貴音「ふーど」伊織「ファイト」 (487)
『予告CM』
春香「秋の新番組、ドラマ『フードファイト!!!』」
貴音「このどら……」
律子「このドラマは、私たち765プロのアイドル全員が出演!」
貴音「しかも、このど……」
やよい「私も出演るんですよー」
あずさ「毎回、私たちが貴音ちゃんとフードファイト!」
真「あ、フードファイトは大食い勝負のことなんだ」
貴音「あの……」
雪歩「ドラマには、私たちが実名で登場ですぅ」
響「現実の自分たちとは、ちょーっと違う設定で登場するけど、それもまた楽しんで欲しいぞ」
真美「真美は、なんと女スパイ役!」
亜美「亜美は、ICPOの刑部役!」
千早「2人とも、視聴者の皆さんを惑わすのはダメよ。コホン……私は世界的な歌姫の役よ!」
春香「もう、千早ちゃんたら」
美希「美希のキラキラした所、みんなに見て欲しいって思うな。アハッ☆」
貴音「……」キョロキョロ
貴音「新番組……」
春香・美希・千早あずさ・律子・やよい・真美・亜美・雪歩・真・響・小鳥・伊織「新番組『フードファイト!!!』」
伊織「ぜーったい見なさいよ。伊織ちゃんの活躍を目に焼きつけなさい!」
貴音「……主演はわたくしですのよ!!!!!!」
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第1話『師弟の絆 仇討ち漢のラーメン対決!』
水瀬グループビル最上階 会長室
伊織「それで? 次の挑戦者は決まったの?」
P「難航しています。そもそも勝てそうな相手がいないので……」
ドガッ★ 伊織の蹴りが、Pの足に命中する。
P「痛っ!」
伊織「無能の言い訳なんか聞きたくないわ。アンタは私の命令を、忠実に遂行すればいいの。わかったわね」
P「……はい」
伊織「わかればいいのよ。ゴメンね、蹴ったりして」
P「大丈夫、です……」
伊織「にひひっ。私の可愛い可愛いPちゃん……」
伊織はPを抱きしめると、猫なで声で囁く。
当のPは、目を伏せて身を硬くする。
伊織「挑戦者、早く決めてね。あの貴音に、惨めな敗北を味あわせられる挑戦者を……」
P「わかっています」
俺はP、水瀬財閥の次期当主と目されている令嬢、水瀬伊織の秘書……だ。一応。
伊織様……いや、こんな時にまで仕事で強要されている呼称は止めよう。
伊織は、政財界とのコネクションを最大限に利用し、本社ビル地下で『フードファイト』というヤミ賭博を開催している。観客は政財界の大物、高齢のため自身ではもう多くを食べられない彼らが代わりに大食いをしてくれるショーに熱狂する。
フードファイトは好評で、一夜で億単位の金が動く事すら珍しくはない。
参加者も勝利すれば、賞金が一回300万円。
それ以外にも、伊織が何かしらの特別な褒美を1つ与えている。
がしかし、ここ数回は勝者は常に1人の人物に固定されてしまっている。
強すぎるチャンピオン。
それが四条貴音。
まだ若い、アイドル志望の……信じられないぐらい、美しい娘だ。
P「はあ、とりあえず……黒井社長の見舞いにでも行くか」
~双海総合病院~
P「……!」
貴音「……!」
P「奇遇だな、チャンピオン」
貴音「人前でそう呼ぶのはお止めください。あなた様も、黒井社長のお見舞いに?」
P「一応、俺がセッティングした勝負だしな。まあ、チャンピオンに一蹴されて、この通り病院送りだが」
貴音「勝負とはいえ、少々やりすぎました。反省しています」
P「そんな気遣いは無用さ、まあお嬢様は大変なご不興だったがな」
貴音「……いつまであの娘の側にいるのですか? もしよろしければ、わたくしと……」
P「ああ、貴音みたいな美人といられたらいいだろうな」
貴音「まあ!」
P「赤くなるな。お世辞だ」
貴音の「まあ!」
P「怒るな」
ノックして個室へ入る2人。
冬馬「……外が騒がしいと思ったら、社長をこんなにしやがった張本人達が、ガン首そろえておでましかよ。いい度胸じゃねえか」
北斗「チャオ! やめろ、冬馬」
翔太「ここは病院だよ、冬馬君」
冬馬「……チッ。それで何しにきやがった? こんなになっちまった社長を笑いに来たってんなら……」
P「見舞いだ。具合はどうだ?」
翔太「身体は問題ないそうです。しばらくすれば、元に戻るって。ただ……」
北斗「心は、もう……」
黒井「……ハァ。わしはもう、ダメだなあ……」
貴音「黒井殿、暫くお会いしない間に、随分とお年をめされましたね」
冬馬「誰のせいだよ! お前とのクロワッサン勝負で負けてから、オッサンは……オッサンはなあ……」
P「冬馬君、だったな。貴音を責めるのはお門違いだ。黒井社長は勝負をして負けた。貴音は正々堂々と勝った。それだけだ」
冬馬「いいや、俺は許さねえ……その女を絶対に許さねえぞ!」
貴音「ではどうすると仰るのですか? わたくしに、ふーどふぁいとで挑戦するとでも?」
P「貴音、止めろ」
貴音「黒井社長は、口ほどにも無い相手でした。人は実力以上の事を口にすると、身を滅ぼしますね」
冬馬「てめえ……」
貴音「そこにいる、黒井社長のように」
冬馬「やってやる……おい、そこの水瀬の腰巾着!」
P「俺か? もしかして」
冬馬「そいつへの次の挑戦者、俺がやるぜ!」
P「止めておいた方が……」
冬馬「心配するなよ、俺も食うぜ。ハンパなくな」
北斗「チャオ☆ それは本当ですよ」
冬馬「おまえ、得意な食べ物はなんだ!?」
貴音「わたくしですか? らぁめんが、特に好物ですが」
北斗「よし決まりだ。おまえの得意なラーメンで勝負して、負かしてやる!」
貴音「ひとつだけ申し上げておきますが」
冬馬「なんだよ」
貴音「わたくしの住まいは、府中です」
冬馬「それがなんだってんだよ!」
貴音「良いでしょう、身の程を貴方に知らしめましょう。では、当日」
P「お、おい。勝手に話を決めるなよ」
翔太「お願いだよ、やらせてやってよ。冬馬君も冬馬君なりに、社長のために何かしたいんだよ」
P「……その結果が、黒井社長の横で並んで寝込むことになっても、か?」
翔太「……」
冬馬「……望むところだ。俺は、おっさんの為に闘ってやる! 俺がおっさんの横に、あの女を並べてやる!」
伊織「それで? 本当に大丈夫なの?」
P「天ヶ瀬冬馬については調べました。大食い大会等の経験はありませんが、確かになかなかの実力者です。そして何より……」
伊織「チャンプを憎んでいる、っていうのがアピールポイントなわけね?」
P「人は誰かのために闘う場合、時に実力以上のものを出します」
伊織「……ふん」
P「伊織様にはおわかりいただけませんか?」
伊織「私が言いたいのは、天ヶ瀬冬馬が負ければ、アンタが相応の責めを負うという事。それだけよ」
P「……心得ております」
P(勝て、とは言わない。がんばれよ、冬馬。黒井社長の為にな……)
貴音「本当に私と戦うとは、意外でしたね」
冬馬「今の内に言ってろよな、俺がお前を倒してオッサンの心に自信を取り戻させてやる!」
伊織「ルールの説明をするわよ。今回のメニューはラーメン。関東風の醤油味のシンプルなラーメンよ」
伊織「ただし、素材は厳選した本物よ。具材もそれぞれ一流の物を揃えてあるから。スープは飲まなくていいわ」
貴音「まあ!」ドキドキ
冬馬「別になんだっていい。早く始めてくれ」
伊織「ふん、私に命令するとはいい度胸ね。まあいいわ。ファイトは1R10分で3Rの大食い対決。ラウンド毎に3分のインターバルが入るわ」
伊織「じゃあ始めるわよ……ファイト!」
貴音「……! これは、極上の国産小麦粉を使った麺に、すぅぷは比内地鶏……いえ、それに僅かなとんこつを」ズルズル
冬馬「……」ズルーーーッ
伊織「なかなかの勢いじゃない、あの挑戦者。さすがアンタ、いい挑戦者を選んだじゃない。にししっ!」
P「はあ……」
P(飛ばしすぎだ)
貴音「天ヶ瀬冬馬」
冬馬「……」ズルズルーーーッッッ
貴音「大食い対決では、ぺぇす配分が肝要。そのように飛ばしていては、後半持ちませんよ」
冬馬「……」ズルズルズルーーーッッッ
1R終了
貴音:3杯(600グラム)
冬馬:4杯(800グラム)
冬馬「へ、へっ……どうだ、見たか。負けねえぞ……オッサンをあんなにした、お前なんかには負けねえぞ!」ハァハァ
貴音「息が上がっていますよ。まだ2らうんどもありますのに」
冬馬「……上等だ! まだまだペース、上げてやるぜ!!」
伊織「なによ! いったいどういうこと?」
P「序盤でペースを上げすぎた、という事でしょう」
ドガッ★
P「っ!」
伊織「なに冷静に言ってるのよ! どうみてもあの挑戦者、もう限界じゃない!! もう負けは確定なの!?」
P「たしかに冬馬の身体は、限界でしょう
伊織「アンタ……」
P「ですが、ここからが冬馬の……心の闘いになるでしょう」
伊織「根性論なんて、野蛮な男どもの幻想よ。そんなんで物事に勝てるなら、苦労はないわ」
2R開始
徐々に、ペースを上げていく貴音。
一方の冬馬は……
冬馬「おっさん……おっさん! 貴音を倒して、倒して……」ズルズル
貴音「……やりますね」ズルズル
伊織「ちょ、ちょっと……これって。限界じゃなかったの?」
P「いかがですか、伊織様? あれが……なにかの為に必死な者の姿、です」
2R終了
貴音:4杯 計7杯(1400グラム)
冬馬:4杯 計8杯(1600グラム)
伊織「嘘、勝ってる……? まだ、勝ってる?」
貴音「あなたを少々、見くびっていたようですね。ですが、さすがにもう限界では?」
冬馬「……」
冬馬(ダメだ)
冬馬(口を開いただけで、ぜんぶ出ちまいそうだ)
冬馬(ここまでか……オッサン)
黒井「冬馬!」
冬馬(へっ、幻聴まで聞こえてきやがった)
黒井「冬馬! 負けるな!!」
冬馬(それにしても、さすがに幻聴。オッサンがまた、前みたいに元気に怒鳴ってやが、る……?)
黒井「冬馬! 冬馬!! 冬馬!!!」
冬馬「おっ……さん!?」
北斗「チャオ☆ 冬馬、冬馬のファイト見事だったぞ。それを見てたらほら、社長も」
翔太「だから、負けないでよ。冬馬君!」
冬馬「へっ……へへっ。そうか、そうかよ」
黒井「負けたら承知しないよ! 冬馬!!」
冬馬「ま、負けるわけねえだろ! いくぞ!! 四条貴音!!!」
3R開始
冬馬「ま、負けねえ……負けねえぞ……」ズル
伊織「すごいじゃない! ふうん。誰かのために必死に、ねえ……」
P「ですが、それもそろそろ限界でしょう」
伊織「アンタが限界と言ったのに、それでもあれだけがんばれるものなのね」
P「……そうです」
貴音「ここまでとは、驚きましたよ天ヶ瀬冬馬」
冬馬「へっ……どうだおっさん、あの貴音が……四条貴音が驚いてやが、る……ぜ。へへ、へへへ……」
3R終了
貴音:3杯 計10杯(2000グラム)
冬馬:1杯 計 9杯(1800グラム)
黒井「冬馬! 大丈夫かい? 冬馬!!」
冬馬「ああ……へっ、負けた……負けちまったな、オッサン。すまねえ」
北斗「チャオ! 冬馬はがんばったさ」
翔太「すごいよ。それに社長も元気になったし」
黒井「すまなかったね、冬馬。だがお前のファイトで、目が覚めたよ。もう心配は要らない、これからは本業でがんばろう」
冬馬「ああ、そうだ、な……もう大食いはまっぴらだ」
北斗「だね。チャオ☆」
輪になり、和気藹々の961プロ。
伊織「……」
P「申し訳ありません、伊織様。天ヶ瀬冬馬を挑戦者にして敗北したこの失態、責めは私がいかようにも」
伊織「……そう」
P「? あの……」
伊織「じゃあアンタに命令するわ。次はもうちょっと……マシな相手を用意しなさい。いいわね」
P「……はい!」
~ファイト後 765プロダクション事務所~
小鳥「どうしたの貴音ちゃん? いつもフードファイトの後は、お腹いっぱいだって言ってるのに」
貴音「いえ、今回はちょっと……」ズルズル
貴音(あのらぁめん。できればもっと沢山いただきたかったですね……)
小鳥「ふう。でもこの765プロも、所属アイドルは貴音ちゃんだけだし、まだまだよねー」
貴音「その内わたくしが、とっぷあいどるとなってみせます」
小鳥「おおっ! 頼もしいなあ。うふふ」
第1話 終わり
次回予告
さて、次回の挑戦者は!?
千早「私、歌が大好きなんです」
挑戦者『如月千早』!!
貴音「なんていう歌声……わたくしとしたことが、ひきこまれてしまいました……」
千早「私たち、仲良くなれそうですね」
貴音「ええ。共に、とっぷあいどるを目指して研鑽いたしましょう!
そして……
黒井「この歌は、ちょおっと借りておくよ」
千早「そんな……返して! 私の歌を返して!!」
伊織「千早、アンタが勝ったら歌を取り返してあげてもいいのよ?」
対戦メニューは!?
貴音「……美味しくありませんね」
千早「メトロノームと音叉だ。メトロノームと音叉。私はそれになるんだ……」
次回『歌を奪われた少女の魂の調べ リズムとメロディのクラッカー対決』!!!
お楽しみに。
一旦ここで、止まります。
続きは明日以降に。
おかえり、約一年待ってたぞ
あと>>6の最後、北斗じゃなくて冬馬じゃない?
>>27
本当だ! ご指摘、ありがとうございます。
また訂正を、入れさせていただきます。
※訂正
>>6
×北斗「よし決まりだ。お前の得意なラーメンで勝負して、負かしてやる」
○冬馬「よし決まりだ。お前の得意なラーメンで勝負して、負かしてやる」
※訂正
>>6
×北斗「よし決まりだ。お前の得意なラーメンで勝負して、負かしてやる」
○冬馬「よし決まりだ。お前の得意なラーメンで勝負して、負かしてやる」
第2話『歌を奪われた少女の魂の調べ リズムとメロディのクラッカー対決』
~河川敷~
貴音「ふう……先程のれっすん、また怒られてしまいました」
貴音「とっぷあいどるへの道は険しいですね……」
?「んあー」
貴音「?」
?「んあー」
貴音「この面妖な……しかし、心惹かれる声は?」
声のする方に目を向けると、そこには長い髪を風になびかせた、貴音とそれほど違わない年頃と思われる娘がいた。
?「んあー。あー、あー。うん、悪くないわね」
貴音「あの、そこの貴女」
?「え? 私ですか?」
貴音「わたくし、四条貴音と申します。まだ全く売れてはおりませんが、これでもあいどるを目指している身」
?「そうなんですか? じゃあ私と同じ、って事になりますね。あ、私は如月千早といいます」
貴音「先ほどから聞こえてくる声、発声練習とお見受けしましたが誠に素晴らしい声」
千早「そ、そうですか? なんだか照れます」
貴音「実際の歌声は、さらに素晴らしいのでしょうね」
千早「そんな……私、まだデビューも決まってなくて。だからとにかく一生懸命、練習だけはがんばろうって」
貴音「なるほど。感心ですね」
千早「私、歌が大好きなんです」
貴音「よろしければ貴女の歌を、聞かせてはいただけませんか?」
千早「……はい!」
千早は、そよ風の吹く河川敷で歌った。
聴衆……いや、聴者はひとり。
だが、そのたったひとりの聴者は、感動していた。
貴音「なんていう歌声……わたくしとしたことが、ひきこまれてしまいました」
千早「~♪ どうですか?」
貴音「素晴らしい……わたくし、感服いたしました。が、同時に……」
千早「な、なんですか?」
貴音「とっぷあいどるになるには、如月千早を越える歌をうたわねばならないのですね……」
千早「そんな、私もまだまだです。もっと歌の上手い人は、たくさんいますよ」
貴音「なんと!」
千早「だからがんばらないと」
貴音「そうですね。夢があるなら、己を磨く努力を惜しまぬ事は当たり前」
千早は笑った。
千早「私たち、仲良くなれそうですね」
貴音「ええ。共に、とっぷあいどるを目指して研鑽いたしましょう!」
2人は固く握手した。
千早「四条さんは、どこの所属なんですか?」
貴音「765ぷろ、です」
千早「765プロ……ごめんなさい、聞いたことないです」
貴音「わたくしだけが所属あいどるの、まだ小さき事務所ですから。如月千早は?」
千早「千早、でいいです。私は961プロです」
貴音「! なんと」
~数日後 961プロ~
千早「これが……これが私のデビュー曲になる『蒼い鳥』! 倉庫でホコリを被っていた楽譜だけど、古くささなど感じない素晴らしい歌だわ」
楽譜を大事そうに抱える、千早。
千早「歌ってもいいという許可ももらえたし、この歌でデヒュー……夢みたいだわ」
黒井「はーい、レッスン生諸君。新しいニューメンバーを紹介するよぉ。新しい新人の、黒井闇美(くろいやみ)ちゃんだ」
冬馬「おいおい、おっさん。新しいニューメンバーは変だろ」
翔太「新しい新人もね」
黒井「細かい事はいいんだよ」
北斗「チャオ☆ あれ? その可愛いエンジェルちゃん、黒井ってことは?」
黒井「ウィ。黒井闇美ちゃんは、私の親戚筋にあたる。まあ私にとっては妹みたいなものだ。だけどね、その実力は折り紙付き。決して身内贔屓のコネじゃないことは、すーぐわかってもらえると思う」
翔太「そうなの?」
黒井「無論だ。ええと……そこの君、それは楽譜だね?」
千早「あ、は、はい。私のデビュー曲で」
黒井「この歌は、ちょおっと借りておくよ」
千早「え、えっ!?」
闇美「……あなたの歌、少し借りるわね」
黒井闇美はそう言うと、楽譜を見ながらア・カペラで歌い始める。
確かに上手い。
千早「上手いわ……けど」
千早(なんだろう? この気持ちというか、心のこもっていない歌声は)
黒井「どうだね、諸君? 闇美ちゃんの歌は素晴らしいだろう?」
闇美「ねえ、お兄様。闇美、この歌が気に入っちゃった」
黒井「そうかい、そうかい」
闇美「あなたの歌……このまま借りておくわね」
千早「そんな!」
闇美「この歌も私の方が、居心地がいいみたいよ」
冷たく笑う、闇美。
千早「そんな……返して! 私の歌を返して!!」
黒井「人聞きの悪い事を言うんじゃないよ、君ィ。この歌は闇美ちゃんのものにすると決めたんだ。これは決定事項だ」
~河川敷~
貴音「如月千早!」
千早「……」
貴音「また会いましたね。あれから私も歌のれっすんを……?」
千早「四条さん、私……私」
貴音「どうしたというのです?」
千早「私の歌……デビュー曲になるはずだった、大事な歌を、取られてしまいました」
貴音「なんと!」
千早「それは、私の所有物じゃないことはわかっています。でも……でも、初めて楽譜を見た瞬間に私は直感したんです。これは、私の大事な曲になる、って」
貴音「それはつまり、ぷろだくしょんの都合で取り上げられたわけですね?」
千早「そうです。黒井社長の血縁の娘、黒井闇美が歌うって……」
貴音「わかりました。行きましょう」
千早「え? 行くって、どこへ?」
貴音「黒井社長の所です。千早の歌を取り戻すのです」
千早「む、無理です」
貴音「心配は無用です。わたくしは、黒井社長とは面識があります」
そこまで言って、貴音はハッとする。
自分と黒井社長の面識とは、本人をフードファイトでコテンパンにし、彼を慕う天ヶ瀬冬馬も返り討ちにした、そういう関係だった。
貴音「そうでした……わたくしが会いに行っても、黒井社長はとても千早の歌を返してはくれないでしょう」
千早「?」
貴音「ですが、わたくしには次善の策があります。参りましょう、千早」
千早「え? ど、どこへ……し、四条さん!?」
~水瀬総合食品フーズ本社ビル会長室~
伊織「ねえ、Pちゃん?」
P「なんでしょうか、会長」
伊織「もう、なによ他人行儀ね。2人きりの時は、会長って呼ばなくていいって言っているじゃない」
P「はあ」
伊織「2人きりの時は、偉大なる女神にして尊敬する太陽であり同時に敬愛する神の如き知略で経営をする会長であらせられる伊織様、って気楽に呼べばいいのよ」
P「はあ」
伊織「気のない返事ねぇ……まあいいわ。こうしてランチの後でアンタの膝を枕にするのは、なによりのリフレッシュよ……」
PPPPP、PPPPP……
P「伊織様、電話です。出てもよろしいでしょうか?」
伊織「……ふん! 仕方ないわね」
伊織が起きあがると、Pは受話器を上げた。
P「なに? わ、わかった。すぐ行く」
伊織「ちょっとアンタ。このスーパー会長伊織ちゃんの大事なリフレッシュタイムをほったらかして、どこ行こうってのよ!」
P「申し訳ありません。次回のフードファイトの有望な対戦者が見つかりそうでして」
途端に伊織は、表情を崩す。
伊織「そう。ならいいわ」
P(こういう所は、意外とチョロいんだよな)
エレベーターで地下倉庫に直行すると、Pは思わず顔をしかめる。
P「ここへは来ないでくれ、と言ったはずだがな」
貴音「ですが、受付の女性の方はすぐに取り次いでくださいました。そしてここへも、すぐに通してくださいましたが」モグモグ
P「貴音が来ると、伊織様……あのお嬢様の機嫌が悪くなるんだよ。勘弁してくれ」
貴音「ではもう、ここでのお仕事はお止めください。そしてわたくしの……」モグモグ
P「そうすると、ここで貴音は試験商品の山を食べたりできなくなるがな」
貴音「……あなた様は、いけずです」モクモグ
P「それで? 別に腹が減ったからってのが訪問の理由じゃないだろ? なんの用だ?」
貴音「この如月千早が、黒井社長から取り上げられた歌を取り戻して欲しいのです」モグモグ
P「黒井社長から? ちょうどこへ来訪予定だが」
貴音「千早はデビュー曲に決まっていた曲を、取り上げられてしまいました。それを」モグモグ
P「なんで俺が?」
貴音「水瀬財閥の力なら、できるのではありませんか?」モグモグ
P「あのな……ん? ち、ちょっと待て貴音。その如月千早っていうのは、そのお嬢さんか?」
貴音「その通りですが?」モグモグ
貴音の眼前には、食べ終えた試食品の山が。
そしてその隣には、同じく試食品の山が。
その山の前にいるのは……
P「彼女の名前は、如月千早。961プロ所属のアイドル候補生です」
伊織「この娘が挑戦者? 大丈夫なの?」
P「大会ではありませんが、あの貴音と互角の実力を有している所を見ました」
伊織「へえ。ねえ千早、だっけ。フードファイトという大食い競技で、四条貴音に勝ったら賞金は300万円よ」
P「そして無論、黒井プロに働きかけて歌を取り戻してやる」
伊織「歌?」
P「はい。彼女は黒井社長に、デビュー曲となる歌を取り上げられたんです」
伊織「歌をねえ……にひひっ」
伊織「千早、アンタが勝ったら歌を返してあげてもいいのよ」
千早「あの……本当に私が四条さんに勝ったら、歌を……?」
伊織「この水瀬伊織に、二言は無いわ。必ず歌は取り戻して上げる……」
千早「……四条さん……ごめんなさい」
~フードファイト当日 水瀬総合食品フーズビル地下~
千早「ごめんなさい、四条さん。こんな事になってしまって」
貴音「わたくしも、よもやこのような事になるとは……」
千早「でも、申し訳ありませんが私は四条さんに勝ちます。勝って歌を取り返します。だから、本当に……ごめんなさい」
貴音「謝ることはありません、千早」
貴音は微笑んだ。
貴音「千早は、それだけその歌を大事に思っているのですから」
千早「はい」
貴音「それともう一つ。勝つのは、私だから謝る必要はありません」
千早「! ……そうはいかないと思います」
貴音「それからこれも、申し上げておきますが」
千早「え? は、はい」
貴音「わたくしの住まいは、府中です」
千早「? は、はあ」
伊織「じゃあルールの説明をするわよ。今回のメニューはクラッカーよ」
貴音「くらっかぁ?」
P「これだ」
貴音「これは……びすけっとのような印象を受けますね」
伊織「ふふ。本場アメリカ製の、一級品よ。ただし、クラッカーは何もつけずに食べること」
貴音「味変は無し、ですか」
※味変:調味料等で味を変える事
伊織「じゃあ始めるわよ……ファイト!」
貴音「これがくらっかぁ……美味しくありませんね」モグモグ
薄い塩味はあるものの、明確な味の主張の少ないクラッカー。しかも水分が全く無いため、口の中がボソボソする。
伊織「そりゃそうよね。クラッカー単体でなんて、そう食べるもんじゃないもの。本来なら、チーズやチャウダーとかの付け合わせよ」
P「俺はチリに、砕いて入れて食べるのが好きです」
伊織「チリ? チリコンカルネの事? アンタ、コロンボのファン?」
P「……いずれにしても、さして美味しくない物を延々と食べるのはあの貴音でも苦痛でしょう。しかし」
伊織「千早は、食べることに対して興味が無い。無いからこそ、延々とでも食べ続けられる。にひひっ! 最高ね」
サクサクサクサクサク サクサクサクサクサク
乱れることなく、一定のリズムで千早は食べ続ける。
サクサクサクサクサク サクサクサクサクザクッ
千早(今、一瞬クラッカーを食べる音が変わった。私の噛む力にムラが出来たんだ。注意しないと)
サクサクサクサクサク サクサクサクサクサク
貴音「美味しくはありませんが……ともかく食べねば」モグモグ
伊織「見てて面白いもんじゃないわね。千早は」
P「精密機械が、延々と同じ動作を繰り返しているようなものですからね。退屈でしょう」
伊織「単調で眠くなりそうよ」
P「ですが、これ以上無いぐらいに正確です。あのままペースを崩さず最後まで食べられれば、千早の勝ちでしょう」
伊織「心強いわ。にひひっ」
P(どうした貴音。それじゃあ勝てないぞ。いいのか? それで)
1R終了
貴音:246枚 ( 861グラム)
千早:360枚 (1260グラム)
貴音「やりますね。千早」
千早「このまま、このままで。正確に、ペースを乱さずに」ブツブツ
2R開始
相変わらず千早は、動作もペースも変わらない。
5秒に1枚のクラッカーを食べ、水を一口。
対する貴音は……
貴音「それにしても、美味しくないですわね。味も、もう飽きました」
伊織「にひひっ。作戦は成功ね」
千早「メトロノームと音叉だ。メトロノームと音叉。私はそれになるんだ……」
P「千早は自分が勝つ要素を、よく理解しているな。メトロノームのように正確な速度で、音叉のように正確な音で食べ続けること。このままなら……」
伊織「食べ物に興味がない、千早だからこそできることね。この勝負、見えたわね!」
2R終了
貴音:168枚 合計414枚(1449グラム)
千早:360枚 合計720枚(2520グラム)
貴音「このままでは……」
千早「このままなら……」
伊織「ちょっと! ダブルスコア近いじゃない。貴音の惨敗じゃない惨敗! 惨めな敗北と書いて、惨敗よ」
P「嬉しそうですね」
伊織「当たり前じゃない。私は貴音を許さないわ! あんな事をしておいて……絶対にフードファイトで貴音を負かしてやるんだから!」
P「?」
3R開始
千早「いいわ。このまま、この調子で……差は二倍近いんだから。このままで、私は勝て……る?」
ザクザクザクザクザクザクザクザク
ザクザクザクザクザクザクザクザク
ザクザクザクザクザクザクザクザク
ザクザクザクザクザクザクザクザク
突如として、貴音は猛スパートで食べ始めた。
千早「!」
伊織「両手にクラッカーを2枚ずつ持って……?」
千早「り、両手に2枚という事は、今までより2……じゃなくて4倍のペース? いいえ、速度も上げてるから、ええと……ええと」
伊織「なにしてるのよ! 手が止まってるじゃない!!」
P「千早! 気にするな!! 惑わされるな、ペースを維持するんだ!!!」
ハッとして、再び食べ始める千早。
が、しかし……
千早「い、急がないと……急がないと!」
バリザクボリザクボリッ ザクザクボリボリバリボリ
P「焦るな! 今まで通り、今まで通りでいいんだ!!」
伊織「……無駄よ」
P「伊織様!?」
伊織「貴音の作戦ね、どうすれば千早のペースを乱せるか……精密な動きを崩せるか、その為にあえて1Rと2Rはペースを抑えて」
P「急に3Rでペースを……」
見る影もない、乱れてしまった千早のペース。
心理的動揺が、明らかに影響している。
そして。
3R終了
貴音:660枚 合計1074枚(3759グラム)
千早:350枚 合計1070枚(3745グラム)
P「勝てていた……千早が3Rもペースを変えていなかったら、360枚を食べていただろうに……」
伊織「な、なによなによ! フン! 帰るわよ!!」
千早「ま、負け? 負けてしまったわ……歌、私の歌が……」
貴音「千早。貴女はまだまだです。そんな貴女では、まだその運命の曲は歌いこなせないでしょう」
千早「……」
貴音「精進を積む事です。そうすればいずれ、運命にしたがって歌は貴女のもとにやって来ます」
千早「……」
~翌日765プロ~
小鳥「どうしたの? 元気ないわよ、貴音ちゃん」
貴音「困難な道を、共に高めあいながら進める友を得られた、と思ったのですが……」
小鳥「?」
社長「やあ君達、今日は大きなビッグニュースがあるぞ。我がプロダクションに、二人目のアイドルが誕生した」
小鳥「ほんとですか!?」
社長「ああ。入りたまえ」
貴音「!」
千早「如月千早です。961プロから移籍してきました」
貴音「ま、まことですか?」
千早「四条さんに言われた事、こたえました」
貴音「すみません……」
千早「でも、だから一緒に頑張りたいって思ったんです」
貴音「千早……共に目指しましょう! とっぷあいどるを!!」
千早「はいっ!」
第2話 終わり
次回予告
さて、次回の挑戦者は!?
真美「黒井闇美は、真美の生き別れになった双子の妹なんだよ!」
挑戦者『双海真美』!!
貴音「彼女は、記憶喪失だそうです」
真美「亜美! 真美だよ!!! 真美のこと思い出してよ!」
そして
貴音「どうすれば記憶が取り戻せるのでしょうか?」
対戦メニューは!?
