可愛い生き物。
いもうとだった。
P「えっと…伊織とやよいは水瀬のとこに居て、双子はその伊織にじゃれついているから良いとして、あとは……あずささんと貴音?」
それと律子も居ない。
…な、なんだこの3人は。
名前を並べただけで、連想される存在感が半端じゃないぞ……主に体の一部分のな!!
美希「貴音とあずさなら、水着着るのに手間取ってたよ?」
P「手間取る?」
響「あー、貴音はまんまり水着とか着たことないみたいだしねー」
春香「あずささんも、なんだかトラブルがあったみたいでメイドさんとお話ししてましたよ?」
P「そうなのか……ん?」
美希たちと話している間に、春香と千早もそばにきて輪に加わっていた。
ハッ! 気付けば俺、水着の女の子たちに囲まれている!?
ヒャッホイやったねなんだか幸せな気分! これって勝ち組ですよね奥さん!?
律子「なにバカなこと言ってるんですか…」
P「お。来たなりっちゃん」
て言うかいまの、俺口に出してました?
律子「『ハッ!』からバッチリ心の声を呟いてましたね」
周りを見ると、照れなのか呆れなのか、みんなが目線をそらした。
美希だけはニコニコと笑っているが。
P「これは恥ずかしいなう」
律子「真顔で呟かれても」
P「りっちゃんなう! りっちゃんなう! りっちゃんなう!」
律子「ああもう! りっちゃんて呼ばないでください!」
最初からからかい過ぎたか、りっちゃんこと秋月律子さんは随分とむくれてしまいました。
律子の水着は、系統で言うなら真と同じタイプ。
「色気」より「機能性」、「泳ぐこと」より「水辺で遊ぶこと」を重視したデザインで、
遊びより勉強! な律子の性格がよく表れた水着だった。
色は上下共に深緑。目にやさしい、これもまた普段目立ちたがらない律子らしいカラーチョイス。
P「律子」
律子「…なんですか?」
P「ナイス水着」
律子「……ありがとうございます」
またそっぽを向かれた。
ふむ…いったいなんと褒めれば良かったのか。
真「いやー、プロデューサーってつくづくアレな男の子だよね」
千早「アレ?」
響「うんうん。アレだな、なんというか」
春香「アレとしか言い表せないけど、アレだよね」
雪歩「アレ……奥が深いです……」
P「なんか急にアレアレ呼ばれ出したんだけどなにこれ」
美希「要はハニーがモテモテってことなの」
……俺が? モテモテ?
そんなバナナ。
美希「いま“そんなバナナ”って思ったでしょ」
…こいつ、俺の心を…!?
響「いや、顔見ればわかるぞ」
P「どうやら俺はサトラレの世界に迷い込んでしまったようだ」
千早「この分かり易い『正直者』なのは、プロデューサーの美徳なのかしら」
春香「浮気は出来そうもないよね」
真「事故みたいな一晩の過ちでも、恋人には絶対態度でバレると思うね」
P「水着ギャルに囲まれてパラダイスかとおもったら四面楚歌だった」
雪歩「一晩……過ち……はふぅ」
大変だ! 雪歩が苺みたいに真っ赤になってるぞ!!
「お待たせしてしまい申し訳有りません」
──凛とした声が聴こえた。
振り向くと、そこには水着に着替えた貴音の姿が。
春香「わぁ…!」
雪歩「すごい…」
プール故に、青と白が基調とされているこの空間に。
紅より深く、赤より暗い『臙脂色』の水着が一際映える。
至ってシンプルな、レオタードタイプのワンピース。
そこに華美な装飾と模様は一切なく、それでも尚この水着を「美しい」と思える理由は、
貴音のもつ魅力に他ならない。
髪型はいつも通りおろしたままだが、普段とは違い腕や脚の肌が大きく露出しているのは、否応無しに意識させられてしまう。
ハイレグ気味な水着からスラリとのびる脚。
日本人のそれとは違う、白く透き通った肌。
ボディラインが平坦になりがちなワンピースの水着。
だがその下に隠された破格のスタイルによって、盛り上がるところは盛り上がり引き締まるところは引き締められて、見事に美しい曲線を描き出している。
まさに芸術。
水瀬(兄)の肉体が「男が憧れる理想の男性像」の芸術で在るとすれば。
貴音のスタイルはその対極、「女性が望む理想の女性像」の芸術なのではないだろうか──。
貴音「……あの…その様に見つめられては、恥ずかしいのですが…」
P「あ──ご、ごめん」
羞恥で頬を染めた貴音が、自分を抱きしめて体を隠そうとするように身じろぐ。
真「うわぁ……」
それだけで、水着の下に抑え込まれている肉体がより一層強調され、艶やかさを増した。
千早「くっ…」
細身に於ける芸術域の肉体美をもつ千早が、何故だか悔しげに視線を落とす。
どうしたちーちゃん。
響「貴音は本当に肌白いなぁ」
貴音「そうですか? …自分では、それほど気にしていないのですが」
美希「気にすることなんてないよ。それは貴音の魅力だから」
響と美希に話しかけられたことで、慣れない水着に少し緊張した様子だった貴音はリラックス出来たようだ。
流石に友達というか、俺ではこうはいかないので感心してしまう。
貴音「──それで、あの…あな、プロデューサー」
P「はっ、はい?」
貴音「この水着は…似合っていますでしょうか?」
ドストレートに訊かれた。
こうも面と向かって訊ねられては、答える側も緊張するというもの。
一瞬、息を呑む。
その後に、貴音の質問に真摯に答えるために、俺は。
P「とっても綺麗だよ」
美辞麗句を並べるのではなく、簡潔に、感じたことをそのまま言葉にした。
途端、顔どころか全身の肌を紅潮させる貴音。
こっぱずかしいのは俺も同じだが、「言った方」と違って「言われた方」の貴音は、リアクションに困ったのだろう。
赤くなって、その場で硬直してしまっている。
春香「なんだろうこの人可愛い…!!」
基本、可愛いものが好きな春香さんが、大変に興奮している。
そして春香が可愛いと認めたものは俺も可愛いと感じている。感受性が似ているらしい。
千早「なるほど……これがアレなのね」
真「お、千早もわかってきたみたいだね」
千早「えぇ、これは今後プロデューサーと接する時の態度を改めないといけないと感じたわ」
だから、アレってなんなのさ!?