P「水瀬グループは現在、人の記憶や心を解析する専門家を招聘している」
伊織「真美、約束するわ。その専門家にアンタの妹の件を、頼んであげる」
真美「真美の大好物で、勝負だ! お姫ちん!!!」
次回『妹の記憶を取り戻せ! アメリカンドッグ対決!』
お楽しみに。
一旦ここで、止まります。
レスやご指摘、本当にありがとうございます。
またよろしくお願いいたします。
第3話『妹の記憶を取り戻せ! アメリカンドッグ対決!』
小鳥「はい……はい、わかりました。今回は、ご縁が無かったという事で……はい。またよろしくお願いいたします」
貴音「小鳥嬢、今回のおぉでしょんの結果は?」
小鳥「……落選です。貴音ちゃん、自己の落選記録を更新よ」
貴音「そうですか……はあ」
小鳥「でも千早ちゃんは、テレビの出演が決まったわ」
貴音「なんと! それは重畳」
千早「ドラマの通行人の役ですけどね」ハァ
貴音「千早……歌の仕事が、やりたいのですね」
千早「それは……でも、まだその時期じゃない事はわかってますから」
小鳥「そういえば……例の黒井闇美ちゃんだっけ? 全然デビューの話も無いわよね」
千早「てっきりあの歌で、大々的にデビューするかと思っていたんだけど」
貴音「面妖ですね」
闇美「くうっ……ううう……」
冬馬「ん? どうした? 大丈夫か?」
闇美「あ、頭が……」
北斗「チャオ! これはいけない。すぐに医務室に」
冬馬「お、おう」
翔太「僕、黒井社長を呼んでくるよ!」
黒井「……また頭痛か。もしかして……記憶が戻りかけているのだろうか?」
冬馬「記憶?」
黒井「い、いや、な、なんでもない! 闇美ちゃんの事は私に任せておけばいいんだよ」
冬馬「?」
北斗「チャオ☆ さあ冬馬、行こう」
黒井「……これだけの才能をもった子だ。そう易々とは手放せないからねえ」
高木「やあ諸君、今日もアイドル道に邁進しているかね?」
貴音「これは高木殿」ペコリ
高木「音無君に言われて、調べてみたんだが……」
社長は書類の束を、貴音と千早に見せる。
高木「黒井闇美という人物は存在しない。黒井の親類筋というのも、確認が取れない」
千早「存在しない? どういう事ですか?」
高木「文字通りだ。そういう人物はいないんだ。だが、そう名乗る娘がいるのもまた事実」
貴音「……皆様、お静かに」
貴音は、人差し指を唇に付けると小声で言った。
そして入り口のドアに近づき、一気にドアを開けた。
?「!」
貴音「なにやつ!? まさか黒井ぷろの刺客ですか?」
?「し、四角? 違うよ、真美は四角じゃないよ!」
貴音「真美?」
真美「あー、うん。真美は双海真美って言うんだ。あの……そこのおじさんが、黒井闇美について色々調べてるって、テレビ局で聞いて……」
小鳥「あー! 思い出した。双海真美って、ジュニア読者モデルじゃない?」
真美「うん。真美ね→、そこそこ有名になってきてるんだYO それで昨日、局に行ったらそのおじさんが、黒井闇美を調べてて」
千早「双海真美さんだったわね。あなた、なぜ黒井闇美を調べていた社長を探したの?」
真美はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
真美「黒井闇美は、真美の生き別れになった双子の妹なんだよ!」
真美「私達は、小さい頃はいつも一緒だった。何をするにも一緒で、いつも楽しかった」
真美「ある時、私達が河で遊んでいると妹の亜美が流されちゃったんだ」
真美「亜美は見つからなかった。真美は悲しくてすっごく泣いたけど、なんか変な気持ちにもなったんだ」
小鳥「変な気持ち?」
真美「真美たちね、双子だからか離れていてもなんとなく相手の事がわかるんだ。でも、亜美が死んだっていわれても、亜美の気配っていうか……存在がぼんやり感じられたんだ。だから、真美には亜美が死んじゃったって、どうしても信じられなかった」
貴音「双子の不思議な所ですね」
真美「それでこの間、テレビ局で黒井社長っていう人が連れている女の子を見てビックリしたんだ。真美にはひと目でわかったYO あれは亜美だって」
千早「それで、向こうはあなたがわからなかったの?」
真美「うん……そうなんだ。話しかけても無反応で。黒井社長は怒り出すし」
千早「黒井社長は、才能ある黒井闇美を手放したくないでしょうからね」
真美「そうしたらおじさんが、色々と調べていたから助けてもらえないかと思って来たんだよ」
高木「事情はわかった。だが、難しいだろうな」
貴音「なぜです?」
高木「芸能界最大手の961プロ。その社長である黒井がその気になれば、様々な手を打ってくる。そうなると、我々や真美君、そしてそのご両親まで危険になる」
貴音「なんと! そのような事、あって良いのですか!!」
千早「貴音さん。ここはほら、また」
高木「? なんだね?」
貴音「いえ、なんでもありませんわ。成る程、さすがは千早。双海真美、私を信じてついてきてくれますか?」
真美「え→? 亜美を取り返す手伝いしてくれんの?」
貴音「はい。わたくしは今の話を聞いて、いてもたってもいられなくなりました。どうか、手伝わせてください」
真美「ありがと→!!! じゃあ行こ行こ」
高木「あの……君た、ち……? 仕事は?」
~水瀬総合フーズロビー~
貴音「……というわけで、あなた様に尽力願いたいのです」
P「その前にいいか?」
貴音「なんでしょう?」
P「ここには来るな、と何度も何度も言ったはずだが?」
貴音「わたくしは、あなた様をお慕い申し上げております」
P「……今のは、聞かなかった事にする」
貴音「なぜですか!?」
P「お互いのためだ。俺には貴音にそう言われる価値なんて無いし、俺なんかが側にいても貴音は幸せにはなれない」
貴音「愛しい方の側にいられる。それだけで幸せになれる、とは思ってくださいませんか?」
P「子供みたいな事を言うな!」
真美「……千早姉ちゃん、真美達なんか邪魔かな→?」
千早「確かに場違いな感じがするわね」
P「ともかく! あのお嬢様に見つかってしまう前に、さっさと帰れ」
真美「?」
千早「!」
貴音「わたくしからも、ひとつよろしいですか?」
P「なんだ?」
貴音「もう、手遅れのようです」
P「なに? ……!」
振り向いたPが目にしたもの。
それは目以外、満面の笑みをたたえた伊織の姿だった。
伊織「貴音、私が大目に見ているからといって、勘違いしてもらったら困るわ」
貴音「はて、そのような自覚はありませんが……いつ、私があなたに大目に見てもらったのでしょうか」
伊織「Pちゃんは私のものよ! 誰にも渡さない!! アンタも勝ち続けている間は、大目に見てあげる。だけど負けたらどうなるか、身の振り方を考えておく事ね」
貴音「ならば心配無用ですね。わたくしは負けませんから」
伊織「その言葉、覚えておきなさい! それからそこにいるのは……千早だったかしら」
黒井「ウイ。わざわざ私の元から去った、お利口とはいえないアイドル見習いさ」
千早「黒井社長! それと……」
真美「亜美!? 真美だよ……真美だよ!!! 真美のこと思い出してよ!」
闇美「? 亜美? 真美?」
黒井「また会ったな、闇美ちゃんは闇美ちゃんだ。お前なんぞの妹ではない!」
真美「亜美……思い出してよ。真美だよ……」ボロボロ
闇美「? あなた誰? なんで泣くの?」
貴音「こうして目の前にいても思い出せないとは……どうすれば記憶が取り戻せるのでしょう?」
伊織「記憶……成る程、心理の専門家と聞いてやって来た黒井社長のお願いは、そういう事ね。そこのアンタ、大食いはできるの?」
真美「ふえ? ま、真美のこと? うん、真美大食い大会の常連だよ。ジュニアの部で優勝した事もある」
P「なんだと……そうか! 双海真美、読者モデルをしながらブログで食べ物エッセイもやってる、あの双海真美か!!」
真美「お→真美も有名になってきたね→」
伊織「そういう事は、先に言いなさいよ。ねえ真美、アンタがフードファイトに出てチャンピオンに勝ったら賞金300万円と、黒井闇美の記憶を取り戻してあげる」
黒井「な!? ちょ、ちょっと待ちたまえ! 私は、水瀬財閥が招聘する専門家に、闇美ちゃんを……」
伊織「記憶を思い出さないように、頼むつもりなんでしょ?」
千早「ひどい!」
黒井「い、いや、そういうわけでは……」
真美「え? どういうこと?」
P「水瀬グループは、人の記憶や心を解析する専門家を招聘している」
真美「じゃ、じゃあその人に頼めば亜美の記憶も?」
伊織「真美、約束するわ。その専門家に、アンタの妹の件を頼んであげる。どう?」
真美「……やる」
千早「ちょ、ちょっと待って! 真美、そのチャンピオンって誰か知ってるの?」
真美「ん→ん。誰?」
貴音「わたくしです」
真美「! そうなんだ。でも……亜美の為だもん、真美やるよ」
貴音「仕方ありませんね。しかし、わたくしは負けてあげるわけには参りません」
伊織「貴音、相手は子供なんだからメニューは相手に決めてあげさせるわよ?」
貴音「なんなりと。わたくしは、どんな料理であっても負けません」
真美「言ったな→! じゃあ真美の大好物で、勝負だ! お姫ちん!!!」
P・貴音「お姫ちん?」
~フードファイト当日~
伊織「アメリカンドッグ?」
P「はい、こちらです」
伊織「なあんだ、アメリカンドッグってコーンドッグのことなの」パクッ
P「おっしゃる通り、ソーセージをトウモロコシの粉……つまりコーンミールを付けて揚げたものです。もっとも日本ではジャンクフード扱いされており、ソーセージも魚肉ソーセージだったり、衣もホットケーキミックスだったりしますが」
伊織「こんなのが好物なんて、真美もお子ちゃまねえ」パクパク
P「はあ、まったくです。もう一本いかがですか、伊織様」
伊織「……そうね。もう一本だけ」
真美「真美ね→アメリカンドッグだったら、いくらでも食べられるんだよ→お姫ちん」
貴音「その、お姫ちんという呼び名は?」
真美「お姫ちんは、お姫ちんだよ。だってお姫ちんは、お姫ちんぽいでしょ?」
貴音「はあ」
伊織「じゃあルールの説明をするわよ。今回のメニューは、ご覧の通りアメリカンドッグよ。そのまま食べてもいいし、マスタードやケチャップも用意してあるし、望むならなんでも調味料を持ってこさせるわ」
真美「味変ありか→。お姫ちんは、何をつける?」
P「おい真美、対戦者……つまり敵なんだからあんまりなれなれしくするな」
真美「ぶ→うるさいな→。いいジャン別に→」
伊織「ファイトはいつも通り1R10分で3Rの大食い対決。ラウンド毎に3分のインターバルが入るわ」
伊織「じゃあ始めるわよ……ファイト!」
真美「うわ→揚げたてだよ→! サックサク☆ 中のソーセージもとってもおいC→!」
貴音「初めて食しましたが……成る程これは美味なるもの。双海真美が好物と申すのも頷けます」
P「二人とも、最初は味変は無しか」
伊織「まあ当然よね。同じ味で飽きて食べられなくなるのを避けるために、味を変えるのが味変なんだから」パクパク
真美「へへへ→見て見てお姫ち→ん。真美、二本同時食べ→!」
貴音「……」モグモグ
1R終了
貴音:18本 (1800グラム)
真美:18本 (1800グラム)
伊織「互角……なの?」パクッ
P「貴音がペースをわざと落としたり、手を抜いたりしている素振りは感じられませんでした」
伊織「へえ……ジュニアチャンプの称号は伊達じゃないわね。にししっ! 私のPちゃんに手を出そうとした貴音なんて、やっつけちゃってちょうだい」パクパク
P「もしや……伊織様が貴音に対してご不興なのは……?」
伊織「べ、別にアンタのためじゃないわよ! か、勘違いしないでちょうだいね!!」ガブウ
黒井「がんばってくれたまえ、貴音ちゃん!」
冬馬「こないだまであんなに目の敵にして、対戦までしたのに応援歌よ」
黒井「なんとでも言うがいい。今回だけは、貴音に勝ってもらわないと闇美ちゃが……」
冬馬「やれやれ」
第2R開始
真美「……美味しいね」
貴音「そういいますが、ぺぇすが落ちたのでは?」
真美「そ、そんなことないよ→!」
貴音「それならば結構」
徐々に真美はペースを落とす。
それは次第に本数となって現れてくる。
伊織「ちょっと! 遅れてきてるんじゃないの!?」モグモグ
P「ご心配なく。今回は味変ありの勝負で、真美の好物。つまり真美はアメリカンドッグをよくわかっているはず」
真美「勝った気になってると、Oh間違いだよお姫ちん! ここで真美は、ケチャップを投入しま→す」
手にしたケチャップを、アメリカンドッグにかける真美。
真美「アメリカンドッグにはね→。ケチャップが合うんだ→」
ケチャップによる味変で、再び真美のペースが上がる。
黒井「むむむ、こしゃくな、がんばれ、貴音ちゃーん!」
P「黒井社長も、一本いかがです?」
黒井「いや、結構」
P「闇美は? 食べるか?」
闇美「ひとつ……」パク
VIP席のその光景は、対戦場からも見える。
真美(亜美……亜美も食べてる。亜美も好きだったよね、思い出してよ……二人で食べたじゃん。アメリカンドッグ……)
P「美味いか?」
闇美「そこそこ」モグモグ
真美「……」
貴音「真美、対戦中は戦いに集中なさい」
真美「う、うっさいな→!」
真美(やっぱりダメなの? 食べても思い出さないの? 真美のこと……)
第2R終了
貴音:12本 計30本(3000グラム)
真美:11本 計29本(2900グラム)
伊織「……このまま負けたりは、しないでしょうね?」モグウ
P「ほぼ互角の勝負でしょう。得意なテーマなだけに、真美に勝つ要素は十分あります」
真美「や、やるな→お姫ちん。正直ここまでとは思わなかったよ→」
貴音「強がりはお止めなさい、真美」
真美「強がってなんかないし→! むしろここからだもんげ!」
黒井「がんばれー! たーかねちゃーん!」
冬馬「……」
第3R開始
真美「むっふっふ→ここまで真美を追い詰めたのはお姫ちんが、初めてだYO ほうびに真美の真の実力を見せたげるYO!」
真美は思いっきりアメリカンドッグを囓ると、そのまま衣部分をソーセージから引き剥がす。
P「な!?」
真美「ソーセージはこの方が細くて食べやすいモンね→! その上で衣部分は……」
伊織「あれは、チョコソース?」ゴクン
P「なるほど、完全にデザートにしたわけか。満腹でもデザートだとすんなり食べられるからな」
真美「そんでね→次はソーセージはマスタードで美味しく。衣はメープルシロップで甘美味」
伊織「へえー! 味変ありのルールをあそこまで活かすとはね。これは勝てるんじゃない?」パクッ
真美「そんでそんでお次はね→! この……」
貴音「真美!」
真美「? な、なに? お姫ちん」
貴音「そのような事をしても、わたくしは同じ真似はいたしませんよ。このまま、食べ続けます」
真美「! な、なんで?」
貴音「わたくしは、あなたのようにはこの食べ物を熟知してはおりません。ですから、このまま愚直でも食べ続けます」
真美「……」
貴音「そしてこれは、肝要な事ですが」
真美「な、なに?」
貴音「わたくしの住まいは、府中です」
真美「……それがど→したの?」
貴音「劇場版の公開も、予定されております」
真美「? なんの映画?」
音「ともかく。真美はわたくしが、真美の真似をして妙な味変に出ると思ったのでしょうが、わたくしはそんな賭はいたしません。ですから……」
真美「な、なに?」
貴音「真美も奥の手を出しなさい。無い、とは言わせませんよ」
真美「……そっか。さすがチャンプなんだね、お姫ちん」
真美は大きく息を吐くと言った。
真美「焼き肉のタレ! 焼き肉のタレを持ってきてよ!!」
P「焼き肉の……?」
伊織「タレ?」パク
真美(焼き肉のタレは、亜美が大好きだった味……。亜美……そういえばアメリカンドッグ、お祭りの時に分け合って食べたよね……)
真美は、ドバっとアメリカンドッグに焼き肉のタレをぶっかける。
真美「これで勝負だよ! お姫ちん!!」
猛然と食べ始める真美。
伊織「あれ……美味しいの?」
P「お試しになられますか?」
伊織も真美と同じ、焼き肉のタレをかけてアメリカンドッグを食べてみる。
P「いかがですか?」
伊織「……微妙」
闇美「それ……私もいいですか?」
P「え? あ、これか? いいぞ」
Pが渡したアメリカンドッグ(焼き肉のタレがけ)を食べると、闇美は懐かしさに襲われる。
闇美「私、これ……食べた事ある……。確か、お祭りの時……誰かと。あれは……あれは……」
貴音「それでこそ、じゅにあちゃんぴおん! わたくしも、参ります!!」
真美も貴音も、猛然と食べ始める。
そして、終了の時刻が来た。
3R終了
貴音:12本 計42本(4200グラム)
真美:11本 計40本(4000グラム)
真美「ま、負けちゃったの……? そんな、それじゃあ亜美が……亜美のことどりむどぜないよう゛……」ボロボロ
闇美「ま、真美? 真美……だよね?」
真美「え? あ、亜美!? 思い出し……思い出したの!? 真美のこと、思い出してくれたの!?」
亜美「真美→! ごめん……ごめんね→!!!」
真美「な、泣くなよ→! ま、真美はお姉ちゃんなんだから、亜美を助けるの……あ、当たり前なんだからー!!!」
抱き合って泣き出す、真美と亜美。
黒井「そ、そんな……そんなことがーーー!!!」
P「真美のがんばりが、亜美の記憶を取り戻したのか」
伊織「まったく! 結局は負けじゃない!! もう、帰るわよ!!!」
貴音「真美……良かったですね」
~後日 765プロ~
高木「諸君、新しい仲間だ。本日付で我がプロダクションに加わる事となった双海真美君と、亜美君だ」
小鳥「ふたりとも、才能を秘めた原石みたいよ」
千早「まあ、なんとなくそんな気はしていましたけど」
貴音「嬉しいです。こうして、死闘を繰り広げた好敵手が、今度は仲間として加わってくれるのは感無量」
真美「お姫ちん、よろしくね!」
亜美「これからバリバリ仕事しちゃうYO」
~水瀬総合食品フーズ本社ビル会長室~
P「伊織様、また例の件でお電話が」
伊織「また? それでその記憶や心の専門家は? ようやく見つかったんでしょ」
P「間もなく到着の予定ですが」
伊織「じゃああの社長に、そう伝えておいて。まったく……」
第3話 終わり
さて、次回の挑戦者は!?
響「自分、完璧だからな!」
挑戦者『我那覇響』!!
貴音「人の心をみる専門家、ですか?」
響「この動物たちはペットなんかじゃないぞ。みんな、家族なんだ」
貴音「大家族ですね。少し、羨ましいとも思います」
そして……
P「ただし、響が貴音にフードファイトで勝ったら、だ」
響「貴音! 貴音は、辛いものや酸っぱいものが、苦手なんだよな!」
千早「だめよ! 貴音さん、その人の言葉に耳を貸しちゃダメ!!」
対戦メニューは!?
貴音「はて? その方はどちら様ですか?」
響「自分、鯨や馬になりきるぞ!」
次回『南国から来た心理の専門家 心にしみる辛さと酸っぱさトムヤムクン対決!』 お楽しみに。
一旦ここで、止まります。
読んでいただいたり、レスをありがとうございます。
おつ
ただの再放送じゃなくて、ちゃんと微妙に変えてたりするんだな
>>76の黒ちゃんの最後のセリフ、闇美ちゃんのんが抜けてる
誰が読んでもわかるだろうけど、一応指摘
>>95
ご指摘に感謝。
よって以下に訂正させていただきます。
※訂正
>>76
×冬馬「こないだまであんなに目の敵にして、対戦までしたのに応援歌よ」
○冬馬「こないだまであんなに目の敵にして、対戦までしたのに応援かよ」
×黒井「なんとでも言うがいい。今回だけは、貴音に勝ってもらわないと闇美ちゃが……」
○黒井「なんとでも言うがいい。今回だけは、貴音に勝ってもらわないと闇美ちゃんが……」
第4話『南国から来た心理の専門家 辛さと酸っぱさのトムヤムクン対決!』
伊織「それで? その心理を探る専門家というのは?」
P「それが……その、行方不明でして」
ドガッ★
久々の伊織の蹴り。
伊織「どういうことなのよ!? 苦労して見つけだして、わざわざ手配して連れてきたら行方不明? どうなってんのよ!?」
P「痛っ……どうやらペットが逃げ出したとの事で、それを探しにどこかへ行ってしまったようで」
伊織「フン! 噂に違わぬ変わり者ね。いずれにしても、まだ近くに……」
チョロ
伊織「? ネズミ?」
チョロチョロ
P「いや、これはハムスターだと……」
そのハムスターは、伊織にむかって敬礼の姿勢をとった。
ハム蔵「ヂュイ!」
伊織「……かわいい」
P「え?」
伊織「な、なんでもないわよ! なんでここにハムスターがいるのよ!?」
?「ハム蔵ー! どこに行ったんさー? ハム……ああっ! こんな所に!!」
ハムスターを抱き上げる少女
伊織「アンタ、誰よ?」
響「自分、我那覇響だぞ。招待されて来たんだけど、家族のハム蔵が迷子になって……会えて良かったぞ!」
伊織「招待? ということは、このコが?」
P「はい。心理解析のスペシャリスト、我那覇響に間違いありません。独学独自の理論と手法で、心理解析の異端の天才と呼ばれているそうです」
伊織「ふう、ようやく会えたわね。私が水瀬伊織よ、アンタを招待したのは私」
響「おーそうなんかー。よろしくだぞ」
伊織「ええ。じゃあ早速だけど、まずはアンタのお手並みを拝見したいんだけど、いいかしら?」
響「手? 自分の手を見てどうするんだー?」
伊織「そうじゃなくて! 私はアンタのその心理解析を見たいの!!」
響「それならそう言えばいいさー。自分、完璧だからな! じゃあ……」
そう言うと響は、ポケットから何かを取り出した。
~2時間後~
響「うう、なんだあの伊織ってやつは!? わざわざ自分を沖縄から呼んどいて、ちょっと自分の心理解析を見せたら『もう用はない帰れ』だなんて!!」
響「うー、困ったぞ。長期契約と言われたから、全部引き払ってうちなーから出てきたのに……明日から、いや今日からどうしよう?」
響「どっか泊まるにしても、動物はダメだとか東京はうるさいぞー……」
と、響の目がある店の張り紙に止まる。
響「大盛りカツカレー(ライスだけで10キログラム)を60分で食べられたら、料金無料のうえ賞金1万円……」
響「はいさーい! 自分、この大盛りカツカレーに挑戦するぞー!!」
貴音「もし、この大盛りかつかれぇなるものを、わたくしに」
同時に店に入り、同時に告げる2人。
自然、視線が合い微笑みあう。
店員「チャレンジメニューふたつ入りまーす」
貴音「なるほど……知り合いのいないこの土地で、難渋をしている、と」パクパク
響「そうさー。東京は泊まるところも大変だしな」パクパク
貴音「失礼ですが、あなたはお仕事はなにを?」モグモグ
響「自分、心理捜査や解析の専門家、つまり人の心の中をみる専門家だぞ」モグモグ
貴音「人の心をみる専門家、ですか? 所でもしや、店の外からあなたを心配げに見ているあの動物たちはぺっとかなにかですか?」パクパク
響「ここにもいるぞ! ハム蔵だ」パクパク
ハム蔵「ヂュイ!」
響「この動物たちはペットなんかじゃないぞ。みんな、家族なんだ」モグモグ
貴音「家族、ですか。大家族ですね。少し、羨ましいとも思います」モグモグ
響「貴音、って言ったな。貴音は家族は?」パクパク
貴音「……今は、独り暮らしをしております」パクパク
響「そうか……ごちそうさまー!」
貴音「まこと、美味でした」
それぞれ店長が泣きながら手渡した賞金を手に、店を出る貴音と響。
貴音「よければ共に参りませんか?」
響「え? 貴音の家か?」
貴音「いえ。事務所ですが、よければあなたもあいど……」
P「見つけたぞ、響!」
響「あー! お前はあの時の伊織の部下だな!? 自分になんの用だー!!」
P「一緒に来て欲しい。さっきの事は謝る。……ん? 貴音、どうして響と?」
響「貴音とはそこで友達になったんさー。イヤだもんねー! 自分はもう、お前達の為になんて仕事しないぞ」
P「そう言うな。やはり響の力が必要だ。手法はともかく、響の心理解析の評判に賭けるしかないんだ」
響「イヤなもんはイヤだぞ」
貴音「響、その方に手を貸してあげてはいただけませんか?」
突然そう言われ、驚く響。
響「貴音?」
貴音「その方には、わたくし何度も助けられました。そしてなにより……」
響「なにより? なんだ?」
貴音「わたくしはその方を、お慕い申し上げております」
P「だからそれは、言うなと」
響「押したい? こうか?」ドン
P「ぐおわっ!」
ドンガラガッシャーン★
貴音「あなた様! あなた様!!」
伊織「……で? なんで貴音が一緒に来てるのよ」
貴音「わたくしは、この方が心配で」
伊織「もう帰っていいわ」
貴音「いやです。と言ったらどうします?」
伊織「Pちゃん、アンタどうするの?」
貴音「あなた様、どうかこのままわたくしと!」
P「……貴音」
貴音「はい」
P「帰ってくれ」
貴音「……」
P「頼むから」
踵を返すと、貴音は黙って去っていった。
伊織「Pちゃんはいいコね」
響「あの……」
伊織「なに?」
響「それで? 自分はどうすれば?」
伊織「……ああ! 忘れていたわ。響、アンタに診て欲しい人がいるのよ。二重人格の……」
P「伊織様、少々お待ちを」
伊織「その人というのは、あの大会社の……え?」
P「響、さっき大盛りカレーのチャレンジに成功していたな」
響「あ、ああ。自分、食べるのも得意だからな。ほら、自分は完璧だから」
P「響との契約、当初の話から金額は倍にしてもいい」
響「ほ、ほんとか!?」
P「家族の動物達も、衣食住を保証しよう」
響「そんな事もしてくれるのか?」
伊織「ちょっと、アンタ!」
P「ただし、響が貴音にフードファイトで勝ったら、だ」
響「フードファイト?」
伊織「……そういうこと。にひひっ! 響、フードファイトは私が主催している地下大食いバトルよ」
響「つまりそれに勝ったら、給料は倍で自分の家族も面倒みてもらえるんだな!?」
伊織「やるわよね?」
響「ああ! なんだか貴音には悪いけど、家族のみんなの為なら、自分がんばるぞー!!!」
小鳥「貴音ちゃん、フードファイトの案内がきたんだけど。この対戦者、知ってる?」
貴音「……響。そうですか」
小鳥「貴音ちゃん?」
貴音「仲良くなれそうな、気がしていたのですが……」
千早「なれますよ!」
貴音「千早?」
千早「私だって、貴音さんと戦ったじゃないですか。でも、今はこうして仲間です」
真美「そ→そ→!」
亜美「亜美達だって、そ→だもんげ→!」
貴音「真美……亜美……」
小鳥「そうよ。貴音ちゃん、その響って娘もウチの事務所に入れちゃう気でがんばってよね」
貴音「そうですね……わかりました!」
~フードファイト当日~
響「たっかねー! 今日はよろしくだぞ」
貴音「響、こちらこそ」
響「ところで貴音、これをちょっと見て欲しいんだけど」
響は懐から、糸を通した五円玉を貴音に見せる。
貴音「なんですか? これは」
響「こうして糸をつけて揺らすと、五円玉が揺れるだろ?」
貴音「はあ」
響「貴音! 貴音は、辛いものや酸っぱいものが、苦手なんだよな!」
貴音「え? はて、そのような事は……」
響「よーく思い出して欲しいぞ。貴音は確か、辛いものや酸っぱいものが苦手なんだぞ」
貴音「はあ……そう言われれば、そのような気が……」
響「な? やっぱり貴音は辛いものと酸っぱいものが、食べられないんだぞ」
貴音「そうでした……わたくしは、辛いものと酸っぱいものは、食べられませんでした……」
千早「! だめよ! 四条さん、その人の言葉に耳を貸しちゃダメ!!」
貴音「! はて? わたくしはいったい何を……」
響「うんうん。今日はがんばろうな、貴音!」
貴音「あ、はい」
伊織「まったく……あんな子供じみた手法を目の前で披露されたら、呆れてしまうわよ」
P「確かに心理解析やら、専門家という言葉ですごい手技を想像していましたからね。しかし、原始的とはいえその力は本物でした」
伊織「試したの?」
P「響の暗示で、グリンピースが食べられるようになりました」
伊織「へえー」
P「そして今回、響には対戦前に貴音に暗示をかけるよう指示しました」
伊織「なんて暗示?」
P「辛いもの、そして酸っぱいものが食べられなくなる暗示です」
伊織「にひひっ! 嬉しいわPちゃん。ちゃんと私のために、あの貴音をやっつける策を考えてくれたのね」
P「…………はい」
伊織「さあ、ルールの説明をするわよ。今回のメニューは、トムヤムクンよ」
貴音「はて? その方はどちら様ですか?」
伊織「え?」
貴音「富山君、というお方です。どこのどちら様でしょう?」
伊織「富山君じゃないわよ! トムヤムクン!! 世界三大スープと称される、美味しいスープよ!!!」
P「ちなみに、トムは煮る、ヤムは混ぜる、クンは海老の事だ。まあ、海老入りの酸っぱ辛いスープだな」
貴音「酸っぱ辛い?」ビクッ
伊織「にひひっ! どうかしたの? 貴音」
貴音「今なぜか、悪寒が」
伊織「この後に及んで、中止はしないわよ。じゃあいつも通り、1R10分の3Rよ」
伊織「ファイト!」
響「初めて食べたけど、このスープ美味しいぞ。なんとなく、うちなーの料理に近い気がするぞー」
貴音「……」
千早「どうしたんですか!? 貴音さん!!」
貴音「これ、酸っぱくて辛いです」
千早「それはそうで……! まさか、さっきの!」
響「美味しいなー。自分、どんどん食べられるぞ」
伊織「にひひっ! 初めてじゃない? ねえ、貴音ったら一口しか食べられないのよ!!」
P「……」
P(どうした? そんなものか、貴音? お前には使命があるんじゃなかったのか?)
1R終了
貴音:0杯[一口](計測不能)
響 :5杯 (1000グラム)
千早「卑怯よ! これは大食いの対決のはずよ!! 水瀬さん、これは不正じゃないの!?」
真美「そ→だよ→!」プン
亜美「ズルイよ→!」スカ
P「と、言っていますが?」
伊織「無視なさい。響は自分の持ちうる実力で、ちゃんと勝負してるわ。さ、続けるわよ」
第2R開始
貴音「ともかく……食べねば……」
響「! へえ、さすが貴音だな。だけど、自分も家族の為に手は抜かないぞ!」
響は懐から何かを取り出す。
伊織「また、糸のついた五円玉?」
P「! いえ、あれは……先ほどよりも10倍恐ろしい手技です!!!」
響が手にしたのは、糸を通した50円玉だった!
響「自分、鯨や馬になりきるぞ! 自分は鯨みたいに飲んで、馬みたいに……食べるんだ!!!」
猛然と、飲み食いを始める響。
貴音も、本来のペースではないものの、食べ進める。
響「うがーーーっっっ!!!」
千早「ダメよ……ペースが違い過ぎる……」
貴音「負けない……負けません……故郷のみんなに勇気と賞金を送り届けるのが……わたくしの使命です!!!」
貴音が目を見開く。
と、同時に普段のように、猛然と食べ始める。
響「な? 自分の催眠は完全催眠だぞ! ど、どうやって解いたんだ?」
貴音「解けては……おりません」
響「え?」
貴音「響はあの大家族の為にがんばっているようですが、わたくしはもっと多くの人のため……故郷の民のためにがんばっているのです。負けるわけには……まして戦う以前の障害になど負けません!!!」
響「家族よりもたくさんの人の、ため……?」
第2R終了
貴音:4杯 計 4杯( 800グラム)
響:7杯 計12杯(2400グラム)
響「貴音!」
貴音「?」
パン☆
響が手を打った音で、貴音はハッとする。
貴音「……? 辛いもの、酸っぱいものも! 食べられそうです!!」
響「暗示はといたぞ」
貴音「響……ありがとうございます。しかしなぜ?」
響「余裕をみせたわけじゃないぞ。貴音とは、ちゃんと勝負したくなったんだ。今からでも、本気で戦うぞ」
伊織「ちょっと! なに勝手なことしてるのよ!!」
P「ですが伊織様、既にトリプルスコアです。そろそろいいではないでしょうか?」
伊織「ふん! まあいいわ」
P(さて、ここから逆転できるか? 貴音)
第3R開始
貴音「このらうんどの開始にあたり、響に言っておかねばならないことがあります」
響「なんだ? 貴音?」
貴音「わたくしの住まいは、府中です」
響「どこだ? それ」
貴音「東京都の、ほぼ真ん中になります」
響「そ、そうなのか」
響「と、とにかくいくぞ。うがあああぁぁぁーーーっっっ!!!」
猛然と食べる響。しかし、貴音の食べる速さは、それを遙かに上回る。
貴音「次のお皿を、急いでお願いします」
響「え? な! な、なんて早さ……どんどん差が縮められて……」
貴音のペースに焦る響。
その手は、ポケットに伸びていく。
貴音「故郷の民、みんなの為に……」
その呟きに、響は一瞬身体を震わせる。
そして響は、静かに微笑むと素手のまま手をポケットから出した。
響「自分も家族の為に負けないからな!」
貴音「響! ええ、もちろんですとも!!」
両者とも、スパートに入る。
そして、第3Rが終了した。
第3R終了
貴音:15杯 計19杯(3800グラム)
響: 6杯 計18杯(3600グラム)
伊織「……なんでよ? 第3Rだけあんなに食べられるなんて……」
P「それまで抑えられていた食欲が、爆発したのかも知れませんね。そして、使命が貴音を突き動かしたとしか」
伊織「あのまま……あのまま催眠にかけておけば良かったんじゃない!」
P「もう遅いです。この戦いで、貴音は更なる高みに……」
ドゴッ★
P「ぐうっ!」
伊織「責任、とってもらうわよ。次回の挑戦者は決まったわ、すぐに連絡を」
P「?」
伊織「二重人格でもなんでもいいわ! 次は彼女にやってもらうから」
P「!」
P「響」
響「負けちゃった……悪かったな」
P「いいさ」
響「貴音の暗示も、勝手に解いちゃったしな」
P「正々堂々と、勝ちたくなったんだろ? ならそれもいいさ」
響「それと……」
P「ああ。なんで奥の手を使わなかったんだ? それを使えば勝てたろ」
響はポケットから何かを取り出す。
それは、無理矢理穴を開けた500円硬貨に糸を通したものだった(※違法です。良い子はマネしないでね)。
響「これを使えば、普段の100倍の暗示がかけられる……でも、なんかそうして勝っても、家族の誰も喜んでくれな……ううん、逆に怒られそうな気がしたんさー……」
P「……そうか。だけどな、貴音はその為に今以上の窮地に立つかもな」
響「?」
P「響、貴音のそばで、彼女を支えてやってくれよ」
~後日 765プロダクション~
千早「まあ、なんでもいいですけど……」
真美「うわ→ブタさんやオウムさんもいるよ→」
亜美「ワニさんもいるんだけど、亜美達食べられちゃったりしない?」
社長「あー、オホン! 今日から我がプロダクションに加わった我那覇響君だ、みんなよろしく頼むよ」
響「自分、もう心理解析はキッパリやめて、今度はアイドル目指してがんばるぞ!」
貴音「響、よろしくおねがいいたしますね」
小鳥「さっきちょっと見たけど、響ちゃんダンスすごいのよね。貴音ちゃん、うかうかしているとすぐに追いつかれちゃうわよ」
貴音「なんと!」
響「自分、がんばるぞー!」
※>>122は↓へと訂正させてください。
~後日 765プロダクション~
千早「まあ、なんでもいいですけど……」
真美「うわ→ブタさんやオウムさんもいるよ→」
亜美「ワニさんもいるんだけど、亜美達食べられちゃったりしない?」
社長「あー、オホン! 今日から我がプロダクションに加わった我那覇響君だ、みんなよろしく頼むよ」
響「自分、もう心理解析はキッパリやめて、今度はアイドル目指してがんばるぞ!」
貴音「響、よろしくおねがいいたしますね」
小鳥「さっきちょっと見たけど、響ちゃんダンスすごいのよね。貴音ちゃん、うかうかしているとすぐに追いつかれちゃうわよ」
貴音「なんと!」
響「自分、がんばるぞー! トップアイドルに、なるぞー!」
ハム蔵「ヂュイッ!」
第4話 終わり
次回予告
さて、次回の挑戦者は!?
雪歩「私、男の人が苦手で……」
挑戦者『萩原雪歩』
貴音「二重人格? それはいったい……?」
雪歩「わ、私はダメダメでひんそーで……こんな私は、穴掘って埋まってますぅ」
貴音「萩原雪歩! あなたはダメダメなんかではありません!」
そして……
伊織「私が、アンタの怖いお父さんに頼んであげてもいいのよ? 水瀬財閥の次期当主のお願いなら、無下にはできないと思うんだけど」
雪歩「私……私、あきらめません」
響「弱虫がたった一言小さな声だけど、勇気を振り絞って言ったんだぞ!」
対戦メニューは!?
貴音「うおぉぉぉん」
雪歩「うおぉぉぉん」
次回『泣き虫弱虫社長令嬢の秘密 伏し目がちな昨日と決別する焼肉対決!』
お楽しみに。
一旦ここで、止まります。
レスやご指摘、本当にありがとうございます。
第5話『泣き虫弱虫社長令嬢の秘密 伏し目がちな昨日と決別する焼肉対決!』
P「大丈夫ですか? 雪歩お嬢様」
雪歩「は、はいぃ……あ、あの……」
P「なんでしょう?」
雪歩「もう少しは、はなれてくださいますか……私、男の人が苦手で……」
P「そうでした。これは失礼」
Pは雪歩……色白の可愛らしい少女との距離を、10メートルと離れる。
P「いかがですか?」
雪歩「? な、なにか言いましたか?」
P「……ケータイで会話をしてもいいですか!?」
大声で雪歩に問いかけるP。
しかし雪歩は、ビクッと身体を硬直させる。
雪歩「お、男の人から……」
P「え?」
雪歩「男の人から電話がくると……胸がドキドキしちゃって、私……」
ため息をつくP。
意を決すると、Pは雪歩に近づいた。
雪歩「え? ええっ!?」
P「このままでは埒があきません。申し訳ありませんが、失礼いたします」
ポン☆
Pが雪歩の肩に手を置く。
雪歩「え? きゃあああぁぁぁーーーっっっ!!!」
ガクッ★
雪歩はその場で気を失う。
事前にそれを察していたPが、崩れる雪歩を抱き止める。
亜美「ごまえー♪ 胡麻へー♪ がんばーってーい……おりょりょ? 真美、あそこにいるのって……」
真美「え? あれ、いおりんトコの兄ちゃんジャン。白昼Do→Do→と女の子を抱きしめてるとは、やり鱒な→」
P「その声は……双海真美と亜美か」
亜美「このけって→的瞬間を鮭る手はない!」
パシャ
P「お、おい! なに撮ってんだ」
真美「そんでもって、お姫ちんにメ→ル、メ→ル」
P「やめろ! 話がややこしくなる!! 頼むからやめてくれ」
真美「も→送っちゃったもんね→」
P「ああ……」
パチッ
雪歩が目を開く。
が、それは今までの雪歩とは雰囲気が変わっていた。
雪歩「……なんで私を抱きしめてるの?」
P「目が覚めましたか。これは……」
カッ★
雪歩のスコップが一閃する。
P「ぐふっ……」
バタン★
貴音「それで? どういう状況なのか、説明していただけますか」
P「なんで貴音、詰問口調なんだよ。そういうの、あのお嬢様だけで十分なんだけど」
真美「あのねあのね。この兄ちゃんが、こっちの女の子を抱きしめてたんだ」
亜美「そしたら女の子が兄ちゃんをのしちゃって、亜美達がここに運んであげたんだよね→」
貴音「まあ!」
P「その説明には、肝心な部分が抜けている。雪歩お嬢様」
雪歩「なに?」
P「あー……まだそっちのままだったか。響は? そもそも俺達は、響に会いに来たんだ」
貴音「響はおぉでしょんです。あなたは……ええと」
雪歩「私? 私は萩原雪歩」
真美「雪歩? じゃあ……ゆきぴょんだね」
雪歩「え?」
亜美「よろしくね→ゆきぴょん」
雪歩「私をそんな風に呼ぶなんて……命知らずね」
真美「? ど→ゆ→こと?」
雪歩「私は強いし、しかも私のお父さんは怖ーい人なんだから」
亜美「! 兄ちゃ→ん、ホント?」
P「違う」
雪歩「違いません!」
P「彼女は、萩原組の令嬢だ。聞いたことあるだろ、萩原組」
千早「テレビのコマーシャルで見かけます。建設会社ですよね?」
P「そう。業界はもとより、日本の経済界でも有数の企業。雪歩お嬢様は、伊織様の……まあ、幼なじみと言ってもいいかな」
真美「なんだ→全然、怖い人じゃないじゃ→ん」
雪歩「嘘よ」
亜美「へえ?」
雪歩「そんなの嘘……う、そ……なんだから」
P「おっと」
貴音「まあ!」
再び倒れる雪歩。
Pはそれを、再び抱きとめる。
P「次に雪歩お嬢様が目を覚ます時、俺が目の前にいると色々と面倒な事になる。ちょっと外しているから、彼女が起きたら知らせてくれるか?」
貴音「それはわかりましたが……いつまでそうやって抱いているおつもりで?」
P「別に喜んでやってるわけじゃないぞ」
Pはソファーに雪歩を寝かすと、去っていった。
貴音「あなた様……」
千早「貴音さん、今はあの人のことはおいておいて、レッスンしないと」
貴音「千早……そうですね。真美と亜美も、よろしいですか?」
真美「おっけ→」
亜美「やろうよお姫ちん」
真美「♪ GO MY WAY!! GO 前へ!!♪」
亜美「♪ 頑張ってゆきましょう♪」
千早「♪ 一番大好きな♪」
貴音「♪ 私になりたい♪」
歌い、おどる4人。
それを、ゆっくり開けた瞳で見つめる雪歩。
雪歩「あれ……なぁに?」
雪歩「誰? あの人達……でも、みんな……素敵、だな……」
真美「! お姫ちん、お姫ちん、ゆきぴょん目が覚めたみたいただよ」
貴音「おや。気分はいかがですか? 萩原雪歩」
雪歩「は、はいぃ? ど、どうして私の名前を? それにここはどこですか?」
オドオドと周囲を見渡す雪歩。
千早「? どこ、って……貴女が、ここまで来たんじゃない。水瀬さんの所の秘書といっしょに」
雪歩「ええと……そうか、思い出しました。私、あの人に触れられて意識が……そうか、また……彼女が助けてくれたんだ。すごいなあ、あの娘は。私と違って……」
貴音「思い出しましたか?」
雪歩「いいえ。でも事態はわかりました。色々とご迷惑をおかけしました」
真美「……なんか、さっきと感じが違うね」ヒソヒソ
亜美「急に大人しくなっちゃったYO!」
雪歩「あ、あの……その、私……二重人格なんですぅ」
貴音「二重人格? それはいったい……?」
千早「ようするに、この萩原さんの身体の中に、違う人格がいるんですよ」
貴音「それが、先ほどの?」
雪歩「はい……ちょっと怖い人ですけど、彼女は私なんかと違って強くて、すごくて、なんでもできて……私もあんな風になれてら、って思うんですぅ」
貴音「なるほど、あいわかりました。では、あの方に連絡を取らねば」
雪歩「あっ、あの……」
貴音「なんでしょうか?」
雪歩「さっき、みなさん歌ったり踊ったりしてましたよね?」
真美「ぬっふっふ→真美達ね、全員アイドルの卵なんだよ」
雪歩「あい……どる?」
亜美「歌って踊って、みんなに夢を与える素敵な仕事だよ」
雪歩「アイドル……」
千早「まあまだ、みんな駆け出しですが」
貴音「しかし夢は全員、とっぷあいどる! です」
雪歩「みなさん、素敵でした。とっても輝いて見えて……」
亜美「おりょりょ、ゆきぴょんなかなか見る目あるね」
真美「ゆきぴょんもさ! やろうよ、いっしよに!!」
亜美「そだよ→! ゆきぴょんけっこう可愛いしさ」
雪歩「私なんかに……できる、かな?」
千早「楽しめばいいのよ、萩原さん」
5人で、歌い踊る。
はじめは恥ずかしげだった雪歩が、少しずつ打ち解ける。
が、それも長くは続かなかった。
バタン★
千早「萩原さん、大丈夫!?」
雪歩「あ、わ……私……」
もんどりうって倒れた雪歩を、千早が抱きかかえる。
雪歩「わ、私はダメダメでひんそーで……こんな私は、穴掘って埋まってますぅ」
貴音「萩原雪歩! あなたはダメダメなんかではありません!」
雪歩「え?」
貴音「あなたは、自分という殻に閉じこもり過ぎです。もっと自信を持ちなさい!」
雪歩「……わ、私……失礼します」
逃げるように走り去る、雪歩。
真美「あ→ゆきぴょん!」
亜美「も→厳しすぎるよお姫ちんは→」
千早「ふふっ。違うわ二人とも、あれでいいの」
真美「?」
亜美「?」
千早「だけど……貴音さん? 萩原さんの目が覚めたら、連絡するはずじゃあ……」
貴音「まあ!」
雪歩「はあ……はあ……」
道ばたで、息を荒くする雪歩。
雪歩「逃げて……きちゃいました」
雪歩「でも……でも……」
雪歩「アイドル……私も、あんな風になれたら……少しは……少しは、変われるのかな?」
雪歩「変わりたい……私も……」
~水瀬総合フーズ会長室~
伊織「そうは言うけどね、あんたのお父様がアイドルとか芸能活動なんて許すわけないじゃない」
雪歩「うう……やっぱり」
伊織「下手したら勘当、あんた着の身着のままで家から追い出されるわよ」
雪歩「お父さんなら、やりそうだよぉ……」ガクブル
伊織「……諦める? アイドル」
雪歩「……」
伊織「あんたお嬢様よ。別にこの先、生活の苦労なんてないだろうし、望めば一生やわらかい絨毯の上だけを歩き続けられるのよ」
雪歩「……そんなのいや、ですぅ」
伊織「……」
雪歩「私も……私も、与えられるんじゃなくて、自分で何かを掴み取りたいんですぅ。そして……」
伊織「そして?」
雪歩「少しでも、自分を……変えたいの」
伊織「……いい考えがあるわ」
雪歩「いい考え?」
伊織「私が、アンタの怖いお父さんに頼んであげてもいいのよ? 水瀬財閥の次期当主のお願いなら、無下にはできないと思うんだけど」
雪歩「ほんと!? ほんとうに? 伊織ちゃん」
伊織「ええ。ただし、私も条件がひとつあるわ。そもそもそのつもりで来てもらったんだし」
雪歩「?」
~翌日 765プロダクション~
雪歩「あのう……こんにちは……」
亜美「あ→ゆきぴょんだ→」
真美「も→来ないかと思ってたYO!」
雪歩「ごめんね。あの、今日も私も一緒にいいですか?」
貴音「無論です。まいりますよ」
~2時間後~
千早「ふう……ずいぶん上達したわね、萩原さん」
雪歩「そ、そうですか?」
真美「ゆきぴょん才能あるよ」
亜美「765プロに入って一緒にやろうYO!」
雪歩「……私も、そうしたいなぁって」
貴音「なんと! それはよきこと」
雪歩「お父さんが、いいって言ってくれたらだけど……」
真美「だいじょ→ぶ、だよ。ね→」
亜美「ゆきぴょん、見所あるもん」
響「はいさーい! 帰ったぞ。オーディション、合格したぞ」
貴音「おめでとう、響」
響「あれ? その娘は?」
千早「萩原雪歩さん、もうすぐ私達の仲間になるかも知れないわよ」
響「おーそうなのか。よろしくだぞ」
雪歩「はい。それであの、この間と今日のお礼も兼ねてこれからお食事でもいかがですか?」
真美「え? それってゆきぴょんのおごり?」
亜美「やった→さすがお嬢様!」
雪歩「えへへ。じゃあ行きましょう」
響「なんか悪いなー」
千早「そうね。申し訳ないわ」
雪歩「大丈夫ですぅ。予行練習も兼ねてるから、遠慮しなくて大丈夫だよ」
貴音「はて、予行練習?」
~都内某所焼肉店『JOJO苑』個室~
ズギャアアアァァァーーーンンン!!!
真美「いやだけど……」
亜美「これは……」
雪歩「どうしたの? どんどん食べてね」
慣れた手つきで、どんどん肉を焼いてはそれぞれのお皿に取り分ける雪歩。
その速度が、尋常ではない。
千早「しかも萩原さんも、しっかり食べてるのよね」
響「すごい動きだぞ」
雪歩「そんなことないですぅ。ただ、私は焼肉が大好きで慣れてるんだと思います」
貴音「あれだけの量のお肉をいっぺんに焼きながら、この焼き加減……すばらしいです」モグモグ
雪歩「えへへ。タンはねえ、一回だけひっくり返して火が通ったらもう食べるんだよ。あんまり何回もひっくり返すと、うま味が逃げちゃうからね」
真美「ホントだ! おいし→」ハグハグ
雪歩「ハツはもう、さっと火を通しただけぐらいが美味しいよ」
亜美「うま→い!」モグモグ
雪歩「テッチャンは逆によく焼いて、すこし焦げるぐらいで」
響「うんうん、美味しいぞ!」
雪歩「ロースは、強火で表面を固めてからゆっくり……」
千早「美味しい……」
雪歩「カルビはタレ付きだから、焦げないように……」
貴音「なんと!」
雪歩「たくさん食べてね。私も今日は、しっかり食べるからね」
真美「や→美味しかったね→」
亜美「お店の人、驚いてたね→」
響「自分たちだけで、牛一頭分ぐらい食べたかもだぞ」
千早「ごちそうさまでした、萩原さん」
貴音「まこと、美味でした」
雪歩「うん。喜んでもらえてうれしいよ。いい練習になったし……」
貴音「?」
雪歩「じゃあ私はこれで……みなさん、お父さんが許してくれたら私も765プロに入れてもらいます。次に会うときは、きっと……その時です」
雪歩は嬉しそうに、迎えの車に乗って帰っていった。
P「響!」
響「ん? あれ、お前は水瀬の所の……」
貴音「あなた様……」
P「雪歩お嬢様に会ってたろ。どうだった?」
響「どう、って?」
P「あのお嬢様の、二重人格が治せるか? 響なら」
響「? なんの話だ?」
亜美「あ→ひびきんは見て無かったよね。ゆきぴょんはさ、二重人格なんだよ。男の人に触られると、恐い人になっちゃうんだ」
響「雪歩が? そんなはずないぞ」
P「え?」
響「あの娘、二重人格なんかじゃないぞ」
P「いや、見た目はそうでも響の心理捜査とかで……」
響「二重人格とか、多重人格者は、もっとわかりやすい特徴があるんだぞ。あの娘は違う」
P「……まさか」
千早「でもこの間は確かに、雰囲気が変わってたわ」
響「それは多分……」
貴音「演技でしょうね」
P「そうか! それで、今までどんな精神科医やカウンセラーでも治せなかったのか! そもそも二重人格なんかじゃなかったとは」
貴音「萩原雪歩は、弱い自分を変えたがっておりました。きっとあの演技は、その延長。おそらくは無意識の」
響「それにもう治療は必要ないぞ、きっと」
P「え?」
響「あの娘は、自分を変える手段を見つけた。二重人格のもうひとりの自分になるより、もっと素敵に自分を変えられる道を」
P「なんだ? それは」
貴音「あいどるとなることです」
P「!」
真美「なんで絶句してんの?」
P「雪歩お嬢様がアイドルになるには……なる為には……」
~フードファイト当日~
雪歩「そんな! 私、そんなこと聞いてません!」
伊織「そうだったかしら?」
雪歩「嫌です。私、あの四条さんと戦うなんてできません。帰ります」
伊織「アイドルになるのをあきらめて?」
ピクッ
雪歩はその場で凍り付く。
伊織「私以外の誰が、あんたのお父さんに言うことを聞かせられるのかしらねえ……」
雪歩「そんな……」
伊織「別に野蛮な争い事をするわけじゃないわ。ただの大食い競争よ」
雪歩「……」
伊織「夢を掴むにはね、戦わなきゃいけない時もあるのよ」
貴音「萩原雪歩。やりましょう」
雪歩「四条さん……」
貴音「遠慮は要りません。それにこれは、あなたが自分を変えるチャンスです」
雪歩「……はい」
貴音「しかしわたくしは、負けませんよ」
雪歩「私も……がんばりますぅ!」
貴音「そして雪歩、今まで話さずにおりましたが」
雪歩「え? なんですか?」
貴音「わたくしの住まいは、府中です」
雪歩「私は生まれも育ちも、東京都足立区ですぅ」
貴音「な! ま、負けませんよ!」
雪歩「?」
伊織「ルールの説明をするわよ。今回のメニューは、焼肉よ」
真美「ゆきぴょんの得意メニュ→か→」
千早「だけど随分と漠然としたメニューよね」
伊織「今回は国産牛じゃないわよ、黒毛和牛」
亜美「? ど→違うの?」
雪歩「えっとね」
P「まあ要するに、黒毛和牛は純粋な和牛だ」
雪歩「はうぅ」
伊織「部位は、それぞれすべての部位を用意しているけど、同じ部位ばかり食べないようにね」
響「えっ?」
伊織「ひとつの部位を食べたら、次は違う部位、そうして全部位を食べてちょうだい」
貴音「わたくし、ろぉすが好みなのですが」
伊織「ロースばっかりは食べられないわよ<、にひひっ。じゃあいつも通り、1R10分の3Rよ」
伊織「ファイト!」
貴音「ええと……ではなにから……」
雪歩「テッチャンとロース、それからカルビを持ってきてください」
貴音「!」
伊織「にひひっ。雪歩はわかってるわよねえ、焼肉の食べ方を。なにしろ……」
P「なんですか?」
伊織「……別に、なんでもないわ」
P(なんで急に不機嫌に?)
貴音「わ、わたくしにはとりあえずろぉすを」
千早「完全に出遅れたわね」
響「それに……雪歩の焼き方、やっぱりすごいぞ」
雪歩はやってきたメニューをすべていっぺんに、網の上に広げる。
それを器用にひっくり返しては、口へと運ぶ。
伊織「じっくり火を通した方が美味しい部位は、後にして火が通りやすい部位を口へ運ぶ。その知識と判断と技術が、すごいわね」
P「それに引き替え……」
貴音「熱! ええと……」
伊織「貴音、この間も自分では全然焼かなかったんでしょ? 焼き方もわかっていないのに、あんないっぺんに焼けるわけないじゃない」
貴音「うう……焦げてしまいました。苦いです……」
1R終了
貴音: 8部位( 880g)
雪歩:16部位(1760g)
亜美「食べる早さと量は負けないけど」
響「焼き方の技量で、差が出てるぞ」
千早「美味しくない焼き方になってしまってるものね。でも……」
真美「うん」
亜美「ね→」
2R開始
雪歩「タンとミノ、それとハラミをお願いしますぅ」
貴音「わたくしも、同じものを」
伊織「なによ……知識も技術も雪歩に負けてるのに、なんで同じメニューにするのよ」
P「……もしかしたら」
伊織「なによ!」
P「雪歩お嬢様の食べ方を見て、それを学ぼうとしているのでは?」
伊織「そんなこと……! 今からそんなこと、できるわけないじゃない!」
雪歩「先にミノを乗せて、それから……」
貴音「こうですね」
伊織「そんな! いくらマネしようったって、雪歩のあの手の動きまで……」
貴音「先ほどは、美味しくない思いをしましたからね。美味しいお肉のためならば、がんばって努力してみます」
雪歩「!」
千早「さっきと貴音さん、動きが全然ちがう」
真美「さっすが、お姫ちん!」
亜美「これならいけるYO!」
伊織「ロースターならともかく、焦げやすい炭火にしてるのよ!? それなのに……」
P(貴音……また成長しているな)
2R終了
貴音:12部位(計20部位;2200g)
雪歩:12部位(計28部位;3080g)
雪歩「差が、ひらかなくなっちゃった……」
貴音「次で、追いつきます」
雪歩「そんな……」
貴音「あなたの焼き方は、もう学びました」
伊織「ふん! 知識と技術が必要なメニューなら、勝てると思ったのに」
P「それだけですか?」
伊織「……なにが言いたいのよ?」
P「いえ、伊織様はずいぶんと雪歩お嬢様に肩入れをされているようにお見受けしましたので」
伊織「ちょっと年上だけど、同年代で似た境遇だからよ。他意はないわ」
P「同じように、独りで食事を摂る寂しさを知る者同士ですか」
伊織「アンタ……」
P「きっと雪歩お嬢様も大好きな焼肉を、いつも自分ひとりで焼いて食べておられるんでしょうね」
伊織「……私には、Pちゃんがいるわ」
P「今は、そうでした」
伊織「だから……絶対に私の側をはなれちゃダメ。これは命令よ」
P「……覚えておきます」
雪歩「どうしよう……負けちゃう……このままじゃ負けちゃう……」
雪歩「こうなったら……こうなったらあの娘に頼もう。あの娘なら……」ブツブツ
貴音「逃げるのですか? 萩原雪歩」
ビクッ! 雪歩の身体が硬直する。
貴音「もうひとりの自分に、助けを求めるのでしょう?」
雪歩「……そうです。彼女に代われば……彼女は強いから……」
貴音「目を覚ましなさい! それもあなたです、雪歩!! あなたの中にもうひとりの雪歩なんかいないのです!!!」
雪歩「そ、そんなことないですぅ。そんなこと……」
貴音「ありもしない幻想に頼るのは、もう止めなさい。強い自分になりたいなら、その幻想という壁を自分で突き崩しなさい」
雪歩「……」
貴音「自分を信じるのです!」
3R開始
雪歩「私……私、あきらめません。勝ちます、自分の力で」
貴音「よく言いました。萩原雪歩」
伊織「敗色濃厚ね。P、次の挑戦者のリストアップに入って」
P「まだ雪歩お嬢様が奮戦中ですが」
伊織「負けでしょ、たぶん」
響「ちょっと待つんだぞ!」
伊織「な、なによ」
響「さっき雪歩が言った言葉、聞かなかったのか? 弱虫が、たった一言小さな声だけど勇気を振り絞って言ったんだぞ! 勝つって!! 自分の力で!!!」
真美「そ→だよ→。友達ならお→円したげなよ→!」
響「雪歩の勇気を、見てやって欲しいぞ!」
伊織「所詮は、匹夫の勇よ」
響「なんだとー!」
P「よせ、響。それに伊織様、もう少し応援を」
伊織「ここから勝てるって言うの?」
P「まだ勝っている状況です。それに、雪歩お嬢様が負ければ次の挑戦者は自ずと決まりますから、急いで選定をする必要もありません」
伊織「? ああ……そうね」
響「?」
雪歩「負けたくない……もう、ダメダメな自分を嘆くだけの毎日に戻りたくない。私も……私も自分で自分を変えたい!」
貴音「ですが、わたくしも負けませんよ! 雪歩!!」
真美「もう、焼き方もなにもないね」
亜美「二人とも、焼くはじからどんどん口に入れてる……」
千早「必死ね、萩原さん」
響「すごいがんばりだな」
貴音「うおぉぉぉん」
雪歩「うおぉぉぉん」
3R終了
貴音:20部位(計40部位;4400g)
雪歩:11部位(計39部位;4290g)
雪歩「ま……負けちゃった……うぅ」
貴音「雪歩、見事でした。負けて悔しいですか?」
雪歩「……はいですぅ」
貴音「それはあなたが、戦う意志のある者だからです。あいどるになりたいなら、たとえ親から勘当されようと戦っていけるのではないですか?」
雪歩「お父さんから、勘当……」
貴音「恐いですか?」
雪歩「正直、恐いです。でも……」
貴音が雪歩に手をさしのべる。
雪歩も、その手を取ろうとした。
だが。
?「茶番は終わりだよ」
P「来たか」
会場に、スーツ姿の人物がゆっくりと現れ、のばしかけた雪歩の手を横から握る。
貴音「? どちらさまでしょうか」
雪歩「真ちゃん……」
真「ボクの名前は菊地真。雪歩お嬢様、旦那様がお呼びです。すぐに帰りましょう」
雪歩「まって、真ちゃん。あのね」
真「お話は、車の中でゆっくりと」
響「おい、それはないぞ! 雪歩は自分たちと一緒に、アイドルに……」
言いかけた響は、真の眼力に一瞬怯む。
真「帰りましょう、雪歩お嬢様」
雪歩「真ちゃん、まって……私の話を聞いて。お願いだよぉ……真ちゃん……真ちゃんってば……」
有無を言わさず、連れていかれる雪歩。
765プロの一同は、ただそれを見送るしか無かった。
第5話 終わり
次回予告
さて、次回の挑戦者は!?
真「お嬢様は、ボクが護る! ボクは雪歩お嬢様の、ナイトだから」
挑戦者『菊地真』!!
貴音「あなたには、あなた自身の夢はないのですか?」
真「いいよ、そのフードファイトで勝てば認めるんだよね。それと雪歩お嬢様の事も、忘れてもらう」
貴音「そう簡単には、いかないとおもいますけれど」
そして……
響「あの菊地真って……女の子なのか!?」
雪歩「真ちゃん! もう……もう止めてよぉ」
伊織「いくら空手のブラックベルトホルダーだからって、フードファイトで勝てるの?」
対戦メニューは!?