美希「普段からハニーを観察してればわかることなの」
それは俺に、常に自分自身を第三者視点から見つめてその行いとそこから派生していく事象をを観察しろというのか。
P「……悟りをひらきそうになるな」
美希「丸坊主になったハニーは、きっとすっごくキラキラ輝いて見えると思うな」
P「物理的にな」
響「ねー貴音、あずさはどうしたか知ってる?」
貴音「………」
響「貴音ー!」
貴音「は、はい!」
響「貴音、さっきまで更衣室にいたでしょ? まだ来てないあずさがどうしてたか知ってる?」
貴音「確か、水着に不備があったというので、侍女の方にこの施設で取り扱っている新しい水着を用意してもらっていたようですが」
響「水着に不備? なんだろ」
美希「上と下を間違えて持ってきちゃったとかっ」
春香「そんな、下着じゃないんだから…」
雪歩「…あのぅ、あずささんの言う“不備”って、ひょっとして…」
真「雪歩」
雪歩「真ちゃん…?」
真「それは言っちゃダメだよ」
雪歩「え? …あ」
千早「2人とも、どうしてこちらを見ているのかしら」
ちーちゃんから漂う不穏なオーラを感じていると、遠く更衣室の出入り口から、
のんびりとしながらもやや焦った声が聴こえてきた。
響が、「あずさが来たぞ」と知らせてくる。
声を聴いただけで判別は出来ていたが、やはり“あの”あずささんの水着姿は楽しみで仕方が無く、視線を向けようとしたら──
美希「ダメなのハニー!」
ズビシィッ!
P「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!?」
美希の繰り出してきた目潰しを綺麗に喰らってしまい、俺はあずささんの水着姿を見ることも叶わず、
無様に悶絶してタイルの上をゴロゴロと転がる。
美希「危ないところだったの…」
情けない様を見せるプロデューサーを見下ろしながら、星井美希は一息を吐く。
響「みっ、美希! なんでにぃににこんなことしたんだ!?」
信頼していた友人で在り好敵手で在る美希の凶行に、我那覇響は戸惑いを隠せずにいた。
美希「響。ハニーに今のあずさを見せるのはマズいの」
極めて冷静に、落ち着いた声で返答する美希。
足下には、未だ悶絶するプロデューサー。
響「あずさ!? あずさがなんなんだ!? あずさはただ、水着に着替えただけで──」
指し示した方向。
三浦あずさがやや小走りになりながらこちらに向かって来ているのを、改めて視認する。
あずさ「遅れてごめんなさぁいぃ~」
たぷんたぷん。
──波が、生まれていた。
ぷるるんぷるるん。
──超振動が、起こっていた。
ぼよんぼよん。
──ボールが、ドリブルされていた。
響「ッ…!!」
戦慄。
その破壊力について、理解している筈だった。
被害は“ある程度”で済むであろうと、驕っていた。
しかし、いけない。
この威力は、とてもあぶない──。
P「痛たた…眼球はダメだって眼球は……」
目の痛みを堪えながらも、転がることで外敵(美希)から距離を取り、態勢を立て直す。
視界は涙で朧気だが、みんなの立ち位置くらいは把握出来た。
P「こら美希! いまのは洒落にならないだろう!」
美希「いまは反省してるのー!」
絶対にしていない…!
フラフラと、頼り無い視界の中をゆっくりと歩く。
…俺は、
…俺は!