貴音「大変な美味ではありますが……」
真「ふふん。見てなよ!! 破ッ!!!」
次回『執事候補は夢をみない? 堅物執事とお煎餅対決!』
お楽しみに。
一旦ここで、止まります。
読んでくださり、レスをもらえて嬉しいです。
第6話『執事候補は夢をみない? 堅物執事とお煎餅対決!』
765プロ事務所……のドアに、今は『雪歩奪還作戦本部』と仰々しく書かれた紙が、貼られている。
中にいるのは勿論、765プロの面々。
響「あの理不尽な菊地真とかいうやつから、絶対に雪歩を取り戻すぞ!」
真美「我那覇本部長どの、それで作戦は?」
響「それは……千早、どうしよう?」
千早「私にはなんとも……貴音さんは?」
貴音「ふふふっ。みんな、このわたくしを誰だと思っているのです」
亜美「おお! さ→すが、お姫ちん。すでになにか、作戦が?」
貴音「そのようなもの、あるはずがありません!」
亜美「あらら↓」
貴音「ですが、その為に来ていただいたのではありませんか。ねえ、あなた様」
P「……言っとくけどな、これバレたらあのお嬢様がカンカンになるぞ」
真美「そんなの、いつもそ→じゃん」
P「おいおい、あれで年相応に可愛いらしい所もあるんだぞ。この間も、響の家族のハム蔵を見て『かわいい』って言ってたし」
響「ほんとか!? あいつ、意外といいやつかもな」
P「他にも……」
貴音「あなた様。わたくしの前で、あの娘の話は止めて下さいませんか」
P「……貴音。前々から言っているが、俺はお前とつりあうような男じゃない」
貴音「そうですね。今のわたくしには、あなた様はもったいありません」
P「逆だ! 俺なんかの事は忘れろ! 俺はあのお嬢様に、一生仕える。それが俺の人生だ」
貴音「……償いのつもりですか?」
P「なんだと!?」
貴音「そんなことをしても、誰も喜びません。勿論、水瀬伊織も!」
真美「あの→」
千早「お取り込み中に申し訳ないですけれど、今は萩原さんの件を」
貴音「そ、そうでした。あなた様、萩原雪歩を取り戻すなにかいい知恵を」
P「ない」
貴音「そんな無体な」
P「貴音は、水瀬財閥に続き、萩原組も敵に回すのか?」
貴音「わたくしは、友である仲間に夢を叶えさせてあげたいだけです」
P「だがなあ……事はそう単純じゃない。雪歩お嬢様は萩原組の令嬢で、父親は超カタブツだ。それに……ん? もう時間だな。俺は失礼するぞ」
千早「どこへ行くんですか?」
P「その菊地真に会いに、だ」
亜美「ええ→! なんの為に→?」
P「企業秘密」
真美「ぶ→! けちんぼ」
P「貴音……さっき俺は『事は単純じゃない』って言ったが、逆に言えば単純にしてしまえばいいんだ。それが鍵だ」
貴音「……なるほど、わかりました」
P「なかなか理解が早いな」
去っていくP。
響「貴音、あいつが言ったのはどういう意味なんだ?」
貴音「ふふ……響にわからないものが、わたくしにわかるわけがありません!」
亜美「え→!?」
貴音「ですが、あの方になにやら考えがある様子。わたくし達は、待てば良いのです」
P「待たせたな。レディーの誘いに遅れるとは、失礼をした」
真「そういうこと、言ってくれるのPだけですよ」
P「萩原組は、業種のせいか荒っぽいからな。真が女の子っぽくなると、逆にみんなドキマギするだろうな」
真「ボクが……女の子っぽく?」
P「お? 興味あるなら、やってみるか?」
真「い、いや! ボクの役目はあくまでも、雪歩お嬢様のお世話をすること。そういう意味では、尊敬する先輩格のPには色々と教えて欲しくて」
P「……本日二度目、か」
真「え?」
P「俺なんかを、尊敬とかお手本にはするな」
真「なんでですか?」
P「俺は……尊敬されるような男じゃない」
真「そんな……」
P「例えば、伊織様が敵視している四条貴音に、俺は頻繁に会ってる」
真「! 背信行為じゃないですか!!」
P「そうだな。否定はてきない」
真「きっと何か……そう、伊織お嬢様の為になるから、誤解されてもとか……深い事情があるんですよね?」
P「違う。俺が貴音に会うのは……ただ、会いたいからだ」
真「嘘だ……」
P「あの美しい顔が見たい。眩しい表情に会いたい。輝くような髪が揺れるのをただ眺めたい。それだけだ」
真「……裏切り行為だ」
P「そう言っただろ。秘書なんて体の良い奴隷、今風に言えば社畜だ。夢なんて、ない。いや……あったが捨てた」
真「捨てた?」
P「……喋りすぎたな。まあいい、秘書ってのはそういうものだ。主の為に、全てを捧げる。己の夢でさえもな。真にもそれが、できるのか?」
真「……できるさ」
P「その胸が空っぽになる、それでもか?」
真「お嬢様は、ボクが護る! ボクは雪歩お嬢様の、ナイトだから」
P「大きく出たな。それなら、真……」
真「?」
~765プロダクション~
千早「あれから三日経つわね」
真美「兄ちゃん、ちゃんとやってくれてるのかな→」
亜美「うたがわC→よね」
響「そうでもないぞ。ほら、来たみたいだ」
真美「え?」
真「芸能プロダクションっていうのは、もっと派手な所かと思ってたんだけどな」
貴音「菊地真でしたか。ようこそ」
亜美「あれってやっぱり……」ヒソヒソ
千早「あの人が、こうなるように仕向けたんでしょうね」
真美「兄ちゃん、やるな→」
貴音「萩原雪歩は、元気にしていますか?」
真「もちろん。ただ旦那様の命令で、外出禁止と厳命されているけどね」
響「真って言ったな! 雪歩を監禁するなんてひどいぞ!!」
真「言葉を慎んで欲しいな。ボクは雪歩お嬢様を堕落させようとする誘惑から、護ってさしあげてるんだ」
響「うがーっ! 雪歩はアイドルになりたいんだ!!」
真「なってどうなる?」
真美「え→? 可愛い衣装を着て→」
真「!」ピクッ
亜美「歌って踊ったら、きっとキャ→キャ→言われるよ」
真「!!」ピクピクッ
千早「そうね。萩原さん、可愛いし」
真「……」ゴクッ
響「? ははーん、わかったぞ! 真、おまえさては雪歩にホレてるな!」
真「……え?」
響「だから雪歩がアイドルになるの、反対なんだろ! そうなんだろ!!」
真「ハア……違う。ボクはただ、雪歩お嬢様に仕える身として……」
貴音「それでは菊地真? あなたには、あなた自身の夢はないのですか?」
真「ボクの……夢?」
不意に真は、口をつぐむ。
響「雪歩に仕えるのが夢なんじゃないのか? それてもやっぱり雪歩と結婚したいとか?」
千早「響、そういう言い方は……」
真「なにか勘違いしてるみたいだけど、まあいいよ。Pも言ってたけど、ボクは……ボクには覚悟がある」
貴音「あの方のように、夢を捨てる覚悟ですか?」
真「……そうだ。ボクは一生、雪歩お嬢様に仕える」
貴音「そして、その胸を空っぽにするのですね」
真「へえ……Pと同じ事、言うんだ」
貴音「真、わたしと賭をしませんか?」
真「賭?」
貴音「ふーどふぁいとで、わたくしが勝ったら雪歩に仕えるのは止めなさい」
真「いいよ。じゃあ、そのフードファイトでボクが勝てば……」
貴音「無論、わたくし達は負けを認めて二度と雪歩には近づきません」
真美「ええっ!」
亜美「お姫ちん、それは……」
真「いいよ、そのフードファイトで勝てば認めるんだよね。それと雪歩お嬢様の事も、忘れてもらう」
貴音「そう簡単には、いかないとおもいますけれど」
真「二言は無いからな。じゃあ当日、会場で」
貴音「ええ」
~水瀬総合フーズ会長室~
P「というわけで、やはり次の挑戦者は菊地真となりました」
伊織「ま、幼なじみ兼、親同士が主従関係兼、将来の執事候補ですものね。雪歩の地位を護るため、出てきても不思議はないけど」
P「? なにか問題が?」
伊織「菊地真……肝心のフードファイトの方は、どうなのよ?」
P「真は常に、心身を鍛えています」
詩織「質問の答えになってないわね」
P「いえ、次の対戦メニューをご覧になられればおわかりになるはずです」
伊織「? これって……」
P「はい。最悪、貴音は全く食べられずに負ける……かも知れません」
伊織「にひひっ! 楽しみね……」
~東京都足立区萩原亭雪歩の自室~
雪歩「どうして……どうしてそうなるの!? なんで真ちゃんが、フードファイトに!」
真「ボクが勝てば、雪歩お嬢様には二度と会わない。そう、約束させました。旦那様もボクが負けるはずは無いと認められて、水瀬グループと約定を交わされました」
雪歩「そんな……私、私は……真ちゃん! もう……もう止めてよぉ。私のために、そんな事、しないで」
真「立場をわきまえてください、お嬢様」
雪歩「……もう、雪歩って呼んではくれないんだね」
真「……そう呼んでいたのは、子供の頃の話です」
雪歩「同じだよぉ。私、真ちゃんは友達だってずっと思っているのに……」
真「人は、いつまでも子供ではいられません。そして、ボクはいつまでもお側にいます」
雪歩「……側にいても、一緒なテーブルでご飯を食べてはくれないよね……」
真「執事や秘書が主と、食事を共にしますか?」
雪歩「昔、真ちゃんも言ってたじゃない。ボクの夢は……」
真「お嬢様!」
雪歩「!?」
真「お嬢様がお嫌でも、ボクはずっとお側で仕えます。お嬢様を、ボクは大好きですから」
雪歩「友達として……ずっと側にいて欲しいよぉ。昔みたいに……」
真「……では、失礼いたします」
雪歩「フードファイト、私も観戦に行くから」
真「わかりました。旦那様に伺っておきます」
雪歩「お父さんが、だめだって言っても行くから」
真「……」
~765プロダクション~
響「自分、なんかあの真って男は気に入らないぞ! なんかいちいちカッコつけているって言うか、キザっていうか……」
貴音「響?」
響「ああいう男は……なんだ? 貴音?」
貴音「菊地真は……女人ではないでしょうか?」
響「え?」
千早「ええ」
真美「真美たちも」
亜美「そう思うな→」
響「ええ? あの菊地真って……女の子なのか!?」
千早「そうでないと、萩原さんがあの真という人に腕を掴まれても人格が変わらなかった説明がつかないわ」
響「あれは……もう雪歩は克服した、とか」
真美「これまでも、ずっと側にいてボディーガードとかしてたんでしょ?」
亜美「あのゆきぴょんが、側に男の人がいて平気なはずないよ→」
響「……うう、う……」
貴音「響?」
響「うぎゃー! 自分、あの真ってやつに失礼な事、言っちゃったぞーーー!!!」
千早「あんまり、気にしていないみたいだったけれど……」
響「うう。そういう問題じゃないぞ、自分もうしわけないぞー!」
~フードファイト当日~
真美「あ→ゆきぴょんだ! ゆきぴょんだよ!!」
亜美「あいたかったよ→!!!」
雪歩「みんな! 私もですぅ」
貴音「雪歩……息災そうでなによりです」
雪歩「はい。レッスンも一人で続けてますぅ」
千早「そう。じゃあ、またすぐ一緒にできるわね」
真「できるわけないだろう! ボクが勝つ、お嬢様にはアイドルになる事をあきらめてもらう」
伊織「いくら空手のブラックベルトホルダーだからって、フードファイトで勝てるの?」
真「これは、伊織お嬢様。もちろんです、食べますよボクは」
伊織「ふうん……まあ、メニューもあれだし。きっと勝つわね」
真「はい!」
千早「?」
P「じゃあがんばれ、真」
真「P……わかってます」
伊織「? どうしたの? アンタけっこう真に懐かれてたんじゃあ……」
P「嫌われました」
伊織「ふうん……って、アンタ! まさか真に変な事をしたんじゃ……」
P「いえ。それはありません」
伊織「本当に?」
P「はい」
伊織「本当よね?」
P「はい」
伊織「本当に本当よね?」
P「……はい」
響「き、菊地真……」
真「? なに?」
響「ゴメン! この間は自分、真に失礼な事を言っちゃったぞ!!」
真「え!?」
響「真の事を男だって言ったり、その……雪歩の事を好きなんだろうとか……」
真「ああ。この間も言ったけど、別にいいよ……」
響「良くないぞ! 自分、本当に悪いと思って反省してるんだ。この通りだぞ」
頭を下げる、響。
逆に真が慌てる。
真「いいよ、そんな事しなくて! ほら、頭を上げなよ」
響「許して、くれるのかー?」
真「だから、最初から気にしてないって……ふっ、けっこう言われ慣れてるけど……そんな風に謝ってくれた人は初めてかもね。ええと……」
響「自分、我那覇響だぞ。響って呼んでいいぞ」
真「響、ありがとう。ちょっと嬉しかったよ」
響「ああ。自分も、許してくれて嬉しかったぞ」
伊織「ルールの説明をするわよ。今回のメニューは、お煎餅よ」
亜美「せんべ→?」
伊織「浅草から、本格堅焼き煎餅を取り寄せたわ。味は醤油味」
千早「いい香りね」
真美「うん! こうばしいね」
響「だけど、あれ……」
伊織「それとこれは、重要なルール。割って食べるのはいいけれど、マナーに反するような砕いて食べる食べ方は認めないわよ。にひひっ」
貴音「はて? それはどういう意味ですか?」
P「要するに、自分の手で割って食べるのはいい。しかし道具を使ったり、足で踏んだり、テーブルや床にぶつけて砕くような事はNGだ」
貴音「つまり、割るなら手で。そういうことですね?」
伊織「そうよ。割るなら、手。にひひっ」
貴音「?」
伊織「じゃあいつも通り、1R10分の3Rよ。ファイト!」
1R開始
最初の一口を、囓ろうとする貴音。
しかし……
貴音「これは……硬いです」
真「堅焼き煎餅……なかなかの硬さだね。でも……」
貴音「大変な美味ではありますが……この硬さは……」
真「ふふん。見てなよ!! 破ッ!!!」
バリン★
千早「あれは……空手の正拳突き?」
亜美「左手でおせんべ、持って」
真美「右手で正拳突きをして、割っちゃった」
真「うん、こりゃあ美味しいや」
貴音「なるほど……確かに手で割っていますね」
真美「お姫ち→ん! 感心してる場合じゃないよ→!!」
貴音「! そうでした。……か、硬い」
千早「そんなに硬いの? あのお煎餅」
亜美「こりゃ、お姫ちんピンチだよ→!」
響「いいぞ真! がんばれー!!」
真美「……ひびきん? なんで敵を応援してんの→?」
響「え? あ、ああ……そうか、そうだったぞ」
1R終了
貴音: 5枚(100g)
真:20枚(400g)
伊織「事前の予想通り、圧倒的ね」
P「食べる量では、真は貴音に敵わないでしょうが……あの硬さでは、貴音にはそうそう食べられないでしょう」
千早「相変わらず、ルールと称して色々と仕掛けてくるわね」
真美「ずるいよ→」
響「すごいぞ! 真ぉー!!」
亜美「……だから、ひびきんってば→」
雪歩「貴音さん!」
貴音「雪歩、申し訳ありません。こんな体たらくで……」
雪歩「聞いてください! ……」ゴニョゴニョ
貴音「……なるほど」
真「……お嬢様?」
2R開始
真「お嬢様と、何を話していたんだ?」
貴音「菊地真はああ見えて、女の子らしいんだと申してました。
真「なっ……!」
貴音「菊地真も一緒に、あいどるをやってくれないかなあとも」
真「……ボクは、雪歩お嬢様のために……」
貴音「わたくしも、貴女と共にあいどるをしてみたくなりました」
真「……ボクは……負けない」
気合いと共に、真は煎餅を割り続ける。
一方貴音は……
響「なんだ? なにしてるんだ、貴音」
真美「人差し指に、せんべ→のせてる……」
亜美「あ、落っことしそうになったよ」
貴音「雪歩の言った通りですね。えい」
パキ
貴音が両手の親指でお煎餅の一転を押さえると、煎餅は軽い音を立てて割れる。
伊織「ええっ! なにあれ!?」
P「まさか……目、か?」
真美「すごいよ→お姫ちん」
亜美「すごい力!」
響「いいや。あれはたぶん、貴音はお煎餅の弱い所を押したんだぞ」
千早「お煎餅の、弱い所?」
響「うん! お煎餅だって、均一じゃ無い。どこかにムラや、気泡のある部分があるんだ」
雪歩「そうですぅ。難しいけど、貴音さんなら、重心の偏りからわかるかも……って」
真「へえ……やるね!」
貴音「雪歩から教わりました。地面と同じで、力を入れるべき箇所がある、と」
真「雪歩……昔から、砂場遊びで穴掘りとか得意だったもんなあ」
貴音「今、雪歩を呼び捨てにしましたね?」
真「え? あっ!」
雪歩「えへへ。久しぶりに、雪歩って呼ばれたよ、真ちゃんに」
真「……今はとにかく、勝負だ」
貴音「そうですね」
力でお煎餅を割る真、技で割る貴音。
2R終了
貴音:25枚 計30枚(600g)
真:25枚 計45枚(900g)
伊織「これ……どうなるのよ?」
P「……わかりません」
千早「追いついてきてはいる。けれど……」
真美「お姫ち→ん! がんばれえ!!」
亜美「追いつけるYO!」
響「真、負けるなー!」
真「響……響は貴音の味方じゃないのかい?」
響「う、ん……そうだけど……自分、真の事も好きになったからな。どっちもがんばれだぞ」
真「うん……ありがとう」
3R開始。
相変わらず、力でお煎餅を割り食べていく真。
真「ふう。さすがに疲れ……」
貴音「大変な美味。真もそうは、思いませんか?」
真「な……もう見もしないで、次々にお煎餅を……」
貴音「こつ、をつかんだみたいです。わたくし」
真「そんな……」
お煎餅を、手に取るそばから割ってしまう貴音。
貴音「それはそれとして真、これだけは伝えておかねばならない事があります」
真「な、なに?」
貴音「わたくしの住まいは、府中です」
真「え? ボクもだけど」
貴音「なんと奇遇な。して真は、どちらのあぱぁとめんとで?」
真「いや……ウチは庭付き一戸建てだけど」
貴音「! ……この戦い、いよいよ負けられなくなりました!」
真「?」
猛然と煎餅を割り食べる、貴音。
真美「も、ものすごいスピ→ド!」
伊織「そんな……そんな事……」
P「目を見極めるとは……」
千早「すごい! すごい追い上げ!」
亜美「いけ→! おっ姫ち→ん!!!」
追い上げる貴音。
真「このままじゃあ……このままじゃあ……」
真も必死で、お煎餅を割っては口にする。
亜美「あと15秒だよ→!」
響「食べてる枚数は……二人とも69枚だぞ!」
真美「お姫ちん! 急いで!」
真「負けない……負けたくない! 負けたくないんだあああぁぁぁーーーっっっ!!!」
真が最後の力を出そうとした。
その瞬間。
雪歩「真ちゃーん!」
真(? 雪歩? 雪歩の声? そうか、ボクが勝ったら、アイドルになれないんだよね……ごめん、ごめんね雪歩……)
雪歩「がんばって! 真ちゃん!」
亜美「ええ→!?」
千早「萩原さん!?」
雪歩「いいんですぅ。勝って! 勝って真ちゃん! 負けないで!!」
真「雪歩……なんで? ボクが勝ったら、雪歩は……」
貴音「決まっています」
真「え?」
貴音「雪歩は真、貴女が好きだからです。理由は、それだけですよ」
真「雪、歩……」
雪歩「がんばって! 真ちゃあーん!!!」
最後のひとかけらのお煎餅、菊地真はそれを見つめて笑った。
3R終了
貴音:40枚 計70枚 (1400g)
真:24.9枚 計69.9枚(1396g)
P「伊織様!? どこへ……」
真美「勝った……んだよね?」
亜美「でも→ゆきぴょん……」
雪歩「ごめんね、みんな。私のために勝負してくれたのに、その私が敵の真ちゃんの応援なんかして」
千早「ううん。気持ち、わかるわ。友達……いいえ、親友なのよね?」
雪歩「はいですぅ」
P「伊織様! お待ちください、なにを」
伊織「ちょっと、どういう事よ! どうして最後、あのひとかけらを口に入れなかったのよ! たとえ負けるにしても、あんな負け方は許さないわよ!!」
真「雪歩は……ボクが負ければ、アイドルに……夢が叶えられるのにボクを応援してくれた」
伊織「はあ!?」
真「自分の夢より、ボクを……それが……それがわかったら、ボク……」ボロボロ
伊織「……」
真「お腹はまだ食べられたけど、胸がいっぱいでもう……食べられなかった……」
P「真には、胸を空っぽにするのは無理だな。そして、夢も捨てられない」
真「……はい。ボクは、あなたみたいにはなれません」
P「じゃあ夢を追え、親友と一緒に」
真「いいのかな? 貴音……さん?」
貴音「わかっております。菊地真も、本当は可愛い衣装を着て歌ったり踊ったりしたいのでしょう?」
コクリ。
真は頷いた。
響「え? じゃ、じゃあ真も765プロに入るのか? 一緒にアイドルするのか?」
雪歩「いいの? 本当に一緒にやってくれるの? う、嬉しいよぉ」ポロポロ
千早「嬉しいわ。また、仲間が増えたわね」
真美「え? あ、うん……じゃあ真だから」
亜美「まこちん! よろしくね→まこちん」
真「うん! よーし、じゃあボクも力とパワーでアイドルがんばるぞー!!!」
真と雪歩が、手を握り合う。
伊織「……なにが友達よ。なにが親友よ!」
P「? お言葉ですが、心を通わせられる友は人に力を与えます。それに伊織様にもご友人はおいででは……」
伊織「アンタ、それ以上何かしゃべったら許さないわよ」
P「……?」
伊織「いいわ。とっておきの対戦相手、あの娘達に用意してあげる。Pちゃん、至急パリの水瀬総合フーズ支社に連絡をとって」
P「パリ? では……あの娘……伊織様の親友を……?」
伊織「食べる量とか、技術とかそんなものとは無縁の戦いをあの貴音達にプレゼントするわ」
伊織は薄く笑った。
伊織「絶対に勝てない戦いを、ね」
~5日後 765プロダクション~
雪歩「パワフル乙女チック、とかどうかなぁ?」
真「うーん、もう少し可愛らしいキャッチコピーがいいなあ」
千早「……ふう」
響「? どうした千早」
千早「あ、ううん。親友同士って、いいなあ……って」
響「特に仲がいいもんな、真と雪歩は。あ、これ手紙だぞ」
千早「エアメール? もしかして……やっぱり!」
貴音「どうしたのですか? 千早」
千早「私の親友が、フランスから帰ってくるんです! ああ、嬉しい」
第6話 終わり
次回予告
さて、次回の挑戦者は!?
春香「久しぶりの日本……うーん、本当に空気がお醤油の香りするんだ」
貴音「あなたが、千早の親友なのですね。確か名前は……」
挑戦者『天海春香』!!
春香「お菓子とかスイーツなら、任せてよ! こう見えても自信、あるんだから」
千早「天才って呼ばれたパティシエの腕、さらに磨いてきたのね。フランスで」
そして……
真「天海春香は、水瀬総合フーズの人間だよ。ボクは見た事もある」
千早「嘘。嘘……よね? みんなで私を騙して……からかってるのよ、ね? ねえ?」
伊織「春香は、特異体質の持ち主よ。絶対に、勝てないわ貴音。まあドクターは用意してあるから、安心しなさい」
対戦メニューは!?
貴音「なんという甘さ! まさしく甘露ですわ!! 感激です」
春香「そう言ってられるのも、今のうちだよ? この甘味が、すぐに苦しさに変わるんだから」
次回『パティシエの甘い罠 友情を取り戻せ羊羹対決!』
お楽しみに。
一旦ここで、止まります。
第7話『パティシエの甘い罠 友情を取り戻せ、羊羹対決!』
~新東京国際空港にて~
春香「久しぶりの日本……うーん、本当に空気がお醤油の香りするんだ」
千早「春香!」
春香「あれ? 千早ちゃーん! うわ、迎えに来てくれたんだ!!」
千早「当たり前じゃない。うふふ、変わらないわね」
春香「千早ちゃんもね。アイドルを目指してるんだったよね」
千早「まだまだ半人前よ、でも……みんなでがんばってるわ」
春香「みんな?」
千早「事務所の仲間、よ。全員まだまだだけど、トップアイドル目指してがんばってるわ」
春香「……」
千早「春香?」
春香「夢、叶いそう……?」
千早「え? ええ、叶うかはわからないけど……叶えるために頑張っているわ」
春香「私も……」
千早「そうだったわね。一流のパティシエに、なるんだったわよね」
春香「……うん。私も、その為に……がんばってるよ!」
千早「ね、事務所に寄っていかない? みんな気のいい人たちだし、紹介したいの」
春香「いいよ。私としても、千早ちゃんが迷惑かけてないかちゃんと聞いてお願いしとかないと」
千早「迷惑なんてかけてないわよ」
春香「どうかなー? えへへ、じゃあ行こうか! きゃあぁ!」
ドンガラガッシャーン★
千早「だ、大丈夫、春香!? もう、春香ったら全然かわってないのね。ふふっ」
~765プロ事務所~
真美「はるるん、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!」
千早「な、なに!?」
響「いや……この間千早が、今日帰ってくるっていう親友の話をしただろー? それで真美と亜美が興奮しちゃってて」
春香「え? 私?」
亜美「キタ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!! お菓子、作って作ってえ→! ね、はるるん」
春香「は、はるるんって私の事?」
千早「ご、ごめんなさい春香。この2人は、人に勝手にあだ名をつけるという癖があって」
春香「えへへへへ。いいんだよ、千早ちゃん。なんか歓迎されてるみたいで嬉しいよ」
真美「お→! 千早お姉ちゃんの親友というわりには、なんとものわかりのいい」
貴音「あなたが、千早の親友なのですね。確か名前は……」
春香「春香です、天海春香。なんだか楽しそうな事務所だね」
雪歩「にぎやかだけど、時々騒がしくて大変だよ。ね、真ちゃん」
真「……」
雪歩「真ちゃん?」
真「はじめまして。ボクは菊地真、よろしく春香」
春香「はい、こちらこそはじめまして」
真「……」
響「自分が我那覇響で、あのうるさい双子が双海真美と亜美。おとなしいのが萩原雪歩で」
貴音「わたくし、四条貴音です。よろしく天海春香」
春香「! よろしくお願いしますね、貴音さん」ジー
亜美「お菓子作って! 作ってえ→!!」
春香「うん、いいよ」
千早「ちょっと春香、あなたフライトで疲れているんじゃ……」
春香「お菓子とかスイーツなら、任せてよ! こう見えても自信、あるんだから。それに親友がいつもお世話になっているんだから、ね」
千早「でもこの事務所にオーブンとかは、ないわよ」
春香「オーブントースターは?」
雪歩「それならあるよ」
春香「じゃあ全然、オッケー! まっててね、いつも千早ちゃんがお世話になってるぶん、腕をふるっちゃうからね」
真美「やった→!」
亜美「千早お姉ちゃんにお世話しといて、せ→かいだったよ!」
響「2人が千早になにかしてやってるところなんて、見たことないぞ」
笑う一同。
春香「じゃあちょっと、給湯室を借りるね」
貴音「どうぞ。ああ、わたくし楽しみになって参りました」
P「誰もいないのか? おーい!」
亜美「およよ。あの声は?」
貴音「あなた様? ついにわたくしの為に、来てくださったのですね! ああ!!」
P「貴音、話がある」
貴音「はい。わたくしならば、おーらいです」
雪歩「貴音さん、さあ出発ALLRIGHTですね」
P「……は?」
貴音「わたくしを、ぷろでゅうすしてくださるのですね。そして共に同じ人生を……」
P「勘違いするな。今日はそんな話じゃない、もっと大事な話だ」
貴音「……」
P「貴音?」
貴音「わたくしにとって、今の話以上に大事な話などありません」
P「……今日来たのはな、次のフードファイトの件だ」
響「対戦相手、決まったのか?」
P「ああ。それで貴音」
貴音「……なんですか?」
P「次の試合、棄権しろ」
貴音「それは命令ですか?」
P「いや、俺の個人的な嘆願だ。次の対戦相手は危険な相手だ。最悪、貴音の身体に危険が……だから棄権して欲しい。貴音のために」
貴音「嫌です」
亜美「お姫ちん!?」
貴音「わたくしは、誰が相手でも負けません。それにあなた様の命令ならば従いもしますが、わたくしは自分のぷろでゅうさぁでもない人の嘆願などききたくありません」
真美「あ→あ。お姫ちん、すねちゃった」
雪歩「あの、危険ってどんな……」
P「次の対戦相手は、特異た……」
春香「できたよー! 天海春香特製のマドレーヌ」
千早「さすがね、あれだけの時間で。天才って呼ばれたパティシエの腕、さらに磨いてきたのね。フランスで」
春香「えへへ。まあねー……あれっ!?」
P「な! は、春香!! なんでここに……」
亜美「あれ→? はるるんは兄ちゃんと知り合いなの→?」
春香「……うん。仕事の関係で、ちょっと。ね、Pさん」
P「あ、ああ。そうだ」
千早「そうなの?」
春香「うん。ああ、ちょうど良かった。Pさん、この後ちょっとお時間いいですか? 水瀬総合フーズから頼まれていたスイーツの件で、話したいことがあったんでちょうど良かったです」
P「……わかった」
真「……」
春香「じゃあ私はこれで。千早ちゃん、また連絡するね」
千早「ええ。今日はありがとう。かえって悪かったわね」
春香「ううん。じゃあみんなも、また」
バタン★
千早「じゃあみんなで食べま……どうしたの? みんな」
真美「お姫ちん、ハ→トブレ→クなんだよ→」
貴音「……別にそのようなことは、ありません」
亜美「兄ちゃんがさあ、次の対戦相手は危険な相手だから棄権しろって」
千早「危険だから棄権? ふふっ」プルプル
響「千早、今日はテンション高いなー」
真「……それに、ちょっと言いにくいんだけど」
雪歩「うん。真ちゃんどうしたのかな、って思ってたよ。あの、春香ちゃんって娘の事を気にしていたみたいだけど」
千早「春香を?」
真「天海春香は、水瀬総合フーズの人間だよ。ボクは見た事もある。向こうは、気がつかなかったみたいだけど」
響「それって……あの伊織ってやつの手先ってことか?」
真「それはわからないけど……」
千早「けど、なに!? なんだというの!?」
真「なんか貴音さんを、妙に意識して見ていた気がする」
貴音「それは、わたくしも感じました」
千早「貴音さんまで……」
亜美「そういや、兄ちゃんのはるるんに対する態度もヘンだったね→」
真美「もしかして次の対戦相手って→……」
響「さっきの春香か。じゃあ、偵察に来たのかな?」
雪歩「それで、急に日本に帰ってきたのかな」
千早「やめて! 春香は、私が連れてきたのよ。私の親友をそんな風に疑わないで」
貴音「千早。わたくし達は、なにもあの天海春香を闇雲に疑うつもりはないのです。ただ、彼女のわたくしを見る目には、なにやら不穏なものがあったこともまた事実」
千早「嘘。嘘……よね? みんなで私を騙して……からかってるのよ、ね? ねえ?」
真「……」
千早「……いいわ。わかったわ」
雪歩「あ、千早ちゃ……」
バタン★
P「驚いたな、千早と春香が親友だったとは」
春香「そんなことより、なんであそこにいたんですか? Pさん」
P「……」
春香「私の事、あの四条貴音さんに話そうとしていましたよね」
P「あれは……」
春香「この事を伊織様に話したら、どうなるのかなー」
P「脅しか」
春香「やだなー、そんなんじゃないですよ。ただ……」
P「なんだ?」
春香「今度は私を、特別待遇でパリに戻してもらえたら」
P「特別待遇とはどういう意味だ?」
春香「パリには……あの娘が」
P「ああ。俺もはじめは、あの娘を呼び戻すのかと思ったが、流石に伊織様もそこまで逆上してはいなかったようだな」
春香「あの娘がパリ支社にいる限り、私はパティシエとして頂点には立てません。私をパリに戻して、あの娘をどこか他へ」
P「わかった。口添えはしよう」
春香「えへへ。ありがとうございます、Pさん」
P「だがな、春香」
春香「?」
P「誰かを蹴落として立った頂点など、価値は無いぞ。春香ならそんな事をしなくても、自力で一流のパティシエになれるはずだ」
春香「……忠告としては、うかがっておきますね」
春香「~♪」
千早「なんの話だったの、春香?」
春香「千早ちゃん? やだ、見てたの?」
千早「みんなが言っていたわ、春香は水瀬総合フーズの人間だって」
春香「あー。バレちゃってたかー」
千早「……貴音さんの、次の対戦相手じゃないかって」
春香「えへへ、鋭いなあ。もう」
千早「本当なの?」
春香「実はそうなんだ。まあ、偶然なんだけど。それより千早ちゃん、私に協力してよ」
千早「協力?」
春香「あの貴音さんのこと、もっと教えてよ。実力のほどとか……そう! 弱点とか苦手なものとか!!」
千早「……どうして」
春香「千早ちゃん?」
千早「どうしてそんな……私、春香を信じていたのに! パティシエとして頂点に立って、みんなを笑顔に、って言っていたじゃないの。それがどうして……」
春香「やめて、千早ちゃん」
千早「春香……」
春香「世の中ね、きれい事だけじゃわたっていけないんだよ。そりゃあ私も、夢と希望を持ってパリへ行ったよ。でも、実際には……」
千早「現実が厳しいのなんて、私だって身をもって思い知っているわ! でも、そういう時でも春香はいつだって頑張ってきたじゃない!」
春香「千早ちゃんはまだ知らないんだよ、才能の違いっていうのを」
千早「才能の違い?」
春香「私みたいな何の取り柄のない人間が頂点に立つためには、なりふり構わずなんでも利用しなきゃダメなんだよ!」
千早「春香には春香のすばらしい取り柄があるじゃない!」
春香「……もういいや。千早ちゃんのコネでもう少しあの貴音さんって人を、揺さぶろうと思ったんだけど」
千早「そんな……」
春香「さようなら、千早ちゃん」
~河川敷にて~
貴音「ここだと思いましたよ、千早」
千早「……貴音さん。ごめんなさい、みんなの言ったとおりでした」
貴音「人は、いつまでも変わらずにいる事はできません。天海春香も、どんな形であれ成長したのです」
千早「あんな……あんな娘じゃなかった。いつも元気で、明るくて、沈みがちな私を励ましてくれていたのに」
貴音「親友、なのでしたね」
涙目で、頷く千早。
貴音「まことの友が、間違っていたなら……ねじ曲がってしまったなら、あなたのするべき事はひとつです」
千早「?」
貴音「ひっぱたいてでも、まっすぐにしてやることです」
千早「!」
貴音「わたくしが、そのお手伝いをいたしましょう」
~フードファイト当日~
伊織「なに、春香と千早って親友同士なの?」
春香「親友……でした」
なぜか伊織は、嬉しそうに笑う。
伊織「過去形、ね。なかなかいい気合いじゃない。頼もしいわ」
春香「それで、お願いしていた件ですけど」
伊織「いいわ。勝負のためなら、友情も捨てられる春香が気に入ったわ。アイツは春香と入れ替わりで日本に呼び戻してあげる」
春香「ありがとうございます!」
伊織「さあ今回のメニューは、羊羹よ」
真美「ヨ→カン?」
伊織「浅草にある老舗の名店から、特別に仕入れた逸品よ」
貴音「まあ! 見ただけでわかります。なんという美しさ、それにこの香り」
P「ギブアップは当然負けとなるが、その場合は早めに申告するように」
貴音「はて? 改めて言われなくても、よく存じておりますが」
P「早めに、だ」
雪歩「? ずいぶん強調するんですね」
P「それだけ今回のファイトは……」
伊織「Pちゃん、黙りなさい」
P「伊織様、しかし……」
伊織「春香は、特異体質の持ち主よ。絶対に、勝てないわ貴音。まあドクターは用意してあるから、安心しなさい」
春香「へへへ。貴音さん、早めにギブアップしてくださいね」
貴音「?」
伊織「じゃあいつも通り、1R10分の3Rよ」
伊織「ファイト!」
貴音「なんという甘さ! まさしく甘露ですわ!! 感激です」
春香「そう言ってられるのも、今のうちだよ? この甘味が、すぐに苦しさに変わるんだから」
貴音「このように美味なるものが、苦しみなどとはわたくしには信じられません」
伊織「にひひっ! 貴音のあの元気が、いつまで続くかしらねえ」
P「……」
1R終了
貴音:6本(2400グラム)
春香:4本(1600グラム)
P「貴音、食べ過ぎだ」
伊織「……Pちゃん? アンタ、どっちの側の人間なのかしら」
P「しかし今回のファイトは、ヘタをすれば人命に」
伊織「フードファイトは、真剣勝負の場よ。不測の事態も、そりゃああるに決まっているじゃないの。ふふん」
亜美「……なんかあっちは騒いでるけど、ど→ゆ→こと?」
響「み、みんな! 同じ羊羹が運ばれてきたけど、これを見て欲しいぞ!!」
真美「! あま→い。おいC→」
雪歩「この羊羹、お茶にもすごくあうんだよね」
響「いやみんな、食べてないで羊羹の包装の裏を見てくれー!」
真「どれどれ? ええと、熱量100グラムあたり……300キロカロリー?」
真美「和菓子って、ケ→キとかに比べてヘルシ→だって聞く……えっ!?」
雪歩「100グラムで300キロカロリーって、貴音さんは今2400グラム食べているから……」
真「たった10分間で、7200キロカロリーも摂取したことになるよ!!!」
響「成人男性1日の必要摂取カロリーの、ほとんど倍だぞ!!!」
P「問題は、それだけじゃない」
伊織「羊羹は糖質が高いのに、洋菓子と違って脂肪分が極端に低いのよ。その結果どうなるか……」
春香「貴音さん?」
貴音「……はっ! ど、どうしましたか?」
春香「へへへ。別に何でもないですよ、えへへへへ」
響「貴音、なんだか様子がおかしいぞ」
P「羊羹の大食いは、血糖値の急激な上昇を伴う。典型的な症状は、喉の渇き」
貴音「あまり飲むと、差し障りがあると承知してはいるのですが」ゴクゴク
亜美「お姫ちん、飲んでるね→……」
P「そして意識の混濁」
千早「さっき春香が話しかけていたのに、貴音さん……」
P「最悪は、意識を失って昏睡する。貴音が危ないと見たら、誰でもいいからタオルを投げろ」
千早「でもそれは、春香も同じじゃ」
伊織「見た目は普通で平凡な春香だけど、たったひとつ特別な事があるわ。にひひっ」
P「パリで昼夜を問わず不眠不休で大量のお菓子を作り、試食を続けている姿を現地の者が不思議に思って精密検査をさせた。その結果わかった事だが、春香は百万人に1人の特異体質だった」
響「もしかして……」
P「春香のランゲルハンス島は、常人の3倍の大きさだ。その為に膵臓の能力が強く、血糖値の上昇に早く強く対応できる」
響「普通よりも、インスリンが早くたくさん出せるんだな!」
真美「見た目はふつ→なのに」
亜美「はるるん、すごいんだ→」
真「食べる量とか技術じゃなくて、そんな戦い方があるなんて」
雪歩「貴音さん、大丈夫かな」オロオロ
2R開始
貴音「なんだか……眠く……」
フラフラとしながらも、ペースを落として羊羹を口に運ぶ貴音。
春香「大丈夫ですか? 早めに棄権した方が、いいと思いますよ」
貴音「そうは、まいりません。そろそろですから」
春香「えっ!?」
次の瞬間、貴音はカッと目を見開いた。
そして1Rと同様、猛然と羊羹を口に運ぶ。
春香「えっ!? まさか、そんな」
貴音「わたくしは、王者です。食べることに関しては、熟知しております。羊羹のような物は、血糖値が急激に上がることも無論承知」
春香「知ってたからって……」
貴音「今まで経てきた数々の戦いで、わたくしは鍛えられております」
春香「え?」
貴音「事務所で会ったわたくしの仲間達、彼女たちは全員わたくしとふーどふぁいとで闘ってきた相手です。そう、千早も」
春香「ち、千早ちゃんも、貴音さんとフードファイトを!?」
貴音「その戦いのお陰で、わたくしのお腹は鍛えられました。それはわたくしの膵臓も例外ではありません。天海春香、貴女ほどではなくても数々の猛者を倒してきたわたくしの膵臓は、そろそろ本気を出しますよ」
春香「うそ……」
ペースを上げて、次々と羊羹を口にする貴音。
慌てて春香も追いすがるが、差は歴然としている。
2R終了
貴音:6本 計12本(4800グラム)
春香:5本 計 9本(3600グラム)
伊織「なによあれ! なんなのよ!!」
P「食べ過ぎに思えた貴音の1Rのペースは、自身の膵臓に鞭を入れるための、いわば戦略の為の暴食だったのでしょう」
伊織「そんなこと……医学書にも書いてなかったわよ。あの非常識女……」
P「春香はもう、ダメですね。目から光が失われた」
伊織「いつもと違って、冷たいわね。普段なら、まだ挑戦者が闘っていますとか言うクセに」
P「……」
伊織「見届けるわよ、まだ終わってないんだから」
千早「春香」
春香「千早ちゃん? はは、私の事を笑いにきたの? 惨めだよね、夢のためになんでもやろうって思って……その挙げ句に……」
パン★
千早の平手が、春香の頬を打つ。
春香「えっ!?」
千早「夢のためなら必死になる、なんでもする、そう言ったでしょう! まだ勝負は終わっていないわ!!」
春香「千早ちゃん……」
千早「なりふり構わずなんでもして、勝つんじゃなかったの!!! そんなの春香じゃない! 私の大好きな、決して諦めないあの春香じゃないわ!!!」
春香「千早ちゃん……そうだね。そうだったね」
春香の目から、涙が落ちた。
春香「負けませんよ貴音さん! 私は勝って一流のパティシエとして頂点に立つんです!!!」
貴音「その意気です」
貴音「ではこの機会に、春香に申し上げましょう」
春香「なんですか?」
貴音「わたくしの住まいは、府中です」
春香「近くていいですね……」
3R開始
貴音も春香も、次々と羊羹を口に入れる。
真「3R目なのに、すごいハイペース!」
響「貴音もだけど、さすがに春香もこのペースだと身体がもたないんじゃないか!?」
真美「はるるんが、危ないの?」
雪歩「このままだと、そういう事態もあるかもね」
亜美「やだよ、そんなの」
千早「みんな……」
亜美「はるるんの作ったマドレーヌ、さいこ→だったよ」
真「うん。それに春香は、間違ってたかも知れないけど必死なだけだったわけだし」
響「そうだな。悪いヤツじゃないぞ」
千早「ええ……ええ!」
雪歩「春香ちゃんも、私たちといっしょにアイドルを目指してくれればいいのに……あっ!」
春香が羊羹を、手から落とした。
必死でそれを拾おうとするが、その動きはおぼつかない。
春香「目、が……身体も重たくて……ど、どこ……どこに……」
伊織「……春香の方が先に、高血糖症で倒れそうじゃない。どういうことよ!?」
P「限界値の高いマシンほど、限界を超えてしまった時に脆いものです。さすがの特異体質も、とうとう……」
春香「どこ……目が……手が……あたま、が……」
崩れ落ちる春香。
そして終了の合図が鳴り響いた。
3R終了
貴音:6本 計18本(7200グラム)
春香:5本 計14本(5600グラム)
千早「春香っ! 大丈夫なの、春香!!」
春香「千早……ちゃん。負けちゃった……あはは。あはははは」
P「ドクターを早く! 千早、春香に水を飲ませろ!!」
春香「千早ちゃん、最後の方さ……必死に落とした羊羹を探してて、なんだか楽しかったよ……」
千早「春香! いいからこれを飲んで」
春香「夢もいいけどさ……頭からっぽにして……夢中になるって……いいよね」
千早「飲んで! 飲みなさい、春香!!」
春香「夢中って……夢の中ってことなんだもんね……」
千早「春香! 春香!!!」
伊織「春香の容態は?」
P「インスリンをうって、落ち着いたそうです。心配ないと、医師も」
伊織「……そう。良かった」
P「千早も、安心して泣いていました」
伊織「まだ……親友なのね。……良かったじゃない」
P「伊織様、変わられましたね」
伊織「……」
P「仕える者として、誇りに思っております」
伊織「それと貴音の件は、別よ?」
P「……私はずっと、伊織様のお側におります。一生。それではだめなのですか?」
伊織「貴音にだけは、必ず思い知らせてやるわ」
P「……」
~765プロ事務所~
春香「えー一念発起しまして、スイーツ系クッキンアイドルとしてやっていくことになりました。どうかよろしくお願いします!」
真美「はるるん、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!」
真「昨日の敵は、今日の友。よろしく、春香」
響「パティシエは諦めないんだな?」
春香「うん。むしろその為に、失敗や挫折をしてもいいから色々経験を積もうと思って」
亜美「キタ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!! じゃあさっそくお菓子、作って作ってえ→! ね、はるるん」
貴音「千早、良かったですね」
千早「私はなにも……」
春香「ううん。全部、千早ちゃんのお陰だよ。ありがとう、私を……叱ってくれて」
千早「あたりまえよ。だって……親友なんですもの」
雪歩「えへへ。良かったね、春香ちゃん。千早ちゃん」
小鳥「春香ちゃん、可愛いからきっと人気でるわね。ふふっ」
第7話 終わり
次回予告
さて、次回の挑戦者は!?
やよい「うっうー! 伊織ちゃん!! ひさしぶりー」
挑戦者『高槻やよい』!!
伊織「何があったの? やよいがそんな大金を必要とするなんて」
P「あのお嬢様なりの優しさと、大切な友情を守るためなんだ」
貴音「わたくしは、絶対に八百長などという真似はいたしません!!」
そして……
響「あの伊織ってやつに、そんな過去が……」
やよい「私がフードファイトで戦って勝てば、賞金がもらえるの?」
伊織「勝ってお金をつかみ取りなさい。施しなんかじゃなく、やよいのその手で!」
対戦メニューは!?
やよい「ごめんね……ごめんねみんな、お姉ちゃんばっかり……ごめんね」
貴音「なんですか? この機械は?」
次回『満腹を知らない少女 運命のように回れ、回転寿司対決!』
お楽しみに。
一旦ここで、止まります。
読んでくださった方、レスをくださった方、本当にありがとうございます。
第8話『満腹を知らない少女 運命のように回れ、回転寿司対決!』
水瀬総合フーズ本社ビル最上階
P「伊織様、面会希望の方が受付に……」
伊織「追い返しなさい」
P「はあ。しかし相手は、高槻やよいと名乗っているそうですが」
伊織「早くここへ通しなさい! それからお茶の用意を」
P「わかりました。ふふっ」
やよい「うっうー! 伊織ちゃん!! ひさしぶりー」
伊織「やよい、どうしたのよ。何かあったの?」
やよい「あー……ううん、別に……」
伊織「? 学校はどう? ちゃんと行ってる?」
やよい「うん。伊織ちゃんも、ちゃんと来てよ」
伊織「行って学ぶ事なんてないわよ。やよいとは学年も違うし……」
やよい「それでも、学校で会えたらうれしいかなーって」
伊織「そうね。考えておくわ」
たわいなのない雑談後、少し肩を落としてやよいは帰って行った。
伊織「Pちゃん」
P「心得ております。すぐに高槻やよいについて、調査をしてみます」
調査には、1時間もかからなかった。
P「やよいとその両親が、各方面に300万円の借金の無心に走り回っているようです」
伊織「何があったの? やよいがそんな大金を必要とするなんて」
P「彼女の弟の治療費、と報告されていますね。重い心臓病で……」
伊織「300万……安いものね」
P「ですが、高槻やよいにとっては破滅的な金額です。どうなさいますか? その程度でしたら、いくらでも渡せますが」
伊織「……やよいは受け取らないでしょうね。現にさっきも私の所に来たのに、結局はお金の話をせずに帰ったわ」
P「意地ですか?」
伊織「家族思いのやよいが、自分の意地なんかでためらうはずはないわ。私を……私を、本当の友達だと思うからこそ、言えなかったのよ」
伊織は肩をふるわせ、振り絞るように言った。
~翌日 765プロダクション~
貴音「それで何事ですか? あなた様は、わたくしのぷろでゅうすをする気はないとの事でしたが」
P「まだ言うか。俺は二度と、プロデューサーにはならない。今日は……頼み事があって来た」
春香「とか言って、どうせフードファイトの件なんでしょ? なーんて……」
P「そうだ」
響「え? 本当にそうなのか?」
千早「次の対戦相手が、決まったんですね」
P「ああ。それについて、頼みがある」
真美「頼み?」
亜美「め→れ→じゃなくて?」
P「……次の試合、負けてくれ」
雪歩「最近、毎回似たようなことを言ってませんか?」
P「今回は事情が違う。次回の対戦相手は、高槻やよい。何の変哲も無い、ただの女子中学生だ。そんな娘に勝っても仕方ないし、そもそも本来本気で勝負をするような相手じゃない」
真「? じゃあなんでそんな子が対戦者に?」
P「彼女は、弟の治療費の為に戦う。そして、伊織様の友人だ」
貴音「では、水瀬伊織がお金を渡せば済むではありませんか」
P「そうもいかないんだ。そもそもだな……」
P「伊織様は、学校でも孤立していた。それはまあ、そうだろう。大財閥の令嬢で、実質的には既に当主と目されていたからな」
響「加えてあの性格だもんな。お金もちだから、苦労なんてしたことないんだろうけど」
雪歩「それは、かわいそうですぅ……」
響「え? あっ……」
P「雪歩様……いや、雪歩には真がいたからな。だけど、伊織は常に孤独だった。そんな育ちをした伊織には、知人と呼べるような同世代の娘は3人しかいない」
雪歩「私と、そのやよいちゃんと……」
真「ああ、あの娘か」
春香「……」
P「中でも高槻やよいは、伊織様にとって別格だ。雪歩様は似た環境にある親近感、パリにいるあの娘は伊織様が認めることの出来る天才、だがやよいはそういったものがまるでなくても伊織様と友人になれた」
千早「友達になるのに、環境や才能は関係ないと思います」
春香「うんうん」
P「そうだな。二人は同じ中学校で掃除をしていて、出会ったそうだ。他の生徒が伊織を遠巻きにする中、やよいだけは気軽に伊織様に話しかけたそうだ」
伊織「気に入ったわ。アンタ、私の側近にしてあげてもいいわよ」
やよい「そっきん?」
伊織「近くにいて、仕える者よ」
やよい「わぁい! じゃあこれから私と伊織ちゃんは、友達だね! うっうー」
伊織「い、伊織ちゃん……友達……!?」
やよい「いいよね、伊織ちゃんで。友達なんだから」
伊織「そうね……い、いいわよ」
やよい「じゃあ伊織ちゃん、友達になったしるしに……はい、こう手を上げて」
伊織「? こう?」
やよい「はーい、たーっち」
パン☆
伊織「え?」
やよい「いぇい! へへ。これね、元気になれる私のおまじないなんだよ」
伊織「……ふふっ。ほんとね、元気が出た気がする。ムシャクシャしていた気持ちも、どっかいっちゃった」
やよい「でしょ」
伊織「じゃあこれ」
伊織はやよいに、分厚い札束を渡そうとする。
やよい「え? これなあに、伊織ちゃん」
伊織「友達になってくれた代金、まあ契約金よ」
やよい「……こんなのうけとれませーん!」
伊織「えっ!?」
やよい「……」
少し不機嫌になるやよい。
その表情を見て、伊織はハッとした表情になる。
伊織「もしかして、少なかった?」
やよい「ちがいますー! こんなの受け取ったら、私もう伊織ちゃんと友達になれなくなっちゃうよ?」
伊織「え? 逆じゃないの?」
やよい「お金じゃかえないのが、友情なんだよ?」
伊織「お金じゃ……買えない」
やよい「信頼とか、愛情とか、あと家族とか! ぜんぶ、そうでしょ」
伊織「……」
やよい「これから私が、伊織ちゃんに色々おしえてあげるよ!」
伊織「ええ。よろしくお願いするわね、やよい」
P「あの伊織に、平気でタメ口をきいて普通の15歳の少女として扱ってくれる唯一無二の存在なんだ。高槻やよいという少女は」
雪歩「お金じゃ買えない、それが二人の友情の大事な点なんですね」
P「そうだ。そしてあのお嬢様なりの優しさと、大切な友情を守るためなんだ。頼む、今回は負けてくれ貴音。もちろん今回負けても、貴音はチャンピオンとして据え置く」
貴音「わたくしは、絶対に八百長などという真似はいたしません!!」
響「た、貴音……」
貴音「そのような工作をしてその少女にお金を渡しても、結局は水瀬伊織がめぐんでやった事に変わりはないではありませんか」
P「嘘も方便と言うだろう!」
雪歩「貴音さん、今回は……」
貴音「救いたい者は、わたくしにもおります。そしてわたくしも、戦っております」
P「……そうだったな」
貴音「ふーどふぁいとは、わたくしにとってそれほど安っぽくも甘いものでもありません」
P「わかった。邪魔したな」
ドアを開けたPは、貴音の方に振り返った。
P「だがな、貴音! あの娘を……高槻やよいをなめるなよ! これまでの人生で一度も満腹という事を知らない必死の人間が、肉親のために戦うんだ。甘く見てたら、貴音でも危ないぞ!」
貴音「ご注進、痛み入ります」
P「せいぜい、気を引き締めて戦うことだな!!!」
~水瀬総合フーズ会長室~
伊織「……別にPちゃんの工作に、期待なんかしてなかったわ」
P「申し訳ありません」
伊織「それで? やよいは勝てると思う?」
P「可能性はゼロです。まったく勝ち目は、ありません」
伊織「……容赦ないわね」
P「それが現実です」
伊織「吾が人生に走れと鞭打つもの、その名は現実……か」
P「帝国歌劇も結構ですが、どうします? フードファイトで有利なルールを……」
伊織「必要ないわ」
P「は?」
伊織「フードファイトで、余計な工作やルールは必要ないわ」
P「しかしそれでは……」
伊織「やよいの戦いを、汚したくないの」
P「……」
伊織「……メニューは、やよいの好きなものにしてあげてね」
P「明日、ここに来るように伝えてあります。その時に聞きましょう」
響「雪歩、さっきは悪かったぞ」
雪歩「え? あ、ううん。響ちゃんの言うこともわかるから」
真「でもさ、実際はお金持ちのお嬢様も色々大変なんだよ。家柄とかしきたりとか、あと各界との社交とか。あの伊織さ……伊織も、12歳で社交界に出てくるまでは名前しか知られていなかったし」
真美「え→? じゃあそれまでどうしてたの?」
亜美「自宅でニ→ト生活とか→? あはは」
雪歩「うん」
亜美「えっ!?」
貴音「自室から一歩も出してもらえず、体の良い軟禁状態だったと聞いております」
響「あの伊織ってやつに、そんな過去が……」
真「それを考えると、雪歩はマシだったよね。事前に申請すれば、学校以外も外出はできたもんね」
春香「マシというか……」
千早「今さらだけど、住む世界が違う感じよね」
響「ちょっと……可哀想になってきたぞ」
真美「真美さ→、ちょっと思ったんだけど!」
貴音「水瀬伊織をアイドルにして、仲間にしたいという提案ではないでしょうね?」
真美「そうそう! そうしたら仲良くなれて……」
貴音「わたくしは、反対です」
真美「え→……」
雪歩「真美ちゃん、ほら」
千早「貴音さんと水瀬さんは、恋敵だから」
春香「え! なになに、そうなの?」
真「え! そ、それってPと? 貴音さんもPのことを?」
響「真、気づいていなかったのか?」
亜美「それでお姫ちん、いおりんにはイコジ? なんだよ→」
貴音「み、みんな////」
小鳥「うふふ。事務所は今日も、平和ねえ」
やよい「フードファイト?」
伊織「そうよ。私が主催している、水瀬総合フーズの地下賭博大食い競技」
やよい「それに、私が出るの?」
伊織「勝てば賞金は、300万円よ」
やよい「!」
伊織「その他にも、要望があれば1つだけかなえるわよ。そうね、心臓の名医と言われる専門医を紹介してもいいのよ?」
やよい「伊織ちゃん……知って……」
伊織「やよい。やよいが頼むなら、そのぐらい私はいくらでも出すわ。でも、それは嫌なのよね?」
やよい「……うん。そうしたら私、もう伊織ちゃんの友達じゃいられないかなーって」
伊織「じゃあ戦いなさい」
やよい「私がフードファイトで戦って勝てば、賞金がもらえるの?」
伊織「そうよ。やよい、戦ってお金をつかみ取りなさい。施しなんかじゃなく、やよいのその手で!」
やよい「……ありがとう、伊織ちゃん」
伊織「やるのね?」
やよい「うん。お父さんとお母さんも色々とがんばったけど、3万円しか集まらなかったしー……」
伊織「300万にはほど遠いわね」
やよい「最後の手段で、宝くじでも買おうってお父さんが」
伊織「それはやめた方がいいわよ」
やよい「えっ?」
P「お言葉ですが伊織様、高槻やよい……様がフードファイトで貴音に勝つよりは、まだ可能性があるかと」
やよい「そうなんですかー?」
伊織「……Pちゃんは、やよいが対戦相手の貴音に勝つ可能性はゼロだと言ってるわ」
やよい「……そう、なの?」
伊織「でも私は、やよいを信じてるわ。やよいは勝てる! 勝って300万を手に入れるわ!」
やよい「伊織ちゃん……ありがとう」
P「差し出がましいようですがこの際、宝くじも購入されてはいかがですか? 高額な海外くじなら可能性は高まりますし、187条の問題も水瀬財閥なら……」
伊織「余計なことはしなくていいわ!」
やよい「あのー……お願いできますか? 海外? の宝くじのことー。できることはなるべく全部、やってみたいんです」
伊織「やよい……わかった。Pちゃん、頼むわね。必要ないと思うけど」
P「私はあくまでも、くじの方の確率が高いと思います」
伊織「じゃあこれは、私とPちゃんの戦いでもある訳ね。やよいは負けないわ」
P「……それよりもやよい様、フードファイトのメニューはなにがよろしいですか?」
やよい「なんでもいいんですかー?」
伊織「ええ。どんなメニューでも、用意してあげる」
やよい「じゃあ……あのー……」
~フードファイト当日 水瀬総合フーズ地下会場~
貴音「なんですか? この機械は?」
春香「これって回転寿司? じゃあ今回のメニューは」
伊織「そう、回転寿司よ。噂には聞いていたけど、実物は私も初めて見たわ。知ってた貴音? これ、コンベア方式にお皿が回るのよ!」
貴音「存じておりますが……」
伊織「え? さ、さっきこの機械は何か聞いていたじゃない!?」
貴音「いつもの会場と様子が違うから聞いただけです。回転寿司ぐらい、わたくしも行ったことはあります」
亜美「こないだも映画帰りに真美やひびきんと、ね→」
真美(その時が初めてみたいだったけどね)
響「貴音、すごい食べてたもんなー」
伊織「な、なんですって……そ、そうだ、雪歩!」
雪歩「わ、私も……中学生の頃の誕生日に、お店ごと貸し切ってもらったことが……」
真「あったね、そんなこと」
伊織「そ、そんな……う、裏切り者! アンタ達はみんな裏切り者よ!」
千早「そんなこと言われても……」
春香「ねえ」
やよい「うわーっ、これが回転寿司なんですね。初めて見ましたー!」
伊織「やよい! ああ、やっぱりやよいだけよ。私の味方は」
やよい「あ、もしかして四条貴音さんですか? 私、高槻やよいといいます。今日はよろしくおねがいします」
貴音「ご丁寧に痛み入ります。やよい、貴女の事情は聞き及んでいます。ですがわたくしは、手を抜きませんよ」
やよい「はい。私、がんばります!」
伊織「ふん! 貴音、やよいは負けないわよ」
真「あの自信……またなにか企んでるのかな?」
真美「ワサビがたっぷり、とか→? うわ、考えただけでも鼻がツ→ンとしてきたよ」
P「ルールは、食べた皿の多い方が勝ちだ。1皿2貫の寿司が載っている。ワサビは希望すれば抜くこともできる。ネタは満遍なく流すから、好きなものを取って食べてくれ」
響「……え? それだけ?」
P「それだけ、だ。では5分後に開始するぞ」
千早「貴音さん。あの高槻やよいという娘、小柄な女の子でしたね」
貴音「……そうですね」
千早「素直で、優しそうな娘でしたね」
貴音「はい」
千早「本気で……戦えますか?」
貴音「それがわたくしなりの、礼節と心得ております」
伊織「じゃあいつも通り、1R10分の3Rよ」
伊織「ファイト!」
やよい「うわーっ! 本当にお皿が回るんだー」
伊織「ちょっとやよい! いいから食べなさい!」
やよい「あ、うん。いただきまーす」
パク
やよい「……」
伊織「ど、どうしたの? やよい」
やよい「お寿司って……こんな味がするんだ……」
貴音「……」
伊織「………………いいから食べなさい、やよい。これは試合よ」
やよい「うん」
両手で寿司を大事に持って食べるやよい。
雪歩「なんか、変だね」
響「ああ。貴音、時々手が止まってるぞ。どうしたんだ?」
1R終了
貴音 :30皿 計30皿(1200グラム)
やよい:20皿 計20皿( 800グラム)
真「え? 30皿? なんかもっと食べそうだけどな、貴音さん」
亜美「あれだよきっと、今回はル→ルじゃなくて味とかで細工がしてあるとか」
貴音「いいえ。味は紛れもない一級品でした」
真美「じゃあ、なんで→?」
響「自分、気がついたぞ。あのやよいって娘、食べるたびに小さく何か言ってるだろ」
貴音「……」
春香「なんて言ってるんですか?」
貴音「……」
響「ひどいこと言ってるようなら、自分が抗議してきてやるぞ!」
貴音「彼女は……高槻やよいは、食べるたびに『ごめんね』と」
響「……え?」
貴音「お姉ちゃんばっかり、こんな美味しいものを食べてごめんね……と」
響「貴音……」
貴音「弟のため……家族のために闘っていながら、その家族に詫びているのです彼女は」
真美「そっか……」
亜美「えらいね、やよいっち」
雪歩「もうあだな、つけちゃったんだ」
伊織「大丈夫? やよい」
やよい「うん。私ね、こんな美味しいもの初めて食べたよ」
伊織「そう、良かったわね。まだまだいっぱいあるんだからね」
やよい「う、うん!」
P(あの表情……限界は遠くないな)
2R開始
やよい「ごめんね……ごめんねみんな、お姉ちゃんばっかり……ごめんね」
貴音「……」
やよい(なんだろう、お腹……だんだん重くなってきた……なんだろ、これ)
貴音「高槻やよい、それが満腹というものです」
やよい「貴音さん。そうなんですかー?」
貴音「ええ。そしてもうすぐ、食べる事が苦しくなってくるはずです」
伊織「ちょっと、貴音!」
やよい「そうなんだ。でも……」
貴音「? どうしました?」
やよい「ちょっと嬉しいかなーって」
貴音「嬉しい? なぜです?」
やよい「生まれて初めてこんな美味しいものを食べられて、しかもお腹いっぱいになるまー……それも私だけ……これで苦しくならなかったらきっとばちが当たっちゃいますよね」
貴音「……」
雪歩「貴音さん、やっぱりペースが上がらないね」
真「ま、まあそれでも勝ちは固いからいいんだろうけど」
亜美「無理に引き離さなくても、勝てばい→んだよ」
響「そうかも知れないけど、でも……それって貴音らしくないぞ」
2R終了
貴音 :30皿 計60皿(2400グラム)
やよい:12皿 計37皿(1480グラム)
伊織「まだわからないわよ。がんばって、やよい」
やよい「伊織……ちゃん。私、がんばる……」
貴音「……」
響「貴音! らしくないぞ」
貴音「ですが……」
千早「さっき言っていたことと違うんじゃないですか? 貴音さん」
春香「ちょっと、千早ちゃん?」
千早「どんな相手でも本気で闘うのが、貴音さんの礼節じゃなかったんですか?」
貴音「千早……あいすみません」
春香「言い過ぎだよ、千早ちゃん」
千早「違うわ春香。貴音さん、このままじゃあ高槻さんがかわいそうです」
貴音「……厳しいですね。千早は」
千早「友達が誤りそうになっていたら、ひっぱたいてでも真っ直ぐにするのが親友ですから。そうでしたよね」
挑むような、千早の目。
ようやく貴音は、笑った。
第3R
猛然と食べ始める貴音。
それを、驚きの表情で見るやよい。
貴音「申し訳ありません、高槻やよい」
やよい「え?」
貴音「わたくしは今まで、本気ではありませんでした」
やよい「あ、あれだけ食べていたのにですかー?」
貴音「ここはふーどふぁいと。食材と、対戦相手と、そして己とが真剣勝負で闘う場。貴女のような者が来るような場所ではありません」
伊織「ちょっと貴音、アンタ……」
貴音「苦しければもう食べなくても構いませんよ。ただわたくしは、最後まで本気で闘います」
やよい「私……私も、闘います! 弟の為に」
貴音「わたくしはもう、手加減いたしませんよ?」
やよい「はい! よろしくおねがいします!」
伊織「やよい……そうよ、がんばって!」
やよい「うん。伊織ちゃんだって応援してくれてるんだから! うっうー!」
伊織「がんばって……やよい」
貴音「そしてわたくしも辛いのですが、この事は隠しおおせるものではありませんので打ち明けますが」
やよい「は、はい? なんですか?」
貴音「わたくしの住まいは、府中です」
やよい「私は昨日、かぞくのみんなにシチューを作りましたよ!」
貴音「は?」
やよい「とーってもおいしかったんですよー! うっうー!」
貴音「そ、そうですか……」
3R終了
貴音 :62皿 計122皿(4880グラム)
やよい: 7皿 計 44皿(1760グラム)
やよい「ごめんなさい。やっぱり私、貴音さんの足元にもおよびませんでした」
貴音「いえ、先ほどの言は撤回いたします。貴女は最後まで諦めず、戦い続けました。高槻やよい、貴女は立派に闘いました」
やよい「そう言ってもらえて良かったです。私、貴音さんの相手にならなかったんじゃないかなーって」
貴音「わたくしは本気でした。本気で貴女の相手をいたしました。そしてわたくしこそ、申し訳ありません。貴女の弟のこと、知っておりましたのに」
その言葉に、やよいの顔が曇る。
伊織「まったくよ。やよい、こうなったら私が貸してあげるから……」
P「やよい! 伊織様!」
伊織「どこ行ってたのよPちゃん。すぐに契約書を作って、口約束じゃあやよいも嫌でしょうから法令規定ギリギリの低金利で……」
P「当たった……当たりました」
伊織「? なに、河豚にでもあたったの? なら土木事業部に連絡してすぐに埋めてもらいなさい」
P「やよいに頼まれていた、海外クジ。当たりました。東欧の小国の新規くじでしたが、六等が当たっていました」
やよい「ほ、ほんとですかー!?」
真「でも六等って、いくらになるんですか?」
亜美「日本円で300円とかじゃダメだよ→!」
P「さっき日本円に換算してみた。六等は……日本円でほぼ300万円だ」
伊織「うそ……」
やよい「え? え?」
伊織「300万円よ、やよい。助かるの、弟は助かるのよ!」
やよい「伊織……伊織ちゃあぁん」
伊織「良かった。良かったわね、やよい」
抱き合って泣き合う2人。
それを765プロの全員が取り囲む。
真美「やよいっち、おめでと→!」
亜美「いや→、強運ですな→」
雪歩「良かったね」
真「うん。ホッとしたよ」
春香「きっと神様は見てるんだよ、やよいみたいないい娘のこと」
千早「そうかもね。ふふっ」
響「自分、なんだか涙がとまらないぞー……」
やよい「ありがとうございますー!」
伊織「ふふっ。今日は私もやよいも、負けちゃったわね」
やよい「えー?」
伊織「Pちゃんに私、言っちゃったでしょ? くじなんて必要ないって」
P「そうですね。私の勝ちです。景品代わりに……」
Pは伊織の耳元で、何事かを囁いた。
伊織「まあ……いいわ。好きになさい」
なぜか伊織は、貴音の顔を見てそう言った。
貴音「?」
P「恐れ入ります」
伊織「さあ、今日は私のおごりで私たちの残念会よ。まだお寿司なら作れるから、アンタ達も食べていきなさい」
一同「「やったーーー!!!」」
~翌日 765プロ~
貴音「わたくしは、間違っておりました!」
真「え?」
亜美「どったの? お姫ち→ん」
貴音「わたくしは、水瀬伊織のことを誤解していました。彼女は友達思いで、人の心がわかり、しかも高潔な魂の持ち主です!」
雪歩「ま、まあ、ちょっとワガママだけど」
千早「お嬢様ですものね」
貴音「あのような人物を、個人的な嫉妬心で快く思っていなかった自分を、わたくしは恥じています」
真美「いや→そんなことないよ、お姫ちん」
春香「過ちを認められるのは、偉いですよ」
貴音「この上はみんなが言っていた通り、水瀬伊織にもわたくし達の仲間になってもらいましょう!」
響「あ、それは自分も大賛成だぞ」
小鳥「仲間が増えるのは、嬉しいものね」
貴音「では、これよりわたくしは行って参ります」
響「え? い、今からか?」
貴音「思い立ったが吉日です!」
~水瀬総合フーズ社長室前~
貴音「とはいえ、どのように詫びれば水瀬伊織を……おや?」
伊織「それで? 最終的な収支の数字は出たの?」
P「まだですが、ペーパーの上だけとはいえ国交のない国に財団を作って、ミリオンズクラスの宝くじを発行するのは予想外の金額が必要でした」
伊織「そりゃそうよね。当初の予算をオーバーしそう?」
P「いえ、あちらの高官もうまみに気づいたのか財団を丸々譲渡する事で話はつきました。こちらとしても、もういらない財団ですので。おそらく当初予算の30億で、収まるかと」
伊織「そう。ま、やよいを助けるためですもの。安いものよ」
P「高槻やよいに300万を渡すために、30億……聞いた時は耳を疑いましたが、まあなんとかなるもんですね」
ガチャッ
貴音「……今のは、どういう意味ですか?」
伊織「なに? ノックもしないで、なんの用事?」
貴音「今のはどういう意味かと、聞いているのです!」
P「高槻やよいには内緒だぞ。昨日の海外宝くじは、俺が作った」
貴音「作っ……た?」
伊織「ちゃんと財団を創設して、その国の所定の法律に基づいているわよ。ただ、くじの大半はPちゃんが買い占めたけどね。にひひっ」
貴音「そのようなこと……八百長ではありませんか!」
伊織「そうよ。それがどうしたの?」
貴音「そのことを、高槻やよいが知ったら!!」
P「だから内緒だと言っている」
貴音「あ、あなた様……」
P「あのな貴音、俺たちは高槻やよいを助けたい。金はある。なら問題は、どうやってその金を受け取らせるかだ。そして俺たちは問題解決の為に、手を打った」
伊織「私になら可能な方法で、私なりに問題を解決したわ。なに? それが不満なの?」
貴音「わ、わたくしは……わたくしは……水瀬伊織、あなたを……あなたの事を……」
伊織「?」
貴音「も、もう結構です!」
バタン★
伊織「……結局、なにしに来たの? 貴音は?」
P「さあ? それより、随分と貴音に対してあたりが柔らかくなりましたたね」
伊織「……そう?」
P「まるでお友達と話すようでしたよ」
伊織「……やめてよ。Pちゃん」
バタン★
貴音「わたくしは、間違っておりました!」
真「え? お、おかえり貴音さん」
亜美「どうだったの? お姫ち→ん」
貴音「わたくしは、水瀬伊織のことを誤解していました。彼女は独善的で、えごいすとで、しかも目的のためなら手段を選ばない人間です!」
春香「さ、さっき言ってた事と全然違うけど……」
千早「なにがあったんですか? 貴音さん」
貴音「ともかく! わたくしは金輪際、水瀬伊織を仲間にしたり友人になろうなどとは思いません!」
雪歩「そんな……」
真美「またずいぶんとこじれたね→」
小鳥「まあ貴音ちゃんとの関係はともかく、よく考えれば伊織ちゃんがアイドルになるのは難しいかもね」
響「そうだな……でもちょっと残念だぞ。あの伊織も、仲間にできると思ったからな」
春香「まあ敵対してるけど、仲間になってくれたら心強いよね」
雪歩「私もその方が嬉しいけど」
真「財閥の総帥としての立場もあるだろうしなあ」
やよい「だいじょうぶですよー! 伊織ちゃんは、やさしくてがんばりやさんですから」
貴音「わたくしはそうは……はて? 高槻やよい?」
千早「貴音さんがいない間に、社長が連れてきたんですよ」
真美「やよいっちはね→、今日から765プロのアイドルだよ→」
貴音「まことですか!?」
やよい「伊織ちゃんが、今後はお仕事をした方がいいからって紹介してくれたんですよー」
亜美「いおりんもやるよね→」
貴音「……」
やよい「これから、よろしくお願いしますねー!」
貴音「……そうですね。よろしく」
社長「そしてさらにもう一人、新しくプロデューサーが加わることになったぞ諸君」
貴音「ぷろでゅうさぁ! それはもしや!!」
律子「秋月律子です。これからよろしくお願いしますね」
貴音「……」ショボーン
第8話 終わり
さて、次回の挑戦者は!?
律子「大事なのは、データと分析よ!」
挑戦者『秋月律子』!!
貴音「故郷と、そして自分自身のためです!」
亜美「亜美、りっちゃんのこと……好きなのに」
律子「水瀬伊織は、本当に水瀬家の人間なのか」
そして……
P「伊織の正体って?」
律子「ごめんね、貴音。私は真実が知りたいの」
貴音「わたくしに、そのような心遣いをしてもよろしいのですか?」
律子「私、みんなのプロデューサーのつもりよ」
対戦メニューは!?
貴音「あ、熱いです! み、水!」
律子「気をつけなさいよ貴音。コンロにかけられているあんは、軽く80度を超えてるわ」
次回『プロデューサーはスパイ? 真実を求めて戦う灼熱の、五目あんかけおこげ対決!』!!