P「俺はあずささんの水着姿を見なくちゃいけないんだっ…!!」
響「…すごい執念だぞ…」
美希「まさに血眼なの…」
どうやら障害と思っていた2人は俺の気迫に圧倒されたようだ。
正確な表情が読みとれないから、
2人が哀れみの表情をしているように見えるのは気のせいに違いない。
あずささんのシルエットを探す。
先刻のペースなら、もう美希たちのグループに合流しているはずだが…?
P「…おわっ!?」
しまった。
よろめいた拍子に足を滑らせた。
潔く転ぶことを覚悟して、手をついて衝撃に備えようとした──ところで、
俺の腰に後ろから抱きついて、支えてくれる人がいた。
ふよよん。
その人のお陰で俺は踏ん張ることが出来、再び態勢を立て直せた。
ゆやよん。
俺がちゃんと立ったことを確認すると、後ろの人物はゆっくりと両腕を解く。
P「…ありがとうございます、あずささん」
あずさ「いいえ、どういたしまして」
そこにはいつものままの、穏やかな笑顔。
P「………」
じー。
あずさ「あらら…?」
じー。
あずさ「…うふふっ」
じー。
亜美「Hey!」
真美「そこまでだYo!」
P「どわっ!?」
ちょうど良くあずささんと向かい合えたので水着姿を眺めさせてもらっていたら、
忍び寄るように近付いてきた双子の強襲を受けた。
亜美「兄ちゃーん。ちょっとあずさ姉ちゃんのこと見過ぎじゃないのー?」
真美「デリカシーがないよ兄ちゃーん」
まさか2人に常識を諭されるとは。
だけど確かにいまのは見過ぎだった。ガン見と言って良かった。
P「…あの、あずささん、済みませんでした」
あずさ「あら~?」
そんな俺を気にした様子もなく、微笑んでいたあずささんは、
スッと、頬にそえていた手を俺へとのばす。
あずさ「…えいっ」
P「あた」
弾かれた指が俺の眉間に当たる。
いわゆるデコピンだが、全く痛くない。
あずさ「怒ってなんかいませんよぉだ」
P「…? じゃ、じゃあいまのデコピンは?」
あずさ「いまのは、見てるだけで感想を言ってくれなかったから、そのおしおき」
P「あっ、いや、そのちょっと、俺には刺激が強すぎたから頭が回んなくて…!」
亜美「そだよ! こーして亜美たちも水着に着替えてるんだからさぁ!」
真美「ほめちぎりまくってくれてもいーんじゃないかなぁ!」
亜美と真美。
2人の水着はお揃いのデザインで、黄色が基調とされていて2人の雰囲気によく似合っている。
形状は、上がチューブトップに下がローライズのツーピース。
サイズとデザインからして子供用のはずなのだが、そう言った物によく見られるフリルやリボン等の装飾が一切無い。
生地はピッタリと肌に張り付くように、双子の体のラインをくっきりと浮かび上がらせている。
……これは屋外で遠目から見れば、裸のように見えてしまうかも知れない。
真美「どーよ兄ちゃん」
P「どうって」
真美「真美たちのこのせくすぃーな水着をみて、ナンパしたくなっちゃったりするんじゃない?」
ナンパって。
亜美「ウチじゃ見せらんなかったじゃん。だから兄ちゃんの反応、けっこーキタイしてたんだよね!」
P「ああ、そう言えばそうだった」
改めて、2人の全体像を俯瞰してみる。
P「うん。似合ってる似合ってる」
亜美「……そんだけ!?」
真美「ひどくない!?」
P「個人的には、もう少し2人らしい、子供っぽい水着を着て欲しかった気がしないでもない。でも似合ってると思ってるのは本当だよ」
前に本人たちにも話したが、2人には無理して大人ぶる…“背伸び”をしてもらうより、年相応に無邪気でいて欲しいと思っている。
真美「…やれやれ、兄ちゃんにはすこし刺激が強すぎたみたいですな」
亜美「ひとはいつまでも子供じゃいられないんだよ兄ちゃん」
何故俺が諭される側に。
P「大人の魅力って言うのはさ、先ずあずささんみたいになってから言うものだと思うんだよ」
双子とのやりとりを微笑みながら見ていたあずささん。
そんなあずささんに3人で視線を向ける。
亜美「…いや、兄ちゃん」
真美「あずさ姉ちゃんはハードル高すぎっしょー…」
P「うん。自分で言ってておもった」
あずささんの水着は、典型的な三角のビキニ。
他にもビキニを着ている子はいるが、あずささんの持つ破壊力は一線を画している。
まず、おおきい。
つぎに、おおきい。
何故か水着の表面に「Big Wave」という文字が印刷されているが、まさにその通りな上に、生地が支えている圧倒的な質量によって文字が歪んでいるのが一層のインパクトを与えてくる。
亜美「どうしたらああなるんだろ…」
真美「ちょっと次元が違いすぎだよね…」
P「……あ、そう言えばあずささん」
あずさ「はい?」