お楽しみに。
一旦ここで、止まります。
読んでくださった方、楽しいレスをありがとうございます。
第9話『プロデューサーはスパイ? 真実を求めて戦う灼熱の、五目あんかけおこげ対決!』
律子「千早、今日はダンスレッスンよ。ボーカルレッスンばっかりしてちゃダメよ。それから亜美と真美は私についてきて、ほかのみんなは午後に備えててね」
やよい「なにをしてればいいんですかー?」
律子「レッスンの予習に復習、それから他のアイドルのVを観たりもしてね」
響「そんなに色々するのか? 大変だぞ……」
律子「当たり前です。トップアイドルになるんでしょ? みんな」
千早「はい!」
律子「大事なのは、データと分析よ! それなくして勝利は無いわ」
真美「うー……りっちゃんきびし→」
亜美「りっちゃん、途中でアイス買ってよ!」
律子「しょうがないわね」
真美「ふふふ。亜美、この真美の部下にならないかい? 今ならパピコの半分をお前にやろう」
亜美「ははぁ→!」
律子「はいはい、行くわよ」
やよい「がんばってね!」
小鳥「ふう。律子さんが来て、ちょっとずつ仕事が増え始めたわね」
春香「やっぱりプロデュースって大事なんですね」
響「ああ、計画的になんでもやらないといけないってよくわかったぞ。律子も仕事では厳しいけど、優しいものな」
小鳥「事務所にも、あっという間になじんだものね」
雪歩「貴音さん」
貴音「……なんですか?」
真「プロデューサーがPじゃないのは残念だろうけど、元気出していきましょうよ」
貴音「……わかっています」
千早「あれ? 貴音さん、どこへ?」
貴音「午後に備え、外の空気でも吸ってまいります」
バタン
響「元気ないぞ、貴音」
やよい「ほんとです」
春香「この間、みんな言ってたけどやっぱりPさんのことかな?」
千早「それなんだけど、そもそも貴音さんと水瀬さんはどういう関係なの?」
雪歩「そっか、みんなはよく知らないんだったね」
真「と言っても、貴音さんに関しては外国の高貴な血をひいてるとしかボクも知らないんだけど」
春香「え? そうなの!?」
雪歩「事情があって国にいられなくなって日本に来た所を、先代の水瀬家当主に庇護されたって聞いたよ」
真「3年ぐらい前だっけ?」
雪歩「うん。ほら、例の」
真「ああ」
千早「? なに?」
真「えっと……まあ、なんていうかお家騒動があったんだよ。先代が急に亡くなられて」
春香「へえ。私が留学するより前だね」
雪歩「急だったし、あれだけの財閥だから色々ともめたんだけど、あのPさんが後見になって伊織ちゃんを擁して後継者争いは収まったんだよ」
響「確か伊織は、その存在が名前しか知られていなかったとか」
真「うん。後継者争いの時、初めて人前に出てきたんだ」
雪歩「そしてその頃にはもう、貴音さんは水瀬家から出ていったんだと思う。私、ここに来るまで貴音さんに会ったことなかったから」
真「水瀬家にいたとしても、ほんの短い間だったろうね」
春香「そしてPさんと貴音さんは、相思相愛の関係なわけだね」
やよい(そーしそーあい、ってなんでしょうか?)
~そして午後~
P「よう」
貴音「あなた様!」
真「あれ? 今日はどうしたんですか?」
雪歩「次のフードファイトの事ですか?」
P「いや、そうでもないけどな。ちょっと時間ができたし、近くを通ったから寄ってみた」
千早「いいんですか? またあのお嬢様に、怒られますよ?」
P「いやそれがな、最近なんというか丸くなってな。きっとみんなのお陰だ」
春香「みんなって……もしかして私たちでてすか?」
P「人間って存在を、ほとんど知らずに育ってきたからな。あのお嬢様は。畏敬でもおべっかでもない、生の感情をぶつけあえる人間に会って、彼女も人間らしくなったんだと思う」
響「そーなのか。人間らしさは、人間と関わらないと育たないからな。自分、伊織のことちょっとわかった気がするぞ」
貴音「さりとて、ふーどふぁいとを止めることはないのでしょう?」
P「そりゃあ……まあな。ほら、あの人のこともあるし」
貴音「そちらの理由ではありません」
P「は?」
貴音「あなた様を、わたくしに渡す気はないという意味です」
P「……貴音、伊織が俺を賭の景品にした事はなんとも思ってない。だがそれを本気にするのはやめろ」
貴音「わたくしはそれを心の支えに、これまで勝ってまいりました」
P「貴音が戦うのは、故郷の為だろ!」
貴音「故郷と、そして自分自身のためです!」
春香「ま……まあまあ」
響「2人とも、落ち着くんだぞ。要はPを巡る女の戦いなわけだろ?」
真「か弱い王女様を、2人のナイトが奪い合う……憧れるなあ、そういうの」
雪歩「ロマンティックだよねえ」
やよい「すてきですー」
千早「この場合、王女様は男性のPでナイトは女性の水瀬さんと貴音さんだけれどもね」
P「変なたとえはやめてくれ。それでどうだ? 新しく来たプロデューサーは、優秀か?」
春香「あれ? なんで知ってるんですか」
P「まあ、な。そこはほら、うちの情報網で」
律子「戻りましたー……あ!」
P「? この女性は?」
小鳥「プロデューサーの、秋月律子さんですよ。新しく入社された」
P「……なに?」
律子「P……なんでここに……」
P「どうやら、ちょっと話を聞かせてもらう必要があるようだな」
律子「……だったのに」
響「?」
律子「もう少しで、色々わかる所だったのに!」
ダッ
春香「え?」
千早「どこへ……」
P「待て! ……逃げられたか。おい、あれは何者だ?」
貴音「それは、わたくしが聞きたいですところです。何事ですか?」
小鳥「律子さんは、なんで逃げちゃったんですか?」
雪歩「律子さんが、どうかしたんですか?」
P「なにがあったかはわからんが、あれは俺が斡旋したプロデューサーじゃあな……あ」
千早「斡旋?」
貴音「あなた様? もしかしてあなた様は、わたくし達の為に……」
春香「えーっ、そうなんですか?」
やよい「もしかしてこの間、伊織ちゃんに勝ったご褒美ってこの事ですかー?」
響「あー言ってたなそういえばそんなこと」
真「でもそれって、ボク達の為じゃなくて……」ニヤニヤ
雪歩「貴音さんのためなんですか? うわぁ、ロマンチックですぅ」
P「勘ぐるな。プロデューサーも無しにやっていけるほど、芸能界は甘くない。いくら言ってもわからないようだから、俺は!」
貴音「あなた様」
P「……なんだ? 貴音」
貴音「わたくしは、あなた様をお待ちしています」
P「帰る」
貴音「いつまででも、お待ちしております」
P「……帰る」
真美「それにしてもりっちゃん、帰ってきてくれないのかな→」
亜美「亜美、りっちゃんのこと……好きなのに」
春香「……そうね。ちょっとの間のつきあいだけど、悪い人には思えないものね」
雪歩「みんなと一緒だよ、きっとなにか事情があるんだよ」
真「うん。ここにいるみんなと同じさ」
千早「なにより私たちには、プロデューサーが必要だわ」
響「よーし。みんなで探しに行くぞ!」
バタン★
小鳥「あ!」
律子「……あんた達」
小鳥「律子さん、心配したんですよ。みんな」
真美「りっちゃ→ん!」
亜美「帰ってきてくれたんだ」
律子「その……ごめんなさい」
貴音「いいのです。それよりも、いったいなにが……」
律子「全部話すわ。私は、実はジャーナリストなの。そして、水瀬財閥当主交代劇の真相を追っているの」
雪歩「え?」
律子「水瀬伊織は、本当に水瀬家の人間なのか。そして、その当主就任に正当性はあるのか」
真「ちょ、律子。それってどういう……」
律子「それまで名前だけしか知られていなかった人物が、先代の突然の訃報でいきなり現れて、本家の者でもない人物の庇護を受けて後継者になるなんて異常よ」
雪歩「……」
真「……」
千早「でも、それは家庭の事情みたいなものがあるんじゃないのかしら」
律子「水瀬財閥は世界的な影響力を持つ、コングロマリットでもあるのよ。そのほんの些細な一挙手一投足が、小さな商店とその家族を追い詰めてしまうことだってあるの!」
春香「それって……律子さんの?」
律子「! ごめん。私情を挟んじゃったわね」
やよい「やっぱりじじょうがあったんですね」
律子「ともかく、大企業の大財閥は莫大な収益を甘受するのだから、後継を含めたその動静はオープンであるべきだわ。そこに不当な密室劇があるなんて許せない」
やよい「? よくわかりませんけど、律子さんは家族のために伊織ちゃんを調べてるんですか?」
律子「私怨は関係ないわ。でも、不正に地位ある立場について恩恵を甘受している人間を、私は許しておけないの」
真美「りっちゃ→ん……」
亜美「なんのことかぜんぜんわかんないよ→」
律子「あんたたち、後で国語の勉強よ」
千早「つまりあの水瀬さんの出自には、疑問があるんですね」
律子「ええ。そもそもそれまで一度も人前に出てこなかった人物が急に現れて、しかも当主におさまるなんて怪しいわ」
雪歩「それはまあ……」
真「ホク達も当時、不思議には思いましたけど」
やよい「伊織ちゃんは、悪い人じゃありませんよ?」
春香「貴音さんはどうです? 当時、水瀬家にいたんでしょ?」
律子「!」
貴音「水瀬伊織の出自については、わたくしはわかりません。確かに、突然現れましたが」
律子「そうなのね! やっぱり!」
貴音「しかし律子嬢、登極せしものは則ち王、と言いますが」
律子「……わかっているわ。でも、私は知りたいの」
響「なあ、なんのことだ?」ヒソヒソ
雪歩「うん……あのね、正当な手続きを経て地位についた者は、たとえ出自や過程に瑕疵があってもその地位は揺るがないってことなの」
真「責任ある地位につくのに大事なのは、ちゃんとした手続きを経ているかであって、地位に就いてしまえば個人の過去は関係ないんだ」
響「財閥とかって、そういうものなのかー。なあ律子、もう今更あの伊織の過去を暴いたってどうしようもないんじゃないか?」
亜美「それより亜美たちと、このままやっていこうよ→」
律子「待って、そもそもどうして私がこの事務所に潜り込んだと思っているの?」
春香「え? あれ?」
律子「この事務所、水瀬財閥と深い関わりがあるのよ。ヘタな末端傘下よりも密接に」
小鳥「……そんなことまで、調べたんですね」
貴音「小鳥嬢?」
小鳥「765プロは、もともとPさんが起こした芸能プロダクションです。長らく休眠していたのを、社長が再起業したんです」
貴音「そのようなこと……初耳です! わたくしはあの方は、水瀬一族の者だと」
律子「それもまあ、間違いじゃないわ。あのPは、水瀬一族の三浦家の出のはずよ。そして一族を離れて芸能界で手腕を発揮していた。それが……」
雪歩「急に帰ってきたんだよね」
真「ボクらはお家騒動の時に、初めて会ったんだよね。Pは旦那さ……雪歩のお父さんに協力を求めたりしてたから」
律子「今でもここには、色々な資料やデータが眠っているの。そして、肝心な水瀬伊織の個人データの場所もわかったわ」
やよい「? どこですかー?」
律子「みんなに協力して欲しいの」
~水瀬総合フーズ会長室~
伊織「面会? 貴音が?」
P「はあ、貴音を筆頭にというべきですか……」
伊織「なにかしら? 次のファイトもまだ決まっていないのに」
P「いかがいたしましょうか?」
伊織「いいわ。通して」
伊織「それで? 何の用なの?」
貴音「約束を確認しに参りました」
伊織「?」
貴音「3年前の約束です。あの時、あなたは言いましたね。わたくしが勝った賞金は、すべて我が故郷に送金すると」
伊織「そうしているわよ。なに? 疑ってるの」
貴音「そしてこうも言いました。わたくしが最強の座につけば、あなたがそう認めれば、あの方をわたくしにくださると」
伊織「人間を賭の対象にするなどと、って怒ったのもアンタだったわね。貴音」
貴音「ですからあの時、言ったはずです。私が最強であるとあなたが認めたら、その時はあの方を自由になさいと」
雪歩「そういう約束だったんだね」
響「あれー? だけど貴音はもうチャンプだぞ?」
春香「それもここまで負け無しなんでしょ?」
千早「そうね。もう最強なんじゃないかしら」
伊織「まだまだ、私は奥の手を持ってるのよ? 確かに貴音は勝ち続けたわ、けれど……」
P「お待ちください伊織様。貴音、何を企んでる?」
真「な、なんのことですか?」
P「今更そんな話をして何になる。貴音も伊織様も、その件については了承しているはずだ」
響「ええとだなー。それはそのー」
P「! まさかさっきのあのプロデューサーの為に!」
ドアに向かって走り出したPに、亜美と真美が互いに目配せをする。
亜美「いくよ、真美。デンジャ→トラップ発動だよ!」
真美「了→解、亜美隊員! トラップ発動!」
合図と共に、亜美と真美はドアの前で張っていたロープをピンと引っ張る。
P「うおあわっ!」
ドンガラガッシャーン★
亜美「やった→!」
真美「せ→こ→!」
P「くうう、こんな単純な手にひっかかるとは」
伊織「Pちゃん? なんだっていうのよ?」
P「スパイです。貴音たちは、その手伝いを」
伊織「なんですって!? あんた達……」
やよい「ごめんね。伊織ちゃん」
伊織「ぐっ。と、とにかく全館に非常態勢を!」
律子「非常警報ね。 けれど随分時間を稼いでもらえたわ。ここの……この棚に……あれ?」
伊織「捜し物は、これかしら?」
律子「! 水瀬……伊織……」
P「なかなか大胆な手口だな。しかし詰めが甘い。目的も半ばわかってたしな」
律子「P……」
伊織「どれどれ……へえ、私の個人情報がバッチリじゃない。アンタ、私のファン?」
律子「貴女の正体を暴いて、白日のもとに晒すためよ!」
P「その為に工作して765プロ入社し、プロデュースをしながら色々と探ったりご苦労なことだな。なぜそこまでする? 三浦家か? バックは」
律子「私のこと、忘れたとは言わさないわよ」
律子はパイナップル状の髪をほどくと、三つ編みおさげを下におろした。
律子「髪型を変えていたから気がつかなかったんでしょうけど、私はあの秋月の娘よ!」
伊織「……誰?」
律子「はあぁ!?」
P「いや、その……俺もその……前に会ったことがあったかな?」
律子「あなた達が買収した商店街の商工会議長だった、秋月の娘よ! 会った事もあります!! これ、当時の髪型!!!」
P「ええと、それってどのくらい前だ?」
律子「3年前です」
伊織「うーん……ごめんなさい」
P「秋月商工会議議長……うむ、かすかな記憶が……すると、あの時の女の子か!?」
伊織「覚えてるの?」
P「確か小さな女の子が、エビフライを食べていた記憶が……」
律子「3年前は、私ももう16歳でした! エビフライなんて食べていません!!」
P「……おかしいな」
律子「いいです、もう。それよりも、貴女の正体を世間に知らしめてやるわ」
P「うーむ。いくつか訂正しておきたいが」
律子「なんですか?」
伊織「私、まだ当主じゃないわよ」
律子「実質的にはそうでしょ!?」
P「まあ……それから、伊織の正体って?」
律子「しらばっくれないで。突然現れた、謎の少女が当主の後がまに推戴されるなんて、裏があるに違いないわ」
伊織「……」
律子「ほらごらんなさい、顔色よくないわよ」
伊織「なんにしても、これを律子に渡すわけにはいかないわね」
律子「……」
P「しかし、チャンスをやってもいい」
律子「え?」
貴音「なにがどうなっているのですか? なぜ律子嬢が、わたくしの対戦相手なのですか?」
P「律子は、伊織の個人情報を欲しがっている。この対戦に勝ったら、それがもらえる」
律子「ごめんね、貴音。私は真実が知りたいの」
亜美「りっちゃ→ん」
真美「ど→して……」
律子「……ごめん」
P「ファイトは3日後だ、それまで律子は水瀬総合フーズにいろ」
律子「プロデュースの仕事が……」
P「代わりを斡旋してやる」
律子「でも……」
亜美「りっちゃ→ん……」
真美「…………」
伊織「対戦者とずっと一緒なんて、談合を疑われたらオーナーである私も困るわ」
千早「律子……」
春香「あの……」
律子「みんな……ごめん」
響「自分……待ってるからな」
雪歩「うん」
律子「アンタたち……」
真「待ってますよ! 終わったらまた、一緒にがんばりましょう!」
やよい「私もですー。ね、貴音さんもですよね?」
貴音「……では、当日会いましょう」
律子「………………」
やよい「貴音さーん……」
~ファイト当日 水瀬総合フーズ地下~
春香「五目あんかけおこげ、ですか?」
千早「なんだか聞いたことはあるけれど、いまひとつピンとこない料理よね」
響「中華料理だろー? 中華のお店のメニューで、見たことはあるぞ」
真「うん。ボクも食べたことはないんだけど、確かそうだよ」
亜美「あ→亜美は苦手だな、おこげって」
雪歩「食べたことあるの? 亜美ちゃん」
真美「真美たちのママね→。時々お水の量を間違えて、ごはんにおこげができちゃうんだよ→」
亜美「苦いんだよね→」
やよい「おこげはこうばしくって、美味しいよ? あのね、まんべんなくまぜておにぎりにするとおいしいんだよ」
真美「へ→!」
響「なるほど。焼おにぎりみたいになるわけだな。今度自分も、試してみるぞ」
伊織「なんだか、みごとに勘違いしているわね」
P「意外に食べたことのある人間は、少ないのかも知れませんね。それにしても律子、なにか勝算があるようでしたが」
伊織「わざわざ料理を指定したぐらいですものね。期待してるわよ」
律子「じゃあ貴音、悪く思わないでね」
貴音「どのような事情があろうと、わたくしはふぁいととなれば闘うのみです」
律子「私、勝つわよ。勝算だってあるわ」
貴音「では、全力で迎え撃ちましょう」
伊織「そろそろいいわね? じゃあ、準備をして」
貴音「はて? 準備とは?」
怪訝な表情の貴音を別に、スタッフが2人の間にコンロに乗った大鍋を運んでくる。
やよい「あれ、なんですかー?」
雪歩「お料理をお客さんの目の前でサーブする時に運ばれてくる、ワゴンコンロ鍋だけど」
響「え? じゃあ、あれが料理か? あの鍋でグツグツいってるのが。おこげってのはどうなったんだ?」
トン、と貴音と律子の前に皿が置かれる。
中には、お米を乾燥させた板状の物が二枚入っている。
P「皿の中にあるものが『おこげ』だ。中華の四川料理では『鍋巴』(グオパー)と言う。ご飯を炊飯する時に焦げてできるおこげとは違って、ご飯を乾燥させて作る」
春香「ライスパフの、かたまりみたいだね。あれ、飴がけしたお菓子があるよそう言えば」
千早「じゃあ五目あんかけというのは……」
伊織「じゃあ始めるわよ。いつも通り1R10分間の、3R勝負よ。ファイト!」
伊織の合図に、スタッフが火にかけられたままの鍋から、グツグツと音を立てる熱々のあんを皿にかける。
その瞬間!
ジュウウウゥゥゥーーーッッッ
バチバチバチッ
ジュジュジュジュジュウーッ
雪歩「きゃっ!」
真美「す、すごい音!」
真「な、なんだあれ?」
春香「もう見るからに熱そうなんだけど、あれを大食いで食べるの!?」
貴音「美味しそうな香りに、食欲をそそる音ですが、これは……」
パク
貴音「あ、熱いです! み、水!」
律子「気をつけなさいよ貴音。コンロにかけられているあんは、軽く80度を超えてるわ。アイドルなんだから、火傷に気をつけて」
貴音「ご進言、傷み入ります。ですが、今は対戦相手のわたくしに、そのような心遣いをしてもよろしいのですか?」
律子「貴音は対戦相手ではあるけれど、敵ではないわ。それに私、みんなのプロデューサーのつもりよ。まだ」
貴音「それを聞いて、安堵いたしました。わたくし達にはやはり、ぷろでゅうさぁが必要です」
律子「……さあ、食べるわよ」
律子「フーフー」モグ
貴音「ふうっ」モグ
春香「なんだか、静かな闘いだね」
千早「あれだけの熱さですもの、一気に食べるわけにはいかないもの」
真「だからか、差があんまり開かないね」
真美「そんなに熱いの? あれ」
響「あんかけだろ? あんはドロドロしてるから熱による対流をしないんだ」
亜美「?」
雪歩「あのね、普通は液体は熱いと上にあがって、空気に触れると冷えて今度は下にさがるんだよ」
真「お風呂でも手を入れると熱いけど、下の方は冷たかったりすることあるだろ」
亜美「あ→お風呂入るの遅くなると、そういうことあるね→」
響「そういう液体の熱による動きを対流って言うんだ。そうして液体は温度が下がっていくんだけど」
真美「そっか、あんはドロドロしてるから冷めにくいんだ」
貴音「ふう! ふう! このあん、おこげにあっと言う間に染み込んで熱さがすごいです」
律子「しかもなかなか冷めない。どう? これなら貴音でも、そうそう早くは食べられないでしょ?」
貴音「なるほど、見事な戦略。しかしそれは律子嬢も同じではありませんか?」
律子「差がつかなければ、勝機も見えるわ。すみませーん、ナイフとフォークをお願いします」
伊織「え? 中華よ? ナイフとフォークを使うの?」
P「よくわかりませんが、ルールに抵触するわけではありません。おい、用意してやれ」
律子の元に、ナイフとフォークが用意される。
それを手に持つと、律子はおこげを丁寧に切り刻む。
貴音「ふう、ふう、そのような作業の前に食べた方がいいのではありませんか?」
律子「食べるわよ。これから」
律子はバラバラにしたおこげを、ナイフでグルグルと皿の中でかき回す。
そしてフォークで、肉とイカを口に運ぶ。
雪歩「なんの意味があるんだろうね、あれ」
亜美「わかんないけど、りっちゃんが意味のないことするはずないよ」
千早「そうね。いつだって論理的ですもの」
真「そういえばいつも言ってたよね」
春香「データと分析、だったね」
響「みんな……あれを見て欲しいぞ!」
伊織「ちょ、ちょっと! なんだかあんが水っぽくなってない?」
P「そんなはずは……ん?」
貴音の皿のあんがまだ粘度を保っているのに対し、律子の皿のあんは目で見てわかるほどにサラサラとしてきている。
貴音「な、なんと!」
律子「これなら、冷めるのも早いわよ」
律子が一気におこげと野菜を食べ終わる。
律子「次のお皿を!」
貴音「わ、わたくしも急がねば……熱っ!」
千早「どういうことなの?」
雪歩「律子さんはあんがみずっぽくなってるのに、貴音さんはドロドロのままなんて……」
第1R終了
貴音 2皿( 860グラム)
律子 3皿(1290グラム)
律子「どう? 貴音の過去の対戦を調べ、そしてあらゆる料理からこの五目あんかけおこげを選んで、その食べ方を調べたのよ」
貴音「これが……情報と分析の力ですか」
律子「アイドルとして頂点に立つなら、覚えておきなさいね」
伊織「それで? あの現象の理由と意味は?」
P「どうやらあれは、あんに水分が加わったために粘度が下がったようです」
伊織「水分? 別に律子は水をかけたりなんかしてないわよ?」
春香「あの水分、きっと野菜から出てるんだよ」
伊織「え?」
P「おそらくそれが、正解だろう。中華の野菜はシャッキリと仕上げるために完全に火が通ってない。その野菜に塩分のあるあんが加わって、水分が出てくるんだ」
千早「そうか。それで先にお肉やイカを食べて」
真「おこげは細かくして空気に触れやすくして野菜の水分が出てくるのを待ちつつ、かき混ぜて冷ましてたのか!」
伊織「ちょっと……すごいじゃない! 今まであんな方法を使ってきた挑戦者はいなかったわよ」
第2R
律子も貴音も、食べ方は変わらない
律子「貴音もこの方法で食べる?」
貴音「いえ。それは得策ではないのでしょう」
律子「えっ?」
貴音「おそらく律子嬢は、この料理のその食し方を何度も何度も繰り返し試したのでしょう。真似をしてもうまくいかないのでは?」
律子「流石ね。そうね、これってタイミングとかコツがあるから」
貴音「ならば……ふう、ふう……こうして食べるより他ありません」
律子「でもそれじゃあ、勝てないわよ」
第2R終了
貴音 2皿 計4皿(1720グラム)
律子 3皿 計6皿(2580グラム)
伊織「これは……勝てるわ。負ける要素が無いじゃない!」
P「確かに貴音は今以上にペースを上げられない。一方律子は、ペースが落ちる要素がない」
真美「亜美→どしたの?」
亜美「りっちゃん、勝ったら765プロ出てっちゃうのかな?」
真美「そだね→。そうかも」
亜美「お、お姫ち→ん! がんばってよ!! りっちゃんがいなくなっちゃうのヤだよ→!」
律子「……」
貴音「……見事です。わたくしも、ここまで苦しむとは思いませんでした」
律子「ギブアップ? ダメよ、負けるにしても精一杯やらないと、頂点には立てないわよ」
貴音「情報と分析、その力は身にしみました。貴女は偉大なぷろでゅうさあです」
律子「……ニセモノだけどね」
貴音「いいえ。貴女は、わたくし達のぷろでゅうさあです。ぷろでゅうさあになるのです!」
律子「貴音……いいの? 貴音はあのP……」
貴音「律子嬢!」
律子「な、なに?」
貴音「わたくしの住まいは、府中です」
律子「知ってるわよ?」
貴音「今からその、真の意味を教えて差し上げましょう」
律子「?」
貴音「お箸をもう一膳いたけますか!?」
伊織「箸をもう一膳? なんの意味があるのよ?」
P「わかりませんが、これもルールに抵触するわけではありません。用意してやってくれ」
貴音の元に、箸がもう一膳運ばれる。
貴音はそれを左手に持つ。
真美「お→。お姫ちん、二刀流だねぇ!」
律子「?」
貴音「参ります」
律子「!」
伊織「貴音……右手で食べてる間に……」
P「左手でおこげのかたまりを箸でつかみ、上下に……」
真「そうか! ああやって冷ましながら食べるって寸法だね」
雪歩「口で吹いたりせずに、次々と口へ運んでますぅ」
律子「そ、そんな……そんな食べ方……」
律子も慌てて作業に戻るが、ナイフで切る手間の分、貴音の方が早い。
律子「この食べ方が……戦略が仇になるなんて……」
第3R終了
貴音 6皿 計10皿(4300グラム)
律子 3皿 計 9皿(3870グラム)
P「様々な料理のデータを選び抜き、必勝法を見つけた律子だったが、貴音は更にその上をいったな」
伊織「律子もなかなかの気迫を見せたし、その分析力はすごかったけど貴音の意地が勝ったわね……」
P「恐れながら、意地ではなくプライドだと思います」
伊織はPを睨みつけたが、その目に怒気はなかった。
律子「データと分析、それがあれば何でもできる。勝てると思っていたのに……」
貴音「情報も分析も大事です。時にそれは、勝利への大きな鍵にもなるでしょう。ですが相手は人間です、人間には可能性があります。過去の情報では量れない、可能性が」
項垂れる律子。
その律子に、やよいが歩み寄る。
やよい「あのー、律子さん? これ、伊織ちゃんがどうぞって」
律子「え? これってあの個人情報データ? え?」
P「もともと見せてやるつもりだった。が、律子の大食いの実力と、アナリストとしての能力が欲しかったから、もったいをつけた」
慌てて、中を確認する律子。
律子「間違いない、本物……出生証明書の写しに、写真……それにこれはDNA鑑定書? 先代の水瀬翁との親子関係は……」
律子の手から、資料がバサリと音を立てて落ちる。
律子「97.2%……」
伊織「悪いけど私、間違いなく水瀬家の生まれよ。お父様もお母様も、実親。悪かったわね、期待に沿えられなくて」
P「伊織が本当は水瀬の人間じゃないと思っていたみたいだが、それは違う。それが律子の知りたがっていた、真実だ」
律子「じゃあ……じゃあ、私……なんの為に……」
P「律子やご家族には、申し訳ないことをしたかも知れない。許してくれとは言わないが、済まないと思っている」
律子「はは……ははははは。あはははは……あはははははははははははは…………」
亜美「りつちゃ→ん」
歩み寄ろうとした亜美を、真美と響が無言で制止した。
律子「あはは……はは……うう……うわあああぁぁぁーーーっっっ!!! ああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっっっっっ」
貴音「律子嬢……」
ファイトが終わり、薄明かりとなった照明の下で、律子は叫ぶように泣き崩れた。
~翌日早朝、765プロ前~
暗い表情で、荷物を抱えた律子。
その前に、Pが立ちはだかる。
律子「!」
P「黙って立ち去るんじゃないかな、と思ってな」
律子「なんでもお見通しですか」
P「いや、これは経験則だ」
律子「はあ?」
P「自分がやったことが間違っていて、しかも誰かを巻き込んでしまったら、逃げ出したくもなる」
律子「Pにも、そんな事が……?」
P「愚かにも真実を知ろうとして、開けなくてもいい箱を開けてしまった。そしてそれが一人の人間の人生を狂わせてしまった」
律子「?」
P「その罪に対する呵責から、逃げようとしたよ俺も。けれどそんな俺を、引き留めてくれた娘がいた」
律子「もしかして、それが……」
P「目に涙をためてるのに強がって、な。その時に思ったよ、俺がこの娘を護ってやらなきゃって」
律子「水瀬伊織なんですか?」
P「……律子にも、ほら」
朝靄の中、白い息を吐きながら誰かが駆けてくる。
亜美「りっちゃ→ん!」
律子「亜美……」
亜美「行かないよね? どこにも行かないでまた、亜美たちと一緒にお仕事するんだよね?」
律子「亜美、あんた……」
P「だけじゃないようだぞ」
律子「え?」
真美「りっちゃ→ん!」
響「もう過去の事はいいんだろ?」
雪歩「プロデューサーとして、お願いしますぅ」
真「律子がいないと、ボク達困るし」
千早「そうね。プロデューサーがいないと、困るわ」
春香「頼れるプロデューサーですもんね。えへへ」
やよい「これからも、よろしくお願いしますねー!」
律子「あんた達……あんた達……」
最後に貴音がやって来た。
目を合わせず、Pの横で貴音は立ち止まる。
貴音「わたくしは今後、あなた様をぷろでゅうさあにしたいとは申しません」
P「……そうか」
そして貴音は、律子に手を差し出す。
貴音「これからわたくしのぷろでゅうす、よろしくお願いいたします」
律子「もう……仕方ないわね。あんた達、私の言うこと聞くのよ」
一同「「はい!!!」」
Pは寂しそうに肩を竦めると、振り返らずにその場を去った。
~水瀬総合フーズ会長室~
P「おはようございま……」
伊織「どこ行ってたのよ?」
P「……別にどこも」
伊織「まあいいわ。出社したなら、早速仕事よ。パリ支社へ連絡をして」
P「パリ? では美希を?」
伊織「貴音を倒すには、もう美希しかないわ。天才の美希なら、万にひとつの負けもない。そうでしょ?」
P「……そうですね」
第9話 終わり
次回予告
さて、次回の挑戦者は!?
美希「ミキね、天才なの。あはっ☆」
挑戦者『星井美希』!!
伊織「まったく美希ったら……でこちゃんゆーなって言ってるでしょ!」
P「美希は、自他共に認める天才少女だ」
貴音「わたくしは、負けませんよ。ふふっ」
そして……
千早「私とフードファイトで戦いなさい! 私が勝ったら、春香に謝ってちょうだい」
美希「ミキね、天才なの。なんでもできちゃうし、だからなにをしてもゆるされちゃうの」
伊織「ちょ、美希! わかったから抱きつかないで!! ちょ、もう!」
対戦メニューは!?
貴音「ええ。炊き立てのご飯とはまた違った、しっとりとした食感とお米の甘みがたまりません」
美希「ミキね、伏し目がちじゃなくても昨日のこととかあんまり覚えてないの」
次回『最強の挑戦者、天才星井美希! 脅威の実力、おにぎり対決!!』
お楽しみに。
一旦ここで、止まります。
読んでくださる方には、感謝しかありません。
ありがとうございます。
第10話『最強の挑戦者、天才星井美希! 脅威の実力、おにぎり対決!』
~765プロダクション~
P「よお」
律子「あら、どうしたんですか?」
P「貴音に、フードファイトの件で」
貴音「次の対戦が決まったのですか?」
P「まあ、そうだな」
千早「変な物言いですね」
亜美「ほんと→は、お姫ちんに会いに来たんだよね→」
貴音「まあ、ありがとうございます」
P「否定はしないが、そんなことより……」
春香「いいなあ、アツアツですね! あ、私の焼いたマフィン食べます? コーヒーと一緒に食べると最高ですよ!」
P「次の対戦相手だが、星井美希という娘だ」
ガシャーン
春香「……」
手にした盆を取り落とした春香は、光のない虚ろな瞳で固まっていた。
千早「春香? どうしたの?」
P「春香はパリで会っていたな。美希は、自他共に認める天才少女だ」
響「だけど天才なんてものは、実際には存在しないんじゃないのか? 人から天才と呼ばれる人物に限って、陰で努力とかしてるものだぞ」
春香「違うよ、響ちゃん」
響「え?」
春香「天才はいるんだよ。努力も挫折も知らないで、ただ栄光だけを知っている……そういう天才は、いるんだよ」
千早「その娘が、春香の自信を砕いた張本人なのね?」
春香「……」
雪歩と真も、目を合わせて頷きあう。
P「伊織も、ついに切り札を出してきた。いい意味で本気になったんだろうな」
亜美「どゆこと→?」
貴音「今まではわたくしを、なめていたということですか?」
真美「お姫ちんprpr?」
P「なめてはいないが、心のどこかで真のライバルとは認めていなかったんだろうな。本気になりたくなかったというか」
貴音「それをなめている、と言うのではありませんか?」
P「まあそう言うな。丸くなって、ムキにもならずに最強のカードをきってきたんだ。その心意気をわかってやってくれ」
貴音「ずいぶんと、肩を持つのですね」
真「うーん。またこのパターンか」
雪歩「貴音さん、Pさんの事だと意固地だから……」
貴音「ゆ、雪歩////」
P「ともかく相手は天才だ。気をつけろ、貴音」
春香「……」
千早「……春香」
~新東京国際空港~
美希「あ、でこちゃーん!」
伊織「まったく美希ったら……でこちゃんゆーなって言ってるでしょ!」
P「美希は変わらないな」
伊織「お帰りなさい。久しぶりね」
美希「ハニー! ミキを迎えに来てくれたの。嬉しいの」
ギュッ
P「お、おい、抱きつくな美希」
伊織「ちょっと! この私を無視して、しかも私のPちゃんに……アンタって娘は!」
美希「でこちゃんも久しぶりなの。会いたかったの」
ギュッ
伊織「ま……まったく、アンタは変わらないわね」
美希「あはっ☆ それでどうしてミキを呼んだの?」
伊織「……美希に頼みたいことがあるのよ」
美希「え?」
伊織「なに?」
美希「……」ジー
伊織「な、なによ! 急に私の顔をジロジロ見て」
美希「わかったの。ミキ、でこちゃんの為ならなんでもしてあげるの」
伊織「え?」
美希「でこちゃんがミキに、ストレートにお願い事をするなんて初めてなの。なんだかミキ、嬉しいの」
伊織「な、なによ……それ」
美希「でこちゃんはミキの、大事な親友なの」
伊織「………………ぁりがとぅ」
美希「あはっ☆」
P(気負いもてらいもない。それでいて実力は折り紙つきの天才……その天才が友達のために真剣になる、か)
P「貴音の負け、かも知れないな」
美希「なあんだ。つまりそのフードファイトっていう大食い競技で、ミキが貴音っていう人をコテンパンにすればいいんだ。なーんだなの」
伊織「言っとくけど、簡単じゃないわよ。今まで何人も対戦させたけど、全員やられちゃったんだから」
美希「でこちゃんも?」
伊織「私は……」
美希「どうしてなの? でこちゃんが自分でやっつけちゃえば、ってミキ思うな」
伊織「……私は水瀬財閥を率いるトップよ。そんな最前線で戦うのは、指揮官の役目じゃないわ」
美希「それもそうなの。じゃあ、でこちゃんの敵はこのミキが相手をしてやるの」
伊織「頼むわ。お礼に賞金はもちろん、なんでもひとつ言うことを聞くわよ」
美希「じゃあ、ハニーをちょうだいってミキが言ったらくれるの?」
その場の空気が固まった。
沈黙を破り、動いたのは美希の口だった。
美希「冗談なの。ミキは今回、でこちゃんの為に来たんだからお礼なんて要らないの」
伊織「……頼りにしてるわ」
千早「春香、本当に何があったの?」
春香「これでもね……パリに行った当初は、けっこう騒がれたんだ。奇跡のジャポネーズとか言われて」
千早「春香のスイーツ、美味しいもの」
春香「でもね、星井美希がやって来たらそれが全部変わっちゃった。普段なにもしないで寝てるだけなのに、いざコンテストになると天才的カンですごいスイーツ作っちゃう」
千早「……そうなの」
春香「私もさー……必死で頑張ったけど、差は開く一方……毎日必死で努力しても、寝てるだけの娘に勝てないなんて、自信喪失もいいとこだよ」
千早「それでなのね」
春香「決定的だったのは、私の試作品を見た美希が作ったスイーツ」
千早「?」
春香「私の作品とは、段違いの完成度だった。あれ見ちゃったらもう、心が折れちゃったよ……」
千早「で、でもそれは元になった春香のスイーツが素晴らしかったから!」
春香「私にはあんな完成のさせ方は、できなかったんだ……」
千早「春香……」
春香「千早ちゃん、ごめん。ちょっとだけ、1人にさせてくれるかな?」
千早「……わかったわ」
P「うん? 美希に来客? 誰だ?」
伊織「どうせ貴音でしょ。勝負の前に、会っておきたいんじゃないの?」
P「それが……来たのは千早だそうです」
美希「誰なのなの?」
P「さっき話した、フードファイトのチャンプの仲間だな。同じ事務所のアイドルでもある」
伊織「なんの用かしら? まあいいわ、通して」
千早「あなたが星井美希ね」
美希「そうなの。あはっ☆」
千早「私は天海春香の親友よ」
伊織「そういえばそうだったわね」
P「まさか、敵討ちのつもりじゃないだろうな?」
千早「そうです。いけませんか?」
美希「うーんと、あの千早さん?」
千早「なにかしら」
美希「その天海春香って、誰なの?」
千早「……なんですって?」
美希「ミキ、覚えにない名前なの」
千早「なん……は、春香の自信を奪って……あんな……」
P「待て、千早。気持ちはわかるがやめておけ。美希に悪気があるわけじゃない、本当に印象にないんだろう」
千早「なおさら許せません!」
美希「うーん。ミキ、どうしたらいいの?」
千早「私とフードファイトで戦いなさい! 私が勝ったら、春香に謝ってちょうだい」
美希「何をあやまるのかわからないけど、わかったの」
P「おい、美希……」
美希「どうせミキ、負けないから構わないと思うな」
伊織「美希が帰国するから、大量にイチゴババロアなら用意してるけど……本当にやるの?」
千早「やります! 私もあれから精神を鍛えました。もう、揺らぎません」
P「まあ……正式なファイトじゃないならいいか。じゃあ、二人とも地下へ」
~その夜~
ガタッ バタン
響「千早か? どこ行ってたん……ど、どうしたんだ!?」
千早「う……ううっ、負けた……完敗よ……」
響「え? な、何があったんだ?」
千早「ごめんなさい……春香……」
ガクッ
響「ちょ、千早! 大丈夫か、千早ー!!」
やよい「ち、千早さーん!!!」
小鳥「Pさんから連絡があったわ。千早ちゃん、春香ちゃんの敵討ちに行って、返り討ちにあったって」
春香「千早ちゃん……ゴメン……」
真「春香のせいじゃないよ。ボクも知ってたら止めたんだけど」
雪歩「天才だもんね、美希ちゃんは。何をやらせてもすぐにできちゃうし、本当に才能の塊だもん」
貴音「ふーどふぁいとでもまた然り、というわけですか」
真美「お姫ち→ん。だいじょ→ぶ?」
亜美「今度の相手、一番すごそ→ジャン」
貴音「そうですね……ふふっ」
律子「? ちょっと貴音、笑ってる場合じゃ」
貴音「申し訳ありません。ですがその……ふふふっ」
やよい「どうしたんですかー?」
貴音「なんでもありません。ともかく、今回はわたくしの大事な友2人分の敵討ちでもあるわけですよね。わたくしは……負けませんよ」
やよい「?」
伊織「ねえ美希、ほんとに春香のこと覚えていないの?」
美希「でこちゃんまでその春香のこと聞くの? うーん、覚えてないの」
伊織「アンタも、直接自分が倒した相手のことぐらい覚えておきなさい。それが上に立つ者、強い者のつとめよ」
美希「でこちゃんは、ちゃんと覚えてるの? 今まで戦った人のこと」
伊織「……どうかしら」
美希「ミキね、天才なの。なんでもできちゃうし、だからなにをしてもゆるされちゃうの」
伊織「そうね」
美希「でもそれって、なんだか退屈なの。でこちゃんもわかってくれるよね? ミキのこのキモチ。ミキもっとキラキラしたいのに」
伊織「天才は孤独……そうね。そういう意味でなら、わかってるのかもね」
美希「でこちゃんはやっぱり、ミキの仲間なの。ミキね、生まれて初めてミキのことわかってくれる人に会えたの。だからでこちゃんのこと、大好きなのー!」
伊織「ちょ、美希! わかつたから抱きつかないで!! ちょ、もう!」
P「……天才と孤高、か。両者は似ているようで、違うんだがな」
ポツリと独り言を言うと、Pはその場を去った。
貴音「ではみんな、わたくしに協力していただきたいのですが」
雪歩「? なにをすればいいんですか?」
貴音「ふーどふぁいとの特訓です。相手はなにしろ天才ですからね、特訓をして備えないと」
真「特訓、って……まさかボク達とファイトするんですか?」
貴音「ええ。お願いできますか?」
真美「い→けど、そんなに食べるものないYO」
P「試食レトルトで良かったら、いつもの場所を使え」
春香「あ、また来ましたねPさん」
響「いいのか、そんなことして」
P「実は昨日まで、いくら貴音でも美希には勝てないだろうと思っていた。貴音も対戦を恐れているんじゃないかと思ったが、そうでもないみたいだな」
亜美「む→! ん? あれ、じゃあ今はお姫ちんが勝ちそうって思ってんの?」
P「勝率が0%から3%に上がったかな、ってとこだ」
貴音「あなた様のその言葉で、わたくしには希望の光がさしました」
貴音の笑顔に、Pは怪訝な表情になる。
P「……貴音? なにがあった?」
真「それが変なんですよ、この間から貴音さんなんか機嫌が良くて……今日も千早が美希にやられちゃったのに、なんか嬉しそうで」
P「なに?」
貴音「ではみんな、参りましょう。千早に春香……いいえ、みんなの為にわたくしは勝ちますから!」
真「どうしたんでしょうか、貴音さん」
P「ふうむ……これは勝率は5……いや、8%ぐらいに見積もりし直すべきかな」
~フードファイト当日~
伊織「Pちゃんの見立ては? 美希なら勝てるんでしょ?」
P「9割がた、美希の勝利で間違いないでしょう」
伊織「はあ? 1割も負ける可能性があるの? あの美希が?」
P「別に美希に、不安要素があるわけではありません。ですが貴音がその……妙に嬉しそうで」
伊織「?」
P「なんだかわかりませんが、あの表情を見ていると貴音が負けるとは思えないのです」
伊織「Pちゃん、アンタまさか……」
P「ただのカンです。お気になさらず」
伊織「私だって、美希が負けるなんて想像もできないわよ」
美希「初めましてなの。星井美希なの。ミキね、天才なの。あはっ☆」
貴音「はじめまして。本日はよろしく」
美希「うーん。悪いけどミキの勝ちだと思うの。悪く思わないで欲しいの」
貴音「わたくしは、負けませんよ。ふふっ」
美希「ミキは今まで、何をやっても負けたことないの。絵を描いても、勉強でも、お菓子を作っても、そうそうフードファイトもこの間圧勝しちゃったの」
貴音「まさに天才なのですね。ふふふっ」
伊織「なによ、なんであんなに余裕なのよ!? 天才を前にしてあの態度はなんなの?」
P「私もそれが不思議で」
伊織「まあいいわ。虚栄ならすぐわかるから」
伊織「今日のメニューは、おにぎりよ」
美希「ミキの大好物なの!」
亜美「え→ズルくない?」
貴音「構いませんよ、わたくしもおむすびは大好きです」
美希「美味しいんだよねー」
貴音「ええ。炊き立てのご飯とはまた違った、しっとりとした食感とお米の甘みがたまりません」
美希「ミキ、貴音のこと少し好きになったの。でも勝負は別なの。ミキね、でこちゃんの為に勝ってあげるの」
真美「でこちゃん?」
響「それって伊織のこと……」
やよい「ですかー?」
その場にいた全員の視線が伊織の額に集中する。
その額が、スポットライトに輝く。
キラーン☆
真「プッ」
亜美「あはははははははははははははは!」
雪歩「わ、悪いよ亜美ちゃ……ふふっ」
真美「いや→ミキミキのセンスには真美も脱毛だよ。脱毛して光っちゃうよ」
伊織「アンタ達……覚えてなさいよ」フルフル
美希「ミキミキ?」
亜美「美希だからミキミキ、ど→かな?」
美希「ミキ、ちょっと気に入ったかな。あはっ☆ あ、この間の人!」
千早「千早よ。この間は、無様な姿をさらしたわね。でも、今日はそうはいかないわよ」
美希「ミキね、伏し目がちじゃなくても昨日のこととかあんまり覚えてないの。だから気にしなくていいの」
千早「負かした相手になんか、興味がないのね」
春香「……」
美希「そうなの!」
貴音「美希。今日はわたくしの名前を、忘れられないようにして差し上げましょう」
美希「期待してるの☆」
第1R
伊織「はじめるわよ……ファイト!」
美希「いただきますなの! うーん、でこちゃんミキの為に最高のコシヒカリを用意してくれたみたいなの。美味しいのー!」
貴音「ええ。これは美味なるおむすび。しかし……」
亜美「こっから見ても、ツヤツヤしておいしそ→なオニギリだよね→」
真「うん。だけど……」
真美「ん→?」
響「あれ、具が入ってないんじゃないか?」
雪歩「ほんと……雪みたいに真っ白……」
律子「水瀬財閥なら、どんな豪華な具材でも用意できるのに」
第1R終了
貴音20個(2200グラム)
美希21個(2310グラム)
千早「ここまでは、ほぼ互角ね」
春香「だけどここからだよ、美希の怖いところは」
伊織「いい出だしじゃないミキ。だけど本当に、よく白米だけのおにぎりばっかり食べ続けられものね」
美希「おにぎりは美味しいの。具があっても美味しいけれど、その根源はお米と塩のハーモニーなの」
やよい「そっか。今度私も具なしのおにぎりにしますねー!」
貴音「ふふっ。ではわたくしも、そろそろ本気でいきますよ!」
第2R
猛然と食べる貴音。
それを横目に、美希は笑う。
美希「貴音さん、すごいの。がんばってるの」
貴音「美希はいいのですか? 必死にならなくて」
美希「必死ってどうすればいいか、ミキわからないの。いつもいつのまにか勝っちゃうから」
貴音「星井美希、あなたは天才です」
美希「うん! そうなの」
貴音「王者であるわたくしが、必死になっても追いすがることしかできていません」
美希「ミキ、なんだかまた退屈になってきたの」
貴音「ですがわたくしには、かけがえのない財産があります」
美希「?」
貴音「負けている現状……ふ、ふふっ。最高ですよ、美希」
美希「???」
第2R終了
貴音25個 合計45個(4950グラム)
美希28個 合計49個(5390グラム)
美希「でこちゃん?」
伊織「だからでこちゃんって……もういいわ。なによ?」
美希「あの貴音って人、なんであんなに自信満々なの? 美希と戦ってきた人って、たいてい途中であきらめちゃうのに」
伊織「いつもの事よ。貴音はいつだってあきらめないし、全力で戦ってきたわ」
美希「ふーん。ちょっとまた、面白くなってきたの」
第3R
貴音のペースが上がる。
それを見て美希は、少し驚く。
美希「貴音……さん、ちよっとカッコいいの」
貴音「美希、人間負けて成長するということもあるのですよ」
美希「え? 貴音さんは無敗のチャンプだって、ミキ聞いたの」
貴音「公式のふーどふぁいとでは無敗です。ですがわたくしとて、敗北を知っております」
美希「じゃあそれなのに、なんでちょっとキラキラしてるの?」
貴音「わたくし如き努力しかできない者が、天与の才に恵まれし者にその努力で勝てる。そう考えたら……ふふっ、嬉しくて楽しくて仕方がないのです」
美希「?」
貴音「これまでわたくしは、戦ってまいりました。あの仲間達と」
美希「それはでこちゃんから聞いたの。でも、それになんの意味があるの?」
貴音「彼女達との一戦一戦、全てがわたくしに刻み込まれています。ひとつとして楽に勝てた戦いはありません。そしてその経験が」
貴音が更にペースを上げた。
貴音「わたくしを強くしているのです。みんな、強い想いでわたくしと様々な武器で戦ってきました。その対戦がわたくしを、ここまでにしてくれました」
美希「え!? そ、そんななの……」
慌てて美希もペースを上げるが、貴音は更に早い。
美希「そんな……そんな……ミキ天才なの。負けるはずないの」
貴音「負けた昨日、勝った昨日を思い返さない者に、明日の成長はありません」
美希「貴音さん……すごい、なんだかキラキラしてる……の……」
千早「春香。聞いた? 努力が天才に勝てるって、貴音さんが……春香?」
春香は泣いていた。
それを見て千早は、心底安堵した。
貴音「わたくしは今、自分が天才でないことを感謝しております」
美希「ど、どうしてなの!?」
貴音「天才でない者が、努力で天才に勝つ喜びを味わえるからです」
美希「………………」
貴音「わかりましたか? 美希。これこそが……」
美希「努力の力……なの?」
貴音「そう、努力とそして」
美希「まだなにかあるの?」
貴音「わたくしの住まいは、府中であるということです」
美希「?」
第3R終了
貴音30個 合計75個(8250グラム)
美希25個 合計74個(8140グラム)
伊織「うそ……そんな……」
美希「ミキ……負けちゃった、の? 生まれて初めて負けちゃったの?」
貴音「しかし見事でしたよ。流石に天才、素晴らしき戦いでした」
美希「でも貴音さんの方がキラキラしていたの。ミキ、あのキラキラに負けちゃったの……ミキもずっとキラキラしたいって思ってたのに……」
貴音「あなたも努力と、れっすんをすることです」
美希「努力……レッスン? そうすればミキもキラキラできるの?」
貴音「あなたほどの才能があっても、努力すれば報われるかはわかりません」
美希「……」
貴音「しかし報われるかわからなくても努力することが、尊いのです。価値があるのです」
美希「勝てるかどうかわからないなんて、ミキはじめてなの……」
貴音「……」
美希「でもそれって、すごくドキドキするの! ミキも……ミキもやってみたいの。夢に向かって努力するっていうことを」
貴音「ではあなたもなりますか? あいどるに?」
美希「うん! ミキもアイドルになって、キラキラするの! ね、でこちゃんもミキと一緒にやって欲しいの」
やよい「うん! 伊織ちゃんも一緒にやろうよ!」
伊織「美希……アンタまで……やよいも……ま、そんな気はしてたけど」
美希「さすがでこちゃんなの。ミキ、でこちゃんと一緒にキラキラできるのが嬉しいの!」
伊織「でこちゃんゆーな、って言ってるでしょ。それに、まだ私はアイドルやるなんて言ってないわよ」
美希「え、なの」
伊織「貴音、私は持ちうる手札を全部切ったわ。でもアンタはそれを、ことごとく打ち負かしたわね」
貴音「まさか……敗北宣言ですか? あなたが?」
その貴音の言葉に、伊織は笑顔になった。
伊織「私をなめるんじゃないわよ、貴音!」
貴音「!」
伊織「確かに私の手に、もうカードはないわ。でも、まだこの私が残っているわよ」
貴音「では水瀬伊織、いよいよあなたがわたくしと戦うというのですね?」
伊織「アンタに人生2度目の敗北を味あわせてあげるわ! 勝負よ、貴音!!!」
第10話 終わり
次回予告
さて、次回の挑戦者は!?
伊織「無為で無駄な3年間だったと、思い知らせてあげるわ」
挑戦者『水瀬伊織』!!
美希「でこちゃんはやっぱり、ミキと同じ天才なの!」
P「伊織様が勝つ、私はそう信じております」
貴音「3年前とは、大違いですね。あの時は、観客もおらず応援席もあの方だけでした」
そして……
亜美「いっそ2人とも負けちゃえばい→んじゃない?」
千早「確かに貴音さんは、これまで研鑽を積んで私たちとの対戦を経てますものね」
貴音「水瀬伊織が苦手な、ろぉすとびぃふでも良いのですが……それで勝っても嬉しくありません」
対戦メニューは!?
伊織「え? な、なによこれ。なんなの!? なんなのよ!!」
貴音「これは……なんという美味! ああ、美味しいです!」
次回『水瀬伊織との最終決戦! 運命の赤いケチャップ、オムライス対決!』
お楽しみに。
一旦ここで、止まります。
いよいよ終盤。
読んでくださる方、いつもありがとうございます。
第11話『水瀬伊織との最終決戦! 運命の赤いケチャップ、オムライス対決!』
~おにぎり対決後 フードファイト会場~
真美「お、お→……ついにラスボス登場ですぞ、亜美隊員」
亜美「いよいよいおりんとお姫ちんが、対戦ですか→」
千早「なんとなく、いつかそうなるんじゃないかとは思っていたのだけれど」
響「ついに最後の対決なんだな」
真「でもなんで2人は闘うんだ?」
雪歩「そうだよぉ。伊織ちゃんは、欲しいものなんてないんだろうし」
春香「あ、Pさん! Pさんと勝った方がつきあうとか?」
伊織「春香はああ言ってるけど、どうする貴音?」
貴音「せっかくですが、今回はあのは方の事は無しにいたしましょう。わたくしと伊織、2人の決着にしたいのです」
美希「それを聞いてミキ、ちょっとホッとしたの」
律子「じゃあ勝っても何も得るもの無し、負けて失うものも無しって事?」
伊織「それもつまらないわね。じゃあ……私が勝ったら貴音、アンタが私の友達になるってどう?」
春香・美希「「え?」」
貴音「それは名案! 当然伊織が負けた場合は、伊織がわたくしの友となるわけですよね」
やよい「えーっと……あれー?」
伊織「いいわよ。私はぜーったいに、負けないけどね」
貴音「それはわたくしも同様。では、それで決まりですね」
一同「「???」」
~765プロダクション~
響「じゃあ貴音は前に一度、伊織に負けてるのか?」
貴音「そうです。3年前、あの方をぷろでゅうさぁにしたいと申しましたら、ふーどふぁいとにて勝ったらとの確約を得て戦いました」
雪歩「そんなことがあったんだ」
真「でも貴音さんは、それで伊織さ……伊織に負けちゃったんですか?」
亜美「いおりん、すごいんだ→!」
美希「でこちゃんはやっぱり、ミキと同じ天才なの!」
やよい「そうですねー。伊織ちゃんすごいです」
貴音「しかしそれは、3年前の話です」
千早「確かに貴音さんは、これまで研鑽を積んで私たちとの対戦を経てますものね」
春香「努力なくして勝利なし、今後こそ努力で勝利しましょう」
美希「でこちゃんは負けないって、ミキ思うな」
真美「ま→ま→。別に今回の対戦は、どっちが勝ったってE→ジャン」
やよい「そうだよね。貴音さんが勝っても、伊織ちゃんが勝っても、2人はお友達だもんね。うっうー!」
貴音「それは違います」
亜美「え?」
貴音「今回の戦い、負けられません。必ず水瀬伊織を、わたくしの友人にしてみせます」
一同「「???」」
P「さて、そこで貴音に相談だが」
小鳥「あ、Pさん。こんにちは」
P「どうも。それで貴音、次回のメニューは何がいい? 伊織はなんでもいいと言ってるんだが」
美希「でこちゃん、余裕なの」
春香「そうかな。貴音さんは苦手なものもないから、仕方なくそう言ったのかもよ」
律子「はいはい。そこでもめない、2人とも」
やよい「貴音さん、どうしますかー?」
P「3年前のリベンジに、またシーフードカレーにするか?」
貴音「いえ、過去にこだわるつもりはありません」
響「カレー……貴音と食べたの、思い出すぞ」
真「ちょっとお腹空いてきたなあ、そう言えば」
律子「そろそろお昼だものね」
貴音「水瀬伊織が苦手な、ろぉすとびぃふでも良いのですが……それで勝っても嬉しくありません」
P「そう言うと思った」
貴音「どちらが決めても何かしらの思惑が滲みますし、ここは第三者に決めていただきたいのですが」
P「そうか。じゃあ……律子、決めてくれ」
律子「え? なんで私なんですか?」
P「伊織の親友の美希を除けば、この中で一番の新顔だからな。2人のことを、まだそれほどわかっていないだろ」
雪歩「公平かも知れませんね」
律子「そういう理由ですか。じゃあ……」チラッ
~水瀬総合フーズ会長室~
伊織「オムライス? また意外なものを選んできたわね」
P「今なら、意義の申し立ても可能ですが」
伊織「別にいいわ。何かしらの意図があるんでしょうけど、それを詮索する気はないわ」
P(単に律子が読んでた雑誌で、特集されていただけだが)
伊織「勝つわよ。絶対に勝って、貴音を私の友達にしてやるんだから」
P「ふふっ」
伊織「な、なによ!?」
P「貴音も同じように、気合いが入っていました」
伊織「そう。ふうん……本気だったのよね?」
P「ええ。これまで以上に」
伊織は強く頷いた。
まるで何かを言い聞かせるかのように。
~765プロダクション~
小鳥「そうです。ええ。そういう流れになりました。はい、状況はまたおって連絡を。はい」
ガチャン
小鳥「ふう。ちょっと怒ってた、かな? あずささん」
小鳥「……仕方ないか」
~フードファイト当日 水瀬総合フーズ会長室~
伊織「Pちゃん、アンタは……」
珍しく言いよどむ伊織。
P「今日の対戦のことでしょうか?」
伊織「勝てると思う? 私、貴音に」
P「2種類の返答を用意しました。ひとつは伊織様の秘書兼執事としてのもの、もうひとつは一個人Pとしてのものです」
伊織「私の部下としての返答は?」
P「伊織様が勝つ、私はそう信じております」
伊織「……じゃあ、アンタの一個人の見解とやらをうかがうわ」
P「伊織は勝つ! 俺はそう、信じてる!!」
伊織「……え?」
P「勝て! 伊織、貴音に勝つんだ!!!」
伊織「……て」
P「ん?」
伊織「一人にして。しばらく私を、ひとりにして」
P「わかった」
Pが出て行った部屋で、伊織は声を上げて泣いた。
その泣き声を、Pは礼儀正しく無視すると地下の会場へと向かった。
~フードファイト会場~
P「どうだ? チャンプの調子は?」
響「あ、ああ。万全だぞ。それよりも自分、気になってることがあるんだけど」
P「なんだ?」
響「なんで貴音は今回、ああも勝ちにこだわるんだ? 今回はPの件は抜きだって2人とも言ってるし、貴音と伊織どっちが勝っても友達になるんだろ?」
やよい「そうですよー。なんででしょーねー」
真「どっちが勝っても、結果は同じなのに
P「違うのさ。どっちがどっちの友達になるか、はな。ここまでずっと対立し合った2人が、本当の友達になるにはどちらが折れるかが大事なんだ」
春香「ケンカしちゃった友達に、どっちが先に謝るか、みたいなものかな?」
千早「なるほど、そうかも知れないわね」
律子「まったく、素直じゃないわね」
亜美「いっそ2人とも負けちゃえばい→んじゃない?」
真美「おおっ! そしたらど→なんのかな?」
雪歩「伊織ちゃんと貴音ちゃんの一騎打ちだから、どっちも負けって無いと思うよ」
響「じゃあ引き分けとか」
美希「その時はどうなるの? 教えてハニー」
P「フードファイトに引き分けはない。例え同皿を食べても測定して決める」
響「そうなのか。がんばれ、貴音!」
春香「サクッとやっつけちゃってください」
美希「でこちゃんがんばるの!」
やよい「おうえんしてますよー!」
貴音「伊織、目が赤いですよ。体調に問題でも」
伊織「なんでもないわ。それより、やるわよ」
貴音「よろしいですとも。3年間の努力と研鑽、とくとご覧に入れましょう」
伊織「無為で無駄な3年間だったと、思い知らせてあげるわ」
言葉とは裏腹に、2人はしっかりと握手をした。
貴音「健闘を、伊織」
伊織「しっかりね、貴音」
P「はじめるぞ。ルールはいつもと同じ、1R10分の3R。途中3分間のインターバルが入る。オムライスは1皿430グラム、それを少しでも多く食べた方が勝ちだ。では……ファイト!」
猛然と食べ始める2人。
伊織「随分ととばすわね。そんな調子で、最後までもつのかしら?」パクパク
貴音「伊織こそ、てーぶるまなーがなっていないのではありませんか?」モグモグ
伊織「言うわね」
貴音「伊織こそ」
2人は笑った。
そして再び、オムライスに向かう。
響「なんだか楽しそうだな、2人とも」
千早「そうね。ずっといがみ合ってたのが嘘みたいね」
雪歩「もう友達みたいなものなのにね」
真「みたいな、って言うかもう友達だよ。あれは」
律子「本当。それをどっちがどっちの友達にするだの、なるだの。くだらない戦いよね」
真剣な表情で、必死にサジを動かす貴音。そして伊織。
2人とも、その瞳に闘志が宿る。
律子「くだらなくは……ないか」
亜美「お姫ちん、がんばれえ→!」
真美「いおりん、まけるな→!」
美希「でこちゃん、もっと早く食べちゃうのー!」
やよい「伊織ちゃーん!」
響「貴音! がんばるんだぞー!」
春香「貴音さーん!」
1R終了
貴音:5皿 計5皿(2150グラム)
伊織:5皿 計5皿(2150グラム)
真「ここまで互角、か」
亜美「なんの。お姫ちんは、まだまだこれからだよ!」
響「いや、貴音はあれ全力だぞ」
真美「そ→なの?」
雪歩「うん。いつもはスパートかける勢いだったよ。このラウンド」
春香「すごかったよね。これは伊織も危ないんじゃない?」
美希「でこちゃん、その貴音の本気に負けてないの!」
千早「本当の本気なのね」
やよい「見ていてちょっと、怖いぐらいです……」
第2R
伊織「流石に速いわね」
貴音「まだまだ余裕ですよ。伊織、3年間のぶらんくで鈍っているのではありませんか?」
伊織「……そうかもね」
貴音「!?」
手が止まる貴音。
伊織「アンタが必死で戦い続けている間、私は業績を伸ばすことしか頭になかった」
貴音「ですがそれは……あの方のためなのでしょう?」
伊織「手」
貴音「は?」
伊織「止まってるわよ」
ハッとして食べ始める、貴音。
響「貴音ー! しっかりするんだぞー!」
伊織「心配されちゃってるわよ。大丈夫?」
ニヤニヤとする伊織。
やよい「伊織ちゃーん! 負けないでー!」
貴音「心配されているよですね」
伊織「やよい……////」
美希「でこちゃーん。さっさと決めちゃうの!」
千早「貴音さん! がんばってください!」
伊織「みんな一生懸命、応援してくれるわね」
貴音「3年前とは、大違いですね。あの時は、観客もおらず応援席もあの方だけでした」
2人は手を止めない。口の勢いも止まらない。
しかし口調は穏やかだ。
伊織「覚えてる? アンタ、最後の最後でPちゃんが私を応援したら、手が止まっちゃって」
貴音「あなたは応援されて、泣いていましたね」
伊織「……」ジロリ
貴音「……」ジロリ
雪歩「2人とも、あんなに食べながらお喋りしてる」
真「世に言う女子会って、あんな感じなのかな?」
春香「それは違うと思うけど」
千早「端から見れば、2人はもう親友よね。ふふっ」
やよい「伊織ちゃんと貴音さんは、仲良しなんですねー」
美希「さすがでみこちゃんは、ミキが認めた人なの」
伊織「私がこれまで真剣に戦った相手は貴音、あんただけよ」
貴音「水瀬……伊織……」
伊織「私は……戦ったことがない……」
貴音「そのただ一度の勝負に、伊織は勝ったのです。もっと胸を張ってもらわねば、負けたわたくしが惨めです」
伊織「……」
貴音「一度の勝負で一勝。ならば無敗ではありませんか」
伊織「……そうね。しかも相手は強敵だったわ」
第2R終了
貴音:5皿 計10皿(4300グラム)
伊織:5皿 計10皿(4300グラム)
伊織「はあ……や、やるわねさすがに」
貴音「ふ、ふふっ……伊織こそ……それでこそ私の好敵手です」
やよい「伊織ちゃん、苦しそう……」
美希「なんとか勝たせてあげたいの、でこちゃんを」
春香「貴音さんも、あんな表情初めてだよ」
千早「そうね。限界かしら」
響「自分たち、見てることしかできないのか? がんばってる2人に、なにかしてやりたいぞ」
律子「そうね。どっちが勝ってもいいとは言っても、あんなに必死なんですもの。2人とも」
亜美「そ→だ! ね→ね→」
真美「?」
第3R
貴音「は、はて? なにやら急に静かになったようですが……」
伊織「ほ、ほんとね。美希もやよいも……いないわね」
貴音「響や千早たちも……い、今はそれよりも食べなければ」
伊織「ま、まだまだよ。まだ……」
限界を超え、それでも匙を止めない2人。
表情は険しく、動きは鈍い。
伊織(く、苦しい……もう味もなんにもわからない……ううん、美味しくない)
貴音(ここまでの苦戦は、はじめてですね……苦しいです……)
その2人の目が、共にオムライスを捉える。
伊織「なによ……さっきまでは卵がトロトロの半熟オムライスだったのに……」
貴音「これは昔ながらの洋食おむらいす。ですが味にそれほどの変化は……」
2人は同時に匙を口にした。
その瞬間……
伊織「え? な、なによこれ。なんなの!? なんなのよ!!」
貴音「これは……なんという美味! ああ、美味しいです!」
生き返ったかのように、オムライスを口に運ぶ2人。
伊織「美味しい! 美味しいわ!」
貴音「次の皿を、早くお願いいたします!」
P「なんだ? さっきまでもう2人はグロッキーだったのに」
次の皿が運ばれてくる。
オムライスの上に、ケチャップで文字が書かれている。
伊織「……『伊織ちゃんがんばれ!』……この字、やよい……」
貴音「『あとすこし、がんばるんだぞ!』……響ですね」
その頃、キッチンでは。
やよい「こういうのは私、とくいなんですよー!」
春香「流石に手つきがいいね。包丁の使い方がサマになってるよ」
千早「こうかしら?」
真「怖い怖い、やめてよ千早。その持ち方」
雪歩「こうだよ。きっと」
響「うぎゃー! 雪歩、包丁のそこは持つ所じゃないぞ!」
真美「今度は真美に文字を書かせてYO!」
亜美「じゃあいおりんには、亜美が!」
律子「で、データと分析……ちゃんと本を読めば私にも……」
美希「そうじゃないの。こうやるの」
伊織「みんな……みんなが私たちの為に……」
貴音「それでこんなに美味しく……」
『さっさと勝っちゃえ!』『アイドルでこちゃんとやりたいの』『ファイトですよファイト』『がんばってください』『まってるYO』『うっうー!』『今後の方向性だけどやはり楽曲を魅せる事を最優先としてその上で、もう書くスペースがないわね続きは後でゆっくりと』
伊織「みんな……」
貴音「ありがとうございます……」
P「伊織。貴音。2人ともいい仲間を見つけたな」
P「……」
P「もう俺は、必要ないのかも知れないな」
笑顔で。そして必死に食べ進む2人。
貴音「これほど苦しい戦いは初めてです。しかし伊織、今こそわたくしは声を大にして言いたいと思います」
伊織「アンタの住まいは、府中なんでしょ?」
貴音「!!! 水瀬伊織……伊織はいけずです」
伊織「にひひっ」
春香「時間! あと30秒だよ!」
伊織「! 負けない!! 負けないわ。勝って貴音を……貴音を友達に……」
貴音「負けません……勝って水瀬伊織を、伊織を我が友に……」
第3R終了
貴音:5皿 計15皿(6450グラム)
伊織:5皿 計15皿(6450グラム)
真「え? 同時……?」
千早「同じ皿数……」
全員が一斉に2人の元に駆け寄る。
それをかき分け、Pが2人の間で驚愕の表情で皿を交互に見つめる。
P「計量器だ」
響「え?」
P「スタッフ! 計量器を持ってこい!! ミリグラム単位まで測定して、絶対に勝敗を決めるんだ!!!」
貴音「お、お願いいたします……こ、こんなはっきりしない決着は、わたくし達の望む所ではありません」
P「任せろ貴音。キッチリと白黒つけてやる」
伊織「その必要は無いわ。計量器は不要よ」
貴音「伊織?」
伊織「勝敗は……私がつけるわ」
千早「え?」
真美「いおりん、ここへきてまさかの強権はつど→?」
雪歩「だ、だめだよそんなのぉ」
伊織「この勝負……」
真「ちょ、ちょっと待って」
やよい「伊織ちゃーん!」
伊織は持っていたスプーンを、持ち上げて全員に見せる。
そしてそれをひっくり返す。
美希「あ……」
春香「スプーンの裏側に……」
千早「ライスが一粒!」
律子「じゃあ……」
伊織「このファイト、アンタの勝ちよ。貴音」
悔しそうに、呟くように、伊織は言った。
貴音「……」
貴音「は?」
伊織「こんな事、何度も言わせないで。アンタの勝ちよ。私の……」
伊織の『負け』という言葉は、みんなの歓声にかき消された。
響「やった! 勝ったぞ貴音!!」
やよい「伊織ちゃんもがんばったねー!」
千早「すごい……勝負でした」
雪歩「貴音さん、お疲れ様」
真「ついにリベンジ達成ですね!」
真美「真美、信じてたよ!」
律子「伊織もお疲れ様」
亜美「いおりん、アイドルになるなら亜美が先輩だかんね→」
美希「貴音もすごいけど、でこちゃんがんばったの!」
春香「うん。貴音さんも伊織もすごいよ!」
手を取り合う、美希と春香。
美希・春香「「あ!?」」
取り合った互いの手を見て、一瞬驚く2人。
が、すぐに笑顔になる。
美希・春香「「ま、いっか。やったねー!」」
2人は抱き合った。
一同を笑いが包む。
伊織「た、貴音」
貴音「はい? あ! え、ええと」
伊織「や、約束は約束だから////」
貴音「そ、そうですね。けじめは大事です。で、では////」
伊織「わ、私をその……アンタの……と、とも……」
?「あらあら~? 伊織ちゃん、負けちゃったのね~」
会場に、黒服の女性が入ってくる。
伊織「! あ、あずさ……」
貴音「これはこれは、お久しぶりですね。三浦あずさ」
貴音が差し出した右手を、あずさは一瞥するとその横を素通りする。
あずさ「私、言ったはずよね。この先の3年間で、いかに伊織ちゃんが成功を修めるか。それを見極めて、当主の資格を認めるって~」
伊織「……」
雪歩「あ、あずささん……」
真「さ、3年ぶりですね……」
あずさ「あなたは、当主失格よ」
第11話 終わり
次回予告
さて、最後の挑戦者は!?