P「水着に不具合があったとか聞きましたけど、大丈夫なんですか?」
あずさ「あぁ、あのね、私本当はコレとは違う水着を持ってきていたのだけれど、その…ちゃ、ちゃんと着られなくてね? メイドさんに頼んで、新しい水着を用意してもらっていたの」
太ったわけじゃないのよ? と仕切りに念をおしてくるあずささん。
そうか、水着を新調していたから時間がかかったのか。
あずささんの“サイズ”なら、それもやむなしだろう。
P「元々の水着も見てみたかったですけど、その水着もすごく似合ってますよ」
原色に近い青を基調とした水着と、腰に巻いた薄い青のパレオが目にも鮮やかだ。
あずさ「うふふ、ありがとう」
あずささんには双子を連れて春香たちに合流してもらい、
俺は全員の準備が出来たことを、水瀬(兄)に伝えにいくことにした。
P「水瀬ー、みんな着替えおわったぞー」
物怖じをしないやよいの弟たちと戯れていた水瀬(兄)へと近付きながら声をかける。
了解との返事。
それと同時に、やよいがトテトテと俺の方へ歩み寄ってきた。
やよい「お疲れ様ですお兄さん!」
P「ああ、やよい。大丈夫疲れてなんかないよ」
眼球に深刻なダメージを負うところでしたが。
やよい「………」
もじもじ。
P「やよいの水着も、この間伊織に?」
やよい「はっ、はい! 伊織ちゃんが選んでくれました!」
何かを言いたそうにしていたが、水着の話しをすると途端に明るく笑った。
俺が他のみんなとしていたように、水着の話しをしたかったのだろう。
わかりやすすぎてかわいい。
伊織「──まあ、やよいならどんな水着でも似合うと思うんだけどね。でもコレはあえて、やよいの無邪気さを引きたてる物を選んだわ」
P「ナイスです伊織さん」
やよいの後ろを追うように歩いてきた伊織が自慢気に笑う。
やよいの水着は、見るだけで暖かく感じられるような、鮮やかなオレンジ色のワンピース。
同じワンピースタイプでも貴音の水着は「シンプル イズ ベスト」だったのに対し、
やよいのは肩や腰回りにフリル、胸元にリボンの装飾が付いていて、可愛らしさを全面に押し出しているデザインだった。
やよい「あの、似合ってますか…?」
P「もちろん! 可愛いやよいが一段と可愛いくなってるよ」
やよい「あっ……えへへ」
頭を撫でてあげると、顔を赤くしてまたもじもじとし始めるやよい。
再三言うけどほんとにかわいいなこの子。
やよいが可愛いというのを再確認して。
次にと伊織の全体を視界に捉えた。
俺の視線に気付いたのか、伊織はフフンと鼻で笑って、水着を見せ付けるように、ない胸を張ってアピールしてくる。
P「なあ伊織」
伊織「なによ」
P「なんで、お前は、競泳水着なんだ?」
伊織「なんで? なんでですって? ──そんなの、アンタをヘコませてあげるために決まってるじゃない!」
…うん?
“俺のため”?
P「残念だけど、競泳水着に萌える趣味はないなぁ…」
伊織「違ーう!! …そうやってアンタは、いっつもヘラヘラ笑いながら私にちょっかい出しておちょくって! お兄様の友達だからって、ちょっと調子にノりすぎなのよ!!」
P「伊織をイジるのは生き甲斐です」
伊織「それをやめろって言ってるの!」
プロフィールの趣味欄に記入してもいいと思っている。
P「それは……つまり、遠回しに俺に死ねと?」
伊織「死ななきゃ治んないならねっ!」
なんてこった。
パンナコッタ。
伊織に死刑宣告をされてしまった。
P「それで、俺が伊織にちょっかい出すのと競泳水着になんの関係が?」
伊織「だから! 今日は私がアンタを水泳でボッコボコに打ち負かしてあげるから──これはその勝負服よっ!」
伊織へ行ってきた、度重なる変態行為によるストレスが限界を迎えたらしい。
「侮られている」と伊織は言った。
まさにその通りだから反論のしようが無い。
P「勝負服は良いけど、なんでピンク?」
伊織「え? それはほら、私といったらピンク色じゃない」
形は確かに競泳水着なのだが、色がヤバい。
ドピンク。
あんな色の競泳水着が在るのだろうか。
もしかしてこの日のために前々から用意していたとか?
伊織「…なによ、かわいらしいでしょ?」
P「淫乱ピンク」
伊織「んなっ…!?」
P「ピンクは淫乱」
よって伊織は淫乱。
…興奮してくる。
伊織「ちょ…他に言うことないわけ!?」
P「普通の水着が見たかった……いやまぁ似合ってますよ?」
伊織「きーっ! そこは素直に褒めなさいよぉ!!」
懲りずに伊織をイジって遊んでいたら、やよいが仲介に入ってきて「めっ!」と怒られてしまった。
仕方が無い、やよいに免じて今だけは引き下がろう……だがあとで覚えておけよ貴様!!