あずさ「あらあら~? うふふ」
挑戦者『三浦あずさ』!!
伊織「確かにアンタは強いわ。私にも勝った。でもあずさには……勝てない」
P「伊織は立派な当主です。人として、他者の心を思いやる優しさも、そして」
貴音「このようなむさ苦しい所で心苦しいのですが……」
そして……
あずさ「伊織ちゃんの権限を凍結いたします」
真「ドアの前で男の人が虚ろな目でしゃがみ込んでいたけど……あれって……」
美希「ハニーを取り戻すの! でこちゃんに貴音、ミキもやるの!!」
春香「あんなやり方は許せないよ。私もなんだってするから!」
対戦メニューは!?
貴音「わたくしの住まいは、府中です!!!」
あずさ「この黒い服は、喪服。私は今、喪中なのよ」
次回『最終最後の大決戦 府中VS喪中、ピザトースト対決!』
P「先代の水瀬翁を殺したのは……俺だ」
お楽しみに。
一旦ここで、止まります。
最終話『最終最後の大決戦 府中VS喪中、ピザトースト対決!』
千早「誰なの? 急に現れて、ひどいことを」
真「しっ! 千早!!」
雪歩「あの人はね、水瀬一族の後見的立場の三浦家の当主なんだよ」ヒソヒソ
響「それってあのPじゃないのか?」
真「Pは、あくまでも伊織の個人的後見人なんだ」
雪歩「三浦家っていうのは、水瀬一族そのものを後見する家柄なんだよ」
あずさ「それではPさん、行きましょうか~。今後のことを協議したいので」
P「で、ですが」
あずさ「あらあら? 嫌なのかしら~」
P「私は伊織……様を補佐し、支えると申し上げた……」
あずさ「その結果が、これなんじゃないですか~?」
P「……」
あずさ「伊織ちゃんは、当主失格よね~」
P「そんなことはありません」
あずさ「はい?」
P「伊織は立派な当主です。人として、他者の心を思いやる優しさも、そして孤独に打ち勝つ強さも身につけました。伊織こそ!」
あずさ「私よりもですか?」
P「っ……!」
あずさ「Pさんも、伊織ちゃん同様に解任をしないといけないようですね」
P「えっ!? あずささん! 待ってください、あずささん!!」
あずさの合図に、屈強な男達に連れ去られるP。
伊織「ちょっとあずさ! いくらあんたでも」
あずさ「~? なにかしら~?」
数秒の対峙の後、伊織は目を伏せた。
伊織「……なんでもないわ」
あずさ「では前当主の遺言に従い、伊織ちゃんの権限を凍結いたします。ただし、関連企業の業務に支障が出ないよう細心の注意を」
伊織「何か予想外のトラブルが起きたら……」
あずさ「私が対処するわよ~」
伊織「……」
ダッ
走り去る伊織。
その後を慌てて、全員が追う。
~765プロダクション~
小鳥「とりあえずここに身を寄せるといいわ。豪華なおもてなしはできないけれど」
伊織「悪いわね」
貴音「我が家と思っていいのですよ」
伊織「……ありがとう」
高木「あー。私の会社なんだが」
貴音「むさ苦しい所で心苦しいのですが」
伊織「大丈夫よ、ありがとう」
高木「あーうん。えへんえへん」
響「夜露はしのげるし、まあ野宿よりはましだぞ」
千早「本当に申し訳ないわ。こんな所で」
高木「……」
雪歩「私、この事務所で初めて『すきま風』って経験したよ」
春香「都心っていう利点だけだもんね。ここ」
律子「やよいのおかげで、ずいぶん綺麗になった方なのよね?」
やよい「うっうー! 私、おそうじしちゃいました!」
真美「まあ住めば都だよ」
亜美「エアコン時々壊れるけどね」
ガチャッ★
真「ただいまー!。ドアの前で男の人が虚ろな目でしゃがみ込んでいたけど……あれって……」
貴音「はて? まあ、高木社長どの。なぜかような所で?」
高木「いいんだ……いいんだ……」
一同「「?」」
~都内 三浦家別邸~
あずさ「あらあら~うふふ。もう自由にしてあげてください」
黒服達が、Pを放す。
あずさ「ごめんなさい。ちょっと手荒だったかしら~」
P「相当、ですよ。痛てて、なにもここまでしなくても」
あずさ「私を捨てた、罰ですよ」
P「……あずささんには申し訳ないと思っています。ですが、そもそもあれは親が決めた許嫁であって」
あずさ「私は本気でした」
P「……」
あずさ「運命の人、そう信じていた私をあなたは利用して、捨てたんですよね~?」
P「弁解の余地はありません」
~3年前 水瀬邸~
水瀬翁「P君とあずさ、いやまさしく似合いの夫婦じゃないか。皆もそう思うだろう?」
居並ぶ一同……いずれも水瀬の血を引く縁戚者が、長老の言葉に頭を垂れる。
P「恐れながら会長、私たちはまだ許嫁の関係で」
水瀬翁「既に君は、三浦の姓を使っておるではないか。よもやP君も、三浦の名を使うからにはそれなりの心構えあったればこそ、だろう?」
P「確かに名乗っただけで、誰も彼も下へも置かない扱いです。しかし私はこれでも、自分の実力でここまでになれたと自負しております」
あずさ「そうですとも。Pさんは、実力で芸能界でも並ぶ者なきプロデューサーになったんですよ~」
水瀬翁「わかっておる。しかしあずさや、P君のことをそこまで誉めるとは安くないな」
あずさ「うふふ~////」
水瀬翁「そろそろあずさも、自由の身にしてやらねばのう。あれの調子はどうだ?」
あずさ「……色々とお話はしてるんですけど~」
P「? なんのおことですか?」
水瀬翁「うむ。あずさには、娘の教育係を頼んでおるのだがなかなかにやっかいな娘でな」
P「娘……確か伊織様でしたね。お会いした事はありませんが、御名は」
あずさ「そうだ。Pさんに、音楽や歌を教えてもらったらどうかしら~」
水瀬翁「う……む」
あずさ「歌は、人の心を形作る大事な要素だと、私は思います」
沈黙は数分間も続いた。
水瀬翁「うむ。どうかな? P君、頼めるかな?」
P「普段お世話になっている会長のお言葉です。いかようにも」
P「どんな娘なんです? 伊織様は?」
会食の後、Pはあずさに聞いた。
あずさ「……一言で言えば、人の心がわからない娘。でしょうか~?」
P「ワガママお嬢様ですか」
あずさ「……私はもっと根の深い問題だと思っています」
P「?」
あずさ「実際にお話をしてみたら、きっとわかると思います」
P「では、そうしてみます」
~765プロダクション 屋上~
貴音「ここでしたか、伊織」
伊織「星」
貴音「は?」
伊織「初めて見たわ。この目で星を」
貴音「初めて? 生まれて初めて、ですか?」
伊織「この3年間は、事業とフードファイトのことばかりだったもの」
貴音「ではそれ以前は?」
伊織「……」
貴音「話したくなければ、結構です」
伊織「……聞いて」
貴音「良いのですか?」
伊織「聞いて……欲しいの」
貴音「では、みんなで聞きましょう。その方が良いでしょうから」
伊織は静かに頷いた。
伊織「私は両親以外の人間に、会った事がなかったわ」
真美「……え?」
伊織「狭い自室。それだけが、私の生きる世界だったわ」
亜美「……え?」
響「もしかしてネグレクトか!?」
伊織「そういうわけではなかったと思うわ。ただ私は跡取りと見なされていたし、とても大事にされていたんじゃないかと思う」
響「それにしてもやりすぎだぞ! 子供を狭い部屋に押し込めて!! 人と接してこなかったからワガママかと思ってたけど、そんなことされてたらそうなって当たり前だぞ!!!」
雪歩「響ちゃん、響ちゃん」ヒソヒソ
響「そんなのは……なんだ?」
真「伊織は『狭い自室』って言ってるけど、あれこの事務所のビルが1ダースは入る大きさだから」
やよい「えー!?」
春香「ちょっとにわかに想像できない。それ、部屋?」
伊織「まあ、一応欲しい物はなんでも与えてもらえたし、大抵のお願いは叶ったわね」
響「え、と……つまり伊織は、ただっ広い事務所でなんでも自由になる生活に閉じこめられていた……あれ?」
伊織「でも部屋に入れるのは、お父様とお母様だけ。私は、両親以外の人間を見たことがなかった」
千早「幸せなのか、不幸なのか、よくわからないお話ね」
伊織「教育は最先端にして最高のものが与えられたわ。ただし、機械を通して」
美希「でこちゃん、かわいそうなの……」
伊織「私は自分を不幸だと思ったことはなかったわ。ただ、世間知らずだった」
貴音「そんな事があったのですね」
伊織「そして私は、ある事件を起こしてしまった」
貴音「?」
~3年前水瀬邸伊織の部屋前~
P「確かにあずささんは、話をしてみれば、と言っていたな。会えばとは言わなかった」
部屋の前には、マイクとスピーカーが設置してあった。
伊織「アンタ誰?」
P「音声はちゃんと伝わるみたいだな。俺はPという、伊織様に歌を教えにきた」
伊織「歌?」
P「そうだ。楽譜は読めるか?」
伊織「知らない。教えて」
P「ええと……この楽譜を手渡すにはどうすればいいんだ?」
カパッと音がして、前方のハッチが開く。
P「こりゃどうも。それを見てくれ。これから説明する」
~30分後~
伊織「~♪ どう?」
P「……すごい。いや、おそれいった。伊織様が水瀬家の後継者じゃなければ、アイドルにして売り出したい所だ」
伊織「アイドル?」
P「知らないのか。まあ、歌と踊りとパフォーマンスで世界を照らす存在かな」
伊織「見たい」
P「そう言われてもな。その部屋にパソコンはありませんか?」
伊織「ある。でもネットワークに繋がっていない」
P「そうすると……ううむ、どうすれば……」
あずさ「どうですか~? Pさん」
P「ああ、あずささん。伊織にネットでアイドルを見せてやりたいんですが、どうすればいいんでしょう?」
あずさ「! それは水瀬の伯父様に止められています」
P「そうか。それは残念。伊織様、また方法を考えてみます。今日はこれで」
伊織「……」
P「? ではまた」
伊織「……」
伊織「……」
伊織「……」
伊織「……アイドル」
P「海外から亡命?」
あずさ「ええ。水瀬の伯父様が、その庇護をされるそうですよ~」
P「ほう」
あずさ「四条家の姓を使ってはどうか、と」
P「俺の実家ですか? まあ……今となっては誰もいませんが」
あずさ「Pさんはもう、三浦の人間ですものね~。うふふ」
P「まあ……それでその亡命者は?」
あずさ「タカネとおっしゃるそうですよ~」
P「じゃあ、四条タカネか……」
貴音「はじめまして。色々とわからないことばかりですが、どうぞよろしくお願いいたします」
P「……」
あずさ「Pさん~? どうしたんですか?」
P「アイドルに……ならないか!?」
貴音「は?」
P「君には素質がある! 俺と一緒に、アイドルになろう!!」
貴音「あいどる、とは……?」
P「君のその美しさと存在で、世界を照らすんだ。俺に任せろ、君を世界を照らす月光の王女にしてみせる」
貴音「まあ////」
あずさ「……」
~765プロダクション~
貴音「事件とは? わたくしは当時、水瀬家にご厄介になっておりましたが別段なにも」
伊織「表面上、大事にはなってなかったからよ」
やよい「なにがあったの?」
伊織「アイドルという言葉、その存在に興味を持った私は、その好奇心を押さえきれずにPちゃんに懇願したわ。ちょっとだけ、少しだけ外の世界、アイドルというものを知りたいって」
雪歩「わかるよ。初めて765プロのみんなを目にした時は、私も感激したもの」
伊織「Pちゃんも私に、同情してくれた。そして……」
~3年前~
伊織「お願い。少しでいいから、外の世界とアイドルというものを知りたいの」
P「実は俺も、伊織様に会ってみたくなりました。才能あふれる歌い手が、ここにもいるかも知れない」
伊織「私のこと?」
P「俺のプロデューサーとしてのカンが告げています、伊織様も美しいアイドルの素質ある娘だと」
伊織「じゃあ……おねがい」
P「わかりました。少しの間だけですよ」
Pは伊織の部屋と、外部のネットワークを接続した。
カチッというその機械音は、世界を狂わす前奏曲だった。
~765プロダクション~
律子「ブルとベアをいじった!? 世界の主要銀行の!?」
真美「ブルってなに→?」
響「ブルは牡牛のことだよ。自分、いつかは家族に加えたいと思ってるんだ」
亜美「じゃあベアって?」
春香「ベアは熊だね」
響「家族にしたいぞ」
律子「今話しているブルとベアは株式の話だけどね。だけど伊織、そんな事したら……」
伊織「大恐慌寸前までいったわ。なにしろデタラメにいじったから」
律子「な、なんてことを……」
へたり込む律子。
伊織「前々からどうなるのかな、って思ってて」
やよい「なんのことなんですかー?」
千早「世界の経済が滅茶苦茶になりかけた、ってことかしら」
伊織「今は反省してるわよ。でも、初めて外の世界を感じられて嬉しかったのよ!」
貴音「あの時、そのような事が……もしかして初めて伊織に会った夜ですか?」
伊織「ええ。私は部屋をロックしているシステムもハッキングして、部屋を出たわ」
律子「それで!? 金融危機はどうなったの!?」
伊織「ぎ、ギリギリで回避されたわよ。お父様が必死に金融操作をして……ただ……」
貴音「もしかして、あの後お亡くなりになられたのは……」
伊織「私が……あんなことして無理をさせちゃったからよ。もともと身体の調子を崩していたのに」
~3年前~
P「俺はなんて事を……取り返しのつかないことをしてしまった……」
伊織「どこへ行くのよ!」
P「伊織……様」
伊織「黙っていなくなる気? そんなの許さないわよ! 私に外の世界をくれたのはアンタなんだから、最後まで責任を持ちなさいよ!」
P「俺が……先代の水瀬翁を殺したのは……俺だ。どの顔さげて、水瀬家に……」
P「私が命令するのよ! 責任をとって! あんたならそれができるはずよ!! 私を助けなさいよ!!!」
涙目で命令する伊織。
その姿は美しく、そして可憐だった。
P「わかった……いや、わかりました。俺があなたを支えます。当主としてのあなたを!」
伊織「その後は、貴音も知っている通りよ。Pちゃんはあずさとの婚約も、貴音をプロデュースする約束も全部反故にして、私を当主候補の筆頭にしてくれたわ」
貴音「三浦あずさは、あの方の婚約者だったのですね……」
亜美「それであの態度なのか→」
真美「女の復習はこわいね→」
律子「復習じゃなくて復讐、ね」
雪歩「だけど本来は優しくてあったかい、いい人なんだよ?」
真「うん。僕たち、水瀬一族じゃなくても社交がある者にも穏やかに接してくれて」
貴音「よく知っております。まだ来日したててで、右も左もわからぬわたくしを助けてくれましたもの」
美希「でもでこちゃん? あずさは結局は、でこちゃんのこと認めてくれたんだよね?」
伊織「Pちゃんが私を推してくれてたから、ね。でも条件を出されたわ」
千早「それが3年間で、いかに成功をおさめるかなのね」
伊織「業績は伸ばしたけれど、私は勝負に負けたから……当主にはふさわしくないのよ」
貴音「なにを言うのです!」
伊織「え?」
貴音「勝利には負けたかも知れませんが、伊織は大きな成果を成し遂げているではありませんか」
伊織「……え?」
貴音「事情はわかりました。では取り戻しに行きましょう」
響「それって、Pを取り返すってことか?」
美希「そうなの! ハニーを取り返すの! でこちゃんに貴音、ミキもやるの!!」
真美「おおっ、そ→こなくっちゃ→」
亜美「亜美もやるよお→」
春香「そうだね、あんなやり方は許せないよ。私もなんだってするから!」
雪歩「あずささんと対決……こ、怖いけど」
真「これも伊織の為だし」
律子「ほっとけないわよね」
やよい「うっうー!」
小鳥「みんな、そう言うんじゃないかと思っていたわ」
貴音「小鳥嬢?」
小鳥「すぐに、あずささんに連絡をとってみますね」
真「で、できるの!?」
小鳥「……実は私、三浦家から派遣されてたの」テヘペロ
雪歩「えぇ!?」
小鳥「Pさんの動静を、事細かに報告しろって言われてて……ごめんなさい。黙ってて」
春香「なに言ってるんですか。こうして連絡ができるなら、願ったりですよ」
千早「ええ。お願いします」
~三浦家別邸~
あずさ「……わかったわ。じゃあ……伊織ちゃんが敗れたフードファイトで勝負を決めてあげてもいいわよ~」
P「ちょ、あずささん。話の内容はなんとなくわかりますが、何を言い出すんです!?」
あずさ「伊織ちゃんを負かした貴音ちゃんを、私が倒せばもう誰も文句も反対もしないわよね~」
P「な、そ……」
あずさ「小鳥さん? フードファイトで貴音ちゃんが勝てば、Pさんも返すし伊織ちゃんのことをみとめるわ」
>>452
※訂正
×P「私が命令するのよ! 責任をとって! あんたならそれができるはずよ!! 私を助けなさいよ!!!」
○伊織「私が命令するのよ! 責任をとって! あんたならそれができるはずよ!! 私を助けなさいよ!!!」
小鳥「だ、そうよ」
真「へへっ、やーりぃ! フードファイトで話が決まるなら、貴音さんの勝利間違いなしだよ」
春香「だね。良かった」
美希「ハニーが帰ってきたら、このままプロデューサーになってもらうの!」
真美「おおっ! ミキミキ名案!」
千早「伝説のプロデューサーなのよね。……よし」
律子「私も色々と学びたいし」
亜美「やったね貴音ちゃん、仲間が増えるよ」
やよい「良かったね、伊織ちゃん」
響「自分、安心したぞ」
貴音「話はそう簡単ではありません」
雪歩「え?」
貴音「三浦あずさは、ふーどふぁいとでもおそらく……強敵です」
伊織「そうね。確かにアンタは強いわ。私にも勝った。でもあずさには……勝てない」
貴音「言い切りましたね。ですが、伊織。やるしかないのです。そしてやるからには……わたくしはすべてを賭けます」
~フードファイト当日~
律子「ピザトースト? なんだか面白いものを選んだのね」
雪歩「あずささんの……好物ですぅ」
春香「そうなの?」
真「普段はあんまり食べない、って言ってたけどね。前に」
伊織「ついつい食べ過ぎて、カロリーオーバーになるからって言ってたわ」
真美「おいし→もんね」
亜美「わかるなあ」
貴音「あずさ、約束はまもっていただきますよ」
あずさ「いいわよ~。でも、貴音ちゃんもそれは同じよ?」
P「なんでもいいが、この檻はやめてもらえませんか?」
あずさ「はいはい。Pさんは、終わるまで静かにしていてくださいね~」
P「うおわっ! く、クレーンで中釣りに……」
貴音「あなた様! い、今助けますから」
あずさ「貴音ちゃん? もともとPさんは、私のフィアンセ。運命の人よ」
貴音「さりとて、中吊りとは」
あずさ「取り返したかったら、勝つことよね~」
貴音「あずさ、聞いて驚くがよろしいです。わたくしの住まいは、府中です!!!」
あずさ「Pさんが去ってから私はずっとこの服を着ているわ。この黒い服は、喪服。私は今、喪中なのよ」
あずさ「さて、伊織ちゃん。進行は頼むわね」
伊織「わかったわ。じゃあいくわよ。ファイト!」
第1R
猛然と食べる貴音。
それを笑顔で見つめるあずさ。
あずさ「美味しそうね~」
貴音「あずさは食べなくていいのですか?」
あずさ「そうね。じゃあ私も~。はい、次をお願いします~」
千早「……え? なに、今の?」
春香「食べた……のかな?」
真美「てゆ→か、消えちゃったよ? ピザトースト」
亜美「手品?」
貴音「い、今のはいったい……」
あずさ「別にヘンなことはしてないわよ? こうして普通に……あーん」
フッ
響「ざ、残像!?」
やよい「消えちゃいましたよ!」
美希「ミキ……見えたの」
春香「え?」
美希「ミキには見えたの。あずさ、すごい勢いで吸い込んで食べてるの。ミキみたいな天才にしか目で追えないの」
響「!?」
第1R終了
貴音 29枚(2175グラム)
あずさ 40枚(3000グラム)
あずさ「キリよく、3キロでまとめてみたわ~」
貴音「随分と余裕ですね」
あずさ「とばしすぎも、良くないもの」
貴音「なるほど。初めての割には、勝負を熟知しているのですね」
あずさ「実力と慢心しない心、それはどんな場面でも大事よ?」
貴音「あずさ、あなたは素晴らしい女性です」
あずさ「……」
第2R
真「流石にさっきまでの勢いはないけど、すごいよやっぱりあずささん」
雪歩「がんばって……貴音さん」
真美「お姫ちん、真美に勝ったんだから負けないでよ!」
律子「そうよ。私と闘った時だけ強いなんてダメよ!」
千早「心の強さで勝ってください」
春香「私たちと戦って、鍛えられているんですよね!?」
亜美「いつもこっからジャン!」
美希「天才のミキに勝ったんだから、貴音は天才以上なの!」
響「みんな応援してるぞ!!」
やよい「ほら、伊織ちゃんも」
伊織「た、貴音……そ、その……」
貴音「……?」
伊織「た、助けて! お願い!! 別に地位やお金が欲しいわけじゃない。そんなの要らない。でも、水瀬の跡取りとしてがんばりたいの!!」
貴音「伊織……」
伊織「助けて! 私にあの時の過ちを償わせて!! 水瀬家当主として、世界を助けていきたいの!!!」
貴音「わかりました……わかりました伊織」
あずさ「貴音ちゃん? 手、とまってるわよ~」
第2R終了
貴音 30枚 合計59枚(4425グラム)
あずさ 35枚 合計75枚(5625グラム)
第3R
貴音「あずさ。今一度、問いたいのですが」
あずさ「なにかしら?」
貴音「伊織が当主失格という、その根拠はなんですか?」
あずさ「決まっているわ~勝負に負けたからよ」
貴音「この3年間、水瀬財閥は経済力の向上が目覚ましいですが、それは伊織のお陰とは思いませんか?」
あずさ「それは認めるわ。でも、3年間もこの競技を続けて負けたのは水瀬の当主の地位に傷をつけたわ」
貴音「しかし得るものもありました」
あずさ「?」
貴音「わたくしです」
あずさ「あらあら~」
貴音「冗談ではありませんよ。勝負としては負けたかも知れませんが、結果としてわたくしという得難い友を伊織は得たはずです」
伊織「////」
貴音「3年間で得た最大の成果、そのわたくしがあずさに勝つならそれは伊織の勝利のはず!」
猛然と食べ始める貴音。
あずさは思わず、目をこする。
あずさ「そんな……貴音ちゃんのピザトーストの姿が……」
貴音「伊織、あなたを助けます! あなたを勝たせてあげます!! あなたに自分の友を自慢させて差し上げます!!!」
響「消えたぞ。貴音のピザトーストも」
春香「あれもちゃんと食べてるんだよね、美希」
美希「わからないの……」
千早「え?」
美希「貴音が食べているのは、ミキでも見えないの」
律子「なんですって!?」
あずさ「そんな……そんなことって~」
第3R終了
貴音 42枚 合計101枚(7575グラム)
あずさ 25枚 合計100枚(7500グラム)
P「……すごいな。貴音」
真美「やった→!」
亜美「すごいよお姫ちん」
千早「さすが貴音さんです」
春香「うん。やっぱりすごいよ」
響「最高だぞー! たかねー!!」
雪歩「私も、強くなりたい」
真「うん。ボクも見習わなきゃ」
律子「おめでとう」
やよい「貴音さんも伊織ちゃんも、良かったねー」
美希「ミキもキラキラしたいの! ミキもがんばるの!」
伊織「あ……あの、その」
貴音は舞台から駆け下りると、伊織に向かって走った」
伊織「え?」
貴音「勝ちました! 勝ちましたよ、伊織!! あなたの親友は、すごいでしょう!!!」
伊織「……すごいわよ。じ、自分で言っちゃうのはあれだけど……アンタは私の最高の親友よ」
貴音「ふふふふふ! やりました。やりましたよ!」
美希「むー。でこちゃん、ミキだってでこちゃんの親友なの!」
伊織「わかってるわよ。ここにいるのは、みんな……」
一同の視線が、一斉に伊織に集中する。その目はみんなニヤニヤとしている。
伊織「い、言うわよ。わかってるわよ! 親友よ親友!! あんたたちみんな、親友よ!!!」
一同「「やったーーー!!!」」
あずさ「……Pさんを下ろしてあげて」
吊られていたPが、床におろされる。
P「ふう、ひどい目にあった」
あずさ「Pさん、ごめんなさい……」
P「……いえ、俺がやったことに比べれば」
あずさ「私、寂しかったんです。婚約時代も、Pさんは仕事や他の娘をスカウトしたり……」
P「い、いや、それは申し訳なく思ってます。当時だって、呵責を抱えてました」
あずさ「それを聞いて、私もすこし救われました」
P「三浦家のご令嬢じゃなかったら、スカウトしてましたよあずささんを」
あずさ「本当ですか?」
P「あなた美しいです。それは本当です」
あずさ「私、嫌われてるんじゃないかと……」
P「あずささんみたいに美しい人を、嫌うわけがありません」
あずさ「本当……に?」
P「ええ。ですからもう、過去のことは……」
あずさ「言ってくだされば良かったのに~じゃあ私も、今からでもがんばりますね~!」
P「……え?」
高木「あー。本日から我がプロダクションの所属となった、三浦あずさ君だ。みんな、よろしく頼むよ」
あずさ「よろしくお願いします~」ドタプーン
真美「あ……」
亜美「うん」
千早「はい……」
響「わ……」
雪歩「わかり……」
真「……」
春香「え? え?」
美希「うーんと」
やよい「おねがいしますねー!」
貴音「ま、まあ、今までもずっと『昨日の敵は、今日の友でやってまいったのですから』
伊織「い、いいの……かしら」
あずさ「うふふ~じゃあPさん。私のプロデュースをお願いしますね~」
P「……は? い、いや俺はもう……」
あずさ「お願いしますね~。そうじゃないと私、また喪服を着ますよ~」
P「……はい」
貴音「で、ではわたくしのぷろでゅうすも!?」
P「いや貴音、前に言ったろ。今後二度とプロデュースして欲しいとは言わない、って」
貴音「ぷろでゅうすをしてください! して欲しいではないので、良いですよね?」
P「がっくぜーん! そ、そうだ、律子! 律子に悪いよ、プロデューサーやるのは」
律子「しっかりと学ばせていただきます」
P「えええぇぇぇーーーっっっ!!!」
一同「「これからも、ずっとよろしくお願いしますね。Pプロデューサー!!!」」
最終話 終わり
亜美「ちょーっと待った! 亜美だけフードファイトしてないよ!! まだ終わっちゃ嫌だよ!!!」
亜美「そこで……ぬっふっふ→! 緊急告知だYO!」
緊急予告
ドラマ『フードファイト』
映画化決定!!
物語の舞台は!?
貴音「香港……どのような美味なるものがあるのか、わたくし今から、腹が高鳴ります」
『香港』!!
美希「え? お仕事って、現地リポートじゃなくて大会に参加するの?」
雪歩「予選……3人1組の、団体戦だって」
亜美「亜美も出る! 出るー! 亜美だってフードファイトしたいよ!」
思わぬバトルに参加することになる765プロ。
響「予選のメニューってこれ……」
千早「満漢全席!?」
真「す、すごい量!!」
香港を、食べ尽くせ!!
アクションあり!!
春香「いくよー! みんな……」ドンガラガッシャーン
サービスシーンあり!!
あずさ「この水着、似合いますか~?」ドタプーン
そして明かされる、意外な事実。
伊織「これは……ウナギ? 日本には全然入ってこないのに。こんなに!?」
貴音「あ、あなた様! う、うなぎがその……水着に……」
真美「兄ちゃ→ん! やだやだ、とって→!!
劇場版フードファイト香港死闘篇『THE IDOLM@STER MOVIE かば焼きの向こう側へ!』
2014年1月25日よりTOHOシネマズ府中他にて全国ロードショー。
ご期待ください。
以上で終わりです。
おつき合いいただき、本当にありがとうございました。
劇場版予告は、本気にしないでください。
それではまた、どこかで。
※訂正
>>334
×貴音「お箸をもう一膳いたけますか!?」
○貴音「お箸をもう一膳いただけますか!?」
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