という気持ちを込めて伊織にウィンクをしたら、「ぺっ!」と吐き捨てられてしまった。
そんなやり取りをしている内に全員が集合する。
P「──それで、移動出来るのはこのエリアだけでいいのか? パンフレットにはスパ施設と隣接してるって書いてあったけど」
いま俺たちが居る場所は、スタンダードな長方形型の50mプールと飛び込み用プールが在る施設。
入口からの分岐で、隣の入浴施設にも足を運べるらしい。
水着のまま移動出来るようにとの配慮だろう。
伊織「なに言ってるのよ。こんなとこじゃただ泳ぐだけで遊べないじゃないの」
P「と言うと?」
俺の疑問に、伊織は「いいからついてきなさい」と先に歩き出してしまった。
長介たちは勝手を知っているのか、何も言わずにその後を追っていく。
水瀬(兄)にも促されて、俺たちはゾロゾロと連れ立ち入口とは反対方向にある通路へと向かった。
通路というか、渡り廊下のような緩い坂道をしばらく下りて。
ステンドグラスがはめ込まれた大きな扉を抜けると、
そこには広大な空間と、いくつもの遊泳プールが在った。
P「な……なんじゃこりゃあ…」
その空間の規模に──俺だけではなく初見の人はみんな──呆気にとられて、リアクションがとれないでいる。
東京ドームを想わせる広さ。
いま居る場所は入口の高台に当たるのか、
奥にある『波のプール』に『ウォータースライダー』、『流れるプール』に『幼児用の浅いプール』と、全てのプールが見渡せた。
しかし、この規模はなんと言うか……。
P「としまえんかっ!!」
伊織「一緒にしないでよ!!」
曰わく、先程のプールは、水瀬グループが提供をしているテレビ番組等でよく使われる“表”のエリアで、
こちらのエリアが会社の役員が家族たちを連れて遊びに来るプールということらしい。
金かかりすぎだろ。
P「でもあれだな、これだけ広いと全員に目が届かないな」
誰にも見えない場所で溺れたりすることが有ったら大変だ。
なので、みんなとプールで遊ぶときは最低でも3人1組で行動するようにとの約束を取り交わす。
特に長介やかすみちゃん、浩太郎と浩司に至っては1人とカウントするのはダメ。
ちゃんと大人が見ていてあげるようにしなければ。
P「みんな、準備運動は充分にしましたかー?」
一度プールサイドに集まって、点呼がてらに声をかける。
はーいと元気な声が返ってきたあと、水瀬(兄)から長すぎない挨拶と諸注意の説明。
それが終わると、全員にゴム製のバンドを配り始める。
伊織「はい、やよい。あなたの分ね」
やよい「わぁ、ありがとう伊織ちゃん!」
伊織「長介たちは、やよいか他の人に頼むかしてね」
長介「うん」
どうやら、長介たち以下の弟妹'sには配られないようだ。
P「なぁ、これなに?」
伊織「…いまさっきお兄様が説明してたけど?」
マジですか。
伊織「もぉ……いい? 各プールの近くには機械があるでしょ?」
P「あのATMみたいのか」
伊織「そこに行って、バンドをタッチして起動させたら好きなものをサービスで持ってきて貰えるから、好きに使いなさいってこと!」
……マジですか。
P「さぁて!」
いざ自由行動開始となり、みんなが思い思いの場所へと散っていく。
P「どうするんだ伊織、すぐ競争するか?」
伊織「べつに急いでないから、ひとしきり遊んだあとでいいわよ」
そう言って、伊織はやよいと水瀬(兄)、それにかすみちゃんと浩太郎と浩司を連れて『波のプール』へと向かってしまった。
P「うーん、じゃあ俺はどうしよ」
美希「ハニーはこっちで一緒に遊ぶの!」
P「ゲフン!?」
腕を組んで、思案に耽ろうとした瞬間にタックルをくらった。
P「痛い……さっきから美希は俺に対して攻撃的すぎないかな?」
響「にぃにとプールにきてテンション上がってるんだよ」
美希「あはっ! すごいのすごいの! ハニー、なにして遊ぶ? どれして遊ぶ!?」
…本当だ。
美希のテンションがすごいアゲアゲしてる。
貴音「ふふふ、こんなに楽しそうにしている美希を見るのは初めてです」
P「んー、じゃあこっちにも普通のプールは有るみたいだし、とりあえずそこで体を水に馴らすとしようか」
俺の提案を傍にいた3人、響と美希と貴音は聞き入れてくれて、美希なんかは文字通り弾むような足取りで歩きはじめる。
……本当に、この3人は……弾む……弾む……。
響「にぃに、見過ぎ」
P「水着なだけに!!」
美希「ミキのミズギ! なの!」
P「ヒューッ! とばしてるなぁ美希!」
響「はははっ、にぃにのテンションもいつにもましておかしいぞぉ!?」
P「そういう響こそ!」
響「えへへっ!」
貴音「面妖な…」
プールに着くと、既に水に入って戯れている春香と千早が居た。
P「2人もこっちに来たのか」
千早「プロデューサー」
春香「やっぱり最初は普通のプールが良いかなと思ったので!」
借りてきたのか、浮き輪のボールを使って、バレーボールの様にトスを返し合っている。
P「どれ、俺も混ぜて貰おうかなっと…おぉっ?」
梯子を使わずプールサイドからそのままプールに身を投じたら、意外な深さで少し驚いてしまった。
千早「あ、そっちの方は深いので気を付けて下さい」
どうやら、長方形のプールの片方はやや浅く1.5m程、片方は2mを超える深さらしい。
美希「ハニーの身長で首まできてるの」
P「ああ。だから3人は向こうから入ったほうがいい。特に響は向こうからでも危ないから気を付けてな」
響「自分そんなにちっちゃくないぞ!?」
トランジスタグラマーと言うやつです。
P「よっ、ほっ、はっ」
いきなり泳ぐのもつまらないので、ザブザブと水を掻き分けるようにして春香たちのもとへ。
これが存外疲れる。
春香「プロデューサーさんて泳げますよね?」
P「まあ人並みには。2人は?」
千早「私も人並み程度です。春香は…」
春香「おっ、泳げますよ!」
千早「“あれ”は泳げると言って言いのかしら?」
春香「うぅ…千早ちゃんの意地悪っ!」
なんだなんだ。
まだ語られぬ春香の魅力があるのか。
P「春香、あとで競争しようか」
春香「イヤですよ!?」
響「おまたせー!」
美希「なのー!」
浅瀬の方のプールサイドから3人が入ってきて、とりあえずとばかりに全員でトスを開始する。
響「それーっ!」
ポンッ。
貴音「…はっ!」
パンッ。
美希「えいっ!」
バンッ。
P「ヒャッハー!」
パフンッ。
春香「…ねぇねぇ千早ちゃん」
千早「なに?」
春香「なんかこう、すごいね」
千早「……なにについて言っているのか私には理解できないけれど、春香だって“すごい”部類なのじゃないかしら」
春香「えっ?」
千早「くっ…」
春香「待って、待って千早ちゃん。千早ちゃんたぶん勘違いしてるよ!」
千早「勘違いもなにも…スタイルの良さについての話しでしょう?」
春香「スタイルと言えばスタイルの話しなんだけど……私は、『プロデューサーさんの腹筋すごいね』って言ったの」
千早「えっ」
春香「男らしいなーって」
千早「……あ……そ、そう、そうだったの」
春香「………」
千早「………」
春香「千早ちゃんだって女らしいよ?」
千早「春香はあとでプロデューサーと競争ね」
春香「なんで!?」
P「ハァ…ハァ…ハァ…」
響「…つ、つかれたぁ…」
短い時間に散々とはしゃいぎ、
俺を含めた6人は一度プールから上がって一息吐いていた。
貴音「ふぅ……水の中で運動をすると言うのは、思った以上に疲れるものなのですね」
千早「…四条さんは、普段水泳をなさったりはしないんですか?」
貴音「ああ、いいえ。泳ぐことは、嗜む程度には好きです。…ですが、この様に友人と球戯に興じたことなどありませんでしたので…」
“友人がいない”、と言ったことが恥ずかしかったのか。
貴音は恥じらうような、照れるような表情を見せたあと、
貴音「いまは、とても新鮮な気分です」
綻ばせるように、笑った。
千早「四条さん…」
春香「かわいい…」
気持ちを共感することが出来た千早は少し申し訳無さそうな顔をするが、
その隣で春香はデレデレな顔をしている。
春香「いいなぁ、貴音さんいいなぁ…」
美希「なんか春香がアブない目をしてるの…」
P「本当に可愛い物というか、女の子らしいものに目がないな春香は」
響「うがー……ちょっと飲み物頼んでくるー…」
美希「あっ、ミキはメロンソーダね!」
響「はいはい」
貴音「響、私も行きましょう」
響「いいよー、貴音も休んでなって」
貴音「私が行きたいのです」
響「そう? じゃあ一緒にね」
貴音「はいっ…天海さんと如月さんは何にしますか?」
春香「ふぇっ!? あぁ、えっと…」
千早「スポーツドリンクを2つ」
貴音「承知しました。……あな、プロデューサーは如何しますか?」
P「うーん、俺は休憩がてら流れるプールにでも行ってたゆたってくるよ」
響「休憩なのにプールに入りにいくのがにぃにらしいよね」
P「他の子たちの様子も見ておきたいし。──あばよっ!」
グラウンドのトラックのような輪を描いて、ぐるりと巡っている『流れるプール』のそばまで来た。
P「にしても大きいなぁ。この施設の中で、一番規模がデカい気がする」
輪っかの途中途中には脇道があり、そこから中心部分に在る小規模プールへと入ることが出来る。
小規模プールはやや深いお風呂くらいの深さしかなく、ここだけ流れは無差別で渦のようになっている。子供が入り乱れて遊ぶためのスペースなのだろう。
P「よっこいせっと」
また梯子を使わずに、ドポンと音を立てて入水。
意外に流れは速く、壁面からジャグジーのように噴き出ている水流が当たると足を取られそうになる。
浮き輪でも持ってくるんだった。
P「…ふんふふ~ん」
気を取り直して(?)、敢えて水の流れに逆らってカエル泳ぎを開始する。
遠目ではわからなかったが、誰か入っているのなら、そのうち出くわすだろう。
そら、早速見えてきたぞ。
長介「あはは……いえ、そんな……」
水着に着替えたメイドさん2人に挟まれて、バナナ型の浮き輪ボートの上に座っておられる師匠の姿がなぁ!!
P「………」
長介「あ、あの、あんまりくっつくと暑いっていうか……あっ、プロデューサーさん」
距離が近付いて、俺を視界に捉えた長介が声をかけてきた。
P「やあ。楽しそうで何よりだ」
大人の女性にからかわれているだけにも見えるが、それはそれで羨ましい。
というかなんでメイドさんたちは長介に御執心なんだ。
絶対前回のプールでなにかあっただろ。
P「じゃあ、長介のことよろしくお願いします」
長介「あっ、あのプロデューサーさ」
チャポンと潜って、再び逆流を始める。
師匠のラッキースケベタイムを邪魔してはいけない。
いまのはラッキースケベとは違う気がするけれど。
ちなみにメイドさん2人は、メイド服の意匠をしたフリル付きの水着を着ていた。わざわざカチューシャも。
P「ブクブクブクブク…」
ドルフィンキックで潜水遊泳…水流を逆行しながら、次なる獲物を探す。
……おっ?
水面に浮き輪のマットが。誰か乗っているようだ。
『いやー、こうしてると意外と速いんだなぁこのプール』
『ダ、ダメだからね…? 揺らしたりしないでね…?』
『大丈夫大丈夫っ! こうやって静かにしてれば落っこちたりひっくり返ったりなんかしないから!』
『はうぅ……』
P「…ブクブク…」
目標補足。
悪戯を開始する。
真「……うん? 雪歩、いま揺らした?」
雪歩「えぇっ!? そ、そんなことしないよぅ!」
真「だよね……なんだろ、急に流れが遅くなったと言うか…」
雪歩「きゃあぁ!?」
真「雪歩!? どうしたの!?」
雪歩「ま、真ちゃん、下…!!」
真「した?」
雪歩に指摘され、真は半透明なマットの下を見る。
そしてへばりついている俺と目が合った。
真「ウワァ──!!」
P『…“バゴドォ”……バゲゲボォ…バゲゲボ“バゴドォ”…!!』
ドンドンと、
ドジョウだかカエルだかの様にマットの裏側にへばり付いて、名前を呼びながら叩く。
P『“ブゥギボォ”…!』
雪歩「なんか喋ってますぅ…!!」
真「フンッ!!」
P『ゲブゥ!?』
怖がらせ過ぎたか、マット越しに拳を振り下ろされた。
P「あやうく溺れるところだったぜ」
真「そのまま流されていけばよかったのに…」
マットに載っている真と雪歩に並ぶようにして、流れるプールをたゆたう。
真「ちょっと冗談がすぎるよプロデューサー」
雪歩「怖かったです…」
P「2人がイチャイチャしてたのでつい」
真「ついって…」
P「イチャついているカップルに脅威が迫っていくのはホラーのお約束だろう?」
真「そもそもホラーを求めてないよ!」
雪歩「そうですぅ!」
2人からプンスカと怒られる。
P「……そう言えば、2人は2人行動だったのか?」
最初に三人で一組と決めたはずだけど……。
そういえば、春香と千早も2人だった。
俺が向かうのを見越していたようにも思えるが、危ないからあとで注意しておこう。
真「ううん。本当はあずささんも居たよ」
雪歩「飲み物を頼みに行って、そのまま…」
P「あぁー…」
あずささんなら、これだけの敷地を迷うのは造作もない事だろう。
そして、「迷っている」と言うのなら。
ちゃんと探してあげなければ。
P「じゃあ俺はあずささんを探してみるから、2人は……そうだな、さっき長介くんとメイドさん2人が同じように流れていたから、合流しておくこと」
師匠の邪魔をするかも知れないが、仕方がない。
P「ああ、向こうの普通のプールに春香と千早、響、美希、貴音がいるからそっちと合流してもいいな」
真から了解の返事を聞いて、俺は『流れるプール』から出て次なる水場、
『波のプール』を目指す。
P「プールは点々と続いているんだから、来る途中に見かけてないってことは奥に行ったはずだよな」
…彼のあずささんを相手に、
果たして物理的な道理を過信して良いものか。
P「どこかなどこかな……ん?」
視界に捉えた『子供用プール』。
プールとは言っても、深さは大人の膝くらいまで、
広さは畳10畳分もないくらいの、円形の“水溜まり”に近い。
そこに、退屈そうに独り佇む律子の姿を見つけた。
P「──へい律子っ!!」
律子「うぉあ!?」
後ろから思い切り声をかけたら、驚いた拍子に顔からプールに飛び込んでいった。
律子「ガボガボガボ…!」
P「お、おい大丈夫か!?」
手を取って、一気に引き揚げる。
…まさか膝ほどもないプールで溺れかけるとは…。
律子「…んなっ、なにするんですかいったい!!」
P「なにって、ただ声をかけただけだったんだけど…」
律子「心臓に悪いことはやめてください!」
P「す、すみませんでした…」
謝罪する俺を見て、律子はフンッ、と一度鼻を鳴らせて、またさっきと同じ、プールを足湯のようにして腰を掛けた。
律子「……それで?」
P「はい?」
律子「いや、用があったから声をかけたんですよね?」
P「理由がなくちゃ律子とイチャついたらいけないっていうの!?」
律子「ハッたおしますよ」
P「やだ…優しくしてね…?」
律子「殴ってあげますからしゃがんでください」
P「ごめんこうむる」
律子「セイッ!!」
P「膝ぁ!!」
とんでもないことに膝を正面から殴りとばしてきた律子の奸計にハマり、
俺は律子の隣に座ることを余儀無くされてしまった。
P「まったく、律っちゃんはとんだ策士だぜ」
律子「この距離ならサブミッションかけられますけど如何です?」
水着姿の女の子にサブミッションかけられるとか御褒美以外のなにものでもないのだけれど……ここは自重しておこう。
P「…なんで律子は、1人でこんなところにいるんだ?」
3人組でかたまるように伝えたのに。
律子は、早々決まり事を破るような子じゃないのに。
律子「ここだったら溺れもしませんし、私1人でも大丈夫だと思いまして」
さっき溺れかけてましたけど?。
P「さっき溺れかけてましたけど?」
律子「あれは不可抗力です!」
P「……みんなと遊ぶのは苦手だったかな」
疑問を1つ口に出すと、律子は首を横に振った。
律子「それは特に問題じゃないですね。いい人ばかりですし」
P「……もしかして、泳げないの気にしてる?」
律子「………」
沈黙。
律子「随分とハッキリ言ってくれますねプロデューサー殿」
P「回りくどいのは嫌いだろう?」
律子「そうなんですけど」
律子はカナヅチ。
まぁ、来てからの態度で何となく察してはいた。
P「泳ぐばかりがプールじゃないさ」
律子「ええ。だからこうして、水に触れながら、遊んでいるみんなを眺めてます」
P「……陰気くさい」
律子「余計なお世話です!」
P「じゃあ、行くか」
律子「最初は手前のプールに居ましたし、次は『波のプール』ですか?」
P「そうなる。実はあずささんを探している最中だったんだけど……知ってる?」
律子「あずささんだったら、さっき飲み物持って波のプールに歩いて行きましたね」
P「ああ…やっぱりそうなのか」
「頼めば届けてくれるサービス」らしいけれど、
あずささんは従業員さんを想ってか、自ら受け取りに行ったのだろう。
そして戻る方向を誤った。
律子「私はここでのんびりしていますから、またあとで」
P「なにを言ってるんだ」
律子「は?」
P「俺は“行くか”と言ったんだよ。さぁ付いて来てもらおう」
律子「いやいやいや」
なにをバカなと肩を竦めて笑う律子の手を取って、引っ張るようにしてプールから連れ出す。
律子「ちょっ、ちょっとやめて下さいよ! 私にはあのプールで十分ですから!」
P「まぁまぁ、はしゃぐだけだから遊ぶだけだから」
律子「──もうっ!」
そうやって連れてきた、『波のプール』。
大きな楕円形をしていて、手前の浅瀬から、奥にいくほど段々と深くなっていく。
奥の壁には波を起こす機械が埋め込まれているらしいが、
安全のために囲いのようなものがあって、そこまでは近付けない。
楕円形の丁度真ん中辺りの波打ち際に立って、左右を見渡す。
律子「…あの、もう手を放してくれませんか」
そこの、左側には水瀬(兄)、伊織、やよいとその弟妹's。
右側にはアミマミちゃんと…
P「あずささん見つけた」
律子「だから手を…ああ、あの2人に捕まってたんですね」
あずささんが、双子に左右から抱きつかれたりしてキャッキャウフフとあそんでいた。
P「楽しそうだな」
律子「まぁ、あずささんならあしらい方とか心得てますからね。私は話すだけで疲れちゃいましたけど」
P「まざるか!」
律子「少しは私の話しを聞いてくれてもいいんじゃないですか!? あといい加減に手を放して下さい!!」
放したら逃げますでしょう?
P「おぉーい」
亜美「おんや?」
真美「あっ、兄ちゃんとりっちゃんだ!」
あずさ「あらぁ?」
声をかけると、あずささんのぽよぽよをぽよぽよしていた双子が元気に反応してきた。
ぽよぽよ……ぽよぽよッ…!!
P「楽しそうですな」
真美「夏をマンキツしてますな!」
亜美「それより兄ちゃん! この人なんだよ! こないだ亜美たちを助けてくれた神さま!」
ああ。知ってる。
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